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1995/11/08 第134回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第134回国会 厚生委員会 第3号
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1995/11/08 第134回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第134回国会 厚生委員会 第3号

#1
第134回国会 厚生委員会 第3号
平成七年十一月八日(水曜日)
    午前十時開議
 出席委員
   委員長 和田 貞夫君
   理事 衛藤 晟一君 理事 木村 義雄君
   理事 鈴木 俊一君 理事 井上 喜一君
   理事 石田 祝稔君 理事 山本 孝史君
   理事 横光 克彦君 理事 荒井  聰君
      荒井 広幸君    狩野  勝君
      熊代 昭彦君    栗原 博久君
      近藤 鉄雄君    佐藤 静雄君
      住博  司君    竹内 黎一君
      戸井田三郎君    根本  匠君
      持永 和見君    保岡 興治君
      山口 俊一君    青山 二三君
      赤羽 一嘉君    粟屋 敏信君
      上田 清司君    鴨下 一郎君
      久保 哲司君    坂口  力君
      福島  豊君    宮本 一三君
      柳田  稔君    岩垂寿喜男君
      田邊  誠君    枝野 幸男君
      岩佐 恵美君    土肥 隆一君
 出席国務大臣
        厚 生 大 臣 森井 忠良君
 出席政府委員
        厚生大臣官房長 山口 剛彦君
        厚生大臣官房総
        務審議官    亀田 克彦君
        厚生省健康政策
        局長      谷  修一君
        厚生省保健医療
        局長      松村 明仁君
        厚生省生活衛生
        局水道環境部長 坂本 弘道君
        厚生省薬務局長 荒賀 泰太君
        厚生省社会・援
        護局長     佐々木典夫君
        厚生省老人保健
        福祉局長    羽毛田信吾君
        厚生省児童家庭
        局長      高木 俊明君
        厚生省保険局長 岡光 序治君
        厚生省年金局長 近藤純五郎君
 委員外の出席者
        大蔵省主税局税
        制第二課長   森信 茂樹君
        文部省高等教育
        局医学教育課長 木曽  功君
        通商産業省産業
        政策局サービス
        産業課長    乾  敏一君
        通商産業省機械
        情報産業局産業
        機械課長    藤野 達夫君
        労働省職業安定
        局高齢・障害者
        対策部障害者雇
        用対策課長   後藤 光義君
        建設大臣官房政
        策課長     三沢  真君
        建設省都市局区
        画整理課長   小沢 一郎君
        建設省住宅局住
        宅整備課長   山中 保教君
        厚生委員会調査
        室長      市川  喬君
    ―――――――――――――
委員の異動
十月二十五日
 辞任         補欠選任
  荒井 広幸君     小澤  潔君
  狩野  勝君     柿澤 弘治君
  柳田  稔君     羽田  孜君
同日
 辞任         補欠選任
  小澤  潔君     荒井 広幸君
  柿澤 弘治君     狩野  勝君
  羽田  孜君     柳田  稔君
十一月七日
 辞任         補欠選任
  福島  豊君     弘友 和夫君
同日
 辞任         補欠選任
  弘友 和夫君     福島  豊君
同月八日
 辞任         補欠選任
  堀之内久男君     栗原 博久君
  岩浅 嘉仁君     上田 清司君
  久保 哲司君     赤羽 一嘉君
同日
 辞任         補欠選任
  栗原 博久君     堀之内久男君
  赤羽 一嘉君     久保 哲司君
  上田 清司君     岩浅 嘉仁君
    ―――――――――――――
十月三十一日
 総合的難病対策の早期確立に関する請願(豊田潤多郎君紹介)(第五号)
 国民健康保険料・税の引き下げなどの改善に関する請願(穀田恵二君紹介)(第五六号)
 小規模作業所等成人期障害者対策に関する請願(森喜朗君紹介)(第五七号)
 付添看護廃止の経過措置延長、健康保険によるよい看護・介護に関する請願(岩佐恵美君紹介)(第一一〇号)
十一月六日
 軟骨異栄養症の患者の医療向上に関する請願(石田祝稔君紹介)(第一四五号)
 同(遠藤和良君紹介)(第一四六号)
 同(山本孝史君紹介)(第一五二号)
 同(枝野幸男君紹介)(第一六〇号)
 同(木村義雄君紹介)(第一六一号)
 同(鈴木俊一君紹介)(第一六二号)
 同(岩垂寿喜男君紹介)(第三三五号)
 小規模作業所等成人期障害者対策に関する請願(中山正暉君紹介)(第一四七号)
 カイロプラクティック・整体等無資格医業類似行為の取り締まりの徹底に関する請願(戸井田三郎君紹介)(第一五八号)
 同(冬柴鐵三君紹介)(第一五九号)
 同(伊吹文明君紹介)(第一八〇号)
 同(谷洋一君紹介)(第一八一号)
 同(山口俊一君紹介)(第一八二号)
 同(山本公一君紹介)(第一八三号)
 同(野田聖子君紹介)(第二五四号)
 同(平泉渉君紹介)(第二五五号)
 同(藤尾正行君紹介)(第二五六号)
 同(自見庄三郎君紹介)(第三三六号)
 同(野田聖子君紹介)(第三三七号)
 中小自営業者婦人の健康と母性保護、社会的・経済的地位向上に関する請願(岩佐恵美君紹介)(第二三八号)
 同(穀田恵二君紹介)(第二三九号)
 同(佐々木陸海君紹介)(第二四〇号)
 同(志位和夫君紹介)(第二四一号)
 同(寺前巖君紹介)(第二四二号)
 同(中島武敏君紹介)(第二四三号)
 同(楢崎弥之助君紹介)(第二四四号)
 同(東中光雄君紹介)(第二四五号)
 同(不破哲三君紹介)(第二四六号)
 同(藤田スミ君紹介)(第二四七号)
 同(古堅実吉君紹介)(第二四八号)
 同(正森成二君紹介)(第二四九号)
 同(松本善明君紹介)(第二五〇号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第二五一号)
 同(山原健二郎君紹介)(第二五二号)
 同(吉井英勝君紹介)(第二五三号)
 同(穀田恵二君紹介)(第三三八号)
 同(土肥隆一君紹介)(第三三九号)
 同(東中光雄君紹介)(第三四〇号)
 同(藤田スミ君紹介)(第三四一号)
 同(山原健二郎君紹介)(第三四二号)
同月七日
 カイロプラクティック・整体等無資格医業類似行為の取り締まりの徹底に関する請願(三原朝彦君紹介)(第三七六号)
 同(水野清君紹介)(第五五九号)
 同(森喜朗君紹介)(第五六〇号)
 同(塚原俊平君紹介)(第七一三号)
 同(山口鶴男君紹介)(第七一四号)
 同(石井一君紹介)(第九六三号)
 中小自営業者婦人の健康と母性保護、社会的・経済的地位向上に関する請願(岡崎宏美君紹介)(第三七七号)
 同(穀田恵二君紹介)(第三七八号)
 同(東中光雄君紹介)(第三七九号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第三八〇号)
 同(吉井英勝君紹介)(第七一五号)
 同(岩佐恵美君紹介)(第九六四号)
 同(嶋崎譲君紹介)(第九六五号)
 同(不破哲三君紹介)(第九六六号)
 同(藤田スミ君紹介)(第九六七号)
 同(正森成二君紹介)(第九六八号)
 同(山原健二郎君紹介)(第九六九号)
 寒冷地福祉手当支給事業促進法の制定に関する請願(池田隆一君紹介)(第五五三号)
 同(佐々木秀典君紹介)(第五五四号)
 同(池田隆一君紹介)(第七一六号)
 同(佐々木秀典君紹介)(第七一七号)
 同外三件(池田隆一君紹介)(第八六八号)
 同外一件(佐々木秀典君紹介)(第八六九号)
 肝炎患者の救済とウイルス肝炎の総合的な対策に関する請願(近藤鉄雄君紹介)(第五五五号)
 公共施設の禁煙化に関する請願(岩佐恵美君紹介)(第五五六号)
 総合的難病対策の早期確立に関する請願(近藤鉄雄君紹介)(第五五七号)
 軟骨異栄養症の患者の医療向上に関する請願(横光克彦君紹介)(第五五八号)
 同(井上喜一君紹介)(第七一二号)
 同(柳田稔君紹介)(第九六二号)
 重度心身障害者とその両親またはその介護者及び寝たきり老人とその介護者が同居入所可能な社会福祉施設の実現化に関する請願(羽田孜君紹介)(第七〇八号)
 人工肛門・人工膀胱保有者に係る身体障害者福祉法の運用改善に関する請願(木村義雄君紹介)(第七〇九号)
 同(土肥隆一君紹介)(第七一〇号)
 男性介護人に関する請願(羽田孜君紹介)(第七一一号)
 子育て支援・保育制度改革・保育予算の充実に関する請願(三原朝彦君紹介)(第八六五号)
 臓器移植法案の廃案に関する請願(志賀節君紹介)(第八六六号)
 保育制度の改善と充実に関する請願(戸井田三郎君紹介)(第八六七号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
十月二十七日
 血友病薬害エイズの全面解決に関する陳情書(沖縄県糸満市字糸満二〇七五糸満市議会内山城昭次郎)(第五三号)
 医薬品の販売規制の維持に関する陳情書(長崎市江戸町二の一三長崎県議会内吉住重行)(第五四号)
 火葬場施設整備費に係る補助制度の創設に関する陳情書(高松市番町一の八の一五高松市議会内大熊忠臣)(第五五号)
 合併処理浄化槽設置整備事業費予算の確保に関する陳情書(福岡県北九州市小倉北区城内一の一北九州市議会内井上勝二)(第五六号)
 寒冷地福祉手当支給に関する陳情書(北海道浜益郡浜益村大字浜益村二の三浜益村議会内田村馨)(第五七号)
 高齢者並びに高齢者介護家庭の住宅改造に対する助成制度の創設等に関する陳情書(三重県伊勢市岩渕一の七の二九伊勢市議会内森本馨)(第五八号)
 高齢者保健福祉対策の補助制度拡充に関する陳情書外一件(岐阜市薮田南二の一の一岐阜県議会内坂志郎)(第五九号)
 国民健康保険制度の改革の推進に関する陳情書外二件(水戸市三の丸一の四の五〇成毛平昌外三名)(第六〇号)
 診療報酬の改善と引き上げに関する陳情書(長崎県佐世保市八幡町一の一〇佐世保市議会内小川康人)(第六一号)
 社会福祉対策の充実強化に関する陳情書外四件(水戸市三の丸一の四の五〇成毛平昌外五名)(第六二号)
 障害者小規模作業所に対する国庫補助金制度の改善と充実に関する陳情書(奈良市登大路町奈良県議会内服部恵竜)(第六三号)
 障害者対策に関する新長期計画の推進に関する陳情書(奈良市登大路町奈良県議会内服部恵竜)(第六四号)
 食品・農産物の安全対策等に関する陳情書外一件(北海道歌志内市字本町五歌志内市議会内岡部和治外一名)(第六五号)
 少子化対策のための総合的施策の推進に関する陳情書外一件(山口市滝町一の一山口県議会内伊藤博彦外一名)(第六六号)
 新ゴールドプラン及びエンゼルプランの推進に関する陳情書(大分市大手町三の一の一大分県議会内長田助勝)(第六七号)
 水道事業に対する国の財政援助措置の強化に関する陳情書(福岡県北九州市小倉北区城内一の一北九州市議会内井上勝二)(第六八号)
 生活環境整備の推進に関する陳情書(水戸市三の丸一の四の五〇成毛平昌外一名)(第六九号)
 生活保護法による医療扶助の受診手続き改善に関する陳情書外一件(秋田県仙北郡中仙町北長野字茶畑一四一中仙町議会内小松重文外一名)(第七〇号)
 特別養護老人ホームの整備拡充に関する陳情書外一件(和歌山市小松原通一の一和歌山県議会内橋本進外一名)(第七一号)
 長崎原爆被爆地域の拡大是正に関する陳情書外一件(長崎市江戸町二の一三長崎県議会内吉住重行外一名)(第七二号)
 廃棄物の処理に関する制度の整備充実に関する陳情書外三件(徳島市万代町一の一徳島県議会内湊庄市外三名)(第七三号)
 被災視覚障害者の救援等に関する陳情書(兵庫県西宮市中須佐町九の八の二〇七植村昭彦)(第七四号)
 福祉医療の実施に伴う国民健康保険国庫負担金の一部を調整する措置の是正に関する陳情書(東京都新宿区西新宿二の八の一東京都議会内奥山則男)(第七五号)
 ホスピスの充実に関する陳情書(岐阜市薮田南二の一の一岐阜県議会内坂志郎)(第七六号)
 保健医療対策の拡充強化に関する陳情書外一件(水戸市三の丸一の四の五〇成毛平昌外二名)(第七七号)
 老人保健法に基づく成人歯科健診の早期実施に関する陳情書外四件(大阪府松原市阿保一の一の一松原市議会内今西正太郎外四名)(第七八号)
 らい予防法の廃止及び新法制定に関する陳情書外一件(東京都東村山市本町一の二の三細渕一男外一名)(第七九号)
十一月二日
 少子・高齢社会における福祉対策の充実に関する陳情書(福岡市博多区東公園七の七福岡県議会内横田進太)(第二一八号)
 高齢者介護施策の強化に関する陳情書(名古屋市中区三の丸三の一の二愛知県議会内山本和明)(第二一九号)
 保健医療と福祉の人材養成及び確保に関する陳情書(名古屋市中区三の丸三の一の二愛知県議会内山本和明)(第二二〇号)
 生活保護の医療扶助における医療券方式の改善に関する陳情書(名古屋市中区三の丸三の一の二愛知県議会内山本和明)(第二二一号)
 在宅福祉事業に係る国庫補助基準に関する陳情書(名古屋市中区三の丸二の三の二杉浦正行)(第二二二号)
 国の在宅寝たきり老人等介護手当の創設に関する陳情書(名古屋市中区三の丸二の三の二杉浦正行)(第二二三号)
 特別養護老人ホーム等の整備に関する陳情書(松江市殿町一島根県議会内松前勇)(第二二四号)
 母子保健法等の改正に係る県から市町への権限移譲に伴う財政措置に関する陳情書(高松市番町一の八の一五高松市議会内大熊忠臣)(第二二五号)
 医薬品の有資格販売堅持に関する陳情書(福岡市博多区東公園七の七福岡県議会内横田進太)(第二二六号)
 廃棄物処理施設に係る国庫補助の拡充に関する陳情書(名古屋市中区三の丸二の三の二杉浦正行)(第二二七号)
 上水道水源の均衡ある確保に関する陳情書(高松市番町一の八の一五高松市議会内大熊忠臣)(第二二八号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 臓器の移植に関する法律案(中山太郎君外十二名提出、第百二十九回国会衆法第七号)
 厚生関係の基本施策に関する件
 派遣委員からの報告聴取
     ――――◇―――――
#2
○和田委員長 これより会議を開きます。
 第百二十九回国会、中山太郎君外十二名提出、臓器の移植に関する法律案を議題といたします。
 この際、本案審査のため愛知県に委員を派遣いたしましたので、派遣委員から報告を求めます。石田祝稔君。
#3
○石田(祝)委員 私たちは、臓器の移植に関する法律案の審査に資するため、愛知県に赴き、現地において各界の代表から意見を聴取いたしましたので、派遣委員を代表いたしまして、団長にかわり、私からその概要を御報告申し上げます。
 派遣委員は、和田貞夫委員長を団長として、理事衛藤晟一君、理事鈴木俊一君、理事山本孝史君、理事横光克彦君、理事荒井聰君、委員佐藤静雄君、委員住博司君、委員竹内黎一君、委員坂口力君、委員福島豊君、委員岩垂寿喜男君、委員岩佐恵美君、委員土肥隆一君、それに私、石田祝稔を加えた十五名であります。
 なお、現地において、大谷忠雄議員が参加されました。
 現地における会議は、十一月一日午前十時より午後零時五十二分まで、名古屋クレストンホテル会議室において開催し、まず和田団長から、派遣委員及び意見陳述者の紹介並びに議事運営の順序などを含めてあいさつを行った後、社会保険中京病院副院長大島伸一君、豊田地域医療センター院長・藤田保健衛生大学名誉教授渡部良夫君、名古屋大学法学部教授伊東研祐君、弁護士加藤良夫君、富山医科薬科大学医学部看護学科教授澤田愛子君、愛知心臓病の会事務局長高森洋君の六名の方から参考意見を聴取いたしました。
 その意見内容について、簡単に申し上げます。
 大島君からは、移植医としての立場から、諸外国における移植医療の普及とは反対に、国内ではその恩恵を受けられずに亡くなった人が多いが、患者はその時点における最高の医療を受ける権利があるはずであることなどが述べられ、臓器提供者の生前意思が遺族等に受け入れられる医療現場での対応や環境づくりの重要性にも触れた上、結論的に、移植医療による恩恵が国民の共有の財産となるような適切な判断を切望するという意見でありました。
 渡部君からは、本法案に反対の立場から、脳死は死の切迫を予想させるが、死を確認するものではないこと、また、移植は臓器を物として扱うものであり、人間の尊厳を侵す行為であるとの主張がなされました。さらに、提供臓器の不足から一部にのみ臓器提供がなされる不公平医療となるおそれ及び諸外国における臓器売買の問題や高額な移植医療費の医療経済に与える影響などを指摘する意見が述べられました。
 伊東君からは、刑法学者の立場から、脳は生きているが、心臓、肺臓機能の人工的な代替が可能になったことからして、心臓死は妥当ではなく、脳の機能の不可逆的停止を人の一般的な死の定義とせざるを得ない、したがって、本法案の基本的方向は支持できるものであり、臓器摘出行為の死体損壊罪の違法性阻却要件についても本法案の内容は穏当であると考えられること、また、脳死状態からの臓器移植を違法性阻却または責任阻却の考え方で認めようとする立場は現在のところ説得力ある理論構成を示していない旨が述べられました。移植医療に関しては、人間の心理、感情にかかわるものがあるが、一定のガイドラインに従った移植が開始され、社会的合意の中で改善していくべき問題であり、本法案に基本的に賛成の立場であるとの意見が述べられました。
 加藤君からは、本法案の第六条の「死体(脳死体を含む。)」という規定方法には、脳死を人の死とする社会的合意ができていないことへの配慮があるからではないかとの指摘がありました。また、移植医療は臓器提供者がいなければ成立しないという限界があり、提供臓器の不足が致命的な欠陥となるが、現実に臓器提供者がふえていないことから本人の意思をそんたくすることによる遺族の承諾によって提供を認めるという考えになるのであって、もともと無理がある、したがって、移植医療は一定のルールにのっとって行われる限りでは処罰はしないという社会的なコンセンサスができていると考えられるので、本法案には反対の立場であるとの意見が述べられました。
 澤田君からは、脳死を人の死とは思わない理由として、愛する者の脳死状態を死とは思えないこと、脳死状態で出産した例があることなどを挙げられました。また、移植については、腎臓以外は賛成できないが、善意によるものはだれも拒絶できないと考えること、臓器提供については本人の文書による意思に限るべきであること、予測される臓器不足はドナーカードの普及によって解決すべきであること、違法性阻却説も一つの考え方であり、可能にする道はないかなどの意見が述べられました。
 高森君からは、心臓に障害を持ち、移植を希望している者としての立場から、移植医療は必要不可欠であり、本法案に賛成であること、移植希望者が海外渡航して移植医療を受ける場合、渡航の際の危険、莫大な経費、言葉の問題などの困難な問題があること、本法律とともに脳死について国民の認識を変えていかなければならないと考えていることが述べられました。また、臓器提供者の確保及び臓器提供に伴う犯罪を防ぐ体制整備の必要性のほか、臓器提供者の家族への相続税及び保険金の問題などを指摘する意見が述べられました。
 以上のような意見が述べられた後、各委員から、脳死問題に関しては、本法案の「死体(脳死体を含む。)」という規定方法、脳死を人の死とすることに対する反対論、脳死判定の難しさ、諸外国の例などについて、また、臓器移植問題に関しては、臓器移植そのものの適否、腎移植医療の現状、本人の生前意思のそんたくによる遺族の承諾の問題及び当該条項を削除することについての可否、海外で臓器移植を受けることなどについて、そのほか末期医療の問題及び医の倫理にかかわる問題に関して、それぞれ熱心に質疑が行われた次第であります。
 なお、会議の内容を速記により記録いたしましたので、詳細は会議録によって御承知願いたいと思いますので、会議の記録ができましたならば、本委員会議録に参考として掲載されますようお取り計らいをお願いいたします。
 以上をもって報告を終わりたいと思いますが、今回の会議の開催につきましては、関係者多数の御協力により、極めて円滑に行うことができた次第であります。
 以上、御報告申し上げます。(拍手)
#4
○和田委員長 以上で派遣委員からの報告は終わりました。
 お諮りいたします。
 ただいま報告のありました現地における会議の記録が後ほどでき次第、本日の会議録に参照掲載することに御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○和田委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    ―――――――――――――
    〔会議の記録は本号(その二)に掲載〕
     ――――◇―――――
#6
○和田委員長 厚生関係の基本施策に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。根本匠君。
#7
○根本委員 自由民主党の根本匠であります。
 私は、まず大臣に、福祉施策についての各省庁との連携の観点からの御質問をしたいと思います。
 本格的な高齢化社会を迎えまして、障害者、高齢者等の社会的弱者が豊かな老後あるいは安心して暮らせる社会づくり、これが重要であります。現在、住宅や交通機関、公共建築物、町づくりなどにおきましては、健常者を中心にしたシステムから、社会的弱者に対するバリア、障壁を取り除いてバリアフリーの社会づくり、これが必要になってきております。
 現在まで、建設省、厚生省、運輸省などにおきまして、公共的建築物への配慮あるいは人に優しい町づくり、駅のエレベーター、公的ケアつき住宅など、バリアフリーを志向した政策が緒についておりますが、これからの課題は、個別の取り組みから、福祉施策においては各省庁が連携して総合的な取り組みをする、これが大変重要だと思います。厚生大臣から、障害者、高齢者対策の観点からの各省庁との連携についての考え、そしてどのように取り組みを行っているか、これについて御質問いたします。
#8
○森井国務大臣 障害者や高齢者にも住みよい町づくりや住宅の整備等を進めていくためには、厚生省の施策だけではなく、建設省など関係省庁と十分に連絡をとりまして、一体的に施策を進めていくことが重要であると判断をいたしております。
 このため、例えばゴールドプランの策定に当たりましては、建設省と事前に協議を行いました。そして、「住宅対策・まちづくりの推進」といたしまして、ケアハウスや高齢者向け公共賃貸住宅の整備、住宅と在宅福祉サービスの連携による生活支援機能の付加された住宅の整備、公共的建築物や道路などのバリアフリー化の推進等を位置づけておりまして、介護基盤整備のための支援方策としても重要なものと認識をいたしておるところでございます。
 また、障害者施策につきましても、総理府に障害者対策推進本部を設けておりまして、政府一体となって取り組んでいるところでございまして、この推進本部で平成五年三月に策定いたしました障害者対策に関する新長期計画の中でも、建築物の構造の改善、住宅整備の推進等の生活環境面での改善に関しまして、「障害者に対する各種施策相互の調和を図り、総合的に見て障害者が住みよい社会の実現を図っていく必要がある。」と位置づけているところでございます。
 今後とも、高齢者、障害者のための住宅対策、町づくり等を的確に推進していくことができますように、関係省庁との協力体制を維持しつつ、総合的な観点から一層の努力を図ってまいりたいというふうに考えているところでございます。
#9
○根本委員 私は、特にこの福祉施策は縦割り行政から各省庁連携した横断的な取り組みが必要だと思いますので、ぜひ強力に推進していただきたいと思います。なお、具体的な質問については、また後ほど御質問したいと思います。
 次に、福祉の町づくりという観点からは、町づくりの主務官庁としての建設省の役割が大変重要であります。建設省におきましても、従来から、歩道の段差の解消あるいは視覚障害者誘導用ブロックの設置、高齢者向け公共賃貸住宅の供給、町づくりあるいは住宅政策においてバリアフリー化の促進のための施策、これが実施されつつあります。バリアフリーの町づくり、人に優しい町づくりのためには、福祉施策と町づくり、福祉施策と住宅対策の連携、総合化、これが必要でありますが、福祉施策の推進の観点からの建設省の取り組みについてお伺いいたしたいと思います。
#10
○三沢説明員 福祉の町づくりについての建設省の取り組み状況ということでございますが、先生御指摘のとおり、これから高齢化社会を迎えるに当たりまして、高齢者の方々を含むすべての方々が安心して日常生活を営める、また、積極的な社会参加ができる、こういうようないわゆる福祉の町づくりを進めることは建設行政にとっても大変重要な課題であるというふうに認識しております。
 このため、建設省におきましては、従来からも、住宅分野におきましては、例えば床段差の解消とか手すりの設置など高齢化に対応した公共賃貸住宅の供給、それから町づくり分野におきましては、幅の広い歩道の整備とか視覚障害者誘導用ブロックの設置あるいは建築物の段差の解消などの施策を推進してきたところでございます。
 それで、こうした施策をさらに充実させるという観点から、昨年六月、建設省におきましては、省としての基本方針ということで、生活福祉空間づくり大綱というものを策定いたしまして、これからの福祉の町づくりに当たっての住宅・社会資本整備の方向、整備目標等を明らかにしたところでございます。
 また、これからこういう施策を推進するに当たりまして、御指摘のとおり、関係省庁との連携というのは大変重要でございます。ただいま厚生大臣から御答弁がございましたように、厚生省さんとの関係におきましても、昨年、ゴールドプランの見直しに際しまして、住宅対策・まちづくりの推進に関する施策が新たに盛り込まれたところでございます。
 これらの施策に基づきまして、今後とも、関係省庁と連携しながら福祉の町づくりに積極的に取り組んでいきたいというふうに考えております。
#11
○根本委員 生活福祉空間づくり大綱、私は建設省の各局の事業の統合化あるいは総合化は大変重要な取り組みだと思います。やはりバリアフリーの町づくりは厚生省、建設省が車の両輪だと思いますので、お互いに連携しながら福祉の町づくりに強力に取り組んでもらいたいと思います。
 具体的に今のお話にもありましたけれども、住宅政策と福祉施策、これは非常に重要な密接な関連がありますので、福祉施策と住宅政策の連携の観点から次に御質問したいと思います。
 公営住宅にデイサービスセンターを併設するというシルバーハウジング・プロジェクト、これは大変効果的でありますし、これからの高齢化社会に対応してデイサービスセンターの設置、これが非常に重要であります。このデイサービスセンターと公営住宅の合築を強力にやるべきだと考えておりますけれども、その点について建設省のお考え方をお伺いしたいと思います。
#12
○山中説明員 高齢社会に対応して、高齢者の安定した居住の確保が図られますように公共住宅団地の整備を進めることは大変重要なことだと認識をいたしております。
 このために、厚生省とも連携をいたしまして、昭和六十二年からシルバーハウジング・プロジェクトというのを進めておりまして、これまでに七千戸の計画を進めてまいりました。それから、お話がございましたデイサービスセンターとの合築あるいは併設につきましても、逐次整備を進めているところでございます。
 今後とも、先生御指摘のとおり、厚生省とも十分連携をいたしまして、シルバーハウジング・プロジェクトを推進するとともに、デイサービスセンター等の福祉施設の合築、併設を積極的に推進してまいりたいというふうに考えております。
#13
○根本委員 それに関連して再度お伺いしたいと思いますが、デイサービスセンターは将来の介護対策でも非常に大きな役割を果たしてまいります。ただ、都市部ではやはり立地箇所が制約されておりまして、そうなりますと、都市に点在する公営住宅の再開発が私は大きな役割を持つと思います。
 ただ、公営住宅の再開発とデイサービスセンターの合築の場合に、要は再開発要件が、従前の住宅戸数の一・七倍の戸数を再開発することが必要だ、こういう要件がありまして、ややもすると、デイサービスセンターを設置しようとするときにどうしても用地が狭隘になってしまう。あるいは、私が見た例でも、例えばゲートボール場を屋上に設置せざるを得ない。
 その用地の制約が出てまいりまして、私は、福祉施策と住宅政策の連携、こういう観点から、この公営住宅の再開発要件の戸数要件の緩和あるいは運用の弾力化が必要ではないかと思いますけれども、建設省のお考え方をお伺いしたいと思います。
#14
○山中説明員 都市部にございます公営住宅につきましては、狭くて老朽化が進んでおります。そういうものがたくさんございますので、これらの建てかえを積極的に進めてまいりたいというふうに思っております。これら建てかえ事業の実施に当たりましては、ただいま御指摘がございましたようなデイサービスセンターなどの福祉施設の合築、併設などを積極的に進めていきたいという考えでございます。
 ただいま御指摘がございました建てかえの場合の戸数要件の弾力化と申しましょうか、その件でございますが、ことし六月十六日の住宅宅地審議会の答申において、公営住宅制度の見直しの必要性につきましての指摘を受けたところでございますが、この中で、公営住宅建てかえ事業に係ります戸数要件等を弾力化することで供給の促進を図るようにという指摘もいただいておるところでございまして、現在、建設省内部で検討を行っているところでございます。
 今後とも、公営住宅の建てかえによりまして、地域の福祉の拠点となるような住宅団地の整備を推進してまいりたいというふうに思っております。
#15
○根本委員 この運用の弾力化あるいは要件の緩和、これはぜひやっていただきたいと思います。公営住宅もこれまでは、入居者に対する公営住宅の供給、こういう役割があったわけでありますが、デイサービスセンターを設置することによりまして、介護を含めた地域福祉への貢献、あるいは公営住宅の役割として地域の福祉サービスの拠点として付加価値をつけていただきたいとぜひ要望して、運用の弾力化はぜひ実現していただきたい、こう思います。
 次に、住宅政策から、都市整備の観点からの福祉施設の立地誘導、こういう観点から御質問したいと思います。
 都市の再開発あるいは区画整理に当たって、私は、福祉施設の誘導をするような方策が必要ではないか、特に計画的な面開発という観点からは、区画整理の施行に当たって、例えば老人施設などの福祉施設の用地を生み出すような行政との連携を都市整備行政で図っていく、こういうことが必要ではないかと思いますけれども、この区画整理あるいは再開発に当たっての福祉施設の立地誘導、この具体的な仕組みづくり、これを建設省としてどうお考えなのか、御質問いたします。
#16
○小沢説明員 お答えいたします。
 今御指摘がありましたように、福祉の町づくりを実現していくためには、市民が使いたい福祉施設が使いやすい場所にきちっと立地している、そういう町をつくっていくということが非常に重要であろうというふうに認識しております。そういう意味で、御指摘がありましたように、福祉施策と都市整備施策の連携を強めるということは非常に重要であるというふうに思っております。
 今御指摘がありました中の区画整理事業でございますが、面的に市街地の整備をするという事業手法として広く全国で行われております。この区画整理事業の中では、換地手法だとか保留地だとかというように福祉施設の適正立地を誘導するような事業の仕組みが盛り込まれておりますので、こういう手法を使いまして、両行政の連携によります福祉の町づくりを進めていくということをぜひしていきたいと思います。
 現在、厚生省と、こういう視点から、具体の事業のレベルでどういう連携施策がとれるか、どういう効率的な施策の執行ができるかという研究を、検討会を開かせていただいておりますので、この成果を踏まえまして、できるだけ早い時期に具体の現場のレベルでの連携のあり方を進めていくような段取りをつけたいというふうに思っております。
#17
○根本委員 私は、区画整理で福祉施策との連携、特に地方都市の中心市街地、こういったところで非常にニーズが大きいと思いますが、ぜひ現場レベルで具体的な取り組みを行っていただきたいと思いますし、住宅政策あるいは中心市街地の活性化、多様な観点からのバランスのとれた町づくりを行う中での福祉施策の推進、これを強力にやっていただきたい、こう思います。
 次に、厚生省に再度またお伺いいたしたいと思います。
 今御答弁ありましたように、厚生省でも各省庁との連携をしっかりやるということでありますし、それから建設省でも、町づくりの中で非常に福祉の視点を導入した町づくりの取り組みが進んでおります。ぜひこういう取り組みをこれからも強力に進めていただきたい、こう思いますが、さらに私は、現場レベルで各省庁の施策を集約化、総合化する、これが地域の市町村レベルで物事を進めるには非常に重要だ、こう思っております。
 具体的には、例えば、地方公共団体の創意工夫を生かしながらバリアフリーの町づくりの推進計画、こういったものを市町村にモデル的につくらせまして、これを各省庁が重点的に支援するような取り組みが必要だろうと思いますが、厚生省におきましてはこのような観点での取り組みについてどう考えているか、お伺いしたいと思います。
#18
○佐々木政府委員 厚生省におきます市町村レベル、地域レベルでの町づくり、どんな取り組みかということでございますが、先ほど大臣から御答弁されましたが、まさに障害者あるいは高齢者が住みなれた地域で安心して暮らせる環境づくりが喫緊の課題であると認識しているわけでございます。政府一体で取り組んでいるわけでございますが、具体的には、平成六年度より、障害者や高齢者にやさしいまちづくり推進事業ということで事業展開を行っているところでございます。
 これは、具体的には、障害者それから高齢者団体、民間事業者、地域住民等々が参加して町づくりの計画、整備に関する協議会を設置していただく、そしてその協議会の設置を通じて地域社会全体としての町づくりについての合意形成をする、それによって町づくりに関する総合計画を策定してもらう、こんなようなものでございます。それで、この計画に基づきまして、必要な公共施設のエレベーターだとかスロープの設置、段差の解消といったような生活環境の基盤整備を展開していきたいというふうなことでございます。
 このような形で、障害者や高齢者にやさしいまちづくり推進事業ということで、今年度二十九の市におきまして取り組みが行われているといったような状況でございます。
#19
○根本委員 私は、協議会をつくりながら計画策定、そういうものを通じて施策を統合化、総合化していく、これは非常に重要な取り組みだと思うのですね。
 ただ、ここで重要なのは、市町村レベルでの協議会、これは恐らく市長のもとに設置する協議会でしょうから、都市部局あるいは建設部局も参加した上での計画策定だと思います。ただ、具体的に計画を策定しましても、さらにそれを具体的な事業に実施していく、このときが大事でありまして、実はこういう計画をつくるときには、例えば建設省でも、福祉のまちづくり計画策定指針をつくる、こう言っておりますし、あるいは運輸省でも、鉄道の結節点あるいは駅のエレベーターの設置、そういうところでのガイドライン、こういうものも示しているわけでありますから、私は、中央レベルでこういう推進計画をつくるときに相互に協調、協力してプッシュしていけるような取り組みが必要だろう、こう思っておりますが、その点についてお考え方をお伺いしたいと思います。
#20
○佐々木政府委員 国レベル、中央レベルでの連携、取り組みをどうかということでございますが、まさに今先生お話ございましたが、市町村レベルで町づくり計画をつくり、これを具体化していく際には、それぞれの自治体の内部での福祉関係部局と建築部局等相互の連携が図られることは当然必要、極めて大事だというふうに思っているわけでございます。こうした自治体の取り組みを支援するという観点から、厚生省、建設省の施策につきましても、御指摘のように十分な連携がとられる必要があると考えております。
 例えば、具体の施策で申しますると、建設省が人にやさしいまちづくり事業を創設されておるわけでございますが、この事業の実施につきましては、厚生省と建設省との間で事前によくよく調整を行いまして、地方自治体への通知も両省の連名の共同通知により必要な指示、指導を行っているところでございます。具体的には、今年の平成七年三月三十一日付でございますが、「人にやさしいまちづくり事業の実施について」ということで、都道府県知事あてに、建設省住宅局長、道路局長、それから厚生省は社会・援護局長、老人保健福祉局長連名通知で、今申しましたようなことで必要な通知を発しているところでございます。
 今、一例でございますが、国レベルでもこのような形で連携をとりつつ事業を推進しているところでございますが、引き続き市町村レベルで円滑な事業執行ができますように努力を重ねたいと存じます。
#21
○根本委員 福祉施策はやはり身近な市町村でやるべきだということで随分権限を市町村に移譲しているわけでありますが、私は、ここで大事なのは、中央省庁の連携をいかに図っていくか、それが市町村の福祉行政あるいは福祉の町づくり行政にとって大変重要な意味を持つと思いますので、ぜひその連携の強化はこれからも十分に図っていただきたいと思います。
 最後に、福祉施策についての各省庁の連携という視点から私は質問してきたわけでありますが、これからの高齢者対策あるいは障害者対策、広い意味でのバリアフリーの社会づくり、こういうものを推進していくためにはやはり各省庁の総合的な連携調整が必要であります。
 例えば、今介護問題が大きな問題になってきておりますけれども、これから介護保険を含めまして介護対策を強力に推進するということになりますと、各省庁から介護関連の施策がいろいろ出てくる、あるいは予算要望も出てくると思うのですね。
 私は、これはやはり各省庁が総合的に調整しながらやる必要がある、その意味では各省庁から成る例えばバリアフリー推進本部のような推進体制、これを高齢者対策、障害者対策を総合的に進めるという見地から設置して推進体制をつくっていく必要があるのではないか、こう思っておりますけれども、この辺についてのお考えをお伺いしたいと思います。
#22
○森井国務大臣 障害者や高齢者が住みよいバリアフリーの町をつくっていくということにつきましては、極めて重要な課題でございまして、これはもう厚生省だけではありませんで、各省庁と十分連携を図りながら事業を推進をしていくことが極めて重要であるというふうに考えております。
 現在、総理府に障害者対策推進本部、先ほど御説明を申し上げましたが、これを設けておりまして、平成五年三月の障害者対策に関する新長期計画に基づきまして、関係省庁が一体となって障害者施策を推進をしているところでございますが、計画の基本的な考え方というのは、すべての人の参加によるすべての人のための平等な社会づくりでございまして、障害者を取り巻くあらゆる障壁を除去いたしまして、特に町づくり等を含む生活環境の改善を図ることといたしておりまして、また、障害者が住みよい社会は、これはすべての人が住みよい社会にほかならないというふうに考えておりまして、その観点から一般的な施策を講じることにいたしておるところでございます。
 このように、障害者を取り巻く障壁を除去すること、御指摘のバリアフリー、そしてこれを一般的な施策として推進することにつきまして、既に障害者対策推進本部を総理府に設けておるところでございまして、この推進本部を通じて御指摘のような施策を行っていきたいということでございまして、特別にバリアフリー対策本部というふうなものは今のところ考えておりません。
#23
○根本委員 私は、形はいろいろあると思いますけれども、いずれにしても、関係省庁が連携して強力に、各省庁の縦割りを超えて横断的に取り組まれることがこれらの施策の推進に当たっては大変重要だと思いますので、推進体制の強化拡充をこれからも図っていく必要がある、こう思います。
 時間がありませんのでちょっと先を急ぎますけれども、次に、障害者対策についての取り組みについてお伺いいたします。
 障害者対策に関する新長期計画をより具体化する障害者新プラン、これが今策定途上にあるわけでありますが、その取り組み状況につきましてお伺いいたします。
#24
○森井国務大臣 厚生省におきまして、本年七月に障害者保健福祉施策推進本部の中間報告を取りまとめたところでございまして、今後、中間報告の方向に沿って施策の具体化を図っていくことにいたしております。
 その際、障害者の保健福祉施策について、具体的目標を明示した新たなプランを検討することといたしておりまして、現在、盛り込むべき施策の内容やプランの姿等につきまして、関係方面と協議の上、作業を進めている最中でございます。これらの施策の実現を通じまして、今後とも引き続き障害者施策等の一層の充実を図っていきたいと思っております。
 何しろ、まだ作業の中途でございまして、私といたしましては、できるだけ年内に取りまとめいたしたいというふうに考えております。
#25
○根本委員 できるだけ早急に策定していただきたいと思いますが、障害者新プランに関連いたしまして二点ほど質問したいと思います。
 一つは、精神薄弱者など障害児を持っている親の一番の心配事は、自分たちがいなくなったとき、後はどうなるのだろうか、こういうことであります。
 例えば私が知っている方でも、障害者のお子さんと親を二人受け入れる、そういう施設をつくっている方もありますし、あるいは障害施設の指導者の中で、障害者の老後のための施設をつくるのが自分の夢だ、そういうものをつくりたいのだ、こう言っておられる方もおられます。
 そこで、私は、意欲を持ってやっておられる方にはぜひ応援していくべきだ、こう思っておりますが、障害者新プランの中で、障害者が高齢化した場合の対応、これは私は具体的に明確に位置づけるべきだと思いますが、その辺のお考えをお伺いしたいと思います。
#26
○高木(俊)政府委員 精神薄弱者の方、これは施設入所の方なんかもかなり高齢化が進んでおります。そういった中で、今後、高齢化の進行に対応してどういう対策を講じていくべきか、これについて、我々も十分その必要性について認識しておるのでありますが、これまで厚生省、そういった意味で実は研究もしております。
 その研究の結果によりますと、これは全国の特別養護老人ホームとか、そういった老人福祉施設の関係者の方を対象にいろいろ研究をしたわけでありますが、何らかの形でこれまで例えば精神薄弱者の方を処遇したことがあるというような施設等々で聞いてみますと、一般的ないわゆる特別養護老人ホーム等で十分対応し切れるというのが七割以上にも及んでおります。
 そういったような状況の研究の報告がございますが、一方、先生もおっしゃいますように、精神薄弱者の方について、例えば高齢者の専用棟のような、そういったようなものを整備してはどうかというような御意見もございます。そういった意味で、私どもとしては、この問題についてはもうちょっと検討は必要だな、こんなふうに考えておるわけでございます。
#27
○根本委員 私も、どういう形で受け入れるかあるいは対応するか、これはいろいろ研究しながらいろいろなパターンを考える必要があると思うのですね。
 それからもう一つ心配だというのは、施設の物理的な量の問題でありますから、その辺を新プランの中でぜひきちんと位置づけていただきたい、こう思います。
 時間が参りましたので、私がきょう申し上げたような福祉施策についての各省庁の連携、これはぜひやっていただきたいと思いますし、障害者新長期計画の内容を具体的に盛り込んだ障害者プランの早期策定をぜひお願い申し上げまして、私の質問を終わらせていただきます。
#28
○和田委員長 午後一時十分から再開することとし、この際、休憩いたします。
    午前十時三十八分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時十五分開議
#29
○和田委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。荒井広幸君。
#30
○荒井(広)委員 自由民主党の荒井広幸でございます。
 大臣の御就任早々からの御活躍にお礼を申し上げ、また、厚生省の、特に障害者施策の組織の一本化など含めまして、鋭意御努力いただいていることを高く評価申し上げたいと思います。
 さて、四十分が三十分という時間に狭まっておりますので、早速ではございますが、まず盲導犬についてお聞かせをいただき、また、議論を深めてまいりたいと思います。
 私、以前にも一度この場でお話を聞かせていただいておりますけれども、盲導犬の育成に関して、厚生省が今実際に、視覚障害者の方々、盲導犬を必要としている方々を含めましてどのように実態を把握しておられるのか、盲導犬と障害者の方々の人数、そしてまた予算措置をどのように講じられているか、お尋ねをいたします。
#31
○佐々木政府委員 盲導犬に関しまして、厚生省としてどの程度の需要を把握しているか、あるいはそれに対応してどんな予算措置を講じているかというお尋ねでございます。
 もう御案内のとおりでございますが、盲導犬を使用するに当たりましては、視覚障害の方すべてにというわけにはまいりませんで、幾つか条件がございます。まずは、盲導犬の使用のためには、目的地までのいわば地図が頭の中に描ける、あるいはある程度の速度で歩ける、そして盲導犬を管理する時間と能力があるといったような幾つかの条件が必要かと思います。これらの条件を満たしました視覚障害者の方が盲導犬の使用に適した方ということになるわけでございますが、なかなか実数の把握というのは難しい点がございます。
