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1995/12/06 第134回国会 参議院 参議院会議録情報 第134回国会 国際問題に関する調査会 第3号
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1995/12/06 第134回国会 参議院

参議院会議録情報 第134回国会 国際問題に関する調査会 第3号

#1
第134回国会 国際問題に関する調査会 第3号
平成七年十二月六日(水曜日)
   午後一時一分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 十二月六日
    辞任         補欠選任
     益田 洋介君     小山 峰男君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         林田悠紀夫君
    理 事
                板垣  正君
                笠原 潤一君
                田村 秀昭君
                直嶋 正行君
                松前 達郎君
                上田耕一郎君
    委 員
                尾辻 秀久君
                岡野  裕君
                木宮 和彦君
                塩崎 恭久君
                馳   浩君
                林  芳正君
                山本 一太君
                泉  信也君
                小山 峰男君
                木庭健太郎君
                高橋 令則君
                永野 茂門君
                萱野  茂君
                志苫  裕君
                清水 澄子君
                笠井  亮君
                田  英夫君
   政府委員
       外務省経済局長  原口 幸市君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        入内島 修君
   参考人
       青山学院大学教
       授        渡辺 昭夫君
       東京工業大学教
       授        渡辺 利夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○国際問題に関する調査
 (「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」の
 うち、APEC大阪会議とアジア太平洋地域の
 安定について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(林田悠紀夫君) 国際問題に関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、益田洋介君が委員を辞任され、その補欠として小山峰男君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○会長(林田悠紀夫君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 国際問題に関する調査のため、本日の調査会に青山学院大学教授渡辺昭夫君及び東京工業大学教授渡辺利夫君を参考人として出席を求めることに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○会長(林田悠紀夫君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
#5
○会長(林田悠紀夫君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、本調査会のテーマである「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」のうち、APEC大阪会議とアジア・太平洋地域の安定について政府からの説明聴取、参考人からの意見聴取及びそれに対する質疑を行います。
 この際、渡辺昭夫参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人におかれましては、御多用中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 参考人から忌憚のない御意見を伺い、今後の調査の参考にいたしたいと存じまするので、よろしくお願い申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず外務省からAPEC大阪会議の概要について説明を聴取し、次いで渡辺昭夫参考今後ほどお見えになられまする渡辺利夫参考人からそれぞれ三十分程度順次御意見を伺った後、二時間程度質疑を行いますので、御協力をよろしくお願い申し上げます。
 なお、意見、説明、質疑及び答弁とも、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず政府から説明を聴取いたします。原口外務省経済局長。
#6
○政府委員(原口幸市君) ただいま御紹介にあずかりました外務省の経済局長の原口でございます。
 それでは、私の方から十五分間程度大阪APEC会合の概要について御説明させていただきます。
 御承知のとおり、昨年のインドネシアにおけるボゴールで採択されました宣言において、先進メンバーについては二〇一〇年までに、途上メンバーについては二〇二〇年までにAPEC域内の自由で開かれた貿易及び投資という目標を達成すること、及びその具体化のための詳細な提案づくりに早速とりかかって、次の会合、すなわちことしの大阪会合までにその成果を提出するということが決定されたわけでございます。したがいまして、今回の大阪APEC会合における最大の課題は、好むと好まざるとにかかわらず行動指針づくりということになったわけでございます。
 ただ、ボゴール宣言につきましては基本的に抽象的な表現による政治的宣言であったために比較的すんなりとスムーズに合意された経緯がございますのに対しまして、行動指針ということになりますと具体的な内容とせざるを得ず、国情の大幅に異なる十八のメンバーがおりますので、どうしてもこの行動指針づくりの過程において各メンバーの間の利害の対立が表面化しやすいという事情がございまして、これを取りまとめる作業ということは正直言ってなかなか容易なものではなかったという感想を持っております。
 したがいまして、行動指針づくりにつきましては、五回にわたる高級事務レベルの準備会合を初め多くの時間と労力を費やしましたけれども、幸いなことに閣僚会議が始まる前日の深夜、すなわち十一月十五日の深夜にようやく事務レベルにおいて合意に達しまして、その後、閣僚会議、首脳会議を経て正式に採択された次第でございます。
 そこで、大阪で合意されました行動指針の概要について、まず簡単に御説明させていただきたいと思います。
 お手元に幾つかの紙をお配りしてございますが、一ページ目をあけていただきますと、「大阪行動指針の骨子」という一枚紙がございます。ごらんいただけますように、大阪行動指針は第一部、第二部の二部構成でございまして、第一部は貿易・投資の自由化・円滑化、第二部は経済・技術協力を扱っております。APECの活動は自由化、円滑化及び協力の三本の柱をバランスよく進めることが必要であるというのが日本の従来からの立場でございますが、この構成はこうした日本の立場を反映した形になっております。
 第一部はさらに三節に分かれております。A節は自由化・円滑化を進めるに当たって準拠すべき一般原則を記したものでございまして、B節は自由化・円滑化の進め方、段取りを記したものでございます。C節は関税とか投資等、具体的な十五の分野につきまして、それぞれ二〇一〇年ないし二〇二〇年に達成すべき具体的な目的、その目的追求に当たって従うべき共通のガイドライン及び各分野でAPEC全体として行うべき共同の行動を明記しております。
 第二部も同様に三節に分かれておりますが、中心となるのはB節でございまして、十三の具体的な協力分野につきまして追求すべき目的、原則、優先分野を明記した共通政策課題、APEC全体としてその課題の実現に向けてとるべき共同の行動及び政策対話の内容を具体的に記したものでございます。
 この第一部のB節冒頭には、APECの自由化が、協調的自主的措置とAPEC全体の共同行動とさらにWTO等に対するAPECの共同イニシアチブという三層の努力によって進められることが明記されております。これは、APECの自由化というものが交渉によって進められるということではなくて、基本的には自主的な努力によって進められるものであるという性格づけをはっきりさせた点で注目に値するものと思います。
 なお、B節の枠組みによりますと、各メンバーは行動指針に従いまして国別の自由化計画の作成に早速取りかかり、その過程で各メンバーと協議をし、来年のフィリピン会合へ国別計画を提出し、九七年一月よりその自由化を実施し、さらに各メンバー間でその実施ぶりをレビューするということになっております。
 また、我が国は、APECにおける経済・技術協力の進め方の一つといたしまして我々の間でPFP、パートナース・フォー・プログレス、前進のためのパートナーという構想を打ち出し、各メンバーの支持を得まして行動指針の中にも盛り込まれることになりました。従来のODAが先進国から途上国への一方的な援助を想定していたのに対しまして、PFPは途上メンバー間で得意な分野での相互支援を行い、その際に、資金的あるいは技術的な不足があった場合に先進メンバーがこれを追加的に支援するといったメンバー間のイコールパートナーシップに基づく新しい構想の援助形態でございます。
 なお、我が国は、PFPの円滑な推進を図りつつ貿易・投資の自由化・円滑化に関連する協力事業を拡大するため、APEC中央基金に対して、必要に応じ適切な案件の形成を受ける形で今後数年間で合計百億円を上限として拠出する意図を表明したところでございます。
 行動指針の作成に当たりまして最後まで調整を要した点が、第一部A節の一般原則のうちの3の同等性、4の無差別及び8の柔軟性の原則でございます。
 今おあけいただいております大阪行動指針の骨子の次にこの一般原則の抜粋を二枚紙でお配りしてございますので、そこをちょっとごらんいただきたいと思います。
 まず、3の同等性の問題でございますが、これは各メンバーの行う自由化の努力の間にある程度のバランスが必要であるということを記したものでございます。この点についてメンバー間にはコンセンサスが早くからございましたが、そのバランスの確保をどの程度厳格なルールに服せしめるかという点が争点でございました。いわば積極派というべきメンバーは、できるだけきっちりしたルールが必要であるという立場をとったのでありますが、慎重派は、余り厳しくこのルールを決めるとAPECの自由化というものが交渉になってしまうということで反対した次第でございますが、結局現在の文言で妥協がようやく成立をしたわけでございます。この際のキーワードは、一番最後に書いてありますように「努める。」というところだろうと思っております。
 次に、4の無差別の原則でございますが、無差別の原則については基本的には米国と中国の間の対立てございました。米国は通商法の中にジャクソン・バニク条項という条項がございまして、米国の行政府はこれによって中国に対する最恵国待遇を禁じられておりますために、域内メンバー間の無差別原則ということには応じ得ないという状況でございました。他方、中国にしてみますと、APECで無差別原則が認められなければAPECの効用は半減してしまうということで、この無差別原則をはっきりと書き込むことに強く固執した次第でございます。
 結局、日本が仲介する形で現在の四番目の第一文の文言で妥協が最終的に成立したわけでございますが、この場合にも、キーワードは一番最後にある努力するというところだろうと思います。これによりまして、アメリカの場合には国内法に抵触せず、また、中国にとっては少なくとも一定の方向性が確保できたということだろうと思います。
 今の問題は域内の無差別の原則でございますが、他方、域外に対する無差別の原則の問題は同じパラグラフの第二文で扱っております。これは、APECでの自由化は結果として域外国に対する障壁の削減にもつながるという予測を述べたにすぎませんで、原則とは言えない種類のものでございますけれども、過早に域外国に対する無差別原則を導入するとフリーライド、ただ乗りを求めて域外に自由化を求める際のてこを失うことになりかねないという意見がボゴールの時代からございまして、実はボゴール宣言にもこの第二文と同じ表現が入っているのでございますが、今回も事態は何ら変化がございませんで、その表現をそのままここに用いさせていただいてセットしたという事情がございます。
 それから、8の柔軟性でございますが、これは1の包括性の原則とある意味では対になった原則でございます。ボゴール宣言において行動指針はAPECの自由化目標達成に当たってのすべての障害を取り扱う旨が明記されていることでもございまして、このボゴール宣言と同一文言の1の包括性の原則について反対するメンバーはありませんでした。
 しかし、各メンバーともそれぞれセンシティブな分野を抱えていることも事実でございまして、これらの分野の自由化に当たっては、柔軟で現実的な扱いが認められるしかるべき原則を別途導入すべきであるというのが日本を初めとして幾つかのメンバーの立場でございました。他方、他のメンバーは、そうした原則を導入いたしますと、各メンバー国内で種々例外扱いを求める圧力がふえて、APECの自由化が虫食いだらけのインパクトの少ないものになるということで最後まで反対したわけでございますが、紆余曲折はありましたけれども、種々交渉の結果、最終的には現在の八番目の文言で柔軟性の原則ということが導入されたわけでございます。
 行動指針の作成と並びまして、各メンバーは「当初の措置」を大阪に持ち寄りました。これは、各メンバーがAPECの自由化に真剣であるということ、及びAPECの自主的な自由化方式、一部にアジア・太平洋方式などとも称せられておりますけれども、この自由化方式が十分実効性のあることを内外に示すため、現時点でなし得る自由化・円滑化の措置を持ち寄ったものでございます。
 我が国からは、鉱工業品で六百九十七品目の関税につきましてウルグアイ・ラウンド合意の二年前倒し、それから五十項目に及ぶ新規規制緩和措置を主体とした「当初の措置」を公表いたしまして、一応議長国としての面目は果たせたものと考えております。
 なお、首脳会議では、アジア・太平洋地域の豊かな未来の実現のための行動ということをテーマにいたしまして首脳間で大変有意義な意見交換が行われましたが、同時に首脳間の信頼関係と連帯感の強化にも資したものと考えております。
 なお、この首脳宣言の中で、APECの中長期的な課題として人口、食糧、環境、エネルギーの関係が提起されまして、今後その取り組み方を検討していくことになっております。
 我が国は、議長国といたしまして、行動指針づくりに当たりましては各メンバーの意見に十分耳を傾け、納得ずくで前進するということに特に意を用いたつもりでございます。これは、行動指針をこのように国晴の大幅に異なるメンバーの間で実効性あるものにするためには不可欠な配慮であったというふうに考えております。この結果、幸いなことに、行動指針そのものにつきましても、また会議の運営につきましても、各メンバーからは高い評価をいただいたと考えております。
 行動指針は、いわば生きている文書、リビングドキュメントでございまして、今後の経験を踏まえて適宜修正、改善、拡大が加えられるという了解になっております。
 行動指針の採択によりましてAPECはビジョンの段階から行動の段階に移ったことになります。ともかく、この多様なメンバーで構成されるAPECが自由化に向けて一致して一歩を踏み出したということの意義は大きいと考えます。
 なお、APECは政治的目標ないしは安全保障面の目標を掲げるフォーラムではございませんけれども、経済活動も真空の中で行われているわけではございませんで、現実の政治的環境、安全保障の環境のもとで営まれるものでございます。したがって、APEC経済の引き続く発展のためには、この地域の政治面、安全保障面の環境の安定が大切でございます。APECの構成メンバーの国情が多様であることにつきましては既に触れたところでありますが、APECの作業を通じてこうした多様なメンバー間に次第に仲間意識が生まれてくれば、それはAPECの経済活動にとっても望ましい環境整備につながるのではないかと考えております。
 さらに、APECの域内の安定にとって米国、中国という大国のこの地域とのかかわり方が重要な要素であるということについては多くの皆さん方が指摘するところでございますけれども、APECは、米国をますますアジア・太平洋地域にコミットさせ、中国をますます深く国際社会に統合させる契機になることが期待されているわけでございます。クリントン大統領が直前になりまして出席をキャンセルされるという事態はございましたけれども、それにもかかわらず、大阪での会合はこの面でもそれなりに大きな成果を上げたと私どもは考えております。
 簡単でございますが、とりあえず私からの最初の説明はこれで終わらせていただきます。
#7
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
 次に、両参考人に順次御意見をお述べいただきたいと存じます。
 この際、渡辺利夫参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人におかれましては、御多用中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 参考人から忌憚のない御意見を伺い、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 それでは、まず渡辺昭夫参考人から御意見を伺いますので、よろしくお願い申し上げます。渡辺昭夫参考人。
#8
○参考人(渡辺昭夫君) どうも紛らわしい名前の二人がここにおりますけれども、別に兄弟でもございません。私の方はいわば政治絡みの方で、渡辺利夫さんの方が後から経済のお話をしていただくというふうに理解しております。
 「安全保障の視点から」という副題をつけさせていただきました。その上で、「アジア太平洋地域の安定と日本の役割」というこの調査会の御趣旨にできるだけ沿った形で意見を述べさせていただきたいと思います。
 用意しましたレジュメがございますが、ひょっとしたら時間の関係でかなりはしょるところが出てくるかもしれませんが、もし必要であれば後で御討議の際に補足させていただくことになろうかと思います。
 まず最初は、アジア・太平洋地域で多角的な安全保障協議体というものができつつあるというふうに言えると思います。まだ十分な形で存在しているとは言えないと思いますので、「萌芽」という表現を使わせていただきます。
