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#1
第142回国会 国民生活・経済に関する調査会 第3号
平成十年三月十一日(水曜日)
   午後二時開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         鶴岡  洋君
    理 事
                尾辻 秀久君
                太田 豊秋君
                中原  爽君
                円 より子君
                山本  保君
               日下部禧代子君
                有働 正治君
                阿曽田 清君
    委 員
                小野 清子君
                大野つや子君
                狩野  安君
                金田 勝年君
                常田 享詳君
                橋本 聖子君
                平田 耕一君
                三浦 一水君
                朝日 俊弘君
                川橋 幸子君
                水島  裕君
                吉田 之久君
                松 あきら君
                栗原 君子君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        村岡 輝三君
   参考人
       国際日本文化研
       究センター助教
       授        落合恵美子君
       神戸大学名誉教
       授
       国際居住福祉研
       究所所長     早川 和男君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民生活・経済に関する調査
 (二十一世紀の経済社会に対応するための経済
 運営の在り方に関する件のうち育児・介護と仕
 事の両立支援について)
 (二十一世紀の経済社会に対応するための経済
 運営の在り方に関する件のうち福祉の充実に向
 けた生活環境整備について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(鶴岡洋君) ただいまから国民生活・経済に関する調査会を開会いたします。
 国民生活・経済に関する調査を議題とし、二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、育児・介護と仕事の両立支援及び福祉の充実に向けた生活環境整備について参考人から意見を聴取いたします。
 まず初めに、育児・介護と仕事の両立支援について、お手元に配付の参考人の名簿のとおり、国際日本文化研究センター助教授落合恵美子君に御出席をいただき、御意見を承ることといたします。
 この際、落合参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方に関する件のうち、育児・介護と仕事の両立支援について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず参考人から三十分程度御意見をお述べいただきました後、六十分程度各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 なお、できるだけ多くの方が質疑を行えるよう各委員一回当たりの発言時間を一分程度とさせていただきたいと存じます。
 また、時間に制約がありますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくようよろしくお願いいたします。
 なお、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、落合参考人にお願いいたします。
#3
○参考人(落合恵美子君) 御紹介にあずかりました落合でございます。きょうはお招きいただきましてどうもありがとうございます。
 きょうのテーマである育児・介護と仕事の両立支援というのは、まさに私自身の問題でもございまして、子供がおりまして、仕事もしております。私ごとなんですが、一人娘でして、母が、まだ元気ですけれども、きょうも風邪を引いているなどと言っていますので帰りに寄っていこうかと思っていますが、そろそろそんなことも心配な年齢になってまいりました。
 そういう意味で、非常に身近なテーマであるんですけれども、きょうのお話は、ただ身近なことだけを言っていても仕方がないのではないかということをポイントにお話しさせていただきたいんです。
 このテーマが掲げられます。その理由といいますのは、いろいろあると思うんですけれども、やはり少子化というのが問題になっているのだろうと思います。
 少子化といいますと、子供を産みやすい環境をとか子供を育てやすい環境をということで、それから特にこのごろは、女性に仕事をやめて家庭に入って子供を産み育てよというわけにもいかないようだから、女性も働いてもらってかつ子育でもうまくいくようにということで、こういうテーマで会合が持たれることがかなりあるんです。その場その場で働くお母さんがこうやったら働きやすいと思うというようなことは幾らでも提案はあるわけです。それはそういう方にインタビューすれば幾らでも出てくると思うんですけれども、そういうことを積み重ねていても仕方がないんじゃないかというふうに私は思っております。
 もっと大事なのは、現在少子化が起きているということを大きな社会の動きの中で位置づけてみる。どうして少子化は起きているんだろう、これから少子化を逆戻りさせることはできるんだろうかとか、そういう社会の変化全体の中で子育でのあり方なり介護のあり方を考えていく、そういうことが必要ではないかというふうに思っております。
 きょうお配りしてありますレジュメは三段構えの構成になっておりまして、最初に、「家族と社会をめぐる枠組みの転換」というのがございます。その次に、三ページに「ポスト戦後家族における育児と介護」ということを述べさせていただきまして、最後に制度改革に関することを少し話させていただきたいと思っております。
 まず、最初の「家族と社会をめぐる枠組みの転換」ということなんですが、少子化少子化と申しますけれども、これは一体どういう現象なのかということを専門の立場から述べさせていただきたいと思います。申しおくれましたが、私は社会学者でして、家族社会学とか人口の変動、それから性別役割というようなことを専門にいたしております。
 人口学的な観点から見ますと、少子化少子化と簡単に言うけれども、日本社会は実は戦後二回少子化を経験しているんだ、その二回は全く性質が違うんだということを押さえておくのが必要ではないかと思います。一回目の少子化というのが一九五〇年代に起きておりまして、二回目が一九七〇年代後半以降に起きております。
 お配りしてございますグラフの図3−1という四枚目をごらんになってください。(OHP映写)
 お手元のその四枚目の図の3−1というのと同じグラフがここにございますけれども、これで御説明いたします。
 二回少子化があったというのは、ここが戦後の始まりですから、ここが一回目、五〇年代の初めです。それからしばらく横ばいの期間がありまして、それから七五年ぐらいからまた低下するというので、二回少子化というのがあったというのをまず考えておかねばならないと思います。
 私たちは、少子化といいますと今起きている少子化のことが気になりますが、それはよく言われていますように晩婚化が大きな原因です。それは社会の中で夫婦になっている人の比率が減っていくこと、それによる少子化です。それに対しまして、一九五〇年代に起きているもっと激しい少子化といいますのは、一夫婦当たりの子供の数が減ることによる少子化でした。このころに一夫婦当たり四人五人と産んでいたものが約二人になります。そのことにより戦後日本は第一段階の少子化を完了してしまっているんです。その後しばらく安定期を経まして、またずるずると出生率が下がる第二の少子化を経験している。
 しかし、私たちが一番問題にしております高齢化というものは、この第一の一九五〇年代に起きた少子化の方の結果でありまして、七五年以降の変化というのは実は微々たるものなのだと、このことをまず申し上げておきたいと思います。
 したがって、現在の若い女性たちに幾ら子供を多く産むようにと言ったところで、それがある程度成功したところで、社会の高齢化はとめられないのです。一九五〇年代に一夫婦当たり五人ぐらい産んでいた夫婦が、今はもう五人なんて産む人はいません。こういう状況になったことが高齢化の原因なのである。ですから、もうこの一九五〇年代に起きた少子化はもとに戻せないのだから、今からみんなに五人六人産めということは決して実現できないのだから、高齢化や少子化というものを所与の前提としてこれからは社会を構成しなきゃいけないだろうという、このことをまず申したいと思います。
 次に、レジュメの方で書いております「日本における人口学的世代」、これは余り言われないことなのでちょっと取り上げたいと思うんですけれども、今生きている日本の世代が人口学的には三つの世代に分けられるということ、これは御存じでしょうか。
 それは、いわゆる多産多死、多く生まれているけれども多く子供のうちに亡くなってしまう世代、それから多産少死、相変わらず多く産み続けているんだけれども死亡率が改善してたくさん育ち上がった世代、それから少産少死、少なく産んで少ししか死なないでみんな育ち上がる世代、そういう三つの世代なんです。これが、近代化に伴って起こります人口転換と言われます人口ピラミッドが三角の形からつり鐘型に変わっていく、そういう非常に普遍的な社会の変化なんですが、それに伴って生じるこの三つの世代が、日本ではここに書いてありますように明治大正世代、それから昭和一けたから団塊の世代、それからポスト団塊世代、この三つの世代に対応しているということ、これが人口学的には明らかになっております。
 ここで申し上げたいことは二番目の世代、昭和一けたから団塊の世代までと申しますともしかするとこちらに御出席の方々ではここに属する方がかなり多いのではないかというふうにお見受けするんですけれども、実はこの世代というのは人口学的には特殊な世代なんだ、ほかの世代にはまねのできない人口学的な条件があったんだと、このことをはっきり認識していただきたいというふうに思います。
 では、この世代の特別な人口学的条件というのは何かと申しますと、育ち上がった兄弟の数が多いということです。四人、五人、六人という兄弟をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。それは日本史上あるいは世界史上実はまれなことなんです。五人や六人生まれましても、江戸時代などですと随分たくさん亡くなりまして、育ち上がるのは二人、現在と同じです。社会が安定しているときには人口はふえません。そのためには、親二人から育ち上がる子供は二人であるはずなんです。ところが、この第二世代の方たちというのは、五人、六人の兄弟が生まれて、お一人ぐらい亡くなることはあるにしてもほとんど育ち上がる。それで、成人してからも大勢の兄弟がいて時々集まったりするんだなんて、そういうことがおありなんじゃないかと思うんです。
 今までの人たちはみんなこうだったというふうにお思いじゃないかと思うんですが、それは間違いです。人類史上ほとんどの人は二人兄弟なんです。ほとんど人口増加はなかったということです。ですから、四人も五人も兄弟が育ち上がった世代の方が変わっていたんだということで、その世代にできたことがほかの世代、その後の世代にもできるとは決して言えないということ、それをまず認識しておかなければいけないと思います。
 ですから、現在少子化になって非常に私たち未来が暗いような気がしておりますけれども、これは実は人口学的には当たり前のことなんです。高度成長期がむしろ特殊だったのである。高度成長期には、今申しましたこの第二世代の方たちが働き盛りでした。そうすると、働き盛りの方が人口学的に特殊なぐらい人数が多かったわけですから、とても社会としては有利な条件でした。従属人口が小さくて働き盛りが多い。しかし、その夢よもう一度というわけには決していかないのだということ、人口がそんなふうにふえ続ければ戦争などの形で海外に発展していくかあるいは飢餓に陥るかしかないのだから、今のように人口が安定したことはむしろ望ましいのだという、それをお考えいただきたいと思います。
 お配りいたしました資料の九ページ目に図4−2というのがございます。ここに今申したことがグラフの形で書いてあります。黒くなっているところがちょうど第二世代、移行期世代の方たちです。この世代の方たちの人口規模が大きくて、この塊が上に上がっていくことによって人口ピラミッドの形が変わってきたんだということ、それがはっきりおわかりになるんじゃないかと思います。
 ですから、一九五〇年代の少子化が起きたことでこの後の世代はもう第二世代のような人口規模はないことが決まってしまっているんです。そうすると、この第二世代が上に上がっていくに従って社会は高齢化するのが当たり前である、これはこれからはもう変わらない条件なんだということを申したいと思います。
 ちなみに、世代間の人口比というものを十ページ目の表4−1というので掲げてございます。このあたりをごらんいただきたいと思います。
 さて、人口の話ばかりしていてもなかなか生活の話に参りませんので、家族の話に移りたいと思います。レジュメの二枚目になります。
 ここに「家族の戦後体制」というふうに書きましたけれども、この二つの人口転換、二つの少子化に挟まれた時代を家族の戦後体制というふうに私は名前をつけております。調査室の方に参考になる著書の方を差し上げてあるんですけれども、もし関心を持っていただけるんでしたらごらんいただきたいと思いますが、このレジュメの末尾に挙げてあります参考文献の二つ目、「21世紀家族へ 家族の戦後体制の見かた・超えかた」という本、これが戦後家族というものをどう見るかということについての本でございます。きょう御紹介しています統計類はすべてその本からとっておりますので、もし話をはしょったようなところがありましたらそちらをごらんいただければと思います。
 家族の戦後体制なんですけれども、戦後体制というと政治の戦後体制のことをよく思い浮かべますが、政治と同じように五五年ごろから家族というものもある一つの体制をつくりました。家族それから女性と男性の関係のあり方というようなものまで五五年体制があったんです。そのこともその本などに書いてありますので、その辺少しはしょっていきます。
 家族の戦後体制というものには三つの特徴がございました。それがレジュメの二ページ目の上の方に書いてあります「1女性は主婦」、「2子供は二人」、「3人口増加世代が担い手」というこの三つの特色になっております。
 女性が主婦だということがこの時代の家族の特徴だと言われると不思議な感じがするかもしれません。しかし、実際に過去の時代を考えてみますと、主婦というような人は非常に少なかったです、家事専業の人というのは。農家とかあるいは自営業のおかみさんというような形で女性たちはみんな働いておりました。
 OHPをお見せするとちょっと時間がかかりますのでお手元のグラフの方をごらんいただきたいと思うんですけれども、三ページ目の図1−3というのをごらんください。ここに女子労働力率の長期変動の国際比較というものが出してあります。
 これを見ていただきますと、いかがでしょうか、日本の女性というのは欧米の女性に比べてずっとよく働いてきたということがおわかりになると思います。現在でこそ欧米の女性はよく仕事をする、日本の女性は家庭的というふうに申しますけれども、それは歴史的に振り返りますと誤解でしかないんです。欧米の女性の方が専業で家にいた時期が長い。日本の女性はほとんどずっと働き続けております。ただ、若い時期に家庭に入ってまた出てくるというようなことが多少あるにしましても、ずっと働き続けております。
 さらにそれを詳しく見まして、二ページ目、図1−2というのを見ていただきますと、女性の世代別の年齢別労働力率というのが出ております。
