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2000/05/11 第147回国会 参議院 参議院会議録情報 第147回国会 文教・科学委員会 第16号
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2000/05/11 第147回国会 参議院

参議院会議録情報 第147回国会 文教・科学委員会 第16号

#1
第147回国会 文教・科学委員会 第16号
平成十二年五月十一日(木曜日)
   午前十一時開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月九日
    辞任         補欠選任
     小宮山洋子君     松崎 俊久君
     橋本  敦君     林  紀子君
 五月十日
    辞任         補欠選任
     亀井 郁夫君     林  芳正君
     江本 孟紀君     広中和歌子君
     松崎 俊久君     小宮山洋子君
     林  紀子君     橋本  敦君
     菅野  壽君     照屋 寛徳君
 五月十一日
    辞任         補欠選任
     長谷川道郎君     国井 正幸君
     林  芳正君     佐藤 昭郎君
     小宮山洋子君     伊藤 基隆君
     広中和歌子君     江本 孟紀君
     福本 潤一君     続  訓弘君
     橋本  敦君     林  紀子君
     照屋 寛徳君     菅野  壽君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         佐藤 泰三君
    理 事
                岩瀬 良三君
                野間  赳君
                石田 美栄君
                松 あきら君
               日下部禧代子君
    委 員
                阿南 一成君
                有馬 朗人君
                井上  裕君
                扇  千景君
                佐藤 昭郎君
                仲道 俊哉君
                長谷川道郎君
                伊藤 基隆君
                広中和歌子君
                本岡 昭次君
                福本 潤一君
                橋本  敦君
                畑野 君枝君
                林  紀子君
                照屋 寛徳君
                田名部匡省君
   委員以外の議員
       発議者      須藤良太郎君
       発議者      小山 孝雄君
       発議者      木庭健太郎君
       発議者      平野 貞夫君
   国務大臣
       国務大臣
       (内閣官房長官) 青木 幹雄君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律
 案(須藤良太郎君外三名発議)

    ─────────────
#2
○委員長(佐藤泰三君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、亀井郁夫君、江本孟紀君及び菅野壽君が委員を辞任され、その補欠として林芳正君、広中和歌子君及び照屋寛徳君が選任されました。
 また、本日、小宮山洋子君が委員を辞任され、その補欠として伊藤基隆君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(佐藤泰三君) 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#4
○本岡昭次君 前回、参考人の皆さんからいろいろ本当にいい話を聞かせていただきました。いろいろ勉強にもなりましたし、この法案を審議するについて参考にすべきことが多かったと考えます。
 そこで、大原康男参考人が次のようにおっしゃいました。昭和の日を制定する趣旨は、本来の意義にふさわしい名称並びに趣旨に戻すのだというふうにおっしゃいました。私は、ああ、なるほどそういうことですかというふうに思ったんです。
 そこで、昭和の日とする四月二十九日はみどりの日と制定されているんですね。そして、このみどりの日を制定するについて、その趣旨説明の中では次のように述べられています。「この日を四月二十九日にするのは、この時期が新緑の季節として緑豊かな自然に親しむ上で最もふさわしい時期であり、同日が六十有余年にわたり天皇誕生日であり、ゴールデンウィークのいわば始まりの休日として国民の間に定着をしているからであります。」と、こういうふうにして天皇誕生日をみどりの日にしたのでありまして、このことは国民の間にも定着して、おかしいと言う者はだれもいないはずであります。
 ところが、突如として本来の意義にふさわしいものに戻すんだと、こう来られますと、一体これはどうなるんだと。そうした運動を起こされた参考人の趣旨と発議者の趣旨が同じなのか違うのかという点を聞きたくなるのであります。今私が申しましたみどりの日の趣旨、一体この意義はどうなるんですか、お尋ねいたします。
#5
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 大原参考人は先般、御指摘のような発言をされたというふうに思っておりますけれども、発議者といたしましては、前回申し上げましたように、次のような趣旨で法案を提出したわけであります。
 六十年有余に及ぶ昭和の時代は、我が国の歴史上、未曾有の激動と変革、苦難と復興の時代であり、今日我々がある平和と繁栄の日本はまさにこのような時代の礎の上に築かれたものと考えている。そして、二十一世紀を目前にして、我が国は今また新たな変革期にあることからいたしまして、昭和の時代を顧み、歴史的教訓を酌み取ることによって、平和国家、日本のあり方に思いをいたし、未来への指針を学び取ることは、我が国の将来にとって極めて意義深いことだと。こうした観点から、本案は、昭和の時代に天皇誕生日として長く広く国民に親しまれ、この時代を象徴するにふさわしい四月二十九日を、昭和を記念する昭和の日として新たに祝日とすることにいたしたわけでございます。
 ところで、御指摘のように、現在四月二十九日はみどりの日として国民の祝日とされておるわけでありますが、その意義は、言うまでもなく「自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。」、こういうふうにされておるわけでございます。本案では、こうしたみどりの日の意義にかんがみまして、おっしゃるように、青葉若葉の時節であり、ゴールデンウイークの一日でもある五月四日をみどりの日とすることとしたものでありまして、みどりの日を祝日とした意義を十分踏まえた内容になっている、こういうふうに考えておるわけでございます。