 私どもとしましては、関係団体の推計等によって承知しております数字はおおよそ八千人程度というふうに見てございます。これは推計でございます。基本的に、イギリスでの経験ですと単独歩行が困難な視覚障害者の三%ほど、アメリカの例でまいりますと二%というふうな数字が経験的にあるわけでございますが、このような数字を一応参考にいたしまして、視覚障害の一級から四級までの方が我が国では二十六万四千と推計されてございます。その辺から、三%程度と見ますと八千人程度というふうなことで私ども受けとめております。
 さて、予算措置につきましては、平成七年度におきまして、都道府県に補助しております障害者の明るいくらし促進事業というメニューの中で、新たに百二十頭を育成できる予算措置を講じておりまして、現在稼働中の盲導犬と合わせますと、今年度末で八百二十頭程度の訓練された盲導犬が確保できるもの、これが現状でございます。
#32
○荒井(広)委員 よく世界に比較して、アメリカは一万頭だ、イギリスは四千頭だ、このような比較もございますが、問題は、よその国との比較ではもちろんなくて、本当に必要としている方々に早く御提供申し上げられる、こういう体制だと思います。
 そういう意味で、障害者の明るいくらし促進事業で年々予算もふやしていただいて対応はしていただいておりますが、私は、本当に待っている方も多いので、自助、共助、公助、また、限られた予算で本当に苦しい中ではありますけれども、誠意を尽くしていかなければならない、それがまた政治の役割でもあるというふうに考えているわけです。
 そこで一つ、ボランティアというような精神を含めて、本当に献身的に盲導犬を育てていただいている八つの団体がございます。また、その団体の皆様方、訓練士の皆様方、本当によくやっていただいていると感謝をいたします。今後、そうした盲導犬を必要としている方々に対して、体の一部であり、また家族の一員でもある多くの盲導犬を育てていくためには、最低限の育成、教育の目安といいますかガイドライン、こういったことが必要だと思います。こうした八つの団体の御努力などを考慮に入れまして、盲導犬を育てる基準、目安をつくる用意があるかどうか、お尋ねをいたします。
#33
○佐々木政府委員 今御質問にもございましたが、盲導犬につきましては、訓練の方法は、盲導犬の施設、八つのところがやってございますが、それぞれ施設の特色を持ってやってきておりまして、必ずしも一律の、同様な方法となっているわけではございません。おっしゃるとおりなのでございますが、しかし、今のお話もございましたけれども、盲導犬を使用する立場、その利便を考えますと、御質問にございましたガイドラインなりの努力をする必要があるというふうに私ども思っております。
 現在、関係者の間で統一した訓練基準についての検討が始まっておるところでございます。それぞれ八つの団体は、日本盲人社会福祉施設協議会というところに一緒になって加入をするといったようなことで足並みをそろえつつありまして、そういう意味での訓練基準についての検討も始まってございますので、私どもも、この結果を踏まえ、必要がありますれば、訓練方法等のガイドラインの策定等についても検討をしてまいりたいというふうに考えております。
#34
○荒井(広)委員 私、これは非常に同感でございます。やはり訓練士の皆さん、そして盲導犬の皆さんというふうな表現でもいいと思うのですね、もう体の一部であり家族です。人間と同じなんです。そういう意味で、その方々に対して厚生省も一体となって一つの育て方のガイドラインをつくるということに大変評価を申し上げます。
 さて、大臣、このように、どちらかというと、私たちは戦後先輩方に、子供を苦労させたくないということで、物質的あるいは金銭的な満足を得るように御努力をいただいてまいりました。そのおかげで我々はこうして暮らしていけるような世の中になりましたが、少子・高齢化の中において福祉の大切さというものが、物やお金でなくて、改めて人間性として、自然の中の一員として問われてくる世の中になりました。
 私は、そのような意味で、視覚障害を持つ皆様方がさらに自立をしていただく、あるいは社会参加をしていただく、そういう一つの、くどいようなんですけれども、もう本当に体の一部であり家族の一員、仲間という盲導犬の育成事業を非常に重要だと思っております。大臣に改めて、今後力を入れていただきたいと思いますが、御見解をいただきたいと思います。
#35
○森井国務大臣 今、荒井先生の御質問をお伺いしながら、ひょっと私も思い出したのでございますが、もう相当前に、まだ本委員会が社会労働委員会と言っておりましたころに、実際に委員会の席に、傍聴席でございましたが、盲導犬が入ってまいりまして、御指摘のように、人と盲導犬とが一体になって行動しているのを目の前で見たのを思い出したわけでございます。
 いずれにいたしましても、盲導犬の育成というのは、お説のとおり、私も非常に重要なものだというふうに考えております。視覚障害者が障害を有しない人々と同様に地域で生活していく上で、移動手段を確保するということは非常に重要なことと私も基本的に認識をいたしておりまして、その意味で、盲導犬は白杖の利用あるいはガイドヘルパーの活用と並んで重要なものでございまして、現在、都道府県を通じましてその育成について助成を行っているわけでございますが、今後も、予算を確保しながらその体制の充実強化に努めていく所存でございます。
#36
○荒井(広)委員 それでは、今まで以上にどうぞよろしくお願いを申し上げたいと思います。
 同じように、生き物ではありませんけれども、障害者の方々を支えている福祉用具、器具というものがございます。そういう観点で、平成五年、厚生省と通産省、両省またいで、福祉用具の研究開発及び普及の促進に関する法律というものが制定されました。いわゆる福祉用具法と呼ばれているものです。技術の進歩あるいは科学の発展、いろいろな形で、最近は情報通信社会あるいはマルチメディアの社会などと言われるようになってまいりました。今度は、そういうものの成果を取り入れて、体の一部として、あるいは今まで不自由だったいろいろなことに協力をしていただけるというような器械、器具というものが多く出ております。
 用具とは別に、医療機器などというのもそういう分野の一つでありますが、福祉用具に限ってお話をさせていただきたいと思いますが、こうした福祉用具について、この法律に基づいて厚生省も積極的に取り組んでいただいております。長寿社会福祉基金というものでこうした福祉の用具、器具というものを研究開発していただいているのですが、こういった成果はなかなか取り上げられていないと思います。御存じでない方もいらっしゃるのです。そうした研究の成果を挙げていただけますか。
#37
○羽毛田政府委員 お答えを申し上げます。
 先生御指摘ございましたように、高齢者の方々あるいは障害者の方々が家庭や地域で暮らしていかれるということのために、福祉用具の利用を促進するということは大変重要な課題でございます。このための基本的な取り組みといたしまして、先生もお挙げになりましたように、すぐれた福祉用具の研究開発とその普及利用を目指しましたいわゆる福祉用具法というものが既に制定をされたところでございます。
 そこで、具体的にお話のございました研究開発の面でございますけれども、厚生省のサイドにおきましても、高齢者や身体障害者の方々の自立支援、そして介護者の負担軽減ということにつながっていくような福祉用具の研究開発の促進に向けまして、日進月歩の技術、民間の創意工夫というようなものを、我が国のそういった産業技術を生かしましてすぐれた福祉用具の研究開発を進めるということのために、今お挙げになりましたように、社会福祉・医療事業団の長寿社会福祉基金の運用益を活用いたしまして、具体的には財団法人のテクノエイド協会、ここが製造事業者に対します研究開発助成を行うというような形で積極的な取り組みを展開いたしております。
 さてそこで、現在までの成果でございますけれども、いろいろそこで専門家の方々のお助けもかりて審査をしながら今日まで、平成元年度から七年度まで、件数にいたしまして八十九件の研究開発助成を行ってきております。
 その中でいろいろ成果が上がってきておりますが、一例だけを挙げさせていただければ、座面可変式車いすというのですけれども、車いすの座る部分の角度が動く。割合簡単に動かせるようになっていまして、そのことによりまして、坂道の走行といいますか歩行を非常に容易にする。そしてまた、床ずれができやすうございますから、そういったことを非常に防止することができる。こういったような車いすを開発するというような、これは一例でございますが、そういったことを今まで行ってきているわけでございます。
 このことは今後とも大変重要なことでございますので、私ども、自立支援あるいは介護者の負担軽減、こういうようなことにつながります福祉用具の開発については、今まで以上に、また効果的な施策の推進に努めてまいりたい、こんなふうに考えております。
#38
○荒井(広)委員 どういう形かはわかりませんけれども、高齢者の方、寝たきりの方、障害者の方は本当に待っておられるのですね。そういう意味で積極的にお願いをいたしたいのです。
 大臣、こうした部門といいますか成果というものは準公共財ではないかと私は思っております。準公共財、そういうようなものをやはり積極的に、マルチメディア社会の中で自由競争、あるいは競争の成果で雇用が生まれ、新しい産業が生まれて日本の経済成長が保てる。経済成長がないところに福祉というのはなかなか育たないと私は思いますから、その意味ではそれはありがたいのですが、少なくとも国の役割としては、先ほど局長さんのお話にありましたが、もう産業のいろいろなものの成果を集めるというのではなくて、そうした方々のために研究していく、こういう研究支援、あるいはそういうものをやろうという企業、やっていただくような企業の支援の仕方、開発費の助成の仕方、あるいは場合によっては税制上の優遇というのも必要だと思います。
 それから、そういうものを買っていただく、あるいは御使用いただくということで、売りきりではやはりだめなんです。何遍もメーカの方あるいは関係の方々に行っていただいて、こうですよ、ああですよ、こういうふうになったらどうでしょう、ちょっとの調整もある、そういうようなことを進めての販売後のいわゆるメンテナンス、こういったものにも大変なお金がかかるように私は聞いております。こういったものまで含めてトータルに支援をしていく、こういうことを一層御検討いただきたいと思っております。
 さて、そうした中で、厚生省では、先ほどのお話にもありましたけれども、テクノエイド協会が八十九件というすばらしい成果を上げていただいていますが、そういうものを含めて日常生活用具の給付というものをしていただいておるわけなんです。そうすると、いろいろなものが出てまいります。障害者の方々を含めまして皆さん個性的な方ですから、これが一つの対象でありますよ、給付の対象だよと言われても、人によっていろいろな個性に応じた対応を求められますから、いろいろな幅、バラエティーといいますか、あるいは品目といいますか、そういうものが出てまいりますので、そうした対象品目などは柔軟に考えていただきたい、こう思っておりますが、いかがでしょうか。
#39
○佐々木政府委員 日常生活用具の給付対象品目につきましては、これは必要に応じて拡大を図ってきているわけでございますけれども、これまでの日常生活用具の追加に当たっての基本的な考え方というと大げさなんですけれども、いろいろ障害者関係団体の皆様方の御要望等も踏まえながら、どれだけ多くの方々が要望しているか、実際に多くの方々に活用していただけるか、そしてその必要性あるいは緊急性はどうかといったようなことを総合的に勘案いたしまして、優先度の高いものを選定して取り入れてきているところでございます。
 日常生活用具の給付制度も、始まってある程度の歴史を積んできてございますが、例えば最近の例で申し上げますれば、六十年度には、盲人の方向けのはかりなんというのがあります。少しメカニックなものというとあれですが、六十二年度には、視覚障害者の方のためのワードプロセッサー、ワープロ、それから翌年には、六十三年度に肢体不自由者の方の使えるワードプロセッサーの採用等をやってきております。それから、最近でございますると、平成五年度に視覚障害者の方の拡大読書器でありますとか、あるいは平成六年度でございますと文字放送デコーダーといったような、それぞれ技術開発等に伴って供用できるようなものについて、先ほど申しましたような、総合的な勘案の上で優先度の高いものから逐次取り入れて給付対象にし、自立支援に役立てていただいている、こんなところでございます。
 この日常生活用具の給付事業につきましては、重度の障害者の方々の家庭や地域での自立を支援していくという点で一つ大きな意味がありますることと、それから、介護をしておられる御家族の介護の負担を軽減するといった面でも大きな役割を果たしているところでございます。今後とも、必要な品目の取り入れ等につきまして、敏感に情報をとりながら、さらに努力を重ねてまいりたいと存じます。
#40
○荒井(広)委員 その点、どうぞよろしくお願いいたします。
 お金が限られた中で苦しい立場にあることはよくわかっておりますけれども、我々も、自助、共助、公助、やはり国民の皆様方にも御負担をいただくところはいただく、そうしながら、本当にお困りの方々をみんなで支えていこう。今までの私たち、選挙優先ということになると都合のいいことを言って、何でもできますよ、税金は要りませんよというような話になりがちですが、この辺を我々政治としても反省しながら、そうした御要望にこたえられるような財源を何とか見つけていきたい、その一つの手段が情報通信、マルチメディアなんです。本当に必要とするものをそれに置きかえて、置きかえる中で本当に必要なものに向けていく。そういうものに期待されるのが情報通信分野ですので、こうしたことに、総理が推進本部の本部長でもあります、期待をしていますし、我々はそう進めていきたい、こう思っております。
 実は、そうした福祉用具、機器の展示場について、厚生省も随分努力をして展示など、あるいはいろいろな公開をする機会をつくっていただいているのですが、これはまた改めてそうした御活動については聞くにしても、まだまだ知らない人がいるわけなんです。本当に知らない方々がいらっしゃいます。提供される福祉用具、器具はどういうものがあるのか、あるいは公共サービス等々、どういうものを受けられるのかといった紹介などを含めて、情報を網羅的に把握するということはなかなか難しいようです。
 各省あるいはいろいろなところで、善意を含めまして、こういう器具がありますよという展示はあります。そうすると、一冊の本になんかにもなっているのですが、集めてみてみますと、かぶさっていたり、あるいは特有のものがどちらかにあったりして、お一人の方が、私に合うものは何かあるかな、必要とするものは何か今あるのだろうか、できているのだろうか、そういう情報をなかなか網羅的にとれないという現状にあります。
 障害者や自治体担当者の方々に、ぜひともそうした最新の、日進月歩の世界ですから、今までよりも自分にふさわしいパートーナーが見つかる、器械のパートーナーが見つかる、そういう状況ですから、私は最終的には中央の情報センターというものが必要だと考えておりますが、とりあえず、障害者の皆様方に対して、あるいは自治体の方々に対してそうした最新の情報を提供するためパソコン通信などを始めるべきだと御提案申し上げたいと思いますが、いかがでございましょうか。
#41
○佐々木政府委員 最新の情報が伝わるように、情報センターみたいなものを将来的にも検討すべきでないかというふうなお話でございます。
 私どもも、障害者の自立と社会参加を促進するという面からは、障害者の方々自身それから関係者の方々に福祉機器等の最新の情報を提供していくというのは極めて大事だというふうに考えてございます。
 このため、厚生省におきましては、平成二年度から、長寿社会福祉基金によります福祉機器情報提供事業ということで、テクノエイド協会が実施主体になりまして情報データベースをつくりまして、全国の高齢者総合相談センター等に情報を提供する事業を始めているところでございます。
 また、平成七年度の補正予算で、障害者情報ネットワーク事業ということで予算化をちょうだいしているものがございまして、障害者の方々の社会参加に役立つ最新の情報をパソコン通信を使いまして障害者あるいは関係者に提供するシステムを開発するべく、現在検討をしているところでございます。
 今後とも、障害者あるいは関係者に福祉機器等の最新の情報ができるだけ速やかに伝えられますように、これら関連施策の充実を一層図ってまいりたいと存じます。
#42
○荒井(広)委員 取り組みを始められたということでございますけれども、例えばIBMさんあたりでは、これはボランティアで、そうした大学の先生と協力していろいろな情報を集めて、また新しい情報を入れて提供している、こういう器具もありますよと。かなりのアクセスもあるとお聞きしております。そういう意味では、今の御説明の点、一層速やかに進めていただいて、必要なときに必要なものがとれる、新たに情報データをきちんとデータベース化してとれるようにしていく、これこそが私は重要な役割だと思います。人が必要だということでないのです。そういう情報通信で、今まで三人、四人必要だと思われていたところが一人でできるわけですから、そういったことも含めて、財源が確保できる道でありますので、御努力をお願い申し上げます。
 さて、通産省に来ていただいております。
 実は、こうした器具が日進月歩でいろいろと開発されてくる、厚生省を初め各省の御努力でそういうものに道が開かれますと、製造物責任法、PL法、この責任の問題というものも同時に考えていかなければならないわけです。その器具に対する安全性、信頼性、そういったものが非常に求められてくるということで、実は厚生省にも国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所というところがございまして、いろいろと取り組みをいただいているわけでございます。さらに、通産省ではJISなどもあるわけでございますが、PL法によって、開発に対して、後でもし、これをつくってみたら責任をなんというようなことになったらちょっとしり込みするという企業とか、そういうことも考えられるわけなんです。
 そういう意味で、品質保証といいますか、品質の確保というのは利用者の皆様方とメーカーのともの利益でありますので、共益でありますから、これから品質保証といいますか、検査制度が必要だと思うのです。この辺について検討する必要があると思いますが、通産省はいかがお考えになっておりますか。
#43
○藤野説明員 御指摘ありましたように、福祉用具につきましては、車いすや介護用ベッドに見られますように、高齢者や障害者の方々が直接体に触れて長時間使用されるものが多いということから、安全性、信頼性、品質の確保というのが極めて重要でございます。
 本年施行されました製造物責任法で事業者の事故責任というのが強化されたところでございます。工業製品一般について考えますと、日本工業規格の制定というのがこうした品質確保のための有効な手段でございますけれども、福祉用具につきましては、規格の制定に必要なユーザーの立場に立った基礎的なデータの蓄積がいまだ産業界においては不十分な実情でございます。したがって、そのJISの制定実績は、車いす、義足、義手等に関します二十三規格にとどまっております。
 基本的にはこうした枠組みの中で、企業が自助努力によって生産、安全性や品質が確保されることになるわけでございますが、福祉用具産業の実態からは、業界の組織化も進んでおりませんし、市場規模も小さい、それから技術力、資金力が乏しい中小企業が多数いる、こういった状況にございまして、いまだ企業、業界の自主的な取り組みで十分ということは困難というふうに考えております。
 御指摘ありましたように、品質の確保が利用者と製造者の双方の利益というのは、同じ考え方を持っております。私どもとしましても、安全で良質な、利用者のニーズに合った福祉用具の供給に向けて、事業者の活動をできるだけ補完、支援していきたいと考えておりまして、これまで研究開発あるいはJISの制定に必要なデータの取得というところを行ってまいりましたが、このたび、平成七年度の第二次補正予算におきまして、福祉用具評価基盤の整備ということで一億四千万円を御承認いただいております。これによりまして、通産省の施設の一つでございます製品評価技術センターの商品検査機能等を活用しまして福祉用具の評価を行っていくことといたしております。これによりまして、福祉用具の安全性、品質といった面についても資するということを私どもとして期待している次第でございます。
 以上でございます。
#44
○荒井(広)委員 大臣、後で御質問しますけれども、スウェーデン、こうした器具を検査する、世界最高です。私は、日本がこれだけ繊細な技術を持って、日本にそういう器具を検査してもらうというぐらいの国になってもらいたい、こう思っておりますので、厚生省の研究所を含め、通産省の皆さんと一緒になってどうぞ御検討をお願いしたいと思います。
 さて、労働省関係になってまいります。
 そうした器具があれば働けるのです。そうした福祉器具や通信情報のシステムの普及発展、そういうもので働けるようになりますから、それが社会参加だし、本当の自立だと思うのです。
 そういう意味で、障害者の皆様方の雇用の促進を図る上で、こうしたマルチメディアシステム、情報機器、福祉器具、大切なものだと思いますが、労働省、どのようにお考えになっておりますでしょうか、ちょっと御認識を承りたいと思います。
#45
○後藤説明員 先生御指摘のとおり、福祉機器や情報通信システムの普及発展は、障害者、とりわけ重度障害者の方々の職域の拡大を図る上で有益である、このように考えております。
 このため、認可法人日本障害者雇用促進協会が運営をしております障害者職業総合センターにおきまして、研究委員会を設けまして、平成五年度から、近年進歩の著しいME技術を応用した就労支援機器の研究開発を行うと同時に、同じく日本障害者雇用促進協会におきまして、平成六年度から、障害者を雇用する事業主等に対しまして就労支援機器を無料で貸し出す事業を実施しているところでございます。また、通勤の困難な重度障害者の方々の雇用促進を図るためには、在宅勤務でありますとか、いわゆるサテライト・オフィス・システム等の多様な勤務形態の普及が有効であると考えておりまして、パソコン通信やファクス機器等の情報通信関連機器を活用したサテライト・オフィス制等を導入した重度障害者雇用の雇用事例の収集等に努めているところでございます。
 今後とも、障害者の雇用の促進を図るために、関係省庁と連携を図りながら、就労支援のための福祉機器等の研究開発並びにその普及に努めてまいりたいと考えております。
 以上でございます。
#46
○荒井(広)委員 ありがとうございました。
 そういう意味では、厚生省そして通産省また労働省、さまざまな役所が一体となってこうした分野に取り組んでいくということが本当にお互いにいい社会だと言える社会だと思いますので、どうぞ、きょう来ていただきました三省一体となっての取り組みをお願いします。
 最後に、大臣、こうした近年のこのようなマルチメディアの社会、大変に進んでおります。こうした発展の成果を障害者の皆様方、高齢者の皆様方含めて、自立と社会参加の推進に積極的に役立てていくべきと私は思っております。大臣に締めくくりに御所見を承りまして、質問を終えたいと思います。
#47
○森井国務大臣 お説のように、マルチメディアの有効活用ということは、障害者の自立と社会参加にとって非常に重要なことであると認識をいたしております。
 そのために、厚生省では、これまでも、点字図書のディジタル化あるいは文字放送デコーダーの給付など、マルチメディアに対応した施策を実施をしてきたところであります。また、本年度、障害者情報ネットワーク事業が予算化されておりまして、障害者の社会参加に役立つ情報をパソコン通信を使って画像や音声で提供するシステムを開発しているところでございまして、平成七年度中に稼働する予定でございます。
 今後も、障害者の自立と社会参加のため、マルチメディアを積極的に活用しながら施策の充実を図ってまいりたい、このように考えております。
#48
○荒井(広)委員 終わります。
#49
○和田委員長 栗原博久君。
#50
○栗原(博)委員 自由民主党の栗原ですが、このような質問の席をお与えいただきまして、ありがとうございました。
 私は、医師の問題についてちょっと御質問させていただきたいと思うのであります。
 我が国の医療費は年々高まっております。国民所得の伸び率は、前年度比で、平成元年六・九でございましたけれども、今年は一・四である。ところが、国民医療費は、当時ですと、平成元年度が大体五・二、六年度が五・四の伸びでございますが、平成四年度には七・六の伸びという高い山もございました。国民所得に比べまして国民医療費、特にその中での老人医療費が年々高騰を続けているわけであります。毎年約一兆円ずつ医療費が高まっていくという中で、実は、医師の過剰問題がもう十年前から叫ばれておるわけであります。しかし、我が国の国民総生産の中における医療費はどうかと申しますと、イギリス並みでありますが、アメリカが一二・一%に対しまして我が国は四・七%で、差額分を含めますと若干高くて五・三%ぐらいになるようでございます。
 そういう中におきまして、本当に国民が安心してより良質な医療を受けられるかということをいかにして、やはり国家が保障せねばならないと思うわけであります。その中で、医療システムと医療環境を実現するという中で、今後の医療行政、厚生省も強く求められているわけであります。
 そういうことで、医師の需給の見直しに関する検討委員会で、昨年の十一月二日でございましたか、発表されまして、二〇〇五年には医師が必要数を上回って、二〇二五年には約二万六千人の医師が余るというような推計が出されておるわけであります。
 そういう中で、では欧米はどうかと申しますと、アメリカでは人口十万人当たり二百三十二人、ドイツでは三百三人、フランスでは二百七十人、イタリアでは歯医者などを含めていますから約三百人と言われています。我が国では、現在は百七十七人で、危険ラインの二百人にも徐々に近づいてくるということで、この検討委員会では将来の医師の需給関係を最大と中間と最小で推計しまして、その中で、二〇〇五年の時点で医師の必要数は二十四万八千人から二十八万人である、これに対して供給をされるのは二十五万九千から二十九万六千人であるというような推計を出しておるわけであります。
 それは、医師をどのような範囲で必要とするかということで、インフォームド・コンセントですか、患者と医師が十分に話をしてゆっくりと診療をするとか、現在は三分診療と言われておりますが、それを十分診療にするとか、一般病床とか療養型病床、大学病院などで施設の勤務医数を一割程度増加するとか、あるいはまた在宅要介護老人に対しまして外来の患者と同様のサービスを与えるというような、要するに医師に対する最大数の需要、社会的なニーズを含めてやった場合、では何人かということで、それは数字も出ると思うのでありますが、しかし、その報告書ですか見通しを見ましても、具体的な方策が実は出ていないように私は思っておるわけであります。
 そういう中で、今まさしくこの医師の本当の適正な規模数はどうか。お医者さんがふえれば、これは大変よろしいということで、患者がお医者さんを選定する範囲は広まる。悪く言うならば、昔からお医者さんは威張っているというような言葉もありますが、患者に対して強引な、横着な態度をとる医師がいるから、そういう者を排除できるというような、そういう中で大いに医師はふやして競争すべきというような意見もございますが、果たしてそれが正しいかということになりますと、本当に真剣に問わねばならぬと思うのであります。
 そういうことで、例えばよその国に参りますと、医師の資格を取って、国も多大な経費をかけてお医者さんをつくりましても、その医師がタクシーの運転手をしているとか、そういう国もあるわけでありまして、こういうことで私は大臣にひとつお聞きしたいのでございますが、医師のこの過剰問題、到来するわけですが、それに対して医療行政の最高責任者であります大臣から、これに対して今後どのような取り組みをお考えであるかということをお聞きしたいと思うのでございます。
#51
○谷(修)政府委員 医師数につきまして、今先生お話ございましたように、現在、我が国では人口十万当たりの医師数が百七十七でございまして、諸外国の例をお引きいただきましたけれども、いずれ人口十万当たりの医師数が二百を超えるというような見通しがなされているわけでございます。
 医師数の需給の問題につきましては、既に、昭和五十九年に将来の医師需給に関する検討委員会というのを設けまして、その当時、平成七年を目途として医師の新規参入を最小限一〇%程度削減する必要があるというような御意見がまとめられておりまして、厚生省といたしましては、これを受けて医学部の入学定員の削減を関係方面に働きかけてきたところでございます。
 また、今お話がございましたように、医師の需給ということに関係いたしましては、平成四年に医療法の改正、あるいはいわゆるゴールドプランに基づきます保健医療・福祉対策の充実等、医師の必要数に影響を及ぼす施策が推進をされてきたわけでございますが、先ほども触れましたように、人口十万対医師数が二百を超える見通しであるというようなことから、平成五年に改めてこの医師需給に関する検討委員会を設けまして、いろいろ議論をいただきました。
 その結論といたしましては、将来的には医師過剰が起こる可能性は高いと考えられるものの、この推計に当たった幾つかの前提条件、具体的には、医師一人当たりが診る患者数あるいは老人保健施設等の福祉サイドにおきます医師の勤務の増加あるいは基礎医学への医師の進出等のいろいろな前提条件の動向を慎重に見きわめて、しばらくの期間を置いて再度この推計値を検証して、改めてこの需給の問題について議論をすべきだということがその当時の御意見でございました。
 なおまた、その際にも、先ほど触れました、昭和五十九年の時点での医学部の入学定員の一〇%削減につきましては、特に公立大学の医学部においてまだほとんど手がつけられていないといったようなことで、大学関係者への最大限の努力をお願いしているというのが実態でございます。
#52
○栗原(博)委員 ちょっと私、質問を予告していない点を聞いて申しわけないのですが、私の聞きたいのは、医師が過剰になった場合、社会的にどういう問題が発生するかということをお聞きしたいのです。
#53
○谷(修)政府委員 医師の過剰の問題について、今先生もお触れになりましたように、医師が多ければ多いほどいいという意見も一方にはあることは承知をしておりますが、現実問題として、六年の医学部教育、さらにまたその後の二年の臨床研修といったような非常に長期間にわたる教育を受けて医師の資格を取得するというようなことを考えますと、やはり需要と供給との関係において医師の適正数というものがあってしかるべきだろうというふうに私どもは考えております。
 現に、諸外国におきましても、この医師の過剰対策といたしましては、我が国がとりましたような入学定員の削減、それから教育期間の延長、あるいは一部の国では外国人医師の流入の抑制といったような対策をとってきているわけでございまして、そういう意味で私どもとしても、医師の過剰ということが、はっきりそういう事態が来れば、やはりある程度必要な、何といいますか、規制という言葉が適当かどうかわかりませんが、規制策というものをとっていかざるを得ないのではないか。また、現在、医療費の問題あるいは医療施設の供給過剰といったような問題も言われておりますので、そういう意味でも医師の適正な供給というものは考えていかざるを得ないというふうに思っております。
#54
○栗原(博)委員 局長さんからお話もありましたが、五十九年に将来の医師需給に関する検討委員会ということで大学に約一〇%の削減を要請し、中にはもうそれを完了している大学もありますが、私立大学は大体低いし、地方の公立大学は大体ゼロのようなことを伺っているのです。
 文部省、お越しでございますか。文部省に、各大学の定員の削減状況はどのように進んでいるかということをお聞きしたいと思います。
#55
○木曽説明員 お答えいたします。
 この定員削減でございますが、昭和六十年度から実は行ってきているものでございます。現在どんな状況になっておりますかというと、数字的に見ますと、削減率が、全体の平均で七・七%削減されているということでございます。昭和五十九年度に八千二百八十名であった入学定員が六百三十五名の削減がなされており、現在、平成七年度の入学定員で見ますと、七千六百四十五人ということになってございます。
 内訳を見ますと、国立大学では一〇・五%の削減でございます。公立大学は残念ながらゼロ%ということになっております。私立大学は五・一%というふうになっております。
 以上でございます。
#56
○栗原(博)委員 たしか昭和四十五年ごろですか、過疎地域における医師が不足とかということでどんどん各県一つの大学をつくったということで、当初は、それだけの医療の過疎というものは脱却しておるわけであります。しかし、先ほど局長さんが仰せのとおり、やはり医師の過剰問題が出てまいるということですが、医師が過剰といっても、実際は不足をしているところもあるわけでございます。
 例えば、地域的なバランスの問題もありますし、医師がどんどん都市に集中しているということがありましょう。あるいは、医科大学があります地域においては、やはり医局という力は大変大きゅうございますから、大学に研究職員等の先生方が集中的に入る。あるいはまた、大学によっては、昔から伝統のある大学でありますと、その県だけではなくて、他の県に関連病院、要するに先生方を派遣しているというのもあるわけであります。あわせまして、過疎地域であるがゆえに医者がいないということ、都会にはどんどん医者が集まりますが、過疎では医療の不安にあえいでいるところがあるわけであります。
 そういうことについて、厚生省では、今後、医師の確保に対してどのような対応をお考えであるかということをお聞きしたいと思うのです。
#57
○谷(修)政府委員 確かに、医師が過剰の傾向に向かっているとはいっても、実際には地域的なアンバランスがあるということはおっしゃるとおりかと思います。
 私ども、過疎地域あるいは僻地というものを対象にいたしまして僻地保健医療対策というものを、昭和三十一年度から既に七次にわたって対策を講じてきておりまして、具体的には、僻地中核病院あるいは僻地診療所の整備あるいは僻地におきます医師の確保といったようなことに取り組んできているわけでございます。
 医師確保対策といたしましては、特に、従来から、僻地中核病院から僻地診療所に医師を派遣するとか、あるいは僻地に勤務しようとするお医者さんの就職あっせんをするといったようなことについての支援を行ってきておりますし、また、平成三年度からは、僻地勤務医師等の安定的な確保を図るということで、大学病院を含めて大病院等多くの医師がいる病院から一定期間医師を僻地診療所へ派遣する事業を行ってきております。
 また、平成八年度から、新たにこの第八次の僻地保健医療計画を策定するということで、総合的な僻地における医師確保も含めました医療確保対策というものを講じてまいりたいというふうに考えております。
#58
○栗原(博)委員 日本アルマナックというのですか、日本の全市町村の人口一万人当たりの医師の数というものが出た資料があるわけでありますが、これを見ますと、本当に医師は、集中しているところにはたくさんおられるけれども、全く皆無の市町村もあるわけですね。こういう中でいかにして医師を適正に配置するか。過剰でありながらも、過剰は一部の大都市である。寒村あるいはまた過疎の地域にいかにしてくまなく医師を配置するかということも、これからの文部行政、そして厚生行政に対して、私は大変必要なことだと思っております。
 特に、過疎地域はわかりましたけれども、学校を卒業したら、できたら学生に研修的なものを義務づける。すぐ医局に、学校にだけ置くのではなくて、やはり心の医療も必要ですから、温かい患者との接し合いとかも必要だと思うので、当然一人のお医者さんをつくるには相当の国費がかかっているわけですから卒業されたら義務づけるとか、そういう形で地方での医師を確保していただきたいと思うのです。
 また、地方のみならず、ある人口七、八万ぐらいの都市でも実は医師が不足しておる。これは、開業医はちゃんとおられますが、病院であります。私は新潟の新津というところでございますが、ここにも百から二百床の病院が二つほどあるのですけれども、大変医者が不足しておる。
 例えば、きのうも新潟県で、行政と大学で会議が開かれまして、新潟県で医師不足が深刻な問題である。新潟大学は、今定員百名でありますが、かつて百二十名。昔、新潟医科大学、旧制に近い大学であったわけでありますが、そういう関係で、例えば山形大学とか秋田大学とか富山薬科大学等は、新潟大学の卒業の先生方が大変たくさん教授に行っておられます。新大の医学部に入るのは大体三〇%でございまして、七〇%はよその県へ置くわけです。ですから、新潟大学の医学部の関連病院が約百二十あるように伺っているのですが、卒業しますとやはりみんな関連病院に送り出されますので、地元の新潟県内に残れる先生が少ない。だから、何かきのう会議で、ちょっと私、電話でしか確認していないのですが、いかに他の県の私立大学とかに行っている学生を新潟の方に引っ張ってくるかということで、そういう対策を真剣に実は議論しているそうでございます。
 先ほど文部省の方からの説明で、五十九年の検討委員会で一割削減だと、あるいはまた、今医師会ではもう一割ぐらい将来の医師過剰に対応してというようなことを御検討されているようでありますが、それはまた正しい面もあると思います。しかし、全国で一律に、特に国立大学は先ほどのお話ですともう一〇・五%削減されておるのですが、地域によって、私ども新潟大学の医学部をちょっと見ましても、県内の病院に行く先生が足りないということでございますから、やはり大学の歴史というものを考えながら、そしてまた、地域の医療にどのようにしてその大学の卒業生あるいは医局の方々が深く関与しているかということをよく御賢察くださいまして、この削減問題についてもう一度見直しをしていただかねばならないと思うわけであります。
 その点について、ひとつ御要望申し上げまして、文部省の方としてどのようにお考えであるか、ちょっとお聞きしたいと思うのです。
#59
○木曽説明員 お答えいたします。
 先生御指摘の、地域医療に対する大学の責任といいますか、大学への期待というふうに受けとめておりますが、ある意味で、大学は地域医療に対してもやはり大きな社会的な責任を持っておるというふうに考えております。そういう観点から、将来、その地域における医師の養成それから実際に病院への派遣、招聘等、可能な限り協力するよう各大学に要請してまいりたい、そういうふうに思っております。
#60
○栗原(博)委員 きょうは、あなたは課長さんでいらっしゃるから、お帰りになりまして、よく地方の実態、特に地方の公立大学が削減ゼロというのは何を意味しているかということも御賢察くださいまして、今後の行政といいましょうか、この検討委員会の説明を踏まえてひとつ適切に対応していただきたいと思います。
 そういう中で、七月ですか、行政改革委員会規制緩和小委員会で千九十一項目のフォローアップをした中で、特に四十項目について公開をされました。その中で医療について、営利企業が医業の経営、要するに病院経営をしようというようなのが出ているわけでありますが、こういうことについて厚生省はどのようにお考えであるかということをお聞きしたいと思います。
#61
○谷(修)政府委員 現在、規制緩和小委員会におきまして四十六の項目について御議論をされているということ、その中には営利法人による医療機関経営という問題があるということは承知をいたしております。
 御承知のように、現在の医療法におきましては、営利法人による医療機関の経営というのは認められていないわけでございますが、これは、私どもの考えとしては、医師は診察治療の求めがあった場合には正当な事由がなければこれを拒んではならない、あるいは患者を公平に扱うことが求められているというようなことで、医療は極めて公益性の高い事業であるということ。また、仮に営利法人によります経営を認めた場合に、無理な合理化による医療の質の低下、あるいはコストのかかる患者の切り捨て等不適切な医療が行われるおそれがあるのではないか。また、先ほど来お話がございましたような、僻地医療等のいわゆる不採算医療を期待することが困難なのではないかということ。また、利潤追求を目的とする営利法人が参入した場合に医療費の一層の増嵩というものが生ずるというおそれがあるのではないか。あわせて、現在の医療保険制度というものが公的な財源で賄われているということから医療保険財政に大きな影響を与えることになるのではないかというようなことから、医療につきましては非営利であることが適当との考えを持っているところでございます。
 したがいまして、医療について営利法人による経営を認めることは問題が多いと考えておりますが、今後、医療関係者等の意見も十分踏まえて慎重な検討が行われることが必要であるというふうに考えております。
#62
○栗原(博)委員 きょうは通産省もお越しでおられますね。通産省の肝いりでニュービジネス協議会があるわけでありますが、その一九九五年版の白書の中に、医療あるいは医療関連分野は大変閉鎖的であって、それを規制市場と位置づけて、それをオープンにすべきだというようなことを指摘されておるようであります。
 こういうことで、通産省は、この病院等に対する営利法人の経営を認めるべきかということについて、どのようにお考えであるかということをお聞きしたいと思います。
#63
○乾説明員 規制緩和に関しましては、委員御指摘の社団法人ニュービジネス協議会など、経済界におきましてもさまざまな議論が現在行われているということは十分承知をいたしております。
 私ども通産省といたしましても、こういった議論を踏まえまして、規制緩和に関しまして現在さまざまな角度から検討を行っているところでございます。その最中でございます。
#64
○栗原(博)委員 もう一度聞きますが、さまざまな角度から検討を行っておるということは、やはり医業に対して規制緩和で営利企業が参画したいということについて検討しているということですか。ちょっと聞き逃したものですから。
#65
○乾説明員 そういった御議論があることも事実でございますので、そういう議論の当、不当についても含めて、私どもの方で検討をいたしておる最中でございます。
#66
○栗原(博)委員 私は、医療というものは患者の生命と財産の維持を担うには大変重要なことでありますから、医師が営利法人に雇用されて、医療行為の決定に当たって、資本あるいはまたそういう人たちの意思によって医療行為が曲げられてはならない、要するに、利潤を優先した行為であってはならないと思っておるわけであります。あるいはまた、営利法人、企業でありますと、一たん利益が上がらないとすぐ安易に医療機関から撤退するとか、そういうおそれもありまして、大変問題が大きいと思うのです。
 例えば、これはこの質問に該当しないと思うのですが、ただ、一つの例として、この前フィリピンで、大阪の医者の理事長のせがれさんが役員をしている病院であるらしいのですが、そのせがれさんがあのような保険金の詐欺行為、それもよその国において日本人として大変恥ずかしいような行為をしているということ。あるいはまた、これも大阪の関係の人間が、新潟で弁天橋病院というのがありました。それはやはり乗っ取りといいましょうか、百床程度の病院で大変経営が苦しかったと思うのですが、そこに経営の専門家と称して病院に入り込んできて、そして手形をぱくるとか大変なことをして、その病院が実は倒産をしているわけであります。
 アメリカでは、今確かに医業の私企業の経営も盛んであるようでありますが、アメリカは日本と違って、オープンスタッフ制とかクローズスタッフ制という中で、アメリカの医師会が医師の独立性を貫くと主張して、治療代、その金について、第三者の手に、要するに民間に渡らないようにして、しかと自分たちがそれを管理するという、歴史的になかなか事情もあるわけであります。
 その中で、確かにアメリカでは営利企業もありますけれども、七〇年代から八〇年代に入りましてから、こういう民営の営利企業がだんだん撤退しつつあると言われております。中には、特にフロリダとかルイジアナ、テネシー、テキサス、こういうところには精神病院とかそういう中で一部シェアが高いところもございますが、最近のアメリカの中身を見ますと、いわゆる営利病院であっても、不動産とか建設会社とかそういう経営をしている人は、そういうもうけに比べて医者のもうけが少ないというように認識をしてあるようでありますし、あるいはまた、こういう営利企業が病院を経営をしますと優秀なお医者さんが集まってこないというような点もあるようであります。だから、概してアメリカでも営利企業が病院経営をしているというけれども、それは裏腹には、アメリカでは、やはり病院は本来非営利的なもので極めて公共性が高いというふうに実は認めているわけであります。
 そこで、今回、通産省の肝いりでこのような規制緩和というものが出されたわけでありますが、やはり利潤の追求のための無理な合理化による医療は質の低下を招くわけでありますし、そしてまたコストのかかる患者はもう切り捨て御免だというようなことにもなりかねないということであり、また僻地医療等について、採算がとれないから、じゃそこは病院はやらない方がいいとか、そういうふうに端的に走ることもあり得ると思うのであります。こういうことについて、医療のあり方は、先ほど申しましたように、本当に生命、健康にかかわることであるので、営利企業を病院に参画させることは極めて慎重に、慎重にせねばならぬと思うのであります。これについて、大臣の御所見を最後にお伺いしたいと思うのです。
#67
○森井国務大臣 栗原先生御指摘のとおり、私も全く同感でございまして、営利法人による医業経営というのは、私は認めるわけにいかないという立場でございます。
 私も閣僚の一人でございまして、政府の方針について全く知らないわけではありませんけれども、やはり厚生省の行います規制は人の命と健康を守るための社会防衛的な規制でございまして、経済規制とは異なっているという信念を私も持っておりまして、先生御指摘のような方向で厚生省としても取り組んでいきたいというふうに考えております。
#68
○栗原(博)委員 大臣のそのかたい決意を聞いて、私も医療の恩恵をこうむる国民の一人として安心いたしました。
 きょうは、通産省の乾サービス産業課長お越しでありますが、今の大臣のお考えをひとつしかととらえて再度御検討してください。
 きょうは、実は高木児童家庭局長もお越しでございますが、エンゼルプラン等についてお聞きしたかったのですが、時間がないので、またこの次の機会にひとつお願いしたいと思います。
 きょうはどうもありがとうございました。