 第一は、既に御承知のことでございますが、ASEANを中心にしてできてきたASEAN地域フォーラムというものがございまして、昨年の一九九四年の七月二十五日、タイのバンコクでその第一回の会合が開かれました。これは政府レベルのフォーラムということになっておりまして、第一回の会合には十一カ国の外務大臣が出席いたしました。ASEANを構成している六カ国、当時はまだベトナムは参加しておりませんでしたので六カ国。プラスASEANからいうと七つのダイアローグパートナーと称している国々がございます、オーストラリア、カナダ、日本、ニュージーランド、韓国、米国。なお、EUが参加しておりますが、国ではございません。それに加えることに他の五カ国、中国それからラオス、パプアニューギニア、ロシア、ベトナムというのが十八のメンバーでございました。
 もう一つは、いわばそれを補完するような形といいましょうか、民間のレベルでCSCAPと呼んでいるフォーラムがございます。これはアジア太平洋地域安全保障協力会議というやや長たらしい名前の組織の略称でございますが、こちらの方は政府機関ではなくて民間の、しかし政府に比較的近いところにいる民間のいわゆる安全保障に関心のあるシンクタンクのネットワークのようなものでありまして、これはブルネイを除くASEAN五カ国と、それに加えて日本、韓国、それからこれは非常におもしろいことは北朝鮮が入っております。それからオーストラリア、ニュージーランド、カナダ、米国、ロシアというのが正式のメンバーでございます。そのほかにEUとインドが準メンバーという形で参加しています。こういう形のものでございます。
 形の上で言うと、先ほどお話があったAPECというものが政府機構、政府レベルであって、それに時間的に先行する形で民間のPECC、太平洋経済協力会議というのがございまして、政府機関としてのAPECがスタートした後も、もう少し自由な形で議論していこうという民間のPECCというものが存在する必要があるだろうというようなことを議論してここ何年がやってきたと思いますが、安全保障の方はその意味では逆でありまして、政府機関のASEANリージョナルフォーラムの方が先にスタートして、それを追っかけるような形でCSCAPというのが発足している、こういうことになります。
 今申しましたように北朝鮮が加わっているというようなことにもあらわれているように、民間のこういう形でのフォーラムというものは、公式の政府レベルではなかなか進まないことをある程度露払い的なことをするという意味もあるので、これからどう発展していくかということが注目されるところであります。
 こういういわゆる多角的な協議体というのは、従来から存在してきたアメリカを中心としてでき上がってきた安全保障のためのもっと実務的なメカニズムがございます、日米安保条約によってでき上がっている日米関係がその最も典型的な例でございますが、これはアメリカの前のブッシュ政権のときのベーカー国務長官が使った表現で言うと、英語でハブ・アンド・スポークスと言っておりますが、中心があって、それから車の軸みたいなのがあちこち出ているという形として考えているわけで、いわば中心にアメリカというのがあるわけですが、そこから出ている軸はそれをまとめ上げるものがなかった。それをいわば車輪の形で例えると、その回りにぐるっとリングでつなぎ合わせるといったようなものとして先ほどから申し上げているような多角的な安全保障協議体というものができ上がっている。したがって、この両者がそろって一つのもう少しちゃんとした形になると、そういうふうなイメージでとらえられているのではないかと思います。
 いずれにしろ、そういうふうなことが起こっているというのは、よく言われるようないわゆる冷戦が崩壊した後の新しいこの地域の安全保障環境というものに起こっている変化の一つのあらわれとして今言ったような動きができているというふうに言ってよろしいのではないかと思います。
 そこでその次に、それではそのアジア・太平洋地域の安全保障環境というものに何が今起こっているのであるかという話になるわけでございます。これについては、歴史的な位相と地政学的な構造という二つの点から整理する必要があろうかと思います。
 歴史的な位相と申しますのは、いわゆる「冷戦後」というのは非常に最近の過去、一番近い、短い時間の軸でいう変化でございますが、アジアを考える場合には、残る二つのもう少し長い時間的な軸を考えておく必要があるのではないか。
 そのうちの一つは、私が仮に「植民地後」と呼ぶものでございまして、御承知のようにこの地域は長い間欧米の植民地としての暮らしをしてきた人々がたくさんいるわけでございまして、日本もその最後の段階では植民地支配者として参加するということになりますが、いずれにしろ、こういう植民地的な過去を清算してきたというのが最近五十年のこの地域のアジア諸国の歴史であるわけで、そのことを一つ考えておく必要があるだろうと。
 それからもう一つは、これはちょっと日本語として妙な表現なんですが、「旧秩序後」と書きましたのは、もし英語を使わせていただければポストインペリアルという言葉で私は言っているわけであります。これは要するに中国を中心としてでき上がっていた一つのエンパイアというものがこの地域にずっと存在していたと思います。いわゆる華夷秩序というふうなものでございます。これは近代的な今日我々が知っているような形での国家というものと非常に違った性質の形態の政治的権威であったわけですが、それがいわゆる近代的な西欧諸国家がこの辺に進出してくる、近代的な国際社会の中に巻き込まれるという形で崩壊し、変容していくということが始まります。少なくとも前世紀の半ばごろから後をそのような形で見ることができると思います。
 非常に長い時間の軸の中でこのことが起こっているというのが私の見方でありまして、これはある意味でまだ完成していないというふうに私は見ています。こういう三つの相が入りまじっているのが現在のこの地域の歴史的な姿ではないかと思っています。
 地政学的な構造と呼びましたのは、先ほど申しました一番最後の、つまり中国を中心にしてでき上がっていったある古い秩序の構造というのが長い間をかけて次第に崩壊し、変容し、新しい形に変わりつつあるというのが私の見方でございますが、そういうふうに見ますと、やはり中国を中心にした幾つかの部分がお互いに関係しているというふうに言えると思います。中央アジアと南アジアと東南アジアと北東アジアというふうに一応整理することができるかと思います。これらはお互いに関連し合っていて、時間がないので細かいことには入りませんけれども、現在その四つの部分でいずれもある種の変化が起こっていて、その変化をどういうふうに吸収して新しい秩序ができ上がっていくかという問題を今抱えているのではないか。これが多分二十一世紀の宿題であろうと私は思うわけであります。
 そのうち、中央アジアと南アジアはやや遠くなりますので、最後の東南アジアと北東アジアというこの二つは、もちろんそれぞれ独自の問題と独自の性質を持ってはおりますが、非常に深く連動しているということになると思います。
 先ほど、最初にASEANが中心になってアジア・太平洋地域の多角的な安全保障のフォーラムができ上がってきているというふうに申しました。そのときに、いろいろな理由で東南アジアという方に重点を置いてそのような多角的フォーラムが今できつつあるわけですけれども、北東アジアという部分の問題をどのような形でより広いアジア・太平洋地域全体の多角的な枠組みの中でおさめていくかという宿題が残っているのではないかと思います。そういうことを考えるためにも、このような大きな枠組みというのを念頭に置いて議論をするのが役に立つのではないかというのがそこで私が申し上げたいことであります。
 そこで、その次に第三番目の部分に入りますが、「地域的国家システムの形成と安全保障観念の変容」という題名をつけておきました。
 この地域的国家システムといいますのは、アジア・太平洋地域にいわゆる近代的な意味での国家というものを単位として一つのシステムというものができ上がってきているというのが、これが最近の半世紀のこの地域の歴史の姿であろうと思います。一言で言えば、極めて国家としての歴史が新しい、そういうものであって、それ以前には、この地域には外部から入ってくるさまざまな勢力というものはありましたけれども、この地域の人々が自前の国家というものを運営していて、その上でお互いがある秩序をつくっていくというような経験がなかったわけでありまして、そういう意味で非常に新しい経験をこの地域の諸国は過ごしてきたというふうに言えると思います。
 そのことと大変関係があるわけですけれども、多くのアジア諸国、なかんずくこれはASEAN諸国を主として念頭に置いて議論すると一番問題がはっきりすると思うのでありますが、安全保障という言葉が何を意味するのかといいますと、しばしば使われるのは総合安全保障という言葉なのであります。
 これは日本の方々からすると、総合安全保障というのは日本で言い出したことではないかというふうにおっしゃるだろうと思います。確かに言葉として言ったのは多分日本が初めであるかもしれませんが、インドネシアとかマレーシアとかその他のASEAN諸国の人たちが言っている総合的安全保障というのは、ある意味で日本の総合安全保障観念と共通するところは当然あるわけでありますが、一言で言えば対内的な安全保障、つまり国家としての枠組みがまだ十分でき上がっていない、それで内部にさまざまな分裂の要素を含んでいるというところからスタートしているわけであります。
 そのような場合には、典型的には内部の反乱勢力ということでありますが、そういうものをどうやって押さえていって国内の安定した秩序をつくっていくかということが最大の関心事である。そのためには何が必要かというと、結局は、それを軍事力で押さえつけるということよりも、当面はそういう反乱勢力があれば当然単事力で押さえなきゃいけないわけでありますが、根本的な問題としては要するに経済発展である、あるいは経済開発であるということになるわけです。経済開発を軌道に乗せることによって住民の生活を引き上げていくということが必要であって、それに成功するかしないかということが、その政権の政治的指導者が勤務評定される、採点される基準になるということになろうかと思います。
 したがって、例えばインドネシアの場合などが非常に典型的でございますが、あそこでの軍隊というのは我々が考えているような軍隊とは非常に違ったものである。つまり、対外的な脅威のために備えるというよりは対内的な秩序をいかに保つかということと、それから国の安定をもたらすための必要な経済発展、社会的開発というものをどうやって進めていくかということすべてにかかわるということであります。数は忘れましたが、インドネシアの国会の幾つかの議席は軍のために割り当てられているということを初め、政府の主な機関、重要な機関はすべて軍人が押さえているということで、軍隊というものはそういう意味でまさに総合的な包括的な役割すべてを果たしているという非常に大きな特徴があるわけであります。もっと端的な言い方をすると、したがって国内の秩序を維持するための警察というものと軍隊というものとの区別が事実上ないというふうに言っていいだろうと思うんです。
 そういう事情は多かれ少なかれほかのASEAN諸国にも共通しているわけで、そういう意味での総合安全保障である。インドネシアの人たちはこれをレジリエンスというふうなことを言っていて、非常にまだ不安定な国家社会というものを、いかにいろいろな挑戦、いろいろな衝撃に耐えるようなものにしていくかという考え方になるわけであります。したがって、一言で言えばそういう対内的な内向きの安全保障観であり、そして開発志向型の安全保障観であるということになると思います。
 そのことは私は今でもまだ変わっていないと思うんですが、先ほど申しましたインドネシアも含めてでございますが、次第にそういう役割を軍部が果たすという時期を少しずつ脱却しつつあるというかそういう変化の過程に今入っているように私は思います。先ほど申しましたインドネシアの国会に割り当てられている軍人のための議員さんの数が幾つから幾つにでしたか減らされたとかいうようなところにもそういうことが現れているわけでございますし、これは余計なことかもしれませんが、かなり事情は違うかもしれませんが、お隣の国で起こっている非常に大規模な軍出身の政治家の役割に対する見直しというようなことが進んでいるのも、広い意味で言うとそれに関係があるかもしれません。
 そういうことで、いずれにしてもそういうあらゆることが軍部にかかっているというふうなやり方が少しずつ変わってきている。ということは、別の形で言うと、軍がもうちょっと我々の感覚で言う本来の意味の軍隊、つまり対外的な脅威に備えるためのものという意味で専門化しつつあるというふうに言ってもいいのではないか。まだ端緒であるかもしれませんが、そういう動きが出てきている。したがって、安全保障の観念においても、対外的な安全保障というふうな考え方が従来よりははっきりと出るようになってきているというふうに私は考えております。
 ということで、軍部の役割が変わりつつある。少なくとも変化の兆しがあちこちに見えてきている。インドネシアしかり、タイしかり、その他も多かれ少なかれそういう方向にあるのではないかと思っています。
 そういうことをどういうふうに考えるかというと、いわば国家の形成あるいは国民の形成、英語で言うとステートビルディングとネーションビルディングというのは若干ニュアンスが違うと思いますが、ここでは大きく一まとめにして申しますと、そういう国家をつくっていく、国民をつくっていくということが基本的には成功物語として今我々がこの地域で目撃していることではないかと。唯一の例外がカンボジアである。
 御承知のように、冷戦後の世界での安全保障というのは、従来のような国家と国家の間の全面的な武力衝突というよりは、国家が崩壊していく過程でさまざまな武力衝突が起こるということがより重要な問題というふうなことで意識されているわけでありますが、そういう目で見るとこの地域にはほとんどそういう例がなくて、唯一カンボジアが例外としてあったというふうに言えると思うのです。いわゆる冷戦後の国連の平和維持軍というものがあちこちに展開されておりますけれども、カンボジアを唯一の例外としてこの地域にはそれがないというのは非常に私は意味があることではないかと。
 ということは、多くの第三世界の諸国は、先ほど申し上げましたように国家としての安定した枠がなかなかつくれないというのが基本的な問題だと思うんですが、その中で東アジアはまれに見る成功だというふうに言っていいと思うので、その意味では大変結構なことだというふうに言える。
 ところで、今申し上げましたような私の見方がもし正しいとすると、東アジアの諸国が、特に東南アジアを見れば一番典型的にわかるわけですが、ここではいわゆる軍事力の近代化ということが今進んでいるわけでございます。それはいろいろなことで説明できると思うんですが、一つは先ほど申し上げましたように国家形成が次の段階に入ってきているということであり、軍部の役割がもう少しプロフェッショナルな軍隊という方向に向かいつつあり、対外的な問題の処理という方向に向かいつつあるということの反映であろうかと思うわけであります。その限りでは一種の軍備競争というものがアジアで起こりつつある。
 冷戦後、世界では大きな傾向として武器よさらばという方向へ動いているのにアジアは逆ではないかという話がよくなされるわけであります。確かにそうかもしれません。今、武器の購入という点でいうと、NATO諸国がかつて非常に高い割合を占めていたのが少し下がってきて、多分全体の一五%ぐらいにまできていると思うんですが、東アジア諸国が従来低かったのが上がってきていて、ほとんど並ぶぐらいのところまでいっているというふうになっているわけであります。
 それは、先ほど申しましたように、これはアジアでの新しい軍備競争という危険な傾向の兆候ではないかという見方もございますが、私はそういう危険が全くないとは申しませんが、少なくとも今起こっている現象を軍備競争というふうに呼ぶのは適当ではないのではないかと思っております。
 その一つの理由は、これらの諸国は、私が今念頭に置いているのは主として東南アジア諸国、ASEAN諸国でありますが、ASEAN諸国はお互いに隣を見て、つまり近隣諸国の間での武力衝突ということを想定してやっているという感じはしないわけでございまして、むしろ彼らから見るとASEAN諸国が考える意味の地域外、つまり非常に限定したASEANという地域がある、その地域の外にある大国というものの動向に非常に敏感なわけであります。これは次の第四の項目に入っているわけでありますが、彼らASEAN諸国の観点から見れば、今一番心配なのはASEANという地域の外にあって自分たちの地域に大きな影響を与える大国の動向である。
 具体的には、中国と日本とアメリカと、そして今はやや後退しているけれどもロシア、この四つの大国の間の関係が冷戦が終わった後の新しい状況の中でどういうふうに動いていくのであろうかということに最大の関心があるんだと思います。その意味で非常に不確定要素があるということ、それに対する不安というようなことが一つ大きな背景としてあるのであろうと思います。
 一番わかりやすいのは、ASEAN諸国が言うところの平和・自由・中立地域構想という考え方であって、要するにそういう域外の大国にひっかき回されたくないということで、そういう域外の大国の動向に左右されない平和で、自由というのは何を言っているかというとまた問題でございますが、中立の地域として維持したいという考え方があるわけであります。
 そういうことでございますので、ASEAN諸国から見ると、流動化する域外の大国の間の関係というものに対する懸念といいましょうか不安というものが大きな要素になっていて、それが例えば最初に申し上げましたASEANを中心にしてアジア・太平洋地域全体を包括するような地域フォーラムというものを彼らの観点からして必要とする理由であろうと思うんです。そういうところで今言ったような不安を解消していく手だてにしたいということであろうと思うんです。
 ところで、それではこれらの諸国はアメリカの軍事的なプレゼンスというものについてどのような態度をとっているかということになるわけでありますが、これは大変微妙といいましょうか、両面がございまして、言葉のとおりに厳密に言えば域内への大国の軍事的な介入というか存在を拒否するということでございますが、いわば一種の建前でございます。
 ところが、実際にフィリピンの基地が整理されるということになりますと、ASEAN諸国としては一面では大変に当惑をしているということになるわけで、その穴を埋めるためにシンガポールとの間にある新しい協定を結ぶというようなことになる。そうすると、言葉どおりに言うとこれはよろしくないということになるわけでありますが、近隣諸国のインドネシアなりマレーシアは、表から大賛成とはもちろん言わないが、しかしまあいいだろうというような感じになるわけですね。
 最近、タイ湾に、米軍の要するに軍事資材をあらかじめそこに置いておく、そういう施設をあそこへつくりたいというアメリカの申し込みをタイ政府は断ったわけですが、そのようなことをするということは、今申しました域内に大国の軍事的な存在を認めることは原則として自分たちは好まないという地域諸国の態度というものを念頭に置いてそのようなアメリカの申し込みを拒否したというふうに解釈されているのであります。
 ということで、米軍のプレゼンスという問題については大変に微妙なところがございますが、要するに域外の大国の動向とその相互の関係がどうなるかということに一番大きな関心があると申しましたが、少なくとも当面の話としてはやはり中国の動向ということが一番大きな関心になっているというふうに言って間違いないと思います。
