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#1
第142回国会 国際問題に関する調査会 第3号
平成十年二月二十五日(水曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         林田悠紀夫君
    理 事
                板垣  正君
                笠原 潤一君
                山本 一太君
                広中和歌子君
                魚住裕一郎君
                上田耕一郎君
                永野 茂門君
    委 員
                鎌田 要人君
                北岡 秀二君
                田村 公平君
                南野知惠子君
                馳   浩君
                林  芳正君
                岡崎トミ子君
                寺澤 芳男君
                松前 達郎君
                高野 博師君
                福本 潤一君
                大脇 雅子君
                山崎  力君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        加藤 一宇君
   参考人
       専修大学教授   岡部 達味君
       日本経済新聞論
       説主幹      小島  明君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
 (アジア太平洋地域の安定と日本の役割につい
 て)
    ―――――――――――――
#2
○会長(林田悠紀夫君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、本調査会のテーマであるアジア太平洋地域の安定と日本の役割について、二名の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 本日は、参考人として、専修大学教授岡部達味君、日本経済新聞論説主幹小島明君に御出席いただいております。
 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人におかれましては、御多用中のところ本調査会に御出席賜りまして、まことにありがとうございます。
 本日は、忌憚のない御意見を伺い、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、初めに岡部参考人、次に小島参考人の順序でそれぞれ三十分程度御意見をお述べいただいた後、午後五時を目途に途中十分程度の休憩を挟み質疑を行いますので、御協力をよろしくお願い申し上げます。
 なお、御発言は、意見、質疑及び答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、まず岡部参考人から御意見をお述べいただきたいと存じます。岡部参考人。
#3
○参考人(岡部達味君) ただいま御紹介いただきました岡部でございます。
 アジア太平洋地域の安定と日本の役割という題でお話を申し上げることになっておりますが、まず、ごく初歩的なお話から始めさせていただきまして、概略私の意見を述べて、あとは質疑に譲りたい、こういうふうに考えております。
 まず、私ども国際政治学を専攻している立場から言うならば、安定とは何かと言えば、それは平和と言いかえても同じである、あるいは地域の安全保障、そう言いかえても同じであるというふうに考えられるわけでございます。そして、その平和というものは現状維持と同じではなくて、紛争をいかに平和的に解決していくかということにほかならないというふうに考えるわけでございます。戦争といいますものは、紛争を武力をもって解決するのが戦争であると。したがいまして、平和というものは紛争の平和的解決にほかならないというふうに考えております。
 ところが、紛争のない社会というものはございません。最も単純な例を申し上げるならば、議員の先生方は電車にお乗りになる機会は余りないかもしれませんが、電車の中で込んでいて席が一つあいだ、そこへ二人が座りたいというと、ここにもう既に目標の非両立性という意味における紛争が生じるわけでございます。ただ、この紛争は紛争解決のルールというものがございまして平和的に常に解決されていますので、紛争というふうに意識されることすらないというのが普通の状態かと思います。
 そのルールというのは何かといえば、私が子供のころは年長の人に席を譲るというのがルールでございました。現在は早いもの勝ちということになっておりまして、必ずしも年長だからといって座れるわけではないということでございまして、私どもが一番損をした世代であるというふうに考えておりますが、それが紛争でございます。その早いもの勝ちというルールが受け入れられている限りにおいて平和が保たれる、そういうことでございます。
 したがいまして、平和にはいい平和もあれば悪い平和もある、いい悪いという基準もまた多様にある、こういうことになろうかと思うわけでございます。したがいまして、平和を維持するということは、紛争をいかに平和的に解決するか、諸国家、諸グループ間の目標を両立させるためにはどうすればよろしいか、こういうことに努力をする必要がある、こういうことになるわけであります。
 そういうふうに考えますと、軍事や防衛だけが安全保障ではない、あるいは安定ではない、平和ではないということになるわけでございます。これは小島参考人の問題になるわけでございますが、将来、最大の問題になるであろうと思われるものは資源とか食糧とか環境保全とか、そういう問題でございまして、このすべての問題にかかわってまいりますのが中国の存在でございます。
 中国が経済発展をすればどのくらい資源を必要とするか、どのくらいの食糧を必要とするか、環境をどのくらい汚染するかという問題に関しましては、それぞれ専門家からいろいろな数字が出ておりますが、考えただけでも気が遠くなるような数字が出ている。しかし、それじゃ中国は経済発展しちゃいけないというようなことを言う権利は私どもにはもちろんないわけでございます。したがいまして、この問題をどういうふうに解決するかということをめぐりまして、今日ほど国際的な協力、国際協調というものの必要性が増大しているときはないということになるわけでございます。
 先走ってちょっと結論めいたことを申しますと、日本はそういう国際協調、国際協力に対する積極的な役割を果たす準備が欠けておる。自分は小国で人に迷惑をかけないということをもって国是としてきた、そういう世論が非常に強いわけでございまして、そういう殻に閉じこもってきた、今までそれで済んできた。九〇年代、湾岸戦争以降、ますますそれで済まなくなってきておりますけれども、今までそれで済んできたという側面があるわけでございます。これからはもっと積極的な外交政策をとらないと時代に取り残される、日本が孤立する、こういう状態になろうかと思うわけでございます。
 次に、レジュメで2と書いてございますが、安全保障の基本的な役割という問題に入りたいと思います。
 経済的な問題を中心として、いかにスムーズに紛争を平和的に解決していくかということが重要でございます。経済発展というものだけ考えただけでも、このレジュメで舌足らずの言葉が書いてございますが、「それらの問題」というのは例えば経済発展ということを意味するわけでございますが、秩序が保たれなければならないわけでございます。秩序維持機能というもの、これが狭義の安全保障、あるいはさらに軍事的な問題に限れば防衛ということになるわけでございます。
 こういうような意味における安全、安心して経済発展ができるための枠組みとしての安全、これは国内社会で言うならば法律に当たるものでございます。法律の枠があって、その枠の中でこういうことはしてよろしい、こういうことはしていけないというものがあって、その枠の中で法律というものを念頭に置いた上でみんな行動する、そういう状態のもとにおいて安定が維持できるということでございます。国際社会におきましてはそれは安全保障という形で、各国間の協力という形で初めて実現できる、こういうことになるわけでございまして、それをすべての国が望んでおる。ただ、望んでいる内容がそれぞれ違うということが言えるかと思うわけでございます。そこから紛争が生ずるということになるわけでございます。
 紛争といえば、そして安全保障といえば冷戦というものがすぐ頭に浮かぶわけでございますけれども、冷戦が終わった後どういう状態になったかということを簡単に、これは御承知の問題でございますが申し上げますと、小規模な紛争が増大いたしました。ただ、大戦争の危険は去ったわけでございます。ここで言う大戦争というのは、世界規模の核戦争のようなものを意味しているというふうに考えていいかと思います。小規模の紛争というのは、例えば湾岸戦争なども小規模な戦争でございますし、アジアで言えばカンボジア戦争などももちろん小規模の戦争ということになるわけでございますが、それよりさらに規模の小さい戦争がいろいろある、それから戦争に至らない紛争もたくさんあるわけでございます。
 そういう小規模な紛争というものがどうして起こるかといえば、もちろん目標が双方相入れないということが基本的でございますけれども、相入れない状態にあって、しかし接触していないという状態であるならば紛争にはならないわけでございます。接触の増大、相互依存関係の増大という状態のもとにおきましては、小規模な紛争というものは非常にふえるわけであります。大規模な紛争は減ります。しかし、小規模な紛争は非常にふえる。
 一つの例を挙げるならば、家庭というものが恐らく接触の一番大きな、相互依存関係の一番大きなユニットだと思いますけれども、現在、日本で起きております殺人のうちのたしか五五%は家庭内殺人だったと思いますが、そのことが示しておりますように、接触が大きくなればなるほど、相互依存性が大きくなればなるほど小規模な紛争が増大するということになるわけでございます。
 ところが、この小規模な紛争をしばしば人々は善玉悪玉論で処理しようとする。あいつが悪いから紛争が起こる、そういう紛争も確かにございます。ございますけれども、すべての紛争がそうではないわけでありまして、お互いに少しも悪いところのない目標を追求しておる、その追求している目標がたまたま両立しないということによって紛争が幾らでも生ずるというのが現実でございまして、それを善玉悪玉というふうに割り切ってしまうということは非常に幼稚である、かつ危険でございます。
 なぜ危険かと申しますと、そういう状態のもとにおいて平和を実現するためには悪玉をなくしてしまえということになる。悪玉の除去ということが非常に重要な課題になる。悪玉として自分が考えるもの、悪玉として世界の人々が考えるもの、いろいろ違うわけでございまして、例えばイラク紛争でいうならば、アメリカから言えばイラクが悪玉である、アラブ世界から言えばアメリカが悪玉であるということになるわけですね。悪玉をやっつけてしまわなければ紛争は終わらないという考え方は、これは平和を求める世界最終戦争、その最終戦争が繰り返し起こる、こういうことになるわけでございます。善玉悪玉的に国際情勢を考える、これは国際情勢に限らない、一般社会でもそうでございます。一般社会の場合には、道徳的あるいは法的な規範というものがございまして、それに反した者が悪いということが一応言えるわけでございますが、世界大で共通する規範というものが残念ながらまだございません。
 したがいまして、国際社会において特に言えることでございますが、善玉悪玉論で物を考えるということは非常に幼稚である。しかし、日本におきましては、戦後、日本が悪かったから戦争になったんだと、日本さえおとなしくしていれば戦争は起きないという誤った議論、これが支配的に存在したということがあるわけでございます。
 小規模な紛争が増大するということとの関連でもう一つ申し上げておく必要がございますのは、いわゆる低烈度紛争というものがこれからの安全保障への脅威になってきているということでございます。低烈度紛争というのは何かというと、これもいろいろ定義がございますが、一つは紛争当事者の一つが少なくとも国家ではないというものでございます。例えばゲリラとかテロとかいうもの、こういうものが低烈度紛争でございまして、先ごろのペルーにおける日本大使公邸占拠事件、こういうようなものが低烈度紛争ということになるわけでございます。
 これに対しまして、それをどういうふうに解決したらよろしいかということに関しましては、各国共通の課題としてまだ解答がございません。そういうような問題がふえている、それが現在の状態ということになろうかと思うわけでございます。とりあえず必要なことは話し合いであり協議であるということになるわけでございまして、話し合い、協議、いろいろ行われておりますが、それで問題がすべて解決するほど世の中簡単ではないということは明らかであろうと思うわけでございます。
 しかも、紛争が小規模になればなるほど、破壊力の度合いが少なくなればなるほど武力行使の可能性がふえるわけでございます。したがいまして、冷戦後の今日、核兵器の存在は依然として大きな脅威ではございますけれども、もっと大きな脅威は破壊力のもっと低い兵器である、簡単に言えば通常兵器であるということになろうかと思うわけでございます。
 これも身近な例で考えるならば、先ごろ中学生が先生をナイフで刺し殺したというショッキングな事件がございましたけれども、ナイフなどというものは一番使いやすい。ピストルがその次に使いやすい。ライフルだの猟銃だのというのは、きょうも猟銃を使った事件がございましたが、そういうものはその次に使いやすい。だんだん破壊力が強くなればなるほど使いにくくなってくるわけでございます。
 そういう武力行使をいかにしてやめさせるかということのためには、たとえ小規模な紛争における武力行使でも、その武力行使がペイしない、そういうものであるということを示す必要があろうかと思うわけでございます。
 アジア太平洋地域の現状を考えた場合に、武力行使はペイしないよということを示す存在というもの、そういう任務を負っている存在というものは望むと望まざるとにかかわらずアメリカ軍である、これが現状でございます。もし米軍に介入してもらいたくないと思えば思うほど紛争当事者は武力行使を避ける、武力行使を避けることによってアメリカの介入の口実をなくそう、こういうふうに考えざるを得ないわけであります。そういう米軍が果たしている役割を抑止というふうに普通呼ぶわけでございます。
 抑止と申しますと、通常、核兵力との関連でしか考えない方が多いわけでございますけれども、抑止という現象は対人関係においても存在する。しかるべく尊敬を受ける人々同士の間において、ばかだ何だというふうな言葉を普通使ってののしり合うということはございませんが、それはお互いにそういう言葉を使わせないような雰囲気が存在することによって抑止されているということである。あるいはもうちょっと手近な例を言うならば、スーパーでテレビカメラがぶら下がっていてそこで監視をしているという状態がございます。それによって万引きを防止しようと。そのテレビカメラは実際にモニターにつながっていてそれを監視している人もいるであろうし、それから単にカメラの格好をしたものが天井にくっついているだけであって、その先にモニターも何にもないという場合もあるだろうと思いますけれども、それでもそういうものが存在することによって、ああ、見られていると思えば万引きはできないと、こういうことになる。
 つまり、抑止現象というものは普遍的に存在し、我々はそれを利用することによって社会の秩序を維持している、こういうことになるわけでございまして、核兵器においてだけ抑止力という言葉が使えるものではないということはそれでおわかりいただけるだろうと思うわけでございます。
 そういう抑止力、これを現在アジア太平洋において担い得るのはアメリカしかないわけであります。じゃ、アメリカはだれが抑止するかというと、これが非常に難しい問題でございまして、アメリカが自分で核兵器を使うことはまず考えられないということでございますが、通常兵器を使う可能性というものは幾らでもあるわけでございまして、その場合にアメリカに対して、例えば日本が、この場合には武力を使わない方がいいですよということが言えるだけの力を持った同盟国になるかどうかというようなこと、これが非常に重要なことになるわけでございます。
 そういう抑止機能というもの、これはアメリカしか現在果たせないのが実情でございます。日本も中国も、アジア太平洋における抑止機能、武力行使を抑止する機能を果たし得るかどうかといいますと、いずれも適格性を欠いておるわけであります。
 例えば中国の場合には、中国が強力な軍備を持って、どこかで武力行使が起こりそうになったときに、そういう武力を行使するならば中国は介入しますよというようなおどしをかけたといたしますと、中国包囲綱というようなものをつくって中国を封じ込めよう、こういう話になりかねないわけでありますし、日本も歴史の経験がある。大東亜共栄圏というものを形成した経験がございまして、日本にだけはそういうことをしてもらいたくないという考え方、これはだんだん薄くなりつつありますけれども依然として存在しているということになるわけでございます。
 したがいまして、米軍の存在というものは非常に重要なわけでございますが、その米軍の抑止機能をスムーズに果たすためには日米同盟が不可欠でございます。それは現在の通常兵力、ここで言う抑止力というのは主として海空の兵力でございますけれども、軍艦にいたしましても航空機にいたしましてもハイテク化しております。そのハイテク化した兵器のメンテナンスを行える機能を持っているのはアジアでは日本だけでございます。もし日本に基地がなければハワイまで帰らなければならない。その間、往復で十日ばかり消費されるということになるわけでございまして、例えば横須賀であるとか佐世保であるとか厚木であるとかというところに基地がある、沖縄にもございますが、そういう日本の基地というものが非常にアジア太平洋の安全にとって必要になっているというのが現状でございます。繰り返し申しますが、これは望むと望まざるとにかかわらず現在そうなっているということでございます。
 そうなりますと、一番大きな問題は沖縄問題ということになるわけでございますが、沖縄問題は多くの場合、住民の問題として取り扱われている。住民の問題は非常に重要でございます。しかし、それだけで問題が片づくわけではない、アジア太平洋全体の安定ということを考えなければならない。そのバランスをいかにとるかということ、これが非常に重要なことでございますけれども、そのバランスがうまく保たれているようには私は受け取っておりません。それは日本がいかに非国際的であるかということのあらわれである。
 先ほど申しましたように、日本が悪玉であって、日本さえ余計な手を出さなければアジアは平和であるという誤った善玉悪玉論、これはアメリカが押しつけたんですが、そういうものをずっと最近まで持ってきたということに非常に大きな原因がある。日本は小国でいたい、アジアは太平洋のスイスたれということを一九四九年という段階に至ってまでまだマッカーサー元帥が言っていたという状態、そういう状態の影響が今日まで尾を引いている、こういうふうに考えられるわけでございます。
 その当時、日本の世界に占める比重というものは極めて軽かった。一九四五年あたりの数字になるかと思いますが、世界のGNPの半分がアメリカであった、そのとき恐らく日本は一%以下であったろうと。五十対一ぐらいであったわけですね。今は三対二ぐらいに末日の比率が経済的にはなっているかと思いますが、そういう状態である。全然状態が違うんですね。全然状態が違うにもかかわらず考え方が変わらないというところに、非常に大きな問題が存在しているというふうに私は考えております。
 受け身で物を考える。日本でよくその都度外交という言葉が使われます。何か事が起きたときにその都度とりあえず何をすればよろしいかということを考える、そういう外交をその都度外交というふうに呼ぶんだというふうに私は理解しておりますが、その都度外交的な受け身があったわけであります。しかし今後は、むしろ国際協調、そしてアジアの安定を保つための、とりあえずは日米同盟ということになるわけでございますが、積極的な協力、そしてそういうものの意義、これがどういう意味を持っているかということを内外にPRするということが非常に重要でございます。
 その点でついでに申し上げますと、日本から国際的に発信されるインフォメーションというものは非常に貧弱でございます。日本が何を考えているかわからない。