#69
○和田委員長 山本孝史君。
#70
○山本(孝)委員 新進党の山本孝史でございます。
 前回の委員会に引き続きまして、本日もエイズ薬害問題について質問をさせていただきたいと思います。本日取り上げますのは、第四の感染ルートと言われております、血友病以外の患者さんへの血液凝固因子製剤によるところのエイズ感染及びその発症の問題でございます。
 昨年七月の読売新聞で、新生児出血症治療でエイズに感染をしたという一つの事例の新聞発表がございました。八五年に千二百グラムの未熟児で誕生した少女の、残念ながら肝臓の働きが悪いためにビタミンKの合成が不十分、そのために血液凝固因子の一部が不足して出血がとまらない、この未熟児の少女に対して輸入血漿を材料にした血液製剤が投与された、その結果エイズに感染をしたという事例でございます。日本新生児学会で産業医科大学の白幡さんが、これは主治医の先生ですけれども、発表されたというケースでございます。
 従来から、前回はずっと血友病の患者さんへの血液製剤によるエイズ感染問題をやったわけですけれども、そういう意味で、まず、厚生省はこういった非血友病患者への血液凝固因子製剤によるところのエイズ感染の事実、この問題をいつから認識をしておられたのか、その時期を教えていただきたいと思います。
#71
○松村政府委員 平成六年の六月に開催されましたエイズ感染者発症予防・治療に関する研究班、こういう厚生省でお願いをしております研究班におきまして、今委員御指摘の、新生児出血症の治療で血液凝固因子製剤の投与を受けエイズウイルスに感染した事例が初めて報告されたことによりまして、私どもも非血友病患者への非加熱血液製剤の投与によりますエイズ感染の事実を知った、こういうことでございます。(「委員長、ちょっと声が小さいからもっとはっきり言わせて」と呼ぶ者あり)
#72
○和田委員長 はい。答弁者、次から声を大きく出してください。
#73
○山本(孝)委員 松村局長、今のお答えですと、そうしますと、新聞発表とほとんど同時に厚生省はこういうふうな事実を知られたというふうに認識してよろしいのですか。もう一遍、その点を確認をします。
#74
○松村政府委員 やや時日に動きはあるかもしれませんが、ほとんど同時にというふうに考えていただいて結構でございます。
#75
○山本(孝)委員 非血友病患者にも血液製剤が使われているということは御存じだったのかどうか、その点をお聞きしたいと思います。
 いろいろな学術雑誌によりますと、止血のために血液凝固因子製剤が使われるのはかなり一般的な治療法だったというふうに言われておりますけれども、いつからこういうふうに血液製剤が血友病患者以外にも使われていることを御存じだったのか、そして、そういうふうな一般的な治療法であったということも御存じなのか、その二点についてお伺いいたします。
#76
○松村政府委員 繰り返すようで大変恐縮ですが、私どもは、非血友病患者に非加熱の製剤が使われていて現にこういうケースが発症したということについては、この研究の成果によって知った、こういうことでございます。
#77
○山本(孝)委員 そうすると、非血友病患者にも血液製剤が使われているということは知らなかった。学会雑誌には、そういうふうに使われることは一般的な治療法だったというふうに言われていて、お医者さんたちも、一般的なんだけれども、今ごろそんなことを言われても困るなというふうにおっしゃっているそうですが、厚生省としては、血友病患者以外にもこの非加熱血液製剤が使われているという事実はお知りでなかったのか。すなわち、去年の、そちらでいえば研究班の把握でもって初めてお知りになったのか、その前は御存じなかったのか、その点を確認します。
#78
○松村政府委員 凝固因子製剤は一般的には血友病の方々に使われることが多かったわけでありますし、そういった供給というようなことを考えて、私どもは、一般的には血友病の方に使われるものではないか、このように考えていたところであります。
#79
○山本(孝)委員 そうすると、こういう事態は全く予測をしていなかった。学会雑誌にいろいろ書いてあるというか、私も一つ一つチェックはしていませんので情報収集がどうだったのかという点に、多分厚生省に責任が出てくるのではないかと思いますけれども、それはちょっとおいておきます。非血友病患者にエイズ感染の可能性があることも全く予測をされていなかった、去年の事例でもって初めてそういうことがあったのだという御認識というふうに今受けとめをします。
 そうしますと、この昨年七月のケース以来、いろいろなケースとして、同じように胃潰瘍の手術をしたり、あるいは劇症肝炎であったという子供さんに投与をされて、そこに発病したというケースも出てくるわけです。こういう新聞などで報道されているそれぞれのケース、その内容について、厚生省の方は確認をされておられますか、この点をお伺いします。
#80
○松村政府委員 厚生省の研究班において報告をされた事例につきましては、把握をしております。
#81
○山本(孝)委員 そうしますと、今申し上げたような劇症肝炎の子供のケースあるいは胃潰瘍の手術を受けたというケース、この二つのケースについて、研究班での報告はなされているのでしょうか。いずれも新聞報道で出ている話です。
#82
○松村政府委員 私どもの把握しておりますケースは、新生児出血症、劇症肝炎、それからプロテインC欠乏症、この三つのケースについて把握をしております。
#83
○山本(孝)委員 今冒頭に御質問させていただいている御答弁の中で、こういうふうな非血友病患者にも血液製剤が使われている可能性があって、そこに発症しているのじゃないかという、かなり危険性が予測されるという点について、厚生省は昨年の七月まで、あるいは六月の研究会報告があるまで全く予測をしなかったということがはっきり言えると思います。違うのだったら後で反論してください。
 そうしますと、今いろいろ調査をなさっているわけだけれども、いろいろケースがあって、この血液製剤によるところのエイズ感染ということでないと友愛財団からの給付が受けられないという状況があるのです。
 大臣、ぜひここはお答えをいただきたいのです。いろいろと業界からお金を出し合って、血液製剤によるところのエイズ感染の被害者のために手当というような形で支給をするという形がありますけれども、本来的に、その血液製剤によるところの感染という事実が認定をされないとその対象になりません。今申し上げているケースは血友病患者ではありませんけれども、こういった方たちも友愛財団の支給を受ける対象に含めて早期に救済をしてあげる、その闘病生活を助けてあげるというのが厚生省の当然のお仕事だと思いますけれども、この点についての大臣の御答弁を求めたいと思います。
#84
○森井国務大臣 私も事実を聞きまして、これはエイズ発症患者と区別をすべき理由がない、したがって、同じように、今御指摘のように、友愛財団等からの給付も含めて扱っていかなきゃならぬなというふうに思っております。
 具体的には、事実関係の確認も要りますし、それから、判定委員会の判定も必要かと思いますけれども、いわゆる第四ルートにつきましては、私も、今山本先生御指摘のように、エイズ患者と区別をする理由は見当たらないというふうに判断をいたしておりまして、まだ結論は出しておりませんが、御指摘のような方向で処理をしていきたいというふうに考えております。
#85
○山本(孝)委員 発症していないともらえないわけですけれども、血液製剤によるところのものであるというところが認定されないとできないという点で、ちょっと大臣の認識が、ちゃんと教えてあげないと状況がよくわからないのです。だから、エイズ患者という問題と違うのです。答弁をもう一遍ちゃんとやってください。
#86
○森井国務大臣 言い方が間違っておれば訂正をさせていただきますけれども、非血友病患者につきましても、血友病患者と同じような血液製剤を使って発症すれば同じように扱っていきたいというのが私の気持ちでございまして、そのためには、事実関係の確認も要りますし、判定委員会等の判定も必要でありますが、最終的には御指摘のような方向で対処してまいりたいというふうに考えております。
#87
○山本(孝)委員 ぜひその方向で。しかも、昨年の六月からこういうふうに出ているケースですので、確認はそれぞれ研究班でやっておられるというお話ですけれども、多分、今調査がなされておられるその中で、こういうケースがもっとふえてくるだろうというふうに思いますので、ぜひ前向きにしっかりとした対応をしていただきたいというふうに思うわけです。
 それで、加熱製剤の認可、非加熱製剤の回収から十年たっている、その時点でいわゆる潜伏期が過ぎてエイズの発症をし出す、そういう症状を見せ始めるという中で、よくよく考えてみると、十年ほど前に、あるいはその前後にこういうふうな手術を受けて非加熱の血液凝固製剤が使われていた、その中でそういう話が出てくるというわけですね。
 この十年間、血友病患者に対しての血液製剤によるところのエイズ薬害問題については、裁判もあり、あるいはいろいろな議論もあり、エイズ予防法の議論もあり、そして、この国会の中でも取り上げられてきているわけだけれども、冒頭、松村局長の御答弁にあったように、昨年の七月にあるいは六月にそういう話が出てくるまで、全く血液製剤が血友病患者以外にも使われていることについて考えも及ばない、そこにそういうふうなエイズ発症の可能性があるということも考えてもみなかったということでしょう。もし違うのでしたら違うと言っていただければ……。そのとおりでしょう。
#88
○松村政府委員 私どもといたしましては、研究班の研究の結果、そういったことが実際にあるのだ、あったということを認識した次第であります。
#89
○山本(孝)委員 後で御質問させていただきたいと思うのだけれども、さっきから何回も研究班、研究班とおっしゃっている。厚生省という言い方ではなくて研究班という言い方をずっとされているので、その点を後でお伺いしたいと思います。
 その前に、最初に申し上げた白幡助教授、未熟児の女の子供の治療をしているその先生を中心に、この子が小児科、子供だったわけですから、全国の小児科の入院施設のある病院を対象に、九五年五月、ことしの五月ですけれども、調査をされておられる。その調査の中で、血液製剤を使ったことがあるのか、どのくらい発症している人がいるのか、検査をしたのかどうかという状況を調査されておられたわけですね。
 それで、この調査についてお伺いをしたいのですけれども、この調査というのは悉皆調査になっていない。六二・二%しか回収率がないわけですけれども、これは単なる実態調査なのか、あるいは、患者の特定をして、そこで感染の有無を検査をしてもらって、ひいては発症予防をするための手がかりにする、取っかかりにする調査なのか。昨年の六月に気がついてみて、どんな状態になっているのだろう、一遍実態調査をしてみようという単なる実態調査なのか、発症予防につなげていくための調査なのか、その性格によるのですね。この調査がどういうタイプの調査だったのか、その点をお伺いしたいと思います。
#90
○松村政府委員 私ども、こういう事実を知りまして、それで、これは非常に専門的な問題もありますし、事実を把握するためにも研究的にやっていただこうということで研究班にお願いをいたしまして、今委員御指摘のように、全国の主要な小児科の医療施設千三百二十五施設を対象にいたしまして、新生児出血等の患者に対する製剤投与の有無などの項目を調べているところであります。
 したがいまして、回答に当たりましては、調査対象医療施設が製剤の投与を行った患者のまず把握を行う必要があります。また、把握された患者につきまして実際に感染の有無について調べる、こういうことも調査の中で明らかにしておるところであります。
 これが悉皆であるかどうかという委員の御質問でございますが、私どもといたしましては、小児科の専門医、その主要な小児科の医療施設千三百二十五施設、こういうことでございますので、悉皆というとちょっと言い過ぎかもしれませんけれども、大多数は網羅されておるのではないかと思っております。
 また、これを発症予防のためにしておるのか、単なる実態調査なのか、こういうことでございますが、当然、この調査の間に患者が発見されれば、あるいは感染者が発見されれば、その方に対するカウンセリング等のフォローアップをお願いしておりまして、その意味では、十分に発症予防の努力も可能になると考えております。
#91
○山本(孝)委員 私も少しながら社会学をかじりましたので、実態調査というのをいろいろやりますけれども、普通の社会現象の実態調査ということでいけば、六二%も回収率があれば、これは御の字の調査なんですね。
 そうじゃなくて、今、発見されればそこから先は発症予防もできるじゃないか、発見されればというふうにおっしゃるけれども、だから聞いているのは、単なる実態調査としてどんなふうな状況になっているのかなという調査をされているのか、あるいは、目的として、小児科の病院の中でどのくらい使われていて、実際にだれに使われていて、そしてそれを検査してもらって、そして、もし感染しているということになれば発症予防、治療をするのだというふうに政策的に国の責任としてやっていこうといっているのか、そこのところを聞いているのです。確率の問題じゃないのです。姿勢の問題なんです。
#92
○松村政府委員 この種の調査といいますのは、どうしても調査客体であります医療施設、医療機関、こういった方々の非常な御協力をいただかなければなりません。また、その得られた結果につきまして、不幸にして感染していらっしゃるというような方があった場合に、こういった方々を上手に対処するために、どうしてもこういう専門家の御協力がなければうまくいかないということでありまして、私どもが行政的に実態調査を実施するよりも、こういった本当に専門の先生方の御協力をいただきながら実行することの方が結果はいいのではないか、こういうふうに考えてこの方法をとっておるところであります。
#93
○山本(孝)委員 実際に投与をした、あるいはその患者さんを診ておられるお医者さんの協力を得なければ調査ができないということ、それはそのとおりだけれども、私が聞いているのは、厚生省の姿勢を聞いているのですよ。
 あなたたちは、ちゃんと発症予防までつなげるような実態調査をやって、患者の把握に努めてやって、そして国民の命を守るというその極めて大切なところにあなたたちはしっかり責任を持ってやっているのか、単に研究班に調査をやらせているだけなのかと、そこを聞いているのに、あなたは全然答えていないわけです。だったら、六二・二%のものを何で一〇〇%にするような努力をしない。しているけれども、一〇〇%になっていないでしょう。その点、どうですか。
#94
○松村政府委員 先ほど来申し上げておりますように、私どももこの調査には全面的にもちろん支援を申し上げて、必要なお願いというようなこともしております。したがって、私どもは、これによって調査の目的は達せられる、このように考えております。
#95
○山本(孝)委員 違うって。支援を求めるなんて言っていることじゃないのだ。国が責任を持って、こういうふうに血液製剤で非血友病患者にも影響が出ているという点を踏まえて、薬務行政の中あるいは保健医療行政の中で厚生省が何をしているかということなんですよ。僕は、あなたの姿勢を聞いているのだ。あなたたちの責任を聞いているのだ。あなたたちが支援するというのは、それは、支援というのは研究班が調査をしているものを支援するという問題と違うだろうと言っているのだ。違うでしょう。そこのところ、私の質問に全然あなたは答えていないのだ。こればかりやっていると時間とられちゃうので困るのだけれども、違うと言っているのだ。
 大臣、そう思いませんか。大臣、今の話を聞いていてそう思いませんか。聞いている意味が、日本語が通じていないのだ、あなた。
#96
○松村政府委員 私どもが最初に研究班にお願いをした調査のことを私は申し上げておりましたが、そのほか、私どもは、その後、全国の都道府県に対しまして、血液凝固因子製剤によります非血友病の方でエイズウイルスに感染したおそれのある方の調査、こういうことを平成七年の九月二十七日付で全国の都道府県を通じてお願いをしております。
#97
○山本(孝)委員 その問題を聞く前にもう一つだけ聞いておきたいのですけれども、今もおっしゃった全国の全部の医療機関を対象にする調査あるいはこの小児病院を対象にする調査、いずれもそうなんですけれども、八七年以前に投与した事例を調査するようにというふうに、八七年というところまで置いているのですね。
 前回の委員会の質疑の中で、あるいはこれまでの御答弁ではっきりしているのは、八五年の十一月には非加熱製剤はすべて回収をされている、その報告を受けているのだと。報告の文書を出してくれと言っているのだけれども、きのうも厚生省は、それは今確認できませんといってまた逃げの一手ですけれども、八五年の十一月に回収されているというあなたたちの立場に立てば、八七年以前にというそこまで延ばさなくても、この間使われているわけはないのだからというふうに素人は素朴に考えるのだけれども、なぜ八七年以前というふうに置いておられるのか、この点はどうなんですか。
#98
○松村政府委員 私ども、調査に当たりましてお願いをいたしましたのは、各調査対象医療機関に対し、徹底的にカルテ等過去の資料を調べていただきたい、こういったことを期待いたしまして、幅広く調査できるように一応製剤投与の時期を設定した、こういうふうに考えております。
#99
○山本(孝)委員 なぜ幅広く設定をしているのかという点が今の答弁じゃ全然答えがなっていない。
 いずれにしても、その小児病院を対象にした調査は回収率が六二・二%しかない。申し上げているように、調査は全部の病院は返ってこなかった。返ってきた病院の中でも、私どもは投与しましたという三十何病院のうちで、実際にその患者さんを呼んでエイズに感染をしているかどうかという検査をしたというのはわずか一五%、六つの病院しかない。自分たちは投与したと言いながら、自分たちが責任を持って治療に当たっている、あるいは診ている人たちがエイズに感染しているかどうかということについて実際に調査をしたというのはわずかその一五%しかない。そういう状況にしかないというのがこの小児病院を対象にした調査になっているのですね。
 冒頭から申し上げているように、血液製剤によるところのエイズ感染のおそれが非血友病患者にもいっぱいあるということが明らかになってきている以上、それは十年も前にさかのぼるのだから、物すごいカルテを繰らなければいけないだろう。あるいは、その当時の患者さんのところに、あるいはお医者さんにその当時の投与の状況を聞かなければいけないだろう。その点は物すごい時間がかかるし、面倒くさいことだろうということはわかるけれども、しかし、実際に感染の有無をチェックする、あるいは厚生省としてはチェックをさせる、そして発症予防や二次感染の予防に努めていくというのは、これは当然お医者さんの道義的責任というか義務だと思うのですね。それを単に研究班がやるという話じゃなくて、厚生省がその立場に立ってしっかりとした指導をしていくというのが、私はまさにそれが厚生行政じゃないかというふうに思うのです。
 だから、ぜひ大臣にお伺いしたいのだけれども、とにかく事は急を要しているわけです。従来の国民一般の受けとめ方は、エイズにかかったらもう死ぬしかないのだというふうに思っているかもしれないけれども、残念ながら感染をしていても、ちゃんと発症予防、治療をすれば十五年も元気に生きることができる、そしてほかの子供さんたちと同じように学校に行くこともできる、それがこのエイズという病気なんですね。だんだん新しい治療法が発見されていくだろうから、今命を落とさなければ、将来また元気な体になることだって大いに可能性があるわけですね。それに望みをかけて生きているわけだから、こういう調査の回収も悪いし、厚生省もしっかりした姿勢を見せないし、そういう中で、結局泣きを見るのは患者だけだというのは、これはどう考えたって私はおかしい。
 だから、こういう調査にも全然協力をしないお医者さんがいる、実際に投与をしているのにそこで感染しているかどうかというチェックをするお医者さんも極めて少ない、この前いろいろこんなお医者さんの姿がありますといって大臣の御答弁との間にちょっと食い違いがあったわけだけれども、こういうお医者さんの姿を、森井大臣、あなたはどういうふうに思っておられますか、その点をお伺いしたいと思います。
#100
○松村政府委員 調査対象の医療機関といたしましては、十年前というような時間的な問題もありまして、担当していた医師の異動でありますとか、あるいはまたカルテの保存状況とか、こういうようなことでなかなか難しい調査であるわけであります。それは委員御指摘のとおりでありますが、そういう中で、私どもは、まず研究班を通じた調査をいたしまして、さらに都道府県を通じた調査をした。これは現在進行中でありますが、そういったことを通じて、全国の関係のある医療機関においては、血友病以外のエイズ感染の可能性のある方々の把握と、感染者がもしいた場合にはこの方々のフォローアップについて現在最大限の御協力をいただいておるものと思っております。
 またさらに、私どもといたしましても、エイズそのものにつきましても、二次感染の防止でありますとか発症予防、治療方法に関しまして、医師等を対象とした研修会あるいは情報提供を行っているところでございまして、こういったことを通じて、本当に難しい問題ではございますけれども、お取り組みをいただいておる、こういうふうに考えております。
#101
○森井国務大臣 医師のあるべき姿といいますかに関する御質問でございますが、これはもう申し上げるまでもありませんけれども、医師には高い倫理観あるいは豊かな人間性、社会発展に貢献をするという使命感と責任感を有することが求められているわけでございまして、その社会的責任あるいは使命を自覚して医療の提供に当たっていただきたいと考えております。
 山本先生御指摘のような医師もあるいはおるかと思いますが、世の中全般的に見ますと、私はやはり、医師の使命感に燃えた姿に期待をいたしておりまして、そういったお医者さんもいっぱいいるということを申し上げておきたいと思います。
#102
○山本(孝)委員 私、この前も申し上げましたように、百人が百人とも悪いと言っているわけではない。しかしながら、大臣、御就任なさって、あちこち病院も見に行かれて、立派なお医者さんの姿をごらんになっただろうと思うけれども、この前も申し上げたように、何でこんな医者がいるのというような医者が出てくるということも事実なんだ。
 今回も、自分たちの病院で血液製剤を投与して、ひょっとしたらそこでエイズに感染しているかもしれないという状況がある中で、一五%ですよ、一五%の病院でしか実際に感染の有無をチェックしないのですよ。一体それは何なのだ。ずっと患者たちに事実を隠しておけばいいだけなのか。
 厚生省の姿勢も、僕はそれしか見えない。御支援申し上げますとか、お医者さんたちにやっていただいていますとかとおっしゃるけれども、あなたたちの責任は一体何なのだ。そこはやはりきちっとやっていただかないと、やらせないと。それは、そのうちみんな発症して死んでしまうだろうと思っているのかもしれないけれども、そういう話じゃないでしょう。申し上げているように、発症予防すればちゃんと元気になるのだから、そういう病気なのだから、ちゃんとした対応をしてほしいというふうに言っているわけです。
 私は、全員が全員悪いと言っていない。しかし、残念ながらもしも自分のかかっている医者がそういう悪い医者だったらあなたどうしますかという話ですよ。大臣、あなたのお医者さんがあなたにその事実を教えなかったときに、あなたはどう思うかということです。それを今の厚生行政に頼ることができないのじゃないか。この前の質問から、私は常にその点を強く思うわけです。
 それで、さっきから何回もお答えいただいているけれども、小児の病院を対象に調査をした、その結果が上がってきた、今のような状況だった。それを受けて七月六日には、エイズ結核感染症課長名で、こういう結果になりましたということを、あわせて「同封の山田研究班長の手紙のとおり対応方よろしくお願いします。」と。課長はどういう対応をせいと言っているわけではない。同封の山田研究班の班長の手紙のとおり対応してくださいという手紙になっている。だから、この手紙の内容は実際の内容はない、「山田研究班長の手紙のとおり対応方よろしく」だから。一枚めくると、山田班長の手紙がついておって、そこには、集計結果はこのとおりであった、しかし、いまだ抗体等の検査が実施されていない病院がある、したがって、抗体の検査を実施しなさい、そしてまた、未回答の施設においては調査用紙の提出をお願いします。
 研究班の班長がこういう形でお願いをし、未調査のところは早くしなさい、出しなさい、検査をしていないところは早く検査しなさいという内容の上にかがみをつけて、別添、班長の言っているとおりよろしくやれという感染症課長の文書になっている。こんなもの、本来的にどう考えたって、本当に自分たちがこのエイズの問題に積極的に取り組もうとするのならば、自分たちの課長の名前で書いてある文書の中に、未回答の病院は早く回答しなさい、検査をしていない病院は早く検査をしなさいと書くのが普通だろうというふうに私は思う。
 それで、さっきから研究班、研究班とおっしゃっておられる。しかし、研究班というのは、そもそも厚生省が自分たちや何かのためにそこにつくっているだけでしょう。エイズ発症予防のための研究班をつくる、そのためにこの人を頭に据えて、そこで研究をさせる。どこまでいってもこれは研究という話であって、あるいは、発症予防もそうだろうけれども、実際にどうやってこれから対応していこうかというフォローアップの部分、みんなそれは研究班という、確かにお医者さんの専門的な知識が必要だろうということはわかるけれども、しかし、それを実際にやっていくのは、これはやはり厚生省の部局が責任を持ってやらないと、何でもかんでも研究班だ、研究班だと言われると、私はそれはやはりおかしいのじゃないかと思うのですね。そう思いませんか、局長。
#103
○松村政府委員 本年七月六日付の通知におきましては、都道府県を通じまして、各医療機関において自主的に投与事例の把握をし、検査、カウンセリング等のフォローアップを行うように依頼をしたところであります。これは課長名で依頼をしております。
 この種のことを行政が主体的に自分から行え、こういうことでありますが、過去の問題についての点検を命令するというような法的根拠がないというところもありまして、私どものお願い、行政指導、こういう形で自主点検を求める方法を採用せざるを得なかった、こういうことがございます。
 それからまた、研究班ということで、研究班の言うとおりやってくださいということを書いてあります。そのとおりでありますが、それは、これまでの経緯もございまして、これを研究的に対応するということで、それが最も実態に迫るいい道ではないか、このように考えてこのようにしたわけでございます。
#104
○山本(孝)委員 そうしたら、さっきから答弁の中で、研究班、研究班、何でも研究班にやらせているのだというふうにおっしゃるのだけれども、この間もお聞きした薬務局長にもう一遍お伺いしたいのだけれども、一九八三年六月、トラベノールから、こういうふうに製品を回収しました、エイズに感染しているおそれがあるのでこの血液製剤を回収しましたという回収の文書が厚生省に届きました。八三年六月だったと思いますけれども。この文書を受け取った厚生省としては、その研究班、今もう金科玉条のごとくにおっしゃっている研究班にお見せにならなかった。その点は一体どういうふうに理解をしたらいいのですか。この点について、もう一遍答弁を求めます。
#105
○荒賀政府委員 ただいまのトラベノール社からの製剤回収報告について、当時はエイズ研究班、これはまた当時の別の研究班でございますが、その研究班に報告したかどうかは確認ができないというふうに御答弁を申し上げておるわけでございます。
 この研究班は、今先生からもお話がございますが、当時のエイズ研究班といいますのは、国の予算措置によりまして実施をしております。研究費の補助でございまして、この血液製剤についての我が国のエイズ対策を実施するに当たって最新の知見が不可欠だということで、当時、関係分野の学識経験者を集めて研究をいたしたわけでございます。
 そのときに、今お話のありましたトラベノール社からの製剤の回収について、報告したかどうかの確認ができないわけでございますけれども、その場合に、例えばエイズに関する新たな知見が出ておるとか、そういうことであったとは考えておらないわけでございまして、何度も申し上げておりますが、エイズ研究班には報告したかどうか確認はできませんけれども、このトラベノール社の回収の事実について、それが、研究班に報告をしなければいけないようなエイズに関する新たな知見が出ておったというふうには考えておらないわけでございます。
#106
○山本(孝)委員 きょう、短い時間ですけれども、こうやって話を聞いていますと、今の御答弁もそうだけれども、厚生省としては全く責任を回避しようとしている。自分たちでちゃんとした対応をしようとしているとは全く思えない。当時、エイズのそれだけの知見がなかったといっても、これほどの大きな事実を、何でも研究班に、研究班にとおっしゃっている中で、もちろん違う研究班ではありますけれども、なぜその研究班に出さなかったのかというのは、やはりこれはおかしい。
 あなたたちはあなたたちなりにそのときの判断でやっておられるのだろうけれども、これはこの前からずっと話が残っていますけれども、やはり持永さんあるいは松村さん、そして安部さんという当時の関係者の皆さんを参考人としてぜひお呼びいただく、これはこの前から御要望をしているわけだけれども。やはり、本当のことを言っていただかないとこの話は進みません。何回も薬害が繰り返されて、薬事法も改正されて、こうやって何度も同じ話が起こるのというのは、私たち国民の側としてやはり納得ができない、私はそういうふうに思います。
 それで、二、三、やるかやらないか、できるかできないかということでお尋ねをさせていただきたいのです。
 血液製剤を納入された医療機関、これを製剤会社の方から名前を教えていただいて、ここで使われただろうとそこを集中的に今調査をなさっておられるということになるわけですけれども、今回も、前回の小児病院を対象とした調査で見ても回収率はそんなにもよくはないだろう。恐らく、そこで検査をしているという部分もそんなに高くはないだろう。取りまとめの調査だから、これは十日が締め切りですので今の時点ではまだ内容はわかりませんけれども、私はそういうふうに勝手に予測をしています。
 そうすると、病院側から今調べをしていこうと、もう一度悉皆調査というか、そこで感染が見つかれば発症予防もしていただけるだろうというぐらいの消極的な姿勢でしかないわけだけれども、我々にとってはきょうあしたの命がかかっているわけで、であるならば、こちら側から、すなわち患者の方から自分たちはそういうことを受けたことがあるのかどうかということも含めてわかるように、病院の名前を公開したらどうですか。そして、この時期にこういうことで手術を受けた記憶のある人はぜひみずから保健所等に赴いてエイズの感染の有無についてチェックをしてください、国の方ではそこまで調査の手は行き渡りません、ぜひ皆さん自分たちの方でみずからの命は守ってくださいというぐらいの姿勢になるのじゃないですか。
 そもそもこの病院の数にしたって、血友病患者の治療を受けていた病院がほとんどだろうから、大体病院名はわかりますね。だから、ある意味でいけば、この時期に手術を受けている人はぜひというぐらいの広報活動というか、そういうお願いを厚生省としてしていいのじゃないか、そういうふうに思いますけれども、その点、どうでしょう。
#107
○松村政府委員 具体的な医療機関の名前の公表ということの御指摘でございますけれども、これにつきましては、医療機関を公表いたしますと感染の可能性のある個人が特定されるおそれというようなものがございまして、現在のところ公表は適当ではない、このように考えております。
 また一方、実際の医療機関、協力をしていただいている医療機関にとりましても、私どもは、医療機関が自発的に私どものお願いに対応して協力をしていただく、それでなければもうその手だてがないわけですね。そういう問題でもございまして、医療機関との信頼関係ということもございまして、個別の医療機関名の公表というものはなかなか困難である、このように現在考えておるところであります。
#108
○山本(孝)委員 だから、医療機関が頼りないから、そこへ任しておいたら、厚生省に任しておいたら我々は自分の命を守れないから、そういうふうに逆に公表してくださいと言っているわけです。何でもかんでも自分たちがやれるのなら、あなたたちが責任持ってやってくれるのならいいが、やってくれないということがはっきりしてきているのだから、ちゃんと患者の側にもそれなりの情報を与える。全部自分たちが秘密を握っているというか情報を握っていて、それは大和銀行と一緒じゃないですか。ずっとそうやってやっている。そして、どうにもならなくなったらぼんという形でしょう。そうじゃなくて、ちゃんとこっちの患者の側に時間があるうちに、一刻も早く患者側にもそういう選択ができるように、こちらの立場も考えてくださいということを言っているわけです。そうでなければ、やってくれるのならいいよ。やってくれないということがわかっているから、私はやってくださいと言っているわけです。
 もう一点、中央薬事審議会が本来的にはこういう薬害の防止をする機関であるというふうには理解していますけれども、今、医薬品安全性確保対策検討会というところで、第三者機関として、医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構をもうちょっと改組して薬害防止のためのシステムができないだろうかという検討を、ついおとついですか、中間の取りまとめの報告をいただきましたけれども、ここのところも、なぜ中央薬事審議会ではだめなのだと、だからこういう機構にするのだ、あるいはこういう機構にすればもっとよくなるのだということでいろいろ議論がなされただろうというふうに推測をするので、ぜひこの検討会での審議内容を公開していただきたい、そういうふうに思います。いかがでしょうか。
#109
○荒賀政府委員 医薬品安全性確保対策検討会の関係でございますが、昨年の十月に発足をさせまして、今先生がお話しになりましたように、去る十一月六日に中間的な報告をいただいたところでございます。
 この審議内容については、その都度、概要についてプレスの発表などをいたしておりますが、平成七年九月二十九日の閣議決定がございます。「審議会等の透明化、見直し等について」というのがございますので、この閣議決定の方針に沿いまして透明化を進めていきたいというふうに考えておりまして、この取り扱いについては審議会自体が決めるということになっておりますので、次回の検討会にお諮りをいたしたい、そのように考えております。
#110
○山本(孝)委員 質問時間が終わりましたが、きょうの質疑で皆さんおわかりのとおり、厚生省としては国民の命を守ろうという積極的な姿勢は全く見えない、自分たちで秘密を握りつぶそうという形にしか私には見えません。そういう意味でも、国民の側に自分たちでみずから健康と命を守れる体制をぜひつくっていただきたい、そのために検討会の審議内容も公開をしていただきたいというふうに思います。
 あわせて、病院の窓口で私たちはお薬をもらうけれども、その折に効能書きも一緒に交付をするというような義務づけもぜひ検討をしていただきたい。我々がどういう薬を自分で飲んでいるかわかるように、そういう公的な何か機関をつくっていただいて、例えば電話をかけて、こういう薬をもらったけれども、どういう内容ですか、どういう副作用がありますかということに答えられるような、そういうシステムをぜひつくっていただきたいというふうに思います。
 お聞きしますと、一日に十本ぐらいの電話がかかってくるとおっしゃっているけれども、私は、全国の病院の窓口に、あなたの飲んでおられるお薬で何かお問い合わせがあるときは、直接医者に聞きにくいという人もいっぱいいるだろうから、ぜひこの電話番号に電話してくださいというような、こういうポスターなりステッカーを張っていただいて、気軽に、私はどういうことでこの病気でこの薬を飲んでいるのですかと。それでがんがわかるからどうだこうだとおっしゃっているけれども、がん告知の問題も含めて、もうちょっと医者と患者側の問題点を考え直さないといけないし、本来的に厚生行政というものも、まず国民の命を守るというその観点をしっかりと押さえた行政というものをしていただきたいというふうに思います。
 きょうの御討議、極めて私への答弁は不満足なので、その点、今後ともに御質問をさせていただきたいということを最後に申し上げて、質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
#111
○和田委員長 坂口力君。
#112
○坂口委員 ただいまエイズにつきましての議論がございましたが、私も引き続きましてエイズのことを少しお聞きしたいのと、あと、薬事法の改正につきましてお聞きしたいと思いますので、よろしくお願いをいたします。
 血友病患者の皆さんのエイズ感染の経過を静かに振りかえってみますときに、先日の委員会でもお聞きをいたしましたが、厚生省の対応のおくれが二千人に及ぶ患者の発生を生んだということは紛れもない事実でございます。しかも、これだけの対応のおくれがありながら、そして多くの犠牲者を出しながら、だれ一人として責任をとった人がいないというこの現実を一体どう見るかということではないかと思うわけでございます。昨年末現在で確認されました血友病患者の方だけの発症数が四百八十五名、そして死亡者は三百十六名、恐らくこの数字は現在もう少しふえているものと思われます。
 この問題は、二十世紀におきます厚生省の最大の汚点になったと私は思わざるを得ません。現在の局長さん方にこの問題をお聞きしますのは私も甚だつらいわけでございます。しかし、厚生省が継続をいたしております以上、現在の局長さん方にお聞きをする以外にないわけでございまして、そこはひとつしっかり受けとめてお聞きをいただきたいと思います。
 先般も、一九八三年八月、すなわち昭和五十八年の八月でございますが、厚生省は、衆議院、参議院の厚生委員会あるいは予算委員会におきまして、時の坂本薬務局長さんが血液製剤の非加熱製剤から加熱製剤への転換のための早期開発の指示をしたというふうにお述べになったわけでありますが、そのことをただしましたところ、いや、それはしていない、トラベノール社一社に対するものであったという答弁でございました。
 私は、一九八三年の八月という時期は、もうそのころは、大体エイズという病気はウイルスで、そして血液を介して伝染するものであることは多くの人が知っていた時期でありますから、早期開発の指示をそのときにしたとしても決して早過ぎたということはない、むしろ遅きに失した時期ではなかったかと思いますが、そのことまでも引っ込められてしまった。このことは将来に大きな禍根を残すことになるのではないか、厚生省のためにも悔やまれてならないわけでございます。
 しかし、そのことは、先日そのように答弁をされましたので、きょうお聞きをいたしましても違う答弁をお聞きできるとは思いません。恐らくまた同じように答弁をされるものと思いますから、そのことはもうお聞きをいたしませんけれども、それならば、厚生省が各メーカーに対して開発を指示をしたのは、本当にしたのは大体いつごろだったのか、そのことをひとつお聞きをしたいと思います。
#113
○荒賀政府委員 時系列で申し上げますと、昭和五十八年の三月に、アメリカで、B型肝炎ウイルス対策として、加熱処理をされました濃縮製剤が承認をされたわけでございますが、これはあくまでも、まだ当時はエイズの原因というものがはっきりしておりませんで、それが血液製剤を介して伝播をするということもまだわかっていなかったわけでございます。したがって、アメリカにおきましても、B型肝炎ウイルス対策として承認をされたというふうに承知をしておるわけでございます。
 その後、同年六月に、エイズの実態把握に関する研究班を発足させまして、実態の把握あるいは診断基準の作成等について研究を始めたわけでございます。
 それから、七月になりまして、血液製剤協会を通じまして、この輸入血液製剤等につきまして、同性愛者あるいは麻薬常習者等のエイズのハイリスクグループから供血したものではない旨の証明書の添付を血液製剤メーカーに指示をいたしたところでございます。今お話のありましたトラベノールの関係につきましても、五十八年の八月に相談がございましたときのことをこの前るる御説明を申し上げたとおりでございます。
 その後、同年の十一月でございますが、厚生省が血液メーカー、製剤メーカーに対しまして、加熱製剤の審査方針を示すための説明会を開催いたしたわけでございます。
 このようにいたしまして、この臨床試験についての扱いを、昭和五十八年、一九八三年の十一月でございますが、このときに審査方針を示して、そして翌年二月から日本におきまして加熱処理の濃縮製剤についての治験が開始をされた、こういう経過でございます。(坂口委員「千九百何年ですか、昭和ですか」と呼ぶ)濃縮製剤の治験の開始が行われましたのは、昭和でいいますと昭和五十九年、一九八四年の二月に、各社が加熱処理をされた濃縮製剤についての治験を開始したということでございます。
#114
○坂口委員 ちょっとこちらが聞いておりますことと答弁と違いますけれども、まあそれはいいです。
 いずれにしても、この時点でトラベノール社、現在のバクスター社ですね、このバクスター社が申し出をしておりますが、この申し出をしましたときには、アメリカにおきましてトラベノール社は加熱製剤の承認をもう得ていたときでありますから、アメリカでもう承認を得ておりました、すなわち、実験を終わっておりますトラベノール社に対してその早期開始を指示したというのは、前後からいきましておかしな話であります。もうこのときには既にアメリカでは承認を受けて、トラベノール社は一九七〇年代後半には加熱製剤の研究を始めてずっとやっていたわけでありますから、どうもその辺は合点がいきません。
 最近、これは新聞情報でございますが、このトラベノール社、バクスター社は、今回の和解勧告が出ましたときに、六対四の国の負担割合をもっとふやすべきだというふうに主張しているということが新聞に出ておりますけれども、これは、トラベノール社すなわち現在のバクスター社からしてみれば、そのときに承認さえしておいてくれればそんなに多くの犠牲者を出すことはなかったのに、それから二年間もほっておかれたではないかという不満があるものではないかと私は思うわけでございます。
 この問題はもうこれだけにしておきたいと思いますが、私はこれで理解をしたわけではございません。厚生省のためにも大変残念な結論だというふうに思っております。
 それで、先ほど山本先生からも議論がございましたけれども、血友病患者の方以外の皆さんに対するエイズの感染経路、これを、先ほどこの議論を聞いておりましたが、平成六年の七月に研究班の報告を受けて初めて知ったというふうに先ほど答弁がございました。
 しかし、考えてみると、この第VIII因子にいたしましても、第IX因子にいたしましても、これは血友病の皆さんにも使ってはおりましたけれども、血友病だけの血液製剤ではございませんで、ほかの出血性素因のあります疾患には有効な製剤でありますから、第VIII因子、第IX因子の血液製剤というのは、使われているのは当然でございます。これは松村局長さんも十分御存じのとおりだと思うわけです。
 ですから、平成六年の七月に研究班で初めてわかったというのは、これはこの第四ルートで患者が存在するということを初めて知ったという意味であって、この第四ルートが存在するということは厚生省としても早くから御存じであったと私は思うのですが、いかがでしょう。
#115
○松村政府委員 先ほども申しましたように、私どもは、この研究班の結果を見まして初めてそういう例が本当に存在するということを理解いたしました。
#116
○坂口委員 薬全般そうでございますが、血液製剤もさまざまな分野で使われておりますことは、厚生省全般と言ってもいいと思うのですけれども、特に薬務局なんかの皆さんはよく御存じだと思うわけです。血液製剤がどんな分野で使われているかというようなことは生物製剤課の皆さん方はよく御存じなわけでありまして、この非加熱製剤にしろ加熱製剤にしろ、血液製剤が血友病だけの製剤ではないということは、私が申し上げるまでもなくて、皆さんの方がよく御存じなわけであります。
 ですから、こういう血友病の患者さんの皆さん方にエイズが発生をしたということが起これば、当然のことながら、ほかの分野に使われているであろうその人たちにも起こるであろうことは、その時点で気づかれたことは間違いないと思うわけです。それを平成六年の七月まで、研究班の研究が出るまでわからなかったというのもこれまた、もしもそれが事実だといたしましたら、日本の国民の健康を守る厚生省としてはいかがなものか。余りにもこれはお粗末ではないか。それで本当に日本の国民の健康を厚生省に任せていいのかという議論になるだろうと私は思うのです。
 初めの、この早期開発の指示を云々の話と同じように、とにかく平成六年の七月ということでいこうということに厚生省はしておみえになるのでしょうから、その議論は、ここは議論にしておきたいというふうに思いますけれども、それはやはり通じない話でありまして、もっと早くからこれはわかっていなければならない話でございます。
 そのことよりも、きょうは時間がありませんから、そこで、不幸にいたしまして、この第四ルートで、現在数名でございますか、もう既に患者さんが出ているわけでございます。だから、感染者はその何倍いるかわからないわけでございまして、先ほどから議論のとおりでございます。
 山本先生の議論にもございましたとおり、その第四ルートによる患者さんに対します救済措置、これにつきましては血友病の皆さんと同じような救済措置をすべきだということを私も思いますが、もう一度、これは大臣からひとつ正確にお答えをいただきたいと存じます。
#117
○森井国務大臣 私は医者でないものですから、今坂口先生から御指摘がありましたように、血液製剤を使って血友病患者の治療に当たったということはそのとおりでございますけれども、それ以外の治療にも使えるということにつきましては今先生から御指摘がありました。厚生省の方は知らなかったということでございまして、これはもう不明をおわびするしかないというふうに考えておりまして、私も、これは反省しなきゃならぬ、今後の厚生行政にも役に立てなきゃならぬということであります。
