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#1
第142回国会 文教委員会 第14号
平成十年五月二十七日(水曜日)
    午前九時三十分開議
出席委員
  委員長 高橋 一郎君
   理事 稲葉 大和君 理事 遠藤 利明君
   理事 小川  元君 理事 河村 建夫君
   理事 肥田美代子君 理事 藤村  修君
   理事 富田 茂之君 理事 西  博義君
      大野 松茂君    奥山 茂彦君
      小杉  隆君    下村 博文君
      新藤 義孝君   田野瀬良太郎君
      戸井田 徹君    中山 成彬君
      野田 聖子君    渡辺 博道君
      安住  淳君    鳩山 邦夫君
      池坊 保子君    旭道山和泰君
      松浪健四郎君    石井 郁子君
      山原健二郎君    保坂 展人君
      粟屋 敏信君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 町村 信孝君
 出席政府委員
        文部省初等中等
        教育局長    辻村 哲夫君
        文部省教育助成
        局長      御手洗 康君
        文部省高等教育
        局長      佐々木正峰君
        文部省体育局長 工藤 智規君
        文化庁次長   遠藤 昭雄君
 委員外の出席者
        文 化 庁 長 林田 英樹君
        参  考  人
        (教育職員養成
        審議会会長)
        (東京学芸大学
        名誉教授)   蓮見 音彦君
        参  考  人
        (静岡県教育委
        員会教育長)  杉田  豊君
        参 考 人
        (中央大学教授)中野  光君
        文教委員会専門
        員       岡村  豊君
    ―――――――――――――
委員の異動
五月二十七日
 辞任        補欠選任
  佐田玄一郎君     戸井田 徹君
同日
 辞任        補欠選任
  戸井田 徹君     新藤 義孝君
同日
 辞任        補欠選任
  新藤 義孝君     佐田玄一郎君
    ―――――――――――――
五月二十六日
 美術品の美術館における公開の促進に関する法
 律案(内閣提出第一〇六号)(参議院送付)
同月二十五日
 中学校における和装教育実施に関する請願(池
 田行彦君紹介)(第二八六三号)
 同(粕谷茂君紹介)(第二八六四号)
 同(金田英行君紹介)(第二八六五号)
 同(河村建夫君紹介)(第二八六六号)
 同(久間章生君紹介)(第二八六七号)
 同(関谷勝嗣君紹介)(第二八六八号)
 同(野田聖子君紹介)(第二八六九号)
 同(平沢勝栄君紹介)(第二八七〇号)
 同(藤波孝生君紹介)(第二八七一号)
 同(牧野隆守君紹介)(第二八七二号)
 同(森山眞弓君紹介)(第二八七三号)
 同(奥田幹生君紹介)(第二九二二号)
 同(越智伊平君紹介)(第二九二三号)
 同(梶山静六君紹介)(第二九二四号)
 同(高村正彦君紹介)(第二九二五号)
 同(古賀誠君紹介)(第二九二六号)
 同(左藤恵君紹介)(第二九二七号)
 同(鈴木俊一君紹介)(第二九二八号)
 同(高鳥修君紹介)(第二九二九号)
 同(中山成彬君紹介)(第二九三〇号)
 同(桧田仁君紹介)(第二九三一号)
 同(平沼赳夫君紹介)(第二九三二号)
 同(細田博之君紹介)(第二九三三号)
 同(保利耕輔君紹介)(第二九三四号)
 同(松岡利勝君紹介)(第二九三五号)
 同(武藤嘉文君紹介)(第二九三六号)
 同(柳沢伯夫君紹介)(第二九三七号)
 同(渡辺博道君紹介)(第二九三八号)
 同(粟屋敏信君紹介)(第二九八六号)
 同(衛藤晟一君紹介)(第二九八七号)
 同(岸本光造君紹介)(第二九八八号)
 同(坂上富男君紹介)(第二九八九号)
 同(中山太郎君紹介)(第二九九〇号)
 同(保利耕輔君紹介)(第二九九一号)
 同(前田武志君紹介)(第二九九二号)
 同(村田敬次郎君紹介)(第二九九三号)
 同(森喜朗君紹介)(第二九九四号)
 同(山口俊一君紹介)(第二九九五号)
 同(吉田六左エ門君紹介)(第二九九六号)
 定時制・通信制教育の充実に関する請願(石井
 郁子君紹介)(第二八七四号)
 同(大森猛君紹介)(第二八七五号)
 同(金子満広君紹介)(第二八七六号)
 同(木島日出夫君紹介)(第二八七七号)
 同(穀田恵二君紹介)(第二八七八号)
 同(児玉健次君紹介)(第二八七九号)
 同(佐々木憲昭君紹介)(第二八八〇号)
 同(佐々木陸海君紹介)(第二八八一号)
 同(志位和夫君紹介)(第二八八二号)
 同(瀬古由起子君紹介)(第二八八三号)
 同(辻第一君紹介)(第二八八四号)
 同(寺前巖君紹介)(第二八八五号)
 同(中路雅弘君紹介)(第二八八六号)
 同(中島武敏君紹介)(第二八八七号)
 同(中林よし子君紹介)(第二八八八号)
 同(春名直章君紹介)(第二八八九号)
 同(東中光雄君紹介)(第二八九〇号)
 同(平賀高成君紹介)(第二八九一号)
 同(藤木洋子君紹介)(第二八九二号)
 同(藤田スミ君紹介)(第二八九三号)
 同(古堅実吉君紹介)(第二八九四号)
 同(不破哲三君紹介)(第二八九五号)
 同(松本善明君紹介)(第二八九六号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第二八九七号)
 同(山原健二郎君紹介)(第二八九八号)
 同(吉井英勝君紹介)(第二八九九号)
 教育諸条件の改善に関する請願(谷畑孝君紹介
 )(第二九〇〇号)
 カラオケ著作権使用料の五坪以下の料理飲食店
 からの徴収免除に関する請願(中林よし子君紹
 介)(第二九二一号)
同月二十六日
 中学校における和装教育実施に関する請願(臼
 井日出男君紹介)(第三〇一七号)
 同(亀井久興君紹介)(第三〇一八号)
 同(深谷隆司君紹介)(第三〇一九号)
 同(三塚博君紹介)(第三〇二〇号)
 同(与謝野馨君紹介)(第三〇二一号)
 同(吉田公一君紹介)(第三〇二二号)
 同(木村隆秀君紹介)(第一二〇九一号)
 同(田中昭一君紹介)(第三〇九二号)
 同(棚橋泰文君紹介)(第三〇九三号)
 同(津島雄二君紹介)(第三〇九四号)
 同(長勢甚遠君紹介)(第三〇九五号)
 同(相沢英之君紹介)(第三一三一号)
 同(遠藤利明君紹介)(第三一三二号)
 同(木村義雄君紹介)(第三一三二号)
 同(佐藤剛男君紹介)(第三一三四号)
 同(新藤義孝君紹介)(第三一三五号)
 同(谷垣禎一君紹介)(第三一三六号)
 同(綿貫民輔君紹介)(第三一三七号)
 教育諸条件の改善に関する請願(谷畑孝君紹介
 )(第三〇二三号)
 サッカーくじ法案の廃案、スポーツ予算の大幅
 な増額に関する請願(木島日出夫君紹介)(第
 三〇八六号)
 同(中林よし子君紹介)(第三〇八七号)
 同(保坂展人君紹介)(第三〇八八号)
 同(松本善明君紹介)(第三〇八九号)
 同(山原健二郎君紹介)(第三〇九〇号)
同月二十七日
 中学校における和装教育実施に関する請願(遠
 藤利明君紹介)(第三一八一号)
 同(山口泰明君紹介)(第三一八二号)
 同(笹木竜三君紹介)(第三二三六号)
 同(衛藤征士郎君紹介)(第三二九二号)
 同(藤井孝男君紹介)(第三二九三号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
五月二十七日
 ボールルームダンスを学校教育に取り入れるこ
 と等に関する陳情書(福島県河沼郡会津坂下町
 字松ノ目一五八九の三大竹悟外六名)(第三五
 一号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 参考人出頭要求に関する件
 教育職員免許法の一部を改正する法律案(内閣
 提出第六八号)(参議院送付)
 美術品の美術館における公開の促進に関する法
 律案(内閣提出第一〇六号)(参議院送付)
     ――――◇―――――
#2
○高橋委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、参議院送付、教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
 本案審査のため、本日午後一時から、参考人として教育職員養成審議会会長・東京学芸大学名誉教授蓮見音彦君、静岡県教育委員会教育長杉田豊君、中央大学教授中野光君の御出席を願い、御意見を聴取することにいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○高橋委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    ―――――――――――――
#4
○高橋委員長 これより質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。戸井田徹君。
#5
○戸井田委員 自由民主党の戸井田徹であります。
 代打でやらしていただきますけれども、教育職員免許法の改正案ということで、いろいろ文部省からの説明も受けましたし、私自身、それなりに自分のものとしていろいろそしゃくしておりましたところに、先生ということがやはり頭に浮かんでくるわけであります。
 学校の教員ということになりますと、先生ということで、私自身の頭の中に浮かんでくるのが、実は今度のこの通常国会のときだったと思いますけれども、在職二十五年の表彰を受けられた江藤隆美先生が、その演説の中でもって小学校のときの先生のことを引き合いに出して話をされておられました。そしてそのときに、教えられた詩を暗唱されて、その場で紹介されておりました一そしてそれは、私どもも非常に何人かが同じように感銘いたしまして、一度その詩を教えてくださいということで実は聞いたわけであります。その詩を今ここで御紹介させていただきますと、
  空いっぱいに広がった
  山のふもとのシイの木は
  根元に草も寄せつけぬ
  山の中から転げ出て
  人に踏まれたカシの実が
  シイを見上げてこう言った
  今に見ていろ僕だって
  見上げるほどの大木に
  なってみせずにおくものか
  何百年かたった後
  山のふもとの大木は
  あのシイの木かカシの実かこの詩を江藤先生は、自分の人生の目標であり、目的であり、また、いろいろな折々の自分自身を励ますものとして心に秘めて今日まで頑張ってきたと。議員生活が長いのがいいとは限らないということを言われるわけでありますけれども、しかし、二十五年の歳月頑張ってこれたその一番原点にそうした話があった。そうして考えてみますと、教員の占める位置というのは非常に大きなものがあるんじゃないかなと。
 かつて二十四、五年前に、当時総理大臣をされておりました田中角栄総理が、やはり教員というのは非常に大事なんだと、そして、その大事だという言葉が出てくる前に、自分自身の体験として、やはり小学校のときの先生の一言、そういうものが自分自身を大きく励ましてくれた、そういうことが多々あるわけです。
 振り返ってみますと、その人たちというのはみんな大正生まれで、言ってみれば、その当時の先生というのは明治生まれの人だったんだろうなというふうに思うわけでありますね。
 また、先ほどの江藤先生のあの詩ですけれども、実は私の母が大正生まれなんですね。江藤先生が実はこういうことを言っていたんだということでもって家でその詩を途中まで言いましたら、その先をやはり母がすらすらと言い出すわけですね。同じようにその当時の思い出というものを振り返りながら、やはり当時先生はこういうふうにしてみんな頑張れと、それぞれの家庭が裕福な家庭は少なかった、みんな貧しい家庭だったけれども、そういうふうにして励まされてきてみんな生きてきたんだというようなことを言うわけですね。
 そうやって考えてみますと、今我々の時代の先生、またさらに今の子供たちの先生というものが、当時の江藤先生やまた田中角栄元総理なんかの時代の先生たちと比較してみると、何かポイント違っている部分があるんじゃないか。まさにその大正時代の人たちが教わった先生というのは、人生の目的、そういったものを教えてくれていたんじゃないかな。ところが、今の時代というのは、逆にその先生自体が、人生の目的、自分たちの生きる意味、今教師をやっている意味、そういったことをどうも自分自身でもつかみ切っていないんじゃないかな、そういう気がしてならないわけであります。
 非常に感覚的な話ではありますけれども、しかし、そういうものを、今生きている日本人の中でもってみんながそれぞれ何となくそういったものを感じながら来ているんじゃないかな。そして、今まで起きてきたいろいろな事件というものを振り返ってみると、まさに子供たちを教える先生にそれを託していかなきゃいけない、そういう部分もどこか出てきたんじゃないかな。その流れとして今回のこういう教員免許法の一部改正案というものが出てきたんだろうというふうに思うんです。
 今長いこと申し上げましたけれども、今回のこの法案との関連性があるのかないのか、また、そういった教師がただ単に知識を教えるということでなしに、人間としての生き方を教える、そういうことというのはやはり根本に必要なんじゃないかと思うんですけれども、そういったことに対して大臣の御所見をひとつお伺いしたいと思います。
#6
○町村国務大臣 学校の先生の子供たちに与える影響力の大きさ、役割の大きさ、今戸井田議員御指摘のとおりだろうと思います。きっと、それぞれの方々がみんな自分の経験に照らして、あの小学校の先生は、あの中学校の先生はとそれぞれ記憶に残る方々がいらっしゃると思います。そして、そうした先生の影響力が大なり小なり一人一人の人間を形成する際の基礎にきっとなっているんだろうなと思います。
 ただ、なかなか最近の先生方も大変なんだろうなと思うのは、ある意味では、例えばよく言われているように、社会の価値観が多様化した、人間の生き方も多様化した、そうすると、その多様化した中で何を子供たちに的確に言ったらいいかということにどうしても戸惑いが出てきたりとか、いろいろかつてと違う状況というのがありますから、最近の先生方の苦労というのもまたそれなりに大変あるんだろうと思います。
 ただ、多分いつの時代も変わらない、先生に求められる素質といいましょうか素養といいましょうか、それは、例えば、要するに子供の、先ほど委員が言われました非常にいろいろな面、多様な面があると思うんですね。多様な能力、多様な興味、多様な関心、それをいかにうまく引き出すか、頑張ろうという気持ちを引き出すのもまた一つの先生の役割だろうと思いますね。そういう子供の持っているまさにやる気をいかに引き出すかということが大切であって、余り個別にわたる個々の細かい知識を教えるということも、基礎をしっかり身につけるということは重要でありますが、それ以上に、やはりいかにやる気を引き出すかということは非常に先生にとって求められる重要な要素だろうと。そういう意味の幅の広い指導力というものがないと、ただ細切れ的な知識を切り売り的に教えるというのでは、先生として十分な役割ではないんだろうと。
 そういう意味で、できるだけ指導力のある先生を育てていきたいということは、そういうところで私今回の法律改正につながってくるんじゃないのかな、そんなふうにも思っております。
 あと先生に期待するもの、それはいろいろありますが、ちょっとそれを述べていると多分二十分、三十分かかってしまいます。この程度にさせていただきたいと思います。
#7
○戸井田委員 大臣が、指導力のある先生が要求されているんだと。確かにそういう一面があるんだろうというふうに思います。
 そしてまた、私、今ちょっと太り過ぎていて、アスレチックに通っているんですね。そこにやはり先生でインストラクターがいるわけです。そうすると、我々が器械をどういうふうに使っていいかわからないけれども、ちょっとそこへ来て、この順序、やり方、強さ、そういったものを教えてもらうことによって、自分自身もやせたいという目的があるからその教えてくれるものが理解できて、それを着実にやっていけば成果が上がっていく、そこでまた本人も余計やる気が出てくるということなのだろうと思うのですけれども、同じように、子供も一緒だろうという部分があると思うのですね。
 いかに子供のやる気を引き出してくるか、砕拓同時という言葉がありますけれども、まさに子供が何かを求めて勉強したい、どういうふうに自分は生きていったらいいのか、そういうふうに考えているときに、やはりさっと外から手を出してくれる、またその道を示してもらえる、まさにそういう先生が言ってみれば理想的な先生なのかもわかりません。
 しかし、そういう先生をどうやって育てていくのか、またどうやってそういう先生、そういう素質のある人を先生として求めていくのかということを考えると、それを具体的なプログラムに仕上げていこうと思ったらやはり大変な部分があるのだろうなというふうに思うわけであります。
 今回の改正によって、一般大学の学部で教員養成が困難になり、ひいては戦後維持してきた開放制の教員養成が維持できなくなるというような意見があるし、またそういうことも聞いたことがあるのですけれども、これについてどういうふうに考えられるか。
#8
○町村国務大臣 そうした御懸念が一部関係者から出されていることを私も承知しております。
 ただ、これは戦前は御承知のように師範というような形で、主として師範を出た人が先生になるというある程度限定をされた姿でしたが、戦後は開放制という形で、もちろん教育大学等々もありますが、そうした特定の大学ではなくて、どこの大学で学んだ人も教員免許を取れる、もちろん一定のカリキュラムを経て、こういうことになるわけでありまして、今回の改正によりまして開放制の原則を変えるというつもりは全くございません。
 開放制の原則のもとで、どうやったら充実した教員養成が行えるかという観点で今回の改正を考えておるわけでございまして、もちろん関係者に御努力をいただかなければなりませんけれども、従来どおり私どもは広く一般の大学においても教員養成ができるようにということで、その前提に立って今回の法律改正を考えているということを御理解をいただきたいと存じます。
#9
○戸井田委員 基本的には今までと変わらないということなのですけれども、ある意味では、教師になりたい、教師になるために学校へ行くのだ、そういう使命感のもとに教師になるための学校に行ってというのが通常考えるにやはりパターンのように思えるのですけれども、それだけではなかなか対応し切れない、そういう時代に入ってきたということを先ほど大臣がおっしゃられていましたけれども、確かにそういう部分があるのかなと。
 ですから、自分が詳しいことはわからなくても、この人に聞けばいいのだ、またこの道を追いかけていけば本人が希望することが求められるのだ、そういうことを利用していくという必要があるのかな。昔の先生というのはある意味でオールマイティーというものが要求されていたし、またそれにこたえていたかもしれない。しかし、今の時代、そういう範囲が広くなればなるほどオールマイティーでありたいと思ってもあり得ない部分がある。それをどうサポートしていくかということもやはり新しい道としてあるのかなという感じがするのですね。
 そういう意味で、社会人の活用ということが言われているわけであります。我々でも、自分が出た学校にしても私の子供が通っていた学校でも、近所の昔の生活、昔の農家の生活とかそういうことがわからない場合に、実際にそのときのわらをいじっていた、またわらでもっていろいろなものをつくっていた、そういったお年寄りを呼んできて、そのことを実体験として学んでいく部分、そういうものが現実にやられているわけですね。
 そういうことを考えると、確かに子供にとってはそういうものが非常に勉強にもなるし、写真で示される、または絵で示される、そんなことよりも、目の前で現実にそういうことをやってもらう、実演してもらう、またその物のつくり方を教えてもらう、そういうものこそまさに勉強になっていくのだろうというふうに思うわけですね。
 社会人の活用というのは、まさにそういう分野のところをもっと広げていこう、もっと枠を広げていきながら、そういう一般の人の知恵、知識を子供のために活用できるように、また先生が知らない部分もそれでサポートできるようにということで考えられた制度じゃないかなという気がするのですけれども、その辺のことをちょっと詳しく御説明いただけたらありがたいなと思います。
#10
○御手洗政府委員 御指摘ございましたように、学校教育は単なる知識を教えるということではなくて、中教審答申も御指摘のように、生きる力をどう養っていくかということが極めて大事でございます。そういった意味で、一般の社会人の方々、先生御指摘のような地域の方々を学校教育の授業あるいは部活動、特別活動等さまざまな分野に迎え入れるということは大変大事なことでございまして、現在でもいろいろな工夫がされているわけでございます。
 しかしながら、正規の授業を正式に継続的に教えるというためには教員免許状を持たなければならないという免許制度上の建前がございますので、年間を通じて計画的に一定の時間、ある一定のまとまりのある単元、そういったものを教えていただくということを可能といたしますために、前回、昭和六十三年に教員免許法の改正を行いました際に、特別非常勤講師制度という制度を設けたわけでございます。
 これは、先生御指摘のように民間で他の職業等に従事しておられる方々を非常勤講師として学校に迎え入れるということでございまして、現在、主として中高等学校を中心として、平成八年度でございますけれども三千五百件余りの実績がございます。その中には、例えば小学校でも民俗芸能ということで音楽の時間で和太鼓を集中して教えてもらうとか、あるいは中学校のクラブ活動で、正規のクラブ活動でございますけれども、ちぎり絵というような伝統的な芸能を教えてもらうとか、あるいは高等学校等におきますと、もっと専門的に演劇であるとか商業のマーケティングであるとかあるいは保健関係の救急看護であるとか、そういったような形で系統的に受け入れているところでございます。
 今回は、そういったこの十年間の経験等にもかんがみまして、多少の制限がございました制度、小学校及び特殊教育諸学校につきましても全教科に拡大するということで、小学校、中学校、高等学校、特殊教育諸学校、すべての教科で例外なく特別非常勤講師制度ということで社会人の方に責任を持って教えられる道を開こうということをお願いをしているわけでございます。
 あわせまして、今まで都道府県教育委員会の許可を受けてということにしてございましたけれども、これをもっと使いやすくするということで、市町村教育委員会、あるいは私立学校でありますと学校の設置者からの都道府県教育委員会への届け出に改めさせていただくということで、これをもっと推進するための免許状の制度を整えたいということでお願いしているところでございます。
#11
○戸井田委員 そういう制度というのはこれからどんどん恐らく広がっていくのだろうなというふうに思うわけであります。
 また同時に、教員になろうとする学生が教育実習というものを当然やるわけでありますけれども、その教育実習を二週間から四週間に倍にふやすということが出ているわけであります。これは私ども感じるには、倍でもまだ少ないのじゃないか、できれば三カ月ほどのそういうものが必要なのではないかな、現実にそういうものを体験していく過程の中でもって、一月で本当に子供のいろいろな面が見られるのだろうかというふうに疑問を持たざるを得ない部分があります。
 ましてや、今までの二週間というのは、何となくあいさつしてそれでもう終わりみたいな雰囲気があるだろうし、逆に言えば、その実習生を指導する先生の対応の仕方によっても、かなりの違いが出てくるのではないかな。中には、聞くところによると、そのままあなた勝手にやりなさいという先生もいれば、きちっと懇切丁寧にいろいろなことを教えたり、先生の違いによっても、その実習効果というものは出てくる場合と出てこない場合とある。ということになれば、やはり二週間というのはまさに短過ぎると思うわけでありますし、四週間にふやすということはいいことだと思うのですけれども、僕は、またそれをさらにもっとふやす必要があるのじゃないかなと思うのです。この二週間から四週間というのはなぜそういうふうになったのか、その辺のことをちょっとお聞かせいただきたいのです。
#12
○御手洗政府委員 教育実習につきましては、現在、最低の必修単位時間が、小学校では四週間、これに事前・事後指導ということで五単位、こうなっているわけでございます。これに対しまして、中高等学校では最低の必修期間が二週間ということで、これに事前・事後の指導が一単位つきまして三単位ということに、小学校と中高等学校で異なっているわけでございます。
 これも、前回、六十三年の改正の際にもさまざまな御議論がございまして、もっと延ばすべきではないかというような御意見があったわけでございますけれども、なかなか、とりわけ中高等学校におきます現場の受け入れ体制が整わないというような受け入れ側の困難等がございまして、事前・事後の指導を一単位つけ加えるという形で、前回法改正をさせていただいたわけでございます。
 今回、その後の経過等を踏まえまして、とりわけ中学校長会におきまして、現在におきます学校、生徒指導をめぐる状況、あるいは今後の国際化や情報化等に対応する教育のあり方等々を考えた際に、今回の教養審の審議の過程におきまして、いろいろな困難を伴うとしても中学校長会として全面的に受け入れ体制を整えたいというような大変力強い御支援もございましたので、今回、とりわけ義務教育部分ということで、中学校部分につきましては、小学校と同様に四週間にこれをふやすということで考えまして、免許法の改正をお願いしているところでございます。
 実際には、特に教員養成大学等におきましては、さらにこれに一、二週間つけ加えて実習をする、あるいは、小学校と中学校との両方の免許を取ります際には、現在でも小学校四週間と中学校二週間それぞれ必要であるというようなことで、かなり条件が整った教員養成学部等では、実際問題として免許法上の必修単位のほかに、各大学の方でそういったカリキュラムを組んで実習をしているという状況でございます。
#13
○戸井田委員 将来にわたって、もう少し長く実習の時間をとるというようなことはないのでしょうか。
#14
○御手洗政府委員 教員養成のレベルをどの程度にするかということは、大変難しい課題でございます。現実に、開放制という原則のもとに教員免許制度の水準をどう維持していくかということで、前回もかなり教職重視の方向で、教育実習の事前・事後指導のほかに、特別活動であるとか教科教育法であるとか、かなり単位をふやすという方向で改正をお願いしたわけでございますけれども、今回は、今の開放制という枠の中で、全体の総枠の小中高等学校でいきますと五十九単位という枠の中で、できるだけ教科専門科目の必修を削りまして、教職科目の方へシフトするという形でお願いをしているわけでございます。
 教員の資質向上につきましては、当然、養成段階におきます訓練と同時に、免許状を持った候補者の中からできるだけ熱意のある、将来の指導性の期待できる優秀な教員を採用試験で選考するということも大事でございますし、そのための面接重視あるいは実技重視等々の工夫も、各都道府県教育委員会で行っているところでございます。
 さらに、前回、同じ六十三年でございますけれども、免許法の改正とあわせまして、今先生御指摘の点にかかわることでございますけれども、初任者研修制度というものを導入いたしまして、教員につきまして、一年間の条件つき採用期間中に、学校内あるいは教育センター等の集中的な講義や、さらにはボランティア体験等を含みます一年間の系統的なカリキュラムのもとに、代替教員等の予算措置も準備をいたしまして、計画的に初任者研修制度を実施するということで、養成段階の後の初任者段階の研修というものの制度化を同時に図らせていただいております。