 いわゆるM字型雇用曲線なんですが、未婚のときに働いて一回家庭に入ってまた働き出すという。A、B、C、D、Eというのは、それぞれ十年置きの世代になっていまして、現在の三十歳ぐらい、四十歳ぐらい、五十歳ぐらい、六十歳ぐらい、七十歳ぐらいというふうになっているんですけれども、このM字の一番へこんでいる部分をごらんいただきますと、戦後、ですから今の七十歳ぐらいの方から六十歳ぐらいの方、五十歳ぐらいの方までずっとM字の底は深くなっているということがわかります。つまり、戦後すぐ結婚した人たちから団塊の世代ぐらいまで女性はどんどん家庭に入っていったんです。
 それは何に対応しているかといいますと、産業構造の変化に対応しております。男性がサラリーマンになったときに女性は主婦になっていったということで、家族の戦後体制の三つの特徴の最初のものは女性は主婦ということです。女性が主婦でなくなるというのが今随分話題になっていまして、これは前代未聞のことのように言っておりますけれども、そうではなくて、女性が主婦になったのがむしろ戦後の特別なことなのであるということを申しておきたいと思います。
 その他、家族の戦後体制の特徴としましては、子供が二人になったこと、一夫婦当たり二人、それから先ほど述べました人口増加世代がまさに家族形成の担い手であったこと、それが挙げられると思います。
 さて、では家族の戦後体制の時代には社会制度や法制度というものはどういう構成をしていたでしょうか。それがこの下に書いてあります家族単位社会というものなんです。
 家族の戦後体制の時代には、すべての男女は、夫が収入を得て妻は専業主婦、かわいい子供が二人という標準家族で暮らしているという前提で制度がつくられておりました。次に挙げるような制度というものは標準家族というものを前提にしています。例えば、健康保険制度、年金制度の特に第三号被保険者の問題、扶養控除、それからいわゆる百万円の壁、本当はもっと端数がございますけれども、それから労働基準法における女子、年少者の保護、保育所の措置制度、有責配偶者からの離婚の禁止。
 離婚の禁止などというものは、女性が専業主婦として家庭にいみから経済力がないのでこれを保護しなければいけないという、そういう制度です。ですから、やはり標準家族というものを前提とした制度です。
 それから、保育所の措置制度というものも、本来子供というものは専業主婦である母親が面倒を見るべきものである、ところがどうしてもそうはできない、保育に欠けている子供がいるから措置するのだと、そういう制度です。昨年の法改正で保育所の位置づけというものが随分変わったように報道されておりますけれども、措置から消費者としてサービスを享受するという方向に変わるということなんでしょうけれども、これなどはまさにこの標準家族を前提とする体制からの脱却ということに見事になっていると思います。
 最後の有責配偶者からの離婚の禁止というのもやはりいろいろ問題になっております、破綻主義離婚の徹底というようなことで。このあたりもやはり標準家族を前提とする制度が今や古びてきたんだなと、そういうふうに考えてみると同じ線に沿った改革であったのだということがよく見えてまいります。
 労基法における女子、年少者の保護というもの、これもまた同じです。労基法における女性や年少者の保護というのは非常にいい規定のようなんですけれども、実はこれにつきましては女性史を研究している人たちの方から非常に辛口の見方が最近は出てきております。
 と申しますのは、イギリスにおける工場法の歴史などを調べてみますと、女子や年少者の保護というものはむしろ男性の労働者によって提案されてきている。賃金が安くて競争すると勝ってしまう女性とか年少者というものを労働市場から排除していくことによって家庭を養える一家の大黒柱としての賃金を確保しようという、そういう男性労働者の意図があったのだというふうに最近の女性史研究者は申しております。
 もちろん、そのときには女性も家庭に入りたいと思ったんです。そうなんですが、実は最近中国でもそういう動きがございまして、中国では男女とも働いてきたんですけれども、女性は家庭に入った方がいいという声が男性からも女性からも出てまいりました。それで、実際に家庭に入ったんです、ある部分の人たちは。
 その家庭に入った女性に半年後に調査をしてみたという結果がございます。それによりますと、半年後に後悔しているんです。家庭に入るときには、もう仕事との両立は大変なのでということでそれを選択したのだけれども、実際に入ってみると、こんなに夫が威張るとは思わなかったとか自分の物がこんなに買いにくくなるとは思わなかったとか、そんなようなことを中国の女性たちは随分ぼやいているようです。
 ですから、女子、年少者の保護ということがそのまま労働市場からの排除ということにはならないんですけれども、しかし、印つきの労働者にしたわけです。そのことによっていろいろ不都合も生じていた。それが昨年改正されて、反対した女性たちもあったようですけれども、現在の女性研究の流れからいいますと、喝采を送っているという状況です。
 さて、今述べてきましたような家族の戦後体制が終わった。一九七五年以降、家族は変わってきている。ですから、その意味では政治の戦後体制の終了よりも家族の方が早いんです。ただ、家族の方は語る言葉がございませんので、それが家族危機とか呼ばれて随分白い目で見られてきたわけですけれども、しかし、実はそれは家族のリストラクチャリングであったんだと。
 しかし、家族が変わりますと、今までどおりのことではうまくいかなくなってくることがいろいろ出てまいります。それの最たるものといいますのが育児なんです。私は十年ぐらい前に兵庫県家庭問題研究所というところにおりまして、育児援助の調査というものをいたしておりました。私自身、子供が二歳のときに、非常に偶然なんですが、二歳児を持つ母親たちへの意識調査ということをいたしました。それで、非常に細かいことまで聞ける調査ができたと思っているんですが、そのときに非常にはっきりしてきたことがございます。
 そのはっきりしてきたことと申しますのは、現在の母親たちは育児において非常に孤独だということなんです。ある人たちはうまく友達がつくれているんですけれども、そうじゃない人たちは非常に孤独である。それはどうしてだろうということで調べてみますと、兄弟姉妹ネットワークが少なくなったことによるんじゃないかというふうに思いました。
 なぜそう思ったかといいますと、ほとんど同じ種類の調査を六〇年代にしたものを見つけまして、それと比較してみました。そうすると、六〇年代の家族というものは随分兄弟姉妹ネットワークで助け合っているんです、例えば育児をするときに姉妹が一緒に助け合いましていとこ同士を一緒に遊ばせるですとか。これが可能であったのは、先ほど申しましたように第二世代というのが兄弟姉妹数が多かったからです。四人や五人は兄弟姉妹がいる。その半分が女性だとしましても、その方たちが二人でも三人でも助け合えば随分と子育ては楽になります。
 ところが、現在はほとんどこの兄弟からの手助けというのを期待できません。親族で頼りになるのは母親だけです。六〇年代にはこんなことはございませんでした。母親にはちょっと腰が痛くなっているので育児の手伝いをさせるのはどうもというのが六〇年代です。ところが今は、お母さんたちは孫が生まれると、さあ、自分たちがやらなきゃいけないというふうに思っているじゃないですか。それは兄弟姉妹が減って同世代の助け合いが減ったからです。
 三ページに「育児援助の種類」ですとか「育児援助の与え手」というような表がつくってございますけれども、基本的に育児というのは母親一人ではできない、これが重要なことだと思います。六〇年代の母親はちゃんと一人で子育てできていたのに、このごろの親はだめになっていろんなところの手助けをもらわないといけない、これは偏差値世代だからだとか、いろんなことを言われますけれども、それは大事なところを見落としています。親族の手助けというものが非常に少ない時代になったんです。
 じゃ、どうすればいいかといいますと、援助の与え手を変えていけばいいわけです。育児援助のネットワークを再編成していけばいいわけです。
 統計をとってみると非常におもしろい結果が出まして、お配りしております図表の十一ページ、表4−2というのをごらんください。これは育児に直接ではないんですけれども、このネイバリングというのは近隣ということです、「ネイバリングに対する態度別にみた主婦が実家へ帰る頻度」。
 実家との関係と近隣との関係はどういうふうになっているかといいますと、近隣に対する態度が左側にありますが、近隣に対する態度が否定的な人は実家へよく帰っている。逆に言いますと、実家へよく帰っている人は近隣とのつき合いが必要ないということなんです。ところが、逆に実家に余り帰らない人は近隣の人とよくつき合っている。つまり、ネットワーク一定の法則みたいなものでして、とにかく人間が生きていくにはネットワークによるサポートが必要なんです。親族からのサポートが得られなければ近隣の人たちとのネットワークをつくる。
 ところが、この近所づき合いというものはなかなか難しいもので、うまくいかない人がいます。そこから今問題になっている育児ノイローゼですとか児童虐待ということが出てきているんだと思います。
 私、この調査もいたしましたけれども、インタビューしてみると、そういう症状に陥った人は決して異常な人じゃありません。ごく普通の母親なんです。むしろ活発な人だったりもします。そういう方たちが……
#4
○会長(鶴岡洋君) 落合参考人、ちょっとお願いしたいんですけれども、恐縮ですけれども、時間も限られておりますのでそろそろ取りまとめをお願いしたいんですが。
#5
○参考人(落合恵美子君) はい、もうやめます。
 本当に普通の方でして、それがこのネットワークの再編成がうまくいかないことによって児童虐待などをしているということが見出せるんではないかと思います。
 では、ここでやめさせていただきます。
#6
○会長(鶴岡洋君) 恐縮です、どうも。
 以上で落合参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑は午後三時三十分ごろまでをめどとさせていただきます。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。また、質疑、答弁とも簡潔にお願いいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#7
○円より子君 落合さん、きょうはありがとうございました。
 事前にお配りいただいた資料も読ませていただきましたし、今までも落合さんのものは随分目を通させていただいております。
 それでお伺いしたいんですが、先ほどおっしゃったように児童福祉法の改正ですとか、また、今まだ出されておりませんが、有責配偶者からの離婚の禁止を破綻主義に持っていく制度ですとか、確かに標準家族というものを前提にしたシステムが今変わりつつあると思います。労基法の女子保護規定の撤廃もそうです。
 そういう状況の中でよく言われることは、別姓などを言うと、いや、でも反対しているのは女性だよというのがよく別姓を通さない理由などに言われまして、どうも女性同士が、働く女性と働いていない女性、結婚している女性、結婚していない女性、子供を産んだ女性、産んでない女性とで常に足の引っ張り合いをさせるような状況に持っていく、今までそういった制度があったように私は思うんです。その制度の壁を取り払っていくことがまず前提で、どういう生き方を選んでも、どういう家族のあり方であっても、不公平にならないようなシステムができていけば女性同士のそういったものはなくなる、連帯していけるんじゃないかというふうに私はいつも思っております。
 ただ、書いていらっしゃる中にもあったんですが、例えば年金の第三号被保険者のことがなくなっていくとか特別配偶者控除がなくなるというふうになっていきますと、じゃ過渡期の専業主婦はどうすればいいのかとか、さまざまな問題が出てくると思うんです。ここにも「保護ははずされ、自立の道は開かれず、女性はこれからいったいどうやって生きていったらいいのだろう。」と書かれていらっしゃいます。
 私も十五年ほど前に「主婦症候群」という本を書きまして、私の本の中ではかなりベストセラーに近いぐらい売れましたのは、きっと女性たちが、主婦を本当に選んだわけじゃない、選ばざるを得なかったということを主婦になってから認識した人たちが多くてその本が結構売れたのかなという気もするんですが、この過渡期の状況の中で少子化に絡んでどういった政策がとられていくべきか、もし何かいろいろ思っていらっしゃいる御意見がありましたらお述べいただきたいと思うんです。
#8
○参考人(落合恵美子君) 私も円先生の御本は勉強させていただいておりましたので、どうも御意見ありがとうございます。
 一番大事なことというのは、その方向をちゃんと出すということだと思うんです。女性の味方をするということでは、今態度が決められないというのは確かにおっしゃったとおりだと思います。でも、これは決して悪いことではなくて、女性だからといって利害関係が一致するわけはないのでして、男性のためになどといって一つの政策が出せるわけではない。これは当たり前のことです。ですから、女性についてもそうなんです。
 しかし、今本当に焦点になっていますのが、標準家族の中の女性のあり方というものを守るのか、それともそうではない、個人単位というようなことがこのごろ言われますけれども、個人単位の社会制度に変えていくのかという点だと思います。
 私は、移行期の問題はもちろんございますけれども、一番大事なのははっきりと方針を出すことだと思います。方針を誤りますと、途中でぐらぐら政策が揺れるようですと非常に困ります。八〇年代には個人単位の方向で動いていたと思うんですね。それから、社会の雇用状況などもそうでした。
 ところが、つい先年の就職差別というようなことで、女性だから就職差別されることは雇用機会均等法によってなくなったはずなのにもかかわらず、実際には多くの女性たちが職を追われ、それから就職ができませんでした。ああいうことが一年でもありますと、あなたは選択して主婦になったんでしょうということが言えないということになります。これは非常に深刻なことなんです。第三号被保険者などを外すためには、あなたが主婦になったのは選択であったはずである、夫とあなたの選択だったはずだから、二人でその方の年金の始末はしていただこうじゃないかと、こういう議論にならなければいけないわけで、そこに選択の自由がなければこういう方向に持っていけないんですね。
 ですから、本当にたとえ数年であっても女性に対する雇用上の差別というようなものが横行する時期があったりしますと、将来の社会制度の改革の公正さというものを非常に損なうことになります。それをまず見きわめる必要があると思います。その移行期につきましては、選択してそうなれた世代であるかどうかということを一番考えていただきたいと思います。
#9
○円より子君 ありがとうございます。
#10
○栗原君子君 先生がおっしゃいました、人口急増というのはかえって異常であるということでございますけれども、今行政の方とすれば少子化に備えて何とか子育て支援をしていこうということでさまざまな取り組みをしているんですけれども、一向にその効果が上がらなくて、むしろ少子化はどんどん進んでいっているということがございます。
 また一方、ヨーロッパのスウェーデンでございましたでしょうか、福祉を本当に充実することによって少子化がとまった、何かこんな話も以前聞いたことがあるわけでございますけれども、今当面打つ手というのはどういったことが一番重要なんでしょうか。
#11
○参考人(落合恵美子君) そのことに関連いたしまして、ぜひごらんいただきたいのがお配りしたグラフの一番最後のものです、二十二ページなんですが。これは参考文献に載せております人口問題研究所副所長の阿藤先生編の本からとったんですが、これは非常におもしろくて、女性の労働力率と出生率の関係を見ているんです。女性がどのくらい働いているかということと出生率の高さというのの相関関係を見ています。
 これを見ていただきますと、回帰分析などをしてみますと大体右肩上がりの斜め線が引けます。大体正比例しているということがおわかりになりますね。女性が働いているほど出生率が高いんです、先進国の間では。これは大変おもしろいことです。これを解釈しますに、女性の職業進出が進んでいる国というのは、女性が職業を続けやすいようなそういう支援策が充実した国々である、そういう国々では出生率も高いんだということで、これは私たちが今まで女が働くほど出生率は下がると思っていたその常識を覆しています。