 今御指摘の問題につきましては、先ほど山本委員にもお答えをいたしましたけれども、非血友病患者の方々が血液製剤を使ってエイズに感染をしたということになれば、これは区別する理由がないと思っておりまして、私といたしましては、やはり事実確認とかあるいはその判定の問題はありますけれども、そういった経過を経た上で、同じように扱っていくべきであるというふうに判断をいたしております。
#118
○坂口委員 ありがとうございました。ぜひそのようにお願いいたします。非常に高額の医療費に悩んでおみえになる方がお見えでございますので、ぜひともひとつ早急にこれは決定をしていただきたいと存じます。
 さて、時間がございませんから、薬事法の改正でございますが、この薬事法の改正の中間報告でございますか、拝見をいたしましたが、何をどのように改正をしようというふうにしておみえになるのかということがどうも余り明確に伝わってまいりません。
 内容を拝見をいたしますと、「ソリブジンによる副作用問題等を契機」こう書いてございますが、ここでエイズという言葉はございません。サリドマイドやキノホルムが発生をいたしまして、それ以後、この薬剤につきましての問題が大変な問題になった、そして改正をされたが、しかし、その改正が十分に生かされていないというのが裁判所の意見でございます。今回、またこれが改正されるわけでございますが、当然のことながら、エイズという大きな出来事があったわけでございますから、このことを踏まえて薬事法の改正というものはあってしかるべきと思うのですが、どこをどのように改めようとしておみえになるのか、ひとつお答えをいただきたい。
 結論につきましては、今中間ですから結論はわからないということを恐らくおっしゃるだろうと思うので、それはそれで結構でございます。しかし、何をどのようにしたいと思っているのかというところをひとつ教えていただきたい。
#119
○荒賀政府委員 ただいま先生からお話がございましたように、医薬品安全性確保対策検討会におきましては、去る十一月六日に中間的な意見の取りまとめを出していただいたわけでございます。これについてはまだ、今お話しの、薬事法のどういった改正をやるのかというのはこれから議論をしていただくということになっておりまして、その前段階として当面公的な関与、つまり、これは厚生省の関係と医薬品機構の充実ということをうたっていただいておりますが、そういった公的関与を充実する方策について主として提言をいただいたわけでございます。
 この内容につきましては、基本的なスタンスとしては、新薬を開発し、治験とか承認審査、あるいは市販に至りました後のそれぞれの段階の安全性のレベルを高めていくということで総合的な安全性確保対策を講じようということが目的になっておるわけでございます。
 今回、この中で、公的関与といたしましては、先生御承知のGCP、臨床試験の実施基準というのがございますが、この関係の適正な運用を推進していくとか、あるいはGCPの調査の強化をいたしますとか、データベースあるいは情報提供の充実、そういった主として予算面での施策の充実が必要だというのが一点ございます。
 もう一点は、人員の関係で、諸外国に比べてもこの審査体制等については質的にも量的にも拡充が必要だということで、厚生省自体の体制強化が必要であるということとともに、医薬品副作用被害救済・研究振興調査機構の活用を図るということが提言をされておるわけでございます。
 今後の予定といたしましては、来年の一月を目途に、薬事法を含めた制度改正についての提言をしていただくべく今審議が継続をされておるわけでございます。したがいまして、私どもとしては、その提言を受けまして法律改正の提案など所要の措置をしてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
 そこで、今先生からお話のございましたソリブジンといったこともあるけれども、血液製剤の問題、これも念頭に置くべきだという御議論、我々もそのとおりと承知をしておりまして、今議論をしていただいております制度改正の中身については血液製剤の安全性確保対策も含めていろいろな御議論をしていただく、このように考えておるわけでございます。
#120
○坂口委員 最後に、もう一問だけつけ加えておきたいと思いますが、先ほども、また前回にもお聞きをしましたが、一九八三年にトラベノール社が、原料血液の中にエイズ感染者のものが含まれていたので回収をしたい旨を厚生省に申し出をいたしまして、回収をいたしました。そして、一九八三年八月に問題のロット、すなわちエイズ感染者のものが含まれている可能性のあります血液製剤を米国に返送した旨の報告書を厚生省に提出をいたしました。この自主回収につきまして、文書として提出すべきかどうかを厚生省薬務局安全課に問い合わせをしたということをトラベノール社は言っております。これに対しまして安全課の担当官の回答は、提出には及ばないというもので、その理由として次の三点を挙げたとトラベノール社は言っております。
  第一に、エイズ研究班の報告では日本のエイズ症例ではないかと疑われたケースについては未だエイズと断定されていない、つまり日本にはまだ患者がいないこと、第二に、エイズの原因が未だ解明されてなく、濃縮製剤の使用とエイズ罹患の因果関係は証明されていないこと、
 ここまでは、そうだと言われればそうだということになるのかもしれません。問題は第三でございます。
  第三に、医薬品の副作用とは当該医薬品成分の薬理作用から生じるものをいい、異物の混入は副作用には該当しないこと。
 こう言われた。そして、提出は要らない、こう言われたのでしなかったと、トラベノール社は裁判所に提出をいたしました文書の中で書いているわけでございます。これは、私は直接聞いたわけではございませんからわかりませんけれども、これはトラベノール社がこういうことをきちっと書いて、正式の文書として出しているわけでございますから、いいかげんな文書ではないというふうに思っております。
 そこで、この「副作用とは当該医薬品成分の薬理作用から生じるものをいい、異物の混入は副作用には該当しない」、異物の混入は、いわゆるエイズ菌なんかの混入は副作用には該当しないというお考え、これは今もそのお考えでしょうか。それとも、今はそうではないというふうに思っておみえですか。この部分につきましては、私、きのう質問をしましたときには申してありませんので、ちょっと御相談をいただいてお答えをいただきたいと思います。最後の質問でございます。
#121
○荒賀政府委員 副作用といっておりますのは、医薬品が適正に使用されたにもかかわらず出てまいります有害な作用でございますので、ただいま先生からお話がございましたように血液製剤の中にエイズウイルスが混入をしておる、それに伴うものについては、これは副作用とはいっておらないわけでございます。
#122
○坂口委員 厚生省が、どうも歯切れが悪い、我々の責任ではない、法律には違反をしていない、何かそんなにおいがしてならないわけでございますが、この一文を見まして、なるほど、厚生省はこういう考え方をしているからエイズの菌がその中に入っていても我々の知ったことではないみたいな態度をとっておれるのかと私は思ったわけであります。
 しかし、このことは大変な問題を含んでいる。もし今回この薬事法の改正をするということであるならば、この部分を見直すことがなければ何のための見直しかわからない。再びこれと同じことが起こってくるのではないだろうか。こういう細菌でございますか、すべて細菌を血液製剤の中からゼロにしろというのはなかなか難しいことかもしれません。しかし、特定の、生死にかかわるようなウイルスが含まれていてもそれは副作用には該当しないという立場をとるということは、これは許しがたいことだと思います。
#123
○荒賀政府委員 今回の薬事法の改正、今議論をいたしておるわけでございますが、このような、血液製剤の中に本来あってはならないようなウイルスが混入する、これは血液製剤の特殊なところから、常に注意を払わなければならないわけでございます。
 しかしながら、未知のウイルスが混入をしているという危険性を全く排除するというわけにもなかなかまいらないところに問題がございますので、我々としては、そういったことについて、一つは、常に血液製剤の安全性、それから、ウイルスの問題が世界で起きていないかどうか内外の最新の状況を把握するということはもちろん必要でございますし、それから、そういったことについて最新の検査方法を開発をする。それでもなお判明をしたときに迅速な対応がとれるようないろいろな法的措置が現在もあるわけでございます。
 しかしながら、例えば今回のエイズの、血友病の問題で我々がひとつ検討をいたしたいと思っておりますのは、先生からも今お話がありました、外国でそういった薬が開発はされておる、しかし日本でそれをチェックいたしますと臨床試験にたえられるだけのデータがそろっていない、これはまさにトラベノール社の場合がそうであったわけでございます。したがって、日本の薬事法の体系からいえば、これはどうしても必要最小限の臨床試験をやらざるを得ないということで、五十八年の十一月にそういった指示を各社にいたしたわけでございます。
 しかし、十分な安全性が確認をされていないけれども、緊急にそれを輸入することが必要なケースが将来もし出てくるような場合に、果たして法制度上どのような措置がとれるのか、これは非常に難しい問題がございます。いわば薬事制度の根幹にかかわる、安全性を臨床試験で確認をするという手続を省略する、あるいはそれを完全でない形で承認をするということが果たして可能かどうか。しかし、どうしても緊急性がある場合に、安全性の十分な確認ができないままにそういったことを、例えば緊急輸入のような形でできるのかどうか、そういうことも含めて我々は真剣に検討いたしたい、このように考えておるわけでございます。
#124
○坂口委員 もう一点だけ。薬務局長さん、異物の混入は副作用には該当しない、この部分について、最重点研究課題としてひとつお取り組みをいただきたい。お願いだけしておきたいと思います。
 これに対して御回答いただいて、終わりにしたいと思います。
#125
○荒賀政府委員 最大限研究をいたしたいと思います。
#126
○坂口委員 ありがとうございました。
#127
○和田委員長 赤羽一嘉君。
#128
○赤羽委員 新進党の赤羽一嘉でございます。
 本日は、与えていただきました時間内で、私は、阪神・淡路大震災からの復旧・復興事業に関する幾つかの案件について質疑をさせていただきたいと思います。
 阪神・淡路大震災、発生してはや十カ月の月日がたとうとしておるところでございます。東京では、例えば阪神地区の鉄道がすべて開通したことをもって、何となく神戸復興、神戸復旧は終わったのだなとか、また、八月の今回の内閣改造人事では阪神・淡路大震災でできた地震担当大臣のポストが廃止されたことによって、何となくこれで復旧・復興事業も終わりなのかなというような印象が強いわけでございますが、私も地元選出議員の一人として地元を歩いておりますと、確かに解体は進み、町は何となく以前よりは落ちつきを取り戻した。しかし実際は、仮設住宅には約十万世帯の人がまだ住み続けておる。一人一人の被災者の生活再建に対しては具体的な施策がとられていない状況が今の正直な神戸また兵庫県の状況であると思います。
 恐らく、本委員会で細かい点等々については質疑がされているケースは少ないと思いますので、きょうは二十分間でございますが、この点について幾つか質問をさせていただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 まず、応急仮設住宅について伺いたいと思います。
 今話しましたように、約二十万世帯の人が家を一部損壊、半壊、全壊、全焼、半焼し家を追われ、そのうちの約十万世帯に対して四万八千戸の応急仮設住宅がつくられ、また一万二千戸の公営住宅の提供が行われたわけでございます。現在も、ほぼすべて入居中だという認識でおります。
 この件につきましては、厚生省、非常に御尽力をいただいて感謝しておる次第でございますが、今、仮設住宅の入居者の一番の不安というのは、どうも仮設住宅というのは二年間で終わりらしい、二年後はどうなるのか。建築後二年間というともう十カ月たつと、あとそんなに遠い話じゃない。そろそろ、出されるなら出されるでいろいろ考えなければいけない。この点について、まず現状どうなっておるのか、二年間で出なければいけないのかどうかについて御確認をしたいと思います。
#129
○佐々木政府委員 災害救助法によります応急仮設住宅、これは期限が二年になっておるわけでございますが、現在、大勢の方々が住まわれておるわけでございますが、二年たった後はどうなるのだろうか、いろいろ御心配があるということでございます。
 私どももそういう問題意識は持ってございますが、これは御案内のとおりで、応急仮設住宅につきましては、被災者に対しまして簡単な住宅を仮設する、そして一時的な居住の安定を図ることを目的としておるわけでございまして、また、二年ということにつきましては、建築基準法におきます応急仮設建築物の存続期間が二年と決められておりますことを考慮しまして最大二年ということで、まさに応急的な救助の一つということで提供されておるものでございます。
 現在、地元自治体におきまして、できるだけ速やかに恒久的な住宅へ移っていただけるよう、住宅確保対策に関しまして、それぞれの地域の事情に応じまして最大の努力が展開されておるところでございます。
 厚生省といたしましては、地元自治体を初め関係省庁ともよく連絡を密にしながら、できる限りこの期間に恒久住宅に入居されるよう適切な対応をしてまいりたいと思っております。まずは今、応急仮設住宅の趣旨から一般の住宅対策について最大の努力をやっていただくというふうなことで、そこに最大の努力を傾注していただきたいというふうに思っておるところでございます。
#130
○赤羽委員 今の御答弁を聞いていますと、やはり人ごとなんですよ。それは、恒久住宅が七万戸、県であと十一万戸と言われていますけれども、それが今あればいいですよ。また、発災から二年たった段階で必ずできる担保があるならば移れるでしょう。
 しかし、どうなんですか、今計画が出ているところ、私が存知しているところは神戸市だけでいえば七万二千戸の住宅。それは民間もありますよ、民間の住宅も当てにしての七万二千戸。それを三年間で着工する予定なんですよ。着工ですよ、完工じゃなくて。三年間ですよ、それも。
 そして、現実的には、仮設住宅であれだけ御苦労されたのは、土地がなかなか見つからなかったわけでしょう。仮設のあんな二間ぐらいのをだあっと、はっきり言ってウサギ小屋並みですよ。ああいった簡易な、まさしく応急な建物をつくる土地が見つからなかった。ましてや、今回の用地確保に対する、用地獲得費に対する助成もお願いしているのですけれども、一向に政府はその点何の助成も施さない。起債に頼るしかない。起債制限を超えてしまう。こんな構造の中で、二年後に、今入っている十万世帯の人たちの多くを収容できるような公営住宅、民間も含めた住宅ができるとはとても思えないし、現実的には無理なんですよ。だれに聞いたってそれは無理だということなんですよ。
 だから、民間の努力を云々なんということは余りにも人ごとで、余りにも被災者の立場に立っていない答弁と言わざるを得ない。そんなものは絶対に私は、今の答弁にオーケーとか、納得できるような内容ではありません。
 どうするのですか。二年後、厚生省として責任を持ってどうしようとするのですか。
#131
○佐々木政府委員 私どもも、今度の地震の規模等、それから現実の応急仮設住宅の数、そして、お話がございました、そもそも応急仮設住宅をつくる時点での土地の確保を初めとする多くの困難があったということは承知をいたしておるつもりでございます。
 先ほども申しましたが、現在、神戸市等を初めとしまして兵庫県全体で、応急仮設住宅の入居者の住宅確保に関する調査も行っておる段階でございます。一方、ひょうご住宅復興三カ年計画、今も若干御紹介がございましたが、平成七年から九年度の三カ年で十二万五千戸、これはそれぞれ公営住宅あるいは公団公社住宅それから民間を含めての数字でございますが、全体で約七万七千戸の公共的な住宅の供給を建設すべく住宅の対策が取り組まれておるところでございます。
 確かに、今お話がございましたように、土地の手当てを初めとしてなかなか容易でない点があると思いますが、兵庫県、神戸市を初め、今全力でこれに取り組んでおりますので、建設省ともどもこれについてできるだけの支援をしながら、まずその住宅確保対策をやっていただきたいというふうに思っております。
 しかし同時に、私どもとしましては、今申しましたように、まずは最大限の努力を傾注していただくといたしましても、仮設住宅の供与期間終了後の対応につきましては、事態の推移を今からよく考えながら、関係自治体の意向も聞いた上で、関係省庁とも十分相談をし、適切な対応をする必要があるという認識を持っているところでございます。
#132
○赤羽委員 ですから、努力をさせたって、あしたいきなり市営住宅ができるわけないでしょう。階数プラス二カ月ぐらい、一つ建てるのに一年近くかかるというのは常識なわけですよ。現状、建ってない、土地も見つかってない、それを二年後ぱっと、マジックじゃないのですから。
 ですから、具体的にはやはり二年以上住まざるを得ないのじゃないのですか、応急仮設住宅は。それに適さないような建物であったって、お願いをして被災者の人たちに住んでいただかなければいけないのじゃないのですか。具体的な施策というのは考えられてないのでしょうか。
#133
○佐々木政府委員 応急仮設住宅を二年の供与期間といたしていることにつきましては、先ほど申しましたが、建築基準法によります、まさに仮設建築物というふうな制限からくる面があるわけでございます。建築基準法自体も、やはりこれは、生命、健康の安全あるいは防火上の配慮、衛生上の配慮等を勘案しての別途な要請でございます。これを勘案して二年が定められておるわけでございますが、一方、今御指摘がございましたような実情もあるというふうに思っております。
 私どもとしましては、今の時点では、応急仮設住宅の趣旨から申しまして、二年たってもこれはどうぞ幾らでもお使いいただけますということは、建築基準法等ほかの法制との絡みもございまして、とても申し上げられる段階でないと思っております。
 そういう意味合いで、まずは住宅対策全般を一生懸命やりまして、その努力をしながら事態の推移を見ながら、なお現実的な対応につきましてよくよくいろいろ検討してまいりたい、こんな趣旨で申し上げているつもりでございます。
#134
○赤羽委員 いや、それは努力してできることであるならば、それはそれで聞きとめますけれども、現実的には難しいことなわけだ。
 それでは、奥尻なんかはどういう例になっているのですか。
#135
○佐々木政府委員 ただいま奥尻の場合はどのような扱いであったのかというお尋ねがございました。私どもも、雲仙であるとかあるいは今のお尋ねの北海道南西沖地震、奥尻のケース、その場合における応急仮設住宅の扱い等につきまして、よくにらみながら、今後も必要な対応をしてまいりたいと思っております。
 奥尻のケースにつきましては、設置は平成五年八月時点で四百八戸でございましたけれども、二年経過時点で、やはり一般住宅の建設がおくれたりしたような事情がございまして、百十一戸が二年を超える見込みとなったというような経過がございます。
 一方、災害救助法によります仮設住宅としての供与の期間というのは、これは二年でございますので、これが終了した時点で、結果として引き続き入所できるような一般住宅としての措置を講じた上で、被災者が引き続き若干の期間住んだという経過がございます。具体的に申しますと、建築基準法に適合させるべく基礎補強工事を行うといったようなことをするなど、これは建築基準法規とのかかわりもございますので、関係機関と十分相談の上でこのような対応をとってきたところでございます。
 私どもとしましては、今度の阪神・淡路地域の問題につきましても、今お尋ねのございましたこんな例なんかもよくよく頭に入れながら、事態の推移を見ながら現実的な対応を検討していきたい、このような趣旨で今おるところでございます。
#136
○赤羽委員 簡単に言えば一般住宅に衣がえをする、そのときに恐らく費用がかかっているはずなんですね、建築基準法に適合するべくの基礎工事とかをやるわけですから。これは恐らく、百十一戸ぐらいのレベルであれば地方公共団体で賄える数字だと思うのですけれども、今回はけたが格段に違うわけですよ。それでなくても、例えば神戸市の財政なんかはパンクしているわけですから、これについては、もう確実に来る現実的なこの問題について、今のルールの中で、または知恵を絞ってどのようにお考えか、ぜひ前向きな答弁を大臣からお願いしたいと思います。
#137
○森井国務大臣 先生、法律では、災害救助法にいたしましても、建築基準法にいたしましても、二年ということになっているのですよ。ただ、あなたの御認識と私の認識、全く同じなのは、阪神・淡路大震災がまだ復旧、復興の途上にあるという認識でございまして、これからやらなきゃならぬことはたくさんあるというふうに私は判断をいたしております。
 御指摘のように、応急仮設住宅につきましても、今から、では三年なり五年なり延ばしますということを言えるはずないのですよ。ただし、関係自治体は公営住宅の建設を初め住宅対策をしっかりやっていただく、そのうちに二年が来る、どうするかということは、今先生言われたようなことも含めて、私としては前向きに検討していきたいというふうに思っております。
#138
○赤羽委員 今の、前向きに考えていくという答弁を受けとめましたけれども、一点だけ。
 言い返すわけじゃないのですが、人それぞれの人生設計というか生活設計というのは、あしたからこうだとかというわけにはいかないわけですよ、家族を抱えているわけですから。学校の問題もあり、県外へ出なければいけないのかどうかという、そういった部分があるわけですから。二年間はこうだと言えない、二年後になったらばんと決めましょうというようなことだと、今非常に具体的に被災地の人たちは不安を持っているという事実だけを御認識いただきたいと思います。
 もう時間が押しておるのであれなんですが、本当はここで、仮設住宅の中での老人の孤独死について、非常にニュースにも報道もされておるところですし、また、被災児童の心のケアについても問題が、発生直後よりも、時間がたつに従って心のケア相談室の相談件数なんかもふえているという事実から、今やっていただいている助成事業についても平成八年度になってもやめることなく続けていただきたいという旨の質問をしたかったのですが、もう二十分ですので、それはまたの機会にさせていただきます。
 最後の質問として、今回、神戸市内、兵庫県内で多くの医療施設が被災したわけでございます。それで、その公立とか公的な病院の医療施設補助の特例措置はさておいて、最後に、民間病院に対してとられた医療施設近代化施設整備事業について若干御質問をしたいと思います。
 この特別措置を見ますと、この要件として、緊急医療の政策医療を担う部分について適用、恐らくこういうことだと思うのです。それは、具体的に言えば、在宅当番医制を担っているとか、休日、夜間の急病センターを担っている診療所に適用されるということはいいのですが、今回、神戸市というのは、特に中央区とか三宮のところに、ビルの中に開設している開業医というのが多いのですね。実は、中央区だけでいえば六割以上がビルテナントでの開業なんです。
 この人たちというのは、実際は、震災があった、もう自分の病院はひっくり返っている、しかし町医者として、そこらじゅうに倒れている人がいるから寝食を忘れて医療に走り回った。そして、今回こういった補助事業がされる。よくよく聞いてみると、自分のところは対象外になる。ビルの所有者と病院の開設者が同一じゃないと今回の補助対象にならないということなんですね。
 ですから、被災をした中央区の例でいいますと、実は八割近くの病院が、そういった被災をしながらも、せっかくつくっていただいた補助を受けられないというのが現実で、これは地元の医師会としてもずっと陳情に来られているのですけれども、この点について、何とか知恵を絞ってやるお考えはないのかどうか、お聞かせいただきたいと思います。
#139
○谷(修)政府委員 今お話ございました、この被災をした医療施設に対する補助事業でございますが、具体的に今お触れになりました診療所に関してでございますので、医療施設近代化施設整備事業の補助対象として、今お話ございましたように在宅当番医を担っている診療所を国庫補助の対象にしたわけでございますが、ただ、テナントビルに入居をしている診療所につきましては、この医療施設近代化施設整備事業の補助金も含めまして施設整備費補助金の全般について、この補助金の交付に当たりまして、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律の規定上、補助事業者、具体的には、この場合には診療所の開設者と補助の対象となる建物の所有者が同一であるということが条件となっているわけでございまして、そういう意味で、御指摘のございましたテナントビルに入居している診療所について、この補助金の対象にするということは困難であるということでございます。
#140
○赤羽委員 それを言うと身もふたもないのですけれども。
 ですから、そういうことで施行したけれども、実際は適用外になっているビルの中での開設医が余りに多いということに対してどう対応していくかという問題なんですね。
 例えば、今とられている融資の制度、社会福祉・医療事業団の低利融資の制度が充実強化されているなんという説明を受けるのですけれども、実際は今は、三%とか二・五%の金利、貸出利率なんというのは、現状からいえば何の優遇措置というか、メリットにもなっていないわけですよ。
 実際、開業医というのは、かなり高価な医療機器は全く助成の対象になっていない。そういったもので損失をして、かなりのダメージを受けている。そして、それで終わればいいのですけれども、自分の家で開設している開業医にはそれなりの補助が来て、たまたまビルに入っていてそこで開業している医者には補助がされない。その不公平感がかなり不満の種になっているのだと思うのですね。
 これは、せっかく公共性のある活動をしたこの緊急医療の部分に対して国としてもこたえてやろうという制度をつくったわけですから、ここはビルのテナントだからだめ、これはよくわかりますよ。ビルオーナーに出すものだ、この法律の精神としては。悪く言えば、仮に、もらった人がそのビルから出てしまえばというようなことも考えられるのだろうけれども、しかし、それはそれとして、そこの地域でこれからも地元の緊急医療の協力者として担っていくという点で不可欠な存在なんですから、この場でこういう法律があるという名案は現状はなかなかないと思いますが、この点についても、今回の大都市直下型地震だからこそ、こういったかなり特殊な状況が実は神戸市内の開業医にあるのだということを御認識いただいて、ぜひ大臣にも何とか前向きに検討いただきたいと思います。それで私の質問を終わります。
#141
○谷(修)政府委員 今、融資のことにもお触れになりました。確かに、今全体に金利が下がっておりますので、社会福祉・医療事業団の貸付利率ということについて市中金利との関係はいろいろございますが、ただ、今回の災害に際しましては、被害の大きな医療機関に対する貸付利率を年三%に引き下げ、さらに利子補給を行うことによりまして実質二・五%に引き下げる、あるいはまた従来の限度額を三千万円に引き上げる、また、償還期間あるいは据置期間の延長、また、兵庫県復興基金によります利子補給によりまして二千万円までは実質無利子の特別措置、また、兵庫県中小企業金融制度の中小企業融資制度の対象としてこのほかに五千万まで融資を受けられるといったような融資対象の拡大も行ったところでございまして、そういったようなことによりまして対応をお願いしているところでございます。
 先生の先ほどのテナントビルの問題につきましては、確かにそういう問題があるということは我々も前に地元の方からお話を伺っているわけでございますが、先ほど来申し上げているようなことで大変難しいということで、まことに繰り返しになって恐縮でございますが、御理解を賜ればと思っております。
#142
○赤羽委員 余り理解、納得はできないのですけれどもね。実際、これだけの低利融資といっても、どれだけ借りられているのか、現状どれだけ運用されているのかということをまず調査の上、報告いただきたいと思います。私は、実際はこれは余り借りられていないと思います。
 かつ、余り長くなると同僚議員の質問になりますけれども、満足されれば陳情がずっと続いているということもないわけですから、ぜひ、この不公平が生じているのだということに着目して特段の御配慮をお願いしたいと思います。
 以上、終わります。
#143
○和田委員長 この際、福島豊君から関連質疑の申し出があります。赤羽君の質疑の持ち時間の範囲内でこれを許します。福島豊君。
#144
○福島委員 まず初めに、関連いたしまして、震災弔慰金のことにつきましてお尋ねしたいと思います。
 十月二十三日付の朝日新聞で、阪神七市の震災弔慰金につきまして、支給遺族なしが五百四十五件に上るというふうに報道されております。対象者五千九百七十件に対して五百四十五件ですので、約一割に及ぶ方の場合には支給されていないという現状のようでございます。
 この問題に対しまして、大阪の弁護士会でも、支給遺族の範囲を拡大すべきである、そのように提言いたしておりますが、厚生省の今後の対応につきまして、お考えをお聞きしたいと思います。
#145
○佐々木政府委員 災害弔慰金の支給対象の範囲の問題でございます。
 この災害弔慰金の支給対象者の範囲は、配偶者、子、父母、孫、祖父母と法定されているところでございますけれども、この扱いにつきましては、この法律自体が昭和四十八年に制定を見ているわけでございます。
 私どもの受けとめでは、この法律自体は、昭和四十八年、議員立法によりまして全会一致の形で制定をされてきておりますが、いろいろ調べてみますと、厚生年金保険法によります遺族厚生年金の範囲、あるいは、同じ種類でございますが、国家公務員等共済組合法の遺族共済年金の遺族の範囲と同じ範囲になっておるところでございます。恐らく、当時、こういったような例を踏まえて、このような範囲に判断をして法律の制定を見たものというふうに私どもは受けとめているところでございます。
#146
○福島委員 当時の、法成立時点の経緯は経緯といたしまして、現状として、被災者の方々がどのような思いでおられるのかということも含めまして、調査を進め、また的確な対処をしていただきたい、そのように要望したいというふうに思っております。
 続きまして、時間も限られておりますので、若干話題がそれますが、消費税の問題について本日はお聞きしたいと思っております。
 現行の消費税にはさまざまな欠点があると指摘されておりますが、私は、医療にかかわる消費税の問題もその重要な問題の一つであるというふうに考えております。消費税率の引き上げを目指して来年から検討に入らなければならないスケジュールになっておるわけでございますが、そのような中で、医療にかかわる消費税の問題も抜本的な見直しをしていただきたい、そのように私は思っております。
 ここに、日本病院会がまとめた病院の消費税に関する調査報告、これは平成七年九月に報告されたものですが、ございます。この調査は、課税仕入れにかかわる消費税のうち、消費者である患者に転嫁できない消費税の社会保険医療収入に対する割合を求め、社会保険診療報酬に加算されている割合と比較検証することを目的に、六月二十一日から七月三十一日にかけて行われたものでございます。全国五百七十病院からのデータをもとに解析されたもので、信頼性の高い調査であると私は認識いたしております。
 この報告をもとに御質問したいと考えております。
 まず、患者が支払う医療費には、消費税課税の対象となるものと非課税のものがあります。損税の発生という観点から問題になるのは、非課税の医療費にかかわる部分であります。この非課税の医療サービスを施行する場合であっても、例えば診療機器や施設の更新、改修、または材料費、委託費といった諸経費には三%の消費税を支払う必要があるわけであります。このままでは損税が発生するために、厚生省は、消費税導入の際に、診療報酬にこれを上乗せすることによって対処するとしたわけでございます。
 しかし、その診療報酬に上乗せする際に、その算定の基礎となった非課税医業収益に対する消費税の比率をどのように厚生省は算定されたのでしょうか。〇・八四%と推計して算定したとも聞いておりますが、そのように認識してよろしいのでしょうか。御見解をお聞きしたいと思います。
#147
○岡光政府委員 御指摘がありましたように、元年、消費税導入の際に、そもそも診療報酬は非課税でございますが、医療機関が購入する医薬品等には消費税はかかりますので、その消費税分を転嫁できるようにということで、診療報酬点数を引き上げることによって対応するということにしたわけでございます。
 具体的には、治療材料とか医薬品、そういったものの価格動向を把握しまして、かつ、一定の在庫を持っているであろうということで、その分をカウントいたしまして、薬価基準ベースにつきましては二・四%。これは全体の医療費の中に占める薬価基準の割合でございますので、医療費ベースに置き直しますと〇・六五%。それから、そのほか薬以外のものもかかりますので、そういったものにつきましては診療報酬点数を引き上げたのでございますが、それが〇・一一%。合わせまして、医療費ベースで〇・七六%の引き上げを行いました。
 先生今、〇・八四%というふうにおっしゃいましたが、これは実は在庫カウントの前でございまして、〇・八四%に一カ月分の在庫をカウントしまして〇・七六%ということにしました。これは元年度の対応でございます。
 それから、それ以降、二年、四年、六年と診療報酬改定を行っておりますが、この際は、薬につきましては、薬価調査を行いまして消費税を外した価格を把握をして、その上に三%をオンする。それから、診療報酬点数部分につきましては、医療経済実態調査を行いまして、消費税課税分も要するに支出の中に入れ込みまして、それで収支バランスを見て必要な部分を改定するという格好で、全体の中でカウントする格好で点数につきましては対応する、こういう仕組みをとってきております。
#148
○福島委員 その全体の中でカウントするというのがいま一つよくわからないわけでございますけれども、実際に、例えば今〇・七六%、在庫まで含めると〇・八四%というふうなことでございましたけれども、その上乗せの水準というのは実態に合わせて当初の算定から随分上げてきているのだ、そのように認識してよろしいのですか。
#149
○岡光政府委員 二年、四年、六年の際には、医療経済実態調査を行って、どれだけの支出があるか、どれだけの収入があるかということをカウントしているわけでございます。その支出の中には消費税分の、要するに払わなければいけなかった消費税分は支出としてその支出項目の中に入っているわけでございます。それで収支バランスを見て、全体でこの分だけ足らないからというのでこれだけの診療報酬改定を行う、そういう仕組みにしているわけでございまして、そういう意味では、二年度以降は何%対応したという計算ができないわけでございます。
#150
○福島委員 その御説明はよくわかりました。
 しかし、私自身、それがきちっとどのような評価がなされたのかということについて、もっとオープンな数値というものを示していただく必要があると思うのです。でなければ、これだけ病院が、経営の厳しい中で、この消費税の問題というのがきちっと評価されていないのだということを繰り返し主張するわけがないと私は思います。ですから、そこのところの数字を厚生省はきちっと公表しておられるのですか。
#151
○岡光政府委員 医療経済実態調査でどういう調査方法をやるかということにつきましては、中医協に諮っておりまして、実は来年の四月に診療報酬改定が予定をされておりますが、従来やっておる調査よりもなお詳細に、消費税の課税分について詳細項目を調査しようではないか、個別状況についてより正確に把握できるようにしようではないかということで、そういう設計のもとで現在医療経済実態調査の結果を集計中でございます。これはもちろんオープンにいたします。
#152
○福島委員 できる限りそのような形でこの制度の枠内で対応したい、対応せざるを得ない、そのような認識であろうかというふうにも思うのでございます。
 しかし、私は、診療報酬の改定といいましても二年に一度ということになるわけでございますね。非常に厳しい状況の中で、そのような後追いの対応ではなくて、むしろ、その根っこの部分で見直してしまったらどうかというふうにも思うのでございます。
 大蔵省の方に本日おいでいただいておりますので、大蔵省の御見解をお聞きしたいのですけれども、医療機関の方から強く主張されておりますのは、上乗せということではなくてゼロ税率方式にすべきである、その方がすっきりする。私も、論理的には税制の面ではすっきりすると思うのです。この上乗せというような後追い的な対応というのは余りにも雑ではないかというふうにも思います。この点につきまして、大蔵省の認識をお聞きしたいと思います。
#153
○森信説明員 ただいまのゼロ税率につきましての考え方でございますが、ゼロ税率につきましては、広く消費に負担を求めるというこの消費税の基本的な趣旨に反するという問題点があるということ、それから、課税ベースを著しく侵食するというような問題点がございます。さらに、還付申告等々で納税コストとか徴税コスト等々が膨大にかかるというふうな問題点もございます。さらには、事業者とか消費者の間に新たな不公平感というふうなものを惹起するというふうな問題点がございますので、この採用につきましては基本的には到底難しいというふうなことが、これは政府税調の答申でも書いてございまして、我々の考え方でもございます。
 なお、先ほど来問題になっております社会診療報酬の問題でございますが、これにつきましては、我々、基本的には、この社会保険医療サービスにつきましては政策的な配慮から消費税を非課税としておるということでございますが、こういうふうな非課税売り上げに対応する課税仕入れにつきましては仕入れ税額控除の対象とならないということでございますので、仕入れに含まれる税負担分については価格の引き上げによって転嫁を図るというのが消費税の基本的な考え方でございます。このような仕組みは、諸外国の付加価値税においてもすべて同様になっておるわけでございます。
 他方で、社会診療報酬につきましては、先ほど厚生省の方からも御説明ありましたけれども、我々伺っておりますのは、全体といたしましては、社会診療報酬につきまして合理的な仕入れにかかります消費税分が織り込まれているというふうに伺っておるところでございます。
#154
○福島委員 税制そのものの抜本的な見直しはできない、そのような認識かというふうに受けとめさせていただきました。
 しかし、現実におきまして、医業経営が非常に厳しい中にあって、この問題というのは、消費税が導入されてから、今の厚生省のお話を聞いていますと、だんだん声が少なくなってきてもよさそうな話なんですね。的確に対応されているということであれば、非常にこれは診療報酬でちゃんと算定されておるなというふうな納得がいただけることなのかなとも思うのですけれども、しかし、逆に現実はそうではない。むしろ、さらに声がだんだん大きくなってきているというのが現状ではないかというふうに私は思います。ですから、今きちっと調べておるのだ、きちっと評価しておるのだというお話でございましたけれども、そこのところに病院の生の声がどれだけ生かされているのか、医療機関の生の声がどれだけ生かされているのかということに対しまして、私は若干の疑問をやはり覚えざるを得ないわけでございます。
 今後も引き続き現場の医療機関の声というものをしっかりと真摯に受けとめていただきたい、そのように要望いたしまして、若干時間が短うございますが、私の御質問を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。
#155
○和田委員長 横光克彦君。
#156
○横光委員 社会党の横光克彦でございます。
 私はきょう、先日行われました名古屋での公聴会で取り扱われました臓器移植法案についてまずお聞きしたいと思っております。
 今回の公聴会で、それぞれの立場から非常に重い発言がございました。この方々の御意見はこれから当委員会での審議の中に十分生かさなければならない、このように考えております。
 この法案が昨年の四月に議員立法という形で提出されているわけですが、その前にも、随分長い間いろいろな機関で論議されてきたわけですね。そしてまた、提出された後もなかなか審議は進んでいない。私は、これはある意味では緊急を要する問題ではなかろうかと考えております。
 なぜこのように審議が進まないのか。これは一言で言えば、それほど難しい法案であるということです。事は患者の生死に直接つながる問題であり、また、私たち国民の生命をも左右する重要法案であるということであります。しかし、国会に提出された以上、私たちとしては審議をしていかなければならない責任もあるわけでございますので、真摯に、そしてまた誠実にこの問題には取り組んでいかなければならない、このように考えております。
 この法案がなぜ必要か。これはもう言うまでもございません。恐らくほとんどの方がこの法案の持つ意味、要するに、今、人の善意で、日本で移植を希望されている方がいる。そしてまた、移植でしか生きるすべのない患者さんがいる。その一方で、もし脳死になった場合、それを自分の死と受けとめて、移植を希望する人がいれば臓器を提供したいという人も事実いるわけです。移植を望んでいる人あるいはもし脳死になったら臓器を提供してもいいという人もいる。私ごとですが、私ももうドナーカードをちゃんと持って、自分で意思表示をしております。結局、その善意の無償の行為、そこに医療技術が一体となって新しい命につなげるということでは、これはだれも反対する人はいないと思うのです。
 ただ、そうではありますが、この法案は非常に多くの課題を抱えているわけですね。脳死を果たして人の死と認められるのかとか、あるいはまた、この法案の中でもう一つ大きな問題は、家族、遺族のそんたくによって臓器を提供できるということになっている。
 私はこの法案の賛成者の一人なんです。賛成者の一人ですが、あれから一年半、いろいろな方々の意見を聞き、また、私もいろいろな本を読み自分なりに考えたときに、遺族のそんたくで臓器を提供できる、ここのところは非常に難しいな、果たしてこれでいいのだろうかと。先ほどの名古屋での公聴会でも、そのことに対するいろいろな、生じるであろう諸問題あるいは危険性、そういったものを訴える方がいました。
 ですから、本来ならば本人の自由意思のみ、これが私はやはり最善であろうと思っております。しかし、このことであれば、今度は実効性ということで非常に問題が起きてくる。私は、成立させるならば、非常に厳しい歯どめをかけた上で成立させるべきである。そういった意味で、私は、遺族のそんたくというところは削除すべきだ、こういう考えも持っている。
 しかし、この審議の中で、これから当委員会で行われるわけですが、もしその審議の中で遺族のそんたくという部分が絶対に必要であるということになるならば、そこで今度はインフォームド・コンセント、この問題が非常に重要になってくる。
 要するに、ある発言者が言っていましたが、非常に閉鎖性の社会である、その中で医師と遺族との話になると非常にいろいろな問題が起きてくる。現在でも腎臓移植で行われていると思うのですが、腎臓移植ネットワークの中の重要な位置を占めるコーディネーター、このコーディネーターを、もし遺族のそんたくというものがどうしても必要であるならば、絶対にこのコーディネーター制度をしっかりと定着させる、そして、医師と遺族との間に中立的なコーディネーターを必ず配置させることによりインフォームド・コンセントをしっかりと確立していろいろな問題を生じることを極力防ぐ必要がある、このように私は考えているわけでございます。
 さきの公聴会で、ある方がこういう意見を述べられております。ドナーの絶対的不足から移植医療そのものが不公平医療である。アメリカでもどこでも、実際に臓器移植を行っているところは、これは現実だそうでございます。
 しかし、私としては、一方で臓器の提供があれば命を救われる人がいて、他方で臓器を提供しようとする人がいれば、そこに道をつけようとする医療は決して間違いではないと思うのです。ですから、臓器の不足によりすべての移植医療を否定することには非常に疑問を感じるわけでございますが、この問題に対しまして厚生省はどのようにお考えなのか、ちょっとお聞かせください。
#157
○和田委員長 横光君にお尋ねしますが、本日は法案の提案者がおりませんが、厚生省の見解を尋ねるという意味ですね。
#158
○横光委員 ええ、見解でいいのです。
#159
○和田委員長 それじゃ、松村保健医療局長。
#160
○松村政府委員 移植医療は、臓器の提供者があって初めて成り立つ医療でございますが、アメリカ等外国の状況や我が国の腎臓移植の現状から見ましても、提供される臓器の数に限りがあるのに対しまして、移植を必要とする患者の数はこれを大きく上回ることが予想されていることも事実でございます。
 しかしながら、たとえ臓器移植を必要とするすべての患者さんに数が及ばないといたしましても、臓器を提供していただける善意の方々があり、移植でしか命が救われない患者の方々がおられる状況を考えますと、これを結ぶ移植医療の持つ意義は大きいものと考えているところでございます。
 また、提供される臓器の数には限りがございますので、提供された臓器を最もよく生かしていくことに配慮しなければならないと考えております。このため、医学的適応の有無に重点を置きまして、提供された臓器を公平かつ適正に配分することが重要であると考えております。
 このような考え方から、本年四月より新しく構築いたしました腎臓ネットワークにおきましても、臓器提供者情報及び移植希望者登録の一元化、組織適合性や待機期間等を考慮した移植希望者の選択、腎臓配分の評価などを基本的な考え方として、公平かつ適正な腎臓移植のための体制の整備を図っているところでございます。
#161
○横光委員 移植を望んでいる方たちの最大の願いは、それは恐らく、移植でしか道がないとするならば、医療技術の革新によって人工臓器、いわゆる新人工心臓等の開発というのが一番の願いであろうと思います。しかし、それにはまだ研究開発の過程であり時間がかかる。そういった中で、現実にむざむざと命を落としている方がいる。
 そういった中で、日本ではもちろん今禁じられて、できないわけです。それで、外国に行って移植治療を受けている。これまで百人近い方々が海外で移植を受けられたと聞いておりますが、言葉も通じない、そしてまた見知らぬ土地での手術という危険にかけざるを得ない患者の心情を思えば、やはり法体系の整備を含めて国内での移植体制を整える必要はあるのではないか、私はこのように考えております。また、最近の海外での移植状況も、邦人に対する移植を制限する動きがあるとも聞いております。