 これはよく知られているとおりでございまして、南シナ海における南沙群島というのがその一つであり、そしてさらには台湾海峡の緊張ということがある。それからもう一つは、中国が持っている核というものが、今世界的な形で冷戦時代に拡大し切った核というものをどう整理していくかという大きなテーマが浮上してきているわけですけれども、そういう中で中国が核政策についてどのような態度をこれからとっていくのだろうかということにまつわる大きな不確定要素といったようなものが三つ目の大きなポイントであろうと思います。
 時間がなくなりましたのでちょっとはしょりますが、そういうことで東南アジア諸国がいわゆる非核地帯構想というものを持ってきているわけですが、我が日本は非核三原則というものを持っているわけでございます。こういう立場から見て、若干事情は違うわけでありますが、やはり共通の関心事としてこの地域における核大国を目指しているかに見える中国の動向というものが大きな焦点としてあるだろうと思います。
 ということで、一言で言えばこの地域は、最初に申しましたように自分たちの国家形成ということについて自信がついてきているということであって、ソマリアのようなことになるとかボスニアのようなことになるとかといったようなシナリオは今のところ見えてこないという意味では大変明るい面があるということになる。
 しかし一方、注意しなきゃいけない問題があるわけであって、一つは、先ほど申しました大国間の関係がどのような形でおさまっていくかという大きな問題がある。もう一つは、一番最初に申しました中国を中心にしてでき上がってきた旧秩序というものが崩壊し、変容していくという長い長い歴史の過程の多分一番最後のページをこれから見ようとしているんだろうと思んです。その観点からすると、二つの中国の両わきの朝鮮半島とインドシナ半島というものがどういう形におさまるかということがあり、今度は中国そのものについて言うと、一方で台湾問題があり一方でチベット問題があるということに象徴されるように、中国という国家がどのような形で安定したものになっていくかという大きな問題を抱えている。これは極めてすぐれて政治的な問題であるわけで、こういう政治的な問題を解決するために軍事力というものにどのような出番があり得るのだろうか、そういうような出番をいかにしてコントロールし抑えていくことができるだろうか。これが多分次の世紀のこの地域の安全保障の最大の問題であろうと思います。
 時間を超過してどうも失礼いたしました。
#9
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
 次に、渡辺利夫参考人にお願いいたします。渡辺利夫参考人。
#10
○参考人(渡辺利夫君) お招きどうもありがとうございました。渡辺昭夫先生と御一緒に報告できて光栄でございます。私、東アジアのことを勉強しているんですが、東アジアの国を訪れますと、私のことを渡辺昭夫先生だと思っている人も何人かいまして、私は経済発展と安全保障両方やっている人間だと思われて大変得をしておるんです。
 きょうは、昭夫先生の方から安全保障の問題ですので、私は経済発展の問題に焦点を絞って話すようにという御依頼を受けてまいりました。
 その前に、東アジアという名称てきよう何を対象にするか先に言っておきますと、NIES、つまり韓国、台湾、香港、シンガポール、それからASEAN四カ国、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、それから中国。NIES、ASEAN、中国、この地域を東アジア、イーストエーシアと呼ぶことにしまして、この地域の発展のメカニズムと言うとちょっとしつこくなりますが、なぜこの地域が発展目覚ましいか、これに関する私の考え方を御披露させていただこう、そう思います。
 私も長くこの地域のことは見ているつもりなんですけれども、率直に言ってこんなに目覚ましい発展水準になるとは思いも寄らなかったわけであります。今から振り返って、ではなぜこの地域がこんなに発展してきたのかというふうに整理してみますと幾つかの要因が思い浮かびます。
 例えば熟練労働、我々スキルフォーメーション、労働の熟練形成という言葉を使いますけれども、労働者の熟練形成の速度、これはやはり目立ったものがあると言っていいと思います。したがいまして、この地域に蓄積されている熟練労働者の層の厚さという観点から見ますと、やはりラテンアメリカとかインドを中心とした南アジアとか、もちろんアフリカ等に比べて、やはりこの地域は熟練労働者が抜群の力を持っている。こういう理解は私どもの学会に集うレーバーエコノミックスをやっている先生方のほぼ共通した見解にもなっているわけです。
 それからもう一つは企業家でありますけれども、これもこの地域の企業家は非常に豊富だと、かつまた元気がいい、能力のある企業家がたくさんいるというふうに言っていいだろうと思うんです。これはラテンアメリカや南アジア、アフリカとの比較のみならず、CIS等に比べてもやはり異質の企業家的能力がここに蓄積されているというふうに言っていいだろうと思うんです。この要因はさまざまなんですけれども、やはり中国人がこの地域に、大陸以外にたくさん住まっている、東アジアに中国人がたくさん住まっているということに大いに関係があるだろうと思うのでありますが、そういった企業家ですね。
 それから三番目には、やはり有能な人材が企業家と同時に官僚に集まっている。そしてまた、官僚の能力を存分に発揮できるような、存分にというのは言い過ぎですが、能力を発揮できるような制度の器といいますか官僚制度がかなり充実してきている。これはさっき言ったラテンアメリカや南アジアやアフリカに比べてやはりこの地域の大きな特徴だというふうに思います。
 そんな話はきょうはそれだけでやめますが、要するにそういう発展に向かう内発的なエネルギーというのが長い時間をかけてだんだん蓄積されてきたのではないかと思います。その能力がある時期に急速に花開いた、それが東アジアの経済発展である、こういうふうに見るのが正しいだろうと思います。
 そういう迂遠な話はもうやめますが、ただ、そういう彼らが築き上げてきた発展の力を外に向けて大きく花開かせるのに、私はある時期にこの地域には非常に強い外からのインパクトが加わったのではないかと見ているわけです。そして、そういう外からのエネルギーが先ほどちょっと申し上げた内からのエネルギーと両々相まってこの十年ばかりの東アジアの急速な成長が見られる、こういうふうに私は見ているということであります。
 でありますから、きょうは、外からどんなインパクトが加わっているかということについて、内発的なエネルギーがこの地域に蓄積されているということが前提の上で、外からのエネルギー、インパクトについてお話ししてみたい、そう思っているわけです。
 率直に言って、私も三十年近くこの地域を見ているんですけれども、ある時期にこの地域は急速に変わったんです。それも、ある国で変わって他の国で変わらないというんじゃなくて、全域的な規模で急速に変化した時期があるんです。でありますから、私はそのとき以来、やはりこの地域全体を変化させるような共通の要因が大きく強く加わったんじゃないか、それに反応してこの地域の発展が見られたんじゃないかというふうに思いをめぐらすようになったわけであります。
 それをいろいろ考えてみたんですけれども、八〇年代の後半期、やはり円高だったと思います。その後、私は円高ほど東アジアの経済を大きく変えたものはないという考え方にますます傾くようになっていったのであります。
 円高というのは、御承知のように一九八五年九月、例のプラザ合意によって円高が始まったわけであります。これは東アジアの経済発展に対しては本当に大きな効果を、発展のエネルギーを引き出す非常に強い力になった。私は後日それを日本効果だと、ジャパンズ・エフェクトだというふうな表現をしたことがあります。後から振り返ってみると簡単なことだったわけであります。
 一つは、工業製品の輸入が八六年以降非常にふえたですね。もちろん世界じゅうからふえたわけですけれども、とりわけ東アジアからの日本の工業製品の輸入増加は、これは本当に大変なものだったと思います。当時、技術進歩やあるいは生産性の向上努力に熱心に取り組んでいたのはやはり東アジアですから、そこからの日本の工業製品輸入がふえたというのは当然だろうと思うのでありますが、これは大変なものだったわけです。
 八〇年代後半期を見てみますと、日本の東アジアからの、特にNIES、ASEANを今想定しているんですが、NIES、ASEANからの工業製品の輸入増加率は、対前年輸入増加率、前の年に比べての増加率は、低い年で四〇%、それから高い年ですと六〇%というふうなことですね。四〇%から六〇%の工業製品の輸入増加率を八〇年代の後半数年にわたって持続したわけですから、これはもう大変な力だったと思います。
 つまり、円高によって日本経済は、日本は需要面から東アジアの成長を引っ張り上げる、牽引する機能、これを持ったと思います。私は当時、これも日本経済のアブゾーバー機能、吸引者機能というふうな名前をつけたわけです。その後もそういう言葉を使ってくれている方がまだありまして、ありがたいことだと思っておるのであります。それが一つです。
 もう一つは企業進出ですね。言うまでもないことですけれども、円高は日本企業の海外生産の有利性を非常に強めるわけですから、八六年以降日本の企業進出、これは統計的に言うと海外直接投資と言いますけれども、これは本当に伸びたわけです。
 日本のNIES、ASEANへの企業進出が第二次大戦後開始されたのは一九五一年のこと、統計を見ますと五一年が起点になっています。当時NIES、ASEANなんという言葉はなかったわけですが、NIES、ASEANという名称で想定される国というふうに考えていただきたいんですが、日本の企業のNIES、ASEANへの企業進出が開始された五一年から円高の始まる八五年までの三十数年間の直接投資の累計額、直接投資残高というふうに言っていいと思いますが、これよりも八六年以降、円高以降現在に至るまでの数年間の残高の方が、これは額で見ますと二倍以上も大きいんです。件数で見ると二倍には至っていませんが、ほぼ二倍に近いんです。
 ですから、いかに円高期に日本企業の東アジアヘの投資が集中したかということは、これは歴然としているわけです。大きな日本の企業がそのような集中度を持ってこの地域に進出していったんですから、この地域の供給力が強化されるというのは、これも考えてみれば当然のことだろうと思うんです。
 ですから、そういう需要の効果と供給力を付与していくという効果、この二つが相まって東アジアが本当にもう空前のと言っていい高成長局面に、しかも全域的な規模でなっていったと、そう思います。
 ところで、今までのところは、解釈がどうあれ、ともかく東アジアが日本効果によって浮揚してきたということは、これはファクト、事実であるわけですが、問題はその後だと思うんです。現在、九〇年代に入ってからなんです。これはこの辺が非常に注目すべきことだと思っているんです。
 まだ私の勉強はハーフウエーですけれども、こんなふうに見ているということを申し上げてみたいと思うんです。九一年から現在まで、御承知のように日本経済は本当にうんざりするくらいの長い低迷が続いているわけです。この長期経済低迷のプロセスで、さっき私が日本効果と言ったもの、つまり東アジアの成長を牽引する日本経済の力は本当に弱くなっちゃっているんです。これは図表がお手元に行っていると思いますが、後でそれに沿って若干申し上げますけれども、ともかくがくんとないわけです。
 それは考えてみれば当然でありまして、成長率がほとんどゼロ近傍ですから、成長率が伸びないということは所得が伸びない、所得が伸びないということは需要が伸びないということですから、輸入の伸びが少なくなるのはこれはいたし方のないことです。アブゾーバー機能といったものが非常に薄くなっているということを言っているわけです。
 それから、海外直接投資なんですが、これも後で言いますが、中国に対しては伸びが見られますが、NIES、ASEANに対する日本の直接投資は九一年がピークでして、その後がなり激しく落ちています。だから、供給面から見ての日本効果も今薄いと言わざるを得ないわけです。
 ただ、これはちょっと異なことだと思うんです。かつてに比べると今日の方が円高は厳しく進んでいるわけですから、日本企業にとっての海外生産の有利性はかってより現在の方が強いはずです。ですから、もっと出ていかなきゃ論理的にはおかしいんですけれども、しかし出てないわけです。
 これはいろんな要因が考えられると思うんですけれども、一言で言えば、この長期不況下で日本企業の足腰が弱くなったという表現をしていいかどうかわかりませんが、要するに海外投資をするだけの資産的な余裕に限りが出てきたということであります。ですから、円高によって海外生産は有利化しているのにもかかわらず、それになかなか対応できないという要因が私は大きいんじゃないかとも思っているわけです。
 要因は何であれ、ともかく九一年以降、日本のこの地域への海外直接投資がピークアウトしているということは、これは事実の問題としてあるわけです。そんな次第でありまして、九〇年代に入って日本効果は薄い、特に九一年以降。
 そうであれば、当然東アジアの成長率は落ちるだろうとだれしも思うわけです。まあだれしも思うというのは言い過ぎですが、少なくとも私はそう思っていたわけです。九二年ころの東アジアの成長予測をやるなんていうときに、私はかなり悲観的な見通しを出したことを今思い出すわけです。恥ずかしながら、九二年、成長率は落ちるだろうなんというものを書いたこともあるんですが、これはもう大変恥ずかしい間違いであったわけです。
 つまり、日本効果で八〇年代の東アジアの成長が非常に高かったんだから、日本効果がそんなにまで薄くなったんだから成長率は落ちるだろうと見てもしようがなかったわけです。ところが、現実には全く成長率は落ちていないわけですね。九三年はどうかな、九四年はどうかなと思ってずっと見てきたんですけれども、ますます元気だというのが実態であるわけです。
 そうすると、私はそれがなぜであるかということがなかなかわからなかったんですけれども、いずれにせよ八〇年代後半期とは違ったこの地域の成長メカニズムが生まれてきているというふうに言わないと解釈できないわけです。それが何であるかということはしばらくやっぱりわからなかったんですけれども、ここのところ一年ばかり、お手元に渡っている日経新聞のペーパーの中にも乱そう書いておいたんですが、自己循環、ちょっと言葉がしつこくて申しわけありませんが、自己循環メカニズム、セルフサーキュレーティングメカニズムという言葉を使ってこの事実を解釈しようと努力しているところであります。
 これは、物と金、金というよりも投資資金ですね、貿易と投資の両面において東アジアの中に新しい循環のメカニズムが生まれ始めているというのが私の物の見方であります。
 これはどういうことかを若干説明してみますと、東アジアというのはなかなか元気な地域で供給力の強い地域なんです。この地域の発展にとって非常に重要な問題は何であったかというと、需要先をどこに見つけるかということです。その供給力のはけ先を見つけていくということが非常に重要なテーマだったんです。
 ところが、この面で東アジアというのは非常に恵まれてきたんですね、これまで。恵まれてきたというふうに言っていいと思います。特に八〇年代に入って恵まれました。八〇年代前半期は、御承知のようにレーガン時代のアメリカに、レーガノミックス下の時代のアメリカに東アジアというのはその供給力のはけ先を大きく見つけることができたわけです。その当時、東アジアだけじゃなくて日本もそうだったわけです。
 つまり、レーガン時代というのは財政赤字を巨大にさせたわけですね、レーガノミックスのもとで。財政赤字というのは財政の収入より支出が大きいということですから、それだけアメリカの国内の需要というものを喚起するわけです。掘り起こしてしまったわけですね。そのアメリカの喚起された国内需要がアメリカの供給力を大きく上回ってしまったわけです。したがって、大きな海外からの輸入が発生したわけです。よく言われた双子の赤字というのはそれなわけですね、財政赤字と貿易収支の赤字だったわけです。
 ともかく、そういう時代の、つまりレーガノミックス下のアメリカに対して東アジアは、日本を含めて膨大な輸出をすることができた。これは東アジアにとって大変恵まれた話であったわけですが、先ほど申し上げましたように八六年以降はこれに日本の輸入が加わるわけです。これはさっき言ったように大変な日本の輸入、アブゾーバー機能だったわけです。そんなわけで、八〇年代の東アジアはマーケットに恵まれて非常な高成長をたどることができたというわけです。
 ところが九〇年代に入りますと、このアメリカの東アジアからの需要は落ちております。しかし、何よりも大きいのは、何といっても日本ですね。がくんと買わなくなったわけです。そんな次第ですから東アジアの成長率は落ちるかと思ったら落ちなかった、こういう話です。それはなぜかといいますと、要するに東アジアの国が東アジアの製品を買うようになった、輸入するようになったということであります。つまり、そういう意味で東アジアの域内を物が自己循環始めた、こういうことであります。
 ちょっとお手元に行っている第一枚目の表をごらんいただきたいのでありますが、これは「アジア太平洋諸国・国グループの相手先別貿易額」と、九四年の数字が行っていると思うんです。日本、NIES、ASEAN、中国、アメリカ、ANZというのはオーストラリア、ニュージーランドのことですが、この六つの国もしくは国グループの相互間の貿易を一枚のテーブルで示したものなんです。
 これを、行といいますか横に読んでいただきますと輸出になります。ですから、日本の日本に対する輸出はないわけですね。日本のNIESに対する輸出が九百三十四億ドル、日本のASEANに対する輸出が四百六億ドルというふうに、こう読んでいっていただきます。一番おしりが日本のアジア・太平洋全域に対する輸出、九四年の輸出額が二千八百十七億ドルだと、こういうふうに読んでいただきます。以下、NIES、ASEAN、横に読むとみんな輸出であります。しかし、これを縦に読んでいただきますと輸入になるわけです。ですから、ANZの下に「合計」と書いてあるところを横にずっと読んでいきますと、各国もしくは国グループの輸入額です。この輸入額のトータルは輸出額のトータルとイコールになっているわけです。
 さて、その輸入額の横に書いてある数字の下にパーセントが載っていると思いますが、これはアジア・太平洋の輸入総額を一〇〇とした場合の各国、国グループの輸入のシェアであります。
 これをごらんになりますと、日本の比率が何とNIESの半分になっているということがおわかりだろうと思います。NIESがトップです。アジア・太平洋の一九九四年における総輸入額の三〇%がNIESから生まれているということであって、日本はその半分だということです。いかに日本のアブゾーバー機能が小さいか。それにつけてもNIESのアブゾーバーとしての力がいかに大きいかということにもなるわけです。二番目はやはりアメリカです。アメリカはここのところちょっとまたよみがえってまいりましたけれども、しかしNIESが二九・九、ASEANが一二・三で、中国が一〇・六でして、これを合計しますと五〇%を超えるんですね。
 つまり、今日のアジア・太平洋における最近年の輸入総額の半分以上が東アジアの開発途上諸国から発生してきているというわけですから、ここの需要が大きく盛り上がっているということが御理解いただけると思うんです。
