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1995/02/17 第132回国会 参議院 参議院会議録情報 第132回国会 地方分権及び規制緩和に関する特別委員会 第3号
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1995/02/17 第132回国会 参議院

参議院会議録情報 第132回国会 地方分権及び規制緩和に関する特別委員会 第3号

#1
第132回国会 地方分権及び規制緩和に関する特別委員会 第3号
平成七年二月十七日(金曜日)
   午前十時一分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 二月十五日
    辞任         補欠選任
     堀  利和君     今井  澄君
 二月十六日
    辞任         補欠選任
     今井  澄君     梶原 敬義君
     竹村 泰子君    日下部禧代子君
 二月十七日
    辞任         補欠選任
     石井 道子君     木宮 和彦君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         小林  正君
    理 事
                斎藤 文夫君
                山口 哲夫君
                渡辺 四郎君
                勝木 健司君
    委 員
                上野 公成君
                木宮 和彦君
                沓掛 哲男君
                高木 正明君
                野沢 太三君
                溝手 顕正君
                宮崎 秀樹君
                吉村剛太郎君
                岩崎 昭弥君
                梶原 敬義君
               日下部禧代子君
                佐藤 三吾君
                峰崎 直樹君
                続  訓弘君
                鶴岡  洋君
                広中和歌子君
                小島 慶三君
                星川 保松君
                吉川 春子君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        佐藤  勝君
   参考人
       東洋大学法学部
       教授       坂田 期雄君
       金 谷 町 長  孕石 善朗君
       立教大学法学部
       教授       新藤 宗幸君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○地方分権の推進及び規制緩和に関する調査
 (地方分権の推進に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(小林正君) ただいまから地方分権及び規制緩和に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨日、今井澄君及び竹村泰子君が委員を辞任され、その補欠として梶原敬義君及び日下部禧代子君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(小林正君) 地方分権の推進及び規制緩和に関する調査を議題といたします。
 本日は、地方分権の推進に関する件について調査のため、三名の参考人の方々から意見を聴取することといたします。
 参考人として、東洋大学法学部教授坂田期雄君、金谷町長孕石善朗君及び立教大学法学部教授新藤宗幸君に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本委員会に御出席をいただきまことにありがとうございます。参考人の皆様から忌憚のない御意見をいただきまして、本委員会における調査の参考にさせていただきたいと存じますので、よろしくお願いをいたします。
 それでは議事の進め方について申し上げます。
 まず、坂田参考人、孕石参考人及び新藤参考人の順序でお一人二十分程度の御意見をお述べいただき、その後二時間ほどの間、各委員の質疑にお答えを願いたいと存じます。
 本日は、あらかじめ質疑者を定めず、委員には懇談会形式で自由に御質疑をいただきたいと思います。質疑を希望される方は挙手を願い、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。なお、質疑は五分間以内にお願いいたします。
