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2000/05/16 第147回国会 参議院 参議院会議録情報 第147回国会 文教・科学委員会 第17号
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2000/05/16 第147回国会 参議院

参議院会議録情報 第147回国会 文教・科学委員会 第17号

#1
第147回国会 文教・科学委員会 第17号
平成十二年五月十六日(火曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月十二日
    辞任         補欠選任
     国井 正幸君     長谷川道郎君
     佐藤 昭郎君     亀井 郁夫君
     伊藤 基隆君     小宮山洋子君
     続  訓弘君     福本 潤一君
 五月十六日
    辞任         補欠選任
     田名部匡省君     岩本 荘太君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         佐藤 泰三君
    理 事
                岩瀬 良三君
                野間  赳君
                石田 美栄君
                松 あきら君
               日下部禧代子君
    委 員
                阿南 一成君
                有馬 朗人君
                井上  裕君
                扇  千景君
                亀井 郁夫君
                仲道 俊哉君
                長谷川道郎君
                江本 孟紀君
                小宮山洋子君
                本岡 昭次君
                福本 潤一君
                畑野 君枝君
                林  紀子君
                岩本 荘太君
                田名部匡省君
   国務大臣
       文部大臣     中曽根弘文君
   政務次官
       文部政務次官   河村 建夫君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        巻端 俊兒君
   政府参考人
       内閣官房内閣内
       政審議室内閣審
       議官       銭谷 眞美君
       警察庁長官官房
       審議官      上田 正文君
       文部省初等中等
       教育局長     御手洗 康君
       文部省教育助成
       局長       矢野 重典君
       文部省高等教育
       局長       佐々木正峰君
       郵政省電気通信
       局長       天野 定功君
       郵政省放送行政
       局長       金澤  薫君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○政府参考人の出席要求に関する件
○教育、文化、学術及び科学技術に関する調査
 (教育問題に関する件)
 (新しい学校教育確立のための教育改革推進に
 関する決議の件)
○議案の撤回に関する件
○独立行政法人教員研修センター法案(内閣提出
 、衆議院送付)

    ─────────────
#2
○委員長(佐藤泰三君) ただいまから文教・科学委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る十一日、広中和歌子君及び照屋寛徳君が委員を辞任され、その補欠として江本孟紀君及び菅野壽君が選任されました。
 また、去る十二日、佐藤昭郎君及び伊藤基隆君が委員を辞任され、その補欠として亀井郁夫君及び小宮山洋子君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(佐藤泰三君) 政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 教育、文化、学術及び科学技術に関する調査のため、本日の委員会に内閣官房内閣内政審議室内閣審議官銭谷眞美君、警察庁長官官房審議官上田正文君、文部省初等中等教育局長御手洗康君、文部省教育助成局長矢野重典君、文部省高等教育局長佐々木正峰君、郵政省電気通信局長天野定功君及び郵政省放送行政局長金澤薫君を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(佐藤泰三君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#5
○委員長(佐藤泰三君) 教育、文化、学術及び科学技術に関する調査のうち、教育問題に関する件を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#6
○松あきら君 おはようございます。公明党・改革クラブの松あきらでございます。初めて一番に質問をさせていただきます。
 去る五月五日に上野に待望の国際子ども図書館が開館をいたしました。式典に先生方もお出ましなさってくださったと思いますけれども、大臣はちょうどそのときに海外に御公務がございましたのでいらっしゃれなかったということでございますけれども、本当にすばらしい夢の子ども図書館ができました。これは御存じだと思うんですけれども、建物自体は明治三十九年に帝国図書館として建設されたものを、建築家の安藤先生が全部中を、私もこの間また党で視察に参りましたけれども、木目を生かした本当にすばらしい建物になっておりました。今まだ三分の一でございますけれども、これは建設省の方に伺いましたら、何と上の建物をつり上げて、下にマグニチュード七・幾つ、仮にこの間の阪神・淡路大震災以上の地震等が来ても子供さんたちを守れるだけの補強をきちんとした上にまたこの明治三十九年のを載せたということで、そういう意味でも新しい工法で、歴史的な建物を残した上でそういうことができたということなんですね。
 私も、河村政務次官の御配慮でシンボルマーク・標語表彰式の文部大臣賞のお手渡しをお手伝いさせていただきました。この間も行きましたら、本ももちろん、全部で最終的には四十万冊という児童書になるんですけれども、今はまだ少ない四万冊ほどでございますけれども、インターネットで外国の児童図書がどういうものがあるかも見られるし、また、お子さん方がインターネットを使いながら子供の本を、ちゃんと聞いているんですね、文字でも出てきますけれども、それを音声と絵で見ていました。私たちが行ったものでちょっとびっくりしたみたいですけれども。そういう意味では、本とともにそういった新しいIT、そういうものも使って世界に発信もできるし、またそうやっていろいろな楽しみ方もできるということだそうでございます。
 これは、私も子ども図書議連の事務局の一人として、まだごらんになっていらっしゃらない先生方はぜひ行っていただきたいなという思いでちょっと申し上げさせていただきました。
 今、教育問題というものが、きょうもテレビで朝からいろいろな問題をやっておりました。今、切れる十七歳とかいろんなことを言われておりますけれども、これはもう一概にどこが悪いから何が悪いからと、いわゆる教育ということだけでもくくれない、本当にすべてのことが関係しているというふうには思います。しかし、やはり子供を育てるのは学校の教育であり、また家庭の教育であり、教育という問題が本当に世界的にこれはもう大変重要なことだという認識はあるわけでございますけれども、今それぞれの国が模索をしているような状況かなと。
 そして、今、情操教育ということが言われておりますけれども、また半面、例えば大学生の頭がどんどん悪くなるという。この本では京大の先生、慶応の先生や埼玉大学の先生方がいろいろお話なさっていらっしゃるんですけれども、今もう超難関の国立の大学生が中学二年生程度の分数ができないという。そして、これは実名も挙げていらっしゃるから、御自身で慶応の先生がおっしゃっているんだからいいと思うんです。例えば、慶応の経済の学生が数学を受けないで大学へ入ってきて、昔はまだ高校生程度の数学ができたんだけれども、うちの大学の経済学部の学生がとおっしゃっているわけですけれども、中学校程度の分数もできないような状況になっちゃっている、これは非常にゆゆしき問題だと。
 こういう二通りの困った状況が出てきているわけでございます。情操的な教育も自信が持てない。あるいは学力の定義というのは、これは調べましたら学力の定義がないそうでございまして、これはもう学者の先生方、いろんな方が学力ということが定義できないとおっしゃっているんだから定義しろと言うのが無理なのかもしれないんですけれども、そういった一般的に言われる学力も落ちてしまっている。
 やはり私は、二十一世紀というものをどういうふうにとらえて、また総理は、倫理観や正義感、他者への思いやり、美しいものや自然に感動する心を持った人間として成長してくれることを願っている、こういうふうに承っておりますけれども、今現在のこのいろいろな状況をかんがみまして、地球よりも重いはずの命も軽んじられている、この状況の中でこれからどのように子供たちに教育というものを与えていこうかと、そういうお心をひとつ伺わせていただけたらというふうに思います。
#7
○国務大臣(中曽根弘文君) まず最初に委員から国際子ども図書館についてのお話がございました。
 もう言うまでもないことでありますけれども、子供にとりましての読書というのは、豊かな感性、それからいたわりの心、また情操教育等いろいろな面で大きな効果があるわけで、大変大切なものだと、そういうふうに思っております。
 このたび、国際子ども図書館設立推進議員連盟、私も一員に入れさせていただいておりますけれども、多くの関係者の皆さんの御努力によりまして、我が国初の国立の児童書専門図書館として国立国会図書館国際子ども図書館が開館したということはまことに喜ばしいことだと思っております。
 私も、文部大臣それから科学技術庁長官を拝命しておりますけれども、総理から国立国会図書館連絡調整委員というお役も辞令をいただいておりまして、そういう立場からも大変に喜ばしいことだと思っております。
 開館の記念日に当たりました五月五日には、ちょうど日米科学技術協力協定に基づく第八回日米合同の高級委員会等がアメリカでありまして、そちらに出席いたしましたために、この図書館の方の開館の式典に出席できなかったのは大変残念に思っておりますが、できるだけ早い時期に訪問をしたい、そういうふうに思っているところでございます。
 ことしは、衆参両院で御決議をいただいて子ども読書年とされているわけでありまして、私ども文部省といたしましても、これを記念としてさまざまな施策を新たに実施することとしておりますけれども、子供の読書活動が一層進むように努めていきたい、そういうふうに思っております。
 それから、大学の学力の低下等についてのお話もありました。御指摘のように大学生の学力の問題がしばしば取り上げられておるわけでございまして、私どもも、そのようなことが実際に進んでいるということであれば大変憂慮すべき事態だと、そういうふうに思っております。
 大学への進学率がずっと上昇しているわけでありまして、高等教育の大衆化ということになろうかと思いますけれども、高等学校における教育内容が非常に多様化してきているということによりまして、大学の入学者について一律に一定の履修歴を備えている、そういうことを要求することが非常に難しくなってきているわけでありますけれども、こういう中で、各大学がそれぞれの個性とか特徴を発揮しながら学部段階における教育機能の充実強化を図って、そして卒業生の質を確保するということが重要である、そういうふうに思っております。
 それから、倫理観とか正義感とか、そういうことについてどのように教えていくつもりかということでございますけれども、人間が生きていく上で、正義感とか倫理観とかあるいは他人に対する思いやりとか、これは一番大切な規範であると思いまして、子供たちにこれらはしっかりと身につけさせるということが必要だ、そういうふうに思っております。
 そのためには、家庭のみならず、学校や地域社会が一体となって取り組んでいくということは当然のことでありますけれども、新しい学習指導要領におきましては、家庭や地域の人々の協力もいただきながら、特に自然体験活動が道徳心を養うという意味で非常に効果があるというような調査結果も出ておりますし、そういう点からも体験活動を活発にやっていただきたい。自然体験活動、福祉体験活動等ありますが、そういうような中から道徳教育の充実を図っていきたい、そういうふうに思っているところでございます。
#8
○松あきら君 本当に幾ら時間があっても教育問題というのは語り尽くせないお気持ちが大臣もおありだろうと思います。
 私は、一つ本当に今、例えば大学の問題でいいますと、もちろん大臣もよく御存じだと思うんですけれども、日本の入学試験のやり方、あるいは諸外国の入学試験のやり方、いろいろさまざま違うんですけれども、もちろん私立大学に対して、経済学部あるいは理工学部のことも出ていますけれども、超有名な私立の理工学部で数学ができないと、じゃ、あなたのところは試験に数学を入れなさいとかそういうことはおっしゃれないと思うんです。
 でも、うちの子供は中学からイギリスの学校へ行っておりまして、今、大学院と申しましょうか、法学部へ行っておりますけれども、例えばオックスフォードのあるカレッジの法学部、これは、Aレベル三つ以上取れば、あそこはちょっとあれが違うんですけれども、美術と音楽と歴史でAを三つ取ってオックスフォードのあるカレッジのローに入っている子がいるわけです。そういうことがケンブリッジでもロンドン大学でもあるわけですね。だけれども、一たび入れば、後はその都度の学期の試験というのはとても難しいですから、きちんとその試験に受からなければどんどん落第させられちゃうんですよ。
 だから私は、もちろん文部省なりが私立の大学でこの試験科目をさせなきゃだめですよというようなことは言えないでしょうけれども、仮に指導的に言えば、入るときは自分の得意の科目がこの程度までとれればいいという入学試験のやり方には私は賛成なんですよ。だけれども、その後できちんと数学ができない経済学者が出てどうするんだと。やっぱりそういうことはそれぞれの学部に応じて、入った後をきちんと、出るのが難しいというような状況にしなければますますこの問題は解決していかないんではないかなというふうに思うわけですね。ですから、そういう意味でも、外国のいいところは取り入れる、やはりそういう決意で指導を私立の学校に対してもすべきじゃないかなというふうに思うわけでございます。
 それから、今道徳の話が出ました。道徳というと非常に古いように思われる方がいるかもしれませんけれども、私がおりました宝塚というところは、そういう意味ではある種道徳の塊みたいな学校でございまして、一年上の方が音楽学校へ入って言うことは、カラスが白いと言ってもそうであるというぐらいの厳しさがありまして、これはちょっと例えですけれども。もちろん普通の学科もあります、音楽学校のときは。実技はもちろんたくさんあるんですけれども、そういうこと以外に、それこそ宿舎での歯の磨き方からおふろの入り方から掃除、洗濯の仕方まで決まっていまして、変な話ですけれども、私なんかは家で甘やかされておりましたから、おふろに入るときもどれぐらいお湯を使ったらいいかなんということを余り考えないで入学をいたしましたので、入ったらまず二回お湯をかけて、きれいに全部洗って、最後に一回だけ湯舟につかりなさいと。私はいまだにそれが身についているんですね。なぜそうかというと、たくさんの人がおふろに入って、何でもどんどん使えばいいということじゃなくて、おふろも汚さないでと。それは一つの例ですけれども。
 私は、こういうことだって、道徳なんという言葉じゃないけれども、そういうものにもつながっていくんじゃないかなということを考えますと、今の家庭の中のあり方、お父さんお母さんの考え方、こういうものが非常に子供たちの根底には流れているんじゃないかな、これが大事じゃないかなと思うんですね。
 きょうも、いつも時間が知りたいのでテレビをつけておりましたら、当時十七歳の少年がずっとストーカー行為をして、十六歳の少女を殺してしまったこの少年は、少年法で守られる、死刑にはならない、どんなに重くても五年から十年の刑で、しかも実際そういうふうに科せられても半分ぐらいで出てこられるというのを知っていて行ったということを供述しているというのが新聞にも出ておりましたけれども、テレビでもやっておりまして、これも何と言っていいのかわからないなと。
 そして、その少年だけじゃないんですけれども、いろんな事件で捕まった少年の話を聞いていましても、非常に高学歴のすばらしいお勤めをなさっている御両親で、この三年間に一緒に両親と三人で夕食をしたことが一回もないと。そして、捕まったときも、すぐ弁護士さんに親御さんが連絡をして、非常に優秀な弁護士さんに何百万か手付をまず払って、そしてしっかり弁護してほしいということで、捕まってずっと会いに来ていないという。その弁護士さんがお話を聞いた時点でもう一週間か二週間かたっているのに、子供さんに親御さんが会いにも来ない。だから許されるとは思っていません、もちろん思っていませんけれども、何かすごく私も非常に考えさせられました。ちょっとこれは質問とは違うんですけれども。
 それで、私、この委員会でも毎回言っていることがあるんですね。それは、先ほどの学力という点とはまたちょっと違う観点なんですけれども、今いろんなことで学校に行けなくなってしまっている子供たちも多いわけで、そういう子供たちが、例えば高校を中退してしまってちょっと風太郎をしていたんだけれども、いろんなところでアルバイトなんかもして社会を経験して、ああこれは自分でもやっぱり働きたいなと、そして、こういう社会経験をしたから、こういう専門的なことをちょっとだけ学んだから、じゃ専門学校へ行ってもう一回何か自分で新しい道を見つけよう、こういうふうに思ったときに、専門学校へ入るのには、大検の試験を受けなければこういう専門学校も受けられないんです。有馬先生もうなずいていただいておりますけれども、大臣のときにもたしかこの話は申し上げたというふうに思うんです。そのときも何回も私言っているんですけれども、いつもお役所のお答えは、大検の試験は昔ほど難しくございません、かなり易しく、易しくという言い方は変なんですけれども、受けやすい状況になっておりましてという説明も前にもいただいたんですけれども、これはすごいんですよ。十一科目か十二科目は必須で、そのほか何科目かは選択で、とても難しいんですね。
 私は、仮に高校卒業の認定試験というものが別にあれば、これは本当に子供たちが多様な生き方ができると。大検をすんなり通るぐらいだったらこんな簡単なことはない。私も前にちょっとこの大検の問題を持っていました。何人かの先生がごらんになって、僕こんなのわかんないなとか、私これはできないわなんておっしゃっていましたけれども、かなりこれは難しいですよね。