 今日ただいまにも、救われるべき命をむざむざ落とされている患者、そしてまた、移植法案の成立を一日千秋の思いで待っている方々のことを考えたら、私は、この問題はある意味では緊急を要する問題である、停滞は後退につながる、こういう思いで、今真剣にこの問題に取り組みたいと思っているわけです。
 法案の提出者でありました大臣に、この問題についてちょっと御意見を伺わせてください。
#162
○森井国務大臣 今御指摘がありましたけれども、先進国の中で臓器移植ができないのは我が国だけという状況でありまして、その点から申し上げましても、厚生大臣としても、なるべく早くこの法案を成立させていただきますように期待をいたしておるわけでございます。
 確かに、私も議員立法の提案者の筆頭を務めておりましたけれども、入閣をいたしましたから、すべて本委員会での御審議にまつほかはないわけでございますが、そういう意味でいえば、せんだって名古屋で地方公聴会を開いていただきましたことについては、本当に感謝をいたしているところでございます。
 また、私といたしましても、時間は余りなかったのですけれども、大阪に出向きまして、国立循環器病センターの視察をいたしました。それから、東京ではがんセンターの視察をしたわけでございますが、医療従事者の方々は、患者が目の前にいらっしゃるわけでございますから、何とか法案を成立させていただきたい、そういう陳情も受けたわけでございますが、私からは、法案が成立するまでは、何といいますか、ぜひ自重をお願いしたいということで帰ってまいりました。
 しかし、申し上げましたように、医療現場で患者さんを目の前にしている数々の医師の方々は、この法案の成立を願っていらっしゃることは間違いないわけでございますし、また一方、患者、家族の皆さんも、おっしゃったように、臓器移植ができればこの子が助かる。例えば、胆道閉塞症の子供を持っていらっしゃるお母さん方などから陳情を受けますと、何としても早く臓器移植ができるようにお願いをしたいという切なる要望も聞いているわけでございます。
 その意味では、国会審議のことでございますから、私からこれ以上は申し上げることはできませんけれども、ひとつ私の意のあるところはぜひお酌み取りをいただきたいと思うわけでございます。
 もう一度申し上げるようですが、法案の成立を一日千秋の思いで待っていらっしゃる方々がたくさんいらっしゃるということをぜひ念頭に置いて御審議をいただきたい、そういうふうに考えております。
#163
○横光委員 どうもありがとうございました。
 それでは、次に、先ほどから質疑されております血液製剤によるエイズ薬害患者の件でお伺いしたいと思います。
 この問題は、どう見ても厚生省の対応がまずかった、遅かった。このことによって、あのようなまさに悲惨な被害者が生まれてしまった。私は、先ほどの山本、坂口両委員と同感でございます。本当に、もう少し対応が違っていればと残念でならないわけです。
 しかし、今国としてやるべきことは、もう亡くなった方は帰ってこない、今現在苦しんでいる人たちをどのように救済するか、ここにこれから全力を傾注していただきたい、このように私は思うわけでございます。
 そのための「和解勧告に当たっての所見」が裁判所から出されました。私は、今回の裁判所の所見は、非常に御苦労されて英知を絞って出されたのではないか、このように考えております。
 この内容は、私は画期的な内容も含まれていると思うのです。まず一つは、「被告らには原告らのHIV感染について重大な責任がある」こういうふうに示されております。また、「甚大な被害について深甚な反省の意が表されて然るべきである」このように示されております。
 多くの方々がおっしゃっておりますように、何ら落ち度がなく、お医者さんを、そして薬を、厚生省を、国を信じていながらも、あのような結果になった人たち。ですから、国としては、「重大な責任」そして「反省の意」、この二つをしっかりと受けとめて、これからやる最大の課題であろう全面和解、全面救済に向けて、協議のテーブルに着いていってほしいと思っております。
 また、私、先日、感染被害者の方とお会いしていろいろとお話を聞いてきました。その方たちの言う言葉はただ一つ、何でこんなことになったのかと言うのですね。ただその一言しかないと。そしてまた、一番望んでいるのは、もちろん責任の所在そして謝罪、と同時に恒久対策なんです。今後のことを非常に不安がっております。治療法の研究開発あるいは薬害の根絶、またさらに地方の医療体制の整備、多くの課題があると思います。その中で、ある人がこういった心配をしておりました。これは、血友病の治療のためにエイズ感染した方から二次感染した方。
 これから和解協議が始まるわけですが、もちろんこれも救済対象に入るとは思いますが、この二次感染された方に対しては厚生省としてはどのようにお考えか、ちょっと御所見を伺いたいと思います。
#164
○荒賀政府委員 エイズ訴訟につきましては、先生御案内のとおり、今、和解協議に入っておるわけでございますが、二次感染者の扱いにつきましては、東京地裁の和解案におきまして、二次、三次感染者については、その感染原因の「証明をまって本和解の対象とする。」というふうにされておりますので、今後、これを踏まえて協議をしていくことになるというふうに考えております。
#165
○横光委員 私は、この和解協議は、ただ単に賠償だけでなく、一人でも死の病から救われるように国の姿勢を示していただきたい、このように考えております。和解協議に向けた森井大臣のお考えもお聞かせください。
#166
○森井国務大臣 御指摘のように、先月の六日に、東京地裁と大阪地裁と同じ日に、同じ時刻に和解勧告が出されたという意味は非常に重いと私は思っております。和解勧告の内容についても、御指摘のように、従来の見方からすれば相当厚生省に対して厳しい内容であるという点についても認識をいたしておるところでございます。
 したがいまして、和解に応じるということは先月の二十日が東京地裁の期限でございましたが、三日早く決断をいたしまして、和解に応じるという御返事をいたしたところでございまして、これまでに既に、今月に入って一回、裁判所と和解の協議をいたしております。これは、企業の方も裁判所と一回協議をいたしておるようでございまして、その前に、原告側からも裁判所へ和解について話し合いがされておりますので、一通り裁判所としてそれぞれの側と、和解のテーブルは一回りしたというふうに判断いたしております。
 恐らく、週一回のペースで裁判所はこれから和解の作業を進められると思います。しばらくの間は、原告と被告を分けて、裁判所がそれぞれ意見を聞かれるのではないかと思っておりますけれども、厚生省といたしましては、可能な限り受諾できることを望んでいるわけでございまして、長引かせるつもりは私としてはありません。むしろ、一刻も早く和解が成立をするように努力をしていきたいというふうに思っております。まだ何しろ、和解は一回だけテーブルに着いたということになっておりますから、これからのことになりますけれども、今申し上げましたような基本方針に基づきまして、とにかく早く和解が成立をするように全力を尽くしたいということだけ申し上げておきたいと存じます。
#167
○横光委員 前向きな御発言です。患者の方たちは、後がない、時間がない、そういう方が多いわけです。どうか、一日も早く誠意を示していただきたい。そして、裁判所の所見にございましたように、このHIV感染者についての「重大な責任」そしてまた「深甚な反省の意」、このこともしっかりと受けとめて協議に臨んでいただきたいと私は思います。
 次に、これもまた薬害ですね、副作用の件でございますが、十月三十日に毎日新聞の朝刊に報道されましたダナゾールの副作用の件でございます。
 子宮内膜症の治療薬ダナゾールが原因と見られる副作用で一人が死亡、三人が重度の脳血栓となっていることがわかった。同剤は、米国などでは五年前から添付文書に警告が記載されているが、国内では製薬会社が死亡例などを厚生省へ報告せず、添付文書改訂などの対策もとられていない、こういう記事が載ったわけでございます。
 もし重大な副作用が発生した場合、製薬会社が厚生省に届けることは当然の義務であるわけでございますが、今回のこの新聞報道が示すように、副作用の報告が厚生省にあったのか、なかったのか。もしなかったら重大な問題だと思いますが、ここはどうですか。
#168
○荒賀政府委員 今回報道されました東京田辺製薬のダナゾールの件でございますが、死亡症例、これは一九九〇年六月に出ておりますが、厚生省あての報告はなされておりませんでした。薬事法上では、副作用が疑われるような死亡症例、そういった重篤な症例については、当時におきましては、三十日以内に厚生省あての報告が義務づけられていたわけであります。このような事態は極めて遺憾であるというふうに考えております。
 事実関係についてはなお調査中でございますが、副作用についての社内における厚生省に対するきちっとした報告体制が十分ではなかったということから、厳重な指導が必要であるというふうに考えておりますし、また、この症例につきまして専門家の評価を求めまして、「使用上の注意」の改訂等厳正な対応を早急に進めてまいりたい、このように考えております。
 また、今回の事例にかんがみまして、メーカー全般に対しまして、各企業の副作用情報の収集・報告体制の再点検と強化を改めて指導してまいりたいと考えております。
#169
○横光委員 まだ事実が判明していないということでございますが、もしこれがはっきりとこのダナゾールが原因ということになったら、厳正な対応をしていただきたい、このように私は思っております。
 こうした製薬企業に対して副作用情報の厚生省への報告をきちんと出させることは、医薬品の安全性を確保する上で極めて重要であるということは申すまでもないわけです。また、医薬品については、アメリカではもう警告表示があったということ、日本ではそれがなされていなかった。どうか、これからの医療関係者への情報提供、こういったことからも、副作用の発生を防止するために万全の体制を整えていただきたいと思っております。
 次に、規制緩和の件でお伺いしたいと思います。
 現在、行政改革委員会の例の規制緩和小委員会において、先ほどからどなたかが質問されましたが、厚生行政に関するものも含む四十六項目にわたる規制緩和の論点が公開され、また、検討が行われております。
 もちろん、経済構造改革を進める上で規制緩和を一層推進していかなければならないことは申すまでもありません。景気対策の意味でも、今後とも経済活動の活性化につながるような規制緩和に努力していかなければならないと思います。
 しかしながら、先ほどから言われておりますように、一口に規制緩和と言っても、経済的規制緩和と社会的規制緩和がある。とりわけ、厚生省が行っている規制は、国民の生命、安全そしてまた健康を守るために非常に必要不可欠な規制となっているわけですね。ですから、国民の健康、安全あるいは生命、こういったものを守るための規制を緩和するということには非常に慎重でなければならない、このように考えております。
 特に、今度の公開の中に品目を限定した医薬品のコンビニ販売等、こういった項目も含まれております。品目を限定した医薬品、これがどこまでの限定かというのはまだ定かではありませんが、大衆薬、風邪薬等も含まれるかと思いますが、市販の解熱剤や風邪薬を飲んで高熱やショック状態などの重い副作用を引き起こした症例もあるわけです。そしてまた、この三年間に厚生省に報告されただけでも、四十二例に及ぶそういった症例があるという報告も出されております。
 薬を求める人は健康でないわけですね。どこかに弱い部分がある。それを補うために薬を求める。ですから、健康に役立つと同時に、使い方あるいは数量等を一歩間違えると薬というのは危険なものでもあるのですね。そういった意味で、こういったものがコンビニ等で二十四時間売られるようなことになると、これは非常に危険がつきまとう。確かに便利です。非常に有効で、便利になる人がおるでしょう。しかし、その便利さと同時に危険が伴う。非常に慎重にしていただきたい。
 そしてまた、もしこれが規制緩和されて流通の変革にでもなったら、例えば、先ほど栗原先生のお話にございましたように、過疎地ではそれでなくてもお医者さんが少なくなっていっている。そういったところでこういった流通変革が起きますと、薬局がなくなる可能性さえある。そうしますと、過疎地の人たちは、お医者さんは少なくなるわ、薬を買う場所もなくなってしまうわということも起こりかねないわけでございます。
 慎重にやっていただきたいと思いますが、厚生省の御見解を伺いたいと思います。
#170
○荒賀政府委員 ただいまお話がございましたように、現在、行政改革委員会の規制緩和小委員会で、医薬品販売の規制緩和として、品目を限定した医薬品をコンビニエンスストア等での販売を認めるべきではないかという議論が行われておるわけでございます。
 先ほど先生からお話がございましたように、市販されております風邪薬あるいは解熱鎮痛剤等の大半の医薬品にはアスピリンとかアセトアミノフェン、そういった成分が含有されておりまして、これらの成分は従来安全性の高いものとして幅広く使用されておるわけでございますが、極めてまれに重い皮膚障害あるいはショック等の副作用が生ずる例が見られております。一般用医薬品の風邪薬あるいは解熱鎮痛剤によると疑われるようなショックあるいは皮膚粘膜眼症候群、中毒性表皮壊死症等の副作用症例がこの三年間で四十二例報告をされております。
 これらの医薬品の安全性を確保するために、本年九月二十一日に、該当いたします医薬品の添付文書の「使用上の注意」の改訂を製薬団体に指示をしたところでございます。また、あわせて製薬団体の協力を得まして、薬局や薬店での販売の際、必要な服薬指導を行うよう徹底をしたところでございます。
 医薬品に係る規制というのは、国民の生命の安全、健康の保持等の観点から行います社会的規制でございまして、見直しに当たっては、経済的な規制とは異なった観点からの検討が必要であるというふうに考えております。
 風邪薬の例に見られますように、医薬品の販売に当たっては、服薬指導等を行うための専門的な知識、経験が必要でございまして、今後の高齢化に伴う複数受診、多剤併用、長期投薬の増加といったことを勘案いたしますと、服薬指導の重要性というのはますます高まるものと考えております。
 したがいまして、厚生省といたしましては、医薬品の販売に際しまして、薬剤師の配置義務等を緩和してコンビニエンスストア等で販売できるようにするという要望については、医薬品の適正使用の確保の観点から問題があるというふうに考えておりまして、今後、医薬品関係者等の意見も十分踏まえつつ慎重な検討が行われることが必要であるというふうに考えております。
#171
○横光委員 慎重な対応を求めて、質問を終わります。どうもありがとうございました。
#172
○和田委員長 枝野幸男君。
#173
○枝野委員 一般質疑ということで、何についてお尋ねをしようかいろいろ考えたのでございますが、いろいろと各方面に波風を立てておりますようで恐縮をしておりますが、きょうもHIV薬害訴訟に関しましてお尋ねをさせていただきたいと思っております。
 まず、少し細かい事実関係でございますが、幾つか確認をさせていただきたい。私も自分なりに勉強させていただいておりますが、はっきりしない点がございます。いわゆるスピラ認定に関します事実関係を教えていただきたいと思っております。
 まず、一九八三年当時、これは八月前後の夏の時期ということのようでございますが、厚生省の生物製剤課の課長であった郡司さんと厚生省のエイズ研究班のメンバーの方、こうした方々がアメリカ国立防疫センター、CDCのスピラ博士と会合を持ったことはありますでしょうか。あるとすれば、いつ、どこででありましょうか。
#174
○荒賀政府委員 一九八三年、昭和五十八年の八月二十一日から二十七日まで京都で開催をされました国際免疫学会に、今お話しのCDCからスピラ氏が参加をしたわけでございます。その直後、東京で、郡司生物製剤課長及びエイズ研究班の一部のメンバーがスピラ氏とエイズに関して意見交換の機会を持ったようでございますけれども、その場所、時間等は確認できないということでございます。
#175
○枝野委員 その京都の国際免疫学会でございますが、この会議そのものには厚生省の薬務局からどなたか参加をされていたのでありますか。
#176
○谷(修)政府委員 今お話がございました国際免疫学会、一九八三年八月に京都において開かれておりますが、これは日本学術会議及び日本免疫学会が主催をして開催しております。厚生省は、この会議に後援者として、後援の名義を与えておりますけれども、会議の出席者の詳細については承知をしておりません。
 なお、その当時の学会の総務を担当しておられた大学の方に伺ったところでは、厚生省関係者はそのとき招待はしていなかったはずだという返事をいただいております。
#177
○枝野委員 エイズ研究班班長の安部英さんが参加していたかどうかわかりますか。
#178
○荒賀政府委員 当方では確認をしておりません。
#179
○枝野委員 この八月の国際免疫学会の前後で、一番近い時期に行われたエイズ研究班の正式な会合というのはいつなされたか、わかりますでしょうか。
#180
○荒賀政府委員 この国際免疫学会の前に行われましたエイズ研究班の会議は、八月十九日でございます。
#181
○枝野委員 後はいつだかわかりますか。
#182
○荒賀政府委員 これもはっきり確認はできておりませんが、十月十四日に行われたものと思われます。
#183
○枝野委員 スピラ博士と郡司さんなどがお会いになったというのは、このどちらかの会議、エイズ研究班の正式会合の場ではないのですか。
#184
○荒賀政府委員 これは正式のエイズ研究班の会議ではなくて、先ほど申し上げましたように免疫学会の直後でございますが、東京で、郡司課長あるいはエイズ研究班の一部のメンバーが意見交換の機会を持ったものというふうに考えております。
#185
○枝野委員 スピラ博士と郡司課長らが会ったという会合に関して、一九九四年二月四日付の毎日新聞によりますと、CDCの研究員で、これはスピラさんとは別の方ですが、ローレンス博士という方が毎日新聞の取材に対してこうお話しになっています。八三年八月、京都での国際免疫学会に出席をして、この会場で安部英に要請をされ、八月二十九日、同僚とともに厚生省内で開かれた会議に出席をした。この会議には、安部英班長や厚生省の担当課長ら約二十名が出席をしていたというふうな報道がなされているのですが、この八月二十九日の会議というのがスピラ博士と郡司課長らが会ったという会議と同一というふうにとらえてよろしいのでしょうか。
#186
○荒賀政府委員 郡司課長によりますと、スピラ氏とは国際免疫学会の後、東京におきまして、厚生省の外で会ったということでございますが、エイズ研究班として会議を行ったものではないということでございます。
 また、同課長によりますと、その際、CDC側からスピラ氏一人しか来ておりませんで、この記事に出ておりますローレンス氏については記憶していないということでございます。
#187
○枝野委員 ちょっと待ってください。郡司さんにお話をお聞きになって、そこで、厚生省の外で会ったということまで郡司さんは覚えていらして、そして、その場にはローレンスさんはいなかったということまで覚えていらして、いつごろであったのかとか場所とか、ほかの参加メンバーとか、これは郡司さんは覚えていらっしゃらないのですか。
#188
○荒賀政府委員 それについての十分な記憶がないということでございます。
#189
○枝野委員 それから、ローレンス博士の方なんですが、ローレンス博士は明白に、安部班長や厚生省の担当課長ら約二十名が出席をした会議を日付まで覚えているのです、八月二十九日まで。それでは、この報道は結局どうなっちゃうのですか。
#190
○荒賀政府委員 ただいま申し上げましたように、郡司課長によりますと、エイズ研究班として会議を行ったものではないということでございますし、また、同課長については、今申し上げましたように、CDCからはスピラ氏一人しか来ておらない、ローレンス氏については記憶がないということでございます。また、他のエイズ研究班のメンバーに伺いましたところも、ローレンス氏については記憶がないということでございます。
#191
○枝野委員 わかりました。
 じゃ、まず郡司さんが会っているということをお認めになっているスピラさんとの話ですが、スピラさんは、その郡司さんらとお話し合いをした場で、いわゆる帝京大学の血友病Bの症例について、これはエイズではないかというようなことについて議論をしたのでしょうか、しなかったのでしょうか。
#192
○荒賀政府委員 郡司課長がスピラ氏と意見交換をしました際に、当時我が国でエイズを疑われていましたいわゆる帝京大の症例についても話題に上りました。スピラ氏から、米国ではこのような症例をもエイズに含めている旨の発言があったようでございます。
 しかし、当時、この症例について、スピラ氏にどのような資料を出し、どのような説明をしたかは確認はできておらないわけでございますが、郡司課長を初め日本側の出席者におきましては、同症例では多量のステロイド剤、免疫抑制剤を処方されていたことがCDCのエイズ診断基準、これは一九八二年、昭和五十七年九月のCDCのエイズ診断基準に合致しないのではないかという疑問を持っていたところ、スピラ氏からその点に関する説得的な説明はなかったようでございます。
#193
○枝野委員 その場で郡司さんなりあるいはエイズ研究班の方から、そのスピラ博士の見解は公表しないでくれというような話はされましたか。
#194
○荒賀政府委員 その点については確認ができておりません。
#195
○枝野委員 これは、会ったこと云々については郡司さんにお話を聞いていらっしゃるわけですから、その点、きちんとぜひ確認をしていただきたいと思います。
 もう一つ、ローレンス博士の方の件でございますが、日付までしっかり覚えていらっしゃるし、それから、安部さんがいらした、そして約二十名という規模まで覚えていらして、そしてこの方が、どう常識的に考えても、ない話をあったということを言う利害関係にあるとは思えない。それが報道なされているということでありますから、どういう立場に立つとしても、このローレンス博士の、厚生省の関係者や安部さんに会ったという会というものの存在について調査確認をしていただきたいと思います。
 しかも、この会の席でローレンス博士は、エイズは血液や血液製剤をルートにしたウイルス感染の可能性が高いということを安部英班長や厚生省の方に言っているというようなことを毎日新聞に対して語っていらっしゃいます。
 こうした事実があったのどうかというのは、これは事案の解明のためにどうしても不可欠のことだと思いますので、ぜひ再度、当時の厚生省の関係者、安部班長あるいはローレンス博士らに確認をとっていただきたいと思いますが、いかがですか。
#196
○荒賀政府委員 ただいまの点につきましては、新聞で報道もされておりますので、私どもの方も調査をいたしました結果、先ほど御説明を申し上げたとおりでございます。
#197
○枝野委員 調査をした、調査をしたということは何度もおっしゃられるのですが、大事なところは覚えていないということで、何しろ、とにかく事実が何であったのかということがすべての出発点でありますので、とにかく事実をはっきりさせるということについては、これは立場を超えて、役所の側にしろ、被害者の立場にしろ、我々政治の立場にしろ、事実が何であったのかを明らかにすることというのは三者それぞれにとって利益のあることだと思っておりますので、ぜひさらに深く調査をしていただきたいということをお願い申し上げます。
 さて、後ろ向きの話以上に大切なことは前向きの話なのでありますが、少し制度全体の話をお伺いをさせていただきたいと思います。
 今度のHIVの薬害の問題というのは典型例でございますが、薬は薬事審議会を通じて厚生大臣の認証を受けて販売されるわけですが、認証のときには安全性があった、したがって、認証そのものは間違っていなかったけれども、その後の何かの事情の変化によって認証されている医薬品が事後的に安全ではなくなるというケースというのは、今回のHIV薬害に限らずあると思います。
 そうした場合には、当然、国の責任といたしまして、そうした医薬品によって被害を受けることのないように対応しなければならないわけでありますが、こういった、医薬品が安全でなくなったという場合について、どういった部署がどのようにしてそうした情報を収集をするのか、そして、その収集をした情報に基づいてどのような形で行政は対応するのかということを、一九八三年当時と現在の両方について教えてください。
#198
○荒賀政府委員 医薬品の副作用あるいは不純物の混入、先ほど来の血液製剤のウイルスの混入、そういったことについての薬事法上の取り扱いにつきましては、昭和五十四年に薬事法の基本的な改正を行っておりまして、現在までそういった体系をとっておるわけでございます。
 一般の医薬品の副作用につきましては、薬務局安全課医薬品副作用情報室というのがございます。現在は安全課医薬品適正使用推進室と言っておりますが、この室において情報の収集に当たっておりまして、モニター医療機関からの自発的な副作用報告を収集いたします医薬品副作用モニター制度による情報の収集、それから、薬事法に基づきます医薬品のメーカー等によります重篤な副作用症例を中心といたしました副作用症例の厚生省への報告義務等によりまして、まず副作用の情報の収集に努めておるわけでございます。この収集された副作用報告につきましては、中央薬事審議会副作用調査会等で審議をされまして、医薬品の製造や販売の中止、「使用上の注意」の改訂等の指示が行われてきたところでございます。
 もう一方、一般の医薬品につきましては、当時から、製造段階で不純物等が混入することのないように、GMPと言っておりますが、製造管理及び品質管理の規則を定めておりまして、品質管理を図ってまいりました。
 また、万一、医療機関からの情報や海外からの情報で不純物等の混入が判明いたしました場合には、メーカーあるいは輸入販売業者に対しまして、医療機関等関係者に対してその旨の情報提供をさせるとともに、この混入によって予想されます健康被害等が判断をされた場合には速やかに市場からの回収等の措置を指示しておるところでございます。これらの担当課は、当時から関係各課と連絡をとりながら薬務局の監視指導課で対応しておるということでございます。
 また一方、血液製剤につきましては、当時は、生物製剤課で対応をしておりますが、現在は、関係各課と連絡をとりながら企画課の血液事業対策室で対応をいたしておるところでございます。
 この血液製剤の安全性につきましては、エイズの問題を契機にいたしまして、これまで血液製剤の国内自給の向上に取り組んでまいりました。具体的には、平成五年には、凝固因子製剤の自給をおおむね達成いたしました。
 また、肝炎やHIV等のウイルスに対する検査を充実をしてまいりました。昭和六十一年には、HIVウイルスあるいはATL、これは成人T細胞白血病でございますが、ATLウイルスの抗体検査を、また平成元年には、HCV、C型肝炎でございますが、HCVウイルスの抗体検査を開始いたしております。
 また、検査で排除できないウイルス感染を防止いたしますための唯一の方法でございます問診を充実させてまいりました。具体的には、本年七月から、日本赤十字社における献血時に不特定の異性との性的接触等に関し詳細な問診を行いまして、検査では排除することのできない初期の感染や未知のウイルス感染へ対応することといたしております。また、問診の際の献血者のプライバシーの保護を図るために、日本赤十字社に対し、問診室の整備のための国庫補助として、本年度第二次補正予算において約一億円を計上したところでございます。
#199
○枝野委員 きょうは穏やかにやろうと思っているのですけれども、聞いてないことまで答えて時間をつぶさないでくださいよ。厚生省の答弁はそういう傾向が多いですよ。聞いてないことまで答えて時間をつぶさせようというのかな。聞いたことだけ答えていただければいいのですから。
 それで、よくわからないのが、薬務局の監視指導課のもとでやっている混入と、安全課の中の室でやっている副作用と、それと今回のHIVのような場合とは、三つはケースが違うので担当する部署も違う、こういうふうな理解でよろしいのですね。
#200
○荒賀政府委員 これは先生御承知のように、それぞれの課とか室は設置法、組織令によりましてそれぞれ事務を分掌しておるわけでございますが、最終的には、こういった副作用情報の収集、伝達、それから企業に対するもろもろの措置、これはそれぞれの所管課のもとに薬務局全体として、相互に連携をとりながら一体として取り組んでおるところでございます。
#201
○枝野委員 要するに、安全だと思っていた薬が安全じゃないということが、今回のHIVのように新しい事態が起こった場合、あるいは医学の進歩によって新しい何かがわかった場合というようなことは今後も幾らでもあり得るわけであります。そうした中で、だれが責任を持ってそうした情報を収集をして、その収集した情報に基づいてアクションを起こすのか。そのアクションというのは、必ずしも販売停止とかという意味ではなくて、その新しい情報が正しいのか正しくないのかどうかというようなことを検討するアクションをとるのかどうか。
 今回、ずっとHIVの話を聞いていきますと、どうもその辺がはっきりしない。生物製剤課長であった郡司さんがもっと積極的に動くべきであったのか、それとも当時の薬務局長がもっと積極的に動くべきであったのか、そのあたりのところがどうもはっきりしない。そこがひとつこの問題を複雑にしているのじゃないかということを思っているのであります。
 そして、先ほど、そうしたものが各課それぞれ出てきたときには薬事審議会というものにかけて云々ということをおっしゃいました。安全課で対応している一般的な副作用、それから監視指導課で対応しているいわゆる汚染の問題、そして今回のようなHIVのウイルス混入、これはいずれも中央薬事審議会にかけなければならないという制度になっているのですか。
#202
○荒賀政府委員 今回の血液製剤に関する問題につきましては、中央薬事審議会との関係を申し上げますと、昭和六十年の六月に、加熱製剤の承認に当たって中央薬事審議会の血液製剤調査会に諮り、承認をしたものでございます。
 昭和五十八年からそれまでの間に、このエイズの問題について中央薬事審議会の意見を求めたことはないわけでございますが、これは、先ほど来申し上げておりますエイズの研究班で、まず最新の知識に基づく研究が必要であるというところから出発をし、そして、その報告をもとに加熱製剤の治験を開始をしたり、対策が並行的に進行をしていったという事情があるわけでございます。
#203
○枝野委員 そこで物事を複雑にしちゃったのかなと思うのですけれども、じゃ結局、薬事審議会というのは何なのですか。薬の安全性とかなんとかについてを審議するということが薬事審議会の一つの大きな使命なのではないのですか。まさに今回のように、血液製剤の中にもしかすると安全じゃないものがあるかもしれないという情報が入った、それについて対応するというのが中央薬事審議会の役割ではないのですか。
#204
○荒賀政府委員 確かに、中央薬事審議会に副作用調査会というのがございまして、これは医薬品の安全性を専門に検討する調査会であり、その上部の機関として安全対策特別部会というものがあるわけでございます。
 現在の運用におきましては、安全課の医薬品適正使用推進室におきまして、モニター医療機関からの副作用報告でありますとか、あるいはメーカー等から報告をされた副作用報告に基づきまして、定例として五週間に一回、あるいは必要な場合にはその都度開催が行われておるわけでございます。
#205
○枝野委員 じゃ、こういう聞き方をしましょう。
 今回、HIVのウイルスが混入をして、これは過失とか云々とかそういったことを別としても、後から見れば市場に流さないでとめればよかったというような情報だったわけでありますが、それが今回たまたま、どうやら生物製剤課長であった郡司さんのところには危ないらしいぞとかという情報は幾つかあった。それがどの程度の評価をすべきなものかという評価のところでは、いろいろ意見は分かれるところです。じゃ、この郡司さんという生物製剤課長は、その当時、自分の担当しているこの血液製剤について、そうした危険があるかもしれないという情報について集めなければならないという職責を持っていたのですか、それとも、この人は一生懸命勉強される方で、いろいろな人の話を聞いていたからたまたま血液製剤が危ないかもしれないという情報を、例えばスピラさんとかいうところから聞いたということになったのですか、どちらなんですか。
#206
○荒賀政府委員 この当時、エイズというのは全く新しく発生をした疾患でございまして、その問題の対応に当たりましては、最新の知識が不可欠でございます。そういった点で、当時の課長の判断としては、それの知見を集め、対策を講じる上で必要な研究班をお願いをして、そこで研究をしていただく、これが一番いい方法だというふうに判断したのだと思います。
#207
○枝野委員 判断のことを聞いているのじゃなくて、彼が、要するに、エイズはわからないわけですが、何かとにかく危ないらしい、危ない可能性があるということを言っているという情報について集めるべき立場にあったのか、それともほかの人が集めるべき立場だったのか、それとも厚生省の中にそういう情報を集めるべき立場の人がいなかったのか、どれなんですか。
#208
○荒賀政府委員 血液製剤の安全性について担当している課でございますから、それを集める必要のある課であるということであります。
#209
○枝野委員 それと、一たん市場に出ている薬を売るのをやめろ、つくるのをやめろと言うためには、中央薬事審議会の審査が要るのですか、要らないのですか。
#210
○荒賀政府委員 これは、厚生大臣が緊急命令という、六十九条の二だったと思いますが、その規定に基づいて、被害の発生あるいは拡大のおそれがあるという場合に、緊急命令として医薬品の回収等その他必要な措置を講じることができるということになっておるわけであります。
#211
○枝野委員 その緊急命令を出すというのを判断するのは、大臣がそんなことを全部判断するわけないですから、下から上がってこなければ日本の役所はできないわけですけれども、基本的には、だれのところが一番最初に発想を出すところなんですか。もちろん、そのバックにはいろいろと知識を得なければならない。例えば郡司さんはそのために研究班をつくったのでしょうが、今回の場合は、郡司さんの職務責任、要するに生物製剤課長というところから、危ないと思ったら大臣のところに上げていくべき立場にあったのですか、それとも、ほかの部署なんですか、それとも、そんなこと決まっていないのですか。
#212
○荒賀政府委員 これにつきましては、当然、所管課の課長、それから局としての対応を決め、大臣と御相談をして方針を決めるということになるわけであります。
#213
○枝野委員 そうすると、中央薬事審議会というのは今回の件ではまるで関係ないということでいいのかなということになるわけです。要するに、厚生省の問題だけを取り上げればいいのかなというふうなことを思うのですが、時間もそろそろ切れました。まだまだたくさん聞きたいことはあるのですが。
 今回の問題はきょうもいろいろと議論されておるようでありますが、ぜひこれは大臣にも、役所の皆さんにも、それから各党の皆さんにもお願いをしたいと思います。
 これは、例えば、謝罪とか責任を認める云々というような言い方でされておりますが、患者の皆さんが、森井大臣がごめんなさいと言ってほしいということではないというのは、これは皆さんわかっていらっしゃると思います。この事件が起こったときに、森井さんは厚生省とも何の関係もない、むしろ野党の議員であったわけですし、例えば今の薬務局長さんでも、その当時はそういったことについて決定する権限のない立場でありました。その方がごめんなさいと言うことが被害者の方にとって意味のあることではない。そういった意味で、謝罪とか責任とかということを言っているのではない。
 そして、何が結局問題なのかといえば、どうしてこんなことになったのか、そしてそれ以上に、二度とこういったことを起こさないでほしいという思いが一番であるということであります。そして、二度とこういったことを起こさないためには、なぜこうなったのかということをきちんと明らかにしなければ対応のしようがないと思っております。これは合理的に考えていけば二つしかあり得ない。
 一つは、例えば郡司さんなり、当時の薬務局長なり、当時対応すべきポストにいた方の個人的な問題としてミスがあったかどうか。そしてもう一つは、そもそもこれは厚生省のシステムというよりも日本の政治、行政のシステム全体の問題としてこういった問題に素早く対応することができないシステムであったのかどうか。
 この二つの点について明白に答えを出さなければ対応策というのはとりようがないというふうに思っております。そして、そのことを明らかにして、しっかりとした対応をとっていかなければならないという意味では、森井大臣を初め厚生省の皆さんも、そして私ども議会の人間も、被害者の皆さんも同じ立場に立って、共通の基盤で物を考えることができるというふうに思っております。
 ぜひそうした見地から、どういう経緯で、どういう事実関係でこういった結果になってしまったのか、特に情報を可能な限りオープンにしていただきたい。情報がオープンになった上で、なるほど、それなら責任は厚生省にはないということで患者さんが納得する可能性もないわけではないのであります。しかし、情報がない、わからないでは、患者さんサイドとして、国の責任をはっきりさせなければという思いというのは消えていかないだろうと思います。
 ぜひ、そうした点で、厚生省サイドとしても可能な限り過去の情報というものを掘り起こしていただいて、それをオープンにしていただいて、みんなが納得できる形でこうした事件の、こうした被害の再発を防止する善後策というものを考えていただきたいということをお願い申し上げまして、質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
#214
○和田委員長 岩佐恵美さん。
#215
○岩佐委員 まず最初に、血友病患者の皆さんが汚染された血液製剤によってエイズウイルスに感染された、このことについて質問をしたいと思います。
 「NHKスペシャル 埋もれたエイズ報告」で明らかにしていますけれども、一九八三年夏ごろ、金沢大学医学部の宮脇利男氏が血友病患者の免疫機能の調査をしたところ、米国の国立防疫センター、CDCの基準を当てはめるとエイズの疑いが濃厚である患者が十四人中十一人も存在した、こういう調査結果を厚生省の免疫不全症候群に関する調査研究班において報告をした。ところが、なぜか当時全く問題にされなかったとのことであります。この一九八三年夏というのは、先ほど来問題になっていますけれども、厚生省エイズ研究班においてエイズ問題が議論をされていた非常に大事な時期でございます。
 宮脇氏の研究というのはどのように報告をされたのか。また、エイズ研究班にこの報告がされたのかどうか。そして、厚生省として、このような重要な報告だと思いますけれども、これを公表しなかったのはなぜなのか。その点についてまず伺いたいと思います。
#216
○松村政府委員 御指摘の研究報告につきましては、昭和五十八年度に行われました厚生省特定疾患・免疫不全症候群に関する調査研究班の研究報告書によりまして報告を受けております。
 この研究によりますと、当時、血液製剤の投与を受けている血友病患者の方の中にTリンパ球の異常を示す患者が存在するが、これは臨床的な免疫不全状態の前駆症状であるのか、単に何かに反応している状態であるのかは今後のさらなる検討が必要である、このように結論づけられておるわけでございます。厚生省といたしましても、こういう御指摘をいただきまして、さらなる検討が必要だ、このように考えたものと思います。
 それから、公表をしていないのはなぜかという御質問でございますが、当時、厚生省の特定疾患調査研究班の報告につきましては、量もかなりたくさんあるものですから、通常、研究班の班会議で研究発表をいたしますほか、研究報告書の作成によりまして公表をするというものが一般的な取り扱いだったと聞いております。したがいまして、この研究報告につきましても、このような一般的な取り扱いをしたものと理解をしております。
#217
○岩佐委員 エイズ研究班に報告はなかったのですか。あるいは議論されたかどうか。
#218
○松村政府委員 当時のこの研究報告を薬務局の方にお伝えしたかどうか調べたのですが、確認がとれておりません。
#219
○岩佐委員 アメリカで一九八二年の夏に血友病の皆さんで最初の犠牲者が確認をされている、そういうことからずっと八三年の初めにもこのことが疑われ、そしてこの研究班そのものが持たれたわけですね。先ほど説明があったように、確かに臨床的な意味はわかっていないというふうにはなっていますが、しかし、この報告でも、エイズのハイリスクグループである健康な男性同性愛者においても血友病患者で見られるようなT細胞サブセット異常が知られている、こういうようなことが報告をされているわけですから、私は、こういう重要な報告がエイズ研究班にされてないということであれば、これはもう本当に縦割り行政で問題だというふうに思いますし、また、されていても、なおかつ厚生省が動かなかったということであれば、先ほど来ずっと議論になっているように非常に鈍感であったというふうに言わざるを得ないのですね。ですから、どっちにしても、確認できなかったというのもこれもまた随分お粗末な話だというふうに思うのですけれども、私はどうも納得がいかないわけです。
 次に、一九八五年三月二十二日、日本における初めての同性愛者のエイズ患者を公表しました。そのときに、当時感染症対策課長であった野崎貞彦氏は、血友病患者百六十三名中四十七名がHIVに感染している、こう発表しました。この感染の実態というのは、厚生省が栗村敬鳥取大学医学部教授たちに対して血友病患者の血液についてHIV抗体検査をするよう依頼していたその調査の結果でした。
 そして、厚生省のこの発表数字というのは中間的なものでした。NHKの「埋もれたエイズ報告」や一九八四年九月当時の新聞報道などから、この中間報告が一九八四年中にされていたことは明らかだと思います。つまり、厚生省は当時、血友病患者のHIV感染を科学的に立証したデータを承知していたということになると思います。
 これらの中間報告が、いつ、だれに、どのような内容で行われたのか、ここが私はとても大事なことだというふうに思います。そのことについてお答えをいただきたいと思います。
 また、この研究班は、一九八五年三月段階で、血友病患者二百五十九名中七十四名がHIVに感染ということで、数が中間報告よりもふえているわけですね。なぜ三月の最初のエイズ感染者の第一号の発表のときに最終報告の数字を使わなかったのか。この点についてもよくわからないのですけれども、説明をいただきたいと思います。
#220
○松村政府委員 昭和六十年の三月二十二日に感染症対策課長が研究班からの調査結果を中間的にどのような形で報告されたかということでありますが、私どもも、当時の関係者にいろいろ聞いてみておるところでありますが、現在のところ、具体的に当時の感染症対策課に対して研究班から中間的な報告があったか否かについては確認ができておりません。
 それから、もう一つの問題につきましても、数の問題についても、今のところちょっと確認がとれておりません。
#221
○岩佐委員 さっきの宮脇さんの件もそうなんですが、栗村先生の件もそうなんですけれども、御当人に聞かれればわかるはずなんですね。あるいは当時の野崎課長ですか、そういう人に聞けばわかる話なんですね。私は、厚生省がわかりませんと二、三日前からずっと言っていてもわからないというので、きょうになって、けさ栗村先生を追いかけまして、十二時十分にお電話でお話しすることができたのですね。
 厚生省の役所というのは非常に優秀な方々が集まっておられるというふうに承知をしているのですけれども、その気になって働けば、頑張れば情報というのは幾らでも私は手に入ると思うのですね。そんなもの、アポイントメントなんてとるのはもう仕事の常識ですよね。
 私たちは、電話をかけて伺ったら、この先生は、実は私たちは八四年の十一月か十二月、ちょっとその辺がはっきりしないけれども、京大のウイルス研の会議で中間報告を口頭で行いました。百六十三名中四十七名がHIV感染という結果を報告しました。ちょっと電話をすればそれですぐわかるわけですね。しかも、この後、アメリカのギャロ先生からブラインドをもらって、本当に検査に自信を持つわけですね。それで、明くる年の一月に集中して検査をして、最終的に二百五十九名中七十四名がHIVに感染した、こういうデータを出しているわけですね。
 私は、だから厚生省は、さっきからも話になっていますけれども、とても不誠実だと思うのですね。もともと、まじめにデータを公開するという気がない。そういうことでは、本当に薬害をこれで根絶するということに決してならないのですね。そういうことを今度の論議を通じてまた改めて思いました。
 次に、またさっきのNHKの「埋もれたエイズ報告」にも出ているのですが、抗体陽性者の扱いについての厚生省の当時の内部文書が映し出されて、この内部文書というのは非常に重要なんです。今のHIV感染の事実の中間報告を踏まえて出されているものなんですね。だから、この内部文書を出してほしいというふうにお願いしたのですけれども、内部文書なるものはありませんということを言われました。
 ですから、NHKの画面の文書から読み取る以外ないのですけれども、そこでは、日本でも血友病患者に抗体陽性の症例が認められた、二十二例中四例、ウイルスが日本にも存在していると言わざるを得ないだろうとして、それで当課としての考え方ということで、保有者がいることは認める、だけれども、陽性とエイズ発症とは異なる、現在までのところ日本にはエイズ患者は存在しないのだ、よって、この件についてはマスコミに発表しないが、いずれ学会で発表する、こういうような内部文書になっているわけですね。
 一九八四年の中間報告の時点だって血友病患者の中の三人に一人がHIV感染をしている、そういうことだったわけですから、こういう重大な結果をもし厚生省が公表していれば、その後の血友病患者のHIV感染というのは防ぐことができたはずなんですね。私は、この点でも厚生省の責任は重大だというふうに思います。
 この時点で中間報告を公表しないということを一体だれが決めたのでしょうか。
#222