 ついでながら、ASEANをずっと横に見ていっていただきたいんですけれども、ASEANの九四年における輸出地域の中で最大のポジションを持っているのはNIESになっていますね。ASEANにとっての最大の輸出相生地域はNIESです。これは日本よりもかなり大きいですね。それから、中国にとって、これは香港があることの影響ですけれども、それにしても中国の最大の輸出パートナーはNIESであって、それは日本の倍です。
 かような次第でありまして、NIESが中核になって東アジアの域内を物が自己循環しているというイメージは皆様方の頭にも浮かんでくるんじゃないかと思うんです。
 それから、ついでながら一番下の行を見ていただきたいんですけれども、これは九〇年から九四年までの輸入増加寄与率です。つまり、九〇年から九四年までのアジア・太平洋における輸入増加額は、一番右下を見ていただくとわかります、三千七百六十二億ドルです。これがアジア・太平洋における九〇年から九四年までの輸出増加額、つまり輸入増加額です。それを一〇〇として各地域の数字をはじいたものが下に載っているわけです。
 これを見ると、NIESが三〇・五、それから中国が大きくなりましたね、一八・五、ASEANが一五・五で、この東アジア三つの合計は六五%ぐらいになるんです。もう一度言いますと、九〇年から九四年までのアジア・太平洋の輸入増加のうちの六五%が東アジアの開発途上諸国から発生してきているということを言っているわけです。
 そのような次第で、先ほど言っているようにここの需要がアジア・太平洋の中で、もちろん世界の中ででありますけれども、一番盛り上がっている。だから、域外のスーパーパワーであるところのアメリカや日本の輸入が減少しても、なおかつこの地域は全体として需要先が困ってしまって成長率が下がるということにはならなくなったというのは言い過ぎですが、ならなくなるような方向に経済が動いてきている、自律的なメカニズムが動き出してきている、こういうふうに言ってよろしいだろう、そういう話であります。
 このことは、次の紙を出していただきたいんですけれども、投資資金の面でも発生してきているんです。これはNIESと日本とアメリカのASEAN投資を例に出したものです。
 さっき言いましたように、円高期以降、つまり八六年以降日本のASEAN投資が、真ん中ですけれども、大変な伸びをしたということは事実です。しかし、伸びたのは日本だけじゃなくてNIESが非常に伸びているわけです。そして、九〇年以降はNIESがASEANに対するトップインベスターになっているわけで、日本を上回ってしまったということであります。しかも、このNIESのASEAN投資というのは、これはだれがどう見てもというか、この地域のことを勉強している人たちに言わせますと、こんなものは非常な過小評価なんですね。決定的な過小評価です。
 と申しますのは、NIESというのは韓国、台湾、香港、シンガポールを言っているわけですけれども、韓国を除いたあとの残り三つ、台湾、香港、シンガポール、これは言うまでもなく外の中国人がつくっている国ですが、これは幇組織というのがあります。広東出身の人は広東幇という幇をつくっています。それから、福建出身の人は福建幇、海南の人は海南幇。あるいは、広東というのは非常に大きな地域ですから、その地域別に、例えば潮州幇、客家幇なんて御存じですね、そういう出身地を同じゅうする人々がグループをつくっているわけです。ある種の相互扶助組織をつくっていまして、これが中国人の特に外に出ている人たちの関係社会のネットワークの中心だというわけです。ですから、そういう帯組織のネットワークを通じて、NIES資本というのは今言う在外華人資本のネットワークを通じてもう融通無碍にお金が動いている。これはなかなかこういう公式的な統計では捕捉しがたいというわけであります。
 ですから、ここに載っているNIESのASEAN投資という数字は、統計的に捕捉できたという意味ではミニマムの数字なんですね。そのミニマムで見ても、日本や、ましてやアメリカを大きく超える投資をしているということは、現実にはもっとはるかに大きな投資がなされているということです。近年に至れば至るほどそうです。
 そのような次第でありまして、東アジアの域内をNIES資本が中核になって東アジアの資本が循環を始めている。そのために、アメリカや日本のASEAN投資が減っても、ASEANは投資資金に困って失墜してしまうというふうな構造はかってのようにないということです。
 私どもの分野のキーワードは、対外的脆弱性、エクスターナル・バルネラビリティーズ、そんな言葉が僕がこの分野に入ったころはよく言われたんですね。あるいは十年ぐらい前からの議論で対外従属論、ディペンダント・ディベロプメント、従属的発展の理論などというのがジャーナリストや学界でも一時代を風靡したと言うと言い過ぎですけれども、私は一貫して反対してきましたけれども、そういう議論が幅をきかせた時期もあるんです。だから、特にNIESなんかは成長率は高いけれども、これは外のアメリカとか日本というスーパーパワーのエンジンに引っ張り上げられて高いんだ、したがってこの力が弱くなればこっちも弱くなるんだ、そういう意味での脆弱な体質というものを持っているんだ、従属的な体質を持っているんだ、そういう議論がまことしやかに語られていた時期がありました。
 あるいはその時期の東アジアのある体質を反映した議論であったと言えば言えなくはないんですけれども、少なくとも今日見る限り、そういう体質は随分変わってきていると言っていいだろうと思います。東アジアにおける投資資金の中心は東アジアになってきているということだと思うんです。だから、物と金の両面における自己循環メカニズムということであります。
 時間がなくなってきましたからもう切り上げますが、あと五分くらい残っておりますので、中国のことを若干申し上げて終わりにしたいと思うんです。
 三枚目は、これはつい最近出たデータですけれども、今度は中国の話です。
 私は、今言った自己循環メカニズムの中に中国も組み込まれつつあるというのが現実だということを申し上げたいわけです。これは投資資金の面ですけれども、ごらんのとおりであります。これは中国側の発表した数字なんですけれども、中国は御承知のように世界最大級の外資の受け入れ国、民間企業の受け入れ国になっておりますが、その中国が昨年受け入れた直接投資の額のうち実行額、実際に投資されたものをここで拾ったわけですが、ごらんのように日本とアメリカは合計しても一三%ちょっとですね。圧倒的な部分は香港。通常、香港・マカオと言いますが、香港、マカオを合わせますと六割、それに一〇%が台湾、シンガポールが三%。つまりNIES資本になっているわけですね、中国が受け入れているのは。最近では、さらに東南アジアの華僑、華人系の企業もここに投資をしています。
 ただ、香港というのは御承知のように中華世界の中継的な地点にありまして、香港を経由してしまいますとその資本の出自は消えてしまいますから、香港があることによってこういう数字は余り信用できないんですね。実際には、中国が香港に出てきて、また香港から中国に投資している市中投資と我々が呼んでいるものも少なくないわけです。何が本当がよくわかりませんが、しかしマジョリティーが外の中国人の投資である。中国の受け入れている投資資本のマジョリティーが外の中国人のものだ。つまりNIES資本である構造自身は紛れもないものだと私は思っているわけです。そういう意味で、自己循環メカニズムの中に中国が加わる。
 では、どこの中国が加わっているかというと、最後の表でありますけれども、これであります。
 これはなかなかおもしろい表なんですけれども、ただ、中国の統計概念というのは、西側といいますか我々の社会とまだイコールではありませんので近似値でしかないのでありますが、何を言わんとしたかというと、これは全国一八・二という数字が書いてあると思いますが、要するにこれは中国が昨年受け入れた海外直接投資。その直接投資、もちろん実行額です、実際に利用された額ですが、その投資資金が中国の固定資産投資の何%であるかということを見たら、一八・二という数字が出たんです。これは恐らく過大評価だと思います。ですから三、四%は引いてもいいかなと思います。それにしても、これは圧倒的に高い数字ですね。
 と申しますのは、同じ数字を日本で計算しますとゼロ、つまり数字が出てこないんです。つまり、日本の国内の固定資産投資というのは日本にいる日本人が一〇〇%やっているわけですね。韓国はどうかと思って計算してみましたら一%にならないんです。韓国の昨年の固定資産投資の九九%以上は韓国にいる韓国人がやっているわけです。ところが、この巨大な中国で一八%というわけでありますから、これはもう信じられないぐらい高いです。そういう意味で、中国は野方図というふうな形容詞をつけていいぐらいの投資を受け入れているというわけです。
 ところで、中国の今最高の成長率を見せているのは、福建、広東、海南、つまり華南三省であるわけですけれども、これはもうこんな数字であります。信じがたいぐらい高い数字、いかに中国の成長地域が外資依存型であるかということがわかると思うんですが、その外資というのはさっき言ったように外の中国人の投資だと、こういう構図になっているわけであります。そういう意味で、中国の沿海部、とりわけ中国の成長地域を構成している華南経済、これが東アジア化している、同じメカニズムの中に連動するような形で含まれてきているということだと思うんです。
 この連動しているメカニズムがさらに沿海に広がるか、あるいはベトナムを巻き込むか、中国の内陸部に及ぶか。つまり、今まで東アジアが見せてきたフロンティア拡大のプロセスに中国の内陸やベトナムが入っていくかどうかというのが非常に大きなテーマになってきている。もしそのことが可能であれば、東アジアの経済の将来はまだまだ天井が簡単に来るというわけではないだろうと思います。
 ただ、私は非常にきょうはブライトサイドといいますか明るい側面を強調し過ぎているのかもしれませんけれども、しかし問題がやはりあり得る。これは人口とか食糧とか環境という問題は別にプロフェッショナルがいて論じるべきであって、私はそれには言及しませんけれども、私が非常に今問題があり得るとすればという前提で申し上げれば、やはり中国だと思います。中国がこの自己循環のメカニズムの中に組み込まれたのでありますれば、中国が右肩上がりでいけば、この東アジアのメカニズムの懐が非常に大きくなるという意味でこれは大変結構なことですが、ただ、そういうふうに考えられるかどうかという問題が一つ大きくなっています。これは中国経済論の話ですが、きょうのテーマではありません。
 ただ、一言だけ言っておけば、今、九二年が一三%、九三年が二二保四、昨年が一一・八というふうな異常な成長が続いているわけです。超高成長と言えばいいんですけれども、こんな高成長が、右肩上がりがそう続くはずもないわけであります。
 特に中国の場合問題なのは、成長率をソフトにコントロールする能力ですね、マクロ・コントロール・メカニズム、つまり金融、財政、税制を通じてのソフドブレーキ、ソフトアクセルというものを持っていない。持っていないと言うと言い過ぎかもしれませんが、朱鎔基さんたちはその能力を身につけようと今必死になっているわけですけれども、こういう能力を身につけるためにはやっぱり長い時間が必要なわけですね。今は少なくとも極めて不十分なものにしかなっていないというわけです。
 つまり、中国の高成長がそういうメカニズムの不足の上に急激なダウンスイングに入る可能性はあるわけです。それは要するにマクロ経済の不安定性というものが非常に気になるわけです。今言ったような制御のためのコントロールがない分だけ急激なダウンがある。もしそうなった場合には、事は中国だけにとどまらなくて東アジア全域にその問題が及んでくる可能性があるわけです。
 しかも、中国が受け入れているのは外の中国人の投資だとさっき言いましたけれども、この外の中国人はどんな投資をしているかというと、不動産投資とか、それから流通投資とかそれからホテルのようなサービス部門とか、あるいはオフィスビルやホテルをつくったりする建設とか、そういうものが多いんです。製造業投資もなされてはいますけれども、その多くは広東省を舞台にした委託加工生産みたいな非常に中小零細の投資なんです。短期利潤回収型の投資です。ですから、もうけが多いときにはどっと入ってきますけれども、薄くなるとさっと出てしまうという、フットルースといいますか、そういうものです。ですから、中国のマクロ経済が不安定化したときに、こういうものは大量に外へ出ていく可能性があるわけです。
 例えば八八年、八九年のとき、中国で天安門事件が起こって西側が経済制裁やって、そういうことがありましたけれども、あのときは、今一八・二というふうにパーセントを出しましたけれども、これに類する数字は一%足らずなんです。だから、仮にそのとき外資が全部外へ出ていってもそれ自身が中国の経済に与える影響というのは軽微なものだったんですけれども、現在はこれは一八・二ですから、そうなりますと、というわけです。
 余り話がくどくなってはいけないんですが、そういう意味で、うまくいくのもまずくいくのも中国ファクターが非常に大きくなってきているということです。これは渡辺昭夫先生の先ほどのお話で、政治安全保障の問題なんかでも中国ファクターが大きくなってきているわけですけれども、経済の面でも非常にそういうことが起こってきているということです。
 APEC等についても論ずるべきであったのかもしれませんけれども、時間が来てしまいましたのでまた後のディスカッションの中で述べます。
 御清聴どうもありがとうございました。
#11
○会長(林田悠紀夫君) ありがとうございました。
 以上で政府からの説明聴取、参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 本日は、前回同様、あらかじめ質疑者などを定めず、委員の皆様に自由に質疑を行っていただきます。質疑を希望される方は挙手を願い、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
 それでは、質疑のある方は挙手を願います。
#12
○山本一太君 参議院自民党の山本一太でございます。まず、両渡辺先生から大変インフォーマティブなお話を伺いまして、感謝を申し上げます。フリートーキングということでほかにも御質問される諸先輩いらっしゃいますので、簡単に何点か御質問をさせていただきます。
 まず、渡辺利夫先生のお話で、四番目のAPECについてちょっとお話をしていただく機会がなくて残念だったんですけれども、先生の御論文をちょっと拝見いたしまして、APECはもともと非常に緩やかな協議体としてスタートしたのが、例のボゴール宣言以来、これを貿易投資の自由化というメカニズムに主導的に持っていったのがアメリカだというのがございまして、先生がAPECが米国主導になりはしないかという懸念を持っていらっしゃるという話がございました。やはり一番危惧しているのは、その自由化というものが特定の制度域で、あるいは決められた時間の中でアメリカの主導によって行われることじゃないかというお話がありまして、私はこの点については大賛成だなというふうに思ったわけなんです。
 アメリカがクリントン政権以来、先生おっしゃっているように東アジアがやはり一つのキーポイントだということで、今後ますます経済的な理由からAPECに対する参加といいますか参入を拡大してくるという状況があって、それは何で生じたかというと、やはり先生がおっしゃっている力の空白があって、東アジアの安全保障のラストリゾートというのはアメリカが握っていると。すなわちそれとの関係からアメリカがいわゆるAPECで主導権を握るという状況が生まれてきたというお話でございました。
 ある意味では、APECの運営というのはアメリカの思うがままに来ているわけで、今後ますますアメリカがこうした力の空白を埋めるというそういうリベレージを持ってAPECに参入してくるときに、具体的にどうやれば先生のおっしゃったようないわゆるアジア的なAPECの原則というものを守っていけるのかこの点についてちょっと先生のお考えを伺いたいというのが一点でございます。
 二点目は、今中国ファクターの話が出ました。渡辺昭夫先生の方からはいわゆる安全保障の面からの中国のお話があって、また利夫先生の方から経済的なファクターとしてもこれからやはり中国がキーだということでございまして、私もアジア・太平洋地域の安全保障を考える上ではやはり中国の動向がかぎだと思うんですけれども、どうも御論文を拝見しますと、冷戦後の世界においては個々の国が大きな軍事力を持っているから直ちに脅威と、そういう見方はするべきでないと。むしろ、方程式としてはもっと多元的になっているんだから、安全を維持するための仕組みをつくるということに重点を置くべきだというお話もございました。
 また、渡辺利夫先生だったかと思いますが、今の中国の軍事増強というのは冷戦下では余り目立たない、当然のことじゃないか、経済力の身の丈に合った軍事力の増強ではないかというお話があったんですが、私はそういうことについてはちょっと疑念を持っていまして、中国ですら、いわゆるアメリカのアジアでの存在が、自分が覇権主義に走るための歯どめにしていると思っているんじゃないかというようなお話もあったんですが、やはり中国はある意味では一つの脅威として存在をしていくんじゃないかという観点から、お二人に、御専門家としてこれから中国がどういう方向に進むのかという見方があれば教えていただきたいと思います。
 あと一点なんですけれども、私は国連で援助の仕事をやっていたんですが、安全保障というのは今もっと広い観点でとらえようという動きがございまして、そういう意味で、この間国連開発計画が人間開発報告書の中で人間の安全保障というようなコンセプトを打ち出したんですけれども、やはり紛争防止のためのPKOとかそういうところに関心がいきがちですけれども、その前に開発への投資をすることによって紛争の芽を摘む、こういう考え方がやはり国連でも主流になりつつあると思うんです。
 先生ちょっと日本の援助について書かれていて、日本型援助を支持するという点については私はちょっと異論があるんですけれども、それはともかくとして、この日本型援助、援助がこれからどのような意味で安全保障に、特にアジア・太平洋の安全保障にかかわっていくか、どういう役割を果たしていくかということについてお答えをいただければ。
 以上三点です。
#13
○参考人(渡辺利夫君) たくさん出されて、いずれもキーポイントになる話だろうと思います。
 APECについてはここに書いてありますので繰り返しませんけれども、ただ、今回はそういう意味では、今回というのは大阪会議のことですけれども、かなりいい線におさまったなと、そういう感じを持っているわけです。
 アメリカ主導になってきている。これは原口さんから答えてもらうのが適切だろうと思うんですが、私はそうならざるを得ないアメリカの構造があるというふうに思っております。
 ちょっと御質問に対しては迂遠な答え方をすると思いますが、この点がポイントではないかと私は思っているものですから主張させていただきたいんですが、私ども経済学を勉強していた人間からすると、大国というのは外国への依存度というのは少ないものだと教わってきたんですね、内需が中心の世界であって、対外貿易、海外投資というのは少ないものだと。つまり、エクスターナルコンタクトという言葉を使いますけれども、対外折衝が少ないと。小国になればなるほどそれが高くなる。これは別に理論的な法則ではありません。経験則だというふうに教わってきたんですが、先ほど申し上げたように中国はその大きな例外です。もう一つの大きな例外はアメリカですね、最近は。