 ですから私は、やはりここで、最低限高校のレベルでこの程度は、それも本当に最低限の科目と申しましょうか、その科目で認定が受けられるという制度をつくれば、仮に専門学校へ行くにしてもあるいは専門学校へ行かないにしても、何か自分は挫折をしてしまって高校も出られなかったという一生の負い目もこれで救われる人もいるんじゃないかなと。ですから、両方のことを考えていかなければやっぱり私はバランスを欠くのではないかなと。これは最初質問したときはまだ反応はなかったんですけれども、その後いろんなところから高校卒業認定試験をつくるべきだなんという陳情もいただいたり、ああ同じような考え方の方も随分ふえてきたなという思いでございます。
 正式なお答えは、それは無理だとかそういうお答えになるんでしょうけれども、ぜひ私は、文部大臣の個人的なお気持ちでも結構でございますから伺わせていただきたいなというふうに思います。
#9
○国務大臣(中曽根弘文君) 大検と別に高等学校卒業の認定試験制度のようなものを創設すべきではないかというようなお話もありましたけれども、今の大学入学資格につきましては、これは高等学校を卒業するということを前提としているわけであります。したがいまして、高等学校の学習指導要領、これに基づいた学習内容を履修した者と同等以上の学力を修得した者について大学入学資格を認めるということになっているわけでありますけれども、高等学校においては、学校長が生徒に対してその当該高等学校の全課程を修了したかどうかということを認めるということになっているわけであります。この大学入学資格検定試験いわゆる大検は、高等学校を卒業していない人に対して広く高等教育を受ける機会を与えるために設けられている制度でありますから、大学入学の資格の付与という点におきましては、大検の合格者は高卒者と同様に取り扱われているわけでございます。
 高等学校の卒業というものは、高等学校に在学をして、その学習の成果に基づいて今申し上げましたように学校長が認定することでありますから、こういうような基本的な仕組みと別に、新たに高等学校卒業認定試験のような統一的な試験を創設するということにつきましては、今委員の御意見も十分に拝聴いたしましたけれども、私はさらに慎重に検討しなければならないと、そういうふうに思っております。
#10
○松あきら君 その同等以上ということがどういうことなのかなというような気持ちもいたしますけれども、今私が申し上げたのは、例えばさっきのイギリスのAレベル、十六歳ではGCSEがありまして十八歳でAレベルですけれども、AレベルとかGCSEの考え方に近づけるんじゃないかなと思うんですね。
 つまり、Aレベルというのは今お話ししたように、三つ以上Aがとれればこういう科目でどこの大学ですよ、B、Cだとどこですよと、向こうはそういうような分け方をするんですけれども、というのはつまり、この科目をこれだけできなければ受からせないよということじゃなくて、十八歳ぐらいまでは自分の好きな得意な分野を伸ばしなさいと。得意な分野を伸ばしてそれが認められれば、じゃ例えばオックスフォードの法学部でも入れてあげますよと。だけれども、一たん入れば、これはきちんとその学部にふさわしい学力がなければ落としますよということですから、例えば高校卒業認定試験を受けた、それはすごく易しいレベルである程度つくったとして、そして大学を受けて、大学がとりたくなきゃそこで落とせばいいし、あるいはこの子はそういう何か違う能力があると思えばまたとって、大学の中で学力がついていけなければまた落とせばいい、そういう意味で私はこの高校卒業検定試験もつくったらどうかなというふうにお話ししているんです。
 ですから、その考え方を根底から変えていただかないと、これは私はもう先へ進まないというふうに思うんです。大検を何が何でも取らなければ専門学校にも行かれないなんということの、もうちょっと切りかえをそろそろ文部省もやっていただきたいし、もう何回も何回も言うようですけれども、絶対これは私は必要だと思います。
 本当に今子供たちのいろいろな事件を少しでも解決したい、あるいは子供たちの情操的な面を伸ばしたい、道徳心を伸ばしたい、他人を思いやる心を伸ばしたいと思うのであれば、まず文部省の頭の中をひとつ掃除をしていただいてもう一回認識を改めて考え直していただきたい、これは要望でございます。
 ことし四月に大学に入学した一年生から教員養成のカリキュラムが変わるというふうに伺っておりますけれども、これはどんなものか、ちょっと時間がなくなったので簡単に説明してください。
#11
○政府参考人(矢野重典君) 平成十年の教育職員免許法の改正によりまして、御指摘のように教員養成カリキュラムの改善が行われまして、本年四月の大学入学生から全面的に新しいカリキュラムが適用されることとなっているところでございます。
 この教員養成カリキュラムの改善は、使命感、得意分野、個性を持ち、そして現場の課題に適切に対応できる力量ある教員の養成を目的としたものでございまして、具体的には、学校教育活動の遂行に直接資します教職に関する科目の充実を図りますとともに、大学が社会的要請を踏まえまして主体的にカリキュラム編成を工夫できるよう教科または教職に関する科目の区分を設け、選択履修方式を導入したものでございます。
 具体の内容といたしましては、教員志願者に教師、教職とは何かを熟考させ、使命感をはぐくむための教職の意義等に関する科目、また中学校における教育実習の延長、さらにはカウンセリングにかかわります内容の必修等を内容とする改善を行っているところでございます。
#12
○松あきら君 教員養成審議会は、教員を目指す学生が日常的に学校現場を体験できる拠点校を求めるというふうになっているんですけれども、学生の受け入れ体制の整備というのはどういうふうになっているでしょうか。
#13
○政府参考人(矢野重典君) 委員御指摘のように、昨年の十二月のことでございますが、教育職員養成審議会の第三次答申におきまして、大学と教育委員会との一層の連携を深めるための方策として、教員を希望する学生が日常的に学校現場を体験できるような学校の受け入れ体制を整備することにつきまして、拠点校を相当数設けるなどの方策も含めて、都道府県段階等で検討することが必要である旨の提言がなされたところでございます。文部省としては、この答申を受けまして各都道府県教育委員会に対しまして、教員養成にかかわります大学との連携方策を充実するための取り組みにつきまして、積極的な対応をお願いする旨の指導通知を発出したところでございまして、文部省といたしましては今後とも、大学と教育委員会の関係者が協議する場でございます教員の資質向上連絡協議会というのがございますが、この場を通じまして先ほど申し上げましたような取り組みの充実を図っていくことといたしているところでございます。
#14
○松あきら君 教員養成系大学の鳴門教育大学では、大学の図書館に児童図書室というのをつくったんですね。これちょっと佐々木教授がお話しなさっていらっしゃるんです。これ読みましたらすばらしいんですよ。
 大学というところは本来、地域に公開されなければいけないんですけれども、日本の場合は、産学協同とか体育館を貸したりという以外はやっぱり閉じられていると。今回この図書室をつくりましたら、子供さんがもちろんそこへ来る。そしてお母さんたちも自由に入ってくるわけですよ。もちろん、その本というのは学校のものですから貸し出しするのなんかは難しいかなというようなことがあったんですけれども、これはやってみると非常に上手にいっていると。しかも、学生がそこの子供さんや何かが児童図書室にいるところに入ってきていろんな話を聞く。お母さん方が来ていらっしゃると、今度はお母さん方に、私こう思っているんですよ、ああ思っているんですよという話を聞けるとおっしゃるんですね。
 ですから、学校教育に何が望まれているかという意見がどんどん聞けて、本当に学生に情報がたくさん入ってくる。しかも、例えば雨の日なんかは漁師の方までそこに来てくださって、いろんなボランティアの活動なんかもできるようになって、学生がこの図書室ができたということを非常に喜んでいるということを私も読んだわけでございますけれども、こういうことをぜひ私はほかの教員養成系大学でもやっていただきたいと思います。
 これは政務次官にお願いいたします。
#15
○政務次官(河村建夫君) 今御指摘ありました鳴門教育大学の子供図書館でございます。これは、週三回、しかも土日が開放されているということもありまして、非常に私は意義のあることだと思って評価いたしております。今後、教員養成課程を持っているような、教育学部を持つような大学なんかにもこういうことをしっかり紹介をいたしまして、特にやっぱり子供さんとの触れ合いもできるということでございます。
 ただ、大学の図書館というのは学術研究の場でもありますから、この鳴門教育大学のものは別途設けたそうでありますので、工夫は必要だと思いますが、大変いい試みだというふうに思います。
#16
○松あきら君 ぜひよろしくお願いいたします。すばらしい効果が出ているということでございます。
 それから、私も今、党の方で子ども読書プロジェクトというのをつくっておりまして、いろんな司書の先生に来ていただいてお話を伺ったりしているんですけれども、読み聞かせが本当に、もう大人の私たちが聞いてももっと聞かせてほしいというぐらい夢があるんですね。
 そして、その司書の先生がおっしゃるには、絵本を見せるのもいいんですけれども、お母さんじゃなくてもいいんですけれども、大人が、小さいときにまず言葉を話して聞かせてあげる、これが非常に子供のいろんな情操的な教育というか心の発達に大事だということなんですね。しかも、その子供の読み聞かせは必ずハッピーエンドじゃなきゃいけないと。そして、子供は何回も何回も同じものを読んで読んでと言うけれども、この繰り返しが非常に大事であるということなんですね。
 私は、今ITというものなしでは世界が動いていかれない、本当に情報化の時代です。しかし、ITというのはまた反面バーチャルでありますから、犯罪にかかわっている青少年たちもインターネット等でいろんなことを発信したりなんかしているわけですけれども、ITというものが進んでいくのであれば、その原点である読書あるいは読み聞かせ、こういうものを非常に大事にしていきたい。
 そういう意味では、もうここで終わりますけれども、今、日本全国千八百カ所に小さな個人的な文庫があるというふうに聞いております。そしてその文庫は、自分たちの子供たちのために本がたくさんたまったから近所のお子さんにも見てもらおうということで始められたり、そういうことなんですけれども、人件費がただだからこれが運営していかれると。
 しかも、ある方がNHKで取材に来たときに、たまたま読んでいる男の子に、立派な図書館がそばにあるのに何でこのちっちゃな文庫に来ているのとそのお子さんに聞いたら、そのお子さんが黙ってきょとんとした顔で、ここにはね、優しいおじちゃんとおばちゃんがいるから、本も楽しいしお話も聞いてもらえるよ、こういうふうに答えたそうでございます。
 そういうことで、小さな文庫にもまたいろいろな意味で援助といいますか、それもしていただきたい、これを要望して質問を終わらせていただきます。
#17
○林紀子君 日本共産党の林紀子でございます。
 中学生による五千万円の恐喝事件、十七歳の少年によるバスジャック事件、殺してみたかったという動機の愛知の女性殺害事件、また十六歳の少年による高校生リンチ殺害事件など、少年による重大な犯罪がまさに頻発しております。そして我が国社会を震撼させております。
 私は、被害に遭って亡くなった方に心から御冥福をお祈りするとともに、遺族の方々、またけがをされた方々が一日も早く回復なさるように願ってやみません。
 まだ事件は断片的にしかわかっていないわけですけれども、そしてこれはいろいろな問題が絡み合って起こった事件だということも言われているわけですけれども、きょうは文教・科学委員会なわけですから、文教・科学委員会として、学校や文部行政に問題点はなかったのか、こういう角度から深めていくことがぜひ必要なのではないかというふうに思うわけです。
 バスジャックの少年は、第一志望の高校に入学できなかったことが引きこもりの原因になったと言われております。また、ある識者は、愛知県豊川市の高校生について、優等生の犯罪ということで衝撃が大きいが、むしろ優等生ゆえ社会から孤立してしまい、最悪の結果を招いたのではないかと。優等生というのは、受験戦争に勝ち抜くために、子供の時代から対人関係が希薄になり、他者への共感、生きる技術が不足する傾向があり、親や周囲も、あの子は頭がいいからだということで、こうした危険な孤立には気がつかなかったということも指摘しているわけです。
 各紙の報道でも、事件の背景として、受験万能の教育や偏差値重視の受験教育、これを指摘した声はたくさんあります。
 ですから、私はここで大臣にお伺いしたいのですが、こういう事件を通して、受験競争の教育に今徹底的にメスを入れる、このことがどうしても必要ではないかと思いますが、大臣の御認識というのはいかがでしょうか。
#18
○国務大臣(中曽根弘文君) 私たちも、受験競争の弊害、いわゆるかつて受験地獄とよく言われましたけれども、こういうものが児童生徒に与える悪影響といいますか、そういうようなものについては配慮をしなければならないということでいろいろ制度の改革等行ってきているところでございます。
 これは、小学校段階から高等教育段階までの中でどういうふうに受験のシステムを改善していくかということであろうかと思いますけれども、話がちょっと広がりますけれども、一つは、一番川下であります企業、いい会社に入るために有名な大学に入りたい、有名な大学に入るために大学合格率の高い高等学校に入りたいというような風潮がかつてもありました。
 そういうところから、企業側におきましても、社員の選考に当たりましては、単に学力のみでなくて、個性とかあるいは学生の特技とかそういうものも配慮した上で採用していただければと、そういうふうに思ってもおりましたし、そういう傾向にもなっておるということで、好ましいことであると思っております。
 大学等における入学試験でありますが、そういう意味では最近随分と改善をされてきている、そういうふうに思っておりまして、さらに受験競争が激化しないようなことを、私どもも研究をし、大学側においてもそういうような形で選考が行われるように対応をとるように私どもも努力をしていきたい、そういうふうに思っております。
#19
○林紀子君 今、いろいろ改革をなさってきたというお話がありますけれども、それは高校の多様化路線というものだと思うんですが、これは教育の複線化というようなもので、決して解決にはならなかったと思うんです。
 私が今大臣に特にお願いしたいと思っているのは、大学も確かに入試はあります。しかし、高校の入試というところなんです。十四歳、十五歳の子供が高校の入試というのを受けるわけですけれども、十五歳というのはまだ本当に人生の初めだと思うんです。ところが、その人生の初めで、高校入試によって人間の中身や人生の方向まで序列で決められてしまった、そういうような思い込みをせざるを得ないような重圧というのが子供たちにかけられているわけです。
 私も、NHKが出版しました「十四歳・心の風景」という本を見たんですけれども、これは、あの神戸の連続殺人事件、あれを契機に番組をつくるということで、普通の十四歳の子供たちに話を聞くということで番組を構成しまして、それを本にまとめたものなんですけれども、これを読みますと、高校受験に追われる日常生活の中のいら立ちがどんなにたまっているのか、このことがよくわかるわけなんですね。
 たくさんの子供たちに聞いているわけですけれども、こういう一文がありました。「ストレスがたまると人にバレない場所で、いろんなモノを壊したりして、発散している。」、「家の中に入ってきた猫は、エアガンで撃ちまくる。すごく気持ちいい。」、「人を殺したいって思ったことは何回もあります。」、十四歳の子供の言葉です。また、「高校進学のことで頭がいっぱいで、人生の悩みを話し合う心のゆとりはない感じですね。」、人間の尊厳などということを話し合ったら、それだけで浮いてしまうということも言っているわけですね。いじめも不登校も暴力も、中学校で一番起きているわけですね。
 大臣は、ぜひこういう子供たちの声にこたえて、高校の入試、これをもうやめる、なくす、こういうところをぜひ真剣に今だからこそ考えていただきたい。そのことを思いますが、いかがですか。
#20
○国務大臣(中曽根弘文君) 高等学校段階の生徒のいろいろな能力とか適性とかあるいはその関心事とか、非常に最近は多様化しておるわけでありまして、学校におきましては、学科等の特色にも配慮をしながら、生徒が教育を受けるに足る能力を持っているかどうか、あるいは適性があるかどうか、そういうことを判定するために入学試験を、選抜を行っているわけでございます。
 そしてさらに、そういう能力とか適性に加えまして、意欲とかあるいは学校内外におけるさまざまな活動の経験とかいうような観点から、生徒の長所とか特色とか個性とか、そういうものも積極的に評価ができるようにということで、選抜方法につきましても多様化を図っておりますし、また、評価の尺度につきましても多元化の方向で入学者選抜の方向を今改善をしているところでございます。
 また、昨年四月から、委員御案内のとおり、中高一貫教育の導入とあわせまして、中学校と高等学校の垣根をできるだけ低くしよう、そういう観点から、高等学校の特色をより一層生かした選抜を行うことができるように、調査書または学力検査のいずれをも用いなくても他の方法によっても入学選抜ができるように、そういうふうに可能にしたところでありまして、連携型の中高一貫教育校などでこういう趣旨がより生かせるように積極的に努めていきたい、そういうふうに思っております。
#21
○林紀子君 中高一貫教育のお話がありましたけれども、これは各県にほんの少々しかないわけですね。これからの計画もそうですね。これはかえって競争を激化させているという状況があるわけです。
 高校の受験というのはなくてはならないような御返事でしたけれども、しかし、では五十年前に高校が新しくできたときにどういう考え方でできたか。これは、希望者全員入学を基本にということで誕生したわけですよね。一九五一年の文部省の通達では、高校は、「国民全体の教育機関として、中学校卒業者で希望する者は、すべて入学させることを立前とし、」、「なるべく多くの志願者を入学させること」、こういうふうに言っているわけですね。だから、こういうことが基本的な考え方だったわけじゃないんですか。ところが、一九六三年には学校教育法施行規則を改正して、志願者が定員を超過すると否とにかかわらず学力検査を行う、こう言って、適格者主義という観点から選抜試験の恒常化が図られた。
 ですから、大臣にぜひ、このバスジャックや愛知の殺人、ああいうことが起こったその根底には、こういう子供たちが受験の重圧で本当に心がすさみ切っている、なかなかそれをあらわせないからああいう形で突発的に起こってくるんだと、この高校受験の重圧というのを大臣に我が身のこととして本当に真剣に考えていただきたいと思うんですね。
 そして、今、少子化という時代になってきたわけですから、五十年前の全員入学をさせるというその基本に立ち返って、今、高校の進学率も九七%になっているわけですから、全部受け入れるという数の面では受け入れの体制があるわけですね。あと三%ですよ。中には行きたくないという子もいるでしょうから、その子まで無理に入れということにはならない。そういう意味では、少子化であり、そしてもうほとんど全入に近くなっているわけですから、わざわざここで入試をして子供たちを苦しめて、そしてこんな事件を頻発させるようなことというのは、本当にここを何とかしていくという立場で文部省はきちんと研究をしていくべきじゃないですか。五十年前に戻って本当に研究をしていく、そのことに足を踏み出していただきたいと思います。
#22
