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1998/09/25 第143回国会 参議院 参議院会議録情報 第143回国会 国際問題に関する調査会 第2号
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1998/09/25 第143回国会 参議院

参議院会議録情報 第143回国会 国際問題に関する調査会 第2号

#1
第143回国会 国際問題に関する調査会 第2号
平成十年九月二十五日(金曜日)
   午後三時開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         村上 正邦君
    理 事
                山本 一太君
                石田 美栄君
                魚住裕一郎君
                井上 美代君
                田  英夫君
                田村 秀昭君
    委 員
                加藤 紀文君
                亀井 郁夫君
                佐々木知子君
                塩崎 恭久君
                常田 享詳君
                馳   浩君
                若林 正俊君
                櫻井  充君
                内藤 正光君
                笠井  亮君
                吉岡 吉典君
                月原 茂皓君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        加藤 一宇君
   説明員
       特命全権大使国
       際連合日本政府
       代表部在勤    佐藤 行雄君
  参考人
       広島平和研究所
       所長
       前国際連合事務
       次長       明石  康君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○国際問題に関する調査
  (「二十一世紀における世界と日本」のうち、国
 連の今日的役割について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(村上正邦君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 本調査会のテーマの選定について御報告いたします。
 本調査会のテーマにつきましては、理事会等で協議いたしました結果、お手元に配付しておりますとおり、「二十一世紀における世界と日本――我が国の果たすべき役割――」と決定いたしました。
 調査項目につきましては、今後三年間にわたり、アジア及び世界の安全保障の確保、アジア経済及び世界経済の持続的発展の確保、国連の今日的役割、政府開発援助のあり方、我が国外交のあり方等について調査を進めていくことといたします。
 何とぞ委員各位の御協力をお願い申し上げます。
    ―――――――――――――
#3
○会長(村上正邦君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国際問題に関する調査のため、本日の調査会に広島平和研究所所長・前国際連合事務次長明石康君を参考人として出席を求めることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(村上正邦君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#5
○会長(村上正邦君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、本調査会のテーマである「二十一世紀における世界と日本」のうち、国連の今日的役割について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 本日は、参考人として、広島平和研究所所長・前国際連合事務次長明石康君に御出席いただいております。
 また、近々、国際連合日本政府代表部特命全権大使として赴任されます佐藤行雄君にも御出席いただいております。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 本日は、忌憚のない率直な御意見を承りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。何とぞよろしくお願いいたします。
 また、佐藤国連大使には、本日の参考人質疑を国連大使として赴任後の御活躍のためのお役に立てていただきたい。しっかり胸に体して、御活躍をお祈り申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず明石参考人から二十分程度御意見をお述べいただいた後、午後五時ごろまでを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
 なお、意見、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、明石参考人から御意見をお述べいただきます。明石参考人。
#6
○参考人(明石康君) ありがとうございます。
 ただいま御紹介にあずかりました明石でございます。きょうは、非常に大きなテーマについて、いかにも参議院らしい問題について御審議なさるのに参考人として出席させていただいたことを光栄と感じております。
 まず、一九九〇年代の国連というものが、今までの冷戦時代の国連と違って、非常に新しい期待をかけられて登場したわけでございます。冷戦時代には自由主義世界と共産圏の間の対立があり、米ソの間の拒否権の応酬があったりして、国連は思うように動かなかったわけであります。九〇年代になりましてから、国連はもっと大きなことができるんじゃないかという夢と期待がありまして、それを背景として、九二年の安保理サミットに当時の宮澤総理が出席なさいましたし、その年にはまた、当時のブトロス・ガリ事務総長による「平和への課題」という非常に野心的なレポートが発表されまして、国連もまた、それと前後しましてカンボジア、モザンビーク、ナミビア等で平和維持に関して大きな成果を上げました。ところが、その直後へソマリアとかルワンダで一連の挫折がございまして、国連の一時的に大きく膨らんだ夢はやや小さくなったということがございました。
 九〇年代になりましてから、御承知のとおり、国連は一連の宗教的、人種的、民族的紛争に直面させられまして、国連そのものは創立以来、国と国との紛争、政府と政府との紛争を扱うためにつくられておりますけれども、九〇年代になって、本来国内事項である内政問題に関係させられたということで、いろんな戸惑いと混乱もあったと思います。
 そういうことで、国連は、平和維持に関しましては本来の国連憲章第六章に基づく政治的な小規模な平和維持、これを例の国連PKO三原則という形で、第一に当事者全部の合意、第二に国連そのものが第三者的な中立性を守るという原則、第三に武力の行使はこれを自衛のためのみの最小限にとどめるという三原則に立っておったわけでありまして、カンボジアにおきましては我々はそういう原則に固執して問題の処理を行いました。
 しかし、その後、ソマリアなどでは国連の側にもやや勇み足がありまして、より多くのことをやろうとして国連の限界をちょっと超えたことをやったんじゃないかという反省が出てきました。旧ユーゴスラビアにおいては、人道援助において国連は本当に具体的な立派な成果をおさめたと思いますけれども、戦争のたけなわに派遣されたものでありますから、いわゆるPKOの原則では処理し切れない状況に直面させられました。
 国連のこういう活動が成功するための条件として、少なくとも二つあると思います。
 一つには、当事者が戦争とか武力行使をやめて本当に平和のテーブルに着くという政治的な決意をしておるかどうかという問題であります。カンボジアの場合はそういう決意がきちんとありましたし、旧ユーゴでは戦争が始まって二年余りにしかなっていなかったのでそういう決意がありませんでした。
 それから、第二の必要な要件としましては、国際社会の主要な国の間に国連活動を支える一致した態度があるかどうかという問題でございます。カンボジアでは、安保理の五つの常任理事国、それからアジアの大国である日本、オーストラリア、インドネシアその他の国々の間の一致した支持がございました。ところが旧ユーゴスラビアでは、アメリカはムスリム勢力の側を向いておるし、ロシアはセルビア人勢力に味方をするし、イギリスとフランスはその中間、それからドイツはアメリカと英仏の中間という非常に複雑な構図がございまして、国際社会のキープレーヤーの態度がまちまちでありました。したがって、旧ユーゴに関して採択された国連決議、安保理決議というものは、多くの場合、非常にあいまいもことし、玉虫色であり、内部的に矛盾していることも間々ありました。
 それから、六つの安全地域というものを安保理決議でうたったわけでありますけれども、それを守るのに必要な兵力として、国連事務総長は少なくとも三万五千人の兵力が必要であると安保理に言ったのに対して、安保理は約七千人の兵力しか認めてくれませんでしたし、その兵力が現地に到着したのは一年ほどたってからであるというような事情もございまして、国連の掲げた目的とその可能性というものの間に大きなギャップがありました。
 そういうことで、これからの国連のPKOはどうなるのかという展望をしてみた場合に、幾つかの点が言えると思います。
 時間がありませんのではしょりますけれども、在来型の国連憲章六章に基づいたPKOも一定の条件のもとでは役に立つこと。国境とか停戦ラインがはっきりしている場合はそういうPKOでよろしいと思います。
 それから、これからは小規模な軍人とシビリアンをミックスした、選挙監視とか民生の向上とか、復興援助とか人道援助、そういったようなものも国連がやるというミックス型の小型のPKOがふえていくんじゃないかと思います。実際の戦闘行為が行われるようなところ、ないしは国境を越えた侵略行為が行われるようなときには、国連のPKOではなくて、アメリカのような腕力の強い国を中心にした多国籍軍が国連の安保理のお墨つきを得た上で派遣されるというケースがふえるんじゃないかと思います。
 それから、西半球で起きる紛争に関しては米州機構というのがありますし、ヨーロッパにもOSCEというのがありますし、アフリカにはアフリカ統一機構というのができておりますけれども、国連とそういう地域における地域政治機構が二人三脚で紛争の処理に従事するという場合がふえると思います。残念なことに、アジアではASEANその他の機構がございますけれども、アジア全体を包含する包括的な政治機構ができておらないので、国連と組むような地域機構をつくるということがアジアでの我が国その他にとってのこれからの大きな課題ではなかろうかと思います。
