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#1
第142回国会 行政監視委員会 第3号
平成十年三月十八日(水曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 二月三日
    辞任         補欠選任
     小川 勝也君     峰崎 直樹君
     山下 芳生君     橋本  敦君
 三月十三日
    辞任         補欠選任
     田村 公平君     畑   恵君
 三月十六日
    辞任         補欠選任
     畑   恵君     田村 公平君
 三月十七日
    辞任         補欠選任
     千葉 景子君     萱野  茂君
     峰崎 直樹君     小川 勝也君
 三月十八日
    辞任         補欠選任
     萱野  茂君     千葉 景子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         竹山  裕君
    理 事
                太田 豊秋君
                上吉原一天君
                中曽根弘文君
                竹村 泰子君
                赤桐  操君
                都築  譲君
    委 員
                岡  利定君
                久世 公堯君
                坂野 重信君
                須藤良太郎君
                田村 公平君
                長尾 立子君
                村上 正邦君
                小川 勝也君
                平田 健二君
                大森 礼子君
                松 あきら君
                山本  保君
                清水 澄子君
                橋本  敦君
                泉  信也君
                水野 誠一君
                菅川 健二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        田中 久雄君
   参考人
       作家・経済評論
       家        堺屋 太一君
       北海道大学法学
       部教授      山口 二郎君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○行政監視、行政監察及び行政に対する苦情に関
 する調査
 (行政機関の内部監察及び監査の在り方につい
 て)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(竹山裕君) ただいまから行政監視委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る二月三日、山下芳生君が委員を辞任され、その補欠として橋本敦君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(竹山裕君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 行政監視、行政監察及び行政に対する苦情に関する調査のため、本日の委員会に作家・経済評論家堺屋太一君及び北海道大学法学部教授山口二郎君を参考人として出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(竹山裕君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#5
○委員長(竹山裕君) 次に、行政監視、行政監察及び行政に対する苦情に関する調査を議題といたします。
 行政機関の内部監察及び監査の在り方について、参考人から意見を聴取いたします。
 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 両参考人から、行政機関の内部監察及び監査の在り方について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず参考人からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じます。
 なお、御意見及び御答弁とも着席のままで結構でございます。
 それでは、まず堺屋参考人からお願いいたします。堺屋参考人。
#6
○参考人(堺屋太一君) どうもありがとうございます。御紹介いただきました堺屋太一でございます。
 私は、本日、当委員会の参考意見を申し上げるに当たりまして、まず第一に基本的な考え方について述べたいと思います。
 行政は、選挙によってもマーケットによってもチェックされることがございません。行政組織内部だけで動いておるものでございます。日本の場合は、さらにジャーナリズム、マスコミも各行政機関に記者クラブというのが存在いたしまして、非常に身内感覚が強いものですから、諸外国に比べると監査能力といいますか欠点を批判する点が多々おくれる場合があると思います。したがいまして、これは国会が厳格かつ間断なく監視することが非常に重要だと思っております。
 当院におきましてこのような委員会をおつくりになったことは、まことに重要なことだと思います。三権分立が確立しておりますアメリカあたりでございますと、大統領も含めて行政府の者を議会の調査会、公聴会、査問委員会等に引き出すというのが大変民主主義を保障されておりますが、日本ではそのような習慣が余りございませんでした。検察が何か言ってからやっとというような状態が多かったのですが、今後はあらゆる意味でこの監視、監察を議会が強化していただくことがぜひ必要だと考えております。
 特に、昨今の状態を見ますと、かなり新聞その他で批判もあり事件も起こっておりますが、全体としての行政機構は全く不感症に陥っておりまして、ちょうど二・二六事件のときの陸軍と同じでございまして、非常な不祥事が起こっていながら結果としては陸軍の権限が非常に強化された。そして陸軍軍人も、こういう時期だからこそ我々が張り切らなきゃいけない、我々が頑張らないかぬという意識になっていました。現在の行政機関にもそういった兆候がかなり濃厚に見られると思います。したがって、議会のチェックというのが厳格にして間断なく行われることを期待したいと思います。
 さて、その方向でございますが、まず第一にお願いしたいのは、行政公正法とでも言うべき法律の制定が必要だということであります。この行政公正法、またの名は江戸長崎禁止法とよく言われるんですが、何かで行政の意見に逆らうとその全然関係のないところでかたきをとられる。したがって、理不尽だと思っても行政には逆らえないという現実が非常にたくさんあります。少なくともそのように考えられています。
 したがいまして、法律で与えられた権限は法律で定められた目的以外に行使してはならない。これに反した場合にはその行為者個人、何々課長とか何々局長とか何のだれそれという、行為者個人に対する罰則を含めまして、それを取り消し、それを行った組織に対して罰を加えるという必要があると思います。
 例えば、法律で定められた権限を行使して、その法律で定められた目的以外の目的を達成しようとして民間企業や自治体に圧力をかけた場合には、三年以下の懲役もしくは何万円以下の罰金、並びに三年間霞が関から十キロ以内に入ってはならないという所払い。これはアメリカの民法判決には非常によくある。この人に近づいてはならないという判決が非常によくあるのでございますが、そういうような罰則を加える。そして同時に、その組織に対して当該権限を一週間とか一カ月とか停止するようなことも必要ではないかというように考えております。
 経済行為につきましては、既に、優位な経済力を利用して市場または取引相手に不公正な取引を強制してはならないという公正取引法というのがございまして、現実にカルテル行為であるとか、あるいは特定の企業に対して再販を禁止するとか、他の商品を入れてはいかぬとかいうようなことを行いますと、公正取引法で罰則を受けます。この場合も、担当の社員が同時に罰則を受けるようになっております。
 それに比べましても、現在、行政機関が持っております圧力は非常に大きなものがあります。役人に聞きますと、そういうことはしていないと答えられますけれども、少なくとも世間ではそういうことが極めて多いと信じられておりますし、現実にそういううわさは絶えたことがありません。人事の問題から行政指導の問題に至るまで、至るところでそういうことが語られております。これをかたく禁止すべきだと考えます。
 また、立法が間に合わない緊急臨時の場合で、立法が間に合わないから行政指導で行わねばならないというような問題がございましたら、直ちに遅滞なく国会に報告をして承認を得る。承認が得られなければその行為は直ちに取り消すというような方策をとるべきだと思います。承認後一定期間、例えば一週間以上報告を出さなくて行っていた場合にはこれは罰則の対象になるというようなことを考えるべきだと思います。
 これと関連いたしまして、各省庁設置法の中にあります権限規定は廃止すべきだと思っております。すべての権限はいわゆる行政作用法主言われる法律によって定められるべきであって、所掌があってあいまいな権限規定がついているというのは、その範囲で何でもできるという行政指導の根拠のように使われておりますので、これは廃止すべきだと思います。各省設置法を廃止するのは大変なことでございます。改変するのは大変なことでございますが、幸いにも近く行政改革によりまして各省設置法が変更されることになります。その際には、必ずこの権限規定は外していただきたいと思っております。
 所掌があって、その所掌に関する一つ一つの立法があって、その立法に定められた権限をその法律で定められた目的にのみ行使するということが公正な行政の第一歩であろうかと考えております。
 もう一つの問題は、内部監査の問題であります。今もいろいろと役所から不祥事が出てきておりますけれども、この不祥事につきまして内部監査によって処理されたことがほとんどございません。刑事罰が起こるような事件が相次いでおりますが、ほとんどが検察もしくは警察が調べておるのでありまして、内部監査で、こういう事件があったからこれこれの処置をしたというのが公表されたことはほとんどないんです。いろいろと週刊誌その他でうわさになりましても、内部監査をいたしますと必ず大したことはなかったというような結果になっております。これはまことに遺憾なことでございまして、行政組織がみずからの浄化作用を、自浄作用を全く持っていないと言っても過言ではないのではないかと思います。
 したがいまして、各行政機関には局長級の監視考査官を置きまして、内部監査と考査を強化すべきではないかと考えております。この監視考査官は、できれば他省もしくは民間の出身者を充てる方がふさわしいのかとも思います。
 ここでやるべきことでございますが、第一は金品の授受、接待、会合などの届け出制度でございます。
 これは今非常に問題になっておりますが、ついこの間まで、ついこの間までというのは、私の認知いたしますところでは去年の今ごろ泉井事件というのが話題になったときは、接待だけではひっかからないというようなことがあったような気がいたします。新聞報道ではそのようになっておりますし、我々の知り合いの役人でも、まあ接待ならいいんだというようなことでありました。
 金品につきましても、盆暮れの歳暮などは、官僚の家庭にも、もちろん我々一般人でもそうでありますが、日本では非常に大量にやってまいります。正確に言うと、これが累積して五万円以上になると所得税の申告が必要なんだそうでありますが、歳暮、中元、合計五万円以上だから所得税を申告している人は全国で数十人しかいないそうであります。裁判官におられると聞きました。これはちょっと正確ではありません。正確ではありませんが、うわさとしてはそんなことを聞いたことがありますが、少なくとも極めて少ないことは間違いないと思うんです。これは幾らまでいいのかというようなこともかなり世間との間で問題になります。
 日本は、御存じのように、一昨年、一九九六年の税務統計によりますと、五兆四千億円、民間企業総交際費が使われております。一番ピークだった九三年ごろには六兆二千億でございましたから、かなり減っていることは減っているんですが。それにしても五兆四千億円使われているわけです。ある統計、これは新聞に出た統計でございますから、どこまで正確か検討しておりませんが、三年ほど前にある大新聞にアメリカの旅行会社の統計として出たものによりますと、GNP当たりで見ますと日本はアメリカの五倍、イギリスの六倍、ドイツの八倍、交際費が多いという記事を見たことがあります。確かに日本は金品贈与、盆暮れの歳暮あるいは接待、飲み食い等が非常に多い社会でございますので、役人だけこれをゼロにするということはかなり難しい、難しいといいますか社会の常識と違った形になるおそれがあると思います。
 したがって、一定の範囲で届け出をして、許容範囲に当たるか否かを検討するような、明確にするような組織が必要だろうと思います。もちろん、事前にその基準を定めておくべきだと思います。
 私自身が役人をしておりましたとき、所属いたしました部課、課とかセクションによりましてこの差はかなりございました。あるところでは飲食は無制限にいいというようなところもありましたし、万国博覧会をやったときなどは、注目行事だから、紅茶はいいけれどもコーヒーはいかぬなんという基準をつくったり、手ぬぐいはいいけれどもタオルはいかぬとか、いろんな基準をつくったようなことがございました。
 それもなかなか厳格にやることは難しいので、こういう監視、報告制度をして、多過ぎるとすれば返させるとか代金を払わせるとかいうことにする必要があると思います。この届け出制度をいたしまして、それに届け出なかった場合は不当とみなされても仕方がないという形が必要だろうと思います。
 第二番目に監視考査官がやるべき仕事は守秘義務でございます。
 これから国民背番号制とかあるいは納税番号制とかあるいは健康保険の番号制とか、公的機関が持つ個人情報が増加する傾向にあります。これが外へ守秘義務違反で漏れては大変困るのでありますが、現実の問題といたしましてはどうも漏れているらしいといううわさは非常にあります。例えば、芸能人やスポーツ選手の過少申告の話かよく出ますが、あれがどこから漏れているのか調べられたことがありません。過去十年間、国税庁に調べていただいても守秘義務違反で懲罰を受けた職員はいなかったということです。数万人おられる職員の中で、いろんな方がおられますから守秘義務違反を犯した人が一人も十年間いなかったとは信じにくいのでありますが、恐らくこの調査、監査が行われていないんじゃないかという気がいたします。
 これは大変重要なことでございまして、今後コンピューター化が進み、番号化が進みますと、公務員の守秘義務違反について厳格な調査と監査と、それからこういう国会で質問するときに答えられる範囲と、これを明確にしなければいけないと思います。守秘義務違反が出てくるのは国会答弁だけというのではまことに困ったことでございまして、これは毎年厳格な調査、報告をしていただきたいと思います。
 第三番目は考査の方でございますが、行政の効率化については今のところほとんど担当課に任されておりまして、いわゆる行政エンジニアリングの研究が非常におくれております。行政は安全を第一として、手続の正確さを第一といたしまして、効率についてはほとんど考えられておりませんので、この点も改正していただきたいと思います。
 第四は、先ほど申し上げました行政公正法を施行いただきまして、これについて監視考査官が厳格な処置をとるということが必要だと思います。
 そして、監視考査官は外部からの問題提起に対しましては必ずこたえる義務があると。
