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1995/11/01 第134回国会 参議院 参議院会議録情報 第134回国会 本会議 第8号
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1995/11/01 第134回国会 参議院

参議院会議録情報 第134回国会 本会議 第8号

#1
第134回国会 本会議 第8号
平成七年十一月一日(水曜日)
   午前十時二分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議事日程 第八号
  平成七年十一月一日
   午前十時開議
 第一 国際海事衛星機構(インマルサット)に
  関する条約の改正の受諾について承認を求め
  るの件(衆議院送付)
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、議員大塚清次郎君逝去につき哀悼の件
 以下議事日程のとおり
     ―――――・―――――
#3
○議長(斎藤十朗君) これより会議を開きます。
 議員大塚清次郎君は、去る十月三日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。
 同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。
 ここにその弔詞を朗読いたします。
   〔総員起立〕
 参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くされました議員農林水産委員長従四位勲二等大塚清次郎君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます
    ―――――――――――――
#4
○議長(斎藤十朗君) 村沢牧君から発言を求められております。この際、発言を許します。村沢牧君。
   〔村沢牧君登壇〕
#5
○村沢牧君 本院議員農林水産委員長大塚清次郎君は、去る十月三日、急性肝不全のため、佐賀県諸富町の小柳記念病院において急逝されました。
 農林水産委員長に就任されてわずか二カ月、農業・農政問題に精通した君の本領がまさにこれから発揮されようとしたやさきのことであり、まことに痛恨のきわみと申すほかございません。
 私は、ここに皆様の御賛同をいただき、議員一同を代表して、従四位勲二等故大塚清次郎君の生前の御功績をしのび、心から哀悼の言葉をささげたいと存じます。
 君は、大正十年九月、佐賀県鹿島市でお生まれになりました。昭和十四年に佐賀県立佐賀商業学校を御卒業になり、その後、満州に渡られ、南満州鉄道会社に入社されたのであります。終戦を満州で迎えられた君は、翌昭和二十一年に無事引き揚げてこられましたが、故国の土を踏んでまず目の当たりにしたのは、極度の食糧不足と農村の荒廃でありました。このとき受けた衝撃が、後年、君に政治を志させる原点になったと伺っております。
 食糧と農業の重要性を痛感した君は、同年、地元の浜町農業協同組合に就職されました。その職員時代に、君は、将来有望な作物として温州ミカンを導入され、以後、その生産振興に心血を注ぎ、佐賀県を日本有数のミカンの大産地に育て上げられたのであります。
 この過程で、君は、鹿島市農業協同組合長を初め、佐賀県農業協同組合中央会会長、日本園芸農業協同組合連合会会長、日本果汁農業協同組合連合会会長等の要職を歴任され、農協人として大きく発展をしていかれたのであります。
 その一方、君は、引き揚げのときに抱いた政治への志を忘れず、昭和三十年四月、鹿島市議会議員として政治家の道を歩み出されました。
 そのころの君は、早朝三時ごろに農協に出勤し、一般職員が出勤するまでの間に役員としての自分の仕事を済ませ、その後に市議会に出席したと言われ、並外れた努力とバイタリティーによってその後も一貫して政治家としての、また農協人としての職務を両立させ続けたのであります。
 君は、市議会議員を四期十六年、さらに県議会議員を四期十五年間会務められ、県議会では副議長の要職にもつかれました。
 このような中で、広く国政の場で活躍することを心に期するようになった君は、昭和六十一年、郷土の期待を一身に担って、見事、佐賀県選挙区より参議院議員に初当選されたのであります。
 参議院においては、農林水産委員会、地方行政委員会、予算委員会、災害対策特別委員会、国民生活に関する調査会等に所属され、災害対策特別委員会では雲仙・普賢岳火山災害対策小委員長も務められました、また、自由民主党においては、農林部会副部会長を初め、参議院の副幹事長、農林水産部会部会長等を歴任されました。このように、国会議員として幅広く活躍されたのであります。
 しかし、その中にあって何といっても君の最大の功績は、在職九年余の大半の期間所属しておられた農林水産委員会を中心とする農政分野での活躍でありました。