○松村政府委員 私どもも私どもなりに努力はしておるところでありますが、文書の所在というものも今のところ確認しておりませんで、したがいまして、今委員の御指摘の、だれがどういうふうに指示をしたかというところも確認できておりません。
#223
○岩佐委員 先ほど栗村教授の件で私は言いましたけれども、私、ちっとも厚生省は努力してないというふうに思います。
 それで、私は、感染症対策課長の野崎貞彦氏あるいは同補佐森尾真介氏、こういう人たちをぜひこの委員会で参考人として呼んでほしいというふうに思います。委員長にお取り計らいをいただきたいと思います。
#224
○和田委員長 後日理事会で協議をさせていただきたいと思います。
#225
○岩佐委員 抗体検査については、検査対象となった血友病患者本人にHIV検査を行うこと、また、検査結果が陽性であるということが知らされませんでした。その後も、本人への告知は医師の判断に任されて、結局、厚生省はこの状態を放置をしてしまった。そのために、先ほども論議がありましたけれども、告知されないたくさんの患者が有効な治療を受けられず、そのまま患者の死亡が早められると同時に、配偶者が二次感染するという悲劇がもたらされたわけです。そういう意味では、公表せず、告知せずという厚生省の閉鎖的対応、これが薬害被害を深刻なものにしたことは明らかだと思います。
 今まで二次感染の実態について把握していないということでしたけれども、私は本当にこの点については無責任だというふうに思います。この問題についても真剣に対応していくべきだと思いますが、どうでしょうか。
#226
○荒賀政府委員 この二次感染者につきましては、今回の東京地裁の和解案におきまして、その感染原因の「証明をまって本和解の対象とする。」ということにされておりまして、今後、これを踏まえて協議をしていくことになると考えております。
 また、未提訴の方につきましても、裁判所の和解案においてその取り扱いを協議することとされておりますので、未提訴の二次感染者の方についても今後対応を協議していくことになるというふうに考えております。
#227
○岩佐委員 エイズ患者認定の第一号についてちょっと話を進めたいと思います。
 この米国在住の同性愛者である日本人男性が公表されたわけですけれども、この男性は、一九八八年に出されました「日本のエイズ症例」というのがありますが、これは随分高い本ですが、この本に掲載されていないのです。この患者の症状は軽くて、米国で通常の生活を送っているとの新聞報道もあるわけですけれども、エイズ症例にも掲載できないような患者が第一号だったということではないか。現在この患者がどうなっているかつかんでいるかどうか、このことを伺いたいと思います。
 同時に、「日本のエイズ症例」によれば、血友病患者の例であるケース3あるいはケース10、これは明らかに一九八五年三月以前に既にエイズは発症しているのですね。だから、日本における血友病患者の感染あるいは発症を小さく見せるために第一号エイズ患者を意図的に症状の軽い外国在住の同性愛者にしたのではないかというふうに考えられるわけですけれども、その点、どうですか。
#228
○松村政府委員 第一号の患者をどういう基準で選んだかについて、今承知しておりません。したがいまして、今先生の御質問の第一号の患者がどうなっておるかということについては、後刻調査をいたしまして報告させていただきます。
#229
○岩佐委員 大体、一つ一つが本当に何か答えになっていないのですね。もう時間がありませんので、これ以上はなかなか追及できませんけれども、やはり集中審議なり参考人審議なりが本当にやられていく必要があるというふうに思います。
 大臣、訴訟においても国会の審議の場でも、厚生省は今みたいに事実関係について本当に明らかにしないのですね。いまだに真相が十分に解明されていないのです。サリドマイドとかスモンなど恐るべき薬害を根絶をする、二度と再び起こさない、もうなくす、そういうためには、真相を究明して、どこに問題があったのか、そのことをはっきりさせることが不可欠なんですね。これはもう先ほどからも言われています。
 フランスでは、政府の関与によって、血液製剤によるHIV感染の事実の経過が調査をされ、報告書が提出をされています。厚生省としても、事実経過を明らかにして、問題点をはっきりさせ、薬害根絶に本気になって取り組むべきだと思います。薬事法等の改正などを予定されていますけれども、法律を幾ら改正しても、肝心かなめの厚生省が薬務行政を国民のためにやるという立場にちゃんと立たない限り、これはもう法律を何回変えたってどうにもならないのですね。
 だから、今回の事件についても、必要な資料を出し、真相をはっきりさせる。そして今後の対応については、ここから教訓を酌み取って、ここのところはちゃんとしますというような提案がなされなかったら、被害者の皆さんも納得できない、私たち国民も納得できないということなのではないでしょうか。
 謝ってよ厚生省、被害者の皆さんは言っておられますけれども、私は、そういう意味でも、厚生省が真相解明のために事実を、情報を公開してきちっと事実を明らかにする、それから、今後も情報公開はきちっとやっていくということが大事だと思うのですけれども、大臣のお考えを伺いたいと思います。
#230
○森井国務大臣 御指摘の不明な点等につきましては、ある意味で岩佐委員と同じ気持ちになることもあるわけでございまして、私も厚生大臣に就任をいたしまして、本日も出ておりましたが、幾つかの疑問点を解明したいと思いまして、職員を督励をしてまいりましたけれども、当時の事実関係、出せる範囲で私としては出させたつもりでございまして、なお不満が残っていらっしゃることについては私も理解をしておりますが、現在のところ、私といたしましても、可能な限りの調査はさせたというふうに判断をいたしておるわけでございます。
 当時の関係者を呼べという御意見もあったわけでございますが、これは行政の継続性、一体性からいけば現役の我々が責任を持つべきだというふうに思っておりますが、なお関係者に聞けということで、先ほど来各局長から、かつての人の状況についても把握に努めたところでございますが、これまで答弁をしたものがぎりぎりだというふうに残念ながら認識をいたしております。
 今後、こうした事件の再発防止を図るという観点から、医薬品の安全性確保を図ることが極めて重要だと私は思っておりますから、おっしゃったように、情報の収集あるいは迅速な対応が必要な場合の回収等の迅速な対応、安全性確保のための調査研究、より有効で安全な医薬品の開発のための研究助成支援、治験、承認、市販後対策の強化等、これから国としての役割を果たしてまいりたいというふうに考えておることを申し上げておきたいと思います。
#231
○岩佐委員 私は、大臣の今の答弁ではどうも薬害の根絶はおぼつかないという印象を持ったわけです。これからももっと議論をしていく必要があるというふうに思っています。厚生省は、原局はそんなに最大限努力をしたなんて全然思いませんので、その辺は申し上げておきたいというふうに思います。
 次に、日の出の谷戸沢処分場の問題について伺いたいと思います。
 東京都三多摩地域廃棄物広域処分組合は、一日三十万円の間接強制金を払ってまでデータ公開を拒んでいます。その支払い総額というのは、九月二十七日までで三千二百八十万円に上ります。さらに、十一月七日までの未払い分というのが千二百三十万円となっています。二十七市の市民からは、税金をそんな使い方をするのはおかしいという声が上がっていますけれども、これは当然だと思います。
 電気伝導度データが今非常に問題になっているわけですけれども、これについて言えば、八三年十二月の谷戸沢処分場に係る公害防止協定の細目協定書の第一条九項で、「地下水の水質検査」として「地下水排水工から集水される地下水の電気伝導度を自動測定機(一台を予備として常備すること。)により常時観測を行い、異常値が出たときは、」「水質検査を行うとともにその原因を究明するものとする。」と明確に規定されているのですね。だから、電気伝導度データがあることは間違いないというふうに私たちは思っています。
 厚生省として、処分組合がこのような多額の間接強制金を支払ってまで地下水の電気伝導度のデータを公開しないということについてどう思われるか、そのことを端的にお答えいただきたいと思います。
#232
○坂本(弘)政府委員 お答えいたします。
 御指摘のデータ公開問題につきましては、現在係争中の処分場の差しとめ等の問題に密接に関連しております。広域処分組合が全体として判断したもので、組合と関係住民との間の当事者間の問題だ、このように考えております。
 ごみの最終処分場は市民生活に不可欠な施設でございまして、整備を円滑に進めていくことは重要でございます。一般的には、最終処分場の建設それから運営に関する情報を地域住民に提供し、相互の信頼関係を築くことが望ましい、かように考えております。
 厚生省といたしましては、このような観点から、東京都を通じ、処分組合にデータ開示が望ましい旨指導してきたところでございます。
#233
○岩佐委員 処分組合が、電気伝導度データを除く一部のデータを公開しました。日本環境学会の検討では、その一部公開された資料からでさえ、九〇年十一月二日に採取した地下水は、蒸発残留物が三一九〇ppm、全窒素濃度が三七・八ppmという異常な高濃度値が検出をされています。これは、ゴムシートが破損をしている、汚水が地下水へ流出した、そういうこと以外どうも説明ができないとしているわけですけれども、この廃棄物の影響を否定できないことについてどうとらえられますか。
#234
○坂本(弘)政府委員 御指摘の問題につきましては、本年九月に、廃棄物処理法上、処分組合に対する指導監督の権限を有する東京都に対しまして、汚水漏れの可能性を含めまして、日の出町の第一処分場の維持管理に関し、改めて調査を行い、所要の措置を講ずるよう指導したところでございます。
 現在、東京都において、データの分析や調査方法等について検討がなされているものと承知しております
#235
○岩佐委員 そこで、八二年七月の公害防止協定の第八条三項では、「異常を認めたときは、」「直ちに関係機能を停止し、原因を究明して必要な措置をとらない限り再開できないものとする。」と明確に規定されています。もし異常を認めたとき、どう指導されるのでしょうか。
#236
○坂本(弘)政府委員 御指摘の問題につきまして、東京都に対し、第一処分場の汚水漏れの有無について、改めて調査を行うとともに、仮に汚水漏れが判明した場合には、廃棄物処理法に基づきまして適切な改善措置を早急に講ずるよう指導したところでございます。
#237
○岩佐委員 日の出の第二処分場問題についても、住民と処分組合との理解あるいは解決がないまま、処分組合は今建設を強行しているのですね。
 厚生省は、これまで、処分組合と地域住民との間に紛争があることを理由に、九五年度予算の内示を保留してきました。谷戸沢処分場の汚水が流出しているという事実は、安全であることを前提とした第二処分場の公害防止協定などにも影響を及ぼしてくると思います。
 厚生省は、このような住民合意のないままの第二処分場の建設を許すべきではないというふうに思います。補助金も出すべきではないというふうに思いますけれども、その点、いかがでしょうか。
#238
○坂本(弘)政府委員 厚生省といたしましては、処分場の確保は必要と考えてはおりますが、第二処分場の国庫補助の内示につきましては、諸般の状況を勘案して、現時点までは行っていないところでございます。
 第二処分場の国庫補助の問題につきましては、今後、地域住民の動向を踏まえて、安全対策の充実、リサイクルや減量処理の推進等各市町の処理体系の見直しなど、円滑な事業執行の可能性を判断しながら決定してまいりたい、かように考えております。
#239
○岩佐委員 最後に、谷戸沢処分場のようなゴムシートを敷いた処分場というのは全国に千五百六十七カ所あります。日の出の最終処分場のように一極集中型、こういう広域処分というのはもうこれからの時代に合わないのじゃないか。自区内処理を目指す方向に方向転換をしていかなければならないのじゃないか。先ほど部長も言われましたけれども、できる限りごみを減量する、本当に徹底してごみを減量する、身近なところで最終処分する、こういう考え方に基本を変えていく必要があるのじゃないか。
 そして、有害な人工化学物質のほか、猛毒のダイオキシンとか砒素がごみには含まれているわけですね。こういうごみの最終処分場を水源地につくること、このことも問題があると思います。厚生省の水道水源の水質保全に関する有識者懇談会でも、近年、上流部において廃棄物の処理施設の設置等で下流域の住民の不安を招く事例が増加しつつあるとして、廃棄物処理施設等の開発行為について規制措置を講ずるようにという指摘をしているわけですね。
 そこで、大臣にお伺いしたいのですけれども、飲み水のもととなる水源を汚染するようなごみの最終処分場、こういうものを根本的に見直し、改めていく必要があるというふうに思うのです。一極集中の問題とあわせて、お伺いをしたいと思います。
#240
○坂本(弘)政府委員 廃棄物処理施設は、基本的には、廃棄物を適正に処分し、環境汚染を防止する環境保全施設という性格を持つものでございまして、廃棄物処理法において、生活環境の保全等の観点から各種対策を体系的に整備しておるものでございます。
 先ほどの先生の、河川上流部に云々という御質問でございますが、そういうことにつきまして、特に、この廃棄物の最終処分に当たりましては、廃棄物処理法において、公共用水域及び地下水の汚染が生じないよう、最終処分基準及び最終処分場の構造・維持管理基準が定められているところでございます。
#241
○森井国務大臣 先生御承知のとおり、ごみにつきましては、やはり地方自治体で地方自治の本旨に基づいてお決めをいただく、これが基本的な姿勢でございます。
 今度の日の出町のように、大型で、たしか三百数十万人ぐらいの該当者がいらっしゃるという、それも一つの選択ですし、自分の区あるいは自分の町等で小さく、自分のところで出たごみは自分のところで処理をしようというのも一つの選択だと思うわけでございますけれども、今度の場合は、今先生御指摘のように、幾つか問題がありまして、今水環部長がお答えをしたようなことになっておりますけれども、これからも現地の状況を見ながら、私としても判断をしていきたいというふうに考えております。
#242
○岩佐委員 終わります。
#243
○和田委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時五十九分散会
     ――――◇―――――
  〔本号(その一)参照〕
    ―――――――――――――
   派遣委員の愛知県における意見聴取に
   関する記録
一、期日
   平成七年十一月一日(水)
二、場所
   名古屋クレストンホテル
三、意見を聴取した問題
   臓器の移植に関する法律案(中山太郎君外
   十二名提出)について
四、出席者
 (1) 派遣委員
   座長 和田 貞夫君
      衛藤 晟一君    佐藤 静雄君
      鈴木 俊一君    住  博司君
      竹内 黎一君    石田 祝稔君
      坂口  力君    福島  豊君
      山本 孝史君    岩垂寿喜男君
      横光 克彦君    荒井  聰君
      岩佐 恵美君    土肥 隆一君
 (2) 現地参加議員
      大谷 忠雄君
 (3) 政府側出席者
        厚生大臣官房審
        議官      中西 明典君
        厚生省保健医療
        局長      松村 明仁君
        厚生省保健医療
        局疾病対策課臓
        器移植対策室長 貝谷  伸君
 (4) 意見陳述者
        社会保険中京病
        院副院長    大島 伸一君
        豊田地域医療セ
        ンター院長
        藤田保健衛生大
        学名誉教授   渡部 良夫君
        名古屋大学法学
        部教授     伊東 研祐君
        弁  護  士 加藤 良夫君
        富山医科薬科大
        学医学部看護学
        科教授     澤田 愛子君
        愛知心臓病の会
        事務局長    高森  洋君
 (5) その他の出席者
        厚生委員会調査
        室長      市川  喬君
     ――――◇―――――
    午前十時三分開議
#244
○和田座長 これより会議を開きます。
 私は、衆議院厚生委員長の和田貞夫でございます。
 私がこの会議の座長を務めますので、よろしくお願い申し上げます。
 この際、派遣委員団を代表いたしまして一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様御承知のとおり、当委員会におきましては、第百二十九回国会、中山太郎君外十二名提出、臓器の移植に関する法律案の審査を行っているところでございます。
 当委員会といたしましては、法案の審査に当たり、国民各界各層の皆様方から御意見を聴取するため、御当地におきましてこのような会議を催しているところでございます。
 御意見をお述べいただく方々には、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。
 それでは、まず、この会議の運営につきまして御説明を申し上げます。
 会議の議事は、すべて衆議院における委員会議事規則及び手続に準拠して行い、議事の整理、秩序の保持等は、座長であります私が行うことといたします。発言される方は、座長の許可を得て発言していただきたいと存じます。
 なお、この会議におきましては、御意見をお述べいただく方々は、委員に対しての質疑はできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 最初に、意見陳述者の皆さんから御意見をそれぞれ十分程度お述べいただきました後、委員より質疑を行うことになっておりますので、よろしくお願いいたしたいと思います。
 それでは、本日御出席の方々を御紹介いたします。
 出席委員は、自由民主党・自由連合の衛藤晟一君、鈴木俊一君、佐藤静雄君、住博司君、竹内黎一君、新進党の石田祝稔君、山本孝史君、坂口力君、福島豊君、日本社会党・護憲民主連合の横光克彦君、岩垂寿喜男君、新党さきがけの荒井聰君、日本共産党の岩佐恵美さん、民主の会の土肥隆一君、以上でございます。
 なお、現地参加議員として、大谷忠雄君が出席されております。
 次に、御意見をお述べいただく方々を御紹介いたします。
 社会保険中京病院副院長大島伸一君、豊田地域医療センター院長・藤田保健衛生大学名誉教授渡部良夫君、名古屋大学法学部教授伊東研祐君、弁護士加藤良夫君、富山医科薬科大学医学部看護学科教授澤田愛子さん、愛知心臓病の会事務局長高森洋君、以上の方々でございます。
 それでは、最初に大島伸一君から御意見をお述べいただきたいと思います。
#245
○大島伸一君 御指名をいただきました大島でございます。
 本日は、このような機会をいただきましたことに、関係者の皆様方に深く感謝いたします。
 私は、一九七〇年に大学を卒業いたしまして、卒業後三年目の一九七三年より腎移植を始め、現在までの二十三年の間に、今も奉職しております社会保険中京病院で生体腎移植二百三例、死体腎移植百九例の計三百十二例を行ってまいりました。専門は泌尿器科でありますが、世の中で言ういわゆる移植医であります。
 医学の立場から申しますと、移植医療は今世紀の後半から飛躍的に進歩発展した分野でありまして、その医療技術の進歩は革命的と表現してよいかと思います。しかし、医療というのはどれほど進歩いたしましても常に未完成でありますが、これは移植医療においても例外ではありません。
 現場の臨床医である私どもの最大の任務は、目の前で苦しむ人を今どうするかというところにあります。目の前で苦しんでいる人に対しまして、医療従事者が最新の医学知識や医療技術を駆使して苦痛を取り除くために尽力することは善であり、これは医師の使命であると信じてやってきましたし、今もそうであります。
 人が生存する権利や幸福を追求する権利は、我が国の憲法に保障されております。そして、その前提となる健康や身体的な自由は、人生の本質にかかわるだれにも共通な価値であると思います。これを守るために、医療技術という専門的職能をもって国民の皆様にいささかなりとも貢献できることは、医師としての誇りであると考えてきました。
 移植医療は、よく御存じのように、今では世界のほとんどの国、いわゆる先進国だけでなく、発展途上国と言われる国においても行われ、日常的な医療となりつつあります。
 もちろん、腎臓だけでなく、心臓、肝臓を含め、さまざまな臓器がその対象になっております。言いかえますと、世界では随分と多くの人がこの医療技術の恩恵を受け、生命を延ばし、生活の質の向上を得ることに成功しているのであります。最も先進国である米国を引き合いに出すのは問題があるかもしれませんが、米国では、心臓移植が一年間に約二千五百例、肝臓移植四千五百例、腎臓一万例、膵臓七百例が行われております。
 日本人では、心臓移植は外国で外国人の提供者による移植しか受けられませんし、肝臓も、数少ない肉親からの部分肝移植を除けば、心臓と同様の事情であります。唯一行われていると言ってよい腎臓は、一年間に五百から六百例、このうちの約二百例が死後に提供されたものであります。腎臓だけが死後の提供を受けているのは、腎臓の場合には心臓死による提供でも移植が可能だからであります。
 日本の人口は米国の約半分ですから、それで計算してみますと、我が国では、この十年間に数万人以上の同胞が移植医療技術の恩恵を受けることができなかったことになります。腎臓の場合には、血液透析という治療手段がありますので、生命が直接影響を受けるということはありませんが、ほかの治療手段を持たない心臓や肝臓の場合には、その結果は悲惨であります。
 あらゆる先端技術の獲得にどん欲なまでの我が国、そして諸外国へ募金までして患者を送り出し、外国での移植を美談として取り上げる我が国で、なぜこの技術が認知されないのでしょうか。もし、過去十年間に数万人以上の同胞がこの技術の恩恵を受けることができなかったがために命を短くしたとしたら、その責任はだれにあるのでしょうか。そんな責任はだれにもないのでしょうか。
 どのような疾患を持っていようと、その時点における最高の医療を受ける権利はだれにもあるはずであります。それにこたえられないとすれば、その技術を持っている私ども医師にその責任があるのは当然であるとしても、その国、そしてその国民が無関係で済むことではないと思います。
 我が国で、移植そして脳死の議論に火がついてから二十年以上が経過しております。恐らく、考えられるすべてのことは既に取り上げられ、議論されてきたと思います。
 私は、一般に向けて出版された移植関係の本十数冊を読み直し、移植推進派、反対派、慎重派の方々の意見を調べてみました。
 賛成派は、患者とその支援者、ジャーナリスト、社会学者による分析的な発言、そして移植医を中心にした医療関係者であります。病気の苦しい状態、移植医療の価値、医療・医師の使命、患者の生存権、専門家の尊重、諸外国との違い、提供者の意思の尊重等、患者サイドに立った具体的な発言が中心であります。
 一方、反対派、慎重派は、法律家や医師を中心に広く社会一般の意見であります。移植医不信、医療不信から始まり、人間の尊厳、提供者の人権、死生観の違い、社会的合意、不公平医療、死の概念を変えることに対する不安等が挙げられております。提供者の人権を中心に、移植医療を通して医療全般に対する不安、不信、科学、医療技術の進歩と自然や社会のあり方に対する不安のようなものを訴えております。
 両者を比べてみますと、推進派は、移植医療が目の前の現実的な問題になっている文字どおり命のかかっている人たち、そして、いざという場合には法廷に立つことも辞さないというほどの覚悟を持って患者の命を考える人たちによる具体的な意見が中心であります。
 一方、慎重派は、移植医療を問題にする人たち、中心はインテリジェンスの高い、いわゆる社会の良識派と呼ばれる方たちであります。どちらかといえば、提供者側に立って総論的な論理展開を行っております。
 移植医療を我が国に何とか定着させようという立場に立って見る限り、両者の意見はすれ違い、合意点を探すのは難しいようであります。
 しかし、反対・慎重派の方たちは、移植を希望する臓器不全の状態にある患者やその家族を相手に議論することを避け、患者が諸外国へ移植を受けに行く行為の妥当性について言及することを避けているようであります。このことは、反対あるいは慎重派の方たちが、移植医療そのもの、あるいは移植医療の価値を否定しているわけではないことのあらわれであると私は理解しており、今後への明るい材料ではないかと考えております。
 私は、移植医療の問題は、つまるところ、臓器の提供者の死とその周辺のところに集約されるのではないかと思っております。
 臓器の提供者とその死について論じようとすれば、脳死の問題を避けることができません。しかし、私は移植医でありまして、移植医が脳死について論ずるのは禁句であります。仮にそうでなくても、私は脳の専門家ではありませんし、一般の医師としての水準でしか脳死をとらえることはできません。また、脳死を人の死として受け入れるかどうかは、国民の判断する問題であり、私ども医師の裁量を超えることであります。今ここで私の医師としての立場からはっきりと言えることは、世界じゅうの医学の教科書に、脳死という現象は、その判定を含め確立された概念として認められ、記載されているという事実であります。世界じゅうの医学生が今現在、これらの教科書から脳死を確立された事象として学んでいるのであります。もちろん、日本においても同様であり、例外ではありません。
 死は普遍的な問題であります。これはだれもが臓器の提供者になる可能性があることを意味しております。移植医療は、言うまでもなく、人の死を前提にした医療であり、人の臓器がなくては成り立たない医療であります。しかし、人の死はだれにとっても不快なものであります。
 命の贈り物とか愛のリレーとか、臓器が人から提供されるという行為に使用される崇高な言葉が、臓器を提供するという行為のすばらしさを示しているのはもちろんでありますが、それだけではなく、その前提としてある人の死や、そして提供された人の臓器を体の一部品のように扱わざるを得ない移植医療が持つ不快な部分を隠したいという気持ちと無関係ではないだろうと思います。
 厳粛なる人の死のそのときに、人を救うという大義のもとに臓器を摘出するという行為が、どれほど人を悩ませ、人を不快にさせるものか。移植医療を価値あるものと考えるなら、移植医療のこの負の部分を逃げずに、正面から見詰めなければならないことと思います。
 移植医療は、人が亡くなるときに臓器を摘出するという、人を不快にさせる行為を前提にする医療でありますが、移植を行った結果得られるものは、移植医療のその負の部分を差し引いてもなお大きなものがあると信じております。なぜなら、死ぬしか道のなかった人が生き返り、普通の生活に戻ることができるからであります。
 そして、この移植医療の価値が真に生かされるためには、臓器を提供したい、あるいは臓器を提供してもよいという提供者の生前の意思が、遺族を含めた周辺の方たちから安心し、満足を持って受け入れられるような医療現場での対応や環境づくりが極めて重要であります。このことは、移植医療に従事する私どもすべての者に課せられた務めであり、課題であると考えております。
 法の制定が目指すのは、問題となっている医療行為を国のレベルで認知し、正当化することだけにあるのではなく、より多くの国民が効率よく適切な医療の恩恵を安心して受けられるような医療政策に反映できる道を開くことにもあると思います。腎臓はもちろん、心臓、肝臓についても、その移植医療の技術が確立されていることは既に述べました。この技術による恩恵が臓器不全で苦しむより多くの人に行き渡り、そして、この技術が我が国民の共有の財産となるよう適切な御判断を切望いたすものであります。
 ありがとうございました。
#246
○和田座長 ありがとうございました。
 次に、渡部良夫君にお願いをいたします。
#247
○渡部良夫君 御紹介いただきました渡部でございます。
 私は、かねてから、臓器移植法案に対する賛成・推進派と私ども反対・慎重論者との間の討論の場が余りにも少ないことを憂慮してまいった者でございまして、したがって、本日、衆議院厚生委員会の委員派遣に際しまして、このような機会を与えてくださいましたことを大変感謝申し上げております。
 私がこれまでこの法案に対して反対をたびたび述べてまいった根拠は幾つもございます。しかし、本日は時間が限られておりますので、そのうちのごく二、三の点だけについて述べさせていただきまして、あとは配付させていただきましたこれまでの出版物などをお読みいただくことでお許しいただければ幸いでございます。
 まず第一点は、私どもにとりまして、いわゆる脳死論議はまだ終わっていないということでございます。
 すなわち、移植推進論者の方々は、いわゆる脳死臨調の場におきまして、いわゆる脳死状態というものは個体の死とみなしてよろしいという多数意見が出たことを根拠にいたしまして、この論議は既に尽くされたというふうに言っておられます。
 しかし、私どもはそうは考えません。その最終答申には少数意見がつけられている。また、その少数意見は、心ある人々によって多数意見よりも深くて重いというふうに評価されている事実を無視してはいけないわけであります。
 私どもは、これまでどおり、いわゆる三徴候説、心臓と呼吸の停止、光に対する瞳孔の反射の欠如を判定基準にして死を宣告すべきであるというふうに考えております。
 なぜかといいますと、その場合には、心臓がとまればどんどん体が冷たくなり皮膚が土気色になる、目の光もうせるといった一般の方々にも直ちに実感される徴候を非常に短時間であらわすわけです。事実上、分単位であらわしてまいります。したがって、愛する家族の死を否定したい、どうか生きていてほしいと必死に祈る家族にも、これはやはりだめか、死んでしまったのかということを納得させるに足るような症状がすぐに出るわけですね。それに対しまして、人工呼吸器につながれたいわゆる脳死状態の患者さんは、体は温かい。皮膚の色もよい。普通の感性を持った人間であれば、これを死と認めないのはむしろ当然でございます。
 こういうことを申しますと、推進論者はすぐに、それは感情論だと言って切り捨てます。しかし、私どもは、これは文化論だと申し上げたいのです。何千、何万年の人類の歴史を通じて、我々の祖先は、常にみんなが納得できる条件がそろったときに初めて死を受け入れてきた。そうした人類の文化を軽々しく捨て去るべきではないと私は信じるわけです。また、仮に百歩譲りまして、私どもの主張が感情論だといたしましても、理性と感情の調和がとれて初めて人は完全な人間になるということを推進論者の方は無視していらっしゃるのではないでしょうか。
 なるほど、いわゆる脳死状態になりますと、遠からず心臓が停止して個体の死が完成されるのでありましょう。しかし、この段階は数日から数週間、最長では百一日という例が報告されております。こういうふうに長い間続きますので、私どもは、脳死というものはあくまで個体の死の切迫を予測させるものではありましても死を確認するものではない、そうした段階で血の通った温かい体をメスで切り開いて臓器を取り出して移植に使う、そして死を早めるというのは、これは残酷で、人情の自然に反すると思います。また、臓器、組織を物として扱い、人体を単なる部品の寄せ集めであると見てその再利用を進めるということは、人間の尊厳を侵す行為であります。
 第二点は、臓器提供者、いわゆるドナーと臓器移植の候補者あるいは希望者、レシピエントの数の絶対的な相違でございます。
 まず、臓器提供者は、例えば心臓移植について申しますと、一九九三年度の世界心臓移植登録で平均年齢は二十六・七歳、こういうふうに若い方が自動車事故などで突然に脳死状態になった方に限られますので、数は絶対的に不足いたします。今お話がありました腎臓移植、すなわち死体腎を使える腎臓移植でもその不足は深刻でございます。
 したがって、移植医療では、希望者の一部しか臓器を実際にはもらえないということがありまして、不公平医療という問題がどうしてもついて回ります。そうしたことを解決する一つの方法といたしまして、例えばカナダでは、脳の大部分が欠損して生まれてくるいわゆる無脳児を臓器提供者に、死んだものとみなして使っております。
 しかし、この点で、先月、私があるカナダの薬理学の教授と話しましたときに、こういうのはおかしい、残酷であると申しましたら、彼女は、ザ・ベイビー・イズ・ゴーイング・ツー・ダイ・エニウエー、赤ちゃんはどうせもうすぐ死ぬのだという言葉を使ったのですね。それで私が、あなたはゴーイング・ツー・ダイ、もうすぐ死ぬと言ったでしょう、イズ・デッド、死んでいるとは言っていないじゃないですか、そういった状態で心臓を取り出すと殺人になると言ったら、その教授は一言もありませんでした。
 それから欧米では、いわゆる脳死ではなくて植物状態の患者も使おう、そういった動きさえ出ております。それから米国では、最近若者の自動車事故による脳死が減りまして臓器提供者の数が一層減って困る、だから自動車の速度制限をもっと緩めよという声さえ一部の移植医から上がっているということを皆様はどうお考えになりますか。
 また、臓器不足は必然的に臓器売買を生みます。そして、発展途上国の多くで腎臓が公然と売買されている。これは皆様よく御存じであります。したがって、先進国あるいは金持ちが貧しい人の腎臓を買うといった構図は既にでき上がっております。
 そればかりでなく、本年二月にドイツの有力な週刊誌であります「シュテルン」が大々的に取り上げましたように、インドのある病院が、マフィアと結託して、就職をあっせんすると言って連れてきた恐らく千人にも上る貧しい人たちをだまして、腎臓を取り出して移植に使っていた。それがついに警察に摘発された。
 こういったことを推進・賛成派の方々は、我が国とは全く無関係のこととして切り捨てておしまいになるのでしょうか。私は、そういうことはできるはずはないと思います。
 しばしば移植推進派の方々は、臓器移植医療というものは臓器を提供される善意の方の存在によって成り立つ崇高な医療であるというふうにおっしゃいます。なるほど、健康なときに、自分がもし脳死状態になったら臓器を提供してもよいと決意なさってドナーカードを持つような方には、私は率直に敬意を払いたいと思います。しかし、私どもがおそれますのは、そうした善意が善意のままで終わらないということなんです。
 それはなぜか。善意だけならよろしいのですけれども、結局、移植という部品交換の原理だけが一般の人々に広まりまして、臓器を物として扱う、それから移植医療の残酷さになれっこになってしまう、そういった風潮が社会に定着してしまうということがありますと、それは必然的に人間のエゴの助長、そして相互不信感の増大につながります。現実に、私は、もし自分が臓器移植を必要とするような状態になったらぜひ臓器はもらいたい、しかし、もし自分の家族が脳死状態になって提供を頼まれたらそのときは断ると、はっきり言った人の何人かの存在を耳にしております。
 この点で私は、臓器移植における臓器の提供という善意の行為は、金銭による慈善事業とは根本的に異なるということをぜひ認識していただきたいと思います。
 第三に指摘いたしますのは、私が四年前から申しております、移植医療の最終的な危険性でございます。
 すなわち、医学技術の加速度的な発展が中枢神経の移植をもし可能にいたしたとき、今ここでいわゆる脳死状態を個体の死と認めまして、すべての臓器、組織の摘出を容認しておきますならば、多臓器不全で死に瀕している人の脳あるいは頭部に若い人で突然脳死状態になった人の首から下を一括切り取って移植する、いわば首のすげかえまで行き着くことが予想されるわけです。これと現在欧米で行われておりますすべての臓器、組織の摘出との差は、決して質的なものではない、あくまで量的なものにしかすぎません。
 したがって、そうした技術が可能になったときにおいて、これをそこで歯どめをかけようとしても、そこで線を引くという論理的な根拠は全くないのであります。この問題を、もしこういうことができるようになったときに、我々は将来それを許すのかといったことまで解決しておかずに本臓器移植法案の成立を急ぐというのは、私は余りにも近視眼的であるというふうに申し上げたいと思います。
 これら以外にも、設備費などを除きましても米国で一人平均十万ドルから四十万ドル、日本円で約千万から四千万かかるという臓器移植が、老人医療費の高騰などで危機に陥っております我が国の健康保険とか、そういった医療経済にどのような影響を与えるかといった点、それから、免疫抑制剤の使用などによって患者さんを極端に言えばエイズと似たような状況に追い込む、そういったものはまだ人体実験だと言うべきだという強い意見さえあるということを我々は忘れてはいけないと思います。
 また、現在の欧米で行われている移植医療というものは犯罪まで起こしている。こうした現状を考えますと、私は、これは世界じゅうが狂っているとしか思えないですね。したがって、私は、むしろ我が国がそういった移植医療というものを否定して、世界に範を示していただきたい。
 私が本日ここに御臨席の国会議員の皆様方にぜひお願い申し上げたいのは、心臓移植をしていない日本は移植後進国になってしまったというような一部の移植推進派の医師の誤った劣等感に惑わされることなしに、むしろ、日本がこの法案を否決することによって人類の良識と英知を守る世界のリーダーとしてその存在を示していただいて、そして、後世の歴史書において皆様方の英断がたたえられる日が来るようになることを切にお願い申し上げまして、私の陳述を終わりたいと思います。
 御清聴大変ありがとうございました。
#248
○和田座長 ありがとうございました。
 次に、伊東研祐君にお願いをいたします。
#249
○伊東研祐君 御紹介いただきました名古屋大学の伊東でございます。
 私は、刑法学を専門にしておりますので、その立場から、きょうは臓器の移植に関する法律案について、ごく簡単に私の考えておりますところをお話しさせていただきます。何分時間が限られておりますので、もし御不明の点などありましたら、後の質疑の際に十分御質問いただければと思います。
 まず、法案に対する意見を申し上げる前に、お手元に配らせていただきましたレジュメの「前提的考察」というところからお話しさせていただきます。
 その冒頭に、まず、刑法的な意味において人の死は理論的にいかに定義されるべきであろうかという、今さらながらのお話を申し上げたいという趣旨を明らかにしましたのは、必ずしも法律において人の死というものの定義が明らかではないという問題がかつてあったということでございます。
 つまり、心臓機能やあるいは肺臓機能の人為的な代行が可能になるまで、もちろん部分的あるいは暫定的なものというのが現在でありますが、それが可能になるまでは、法令あるいは判例上、人の死というのはいかなるものであるかということを明確に定義したものはございませんでした。
 むしろそこでは、社会一般において客観的な知見に基づいた医学上の通説的な見解というのが何かあるのだ、そして、それに基づく死というものの社会的イメージがやはり法律上も死として扱われてきた。そのイメージ、つまり対象ですね、死というもののイメージを前提として、死の判定基準あるいは死の判定方法が恐らく自覚されていなかったのだと思いますが、死の定義というふうに言われてきたと私は思います。
 例えば、脈拍が停止したのが死であるというのは、死ではなくて脈拍という一つの徴候をとらえて、それをもって死にするという言い方をしてきたわけです。呼吸停止説も同じですし、三徴候説も全く同じでございます。
 ところが、医学的なレベルで、先ほどから申し上げております心肺機能の代替ということが可能になった時点において、この医学的な前提、社会的イメージを形づくっている前提が消えてしまったということでして、そこで再び法律家の間においても、死というものはどう定義したらいいのだろうか、あるいはどう定義すべきなのだろうかということが初めて明確化したと申し上げていいと思います。
 ちなみに、私は一九七六年に大学を卒業しておりますが、その判定方法と死そのものが区別されるべきであるという記載のある教科書というのは、ごく最近にならないと出てきておりません。
 そういうことで、最初に、では法律上死をどう定義するべきかということについて簡単に述べさせていただきます。その際に、1の下に二つ挙げておきました点に十分御注意いただきたいということです。
 まず第一に、まさに死とは何であるかという一般的な定義が問題として発生したのだということでありまして、これは直接的には臓器移植問題とは関係がないということでございます。あるいは、一般的ということをもう少し強調しますと、臓器の場合に関してだけ考えるような死の定義、あるいは臓器移植の場合と一般的な死というものを分けるという考え方、それは論理的にはやはり不十分だということでございます。
 それから、一般的定義との関係で申し上げたいのは、社会的な合意あるいは承認がとれなければという議論がたびたびあるわけですが、ここで私が申し上げたいのは、あくまで理論的あるいは法律論的な意味でこれを遮断すべきだろうということで、社会的合意、承認の存否との直接的な関連性もないということでございます。
 二番目は、そういう一般的な定義と、さらに死の判定基準、方法も区別して議論していく必要がある。特に判定方法について、その妥当性がいかなるものであるかということは、死の定義とはまた別個に詳しく議論していく必要があるだろうということでございます。
 レジュメの2に進ませていただきますが、それでは人の死はどう定義すべきかということです。
 大きく言いまして、今まで、論理的な段階として、まず人の全体、個々の細胞などの全体としての死を考えるのかあるいは臓器の死かという、臓器死か全体死かということについては、私の承知する限りでは全く異論がなく、これは臓器死であるというふうにとらえられてきたと思います。
 なぜかと申しますと、全体死あるいは絶対死、分子死と呼ばれることもあるようですが、このプロセスのいずれかの時点で個体としての死亡を認定しなければ、実際には身体が腐敗して崩れ去っていく。一体どこが死なのだろうかということを切れない。そして、そのいわゆる全体死に向かうプロセスというのは非同時的、非画一的に進行しますので、究極的には、何らかの主要な器官の何らかの状態の発生ということで、全体死に至る過程が不可逆的に開始されたというふうに認定せざるを得ないだろうと考えられてきたわけでございます。繰り返しますが、私の承知する限り、これは今まで争われてきてはおりません。
 そうしますと、臓器死ということで何らかの器官の何らかの状態の発生ということで、次はその何らかの状態ということを確定しなければいけないわけですが、そこでも従前、医学的あるいは恐らく社会的にも合意があっただろうと思われます。それは、機能死であるか器質死であるかという問題だと思います。
 各器官の細胞というのは、器官自体が機能的に回復不可能になった場合でも生存している場合が多い。その細胞レベルでの死滅ということはなかなか確定し得ない。したがって、何らかの状態の発生というのは、機能の不可逆的な停止あるいは喪失ということで足りるというふうにされてきたわけでありまして、これは伝統的な心臓死説あるいは心肺死説でも全く同じであったわけです。
 ただ、いわゆる脳死をめぐる議論の中では、いわゆる器質死説、脳血流が停止するまで見るべきだというような説がございますが、これについては、この器質死という概念そのものが必ずしも医学上確定されてはいない、あるいは明確ではない。さらに言ってしまえば、今までずっと伝統的に維持されていた全体死説とどう違ってくるのだろうかということの復帰ということになりまして、恐らく、医学の間でも器質死ということはそれほど強く考えられていないのではないかと思います。私自身も、機能死という考え方をとらざるを得ないだろうと思います。
 したがって、繰り返しになりますが、先ほど言った、何らかの主要な器官の機能の不可逆的な停止というのが第二段階で確定される。
 そして第三番目に、ではその機能は何かというのが、いわゆる脳死か心臓死かという議論でございます。
 ここで繰り返して確認しておいていただきたいのは、脳死というのは全脳死のことを意味しておりまして、例えば大脳が欠損している子供というのは全脳死ではないということも言えるということです。
 ではどの機能の停止かということで、特に心臓死のことを考えていただきたいのですが、先ほどから言っております、心臓、肺臓が人為的に機能の代行が可能になってしまった、この時点で要するに心臓、肺臓の機能の不可逆的停止を実際に見られるのかということです。機械で維持されているのがどこでとまったか。心臓の機能停止、肺臓の機能停止というのは、そもそも判定不能の場合が既に出てきているのではないかということです。
 さらには、人工心肺機能が暫定的にせよ完全に維持されている場合、脳は生きているけれども、心肺機能の人工的代替というものが行われているという状態は現に存在しているわけであります。そうなりますと、心肺機能の不可逆的な停止ということをいう心臓死説では、この脳が生きている状態は人の死だということになるわけですが、恐らくこれは心臓死説の方々のとられる立場ではないと思います。私自身は、そういう意味で心臓死説は既に論理的に破綻している、脳死か心臓死かというチョイスではないというふうに考えております。
 したがって、細かいことはまた御質問いただければと思いますが、脳の機能の停止というものが、人の一般的な死の定義としてとらざるを得ないものと今なっているのではないだろうかと思っております。
 ちなみに、脳機能が不可逆的に停止した後に人工的に維持されている心肺機能を遮断するということは、従前から議論されてきておりますが、これは心臓死説からいっても死の問題ではない。その状態からの蘇生不可能性を確定した際に、その患者あるいは患者の関係者、あるいは医療行為者の間での心理的な葛藤あるいは社会心理的な問題でありまして、死の問題とは必ずしも関係のないものではないだろうかと思います。
 大分時間が来ましたので先に進ませていただきますが、死の判定基準、方法については、私自身はやはり、専門の見解あるいは知見を有される医学界に継続的に検討を続けていただくということでいくほかないのではないだろうかと思っております。したがって、細かいことはここでは省略させていただきます。