 例えば一つの例を申しますと、一昨年になりますけれども、尖閣列島をめぐりまして特に香港で大騒ぎがございました。中国側の言い分は香港の新聞に連日掲載される、日本側の言い分はちっともわからない。第三者である、あるイギリスの学者が日本総領事館に行きまして、日本が尖閣列島を保有する根拠を書いた文章をくれと言ったところが、ないというのが返事でございました。私、そのイギリス人の学者から直接聞いたんですが、それくらい日本というものは対外的な発信能力というものが欠如している。前回、一九七二年に尖閣列島が問題になりましたときに発表された資料を私は専門でございますので書庫の一隅に保存してございまして、その英訳をコピーしてそのイギリス人学者に上げたんですけれども、一九七二年の資料というのはもう非常に古いんですね。それしかないというのが現実の姿でございます。
 これからますます情報化時代に入る、単にそういう紙の上の情報だけではなくて、衛星であるとかエレクトロニクスを使った情報の時代に入るわけでございますが、そういう時代における日本は敗者になる運命にこのままだとなるであろうと思わざるを得ないということでございます。
 現状はそういうことでございますけれども、今後の問題を考える上において協調的安全保障という概念がございます。これは冷戦後の安全保障のあるべき姿として出てきた概念でございますけれども、例えば予防外交それから信頼醸成措置、紛争の平和解決、こういうものを中心にしようという物の考え方。つまり、紛争の平和解決、イコール平和、イコール安定でございますが、それを軍事力を使うことなく果たそう、こういう物の考え方でございます。
 それ自身、大変結構でございまして、ASEAN地域フォーラムというような多国間安保もこの協調的安全保障の一つのあらわれでございます。それから、中国というアジアにおける非常に重要な国、これもかつては二国間関係だけを非常に重視して多国間関係というものは軽視していたわけでございますけれども、現在、ASEAN地域フォーラムを初めとする多国間協議、多国間安保というものに中国も関心を持ってきている。したがいまして、日米中であるとかあるいは日米中ロであるとか、それから、きょう大統領になる韓国の金大中さんが主張された、日米中ロそれから南北両朝鮮という六者協議というようなもの、こういうようなものがますます必要になることは間違いございません。
 しかしながら、話し合いで平和が維持されるほど世の中は甘くないということは先ほど申し上げたとおりでございます。紛争が武力衝突に至らないように抑止するものとして強制力が存在していなきゃならないということになるわけであります。
 したがいまして、ASEAN地域フォーラムというものは非常に重要でございますけれども、それと日米同盟というものは相互補完的な立場に立つということになろうかと思うわけでございます。そうしますと、とりあえず日本にとりまして重要なことは、日米同盟と日中友好をいかに両立させるかということになるわけでございまして、日米安保共同宣言以来の日米両国の立場はそういう物の考え方に立っていると思うわけでございます。
 日本のマスコミの一部におきまして、特にこれは紙面づくり、見出しのつくり方によるんですが、日米防衛協力は中国封じ込めのためであるというようなそういう見出しをつくる。見出しだけ読んで終わりにするという読者は非常に多いわけでありますから、見出しというのは非常に重要なんです。これは小島さんを前にしてそういうことを言うべきじゃございませんが、大変失礼ながら、社説よりも見出しの方が大事ということになるだろうと思うわけでございます。そういうマスコミの問題というものもあるわけでございますし、それから、日本に存在しております各種のアレルギーを克服しなければならないだろうということになるわけでございます。
 時間がもうございませんので、四番目の経済問題を支持する安全保障というところはごく簡単にはしょらせていただきますけれども、世界政府によってこの問題を解決しようというようなことはできないわけであります。また、世界政府がいい政府であるという保証がございませんから、望ましくもないということになる。結局、国際協調、国家間の協力関係しかないんですが、その場合にどの程度協力するかといういわゆるバードンシェアリング、これが非常に大きな問題になってくるであろうというふうに思われるわけでございます。
 そういうバードンシェアリングをするにしても何にしても、日本が現在果たさなければならない問題は、要するに日本が確固とした基盤を持って、確固とした信念を持って行動するということでございます。そのためには、日本自身の改革というものが非常に重要になる。これもしばしば道義論に陥りがちでございますけれども、道義論ではなくて構造論である。問題は、なぜ政治に金がかかるか、そのかかるお金をどこから調達するか、こういう問題になるわけでございまして、構造の問題であるというふうに考えられる。
 それから、もう一つ重要な問題といたしまして、有事法制が必要でございます。有事法制を確立すると戦争になるというような単純な議論をする方がたまたまおられますけれども、法制がないと現場で何をするかといえば超法規的措置をとるということになるわけですね。現に自衛隊の人々はそう言っている。それしかないんですね。超法規的措置をとるということは法治国家としてあり得べからざることである。したがいまして、法というものの尊厳を守るためには有事法制というものは不可欠であるということになるわけでございます。
 とりあえず、日本は過去の甘いしがらみ、夢を終わりにして新しい物の考え方に移らなければならないだろうと。とりあえずは憲法解釈上の集団自衛権の問題、これなんかを解決しないことにはどうにもならないだろうというのが私の考え方でございます。
 予定の時間をちょっと超過いたしまして大変失礼いたしました。どうもありがとうございます。
#4
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
 次に、小島参考人にお願いいたします。小島参考人。
#5
○参考人(小島明君) 小島でございます。よろしくお願いいたします。
 御報告する前に、二点大変光栄に感じているところ、それから一つ残念なことを指摘したいと思います。
 一つは、こういう権威のある調査会にお招きいただきまして光栄です。それから、いつも尊敬して論文を拝読している岡部先生と一緒であるという光栄です。残念なのは、私は新聞記者ですので皆さんみたいな方にすぐインタビューしたいと、宝の山に来ながら何もできないというのは非常に残念であります。
 いただきましたテーマは非常に大きいのですが、最後の結論のところ、岡部先生が言われた日本自身の改革の問題というのは、私のテーマにおいても非常に重要な問題になってきているという感じがします。
 アジアの経済が昨年の夏以降、急速に変調を来して、それが世界的な話題になっておるんですが、どうやってこのアジアの動きを見るのか、日本との絡み、関係というのをどういうふうにとらえたらいいのか。日本で議論していることと日本の外で議論していることと、どうも議論の立て方が違うということが問題じゃないかと思います。
 それは後ほど具体的に御報告したいと思いますが、昨年の夏以降のアジアの新しい事態について一言で言いますと、二十一世紀型の新しいタイプの危機であり調整であるというのが一点です。それはIMFのカムドシュ氏もそういう言い方をしております。
 しかし、私は彼が言っていることに次の点をつけ加えたいと思います。それは、冷戦が終わった後、本格的に資本主義のサイドで出てきた重大な危機であり調整であるということです。しかも、資本主義の極めてエッセンスというか核心の部分でその危機が起こっているということです。
 ロシア革命が起こった後、レーニンは敵の資本主義に対して、資本主義を崩壊させるための一番いい手段は信用システムを崩壊させることだというふうに発想しまして、文書を読みますと、相当大量のにせドルをばらまいたんですね。そういうのが冷戦時代だったんですが、冷戦は九一年のソ連邦の消滅をもって完全に終わり、しかも終わり方は資本主義が一方的に勝つ、あるいは逆に東側が勝手につぶれてしまったということかもしれませんが、結果としては資本主義がひとり残ったということなんです。そういう勝ったはずの資本主義の中で、資本主義の非常にエッセンシャルなところで今調整が起こっている。それが恐らく二十一世紀型の危機の一つの大きな側面じゃないかと思います。
 それから第二点は、従来の通貨・金融危機といいますと、まず貿易が赤字になる、外貨準備が足りなくなる、貿易それからサービスも入れました経常収支、これはカレントアカウントと言っていますが、この経常収支危機がきっかけとなって起こっていることが多い。今回は、タイの場合は多少経常収支は心配がありましたけれども、その後すぐに連鎖反応を起こしたインドネシアは、貿易はそこそこいい状況でしたし財政のバランスもそこそことれていたし、実は世界銀行にとっては最も優等生というふうな扱いでありまして、世界銀行も一生懸命融資をしたという国です。基本的には、経常収支が大混乱した、大赤字になったというんじゃなくて、きっかけは資本収支、キャピタルアカウントの方で危機が動き出した。
 それから第三の特徴であります、あっという間に次から次に近くの国へ伝染する。国際金融の専門家の間では、最近の危機について一つのキャッチフレーズというのがあります。コンテージョン、要するに病気の感染、伝染ですね。あっという間に韓国にまで至ったというこの感染のスピード。従来の危機ですと、特定の国に金融危機あるいは通貨危機があります。IMFも支援しながら結局そこでコンテーン、抑え込めた経営危機が多かったんですが、今回はそれがあっという間に広がった。この伝染性だと思います。
 それから第四の特徴というのは、例えばインドネシアの通貨がどんどん下がりました。株も下がりました。普通、急激にマーケットにおいて価格が下がりますと、あるところまで来ますと相場観が生まれ、これは買いどきだというんで投資家がまた戻ってくるということなんですが、タイの場合もインドネシアの場合も、あるいは韓国の場合も、IMFの救済パッケージが発表されてからもマーケットは売りが続いた、投資家が戻らなかった。今ようやく底まで来ましたけれども、投資家が戻らない。これは従来とちょっと違う。
 なぜそうなのかというところがまた一つの議論になっています。恐らくこれは、日本の今の金融危機とも絡むんですが、マーケットに提供されている情報が少ない、あるいは提供されている情報が信頼されないということで、なかなか相場観というものが出てこないで、ずるずるあっという間にインドネシアですとルピーは八〇%ぐらい下がるような異常な事態になったわけです。
 こういう現象について思い出しますのは、十年ぐらい前になりますか、ことしもう八十何歳になっているアメリカのピーター・ドラッカーという人が論文を書きまして、今世界に新しい経済現象が起こっている、それはお金の世界、彼はその当時シンボルエコノミーと言っていました、それと実体経済、リアルエコノミーとの間の関係がだんだんだんだん薄くなってしまったと。これを彼の言葉でアンカップリング、切り離し現象と言っていました。彼はそれを議論し始めるときにそれが具体的にどういう意味を持つのかということはしっかりと詰めていませんでしたが、今の危機、最近の動きを見ますとこういうことが具体的な意味ではないかという感じがします。
 それから、もう一つの視点があります。これはやはりもう十年前から一部の人が議論をしているんですが、お金を自由にした場合、物の貿易、取引がゆがむ、要するに保護主義が出る。あるいは、貿易を自由にした場合、お金の方が不安定になる。自由な物の貿易と自由な資金の移動というか金融市場、これは両立できるのかどうかという議論がずっとあります。
 以上のいろんな特徴を抱えて今アジアの問題が展開しているわけですが、一応現時点では最悪の状況からは抜け出したということですが、次の問題があります。それは二つあります。
 一つは、その危機に対する対応のあり方が一つです。IMFのやり方がどうなのかという議論が出ています。第二点は、いずれそういう形でその危機に対する対応が行われて、じゃこれからその結果何が起こるかということです。
 もう一つ加えますと、やはり本題、今回の宿題であります日本との関連はどうなのかということなんですが、その三点についてまとめてみたいと思います。
 まず、IMFのやり方。従来の形の通貨危機ですと、IMFがやるのは、いわゆるコンディショナリティーといっていろいろ条件をつけます。財政の赤字をなくせとか、あるいは金融を締めるとか、いろんな改革をしろとか、いろいろありますが、そのコンディショナリティーのつけ方において、患者の方、条件をつけられる方の経済が昔の危機のときとちょっと違う。
 というのは、従来型の危機ですと、政府部門が過剰に支出をして、それによって財政が赤字になり、インフレになり、競争力がなくなり、貿易が赤字になり、それで二十年ほど前までは固定相場ですから、固定制が維持できなくなると外貨も当然足りなくなるという形だったんですが、現在起こっているアジアの動きを見ますと、政府は過剰投資、消費はしていません。財政バランスはそれほどめちゃくちゃに崩れていません。海外から政府はそれほど借金をしていません。借金をして過大に消費をしたり投資をしているのは民間部門です。民間が借金をしているわけですね。
 それに対するIMFの対応というのは、基本的には政府の政策、財政を締めるとかという形の要素が依然として大分入っています。その結果、今アジアの多くの問題が起こった国が次から次にデフレ経済になっています。タイの経済はことしはマイナス成長と言われています。デフレが起こっている、それから為替も相当切り下がっていますから、国内のデフレと為替の大幅な切り下げ、結果的には次から次に為替の切り下げ競争が行われた。デフレのスパイラルが加わったということですから、アジアの問題を起こした地域全体は、デフレ圧力と為替の切り下げの中で、これから次の問題、世界に対して大変な輸出ドライブがかかるわけです。その輸出をどこの国がどうやって吸収していくかというところが日本の問題とも絡んでくる問題です。
 日本の問題については、今、日本は何もやってくれないという声、あるいは期待ほどやってくれないという声がアジアからあります。それから、さきにロンドンでG7の会議がありました。あの議論を見ますと、日本は何もやらないというより今の危機の原因の一部ではないかという議論です。それは、お手元の資料で、岡部さんが言われた余り読まない社説を添付してありますが、社説にも見出しがありますから見出しにメッセージを入れるつもりで重視しておりますが、それは別としまして、ロンドンの会議で日本の問題が日本で議論しているのと違う視点で取り上げられた。
 その前に、二月の初めですか、スイスのダボスというスキーのメッカでダボス会議と称する世界経済フォーラムの巨大な会議がありました。そこでも、日本はどうしたのか、日本はやっぱり問題の一部じゃないかという議論があった。しかもへ問題の一部の日本が見えないと。政策が出てこないということと、やっぱりメッセージが出てこないと。その両面で日本が見えないし、日本は問題の一部であるというとらえ方がされました。
 それがどういう問題かということを少し簡単に整理してみたいと思います。
 まず、この危機が起こってからの日本のあり方。例えば、IMFを中心とする支援が幾つも組まれました。タイ、インドネシア、韓国について例示的に申し上げますと、IMFを中心としたタイ向けの支援パッケージは金額で百七十二億ドル、うち日本が提供したものは四十億ドル、アメリカはゼロ。日本の貢献は一国ベースでは圧倒的に一番大きいわけです。インドネシアの危機、これはIMFのパッケージ全体が三百八十億ドル、うち日本が五十億ドルを提供します。アメリカはここでは三十億ドル参加します。しかし、日本の参加比率が高い、貢献の金額が大きい。次に韓国、これは最も大きな金額になりまして、IMFのパッケージは五百七十億ドル、うち日本が百億ドル、アメリカが五十億ドル。三カ国合計しますと、IMFの緊急支援パッケージは千百二十二億ドル、うち日本の合計は百九十億ドル、米国は八十億ドル。一国ベースで見てアメリカの倍以上、圧倒的に日本が資金的な協力を現実にしているわけです。しかし、日本は何もやらない、余りやらない、こういうふうに言われています。それは二つ問題があります。
 日本の支援、これはIMF中心で政府に対して向かう金ですが、先ほど言いましたように今回の危機は民間同士、民間の金融機関が貸している、相手の借り手も民間である。そこの部分が非常に大きい、そこで問題が起こっているのが非常に大きい。政府の部分、公的な部分ではそれほど問題が起こっていないというところに関係があります。
 それから、日本の責任問題、日本が原因の、問題の一部であると言われるところを整理してみますと、こういうことだと思います。
 日本が二年何カ月かにわたって大変な低金利政策をやっています。それから、国内景気も余り強くなくて、貯蓄が余って、その貯蓄は利回りの高い投資先、運用先を求めて海外へ出たと。日本から資金が出ますから日本の円が売られてドルが買われたりします。円安になります。アジアの国々は、問題が発生する以前はほとんどドルに連動して為替レートを決めていました。したがって、円安になるということはアジアの国の通貨が円に対して高くなるということです。したがって、日本に対する輸出競争力はアジアのサイドでどんどん悪くなったということが一つ。
 それから、日本の国内経済、内需の伸びが非常に鈍った。現時点ではもうマイナスです。その結果、アジアからの輸入もさらに落ちる。現実に、ASEAN諸国だけ見てみますと、昨年の夏以降、目に見えてASEANからの日本の輸入は減っています。十一月以降は一〇%あるいは二〇%ぐらい、その前の年よりも落ちています。要するに、そういう日本の経済の状況がアジアの貿易動向を変えてアジアの貿易の収支が悪くなったと、こういう見方が一つされています。恐らくかなりの部分はこれに反論ができない、事実であると思います。
 もう一点あります。それは日本の金融問題がいかに重要かということです。橋本総理はいろんなところで、施政方針演説を含めて、日本発の金融恐慌は起こさないと言っていますが、日本発の金融恐慌が起こるんじゃないかと心配している国が非常にふえている。これは本当に真剣に心配している国がふえています。
 なぜそうかと。日本で今クレジットクランチ、貸し渋りという現象が起こっています。しかし、海外で日本の金融機関に対する信頼性が失われる結果、日本の金融機関はほかの国の金融機関よりも高い金利を払わないと資金が調達できない。これがジャパン・プレミアム。プレミアムというとどうもおまけつきでいいようなイメージがありますが、ペナルティーですね。今は〇・六%ぐらいのペナルティーになっていますが、一%ぐらいにペナルティーの上乗せ金利が上がったことがある。要するに、取り入れるドル資金がそれだけ高いわけです。利ざやは薄く融資していましたから、これは採算に合いません。その結果、ジャパン・プレミアムが出るような状況、つまり日本の金融システムに対する信用が失われた状況ではジャパン・プレミアムは起こりやすいわけですが、そのジャパン・プレミアムを背景に日本の金融機関のアジアに対する、世界に対する信用供与がいわゆる海外版の貸し渋りを生んでいる。
 その部分はIMFの公式なレベルでの救済のパッケージに入ってきません。これは民間のレベルでやる動きです。しかし、民間の金融機関のアジア向けの貸し出しというのは昨年に入ってからどんどん鈍り、かなり引き揚げの動向に入ってきています。これはアジアに対する貸し渋りであり、いわゆるクレジットクランチです。したがって、日本のもとの金融システムが健全にならないと、こういう傾向は波状的に生まれます。
 昨年の十一月に国内の金融システムの大混乱がありました。あの直前にはジャパン・プレミアムというのはほとんどなくなっていたのですが、再び大幅になってあらわれました。
 日本の金融システムですが、今の状況を見ますと、銀行、金融機関がたんす預金しているという状況だと思います。これは極めて深刻な問題です。特定の金融機関がどうも経営が怪しいといって預金者が列をつくるということはある程度対応できます。しかし、それは一般のお客さんに対する信用の問題です。
 ところが今の問題は、昨年十一月以降、金融機関同士の取引、インターバンクマーケットと言いますが、それの機能不全があります。金融機関は、ある大量な資金を貸したりその資金が返ってきたり、預金が払い出しになったり預金を受け入れたり、毎日毎日大変な資金が出入りしています。ある瞬間、ある日をとりますと、何千億単位で資金が余ったりあるいは次は出ていったりするわけです。それは金融機関全部を足しますとでこぼこがならされてゼロになるわけですが、その日々のでこぼこをならすためのマーケットというのがインターバンクマーケット、いわゆるコールマーケットが中心になって言われているインターバンクマーケットです。そこのでこぼこならしのための資金の融通のし合い、これがうまくいきませんと金融機関でも黒字倒産を連鎖的に起こします。
 現在起こっている状況は、そのきっかけは、恐らく昨年十一月の三洋証券が倒産したときのこの市場における初めてのデフォルト、金額は七十億円で小さかったんですが、これは無担保で一日だけ貸し借りする信用だけの世界のマーケットですが、そこで初めてデフォルトが起こった。あれ以来、ひょっとしたら返ってこないということで金融機関が金融機関に対して余り融通をしなくなった。十分なマーケットのでこぼこ調整ができないというのが今の状況です。