 また、その後、五年目であるとか十年目であるとか二十年であるとか、そういった教職の経験に応じまして体系的なプログラムを用意しようということで、国の方におきましても必要な予算措置を講じまして、各都道府県教育委員会等に、計画的に採用後の教職の過程を通じまして体系的に資質向上を図るという施策もあわせて行っていくということは、極めて大事であろうかと存じておるところでございます。
#15
○戸井田委員 たくさんお聞きしたいこともあったのですけれども、あと五分ということなんです。一つは、やはり福祉、ボランティア体験、そういったものも、流れとしては恐らくそういう方向に行っているんだろうなというふうな感じは、私自身持っているわけであります。また同時に、外国語のコミュニケーションまた情報機器の操作を必修化するというようなことも言われているのですけれども、今度の緊急経済対策でもってインターネットを全学校に引いたらどうかという話もあったわけですね。
 だけれども、そういうものを考えてみると、やはりそれをきちっと理解していて子供たちに教える、そういう先生がいるかいないかというのも大事な部分だろうと思うのですね。そういった意味で、その分野もこれからますます力を入れていただきたいと思いますし、また、恐らく学校の中でも、これからはそういうものを扱えない人が先生にはなかなかなりづらくなってくるのかな、そういう気もするわけであります。
 ただ、そういった中でもって一つ忘れてならないのは、この間、阪神の大震災のときも、また神戸の例の中学生の小学生殺傷事件、あのときにも、私は神戸の教育委員会に行って、いろいろな事情もその当時間かせていただきました。そのときにやはり要望として出ていたのが、スクールカウンセラーというものを配置してほしい。なるほどな、まさにそういうときにこそそういう人材が必要なのかなというふうに、そのとき実は思った次第であります。
 そのスクールカウンセラーなどと同時に、養護教諭が最近また重要視されてきている。先日テレビでも、ある学校の保健室の実態というものが出ていましたけれども、我々が知っている保健室と全く違う状況であります。ですからこそ、養護教諭というものが現実にかなりの活躍をする場が出てきているのかな。また同時に、保健室の中だけでなしにもつと生活面でのこと、性教育ということもあるのでしょうけれども、また最近の薬物乱用、これが現実に高校、中学まで及んでいるという実態を考えてくると、この養護教諭というものが大切なのはよくわかっているわけであります。
 同時に、授業に出るという話があるわけですけれども、そうすると、その忙しい保健室を空にして行かなければならないということになると、現実に二人ぐらい必要になってくるのじゃないかなということも出てくると思うのですね。そういったところもかなりの問題がありながらも今回の法案になっていると思うのですけれども、その辺の事情もちょっとお聞かせいただきたいと思います。
#16
○御手洗政府委員 養護教諭につきましては、現在、複数配置の基準は三十学級以上ということで、原則的には一校に一人配置という状況であることは御指摘のとおりでございます。
 今回、養護教諭につきまして、保健の授業を担当することを可能にする措置を設けましたのは、いじめや登校拒否、薬物乱用、性の逸脱行動等のこういった問題に対処するために、養護教諭が日ごろから持っております児童生徒に対する指導の経験あるいは専門的な知識、技能というものを学校教育の中でより活用してはどうかという御意見が、現場の養護教諭の団体やあるいは責任者である校長の方から大変強い希望があったわけでございます。今回は制度的に、各学校の実態に応じまして、校長の責任のもとに、関係教職員の理解を得ながら、例えば性教育であるとかあるいは薬物乱用のことであるとか、そういったことをある程度まとまりた形で養護教諭が責任を持って授業ができるというような道を免許制度上可能にさせていただきたいということで、お願いをしているところでございます。
#17
○戸井田委員 時間が参りましたけれども、かつて、先ほど話のありました田中角栄総理のときに、学校の教職員の給与をもっと上げい、大変大事な職業なんだから、職業というか大事な立場なんだ、そのためにも給与を上げる必要があるじゃないかということで、人確法が制定されたわけであります。将来日本を支えていく子供たちを教える先生の重要性というものは、みんなが認識していると思うわけであります。そういう流れのことを考えていったときに、これからまさにこの高い給料に値する先生がたくさん育って、そして将来の日本を支えてくれる子供たちをきちっと導いてくれるよう、そういう法案であるよう心から願って、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
#18
○高橋委員長 次に、藤村修君。
#19
○藤村委員 民主党の藤村修でございます。
 教員の免許法の一部改正につきまして、三十分でございますが、幾つかお聞きをしておきたいと存じます。
 まず、先ほども局長の説明にありました、今回の改正というのは、昭和六十三年に、当時は大規模なというか最大のというか、相当大きな免許法の改正をして、それからまだ十年たっていない現状でございます。
 例えば、六三改定では、生徒指導あるいは特別活動が新設をされ、単位がふえました。その実施に当たって、その担当者を配置する条件等が行政的にはそのときは別に措置されず、一般大学でも負担増のみであった、これは国大協の意見で述べられているわけであります。あるいは、教養審カリキュラム等特別委員会においても「生徒指導や特別活動に係る科目については、扱う内容が伝統的学問領域と必ずしも整合しないなどのため、学校の実態を踏まえた実際的内容も求められているにもかかわらず、適切な担当教員が確保できなかったり、ごく狭い領域に偏して教授されている例が見られる」と、六三改定についていろいろ反省やら総括やらあるのだろうと思うのです。
 今回、十年を経ずして、一昨年ですか、文部大臣から教養審に諮問をされて、昨年の七月ですか、答申が出て、それに伴ってこの法改正という段取りは、やや拙速ではないかなという思いがするのです。まず、その六三改定、十年を経ていませんけれども、そのときから入った人が今やっと教員になって二十四、五歳ですか、何の評価もまだ出ないのじゃないかと思うのですけれども、その六三改定に対する評価あるいは問題点を説明いただきたいと思います。
#20
○御手洗政府委員 御指摘ございました前回の改正につきましては、先ほど申し上げました教育実習の事前・事後指導にあわせまして、生徒指導や教育相談及び進路指導に関する科目の新設など、現在と同じような考え方で行われたところでございます。前回の法改正以来十年が経過しておりますし、また今回改正をいただきましても、平成十二年度から全面的にすべての入学生に適用するということになりますと、そのまた卒業生が出てまいりますのは、さらに十二年度から四年先ということでございます。この間、学校教育をめぐりましては、国際化や情報化等、社会の変化への対応という、学校教育あるいは我が国社会全体をめぐる大きな変化がございました。同時に、その後校内暴力やいじめ、登校拒否、薬物乱用等につきまして、さらに当時と比べますとかなり深刻な事態が学校現場で生じているというような状況があるわけでございます。
 六十三年改正後の新規採用教員の資質につきまして、教員養成審議会の答申に至る過程で行われました各都道府県教育委員会等へのアンケート調査によりまして、特に教職につく明確な意思や使命感の自覚、これが欠如しているとか、教職に関する専門的な知識、さらには生徒を把握して的確に指導していく能力あるいは同僚や保護者とのコミュニケーション能力、こういった点について極めて不十分であるといったような御意見もあったわけでございます。今回は、これら現場のニーズを踏まえまして、さらに各大学におきまして、独自性のある教員養成カリキュラム、さらには具体的な教科のシラバス等も含めました改善等にぜひ取り組んでいただきたいというようなことも含めまして、全体として教育実習の期間延長を含みます教職重視の方向へとさらに改善を図らせていただきたいというものでございます。
#21
○藤村委員 まだ成果、評価は定まっていないが、その間のアンケートなどによって、もうちょっとこうしたらいい、ああしたらいい、そういうことを今回盛り込んだ、つまり六三改定からそれを経た、あるいはそれを踏まえた後の微調整、一部の前向きな改革、こうとらえてよろしいのですか。
#22
○御手洗政府委員 六三改革を踏まえた微調整というよりも、教職重視の方向につきましては、全体としての五十九単位の中でかなり思い切った改革を行いたい、こういうつもりでございますし、さらに新たに、教科または教職という形で、大学あるいは学生のニーズに応じて選択的に履修できる必修単位枠というものを設けていくというようなことにつきましても、カリキュラム編成におきましてはかなり思い切った変革を迫るものではないか、こう考えているところでございます。
#23
○藤村委員 かなり思い切ったのをまだ十年経ずに、あるいはその成果、評価がまだ定まらないうちにやるというのも、先ほど説明の一部にありました社会の変化ということで、特に最近児童生徒の校内暴力、いじめ等々、こういう社会情勢に対応した改革ということはそれなりに理解できるのです。
 ただ、今の社会情勢にある程度対応するという面では、これは今回の趣旨にも書いていますけれども、結局は、教員の養成、採用、そして採用後の研修、この各段階で教師というのはやはり鍛えられていくし、理想の先生ができていく。特に、割に即効性のある対応というのは、採用の部分が私は一番やりやすいのじゃないかと思うのです。つまり、教員養成というのは割に息の長い話でありますし、その効果、成果が出てくるのも何年か先、ただ、こういう今の社会情勢、特に中学校のいじめ、不登校、校内暴力など、これに対して、ある程度即効性のある教員の採用の部分でやったらどうか。
 例えば、これは平成九年度の採用試験の数を全国的に資料をいただきましたら、例えば中学校の先生になりたいということで、各都道府県教育委員会で試験を受ける人が五万三千五十二人、これは平成九年度ですが、実際に採用されて先生になる人というのは五千六百七十六人ですか、九倍から十倍の大変高い倍率。つまり、これは採用者側にとっては大変有利なことであります。たくさんの人が受けてくれて、その中から、本当に今の時代というか、また当面のことも念頭に入れて、こういう人が入ってくれたらということで採用できるわけであります。だから、採用の部分で今は非常に、いわば採用者側に有利な時代でありますから、ここをもう少しインパクトを持ってやることの方が、より即効性というか、今の時代に割に即応した対応ではないかなと思うのですね。
 それにつけても、結局は今こうしてたくさん受けてくれる。それは、たくさんの教員免許を取る人がいるから、その人たちの中から多くの人が受検をする。そして、その中から、ある意味では相当厳しい選考を経て先生を採用することができる。これはいいことだと思うのです。
 ただ、教員免許を取ることにだんだんに魅力がなくなるといいますか、そういうことにはならないか。あるいは大学側も、今回の改正によって負担がふえたりしないか。一つは、大学側の負担については、今回教職に関する科目の増加ということで、特に一般大学学部において、担当者の新たな採用などが必要である。
 あるいは二つ目には、学生にとっては、これは一般大学学部において、特に教職三十一単位というのがはみ出て、いわゆる大学卒業単位にまだはみ出たところに教職三十一が出てくる大学も大分出てくるのですね。これは大学によってそれぞれ裁量があるのです。となると、卒業単位にさらに三十一単位取らないと免許がまだもらえない。学生にとって若干負担感がふえるのじゃないか。
 それから三つ目は、今の現状でございますが、学校の先生というものに対する、ややイメージダウンといいますか、これは文部省からいただいた資料、それも最近のということでお願いしたら、例えば、教員住宅でテレクラ、二十五歳小学校教諭を逮捕とか、自室に覚せい剤所持、女教諭が覚せい剤、月に五回から十回吸引、中学校教諭を逮捕、買春条例違反などなど、これはかつても同じようにあったけれども、やはりマスコミ報道の中でこういうふうに取り上げられることで、イメージとしては、先生も余りよくないのじゃないかなという、今度は学生側のイメージダウンによる先生になりたい人の低下などを考えますと、今回の改定が教員免許を取る人を今後ふやすことになるのか、あるいは減らすことになるのか、一体どちらなんですか。これは、わかりませんではちょっと無責任なんですよ。どうぞ。
#24
○御手洗政府委員 現在、御指摘のように、教員の採用状況というのは、言ってみればかなり買い手市場ということになっているわけでございます。今回、教職単位をふやすということで、あるいは中学校で教育実習が二週間から四週間に延長されるというようなことで、先生御指摘の点について申し上げますと、断言はできませんけれども、教員の免許状を特に中学校で取得するというような学生の数は減っていく方に影響するであろう、このように私ども思っております。
#25
○藤村委員 では、減っていく理由をもう少し述べてください。
#26
○御手洗政府委員 大学では百二十四単位、学部の卒業要件がございます。教員養成大学学部におきましては、教員養成大学学部におきますすべての教科科目が学部の百二十四単位の卒業要件に換算されるということは、その目的からして当然でございますけれども、他の一般大学、法学部、経済学部あるいは理工学部等におきましては、それぞれの学部の目的、学科の目的のために必要な単位を百二十四単位ということで、卒業までに専門科目、一般教育科目を含めまして取らなければならない、こうなっております。その上に、教職に関する科目につきましては、先生御指摘の、今回の改正によりまして、中学校では十九単位から三十一単位、別途取得しなければならないということになりますと、学生にとっては、これは確かに四年間の勉学の中では負担になるということでございます。
 さらにまた、二週間の教育実習ということで、一般の授業から離れて、学部の授業も行われているわけでございますけれども、その学部の授業から離れて現場の実習をしなければならないということが四週間になるということになりますと、一般の授業の履修というものについて、それなりの影響が出てくるということは避けられないことでございますので、学生の心理といたしましては、余り強い教職希望の意思のない学生については、敬遠するというような方向に影響するのではないか、こう考えているところでございます。
#27
○藤村委員 これは非常に、基本的に国策の問題でありますので、町村大臣にも、ちょっとその感想といいますか。今、今後学校の教員免許を取る人は減っていくであろうということでありました、この改定によっても。このことが我が国にとって、それを目指すのか、いいことなのか。いや、余り減らない方がいいんじゃないかと私は思うのです。さっき申しましたように、たくさんのそういう免許を持った人の中から、教員採用試験をたくさん受けてくれて、そこからまた非常に絞って、いい先生をやはり採用できるという側からとっても、免許取得者が減っていくということはいいことなのかどうか、ちょっとその辺、お考えを聞かせていただきたいと思います。
#28
○町村国務大臣 ここ十年ほどの動きを全体の数で見ますと、公立の学校の受験者と採用者の比率を見たときに、例えば平成元年、受験者数約十五万人、採用者数約三万四千人ということで、四・五倍。これが平成九年度ですと、受験者数は若干減って十四万七千人、採用者数は半減ですから、一万七千人。倍率は八・八倍ということで、四・五倍が八・八倍にまではね上がってきているという状況。
 あるいは、免許を取得した人の数と採用者の数を見ると、平成元年は、取得した人の三七%が教員として採用されていましたが、九年度は一七・七%、十人のうち二人程度ということであります。これは私は、かなり高い率だ、こう思いますね。もちろん、大勢の学生が教員志望だというのは大変うれしいことでありますが、それにしても随分高いなという気はいたします。
 ですから、今局長が答弁したように、若干教職希望者が減ったとしても、基本的な倍率というのは、ある意味では変わらないんだろう。というのは、まだまだ生徒数も減りますし、それにつれて、完全に比例するわけじゃございませんが、採用者数も減るという傾向があるわけでありますので、そういう意味で、私は基本的には心配はしておりません。
 むしろ、これはいろいろな形で、結局教育にも税金を使っているわけでありますが、十人のうち二人採用された人に税金を使うことは、それなりの意味があると思いますが、採用されない八人についても相当な税金を使うということについて、果たして納税者の皆さん方の理解がどこまで得られるんだろうかな。完全に一対一の対応であるということは、それは不可能だと思いますが、それにしても、教員養成の間口が私はいささか広過ぎるのではないのかなと。
 したがいまして、国立大学では、教員養成の数を減らしてきております。これは僕は、ある意味では当然のことだろうな、こう思っております。私立の大学の方が多分余り変わっていないんだろうと思うのですが、果たして社会のニーズが、ニーズの質は変わらないと思いますが、数の面で見たときに明らかに減っているときに、なおかつ従前どおりの養成をしているということが本当にいいことなのかどうだろうか。その辺は、もちろん私学の場合は経営ということもあるのかもしれませんが、もうちょっと考えていただいてもいいんじゃないのかとは思っております。
 ただ、私は、やはり今回の改定をすることによって、より質の高い、指導力のある先生が、そういう志望者が採用されるようにと思っておりますので、そういう意味では、やはり質の高い教員養成を確保したいという意味で今回の法律改正をお願いをしているというところは、御理解を賜れればありがたいと思います。
#29
○藤村委員 医師の養成数をどうするかということと、大分質は違いますけれども似ているわけで、今の文部大臣のお考えというのは、子供も減ってくるし、あるいはきょうまでの実績を見ると、余りに養成が多過ぎたのじゃないか、こういうお考えのようですから、今回若干減っていくことは問題ない、そういう見解だと思います。
 ちょっと細部について幾つか急ぎ足でお聞きします。
 まず、教職に関する科目の単位数の充実を図ること、これは重要だと思います。ただ、悲しいかな、全体は、教員養成大学も四年制でありますし、枠は変わらないので、片や教科に関する科目が半減したり、相当減少する、これが必然となりますが、このことについて、文部省、どう考えているのでしょうか。
#30
○御手洗政府委員 御指摘のとおり、今回は、全体として五十九単位という必修単位の中で、教科に関する科目を減らしまして、教職に関する科目を充実するという形で改正をお願いしているわけでございます。しかしながら、教科に関する科目は、先ほど申しましたように、学生が所属しております専攻分野、物理学であるとか国文学であるとか法学、経済学等々、そういった専門科目にかかわる単位を、教職に関する教科の専門科目、教職免許状取得に必要な教科に関する科目ということで、言ってみればダブル認定と、言葉は悪うございますけれども、しているわけでございますので、今回、この中高等学校の場合に四十単位から二十単位にまず一律半減するということにいたしましても、そもそも学生が所属する専攻分野におきます大学卒業全体の百二十四単位、専門科目を含め百二十四単位というそのものに直接影響するものではございませんので、教科の専門性、そういったものについては水準は保たれるもの、こう考えているところでございます。
#31
○藤村委員 そうすると、今度は、じゃ、その教職に関する科目の内容ですが、これは、昨年の教養審第一次答申で、別表ということで、これも案ということで出されておりまして、これは多分施行規則ということになると思いますが、これは教養審案をほぼそのまま施行規則に盛り込む、こういうことでよろしいですか。
#32
○御手洗政府委員 御指摘のとおり、教養審におきます具体的な教科科目のあり方を積み上げまして、今回の法改正、五十九単位の教科、教職並びに教科または教職という単位数の割り振りを法律改正にお願いしているところでございますので、私どもといたしましては、教養審の答申に示された内容そのままの形で教育職員免許法施行規則において規定をいたしたいと考えているところでございます。
#33
○藤村委員 これは文部省令ですね、施行規則ですからね。法案が通れば今からそれはっくられるわけで。
 それで、教養審のをそのままと言わずに、私、今回新たに選択方式を導入し、大学独自の教員養成理念を重視して教員の多様化を実現するということは非常に評価できると思うのです。ただ、中学一種免許に代表される一部の免許については、選択の幅は非常に狭いように思います。得意分野と個性を持つ教員養成となっていないのではないか。だから、特に、中高一貫が先日衆議院を通過いたしました、そうなると、中高というのは今後一緒に、やはり中等教育というカテゴリーで考えていくべきですね。今の選択幅が中学校の教員一種に非常に狭いというのは、もうちょっとこれは弾力的に考えられないものだろうか。いかがですか。
#34
○御手洗政府委員 御指摘のとおり、教科または教職の選択履修の幅が、中学校は八単位に対しまして高等学校十六単位ということで、かなり中学校が少ないということは御指摘のとおりでございます。これは、今回の改正のまず第一の趣旨でございます、必要な教職の最低限の指導力を身につけさせていただくという観点から、中学校につきましては、現在の生徒の状況あるいは学校運営の状況等にかんがみまして、できるだけ小学校に近づけた形で教職を重視するということにいたしました関係上、結果的に、残った選択履修の部分が高等学校に比べて少なくなったということでございます。最低限の必要な中学校教師に求められる教職科目のカリキュラムを構成するという目的と、それから、その上でできるだけ大学や学生の興味・関心、能力に応じた弾力的なカリキュラムを編成し、選択の履修をしていただく、この二つの要請を、中学校段階と高等学校段階で結果的に単位数が異なったということで、課題はあろうかと思いますけれども、御理解いただきたいと思います。
#35
○藤村委員 今の局長の説明は、どっちかというと、義務教育だからということもありますが、中学校は小学校に近づけているんだ。でも、つい先日我々が議論してやったのは中等教育学校でありまして、中等教育をカテゴリーとして考えているわけですね。小学校に近づけるのじゃなしに、中学校はむしろ高校に近づけるべきじゃないですかね。それでないとこれは議論の整合性がとれてこない。そういうことをやはりこれは盛り込んでいただかないといけないと思うので、希望をしておきたいと思います。
 それから、教育実習、先ほどもありましたが、中学校長会は、全面的に考えてちゃんとやりますという答申であったという話ですが、現時点でも、教育実習というのは必ずしも歓迎されていない。特に、例えば、六月大体みんな行きますね。四、五、六、学校の方も中間試験とかなんかあってなかなか忙しい。あるいは、新入生、一年生が入ってきてまだ三カ月、なかなか慌ただしい。そういう中で、学校においては余り歓迎されていないということがあって、特に、附属高校を持つ教育学部の大学だったらいいのですが、一般大学、一般学部からは、教員志望の学生が実習先を見つけるのがなかなか難しいというふうに聞いているのですね。
 今回、特に中学校だったら二週から四週ですか、倍になりますよね。これでさらに教育実習の受け入れが難しくなるのじゃないか。校長会はやりますと言っていますが、現場の先生、本当にそうなのか、あるいは学生もそれだけやりたいと思っているのか、その辺、私、教育実習がふえることは反対じゃないのですけれども、実際的にちゃんとやれるかどうか。もしやれなかったらどうするのですか、二年に分けていいのですか。その辺ちょっと聞かせてください。
#36
○御手洗政府委員 御指摘のとおり、現場で通常の授業をやりながら、一般の中学、高等学校で実習生を受け入れるということは、かなり現場には負担があることは事実でございます。
 しかしながら、多くは、中学校、高等学校の場合は、卒業した母校で行われるということでございますので、二週間を四週間に延ばしましても、受け入れているという状況は今までと同じでございますので、新たに開拓するということはないということで、受け入れ自身については特段大きな支障が生じるということはないと思います。
 現実問題、じゃ、どうするかということでございますけれども、御指摘のとおり、多くは六月とか九月というような形で行われておりますので、それが四週間に延びるということになりますと、現場での負担感というものは大変になろうかと思います。
 したがいまして、今回の教養審答申におきましても、実習につきましては、例えば、直接指導するという形ではなくて、授業実習については、ベテラン教員の授業を実際に参観しながら、学生みずからは指導計画の作成と教材研究を行うとか、あるいは、生徒指導の場面、学校行事の場面、特別活動の場面、そういったところへも幅広く参加するような形でやってはどうかというような御提言もいただいておりますし、場合によっては、二週間と二週間という形で、六月、九月、あるいは三年、四年という形で、事前の指導を適切に行うという形で各大学において工夫が行われるもの、これらに期待をしたいわけでございます。
#37
○藤村委員 期待だけではだめで、本当にできないと困りますので、そこはしっかりと押さえてください。
 それからもう一点は、私立大学が、小学校の先生になる人は少ないのですが、高校はもう圧倒的に私立大学の先生が多いわけです。私立大学に対する配慮ということでちょっと二点お答えいただきたいのですが、まず、私大でも相当負担が増加する、そういう財政的支援あるいは人材の確保への配慮があるかどうか。それからもう一つは、先ほども話になりました、旧制師範の流れをくむ教員養成系国立大学と、それから私大の教員養成カリキュラム、これは全く一緒でなければならないという理由があるのかどうか、そこをちょっと二点、お伺いしたいと思います。
#38
○御手洗政府委員 私立大学等におきまして、教員養成の専門大学学部と異なりまして、学生の負担あるいは教職員のカリキュラム編成上の負担ということがふえることは事実でございます。
 こういった声が教員養成審議会の審議の過程でも届けられましたので、最終的な答申の中におきましては、例えば他大学の教職課程で単位修得を行うことができるというふうなことを、現在結んでおります単位互換協定という形で各大学が用意した場合には、他大学の教職課程をそのままその大学の教職課程として課程認定をし、単位修得ができること、さらには、教職課程におきます専任の教員の基準というのが大学設置基準の専任教員の基準と別途付加して課程認定の際に設けられておりますけれども、これにつきまして、今以上に負担となることのないよう緩和する、そういった配慮を講じてはどうかというような点が指摘されているところでございます。
 今回、法改正後の文部省令並びに課程認定基準等の作成に際しましては、この点はしっかりと配慮してまいりたいと考えているところでございます。
 また、二点目のお尋ねでございました、免許取得のための基準を養成系と一般大学とに分けて考えてはどうかという御指摘ではございますけれども、現在の教員免許法に定めます免許基準というのは、教員免許を取得するための最低限の基準という考え方で戦後一貫して定められてきたものでございます。そういった意味で開放制ということをとっているわけでございます。