 さらに、現時点において、では三徴候説はどうするのだということですが、三徴候説が心肺機能の停止ということだけではなくて、瞳孔拡散あるいは瞳孔の固定ということを見ているのは、ある意味では簡便な方法での脳死の判定を行っているのだというふうにとらえれば、私は、矛盾なく死は脳死である、あるいは脳死が死であるというふうに理解できるのではないかと思います。
 以上が前提的な立場でございまして、そうなりますと、本法案に対して私が持っている意見というのは比較的簡単なものでございます。
 まず、本法案を基本的方向性においてどう考えるべきかということです。
 脳死が人の死あるいは個体死であると考えるのが私の立場ですので、死体からの臓器の摘出及び移植のための法的な方針を宣言され、そして、それに関連するいろいろな検視などの事象、あるいはドナーシステムの確立その他いろいろな附則がついておりますが、その規律枠組みを統合的に明確化しようとするこの法案の立場というのは、理論的にも支持できるものであろうというふうに考えております。
 二番目に、恐らく最も争われる点だと思いますが、臓器摘出のための要件についてです。
 これも私の専門であります刑法の立場からいえば、要するに、死体から臓器を摘出するという行為は死体損壊罪との関連ということになりますが、実はこの死体損壊罪については、何が守られているのか、いわゆる法益といいますが、その研究というのは必ずしも十分に進んでおりません。明確に言えるのは、死体損壊罪というのは、必ずしも死体あるいは亡くなられた方の利益というものだけを守っているのではない、むしろ何らかの社会的利益が守られているのだろうという傾向が現在の通説としてとらえられているということでございます。
 この立場から見ますと、法案の六条一項における、死者の生前意思というものを尊重する、それがはっきりしている場合にはそれに従う。自分の臓器の摘出を、支持するにせよ反対するにせよ、その意思を尊重する。それが明らかでない場合には、死者を弔う遺族の感情、あるいは臓器移植ということそのものが遺族にとっては死者に対する一つの追悼の念の表現かもしれないということまで考えられるわけです。
 さらには、八条に、一般人、社会一般の感情を考慮しまして礼節を尽くせということを規定してございますので、ある意味では、ここに書きましたように生前人格、自己決定権の残滓の保護と、死者ないし死体に対する近親者や社会一般の敬けん感情の保護というものに対してすべて妥当な対応をしているのが本法案であろうと思います。理論的にそういう意味で穏当な立場だと思っております。
 三番目は、法案をめぐる刑法的議論の状況についてです。
 脳死が個体死ではないという立場からは、いわゆる脳死状態者からの臓器移植行為を何らかの形で、違法阻却あるいは責任阻却で認めようという立場がございますが、私の目から見ますと、こういう行き方は、現在のところ理論的には、現憲法下あるいは現刑法秩序下で整合的な説明はなされていないと思います。むしろ、理論的に一貫しようとすれば、脳死が個体死でない以上、臓器移植は認めない、あるいは臓器摘出は認めないというのが理論的に一貫したものだろうと思います。それは、一定条件下ではとにかく摘出することができるという法律をつくったとしても、理論的に何ら状態は変わらないわけでして、反対派の方が法律論理を組み立てる際に十全な説明が必要ではないかと思います。
 そして、脳死に反対して脳死否定説が挙げられる事例というのも、私から見ますと論理の問題ではもはやない。法律的な問題ではなくて、むしろ人間感情であり、人間の価値観の問題である。これは、実を言いますと、時期尚早だからしばらく待てば解決できるというものではないと私は思っております。むしろ、一定のガイドラインにきちっと従った移植行為あるいは摘出行為が開始され、それを社会的な合意の中で改善していくというのが本来のあり方ではないかと思います。
 そういう意味で、本法案に対して基本的に賛成というのが私の立場でございます。時間を若干超過しまして、申しわけございませんでした。
 以上でございます。
#250
○和田座長 ありがとうございました。
 次に、加藤良夫君にお願いをいたします。
#251
○加藤良夫君 まず、皆さんのお手元に法案があるかと思いますが、それをちょっと見ていただきたいと思うのです。
 第一条のところには「死体」というふうに文言が出てございます。「死体から摘出する」と。第六条のところで「死体(脳死体を含む。以下同じ。)」というふうになっております。
 この法律案を見ますと、脳死は人の死であるという明確な条文はないわけですね。どうして脳死が人の死であるということを明確にこの移植の前提として掲げなかったのか。これはやはり、脳死が人の死かどうかまだ十分に合意を得ていないのじゃないかとか反対の意見とか、いろいろなことを配慮されて、そうした明確な規定をされなかったというふうに理解できるわけですね。この法案がオープンになったときに、新聞報道は、脳死は人の死ということを明確にしないまま移植への道を開くというような解説を掲げました。そういうことが出てきたのはそのような事情によるものだと私は理解しています。
 ところが、この第六条のところに「死体」と書いて「(脳死体を含む。)」と、こっそり脳死体を死体という言葉にして嵐のような批判をかわそうとしたこのこそくな態度、これをやはり議員の皆さんはよく見抜いてほしいと思うのです。非常にこそくな法律のつくり方。これはやはり、生命倫理に関することというのは正々堂々とオープンな議論をするというところから出発しないと、ボタンのかけ違いがいろいろなところで出てきてしまうということを教訓として見てほしいと思います。
 まず、死体というのを今日社会はどういうふうに見ているか。これは社会の土壌の上に立つ法律であり、社会の土壌の上に立つ一つの、例えば移植なら移植という政策であります。したがって、社会がどういう現状にあるのかということを抜きにして、そういうものと浮いた法律をつくろうものならば、いろいろな現場での混乱が起きてくることはもう明らかな事実だと思います。
 私は、弁護士として日ごろ医療過誤事件、お医者さんがミスをして患者さんを亡くしてしまったとか、患者さんが障害を負ったとかいうケースについて弁護活動をしております。そして、患者の権利を拡大していかなければいけないという思いで、医療過誤の被害者の救済と患者の権利の問題をライフワークとしている、ちょっと変わった分野を専門にしている者でありますが、そういう意味ではいろいろな事例を目の当たりにしてきました。
 例えば、医療過誤のケースで患者さんが亡くなった。解剖すればもっといろいろな事実が明らかになるのに、なぜ解剖しなかったのですかというふうにお聞きしますと、これ以上傷つけて痛い思いをさせたくなかった。遺体解剖をやはり拒絶される理由は、亡くなった人を、通常の三徴候で言う死体になってもすぐに物体と見ていないのです。やはり御遺体という言葉で受けとめている文化でございます。
 この移植というのは、基本的には、人間を死ねば物体、そして部分からできている。臓器のどれがどうなったら死なんだ、そういう分解した発想法、今の伊東先生のお話の中にもそれが端的に出ていたと思いますが、そういう臓器に解消していって、そのどれなのか、それが人間の最終的な生死を分ける考え方になっているわけですね。また、そうだから不十分な部分を取りかえればいいという発想法になるわけですが、今の日本の国民の意識状況というのは全くそういうものではないだろうという感じがしています。
 人々は、例えば死体というのは動かない、冷たい、そういうことで認識するのです。僕が仮に手を一生懸命動かしている。そうしていたら、見た人はまだ死んでいないと認識します。それは、死体というのは動かないということから考えるからです。ところが、脳死状態というのは心臓が動いているわけですね。人工呼吸器によって助けられているとはいえ、心臓が打っている、脈がある、まだ体は温かい、切れば血も出る、そういう状況のものを死体だというふうには認識しがたいところがあります。そういう意味で、この第六条「死体(脳死体を含む。)」そういうつけ足しのような形で重大な変容を来そうとすることは、かなりな問題を出発点のところに持っているというふうに思います。
 ある調査で、死後の世界があると思いますかという質問がありました。皆さんは死後の世界はあると思いますでしょうか。国民はどんなふうにその問いに答えるかといいますと、あるというのが三二・四%、ないというのが二三・九%、わからないというのは四三・七%です。行って帰ってきた人はいないからわからないということなんですが、例えばアイバンクに私は登録していて、そんな話をしましたら、要するに死後献眼するわけですが、そういうことをして三途の川が渡れるかね、こういうふうに言った友人がおります。そういうわからない部分のことについて、ある種明確に割り切ってしまうのがこの法律の基本的なスタンスだということですね。
 第六条のところに、本人が提供の意思を明示していないという場合に遺族の承諾でよい、そういうことになってくるわけですね。これは、現場の医療の現状というのは、専門性の壁や密室性の壁や封建性の壁ということで、非常に風通しが悪いというか、開かれていないと私は日ごろ感じているわけですが、そういう医療の現場で、患者の権利が侵害されたり、個人の尊厳がないがしろにされている事例というのはいっぱい挙げることができます。今日でも、そういう問題状況というのはいっぱい出ているわけですね。そういう状況の中で、遺族の承諾だけで物事を進めていいというふうにいたしますと、さまざまな問題状況が出てくるのです。
 臓器の不足ということがこの移植医療の致命的な欠陥です。移植医療というのは最善の医療を受ける権利というふうに大島先生はおっしゃいましたけれども、まだ権利性がないのです。基本的に言えば、臓器をよこせということは絶対に言えない性質のものです。臓器の提供があって初めて成立する医療です。移植医療というのは、そういう限局された、限界的な場面なんですね。それを権利性でいいますと、今度は臓器をもらう権利があるという発想法になってくるわけですが、それは到底提供者の問題との関係で権利性という性質のものではないというふうに私は思っています。
 こういう脳死の現場というのは、心の整理が十分についていないときに、交通事故とか労働災害とか脳血管障害とか、突発的に起きるのです。家族の人たちが大変混乱している状況下で臓器の提供をお願いするという話になってくるわけです。しかも、非常に早い時期に決断を迫られるわけですから、一たん提供するというふうにした人も、あれでよかったのかという思いをその後ずっと人生の間苦しむという例を私も聞いたことがあります。
 そうした提供側の混乱とか、その死の受容ということが今いろいろ問題になっているわけですけれども、そのためにはそれなりの時間的な余裕が要るのですが、こういう脳死の現場というのは、そういう余裕を十分に得られる状況下ではありません。したがって、この遺族の承諾というようなこと、患者さんの元気なときの言動をそんたくしてというようなことが出てくるわけですが、これは非常に酷な話です。時にはそれは非常に問題を残すという気がいたします。
 基本的に、先ほども申したように臓器の不足ということが、これは文化を基礎にして政策を考えなければいけないから、技術者として非常に腕のいいドクターがいたとしても、提供者がいなかったならば移植医療というのは成立しないのです。これが移植医療の限界なんですね。
 では、この問題が出てからもう何年も議論していますが、どんどん臓器提供者がふえているのか、そこのところをちょっと見てほしいのです。その理由はどうあるかわかりませんが、そんなにふえていない。ということは、社会はこの臓器提供を、他人事としてはどうぞということはあるかもしらぬけれども、自分が提供者になってどうという話で煮詰まっている状況にないのです。だからこそ、つまり臓器提供が十分に進んでいないからこそ、本人の意思での提供というものを前提に置いた法案にならなくて、家族、遺族のそんたくでもいいというふうに臓器提供への道を開こうとしているわけですね。そこにやはり本質的な無理がある。もともと無理がある。
 移植医療が健全に社会的に受け入れられると仮にするならば、何千万という臓器提供者のドナーカードがやはり条件になってくるだろうと思います。そういう条件を整える努力というのは甚だ不十分だという気が私はしています。そういう状況で、一個明確な移植をやれば一気に物事が進んでいくのだというのは、これは傲慢というか、そういう感じがするのです。ドナーカードが普及するというのはそう簡単なものではないだろう。そういう困難な問題を直視して、どうしたらいいかということを考えるべきなのじゃないか。
 基本的には、私は、移植医療というのはどうもすっきり受けとめにくいわけです。特に、死というものの概念をある程度いじってまで移植を進めようとすることに対しては、大変慎重な対応が要るのだというふうに思っています。それはやはり、死体を利用するという考え方にまつわる何かうさん臭さというのを感じてしまうからなんです。
 僕たちの髪の毛がふさふさしている、あるいは皮下脂肪がある、これを死後焼いてしまうのはもったいない、セーターでも編んだり石けんでもつくる、こういう発想法というのは何となく嫌な感じがします。それはもう生理的に何となく嫌だということです。だけれども、貴重な資源だとしてそれをそれぞれ活用すれば何かいろいろ使えるという発想法になれば、それはそれで大いに進めていいという考え方はあるかもしれません。しかしながら、やはり髪でセーターを編んだり、人間の体の脂肪を使って石けんをつくったりというようなことはやめておこうよというのも一つの行き方です。だから、そういう死体の一部を利用するという考え方そのものにもさかのぼって、問題というのはやはりあるのだと私は感じているのです。
 しかしながら、なおそうはいっても、例えば角膜移植に関しては、私は登録していますけれども、この角膜を僕が死んだ後使って光をまた得る人がいるならば、それはそれでいいだろうと考えているわけです。そういう限定的に考えた双方の間においてなされることについては、それはそれでいい、そういう部分も私は認めざるを得ないと思っているのです。
 ですから、この移植医療というのは、政策として進める、要するに制度として、国の政策として進めるというべきものなのか、あるいはある一定のガイドラインなりきちっとしたルールをつくって、その限りで、本当は余りよくないことなのだが辛うじてやらせてください、やったことについてきちっとしたルールにのっとればその限りでは処罰はしませんよという程度の、そういう社会的なコンセンサスは既にできているのじゃないだろうかと私は思っているので、この法律案をつくることについて反対の立場であります。
 以上です。
#252
○和田座長 ありがとうございました。
 次に、澤田愛子さんにお願いをいたします。
#253
○澤田愛子君 まず、今回の公聴会で意見を述べる機会が与えられましたことを感謝したいと思います。
 臓器移植法案が昨年四月に国会に提出され、継続審議となってきましたが、私の知る限り、国会で活発で真剣な論議が交わされてきたとは余り思われません。これが事実でなかったのならお許しいただきたいのですが、少なくとも外側からはそのように見えます。私たちの生命に直結するこれほど重要な法案なのですから、拙速を避け、議論を尽くしてほしいと思います。そうすれば、国民の世論ももう少し盛り上がることでしょう。
 この法案には種々の問題点がありますが、主に二つの点について私の考えを述べたいと思います。
 まず、加藤先生を初め多くの方も指摘している点ですが、移植のための臓器を死体から摘出できるとされている箇所で、そこに「(脳死体を含む。)」と述べられている点です。
 これは脳死は人の死であるということを前提にして出てきた文言であろうと思われます。そして、恐らく脳死臨調の多数意見が述べた事柄を根拠にしたものと思われますが、しかし、脳死を人の死とすることに果たして国民のコンセンサスは得られているのでしょうか。私にはとてもそのようには思えません。それなのに拙速にこのように規定することは、後になって大きな禍根を残すことにもなりかねません。
 脳死という科学的現象があるのは事実です。しかし、それを人間の死とみなすか否かとなりますとまた別問題です。それには、人間存在における脳の位置をどうとらえるか、さらにはもっと根源的に、人間の命をどう解釈するのかといった問題が深く絡んできます。霊肉二元論や一元論的人間観あるいは唯脳主義など、人それぞれの哲学や価値観によって見解はさまざまに分かれます。このあたりの論点は、既にさまざまな人が述べておりますので、ここではこれ以上触れません。ただ、私自身最近感じている事柄を率直に述べさせていただきたいと思います。
 私は以前、脳の機能不全の不可逆性が完全に証明されるのであれば、脳死を人の死と認めてもよいとする立場をとっていました。しかし最近、この考え方は変わりつつあります。脳死に対して姿勢が以前よりもさらに厳しくなったと言ってもよいのです。理由は次のようなことからです。
 まず、脳死者を自分の愛する者に置きかえたとき、やはり死んでしまったとは思えないだろうなという素朴な理由が一つです。この点に関しましては、柳田邦男氏も御自分の体験を述べられています。自分の愛する者に関してそう思えないことを、自分と直接関係のない人々の場合に切り離して考えることはできないというのがその理由です。脳死の問題は、一人称、さらに二人称の次元で考えてみることがとても大切だと私には思われます。
 次の理由は、脳死者が出産した事例が報告されたということです。死者が出産することはあり得ないことですから。
 三番目には、多田東大名誉教授がいつか述べておられましたが、脳とは関係なく人体の免疫システムが働くという事実に基づきます。免疫システムとは個体の命を保持するための根源的なシステムで、このような自己保存のメカニズムが働く限り、脳の機能がたとえ不全に陥っても死とは認められないのではないでしょうか。
 四番目には、脳にはまだまだ不明な点が多くあると脳神経の専門家たちが述べていることが挙げられます。したがって、二十一世紀には、現在不可逆的と言われている脳の機能不全が可逆的なものになる可能性すら考えられるのです。
 そして最後の理由は、脳死が個体死として認められた暁には、倫理の基盤に問題の多いこの国のことですから、さまざまな嫌な出来事が予感されるということです。
 まず、脳死状態でのもろもろの人体実験が実施されるおそれはないでしょうか。死と規定すれば、首から下の生きた体を使って薬物の実験をしたり、それこそ医学にとって有益な実験がいろいろと行われる可能性もあります。患者は既に死んでいるとされるので、人権を損なうおそれもありませんし、インフォームド・コンセントの必要性もないということになります。やりたい放題にできます。それに、我が国の医療は密室性が強いので、外にめったなことで漏れることはありません。そして、このような対象者に、家族のいない、例えばホームレスなどの弱い立場の人々が選ばれる可能性がないとは言えないでしょう。
 それから、嫌な予感のもう一つのものは、脳死という移植だけのために導入された死の概念の容認によって、末期医療が荒廃していく可能性もあるということです。それは、ようやく我が国でも活発化してきた末期医療の改革運動に水を差すことにもなるでしょう。死とは万人に訪れる一つの神秘です。だからこそ、死に行く人々をみとる人間のわざはこの上なく貴重でとうとく、共感を呼び起こす運動となったのです。
 しかし、人間の死が人工的なものに変えられていくとき、一部の心ある人々が積み上げてきた死のみとりの歴史が崩れていく可能性も全くないとだれが言えるでしょうか。たとえ意識はなくとも、ゆっくりとした落ちついた時間の中で、人間は、愛する人々に囲まれ、手を握られ、優しい言葉をかけられて死んでいきたいと思うはずです。それが、脳死移植の実施によって、最後まで機械漬けにされ、あたふたと落ちつきのない雰囲気の中で、その人の死の尊厳は忘れ去られ、周囲の人間がもう一人の人を生かすために躍起になって動く中で、孤独の中で死んでいくのです。
 万が一、脳死移植が認められ、実施されたとしても、脳死者がこんな状態に陥ることのないように、脳死者自身への精神面も含めたターミナルケアが真剣に検討されなければなりません。意識がないからといって、精神的ケアが不必要だとは言えないのです。移植の一つの問題点は、いつも脳死者自身が忘れ去られるということです。
 以上のような理由によって、私には、脳死を人の死と認めることが以前よりも一層困難になってきました。だから、移植それ自体も余り賛成ではありません。移植は人間機械論から生まれた発想で、それは機械の部品交換と変わるところがないからです。将来もし脳の移植が可能になるとしましたら、その人のアイデンティティーは一体どうなるのでしょうか。これはあながちSF的世界の出来事とは言い切れないのです。現に、脳ではありませんが、心臓や肝臓を移植された人が移植臓器に他者を感じて深刻に悩んでいる事例も報告されているほどです。
 しかし、ここに自分が脳死になったら臓器を提供したいと望む人がいて、同時に一方で臓器を受けて元気になりたいと待つ人々がいたとき、その善意をだれも拒絶できないことも事実なのです。臓器移植を医療として辛うじて成立せしめるのは、この善意の一点だけです。こうした視点から考えますと、臓器移植法案の第二の問題点が浮き彫りにされます。
 それは、これも加藤先生を初め多数の方々が述べている点ですが、本人の意思が不明のときには家族の同意で足りるとしている箇所が大いに問題なのです。ここに家族が本人の意思をそんたくしてという条件がつけられていたとしても、このようなあいまいさは問題だと思います。結局は、そんたくといっても、それは家族の意思になると思います。そして、家族は必ずしも本人の望みを把握しているとは限りません。
 大体、日本の医療は意思決定を家族にゆだね過ぎると思います。医療における家族中心主義は危険ですらあります。家族性善説に立つのは危険です。世の中を見れば、家族内のトラブルがどれほど人間を苦しめているかわかるでしょう。脳死者本人と関係の悪い家族が、何らかの利益を引き出したくて臓器提供を承諾することだって考えられるのです。移植医療がドナー本人の善意の上に成立する医療である点を考えれば、家族の同意がドナーの意思とは異なっていた場合、移植医療の土台が崩壊してしまうことにもなりかねないのです。
 私は、こうした理由によって、提供のための意思決定は本人の意思に限るとしていただきたいと考えています。しかも、文書での意思表示が必要です。
 さらに、家族の同意でもよいとすることの懸念材料はまだまだほかにあります。それは、脳死という、大抵は突然の事態に茫然として落ちつきを喪失した家族に、先ほど加藤先生もおっしゃいましたけれども、提供要請の圧力がかからないかといった点です。そんなとき、人は容易に他者の意思に従ってしまい、後になって後悔するといったことにもなります。どうしても家族の同意でもよいとしたいのなら、圧力がかからないように厳しい条件を設定しておくべきでしょう。また、家族とドナー本人の人間関係も調べることが必要です。
 さらに、ドナー本人の意思以外の要件が許容されるときの懸念材料は、こうした家族の問題以外にもあります。家族のいない人、例えばホームレスのような立場の弱い人が脳死になったときも気をつけなければなりません。弱い立場の人ほど人権は守られなければならないのです。本人の意思が不明のままで、こうした人たちから万が一臓器の摘出があってはならないと思います。そうした人たちから臓器の摘出ができないように歯どめも必要です。
 大体、この臓器移植法案に私が考えるところ最も欠如しているのは、ドナーの人権という観点だと思われます。命は平等であるはずです。臓器移植に慎重な人々を最も動かす視点は、ドナーの人権の擁護です。臓器移植の意思決定を本人に限るとするのなら、さまざまな問題が生じるのも防ぐことができ、また、善意という移植医療の土台も損ねずに済むでしょう。予測される臓器不足に対してはドナーカードの普及対策で対処すればよいものと思われます。
 以上、この法案の問題点を二つに絞って述べさせていただきました。
 しかし、以上の発言により、私はジレンマに陥ってしまっています。脳死を人の死と認めがたいのであれば、どうして移植を許すのかと。
 以前私は、脳死を人の死とせずとも移植への道を開こうとする違法性阻却という考え方を批判していました。しかし、最近では、これも一つの道かもしれないと思うようになりました。絶対的な善意のドナーがあらわれたときにのみ、移植は許されてよいのです。限りなく死に近い人、すなわち脳死の人が、ふだんの善意の意思によって命の贈り物を心停止の前にすることも許されるのではないかということも考え始めました。自分の命を与える以上の大きな愛はないのですから。したがって、法案では死の定義を明示するのではなく、何とかこの違法性阻却を可能にするような道が開かれないものかと私は希望しています。
 本法案には、このほかにも問題は多々あります。例えば、生体肝移植、生体腎移植について何も語っていないことです。脳死問題が絡まなければすべてオーケーということではありません。生者からの移植は、ある意味で脳死移植以上の問題点をはらんでいます。ぜひこの点も今後検討していただきたいと考えます。
 そして、最後にぜひ述べておきたいことがあります。
 この国の多数の人々が脳死移植に不安を感じるのは、医療、殊に医師に対する不信感からです。我が国では患者の権利が、殊に意思決定に関して大切にされてはいません。だから、ドナーとなることに不安を持つ人が多いのです。密室性を排し、もっと医療の場をオープンにし、重要な移植手術に関しては、プライバシーを守った上でそのプロセス、殊に意思決定のプロセスを開示するぐらいのことをする必要があります。そうでないと医師は信頼されません。脳死移植をいかに可能にするかという観点だけではなく、同時に、医療への信頼をどうしたら回復できるかという視点でも論議をしていただきたいと切望します。そのための一つの方策は、医療現場へのチェックシステムを制度としてきちっとつくっていくことです。
 もう時間がありませんので、この点に関しまして、後に御質問があればお答えしたいと思います。
 どうもありがとうございました。
#254
○和田座長 ありがとうございました。
 次に、高森洋君にお願いをいたします。
#255
○高森洋君 ただいま紹介いただきました愛知心臓病の会事務局長の高森です。
 私は、レシピエントでもあり、患者の代表といたしまして、本日意見陳述をさせていただきます。
 私は、先天性心疾患のファロー四徴症という、心臓に四つの特徴を持った心臓機能障害者です。最近の心臓外科手術では、かなりのものが治せる状態になってきました。しかしながら、その反面、複雑な心奇形の状態を持つ患者もふえ、さらにはストレス社会の繁栄に伴ってか、心筋梗塞など後天性の心疾患もふえてまいりました。
 私の障害の程度は、心臓の左心室と右心室の壁に穴があいていて、肺動脈が細く、さらに肺動脈が細い分、大動脈の出口が左心室と右心室の両方にまたがっていること、それに伴い右心室が肥大しているといった、病名のごとく四つの特徴を持った心臓機能障害者です。特に私の場合は、肺動脈に関しまして、心臓の出口から肺の奥まですべて赤ちゃん並みの太さ、二ミリから四ミリ程度しかなく、根本から治す修復手術は不可能であります。大半の子は五歳くらいまでには修復手術を済ませて元気になるのですが、私はそうはいきませんでした。
 肺動脈が細いままでは肺の方へ十分な血液を送り込むことができず、肺の中できれいな血液にすることができません。そこで、鎖骨下動脈のところで腕の方へ行く血管を肺の方に直接つなぐブレロック手術を、五歳時に左肺へ、十九歳時に右肺へ行いました。幾分チアノーゼも薄くなり、それなりに体力もつきましたが、決して完全によくなったわけではありません。十九歳の術後、肺高血圧症を伴ってしまいました。その後、肺の側副下血行や末梢血管が悪さをし始め、何度も喀血発作を繰り返してしまいました。気管切開術も二度ほど経験しており、喀血によって体内の三分の一程度出血を伴い、瀕死の思いをしたことがあります。人工呼吸器にも何度かお世話になったことがあります。
 もうこれ以上苦しむのは嫌。何度も苦しむなら移植治療を受けたい。私は、この世に生まれていまだ健康な体というものを知りません。幸いに今は病状が安定して落ちついていますが、そういった中、移植問題にも関心を持ち、何回か臓器移植について考えるシンポジウムに参加してきました。間近に海外で心臓移植、心肺同時移植を受けて元気になられた人たちの生の声を聞き、このとき不思議な感動が私を包み、今苦しんでいる患者にとって移植治療は必要不可欠であることを知りました。
 特に、一九九四年二月十一日、地元の愛知県芸術文化センターで開かれた公開シンポジウムでは、ヤクーブ医師が、日本の医師が移植手術をすれば助かる患者を置き去りにしていることは犯罪行為であるとおっしゃった言葉が今でも耳に焼きついており、すごく日本人としてのプライドを傷つけられた思いでした。このとき、一日も早く日本で心臓移植再開へと願う思いでいっぱいになりました。
 さて、私たちレシピエントは、最悪の場合は、今の状況では海外での移植治療しか救いの道はありません。しかし、近年ではそれさえも難しくなってきている様子です。それに、渡航してまで移植治療をするという点で問題があります。一つ、渡航中の危険、二つ目、莫大な費用の問題、三つ目、言葉の通じない異国での患者や家族の負担、ストレス、そういったもろもろの負担をなくしてほしいのです。それで、安心して移植治療を受けられるよう日本国内で考え合い、日本での移植治療を確立していただきたく、強く願っております。
 日本で心臓移植を受けるには、脳死という問題をクリアしなければなりません。どうしても日本人の宗教的心理では、心臓が停止して体が冷たくなっていくのを見届けないと、死とは認められないといった考えがあるかと思いますが、これからは、脳死を死と認める法律とともに、国民の認識も変えていかなければなりません。また、ドナーの確保や臓器提供に伴う犯罪を防ぐ体制も整えなければなりません。そして、ドナーになっていただいた家族への相続税とか保険金の問題等いろいろとありますが、だからといってレシピエントを置き去りにしてよいものでしょうか。こう言っている間も、患者の中には、移植治療でしか助からないレシピエントとなり、移植を望んでいる間に亡くなってしまった患者も少なくないはずです。
 それから、特に思うのですが、今すぐに移植手術をしなければいけないという人ばかりでなく、現在通常の治療を受けている患者も、将来は移植手術を受けなければならなくなる患者もふえるのではないでしょうか。そして、現代社会では何かとストレスのたまりがちな現況ではありませんか。そういった人たちも、もしかしたら心筋梗塞などを引き起こすケースがふえ、高度な心筋梗塞では通常のACバイパス手術ではよくならず、心臓移植しか助かる道はないといったケースがふえるのではないでしょうか。そんな中、患者も健常者も関係なく、だれもが公平にドナーともレシピエントともなり得る可能性があるのではなかろうかと思うのです。
 本日御臨席の先生方も、自分自身の問題としてどうぞ考えてみてください。そして、ぜひドナー登録をしてください。それと反対に、レシピエントにもなり得る可能性もあることを頭に入れてお考えください。そういったときに、だれもが安心して受けられる移植医療を一日も早く実現していただきたく、お願い申し上げます。
 本日、皆さんのお手元に、私の会の本部でつくっております会報があります。そこに心臓ドナーカードというものをつけておりますので、これを御参考の上お考えください。
 と同時に、この心臓移植特集号をちょっと開いていただけますか。十七ページに、今私が意見陳述いたしました内容が簡潔に述べられております。
 と同時に、十六ページにあります渡部亜矢さんの意見も、ちょっと参考に抜粋して述べたいと思います。一番下段の右から十行目ですけれども、
 もし私のドナーになってくれるという人がいるなら、やっぱり移植したいです。どこまでも動ける体というのは私たちの限りない憧れなのです。それを他人に反対される筋合いはないと思います。
こういった強い御意見もあります。
 そして、もう一ページ前に戻ってください。十四ページ、十五ページには、海外で心臓移植を受けてきた尾崎君、神山葵ちゃんの意見が述べてあります。特に十四ページの、神山葵ちゃんのお父さんかと思われますが、海外で移植を受けることに関しての問題点として強く問題点の主張をしております。これも同じく下段の四行目です。
 全てが危険と隣り合わせのギャンブルであり、医療と呼べる行為ではありません。渡航の危険、費用の問題、生への可能性を考えると決断が遅れ、誰もがギリギリの状態で渡航しています。家族と離れ、言葉の通じない異国で病人を抱えての生活は、想像を絶する毎日であり気が狂ってもおかしくない状態です。それでも今は、海外に可能性を求めるしかなく、その門戸でさえ閉められようとしています。
 こういった状態の中で、私どもは皆様に、延び延びになっている法案を早急に考え合って、ぜひとも日本で臓器移植ができるよう願ってやみません。
 つけ加えてもう一つあるのです。本日持ってきましたこの新聞の切り抜きなんですが、実は昨年の一月、二月にかけまして中日新聞社の方から取材依頼が来ました。その中で、私と、元太ちゃんというのですが、このお子さんも移植を待っていたのですが、その取材中に、残念ながら元太ちゃんの病状が急変しまして亡くなってしまいました。その記事を私はぜひ皆様に読んでいただきたく、本日御紹介させていただきました。どうかよろしくお願いいたします。
 ありがとうございました。(拍手)
#256
○和田座長 ありがとうございました。
 以上で意見陳述者からの御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
#257
○和田座長 これより委員からの質疑を行います。
 質疑につきましては、理事会の協議によりまして、一回の発言時間は三分以内となっておりますので、委員各位の御協力をお願いいたします。これは、二回、三回でも結構でございますが、一回の発言が三分以内ということでひとつ御協力願います。
 なお、質疑のある委員は、挙手の上、座長の許可を得て発言するようお願いいたします。また、発言の際は、所属会派及び氏名をあらかじめお告げいただきたいと存じます。
 それでは、質疑のある委員は挙手をお願いいたします。
#258
○石田(祝)委員 新進党の石田祝稔でございます。
 きょうは大変に貴重な御意見を承りまして、本当にありがとうございました。
 私は、お医者さんの立場ということで、渡部先生にお聞きをいたします。
 先生は反対ということでおっしゃっておりましたが、臓器移植そのものに反対なのか、いわゆる脳死体からの移植に反対なのか。もう一点は、今海外で移植を受けに渡航されておりますけれども、そのことについても反対であるのか。この二点ですが、よろしくお願いします。
#259
○渡部良夫君 まず第一点についてお答えいたします。
 私は、現在法律で既に認められております角膜と腎臓のいわゆる本来の死体からの移植、あれまで否定するつもりはございません。あれはもう法律で定められておりますし、それをさらに廃案にしろというようなことを申すつもりは全くございません。ただし、いわゆる脳死状態からの移植は絶対に禁止すべきであると私は思います。
 それから、第二点に関しまして、海外での移植をどうするか。
 これは、朝日新聞社から梅原猛さんの編集で出されました、これに載せました論文を後ほどお読みいただければおわかりと思いますが、私は自分が医師でございますから、もし自分の患者さんが例えば海外で移植をしたい、行かせてくれと言ったらどうするか。その場合には、私は、自分の信念でございますので、こういった問題点をるる説明いたしまして、どうか思いとどまってください、私は在来の方法あるいは今後日進月歩で進んでおりますいろいろな移植以外の医療法を使って全力を挙げますから、思いとどまってくださいとお話をするでしょう。これは本当につらいことでありまして、私は恐らく涙なしにはできないことだと思います。そういうふうに書いてあります。しかし、これは私の信念でございます。
 もしもそうした場合に、その患者さんが、いや、先生の言うことはわかったけれども、自分はもっと生きたいからどうしても移植をしたいとおっしゃれば、それは患者さんの意思がやはり医療において最高の決定でありますので、やむなく、私の誠意とか努力が通じなかったのだというふうに思って、深い悲しみを持って見送るでしょう。もし、その患者さんが私の話を理解なさって、わかりました、それでは今までどおりやってくださいというふうにおっしゃったら、私はそれまで以上に重い責任を感じるでしょう。それで、もしその方が不幸にして亡くなられたときには、私は大変な悔恨にさいなまれると思います。しかし、これはやはり医師の宿命として甘受するつもりでおります。
 それでよろしゅうございましょうか。
#260
○石田(祝)委員 はい。ありがとうございました。
#261
○岩佐委員 同じく渡部先生にお伺いしたいのですけれども、脳死状態につきまして、どこをもって脳死状態、脳死というかということです。
 私たちは、その脳死状態ということについて、これは医学的に本当に死とできるのかということで疑問を持っているわけですけれども、最近、低体温療法で脳死と言われる患者さんが蘇生をされたというようなことがありました。それで、ポイント・オブ・ノーリターンがゾーン・オブ・ノーリターンというようなとらえ方をされてきているのですよと言う方もおられたわけですけれども、そういう点で、脳死状態について、本当にこの状態、どこかで切って脳死と言えるのかどうかというのをもう少しお話をいただきたいというふうに思うのです。
 それから、澤田先生にお伺いしたいのですけれども、末期医療と言われました。終末医療とも言われていますけれども、そういうことについて、保険で当面は、この法律によれば、五年間は見るが、その後はどうなるかわからないということになっているわけです。そういう状態になったときに医療現場で非常に混乱が起こるのじゃないかというようなことが言われていますけれども、その点についてお伺いをしたいと思います。
#262
○渡部良夫君 これは大変難しい問題だと思います。率直に申しまして、私自身は循環器の医者でありまして、脳神経を専門といたしておりません。ですから、私は、いわゆる竹内基準とか、そういった日本で一応認められておりますいわゆる脳死状態の診断基準、これが今使われているというふうに理解しております。
 今御指摘がありましたような問題点は、そういうことがあればこそ、なおさらいわゆる脳死状態というものを個体の死と認めるべきではない。先ほどの、脳死状態に陥った妊婦が出産したという例が世界で何例も報告されている、これもまさにその一つの証拠だと思うのです。
 そういったことで、私は、どうも脳死と考えられていた者が低体温療法でもとへ戻ったといったような例が起こるということは、本当に脳死というものが個体の死であるということを確定するものではない、あくまでも死の間近いこと、死の切迫を予測させるだけであるということの大きな証拠ではないかというふうに思っております。
 そういった一般論で申しわけございませんが、よろしゅうございましょうか。
#263
○澤田愛子君 脳死と臓器移植とを区別して考えるべきだという考え方もありますが、歴史的な経緯を調べてみますと、明らかに、臓器移植を可能にするためにつくられた概念が脳死、脳死は死とするという概念でした。
 ですから、臓器移植と結びつけて考えますと、最近になって末期医療の見直しがこの国でも盛んになりまして、ホスピスの問題とか、いろいろなところで研究会が持たれ、講演会が持たれ、国民の関心も大変高くなっておりますね。そして、従来の、末期患者さんが見捨てられた状態で死んでいくというのをできるだけ避けて、愛の交わりの中で、温かいスタッフや家族との交わりの中で、安心して喜んで平和のうちに死を迎えるということを可能にするために、さまざまな方々が発言し、努力していらっしゃる最中です。
 脳死というものを人の死として認めて、そして臓器移植に提供する、臓器移植のために摘出するということを考えますと、まず、脳死の患者さんはICUと呼ばれている集中治療室におります。そこの現場を見ますと本当に戦争状態でして、あたふたあたふたとして絶えず人が動き回って切迫感、緊張感に包まれて、そして臓器提供者の体の中に早い段階から冷却液なんかが入れられて、幾本ものチューブが差し込まれて、そのような状態の中で摘出されるわけです。摘出されれば、その患者さん、提供者は必ず死を迎えるわけですね。そうしますと、どの死でもそういった扱いに差別があってはならないと私は思うのです。
 ICUでそういう状態で死を迎えたとしても、先ほども申しましたように、最後の家族との別れの時間を少し設けるとか、少し落ちついた雰囲気の中で最期のみとりを行わせてあげるとか、それから、相手は意識がないからといって物体のように扱うのではなくて、ナースたちはみんな、意識がなくても、何々さん痛いですか、ごめんなさいねと言葉をかけながら働いているのです。ただ、猛烈な忙しさの中で、そういったこともだんだんなくなっていくのではないか。
 そうすると、反省されてきた末期医療が、特にICUに関しましては、もう殺伐とした雰囲気の中で、死ぬという尊厳性ですか、そういったものもますます無視されるような状況の中で、かなりすさんだような状況の中でその方々は死を迎えなければならない。脳死は一%だとはいってみても、こうした状況の中で死の判定がなされ、その人たちが死を迎えることになりますと、私は、今ようやく改革の波が高くなってきました末期医療全体に与える影響ははかり知れない、そういうふうに思います。大変懸念しております。
 先生方にぜひ、ICUの現場がどういうようなものか、そこで脳死の患者さんたちが死を迎える場合に、どんな忙しさと殺伐とした状況の中で死を迎えなければならないかということを十分に一度どこかを見ていただきたい、そういうふうに思います。
#264
○住委員 自民党の住博司でございます。
 弁護士の加藤先生と法律の専門家である伊東先生に二点お聞きしたいのです。
 この法律は、脳死として判定をする。そのときに、今お話もありましたように本人の意思が確認できない方、つまりドナーカードを最初に出していない。そうしますと、脳死と判定をしてからドナー、提供者と受ける側の適合性というのがスタートすると思うのです。その際に、死体として判定された以上はその方はもう死者になるわけですから、御家族は御遺族というような立場になるのではないかというふうに思うのですけれども、そのときの関係というのは一体法律上どうかかわってくるのかというのが一つ。
 それから、本人の意思が確認できなくて、家族が同意書にサインをされた、ところが別の家族が、いや私は違うのだと言ったときに、これは訴訟の対象になり得るのかどうなのか。
 この二点をお聞かせいただきたいと思います。
#265
○伊東研祐君 お答えします。
 まず第一点ですが、要するに、脳死の患者さんといいますか、脳死状態にある方を死者とした場合に、その遺族とどういう関係になるかということだと思います。
 私が理解している限り、先ほど申し上げましたように刑事法上は、要するに死体の保護権という概念は刑法上ないわけですが、それに対して何らかの利益を持っている人間ですね、先ほど申し上げましたように、死体損壊罪に関して遺族の利益とか追慕感情というものを読み込む方ならば、そういう利益関係があるということが言えると思います。
 民事法上については多分加藤先生の方がお詳しいと思いますが、民事法上は、恐らく祭祀の対象ということまではいかないのかもしれませんが、いわゆる葬儀あるいは死体あるいは遺骨、それ等の管理といいますか、それと同じことになるのではないかと思います。
 それから、遺族間でその同意関係が一致しなかった場合、私は、これ自体は法律そのものには規定がないと思いますが、恐らく摘出できないのではないかと思います。
#266
○加藤良夫君 この臓器の移植に関する法律案が通りますと、今おっしゃったように、脳死という状態は死体ということになりますから、その場にいた家族の人は遺族ということになると思うのです。それでよろしいでしょうか。
#267
○住委員 はい。
#268
○加藤良夫君 それから、家族がそばにいて、その範囲というのはなかなか医療現場では明確じゃないのですね。家族というのはどこからどこまでが家族なのか。その後、遺族になるわけですが、その範囲も、遺族の承諾しているときというのがこの法律はやはり明確にはなっていない。だからその点で、私はそういうことに反対だという人が出てきて、トラブルが後に残るということはあり得ると思います。ですから、本当はその遺族の範囲全員の承諾ということは最低限必要になるのではないかという気がしております。
#269
○竹内(黎)委員 私、自民党の竹内と申します。
 陳述者の先生方には、本日は貴重な意見まことにありがとうございました。
 そこで、伊東先生にお伺いしたいのでございますが、この法律案の第六条の規定の仕方がいかにもこそくだという発言をされた陳述者の方もいらしたのですが、先生はこの条文の書き方はこれでいいとお考えでしょうか、いかがでしょうか。
#270
○伊東研祐君 痛いところを突かれておりまして、私の立場ですと死体はすべて脳死体ですので、この記述方法は若干うまくないのだと思いますが、立法テクニックという意味で、合意形成のために盛り込んでいるのだろうというふうに理解しております。
#271
○横光委員 社会党の横光克彦でございます。
 きょうはそれぞれの方々の御意見、本当にありがとうございました。
 皆さんのお話を伺っていますと、それぞれの立場でなるほどなという気がするわけでございます。しかし、私、実はこの法案の賛成者の一人です。この問題は、停滞は後退だと私は思うのです。
 なぜこの法案を長い間論議されて出されたか。そこはもう皆さんすべて同じでしょう。現実に、臓器移植でしかもう救いの道がない人たちが厳然たる事実としていらっしゃるわけですね。こういう人たちにいかにして選択肢を与えるかというところからスタートしたと思う。いわゆる前向きに進まなければならない法案だろうと私は思う。
 しかし、お話のように、非常にたくさんの問題を抱えております。ですから、この法案には、私は、家族のそんたくということをやらなければ実効性がないなと、非常に問題がありながら賛意を示したのですが、あれから一年半よく考えてみますと、ここの問題がやはり大きな問題であろう。やはり家族のそんたくだけでは、現場でいろいろな方のお話を聞きますと、非常に混乱状態が起きる可能性があるということも伺っております。ですから、私は、たとえ歯どめをかけて厳しくとも、本人の自由、本人の意思だけに限られてでも前向きに進めるべきであろうと思っております。
 もう一つの問題は、やはり一番大きい問題が脳死の問題ですね。脳死臨調の多数意見あるいは今の伊東先生のお話でかなり脳死というものを詳しく説明されましたが、この法案のスタートはここです。ここを乗り越えないことにはこの法案はすべてもう考えられないわけですから。