 大原参考人の言われることとは、我々発議者は別に考えておるわけでございます。
#6
○本岡昭次君 今の御説明ではよくわかりません。わかりませんが、質問をそのほか用意しておりますので、時間がありましたらまたもとに戻ります。
 明治天皇の誕生日、十一月三日、私が小さいときは明治節と言って祝いました。今は文化の日になっています。これは文化の日ということでおさまっているわけで、明治は昭和以上に激動し、近代国家をつくったすばらしい時代であったと私は思うんですが、これもまた明治の日とかいうふうなことにして、それぞれ激動した時代を記すというふうなことになるのであろうかというふうに考えるんですね。どうも何か意図があるような気がして仕方がないんです。天皇誕生日というものをみどりの日とせっかく定めたものを、なぜ殊さら昭和の日と改めなければならぬのかということなのであります。
 それで、また大原参考人が、昭和の日の見方はいろいろあってもいい、今私のように疑問を抱き、おかしいと思う人がいてもいい、それぞれの立場から昭和を顧みるところに私はこの意義があると考えますと、こうおっしゃっているわけです。
 それで、こういうふうにおっしゃると、祝日というのは国民がこぞって祝う日である。こぞってというのは国語的に言えばみんな一緒にということで、それぞれ違った思いがあってもよろしいということを初めから持ってくるというようなやり方があるんですか。ある問題を特定して、しかし後から、いや、おれはこう思うと。例えば憲法だって、憲法を変えるべきだ、いや変えるべきではないというのが、その後、その日をめぐっていろいろ議論があることは、それは憲法の日をめぐって議論するのではなくて憲法そのものを議論しておることになるんですね。
 だから、祝日というのは、一番大事なところは、人々がこぞって祝い、記念するということが最大唯一でありまして、こぞって祝うことができない、それをあえて持ち出し、そしていろんな思いがあってもいい、こういうふうに来るということは、これは大変な矛盾ではないかというふうに思うんです。むしろ昭和の日はこぞって祝ってもらわなければならぬというなら筋が通るんです。
 だから、こぞって祝えるのかどうかという問題の議論を抜きにして、それぞれの立場からそれぞれ考えてもらってよろしいというような、そんな法律の趣旨を無視したような考え方を発議者も持っておられるんですか、こぞって祝うべきだというふうにおっしゃるんですか、どちらですか。
#7
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 祝日法第一条で言っておりますのは、「国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日」と、こういうことを言っているわけでありまして、「又は」ということで「祝い、」とは切れておりまして、「記念する日」と、こういうふうになっておるわけであります。この場合はやはり「記念する日」に当たる、こういうふうに考えておるわけでございます。
 なお、今までも六回ほど祝日法改正がありますけれども、全部賛成を得てやったというあれは少ないわけでありまして、何回かはやはり反対の党もあった、こういう経緯でございます。
#8
○本岡昭次君 反対はあってもいいと思うんですが、初めから、こぞって祝い、記念しなくてもいい、それぞれの立場で昭和を顧みてもらったらいいんですというふうな形で制定された祝日というのがありますか。
#9
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 昭和の日については、それぞれの立場でそれぞれが自由に顧みたらいい、こういう趣旨でございます。
#10
○本岡昭次君 顧みるということはどういうことですか。
#11
○委員以外の議員(須藤良太郎君) これは言葉としては、振り返って考える、顧みるというのはそういう意味だと思います。
#12
○本岡昭次君 それでは再度お尋ねしますが、国旗・国歌の問題もここの議論と教育現場の対応というのは非常に違ってきておるんです。そのことはここで議論したくありません。また改めてします。
 しかし、この昭和の日という問題を学校教育でもし取り上げるとしたらどうなるんですか。それぞれの立場でそれぞれが顧みてというふうにやるときに、昭和の意義というものをそういうふうにずっとこれから、その昭和というのはそれぞれ異なる意見があってと、こういうふうなところでいくとおかしいでしょう。
 だから、それはあなた方自身の考え方として、昭和の日はこういう立場で祝うべきなんだ、記念すべきなんだというはっきりとした定説というんですか、あなた方の認識というんですか、歴史認識というんですか、そういうものがないと私はおかしいと言うとるんですよ。それに対して賛成反対という議論は大いにやったらいいじゃないですか。ところが、それぞれの立場でそれぞれの人が振り返ってみたらいいというふうなことでもって国民が一斉に休む、祝日にする、そういうことになるんですか。とてもそれはおかしいと思うんですよ、法律からすれば。ごまかしたらだめですよ、発議者が。
#13
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 昭和の日の教育等におきましても、意義は、御存じのように「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」、これが昭和の日の意義でございます。これについてはそれぞれの立場でいろいろの考えがあっていいと、そういうふうに考えておるわけです。
#14
○本岡昭次君 それでは、私は昭和を振り返り、顧みたときに、私もこの前は自分の個人史を述べましたけれども、日中戦争の始まり、十五年戦争の始まりのときに生まれて、そしてずっと少年時代を過ごして大きくなった。侵略戦争の真っただ中に幼年時代、少年時代を過ごしたと私は認識しておるんですよ。発議者の皆さんはあの戦争のあの時代を、侵略戦争であったという御認識をお持ちなのですか、そうではないんですか。
#15
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 趣旨は何度も申し上げておりますけれども、確かにこの昭和の時代は戦争がありまして、これについてはさまざまな意見があるだろうと、こういうふうに思っております。昭和史の中で日中戦争あるいは第二次世界大戦がありまして、とうとい犠牲を払ったわけでありますが、こういうものにつきましては大変痛ましいことと、こういうふうに思っておりまして、昭和の日についてはそういうものを含めて反省、顧みればいいのではないかというふうに思っておるわけであります。
#16