 また、意見の陳述、質疑及び答弁とも、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず坂田参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。坂田参考人。
#4
○参考人(坂田期雄君) ただいま御紹介いただきました坂田でございます。
 それでは、時間も限られておりますので早速内容に入らせていただきたいと思います。
 私は、主として市町村といいますか、地方の現場の状況も踏まえた面からお話し申し上げてみたいと思います。
 一応レジュメのような形でちょっと用意してあるわけでございますが、地方分権の推進基本法の素案が総務庁で大体できたようでございまして、目下各省庁でこれを検討されまして、国会には二月末ぐらいに提案されるんじゃなかろうかというふうに伺っておりますが、この法案には、先生方御案内のように、地方分権推進委員会というものが設置されてということになっておるわけでございます。この法案の中身はまだこの委員会でいろいろ御検討になるかと思いますので、私はそれをめぐる問題点をちょっと申し上げてみたいと思うわけであります。
 この法律案を見ました場合に、地方分権を推進する組織としての委員会をつくるということで、何を分権するのかという具体的な中身がこの法案にはほとんど具体的には入っていないという点でございます。
 この点につきましていろいろ関係者にお話をお伺いいたしますと、各省庁の壁が、非常に抵抗が強いので、具体的な中身を最初から出していったのではこれはもう一歩も前へ進まない。そこで、まず分権を推進する組織、それを国会の場で推進委員会というのをつくっていただいて、そこで議論するというまず土俵をつくるんだと。その次に、具体的なものをそこへ上げて国民の目から十分見えるような形にして推進する。そういう意味では、今までになかった歴史的な大きな形じゃなかろうかというお話を伺っておるわけでございます。
 そういう意味において、この法律が国会で成立するということになりますれば、地方分権の推進の第一歩として画期的、非常に有意義なものであろう。国会で御検討、それで成立をできれば、地方自治に関係しております一人として私も大変うれしく思うわけでございます。
 ただ、今後の課題といいますか、問題点として感じている点を申し上げてみようかと思うわけでございます。
 それは、今日までの議論が中央レベルだけで議論されていて、地方の現場、特に市町村ではほとんど盛り上がりがない、関心も余りない。果たしてこのままでいいのであろうか。これは地方自治経営学会で、きょうお配りしています資料にもございますが、こういう雑誌の抜き刷りですが、左のページの上の方にちょっとグラフが書いてございますが、地方自治経営学会で市を対象にアンケートいたしましたところが、「地方分権への意識の高まり」が市では非常に低いというのが六二・五%、非常に関心が低い状況でございます。
 中央だけが盛り上がって、肝心の受け手の市町村ではまだ余り盛り上がってない。市町村からの声も余り上がってない。中央でつくられて、そして中央から何か地方へおろされてくる中央主導型。地方分権というのは下から声が出てきてそれが中央で反映されるべきものが、何かいまだに地方分権といいながらその進め方、その実態は千代田区発地方分権と言う方がいらっしゃるようですが、千代田区の方だけでこしらえられている。果たしてこれでいいんだろうかという、これが一つ大変心配な点でもあるわけでございます。私どもも、地方自治研究者の一員として、こういう面を一大国民運動として盛り上げるということが非常に必要じゃないかと思うわけでございます。
 さて、そこで次の問題は、市町村の盛り上がりがないというだけではなくて、今度は中身といたしまして、何を分権するのかというその中身の議論がまだ余り行われてない。いろんな地方制度調査会とか上の方では出ておりますが、地方現場の上に立って考えて議論する必要がある。後ほど申しますが、中央レベルで議論されている分権の中身と、地方の現場が求めている分権の中身と少しずれているという点が問題であるわけであります。
 三番目といたしまして、基本法とかあるいは分権大綱にはいろいろ中身も若干書いてございますが、まだ総論、抽象論、建前論の段階。戦後五十年経過いたしましたが、やっぱり具体論、各論で進めなければ分権は一歩も進まないという点で、これからはぜひ具体論での議論が必要になってくる。
 それから四といたしまして、これまでの地方制度調査会とか分権大綱は府県重視という形になっておりますが、やはり地方分権の受け手は市町村ではなかろうか。戦略として、まず国から府県に受けて、それから府県から市町村へという考え方のように聞いておりますが、しかし、ふるさと創生一億円事業等経過いたしまして、市町村がみずから考えみずから行うという形で、市町村があなたが主役ですよと、国や県は後ろからバックアップする。こういう形で、今まで一番末端、下っ端だった市町村があなたが主役だと、あなたが先頭だという形で今大分やる意欲といいますか、市町村がぐっと上がってきている。これの延長で地方分権の今後は進めなければいけないんじゃないかと思うんですが、この辺がどうであろうかと思うわけてあります。