○国務大臣(中曽根弘文君) 昭和何年だか今ちょっと私忘れましたけれども、委員御指摘のようなことだったと思いますけれども、その後、高校進学希望者がふえまして選考せざるを得なくなったのだと思います。
 この入学選考につきましては、先ほど申し上げましたような改善が図られているところでありますし、委員の御趣旨はよく理解できますので、受験生たちが、特に大事な中学校段階において、この青少年時期が勉強のみならず人間的な成長を図るという意味からも、伸び伸びとしたそういう時期が送れるような形を考えながら入試制度を行っていかなければならないと思います。先ほどもちょっと申し上げましたけれども、選抜方法を多様化したり、あるいは評価の尺度を多元化していくということが一つの方法であろうと思います。
 私も高校受験をやりまして、中学の特に三年の時期というのは、今思い出すと、苦しいということは、時間がたちましたからそういう気持ちは残っておりませんけれども、そういう時期が大事な時期だということを考えますと、今後も改善を図っていく必要があろうかと、そういうふうには思っております。
#23
○林紀子君 大臣もお時間がこの後あるということですので、最後に一言。
 今、研究をするとおっしゃいましたけれども、それは入試を研究するということに私には聞こえたんですね。そうじゃなくて、入試そのものをやめるという方向でぜひ研究をしていただきたい。
 これは、国連の子どもの権利委員会からも、日本は「高度に競争的な教育制度並びにそれが結果的に児童の身体的及び精神的健康に与える否定的な影響に鑑み、委員会は締約国にたいし、過度なストレス及び登校拒否を予防し、これと闘うために適切な措置をとるよう勧告する。」と勧告をされているんです。
 この勧告を本当にきちんとやっていく。今までは何にもしていないと思うんですけれども、これをきちんとやっていくためには、この高校入試から、この重圧から子供たちを解放することだ。各国でも、アメリカ、イギリス、カナダなどの国々では、一部の私立のエリート校というのはもちろんありますけれども、ほかの公立の高校というのは入試はない。それが世界並みなんです。それが世界の常識なんです。日本もぜひその世界の常識に合うような研究をしていただきたい、検討をしていただきたいということを再度お願いいたしまして、大臣はお時間ですから、残念ですけれども、この後は政務次官の方に伺わせていただきたいと思います。
#24
○国務大臣(中曽根弘文君) 入試につきましては、先ほどから申し上げておりますけれども、多元化していくということを検討していかなければならないと思います。ただし、高等学校における学力の水準の維持といいますか向上も必要でありますし、そういう意味では、単に高等学校の入学試験を廃止するかどうかということよりも、全体的な教育制度を考えながら高等学校の入試をどうするかということが重要だと思っております。教育改革国民会議も発足をいたしまして、幅広くそういう学校制度についても議論いただけるということでございますし、私ども文部省といたしましても、先ほどから申し上げましたように、いわゆる受験の苦しみというようなもの、勉強するということは大切なことでありますから、そういうことも必要とは思いますけれども、できるだけそういう青少年時代に伸び伸びと勉強しまた成長していけるような、そういう試験制度あるいは学校制度というものを引き続いて検討していきたいと思っております。
#25
○林紀子君 試験がなくなったら勉強しなくなるんじゃないかというのは大間違いで、やっぱり勉強というのはその中身で、本当に子供たちが楽しく勉強していく、知的なものを獲得していく、その喜びというのが学校にあって当然のことなんだと思うんですね。
 大臣は御退席なさいましたけれども、これもぜひ大臣にお聞きしたいところだったのであれなんですけれども、学力ばかりで入試というのは考えないからということも盛んにおっしゃいました。意欲、そういうものもはかるんだということをおっしゃいました。
 ところが、この受験競争と相まって子供たちに重圧を与えているのが入試のときの内申書なんですね。特に、九三年から偏差値教育の追放ということで、知識・理解力の評価から、今まで大臣もおっしゃいました意欲、関心、態度、これを評価することになったというふうに思うわけです。
 しかしこれは、子供たちは学力だけでなく、授業の態度や先生に対する態度、人柄などすべて評価されることになりました。これはまたこれ以上強いストレスはないんじゃないかと思うような状況なわけですね。ですから、態度が見られるということで、授業中に無理をして一生懸命手を挙げるとか先生の気に入るように振る舞うとか、まさにいい子競争だということが言われているわけですね。人格まで評価するような観点別評価というのは子供たちにとってますます大きなストレスになっているわけです。
 私はいろいろな例を九三年以降聞いておりますけれども、これは子供たちと先生の信頼関係も断ち切るということなんです。
 例えば、先生がこんなふうに言っているんです。生徒会に立候補して一年生からまじめにやってきた子に、おまえ点数が高くなるな、よかったなと思わず言ってしまった。その子は本当に生徒会を一生懸命やろうと思ってやっているのに、それが点数で見られるということは子供たちの心をどんなに傷つけただろう。それからまた、子供たちが休み時間なんかに先生のところに寄ってきて、先生疲れただろう、肩もんでやろうかなんと言うんだけれども、そのときに、いや、この子はもしかしたら点数をよくするために自分の肩ももうと言ったんじゃないか、そんなことを思うその自分の心に対しても非常に悲しい思いをする。先生もこうなんですよ。
 ですから、そういうことでは、この観点別評価、これはどうしてもやめるべきではないかというふうに思いますが、いかがでしょうか。
#26
○政務次官(河村建夫君) 入試を成績だけではなくて全人的に見ようということで、こういう評価、評定をちゃんとやらなきゃいけない、これはやっぱりやらなきゃいけないことだろうというふうに思っておるわけですが、今御指摘のような観点別評価というところまできますと、おっしゃるようなことが想定できるわけでございますので、調査をいたしたのでありますが、その観点別評価を点数化しておる県が一県あったわけであります。茨城県がやっておったのでありますが、これも、今御指摘のようなこともありますので、平成十三年度の入学者選抜からは点数化をしないという方向になっております。そのことはそういうふうに私は聞いておりますので、今御指摘の点は十分配慮されておるというふうに思います。
#27
○林紀子君 評価というものは、科学的で客観的に決められた一定の目標と基準に照らして児童生徒の学力がどの程度身についているかというのを確かめる、学習の成果と弱点をつかんで、成果はさらに伸ばして弱点を克服する、そういうものだと思うわけですね。
 バスジャックの問題、こうした事件について読売新聞で座談会をやっておりまして、その中の意見というのを私は見たんですけれども、今の先生は「能面のような顔で子どもと接している。生徒の人柄まで評価する立場に教師を立たせた制度が原因だ。今、現場の教師が一番子どもの心が見えない。教師は「あるべき子ども」の姿を想定して子どもを見、子どももそれに合わせて演技している。大変にまずい状況だ。」、こういうふうに指摘しているわけです。生徒の方も本心は先生には見せられない、いつも学校では仮面をかぶっているんだということも言っているわけですね。
 ですから、茨城県の入試は、これは改善をしたという話ですので、それは一つ前進だと思うんですけれども、こういう評価の制度そのもの、態度、関心、意欲、こういうものを日常の学校でも評価をする、このこと自身も、今、教課審でいろいろ論議を始めたところだと思うんですけれども、ぜひこれはやめていただきたい、廃止をしていただきたい。
 そうじゃないと、今度の事件につきましても、森総理大臣もそれから中曽根大臣も、子供たちの問題行動の前兆を早期にとらえて適切な対応を行うことが必要だというのを何度もおっしゃっているわけですが、先生は能面のような顔をして、生徒は仮面をかぶっていたら前兆なんて見つけられるはずないと思うんですね。
 この評価によってこういうことが生まれているということでは、ぜひこれは、教課審できちんと論議をして答申を出してくれると思うんですけれども、諮問をやり直してでもこれは廃止をするべきじゃありませんか。
#28
○政務次官(河村建夫君) 先生が能面で子供が仮面をかぶっている状態が本当にあるとすれば、これはゆゆしい問題だし、確かに、ああいうような事件が起きてみますと、そういうこともあったのではないかという指摘があながち否定できない面もあることも事実であろうというふうに理解しております。
 ただ、学力だけを見られるということも非常に大きなプレッシャーであったわけですから、やっぱり全体を見てもらいたいというのも子供の一つの願いであろうと思います。
 そこのところをどういうふうに評価するかというのは、なかなか人を評価するというのは難しい問題でありますから、確かに御指摘のように、本当に純客観的なものがあればそれはいいわけです。点数だけでぴしっと切れるんならそれが一番いいわけでありますが、しかし、それはいろいろ大きな問題を起こしてきたということからこういう方法がとられるわけでありますので、今おっしゃったように十分審議会でも議論をしていただきまして、何というんですか、おもねては困りますが、評価というのはやっぱりいいところをしっかり見てやるという形のものをつくり上げていきませんと、マイナスを評価されているんじゃないかということでは人間は伸びていきませんので、所見というのはいいところを見るんだというふうな方向で私は進めていくべきではないかというふうに考えておりますが、専門家の皆さん方の議論も十分踏まえて今後の大きな一つの課題にしていきたいというふうに思います。
#29
○林紀子君 人格までは点数化できない、そこのところは絶対に握って放さないでいただきたいと思うわけです。
 それで、子供たちの一人一人の状況、学力だけではなくて心の状況というのもきちんと先生が把握していくためには、やはり三十人学級の実現というのがどうしても必要だと思うわけです。教育条件整備に手を抜いている今の文部省の姿勢というのは大変問題だと思います。
 中教審の少子化と教育に関する小委員会でも、山口満筑波大学教授は、学習の効果とか教師のやる気、あるいは教えやすいとか教えにくいとかいう教え方の問題などを総合すると三十人というのが一つの切れ目だということも言っているわけですから、少子化時代こそ三十人学級にぜひ踏み切るべきだということを申し上げて、きょうは郵政省からおいでいただいておりまして、大変お待たせしましてほんの少ししか質問できないのは申しわけないんですけれども、お聞きしたいと思います。
 これも国連の子どもの権利に関する委員会からの我が国に対しての勧告ですけれども、「印刷・電子・視聴覚メディアの有害な影響、特に暴力及びポルノグラフィーから児童を保護するため、法的なものを含め全ての必要な措置をとるよう」という勧告が出されているわけですね。この問題での我が国のおくれは国際的に見ても大変甚だしいものがあると思います。
 テレビ放送については、日本では暴力やポルノについてすべて事業者の自主性に任されておりますけれども、外国諸国では格付、レーティングの基準を法律で定めて、それに基づいて事業者が取り組む。日本のように全部事業者任せということはないんじゃないかと思うんです。
 また、バスジャックの少年はインターネットに夢中になっていたということなんですけれども、インターネットの情報はほとんど規制はかけられておりません。バスジャックというキーワードでインターネットにアクセスをしてみましたら五十数本の情報が出てきたわけなんですけれども、その中には何と、イエローボックス、女子高校生集団バスジャックとレイプを収録したアダルトCD、商品説明などというのが出ているわけです。もしこのタイトルどおりだったら、これはもう違法なものじゃないか、わいせつ文書じゃないかというふうにも思いますけれども、ビデオ情報というのは全くの垂れ流しなんですね。
 総務庁の青少年とテレビ、ゲーム等に係る暴力性に関する調査というのを見ましても、暴力シーンへの接触量が多くなるほど、暴力を許容する内容に賛成する子供がふえているという調査結果もありますので、テレビ並びにインターネット、この規制といいますか、業者の自主規制といっても全く無力なんですけれども、これについてどのように今後検討をしていくのか。ヨーロッパ各国でもいろいろな工夫がなされているわけですから、ぜひそれも研究しながら、日本でも青少年を守る立場で検討していただきたいと思います。
 きょうはお二人に来ていただいていますので、それぞれお答えいただけたらと思います。
#30
○政府参考人(金澤薫君) 青少年の健全育成を考える上で、放送は青少年の価値観や人生観の形成に非常に大きな影響力を有するということでございまして、より一層配慮された放送が行われることが必要というふうに考えております。
 郵政省は、放送事業者と共同で、青少年と放送に関する専門家会合というのを開催いたしまして、昨年六月に各機関における自主的な自主方策を取りまとめたところでございます。放送事業者におきましては、この取りまとめに基づきまして、広く国民から番組に関する意見を聴取する第三者機関である、放送と青少年に関する委員会を本年四月に新設いたしました。昨年十月から、青少年向けの放送番組の充実、青少年に配慮する時間帯の設定等を行っているところでございます。
 郵政省といたしましても、昨年十一月から、青少年の放送番組に対する批判的視点を養うということを目的といたしまして、メディア・リテラシーに関する調査研究会を開催しているところでございます。
 また、子供のテレビやテレビゲームとの接触傾向と暴力経験との関連性につきまして調査いたしますため、首都圏の小学校三、四年生及びその保護者を対象にアンケート調査を実施いたしまして、現在取りまとめているところでございます。
 郵政省といたしましては、いずれにいたしましても、放送法が放送事業者の自律ということを基本といたしておりまして、この精神を尊重する必要があるということから、放送事業者におけるさらなる自主的な取り組みに期待いたしますとともに、さまざまな施策を適切に進めていきたいというふうに考えております。
#31
○政府参考人(天野定功君) 近年のインターネットの急速な普及発展に伴いまして、利用者の利便性が著しく向上しております一方、先生御指摘のように、インターネットを通じてわいせつ情報や暴力的な情報の提供など、青少年の健全育成の観点から非常に問題になっている事態も私ども十分認識しているところでございます。
 郵政省では、こうしたいわばネットワーク社会の陰の部分に対して現在どのような取り組みをしているかと申しますと、まず、プロバイダー等が加盟しておる社団法人テレコムサービス協会が平成十年に策定しました自主規制のためのガイドライン、ここで違法・有害情報が発見されたときの排除措置が規定されておりますが、こういったガイドラインの策定及びこのガイドラインの趣旨を具体化するために、ことしの一月に策定しましたモデル契約約款につきまして、その策定を支援しますとともに、その一層の周知徹底に努めているところです。
 さらに、こうした有害情報が青少年の目に触れることのないようにするいわゆるフィルタリング技術につきまして、そのソフトの開発技術の高度化を図るため、現在、横浜市の協力を得まして研究開発を行っております。
 また、これらの取り組みの現状を踏まえまして、去る五月十二日に、情報受信者の利用目的に応じたレーティングの枠組みのあり方及びプロバイダーの自主規制の実効性確保の方策等を中心とする、民間有識者や関係事業者から成るインターネット上の情報流通の適正確保に関する研究会を開催しまして検討を進めているところでございます。
 このように、新しいメディアの発展や自由な情報流通の妨げとならないよう十分配意しつつ多角的な検討を行いまして、青少年の健全な育成に悪影響を与えることなく安心して電気通信を利用できる環境の整備に郵政省としては引き続き取り組んでまいる考えでございます。
#32
○阿南一成君 自由民主党の阿南一成であります。
 本日は、先ほど前の質問者も触れられましたが、名古屋市における、少年たちの陰湿ないじめを伴う中学生五千万円恐喝事件、それから、愛知県豊川市における、高校生による人を殺す体験をしてみたかったというたわ言のもとに敢行された主婦殺人事件、そしてさらに、先日の十七歳の少年による西鉄高速バス乗っ取り人質監禁殺人事件など、今日的問題に絞って緊急に質問をさせていただきます。
 まず最初に、これら一連の少年による事件によって不幸にも命を落とされました被害者及びその御遺族の方々に対して、心よりその御冥福をお祈り申し上げたいと思います。
 ところで、五月十一日の教育改革国民会議において、江崎玲於奈座長がこの一連の事件を踏まえまして提案した緊急アピールをめぐり激論が交わされたと報じられております。
 当初の座長原案は、教育改革国民会議の名のもとに、物事の善悪など、規範意識で教育にためらいは許されないとして、少年犯罪に毅然として立ち向かうよう訴えかけるアピールの内容であったと承知をいたしております。
 ところが、同会議のメンバーの一部に、短兵急だ、家族や学校の悩みを共有していないなどと激しく反論する者がおり、結局国民会議は、国民とともに考え歩んでいきたい等と、従前どおりの、この緊急事態に全く波長の合わない、それで何の役にも立たないものとなったと私は考えております。しかも、江崎座長原案のトーンを大幅に落とした上に、さらに、教育改革国民会議の名のもとではなく、江崎座長個人名によるアピールとなっております。そしてさらに、出席者の中には、この最初の原案のアピールをどうしても出すというならば、同会議のメンバーをやめるという発言まで飛び出したとのことであります。
 そこで、私はまず、事務局の責任者に事柄の成り行きを事実のまま忠実に報告を願う予定でありましたが、時間の関係もありますので、後ほどレクを受けることにいたしまして、答弁は結構でございます。
 座長は既にアメリカに行っておられます。この緊急アピールをめぐるごたによって江崎座長が教育国民会議の座長をおりることのないよう、事務局としてしっかりとその補佐をしていただくことを要望しておきます。
 次に、警察庁としては、この一連の荒れる少年非行の原因をどのように分析されておるのか。そして、事件が発生してから動き出す刑事局とは異なって、生活安全局は未然防止という責任も負っているわけでありまするので、この問題にどのように対処していこうとしておられるのか。そしてさらに、非行関連省庁に警察庁として要望したいことがあるか。なかんずく、当委員会は文教委員会でありまするので、特に文部省に望むことを、官庁間のかばいをやめて、このような非常事態でありますので率直にお聞かせ願うべく質問通告をしておりましたが、私の後の質問をする仲道先生との時間調整もこれあり、後ほどレクを受けたいと思います。せっかくお見えいただいてありがとうございました。
 ここで一言申し上げます。
 私は、今国会の冒頭、三月十四日の文教・科学委員会で、当委員会のトップバッターとして質問に立たせていただき、中曽根大臣の所信表明に対する幾つかの質問をさせていただきました。大臣は当委員会の出席が難しいとのことであり、私の質問通告について、河村総括政務次官と大臣との間でしっかりと打ち合わせを行っていただくことを条件に、大臣への質問は河村政務次官に御答弁をいただきました。