 それから、監視考査官は、発見できなかった犯罪行為や不当行為が発覚した場合、職務怠慢の責めを負う。これが大事なことでございまして、今のあれは発覚したときの上司が責めを負いますが、事件が起こっていたときの上司は全く知らぬ顔であります。今、何かの汚職事件が起こりますと、現在の上司が減俸とか戒告とかを受けておりますが、実際の事件は一年前、二年前に起こっております。そのときの人は全然何にも受けていないということでございますから、役所機構全体としては運が悪かっただけで済んでしまいまして、全く効果がありません。だから、この監視考査官は発見できなかったことは職務怠慢としての責めを負うことにいたしますと、彼もまた必死でやるようになるだろうと思います。
 三番目は、監視考査官は毎年その監視考査結果を国会に報告する。これは匿名で報告してもいいと思います。Aが問題があったとかBが問題があったとかいうような、匿名で報告してもいいと思いますが、とにかくそういう厳格な報告義務をつけるべきだと思います。
 この二点、それから、山口参考人がおっしゃっていただくと思いますが、権限立法を含めまして三点を私の意見として申し上げたいと思います。
 ありがとうございました。
#7
○委員長(竹山裕君) どうもありがとうございました。
 次に、山口参考人にお願いいたします。山口参考人。
#8
○参考人(山口二郎君) 山口でございます。行政の研究をしておる者として、こういう機会を与えていただきましたことにまずお礼を申し上げたいと思います。
 私は、まず、今回の一連の大蔵省その他の不祥事の歴史的な背景から見て対策を考えるという議論をいたしたいと思います。
 行政のさまざまな不祥事というのは昔からあったわけですが、この一、二年の不祥事というものはいささか背景を異にしているような印象があります。といいますのは、一九八〇年代後半、つまり前川レポートですとか中曽根政権時代以来の経済構造改革という議論の中で、さまざまな分野の規制緩和が進んでまいりました。その方向自体は間違っていないと思いますけれども、電気通信事業でありますとか、さまざまな分野で、金融も含めて規制緩和が進んだわけであります。規制緩和によって、民が責任を負って自分の判断で経営なり新しい商品開発を行うようになれば話は単純なのでありますが、規制緩和を行っても、例えば新しい金融商品の売り出しに当たっては事前に大蔵省と折衝をし了解をとってから売り出すとか、あるいは電気通信事業の参入規制が緩和されれば、それに伴って新たに郵政省から許可を得なければいけない分野が広がっていくとかというぐあいで、規制緩和がかえってビジネスと監督官庁との関係を密にした、あるいは監督官庁の担当者の持っている影響力というものを広げていったという経緯があります。
 そういう意味で、この数年の行政の汚職といいましょうか腐敗という問題の一番根底には、そういう中途半端な規制緩和がもたらした弊害ということが指摘できると思います。
 もう一つ私が強調したいことは、この四、五年の間、ゼネコン汚職、官官接待、厚生省汚職、そして今回の金融不祥事と、立て続けにいろいろな分野で不祥事、汚職のたぐいが広がってきたわけであります。もちろん一個一個の事件の態様は異にしておりますけれども、その根底に存在している大きな原因というものは共通しているのではないかというふうに思うわけであります。
 これはまた後で触れますけれども、中央省庁に集中している大きな権限、財源というものを背景にして、それに対して、地方自治体が働きかけをすれば官官接待という形になりますし、民間企業が働きかけをすれば金融汚職という形になるということであります。つまり、職員の個人的な倫理なりモラルという問題ももちろん重要ではありますけれども、政策の構図そのものを変えていくということなしには不祥事に対する対応は不十分であろうと思います。
 ちょうど厚生省汚職で捕まった元課長補佐とか、あるいは大蔵省で捕まった元課長補佐というのは私とほぼ同年代でありまして、そのうちの一人は大学のときの同級生だったわけで、大変私も驚いたことがあるんですけれども、結局彼らは普通の秀才であります。しかし、役所の中に入って十数年仕事をしていく中で、役所の持っている権限、財源というものがあたかも自分の私物であるかのような錯覚に陥ってしまうという問題があります。
 私が個人的な倫理なりモラルというものを強調することの限界を感じるのは、そういう理由があるわけでありまして、もともと彼らは普通の人間で、それなりに使命感なり希望を持って公務の世界に入ったはずなのでありますけれども、許認可権限ですとか、あるいは予算の分配ですとか、そういう権力を行使していく中に彼らを狂わせる麻薬が潜んでいたということになるだろうと思います。したがって、改めるべきは従来の行政の中に堆積していた大きな権限なり財源というものの塊、これを改めることなしには不祥事に対する抜本的な対策はできないと考えるわけであります。
 不祥事の原因といたしまして、一つは日本の中央省庁の幹部職員の人事の問題点があるかと思います。とりわけいわゆるキャリア官僚というものが非常に大きな影響力を持ち、外部からさまざまな働きかけを受けるという問題があります。
 従来、日本の中央省庁の幹部職員の養成システムというものは、非常にはっきりした少数のエリートに大きな権限を若いうちから与えて育てていくというシステムをとっていたわけでありますが、これはそろそろ歴史的な限界に来たのではないかということを私は最近感じております。つまり、社会的なさまざまな経験でありますとか、民間の実務ですとか、そういう事情をきちっと踏まえ、また、組織の下からさまざまな経験を経た人間こそが指導的な立場に立つというような形の人事の仕組みが必要になっていくのではないかということであります。
 それから、汚職なり腐敗の一番大きな原因として指摘しなければいけないのは、裁量の大きさであります。これは、先ほど堺屋先生も御指摘になったように、例えば行政指導ということで、省庁の設置法を根拠に官庁が非常に広範囲な行政指導を行うということが日本の行政では常識でありました。これは、言ってみれば法律による行政という大原則を空洞化していることであります。
 つまり、国会が法律をつくれば、後はそれをどのように解釈、運用していくかということは行政府自身の裁量によって決められると。許認可権限をどのように使うか、あるいは金融業界に対して新しい商品を認可するか否かといった問題、こういったことは法律に具体的な答えが書いていない。したがって、担当職員の判断、裁量によって民間企業の利害関係に重大な影響を及ぼすような事柄が決定されていってしまう。ここに腐敗の根源があるということであります。
 したがって、不祥事に対応するというときには、この行政の裁量をいかに法律によってコントロールするか、あるいは国会によって行政官僚の裁量の行使をいかに監視しチェックするかということが大きな課題となるわけであります。
 それから、もう一つの問題点は、行政の不透明性という問題であります。
 国の方でもようやく情報公開法が立法の日程に上ったわけでありますが、日本の国レベルの行政においては依然として不透明な状態が続いてきたわけであります。つまり、利害調整、許認可権限をどのように行使していくか、あるいは一定の財源の補助金をどのように分配するかというその調整なり配分の過程というものが閉ざされたものであるということは、腐敗を誘発しやすいという問題があるわけであります。
 それから、もう一つの問題点は、これは行政の集権性という問題であります。
 つまり、国の行政官庁にさまざまな権限が集中する。したがって、行政から便宜を得たいという人間がその権限を持っている特定の担当者のところに殺到して圧力を行使する、運動を行うという形になる。集権的な行政というものは必然的に国民一般からの監視の目が行き届きにくいという問題点があり、そこに腐敗を起こしやすい根があるということになります。
 私も、以前、地方自治体レベルで空出張、官官接待等の疑惑が起こったときに、立て直しのための改革に参画をした経験がありますが、まだしも地方自治体の場合は住民の目というものが身近に光っているわけでありまして、そういう意味では世論のプレッシャーというものが働きやすい、したがって、集権体制よりは分権的なシステムの方がどちらかというと腐敗を起こしにくいということが言えるわけであります。
 こういう形で腐敗を起こしやすい要因というものを整理いたしますと、何を改革すべきかということが浮かび上がってくるわけであります。
 まず、人事制度についてでありますが、最近、新聞等でも批判されておりますように、従来のような行政の幹部職員の養成システムというものがどうしても幹部職員のおごりを生みやすい、あるいは権限や財源というものを私物化するという錯覚を生みやすいということは確かであろうと思います。そういう意味で、従来のようなキャリアの仕組みもある部分は必要な面もあると思いますが、幹部職員の養成システムを多元化するということが重要であります。
 なかんずく、近々発足する金融監督庁など、今回問題を起こした政策分野で新たな行政組織をこれから立ち上げようという場合にはそのような観点からの人事制度の設計が必要になるのではないかと思います。つまり、これから行政に必要とされるのは、ゼネラリストの幹部ではなくて、例えば金融行政に精通をし、専門的な知識を持ってきちんとした審判の役割を果たせるかどうか、そこに行政職員の資質の最も重要な部分があると思われます。
 そういう意味で、人事制度の見直しということがまず第一の課題となります。その中では、例えば中途採用ですとか、自治体では既に行っているような人事システムを国レベルでも導入していくことが必要だろうと思います。
 それから二つ目は、これは最も私がきょう強調したいところでありますが、行政の裁量に対して国会がいかにコントロールを行うかという問題であります。
 先ほど申しましたように、国会が例えば金融なり運輸、通信なり、さまざまな分野で規制に関する根拠法を制定しますと、後は大蔵省なり運輸省なりといった官庁がそれを解釈し、運用していく。その中で政令、省令をつくる。あるいは担当の課長、局長といったレベルの職員が通達を出す。その通達に基づいて私人なり私企業に重大な影響を及ぼすような政策決定が行われていくわけであります。そこをどのようにコントロールするかという問題であります。
 私は、この際、行政部がつくる政令はもちろんのこと、通達のレベルに至るまで、法を解釈し運用する際のさまざまな基準というものをすべて国会で把握をするということ、言いかえれば、行政官庁が通達、内節等、さまざまな基準、規定等をつくる場合にはすべてこれを国会に報告し、その制定の趣旨、ねらいあるいは運用の実態等を必ず報告させる、こういう仕組みをつくることが最も抜本的な解決になるのではないかというふうに思います。
 言うまでもなく、政令以下の行政部自身でつくるさまざまな準則というものは、これは法律の下位、下に来る規範でありまして、当然法の趣旨、法の目的に合致しているかどうかということを厳重に審査しなければ、これは法治主義、法律による行政という原則は掘り崩されてしまうわけでありまして、この点で、国会は法律を制定した後もそのアフターケアとして行政部が法律をいかに解釈し運用しているかということについてきちんと把握し管理するということが必要ではないかというふうに思います。
 それから、もう一つの具体的な方策は情報公開制度の充実であります。
 国会で一日も早く情報公開法を制定していただくことを期待しておりますけれども、法律をつくればそれで行政が全部透明になるというわけではございません。既に情報公開条例が定着をしております地方の経験から見れば、具体的な公開請求の事案に即して、特に行政がさまざまな理由で公開を拒んだ場合の救済の仕組み、ここをきちんと用意しておかなければ情報公開法も絵にかいたもちになりやすいということであります。
 ですから、とりわけ私人の利害に抵触しやすい等々といった理由で情報公開の適用除外を図るという対応を行政がとることも予想できるわけでありますが、そのような場合に、公益、国民の知る権利という観点から、何を公開すべきかということをいわば実質的にチェックし、行政の判断をいわば乗り越えるようなある種の専門的な紛争処理機関というものを何らかの形で用意しておくということ、これが情報公開制度を運用していく際の最も重要な条件ということになるだろうと思います。
 それから、もう一つのポイントは地方分権であります。
 金融その他の全国的に行わなければいけない規制の分野についてはなかなか地方分権というものとはなじまない面もあります。しかし、例えば一昨年問題になった福祉施設をめぐる汚職ですとか、あるいは官官接待ですとか、その種の不祥事についてはやはり根本的な地方分権によって裁量の所在を中央省庁から地方自治体に移すということが一つの処方せんになるだろうと思われます。
 先ほど申しましたように、地方というところはやはり住民の目が比較的身近に感じられるという利点もあります。そして、情報公開制度や各種の監査等々といった住民による直接的なチェックの手段というものも用意されているわけでありまして、そういう意味では、国民生活に大きな影響を及ぼすようなタイプの規制やあるいは利益分配の決定過程というものをなるべく地方に移していくということは、不祥事に対するいわば根を断ち切るという対応としても意味があると私は考えております。
 一連の行政をめぐる不祥事というものはやはり我が国が明治以来保ってきた政治や行政の仕組み全体が大きな歴史的な限界に直面しているということを物語っていると私は考えます。この際、日本の政治や行政のいわば文化というものを変えるということが必要であります。
 具体的に申しますと、官と民の間のリスクというものをどのように考えるかという問題をもう一回再検討するということであります。つまり、新しい金融商品の発売をめぐって事前に大蔵省に根回しをしオーケーをもらう、これは新しい経済活動が引き起こすかもしれないトラブルとか紛争というものを事前に抑止するという発想で行ってきた行政であります。しかし、規制緩和という非常に大きな流れがある、あるいは官から民へといいましょうか、あるいは民の自立といいましょうか、自己責任といいましょうか、そのような原理に立って日本の社会、日本の経済というものを立て直さなければいけないという時代に入っているわけでありまして、そうすると、起こるかもしれない紛争を行政と相談しながら事前に芽を摘み取るという形の政策からもはや決別する必要があるわけであります。
 要するに、新しい商品を開発し売り出すのは民の自由、それによって何か問題が起こればこれは事後的にルールを適用し、裁判その他の形で紛争を処理していくという発想に我々根本的に考え方を変えていくということが究極的には一番大きな解決策になっていくというふうに思います。
 そして、いわゆる高級官僚のさまざまな不祥事というものを目にいたしまして、国民全体、この国を治めているのは一体だれなのかということを改めて考えているのが現状だろうと思います。そういう状況の中では、やはり国会が国権の最高機関として国民にかわって行政を監督していくということが最も重要な課題だろうと思います。
 その意味で、この行政監視委員会等の機関を中心として、従来行政の裁量にゆだねられてきた活動について光を当てる。そして、いわば行政の側にアカウンタビリティー、説明責任を履行させるための一番の主役として今後の活動を行っていただきたいというふうに考えております。
 ということで、今後のこの委員会の活動の何かの参考になれば幸いでございます。ありがとうございました。
#9
○委員長(竹山裕君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 なお、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、質疑のある方は順次御発言を願います。
#10
○上吉原一天君 自民党の上吉原一天でございます。
 ただいまはお二人の先生から大変貴重なお話を伺うことができました。本当にありがとうございます。お二人の先生方の基本というのは、やはり行政についてはチェックの仕方が非常に難しい、だから国会がチェックしコントロールしなければいけないというのが根本の考え方にあったというふうに私は思うわけでございます。まさにそういった役割を担うのがこの委員会でございますので、これからの運営については我々、委員長初め努力をしていきたいというふうに思うわけでございます。