 これで見ますと、日本は左の下の方でして、労働力率も低いし出生率も低い。女にとって働きにくいし、働きながら子育てもしにくいのでこうなんだと。同じ仲間に入っていますのはスペインやイタリアとか西ドイツですとか、ある傾向があるではないですか。イタリアなど母親の責任が重くて、学校の送り迎えをしなければいけないというようなこと、そういうことが出生率を低下させているというふうに聞きます。
 ですから、出生率を上げるような子育て支援策としましては、まず非常にシンプルなことから始められると思うんです。例えば、私ちょっと書いたりしているんですけれども、お弁当を持たすのをなるべく減らしていくですとか。お弁当がいいのか給食がいいのかとかという議論がありますけれども、働きながらお弁当をつくるのは大変なんですよね。出生率が下がって困っているのに、何でお弁当をつくらせるんでしょうか。そういう本当に身近なことから見直していくと結構効果が出るんじゃないかというふうに思います。
#12
○有働正治君 きょうはどうもありがとうございます。
 育児と仕事の両立を考える場合のことで、一つの問題として、保育園などの整備と保育内容等の改善の問題についてひとつお尋ねしたいのであります。
 厚生省から資料をいただきまして、各都道府県のゼロ歳児の待機児童数というのを見させていただきますと、昨年四月一日現在で、例えば東京は待機率が一五・七%、それから大阪府だと一三・五%、神奈川県だと一二・七%で、一〇%以上の県が十九都府県に及んでいるようであります。全国で一〇・八%だと、待機率ですね。
 確かに、今財政危機で保育園の整備拡充に費用がかけられないとかいろんな事情もあると思うんですが、逆に保育園を整備するために国や自治体が負担する費用と女性の方が保育園に預けて仕事と両立した場合の経済波及効果を調べてみると、全国的規模で見てもその費用はそう変わらない。地域によっては、女性の方が保育園整備等に伴って働いて賃金を得、所得を得、消費もふえ、税金もふえる等々で、逆に大きいとかいうデータもあるようで、ここは余り私はそう問題にしない方がいいのではないかと思うわけでありますけれども、ともかくも待機率はかなり大きい。
 それからもう一つは、保育内容について経済企画庁が行いました一昨年の選好度調査というのを見ますと、真っ先に挙げられているのが保育施設サービスの充実で、五六%ほどの女性の方が挙げられて、断然トップに位置づけられて、内容上も、先生が御指摘になりましたような子育て教室をやっていただきたいとか育児相談をやっていただきたいとかいうようなことを含めまして、かなり多面的なものになってきている、ゼロ歳児その他をもっと預かるようにしていただきたいとか、そういう問題を含めましてですけれども。そういう点からいったらば、保育園の整備の問題、内容上のそういう父母の要望にこたえる、そういう点はまだまだ余地があるのではないかな、ここらあたりについてのお考えが一点。
 育児休業制度の問題ですけれども、この定着状況を見ますと、平成八年度で女性労働者のうち育児休業を取得した割合が四四・五%、そのうち十カ月以上は三三・四%ということのようです。同じく労働省の調べで、九三年は四八・一%あった点から見ますと、ちょっとこれは下がっているという状況のようであります。
 したがって、法律にも附則の中で、この法律の施行後適当な時期において総合的に検討を加えて必要な措置を講ずるというふうに書かれているわけでありますけれども、この制度もそういう点では少し検討する時期にも来ている、内容上もいろいろあるのではないかなと考えるわけでありますけれども、そこらあたりいかがお考えであられるのか、まとめてお聞きします。
#13
○参考人(落合恵美子君) まず、保育所のことなんですけれども、保育所の位置づけというものを考え直すというのが大筋では大切なんじゃないかと思います。
 一つには、保育所は措置なのかそれともサービスなのかということです。措置からサービスへという方向に動いている。サービスになるからには、受益者負担ということにもちろんなっていきます。私は、それである程度いいんじゃないかと思うんです。本当に保育料が高いのは、子育てをしている子供が三歳ぐらいまでの間ですよね。その後ちょっと安くなりますので、人生のうちで三年ぐらい働いた分と育児等にかかった分でとんとんというのがあってもいいんじゃないか、もうちょっと女性も長期的に働くことを考えれば受益者負担でやっていけるだろうというふうにその点については思っております。
 それと、保育所の基本方針ということですが、今までは保育所と幼稚園の二本立てというのでずっとやってまいりました。親が働いている場合は保育所、そうじゃなければ幼稚園というようなことだったと思うんですけれども、私が十年前に育児援助ということで調査をしてみましたときに明らかになったのは、そういう集団保育を必要としているのは何も親が働いている場合だけではないということでした。
 先ほど申しましたように、今のお母さんたちは子育てを非常に孤独にやっております。それから子供たちも孤独です。ですから、近所に子供がいないので、わざわざ車に乗せて何分かかかる公園まで連れていく。そこで公園デビューとかそんなようなことになると思うんですけれども、今は本当に子供の遊び相手を見つけるというのが大変な時代になっております。
 ですから、そういう働いていないお母さんのためにも、すべての子供たちが友達を得る権利があるという、そういう観点から保育所や幼稚園というものを見直していただきたいというふうに思っております。
 あと、ちょっと長くなるんですが、育児休業のこともよろしいでしょうか。
#14
○会長(鶴岡洋君) はい、どうぞ。
#15
○参考人(落合恵美子君) 育児休業のことにつきましては、女性だけではなく男性もとれるにもかかわらず、その取得率が低いということが非常に問題になっております。スウェーデンなどですとほとんど義務的に男性の方にある一部はとらせるというふうになっているようですけれども、そういうことをして意識改革をしていくとかあるいは働き過ぎというのを少し頭を冷まして考え直すとか、そういう機会も必要なのではないかと思います。
 しかし、育児休業につきましてもっと考えますことは、休業の間のことじゃなくて、戻ってからが心配なんだと思うんです。
 ちょっとレジュメの五枚目の中ほどに書いたんですけれども、終身雇用、年功賃金制というのが女性を働きにくくしている一番のものであるというふうに書きました。労働条件云々ということ以前に、日本の企業の基本的な枠組みであります終身雇用、年功賃金、それに乗ってこない人は低賃金に甘んじるというこの制度が女性を働きにくくしていると思います。
 育児休業で原職復帰して同じ賃金カーブにまた戻っていければいいんですけれども、そのあたりに不安があるんじゃないですか。そういう意味で、出来高払いといいますか、その都度の働きに応じた報酬を払っていく方向に現在転換している企業があるようですが、それはシビアなようですけれども、実は女性にとっては非常にありがたい制度になるんじゃないかと思います。
 今は自分にとっては子育ての方が大事だからとか、今は介護が大事だからとか、今は自分を充実させるために留学がしたいとか、そういうことで仕事が休める。それが休めるためには、今まで積み上げてきたものがそれをしたことによって一挙に崩れるようなことはない、そういう保証が必要なわけです。そこで、日本の企業のそういう基本的なシステムが変わってほしいなというふうに思っております。
#16
○松あきら君 私は、質問というよりも先生のお書きになった新聞とかを読ませていただいて、私も子供のお弁当を一生懸命つくっておりまして、実にお弁当は大変だというのを身をもって感じております。お弁当があるから消費税が上がるとか、非常におもしろいなと思いながら。
 しかし、世の中と申しましょうか、先生のこういうお考えになっている、いろいろお書きになっていることをもっとたくさんの人に私は反対に読んでいただいて、わかっていただいて、実に苦労しながら、先生のお書きになっているものはどちらかというと専業主婦の方のためにじゃないですけれども、働いている女性が専業主婦の人を助けるというか、そういう観点からも何かお書きになっていらっしゃるような気がするんです。
 私もずっと働いておりましたし、子供を持ってからも働いているので余りそこまで意識はなかったんですけれども、反対に広く専業主婦の方も先生のそういった著書なり新聞なりそういうお考えに触れていただいて、もう一回パートの例の問題、百三万円を超す壁、これは主婦の方からどうにかしてほしいというようなあれもいただくんですけれども、反対に働いている方からするとちょっと不公平なんじゃないか、これ以上手厚くするというのは不公平なんじゃないかという考えもあるということをもうちょっと反対に知らせたいななんという思いがあるんです。
 質問というよりも、いろんな気持ちを先生のお話から伺いました。意見でございますけれども。
#17
○会長(鶴岡洋君) 答弁なされますか。
#18
○参考人(落合恵美子君) 今おっしゃっていただきましたことにつきまして、主婦の方と働いている女性たちとの関係というようなことなんですけれども、私はもともとは非常に連続したものだというふうに考えておりまして連帯していくような形で発言しておりましたが、このごろちょっと方針を変えまして、主婦に対して辛口に物を言うようにしております。なぜかというと、はっきり言わないと物事が伝わらないからなんです、特にこういう制度改革などが問題になっておりますようなときに。
 ただ、結構辛口ではっきりと、もう百万円の壁で保護することなどやめてしまえ、働けるんだったら働いてちゃんと税金を払ってくださいなどということをがんがん書くわけです。そうすると、それに対して投書が来るんですが、その投書が必ずしも主婦の方はみんな私に反対なわけじゃない、それで力づけられております。というか、非常に複雑な気持ちもしております。
 実際に百万円の壁をちょっと超えたぐらい働いて、自分の人権料として二十何万、税金とか社会保険料とかそういうものを合わせて二十何万その人は一年に払うらしいんですけれども、これは私の人権料だと思って払っていますという投書が来たんです。それを読んで何か感動したと同時に、ちょっと複雑な気持ちになりまして、こんなにぎりぎりのところでやっている人もいるのに脱税している人もいるなというか、無理な形で百万円以下に抑えている人たちもいるなど。そのあたりで、非常にボーダーのところにいる主婦の方たちというのも揺れていると思うんです。
 そこで、変なところで、あるところまで働くと急に逆転するところがありますね、社会保険料との関係で。そういう逆転をつくらずにスムーズに、少しでも多く働けば少しでも多く取り分がふえるように、何とかうまく計算してそういう制度にしていただきたいんです。
 働いているんだけれども税金を納めていない、社会保険料を納めていない人を準専業主婦と言うんですよね。こんなややこしいカテゴリーをつくっているよりは、ちょっとでも働いたら本当に少ない額でも税金払って人権料を納めていく、それで誇りを持って生きていく、そういうふうなカーブにもう変えていただきたい、それを切に願っております。そうすれば、主婦とそうじゃない女性の対立などということは起こりようがなくなります、どこでも線が引けなくなるんですから。
#19
○日下部禧代子君 きょうは本当にありがとうございます。私も家族社会学の一員といたしましてこの問題には非常に興味を持っているものでございます。
 一点お伺いいたします。
 いわゆるペイドワークとそれからアンペイドワーク、言葉をかえると市場化される労働力と市場化されない労働力、あるいはまた家事労働と職場労働というふうにも言えると思いますが、その関連性ということが男女役割分業論というものと関連しながら日本では非常に今混乱している。今、先生のお話しになったのもやはりそのことにつながってくるだろうというふうに思うわけでございますが、特にアンペイドワーク、いわゆる家事労働、市場化されない労働ということについて先生はどのようにお考えでいらっしゃいましょうか。
 つまり、労働力の不足ということの中に、いわゆる職場での労働意欲の不足と、それから同時に家事労働力の不足ということも重要であるというふうに先生はお書きになっていらっしゃいます。その点も含めまして先生のお考えをいただきたいと存じます。
#20
○参考人(落合恵美子君) 御指摘いただきましたように、確かにアンペイドワークの問題というのが非常に焦点になってきていると思うんです。
 今まで労働力といいますと、支払われる労働の方ばかり考えていました。それだけを見て労働力不足とか言っていたんですけれども、実は家事労働も労働である、それも含めての労働力不足対策というようなことを考えなきゃいけないんだということで、ごらんいただいたんだと思うんですけれども、きょうお配りしました「家事労働力不足の時代」というこの論文の方を書きました。
 家事の方も労働力不足になる。何しろ働き盛りの人口が減っているということは家事をする人口も減っているということであり、かつ、女性の企業での労働力化というものが進んでいるからますます家事労働力不足になる。にもかかわらず介護などの負担は多くなるというので、これからは本当に家事労働がはっきり不足する時代なのだということ、それに対する対策を政策課題に掲げていただかないといけないんだと思うんです。それは、ヘルパーさんとかそういうのもありますけれども、私は一番この社会に合っている解決というのは市場化だということだと思っています。
 私は、わざわざ刺激的なことを言うのが好きだったりしまして、ほかほか弁当でいいじゃないかとかいうようなことを言いましてひんしゅくを買ったりしているんですけれども。なぜほかほか弁当はいけないのか、持ち帰り弁当でもいいじゃないか。ただ、それが質が悪かったり添加物があったり栄養バランスが悪かったりするから問題なのであって、ならばそれをちゃんと監視するような基準を設けていったらいいんじゃないか。むしろ、それを消費者として賢く選択していったらいいんじゃないか。
 それと同じようなことで、四ページの中ほどに書いてありますけれども、家事代行サービスですとかベビーシッターですとか、それからこのごろ老人食や病人食の宅配というのもございます。それは値段的にはかなり高いです。でも、例えばそのあたりを何か補助していただけたら、ひとり暮らしの老人の方なんかはいいと思うんです。
 そういう商品として出ているようなもの、市場化したサービスというようなものを生かせる方向で何か政策を立てていただきたい。一からヘルパーさんを養成するとかということも必要ですけれども、その市場化の援助ということをしていただきたいと思っております。
#21
○朝日俊弘君 一つだけお聞かせください。
 この私どもの国民生活・経済に関する調査会という調査会は、高齢化と少子化というのをキーワードにとらえて、これからの国民生活、経済に関するさまざまな政策の基本方向を検討しようということで議論を積み重ねてきているんですが、私は、今日の社会あるいはこれからの社会をとらえるキーワードとして高齢化と少子化というふうにとらえていいのかどうか、時々疑問に思うことがありました。
 きょう、先生のお話の少子化とは何かというところで、いや、むしろ今までが異常だったんだよという御指摘があったんですが、とすれば、これからの日本の社会、経済のあり方を考える上で、高齢化、少子化というキーワードに余りとらわれてはいけないのではないか、あるいはもっと適切なキーワードがあるのではないかと思ったりするんですが、その辺お考えがあればお聞かせいただきたいと思います。
#22
○参考人(落合恵美子君) 今までの人口成長をしている時代が異常だったと言えると思うんです、近代化の一時期ですので。その後、安定した社会とか成熟した社会というものができていくわけでして、そういうことの方がむしろキーワードになるのではないかと思います。ただ人口が高齢化することだけではなくて成長しない社会、と言うと否定的ですけれども、安定した社会になるわけです。そのあたりのことではないかと思うんです。
 ただ、過去の社会と比べますと、結局成人する人の数は大体同じですけれども、人が生まれたら本当になかなか死ななくなるという、これは人類史上前代未聞のことでありまして、そういう体制になれていかなければいけないということなんだと思うんです。その意味では高齢化でいいと思うんですが、近代社会の成熟というようなことだと思います。
#23