 したがいまして、もしこれを二つの基準にいたしますと、免許基準そのものに最低基準が二つ出てくるということによりまして、同じ免許で中身が違うというようなことにつきまして、一般の評価なりあるいは制度自体の整合性といったようなことも理論的に問題になりますし、またかえって開放制の原則というようなものについて何がしかの影響を与えるというようなことも考えられるわけでございますので、最低の基準ということで、教員養成大学学部におきましては、その専門性に即しまして、さらに、免許状以上に教師になるための専門的な科目が行われているということで御理解をいただきたいと存じます。
#39
○藤村委員 私の質問より大分長いものですから、時間がなくなりました。
 私、結びに、今般の法改正が、一に力量ある教員養成を目指し、二に大学が主体的にカリキュラム編成を工夫できるように選択履修方式を導入するなどの弾力化を図り、三に教職に関する科目の充実と体験や演習を重視し、四に短大専攻科での一種免許など、カリキュラム以外についての弾力化を図り、五に社会人登用の特別免許状などの拡大などを行う、基本的な考え方は評価いたします。
 ただ、特に、今聞いていました教職科目については、今の五つの項目の精神からいうと、えらく画一的にというか、最低の基準とおっしゃいますが、それなら最低の基準をもっと小さくして私学も国立もほとんど影響なくちゃんとやっていけますということにしておかないと、これは今後の省令改正、施行規則に反映されることになると思うので、このことは今から十分に、まだいろいろな意見があるので聞いていただきたい。
 今の免許基準を私学あるいは教員養成系と分けることは法律的には難しいとしても、でも、運用でやれるわけでしょう、施行規則でやるのですから。この辺は十分に配慮し、あるいは耳を傾けていただきたいということを要望して終わりたいと思います。どうもありがとうございました。
#40
○高橋委員長 次に、富田茂之君。
#41
○富田委員 平和・改革の富田茂之でございます。
 あらかじめ質問通告させていただいておりましたこの法案に関する質問につきまして、今藤村委員の方からほとんど聞かれてしまいましたので、ちょっとそれ以外の分野の質問が多くなると思いますが。
 ただ、一つ、藤村委員が最後に言われておりました中学校教諭免許状取得に必要な教育実習の点につきまして、局長の方からも答弁がありましたが、二週間を四週間にするということについて、参議院の方の参考人質疑でもそこに結構意見が集中しておりました。参議院の参考人は、高倉先生と奥田先生、お二人の意見が真っ二つに分かれるところでして、ちょっと議事録を読ませていただいたのですが、高倉参考人の方は、二週間から四週間に延長することについて、方法論として、
  例えば一年次において二週間の観察実習を取り入れて三、四年次の本実習と区別したり、あるいは特殊教育諸学校を初め他校種で教育実習の一部を行うことなども提言
したというふうに言われておりまして、
 四週間連続しての欠課、授業を休むことが学修上著しい支障になるのであれば、このような弾力的方法によることも十分考慮すべきであると考えております。
先ほども御答弁がありましたけれども、
  また、受け入れ協力校の確保については、全日本中学校民会も、教養審での意見聴取の席上、全面的な協力を表明しているところであり、その言葉を信すべきである
藤村委員の方から、ただ信じているだけじゃなくて、具体的な方法が必要じゃないかという指摘もありました。
 この高倉参考人が言われていた観察実習と本実習の区別とか他校種で教育実習の一部を行うというのは、これは実際問題としてどういうふうにやることを予定されているのですか、そのあたりをちょっとお聞かせ願えればと思うのですが。
#42
○御手洗政府委員 先ほども多少お答えいたしましたけれども、今の高倉参考人の陳述に関しましては、教養審答申におきましても、附属学校や実習協力校の活用のほか、例えば一年次の観察的な実習二週間と三、四年次の本実習二週間とに分けて行うことなど、各大学の判断により適宜工夫する必要がある、そういった指摘があるところでございます。
 私どもも、この教育実習のやり方につきましては、こういった答申の趣旨を踏まえまして、各大学でさまざまな工夫をしていただきたいと考えているところでございます。
 また、特に影響を受けます中学校長会につきましては、何度も申し上げておりますけれども、ヒアリングの際にも、全面的な協力をしたい、前回六十三年の改正のときにはなかなか現場の受け入れ態勢が整わないということで、率直に申し上げて難色を示しておったわけでございますけれども、この十年間の現場の状況を踏まえまして、大変ですけれどもやりたいということでお答えをいただいているところでございます。
#43
○富田委員 参議院の参考人質疑の際、奥田参考人の方からこの点に関して、観察実習と本実習を分けるようにすると、まだ教職につこうというような意思がはっきりしていない学生を実習校が受け入れなければならない、そんなのはもう迷惑な話だという点が一つと、学生の方にしても、先ほども御答弁がありましたように、六月に集中しているということになると、前期の試験期間中、一カ月も大学を留守にするということで、前期の試験を全部放棄してしまうようになるのじゃないか、そういう意味で、学生側にとってもこの四週間の教育実習というのは結構負担になるのじゃないかというような指摘もされております。その点については文部省はどのように考えているのですか。
#44
○御手洗政府委員 教育実習につきましては、まず事前の指導をきちっとしていただきたいというお願いもしているわけでございますけれども、観察実習ということで教養審の際に御議論されましたのは、自分で教壇に立って、教材をつくって行うということではなくて、ベテラン教師の授業を観察して、勉強して、後で個別の質問等に答えながら行うというようなことをイメージされておられますので、実際に授業をするということと比べますと、かなり中学校側の混乱というのは少ないのではないか、こう思っているところでございます。
 また、四週間につきましても、実施方法につきましては、六月と九月に分けて行う、あるいは三年次と四年次に分けて行うといったような工夫ということを行うことによりまして、御指摘のような問題点は実効上クリアしていただきたいと考えているところでございます。
#45
○富田委員 その点、十分な配慮を大学側にも、また、学生が不利にならないように、文部省の方でもきちんと指導していただきたいと思います。
 あと、養護教諭による保健の授業の担当が可能となるような規定が今回盛り込まれましたが、その点に関しまして、調査室の方からいただきました資料によりますと、こういうふうな文章が書かれておりました。
  昨今、教育を取り巻く深刻な問題として、い
 じめ、登校拒否、性の逸脱行動及び薬物乱用等
 の問題が顕れている。これらの問題は、いずれ
 もカウンセリングや専門知識を必要とする問題
 である。
  学校現場に対しては、早急に「保健」の教科
 の教授を担任する良質な教諭の養成と配属が望
 まれている。
  しかしながら、そのための教員養成カリキュ
 ラムの編成及びそれに基づく教員の養成を待つ
 までの間についても一刻の猶予も許される状況
 にないという現状に鑑み、当分の間の措置とし
 て、現職の養護教諭として三年以上の勤務経験
 を有する者について、教諭又は講師として「保
 健」の教科の教授を担任できるようにしようと
 するものである。
 ここに書かれてあることは、もう本当にこのとおりだなと思いますし、非常にいいことなんですが、当分の間の措置という規定を見ますと、いつも法律で当分の間と書かれていると、普通でいけば何年かなという感じがするのです。日本の法律では、五十年ぐらいが当分の間というのが何となく常識になってきていますので、この当分の間の措置というのはどの程度のことを考えられているのですか。
#46
○御手洗政府委員 学校教育を初めといたしまして、教育関係の法律でも当分の間という規定がかなりあるわけでございますけれども、当分の間を規定する際には法令上の使い方としてさまざまな意味、内容がございまして、実態がそこまで整っていないということでその期間を待つというふうなこと、あるいは、制度的に十分な整備が行われる前にそのことを実施するということで、制度的なあとの整備が整うまでの間といったようなこともございます。
 今回、「当分の間」といいますのは、本来の教員免許状の大原則でございます相当免許状主義、各学校段階ごとの、各教科ごとの免許状を所有する者が各教科の授業を行うことができる、その例外としてということを含めまして「当分の間」と規定しているわけでございます。これがどういう意味、内容かと申しますと、今後の養護教諭が保健の授業を担当する実態といったようなものがどのようになっていくかを見きわめて、さらにその後の何らかの制度改正というような新たな状況が生じるかどうか、というような不確定的な意味で使わせていただいておりますので、御理解いただきたいと思います。
#47
○富田委員 五十年にならないように、冗談ではなくて、本当に注意していただきたいと思います。
 この養護教諭が保健を担当するという背景として、薬物乱用がすごい、少年の間に。薬物乱用防止教育というのもいろいろなところで訴えられているのですが、先日の、総務庁が五月十七日に発表した麻薬・覚せい剤などに関する実態調査結果、これで、学校における薬物防止教育がちょっとおくれ過ぎているのではないかというような指摘がありました。調査対象がそれほど広範ではありませんので、この数字がそのまま適切な材料になるかどうかはちょっと疑問だとは思うのですが、公立の中学と高校、三十校ずつ調査したら、生徒への指導時間が三年間で一時間以下だった中学校が十二校、高校も五校あった。警察職員を講師に招いて指導した学校も、九六年度で中学校が四校、高校が七校にすぎない。こういうのを見ますと、薬物乱用防止教育が大切だというふうに幾ら国会の方で言っていても、その現場になかなかおりていないのだなと。
 学校側が、なぜこういうふうに防止教育時間をとらなかったのかという理由として、薬物乱用の兆候がまだ見られないとか、いじめ問題など他の教育問題に忙殺されて時間をとれないというようなことを理由にしている。ところが、保護者を対象にした調査では、全体の六割を超える保護者が、有効な薬物対策として学校での薬物乱用の防止教育の強化と答えている。だから、学校現場と保護者の方の認識が、かなりずれがある。
 薬物乱用防止については、総理がたしか本部長になって対策本部をつくっていると思うのですね。きのうの夕刊でしたか、政府の薬物乱用対策推進本部が、薬物問題について、国の初めての長期計画となる薬物乱用防止五か年戦略を決定したというふうに出ていまして、ああやっとやる気を出してきたのかと。多分、去年の一月ぐらいからこれをやっていたと思うのですが、その中で、青少年の薬物への警戒感、抵抗感の希薄化を極めて憂慮すべき事態だと指摘した上で、新たに小学校で薬物の恐ろしさを教えるよう学習指導要領に盛り込む方向で検討、また、すべての中学、高校で年一回薬物乱用防止教室を開くなど啓発活動の充実をうたっているということなんですが、この点について、大臣はどういうふうに文部省として取り組まれようとされているのか、ちょっと御意見を伺わせていただきたいと思います。
#48
○町村国務大臣 今、富田委員御指摘のように、昨日の朝、第四回目だったと思いますが、薬物乱用対策推進本部、これは本部長は御指摘のとおり総理大臣でございますが、関係大臣集まりまして、五カ年戦略というのを策定いたしました。
 その基本的な認識は、今まで、終戦直後の第一次の覚せい剤乱用期、あるいは昭和五十年代後半だったと思いますが、第二期、そして今回は第三期、特に高校生の乱用というのが非常に顕著にここ二年ほどふえてきているということ、あるいは、その中でも特に女子高校生の使用というものが非常にふえている。安易な気持ちでといいましょうか、ダイエットにつながるとか、とても理解できないまうな理由なんですが、結構そういう安直な気持ちで使っている子供たちが随分いるというようなことでございます。極めて憂慮すべき事態ということはそういう事態でございますので、私どもとしても全力を挙げてこれは取り組んでいかなければならない、こういう認識であるわけであります。
 その前提として、先ほどちょっと総務庁の調査をお引きになりました。いかにもサンプルが少ないということと、あれは平成八年度の結果だったと思いますので、ちなみに平成九年度ではどうかというと、薬物乱用に関する指導の実施状況、小学校では二〇・九%、中学校では七六・一%、高等学校では八八・五%というぐあいに、かなりの率でやっております。ただ、私ども、これで十分だとは思っておりません。
 現実に、薬物乱用防止教室というのを開催するわけでありますが、私も昨年、ある都立高校のその現場を、どういうふうにやっているのか見てまいりました。たしか麻薬Gメンというのでしょうか、それのOBの方が小一時間話をされて、そして、学校のすぐ入り口に、大きなバスを改造したようなもので、そこに展示があるのですね。いろいろありまして、なるほどそれを見ると、本当に薬物の使用というのがいかに恐ろしいことかということがわかったわけでありますが、その防止教室を開催しているのが、現実には中学校の約四割、高等学校の九割ということで、まだまだ一〇〇%いっておりませんので、私どもとしては、すべての中高でこの薬物乱用防止教室を開いていきたい。
 さらには、小学校でも、今御指摘のとおり、既に昨年の秋、通知は出しておるのでありますが、できるだけ、特に小学校高学年ぐらいからは早くやってもらいたい。それをしっかりとしてやれるように、学習指導要領、教育課程の中でもその位置づけを明確にすべく、今審議会で御審議をいただいて近々答申をいただく、こういうようなことでございまして、これは本当に全力を挙げて取り組まなければいけない大変深刻な課題である、このように強く認識をしているわけでございます。
#49
○富田委員 今、大臣からお話のありました薬物乱用防止のキャラバンカー、バスをちょっと改造したような、六千万ぐらいかけて、厚生省所管の財団法人、麻薬・覚せい剤乱用防止センターの方で一台しかないのですね、今。全国にたった一台しかない。それを今年度の予算と、これから出てくるであろう補正予算の中でいろいろ政府の方も検討してくれまして、厚生省予算と警察庁予算で十台増加する。でも、これをやはり教育現場で活用してもらわないと、今一台あるキャラバンカーが全国をフル活動して、年間五万人ぐらい見ているということですので、そこを厚生省と文部省でよく連携して、教育現場にうまく入れていただきたい。
 私も、この前国会に来てもらって初めて見ましたけれども、あれを見ると、本当に覚せい剤なんかに手を出したら大変だなというのを実感として子供たちが、いろいろタッチパネルとかコンピューターを操作しながら体得できるというふうになっていますので、文部省の方としても、ぜひそこをうまく厚生省と連携をとっていただきたいなと思います。
 あと、先ほど戸井田委員の方からスクールカウンセラーのお話がちょっと出ておりましたが、養護教諭による保健授業の担当もカウンセリングの一環としてとらえられるのかなというふうに、事前に文部省の説明を聞いていて思いました。
 ただ、スクールカウンセラーの活用調査研究委託事業ですか、昨年度が二十二億、今年度が三十三億予算がついて、昨年は各都道府県二十校、ことしは各都道府県三十校、スクールカウンセラーの配置をするんだということで文部省は取り組まれたようですが、昨年も十六都道府県で二十校にいかなかった。今年度も、これは新聞報道ですけれども、三十校配置は二十五都道府県にとどまるのじゃないかというような指摘がされています。
 なぜこうなのか。スクールカウンセラーになれる人というのは、臨床心理士ですか、そういう資格試験を通って実務経験のある方というような絞りがあるみたいで、なかなかそういう人材が出てこない。ほかに大学教授とかいろいろ専門家もお願いしているようですが、地方によってばらつきがあって、なかなかスクールカウンセラーの配置が実際問題としてできない。
 せっかく予算がついたのに、各都道府県三十校に今の段階で配置できないとなると、できれば全校配置してほしいという声が多いと思うのですが、文部省として、予算をつけておきながら、各都道府県で実際に配置ができないという現状をどうやって打破しようと考えているのか、ぜひ御意見をお聞かせ願いたいと思います。
#50
○工藤政府委員 今御指摘の、昨年二十校、ことし三十校といいますのはあくまで予算積算上の校数でございまして、各都道府県あるいは地域の事情によって、人材が確保できるかどうか、あるいはそういう事情の濃淡などがございまして違うわけでございます。
 いずれにしましても、スクールカウンセラーは、臨床心理士というのはかなり高度の専門職でございますが、臨床心理士だけではなくて、精神科医でございますとか大学の先生でございますとか、いわば専門家の方々をどう確保して、学校で御指導いただくかということでございます。
 十年度は、御指摘のように三十三億の予算を用意いたしまして、積算上は千五百六校というのが全国ベースの数字なのでございますけれども、各都道府県に御希望を伺いましたところ、千六百六十一校出てまいりまして、私どもとしてはそれをすべて認めまして、各県の実情に応じた調査研究を進めていただくということにしているわけでございます。
 また、単に特定の学校にだけ配置されるということではなくて、本年度から巡回訪問という形で、複数校巡回していただくという形でのカバーもできるようにしておりますし、さらには、量的な問題としては、臨床心理士関係の、心理学関係の大学院の設置について、国公私を通じた各大学の取り組みが進んでございまして、平成十年度、修士課程で五百十六人、博士課程で百四十六人というふうに年々増強される状況にございますので、私どもそれをさらにバックアップしてまいりたいと思っているわけでございます。
 なお、つけ加えて申しますと、子供たちあるいは学校の教職員への相談相手としてはこのスクールカウンセラーだけではございませんで、私ども、呼び水的にこういう制度を始めているわけでございますけれども、都道府県あるいは市で独自に、いわば気のきいたといいましょうか、退職された先生などでなかなか信望の厚い方々などにお願いしながら、そういう御相談相手になっているという例もあるわけでございまして、多様な形でのそういうバックアップ体制、今の地方の時代という中で結構なことだと思いますし、私どもとしても、先ほど申した形での努力を続けてまいりたいと思っております。
#51
○富田委員 今、局長の方から御答弁がありましたように、各都道府県でいろいろな取り組みをしていると。埼玉の方では、さわやか相談員ということで、カウンセラーではないですけれども、いろいろな経験のある人たちを全校に配置して、子供たちの悩みを聞いてあげるというようなものがかなりうまくいっているというような報告もされております。
 また、今回予定されている補正予算の中で、文部省も、心の教室相談員ですか、そういうものを予定して、カウンセラーとはちょっと違うけれども、子供たちの悩み事に対応しようということでかなり予算措置もされているようですので、今局長の御答弁がありましたように、いろいろな対応を文部省としてぜひきちんとバックアップしてあげていただきたいと思います。
 この委員会の方で一般質疑があったらぜひ聞きたいなと思っていたのですが、ちょっと時間もとれないと思いますので、最後に、現在、内閣委員会の方で審議が進んでおります情報公開法との関係で、実は平成七年に宗教法人法の改正がありまして、大分議論になったのですが、宗教法人の備えつけ帳簿とか文化庁の方に提出する書類とかが規定上きちんと整備されて、宗教法人法の二十五条の中に具体的に規定されました。
 そのときの議論の中で、備えつけ帳簿を一体だれが見られるのだというような議論もありまして、利害関係人で正当な利益のある者だけが閲覧できるというような規定が入ったのですが、今回の情報公開法で、行政庁に提出された文書が行政文書になって、情報公開請求すると全部表に出てしまうということで、宗教法人法二十五条の三項、四項、五項との整合性がとれないのじゃないかというような議論がありまして、政府の方で大分考えられて、不開示情報ということで出さない情報もあるのだというようなことでした。
 先日、内閣委員会の方でちょっと御質問しましたら、総務庁長官の方でも、いろいろ規定を整備して、公にすることにより、当該法人または当該個人の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるものについては開示しないのだというようなことで御答弁がありました。この権利には、当該法人等の有する日本国憲法や法律上の権利はすべて含まれるというように総務庁長官から御答弁いただきました。
 また、文化庁の方から説明員の方に出ていただいたのですが、この備えつけ帳簿また文化庁への提出書類との関係で、宗教法人法の閲覧請求制度において一般人が閲覧を請求できない書類については、この情報公開法案の情報公開制度のもとにおいても原則として不開示情報に当たるというような御答弁がありました。
 この点について、大臣の方はどのように考えられているのか、一点ちょっと確認をさせていただきたいと思います。
#52
○町村国務大臣 大変重要な御指摘でございますので、私の方からお答えをさせていただきます。
 この情報公開法をつくる段階で、私ども文部省、文化庁と総務庁とで大分議論をしたポイントの一つでございます。情報公開法案第五条と宗教法人法第二十五条と、どういう調整をとるのかということでございました。
 結論的には、総務庁長官から御答弁をされたようでございますが、情報公開法案第五条では、公にすることにより当該法人等の権利を害するおそれがある情報を不開示情報としているわけでありますが、ここに言う権利という中に、憲法上の権利であります信教の自由が当然含まれるという解釈を私どもしており、そういう解釈で総務庁とも私ども合意をしたという経緯もございますので、長官からそういう答弁がありましたし、私の方からも、お尋ねがあれば、当然そういう答弁をしようと思っていたところでございます。
 したがいまして、宗教法人の提出書類のうち、非公知の事実、要するに一般的に知れ渡っていない事実、どこそこに建物がありますとか、こういうものは見ればわかることでありますから、それはもう公知の事実でございましょうが、非公知の事実に係るものについては原則として不開示情報に当たる、そのように私ども考えておりまして、宗教法人法第二十五条との関係はそのように私どもも整理をしているわけでございます。
#53
○富田委員 もう時間が来ましたので、最後に、今の大臣の答弁を受けて、文部省として、宗教法人法二十五条四項により提出された文書を公開するかどうか。今、非公知かどうかというような判断が必要になると思うんですが、それについて、取扱基準を設定する用意があるのか、予定があるのか、また、予定があるとすれば、どういう方針で基準を設定されるのか、その点だけ、最後にお聞かせ願いたいと思います。
#54
○遠藤(昭)政府委員 お答えいたします。
 御指摘の点でございますが、一般的に、行政文書の開示、不開示等に係る審査基準につきましては、情報公開法の成立後、行政手続法第五条というのがございまして、これに基づいて定められるということになっております。したがいまして、今議題になっています宗教法人法第二十五条第四項により提出された文書の取り扱いにつきましても、これをどのように審査基準に盛り込むかということにつきまして、法案成立後、具体的に検討していきたいというふうに思っております。
 なお、この基準の策定に当たりましては、宗教法人法二十五条四項により提出された書類のうち、大臣からも申し上げましたように、非公知の事実につきましては原則として不開示情報に該当するという考え方で対応していきたいというふうに考えております。
#55
○富田委員 ありがとうございました。
#56
○高橋委員長 次に、松浪健四郎君。
#57
○松浪委員 自由党の松浪健四郎でございます。
 きょうは、教育職員免許法の一部を改正する法律案について質問をさせていただくわけでございますけれども、実は、私の人生の半分は教師の人生でありました。二十五年間教壇に立ってきた者として、教育者に最も必要なものは一体何なんだろうか、そして、今の時代に求められる教師像、これはどういうタイプなんだろうか。私は私なりに経験を通して考えるところがございますけれども、過日の文部大臣のこの法律案の提案理由説明をお聞きして、どうも教員だけがこの国の教育を担わされている、教育というのは、社会教育、家庭教育、そして学校教育が三本柱であって、その学校教育を担う教員だけが、すべてを、この国の教育を背負っている、また背負わされている、そういうふうな印象を受けました。
 そこで、教員の資質がどうでなければならないのか、今社会で何が起こっているのか、それらのことは私もよくわかるわけですけれども、教員は聖職である、私はそう思っておりますし、信じて疑わないものでありますけれども、昨今、そうではないんだ、そして、教育基本法、学校教育法にも書かれてあるように、教育以外のことをやる先生がたくさんいらっしゃる、残念だなというふうに思うわけであります。教育者に求められるものは、学生、生徒、児童に対する情熱をどこまで持つことができるか、私は、この一点に尽きる、これこそが教師像であるというふうに考えますが、文部大臣、いかがでしょうか。
#58
○町村国務大臣 今豊かな御経験に基づくお話をいただきました。聖職という言葉がどうかは別にいたしまして、非常に重要な仕事だ、それぞれの仕事が、職業が重要だと思いますが、特に教師というのは非常に重要な仕事だ、そういう意味で、聖職と言っても私は決して過言ではない、こう思っております。
 どういう資質が求められるか。もちろんその前提として、今委員御指摘のように、教育は学校の先生だけが担うものだと私どもも決して思っておりません。
 ちなみに、三月末に出しました幼児期からの心の教育という中教審の答申にもそうした考え方が出されておりまして、まず家庭教育、まず一番最初に子供に接するのは親ですから、親が子供にいかに接するかということの重要性を、多分初めてだと思いますが、声を大にして主張いたしました。もちろん、学校の先生、そして学校の中での教育、それから社会全体、特に大人たちが子供たちにいかに接するかという意味の、大人社会全体の、子供をいかに育てるかという気持ちの大切さ、その行動の重要性という意味で、決して教師だけがとは私も思っておりません。そういう中で、どういう資質が求められるか、本当にいろいろな見方があるだろうと思います。
 先ほど、前の委員からもお話がございましたが、私は、まず子供に対する愛情というものがなければならないだろうと思いますし、また、それと同時に、子供のやる気を引き出させる、そういう情熱がなければならないだろう、こう思います。今子供たちもいろいろな問題や悩みを抱えて、あるいは勉強したいという強い気持ちを持っている、そうした気持ちに真っ正面から向き合う、そういう姿勢がやはり教師にはなければならないんだろう、これは多分、いついかなる時代であっても、基本的に求められる要素というのはそういうものなんだろうな、このように考えております。
#59
○松浪委員 愛情を持つ、人間として当然のことでありますし、教師にそれが求められる。ならば、今度の法律の改正で愛情を持つことのできる教員を養成することができるんだろうか。そして、愛情を持つということはカリキュラムを変更することで可能なんだろうか。私は、その意味で、その点は大変疑問に思うものであります。
 それで、大臣の提案理由説明を読ませていただきますと、気になる箇所があります。「学校教育の主たる担い手である教員の役割は、かつてなく重要になっております。」いつの時代にあっても、教員の役割というのは重要でありました。それは、恐らくは、児童生徒の校内暴力、いじめ、登校拒否等、極めて憂慮すべき問題がたくさん起こってきたから重要だと。これらのことは学校だけに責任があるのではない、社会にも家庭にも問題があるわけで、そのことをも文部省はやられておるわけですけれども、すべてこういう子供、児童生徒の問題は教員の問題だ、学校の問題だというふうに決めつけてしまうのはいかがかというふうに思うわけであります。