 それから最後に、武力制裁というのはやはりいろんなマイナスの効果もありますので、国連は、これからは経済制裁、外交制裁その他の形でもって、国際基準に反し国際法にもとる行為を行った国ないしは当事者に対して制裁を加える道をより具体的にこれからいろいろ考えていくという方向に動いていくんじゃないかと思います。
 それから、アメリカと国連のことでございます。
 クリントン政権は、初期の段階で新しい意欲的な国連に非常に期待をかけておりました。それに積極的に参加する、支持するという態度をとっておりました。しかし、さっき申し上げたソマリアのPKOにおいて米兵が十八名、残酷な形で殺され、それがCNNその他のテレビに映される、アメリカの茶の間にそれが映されるという状況になりまして、急にアメリカの国連に対する支持が冷えていきました。
 そんなような事情がありまして、その後、旧ザイールにおいてやはり非常に悲惨な人道危機がありまして、カナダあたりを中心に国連PKOないしは多国籍軍を派遣しようという動きがあったのに、アメリカは水をかけました。それから、その後、コンゴ・ブラザビルというところで現大統領派と前大統領派のこれまた悲惨な戦争がございましたけれども、フランスを中心にPKOを派遣しようという動きに対して、これまたアメリカは消極的な、否定的な態度をとったわけでございます。
 そういうことで、クリントン政権は基本的に国連支持でありますし、国連に対しても分担金をきちんと払おうとしておりますけれども、連邦議会の一部、特に共和党の南部保守派の議員には非常に国連に対してネガティブな態度がありまして、そういうことでアメリカは国連分担金の支払いも滞っておりまして、約十六億ドルの負債を負っておるわけです。このままで行きますと、来年の一月ぐらいにアメリカは国連憲章の十九条に抵触して総会での投票権を失うことになりかねないという状況に来ておるわけであります。しかしながら、米国の世論調査におきましては、米国の国民の七割から六割が少なくとも国連支持であるという資料が出ております。
 そういう意味で、基本的にはアメリカは国連を支持し、またアメリカほど国連をある意味で自国の外交政策のためにうまく使ってきた国はないのでありまして、いずれは国連に対する中道政策というものが戻ると思いますけれども、当分の間はアメリカに絡まる一連の問題が国連にとって頭の痛い問題である。アメリカなしに国連はやっていけないわけでありますけれども、そのような態度があるということで国連の足を引っ張る結果になっております。
 御承知のとおり、昨年初頭のイラクに関連する危機におきましてもアメリカはこぶしを振り上げたわけですけれども、そのこぶしのやりどころに困っているときに国連のアナン事務総長が調停に乗り出して、アメリカがほぼ望んでおるような解決策をつくり上げるのに成功したわけであります。そういう意味で、国連はアメリカに引き続き役立っておるんだと思います。
 国連の改革のことに関しましては、昨年の一月からコフィー・アナンという国連生え抜きのガーナ出身の男が事務総長になりまして、一連の内部改革については効果を上げ、行政改革、経費の節約その他をかなり積極的にやってきたと思います。国連関連機関の間での調整という点に関しても成果はかなり上がっていると思います。その結果、やたらに国連の上層部の人たちが会議に出る回数が多くて、自分で仕事ができなくなったというふうなことをぼやくのも耳にすることがございます。
 国連改革は行われておりますけれども、それに脱落しておるのは安保理改革であると言えると思います。
 御承知のとおり、九〇年代に入りましてから特に安保理は活発になってきておりまして、国連の重役会議とも言えるものでありまして、毎日のように開かれております。安保理の正式会合がなくとも非公式の会合は毎日行われておるわけであります。
 我が国とかドイツのような国は安保理の新しい常任理事国になるべきだという声は、国連でほとんど全部に近い国の声であると思います。しかしながら、どこでその線引きをすべきか、どれとどの国が新常任理事国になりどの国がなれないかということに関する客観的な基準というものは、御承知のとおりないわけであります。分担金で決めるのか人口で決めるのか、その他の基準で決めるのか、いろんな考え方があり得るわけです。
 ラ米からブラジルがなるとしますと、今度はお隣のアルゼンチンとかメキシコは心穏やかならざるものがあるわけですし、アフリカからナイジェリアがなると、南アフリカとかエジプトが必ずしもおもしろくないということになるでしょうし、アジアの途上国側から例えばインドがなるとすれば、パキスタンがもちろんおもしろくないわけでありますし、ドイツに関してはイタリアが非常にこれをやっかむ傾向がございます。そんなことで、線引きが非常に難しい。
 それから、工業先進国と開発途上国とのバランスの問題があります。現在でも常任理事国五つのうち四つが先進国であり、ただ中国のみが開発途上国であります。こういうことで、ドイツと日本が常任に加わったら、先進国と途上国とのバランスがますます先進国側に優位になるではないかという、国連の多数を占める途上国のもやもやした不満の中にそういう気持ちがあると思います。
 それから問題は、安保理は余り拡大してしまうと能率が悪くなり決定に手間取り国連総会のようになりかねないということで、これを小規模な理事会にしておこうという声は高いわけであります。我が国を含むドイツその他、ほとんどの国は、安保理を現在の十五カ国から二十四カ国か二十五カ国くらいまでふやすのはやむを得ないし、安保理の効率を下げるものではないだろうと考えるのに対して、アメリカは、安保理は拡大するにしても二十一カ国くらいにとどめるべきだという強い立場をとっております。
 それから、もう一つは拒否権の問題であります。現在の五常任理事国は拒否権を持っておりますけれども、新しく四カ国ないしは五カ国が常任として加わるとした場合に、拒否権を持つ国を十カ国にしていいのかどうか。拒否権を与えないとすれば、安保理には現在、拒否権を持つ理事国と拒否権を持たない理事国の二つのカテゴリーがあるのに対して、拒否権を持った常任理事国と持たない常任理事国と非常任理事国の三つのカテゴリーを新しくつくるというのは問題でありますし、拒否権を持たせるか持たせないか、また拒否権の適用範囲、そういったような問題が介在しております。
 そういうことで、安保理改革には時間がかかっておりますけれども、長期的に見れば、日本とかドイツのような国をやはり安保理の常任理事国にしないと、安保理そのものの権威、影響力に影響するということで、国連の多数の国は安保理改革を希望していると思いますけれども、こういうことは一朝一夕では実現するものではありません。一部の国の考えで国連が動くものでもありませんし、国連憲章改正を伴うものでありますから、拒否権が適用されますし総会の三分の二の多数が必要であるということで、決定には時間がかかるだろうと思います。
 最後に、財政改革についてちょっと触れたいと思います。
 さっき、アメリカの分担金未払い問題が深刻であるということを申し上げました。国連は、前にも一九六四年に同じような危機がありまして、そのときの第十九回国連総会というのは表決が一度も行われないままに終わったぶざまな総会であったわけであります。そのときに分担金の支払いを拒否しておった旧ソ連とフランスに対して批判する真っ先に立っておったアメリカが、今や批判される立場に立っておると。国際司法裁判所の勧告的意見も、そういう行為は違法であると言っておるわけであります。先回は国連PKO予算が果たして国連の通常予算として義務的な拠出であるかどうかというのが問題であったのに対して、アメリカの現在の滞納は国連通常予算そのものに対する滞納も含んでおりますので、ある意味では法的にはより深刻な違反行為というふうにも考えられると思います。
 そういう問題をどう解決するか。私は、アメリカとか日本が現在の国連で必要以上に分担金を払わされているというような感じは持っております。現在、国連の分担金というのは、いいかげんに決まっておるのではなくて、各国のGDPを中心にしたキャパシティー・ツー・ペイ、支払い能力の基準から計算されておるわけであります。しかしながら、国連が国際的な政治機関として成長するためには、やはり特定の国が突出した分担金を払うというのは問題であろうかと思います。
 それから、安保理の常任理事国は一般的な国連の加盟国と違った基準で分担金を払ってもいいじゃないかという考え方を、かつて国連事務総長だったペレス・デクエヤルという人が言ったことがございます。彼は、安保理常任理事国というのは特権を享受しておるわけだから、ある程度課徴金みたいなものを払ってもいいんじゃないかということを言いました。御承知のとおり、中国なんかは現在分担金を、開発途上国には特別の軽減措置がありますので、一%以下しか払っておらないわけでありますけれども、果たしてそういうのでいいのかという問題はあり得ると思います。
 それから、これは夢のような話ですけれども、いつまでも国連を各国政府の分担金に依存した国際機関にしておくということが果たして国際平和のためにいいであろうかという見地からしますと、国連予算のごく一部であっても直接課税の形をとることが望ましいのではないかという、非常に今では非現実的と思われておる提案もされることがあります。
 例えば、皆さんが旅行されるときに、国連の世話になっているんだからということで、国際的な運賃の〇・〇一%くらいを直接国連ないしは関連の専門機関に支払うのはどうであろうかとか、それから国際的な取引を行う場合に、その〇・〇〇〇一%でも特別の形で国連とか関連機関に支払うのはどうであろうかというふうな考え方も、NGOその他からも出されております。
 NGOについては、御承知のとおり、昨年オタワで採択されました対人地雷禁止条約の採択の過程で、NGOの影響力が非常に大きなものがありました。我が国は、軍縮、特に核軍縮に非常に深い関心を持っておりますけれども、そういう軍縮のプロセスを進行させるためには各国政府の態度が決定的に重要であります。同時に、NGO、マスコミその他の発言権も増大してきているということは指摘されるべきだと思います。
 そういうことで、国連におきましては加盟以来、過去四十数年にわたって、日本の役割、貢献というものは、地味でありますけれども非常にまじめな態度でいろんな問題で調停者として行動し、開発の問題、アフリカの問題、軍縮の問題、環境、人口その他の問題で日本の貢献は大きくなっておるのは事実でありますし、加盟国によってそれが広く認められております。それがあって先回の安保理の選挙のとき、日本がインドと争って大勝したわけでありますけれども、私はちょっと勝ち過ぎたんじゃないかと思います。インドの今度の核実験なんかにそういうこだわりがもしかしたらあったんじゃないかとも思われますけれども、これは全くの推測にすぎません。
 特に内向きになりがちな先進国の中で、日本のODAも最近は減少する傾向にあります。また、一人当たりのODAというものをとってみますと、日本は決して世界第一でも第二でもありません。アメリカに次ぐ、むしろ最低位にあります。一人当たりにしますと、アメリカの場合は〇・二%、日本が〇・二五%くらいで、御承知のとおり国連が目的としておりますのは〇・七%ないしはそれ以上でありまして、オランダとかノルウェーとかスウェーデン、そういうふうな国々は〇・七%ないしは一%くらいまでいっております。