 ただ、日本の場合、現在、この法案のない状態で臓器移植をした場合は犯罪者になる。そのために外国で臓器移植をやられている現実がある。日本で同じ人間から臓器移植をすると犯罪者になって、外国人ならいいというのが私はわからないのですね。
 ですから、脳死を認めないという意見の方は、日本人がだめなら外国人もだめだ、外国へまで行って移植すべきじゃないと強く言うべきじゃないか。同じ人間からとる臓器が、日本で犯罪になるなら外国でも同じじゃないだろうか。ここの矛盾を感じているのですが、渡部先生にそこのところをお聞きしたいのです。
#272
○渡部良夫君 お答え申し上げます。
 先ほどの御質問に対しても実は述べましたけれども、私は、外国へ移植を受けに行くというのにも率直に言って反対でございます。それはやはりよいことではない。
 ただ、さっき申し上げましたように、最終の意思決定はやはり患者さんにございます。ですから、例えば私の患者さんがそういうことをおっしゃったときには、私は思いとどまるように説得をする努力をいたしますが、しかし、そこまでであって、それを例えば外国においてもこれは犯罪行為だから渡航をとめてほしい、そういうようなことを外務省あたりに申し入れるとか、そんなことはすべきことではない、あるいはできることではないというふうに私は思います。患者さんがそういうことを希望されるのであれば、私はそれを例えば実力でとめるというようなこと、それは人権問題になると思いますから、そういうことはするつもりはございません。
 しかし、私は現実に、きょう資料でお配りいたしましたように、ジャパニーズ・ハート・ジャーナルという英文の国際的な循環器医学の雑誌でございますが、そこに、なぜ私が日本における心臓移植の再開に反対するかという立場を明らかにしております。私は、十二年間のアメリカ生活以来を通じて、世界じゅうに循環器医学者に多数の友達があります。そういう人たちにもこの別刷を送って、私は訴えつつあります。私は世界にこういうものを広げていきたい、そういうふうに思っております。
#273
○荒井(聰)委員 新党さきがけの荒井聰でございます。
 大島先生と伊東先生にお聞き申し上げたいと思います。
 一つは、私は、この法案については今賛意の方向で考えているのですけれども、ただ、臓器移植という医療技術は長い医療技術の中で暫定的な技術ではないだろうか、自分の体を医療の技術の高度化によって自分の体で治していくということが本当なのではないかと思うのですね。その技術がまだ確立されていないために人の臓器を活用していくというふうに考えていくべきなのではないのかなという立場なんですけれども、そういう立場からいくと、本来の医療技術が人の臓器を使うという安易な形に流れてしまって、本当の高い医療技術を求める医療の方がおろそかにされてしまうのではないだろうかなという意識を持っているということが一つです。
 それからもう一つ、この問題は人の死という問題と非常に関係があって、人の死というのはその国の文化だとか伝統だとか習慣だとか家族のきずなだとか、そういうものと非常に大きな関係があると思うのですけれども、この点に関して同じような議論がヨーロッパの国、特にカトリックの国々でなかったのかどうか、脳死に関してなかったのかどうか。それから、類似の法律がそういうカトリックの国などにないのかどうかというような点について、伊東先生からお聞きしたいというふうに思います。
#274
○大島伸一君 お答えします。
 今御指摘のように、医療の技術につきましては、すべてどんなものも、ある時点だけを見てみますと、それは完成されたものではない、いつも過渡的な状況であるというふうに考えられると思います。そして、今までこれがすべて正しかったかどうかということについては、現在、特に死の問題が目の前に出てきて非常に議論が高まっておりますので、異論があるかと思いますけれども、今までの医学というのは、救命とか延命ということは絶対的に善であるという立場に立って進められてきたと思います。
 それで、移植技術というのが、例えば先ほども生体腎移植だとか生体肝移植で健康な人に傷をつけるということはもっと問題だという議論がございましたけれども、普通、昔を考えてみれば、健康な人に傷をつけるとすれば、これは刑法上は後ろに手が回る行為になると思います。これは医学・医療の中で、あってはならないことだと思います。それが片一方の命を救うという絶対的、まあ絶対的というのか、少なくとも私たちが医学を学んできた過程の中では絶対的に近い善の前提の中で許されてきたわけですね。許されて、あるいは開発されて、健康な人に傷をつけるということが、違法性の阻却ということだろうと思うのですけれども、そういった形でもって許されてきているという歴史があったわけです。
 この先どうなるのかということについては、私は具体的なイメージを持って今語ることができるだけの材料を持っておりません。おりませんけれども、今まで起こってきたいろいろな医学の、医療の技術というものが、ある時期には最高であったものが次の時代には廃棄されて新しい技術に取りかわっているということは幾らでもあることです。
 気持ちの問題からいきますと、感情の問題も含めていきますと、私たち移植をやっている医者がこんなことを言うと、ちょっとおまえ何を言っているのだというふうに言われるかもわかりませんけれども、感情の問題だけでいきますと、今まで御指摘のように、これはいっぱいいろいろな問題があるということを私たちは十分に承知しております。承知しておりますので、そういったいろいろな問題がよりうまく解決できるような技術の開発が次に出てくれば、移植医療の非常にマイナス面あるいは嫌な部分、不快な部分というものをなくすような技術が次に開発されてくれば、当然そちらの方の技術に移っていくだろうというふうに思っております。
#275
○高森洋君 今おっしゃったとおり、当然のことかと思います。
 ただし、今現に移植治療を待ち望んでいる方、そういった方に対しての早急な処置としまして、やはり移植しかない。そういった点では、早急に日本で安全な移植治療を受けられるよう私は望んでおります。ただし、その移植治療以上に根治手術といいますか、最良の治療が開発されましたならば、当然のごとく、そちらの医療体制を進んで望みたいと私も思います。
#276
○伊東研祐君 お答えいたします。
 いわゆる死というものに対する社会的あるいは文化的バックグラウンドというのは、日本の場合も含めましていろいろ考えられると思いますが、特に御指摘のありましたカトリックなどに関しては、実は非常に分かれていると思います。
 例えばカトリック神学者の中には、いわゆるペルソナという概念ですが、人格概念というのはまさに大脳に宿るものであって脳幹部分には関係がないということで、いわゆる脳死の中でも大脳死説をとるような場合もございます。その反面、カトリックの中でも、そういう非常に人格的なものよりはむしろ愛とか、先ほど澤田先生のお話にもありましたが、そういうものを見られる方は、脳死を認める場合でも全脳死ということになっておると思います。
 ただ、外国におきましては、そういうカトリックというよりはキリスト教文化を背景にしながらも、多くの国において臓器移植法案が通って現に成立している。あるいはドイツなどにおいても、脳死が死であるというのが既に法律あるいは判例上確立しておりますので、そういう臓器移植というようなものについての若干の動きなどがあるようですけれども、全体的な感じでいえば、現在では、その文化的な背景というもの、固有のこういう臓器移植に対するリアクションというものは余りないのではないかというふうに私は感じております。
#277
○坂口委員 新進党の坂口でございますが、きょうは先生方、御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。
 大島先生と渡部先生にお願いをしたいと存じますが、渡部先生の方に先にお聞きをしたいと思います。
 渡部先生は、先ほどお話の中で、脳死論議がまだ終わっていないというお話をなさいました。これはもう少しお話をいただきたかったというふうに思うわけでございますが、これは医学的あるいは科学的に脳死というものを認められないというふうに思っておみえになるのか、それとも、脳死は認めるのだけれども、判定が非常に難しいということを先生は主張しておみえになるのだろうか、あるいはまた、脳死は、医学的な立場あるいはまた判定の立場、それらはいいのだけれども、患者さんに納得させられないからまだ議論が終わっていないというふうにお考えになっているのだろうか。その段階、いろいろあるのだろうと思うのですが、その辺のところを先生にもう少しお話をしていただきたいというふうに思います。
 大島先生には、当然、大島先生は脳死は人の死という立場にお立ちになっているのだというふうに思いますが、その脳死の判定の難しさということにつきましては、先生は御疑問がございますでしょうか、それとも、もうその辺はすっきりとしておみえになるでしょうか、ひとつお話を伺いたいと思います。
#278
○渡部良夫君 先ほどもちょっと申し上げましたが、もし十分御理解いただけなかったのであれば残念だと思いますが、私はやはり、脳死というものを人の死、個体の死とするということは文化論として反対であるというのが大前提でございます。
 それは結局、今先生がおっしゃられたように、患者とおっしゃったけれども、家族ですね、家族の人に、一般の人に納得されない状態を死として押しつけてしまうということは、これは人類の文化の否定である、あるいは改変であるということで、そういうことはすべきではないというのが一番の主な点になると思います。
 それでは脳死状態というものを今の医学で正確に判定できるかということも御質問になられたと思いますが、私は、これはまだ議論が続いていて、これも完全に確定したものとは思われない、そういうふうに判断しております。
 そのために、なるほど、さっきも申しましたけれども、本当に脳の機能が不可逆的に廃絶した状態であれば、恐らく心臓の停止も間近に迫っている。それで本当に心臓がとまるかどうかということは、率直に申せば、人工呼吸器を外さなければわからない場合があり得るわけですね。そういったことを、実際に脳死というものが個体の死なのだ、心臓がとまるのだということを主張される推進論の医師もいろいろ書いておられます。
 例えば、一九七〇年代、八〇年代に、アメリカの有名な移植の医師が、教授が、そういう場合には家族の同意を得て人工呼吸器をとめて、それで二十分間席を外して、帰ってきて心臓がとまっているのを確認して、そこで死を宣告していたということを引用しておられます。
 しかし、私に言わせれば、そこで二十分待って心臓がとまったのを確認して死を宣告していたということは、やはり脳死状態で死を宣告するにはためらいがあった一つの証拠ではないか。私はあくまでも、先ほどから申しておりますように、万人が納得できる、あるいは受容できる徴候を伴った状態で初めて死というものを宣告すべきである、文化論だと申し上げたいと思います。
#279
○大島伸一君 お答えいたします。
 私がきょうここへ呼ばれたのは、私の医師としての資格と立場で恐らく呼ばれたのだろうというふうに理解いたしております。
 もちろん、五十年日本国に住んでおりますので、日本の文化だとか日本人としての感性というのは人に劣らず持っている部分があるというふうに思いますけれども、医師として私が発言させていただいているという立場に立つ以上、医師は、いわゆる医学界の中で科学と倫理によって縛られた最も新しい、あるいは今現在世界じゅうでいわゆる医学界の権威、権威と言うと非常に大げさな言い方になりますけれども、それに認定された事実に忠実であるべきだろうというふうに思っております。その技術の状況だとか技術の水準を、御質問があればそれに対してお答えするというのが私の立場であるし、医師としての基本的な立場であろう。
 渡部先生がおっしゃられましたように信念を持ち出しますと、例えは余りよくありませんけれども、医師がほかの信念、例えば宗教的な信念だとかいろいろな信念がございますけれども、その信念を持ち出してきて患者さんに対するということは、これは間違っているというふうに個人的に私は思っております。
 それはその人の生き方ですから、そこまでいろいろなことを言うことが他人としてどうなのかという議論はもちろんあるでしょうけれども、私は、今医学的に認知されている技術水準というものをきちんと患者さんの前に提出して、こういう状況である、この技術水準であなたの疾患に対して今一番いいと思われるものはこうですよというふうに提示するのが医師であろうと思いますし、そういったスタンスをやはり医師は持つべきだろうというふうに思っております。
 そういった意味で、今の脳死のことについてお答え申しますと、私は脳外科医ではございません。ただ、医師ですから、竹内基準がどんなものかというのを理解できます。したがって、おまえ、脳死の判定をしろというふうに言われれば、私は竹内基準にのっとった脳死判定をすることができます。できますけれども、間違いなく脳死だというふうに言えと言われますと、私は恐らくわかりませんと答えるしかないと思います。それはなぜかといったら、私は脳の専門家ではないからであります。
 それはどういうことかと申しますと、脳の専門家は、私の知っている脳外科医あるいは神経内科、脳の専門家というのはいっぱいおりますけれども、彼らは、最初に見たときに脳死であるということを断定します。断定するということはどういうことなのかと申しますと、恐らく、本当に脳死である場合には脳死であるということを断定しますし、わからないという場合にはわからないというふうに彼らは言います。それはどういうことかと申しますと、彼らは毎日毎日同じような患者さんを十年も二十年もずっと見続けているわけです。したがって、最初に見たときに、どういう経過になるかというその経過までがすべて彼らの頭の中に恐らく出てくるのだろうと思うのです。
 同じような意味で、私は腎臓移植をやってきておりますので、腎臓の移植を受けた患者さんが拒絶反応になったときに、どういう経過になるのかということは恐らくほぼ間違いなく当てることができますし、この拒絶反応というのは、完全に治癒するかあるいはうまく治療ができなくてだめになってしまうか、機能が廃絶してしまうかという予測を、恐らく最初の拒絶反応の症状を見たときに当てることができます。
 私はそれが専門家だろうというふうに思っておりまして、そういう意味で、先ほどの脳死をどう考えるかというようなことに対する私の答えとしましては、私は最初のお話の中にも、脳死があるということはもう世界じゅうの教科書の中に認知されているという事実を申し上げましたけれども、それとは別に、私が非常に信頼している何十人もの脳外科の医者がおりますけれども、彼らは、一〇〇%脳死はある、しかも、その判定も一〇〇%できるということを言う。
 その彼らの専門性と彼らの人間性を含めたことに対して、私はあえて言うなら、脳死というものが間違いなくある。私のいわゆる医学的な知識だけではなくて、間違いなく判定もできるし、間違いなくある一定水準以上にあるのだということが言えるというふうに私は信じておるわけであります。
#280
○土肥委員 民主の会の土肥隆一でございます。
 私たち国会議員、お医者さんもいらっしゃいますけれども、ほぼみんな素人でございます。しかし、法案が上程され、そして私たちは決断をしなければいけないわけです。しかも、一人一人の国会議員の人生観が違ったり世界観が違うから、これを延々と延ばしていったらいいのかということになれば、これは医学の問題であるし、同時にまた患者さんが実際にいるわけであります。今お話を聞いておりますと、大島先生などは、ほぼ確立した医療行為ということになっております。したがって、一方で患者さんがおり、一方で医学がそれだけの進歩を遂げている。人間のすることですから、完全、一〇〇%などというものは一つもないわけでございまして、やはりどこかで踏み切らなければいけない。
 そこで、移植手術をやるかやらないかというところを我々は決断を迫られているわけですが、ひとつ素朴な御質問を大島先生、それから高森さんにもお聞きしたいのです。
 和田移植の出発がございまして、あれがブレーキになっているともいうのですが、今お医者さんが、移植医がみずからの医学的信念に従って脳死判定をきっちりやって、みずから移植手術に入るという決断がなぜできないのか。私はむしろ、法律問題よりも最高のレベルにある医療を実施するということが一番大事なことであって、何かすべて環境が整ったから、あるいは国民の合意を得たからこの医療をやるのですよというのではないのじゃないか、保険の点数がつくかつかないかは別にして。それが問題になるとすれば脳死の判定である。これも医療として一定の確率を持ってハイレベルのものとして判断ができるなら、おやりになったらいいのじゃないかというふうに思うのです。
 それを許さないとすれば一体何が問題になるのか。私は、やると決めたら、そのやる上でのいろいろな、例えば医者に対する不信であるとか密室性であるとかターミナルケアの問題だとか、万全の対応はできると思うのです。対策も立てられると思うのです。例えば、全く素人の人をその移植手術の現場に入れていただく、そして医者がどういう会話をしているかを聞かせていただくというようなことも私は可能だと思うのです。やるかやらないかというときに、医療の現場がなぜちゅうちょするのかということです。
 それからもう一つは、患者さんの側からいって、ドナーという人をどう理解しているのか。私はやはり、親類縁者のそんたくはスタート時は認めたくない、本人の意思確認を前提にしてやっていただきたいというふうに個人的には思っております。これからどうなるか考えてみたいと思いますが、患者さんの側からいえば臓器を受けるわけですけれども、患者の会あたりの今の気持ちはどうなのかということも参考意見としてお聞きしたいと思います。
#281
○大島伸一君 お答え申します。
 医療の現場でなぜやらないのかという御質問ですけれども、非常に通り一遍の回答で申しわけないとは思うのですが、今これだけ大きな問題になっておりまして、移植学会の一つの流れとしまして、健全な形でより多くの、もちろん国民の同意あるいは認知を得た形でもってやりたいというのがいわゆる公式的なその答えになるだろうというふうに思います。
 ただ、少なくとも今国会においてこの議論がきちんとされているわけですから、その間は動くなというのが移植学会の一つの今の、理事長から全会員へ向けてのメッセージであるわけです。この点については、今のところは、とっぴな行動をしてくれるなというか、スタンドプレー的な行動をしてくれるなというのが理事長からの要請であります。
 ただ、今御指摘がありましたように、私たちは、国の憲法だとか国の法律で悪いというふうに規定されていることをやるつもりはもちろんありません。それが私たちがいいというふうに思っていることといかに反しようとも、いかぬというふうに決まったこと、これをやろうというふうには思っておりません。ただ、いいのか悪いのかわからぬということについては、これは最初にもお話の中で述べましたけれども、現場の臨床医としての責任をどう考えるのかという議論というのは私どもの中でよくやっておりまして、条件さえそろえば、その条件というのはいろいろあるかと思いますが、条件さえそろえばやるというふうに覚悟を決めている医者も何人かはおるかと思います。
 ただ、その条件がどういう条件なのかというのは、非常に難しい問題をいっぱい抱えております。特に、まずその大前提として、提供してもよいという方がいなければ話になりませんし、その提供をサポートする周辺の医療施設がないとだめですし、今度は、それを受けて実際にやるという病院がないとだめですし、そのためにはお金の問題もあるでしょうし、あるいは周辺の倫理委員会だとかその病院の体制の問題もあるでしょう。いろいろな問題が恐らくあるかと思いますけれども、そういったすべての条件が超えられるという予測と準備がつけば、やるというふうに思っておる医者は恐らく何人かおると思います。
 ただ、私は、逃げるわけではございませんけれども、腎臓が専門でして、心臓、肝臓についてはそういう選択肢に迫られている状況じゃないものですから、これ以上のことについては差し控えさせていただきたいというふうに思います。
#282
○高森洋君 まず一点目、ドナーに対しての理解という点ですけれども、レシピエントの方にドナーの方が臓器を提供していただければ、その方の臓器をそのドナーの第二の人生として私は大切にしていきたいと思っております。
 もう一点は臓器を受ける側としての気持ちですけれども、これは大変いろいろとありまして、一つは、要するに臓器をいただくためには死というものを待たなければならない。そういった罪悪感というのは、やはり患者にとっては切実な、痛いところでございます。しかしながら、その提供していただくドナーの方の意思を尊重し、第二の人生としてそれをより一層高めるために私たちは努力してまいりたいと思っております。
 そこで、このドナーカードには、それぞれ心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、眼球、皮膚、骨、その他、いろいろの臓器に丸を打つ欄があります。そして、ドナーとして提供していただく。そういった方の意見も尊重しますし、それとは反対に、私は脳死後臓器を提供いたしません、そういったお言葉も尊重したいとは思っております。
#283
○岩垂委員 陳述者の皆さん、大変ありがたく話を伺いました。
 それぞれの専門の先生方の意見を聞いてもこれだけの違いがあるわけです。ですから、実は国会でこの法律をどうするかということの議論をしなければならぬのですけれども、なかなか慎重にならざるを得ないという面がございます。恐らく各政党とも、個人の判断というところにゆだねて、党議拘束を外していくということになるのかもしれません。
 私は、率直に言って、このままでこの法律の成立を目指すということはかなり難しいのではないか、修正をするとかもう一遍出し直すかというような議論が必要ではないか、そんな感じもいたします。それは私の主観でございます。ただし、率直に言って、何とかこれは急いでいかなければならないという皆さんの、特に患者の皆さんのお気持ちも受けとめなければならぬし、同時に、外国へ行って手術を受けてくるというのを一体日本人はどう思っているかという批判に対してもこたえなければならぬと思うのです。
 私、ことしの六月に、衆議院の厚生委員会で参考人の先生方の御意見を伺いました。そのときに、先ほど澤田先生も言われましたけれども、柳田さんがおっしゃった言葉を非常に感動を持って伺いました。それは、
 今回の法案は、脳死臨調を受けて「死体(脳死体を含む。)」というようなことで書いてございます。しかし、実際の現場で体験するという立場からしますと、死というものはだんだん死んでいく、あるいはプロセスとして生じるものであって、強引な線引きをするよりは、脳死段階でもう既に本人の生き方なり信仰なりさまざまな形でそれを死として臓器提供を是とする人もいいでしょう、あるいはゆったりと最後まで心停止を待ってみとりたいという人も多いでしょう、あるいは途中で、よく頑張った、もうこの辺で人工呼吸器を外して見送るからなというようなことになるそういう家族もいるでしょう、そしてまたそういう途中の段階で、十分闘ったからもうここで臓器を提供して世のため人のためになろうというふうに考えを煮詰める人もいるでしょう、それらすべてが認められるようなそういう死の定義のあり方、あるいは法律のつくり方というものを今こそ考えていただけないか
ということを本当に切実に訴えておられました。
 なかなかそうはいっても、この定義というのを簡単に変えるということができるとは思っていません。しかし、私は、少なくとも彼の言葉で言えば、医学・医療を臓器とか組織とか細胞とか遺伝子とか、そういう単位ではかるだけではなくて、人間の命の中の非常に大事な部分である愛とかいたわりとか優しさとか、そういうものが医学・医療の中で忘れ去られかねないような状態がある中で、それを取り戻すために人間のあいまいな部分、とても大事な部分というものをどう取り込んでいくか、これが二十一世紀への我々の課題ではないかという問題提起は非常に重さを持っていると思うのです。
 そこで、伊東先生と加藤先生に、その柳田さんが提起なさっている問題点というのはこの法律の中にも当然考えられなければならない課題だと思いますけれども、その辺についての見解を承っておきたいと思います。
#284
○伊東研祐君 お答えします。
 私自身も、人の死というものを受け入れていく、特に親族がその場で受け入れていくということには時間がかかるだろうし、いろいろな難しい感情的な対立なども起こってくるということは存じておるつもりです。ただ、これも一つの逃げになってしまうのかもしれませんけれども、地球は丸くないのか丸いのか、あるいは太陽の周りを回るのか回らないのかという議論とある意味では似ているのかもしれないということです。
 先ほど私が申し上げたのは、例えばその遺族あるいは親族の同意をとる際の任意性の担保とか、いろいろな問題点が挙げられるのですが、どうも私には、それはルールを破った場合をあえて考えての批判のように思われるのです。しかし、我々が目指すべきなのは、まずルールをつくって、それを医療現場でどうやったならば守っていけるかということをやらなければいけないのではないだろうかと思うのです。
 法律家というのはトラブルが起こってからのことを請け負っておりますので、私たちは適切なお答えができるのかどうかはわかりませんが、繰り返しになりますけれども、どうやったら親族の方の真意というものを受け入れていけるか。それはしかし法律だけではなくて、やはり医療現場の先生方あるいはコメディカル、パラメディカルの方々との協力関係を初めてつくっていく、そのための基礎がなければ何も始まらないというのが私の考えです、うまい言葉ではないかもしれませんが。
 特に、むしろ例えば法律で死を定義してしまうとか、そういうことは私は恐らく不毛ではないかと思います。今までもそういうことはやってこなかったわけですし、やることによってかえって非常に混乱が起きる可能性もあるわけですので。別に法案を是認するというか擁護するわけではないのですけれども、この程度の妥協というのも必要ではないかなと思います。
#285
○加藤良夫君 それぞれに死をどう迎えるかという問題を法的に反映させることができればという趣旨かと思いますが、やはり法律的には、死というのはある一定の死亡時刻なりなんなりで概念的には明確になるべきものなんですね。
 何となれば、生きている人は権利の主体としていろいろな人権等の保護があるわけです。ところが、死体となれば、もうそういう人権の享有の主体ではなくなってしまうという意味で、物すごく大きな意味を持ちます。ですから、生か死かというところは、どこかで線を引かなければならないという問題が一つあるのです。Aさんはここで死だ、Bさんはここで死だと考えるというばらばらの状況ではやはりいかぬだろうという意味では、死は一義的に考えなければならぬ。
 しかしながら、ただ、どう迎えるかという問題について言うと、例えば人工呼吸器を取り外してほしいとか、あるいはこういう状況になったならば自分としてはもう医療は受けたくないとか、いろいろリクエストはあるわけで、そういう問題は患者の自己決定の問題なりなんなりの分野の問題で、医療の中止というものの合理的な範囲なりそういう問題であって、死の概念そのものとは違った問題だろうというふうに理解しているのです。
 死そのものの概念については、従来の判例で認められてきた考え方やあるいは死生児、死産の法律がありまして、その中で書かれている概念、そういうのが今の現行法の死の概念だと私は思っているわけで、つまり、心臓が動いていない、呼吸がとまっている、いろいろな筋肉の反射がないとか、そういうものが死の概念だというふうに理解をしているわけで、そういうものの上に立って今臨床のターミナルケアの場面でのいろいろな受けとめ方というのは十分に可能なのだろうというふうに思っています。
#286
○和田座長 参加委員からの質疑は、おおむね十二時四十分ごろまでを予定させていただきますので、御了承いただきたいと思います。
 質疑を続けます。
#287
○福島委員 新進党の福島豊でございます。
 私は、基本的に賛成の立場でございます。
 渡部先生、加藤先生、澤田先生にお聞きしたいのですか、脳死というものをどう考えるのかということにあって、私は、人間の個人の死の中核的な現象というのはやはり脳死である、そういう意味では伊東先生の御意見に非常に共感いたしております。
 ただ、その場合に、先ほど渡部先生は文化論ということをおっしゃられました。我々が今まで経験してきたこと、その蓄積がいわば文化の基礎というものをなす。この脳死という現象そのものは、従来まで光を当てられていなかった現象でございますから、当然その文化の中に織り込まれていなくて当たり前であるというふうに私は思っております。
 また、加藤先生、澤田先生、要するに感情的になかなか受け入れがたいということがあるのだ、それもそのとおりだと私は思います。
 ただしかし、その文化論また感情的な問題、これを全く無視するというのは妥当でないと私も思いますけれども、そこにだけ両足を乗っけてしまうと、この新しい現象にどういうふうに客観的に対処をするのかという結論が出てこない。
 よく医学はサイエンスとアートの結合であるということが言われますけれども、アートの部分、人間の心の部分というのは非常に大切でございますが、同時に、サイエンスの部分をどういうふうに取り込んでいくのか、均等に考える必要があるというふうに思うのです。
 そこで、渡部先生、加藤先生、澤田先生、反対の立場で、脳死は認めないという基本的な立場であろうかというふうに私は御意見を拝聴したわけでございますが、この点につきまして一言ずつお答えいただければと思います。
#288
○渡部良夫君 私は、先ほどから繰り返し申し上げておりますように、やはり自然科学だけで死というものを割り切るべきではない。確かに、先生おっしゃいますように、理性と感情と両方が必要であろう、あるいは自然科学と文化と両方必要であろうというふうに思います。しかし、忘れてならないのは、医師あるいは自然科学者である前に人はやはり人類の一員である、人間であるということです。理性と感情を兼ね備えた人間である、それを忘れてはならない。
 先ほどからいろいろな議論がございました。それで、脳死というものは、確かに生命のいろいろな生理的機能を統合している中枢が脳であるから、そこが不可逆的に機能が廃絶すれば死んだと同じであろうというふうにおっしゃるわけですね。あくまで死んだと同じであろうというわけであって、あるいは死に近いということであって、それを死んだと認めるのは、やはり文化あるいは感情で受け入れられないところであろう。ですから、理性だけ、あるいは自然科学的な判断だけ、あるいは医学的な基準だけでこれを死んでしまったとみなすのは、私はそこにどうしても無理があると思うわけでございます。先ほど無脳児の話も申し上げましたけれども、それも一つの例になるわけですね。
 ですから、私は、いわゆる脳死状態というものは、なるほど死に至る、さっきプロセスというような言葉が出ましたが、そのプロセスの一つである、そして確かに死に限りなく近い状態ではあろうと思います。しかし、限りなく近いということと死んでしまったということは違う。ここはどうしても私は譲れない一つの線だと思うわけですね。
 実は、九月四日に京都で日本移植学会の総会がありまして、公開シンポジウムで、そのときもたまたま大島先生と同席いたしました。それで私が、脳死状態に陥った患者さんを診た場合、声は聞こえなくても、さっき澤田先生もおっしゃったように、看護婦さんがされるように声をかける、あるいは家族と一緒に体をさする、もう助からないとわかっていてもそういうことをするのがやはり医師としての一つの務めであろう、そういうことを申しましたら、大島先生が、渡部は医師として発言しているのか、それとも素人として発言しているのかということをおっしゃったのですね。私はそのときに、医師は医師である前にやはり一人の人間であるということを忘れないでいただきたいということを申しました。
 それから、ちょっとついでになりますが、先ほどから、移植医療というのは完成した医療ではない、それは例えばどんな外科手術でも、その時代においては最善と考えられたものが次の時代には捨て去られる場合もある、これは事実でございます。それで、やはりそのときにある特別発言者が、今移植というのは現代にとっての最終的、最高の、一番高等な医療なのだ、ですから医師というものは医師の職責を果たすために使い得る最高の武器を持って病気と闘う、それを許してほしいとおっしゃった。
 ただ、私に言わせますと、なるほど最高の武器かもしれません。しかし、今戦争に関して核兵器が最高の武器であっても、それを使ってはいけないというのが世界の大勢でございます。私にとっては、移植医療というものは戦争における核兵器と同じものである。そういう認識をぜひ皆様方に持っていただきたい。人間の生死に対する最終的な破壊行為であると思います。
#289
○和田座長 お答えはできるだけ簡潔にお願いいたしたいと思います。
#290
○加藤良夫君 脳死が人の死であるというのは、純粋に科学的に引き出されてくる結論ではなくて、大いに価値論を含んでいるのです。これをまず誤解のないようにしてほしいと思うのです。お医者さんは脳死は医学的に人の死というふうにおっしゃるけれども、その人は、脳に価値を持っていて、意識なりなんなりに非常に重要な意義や意味を持っているという価値を表明しているという理解であります。
 脳死というものの概念の中で、大脳死説もあったわけですね。脳幹死説もあるわけです。それから最近では新皮質死、新皮質が死んでおれば人はもう死なのだ。ネゴシエーションができない人はもう死であるのだという考え方で、医療の恩恵を与えないで済まそうというような政策が出てきていることは御承知と思います。
 つまり、脳死論議のときに昔から言われているのは、滑りやすい坂道という言葉があります。脳死を人の死と認めていくと、今度はその新皮質死も死であるという議論にどう抵抗できるのか。つまり、大脳の死は人の死だという考え方になってくると、かなり障害を負った人たちが自分たちの生存が危うくなるというふうに危機意識を持っておられるのがよくわかるわけです。
 どうしてそういうふうになるかというと、そういう科学の名においていろいろな決めつけ方をされているけれども、そこには一つの、それぞれの価値論を混入させて死の概念を膨らますという危険性が出てくるからです。つまり、ドナーの不足ということが決定的なこの移植の問題の弱点だというところから、滑りやすい坂道というのは、そのドナー不足からもう少し医療経済的なことを考えて、むだな生を打ち切って、そして健全な一人の人間をつくっていくみたいな発想法になっていく。要するに、限りなく危ない道が待っているということを僕自身も感ずるから、したがって、脳死の論議というのはきちっと論議を尽くしてほしい、そういうふうに思っているわけです。
#291
○澤田愛子君 私は感情論で述べたのではありません。万が一脳死という現象があるとしても、脳死があるという事実と、それを人の死として認めるかどうかということは全く別問題だと思います。
 科学的に申しますと、脳死ということ自体がまだよくわからない。すなわち、脳神経そのものがまだよくわからないというふうに脳神経の専門家たちは言っております。そして、全脳死だったら概念としては十分だというふうに考えられている方がたくさんいらっしゃいますけれども、全脳死を科学的に完全に証明する手だてはないというふうにも私は勉強しました。大方、全脳死と言っておきながら、本当にやっているのは、脳幹部分の脳幹機能死を証明して、それで概念的には全脳死という言葉をかぶせているだけだというような文献も読んだことがあります。そのことで、まだまだ脳は不可解な部分、未解明の部分がたくさんある。万が一脳死を死と認めても、それを人間の死とするか否かは、加藤先生も今おっしゃいましたように、極めて価値の問題あるいは文化の問題につながると思います。
 もう一点、多田教授がおっしゃっていますように、自己保存のために一番大事なメカニズム、これは免疫システムですが、それは脳とは関係なく働くということです。そうすると、要するに自己の個体性というものを守る唯一の手段として脳を考えるのは、やはり科学的にも間違っている。自己保存のメカニズムが、免疫システムが脳とは関係なく働くということ自体も、脳だけの機能停止、不可逆的な死をもって人間の死とすることは少し無理だというふうに私は考えます。
 それからもう一点、脳死をもし人の死として認めれば、恐らく、臓器移植の問題だけではなくて、先ほども申しましたようにさまざまな実験、医学実験、生体実験、そういったものが行われる、密室で行われる可能性も私は否定し切れないと思います。大変その辺をおそれております。
 以上です。
#292
○山本(孝)委員 新進党の山本孝史でございます。
 大島先生と伊東先生にお伺いをします。
 まず、大島先生に三点。
 二十三年間に先生の死体腎移植、百九件とおっしゃったと思いますので、年平均四件ないし五件。いただいている資料でいきますと、ずっと死体腎移植の数が減っている。死体腎移植は、今法律もありますのでとっぴなことではありません。しかしながら、こういうふうにふえていかない、あるいは逆に減っていくということについてどう思っておられるか。これが一点。
 それから、医療というのは苦痛を取り除くこと、それは善であるということはわかりますけれども、逆に苦痛を与えている医者がいることも事実であります。この点をどういうふうに受けとめておられるか。
 それからもう一点、研究という名前で極めて際どい移植がなされている。先端医療というものには研究あるいは実験という面がつきまとってくると思うのですけれども、この点、先ほどの先生のおっしゃった医者の信念、あるいはなすべきことということとどういうふうにかかわっているか。
 この三点をお願いします。
 伊東先生、簡便な脳死の判定基準として三徴候説をとっておられるようにお伺いをしましたけれども、これは私は違うのではないかというふうに思います。
 先生のレジュメの中で自己決定権という言葉を使っておられますけれども、今回の法律では、家族の同意によって、そんたくによって提供してもいいというふうになっています。この自己決定権とこの法律の内容との違いというものを先生はどういうふうに、患者の自己決定権をどうとらえておられるか、この点をお伺いしたいと思います。
#293
○大島伸一君 お答え申します。
 死体腎移植がなぜふえないかという問題については、愛知県の事情を少しお話しさせていただきます、それが全国的に共通する話かどうかというのはよくわかりませんけれども。
 実際に腎の提供というものは移植関係者を中心に、今まではコーディネーターとかそういったことがございませんでしたから、移植関係者が奔走するというのですか、そういう形でもって臓器の提供が行われてきた。それはもちろん、臓器を提供する側の脳外科医だとか救急医とのコネクションの問題で、そういったところにお願いをしてというような、言ってみれば、パーソナルコミュニケーションのようなものがベースになったあり方だっただろうというふうに思います。それがシステムとして動いていないものですから、いわゆる個別の、個人の努力の限界が恐らく来ているのだろうというふうに私は思っております。
 それも、個別の、個人の努力にしても、愛知県の場合には行政や何かのバックアップが非常にうまく得られたということもありましたが、他府県ではなかなかそういったようなことも得られなかった。もちろんいろいろな事情があるかと思いますけれども、他府県では従来どおり、ちっともふえていない。この二十年間ほとんど行われていないという府県の方が多いと思います。そういう事情が一つあるのだろうというふうに私は理解しております。
 それから、二番目の問題は、これはまさしく私たち医療人が抱えているジレンマでありまして、特に医学あるいは医療が苦痛を与える場面があるのではないかというような御指摘については、これはもう非常に大きなジレンマを抱えているところであると思います。
 もちろん、医療人が意図して苦痛を与えるようなことを考えたり、そういったような行為を医療行為として患者さんにするようなことがあれば、これはもう言語道断でありまして、今までなかなか自浄作用がないというような御批判をいただいておりますけれども、少なくともそんなとんでもない話については、中で私たちが許さないというようなことを徹底的にやるべきであろうというふうに考えております。
 ただ、一生懸命やった結果、結果として苦痛を与えているというようなことがあるじゃないかというような御指摘に関しましては、これは非常に大きな問題でありまして、結果が悪かったことに関しては、その動機あるいは実際にやられた内容というようなことをできるだけオープンにして、なぜなのかというようなことが納得できるような形、あるいは国民の皆さん方が納得できるような形の方向に持っていかなければいけないだろうというふうに思います。
 それから三点目ですが、私は、新しい技術の開発というのは臨床医に課せられた一つの役割であるというふうに思っております。そういった意味で、新しい技術は人類あるいは国民に貢献するという大義の前に、研究、逆に言えば人体実験というような形でもって内密にやられるのではないかというようなお話かと思いますけれども、これは特に最近、こういった面できちんとしたガイドラインなり、臨床研究というものをどう進めていくのかというようなことについては医療の内部でも非常に大きな問題になっておりまして、私は個人的には、これもきちんとオープンにして、だれもが納得できるような形のあり方に持っていくべきであろうというふうに思っております。
 いずれも、私たちが抱えている非常に大きなジレンマの部分を御指摘されたというふうに思います。
#294
○伊東研祐君 お答えします。
 私が自己決定権という概念を用いましたのは、むしろ、臓器の摘出及び移植は本人意思がある場合に限られると言う方が自己決定権の延長という形で御説明になりますので、おわかりになりやすいようにという趣旨で書きました。
 例えば、現在の法律上、必ずしも自己決定権がすべて完全に効力を持っているものではないというふうに考えざるを得ないという条文が幾つかあります。御存じのように、例えば自殺関与罪などはみんなそうですね。あるいは同意傷害に際しても、自己の生命あるいは身体の欠損に至るような場合については同意の効果を認めないというのが判例、通説の立場ですので、私自身は、そういう意味で、自己決定権というものにも一定の限界があり得るだろうというふうに考えております。
 そして、法案との関係では、本人が生前その意思を表明していた、そして移植について可としていた、あるいは否としていたというものを尊重しようという基本的立場、私の理論的な観点から見ると必ずしも理論的整合性は、その法案の立場というのはよくわからないところがありますが、その立場というのは尊重していいだろう。それで、その自己決定権あるいは人格の残滓というものが認められない場合に家族の意向というものを聞く、承諾という形になっておりますが。
 その際に、本人の意思をそんたくする、いろいろな事情を考えるということがありますが、私自身は、理論的には、この場合、家族の意思を純粋に問うべきだと思っております。その純粋な意思の中で、本人だったならばどういうふうに考えていただろうというのはあくまでも参考資料でありまして、本人の自己決定権を推測するというのは妥当な行き方ではない、そのように私は考えております。
#295
○衛藤(晟)委員 自由民主党の衛藤晟一でございます。
 大島先生、それから加藤先生と澤田先生にお聞きしたいのです。
 第六条の一項一号、二号がございますが、大島先生、もし一号のみになって御本人の意思が確認できなかった場合、遺族の承諾ということを削った場合は賛成ですか、反対ですか。それと、その場合はこの法律は意味があると考えるのか、ないと考えるのか。
 それから、加藤先生と澤田先生も、同じような趣旨ですが、そのときはどういうふうにお考えでしょうか。
#296
○大島伸一君 私は、移植を必要としているより多くの方が移植の医療技術の恩恵を受けることができるようにという意味合いからでは反対であります。恐らく提供者が随分少なくなるだろうというのが予測されますので、そういう意味で反対であるというふうに申し上げたいというふうに思います。
#297
○加藤良夫君 私は、脳死が人の死だというふうに考えていないので、その点でまずこの法案に対して反対の立場です。
 今のこの第六条が一号だけになった場合に、つまり、提供の意思が本人の事前の書面による明確な意思ということになったときに、法律家の多くは賛成するかもしれませんね。今、このそんたくのところに非常に注目が寄せられていて、本人意思に限るべきではないかという意見、非常に日弁連なんかでも論議が強いわけでございます。
 特にそういう意味では、私は、この一号だけになったからといって法案に賛成する立場ではないということを述べておきます。
#298
○澤田愛子君 私は、この二号が削られて一号だけになった場合でも、法律としては有効だというふうに思います。
 ただ、先ほど述べました死の問題、脳死の問題、それはやはり法律で脳死を死として定義する、縛るということだけはぜひともやめていただきたい。そして「死体」括弧して「(脳死体を含む。)」という表現もやめていただきたいという立場です。
 その意思決定の問題に関して言いましたら、ぜひ本人の意思だけにしていただきたい。私が考えます臓器移植というものは、私は本来は賛成ではないのですけれども、ただ本当に自分の気持ちでもってその提供者が与えていいというときだけ成り立つ医療だと思うのです。そのときだけ成り立つ医療だと思いますので、二号が削られたからといってこれは法律としてだめになる、これは有効性がないというふうには言えないと思います。一号だけにしていただきたいというのが私の立場です。
#299
○和田座長 他に質疑をされる委員の方はおられませんか。――これにて質疑は終了いたしました。
 この際、一言ごあいさつ申し上げます。
 意見陳述の方々におかれましては、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。
 拝聴いたしました御意見は、本法案の審査に資するところ極めて大なるものがございます。厚くお礼を申し上げたいと思います。
 また、この会議開催のため格段の御協力をいただきました県当局の方々を初め関係各位に対しまして深甚なる謝意を表する次第でございます。
 これにて散会いたします。
    午後零時五十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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