○本岡昭次君 いや、私は侵略戦争であったという認識を持っておりますが、発議者の皆さんはどうですかということを私はお尋ねしておるんです。
#17
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 私は、その戦争が侵略であったかどうかという問題は、この法案提出の発議者としてはお答えを申し上げるのを控えさせていただきたいというふうに思うわけでありますけれども、村山総理のとき、あるいは平成七年の衆議院の決議、こういうときにおきましても深い反省を込めた首相談話なりあるいは衆議院決議が出ておる。私はそれを一応考えております。
#18
○本岡昭次君 あと三人の皆さんはどういう御認識ですか。
#19
○委員以外の議員(小山孝雄君) 戦争のことを本岡先生おっしゃられましたけれども、昭和の時代の始まりは、これはまさに経済問題で始まったと私は認識をいたしておるわけで、戦争だけではなかったのじゃないかと。金融恐慌に始まり、世界恐慌に始まったのが昭和の時代の始まりでありまして、もちろん、その中に戦争、不幸な時代、そしてまた私たちの諸先輩がたくさんの命を犠牲にしたということも承知をいたしておるところでございます。
#20
○委員以外の議員(木庭健太郎君) 法案そのものということであれば、そこの部分というのは、今回の場合は直接関係ないことなんだろうと私は思っています。
 ただ、個人的に問われるのであれば、発議者総体としてということじゃなく私個人ということを問われれば、私は侵略戦争だと思っております。
#21
○委員以外の議員(平野貞夫君) 私も個人的意見というお断りで申し上げたいんですが、この問題についてはさまざまな国際情勢の中で難しい問題がございます。
 私は学生時代に、E・H・カーというイギリスの国際政治学者が書かれた「危機の二十年」という、第一次世界大戦が終わって第二次世界大戦が始まるまでの二十年を分析した本の影響を受けておりまして、必ずしも侵略戦争というふうに言い切れるものではないというイギリスの国際政治学者の分析を是としておりますが、個人的意見としましては、個別的自衛権の拡大解釈が行われた戦争であったと、このように理解しております。
#22
○本岡昭次君 失礼を省みず、お一人お一人の個人の認識を聞きただしまして申しわけありませんでした。
 というのは、やはり私は、最初言いましたように、国民の祝日とするというのは、こぞって同じような認識でもってやるのが一番いいと思うからなんです。一人一人違う認識、そして激動するということの表現、激動は文字どおり、何も経済的だとか、やれ文化がどうであったとかいうことじゃなくて、前半が戦争の中で、そしてああした忌まわしい軍国主義の時代から戦後平和の、民主主義の国に体制が生まれ変わったと。私は完全に生まれ変わったとは思っていない一人ですけれども、それでも、生まれ変わったというそこが激動であり、変革であり、激変であり、いろんな言葉でされる。
 だから、私は前回も、私なりに昭和の日ということに対する思いを持っておりますと、こう言うたんですが、しかし、これだけ多様な思いを持つものを、あえてみどりの日を昭和の日というふうにする必要があるとは、今の皆さん方の答弁を聞いてもなかなか同意できないんですね。
 それよりもむしろ、みどりの日制定のときに、先ほどお話がありました、緑滴る新緑の季節感というものと天皇の誕生という意味とを重ね、さらにもう一つあったのは、亡くなられた昭和天皇が殊のほか植物の問題については学者としても一流であり、深くそうしたお仕事を愛してこられたというふうなことからみどりの日と、こう来ているわけで、これほどふさわしいものはない、あえて昭和というような生々しいものを持ち出す必要がどこにあるんだろうかというのが正直な私の考えなんですね。
 だから最後に、代表として答弁していただいておる須藤さんに、やはりお互い自分たちの生きてきた中での自分の思いというものを語り合わなければかみ合わないわけでして、もう時間がありませんが、最後にあなたの本当のお考えを聞いて、私は反対ですから、それだけを申し上げて私の質問は終わります。
#23
○委員以外の議員(須藤良太郎君) みどりの日はなくすのでなくて、御承知のように四日に移す、こういうことで、このみどりの日の趣旨はちゃんと生かした日が残るということでございます。
 それと、これはよきにつけ悪きにつけそれぞれいろいろな思いがあるわけですから、そういうことを昭和の日という日にいろいろ考えて、これからの、殊に日本の平和についてためになればと、そういう一念でございます。
#24
○畑野君枝君 日本共産党の畑野君枝です。
 前回の祝日法の委員会審議で私は、祝日法の趣旨に照らして、先ほどもお話がありましたように、国民こぞって祝う、この問題で世論形成が大切なことを指摘させていただきました。それに対しまして発議者の須藤議員からは、TBSのラジオ番組のバトルトークを取り上げて、その中の電話調査では八〇%が賛成していたと語られましたが、これは間違いないですね。
#25
○委員以外の議員(須藤良太郎君) おっしゃるように、私は前回のときに八〇%程度が賛成したようだと、こういう話を申し上げました。これは後で補足していただきたいと思いますけれども、ちょうどこの番組には小山議員が出ておりまして、それの帰りのときに、ちょうど統計をとっているところへ行って聞いたら約八割と、こういう話であったわけですけれども、昨日、せっかくの厳密なお問い合わせでございますので調査してみましたら、これは電話、ファクス、インターネット、いろいろ調査しておるわけですけれども、電話について申し上げたわけでして、電話の調査ですと百十八本のうち八十四本が賛成だったと、こういう答弁を得ております。
#26
○畑野君枝君 私は、須藤議員がお答えになった後にTBSのプロデューサー・ディレクターの方にお聞きいたしました。そうしましたらそのときには、電話、ファクス、インターネット、それぞれの賛否の内訳はデータをとっておりませんので一括した内容ということでお答えをいただきました。その中ではどのように書かれているかというと、総数が四百二十五、ファクスが百六十六、電話が百二十四、インターネットが百三十五。賛否の内訳は、賛成四四%、反対四八%、どちらでもないが八%。この番組にかかってきた意見そのものという点では、とても八〇%が賛成だなんて言っていない、こういうことをTBSからも私は伺いました。
#27
○委員以外の議員(須藤良太郎君) おっしゃるように、電話、ファクス、インターネットとあるわけですけれども、申し上げたのは、電話の状況がそうだったと、こういうことを申し上げたわけであります。
 なお、ちょっと小山議員に補足していただきたいと思います。
#28