 五番目といたしまして、この地方分権の最近の盛り上がりは、肝心の国民、住民の声といいますか、そこがほとんど入っていない。国民、住民の理解、関心、支援を基本にするということがどうしても必要ではなかろうかと思うわけでございます。
 さて、ちょっと一般的な話を申しましたが、その次に具体的な点に入っていこうかと思います。二ページでございます。分権の中身でございますが、先ほど申しました中央レベルで今まで議論が出ていることと地方現場の本音の意識とで中身がずれているのではないか。そこに書いてございますが、今度の法案とかあるいは分権大綱にはずらっといろんなことが書いてございますが、今まで中央レベルでは権限委譲あるいは機関委任事務ということが割合重点的に大きく取り上げられてきておるわけでございます。
 それでは、地方の現場では分権という場合にぞれを特に望んでいるであろうか。地方の意識として、いい悪いは別にいたしまして、ここに書いてございますが、権限は余り欲しくないというのが地方現場の本音の意識でございます。それから、機関委任事務がいろいろ議論されたりしますが、ほとんど地方の現場ではそういうものは別に区別も意識もほとんどない。
 それで、地方ではやっぱり権限というよりは金が欲しい、国庫補助金でも金が欲しい。ただ、それは現在は非常に細かいところまで干渉、関与されておりますので、なるべく干渉されないで任された形で自由に使える金という形で与えてほしい。それから手続、書類が非常に膨大で、手間や何かで何カ月もかかる、これを簡素化、迅速化をしてほしい。この辺に地方が求めている地方分権の本音が集中しておるようでございます。
 このあたりはいろんなアンケートもとってみたわけでございますが、この資料、抜き刷りの左の上の方で、地方が今がんじがらめに縛られていて、最も縛られているのは何かということで、やっぱり国庫補助金によって縛られている、これが第一位で五七%。それで、許認可権とか機関委任事務というのは大分パーセントとしては低い率でございます。
 それからもう一つ、二枚目でございますが、同じ市町村の意向といっても、企画・総務部門の意向と現局の意向とは大分違うと。都市計画決定とか農地転用許可とか開発許可を見たんですが、現局の職員になると権限委譲を求める声が半分ぐらいに減ってしまう。現局では特に余り欲しくないという声が本音では強いという面があるわけでございます。この辺を踏まえて行わないといけないのではなかろうか。
 そこで、次に私案といたしまして書いてございます。考え方として、地方分権というのはいろんな法律の細かいことをずっと書き並べるということじゃなくて、ここに書いてございますが、今現在は細かいところまで隅々まで地方が縛りつけられて、それで地方が国に依存するという意識がもう定着してしまっている。そこで、そうじゃなくて、地方分権というのは地方が自分たちの地域は自分たちで、それで個性的、独創的な町づくりができるように責任を持って自分たちがやるという、そういう方向へ持っていく。
 それから、そういう点から地方の自律、活力を呼び出すためにどうするかということで、金と権限に分けまして、金につきましては将来目標として、ここに書いてございますが、従来から言われております国庫補助金の整理合理化、自主財源の増強。これは毎年のようにもう教科書的に決まり文句で要望として常に出ておるんですが、言葉だけ唱えていたのでは私は実現しないんじゃないか。と申しますのは、国庫補助金は各省に非常に抵抗が強いし、そう簡単に各省が放すということも考えられないし、戦後五十年やってきて全然進まない。
 もう一つは、仮に、じゃそういう形で自主財源を増強するとしても、地方税は非常に偏在しておりますから、地方税をこれ以上ふやすと特に大都市、大府県だけに非常に集中してしまう。そうすると、交付税をふやすという形に、国庫補助金から交付税に振りかえるということになろうかと思うんですが、現在の状況から見てなかなか難しい、だからこれは理想として。
 それで当面、五年間というんじゃなくて当面どうするか。地方の本音の意識も取り入れまして、国庫補助金については当面は残すとして、しかし干渉、関与はできるだけ取りやめて枠配分的なものにしてもらう。それで、手続、膨大な書類、それから何カ月もかかる、これを簡素化、迅速化してもらう。そこに書いてございますが、自治省の特債事業でふるさとづくり事業というのが平成元年ぐらいからできたんですが、これは地方の主体性を尊重して、干渉、関与しないで自由に任せてお金だけ与えて枠配分的に使わせる。ですから、自治省がやって大変好評を得ていますから、各省もこれに倣って補助金をもっと地方の主体性に任せるような形で運用面で改善してもらう。そういうことを考えたら、当面地方が望む形の自由に干渉されないで地方が個性的な町づくりができる。
 今申しました自治省のふるさとづくり事業、もう五年か六年たつわけでございますが、最初一兆円ぐらいだったのが今十四兆円、十四倍にもふえまして、これは起債で後から交付税で措置するというものです。細かい基準で干渉しない、地方がみずから考えて、いいプランができたら国が地債でお金をつけた後交付税で面倒を見ますよという、まさに地方分権型の財政システムができてきて、これが年々広がっていっている。