 それは金融市場の問題じゃなくて、そういう状況ですと資金をなるべく現金、流動性を厚く持っていこうということを金融機関がやりますから、資金が足りなくなる。あるいは、一般の金融機関以外の借り手に対する融資態度はどんどん渋くなるわけです。今、日本銀行が毎日、兆円単位で資金をそこの市場に注入してようやくもっている状況です。これが貸し渋りの極めて重大な国内における震源地です。それに例の資本比率規制というものが加わって、今、大変深刻な状況になっています。
 似たようなところは、海外におけるインターバンクマーケットで生まれる金利がプレミアム、要するにペナルティーを科せられて、日本の金融機関は高いコストを払わないと資金が集められないという問題が起こってきて、今度は国内の借り手ではなくて海外の借り手、アジアの借り手に影響が及んでいるというのが実態なわけです。
 したがって、日本の国内の金融システムがきちっとすることがジャパン・プレミアムをなくす極めて重要な手段であり、方法であり、それが問題解決のためには不可欠であるというふうに思います。その上で国内内需中心の経済があると。
 したがって、アジアは結局、外貨の倍金は外貨所得で返すしかないわけです。外貨の借金を海外からの借り入れでつなぐことは一時的にはできますけれども、これは借金して返せないからまた借りるという形で、貸す方からすれば追い貸しをしないと相手が倒れちゃうという、そういう不健全な問題です。外貨所得が出なくちゃいけない。それはもう明らかにどこかの国がアジア発の商品、サービスを輸入しなくちゃいけないということなわけです。
 ところが、この面において日本が問題の一部とみなされているのは、日本の対アジア貿易収支がどんどん日本の黒字という格好で拡大していったということが問題なわけです。ただ、一月についで見ますと、対アジア収支で日本の貿易収支は若干の赤字になっています。それは、要するに売る方としても相手がデフレで売れないということですね、輸出が伸びないということです。しかし、輸出を伸ばさないんじゃなくて、日本が輸入を大きく伸ばしてやれるかどうか。もし日本がアジアからの輸入を受けとめられないとなりますと、ほかの国が受けとめます。どこも受けとめないときにはアジアの危機は長期化します。
 恐らく、今はアメリカがどんどんばくばくと輸入することだと思います。その結果、アメリカの貿易赤字はどんどん膨らんでいます。その果てには、とどのつまりは、日米関係が恐らく今年の後半以降、非常にまたきな臭い状況になると思います。
 いずれにしても、それは置いておいても、やはり日本も問題の一部であり、日本が対応しないとアジアの今の問題が解決できない側面がかなりあるというところが重要だと思います。
 最後に、中国のお話にちょっと触れておきたいと思いますが、中国の人民元がどうなるかと。中国の経済が混乱したら本当に世界が大混乱になると思いますが、当面は中国の人民元は今のまま維持されるという見通しです。
 というのは、先ほどの東南アジアあるいは韓国の危機と違って、中国は為替及び資本の移動を徹底的に管理しています。したがって、キャピタルアカウント・クライシスというものは起こり得ません。中国で起こる波乱は、中国の人民元が、周りの国がどんどん切り下げした結果、実質的に切り上がりになって人民元高になっていく。したがって、それを背景に中国の貿易収支が、今黒字ですけれども、だんだん悪くなってくる。悪くなってきますと、外貨を取りつぶして介入して為替を支えなくちゃいけません。ずっと悪くなってくると外貨がなくなります。そこまで至った場合には中国は自動的に切り下げせざるを得ないということですが、それは恐らくことしの年末までは起こらないと思います。
 しかし、それもまた、アジアの為替がどうなるか、アジアの混乱、アジアのデフレが今予想されている以上に深刻になりますと、中国の方にまでコンテージョン、伝染あるいは感染する可能性がないわけではありません。
 いずれにしても、従来のアプローチでアジアの問題を見てはいけないし、日本が問題の一部であり解決の多くの部分であるというところが非常に今日的な問題であるというのが私の感想です。
 まだ言い足りないことは多々ありますが、皆様との質疑の過程で追加していきたいと思います。
 ありがとうございました。
#6
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 質疑に入る前に、出席者各位にお願いがございます。本日も多くの委員が発言を希望されると思いますので、前回お守りいただいたのと同様、発言時間を一人一回五分以内に制限したいと存じます。なお、希望者の発言の一巡後は再び質疑することを認めますので、御協力をよろしくお願い申し上げます。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#7
○馳浩君 自由民主党の馳と申します。先輩方を差しおいて先に申しわけありません。
 まず、専修大学の岡部先生に一つだけ、聞きづらい話でもあるんですがお聞きいたします。
 普天間基地の機能の移転問題は、各党におきましてもちょっと手詰まり感を持っているというのが正直なところでありますが、ここで普天間基地の機能の県外移設の議論というものの必要性が少しは出てくるのではないかという気持ちを持っておりますが、その点について御意見があれば伺いたいと思います。
 ちなみに、私も専修大学出身でありまして、国際政治に明るい学生たちをより一層育成していただきますように御期待を申し上げます。
 二点目は、小島参考人に。私も日経の愛読者の一員として、現在、一番私の心配しておりますのが、インドネシアのスハルト大統領が三月十日に七選をされるだろう、恐らく副大統領にはハビビ氏が指名されるであろうということの不安であります。
 今、自由民主党の中でも、対外経済協力ということでアジア向けの支援を、これはODAあるいはOECF予算、それから輸銀も三千億円等々、上限にして準備をして進めておるところでありますが、必要なのはこれを政治的なメッセージとしてもっと強調していただきたいというところであります。一つにはインドネシアを初めとするASEANの各国に対して、一つは日本の国内に向けて、もう一つが欧米、とりわけアメリカに対してであります。
 インドネシアの国内に対しての政治的なメッセージの重要性というのは、インドネシアの一つの不幸というのは、日本のように強い野党がいないということが一つの悲劇であると私は思います。銀行、金融関係等、悪い言葉で言えば一族支配でありまして、これに対する不安で関係各国が引き揚げていかざるを得ないというふうな不安につながり、国内においては暴動につながっておりまして、ここで強力な日本からの支援があるということの政治的なメッセージというのは非常に必要性を持っていると思います。
 日本国内に向けては、日本でさえ財政構造改革を進めなきゃいけない時期に、なぜ海外に向けて、東南アジアに向けてということの意味が理解されていないのではないか、国民の皆さんに。そういう意味での必要性。
 それから最後に、アメリカに向けては、アジアからの安い輸出品をアメリカはこれ以上受け入れることができるんですかと。小島さんもさっきおっしゃったように、できない。アメリカの経済は強いと言われますけれども、アジアからどんどこ流れてくると一気にマイナスの方に転じる可能性もあるわけで、それを日本が防波堤としてやるんだという強い意欲を示すということが必要なのではないかという観点から。
 この三つに対する政治的なメッセージを、マスコミ界にも私は期待するところでありますし、政治の側からもしっかりと出すべきであるというふうに考えておりますが、この点に関する御見解をいただければありがたいと思います。
 以上です。
#8
○参考人(岡部達味君) ただいまの馳委員の御質問、大変難しい問題を含んでおりまして、普天間基地の移転を決めたこと自身がこれは大変なことであったわけでございますが、その移転先として県外を考えるという可能性、もちろんこれは論理的にはあり得ます。しかし、現実の問題としてそれを受け入れる場所があるかと言ったらばないと言わざるを得ないだろうと思うわけでございますし、また、地理的な、地政学的なという言葉を使う場合がよくあるわけでございますが、場所からいいまして沖縄というものが非常に理想的な場所にあるというふうに言われておりますので、この問題は論理的には考えられるけれども現実的には非常に困難だというふうに申し上げるしかない。
 そのことによって国民の負担の不公平性が生ずるということは大変遺憾なことでございますけれども、それは別の方法で補てんするしかないということになろうかと思います。
#9
○参考人(小島明君) インドネシアのお話をいただきましたが、まずODA、悪いタイミングで一〇%カットするなというのが一つの印象です。
 援助交際をやめるんじゃなくて援助する、その一〇%もカットする、ちょっとタイミングの悪いメッセージを与えた。これまた一つギャップがある。日本はODA大国であり、ドルベースで見てトップクラスのODAを出しているんだということがあります。しかし、DAC加盟諸国、二十四カ国ありますが、そのうち、要するにGNP、経済の規模に対するODAの比率というのはもうどんじりクラス、十九位か何かですね。ちょっとその辺の議論がずれています。
 そういう中で一〇%カットするのは非常に残念でして、私も最近報告書を出しました外務省のODA懇談会のメンバーとして、議論して報告書をまとめようとしている最中にあの一〇%カット方針が決まりまして、議論していた我々の仲間は本当にがっくりしたというのが実態です。今振り返ってみますと、最も悪いタイミングでそれが起こったということです。
 ただ、ODAは必要なんですが、アジアの問題で微妙なのが政治の問題ですね。確かに、アジアの多くの国が要するに経済を動かすために外国の資金、投資をどんどん呼び込もうとして、ある意味で市場化しています。しかし、市場化していないところがある、あるいは市場の要件を十分満たしていない格好で市場を部分的に使おうとしているところがある。そこが今どうも投機筋に使われている面があるんじゃないか。
 市場というのは、マーケットへの参入も自由である、退出も自由である、あるいは非常に容易である。マーケットに対して十分な情報が提供されている、その情報は信頼ができる。そういう十分で信頼できる情報に対して、どのマーケットの参加者も公平にアクセスができる。そういうような条件ができて、市場というものはおのずと正確な信号がともり、その正確な信号に基づいて人々が衝突しないで動くわけですね。
 そういう視点で見ますと、インドネシアの大統領中心のファミリービジネスみたいなところは、全く不透明な、市場とかけ離れた世界なんですね。これは、インドネシア自身の将来にとっても、あるところで調整していかざるを得ない問題です。それから、韓国においても財閥のグループがあり、それがまた問題になりました。気がついてみたら、財閥が大変な借金をして、過剰投資をして、そのツケで大騒ぎしておるという面があります。いわゆる市場経済を便宜的に一部だけ取り入れて、余りにそれを極端にやり過ぎたために今調整が起こっているという側面が多々あると思います。
 しかし、そういう状況に対して日本が積極的にメッセージを送れるかというと、なかなか言えない、言いにくい面も確かにあると思います。あるいは、言ったところでスハルト・グループがすぐ退くということもないんでしょう。そこが非常に難しいところで、結局、その対応策としてはIMFを出さざるを得ない。IMFは条件としていろいろつけている。IMFが、インドネシアあるいはタイにもそうですが、韓国に対しても出している条件というのは、単純な経済改革じゃなくて社会政治改革まで要求している問題です。これは、条件をつけられた国には相当きつい条件です。ですから、スハルトさんは一時期、拒否しました。
 しかし、IMFとのやりとりで結局受け入れざるを得ない。というのは、マーケットをある程度利用していますから、マーケットの力をインドネシアも韓国も感じ続けるわけです。マーケットの問題は、要するにコンフィデンス、マーケットにおける信認が失われ出したら大変なしっぺ返しを食うわけですね。現実に、インドネシアン・マーケット・コンフィデンスというのはコンフィデンス・クライシスです。韓国もそうです。それをどうやって保護していくのか。それは政治も妥協せざるを得ないし、その日が始まっている。
 ただ、今委員がおっしゃられた、選挙の後、スハルト体制が続いた場合にどうなるかというところは、まだマーケットが非常に疑心暗鬼で、もしそうなった場合にどうするか読み切れない。したがって、インドネシアに対する市場の不安心理というのは続く。非常に難しい問題です。
 最後に、ちょっとつけ加えさせていただきますと、韓国あたりの動きを見て、きょう金大中新大統領が就任しました。今の経済混乱はみんな前の政権のせいだ、私は新しいことをやるんだと言って、IMFの意見をどんどん取り入れようとしています。そうすると、韓国の社会政治改革というのは意外と早く進むかもしれない。日本は改革改革と言っていますが、議論はしていますが実態がなかなか進まないで、五年たって振り返ったら日本より非常に時代に合ったシステムが韓国にでき上がっている可能性があるということも、これは日本自身の一つの問題として受けとめなくちゃいけないというような感じがいたします。
#10
○馳浩君 ありがとうございました。
#11
○板垣正君 岡部先生に伺いたい。
 私は、きょうの先生のお話にも関連いたしますが、この国のあり方というもの、日本という国、これが国なのかということが今問われているくらい、非常に深刻な危機的な状況にあるというふうな認識を私は持っております。それが、さっき先生のお話にもございました、いわゆる戦後の占領体制なりその後の流れの中で、徹底した日本悪玉論といいますか、これが日本人自身に、政治の流れでも、教育、文化の面でも、これでもかこれでもかと徹底した日本悪玉思想というものが浸透し切っているのが戦後五十年の流れであったのではないのか。
 勢い、対外姿勢におきましても、中国との関係が一番これからも大事だと思いますけれども、一般の国民の意識の中にすら、対中関係というと謝罪だと、何度も何度も謝る。そしてまた、莫大な借款も出しておりますし、いろんな形での資金的な協力も行っておる。
 しかも、今度のガイドラインの問題にいたしましても、冷戦後の安保体制、今までの日米関係、あるいは今度のガイドラインの見直しにおきましても、これを通じて日本が積極的な軍事政策を進めでいくとかいうふうな意思というものは全く込められていない。したがって、恐らくアジアの国々におきましても、基本的なアメリカのプレゼンスなりそれに対応する日本の安全保障の姿勢というものは、それなりの理解、共感を得ていると思います。にもかかわらず、中国の場合には、軍事同盟的なものをまた広げていくということは時代おくれだというふうな、むしろ時代おくれ的な感覚に立って疑念を提起する、こういう姿勢が続いているわけですね。
 これらを通じて申し上げたいことは、やはりどこかで健全な両国関係、普通の国として、過去は過去として、過去の反省というものは日本人は言葉にあらわさないけれども十分なものを持っていると思います。同時に、中国が今後安定的な、さらに民主的な大国として発展していくことを拒む日本人はいないと思う。にもかかわらず、国内の問題について言いますと、例えば教育の問題、教科書の表現一つにつきましても、実質的に中国の内政干渉的な抗議、申し入れ等を契機にして、日本の教科書検定基準にも近隣諸国条項というようなものが政治的につけられて、極めて偏った形の教科書が今日も使われておる。あるいは、戦没者に対する慰霊、追悼というのはその国にとっての極めて基本的なことである。これが、多くの国民の期待なり特に切実な遺族の願いにもかかわらず、今日なお一国の総理が靖国参拝ができない。これはかかって、中国の機嫌を損ねてしまう、中国から大変な抗議が来ると。しかもそれは、何らそうした意図に関係のない、また戦争を賛美するとか反省が足りないとかいうふうな形の、極めて露骨な形で攻撃を加えられる。それに対して、きちっとしたこちらの物言いというものは余り出さないで、ひたすら意を迎える。十分反省いたしております、私の国は過去侵略をいたしました、申しわけございませんと。こういう流れと流れの間では、本当に健全な両国関係というものは成り立たない。
 この辺についてやはりある時点でひとつけじめをつけるといいますか、そのために若干の表面的な摩擦が起こってもそういう方向に日中関係を持っていかないと、再び中国問題においてつまずくようなことがあっては相ならない。二十一世紀の中国の発展というものは、いろんな見方がありますけれども、いずれにしてもこれは無視できない大きな存在になっていくに違いない。そういう意味合いで、先生もおっしゃられた、日本の政治意思といいますか基本姿勢というふうなものをこのあたりでもう一度見直して確立していく、あるいは中国、その他の国の場合もそうですけれども、やはりこちらの立場は立場として明確に意思表示はし、その中で両国の信頼関係をつくっていく、こういう方向というものが今非常に必要ではないか。
 こういう点につきまして、先生の御見解なり御所見があれば承りたいと思います。
#12
○参考人(岡部達味君) 順番に申し上げたいと思いますが、国のあり方という点での御指摘がございました。
 これは私、二十年ばかり前に、小島さんが所属しておられる日本経済新聞社から「東南アジアと日本の進路」という本を出しまして、その中で太平洋のスイス症候群という名前で、日本が自分が悪玉で、自分さえ何もしなければ、ほかの国のことに一切関心を持たないで小さくなっていれば平和になるという物の考え方は間違いであると。私、シンガポールに最初一年間、それからもう一遍一年半おりまして、計二年半、シンガポールから日本を見た場合に、日本はとてつもない大国でございました。それまで日本は小国であるという物の考え方が存在していたわけでございますけれども、国際的に見れば決してそういうものではないということがはっきりいたしまして、それを依然として日本は小国だからというふうに考えているのは、まるで関取が自分は子供であると考えて無邪気に満員電車に乗り込んだらどういうことになるか、けが人がたくさん出るだろうと、そういう例えをいたしまして、そういうことではいかぬのだという議論をいたしたことがございます。残念ながら、私の影響力が非常に小さかったということでございまして、その考え方はその後も長いこと続いてきているわけでございます。
 善玉悪玉論に関しましては私が申しましたとおりでございますが、特に中国は、国際政治に対する経験が浅いということもございまして善玉悪玉思想に凝り固まっているということがあったわけでございます。したがいまして、事実、日中戦争に関しましては日本は悪かったと私は思っておりますけれども、あらゆる問題を善玉悪玉で考えることは明らかに間違いである。にもかかわらず、あらゆる問題を善玉悪玉で考えようと。何か紛争が起こると、すべての責任は日本側にあるというふうに中国側が言う。そのたびに、戦争に関する罪悪感その他道義的な負い目を持っていらっしゃる、特に政治家の方が多かったように思うのでございますけれども、謝罪をされたということがございます。それがもう当たり前になってしまった。
 私は、日中関係に携わるようになりましてから大分になりますが、特に日中友好二十一世紀委員会、最初は専門委員という形でタッチいたしまして既に二期十年以上、そういう場で論争しておりますけれども、私は、今のようなやり方は健全な日中関係とは言えない、日中友好というのは本当に平等であるべきであるという観点から今の政策を変えないと、今にひどい、大変なことになりますよと。世代がかわってくる。新しい世代は、特に戦後生まれの人々は戦争それ自身に対しては責任がない。それに対して、あなた方は民族の連帯感というものを主張するのか。民族の連帯感は、あなた方が考える方向に行けばいいけれども、別の方向に行ったら大変なことになるよということを繰り返し申しました。
 しかしながら、これまた私の影響力が非常に小さかったためだと思いますけれども、中国の政策は変わらないまま、結局新しい世代の人々がいわゆる嫌悪感、中国に対する嫌悪の感というものをとるようになり、現在、日本と中国との間の関係に関する世論調査におきまして、中国に対して親近感を感ずる人の数が親近感を感じない人の数を既に下回ったという状態にまでなったわけでございます。私は、もはやこういう状態になったならば感情問題としてそれを回復することはできない、だからお互いに共通の利害関係で結ばれているんだということを認識し合おうでないかということを現在繰り返し言っているわけでございます。そういう形で、この日中間の友好関係、日中がともにアジア太平洋地域の安定に責任を持っているということを確認していこうという考え方を繰り返し言っているわけでございます。