○委員以外の議員(小山孝雄君) 三月三十一日、実は前日に法案を提出いたしました。法案を提出した翌日夕方、電話連絡がございまして、アクセスという番組に出てくれないかということで出たわけでございます。私、一時間、視聴者の皆さん、そしてまた、崔さんとおっしゃる何か有名な映画監督さんだそうでございますが、その方とのやりとりをやったわけであります。そしてそのときに、電話で今賛否両論を問うておりますと言っておられました。一時間いろんなお話を伺ったり自分の意見を申し上げたりしながら終わりまして、そのスタジオの部屋を出たところがちょうど電話センターでございました。たくさんの賛否両論の意見がメモになって山になっておりました。賛否両論の割合はどうですかと聞きましたら、今八〇%が賛成、二〇%が反対、大体そんなところですねということをお聞きしましてスタジオを後にしたわけでございます。
 私は、そのことを須藤先生に、こういう状況もありましたよということを申し上げた。そのことを答弁なさったことだと承知をいたしております。
#29
○畑野君枝君 私が聞いたのは、そういう点ではTBSからは、そういう個別にとったものはございませんでしたというふうにTBSのプロデューサー・ディレクターからわざわざこのファクシミリをいただいて、これは小山議員のところからも問い合わせがありましたので同じものをお送りしておりますという話だったんですが、これ、ごらんになっていますか。
#30
○委員以外の議員(小山孝雄君) 承知いたしておりません。
 今私が申し上げているのは、電話による調査。そして改めて、電話による調査について最終的にはどうだったのかということを、せっかくの御下問がありましたので昨日確認をしましたところ、百十八本の電話のうち八十四本が賛成、三十四本が反対であったと、このように回答をちょうだいいたしているところでございます。
#31
○畑野君枝君 そういう電話の調査がある一方で、先ほど言った四百二十五人のファクス、電話、インターネットでいえば、反対の方が四八%で多い、こういう数値がある、こういうのもあるということなんですよ、TBSで。ですから、それだけで機運は盛り上がっているとかいうことは言えないんじゃないですか。いかがですか、須藤議員。
#32
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 電話ではそういう結果が出ていたと、こういうふうに申し上げたので、全体の機運云々という話は言っているわけではございません。
#33
○畑野君枝君 この間、機運が相当盛り上がっているとおっしゃったんですが、そうではないということですね。電話についてはそういうふうに思ったけれども、今こういうTBSの全体の調査を受ければ、そうとは言えないとお認めになりますか。
#34
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 全体の問題につきましては、もう平成元年からいろいろの動きがあって、昭和の日にしたいという活動、運動があるわけですけれども、一番大きな問題は、昭和の日をつくろうという国会議員の議員連盟が、七百五十人のうち四百人もその議連に参加している、これは国民の代表として非常に大きい要請の力ではないかと、こういうふうに思っておるわけでありまして、そういう面から、いろいろよく説明しなきゃならぬ面もありますけれども、国民の代表としての大勢はそういう状況ということでございます。
#35
○畑野君枝君 そして、その議員連盟の皆さんは昭和天皇をしのぶということで議員連盟をつくっていらっしゃる。そういう点では、あなたが先ほど本岡議員からも言われたことに反するような中身を言っている議員連盟が四百人だと、こういうことですから、今回の法案の趣旨や説明と全く矛盾するじゃありませんか。
 それで、時間がありませんから、私が何を問題にしているのかというのは、そちらは八〇%が賛成だとおっしゃったけれども、その大枠のTBSのプロデューサー・ディレクターからいただいたものでは、その番組全体通じては四八%、反対の方が多いんですと、こういう世論調査の結果も出ているわけですよ。ですから、国会議員の議員連盟が四百だと言うんだったら、その方たちは本当に国民の世論を反映して国会でやっていらっしゃるのかということが問われることになるわけじゃないですか。
 結論として私が言いたいのは、先ほどもあったように祝日法というのは国民こぞって祝うということなんだから、そちらから言われたTBSの話、八〇%とされたから私たちもそれで調べたわけですよ。そうしたら、片や四八%が反対だと、反対の方が多いという世論調査も出たと。こういうこと全体を見たら、全体がこぞって祝うということで賛成だなんていう国民合意はできていない、このことを私は申し上げておきたいと思います。祝日法の趣旨から全くかけ離れている状況だというふうに思います。
 それで、これまでも政府自身も本当に慎重にこのことは言ってきたわけですよ。一九九六年一月二十五日の参議院本会議で、みどりの日を昭和の日に改めてはどうかという村上正邦議員の質問に対して、時の橋本首相は「慎重に」というふうに答弁していたわけでしょう。歴代の政府もそういうふうに言っていた。ましてや、私が質問した後に、じゃ「声」の欄の投書はどうかといったら、国会図書館で調べていただいたら載っているのは一本程度ですよ。本当に多くの国民は知らない。たまさか小山議員がバトルトークをやられて、そういうのを聞いたという方はいるけれども、それは全体的な問題かといったら、本当に少ない状況だと思うんです。
 そして、四月二十九日の新聞で幾つか社説やコラムなどで書かれておりますけれども、例えば日経は、「選挙が近いとはいえ、あまりに安直ではないか。」、朝日は、「「昭和の日」には「昭和天皇誕生記念日」の性格が色濃くにじむ。」とした上で、「なぜ反対か。なぜ賛成なのか。国会の内で外で、深みある議論を、と願う。」、こういうふうに書いているんです。こういう点を含めて、私は機運が高まっていると思っているのはほんの一握りの人だと思うんです。そういう中で、国会の多数で国民に祝日だと押しつける。
 そういう点で私は、一九四八年、制定に当たっての文化委員会の調査報告書、この間も取り上げましたけれども、祝日の選定基準として十項目挙げて、その中で、「二、国民全体につながりのあるものを選び、部分的のものは除くこと」、「三、世論を尊重すること」と、こういう基準からいっても明確に反しているということを申し上げておきたいと思います。
 さて、二つ目の問題に移らせていただきます。
 一九四八年の先ほどの参議院文化委員会の調査報告書では、祝日の選定基準として、第一に「新憲法の精神にのつとること」が挙げられております。その前の憲法、大日本帝国憲法ではどういうふうに規定されていたか。第三条に「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」、第四条に「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ」、第十一条に「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」とございます。一方、戦後一九四六年に公布され、翌一九四七年五月三日から施行された日本国憲法では、前文に「主権が国民に存する」と宣言されております。第四条で「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」とございます。日本国憲法では、第四十一条で国権の最高機関は国会と定めており、戦争は永久にこれを放棄すると第九条で内外に宣言をしております。