 そして、今度の法律を改正するに当たっては、「大学での養成教育において、使命感を持ち、子供の悩みを受けとめられる、真に教員にふさわしい人材を育成することが緊要と考えます。」このように述べられました。このことが、教師が子供たちに、児童生徒に対して愛情を持つことなのか。むしろ私は、これは教師のカウンセラー化ではないか、そういうふうに思うわけです。ですから、本当に愛情を持つことのできる教員を養成する、今回の法律改正で十分であるかどうか、大臣は本当に思われているのか、お尋ねしたいと思います。
#60
○町村国務大臣 もちろん、それに役立つと思って私ども今回提案をさせていただいておるわけでございます。しかし、いかなる立派なカリキュラムをつくろうと、いかなる立派な学校の施設をつくろうと、いかなる立派な教科書、教材をつくろうと、要は人間でございますから、これで十分かと言われれば、私ども、最後は個人個人のところに行き着くわけでありまして、そこまで行き着かなければ決して十分ということにはならない。
 ただ、少なくとも、例えば今いじめ、登校拒否というのは、何もこれは学校の教員だけが解決するとは書いておりませんで、家庭の役割、社会の役割の重要性は認識しつつ、ただ当面、学校教育ということに着目した場合に、その主たる担い手である教員ということでございまして、学校だけに責任が全部あるんですよという趣旨でこれを書いたわけではもちろんございません。
 そして、大切なことは、こうした資質、能力、特に子供に対する接し方、今まではややもすると、個別の国語なら国語、算数なら算数の、その教科の教え方ということに力点が置かれておりました。それはそれでもちろん大切なんですが、それと同時に、いかに子供に接するのか、広い意味の生徒指導と言ってもいいかもしれませんし、あるいはカウンセリングと言ってもいいかもしれませんが、そうした子供の心をしっかりと受けとめる、つかまえる能力、そして問題があったときには指導する能力、そういうものを高めるということが、今当面するいろいろな問題に対する一つのこたえ方ではないかな、そういう認識で今回の法律改正を出させていただいているところであります。
#61
○松浪委員 とにかく、六三改革が行われて、そして新しい教師が生まれてまだ六年ですから、それで、採用数が減ってきておりますから、新しく六三改革で生まれた教員というのは、大体一つの学校に一人ぐらいしかいないわけですね。この改正がよかったのか悪かったのかという検証が全くなされていない。御手洗局長の先ほどの答弁を伺っておりますと、各教育委員会にアンケートを出した、その結果、余りよくなかった。そうしたら、教育委員会のアンケートで簡単に免許法という法律を変えるのか。
 アンケートでいきますと、橋本総理はもうとっくにやめなければいけないんですよ。それぐらいアンケートに左右されて法律をつくるということを御手洗局長、やられているのですか。前回の改正の検証もなくして簡単に法律を変えられるということ、ちょっと安易過ぎるのではないのかという御質問をさせていただきたいと思います。
#62
○御手洗政府委員 各教育委員会へのアンケートは、審議会の審議の参考として、一つの資料ということで実施いたしましたということで申し上げたわけでございます。
 六十三年の、先生御指摘の免許法の改正の際にも、現在と同じような状況を前にいたしまして、実践的指導力を涵養するという観点から、教育実習の事前・事後の指導を一単位ふやす、あるいは生徒指導や教育相談、進路指導に関するカリキュラムを二単位新設するというようなことで、先ほど大臣が申し上げましたような、今回の改善につながる、カリキュラム改善を促すための改善を行ったわけでございます。教員養成審議会は、現場の実態、あるいはまた国公私立のそれぞれの教員養成に直接携わっております教授の方々、あるいは責任ある学部長や学長の方々等教育関係者、幅広く、中心になって御議論いただいているわけでございますけれども、そこでの反省といたしましても、さらにこういった方向を、現在の状況にかんがみましてもう一歩推し進めるべきであるということで、全体としての五十九単位という教員免許状を取得するための必要な最低単位の枠の中で、目いっぱいといいますか、精いっぱいの工夫をいたしまして、新たな新設科目等を用意させていただいたわけでございます。
#63
○松浪委員 細かいことは、各委員から質問があって、私も私なりに理解したつもりでありますけれども、子供と触れ合う時間、これが必要だ、子供の前に立っていろいろなことをパフォーマーとしてやる、この経験が必要だというふうに私は思うわけなんです。
 四月十四日、参議院の参考人質疑の中で、高倉参考人がこうおっしゃっておられるのです。
 答申は、このようなさまざまな課題に大学が適切に対応すべく、教員養成カリキュラムにつきまして、単なる理論ではなく、子供たちとの触れ合いや教科の教え方などを重視する、いわば教職重視の観点から具体的な改善方策を示したものにほかなりません。
これをやりますと、このことは教育実習の単位数をふやす、これにつながるのでしょうけれども、それでは大学の中でその学生が自分たち仲間同士の本当の触れ合い、あるいはエキストラカリキュラー・アクティビティーと呼ばれる教科外の活動に対して、一生懸命できなくなるではないか、こんなに教育実習に時間をとられたのでは、大学教育というものをある意味においては空洞化させるという懸念があるわけですね。
 そうしますと、子供との触れ合いは上手になったけれども、大人との触れ合い、仲間、同僚との触れ合いが上手にならない。教員の経験からいいますと、学生との触れ合いで心を悩ます、頭を痛めるということは少ないんです。教員と教員の触れ合いが一番きつい仕事なんです。局長、教員をやったことがあるんですか。
#64
○御手洗政府委員 申しわけございませんが、二十九年間、役人ばかりでございまして、免許状を持っておりませんし、実際に授業を行ったことはございません。
#65
○松浪委員 しようもない質問をしたことをおわびしますけれども……。
 実は、この答申を出された教育職員養成審議会委員、これは参議院でも私の教え子である馳浩議員が質問しておりますけれども、このメンバーの中に教職を専門とする先生がおらぬじゃないかと。そういう先生方で答申を出して、文部省がうのみにして、はい、改正しましょうということになっておるわけですね。ですから、私は、この答申をうのみにするのではなくて、いろいろな人たちの声に耳を傾けてほしい、こういうふうにお願いするわけであります。
 そして、開放制の問題が論じられてまいりました。物すごく大事なことだと思います。そして文部大臣は、とにかく開放制を維持しながら質の高い教師をつくっていきたい。質の高い教師という表現は非常にあいまいもことしてよくわからない。何をもって質が高いというのか、低いというのか、これは論じることができません、物差しがないわけですから。けれども、教科の指導をするだけの力量、これがなければならない、多言をまつまでもございません。
 もう答弁を聞きますと時間がなくなってしまいますので、こっちから一方的にやらせていただきますけれども、同じ参考人の一人に奥田泰弘氏がいらっしゃいました。この人は、この法案に反対する。第一の理由は、
 法改正をするときには当事者を含んだ審議会で
 審議をすべきだと思っています。教育職員養成
 審議会が当事者を排除した形で第一次答申を審
 議、決定されたことは大変遺憾なことだという
 ふうに思っております。反対の第二点は、
 教育職員免許法の改正を考える場合には、養成
 におけるあるべきカリキュラムを考えるという
 ことと、法律によってすべての大学を規制する
 最低基準を決めるということとは分けて考える
 べきだというふうに思います。第三点、これは、
 教員養成カリキュラムを変えることがすぐ現在
 の教育現場を変えることになるんだという発想
 はおかしいというふうに思います。私もそういうふうに思うわけですけれども、この反対理由を見てみますと、いろいろ理由づけはできるにしても、結局この法改正は、一般大学、一般学部から教員を養成する、これを締め出すことになるのではないのかという懸念、これが大きく横たわっています。そのことについて、いろいろな先生方から質問がありましたけれども、もう一度局長からお聞きしたいと思います。
#66
○御手洗政府委員 最後の点のみお答えをさせていただきたいと思います。
 現在の教員養成の仕組みというのは、戦前の、基本的に師範学校を中心とする専門養成から、戦後、基本的に大学において行うということで、その水準を確保するとともに、養成ルートを特定の教員養成大学学部に限定せずに、広く一般の大学学部から求めるということを基本として、いわゆる開放制の原則のもとに行われてきたわけでございます。
 したがいまして、先生の御指摘のように、免許基準が最低の基準でありまして、それに加えて、各大学におきましてさまざまなカリキュラムの工夫を行うということは、当然のこととは考えておりますけれども、実際に、一般の教員養成大学以外の大学学部におきましては、教職科目につきましては現在十九単位を、百二十四単位の卒業要件に加えて取得するということが必要になっております。また今回の改正によりまして、中学校におきましては十九単位が三十一単位になるということでございますので、専門の教員養成大学学部に比べますと、かなり教職に関する部分のカリキュラムの弾力性の幅というものは現実問題少ないということは御指摘のとおりであろうかと思います。
 最低の基準といたしましては、私ども今回統一的にお願いをいたしまして、その上で指導方法の工夫といったようなことで、先ほど来ございますような、できるだけ子供と触れ合ったり、あるいは実際の社会体験の場をカリキュラムの中で求められるようなカリキュラム改定等を行っていただきたいということでございました。
 今回の改正によりまして、今申し上げましたような一般大学学部においても今後とも養成するという基本的な考え方は変えていないわけでございます。
#67
○松浪委員 時間が参りましたので一つだけお尋ねしたいのですけれども、中学校で教育実習、これは四週間やらなければいけないのですね。そして私立大学の場合は、一般学部・学科の学生は中学校と高校の教員を同時に取ることができるわけですね。そうすると、高校で二週間、中学校で四週間、合わせて六週間教育実習をやらなければいけないということなのですか。
#68
○御手洗政府委員 現在の教育実習のやり方につきましては、初等教育と中等教育という区分けでしておりますので、中学校の免許状を取る場合でも、高等学校の免許状を取る場合でも、いずれか、中学校または高等学校で四週間または二週間ということでございますので、それを合わせて取る必要はございまぜん。中学校で四週間ということの教育実習の経験がありました場合には、それはそのまま高等学校の方の二週間ということに算定されるという仕組みになってございます。
#69
○松浪委員 いずれにいたしましても、開放制という視点から、弾力性に富んで、そしてより多くの学生たちが教員を志望できるように御協力をお願いしたいということを最後に申し上げて、私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
#70
○高橋委員長 次に、石井郁子さん。
#71
○石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
 教育職員養成審議会の答申に基づいて今回の教免法改正ということになっているわけでございます。先ほど来局長の答弁にも、これは大きな改正であるということを言われましたように、私自身も教員養成のあり方、また大学の今後にかかわる重大な内容が含まれているというふうに考えていますけれども、この質疑がきょうとあさってと参考人を含めまして五時間強でありまして、私はこれで本当に必要な審議が尽くされるというふうには思えないわけであります。
 申し上げたいのは、文部行政というか文部施策の中で、こういった審議会で実質的に方向づけがされて、そして細目については政省令で決められる、国会の審議は何か大変簡単に済むということが間々あるわけでありまして、私は、これはやはり大変遺憾であるということを最初に申し上げておきたいというふうに思うわけであります。
 さて、それで質問に入るわけでございますけれども、先ほど来これも出ておりますが、戦後の教員養成制度というのは開放制の原則のもとで進められてまいりました。これは、戦後の教員養成にとって多彩な人材を輩出するという非常に積極的な意義を持ってきたと思うのですね。
 まず最初に、この開放制の教員養成の原則という理念につきまして、文部大臣に改めて御所見を伺っておきたいというふうに思います。
#72
○町村国務大臣 この開放制の原則、戦後の教員養成の大原則だと私どもも理解をしているわけでございます。別に特定の大学からのみ教員を輩出するということではなくて、広く一般の大学に求めるということでございます。
 大ざっぱな数字でいいますと、いわゆる教員養成大学、どのぐらいの出身者が現実の割合を占めているかというと、小学校が大体六割、中学校が四割、高校が一割、大体大ざっぱに言うとそんなようなことでありまして、かなり私はこの開放制の原則というのは現実にもそういう実態になっているのだろう、こういうふうに思っているわけであります。
 ただ、今回の改正の中心になるいわゆる教職というものの重視、指導力の重視という方向性は、これは社会の要請にも私は合致したものであると思いますし、指導力のある、力量のある教員養成をねらったものでありますが、それの前提としては、委員御指摘のような開放制というものを前提としたものであるということには何ら変わりがない、かように考えております。
#73
○石井(郁)委員 今後もこの教員養成制度の開放制の原則をやはり堅持していくというふうに確認してよろしいかと思うのですけれども、しかし、実際のところどうなっていくのかと。この点ではこうした原則がなし崩し的に崩壊させられるのではないか、教職担当の方々からそういう意見も聞かれるところですし、私もそういう危惧を持っているのです。
 そういうことで質問をしたいと思うのですけれども、具体的にちょっと尋ねてまいります。
 これももう既に質疑の中で強調されていますけれども、教職科目が十九単位から三十一単位になるわけですね。その中に、教科の指導法、教科教育法と呼ばれたりしますね、その単位は、現行二単位、それが六単位から八単位に引き上げられるという問題があるのです。これは本当にその教科教育の専門ということでやろうとすると、やはりそういう特別な人をつけなければいけないということになるわけですよね、そういう開議科目ということになりますと。一般大学にとってこれは大変なことだというふうに見ることができるのですけれども、こういう単位の引き上げについて弾力的な運用ということをここにも適用して考えることができるのかどうかということをまず伺います。
#74
○御手洗政府委員 先ほどもお答え申し上げましたけれども、法律上、教職に関する科目の単位の枠を、今回、中学校につきましては十九単位から三十一単位、高等学校につきましては十九単位から二十三単位、こういうぐあいに法改正をお願いしてございますので、この部分は改正法の規定どおり運用させていただきたい、こう思うわけでございます。
 しかしながら、実際に学生がこれを履修する際に、運用上の問題としまして、現在はこの教職に関する科目の十九単位は卒業要件の二十四単位の外で丸々取るようにという指導をしてございます。これにつきましては、審議の過程等におきます教員養成大学の関係者等の御意見も踏まえまして、三十一単位あるいは二十三単位の中で、大学の卒業要件に、学部・学科によっては専門科目ということもございましょうし、いわゆる一般教育科目と言われるような単位になることもあろうかと思いますけれども、そういった中に大学の判断で算入することができるようにという形での審議会の答申をいただいてございますので、そういった運用によって学生の負担は、やっていただくことはやっていただきますけれども、全体としての卒業単位の中で多少とも軽減を図っていきたい、こう考えているところでございます。
#75
○石井(郁)委員 少し立ち入るのですけれども、各教科の指導法というのは教職科目の中でやはり大変重要視されているわけで、しかし、まだ若い学問という分野でもあるでしょう、教科そのもの、教科専門からアプローチするのと、教え方とか子供の発達とかそういうところからアプローチするというところでなかなか議論が分かれる部分というか、そこら辺の垣根の高い分野なのですね。だからこそ私は、そこを断定的にしないで、いろいろな運用ができるというふうにした方が今の段階ではいいのではないか、そういう意味で質問申し上げているのですけれども、いかがでしょうか。これは、私自身、そういう経験も踏まえて、関係者の中でそういう議論を大変してきているところですから、そういうことでちょっとお願いしたいと思います。
#76
○御手洗政府委員 答弁不足で申しわけございませんでした。
 今回の教科教育法の充実につきましては、中学校二単位程度を八単位、高等学校二単位程度を四単位程度ということで充実するようにという教養審の答申もいただいてございますので、省令段階でそういった形で措置をしたいと考えているわけでございます。先生御指摘のように、教員養成大学学部におきましても、いわゆる教科の専門の先生方と教職の専門の先生方となかなか融合できないということが現実でございます。むしろ、教員養成を専門に行っている先生方から、そういった点を反省して、小中高等学校の学習指導要領に対応いたします、国語であるとか社会科であるとか算数であるとか、そういった教科に関する指導方法というものはもう少し充実をしないと、教科の専門ばかりではなかなか子供たちを具体的に引きつけて学力を身につけさせていくということが難しいのではないかということで、大学におきます指導方法全体もこういった今回の改善を一つの契機といたしまして見直す必要があるというような問題意識もあるところでございます。
 各大学におきましては、御指摘のとおり、その点につきましては十分今後とも連携をしていただくよう、私どもといたしましても、例えば予算をつけまして、新しい教科やこういった教科教育法の指導方法、あるいはそれらを含みます全体としての教員養成カリキュラムの改善についての研究委託経費等も用意してございますので、積極的に活用していただきたいと考えているところでございます。
#77
○石井(郁)委員 今回の改正案の内容の一つに、選択履修方式の導入ということがございますよね。弾力的な運用等々も含めて、この辺が一つの特徴点になっているかと思うのですけれども、ここで出されているのは、教科または教職に関する科目のところは選択履修方式ということですし、そういう大学の裁量ということですけれども、教職科目については一方では非常に細かい縛りがどうもあるのではないかということがあって、これは一貫性がないのではないかということがあります。教職科目についても、そういう意味では、大学の裁量あるいは弾力的な運用ということは十分考えられるのだというふうにとってよろしいでしょうか。ちょっと短く答えていただきます。
#78
○御手洗政府委員 教職科目の内容につきましては、審議会答申にございますような形でかなり枠組みとしては大枠にいたしまして、単位の細かな指定等は外すというような考え方で考えております。
#79
○石井(郁)委員 あとは、教職に関する科目の中に総合演習が入りましたよね。これも、演習ですから、サイズといい、また内容といい、大学の側にとって本当に大きな負担になるということはもう言うまでもありません。
 私は、今回のこの教職科目の拡大というか、ふやしていることの問題というのは、やはり一般大学にとっては大変な負担にならざるを得ないだろうというふうに思うのですね。それで、その辺での予算、定員などの条件整備がどうなるのかという問題だというふうに思うのです。改めて、そういう財政措置などを本当にこの法改正に伴って考えているのかどうかという点をお伺いいたします。
#80
○御手洗政府委員 特に私立大学におきまして、小さな短期大学や単科の大学等におきましては、そういった点が難しい部分があろうかと思っております。これらにつきましては直接助成をするとかいうような措置はないわけでございますけれども、現在、私立大学におきます非常勤教員の給与につきましては私立大学等経常費補助金の補助対象となっているところでございますので、引き続きこの中で対応してまいりたいと考えているところでございます。
 大きな大学等におきましては、やはり各教科の専門の方々、あるいは一般学部におきます。そういった専門分野の教授を担当しておられる先生方が、大学の中で協力しながら、リレー講義やチームティーチングというような、新しいいろいろな分野で進められております教授方法というものを積極的に開発していただくということが大事ではないかと考えているところでございます。
#81
○石井(郁)委員 先ほど来、教職免許を取っても採用されないという、採用数が激減している問題が大変議論されておりますけれども、これは、ある大学の話を聞きますと、教員免許状を取った学生のうちで採用されるのは一割程度だ、これは評判のいい大きな大学でそうだと。小さな、小さなと言ったら変ですね、ある大学に至っては、もう三、四人ということさえあるというふうに聞いているわけですね。ですから、この科目数開設に伴って教員をふやさなければいけない、あるいは非常勤をふやさなければいけない、非常勤一人をふやすにしても数百万円はかかるわけですよね、こういうことを各大学がやれるのかどうか。だからもうやりたくても引き揚げざるを得ないということになるのではないかということが予想されるわけでして、私はその点で本当に開放制の教員養成制度がこれからも堅持されるかというふうに伺ったのですが、改めて、堅持されると、そしてその担保はあるというふうに言えるかどうか、伺いたいと思います。
#82
○御手洗政府委員 開放制の原則につきましては、冒頭大臣が申し上げたとおりでございます。私ども、その趣旨を体しまして実務を遂行してまいりたいと考えているところでございます。
 具体的には、例えば、短期大学や小規模の単科大学等におきまして、御指摘のような、いわゆる新しい科目を担当する教員が求められない、あるいは財政的にも大変難しい問題が生じるというような場合等につきましては、これは大学の各団体等の申し出もございましたけれども、教養審の最終答申におきまして、現在行われております同じ大学内での他学部聴講という形で単位が認められるように、現在普及しております大学問の正式な単位互換協定という形で結んでいただければ、他大学におきます教職科目の単位をその大学の単位として認める、さらにまた、大学の課程認定の際にもその科目を当該大学の科目と同じように評価して課程認定をしていくというような趣旨の答申が最終段階で盛り込まれておりますので、今後、その趣旨に沿いまして、必要な規則あるいは基準等の改定を行ってまいりたいと考えているところでございます。
#83
○石井(郁)委員 課程認定の基準等につきましては、ぜひ、科目の読みかえなども含めて、私は、柔軟な、弾力的な対応が求められているということをちょっと申し上げまして、時間が参りましたので、以上で終わります。
     ――――◇―――――
#84
○高橋委員長 内閣提出、参議院送付、美術品の美術館における公開の促進に関する法律案を議題といたします。
 趣旨の説明を聴取いたします。町村文部大臣。
    ―――――――――――――
 美術品の美術館における公開の促進に関する法
  律案
    〔本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
#85
○町村国務大臣 このたび、政府から提出いたしました美術品の美術館における公開の促進に関する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 近年、美術に対する国民の関心は高まっており、我が国に所在するすぐれた美術品を広く公開していくことが求められております。また、国民の鑑賞機会を拡大するためには、それらすぐれた美術品をその専門的な施設である美術館において公開するよう促していくことが必要となっております。
 政府といたしましては、これらの状況を踏まえ、美術品について登録制度を実施し、美術館における公開を促進することによって、国民の鑑賞機会の拡大を図り、もって文化の発展に寄与することを目的として、この法律案を提出した次第であります。
 以下、この法律案の主な内容につきまして御説明申し上げます。
 第一は、美術品の登録についてであります。
 美術品の所有者は、申請によりその美術品について文化庁長官の登録を受けることができることとしております。対象となる美術品は、文化財保護法により指定された重要文化財である美術品及び世界文化の見地から歴史上、芸術上または学術上特にすぐれた価値を有する美術品であります。
 また、登録には、所有者が、美術館の設置者との間で、本法律案で定める登録美術品公開契約を確実に締結する見込みがあることが必要であるとしており、その契約は、期間が五年以上であり、当事者が解約の申し入れをすることができない旨の定めがあるものとしております。
 第二は、所有者及び美術館の設置者の義務等についてであります。
 所有者は、登録後三月以内に、登録美術品公開契約を締結し、かつ、登録美術品を美術館の設置者に引き渡さなければならないこととしております。
 また、その契約を締結した美術館の設置者は、登録美術品の公開及び保管の計画を作成し、その積極的な公開を行わなければならないこととしております。
 第三は、国の責務についてであります。
 文化庁長官は、登録美術品の鑑賞機会の拡大を図るため、その所在に関する情報の提供に努めるとともに、国がその所有権を取得したときは、美術館において積極的に公開するよう努めるものとしております。
 第四は、重要文化財である登録美術品の公開について、文化財保護法による手続を緩和する特例を定めております。
 第五は、附則において租税特別措置法の一部を改正し、登録美術品について、相続税の物納が認められる場合の優先順位を第一位としております。
 このほか、所要の規定の整備を行うこととしております。
 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要であります。
 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださるようお願いいたします。
#86
○高橋委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
    午前十一時四十二分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時一分開議
#87
○河村(建)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。
 内閣提出、参議院送付、教育職員免許法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、本案審査のため、参考人として教育職員養成審議会会長・東京学芸大学名誉教授蓮見音彦君、静岡県教育委員会教育長杉田豊君、中央大学教授中野光君、以上三名の方々に御出席をいただき、御意見を賜ることにいたしております。
 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、審査の参考にいたしたいと存じます。よろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 蓮見参考人、杉田参考人、中野参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただきたいと存じます。その後、委員の質疑に対しお答えいただきたいと存じます。
 なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることになっております。
 それでは、蓮見参考人にお願いいたします。
#88
○蓮見参考人 御紹介をいただきました蓮見でございます。
 本日は、教育職員養成審議会の答申を踏まえまして、現在この委員会で御審議いただいております教育職員免許法の改正に関しまして、答申の取りまとめに当たりました者の立場としまして意見を述べる機会をいただきましたことと存じております。大変ありがとうございます。
 簡単に、私の考えでいるところを申し上げたいと思います。
 まず第一に、教育職員養成審議会におきます審議の経過につきまして、簡単に御説明をいたしたいと思います。
 平成八年七月から、文部大臣の諮問を受けまして審議を行ってまいりましたが、その諮問されました事項は三点ございまして、教員養成課程のカリキュラムの改善、修士課程を積極的に活用した養成のあり方、そのほかといたしまして、養成と採用、研修との連携の円滑化などを検討するということでございました。
 そのうちの教員養成カリキュラムの問題とその他の中に含まれております特別非常勤講師制度につきましてり審議を先行するということが求められましたので、まず、審議会におきまして、カリキュラム等特別委員会という委員会を設置いたしまして審議を行いました。これと並行いたしまして、総会におきましても審議を行いまして、総会、委員会を含めまして合わせて三十四回の会議を開きまして、慎重な審議を行ったところでございます。
 この間、関係者の方々の御意見を可能な限り反映するということを考えまして、関係団体からのヒアリング、大学におきます教職教育の実施状況の調査、都道府県等の教育委員会を対象といたします調査などを行いました。
 それらの検討を含めまして、平成九年五月末に特別委員会報告がまとまりましたので、その後、重ねて、この報告に対します関係団体の意見聴取を含めて総会審議を行い、七月二十八日に開かれました総会におきまして「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について 第一次答申」という形で取りまとめまして、文部大臣に答申をいたしました。
 その後、養護教諭の養成カリキュラムなどについての審議を続けて行いまして、十二月に結論を得ましたので、これを文部大臣に御報告申し上げました。
 今こちらで御審議いただいておりますのは、これらの答申それから報告に基づきます改正であろうかと思っております。
 二番目に、今日こうした改正を行う必要性ということについて申し上げたいと思います。
 いろいろな理由が挙げられると思いますけれども、私の感じておりますところでは、一応三つの点があろうと思っております。
 一部には、前回の免許法の改正以降まだ時間が余りだっていないということで、今回の改正について時期尚早であるという御意見もございますけれども、私どもはそうは考えておりませんで、やはり非常に重要な問題があるということと、それからもう一点は、今回こちらで御審議をいただきまして、これが国会を通過したといたしましても、実際に大学におきましてその対応ができますのは平成十二年の入学生ということになります。前回の改正によりまして、平成二年の入学生から今の制度になっているわけでございますが、十年という期間になりますので、この変化の激しい時代の中で、十年という期間はやはり非常に重い期間であるというふうに考えているところでございます。
 理由といたしまして、まず第一点は、平成八年七月の文部大臣の諮問の直前に、御存じのように中央教育審議会が第一次答申をまとめまして、新たな時代の教育の実現のために教員の資質の向上を非常に強くその中で求めているところがございます。この中教審の答申は、御存じのように、国際化、情報化、科学技術の進展などが急速に進んでいくこれからの社会におきまして、一人一人の子供たちの個性をはぐくみ、生きる力を育てる、こういう新しい時代の教育に学校教育が転換をしていかなければならないということを強く求めたものでございます。そうなりますと、やはりそうした教育を担う教員の養成ということについても新しい考え方が導入されなければならないであろうということが一点ございます。
 第二番目に、しかし、それ以上に差し迫った問題といたしまして、現在、学校におきまして非常に困難な問題が生じている。生徒指導等をめぐりまして非常に困難な問題が生じ、子供たちを理解するということについて、先生方が今非常に困難を来しておられるということがございます。これらに対する対処というのが今非常に強く迫られているということがあるかと思います。
 三番目に、大学教育の方におきましては、平成三年に設置基準の改正が行われまして、教育改革が進められているわけであります。選択科目をふやすとかあるいは一般教育と専門教育の区分を廃止するとかいうふうな形で、各大学の裁量を拡大するという方向が進んでいるのでございますが、免許基準につきましては、平成二年から実施されておりますので、大綱化以前の形のままが残っているということで、これらの整合を図るということが必要であろうかと思っているところでございます。
 さて、改善案の検討に当たって私どもが留意した点は何かということでございますが、この点につきましては、まず、教員の資質ということが非常に大きな問題になります。
 これにつきましては、非常に一般的に言われますように、教育者としての使命感、人間の成長、発達についての深い理解、幼児、児童、生徒に対する教育的な愛情、教科に対する専門的な知識、広く豊かな教養、それらを基盤とした実践的指導力というふうなものがいつの時代にも必要な資質、能力というふうなことでとらえられるかと思います。これからの時代を考えてまいりますと、地球や人類のあり方をみずから課題として考えていけるような、そういう課題解決能力を持った教員でなければならないであろうというふうに考えますし、あるいは人間関係の調整能力というふうなものを強く持った者でなければならないのではないかというふうに思うところでございます。
 非常に多様な要望が教員の資質についてはあるわけでありますけれども、それらを全部含み込みまして免許基準を考えるということになりますと、非常に過大な負担を学生に背負わせるということになってしまうかと思います。それは避けなければならないということで、新しい考え方をここに導入いたしました。
 たくさんの社会的な要請と、それから大学としてのカリキュラムとの調和ということから考えまして、これまでは、いずれかと申しますと、一人一人の教員にすべて同じような資質を求めるということでございましたけれども、それを、学生の志向によりまして個性豊かな教員を育てるというふうなことで、それらが協力し合うことによって、学校全体として高いレベルの教育が実現できるようにしていくべきではないか。そういう意味で、最低限はそれぞれ共通な資質を持っていただくとしましても、その上で得意な分野をそれぞれ持っていただくような形をぜひお考え願いたいというふうなことは考えていました。
 そのため、第一番目に、これまでの免許制度では、修得すべき科目、単位数が法令で非常に細かく定められておりましたのに対しまして、それをなるべく緩和する、選択履修制度を導入する、各大学の創意、学生の志向によりまして個性豊かな教員を養成できるようにするということ。
 第二番目に、特に義務教育段階にありまして、発達段階からも生徒指導等の課題が非常に重要になっております中学校につきまして、従来よりも教科指導、生徒指導等の教職に関する実践的な指導力の向上を目指す。
 第三番目に、今日の社会的要請、今後の社会において特に求められる教員の資質を育てることを重視いたしまして、そのために必要な科目を幾つか新設あるいは拡充するというふうなことにいたしました。
 これに加えまして、社会人の方が教壇に立てるような方法といたしまして、特別非常勤講師制度、特別免許状制度というふうなものについて、いずれも緩和措置を考えるというふうなことを考えたところでございます。
 ところで、答申に先立ちまして、先ほども申しましたように、特別委員会が報告をまとめたのでございますが、それを公表いたしまして、関係の団体から意見をお伺いいたしました。全体といたしましては、その審議の方向に対しまして御賛成をいただいたのでありますが、しかし、特に私立大学を中心といたします一般大学の関係者の方々から、これでは大学や学生の負担が大きくなり過ぎるというふうな御意見がございまして、反対ないしは慎重な考え方をというふうな御意見がございました。
 そこで、それを受けまして、その後の総会の審議の中で幾つかの検討を加えまして、これらに対する配慮をいたしました。その結果、関係団体からも一定の御理解をいただいたというふうに私ども理解しているところでございます。
 ただ、まだ幾つか慎重な御意見もございますので、指摘されております問題点につきまして、どういう問題があるか、それに対して私どもはどう考えているかということを、二、三申し上げたいと思います。
 まず第一点は、教職に関する科目の単位数が増加いたしまして、その結果、一般大学では教員養成に対する負担が大きくなり過ぎて、結果として一般大学の教員養成を阻害することになるのではないか。いわゆる開放制を崩壊させることになるのではないか、こういう御懸念でございます。
 これにつきましては、現在、学校におきましていろいろ難しい問題が生じております中で、こうした教職科目を拡充して、実践的な指導力の高い教員を養成してほしいという御要望が、特に教育委員会、校長会、PTAなどから非常に強く求められたところでございます。そういった科目を余りふやしますと、一般大学、学生の負担になることは考えなければなりませんので、そこで、特別委員会の御報告をいただきましてから後の総会におきます検討の中で、三つほどの対応を考えております。
 教職科目を卒業基準単位の中に加えてもよろしいということ。それから、課程認定に当たりまして、もしその大学の中で適切な教官が得られないというふうなことがあるのであれば、単位互換というふうな形を通じて他大学等の教官の協力を得てもよろしいということ。それから、課程認定に当たりまして、専任教員の数についての制限を緩和するというふうなこと、基準を緩和するというふうなこと、こういうことを配慮したところでございます。
 もちろん、たくさんの大学から開放制のもとで教員が供給されるということは非常に重要なことであるというふうに私ども考えておりますけれども、同時に、今日の学校教育の課題に対応できるような教員養成を行うための努力というものはやはり大学に求められるのではないかというふうに考えるところでございます。
 二番目に、これと裏腹のことになるわけでございますけれども、教職科目を増加させたことによって、教科に関する科目というふうなものの単位数を削減いたしました。これが教科の専門性を低下させるのではないかという御懸念でございます。確かに、今回の改正をごらんいただきますと、教科に関する科目の単位数はかなり、半分ほどに減っております。
 特に問題は、中学校教員の養成についてそうしたことが大きく出てくるのでございますけれども、この場合に、中学校教員の非常に大きな部分はいわゆる一般大学において養成されているということをお考えいただく必要がございます。文学部ですとか理学部ですとかそういうところで養成されている方が三分の二ほどを占めております。
 これらの場合には、当然、例えば文学部国文科を出て国語の先生になるという場合に、その国文科を卒業するための百二十四単位という基準の中で、かなりたくさんの国語の科目を履修されるということが当然考えられるわけでありまして、教員免許に要する基準が下がったからといって、教科の専門性が低下するということにはならないのではないか。
 この場合にどういう効果があるかということを考えますと、それはむしろ規制緩和というふうな側面が強いのではないか。今までは、教科の専門科目として何を履修するかということが非常に細かく決めてございましたけれども、それを大ぐくりにする。それから、その決めてある分の単位数を小さくするということによりまして、各大学において教科専門科目についても相当創意を凝らしていただくことができるようになるのではないかというふうに考えているところでございます。
 第三点は教育実習に関してでございますが、これを、中学校の場合、四週間に延長いたします。このことについていろいろな問題点を指摘されているところがございます。
 まず一つは、実習校の受け入れが難しいのではないかという御懸念でございますけれども、これにつきましては、私どもの総会におきます審議の中で、中学校長会の関係の方から全面的に協力をするというふうな御指摘をいただいておりますので、恐らく十分対応していただけるであろうというふうに信じております。
 また、大学の方の授業日程等に影響が出るというふうなことの御懸念が一方にございますけれども、これにつきましては、教育実習を四年生になって一時期に四週間やるというのは確かに難しい点があろうかと思います。そういう形ではなくて、答申の中でも、実習の回数ですとか時期ですとか実施先、方法等についていろいろ工夫をしていただくことができるのではないかということを申し上げているところでございます。
 それからもう一つは、専任教員、教職科目を担当する教員が確保できるのかどうかというふうな問題がございますけれども、もし教員がいないから新しい科目ができないということであると、これはやはり、大学としては批判を受けることにならざるを得ないだろうと思います。ただ、教職課程、いずれの大学も必ずしも十分なスタッフを持っておりませんので、その点について今後拡充をしていかなければならない。そういう面についての御理解はいただきたいというふうには思っているところでございます。
 その他指導力の養成については、養成段階よりもむしろ研修等で高めるべきだという御意見もございますが、これにつきましては、冒頭申しましたように、諮問の中にも含まれておりますので、これから引き続いて検討をするというふうなことになっております。恐らくその中で、採用や研修についての拡充というふうなことについても一定の方向を出すことができるのではないかと思っております。
 以上、簡単に御意見を述べさせていただきました。委員長を初めといたしまして、委員の皆様方におきまして、どうぞこういった改正の趣旨を御理解いただきますようお願い申し上げたいと思います。若干時間が延びまして恐縮でございました。
 どうもありがとうございました。(拍手)
#89
○河村(建)委員長代理 ありがとうございました。
 次に、杉田参考人にお願いいたします。
#90
○杉田参考人 御紹介をいただきました杉田でございます。
 本日は、教育職員免許法の一部を改正する法律案に関しまして、学校現場を預かります都道府県教育委員会の教育長としてこのような意見陳述の機会を与えていただきましたことを感謝申し上げます。また私は、都道府県教育長協議会におきまして、教育行政を担当しております第三部会の主査をさせていただいておりますことから、都道府県教育長協議会が昨年教育職員養成審議会に提出いたしました意見書も踏まえまして、意見を述べさせていただきたいと存じます。
 今回の法案は、教育職員養成審議会、以下教養審と略させていただきますが、この教養審が昨年七月に出されました第一次答申「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」に基づいたものでありますことから、この答申に即して、大きく二つに分けて私の意見を述べさせていただきます。
 まず、教員養成カリキュラムの改善につきまして意見を述べさせていただきます。
 第十五期の中央教育審議会は、その第一次答申におきまして、「あらゆる教育の問題は教師の問題に帰着する」として、すぐれた人材を教員として確保することの重要性を指摘しております。殊に、少子化の影響で教員採用数を低く抑えざるを得ない昨今の状況では、現在採用される教員が二十年後、三十年後の学校教育を支える中核となっていく世代となるのでありまして、このような観点から見ましても、すぐれた教員の養成は喫緊の課題と考えます。
 申し上げるまでもなく、教員の資質の向上は、大学での養成、採用、研修を通じて図られるわけでありますが、今、特に大学における教員養成カリキュラムに改善すべき点があるとの指摘があることには、次のような背景があると考えます。
 すなわち、教員には、答申でも指摘されておりますように、「採用当初から学級や教科を担任しつつ、教科指導、生徒指導等の職務を著しい支障が生じることなく実践できる資質能力」が求められているにもかかわらず、大学の授業が抽象的な学問、研究に閉じこもっているとのイメージが教育委員会や学校現場の関係者にはぬぐえないということでございます。
 この点につきまして、都道府県教育長協議会から教養審に対しまして提出いたしました意見書におきましても、「いじめや登校拒否等の昨今の学校教育を巡る問題の多くは、大学での教員養成カリキュラムが急速な時代の変化に対応しきれなかったところに一因があり、ひいては、中学校・高等学校における教科に関する科目重視のカリキュラムなど、教員養成カリキュラムの基本構造にメスをいれなければ、問題の解決は困難と考えられる」と指摘しているところでございます。
 具体的科目のあり方につきましては後に順次触れさせていただきますが、こうした意味から、今回の免許法の改正において児童生徒の理解や指導のあり方を内容とする教職に関する科目を重視する方向で改められることは、私は適切な内容として歓迎したいと考えているわけでございます。
 また、いじめや校内暴力の問題、国際化、情報化、高齢化社会の進展など時代の急速な変化に学校教育が対応していくためには、養成段階で多様な新たな科目の開設が必要になると考えます。
 この点に関し、カリキュラムが増加し、学生の負担がふえることにより、教員志願者の人材を誘引しにくくなることを懸念する向きもございます。
 しかしながら、今回の改正案に盛り込まれている選択履修枠の設定というカリキュラムの弾力化は、この課題の解消に見事にこたえるものとなっていると考えます。
 次に、具体的な科目の改善方策について意見を述べさせていただきます。
 これら具体的科目につきましては、直接的には法案の中で触れられていないわけでありますが、今後、文部省で教養審答申に沿いまして関係省令が整備されると伺っておりますので、答申に基づき意見を述べさせていただきます。
 まず答申では、教師論など、教職への志向と一体感の形成に関する科目を必修科目として新設することが提言されております。教職に対する情熱というものは、志願者本人の志向や性格によるところが大きいわけでありますが、採用後の教員生活には、学生のそれまでの児童生徒としての立場から想像することを超えたさまざまな職務の実態があるわけでございます。大学での早い時期に、教職の意義や実際のさまざまな職務について理解させ、それを踏まえた上で理想とする教員像を描かせることは、自己の適性と意欲を確認させるとともに、その後の選択履修と相まって、使命感や個性ある教員の養成を行う上で効果的なものと考えるわけであります。
 次に、中学校における教育実習期間の延長についてでございます。
 中学校が、生徒の発達段階から、教科指導等と並び特に生徒指導等の課題を抱えているとの指摘につきましては、教育関係者のみならず、異論のないところと考えます。しかしながら、現在の二週間の教育実習では教科指導に関する実習で精いっぱいでございまして、学生に本当に体験してもらいたい生徒との触れ合いでありますとか、それを通じた中学生の実像の学習が難しくなっているのが現状かと思います。
 こうした現状を踏まえれば、中学校の教員を志す学生に中学校での実習体験を少しでも多く積ませるため、実習期間を延長し、これにより生じたゆとりの時間を生徒との触れ合い等に生かすことは必要なことと考えます。
 さらに、教科教育法及び生徒指導に関する科目の充実であります。
 今教員に求められておりますのは、いじめ、登校拒否等の問題にかんがみましても、児童生徒に適切に対応することができる教員であります。また、生きる力をはぐくむ教育を展開する上では、児童生徒の興味・関心を引きつける魅力ある授業を展開することのできる教員が必要であると考えます。特に、課題の多い中学校段階につきましては、これらの分野の教員の指導力の向上を図ることが何よりも必要でありまして、こうした点から、教科教育法及び生徒指導に関する科目の充実は時宜にかなったものと考えます。
 最後に、総合演習の新設は、地球環境問題や高齢化問題等広い視野を持つ教員の養成に資するものと考えます。
 これら各教科のあり方にかんがみれば、今回の教員養成カリキュラムの改善において教職に関する科目の充実を図ることは、現在の学校教育に必要かつ有効なものと私は考えます。
 次に、大きな二点目でございますが、今回の法案では、教員養成カリキュラムの改善とともに、それ以外の免許制度の弾力化についても盛り込まれておりますので、以下これについて意見を述べさせていただきます。
 まず、学校における社会人の活用の促進についてであります。
 地域に開かれ、多様で生き生きとした学校教育を展開していくためには、地域社会の多彩な人材の活用が有効であると考えます。免許状がなくとも社会人が教壇に立てる制度である特別非常勤講師制度は、この意味で有効な制度であると考えます。しかしながら、中学校や高等学校では比較的よく活用されておりますが、小学校においてはなかなか活用が進んでいないというのが現状ではないかと思います。しかし、身近な地域社会に対する基礎的な認識は小学校段階から養われることを考えますと、この制度は小学校でこそ有効であるとの考え方もできるかと思います。
 この意味で、小学校及び盲・聾・養護学校においてこの特別非常勤講師制度の対象教科が拡大されることは歓迎したいと思います。また、都道府県教育委員会による許可を届け出とすることにつきましても、この制度の活用の促進を図ることに資するとともに、規制緩和と地方分権の流れに沿ったものとして認識しております。
 また、社会人登用のための特別免許状制度につきましては、日本の雇用慣行の現状等から余り授与件数が多くないと伺っておりますが、多様な人材を活用する観点から、特別免許状制度の改善についても評価したいと考えております。
 次に、養護教諭の活用の促進についてであります。
 法案の中では、三年以上の経験を持つ養護教諭が保健の授業の担任になることができるとされています。いじめや登校拒否、薬物乱用や性の逸脱行動といった現在の学校が抱える諸課題を考えると、児童生徒の心の健康問題への対応が極めて重要になっております。こうした面を考えますと、児童生徒の訴えに対し、心と体の両面からその背景を考え、その解決への支援を行う養護教諭の持つ専門的な知識や技能を教科指導に活用していくことは、大変有効なことだと考えます。
 この場合において、養護教諭の本務はもちろん児童生徒の養護をつかさどることでありまして、保健室でのこのような職務がおろそかになってはいけないわけであります。この点につきましても、実際に養護教諭が授業を行うかについて、各学校の実態に合わせ適切に運用していく必要があると考えております。
 以上、私の意見を述べさせていただきました。
 初めにも申し述べましたが、現在さまざまな問題に直面しております学校教育の現状を考えるとともに、将来の学校教育のあり方をも考えたとき、すぐれた教員を確保することは喫緊の課題であると考えます。都道府県教育委員会といたしましては、教員の採用、研修の充実になお一層の努力を図る所存でございますが、大学における養成につきましても最大限の改善を期待するものであります。また、こうした教員と相まって、地域に根差した生き生きとした学校教育を展開していく上で、学校教育における社会人の活用を促進していくことは時宜を得たものであると考えます。
 こうしたことを考えますと、今回の教養審答申を踏まえたこの法案は、今日の学校教育をめぐる諸課題に対応したものであると考えます。本委員会におかれましては、このような意見を参考にしていただき、本法案の審議を行っていただければ幸いに存じます。
 どうもありがとうございました。(拍手)
#91
○河村(建)委員長代理 ありがとうございました。
 次に、中野参考人にお願いいたします。
#92
○中野参考人 中央大学の中野と申します。
 私の教員歴は、昭和でいいますと昭和二十九年度、一九五四年度からでございます。当時は、でもしか教師という言葉がはやっておりました。教師にでもなろうか、あるいは教師にしかなれなかったという人たちをでもしか教師というふうに呼んでおりましたが、私もでもしか教師の一人だったと思っております。早いもので、それから四十年を超えてしまいました。私は、小中高の教員生活を経験した後で、国立大学の教育学部と三つの私立大学にまたがって、教育学研究と教育、そして教員養成の仕事に携わってまいりました。
 本日、そのような私に、ここで教免法改正法案について意見を述べる機会が与えられたいきさつの一つには、お手元にお配りいたしておきました、去る四月十三日付で、日本教師教育学会会長中野光の名前で「「教育職員免許法の一部を改正する法律案」について慎重な審議を要望する意見書」を、内閣総理大臣を初め、本衆議院文教委員会の委員の方々にも差し上げたことが機縁になっていると理解しております。
 日本教師教育学会は、日本だけでなく諸外国における教師教育研究の動きに支えられまして一九九一年に創設され、現在の会員数は七百名を超え、事務局を立正大学に置かせていただいております。そこにグリーンの案内のブリーフをお配りしておりますが、御参考になれば幸いです。
 会員の大多数は、国公私立大学におきまして、教員養成の実際の仕事に携わっております。したがいまして、今回の教免法案につきましては、教師教育研究と大学における教職課程の実践、運営の両面から、特に三年前の文部大臣による教養審への諮問の段階から深い関心を寄せてまいりました。ただし、その立場は、あくまでも学会にふさわしい関心の寄せ方があって、賛否にかかわっては一定の結論を出すことは差し控えるべきだというのが私の考えでありましたし、学会としての良識だというふうに思っております。
 したがいまして、先ほどの意見書を出したことも、私どもの学会としてはまさに異例のことであり、学会の歩みにおける最初のことであります。その内容も、慎重な審議を要望することにとどまっておりますが、それだけに、内容的には重い意味が込められていることを御賢察いただきたいと存じます。
 それと申しますのも、私どもの学会は、昨年の七月二十八日に発表された教養審の「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」と題する第一次答申、それに基づいてつくられた改正法案の内容に無関心ではおれないものでした。それは、私たちが研究対象としてきた教師教育、また会員の大多数が携わっている大学における教員養成の実際、さらには二十一世紀に向けての日本の教師教育のあり方に重大な影響を及ぼすに違いないと受けとめたからであります。
 学会としては、この問題について開催いたしました数次にわたる研究会、公開の研究会、理事会での討議に基づいて、会長の名においてこのような意見書を出すことについては合意が得られたものと考えております。どうかお読みいただきますように。
 ただ、本日の私の立場は、そのような意見の内容を御説明するということではなく、長年にわたる私自身の教師としての経験、研究者としての仕事に基づいて、肩書きのように中央大学教授中野光としての意見を申し上げたいと思うのです。時間の制約があるということを心得ておりますので、以下の三点に絞って意見を申し上げたいと思います。