 しかしながら、中国におきましてスケープゴートとして日本が一番適切なものでございますので、日本に対する批判を中国指導部は繰り返したわけでございます。それが、一九九五年がたまたま戦後五十周年であったために、反日愛国主義キャンペーンという形で非常に大きく行われました。それが過剰に効果を持ちました結果、中国人の反日感情がこれまた非常に強くなり、そして中国指導部のコントロールができない度合いにまで達したわけでございます。それ以後、九六年以後というふうに申し上げていいかと思いますが、中国指導部は一生懸命この反日愛国主義の鎮静化に努めているというのが現状でございます。
 私は、もうそれは手おくれじゃないか、私が言ったようにやればこういうことにはならなかったんだと、そういうことを言っておりますけれども、それは言っても後ろ向きの議論でございまして何にもならないので、できるだけ日本と中国との間の悪感情を除去するということ、そして共通の利害関係というものを強調すること、これが非常に重要であると。歴史の問題は我々は忘れるべきではないと思いますけれども、それは常に前向きに生かすべきである。日本は既に戦後五十二年、前向きに生かしている。しかし、中国が歴史と言う場合に、その歴史は五十二年前でストップしているわけですね。その後の五十二年は入っていない。
 私は昨年の日中友好二十一世紀委員会の基調報告をいたしましたけれども、そこで戦後の五十二年を含めた歴史の教訓にかんがみてという一旬を挿入いたしました。これは非常に重要な点でございますが、残念ながら日本のマスコミは全然それに気がついてくれなかったというのが私のマスコミ批判でございます。先ほど小島さんの論説を拝読いたしましたけれども、それに対しての批判ではございませんが、そういう新聞記者がいるということは何とかしなければならないことだろうと思うわけでございます。
 安全保障条約の再定義問題に関する中国の批判も、実は日本の新聞によって挑発されたという側面があるわけでございます。一九九六年四月十七日、本来、クリントン大統領と村山首相との間で前年の十一月に発表されるべきはずであった日米安保共同宣言が、四月になって橋本首相との間で発表されたわけでございますが、その中では中国の建設的協力を望むということしか書いてないんですね。人民日報には、その部分の翻訳、それから橋本首相がクリントン大統領に対して中国をWTOに入れなさいと言ったと、そういう報道が出たのみでございました。ところが、その二日後に、日本の新聞が日米安保共同宣言に対して批判的であるという報道が出始めて、だんだんそれがエスカレートした。これがまたコントロール不能な状態になったわけですね。
 最近の状態を振り返っていただければわかるのでございますが、中国が日米安保条約に対する批判を行う度合いが極めて減っております。これは要するに、日本の新聞が言うのだからこれを使って日本にプレッシャーをかけようということであったわけでございまして、そういう観点から私は、マスコミは傍観者ではなくて当事者であると。ペルーの日本大使公邸事件のときにも、特だねをねらったか何か知りませんが、勝手に大使館内に立ち入った人がおりまして、これはテレビでございますけれども、これもマスコミの地位を理解していない人であるというふうに私は考えているわけでございます。そういうような状態が存在しているということ、これははっきりと私どもは理解しておかなければならないだろうというふうに思うわけでございます。
 したがいまして、ほかにもさまざまな問題があるわけでございますが、少なくとも健全な日中関係というものは真に平等な関係が健全な日中関係であると。水戸黄門じゃございませんけれども、印籠を出されたら片方がへえと頭を下げるという関係は決して望ましい関係ではないということを繰り返し申し上げております。
 先生方も、中国へいらっしゃいましたときに、中国側の発言に対しまして言うべきことは言うという姿勢を貫いていただいて、私どもの努力を御支援いただければ大変ありがたいというふうに感じている次第でございます。
 ありがとうございました。
#13
○広中和歌子君 民友連の広中でございます。
 今回は、まず小島参考人にお伺いさせていただきます。
 先ほどのアジアの現下の金融危機に関しては日本はその一部であるというメッセージは、大変重く、そして興味深く受けとめたわけでございます。
   〔会長退席、理事板垣正君着席〕
 私にも小さな体験があるんですけれども、アメリカからコンピューター関係の若いビジネスマンが日本に立ち寄りました。それは台湾でのビジネスの帰りだったわけですけれども、この会社は台湾からパーツを輸入していると。アメリカにおける生産を拡大するために台湾からのパーツの輸入を拡大したいという目的で視察に行ったわけですけれども、台湾側としては増産の見込みが立たないと。その見込みが立たない理由というのは、さらなる投資が受けられないから増産はできない、そういうことであったわけです。つまり、ここにも貸し渋りの実態があるわけでございます。
 先ほどの例には台湾のことは入っておりませんでしたけれども、アジア各地におけるこうした貸し渋りそして資金の引き揚げに関して、日本がむしろ引き金を引くんじゃないかというおそれがある中で、日本政府としては日本の各企業に対してそうした貸し渋りとか資金の引き揚げを自粛するようにという要請をしているのかどうかということ。あるいは、もしそういうことがないのであれば、少なくとも引き揚げに関しては民間でお互いに自粛をするような、つまり自粛をすれば結果的には自分たちがひっかぶるわけですから、そういうような自制が働いているのかどうか、お伺いしたいと思います。
 そして先ほど、この金融問題、つまりアジアの経済危機というんでしょうか、それを解決するためには日本自身の金融不安そのものが解決しなければならないということをおっしゃいましたけれども、そういう一環として、例えば三十兆円の公的資金が預金者保護だけではなくて金融システムそのものの健全性のために投入されているという受けとめ方をするのであれば、それによって日本の今後の金融のグローバル化というのはどのようなインパクトを受けるんでしょうかということ。そして、こういうプロセスを通じて、日本政府の金融機関への介入というのが逆に強まるんじゃないか、そしてせっかく市場が開かれたとしても競争力のある金融機関が生き残っていけるのだろうか、そういったような危惧も抱くわけでございます。
 この点について、きょうお話しいただいたところから少し外に出た質問でございますけれども、せっかくのエキスパートをお迎えしてのことでございますので、突っ込んで質問させていただきます。
 どうもありがとうございました。
#14
○参考人(小島明君) 私自身、エキスパートじゃなくて、エキスパートのお話を聞いているという立場であります。
 まず最初の方なんですが、三週間ほど前ですか、東京にアンワルさんというマレーシアの副首相が来られまして、着いたその日、ちょっとあいているという向こうからの連絡があって、何人か学者と一緒に夕食をともにしたんです。この話が当然出ました。日本はという説明をしたら、一緒に連れてきた中央銀行の理事クラスの女性が、いや、率直な話をすると、日本の民間の金融機関はそんなに協力してくれていないんだ、あるいは協力しても非常に動きがのろい、遅いと言うわけですね。結局、危機が起こる過程では、日本の金融機関は短期の金融資金をかなり回収した、一生懸命回収したんですね。それが危機を増幅したことは明らかだったと思います。
 それで、危機に対して今度は対応しなくちゃいけないというので、IMFを中心とした公的なところは結構早く出ましたが、問題なのは、今度は民間の借金が多いわけですから民間の借金をどうやって調整するか。それは貸し手の問題でもあるわけですね。民間なんですね。
 それについては、やはり日本の金融機関は余りリーダーシップを残念ながら発揮していません。アメリカの金融機関がわっと出て、余り強引に出て高い金利の条件をつけたので、例えばアメリカのJPモルガンというのは今韓国では大分批判されているというか、たたかれています。その民間部門の金融機関の協調融資、つなぎ融資を協調してやる交渉というのがあったわけですが、そのプロセスにおいては日本は主導的な対応はしてこなかった。それは事実です。
 それから、もう一つ御指摘の、では行政、政府は何をしていたかということですが、二年ほど前にもし同じことがあったら、もう強引にその金融機関のトップを呼びつけて、ともかくつなぎの融資はしろ、融資のロールオーバーをしろと行政指導をしたはずですが、御承知のとおり、大蔵省は近年、いろんなことでつまずきまして、傷だらけでありまして、それほど表立った指導はしにくいというのが実態です。現実に指導めいたもの、要するに説得はしているわけですけれども、従来のような効き目がなくて、日本の民間金融機関の協力プロセスヘの関与の仕方というのはやはり目立たない、あるいはその他の欧米の金融機関と比べるとおくれてしまった、そういう印象を与えている。現実に、先ほど言ったアンワル副首相との話でも、アンワル副首相本人及び一緒に来られた中央銀行の人も、いや、日本の金融機関はそう簡単には資金のつなぎをやってくれないんだということを言っていました。
 しかし、それをやりますと、問題はみずから日本と自分自身にはね返ってくるわけです。結果としては結局協力するんですね。だから、もっとイニシアチブをとって、事後的に資金を出すんじゃなくで、最初からやってほしいという感じはします。民間金融機関の姿が海外から見て見えにくかったというのはそこにあると思いますね。
 それから、後半の御指摘なんですが、三十兆円の問題で今まさに予算委員会でもこれから真剣な議論が展開されると思いますけれども、確かにもういろいろな議論があります。それで、それぞれの措置は完璧ではありません。完璧なものをみんなが納得して用意するということは恐らく難しいんじゃないかと思うんです。その合意ができるまでには時間がかかりますから、危機がもっと深刻化するだけです。
   〔理事板垣正君退席、会長着席〕
 今、残念ながら金融機関はいろんな問題を抱えています。責任問題もあります。しかし、責任問題は責任問題として別個追及しながら今の金融危機に対する対応をしないと、今度は犠牲者は金融機関でなくて、それとつき合っている一般の個人消費者であり、借り手であり、企業であり、要するに、実体経済面にその金融機関のいろんな不手際の影響が今出てきているのが問題だと思うんですね。
 だから、個人的な感想ということで聞いていただきたいんですが、三十兆円があってその中身は不完全であってもようやくあれが動き出した結果、海外の日本を見る目も、日本は何かし始めたなという形で変わってきた。変わってこないと、今度は被害者は実体経済、個人であり、ちゃんとした経営をしている、本来だったら黒字で経営が続けられる優良な企業になるわけですね。だから、犠牲者が金融機関だけじゃなくて、山一がつぶれるとか北拓がつぶれるとかいうことじゃなくて、その影響がリアルエコノミー、実体経済に来た今では、三十兆円であれ何であれ早く対応を、個々の措置は不完全であっても急いでやった方がいい。あと、振り返って、あるいは並行して責任問題は処理したらいいんじゃないかと思います。
 それから、行政指導がまた強くなるとか規制が強くなるということなんですが、短期的に見ますと恐らくそういうことだと思います、残念ながら。それから、自己資本を高めるためとかいって資金注入するのも、結局都銀全部がやるということですから、また護送船団型なわけです。せっかく我々はもう護送船団を解消しようと言ってキャンペーンもやってきたんですが、ただいまの瞬間はまた部分的復活です。しかし、それを長期にやったら問題ですけれども、短期は仕方がないのかなという感じもして、私自身、非常に複雑な心境です。
 それから、次の問題なんですが、なぜ金融機関がここまでこんなぶざまな格好になったかということを見ますと、やはり行政が指導し過ぎたことです。行政は、とりわけそれを担当する行政は、税金を取り立てるとか予算を強引に振り分けるとかいう法律に基づいた権力を使って政策をする、そういう発想でしかありませんから、まさにマーケットと対抗、対立する発想なわけです。
 その権力機構が、市場の民主主義、経済の民主主義はマーケットエコノミーだと思うんですが、それを税金を取るのと同じ発想で管理しようとした結果、マーケットで働くべき金融機関がだんだんその能力を失っていった。国内のマーケットならそれで何とかなったんですが、おっしゃるとおり、世界はグローバルになって金融機関もそれに対応してマーケットを広げていかなくちゃいけない。そうすると、マーケットが要求する状況と、我々が統制型で行政指導をするやり方とのギャップがますますもって厳しく出てきた、それが今の問題だと思います。
 ビッグバンによって多少自由化するということで、鳥かごに入れてずっと管理していた金融機関を多少自由にしようというので窓をあけたわけですね、鳥がこの。しかし、余りに長く鳥かごに入れてがんじがらめにしていたものですから、なかなか窓から出ていかないし、あるいは出ていっても羽ばたかない、羽ばたく能力が落ちた。これはシステムによるモラルハザードが明らかに起こっている。
 だから、護送船団型というのは、瞬間、今の緊急事態において多少ともあることは仕方がないとしても、完全にそれは変えなくちゃいけない。入り口でああせいこうせい、こうしちゃいけないというチェックでなくて、ルールを決めたらそのルールははっきりと公開し、明示的にしてだれでもわかるようにして、そのルールに基づいて行動したのかどうかのチェックをする。これは規制というよりもサーベイランス、監視ですね。入り口で許可するとか認可するというのじゃなくて、ルールに基づけば自動的にみんな自由にやらせて、ルール違反があるかどうかを監視するという事後的な監視のシステムに行政を切りかえない限り、日本の金融システムというのは全体が地盤沈下するだけだと思います。
 ついでに言いますと、日本の金融史をずっと見ていまして、大和銀行が巨額損失事件を海外で起こして、結果的にはアメリカの市場から追放されました。これは大変な事件ですね。何が問題かというと、要するに、普通の場合でしたらあそこで問題になったのはその管理責任で、現地のアメリカ法人のトップそれから犯罪を犯した当人が処罰の対象になるわけですが、結局追放されたわけです。それは結局、問題が起こって当局に報告があったけれども、その連絡がアメリカの当局に伝わらないという形の行政をやっていたわけです。日本の行政とそれに基づいて行動している金融産業が、少なくともアメリカのマーケットあるいはシステムとの互換性を失ったということだと思うんです。それは、金融機関が追放されたということだけじゃなくて、日本の行政のやり方も追放されたと。そういう中で、あれ以来、ジャパン・プレミアムが出始めたんですね。
 日本のシステムというのは、情報は官が独占して、必要な情報はマーケットに出てこない。官は、独占する結果、それを自分だけが持っているわけですからいろんなパワーに使えるわけです。それは今、冷戦が終わってからの世界の中心、主潮流になろうとしている市場経済のニーズと全く違う世界なわけです。
 日本の金融機関の問題は貸し渋りと言います。その背景がジャパン・プレミアムですが、ジャパン・プレミアムが特定の銀行にだけ起こったんじゃなくて、すべての金融機関に起こったところが一つのポイントだと思います。というのは、日本の金融産業というものが全部そういう目で一括して見られている、それは行政と一体になったそのシステム全体が要するにマーケットで一緒に罰を受けているということだと思いますね。したがって、個々の金融機関のあり方だけでなくて、その背景にある行政のあり方、行政も含めた金融システム全体のやり方が根本的に変わらない限り、日本の金融機関はビッグバンをやろうが何であろうが競争力の維持はできない。現実に今起こっているのは、つぶれた後を解体するようにして、メリルリンチやその他外国の金融機関が来てどんどん買い取っているわけですね。結果的にはウィンブルドン型のマーケットになるかもしれません。しかし、日本国内の金融機関が一般の経済あるいは社会、企業、個人のニーズに対して十分にこたえられないとすれば、外国の優良な金融機関が来ていろんな商品、サービスを提供してくれることは結果的にはプラスですから、現実にはそれは、全部合わせてみて、いい方向に動き出しているのかなという感じもします。
 ビッグバンをやれば金融機関がぴんとするというあれじゃなくて、御指摘のとおり、やりようによっては、行政も金融機関の個々の経営者も抜本的に自己改革をしない限りは、日本の金融機関は競争力をグローバルマーケットで確保できないと思います。現実に、日本でビッグバンを議論している間、欧米の金融機関はますますもって強いところが強いところと一緒になったり、再編成が進んでいるわけですね。日本では、議論は進んでいますけれども実態がなかなか進まない、議論のビッグバンであって実態は全然ビッグバンでない。また内外の調整のスピードギャップ、改革のスピードギャップが改めて出てきているという感じがいたします。
#15
○山本一太君 自由民主党の山本一太です。お聞きしたいことは山ほどあるんですが、両参考人に一問か二問ずつ簡単にお尋ねをさせていただきたいと思います。
 まず岡部先生が、紛争というのは日常的にあるというお話でございましたが、きょう私は馳先生との質問の紛争に負けて、いつもは紛争に勝って一番最初に質問しているんですけれども、こんなにおくれてしまいまして、なるほどやっぱり紛争というのは常に日常生活にあるのかなと現に体験をしたわけでございます。
 今、国際社会における紛争を抑止する力が先生がおっしゃったようによくも悪くもアメリカにしかないというのは、私も本当にそうだというふうに思います。今回のイラクの査察に対するアメリカの対応は、いろいろ賛否両論あったかと思いますけれども、フランスもロシアも中国もイラクに債権があって、しかも石油の利権なんかもいろいろあってなかなか物が言えないという中で、フセインの政策を変える唯一の抑止力は、やはりアメリカがもしかすると空爆をするかもしれないということだけだったのかなというふうに改めて思いました。
 その中で岡部先生が、それじゃそのアメリカを抑止する力は何なのか、恐らくそれは国際社会の世論とかそんなことだと思うんですけれども、日本がアメリカに対する抑止になるというお話がありましたけれども、先生が考えられる、日本がアメリカに対する抑止になるその外交戦略といいますか、そのイメージというものをお聞かせいただきたいというのが岡部先生に対する質問です。
 それからあと、小島参考人から、今回のアジア危機がキャピタルのアカウントがきっかけになって起こったということで従来型と違うというお話がありまして、先ほどもありましたけれども、日本責任論台頭なんかもいろいろ興味深く伺ったわけです。
 同時に、先ほど参考人のお話で、IMFの対応もコンディショナリティーのかけ方もちょっと今までと違うと。これまでの危機というのは、どちらかといえば政府が過剰投資をして借金をしたケースが多かったんだけれども、今回は民間が借金をしていると。しかしながら、IMFのパッケージの中には、私はそういうふうにとったんですが、従来型のコンポーネントが随分あるというお話があったんですけれども、小島参考人からごらんになって、今のIMFのアジアに対する政策というものが果たして非常に理にかなったものなのか、そのやり方でここら辺を改善できるんではないかとか、あるいはここら辺がちょっとおかしいんではないかという御意見がもしあれば伺いたいというのが二つ目の質問です。
 あともう一つ、簡単で結構なんですが、アンワル副首相のお話が出たんですけれども、この間来日されたときに、うちの党の日本マレーシア議連で四十分か四十五分ぐらいお話をさせていただいて、その中でアンワル副首相がしきりにおっしゃっていたのが、アメリカが反対した例のADF構想の件で、日本がもうあっという間に引っ込めちゃったんで非常にがっかりしたというお話がありましたけれども、これについてどのように個人的に思われるか。
 この全部合わせて三点について例えればと思います。
#16
○参考人(岡部達味君) ただいま御指摘の、日本がアメリカに対する抑止力になるんじゃないかということについての御質問でございますが、もちろん日本だけということではございません、ほかにも多くの国あるいは団体等々からの抑止力というものは働くわけでございますが、日本はアジアにおいて一番アメリカが頼りにしている同盟国であると。
 これまでのところ、経済問題でアメリカとの間に紛争が生じたときには日本はかなりはっきり物を言っているわけでございます。一部の経済人の間にはアジア主義というような形でアジアを糾合してアメリカや欧米スタンダードに対抗しようというような議論まで出たくらいでございますが、安全保障に関しましては日本は、やるべきことをやっていないという引け目があることによりまして大変アメリカ追随的でございます。したがいまして、アメリカに対する発言力を増大させるためにも、より平等な関係というものも築く必要があるんじゃないかというのが私の考え方でございます。
 例えば安全保障条約を考えてみますと、一九五一年に調印されました旧安全保障条約におきましては、アメリカは日本を守る義務はないわけであります。あれは基地貸与協定のようなものであったわけであります。それを多少双務的なものにしようというふうに、ナショナリストであられたんだろうと思いますが、岸総理の時代にそれをやられて、その結果は戦後日本における最大の反政府運動というものを引き起こしてしまったわけでございますが、にもかかわらずそのときできた条約がもう三十八年になりますか、続いているという状態でございます。