 伺いますが、発議者は、大日本帝国憲法下における戦前期と、日本国憲法下の平和と民主主義、主権在民の戦後期に時代として区別される、この認識はございますか。
#36
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 確かにそういう大きい変革があったことは事実だと思いますけれども、昭和の時代として考えるときに、これはやはり、そういう時代もあり、また新憲法の時代もあり、こういうのをひっくるめて時代は考えるべきだ、こういうふうに考えております。
#37
○畑野君枝君 変化はあった、そういう違いはあったということでよろしいですか。
#38
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 変革があったと。
#39
○畑野君枝君 そうしますと、前の時代と後の時代は違うと。新憲法にのっとって祝日法を決めると。前の時代は新憲法じゃないですよ。大日本帝国憲法下の時代も国民こぞって祝う、記念する、こういうふうになったら全くこの新憲法に沿っていないじゃないですか。どうなんですか。
#40
○委員以外の議員(須藤良太郎君) おっしゃることはどういうことかわかりませんけれども、昭和の時代には、そういう旧憲法、それが昭和二十年に新憲法に変わった、そういう二つの時代を抱えているのが長い昭和の六十四年の歴史というふうに思っております。
 なお、元号を見直したらどうか、こういうはがきが一通ほど来ていますけれども、一般的にはやはり今の時代を元号で考えているんではないか、こういうふうに考えております。
#41
○畑野君枝君 明確に違う、それをひっくるめて祝うということ、これはもう道理が通らない話なんですよ。あなたたちは昭和の時代と言うから、私はどうなんですかと言ったら、それは二つに区別されますと。じゃ、今の新憲法に基づいて祝うということは祝日法に当たるけれども、その前の新憲法に当たらない時代はどうやって祝えるのかということを私は申し上げたわけです。
 元号の話がありましたけれども、じゃ、何をこぞって一つにまとめて祝おうというのか。それは今言われた元号の昭和ということですか。
#42
○委員以外の議員(須藤良太郎君) こぞって祝うと言いますけれども、祝うんではなくてこれは記念する日、こういうふうに考えておりまして、祝日法の一条も、これは完全に「又は記念する日」となっておりますから、この祝日は国民が記念する日と、こういうふうに考えています。
 そういう意味で、昭和の日に、近い過去の歴史をしっかりそれぞれ思い返してこれからの指針にするということは非常に有意義なものというふうに考えております。
#43
○畑野君枝君 主権在民でない大日本帝国憲法下の日本をどうやって記念するんですか。私は、やっぱり皆さん心配されているように、昭和天皇をこぞって祝いたいと。だから、昭和の時代といったら二つにくくって矛盾があるようなことを、一くくりにして何とか祝いたいと、私はそういうことが本当に本音だと思いますよ。そして、そうであるならば、これは前回も言ったように、こうしたことは認められないと、私たちの参議院の先輩が報告書で長い時間かけてやられたということだと思います。
 もう時間が迫ってきましたので、最後に三つ目の質問をいたします。
 選定基準の四つ目に「国際関係を慎重に考慮すること」というのがあります。かつての昭和天皇の誕生日であった四月二十九日をあえて昭和の日に制定すれば、昭和天皇の名のもとに侵略戦争が進められ、そのことによって辛酸をなめたアジア諸国民はどう感じるか、どう思われますか。
#44
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 発議者としては、昭和の時代を顧みて、歴史的教訓を酌み取って、平和国家日本のあり方に思いをいたし、未来への指針とする、こういうことでありますし、いわゆるいろいろの戦争も大変なことでありましたけれども、平和への新たな決意をやる、こういうことでも昭和の日は非常に意義があるのではないか。そういうことからいたしますと、アジアの諸国も賛成が得られるんではないか、この趣旨に賛成してくれるんではないか、こういうふうに考えております。
#45
○畑野君枝君 本当に甘い認識だと思います。
 一九八九年の一月九日に、天皇が亡くなった後のマレーシアの新聞ビジネス・タイムズがこういう報道をしている。これにかかわるのは三冊出ているんです。三冊目ですけれども、「天皇ヒロヒトは、一人の人間として、八七歳で死んだが、生前軍服を着た「現人神」として果たした役割によって、これからも長いこと記憶されるであろう。」、それから、「昭和という時代は、侵略と軍事的冒険を行った日本のイメージが太平洋戦争中に影を落としたまま二度と再び拭い去られることのなかった時代であった。」、こういうふうに思っている。参考人の方もこの間それぞれおっしゃいました。シンガポールやインドネシアの教科書でもそういうことが書かれております。
 昭和の時代になって明治天皇の誕生日は明治節になりました。私、国会図書館に調べていただいた。当時どんなことが行われていたか。(資料を示す)これは明治節祝賀会、講堂で行っております。ある県立高校の七十年誌に載っているものです。壇上の右壁地図には日の丸と満州国の五色旗がある。壇上中央は御真影。
 そういう点では、これから二十一世紀に向けてアジアの平和外交を進めていこうというときにこの昭和の日なんていうことを決めたら、大きな障害になるじゃありませんか。国民合意もない。戦前の時代は一くくりにとてもくくれるようなものではないという時代認識、お認めになった。そして、アジアからいってもこういう目があるんだと。
 昨年来、国会では数の多数でガイドライン法、日の丸・君が代法制化、そして今後は憲法調査会で憲法を変えていこうという流れの中で出てきているのがこの昭和の日の法案じゃありませんか。そう見られますよ、アジアからいったって。こういうやり方では、二十一世紀の未来を示す、国民の期待にこたえる祝日とは到底決めることはできない。このことを私申し上げて、時間がありませんので終わります。
#46
○照屋寛徳君 社会民主党・護憲連合の照屋寛徳でございます。
 私を含めて沖縄県民は、昭和の時代はまさに戦争の時代であった、こういうふうに思っておるだろうと思います。
 私は、昭和二十年、一九四五年七月にサイパン島のアメリカ軍の捕虜収容所で生まれました。私と同じ昭和二十年に生まれた友人の中には、私のように捕虜収容所で生まれたという人もたくさんおります。もう一つ特徴的なのは、お墓の中で生まれたというのが多いんです。普通は人間は死んでからお墓に入る。ところが、生まれたときにお墓の中だったというのが、私と同じ昭和二十年に生まれた人の中には多いんです。