 そういうことで、この十二月が過ぎればなくなるわけですけれども、安保理常任ないしは非常任でカナダ、オランダその他、安保理の外でも活発に行動することは可能なわけで、過去にもまさるいろんな政治問題、経済問題、社会問題その他の面での日本の大きな貢献と役割が私は期待されておるというふうに感じております。
 長くなりましてどうも失礼しました。
#7
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 明石参考人の意見陳述は終わりました。
 これより質疑を行います。
 本日は自由に質疑を行っていただきます。
 なお、多くの委員が質疑できますよう、各位におかれましては御協力を願います。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#8
○馳浩君 たくさんの先生方がいらっしゃいますので簡潔にお伺いしたいんですけれども、まず第一点が、常任理事国入りをした場合に、では常任理事国入りをした日本がどういう役割を果たすのかという明確な指針、理念、哲学というものが我々国民にも知らされなければ、合意がなければ、それは関係者のみの満足で終わってしまうのではないかと思いますが、その点どうお考えか。
 それから、冷戦構造が崩壊して非常に国内紛争がふえておる。これに対する対処は、国連も大変であると思いますが、明石先生もおっしゃるような予防外交、国と国の争いであるならばこれまでの国連の枠組みの中で対処できるのでしょうが、国内紛争を起こさせないためのそういう予防外交のあり方に日本がどうかかわっていくべきか、これが二点目です。
 三点目が、私はもっと国連職員の中に日本人がどんどん入っていただきたいと思うんです。そういう意味で、明石先生あるいは緒方さん以降にどの程度日本人職員が国連本部、国連機関の中で活躍しているのか。あるいは、それを国としても育成、支えていかなきゃいけないんじゃないかという考えを私は持っておりますが、そういう点に関する先生のお考えをお聞かせいただきたい。
 以上、三点です。
#9
○参考人(明石康君) 今、馳委員からの御質問の第一点、安保理に入ったとしてどういうビジョン、どういう指針で対処するのかということに関しましては、もちろん我が国の場合、戦後憲法を持っておりますし、非核三原則、武器輸出三原則、ODA憲章、そういう立派なものがあります。そういうものがやはり安保理に対処する大きな政策的な枠組みを提供するんではないかと思っております。
 それから、ポスト冷戦期に入って確かに、さっきも申し上げたとおり、国連憲章で予想されなかったような事態に国連が当面していろいろ苦慮しておるという現状がございます。それに対しては、今、委員が御指摘のように、もっともっと予防外交というものを活用しなくちゃいけないわけでありまして、その一端にはPKOの予防的な展開というものもあります。
 例えば、旧ユーゴスラビアの中のマケドニアにはそういう形でPKOの予防展開が行われておりますし、カシミールの事態はインドとパキスタンの間で非常に微妙でございますけれども、ここにも非常に小規模な国連の停戦監視団が派遣されておって、事態を改善してはおりませんけれども、ともかくもより悪化するのを防いでおるという役割は果たしておると思うんです。こういうものをますますふやす上で、それこそ日本はより多くの役割を果たし得ると思います。
 カンボジアでも立派な役割を果たしましたし、アジアにおいては東ティモールとかミャンマー、それからアフガニスタンあたりで、日本は安保理内外においてとてもいい発言をしております。そういう線を進めるべきだと思いますし、アジアの中の既存の機構、さっきも申し上げたとおりに包括的政治機構はできておりませんけれども、ARFその他をより有効に活用することによって、アジア全体の信頼醸成の推進、予防外交の強化ということに努めるのがポスト冷戦期の日本に期待されておる役割であると思います。
 それから、邦人職員の件でありますけれども、私も馳委員と同じ懸念を有しております。日本の与えられておる望ましい職員の範囲がございまして、そのミニマムの、最小のところにもまだ七、八十名足りないという現状がございます。
 私、いろんな大学で若い人たちと接触する機会がございまして、最近の若い者はなんと言う人もいますけれども、最近の若い学生は結構まじめであり、国際問題に関心があり、最近も秋野さんの非常に痛ましい事件がございましたけれども、日本のそういう生ぬるい安全な雰囲気に浸っておるだけでは満足しない、そういうチャレンジしょうという精神を持っておる人はおると思います。
 そういう人たちが海外に出ても心配がないというふうにいろんなアフターケアの制度を整えること、それから給与の問題、給与の不十分さ、これも難しい問題であります。これについてはちょっと時間がないかと思いますけれども、佐藤大使がこれから国連に行かれて恐らく邦人職員の方々との接触も持たれると思います。若い人たちが安心して仕事ができるようにするために政府としてすべきこともいろいろあるでしょうし、また、余りあからさまにそれをやるとマイナスの効果が出てきてほかの国からやっかまれるという面もありますので、そういう非常にデリケートな面も配慮すべきだと思います。
 それから、私の例を言って非常に恐縮でございますけれども、国連職員を一度一時的に外務省に臨時採用する、中途採用して何年かしてまた国連に送り返すという形をとるのも、一つの味のある職員の活用の仕方ではないかというふうに考えております。
 そういうことで、若い人たちにはなりたい人がいるのですけれども、問題は国連の側にもありまして、国連も経費削減で職員の総数も減少する一方でございますし、我が国のようなこれから国連で勢力をふやそうという国にとっては、いろんな意味でのハンディが伴っておるという点も確かにございます。
#10
○佐々木知子君 馳議員の質問とも関連するんですけれども、まず常任理事国入りということで、日本が常任理事国になったといたしましても当然拒否権のない常任理事国になるわけでございます。ドイツとか、それから例えばインドとかブラジルとか、いろいろ報道されているのでは常任理事国入りを目指している国というのが幾つか挙げられていますけれども、現段階、日本はどの程度常任理事国入りというふうになっている段階なのかということが一点。
 それから、拒否権のない常任理事国になるメリットというのですか、メリットという言葉を使うとまずいのかもわかりませんけれども、一般の人としゃべっていますと、それはコミットメントをふやされるだけではないか、金を随分注入させられるだけであって、ちっとも日本にとってはメリットにならないのではないかというような一般の意見というのがかなり強いように思われます。だから、それをちょっと御説明いただきたいということ。
 それからもう一点は、憲法九条があって日本が武力を出せないことはもう当然のことなんですけれども、例えば湾岸戦争でお金だけは出しましたが武力は出せなかった。これについて各国で非難とか、一般人は特に非難しているということも結構あるのですけれども、日本の憲法九条があるということについて各国がどれだけ理解を示しているのかということに私はすごく危惧の念を抱いています。それについてちょっとお答えいただきたい。
 これに関連しまして、日本は少し広報が下手なのではないか。別にこれは国連だけに関してではありませんけれども、日本の立場というのは知られていないのではないかということを非常に危惧しております。私は前職の関連で、ニューヨークの本部ではありませんが、ウィーンの支部の方にたびたび出張していたのですけれども、日本というのは本当に発言が少ない。発言というのと分担金とがもし比例するのであれば、日本の分担金は一番低くていいのではないか。何も分担金を出していないアフリカなどの発展途上国が次々と手を挙げていろんなことを言いたい放題のように言われますが、日本は本当に、謙虚と言えば謙虚でございますが、何もおしゃべりにならない。こういうような状況はいかがなものか。馳議員が職員が少ないということも挙げておられました、それとも関連するのかもわかりませんが。
 大まかに分けて三点、お答えいただければ幸いに存じます。
#11
○参考人(明石康君) 日本が常任理事国になるべきだ、なるのが望ましいというのが、私は、国連の非常に多くの国の希望であり意見であるのではないかというふうに考えております。
 問題は、日本がなることではなくて、日本以外にどの国を入れるべきかということに関して、おれもおれもという国が結構いるということが問題が紛糾する原因であるということで、日本それ自体についてはそんなに問題がないと思います。
 それから、拒否権を持つことのメリットであります。拒否権というのは、そもそも悪い面、国連の安保理の決定がそのことによって妨げられるというデメリットがございますけれども、拒否権は一つの安全弁であり、大国が支持しないことを国連がやってもそれには成果が恐らくないでしょうから、いい結果になることはないでしょうから、大国が不満を持って国連を出てしまうようなことがないように、また、国連のほかの加盟国が大国との戦争に巻き込まれることがないように保障する一つの安全弁なんですね。ですから、国際連盟のときのようなことに、つまりアメリカが参加しなかった、また旧ソ連も一度参加して除名され、日、仏がやめてしまった連盟のようなことにならないように、拒否権は挿入されたわけです。
 拒否権を持つことのメリットというものは、拒否権は加盟の問題で非常に多用され、ある意味では悪用、乱用されたと思いますけれども、その問題はほぼ解決しましたので、事務総長選挙とかという問題で現在の常任理事国と同じように拒否権を持つということは、にらみをきかす上でやはり必要だと思います。国連事務総長も、安保理メンバーと相談するときに、拒否権を持った国との相談を一番先にやるんですね。
 そういうことがありますので、問題は拒否権を持つか持たないかではなくて、拒否権の適用範囲をできればこれからは狭めていくべきである、それが国際社会の大勢ではないか。つまり、国連憲章第七章の事項に関してのみ拒否権を、つまり武力の行使に関してのみに拒否権の適用範囲を限定するという方向に国際社会を持っていくのが正しいんではないかと思います。
 それから、憲法九条。私は、憲法九条と積極的な国連参加ないしはPKO参加というのは矛盾しないと考えております。この場合のPKOというのは、さっき申し上げた国連憲章六章に基づく、つまり私の申し上げた三原則に基づく在来型のPKOでありまして、多国籍軍的なものとかそういうものを除外してのPKOでございます。九条があるために国連活動が活発にできないというのは、私はそういう主張をする人の逃げ口上ではないかというふうに考えております。
 それから、広報・PR活動の欠如というのは全くこれは日本人の通弊でありますし、日本人の謙譲の美徳のせいであろうかと思います。国民性として言挙げせざる国民でありますけれども、今、佐々木先生のおっしゃったとおり、やはり国連外交、会議外交に参加するというのは口舌の徒になるということを意味するわけでありまして、レトリックを駆使する必要もあるわけです。それはやたらに多くを語るということではありません。しかしながら、言うべきことは言う必要がありますし、現在の我が国の国連外交官の中にもそういう能力を備えられた人はいっぱいおります。毎年、国連総会が終わった後で我が国の代表の発言集がまとめられますけれども、それをごらんになれば、いろんな委員会ないしは安保理で大使を初め日本の代表の方々が日本の立場を結構雄弁に主張しておられるというのはわかるんじゃないかと思います。しかしながら、もっともっとやるべきであるという点では同感です。
