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1999/11/19 第146回国会 参議院 参議院会議録情報 第146回国会 共生社会に関する調査会 第2号
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1999/11/19 第146回国会 参議院

参議院会議録情報 第146回国会 共生社会に関する調査会 第2号

#1
第146回国会 共生社会に関する調査会 第2号
平成十一年十一月十九日(金曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         石井 道子君
    理 事
                有馬 朗人君
                南野知惠子君
                佐藤 雄平君
                大森 礼子君
                林  紀子君
                福島 瑞穂君
                堂本 暁子君
    委 員
                岩永 浩美君
                大島 慶久君
                釜本 邦茂君
                末広まきこ君
                竹山  裕君
                仲道 俊哉君
                橋本 聖子君
                小川 敏夫君
                小宮山洋子君
                千葉 景子君
                福山 哲郎君
                松崎 俊久君
                渡辺 孝男君
                小池  晃君
                八田ひろ子君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        大場 敏彦君
   参考人
       東京家政大学教
       授・人間文化研
       究所長      樋口 恵子君
       ジャーナリスト
       財団法人日本女
       子社会教育会理
       事長       藤原 房子君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○共生社会に関する調査
 (男女等共生社会の構築に向けてのうち女性の
 政策決定過程への参画についての現状と課題に
 関する件)

    ─────────────
#2
○会長(石井道子君) ただいまから共生社会に関する調査会を開会いたします。
 共生社会に関する調査を議題といたします。
 「男女等共生社会の構築に向けて」のうち、女性の政策決定過程への参画についての現状と課題に関する件について、参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、東京家政大学教授・人間文化研究所長樋口恵子君及びジャーナリスト・財団法人日本女子社会教育会理事長藤原房子君に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきましてまことにありがとうございます。
 参考人の方々から、「男女等共生社会の構築に向けて」のうち、女性の政策決定過程への参画についての現状と課題に関して忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 議事の進め方でございますが、まず、参考人からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。
 なお、御説明及び質疑、答弁については座ったままで結構でございます。
 それでは、樋口参考人からお願いいたします。樋口参考人。
#3
○参考人(樋口恵子君) 樋口恵子でございます。きょうはお招きいただきまして、本当にありがとうございました。
 それでは、座って話をさせていただきます。
 私のレジュメはお手元にお配りしてあると存じますけれども、まず最初に、男女共同参画社会の必然性・必要性、これはこちらの調査会に従えば共生社会ということとほとんど同義に考えてよろしいものと私は解釈いたしております。御案内のとおり、ことしの六月に男女共同参画社会基本法が成立いたしまして、その前文の中に、これはこちらの参議院の先生方の御努力と承っておりますけれども、男女共同参画ということが最重要課題として位置づけられました。最重要課題であるということは基本法の理念の部分に十分に書き込まれておりますけれども、それを私なりにもう少しこうしたことも含意されているはずだという視点で整理してみますと、一つがまず個人の尊厳の視点でございます。
 一人一人の個性が男女を問わず十分に発揮できる基盤を持つということは、あえて言えば憲法の幸福追求権にも通じることでございましょうし、このごろ言われるQOL、人生の質、生活の質というものは、まさに一人一人が自分自身の持つ個性を、特にこの長寿社会において十全に男女ともども発揮できる社会というのが本当の意味でのこれからの成熟した豊かな社会であり、豊かな個人の生き方に通じるという視点でございます。
 もう一つが、個人が形成する社会形成の視点というとき、私はよく、このシーズンになりますと皆さんすぐぱっと思い浮かべられるものですから、ベートーベンの第九の合唱を例にとるのでございますけれども、男女共生社会といい男女共同参画社会といい、何か今までの慣習からいうとひどく偏った変わった社会のようにお思いになる方がいらっしゃいますけれども、あれは第九の合唱の部分の世界であって、男性と女性、ソリストもコーラスも、一人一人が自分の精いっぱいの性に基づいた声を張り上げますとあの混声合唱になり、あの大編成のオーケストラとともに演奏して全くバランスのとれたすばらしい人類の声をつくり上げる。あえて言えば、私は男女共生社会というのはあの合唱の世界であって、ここの調査会は本当に男女共生でいらっしゃいますけれども、一般的に言うと日本の国会も町会も村会も、あえて言えば人類の声ではなくて、申しわけありませんけれども男類の声で決定されていると思うのであります。
 ですから、この男女共生社会、怖いような不安なようなお気持ちになるとするならば、実は社会の構成員のとおりの等身大の社会が構成されているという意味で第九の合唱を思い浮かべていただければちっとも嫌な社会ではない、バランスのとれた、そして多様な楽器に対応し得る実はしなやかで強い社会が形成できるのではないか、これが新しいミレニアムに求められる社会ではないかと思っております。
 そういうときにちょっと問題なのは、黒点をつけておりますのは、ちょっと原因と結果みたいなものを一緒に並べてございますけれども、セックスとジェンダーという言葉がこのごろ大変よく知られるようになりました。セックスというのは、御承知のとおりDNA上のというか生物学上の男女の違いでありまして、産む機能を持った側の性ともう一つの性というふうにも考えられます。
 それで、その性の違いをだれも否定しておりません。セックスの違いではなくて、生物学上の違いではなくて、歴史的に形成された男女の固定された性別役割分業とかそういうことを乗り越えないと、新しい豊かな社会も平和もバランスのとれた開発もないというのが、一九七五年以来の国連と連動しつつ動いてきた女性たちの運動のあえて言えば帰結であり、日本の国内で言えば、この男女共同参画二〇〇〇年プランもビジョンもそうした基本的な考えに基づいて、そして最近の男女共同参画社会基本法もつくられているはずでございます。
 さっき混声合唱と申し上げたことともかかわってくるのですけれども、女性の側が、これは私は女だったら産まなきゃいけないとか産まないのは女じゃないなんて言っているのじゃございませんから絶対誤解がないように申し上げたいのですけれども、ただ一つはっきりしているのは、今ここにいらっしゃる方々は、というかすべての人間は、その人が女であろうと男であろうと、人生出発点の最初の九カ月間というものは、唯一の環境が女性の、母親の胎内であった、そのことだけは言えると思います。
 ということを考えますと、私はやはりこのセックスの違いからいって、これは何も調査があるわけでも検査できるわけでもありませんが、例えば環境問題一つとっても、女性の方の感度と男の感度、高い低いとかいうことではなくて、違って当然ではないだろうか。そうすると、セックスの違いがある人のバランスのとれた合意形成の上で、例えば環境政策などもつくられるのが人類にとってバランスのとれた未来のある決定になり得るであろう、これはセックスの面からです。
 それから、今度はジェンダーという点から見ますと、ジェンダーというのは、一番わかりやすい例が性別役割分業であります。今までの例で、これも肯定しているのじゃございませんよ、今までがこうだったということなんですが、男の人は外の社会、あるいは政治などもそうだと思います。女の人は家事、育児、介護、こういうことでやってきております。
 そして、これからの政治も行政も、男の世界とされていたことの中で基本的に大事なことの一つが、これがすべてとは私は申しませんけれども、言ってみれば環境、今度は地域社会の課題からいっても、今本当に、ここにはいろんな方がいらっしゃるので何とも言えないのですけれども、介護保険の問題の介護とか、それから言ってみれば地域の廃棄物処理の問題ですね。今、地方自治体がこれから頭を抱えるであろうというものは、まさに介護問題と廃棄物処理、環境の問題です。
 こういうことに人生の中で、ジェンダーとしてかもしれない、差別の結果かもしれないけれども、現実に深く長くかかわってきたのは女性の側であって、かつては取るに足りない裏方と思われていたのが、実は政治の、特に生活行政、特に地域行政の柱になってしまうと、そういうことがはたから見ましても、女性がそこに参画しないと大変いびつな社会になるであろうということでございます。
 というわけで、皆様お持ちの、私もちょうだいしたのでございますが、このグリーンの資料集を見ますと、これはページ五十八からでございますが、世界の豊かさ指標も、GDPからHDI、人間開発指数であるとか、GEM、特に女性の参画度を計算したあり方であるとかということが入ってきている。これが男女共同参画社会のあえて言えば最重要課題であって、これがなければ日本の未来は開けない、世界の未来は開けないという理由でございます。
 さて、ところが日本は、特にこのジェンダー体質といいましょうか、なかなかこの男女の共同参画型社会ができない。それはいろんな理由がございますけれども、日本の社会でも、特に江戸時代中期から儒教的な男女観というのが非常に深くしみついて、幾ら平安時代に女は豊かだったとか、もっと鎌倉時代には女性が相続できたとかいろいろ言いましても、私たちは順序を追った世代を生きているわけでございます。今の時代のちょっと前は明治時代ですし、その明治時代はまた江戸時代に引き続いておりまして、そのときの儒教道徳、女性を物語った言葉などを見ますと、女性は自分で物を決めてはいけない、女性は従うべき存在であるから政治にはかかわってはいけないし家のことも決定は男に従うべしなんて、例の儒教道徳がしっかりと、政、政治にかかわるべきでないということが書かれているような考え方の延長線上が、やはり封建遺制として日本社会に非常に強くしみついている。
 このごろは変わりましたけれども、二十年ぐらい前ですけれども、最初の市民運動の高まりで選挙に立候補した、次点で落ちてしまった私の若い知り合いが、若いといってももう今五十幾つになっておりますけれども、選挙違反がどういうものかも知らずに、何かお願いのはがきを出すのに、あれは私も知らなかったんですけれども、実はそのときは、選挙期間中でないと立候補者というのを書いてはいけないんだそうですね、肩書きに。それをじゃんじゃん使って、前からはがきを出して、選挙を次点でおっこちた途端に警察にしょっぴいていかれました。
 それは違反だったから捕まるのはしようがないんですけれども、取り調べのお巡りさんに言われたのが、八〇年前後の選挙だったと思いますけれども、そのお巡りさんに怒られたことは、取り調べの係官に怒られたのは、大体女は選挙になんかかかわるものじゃないと。それならどうして選挙権があるんですかと口答えしたかったけれども捕まった身だから何も言えなかったと、そういうことがございました。
 そういう考え方が、国際婦人年も始まっての間にぽんぽん周りから出てくる常識の中にあり、かつその考え方がこの高度経済成長の間に、これは私自身の考え方なんですけれども、私見にすぎませんが、封建遺制の上に日本の高度経済成長は、こうした男は仕事、女は家事、育児という路線を上手に利用することによって日本のあの経済発展はなし遂げられたと思っております。
 これは、もしかしたらあの十五年戦争が余り長かったものですから、男は外へ行き、戦地に行ったらどうしようもありませんから、女は家庭を守るという考え方がもう十五年ありますと、習い性になってしまったのかもしれません。しかも、日本はあの貧しさの中から発展していかねばなりませんでした。貧しさを克服するためには、やはり父親不在で母親が家事、育児に専念するという、思えば銃後の花嫁、銃後の妻の姿でございますけれども、これを不思議と思わないようになってしまった。
 実は、私は一年生までは戦前の国定教科書で教育を受けておりますが、そのときの「サイタ サイタ サクラガサイタ」で有名なあの戦前の国定教科書を見ますと、こういう場面が出てまいります。小学校一年生と思われる女の子がお父さんに向かって、父親は一年生の女の子を抱いております。母親の胸には乳飲み子のどうやら弟らしき、男の子らしき子がいます。片仮名で、「オトウサン ハヤクカエッテイッショニアソンデクダサイ」、これが戦前の「サイタ サイタ」の国語の教科書です。
 父親が一家団らんするということは、そして子供にとって父が早く帰って一緒に遊んでもらうことがとてもうれしいことで、子供の立場として、お父さん早く帰って一緒に遊んでくださいと言うことがまさにあの国定教科書で是認されている時期もあったのに、それがひっくり返っちゃったのがあの十五年戦争。主は不在でも銃後の花嫁頑張るぞなんて軍歌、ちょっと情けないことに覚えていますけれども、そういう時代が長く続いてしまった。
 そして、言ってみれば男性であろうと女性であろうと、これはあるイギリス人から言われた言葉でございますけれども、人たるものは職業と地域と家庭と三つに責任を果たす人をシチズン、市民と言い、ある時期職責だけを全うする人をソルジャーと言うと言われたことがありますけれども、企業戦士という言葉はまさにソルジャーとしての体質を進展させたものではないかと思っております。
 そして、結果といたしましては、このグリーンの資料集の一番初めから何ページかは、日本の女性が国会から市町村会に至るまで、あるいは審議会あるいは公務員の管理職に至るまでいかに進出が少ないかということがずっと述べられておりまして、私は、経済大国そして女性参画最小貧国と申しておりますけれども、それもあながち悪口ではない、事実を示しております。
 そして、あるとき気がついてみますと、ここにいらっしゃる先生方もまさに代議制によって選出された我々の代表でいらっしゃいますし、代議制による代表性ということを必ずしも否定、必ずしもどころか代議制というのは、これからも私たちが選挙で代表を選ぶという大事にしなければならない民主主義の柱と私は思っておりますが、一方でその代議制というものを通して選ばれてくる結果を見ますと、少なくとも二つの意味で代表性を失ってしまっている、失っていると言うと言い過ぎでございます、著しく代表性を欠く場面が出てきたと言うべきだろうと思います。
 一つは、今や日本の就業構造の上から言いましても、一番多くを占めるのはいわゆる普通のサラリーマンでございます。このサラリーマンの代表が、もちろん労働組合などを通していらっしゃらないわけではないのですけれども、七五%から八〇%を占める勤労者層を代表する層が少なくなっている。そのことが今回の介護保険などでも、あえて言えば、介護保険はやっぱり中級サラリーマンは得するけれども、もしかしたら国民基礎年金しかない人にとっては厳しいところもある制度だなと私は思っております。
 その辺どちらを立てていくか、どういうバランスをとっていくかということがこれからの政治の上でも大切なことではないかと思っておりますが、何はともあれ、勤労者層の代表性が十全には果たされていないような気がしております。
 それからもう一つは、もっとはっきりしているのが男女でございまして、確かに選挙権も被選挙権も持っておりますけれども、国会においては皆様御案内のとおり、第一院の衆議院で見ますと、これはもう国連の諸国の中で三けたの順位、参議院がこうしてこういう会で女性の会長さんがいらっしゃって委員さんも多くてということで少し面目が立ちますものの、まだまだ三割とか四割のところまではとても行っていない。