 まず最初に、堺屋先生の方にお話をお伺いしたいと思いますが、歴史認識と官僚制の有効性の問題でございます。
 堺屋先生はこれまで数多くの著作の中で、社会文明論、経済論、歴史小説、近未来小説など多くの著作や論文を通じまして、我が国における歴史上の変革期について、あるいは我が国の今後の行く末について独創的な見解を披瀝されてきたわけでございます。
 先生の歴史認識にのっとって、我が国の官僚制の評価、そして今後のあり方についてお伺いをいたしたいわけでございますが、まず、我が国の官僚制はいつごろまで大きな有効性を発揮し得たというふうにお考えなのか。また、それが現実に有効性を発揮し得る条件としてはどういったものがあったのか、その辺をお伺いいたしたいと思います。
#11
○参考人(堺屋太一君) ありがとうございます。
 日本の官僚制ができ上がったのは大体明治維新の後、明治十年ごろでありました。そのとき日本が目指したのは、欧米にさげすまれないような規格大量生産のできる近代工業国家をつくろうということでありました。当時、これを殖産興業と呼んだと思います。そのために、できるだけ役人が欧米の成功した事例を学んでまいりまして、これを民に普及して同じ形のものを大量につくる、規格大量生産をする、これが一番有効だと考えたのであります。これは明治の初期にかなり成功いたしましたが、それだけではうまくいかないことがすぐわかりました。明治の後半、日露戦争の後になりますと、これを実現するために、大企業を育成しなきゃいけない、いわゆる資本蓄積であります。それから大きな市場をつくらなきゃいけない、日本全国を統一市場にしなきゃいけない。それからそこで働く規格大量生産向きの人材をつくらなきゃいけない、教育をしなきゃいけない。この三点をめぐって明治、大正、昭和の初めと日本の官僚は大変な努力をいたしました。
 ところが、これにはそれぞれ非常な抵抗がありました。それを排除して官僚主導国家を大体つくり上げたのがいわゆる昭和十六年体制であります。ここで第一にあらゆる商品の規格化を行いました。日本標準規格などができまして、これであらゆるものが規格大量生産できる、国民服ができたりしたわけでありますが。そういう時代がありました。それから二番目には全国の施設設備、建築基準など、いろんなものを強化して一律にいたしました。お米も一等米から五等米まで、お酒も特級酒、一級酒、二級酒というふうにいたしました。第三番目には教育を統一いたしまして、国民学校令というのをつくって一通学区域一学校という制度をつくりました。これらによって規格大量生産の体制ができて、これが戦後もますます強化されて、規格大量生産を推進するのには非常に役に立ちました。
 したがって、復興の段階、高度成長の段階、規格大量生産がすぐれた経済であった時代には非常にうまく作用したと思います。私は、それは恐らく一九七〇年代の期間だったと考えております。このときは、日本と同じように規格大量生産を推進いたしました社会主義諸国の経済も称賛された時代でありました。
 ところが、七〇年代の後半から八〇年代に入りますと、第一に、非常に国民生活が高くなって欲求の多様化が進み出した。それに対応してコンピューター技術が進んだものですから、多様なものを生産するコストがそれほど大きくない、つまり規格大量生産の効果が小さくなってきた。さらに、国際的な交流でいろんな情報が多くなってソフトの価値が高まった。そうなりますと、多様なものをつくらなきゃいけない、独創性が必要だ、さらには次々と流行が変わり技術が変わる。これに現在の官僚制度は全くついていけなくなっている。したがって、大体一九八〇年代ごろから日本の官僚制度というのは日本経済にとっても日本の社会にとってもマイナスに作用することの方が多くなっているんではないか。
 ところが官僚機構の方は、みずから持っております権限と責任感とそして組織そのものの倫理、これに基づいて依然として規格大量生産型の全国共通のものを進めようといたします。そのそごが現在いろんなところにあらわれてまいります。それで次々と許認可を求めなきゃいけない、あるいは新商品、新技術、新しいやり方をしなきゃいけない。これが法定で間に合わないものですから、山口先生が今おっしゃったような裁量権がどんどんふえる。ところが、官僚自身は規格大量生産のための教育、つまり受験勉強しかしておりませんから、そういう意味では極めて無能であります。このことがそごを来して今日の日本に大きな問題を与えているんではないか。
 先生の御質問にお答えいたしますと、一九七〇年代のどこかの時点で日本は大きく変化すべきときがあったのを見逃して今日に来ている、それが今の問題ではないかと考えております。
#12
○上吉原一天君 先生のお話で、切りかえるべきときに組織がうまく対応できなかったというお話、わかったわけでございます。今のお話にもありましたように、全世界が総資本主義化する中で官僚が対応できない、しかも受験勉強だけやってきたということでございまして、そういう工夫をする力がない、またコスト意識についても将来を予測するような能力がないというようなことでございます。全体の官僚を見ますと、やはり優秀な職員もいるのではないかと思うわけですけれども、本当に官僚の能力というのはどうしようもないほど低下をしているのかどうかということをお伺いしたいわけでございます。
 社会経済情勢の変化の中で問題解決能力が確かに失われているというのは、現在のような状況でございますのでわかるわけでございますけれども、本当に困難な問題は全部先送りという形になっておるのでしょうか。
 それからまた、今後の社会経済システムの変化の中で政府の役割、先ほどもお話ありましたように、官と民の関係も当然変化してくるように思われますけれども、このような中で、官僚の仕事と役割、これはどのようなものになるべきか、どのようにお考えなのか。そしてまた、その裏にある官僚の意識、これはどういうふうに持っていくのが一番いいのか、その辺の御見解をお伺いしたいと思います。
#13
○参考人(堺屋太一君) まず、官僚の有能さについて申しますと、個人としては大変有能な人がたくさんおりまして、無能な人の方が少ないと思います。人格的にも立派な人が多くて、一部腐敗が伝えられておりますが、世界的に見ても日本の官僚は全体として見れば非常に清潔度が高いと思っております。しかしながら、組織としての官僚組織というのを見ると、これはまことに残念ながら、現在の状況においては有効に作用しにくいところが多いと思います。
 これは、ちょうど私が小学生のときに日本の軍人は優秀だと思っておりました。確かに、各市町村で一番身体強健、学力優秀な人が陸軍幼年学校や海軍兵学校に進まれて、月月火水木金金の猛訓練をして、その中でまた優秀な人が海軍大学校、陸軍大学校にお進みになって、そのまた優秀な人が提督、将軍になられたわけでありますから、組織として戦史をひもときますと日本の陸海軍は全く無能でありました。あらゆる意味で世界情勢はわからないし、戦術は新しくならないし、兵たんはできないし、兵器に対する認識は極めて劣悪でありました。
 これは、組織として無能化するということと個人の能力とは全く別の観点であります。現在、日本の官僚組織を考えますと、組織としての無能化現象が起こっているのではないか、少なくとも一部には起こっているのではないかということを深く危惧するものであります。
 今、これからの官僚組織ということがありましたが、官僚組織、国家権力には三種類ございます。第一は国家権力官庁、これは国防、外交、治安維持、徴税等に携わる分野であります。それから第二番目には、国家事業官庁、例えば昔は鉄道省とか、今は郵政省とかがそうでございますし、文部省も、ほとんど自治体を経由しておりますが、みずから事業を行っておる官庁であります。それから三番目は、いわゆるコンサルタント官庁と言われるようなところで、経済企画庁とか科学技術庁とかいうようなところがあります。
 これらの中で国防、外交、治安維持、徴税というようなのは、効率化等いろいろ問題はありますが、これは不可欠でございましょう。その次に、国家事業官庁というのはやはりできるだけ減らしていって民営化すべきだと考えております。
 問題は、コンサルタント官庁と言われる調整官庁でございますが、今まではみずから欧米の新しい知識を最初に取り入れまして、これによって民を引っ張るんだ、だから官の方が先に制度や技術を取り入れまして、それを民に普及するんだという態度でやってまいりました。ところが、情報が進み変化が大きく専門化している中では、官僚が得られる知識よりも民間の方が先行していることが多いんです。したがって、この分野につきましては不当取り締まりの方のルールを守る方に属して、みずから指導、先行しようという発想は余り持たない方がいいのではないかという気がいたします。
 この点が今の問題でございまして、先に官僚に相談をして、あらゆる商品、あらゆるやり方、許認可を受けなきゃいけないということではなしに、先に民にやらせてトラブルが起こった場合、あるいは危険があるときの事前の保険制度、保障制度、そういったものを明確にして不当取り締まりの方を行うような形になるのがこれからの役人の態度、立場じゃないかと思っております。
#14
○上吉原一天君 今もお話がありましたように、官僚の組織の中で仕組み的には裁量が非常に多いということが問題の原点ではないかというお二人の先生方の御指摘でございますけれども、堺屋先生は先ほど行政公正法という耳なれない斬新な考えをお述べでございましたけれども、これは具体的に、先ほどお話がありましたけれども、どういう法律、仕組み、運用になるんでしょうか。また、これを所管する官庁みたいなのはできるのでしょうか。
#15
○参考人(堺屋太一君) まず、現在の公正取引法が非常に大きな参考になると思いますが、法律で定められた権限を法律で定められた目的、例えば新薬を許可するというのは新薬が安全であるという目的のためにやっているわけであります。そういう権限を、新薬の安全のためではなくして、ほかの人事であるとかあるいは薬局の廃止であるとか、そういうことに使ってはならないということを明確に定めまして、刑罰を付した条項をつくるということであります。
 したがいまして、公正取引委員会に当たる公正行政委員会というものが当然必要になると思います。公正取引委員会とほぼ同じ程度の規模のものが必要で、それで自治体とか民間企業がこういう圧迫を受けたという訴えがあれば調査をして、事実であれば罰則をする、そしてそれを当委員会のような国会に逐一報告をするというような仕組みがあれば不可能ではないと考えております。
#16
○上吉原一天君 それからもう一つ、監査の問題に関連しまして、内部監視考査官というお話でございますけれども、何項目か挙げられまして、これをぜひ設置してはどうかという御提案でございました。
 これは外部の者を利用するというお話でございましたが、こういった外部からの監視というのは、例えば今警察もありますし、それから検察体制もあります。その中でこの内部監視考査官がどのような位置づけで職務を果たすべきなのか、そしてまた、これにふさわしい人材が本当に確保できるのかどうか、この辺をお伺いしたいと思います。
#17
○参考人(堺屋太一君) 大体公務員のかなり上の地位の人のもとに何人かの参事官、課長補佐クラスをつけた組織を設けまして、そのトップには他の省庁の出身者を充てる。そして、これは刑法ではありませんから、行政法、行政措置でございますから、不当なことがあれば行政処分、つまり戒告、減俸、解雇等の措置を行う程度で犯罪に至る事前のチェックができるのではないかと思っております。これが内部でございますと嫌われる場合がありますので、他省庁からの方が交互におやりになる方がいいのでねないか、場合によっては法務関係の人が一時各省のその職におつきになるというようなことがあってもいいのではないかと思います。
 また、おざなりにならないように、犯罪行為が発覚したときに行政的に発見できなかった場合、やはり監視考査官の責任体制を明確にしておくことも大事だろうと思っております。
#18
○上吉原一天君 ありがとうございました。
 次に、山口先生の方にお伺いをいたしたいと思います。
 先生は、以前私がちょっと聞きましたインタビューの中で、先ほどもお話がありましたように、官僚の普通の人、官僚に過大な権限を与えること、これが間違いだというふうにお考えのようでございまして、先ほどの裁量の余地を少なくする、それから補助金の決定などによる不透明性、これの透明性を確保する、こういったことを提言されていたように思うわけでございます。
 それから、構造化されました腐敗を正すためには、先ほどの裁量の大きさ、それから不透明性、集権性、こういう次元に即した本来の行政改革を行うべきではないかというふうにも述べられております。
 また、情報公開につきましても、行政手続法、それから情報公開法などへの期待を表明されているようでございますけれども、このような立場から、行政改革の方向として、最近の政府の公開法要綱、それから国会の国政調査権の強化などについてどのように評価をされているのか、お伺いいたしたいというふうに思います。
#19
○参考人(山口二郎君) まず、情報公開法について御質問がございましたが、私はともかく立法化をして、不備があればまた運用の面で改善を加えていくというアプローチをとるべきだろうと思います。もちろん、政策形成過程に関する情報ですとか特殊法人に関する情報ですとか、これを公開すべきか否かというのはいろいろ論点があります。また、技術的にそういう情報を公開することが可能かどうかという問題点もあります。
 これはそれほど簡単な話ではないと私も了解をしておりまして、まず情報公開法そのものをつくって、国の行政の意識を変えていくということが現段階では一番大事なポイントではないかというふうに考えております。
 それから、国政調査権についての御質問ですけれども、国政調査権の発動ということについては、これは慣例上国会がいわば全会派一致して要求をするということで動くわけでありまして、特に行政の不祥事の追及が政府・与党の側にとって政治的なマイナスになるような場合には、いわば政治的な対立の中で本来の国政調査権の発動というものがなかなかしにくいという問題点があります。これは日本のような議院内閣制の国に共通した問題で、アメリカのようなすっきりした三権分立の国のようなやり方を日本でそのまままねするというわけにはなかなかいかないという事情もあるかと思います。
 しかし、そこで例えば二院制というものの存在意義を少し思い出してみて、特に衆議院というのは政府・与党対野党というような図式でぶつかり合う場合が多いわけですけれども、参議院というのはいわば国会という共通の立場から行政府の問題点を国民にかわって検討していく、監督していくという、そういうアイデンティティーといいましょうか、自覚が必要ではないかというふうに考えるわけでありまして、参議院は参議院独自の国政調査権の発動というあり方を工夫していくべきではないかと思います。
 それから、国政調査権というとすぐに疑惑に関する調査、追及という形に結びつけられることが多いわけですけれども、もっと調査権というものを日常化して、いわばそういう腐敗なり不祥事というものを予防するための新しい法制度の設計、こういう観点から調査権をもっと頻繁に活用していただきたいというふうに思っております。
#20
○上吉原一天君 ただいまのお話で、情報公開について最も大切なのは意識改革であるというお話でございます。現実に地方団体の方は身近な問題で、国よりは随分進んだ形で情報公開が行われておりますけれども、私も意識改革は非常に大切だと思っております。法律をつくっただけでは、権利を認めても見せてやるという態度で、そのまま資料を隠されてしまえばもうどうしようもないという状態ですので。
 ただ、具体的にこの意識改革をどうやれば公務員に徹底できるのか、その辺どういうふうにお考えでしょうか。
#21
○参考人(山口二郎君) 地方の経験から申し上げますと、情報公開条例というものがいろんな都道府県でできましたのが今から十年ちょっと前であります。要するに、条例ができて数年から十年ぐらいたって例の接待費ですとかあるいは空出張といった問題が明るみに出て、自治体レベルの行政改革、不祥事の防止が大きな議論となったわけであります。