 それはどういうことかというと、あのありったけの地獄を集めたような戦争であったと言われる沖縄戦のときに、沖縄の人たちは当時の日本軍を友軍とも呼び皇軍とも呼んでおったわけです。ところが、沖縄の人たちが皇軍、天皇の軍隊あるいは友軍と呼んでおった日本軍はどうしたかというと、あの戦火を逃れて自然ごうやガマに隠れておった住民を砲弾の雨あられの中に追い出して、自分たちがそこに隠れた。それでやむを得ずお墓の中に難を逃れて、そこで生まれた。沖縄のお墓は本土のお墓のような小さなものじゃなくして大変大きなお墓なものだから、そこで生まれた。こういう悲惨な事実があるんです。私と同じ年のうちの女房のおやじは沖縄戦で亡くなりました。いまだに、どこで死んだのか、遺骨すら戻ってこないという状態。二十万余のとうとい命があの沖縄戦で亡くなりました。
 昭和の時代と言うときに、一体発議者の皆さん方は、沖縄の昭和の時代というのをどういうふうに認識をされているのか、沖縄戦についてどういうお考えを持っておられるのか。同時に私は、この見える昭和、見えない昭和の時代というのを、祝日法を改正するからにはもっともっと議論を尽くすべきだ、こういうふうに思っておるわけであります。要するに、なぜ今、昭和の日を定めるのか、みどりの日を変えるのか、そのことが私は多くの国民の理解が得られていないと思うんです。
 それでお伺いをいたしますが、一九四五年二月二十四日に、当時の近衛文麿首相が天皇に対して、もはや日本の敗戦は必至だから和平への決断をすべきだ、こういうふうに奏上されたというんです。それに対して天皇が、それはもう一度戦果を上げてからでなければ難しいのではないかと言ってこれを退けたということが、御案内の木戸幸一関係文書の中に出てくるわけであります。ところが、もう一戦果上げられないままにあの地獄のような沖縄戦になった、広島、長崎の悲劇につながったのであります。
 そのこととの関連でお伺いいたしますが、私が今具体的に指摘をした天皇の戦争責任というのを、発議者はどういうふうに考えておられますか。
#47
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 天皇の責任問題につきましては、この法案とは直接関係ないというふうに思っておりまして、発議者としては発言を差し控えさせていただきたい、こういうふうに思っております。
#48
○照屋寛徳君 昭和の時代を祝日法に入れようというからには、私は、そういうことは発議者としてどういうふうに考えておられるかというのをきちんと明らかにしないといけないと思います。私は本当にそういうことでいいのだろうかと思います。
 それでは、今私が申し上げました、昭和の時代の中で我が国にとって唯一地上戦が展開された沖縄戦、あの沖縄戦は、いろんな戦史研究家がこぞって、文字どおりこぞっておっしゃっているのは、国体護持のための捨て石であった、こういうふうに言っているわけです。
 発議者は、沖縄戦にはどういう御認識を持っておられるんですか。
#49
○委員以外の議員(須藤良太郎君) まことに痛ましい悲惨なところではなかったかと、こういうふうに思っております。
#50
○照屋寛徳君 たったそれだけですか。
#51
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 第二次世界大戦におきまして、世界の戦争の歴史の中にも残るような非常に激しい戦いが行われたわけでありまして、民間の人も巻き込まれた、こういうことでありまして、非常に心の痛む思いでございます。しかも、戦争が終わってからも長い間米軍の占領下にあったということでありまして、耐えられない苦痛ではなかったかと、こういうふうに思っております。
 その意味におきまして、我々といたしましても、同じ同胞としての沖縄の皆さん方が受けられたいろいろなつらさを考えますと、本当に胸が痛むというふうに考えております。そして、こういう苦難の中から今復興に立ち上がり、大変な努力をしておることに対しまして心から敬意を表する次第でありますし、照屋先生も大変な御活躍、御努力をされておるわけでございます。
 なお、この夏には沖縄でサミットが開催されるわけでありますけれども、これは御承知のように、小渕前総理の言葉を使いますと、万感の思いを込めてサミットの開催地として沖縄をお選びになった、こういうことでありまして、小渕前総理の沖縄に対する強い思い入れのあらわれであったと思っております。
#52
○照屋寛徳君 小渕前総理の思いはわかりましたけれども、発議者の沖縄戦に対する認識は全くわからない、明らかにしない、これでは私は情けないと思いますよ。
 要するに私は、昭和の時代といっても、どこで生まれ育ったのか、昭和の時代というその短い歴史の中でもそれぞれのかかわりがあるわけです。しかも、御案内のように敗戦を境にしてこの国の国家統治の基本も変わったわけです。それを一くくりに昭和の時代と。それを祝日にして国民こぞって祝う。いや、祝うんじゃなくして記念すると言ったって、そんなのはやっぱり国民は納得しないだろう、こういうふうに私は思うわけです。
 それでは、この法案の素案の段階では、戦争の惨禍を経て、新日本建設の礎が定まり、復興を遂げた昭和をしのび、国の将来に思いをいたす云々と、こういうふうに昭和の日の祝日の意義を書いてあったようですが、その中から戦争の惨禍云々というのは全く消えてしまう。それはどういう経緯なんですか。
#53
○委員以外の議員(須藤良太郎君) おっしゃるようなことは、衆議院のいわゆる議員立法として提出する段階で、そういう戦争の惨禍云々ということがあったというふうに思っておりますけれども、我々のこの参議院で始めた段階では、それは初めから入れていないわけであります。
 しかし、その戦争の惨禍という事実を否定するのではなくて、本法律案は、「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代」ということで、非常に惨禍の時代があったということも当然この趣旨に含まれていると。私は、要するに、そういう悲惨なことも十分この昭和の日に顧み、反省したらいいんではないか、こういうふうに考えておるわけです。
#54
○照屋寛徳君 沖縄戦の話をしましたけれども、私は長崎、広島の悲劇もそうだと思うんですね。戦争の惨禍というのは、これは決して抽象的なものじゃないと思うんです。
 御案内のように、憲法を制定するときに、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、」、「この憲法を確定する。」、こういうふうに言っておるわけなんですね。
 だから、沖縄戦の悲劇も、広島、長崎の悲劇も、これは政府の行為によって引き起こされた惨禍なんだということをしっかり押さえることが私は国会議員の義務だと思いますね。これが憲法を制定したこの国の理念であるということを忘れちゃいけない。そのところから、昭和の日として祝日法を改正することがいいかどうかということの議論を深めるべきだと私は思います。
 もう一点。私ども沖縄に住んでいる人間からいたしますと、戦後二十七年間、一九四五年から一九七二年までアメリカの軍事支配下に置かれました。憲法が全く適用されない状態でありました。