 では、地方分権の時代で、地方はと申しますと、これはごく最近の統一地方選の結果を市川房枝記念会が概略でまとめたところを見ますと、都道府県から市町村に至るまで約三千三百余りの自治体、議会の中で女性の議員比率がようやく六%、そして、全体の約四割の地方議会が女性議員ゼロであるという、これはかなり恐ろしい状況にございます。
 でございますから、日本の立法、行政、そうしたことが代議制による立法府を中心に決められていく、これはもう当然民主主義として当たり前のことなんですけれども、特に女性の代表性という意味では著しく欠くものですから、町村会の意見、市長会の意見あるいは町村議長会の意見といいましても、さっきの混声合唱の理屈から言いますと、女性の声ももうかすかにどころかほとんど入っていないような状況のもとで、市町村の声です、何々の声ですということになって、これは意識した差別ではないのですけれども、こうした状況になれてしまっているということが一つあると思うんです。
 それから、代議制そのものはこれは全く文句の言いようのない民主主義の結果でございますから、そういう手続の合法性というか正当性、こんなものだというなれと、それからやはり今度は調査、統計などでもつい女性を際立たせて、男女の別、ジェンダー的な意識がないままに、国民全体の意向、私はあるものについてはもう必ず男と女と分けた数字を出してほしいと言っているんですけれども、それやこれやで無意識の、悪意のない女性の意見に対する消去装置が働いて、こうした状態が長く続いてきたのではないだろうか、積極的に気がついていかなければならないと思っております。
 もう時間がなくなりましたけれども、この三番目まで言わせていただいて終わりたいと思います。
 特に、政治参画の部分について申し上げますと、基本的にこれも悪いことじゃなくていいことなんですけれども、日本は政党政治ということでやってまいりまして、そもそも政党と市民の距離がやはり非常に大きかったんじゃないか。男の人でも、このごろある時期から各政党党員をふやすということでやっていらして、総裁選なども党員の参加で選ばれるようになりましたけれども、それも考えてみればこの十年かそこそこのことでございまして、政党に入るような人は特別な人だということが男性の中にすらあったわけでございますから、女性はなおさらのことでございます。
 そして、市民と政党の距離が大きかった。まして、女性との距離は広く、よく言われますことがかばん、看板、地盤です。かばんは経済。これは、これまたこの中にあるはずでございますが、女性の経済力、例えば賃金の男女格差がほとんどもう二対一であるというようなことを考えましても、経済力に乏しい、資力にも乏しい。かばんはありません。看板というのが、タレントでもあれば女性も看板はあるんですけれども、やっぱり男の方に比べればないです。地盤というのが、これは地域社会で例えばPTA会長をする、町内会長をする、何とか会長をする、商工会の会長をする、こういう肩書からネットワークができて、それが地盤に結びついて地域の代表性を獲得していくということですが、このあたりで女の人は働いていても消えていっちゃうんですね。現実に組織を動かしてというか支えてはおりましても、このかばん、看板、地盤というのが全部女はいろんな意味で弱いんです。
 ですから、もし地盤、看板、かばんが大事だという選挙制度を続ける限り、私はなかなか女性は出てこられない。そのかわり今女性たちが、地盤、看板、かばんにかわる女性たちのあるいは男性を含めた市民たちの新しい選挙に勝つことにも通じるネットワークが少しずつ組まれてはおります。ですから、先ほど六%と申し上げました地方議員の比率も、実は史上最高の数を示している、十数年前は二%ぐらいしかいませんでしたから。この三回ほどの統一地方選で六%というのは三倍ぐらいに伸びているわけではございますが、体制を変革するところには来ていないということ。
 それから、地域社会に残る前近代体質、これは今申し上げたとおりでございます。
 それから、もしかしたらこの参議院もそうなのかどうなのか、私は詳しいことは存じ上げませんけれども、やっぱり政治家になると猛烈に忙しくて、勤務時間が長くて、女も男も家事と育児と介護と政治家とがすべて両立し得る状況にないということもあるだろうと思います。そこへもってきて女性自身がまだ、私が立候補しますと言えばそれで済むような状況にはないというところ、それに加えて女性自身が余りにも長いこと万年野党でいた。万年野党でおりますと、与党にいて政権にかかわって政策決定にかかわるという喜びを持ちませんと、小さなところで、あそこが違う、ここが違うと言ってどうも四分五裂していく傾向がございます。
 自民党さんもこの間ようやくお分かれになりましたけれども、政策的にはすごく違う人がよくぞ一つの政党にいらっしゃると思って今も感心しているんです。やっぱりこれは政策決定にかかわるというものがあると、小異を捨てて大同につくということができるのですけれども、女性たちの協力というものは何かをなし遂げるという前に意見が違うということで何かいわゆる足の引っ張り合いになってしまうという危険性もあったと。この三番目までのところで時間もオーバーしたようでございます。
 私の最初の意見陳述を終わらせていただきます。
#4
○会長(石井道子君) どうもありがとうございました。
 次に、藤原参考人にお願いいたします。藤原参考人。
#5
○参考人(藤原房子君) 藤原でございます。考えを述べる機会を与えていただいてありがとうございます。
 ただいまのところ七分食い込んでおりますけれども、これから二十分いただいてよろしゅうございますか。
#6
○会長(石井道子君) はい、結構でございます。
#7
○参考人(藤原房子君) それでは、ほかの方の質問時間に食い込むかもしれませんが、お許し願いたいと思います。
 それから、手元に配られております資料をさっき見ておりましたら、私が「地方自治」という雑誌に書いた八ページぐらいのエッセーを配るとおっしゃって、私はそれはいいでしょうと申し上げたんですが、入っておりますでしょうか。ちょっと資料が一部私のがないなと思って今探しておりました。それからもう一つ、私どもの会で出しております男女共同参画基本法についての前文が一つ、入っておりますか、「地方自治」の方は入っていますか。
 それでは始めさせていただきます。
 ただいま樋口さんのおっしゃいましたことに若干重なると思います。日本は国際的に見ますと大変異質な国だということをしばしば外国の方から指摘されます。外国人が何を言おうと勝手だということかもしれませんけれども、例えば貿易の交渉だとかいろいろな国際会議とかに出ている顔ぶれを見ておりましても、女性がほとんどいらっしゃらない。例えば、貿易交渉でも向こうの通商代表部のトップは女性であるというようなことなどはもう頻繁にテレビに出てまいりまして、これをもってしても日本異質論が噴出しかねない状況にあるということを私はかねがね思っております。
 かつて貿易摩擦が起きましたときに、日本の生産物の賃金は公正でないと言われたことがございました。それに関連しまして、日本の生産物がなぜ安いかというときに、壮年男子の極めて長時間労働にたえ得る、そして少数の人間が集中的に働いてコストを切り下げることが可能な日本の企業体質というものがある程度外国の人にも知られておりまして、これはアンフェアなトレードになるのではないか、問題が出るのではないかと私は薄々思っておりましたけれども、そこまで話は行きませんでした。しかしながら、国際的に見ますと非常に異質であるということはもう申すまでもないことでございます。
 戦後五十年たちまして、日本において意思決定に参画できるはずの女性は戦後の教育制度のおかげで層をなして出てきていいはずなのでございますが、実際にはそうなっていないということについてきょうはお話ししたいと思います。
 ニュース等で見ますと、女性の姿が見える場合は通訳かガイドさんかあるいは要人の配偶者の方かというような方が非常に目につくわけでございまして、そういったことを改善することがグローバルスタンダードからいっても必要なことではないかということを思います。
 基本的には、私は、男女共学というのが戦後始まりましたけれども、その中で女性が男性と肩を並べて教室で学ぶということ、そのことについてはほとんど違和感を持たなくなってきております。多少の問題は残しておりますけれども、なれるということは相当大きなことだなといつも思っております。それから、家庭科の男女共修などでも、男子有名進学校において女性の教員が家庭科を教えているという実態も今出ておりまして、そういうことも、なれれば若い人たちは非常に柔軟に順応していくものだということを感じております。
 そこで私が申し上げたいのは、まず一歩踏み出すための前提として、データの集積ということを申し上げたいんです。
 国連が一九七〇年から九〇年までの二十年間の世界の女性の状況を調べた「世界の女性 一九七〇―一九九〇 ―その実態と統計―」という分厚い資料集がございまして、本日ここへ持ってきたのはその後から出た新しいものでございますが、その先に出た方の冒頭に「言葉は政策に影響を与え、そして世界を変えるには数字が必要である」と書いてありました。ちょっとおかしな日本文ですけれども、訳文だろうと思いますが、とりあえず世界を変えるには数字が必要であると。
 そこで、日本はどういう数字を持っているかというと、これは世界有数の統計生産国だということは知られておりますけれども、ジェンダー統計がいかにも弱いのでございます。さっき樋口さんがおっしゃられたとおりだと私も思います。
 ジェンダー統計とは何かということなんですけれども、これは問題状況の把握や改善につながることを認識して策定された統計のことを我々はジェンダー統計と呼んでおります。
 その種類のものが少ないというのはなぜかというと、統計を設計するときに女性が参画していない、あるいは最初の仮説を立てるときにかなり偏った意見で、従来型のものでつくられてしまう。どうしても統計は時系列を重視いたしますので、そういった面での改善が非常におくれております。
 かつて私が総理府の婦人問題企画推進有識者会議におりましたときも、そのことを一度議論したことがございました。しかしながら、そのときも農業統計、商業センサス、いろんなものをやっていらっしゃる、総理府の方や何かもいらっしゃって具体的な問題指摘もやったのでございますが、その成果をまとめて印刷したということを聞いておりませんので、ひょっとすると記録だけが残っているかもしれませんが、私は手元に持っておりません。
 でも、いずれにしても、より詳細で問題発見につながる、改善に寄与する統計というのを少なくとも国は準備するべきだと私は思います。
 そこで、基礎データの集積がいかに不十分かということを少し具体的にお話ししてみたいと思います。
 内閣総理大臣官房男女共同参画室が毎年お出しになっておりますので先生方のお手元にも行っているかもしれませんけれども、「女性の政策決定参画状況調べ」、ことしは十一年七月に出ております。これを見ますと、たくさんの女性たちが政策決定過程に参画しているような数字が見られるわけでございます。
 選挙の場合はちょっと別で、統一地方選挙の結果が、先ほど樋口さんがおっしゃったように六%を超えて、これはもうかつてないふえ方であったということは認められているんですが、実は地方議員は出にくい、立候補もしにくいということが実態としてございます、時間がないので省略いたしますけれども。
 今、市町村合併が進んでいるというふうに聞いております。これは、地方分権の推進とともにその受け皿であるところの自治体の規模を大きくしなければならないという基本的な考え方で合併の話が進んでいるというふうに聞いておりますが、仮にこれがもし合併した場合には、また議員さんの数とかあるいは役職についている自治体の管理職の方々の数が減らされるということは明らかなことでございまして、そのことは行政のコスト削減にはつながるわけで納税者としてはありがたいのですが、それが逆に女性を締め出すということになりはしないか、そのことはちょっと今案じているところでございます。
 そこで、先ほど言いかけたのですが、統計の与える錯覚というものを一つ具体的な例を挙げて申し上げたいと思います。
 これは今の男女共同参画室のつくった資料の中にあるのですけれども、職業における男女の共同参画、政策決定への参画という表に出ておりまして、もしお手持ちであれば三十三ページでございますけれども、これを見ますと、専門的・技術的職業従事者というのは女子は四一・六%いるわけです。これだけを見ますと、専門的・技術的職業についている人が四割を超えている、非常に職業におけるスキルが向上しているんだなというふうに思われるかもしれませんけれども、実は、概して申し上げれば低賃金であり低職位であり余り恵まれない、一言で言えばそういう言い方になるかもしれませんが、そういう職種に女性の方が集中しているということは残念ながら指摘せざるを得ません。
 ですから、この四一・六%という数字だけで話はできない。となりますと、一体女性はどのようなところにどう位置づけられているのかということを丁寧に見なきゃいけない。それこそまさしくジェンダー統計というものの活躍する場面ではないかと思います。
 それから、保健医療従事者もそうですが、七一・九%が女性でございますけれども、これは言わずと知れたことで、やはりお医者さんは少ないということでございます。
 私がもう一つ御紹介したいと思っていますのは、会社の管理職というのが管理的職業従事者の中にありまして、会社・団体等の役員というのが一四・二%あるわけです、女性の比率が。しかし、会社と申しましても、一部上場企業とか二部上場企業とかそういったところではなくて、中小の商店とか二、三人で経営していらっしゃる零細企業と言われるようなところ、そして株式会社あるいは有限会社になっているようなところ、そういったところの役員の方もやはり会社・団体等の役員でございまして、これは国勢調査の数字ですからこういったのがはっきり出てこないわけですね。ですから、一部上場企業では一体何%か、ゼロに近いわけでございます。トップはもちろんいらっしゃいません。
 それからマスメディア、これは、新聞社においては日本の代表的なマスメディアにおいて女性のトップは一人もいらっしゃいませんし、管理職も極めて少ないんです。これも国連の調査の中に出てまいります。そういったことがありまして、マスメディアのメーンストリームはメンズストリームだということを北京会議のときにNGOフォーラムで聞きました。まさしくそうでありまして、これはマスメディアだけじゃなくてどこの世界でもメンズストリームがメーンであるということは事実ではないかと思います。
 そこで、マスメディアに言及したついでに記者、編集者の比率がどれぐらいかというのを、これも今の総理府がまとめました国勢調査の数字で申し上げますと二六・九%となっています。果たして二六・九%かと、これは過大な印象を与えるのですね。例えば、新聞社の場合は記者は六・五%が女性ですから、実態で私どもが感じていることと、それから数字として出てきて、日本も改善されたなとかかなり女性は元気ですねとか言われたら、これは大変な錯覚ではないかと思っておりまして、その分野でもう少し詳細な調査が必要ではないかと思っております。
 それから、管理的職業従事者のうち学校の場合はどうかといいますと、小学校の先生は六二・二%が女性、しかし校長先生のうちの一三・八%が女性でありますし、教頭は二二・五%。だから、職位が上がっていくにつれて女性の比率が大きく下がります。中学の場合は、ちなみに教員の方々は四〇・五%、校長は二・九%でございます。高等学校は、先生方は二四・七%女性でいらっしゃいますが、校長先生は、これはゼロという数字が出ております。校長先生は時々おいでになって、やめられたりいたしますので、調査した時点での文部省の学校基本調査におきましては、この時点では校長ゼロとなっております。それから、大学教員も一二・三%でありますが、学長が六・二%であります。教授の場合は七%、助教授が一一・九%。では、そのほかの女性はどこにいらっしゃるのかというと、主に講師とか助手とか、比較的給料も高くない、それから職位も低い人たちがいらっしゃるというようなことです。
 こういうことは、例を挙げれば切りがないので、これぐらいで先に進めないと時間がだんだんなくなってまいりますので、もう一つ別の団体活動における数値というのを申し上げます。
 これは農協でしばしば問題になりますんですが、農業協同組合の中の女性の組合員数は一三・五%です。なぜ少ないかといいますと、これは、組合員になるためには出資しなければなりません。夫婦で働いているんだから二人分出資したらということを私たちは言うんですけれども、しかし、農業の世帯のやりくりからいうと、とても二人分は出せない、だから夫だけが入る。しかし、夫は役場へ勤めていて、妻だけが日常の農業をずっと担っている、基幹的労働力は女性ですというような家庭もあるわけです。そうしますと、組合員数が一三・五%というふうに、農業従事者の六割が女性と言われながらこういう数字になるわけです。それから、役員数になりますと〇・二九%ということになります。