#12
○山本一太君 私の質問も今までの委員の方々の質問に関連するんですが、いろいろお聞きしたいことがあるんですが五分以内ということなんで、二問に絞って伺いたいと思います。
 今、自由民主党の中に国連貢献議員連盟というのがあります。日本の常任理事国入りを推進するという目的でつくりまして、私が事務局長を務めておりまして、明石所長にも、当時明石次長だったんですが、来ていただきました。
 安保理改革の話は、御存じのとおり、昨年、ラザリ総会議長の提案が出てから初めて現実のものとして議論されるようになってきて、機運が盛り上がってきた中で、最近の状況を見ていると極めて難しい状況になっていまして、それこそことし末ぐらいまでが恐らく山じゃないかというふうに思われます。
 日本政府も水面下でいろんな努力をしているというふうに伺っておりますし、その枠組み決議案を出せるかどうかといういろんな戦略を立てながら今交渉していると思うんですが、前回明石所長に会ったときにどうずればいいんでしょうかとお聞きしたら、イタリアのフルチという大使がいてこれが随分邪魔をしている、国際関係において、国連においてやっぱり個人の持つ影響力というのは非常に大きいということだったんで、すぐイタリア大使館に行きました。イタリア大使に会って、フルチに文句を言ってくれと言いました。そうしたら、イタリア大使に日本の女性はかわいいとかいってごまかされてしまいまして、それで帰ってきたわけなんです。
 明石所長がずっと国連の中におられたその発想から、この今の状況を打開するためのブレークスルーになるようなアイデアが何かあれば、一言お聞きしたいと思います。アメリカのように例えば議会を使って国連にプレッシャーをかけるというような、百八十五カ国の代表部に議員の署名を集めて送ってみたり、いろんなことをしてみたんですが、何かアイデアがあればひとつお聞きしたい。
 もう一つは、馳委員や佐々木委員がおっしゃったことなんですが、私は、安保理入りの議論の中で欠けているのは、特に国民のレベルからいうと、常任理事国になる理由はわかりました、しかし日本が安保理に入って一体どういう常任理事国を目指すのかという話が欠けていると思うんです。それは具体的に常任理事国になったときに日本が何ができるのかということで、軍縮等も明石所長が専門でやってこられたので、例えば軍縮でこういうことができる、環境でこういうことができる、こういう決議が出せるみたいな何か一つでもそういうアイデアがあれば、具体的にお聞かせをいただきたいと思います。これはもう佐藤大使がこれから引き継いでやっていただくお仕事でもあると思います。
#13
○参考人(明石康君) 山本先生はかつて国連職員でもありましたので、今、御質問になったことに対する答えはもうみずからできておられるんじゃないかと私は想像しております。
 安保理常任理事国になるのに対する障害の中に、一部の国の国連大使の活動があるというのはまさにそのとおりでありまして、実はこの大使たちがまだ国連で頻繁に会ってコーヒーを一緒に飲んでおる、それで情報を交換し合い作戦を練っておるということで、非常に難しいわけです。
 国連でのこういう難しい問題を解決するためには、我が国がまたそういう老練な、老獪な大使にまさるとも劣らぬ佐藤大使のような方を派遣するということも一つの方法でありますけれども、そういう一部の国に対するバイラテラルな日本からの働きかけによる説得という道もオーソドックスな一つの道だと思います。それから、国会議員による接触、これも限界が残念ながらありますし、使い方によってはマイナスの効果を及ぼし逆効果になることもあり得ると思いますけれども、行政府との密接な協力のもとに議員の声を聞かすということは、状況次第ではいいことだと思います。
 それから、山本委員の言われた、安保理に入って何をするのかという点が必ずしも明確でない、そういう点は正直に言ってあると思います。
 それからもう一つ、日本はいつもアメリカの陰に隠れておるんではないか、安保理に入っても結局アメリカが二票を持つということに終わりはしないかという懸念を漏らす人もいることはいると思います。しかしながら、日米の関係というのは、やっぱり戦後日本の安全を保つ上で一番重要な要素であったし、また、今後も当分そうであると思います。ですから、日米関係を損なうことなしに、例えば核軍縮・核不拡散の問題にしろ、アメリカと必ずしも同じではない、イニシアチブをとり意見を表明するということは私はあり得るんじゃないかと思います。
 御承知のとおり、現在、東京フォーラムと称されております核不拡散・核軍縮に関する緊急行動会議がつくられましたけれども、こういうところから出てくる提案、これは政府間の機関でも何でもありませんので、そういったようなものを利用して、日本らしい、必ずしもアメリカの意見とは同じではない意見を率直にそういう場を利用して表明していくということもあり得るんじゃないかと思います。
 現実の日本の国連外交を見ており、安保理の発言を聞いておれば、日本がそんなにアメリカに追随しているわけではありませんし、むしろアメリカをリードしている場合もありますし、アメリカに反対している場合もあります。対人地雷の禁止条約に関してもアメリカとたもとを分かって日本は行動したわけでありますから、マスコミが報道するほどアメリカべったりではありませんし、これに関してもまた、さっきの話ではないですけれども、PRが必要であるという感じがしております。
 一言で言いますと、安保理の常任になるための何か秘訣とかとらの巻とか特効薬は存在しない、いろんなことを多用しながらやっていく必要があるということだと思います。
 それから、ことしいっぱいが山であるということ。私は、山は幾つもあるし谷も幾つもあると思います。これからの一つの山は、紀元二〇〇〇年におけるいわゆるミレニアム特別総会というのを国連が計画しておりますけれども、二〇〇〇年を目指しての国連改革というのを国際的に呼びかけるのも一つの手ではないかと思っております。
#14
○井上美代君 貴重な機会を得ましたことを大変喜んでおります。私は井上美代でございます。
 日本が国連加盟をしてから二カ月後に国連に入られたということをお聞きしておりますし、初の国連の職員として四十年以上もやってこられて、しかもカンボジアそして旧ユーゴの現場でやってこられたという本当に貴重な体験を持っておられる明石参考人に質問ができることを大変うれしく思っております。特に現場を体験された立場から、平和と国際協力の問題について御質問したいと思っております。
 私は調査室がつくってくださいました資料も読みましたけれども、毎日新聞の九月五日のインタビューを読ませていただいて、特に、「国連は実力以上のことをすべきでなく、旧ユーゴでも武力行使を伴わない従来型に徹底すべきと考えた。」と、体験を通じて恐らくこのようにいろいろ意見発表されているんだと思うんですけれども、「そうしなければ紛争当事者と対立し、国連の中立性は失われる。」と、このように言っておられます。紛争当事者に国連がなってしまって、空爆を加えた相手にとって国連は敵になってしまう、このように言っておられます。九二年四月に決まりましたボスニア・ヘルツェゴビナの活動も人道援助活動要員の支援が目的であったということを言っておられて、これは最大の問題なのですが、ある意味ではずるずると国連憲章六章型の平和的解決から七章型の武力行使の可能性へとエスカレートしていき、変貌したとも言えると、このように体験を通じて語られております。私は、ここに今後の国連のあり方が述べられている部分があるのではないかなというふうに思ってお聞きしたところです。
 私は、平和な二十一世紀を私たちは目指しているというふうに思っております。そういう中で、国際紛争解決には、やはり力の政策ではなくて、話し合いと合意を今日非常に困難であっても積み上げていかなければいけないのではないかと考えているわけです。
 それで、私ども日本共産党も、憲法の原則を踏まえて、国連での役割として非軍事的な役割があるというふうに考えてきております。そして、PKOが出ましたときにもそれに同意できなかったわけなんです。特に、日本の場合、停戦の合意だとか五つの原則がそこで踏まえられたわけなんです。紛争当事者が平和維持隊の参加に同意しているかどうかとか、いろいろ五つあったんですけれども、この五つを前提にして憲法違反ではないということでPKO法ができたわけなんですが、明石さんの体験からすれば、軍事的な拡大がかえって国連を攻撃の相手として敵対してくるというようなこともあるということが体験上言われているんです。
 ユーゴの紛争で指揮をとられた結論のところで、この毎日新聞で最後に「国連は何ができて、何ができないか、そして何をすべきか、それがはっきりした。」と言っておられて、それから「地域機構との協力」というのを強調されておりました。これも私は本当に大事なことだなと思いました。「軍事力よりはむしろ外交・経済制裁に向かう。そして人道援助、外交活動、復興援助などを総合的に行う戦略を作り、平和構築に向かう。そんな見方が「ポスト・ポスト冷戦」の国連のアプローチではないかと、私は思う。」と、このように結論で述べておられました。
 私が伺いたいのは、自衛隊のPKO活動がいわゆる五原則を守って活動していたのかどうか。その現場でのことを、本当に貴重な体験をしておられるだけに、ぜひここで聞かせていただけたらというふうに私は思っております。
 PKO法が成立して以降、物品役務の協定が成立して、PKOで米軍への自衛隊の協力なども盛り込まれて、五原則と言っているのですけれども、それで本当に自衛隊が出ていって、そして憲法違反になるようなことにならないかということを私は心配しています。現場というものをよく知りませんので、そういうことを心配しているんですけれども、実際に行き過ぎになるのではないかと思っているわけです。明石さんが見てこられたPKOの実態はどういうものであったかということをぜひ聞かせていただきたい。
 また最後に、平和憲法を持っている日本としては、自衛隊によるPKO活動ではなく非軍事的協力で貢献できる、そういう仕方がたくさんあるのではないかなと私自身は思っておりまして、その点もこの機会にぜひお伺いしたいなと思いました。
 よろしくお願いします。
#15
○参考人(明石康君) 私は、在来型PKOでありましたら、日本は参加するのに何のちゅうちょも留保も要らないだろうということを申し上げましたし、現在もそう信じておるわけであります。
 在来型PKOは三つの原則に立脚しており、そのりちの一つは当事者の同意原則、もう一つは自衛のため以外には武力を行使しないという原則であります。基本的にはこれは、国連憲章七章の武力の行使による平和の維持の範疇に属することではなくて、紛争の平和的解決という第六章に属する事柄であります。