 それで、現安保条約における双務性というのはどこにあるかといえば、アメリカは日本を守る義務がある、それから日本は日本にいるアメリカ兵が攻撃されたときにそれを守る義務があるという非常に限定された双務性でございます。しかも、ソ連が相手のときはこれは自動的にそうなると思いますが、冷戦が終了いたしますとそう簡単な話ではなくなってくるわけでございまして、安保条約五条が日本を守るためのものであるとするならば、極東の平和と安全ということを規定しました安保条約六条というものが重要になってくる。その安保条約六条に関しまして日本が何かすることがあるかといったら、何もないわけでございます。そういう状態のもとでイラクに対して武力行使しない方がいいよというようなことを仮に日本が言っても、全くこれは発言権がないわけであります。
 したがいまして、日米だけではなくて、日本はあらゆる面でいろいろな国との間で不平等な関係を持っております。日本の方が下ですね、日本が上の場合ももちろんあるんですが。そういう不平等な関係を是正すること、それによって発言権を増大すること、これが最も重要なことであろうというふうに考えるわけでございます。それによって初めでアメリカ追随以外の選択肢が得られると、こういうふうに言えるのではなかろうかと思うわけでございます。
 もちろん、そのために日本国憲法の枠を超える必要、例えば海外派兵、戦闘部隊の派兵をしなきゃならぬとか、そういうことは必要ないと思います。世論がそれを望むなら別でございますが、そうでない限りにおいてそれはそこまで考える必要はもちろんございませんけれども、もう少しこの日米間の協力関係というものは具体的な形をとる必要があるだろうと。
 日米防衛協力の指針改定というもの、それこそ一部の程度の低い新聞記者の話でございますが、大騒ぎしておりますけれども、あれをごらんになればわかるとおり全く生ぬるいものでございまして、あれをアメリカ人が本気で読んだら怒る、日本はこんなことしかしないのかという程度のものであるわけでございます。それに中国も気がつきまして、最近は、日米防衛指針の改定などと言っているけれどもあれはこけおどしたという論調が出ておりますが、まさにそのとおりであるわけでございまして、中国が日本批判をやめた理由の一つは、これは実際は何の役にも立たぬということがわかっちゃったということだろうと思うわけでございます。もう少し本当に平等な立場をとるべきであるというふうに考えております。
#17
○参考人(小島明君) 委員が指摘されたとおりの議論が日本だけじゃなくて欧米でも起こっておりまして、IMFが従来のやり方でいいのかという議論が一斉に起こっております。ただ、結論的に言いますと、従来と変えなくちゃいけない要素はあるけれども、基本的なところはIMFの出番がまだあって、今のところ、それにちゃんとかわるようなシステムとアイデアがないという状況だと思います。
 IMFが今問題だという議論は、例えば、事務局で用意していただきました「参考人の主要論文等」という冊子がありまして、私のメモが二十二ページからついております。これは、この会合の関係で事務局の方が私のオフィスに来られたときに、たまたま「国際問題」という雑誌の原稿ができて送ろうとしたところでありまして、ですからこれは国際問題研究所に行く前にこちらに原稿が来てそれが載っているということであります。公開すれば公共財ですからもう全然差し支えないわけですが、そこの資料の二十八ページ以降にもIMFのあり方をめぐる議論を整理しておきました。
 IMFそのものが実は問題の一部になっているんじゃないかという議論もあります。IMFというのはインターナショナル・マネタリー・ファンドですが、インターナショナル・マネタリー・フェーリャーだという議論もありまして、確かにその問題があります。
 幾つかの問題がありますが、今おっしゃられたように危機のタイプが違うこと、それから危機がどんどんコンテージョンで連鎖しますと全体の危機の程度が大きくなります。それに対する対応のために必要な資金の量が急激に大きくなる。IMFの今の資金が足りないということが出てきます。その結果、日本の資金もIMFの経由ではなくて、世銀、輸銀の資金を出したり、いろんなことでやっているわけです。
 IMFに資金力、動員できる資金資源が足りないということで、実は、アジアに新しいファンドみたいなものということを最初に言い出した一人は、IMFのカムドシュ専務理事御本人です。それは、今のIMFでは資金が足りないと。今、GAB、一般借り入れ取り決めで追加的に資金を拠出するような仕組みがありますが、それを全部使っても足りない、もう恐らくIMFがすべて動員しても二千億ドル使えるか使えないかだと思います。現実にもう千億ドルは危機の前に使ってしまいましたから、危機のときに動員する資金というのは足りなかったわけですね。だから、何か別の補完的な基金、ファンドが必要だということは問題意識として共通に理解され出していると思います。
 しかし、そういう別の基金、補足的な基金あるいは機能をだれが取り仕切るのか。これをめぐっては、これはパワーゲームが多分に絡む問題ですからなかなか思うようにいかない。日本が前に出たいというふうに当局の一部の人が動き出しましたらたちまち何だと足を引っ張られるというぐあいです。いろいろIMF自身もパワーを維持したい。IMFを管理しているのは実はアメリカでもある、アメリカ自身が管理したいという複雑な状況です。
 そのアメリカはというと、IMFの増資が必要だという議論をしても、それは行政府のレベルでの議論であって、実際に増資をするときは財政資金を投入するわけですが、そのときは連邦議会がノーを言ったり、今回もアジアの危機に対して税金を使うのはいかぬというようなことをアメリカの連邦議会の人たちは議論しております。非常に自己矛盾な状況でアメリカの議論もあります。
 ただ、残念ながら言えるのは、リーダーシップは放さないぞという強い意思表示は、実感できるように、あると思います。お金は出さない、あるいはお金はない、それだったら金がある貯蓄超過の日本が出せと。湾岸戦争も何もみんな最近はアメリカンリーダーシップ、ジャパニーズマネーという組み合わせで成り立っているような感じがありますが、今回も、いざだれがそれを取り仕切るのかということになると、やっぱりアメリカが取り仕切る、アメリカのもとで動いているIMFが取り仕切ると。アメリカが直接出るか、IMFがその前に出るかは別にしまして。それと対抗する格好のリーダーシップで新しい機能を持った基金なり機能、機構を打ち立てようとしたら、これは効果も上がらないし、そういう政治的なパワーゲームの中でもみくちゃにされて、結果的には非生産的な結果に終わると思います。
 したがって、今あるIMFをどうやって機能を強化してパワーアップしていくか、あるいは新しい機能を持った機関をつくるとしたら、それをどうやってIMFその他既存の機構との協調関係を組み立てるか、そういう知恵が恐らく必要じゃないかと思います。
 さらに、御指摘のように短期資金がわっと動いて一日に恐らく一兆ドル、二兆ドルの資金が毎日動いている、そういうマネーの世界があります。物とサービスの取引も今百倍ぐらいの資金、お金の動きだと思います。それは動きが始まれば瞬時に動くわけで、これがしばらく動き出したらどうにもならないという側面があります。
 じゃ、そこで何をしたらいいのか。一部に真剣な議論として、短期的な足の速い資金には足の動きが鈍くなるように税金をかけたらいいという議論があります。エール大学でノーベル賞をもらったジェームズ・トービンが言っているのがトービン・タックスとして有名な議論です。しかし、具体的にそれはどうやったらいいのか、どうやって税金をかけるのかという方法論においては全然点検もされていません。しかし、何かしなくちゃいけないという議論はIMFの改革論というか強化論以外にも起こっています。中には、変動相場制そのものを少し見直さなくちゃいけないんじゃないかという議論もあります。あるいは、EUみたいな格好でそれぞれの地域で通貨の安定をやるやり方があるので、それをほかの地域にもつくって全体が協力しながらできる仕組みというのはないのかなというような議論もあります。
 今のIMFの体制というのは第二次大戦のブレトンウッズ会議で決まったもので、ブレトンウッズ体制と言われていましたが、第二次ブレトンウッズ会議も必要だという議論が、もうこの危機の発生する以前から、ここ三年、四年ぐらい通貨の専門家の中で議論され続けています。アメリカの中央銀行、FRBの前議長、ポール・ボルカーなんという人は、やはりもう少し為替の変動、資金の動きに対して管理するような仕組みを入れなくちゃいけないという管理論です。しかし、一部の国、一部の人たちは、それは全く時代おくれだ、時代錯誤だというような形で反論をしています。いずれにしても、問題があるということはみんな共通してわかっている。しかし、それをどうやって対応するかということについては、議論は延々と続きそうです。
 したがって、それぞれの国あるいはそれぞれの企業なりは、為替、資金の動きというものがそういう形で動いているということを前提にして、いかにリスクマネジメントをやるか。余り急激に短期的な資金に、その国が海外の資金に依存した場合には突然の変動もあり得るということを今回明らかなレッスンとして示したわけですから、国全体の経済の運営の仕方、外資の使い方ということで、それを教訓にしてそれぞれが対応していくしか今はないのかなという感じがします。議論がにぎやかですけれども、対応が不十分といいますか出てこないというのが残念ながら現状だというふうに理解しております。
#18
○山本一太君 ありがとうございました。
#19
○会長(林田悠紀夫君) これより午後三時二十分まで休憩いたします。
   午後三時十分休憩
     ―――――・―――――
   午後三時二十分開会
#20
○会長(林田悠紀夫君) 国際問題に関する調査会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、国際問題に関する調査を議題とし、参考人に対する質疑を行います。
#21
○上田耕一郎君 日本共産党の上田でございます。
 小島参考人には一巡後時間がありましたらお聞きしたいと思うんですが、岡部参考人に二問お聞きしたいと思います。
 一つは、アメリカの抑止力についてで、今回のイラクに対するアメリカの武力行使の構えは、結局フセイン政権を強化したという思わざる結果になったんじゃないかと思うんですね。あの武力行使は、安保理の決議にもないし、それから国連憲章五十一条にも合わないし、国際法上も根拠があやふやというようないと私は思うんです。と同時に、イラクを例のローグステーツ、ごろつき国家と言うことでアメリカが参考人のおっしゃった悪玉論、非常に明白な悪玉論に立っていたということが、非常に拙劣で無理な態度になったんじゃないかと思うんですね。
 アメリカはソ連崩壊後、敵がいないとアメリカの議会も膨大な軍事予算を認めないので、ごろつき国家というのをつくり出して、そのために軍事力を言っていたんですが、どうも北朝鮮、イラク、イラン、リビアなどではいつまでも合理化できないので、新しく潜在的なアメリカに対抗する国家になり得るものとしてそういう理論をつくり始めまして、今度の国防報告にも載っているんですけれども、それはロシア、中国、インド、こういうものが潜在的なアメリカと対抗し得る国家になり得るものという新しい位置づけが出てきているんですね。
 参考人の御専門の中国問題にもここでかかわってくると思うんですけれども、国防報告がそうなって公然と中国をそういうアメリカに対抗し得る潜在力として認めるということになりますと、米中関係の緊張がやっぱり生まれてきかねません。我々が非常に危惧していますのは、アメリカには御存じのような台湾関係法がありますね。あの台湾関係法というのは特に台湾は武力で守るという法律ですから、こうなってくるとアジア情勢で、中国はこれは内政干渉だと。余り中国はアメリカには文句は言いませんけれども、台湾関係法が持っている一つの中国との対抗関係というのは非常に明白だと思うんです。そういう意味で、参考人のおっしゃるアメリカの抑止力としての唯一の役割というのに私どもは根本的な疑問を持っているんですけれども、特に台湾関係法とアジア情勢、そこについてどういう御意見をお持ちなのか、お聞きしたいと思います。これが第一点です。
 第二点は、協調的安全保障ということをお話しされました。ASEAN地域フォーラムは多国間安保のあらわれだ、ASEAN地域フォーラムと日米同盟は相互補完的だとおっしゃって、日米同盟については有事法制、集団的自衛権、こういうことまで主張されました。そうなりますと、アジアの平和のために日米安保はもっと強くしなきゃならぬということだと思うんですね。これは中国は非常に警戒心を強めておりまして、ニクソン訪中以来中国は安保支持になって二言も批判をしていなかったんですけれども、御指摘の日米安保共同宣言以来初めて批判を始めて、新ガイドライン以後極めて強い批判です。
 僕は、日本のジャーナリズムの影響じゃなくて、読んでみると非常に的確だと思うんです。二国間の安保なら何も言わないと。二国間安保でなくなる、しかも台湾まで入ってくると困るというので、周辺地域から台湾は除けということは公式にも申し入れが来ているぐらいで、ところが日本側は何もそれは言いませんから、そういう点では軍事同盟の強化というのはやはり平和に逆行するんじゃないかと思うんです。仮想敵国を持っているのが軍事同盟ですから、ソ連とワルシャワ条約機構がなくなった以上、やっぱり軍事同盟をなくして、国連憲章の原点である集団的安全保障を思い切ってつくり出す努力を世界じゅうでやらなきゃならぬ。
 国連憲章の第八章に地域取り決めというのがありますけれども、アジアでは今安保があるのは日米安保と米韓相互防衛条約、たった二つです。だから、この二つの軍事同盟をなくして、アジアでは非同盟諸国会議に二十カ国入っているので、まずアジアで国連憲章八章の地域取り決め、集団的安全保障の地域的な体系をつくるために努力すべきだ。これは何もアメリカはアジアから全部出ていけということじゃないわけです。アメリカもハワイ、グアムにもありますしね。ただ、日本と韓国からは出ていっていただきたいということになると思うんです。
 そういう集団的安全保障を本格的に目指す、これはなかなか難しいことだけれども、ソ連とワルシャワ条約機構がなくなったという歴史的なチャンスでは、やっぱり国連憲章の原点に基づく努力をアジア地域でもやらなければならないのではないかと思っておるんです。
 以上、二問でございます。
#22
○参考人(岡部達味君) 大変重要な問題を御指摘いただいたわけでございますが、時間の関係でごく簡潔に申し上げたいと思います。
 アメリカのイラク攻撃に関する御指摘でございますけれども、これは私の感触では、アメリカが持っておりますさまざまな性癖、例えば自分流の道義で世の中を善悪で切るという傾向が確かにあるわけでございますし、いろいろございますが、私は、一番重要だったのはクリントン大統領のセックススキャンダルではなかったかというふうに考えているわけでございます。したがいまして、国連事務総長の仲介というもので目的は、目をそらすのは達したということで無事平和的に終わるように考えておりますが、そう簡単に決めることはできないだろうというふうに考えております。
 それから、潜在敵国が必要であるという点に関しましては、そういう善玉悪玉論をとっている人々は日本だけではなくてほかの国にもたくさんいるわけでございまして、そういう人を説得するためにそういうものを使わなきゃならないという場合があることは否定できないと思います。しかし、それを行政府がそのとおりに考えているかどうかといえばそうではない。江沢民中国国家主席がアメリカを訪問しましてから以降、中国の対米態度というのはがらりと変わっております。私、日米中三国の安全保障協力会議というものの日本側団長をやっておりまして、目の前で江沢民訪米以後の中国の態度ががらりと変わったのを目撃して思わず皮肉を言ったくらいでございますけれども、その点では中国との対決の問題は起こらないというふうに考えております。
 アメリカ自身が台湾に介入するかどうか、これは決めていない、これがいわゆる有名なあいまい戦略、ストラテジー・オブ・アンビグイティーというのでございまして、決めていない。ただ、中国側には誤解があったと、アメリカが台湾海峡危機のときに航空母艦二隻、機動部隊二つを派遣したのでびっくりしたということがけさの産経新聞にアメリカ側の報告書として載っておりますが、あるいはそういうこともあったかなという感じを持っております。
 したがいまして、米中関係が悪化するというふうには私は考えていない。むしろ中国は、アメリカと対決を避けるという方向に今一生懸命来ているということである。その方向を指導しておりますのが江沢民でありますが、台湾にアメリカが機動部隊を派遣したことによって江沢民は軍を抑えることができるようになった。したがって、台湾海峡にアメリカ機動部隊が出動したことによって最大の利益を受けたのは江沢民である、李登輝が二番目である、こういう観測が大陸においても台湾においても存在するということでございます。
 それから、協調的安全保障でございますが、地域的集団安全保障はアジアにおきましては非常にとりにくいわけでございます。それは、アジアの多様性、発展レベルの違い等々を考えますと、そう簡単にとれないわけでございまして、やっとできたのがARF、ASEAN・リージョナル・フォーラムである。ところが、ASEAN・リージョナル・フォーラムは協議はするけれどもそれ以上のことはできないということになるわけでございますから、当然強制力が存在しなければならない。それが望むと望まざるとにかかわらず日米同盟であるということは、これは否定できない事実だろうと思うわけでございます。
 そして、その日米同盟というものが、今まで単に冷戦のさなかにおいて、米ソ戦争になればもう自動的にいろんなことが超法規的に起こるのが当たり前という調子でおりましたものが、そう簡単にはいかない。もっと小規模な紛争の場合には法的手続を踏んでやらなければならないということがますます明確になってくる。ところが、気がついてみたら何もできていない、何かしなきゃならぬというのでやったわけでございまして、私は日米同盟が強化されたとは思っておりません。日米同盟が同盟の形を整え始めたということでございます。そして、この同盟は地域的集団安全保障に発展し得るものである、だからASEAN・リージョナル・フォーラムと日米同盟とは補完関係にあるし、またそうでなければならないというのが私の趣旨でございます。
 どうもありがとうございました。
#23
○高野博師君 岡部先生に一つだけお伺いいたします。
 冷戦が終わった後、協調的安全保障の概念が重要になった、それは予防外交とか信頼醸成とか、あるいは紛争の平和的解決が中心だというお話なんですが、先生は人間の安全保障という概念、ヒューマンセキュリティーという考え方についてはどのようにお考えか、お伺いしたいと思うんです。
 守るべきは国家という抽象的なものではなくて人間ではないか。それは軍事的な意味ばかりではなくて、貧困の問題とか環境、あるいは麻薬とか、それからテロとかゲリラとか低烈度紛争とか、こういうものも含めて地球的規模の問題群も含まれてくるという、非常に概念としては広いものだと思うんですが、これは国連なんかでも使われるようになってきた概念なんですが、これについてお伺いしたいと思います。
#24
○参考人(岡部達味君) ただいま御指摘のヒューマンセキュリティーでございますけれども、これはセキュリティーという概念を広義にとりましたときには確かにセキュリティーというものの概念の中に入ってまいります。ただ、私が先ほどお断りいたしましたように、安定というのはいろいろな問題がある、その中において狭義の安全保障を議論するというふうに申し上げてこの安全保障問題を論議したわけでございます。
 広義に考えるならば、当然、環境問題から貧困の問題、飢餓の問題、麻薬の問題、すべての問題がこれはセキュリティーの問題にかかわるといえば言えるわけでございますが、余りに広くしてしまいますと実は何も言っていないのと同じことになるという危険がございます。私自身はヒューマンセキュリティーというものの中に含まれている問題がそれぞれ問題群として非常に重要であるということを認めておりますけれども、それをヒューマンセキュリティーというような言葉であらわしてセキュリティーという概念を無意味なものにしてしまうのは余り賛成できないというふうに考えております。
#25
○高野博師君 ありがとうございました。
#26
○永野茂門君 自由党の永野でございます。岡部先生に二問質問をいたします。なお、それに対して最後に、小島先生の同じ質問に対する所見も承りたいと思います。
 第一は、岡部先生が、軍事力による紛争の解決を嫌い平和的に解決することをその第一としなきゃいけないということをおっしゃいましたが、全くこれはだれが考えてもそのとおりでありますけれども、私は、軍事力を使わない解決が平和的な解決だとするのはやはりもう少し突っ込んでいただいた方がいいと思うわけであります。