 ここでまた一つ、私はある危惧があるんですが、農協の合併ということが盛んに言われます。これは、やはり小さな農協がたくさんあってそれぞれに役員さんがいらっしゃると運営のコストがかさむということで、合併した方が効率的だと言われるわけです。しかし、そうなったときどうなるかというと、やはり役員さんは減ります。理事の数を減らす、あるいは組合長は二人か三人だったところが一人になるというようなことになってまいりますと、女性がせっかくいろいろ進出できる余地が出てきたところでまた絞られてしまうというようなことがあると思います。
 労働組合は民主的だとは言われますけれども、連合の傘下の組織人員が女性二六・四%、中央執行委員の比率が六・五%ですから、やはり所属する組合員は多いけれども、数は少ない。その他、地域におけるPTAとか町内会、自治会、子供会、老人クラブ等々は全部そうです。
 たまたま、きょう皆様のお手元にお配りいただいたのは生活協同組合の表でございますけれども、このホチキスでとめてあるものの五枚目の「生活協同組合役員における男女比率」というのをごらんいただきたいと思います。生活協同組合というのは、消費者運動の形をとっておりますけれども、実は流通の大きな一翼を担っておりまして、末端においてはすさまじい競争がありまして、流通業と言いかえてもいいくらいの御努力をしておられます。
 その生活協同組合の役員というのはどういう人がなるかというと、専従で事務局にいらした方、それから非常勤、これは組合員として長く販売実績を上げるのに貢献した有能な地域の女性活動家たち、そうした人たちの中から非常勤理事というのが選ばれるんです。しかし、これらの方々はほとんどの場合無報酬でございます。
 それから、その人たちに会って話を聞くと、国勢調査のとき、自分は有職と書くべきか無職と書くべきか悩むと。そうすると、国勢調査の時点によっては、その前一週間に何の収入もなければ無職と書くわけです。肩書だけは非常勤理事というのが大変矛盾を感じるというようなこともおっしゃられておりました。私は果たして無職なんだろうかと言っておられまして、そういった点でも女性と男性との格差というのは、これは職業の上のことだからやむを得ないとはいいながら、しかし相当深刻な問題ではないかと私は思っております。
 それから、国家公務員になる人、これも、受験の申込者、合格者、採用者それぞれに相当なギャップがあります。
 平成九年度T種試験の場合です。これは一番新しい数字が平成九年度だったものですから、それを御紹介いたしますけれども、申込者の二六・一%が女性、それから、その女性の方たちの合格率は一・七%、それから、一・七%の合格者のうち採用率は三七・三%でございます。男子はどうかというと、男子はその反対の数字ですから、申込者の七四%ぐらいが男性で約四分の三ですけれども、男子の合格率は三・八%、男子の方が若干いいですけれども、これは試験の結果だからやむを得ないということかもしれません。しかし、男子の採用率が四二・八%で、女性となぜここに五ポイントぐらいの格差があるのかということが疑問でございます。
 採用率は、従来の傾向をずっと見ておりますと、女性が高い年もありますし逆になっている場合もあります。しかも、採用するときの決定の実態というのは我々にうかがい知ることはできません。したがって、このことについて、どうも言いにくいんでございますけれども、やはり同じ能力というか、試験結果で男女が並んだときに一体どちらが採用されるかというようなこともかなりシリアスな問題ではないかと思います。
 審議会等への登用が、今一つの目標値が定められておりまして、それを政府が努力しておりますが、ことしの三月現在一八・六%という数字がありますけれども、これを西暦二〇〇〇年度の末には二〇%にしたいということです。これは恐らく達成されるのではないかと思いますが、国際的なレベルでいうと、もうはるかに低いわけでございます。国連では、以前、三〇%を目標にし、それから究極は五〇%というようなことは出ているわけですけれども、これは、ちょっと日本は非常に控え目な数字になっておりまして、二〇〇〇年度末に二〇%。
 以上、私は、公的な場における地域活動、半分公的というふうに考えてもいいと思います。細かいことはすべて割愛いたしますけれども、そういう場における男女の共同参画の実態がこうであるということを申し上げたわけでございますが、これだけで話は終わらないということをつけ加えたいんです。それがトータルな視点で仕事をとらえるということでございます。
 どういうことかといいますと、水面下にある仕事というものを女性がほとんど担ったままで公的な参加ということを努力しましても、かなりこれは女性に負担がかかってまいります。水面下にある仕事というと、言うまでもなくアンペイドワークでございます。アンペイドワークの試算については、北京会議で、それは各国がもっと努力するようにということを指摘されて、日本も経済企画庁でその試算に挑戦し、そしてその後もまたさらにそれを改善する作業が続いているというふうに聞いております。
 でも、その中で、私も第一回目の試算のときの委員会に名前を連ねたんですけれども、そのときに感じましたことは、生活時間調査ですね、社会生活基本調査というのが総務庁にありまして、それをもとにしてやっているんですが、実は、家事労働等の把握について、あるいは地元におけるPTAとか町内会、自治会活動とかあるいは老人クラブ活動とか、そういうプライベートな場における活動の中での調査項目がないために、あたかもそういったことが存在しないかのような結果になってしまっております。普通は、記入する側が書きやすいようなクエスチョニアであり、そしてどれか拾えば必ず自分に該当するというようなつくり方であればそういう数字は出てくるであろうと思うんですが、かなり家事関係の項目が大ざっぱであるということは残念ながら認めざるを得ないと思います。社会活動の項目等も詳細ではなかったということでありまして、これは、統計の設計に洞察が足りなかったことではないかと思います。
 アンペイドワークといいますと、個人的なことではないか、そういう生活の内部について余り言うことは八幡のやぶ知らずになると言われそうでございますが、実はそういうことではなくて、もっと男性が家庭生活にも共同参画するという視点がない限り、男女の共同参画は非常に厳しいと思います。
 最後に、差別撤廃委員会の一般的勧告の中に、アファーマティブアクションとか優遇的措置とかクオータ制とか、それらをもっと日本も取り入れるべきではないかという意見が出されているということをつけ加えて、私の意見を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#8
○会長(石井道子君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取を終わります。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#9
○南野知惠子君 本日は樋口先生、藤原先生、本当にありがとうございました。
 いろいろとお話をお伺いできまして、やはりお二人の御意見というものはこれからの我々の女性社会をリードしていっていただけるのではないかなというふうに思っております。また、先生方の日常の御活動を我々書物等で見せていただくことによりまして、ああと思って、若い人たちはきっと自分の目標にしておられる方がどんどんふえてきていくんではないかなと。
 そのような期待を持ちながら、我々女性のパワー、ウイメンズパワーというものをどのように社会に理解していっていただければいいのかと思いますが、一番手っ取り早いのは、きょうここにおられる我々の調査会の先生方がまず我々のパワーをお認めいただき、女性という問題をどのように理解していただくかというところにつながっていくのではないかなというふうに思っております。我が国の男性は比較的理解をしてくれる方向に向かいつつあるように、特に若い男性はというふうに思っているのでございますが、きょうは皆さん若い男性でございますので、その点は大変うれしいと、希望的観測を持っているところでございます。
 そういうところでお尋ね申し上げたいんですけれども、女性というものが今度は政策の場に出てほしいね、これは村、町に至るまで女性の意見というものを出していかなければならないのじゃないのと、そういう意識というのは本当に高まってきているように私は感じます。女性だからであろうかなと思っておりますけれども、でもそういう背景として、社会的な分野、その人たちが住む分野、そういったところでの政策決定の場に参画する女性が少ないということが大きなひずみとなって出てきていると思っております。
 現在の社会システムの中で女性の声が十分に通っていかない、顔が見えないというようなことをお聞きするわけなんですが、そのことによってどのような問題が派生しているのだろうか、なぜ女性の顔が見えない、女性がそこにいなければいけないのか、女性の政策決定過程への参画を推進するという基本的目標をどこに定めたらいいのかということについて、御両人から御意見をお聞きしたいと思っております。
#10
○参考人(樋口恵子君) 私は、先ほど第一番目のところで、なぜ男女共同参画が必要かというところでかなり申し上げましたので、繰り返しは避けさせていただきますけれども、個人の視点から見て、その個人の能力が発揮されない、個人の人生が十分に満たされたといいましょうか、満足すべきものにならないということはその社会の責任ではないかと思っております。
 そして、例えば一つの例ですけれども、私はこの前もお目にかかりましたが、米沢富美子さんという方がおります。この方は今六十ちょっとぐらいだろうと思いますけれども、少し前まで日本の物理学会長をしていらっしゃいまして、ひょっとするとノーベル賞という声もかかるぐらいの大変な研究をなさった方だそうでございます。ところが、この方が十年前に生まれておりますと、日本社会は女性に男性と同じような教育の門戸を開いておりませんでした。私どもは、もしそういう状態が続いていたら世界に通用する物理学者を社会的にも失ったし、あるいは米沢先生個人の人生としても非常に充足されないものになったのではないだろうかと。
 これは個性の発揚という意味からでございまして、もう一つが、余りにも日本社会は男と女との役割が分かれて、そこへセックスの違いが乗っておりますから、言ってみれば、今問題を解決しなければならない循環型社会を形成していくとか、じゃ介護の問題を一体どうすれば一番よい解決法になるのか、現実にそれを担ってきた人の声が聞こえないまま、顔も見えなければ声も聞こえないという中で決定される政策は社会全体をひずませるのではないか、そんなことを申し上げたと思うのでございます。重ねまして申しわけございません。
#11
○参考人(藤原房子君) なぜ顔が見えないのかというお尋ねでございますけれども、私は一言で言えば、理由の一つに偏見があるということは申し上げたいと思います。
 かつてある放送局で、非常に具体的な例として申し上げますが、ニュースを読むアナウンサーはずっと男性でした。もう長い間男性でした。その男性のかわりに女性が読んだって別にニュースの質が変わるわけでもないし、どうして男性なのかと思って尋ねたことがありました。そうしますと、女性が読んだら信頼度が落ちると言われましてびっくりいたしました。ニュースの原稿があって、アナウンサーはそれを読まれるわけですから、多少のニュアンスの違いとか何かあるかもしれませんけれども、表現の強さ弱さはあるかもしれませんけれども、しかし女性が読んだからってニュースの価値に変わりはないはずです。それを一言で言えば偏見ではないかなと思います。
 最近の言葉ではジェンダーバイアスという言葉を使います。釈迦に説法になるかもしれませんけれども、ジェンダーというのは社会的、文化的性差のことでございまして、そういうバイアスのかかっている見方で、女性だから頼りないんじゃないか、女性だから責任逃れをするんじゃないかとか、女性だからアバウトな仕事をするんじゃないかとか、いろいろそういう先入観でもって判断されて女性を指名しないということがあると思います。いろいろ審議会のようにパーセンテージの目標値があって、できれば女性の方をだれか選んでいただきたいというようなことが出てまいりますと当然その指名はされるんでしょうけれども、そうでない場合、仮にPTAの会長であっても、男女が競合していた場合は男性の方に票が多く集まる可能性はないわけではないんです。
 それはなぜか。男性の方が公正な見方ができるとか、我々が聞いていると腹が立つようなことをるる言われます。ですけれども、それはそれぞれの特徴、個性があって、ふさわしい方がおなりになればよろしいのでありまして、女性だから頼りない、あるいは多数を引っ張っていくリーダーシップが期待できない、そういうことを言われるというのはまことにおかしなことであると私は思っております。
 先ほど、なぜ私が小さな地域のPTAだの町内会だのというようなことを申し上げたかと申しますと、そこでたくさんの方々が方針決定に参画する、そして政策決定の場にも出ていくステップになっていくということで、層ができてくると思ったからそういうことを申し上げたのでありまして、最終的にはおっしゃるように政策決定の場、つまり立法府に入っていくということが本当に必要であるということは私もそのとおりだと思っております。
 以上でございます。
#12
○南野知惠子君 今御意見いただきました。もっともかなと思っておりますが、樋口先生の方からは、個人、個性の発揚が必要であると。個性の発揚といえば、やはり一番最初の段階というのは家庭であるのかなというふうに思いますが、そこら辺のことを教えていただきたいことと、藤原先生の方には、一つの社会的偏見があるのではないか、じゃその偏見を打破するのには我々がどのようにあらねばならないのかという我々のスタンスに立って何かコメントをいただきたいというふうに思います。
#13
○参考人(樋口恵子君) 家庭教育というものが出発点であろうという委員の御指摘、そのとおりだと思います。最終的に男性と女性というセックスの差があることは当然なのです、最終的にというか、出発点として。しかし、それに余りにもまだ日本社会はこだわり過ぎていると思っております。
 私は、今から二十年以上前に「女の子の育て方」という本を書きました。そこで日本社会は男と生まれるか女と生まれるかで余りにも育て分けをし過ぎる。固定的なあり方で、リーダーシップなど、こういう社会に参画して、そしてそれを着々と実現していこう、政策決定に参画するということは、まず自分の意思を育てる、そして自己表現力を持つ、そして人々と意見を交わしながら、自分ももちろん一定程度変わりながら、自分の言葉やさまざまな資料を通して人の心に自分の意見を届かせながら合意形成をしていく、政策決定に参画するというのはそういう能力が必要だと思うんですけれども、男の子に比べて女の子に大変そういう能力が育ちにくいという状況を二十数年前に指摘したんです。
 つい最近もちょっと学生に調べさせてみました。これは東京の新聞は余り出ていないんですけれども、読売新聞の大阪本社あたりへ行きますともう毎日のように、「我が家の王様」というタイトルがつきまして、二歳未満ぐらいの子供さんの写真を載せて、そして親が十文字以内ぐらいでメッセージを送るんです。それを少し何カ月分か集積いたしまして、そしてどういう言葉が多いかというのを調べさせてみました。
 そうしますと、これが世間の常識じゃないか、何でそれで悪いかよと言われれば別に悪いことではないんですけれども、どういう言葉が多かったかと申しますと、きょうはその資料を持ってこなかったので完全に正確ではございませんが、一応の傾向を申し上げますと、男の子に対しては、強く、たくましく、元気に、伸び伸びと、それから男の中の男であるとか、そういう言葉が続くんです。男女共通のワーディングは元気で、元気というのは男にも女にも使われるようになりましたけれども、女の子には、優しく素直で思いやり、これが三点セットなんです。そして、強くというのは二十年前に比べると女の子にもたまに使われるようになりましたし、それから優しくも相互乗り入れに今はなってきました。なってきたけれども、この乗り入れの仕方が、男の子ですと強くそして優しく、女の子ですと優しくそして強く、こういう順なんです。
