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#1
第142回国会 国民生活・経済に関する調査会 第2号
平成十年二月二十五日(水曜日)
   午後二時開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         鶴岡  洋君
    理 事
                尾辻 秀久君
                円 より子君
                山本  保君
               日下部禧代子君
                有働 正治君
                阿曽田 清君
    委 員
                小野 清子君
                金田 勝年君
                常田 享詳君
                中島 眞人君
                橋本 聖子君
                平田 耕一君
                三浦 一水君
                朝日 俊弘君
                川橋 幸子君
                水島  裕君
                吉田 之久君
                松 あきら君
                栗原 君子君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        村岡 輝三君
   参考人
       一橋大学名誉教
       授        宮澤 健一君
       大阪地方自治研
       究センター常任
       研究員
       龍谷大学経済学
       部兼任講師    永峰幸三郎君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民生活・経済に関する調査
 (二十一世紀の経済社会に対応するための経済
 運営の在り方に関する件のうち人口減少下にお
 ける社会保障と国民経済について)
 (二十一世紀の経済社会に対応するための経済
 運営の在り方に関する件のうち福祉サービスの
 経済波及効果について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(鶴岡洋君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。
 国民生活・経済に関する調査を議題とし、二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、人口減少下における社会保障と国民経済及び福祉サービスの経済波及効果について参考人から意見を聴取いたします。
 まず初めに、人口減少下における社会保障と国民経済について、お手元に配付の参考人の名簿のとおり、一橋大学名誉教授宮澤健一君に御出席をいただき、御意見を承ることといたします。
 この際、宮澤参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、人口減少下における社会保障と国民経済について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず参考人から三十分程度御意見をお述べいただきました後、六十分程度各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 なお、できるだけ多くの方が質疑を行えるよう各委員一回当たりの発言時間を一分程度とさせていただきたいと思います。
 また、時間に制約がありますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくようよろしくお願いいたします。
 なお、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、宮澤参考人にお願いいたします。
#3
○参考人(宮澤健一君) それでは、きょうはお手元に差し上げてありますタイトルでお話し申し上げます。
 「参考人の略歴等」という書類がございます。その下の「著書・論文」のところに「社会保障制度改革の基本視点」と「社会保障と市場メカニズム」、それぞれ雑誌に発表したものを事前にお手元にお届けしてございます。それからもう一点、「社会保障制度審議会小委員会報告」、これもお手元に行っておるかと思います。その中に幾つか述べられておりますことにかかわらせながら、全体の流れといたしますと、ここに書いてあるような流れでお話をしたいと思います。
 社会保障は、御存じのように現在構造改革ということの路線の中で改革を求められておりますが、そこに、一番最初に書いてございますように、二つの基本的な視点を見失うと問題の性格を見誤る、そういう側面があるのではないかということでございます。
 一つは、改革というのは単に切り詰めとか圧縮ということであってはならないわけで、それは社会保障本来のあり方、機能点検とつながるということでなければならないということが一つございます。
 もう一つ、異質の面でございますが、今お話がございましたように、我が国は人口減少社会への移行という大きな局面、社会変容の中にございますが、その中で社会保障をどう考えるかという、この二つの点がポイントになるかと思います。
 そこで、その二つの視点のおのおのにつきまして、特に第二の人口減少社会への移行という側面、これが主題でございますけれども、その前提といたしましてもう一つの第一に申し上げた点にも触れたいと思います。
 そこに「社会保障の「前提・機能・要件」の踏まえ方」と書いてございますが、社会保障とは何だというときに、前提と機能と要件、三つを踏まえる必要があると思います。
 「前提」と申しますのは、これは民主社会でございますから、国民はみずからの努力で生活を維持する、自立の責任を負うという原則のもとにある、これが前提であろうと思うわけです。
 その次の「機能」と書いてございますのは、万一の場合に生活の保障をすることによって国民の不安を除き、安心を与えるという機能が社会保障の基本的な機能である。
 それから「要件」と書いてございますのは、これはどういうことかと申しますと、今後社会保障費が増大傾向にあります。それにたえ得るように制度は合理的で効率的なものである必要があるということで、この前提と機能と要件をベースに置いて考える必要があると思います。
 その場合の機能には基本的な機能とインセンティブを与える機能と二つあると思うんです。
 基本的な機能と申しますのは、そこに書いてございますようにセーフティーネットとしての機能でございます。セーフティーネットと申しますと、何か従来は救貧対策とか最低生活保障とかいうようなことを思いがちでございますが、今日の社会保障はそうではなくて、一部の人々の弱者救済ではなくて、国民全体の生活リスク一般に普遍化したということでございますから、セーフティーネットとしての機能も従来の事後的な救済扶助だけでなくて、社会保険システムによる助け合いというネットを含んでおる。しかも、その重要性は増大しているということでセーフティーネットをとらえる必要があるかと思うわけです。
 特にそのセーフティーネットの役割は今後ますます重要になるだろう。なぜかと申しますと、これから進行してまいります構造改革による規制の緩和でありますとか、産業の再編でありますとかあるいは雇用の調整というさまざまな動きがございますが、そういうことであるいは失業の発生とか生活格差の拡大というような可能性がこれからそういう面で拡大するということについての防壁としてのセーフティーネットの役割、これはそういう形でますます重要になっていくだろうということでございます。
 それから、そういうセーフティーネットとしての基本機能に加えまして、幾つかの誘因機能がございます。プラスの積極的な側面を評価する必要があると書いてございますが、その一、二の例を挙げてみますと、例えば今後介護保険の進行でありますとか保育の社会化ということで雇用環境の整備が進んでまいりますと、女性あるいは高齢者に働く場所を用意し、その労働力を確保するという機能が生まれてまいります。これは、今後日本経済全体として労働力不足になるということはよく知られておりますが、そういう労働力不足の傾向を緩和する、そういう役割があるだろう、こういう点が一つ。
 それからもう一つは、高齢化はやはり医療関係あるいは福祉関係、あるいはシルバーサービス関係、あるいはバリアフリーの住宅であるとか交通手段であるとか、そういう関連産業を育てまして、その面で雇用機会を創出するという側面もきちっと評価する必要があるだろうということで、この二つの側面を踏まえながら社会保障の効率化を考えていく必要があろうと、こういうわけでございます。
 もう一つの側面は、先ほど申しましたように、それだけでなくて、我々日本は人口減少社会に移る。生産年齢人口は既に低下を始めておりますし、総人口も何年か先にピークに達して、以降人口が半減するというような長期人口減少過程に入るわけでございます。徳川の末期から明治にかけて、百七十年間続いてきました人口増加社会が根底から変わるわけでございますので、それに対応してどう考えるかということが重要だろうと思います。
 それを社会保障の側面にあえて絞ってみますと、我々の生活におけるリスクの性質が変化した、あるいは新しい国民不安が高まったものではないだろうかということに集約していいかもしれません。
 それは二つございまして、そこに書いてございます。一つは長寿のリスク、長生きのリスク。長寿にリスクをつけるのはどうかという意見もありますが、長寿のリスク、これが一つ、それから子育てに対する不安、この二つが大きな保障面で必要となってくる新たな変化であろう。
 長寿のリスクと申しますのは、要介護状態、あるいは終末期の医療に入った老後の始末を自分でつけることができなくなるとか、あるいは身近に頼る人がいなくなる。高齢者の寿命が延びまして、惜しまれて世を去る時代から、介護期間、末期医療期間も長引く、そういう時代に移ったわけであります。
 子が親を見るのではなくて、親がそのまた親を見るというような状況でございますし、核家族化のもとで介護が過重負担のために、もともと社会で活躍できるはずであったそういう社会の活動も妨げられるということで、介護の社会化が必要であるということで、この面につきましては介護保険が創設されるという形で始動しておりますが、それにプラスいたしまして二つの側面、介護保険のワーカブルな運営とともに二つの側面が重要だろう。
 一つは、「尊厳保持の環境」とそこに書いてございますけれども、これはとりわけ終末期医療の場面では延命医療、命を長らえる延命医療対疼痛緩和ケアのあり方というのがこれから問題化してくるのではないだろうか。特に疼痛緩和ケアは、現在の医療保険の制度では、例えばホスピスとか緩和ケア病棟設置の病院の対象患者を除いては診療報酬で評価されないということになっておりまして、現行の制度では延命医療に比べまして緩和ケア普及の方向に働いていないということがございます。そういう点を含めまして、末期の願い、尊厳保持の療養環境をどうつくっていくかということが介護保険の運営とともに重要な一面である。
 それからもう一面は、他方で元気で長く働きたい高齢者がたくさんおるわけでございますから、そういう高齢者に対しては延長雇用とか再雇用、定年制、そういうものの再検討が急がれるわけでございます。そのためにも高齢者の定義のし直しが必要で、例えば六十五歳というような年齢の垣根を取り払いまして、就業あるいは社会参加の生きがいを生むような、そういう生涯現役社会を実現することが重要であろうということでございます。
 もう一方の子育て不安でございますが、これも子育てのコストが非常に高くつき過ぎる、子供の親への依存期間も非常に長期化いたしました。そういう親子関係だけじゃなくて、両性関係も変わりまして、女性の社会進出それから高学歴化などによって女性賃金率も上昇いたしまして、今、子育てのいろいろ教育費とかその他直接コストだけじゃなくて、女性が就労を断念して家にとどまることで失われる利益、これを我々はオポチュニティーコストとか機会費用と呼んでおりますが、直接的な費用だけじゃなくて、そういう隠れたコストも非常に大幅に上昇している。そういうことで晩婚化、非婚化も進んで少子化への不安が生まれているわけでございます。
 そこで問われておりますのは、そこに書いておきましたが、一つは、例えば男は外で働く、女は家庭を守るという形での男女役割分業の固定的な慣行を見直す必要がある。これは家族形態の変容ともつながってまいりますが、そういう面。もう一つは、企業の面につきまして、企業の行動あるいは雇用の環境というものを変えていく必要があるだろう。企業が従来の終身雇用とか年功賃金とか長時間労働、そういった企業風土から脱却をして、そして企業が育児と仕事の両立できる職場をつくるという意識にどこまで転換するかということが重要でございましょう。これは男女共同参画社会への道と言ってもいいかと思います。
 これを要するに年齢別、六十五歳とか、そういう年齢別あるいは男女の性別の垣根を取り払いまして、そして社会の成り立ちを生涯現役社会と男女共同参画社会にどうシフトさせていくかということがこれからの社会保障の大きな課題である、あるいはあすの持つべき方向であるというように言えるかと思います。
 そこで、どのように制度がワークしたらよろしいのか。二といたしまして、「制度作動の機能要件」と書いてございます。
 いろいろありますが、一つは金目、お金の面、それから仕組みの面。お金の面というのが負担と給付の面ですし、仕組みの面が、先ほどセーフティーネットのときにお話ししましたが、保険と扶助の関係をどう考えるか、この二点が機能的な要件として基本になるだろうというように思うわけであります。
 まず金目の面で、そこには「「公助」「互助」「自助」」と書きましたが、それを支える財源、お金は三つしかありませんわけで、一つは税金、一つは社会保険料、それからもう一つは自己負担ということでございますが、その考え方を整理する必要があるだろうということでございます。
 公助と互助、これは税金と社会保険料ということでございます。負担面を考えますと、両方とも強制的に税金も社会保険料も取られるという点では同じだから、両者をセットにして一本化して扱えという意見もございます。しかし、これは負担の面から見ると確かに共通しておりますが、給付の面から見ますと社会保険料の方は負担と給付が直接に対応している。税金の方は一括でございますが、社会保険料の方は負担と給付が直接に対応している。したがって、同じ負担といっても国民一人一人の個人に与えるインセンティブが社会保険の場合と税金の場合とは違うだろう。そういう動機づけの効果が明らかに違う。
 ですから、税と社会保険料は、これは機能をやはりきちっと分けて、そして受け持ち領域をはっきりさせて分担させるという観点も必要だ。だから、両者をセットにして、かつプラス分担化という二重の見方を要するのであろう。特に重要なのは、税金と社会保険料の動機づけに差がある、インセンティブに差があるという点が重要だろうと思うわけです。
 それからその次に、今度は互助と自助、これは社会保険料と自己負担ということでございます。その見方にもやっぱり転換が必要であろう。社会保険料、これは掛け捨てを受け入れる、場合によっては戻ってこない掛け捨てを受け入れて、しかし必要が生じたときに給付を受ける、そういう社会連帯への義務的負担であるということを踏まえる必要がある。
 それから、自己負担につきましても、福祉はただではないというコスト意識を持つことが必要で、社会福祉への参加料という発想を一般に根づかせるということが必要かと思うわけであります。