 私は、このとき、この参議院の文教・科学委員会は一体何であろうかという疑問を持ちました。政府の責任者に国民の代表である国会議員が質問をすることは憲法で保障されているものであります。そしてこの文教・科学委員会は、文教・科学行政を所管する常任委員会であります。しかも、私は中曽根大臣が大臣になられて最初の大臣所信表明に対して質問通告をしておるわけでありますので、大臣としてこれ以上重要な事項が他にあるということは、正直なところ私には理解できず、河村次官に誠実に御答弁をいただいたことには感謝を申し上げるわけでありますが、私の心のひだには消化不良のものが残ったということを率直に申し上げます。
 きょう再び、大臣は当委員会の私の質問時間には御出席できないということであります。私は、本日、これからの教育行政にとって極めて重要であると思われる、教育改革国民会議の緊急アピールを初めとする教育改革国民会議のあり方及び当文教・科学委員会との関係について直接に大臣にそのスタンスをお尋ねし、確認をさせていただきたかったのであります。
 そこで、前回同様、大臣と総括政務次官の間で私の質問通告についてしっかりと打ち合わせをしていただくという前提のもとに、私も与党でありますので、以後、私の大臣に対する質問については河村政務次官にお答えいただくということで一応了解はいたしましたが、極めて不完全燃焼であることを申し添えておきます。そして、官房長から一言ぐらいあいさつがあってもいいのではないかというのが率直な私の気持ちであります。
 ところで、教育問題のこの負の部分を論ずるときに教育の専門家、文化人と称する人々から必ず出てくる議論といたしましては、その原因は複合汚染であり、そんなに単純な問題ではないという議論であります。そして、先生が悪い、家庭が悪い、地域社会が悪いと、ダイナマイトのおしりに火をつけて、責任をたらい回しにするだけで何らの効果的な対策を持たず、そのうちにマスコミ、世論の鎮静化を待つというパターンの繰り返しであると私は認識をいたしております。そして、何年か後に大きな少年事件が起こりますとまた同じような大騒ぎをして、世の評論家や教育専門家と称する人が出てまいりましていろいろと議論をして、結局は対策も打ち出せず、その繰り返しで今日に及んでいるのであります。
 そこで、私は文部大臣に申し上げたいのであります。文部省の中に、事務次官を責任者として、審議官以上全員をメンバーとする緊急プロジェクトチームをつくり、毎日でも会議を開き、八月の概算要求に向けて、予算に伴う緊急対策を打ち出すべき事態であると認識をいたしております。文部省も伝統のある組織のしっかりした官庁でありまするので、局長、審議官以上がこの教育の負の部分の対決に没頭いたしておりましても、つかさつかさで十分に機能をしていくと認識をいたしております。
 私としては、大臣が、この教育の負の部分に対して文部省が省の英知を集めてしっかりと効果のある対策を打ち出すまでは、国際交流、文化交流その他、たくさんの予算を伴う行政の執行は認めないといったぐらいの強い姿勢で臨むならば、役所の組織は本気で政治家の大臣のもとに動き出すと思うのであります。私は、訴願前置主義のごとく、文部省としてはまずこの教育の負の部分に対する緊急対策を固めた後に他の文部行政にかかれというぐらいの強い大臣の指導力が必要であると考えております。文部大臣の決意をお伺いしたかったのでありますが、大臣不在でありますので次の質問に移ります。
 そこで、私はこの緊急事態に対して数点ほど提案をさせていただきます。先ほど大臣に御提案申し上げた、佐藤事務次官を責任者とした緊急プロジェクトチームで緊急対策を打ち出すときの参考にしていただければと思います。
 私は、困難な問題に立ち向かうためにはソフト、ハードの両面作戦が必要であると思います。そして、さらに重要なことは、その目的を実施するための具体的な施策が特に重要であります。
 そこで、第一点目でありますが、中教審の答申にもありました心の教育の問題であります。私は、中教審から問題の本質を突いた心の教育の充実というすばらしい答申をいただいたと思う者であります。しかしながら、行政におけるその後のフォローが見えてきません。私は、心の問題は幼児教育が極めて重要であると考えております。社会の手あかにまみれていない純真無垢な時代に美しいお花を育て、そしてそのお花と会話をすること、もし仮に手を抜いて毎朝上げていたお水を上げることを忘れていたら、そのお花が悲しそうにしおれていること、しかし気がついて慌てて水を上げますと、そして頑張ってねとお花に声をかけますと元気になってくることを学ぶことは、その幼心に対して立派な情操教育になると思うのであります。
 そこで申し上げます。文部省は、八月末の予算概算要求に向かって予算をセットし、全国の小学校低学年の全学級に花壇を設けて心の教育の実践をしていただきたい。私の事務所でざっと試算をしてみましたが、文部省全体の予算から見ればさほどの額ではありません。必要であれば私がこの文教・科学委員会の諸先生方に陳情し、御賛同を賜り、お願いをして先生方の署名入りで大蔵省主計局にかけ合うこともやぶさかではありません。ぜひ河村総括政務次官の前向きの答弁を期待いたします。
 なお、わび、さびの世界の茶道、そしてすばらしい芸術品を鑑賞し情操を高めるための学校外の美術館、博物館の見学も、課外授業ではなく小学校低学年の正規の授業カリキュラムの中に組み込むことを、地方分権の時代ではありまするが、全国の都道府県、市町村の教育委員会に文部省は指導してほしいと思うのであります。
 第二点目、教師の資質の向上と教師の支援体制の確立についてであります。
 子供たちを健やかに育てるために教師の果たすべき役割は極めて大きいものがあり、その重要性は幾ら強調してもし過ぎることはないと思うのであります。学校は、知識や技能を教えるという役割だけでなく、子供たちの健全で豊かな心を育てる上でも、家庭、家族と並んで大変重要な学びの場であると私は認識をしております。子供たちが大きな問題行動を起こす前には必ず何らかのサイン、前兆があります。その段階で親や教師が子供たちのサインに気づき適切な対応をすることができれば、大きな悲劇を事前に防ぐことも可能であろうかと思うのであります。
 そのためには教師の力量が極めて重要であり、単に頭がよいというだけではだめで、子供たちの心や行動の変化に敏感に気づき、子供たちの心を開かせ、相談に乗ったり、悪いことは悪いとはっきり指導し、子供たちを正しく導くことのできる能力と見識、人間性を備えた教師が求められると思います。
 そして、さらに私が重要と思うことは、学校をまとめて引っ張っていくべき立場の校長、教頭の前向きの姿勢であります。残念ながら現状は、事件が発生した場合になるべく穏便に済ませようとして、みずから処理することが不可能なことまで学校の中で抱え込もうとする体質が管理者の中にあると見ております。そうしてそれは、正義を実現しようとしてやる気のある正統派の教師に泣いてもらうという処理の仕方につながると思うのであります。私は、生徒が教師の言うことを聞かず我が物顔に振る舞うということがあれば、そもそもその時点で教育は成り立たないと考える者の一人であります。校長、教頭の猛省を促すとともに、いじめや校内暴力に対応できない校長、教頭には職を去ってもらうシステムを構築するべきであると考えております。
 私は、学校の中が、強くて悪いものに巻かれるといった退廃的なムードができていることを恐れます。子供たちの前で、正義が勝つ、正義が強いということを教えることが今一番重要であると思うのであります。そのためには、前向きに頑張る教師への支援体制をしっかりと文部省で構築していただきたい。そして、大臣には、教師の一層の質の向上と教師の支援体制の確立の方法をお示しいただきたいと考えております。
 第三点目でありますが、続発する少年事件に対して、私は、運輸省の航空事故調査委員会のような、常設の専門家から成る委員会を文部省の中に設置すべきであると考えます。既存の委員会があることは承知をしておりますが、失礼ながら今までのやり方では機能しないと考えております。
 そこで、今回のような大きな事件が発生した場合には、その都度、その事件に専門家から成るプロジェクトチームを編成し、そのチームを現地に派遣されたいのであります。そして、数カ月にわたってあらゆる角度からその原因の究明と問題解決の処方せんを検討し、それを報告書にまとめて、この文教・科学委員会にもその報告書を提出すべく義務づけてほしいのであります。そして、その委員には、既成の教育専門家などは排除していただき、事件に巻き込まれた御遺族や、いじめによりかわいい我が子を自殺に追いやって反省しきりの御両親などをぜひ登用していただくことを提案します。
 第四点目でありますが、江崎座長が極めて強く御主張なさっておられる全小中高校へのスクールカウンセラーの配置と二十四時間対応の電話相談、子供の悩み一一〇番はぜひとも実現してほしいと要望いたします。
 時あたかも、各省庁とも来年度の予算概算要求の準備に取りかかったところであります。大臣の前向きな答弁を求めます。
 なお、大変恐縮でありますが、持ち時間の都合もありますので、要点のみを簡潔にお答えいただくことをお願い申し上げます。
#33
○政務次官(河村建夫君) 一度にたくさんの立派な御提言をいただきました。全部やりますと言って座ればそれで答えになるかもしれませんが、時間の中で一、二要点のみ、大臣と打ち合わせたものを答弁させていただきます。
 緊急事態で、事務次官を中心にして、省内一致結束をしてこれに対応しろということでございます。文部省として一連の少年事件にどのようなことが対応可能であろうかということで、事務次官ではなかったのでありますが、審議官を責任者といたしまして、まず関係課長をメンバーといたしまして緊急に省内プロジェクトチームをつくりました。そこで今、専門家また関係省庁を含めて、少年の問題行動に関する総合的な調査研究の実施、あるいは道徳教育に対して児童用の資料をどういうふうにつくっていくかとか、これから文部省がやり得ることを鋭意検討いたしております。
 これは、予算ということになりますと急ぐわけでございますので、機動的な立ち上がりをまずやりまして、この決定等につきましては当然、文部省の事務次官以下、大臣も含めての省議メンバーでさらに検討しなきゃいけない問題でございます。これは急いで対応を今やっておるということでございます。
 それから、幼児教育等の重要性は御指摘のとおりでございます。花壇をつくったらどうかという御指摘がございました。今まだ確実な調査をしているわけじゃございませんが、恐らく各学校には花壇はほとんどあるのではないかと思いますので、必要なものがあれば、そういうものをつくってもらうということは大事なことであろうと思います。
 特に情操教育の面から、学校周辺の博物館、美術館、そういうものについては、展示会等々もできるだけ行かせる。恐らく今各県も、教育委員会等もその辺を考えておりまして、私の山口県あたりでは高等学校までは、県立のものについては全部無料にするというような方向にいたしておりますので、小中高の情操教育の面から、技術、美術、そういうものに触れる機会を多くつくっていく、そこで感動を覚えていくということは非常に大事なことだろうと思います。
 さらに、華道あるいは茶道とか、そういう日本の伝統文化にできるだけ触れさせる機会をつくっていく、これは当然の御指摘でございますので、さらに進めてまいりたいというふうに思います。
 それから、教員の資質向上、また教員の支援体制というものも重要でございます。教員採用の点については、単なる学力だけではなくて、まさに教員としての資質のある人を採用していくということが非常に大事でございます。そういう意味で人物重視の方向というものをさらに高めておるわけでございます。さらにまた教員の研修等も、社会性をもっと高めてもらいたいという強い声もございますので、そういう点を踏まえながら教員の資質向上をしっかり図っていく。今回の一連の教育改革の視点にも、教員の資質向上ということは非常に大事なことだというふうに思っております。
 さらに、学校の責任者であります校長のリーダーシップ、これまた非常に重要でございます。校長がリーダーシップを発揮できるようにということで、学校評議員制度もいよいよ導入をいたしまして、今全国でこの導入に向けて研究し、既にもう実施されるところもございます。そういう面で校長がしっかりとしたリーダーシップを発揮できるようにしていく。さらにやっぱり学校現場が、切磋琢磨しながらも教員がお互いに助け合って、お互いに情報交換をしながら一緒になっていろんな問題に対応していくということが非常に必要だというふうに思います。それにはやっぱり校長というものがきちっとした姿勢のもとでリーダーシップを発揮していくということが何より大事でございますので、今の御指摘の点は特に重要な問題として、さらに今後とも対応をしっかり図っていきたいというふうに思います。
 さらに、今一連のこういう事件が続いておるわけでありますから、文部省の中にも常設の航空事故調査委員会のようなものを設けて絶えず対応ができるようにすべきであろうということでございます。御指摘の点を踏まえながら、文部省としても、学校関係者あるいは教育学者、心理学者、精神科医、そういう専門家も含めて対応する会議、いわゆる少年の問題行動等に関する総合的な調査研究ができる会議というものを今月中に立ち上げて対応を図るということでございます。
 今おっしゃったように、その場ではもちろん、いじめを受けた側あるいは御遺族の側の意見、それから猛反省をしているいじめをやった側の親の考え方、そういうものも聞けたら当然その中に組み込んでいくということも必要であろう、適切な御指摘だというふうに思います。さらに、現場には当然出向きまして直接意見も聞いていく。
 そういうことを踏まえ、分析結果をもとにした報告書を早急につくっていかなきゃいかぬと思っておりますし、当然、関係各方面にもこのことは公開するわけでございますが、今御指摘の、一番文部省にとりまして大事なこの参議院の文教・科学委員会にもそのことを御提示し、またそれを議論に付していただきたい、このように考えております。
#34
○阿南一成君 ありがとうございました。
 終わります。
#35
○仲道俊哉君 自由民主党の仲道でございます。
 今の阿南委員の質問と関連をしますし、また、現在の問題等につきまして阿南委員の方からかなり突っ込んだ質問をいたして、恐らく彼もこの後の再質問を欲しかったんだろうと思いますが、自民党でちょうど六十分ということでございますので、時間の都合で予告した質問が全部できないかもしれませんが、お許しいただきたいというふうに思います。
 今、問題を阿南委員の方も指摘いたしましたが、十七歳による凶悪事件等、今、戦後教育の指針の欠陥が問題となっております。先日の森総理の教育勅語発言、五月十一日に出ました教育改革国民会議の緊急アピールなど、教育の方向転換に言及する発言が相次いでおります。私自身、昭和二十五年から教壇に立って戦後教育に携わった者といたしましては大変複雑な気持ちでもあります。
 しかし、少なくとも私が教壇に立っていた教育現場では、今のような問題になっておる学級崩壊や、教師に暴力を振るうような生徒は一人もいませんでした。反対に、私自身が生徒に対してげんこつをやり、また、今ですと暴力教師と言われたかもしれませんが、反対に親からは大変感謝され、そしてわざわざ自宅まで来ていろいろとその家庭の問題を言い、母子家庭でございましたけれども、子供が反抗期になっていたのが大変よくなったというように感謝された事例もあるわけでございますので、御披露をしておきたいと思います。
 そういうようなことで、親を尊敬し、教師を尊敬し、また学校を愛し、日本の伝統や文化教育がまだ残っていたようなそういう教育現場ではなかったかと思うんですが、今考えますと、親も実は戦前の教育を受けたPTAだったのかなと。これはちょっと言い過ぎかもしれませんけれども、何か背景が、そういうような教師と生徒とまた親のこの三者の人間関係ができていたような感じがいたします。先ほど林委員から能面と仮面のお話がございましたが、少なくとも私の経験ではそういう現場ではなかったように思うわけでございます。
 きょうは、今問題になっておりますそういうことを含めまして一つの観点から問題にいたしたいのは、正しい歴史教育の重要性ということでございます。
 昨今、倫理観や道徳心、伝統、文化をとうとぶ心、愛国心をはぐくむ教育の重要性を指摘する声が高まっておりますが、これらを育てるためには、まず日本という国が一体どのような国であったかを正しく理解することが必要であろうというふうに思います。そして、日本を正しく理解するためにはやはり正しい歴史を学ぶことが必要不可欠であります。いじめ、不登校、学級崩壊、凶悪犯罪、昨今の目を覆いたくなるような教育の荒廃の主な原因が、個を必要以上に学び、反面、公を軽視し、子供たちの倫理観、道徳心を放棄させ、礼儀や作法といった日本古来の伝統と文化をべっ視させ、郷土や国を愛する心を希薄にさせるような教育基本法に基づく戦後教育指針にあることは言うまでもありませんが、教科書に書かれ教師から教えられたことに対し、みずからの価値観や人生観によってその当否を判断できる能力を十分に持たない初等中等教育レベルの児童生徒が、偏った思想に基づく自国の歴史をさげすむような歴史観を押しつけられたのでは、子供たちとしても、みずからの生まれた国を愛し、みずからの文化や伝統に対して誇りを持てる道理がないと思うのであります。
 こういう観点から、まず、児童生徒を対象とする初等中等教育現場における歴史教育の教科書は、みずからの国の過去の事実と現象に対して、著者の主観的な歴史観を交えず、事実を事実として記述した教科書によってなされなければ、子供たちにとって偏った先入観を植えつけることにもなるのですが、現実には、歴史教科書から著者の主観的な歴史観を完全に払拭することは私は不可能であろうというふうに思います。
 もしそうであれば、できるだけ中立公平な歴史観によって書かれたものを採用し、みずから国の歴史的事実を殊さらに、実態以上に卑下するような偏った思想やゆがんだ主観に基づくものを教科書から排除することが、子供たちの国を愛し伝統や文化を尊重する気持ちをはぐくむために必要だと思うわけですが、実際に中学校の学校現場で使用されている教科書の内容を検討してみますと、重税に苦しむ農民の姿を殊さら強調したイラストを挿入したり日本人に銃口を向ける写真を掲載したりといった、いたずらに愛国心の育成を阻害し、偏った思想を助長するような極端にゆがんだ主観に基づく記述が少なくなく、しかも、こうしたものの方が検定に通りやすいとの意見さえ一部識者にはあるくらいです。また、教科書の採択を行う市町村の教育委員会の機能が形骸化し、現場の教師で構成されている、附属機関である教科書調査委員会が実権を持ち、さらに、特定の圧力団体の意向がゆがんだ形で反映されているためなどという意見まで一部に出ております。
 歴史教育のあり方を論ずる前提として、現行の歴史教科書の検定及び採択作業の実態はどうなっておるのか、特に、一部の識者が指摘するような事実があるのかないのか、まずお尋ねをいたしたいというふうに思います。
#36
○政府参考人(御手洗康君) 小中学校、高等学校におきます歴史教育につきましては、学習指導要領に基づきまして、小学校につきましては、我が国の先人の業績や文化遺産について興味と関心を深める学習、中学校におきましては、我が国の歴史の大きな流れと各時代の特色を世界の歴史を背景に理解する学習、それから高等学校におきましては、このような小中学校における歴史学習の基礎の上に、世界史を全員必修といたしますとともに、日本史または地理のどちらかを必ず必修するということにしているわけでございます。