 居住・往来の自由も許されない。神奈川へ行くにも大阪へ行くにも福岡へ行くにもパスポートがないと行けない。そのために留学生が、当時留学生と呼んでおったようですけれども、本土の大学で学んでいる学生で親の死に目にも会えなかったというのがいっぱいおるんですね。勉強をしに行きたいけれどもパスポートがおりなくて大学へ行けなかったという人もいっぱいおるんです。
 基本的な人権も認められませんでした。米軍人軍属の犯罪によって命を奪われて、汚されても全く補償されない。本当に虫けらのように二十七年間扱われてきたんです。
 そして、今なお膨大な米軍基地を私どもは抱えております。
 そういう中で、大変ショッキングなのが、一九四七年九月に、昭和天皇が側近の寺崎英成をGHQに行かせて、GHQの政治顧問シーボルトに、アメリカが沖縄を二十五年ないし五十年、あるいはそれ以上軍事支配することは、アメリカの利益になるのみならず日本の利益にもなると、いわゆる天皇メッセージを発した。これは私たち沖縄の人にとっては大変衝撃的なことでありました。そのことは明らかです。
 発議者は、この天皇メッセージというのをどういうふうに評価しておられますか。
#55
○委員以外の議員(須藤良太郎君) お話がありましたので、いろいろ調べ、調べさせたんですけれども見つからないわけです。そういう意味でよくわかっておりません。
#56
○照屋寛徳君 それは失礼だと思いますよ。私は質問通告を早い段階にやって、レクをしましょうかと言って時間も設定したのに、発議者側の自民党の調査会みたいなところからレクは要らぬと言われたんです。それでそんな答えじゃ困るじゃないですか。それは私は、質問する私に対して大変失礼なことだと思いますよ。調べて、なかったなんてとんでもない話じゃないですか。私はこれはひどい話だと思いますね。
#57
○委員以外の議員(須藤良太郎君) 調べたんですけれども、わからなかったんです。
#58
○照屋寛徳君 調べたけれどもわからなかったというんじゃ、これは私は、発議者としてはその責務を果たしていないと思いますね。
 時間がありませんから進みますけれども、一九七八年の二月から五月にかけてNHKの全国県民意識調査というのが行われております。その一部だけ御紹介申し上げますと、天皇は尊敬すべき存在だと思いますか、そうは思いませんかという質問項目があるんですね。それに対して、全国平均では、そう思うが五五・七%、そうは思わないが二五・一%だったんです。沖縄はどうかというと、そう思うが三五・七%、これは全国で一番低い、そうは思わないが三七・一%で全国一高いんです。
 私がこういうNHKの意識調査を持ち出したのは、今申し上げましたように、昭和の時代ということについて、それぞれ歴史観や価値観が深くかかわってきてその評価が著しく異なる、そういうものを国民こぞって祝いなさい、記念しなさい、前へ進め、右向け、休めで号令をかけて祝日にするのが本当にいいんだろうか。これは私は、率直に違和感を覚えざるを得ないし、私のように昭和二十年にアメリカ軍の捕虜収容所で生まれた一人の人間としては異議を唱えざるを得ない。要するに私は、こういう法律というのは多数与党の数の力で押し切っちゃいかぬと思います。
 それから、国民こぞってというときに、本当にこの国民の中に、私を含めて百三十二万人の沖縄の人は入っているのかなと言わざるを得ません。
 私は、国会で一度、沖縄の人が日本国民になったのはいつですかと質問してみたんです。それを、レクの段階で、もうやめてくれ、こんなこと聞かぬでくれと法務省の幹部が来て言うんです。ようわからぬと言うんです。いや、調べて答えてくれと言った。そしたら何と言ったと思います、沖縄の人たちは旧国籍法が制定されたその時点で日本国民になりましたと言ったんです。ははんと驚きました。旧国籍法が制定された前の年に沖縄にも徴兵令が適用されて、沖縄の人たちも大日本帝国軍人として徴兵されているんです。それじゃ、この国は日本国民でない人たちも帝国軍人として徴兵をして兵隊に行かせたのかと聞いたら、もう黙って何も言わない。こういうこともあったんです。
 だから、私はあえていろいろ申し上げましたけれども、日本国民の中でも私たち沖縄の人たちは、琉球王朝という時代があり、それから、この国の近代日本の中では、いわゆる天皇制の中ではおくれた臣民かもしれない。私は、地方分権ということが実行段階に入ったこの新しい時代には、それぞれ地方の歴史を踏まえた休日があってもいいのではないか。国民がこぞって一斉に休む、こういう発想だけではいかぬのじゃないか。現に沖縄では、六月二十三日を慰霊の日として、沖縄戦終結の日として休日になっているわけであります。
 そういうことを踏まえますと、今度の法改正というのは、私は、地方分権の時代あるいは地方主権の時代、これからは明治以来の中央集権の考え方じゃなくして、それぞれ地方の人が地方の未来を考えていく、決めていく、そういうことからすると、祝日もそういう考え方に乗った定め方があっていいのではないか。こういう立場から、この法案には私は反対であるという旨を申し上げて、時間でありますので質問を終わります。
    ─────────────
#59
○委員長(佐藤泰三君) 委員の異動について御報告いたします。
 本日、林芳正君及び橋本敦君が委員を辞任され、その補欠として佐藤昭郎君及び林紀子君が選任されました。
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#60
○委員長(佐藤泰三君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#61
○委員長(佐藤泰三君) 御異議ないと認めます。
 これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。
#62
○林紀子君 私は、日本共産党を代表して、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に反対する討論を行います。
 反対の第一の理由は、昭和の日を国民に押しつけることは、戦前の侵略戦争と暗黒政治の反省に立って打ち立てられた憲法の国民主権と平和・民主主義の原則を踏みにじるものだからです。
 提案理由では、本法案の意義を「昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。」としています。しかし、この昭和という時代は、天皇が侵略戦争を推し進めた時代と、現在の憲法による平和と国民主権の時代という全く別の時代から成っており、それを一まとめにして、国民が祝い、感謝し、記念することはできません。
 反対の第二の理由は、新憲法のもとにつくられた祝日法の理念に真っ向から反するものだからです。
 戦前、天皇は神聖にして侵すべからずとした体制のもと、祝祭日は宮中行事、国家神道に結びついたものでした。それを戦後、主権が国民に移った以上、祝祭日も国民の祝祭日でなければならないとして、こうした祝祭日は排除したのです。今、二十一世紀の扉を開こうとしているときに許されない時代錯誤と言わなければなりません。