○大野つや子君 私、実は昨年でございますけれども育児施設を見てまいりましたときに、パートに行っているから施設に預けるのじゃなくて、逆に子供を預けるためにパートに行くというようなお母様たちのお話を大分聞いたんです。そして、そういうお母さんたちが朝食を食べさせない、保育園に送っていくことによってお昼は食べさせてもらえるんだというようなことでございましたけれども、そういう方々のお話を聞きますと、保育に対して自分がどうしたらいいんだろうという不安を大変感じているということ、育児ノイローゼと言ったらいいんでしょうか、そんなようなものを大変感じたのでございます。
 育児に関する本というものがたくさんあるので、いろいろな本を読みながら、かえってそういうものが多過ぎてわからなくなってしまうというようなことも聞いたのでございますけれども、先ほど先生のお話の中で、現在の母親は大変孤独である、また核家族になってしまったというようなこともございまして、自分の母親とか近しい人たちからのそういう保育に関するお話というのが聞かれないというようなことで悩んでいるというのを本当に目の当たりにいたしまして、お母様たちにどんな支援をしていったらいいのかな、そんなようなことを大変感じたのでございますけれども、何か先生の御意見があればお聞かせいただきたいと思います。
#24
○参考人(落合恵美子君) 育児ノイローゼにつきまして非常におもしろい調査結果がございますので、四ページの上の方に書いてあるところをちょっと見ていただきたいんですけれども、「育児不安を防ぐ二つの条件」というのがございます。これは非常に科学的な調査研究の結果、何度も反復して出てきたことですのでもう科学的な真実であるというふうに言っていいと思います。
 これは牧野カツコ先生の御研究によるんですけれども、こういう育児ノイローゼや育児不安になりにくい母親というのはどういう特徴があるのかというと、母親が育児に関してばかりではなくて広い社会的ネットワークを持っているということ、これが第一点。第二点は、父親が育児にかかわっていると母親が感じることができるという、この二つの条件なんです。これは本当に反復して出てきます。こういう人たちは有意に育児ノイローゼになりにくいんです。
 この一の方に関連しましておもしろいのは、例えば小さい子供を預けてカルチャーセンターに通っている人なんというものの調査があるんです。そうしますと、おもしろいことにこういう人たちは育児ノイローゼになりにくいんです。一見すると、小さい子を預けてまでカルチャーセンターなんかに行かなくてもいいんじゃないかというふうに周りは思いがちですけれども、そうじゃなくて、子供が小さいからこそ、その子をたまには預けてカルチャーセンターに行って気分を変えて、友だちをつくって、リフレッシュしたいいお母さんになって子供のもとに帰ってくることが必要なんだと、そういうことがはっきり調査結果で出ております。
 ですから、今御紹介のありました子供を保育園に預けるためにパートに行っているという、それは正解だと思うんです。逆転しているんじゃなくて、本当に子供のためを考えているお母さんだと思います。子供には友だちが必要なこととか、それからいろいろほかのお母さんたちとか保母さんたちの子育ての仕方というのを自分が勉強する必要があるということとか、そういうことをよくわかってやっていらっしゃるんだと思います。
 ですから、やはり働く母親のためだけではなく、すべての母親のために、子供のために保育所の整備ということが必要だというふうに考えます。
#25
○有働正治君 先ほどの日下部先生の御質問と御回答に対してちょっと触発された関係でお尋ねするんですけれども、介護と仕事とのかかわりで、介護保険制度というのが今度日本でも導入されるわけでありますが、家庭で御家族が介護をされている場合がかなりあるわけです。その家庭での介護の報酬をどう見るか。あるいは、これについて労働力のこと等々を考えると、保険制度ができる以上、家族労働についても一定の費用を見るべきだという御意見もあるわけです。経済企画庁などの研究分析なんかでもそういう点を指摘しているものもあるようでありまして、そういう点について先生のお考えはどうかというのが一つ。
 介護保険が今導入された場合に、保険は取られるけれども実際上サービス基盤が整っていない等々からいって、実際問題としては地方自治体も苦慮しているところがかなりあるようだし、サービスを受ける側としても果たしてうまく機能するのかという、「介護あって保険なし」とかいう言葉さえ生まれているような状況もあるわけですけれども、そういう点では内容上も整備するし、改善していかなければきちんと機能しないのではないかという広い指摘もあるわけですけれども、ここらあたりをどうお考えか。
 この二点について、関連するわけですけれども、お尋ねしたいと思います。
#26
○参考人(落合恵美子君) 介護保険のことはまだこれからもいろいろ大変そうだと伺っておりますけれども、家族への支払いという件につきまして私もいろいろ悩んでいたんですけれども、伊田広行さんという方の本を読みまして目が開かれたことがございます。
 その方が書いていらっしゃいますのは、家族に払うべきか払わないべきかなどという議論はポイントを外していると言うんです。その方は当の介護を受けている本人に払うべきだというふうにおっしゃっているんです。なぜかというと、家族に払うと、家族はそれを当然のものとして受け取る、介護されている人の家族に対する負い目というのは何も変わらないと言うんです。
   〔会長退席、理事太田豊秋君着席〕
 日本では高齢女性の自殺率が非常に高いです。その自殺率を調べてみますと、ひとり暮らしの方よりも子供と住んでいる方の自殺率の方が高いんです。これは統計を御紹介していると思うんですけれども、十七ページの表の9−1というのをちょっとごらんいただきたいんですが、「高齢者の自殺率」ですけれども、ひとり暮らし世帯の方が自殺する比率よりも子供らと同居している方の方が自殺する率が高いんです。これは非常に深刻な事態だと思います。日本の家族は子供が老人の面倒を見ていい社会だというふうに言われがちですけれども、実はすごく高齢者にとっては家族に対する負い目の強い社会のようなんですね。
 そこで、伊田さんがおっしゃるように、介護されている人本人に支給すればいいのである、その本人がそれでヘルパーさんを雇うのか家族にそれを渡そうと思うのか、それは本人の問題であると。もちろん、こういうことを言いますと、本人の判断力がどうとか、実は見てもらっているのは嫁なのに娘に渡しちゃったとか、いろんなことが出てくると思うんです。でも、それは瑣末なことでして、それぞれ解決すればいいことでして、基本の筋としては介護される人本人の権利としてその人に補助を出していく、それが正しい方針だと私は今は確信するようになりました。
#27
○円より子君 もう一問させていただきます。
 先ほど、家事労働の話が出ましたけれども、今、少子化の問題は、大分厚生省等がその原因を言うのは変わってはきましたが、まだかなり大きい部分は晩婚化のせいだということがよく言われます。確かにこの十年ほど、二十代後半、三十代前半の未婚率というのが大変上がっております。そういう中で、なかなか結婚しない女性たちの一つの要因として、性別役割分業の家庭内での家事負担がもう本当に圧倒的に介護も含めてすべて女性にかかってくるというところがあるかと思うんです。
   〔理事太田豊秋君退席、会長着席〕
 先ほど家事の効率化というところで、その一つとして市場化をもっと政策的に援助してほしいというようなこともおっしゃいましたし、例えば母親として、主婦として、これだけのことをしなくてはいけないという社会の役割期待みたいなものが大き過ぎて、余計家事労働の負担を強くしているというところもあるかと思うと。その辺も変えなきゃいけないんですが、父親のというか夫、男性の家庭内への参画みたいなものがもっと進めばいいというふうによく思うんです。
 アメリカのレポートで、最近企業は大変居心地がよくなってきまして、何時から何時まで働いてもいいような状況になってきたり、またその中の環境も大変よくなって、みんなだんだん、短時間労働でいいんだよと言っても、朝早くから来て夜遅くまで企業にいて、家に帰ると、あなた、おむつもかえてくれない、ごみも出してくれないと言われてしかられて居心地の悪いところよりも、女も男もだんだん企業の方に入っていってしまうという傾向が出てきておりまして、企業内での男女共同参画は進みつつあるけれども、どうも家庭内からどんどん人がいなくなって子供たちが犠牲になっていくのではないかと、そんなレポートも出ているんです。
 日本もほうっておくとそんな感じになりそうな気がするんですが、男性の家庭への参画、その辺についてはどういったことを考えていらっしゃいますか。
#28
○参考人(落合恵美子君) これは非常に難しいテーマでして、男性も家庭に参画すべきだといってするようなものじゃないんですよね。それで長いことテーマになっているわけなんです。
 確かに国際比較をしましても、日本の男性は圧倒的に家事をしない、これははっきり結果の出ていることです。欧米の男性というのはよく家事をします。でも、これはずっと向こうの男性が家事をし続けてきたんではなくて、だんだん変わってきたわけです。やはり、労働時間との関係とかも強いのであろうなと考えております。
 ちなみに、日本の男性は昔から家事をしなかったわけではないんです。徳川時代に日本を訪れた外国の人は、日本の男性がよく育児をしているというのに感心して書き残しています。子連れ出勤なんかしているんです、徳川時代の人は。それが大体大正時代ぐらいまで続きまして、その役なんです、男性が育児から手を引いていきましたのは。
 それから、もっと極端に言いますと、まだ戦争に行っていた世代は身の回りのことぐらいはできなきゃ戦争に行けなかった、だから、その後の世代、特に母親が専業主婦になった世代から男性はいよいよ家事ができなくなったんだと、そういうような研究結果もございます。そんなようなことが要因になっているわけなんです。
 じゃ、これからどうするかということなんですけれども、結構変わってきている男性もいることはいると思います、若い世代で。しかし、やはり市場化なりなんなりしてなるべく家事の負担自体を軽減していく、少ない負担だから男女で分け合えるという方向しか結局ないんじゃないかなというふうにこのごろは思っているんですが。
#29
○会長(鶴岡洋君) 以上で落合参考人に対する質疑は終了いたしました。
 落合参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
#30
○会長(鶴岡洋君) 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#31
○会長(鶴岡洋君) 速記を起こしてください。
    ―――――――――――――
#32
○会長(鶴岡洋君) 引き続きまして、福祉の充実に向けた生活環境整備について、神戸大学名誉教授・国際居住福祉研究所所長早川和男君に御出席をいただき、御意見を承ることといたします。
 この際、早川参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営め在り方に関する件のうち、福祉の充実に向けた生活環境整備について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず参考人から三十分程度御意見をお述べいただきました後、六十分程度各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていただきたいと存じます。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。
 なお、時間に制約がありますので、質疑、答弁とも簡潔に行っていただくようよろしくお願い申し上げます。
 また、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁ともすべて着席のままで結構でございます。
 それでは、早川参考人にお願いいたします。
#33
○参考人(早川和男君) 御紹介いただきました早川でございます。こういう機会を与えていただきまして大変喜んでおります。
 私は、住宅問題ですとか生活環境のことを専門に研究、教育してまいったわけでありますけれども、きょうの調査項目として挙げられております二十一世紀の経済社会に対応するための経済運営の在り方ということについて非常に関心がありまして、こういうタイトルを拝見しまして、私が今やっているのもまさにそういうことだなというふうに改めて思い直しているところであります。
 きょうは、皆様のお手元に幾つかの資料をお渡しさせていただいておりますけれども、それに沿って時間も限られておりますので簡単にお話ししたいと思うんです。一枚のこの「福祉の充実に向けた生活環境整備」というのがありますが、これに沿ってやらせていただきます。
 私ども人間としてこの世に生まれてきまして何が一番大事かといったときに、日本という国の中で安心して生きられるということだと思うんです。安心して生きられるということは、町や村で安全な快適な家で住み続けられるということだと思うんです。そういうことでありますけれども、改めて私どもの生活、暮らしを見直しますと、私は二つ大きな要素に分けられるんじゃないか。
 一つは、衣食といいますか賃金、賃金が得られなくなった場合には社会保障、これはいわゆる経済学で言うところのフローです。これは消費していくわけです、食べ物が典型的でありますが。もう一つは、住宅とか生活環境、今申し上げました町や村、これはストックです。前者の方は日々消費していくわけです。それに対しまして、住宅とか生活環境というのは安全で快適に存在していることが生活を支えるわけです。
 この二つのどちらが大事かということは言えないわけです。難民などを見れば両方とも不足しておりますし、開発途上国なんかもそうです。しかし、日本社会に目を向けますと、食べ物は農薬汚染だとか食糧自給率の問題とかいろいろありますけれども、基本的には生活環境ストックの立ちおくれといいますか貧困、我々の日本社会に今いろんな問題が惹起しておりますが、そのほとんどにこれがかかわっているんじゃないかというふうに私は考えるわけです。
 それでは、生活環境ストック、特に住宅を中心に、これは一体どういう存在であるのかということを見直さないといけないと思うんです。
 昨年、一昨年のこの調査会の報告も拝見しまして、私も非常に共感するところが多いわけでありますけれども、もう一度ちょっと改めてお話しさせていただきますと、一つは安全を守るということなんです。心身の安全を守る。私は神戸に住んでおりますけれども、三年前の阪神大震災、あれは十数秒間の一次災害で五千五百二人の方が亡くなったわけです。五千五百二人の犠牲者の八八%は家の倒壊です、圧死、窒息死です。一〇%の人は焼け死なれたわけです。この焼死にしましても、家が倒れなければこんなに火が出なかったし、仮に火がどこからか押し寄せてきても逃げられたわけです。はりの下で動けなかったという方が多かったわけです。二%の方は狭い部屋の中でテレビだとかいろんなものが落ちてきた。
 私は、阪神大震災というのは住宅災害だったと思っているわけです。ほとんどの方が住宅の倒壊で、家さえ倒れなければほとんど犠牲者はなかったとさえ言っていいと思うんです。だから、防災というのは、家を安全にするということが非常に大事なんです。近代都市を襲った最初の直下型地震とか言って何かやむを得ないような発言もあるんですが、サンフランシスコ地震を見てもロサンゼルス地震を見ても、同じようなマグニチュードですが、犠牲者は五、六十人。これは家が丈夫だからです。ですから、住宅を安全にするということが大事なんですが、それが教訓としてどれほど受けとめられているかということを私はちょっと心配になっているわけです。
 もう一つは、亡くなった方は五三%が六十歳以上、三〇%は七十歳以上、高齢者災害なんです。ちょっとお手元の資料、図がありますので見ていただきますと、一ページ目の左側に、こういうことをもう既に御承知かもしれませんけれども、上がゼロ歳で一番下が百歳です。棒グラフがそれぞれ年齢層の死亡者、折れ線グラフはそれぞれの年齢層の人口に対する割合です。絶対数、割合とも高齢者に非常に多いわけです。特にこの割合が多いわけです。もちろん、芦屋の豪邸に住んでいる方も随分亡くなりました。日本人は家を修理するという習慣がありませんからそういうことも起こり得るんですが、圧倒的多数はやはり年金暮らしで老朽したアパートにしか住めなかった、しかも住みなれたところに古い家でも住み続けたいという人が多かったわけです。