 つまり、そういう情報公開の制度をつくっても、それ自体では行政のカルチャーあるいは職員の意識というのは変わらない。やはり具体的な問題といいましょうか紛争が出てきて住民の大きな関心を集め、また批判を受けるということで意識というものは変わっていくのだろうと思います。
 そういう意味では、国のレベルでも情報公開法ができた段階でこれを使ってさまざまな情報を国から引き出してみる。どのような情報が出せないのか、そこから公開をめぐって議論をし、あるいは裁判その他の場で紛争を処理しながら法の趣旨というものを国民全体であるいは行政の中で体得していく、そして情報公開の運用というものを定着させていく、こういうアプローチが必要なのではないかというふうに思います。
#22
○上吉原一天君 それから、官僚の人事制度につきましてもお触れになりましたけれども、やはりキャリアと言われる幹部職員のおごりが根本にあり、これをもたらしているのは権限の集中性などだというふうなお話がありました。これを改革するためには、今までのゼネラリストよりも専門性の高い職を設けるべきだというようなお話がありました。
 そうしますと、全体の国の施策について総合的な判断のできる行政官がいないというような問題もまた出てくるのではないかと思いますけれども、この辺の調和性というのはどのようにお考えでしょうか。
#23
○参考人(山口二郎君) 本来、全体的な視野で政策を調整するということこそ政治のリーダーシップの役割だと私は考えておりまして、そのような広い視野をそもそも大蔵省その他の官僚に求めるべきではないと思います。もちろん総理以下、あるいは与党中枢部の政治的なリーダーが総合的な見地から調整を行う際の補佐というものが必要だ、そのためのスタッフ機構という意味で行政職員としての官僚というものがいるんだという御議論であれば、これは私も理解できるわけであります。
 しかしそれについては、従来の中央省庁の縦割りの人事システムの中で高級官僚を養成していくという仕組みでなくても適切な人材は多分調達することはできるのではないか。外部の有識者を政治的に任用するといった形でトップのいわば総合的な政策調整のスタッフ役というものは十分つくることはできるのではないかというふうに思います。
#24
○上吉原一天君 それでは最後に、お二人の先生に簡単にお伺いしたいと思います。
 当委員会は、先ほどから御議論になっておりますように監視を主な任務とする委員会でございまして、議会制それから官僚制に特にお詳しいお二人の先生でございますので、官僚制のコントロールということを念頭に置いた当委員会の役割をどのように御期待されるのか、逆にこちらが取り組んでいかなくちゃいけない方向性、この辺をお示しいただければありがたいと思います。
#25
○参考人(堺屋太一君) まず第一に、先ほど申しましたように、官僚の権限が無定量に所掌範囲に働くことをやめるべきだと思います。それには、設置法の問題もございますが、一つの権限、国会の議決によってつくられた法律で与えられた権限を他の分野に使ってはならないということを徹底させる。それをこの委員会で問題がないかどうか、年一回は検査されることが必要だと思います。まずそういうツールをつくることとそういう行為を行うこと、これが第一であります。
 もう一つは、国会は大臣を選びますので、ある程度ポリティカルアポインティーといいますか、大臣が任命すべき職務、ポジションを明確につくっておくべきだと思います。私は大臣官房の官房長というのは、大臣がみずからその役所の慣例に従わずにつくるべきではないか。どこもかしこもということになりますとまた問題が起こりますが、そもそも官房長というのは大臣が信頼する人をその役所の人事慣例に基づかないでつくるべきではないか。そして、その人がまた国会との関係あるいは内部行政監査、政治の反映、民の声を聞く等を行うべきではないか。
 全官僚の組織を教育制度、採用制度から変えるというのはなかなか困難でございますから、この二つをお願いできれば世の中の感覚が非常に変わってくるんじゃないかと思っております。
#26
○参考人(山口二郎君) 行政が今不祥事で大変攻撃を受けて、それが行き過ぎて行政職員自身が萎縮をしたりやる気を失ったりするということが起こると、これはまた困るわけであります。行政に対する監視と並んで、私は行政の活動について正しく評価をする、もちろん間違いがあればこれを厳しく正す、また適切かつうまく仕事をしている場合にはこれを積極的に評価してやる。そういう意味で、政策の評価の場としてこういう委員会を活用していただくということを期待したいと思います。
 特に分野を問わないですけれども、いわば時代に合わなくなった政策がなぜ続いているのか、あるいはこれから新しく政策をつくろうという場合に一体どのようなねらいなり効果というものを考えてつくっているのかこういう点について分野を問わず行政に説明をさせる、行政のアカウンタビリティーをこの場で果たしてもらうということで監視と評価の役割を果たしていただきたいというふうに思います。
#27
○上吉原一天君 ありがとうございました。終わります。
#28
○田村公平君 堺屋、山口両参考人、きょうはありがとうございます。自由民主党の田村公平と申します。
 お二人の先生のお話を伺っておりまして、国会の役割を大変重要視なさっておる、まさにそのとおりだと思います。タックスペイヤー、納税者と国民との関係の中に国会というものは機能せぬといかぬと私も思います。例えばブロードウェーのミュージカル一つつくるのに、スポンサーを募って、プロデューサーがいて、観客というウォッチャーがいる。だめなミュージカルはパアになります。そうすると利得は入ってきません。果実が入ってこない。私はNHKという特殊法人で芸能局のプロデューサーをしておりましたものですから、そういう意味で、自分の番組のみならず芸能局に関する番組は必ず宿直がありまして、全部電話も受けぬといかぬ。口汚くののしられることもあるわけです。
 政治の世界に入りまして、役人というものを見ておりますと、確かに予算編成あるいは概算要求のころになりますと、こうこうと明かりがついていて、大変優秀な方々が、個人的にも親しい方はおりますけれども、遅くまで仕事をなさっていますが、直接国民の声が、おしかりだとかいろんな形で入ってくる機会が非常に少ない。
 そういう中において、今お話ございましたけれども、いわゆる裁量権の非常な大きさあるいはその不透明さ、不透明さの中には先ほど言いましたように直接国民の声が聞こえてこない、しかられることがない。国会議員がしかるといっても、国会議員も御案内のとおりいろんな委員会に分かれておりますので、僕の場合は直接役所に行くというと、田舎の選挙区の首長さんを御案内して陳情という形にならざるを得ない。
 そういう中で、これはお二人の先生にお伺いしたいんですが、一体我々、我々というのは私個人にしてください、今回。田村公平という議員としてどの程度まで、一連の不祥事の問題を含めて、国会という政治が行政に関与できるとお考えでしょうか。
#29
○参考人(堺屋太一君) 具体的なケースになると大変難しい判断だと思うんですが、基本的には、国会議員は選挙民によって監視されておりますから、その行動が公開される以上は無制限でいいんじゃないか。具体的にこれまでと言われると非常に困るんですが、そのことが公開されて選挙民に批判を受けて次の選挙で落選する可能性がありますから、先生方はみずから歯どめがききます。その点、行政官は制限が全くありませんから、その組織の中の上部者にさえ受けがよければ、周囲にさえ受けがよければどんなことでもできるわけです。
 そういう意味では、私は、国会議員の情報公開が確実であれば、みずからの判断で行われて十分だし、それをまた選挙民が判断すればいいことだと考えております。
#30
○参考人(山口二郎君) 国会によるチェックのねらいというのは、恐らく汚職等の当事者となった人の個人的な責任を追及するということではないだろうと思います。ただ、国民の感情に照らして、本来あるべき行政上の処罰なり制裁というものが十分発動されていないというようなケースがあれば、これはそういう重大な違法行為を犯した者に対して役所が十分きちっとした自浄能力を働かさないということに対するチェックということで、そういう役所の責任者、指導的な立場の人たちに対する追及というのは当然厳しく行うべきだろうと思います。
 あわせて、重要なことは、そういう個々の不祥事の具体的な内容を追及するということよりは、そういう問題がなぜ起きたのか、あるいはこれからいかにして防ぐかという形で議論を深めて、よりよい法律をつくっていくということが国会の役割だろうと思います。
#31
○田村公平君 大蔵省の問題にもお触れになりましたけれども、私、昭和四十六年から政治という一つの、秘書という立場で行政を見てまいりまして、逆に堺屋先生は通産省御出身でありますから、お教えをいただきたいと思うんですが、何で大蔵省はあんなに傲慢不遜になり、あんなに偉くなったんでしょう。
 例えば、正面玄関からは絶対入れてくれません、秘書バッジを持っていても。国会議員のバッジをつけていても陳情団と一緒だと入れてくれません。南門に回れと言います。議員会館に入るよりもっとややこしい面会票を書かされます。主計局長や主計局次長がいても絶対会いません。
 役所対役所で言いますと、局長クラスが主計官に対応するとか、同じ行政官でありながら、同じ国家公務員試験に受かりながら、そういう身分差をつくってきたというのは、どうしてそうなったか。僕はこの前、金融監督庁をつくる委員会の中で、参議院は品位を重んじないといかぬというものですから、やくざという言葉は使わなかったんですが、ギャング・オブ・ギャングズという言葉を使いました。どうしてそんなふうになったと。
 これは、直していくためには病根をまず抑えぬといかぬと思うんですけれども、ちょっと御感想を聞かせていただきたいんです。
#32
○参考人(堺屋太一君) 基本的には二つ問題点があると思うんです。
 第一は、他の官庁は少なくとも大蔵省に頭を下げる習慣があります。大蔵省はだれにも頭を下げる機会がないんですね。あらゆる官庁は大蔵省へ行って予算をもらうときには頭を下げることがありますから、そこでチェックを受ける、あるいは姿勢を低くするということが少なくとも年に何回かはあるんですが、大蔵省はそういうことがございません。そして同時に、大蔵省に対して正面切って批判する人がほとんどいないんですね。これはまた非常に極端でございます。それが一つの大蔵省という、特に主計局というものの特徴かと思います。
 第二番目は、これは私の個人的類推でございますが、やはり現在の教育制度に問題があるのではないか。つまり、受験が上手で偏差値の高い人は何でもできるという意識を非常に植えつけてまいりました。大蔵省の人は大体受験が上手で成績のいい人が多いものですから、それで受験勉強ができれば何でもすべてにすぐれているというような感じがしてくる。そして、それで頭を下げる習慣を持たないで何年もいると、だんだんと自分が万能のような気がする。
 今の金融問題と財政問題が一番の特徴でございまして、金融と財政とは非常に違った機能でございますが、日本の大蔵省は財政が非常に中心になっておりますけれども、その人たちが急に金融関係に来て、すぐに自分が金融のプロになれるというような感じを抱いています。これは私は柔道の選手にマラソンでメダルをとれというようなものだと言っておるんですけれども、そういうことでもできるような、我々は万能だというような意識がやはり出てくるんじゃないかという気がするんですね。
 三番目の問題をつけ加えて申しますと、一番やはり問題なのは、士気が高いということなんですね、やる気がある。よく官僚機構がやる気を失ったら大変だと言われますが、実は、昭和十二年に日本の軍人たちがやる気があり過ぎだから日本は大変な悲劇を招いたんです。昭和六十三年に不動産業者がやる気があり過ぎだから何十兆円もの不良債権ができたんです。今重要でない、必要でない部分に過剰な責任感、過剰な闘志を沸かされますと柔軟な行動ができなくなってしまうんですね。
 そういう意味でいいますと、やはり官僚機構というものが、時代が変わったことを前提として次を考えるような柔軟性を持って、例えば自分が配属された場所が今の世の中から見て必要性が低ければみずから自分の組織を削るというような、そういう態度にならなきゃいけない。ところが、受験勉強が上手な人は理屈がうまいものですから、なかなかそうはならないで、受験勉強時代の闘志、やる気をそのまま燃やしておられるという感じがしてならないんですね。
#33
○田村公平君 山口先生、ちょっと時間の関係で、先生、北海道大学ということで、北海道庁にもいろいろ問題がありまして、実は私の選挙区高知県ですけれども、今度は国と地方との中で、地方自治体と行政の関係、これも密接不可分な関係だと思います。
 その中で、私どもの知事はスーパースターであります。とにかく、いわゆる見せかけがよくて、県庁六千人の職員は萎縮してしまいまして、まず最初に庁議メンバーにも何も語らずしていきなり議会で官官接待廃止を打ち出しました。それから最近では、飲酒運転で捕まったら懲戒免職ということで、懲戒免職。その前には君が代反対と言って、そのために優秀な警察官が十何人単位で知事に張りついております。
 もちろん官官接待廃止ですから、他に産業が余りないものですから、六千人の県庁職員と高知市役所の職員三千人、これ九千人が酒飲みに行かないものですから、夜の飲み屋はどんどんつぶれております。そういう今の国レベルがもう少し田舎へなってくると、田舎の場合はよく見られているからとおっしゃいますけれども、逆に見られ過ぎて、地縁、血縁が強過ぎて、産業構造に変革が起き、ましてや公共事業依存型の県でありますから、これは北海道も似たような部分があると思います。よほどの大都市を除いたら、財政力指数で言うと〇・二二クラスのところ、うちなんかそうなんですが、公共事業依存型であることは事実でありまして、その公共事業も削減、縮減という名前のもとにどんどん切り捨てられておるわけですから、いわば地方公務員、地方自治体が一種の巨大産業であり、企業であります。
 そういう中で情報の公開、これも非常にいいと思います。正論、つまり酒を飲んで運転しちゃいかぬわけですけれども、土佐の高知は酒が文化ですという風がありまして、道交法違反で死刑になった人間はだれもおらぬのですが、県職員としては死刑に等しい懲戒免職と。その倫理、モラルの問題を法が、つまり国が国政レベルでどんと行くとその影響でもって地方にどどんと来た場合、余りにも見え過ぎて、確かに我々選挙で選ばれる者は常に監視されていますから、余り生意気言っておると次の選挙で僕もほかされますからあれですが、公務員という身分の中で特に地方自治体におけるそういう関係。先生御自身が北海道庁の一連の不祥事ではいろいろご苦労されて、高知も似たようなところがあるんですけれども、そこいらの法との関係を御教示いたなけたらと思います。
#34
○参考人(山口二郎君) 私もいろいろと官官接待のときには苦労をした経験があるわけでありますが、確かにおっしゃるとおり建前だけでは済まないという部分があります。
 今回の一連の過剰接待問題の教訓の一つとして、遊ぶときは自分の金で遊ぶという文化を日本でつくっていくということ、これはやっぱり官民問わずこれから必要になってくるんじゃないか。先ほど堺屋先生が、交際費というお金が幾らあるかというお話がありましたけれども、これは日本人自身の生き方の問題として変えていかなければいけない部分があるだろうと思います。
 それからもっと根本的な問題として、情報公開というものは余り行き過ぎた場合に地方では行政の障害、差しさわりが出てくるんじゃないかと、こういう御質問がありました。私は公共事業そのものをなくせということを言っているわけではもちろんございませんで、やはり問題は、一つの道路や橋についても一々中央省庁に何度も通って補助金をもらわなければ進まないような仕組みそのものを変えていかないと、これは腐敗、汚職という面とそれから行政の能率という両面でコストが大き過ぎるということを考えております。
 したがって、将来的には公共事業的な、要するに投資的な経費に関する補助金等ももうなるべく包括的なものにする、あるいは一般財源に組み込んで、地域の中で何をどこに使うかということはもう全部自立的に決めるというシステムに移っていかないと、日本の行財政システムというものが効率化しないのではないかということを考えております。