 その場合、一つの焦点になりますのは負担、どれだけ自分がお金を負担しているか。税金なり社会保険料あるいは自己負担、それと給付との対応の筋道がどうなっているのかということを国民が身近に認識できることが必要である。社会保険料でこれだけ戻ってくるとか、税金がどこへどう行くのかということについて身近に意識できることが重要で、これが不透明で情報に欠けますと、高負担感、高負担意識が勤労意欲をそぐとか負担回避行動を誘発するとかということがございますので、ここでは情報の開示ということがコスト意識ということとともに不可欠の要件であるということであろうかと思います。
 そこに書いてございますが、焦点は、市民各自がみずからの生活を維持するための負担を自己責任と共同責任にどう分かつか、その決め方が基底で働いている基本的な要因であろうというわけでございます。
 給付と負担につきましては、そういう側面で情報がきちっと開示されて、国民が負担と給付の流れ方がよくわかるようにされることが必要であろうということでございます。
 それからもう一つは、仕組みの点でございますが、仕組みは、社会保障は二つの原理から成っているとよく言われます。一つは社会保険であり、もう一つは社会扶助である。
 この二つの原理のあり方、これが国によって大分違います。例えばドイツなどは両者切り離し型でございまして、社会保険でやれるところは社会保険に回してしまおう、それで回らないところは社会扶助で公的扶助をやりましょうと、非常に分離してはっきりしているわけであります。ところが、日本の場合には、御存じのように国民皆保険制度がベースになっておりまして、保険と扶助が折衷混合、どうもごちゃごちゃ型になっておる。それをもう少し接合分担レベルに分けなければいけないだろうという意味でございます。
 そこに書いてございますように、ごちゃまぜの折衷方式、これはどこまで保険が働いておるのか、効率的に作動しているのか評価ができなくなってしまうということで、二つの原理が不徹底になり、かつさまざまな弊害を呼ぶということが多い。これは我が国の今までの制度でそういうような側面がよく、時々といいますか、かなりあらわれてまいります。
 そこで、これをまぜ合わせるんじゃなくてちゃんと分けた上で接合する、そして保険は保険原理、扶助は扶助原理、働きをはっきり分ける、その上で連結するということが必要であろうということでございます。
 これは何か具体的な例を申し上げた方がよろしいと思いまして、例示として介護保険の話が書いてある。今度成立しました介護保険、あれは保険と申しましても半分以上は公費が入っております。ですから、保険とは申しておりましても保険としての純度は非常に低下しているわけであります。半分の公費は何に使われるか、公費についても公的支出の位置づけが必要だろう、こういうことが二つの原理をはっきり分ける一つの見方であろう、こういうように考えます。
 そのためには二つのルートをはっきり分ける必要がある。一つは、保険システムによる支えというのはどういうものであるか、もう一つは、公費による支えというのはどういう形であるか、それをきちっと機能を分ける必要があろうかと思います。
 保険システムの支え。例えば、現在のスタートします介護保険では保険者が市町村になっておりますが、市町村を保険者としますとき、市町村によって非常に高齢化の地域差が生まれている。そういうのを均質化するために今度のやり方では、例えば六十五歳未満の人の保険料を一たん一元化しまして、全国にプールした上で地域に配分して高齢化の率の差による地域の負担格差を埋める、均質化するというやり方をとっておりますが、これは保険システムの一つの使い方でございます。保険者間の均質化の調整、これは保険システムとしての動きである。
 それだけではございません。もう一つ、実は市町村あたりですと保険のプールが小さ過ぎる、ちょっとした事故が起きると保険が運営できなくなってしまうというような危険すらないわけではない。保険集団をいかに拡大するか。
 一つは、市町村合併という動きがございますが、これは行政的な意味での合併だけじゃなく、保険集団としても市町村合併は大いに意義がございます。市町村合併じゃなくてもさまざまな広域化、市町村の共同事業、あるいは府県が入って全体を連結するとか、そういう形の一種の再保険機構をシステムとして機能させる、こういうことが重要かと思います。市町村あるいは府県単位・あるいはもう少し小さい単位でもよろしゅうございますけれども、そこで保険再プールをつくって機能させるという、これも保険機能の一つの役割として位置づけることができるかと思います。
 それを効率的にやる。そのために公費による支えも二つ側面がある。
 一つは、保険機能がいかにうまく動くかという保険機能を下支えするための公的支出。例えば市町村の連合組織とか府県単位の基金とか、あるいは市町村の総合安定化の事業をするとか、そのためにどれだけ公費で支えるかというようなことでございます。ですから、公費による支えの一つは、保険機能をいかにうまくワークさせるかというための支出がある。
 そのほかに、従来の扶助原理による負担力差の調整がある。つまり、低所得者をどうするか。ある地域によっては低所得者は非常に多いでございましょう、あるいは要介護リスクの高い後期高齢者の加入割合が多いようなところはどうするか、そういうような側面につきましては負担能力の調整ということで扶助原理によって位置づけるという必要があるだろう。
 どこまでが保険でどこまでが扶助かごちゃごちゃのままではなかなか政府に対する信頼感も出てまいりませんし、もし日本のように社会保険方式と社会扶助方式の折衷方式をとるならば、接合分担という形ではっきりさせて機能させ、保険機能としてワーカブルに、効率的にやっているかどうか、扶助は十分であるかというための区別の判断ができるということが必要であろうということでございます。
 こういうことで、制度そのもの、機能的な要件を二つの側面、金目の面と仕組みの面と申し上げましたが、もう一つの大きな社会保障のこれからの問題は、民間活力といかに接合するかということでございます。
 これにつきましては、時間がなくなりましたので、また御質問があればお答えをするということでごく簡単に申してみますと、現代はそこに書いてございますように公私ミックスのもとに、昔は公と私、公は公、私は私で別々に分離型でございまして、民営化といっても公から民にいかに移るかということがあったわけでございますが、現在、今お話ししました介護保険のシステムからも類推できますように、公私がミックスするという側面が強い。そこで、いかにそのもとで合理的な運営をしていくかということで、標語的に申しますと、そこに書きました「「規制の有効性」と「競争の効率性」」ということ。
 市場機構を利用すると申しましても、オープンに自由な市場ではなく、やはり規制のもとにある市場であるということが福祉あるいは社会保障の世界では重要でございます。放任の市場ではない。市場機構を活用するとしても、それは規制と連立をされておる、公正目的と連立されておる。そこで二重の要件が必要になってくるわけです。
 「規制の有効性」というのはどういうことかというと、身近な言葉に置きかえると、要するに制度がゆがみを生まないことということであります。それから「競争の効率性」は、競争ではむだを省くということです。ゆがみを生まないでむだを省くというその両面をいかにドッキングさせるかということが重要な課題でありますし、それを見つけることがこれからの仕事であろうというわけであります。
 社会保障その他の所得分配をいかに公正にするかという公正の側面と、それから資源をいかに効率化させるか、その配分の側面と、その二つをいかに両立させるかということが大きな課題でございます。なかなかこれは難しい問題を抱えておりまして簡単ではございませんけれども、要は、標語的に申しますと二つの言葉に集約できるかと思います。
 一つは、市場化を進めることは重要だけれども、市場化にも限度がある。市場に頼り過ぎるの余り、例えば富裕層の選択だけに目が行ってしまって低所得者を排除するというようなことがあってはいけない。市場化には限度が要る。
 それからもう一つは、社会化には節度が要る。社会化を進めることは、これは非常に重要である、後世のために重要である。しかし、それを進めるの余り、本来、例えば競争というものが持つ効率性でありますとか創造性でありますとか柔軟性、そういうものを圧殺することはあってはならないということであろうかと思います。
 実際にこれをどう進めるか、問題そのものは難しゅうございますけれども、方向とすればそういう形で考えられていくであろうということであります。
 社会保障制度審議会では、政府、内閣総理大臣に平成七年七月に大きな勧告を提出いたしまして、その実施をお願いしてきたわけでございますが、最近、一番最初に申しましたような状況の変化を踏まえまして、これからあるべき方向をどう考えるかということで制度審の小委員会報告というのを昨年の十二月十一日に出しました。
 それもお手元にお配りしてございますが、一つは、社会保障改革の今申しました全体像をきちっと押さえるということが必要で、ただ圧縮、切り詰めということでは制度に対する不信感が生じます。それから、先ほど申しました社会保障の意義と、これからどういう点が重要がこれからの役割、市場システムとの連動を含めまして。それから三番目に、今後重点を置くべき方向はどのようなところに求めるべきであるか。こういうことを制度審の小委員会では一つの方向づけとして提案いたしました。
 これらの動きが広く理解されて社会保障制度が国民経済全体の中で正しく位置づけられるということが、これからの日本社会の運営にとって、人口減少化の社会の運営にとって基本的要件ではないかというように思います。
 以上、やや最後の方は急ぎ過ぎましたけれども、また御質問その他で補うということで、私のスピーチはこれで終わらせていただきます。
 どうも失礼いたしました。
#4
○会長(鶴岡洋君) ありがとうございました。
 以上で宮澤参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 先ほども申し上げましたように、質疑時間は六十分程度といたします。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。また、再度申し上げますが、質疑、答弁とも簡潔にお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#5
○日下部禧代子君 先生、きょうはどうもありがとうございます。
 まずお尋ねいたしたいのでございますが、負担でよく私どもは国民負担率という言葉を使います。そして、この国民負担率という言葉がひとり歩きをしているかのような現状だろうというふうに思います。
 この国民負担率についてのコメントというのは、たしか社会保障制度審議会、私も委員をしておりましたが、そこでコメントを出したように記憶もしておりますが、やはり国民負担率についての一つのきちんとした見解、定義みたいなものがここで必要なんじゃないか。それを勝手にそれぞれが使うという今の状況、これは先生のお言葉で何らかの形の指針をきょうお示しいただければなというふうに思います。それが一点でございます。
 次に、やはり負担でございますが、介護保険ということに限定してもし御質問を申し上げるといたしますと、先生も今お触れになりましたけれども、介護保険、これはドイツの介護保険を参考にしてつくったものでございますが、ドイツと比べました場合に大きな点で二つ違うところがございます。
 その一つは、先生もお触れになりました、日本の場合は公費負担があるということで、ドイツの場合には完全に労使折半でございます。
 二つ目でございますが、これは対象者でございます。ドイツの場合には全年齢、全体をカバーしておりますが、日本の場合には四十歳以上が保険料を出すという強制加入、しかしながら実際にサービスを受けるのは六十五歳以上。四十歳から六十四歳までは疾病によって受けられることもできる。こうなりますと、先生がお触れになりましたいわゆる負担と給付の対応性の問題からいきますと、インセンティブということを考えますと、かなりこれはインセンティブが低くなっちゃうんじゃないか。お金は出すんだけれども自分は適用は受けないということになりますと、この辺の問題はかなり重要じゃないかなというふうに思います。
 これは、ドイツの介護保険をつくられましたユングさんが日本にいらしていまして、帰るときには非常にその辺のところを心配なさいまして、私に、何とかこれは自分の言葉として、これから日本でもう少し検討してほしいことだというふうにおっしゃって帰られた点でもございます。その点、先生はどのようにお考えになりますかということでございます。
 三点目は、介護保険の運営主体が市町村になります。ところが、運営主体がやはり市町村でございました国民健康保険というのは、よりよいサービスを提供すればするほどコスト、赤字がふえる、そういう結果になっております。この点に関しまして、先生は先ほど市町村を合併していくような広域ということも必要ではないかというふうな指針もお示しくださいましたけれども、その辺のところも含めまして先生の御意見を承りたいと存じます。
 三点、よろしくお願いいたします。
#6
○参考人(宮澤健一君) 三点とも非常に難しい問題を抱えておりますが、国民負担率の問題は、今お話しいたしました私のところで言いますと「「公助」「互助」「自助」」のところの具体的な一つの政策課題としてどのくらいの国民負担が必要かということで、官庁、政府用語で国民負担率という言葉がございますが、御存じのようにこのたび発表されました平成十年度の大蔵省の見込みですと、国民負担率の概念が三つに分裂をいたしております。
 一つは、赤字財政を込みにする。そうするともう五〇%を超えてしまって、平成十年は五〇・七%ということで財革法の規定に既に反してしまっておる。それからもう一つは、従来の、つまり税金と保険料ということで、財政赤字を含まないというのですと三八・三%。それからもう一つは、これは赤字といってもいろいろありますということで、国鉄の長期債務それから国有林野の累積債務、これの一般会計継承分にかかわるものを除くということになると四四・二%。
 そうすると、国民負担率というのは一体何だろうか。概念が三つに分裂するようなことで政策的なものとなり得るであろうか。五〇・七%、赤字を含む場合と、それから国鉄と国有林野を除く場合と、あるいは税金と保険料、それぞれ対策が違うべきでございます。そういうものについてのインフォメーションなしに一本の指標で負担のあり方をあらわそうとするのは指標としては甚だ不十分であろう。
 御質問がございました社会保障制度審議会では、その国民負担率という言葉を使っておりません。と申しますのは、国民負担率といってもあれは公的負担でございまして、税金とそれから社会保険で、そのほかに自己負担、私的負担がある。公的負担と私的負担のバランスをどう考えるかということが重要であって、公的負担を重くすれば私的負担は軽くなるかもしれない、逆の場合には逆である、代替関係にある。そういう代替関係にあるにもかかわらず、一つ国民負担率だけを取り上げてこれを五〇%にするとかいうようなことでは議論が不十分ではなかろうか。これが一つ社会保障制度審議会の平成七年勧告で強調したところでございます。
 そのほかに二つ問題があると言いまして、一つは今の赤字を含めるか含めないか。財政赤字は将来の国民の税金になるわけで、やっぱり税負担なんです。これを考えないのはおかしいじゃないかということを前から申しておりましたが、これはようやく政府関係の機関でも数字を公表するようになりました。
 もう一つは負担の公平ということで、社会保険料負担の場合には税負担がベースになってなにしますけれども、例えば同じ低所得者と言っても、税法上の低所得者とそれから実態上の低所得者は本当はずれがあるんじゃないだろうか。いろいろ議論をしているときに、低所得者と言うときに、頭で税法上のことを考えている場合に、実態上のことを考えている人と議論をすると議論がすれ違うわけです。ですから、そういう負担の公平ということがきっちりしないと、社会保険料負担にもかかってまいりますので、負担の公平ということが必要である。これについてはいろいろ難しい問題もございましょうけれども、やはりきちっとすることで国民の不信感を除く必要がある。