 ですから、今ゴールドプランでも在宅福祉が中心になっているわけです。それは基本的に正しいんです。住みなれた家と町で住み続ける、生存の継続というのは望ましいんでありますが、今のような日本の住宅事情ですと、これはもう年寄りの命を危なくするわけです。ところが、住宅を安全に快適にするということが余りそういう在宅福祉の日程の中に入っていないわけです。これは私は非常に大きな問題だというふうに思うわけです。
 どうしてこんなふうに家が倒れてしまったのか。私は、やはり戦後日本の住宅政策というのは自助努力それから市場原理、これにゆだねられてきましたから、お金のある人は安全、快適な家に住めますが、そうでない人は今申し上げたような老朽で狭い家に住まざるを得なかった。全国的にそういう不良資産というべきものが累積しているわけです。やはり、このことをきっちり考えないといけない。そうしないと震度五ぐらいでも多数の犠牲者が出てくるだろうというように思います。これが私はあの震災の非常に大きな教訓だと見ているわけです。
 二番目は、住居や生活環境は健康の基礎だということなんです。戦前の疾病は、御承知のように肺結核とか肺炎とか感染性、伝染性の疾患が多かったんですが、今は成人病、持病、慢性病。これは生活環境あるいは居住条件と非常に関係があるわけです。
 ちょっと資料の二ページ目の左下の表をごらんいただきたいんですが、これは以前に厚生省が調査した「住宅環境と持病」。これは、昭和二十年まで住宅行政は厚生省に属しておりましたから、その延長線上の調査だと思うんですが、住環境というものを上中下に分けているわけです。上中下といいますのは、日照、通風、振動、悪臭、騒音、一人当たり畳数というものを総合して上中下に分けたんですが、これと持病を見ますと、どれもほとんど十倍です。狭くて日が当たらなくて風通しも悪い、そういうところでは神経痛、頭痛、高血圧が非常にふえます。これはやはり住環境をよくしなければ現在の持病とか成人病は治りにくいわけです。
 また、右側をごらんいただきたいんですが、こういう種類の統計があるわけですが、横軸には世帯当たり畳数、縦軸に標準化死亡比というのがあります。一番下に「住宅の広さと中年期死亡率」とありますが、中年期死亡率というのは三十五歳から五十四歳、要するに老衰によらない死亡なんです。標準化死亡比というのは、これは大阪府のデータですが、それぞれ人口が偏っていますから、ばらつきがありますから、それを同じ人口比に変えているわけです。それを見ますと、世帯当たり畳数と死亡率、中年期死亡の相関といいますか、極めて強い相関があるわけです。
 もちろん、これは小さな家の過密住宅地に住む人たちの労働条件が非常に悪い、栄養も悪いだろう、住環境も車が走り回っていたりということもありまして、世帯当たり畳数だけでこの死亡率を見るのは間違いでありますけれども、しかし、ここにあらわれているのは、そういうものを典型として世帯当たり畳数に象徴される住環境と死亡率の関係を見ていると思うんです。
 また、左上の家庭内事故、これも御承知かと思いますけれども、これは年々ふえておりまして、家の中での階段からの墜落とかスリップ、段差によるよろめき、これで大体七千三百人ぐらい亡くなっております。一九九〇年の統計では六千二、三百人、千人ほどまたふえております。これは死亡者です。死亡すればそれまでなんですが、別の推計によりますと、百三十万人ぐらいけがをしているだろうと。寝たきりになる原因の第一位は脳卒中で、第二位がこの家庭内事故だというふうに言われているんですが、こういうふうに健康とか寝たきりの原因になるような家庭内事故というもの、要するに傷病、けがや病気というのは住居や環境をよくしないと治らない、こういう時代になってきたわけです。
 その下に「福祉の基礎」とありますが、リハビリテーションもできない、介護も非常にしにくい、狭い家では介護機器も使えませんし、二階にお年寄りがいて、急な階段でトイレが下にあっておりられない、外へも出にくいというふうな、福祉というものが、なかなか在宅介護が居住の貧困によってやりにくい、介護地獄だというふうなことが盛んに言われておりますけれども、ですから、介護保険でありますとかができるのは結構だと思うんですが、介護すべき住宅がなければなかなかそれは困難だろう。
 それから、生活を支えるコミュニティーというのは、お年寄りは特にそうでありますが、住みなれた町での隣人、お医者さん、商店、そういう見なれた風景、そういうものが暮らしを支えているわけであります。震災で仮設住宅でどんどん亡くなっていっているわけですが、あの人たちの亡くなる原因の一つは、住みなれた町から離されて、山の中とか人工の島に移されたことと非常に関係があると思うんです。住み続ける、居住の継続ということは非常に大事になってくるわけです。
 スウェーデンなんかは一九七七年に法律改正しまして、すべての住宅は最初から高齢や障害があっても住み続けられる構造になっているか、あるいは簡単に改造できないと許可しないというふうに法律が改正されました。御承知のように北欧は老人福祉施設が進んでおりますけれども、仮に立派なホームができても、そこに入ることは転居を伴うわけです。年をとってからの転居というのは、精神医学者は精神的卒中とか引っ越しうつ病という名前をつけておりますけれども、非常によくないわけです。だから、先ほど申し上げました在宅介護は正しいんですが、在宅介護ができる安全で快適な住居というものがなければそれは不可能だというふうに言えると思うんです。
 それから、福祉施設の防災機能というのは、ちょっと図表の一ページ目の真ん中に図がありますが、これも御承知でしょうが、これは震災後、学校などの体育館に避難した被災者は八百二十人亡くなったわけです。とにかく真冬の寒い講堂で暖房もないわけです。ところが、老人ホームなどに逃げ込んだ人はほとんど助かったんです。もともと老人ホームというのは栄養士だとか寮母さんがおられまして、そういう人たちを介護する施設なんです。ですから、その延長線上にお年寄りの命を守るということができるわけです。避難所では食べられなかったかたいお握りを、塩だらけのお握りをおかゆにして塩分を抜いて食べさせてあげるとか体をふくとか。だから、老人ホームとか福祉施設は防災施設でもあるわけです。
 ところが、神戸市の場合は北区とか西区にほとんどありまして、町の中になかったわけです。こういうことが被災を大きくしたというふうに言える。だから、防災というのは、自治体なんかでは防災対策課というのがありますが、防災対策課だけの仕事でありませんで、住宅を安全にするとか福祉施設のネットワークをつくるとか、そういうことだと。
 ですから、私は福祉の基礎、この一ページの右にありますが、川に橋がかかっているんですが、下に住宅あり生活環境があって、それがいろんな社会保障制度、上の二つぼ所得保障、その下が福祉サービス、その下が福祉施設だと思いますが、こういうふうに機能できるんだと。
 狭くて段差が多くて日も当たらない、風通しも悪い、空気が汚れていて外出できない、こういう家に住んでおれば、言ってみれば福祉サービスというのはしりぬぐいに追われるわけです。そうではなしに、現在はやっぱり予防医学といいますか予防福祉という視点が非常に大事だろうと思うんです。そういうことで、住宅、生活環境の意義というのは、単にねぐらがあればいいというわけでありませんで、暮らしや生活を支えるわけです。というふうに認識することが大変大事だと思うんです。
 それで、二十一世紀に向けて、二十一世紀というのは超高齢社会、少子社会という方向に進んでいるんですが、私は居住福祉ということをこのごろは盛んに強調しているわけです。最近も岩波新書で「居住福祉」というのを出したところなんですが、これは生活環境ですとか住居、安全で快適な住居というのは健康・福祉資本である。要するに、現在言われております福祉というものはサービスによる福祉なんです、医療でも福祉でも。これは消えていくわけです。もちろん、日本はヘルパーさんが北欧に比べて十分の一しかいないとか、医療制度にしても充実の必要なことは言うまでもないんですが、今まで申し上げましたように、住宅や生活環境が危険で低水準ですとどうも病気になっていったり寝たきりになっていく。だから、まずサービスによる福祉からストックに福祉の重点を移す必要がある。それが病気になったり寝たきりになることを予防する、そして次の世代に健康・福祉資本として引き継ぎできる、こういうことだろうと思うんです。
 二ページ目をもう一遍ちょっと御面倒ですが見ていただきまして、右上に、これはちょっと古い資料で、もっと新しいのがあるのかもしれませんが、大蔵省、厚生省がお出しになった一九九〇年、二〇〇〇年、二〇一〇年の推計です。例えば、国民医療費が二十一兆円、四十三兆円、八十八兆円。老人医療費がふえて、割合が二九%、三七%、四一%になる。寝たきりが七十万、百万、百四十万とか、痴呆もふえていくと。だからいろいろ費用が要る、消費税も上げないといけないというふうに発想が出てくるんですが、これは私に言わせれば、こういう寝たきりや痴呆性も含めて、医療費をふやしている原因の一つである住宅や生活環境の問題、これを解消する、解決するということなしに結果としてこういうものが起こる。これでは日本経済がもたないと思うんです。
 個人的にはまた、幾らサービスがあっても寝たきりになってからなでてもらうよりならない方が大事だし、病気になってからの費用を使うよりもならないような町にしていく方が健康で快適なわけです。そういう予防医学的な健康・福祉資本というものをつくらないといけない。要するに、サービスの福祉からストックの福祉へと、きょう私が申し上げたいのはこういうことだと思うんです。
 二十一世紀の日本というものは、やはり予防をどうしていくか。予防の核心は安全、健康で住み続けられる住宅と健康的な生活環境である、そこにお金をつぎ込んでいく。それがトータルに、やはり余分な費用、社会的費用、しりぬぐいの費用、社会的入院も減らせるし、繰り返しになりますけれども、健康・福祉資本としてずっと国民の生活を支えていけると、こういうことであります。
 それにはどうするかということなんですが、御承知のように、今バリアフリーというのが各省、民間企業でも随分力を入れておられます。もちろん、段差をなくすとか手すりをつけるとかも必要なんですが、今の日本の住宅事情は年寄りが安全で安心して住める家をなかなか得られないんです。
 不動産業者は六十歳以上を過ぎますとなかなか貸してくれません。単身向け公営住宅というのはほとんど当たらない。しかも、公営住宅でも公団住宅でも、公営住宅法の改正などありまして、この四月からですと七百九十万円を超えると出ていくように要請される。公団でも家賃の値上げが二年置きに来るし、建てかえで二万円の家賃が十万円になると住み続けられない。どこかあっせんすると言いますけれども、なかなかそれも困難で、仮にあっせんされても転居を伴うわけです。ですから、今の日本の住宅事情あるいは住宅行政というのは、在宅介護というふうな、住み続けるという方向からかなり離れた方向に進んでいっていると思われるわけです。
 ですから、物理的バリアフリーも必要なんですが、より広い視点から、社会的バリアといいますか、安全で安心して住める家に収入から支払える家賃で住めない。それから、私どもの調査では、バリアフリーといいますと段差のことを言いますが、一番大きいのは広さなんです。狭いことが寝たきりなどを引き起こしているケースが多いわけです。だから、支払える家賃で一定の広さで安心して住み続けられるという社会的バリアフリー、これは政策の根幹にかかわっていると思うんです。
 西欧諸国というのは戦後、住宅行政や生活環境行政というのは社会政策の一環としてやってきたわけです。西ドイツなんかは無利子百年返済の金で、戦後建設された住宅の四割ぐらいはそういう社会住宅ですし、イギリスはサッチャー政権までは六割ぐらいが公営住宅です。それで福祉の基礎をつくるわけです。
 サッチャー政権などはそれをやめてしまうわけです。七八年、当時三割あった公営住宅をほとんど廃止しまして、二〇%ぐらいに減ってしまうんです、今あるものは売り飛ばしていますから。その結果、過密居住により病気、医療費が物すごくふえまして、これは年間八億ポンドですか、八億ポンドというと二百円として千六百億円の医療費の増額とか、ほかに建設業が年間七千件ぐらい倒産するとか。
 皆さんちょっと、「二〇二五年の日本システム―居住政策」、こういうA4の何ページかの報告書があるんですが、これは別のグループで、佐々木毅さんという東大の先生が座長になって、二〇二五年はどうあるべきかということの研究会をやっていまして、きのうレポートを出したところなんです。七ページに「サッチャー政権の教訓」というのがありますが、サッチャー政権は住宅政策をカットすることでこういうことになってしまったわけです、その轍を踏んじゃいけないと。結局サッチャーさんは住宅政策をカットして、しりぬぐいのために社会保障費を動員せざるを得ないという、こんなつまらないことはないわけですね。
 ですから、居住福祉といいますのは、福祉と言えば先ほど申し上げましたようにサービスということが概念にあるんですが、そうじゃなしに、安全で安心して住み続けられる居住が福祉である。そういう社会にしていかないといけない。
 きょうは教育の問題、子供の問題をお話しする時間がありませんけれども、今、刃物を振り回すとかいろんなことにしましても、私も千人ほどの子供の発達、成績と健康と情操と住環境の調査をしたことがあるんですが、これは非常に密接な関係があります。
 ノーマライゼーションということが最近強調されまして、お年寄りにとっては住みなれた町で若者などと一緒に住むことが大事だということが言われるんですが、それは子供にとっても必要なんです。子供にとって、周りにお年寄りがいたり障害者がいることで、人間というのはいつも元気じゃないんだ、いつか病気になるとか弱者をいたわる心が育つわけです。今はそういう人がいないんです。ですから、この居住福祉というのは子供の教育にとっても非常に大事だと思うわけです。
 そんなことで、私は、住居法を制定しないといけない。基本法でない実定法としての住居法を持たない国は先進国で日本だけなんです。
 御承知かと思いますけれども、大体どこの国でも住宅の最低基準というのが法律で決められているわけです。住宅というのは居室と寝室と台所とトイレとおふろ、物置がなきゃ住宅として認められないわけです。認めないんです、建築を。それから、一部屋の最低面積は、夫婦寝室は内のりで十二平方メートル以上、リビングは二十平方メートル以上とか、国によってちょっと違いますが、皆決めているわけです。日本は最低基準というのがないんです。二畳一部屋でも一室と数えるわけです。しかも、三畳一部屋と共通の台所、共通の便所、共通の入り口があれば二戸と数えるわけです。
 日本には今四千五百万戸ほど住宅がありまして、四千万世帯なんですが、五百万戸余っていると言うんですが、住宅と本当に呼べるようなものがどれだけあるのか。私、半分もおいんじゃないかという気がするわけです、そういう基準ですから。こういうことをやらないといけない。
 それから、今住宅が毎年百五十万戸ぐらい建っていますが、七、八十万戸壊されているわけです。都市が再開発されてつぶされているんですが、そういう住宅ストックになっていかないとか、資源、エネルギーを使うということがあるんですが、また今建設廃材で処分をどうするかという、燃やせばダイオキシンが出る、こういうことでストックになっていかない。
 そういうわけで、きょう私が一番申し上げたいのは、居住福祉といいますか健康・福祉資本としての都市をつくっていくということが非常に大事だ、社会資本の充実はそういう理念のもとに進めるべきじゃないかこういうふうに考えるわけであります。
 ありがとうございました。
#34
○会長(鶴岡洋君) ありがとうございました。
 以上で早川参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑は午後四時五十分をめどにさせていただきたいと思います。質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行うようお願いいたします。また、質疑、答弁とも簡潔にお願いをいたします。
 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。
#35