 第一は、この法案並びにそれのよりどころになっている教養審の答申が、果たして、今日求められている教員養成にかかわる改革課題や二十一世紀に向けての日本の教育改革に寄与することになるかどうかということについてであります。そして第二には、法案に基づく教員養成カリキュラムや制度の改変が、私たちが目指す教員の資質向上に結びつくのだろうか、そこに矛盾がないのかという問題であります。第三に申し上げたいのは、もしこの法案が成立した場合、日本の大学における教員養成の実際にどういう事態が起こるのか、そのことに各大学はどのように対処せざるを得ないか、一体教育行政の任務は何かということを含めて教師教育のあり方を考えたいということであります。
 そこで、まず第一の点ですが、すなわち、法案、教養審の答申の内容には、日本の教育が当面している深刻な事態の解決を教員の資質の向上を図るということに収れんして考えたという特徴があります。
 答申では、日本の教育の、教師の当面している現実の厳しい側面については、確かに多くを語っています。しかし、昔から、子供は大人社会を映す鏡だと言われてきましたが、現在の日本の子供の世界に起こっていることも、大人社会の腐敗や混乱の反映でもあります。にもかかわらず、教師は、それが生み出す困難な事態から逃げるわけにはまいりません。私は、教師の問題について論ずる人には、教育の仕事に日夜苦闘している教師に対する敬意と深い理解が必要だし、教師を励まし支えるという発想がなければならないと考えます。残念ながら、答申はそのような立場からの提言であるとは感じられません。
 答申の最初の部分には、昨年にわかに浮上した政府の財政構造改革の一環として打ち出された教職員配置改善計画の二年間繰り延べや国立の教員養成系大学学部の学生定員五千名削減という計画について、淡々と述べております。そして、それらの政策動向をいわば所与の、与えられたものとして受けとめた教員養成についての改革案を提起しております。教養審が文部大臣の諮問機関であるとはいえ、そうした政策動向に疑問を投げかけ、批判を試みる、せめて遺憾の意をにじませて表現をする自由はそこにないのでありましょうか。委員の構成、任命の手続、方法にも不満を感じます。
 今、日本の教師にとって最も切実な願いは、一人一人の子供にゆとりを持って向き合い、彼らを理解し、教師と子供との間に愛と信頼のきずなを強め合うということです。いわゆる教師の多忙化とかあるいはバーンアウト、燃え尽き現象から日本の教師を解放する。そして、少子化に伴う児童生徒の減少期の今こそ、学校に若い教師をふやし、大学で学んでいる教師志望の学生にも希望を持たせ、学校に清新はつらつとした雰囲気を醸成することであります。そのためにこそ、公的資金を投入すべきであります。
 私は、長く大学で教職課程の科目を教えてきました。三十年ぐらい前には、受講生の多くが、教師にあこがれたのは、みずからの子供時代を振り返って、魅力的、尊敬に値する先生と出会ったからだと言いましたが、このごろは少なくなりました。むしろ、反面教師に出会ったことが教師志望の契機になったと告白する学生も目立ちます。私はそれも結構だと思います。教師への志向は、単に大学だけでなくて、小中高の教師が子供に感じ取らせてくれるものです。大学の教職課程に教職への志向と一体感の形成に関する必修科目を新設するという発想は、私には理解できません。
 一体、一体感とは何でしょうか。教養審の委員の中には私の知人も入っておりますが、私はそういう素朴な問いを彼に発しましたら、さあ、たしかアイデンティティーという言葉がしばしば使われたけれども、という程度の答えしか返ってきません。一体感というのは、異なったものが一つになるということですが、教職への志向と一体感というのは、これをもしそのまま省令等に表現されると、極めてわかりにくいということになりまして、担当する方も困るのではないでしょうか。
 第二の点、すなわち法案と答申の内容的矛盾についてですが、この点については、私は、この問題について研究的関心を寄せてきた過程で、一つの重要文書に突き当たりました。それは、昨年、九七年六月十九日、国立大学協会教員養成特別委員会の委員長でいらっしゃった、ここにおいでになる蓮見音彦先生の名前で、教養審カリキュラム等特別委員会の主査、高倉翔殿あてに出された文書であります。この文書を蓮見文書というふうに呼ばせていただくことをお許しいただきたいと思います。
 国大協の教員養成特別委員長としての蓮見先生は、みずからが会長をなさっていた教養審のカリキュラム等特別委員会の答申案に対して、その文書を読んだ限りにおいては、批判的見解を持っておられたことがわかります。そして、私はその多くの部分に共鳴して拝読いたしました。
 例えば、蓮見文書では次のように指摘されております。「とくに、貴特別委員会」、これは高倉翔氏をキャップとする教養審のカリキュラム等特別委員会のことでございますが、
 貴特別委員会の全体としての精神としては、基準の大綱化、弾力化の方向で、大学の創意工夫を求めていながら、具体的提言においては、とくに「教職科目」に関しては、画一化、硬直化、質的低下、細目の規制に陥る可能性が含まれているのではないかと感じられます。
 また、蓮見文書では、大学生の教職離れの状況が促進されていることを認めた上で、そのような現状の中で教職科目の基準引き上げをもって対処する方策の妥当性は再検討を要すると指摘されております。
 なお、直接引用させていただきますと、
 大学で確かな学問をした人たちが、自由意志による選択の中でその職業を選ぶ意志につながるように教職の社会的地位と処遇の向上を図るとともに、その人たちが大きな壁を意識することなく、教職に就くことができるようなシステムを我々は創っていきたいと考えます。
このような考え方に私は全面的に賛成であります。
 新設科目についても蓮見文書は否定的であります。あの答申の教職への志向と一体感の形成に関する科目については、次のように述べられております。
 かつての教育原理、従来の、教育の本質と目標、教育の社会的行政的な事項そのものが、広義の教職ガイダンスの役割を担っていたものと考えられ、その中には、必ず、教師論、教職論、教職の専門職論、教職への勧めを含んできたものと考えております。今日、あらためてそれのみを二単位三十時相当講じることの意義を明確に提示することは難しいように思います。
 総合演習科目も、あの大綱化以来、「すでに多くの大学が、共通科目、教養科目、総合科目等として、様々な創意工夫によって現代的課題に対応できる高度な知性を培う教育を求めて」いるのだから、高倉試案がかえって形骸化するおそれがあると警告をしております。
 教育実習についても、
 あれもこれも増やすよりも、きちんとした教育実習が実施され、教育実習が総合的な学習機会となれば、細切れの教職科目の履修単位を増やすよりもはるかに効果的であると考えられます。
私は、もしこの蓮見提案が教養審全体によって受けとめられ、答申に反映されたとしたら、私の見解はきょう申し上げるものとは違ったものになったはずなのにと思われてなりません。
 しかし、私は今厳しい現実を予想せざるを得ません。私の願いは、これだけの問題、矛盾を含んでいる法案が、もし参議院に引き続いて衆議院でも可決、成立したとすると、この後各大学で起こるであろうさまざまな事態が予想できますだけに、できることならこの案を振り出しに戻して、審議のやり直しをしていただきたいと願います。
 今、各大学の教職運営委員で混乱に近い困惑状態にありますのは、過日成立しました介護等特別体験特例法をめぐっての対応であります。教免法が改正されたならば、同様の、いやそれ以上の重荷が大学の教職課程にかかることは明らかだと思っております。
 例えば、教育実習四週間の受け入れについての実務、調整にだれが当たるのか、だれがどのような責任を持つのか、再課程認定、新設科目の開議までの人事、教室の確保等々のことに思いをはせますと、気が重くなります。大学の自主改革への努力も、一応はしばらくは御破算ということになりかねません。
 私は、蓮見先生を初めとする教養審の方々が、長い時間を割いて答申を作成されるに至った過程の御苦労を知りながら、このような反対の意見を申し上げざるを得ないことを残念に思います。
 長い間の教員歴を振り返って言えることは、戦後の大学における教員養成の制度は、確かに戦前の師範学校の閉鎖的なものを開放制にしたという大きな歴史的な意味があったとは思いますが、常に最善のものではなかった。常に改革課題を含んでその制度は機能をしてきた。それだけに、教員養成の改革は今後も続けられるべきだろう。ただし、それは私たちのような教員養成を担ってきたその立場にある者の自主的な努力を支え、励ますという立場からお考えをいただきたいというふうに思います。
 以上で私の意見を終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)
#93
○河村(建)委員長代理 ありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#94
○河村(建)委員長代理 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。保坂展人君。
#95
○保坂委員 社民党の保坂展人といいます。まず、蓮見参考人に伺いたいと思います。
 私は、議員になる前に、教育問題をめぐるジャーナリストとして、各種審議会答申、ずっと続けて読んでまいりました。たびたび当委員会でも指摘しているのですけれども、本当に、総論のところで、前段のところで、非常にすばらしい、画期的な方向で行くのかなという答申があり、しかし、個々具体的になってくると、全体の答申の中でもややトーンダウンしたかな、そしてこれは法案になると、さらにどこへ行っちゃったんだろう、そういうことがちすっと繰り返されているかと思うのです。今大事な教員養成をめぐる根本的な問題としてまず伺いたいのですけれども、日本全体、まあこれは特に子供にあらわれる、この一年をとってみても、神戸の事件から、ことしに入ってナイフ等を使用した事件、非常に深刻であります。その深刻さというのは、日本社会全体の閉塞感とも結びついてきているというふうに思います。
 そして、なかんずく学校という社会、これは御存じのように、別の言い方をすれば教員社会でありまして、ごくごく限られた世界の中、学校と家庭、そして家族の中にも、親が教員だったり、あるいは祖父母が教員だったりという教員系の社会の中で、極めて通風度が低いのではないか。いろいろな意味で、これだけ社会が流動化する中で、固定した人たちが教員をやっている。
 そういうことの中で、物すごい一生懸命やっておられると思うのですね、いろいろな学校を訪ねても。情熱的だし、熱心だし、一生懸命、この三つはかなりの教員の方に当てはまるのですね。しかし、ここが問題じゃないかということがたびたび指摘されていると思うのですね。つまり、まじめで、可もなく不可もなくと言ってはあれでしょうか、一つの型どおりにきちっきちっとやる力は、日本の教員は世界と比べても非常にすぐれた力を持っていると思います。そして、蓮見参考人が言われた、教員に求めるべき資質ですね、従来のものに加えて、例えば、地球や人類のあり方をみずから考える能力、豊かな人間性、社会人に求められる課題解決能力、人間関係を調整する能力や表現力、これもやはり持たなければいけない。そしてまた、子供のいろいろなつまずきやいら立ちともつき合う。ある意味で物すごく注文が多いように思うのですね。むしろ今の教員、職員室の中で何年かするともう保護色に染まって、自分の個性なんというのはほとんど自分でも思い出せないぐらいになってしまう、ここを変えていくという視点が少し薄らいではいないかというふうに思うのですが、率直なところいかがでしょうか。
#96
○蓮見参考人 御指摘のとおりだというふうに思います。
 それで、今回の答申におきまして私ども考えましたのも、まさにおっしゃるような点でございまして、もっと教員それぞれが個性豊かでなければいけないのではないか、あるいは、中教審答申が子供たちに生きる力をというふうに申しておりますけれども、教師自身が生きる力を持たなければいけないのではないかというふうなことを考えたところでございます。これまでは、免許基準というふうなものも一本の基準で、そしてその中で全部枠が決まっているような感じでございました。それを何とか多様化したい、何とか弾力化したいというふうなことで、いろいろな形で規制緩和を考え、あるいは大学の裁量を考え、あるいは学生自身の選択の余地を考えるというふうなことを考えたつもりでございます。
 法案にはそこらのところはまだあらわれておりませんので、それらの部分につきましては、法案が通りました後で文部省の方でしかるべく御検討いただけるというふうに思っておりますけれども、答申の中ではそのようなことを方向として示したつもりでございます。よろしゅうございましょうか。
#97
○保坂委員 では、次に杉田参考人にお願いいたします。
 今回、特別非常勤制度ということで、いわゆる社会人というか、学校外の人材を、これまでの許可制から届け出制へ変えて、より垣根を低くして、学校の中に異色な、あるいは異能なといいましょうか、従来の、先ほど言った教員社会の中になかった資質や才能を招き入れよう、こういうことは大変評価できるわけでございますけれども、実際それを招き入れるのは、やはり地域の学校だったり教員集団だったり校長だったりすると思うのです。長いこと日本の学校制度は変わっておりませんので、ずっと二十年、三十年、四十年とほとんど変わらずに、ある定規ができてしまっている。その定規は年々細かくなっているような気がするのですね。
 昔の先生は、それこそ職員室で宴会もやったし、宿直があれば子供が訪ねていったし、そういうコミュニケーションがあったとよく聞きますよね。今、車社会でそういうものは全くないという中で、知らず知らず教員の皆さんが視野が狭くなっていて、社会的な許容量が非常に狭くなっているのではないかと推測するわけです。
 つまり、そういう意味で、大胆に地域からの才能、これを持ってくるのに当たって、例えば親からの推薦、あるいは地域住民からの推挙、あるいは子供たちが声を上げてこういう人がいますよ、そういう回路は具体的に可能なのかどうかというあたりをちょっと伺いたいと思うのです。
#98
○杉田参考人 ただいま御指摘の特別非常勤講師制度でございますけれども、私どもも、地域におりまして、学校の画一化をどう脱皮していくかということの中で、地域の人材の方々のお力をおかりして今いろいろ始めているわけであります。これは子供にも大変評価の高いところでありますし、また、私ども教員にとりましても、新しい刺激を受けるということで歓迎しているわけであります。これが届け出で実施できるということにつきましては、先ほども申し上げましたように歓迎するわけでありまして、また、地域からもそのような申し出は私どもの静岡県にはかなりございまして、今後の活躍を楽しみにしているというのが現状でございます。
 以上でございます。
#99
○保坂委員 もう一点杉田参考人に、簡単なことですのでお聞きしたいのですが、学校の中に新しい風、新しい気風、資質を入れていくというのは二つやり方があると思うのですね。一つは、外にいる人に来てもらう、もう一つは、学校の教員が、例えば長期休暇、僕は二年とかそのぐらいの時間が必要かなと思いますけれども、その期間、例えば海外のNGOの活動でもう全然違う体験をしてくる、そしてまた戻ってきたときに全然違う先生になっているわけだ。こういうことは具体的には可能ですか、今、静岡県ではいかがでしょう。
#100
○杉田参考人 後段の部分の可能かというものにつきましては、まだまだ高い壁がございます、正直に申し上げまして。ただ、今先生御指摘のように、非常に教員の視野を広めるという意味では、新たな体験が有効でありますので、私たちもいろいろな形でそういうものが緩和されていけばなおありがたいなという率直な考えを持っております。
 以上でございます。
#101
○保坂委員 それでは、中野参考人に伺いますが、今回の法案の中に、養護教員を位置づけている部分がございます。そしてここは、私自身が養護教員の方たちと毎年、四年間ぐらいでしょうか、夏の研究集会にコーディネーターとして招かれて、かなりの対話をしました。それから、養護教員の現場の保健室も三十カ所近く回った体験もあります。そういう体験から、やはり評価、評定をしない先生というところで、ある意味で学校制度が余り強く位置づけてこなかったがゆえに、やはり子供たちがそこにいろいろな悩みや課題を持って保健室のドアをたたくということがあるのだろうと思うのですね。
 ところが、そこに着目されたのは文部省も悪くはなかったのですけれども、そこに、養護教員がいじめ解決の先頭に立つとか、例えば、今回読んでも少し気になるのは、授業を担当するということは、もちろんこれは養護教員自身の強い要求でもあるのですけれども、反面、複数配置とか、あるいは養護教員が持っている今の状況からいえば、養護教員が一人じゃ足りなくて、三人ぐらいいてもいいのじゃないかというぐらいの状況の学校は多いですよね。保健室登校だけで十数人いるなんというところも珍しくありません。そういう意味で、この養護教諭のことを、ある種こういうふうに授業もやれますよと位置づけながら、何でもかんでも要求して、過大というか、荷物を重くしていくようなことが果たしていいことを生むのかなと、とてもそこは疑問なんですが、御意見を伺いたいと思います。
#102
○中野参考人 例えば、登校拒否の子供が、教室には行かないけれども保健室の養護の先生のところには行くというのは一体なぜか。それは授業をなさらないからです。そして、点数をつけないからです。ですから、担任の先生や授業をなさる先生と違った関係が結べるということを私は前から思っておりました。同じことは、図書館の司書教諭の先生との関係についても言えるのではないでしょうか。その意味で、保坂議員のお考えに私は同感でございます。ですから、今回の教免法の中で、授業ができるということについては慎重に考える必要があるなというふうに思います。
 例えば、先生の授業の補助として、性教育について特別の番外出演をなさるということは今までもやってきたでしょうし、これからも重要だというふうに思いますが、それが、言ってみれば評価権を持つ、そして、ほかの先生と横並びの立場で子供は養護の先生を見なければいけないということに対しては本当に慎重であるべきだ、それこそ学校の自由な、慎重な判断にゆだねて実行に移すべきだというふうに思います。
#103
○保坂委員 それでは、もう一度蓮見参考人に伺いたいのですが、学校現場に行って先生方と話をする機会がありますと、やはり大変疲れているのですね。
 最近ゆゆしいなと思っているのは、以前から中学校の先生は疲れていましたけれども、最近は小学校の先生がかなり心理的に追い詰められている。そして、こんなに一生懸命やっているのに何も報われない、自分たちは、今批判も強い、そして責任はある、しかし、認めてもらえない。非常に精神的に追い詰められているような気がします。
 そして、今回、二週間から四週間へという中で、実は教員を志望していく学生が、その時間が長くなったことによって職員室の実情がより見えて、本来こういう人にこそ教師になってほしいという人が、学校が今非常にしんどいところにあるということを直視して、その志望をみずから取り下げていくような心配があるのではないかなと率直に思う、その点が一点。
 もう一点だけ。大学の先生が、いわばイギリスにしても、随分やはり子供の現場と学校の現場に出ていって、何が今子供の間で起きているのかということで一生懸命取り組んで、新しいカリキュラムを組んだりしていますよね。だから、すぐれた教員を養成するに当たって、大学の先生が、いじめ問題やその他の問題についても、ちょっと奥の院に引きこもり過ぎていたのではないかなということを思うのですが、その二点をちょっとお答えいただきたいと思います。
#104
○蓮見参考人 今、先生方が非常に追い詰められている状況にあるということ、大変悲しいことでありますけれども、事実そのとおりだというふうに思います。
 これにつきましては、先ほど中野先生からのお話もございましたけれども、学校だけの責任で解決できる問題ではないことを学校が負わざるを得なくなっているというような状況がございまして、そのために先生方が非常に苦労しておられるということをお気の毒に思う次第でございますし、いろいろな形で学校の条件をよくしていかなければいけない、そのための御理解をぜひ賜りたいというふうに思うところでございます。
 ただ、お言葉ではございますが、実態がよくわかるようになるとぐあいが悪いのではないかというのは、いささかどうなのかなというふうな気はいたします。採用されて非常に短い期間で、今は教員の採用が非常に厳しい状況にございますので競争率も大変高いのでございますけれども、そういう中で、採用されてほどなくダウンをする者がいるというふうなことをよく聞きます。やはり実情を十分把握した上で就職をするということが望ましいというふうにも思いますし、今回、二週間を四週間に延ばしましたのは、先ほど杉田参考人からもお話がございましたけれども、特に生徒の理解というふうなことを十分できるような機会をつくりたいというふうなことがございまして延長していただいたようなことでございますので、その点はむしろ十分理解をしていただいた方がよろしいのではないかというふうに思っております。
 それからもう一点は、特に教員養成に携わります大学教員が、必ずしも現実的な教育を行っていないのではないかというふうな御指摘でございます。これは、私ども十分反省をしなければならない点でございまして、そういう御批判をいろいろとこれまでもいただいてきたところであります。教職課程に携わります教員の間でも、そういったことについてはいろいろ努力はいたしているところでございます。なるたけ学校の実態に触れた経験を持ち、それを大学における教職教育に生かしていくというふうなことで、さまざまな取り組みがこのところなされてきておるところでございますけれども、まだ不十分であるというふうな御指摘であれば、それはまた大いに努力をいたしたいというふうに思うところでございます。
#105
○保坂委員 二週間から四週間へということで、実情をよく見て入った方がいいというのはそのとおりだと思います。しかし、それを受け入れる人的体制もやはり課題なんだということがよくわかりました。どうもありがとうございました。
#106
○河村(建)委員長代理 次に、安住淳君。
#107
○安住委員 民主党の安住と申します。
 きょうは本当にお忙しい中、お三方の参考人の皆さん、本当にありがとうございました。貴重な意見を聞かせていただきました。
 十五分の短い時間でございますので、まず蓮見参考人に御質問をさせていただきます。
 先ほど中野参考人の方からもございましたが、私も、実は昨年の六月十九日に国大協の教員養成特別委員会の委員長として蓮見参考人が高倉主査に対して出したと思われる文書をここに持っておりまして、読ませていただきました。その中で私が一番気になったのは、今回のこの改正案について、これが事実かどうかを含めて後で簡単にお答えいただきますが、結局、教職科目をふやすということは有為な青年の教職への機会を遠ざけることになりかねないのではないか、このことを一番心配をしている。四週間になることも、教育実習を通してその志を固めるといういい面がある反面、履修科目の多さにたじろいでしまう可能性が非常に高いのではないか。るる書いてあって、結果的には有為な人材が入ってこない。しかし、これに対して、来なくても結構だというふうな考え方でこの答申を出されては困るのである、教職につくというのがやはり壁にならないようにすべきではないかというふうに蓮見参考人はこれを書かれていらっしゃるのです。
 これがもし事実だとすれば、今回のこの法案の中で、今度は審議会の会長として国大協から全く同じ書類を、逆に今度は蓮見参考人はこの要請を受けているわけですけれども、この疑念といいますか、御自身がもし持っていらっしゃるのであれば、これは払拭されたかどうかということをお伺いしたいと思うのですけれども。
#108
○蓮見参考人 若干事情を御説明申し上げないといけないかと思います。この関係に関しまして、二つのことを申し上げたいと思います。
 一つは、文書そのものは、国立大学協会の中の若干内部的な文書でございまして、正式には、そこに書かれましたのとほぼ同じ内容のものが、国立大学協会会長井村元京都大学学長の名前で文部省の方に出されております。それは、先ほども申しましたけれども、特別委員会報告がまとまりました段階で幾つかの団体に御意見をちょうだいするということで、国立大学協会に対しましても御意見をいただきたいということでお願いをしたものであります。
 たまたま、その国立大学協会の中に教員養成特別委員会というのがございまして、私がその委員長を務めておりまして、そこで、その委員会におきまして議論をいたしたのでございますけれども、国立大学協会は、御存じのように国立大学の学長が正式メンバーになっている団体でございます。国立大学の中には、教員養成の大学もございますし、それから、総合大学等で、教育学部を含みながら、一般学部、文学部や理学部をも含んでいる大学もたくさんございます。そこで、その特別委員会のメンバーの中にも、一般学部の考え方を代表する方と、それから教員養成の学部を代表する方と、両方が含まれておるわけでございます。
 それぞれから御議論をいただいたのでございますけれども、教員養成系の学部からは、おおむね特別委員会の報告について理解をすると、まあいろいろ細かいことを言えば異論はないわけではないけれども、おおむね、大体あの方向で改善されることでよろしいのではないかということでございましたけれども、一般学部からは、今御指摘がございますような形で、幾つかの御意見がございました。
 それで、国大協は両方の立場を含んでおりますので、私といたしましては、余り問題がないというのを取り次ぐよりは、さらに総会において慎重な議論をしていただくという意味では、問題点を指摘していただいた方を文部省の方に取り次いだ方がよろしいのではないかというふうに判断をいたしました。
 そこで、総会に対しまして、むしろ多様な慎重論と申しましょうか、反対意見と申しましょうか、そういうものを含んだものを総会の方で検討して、さらに慎重な議論をしていただこうというふうに思いまして、国大協からの意見としては、むしろ一般学部の意見を表明していただいたというふうなことでございます。
 したがいまして、いろいろな御意見が出てきているということでございます。
 教養審の総会におきましては、この国立大学協会の文書を含めまして、各団体からいただきました文書がそのまま委員に配付されまして、そして、その概要について事務局の方から説明されたところでございますので、教養審の委員はこの国大協の意見を含めまして各団体の意見を十分理解をした上でさらに総会で審議をして、御存じのような答申がまとまってきたというふうなことでございます。
 そういうことで、経過といたしましては、私として、むしろ慎重な議論をしていただきたいというふうに思いましたので、それを取り次いだ次第でございますが、教養審としては、その経緯を踏まえて今のような答申が出てきているというふうに御理解をいただきたいと思います。これが一点でございます。
 それからもう一点は、その国立大学協会の意見でございますけれども、細かい教科科目の、教職に関する科目を拡充するということについて幾つかの意見を述べているのでございますけれども、しかし、それは現在の教員養成の基準、免許基準が妥当であるということではございません。これでは不十分であって、それをさらに拡充する必要があるということは、同じように考えているところでございます。
 ただ、そこでの意見は、それを、個々の教職科目をふやすのではなくて、むしろ教育実習を通じて、実体験を通じてふやすべきであると。そこの中では、たしか中学校の教育実習を五週間にすべきであるという提案を行っております。科目をふやす形ではなくて、実習をもっとふやすことによって教員養成の充実を図るべきだという提案を行っております。
 これらを含めまして御検討をいただいたのでありますが、この教養審のところでは、五週間にふやすことはとても無理であろう、四週間が限度ではないのかというふうなことで、せっかくの御提案ではあるけれども、やはり拡充するとすればこういう方向しかないというふうな考え方に立ち至ったということでございます。