 しかしながら、この在来型PKOというのは、言ってみますと、軍人でなければできないけれども、その果たす役割は甚だ非軍人的な、むしろ外交官的な仕事であるというふうに言われております。これは非常に味のある言葉であって、やっぱり軍人でないとできないわけでありますけれども、それは戦うための軍隊ではありません。私はよく在来型PKOをデパートのショーウインドーみたいなものだと。それを打ち破ろうとすれば簡単にできるんだけれども、ショーウインドーを壊すとガチャンと大きな音がするので、おっ取り刀で隣近所の人がみんな駆けつけてくるからなかなかそれを壊す人が出ないんだと。国連の在来型PKOも同じようなものだと言っております。
 ですから、そういう在来型PKO、六章型のPKOであれば、それに全面的に参加するのに我が国はちゅうちょする必要がないんじゃないかと私は思います。その意味で、本体業務への参加ということも凍結する必要はないんじゃないかというふうに考えております。国連が現実に必要としておるのはむしろ後方支援とかそういうことの方面でありますけれども、本来のPKOには全面的に現在のフリーズを解いて参加してもいいのではないかというのが私の個人的な意見であります。
 今までは六章型のPKOと七章型の戦う国連軍というのは峻別されてきましたけれども、九〇年代になりましてから内戦という非常に厳しい状況のもとで、PKOの同意原則とか武力不行使の原則もかなり弾力的に解釈され適用されなくちゃいけない事態がふえてきておるわけでありまして、そういう意味では私が第四世代のPKOと称しているものに変化しつつあるという情勢にあります。
 しかしながら、日本はそのすべての型のPKOに参加する必要はないわけですけれども、日本の理解する第六章型のPKOだったならば、そのすべてに参加してもらいたいし、またそれはできるはずであるし、カンボジアにおける自衛隊もそのように行動したのだと私は思います。カンボジアで自衛隊が行ったことは、カンボジアにおける平和の維持でありましたけれども、参加したほかの国の軍隊との信頼醸成という意味でも非常に効果がありましたし、日中両国の軍隊の間のいろんな交流とか、そういう点でも私はよかったと思います。
 そういう意味で、私が在来から提唱しているのは、アジアにもPKOの共同訓練所をつくったらどうかと。そういうところで日本の自衛隊も中国、韓国、東南アジアの軍隊も、同じかまの飯を食いながら、国連の旗のもとにPKOに従事する場合にどういうふうに行動するかをお互いに訓練し合うということであります。
#16
○魚住裕一郎君 公明の魚住裕一郎でございます。
 きょうは貴重な参考意見を本当にありがとうございます。国連の今日的役割についてということでございますけれども、逆に私はこのテーマに沿って、国連の二十一世紀的役割といったような観点からちょっとお聞きしたいんです。
 調査室の方から、昨年十二月末の朝日新聞の明石参考人のインタビュー記事が配られました。その中でこういう記事が載っていたんですね。「国連は基本的には主権国家の集まりだが、それ以外のところが知恵を出し、活力を与え、場合によっては」云々、「財政的にも手助けするなど、NGOや財界、各国議会といった「市民社会」との関係を強めようという発想が出てきた。単なる政府間機関ではなく、地球市民の共有財産でもある、という考え方に変わっていく感じがする」、こういう記述がございました。
 これは明石先生としてはいい方向だというような感じをお持ちになっているのか。それから、その発想というか、「感じがする」という表現になっているんですが、どの程度そういう機運が盛り上がってきたのか。それから、そういう方向性を持っていく場合、やはり主権国家論の克服というのが大きな問題になるのではないか。
 先ほどお話を伺いますと、例えば国際的な運賃に課税する、あるいは取引に課税する、これも一つの主権国家論の克服かなと。あるいは、国内紛争でも、ジェノサイドみたいな場合にはもう内政不干渉というようなことじゃなくてどんどん介入していくべきだ、これもある意味では主権国家論の克服の一事例ととらえていくのかなと。その辺の見通しについてどのようにお考えなのか。
 三点目が、事務次長をしておられました、国連の枢要な地位におられた、活躍されてきた参考人として、加盟国以外のところ、まさにNGOであるとか各国議会であるとか財界とか、そういうところに何を期待するというか、何をどうしてもらったらもっと国連機能が強化できるのになというようなことをお感じになったことがあるか、また、それはどういうところなのか、そういったところをお教えいただければありがたいんですが。
 よろしくお願いいたします。
#17
○参考人(明石康君) 今、魚住委員がお触れになった私の論文でも言っておりますとおり、私は、国連というのは基本的には主権国家、各国政府のつくるものであり、また、各国政府が国連の主人公であるという状況は当分続くだろうと考えます。しかしながら、これからは政府以外の、NGO、職能団体、各国議会、マスコミ、専門家集団、そういうものの果たす役割は大きくなる一方であろうというふうに考えます。それはやっぱり、各国の中においても政府の役割が制限され、そういう市民社会、市場の役割が大きくなっているということに国際社会の側からの変化が対応しておるんだというふうに考えます。
 そういう意味で、日本のNGOというのは欧米のNGOに比べて発達がおくれておる。非常に献身的な個人とかボランティアはおりますけれども、本当にプロフェッショナルなよく組織されたNGO団体というのは、欧米にはきら星のごとく多いのでありますけれども日本にはまだ十分に育っていないし、それを育てていくとしても数十年かかるんじゃないかという感じがしております。だから、その育成は急務であろうと思います。
 それから、確かに国連は主権平等の精神に立っており、内政不干渉の原則というのは国連憲章第二条第七項にきちんとありますけれども、今、魚住先生がいみじくも御指摘になったように、その内政不干渉の原則というのは国連五十数年の歴史を通じていろんな意味で狭く解釈される傾向にあります。各国の人権じゅうりんの行為に対して発言するのはもはや内政干渉ではないという解釈が確立しておると思います。例えば中国における人権に関していろんなことをいろんな国が言いますけれども、そのことに関して特に異を唱える国というのは余り存在しないし、そういう一種の、語弊がありますけれども、おせっかい主義というのがある意味で二十一世紀の世界ではないかと思います。
 そういうことで、節度を守り、余計なことに口を入れない。特に我が国の場合、アジアに対するいろんな過去の経緯がございますので、より一層の自制心を持って行動し、相手を批判するのに気をつけるということも私は非常に大事ではないかと思います。そういう意味では、アメリカとかヨーロッパと同じように行動してよいのかということになりますと問題がありますけれども、しかしながら人権問題の推移をたどってみますと、世界人権宣言採択以来、五十年の間に国際社会は大変な進化を遂げましたし、現在は国連の人権高等弁務官までできております。従軍慰安婦の問題なんかも国連で取り上げられるような時代になってきて、まさにおせっかいを受ける側にも我が国は立つわけでありますけれども、そういうのが大きな流れとしてまた二十一世紀にはより強くなるであろうということは一つ言えると思います。
 それとの文脈で、各国議会に対する期待も非常に大きいものがあります。各国の行政府は外交の主体でありますけれども、その背景になる政策とかビジョンをつくるのは各国の立法府だと思います。私は、国連におりましたときもできるだけ各国の議員団が会いたいというときには会うようにしておりました。というのは、議員の人たちの意見の方がおもしろいということが間々あるものでありますから、少なくとも自分たちの持っておる夢とか期待とか注文とか批判、それを率直に語ってくれるという意味で議員団の存在は非常に大きなものがあると思います。
 日本の国連外交にとっても、私は、議員団が大きな意味での応援団として、例えばスカンディナビア諸国とかカナダの国会議員団が次から次と大挙してニューヨークに国連総会の間に押しかけるような形で、日本の議員団も超党派的に国連の現地でどういう形で国際外交が展開しておるかということを見られ、またそれにみずから参加されるということがよろしいんではないかと思います。
 また、余り大勢の人が押しかけると、佐藤大使その他、代表部には大変な迷惑がかかることになるかもしれません。できれば英語その他の点でいつも通訳と一緒でないような議員団の意見交換の仕方、交流の仕方、そういうのができればますますすばらしいであろうというふうに考えます。
#18
○魚住裕一郎君 ありがとうございました。
#19
○石田美栄君 民主の石田美栄と申します。
 今、国際紛争あるいは安保理、そういう派手な部分を中心にお話がずっと進んできまして、魚住委員が少し違った観点で、私も多分お話しいただくのは同じような方向になるかと思います。
 特に私は、一九七五年の国際婦人年、その後の国連婦人の十年、このことに非常に関心を持ってきた者です。あの当時の国際情勢、冷戦下で核戦争の危機が非常に高かったその状況の中で、人類の歴史の中でいろいろ過去を見て何が違っているかというと、この地球上で女性が社会に進出してきたという事実だけは人類の歴史で違う点です。特に、女性というのは生命を生む部類の人間という、そういう地球規模で女性の社会的発言、地位を高めておくことが、将来、平和というか地球を救うのに役立つのではないかというような思想があってあれが設けられたというようなことをある書物で読んだこともございます。
 日本でもあれを機に女性の権利意識が非常に高まって、あれ以後、国連婦人の十年、あらゆる形態の差別撤廃条約を中心にして日本での女性の地位も高まってきて、発言力もそれは著しいものがあったことを見てまいりましたし、世界的にも、今回の対人地雷全面禁止条約といったものもトップに女性がいるというのに象徴されるように、いろんな面でそのことは大きな効果があったのではないかというふうに私は見ております。
 国連の中では数限りなく次々というくらい条約がつくられ、こういった活動について明石参考人はもう本当に国連の生き字引でいらっしゃいます。先ほどの国連の新しいそうした方向、私もこれはある意味で国連の成熟という方向なのかなと思います。こういった国連の活動、もちろん平和と結びつく、その後、国際児童年だとか障害者年とか、ずっと続いてきておりますね。こういった国連の方向について、魚住委員への御回答と類似するかもしれませんが、そういう評価、国連の中での動きがどういうふうになってきたのか、見てこられたことをお伺いしたいなと思います。
 こういう方向の将来、国連の役割、将来展望、またその中で日本は国連の立場から見られてどういう活躍があったのか、あるいは今後どういう取り組み、役割が重要かといったようなことをお教えいただければと思います。
#20
○参考人(明石康君) 今、石田委員の御指摘のように、国連は男女の平等というものを非常に重視しておりまして、またそれを実行に移しております。紀元二〇〇〇年までには国連事務局の中の専門職以上の職員の男女の比率をフィフティー・フィフティーまでしょうという目的を掲げております。残念ながらこの目的は二〇〇〇年までには達成されないと思いますけれども、現在、国連の専門職以上の幹部職員の三五、六%までは女性になっております。つまり、三分の一を超過するところまでいっており、これは国連が非常に力を入れておる問題であります。