○松あきら君 先生、「住宅環境と持病」という表を見せていただきました。もちろん、これはいろんな関係、狭くて云々ということですけれども、戦後、新建材をたくさん使った小さな家ができた。そして、壁紙を張るのりとかいろんなものからまたその化学物質の作用でいろんな害が出るという、こういうのもひとつ関係しているんじゃないかなと思います。それが一点。
 もう一つは、老人は特に住環境を変えない方がいいという先生のお考え、本当にそうだと思うんです。私は今、特に東京、特に環七の中なんて言っているんですけれども、例えば容積率を上げて高層化をして、少しでも刺激のある都会に私たちが年をとっても住める、安く少しでも広く住める、そのためには日当たり云々なんということもあるんでしょうけれども、そういうふうな考え方をするという、この二点についていかがでございましょうか。
#36
○参考人(早川和男君) 前者のシックハウス症候群、これは御承知のように非常に大問題でありまして、テレビやマスコミでも取り上げられております。ホルムアルデヒドというのは発がん性がありますし、VOC、有機溶剤の発散するいろんな毒性物質、子供のアトピーもそうですし、これは御承知のように大問題です。
 厚生省が、昨年でしたでしょうか、ホルムアルデヒドの空気中の含有率を〇・〇八ppm以下にせよというガイドラインを出しましたけれども、それじゃどうするのかということなんですが、これはそのとおりでありまして、これは大問題です。
 南方材は御承知のように非常に長期の輸送をしますから、その間に虫が食わないようにどっとつけるんです。運んでいるうちに若干蒸発すると言っているんですが、僕は輸入材というのは非常に問題だと思います。
 国産材をもっと使うようにするというふうなこともあるでしょうし、御指摘のように、これは私の本にもそのことを非常に詳しく書きましたけれども、シックハウス症候群のこれは非常に大きな症状が出ます、のどが痛いとかいらいらするとか目が疲れる、皮膚にじんま疹が出るとか疲れやすいとか、頭痛、風邪にかかりやすい、それからめまい、嘔吐、それから集中力がなくなるとか計算間違いが多くなるとか物忘れがふえる、思考力の低下とか情緒不安定とか。今の子供のあれはシックハウスとは直接結びつかないのかもしれません。疲労、視野が狭くなる、いろいろあるんです。
 スウェーデンなんかは最近、こういう症状を訴えますと、どういう家に住んでいるのか、学校はどんな学校が、オフィスはどういうところで働いているかとか、こういうことを聞くようになってきているんです。これはWHOでも基準を発表しているんですが、日本にはなかったわけです。全然なかったわけです。昨年やっとホルムアルデヒドだけについて厚生省が出しましたけれども、これはもっと取り組んでいかないといけないと思います。
 それから二番目の問題は、もう全く同感でありまして、大体デンマークやスウェーデンでは五十五歳までについの住みかを決める、五十五歳以降転居するといけないというふうに言われているわけです。八〇年代に地上げとか底地買いというんでお年寄りが随分町の中から追われていったんですが、あの方々はぼけたり亡くなった方が非常に多かったんです。私どもがいろいろ調査をしますと、転居する人にはぼけ老人が非常に多いんです。痴呆が非常に進みやすいんです。痴呆になってから転居すると爆発的に進むわけです。ですから、居住地の安定というのは非常に大事でありまして、これは今世界的な傾向です。
 ご承知かと思いますが、歴史的町並み保全というのがもう大分前から世界の大きな潮流になっているんです。日本でも小樽の運河とか鎌倉とか奈良とか京都とかというのがありますが、歴史的町並み保全というのは、ヨーロッパでは単に文化財を保全するだけじゃなしにコミュニティーを守ると。町を壊さないで歴史的町並みを保全することは、今ある住居を維持する、こういう役割を果たしているわけです。
 再開発というのは、イギリスでは我が国では再開発という言葉が字引からなくなったというぐらいにしておりません。今ある住宅を修理するわけです。修復事業です。もちろん、向こうはテラスハウスなんかはれんがとか石づくりが多いんですが、二戸当たり一万ポンドから二万ポンド助成するんです。二百万から四百万ぐらい助成しまして近代化する、住みながら新しい家にしていく、どこか転居しなくてもいいようにしようという、サッチャー政権では先ほど公営住宅をほとんどカットしたと言いましたけれども、こういう事業は一生懸命取り組んでいるわけです。
 高層住宅も、再開発というのは高層住宅を非常にたくさん建てるんですが、高層住宅は子供と老人に非常に悪いというので一切やめております。民間のマンションで日本と同じようにちょっと弁護士とか医者とかタレントとか住んでおりますけれども、公共的な性格の住宅は一切やめて、今爆破しています。お年寄りにとりましては、建物が近代的であること以上に住み続けることが大事だということはいろんな経験からわかってきたわけです。
 日本の場合、そういうことに、厚生省のゴールドプランだとかいろんな関心が向いているにかかわらず、都市計画の制度を見ましても住宅情勢を見ましても逆行していっているわけです。先ほどちょっと言いかけましたけれども、毎年百四、五十万戸家が建っていて、七、八十万戸壊されているわけです、滅失住宅。実際、だから七、八十万戸しか残っていかないわけです。ちょっと長くなりますけれども、だからストックにならない。
 それから、建築資源、エネルギーを使う、南方材を使う、北方材も使います。それから今度は、七、八十万戸壊すわけですから、莫大な建設廃材が出るわけです、アスベストとかビニールクロス。大体、今、日本でビニールクロスが九割ですが、これを燃やすとダイオキシンが出るわけです。建設廃材処分場の問題が全国的に大きな問題になっておりますけれども、何をしているのかなという感じです。これは、やはりお年寄りは非常に不安定になる。ちょっと早口に申し上げますけれども、子供たちにとっても、友達が自殺をしたり、女子中学生なんか転校して時々自殺しますけれども、情緒不安定に非常に関係があるわけです、お年寄りだけじゃなしに。
 ということで、安心して住み続けられる居住地をつくるというのもこの社会資本整備の大きな課題だというふうに私は考えます。
#37
○朝日俊弘君 きょうはどうもありがとうございました。
 私も先生の書かれた新書を読ませていただいて、きょうはぜひお尋ねしたいなと思っていたことがあります。
 住宅の問題、住まいの問題というのは、日本ではどちらかといえば住宅政策ということで経済的な観点から語られることが多かった。そういう居住というか住宅という概念と、それから従来、先生がおっしゃったように、一時的なサービス提供という意味で社会保障、福祉という言葉、概念が使われてきていた。この二つの違うジャンルの概念をあえて結びつけて居住福祉というふうに先生がある意味では造語をされたんだと思いますが、そこのところの意味というか主張したかった点をもう一度聞かせていただけるとありがたいのですが。
#38
○参考人(早川和男君) 高齢社会に向けて福祉の重要性が指摘されていますね。この福祉の内容はサービスが中心になっているわけです。ゴールドプランを拝見しましても、ヘルパーさんでありますとか、老人ホームも入っておりますが、サービスによる福祉、これは大切でありますが、寝たきりにならない、病気にならない、これは広い意味の福祉だと思うんです。そういう寝たきりや病気になってから医療費を使う、あるいは福祉サービスを提供するというのはもちろん必要なのでありますが、超高齢社会に向けてそういう事後処理的な福祉対応をしていたのではこれはカバーできない、医療費ももう底なしですからね。
 そうじゃなしに、まず病気にならない条件、それから寝たきりにならない条件、いつも動き回ることですね、そういう条件をつくらないといけない。その条件とは何か。これは、安全で快適で住み続けられる、転居もまた病気になるわけですから、お年寄りの場合は、安全で快適で健康的な、そして安心して住み続けられる住宅や生活環境をストックとしてつくる。それでももちろん病気になります。その上でサービスとしての医療や介護が生きてくるわけです。基本的にはそういうことです。
 それが基本ですが、もうちょっとさらに敷衍しますと、今の住宅ではそもそも介護自身ができないわけです。福祉機器も使えませんし、狭い家では浴槽も持ち込めませんし、それから狭いおふろで何人もかかって、これは重労働です。二階に住んでいる人は下におろせませんし、介護できないわけです。ということで、安全、快適で安心して住める居住が福祉の基本である、ストックによる福祉というのは大事だ、こういうことなんです。
#39
○朝日俊弘君 質問の仕方が不十分だったかもしれません。
 つまり、具体的にどういう政策に結びつけていくかということを考えると、違ったジャンルの言葉で提起されると、それをどう具体的に制度的に検討していったらいいのかということを考えるとやや困惑をするところがあるので、その辺をちょっと。
#40
○参考人(早川和男君) この「二〇二五年の日本システム」というところの最後に書いたんですが、今の住宅行政というのは建てるということが中心になっておりまして、健康や高齢者福祉や子供の心身の健全な発達の基礎としての居住条件をつくるというふうになっていないわけです。
 ですから、これは僕は前から言っているんですが、居住省でも居住福祉省でもいいんですが、建設行政の中の住宅部門と健康行政、福祉行政、環境行政、あるいは教育行政の一部とかというものが合体しまして新しい行政体系をつくらないとこれは対応できないんじゃないかなというふうに思うわけです。
#41
○朝日俊弘君 今の仕組みでは十分対応できないでしょうか。
#42
○参考人(早川和男君) できないですね。
 九五年六月に住宅宅地審議会の答申がありまして、それも拝見しましたけれども、もっと民間に任せろというふうに書いてあるわけです。民間活力を活用するというのは大賛成なんですが、ということはやはり相変わらず家を建てるということですね、戸数主義で。
 何のために住宅行政をやるのか、社会資本の整備がおくれていると言いますけれども、じゃ何のためにやるのか。単に戸数が足りないとか広さがどうとか、そんなことじゃないわけです。それは手段なわけです。終局の目標は、安心して住み続けられる、健康になる、寝たきりにならない、そういう世の中にするために社会資本が不足しているから充実しよう、こういうことですよね。目標の設定がやはり大事だと思うんです。それには現在の取り組みでは、とにかく住宅基準一つないんですから。
 ちょっと長くなりますけれども、総務庁統計局が住宅統計調査をやっておりまして、住宅で私がいろいろ文書を書くものですから、それを読まれた統計局の幹部の方がレクチャーせよというので二度ほど呼ばれて、こんな二畳一間でも一間と数えるとか、専用のトイレもふろも台所もない家を一軒と数える、それで一二%も多いと。こんな国は先進国にないわけです。それを指摘しますと、全くそのとおりだ、しかし我々はただ調査するだけで、住宅の概念規定を決めるのは建設省だったり住宅宅地審議会答申だと。僕らも言うんですが、なかなかそういうことに耳が傾けられないというか、残念に思っているんです。
 だから、この「二〇二五年の日本システム」の最後に書いたんですが、どこか、総務庁直轄でもいいから居住省とか、何か総合的な対応をしないとちょっと大変がなという気がします。
#43
○朝日俊弘君 ありがとうございました。
#44
○平田耕一君 ストック的な福祉というのはよくわかるんですけれども、例えばヨーロッパと日本の国の環境、地震とか湿度とか、そういうものの違いでもって日本は住宅がストックたり得なかったという事実があるわけです。日本の経済というのは、住宅というものをリサイクルすることによって成り立ってきたという経済もあるだろうというふうに思うんです。考え方は非常にいいと思うんです。何らかの形で水準を高めていくとか福祉に寄与するということはいいと思うんですけれども、全くそのストック論でいったら、それはなかなか日本の場合は無理があるなど。
 そこで、先生は日本の構造というものについて、コンクリートの中層、高層ですらもう寿命というものが云々されてきたときに新工法も研究されているだろうというふうに思うんですけれども、その辺をどう考えて具体的なことにしていくかということが問題だろうと思うんです。私がここで短い時間でお聞きしたストック、フロー論では日本の場合はどうも割り切れないような気がするんですが、おわかりいただけるでしょうか。その辺についてはどうお考えでしょうか。
#45
○参考人(早川和男君) 先ほど申し上げたようにヨーロッパの場合は修理しているわけですが、それは建物がしっかりしておりますから、日本の場合は家の構造が非常に悪いですから、それを修理して住みやすくするというのはなかなか困難な面もあると思うんです。だから、何でもそのままヨーロッパのまねをすればいいということでは当然ないんです。
 ちょっと論点がそれるかもしれませんが、経済に寄与するといったときに、いわゆる経済成長といいますか物を生産して消費をして経済を上げるという、そういう生産者にとっての経済成長という視点が一つあると思うんですが、私は二十一世紀の経済社会運営というような視点に立つとき、そういう経済ではなしに、トータルに社会が経済的になっていく、しりぬぐいの費用に国家財政だとか個人の費用が注がれないで、健康・福祉資本というものがトータルに経済的な効果を果たす、そういう意味で経済を言っているわけです。
 今の御質問に直接かかわる点は、やっぱり市場原理、自助努力に任せてきましたから劣悪な家しか建たないんです。定期借家権というのが今提案されておりまして、私は非常に問題だと思っているんですが、二年とか五年とか十年、どうなるかわかりませんが、居住の継続を脅かすという面が一つあるんです。良質の住宅が供給されるかといいますと、大体ヨーロッパの経験を見ましても、アメリカはちょっと事情が違うんですが、持ち家は割合いい、借家は悪いと言いますけれども、持ち家は当然金持ちがつくるわけですから比較的質がいいのができるわけです。借家はそういうものを建てる能力のない人が住むわけですから悪い。
 しかも、これをよくするためにはどうするかというので、これはもうほとんどの国は、先ほどちょっと申し上げましたけれども、猛烈な助成をするわけです。西ドイツは無利子百年返済です。それで、民間のだれが経営してもいいわけです。そういうふうに無利子百年返済で供給する。非常に厳しい、四十センチぐらいの壁をつくらないといけないとか、それからできた住宅が例えば平米五百円、百平米で五万円ぐらいにまで下げる、七万円かかればまたその二万円を補助する、そして今度入る人が収入の二〇%を超えると家賃を補助してあげる、こういうシステムをつくる中でストックが形成されていくという、こういう住宅政策の構造を持っているわけです。日本はそういう政策は何もないですから、払える家賃で住めるような家を供給するということですから、それは劣悪な構造でストックしかできていかないわけです。
 これを転換するには、民間でもいいんですが、社会的市場原理、市場経済といいますか、住宅にもっと大量の資金を投入して、それによってストックをつくる、それがひいては健康であったり寝たきりを防止したり、さらに言いますと経済の活性化に非常に役立つわけです。住宅投資というのは、鉄やセメント、ガラス、それから畳や建具まで波及効果は大きいし、家を買えば家具を買うし労働意欲が起こるとか、それで健康になって病気にならないとか、今そういうストックができるシステムが日本はないんですよ。ちょっと話があちこちに行きましたけれども、その辺をちょっと根本的に考え直さないといけないんじゃないかと。
#46
○平田耕一君 ちょっと質問を申し上げたのは、百年はもたないというこの国の自然的な条件というものがあって、先生のお考えというのは私いいと思うんですけれども、ストックとして住宅がなり得るだろうかと、こういう御質問をさせていただいたんですけれども。
#47
○参考人(早川和男君) いや、それは木造住宅だってきちっとできているものは、唐招提寺は八世紀ですし法隆寺だって長いですし、白金に藤山一郎さんのお住みになっていた家がありますが、あそこ料亭で、前は中華料理で、私も時々ごちそうになったりしていましたけれども、ちゃんとした家は今でも続いております。柱の太さ、戦前は四寸だったのが今は三寸とか三寸五分になって非常に、四寸と三寸ではもち方が全然違うわけです。日本の木造住宅だからストックにならないということはないと思います。それから、絶えず修理していく。ヨーロッパでは暇さえあれば手入れをしています。そういうことですね。
#48