 我が国の農業・農政は、君の当選したころから、これまで経験したことのないような激動の時代に突入いたしました。すなわち、昭和六十一年のウルグアイ・ラウンド交渉の開始を皮切りに、牛肉・オレンジの輸入自由化、米の戦後最大の凶作と緊急輸入、また米のミニマムアクセスを含むウルグアイ・ラウンド最終合意の受け入れといった出来事がそれこそ息つく暇もないほど次々と起こったのであります。
 このような中で、君は、牛肉・オレンジの自由化の際に、我が国の立場を説明するためいち早く訪米するなど、持ち前の行動力を存分に発揮して対策に取り組まれたのであります。
 それとともに、農林水産委員会などにおいて積極的に質問に立ち、食糧安全保障の重要性を初めとして、ウルグアイ・ラウンド農業合意関連対策の確立、中山間地域対策の充実等を説いてやまなかったのであります。私は、君の農業・農政に対する情熱と、農民の心のひだまで理解しているその発言内容にしばしば深い感銘を受けたものであります。
 また、平成二年二月には農林水産政務次官に就任され、当時の山本富雄農林水産大臣を補佐して、山積する課題の解決に当たられました。このように、君は、農業・農政に全身全霊を打ち込んで取り組まれたのであります。
 ところで、君は、「誠実、着実」を政治信条とされ、どんなに多忙であっても周囲の人たちに対する気配りを忘れず、飾らない気さくな態度で人に接しておられました。国会では、他党の議員とも分け隔てなくつき合っておられ、私も同じ農林水産委員として遠慮なく親しく話し合える間柄でありました。
 八月四日、前国会の冒頭、君は、農林水産委員長に就任されました。君に最もふさわしいポストであり、君を知る者は皆一様に心から歓迎したのであります。就任後、君は、本院議員には奥行きが必要であり、専門家であるべきだと、深みのある論戦の場づくりに大変な意欲を燃やしておられました。私どももその委員会運営に大きな期待をしたのであります。
 その月の下旬、君は東南アジアを歴訪されました。今月大阪で開かれるAPECに向けて、農林水産物の自由化促進に反対する我が国の立場について理解を得るためであります。出発に先立って私のところにあいさつに来られましたので、しっかりやってきてくださいと心から激励したのであります。
 この旅の最中に体調を崩され、帰国後も思わしくない状態が続いたため、検査を受けようとして入院されたのでありますが、日を置かずして容体が急変し、思いもかけない結果になったのであります。まさに農業・農政に命をささげたといっても過言ではないのであります。
 御承知のとおり、現在、我が国は社会的にも経済的にも大変な混乱期を迎えております。とりわけ、農業・農政には難問が山積しております。このようなときに、自他ともに許すこの分野の権威であり、本院の農林水産委員長である君を失ったことは、御遺族のお悲しみはもとより、国政上も極めて大きな損失であって、この上ない痛恨事と申さねばなりません。
 私どもは、及ばずながら君の御遺志を体して誠心誠意努力することをお誓い申し上げ、君の安らかな眠りをひたすら祈念するばかりであります。
 ここに、謹んで生前の大塚清次郎君の数々の御功績と誠実なお人柄をしのび、院を代表して心から御冥福をお祈り申し上げ、哀悼の言葉といたします。
     ―――――・―――――
#6
○議長(斎藤十朗君) 日程第一 国際海事衛星機構(インマルサット)に関する条約の改正の受諾について承認を求めるの件(衆議院送付)を議題といたします。
 まず、委員長の報告を求めます。外務委員長木庭健太郎君。
    ―――――――――――――
   〔審査報告書及び議案は本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
   〔木庭健太郎君登壇、拍手〕
#7
○木庭健太郎君 ただいま議題となりました国際海事衛星機構(インマルサット)に関する条約の改正につきまして、外務委員会における審査の経過と結果を御報告申し上げます。
 この改正は、海事通信及び航空通信のために提供されてきたインマルサットの衛星通信施設を陸上移動通信にも提供し得るようにすることを目的とするものであります。
 委員会におきましては、この改正が採択されてから今回の国会提出に至るまで約七年を要した理由について質疑が行われましたが、詳細は会議録によって御承知願います。
 質疑を終え、採決の結果、本件は全会一致をもって承認すべきものと決定いたしました。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)
    ―――――――――――――
#8
○議長(斎藤十朗君) これより採決をいたします。
 本件を承認することに賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
#9
○議長(斎藤十朗君) 総員起立と認めます。
 よって、本件は全会一致をもって承認することに決しました。
 これにて休憩いたします。
   午前十時二十一分休憩
   〔休憩後開議に至らなかった〕
ソース: 国立国会図書館
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