 非常にうれしいことに、邦人職員の若手の国連に採用される中では、女性の比率が六割から六割五分になっております。つまり、半分以上、三分の二くらいが女性であると。私は、女性が元気がいいのは非常にうれしいことですけれども、日本の男性がもう少し元気を出してほしいと思うくらいであります。
 この間、黒沢明さんが亡くなりまして、黒沢さんのつくった映画の中に「七人の侍」というのがありました。私は、国連には七人の女侍がいると称しております。
 一人は、我が国の緒方貞子さんです。もう一人は、ユニセフの長であるキャロル・ベラミさん。それから国連人口基金、これは非常に重要な活動ですし我が国も非常に力を入れておる人口問題、これの事務局長のナフィス・サディクさん、パキスタン人。それから、さっき申し上げた国連の人権高等弁務官、これが前のアイルランド大統領であったメアリ・ロビンソンさんです。それから、国連の食糧計画、ローマに本部がありますけれども、この事務局長がキャサリン・ベルティーニというアメリカの前農務省次官であります。それから、今度国連の国際労働機関の事務局長になりましたブルントラントさん、前ノルウェー首相であります。それから、国連の現在の副事務総長になっておられるカナダ人、元国連大使、前国防次官のルイズ・フレシェットという人であります。
 その七人が国連の侍として活躍しておりまして、むしろ男性の方が何となく肩身が狭い思いをするというくらいになっておるわけで、我が国もそこまでいってほしいなという気持ちを私は強く持っております。
 御承知のとおり、私は実は人口問題協議会の会長というのも仰せつかっておるんですけれども、我が国の少子化問題、高齢者問題の解決策としましても、私は、高齢者と女性のもっと有効な労働市場における活用ということがこれからの日本経済にとって必須の解決策ではないかというふうに考えております。これは非常に深刻な問題でありまして、そういう意味では、あらゆる意味での両性の平等、これは単なる法的平等じゃなくて実質的平等に向かってもっともっと力を注ぐべきだし、我々男性もそのことによって被害者意識を持つのじゃなくて、むしろそれを喜ぶという精神で臨むべきではないかと思います。
#21
○田英夫君 国連憲章の書き出しが「われら連合国」はということで始まっていることでも象徴されるように、国連というのは大体第二次世界大戦の戦勝国が中心になってつくられたということが私は気になるわけであります。結果的には安全保障理事会の常任理事国が現在五カ国ともその戦勝国でありますし、同時に核保有国であると。
 こういうことの中で、先ほど二〇〇〇年改革というようなことを言われましたが、私は、国連改革をする中でこの問題をやはりクリアしていった方がいいんじゃないか、二十一世紀の国連というのはもう第二次世界大戦の結果を捨てて新しい出発をすべきではないかという気がするんですけれども、そういうことが国連の中で空気としてどのくらい存在するのか、これが議論の対象になって実際にそうなる可能性があるのかということをお聞きしたいと思うんです。
 二十世紀というのは、考えてみると大変な科学の進歩、開発、発展という世紀であると同時に、二度にわたる世界大戦があり、また朝鮮戦争、ベトナム戦争というものがあって、このところ紛争はありますけれども大きな戦争がない状態があって、それは結構なことですが、戦争の世紀でもあったわけです。二十一世紀というのは、やはり核兵器などができた中で、もう人類が戦争できる状態ではないということをもっとお互いに自覚して平和の世紀にしなければならないな、こう私は思っているんですが、そういう意味からしても現在の国連の体制というのはいささか違うんじゃないか。
 つまり、核を持っている五つの国が常任理事国で拒否権を持って国連を事実上牛耳っている、こういう状態がいいとは思えない。ですから、日本が入る、あるいはドイツが入るということはそういう意味でいいと思うんです。同時に、第二次世界大戦に関係のなかった、いわゆる発展途上国の中から新しく加わってくる、こういうことがどうしても必須の条件なんじゃないかと思いますが、そういう点についての明石さんの御意見を伺いたいと思います。
#22
○参考人(明石康君) 田先生の言われた大きな歴史的な眺望に私は大体賛成しております。
 確かに、国連憲章がつくられた一九四五年というのは、どうしても戦勝国中心の憲章をつくることになりましたし、国連憲章が採択されたサンフランシスコ会議のときには核兵器というのはまだ現実に存在しておりませんでした。そういうことで、国際連盟規約に比べても、国連憲章というのは軍縮というものに力点を置いておらないわけです。ところが、現実に国連が発足した第一回の国連総会で一番先に採択された決議は軍縮に関する決議でありました。そういう意味で、国連の現実と憲章に既に乖離が始まって現在に至っておるということは一つあると思います。
 しかしながら、雰囲気が全く新しい、革新的な国連をつくらなくてはいけないというところまでいっておるかということに関しては、残念ながら答えはノーであると思います。確かに、四五年の国連を変えなくてはいけない。今や、加盟国は当時の五十一カ国から百八十五カ国、三倍以上になっております。一九六四年以降は、その加盟国の五〇%以上が新興国、開発途上国になっておるわけです。
 そういう意味で、国連の中のバランス・オブ・パワーは変わってきておる、したがってその雰囲気も違ってきておるわけであります。私は、これからの常任理事国が、核兵器をつくる能力があるのに政治的な決意としてそれをつくらない、そういう決意をしておる日本とかドイツを中心にそういう存在になるということは全く大賛成であります。そういう意味で、インドの核爆発という五月の事件は非常に不幸な事件であったと思います。
 それから、二十世紀が戦争の世紀であったというのも全く田先生のおっしゃるとおりで、私は、この世紀は科学技術、生活水準の向上において本当に歴史的な世界的な進歩を遂げた世紀であったと思いますけれども、今、先生が挙げられた戦争という事実のみならず、その戦争の犠牲者になった人を見ますと、第一次大戦の場合、一割が民衆であり九割が軍人でした。第二次大戦の場合は、約半数が軍人であり残りの半数が民衆でした。九〇年代の内戦の時代になりまして、実に犠牲者の九割が無事の民衆、特に女性であり子供であるわけです。そういう意味では、人類は決して進歩していないところか退歩しておるというのが悲しい事実ではないかと思います。
 これをどういうふうに変えるかということに関して、私は国連に対して希望を捨てるべきではないと思います。しかしながら、それに対して満足しておってもいけないわけで、日本が同憂の国と語らって新しい雰囲気をつくっていく、国連におけるそういう革新的な力になっていくと。
 その場合に、今までの連合国を中心にした国連を敵にするのではなくて、例えばフランスとかイギリスは常任理事国ではありますけれども、分担金の額においては我が国よりも小さいわけです。しかしながら、これらの国の総合的な外交力を見ますと、安保理での発言なんかでも情報の量でもすばらしいものを持っておりますから、国の能力を武力で判断するのは論外でありますし、私は分担金の額だけで判断するのも間違いだと思うんです。そういう意味では、札束でほっぺたをたたくような仕方での国連外交はしたくない、また、すべきではないというふうに考えております。
#23
○吉岡吉典君 共産党の吉岡です。
 国連憲章に基づく集団安全保障体制の確立というのは、憲章が発足してからの戦後の課題だったと思いますし、私は今もそれは課題だと思っています。
 明石参考人のお話を聞いて私は発言する気になったんですけれども、その際、明石参考人の考えでは、憲章に規定しているとおりの集団安全保障体制というものの確立はもう実際上難しいと。したがって、それにかわる新しい状況に対応した安全保障体制ということを想定して、小規模の場合は、大規模な戦争の場合はというような、繰り返しませんけれども、先ほどお話があったような構想は考えられているのかどうなのかということ。
 それから、そうだとした場合に、例えば国連と地域機構との協力という場合に、その地域機構のあり方というのはどのようにお考えになっているか。
 例えばヨーロッパでいえば、NATOとの協力という場合に、NATOというのは憲章五十一条を根拠にした条約で、実際やっていることは今や条約と全くかけ離れた役割を果たしていると思います。私はこれは外務省にかつて聞いたことがあって、今は条約に基づかないで理事会の決定に基づいて行動しているということでした。そういう今ある地域機構というふうなものはそのままにして協力していくのか、あるいは憲章の五十二条、五十三条の取り決めのような方向での地域の安保取り決めという地域機構というのも再編成されるべきか。あるいは、そういう論議というふうなものはあるものなのか、ないものなのか。私はかつてEU議会代表と東京で会談があったときに質問したら、私の質問の意味がわからなくて答えを得られなかったこともございます。
 それから、国連憲章に基づく集団安全保障体制の確立ということは、国際的、世界的にはどのように論議になっているかわかりませんが、私は日本ではほとんどないと思っております。それは、日本の安全保障を論ずる場合に安保体制の堅持ということは強調されるけれども、同じ日米安保条約でも、十条で国連の措置が効力を発揮するようになったらこの条約を廃棄するということが書かれておりますね。私はそれを理想として安保条約も成り立っていると思います。したがって、我々は、五十一条に基づく安全保障体制ということにとどまらないで、やはり国連の本来の集団安全保障体制が効力を発揮するように努力すべきではないか。
 その声がほとんど政府から聞かれないのはどういうわけかということをかつて外務省に別の委員会で質問したら、安保堅持が必要ですということだけで、それについての答えはとうとう得られませんでした。したがって、これは関心にもないのかなと思いましたけれども、そういう点に関連して明石参考人の御意見をお伺いしたいと思います。
#24
○参考人(明石康君) 今、吉岡委員からの御意見を拝聴しまして、非常に国連憲章をよく勉強しておられるなと感銘を受けました。
 実は、国連がそもそも理想としておった体制は今委員がおっしゃったとおり集団安全保障体制であり、はっきり申し上げると普遍的集団安全保障体制であったわけです。ところが、国連憲章七章に規定してあります普遍的集団安全保障体制というのは、残念ながらその中に決められてあった国連軍もできておりませんし、現実には機能しておらないわけです。そのために国連憲章の六章とか八章とかというものがむしろ活発に援用されるようになってきているわけで、七章の中では国連軍以外の、つまり軍事的制裁以外の、私の申し上げた外交的・経済的制裁その他がより活用されて現在に至っておるわけでございます。
 それから、地域機構の活用というのがこれからますます盛んになるであろうと申し上げましたけれども、この場合の地域機構というのはまさに国連憲章第八章に規定してある機構のことでありまして、これは基本的には安保理の下に副次的に従属する機構になるわけでございます。