 ということで、国民負担率という概念は一つの参考基準にはなるけれども、それだけでは全く不十分である。一つは、公的負担と私的負担の代替関係が十分考えられていない。それから赤字財政をどう組み込んで考えるのか、考えないのか。それからもう一つは負担の公平性。この三つが重要ではなかろうかというように思っています。
 これを話すと時間が、今会長が短くというお話で、あと二つ質問があるんですけれども。
#7
○日下部禧代子君 お聞きしたいところでございますけれども。
#8
○会長(鶴岡洋君) なるべく簡単にお願いいたします。
#9
○参考人(宮澤健一君) 介護保険につきましては、今お話がございましたように日本の場合は公費負担が入っているというスタイルは、やはり国民皆保険制度ということで公費とのドッキングでやろうという方向でスタートしたわけですから、それをきちっとするためには、先ほど申しましたように両方の機能を分ける必要があるということに問題は尽きるのではないかと思います。
 結局、運営主体の問題は、保険は適切なプールでなければいけないということがあるわけです。そうしないと保険制度として成り立たないわけですから、非常に小さいと事故が急にはっと起きますとすぐ赤字になって保険が運営できなくなってしまうということで、運営主体は、窓口は市町村でやるということは重要でございましょうけれども、保険の運営の窓口とそれから財政全体の規模のものは分けて、やはりある程度の広域化が何らかの形では必要ではないだろうかというように思っております。
 あと、適用の範囲、四十歳で区切ることはどうかということがございますが、結局この制度は世代間の支え合いの問題でございますから、世代間の支え合いということを一つはどう意識するか。それからもう一つは、世代間の負担の公平をどこで決着をつけるか。今まで公平と申しますと大体世代の中の所得分配の公平で、今度は世代間の公平ということですから、世代間の公平をどう見るかということと、それから世代間の助け合いということをどこまできちっと認識するか、それによって違うと思います。
 四十歳についていいかどうか、これはなかなか問題がございますが、ともかくスタートさせてみて、そしていろいろ実効性あるいは世論を見てこれはまた合理的な形に変えていく方向もあり得ると思います。そのためには、やはり保険のシステムが合理的に動くのかどうか、それから扶助の方の支えはそれとは別に、こういうところは保険で、我々はプールでここまでは一緒に助け合いで見ましょう、それから先のこっちの方は国費が見てくれるという、その分担がはっきりすることが国民がどういう選択をするかということの重要な条件じゃないかというように思います。
 余りお答えになっておりませんでしょうか。
#10
○日下部禧代子君 ありがとうございました。
#11
○松あきら君 先生、きょうは本当にありがとうございます。
 いろいろ先生の御提言を伺わせていただきました。非常に大事な点ばかりだというふうに感じております。やはり「社会保障の「前提・機能・要件」の踏まえ方」、これはみずからの努力で自立の責任を負う原則のもとに、しかし万一の場合は生活の保障を受けることによって不安を除いてもらえる。しかし、その膨大な費用ということでございますけれども、私はやはり先生の御提言の中で、介護保険等々も含めまして増大する費用、これを抑えるためにも生涯現役社会、先生がおっしゃっている、六十五歳の定年制というものを取り払って元気な方、能力のある方には再雇用であり、また生涯働ける社会の実現ということが大事であると思います。
 それとともに、またまた少子化という深刻な問題でございます。今育児休業法はありますけれども、その次にやはりこの少子化に向けて、いろいろな若いお母さんたちのためにサポートをする育児支援法のようなものがあるべきなんじゃないかと私は思いますけれども、先生はどのようにお考えでしょうか、お伺いしたいと思います。
#12
○参考人(宮澤健一君) 前の方の生涯現役社会、これも一つ重要な方向で、今お話しのように御同意といいますか、そういう方向が重要であるということを御確認いただきましたし、確かに高齢者も支えられる側から支える側に移ることができる人はたくさんおるし、またそれにはそういう形で職を与え、あるいは社会参加の機会を与えるということでいく必要がある。
 それともう一つは少子化の問題で、今お話がございましたような子育て支援ということをどのようにするかということでございますが、一つは高齢・少子化社会というのは介護問題と少子化、子育て問題、こうなると思うんですが、介護問題の方は、国会でも介護保険法が通りましたように割合に社会的な合意が成立してそちらの方向に動いております。ところが、子育てということになりますとなかなか社会的な合意が生まれていない、そのためにいろいろな施策がおくれているという点が非常に大きいと思うんです。
 それはどういうことに原因があるかというと、家族に対する考え方とか子供に対する考え方、この価値観に非常に開きがあるということが基本だろうと思うんです。例えば、いつ結婚するかどれだけ子供を産むか、これは個人が決めることであって、公がいろいろ立ち入るべき問題ではない個人の責任、家族責任である、したがって公的な介入は排除すべきであるという考え方が一方にございます。それから他方には、いや、子供は将来の支えである、社会のものでもある、そうするとさまざまな社会的な支援が必要である、そういう考え方が一方にある。この二つの考え方の間にどういう交通整理が行われているか、その辺の議論がまだ整理されていないということが非常に重要であって、その辺の共通認識、どこで意見が食い違うか、意見の食い違う場所をはっきりさせるということがまず重要であろうというように思うわけです。
 一方に個人がおり一方に社会がおりますけれども、その個人と社会をつないでいる基本的な単位は、生活する場は家庭であり、それから生産する場は企業です。ですから、企業のあり方、それから家族のあり方ということにも少子化問題は非常に関係をしてくるだろうというように思います。
 ですから、いろいろな手当その他、育児関係の手当とか介護休業制度、いろいろな制度がございますが、そういう制度を考える基礎として家族のあり方、男女の性別分業、役割分担を見直していくとか、あるいは企業については今までの雇用慣行を見直して、お父さんが家に帰ってきて息子の寝顔しか見られないというような企業と家庭の両立の仕方はどこかおかしいんじゃないか、企業も雇用環境を立て直す必要があるんじゃないかというような企業のあり方、それから家族のあり方ということに非常にかかわってくる。それで、価値観の分かれもありますし、それから対策もいろいろあるでしょうけれども、個々のいろいろな対策はそういう基本的なベースに立って、そして雇用環境をどう整え直すか、雇用環境の慣行をどう変えていくか、男女性別役割分業の考え方をどう変えていくか、これが一つの柱でございましょう。
 もう一つは、もし個人で子供を持ちたいと思っているにもかかわらず実際には持てない、実際に持ちたいと思っている数と現実の持っている数のギャップがございます。ギャップがあるというのはその背後に何か社会的な要因があるので、そのギャップを社会が埋めていくということは、これは個人にとっても重要だし社会にとっても重要であろう。それじゃ、どの程度まで公的な活動で埋めていくかということになりますと、どこまで子供は公のもの、どこまで子供は私のものということで意見の分かれがあるので、その辺の国民の意見の収れんの方向があるのかどうか、これを見直さなければならない、そういう問題を抱えておるかと思います。
 最後にちょっとつけ加えますと、委員御存じかもしれませんが、昨年の十月の何日ですか、人口問題審議会が少子化についての基本的な考え方というペーパーをまとめまして、これはかなり今申しました幅広い議論をしておりますので、ごらんいただいて、またいろいろ御意見をいただくと非常にありがたいと思います。
#13
○有働正治君 簡潔に二点御質問いたします。
 一つは、社会保障の経済的効果という問題についてであります。
 御専門の方々から、社会保障の経済的な効果というのを計量的に試算する試みが近年行われているようであります。つまり、産業連関表などを使いまして、例えば一兆円の需要、投資があった場合に生産にどう波及効果を、誘発効果をもたらすのか、あるいは雇用に対する誘発効果、国民所得への効果としての組付加価値効果等々を計量的に一定の条件のもとで試算するということのようです。しかも、往々にして景気対策といいますと公共事業万能論とも言えるような状況がある中で、公共事業と社会保障の効果を計量的に比較する、主として社会保障の経済効果を見るという立場からであります。
 そういう試算をいろいろ見ますと、生産に対する誘発効果は社会保障も公共事業もほぼ同格という状況があるようであります。先生もお述べになりましたけれども、雇用への効果あるいは国民所得への効果としての組付加価値誘発効果、これは社会保障の方が公共事業に比べてはるかに大きいという計量試算が出ているわけです。また、介護保険の基盤整備になります新ゴールドプランの効果だとか介護保険の経済効果等々の試算も御専門の方々がいろいろおやりになっているようであります。
 参考人にお尋ねしたい一点というのは、こういう計量試算というのは、社会保障の経済的効果、側面からの役割を検証する一つとして一定の大きな意味を持つのではないかと思うわけでありますが、この点どう考えておられるのか。先生が責任者をなされておられます昨年十二月の社会保障制度審議会小委員会報告でも、社会保障が日本経済の成長や安定に貢献したということをお述べになっておられるわけでありますけれども、こういう計量試算等々も念頭に置かれながらこういう指摘をなされているんではないかと思うのでありますが、そこらあたりについて所見をお伺いしたい。
 その点からいいますと、政府は往々にして社会保障というのは経済成長にマイナスだ、あるいは経済発展の阻害要因だという傾向が強いんではないか。こういうのは一面的な態度ではないかと思うわけでありますが、この点どうか。
 もう一点は、財源対策です。
 二十一世紀、少子・高齢化の中での財源対策というのは非常に重要であると思うのでありますけれども、その点で私は検討する一つという点で、国と自治体の公費負担が大ざっぱで日本の場合には社会保障が二十兆円、公共事業は五十兆円です。その公費負担のGDP、国内総生産比率を国際的に比較すると、社会保障の比率は欧米に比べまして日本の場合ははるかに低い、公共事業ははるかに高い。そういう点で、日本の今後の高齢化社会等々の社会保障の財源という問題を考える場合、国際的な視点からいっても公共事業のむだや浪費を中心にしてこの問題は検討の余地があるというのが国民的な大きな意見になっているわけでありますが、この点について参考人はどういう御所見が。
 この二点について主としてお尋ねいたします。
#14
○参考人(宮澤健一君) 一つは、社会保障の効果をどこまで計量できるのだろうか。
 おっしゃるように最近幾つか研究が出されておりますし、私も社会保障研究所におりますときにやったことがございますけれども、社会保障というと何か質的な側面ばかり強調されて量的な側面についてのなにが少ないということはございまして、その辺は大いに補完していく必要があるだろう。ただ、計量的な分析には幾つか大きな前提がございまして、その前提の置き方で結果がかなり違ってまいります。
 ただいまお話がございましたように、建設事業、公共事業投資に比べて社会保障の方の波及効果、生産波及効果、雇用波及効果が大きいのではないかということがありますし、そういう試算もございますけれども、それが出てくるのは幾つか重要な条件がございます。一つは、例えば今お話しいただきました産業連関表による波及効果と申しますが、ここである公共事業なり福祉支出をする、そうするとそれが原料などを発注する、その原料のまた原料を発注する、ずっと波及をしていって、生産活動にどれだけ波及を与えるか。生産活動の結果、所得もふえるわけですから所得にどれだけ、雇用もふえるから雇用にもと言うんですが、それは一つは基本的に生産波及効果なんです、産業連関表で見ますと。生産波及効果だけを見ますと公共事業の波及効果の方が社会保障支出よりもずっと大きい、これはそのとおりなんです。ところが、今逆の結論が出ますのは、一つは生産で波及効果を終わらせない。
 きょうの私の後の永峰さんの話もそういう話になると思うんですが、所得がふえると消費支出がふえるじゃないか、消費支出がふえると消費財産業を興す、そうするとまたそこで生産が興ってまた所得が上がる、それでまた所得がふえ生産もふえるという形に、生産だけの波及効果じゃなくて、生産が呼び起こす所得が消費支出を通じてまた生産や所得にフィードバックする、ここまで考慮に入れるとどうだろうか。
 そうすると、その場合には波及効果の方が大体消費性向の高い分野にいきますと大きくなってくるということで、一つは消費の波及効果まで計算に入れるかどうか。そこまで入れるとこれは確かに福祉支出も建設投資と比べて大きい。そのかわり、その場合には私ども計算したんですが、消費支出のパターンに依存する。所得の何%を消費に回して何%を貯蓄しちゃうか、消費性向が高いか余り高くないか、高いと公共支出よりも大きい、消費性向が余り高くないととんとんか。その辺が非常に難しくて、私の論文にも何%過ぎればこうなるということを書いたのがございますけれども、それが一つございます。
 ですから、消費波及効果を入れると大きくなる、ただしその場合消費支出をどう見るかということが非常に重要で、この辺は計量的にもまだきちっと詰めるべき点がある、これが一つ。
 それからもう一つは、生産に与える効果と雇用に与える効果とでは非常に違うわけです。生産に与える効果の場合には公共投資の方の効果が強い。消費の波及効果を入れると少し差が縮まってまいりますけれども、生産活動に与える効果と雇用に与える効果は非常に違います。
 というのは、社会保障関係の活動は人手中心でございますから、原料費よりも人件費が多いわけです。ですから、どうしても雇用係数が高いんです、あるいは付加価値率が高いと申しますか。付加価値が高いというのは要するに人手をたくさん食うということで、生産性がどのくらいあるかということと対にして考えなければいけません。そういうことで、雇用の面の効果の方は公共支出よりも社会保障支出の方が大きく出る。これは、一般の物的産業よりサービス産業の方が生産波及効果よりも雇用波及効果が大きく出るわけです、消費のフィードバックを含もうと含むまいと。それはそういう面がございます。
 特に、雇用係数、人手を食うという点では社会福祉の領域が高こうございます、サービス業全体の中でも社会保障サービス関係は、特に雇用の波及効果については。ただ、それだけ供給がついてくるかどうか、これはまた別問題で、あくまでも需要の波及ですから、供給が本当についていくのであろうかということがございます。それから、効率的に入れなければ意味がないわけで、人手がたくさんただかかるというのでも困るという点はございますけれども、そういうように考えることができると思うんです。
 それから、そういうことで第二の質問に関連いたしますけれども、例えば公共支出と社会保障支出のGNPに占める比率を見ると、外国と日本とは全くさま変わりのような感じがする。これは今までの歴史的経験があって、日本は敗戦の底から今日まで成長するためにまずその基盤を整えよう、それからさらに成長しようということで公共事業の基盤整備の方に回ったという、そういう余波がありましょう。
 それから、もう一つは社会保障ですが、今までは家族の中で保障し合う部分が非常に多かった。だから、社会の外へ出ないで家族の中で、あるいは企業も企業内の福祉がございますから、そういうところでかなり吸収してきた。ですから、外に出た社会保障の比率が小さかったかもしれないという二つの点が大きな原因かと思います。
 それで、後の方の点で、これからはだんだん家族の単位が小さくなり機能は低下していく。企業も企業内福祉がどこまでできるか。労働市場は流動化してまいりますし、新しい時代に備えなければならないということで、社会保障が大分外部化される可能性があるわけです。そうすると、今まであらわれていなかった社会保障が表に出てくるということになるのじゃないかと思います。