 アメリカの対外貿易依存度というのは非常に高まってきています。特に製造業の貿易依存度はもう日本と変わらないんですよ。非常に高いです。その対外依存度が高まってきている。どこのパートナーと高まっているかというと、歴然と東アジアなんですね。つまり、アメリカはかつてアトランティック・エコノミーであったんですが、明らかに工ーシア・パシフィック・エコノミーの方に顔が向いてきているわけです。ところが、アメリカ経済の東アジアに対する貿易依存度は非常に高まっているんですが、非常に不思議なことに、東アジアにおけるアメリカの貿易のプレゼンスは下がってきているわけです。東アジアがそれだけ貿易の伸びが高いということです。
 それから、投資も同じです。これだけ成長している地域ですから、アメリカの多国籍企業にとってビジネスチャンスはこの地域は非常に高いのは当然です。ですから、ここに最近は重点的に投資をしています。しかし、東アジアにおける投資残高に占めるアメリカの残高はどんどん下がってきているんです。
 さて、今申し上げたことが、これは事実なんですが、事実だとすれば、アメリカが自分の経済の再興のためにもより多くのフルーツをこの地域から得ようと考えるのは当然だろうと思いますね。その当然なことがクリントン政権になってはっきり実現してきた。実現してきたというか、そういう方向にアメリカは考えてきた。つまり、はやりの言葉で言えば、アメリカと東アジアとの経済関係の再定義が僕はクリントン政権によってなされたと見ているわけです。それがシアトル会議だと、それからもう一つはボゴール会議だった、こういうふうに思っていたわけです。ですから、APECというのはもともと共同プロジェクト志向で始まったんですけれども、シアトル、ボゴール会議を経て自由化志向にはっきり転じた。その意味では変質したんだというのが僕の見方です。
 では、かといって東アジアが自由化にヘジテートしているかというと、そんなことはないわけです。今御解析してくだすったように、時間枠と地域枠を決めて他律的な圧力でもって自由化していくということにはヘジテートしているけれども、自由化それ自身は自分たちのイニシアチブのもとで相当やってきているわけですからね。ということだと思うんです。
 そういうふうに僕は考えてきて、そういう意味では、アメリカのようなやり方、つまりAPECを貿易や投資のための協議や交渉の場にしようということには僕はどうかなと思っていたんですけれども、今度の大阪会議では、先ほど原口さんの御説明にもありましたように、そういう原則を一方的に突き進むようなやり方ではなくなってきているわけでして、こういう方向が定着していくことが必要だと。
 例えば、EUだと今日に至るまで四十年かかっているわけですね。APECはそういう意味ではちょっと僕は走り過ぎだと思っていました。走り過ぎで、早く自由化のゴールヘ到達すれば結構だということには、それはそうなるかもしれませんけれども、しかしこれだけの多様性と格差を持った国で構成されているところですから、下手をするとこけていく国が幾つかある。そうなるとAPECは自己破産するということも考えられなくはないですから、そういう意味で私はゆっくりズム、穏歩前進型のAPECに変わってほしいと常々思っていましたけれども、そういう方向に進み始めたのは大変結構なことではないかなという印象は持っているということでございます。
 私ばかりしゃべってはいけないんですが、ちょっとだけ申し上げておきますと、これは渡辺昭夫先生から答えていただくべきものだと思うんですけれども、安全保障の東アジアにおける仕組みということしかないというふうにおっしゃいましたけれども、やっぱり仕組みなんでしょうかね。あの中国を仕組みの中に取り込むなどということは僕は到底可能だとは思いにくいと思うんですよ。ですから、やっぱり何といっても基本は、このポスト冷戦期においてややもすれば後退しかねないアメリカをここに引きとどめておくということに全精力が傾けられてしかるべきではないかというふうに思っておるわけです。述べ始めるとちょっと長くなりそうですけれども、基本的なスタンスはそういうことだということです。
 それから、ODAに関する御質問ですけれども、私は日本型のものをやはりよしとしております。先ほどおっしゃった紛争防止とか貧困の問題とかにもやるべきだということはもちろん反対はしないんですが、問題は開発だとおっしゃったわけですね。そのことに対しては日本のODAのスタイルが一番よかったんじゃないでしょうか。そして、日本型の援助というものは、東アジアの発展によって、因果関係を分析することはなかなか難しいにしても、そのサクセスストーリーの源泉が東アジアの発展にあるということは、これは僕はかなり高い確度を持って言い得ることだと思っているわけです。そういう意味では、日本は今まで援助の対象国に恵まれ過ぎたと言えば言えなくはないんですけれどもね。
 ですから、これだけの援助大国になっているわけですから、これからは援助対象地域を多様化していく、それから援助のやり方自身、構造自身を多様化していくという要請にもこたえつつあるということだと思います。ただ、それにもかかわらず、ポイントは日本の援助の中核が今までの日本型援助でなければならないという考え方は私は揺らいでおりません。
 日本型援助と申し上げましたのは、わかりにくかったかもしれませんけれども、東アジア中心、円借中心、産業インフラ中心、この三つです。地域を東アジアに設定して、その産業インフラのために円借を出すというやり方、この日本のやり方が基本にあればこそ援助の構造や援助の対象地域を多様化できると思っています。これを捨てて後者の方にいったのでは、本当に難しい開発途上世界の中で方向感覚を見失って、泥沼に足をとられて、結局何もできないということになりはしないかということを私は一番恐れているということでございます。言葉足らずだったと思いますが。
#14
○笠井亮君 日本共産党の笠井亮です。渡辺昭夫教授、渡辺利夫教授の両参考人に質問させていただきたいと思います。きょうは、貴重な御意見をいただきましてありがとうございました。
 まず、渡辺昭夫参考人の方になんですけれども、参考人は防衛問題懇談会のメンバーとして先ほどお話あったような考え方に基づいて、時間があればその先のお話伺えたのかもしれませんが、日本の役割ということの関連で新防衛計画の大綱に向けてさまざま御意見を述べられてきたと思うので、そのことについてお聞きしたいわけです。
 今度発表されました防衛計画の大綱では、自衛隊の役割について、新たに大規模な自然災害とかテロリズムヘの対応という治安出動的な内容も含めて、それからまた、さらに我が国周辺地域において我が国の平和と安全に重要な影響を与えるような事態が発生した場合には日米安保体制の円滑かつ効果的な運用を図るということで、日本への直接的な脅威がないときでも日米安保条約を発動して日米共同作戦ができるようにするとしております。それで、それを米国の例の東アジア戦略とあわせて日米首脳が二十一世紀にわたる基本方針として確認しようとしている。
 これは、日米安保体制は条約上の規定をも踏み越えて世界規模に展開をして、そしてその中で自衛隊をこれまでの専守防衛の建前から明確に質的に転換させるもので、従来政府自身が憲法上許されないとしてきた集団自衛権の行使に踏み込む重大な可能性を含んでいると私は思うんです。
 渡辺参考人は、十二月二日の読売を拝見しますと、その記事の中で紹介されていたんですけれども、防衛懇の報告書で日米が共同して能動的な秩序形成者として行動すべきという内容を取りまとめるに当たって、これは国家レベルの話だということで、この記事によりますと、押し切って盛り込んだという経緯があるというふうにされていて、先ほど話を伺って、国家レベルというのは対外レベルというふうに理解すればいいのかなというふうに私思ったのですけれども、そういうふうにされておりました。
 また、事前にいただいた資料の中で、六ページですか憲法九条の精神を生かす上では集団自衛権についてもう一度議論し直す必要があるとのお考えを示されていると思いますけれども、今度の防衛大綱はこうした参考人がお持ちになっているお考えが反映されたというふうに見ておられるでしょうかというのが第一問です。
 それからまた、参考人は憲法九条の精神ということで言われているわけですけれども、この九条を条文上も改定しないといけないというふうに、そこまで考えておられるのかどうかその点第一問で伺いたいんです。
 もう一つ、前回のこの調査会では自民党の委員の方からも日経の世論調査が紹介されたんですけれども、それ以降一カ月弱の間にも、産経などの結果を見ても、あの沖縄の事件を契機にして、今世論が米軍撤退とかそれから安保解消に向かう方向に大きく動き出しているというふうに見ることができるんじゃないかと思うんですけれども、日本の安全保障を考える上では当然こういう世論の動向についても検討されていると思うんですけれども、参考人の御意見を例えればというふうに思います。
 それから次に、渡辺利夫参考人に二つ伺います。
 一つは、今、山本委員が言われたことに私も着目をさせていただきまして、米国主導に懸念ということで大変興味深く拝見したんですけれども、渡辺参考人が今、今回はいい線におさまったということを言われたんですけれども、私、今後の見通しということでちょっと伺いたいんです。
 論文を拝見しながら、参考人も言われていますけれども、結局自由化の将来について、米国自身は消極的なのに、積極的である東アジアに対してはいわば強大な安全保障上の力を背景にして特定の制度枠と時間枠をはめて一層の自由化を迫る、こういうアメリカのことがあって懸念をされるということです。確かに、ジョセフ・ナイ国防次官補もこの間九月に日本に来たときに、アメリカがアジアに関与するのは、ノスタルジアとかあるいは想像上の欠如のためじゃなくて、我々の国家的利益がそれを要求するからなんだというふうに言っていると思うんですけれども、私まさに覇権主義じゃないかというふうに思うんです。
 十一月二十日のフィナンシャル・タイムズにも、今度のAPECをめぐって、アジアのメンバーは力づくのアプローチに抵抗しているという見出しで記事もあったと思うんですけれども、今回の大阪は確かにいろいろ玉虫色とかということが言われたりして、そういう形でいい線でおさまったというふうにも言えるかもしれないんですけれども、今度マニラになりますと、先ほど外務省からもお話がありましたけれども、行動計画をそれぞれ具体的に提出するということになりますと、そういう意味では矛盾がより先鋭化する可能性があるんじゃないか、アメリカの主導ということが一方であることの関連で。その辺の見通しについてどうお考えかということが一つ。
 もう一つは、短いことなんですけれども、こういうアメリカ主導の自由化ということが、結局東アジアの国民レベルで考えたときにどんな影響をもたらすんだろうかということをちょっと私懸念するんです。
 APECの大阪会議について、大阪でやったんだと思うんですけれども、日本の農業や食糧、環境分野のNGOの代表が十一月十九日の日に会合を持って意見交換して、その中で、生産者とか消費者とか市民が不在である、あるいは一般大衆への食糧の安全保障の確保と貿易・投資の自由化による環境への影響の評価が完全に欠落しているんじゃないかという形で、人権とか多国籍企業、あるいは環境問題についてもこもごも批判あるいは疑問が出されているということがあったんです。日本でも産業空洞化という問題がやっぱり大問題になっていると思うんですけれども、こういった国民レベルで考えたときに、こういう米国主導の自由化を一層進めていくという、時間枠を決めてやっていくという問題がどんなふうな影響を及ぼすとお考えかということを伺いたいと思います。
#15
○参考人(渡辺昭夫君) 先ほどの山本委員からの御質問も多少関係するところがあると思いますので、今の笠井委員の御質問と関連させながら私の考えを述べさせていただきたいと思います。
 いろんなことを申し上げなきゃいけないかもしれませんが、一番最初に読売の記事の話に言及されましたのでそれから申し上げますが、どういう言い方をしたかちょっと正確に思い出せませんが、今、笠井委員から御紹介いただいたように、日本がもっと安全保障について能動的に取り組まなきゃいけないというのが私の考えであることは間違いございません。
 その場合に、国家レベルの問題であるということで例えば私が押し切ったというような表現になっているということですが、これはどういうことかというと、安全保障の問題を一防衛庁のレベルだけで考えるということはどうであろうかと。まさにあれは内閣総理大臣の諮問機関であるということが象徴しているように安全保障政策である。防衛というのは、広い意味での安全保障という枠組みの中において初めて何が適当な防衛力であるかということが定義できるはずなのであって、その意味でいうと、非常に限られた防衛力をどうするか。例えば典型的には、いわゆる別表に書いてあるようなことをどうするかと。これを小手先の議論と言っては大変失礼で、これは大変大事な問題だと思うんです。つまり、その問題を議論するときに、その問題だけを議論していたのでは答えが見つからないのではないだろうかと。だから、非常に広い意味で外務省もそれから官邸も含めた国家全体の観点から議論する必要がある、そういう意味で国家レベルというふうに申し上げたわけです。その点、表現に関してですね。
 それで、余り一度に長く話してもあれなんで、とりあえずお答えをさせていただいて、もし不十分であればまた追加して御議論いただきたいと思います。
 一番基本的なところから申し上げますと、憲法九条の精神をどう考えるかということですが、私の考え方を端的に申し上げますと、憲法九条で言っている武力行使の放棄というのは、国家間の紛争に当たって、一国が自分の判断に基づいて自分の国益を主張するという観点から武力を行使するということはこの世からなくしていこうではないかというのが一九二八年の不戦条約以来の大きな流れであろうと。国連憲章が言っているのもそうであるし、憲法九条が言っているのもそうであるというのがまず第一点であります。幸いにして、そういう考え方が国際社会全体に次第に今は定着してきているだろうと。
 問題は、それが大体第一原則だとすると、それにもかかわらず時によってはそのルールに反する行動をとる国家がいた場合にどうするかであって、それを仕方がないというふうに黙って見ていたのでは第一原則が生きてこない。そうすると、結局自分で自分を助ける以外ないということで、個別的であれ集団的であれ自衛権に基づいて行動する以外にないだろうと。
 したがって、そのような後者の形の武力行動を少なくするためには第一原則ができるだけ守られるようにしなきゃいけない。第一原則が守られるようにするためには、そのようなルール違反があったときに何らかの形でそれに制裁を加えるという仕組みが必要であろうということです。その制裁は必ずしも武力だけではない。もし経済的な手段なりその他外交的な手段なりが効果があれば、もちろんそれにこしたことはないわけです。
 というのが私の考え方でございまして、したがって、その後者の、いわゆる国際的な安全保障を確かなものにするために、もっと端的に言えば国連のもとでの国際的な共同行動に対して日本が積極的に参加するということは憲法九条の精神と反さないであろうというのが私の考え方であります。
 もちろん戦後の歴史の具体的な脈絡の中で憲法九条というのがどういう意味を持ってきたかということを私は忘れているわけではないわけでありますが、今申し上げたような観点から、今まで議論してきたのと少し違った観点から憲法九条というものについても考え直してみてはどうだろうかというのが私がここで申し上げていることであります。
 それには具体的にどうすればいいかということについては、私は個人的な意見としては、別に憲法九条の文言を変えなければそれができないとは思っていないわけであります。そういうふうに政府も解釈してまいりました。確かに九条の第二項というのはやや無理のある文言になっているわけでありますから、もし私が今申し上げたような意味で政治家の皆さん方の意見がまとまるのであれば、そういうことをはっきりするために憲法九条の文章を変えるというのも一つの方法であろうと。
 少なくも、そういうことは一切触れるべからずという問題ではないのではないかというのが私の考え方でございます。はっきり申しまして、現在までの政府のこの問題に対する公的な見解と私の今申し上げたこととは若干ずれるところがあるということは承知しているわけでございます。
 そこで第二ですが、周辺地域。今度の新防衛大綱については、今さら申し上げるまでもないと思いますが、私は全くの一個の市民でございますから、いかなる意味でもその作成過程には参加しておりません。ですから、結果として出てきたいわゆる新大綱というものを、防衛問題懇談会なりあるいはそれに携わった私の考え方とどう一致しているか一致していないかという点で申し上げているだけであります。
 余りそういう一般的な話をすると切りがないと思いますので、御質問にあったいわゆる周辺地域についての条項、新しい大綱では、自衛隊の役割として従来から言ってきたいわゆる国防、これが本務であるということに加えて、第二に、御指摘のような大規模災害とか大規模なテロリズムに対して有効に対処するということとそれから周辺地域における種々の事態に対して対応するということが第二項としてまとめて言われていると思います。第三に、先ほど申しましたような国連の活動等々を含めたいわゆる国際的な平和への協力という三つの柱になっていると思います。
 御指摘になったのは第二の部分ですが、周辺地域というのは、確かにこれはいわゆる安保条約の第六条事項ということであって、日本自身の安全が脅かされているわけではないが、その周辺において何か事態が起きたときにどうするかという話で、従来は日本に基地を置いている米軍が対処する問題であって、日本は集団的自衛権、憲法九条に関連してそれはできないというふうに言ってきたわけですね。
 これについてどういうふうに考えるかでありますが、集団的自衛権といいましても、これは冷戦時代においてもそうですけれども、早い語アメリカ本土が危なくなったときに日本が応援に行くという意味での話では初めからないわけでありまして、要は日本に非常に近い地域で何か事態が起こったときにどうするかという話だと私は思っております。
 変な話ですが、やや話が飛ぶようですけれども、例えば冷戦時代ですが、似たような条約がアメリカと台湾の間にございました、それからアメリカと韓国の間にもございました。それはみんな形の上では対等になっているんですね、集団的自衛権のもとにでき上がっているわけで。つまり、西太平洋におけるアメリカの領土に何か起こったときには台湾は助けに行く、韓国は助けに行くということになっているわけです。しかし、本当にそういうことがなければ対等性が保てないなんていうことは、アメリカも台湾も韓国もだれもまともに信じてないと思うんです。ただし、形の上ではそういう対等なものであるということが必要であると。でなければ、アメリカとしては自分の方だけが助けるなどという一方的な話はないではないかと、アメリカから見れば当然の話だと思うんですね。
 そこで、それじゃ日本がどうするかなんですが、端的な話をした方がわかりやすいと思います。例えば朝鮮半島有事です。朝鮮半島有事というときに、例えば韓国が我が自衛隊に出動してくれというふうに言うかというと、言わないと思うんです。もし韓国も言い米国も言っているのに日本がノーと言えば、これは大問題になると思うんです。しかし、現実の問題としては、韓国が日本の自衛隊に出動してくれと言うことは私はあり得ないと思っています。しかし韓国で、朝鮮半島有事でもいい、日本が今までと同じようにアメリカが何かやるのは邪魔しないけれども自分は何もしないということでもこれはもたないだろうと思うんです。