 先生御指摘のように、歴史教育におきましては、何よりも客観的な学問的な研究成果に基づいて、児童生徒の発達段階に応じまして事実を適切に正しく指導するということが必要でございまして、教科書検定におきましても、このような学習指導要領に基づきまして、具体的には、教科書調査官が提出されました教科書をつぶさに文章構成等、誤記、誤植まで検定いたしました上で審議会に諮りまして、具体的な修正すべき検定意見というものを出しまして各執筆者あるいは教科書会社にお伝えしまして、その修正されました教科書の記述あるいは図版等をもう一度審議会に御報告して適切な検定を行うという仕組みをとっているわけでございます。
 また、教科書の採択につきましては、公立学校につきましては教育委員会が責任を持つということになっております。とりわけ、市町村立の小中学校の教科書の採択につきましては、市または郡を合わせた地域で幾つかの市町村が一緒になる場合には採択地区協議会というのを教育委員会が設けまして、教育委員会の責任で行うということになっているわけでございますけれども、実際には、その選定のための資料をつくりますために選定委員会、あるいは現場の教師が幾つかの教科書を研究して優劣を報告するというようなことまで含めました調査員というような具体的な作業を経まして、教育委員会あるいは採択地区協議会にその報告がなされてくるということで、市町村教育委員会が責任を持って採択するということになっているわけでございます。
 現実には四百八十二の採択地区があるわけでございますけれども、御指摘がございましたような各学校の希望をとるということも一つの方法であろうかと思いまして、かなり多くの採択地区では学校からの希望も一つの資料という形で聴取しているという状況はございますが、それが特定の考え方あるいは特定の勢力によって影響されるというようなあり方というのは決して好ましくないわけでございまして、そう多くはないとは思いますけれども、学校からの希望だけが唯一の選定資料になっているというような採択地区もごく限られたところでございますがあるということも事実でございまして、文部省としては、できる限り客観的な資料に基づいて公正な採択が教育委員会の責任において行われるよう従来から指導しているところでございますので、今後とも適切に指導してまいりたいと考えております。
#37
○仲道俊哉君 先日、ある雑誌に、孫が学校から帰ってきまして、おじいちゃん、戦争に行ったのと、行ったよと、じゃ、おじいちゃん悪い人ねというような、そういう会話が出ておる雑誌を読みました。孫が戦争に行った祖父は悪い人だと思うような歴史教育が行われたのでは、私は愛国心など芽生える道理がないと思うわけです。
 検定基準における近隣諸国条項、これは文部省の方も御承知と思いますが、この近隣諸国条項の撤廃や教科書採択作業における教育委員会の権限の強化、歴史の教師の思想的な中立の確保など、検定や教科書採択作業や歴史教育には根本的にメスを入れる時期に来ていると思うんですが、今局長のお話もお聞きしましたが、こういうことについていかにお考えでしょうか。
#38
○政務次官(河村建夫君) 日本の教育において平和的な国家及び社会の形成者を育成する、これは教育基本法の最初のところにもあるわけでございますが、国際理解あるいは国際協調ということが、国際化時代を迎え、また日本の戦後の歴史からしても非常に大事なことだということが学校教育において重要視されているということは御存じのとおりでございます。
 昭和五十七年に、御指摘のように、近隣アジア諸国との国際理解と国際協調の見地に配慮する由ということで検定基準が設けられたわけでございまして、日本と近隣アジア諸国との相互理解、相互協調を一層進めていかなきゃいかぬ、そういう配慮に立った上での教科書の記述というものを求めておるわけでございます。
 今後とも文部省としては、この検定基準に基づいて教科書の検定を適切にやっていかなきゃいかぬというふうに考えておるわけでございますが、ただ、御指摘のように、歴史事実を踏まえたものでなければいかぬということは当然のことでございまして、現行の教科書検定制度においては個性豊かな日本人をつくっていく多様な教科書を求めておるわけでございますので、一義的には民間の執筆者の創意工夫にまつということでございますが、そのもとにおいて編成された教科書というものが、事実に反する面があったり明らかな誤りがある等、学習上の支障を来すようなことがあれば、これはもう修正を求めていかなきゃいかぬ、その欠陥を正していくということは当然でございます。
 それから、今申し上げました国際協調、それから国際理解、そうした中には当然、自分の国を愛する心、あるいは自分の国の歴史に対する正しい認識、こういうものがなければ本来の国際協調というのはできないわけでありますから、そういうことも培養していくという教育は求めていかなきゃなりませんし、日本の教育の中心にそれもなければいけない、これは当然のことだというふうに考えておるわけでございます。したがいまして、今後ともその方向で、文部省としては立派な教科書がつくられるようにということを旨に進めていくわけでございます。
 そして、今御指摘のように採択手続を踏んで採択をするわけであります。しかし、どのような形でどのような教科書が選ばれたかということもやっぱり情報公開する必要が私はあろうと思います。どういう過程でこの教科書が選ばれたんだというようなことが国民の中で起きるようではやっぱり困るわけであります。
 そういうことも踏まえながら、教科書というものは非常に大事なものでもございますし、今委員御指摘のように、孫が帰ってきて、おじいちゃんはそんなに悪かったのなんて言われたのでは、おじいちゃんとしても立つ瀬がないわけでございますから、日本の歴史はどうであったということは、小さい幼児は幼児なりにいろいろな教え方があろうと思います。
 曲がった理解といいますか、日本人としてやってきたことを、まさによく言われますが、自虐的だけでとらえるということになっては、私は、二十一世紀を担う日本人、誇りある日本人をつくっていく上では問題があろうかというふうに思っておりますが、その点には配慮しながら、しかし、視野の広い、国際理解ができる子供をつくっていくための教科書でなければいかぬ。したがって、アジア諸国に対する考え方というものも、歴史に基づいたきちっとした理解の上に立って将来を見詰めていく子供をつくっていくということ、これが非常に大事なことであろうというふうに思っております。
#39
○仲道俊哉君 教科書問題につきましては、長い、またいろいろな問題の歴史もあるわけでございますが、河村政務次官からかなり前向きの御答弁をいただきまして、この問題につきましてはまだまだ深く掘り下げなければならないと思いますので、次の問題に行きたいと思います。
 次は、正しい国語教育の重要性ということについてでございます。読書は豊かな心をはぐくむために必要不可欠でありますが、大人が人前で平気で漫画本を広げ、昔の日本人ならだれでも知っているようなテレビのインタビュー番組の簡単な常識問題にも答えられないなど、若者のみならず昨今の国民全体の活字離れ、教養水準の低下には実に深刻なものがございます。
 さきに画期的な提言を行った二十一世紀懇は、日本のフロンティアは日本の中にあると言っておりますが、むしろ私は、日本のフロンティアは日本の歴史と伝統の中にあると言い直すべきだと思っております。すなわち、国際化の時代を迎え、国際対話能力はもちろん重要ですが、その前提として、まず日本国民の全員が日本語に誇りを持ち、正しい日本語を読み、書き、話せることが必要であります。
 私は、二十一世紀は我が国固有の国語のすばらしさを改めて見直すための世紀だとさえ思っておりますが、全国学校図書館協議会が昨年行った読書調査によりますと、一カ月に一冊も本を読まなかった子供の割合という調査が出ております。小学校で一一・二%、中学生で四八%、高校生で六二・三%と、上級の学校へ行くほど読書離れが加速をしております。また、新聞によりますと、児童や生徒のみならず教師の活字離れが進んでいるとのことであり、文法を無視した言語、極端な略語、粗暴な言葉など、昨今の若者を中心とした言語に絶する言葉の乱れや、テレビの俗悪番組や低俗な出版物のはんらんによる影響も加わって、学校や家庭や地域が、特に初等中等教育現場において正しい国語教育を改めて徹底しない限り、将来の日本人は母国語を正確に操ることもできなくなるだけでなく、世界一繊細で語彙が豊富と言われる日本語そのものが滅びてしまうのではないかと憂慮をしておるわけでございますが、この点について文部省の見解をお聞かせいただきたいというふうに思います。
#40
○政務次官(河村建夫君) 仲道委員御指摘のように、最近の子供たちの読書離れの現象がだんだん進んでおるということ、これは私はやっぱり非常にゆゆしい問題だし心配な点だというふうに思います。
 先ほど国際子ども図書館の開館の話もございましたが、いかに子供たちに読書に目を向かせるかということも重要な施策として進めていかなきゃならぬ。それを抜きにして英語教育というような話も、第二公用語の話もございますが、まず、独自の母国語である日本語をきちっと学んでいくということが非常にこれから大事でございます。
 一方では、テレビがある、インターネットがある、読書条件としてはだんだん悪くなっていることも事実でございます。それをさらに向けさせるということになりますと、先ほどの委員からの質問等にもございました幼児期から読み聞かせをしてやるとか、やっぱり読書というものが楽しい、すばらしいものだということをちゃんと子供心に残してやるということをずっと続けていかないと、最近の状況からいうと、だんだん子供が活字離れしていく状況下にある。それに引きずり込まれていくということは日本の二十一世紀にとって私は非常に心配なことだというふうに思います。
 委員御指摘のように、日本にはすばらしい国語文学もあるわけでございます。源氏物語にしても、あるいは枕草子にしても徒然草にしても、もう千年単位の大きな歴史から今日があるわけでありますから、そういうことをきちっと学ばせるということが非常に大事である。そのためにはやっぱり小中高において国語教育を徹底させる、これは私は当然のことだろうというふうに思っておるわけでございます。文部省としてもそういうものをしっかりやりながら、人間として生きていく力というものをつけさせるということが国語教育の中に含まれていかなければいけないのではないかというふうに思っております。
 今御指摘の点を十分踏まえながら、文部省としても、国語教育を中心として、特に読書へ関心を深めさせる。学校図書館等においてももっと整備をして、例えばきれいなじゅうたんがあって子供たちが図書館に集まりたいというような雰囲気をつくっていくべきではないかというふうに私は思っておりますので、予算等々についてもそういうことも配慮しながら、子供の活字離れといいますか、そういうものをできるだけ活字の方へ向かせる努力を最大限文部省としてはしていきたい、このように思っております。
#41
○仲道俊哉君 大変前向きな御答弁をありがとうございました。
 次に、規範意識の教育の重要性ということについて、今までの問題とも、先ほどの阿南委員の質問とも関連して申し上げたいんです。
 少年による犯罪の発生などの言語に絶する教育の荒廃の主な原因が、戦後教育の倫理観や道徳心の育成を軽視あるいは放棄したことにあるということは先ほども述べました。
 ちなみに、学習指導要領によって道徳と倫理社会の年間標準授業数の推移を見てみますと、昭和三十三年から平成十年まで、道徳は小中学校全学年で年間三十五単位時間、すなわち週当たり一単位時間、倫理社会、公民は高等学校で二単位、一週間で二時間と、全くずっと変わっておりません。
 凶悪犯罪や非行に走る昨今の子供たちの道徳心の不足や倫理観の欠如を勘案しますと、二十一世紀には道徳と倫理社会の授業量の大幅な拡充が必要ではないかと思うのですが、反対に、きょうの日経にも文部省が調査をしたデータがたまたま出ております。この三十五時間なり、また週二時間のこの時間でも、実際に実施されておるのは六七、八%ということで、完全にこの時間でも実施されていないし、また教科書もないというふうに聞いておるわけです。
 こういう現在の実態と反省に立って、こういう問題についてどのように取り組もうとしておるか、御見解をお伺いいたしたいと思います。
#42
○政務次官(河村建夫君) 今委員御指摘の、昨日公表されました道徳教育推進状況調査の結果でございます。
 確かに平均授業時数、道徳の時間はふえてはおるのでありますが、改善も図られておるのでありますが、依然として学習指導要領に定める授業時数を下回る学校も結構たくさんあるわけであります。これは改善をお願いしなきゃいかぬということで、昨日付で各都道府県教育委員会あてに初等中等局長名におきまして通知も出させていただきました。
 また、新しい学習指導要領においては、家庭や地域の人々の協力を得てボランティア活動とか自然体験、そういう体験が道徳教育の推進を図る上で意義があるということでございますので、もっとそういう体験をしていただくような形、それから学習指導要領に定める道徳の内容をもっとわかりやすくしていく、そういうものも必要でございましょうので、児童生徒用の資料もつくるということにいたしておるわけでございます。
 また、高等学校等においても、倫理や現代社会の科目で、ホームルームの活動を中心として、学校の教育活動全体を通じて生徒が人間としての生き方、あり方といいますか、そういうものを主体的に体験できるような、また豊かな自己形成といいますか、そういうものができるような指導をしっかりやっていかなきゃいかぬ、このように感じておるところでございます。
#43
○仲道俊哉君 かつて最高裁の判例に、人間の命は地球よりも重いというような判例も出ておりますが、昨今多発する青少年の自殺や殺人などの凶悪犯罪の発生は、ひとえに現在の教育が人間の命の重さを教え込む機能を失っているからではないかと思います。今後導入される総合学習の中で、規範意識の強化、特に何らかの形でこの問題を取り上げて教える必要があるんじゃないか。
 例えば一つの例ですが、死刑囚のざんげの手記を教材に取り入れるとか、または検事出身の弁護士や退職警察官などを特別講師として招いて罪と罰というようなことについての講話を聞かせるとか、同じくホスピスなど末期医療に従事する医師や看護婦を招いて人間と生命の尊厳についての講話を聞かせるなど、こういう外部教師を招いて人間の命のとうとさを子供たちに強く焼きつける教育を工夫すべきではないかというふうに思うのですが、文部省の見解なり今後の取り組みについてお伺いいたします。
#44
○政務次官(河村建夫君) 御指摘のように、教育の中で人の命が大事だとかあるいは他を思いやる優しい心をどういうふうにつくっていくかということであります。いろんな話を聞くとか見学をしたりとか、いろんな体験に基づいてそれを植えつけていってもらうということが必要であろうと思います。
 今委員御指摘のように、非常に体験の豊かな外部講師、あるいは直接死刑囚とかかわってこられている牧師さんとかいろいろいらっしゃいます。そういう方々に非常勤講師制度を利用して総合的な学習の時間に来ていただいて実際にお話をしてもらう、あるいはそういう著書があればそういうものを教材にしてお話ししていただくということは、恐らく子供たちに深い感銘を与えるのではないか、私はこのように思います。
 それから、保護司が非行少年とのかかわりはたくさん持っております。保護司の意見なんかを聞きますと、これは文部省も心しなきゃいけないことでありますが、非行を起こした子供たちとの、学校現場は何かそういうことを避けようとする嫌いがあるというような指摘もございますので、学校の教員とそういう方々との連携をしっかり持つ、それから関係省庁との連携をもっともっと持っていかなければならないというふうに私は思います。幼児虐待の問題も今度法律化するわけでございますが、総合的な政策といいますか、そういうものが必要になってまいります。
 当面、教育現場としては、この総合的な学習の時間を大いに活用するということが必要であろうと思いますので、委員の御指摘を踏まえながら、さらにそういうことの大事さを文部省の中でも心して取り組んでまいりたい、このように思います。
#45
○仲道俊哉君 あと予告した質問事項もあるんですが、きょうは後のいろいろな予定もあるようでございますので、これで質問を終わらせていただきます。
#46
○委員長(佐藤泰三君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後零時三十分まで休憩いたします。
   正午休憩
     ─────・─────
   午後零時三十分開会
#47
○委員長(佐藤泰三君) ただいまから文教・科学委員会を再開いたします。
 教育、文化、学術及び科学技術に関する調査を議題とし、教育問題に関する件について、休憩前に引き続き質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#48
○本岡昭次君 本委員会では、私ども民主党が提案しております小中高校の学級規模の適正化推進法案の審議を進めていただいております。この法案は、学級規模を三十人以下の小規模とするとともに、教職員の定数改善を推進していこうというものであります。小規模学級あるいは少人数学級とも言われます。
 この問題をめぐる論議は、森総理の私的諮問機関、教育改革国民会議でも主要なテーマとされ、国民会議においても活発な議論がなされると私どもは新聞を通して承っています。
 そこで、中曽根文部大臣から、教育改革国民会議ではどのような議論がなされているのか、差し支えのない範囲でお知らせをいただければありがたいと思います。
#49
○国務大臣(中曽根弘文君) 教育改革国民会議は、ことしの三月二十七日に第一回の会合が開かれまして、これまでに四回開催されたところでございます。
 私はその会議の委員ではございませんが、毎回同席をさせていただいておりまして、各委員の意見発表等、大変に貴重な御意見を拝聴しているところでございます。戦後の教育全般の総括、あるいは今後の教育のあり方等を御議論いただくということになっておりますが、今までのところでは、各委員からのお一人お一人の御意見の開陳、また今後の進め方等についての御協議があり、今後三つの分科会を設けてそれぞれ専門的に御議論をいただけるという日程となっております。
 学級規模の今お話がございましたけれども、この問題につきましては、第一回の会議で出席委員の方々からお一人お一人の教育改革についての御意見をお一人三分以内ということでお聞きした際に、三、四人の委員の方からこの少人数学級を実現すべきであるというような趣旨の御意見が出たところでございまして、今のところ、この少人数学級につきましてはその程度でございます。
#50
○本岡昭次君 私の手元に五月十一日付の読売新聞がございます。そこに教育改革国民会議での議論が紹介されております。今、私はそれを読みますが、こういう議論を新聞で掲載していること自体、私は大変助かります。
 そこで、今から読みますが、このことは、そのとおりの議論があったということを文部大臣の方から確認をいただきたいんです。こういうふうに書いています。
  国民会議の議論でも今井佐知子・山口県PTA連合会長が、「少人数学級を実現して授業についていけない子どもたちをなくしてほしい」との考えを示し、多摩大学長のグレゴリー・クラーク氏や大学評価・学位授与機構長の木村孟氏も同調している。江崎座長も、「トップランナーを養成するための教育は、三十人以上の学級では実現できない」というのが持論で、今後の主要テーマの一つとする方針だ。
というふうにここには書いてあるわけで、今、文部大臣もおっしゃったように、三、四人の特定の名前が出ております。この方々がこういう議論を国民会議で展開されているということは新聞のとおりでありますか。どうですか。
#51
○国務大臣(中曽根弘文君) 今、委員から国民会議での御発言の御披露、新聞の引用がございました。