 これを、ごもっともさま、それが世間の常識でしょうと受け入れることも、そう目くじら立てるなよという意見もあり得ると思いますけれども、しかし、そうした親のまなざし、期待が何よりも、特に思いやりなどという言葉がめったに男の子には出てこないんです。私は、もちろん男女が対等に参画してくれる社会がすぐに来る、できるだけすぐに実現することを心から願ってはおりますものの、現状では政策決定権者の中に男性が多いということを思いますと、政策決定権者であることの多い男の人に思いやりがなかったら、一体どういう社会ができるのであろうかということを大変疑問に思っております。
 ですから、これはどのようにしていったらというようなことに通じてくるんですけれども、やはり家庭教育の中でもお父さん、お母さんともどもに意見を言い、政策決定に参画し得るような姿を見せること、藤原さん御指摘のように地域社会の中でもそういう姿を見せること、そして女の子がいろいろ理屈を言いリーダーシップをとることをすると生意気だなんてまだとがめるところがございます。特に、おじい様、おばあ様のいらっしゃるお宅。特に、おじい様がよくないですね、具体的に聞いてみますと。
 学生に、このごろ大分少なくなって、女の子に生まれてがっかりされた人はと言うと十年前はいたんですけれども、このごろはめったにいないんです、少子化のせいか。でも、勢いよく手を挙げるのがこの間一人おりまして、あなた何番目に生まれたのと言ったら、長女、一番目ですと言う。一番目で、長女で今どきどうしてがっかりする御家庭がありますかねと言ったら、父母は喜んだそうですが、祖父が同居しておりましてがっかりしたそうでと。
 私は、高齢者の味方でありまして、高齢者のためにいろいろやっているんでございますけれども、やっぱり高齢者もまた男女共同参画社会に今を生きる市民であるという自覚を持って次の世代、孫の世代を育てる平等な感覚を持つ、ぜひ高齢者学級、祖父母学級にこの男女共同参画の実を家庭教育の中で入れていただくような政策をとっていただきたいと思っております。
#14
○参考人(藤原房子君) 私には、社会的な偏見をなくすためにはどういうことをすればいいかというお尋ねだったと思います。
 具体的に申せば、今、樋口さんがおっしゃったことの後に続けて申しますと、家庭の中で男女がどのような役割を担い、どういう暮らしぶりを子供に見せているかというところから始まりまして、役割モデルというのが我々の人生の中にずっとつきまとっているわけです。
 子供は、まず家庭を選べませんから、生まれたときの両親の関係、それからそれこそ祖父母との関係、いろいろ人間関係がありますけれども、そういうものを一身に受けながら価値観を形成していくわけです。そのときに、やっぱりジェンダーというものがすり込まれていくわけです。ジェンダーバイアスというものが本当に抜きがたく私どもの暮らしの中に入り込んでいて、ほとんど意識しないんですけれども、自分たちは次の世代に対するいろいろな影響を与えているんだ、役割モデルになっているんだということを今の大人たちが考える必要があると思います。
 それで、何も行い澄ましてまじめ一方で生きればいいということを言っているんじゃございませんで、それは時々羽目を外したり、いろんなことをなさるのは御自由でありましょうけれども、男とはこういうものだ、女とはこういうものだということを家庭の中で始終朝から晩まで見せ続けておりますと、子供はどんな小さなことでもそういうものだと思ってしまうんです。
 せんだって、ある市民グループの集まりで、保育をやっている部屋がありまして、そこで保母さんにお尋ねしました。子供さんを預かっていてどうですかと聞いたら、三つぐらいの坊やが人のおもちゃを取り上げて相手を泣かせているので、坊や、そんなことをしちゃだめよと言ったら、女は黙ってろいと言ったというんです。女は黙ってろいという言葉が子供にしてはひどいべらんめえでびっくりされて、お迎えにいらしたお母さんに、一体この坊やはどこでその言葉を覚えられたんでしょうねと言ったら、いや、うちのしゅうとがいつも大事にひざの中に抱きかかえて、奥さんやお嫁さんが何か言うと、女は黙ってろいと言うのが口癖なものですから移っちゃってるんですとおっしゃったそうでございます。
 そういったことで、まさしく役割モデルというのを意識しないで我々は演じているということが一つあります。
 そこで、じゃそれはどうにもしようがないのかというと、意識変容ということはあるわけです。意識というのは最も変わりにくいものだと思うんです。ハードは変わるけれどもソフトは変わりにくいということをよく申しますが、法律制度は理想的なものにつくり上げる、あるいは妥協の産物であってもあるレベルに到達するようにつくり上げることは可能だと思います。しかし、それにあわせて実態が動いていくかというと、使い方いかんでは全く絵にかいたもちに終わるというようなことは幾らでも経験しているとおりでありまして、男女共同参画社会基本法がそうならないことを私は衷心から願っているわけでございます。
 そういう中で、意識変容を何とか社会教育の場でできないだろうかということで、私が今勤めております日本女子社会教育会というところで文部省の委嘱事業でやっているんですが、社会教育に関する学者の方々に集まってもらって、どうすれば社会教育の場でそういう意識変容に少しでも揺さぶりをかけられるような学習ができるであろうかということを具体的に詰めておりまして、最近、学習ガイドというのを、二千円ぐらいの本ですけれども、それをつくりました。それをやったら、じゃ実際に人間の意識は変わるかと言われますと、ちょっと私は保証はできないのでございますけれども、かなり大きく揺さぶられると思います。
 簡単に申しますと、気づきというのがまず出発点にあるわけです。これはおかしいぞと気づく。女性はすぐ気づくけれども男性は気づかない。なぜならば、自分には余りかかわりのないことと思っていらっしゃるということが残念ながら事実なんです。まず男性も女性も気づくということから始まって、それを振り返って、そして具体的に理論的な分析をし、そして自分の意識について問い返していくというようなことをプロセスとしてやるんです。そういうことで、手間暇かかりますけれども、大人の意識変容も不可能ではないだろうと私は思っております。そういったことでやらなきゃいけない。
 それからもう一つ、私はマスメディアに長くおりましたので、マスメディアの影響力は大きいと思うんです。広告ですとか、それからマスメディアが無意識で使う言葉ですね。そのような中にも男女の固定した役割というものを当然のように受けとめているものが多々ございます。
 そういうことは、例えば政府がチェックするとかいうことになりますと、これは言論統制、検閲ということになりますので、事は重大でございます。そういうことじゃなくて、担当している記者あるいは編集者、それから会社の役員等々がそういったものにもっと敏感になって、ジェンダーセンシティブというような英語をこのごろよく使われるんですけれども、もっと敏感になってそういうことに対する手直しをやっていく。
 そして、例えば日々見るテレビコマーシャルは一日に七百本ぐらいあるんだそうですが、その中で、でかした、男だみたいなたぐいのものがありますと、これはやっぱり男が上等かなと思ってしまうそそっかしいのがいますので、そういったことは良識に訴えて、企業の方々それからメディアの方々にも注意していただくようないろんな方策が必要ではないかと思います。
 以上でございます。
#15
○南野知惠子君 お二人のお話ともやはり各家庭の教育が大切であると。その中で、お二人とも何か核家族を奨励しておられるように、おじいちゃまがちょっとすり込み現象が強過ぎるというようなお話もお伺いしたところでございますけれども。
 今、子供たちに聞いてみますと、男の子は何になりたいか、大工さんになりたい、女の子は食べ物屋さんになりたいというのが一位でございますけれども、もし先生方に、御自分のお子様ということよりも、周りにどなたかおられた場合、その人を政治家にするというお考えがおありでしょうか、それをちょっとお伺いいたしてみます。
#16
○参考人(樋口恵子君) まず、その前に南野先生に申し上げたいんですけれども、核家族はかなりもう行き渡ってしまって、それから就業構造からいうとかなり必然的にふえるとは思っておりますけれども、奨励したつもりで言ったわけではございません。
 同居の家庭は同居の家庭で結構なんですけれども、そのときに、家制度の見本のような家長意識で、私はこれはマスメディアが少し嫁としゅうとめを言い過ぎると思うんです。私がこのところ聞きますところ、トラブって別居していくというのは、しゅうとの家意識と嫁の現代意識とがぶつかって出ていっております。もちろんおしゅうとめさんもですけれども。
 私は、先ほど申し上げましたように、高齢者といえども現在を、いえどもというか、長年生きてきたからこそ新しい時代の変化に対応し自己変革をしていく義務が国民として市民として常にあると思っております。ですから、これは藤原参考人が言われたこととも重なるわけでございますけれども、ぜひともお年寄りが、おじい様、おばあ様が本当の意味での次代を育てるよい祖父母になれる情報、教育、啓発の手段をぜひ持っていただきたいということでありまして、別居を奨励しているとか、そういうことでは必ずしもございません。
 本論は……
#17
○南野知惠子君 周りの方を国会議員にさせるか、町会議員、村会議員、何でもよろしゅうございます。
#18
○参考人(樋口恵子君) いいですね。私は周りの人に勧めています。私ももう十五年遅く生まれていましたら、皆様の後を継いで国会議員でも町会議員でも村会議員でも、どこに生まれようとなってもいいと思います。
 私、今度生まれ変わってなる職業、何がいいかと言われたら、政治家になるかどうかはそこから先の資質とかチャンスでございますから別ですけれども、私はジャーナリスト志望だったんです。それこそ就職が全くだめな時期で、新聞社、時事通信社というところに入りまして、そこで志を得ず、うじゃうじゃしながらまた再スタートしたのです。その時事通信社で社員たちが笑っているのが、ばばあがいてもジジー通信だったことは、それは死んでも忘れないのでございますが、私は本当にお情けで採用された人間として、自分の希望する部署にはなかなか置かれませんでした。
 そういう就職で挫折した世代の一人として、今だったら私はなるのはまずやっぱりジャーナリストで、そして政治記者を希望いたします。先生方にぶら下がりをしている若い女性記者を見ますと、私は血が騒いでむらむらと嫉妬の炎が今立ち上っております。
#19
○参考人(藤原房子君) その家族の問題、ちょっと先に私も触れさせていただきたいのですが、これは別段どちらがいいということで申し上げたんじゃなくて、たまたま同居している肉親、血縁者というのは大きな影響力を与えるものだという例で申し上げたにすぎません。
 それから、政治家になるかどうかということですが、それはもう本人が決めることでありまして、するということじゃなくて、自分がなるかならないかということであろうと思います。もし本人がやりたいと言ったら、私はどうぞやりなさい、おもしろいよ、これからの時代はと言うでしょう。特に女の子だったら言いますね。私も孫は女の子なので、女の子がもし将来そうなりたいと言ったら、いいじゃない、たとえ両親が反対したってやってごらんよと言うかもしれません。それはまだそんな意思表示はしませんので、わかりません。
 私の友人などで政治家の妻という立場の方がいらっしゃいまして、選挙があるとうっとうしいのよといつもおっしゃいます。選挙のことを考えると、一歩家を出る、外へ出ると、常に周りのみんなに八方美人でなければならない。それで、いろんな無理を聞いてあげるということもあって、政治家の家族ってこんなに大変なのよと言って、その奥さんが何遍も嘆かれたのを私はよく聞いております。
 しかし、にこにこして腰を低くしているから当選できるとか、そういう古い体質の選挙ではなくて、もう少し選挙のあり方が変わってくれば、そして選挙民の資質もそれにつれて向上してくれば、私はそんなにぺこぺこ頭を下げまくっていかなければやれないというような仕事ではないと思いますし、非常に重要な仕事だと思います。
 特に、ことしの四月の統一地方選挙で見ますと、女性の進出率が非常に高かったということを申し上げましたし、お手元に差し上げております「婦人展望」のコピーでもそういうことは出ておりますので、後で御参照いただきたいのでございます。
 私は、地域でいろんな日常活動の中でネットワークをつくっている女性たちがそれを足場にして地方選挙に打って出る、そして、それからいろいろその人の方針によってより広域的な選挙にも挑戦するというようなことが今後ふえてくると思います。そういう空気の中で、私は、もし身近な子が男であれ女であれそういうことをやりたいと言ったら、どうぞと勧めるであろうと思います。
 以上でございます。
#20
○南野知惠子君 ありがとうございました。
 先生方が議員におなりになると、今女性にもりりしいという言葉を使っているようでございますので、りりしい方々の御誕生ということにもなろうかなと思っております。
 お二人の御意見の共通しているところに、メディア、マスメディアの問題がございました。我々与党は大変マスメディアにいじめられているという部分がございまして、女性の参政権または男女の問題ということと同時に、メディアの中性というようなものもお願いしておかないと、一方的な形で政治というものが、または政策というものが評価されてしまうというような危険性も持っております。樋口先生、生まれ変わられたらまたマスメディアのお仕事をなさるということでございますので、今のマスメディアがどのような方向で動いていっているのかということをお見守りいただいているというふうに思います。
 まず議員をふやすためには環境整備が必要であろう、その環境整備の一番の原点を今お二方にお伺いしたところでございます。
 それと、次は、この本を御存じでごさいましょうか。「新しき明日の来るを信ず」という、これは私の友達で岩尾光代さんが書かれた、毎日新聞社の方が書かれたんですが、初めて女性代議士をフォローされた、女性参政権をやられたその当時に三十九人の女性代議士が誕生した、それの記録をしている書物でございます。これを私は楽しく一気に読ませていただいたのでございますけれども、この三十九人、このようなすばらしい方が衆議院に当選されました。
 今、衆議院は女性が五%、参議院では一七%程度である。本当に少ないわけでございますが、もしこういう方たちの足跡を今ずっと我々が伝達させていただいているならば、もっと大きな女性の活躍の場というのがあっただろうにというふうに思うわけでございますが、それが五十年の間に今のようなパーセントに減ってしまったということにつきまして、先生方の率直なる感想をお尋ねしたいなと思っております。
 あと持ち時間が五分しかございませんので、よろしくお願いしたいと思っております。
#21
○参考人(樋口恵子君) では、簡単にお答え申し上げます。
 私はやっぱり一つは選挙制度の問題があると思います。
 三十九人のときは連記制でございました。私はまだ子供でございまして、母親がいそいそと選挙に行きながら、二名でしたか、とにかく連記制だったので、母は市川房枝先生の会に入っていたようなそんな女性じゃない、ごく普通の市井の主婦でございましたけれども、着物を着がえながら一言こう言いました。お母様は女だから一人は女に入れるわ。何でもない普通の主婦からそういう言葉が出てきたのでございますね。ですけれども、ただいまはもう単記制であって、ますます小選挙区制の中で候補が選びにくい。私は、この三十九人は絶対連記制のせいだったと思っております。
 これは、例えば小学校でクラス委員を選ぶときも男の子から一人、女の子から一人とやっていることを思いますと、何か選挙制度を変えるのはすごい大変だなということがこの間の動きを見ていても思うのですけれども、選挙は無理にしても何かできないのかなと思っておりますし、先生方の参議院に少し多いところがもう何たって頼りでございますから、男女を問わず参議院の先生方の頑張りを期待しております。
#22
○参考人(藤原房子君) 私もその当時は中選挙区連記制であったというふうに記憶しておりまして、それが女性の当選をふやしたということは事実ではないかと思います。
 私が大学を出て選挙権を行使するときに、当時私の友人が言った非常に感慨深い言葉なんで忘れないのですけれども、女だからといって女の候補者に入れるというのは見識を疑うわねと言われまして、そういうふうになっていたのです。私が卒業しましたのは昭和二十八年でございますので、だからそのころは女性がもう相当いろいろ一気に戦後の追い風で出てきたところであったものですから、むしろ逆に潮が引くように変わっていく時期ではなかったかと思います。