 そうすると、何か中間ということを考えざるを得ないんだろうと思うんです。つまり、米軍が有効に行動することをできるだけ、ただ基地を守っているというだけでなくてもう一歩突っ込んだ形で、つまり後方的な支援をするとかですね、具体的に問題になるのはそういうことだと思うんです。しかし、これは問題をはっきりさせるためにあえてそういうやや議論になる問題を申し上げているわけで、そういう事態が非常にありそうだと私は申し上げているわけでは全くないんです。
 いずれにしろ、そういうことについて政治家の皆さんがやはりもう少しはっきりとした考えをお出しになる必要があるのではないか。仮にどうあっても、例えば日米安保条約が危殆に瀕してもいいんだから日本としてはあくまで一切何もしないという選択をするのか、そうではないのかという程度の詰めた議論を平時においてなさっておく必要があるのではないかというのがこの問題についての私のとりあえずの御返事です。
 それから、先ほど原口局長がPFPというお話をなさったわけです。私は大変おもしろいと思ったんですが、アジアではPFPというのはパートナーシップ・フォー・プログレスなんですが、NATOで同じことを言ってPFPというのはパートナー・フォー・ピースということであって、同じPFPが違うというのは私は大変意味深長であるように思うわけであります。
 NATOの場合、今ボスニアで起こっていることで非常に端的にあらわれているように、何かあったときにNATOが具体的に何か行動する場になるわけです。ところが、アジアではそれと同じような意味で多角的なメカニズムというのは私はできないと思うんです、仕組みといっても。いわゆるASEANリージョナルフォーラムとかなんとかというのは、ヨーロッパで言うと昔言っていたCSCE、今OSCEですかそういういわば協議の場であって、そこで何をすべきであるかというコンセンサスをつくる、何が悪いことで何がいいことで何をしなきゃいけないかという合意をつくっていく場ですけれども、そこで具体的に行動する何かを持っているかというと、そういう場ではないですね。
 すると、何かがやらなきゃいけない。それにこたえているのは、やはりアメリカを中心につくられているNATOという組織であると。現にアメリカが動かない限り何も動かなかったですね。
 それをこっちに持ってくると、つまりもし何かあったときに何が動くかというと、やはり先ほど申したアメリカを中心につくられている一番最初言いましたハブ・アンド・スポークという形のメカニズムだと思うんです。その中で重要なのは日米安保条約だということなので、そういう意味で日米安保条約がそういう広い地域的な何か役割を果たすということを当然考えなきゃいけないわけで、日本がそれにどうかかわるかというときも、単に日本本土が危なくなったときにこれは役立つよというだけではない、何かそれを超えたものだというふうに考える必要があるのではないだろうか。
 その辺がいわゆる日米安保条約をどういうふうに考えるかという再定義という話であると思うので、それはやめておけという御意見が、あるいはそうすべきという御意見が分かれるところだと思います。
   〔会長退席、理事板垣正君着席〕
 もう一言だけつけ加えておきますと、人間の安全保障という観点ですが、これは私が最初に申し上げた、つまりアジア地域では開発ということが、渡辺利夫先生がおっしゃったような経済のメカニズムがうまく働いて進んだということが国家の枠組み、国家の安定、レジリエンスを高めるという形で進んできた。多くの途上国ではなかなかそこへいかないということなんです。したがって、これが基本的には一番大事なアプローチだと私は思いますのできればそれをほかの部分にも適用していくように日本はODA政策を展開すべきだし、そういう仕事はグローバルな見地から見ればまだまだ残っているということです。
 問題は、アジア地域では、先ほど私が申し上げましたようにちょっと超えたところに、つまり国家と国家の間のある程度そういう外向けの軍事力を持つようになってきている。そうすると、それが下手な形で下手な方へ行かないようにいわゆる信頼醸成措置といったようなことをやって、歴史的に積もり積もっているようなさまざまな不信感とかなんとかというものをできるだけ和らげていくという努力が伴わなきゃいけない。それがASEANリージョナルフォーラムとかそういうものの仕事だというふうに思っているわけです。確か一に、開発を通じてそういう悲惨な状態が起こって、国家が崩壊してソマリアだとかボスニアのような事態にならないようにするということがあくまで上策だと思うんです。今問題になっているのは、つまりそれプラスアルファの何かが出てきているというふうに私は思っております。
 とりあえずそれで、もしまた追加の御指摘がございましたらお聞きしたいと思います。
#16
○参考人(渡辺利夫君) どう答えたらいいか、これは非常に難しいと思うんですけれども、私そのペーパーで書いたのは、決してアメリカがけしからぬと言っているわけじゃないわけです。つまり、それぞれの国は自分の利害に基づいて行動するというのは全く当然なことですから、アメリカがみずから望む方向で貿易・投資の自由化をさせるために、その交渉のカードとしてポスト冷戦期におけるアメリカの安全保障機能を持ち出してくるというのは、国家の利害からして、これはもう価値的に判断すべきものではなくて当然の行動だというふうに私は思っているわけです。ですから、アメリカを非難するとかなんとかという気持ちは私にはありません。すべての国はそれぞれの交渉の一番強いものを出して臨んでくるのは当然です。
 ただ、私が恐れているのは、APECというのは何とか成功してほしいと思っているものですから、そういうアメリカの対応は、東アジアの特に自由化に逡巡する国を落としていってAPECが自己破産してしまうということを恐れている。であるから、アメリカはもう少し寛容になってほしいということを考えているということです。
 御質問は、じゃことしは何とかおさまったにしてもマニラ以降はどうなるのかという話ですけれども、これはなかなか難しくて、これは原口さんの方からお答え願った方がいいと思うのでありますけれども。
 ただ、今回のようにアメリカが、別にクリントンさんが来られなくなったからこうなったというよりも、アメリカは事前にやはりそういう方向にちゃんと交渉で落ちついているわけですから、やはり東アジアのそういう主張に耳を傾けないとうまくいかないというふうにアメリカは考えてきたんじゃないでしょうか。
 それから、もう少し長期的に見ますと、やはり東アジアもまたアメリカに対するそういう牽制をいろいろやっていくと思うんです。例えば、来年の三月バンコクでASEANとEUのサミットが開かれるのは御承知のとおりなんですけれども、あれをどう見るかというのは非常に難しいんですけれども、恐らくはアメリカに対するある種の牽制をASEAN側がやる。ASEANというのはなかなかしたたかな組織ですから、そういうことなのかなというふうにも解釈しております。
 それから、さらにもう少し長期を見れば、やはり東アジア経済のプレゼンス自身が非常に大きくなってまいりますから、それだけAPEC内における東アジアの発言力というのは当然強まっていく。ということになれば、私はマニラでもってアメリカがまた再びシアトル・ボゴール路線に復していくというふうにはちょっと考えにくいような感じがしているんです。ただ、私は実際の交渉に携わっている人間じゃありませんから、外野で見ているだけですからその程度のことしか申し上げられません。
 それから、そういうものが市民レベル、例えば環境問題等にどうかという御議論がありましたけれども、これは私難しくて答えにくいんですけれども、ただ、貿易や投資の自由化と環境というのをそういう形で結びつけるのがいいかどうかというのは非常に疑問です。
   〔理事板垣正君退席、会長着席〕
 恐らくは中国をイメージされておっしゃっているのかもしれませんけれども、むしろ中国のような国はやはり国際的なこういう組織枠、制度枠、フォーラムの中に積極的に入ってきてもらって、そしてそうすることによって多国間のある種の圧力でもって中国の環境問題に外部が発言し、中国にある種の圧力をかけていくというふうなことの方が重要なんじゃないでしょうか。中国を孤立させておいて、つまり自由化や貿易のシステムから除いておいて中国を発展させたら、もうこれはえらいことになるというのがまず通常の人の見方なんじゃないかとさえ私は思っております。
 恐らく御質問の趣旨と違う答えをしているだろうと思うんですけれども、今質問に触発されて言うとするとそんなイメージを持っています。不満足な答えで申しわけありません。
#17
○林芳正君 自由民主党の林でございます。
 お三方にそれぞれちょっと御質問があるんですが、まず原口局長にお伺いしたいんですけれども、先ほどの行動指針の中の3と4とそれから8ということで、それぞれ「努める」、「努める」、それから「認められる」ということで大変に御苦労なさったんじゃないかなと思っております。
 それで、こういうことが一つアジア的なあれなのかなということだと思うんですけれども、アメリカの方で原語でというか英語でどういう表現ぶりになっているのかということと、その次の年にいろいろつながっていく上で、向こうも民主主義の国家ですから、どういうようなプレスに対するブリーフィングなりここまでやったんだというようなアメリカ向けのプレゼンテーションをやっているのか、もし御存じならその辺をちょっと教えていただきたいということでございます。
 それから、渡辺昭夫先生にちょっとお伺いしたいんですけれども、いただいた資料の方のレジュメで「軍部の役割」というのがございました。だんだん軍部の役割がアジアにおいて低下していっていると、特に政治。韓国はいろいろ今あるようでございますけれども、私もこれ興味を持っておりまして、ある方から聞いたお話ですけれども、昔貧しいときはもう軍しか優秀な人材を育てていくあれがなかった。だんだん国が豊かになってくると私立大学なりいろんなほかの大学に行けて、そういうところから人材が出てくるんで、軍以外の人から人材が生まれてくることによっていわゆるシビルの方の政治家が育ってくるということを聞いたことがあるんですけれども、そういう考えについてどう思われるかもしお考えがあればお聞かせ願いたいということが一つ。
 それと、その下の「国家形成・国民形成の成功例」、カンボジアを例外として東アジアは大変うまくいっているというお話でした。文化、社会的な背景として、どうして南アメリカ、アフリカと比べてアジアの場合はネーションステートがうまく形成されたかということを、簡単にというのは難しいと思いますけれども、まあ多分儒教とかいろんな宗教とかエスニシティーとか国境がはっきりしているとかいろんなことがあると思うんですが、その辺をちょっとお聞かせ願えればと思います。
 それから、ちょっとたくさんあって恐縮なんですけれども、いただいた論文の中の十五ページでアメリカがだんだんと内向きになっていくんじゃないかと。ただ、アメリカは、先ほどお話があったとおりアジア・太平洋の中でも域内国と、自分でもそういう認識を持っておるということと、それからだんだんとやっぱりモンローイズムの中に入っていく。このバランスに特に私が心配と関心があるのは、来年大統領選でございまして、四年前のとき、それから八年前のときにもそういうことを主張する方が随分出てきて、まあ大統領にはならなかったですけれども、いろんな政治的意図を持ってそういうことを使う人が出ておったということで、来年の大統領選を絡めてその辺の話に対する御認識がもしあればお聞かせ願いたいと思います。
 それから、渡辺利夫先生にちょっとお聞かせ願いたいんですが、固定資産の形成というのがありまして、非常に速い速度で一八%まで来ていると。大体この固定資産でどの辺までを、固定資産の定義というか電力会社とかどの辺までを固定資産として算定なさっているか、これは技術的なお話だと思うんですけれども。
 もう一つ、経済が下振れするときの懸念として、海岸地帯と内陸の格差。内陸は農村が主体ですから、今一人っ子政策をやっていて、農村は子供をたくさん持っていた方が有利というか働き手になるわけですけれども、海岸地帯の人は都市生活者としてその一人っ子政策に対して余り抵抗感がない。この二つの地域で政治的インタレストがだんだんダイパージしていって、経済が下振れしたときにそういうのがわっと出てくるのかな、こんなような一つのダークサイドの方のシナリオがあると思うんですけれども、その辺についてどうお考えかちょっとお聞かせ願えたらと思います。盛りだくさんで恐縮です。
#18
○政府委員(原口幸市君) 事実関係でございますので簡単に御説明します。
 まず最初の、3の「努める」は、「APECエコノミーズ・ウイル・エンデバー・ツー・エンシュアー」という言葉でございます。それから四番目の「無差別」のやつも、「APECエコノミーズ・ウイル・アプライ・オア・エンデバー・ツー・アプライ・ザ・プリンシプル・オブ・ノンディスクリミネーション」と、それから最後のやつは「フレキシビリティー・ウイル・ビー・アベイラブル」と、こう書いてあるわけです。
 それで、ではこれを例えば米国は国内にどう説明したかという御質問でございますが、私が承知している限り、この点について特にアメリカで特別説明したという情報は得ておりません。
 どういうふうに説明するであろうという想像はできますが、余り想像をここでたくましくしてもしょうがないんですが、恐らく一般論として言えば、三番目の「エンデバー・ツー・エンジュアー」のエンデバーについては、アメリカなんかでは非常にこのエンデバーが重要なんだというふうに言うと思うんです。というのは、アメリカは実はエンデバーがなくてウイル・エンジュアーと言いたかったわけなんです。それにアジアの国はエンデバーと入れたかったものですから、したがってこのエンデバーは非常に重要だと言うと思います。ところが、四番目の「エンデバー・ツー・アプライ」になりますと、これはそれほど重要じゃないとアメリカは言うんじゃないかと思います。そんなところかと思います。
#19
○参考人(渡辺昭夫君) いろいろ御質問いただいてありがとうございます。余り時間をとらないでごく手短に答えさせていただきます。
 アジア諸国の軍部の政治的な役割が変わりつつあるのではないかという問題でありまして、これはおっしゃるとおり経済発展が進むにつれていろいろないわゆるシビルの分野で活躍する機会がふえてくるということが当然出てくる、そのことがいろいろに影響してくるだろうと思います。
 それと、言うまでもないことですが、もっと広い背景としては、経済発展の成果として、中産階級と言っていいのかどうかわかりませんが、そういう層が非常にふえてくるということが長期的にはいわゆる市民参加という空気を次第に生んでいくということになるでしょうし、そしてもう一つは、国家間の関係では、先ほど申しましたようにいわば特定の指導者なり特定のレジームが国内的ないろいろなチャレンジの前に非常に不安であるということがキーになっている安全という観念から、国家の枠組みが安定するに従ってそうでない、つまり国内の治安の維持とか経済発展とかというようなほとんどすべての問題を含むような役割から非常に限定された役割に専門化していくという大きな動きがあるんではないかと思います。
 結局、軍隊というのは、そういう新しい制度づくりのときに、やはり何といっても一番求心力があり命令系統がしっかりしている組織ということなので、どうしてもそこが最初に発達するということになるんでしょうが、そのことが多少とも条件が緩んでくるという大きな動きがやはりあるのではないかというのが第一点であります。
 第二点は、これは答えられません。つまり、なぜアジアで成功してほかはうまくいかないのかというのは、それこそ原口さんの方とも大いに関係しますし、あらゆることが、というぐあいなのでよくわからない。
 ただ、私が強調したいのは、このことは非常に目立っているということです。地域の平和をつくるためにはまず安定した国家の枠組みをつくるんだ、それがまず一番確かな処方せんだという信念がこの地域にはあるわけですね、何か知らないがある。その信念を支えるような成功例がある。
 そういうものが全くないようなところがたくさんあるわけで、そういうことを前提として、しかも大体いわゆる冷戦後の地域紛争というので多くの人々が考えているのはそういうタイプ、つまりコラプシングステート、崩壊する国家というシナリオで考えているわけです。そういうことではとらえ切れない問題としてこの地域の安全保障の問題は考える必要があるというので成功物語ということをやや強調したわけですけれども、なぜだと言われますとちょっと私としてはお手上げたし、長々となるのでとりあえずやめておきます。
 最後のアメリカの問題ですが、これもつまり答えはないということで、アメリカが非常に内向きにいくかもしれないということは、いわばアメリカの政治の中にビルトインされたそういう二つの力の問題ですから、それは片方が消えるはずはないと思うんです。
 一番典型的には、今の共和党の指導者などで、これはもちろん共和党が仮に政権についたら今言っているとおりのことはやらないと思いますけれども、少なくとも野党としての共和党が言っているのは、もう極端に、例えば国連などというものは何じゃあれはという物すごい反国連ですね。ああいうものこそアメリカの国益を危うくするものだというふうに、我々から考えるとちょっと信じられないほどの国連に対する反感、反発というのがあったりする。そういうメンタリティーが非常にあるということは間違いがないと思うんです。
 ただ、これもまさに経済の問題にかかわっできますけれども、アメリカはかって大国は自分の中ですべてのことができるという考えであったわけですけれども、アメリカも相互依存というのが自分たちの実態だということに次第に適応しつつある過程だと私は思うんです。そういう意味で大きく言うと、つまり大西洋を越えてヨーロッパと結ぶか、太平洋を越えてアジアと結ぶか、そして南北大陸に伸びていくかこういう大きな三つのかかわり方の枠があると思うんですけれども、私はそのいずれも切れないというのが実際だろうと思うんです。
 ただその場合に、いろいろその時期時期によってどれが強調されるということがあって、シアトル会議のころまでは、要するに一方ではNAFTAと、南北に伸びるんだと。そして同時に西へ伸びるんだということで、じゃヨーロッパはどうしてくれるんだということになったのが、つい二、三日前にクリントンさんがヨーロッパを回って、スペインかどっかで打ち上げて新大西洋コミュニティーなんていうことを言い出すということですから、その前後強弱はいろいろあるけれども、結局はこの三つを時に応じて追求していくという形でしかないんだろうと思うんです。
 ただその場合に、さっきのAPECの話ですけれども、例えばNAFTAが拡大して南北アメリカ大陸全体を抱え込むようなことになれば、アメリカが今APECでやろうとしているような強硬なやり方をやったらまとまらないと思います。
 だから、そういう現実、つまり相互依存、しかも強弱さまざまなものがあるという中での相互依存というのは一体どういうものだということを、アメリカは今学びつつあるのではないかというふうに私は思っています。
#20
○参考人(渡辺利夫君) どうも御質問ありがとうございました。
 中国の政治経済の安定性の将来を特に格差の問題から御質問いただいたわけですが、実は格差の問題については、内陸部と沿海部、つまり東部と中西部の間の格差が拡大しているというのは、これはだれも立証していない命題なんです。
 私どもの計算によりますと、地域間の所得格差は改革・開放以来平等化に向かっていると考えています。実は、あそこは絶対的格差が大きいですから、甘粛と上海ですと十倍以上ありますから、絶対的格差に目を奪われて全体の格差が拡大しているとベクトルの方を見ちゃっている。ベクトルは平等化に向かっております。かてて加えて、これだけ高成長が続いておりますから、例えば甘粛の農村へ行っても、農民は豊かになったという実感を持っていますよ。全体の成長率が高いですから底上げも進んでいるということであります。この辺は見落としてはいけないところだと僕は思っております。