 私の方は事務局でもございませんので、一言一句、私自身がこれを認識しているわけでありませんが、今井委員、それから新聞にありますグレゴリー・クラーク委員、また江崎座長、江崎座長はこの委員会での席でございませんが、小渕当時総理と私の連名で御意見をお寄せいただきたいという御要望を申し上げたものに対する御回答の中で、江崎座長からは三十人以下の少人数学級をつくる必要性の趣旨の御意見をいただいております。
#52
○本岡昭次君 今後、主要なテーマにしていただかなければならないと思います。
 そこで、この文教委員会でも、一クラスを少人数学級にするということについてもさまざまな各党また各委員の意見がございます。積極論もあれば消極論もあり、また反対論ということになろうかと思いますが、そこで、この新聞を見る限りでは、教育改革国民会議は少人数学級について、やはりこれは推進すべきであるというふうになる可能性がある、しかし一方、文部省はそういう方向に行くことを好んでいない、少人数学級に消極的であり反対であるという立場があって、要するに教育改革国民会議と文部省との間に深い溝ができるのではないかということがうかがわれます。
 私は構わないと思うんです。深い溝であろうが浅い溝であろうが、双方に考え方の違いがあることは当然構わない。なぜなれば、教育改革国民会議は首相の私的諮問機関でありますから、自由濶達に、自主的にそこに集まった方々が意見を述べ合って、まとめるものはまとめていくというところであろうと思うんです。
 ところが問題なのは、この記事を見る限りにおいては、「文部省は近く江崎座長と意見交換することを検討しているが、鳴り物入りで設立された国民会議の議論に横やりを入れることにもなりかねず、苦慮している。」、それはそのとおりなんですよ。教育改革国民会議の議論に対して文部省がこう思うということを、ある意味ではここに書いてある横やりを入れて、そしてその議論をリードしていくというふうなことは、教育改革国民会議が首相の私的諮問機関であるという限りにおいて、なじまないし、また間違いであると私は考えます。
 そこで、一体文部省は、というより文部大臣は、国民会議と文部省とはどういう関係にあればいいのか。例えば、意見が違うから困るといってここへ殴り込みをかけるようなことをして、困りますよ困りますよというふうなことを絶えずやっていく関係にあるのか、それともここの議論は議論としてじっと見守っていく関係にあるのか、ここのところをひとつはっきりさせておいていただきたいと思います。
#53
○国務大臣(中曽根弘文君) まず、委員が引用されました新聞記事でございますけれども、特に見出しにつきましては、文部省と教育改革国民会議が「深い溝」というような見出しになっておりますが、私ども、そういうことは決してない、そういうふうに思っております。
 私どもは、教育改革国民会議におきましてはまだ議論が始まったばかりでありますし、先ほど御説明申し上げましたとおり、第一回の会合において数人の委員の方から少人数学級の必要性の御意見の開陳があったところでございまして、これから御審議を幅広くされるものと、そういうふうに思っております。
 ですから、今後の教育改革国民会議の審議の方向につきましては、文部省といたしましては今のところは見守っているというところでございます。
 なお、委員からは文部省と教育改革国民会議の関係についてのお話がありました。国民会議は、もう委員が十分御承知のとおり、広く国民の皆さん方から教育に関する根本にまでさかのぼった御意見を議論するために設置されたものでありまして、今申し上げましたように、現時点での方向性というものはまだ明らかになっておりません。
 私どもといたしましては、国民会議の議論を勘案しながら適切に対処していきたい、そういうふうに思っております。
#54
○本岡昭次君 幾つかのお話がありました。
 ちょっと本音が出たかなと思うところは、今のところ見守るというお話がありまして、そういうふうに本音を言っていただくと議論になるんですね。今のところ見守る、ところが、肝心なところに来ると言いますよというふうにこの言葉は聞こえるのであります。意見があったらまた後で言ってください。
 そこで、成り行きを見守ると、議論の行く末を見守るとどういう結論が出るかなというのは、それは、自発的、自主的に行われるものとして見守っていくという立場が私は当然だと思いますし、そこに出てきた結論が、総理の私的諮問機関が出した結論として、その結論を総理がどうするかということに当然なってくるわけで、文部省がそれにいろいろと、あれこれと注文をつける筋合いのものでないと私は考えております。ぜひともそういう形でこの教育改革国民会議のメンバーの皆さんが、文部省のさまざまな圧力とか横やりとかそういうものでなく、それこそオープンに、自由濶達に議論をしていただくことを私は期待しております。
 その点で一言、もしあれば。
#55
○国務大臣(中曽根弘文君) 私、見守ると申し上げたのは、これから議論が始まるわけでありますし、国民の皆さんのいわば代表的な形でこの会議が開かれるわけでありますから、これもまた尊重していかなければならないと。
 いずれ、これがおまとめになられました時点での話でありますが、十分に勘案して文部行政をやっていかなければならないと思いますが、ただ、この教育の問題は、従来から教育改革は進めているわけでありまして、現実、委員も御承知のとおり、委員会でも御審議をいただき、いろいろな新しい制度を進めているわけでありまして、私どもの現在の路線の上での改革は、当然のことでありますが、今後とも文部省が中心になって進めていかなければならない、そういうふうに思っております。
#56
○本岡昭次君 文部省も、内部には中教審という審議会を持ち、また、各局ごとにさまざまな必要な協議会も持ってやっておられるのはよくわかっております。
 そして、従来から学級の問題についても、一九五九年から今日まで、一学級の規模を五十人から四十五人に、四十人にというふうに小規模にしてきたという経過もあります。あるいはまた、教職員の定数改善も厳しい財政状況の中でさまざまな努力をしてきた。そのことも私も知っております。だから、文部省が進めてきたことは、決して教育条件を悪くしようとしてこうした問題についてやってきたというふうには認識しておりません。
 ただ、ここまで来た段階で、三十人以下の小規模学級にすると、公明党さんなんかは二十五人、民主党の三十人は多過ぎるという議論もあるし、前文部大臣の町村さんなんかは、やっぱり二十人ぐらいが低学年なんかはいいのではないか、また江崎さんは二十四人ぐらいといって、さまざまな意見があるのであります。
 ところが文部省は、そういう学級規模を、今の学級編制基準として四十と置いているそのことを減らしていくということに対して消極的なのかと思っていましたが、どうもそれには反対だというふうな立場が強くなっているように思い、非常に残念であります。私は理解に苦しむんです、そこのところは。
 それで、ここで文部大臣にお聞きしたいんです。
 教育条件の整備として、もうこれ以上に学級編制基準を縮小する必要はない、四十人でいいんだ、打ちどめだというふうなお考えなんですか。あるいは、これを三十五人、三十人あるいは二十五人というふうに、これは教員を配当するための編制基準ですから、それを減らしていきたいんだけれども、今は財政上の厚い壁があってそれを乗り越えられないからできないんだと、こうおっしゃるのか。そのいずれでございますか。
#57
○国務大臣(中曽根弘文君) 学級規模と教育上の効果、これの関連につきましては、前からも申し上げておりますけれども、必ずしも明確になっておりませんし、今委員が御指摘のようにさまざまな意見があるわけであります。こういう効果についての学術的研究につきましても、今まで欧米や我が国において幾つかなされておりますけれども、効果が上がるという研究もありますけれども、他方、統計上有意差がないという研究もありまして、必ずしも明らかにはなっておりません。
 またさらに、これも御指摘ありましたけれども、一律に三十人学級または三十人以下学級を実施するとすれば、国、地方を通じまして相当の財政負担が必要となるわけでありまして、私どもとしてはこういう点も十分慎重に検討しなければならない、そういうふうに思っております。
 ただ、教育指導は当然効果的に行わなければならないわけでありまして、そのためには、学級編制のあり方とは別に、学年とか教科等に応じた学習集団を設定するなど、指導方法の改善を図ることが必要であると思っておりますし、既に導入されておりますチームティーチング等につきましては、国立教育研究所がチームティーチングによる指導の効果に関する研究というものを平成十年度、九年度に行いましたけれども、学力テストの結果、一人の教師による一斉授業よりも成績向上に効果があるとの研究結果も報告されているわけであります。
 したがいまして、今後の学級編制あるいは教職員配置のあり方につきましては、これらのことを十分に踏まえて、教育効果や財政負担等の要素を総合的に検討して、そして判断する必要があると思っております。
 なお、現在、教職員配置のあり方につきましては協力者会議で鋭意検討を進めているところでもありますが、この検討もかなり大詰めに来ているというふうにも思っておりまして、平成十三年度から新たな施策に着手できるよう私どもとしては準備を進めてまいりたい、そういうふうに思っております。
#58
○本岡昭次君 必ずしも明確に答弁いただけなかったんですが、そのことだけにかかわっておるわけにはまいりません。文部大臣の胸のうちは、私は推しはかることにいたします。
 それで、学習集団の規模という言葉が出てくるんですね。それで今もチームティーチングでやった場合が効果が高かったと、それはそうだと思うんです。四十人の教室に先生が二人いて、一人が主として教え、もう一人の人がついていけない子供をフォローしていくためにこれをやると。それはもう当然でありまして、そんなものは別に調査しなくても当たり前なんです。しかし、そのとき比較しなければならぬのは、それを二十人ずつに分けて一人の教員が教えたときの効果と比べなければ、四十人のチームティーチングに二人入ればこれは当たり前のことでありまして、問題は、それを二十人、二十人と分けたときに一体どうなのかという、ここのところが比較なら比較だというふうに私は思うんです。
 私は、やっぱり二十人、二十人というふうに分けていく方が教育効果は上がるだろうと思いますが、またそれは改めて議論をいたします。
 そこで、主として財政上の問題をここでちょっと議論してみたいと思います。
 文部省にも今度の法案を出すについていろいろと御協力いただきました。それは、この財政負担の計算がなかなか私たちはできないからです。御協力いただいたことにはお礼申し上げます。
 まず、現在の公立小中学校の学級編制を三十人以下とすると、教員増は約十一万九千人で人件費増約九千八百億となる。国庫負担は半額の四千九百億円であるというのがまず公立学校にあって、それで高等学校は教員増は五万四千、人件費約四千五百億円。結局、私どもは小中高と言っておりますから、合計として教員増は十七万三千、人件費は約一兆四千三百億というのが一つの試算となるわけですが、文部大臣、これで間違いございませんか。
#59
○国務大臣(中曽根弘文君) 公立の小中学校で三十人学級を実施した場合の必要となる教員の増員数につきましては、今後の児童生徒数、それから学級数の正確な把握が非常に難しいということから幾つかの推計方法が考えられるわけであります。また、どのような実施方法をとるかということによりましても結果が異なってくるわけでございまして、今、必要な教員数を確定的に申し上げることは非常に難しい状況でございます。
 仮に公立の小中学校において直ちに三十人学級を実施する場合の一つの試算といたしましては、委員御案内のとおり約十二万人、約九千八百億円が必要と見込まれているわけでありますが、これは、現在小中学校に在籍している児童生徒の数を基礎として、各学校ごとに同一学年の児童生徒数を三十人で除して算定される学級数と、それから四十人学級で編制されている現在の学級数の差を見てみますと約九万学級の増加ということになります。現在約三十九万学級ありますが、九万学級の増加が見込まれるわけです。この増加学級数を基礎といたしまして、現行の教員配置基準を前提に算定したものであります。
 また、公立高等学校につきましては、各都道府県において、各学校ごとの今後の収容定員、それから公私間比率も含めた適正配置という点でまだ不確定な要素がやはりございます。こうした点を含めて試算をしなければならないわけでありますが、その試算をするには膨大な時間と労力を各都道府県に強いることにもなるため、現在その試算はしておりません。そういう状況でございます。
#60
○本岡昭次君 確かに予測は難しいと思います。その予測については、今少しおっしゃいましたが、少子化の進行がこれからも続くわけで、児童生徒の減というものがありまして、当然、現在の定数法上からいえばそこで教職員を減しなければならないという事態が起こるんですね。だから、それを減しないでそのまま置くということになれば、この分はプラスの面として残っていくということに相なると私は思います。
 現に、八年間行われた第六次教職員定数改善のときも、三万人余りの改善増ということでありますが、実際は、七万八千人ほどの児童生徒の減に伴って教員の定数は減った。減った中で三万を積んだんですから、結局差し引き四万八千人の定数が八年前よりも減ったという結果になっておるんです。
 だから、そういう人も含めていけば、人件費が非常に累増するとかということばかりじゃなくて、ずっとさかのぼれば、八年前の定数をずっと維持しておけば、四万八千人分の学級編制基準の改善ということも、やろうとすれば、やる気があればできたんだと私は思うんです、増しなくたって現員を確保しましょうと。しかし、それは財政の問題では別の論理が働きますからなかなかそうはいかないということだろうと思いますが、そういうふうに自然減を見込んだ財政負担という問題も、ぜひとも念頭に置いておいていただきたいという要望を強くしておきます。
 それと、過去こうした学級の、五十人を四十五人、四十五人を四十人と減らしていく過程でも、一挙に単年度に小中高ともいきなりやったんじゃないんです。一年生から二年生、三年、四年、五年六年、それが終わったら中学校の一年、二年、三年、こういうやり方をしたときもございました。あるいはまた、最初一、二、三と小学校をやって、四年度のときから中学校が入ってダブって、それで高等学校が最後になるとかいういろんなやり方をそのときの財政状態に応じてやっているわけです。
 いわば、一兆四千八百億のお金がかかります、小中高合わせて十七万人の人件費増になりますということは、具体的な計画を緻密に打ち立てることによって、単年度の財政負担はそれほど多くないという状況をつくることは私は可能だと思うんです。だから、そういう議論こそやはり私は進めるべきではないかと思います。
 それで、私の一つの考えですが、例えば二〇〇〇年度の国の一般歳出は四十八兆九百十四億円なんです、四十八兆円。そして、今言ったように、いきなり小学校を一遍にどんとやらずに、一、二、三、四、五、六と六年間かけてやる、中学校も一、二、三と三年間、高校も一、二、三と三年間、同時スタートをやったとしても初年度の負担分は千百六十七億円というふうに私たちは試算するんです。
 それで、これは国全体の四十八兆円という規模の〇・二四%ということになるわけです。この〇・二四%が、〇・二四%もと、もがつくのか、〇・二四%にすぎないというのか、これはやっぱり教育に対する考え方から出てくる。私はわずか〇・二四%にすぎないというふうに言いたいんです。それがずっと続いていって最後の積み上げになってくるんです。
 だから、地方の負担も同時に、小中は義務教育費国庫負担法で半額を国が持って半額は地方、高等学校は全部地方と、こういうことになってきますが、地方の状況を見ても、一般歳出の合計が七十三兆九千八百五十四億円なんです、二〇〇〇年度。そしてこれに対して、今言ったようにずっとやっていただいても、単年度は二千六百六十六億円なんです、今言ったように八年間かけてずっとやっていくということをやれば。そうしますと、単年度の割合は〇・三六%にすぎないというふうに言いたいんです。
 したがって、財政負担の壁が厚くて三十人以下学級を云々することは現実的ではないというふうな文部省の意見がございます。しかし、一兆四千八百億を来年度の予算に組み込み、そして直ちに十七万人の教員増、これは現実的でないと思うんです。確かに、十七万人の教員増をしようと思ったらこれはもうえらいことであります。だから、現実的でないというそのことをもって何か本来やるべきことをやらない、私はこれはよくないと考えます。
 したがって、森総理が小渕政権の政策を引き継ぐとおっしゃいました。小渕前総理が出された施政方針演説の中で、教育立国を目指すということをおっしゃっていただいた。私はうれしかった。教育立国とおっしゃった。さて何をなさるのかということが出てこないからいろいろと私も質問をいたしました。そして結局は、教育立国と言う以上は、教育は国家百年の計、未来の礎を築くんだと、こういうことになっているわけですから、明らかにその発想は未来への先行投資という意味がなければ私はいけないと思うんです。未来への先行投資、一体何を先行投資としてやっていくのかということなんですね。
 それで、森総理も政策を継承すると言っておられる。教育立国という国の基本方針、これも当然引き継がれる。だからこそ教育改革国民会議ができたんだと思う。そのときに、文部省が率先して教育立国の道を邁進していかなければならぬのじゃないですか。
 そうすると、私は、三十人以下学級を実現していくというこの国民的な課題にいろんな困難があったとしても、それに立ち向かって解決していく、具体的な方策を立てていくということを今やらなければ、一体その教育立国というのは選挙用のスローガンなのかということになってしまう。私はそうしていただいては困るんです。
 そういう意味で、文字どおりこの教育立国を掲げた森政権として、来年度の第七次教職員定数改善というものを考えていくに当たって、学級編制基準、その規模を三十人以下とすることについて、いま一度思いを新たにして立ち向かっていただきたい。文部大臣、腹を据えてこの問題をやっていただきたい。私たちは街頭にマイクを立てて、私たちはそういうふうに考えておるんだけれども文部省は反対なんだと、そんなことを私たちは言わなければならない現状なんですよ。
 習熟度別学級をどうのこうの言ったって、こんなのわからぬですよ。しかも、その習熟度別学級で腹が立つのは、一人の先生で三人の時間講師を雇うことができる、そうしたら人件費を少なくして多く先生を雇用できるじゃないかという、こんな貧しい発想はやめていただきたいと思います。今の学校に時間講師をどんどん入れて子供を教えて、私は三時間教えたら帰ります、だからあなたの賃金は三時間分ですよと。そういう教師を入れて、そしてある種の習熟度別学級をつくりましたと、これは本質的な問題じゃないと思う。そういう人がどんどんふえていく学校はどうなるでしょう。
 しかも、その臨時講師というのは本採用ではない。半年ごと、一年ごとにぐるぐるかわっていく。幾らすぐれた教員でもその人は本採用にならないんですよ。ずっとその人は時間講師なんですよ、ずっと期間採用なんですよ、賃金も上がらないし。しかし、今言ったように、その人に重要な仕事をさせるんですよ、チームティーチングの相方にしろ。
 こういう貧困な発想は、やはり教育立国を掲げる文部省としてぜひとも私はやめていただきたい。金がかかるなら堂々とこれだけの金が要ると要求していくのが筋でしょう。それをみずから、いや大蔵省がどうやとかこうやとか手前のところでお金のやりくりをするようなことじゃないでしょう、教育立国をかざす森政権として。