 それからもう一つ大きい理由としては、経済の高度成長があると思うんです。たくさんの女性が職場に進出しましたけれども、昭和三十年代にどっと退いていくのです。その理由は何かというと、今も続く長時間労働等々の日本の雇用慣行なんです、原因は。女性たちが、外で夜中まで働くよりは収入のいい夫を見つけて家庭にいた方が人生ハッピーかもしれないなどということを思い始めた、そういう時期であったと思います。それがずっと定着していって、女性たちがだんだん社会の表面から姿を消していった、そういう大きなファクターが働いたのかもしれないと思います。したがって、政治も男の方にお任せしよう、あちらこちらがメンズストリームでありますからその方が女性には生きやすいというような、私はそう思っていませんけれども、そういう考え方が非常に広がったのではないかと思っております。
#23
○南野知惠子君 ありがとうございます。政治、政策をするというところには、男女両性共同参画というものが一番大きく反映されなければならない場所だろうというふうに思っております。
 我々自民党におきましても、やはり男女の声というものをその中に踏襲し、国民の声というものを踏襲していくためには、行政にちゃんと伝達をしてこなければならない。そういう中で、我々も頑張っていこうというふうに思っておりますし、女性の声が大きく大きく届くように、また受けとめられるようにしていかなければならないと思っております。
 そういう意味では、女性だから男性だからというのではなく、人間としてどのような人が適切なのかということも社会から評価されることではないかなと、そのようなことを考えながら日々努力しておりますので、ぜひマスメディアに向かってもいい方向で自民党のこともおっしゃっていただきたいというのが我々の気持ちでもございます。そういう意味で、国政、地方の政治にもいろいろと参画していただけるのではないかなというふうに思っております。
 先生方、本日はありがとうございました。さらにこの本の表紙の中には、女性が濶歩して廊下を歩いている、集団を組んでさっさと歩いておられるところが一番最初の表紙に出ております。そのような姿を我々もイメージしながら頑張っていきたいというふうに思っておりますので、いろいろなところでの御賛同をよろしくお願いしたい。これはまた、陳情になっておるようでございますが、お願いします。ありがとうございました。
 終わります。
#24
○小宮山洋子君 お二人のそれぞれのお立場からの本当に元気な御発言、ありがとうございます。私も女性の元気が日本を変えるということをずっと言っておりまして、男女共同参画社会で政治のこの場面でもやはり女性がもっと出てくること、企業の中でももっと女性がいろいろな場で活躍するということは、女性にとってだけいいのではなくて、今どちらかというと元気のない男の方たちがもっと元気になれることなんじゃないかというふうに思っておりますので、それぞれのお立場からの御発言、とても心強く思いました。
 それで、藤原さんからいただいた資料の中にも、男女共同参画社会基本法の前文に、最重要課題の一つじゃなくて、最重要課題としての男女共同参画というのは驚きですごいことだと書いていらっしゃるのを拝見しましたけれども、せっかく六月にこの基本法ができまして、ただ基本法というのはあくまで基本法ですから、これをこれからどうやって使っていくか、地方の条例も含めてですけれども、男女共生、共同参画のためにこの基本法をどういうふうに使っていったらいいとお考えになっているかを、まずそれぞれ伺いたいと思います。
#25
○参考人(藤原房子君) それでは、基本法をどう使っていくかというお話だったので私の方から申し上げますけれども、先ほど小宮山委員がおっしゃられましたように、地方の条例づくりというのは、今東京都は作業に入っておりまして、来年の二月ごろには議会に上程するというような話も聞いておりますし、埼玉県も作業中と聞いております。やはり法治国家ですから、そういう理念を掲げた条例等々がつくられるということは、草の根に至るまでそういう考え方を浸透させる上で力があると思います。
 しかし、条例をつくってもその条例が自動的に変えていくというわけではございませんので、一般の都民の方、あるいは県民の方がどのようにそれらを理解して自分の身近なところで行動を起こすかということになると思います。行動を起こすためのいろんな奨励策というんでしょうか誘導策、そういったものが有効な措置としてあっていいんじゃないか。そのためには、女性施設というのがもう全国各地に今つくられております。公立、民間、ちょっと数字は忘れましたけれども、何かたくさんございます。ああいったところがかなり意識の高い女性たちの拠点になっているんですね。それらの人々が身近な環境問題だとか、保育、介護問題だとか、消費者問題等々を研究したり、いろいろ行政に向かって発言するための準備をしていらっしゃいますので、そういったところがもっと元気になるような施策というのは一つ具体的に考えられるんじゃないか。
 ところが、聞くところによりますと、地方財政はどこも危機状態でありまして、特に公設公営などというところは毎年予算を削られるんだそうです。私の今所属しております日本女子会館というところは完全な民営の組織でございまして、もうこれも経営に苦慮しておりますが、どうにか持ちこたえているんです。公設公営のところでおたくは税金が幾らか回してもらえるからいいわねと私が申しますと、いや、毎年毎年一〇%カットとか言われて、人を減らす、時間を短くする、エトセトラで、もうとにかく大変なんだというようなお話です。せっかくこういう追い風というか状況ができてきているときなので、そういったところの事業がしぼまないように、それからそこに集う人たちが十分な能力開発ができないというようなことで進路をあきらめることのないように、そういう奨励の施策というのが一つ必要ではないかと私は思います。
 それから、国としても基本法があるわけですから、国が今後ナショナルマシーナリーを整備なさって、内閣府に男女共同参画会議ですかそういうものを置き、それから総理府の今の室を局に格上げするという今までにない大きな変革を予定しておられるようでございますが、そういったことが力になって具体的に情報が発信され、そして国が後押しをして地方自治体も実質的な女性施策というものが実行できるような方向に誘導していくということが必要ではないかと思っています。
 以上でございます。
#26
○参考人(樋口恵子君) 今、藤原参考人が言われたことに続けて申し上げますと、二〇〇一年に内閣府が発足してそこに男女共同参画会議が設置されて、そして各省庁間の調整能力も持つようになったときにどれだけのことができるのかということが問われていると思います。これはもう国会の先生方のお力を含めた世論の動きというものも大事だと思いますので、ぜひそのときに強力な力ができるように私たちも、私は現在のその審議会の一メンバーでございますけれども、そういうことも声に出していきたいと思っております。
 ただ、今のところこの男女共同参画社会基本法がどういう効力を発揮しているだろうかと言われますと、ムードとしてすごくよかったとまず思っております。
 私は、東京都の女性問題協議会の会長をいたしております。この八月の半ばに東京都としての条例づくりへ盛り込むべき事項を石原知事に提出いたしました。しかし、これはかなり苦しゅうございまして、何といっても青島知事から協議依頼を受け、そのつもりでいたら新しい知事に提出する、私は別に何も偏見は持っておりませんけれども、余り男女平等はお好きでない知事さんなんじゃないかというようなことも割と広く言われておりましたところへ提出、本当にある意味でおっかなびっくりでした。
 ですけれども、本当に快く受け取っていただきました。そして最初に言われたことが、国際的な流れもあり、基本法はできたけれども、やはり基本法は理念が中心だからそれを具現化し実践するのは地方自治体の役割であり、そして東京の実践は全国に影響を与えるからできるだけよいものをつくりたいと。拍手しちゃいたくなりました。少なくとも言葉でそうおっしゃっていただいて、それはやっぱり基本法ができていたからなんです。
 そこはとても大きかったし、そしてこれからの条例づくりに、基本法は条例づくりを義務づけてはおりませんけれども、行動計画づくりに関しては都道府県には義務づけておりますし、市町村にもそういう目標、努力義務は課しておりまして、そこへもってきて地方分権一括法で自治事務の過程が非常に広がりましたから、条例制定の枠、幅が広がったということはとてもすばらしいことで、今各地で条例づくりのネットワークが広がっております。ついこの間、北陸三県の条例づくりの大会に私も呼ばれて、帰ってきたところでございます。
 そこへこれまたうれしいニュースで、農水省がこの十六日、農山漁村男女共同参画推進指針というのを発表なさいましたようで、これは男女共同参画社会基本法という以上に食と農の基本法の中にちゃんと男女共同参画が書き込まれているからだと思いますけれども、やはり何といってもこの男女共同参画社会基本法がそれを支えていることも事実だと思っております。
 では、こうした基本法を持っていない省庁はどうしたらいいのかということございますけれども、二〇〇一年からスタートする内閣府の中の局や推進会議の活動にも期待しながら、もう早速これにのっとってできてくることもあるし、あるいは基本法にのっとって苦情を訴えてみようという動きも出てきております。
 ただ、私が非常に残念に思っておりますことは、ここにはもういろんな御意見、私の立場ときっとその点は反対だとおっしゃる先生方も多いと思うので申し上げにくいんですけれども、例えば介護保険の今回の三党合意の中での家族慰労金とかいうことが、果たしてジェンダーの視点から男女共同参画社会基本法の第六条の家庭生活活動への男女の協力、社会的支援、そして家庭生活だけでなく他の社会活動もというようなことに直接触れるとは申しませんけれども、やはり私は精神にはかなり触れるんじゃないかと。介護保険のような世の中のこれからの高齢社会の根源にかかわるようなことは、やはり男女共同参画社会基本法という視点から一遍どこかで洗い直してみるということもまた必要ではないだろうかと思っております。
#27
○小宮山洋子君 いろいろ伺いたいことあるんですけれども、一つ伺うといっぱい幾らでもこれは広がっていくテーマだと思いますので、残りの時間はちょっと政策決定の中でも一番中心になると思われる政治参画の問題に絞ってお話を伺えればと思っています。
 今お話を伺いましたように、いろいろな阻害要因などがあって、地盤、看板、かばんを初めまだまだ、ことしの統一地方選挙は新たないろんなやり方をやって少しは女性がふえておりますけれども、国会は今度間もなくあと一年以内に総選挙があるわけですけれども、今の候補者数から見ましても、まだまだ一気に国会の中に女性がふえるとは思えない。全体の各国の百二十三番目とも言われているような衆議院での女性比率からしますと、よっぽど何か強力な手だてがないと、戦後五十年余り、最初の多かったときからずっと下がって、ちょっとずつ上がっているというのでは、今の少子高齢社会の中でとても間に合わないと私は思っておりますので、いろんな阻害要因を踏まえた上で、新たにもっと国政あるいは地方の政治に女性が参画していくための方法、先ほど樋口さんは時間がなくて後ろの実現への道がお話になれなかったと思いますので、実現するためのそれぞれお考えがあればぜひ伺いたいと思います。
#28
○参考人(樋口恵子君) レジュメの四から下で、太陽路線と中間的積み上げ路線と北風路線と三つを考えましたんですが、太陽路線というのは環境の形成でございまして、さっき南野委員から御質問がございました家庭教育から始まりまして地域の教育、特に男性の意識を変えていただくような経験、そして教育の現場でも、もうこのごろ少なくなりましたけれども、少し前までは中学校あたりの校則で委員長は男、副委員長は女なんという内規の中で役員を選出しているようなところも十年ぐらい前まではまだございました。
 そういうことをもう一度徹底的に洗い直して、そういうリーダーシップを発揮するような機会が女子にも男子にも平等に与えられているかということなど含めまして、さっきのおじいさん、おばあさんへの研修機会なども含めてやっていく。これは環境の形成という意味で、生涯学習の上からもいろんなことができるのではないかと思っております。
 二番目は、ちょっとこれは我田引水ではなく、私どものNGO、高齢社会をよくする女性の会、これは本当に超党派で、恐らくきょういらっしゃっている議員の先生方のあらゆる党派の方が入会なさっていると思うんですけれども、まさに女性の視点から高齢社会の創造について、今十八年目の活動に入っております。
 ことし島根で大会を開き、来年長野で大会を開く予定になっております。この特徴は、必ず県と共催し、知事さんそれから開催地の市長さんも大変力を入れてくださるという、行政とNGOとの連携のあり方の一つのモデルケースと言ってもいいぐらいだと思うのですけれども、そこで九月に島根でいたしました。
 実は私どもの会は、もう前々回の統一地方選のときから、女性議員に介護体験の有無とそれから介護を含めた高齢者施策、その関連性を調査し始めているんですけれども、そんなことをやっておりますうちに女性の議員さんが会員の中からふえてきたんです、地方議員に。それから、ゴールドプランのときはこれまた全県の会員に呼びかけまして、策定委員会に女性委員がどのぐらいいるかということを調べました。そのとき、たしか二三%ぐらいだったことを覚えておりまして、この介護のような問題になりますと、さすがに他のことよりは女性の参画率が高いということがわかりました。
 今回、介護保険前夜ということで、円形グラフが入っている方が島根の悉皆調査であります。五十九市町村がございますけれども、この市町村の会員が全員実行委員会におりまして、このような調査をいたしました。今回こちらにお招きいただきまして、そこで、じゃ島根だけではまた小さな県だし、長野県が来年の開催県でございますので、それでこういう調査を急遽やらせてもらいました。
 長野県は百十二市町村ぐらいあります中で、急遽でございますので、八十幾つ、回答率七割ぐらいでございますけれども、これで見えますことは、このとおり島根は女性議員がやっぱりまだ少ないです。公募しているところもわずか五市町村しかございませんでした。しかし、長野県の方はやっぱりそれなりに意識が高いと申しましょうか、委員公募をしたところがもう五一・一%ありますし、それから女性の比率も何といっても三割から四割のところに一番高い山が見えております。
 私は、その政策決定の参画の仕方ですけれども、もちろん議員さんがふえるのが一番。けれども、議員さんが地区割りとかその他でなかなかふえにくいことがある以上、特に女の得意わざの、あるいは情報をたくさん持っているものに関してしっかりと実力のある部分から参画していくのも一つの方法だと思っておりました。こうやっているうちに本当に地方の議員さんがふえてまいりました。シングルイシューを、たまたま私は高齢化、介護の問題で話しておりまして、介護から広がれ豊かな地域のデモクラシーと申しておりますけれども、これが環境の問題であるかもしれない、子育ての問題であるかもしれない。女は仕事とか環境とかいうんじゃなくて、今までとにかく、セックスの視点とジェンダーの視点と両方あると先ほど申し上げましたけれども、ジェンダーの結果であろうと、積み上げてきたさまざまな分野が実は女性の得意わざであって、かつこれからの行政のかぎを握るものであるという、こういうやり方で積み上げてくるのも一つの方法と思っております。
 最後でございますが、北風路線、直接強制力を持つ方法でございまして、これは農水省の中にもちょっと出てきておりました。例えば、役員に女性が一定比率以上いない自治体には、国家権力というのは補助金を出さないぐらいのことを私はやったっていいと思っているんです。それから、そのNPOにも補助金を出さないとか。
 それから、先ほど藤原参考人の方からこのごろ市町村の合併やJAの合併が多いというお話が出てまいりましたけれども、例えば合併というのはやっぱり国の認可といいましょうか、そういうものが必要である。そのときに、今まで政策決定にかかわっていた女性の比率の一番高いところに合わせる。低いところに合わせるんじゃなくて、何か基準が必要でしょうから、三村合併するとしたら、全部ゼロだったら何か目標値をつくったらいいと思うんですけれども、少なくとも今いた女性の比率を下回らないとか、そうでないと合併を認めないとか、私は少し国家権力を発動していただきたいと思っております。
#29
○参考人(藤原房子君) 私は、政党の話になると思いますので、その際は政党の御判断で、例えば割り当て制のような思い切ったポジティブアクションをおとりになるというのがいいと思うんです。ポジティブアクションというのは男女両性に対する働きかけで、割り当て制は女性の側だけに、ちょっと意味の範囲が狭まるわけですけれども、例えば候補者の四割は女性にするとか、半分といくのが本当は望ましいんでしょうけれども、そこまで一挙には無理でございますので、何割かの数値目標を決めて政党も御努力くださるということが私は一番いいんじゃないかと思います。