 ところが、そうはいいますものの、貧しい地域が多いことも事実でありますから、経済政策に失敗してマクロパフォーマンスが非常に奇妙なところへいったとき、おっしゃるようにそこから中央権力に対する怨嗟の声が起こって、それが権力争いにフィードバックしていって中国が方向感覚を失うというシナリオはあると私は思っております。
 中南海自身は、しばしば報道されるほど僕は厄介な政治構造になっていないと思うんです。つまり、ポストケ小平の時代において権力の空白が発生して、そこで厄介なシナリオが起こる、権力闘争が起こって方向感覚を失うかのような議論をとかく人はしがちですけれども、僕はそんなふうにはならないと思っています。ケ小平をそんなに甘く見るなという感じで、彼はそういう意味では政治的天才であるわけですね。
 もうちょっとその辺を申し上げますと、つまり江沢民という党歴も党人脈も権力基盤も薄い男に党総書記、国家主席というポジションを与えて彼の権力を大きくしたわけです。逆に、党歴や人脈において強い他の三人をむしろ弱いポジションに置いたわけです。つまり、内閣に李鵬を配し、全人代常務委員長に喬石を置き、それからあそこは統一戦線がありますから、政治協商会議の主席に李瑞環、この後三者は江沢民に比べてもずっと人脈や権力基盤においては強い男ですが、それに弱いポジションを与える。そうすることによって微妙な政治バランスをとるというケ小平の政治感覚、マニピュレーションというのは、これはもう今に始まったことじゃないです。ずっと彼の持っていた戦略です。それが実現したわけでして、そういう意味で、ケ小平の後その四人の間で厄介な関係が起こってポシャるというふうなシナリオは僕は到底あるとは思っていません。新聞記者さんはおもしろそうにそのことを書きますけれども、そんな簡単なものじゃないだろうと思います。
 問題は、厄介なことが起こるとなるとさっき言ったことだろうと思うんです。
 分配のベクトルが平等化に向かっているとは言いながらも、もう絶対的に信じがたい格差があるわけでありますから、成長率が落ち、底上げももう頭打ちだというふうなことになったときはそっちから問題が起こる。それが権力闘争にフィードバックするというシナリオで中国が混沌に落ちていく可能性はある。そっちの方から見ると僕はかなりの確率であると思っているわけです。つまり、そういう意味では僕は中国のマクロ経済の安定性というものに非常な懸念を持っているんだということにもなるわけです。
 ちょっと変な答え方になりましたけれども、そんなふうに思っております。
#21
○直嶋正行君 渡辺昭夫先生にお伺いしたいのは、さっきも出ましたが、いわゆるアジア地域における軍隊の役割といいますか、その中で韓国のケースも例に引かれてお話があったんですが、一つ私がお聞きしたいのは、今韓国で起こっていることが南北間の関係に影響を及ぼすことはあり得ないのかどうか。これからの推移を見ないとなかなか難しい面もあるんですが、御懸念なりがありましたらお聞かせをいただきたい、これが一点であります。
 それから、渡辺利夫先生にお伺いしたいのは、さっきアジア、特にASEAN地域とか東アジアの経済発展のきっかけといいますか、これについてお話がございました。それはいわゆるプラザ合意後の円高で日本の投資あるいはマーケットが大きなきっかけになったんだ、現状はそのころに比べて非常にウエートが低下している、こういうお話だったんですけれども、この見方は、例えばアジア地域の人たちが、みずからの経済発展の大きなきっかけといいますか、いわゆるジャパン効果をやっぱり同じようにとらえていらっしゃるのか、あるいはこれだけの経済発展のきっかけとか要因について彼ら自身また別の見方があるのか、この点をちょっとお伺いしたいと思います。
#22
○参考人(渡辺昭夫君) ごく簡単にお答えします。というのは、全くのスペキュレーションしかなくて、私にはちゃんとしたデータに基づいてお答えする能力がないものですから、一般に新聞で報道されている程度のことしか私は思っておりません。
 それによると、韓国の軍部は今大変に社会的な雰囲気の中で、いわゆるバッシングといいましょうか、ということで非常に肩身が狭くて、自分たちは同じユニホームを着ていても今問題にされているような人たちの世代の軍隊の人たちとは直接関係のない新しい世代なんだ、にもかかわらず、やはり同じ制服を着ているということでもって同じように冷たい目で見られる、非常に耐えがたいというような観測の記事を送ってきた新聞記者がいますけれども、そういう形でモラールの低下ということが起こっていることは事実なんだろうと思うんです。それは確かに危ないことだろうと思うんです。
 そこで、軍としては、北の脅威は相変わらずである、北は最近、具体的内容は忘れましたけれども、南の方に再展開しているのだというようなことを言っているわけで、これはあながち誇張ではないのだろうと思いますけれども、とりたててそういうことをやはり言わざるを得ないという立場にあるんだろうと思うんです。
 ですから、どこまでいくのかちょっとよくわかりませんけれども、それを変なシグナルとして北の方がとるという可能性は全くないではないんだろうと思うんですけれども、これは全くの素人としてのスペキュレーション以上に出ませんので、これ以上無責任なことを申し上げるのは慎んだ方がいいかと思います。
#23
○参考人(渡辺利夫君) 確かに八〇年代後半に入ってしばらくしたときには日本に対する評価は物すごく高かったですね。マレーシアのマハティールさんのブレーンをやっているヌルディン・ソピー、渡辺昭夫先生大変親しい先生ですけれども、その人なんかは、歴史的な日本機会だと、ヒストリック・ジャパンズ・オポチュニティー、自分たちの発展を促すような歴史的な機会が日本からやってきたというふうな、すごいワーディングを使うと思うんですが、そんな雰囲気があったんですよ。
 ですから、日本のASEAN投資は、当時はまずタイで始まったんですけれども、タイに非常に入っていったわけですね。そうすると、おれたちも日本のあの資本が欲しいということでもって、外資に対する優遇条件をマレーシアがさらに一層よくするわけです。そうすると、それを見ていたタイがさらに一層条件をよくする、それにまたインドネシアが加わるというふうに、つまり投資優遇条件の供与競争をやっていったわけです。
 それで、物すごい量の投資が出ていったんですけれども、反日運動のハの字も当時なかった、今に至るもないですね。田中角栄さんがバンコクやジャカルタを訪れてジャカルタ暴動とかバンコク暴動と言われたのが起こったのは一九七三年ですか、あのころの日本の資本のプレゼンスなんていうのは本当に赤ん坊の手のように小さかったはずです。にもかかわらずああいうアンタイフィーリングが朝野を満たしたわけですけれども、あれよりもはるかに大きな規模の投資が今行っても反日のハの字も起こらない。そういう意味では、日本の資本が非常にウェルカムであったわけですね。それはやはり自信とゆとりが生まれてきたということなんでしょうね。
 かてて加えて、当時は日本の資本というのが、量自身は小さかったですけれども、東アジアにおけるプレゼンスは大きかったわけです。つまり、他の国のASEAN投資が少なかったからです。ところが今はもう、この間勘定しましたら、タイに投資をしている国が二十七カ国あるんです。先進国プラス華人資本がどんどん投資をしているわけですから、そういう意味で日本の資本によって排他的に支配されてしまうなんていうおそれは彼らはもう持たなくなってきているわけですね。むしろ、優遇条件を与えて、持ってきてほしいということだと思います。
 さて、それはいいにしても、ではその後の、私がさっき申し上げたような新しいメカニズムを東アジアの国はどのようにみずから認識しているか、こういう話なんですけれども、そこはまだ明示的ではないですね。だからこそ私なんかのこういう議論も向こうでは少しは最近は議論してくださっているんですけれども、明示的ではないけれども、一つ言えるのは、ますます自信がついてきているというふうに思っていることは事実です。
 例えばEAECに対して、EAECをどう評価するかはまたいろいろな議論がありますが、それはともかくとして事実を申し上げれば、日本を外してもおれたちは発足するというふうな意向まで見せていると。彼らはもちろん日本の力は欲しいですよ。だから、日本が早く不況から立ち直ってかつてのようなアブゾーバー効果や投資効果は期待もしています。しかし、そんなことを言うことの背後には、必ずしもそれがなければ東アジアが発展しないという構図が崩れてきている。それは彼らはもう直観的に感じているんじゃないでしょうか。それがゆとり、自信になってあらわれてきているんだろうと見ています。
 ですから、私が申し上げたようなメカニズムに対する明確な自己意識はまだ生まれているようには思えないけれども、生まれてくるだろうなという感覚は持っております。ちょっとぼやけた答えになりましたけれども。
#24
○上田耕一郎君 日本共産党の上田でございます。きょうは先生方、貴重な御意見をありがとうございました。
 まず、原口局長には、マレーシアのマハティール首相の提唱するEAEC、東アジア経済協議体についての日本政府の態度をお聞きしたいんです。
 マハティールさんは自主派のチャンピオンで、九三年のシアトル会議でもアメリカの提唱した非公式首脳会議には欠席して、ボゴール宣言の合意には留保ということだったし、今度の大阪会議でも、自主性の言葉を文書に盛り込めというので、時に脱退までほのめかして断固やっていたんですが、日経新聞に「私の履歴書」を連載されまして、その中で「どっちつかずの日本に疑問」というのでEAECについて書かれているんですね。
 海部首相に話しているときは、黙って聞くだけだったと。その後、ASEAN各国が構想に同意すれば日本も参加に同意すると表明した。ASEANが九三年七月、EAECの設立を原則として認めたんだが、その後も日本はイエスと言わないばかりか、オーストラリアとニュージーランドの加盟を認めれば日本も参加するという新たな条件をつけてきた。米国の圧力があることはわかるが、米国の政策が変わったら日本はどうするんだろうと、そういうことを十一月二十六日付の連載で書いているんですが、非常に注目されている問題でもあるので、態度をお聞きしたいと思います。
 渡辺昭夫参考人には二点お聞きしたいと思います。
 第一は、今度のAPEC会議に向けてアメリカ側が、安保協議の場にしたらどうかというのをペリー国防長官、クリントン大統領が言ったんですね。大体、八九年に発足したときには穏やかな協議体ということだったAPECを機構化して貿易投資の自由化の方向に強烈に持っていったのはアメリカです。渡辺利夫参考人は先ほどAPECの再定義ということを言われたけれども、そこまで強力に持っていって、大阪会議が始まる前に、今度はさらにこれを安保協議の場にしようという提案を、まずペリー国防長官が日経新聞との記者会見で十一月十三日、APECを安保問題も協議する場にできる、そう指摘したと。それから、クリントン大統領が十七日、NHKのインタビューに答えて、安全保障の地域合意ができるように他の国々ともっと協力を強化したい、こう述べた。クリントンさんの太平洋共同体構想というのがあったんだけれども、あれはAPECとARFを全体として新太平洋共同体にというように思っていたら、今度はAPECそのものを安保協議体という提案があった。
 村山首相もその後、回を重ねるに従って安全保障の問題でも議論がなされることは問題ないのではないかと言った。日本政府は今まで、経済はAPEC、それから安全保障はARF、こういう態度をとっていたのに、アメリカ側のこういう態度を先生一体どうごらんになっているのか。ARFはすっ飛んじゃったのか。そこについての先生の見方をひとつお聞きしたい、これが第一点です。
 第二点は、仮想敵なき軍事同盟というのがどうもソ連崩壊後生まれているように思えるんですが、これをどうお考えになるのか。
 先ほど先生は、ヨーロッパでは何かあったときにはNATOが行動も決める、アジアでは協議だけで行動を決められない、そういう点で日米安保条約が行動を決める役割を果たさざるを得ないというような趣旨の御発言をされたように思うんです。
 もともとどんな教科書にも、国家間の同盟というのは第三国に対して仮想敵を持った軍事同盟だと、こういうふうに言われてきた。ところが、ソ連が崩壊していわゆる第三国の敵がなくなったわけです、大きな敵は。ところがヨーロッパでもアジアでも軍事同盟は続いているし、特にアジアでは安保再定義なんていうのが出てきているんだけれども、そうなりますと、歴史的に言って第三国に対抗する防衛同盟というのでなしに、そういうもののない軍事同盟、こういうものが考えられ、強化されつつあるように思うんです。
 ペリー国防長官は、いや今度アジアに十万、日本に四万七千米軍を置くのは北朝鮮に対抗するんだと言われたけれども、食べる物もないほどの状況の北朝鮮が軍事的に日本に何かやるなんていうのはちょっとこれは考えられぬことなので、だから軍事同盟を続けるために無理に前提を見つけているかのような気がするんですね。
 国際連盟も国際連合も、本来集団安全保障だけという目的にしていたので、私どもはもう軍事同盟は一切なくして国連憲章の中心思想である集団安全保障一本化にいくのが人類の未来にとって一番いいんじゃないかと思っているんですけれども、二番目にその点についてお伺いをしたいと思います。
 それから、ちょっと長くなりますが渡辺利夫参考人に、先ほどの東アジアの経済発展の分析は大変興味深く聞かせていただきました。
 それでまず第一の問題は、ジャパン・エフェクトの前にアメリカン・エフェクトの時代がレーガン時代のドル高時代にあったんじゃないか。その後にレーガン時代に、東アジア地域からのアメリカの輸入が非常にふえたお話がありましたけれども、アメリカの投資のデータは、これは八六年からありますけれども、レーガン時代にはアメリカの東アジア地域への投資も、世界的な低成長時代にやっぱりあったんじゃないかと。そうすると、東アジアの非常なダイナミックな経済成長というのは、アメリカの直接投資それから輸入増大、それから日本の輸入増加と直接投資、アメリカ効果、日本効果といいますか、この二つがあったのではないかという気がするんですけれども、ちょっとデータをよく知りませんので、第一点、先生にその点をお伺いしたいと思います。
 二番目は、今こういう形で東アジア中心に非常に大きな変革が進んでいて、アメリカはこの地域にAPECで貿易・投資の自由化を推し進めることによって東アジアヘのアメリカの投資も考えているわけですね。そうすると、よくアジアにおける大競争時代が始まったと言われているんですけれども、国際的な東アジアを中心にした大きな産業の再編成、そういう事態にも見られる。そこで、東アジア中心にアメリカ、日本それからEU、この投資競争が、先生のお話だとNIESやASEAN自身もここに投資が非常にふえている、自己循環もあるというんですけれども、そういうことで大変な大競争時代になるんじゃないかと思われる。
 そうすると、一番日本として心配されているのは産業空洞化ですね。こういう東アジアの大競争時代、APECの貿易投資の自由化が、先進国は二〇一〇年、発展途上国は二〇二〇年という目標で進むわけだけれども、その間の日本の参加が日本自身として産業空洞化にどういう大きな影響を及ぼし、我々はそれにどう対処すべきかというのが大問題になっているんですけれども、その点についての先生のお考えをお聞きしたいと思います。
 以上です、長くなりましたが。
#25
○政府委員(原口幸市君) EAEC構想に対する御質問でございますけれども、これはAPECの域内の協議体でありまして、太平洋に線を引くものではないという説明を実はASEAN側から受けております。
 そして、ASEAN側においても関係国の理解を得る努力を行っているというふうに承知しておりますけれども、我が国としてはEAECについてAPEC域内の主要国の理解を得る必要があるという認識でございまして、現実にはまだ主要国の幾つかの国から理解を得ていないという状況でございますので、こういう状況のもとであえて我が国の立場を問われれば、本件構想については依然として検討中であるとしかお答えのしょうがないわけでございます。
 それから、先ほど先生、マハティールさんが今度はこちらに来られていろいろと運営等についても問題提起をしたんじゃないかというようなことをちょっと言われたような気もいたしますが、事実は、確かにAPECのコミットメントというものが自発的なものであって非拘束的なものであるというようなことをはっきりさせてほしいというような話を、マハティール首相自身ではなくて高級事務レベルの人の段階あるいは通産大臣の段階で言われたことがございますけれども、共同声明の中に一文、本来の原案が「コミットメント」とあったところに「自発的」という言葉を入れたりいたしました。
 それからまた、先ほどちょっと私冒頭で御説明いたしましたように、今回我が国は特に会議の運営それから行動指針作成に当たって十八のメンバーの意見にできるだけ耳を傾けると、少しでも可能なところは取り入れるということに意を用いたわけでございますが、その結果として、お帰りになった後、直接我が方の在外公館の代表あるいは新聞等に伝えられるマハティールさんの今度の大阪会合に対する印象は極めていいものと、大変日本はよく話を聞いてくれた、今までの首脳会談のうちで一番いい首脳会談だったと、そういうようなことを言っていただいております。
#26
○参考人(渡辺昭夫君) 上田議員の御質問の第一点ですが、結論から言うと、APECを安全保障問題にどう絡めるかということについて日本とアメリカは非常に大きな差異があると思います。
 原口局長も先ほどAPECは経済であると、こういうふうにおっしゃったわけでありまして、アメリカも別にペリーさんが言っているような意見で公式に全部一致しているわけではないだろうと思うんですが、御指摘の日本経済新聞とのインタビューではかなりその点については踏み込んだ発言をなさっていて、「APECは経済に重点を置いているが、安全保障にも取り組み、「平和のためのパートナーシップ(PFP)」のような機関にすることも可能だ。」というあれがあるんですね。
 先ほど私が申しましたように、我が日本の提唱でPFPというのは「進歩のためのパートナーシップ」であるというわけで、これはどの程度意識なさってのことかどうかわかりませんが、いわば先に商標登録を済ませちゃったと。ここでのアジア・太平洋でのPFPは「進歩のためのパートナーシップ」であって、ペリーさんが言うような、あるいはNATOで言っているような意味での「平和のためのパートナーシップ」ではないという、これは半ば冗談でありますが、私はそういう意味でおもしろいなと思っているわけです。
 ただ、ペリーさんの日経でのインタビューのもっと重点は、今の話の前の方にある、日米中の三国間で信頼醸成措置とか軍事問題についての透明度をめぐる協議機関をつくっていくことが必要であろう、そして行く行くはこれにロシアと韓国を加えた五カ国による北東アジア安保協議という何かをつくる必要があるだろうと。
 私最初に申し上げましたように、ASEANが中心になっていわゆる今のASEANリージョナルフォーラムというのができているわけですね。ですが、どうしても問題は南の方に傾くということなので、北東アジアの方は何か別の仕組みが必要であろうということはずっと言われてきているわけです。しかし、ここは相当に違う問題を持っていて、しかし一方軍事力の集中度からいえばここがはるかに大きいところですから、何かのメカニズムが必要です。