 ちょっとうまくお答えになるかどうかわかりませんが、やはり問題は行政自体の説明能力の問題だと思います。つまり、例えばある地方にとって非常に大事なプロジェクトをとってくるためには工作費も必要だ、それについては幾ら使って、例えばオリンピックとか万博とかそういうものを呼んできてこれだけ地域にメリットがあるんだと。そういう形の率直な情報の公開といいましょうか、政策の説明といいましょうか、そういうことを積み重ねていくということが住民自身の意識を変える、行政の体質を変えるということにつながっていくのではないかというふうに思っています。
#35
○田村公平君 田舎というのは非常につらい部分がありまして、スーパースターのような知事が出ますと議会が機能しなくなる。役人が機能しなくなる。そしてある意味で内閣総理大臣よりも偉くなる。職務権限が非常に大きいものですから、そういう物を言うとすべて、反対意見を言うことが不可能に近い。有権者六十四万人のうち、投票率七三%で三十一万票とったりするんですから、それはもう何も言えない、あの人の言っていることは全部正しい、そういう地方の実態もあるということをちょっと申し添えさせていただいて、時間ですので終わります。
#36
○竹村泰子君 民主党の竹村でございます。
 きょうは、お二方の先生、大変御多忙な中ありがとうございます。こういう言い方をすると大変失礼でございますけれども、今や売れっ子のお二方をお迎えしてこの委員会で参考人質疑をさせていただくことができますことを本当に光栄に存じます。ありがとうございます。
 先ほどからお話が出ておりますけれども、私どもの委員会は今国会新しく設置された委員会でございまして、打ち続く官僚の不祥事と申しますか、金融不祥事と申しますか、そういったことでやはり遅がけながら行政監視をきちんとしていかなければいけないということで、私どもは理事懇を何回か開きまして、この委員会がどうあればいいかということをみんなで意見を出し合って検討いたしました。ほとんどの理事が指摘をいたしましたのは、やはり行政機関の内部監察・監査のあり方ということでございました。
 そのほかに検討する事項といたしましては、行政立法、計画、手続のあり方、あるいは公共事業の評価とその見直しについて、そして今の内部監察・監査のあり方、それから公務員制度のあり方、まだまだほかにもございますけれども、私どもの一応のまとめといたしましては、委員長のもとそのような目的、方法でもって委員会をしていこうというふうなことになったわけでございます。
 きょうは、大変興味深い御指摘、参考の御意見をお二方から聞かせていただきまして、たくさんお教えをいただきたいことがありますが、持ち時間の中で幾つか聞かせていただきたいというふうに思います。
 初めに、堺屋先生にお伺いしたいと思いますが、御指摘のとおり、大蔵のいわゆる連綿と続く不祥事にしてもやはり設置法の権限が問題なのだというふうに私も思います。この各省設置法の権限規定をすっかり廃止することが今度の行革でできるかどうかと思いますけれども、ここのところがやはり非常に大きな目玉の問題であるというふうに考えます。ここのところでもう少し何かお考えがおありでしたらお教えをいただきたいと思います。
#37
○参考人(堺屋太一君) 日本の設置法体系というのは、国が全部の民の行為をどこかで見ているという前提なんです。
 民主主義の国は自由が原則で、困るところを立法をつくって国の機関あるいは自治体の機関が監視するという仕掛けになっています。したがって、所掌があってもそこに行政行為法、例えば道路交通法とかいうような規制法は行政行為法ですが、そういうものができない限り官僚、行政機構が関与しない、してはならないという前提になっているんです。
 ところが日本は、所掌を決めて権限規定があるものですから、その所掌の範囲はいつでも役人が乗り出せるという状態になっているんです。これはやっぱり民間主導、自由経済、民主主義の世の中といたしましては、国民の代表である国会が国民の自由な権限を制限することを認めた部分だけに官僚は手出しをできる、関与するという形に変えていただきたいと思います。
 だから、所掌を定めて、次は行為法を一つずつ積み上げていくという形の法体系にしていただく。だから、設置法から権限規定というのは書かなくて十分じゃないか、それぞれに行為法がありますから、それで考えていただければいいんじゃないかと思っています。ぜひ行革のときにはこのことを大々的に議論をしていただきたいと思っております。
#38
○竹村泰子君 ありがとうございます。
 内部監査の問題で、「局長級の「監視考査官」」と先生はお書きになっておりますが、そういう考査官、私はちょっと不勉強なのですが、諸外国では、もちろん国によって違うと思いますけれども、いかがでございましょうか、そういう人がおりますでしょうか。
#39
○参考人(堺屋太一君) 私、詳しく存じ上げておりませんので、間違えた答弁をするといけませんから、意見を差し控えさせていただきます。
#40
○竹村泰子君 山口先生、おわかりでいらっしゃいましたら教えていただきたいと思います。
#41
○参考人(山口二郎君) 諸外国では、そもそもこの種のいわゆる高級官僚の不祥事というのは余り。起きるものではない。行政の汚職というのは、要するに現場といいましょうか末端の警察官とか官吏、これが汚職をするということはどこの世界でもあるのですけれども、中枢部で政策立案を行っている幹部職員が接待等を受けるとか贈与を受けるといった問題はほかの国ではそもそも余り起きない。だから、服務管理等々といった問題についても、アメリカの公務員倫理法というのはありますけれども、そのような発想が多分ヨーロッパの国にはないんだろうと思います。
#42
○竹村泰子君 イタリーなどは大変な腐敗があった、スキャンダルがあったというふうに聞いておりますが、済みません、変な質問をいたしまして。私も勉強してみたいと思います。
 例えば考査官なり監視官なりを置くときに、堺屋先生は「他省庁または民間出身者が望ましい」と書いておられますけれども、そういう人がいきなり、例えば大変偉いというお話がさっきから出ていますが、大蔵省の中に一人か二人いて、それで内部監察が十分できるものでございましょうか、どうでしょうか。何人ぐらいの人がいた方がいいというふうにお思いでしょうか。
#43
○参考人(堺屋太一君) そんなに大勢の人数は要らないと思います。
 今二つ問題がございまして、一つは倫理の腐敗の問題、もう一つは倫理の退廃の問題であります。
 今言われているのは腐敗の問題。腐敗というのは、悪いと知りながら私利私欲のためにやることであります。今話題になっておりますのは、恐らく内部におりますと、あの人は最近こうこうだよといううわさが流れていたはずなんですね。恐らく会社でもどこでもそうですが、かなりうわさがあるぐらいになっておりますから、それほど大勢いなくても、そういううわさが出たときに真偽のほどを追求するということは数人の補佐官と一名の監視考査官で十分だと思います。
 もう一つ、一番官僚機構にとって深刻な問題、特に日本の官僚機構にとって今深刻なのは倫理の退廃の問題です。退廃とは何が正しいかわからなくなることなんですね。例えば、終戦直後軍人が一億玉砕と言いました。全国民を死に至らしめるほど反公共的なことはありません。それをあほうでも悪人でもない軍人さんがかなり真剣に言っていたんですね。そういう状態になっていないかどうか。これは外から来た人が新しい目で役所を見ると、役所の中だけで通っている倫理観、役所の組織利益だけのために行われていることがかなりの程度わかるのじゃないか。それは非常に少数の人であっても、権限があり内部で発言できるチャンスがあればできるのじゃないか。したがって、それほど大勢の人数は要らないし、その人に責任と権限を与えればかなりの程度改善されるのじゃないかと思っております。
#44
○竹村泰子君 先生は、これは文芸春秋でしょうか、「現代官僚「超」無能論」というのをお書きになっていらっしゃいますけれども、非常に手厳しい御意見で、官僚の三つの無能性ということで、予測能力の欠如それから実務能力の欠如、それからもう一つは倫理の退廃、幾つもの役人の体質をお書きになっていらっしゃいました。
 やはり一般には、政治家も手厳しい批判を受ける、それは当然でありますが、政治は三流でも官僚は一流みたいなことが言われた時代もありまして、国会の中が、非常に政局が混乱してもちゃんと日本の国は運営していけるんだというふうなことが言われたこともありましたけれども、こういう官僚の体質というものが、私どもはもちろん一生懸命今何とか変えようと思っているわけですが、やはり大分先長くかかるというふうにお思いでしょうか。それともそのポイントがチェンジできれば意外と早く、決して頭の悪い人たちでもなく人柄の悪い人たちでもないわけですから、どういうふうにごらんになっていますでしょうか。
#45
○参考人(堺屋太一君) 竹村先生のおっしゃるとおりでございまして、私は現在の官僚は個人としては大変すぐれておりますし、知識も熱意もありますから、ポイントを変えれば非常に急速に変わると思います。
 そのポイントとは何かといいますと、官僚統制から民間主導に変わることが正義だという点だと思うんです。今、役所の中では自分たちの権限を保護し維持した人が出世する、内部の評価が高い。人事評価基準がそういうぐあいにできております。これを民を主導にした形にした方がいいんだ、あるいは予算でも少なくした方が、削った方が評価されるんだと、人事評価基準が逆転すれば大いに変わると思います。
 このたびの行政改革に当たりましても、やはりそれぞれの人々の評価基準が変わらなきゃいけない。これを極端に言いますと、官僚文化から民主の文化へ。終戦のときには軍人文化というのを崩壊させました。それまでは、財団法人をつくるにも国民運動をするにも一番会長さんは必ず軍人さん、退役陸軍大将みたいな人がなっていたんですが、今はそんなことはめったにありません。明治維新は武士の文化を崩壊させました。
 今、官僚が表に出るのではなくして民が表に出るのだと、そういう評価基準を変える、いわば文化を変えれば一遍に世の中が変わってくるだろう。それにはどうしたらいいかというのはまたいろいろ議論のあるところでございますが、私は絶望しておりませんし、かなり一点を破れば大きく世の中が改善されると期待しております。
#46
○竹村泰子君 ありがとうございます。
 それでは、山口先生にお尋ねをしたいと思いますが、先ほど情報公開の問題もお話をしてくださいました。
 情報公開法が多分、政府案それから何党かの共同による議員立法が間もなくまた提出をされて、うまく審議にのせられるようになると本当にいいと思っておりますが、なかなか私どもは、ODAにしましてもそれから公共事業にしましても国会もわからないというシステムになっておりまして、貴重な国民の税金を使ったODAが、御迷惑をかけているどころか強制移住とかいろいろな形で相手国に対して害を与えている場合すらあるわけでございまして、そういうことで中央省庁の情報公開のおくれということは非常に深刻であるというふうに思います。
 ただ救いは、先生もずっと心にかけていてくださいましたNPO法案、正しくは特定非営利活動促進法が恐らく今週成立をすると思われますし、そういった意味で国会の中も少し日差しが明るくなってきたということなのであろうと思いますが、先生が、知る権利にこたえるのみではなく受け皿というか紛争処理システムの整備、それがなければ意味がないというふうにおっしゃいましたが、そこのところをもう少し、どんな形を考えておられますでしょうか。
#47
○参考人(山口二郎君) やはり情報公開制度が始まった初期の段階においては、地方自治体の場合適用除外という形で閉ざすというか隠す情報がかなりあって、これをどのようにこじあけるかということでいろいろと紛争が起こったわけです。
 最終的には裁判に訴えて、情報を隠すほどの公益性があるかどうかということを司法の場で審査してもらうということで交際費等については大分風穴があいたわけですけれども、裁判というのは大変コストが大きいわけでありまして、やはり情報公開制度をつくるならばもう少し簡易迅速に、その情報を公開すべきか否か、役所の隠すという言い分が正当かどうかということを中立公正に審査するある種の審査会、都道府県レベルではそういう審査会が設けられているところが大半だと思いますが、そういうものを拡充していくということが重要だろうと思います。
#48
○竹村泰子君 ありがとうございます。
 審査会の拡充ということで、国民が知る権利を求めたところ、ここにダムをつくるよとか、いや、つくられちゃ環境が破壊されて困りますと、そういった紛争がもう今日本でも数限りなくあるわけですけれども、そういう中で審査会を拡充する、それからもう少し何かうまく事が運べる方法があるのではないかと思いつつ、なかなかそれが見つからないでいるのですけれども、もう少しお考えがございましたらお聞かせいただきたいと思います。
#49
○参考人(山口二郎君) 問題は、どういう情報が役所にあるか、それを役立ててどういうふうに活用するかという、ある程度行政の内側にも通じたチェック役ですね。行政に何の手づるもない市民であれば、漠然とこういうことに関する情報を求めるといっても、そういう情報は存在しないという形で門前払いを食らってそれ以上突っ込んでいけないという限界があります。
 ですから、これは制度の問題になかなか乗りにくいんですけれども、そういう外側から政策なり行政をチェックする人々の活動をサポートするような技術的、専門的な知識を持った補佐役というんでしょうか、法律における弁護士みたいなもの、これをいかに養成していくのかという問題があると思いますが、そこのところは制度というよりはやはり我々学者も含めたいわゆる広い意味の専門家の社会的な責任ということになるのかなという感じもします。
#50
○竹村泰子君 ありがとうございました。終わります。
#51
○山本保君 公明の山本保です。
 きょうは、両先生、本当にありがとうございます。テレビなどではいつも拝見しておりましたけれども、お会いできるとは思っておりませんでした。たくさんお聞きしたいんですが、実は時間が決まっておりまして私は十五分しかございませんので、手短にお聞きしたいと思います。
 最初に堺屋先生にお伺いいたしますが、お述べになった中に、私が非常に興味を持ちましたのは、考査ということで行政効率、エンジニアリングについてということがございました。確かに私もお聞きしてなるほどと思いましたのは行政監視委員会、いわゆるスキャンダルとか問題点があることをチェックしようという観点を私自身も強く感じておったんです。しかし、考えてみますと国民にとって、もっとといいますか、同様に重要なことは、いかに行政が効率よく、そして本来の使命を果たしているかということを、もちろん直接に行使をする方は行政マンでありますけれども、私たちはそれをやはりある意味でチェックし、またある意味で鼓舞するような仕事と積極的なポジティブな意味がやはりあっていいのだなということを、先生がさっきおっしゃった中で私もなるほどという気がいたしました。
 私自身、実は大学院で教育行政学というのを研究しておるときに厚生省の専門官という立場で福祉行政の実務もやらせていただいたものですから、その中で特に感じましたのは、日本の役所は非常に優秀な官僚の方がやっておられたわけですけれども、私も含めまして一番熱心にやりますのは新規の予算をどうやってとるかということでありまして、もちろんそのために調査もしますし、研究者の話を聞きながらミスのないようにやるんですが、実際には当然効果があるものと思ってやったところがそうでもないというようなものもあるわけでございますが、なかなかそれをつぶしたりすることができない。今の予算の仕組みではそんなものでも持っていた方がその分はかのところに使えるということで、何かのときのためにとっておこうというようなこともあるわけですけれども、しかしどうしても新しい予算をつくるということだけで評価されがちでして、いかに効果的な運用がされているかというようなことについてはなかなか難しいのかなというふうに感じておりました。
 先生、そこできょうの話の主題とはちょっと違うかもしれませんけれども、もしよろしければ先ほどの行政効率のようなことを、例えば国会なり、または国会でなくても構いません、実際にはこういう仕事というのは本来行政内部でやるべきだという気がいたしますけれども、どんなふうに行ったらいいのかというような何かアイデアなどがございましたらお話しいただけますでしょうか。