 例えば、二十一世紀は情報化の社会であるということで大変な情報化が進展しつつあるわけでありますけれども、貧困状態あるいは飢餓状態のひどい民族あるいは国の人たちは、今置かれている状態を決して平和な状態だとは思っていないと思うんですね。彼らに平和を与えるためには、南北問題の基本に関することになりますけれども、技術進歩が余りにも速過ぎて、いつまでたっても彼らは幸福な民族の団結も国家も形成できないし、いわんや、ちゃんとした生活も確保できない。こういう状況でありますので、技術進歩、もちろん人類は技術進歩をとにかく勢いの赴くままに追求すべきであると思いますが、それを補完していくということを考えることも非常に大事ではないかと思います。これが第一点です。
 また、別な方面で言いますと、情報戦争による、全く武器を使わない、あるいは軍事的手段もほとんど使わないといいますか、全く使わないこともあると思いますけれども、そういうことによってある国民をだめにしてしまう。今の日本の状態は一面そういうような状況にあるんだろう、こう私は見ておりますけれども、日本は、おまえらは悪いことをやったということで、日本人はとにかく考え方の基礎に、何か言われたらはいと言う、何か言われたら抵抗しない、大きいことはやらないんだ、積極的なことはやらないんだと、非常に単純に申し上げますとそういう状態に陥っている。
 これは、日本は決して幸福な独立を維持する段階にはない、あるいはそういう状態にないということなんであって、それは情報操作といいますか情報戦争に負けることによって、単に武力で負けた後にそういうことで負ける、現在もどんどん負けつつあるわけでありますが、そういうような形で今のような状態になっている。先ほどから中国等に対する外交問題でいろいろと話が重ねられてきておりますけれども、そういう状態でしかない。これは日本にとっては独立が確保されているとは言えないという環境だと思います。独立が確保されていないということは平和ではないということ、主権が確保されてはいないということになるわけでありまして、こういうことも国際間の交渉、国際間の関係のあり方として今後修正していくことか平和への道であるし、独立への道であるということであります。
 同じようなことは、今の日本あるいはアジアの経済情勢、決してどこかがたくらんでどうのこうのということではないかもしれないと思いますけれども、今のような状態をつくり上げるのに一部の世界的な大富豪、企業が集まってやろうと思えばできないことはないんじゃないかな、こういう感じもするわけであります。しかし、こういう経済戦争が仮に起きるというようなことがあったら、これまた大変な、平和でない状況が発生するわけでありまして、あらゆる正面、一口で言えば情報戦争ということになるんだと思いますけれども、そういうものをいかにして防ぐか、あるいはそういうものに勝つかということが、それぞれの国の独立を維持し平和を維持していくための基本的な問題として軍事力とともに考慮しなきゃいけない重要な問題じゃないか、こう思うわけでありますが、これについて先生のお考え方を承りたいと思います。
 二番目は、それとも関連があるわけでありますが、確かに先生がおっしゃるとおりに、今抑止力を持ち世界の正義を断行する、これはもう米国がみずから負担する以外にほかの国が担い得る仕事ではないと。それはもう経済力も含めてでありますが、特に軍事力がそういう状況にあるがために米国にお願いせざるを得ない、そして日本はそれを支持あるいは支援していくという形をとらざるを得ないわけであります。
 しかし、考えてみますと、アメリカが常に正義であるということは決して言えないのであって、私は歴史を眺めている時間は非常に短いわけでありますけれども、やはり戦後の状態を見てもアメリカが本当はおかしいんじゃないかなと思うようなことは何度かあったわけであります。こういうときに日本がいかなる手段でアメリカのとろうとする方策、行動方針を正常な方向に持っていくか、日本は国連の常任理事国でもありませんし、今のような状態でどうやっていくべきなのか、最終的にはアメリカは正義とあきらめなきゃいけないのかどうか。非常に直接的な表現でございますが、先生はどうお考えでしょうか。
 まず、岡部先生からお話を聞きまして、小島先生がつけ加えることがあったらつけ加えていただきたいと思います。お願いいたします。
#27
○参考人(岡部達味君) ただいまの御指摘でございますが、まず思い出していただきたいのでございますが、私が最初に平和あるいは安全保障の問題について基本的なことを申しましたときに、平和というのは現状維持とイコールではないということを申し上げたわけでございます。
 現在の状態を不満と思っている国あるいは人々がたくさんいるわけでございまして、そういう人々と現状に満足している人々との間に紛争が起こる可能性は常にあるわけでございます。その紛争をいかにして平和的に解決するかということが非常に重要でございまして、実は私、「国際政治の分析枠組」という本を東京大学出版会から出しておりますけれども、今、永野先生のおっしゃった問題に対する回答のほとんどはその本に書いてございますが、そういうことがまず指摘できるかと思います。
 しかも、紛争の平和解決の背後にはアメリカの軍事力が存在して、アメリカが介入しますよという一種の抑止力がないと紛争の平和解決もうまくいかないということも先ほど申し上げたところでございます。
 それから、日米同盟に関しましては、先ほど先生はいらっしゃいましたかどうかわかりませんが、同様な御質問がございまして、私は、日本がアメリカの言うことにすべてはい生言わなければならないような状態を脱するためには、今、永野先生のお使いになった言葉で言えば日本の独立性を増大せしめるということで、もっとアメリカと平等になって初めて発言権が得られるというふうに考えております。
 その点に関しまして、時間をとって恐縮でございますが、最近聞いた話でございますけれども、安全保障理事会があるいはどこかほかの会議であったか忘れましたが、イラクに対するアメリカの介入に関して各国が賛成である反対であるという意見表明をした、日本はどうだと言われたときに日本代表がオリンピックをやっている間はやめてくれと言ったというので満場から失笑が漏れたと、こういう話がございます。そういう状態では独立も平等も全くあり得ないということでございまして、その点、はっきりとした物の考え方を持つことが必要であるということを申し上げたいと思うわけでございます。
 したがいまして、アメリカだけが現在抑止力として本当に機能する存在であるわけでございますが、アメリカが常に正義とは限らないというのはもちろんそのとおりでございまして、日本がノーと言わなければならないときはノーと言わなければならない。しかし、ノーと言えないからオリンピックの間はやめてくれというくだらないことを言ったわけで、賛成だか反対だかわからないということになるわけでございます。いかにして日本が平等性、独立性というものを強めるかということ、これが非常に重要であるというふうに思うわけでございます。ついでに、先ほど申し上げました私の本の中では、それは消極的挑発という概念で説明してございます。
 以上でございます。
#28
○参考人(小島明君) 理事の御質問に対して、ちょっと岡部さんが言われた補足をしたいと思います。
 私は安全保障、つまりセキュリティーの専門家じゃありませんで、経済をウォッチしておる、セキュリティーマーケットの方をウォッチしておるわけですが、違う視点で少し見てみたいと思います。
 紛争がなぜ起こるか。一番の根源をむいていくと、要するに先ほども御指摘があった貧困とかそれから生まれる絶望、これが管理できないと地域紛争とか、ボスニアの問題を見てもなかなか解決していかないんじゃないか。紛争の一番の震源みたいなもの、絶望、貧困。
 この点で、アジアというのは意外と、今、大調整期にありますけれども、基本的な流れとしては、戦後初めてアジア、インドシナ半島からも銃声が消えて、この地域としてはこの五十年間で最も平和というか安定した時期に来ていると思うんです。その背景を見ると、要するに絶望の時代からだんだん経済も動き出して、あしたの生活の方が明るい、相手とつき合って貿易をしたりなんかして、それをやっているとお互いによくなるという手ごたえをアジアがこの十年か十五年ぐらいに感じ始めたということじゃないかと思います。
 私は、これは冷戦の時代の大国の軍事力による抑止、つまりバランス・オブ・パワーの時代から、バランスシートをよくすることが重要ではないかと。経済がある程度発展して、少なくとも根源的な絶望、貧困、あしたは考えたくない、そういう状況から、あしたが少し希望を持って考えられる世界に持っていくのが一番軍事プラスアルファのアルファの面では重要ではないかと思います。
 その関連で、冷戦が終わった後、逆にポスト冷戦型の貧困つまり絶望、したがって紛争の要因というのが出てきているんじゃないかというのが一つの視点です。というのは、冷戦が終わって世界的に自由市場経済ドミノが起こっていまして、何でも資源は市場を経由して国際的にも配分される。民間資本ですね。紛争があって貧困があって絶望したところには投資は行きません。初めからそういうシステムの中では貧困国、絶望国は排除されるわけですね。したがって、今のシステム、新たな冷戦後のシステムでどんどん切り離されているところが新しく出始めているんじゃないかと思うんです。それは、パブリックポリシーとしてもう少し違ったアプローチで取り組まないと、将来のポスト冷戦型の紛争を多発させる一つの要因になってしまうんじゃないかという印象を持っています。
 次の点は、情報関係のことをおっしゃいましたが、アジアの地域というのは二十一世紀をずっと展望しますと、エネルギーの問題が極めて重要になってくると思います。それは分析して情報を共有すればある程度対応できる問題だと思うんです。アジアは今の調整を越えて経済発展がまた動き出しますと確実に大変なエネルギー消費国になりまして、それぞれエネルギーは自給できずに、地域全体として中東に依存する格好になると思います。
 中東依存という点では、以前アメリカは大量に原油を中東から持ってきたんですが、今は中南米、南米からどんどん石油が出て、アメリカの方は急激に中東依存を下げています。それをずっとやっていきますと、日本を含めてアジア全体が、中国もですが、中東依存をどんどん深め、その中東に対するアメリカの依存が下がった場合に、今はともかく、先々どういうことになるのか。そこは十分情報点検していく必要があるんじゃないか。エネルギーへの対応は、単純に節約だけじゃなくて技術的なブレークスルーもあるでしょうし、あるいは日本が役割を果たすべき余地というのが多分にあるかもしれないという感じがします。
 最後に、アメリカに対する抑止なんですが、これはなかなか難しい話ですが、皆様みたいな方々はアメリカに何人も複数の友人を持っておられて、例えば議員がお互いに何かあったときに話し合える、電話もできるということで、必要なときには友情ある説得が行くということが恐らくこれからのソフトな安全保障の最も重要なインフラになると思います。それは皆様だけではなくて、国民のあらゆるところで、あるいはある研究機関同士でもいいです、そういうような情報のネットワーク、人的なネットワークというものをもう少し重要な戦略的な問題だと受けとめ、位置づけながら構築していくことがお互いにプラスになるんじゃないかというような感じがいたします。
 以上です。
#29
○永野茂門君 一つだけ私はつけ加えておきたいと思いますが、これは回答は要りません。
 私が申し上げたのは、紛争を起こすことさえできない連中が将来の紛争の種として残るんじゃないかということを感じていたものですから申し上げたわけです。
 以上です。ありがとうございました。
#30
○山崎力君 改革クラブの山崎でございます。
 まず、岡部先生にお伺いしたいんですが、仰せになった分析等はほとんど私と考え方は一致しているんですが、一番私自身が迷っていて、先生のところでどこからその断言が出てくるかな、結論が出てくるかなというのが一点ありましたので、そのところをお伺いしたいんです。
 要するに、その都度外交であったということがあるわけで、それは今はやりの言葉で言うと臨機応変の外交ということになるんだろうと思うんです。そこで、小国の殻に閉じこもりがちだ、積極外交をせよ、それで確固たる信念を持ってやりなさい、やらなければだめであると、こういう話で、それはそれで私自身も一つの考え方だろうと思うんですが、果たしてこれを本当に国民が望んでいるんだろうか。民主主義国家としての国民がこういう国家を望んでいるんだろうかということになると、はたと私自身は困惑するわけです。
 簡単に言えば、ちょっと古い言葉になりますけれども、一つの国家理念とすれば、戦後我が国は一貫して銭ゲバ国家を目指してきた。要するに経済がすべて、金がもうかればいい、キャッチアップすればいい、そこのところにそのほかの理念は要らないと。ですから、いろいろ若い連中が盛り上がって反政府運動をしたこともあったんですが、それは一種の逃げだったと私は思っております。
 そういった中で、結局今あるのは、どちらかというとアノミーの感覚が全般的になってモラルハザードを起こしている。これはもうある種の精神の流れからいけば必然なんですが、そこで振り返ってどうするのといったときに、それじゃ何をもって理念を得るのか。平和が、あるいは国際協力かといったところで、そこをバックアップする一つの正義といいますか、これが正しい正しくない、あるいはアメリカ風に考えてゲームの思想でもいいんですけれども、そこまで割り切れない。何があるんだという点が私の一番今の疑問といいますか、先生の分析を聞いてもその結論に達するのは非常に難しいなというのはその点でございますので、これはあわせて小島先生からもお伺いできればということでございます。
 それから、小島先生の方にはい参考人の場合、いろいろな表現でおっしゃっていらっしゃるんですが、今回の問題における一番の根幹の問題はやはり資本といいますか、金融といいますか、そういったマネーの流れが国家をグローバルに越えちゃっている。それも、その流れが各国のコントロールのもとで動くのであればともかく、わけのわからない無国籍とも言えるような大きな金の塊があって、それが国家を離れたところで動いている。これが最終的に古典的な見えざる手によって落ちつくところに落ちつくだろうというのがフリーマーケットの考え方なんでしょうけれども、それで今の国家体制がもつんだろうか。
 今回のアジアの通貨危機の問題で非常に象徴的なのは、そこでいわゆる通貨の切り下げをせずに済んでいる国というのは、リンクしている中国を除けば台湾と日本なわけです。この両国に共通しているというのはドルを持っていた、国としてドルがあったということが防波堤になっていた。ところが、ほかのところは、ドルが潤沢に来ているときはやっていたけれども、それが流れが一たんストップし回収をやった途端にもう完全におかしくなってしまって、それを政府自体なかなかコントロールできないような状態になっていたんじゃないか。そうだとすれば、これからそこをどうコントロールできるのかできないのか。先ほどもいろいろおっしゃっていらっしゃいました、そこのところだろうと思うんですけれども、そこが見えないと、いつ何ときこのことが起こるのかなと。
 今回のIMFの投資でよくリカバーしたとしても、いつ何とき同じようなことが起こるかもしれない。教訓を引き出すとしたら、それじゃもう政府管理で先ほどもおっしゃったような短期のやつをストップさせるのかと。そこのところで各国の主権を認めるような形にするのかというマハティールのいら立ちというのがまさにそこだろうと思うんですけれども、その辺がこれからのグローバルスタンダードと言われる経済の流れと逆行する一つのきっかけになるんじゃないかなという気もしているんですが、その辺のところのお考えをお示し願えればと思います。
 以上です。
#31
○参考人(岡部達味君) ただいま御指摘の点でございますけれども、これは私も回答が非常に難しい問題でございますが、率直に言わせていただきますと、この一番大きな責任は政治家の先生方にあるというふうに申し上げたいと思います。
 国民が望んでいるかどうかといえば、はっきり言って望んでいないと思います。しかし、それで日本国が成り立っていくか、あるいは世界が平和を維持していけるかといったら、いけないだろうというのが私どもの危惧でございます。その場合にそれをどういうふうに打破するかと言えば、それは政治家の先生方が選挙のときに、ここに道路をつくってやるから、ここに橋をかけてやるからというような選挙をなさるということが一番大きなマイナスである。
 参議院は特に良識の府であるというふうに言われておりますが、にもかかわらず参議院の衆議院化という言葉もあるわけでございまして、参議院の先生方は利益誘導型の選挙ではなくて国の将来を本当に考えた選挙をしていただきたい。そのために一回か二回は落選なさる先生方もいらっしゃるかもしれませんけれども、それが私どもの参議院に対する最大の期待でございます。
 したがいまして、私は、ただいまの御質問はそのままお返ししたいというふうに考えております。
#32
○参考人(小島明君) 今、委員おっしゃられた、先ほどの報告で幾つかの言葉を使っていたと。まさにその問題、私も途中で話しながら気がついていたのです。
 というのは、今回のアジアの問題を経済危機ということでくくってはいけないんだ、それは通貨・銀行危機、通貨・金融危機、その両方ですね、通貨の問題と銀行、金融の危機だと。実体経済、貯蓄率が低過ぎるとか財政がパンクしたとか、そういうあれじゃなくて、実体的なところ、いわゆるファンダメンタルズというのは必ずしも脱線し切っちゃったわけじゃなくて、やっぱり通貨・金融危機。
 では、なぜ通貨が問題かというのは、これで市場化と逆行するんじゃなくて、むしろ市場化を進めなくちゃいけない一つの決定的な問題があります。アジアの国々は、外国から資金を取り入れて経済を動かしたんですが、そのためにいろんなところで自由にしました。しかし、その自由な市場と全く違う極めて重要な非市場的なところが為替を人為的に管理したということです。要するに、ドルと連動させた。連動の仕方は九割連動とか一〇〇%連動とか差がありますが、結局ドルと運命をともにしたのです。経済構造が同じだったら一緒に動いて結構なんですが、全く違うのにドルと連動したためにどんどん実態とかけ離れてしまった。これは市場の状況と離れて人為的に為替が決まった。これがアタックされたわけです。
 だから、まず為替についていえば、市場の今の体制である変動制にゆだねざるを得ないと思います。一九七三年をもって主要国の間で固定相場制は全部終わりました。そういう中で、アジアの一部が特定通貨に対して、経済の体質も全然違うのに人為的に固定させてペッグしていったというところに無理があった。そこが恐らくそもそも一番の発端だったと思います。
 では、なぜそれをやったかというと、資金を海外から取り入れなくちゃいけないという要素があった。投資家にとってみたら、ドルを持っていってバーツにかえて為替が下落したら回収するときにひどいことになりますから、ドル保証があるという話で安心して投資をしたということなんです。しかし、そういう形で投資家に対してリスクを回避させるというか安心させるよりも、やっぱりファンダメンタルズ、インフレを起こさないとか、そういう実体経済の運営がより大事になってきた、そういう時代としてとらえなくちゃいけないと思います。
 それから、資金でもいろんな種類があります。日本の企業のトヨタが例えばインドネシアに行って工場を起こす、そのときに資金を持っていきます。これはある意味で受け入れる方にとって返済圧力がない、返済義務がない資金です。そこに資金が行って、工場をつくって定着する定住型の資金、これは短期の金融波乱の原因にはなりません。
 問題なのは、アジアがいつの間にかだんだんそういう長い安定した定着型の資金じゃなくて短期の資金にどんどん依存しようとしたということです。それがバブルです。アジアの経済の中に、日本のバブルほどではありませんでしたが、一割、二割のバブル要素があって、その調整が一つはあったということだと思います。それは、マクロ経済の管理がいかに重要かということ、これは日本の反省でもあるわけですが、その日本の失敗からアジアが学ばなかったということかもしれません。
 ですから、マクロ経済がしっかりしていると余りにひどいインフレになったりしない、バブルが起こらない。定義上つぶれるからバブルなわけで、バブルが起こると、社会的、心理学的な問題でしょう、もうみんなかっとなってしまうわけです。ちゃんと赤い信号があってもとまらない、マーケットが信号を出してもとまらないようなパニックになるわけです。だから、マクロ経済をいかに管理し、ちゃんとしたバランスをとることが必要かということと、それから、マーケットの一番の基本である価格メカニズムを尊重するような為替レートの柔軟な変動を入れない限りは、また危機の繰り返しになると思います。
#33
○魚住裕一郎君 両先生、長時間ありがとうございます。