 その中で、やっぱり一番問題なのは、日米中というこの三カ国の関係だということはいろんな人が言っているわけですね。先ほど山本議員でしたかもし間違っていたら御訂正ください、中国を取り込むのだ、何か枠組みをつくって取り込むなどと言っているけれども、そんなことできるかねという御質問がございまして、確かにできるかねと、こう思いながら、まあやらなきゃいけないだろうと、こういう感じでいろいろ議論しているわけであります。
 私は東南アジア諸国との関連では、最近例えば南沙群島の問題について中国とベトナムである共同声明を出したりするとかいろんなことがあって、ASEANというグループを前にして余りあこぎなことをやることは非常にまずいという感覚が次第に中国に出てきているんではないかと思うんです。ですから、南沙群島については、もちろん何が起こるかわからないという危険はあるんですけれども、中国の方も相当慎重に考えて行動をするという面が出てきて、それは一つの効果だと思うんですね、そういうASEANリージョナルフォーラムといったような場で中国のことが議論される。もちろん中国は具体的なネゴシエーションはあくまで二国間でやるんで多国間の席ではやらないという立場を依然として崩していませんが、そういうふうな雰囲気をつくっていくという点ではある役割を果たしていると思います。
 ただ問題は、例えば台湾海峡の問題に絡んで何か中国が断固とした行動をとらなきゃならないという立場に置かれたとしたら、置かれたくないと思っているんですね、私の考えでは。しかし、仮に何かがひょっとしてそうなった場合には、中国はこれは国内問題だと。つまり、国際間の紛争を解決するために武力を行使することはしないと最近中国の国防白書では言っているんですね。いわゆる中国の国防白書というのがこの間発表されましたけれども、そこではっきり国家間の紛争を解決するための武力の行使はしないというふうに、自分がしないと言っているんじゃないんです、しないようにすべきだと、ルールとして、こういうことを言っているわけです。それは私は、非常に意味深長だと思うんですが、台湾問題に関して言うと、先ほど申しましたように、これは国内問題だと、ほっておいてくれと、こういう話になる可能性が非常に高いわけです。
 だから、こういう多角的な信頼醸成措置をつくっていって中国を巻き込めば有効な何か影響力を与えることができるだろうかというと、私はそれは余りないだろうと。そうすると、やはりアメリカがどう出るかということにかかってくるだろうというのが私の印象です。
 そこで、上田議員に対する第一のお答えとしては、彼の言い方だと三層構造で、真ん中に日米安保条約等々があって、その次にASEANリージョナルフォーラム、それから彼が言っている北東アジアの機構があって、その一番上にAPECがある、こういう三層構造だと言っているんですね。非常に遠い将来の話としてはそれはおもしろいかもしれないけれども、今すぐの話ではないでしょうし、APECの会議でこういうもろに安全保障に関係する議題を取り上げるという雰囲気は多分ないだろうと思うし、私はそれはいたずらに混乱を招くものだと思うので、個人的にはそういうことに拙速は慎むべきだというふうに思っています。
 第二も、これはある意味で非常に根底的な問題なので十分に御満足のいくようなお答えはできると思いませんが、せっかくの御質問なので私の考えの一端だけ申し上げます。
 例えば、NATOの例から始めるのが非常にわかりやすいと思うんですが、NATOは別にもうロシアが敵だということで考えているわけではないと思うんですが、いわゆる旧来のような意味での同盟、つまり第三国というんでしょうか、外に特定の敵を想定して存在するのが同盟だという意味でいうと、大きく意味を変えつつあると思うんですね。変えなければNATOというものは存在価値がなくなる。
 したがって、例えば地域紛争、ヨーロッパ的な規模でのボスニアといったような事態にNATOが有効に対処し得るかどうか、NATOのサバイバルがそれにかかっているというふうな感じになっていると思うんですね。だから今度は非常にテストケースだと思うんです。国連防護軍が退いた後、NATOを中心にした、NATOだけではないですけれども、ロシアも入ってくるということなんですが、そこでどれだけの処理能力を示すことができるかということにNATOの将来がかなり大きくかかっていると思うんです。ということで、つまり起源的には明らかに対ソ同盟という機構としてスタートしたものが、いわば新しい安全保障環境の中で必要な行動ができるかできないかという問題にかかわってきていると思うんです。
 で、アジアに持ってきますと、先ほど申しましたようにNATOに相当するものがない、つまり多角的という形じゃないわけですから。あくまでアメリカを媒介にして、日本とアメリカ、オーストラリアとアメリカという、こういう形でしかないわけですから、直ちにというか、非常にわかりやすい形でアナロジーができないんですけれども、基本的には私同じようなことだろうと思うんです。
 おっしゃるように、軍事同盟というのは外に敵を想定してでき上がっているものであり、片一方集団的安全保障というのは、最近はやりの言葉で、先ほども言及のあった防衛問題懇談会でもそういう言葉を使っていますが、協力的な安全保障と、つまり敵対的な安全保障じゃなくて協力的な安全保障だと。つまり、どこかで線を引いて向こうが敵でこっちが味方というんではなくて、国際社会全体の安全保障である。
 ということは、内部に敵があり得るということですね。つまり、内部でルール違反者があったときに、それをみんなで友好的になだめたりすかしたり、どうしても必要ならば少しぐらいは殴ったりしなきゃいけないかもしれないという、そういうのが集団的安全保障だと思うんです。集団的安全保障がうまく機能するためには、先ほど申し上げたことと若干ダブりますけれども、どうしても必要になったときには殴るというものを持っていなきゃいけないわけで、そうしなければルール違反者の思うとおりになってしまう。こういうジレンマを持っているのが私は集団的安全保障という仕組みだろうと思います。
 だから、完全にそういう集団的安全保障のメカニズムがうまく動くと。それで、何か事あれば、別にあらかじめ何かなくても国連の安保理事会の命令のもとにみんながさっと軍隊を提供して直ちに何かできるというふうな事態ができ上がれば私はいいと思うんです。それはかなり長い長いラーニングのプロセスを経なければ多分できないだろうと思うので、そっちの方へ持っていく機関として、御指摘のとおり元来違う原理のものだけれども、これがミックスしながら当面の過渡期を乗り越えていくと。この過渡期は多分がなり長い長い過渡期だろうと私は思っていますけれども、そんなふうに見ています。
#27
○参考人(渡辺利夫君) 上田先生、質問ありがとうございました。二ついただきましたけれども、前者はおっしゃるとおりです。私がさっきもうちょっと丁寧な説明をすべきだったと思います。
 おっしゃるように、私のプレゼンテーションの中でも若干申し上げましたように、八〇年代前半期はこれによってNICSがまず発展した。当時NICSと言われていた地域が発展したということは事実なんです。ただ、投資について言うと、この地域はやはり、言葉が行き過ぎかもしれませんけれども、日本の資本の独壇場でありまして、アメリカはそれほど入って、まあこられなかったと言った方がいいでしょうね。アメリカは、当時のEC、それからラテンアメリカ、それが中心で、東アジアにまで入ってこなかった。ただ、需要効果は物すごく大きくて、その需要効果にレスポンスしてまず当時のNICSが発展したということですね。それは確かだと思います。それに私が言った日本効果が後半に加わって東アジアの全域的なスパートが発生したと。大体そういうふうに見ていますので、おっしゃるとおりです。私の足りなかったところをただしてくださった。
 問題は二番目です。
 メガコンペディションのもとで日本の経済が東アジアに非常に引き寄せられていって、そして日本経済の空洞化が起こるということが懸念されているけれども、その点ほどうかということなんですが、私はちょっとその空洞化という言葉がいいかどうか非常に懸念しているわけです。空洞化というのはマイナス価値をもう初めからたっぷり含んだ言葉でして、空洞化どうですかといったら困ったもんですねと言うよりもう答えはないものですから、空洞化というふうに言われてしまうともう先へ進まないんですが、これが今、日本経済を失墜させるような規模で起こっているとは私は到底思っていません。
 他の先進国のスタンダードに比べても、日本の海外生産比率はまだ圧倒的に低いですね。製造業の海外生産比率を見ると、日本は今どのくらいでしょうか、七%くらいじゃないでしょうか。アメリカはもう三〇%近いですし、ヨーロッパ、例えば西ドイツで言いますと一五%を超えているようなところですね。そのような経済を空洞化している経済というふうにとらえることは定義上難しいんじゃないかと思います。
 それから、なおかつこれだけ経常収支の圧倒的な黒字を持っていて、それで空洞化で困っているというふうな議論はなかなか成り立ちにくいように思いますね、マクロ的に言えば。
 それから、ミクロ的に言ってもこれを空洞化ととらえるのは非常に問題だと思います。例えば、もし空洞化という言葉を今使うとして、空洞化を恐れて豊富な利潤機会が海外にあるにもかかわらず出ていかないという選択を仮にした場合、あるミクロの企業がそういう選択をした場合、結局その企業はコスト競争力に負けてしまって、自分の企業をリストラするだけの資源的な余裕も失ってしまうわけですね。これこそがある意味では本当の空洞化と言うべきなんじゃないでしょうか。そういうふうに私は思っているわけです。
 それでは、じゃなぜいわゆる空洞化というふうに言われているかというと、これは海外企業進出によって起こっているというよりは、むしろ現在九一年以来今日まで続く極めて厳しい不況下で、その不況下で円高が起こってあの海外進出がなされているから、それが空洞化というふうに非常に強く響いてくると、パーセプトされていると、そっちの方が私は大きいと思っていると、こういうことです。
 ただ、では空洞化というコンセプトには全く意味がないかというと、まあそういうふうには言えないかなという気持ちも少しはあります。それは恐らく地方と雇用というコンセプトで言うと、やはり空洞化というのは厳しいものかなと思います。
 しかし、海外企業進出によって地方の経済、ある地域の経済が非常に厄介になる。特に雇用問題で厄介になる。だけれども、この波を消す政策的な手段というのはあるでしょうかね。つまり、ミクロの企業がみずからの合理的な意思決定に基づいてやっている行動に対して、これは空洞化だからいけないとかなんとかという、そういう政策はあり得ないと思うんです。あるとすれば、地方産業を活性化させる、雇用を流動化させるようなそういう政策ならあると思うんです。空洞化は、幾ら議論しても空洞化に直接対処するための政策措置があるとも思えないし、そんなものを僕はつくってもいけない。産業民主主義を標榜している我が国がそういうことをやるのは非常に問題だと思いますね。
 そういう意味でありますから、いろいろごちゃごちゃ言いましたけれども、やはり現在の不況を脱却させるというところにポイントがあるんであって、企業の海外進出を空洞化と結びつけて、さあどうするという議論は極めて後ろ向きの議論ではないかと私は常々思っているということでございます。
#28
○笠原潤一君 時間も非常に切迫しておりますので、渡辺利夫先生に少しお尋ねしたいんですが、渡辺昭夫先生にもお尋ねしたかったんですが時間もございませんから。
 実は九月末にちょっと台湾へ行ったんですよ。そこで李登輝さんと私は会う予定だったんだけれども、早く帰ってこなきゃならなかったので会えなくて、向こうの経済界の方々とお会いしまして、そのときに、いや実は台湾も日本と同じような状況にあるんですと。
 というのは、バブルが崩壊しまして、台湾の中でも日本と同じように金融機関の倒産が幾つか相次いできたと。土地は上がってこないし、消費は低迷している。ですから、日本がああいうことになってバブル経済が崩壊しまして五年近くこのような状況でありまして、韓国も大分おかしくなってきておると。台湾がそうであって、もう今、香港も実はまあ実際言ってかつての香港のようなふうには見られないわけですね。
 ただ、シンガポールだけが今なお年率七%ぐらいの経済成長をやっておる。私は、実はこのシンガポールが終わってしまうと、これはアジアに大変な問題が起きてくると、こういう認識をしたんですよ。ですから、ここら辺の問題で、表向きは華やかなAPECも実質中身に入ってみたらこれは大変だろうと、こう私は思っているんです。
 その点についての所見と、もう一つは中国の問題ですが、中国の上海とか沿海の諸都市は大変な労働者の流入と膨張に次ぐ膨張ですが、中国という国土は広過ぎまして、その格差がどんどん広がりつつあるわけですよ。これこのまま放置しておきますと、中国自体はその問題で私は大変なことになっていくだろう、こういうふうに思うんです。
 それから、中国に対する期待とこれから大変な経済力の伸長を見込んでおりますけれども、これが果たして本当だろうかという気がするんです。そして、一部にこれは仮にいろんな工業化について成功する例はあるかもわかりませんけれども、これが本当にああいう日本と同じような形でいったら大変なパニックに陥るだろう、こういうふうに思います。その点をちょっと渡辺先生にお尋ねしたい。
 それから、タイは特にそうですが、一番最初日本が投資しました。私も三十年近く前から行きましたけれども、今なおタイというのは、表向きは華やかだけれども実質底辺部はだめなんですね。中小企業も育っていないし、表向きは華やかに見えるけれども、本当に円筒形そのものの経済で、余りにもその底が浅過ぎる。例えば、私が行った当時でも今でもあのバンコクの空港からとにかく二時間以上かかるんですよ、渋滞に次ぐ渋滞で。こんなことしておったら、本当にフラストレーションがたまるどころか大変なことになってくるんじゃないかという気がいたします。
 たまたまマハティールさんとかリー・クアンユーさんとか確かに偉大な指導者がおるけれども、これはたまたま傑出した人であって、実質的にはどうもアジアのNIES、APEC、いろんなのができますけれども、いろんな名前でASEANとか言ってきたけれども、本当にこれ実質そういう形になっていくだろうかという非常に私は危惧を持っているんですが、その点についてちょっとお尋ねしたいと思うんです。
#29
○参考人(渡辺利夫君) 台湾、香港、中国、タイのことをおっしゃったわけですが、逆に今度はタイから感触を言わしていただきます。
 私どもこの三十年くらいこの地域をはうように歩いてきた人間の感覚からしますと、例えばタイの話ですけれども、よくここまで来たという印象の方が本当は強いんです。行かれてみれば、今おっしゃったようなひどいなという感じは僕は同じように持ちますけれども、ただ長いスパンで見てみますと、よくぞここまで来たというのが現状だと思うんです。
 今、ボトルネックのことをおっしゃいましたけれども、もともとボトルネックというのは発展しなけりゃ起きないものでして、交通渋滞は発展したから起こっているわけですね。港の渋滞もエネルギーの不足も発展したから起こっている。インフラの不足はすべてそうなわけです。
 ですから問題は、発展の結果として起こったボトルネックというものを正しいシグナルと見て、発展のためにはどこで何を解決しなければならないかを示しているシグナルだと見て、それに効率的に効果的に対応していく能力があるかどうかという問題だと思うんですけれども、タイにはその能力が十分にあって今までやってきているというのが私の実感なんです。ですから、一時点を切って、ボトルネックがある、ボトルネックがあるから発展しないだろう、この発展は本物ではないだろうと見るか。つまり、物の見方というところで、僕はどちらかというとよくやってきたというふうに見ているということだと思うんです。
 それから、中国の問題ですけれども、格差の問題については先ほど私はお答えしたのであえて繰り返しませんけれども、ただ、今おっしゃったコンテクストで言いますと、バブルというのは中国が本場ですよね。
 例えば、広東省は今中国の中で、これは改革・開放が始まって、広東速度という言葉がありますけれども、一番のスピードを持ってきたわけです。これは改革・開放が始まった時点では、中国の三十の一級行政単位のうち上から八番目だったですね。これが八九年にトップになりますから、十年間でゴボウ抜きしてトップになったわけで、それ以降傑出してトップですけれども、特に近年に至れば至るほどバブルで成長しているわけです。例えば、現時点で言いますと広東省の財政収入の六割が土地のリース代で形成されているわけです。これはもう我々の常識からはちょっと信じがたいような話なんですが、本当にそうなわけです。ところで、そのうちの特に発展している深セン、それから最近の上海などといったらもうほとんどすべてです。これは我々が経験したバブルなんていうものとスケールは全然違うと思います。
 さっき言わなかった点でありますけれども、もしバブルということの危うさを語るのであれば中国を語るべきだというのが、先ほど危うい要因で言わなかった、今御質問を受けた観点で言えばそれが一つだということでございます。
 それから、台湾についてなんですけれども、おっしゃるように私は早熟経済だとあそこは思います。一人当たり所得水準が一万ドルをもう超えています。そういう意味では開発途上国の社会の中でも輝ける星であるかもしれませんけれども、よく構造を見てみますともう本当にサービス経済化してしまいましたね。製造業の比率がぐんぐん下がって、若者の製造業離れがどんどん進んでいるというふうな状態です。一方反公害運動が厳しくて、製造業を立地させるようなポイントももうなくなってきているような状態です。
 つまり、構造上からいっても人々のメンタリティーから見ても、もう成熟経済になってきている。成熟経済になるんであれば三万ドルくらいを達してほしいんですけれども、一万二千ドル当時で成熟経済になってしまったという意味では、何ですか若年寄りの国かなと。そういう意味でフロンティアのない経済だと思います。
 しかし、それは国内にないという意味であって、華人資本のネットワークを通じて東アジアの中でどういうふうに経済を運営するかという意味では、あの国は非常にポテンシャルを持っている国だと思いますのでありますから、台湾というのは、台湾の存在自身が非常に輻射効果を持っている経済になっていますね、今。例えば中国の福建省の発展なんていうのはもう台湾効果そのものでもあるわけです。だけれども、逆に言うと台湾はそういう形を通じて今度は金利生活を始めるんでしょうね、ぼつぼつ。そういう意味でも若年寄りだと思います。
 これは、一年くらい前に李登輝総統に私はお目にかかったこともあるんですけれども、やはりそのことをそれでいいんでしょうかと言ったら、やはり私もそこが問題だと考えているというレスポシスは総統御自身のお口からも出ましたね。
#30
○会長(林田悠紀夫君) まだまだ質疑もあろうかと存じますが、予定した時間が参りましたので、政府及び参考人に対する質疑はこの程度といたします。
 両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、大変お忙しい中、長時間御出席いただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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