#52
○参考人(堺屋太一君) 行政機関のやっておることに行政機関独自のほかに類似のない仕事もたくさんありますが、民間企業や金融機関などと類似の書類の扱いとか、そういう仕事もたくさんあります。したがって、私は国会でいささかの予算をとっていただいて事務効率コンサルタントを入れまして、これは民間の事務コンサルタントを入れまして、各行政機関を外部から、金利概念、コスト概念の厳しいところに年に一度ずつぐらい調べてもらうようなことをすればいい。例えば登記の手続でございますとかあるいは許認可の手続でございますとか書類の保管でございますとか、いろいろ共通のところがありますから、そういうところは民間コンサルタントを入れていいんではないか、そうするとかなりコンピューター化に対応したような合理化が進むんじゃないかという気がします。
 それからもう一つは、公務員の残業は厳しくチェックすべきでありまして、夜遅くまで電気がついているなんというのは自慢になりません。あれはもう決断力と一般的知識の欠如の標本だと思うんです。そのときによく私たちが驚くのは、先ほど竹村先生からもございましたけれども、その役所だけの考え方で予測するんですね。私もちょっと申し上げたことがあるんですが、前に冷害でお米が足りなくなったときに、お米を何ぼ輸入したらいいかというと、値段が上がったら農家が食べるために持っておられるものも売り出すかもしれない、高くなると供給がふえるということが全く無視されていたんですね。したがいまして、タイから輸入したお米が随分余ったりいたしました。
 そういうことは経済コンサルタントを入れればすぐわかることなんです。あるいは経済官庁でもそういう自由相場に関連しているところと相談すればすぐわかることなんです。それができていないというときには、そのときはわからなかったかもしれませんが、後でそれを批判するような外部監査、これは恐らく民間コンサルタントに頼んで評価してもらうといいと思うんですが、そうするとどんどん効率化が進むんじゃないだろうかという気がいたします。
#53
○山本保君 残業ということもありまして、自分でも経験しましたが、なかなかメンバーも少ないところでやっておりますと確かにやらなくちゃいかぬこともたくさんあるんですが、ただ、今のお話をお聞きして、ちょっとやはり閉鎖的で、例えば優秀な先生方がおられる大学との提携とか、ある一つの事業を考えたりするときにきちんと組織的にそういうことをしたり、またその場合に民間のシンクタンクであるとかいうようなものともっときちんと仕事を、もちろん秘密にかかわるようなことについては難しいかもしれませんけれども、いわゆる経営行政的なことについてはもっとやるべきではないかなと。こういう国家財政厳しいときにスタッフはどうしても少ないわけですから、当然それを生かすためにも、これは外国などはもっとたくさんやっているんじゃないかなという気がいたします。ありがとうございます。
 それで、堺屋先生にもう一つだけちょっと、これは小さなことかもしれませんが、きょう行政公正法というお話がありましたが、これで去年の厚生省のエイズの問題などのときに、当時の責任者がやるべきことをやらなかったというようなことで今裁判になっているかと思うわけですが、こういう中央官庁でやるべきことをやらなかったなんということは、私も考えられないとは思うわけですけれども、何か先ほどはやり過ぎのようなことについてのちょっとお話があったわけですが、やらせなかったというようなことについても何かお考えがございますでしょうか。
#54
○参考人(堺屋太一君) 同じことなんですね。エイズの事件について、私は具体的にちょっと申し上げるのは危険でございますので、間違えたらいけませんので差し控えますけれども、民間企業あるいは市民が何かをやろうというときに許可をしないとか行為をしない、このことは役人にとっては、今のエイズのようなことが起こらなければ責任がないものですから、なるべくマイナスに働きます。
 例えば、道路を使ってお祭りをやりたいとかマラソンをやりたいというと、必ずとめておけば問題は起こらない。何事にも慎重にやることがいいことになる。臆病が慎重と言いかえられるような時代になっています。
 例えば、私去年参加したんですけれども、アメリカではニューヨークじゅうを自転車で乗り回す日があるんですが、それを日本でやろうと思うと道交法で絶対やらさない。それをまたやるためには一律に警察庁で認めなきゃいけないとか、そういうような話がたくさんありまして、市民の楽しみなども抑えられております。そういうような特に不作為の行為について、これは実は不作為という権限を行使しているわけですから、それが行き過ぎであればやはりチェックすべきだろうと思います。
#55
○山本保君 ありがとうございます。
 じゃ、山口先生にお聞きいたします。
 私どもも政治学で最初に勉強したのがレーマンコントロールの話だったかなという気がするんですけれども、そう考えてみますと、本来こういうチェックというものについても、例えば大臣などが、もしくは大臣に準ずるような方がその現場に入ってやっていかないと、例えばこういうような別の組織で何かしようと思っても、これは否定的な意味で言うわけではありませんけれども、原理的に言えばなかなか難しいところがあるのではないかなという気がするわけなんです。
 先生先ほど、日本の場合は三権分立、議院内閣制なのでなかなか難しいところがあるなとおっしゃいましたけれども、今、副大臣制などもいろいろ言われておりますけれども、こういう制度の中で行政監視というようなもの、例えば大臣同格のような方でそういうチェックだけをやるような方を置くというような、ちょっと簡単に考え過ぎかもしれませんけれども、その辺について何かお考え、御意見いただけますでしょうか。
#56
○参考人(山口二郎君) 実は私は、昨年の四月から半年間、イギリスに在外研究で行っておりまして、イギリスの内閣制度の運用について研究をしてまいりました。日本とイギリスで一番違うのは、今御指摘の政治任用によるリーダーが行政の中にどのくらいいるかという、そこが随分違います。
 私は、主として政治による政策面でのリーダーシップという観点から、そういう政治任用の意味を検討し、これは日本でもやはりイギリスのような形に持っていった方が政治的なリーダーシップをとりやすいのではないか、こういうふうに思っておるのですが、それが単に政策面のみならず、行政官の服務といいましょうか、倫理の面でも、いわば内部の監督者といいましょうか、人事権を持った人が実質的にある程度幹部職員の活動についてきちんとモニターをするということも同時に可能だと思います。
 そういう意味では、今御指摘のような省庁組織の中にもう少し政治任用による監督者をふやすということが一つの解決策だろうというふうに思います。
#57
○山本保君 ありがとうございます。
 もう一つ、ちょっと細かい小さな項目についてお聞きいたしますけれども、先ほど公務員の採用についておっしゃいました。私も中におりまして、以前ですと国立大学法学部を出た方が幹部になっていく、他の職員とは身分上にも差があったと思うわけですけれども、最近はもう実際にはいわゆるノンキャリという方でも大学を出てやられている方がほとんどでございます。見ておりまして、こちらの方はもっと、私ですと福祉ですが、福祉行政には十分力もあり、やっていくべきだと思いましても、それを拾い上げるようなといいますか、もっと活用するようなすべというのはなかなかないようでございますし、私などは偶然、非常に年をとってから特別なところに入ったわけでありますけれども、今、公務員が二十七歳とか八歳ぐらいまでしか受けられない。
 今、雇用情勢が大分変わってまいりまして、いろんな形でこれからの日本というのは新卒というか、それも二十二、三歳までところてん式で行くような教育制度、そしてそれを受けた労働雇用体制というのは変わっていかなくちゃいけないんだなと思うんですね。その場合に、公務員制度というのが本来率先してそれを行うべきではないかと私は自分の政策として訴えておるんですけれども、その辺について、先生、お考えをお願いいたします。
#58
○参考人(山口二郎君) 基本的には、今の先生の御意見、私も全面的に賛成であります。
 一言、キャリア、ノンキャリアの問題について触れておきたいと思うんですが、今回の金融不祥事で、大蔵省の検査を担当するいわゆるノンキャリの人が捕まったわけでありますが、人事の中で、キャリア、ノンキャリアという二層の差別といいましょうか、二層の格差というのは非常にはっきりして、ノンキャリの人はどんなに上り詰めても金融担当の課長どまりだということであれば、やはりそういういわば現場を持って自分の権力を振るう、非常に閉じた世界の中で権力者として君臨をして、みずからのある種の達成感を持つというふうになりがちであります。こういう病理現象というのは日本に特有のものではないということです。
 最近、行政の問題を見ておりまして、税務署ですとか自治体の福祉関係のケースワーカーですとか、そういうところで汚職が起こるということがちょっと目につく感じがしまして、これは高級官僚の汚職と並んで日本の行政の根幹を揺るがす非常に恐ろしい現象だと思っております。
 そこを防ぐためには、最初はいわゆるノンキャリアで入って現場を持っていても、実力があればもっと責任ある地位で大所高所の政策立案ができるという可能性を開いて動機づけを与えてやるということが必要だと思います。多分ノンキャリアで捕まった人というのは非常に優秀なノンキャリアだと思うんですね。そういう人がもっと健全に仕事ができるようなシステムをつくるということが大事だと思います。
 それと並んで、今御指摘になったような終身雇用制を前提とした人事システムというものを部分的にやはり開放していく。ですから、特に金融監督みたいな専門的な能力が必要とされる分野については、でき上がった人材を外から随時入れることによって有能な審判といいましょうか、有能なアンパイアの役割を果たしていくということが必要だろうと思います。
#59
○山本保君 どうもありがとうございます。
 もっとお聞きしたいんですが、ちょうど時間になりましたので終わります。
#60
○赤桐操君 堺屋先生、山口先生、大変御苦労さまでございました。ありがとうございます。二点お伺いをさせていただきたいと思います。
 今、各省庁の中で十カ所ぐらいの省庁には特別司法警察職員というのが配置されておりますね。この中で一番司法的な権限を与えられて行使しながら厳格な仕事をしているのが郵政監察それから国税庁の監察、この二つだろうと思うのであります。特に、郵政監察の場合には相当きちっとした司法権限を行使する立場にあるようであります。
 この郵政監察の状況を聞いてみまするというと、部内犯罪とかそういうものについては非常にもう今日少なくなってきている。それで、考査そして調査、この段階に今全力を挙げている、これによってほとんどそういう状況をつくり上げてきているということが報告されておるんですね。
 それぞれの配置されている司法警察職員というのはみんなそれぞれ任務が違っておりまするから、同列には比較対照できませんけれども、今の郵政監察の場合などは一つの監察制度の中の典型的なものではないかなと思っております。これは事業官庁でありますから範囲が狭いのでありますが、我々この委員会の任務ということになりますれば、郵政の場合にはこういう事業官庁らしい一つのシステムをつくったと思うんですが、そうでないそれぞれの官庁においても、今堺屋先生も言われておりますが、それぞれの中でみずから規制できる監視制度といいますか、あるいはまた考査制度、調査制度というものをつくるべきではないか。それをもってまず行政全体をみずから律していくというものがなければ、行政の権威というものはなくなってくるのではないだろうか、こういうふうに私は考えるんです。
 我々の監視委員会はその上に立って、これらの出てくる問題について政治の立場からこれは検討していく、こういう形が望ましいのではないかなと私は考えておるのでありますが、まず最初に堺屋先生のひとつ思い切った御意見をちょうだいしたいと思います。
#61
○参考人(堺屋太一君) 今おっしゃいました郵政関係でございますと、第三者の財産、例えば郵便物に入っております現金とかそういうようなものに対する犯罪行為が主だと思うんです。ここで行政行為についての監査、監視あるいは考査というのとはちょっと条件が違ってくると思うんです。
 例えば、郵便物に入っている金品を抜き取ったというのはこれは非常に犯罪行為として明確でございますが、接待をどれぐらい受けたとか、それによって行政をゆがめたかどうかとか、ゆがめなかったけれどもやり過ぎだとかいうのはちょっと違う観点でありますし、また刑罰といたしましても、これはあくまでも行政処分、つまり最大で解雇、懲戒免職、そういう範囲の話だと思うんです。犯罪調査になりますと、これはやっぱり検察の話になりますので、そこまでいかないでもできるというところがあっていいんじゃないか。これが一つの問題点だと思います。
 それから、繰り返しますが、特に守秘義務の問題について、これはほとんどどこでも調べられておりません。これは場合によっては刑法罪になるときもあるんですが、それに至らない状態で、監督されているんだという意識が皆さん職員の間に出る方が必要だと思うんです。今、守秘義務につきまして十年間注意されたことが一度もないものですから、ほとんど無視されているような状態にあります。そういった緩やかな意味での内部監察があっていいんじゃないか、そういう意味では刑事的な問題の以前の段階で一つ歯どめがあっていいんじゃないかという感じを持っております。
#62
○赤桐操君 私は外国の状況なんかも聞いておるのでありますが、これは全体のことはよくわかりませんけれども、大体やはり日本の郵政事業で行われているような形のものが諸外国でも現在行われていることも事実のようでありますね。そうした中で未然にいろいろの問題を抑えていると。
 郵政や何かにしても、例えば土地の買収をいたしますね、郵便局舎の建設なんかをやる場合に。当然これについてはいろいろな取引が行われるわけですよ。これについても相当強い調査あるいは考査というものをやるようですね。これは会計検査院に全部報告されるわけです。会計検査院からは国会の方へは決算委員会に報告がなされることになっている。こういうシステムで現在運営されているんです。ですから、行政全体に対して、単に郵便の抜き取りとかそんなんじゃなくて、あるいは貯金の方の犯罪があるとか保険に犯罪があるとかという問題だけではなくて、そういう郵政事業全体に対する監察、考査、調査というものが常に行われている。この常に行われているというのは、私は今の郵政省のいろいろ今日を律している理由ではないかなと見ているんです。
 同じように、例えば大蔵とか非現業の部門においてはこれはちょっと違ってくると思いますけれども、しかし違ったといっても、基本的に今のような制度のようなものをつくり上げでみずからの行政を律していくということについてはその行政の任務ではないかと私は考えるんですよ。ということは、国会におけるこういう監視委員会の任務とそれぞれの行政機関が果たしていく任務とはこれは明確に一線があると思うんですね。行政機関がみずからの果たすべき任務を果たさないでおいて国会にお願いするという筋合いにはならぬと思うんですね。
 こういう点については私はやはり相当きちんとした、先ほど田村先生ですか御質問がございましたけれども、境目というのをはっきりしないと、これは行政と立法との関係が大きく問題になってくるということもあり得るように思っておるものでありますが。
#63
○参考人(堺屋太一君) お言葉のとおりだと思いますが、一つつけ加えさせていただきますと、民間企業でございますと、私利私欲のために会社に損になるような取引をする職員、社員がふえてまいりますと、その会社は必ず業績が悪化して社会的影響力がなくなります。ところが、官庁の場合は、役所の場合はそうではありませんから、国民に迷惑のかかるような権限を行使していたらますます拡大する可能性があるんです。下手な公共事業をやっているとますます費用がかかる、予算がつく、そうするとそこへ出入りしている業者はますますよくなるというようなこともあり得るわけです。