 まず、岡部先生にお伺いをしたいんですが、先ほど意見陳述の中で協調的安全保障というお話をされました。そして、その話し合いを担保するというか背後から促進するのが武力行使の可能性ということであります。そのお話の中でも、金大中さんが言っている六カ国共同宣言の構想というのに触れられました。現実にはまだ北朝鮮が応じていないわけでございますけれども、応じなければさあそれですぐ武力行使の可能性というわけにはいかないと思いますけれども、政府間なりあるいは民間を通じながら、あらゆるルートを使って話し合いを進めていくべきではないかと思いますが、この点について先生のお考えをお教えいただきたいと思います。
 それから二つ目は、健全な日中関係という中で、悪感情の除去あるいは共通の利害関係というようなことをお話しされました。一番わかりやすいことは、先ほど小島先生からもお話がありましたけれども、人的なネットワークをきちっとつくっていくことだろうと。それはやはり人的な交流、さらには留学生の交流が大切になっていくんではないか。日本も十万人計画面々というふうにやってきましたけれども、それも達成できそうもない。先生は日中友好二十一世紀委員会の日本側座長でもございますが、この点についての先生のお考えをお教えいただきたいと思います。
 それから、小島先生には、これからエネルギー問題が非常に大事になっていくというお話が先ほどございました。確かに、中長期的に見て、エネルギーまた人口、食糧あるいは環境というのが非常に大事になっていくわけでございますけれども、これまた安全保障の観点からも非常に大事がなと思います。岡部先生のレジュメの中で、小国の殻に閉じこもるなというように載っておりますけれども、小島先生としてこの中長期的課題に対する日本の中長期的な戦略というものをどのようにお考えなのか、お教えいただければと思います。
#34
○参考人(岡部達味君) まず、協調的安全保障の方でございますが、私、日米中ロとか金大中さんが言っておられる六カ国共同宣言とかいうものを幾つか出しましたが、これはそういう物の考え方が続々と出ているということでございまして、それが直ちに実現できるというふうには考えておりません。特に、金大中さんのおっしゃった宣言に関しましては、恐らくアメリカは消極的であろう、となると日本も消極的になるであろう、中国も消極的であろうということになるわけでございますが、しかし、既にそこに含まれている国は全部ASEAN・リージョナル・フォーラムに入っているわけです。ASEAN・リージョナル・フォーラムは東南アジアの問題だからというふうに韓国は常に申しますが、北東アジアの問題を議論してちっとも差し支えない。したがいまして、私は、そういうものをもっと使ったらどうかということを韓国の人々には言っているわけでございます。しかし韓国の方々は、北東アジアに問題を限定したいという欲求が非常に強いために、北東アジアに同じような協議体をつくりたいということで、今回の金大中提案もそれと同じ線の上に乗ったものだというふうに私は考えております。したがいまして、直ちにそれが実現するという感じは私は持っておりません。
 ただ、そういうものに向けて、さまざまな形で多ルートのコミュニケーションを強化する。これは日中関係だけでなくていろいろな面において、先ほど小島さんからも御指摘がございましたが、チャネルがマルチで存在するということは非常に重要だろうと思います。ただ、そこで議論されている内容が、どの程度問題をわかった上で議論しているかということが問題になるだろうという感じがするわけでございます。私、別のコンテキストで接触が増大すればかえって紛争が増大する場合があるということを申しましたが、それはお互いに誤解し合ったままで接触を増大させればけんかになるということでございまして、いかに物の判断力、理解力を上げるかということが極めて重要であるというふうに理解しているわけでございます。
 私どもも及ばずながら努力をしているわけでございますが、先ほど大変失礼なことを申しましたけれども、政治家の先生方に一番大きく努力をしていただきたいというのが率直な感想でございます。
#35
○参考人(小島明君) 日本の長期戦略的な姿勢についてなんですが、二つ申し上げたいと思います。
 一つは、エネルギーは環境問題、安全保障問題、ともに絡む問題。アジアでエネルギーが絶対的な不足になればどういう格好で調達するのか、確保するのか、その問題があります。
 インドがだんだん海軍の増強をしているとか、国によっては海軍を重視する。それは将来の海底油田あるいはシーレーンの問題をちゃんとやろうという戦略的意図があるかもしれませんし、今のところ不足はありません。むしろ石油はだぶつきで価格も急落していますが、これで安心していてはいけなくて、やはり長期的にエネルギー需給がどうなるか、どこにエネルギーがあり得るのか、それでそれが必要な経済、国にちゃんと供給されるような形にするにはどうしたらいいのかということをやることが、エネルギーをきっかけとした紛争を回避する極めて重要な戦略的な問題だと思います。
 それと同時に、エネルギーが将来絶対的な不足になるかもしれません。あるいは、あったとしても余り使うと今度は環境負荷が出てきまして、環境上の問題が出てきます。地球環境の方に大限界が生まれますから、それは感知しなくちゃいけない。その場合、単に節約するとか、あるいはそれによって成長率をアジアの方でとめるとかいうことじゃなくて、やはり技術あるいは社会システム全体がエネルギーに対して効率的であり、かつ結果的には環境にも優しいと。その結果として、地域全体としても極端なエネルギーの不足をめぐる対立というものを起こさないようにする。今何もしなかった場合、二十年後にアジア太平洋地域で何が起こるかということをちゃんとシミュレーションをやって、そういう基本的な問題の理解を共有することがまず出発点だと思うんですね。
 その上で、じゃ具体的に何をするかということなんですが、日本は環境問題でもエネルギー問題でも既に実績があるとおり、技術力を発揮することによって非軍事の世界で大きな貢献をするチャンスがあるし、もしそこで貢献をしない場合には、アジアの今の危機に対する問題と同じように何もしない日本ということになるかもしれません。
 それから、その関連で、先ごろ京都で環境会議が開かれました。日本の対応とその他の多くの国の対応が違ったのはNGOの生かし方ですね。エネルギーの問題でも、欧米、特に北ヨーロッパなんかへ行きますと、私もスウェーデンとかノルウェーの環境NGOの研究所を見ましたが、その分野の大変なプロがみんな集まっているわけですね。それは行政府よりはるかに情報力があり、分析力があり、行動力があるんです。そのNGOが今関心を持っているのはエネルギーであり、それと絡んだ環境問題です。プロはむしろ行政府よりもNGOにいるのが欧米の実態です。とりわけヨーロッパがそうです。それがネットワークを結んで動いているわけです。
 日本の京都会議における行政の対応というのは情報不足でした。日本はNGOを上下で見ています。政府がやらないものの下請みたいな格好で、補足的にしか、補完的にしか、附属的にしかNGOを見ていない面がある。しかし、その他の国ではかなりの国でパートナーシップを組んで情報をお互いに共有しているという中で、恐らく京都会議での教訓というのは、NGOというふうなパワーと可能性というものをちゃんと取り入れて社会のシステムの中に位置づけた国と、それからそこまで至っていない国の情報力と対応力のギャップということを見せつけたんだと思います。
 日本は情報もなく、結果的には各国に振り回された格好で終わったというのが私の印象でありまして、そういう言い方をしますと通産省の人が目くじらを立てて怒りますけれども、そのNGOのパワー。行政は二、三年で担当がかわってぐるぐる回しているわけです。一直線で経済が単線的に発展した時代はそれでいいんでしょうけれども、今新しい問題が次から次に構造的に出てくるときに、日本のそれに対する対応システムもかなり柔軟で多層的である必要がある。
 日本でNGOというと、ただで働く、手弁当で働く人たちというぐらいな印象しか持っていない人が多いと思いますが、そうじゃなくて、一つの社会のシステム、不可欠のシステムとして定着した国がある。そういうところでは、エネルギーの問題を戦略的に議論していて実績も上げている。日本も、エネルギー問題とか環境問題を真剣に日本の将来の国際的な役割として位置づけるのであれば、NGOの活躍を社会の中にどうやって組み込んでいくのか、社会のシステムそのものを新しい時代に対応できるように組みかえ、見直していく必要があるんじゃないかというような感想をちょっと持っております。
#36
○岡崎トミ子君 きょうはお二人の参考人、ありがとうございました。
 先ほど岡部参考人が、参議院は一回か二回ぐらい落選する覚悟で、そして利益誘導型を言わない、そういう政治家を目指せということでございました。私も一回落選をいたしましたがこれは衆議院の方で、小選挙区比例代表並立制というたった一人しか選ばれないところではどうしても利益を言う方の政治家が勝ってしまうというような構造がありますので、それで落選したわけなんですけれども、これから良識の府の参議院の中でもっともっと深い議論ができるような、そういうことを目指してまいりたいと思います。
 これまでの時間になりますと少し重複する部分があるかとは思いますが、日本の役割、立場を明らかにすべきという点から、アメリカを抑止するのは日本が武力行使をしないということを言える国になること、対等平等であるということが大事だと。その対等平等になる形なんですけれども、私は日本国憲法九条にこだわってまいりましたが、岡部参考人のこのレジュメの中でも「日本弱体化政策の一環としての憲法の甘い夢に浸るのは終わりにせよ」、こういう警告もございましたので、私もちょっとどういう発言をしようかなというふうに考えておりました。
 もう一つは、一枚目の軍事や防衛だけが安全保障ではない、将来の最大の問題は資源や食糧や環境保全等であるということを考えますと、ついこの間のイラクへの武力行使に関しましてもアメリカに同調するというような形ではなく、その前に、フランスやドイツそしてロシアというふうに反対をしている立場の国があるときに、日本は常に軍縮の提言を行っている国であると、そしてこの憲法九条をほかの国にも同様に呼びかけるような姿勢を貫いていくことこそが信頼獲得をしていく日本のあり方ではないかなと、やはり私はここにこだわっていきたいというふうに思っております。
 当然、有事法制の問題とか集団的自衛権の問題とかを議論するということが必要かなというふうに思っておりますが、まずはその憲法九条にこだわった、日本国憲法にこだわったその姿勢を示していくということもとても大事だというふうに考えておりますので、この一項目が大変気になりましたので、御意見をいただきたいというふうに思います。
 それから、小島参考人には、ただいまNGOの役割ということについても触れていただきました。
 日本は今、官僚セクターあるいは行政セクター、企業セクターというところで大きな活躍が見られますけれども、今度は市民セクターが頑張っていかなければならないだろうというふうに思います。ODAという形で援助している日本といたしましては、アジアの国々でNGOで活躍されている人たちがたくさん日本からも行っているわけなんですけれども、そういう方々からの情報を聞きましても、昨年夏からのアジアの通貨危機とか経済危機、こういうアジアの国々において健全な市場の発展を支えるべき民主主義が非常に脆弱であるのではないかというふうに思います。そして、アジアの国々には、言論の自由や出版の自由あるいはさまざまな自由が阻害されている、結社の自由も侵害されているという国もあります。公正な選挙も行われていないということは、政治に対する民意が反映されていないという状況だというふうに思います。
 私は、どうしてもこの点をきちんとしていかないと、日本がいろんな影響を与えて経済がきちんと戻ったとしても、その国々の本当の福祉というのが得られないのではないかというふうに思っておりまして、この民主化というものが経済の発展には欠くべからざるものではないかというふうに思いますので、この点についての小島参考人の御意見もお伺いしたいと思います。
#37
○参考人(岡部達味君) まず憲法の問題でございますが、憲法九条といいますものは、これは一九二八年にできましたブリアン・ケロッグ不戦条約というものの精神をそのまま受け継いだものでございます。したがいまして、日本国憲法が初めての物の考え方ではない。ブリアン・ケロッグ不戦条約に批准した国々が第二次世界大戦を戦ったということがあるわけでございまして、したがいまして、憲法の条文というものだけに頼る、そういう発想法というものを私はとらないということでございます。
 かつ、憲法というものができましたプロセス、それを我々は知っていなきゃならない。それから、憲法改正が非常に難しい、そういう条文になっているということも知っていなきゃならない。アメリカの憲法なんかは、この五十何年の間に何遍修正があったかわからない、十回以上というふうに聞いておりますが、ということでございます。情勢が変われば法律というものは変わるというのが当然でございますが、それを変えられないようにした憲法をつくったということでございます。
 それから、私が一番問題にしたいのは憲法九条ではなくて前文でございます。前文の中に、「諸国民の公正と信義に信頼して、」という言葉がございます。これは要するに、あなた方に任せましたよ、あなた方は私らに変なことをしないでしょうね、それを信用していますよという話なんですね。これは、それこそ独立国家としてあるべき発言ではないというふうに私は考えております。しかし、あくまでこれは精神規定であるということであるならば、私はそのままで別に構わない、ただ、それを政策のもとに本当になるものだというふうに考えたとしたらとんでもない間違いになる、こういうことを申し上げたい。
 私は、憲法改正を主張しているわけではなくて、憲法を運用していく上における心構えというもの、これをもう少し現実的なものにしていただきたいなというふうに考えて申し上げたわけでございます。
 つけ加えて申し上げれば、集団自衛権はあるけれども使えないというのは、これはないというのと同じでございまして、国連憲章にも違反しておりますし、それから条約遵守義務というのが憲法九十八条にございますが、安保条約にも違反しているということでございまして、甚だおかしな解釈である。一内閣法制局が一国の政策を左右するというのは、これはおかしいと私は思っているわけでございます。
#38
○参考人(小島明君) 今の憲法の話なんですが、九条を中心に憲法を改正するかすべきでないかという是非論は別としまして、今ある憲法のもとでやれることもやっていないのが日本の一番の問題じゃないかという感じがするんですね。
 安保理に入りたい、しかし日本は憲法上の制約があって、あれもできません、これもできませんと言っているんですね。じゃなくて、今の憲法を前提とすればここまではできる、これはできないじゃない、しませんと。
 しかし、非軍事でこれとこれはやっています、そちらは確かに突出していますというような役割が果たせれば納得するわけですが、日本はその他の面でも特にほかの国と比べて突出していることはしていない。憲法のもとでやれることもやっていないのが日本の今の対外政策で一番の欠陥じゃないかと思うんですね。非軍事でやろうといったらいっぱいやることがあるし、それじゃ日本がどこか突出しているかというと、ほかの国で突出している国がいっぱいあるわけですね。そこが、まず憲法を生かすということから始まらないといけないんじゃないかと思う。あるいは、憲法のもとでやれることをもう一回点検してやらなくちゃいけないし、そうでなければ、いかに改正しても、日本が軍事大国になって軍事中心に役割を果たす、そういう国家になるはずがないわけですね。
 基本的には、日本の役割を非軍事のところで差別化して、どれだけ日本的な要素を中心に貢献できるかということをもう少し議論して、実際に行動しなくちゃいけないというような感想を持っております。
 それから、先生が後半に民主主義と言われたんですが、確かに今アジアの危機と民主主義の未成熟とを連動して議論する、そういう空気があります。
 なぜアジアで危機が起こったか。先ほどの問題とは別に、さっきは市場経済と離れた非市場的な人為的な為替介入と言いましたが、もう一つ、やっぱり開発主導型、政治家が全部取り仕切って民間に任せない、そういう開発独裁が問題じゃないかと。したがって、そういうところからマーケットが必要な情報が出てこない、そういう議論があります。特に、アメリカからそういう議論が強く出ています。そういう側面は確かに点検しなくちゃいけない。しかし、これからの問題を考えますと、経済が発展して人々が豊かになる、その結果それぞれ政治参加とか民主主義を求める声が強まる。徐々に民主主義の要素を政治が入れていきますと、経済にフィードバックしてまたプラスになるというその相互関係が重要ではないかと思いますね。
 もう一つの視点は、中国もそうですが、経済の民主化と政治の民主化を分けて考えるという発想も一部にあるようですが、それがどこまで続くのか。どこかで両方が折り合いをつけなくちゃいけないところが必ず来る。それをうまく折り合いをつけた場合には、中国の経済発展というのは安定し、長期化するんじゃないか。やはり、それはそれぞれの国の知恵の出しどころであって、そのバランスとそれをうまく組み合わせていく知恵が恐らく経済の成功とこれからは結びついていくんじゃないかと思います。
 少なくとも、政治が完全に民主主義がなくて経済だけ民主主義、つまり自由市場経済という組み合わせでは、一時の経済発展はあっても長続きしないということは言えるんじゃないかと思います。
#39
○笠原潤一君 小島参考人にお尋ねします。
 実は、韓国のIMF支援は果たして成功するだろうか、いや成功しないだろうというふうに言われていますね。いろんな要素がありますけれども、これは非常に私は問題だと思っています。
 そして、金大中大統領はきょう就任されたんですが、南北の対話に積極的に応ずると言っているんですよ。しかし、これは余りにも政治的な発言であって、金大中さんの過去を見ていたら、私は経済的な問題よりも政治的な問題にスタンスを変えていくんじゃないかというふうに思えてなりません。その点についてお尋ねしたい。
 それから、財閥企業というのが、ここ二十年間そうですけれども、二十年、もっとそうでしょうが、結局韓国の経済というのは財閥企業が下請とか中小企業を育てなかったんですよ。アセンブリーというか、そういうものに巨大に影響というか、そういうものを駆使して、日本から部品を買ってくる、買ってくるとやっていた。そういうものが今度の経済不安にというか、恐慌になったんじゃないか、こういう考えを持っておるんですが、その点をいかが考えておられるかということ。
 それから、東南アジアの問題は、結局市場経済というよりも国家社会主義というか、国家管理体制の政権が余りにも多かったんですよ。リー・クアンユーにしてもそうなんです、シンガポールもいかにもあれに見えますがね。結果的には、国家社会主義的な国家管理体制の結果、市場経済とそこに大きなずれがあったのが今回露呈したんじゃないかというような気がするんですよ。その点をお伺いしたい。
 それからもう一つ、東南アジアは結果的には金持ちは少ないんですよ。貧乏人が大半だということなんです。そこで、そこのギャップというか、そこら辺の考え方が、日本とか台湾というのは、経済的には安定しておって金持ちもなければ貧乏人もない、しかし一方、インドネシアにしてもそれからマレーシアにしてもタイにしても、シンガポールはちょっと別ですが、巨大財閥で、金持ちは少なくて大半が貧乏人だというところに問題があったと私は思うんです。そこら辺の考え方についてちょっと先生のお話を聞きたい、こういうふうに思っております。
 要は、結局、国家管理体制、国家社会主義的な考え方の政権のもとで市場経済とのアンバランスというものが生まれてきた、こういうふうに私は理解しておるんですが、その点についてひとつ先生のお話を聞きたいと思うんです。
 以上です。
#40
○参考人(小島明君) 大きな問題を三ついただきました。
 まず、韓国の財閥とかIMFの問題ですね。
 確かに先生おっしゃるとおりの問題があります。それもわかるわけですが、それを調整できるかどうか、そこがもう次の問題で、IMFの今のやり方は財閥そのものを変えようとして動いているんですね。
 先ほど言いましたように、IMFの韓国に対する政策あるいはいわゆるコンディショナリティーというのは、単に経済改革だけでなくて社会・政治改革を要求しているわけです。それに対して金大中新大統領は、就任前はしばらく、十二月の段階では消極的な受けとめ方の発言をしていました。それで、新大統領もこれはだめだ、IMFのアプローチに対して拒否だなというのでマーケットは売りに出て、ウォンがどっと下がりました。しかし、就任直前になりますと、IMFのやり方はいいでしょうという格好で、どうもあるいは新しい政権は、IMFをうまく利用して必要な改革をある程度まで強く進める気概を見せ始めたのかなと思います。