○小野清子君 小野と申します。
 私も新しいものは何でもいいものだということで、古いものは壊して新しいものを建てて、そこへ喜んで入ってみると隣の声が皆聞こえる、そういうふうなことが現実にありまして、劣悪な状況だというお話を伺いました。
 今、平田先生のお話と関連して、要するに基準の設定が非常に日本はお粗末である、これに尽きるわけでしょうか。
#49
○参考人(早川和男君) 出発点ですね。住宅基準がないんです、日本には。こんな国は先進国にないです。最低居住水準というのがありますが、あれは単なる目標であって、法律がないんですよ。
#50
○水島裕君 住宅環境が健康に関係あると、私も賛成で、そのとおりだと思います。
 一、二御質問したいんですけれども、その前に、これは大切なことですし、大きな家を建てるのにはお金もかかるので、やはりお見せになさるデータもきちっとしていないといけないと思うのでちょっとお伺いしたいんですけれども、「住宅環境と持病」の表、これは上中下とあって、例えば下の環境の人に聞いたら何%がこの病気を持っていたという表でございますか。
#51
○参考人(早川和男君) そうです。これは、下にあります、厚生統計地域傾向精密調査というものですね。
#52
○水島裕君 そうしますと、例えば糖尿病なんかは住宅がいい人の方が多いような気がいたしますし、悪いところが半分以上が高血圧というのもちょっと信じられません。ただ、はっきりしているのは、例えばリューマチですと下の人が一三%いるんです。仮に日本の十分の一の住宅が下だといたしましても百六十万人になってしまうんです。それを合わせますと、同じ百六十万ぐらいになると思いますけれども、計算をさっとすると三百二十万人ぐらいがリューマチということになりまして、実際はどう考えても六十万人ぐらいしかいないんです。ですから、この表はなかなか全部として信用できないので、これは先生は引用されたんだから罪はないと思いますけれども。
#53
○参考人(早川和男君) もちろん御指摘のとおりだと思います。全数調査ではありませんから、恐らく持病の多い地域を選ぶとかですね。
#54
○水島裕君 それでもおかしいんですけれども、これはそれにしておきます。
 じゃ一つ御質問をいたしますと、住宅環境というのが病気とすごく関係するのは、ストレスが非常に多いんじゃないかと私は思うんです。病室でも小さなところへ行きますと、退院するとすぐよくなるというのは、狭いからじゃなくて、やっぱりいろんな意味のストレスが関係してくる。それについての御意見が一つ。
 もう一つ、これは私の方も確かじゃないんですけれども、高層住宅に住むと、三階とか四階以上に住むと寿命が短い人が多いと。これも恐らくストレスが関係しているんじゃないかと思いますけれども、その辺について御意見がございましたらお願いいたします。
#55
○参考人(早川和男君) 私は専門家ではありませんけれども、御指摘のような報告がたくさんなされております。阪神大震災でも、体育館の避難所でプライバシーが守られないでストレスで胃に穴があいて血を吐いて亡くなったという方がたくさんおられます。
 それから、高層住宅では孤立します。孤立するゆえにストレスが生じて、病気にもなるんでしょうけれども、痴呆が進むというような報告もたくさんなされております。だから、それは関係あるというふうに思います、私は直接調査しておりませんけれども。
#56
○有働正治君 阪神・淡路大震災の教訓の問題についてお触れになりましたけれども、ここからしっかり教訓を酌み取っていくということ、そしてまた、現在解決できていない問題、これについてきっちり解決して、教訓も酌み出して、今後の政策方向もきっちり確立していくということは大事ではないかと思うわけです。
 一つは、被災者の生活再建に対する公的支援の問題です。これは大きな国民的世論、運動もあるわけでありますけれども、住居が人権、福祉、人間のすべての基礎をなすということからいいましても、生活基盤である住居の被害、これを基準にして被災者世帯に対して現金給付を行うことが必要だ、こういう要求があるわけです。これについてはすべての政党、会派も主張されるようになってきているということは非常に結構なことだと思うのでありますけれども、こういう生活基盤である住居被害を基準にしながら、被災者が立ち上がれるようにきちっとした給付等を行うということは避けて通れない私は課題だと、そういう点からいって直言えると思うのでありますけれども、ここらあたりについての所見。
 被災者のこういう現金給付といいますか公的支援といいますか、そういう点、アメリカだとかヨーロッパ、例えばイタリアその他ではどういうふうになっているのか、その点で日本はどういう状況にあるのか、そこを確立しないといけないということが今後の教訓の一つではないかなということも感ずるわけで、そこらあたりについての御所見をいただければと思うわけです。
#57
○参考人(早川和男君) 今、市民・議員立法というのが参議院で継続審議になっておりますけれども、あれは、小田実さんが私のところへ電話してきまして、こういうことを始めたいので協力してくれと言うんで、私もわかったということで一緒にやっているんですけれども、要するに被災地の人たちは御承知のように義援金を二十四万円と十何万円もらったきりで、とにかく生活できないわけです。それで、全壊世帯に五百万で半壊世帯に二百五十万というのは、これは家を建てるという資金にもちろんならないわけで、個人補償というのではなしに、生活基盤が失われておりまして、生活再建をするのに立ち上がる生活費用というものがなければどうにもならないということです。
 アメリカのFEMAを見てもそうですけれども、雲仙なんかは八百万、一千万というふうなお金も受け取っていますが、そういう生活基盤を壊された人たちが立ち直るためにはそういう現金がなければ身動きできないということで、国家というのはそういうために存在するんじゃないかということで、僕も協力して、彼が先頭を切って一生懸命、また議員の方々も一緒にやっていただいて動いているんですけれども、私は現地に、灘区に住んでいるんですが、本当にそう思います。
 今、仮設の人たちが孤独死をしたり、あるいは肝臓をやられている人たちとか最近になって自殺とか焼身自殺が非常にふえていっているんですが、やはり基本になるのは私は住みなれた町に戻るということと、それから生活再建のためのお金だと思うんです。この二つとも欠けているわけです。前者の方も、どこかまた山の中とか行きますから新しい孤独死がまた生まれているわけです。この両方を国家が援助しないと悲劇がずっと続くというふうに私は今見ていますけれども。
#58
○円より子君 きょうのお話、大変ありがとうございました。
 先ほど先生は、子供たちの教育にも居住空間というものが大変影響しているとおっしゃいました。私は、この二十年来、離婚ということを切り口にして家族の問題を追ってまいりまして、その中にやはり居住空間ですとかコミュニティー、また生活環境、そういったものが大変人間関係、夫婦、子供と親とかいったものに重要な影響を与えていることに関心を持ちまして、随分いろんな統計などを見てきたんですが、先生が厚生省の調査などを引いていらっしゃいましたが、病気やストレス、またさまざまな人間関係と居住とのそういった調査は余りなされてこなかったように思うんです。
 それで、先生のおっしゃる居住福祉というような観点がもっと早くからあれば、多分そういった調査はたくさんなされて、そして安全で質のいい広い、広いというのはある程度の人間関係に必要な空間としての広さ、そういった住居がつくられてきたと思うんです。先生は、この略歴を見させていただきますと、日本住宅公団、また建設省にもいらしたんですが、日本はよく広さのときに欧米諸国とそんなに差がありませんよと数字を出しますけれども、賃貸住宅等に限ると大変狭いわけです。私は、民間の市場原理に任せていろいろ住居をつくるということもいいかとは思うんですが、特に住宅公団ですとか建設省がつくるのは質のいい賃貸をつくってほしいと以前から思っているんです。
 建設省や日本住宅公団等では、先生の発想の居住福祉というようなものが今までにあったのかどうか、そしてそういったものは割合影響力が強いのか、もしそういったものが一切ないのだとしたらそのネックは何なのか、その辺を今後そういった観点からいろいろ良質な賃貸住宅をつくっていく上での手がかりとしてぜひお話ししていただきたいと思うんです。
#59
○参考人(早川和男君) それはこちらがお聞きしたいぐらいなんですけれども……
#60
○円より子君 政治家としてはもちろん頑張りたいとは思います。
#61
○参考人(早川和男君) 前から申し上げているんですが、全然耳を傾けてくれないですね。私は、住宅公団は学校を出て六年ほどおりまして、あと建設省の建築研究所に十六、七年おって、住宅計画研究室長とか都市計画研究室長とか、そういうふうな室長を二つ三つやって神戸大学に行ったんですが、その間、いろいろ研究をして、提言もして、行政の基礎研究をやるという機関ですから、建設大臣賞をいただいたり、いろいろしてそれなりに発言してきたんです。瀬戸山三男さんという方が大臣のときに非常に研究を有意義だと褒めていただいたりしたんですが、だけど幾ら言っても言ってもほとんど耳を傾けられないんじゃないでしょうかね。どうしてですかね。
#62
○円より子君 戦後はとにかく住宅難で、雨露さえ何とかしのげればいいというような発想があったかもしれないんですが、もう五十年以上もたって、私なんかもまだ議員になって五年ですが、何とか住宅政策をちゃんと、女性や男性も含めて、すべての人たちのためにここが一番基本だと思うんです。やっていきたいと思うので、長年やっていらして、ネックがあったらぜひ教えていただきたかったんですが。
#63
○参考人(早川和男君) 何でしょうね。戦後、アメリカを除く参戦国は国土の復興を皆住宅から始めたんです。西ドイツのアデナウアーでも、国土の復興は家庭の復興からだ、家庭の復興は住居であるというので、あるいはアトリー首相もそうですし、みんなそうなんですが、日本はやっぱり経済で、あとは自助努力ということでやってしまったでしょう。
 それで、思い出しましたが、こういう社会保障制度審議会の勧告も出されているんです。これも前の御発言と全く同じで、ちょっとこれを見ていただきたいんですけれども、昭和三十七年の大内兵衛さんの社会保障制度審議会は池田勇人総理大臣に答申を出しておりまして、「わが国の住宅難は国民全体の問題で」「国の政策が不十分」だと、いろいろ書いてあるわけです。それで、後ろの方の一行目に、「これでは社会保障にはならない。住宅建設は公営住宅を中心とし、」、公営住宅というか社会的責任でやりなさいと、持ち家の住宅金融公庫ばかりに傾いているというようなことを指摘されているわけです、重点を改めるべきだと。
 それから、平成七年の隅谷三喜男さんの社会保障制度審議会、私は第一回のヒアリングのあれに呼ばれましてそういうお話をしにいったんですが、この勧告は、次にありますように、「住宅、まちづくりは従来社会保障制度に密接に関連するとの視点が欠けていた。」「高齢者、障害者等の住みやすさという点からみると、諸外国に比べて極めて立ち遅れている」「今後は、可能な限りこの視点での充実に努力を注がれたい。」とか「我が国の住宅は社会における豊かな生活を送るためのものとしては余りにもその水準が低く、これが高齢者や障害者などに対する社会福祉や医療の負担を重くしている」と、先ほど私が申し上げたしりぬぐいなんですね。「在宅福祉を重視する政策が今後進められなければならないが、その受け皿となる「住み慣れた家」の安全性や快適性、福祉用具の利用可能性が改めて問われている。」と。実際は住宅が悪いことが問題なのに、その悪さゆえに福祉の問題として対策を迫られている。こういう勧告を社会保障制度審議会でもしているわけです。
 逆にお聞きしたいんですが、これは総理大臣に対する勧告なんですが、こういう方向が全然住宅宅地審議会などでも入っていないわけです。私、「居住福祉」を書く前に七九年に「住宅貧乏物語」という岩波新書を書きました。それは、住宅が悪いと病気になったり子供の発達が損なわれたり老人の福祉は成立しない、あるいは家に人を呼べないとか、キャバレーだとかバーだとか、ああいうところではかり時間を過ごすとか、日本は住宅貧乏文化みたいなものだと、心のゆとりもないしという、そういうことを書けば少しはよくなるかと思ったんですが、全然よくならないし、どうしたらいいんでしょうか。
#64
○会長(鶴岡洋君) これからみんなで考えますか。
#65
○参考人(早川和男君) 考えてください。ぜひよろしくお願いします。よろしくって僕が言うのもおかしいけれども。
 住宅が悪いと本当に、子供の非行もそうですし、この間、映画監督の山田洋次さんと「寅さんの住居論」という対談をやったんです。彼のテーマは、子供の発達というのは、タコ社長の中小企業のおっさんとかお寺の笠智衆がなっていた人とか魚屋さんとか、いろんな人の中で住むことがやはり子供を育てていくんだと。そういう環境じゃないわけでしょう、子供の教育。だから、弱者をいたわる気持ちもないし、何も人生はいい大学を出て出世するだけじゃないんで、いろんな人生があるんだということも見えないし、そういう教育。
 それから、高齢者とか病気だとか日本の町は汚いですからね、歩くだけで楽しいというようなところがないですからね。いろんな日本の社会矛盾の根底に住居の貧困というものがずっと横たわっていて、僕はこれは諸矛盾を解決するかぎだと見ているんですよ、自分の専門だから言うんじゃなしに。これはぜひ力を入れていただいたらいいですね。
#66
○円より子君 例えば先生、台所で私などお料理をつくったり食器洗い、もちろん女性ですから仕事をしながらそういうこともやっているわけですね。そうしますと、今の流しはほとんど低くて腰痛になってしまうんです。それで今、流し台の下をちょうど足の出ている分だけ入れるようにして少し高くすれば腰痛を防げるというふうになってくるとか、そういった台所の流し台の高さや機能一つにしても女の人の意見というのがなかなか入ってこなかった。そういう中で先生が男性でこういうことをやってくださっているのはとてもうれしいんです。
 男の人は今まで働き過ぎて、家に帰って子育てしたりいろんなことをしながら狭い住居が嫌だというところに目をつぶって、いつも外にいて余り住宅の狭さとかに切実さがなかったんじゃないかなという気がしないではないんですが、そんなことも影響しませんでしょうか、これはもう本当に個人的な意見ですけれども。
#67
○参考人(早川和男君) 男は寝に帰るだけですからね。
#68
○円より子君 それがなかなか政策に生かされてこなかった一つの要因がしらなんて私などは思っているんですが。
#69
○参考人(早川和男君) それから持ち家政策もありますし、給与住宅が日本は突出して多いわけです。大企業は自分のところだけ住宅を供給しますから、一時期七%入りましたから、これは日本は世界最高なんですね。自分の会社で供給する。それから公務員住宅、私も入っておりましたけれども、社会のリーダーシップを握るような人たちがそういうところにいますから下々の住宅事情はわからないとか、いろんな影響があるでしょうね。
#70
○栗原君子君 先生、高齢者とか子供は余り転居しない方がいいと、こういうお考えをお述べいただきましたけれども、年齢というものは、個人差もありましょうけれども、例えば五十歳過ぎたらかわらない方がいいとか子供の場合は何歳以下は余り転居しない方がいいとかいう年齢差があるものかどうかということ。
 それからもう一つは、先ほど阪神・淡路大震災の問題にちょっと触れていただいておりますけれども、この間、政府の方では自然災害については政治の責任がないと、こういった答弁を繰り返しておりましたけれども、これをほっておくことによって人災にしてしまっている。まさに私は阪神・淡路大震災、あの仮設の中で二百人近い人たちが既に自殺を含む孤独死をしているという状況というのは人災そのものであろうかと思うんですけれども、この地震の多い、とりわけそうした災害の多い日本で、今、先生が小田実さんたちと一緒につくっていらっしゃる被災者支援法というのは、私はこれから日本の私たちが安心して住み続けるためにそうした法律はぜひ必要であろうということも思うんですけれども、もう一度そこらをちょっとお述べください。
#71
○参考人(早川和男君) 全くそのとおりに思って、私も力はないですけれども協力しているわけです。とにかく人災というより、私はこのごろ行政災害だなんという厳しいことを言っているんですが、困ったときに助けてもらうために国家があるわけですからね。