 いずれにしても、その配分がどう適正に行われるかということが必要で、いずれの場合でもむだな支出があってはいけないわけですけれども、特に社会保障よりも公共投資の方が縦割り行政で、少しも公共投資の配分比率が変わっていないという点は大いに改めなければならないということは昔から言われておって、なかなか実現しない。そのネックを突き崩す必要が大いにあろうと思います。そういう公共投資などの累積から赤字がふえてきて、そして全体の財政赤字が大きくなったという点も大いにあるわけですから、それを全部社会保障の方の責任だと言わんばかりの言い方は非常に迷惑千万であろうかというように思っております。
#15
○円より子君 きょうはお忙しい中ありがとうございます。二十一世紀に向かって国民の不安を払拭してどういう社会を私たちが目指していけばいいのかを考える上で大変大事な御示唆をいただきました。
 そこで、手短に質問させていただきたいんですけれども、先生も負担と給付のことをお話しなさっていらっしゃいますが、随分前から女性たちの間では、税金の主婦の配偶者特別控除または配偶者控除や年金の第三号被保険者の問題が出ておりまして、これを廃止した方がいいという運動がございました。最近それがただ女性たちの間だけの運動ではなくて、実際にこのあたりが不公平なのではないかという議論が随分なされてきたように思います。私自身の考えとしては、原則、大人であれば自分の食いぶちは自分で稼いで、そして税金も年金の掛金も負担すべきだと考えておりまして、長い間廃止の方が女性たちが働きやすい環境がつくれるのではないかと考えておりましたけれども、今そういった議論が大きくなりますと、ちょっと待ってほしいというような気がしております。
 それは先ほど先生もおっしゃったように、家族の問題や子供に対する考え方というのは大変人々に大きな開きがございます。それでもまだ介護問題は男の方も親の介護に直面することが出てきて随分理解が深まってきたように思うんですが、子供に対しては本当にこの日本は冷たい社会だと思います。子育ての期間なんてそんなに長くありませんから、男性も女性も社会全体がもっとこの期間に対して優しい政策や制度を持てないかなと思うんです。そうなりますと、例えば、税金も払わないし年金の掛金も払わないけれども、子育てをしていることが福祉社会への参加料みたいな、アンペイドワークが参加料として考えられないかというようなことも出てきます。
 先生はこの配偶者控除または年金の第三号被保険者の問題についてどのようにお考えか、お聞かせいただきたいと思います。
#16
○参考人(宮澤健一君) これも非常に現実のレベルの問題とそれから理念的な理想的な姿の問題といろいろ交錯しておりまして、難しい問題だと思います。
 先ほどちょっとお話が出ました社会保障制度審議会では、平成七年の勧告のときに、社会保障制度のベースを今お話しの個人単位でやるべきであるか、それとも世帯単位でやるべきであるか、これは大きな問題なわけです、サラリーマンの奥さんなど専業主婦の扱い方その他みんなかかわります。また、ある制度によっては個人ベースでやっているものもある、ある制度は世帯ベースでやる。それで、その結果を比較すると公平不公平が出てくるという面がございまして、これは原則として、社会保障制度審議会の勧告でも申しておりますが、基本的には個人ベースにすべきであろう。しかしながら、今すぐはできないので、できるものから行いなさいという勧告を平成七年にいたしましたが、事情は今でもそれと変わっていないと思います。
 特に、今お話が出ましたように、これは制度間の不公平だけじゃなくて、家族制度のあり方とかそれに対する価値観とかいうものが実は絡んでおりまして、その辺の整理とともにあれをいたしませんと、ただ制度間の公平不公平という点からだけではなかなか解決できない問題がある。ですから、問題点がどことどこにあるのか仕分けをいたしまして、解決できるものから着実に解決していって、個人単位の方向に切りかえていくことを一つの目標として前進していくということが基本的な方向ではないかなというように感じております。
 あと、子育てについての社会保障システムとしての支えをどうするかということも、これも先ほどのように子供がどこまで公的なものでどこまで私的なものかということにかかわるわけですけれども、いろいろ方策はあると思います。
 それは、例えば年金制度でも医療制度でも子育て問題とどうリンクさせるか。今までの経験を見ますと、二年ぐらい前に年金改革をいろいろやりまして、そのときに、あわせて介護保険については保険料をまけるというようなことを公的年金制度でもやりました、医療でもやりました、雇用保険でもやりましたが、雇用保険の改革、年金の改革、医療の改革、それぞれ基本的な改革があって、つけたり的にそういう話が出てくるんです。しかし、そのつけたり的なやつを全部合わせるとかなりの子育て支援になっているわけなんですけれども、ただ、ばらばらで縦割り行政でやっておりますから、それがまとめるとどうなるか、どういう考え方でそれがやられているのか、それがはっきりしないという面がございます。
 ですから、制度間の横の全体的な見方をどうするか。やはりそれは先ほどのように価値観、例えば子供の公的な性格は三〇%である、あとの七〇%は私的なものであるというぐあいに考えるのか、いやいや、これは将来の支えたから、子供の公的な意味は六〇%である、私的な部分は四〇%。六〇%と見るか三〇%と見るかで政策発想が全然変わってくるわけです。ところが、そういうことがなかなか言えないものですから、何かごちゃごちゃとわからぬようなことをやっている。
 しかしながら、きっちりさせるためには、どこまで我々が子供を社会のものとして見るのかということについて国民的な合意がどの程度できるのか、これはなかなか難しいと思います。子供は家庭の個人の問題だから介入すべきでないという意見も非常に強いですし、非常に問題であると思いますけれども、そういう基本的なベースがはっきりしますと一つ一つの政策の位置づけ、意味づけがはっきりしてくるわけです。
 今はアトランダムに、まあこれもやりましょうということでちょこちょこ出てまいりますけれども、そこをやはりきちっと整理するためには、今のような社会にとって子供とはどういう位置づけを必要とするのかについてある方向性なり、方向性が出ないまでも、意見の対立はこことここではっきりしていますというベースの上で、それではというタッチの仕方が必要ではないか。そこの根本がはっきりしておりませんものですから、何か政策があるようで、個別的でしり切れトンボであるようでというような感じが残っております。そんな感じがいたします。
#17
○円より子君 ありがとうございます。
#18
○栗原君子君 先生、本当にお話ありがとうございました。
 一点、質問をさせていただきたいと思います。
 先生も人口問題についていろいろ御研究を重ねてこられて、私たちも大変参考にさせていただいておりますけれども、今出生率が一・四と大変低下をしてきていることに対して行政の方でもさまざまな取り組みをしてきまして、保育所の問題あるいは男女共同参画社会をどうつくっていくか、そうしたことがかなり浸透してきたと思います。以前、私どもが若いときには、保育所に父親が迎えに行くということは余り見られなかったんですけれども、今早いときには父親の方が保育園に迎えに行っている、結構ふえているということが言えると思います。
 そういう中で、行政の方とすれば本当にさまざまな取り組みをしているんですけれども、一方で出生率は低下を続けているということに何があるのかといろいろ考えてみるのですが、先生のおっしゃいますように女性の社会進出とか晩婚化、非婚化、そうしたこともございましょうけれども、母親の中に、子供がかわいくない、こういうことを言っている母親が何かふえているようにいつかテレビで見たことがあるんです。
 学校に行っても、母親が洗濯をしてくれないから臭い、におうということで他の子供たちから差別をされるとかいうこともある。あるいは病気になっても病院に連れていってくれない母親がふえているとかさらには虐待をする親がふえているとか、そうしたことで社会的な取り組みも進んではおりますけれども、一方ではそういう陰湿な部分というのがまた進んでいるし、少子化はますます進んできているというところの悪循環をたどっているように思うんですけれども、これをどのようにお考えでございましょうか。
#19
○参考人(宮澤健一君) いろいろの側面が含まれておって簡単ではございません。
 最初の、保育所などにお父さんが行くようになったというような変化も見られるという点もあるでしょうけれども、保育所の問題で申しますと、公的な保育所がございますが、もう一つ認可保育所のほかに無認可保育所というのが非常にふえているわけです。これは業者が一つの経営形態としてそれを選択する。認可だと、運動場はこれだけ面積を持たなきゃいけないとかいろいろあって、ちょっと駅前にぱっとつくるとかそういうことができないのでむしろ無認可保育所をつくる。これはもう私的な活動です。だから、そういうような公的な活動のほかに私的な活動をいかにうまく位置づけていくかということも一つは必要ではないかと思います。
 しかし、そういう側面とは別に、今お話がございましたようにもっと根の深い問題がある。一体少子化についてどう考えたらいいんだろうか。少子化については、少子化が与える影響がいろいろございます。それから、なぜ少子化が起こるかの要因がございます。その影響の面と原因の面と、やっぱりこれを二つに分けて、そして影響については影響に対応するやり方、原因については原因に対応するやり方、そういう仕分けがまず必要だろうというように思います。
 特に、今お話しの、どちらかというと要因の方に多いかと思うんですが、先ほど申しました人口問題審議会の報告書では要因を幾つか挙げておりますけれども、大きく分けると二つあって、いろいろな子育てにまつわる負担感がある。それから、今お話しのようないろいろな価値観の変化がある。
 負担感の変化というのは、これは子育てのコストがかかるとかそういう費用の面もございますし、先ほど申しましたように女性の地位が高くなって、家にとどまることで失われるコスト、直接費用の方より機会費用が多くなる、そういう負担感もございましょう。それから、雇用の環境が終身雇用、女性に非常にきつい職場になっているということで、家庭と仕事との両立に対する負担感もございましょう。
 それからもう一つは、やっぱり価値観が大きく変わっておる。個人主義的な見方ということが多くなって、子供というものに対する感じ方が違ってくる。かつてですと、子供を育てて子供に家を継いでもらうとか老後の面倒を見てもらうとか、そういう子供にある意味で投資をするというような発想がベースにあった。それが最近は薄れまして、むしろ子供にしっかり勉強してもらいたい、教育費をかけるとかあるいは子供は家庭を明るくする、そういうものであってほしいということで、昔の子供に投資をしてという考え方より、むしろ子供は投資よりも消費的な側面の方が強くなってきた、そういう価値観の変化もあると思います。
 それが、親の側から見ただけじゃなく子供の方から見ても、今までですと早く自立をして、ひとり立ちしてということがございますけれども、今はなかなか結婚が、もう少し親に甘えていた方がいいとか、結婚生活へのためらいもいろいろな形で生じているということも含まれるかもしれませんし、そういう価値観の変化があって、価値観の変化がプラスの方向に出る場合とマイナスの方向に出る場合、今お話しのような例はまさにそれが非常にまた違ったマイナス面で出てくると思うんです。
 ですから、そういう要因の価値観の変化にも負担感の変化にも、負担感の強くなっていることについてはこれこれの要因がある、価値観の変化についてはこれこれがある、それぞれ要因を分けて、そうして対応していく必要があろうと思います。その対応の幅は、もちろん子育て支援ということも重要でございますし、雇用環境の整備ということも重要でございますけれども、もう一つは、例えば今の厚生行政と文部行政が合体して、教育面との連合ということも必要になってまいりましょうし、そういうことで発想の転換をする軸をまず明らかにしていくということが必要ではないかというように感じておりますけれども、お答えになりましたでしょうか。
#20
○水島裕君 先ほども話が出ましたけれども、生涯現役、WHOも言っておりますし、私も大変大切だと思います。
 でも、どの社会においても、また上の人がいなくならないと出世もできないし、いろいろやりにくい、硬直化するということもありますので、ある一定の年になりましたら、ある一部の人はよろしいんですけれども、それ以外の人は、言い方は悪いですけれども、給料の点でも仕事のレベルでも下がっても全然構わないというような雰囲気をつくるということが必要じゃないかと思うんですけれども、その辺御意見いかがでございましょうか。
#21
○参考人(宮澤健一君) おっしゃるとおりだと思います。
 ですから、高齢者がまず一本ではないということで、そして非常に働く意欲と体力がある方もあれば、そうでない方もある。働く環境をどう整備するかということについては、単に働く場所を提供するということのほかに、今もおっしゃったような雇用の条件について社会的にリーズナブルな方向をとっていく必要がある。ですから、年功序列型の賃金とかいうことも変えなきゃいけないでしょうし、それから昇進型のスタイルも変えなきゃいけないでしょうし、そういうことはたくさんあると思うんです。
 高齢者の雇用あるいは女性の雇用の場合でも問題になる一つの例は、フル雇用とパート雇用があるわけです。高齢者の場合でも、それから女性が出産してその後仕事を続けるかどうかその場合に職場に復帰するのかパートになっちゃうのかいろいろありますけれども、いずれにしても従来から見るとフルタイム雇用よりパートタイム雇用の比率もふえてくると思いますし、またそれをうんと活用しなければならないと思います。
 ところが、今までの雇用慣行の発想は、フル雇用が正規雇用である、パートタイムは非正規雇用であるという区分けが画然としておりまして、そして非正規雇用については社会保障の手当ても薄くなっているというようなことにあるわけです。
 そうでなくて、これからの雇用のあり方として、恐らくパートも一つの正規の労働である、それについての賃金の評価、能力給であるとか、それぞれの賃金の評価がございましょうけれども、しかしパート的な活動についても一つの違った形での正規的な雇用である。パートでもフルでも同じ仕事をしている職場もあるようですけれども、そういうこともありますし、それから高齢者、女子の雇用の問題を考えまして、パートの位置づけというものをどの程度、企業の雇用の形態の多様化という面、そういう面もやはりリンクしていると考えていく必要があるのではないか。そうすると、おのずからそれに対応した賃金体系ということも出てまいりましょうし、それから活動の場、みんな年をとって全部見るんじゃなくて、やっぱりやっていただくことはここですよというぐあいな職分の分化もできましょう。
 ですから、雇用慣行そのもののどこを変えるべきであるかということがパートの位置づけを含めて今問題になっておりまして、それがどの程度パート雇用について変化が起こるか、一つのメルクマール、試金石になるような気もしております。
#22
○会長(鶴岡洋君) どうもありがとうございました。
 以上で宮澤参考人に対する質疑は終了をいたしました。
 宮澤参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
#23
○会長(鶴岡洋君) 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#24
○会長(鶴岡洋君) 速記を起こしてください。
    ―――――――――――――
#25
○会長(鶴岡洋君) 引き続きまして、福祉サービスの経済波及効果について、大阪地方自治研究センター常任研究員・龍谷大学経済学部兼任講師永峰幸三郎君に御出席をいただき、御意見を承ることといたします。