 五十一条下の機構というのは地域機構と違います。五十一条は七章の中にありまして、八章ではありません。まさに北大西洋条約機構、NATOはこの五十一条下につくられたものでありまして、NATOとかワルシャワ条約機構というのは冷戦時代の所産であり、これは、五十一条の個別的及び集団的自衛の固有の権利という、そういう五十一条下の、これは語弊がありますけれども、いわば国連憲章の中の鬼子ともいいますか。これは、一九四五年のサンフランシスコの国連制定会議のときに、国連が機能しなくなったときにそういう安全弁を設けておかないならばだめではないかと、アメリカの上院議員であったバンデンバーグさんがラテンアメリカ諸国の懸念も取り入れながら挿入したのがこの五十一条であるわけで、国連憲章の本来の線とは違うわけであります。冷戦という状況の中でむしろどちらが重要になってきたかといえば、五十一条的な同盟条約が世界じゅうに張りめぐらされて現在に至っておる。日米安保条約ももちろんその線であります。
 そういうわけで、国連が本来考えられたとおりに機能しておれば、五十一条のそういう援用ということは必要なかったし、またあり得なかったと思いますけれども、分裂した世界ではそれがやはり安全を守るために必要であったということだと思います。現在の国連はそういうことで第七章の体制はごく一部しか生きておりませんけれども、やはり我々は希望を捨てるべきではなくて、最も安定的な形での日本の安全を目指して、五十一条も当分は必要でありましょうけれども、それをより安定的な、より世界的な体制にしていくという努力は続けるべきであろうと思います。
#25
○田村秀昭君 自由党の田村秀昭でございます。カンボジアのときは大変お世話になりました。
 三点、お聞きしたいと思います。
 我が国の安全保障という立場から、国連に明石先生が長年お勤めになりました感じで、日本の安全保障、最近は北朝鮮のミサイルも飛んできましたし、そういう意味で私は日米安保体制が日本の安全に大変寄与しているとは思いますが、国連は日本の安全保障にどの程度寄与しているか、あるいは期待したらいいのかという点をお聞きしたいと思います。
 二点目は、経済社会理事会というのが国連にございますが、我が国は特に経済で非常に伸びた国でありますので、この理事会をもっと強化して、世界に資本主義社会のルールというものをもっとはっきりさせていくべきじゃないかなというふうに思っているんですが、どのようにお考えになっておるか。
 三番目は、先ほど馳議員からもお話ありましたけれども、職員の枠があると思うんですが、若い人と非常に偉くなった人の中間クラス、部課長六んというんですか、そういうところに非常に日本人の職員が少ないというふうに聞いております。その国の立場、位置づけと匹敵したような職員を配置する必要が私はあると思うんですが、そういうことを責任を持ってやっているところは一体どこなのか、これからどこがきちっとやるべきとお考えなのか。佐藤大使もおられることだし、外務省なのかどこなのか、どういうふうにお考えになっているのか。
 三点、お尋ねいたします。
#26
○参考人(明石康君) 日米安保との関連で国連が日本の安全にどれだけ寄与しておるのか、寄与できるのかという御質問に対しては、私は日米安保はより直接的な形で日本の安全に貢献しておると思います。国連がなし得る寄与というのはより中長期的な寄与であり、世界全体の安全とか平和を維持強化するという点で国連は活躍しておりますので、日本の安全に対する寄与は直接的というよりは間接的な寄与である、しかしながらそれは決して無視できない寄与であろうかと思います。
 しかし、この間の朝鮮民主主義人民共和国からのミサイル発射事件でもおわかりのとおり、そういう問題を国連安保理によって取り上げるというような事態もあり得るわけでありますから、日本の安全保障のためには、そういう日本がする努力、日本と米国との双務的な関係で努力すること、アジアという地域的な観点で努力すること、国連という世界的な次元で努力すること、そういうものが非常に弾力的にかみ合わされた形で総合的な日本の平和戦略というものがつくられないとだめではないかというふうに考えております。
 それから、今、田村委員の申された経社理の強化、活用というのは非常におもしろい観点で、まさに見逃し得ないし、我が国はその持っておる経済力、それからさっきも申し上げたとおり、開発途上国、特にアフリカ重視政策というのは非常に注目されておりますので、そういったような日本の強みをこれから生かしていく、そのために経社理をうまく使うということは非常にいい観点だと思います。
 それとの連関でもう一つ申し上げると、実は国連にもう一つの理事会がございます。安保理事会、経社理事会、それから信託理事会というのがあります。ところが、信託統治地域はもうなくなりましたので、この信託統治理事会は今はもう休業状態なんです。これを何とか活用して、人類の共通財、環境問題、人権問題、そういった国連憲章がつくられたときに余り考えられていなかったような人類の共通の関心事を取り上げた新しい理事会をつくり上げたらどうだろうという案が一つございます。こういったような問題でもあるいは日本がイニシアチブをとり得るのではないか。特にNGOとか有識者、学者の意見なんかも参照しながら、具体的な提案をつくり上げるのも一つの道ではあろうかと思います。
 それから、職員の枠で、若手の職員と上層部の職員の間、中間層が邦人の場合は欠けておるんじゃないかという御指摘は全くそのとおりであります。それに関しては私の知る限り外務省も非常に懸念しており、現在外務省が考えておる、また現実に実現しつつあるアイデアの一つが、日本じゅうのそういう人材をきちんとアイデンティファイするための人材ネットワークをつくり、その中から有資格の人たちを国連のしかるべきポストに送り込むという発想であります。国内が不況にさらされておって失業問題が深刻になっていく中で、それこそ国連にとってはこれがむしろ一つのチャンスになり得るわけなので、こういったような道も探られていいと思います。
 そういう職員の送り込みというものも、国連自体も縮小しておる以上、送り込みの作業それ自体、非常に労多くして効果の少ない仕事でございますけれども、これはもっともっと参議院の皆様その他の御支援を得た上で強力に推進されるべき問題の一つであろうかと思います。
#27
○櫻井充君 民主党の櫻井です。
 国連の今の東ティモールに対する考え方を教えていただきたいんですけれども、インドネシアの一部としてもう認めてしまうのか、それとも独立国として今後導いていこうとしているのか。それから、東ティモールの中での住民投票を国連誘導みたいな形でやれるのかどうかという点が一点。
 それからもう一つ、先ほど従軍慰安婦の問題が国連でも討議されるようになったという話が出ていましたが、今後日本が国際社会の中で国際関係をうまくやっていく上において、戦後補償というふうなものが果たして、従軍慰安婦の問題を含めてですけれども、必要と考えられるのかどうか、その点について教えていただきたいんです。
#28
○参考人(明石康君) 私は、数年前、東ティモールの問題を国連で担当させられておった時期がありましたけれども、現在、交渉がどういう状況に達しておるかということについて十分に把握しておりません。そういうことで、櫻井委員に対して満足なお答えができないと思います。
 しかしながら、スハルト政権からハビビ政権にかわって、インドネシアのこの問題に対処する態度もかなり柔軟性を帯びておるようでございますし、その点、インドネシアとポルトガルの立場が相当接近しつつあるということで、国連の仲介のもとに東ティモール問題解決の可能性はかなり強まっておるんじゃないかと思います。しかしながら、私は、現在の国連ないしは国連事務総長のこの問題に対処する立場がどうなっておるかについては把握しておりません。
 それからもう一つ、戦後補償の問題。私はこの問題についても具体的にはお答えできるような知識を持っておりませんけれども、大きな意味での戦後処理、法的な処理のみならず、道義的な精神的な意味での戦後処理という面から、我が国とアジア諸国との問題はすべて解決しておるわけではありませんし、これは大きな意味での信頼醸成措置というものがこれからも引き続き相当強力に、また広範に展開される必要があろうかと思います。
#29
○亀井郁夫君 一点だけお尋ねしたいと思います。
 日本にとって世界の平和を維持していくということは大きな課題ですけれども、一番身近なアジア地域における平和の維持というのがもっと大事なわけでございます。アジア地域については地域機構はないと、地域機構と連携して解決するケースが多いという明石先生のお話でございましたけれども、アジア地域の現状を考えた場合にどういう形の地域機構が考えられるのかということ、それをつくる場合に我が国はどのような形で参画しリーダーシップをとれるのか、そのあたりのところについてお話を聞きたいと思います。
#30
○参考人(明石康君) 実は、私が手がけておる問題の一つに、来る十二月に京都の立命館大学で北東アジアにおける信頼醸成と安全保障に関する国際会議が一つあります。これは専門家レベルで非公開の会議をやるわけでありますけれども、世界各国、アジア諸国はもとよりのこと、ロシア、ヨーロッパ、アメリカその他から、信頼醸成に関する世界の専門家――特にヨーロッパでこのプロセスというのは二十年以上かけて成功したわけでありますね。ヨーロッパからアジアが何を学び得るのかというようなことにも力点を置きながら、特に私は、冷たい戦争というのは幸いにして地球的なレベルでは終わっておりますけれども、残っておるのがこの北東アジアであるわけで、これをやっぱり何とかしなくてはいけないということで、いろいろ究明し、専門家の意見を拝聴しておるわけであります。
 アジア地域の地域機構をつくると申しましても、やはりアジアは非常に広いし、また多様であります。一つのやり方は、ASEANのような東南アジアの機構、それからSAARCという南アジアのインド、パキスタンの入っておる機構、それから湾岸地域における湾岸協力機構、こういったようなものを積み上げる形で全アジアの地域的な政治機構ができるとも思われますし、既に存在するASEAN地域フォーラムないしはAPEC、そういったようなものを活用しながらやっていくという道もあると思います。一つ警戒すべきなのは、非常に見た感じがすばらしい、そういうメカニズムづくりに集中するのではなくて、むしろ実体をつくること、交流の積み重ねの上にそういう機構をつくるということが大事だと思います。
 特に問題なのは、東南アジアよりも、御承知のとおり北東アジアでございます。特に北朝鮮をめぐる問題、北朝鮮の孤立というものをどういう形で解決していくのか。私は金大中大統領のもとでの南風政策というのは基本的には正しいと思いますけれども、これまた北によって誤解されている節がございます。
 そういったようなことで、世界各地で行われている地域的な協力のやり方に学びつつも、それに盲従せずに、アジアにおける特有の問題もきちんと把握しながらやっていく必要があると思います。亀井先生の言われたとおり、私は、一方ではやはり日米の関係をきちんと整える、もう一つは隣国アジアとの関係をもっともっと強化するという二面において日本外交がより飛躍的に強化されなければ、二十一世紀における我が国の安全というものは保障されないんじゃないかと考えております。
#31
○加藤紀文君 もう時間も迫っておりますので、一点だけお尋ねさせていただきたいと思います。
 先ほど二〇〇〇年改革のお話がありました。この改革へ向けて具体的に我が国がなし得ること、またなさなければならないこと、明石参考人のお考えがあればお聞かせいただきたいなと思います。
#32