 それから、比例代表区の場合には、名簿の順位を男女、男女という、女性が上で女男、女男でもいいんですけれども、そういう交代で並べるとか、何かそういう意味で男女が公平になるような仕組みを各政党で御工夫いただくことがよろしいんじゃないかと思います。
 それからもう一つ、地域代表ということになりますと、我が町の代表が女では困るという男性たちが相当いらっしゃるわけです。女性が代表じゃみっともない、こういう人。これは村へ行きますと集落の代表ということになりますから、我が集落では絶対男じゃなきゃだめだというので、女性の中年のばりばりの農業者の方がいらっしゃっても余り農業には携われないような、男性の方が出ていくというような、そういう非常にジェンダーバイアスがかかっている選び方もあると聞いております。
 そういった中で、立候補が女性にも公平にできるような施策を考えていただきたいと思うんです。それで、立候補がある程度数を確保できたら、この名簿の順位その他でまた政党の御努力が必要ではないかと思います。
 それから三番目に、お金のかからない選挙、これはもう長く言われていることで、これまた先生方に申し上げるのはちょっと気が引けるのでございますけれども、やはり手弁当主義というのが女性の草の根選挙の場合にはかなり浸透しておりまして、手持ちの選挙資金は少ないけれども何とか仲間の援助で当選したというようなケースもないわけじゃありませんで、そういった意味で選挙のあり方というものをもっとリニューアルするということを積極的に推し進めることも必要ではないかと思います。
 ちょっと話が戻りますけれども、立候補の女性がなぜ少ないか、なぜしり込みをするかということの一言の理由は、能力に自信がないということをおっしゃるんですね。能力というのは一体何だということになるんです。
 私の考えでは、いきなり結論を申しますが、能力は経験の関数であるというのが私の考え方でございまして、経験していないことは人はできるかできないか全くわからない。やってみたら目標の八割ぐらいしかできなかった、そうしたらその八割ぐらいがその人の能力の評価かもしれないけれども、それを積み上げていけば能力は育っていくわけです。だから、能力は経験の関数なりと私はいつも申し上げているんです。
 そういう意味で言いますと、女性の場合は集落の集まりであるとかPTAであるとか、いろんなところで自分の能力を試すチャンスが身近にありながらそれをあえて避けているとかしり込みしているということで、自分の力を自覚しないまま老いて死んでいくということが非常に多いと思います。
 ですから、そういったことのないように、人材と言われるほど人間の力というのは貴重な資源の一つであることは間違いないんです。そう言うと昔の人的資源といったことを思い出して余りいい気持ちはしないんですけれども、それは横に置いて、一人一人の人生の満足度ということを考えれば、能力がフルに開発できるということは非常に大事なことで、それが女性の場合には不十分であったということを根底に置いて立候補も進める、もっと説得をする、ふやす、そして順位を上げていくということ、それから金のかからない選挙、そういうことでやっていくしかないのではないかと思っています。
 以上です。
#30
○小宮山洋子君 あともう残りが五分ほどになってしまいましたけれども、政党の中の割り当て、クオータということは、外から二〇〇〇年プラン、ビジョンのときにも、NGOからも四割とはいかなくても三割あるいは三分の一は女性にという声がありましたが、これは各政党が中で決めるといいましても、なかなかその政党の中で男の人がほとんど決めているので中だけでは難しい。これをやはりどこかの政党がやり出すとほかの政党もということに私はなるんじゃないかと思うんです。そこのところの動かし方としては、やはりNGOの皆さんたちといろんなネットワークをとってやっていかないといけないと思う。その辺のアイデアがもしありましたらということ。
 あと五分で欲張りますけれども、今選挙制度改革の話がずっと進んでおりますけれども、やはり女性が今数少ない衆議院で、二十五人の女性のうち、比例で当選している人が十八人、選挙区は七人ということから見ましても、小選挙区だけにしていくということはますます女性が通りにくくなる。でも、今流れとしては何か小選挙区へ小選挙区へとなっているわけなんです。各国を見ましても、先日私もノルウェーへ行ってまいりましたが、あそこも比例ですし、女性議員が多いところは上からずっとみんな比例代表制なんです。
 そのあたり、選挙制度へのお考えがあれば、残りがもう少ないんですけれども、一言ずついただければと思います。
#31
○参考人(藤原房子君) では、簡単に申し上げますと、私も選挙区は中選挙区が女性に出やすいと思っておりまして、小選挙区はやはりいろいろ問題ありと思っております。
 それから、党内における役員比率というのをきのうの夜ちょっと計算してみましたら、自民党の役員比率は女性は三・八%です。それから、民主党が一四・八%、自由党が九・五%、日本共産党が一七・六%、社会民主党が三三・三%、改革クラブが九%、公明党九・一%、さきがけ、第二院クラブがゼロ、自由連合が四四・四と。私、たまたま手元にあったこの「政策決定参画状況調べ」という資料でちょっときのう計算機でたたいてみたらそういう数字が出ました。
 ですから、政党内における意思決定レベルに女性がもっと参画するようにしないと、選挙制度の問題については非常に女性には不利になっていくんじゃないかと思います。
 以上です。
#32
○参考人(樋口恵子君) 私も、小選挙区制になるときに、もう本当にごまめの歯ぎしりでございましたけれども、反対の意見を持ち続けた一人でございます。もう理由はただ一つ、女性が出にくい。女性が出ない状況が日本の政治をおかしくしている最大の原因の一つと思ったからでございます。ですから、比例代表制で、各政党に比例代表で女性を置かなくてはという意識はもうかなりある程度広がっているんではないでしょうか、あとはもう世論であろうと思います。
 それと、今の小宮山委員の御質問の中にありましたアイデアということなんですが、むしろアイデアというよりお願いなんですが、こうした参議院の調査会で、日本の社会において、どのような党派であれどのような考え方であれ、女性を政策決定の場に送ろうという形でのさまざまなNGOが生まれております、少なくともそういうものの名簿をつくるとか何をやっているとか、そういう全国的なまさに調査と情報の収集をぜひお願いしたいと思っております。
 特に、この前の統一地方選では、私の知る限りでも、とにかく女性を出そうよというような集会やバックアップスクールがほとんど四十七都道府県に全部生まれました。
 それから、例えば市川房枝記念会では政治スクールをずっとやっていらっしゃいますし、それから例えば私どもでは能力というとき、自信、知識、情報。私どもは政治の専門家じゃありませんから、こういうことが選挙違反です、こういうふうに届け出なさい、そういう知識はむしろ市川房枝記念会で学習することだと思うんですけれども、私たちは、例えば地域社会において高齢者対策に関してそれが自分の専門になるような最新の情報を勉強する議員勉強会というのを定例的に開いております。この議員はほとんどは地方議員の方でございますけれども、時々この中にも、国会議員の方でも遊びに来てくださる方もございます。
 そういうようなことが、これからはインターネットの時代ですからホームページなどを開いて情報を交換するとか、そういう何といいましょうか、例えば参議院のここの調査会のこういう組織へ行けば情報が得られるなんということをまとめていただければ、今回政治参画についてのテーマをお取り上げいただいた意義も大いにあるんじゃないかと思いまして、お願いでございます。
#33
○小宮山洋子君 ありがとうございます。
 今いい具体的な御提案をいただきましたので、会長にお願いをしたいんですけれども、前回の女性に対する暴力も中間報告という形で今できることをまとめました。これをまたさらに法律へつなげるという検討課題もぜひ進めていただきたいと同時に、この政策決定への参画というのは非常に漠然としていまして、下手をしますとこのまま聞きっ放し言いっ放しで終わりかねませんので、何かここで取り上げる以上、今言われたことも参考にしながら形にしていくことをぜひお願いして、私の質問を終わりたいと思います。
 ありがとうございました。
#34
○会長(石井道子君) 今後の問題とさせていただきます。
#35
○大森礼子君 公明党の大森礼子です。
 樋口先生それから藤原先生、きょうは大変ありがとうございます。
 実は、樋口先生の先ほどの冒頭のお話のところで、第一段階のところで終わってしまった。それで、このレジュメを見まして、実は私、その太陽路線のところをすごく知りたいなと思って待っていたものですから、もしよろしければここをお話しいただきたいと思うんです。
 先生は、男女共同参画社会の必然性・必要性というところで個人の尊厳の視点ということから、幸福追求権というここからお話しになってくださいました。私も本当に同感でございます。
 というのは、私は、OLをやっていて、それから司法試験を受けて検事になった経緯があるんですけれども、いつも思っていたことは、女性はだめだだめだと言う前に同じ条件のもとで仕事をさせてもらいたい、こういう気持ちがありました。それでだめなのだったら、だめであることを認めましょうという気持ちでありました。ですから、女性にとっての幸福追求権であるということは、そういう同じ条件でやらせてほしいという願望は本当に女性にとっては本能的なものであると私も思います。
 それから、必要性ということで、実は私はきのう韓国の女性国会議員の方とちょっとお話しする機会があったのですが、その方がどなたかの著書を引用されておっしゃっていたことですが、これからどのような指導力というものが必要となるか。二十一世紀を考えた場合です。
 指導力には男性的な指導力と女性的な指導力がある。男性的な指導力というのは、要するに力で威嚇しながら強制しながら引っ張っていくというやり方、これは男性的という意味でございます。女性的な指導力というのは、相手方の潜在的な能力を引き出しながら引っ張っていくやり方。男性的な指導力ではもう限りがある、これからは女性的な指導力というものが大いに要請される。そして、その能力は女性の方がすぐれているというふうにおっしゃいましたけれども、こういった意味からもやはり女性の役割というのが大事になってくるだろうと思います。
 日本型ジェンダー社会形成の背景について、樋口先生の方から儒教的男女観とかいろいろお話しになりました。
 男性はこれを一つの既得権にしておりまして、こういう男女観がありますと便利ですからなかなか手放さないだろうと思うんです。向こうが手放さないんだったらもぎ取るしかないのかと思ったときにこの太陽路線という言葉が入りましたので、ぜひここのところで、我々女性は男性に対しましてどのようにアプローチしていったらいいのか、もう存分にお話しいただいて結構ですので、教えていただきたいと思います。
#36
○参考人(樋口恵子君) 私も最終的にはもぎ取るよりほかはないと思っておりますけれども、やはり交渉事に関してこういう言葉があるそうです。私も余り昔から知っている言葉じゃありませんけれども、一筋二熱三に顔と言うんだそうです、これが交渉事を成功させるコツだそうでございまして。
 顔ということを除きますと、これは実は地方分権推進委員会で、もう一つ一つ機関委任事務を全部洗い出しながらそれが自治事務に振り分けられるかどうかと、私など一番物の役に立たない委員でございましたけれども、委員たちが行政当局と本当に熱を込めて、夜なべ針仕事、寝わざ格闘技と私は言ったのでございますけれども、そんな感じで交渉をしている中で、いややっぱり交渉事は一筋二熱三に顔と。みんな学者、研究者、いわゆるそういう人たちは、顔はないから、顔というのは看板のことだと思うんです、だから筋と熱で行くよりほかはないと。
 そういう意味で言うと、女性もまず筋を通す。それで、筋を通していくということはやっぱりきちんとした学習それから一定程度の経験、そして経験の中でささやかなりとも成功していく、これは失敗ばかりしていますとなかなか自信が生まれませんので。このごろ女は元気だとかおっしゃいますけれども、私は、女性の地位という意味からいったらとてもとても、今御案内のようにここにあるデータのとおりでございまして、そんなに胸を張れるわけではないんですけれども、ほとんどゼロからの出発なものですから、国際的なその流れにも乗りましてささやかな成功体験しているんです、これでも。何のかの言っても男女共同参画社会基本法も通りましたし、私だって何となく八月以降胸張っているのは、あの石原知事がああ言って受け取ってくれた、さあというようなものがございますし、励まし合いながら筋を通していく自信というのは、そういう筋を通していく、それが成功する、小さな成功でもおさめるということが大事だと思っておりますので、その筋をしっかりと学習する。
 と同時に、男の先生方に、あるいは男のいろんな方々に筋を通して、あなただめなのよと言うんじゃなくて、これはこういう筋なんでございますということを手をかえ品をかえ説得していくということが私は大事なんじゃないかと思います。
 そして、本当に私は女性たちの思いというのは心から信用しております。というのは、もう本当に熱意を込めてみんなやっています。だから、もう筋と熱、これで行くのがあえて言えば私の太陽路線でございます。
 ですから、筋と熱を通して繰り返しているうちに、きょう配付の、これは学士会会報の一九九九年七月号でございますが、少しふざけたようなタイトルですけれども、「「ご時勢じゃ」・男女共同参画社会」とつけさせていただきました。
 この男女共同参画社会基本法が通るときだって、随分本当は日本の衆院、参院両議会の中であそこに書いてあるようなすごいことに皆さん賛成なさったとは思えないんですね、私、個別に伺っていると。よくこの方が反対の方に票を投じなかったなと思ってしまいます。だけれども、やっぱりそれは筋と熱とそれからグローバルスタンダード、これはとても大きいと思います。私は、必然性、必要性ということの中に、やはり日本が国際社会に伍して国際社会の一員として生きていく以上は、サッカーのワールドカップでいえばみんなが一定のルール、同じルールでやっているからあれはすごくおもしろいのでございまして、国際社会における、サッカーのワールドカップにおける世界のルールブックというのがあるとすれば、もちろん幾つかあります、もちろん人権の尊重、あの国際人権規約にうたわれている、もういろいろありますけれども、そのうちの一つが男女共同参画、男女共生社会ということであろうと思います。
 それやこれやから、全員衆参満場一致で通った法律というのは、皆様が御時勢じゃと思ってくださった方じゃないでしょうか、心から賛成しない方も。御時勢じゃと言っていただくためにつくっていくのが、国際的にこうなっていますよというようなことも含めて筋と熱だと思っております。
#37
○参考人(藤原房子君) 私へのお尋ねではなかったかもしれませんが、ちょっと感想を申し述べたいと思います。
 男性的、女性的という言葉がジェンダーバイアスの上に乗っかって使われることに私は疑問を持つんです。つまり、力ずくでやや粗暴でというようなものを男性的とするというような、これは過去のジェンダー意識のしからしむるところでありまして、生物学的な性は男性であってもソフトムードの方もいらっしゃるし、それから、逆に女性であっても相当剛腕の方もいらっしゃるでしょう。
 ですから、そういうときのネーミングというかワーディングというか、非常に重要だと思いますので、その点についてちょっと一言申し上げました。
#38
○大森礼子君 済みません。そこのことについては会話の中で拝しまして、通訳の方もおられまして、それでまたその外で読まれた方の引用で、さらに通訳ですので、ちょっとその方がそのようにおっしゃったかどうかはわかりませんけれども、その方法、一つの分類としてそういう例えというふうに受けとめていただければと思います。確かに指導力をこういうふうな形で分類すること自体は可能かと思います。もしそうしませんと、きのうお話しくださった方にちょっと申しわけない気がいたしますので、御了解ください。
 それからもう一問。では藤原先生に、時間が余りないのですが、先ほどの望ましい選挙制度、実は私もお尋ねしようと思ったんですが、小宮山委員の方からの問いに対して望ましい選挙制度、これは中選挙区が望ましいと先生もお答えになりました。
 そうしますと、私たち女性議員は政党に属しておるという関係から、その党が決めるあるべき選挙区制度というのと、それから女性の観点から見まして望ましい選挙区制度というのと、そこのはざまに入る場合もあるかと思うのです。そういう場合、どういう態度をとるべきかは各女性議員が決めることだろうと思います。ただ、いろんなクオータ制度とかにしましても、これは法律で政党に強制するわけにはいきませんから、やはり政党の中での問題だろうと思うんです。