 したがいまして、内部監査は赤桐先生の御指摘のとおり大変重要だと思いますが、それだけですべてを任すというわけにはまいりません。やはりそこは内部監査は内部監査でやって、それの報告を受けて、あるいは他の資料も含めて、国会が国民を代表して税金を使う行政機構というものを明確に監視していただかなければいけない。この二重の問題があるんではないでしょうか。
#64
○赤桐操君 もう時間がありませんが、一分だけちょっと質問。
 例えば公正取引委員会と同じような公正法ですか、そういったものをつくった場合においては、公正取引法と同じようなものとして考えると、これを実施する実施部隊がなきゃならぬのでしょう。私が申し上げるのは、各省における各行政に対する専門知識がなければ本当の内部監査はできないという考えが一つあるんですよ、私自身には。したがって、国会がタッチするとしても、入るとしても限度があるだろうと。したがって、そういう形のものを一つつくる必要がある。それは公正取引委員会が行っているようなものですよね。そういったものは先生がおっしゃるような公正法というようなものをつくるとするならば出てくるのかどうなのか、この辺のところをひとつ。
#65
○参考人(堺屋太一君) 各行政には専門分野がございますが、公正取引委員会もあらゆる取引に専門ではありません。さらに言いますと、裁判に行ったときには、裁判官が全部のことを、専門家ではありませんが、その裁判の都度参考人あるいは証人等を呼びまして勉強してやれるわけです。したがって、私は、内部での監査と同時に、やはり行政公正法によりまして、特定の企業あるいは自治体に対して意地悪をするとか、そういうものは厳しく監督していく必要があるだろう。それは裁判官や公正取引委員会がやっているように、専門知識のほかにそういった観点からの専門的視点が存在するのではないかと考えております。
#66
○赤桐操君 ありがとうございました。
#67
○橋本敦君 きょうは両先生、ありがとうございます。
 私はまず、基本的な当然のことなんですが、今起こっている問題につきまして、大蔵を中心とする汚職、腐敗を見ましても、何万という公務員の皆さんは国民に奉仕する公務員としてまじめに働いていらっしゃる。しかし、この汚職を生み出しているというところを見ますと、まさにキャリアとか高級公務員であり、ノンキャリアといえども幹部の皆さんであると、こういう状況ですね。厚生省の岡光汚職事件もそうでございます。だから、今日の事態を見る上で、なぜそういう高級公務員が各関係業界とのそういう癒着を深めてこういう汚職を生み出したのかという、そこの根源をやっぱり掘り下げる必要が基本的には一つあるのではないか。一般公務員そのものが全部汚職にまみれているわけじゃないということも大事なことだと思うんですね。そこらあたり、堺屋先生のお考えはいかがでしょうか。
#68
○参考人(堺屋太一君) 私は、先ほども申しましたように、倫理の腐敗という点では日本の公務員は諸外国に比べて概して言えば非常に清潔だと信じております。また、統計的に見ましても、よく発展途上国などには見られる現象ですが、組織的な収奪ということは起こっておりません。さらに、金額からいいましてもそれほど巨大なものではございませんから、倫理の腐敗という面では限られた分野へ問題だとは思います。ただ、それができやすい権限の裁量性がある、その点はやはり考えなきゃいけない問題だと思っています。
#69
○橋本敦君 わかりました。
 そこで、堺屋先生の御意見でも、一つは新しい御提案ですが、行政公正法の制定はどうかという御意見もいただきました。それからまた、行政機関内部の内部監査にしましても、局長級の監視考査官を置くということで、内部強化に努めるというようにもおっしゃいました。それと同時に、先生の御意見で、同時に国会が厳格かつ間断なく監視する必要があるという国会の任務を指摘していらっしゃいますね。この国会の監視ということとそれから内部監査ということとの連携性といいますかそこの統一性といいますか、そこらあたりはどうお考えでしょうか。
#70
○参考人(堺屋太一君) 各省庁に設けられます監視考査官は毎年国会にその監査状況を報告するというような形にしたらいいと思います。また、国会事務局にもそれと関連を持ってこの委員会の事務として行うような分野があっていいんじゃないかと思います。
#71
○橋本敦君 もう一つ私は、先生の御意見に賛成もしまた注目もしておりますのは、この監視考査官、できれば民間出身者が望ましいという御指摘がございました。
 私は、お互いにかばい合うということがないようにするためにも、それからもう一つは、最初に指摘しましたように、一般の公務員じゃなくて、むしろ業界とつき合いが多い高級公務員の場合が権限を逸脱したり汚職、腐敗が多いということになりますから、この内部監査も、監視考査官を置くとしてもよほどの権限と地位と見識のある人でないと任務を果たせないと思うんですね。
 でも、アメリカなどは独立検察官という制度もあるのですが、我が国はございませんので、先生御指摘のように、民間出身者が望ましいということですが、これはその省の公務員として置かなきゃならないのか。あるいは会計の外部監査という制度がございますけれども、そういうシステムとして外部のしかるべきステータスと見識のある人を選ぶということが望ましいということなのか。ここらあたりはちょっと、先生の御指摘が具体的に、やるとすればどうなるのかなと思いながら聞いておりましたので、御意見があればいただきたいと思います。
#72
○参考人(堺屋太一君) その点は私も迷うところでございますけれども、公務員に一時的に弁護士さんなりなんなりがなられておやりになった方が、身分の安定性、それから省庁内部の人に対する命令権、出頭命令とかそういうのがあるので、一時的に公務員の身分にした方がいいのではないかと思っております。これはまだ途中の意見でございます。
#73
○橋本敦君 その点は、私どもも御意見をいただいてさらに検討も深めてみたいというように思っておるところでございます。
 次に、山口先生にまた二、三御質問をさせていただきたいんですが、先生の御指摘の中でも、一つは情報公開制度の充実ということがございました。
 憲法理念から言いますと、公務員を任命するのは国民固有の権利ですし、罷免するのも国民固有の権利ですし、公務員は全体の奉仕者でなきゃならぬという憲法理念があるわけですね。そういう理念が実際にはなかなか公務員制度に国民との関係で生かされてこないというところが、実は社会制度として、憲法の具体的な実現として一体どうすればいいのかということでいろいろと考えなきゃならぬところだと思っておるんです。
 その一つとして、最近の市民オンブズマン制度の動きなどはある意味では行政監視に非常に役立つ部分を持っているのじゃないかこう思うわけです。先生の御指摘になった情報公開制度の充実ということの中には、市民参加の市民オンブズマン制度の活用というようなことも考え方の中に入って構成できるのかどうか、そこらあたりはいかがでしょうか。
#74
○参考人(山口二郎君) オンブズマン制度については、ヨーロッパの幾つかの国、ニュージーランド等でできておりますし、これは行政の非行といいましょうか、不当、違法な行為で損害を受けた私人の権利救済という意味では非常に有効な制度だと思っております。
 このオンブズマンを行政の中の独立したステータスにするのか、議会に附属するのかといった制度の設計については幾つか議論が分かれるところでありますが、私もそういう制度を日本でつくることはもちろん必要だというふうに思っております。
#75
○橋本敦君 それからもう一点、山口先生に御意見を賜りたいと思いますのですが、先生のおっしゃる人事制度の根本的な改善ということで、キャリアシステムの限界ということについてお触れいただきました。
 このことは、具体的にはどこからどういうように手をつけていけばいいのかという、そういったプロセス的なお考えがあれば最後にお伺いさせていただいて、時間が参りましたので質問を終わりたいと思います。
#76
○参考人(山口二郎君) まず、一番問題になりますのは、いわゆる現在の国家公務員のT種、昔の上級職、この試験に合格をして、各省採用された幹部職員が今先生御指摘のようにさまざまな問題を引き起こしているわけですね。ですから、T種試験のあり方を根本的に再検討するということです。
 具体的には、国家公務員の一括採用という議論がありますが、これは全省庁にわたって一括ということはやや無理があろうかと思います。したがって、ある程度分野別に幾つかの省庁を単位としたグループ採用をして、特定の省庁に過度に忠誠心を持たない、多少は広い見地で行政をとらえる、国民の奉仕者という自覚を持たせるということが一つの論点だろうと思います。
 もう一つは、T種試験でリクルートする幹部職員の数自体を減らす。ですから、もちろん課長、審議官、局長といったポストが一方であるわけですが、相対的にT種試験で下から上がっていく幹部職員の数を減らして、そのような中枢的なポストについても内部の登用試験ですとか外部からの中途採用とか、あるいは政治的な任命による議員ないし外部の人間をつけるとか、そういう形で人事の運用を多元化していくということが必要ではないかというふうに思っています。
#77
○橋本敦君 なるほど、ダイナミックに要請に応じてやっていくというわけですね。
 ありがとうございました。時間が参りましたので終わります。
#78
○泉信也君 自由党の泉信也でございます。きょうはありがとうございました。
 公務員の今回のいろいろな出来事に対しまして、参考人の先生方からもお話ございましたように、個々の人間は大変まじめに一生懸命やっておられる、むしろ構造的な問題だというふうに私自身は思っておるわけであります。
 しかし、お話にございましたように、やはり人事の制度そのものにまでさかのぼったいろんな考え方をしなきゃならない。その一つに、一生懸命やっている方を評価してあげるというような点がやや今の人事システムの中では欠けておるのではないかという思いをうかがわせていただきました。
 そこで、大臣の責任、先ほどのお話の中で例えば官房長はアポインティーとして任命するということがどうかというようなお話がございましたけれども、今回の不祥事でも三塚大蔵大臣が退任をされましたが、こうした国家公務員における不祥事の大臣の責任について、堺屋先生はどういうふうにお考えでいらっしゃいますでしょうか。
#79
○参考人(堺屋太一君) 二つ問題があります。
 一つは、おやめになる大臣は不祥事が起こったときに在任していた方と違うんですね。もし不祥事が起こったときに在任していた方ならそれは監督不十分とかいうことがありますが、去年起こっているのにことし任命された大臣がおやめになるというのは非常に不合理だと思います。むしろ今の大臣は過去の犯罪行為、不当行為について責任を持って処理する、勇気を持って人事を改造するということが必要で、大臣がどんどんおやめになるというのはいかがなものかと私は思っております。これは大臣だけじゃなしに、局長、次官もそのときの人がやはり問題であって、今の人を告発しても余り効果がないと思います。
 二番目の問題として、では在任中の大臣はいかにあるべきかということでございますが、これは今のいわゆる倫理の腐敗、お酒を飲んだとか金品を贈られたとかいうことについてはとても大臣は監督しかねると思います。ただ、そういうような事態が起こる仕組みをほっておいたということについてはやはり大臣の責任もある。大臣は行政についてかなり深い責任がありますが、個人の行動までは監督できないのではないか。したがいまして、官房長なりなんなり大臣が信頼する人を今のキャリア制度とは別にお連れになって、そういうことも情報収集された方がいいのじゃないかと思います。
#80
○泉信也君 きょう御提言いただきました中に、発覚した場合の職務怠慢の責めを負う御提言をいただいておりまして、こういうことが実際国会の中で、あるいは今申し上げました、大臣がもうおやめになっておられるとか、あるいは次官、局長が既に退官をしておられるというようなところにまでさかのぼって責任を問うというようなことが実態上できるのかどうか、このあたりはいかがでございましょうか。
#81
○参考人(堺屋太一君) これは行政処分の問題でございますから、退職された方に追加して二重に首を切るということはできません。だから、おやめになっていればあれなんですが、内部監査の方は毎年でございますから、おやめになっているという場合は非常に少ないと思いますけれども、少なくともそれでも国会に報告するなり、余りマスコミに出すのは私は賛成いたしませんが、国会に報告するなりあるいは内部で報告するなりして、そういうことに対する注意とそれからいわば道義的責任を明らかにするということが必要だと思います。
#82
○泉信也君 山口先生にお尋ねいたしますが、三番目に御指摘になりました日本の行政、政治の文化を変える必要がある、特に事前抑止の発想から決別する必要があるという御指摘をいただきました。
 確かにそうした方向に進むべきだと思いますけれども、役所側からいいますと、法律から最後は口頭による行政指導までかなり細かいことをやっておっても、何かトラブルが起きますとマスコミにたたかれる。そういうことを恐れるがために大変事前の対応をやるということでございますが、私は権限を移譲して規制を緩和するということを進めていくべきだ、自己責任という原則を確立すべきだという思いでございます。先生の一番目の中に、中途半端な規制緩和が進むほど官僚の影響力がふえておるという、この部分はどういう御指摘でございましょうか。
#83
○参考人(山口二郎君) つまり、中途半端だから弊害が起こるわけでありまして、要するに、規制緩和をしてある程度金融商品を自由に売ってもよろしいと。しかし、全く自由に大蔵省に対する何の告知もなしに売っていいかというとそうではなくて、各銀行で新しい商品をつくったら、それを事前にある程度説明をし、内諾を得てからじゃなきゃ売れないという、そういう意味での縛りが隠然と残っている規制緩和であったがゆえに今回の金融不祥事は起こったと。ですから、本当の意味での自己責任の規制緩和であればこういうことは起こるはずがなかったということが私が申し上げたかったことです。
#84
○泉信也君 それから、山口先生にもう一つ、裁量のコントロールというところで、国会のコントロール、通達などまで国会へ報告させたらどうかというお話がございました。
 これは、今の我々の委員会の制度の中でこうした問題を受けてこれを評価するというのはなかなか難しいところがあると思うんですけれども、実態的にどういう行政指導なり通達なりあるいは規則をつくってやっておるかというのはやはり国会で見る以外に方法はないんでしょうか。それとも、別のところでこういうものを専門的に見て、これはやり過ぎだ、おかしいというようなことをやる仕組みをつくるということはいかがでしょうか。
#85
○参考人(山口二郎君) 一つは、具体的な事例に即して行政機関の通達なり行政指導の適法性ということを裁判で争うということはもちろん可能ではありますが、現実問題としてそういうコストが非常に大きいという問題で司法面からのコントロールというのはなかなか難しいと思います。
 要するに、行政がそういう法解釈をしてさまざまな内部的なルールをつくっているものを、行政のわきにまた監督機関を置くというのは非常に非効率ではないかというふうに私は思うわけであります。しかも、法律をつくるのは国会であり、その法律の枠の中で行政を行うわけですから、これはやっぱりそれを監督する立場にあるのは何といっても国会ではないかというふうに思います。
#86
○泉信也君 もう一点だけ、堺屋先生、今回のこういう監視制度あるいは監察制度を考える場合に、私どもは性善説に立ってやった方がいいのか性悪説に立ってやるべきなのか、もしお話をお伺いできればと思います。
#87
○参考人(堺屋太一君) 今のお話ですけれども、私は、国会は民間の企業なりあるいはコンサルタントなり大学なりにもっと委託調査を出されたらいいと思うんです。通達は膨大でございますから、先生方が目を通されるのは現実に非常に困難だと思うんです。それで、国会が調査委員を任命されまして、その人たちに、どこそこ省の通達で我々の意に反するところはないか調べてみろというようなことをどんどん委託されて、そしてその結果をこういう参考人にお呼びになってお聞きになるというような制度を大々的にとればいいと思うんです。