○参考人(明石康君) 我が国がなし得ることは、拾い上げていけばかなりの数あると思います。既にお話に出たような地域的な協力を固めていくこと、国連自体をもっと広範に多元的に活用すること、その他いっぱいあるんじゃないかと思います。また、なしてはいけないことは、過去において日本が犯したような過ちを再び繰り返さないということも重要でありましょうし、アジアその他、世界の人たちの懸念することにもっと謙虚に耳を傾けていくということも必要でありましょうし、また、日本の意見をもっとはっきりした形で伝えるということもいろいろあり得ると思います。
 国連はいろんな限界とか欠陥が山ほどございますけれども、と同時に、国連にはうまく活用すればなかなか妙味のある使い方もありますし、そこでいろんな観測気球を上げたり、いろんな提案をしてみたりすることができるんじゃないかと思います。
 私は、野球では三割打者というのは相当なものと見られておると思いますけれども、三割打者は七割くらいは空振りしてもいいわけだと思うんです。国連外交も、いつも打って出るだけではなくて、やはり時々空振りしてみるのも非常に勉強になるし、そういう意味で、日本の外交はどちらかといえば着実で確実でまじめな外交でありましたけれども、私は、もう少しミスをやることによって、また時々ホームランもかっ飛ばすという外交に変わっていくのが、日本のビジョンに合致し、平和哲学に合っておるんではないかという漠然とした感じを持っております。非常に漠然としたことでありますけれども、そういうことであります。
#33
○会長(村上正邦君) 出席者一巡の質疑がございました。非常に充実して、あっという間に二時間が過ぎたわけでありますが、井上美代君の質問に対して一つだけ答弁漏れがあるようでございます。
#34
○井上美代君 日本は世界にどういう平和的な貢献ができるかということで、非軍事的な貢献はどういうのがあるでしょうかというのを一番最後にお聞きしたんです。それはもうこの貴重な機会にぜひと思いまして。よろしくお願いします。
#35
○参考人(明石康君) 日本のODAの活用というのはまさに非軍事的な貢献の最たるものでありましょうし、ODAの点でも、人的な貢献、それから開発途上国からいろんな人材を招くことによって日本がどういうふうにして発展を遂げてきたかということを学んでいただくのもその最たるものだと思います。まさに軍事的な貢献以外の、経済面、科学技術の面、文化の面、芸術の面その他、貢献し得ることは多々あると思います。
 しかしながら、その日本の経験がそのまま一〇〇%各国に適用できるはずのものでもありませんので、それを適用できるかどうかについてはもちろんそれぞれの国の英知に任せるべきでしょう。私の非常に限られた、アジア、中東、アフリカその他への視察で経験しましたことは、日本の経済援助、技術援助のまいた種がいろいろな意味で芽を出し育っておる、また、そういう日本の交流計画に参加した人たちがそれを多とし、またそれぞれの国において枢要な地位に今ついておるという意味で、先見性のある外交、そういうものが非常に大事であるという感じを強く持っております。
#36
○会長(村上正邦君) ありがとうございました。
 時間も参りましたが、会長として、最後に明石参考人に一つだけお尋ねしたいことがあるわけであります。
 それは、参考人は国連の次長として大変な御活躍をなさった。そうした中で、先ほど田村委員からもお話がありましたが、北朝鮮と日本とは国交がない中で、北朝鮮の食糧事情、人道的立場ということで日本に対して食糧を出せと、こういうことでたびたび日本にお帰りになられて要請をなさいました。それはそれで日本側も、それなりのお立場を理解し、食糧を出した。しかし、日本側からすれば、北朝鮮に対して、拉致問題というものがございます。これの風穴をあけるのに国連として、今、次長というお立場から離れてお考えになられて、あのときはあのときのお立場がおありでしょうからあれが精いっぱいだったと思いますが、日本人として日本で御活躍をなさっている一有識者として、この拉致をされた家族の人たちの思いというものを何らかの形で国連で問題解決のためにやるとするならば、どういう方法があるのか。そこらあたりのお考えがあれば、いい機会でございますのでお聞かせいただきたい。
 佐藤大使はこれから行かれるわけですから、そのことをしっかり踏まえられて、人道的といったってこれは生命の問題にかかわって、日本の国家という問題あたりまでかかわってくる問題ですから、十分ひとつ参考にしていただいて、今後の大きな課題として取り組んでいただきたい。またそういう思いで明石参考人からひとつ最後に御意見を承れれば、こう思って質問させていただきました。
#37
○参考人(明石康君) 最後に一番剛速球が投げられてきました。
 まず、前参議院自民党幹事長として会長がこの問題についてなされた御苦労と御努力に、心からここで感謝申し上げたいと思います。
 私は、この問題に関する基本的な考え方につきましては、国連の人道問題担当の事務次長をやっておりましたときと基本的に変わっておりません。
 私は、人道的な問題は政治から切り離して行うべきではないかというふうに考えております。開発援助と人道援助は違いまして、開発援助とかそういうものは政治とリンクしてよろしいんだと思います。したがって、インドとパキスタンが核実験を行ったという点で我が国が援助を停止したのは至当であったと思います。しかしながら、人道援助というのは、何の罪もない民衆が自然災害のため、ないしはその国の当該政府が間違った経済政策、農業政策をとったために、ないしは戦争に巻き込まれたために生起する事態でありまして、そういう人道援助が政治目的、軍事目的に転用されないための監視、モニタリングはきちんとやると同時に、援助自体を続けることは、私は正しいことではないかと思います。
 まさに、会長がおっしゃったとおり、拉致事件その他、日本国民として理解できない態度が先方にはございます。しかしながら、私は、北風を吹かすことも時には必要でしょうけれども、南風を吹かし、ある意味では必要以上に吹かさないと変わってくれない国もこの地上には存在するのだと思います。
 私の接触する限り、関係者がみんな同じ意見を持っておるのではないと私は承知しております。冷戦が終わってみたら、共産圏に属する国々も決して一枚岩ではなかったということが判明したと思います。そういうことで、私は、人道援助をしておくというのはこれまたいつかは芽を吹くのではないか、芽を出すのではないかという感じがします。
 しかしながら、当面こういうことをやっても、何の効果がないところか、ある意味では飼い犬に手をかまれたというふうな失望感を持たれるのは当然だと思います。しかしながら、我が国は第二次大戦終結に至るまでの間において、アジアにおいてやっぱり加害者の立場にあったということも忘れてはならない事実だと思います。そういう意味で、外交というのは硬軟両様交えた、そういう交え方の妙味というのが必要だと思いますし、タイミングも重要だと思います。拉致事件に関連された人方のそういう心の痛みというものも当然考えに入れられるべきだと思っております。
 そういうことで、私は、いろいろ村上会長に御無理をお願いしてやっていただいた人道援助は決してむだではなかったと思いますし、また、政治問題その他があるにしても、またあるがゆえに、そういう活動は続ける必要があるのではないかというふうに考えておる次第でございます。
#38
○会長(村上正邦君) 私がお伺いしたがったのは、国連でやれることがあるんじゃないのかと、こういうことなんですが、もう時間も参りました。この問題はまた後日、それぞれの場で議論のできることもあろうかと思います。
 本日の質疑はこの程度といたします。
 この際、佐藤国連大使から発言を求められております。これを許します。許すということは発言の中で抱負、決意をお述べ賜りたいと、こう思います。佐藤大使。
#39
○説明員(佐藤行雄君) まず冒頭に、本日このような機会をお与えくださいましたことにつきまして、村上会長を初めとして、この国際問題に関する調査会の皆様方に心から御礼を申し上げたいと思います。本来であれば立ち上がってお礼を申し上げたいところでございますが、調査会の規則に従いまして座ったままで発言をさせていただきます。
 私、実はオランダ、オーストラリアを経て、四年間外国におりました。他方で、我々はもちろん国連に参りましても政策面では総理大臣以下の政府の指示のもとに動くわけではありますが、同時に、その背景にある、日本の政治の中にあるさまざまな御意見、考え方を体していくことが大事だと思っております。そういう意味で、四年間国内を留守にしておりました私にとりまして、きょう伺いました御意見は一つ一つ大変実のあるものでございました。また、この場で明石さんの経験の深い御意見、御示唆を伺わせていただきましたことも、ありがたく思っております。
 抱負とおっしゃいましたけれども、国連という大事な場に政府を代表して行かせていただくことの重みを今感じているところでございまして、今申し上げられることは、きょうさまざまお伺いした御意見、御示唆を一つ一つかみしめまして、できるだけの努力をしたいと思っていることに尽きるわけであります。
 ただ、きょうの御意見を聞いていまして、幾つか自分の行動指針のようなことにしなくてはいけないと思ったことがございます。
 一つは、やはりあらゆる機会を通じてもっともっと発言をして日本の立場を外に示していくことが大事だということは、皆様方の御発言、御示唆の中から強く示唆を受けた点でございます。また、国連における日本人職員の方々の数をふやすこと、あるいは地位を高めること、そしてそういう方が働きやすい環境をつくるために努力すること、これも大変大事なことと思って本日受けとめさせていただきました。NGOとの関係も大事だと。それとの絡みで、国連で行われていることを日本の国内に向かってさらに御説明をし御理解を求めていく努力もしていかなきゃいけない、そういう感じがいたしました。
 政策直では、いろいろ御示唆をいただきましたけれども、それはきょうは伺っておくことにとどめさせておいていただきたいと思います。
 最後に、先ほど明石さんの御親切な御配慮もありましたけれども、国会議員の先生方はぜひお越しいただきたいと思います。今回のこの調査会の延長線上のようにお考えいただいて、調査会としてでも、あるいは個別ででも、ぜひニューヨークにお越しいただければありがたいと思います。
 本日は本当にありがとうございました。
#40
○会長(村上正邦君) 最後に、会長として御礼を申し上げます。
 明石参考人には、一問一問に対して的確に整理された御意見をお聞かせいただきましたこと、まことにありがとうございました。本調査会を代表いたしまして、改めて厚くお礼を申し上げます。
 また、佐藤国連大使には、今後、国際連合日本政府代表部におきまして、世界の国々の方々からきっと尊敬される日本代表の大使として、その任務を果たされる大使として我々は信頼を寄せております。健康に留意され、日々の任務を果たされますよう心よりお祈り申し上げて、本日のお礼にかえさせていただきます。(拍手)
  本日はこれにて散会いたします。
    午後五時十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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