 中曽根文部大臣、これにはぜひとも腹を据えた答弁をしていただきたい。どうですか。
#61
○国務大臣(中曽根弘文君) 民主党さんが三十人以下学級の法案を今提出され、国会で御審議していただいているわけでありますが、私どもといたしましても、先ほどは効果が明らかになっていないと申し上げておりますけれども、いい点もあれば、そうでないという御意見もあるわけでありますが、よりきめ細かい指導を行うということは大切だと思っておりますし、そういう方向に財政状況も勘案しながら進めていかなければならないとも私は思っているところでございます。
 そして、今委員からおっしゃいました、小渕総理が教育立国というふうに掲げてということでございますが、この一月の施政方針演説の中で教育立国というものを明確に総理が演説されたわけでありまして、森総理もこの小渕総理の政策を継承するということでございますし、また、教育問題につきましては森総理も最重要課題として位置づけておられるわけであります。
 委員がおっしゃいましたように、教育投資は未来へのまさに先行投資であるわけでありまして、私どももそういう意味では、国民の皆さんのそういう御要望、御期待、特に最近の青少年のいろいろな問題を考えますと、教育改革にはまさに不断の努力をしていかなければならないと思っております。
 財政の問題につきましては、確かに制約があるわけでありますけれども、私といたしましても、政府全体の予算の中で教育の予算というものが重視されるように全力で取り組んでいきたいと思いますし、特に必要な文教予算の充実確保には、今後も御指導いただきながら努力をしてまいる決意でございます。
#62
○本岡昭次君 きょうはその程度にいたしまして、これからいよいよ概算要求、そして本予算への取り組み、そして来年の通常国会には標準定数法改正、そして四月一日から第七次教職員定数改善というふうに進んでいくわけでありまして、六月末の解散・総選挙でその後どういう政権ができるか、これは別にしまして、少なくとも、教育立国を掲げた方針というものには誤りもないし、今世界各国が取り組んでいるこれは政治の基本姿勢なのであります。そういう意味で、中曽根文部大臣のひとつ毅然たる取り組みを今後要請したいと思います。
 最後に、残された時間で、こんなことを質問したくなかったんですが、どうも何か頭がおかしくなるような記事がきょう出ておりまして、もう皆さんも御存じのとおりだと思います、私が何を言おうとしているか。
 日本は天皇中心の神の国と、首相が日本は神の国やと言ったということがずっと出てくるわけで、神様を信仰されている方がそう思われることは、それは信仰の自由ということの中の一つだと思いますからいいと思うんですが、しかし、総理大臣が日本は天皇中心の神の国だというふうに大上段に振りかぶられると、正直言って私たちは困るんですね。
 民主党の鳩山代表は、国民主権に反する、こう言っております。そして、私もこの文教委員会で幾たびか言いましたけれども、私も神国日本の中で軍国少年として育てられた人間のその魂は、日本は天皇中心の神の国というのが魂であったわけです。それがまた今よみがえってきて、そしてこれを教育の中に宗教教育として取り入れるべきだとか、あるいは教育勅語、これは戦後間もなく廃棄したんですよ、今後の新生日本にふさわしくないと言って。そのふさわしくないと言って破り捨てたものを、再び教育勅語なんという言葉を持ち出して、その中にもよいものがあるというふうな形で出してこられる森総理について、事が教育の問題であります。
 文教委員会では、しばしば昭和の日というようなものも議論させていただきましたし、国旗・国歌の問題も議論させていただきました。私は、ここの場やない、総務のところでやるべきことだと思う。何かというとすぐそういうものは教育のところへ来るんですね。だからこのことも言わせていただくんですよ。これは文部大臣、いや、これは森総理のおっしゃったことだ、おれじゃないとおっしゃっても、ここでそういうことをずっと我々は議論させられているんですよ。
 だから、そういう意味で私は、森総理大臣個人としてならいざ知らず、総理大臣としてこういう発想を持ち、しかもそれを教育の中に取り入れていくべきだというふうにお考えになるとすれば、これは日本の総理大臣にあるまじき一つの発想であり、教育立国を目指す日本が、教育立国の魂は何かと言うたら、日本は天皇中心の神の国やとなったらどういうことになるのかという思いがします。
 そこで、これは文部大臣として当然一言発言があってしかるべきだと考えます。私もそう思うと言うのか、私はそう思わないと言うのか。それはそうでしょう、文部大臣でしょう。総理がおっしゃったことをみんな右へ倣えするというような、そんなことじゃないと思うんですよ。それはそれぞれの持ち場持ち場の中で、総理に間違いがあれば総理をいさめなければならぬこともあるだろうし、別の立場から間違った問題を取り消していくという浄化作用がなければ、だれかお一人が言えば皆そのとおりだということでは、これは民主主義の国とも言えないし、我々がここで議論していることさえ無意味になってまいります。どうですか。
#63
○国務大臣(中曽根弘文君) 今、委員御指摘の森総理大臣の御発言につきましては、私自身、御発言の全部を承知しているわけではありません。新聞等の報道により一部を認識しているわけであります。
 こういうことにつきましては、よくあることでありますが、新聞等によく見出しで出ますけれども、発言の一部分でなくて全体の文脈の流れというものも十分に承知をした上で意見を申し上げなければならないと思いますが、しかし、総理の御発言というものは、日本の憲法の大原則であります主権在民という原則を堅持すべきであるということは当然御認識の上でありまして、当然、それ自体を否定しているものではないわけであります。
 そしてまた、神の国というような御発言をされたようでございますけれども、これにつきましても、特に特定の宗教について述べる、そういう趣旨ではなくて、信教の自由というものを前提とした上で、命の大切さへの理解とか、それから宗教的な情操を深めるための教育の大切さ、そういうものについて述べたものだと思っております。
 学習指導要領におきましても、児童生徒の発達段階に応じまして、人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深めることとか、また、人生における宗教の持つ意義を理解させて人間としてのあり方あるいは生き方を考えさせる、そういうふうな指導をするということになっているわけでありまして、私自身、総理がおっしゃりたかったのは、命を大切にしなさいということが中心にあるのではないかと思います。
 実は、一昨日、沖縄で小中学生サミットが開催されまして、私もそちらへ参りました。総理も、七月に行われますG8のサミット会場の落成式に御出席の後、この小中学生サミットの閉会後、議長役をされた方からサミット宣言を受け取られたわけでありますが、その受け取られたときの総理のごあいさつの中で、命の大切さ、思いやり、それから自分の命、人の命を大切にするんですよということを子供さんたちに一生懸命お話しされていたわけでありまして、私は、総理のこの御発言というのはそれの流れの中にあるものと、そういうふうに思っております。
#64
○本岡昭次君 いろいろと御説明いただきました。
 私はそういうことを難しく聞いているんじゃありません。日本は天皇中心の神の国と森総理がおっしゃったが、文部大臣たる中曽根さんも同じように、私も日本は天皇中心の神の国だというふうに考えると言うのか、いや私は別の考えを持っていると言うのかということをお尋ねしたのであります。それ以外のことは別に聞いておりません。
#65
○国務大臣(中曽根弘文君) 私自身、先ほど申し上げましたけれども、とにかく主権在民であります。したがいまして、憲法では、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であると、そういうふうに明記されておるわけでありまして、まさにそのとおりでありまして、神の国という御発言につきましては、私自身は、主権在民ということであり、国民が中心となって、そして、今の憲法の天皇陛下の位置づけ、また内閣の位置づけのもとに国政全般が運営されていくということでありますから、神というのは、いろんな宗教がありますけれども、さっき申し上げましたように、学習指導要領にありますように、そういうような宗教の持つ意義等を理解するということは大切だと、私は当然そういうふうに思っておりますが、特定の神についての認識で政治を行っていくということがあっては決してならない、そういうふうに思っております。
#66
○本岡昭次君 今の沈黙の五、六秒で何かよくわかりました。
 それで、やはり文部大臣は主権在民ということを繰り返しおっしゃいまして、主権在民ということは神の国でないということであります。したがって、このことは非常にこれから大きなところで議論を呼んでいくと思います。まかり間違っても文部省が、総理がこういうふうにおっしゃったんだからということで、この神の国へ導きがないようにお願いしたいんですよ。このごろは滅私奉公というような言葉が出たり、この間はある委員会で月月火水木金金という言葉が出たり、何か穏やかならぬのですよ。
 どうしてこう復古調のことが次々と続くのかということを、昔大変苦しんだ人間の一人として思うので、僕らよりずっと新しい時代の中で生きてこられた文部大臣ですから、やはり若者の、次の時代の皆さんの発想というものに立ってやっていただかなければ、明治の方はもうおられないと思うけれども、大正、昭和の中で、やはりあのときはよかったなという、歌を歌ったらすぐ軍歌を歌うという人たちもいるわけでありまして、しかしそれは、その時代に生きてきた中で自分の人生を持っておられて、あなたはあなたの人生を持っておられるんですからね。
 そういう中で、間違いのないように文部省の行政指導をやって、ゆめゆめ教育現場に対してこういうふうな問題がおりていかないように、へんてこな愛国心とか忠誠心とかいったようなものを強調したりしないように要請をして、私の質問を終わります。
 以上です。
    ─────────────
#67
○委員長(佐藤泰三君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 本日、田名部匡省君が委員を辞任され、その補欠として岩本荘太君が選任されました。
    ─────────────
#68
○日下部禧代子君 社会民主党の日下部禧代子でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 まず最初、これは通告しておりませんが、今、本岡議員がお触れになりました、昨日の森総理の御発言に関しましての文部大臣の御見解をお伺いさせていただきたいと思います。
 これは私、直接森総理のごあいさつをお聞きしたわけではございません。しかしながら、報道されるところによりますと、昭和の日法案を制定し、そして、自分は今政府側にいるので若干及び腰になるようなことであるが、それをしっかりと前面に出して、日本の国はまさに天皇を中心にしている神の国であるということを国民の皆様にしっかり承知していただくというふうに報道されております。
 私どもは、天皇は神であるという明治憲法を否定することから戦後の我々の歴史が始まったというふうに理解しております。そこで、天皇は神であるということでおっしゃったのではないかもわかりません。しかしながら、天皇を中心としている神の国であるという御発言は非常に驚きました。直接お聞きしていないということは前提にいたしましても、やはりそう間違った報道をされているとは私思わないわけでございますが、新憲法というのは、いわゆる神としての天皇ではなく人間天皇ということでスタートして、今、大臣もおっしゃいましたが、主権在民ということでございます。大臣としては、この総理の御発言をお聞きになりまして文部大臣としてびっくり仰天なさったという御感想でございましょうか、まあこういうことも森総理だったらおっしゃるのかなというふうにお感じになったのでございましょうか。
 まず、その報道を、その場所に大臣いらしたわけではないと思いますが、お聞き及びになりましての第一印象、御感想から率直な御見解を承りたいと存じます。
#69
○国務大臣(中曽根弘文君) 今、本岡委員にも申し上げましたけれども、主権在民であることはもう大原則でありますし、総理も当然その上での御発言であろうと思います。
 ただ、神の国という言葉の意味が私ちょっと正確になかなか把握できていないわけでありますけれども、総理は、先ほどから申し上げておりますように、命を大切にして、そしてまた人の命をあやめてはいけない、そういう御発言もその場所での御発言の中にあったようでございますけれども、それがおっしゃりたかったんだと、そういうふうに私は思っております。
 そして、宗教につきましても、特定の宗教を指しておっしゃっているわけではないわけでありますし、そういう人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深める、また人生における宗教の持つ意義を十分に理解させて、そして人間としてのあり方を考えさせる、これが学習指導要領に書いてあるわけでありますけれども、指導しているわけでありますけれども、そういうような趣旨のことをおっしゃりたかったんだと、そういうふうに思います。
#70
○日下部禧代子君 それで、大臣は総理に、教育に携わる文部大臣として、こういう非常に誤解を受けるかもわからないような御発言をなさったようでございますが、総理の真意はいかがでございましょうかというふうにお問い直しなさいましたでしょうか。
#71
○国務大臣(中曽根弘文君) 確かに誤解を受けやすい御発言だとは思います。
 ただ、さっきから申し上げておりますように、総理の真意というものは、この御発言の中全体をお聞きいただければまた理解していただけるんではないかと思っています。総理には、私自身からは本件について直接お聞きはしておりません。
#72
○日下部禧代子君 きょう文教委員会がございますし、こういう質問は出るだろうというふうに多分大臣はお思いになったのではないかと思います。
 真意は何であれ、言葉というものはひとり歩きをします。今さっき大臣は文脈の流れの中でとおっしゃいましたけれども、必ずしも人の発言というのは文脈の流れの中では伝わっていかないわけであります。やはり言葉、単語そのものが持つ意味というのは非常に大きい、その影響も大きいというふうに思うわけでございます。とすると、ここでお使いになっていらっしゃる総理の言葉というのは、「天皇を中心に」、天皇中心というのは天皇象徴というふうに一生懸命読もうと思えば読めるかもわかりませんが、「神の国である」というお言葉というのは、これはさまざまな注釈を加えたとしてもやはり問題になるお言葉ではないかというふうに思うわけであります。
 つけ加えまして、大臣は公立学校における宗教教育というのはどのようにとらえていらっしゃいましょうか。
#73
○国務大臣(中曽根弘文君) 教育基本法におきましても、宗教教育につきましては、「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。」となっておりますし、また後段で、「国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教活動をしてはならない。」、そういうふうになっているわけであります。
 私は、宗教的な情操を深める教育は非常に大切だというふうに思っておりますし、また、先ほども申し上げましたけれども、学習指導要領におきましても、児童生徒の発達段階に応じて、人間の力を超えたものに対する畏敬の念を深めることや、それから人生における宗教の持つ意義を理解させて人間としてのあり方、生き方を考えさせることを指導するとなっておりまして、非常にこれは大切なことだと、そういうふうに思っております。
#74
○日下部禧代子君 それともう一点でございますが、「我々の子供時代を考えてみますと、鎮守の杜、お宮さんを中心とした地域社会を構成していた。」、そしてその後でございますが、「神社を中心にして地域社会は栄えていくということを、皆が勇気を持ってしっかりやることによって二十一世紀が輝ける時代になる。」というふうにおっしゃっているのでございますが、神社を中心とした地域社会ということに関して、これもやはり真意をおもんぱかるということでございましょうか。やはりこれは言葉どおりだというふうに私は思うのでございますが、その点に関しましてどのように大臣はお考えでいらっしゃいましょうか。
#75
○国務大臣(中曽根弘文君) 恐らく、その集会の主催者といいますか、その集会の趣旨等その場の状況から、総理は、今委員がおっしゃいました神社を中心に地域社会という御発言になったんだと思います。しかし、特定の宗教のみを考えた御発言ではなくて、私はやはりそういう地域社会の重要性ということについて述べられたものだと思いますし、実際、昔から神社とかお寺とかそれから教会とか、いろいろな地域のそのような施設といいますか、そういうものを中心に地域社会の活動が行われてきたという事実もあるわけでありまして、繰り返しになりますが、地域社会の重要性というものをお話しされたことと思います。
#76
○日下部禧代子君 しかし、神社といいますと、さまざまな宗教は指さないのではないか、一応神社というのは神道を指すのではないかと思うのですね。ですから、特定の宗教ということにこれはなるのではないかというふうに思うわけであります。
 今、大臣がおっしゃいましたように、宗教はさまざまな宗教がある、人間がさまざまなことを信じる、これは自由であります。信教の自由であります。しかしながら、神社というふうにおっしゃると、それは私たち一般の人間は神道というふうにとらえると思うのでございますが、いかがでございましょうか。特定の宗教を公の、そして一国の総理である方がおっしゃるということはいかがかなというふうに私は思うわけでございますが。
#77
○国務大臣(中曽根弘文君) 新聞報道のとおりであるといたしますれば、「神社を中心に」という御発言のようでございますが、その前段として、「神様であれ仏様であれ、天照大神、神武天皇、親鸞上人さん、日蓮さんであれ、」ということでいろいろ述べておられまして、すべての宗教を全部述べておられるわけではありませんが、「宗教は自分の心に宿る文化だ。」、それを大事にしようということも新聞によると述べておられるわけでありまして、繰り返しになりますけれども、特定の宗教だけを指したわけではありません。ただ、神道政治連盟の議員懇談会でございますか、という場ということもありまして、神社ということを一つの例として挙げられたんだと思います。
#78
○日下部禧代子君 これは御発言をなさった御本人に対して今申し上げているのではないので非常に大臣もお困りになっているのかもわかりませんが、しかしながら、この文教委員会、そして文部大臣は、そういう宗教の問題、そして今私が質問申し上げましたような問題というのはこの委員会がテーマとするところでございます。したがいまして、大臣としても、そういうことが当然出るだろう、したがいましていろいろと総理の御発言のテープをお聞きになるとか何かを御用意なさっておくべきではなかったかなというふうに思います。
 それで、次に移りますけれども、昨日発表になりました、文部省から出ました道徳教育推進状況調査結果がございますね。そこで、道徳の時間というのが学習指導要領の定める標準時間を満たしていないと。満たしているのが、小学校だと六七・九%、中学校が四一・〇%であると。特に愛国心の養成ということについて重点を置く学校というのは非常に低いパーセンテージだったということが出ております。