 この際、永峰参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、福祉サービスの経済波及効果について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 委員の皆さんにはダブりますけれども、議事の進め方でございますが、まず参考人から三十分程度御意見をお述べいただきました後、六十分程度各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 なお、時間に制約がありますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくようよろしくお願い申し上げます。
 また、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、永峰参考人にお願いいたします。
#26
○参考人(永峰幸三郎君) どうも初めまして。永峰でございます。このたびはこういう場所にお招きをいただきまして、私のつたない意見をお聞きいただけるということで、大変光栄でございます。
 早速でございますけれども、レジュメに沿う形で、私がきょう言いたい趣旨のことをできる限り簡略にお話をさせていただきます。
 私をお招きいただきました趣旨は、福祉の波及効果というものが公共事業等の波及効果と比べてもそれほど遜色はないというようなことを私があちらこちらで書いたりしておりますものですから、そのことにかかわっての意見であるというようにお伺いしておりますので、できる限りそれに沿う形の部分を重視する形でお話をさせていただきます。
 まず、私が常日ごろ考えていることでありますけれども、福祉サービスの分野で今日これだけ多くの世論が高齢者の介護を初めとして大きな高まりを示しているにもかかわらず、福祉サービス分野への投資というものは必ずしも大きなものではございません。これは公共事業等と比較しても非常に小さなものであろうというように考えます。
 こういうように、福祉に投資するということがどちらかというと消極的といいますか後ろ向きといいますか、恐らくそういうようになっている背景には、公共投資というのは経済を活性化するとか、あるいは雇用を拡張するとか、あるいは不況のときであれば公共投資をふやせば景気の浮揚策になるとか、そういう非常にプラスのイメージで公共投資の場合は考えられているであろう。ところが、福祉の場合は、福祉は経済の成長の足を引っ張るとか余り福祉に支援が回り過ぎるとその国の経済力は弱体化するとか、そういう言い方をしているかどうかは別としまして、端的に言いますとそういうニュアンスで語られてきた方が多いのではなかろうかというように思われます。
 しかしながら、果たして本当にそういうことが論証なしで今日のような産業構造変化の中で言い得るものだろうかということを考えてみますと、私はそれにはかなり大きな疑問を感ぜざるを得ません。
 そこで、福祉の波及効果を考える前に、今日の産業社会の変化というのが、どういう産業を中心に生産というものが動いているのかというようなことを少し数字を挙げながら、実はこれだけ大きな変化が産業社会には起きているんだということをまず前提的な認識として御理解いただきたいというように思います。
 それで、私が提出しました資料14でございますが、「最近の大阪経済での産業関連構造の変化」というB4判の紙がございますけれども、お手元にもしございましたらそちらをあけていただいて、私が今から言うことを数字の上でひとつ御確認いただければ幸いかと思います。
 これは大阪において産業構造というのがどのように変わっているかということを、例えば一九八五年と一九九三年というくらいの対比でその需要構成がどう変わっているのかということと、それを担ってきた産業がどのように変わってきたのかということを端的に示しておりますデータでございます。
 このデータの出所は、一九八五年版の大阪府の産業連関表及び一九九〇年版の同連関表、それからそれの延長表としてつくられました一九九三年度の産業連関表を使いまして、大阪においてその需要構造及びその担い手たる産業がどのように変わってきたのかということを通じまして産業社会の変化というものをひとつ見ていきたいということが実はこの表の意味でございます。
 どのような見方をして、またどのように解釈するかということでございますが、まず一九八五年から一九九三年にかけまして大阪府内で一年間に生産されたもの、その総額はここに書いてございますように約七十三兆八千億、これは一九八五年でございます。一九九〇年、これはバブル好景気のほぼ絶頂期に近いわけですが、九十兆三千五百億でございます。一九九三年は八十八兆。総需要はこのように七十三兆から九十兆、八十八兆という推移をたどったわけでございます。
 この総需要を各分野別に見ますと、中間需要、消費需要、それから投資、大阪の方から見た移輸出と、こういう需要があるわけでございますが、その需要の推移もさることながら、どのような産業がそれを担っているのかということが、実は一九八五年から九三年にかけて非常に大きな変化を来しておるということが端的にわかるように明示したつもりでございます。
 重要なところだけ拾い上げて申し上げたいと思います。
 まず、中間需要というところを見ていただきたい。中間需要といいますのは、物をつくる過程で使います部品であるとか、原料でありますとかエネルギーでありますとか中間サービスでありますとか、そういう生産の途上に原材料、サービスとして使われる部分、どれを中間需要と申します。
 この中間需要のところを見ていただきますと、そのすぐ下に総額というのがございます。これは兆であらわしたその中間需要の推移でございまして、大阪で言いますと二十七・一というのは約二十七兆一千億、これが一九八五年であったと。同九〇年は三十四兆六千億。九三年は三十二兆。こういう形で生産の過程でのいわゆる原材料等は使われたわけでございます。
 重要なことは、その下に需要先、その産業を供給したものは何か、この中間需要を供給した産業はどういうものであったのかというのが、今度は金額の大きいものから順番に第一位から第八位まで縦に並べて表示してございます。
 一九八五年の方は、鉄鋼から始まってその他製造業という八位まで書いてある、左側にございます。一九九三年度は、サービス業というところから入りまして下の不動産という、右側に表示してございます。ですから、第一位の産業は一九八五年には鉄鋼業だった、その金額は二兆二千六百億ぐらいであったというように明示してあるわけでございます。
 以下、このように担った産業の順位を八五年と九三年を比較しながら見ていただいたら一目瞭然のことがわかります。
 それは何かといいましたら、サービス業が中間需要で五兆三千百億、一九九三年度で第一位になっております。一九八五年では中間需要を担う最大のセクター産業は鉄鋼業でございまして二兆二千六百億、第二位にサービス業が二兆二千百億というふうになっております。ですから、八五年のバブルの前とバブルを経過した後の、もう既にこのどきは景気はかなり下向きになっておったわけですが、一九九三年度において中間需要のところにおいてサービス業が非常に顕著に大きくなっているということがこの統計数字から明らかでございます。
 サービス業といいましてもいろんなサービス業がございますので、その明細ということで詳しく知っていただく場合には、下の方に「一九九三年度のサービス業関係の各項目の明細」という欄がございます。ちなみに中間需要の合計五兆三千百億の明細は、その大半が対事業サービス業でございまして、この部分が四兆三千三百六十四億ということです。
 この対事業サービス業というのはどういう産業を指しているかといいますと、広告・情報関係、物品賃貸業、リース業、機械の修理業、清掃や警備、ビルメンテナンス、それからその他の専門サービス業、会計事務所でありますとか土木設計事務所であるとかというような専門サービス業、一言で言えば企業に対するさまざまな情報であるとかリース等のサービスを行っているタイプの産業でございます。
 このような産業が中間需要において鉄にかわって第一位に躍り出たというような顕著な変化が起きております。我々はこういう変化のことをいわば中間投入におけるサービス比率の上昇という言い方で言うわけでございます。つまり、物をつくる過程で原料や材料といった物的な材の需要というものもございますけれども、サービスの投入もなされるわけでございます。その投入するサービスのウエートが顕著に高くなったということがこの中間需要の総額でサービス業が第一位になっているという事実によって明らかになっております。
 これを仮に公共事業あるいは建設事業のようなイメージのもので例えて申し上げるならば、例えば今までは建設機材とか建設で使うさまざまな資材であるとか、そういうものをそれぞれの建設会社が自前で持っていた、これをリースで建設機械などを借りて仕事を現場でするようになりますと、この例で申し上げればいわゆる物品賃貸、リース業が建設の生産の中で中間需要として投入されたという部分が膨らむわけでございます。あるいは、都会の中なんかで言いますと、建設工事に伴いましてガードマンとか警備員を多数配置しまして安全の確保を図らなければいけないということになりますと、これは警備会社からその建設現場に派遣されるという部分がふえてきます。こういうものもここで言えば対事業サービス業の一分野の中間投入がふえたということになります。
   〔会長退席、理事尾辻秀久君着席〕
 このようにサービス業の投入比率が実はすべての産業において上昇している、こういうことがいわば生産過程におけるサービス経済化という言い方で言えようかと思います。
 その右の方の欄は消費需要です。これは一般の家庭の方が最終商品として買うようなものの需要でございますが、これが金額的に大阪で申し上げますと十六兆三千億から九三年度は二十二兆二千億ということで、この間もかなり着実に伸びておるものでございます。
 この消費需要を担っております産業は、一九八五年の時点でも既にサービス業が第一位でございまして、五兆七千七百億ぐらいを占めております。これが一九九三年度においては七兆一千四百億ということで、一層大きなウエートを占めてきているということでございます。
 その明細につきましては、同じく下の消費需要の欄にそれよりもやや詳しいものが掲載されておりますから読んでいただいたらよいかと思います。一番多いのは対個人サービス業三兆一千六百七十一億。しかし、それだけではございません、医療・社会保障というのも二兆ございます。ですから、サービス業が消費需要において非常に大きく伸びたということは、対個人サービス業の部分も伸びておりますけれども、医療、そういう部分も非常に多くなっているということをこれは示しております。
 一番右の方、移輸出という欄を見ていただきたいと思います。これは、大阪から見れば、他府県に対して売った分が移出、他の国に対して売った分が輸出です。そういう意味で府外需要の部分でございますが、この府外需要の合計を移輸出という形であらわしております。
 これはどのように推移したかと申し上げますと、一九八五年には大阪の場合は二十五兆一千億ぐらいが移輸出の需要としてございます。一九九三年は二十四兆四千億。それより前の九〇年がピークでございまして、二十六兆ほどあった。したがって、移輸出に関しては、九〇年から九三年、バブルの崩壊とともにやや減少した。そして、一九九三年時点では八五年の水準を下回るということで、大阪全体で見れば移輸出額は低下しているというような推移をたどったというのが全体の流れでございます。
 この移輸出の産業の順位でございますが、一九八五年では商業、大阪の場合は卸売業が非常に大きなウエートをごく最近まで占めておりまして、約六兆円という規模で第一位でございます。第二位が電気機械。御存じのとおり大阪は家電メーカーがたくさんございますから、そういうことで電気機械が第二位で二兆五千億。以下そこに書いてあるような順位で移輸出需要というものをいわば担ってきたわけでございます。
 ところが、一九九三年度の統計で見ますと、サービス業計が三兆一千八百億ということで、これが実はトップにかわっております。一九八五年の段階では移輸出額でサービス業というのは一兆五千四百億で、順位からすれば第六位であったわけですから、約二倍近く金額で伸びて一躍順位が第一位になる、こういう飛躍的な上昇を遂げたわけでございます。
 それとの関係で申し上げますと、商業がかつて六兆ということで、大阪においては最大の卸売業でございますが、移輸出産業の担い季であったわけですが、これが大きく後退をしまして二兆ということで約四兆近く減少した、こういうある意味では主役の交代があるわけでございます。
   〔理事尾辻秀久君退席、会長着席〕
 大阪のサービス業の移輸出部門の中身でございますけれども、それも下の方の明細を見ていただければおわかりであろうと思いますが、対事業サービス業が約半分ぐらいを占めております。その中でも特に中心になりますのは物品賃貸でありますとか情報サービス、こういうものが大阪の場合はもう既に移輸出産業として相当大きな成長を遂げているということがわかります。また、大阪の場合は、近畿ぐらいの範囲において医療とか教育・研究等においても既に約四千億オーダーの移輸出産業に成長しているというようなことが起きているわけでございます。
 私がこのデータをこのようにくどくどと申し上げさせていただきましたのは、サービス経済化というのはこれほど劇的に非常に速いピッチで大阪のような大都市圏では進んでいるんだという話をしたかったということ。それから、こういうサービス経済化が進むような産業構造というのはどういう産業構造かといいますと、物をつくるあるいはサービスをつくる過程でサービスというものをさらに生産過程で投入する、そういう比率が非常に高くなっていくということでございます。例えば建設工事を念頭に置いて申し上げますと、ガードマンを多く配置するとか建設機材をリースで借りるとか、そういうようなもののウエートが高くなっていくということを例に挙げて申し上げたような変化がどのような産業においても起きているということでございます。
 それから移輸出のところで強調したいことは、医療とか研究開発のようなものでも、それがあるレベル以上に達する場合は十分移輸出産業として伸びていくことができる、それは決して小さな金額ではないということをこのデータから御理解いただければと、このように考えます。
 こういういわば産業構造の変化が起きておるわけでございますから、サービス生産というものが大きな波及効果を持たないということはあり得ないというような認識をしておるわけでございます。
 そこで、そういう現在の産業構造の変化ということを前提にしまして、福祉の波及効果というのはどのように算定され、またどのような広がりを持ってきたのかということを産業連関表を使って少し話をさせていただきます。レジュメで言いますと、間をはしょりましたけれども、二ページの方をおあけいただきたいと思います。
 実は、私はこの福祉の波及効果を計算してみようという動機になりましたのは、実は私は大阪の人間でございますので、皆さん御存じのとおり大阪は関西新空港を平成二年に開港しております。また京阪奈学研都市というかなり大規模な研究学園都市というプロジェクトがその前後から動いております。東京もそうかもしれませんが、このように大都市圏におきましては大規模な公共事業というものが行われたということがございます。ところが、実はこういう公共事業が今日どのようなことになっているのかということで申し上げますと、関西新空港は成功したし、また必要な公共事業であったというように私ははっきり肯定的に評価をしておりますけれども、非常に多くの失敗が率直に申し上げてございます。