 民主主義国家というのは官僚に対しては基本的に性悪論です。日本は性善説であります。水戸黄門なんという映画がございまして、水戸黄門は天下の副将軍だそうでありますから国家公務員であります。その国家公務員が各藩へ行きまして地方公務員と民間商人をやっつけるという話なんですが、そのときに必ず印籠が出てきて、その方ども、疑惑の数々不届き千万、よって入牢を命ずという話になるんですが、この不届き千万罪というのが成り立つんですね。
 これは、刑法第何条に基づいてよくないというのが法定主義なんですが、水戸黄門を見ていると、あの人は国家公務員で偉いから、不届き千万罪というので、役人が性善説に立っているものですから成り立っちゃうわけです。これは法治国家としてまことによくないことでございまして、やはり公務員が民の自由を侵しちゃいけないという前提で、不届き千万ではなしに第何条何号によってということにきちんとするようにしなきゃいけない。
 そういう意味で、この通達の監察なども民間のコンサルタントか大学の先生かそういう方々に国会がどんどん委託して調べられるのが正しいんじゃないかと思っております。
#88
○泉信也君 ありがとうございました。
#89
○水野誠一君 きょうは両参考人、ありがとうございました。
 私たちは、この間の行政改革の中で財全分離ということを非常に強く言ってまいりまして、両先生からもいろいろ応援をしていただいたわけですが、私たちの力不足もあって非常に中途半端な結果に終わってしまっているのかなということで反省はしております。
 特に私たちが申し上げたかったことというのは不透明な裁量行政、これは特に金融行政の中で不透明な裁量というのが今回の不祥事を生む温床にもなったというふうに思うわけですが、大蔵省という密室の中で優位にある財政が金融行政をゆがめるということ、これが相互の緊張感を失わせ、また不祥事をはぐくむ温床になったんじゃないか、こういうふうに理解をしております。
 その中で、今回のこうした特に公務員の不祥事というのが今話題になっているわけですが、これはややもすれば非常に枝葉末節的な部分であって、その解決というのを公務員倫理法をつくることによって解決しようというような動きというのはやっぱりちょっと違うのかな、それだけではないなと。むしろ常識とか品性の問題であって、それは教育というようなところまでさかのぼって考えなければいけないような問題かなとも思います。ただ、そういうことからいきますと、堺屋先生が御指摘になっているように、行政システムそのものに問題があるというところまでともかく我々はさかのぼって考えなきゃいけない。
 そこで、行革に対して堺屋先生は大変厳しい評価をされております、今回の橋本行革でございますが。省庁数の数合わせであるといったことで、大臣数と省庁数のリストラでしかないという感は確かに我々も、一緒にそれについていろいろ議論してきた立場でありますが、正直言って感じた部分でございます。
 私は、民間企業の経験が長かったものですから、そのとき橋本総理にも申し上げたんですが、もう民間企業では量のリストラというのは終わっている。そうじゃなくて、もう完全に質のリエンジニアリングの時代になっているということを申し上げた記憶がございます。まさに質のリエンジニアリングというのが、今回の御提案の中にある省庁の設置法を変えるということ、これにつながるのではないかなというふうに思っております。実は党内でも勉強会を既に始めておりまして、きょうお話しの内容というのは大変参考になる内容でございまして、ありがたいと思っております。
 その中で、確かに所掌範囲と権限というのがあって、権限という部分を廃止していく、切り落としていくことが非常に重要だと。この漠然とした権限というものが裁量行政、行政指導というようなものにつながるということで、全くそのとおりだと思うんです。もう一つ、その議論の中で出てくるのは、省庁の設置法というのは各省庁が実は自分たちでつくっているんです。これは、俗な言い方をすれば、まないたの上のコイがみずから包丁を振るっているようなものなんだという言い方もあるんです。そういうことで、冗談みたいな話ではありますが、では、それぞれが隣の省庁の設置法をつくったら非常に厳しい設置法になるんじゃないかというような冗談も我々党内では交わしていたんですが、そういうところで、設置法をつくっていく上で何かいい工夫なりアイデアがあればひとつ伺わせていただきたいと思います。
#90
○参考人(堺屋太一君) 設置法は大変複雑な法律でございまして、これの原案を審査する能力のあるのは恐らく内閣法制局しかないと思うんですね。私は、できれば衆議院、参議院の法制局が法案を作成する能力を持てばいいと思うんですけれども、これはむしろ国会審議の手続が主として大変な問題でございますから、そう簡単ではないと思うんです。
 外国では、特にアメリカでは各政党に立法機関がございまして、シンクタンクがありまして、あそこは議員立法しか認めませんから、そういう仕掛けになっています。では、この設置法を議員立法でできるかということになりますと、ほとんど困難だろうと思うんです。
 それで、結局、今何が起こるかといいますと、Aという官庁が設置法をつくります。Bという官庁が設置法をつくります。そうすると、間に二重の部分ができて、これが権限争議の根源になるわけなんですね。したがいまして、本当のことを言えば、今度できます内閣府、これが設置法の大枠をつくって、そして各省と協議をして、つまり料理人とコイが二人で包丁を振るうことになりますが、少なくとも料理人として内閣府というのを最初に設けまして、そこで設置法の大枠をつくる。そうでないと、恐らく今の状態で各省が設置法をつくり出しましたら、自分のところの権限を広げますから重複部分が物すごく出てくると思うんですね。
 これは、やってみると、各省庁もその重複部分の権限争議のうるささに閉口すると思いますから、ぜひこの内閣府の中にそういう機能を持って、もちろん国会のその委員会が関与されて、そして今言いました国会の委託調査の対象として法制局の参事官とか部長とかをされたような方々、弁護士の方々、行政法の先生方をグループとして委託調査の対象にして、そしてこの法律を十分に監視、監督されることが必要だと思います。僕はその意味で、国会が委託費を出していろいろと調査研究をなさるのが一番いいんじゃないかと思っております。
#91
○水野誠一君 ありがとうございました。
 山口先生に伺いたいんですが、今のお話の中でも例えば省庁設置法でも、本当に立法と行政というのが分かれているのかと。結局、なかなか議員立法というのは日本ではしにくいということもあって、実際の案は行政府がつくってくるという問題というのがどうもあるんじゃないかと思います、今情報公開法をまさに与党三党内でプロジェクトチームをつくっていろいろもんでいるところでございます。しかし、これは閣法ということで、実際一部修正したいというような問題が出てきても、関連する改正を要する法案というのは六百以上あり、千数百の省庁の部局がそれに了解しないと手が入れられないというようなことで、政治のレベルでそれを変えていくということは実際なかなかバリアとしては高いものがあるということを感じるわけであります。
 そういう意味では、今回の情報公開法、山口先生からごらんになってどれくらいの採点をいただけるものなのかということと同時に、もう一つは、その実効を上げるためにやはりそれなりの工夫というものが必要なんじゃないか。法律がすべてでなくて、それが効果を上げるということが重要でございますので、そういう点で何かいいお考えがあれば伺いたいと思います。
#92
○参考人(山口二郎君) 情報公開法ができるということは、私はそれ自体が非常に教育的な効果があると。ですから、今回の立法の最大の成果はそこだろうというふうに思います。
 内容を見ていきますと、さっきも申しましたが、特殊法人の情報をどうするかとか、あるいは正式の決裁を受けていない仮定の情報をどうするかとか、いろんな問題があります。また、役立つ情報がどこにあるかということがなかなか外部の人間にわかりませんから、公開法があっても欲しい情報がすぐに出てくるかどうかという問題もあります。そういう面ではまだまだ未完成といいましょうか、合格点にはまだまだ到達していないと思いますが、とりあえず法律をつくるということがまず大事だろうというふうに思います。
 運用の問題ということになるわけですが、これは自治体レベルでいろいろと情報公開を求める市民運動の蓄積があるわけでありまして、まずいろんな公開請求を出してみて、どのような情報が出にくいか、それで問題があればやはりきちっと司法の場に持ち込んで判例を蓄積していくといったようなことで、何年かかけてよりよい公開制度をつくっていくということが必要だろうと思います。
 それから、あわせて、やはり日本の公文書の保存と公開の仕方について根本的にこの際メスを入れるということが必要だろうと思います。アメリカですと国立公文書館にすべてのドキュメントが保存されて、外交文書なんかでも何年かたてば公開になるわけでありまして、やはり日本の場合もきちんとした情報の蓄積と検索のシステムというものをこれから構築していくことが必要だろうと思います。
#93
○水野誠一君 ありがとうございました。
#94
○菅川健二君 堺屋先生、山口先生、本日は貴重な御意見がございまして、ありがとうございました。
 もう既に諸先生方から課題というのは出尽くしておるわけでございますけれども、私は、行政は人が動かしておるという観点からしますと、公務員のありようというものが一番問題ではないかと思っておるわけでございまして、現行の公務員制度というものが非常に閉鎖的である、固定的である、それが採用、昇進、それから退職後まで行き渡っておるというところに問題があるんじゃないかと思うわけでございます。
 御案内のように、採用は学卒ですべてというか、ほとんど大半を採用しまして、しかも採用のときにキャリアとノンキャリアとを分けて、それぞれはそれぞれの道が、大体行く末が後々までわかってきておると。それから、退職後になっても出身官庁が終身、天下りの先からその次までずっと面倒を見ていくという閉鎖的、固定的なシステムというものがお互いのなれ合いなり、あるいは省益あって国益なしとか、あるいは業界との癒着という問題を起こしておるんじゃないかと思うわけでございます。
 一つは、その面で先ほど来出ております採用につきまして、学卒採用というものももちろん中心になるわけでございますが、あわせて中途採用、多様な採用の方途を講じていくということが一つ重要ではないかと思うわけでございます。
 それから二番目に、これは山口先生からもお話がございましたけれども、キャリアとノンキャリアが余りにも画然と採用のときから昇進が決まってきておる、昇進の道がおのずと分かれてきておるということについて、ノンキャリアの方にも成績次第によっては昇進の道を最高幹部まで上げていくという昇進経路の複線化が重要ではないかと思うわけでございます。
 それから、今まで出ておりません問題で、やはり退職後の問題、天下りの問題があるのではないかと思うわけでございまして、とりわけキャリア組というのは四十代の後半から五十代にかけて、ほとんどちょきんちょきんと剪定を受けるようにして退職せざるを得ない。肩たたきに遭いながら、あるいは喜んで天下り先に行く場合もありますけれども、やむを得ず行かされるということもあるわけでございまして、そういった面で基本的に本人が望めば公務員としての生涯を全うするというような道を講ずべきではないかと思うわけでございます。
 そういった面で、要約すればオープンな採用、そして多様な昇進コース、公務員としての生涯を合うさせるような道をつくっていくというような公務員のありようについて、堺屋先生、どのようにお考えでございましょうか。
#95
○参考人(堺屋太一君) まず第一に採用でございますが、課長になるまではある程度各省庁の間の流動性があった方がいいと思います。課長以上になりますと専門的になるので固定されることがあると思いますが。
 それから途中採用、これは相当やった方がいいと思います。だから、例えば管理職の一割とか二割とかというのは途中採用の人をもって充てるというような原則を確立してもいいのじゃないかと思います。
 三番目の昇進の問題、特に終身雇用の問題でございますが、これは役人というのは年限がたちますと必ず上のポストにしか行かないんです。だから、全員定年までとりますと、上が全部六十五歳になっちゃう。これが下がってもいいということにすれば、民間企業は窓際とか、下がったり、あるいは何とかといろいろしておられますが、この制度がどうかということが問題です。
 それから、次官、局長が一年でやめる、これも大変問題でございまして、場合によってはイギリスのように大臣が信任すれば長い間次官を務めるというようなこともあっていいんじゃないかと思います。
 最大の問題は天下りでございまして、これがやはりあらゆる意味で今の公務員の閉鎖社会をつくっておりまして、よその省庁に出向していても、最後にどの省でやめるか、それによって天下り先が決まるわけなんですね。私は、やはり高級公務員をおやめになってからしばらくの間シンクタンクのようなところで従来の特定の官庁にこだわった発想と違うような勉強をしていただいて、もちろん有給でしていただいて、その間に他省のこと、他のことも批判的にお互いに見ていくような機会があった方がいいのかなという気がいたします。
 天下りの問題というのは我が国の公務員法でどういうぐあいに変えたらいいのか、これは専門にひとつ取り組んで研究しなきゃいけないほど重要な問題で、生涯、役所に入りまして局長ぐらいまで行きますと、どんなに会社をたくさん図られてもその省の人として忠誠心を失ってはならないような仕組みになっておりますが、これはこの流動性の高い時代にやりにくい問題を生み出すのじゃないかという気がいたしますから、よく検討、研究したいとも思っております。
#96
○菅川健二君 ありがとうございました。
 山口先生、採用、昇進の問題は先ほど来お話をお聞きしておるわけですが、天下りの問題についてどのようにお考えでございますか。
#97
○参考人(山口二郎君) 天下りの受け皿として特殊法人というのがありまして、これは全体的な行政改革の中でなるべく民営化なり統廃合していくということか必要だと思います。
 それから、私は、中央省庁の公務員を長年勤めるということで得た情報とか立法の技術といったものはそれなりに大事な財産だと思います。そういうものをなるべく社会全体に還元するという観点でいえば、先ほど堺屋先生もおっしゃいましたけれども、シンクタンクですとかあるいは政策志向型のNPOみたいなものに活躍の場を求めていくという、新しい行政官のライフスタイルみたいなものがこれから必要になっていくんじゃないかというふうに思っております。
#98
○菅川健二君 ただいま両先生から天下りの問題が非常に重要だと言われたわけでございます。私も天下りを完全に今やめさせろというのは今の制度では非常に酷だなと。しかも、人材で、ある場合はむしろそれによるメリットもあるという面もあるわけでございますが、ただ余りにも閉鎖社会にそういった天下りというものが害毒を与えておる面については何らかの形で歯どめがいるし、そのためにはやはり公務員としては天下りがなくても行けるようなそれなりの方途というのをぜひ検討してみなくちゃならぬのじゃないかと思っておるわけでございます。いずれにしても、貴重な御意見、ありがとうございました。
 以上でございます。
#99
○委員長(竹山裕君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 両参考人には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、また質疑に対して御懇切にお答えをいただきまして、まことにありがとうございました。
 ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じます。
 本委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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