 そこで、十五日付で文部省は都道府県の教育委員会に通知をお出しになったそうでございますが、どういう通知の内容でございましたでしょうか。そしてあわせて、大臣のお考えになる愛国心とはどういうことなのかお聞きしたいと存じます。
#79
○国務大臣(中曽根弘文君) 昨日公表いたしました道徳教育推進状況調査の調査結果によれば、道徳の時間の平均授業時数というものが前回の調査と比較して小中学校とも増加はしておると、そういうような結果になっておりますが、依然として一部の都道府県においては、学習指導要領に定める授業時数、小学校でしたらたしか三十五時間でございますが、これを下回っている学校が多数あるなど、改善を要する点も見受けられるわけでございます。
 文部省におきましては、今回の調査結果をもとに学校において改善措置が講じられ、より一層道徳教育が推進されるよう、今委員がお話しになりましたこの通知を昨日付で各都道府県の教育委員会に発出したところでありまして、必要な指導に努めてまいりたいと思います。
 この内容につきましては、調査結果をこの通知の別添として添付をし送付したわけでありますが、この道徳の時間の平均授業実施時数が、今申し上げましたように前回調査に比べて小中学校とも増加しているなど改善は見られるけれども、一方、一部都道府県においては依然として下回っている学級が多数あるなどと、そういう結果をまず述べております。そして、各小中学校においては、必要な改善の措置が講じられてより一層この道徳の教育が推進されるよう御配慮していただきたい、そういう趣旨の文になっておりまして、これは、附属小中学校を置く各国立大学長、また各都道府県の教育委員会の教育長並びに各都道府県の知事あてで、初等中等教育局長名で出しております。
#80
○日下部禧代子君 今、もう一問あわせて質問をさせていただきました。
#81
○国務大臣(中曽根弘文君) 愛国心でございました。
 国民一人一人が生活していく上では、もちろん、地域社会から始まりまして国家というものが存在し、これが平和で安定して発展していかなければ、国民一人一人の生活もまた安定した繁栄した生活ができないわけでありまして、そういう意味では、国家というもの、国というものが平和でかつ繁栄していくということを国民一人一人が願わなければならないと思います。また、国民もそのための努力をそれぞれの立場でしていくということが大事だと思っております。
 そういう意味においては、いわゆる健全な愛国心を持つということは、私は、国民としてこれは重要なことでありまして、学校教育においてもそのような指導は行って行くべきだと、そういうふうに思っております。
#82
○日下部禧代子君 時間がたってしまいましたけれども、ここで通告しておきました質問に入りたいと思います。
 昨年六月、ケルン・サミットで初めて教育問題が議題に上りまして論議されたわけでございます。それを受けまして、本年の四月一、二、三、三日間にわたりまして主要八カ国の教育相会議が東京及び沖縄で開催されました。これは、今、アメリカ及びイギリス、日本を含めまして先進諸国において教育問題が大きな政治課題になっている、そういうときにサミットにおいて論議されるということは評価されるべきことだというふうに思っております。そのサミットにおきまして、文部大臣は向こう十年間で日本の留学生受け入れの人数を二倍にするという方針を御発表になったと承っておりますが、まず、二倍にするというその目標値というのは、どのような根拠で二倍というふうな目標値をお定めになったのでございましょうか。
#83
○国務大臣(中曽根弘文君) まず、留学生の数の実態をちょっと申し上げたいと思いますが、昨年五月現在の在日留学生数が約五万六千人でございまして、その前何年間か留学生の数が低下傾向にありまして私ども心配しておりましたが、幸いなことに昨年は前年より約四千五百人増加いたしました。しかし、この十万人計画というものを達成するのは、この二、三年のうちでは必ずしも容易ではないと考えておるわけでございます。
 しかし、その前のケルン・サミットからでございますけれども、学生や教員等の流動性、これをさらに増加させるということが各国の共通の認識でございまして、このG8教育大臣会合におきましても、学生等の流動性を今後十年間で倍増する旨うたわれたところであります。これは各国との議論の中でこのような合意がなされたわけでありまして、私どもとしてはできるだけ早期にこの十万人受け入れが達成できるように努力をしていきたいと思っております。
#84
○日下部禧代子君 今大臣がお触れになりましたいわゆる留学生十万人計画でございますね、これは一九八三年にスタートいたしまして、二十一世紀初頭、もう二十一世紀は来年からでございますが、初頭までに十万人にという計画でございます。
 これは本当に残念でございますが、今大臣がお挙げになりましたように、まだ今のところ、来年が二十一世紀初頭にもかかわらず六万人に達していないわけでございますね。そこでこの二倍ということのお考えが出たというふうに承ったわけでございますが、なぜこの十万人計画が目標を達成しなかったのかという、そういう反省及び分析のもとに具体的な計画、戦略を立てなければ、ただ単に二倍にするということでは、なかなか達成は難しいのではないかというふうに思います。したがいまして、来年までにはこの目標に達しないであろうと思います。
 したがいまして、その原因をどのように分析なさり、そしてそれをどのようにしてクリアして十万人に、結局、二倍ということは約十万人ということでございますが、に達成しようというふうな御方針をお立てになっていらっしゃるのか、その点を伺いたいと存じます。
#85
○政務次官(河村建夫君) 委員御指摘のように、十万人計画は、当時、昭和五十八年、一九八三年ごろは一万人ぐらいだったわけです。そこから十倍計画を立てたわけでございますが、結果、こういう御指摘の状況でございます。
 いろんな原因が考えられるのでありますが、留学生にとって日本の生活、非常にコストが高いということがまず挙げられるのではないかと。あわせて、日本の経済が非常に好調時には日本に行って学んで、そして日本で就職しようという意欲はあったようでありますが、そういう点も落ちておる。あるいはアジアの経済低迷ということもまた大きいと思っております。
 それからもう一つは、英語の国際化といいますか国際語化の問題がございまして、どうしても英語圏にとられてしまうという傾向が最近強まっておる、それも伸びない原因の一つではないかと思われます。
 もう一点は、日本の教育システムといいますか研究体制、世界的な規模での交流の活発化といいますか、よく博士号の問題等が言われます。短大については専門士という制度も含めました資格の問題、それから入学期が欧米と違う、そのようなこともあったりして減少傾向があったわけでありますが、日本の経済も立ち直りを見せたということもありましょうか、現在の留学生数がふえてまいった、今、現時点ではこれまでの最高を記録しているということがあります。
 これは、日本側としても奨学金制度をもっと充実するということを各大学へお願いしたりしながら、受け入れ体制がかなり整備されたということであろうと思います。こういう傾向をさらに強めていくことがこれからの対策になろう、こういうふうに思いますが、国費留学生受け入れを計画的に整備する、あるいは私費留学生への援助をさらにふやしていくということも考えなきゃなりません。
 さらに、英語による授業、特に大学院等においては完全に英語による教育指導制度を強化するということでございまして、英語で修士または博士号が取れる、そういうことで、四十三の国立大学の研究科にもそれをもう設置いたしておりますので、このことをもっと強めていくということであろうと思います。
 さらに、日本へ来るチャンスをもっとふやさなきゃなりませんので、海外での日本へ受ける試験を一回だけじゃなくて複数回にする、二回以上、海外の都市で日本への受験機会をふやすということも新たに実施をいたしたところでございます。
 さらに、学位授与の改善。博士号は日本で取りにくいということを言われていますが、そういうことや国際交流の推進等、これは大学改革の中で、大学改革を通じて日本の大学の質をもっと上げるということも指摘をされておりますので、そのことをこれから強めていくということでございます。
 それとあわせて、留学生を日本人が大事にするという風土もさらに強めなきゃなりません。留学生会館の整備等々もあるわけでございます。そのように、受け入れる留学生一人一人を大事にして、日本で学んでよかった、そしてそれが母国へ帰って日本に留学しようという風土をつくる、そういう関係施策の充実に努めていかなきゃいかぬ、このように考えております。
#86
○日下部禧代子君 今お答えいただいた点、いずれも重要なことだというふうに思います。
 特に試験、日本語能力試験というのが一年に一度しかない。これは十二月でございますね。今二回にするとおっしゃいましたが、もう二回になったのですか。今、私、一回だと思いますけれども。
#87
○政務次官(河村建夫君) これは、二〇〇二年ということが目標になっておりまして、今準備を進めておるところでございます。
#88
○日下部禧代子君 私もそのように承っていて、既に実施されたというふうには聞いておりません。
 それから、今御指摘になりました中でも、特に大学院の学位の授与率、文系の割合が他の先進国に比べて低いということも指摘されているところでございます。この辺のところもやはり改良されねばならないというふうに思います。
 それから、今、留学生というのは八割がアジアの方々でいらっしゃいます。生活のコストの問題、物価水準というのはやはり日本とかなり違うところがあるかもわからない。その点に関しての援助というのはさまざまな形で進めるべきだと思うんですね。
 特に住居。ところが、外国人であるがゆえに、特にそれも、ヨーロッパ系ではない方の場合には住居をなかなか借りにくいということを私はよく耳にいたします。特にカラードの方たちは非常に難しいということも私は直接耳にしているところでございます。そういったことは個人的に努力してもらうのではなく、やはり公がそういう援助の形をきちっとつくらなければならないだろうというふうに思うわけでございます。
 問題というものの一つには、いかに日本の大学で学ぶことが魅力であるか。それは一つには、就職に関してもそうかもわからないし、学問を学ぶこと自体がやはり魅力的でなければならないということもあるだろうと思うんですね。
 そういう意味で、今の大学での授業のやり方、それは例えば、私、両方の国の大学を経験した人間の一人といたしまして、ヨーロッパ、特にイギリスの場合には個別指導ということが中心になっております、チュートリアルとかスーパーバイズというふうに。
 そうしますと、非常にそれは勉強せざるを得ないわけであります。と同時に、自分の興味の問題をきわめるということも、非常にこれは自分の満足がいくまで追求できるわけであります。そのかわりとにかく勉強はさせられます、逃げることができないわけですから。その先生が病気にでもならない限り逃げることができない。私は随分いろいろなエクスキューズをつくっては逃げ回ったのですけれども。一週間に三千ワードで論文を書いて、それを中心にして討論させられる、一対一で。そして次の週までに十冊ぐらいの本を読んでこいというふうなことは当たり前のことでありましたけれども、日本ではそういうのは当たり前ではなかった。やはりそういうことを通して学ぶことの厳しさと同時に一つのおもしろさというものも体験できます。
 そしてまた日本の場合とちょっと違うことは、大学生の年齢の問題があります。アメリカはもっと高いと思いますが、イギリスでも学生の平均年齢は二十五歳以上が五〇%を超えております。
 それに今度は国籍の違いであります。国籍、人種、さまざまな違った国のさまざまな違った立場の方たちが一緒にゼミナールというような形で討議していく、その中から我々は異質のもの、違いということを認識する。そこから知的な興奮ということも、刺激も受けるでしょうし、そしてまた、そこの中からさまざまな未知への遭遇といいましょうか、異質なものとの遭遇から未知への遭遇ということが出てくるだろう。そこからさまざまなイマジネーションがわく。つまり、そのことがやっぱり生きる力というものを養うということではないかなと思います。
 そういう魅力というものを日本の大学が、あるいは日本の大学院というものが、高等教育の場が提供していくということでなければ、やはり学生はお金と時間を使って日本にやってきて勉強はしないだろうというふうに思うわけでございます。
 最後に、もう時間が来てしまいましたので、大臣に、留学制度といいましょうか、留学ということの持つ重要性、そしてそれにあわせて、これからの日本の教育の国際化ということの中でこの留学生の問題というのはどのような位置を占めるのかということも含めて御見解をいただきまして、質問を終わりたいと存じます。
#89
○国務大臣(中曽根弘文君) 先ほどからお話にありますように、留学生は未来からの大使とも言われておりまして、留学生受け入れ事業と言うとなんですけれども、非常に私は重要なことだと思っております。日本に来て日本で勉強するということによって、日本のことも十分に理解をしてもらい、また友人をつくってもらうことも大切でありますが、何よりも本人が、今委員がおっしゃいましたように、しっかりと日本に留学することによって、本人のためになる、そしてそれがいつの日か御本人の国のためにもまた大きな効果を発揮していただければ、受け入れ国としてもこれにすぐるものはないのではないか、そういうふうに思っております。
 そういうような総合的な観点から、各国ともこの留学生の交流に力を入れているわけでありますし、G8の会議におきましても倍増計画というものが合意されたわけであります。
 今はまだ先ほど総括政務次官が申し上げましたようにいろいろな問題点があるということを私どもも認識しておりまして、さらに多くの留学生が日本に来てもらえるような改善にも努めていきたい、そういうふうに思っております。
#90
○委員長(佐藤泰三君) 本件に対する質疑はこの程度といたします。
 この際、石田美栄君から発言を求められておりますので、これを許します。石田美栄君。
#91
○石田美栄君 私は、自由民主党・保守党、民主党・新緑風会、公明党・改革クラブ、社会民主党・護憲連合及び参議院クラブの各派共同提案による新しい学校教育確立のための教育改革推進に関する決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    新しい学校教育確立のための教育改革推進に関する決議(案)
  あすの日本は、自立した個人がその能力を十分発揮し、個人の力がみなぎる共生と公平の社会を築き上げていかねばならない。
  そのために教育こそが、個人の成長の源であり、人材育成が社会の繁栄と国民生活向上の基礎である。
  今、学校は、いじめ、不登校、校内暴力、学級崩壊などの問題を抱え、青少年の犯罪が続発し、不安を持つ国民から、その在り方そのものが問われている。これからの学校教育は思いやりの心を大切にし、国や地域を愛し、歴史、文化・伝統を重んじる知・徳・体のバランスのとれた教育を展開し、学校と家庭の連携を築き、たのもしい人格と豊かな人間性をはぐくむ新しい学校教育の確立が求められている。
  急速に進展する情報化、国際化の観点から「教育環境の整備」と「学校の高度化」が、新しい学校教育確立の緊要の課題である。子どもたちが、知識と技能を身に付け、独創性、創造性が重視される質の高い教育を実施していくために、とりわけ初等中等学校の学級の適正化と教職員の質の向上と定数の改善、校舎等の施設整備の充実、また、保護者と教職員の在り方等の見直しが不可欠である。
  昨年の「ケルン憲章」においても、教育への投資は、雇用、経済成長、社会的・地域的不平等の縮小の鍵と位置付けており、二十一世紀を生きる子どもたちの生涯学習の基礎を培う学校教育は、まさに「教育立国」の要である。
  本委員会は、ここに教育こそが「国家百年の大計」の礎を築く政治の最重要課題であることを表明し、政府に対し、新しい学校教育確立のための教育条件整備を含めた改革を強く要請する。
  右決議する。
 以上でございます。
 何とぞ委員各位の御賛同をお願い申し上げます。
#92
○委員長(佐藤泰三君) ただいまの石田君提出の決議案の採決を行います。
 本決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#93
○委員長(佐藤泰三君) 全会一致と認めます。よって、本決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、中曽根文部大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。中曽根文部大臣。
#94
○国務大臣(中曽根弘文君) ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと存じます。
    ─────────────
#95
○委員長(佐藤泰三君) この際、議案の撤回についてお諮りいたします。
 小学校、中学校及び高等学校の学級規模の適正化の推進等に関する法律案について、発議者本岡昭次君外二名から撤回の申し出がありました。
 本案の撤回を許可することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#96
○委員長(佐藤泰三君) 御異議ないと認めます。よって、小学校、中学校及び高等学校の学級規模の適正化の推進等に関する法律案は撤回を許可することに決定いたしました。
    ─────────────
#97
○委員長(佐藤泰三君) 独立行政法人教員研修センター法案を議題といたします。
 政府から趣旨説明を聴取いたします。中曽根文部大臣。
#98
○国務大臣(中曽根弘文君) このたび、政府から提出いたしました独立行政法人教員研修センター法案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 この法律案は、教員研修等を行うことを業務とする独立行政法人教員研修センターを設立しようとするものであります。
 その内容の概要は次のとおりであります。
 第一に、独立行政法人教員研修センターの名称、目的、業務の範囲に関する事項を定めております。
 第二に、国が有している権利義務の一部を独立行政法人教員研修センターに承継させるとともに、そのうち土地建物等の価格に相当する額を独立行政法人教員研修センターの当初の資本金とすることとしております。
 第三に、独立行政法人教員研修センターの役員につきましては、理事長、監事、理事を置くことができることとし、その定数を定めております。
 その他、積立金の処分方法、国からの職員の引き継ぎ、所要の経過措置等に関する事項を定めております。
 以上が、この法律案の提案理由説明及びその内容であります。
 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださるようお願い申し上げます。
#99
○委員長(佐藤泰三君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。
 本案に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後一時五十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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