 最近でもこれは大阪では非常に大きな話題になって新聞の一面に載ったことでございますけれども、関西新空港の対岸の町に泉南市とか岸和田市とか貝塚市とか等々がございます。この対岸の町に、コスモポリス構想と申し上げまして、いわゆる研究開発型の製造業を誘致する、そういう工業基地をつくろうという構想が新空港と並行する形でできまして、その地域は町の名前で言いますと和泉市と岸和田市と泉佐野市でございます。新空港を挟んでやや内陸部の方に大きな幹線道路をつくりまして、山林を切り開いて、かなり高度な試作品でありますとか研究開発をするような製造業の拠点をそこに集めよう、こういう新型の一種の工業団地をつくるような構想でございますけれども、つくる方の意図としては泉州のシリコンバレーにしようという、このぐらい壮大な意気込みで実は取り組んだわけでございますけれども、実はこのコスモポリス構想は、そのうち一番開発が先に走っておりました泉佐野市は途中で中止をしました。もうそれは完全に撤退、破綻をするということで終了いたしました。
 なぜそうなったのかといったら、せっかく山林を切り開き、ぼちぼち道路をつくったり、造成をして必要な土地をつくろうということは、当然そこに企業が来てくれないとだめなわけですから企業の誘致を図ったわけです。残念ながらどこの企業も参加しないということで、せっかく山林を切り開いてそこに行くような道路はぼちぼちつくり始めたのですが、肝心の誘致すべき企業が一社も来ないということでありますので、それ以上もし工事を続行すればより大きな投資のむだが起きる、負債が多くなるということで中途でやめました。
 例えば大阪におきましては、こういう公共投資が全くむだな形で大阪府の財政だけを逼迫するという結果を生むようなことが実はあちらこちらで起きております。詳しくは個別には言いませんけれども、それ以外にもそういうのによく似たような状況が出てきております。
 このようなことを考えますと、公共事業を誘致して工業用地を造成する、そこに産業発展の起爆剤になるようなかなり現代的なイメージの産業を誘致する、こういう発想で仮に取り組んだとしても、結果として言えばそのような産業は来なかった。あるいはそのような産業以外でも、例えば臨空都市という構想の場合は、新空港の対岸につくりましたので、そこで国際的な交易に当たるような大きな貿易商社でありますとか電機産業の会社に来てもらって、そこを商談空間として利用してもらおうということでりんくうタウンというのを造成したわけですが、テナントの入り手がいないというような結果になりまして、これも事業規模を縮小して、用地については別の性格のものに転用するという形で現在軌道修正を行っているというように聞いております。
 このように、かなり現代的な産業構造を前提にしたつもりでその種の産業を誘致するような公共事業というのが大阪の場合もこの間なされてきたわけですけれども、その部分についてはほとんどが失敗しております。
 このような失敗例を見ておりますと、果たして公共事業が経済の波及効果を高めているというのは本当なんだろうか。これは疑わざるを得ないわけでございます。もちろん、そういう個々の事例で全体を判断してはいけないということはよくよくわかっておりますが、そういうこともございまして、私は一度建設投資であるとか公共事業と言われるものが本当にどのような生産を促すという意味での効果があるのかということを考えてみようと思ったわけでございます。
 それと同時に、先ほど言いましたように、福祉については極めて消極的な考え方が強い。福祉に使う金はむだ金であるとか、福祉に余りお金を回し過ぎますと経済活力がそがれるとか、こういうような考え方をされる方が少なからずおられるわけでございます。これは果たしてそうなのか。この二つのことを同時に検証するためにそれでは比較をやってみようということで始めたわけでございます。
 レジュメに「一次波及効果」というところでくくってある部分は、これは御存じかと思いますが、ある産業が物をつくろう、あるいはサービスをつくろうということをやりますと、当然さまざまな原材料とかエネルギーとか中間サービスというものをつくる過程で投入します。したがって、その産業は他の産業からそういった材料とかエネルギーとか中間サービスを購入するわけです。こういういわば製造過程で物を購入する結果発生するような波及効果、この部分が一次波及効果と言われます。
 これは、産業連関表で言いますと、逆行列係数という形で端的にあらわれている部分でございます。逆行列係数ということを言いますとわかりにぐいという面があろうかと思いますので、お手元の資料7を見ていただきたいと思います。
 これは平成二年度の全国産業連関表の係数欄に載っております逆行列係数でございますけれども、このように九十一部門のすべての部門について、投入係数を少し応用しまして逆行列係数というものをあらかじめ算定して、産業連関表という表で示しております。
 この逆行列係数の意味でございますけれども、この部門に一の需要が発生をいたしましたらどのぐらいの波及効果が生ずるかということがわかる数字がこの逆行列係数でございます。
 社会保障と公共事業でございますのでそれを例に挙げますと、資料7の三百二十八ページの分類番号八三一三番が社会保障でございます。これは二ページにまたがっておりますので、右側の一番下の列和というところまで続いております。この一番下の列和というのを見ていただくと、一・五一三九〇五となってございます。これはどういうことかと申し上げますと、この社会保障部門に一の需要が発生すれば一・五一三九〇五倍の第一次波及総額が生まれるという意味でございます。
 升目の個々の小さな数字があります。例えば一番上の数字に〇・〇〇三六九二というのがありますが、これは例えば一兆円でありましたら、わかりやすいということで例を挙げますと、社会保障では一兆五千百三十九億の生産途上での一次波及効果が総額として生まれる。そのうちの〇一一一の数字のところは〇・〇〇三六九二ですから、一兆円でこれを見ていただきますと三十六億九千二百万がこの分類番号のところに波及していくということを示しているわけでございます。
 ですから、端的に言いますと、一兆円の需要に対して社会保障部門は生産内部でどれだけの波及効果があるのかというのは、総額的には列和を見ていただいて、各部門にそれがどう配分されているかはその一兆円をそれぞれの数字に掛けていただくとその金額が出るわけでございます。こういう部分が一次波及効果と言われるものの部分。これはあくまで物をつくる過程で投入する材料とか中間サービスとかエネルギーとか、そういうものの部分を指しておるわけでございます。
 旧来、この一次波及効果についてはどのような考え方の方が支配的であったかと申し上げますと、当然のことながら、投入する要素の中には物の要素、物材の要素、つまり原料とか材料とか言われるような部分と、それから無形財のサービス、先ほどの例で挙げますと、リースで建設機材を借りるといったようなリース業はサービスでございますが、こういうサービス部門からの投入というのがどちらにもございます、エネルギーの投入ももちろんございますけれども。
 この中でも特に原料とか材料とか電気のようなエネルギーとかこういう形で投入されるものの比率が高ければ、当然、産業連関から申しても、今度はそれを提供する産業においてもまたそれを生み出すためにさまざまな材料とかエネルギーとかを使いますから波及効果は非常に大きくなっていく。つまり、物の形をとるようなものの方が波及効果は大きい、サービスの投入というのは波及効果はそれほど大きくない、こういうように一般的に言えば考えられてきたわけでございます。
 その意味でこの一次波及効果は、わかりやすい言い方をしますと、物をつくる産業、特にその中でも素材型の製造業と言われるような鉄鋼であるとか紙・パルプであるとかセメントであるとか、そういうものであればあるほど生産場面での波及。効果は大きくなるというようになります。サービスという余り材料とかエネルギーを使わないような産業の場合、専ら人手を使ってやるような産業の場合はそういうもののウエートが小さいわけでございますから、一般的に言えば波及効果は小さい。これが産業連関表的に言いました一次波及についての今までの通説でございます。
 このように見ていきますと、常に物をつくる産業、あるいは物材を組み合わせてつくるような建設業なんかもそうなんですが、非常に波及効果の大きい産業である、単純に言えばこういう観念を持つ傾向があったわけでございます。ところが、最近のこういう数字の理解ということに関して言いますと、実はそういう波及効果の数字が大きくなる、小さくなるというのは、あくまでどういう産業構造のもとでその数字が大きくなるのか、小さくなるのかという問題があるわけでございます。
 物をつくる産業が相互に生産を刺激し合って、物の取引を通じて生産が拡張していくような形で生産規模が広がっていくような場合は、先ほど申し上げたように原料や材料を投入することの方が多い産業ほど波及効果は大きくなると言えますけれども、サービスというものを投入することによって生産が拡張するというような産業構造に変わっていく場合は、必ずしも原材料を多く使う産業の方が波及効果は大きいというようなことは言えない。したがって、産業構造がどう変わっていくかによってこの第一次波及効果の数字というのは、例えば五年単位で見ていきますとかなり変わっていくという側面を持っております。
 次に、二次波及効果でございますが、この二次波及効果はどのように算定しているかと申し上げますと、例えば一次波及効果によって各産業に一兆円の需要があればそれぞれの産業部門にこれだけの波及効果が及ぶという金額は算定されます。その算定した金額をそれぞれの産業では生み出していくわけですから、当然そのような産業で人が働いております。人が働いて賃金が支払われます。そういう賃金の中の約四分の三ぐらいが家計の消費として使われるということになりますから、今度は消費の方から生産を誘発するということが起きます。この消費の方から生産を誘発する部分がいわゆる第二次波及効果ということになります。
 したがって、その波及効果というのは何を源泉にしているかといったら、一次波及効果で生産を各産業がしておる賃金として支払われた部分の総額、そのほぼ四分の三ぐらいが消費されるということで計算して、そこから波及効果を推定するわけでございます。
 どういう推定の仕方をするかということでございますが、資料9をあけていただきたいと思います。
 同じく産業連関表ではそれぞれの最終需要項目がどれだけ生産を誘発するかということについてあらかじめ統計的に算定した係数を表示してございます。四百九十九ページを見ていただきたいんですが、「最終需要項目別生産誘発係数」という欄でございます。これを見ていただきましたら、例えば家計外消費はどれだけの生産を誘発するのかということは一に対して一・六八七四です。家計外消費という接待費や交際費で需要が一生まれれば一・六八七四倍の生産を誘発する。民間の家計の消費において一の需要が生まれれば一・六〇八九九六の生産を誘発する。こういうようなことがこの生産誘発係数で出てくるわけであります。これはあらかじめ産業連関を計算した上でこういう係数を算定して出しているわけです。
 したがって、先ほど申し上げましたように、家計に賃金という形で支払われた総額の約四分の三が家計消費に回り、その家計消費の額をこの民間消費支出係数に掛けますと第二次波及効果の総額及び各産業に配分された割合でその数字が出てくるということになります。
 詳しい数字はあらかじめ既にお手元にお配りをしていると思いますのでそれを見ていただきたいんですが、このような結果で計算をいたしますと、全国レベルで見ますと、約一兆円の需要がありました場合は約二兆八千億ほどの波及効果が生まれる、社会保障の場合は二兆七千億ぐらいの波及効果が生まれるということで、一兆円の需要に対しては公共事業と社会保障はほぼ同額の生産の波及総額が生まれるということになります。
 今述べた数字は全国の産業連関表を使い全国ベースで計算した場合でございますが、大阪府という地方レベルで大阪府の産業構造を前提にして同じようなことをけたを一つ落として計算した場合はどうなるかと申し上げますと、大阪府で一千億の需要が社会保障と建設部門に投じられた場合、建設部門では一千七百六十七億、約一・七六七倍の波及効果が生まれます。社会保障の場合は一千八百五十九億、一・八五九倍の波及効果が生まれるということになります。
 ですから、全国レベルでは公共事業の方が数百億ほど多い。大阪レベルでは、これは厳密な意味で公共事業ではなくてもう少し幅広い意味での建設部門ということになりますけれども、やや社会保障の方が大きい。このくらいの波及効果の比較になるわけでございます。
 それから、同じように一兆円あるいは一千億の需要が生み出されますと、当然雇用も増加します。この雇用の増加はどうなっているかと申し上げますと、仮に一兆円の需要が公共事業と社会保障に生じた場合、公共事業の場合は二十一万人弱の雇用を増加させます。社会保障の場合は二十九万人強の雇用を増加させます。したがって、九万人ほど社会保障の方が同じ需要に対しては雇用の増加が大きいということが言えます。
 大阪の場合でありますと、一千億の需要の場合ですが、建設部門は一万三千人の雇用の増加、社会保障は二万四千人弱の雇用の増加ということで、約一万人以上多いということになります。このように雇用の場合は、同額であれば社会保障部門での需要の方が明らかに顕著に雇用の誘発効果は大きいということが言えるわけでございます。
 この雇用に当たりましては、特に重視されるべきはどのようなタイプの方がふえるかということで、これは当然非常に大きな差がございます。例えば社会保障の場合は、増加するタイプの方は四分の三が女性でございます。当然のことでありますが、介護とか看護とか保育関係の専門職の方、あるいは理学療法士、作業療法士等にあらわされるような医療・保健技術者、こういうタイプの方、一言で言えば、女性の雇用を拡張して女性のその種の専門職の方を拡大するということで、非常に明確な階層の特徴がございます。
 それから、二つ目のことでございますけれども、社会保障で仮に雇用が増加した場合は、今述べましたような保育サービスとか福祉サービスということで需要が大きくなった結果でございますから、当然そのようなサービスの特徴としまして、ある地域の中でそのようにして生み出された専門職の女性の方は他地域に出ていくということはまず考えられません。サービスというものはクライアントがあり、サービスを供給する人が同じ時間、空間の中で向かい合うことによって人的サービスというものは供給されているわけですから、物をつくる産業のようにどこか遠いところでつくってそこに持ち込むというようなことはあり得ないわけでございますから、当然その雇用は他地域に流出するということはない。
 雇用が他地域に流出しないということは、その地域にまず人材のストックが起きる、二つ目にそこで支払われる雇用者所得というのはその地域内に循環する、こういう傾向を生み出す。その意味で、それと関連するようないわば小売業でありますとかサービス業でありますとかと言われるものの需要というものを刺激するということについては、かなり確実にそのことについては言えるのではなかろうかというように考えるわけでございます。
 次に、レジュメの下の方に行きますけれども、最近公共投資の波及効果が低下してきているということが実はささやかれております。これは実は極めて当たり前のことでございまして、今のような産業構造のもとで公共投資の波及効果が大きいということがあれば、これはかえっておかしいわけでございます。
 公共投資の波及効果はどうして低下するのかということをまとめて申し上げますと、一つは、日本の場合は公共投資の中で用地の買収コストが非常に高いということです。これはヨーロッパやアメリカと比較しても明らかに非常に高い。用地買収コストが高いということは、それだけ他の部分に回る部分が低いということですから、産業の波及の方に回る部分はそれだけ比重としては低くなります。これは一次波及効果の部分を低下させるというふうに働きます。
 それから二つ目に、最近は公共事業の性格というのが変わってきております。
 まず一つは、公共事業の生産単位がかなり小口になっております。つまり、事業単位が小規模なものが多くなっているという現象がございます。