 それから、もう一つの転居してはいけないというのは、先ほど言いましたけれども、個人差はありますが、デンマークとかスウェーデンでは大体五十五歳以降に転居するといろいろ影響があると。私がこの岩波新書にも紹介しましたけれども、イギリスなどでは「ちょっと待て、その転居」というパンフレットを配って、例えば子供が一緒に住もう、お母さん、来なさいと言ってもうっかり行ってはいけませんとか、転居をしてはいけないということを物すごく啓発しているんです。五十五歳ぐらいだと言っています。
 子供の方は、女子中学生が転校して自殺したというような事例とか、いじめられるという事例があると、ちょっとこれはよくわかりませんけれども、そういうことです。
 年寄りは特に厳しいですね。
#72
○栗原君子君 そういたしますと、人は年をとりまして特別養護の老人ホームへ入るとか長期の老人病院に入っていくということになりますと、家庭では見られないというような今の社会の状況があるわけですから、どうしてもそうした施設へお世話になるということになりますと、これは年をとれば必ずいわゆる転居というものがついて回るような気がするんですけれども、どうでございましょうか。
#73
○参考人(早川和男君) そのとおりです。日本では住宅事情が余りに貧しいから、老人ホームに入って元気になったという人もたくさんおられるわけです。しかし、原則として年をとってからの転居はよくないという認識が進みまして、先ほどもちょっと紹介しましたけれども、今スウェーデン、デンマーク、フランス、オランダ等々では最初から住宅は高齢者向けでないと許可しないという法律になっています。段差があってはいけない、車いすが通れる、寝室は必ず一階に一つないといけない。二階に寝室で、一階に居間だとか食堂だけでは障害になったら寝室が使えなくなるわけです。そういう住宅はヨーロッパではずっと広がっております。
 しかし、それと同時に社会福祉サービスのネットワークがもちろん網の目のようにありまして、家にいてかつそういうサービスで在宅ができるというのがその方向ですね。家だけあってもまただめなんだけれども、地域福祉というのが以前から言われていますが、地域福祉サービスというのはもちろん大事なんですが、肝心の住宅がなければ住み続けられないし介護もできない。
 ですから、僕は、地域地域に小規模でいいから老人ホームを、とにかくすぐ住宅をよくしようといったってなかなかできないことも事実ですから、江戸川区がやっておられるように住宅改造を援助することも大事ですし、同時に小規模の老人ホームを地域に張りつけていって、総合的にそこに住み続けられると、それがぼけをなくしたりします。
 家庭内事故は、統計を見ますと、転居をしてから一年以内に起こるのが非常に多いんです。松尾和子さんとかああいう歌手でも一月以内に階段から墜落されていますし、丸尾長顕さんという昔、日劇ミュージック・ホールの支配人も階段から墜落で、あれも転居とか、いろいろ転居による家庭内事故も多いしということで、住み続けられる条件づくり、家とサービスということだろうと思います。
#74
○山本保君 お話を伺いまして、本当に私もそう思います。
 特に私は子供のことをやっていまして、今事例を思い出したんですけれども、今よく中学生などが問題を起こしていますが、ああいう子供たちが入る教護院という施設がありまして、全国各県にあるんですが、東京都に二つあるんですが、一つを数年前にきれいに直しました。それまでは明治、大正から伝統があるということで非常に画一的な、牢獄とは言いませんけれども、昔の日本の居住空間型であったんだろうけれども、今の子供には合わないようなものでした。
 それをきれいなものにしましたら、子供が入ったときの最初の作文を見せてもらいましたら、自分は悪いことをしてしかられてきたわけですが、こんなマンションみたいなところに入ってびっくりしたという作文がありまして、その子はそこで初めて自分が本当にみんなから愛されているということがわかったということで、非常にその後よかったんですよ。ですから、まさにこういうことが大事だと思うんです。
 そういう面から見ますと、ちょっと私どうしても抜けられなくてお話をお聞きしなかったので、もうお話しされたことかもしれません、失礼かもしれませんがちょっとお教えいただきたいんですけれども、今のお話にもあったんですが、例えば日本で福祉施設をつくったりするときの最低基準というようなものに入っていないんです。
 それから、例えば今度介護保険ができますが、そのときのお金も、まさに先生のおっしゃるフロー的には使いますけれども、ストックにはなかなか使えないようになっております。こうなりますと、まさにそのための何か専門家としての、例えば子供の福祉に関してはこういうところが必ず必要なんだよとか、またお年寄りの寝たきりになった人、またならないためにはこういうところに要るんだよと、つまり今まではそういうのはぜいたくであって行政がお金を出すときには絶対出ないわけです。ですから、そういうものを何かもうおつくりになっているんじゃないかと思いますけれども、できればその要点なり何か考え方などをお教えいただきたいなということでございます。
 倣えば、住宅公団の融資などについてもそういうものを含めるような形で当然考えなくちゃいかぬのじゃないかと思いますけれども、その辺もし何か御存じでございましたらお教えいただきたいんです。
#75
○参考人(早川和男君) 基準というのは福祉施設なんかの基準ですか。
#76
○山本保君 福祉施設もありますし、これから在宅介護ということがございますので、そのためのお年寄りのもので、もう出されているんじゃないかと思うんですけれども、何か教えていただければ。
#77
○参考人(早川和男君) 全国社会福祉協議会というのがありますね。在宅介護を可能にする条件研究会というのがありまして、そこで数年前に私にまた出てこいというので、在宅介護を可能にするのにどういう住居基準であるべきかと、これはいろいろ厚生省も建設省もそれこそ出しておられます。しかし、僕らは、おかしいところもたくさんあると。バリアフリーは段差ばかり言っていますけれども、広さなんですよ、一番根本は。動き回れる広さがないといかぬわけです。動かないとどんどん筋肉が後退していきますから、廃用症候群で。
 段差はもちろん大事なんだけれども、専用の設備とかふろとか、僕らいろいろ調査したんですが、そういう基準を全国社会福祉協議会で在宅介護の条件というんですか、全国に在宅支援センターというのがありますね、そういうところのヒアリング調査もしたわけです、全数調査したんです。そこから出ておりますからちょっと聞いていただいたらと思います。
#78
○山本保君 ありがとうございます。
#79
○平田耕一君 用語にとらわれ過ぎているのかもしれませんけれども、例えば視点を変えれば、災害の防止ということになりますと、例えば神戸であればどうしたら未然に防げたかというと、やっぱり建てかえということをいつかの時点でやらなきゃいかぬかったと、こういうことだと思うんですね。
 やっぱり一般の居住というか、大多数の国民が住む部分というのはどう考えても日本の場合は私は固定的に考えられない。サイクルしていくべきものだという考え方に基づいた法律なり制度なりつくって、例えば危険地域は全部耐震強度をはかって、今学校は全部やっていますけれども、どんどん建てかえていくための補助だとか、そういうふうにしないとなかなか制度としては具体化しないんじゃないかなと思うんですけれども、どうでしょうか。
#80
○参考人(早川和男君) そうですね、そういう制度も必要だと思います。
 それから、私は震災後すぐに長田、兵庫あたりを歩いたんですが、周りは倒れているのに倒れていない家がたくさんあるんです。中へ入りまして聞きますと、震災の例えば四カ月前に、十月か十一月ごろに子供たちが一緒に住もうと言うんだけれども、私は嫌だ、動きたくない、しかし余りひどいので子供が四十万円かけて、平屋の家なんですが、修理してくれたと言うんです。根継ぎをしたり壁を塗りかえたりやる。その家は倒れていないんですよ。
 それから、私の友人の父親で家を直すのが趣味の人がいるんです、暇さえあれば。そういう修理している家は倒れていないんです。住吉川沿いに私の友達のドイツ文学の助教授がいるんですが、豪邸に住んでいまして、学生が来るというので応接間と玄関だけ少し修理していたんですね。そこだけ倒れていないんです。
 だから、プレハブが安全で在来工法が危ないという話が出ましたけれども、もちろんしっかりした家は倒れていませんし、それから修理している家は壊れていません。僕は住宅改造、修理すればかなりもっと思うんです。建てかえもいいけれども、今の審査、御承知かと思いますが、安全かどうかの費用の半分を補助するとかいう自治体があったりしていますが、それだけじゃなしに修理費用を補助する制度が要ると思うんです。
 ちょっと長くなりますけれども、亡くなった方に災害弔慰金で五百万渡すとか仮設に取り壊し料も含めて五百万払うというのは、膨大なお金を使っているわけです。あんなことをするなら、その数分の一を修理にずっと回せば、僕の友達の建築家が調べて、規模にもよりますが、大体一軒五十万から百万あれば相当丈夫になるというふうに言っています。そういうことをやると大工さんも潤うし、いろいろ活性化するし、今も守れるし、そういう家は病気にならないです、修理しますと。
#81
○日下部禧代子君 最後になりましたけれども、私は先生のお書きになりました著書、ほとんど拝見をしております。
 私自身の経験でございますが、私がイギリスの大学で学びましたときに、最初に私は住宅政策ということに対して余り関心を持っていなかったのです。そのときに私の指導教官が福祉の問題をやるんだったらば住宅政策こそ福祉政策の基本であると言われて、それほど私は余り自分としては思ってもいなかったことを指摘されまして、そのときに先生が岩波の「住宅貧乏物語」でございますか、あれにも引用なさっておりましたアデナウアーそれからアトリー首相の住宅政策に関する議会でのスピーチを見せてもらいました。本当にそこで私は大変な発想の転換をさせられたという記憶がございます。そういった経験から私は先生のお話に非常に感銘を受けていつも承っているところでございます。
 それで、質問でございますが、日本ではなかなか住宅を手に入れにくい。一方ではマイホーム志向というのが大変に強いわけです。しかし、現実にはなかなか望ましいスペースのある広さのある住宅は手に入れにくい。その基本にはやはり土地の問題があるんではないか。日本の住宅の価格のほとんどは土地代であって、アメリカなんかの場合には上に建っているものの価格というのが結構大きいわけです。そのバランスが逆さまであるということから、私は土地政策についての大きな問題が「住宅貧乏物語」の基本にはあるんじゃないかということでございます。
 それともう一つは、先生が今るる御指摘なさいました、福祉政策の基本というのに住宅政策がないということでございます。先生がここに引用してくださいました九五年の社会保障制度審議会の答申、このときに私も委員でおりましたけれども、正直申し上げまして、住宅についての言及が最初は出されていなかったんです。ここに先生が引用なさいましたこの部分というのを、私はとにかく一生懸命になりましてこのくらいにふやしていただいたという経過がございます。
 日本で住宅問題が人間が生きるという上で、生活という上でいかに重要かというその基本理念、哲学を何とかきちんと構築していかなきゃならないんじゃないかというふうに私も思っておりますけれども、その中の一つにこの土地問題ということが大きく横たわるような気がいたしますので、最後の質問でございますが、その点先生の御見解を承れればと存じます。
#82
○参考人(早川和男君) お読みいただいているそうで、ありがとうございます。
 全く同感なんですが、土地問題について話させていただきますと、日本は土地問題がある、地価が高いからなかなか住宅問題が解決しないという言い方がありますが、しかし僕はこれは逆だと思うんです。
 旧西ドイツでもイギリスでもフランスでも皆そうなんですが、住宅政策は社会政策なんです、医療とか教育とか社会保障とか雇用とか福祉サービスとか。市場原理は非常にいいところがたくさんあるわけですが、医療とか教育とか住宅を市場原理に任せていると、金持ちはいい家に住めるけれども貧乏人はだめになる、変なところになって病気になったり社会的費用もふえる。社会政策なんです。
 だから、国家が住居法という法律をつくって住居基準をつくるとか、そのときの政権によっていろいろ波はあるんですけれども、サッチャー政権のときはずっと下がりますし、また労働党になると上がるとかあるんですが、持ち家であろうと借家であろうと社会的住宅であろうと何であろうといいんです、国家が最終的に国民の健全な安全な健康的な住居に責任を持つと。もちろんどこの国も一〇〇%はうまくいきませんよ、持つわけです。その居住保障を国家が責任を持って社会的責任でやろうとすれば、土地投機などを野放しにしておきますと地価はどんどん上がっていきますからこれはできないわけです。国家が責任を持っていてやろうとするから土地投機を禁止するわけです。
 イギリスなんかで、ある労働大臣の弟が土地投機をしていたんです。それでその大臣がもう辞職するかどうかという騒ぎが私が留学しているときにありましたけれども、国家が保障しようとするためには、地価の値上げを抑えないといけないから土地投機を禁止する。日本は国家が責任を持たないわけですよ、市場原理。だからほったらかしているわけです。それをほったらかしておいた結果、土地が高くなったことを理由にやれないというのは本末転倒なわけです。それが基本です。だから、責任を持てばずっと土地政策をやらなきゃいけなくなるわけです。
 もう一点は、いろんな制度が、例えば日本は用途地域が十二に分かれていまして、住居専用地域というのは一種住専以外は、例えば住居地域には重工業でも、キャバレーとかああいうもの以外は大抵建つわけです。だから、地価が上がったり便利になるとどんどん土地利用が更新されてマンションやオフィスが建つわけです、商業施設が。で、家がつぶれていく。
 アメリカは、日本はアメリカをよく参考にすることが多いんですが、州によって違うんですが、ロサンゼルスの場合は四十五に分かれているわけです。住居だけで二十三に分かれているわけです。一番緩い地域でも教会とか病院とか小学校以外は建てちゃいけないわけです。だから、住宅を追い出すということはないわけです。非常に居住地が安定しているわけです。スクラップ・アンド・ビルドというのは起こらないわけです。そういう政策を持っておる。
 それから、今といいますかもう大分前からですが、アメリカではリンケージという制度がありまして、こういうところにオフィスビルが建つ場合、そのオフィスビルの床面積に応じて低所得者向け住宅をその近所に供給しないといけない、こういう法律があるわけです。日本も企業進出を随分やっていますが、全部やらされているわけです。あるいは、民間デベロッパーがどこかニュータウンを開発するときはその一部は低所得者向けでないといけないと法律にあるんです。これは何とか制度というんですが、これもここの中にちょっと書きました。
 アメリカという国は市場原理のメッカみたいな国ですが、土地利用規制というのは実に厳しいですし、それからコミュニティーを守る。それから、民間の企業が進出するというのは社会的恩恵を受けるわけですから、社会資本の。それに対して反対給付で低所得者向けの住宅を供給しなさいと、それをやらないと法律で許可しないんです、アメリカは。
 そういうふうにアメリカの制度なんかももっと見習うべきで、土地政策というのは、地価税とかありますけれども、そういうことだけじゃなしに、土地利用計画をきちっとやるし、土地の投機を禁止するとか、そういうことをもっと見習わねば、日本はとにかくそういうことでは後進国で、アメリカの悪いところだけを学ぶような気もせぬでもないですね。いいところがたくさんありますから学んでほしいと思いますね、制度的に。
#83
○会長(鶴岡洋君) 以上で早川参考人に対する質疑は終了いたしました。
 早川参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日は、これにて散会いたします。
   午後四時五十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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