 そういうことで、私自身としては、今出しました答申が当面の改革としては最善のものだというふうに理解をいたしておるところでございます。
#109
○安住委員 それでは、中野参考人に伺います。
 要請文を読ませていただいて、つまるところ、この法案がもし通った場合は、旧師範系の国立大学の卒業生の方が、結果的には、私立大学の、特に一般学部といいますか、教員養成課程でないところよりもやはり比率がふえるといいますか、その分ではやはり私立を卒業した学生が教員になりにくくなるのではないかというふうな指摘をなさっていらっしゃったのかと思っておりましたが、これは実際に、中野参考人、この点について、ちょっと時間がないので、端的に見通しをお話しいただきたいと思うのですが。
#110
○中野参考人 必ずしも今の御質問のようになるのではないかという見通しを私は持っておりません。もう少し事態は複雑で、いろいろな要因が絡み合うと思いますけれども。
 確かに、私立大学で教職課程を履修する学生はふえることはないだろう、減っていくだろう、そして採用される人数も非常に厳しくなるだろうというような予感は個人的にはいたします。しかし、その文書をそういうふうに読んでいただくと、ちょっと待ってくださいというふうに言わざるを得ません。
#111
○安住委員 杉田参考人に伺いますが、とにかく現場で一番大変な思いをなさっているのは、各都道府県、市町村の教育委員会を初め、教育の現場に携わっている方々であります。今回四週間になるというのは、やはり受け入れ態勢というのは、特に今まで、私どもの地元もそうなんですけれども、受け入れ校というのはかなり限られているといいますか、そういう中でこの四週間というのは現場の教育カリキュラムの中にも相当な影響を与えるのではないかと思うのですけれども、地元で本当に、これを全国でやるとなったときに、四週間近い教育実習というのは本当にその受け入れが可能かどうかということについて見通しをお話しいただければと思います。
#112
○杉田参考人 教育実習を二週間延長しまして四週間になりましたときの受け入れ態勢はどうかという御質問かと思います。私ども静岡県におきましては、田舎の県ということもありますけれども、それでも一つの学校から、先生御指摘のように教育実習を希望して母校に帰ってくる者が多数ございます。場合によりましては二十名を超すようなこともありまして、学校経営上いろいろな問題があることも事実でございますけれども、私どもは、校長会等と連携をとりながら、母校に限らず、近隣の高等学校と連携をしながら、預かっていただくような形で実習を実施させていただいているというようなことを工夫しております。
 本県におきましては、そういうことが比較的順調にいっておりますので、四週間になりましても何とかできるのではないかなというふうに、一部の県ではございますけれども、考えております。
#113
○安住委員 蓮見参考人にちょっと違う角度からお話を聞かせていただきたいと思うのですけれども、現場の教師の皆さん以上にもっと、実は文教委員会で再三質問してきたのですけれども、今私は本当に考えなければいけないのは、学校長それから教頭先生と言われる学校の設置者及び管理者の熱意、エネルギーが本当に学校全体に伝わっているのだろうかと、私は非常に疑問を持っているのです。
 つまり、退職を何年後かに控えて、事なかれ主義とは言いませんけれども、そういうふうな形で、結局学校が何も変わらないで終わっていった。前の委員会でも私は申し上げたのですけれども、創立のころの校長先生の顔は大変立派な写真なんだけれども、いつの時点からか、サラリーマンみたいな人ばかりが校長室に並んでいる。私は、この教育制度といいますか学校を預かる立場の設置者なりが、ある意味ではお上に顔を向けて言われたことをただマニュアルどおりにやるという、そこで学校の個性、特に公立の学校の個性が実はなくなって、失われてきているのではないかと思う。だから、そこに思い切って新しい制度を導入して、新しい血を外部から導入してみるのも一つの方法かなと。
 ですから、特に非常勤の講師という方法もあるかもしれません、それは大変いいことだと思いますけれども、学校の管理者も、何も別に私は、教師上がりと言ったら大変失礼な言い方ですけれども、学校の先生がなる必要は何もなくて、もっと意欲のある人たちが自分の地域の学校を運営していく。そういう意味では、立派な人間が学校の管理者になるべきではないか。実はこれからの教育改革というのはその点にウエートを置くべきではないかなと思っておるのですけれども一まあ時間がないので、お三方、本当に一言ずつでいいですから、ちょっとお話を聞かせていただけますか。
#114
○蓮見参考人 校長、教頭等につきましての御指摘でございます。御案内だと思いますけれども、今、中央教育審議会におきまして地方教育行政制度についての検討が行われております。
 その中で、御指摘のように、校長、教頭について資格やあるいは任用の仕方というふうなものを見直そうではないかという議論が行われております。それぞれの学校の独自性というふうなものをもっと発揮していくべきだ、公立学校につきましてもそういうことが重要であるというふうな方向で今議論が進められておりますが、これはなかなか賛否両論がございまして、まだ結論を得るに至っておりませんけれども、多分御指摘のような方向で一つの結論が得られるのではないかというふうに観測をいたしているところでございます。
#115
○杉田参考人 お尋ねの件でございますけれども、私は、確かにこれからの社会はますます管理職にマネージメント的な要素が必要になってくるのではないかなというふうに考えます。ただ、学校の基本は、やはり教育という一つの筋が通ってこそ有効な意味が出てくるのではないかなというふうに考えておりますので、もし、現在の校長、教頭等管理職にそういうものが欠けているとすれば、私は、現職の研修の中で補ってまいりたいなというふうに考えております。
#116
○中野参考人 日本の学校の歴史の中で名校長というのを尋ねられるとすれば、私には何人かの固有名詞が浮かんでまいります。どういう特徴があったのか。やはり校長というのは、教師の指導者だ、リードティーチャーだという、若い教師が自由に、思い切って、失敗を恐れずに子供たちのためなら創造的な実践をする、それを温かく見守って適切な助言をする、そして自分の若い時代の経験をそこで役立ててというような、教師と校長との関係が日本の学校の中でもっと再生、発展を遂げるべきだというふうに思っています。
#117
○安住委員 ありがとうございました。
#118
○河村(建)委員長代理 次に、富田茂之君。
#119
○富田委員 平和・改革の富田茂之でございます。三人の参考人の先生方、きょうは本当にありがとうございます。
 まず、蓮見参考人にお尋ねしたいのです。先ほどの御意見、また、文書にしていただいたものも全部読みましたが、指摘されている問題点についての所感というところで先生が答えられているところで、教職に関する科目の単位が増加する結果、一般大学における教員養成に負担が大きくなり、結果として一般大学の教員養成を困難にするのではないか、また、現在の教員養成制度の重要な特質である開放制の養成制度を崩すことになるのではないかという意見に対してるる述べられまして、答申において、教職科目の卒業単位への算入、課程認定に当たってこれらの科目の開設を大学問の単位互換によることも認める、そしてあと、専任教員数に関する基準を緩和する措置というふうに三点提言をしたと述べられております。
 文部省の方にこの法案を審議する前に聞きましたら、配慮事項ということで今の三点を法案成立後きちんと考えていきたいというふうに言われておったのですが、この配慮する三点が、実際、具体的にできるのか。特に、大学問における単位の互換といいましても、地方に行きますと、きちんとそういう教職に関する科目をやられている学校が多分少なくなると思うのですね。そうすると、事実上こういうふうな配慮をするといっても、学生にとっては、結局もう教職をとれないではないかというようになるのではないかと思われるのです。
 この三点の配慮事項をどう具体化するか、また、本当にこの配慮で実効性があるのかという点について、先生の意見をまず聞かせていただきたいと思います。
#120
○蓮見参考人 この点につきましては、まだ詳細につきまして文部省の方で、つまり単位互換といいましても、それでは教職科目の中で何単位を互換で認めるのかとかそういった細かい点がまだ決まっておりませんものですから、具体的にどこまでのことができるかというふうなことは明確でございません。
 私ども期待をいたしておりますのは、こういうことによって一般の大学学部の負担というふうなことがなるべく軽くなって、学生は単位数がふえますからそれだけ負担がふえるのはいたし方ないことではございますけれども、大学として養成から撤退されるというふうなことのないようなことはぜひお願いしたいというふうに思っているところでございます。
 実効性につきましては、いろいろ御意見がございます。今御指摘がございましたが、単位互換の問題につきましては、まだ全体としまして大学の間の単位互換というのはかなり限られておりまして、幾つかのところで部分的に取り組みが始まったところでございます。ですから、これが実施されます平成十二年までの間にどこまで拡充されていくのかという動向をこれから見きわめなければならないと思います。このところ大分、幾つかの試みが広がってきておりますので、これから単位互換制度というのは拡大していくのではないかというふうに思っているところでございますが、これは、御指摘にございますようにかなり地域性がございます。非常にたくさん大学のあるところと少数のところとございますので、そういう問題がございますけれども、今後の拡大を期待したいというふうに思っております。
 もう一つの卒業基準単位に算入するということについては、これも御批判はあるのでありますけれども、私は、これはかなり負担の軽減になって、それで実質的に学生さんが単位をそんなにふやさなくて、現在とそれほど大きく変わらない形でもって負担を解消できる方向になり得るものというふうに考えておるところでございます。
 まだ細かいところが固まっておりませんので、何単位どうなるかということが固まりました段階でまた考えたいと思いますし、それが実効性が伴うような形に整備されますよう、恐らく細かい点につきましても教養審で今後審議することになると思いますので、その点で努力をいたしたいというふうに思っているところでございます。
    〔河村(建)委員長代理退席、小川委員長
    代理着席〕
#121
○富田委員 ありがとうございました。
 もう一点、蓮見参考人にお願いしたいのですが、中学校の教育実習が二週間から四週間になるという、先ほど先生は五週間やったらどうだという提言もした、それは取り入れられなかったということですが、先生の提言の中に、期間よりも実施方法等に配慮したらどうだというのは先ほど中野先生の御意見の中にありましたけれども、その点については先生はどういうふうに、実施方法についても、期間はこの法案ではとにかく四週間になりましたけれども、どういうふうに実施していくか。
 実は、午前中の審議におきましても、参議院における参考人質疑の結果を質問させていただいたのですが、高倉先生の方から、観察実習ですか、一、二年のうちに観察実習をして、後で本実習をしたらいいのではないかとか、あるいは弾力的な運用も可能ではないかというような意見もありましたので、どうなのかというような質疑もしたのですが、先生はこの点、どういうふうにお考えになっていますか。
#122
○蓮見参考人 教育実習につきましては、それ自身いろいろな効果といいましょうか目的と申しましょうかを持っております。従前は初任者研修というのはございませんでしたものですから、卒業して就職をいたしますともう完全に一人前でなければならないということがございましたので、教育実習というのは一番最後に、いわば教職教育の最終段階として完成教育というふうな意味で教育実習を置いているというふうなことが多かったのでございますけれども、前回の免許法の改正によりまして初任者研修が置かれるようになりました。まだいろいろ改善の余地はあるかとは思いますけれども、ある程度そういうことがございますので、教育実習の位置づけというふうなものも変わってきつつあるというふうなことがございます。
 教育実習には、もちろん教授法を実際に実現をしてみて、そしてそれを確かめるということもございますけれども、同時に、児童生徒を理解するというふうなことも非常に重要なことでございますし、自分が果たして教職に向いているのか向いていないかというその適性の判断というふうなこともこれも重要なことでございます。先ほども、実情を把握するというふうなお話がございましたけれども、そういうことも非常に重要なことでございます。
 それらのことを考えてみますと、必ずしも四年生の最後のところでもってやらなければいけないものだということではないと思います。非常に早い段階で観察実習を行いまして、学校というものがどうなっているのかというふうなこと、あるいは現在の児童生徒の状況がどうなっているのかということを把握いたしまして自分の適性を判断するというふうなことは、これはむしろ、卒業間近になってではなくて、早い時期に行われた方が望ましいのではないかというふうにも思います。そういう意味で、観察実習というふうな形ででも比較的早い学年のところで行われるということは有効なことであろうというふうに思います。
 そんなことで、教育実習につきましては、それからまた、例えば中学校の免許を取るという場合に、中学校だけで実習を行う必要があるのかということにつきましても、これも、児童生徒の発達段階を見きわめるというふうなことからいたしますと、小学校や高等学校まで通して見る、あるいは特殊教育学校を観察するというふうなことも重要性を持っているということで、多様な形が考えられるわけでございます。そういうことを、今までも若干可能でございましたけれども、一層それを拡充して、いろいろな意味での実習が容易になるようなことも考える、それから、学生にとっての効果も大きいようなことを考えるというふうなことをぜひ考えていただきたいというふうに思っているところでございます。
#123
○富田委員 今の蓮見参考人の御意見に対して中野参考人にちょっとお尋ねしたいんですが、参議院の方で、多分中野参考人と同じお立場で奥田参考人が出られまして、この四週間への拡張について、教育実習は六月に集中しているんだ、それで、中学校も大変だし、大学生も前期試験があるときにこれまで二週間だったのが四週間になる、そうすると事実上前期試験を放棄するようになってしまうじゃないかというような意見と、今、観察実習について蓮見先生からお話がありましたけれども、まだ教職にっこうかどうかわかっていないような人に来られたら学校も迷惑だというような御意見も参議院の方で奥田先と言われていたようです。
 この意見もよくわかるんですが、この法案が成立した場合に、中野先生のお立場で、教育実習のあり方というか、中学の教育実習が二週間から四週間になった、四週間になったとして、どういうふうに改善すべきだという改善点があれば先生のお立場からの御意見をお聞かせ願いたいと思うんですけれども。
#124
○中野参考人 二週間が四週間になったら困るなというのが私の実感です。
 それは振り分ければいいんじゃないかと、例えば、二年生のときに観察実習一週間、三年次で一週間、それから四年次で二週間というふうに振り分けるのも一つの方法だろうというふうに思うんですが、私は、今までいろいろなことをやってまいりまして、二週間を四週間にしなくても四週間分の効果、あるいはそれ以上の効果は期待できる方法があるというふうに考えております。
 それは、現行の例えば教科教育について最低は二単位で、今度の答申、法案ですと六単位か八単位にふやすようにということですね。教科教育法というのは、私の今の中央大学では最低の二単位ですね。これは四単位にふやした方がいいというふうに三年ぐらい前から主張して、大体そういう方向に実現しかかっているところですね。教科教育でしょう、それから学習指導論とか教育方法論がありますね、そして教育実習ということですから、教育実践に関する実践的な科目と実習との結合、これをやって、例えば、私は前任校は立教大学でございましたけれども、参加実習というのはやはりやっておりました。それから、教案づくりというのは事前指導で、マイクロティーチングという、授業の練習ですね、これをやっておりました。教案づくりは、学生が自主的に相当な時間をかけて、複数の教案を突き合わせて集中してやっておりました。そして、教師になった者が学生を子供だというふうに想定してマイクロティーチングをやるというようなことをやって、それから実際に教育現場に実習生として送り出しておりました。
 さっきのあの蓮見先生の名前でつくられた高倉主査殿あての文章でも、私が試みていて、私がやりたい、やりたいけれどもなかなかやれなかったということが肯定的に評価されて提案されております。ですから、二週間を四週間にふやせばいいということにはならないです。二週間をいかにして密度の濃い、そして、二週間のままで他の教職関理科目との有機的な関係、構造において二週間以上の効果を上げるかということは可能だし、必要だというのが私の立場です。
#125
○富田委員 わかりました。
 時間も残り少なくなりましたので、最後に杉田参考人に、ちょっと法案からは離れてしまうんですが、この法案では、大学のカリキュラムを充実して、本当に今の時代状況に合った先生を育てようという法案だと思うんですが、逆に、教育の現場で、いわゆる指導力不足といいますか、そういう先生たちも出てきている。(発言する者あり)今、落ちこぼれ教員という声が出ましたが、実は、三月の初めのころですか、新聞に、東京都の教育委員会が十六人の先生を指導力不足だと認定して現場から外した、これから三年間教育していくというような報道がされておりました。
 いよいよここまで来たのかという感じでこの報道に接したわけですが、教育委員会の現場におられて、無気力な先生とか本当に学級運営ができないとか、そういう先生がやはり現実問題としてかなりいらっしゃると思うんですね。そういう方に対してどういうふうに今後教育委員会として対応しようと考えているのか。静岡だけに限ってしまうかもしれませんが、先生は全国の連絡会の係もやられているということですので、そのあたりについてどういう御意見をお持ちか、最後にお聞かせ願えればと思います。
#126
○杉田参考人 指導力不足の教員の対処の仕方という件でございますけれども、私ども、同僚がそういうことのないようにできるだけ手を携えながらまず努力していきたいということが基本にはございます。ただ、そういう中でも、中には精神的にも大変疲れてしまう教員も確かに出てもまいります。そのようなはっきりしてきた場合には、お医者様と相談をして休職扱いにすることもございますし、ただ、特段の病気ではないけれども、校長から見まして指導力が欠けていないかという教師も先生御指摘のように全くないわけではないわけであります。
 これらの問題につきましては、対処の仕方、正直なところ非常に難しいわけでありますけれども、管理職の立場でまず励ましていただき、また、どこに問題があるかということを私ども常に確認をしています。また、そういう報告を受けながら教育委員会も一緒に対応しておりますけれども、時には、東京都のようにクラスの担任を外させていただいて、一日も早く元気になっていただくような対応もしているところでございます。
#127
○富田委員 ありがとうございました。
 終わります。
#128
○小川委員長代理 次に、松浪健四郎君。
#129
○松浪委員 自由党の松浪健四郎でございます。
 御多忙の中、こうしてわざわざ参考人としてお出まし賜りましたことを心から感謝を申し上げたい、このように思います。
 最初に蓮見参考人にお尋ねしたいんですが、お尋ねする前に、私は、参考人のお父様から日本教育史を学んだ教え子の一人でございます。
 そこで質問させていただきますけれども、私立大学の卒業生は、今、小学校で三割、中学校で五割、高等学校におきましては七割を占めるというのが現状でございます。そこで、このままいけば国立系の、いわゆる旧師範糸の大学がだんだんだんだん私立大学に教員を持っていかれる、そこでこのような法改正をしよう、またしているんだという批判がございます。これに対して参考人はどのようにお答えになられますか。
#130
○蓮見参考人 開放制の中で、一般大学学部、特に私立大学と、それから教育学部との比率がどういうふうになっていくのが望ましいのかということにつきましてはいろいろと御議論がございまして、そのパーセンテージについてはいろんな考え方がございます。今までのかなり長い期間を通じまして、今御指摘の数字というのは、ほぼコンスタントと言ってはなんでございますけれども、余り大きくは変わっておらない、もう少し国立教育系の比率を高めるべきだというような政策もいろいろございましたけれども、実質的にそれはなかなか困難でございまして、今のような数字がかなり長い期間続いてきているというふうに思います。
 それはどの辺が適当かということはなかなか申し上げにくいのでありますけれども、私は、今までの状況を考えてみまして、現在程度の数字というのはおおむね妥当なものではないのだろうかと。中学、高校とだんだん進むにつれまして教科の専門的な知識が重要になりますので、やはり一般学部を修了した方々がかなりのウエートを占められるのは、これは妥当なことであろうし、その中心を私立大学が担われるというふうなことは妥当なことではないかというふうに思っておりまして、今の数字ぐらいのところが大体今後も続けられるのがむしろ全体としての教員構成からすれば適切ではなかろうかというふうに、大変個人的なことでございますけれども、どういう根拠でそう言うのかと言われると困るのでございますけれども、そのように考えております。
 今回の改正によりましてそれを大きく変えて国立教育糸が大きくなるのかということでございますけれども、それは、余りそういう方向にはならないのではないかというふうに思っておりますし、余りそうならないような工夫を、実はその答申の中でしたつもりでございます。単純に科目を非常に大きくふやしましたり、あるいは教育実習を非常に負担を重くいたしますと、やはりその割合を大きく変えることになるかと思いますけれども、私どものいろいろ検討いたしましたところでは、それほど大きく変更することにはならないのではないかというふうに思っております。
 またもう一つ、これは私としては余りいいことだと思っておりませんけれども、ちょうど時を同じゅういたしまして国立教育学部の教員養成課程の規模の縮小がございます。その中で、特に中学校や高等学校に出ていく教員数がかなり減るであろうというふうにも思っておりますので、全体としてのバランスは恐らく変わらないのではないかというふうに私は考えておるところでございます。
#131
○松浪委員 蓮見参考人は、そのバランスは変わらないであろうということでございますけれども、これだけの改革をやれば、私は変わると思います。一般大学、一般学部の教職の履修者は減るということは、文部省の局長も答えられておるし、そして文部大臣も減ってもいいじゃないかというような御答弁が午前中ございました。私は減っていくであろうというふうに危惧をしておるわけでありますが。
 それはともかくとして、先ほどいただきました蓮見参考人の文書、そして大臣のこの法案の提案理由説明、この中に頻繁に出てくる言葉に、使命感という言葉があります。つまり、教師として使命感を持つ、そういう人材をつくっていきたいんだ。ということは、今までの教員免許法、これに基づいてやれば使命感を持つ教員をつくることができなかったということなんですか、蓮見参考人にお尋ねします。
#132
○蓮見参考人 できなかったというふうに申し上げるつもりはございません。今までも、先ほど来お話ございますように、学校の教員の大多数は非常に熱心に教育に取り組んできておりますし、そういう意味で、教育に対する意欲というふうなものは非常に強いというふうに考えるところでございます。しかし、現在、社会の状況がいろいろ変わる中で、子供たち自体の状況が変化してまいりまして、非常にそういう意味での教育に対する新たな意欲というふうなものを強く求めなければならないような状況がございます、非常に残念なことではございますけれども。そういう中で、改めて教職に対する使命感というふうなもの、それをかき立てなければならないのではないかというふうなこともございまして、幾つかの提案をいたしているようなことでございます。
#133
○松浪委員 どんな職業を持っても、どんな任についても、使命感というものは持たなければならない、これは教師に限っただけの問題ではございません。子供との触れ合いの時間を多くする、そのことは教育実習をふやすということなんでしょう。子供になれておく、これをやらなければいい先生にならない、そういうふうに思われているのかもしれませんけれども、そんなことよりも、教師に求められることは、どれだけその人が教育者としての哲学を持っているか、情熱を持っているかが問われるのであって、何も教育実習を長くしたから立派な教師ができるのか、この発想は極めてナンセンスであるということを私は指摘しておきたいんです。私も二十数年教壇に立った者であります。一生感命やれば、家庭を犠牲にするぐらいの情熱というものが私は求められる、こういうふうに信じて疑わないんです。
 それで、今回の改正によって得意分野と個性を持つ教員を養成する、私は、この改正で得意分野を持つ教員ができるとも思わないし、個性を持つ教員を養成することができる、そのようにも思いません。それに対しての反論を蓮見参考人からいただきたいと思います。
    〔小川委員長代理退席、河村(建)委員長
    代理着席〕
#134
○蓮見参考人 確かに、選択の幅がまだ小さいということはございます。これだけの単位数で果たして個性が育つのかという御批判はいろいろといただいているところでございますけれども、一方には、やはり全体としての教職科目というふうなもの、教職課程で履修すべき科目、あるいは教員免許の基準というものをどの程度に抑えるのかというふうなことがございます。先ほどお話しのように、一般の大学、私立大学の教員養成を制限していくことは避けなければならない。そのはざまの中でどこまでを考えるかというふうなことで、今回は一つの方向を打ち出したというふうに御理解をいただければありがたいと思います。
 まだその方向は足りないかもしれません。しかし、それぞれの大学でその基準の中でどれだけの工夫をしていただくかということによって、それは成果を上げるのではないか。単にその基準だけではなくて、基準の中で大学での工夫というふうなものを求めたい、それを求める一つの方向性を答申の中で打ち出したつもりでございます。それがまだ不十分であるということは、私どもも十分理解をいたしておるものでございますけれども、しかし、免許基準の大きな枠というふうなものを考えますと、当面この程度しかできないのではなかろうかというふうに考えるところでございます。
#135
○松浪委員 教養審の皆さん方は、教育についての知識もある、ただ、教職課程の専門家がおられなかったということについてはどの委員も指摘をされたところでありますけれども、この法律をつくられた官僚の皆さん方は教職課程をとっておりません、また教師経験もありません。
 そこで、お願いしておかなければならないことは、省令等において、実際、この法律が成立し、そして行われるようになったとしたならば、中教審の皆さん方は、本当に得意分野を持つ、また個性を持つ教員をつくるために、いろんな視点から貴重なアドバイス、そしてよりうまくいくような形での御指導をお願いしておきたいということであります。