 反対の第三の理由は、本法案がまだ十分に国民に知らされていないにもかかわらず、反対が賛成を上回っている世論調査もあります。日を追うにつれて、マスコミからも多くの批判が上がっています。そもそも祝日は、国民がこぞって祝える日であることが大前提です。にもかかわらず、十分な審議も尽くさずに国会内の数の力を頼りに強行しようとすることは、歴史の流れにも、国民の意思にも反するものです。
 昨年の日の丸・君が代法、そして憲法調査会を改憲への足がかりにしようという動きなどとあわせて、本法案が戦前回帰の危険な動きであることに強い懸念を表明して、私の反対討論を終わります。
#63
○岩瀬良三君 私は、自由民主党・保守党、公明党・改革クラブを代表いたしまして、ただいま議題となっております法律案について賛成の立場から討論を行うものであります。
 昭和の時代は、我が国の歴史上、未曾有の激動と変革、苦難と復興の時代でありました。幾多の試練を克服し、現代日本の繁栄の礎を築いた先人たちは、平和で豊かな日本をつくるべく血のにじむような努力を重ね、この国を育て上げてこられました。
 今、平成の時代に入り、我が国は大きな時代の転機を迎えております。こうした時代の節目に当たり、過去の歴史を振り返ることによって、歴史の教訓を学び取り、来るべき未来に備えようとするのは当然のことでございます。
 現在の我が国の年齢別人口構成は、平成生まれが一割を超え、昭和生まれは約八割、明治、大正生まれは一割弱となっております。昭和の時代を身をもって感得した人々の記憶が風化する前に、昭和の時代が何であったかを見詰め直す必要があります。
 すなわち、昭和の時代が過去のものとなる前に、こうした先人たちの艱苦の上に今日の我が国の平和と繁栄があることを国民一人一人が再認識するとともに、今の日本のあり方について真剣に考える機会が必要なのではないでしょうか。
 祝日法の第一条は、「自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊かな生活を築きあげるために、ここに国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。」とされており、祝日とは本来、その国の歴史や姿を反映したものであり、国民生活の根本に根差したシンボルとも言えるものであることを示しております。
 本法律案の柱の一つは、祝日として昭和の日を設けることにより、昭和の時代を顧み、歴史的教訓を酌み取ることによって、平和国家、日本のあり方に思いをいたし、未来への指針を学び取ることにあります。
 昭和の時代に対する思いは各人各様であり、これからもさまざまな感慨を持って語り継がれていくことでありましょう。必ずしも楽しい思い出ばかりでないことは言うまでもありません。しかし、現代日本の歩んできた道を振り返り、すべての国民がともに思いをめぐらす機会としての昭和の日を祝日に加えることは、祝日法の趣旨に合致したものであり、有意義なことであると存じます。
 また、国民の祝日としてその趣旨が広く定着しておりますみどりの日についても、木々の若葉の美しいゴールデンウイークの五月四日とすることで、祝日の増加に配慮がなされつつ、しかも、緑豊かな自然に親しみ、その恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむという、この祝日の理念がより深まるものと存じます。
 以上のような理由により、本法律案に賛成の意を表するものであります。
 本法律案により、国民の祝日に対する理解と関心が一層高まることを祈念いたしまして、討論を終わります。
#64
○日下部禧代子君 私は、社会民主党・護憲連合を代表いたしまして、ただいま議題となっております法律案につきまして反対の立場から討論を行います。
 反対理由の第一は、昭和の日の創設に対し、国民的合意が形成されているとは言いがたい点にあります。
 昭和の時代が、国民にとって忘れがたい重みを持った時代であることはだれも否定できません。私たちの心に深く刻まれた昭和の時代を記念する祝日を設けるのであれば、なおさらのこと十分な検討を重ね、国民的合意を形成していく必要があると考えます。しかしながら、今回の改正案の提案は余りにも唐突で、国民の合意形成が図られたとは到底思えないのであります。
 反対理由の第二は、本改正案が、国民の祝日に関する法律の制定趣旨に反するものであるからであります。
 本法律制定の際の祝日選定基準は、参議院では、新憲法の精神にのっとることなど、衆議院では、新憲法の精神に即応することなどでありました。すなわち、祝日法は、戦後の新憲法の精神に基づいて祝日とする日を制定したのであります。しかるに、本改正案の提案理由では、戦前の明治憲法下の時代を含めて顧みるとされております。これは、戦前の明治憲法下の体制を肯定することにつながり、祝日法の趣旨に沿うものではありません。
 反対理由の第三は、みどりの日の扱いについてであります。
 みどりの日は、昭和天皇が亡くなられて間もなく、みどりの日という名称も昭和天皇にちなんだ、ふさわしいものとして制定されたものであります。制定されてから既に十二年が経過し、国民生活の一部として深く浸透しております。にもかかわらず、なぜ今この時期に日付を動かすのか、国民に納得のいく明確な理由が必要でありますが、それが全く明示されておりません。
 反対理由の第四は、アジア諸国を中心とする国際的な反発のおそれが大きいことであります。
 日本が四月二十九日を昭和の日として定めるということについては、侵略戦争の被害国であるアジア諸国は複雑な感情を持つでありましょう。反発さえ抱きかねません。アジアの一員として国際協力を求めていくことが二十一世紀の重要な課題となっている日本にとって、四月二十九日を昭和の日として祝日とすることが、正しい、合理的な行動であるとは到底思えないのであります。
 以上、四点にわたり、今回の改正案が合理的理由を持たないことを指摘し、本改正案に対する反対討論といたします。
#65
○委員長(佐藤泰三君) 他に御意見もなければ、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#66
○委員長(佐藤泰三君) 御異議ないと認めます。
 これより採決に入ります。
 国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#67
○委員長(佐藤泰三君) 多数と認めます。よって、本案は多数をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#68
○委員長(佐藤泰三君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 暫時休憩いたします。
   午後零時十分休憩
   〔休憩後開会に至らなかった〕
ソース: 国立国会図書館
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