 そういう中で、女性議員がまず政党の中で男性の意識を変えていかなければいけないと思うんですが、そこら辺で先生、去年の参議院選挙でたくさん女性議員がふえましたけれども、その女性議員の各政党内における闘いぶりといいますか、まだかったるいと思われるか、もっと頑張れという御意見なのか、そこら辺の御感想をお聞かせいただければと思います。
#39
○参考人(藤原房子君) 少数の女性議員の方が政党の中で、いろいろ先ほど役員比率などということを申し上げましたけれども、そういった経験の年数だとか当選回数だとかいろいろあって、その中で多分役員が決まっていくんだろうなと思いつつ申し上げました。
 それで、かなり乱暴な意見であったかもしれませんけれども、私はそういったときに逆にげたを履かせると日本語では申しますけれども、男女の場合にはそういう今までのいきさつ等々があって、経験が浅いということは政治の世界でも同じくだと思いますので、そういった場合には、例えば役員を選考する基準に女性は違うものを当てはめる、それは一種のポジティブアクションになると思いますが、そういったことがあったとしても逆差別ではないということを女子差別撤廃条約の中でも述べておりますので、そういうことを積極的にお使いいただいて党内でお働きいただけたらいいのではないかなと思いながら今伺いました。
 それで、以前よく市川房枝記念会で各政党の女性議員の方をお招きして、党内の活動において女性であるがゆえのハンディキャップというものをお感じになりませんかなどというようなことが質問として出たことがあるんですけれども、ある特定の党を除いて全部おっしゃっていました。いかに日本の政党が民主的でないかということをおっしゃっていたということは私はじかに聞いておりますので、そのことは申し上げられると思います。
 以上です。
#40
○大森礼子君 時間が参りましたので終わるのですが、先ほど、政党内の意思決定プロセスでは公明党九・一%で低いと思います。ですから、こういう問題に取り組むに当たって言えることは、まず自分自身が自分の政党の中でどういうふうにそういう意識を変えていくか、自分の家の中というと変ですが、それができないものがどうして外の世界を変えられるかと思いますので、そこで一生懸命頑張っていきたいと思います。
 ありがとうございました。
#41
○林紀子君 日本共産党の林紀子でございます。
 きょうは、女性の政策決定過程への参加ということで、この共生社会調査会で調査を進めるスタートということで、お二人の参考人に来ていただきまして大変興味深いお話を聞かせていただきましてありがとうございます。
 私は、まずそもそも女性の政策決定過程への参加の前提といたしまして、女性が社会参加できる、そういう条件整備というのがどうしても不可欠だというふうに思うわけです。これは総理府が男女共同参画社会に関する世論調査、平成九年に調査をしたものというのを、今この緑の表紙の八十一ページで見せていただいているんですが、「男女共同参画社会を推進していくための行政に対する要望」というところで、「保育の施設・サービスや、高齢者や病人の施設や介護サービスを充実する」、これが四五・七%ということで一番高い比率になっているわけです。
 こういう条件整備をしていくというのは、政府の責任というのが非常に大きいと思うわけです。例えば保育対策ということを見ますと、緊急保育対策五カ年計画というのもまだ達成されておりませんし、保育所の待機児童、昨年の十月の調査なんですけれども、全国で五万九千人に上るというふうに聞いているわけなんです。
 私も、もう三十年も前になりますが、保育所に子供を預けながらずっと仕事を続けてきたんですが、いざ産休が終わる直前になってもまだどこの保育所で預かってもらえるかわからないという、本当にどうしようどうしようと胸の痛くなるような思いというのは今も感覚として覚えているんです。三十年前の話じゃなくて、今もこういう状況になっていると。
 そういうことで、さらに保育予算というのも減額をされていっているということがあるわけですけれども、あらゆる分野に女性の政策決定過程への参加というのを、基本法をつくって国はもっと積極的にというふうになっているわけなんですが、その前段がまだなかなか整っていないということなんです。
 その辺の国の責任ということについて、お二人の先生はどういうふうにお感じになるか、御意見をいただきたいと思うんです。
#42
○参考人(樋口恵子君) 今、委員御指摘のとおりでございまして、男女共同参画社会基本法の第六条、先ほど介護保険法との関係で私申しましたけれども、このグリーンのでいえば百三十九ページでございます。先生方は御審議なさった本当の当事者でいらっしゃいますし、参議院では特に時間をかけて前文をつけたりもしていただいたわけですから、もう改めて申し上げるまでもございませんけれども、わざわざ「子の養育、家族の介護その他」というふうに取り出して、そこに「相互の協力と社会の支援の下に、」という言葉が入っております。
 私は、そのときの委員会や何かがどういう御議論だったのかは議事録をよく拝見しておりませんのでわかりませんが、恐らくこの書き方だけではまだ弱いと思われた委員さんが多かったんでしょうか。この参議院の附帯決議に、これは衆議院でも同じようなことが盛り込まれておりますが、百三十四ページに、「ILO第百五十六号条約の趣旨に沿い、家庭生活と職業生活の両立の重要性に留意しつつ、両立のための環境整備を早急に進めるとともに、」、またここで、「子の養育、家族の介護については、社会も共に担うという認識に立って、その社会的支援の充実強化を図ること。」。この文脈、このコンテクストで見ますと、やっぱり私は慰労金を払うからいいじゃないかという問題では、低所得対策としてはそれなりの効果を私も認めないわけじゃございませんけれども、もうちょっとこの男女共同参画という意味から、介護と子の養育に対しては社会の責任であるということで、ぜひこれは政党を問わず政策をお進めいただきたいというふうに思っております。
 ただ、一言つけ加えさせていただきますと、しかし国の責任はもちろんです。これは大前提だと思うんですけれども、やはりこの条文の中でも語られておりますのは男女の協力でございまして、そこで男性が女性とともに子育てや介護を担っていくんだという人間像に変わってくれないと困るわけでございます。
 厚生省がこの春ですか、つくりましたポスターには、SAMさんが抱きまして、育児をしない男を父親とは呼ばないでしたか、あれもかなり政党によっては賛否両論あったようでございますけれども、この間びっくりしちゃいましたのは、あのポスターを借りてちょっと雑誌に使いたいと出版社が申し入れましたら、SAMは育児を全然してないのに、かえってこれで評判になってイメージダウンだから貸せないと言われちゃったんだそうです。
 それは、私は又聞きですから、こんなところで申し上げて、後で抹消していただいた方がいいと思うんですけれども、だけれども申し上げておることは本当にあったことでございまして、やっぱりあのポスターに対するいろんな風当たりというものをその事務所としてはお考えになったんじゃあるまいかと思っております。
 私は、育児を現実にしていようがしていまいが、男性がちゃんと子どもを抱いた姿、あれは何も急に変わるわけではなくて、さっき申し上げました、少なくとも大正リベラリズムのつかの間の平和の中で日本が国定教科書の中に取り上げた「オトウサン ハヤクカエッテイッショニアソンデクダサイ」という家族の状況を、そういう伝統もしっかりと取り戻そうということであろうと私は理解いたしております。ですから、今委員おっしゃいましたように、国の責任、そのとおりでございます。
 と同時に、国の状況を整備することによって、女の問題だから介護や保育所はそこで整備すればいいじゃなくて、やっぱり家庭の中で男性も参画していくこと、介護休業、育児休業など、本当に男の方にもっととっていただけるようになってほしいと思っております。
#43
○参考人(藤原房子君) 今おっしゃられたこと、私も全く賛成でございます。
 それで、今、合計特殊出生率が最も低くなっておりまして、将来の日本の人口構成がかなりいびつになってくると、今度、高齢者の介護をだれがするのか、若い働き手が必要ではないかという問題だって極めてクールな発想で出てまいりますし、それから労働力不足ということも当然起こってまいります。そういったことにならないように運営していくのが国の責任ではないかと思っております。
 私は、子供を産むということはプライベートなことでありますから、国が産めと言うことは絶対反対なのでございますけれども、産みたい人が産めない社会というのはおかしいのでありまして、そういう意味で国が責任をとるということが重要だと思います。
 それからもう一つ。産んだ後で女性が保育所を利用する。それを女性がじゃなくて父親も迎えに行けばよろしいのでございますけれども、そういうことが男女で担われていないという現実が女性の足を引っ張っているということを事例として申し上げたいと思います。
 それは、ある中学校の教員の共稼ぎの夫婦で、同じような立場で働いている両親ですけれども、男の方はクラブ活動の責任者になって学校の運営に大きく貢献して学校では認められているんだそうです。だけれども、妻の方は、子育て中につきクラブの担当なり学年主任なりというようなことは極力逃げた方がいいと夫が言うので、夫婦合意の上で逃げているということがあるわけです。
 さっき申し上げたように、学校内における一種の管理職の層というのがありまして、そこへの参加が女性が非常に少ない、進出が少ない、教頭も校長ももちろん少ない。そういったことになってまいりますと、一体それは何かと。女性にやる気がないのかといえばそうではなくて、女性にやる気があっても夫婦の話し合いの中で夫に強引に説得されて、おまえさんは女だからその期間はそういうことを引き受けるなと言われて、受ける方もちょっと問題なんです、それを聞いてしまう方も問題だと思いますけれども、そういうアンペイドワークのありようが女性の職場における地位その他にも響いているという現実、これは一例だけですが、ほかにもたくさんあるということを申し上げたいと思います。
#44
○林紀子君 その問題と関連してなんですけれども、男性の方が例えば保育所に子供をお迎えに行きたかったり介護をしたがったりしても、男は時間にかかわりなく働くものだという、そういうような考え方というのが企業の中にも社会全体にもあるんじゃないかと思うんです。
 これは樋口参考人の資料で見せていただいたんですが、日本の上場企業の女性管理職のうち六割が未婚だ、だから男と同じように働けない女というのは管理職にもなれないんだと。そういうことをあらわしているということじゃないかと思うんですけれども、企業の中で男性と同じように働いて管理職になるというのは、女性が男性並みの長時間労働というのをしなくちゃいけない、家庭責任や子育てということは両立できない、こういう形に今なっていると思うんです。
 私は、政策決定過程へ女性が参画するということになると、男性並みに働くことを女性が要求されるんじゃなくて、今お話の中にありましたように、男の人が今余りに働き過ぎている、そこのところを直していかないと、男の人の方も家庭で協力したくてもできない状況というのが生まれているのが現実ではないかというふうに思うわけなんです。
 日本の労働者の働きぐあいというのは、欧米と比べると何時間長いというのはいつでも言われておりまして、特にフランスなんかは、今度は週の三十五時間労働ですか、そういう法律も決めたということで、ますます開きが大きくなっていくと思うんです。今まで欧米の男性の労働時間というのを見ると、かつて女子保護規定が日本にありましたけれども、それがなくなりましたが、その女子保護規定並みの働き方を欧米では男の人がしている。
 そういう状況にならないと、今お二人の先生がおっしゃったような家庭の中の協力というのもなかなかできていかないんじゃないかと思うのです。やはりそれは女性の政策決定過程への参加のこれまた前提ということになると思うんですが、労働時間の男女共通規制ということがどうしてもこれは必要になっていくんじゃないかなというふうに思うのですが、その辺につきましてお二人からそれぞれまたお話を聞かせていただけたらと思います。
#45
○参考人(樋口恵子君) これは本当におっしゃるとおりだと思います。
 私のレジュメでは、「新たな参画実現への道」、「太陽路線(環境の形成)」の中に労働時間の短縮ということを書いておきました。そして、十数年前の女子差別撤廃条約批准にかかわる前回の雇用機会均等法が作成される過程におきましても、あのときの女子保護の規定、残業が週六時間で四週でしたか、そういう規定であっても、あの時点でやっと諸外国の男性並みぐらいであるということは、その当時から私だけでなく女性問題の専門家はかなり言っていたと思うんですけれども、当時はまだ本当に空論にすぎなかったわけですね。
 そして、ようやく男性の労働時間の短縮とか男性の生き方が今問い直されておりまして、共生社会というのは、何かきょうのお話も、私の話なども女性の参画参画ということで女性を中心に絞ってまいりましたけれども、平等じゃなくて男女平等参画であったり男女共生であったり男女共同参画であるということは、結論的に言えば第九の合唱を事例にとりましたけれども、男性女性ともどもがいろいろな場に参画して豊かな社会をつくっていくことでございますから、男性の基準を変えていくということが実は前提というかあえて言えば環境づくりにとても重要なことだと思っておりますが、これは太陽路線なんていうような生易しいものではないですね。
 ただ、問題は出尽くして、ある意味で論であった時代から、言ってみれば外側の女性運動家や女性研究者の発言であった時代に、やっと私は行政の認識が追いついてきたというふうに思っております。ポスターの例も一例でございますが、例えば平成九年の経済企画庁の国民生活白書は、二つのテーマのうち一つを女性の就労の問題に的を絞りまして、あそこで非常にはっきりと日本の大企業型の就労状況、女性が本当に若いうちしかいない、これが日本社会のさまざまな問題にひずみを投げかけているということをしっかり指摘しておりまして、行政の文書がここまで来たと。
 これを具体的に本当に実現していかなければという、いい面から見ると確かにそういう動きが出てきているんですけれども、現在のような激しいリストラによって企業の生き残りをかける、そういう企業が優良企業だと言われる中で、いや雇用は守るのだなんてはっきり言うトップをいただく企業が何となく古臭いように評価されるような社会の中で、実は女性の雇用というのは物すごく今厳しい状況にもあるというムードは出てきているけれども、現実には雇用が物すごく揺らいでいるということの中で、私たちは党派とかどこにいるかということは超えまして、女性が一人前の人間として立っていけるように本当に力を合わせていかなくてはと思っております。
#46
○会長(石井道子君) 藤原参考人、まことに恐縮でございますが、質問時間が過ぎておりますので、簡潔によろしくお願いいたします。
#47
○参考人(藤原房子君) はい、わかりました。
 男子の労働時間が長いということは事実でありますし、男性の働き方を変えるということは男性自身がハッピーになるということであることは間違いないと私も思っておりますので、そういった際にワークシェアリングという考え方で、女性と男性とが自分たちの仕事をどちらかの性が多く担うということのひずみを正していかなきゃならないと思います。
 最近出ました日本女性の現状と施策、これは総理府が出しておりますレポートですけれども、その中に、たしか三十代後半の男子が一番労働時間が長くて九時間。しかし、四十代前半の女性の労働時間は九時間四十一分というのが出ているわけです。これはなぜか。言うまでもなくアンペイドワークを加算しているからでございまして、一見、就労だけを見ますと男性の方が長く働いているようですけれども、家庭内で女性の方が長く働いている。
 それから、時間がないので簡単に言いますけれども、関連して、「世界の女性 一九九五」というこの統計によりますと、女性が男性より週当たり二時間以上長く働いている先進地域の国というので日本が挙がっておりまして、先進諸国の中で男性の方が長い国、つまり女性の方が短い国というのはアメリカ一国で、あとはみんな女性の方が長い。これも今のアンペイドワークを計算してあるわけです。
 ですから、労働時間のアンバランスというものは、冒頭に申し上げましたようにトータルに考える必要があるし、それからそれを考えた上での育児施策でなければいけないと思っております。
#48
○林紀子君 ありがとうございました。
#49
○福島瑞穂君 社民党の福島瑞穂です。
 きょうは大先輩のお二人に来ていただいてありがとうございます。日ごろの大奮闘に対して敬意を表します。
 先ほどほかの委員の方からもありましたが、暴力についても何らかの成果を出したいと思っていますし、せっかくここで政策決定過程などへの女性の参画を議論しますので、何らかの形でやはり成果を出したいというふうに思っています。