 そこで、教員に個性がない、これは私は採用の仕方に問題があると思っているのです。そこで、杉田参考人にお願いしたいのですが、感性を持っている、創造力を持っている、そういう教員を採用するのに、今の採用の仕方で大丈夫なんですか。
#136
○杉田参考人 感性を持った、また創造性の豊かな教員をどう採用するのか、しているのか、こういうお尋ねかと思いますけれども、私どもも、従来に比べますと随分、面接でありますとか、本人の特性、個性というものを自己申告させたりして、そういうものを総合的な評価をしながら、できるだけ個性豊かな、また人間味の豊かな教員の採用をするよう心がけているつもりではあります。
 ただ、非常に難しい面もございまして、努力はしておりますけれども、御指摘のような、教員にはまだ個性が不足しているのではないかという声がございますので、今後もなお一層その点につきましては努力してまいりたいというふうに考えております。
#137
○松浪委員 わいせつ行為をして大変な問題を起こす教員、後を絶ちません。年々ふえている。こういう先生を、採用するときに見抜けなかった。私はなかなか見抜くことができないと思います。そして、精神疾患で休職しなければならない、これは年々ふえておる。これももう千四百人に達しようとしているわけですね。
 ということは、教員を養成するその中で、つまり大学の教職課程の中で問題があるというよりも、教員になってからいろいろな問題が起こるのだ。その意味に驚いて、教育委員会がしっかりし、各学校の校長がきちんとしたリーダーシップを発揮しておれば、私は、こんなことにならない、こんな法律を改正する必要もない、こういうふうに思う一人でありますけれども、杉田参考人に、今の学校の中で、校長、教頭がリーダーシップを発揮しているだろうか、教育委員会が徹底した指導をしているだろうか、その辺のところをお聞かせいただきたいと思います。
#138
○杉田参考人 校長のリーダーシップがきちっとあれば、こういうような問題は出てこないのではないかというお尋ねではないかと思います。実際に私ども、採用の段階につきましては、採用しようとする者の性格等については、先ほども申し上げましたように一生懸命調べるわけでございますけれども、なかなか見抜けない場合もございます。
 これは、一つは我々の世界の体質なのかな、あるいはあり方にも問題があるかなというようなこともいろいろ考えるわけでありますけれども、そういう中で、校長、教頭を中心とした校内組織をきちっとして、そういうものが出ないような努力は各学校でもしているわけであります。しかしながら、そういう中でなおかつ出てくるということについては、私たちも大きな課題だろうと思っております。
 ただ、できれば大学の中で、大学にいる間に、さらにこういう意義づけでありますとか、そういうような指導もしていただければ、なおありがたいなというふうに思っているところでございます。
#139
○松浪委員 これは杉田参考人に聞いた方がいいのかもしれませんけれども、私は過日の行政改革特別委員会でも文部大臣に申し上げたのですけれども、教育改革をやる、国際化社会、情報化社会に対応できる人材をつくっていく。とりわけ国際化社会です。国際化社会の中で一番問われるのは、国歌と国旗に対してどういう心構えを持つかということなんです。今度の教員養成でやれば、蓮見参考人にお尋ねしますけれども、国歌・国旗というものについてきちんとした考えを持つ教員が養成できるというふうにお思いですか。
#140
○蓮見参考人 大変難しい御質問でございます。その点につきましては、答申の中でも、今までももちろんやってきているわけでございますけれども、教員養成の過程におきまして、学習指導要領について十分理解をさせるというふうなことには努めてきているところでございますが、そのことを特に書き加えてございます。
 そういう意味で、国旗・国歌についての理解というふうなものにつきましても、学習指導要領にうたわれているような形のことを十分伝えることができるであろうというふうに思っているところでございますが、今回の改正の中で、その点はより明確になっているというふうに御理解いただければと思います。
#141
○松浪委員 何も私は国粋主義者をつくれと言っているのじゃなくて、国際社会で通用するということは、国歌と国旗に対してどのような認識を持っているかということであるということを国際人の一人として指摘をしておきたいということであります。そして、それができないような法改正であるならば余り意味をなさないという指摘をさせていただいて、時間が参りましたので、終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
#142
○河村(建)委員長代理 次に、山原健二郎君。
#143
○山原委員 日本共産党の山原健二郎です。
 参考人の皆さん、本当にきょうは御苦労さまでございます。
 私は蓮見参考人に一番最初にお伺いをしたいと思いますが、先ほど中野先生の方から例が挙げられましたが、平成九年六月十九日の国立大学協会教員養成特別委員会委員長である蓮見さんのお名前で教育職員養成審議会カリキュラム等特別委員会主査である高倉さんに出した文書ですが、その中で総括的意見として、
 基準の大綱化、弾力化の方向で、大学の創意工夫を求めていながら、具体的提言においては、とくに「教職科目」に関しては、画一化、硬直化、質的低下、細目の規制に陥る可能性が含まれているのではないか
と述べておる点が出ましたけれども、これは今度の答申ではどのようにクリアされたのでしょうか。
#144
○蓮見参考人 御指摘の文書につきましては、先ほど御質問がございましてお答えをいたしましたような経緯でつくられたものでございます。
 今御指摘のございました点につきましては、答申の方向と申しましょうか、答申の中での考え方といたしましては、全体として大綱化を進め、規制緩和を進め、そして選択履修を進めていくという方向を持っているのでございますけれども、その中で教職科目を中心として幾つかの科目を新たに設ける、あるいは拡充をするというふうなことを提案をせざるを得ない方向がございます。
 その部分につきましては、それぞれ答申の中でも同じでございますけれども、こういう科目は二単位置くのだとか、こういう内容の科目を四単位置くのだというふうな形になりますものですから、今お読みいただきましたような形でもって、個々の点になると非常に細かいことを決めているではないかというふうなことになるのでございますけれども、これはある意味では、免許基準というふうなものを設定するといたしますと、やはりある種の基準を設けなければならないということで、やむを得ないところではないかと思います。
 先ほどもお答え申し上げたところでございますけれども、その御指摘の文書におきましては、むしろそうした科目を置いていくよりも、実習を通じて教職課程の履修を推進すべきであるというふうな考え方に立っているのでございます。それについては、現状を考えますと、これは小学校でも、今小学校の免許を取るためにも四週間でございますので、同じ義務教育として、中学校においても四週間をというふうなことになったわけでございます。その文書では五週間というふうな提案をいたしておりまして、それは非常に無理ではないかというふうなことで、若干御指摘の点はございますけれども、やはり一つの基準としてそのようなものを示さざるを得ないというふうな判断になったというのが教養審での結論でございます。
#145
○山原委員 ちょっとわかりにくい点もありますけれども。
 もう一つ、教職科目の履修単位の基準引き上げによって資質を高めようとするのは、逆行になり、有為な人材を遠ざけることになるのではないかと心配されますと述べておられますが、履修単位は十九単位から三十一単位に引き上げられておりますね。そうしますと、有用な人材を遠ざける結果になったのではないかということが考えられます。ちょっと御答弁が長いですから、時間がありませんので、残りましたらまたお伺いしたいと思いますが、かなり強力な意見ですよね、出された意見というのは。これが比較的簡単に変えられるとかいうようなことになったのではないかと思いまして、その点を心配してお伺いしたわけでございます。
 中野参考人に次にお伺いしたいことは、中野先生が所属されている日本教師教育学会の「「教育職員免許法の一部を改正する法律案」について慎重な審議を要望する意見書」では、教科に関する科目を、法案では取得単位数を半分に減らすということですが、これは教師教育改革の国際的動向にも逆行する試みでございます、こういうふうに出ておりますが、国際的動向とはどういうものでしょうか、簡単にお答えいただきたいのです。
#146
○中野参考人 私は昨年、アメリカ合衆国とそれからヨーロッパの四カ国における教師教育改革動向に関心を持って、研究旅行をいたしてまいりました。ちょうどテュービンゲン大学のクラウス・プランゲ教授、この方は日本の教育学会でも大変著名な方ですが、今日本で教員養成のカリキュラムが改革されようとしている、教養審からの提案は専門教養か教職教養かということで、中学校に関しては、専門教科についての単位数を減らして教職科目をふやす、しかし全体の単位数は五十九単位で変わらないというふうに言ったら、ちょっと笑い出しまして、教師教育についての改革をするのに、教職重視という名目で、専門か教職かという定量の単位の配分方法のレベルで考えるということは、教育学的認識を問われるのではないでしょうかというふうに、非常に鋭い回答が返ってまいりました。
 私どもの日本教師教育学会は、国際交流としては、特に中国の高等師範研究会と過去四回の国際シンポジウムを開きまして、昨年は、北京師範大学を会場にして「アジア・太平洋地域における教師教育の改革について」というシンポジウムを開きました。私も日本側のメンバーの一人として参加いたしましたが、一つの傾向は、やはり教師の研究者としての能力を高めるにはどうしたらいいかということが共通の課題になっております。二〇〇〇年に、第五回目を東京・早稲田大学で開催いたしますので、よりしっかりと国際的な改革動向を把握しなければいけないというふうに思っております。
 アメリカは、八〇年代の終わりから九〇年代にかけて、教師教育改革に関する二つのレポートが問題になっています。タスク・フォース・リポート、それからトゥモローズティーチャーズというふうに言われているホームズ・リポートですが、この二つのリポートが、全米の教師教育の世界では非常に論議の対象になって、活発な論議が今日も続いているというふうに思います。
 私が理解した限りでは、今、教職に必要な条件というのは、知識と能力に関する高度な基準と同時に、指導的教師が育たないといけない、リードティーチャーズが育たないといけない。それは、学校のカリキュラムを自分でつくれるような力量が教師には必要だ、特に学校のリーダーには必要だという指摘をしております。
 さらに、例えば、教師の知性的な教育をより強固に、学校を教師が働き学ぶにふさわしい場へ、ツー メーク スクールズ ベター プレイセズ
 フォー ティーチャーズ ツー ワーク アンド ツー ラーン、つまり、教育の仕事をすると同時に、その仕事から学び続けていく、そういう研究的な教師を育てる必要があるということが共通の改革方向だというふうに思っております。
 以上でよろしいでしょうか。
#147
○山原委員 短い時間で大変お話しにくかったと思いますが、もう一つ、教員養成に関しては、私学の果たしている役割というのは非常に大きいと思いますし、また、多彩な人材養成のために、開放制教員養成制度の原則を堅持しまして、各大学の自主的改革をむしろ励ますものとすべきであると思いますが、この点について、私学のこの問題に対する取り組み、あるいはその方向についてお話を伺いたいと思います。
 それから、もう一つ、中野先生と杉田参考人にお伺いします。
 今、子供たちの置かれている状況、あるいは教職員の置かれている状況の中で、三十人学級を実現することが緊急の課題ではないかというふうな声が非常に職員の間から高いわけですが、この点について、静岡県の教育長さんとして、また、中野先生としてどうお考えになっているか伺っておきたいのでございます。
#148
○中野参考人 私の先ほどの報告でも、各大学の自主的改革が一とんざするのではないかということを申しました。全私教協という団体が私の大学に事務所を置かせていただいております、ことしから法政大学の方へかわるのですが。ですから、各大学での自主的な改革動向については、比較的情報が得やすい立場に私どもは置かれておりました。私立大学にもいろいろな悩みがあるのですが、次のようなことが共通に努力されているというふうに思います。
 一つは、多人数教育を少人数教育にして、質の高い講義とか演習ができるようにすること。これは、主として財政的な壁に関係いたしまして、なかなかうまくいっていないというのが実情だと思いますが、私どもの大学でもそうです。
 それから、現在の教免法の基準は最低限だというふうに、成立のときにも強調されたのですが、実際には、それぞれの大学は専門のカリキュラムが非常に大きな比重を占めていて、教職カリキュラムはその最低基準で、なかなかふやせないというようなのが実情であります。
 特に、教師教育にかかわる現代的な課題があります。例えば環境学習の問題とか、あるいは障害者の問題とか性教育の問題というようなことについては、できるだけ、その時々に必要な選択履修科目を大学が独自でふやしていかないと、いい教師は育たないというふうに思います。
 それから、教科教育については、私どもが考えて、ようやく全学的な合意に近い合意ができ上がったのは、最低の二単位ではだめだ、四単位にしなければいけない、やっとそこまでは行ったんですが、今度の答申では、八単位ないし六単位にするというような提案がなされております。この内容は一体どうなるだろうかというようなこと。
 あるいは、私立大学は、教職課程を履修している学生に対する研究、教育のための空間が貧しいですね。ですから、例えば教職課程についての資料室とか参考図書みたいなものが非常に環境的に整備される必要があるというふうに思います。
 二つ質問をいただきましたので、もう一つ。三十人学級等についての意見、私はどう考えるかということについてですが、私は本当に、御質問のように、三十人学級実現などが緊急の課題だというふうに思っております。
 その点については、国際的にもそれは必然的な改革動向でありまして、私はここに、ことしの一月二十七日のクリントン大統領の議会での一般報告を持っておりますが、ここでは、すべてのアメリカの父母は、既にキーワードを知っているはずだと。それは、グッド ティーチャーズ アンド
 スモール クラシーズ。日本では、よい教師、教師の資質向上というふうに言われているのですが、アメリカでは、グッド ティーチャーズ アンド スモール クラスサイズ。小さい学級、そしていい教師を、そういうことが改革の合い言葉になっております。クリントンは、今夜は私は、クラスサイズを小さくするために、国家的な努力についての提案、約束をいたします、私は十万人の新任教師を採用します、そして、全米の低学年、一学年、二学年、三学年のクラスサイズを一クラス十八人の子供にすることを約束しますということで、ここでは拍手というふうに書かれております。
 私は、やはり、グッド ティーチャーズ アンド スモール クラシーズ、こういうことを切り離さずに、結びつけて推進することこそが教師教育の改革だというふうに強調したいと思います。
#149
○河村(建)委員長代理 杉田参考人。
 時間が参っていますので、簡略にお願いします。
#150
○杉田参考人 私ども教師も精いっぱいの努力はしておりますけれども、四十人学級というのはやや人数が多いというふうに、実感として持っております。三十人学級が実現しましたら、大変うれしいことに思います。
 以上でございます。
#151
○山原委員 蓮見先生にはえらい申しわけないことで、時間がなくなってしまいましたが、どうぞ、最初に出されました総合的意見もまさに貫いていただくように、信念を持ってお書きになったと思いますので、ぜひその点の主張をしていただきますようにお願いしまして、私の質問を終わります。
#152
○河村(建)委員長代理 次に、渡辺博道君。
#153
○渡辺(博)委員 自由民主党の渡辺博道でございます。
 三参考人におかれましては、長時間にわたりまして御質疑に御答弁いただきまして、ありがとうございます。
 最後の質疑でございます。少々お時間をいただきまして、質問をさせていただきたいと思います。
 質問の前に、三参考人、本当にすばらしい御見識をお持ちで、御意見をいただきました。こういった参考人の先生方がなぜ教師を目指したか、そのもとを知りたいなというふうに思うようになりました。
 なぜ教師を目指したか、その動機について、三参考人にまずお伺いしたいと思います。
#154
○蓮見参考人 大変個人的なことを尋ねられるとは思っておりませんでしたので、ちょっとお答えしにくいのでございますけれども。
 私、教師と申しましても、大学の教員でございますので、小中学校の教員とは若干違いがあるかとは思いますけれども、やはり文化を伝えていくということの重要性というふうなことについては、それが大事だというふうに思いましたこと。それから、大学の場合は、教育と同時に研究ということが非常に重きがございます。私、専門が社会学でございますけれども、そうした社会学的な研究というふうなものについて非常にあこがれたということ。その二つでございます。
#155
○杉田参考人 私は決していい教師ではございませんので、少しはばかられるわけでありますけれども、強いて思い出しますと、高校時代にいい先生に出会ったということが一つあろうかなというふうに思いますし、いま一つは、子供と一緒にいることが大変好きな性格であったというふうに考えております。
 以上でございます。
#156
○中野参考人 既に申し上げたことですが、私は、でもしか教師の一人でしたから、今回の答申のように、使命感を持っていないといけないというふうに言われたら、私はやめただろうというふうに思います。
 仕方がないから教師にでもなろうかというふうにして教職についたのですが、二つのきっかけがありました。一つは、大学で教育学を学んで、そしてたまたま小学校の教師になる機会が与えられて、私の教育学の恩師に相談をしました。君は教育学を学んだんだろう、教育学というのは、大学の象牙の塔の中だけではわからない、本当の学問、実際に教育という実践に携わって、そこから理論をつくり出す、あなたの長い生涯において、小学校の教師を何年やるかわからぬけれども、教育学者としてそれは基本的な資格になるから、いいかげんにやるな、しっかりやれというふうに言われたことです。
 実際に教師になると、おもしろくておもしろくて、子供と一緒にいるのが楽しくて、何とか日曜日がなければいいが、早く月曜日にならないかというふうに、今どきだれも信じないと思いますけれども、学校へ行くというのが楽しくて、教育の仕事というのはそういうものだというふうに思います。
#157
○渡辺(博)委員 ありがとうございました。
 個人的なことをお聞きしましたことをお許しいただきたいと思いますが、やはり教育にかかわる皆さん方でありますので、そのきっかけをぜひとも私自身も知りたかったということがあります。
 実は、先般、地元の小学校に行ってまいりました。校長先生が四月に転任してきたばかりでございますが、この校長先生とお会いしたときに、いや、この学校は大変すばらしい学校だというお話でありました。その学校というのは、地元でも百年を超える小学校であります、公立の小学校でありますけれども。何がいいんですか、すばらしいんですか。何しろ、今中野先生がおっしゃったように、先生がかなり積極的に情熱を持って教育に当たっている。私、校長先生の立場で言いますが、私が何も言うことがないんです、先生方みずから率先して、授業をやり、そして子供たちの能力を引き出している、そういう姿がひしひしと見受けられるというようなお話を聞いたわけであります。
 こういう学校がすべてであれば、何もこういった、教育職員免許法の一部改正などは必要ないんじゃないかなというふうに思うわけでありますが、やはり総体的に見ますと、この日本の社会、特に少年犯罪を初めとしまして、大変いろいろな事件が起こっております。これを学校の先生だけにもちろん責任を問うことはできません。
 ただ、先ほど午前中に大臣の方からの答弁もありましたけれども、教育というのは社会であり、そして家庭でもあり、そして学校である、三者が一体となって教育というものは成り立っていくというお話がありました。こういった時点においては、当然のことでありますが、一番時間的に長い学校教育、この場において先生の役割というのは本当に重要だなというふうに思うわけであります。先ほど杉田先生の方も高校の先生が一つの自分の人生の動機づけになったというようなお話でございます。そういった意味におきましても、学校の先生の役割というのは本当に重要であります。
 そんな中で、きのうたまたま新聞を見ておりましたら、「教育実習動物園で」という記事が載っておりました。「ヘビやカエルと仲良しに」。
  先生になるなら、ウサギやヘビの扱い方は身につけましょう――。富山大教育学部が、教員養成課程の講義に動物園での実習を続けている。教育現場で出あうことの多い小動物の扱い方を知らない学生が増えていることが背景にあるだろう
ということであります。したがいまして、それぞれの学校においては、それぞれの努力によっていろいろなカリキュラムを組んで、中身の濃い教育をしているということがうかがえるわけであります。
 それでは、蓮見先生にお伺いさせていただきますが、今どうしてこの時期に、この教育職員の免許法の一部改正をしなくてはならないその理由をもう一度しっかりとお答えいただきたいと思います。
#158
○蓮見参考人 これは先ほども申し上げたところでございますけれども、やはり一つ非常に大きいのは、社会の状況の変化によりまして子供たちが非常に大きく変わってきたということ、それに対して従来の教員養成だけでは十分ではないのではなしかというふうなこと。それからもう一つは、二十一世紀を目指しまして、我が国の教育そのものを大きく変えていかなければならないというところにあるということ、その二つが非常に大きいことであろうと思います。
 ただ、今富山大学のお話がございましたけれども、学生自身もかなり大きく変わってきているということがございます。大学生そのものが相当大きく変わってまいりまして、それに対して今までと同じことでは済まなくなってきているというふうなこともございます。
 もちろん、免許法を改正するということだけでそれではすべて対応ができるのかといえば、決してそうではございませんで、先ほど来いろいろなお話がございますけれども、さまざまな対応をとっていただきたい、その中で免許法もぜひこの際お考え願いたいというふうな、そういう趣旨でございます。
#159
○渡辺(博)委員 積極的な理由というのは、ひしひしと感じるものがちょっとなかったわけでありますけれども。実際、私も必要性は感じております。必要性は感じておるのですが、もう少し歯切れのよさが欲しかったなという感じがあるのですよ。
 それでは、次に杉田参考人にお伺いをさせていただきます。
 教員免許状の関係で、社会人の活用の促進ということでありますが、現場の学校としては社会人をどのように活用するかというイメージはもう先生としてはおありでございますか。特に、私がちょっと考えているのは、例えばの話でありますが、国会議員で落選した人とか、こうした人が対象になるのか、または文化や芸術にたけている方が、地元の方、いらっしゃいます、芸能、文化ですね。例えば和太鼓とか三味線とか笛とか、こういったものにたけた方もいらっしゃいます。どういうイメージで社会人を活用していくのか、中身が自分なりにありましたら、ひとつお願いしたいと思うのですが。
#160
○杉田参考人 社会人の活用ということで、そのイメージはということでございますが、実は私ども静岡県におきましては、既にこのような活用はさせていただいております。
 例えば、工業高校等に最先端の技術を持つ方を導入させていただきたい、これは企業の方にお願いをいたしまして、最先端の方が派遣されてまいっております。これは子供にも大変な刺激になりますとともに、教員にもいい活性化につながっているというふうに思っております。
 今先生御指摘のように、芸能、文化等についてもどうかということでありますが、既に中学校等におきましては、地域の太鼓をたたく名人でありますとか音楽を奏でることのできる方などにお願いをして、授業の活性化も図っているところでございます。
#161
○渡辺(博)委員 次に、中野参考人にお伺いしたいと思います。
 今回の改正の中でカリキュラムが今度ふえますね、取得の関係で。中学であれば十九から三十一にふえてまいります。そういった中で、学生の方の負担がふえるのじゃないかというお話でありますが、現在、学生を見ますと、かなり私はゆとりがあるのじゃないかというふうに思うのです。今の状況を見ますと、フリーターとかアルバイトとかで外で働いているような人が多く見受けられると思うのですが、これは現実問題、どうでしょうか、本当に負担になるでしょうか。
#162
○中野参考人 いろいろな学生がおりますね。ですから、お目にとまる学生は、彼らは学んでいるのか遊んでいるのか、あるいは働いているのかよくわからない。私もそう思わざるを得ないような学生をたくさん知っております。
 しかし、教職課程を履修している学生はそういう学生のイメージとは違いますね。特に最近は、教員採用が厳しいですから、中央大学ですと大体四百五十人から五百人が免許状を取って卒業します、全学で。その中で実際に教師に採用してもらえる人たちの数は四十人ないし五十人、一割を最近は切っております。それでも、何とか教師に石にかじりついても、何年浪人してもなりたいという学生が頑張っておりますね。そして、そういう学生は割合熱心ですから、何か融通がきかないほど熱心に講義にも出るし、それからもちろんアルバイトをしながら学生生活を自分で計画している学生がいるということ、私はそのことに励まされますね。
 そう考えてみますと、例えば新しい免許状があのような学生たちにどういう意味を持つのだろうかということを考えますと、十九単位が三十一単位になるということは相当の負担になるだろうというふうに思います。
 ですから、大学としては、時間増よりも質をどうしたらいいか、彼らに教職へのあこがれをどういうふうにして実現させてやったらいいか。単に量的な増大で負担を重くするということよりは、やはり彼らの生活を変えてやるということが今後の我々の課題なのではないかというふうに考えております。
#163
○渡辺(博)委員 教育職員の免許法の改正については、これからの時代、どのように教員を育てていくか、そして、教員というものは子供たちをどうやって育てるかということに本当に大事な役割を担っているということは、もう皆さん御案内のとおりであります。
 ぜひとも、この教育免許法の一部改正については、私は積極的に賛成をさせていただきますが、運用についてはやはりそれぞれの方の意見を参酌していただいて、いい方向に持っていっていただきたいというふうに思います。
 質疑時間が来ましたので、終わりにします。ありがとうございました。
#164
○河村(建)委員長代理 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、参考人各位に一言お礼を申し上げます。
 本日は、大変お忙しい中、本委員会に御出席をいただきまして、また、長時間にわたり、貴重な御意見をお述べをいただきました。まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
 次回は、来る二十九日金曜日午後零時五十分理事会、午後一時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後三時三十一分散会
     ――――◇―――――
ソース: 国立国会図書館
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