 しかし、それは相当血が出る政策です。それを続けられるかどうか。IMFは、一部の人が言っていますが平和時の進駐車です、占領軍ですね。むしろ、日本の改革が遅いからIMFは日本に来てほしいんですが、ひょっとしたら、その使い方次第で韓国の経済社会がいい方向に変わるかもしれない。そのときに、短期的に非常に血が出ます。そのとき日本は何もしてくれなかったとか、アメリカの何とかはけしからぬとかいう格好の声が既に韓国から出始めています。そこを何とかうまくしなくてはいけないなと。
 漁業の問題は、韓国が苦しんでいるときに日本が要するに条約を破棄した、そういう受けとめ方で、もう反日ムードがまた高まっているというふうに聞いています。それは日韓の関係というのが、IMFが主導する格好で出てくる韓国の荒療治が進む過程で非常に注意してかからないと、両国の関係の将来にとって問題が出てくるんじゃないかというふうに見ております。
 それから、三つ目の貧困の問題について言いますと、確かに貧困の問題はあります。
 もっと突き詰めて言いますと、国全体、マクロ的に見まして、マレーシアのマハティールさんがジョージ・ソロスはけしからぬと言って、マハティールはマーケットがわかっていないんだと、ジョージ・ソロスといえば世界じゅうには何万人もいる、マーケットがわかっていないというふうな批判をしたり冷笑した人がいます。だけれども、ちょっと彼の周辺の話を聞いてみますと、マレーシアそしてインドネシア、アジアの多くは一つ重大な彼ら独自の問題を持っています。それは人種的な問題です。今おっしゃられた格差で、実は勝ち組、豊かな人たちは華僑とか中国系が多いんですね、数は少ないけれども。インドネシアもそうです。マレーシアのマライ人もそうです。それが今全体の水かさがよくなって、貧しい船も大きな船も一緒にレベルが、水準が上がっていますからいいんですが、うまくそれを管理しないと本当の人種暴動になるというところが、アジアの多くの国の為政者の一番気を痛めているところじゃないかと思いますね。
 したがって、悪いのはジョージ・ソロスだという発言は、かなり内政的な発言ではないかというような感じがします。だから、格差の問題というのは、そういうふうな要素、単に同じ国民の中で格差があるというだけでなくて、ちょっとグループ分けしますとそういう格差があって、それはなかなか難しい問題で、どうしたらいいのかなと私自身も同情はしてウォッチしている次第です。
 それからまた、二番目の国家管理体制の問題について言いますと、これもまたアメリカの中で、あるいはIMFの人たちが、おっしゃられるような議論を盛んにしております。
 要するに、本当に長期的に自由市場経済型の経済が機能するためには、やはり民間がそれぞれの情報を持って、かつ資源を使えて、その市場には情報があるし、したがって信頼できる、要するに信号がともるんだと。それを人為的に上からやったら信号がいいかげんになってしまう。人為的に政治が、あるいは独裁者が信号を点滅してしまうということですから、それは長続きしないんだという議論があります。恐らく、そういう要素は長期的に見るとあると思うんです。だから、アジアの多くの国は、発展のある段階でいかにそれが新しい政治のシステムにソフトランディングしていくかというのがもう最大の問題だと思いますね。
 振り返って日本の過去五十年を見ますと、日本は市場経済じゃなかったんです。社会主義だったんだと思いますね、国家独裁。それを資本の自由化、何の自由化をだんだんやってきて、まあある程度うまくいったと。最後まで社会主義をやっているのが金融であって、それが今破綻しているわけで、ようやく都市銀行も民間金融機関になってくれればいいなと。もう金利も全くべた一律同じですし、要するに価格競争してなかったわけですから。お金の価格というのは金利ですね。価格競争してないのは自由市場経済じゃなかったわけです。競争は何であったかというと、まあ一生懸命訪問して預金を集めて、そのときにマッチが一つ二つこの銀行が多いというぐらいな競争しかなかったわけですね。これは自由市場経済における産業じゃなくて、したがってそれは今破綻が明確になっていて、ようやく自由市場経済型の金融システムにしようとしていることです。
 それが象徴するのは、示唆するのは、やはりアジアのほかの国においても、要するに経済の発展の段階に応じてその他の非経済のシステムも経済に合うように、それが民主主義の方向だと思うんですが、徐々にソフトランディングさせていくという知恵がもう絶対的に必要だという感想を持っております。
#41
○寺澤芳男君 きょうは本当にお忙しいところをありがとうございます。
 民友連の寺澤です。
 小島さんにお伺いしたいんですが、私がお伺いしようと思っていたさわりの部分を今おっしゃっていただいたのでちょっとあれなんですが、やはり日本の経済危機のアジアヘの影響という見方を私もすべきであろうと思っております。これはひいては日本の経済危機の、あるいは景気後退の世界経済への影響というような大きな問題につながってくるわけです。日本のこの経済危機の基本的な問題は、バブルの後遺症の整理が終わらないうちにいわゆるビッグバンというものが始まりつつあると。バブルの後遺症、例えば不良債権なんというのもビッグバンじゃなくでむしろバブルの後遺症なわけですが、金融の安定化の問題もそういうことがまずある。
 今、小島さん御指摘のように、日本の場合、資本主義官僚統制経済あるいは世界で言われているようなウエルマネージドソーシャリズムであって、お隣の中国が社会主義市場経済を唱えているのと非常に好対照になっているというふうに私は理解しております。したがって、市場経済というものを、同僚の笠原議員は先ほどアジアの各国がまだ市場経済に入っていないんじゃないかとおっしゃったけれども、アジアの各国どころか日本自身が本当の市場経済に入っていない。要するに、本当の市場経済というのは基本的にまず自由競争、その裏側に自己責任あるいは透明なマーケットあるいはディスクロージャー、これはもう当然つきまとうわけですが、それは大変残念ながらできていない。
 英国の一九八六年のビッグバン、たまたまビッグバンというのは日本人もわかりやすい英語だからというので使い出したわけだけれども、あのとき、もうほとんどマーケットエコノミーがある英国で、しかも絶対有利な、言葉が英語である、ビジネス用語として、コンピューター用語として世界語である英国でさえあれだけの大変な思いをした。だから私は、ビッグバンというのは大手町の銀行の屋上に、あるいは兜町の証券会社の屋上に、スターズ・アンド・ストライプスとかあるいはその他の国のユニオンジャックとか旗が立つような状態がビッグバンだろうと前から思っているし、今でも思っております。
 ただ、それが日本の雇用にプラスになり、あるいは日本の投資家とか預金者とか、あるいは生命保険の加入者にプラスになるのかどうかというのが大きな問題であって、そういう意味では今はバブルの後遺症を解決し得なかったにもかかわらず、英国が富士山の八合目ぐらいから頂上を目指したのに対して、日本はもう富士山のふもとから一挙に頂上を目指すというような非常に難しさがある。そこにこういう大混乱が、大不景気が来たわけだから、結局日本の責任論というのは当然世界で今とやかく言われているし、大蔵大臣が今ロンドンに行ったら、それは袋だたきにされるんだろうと僕は思います。
 何を言いたいかというと、今ウォールストリートは浮かれていますが、いつどうなるかわからないという非常に不安感がある。そのかぎを握っているのは日本経済であると言ってほぼ間違いない。ウォールストリート出身のルービン財務長官なんというのはそれを一番心配していると思います。
 こういう日本全体の経済あるいは今我々が議論していろいろんな安定化政策、政策不況だという声もあるからやっているわけですが、それと本当にもう明治維新以上の改革を必要とするようなビッグバンの到来、この全体について、参考人の大日本経済新聞論説主幹としての大きな視点からの御意見が例えれば大変ありがたいと思います。
#42
○参考人(小島明君) きつい御質問なんですが、最後に言われたルービンさんの御発言ですが、要するに今アメリカから来るメッセージは、先ほども言いましたが日本発の恐慌、世界混乱が起こらないように日本が強くなれと。昔、ジャパンバッシングというのがありました。強過ぎる日本が脅威だからもう少しおとなしくなれというのがあれだったんですね、たたいて弱くすると。昔懐かしいという感じがします。今は弱過ぎる。だから、問題だから日本に強くなってくれと言っているんですね。これは、ジャパンバッシングじゃなくてジャパンプッシングで一生懸命してくれということをやっているわけですね。
 日本はそれはできないかというとそうじゃなくて、何もしないうちに韓国と比べて日本はどうなんだと、IMF支援は要らないのかなんてすぐ記者会見で外国で聞かれるような状況になっている。ところが、日本は世界に金を貸して、アメリカが第二次大戦後最も資産をためて対外債権をためたときでもせいぜい三千から四千億ドルぐらいだったと思います。今、もう日本は一兆ドル近い対外ネット資産を持っているわけですね。外国から借金しているわけじゃないですよ。全部日本の国内問題というのは処理しようとしたらできる。要するに、やるかやらないかの問題ですね。そこをどうもやっぱり政策当局も十分とらえてないんじゃないかというような感じがします。
 それから、ビッグバンそのものですが、確かに一九八六年にイギリスがやって、日本も、ビッグバンとは言える名前じゃないんですが、一九八四年に日米の経済交渉の後、日米円・ドル委員会というような合意がありまして、その後、日本の行政当局や金融機関の発想からしますと粛々と順調に自由化をし、強い健全な金融システムになるような方向で動いていると思ったわけですね。ところが、日本の動きと違って、海外のその後の展開というものがもうはるかに勢いよく動き出して、アジアの一部の国はもっと暴力的に自由化しちゃったわけですね。その結果、日本は相対的に何周もおくれてしまったというのが今の状況だと思うんですね。おくれてしまったと同時に、おっしゃるとおりのバブルをつくってしまって、今その敗戦処理をしているわけです。
 ビッグバンは本来二十一世紀へ向けての戦略であったはずなんですが、今やっていることは過去の失敗の処理をやっているわけですね。その処理の過程でコストが大変だ、負担がかかる、血を見るから改革をおくらせようかという議論があるんですが、それはもう既に十分、たっぷりおくれているわけですね。それをさらにおくらせることが解決になるかという問題なんですね。ですから、コスト、負担、バードンがあるところに出ます。その場合にはやっぱり別の政策手段で血をとめるとか対応をして、ともかく今進めないとどうしようもないんじゃないかと思います。
 ビッグバンが必要なのが二つあります。立場によって違います。
 ある特定の企業としてグローバルにやれる金融機関になりたい、したがって余り政府はいろいろ規制してくれるなというミクロの企業の視点があります。産業として、全体として競争力ある産業になりたい、そこでいっぱい人を雇って税金も納めたい、そういうような産業ごとのあれがあります。もう一つは、金融・銀行システム全体が非常に効率がよく、受益者はそれを使う日本の経済社会全体、したがってその健全な競争力ある金融機関が信用機能をうまく発揮するために日本の経済全体が国民の生活も豊かになり、企業が強くなり、活性化するということをねらっていますね。
 最初の特定の金融機関については、それは我々の問題でなくて特定の金融機関の問題です。それはどこが勝とうと、基本的には努力した企業と能力を発揮した金融機関が勝てばいいわけですね。
 第二番目の産業としてどうかというと、これは二つの、ちょっと単純には言えない面があると思います。
 というのは、イギリスが八六年にビッグバンを始めてから、その後十年間にイギリスの金融業で雇用が大爆発しているんですね。たしか、ある統計を見ますと、一九八六年のビッグバン以前には、保険も証券も入れて広く金融業、そういうところで働く人たちの数は総就業人口の四%弱であったと。今はもう七、八%になっている。それは所得を生み、高付加価値を生み、したがって国としては税収も上がって、要するに全部プラスサムになっているわけですね。そういう格好に日本の金融業ができればいいわけです。ただ、そのときに、今おっしゃられるように、全部日の丸である必要があるかどうかなんですね。当事者、そこで働く金融機関としては自分の日の丸でずっとやりたいと思っているでしょうけれども、経済社会全体が、金融機関が、システムが健全なために機能を十分発揮して全体が豊かになり活性化するということであれば、どんな旗が立っていようと構わないわけですね。
 今の状況は、日本の金融機関は大体押しなべてだめですから、国民全体は、どんな旗でもいいやつは入ってきてほしいと思い始めているんじゃないですかね。ですから今回、二十年前だったらメリルリンチが、進駐車が来る、これはといって大騒ぎしたんでしょうが、大体基本的には最近はウェルカムですね。それはどの視点に立つかによってその答えが変わってくると思います。
 私は、個々の超ミクロの金融機関の立場じゃなくて、産業全体さらに経済全体の立場からビッグバンの位置づけをしたいし、それだったら日本のいい優良な企業はどんどん能力を伸ばしてグローバル企業になってほしいし、いい人をどんどん雇って教育もしてほしいと。それができないんだったら、外国の企業、金融機関が来てそれが日本の産業全体の刺激剤になって、全体として、いろんな旗はあるけれども、金融システムとして日本の経済社会の発展を支えるようにして二十一世紀の日本の経済社会が活力を維持してほしいと、そういう図式を期待したいと思うんです。
 今のところは、ぼちぼち旗はユニオンジャックじゃなくて星条旗がちらほら掲げられ始めましたが、全体としてはまだバブル崩壊に伴う不況の、要するに不良資産の敗戦処理であって、二十一世紀に向いたものでないと。早いところこの敗戦処理を済ませて二十一世紀に向けた改革を急がなくちゃいけないというのが現状の断面図ではないかというような印象で見ておりますが、その辺は御専門の寺澤さんにむしろ御意見を伺いたいと思います。
#43
○寺澤芳男君 ありがとうございました。
#44
○上田耕一郎君 御苦労さまです。
 時間がもう余りございませんので簡潔にお伺いしたいんですが、一つ、小島参考人が言われたドラッカーの切り離し現象、カジノ資本主義がとも言われたんですが、前回見えた三井物産の寺島実郎さんは、外国為替取引高が世界の貿易額の六十倍になったということを言われたんですね、それはどうも世界政府じゃないかという論評まで。どの国もコントロールできない世界政府ができたんじゃないか、集団的意思によってと。これじゃ地球環境とか公共福祉なんかどうなるんだという声まで出ているわけで、アジアの通貨危機もここに原因があり、この二十一世紀型危機に対してIMFもなかなか対応できなかったとすると、先ほどもIMFその他でいろんな議論が出ているとおっしゃっていたけれども、やっぱりこの投機現象に対して、規制緩和じゃなくて何らかの国際的な共同の規制を考えなきゃならぬ時期に来ているんじゃないか。国連にも経済の理事会があるし、G7もありますし、ひとつ日経でこの問題で大きなキャンペーンそれから問題提起をぜひしていただけないかなと思うのが第一点です。
 それから二番目は、ビッグバンとも関連があるんですけれども、日経の連載で「崩壊 山一証券」というのを読んで、日本の銀行は土地と株式を取得原価でバランスシートに入れて含み益、含み損、こういうものを持っている世界にまれなシステムだということを読んで、あっと思ったんです。ビッグバンで世界的な競争に入るとすると、この含み資産の問題を例えばいわゆる時価評価主義、いろいろ議論もされている、そうするようなことが必要なのか、それともアメリカのグラス・スティーガル法による金融機関の株式保有の禁止、そういうことまでやらなきゃいけないのかどうか、これを二番目にちょっとお聞きしたい。
 それから三番目は、お話の中で、最後に日米関係はことし後半以降きな臭くなるだろうと言われたんですが、今の質問とも関連があるんでしょうけれども、これはどういう意味なのか、御説明いただければありがたいと思うんです。
#45
○参考人(小島明君) では、答えやすいところで三番目から。
 きな臭くなるというのは、要するにアメリカのドルが相対的に高いためにアジアの通貨が暴落しています。アジアからどんどん輸入が入る、日本からの対米輸出も最近はまたふえて昨年一年間で五百億ドルを超えました。八年ぶりにまたわっとふえてきているんですね。去年が恐らくアメリカの貿易赤字というのは史上最高だと思います。ことしはもっと大きくなります。だんだん日本とアジアからの輸入がふえてアメリカの貿易赤字が大きくなります。その勢いを見ますと、ことし後半あたりには相当な勢いで数字に見える格好になってくると思います。現実に、今アメリカ連邦議会及び行政府の中から、日本はもっと輸入しろとか市場開放しろとか新しい要求が出てきています。それは日本との貿易でまた日本の黒字、向こうの赤字が急に出てきたからですね。これはもう既にアメリカの社会においては行政レベル、議会レベルで政治問題になり始めています。今の客観的な為替の状況、日本の内需の状況、アジアの状況を見ますと、それはアメリカの赤字が必然的にふえますから、より政治問題化して、そういう意味で政治的にきな臭いということであります。
 それから、前半の問題はなかなか難しい問題で、まず一番目の、先ほどこちらの先生からも指摘された問題なんですが、一つの解決は、今世界国家が金融の面でできているという見方もできるかもしれませんが、それは方向としてはそうだと思うんですが、現実には、例えばユーロというものが九九年一月から出ます。ヨーロッパ全体が十何カ国一つの通貨で動き出すわけですね。だから、そこで一つの固まりができると。ドル経済圏というのもあります。日本がちゃんとした国内経済をやりちゃんとした市場運営をやれば、あるいは日本の円も中心になってアジアの地域で非常に建設的な経済交流関係ができるかもしれません。それは最終的にはあと百年もたったら世界国家になるかもしれませんが、それは一気に来ませんから、それぞれの地域で一つの固まりがそれなりに安定をしている。恐らく、ユーロは中では安定してくるでしょう、それぞれのヨーロッパの各国間の関係は、為替レートは一本になるわけですから。
 そういう形でだんだん一つずつ、それは排他的な地域主義ではなくてよりグローバルな世界になるプロセスとして、そう一気にはなりませんから中間的なステップとして幾つかの固まりがあって、固まりがある程度安定した機能を持てば、固まり同士が同時に交流する限りは排他的なブロックにならないわけで、何かそういうようなプロセスができる方向に今どうも動き出しているのかなという感じがするんです。
 だけれども、これはいろんな見方をしている人があって、私自身はそんなような形で見ています。完全な世界国家、グローバル国家というのはもう何世紀か先の話であって、その前の段階として幾つかの開かれた地域がそれぞれ疎密の少し違ったグループとして出てきて、それが、お金はもうボーダーレスですからその地域間を交流しているというような図式が二十一世紀型の世界経済の図式なのかなというような感じがしております。
 それから、最後の含みとかいう問題ですが、時価にして、絶えずその時価が変わるというのはどうなんでしょうね。最近の日本の議論に原価法とかなんとかいろんな議論があります。要するに、マーケットの価格をそのまま反映したものを資本比率に入れたりなんかするやり方というのは、実際に地価というものが、土地の値段というものが本当に見えて合理的な値段ならばいいんだけれども、それもどうなるかわからない。ノミナルな価格、意味しかなくてまだまだ実態はもっと低いという議論もあるし、余りマーケットのあれを今下手に企業会計に入れますと、外から見て全然数字がわからなくなるという逆の要素がどうもあるような感じがします。それから、絶えず変動しているわけですし、変動している相場そのものが非常に合理的な価格なのかなという問題ですね。それは日本のマーケット、とりわけ不動産のマーケットの決定的な問題点だと思います。
 あとは余り知恵がありませんで、株の保有禁止というよりも、日本は現実において、これは一応政治的、政策的に強制したわけじゃないんですが、むしろ金融機関が持っている株はどんどん減っています。売って益を出して償却に充てているから、もう株の持ち合い、メーンバンクシステムというのはデファクトとしてどんどん弱くなっていますね。あと出てくるのは金融持ち株会社という格好で、別の格好の株の保有が今議論されておりますが、従来型の格好で株式保有がどうのこうのというのは、ちょっと実態は違った方向に動いているんじゃないかという感じがします。
 難しい問題で、私自身、その点については余り自信を持ったお答えはできません、残念ですが。
#46
○上田耕一郎君 ありがとうございました。
#47
○会長(林田悠紀夫君) まだまだ質疑もあろうかと存じますが、予定した時間が参りましたので、参考人に対する質疑はこの程度とさせていただきます。
 一言ごあいさつを申し上げます。
 岡部参考人、小島参考人におかれましては、大変お忙しい中、長時間御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時一分散会
ソース: 国立国会図書館
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