 でも、この調査会は、この部屋の中は国会のスタッフも含めて女性の方が多いという非常にいい調査会で、そういう意味でもここにいらっしゃるすてきな男性にも敬意を表すると同時に、いい成果を出したいと思います。
 樋口さんのレジュメのところで、太陽路線、北風路線というのがありますが、北風路線についてお二人にお聞きしたいと思います。
 具体的に、先ほどももちろん答えてくださいましたけれども、こういうことがあったらもっと進むのではないか、例えば外国のこういう制度は参考になるのではないか、あるいは東京都の男女平等推進条例案などもありますけれども、これについてアドバイスがあったらお二人にそれぞれお願いします。
#50
○参考人(樋口恵子君) 東京都のことについてまず申し上げます。
 基本法があったおかげで、本当に条例はまだこれからどうなるかわかりませんけれども、快くおさめてもらったという話をいたしました。私は基本法に書いてあることを、第九条などは読みようによっては、これから地方自治体が条例をつくるときはこの問題に関する限り上乗せ横出し条例でなければならないぞと言っているように読み取ることもできると思います。国の施策に準じた施策プラスその地域の特性をと言っているわけですから。
 東京都の条例の目玉は何かといいますと、これもまた本当に予算にかかわるようなことは何にもできませんで、具体的なことで二つ幾らか上乗せ横出しというか、そういうものがあったと思います。
 それは東京都として暴力をしっかりと禁じたということ、それからその暴力の延長線上というかその周辺でいいますと、セクシュアルハラスメント、これは職場というのが基本的には現在の概念だろうと思いますけれども、地域、自治会とかそういう地域を含めましてあらゆる場でのセクシュアルハラスメントを都の名において禁じるということ、それを防止したり、本当は駆け込み寺をまた都の名においてつくるぐらいのことが言えるとよかったんですけれども、これはもう予算にかかわることだというので、そこも何らかの支援する措置をというようなことしか書けませんでした。
 それから目玉の一つは、先ほどからいろいろ各委員から出ております職場の中での男女平等。私は、二十一世紀を迎えて、日本の男性と女性とのこの賃金格差、結果として受け取る年金の格差、これはどの国でもございますけれども、日本のような甚だしい格差というのは本当にやはり日本の状況を物語っておりまして、暴力だって、もちろん暴力はもっともっと根の深い心理的な問題がありますから、女が経済的に自立すればなくなりますよなんてぱんと言うことはできません。言うことはできないけれども、かなりの部分が自分で自活できれば逃げていくなり対応するなり何かできるものであるということも一方で事実で、やはり職場におけるというか女性の就労においてある程度自立できるということがこれはもう本当にかぎになると思っております。
 そこで、やっぱり少し踏み込みました。これは成文化するのに非常に苦労したところでありますけれども、一定規模以上の企業の事業所は男女共同参画の現状を報告せねばならないという、一定規模以上の事業所のこの一定が一体今度条例になるときどうなるか。これはもう私どもの手を離れましたので、落ちつくところに落ちつくし、また都議会の議員さんたちの議を経るわけでございますけれども、要するに一定規模以上の事業所は、例えば何人採用したとか管理職に何人登用したとかそういうことの報告義務と、それから今度は都の方から、それじゃ少ないですねとか差別があるじゃないですかと、もちろん苦情も受け付けますから、そうしたときに、従わなかったときに企業名の公表、これは表などを含めたことを盛り込んでおります。
 ですから、これは恐らく条例として東京都が初めてでございましょうから、私たちも本当はこれを入れたかったんです。入れたかったけれども、だめでした。あちこちの自治体でも出していらっしゃるようですけれども、アメリカなどは州政府でどんどんやっているようなんですが、少なくとも都と契約を結ぶ、例えば建物を建てるというときに男女共同参画状況の女性差別の少ないことが落札する一つの条件になるなんということはアメリカでは随分前からやっておりますようです。でも日本ではそこまでできないと思うから、私が最後に提案したのは、要するに入札も、申し込みと言うんですか、せめてその申込書への記入事項ぐらいはできないですかと、管理職の数なりなんなり。それもあえなくだめでした。
 ですから、今そういうことですけれども、でも一歩一歩だと思っておりますから、私は全国の都道府県の方々に東京都の条例を踏み越えて具体的なことを書いてほしいと思っています。
#51
○参考人(藤原房子君) 冒頭にジェンダー統計のことを申し上げましたけれども、私たちは実態がわかっているようで実は案外つかんでいないという事実がありますので、そういったことを迂遠なようですけれども着実に集めて言っていく、根拠にするということが必要であると思います。
 それから、雇用機会均等法が最初に施行されましたときに、不平等を是正するための委員会が各都道府県にできましたね。そのとき私は東京都の委員をしておりましたが、一度も訴えが出ませんでした。つまり、固有名詞が出るということ、それから具体的に事実を当事者として明らかにしなければならない、そうすれば当然マスメディアが報道するであろうとかいろんなことがありまして、御本人がシュリンクして出てこなかったということを聞いております。あのころから比べると今は随分社会の空気も変わりましたので、そういったことで公表するということをいろいろ陰に陽にかざしながら事態を推進していくことが必要だと思います。
 それから、ちょっと話が飛びますけれども、小児虐待、あのことも、ニュースが出てくるとぞろぞろと次々と出てくるというので私は驚いておりまして、子供の権利とか言いながら、日本は子供天国かと言われていたのに、ひどい事実がたくさん潜在していたということを今知らされているわけです。ですから、私は、言葉というのは意外とばかにならないし、例えばセクシュアルハラスメントだって、あの言葉が一種流行語のようになったことで随分人々の関心というか認識が深まってきているのも事実だと思いますので、そういった戦略でいろいろやっていくことができるのではないかなと思っています。
 それから、女子差別撤廃委員会の一般的勧告の第五というところに、「締約国が、教育、経済、政治、および雇用の分野への女性の統合を促進するために、」積極的是正措置、つまりアファーマティブアクション、それから優先的処遇、つまりプリファレンシャルトリートメント、それからクオータシステム、割り当て制、そういうような「暫定的な特別措置を、一層活用するよう勧告する。」と言っておりますし、このとき日本はたしか第二回のナショナルレポートを出しているわけですね。
 そのときにノルウェーの委員の方から日本はもっと十分にそういうことを活用するべきではないかというような御意見も出たと私は聞いております。私は、報告の会議にしか出ていませんのでそこまでしかわかりませんけれども、そういうことを外国の人が指摘しているという現状ですから、日本はもっとそういったことを採用してやってもいいのではないかと思います。
 以上です。
#52
○福島瑞穂君 私は残り時間が一分なので、樋口さん、あと一分、こういうことを盛り込んだらいいというのがありましたら、どうかお願いします。
#53
○参考人(樋口恵子君) 今申し上げたぐらいのことです。だけれども、本当にもうちょっと積極的措置というものを、せっかく基本法の中に盛りまれているんですから、それであらゆる条項にひっかかるように書かれているんですから、ぜひそれをこうした立法府の中で生かしながらやっていただきたいと心から願っております。
#54
○福島瑞穂君 どうもありがとうございました。
#55
○堂本暁子君 きょうは本当にありがとうございました。大変興味深くお話を伺っておりました。
 質問に入る前に会長にお願いをしたいのですが、先日バンコクで開かれました北京プラスファイブの会議に私は人口議連のメンバーとして参加したんですが、そこで韓国の女性たちが胸を張って暴力防止法についてレポートされました。これがアジアで行われた、実現した北京のプラットフォーム・オブ・アクションの一つの具体的な例としてみんなに非常に評価されたんですね。
 私もこの調査会で暴力について六カ月取り組んできたということは、そういった意味で非常に私たちもいい仕事をさせていただいたと思っておりますが、残念なのは、韓国が法律化するという形で、それを本当に胸を張って堂々とこうやって報告されておられたのに対して、私たちはまだ法律化していないので、先ほど小宮山委員からも、それから福島さんからもお願いがございましたけれども、ぜひとも継続していただきたいというお願いをさせていただきたいと思います。
 その同じ韓国の方たちと随分話をさせていただく機会を持ちました。そのときに私は、きょうたまたま樋口参考人がおっしゃったんですが、韓国の方たちが、私たちは中国、そしてこの朝鮮半島、日本と長く儒教的な男女観に縛られているがゆえに共通した境遇にありますね、だから一緒に、ともにお互いの女性の政策ができるんじゃないでしょうかというふうにおっしゃった。私は、実は儒教的男女観が私たちの土台になっているということを常日ごろ余り考えていなかったものですから、ああそうかと改めて思いました。
 きょうたまたま樋口さんはそのことを指摘されたので、もう少しその点、例えば育て分けをし過ぎるとか、環境の形成というような形でも、その点を違う言葉でおっしゃったと思いますので、儒教的男女観とそれから環境の形成ということで伺いたいと思っておるんです。
 それから、藤原参考人に、私が本当にああそのとおりだと思ったのは、数字が世界を変えるとおっしゃった。そのことはもう何よりも大事なことだというふうに私も思います。
 それで、やはりこれも実態が今わかっていないということもおっしゃいましたけれども、実態がわかっていない以上は次に提案をすることも、それから要求することも訴えることもできないと思いますので、ぜひ藤原参考人に、具体的に実態がわかるためにどういう数字をこれから必要とするかということを伺いたいのと、会長にも、この調査会として、やはり国会からお願いすれば、そういった統計、ジェンダー統計が不足しているということについての要望をぜひきょうの参考人の御意見を受けて、調査した上でお願いをするというような具体的な行動をとっていただきたいというふうにお願いして、お答えをいただきたいと思います。
#56
○参考人(樋口恵子君) 儒教の影響といいますともう余りにも古いことのように思いますけれども、やっぱり子供の育て方、それから女は控え目に、私などもたまに褒められると樋口さんはやっぱり控え目なところがいいとか、そういう言い方をされてしまう。
 男女の行動のパターンに対する美意識なんというのは、本当に儒教的なものが、これは欧米社会とかなり違うと思います。欧米社会のように自己主張をする女性が多いところへ日本の中年の男性が行きまして、これは袖井孝子さんという私どもの仲間の一人でございますけれども、たまたま行っていたら、同じような研究者や何かの視察団が、アメリカですけれども、女性たちがわっと言ったら嫌な女たちだなって言ったっていうんです。これから日本も、これを嫌な女と言うならば、嫌な女がふえることを男性は耐えなければなるまいというのですけれども、耐えていただけるでしょうか、男の方。物を言う女を嫌な女だとどうぞ言わないでいただきたい。物を言う女を愛せてこそ本当の男だということをまず申し上げたいと思うのです。
 その儒教的な考え方が最も如実にあらわれてきているのが、私は老人介護の面だと思っております。この場面へ行きますと、特に地方へ行きましても、いえ都会でも、民法が変わり、さまざまな制度も変わっているにもかかわらず、介護の責任者というと長男の嫁に対する社会的、文化的プレッシャー。それで、今回も何か家族慰労金の基礎になったのは子が親を見る美風とおっしゃって、それは私、子が親を大事にすることを否定しているわけでも何でもありませんけれども、基本的には、実は嫁の責務ということに対しては、女性は少し勇気を持って、どうぞお子様がなさいませと。お嫁さんはお嫁さんの親にしっかりと親孝行したらいいじゃないですか。そんなことは年ですからできっこないですから、社会ができない部分は支えていきましょうと。私たち高齢社会をよくする女性の会も、最初はそういうシステムをつくるためにいろんな発言をしていきますと、あそこの会は悪い嫁の集団だと言われました。だから、私どもはそのとき、はやった言葉を逆手にとって、悪い嫁みんなでなれば怖くない、悪い嫁出歩く嫁が世の中つくると言っていきました。
 実は、この十一月四日に日韓の、それこそ女性の暴力禁止法などをつくった原動力となっている韓国の女性開発院とそれから韓国の老人問題研究所、これは厚生省の外郭団体のようでございますが、それから韓国の厚生省、その三者と、私どもの会と、もう一つ財団が一緒になりまして、日韓高齢者介護家族女性に関するシンポジウムを開きました。そこで韓国もぜひ高齢社会をよくする韓国女性の会のようなものを立ち上げたいというところまで来ております。
 介護のこの嫁役割、これをもう少し私は学問的に研究しなきゃならないと思っておりまして、私どもはその介護を嫁学事始めと名づけているくらいでございます。儒教的な影響というのは本当に大きいと思います。だから、儒教が全部悪いわけではありますまいけれども、この男女の差別ということに関してはよくない影響を持っているということを、そう言うと何か旧来の道徳に云々とかいろいろ言われますけれども、この基本法第四条は従来の慣行を中立的立場から見直すということをしっかりとうたっておりますので、私たちはこういう点にも基本法を生かしていきたいと思っております。
 それから、統計の点は藤原参考人がいろいろおっしゃいますでしょうけれども、この数字を本当に、例えば私たちNGOもいろんなところで調査しているんで、そういうのをやっぱりまとめていただきたい。そういう役割をぜひこの調査会にしていただきたいと思います。
 例えば、本当に女性を消去する装置に統計がなっちゃっているという一つの例で、ある時期までNGOがやっていたりなんかしたときは、いわゆる寝たきり老人という言葉があったときは、嫁が介護している割合がさっと見えたんです。いつの間にか子の配偶者というくくりになっちゃいまして、そのほとんどは嫁なんですけれども、婿もいるかもしれないとか、子の配偶者と言われるとちょっと何かぴんとこないんです。どうしてですかと聞きますと、統計にはそれぞれお金がかかるものですから、この種目を分けるのに子の配偶者、それを嫁、婿なんて分けるとまた科目がふえてお金がかかるなんということなんですが、こういう実態を明らかにするところにはしっかりお金をかけていただきたいというのがこのテーマからの私の願いでございます。
#57
○参考人(藤原房子君) 時間がないようですので、簡単に申し上げます。
 今のジェンダー統計、どこに重点を置くべきかというお尋ねだと思いますが、私はやはり職業だと思います。
 ですから、労働省あるいは農林水産省等々の職業に携わる女性たちの実態がもっとわかるように、それこそ女性の顔が見えるようにするということがまず急務であろうと思います。ほかにも例えば総務庁の家計調査、あの中の世帯主の概念とかいろいろ問題を挙げれば切りがないくらいあるんでございますが、手っ取り早くそういうところから着手していただきたい。それが全部の調査では無理であるとするならば、女性をたくさん雇用している分野、例えば金融だとか流通だとか、それからあといろいろございます。そういったところで代表的な企業をピックアップして、どういう職域にどれぐらいの経験の人がどの程度の処遇を受けているかとか、そういう何というんでしょうか、一種のモデルケースみたいなものを取り上げてやるというのも一つの手だと思います。悉皆調査をやりますと焦点がぼやけてくるんです。だから、逆に少数の突っ込んだインテンシブな調査の方がむしろ問題点が浮き彫りになると私は思っております。それが手始めで、そういうことができれば今の男女共同参画室のやっているあの資料の中に一ページそれが加わることによって、ぐっと問題が出てくるんじゃないか。
 それから、文部省のやっている学校基本調査においても、やはりどれぐらいの年数の人がどういう職階にいらっしゃるかみたいなことがわかれば、なお女性の実態が浮き彫りになるんじゃないかなと思います。とりあえず女性の多い職場ということで申し上げたいと思います。
 以上です。
#58
○会長(石井道子君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり有益な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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