 こういう公共事業の生産単位が小規模になるということは具体的にはどういう形で波及効果との関係で影響があるかといいますと、端的な例を挙げますと、十キロメートルにわたって道路を施工するのと一キロメートルにわたって道路を施工するのと二つの公共事業が仮にあったとしますと、先ほどの例で申し上げますと、ガードマンをその工事期間中配置するという想定で考えますと、十キロの道路を舗装するのに仮に百人のガードマンを配置して交通整理なりいろんな混雑を回避しなければいけない。ところが、じゃ一キロの道路を施工するのに十分の一のガードマンで済むかといったら、そうはいかない。しかし、それに投入する建設資材、つまりアスファルトであるとかコンクリートであるとか、いろんな土石類のようなものは確実に十分の一しか要らないわけです。
 ということは、公共事業の生産単位が小さくなるということは、資材の消費は確実に小さくなった分減りますけれども、サービスの投入という部分は同じ比率で減るわけではない。逆に言えば、サービスの部分は広がる、増加する。生産コストの中で現場管理費やサービスを投入する部分はコストとしては上昇するということになります。そうすると、建設業の産業関連で言いますと、建設資材の相互の需要を通じて波及効果は横に広がると言っていた構造がそうなっていかないということになります。こういうような問題の中で、まず公共投資の波及効果は低下する傾向にあった。
 最も重要なことは、そういったことだけではございません。先ほど私が申し上げましたように、産業構造変化によってサービス経済化が成熟しております。したがって、サービスの投入ということを通じて物的生産部門の相互の誘発効果というのは大きくなりますが、単なる物材の投入ということによる生産の波及効果というのは縮小する傾向にある。こういうことが明らかになっておるわけでございます。
 最後に、その様子を見たいと思いますので先ほど使いました資料14にもう一度立ち返って見ていただきたいと思います。
 これは先ほどの産業連関表の大阪版の資料で、説明していなかったところが一つだけございます。公共投資のところでございます。これを見ますと、大阪の公共投資が一九八五年は約一兆、一九九〇年は一・五兆、一九九三年は二・六兆ということで、大阪の場合は、先ほども言いましたように新空港でありますとか湾岸部の開発がございまして、あるいは景気対策ということで政府からしりをたたかれたということもございまして、特に九三年度なんかは大きく伸びております。このように公共投資の総枠は短期間のうちに二・六倍という顕著な伸びを示したわけなんですが、このような公共投資がどの産業に回っているのかということでございます。
 これを見ますと、一九九三年を例に挙げますと、二兆六千億の公共投資に対して建設業に二兆三百億が回っている。二兆六千億の公共投資に対して建設部門に二兆円が回っているということは、約四分の三、七五%ぐらいの効果が建設業一部門に行ったということです。第二位の産業が商業でございます。この金額は二千四百十五億、第三位が電気機械、千八百六十三億でございますから、第一位の建設業の二兆という規模と第二位の商業の二千四百十五億というのはけたが一つ違うわけでございます。つまり、公共投資を二兆六千億とすれば、建設業に二兆回り、つまり四分の三回り、残りの四分の一をすべての産業で小さく分けている、こういうことでございます。
 なぜこういうことになっておるかといいますと、先ほど私が説明をいたしました、建設業の場合でも第一次波及効果はどちらかといえばサービス部門にシフトし始めている、そしてサービスの投入比率が高くなっておりますから、建設資材相互の波及関係は低下している。つまり、物を通じての取引関係というのは低下しているわけです。
 そういう構造を考えてみますと、実はこれをごらんになったらわかりますように、我々が建設資材産業の代表と思っているような窯業・土石であるとか建築鋼材であるとかセメント産業とかいうのはどこにも出てこないんです。このように公共投資の波及分野自身がさま変わりしている。そして、四分の三が建設業にひとり勝ちするような形で及んでいる。こういうようなことに端的に言えばあらわれているわけでございます。
 こういう方向でございますから……
#27
○会長(鶴岡洋君) 先生、大変恐縮ですが、まだ大分ありますか。
#28
○参考人(永峰幸三郎君) ここで打ち切ります。済みません。
#29
○会長(鶴岡洋君) はい、済みません。
#30
○参考人(永峰幸三郎君) ここまで言えば私の言いたいことは全部……。
 まだあと細かい数字を挙げて説明したいこともございますけれども、このように公共投資の波及効果が低下することは、産業構造変化から見ても、サービス投入比率の低下から見ましても明白である。
 福祉に対しては、今後この部門の投資が拡大していけば広がっていくという可能性は極めて大きい。それは何かといいますと、在宅福祉ということは、今までの施設を中心にした福祉とは明らかに波及効果という点で異なった新たな需要を生み出す可能性が非常に大きいということがございます。
 これはどういうことかといいますと、施設の中での福祉というのは、これは特養をごらんになっても、あるいは保育所をごらんになってもわかることなんですが、あらかじめ決まった配置基準と、あらかじめ決まった設備水準と、あらかじめほぼ決まった生活様式というものになっていくわけでございますが、在宅福祉の場合は、当然のことながら各人がその所得などに応じましてさまざまな自立するための生活用具等を整えていくということが自由にできるわけでございますから、当然そこに投入される生活物資とか福祉機器とかというものは大きくなってきます。この点では、措置制度のもとにあるような施設内の福祉に比べてはるかに大きな需要を生み出すということが生ずる可能性が非常に高いわけでございます。
 現在の一九九二年度の産業連関表の数字は、あくまでまだ施設収容型の福祉が圧倒的な多数を占めていたときの投入係数で計算したものでございますけれども、将来、在宅福祉を中心にして先ほど言いましたように各家庭においてさまざまなタイプの需要が呼び起こされるという場合は、当然のことながらそういう波及効果は大きくなっていくという傾向が考えられるということを最後に申し上げて、私の方からの説明にさせていただきます。
 長々と話をさせていただきまして、どうも申しわけございません。
#31
○会長(鶴岡洋君) ありがとうございました。
 以上で永峰参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 先ほども申し上げましたように、質疑時間は六十分程度といたします。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。また、質疑、答弁とも簡単にお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#32
○有働正治君 簡潔にお願い、私も御質問します。
 一つは、今お述べになりました全国レベルで一兆円の需要、投資があった場合の生産、雇用等の波及効果、地方レベルの波及効果。これは一つの試算ではあるわけですけれども、平成二年の産業連関表等あるいは国民の消費性向等の数値をもとにしながら試算したということ、また一兆円の需要、一千億円の需要等も現実にあり得る内容であること等から見まして、単なる机上の試算というのではなくて、今日の経済実態なり生活実態をそれなりに反映した一つの試算であるというふうに言えると思うんですけれども、その点どうかというのが一点。
 私、公共事業との関係で、今日、社会保障に対する国と自治体の公費負担が約二十兆です。公共事業の場合には同じように公費負担は五十兆です。仮にこの数字を逆転した場合に景気浮揚効果はどうなるかということを素人なりにちょっと試算してみたわけであります。今、永峰参考人がお述べになったような、また事前にいただいた論文等を参考にさせていただいて組付加価値を算出したわけであります。
 産業連関表の大分類の三十二分類で行いますと、医療・保健、社会保障部門の組付加価値が一兆四千七百六十億円、公共事業、建設部門は一兆三千六百九十二億円ということになるので、これをもとにして現在の社会保障二十兆、五十兆の組付加価値はどうなるかというのを倍率計算でやると九十七兆九千八百億、約九十八兆円になります。仮に逆転して公共事業二十兆として社会保障五十兆の組付加価値を見ますと百一兆一千八百四十億、約百一兆、つまり九十八兆対百一兆ということで、ほとんど変わらないことになるわけであります。
 この組付加価値から家計外消費支出をおよそ四%、全国計だと約四%のようでありますけれども、これを引いたのが国内総生産、GDPに相当するというわけで、一つの試算ではありますけれども、今日の社会保障二十兆、公共事業五十兆、この経済、国民所得効果ということと、仮に逆転した場合のその効果はそう劣らないということが言えるんじゃないかと思うわけです。
 これは一つの試算で、そういうやり方でよろしいんではないかと思うわけですけれども、そこらあたり、専門家にお聞きしますと大体試算としてはそれでいいんではないかということのようなので、御専門の立場からその点だけの所見、やり方としてそれでどうかという点についてお伺いしたい。
 それからもう一点だけ、申しわけありません。
 大阪の場合についてお調べになったのを拝読させていただいたんですけれども、幾つかの県に調査を要求いたしまして、幾つかの県の生産への誘発効果、雇用誘発効果、組付加価値の誘発効果、これを見てみました。大体、生産誘発効果は同格が、半分以上の県が社会保障の方が公共事業よりも上回っているという状況、大阪と同様の結果が出ています。約二十県ちょっと、私、幾つかやってみたんですけれども、大体そういう傾向。雇用効果ははるかに社会保障の方が大きいし、組付加価値、所得効果というのも社会保障の方が大きい。
 そこでちょっとお尋ねしたいのは、各県によりましていろいろ格差がございます。社会保障が公共事業よりも上回っている県もあるし、逆の場合もあります。あるいは県によって一千億円例えば投入した場合に一千九百億の生産波及効果がある、あるいは千四百とか千五、六百とかいうような県、いろいろございます。こういう各県による格差の違い等々は、その県の産業構造その他消費性向にもよると思うんですけれども、都市型と農村部の違い等々もあるかと思うんですけれども、いろいろ研究されておられる中で、どういうところに起因すると見ておられるのか、ちょっと教えていただければということです。
#33
○会長(鶴岡洋君) 参考人の御答弁の前に、私、先ほど六十分程度と言いましたけれども、予定は五時ということになっておりますので、一応五時をめどに質疑をさせていただきたいと、こういうふうに思いますのでよろしくお願いいたします。御了解いただきたいと思います。
#34
○参考人(永峰幸三郎君) 第一番目の方ですが、単なる机上の空論ではなくて生活実態を反映した現在のいわば姿をそれなりに映し出しているんではないかということでございましたけれども、私も自分で試算をして、これは架空の空論と言う人はもちろんだれもおりませんけれども、そのように当然考えております。むしろ、今まで福祉部門の波及効果の計算はあえてこういうパターンでしてこなかったということの方がむしろおかしかったというように私も自責の念も含めて考えておるということでございます。
 それから二つ目のことでございますが、私、それほど経済全般に明るい人間ではございませんので、大変難しい問題を提起されたなというふうに率直に言って考えますが、一つだけ、有働さんが今おっしゃったように単純に実は考えない方がいいんではないかという心持ちで受けとめている面の方がどちらかといったら強いわけでございます。
 それは何かといいますと、仮に公共投資の中で建設部門に回っている部分と社会保障に回っている部分の数字を逆転させるということはどういうことを意味するかといったら、非常に大きな社会保障部門での生産の拡張が起きるわけでございます。そうしますと、今の投入係数とは全く違う投入係数が生まれる可能性があるということです。
 先ほど申し上げましたように、一九九〇年段階におきましては福祉サービスの大半は施設の中で、保育所であるとか特養とかで行われているものの数字をこの投入係数というのが代表しているわけです。ほとんど在宅部分というのはございません。しかし、社会保障が公共事業に逆転するほどの需要が国の方からの投資にせよ何にせよ生まれたとしますと、これは明らかに施設内での生活もころっと変わるでしょうし、何よりも重要なところは、在宅部分の福祉が非常に大きなウエートを占め得るであろう。
 そういたしますと、措置制度のもとで今のように制限された生活条件で人々が生活の上で使っていろいろんな用具とは全く違うような需要が発生する可能性があります。ということは、今の投入係数はあくまでそういう施設型の福祉サービスに対応した数字を示しているわけでありまして、在宅福祉等はるかに自由度の高い、個人の自由な選択が可能なような福祉サービスがもたらした生活を前提にしているわけではございませんから、その場合の波及効果は今の数字を単純に五十倍するという形で延長することはかなり危険であるというような感じがまずこちらの方ではいたします。
 それから、建設投資の方も非常にその場合は規模が小さくなるわけです。約二分の一とか三分の一に需要総額は減るわけです。そのことがもたらすような結果を今の産業連関表の数字を解釈することによって想定し得るかということで言えば、私はこれも軽々にそれはしない方がいいのではないかというような感じがいたしますので、今おっしゃったことは間違っていると明確に断言する自信もございませんけれども、ちょっとその数字の取り扱いにつきましてはもう少し慎重を期された方がよいのではないかというのが私の見解でございます。
 とは言いましても、私もそこまで突っ込んだ前提条件で物を考えているわけではございません。これはあくまで参考意見ということでお聞きいただきたいなということでございます。
 それから三番目の地方ごとに波及効果の数字が、特に建設と社会保障の場合、上回っている県もあれば同じような県もある、非常に大きく上回っている場合もあるといった格差が出るのはなぜかということでありますが、これは一言で言えば、社会保障の方の投入係数は私の見るところそれほど大きな違いがあるとは思いません。つまり、社会保障で仮に一千億という数字の需要が生まれたらという方の数字は、多分それほど大きな地域差はないと思います。地域差があるとすれば、建設投資なり公共事業の方の波及効果の数字が府県ごとによっては随分違うという方ではなかろうかと思います。
 それはなぜ生ずるのかと言えば、これは一言で言いますと、建設資材を提供するような産業がその府県の中にどれだけ配置されているのかということで、自給率と我々専門家が言っていることなんです。わかりやすく言ったら、建設資材であります鋼材でありますとか、金属製品でありますとか木材でありますとか、砕石、骨材等のそういうものを提供する産業がその府県の中に全部そろっている場合はその県内で生産の波及というのは非常に高くなっていくわけですが、もしそういうものがその府県にない場合はその波及効果は他府県に流れていきます。その意味で、わかりやすく言えば、建設資材を提供する産業がその府県の中でどれだけ配置され、そのいわゆる自給率、需要に対応する供給が一〇〇%なのか八〇%なのか七五%なのかによってその建設部分の波及効果の数字は大きくもなるし、小さくもなるということではないかと思われます。
#35
○有働正治君 ちょっと、じゃそれに関連して。
 今のは大変ありがとうございます。五十兆、二十兆との関係ですけれども、よく趣旨はわかりました。
 そうしますと、将来の産業構造の変化によってこれがもっと、例えば今は百一兆対九十八兆というあれですけれども、場合によったらば社会保障なりそういうもののウエートが高くなっていけばもっと格差が開くこともあり得るということも考えられるということなのかどうかが一つなんですけれども、いかがでしょうか。
#36
○参考人(永峰幸三郎君) 突然こういう数字の想定を出されましたので、私、実は今この場で答えるべき材料を余り持っておりませんのでちょっとそれについては時間をいただいて考えさせていただきたいということで、逃げるわけではございませんけれども、そうさせていただきたいと思います。
#37
○円より子君 お話をありがとうございました。
 私はいろいろ家族の問題を今までやってまいりまして、例えば住宅事情ですとかそういったものがかなり家庭機能の低下に影響しているというふうに思ってきた者なんですが、先生のいろいろな御研究の中では、社会保障というのは今までコストがかかるだけだと思われてきたのが、それが投資をすることによってさまざまな波及効果があるとかそういった研究がどんどんなされていけば、私どもが女性、生活者の立場から、こういうところはどうしてこうなんだろう、おかしいんじゃないかと思ってきたことが数字であらわされて、それで政策が変わっていくとなると大変心強いと考えております。
 事前にいただいていた先生の「政策資料」ナンバー三十四の中に住宅のことが書かれておりまして、我が国では維持とか補修にほとんど対策を講じてこなかったというところがございますね。それで、各国との比較の中で、日本は住宅着工件数の人口千人当たりの数字は高いけれども住宅事情が比較諸国より悪いとか、いろいろこの中に書いてあったんですけれども、例えば、先ほどの参考人のお話の中でも、長寿化のリスクとか少子化、子供を持つことの不安とか、日本の今の社会では生きることに対して安心できないので住宅を持ちたいとか、貯蓄もしっかりしなきゃいけないというふうになっていると思うんです。
 もしそのあたりの不安がなくなるような政策がしっかり打ち出されていれば、何も持ち家率が高くならなくても、その都度その都度のライフスタイルに合わせた賃貸住宅の質のいいものをつくっていけると思うんです。共働きのとき、そして子供がふえたとき、また老後、夫婦二人だけになったときは大きな一軒家の家はなくたっていいわけですよね。そういった女性の側からすれば、すぐに外に出られる、余り戸締まり等に気を使わなくても済むようなものがまた老後は必要だとか、いろいろ出てくる。
 そういった良質な賃貸住宅をもしつくっても持ち家志向になってしまうというのは、それは住宅政策だけじゃなくて、すべての老後、国が何も面倒を見てくれないんじゃないかという、そういったところに尽きるかもしれませんが、先生は日本の住宅政策というものがどうあるべきか、どのように感じていらっしゃるか、ちょっと御専門から離れるかもしれませんが、こういった統計から考えていらっしゃる所見をお述べいただければと思います。
#38
○参考人(永峰幸三郎君) 実は、私が今住んでおりますところの広さが六百坪ほどあるんですね。周辺も入れますと一千坪の敷地のところに私は住んでおりまして……
#39
○円より子君 うらやましいですね。
#40
○参考人(永峰幸三郎君) いやいや、実は私は自分の女房の実家に家を建てましたものですから、その家は関ヶ原の合戦の時代からそこに住んでいるお家でございますので大きいのは当たり前かもしれませんが。その前には当然ごく近くのマンションに住んでおって、女房の親元の一部の敷地の中に家を建てたということです。
 当然、そのマンションに住んでいた時期と、今一千坪ぐらいの広さで周辺に神社があるような、朝起きたら鳥のさえずりが聞こえるようなところにおりまして、自分の生活で言うのは多少変な話なんですが、仮に良質の賃貸住宅で、鳥のさえずる声が聞こえるような田園性なり緑が配置され、そして三十年、五十年住めるようなところであれば、例えて言えば五百坪の敷地のある木造住宅で二百年ぐらい人が住んできたところへ移らなくても同じ価値があるではないか、極端に言いますとね。そういうように例えばおっしゃられると、個人的な心情としましては、やっぱり広いところで自由にものが植えられたり園芸ができたり子供を遊ばせるところの方が生活の基盤としては豊かなんではないかというのはつくづくその限りでは感じます。
 しかし、先ほどおっしゃっている、ちょっと私、質問の趣旨からずれたことを答えていると自分で思ってもちろん答えているんですが、おっしゃっているように、日本の住宅政策というのはスクラップ・アンド・ビルドということで、買いかえを受容しながら少しずつ住む居住空間を広げていくという形で、生涯五回とか六回とか変わっていくということを前提に住宅政策はつくられてきた、大変な資源のむだをそのかわりにしてきたんではないかというように思います。
 ただ、じゃ良質の住宅をつくってイギリスのように五十年、八十年というような賃貸住宅ができて、良質であればどうなのかということですが、私は住む人の生活者の立場からすれば、もし五十年、八十年というような長い期間にわたっていわば二世代でも賃貸住宅に住めるというのはいいだろうとは思いますが、今の日本の産業社会で申し上げますと、一カ所で五十年も八十年どころか、一代の間に三回も四回も転勤をしたりいろんなことがあって変わらざるを得ないというような就業形態の方が非常に多いという感じがいたしますので、生活の利便性や生活のよさという方からだけで住宅政策は考えられない。
 つまり、産業社会の方からやはり男の方が一つの場所に住み、マイホームを構えて子供が大きくなって自分が養われるときまで基本的には移動しなくても住めるんだという確信が生まれなければ、恐らくいい住宅をつくろうというような情熱といいますかそういうニーズといいますかは生まれてこないんではないかというような感じもいたしますので、住宅政策と並びまして、やはりそういう男中心の今の働きバチと言われるような就業構造というものが変わるようなことが同時に起きないとそう簡単にそれは言えないのではないかというように考えるわけでございます。
#41
○円より子君 住宅政策についてはちょっと食い違いがあったかもしれませんが、先生のおっしゃるようなゆったりした自然環境のいい一軒家に住めるということは、皆さん多分それは日本人としては望んでいると思うんです。
 地方と都会とでは随分違うかと思いますけれども、都会の場合、これだけ地価が高く、また土地の少ないところでそれは難しいとしたら、一人がそういったところに住むということではなくて、一軒の家を持ち続けてそれを良質なものにするのではなくて、だれが住んでもいい良質なものをつくっておいて、一人が独占する庭ではなくて、周りにも自然環境があるようなそういった住宅があれば、産業構造の問題もありますが、転勤をしてもその都度そういった家に住んでいけるという、そういうことが私が先ほど考えた賃貸住宅だったんですけれども。
#42
○参考人(永峰幸三郎君) 全くそのとおりです。どこに行ってもそのようなものがつくれるという前提に立てばそのとおりだと思いますけれども。
#43
○円より子君 ありがとうございました。
#44
○松あきら君 私、先ほどから先生の御提言を伺っておりまして、やはり公共投資よりも福祉部門の投資効果の方が大きいという、ある種発想の転換といいましょうか違う面から見るとこうなのかという、そういった意味では非常に心強く感じました。そしてまた、男女共同参画社会から考えましても、福祉部門が拡充する雇用層は福祉サービスの専門職、技術職種の階層で女性の方がはるかに多くなるという点においても私は非常にうれしいなという思いでございます。
 ちょっと先生の御専門とは違うかもしれませんけれども、先ほどの宮澤先生の書かれたものの中にやはり高齢者の再雇用等のこともございました。私も、もちろん若い人の芽は摘んじゃいけない、才能は伸ばしていかなければいけないけれども、これからますます少子・高齢化に向かうわけでございますから、やはり高齢者、定年後も年金をもらわないで、例えば収入は減るかもしれないけれども仕事ができるシステムという、こういうことも考えていかなきゃいけないんじゃないかと思いますけれども、御専門と違うかもしれませんけれども、ちょっとその点お尋ねいたしたいと思います。
#45
○参考人(永峰幸三郎君) 質問の趣旨がちょっとわかりにくいんですが、年金をもらわなくても仕事が……
#46
○松あきら君 つまり、六十五歳以上は年金をもらえますね。それを例えば働く、雇用していただくことによって年金をもらうんではなくてきちんと収入を得ると。あるいは税金を少し免除してもらうとか、そのやり方はいろいろなんですけれども、つまり六十五歳になったら年金をもらうという考えじゃなくて、働くことによって、あるいは自分の年収も下がるかもしれないけれども、例えば税金も下げて、しかしもう少し働けるというそういうシステムということでございます。
#47
○参考人(永峰幸三郎君) 私は今の六十五歳ぐらいの方の意識といいますか生活観念を大阪のあるところで一万数千人、六十五歳以上の方の調査を今現在実は仕事でやっておりまして、そうすると、六十五歳以上の方ばかりしか自由記入欄に書いていないにもかかわらず、老後になって体が動かなくなったら行政の方にひとつ面倒を見てくださいよというようなことを書いてある自由記入欄が物すごく多いわけです。
 つまり、六十五歳になっていながら、みずからのことを今後のことのごとく老後老後と言っているわけです。ということは、恐らく老後という意識は身体が動かなくなったときに初めてそう思うだけであって、年齢が六十五とか七十とかいうんでは自分の使う言葉としても老後と思っていないという、そういうことが私は意外と多いんだなということをその自由記入欄を見ておりましてまず感じました。
 ということは、恐らく身体が衰弱するという自覚とともに年をとったという観念が生まれるということは、逆に言ったら、身体が衰弱していない間は現役という意識で働いてもらってもその限りでは私はおかしくない、供給側の方はそうだと思います。
 しかしながら、御存じのとおり日本の場合は高齢者が就業する分野というのは非常に貧弱であり、分野としても狭いという、性による違いの職種の分離も日本は大きいわけです。年齢、世代によっても、あらかじめ高齢者の仕事といったら、自動車、駐輪場の整理をやるとかビルの清掃をするとか、非常に限定された分野しか高齢者の仕事場がない。あとは要するにもとの企業で嘱託とか勤務延長とかいう形で何とか抱え込んでくれということしかないというような実態でございますので、結局、就職先といいますか職域を広げることができるかどうかということだろうと思います。
 高齢者といっても身体的には何ら高齢者と意識されていない、いわゆる現役型高齢者のような方は多くの地域でほとんど若者と同じような仕事をしておるし、し得るわけでございますから、そういうところで、年齢がこうだからというようなことでまず一つは余り差別をしないということ。それと、高齢者の職域が狭いということの背景の中には、ある程度の年齢になればやはり相当な賃金といいますか給与を支払わなきゃいかぬ。若者のように月に二十万ぐらいの費用でということになると、なかなかいかないというようなことがございます。
 高齢者の方も、賃金をとるよりも職域を広げるというような形で、まず若者が働いているような職域にも賃金は多少下がったとしても職域を広げていく。若者と一緒になって、若者の下で働かざるを得ないということがありましても、余りそういうことについてはとやかく言わないというような、そういう人間関係をつくっていくというようなことも含めてしないとなかなか広がらないんではないかというような感じがしております。
 答えになっているかどうかわかりませんけれども。
#48
○有働正治君 せっかくですから、実は「ぎょうせい」の昨年十一月号の「地方財務」にお書きになった論文を事前に資料としていただいたので見させていただいて、最後のくだりの中で「公共の出費からみたその効果の違い」ということをお書きになっていますけれども、これはちょっとわかりにくい感じがいたしますので、どういう意味なのか簡単に御説明いただければという点が一点。
 こういう産業連関表をもとにした社会保障の経済効果、いろいろ試算されたことの持つ意味といいますか、特に全国的な政策展開なり各都道府県・地域での今後の政策展開、あるいは税金のあり方等ともかかわるようにも思いますし、どういうふうに御自身研究されて、大体お持ちでおられるのか、そこらあたり最後に教えていただければと思います。
#49
○参考人(永峰幸三郎君) この論文の最後の方に、公共の出費で見ますと、いわゆる公共事業というのは一〇〇%政府の公共資金が投入されている。産業連関表もそういう表示の仕方をしておりますが、社会保障部門は、政府の出費は約五〇%、三五%がいわゆる民間非営利、いわゆる社会福祉法人でございます。一五%が家計が保育料とか軽費老人ホームの入所料というような形で直接負担した分、こういうようになっておりますから、公的なお金の投入という意味では、一兆円の需要といっても、片方は丸ごと公共資金である、他方は五千億円しか政府は使っていない。
 需要量としては、ともに一兆円ということでこの数字を出しておりますから、もし政府の資金をどちらも一兆円出すということであれば、需要量としては二倍、社会保障の方は二兆円の需要が生まれるという計算になりますから、この数字を社会保障の方をすべて二倍にしていただくということで比較をしていただくということになります。
 ついでに申し上げますと、介護保険は御存じのとおり保険料の負担部分、これは二千五百円でございますけれども、負担分の部分と同額の公費の投入がなされます。ということは、家計の負担が半分と同額の公費の負担が半分ということですから、この場合も逆に言えば、仮に百億の需要があれば、供給の方からの百億の供給があるという場合は、このうち五十億は保険料で家計が負担している、五十億は租税の方が負担している、合体して百億の需要が生まれているということですね。
 ですから、同じ需要量といっても、片方は半分しか政府は出していないわけですから、政府資金で換算すれば二倍の数字をこれに掛けても計算上はおかしくないということですから、もう少し大きな差が生まれるというように計算上はなるのではないかということです。
 それから二つ目のこの持つ意味なんですが、私も波及効果の計算をしているときはおもしろいものだから夢中になってしていたというのが実態でございまして、このあらわれた数字というのはどういう解釈で、何を日本の将来の産業社会にこの持つ意味からすれば考えられるかというのは、いろんなデータを分析する中から少しずつ芽生えてきたというのか考えてきたようなことの方が多いわけです。
 したがって、それほど歯切れのいいことは言えないわけですが、まず私の本当の主観的意図、思いから言いますと、公共投資にお金を回しても社会保障に公的な投資をしたとしても、物すごく単純な言い方をしますと、建設業や土木部門の産業は別としましても、それ以外の産業は波及効果においては大きな差異がない。
 ということは、建設業以外の他の産業部門の方は、極端に言えば丸ごと一〇〇%公共投資を工事部門から福祉のような方へ回したとしても同じ程度の波及効果は行くわけですから大きなダメージは受けるはずがない。それだったら別に経済に悪影響を与えないんだから、最後の選択は社会保障で人をふやすか土木事業等のそういう建設部門で人をふやすかという差だけであって、関連産業においてはほぼ同等の影響またはそれ以上の影響を与えるわけですから、ほかの産業はそれで困るはずがない。非常に断定的な言い方をしますと、こういう認識を実は私は持っております。
 ですから、シフトを大きく変えたとしても、一つの産業は非常に困るということが起きても、もちろんこの問題は実は本当は小さくはございませんけれども、ほとんどの他の産業についてはそうしたからといって経済活力等々で悪影響が出るということは絶対にあり得ないというようなものを確信としてはむしろ持ったということです。
#50
○会長(鶴岡洋君) ありがとうございました。
 以上で永峰参考人に対する質疑は終了いたしました。
 永峰参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時四十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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