 そういう意味において、地方分権といったらすぐ権限委譲とかそういうことだけですが、お金の面で既に自由に使える金というのでこういうのがここ数年広がってきている。これを目の前に見ながら、ほかの国庫補助金についても自由に使えるようにもっとしていく。これが当面現実的なことではなかろうか、地方現場からそういうふうに今思って見ておるわけでございます。
 それから三ページ目でございますが、権限委譲については地方が欲しくないというものはほっておくかというと、それは問題ではないか。そこでどう進めるかですね。やはり欲しいという地方の声を結集して各省庁にぶつけるのでないと、これは実現不可能でございます。
 そこで、(1)として、市町村は権限はもう全部要らないというんじゃなくて、なぜ要らないかというと、ここに書いてございますが、「新たな住民対応」と書いてございます。都市計画決定なんかだと、いざもらってもそれは住民の反対やいろいろうるさいのが出てきてとても対応が難しい。やっぱりワンクッションあって県や国に権限があった方が住民を抑えやすい、あるいは権限をもらっても新たな人手や金がかかるのならば要らない、こういうのが要らない理由として挙げられております。
 そこで、権限の中でも、権限をもらってもそんな難しい住民対応が起きない、あるいは人手も金も余り要らない、しかも権限がないために大変苦労しているもの、こういうものであれば市町村の意見が一致して、もらうということになるのではないか。それをこれから現場で拾い集めてみる。
 今、例えば思いづくものとして、農地転用の許可とか農振許可の除外申請とか、こういうものは非常に困っておるわけでございます。こういうものはもらっても非常に人手やお金がかかるというものでもないし、恐らくこれならば、そういうものでこれとこれとこれというのを地方の現場でみんなで寄せ集めて、そして国にぶつけるということをひとつやる必要があるんじゃないか。上で考えるんじゃなくて、地方現場におりてきてみんなの本音でこれとこれということの討議が必要であろう。
 (2)といたしまして、じゃ厄介なものはみんな要らないという敬遠する形のままではまたまずいであろう。そこでこれも市町村の現場でやっぱり町づくりに特に重要なものは大変であっても引き受ける。だから、市町村は地方分権というのを主張しながらみんな逃げ腰というのではこれは分権が実現しないですね。分権を主張するのであれば、委譲によってやっぱり負担もふえる、苦労もふえるけれども、それをみずから引き受けるという気構えが必要だ。そういうことを地方現場で市町村がみんなで意思統一して、それで例えば都市計画とか開発許可とか建築確認とか、こういうものはもらえば大変だろうけれども、しかしこれはもらおうではないか、こういう意思統一をして主張する。この辺を今後もう少し固めて、地方がこれとこれという形のものをしていかないとだめなのではないか。
 制は、権限委譲が一々できなければ、少なくとも、許認可で大変厄介な時間、日にちもかかりますから、簡素化、迅速化してもらう、国庫補助金の簡素化、迅速化と同じように。
 それから(4)として、定数や組織でいろいろ必置規制、細かいことまで全部干渉されている。こういう干渉、関与をやめてもらうということではないかと思うわけであります。
 地方分権を実現させるにはといたしまして、強い政治のリーダーシップ。これは何といたしましても中央省庁の中央官僚機構を抑え込む、既得権を守ろうとするわけですから、これは国会の先生方を中心とします各政党の強い政治のリーダーシップ。しかしそれだけではだめで、やっぱりその受け手である市町村、住民がこれを盛り上げて、そして政治を支える力、これが基本です。それを盛り上げないとだめです。そういう意味において、現在は中央方面だけで何か盛り上がっていますが、これじゃ今後進まないんじゃないか。そういう意味で、これからは市町村の現場あるいは国民、住民の方に目を向けて一大国民運動を。
 それでは国民運動としてどうするか。そのためには地方現場で、今、中央から抑えられているためにどういう不合理があるのか。もし分権されれば町づくりやあるいは住民の生活にどういうプラスが出るのか。どういうメリットが出て自分たちの生活はどういうふうによくなるのか。地域はどういうふうによくなるのか。そういう目に見える形でみんながわかるように議論して、それで国民、住民も巻き込んだ形でその力を結集して中央各省庁にぶつける。それで強い政治のリーダーシップでそれを推進していただく。こういう形ができないと、地方分権、地方分権と言ってもかけ声だけで何か終わってしまうんではなかろうか。つまり、今度の法律で分権推進委員会、これは土俵だ、土俵の上に持ち上げるものを地方からつくっていくということが特に必要じゃないかと思うわけでございます。
 最後に、分権の受け皿といたしまして、市町村の能力、人材ということを言われたりもしておりますが、この十数年、市町村が非常に力をつけてきておりまして、かつての末端から今やかなり先端、自分たちでみずから考えるというふるさと創生等を経ましてかなり変わってきておりますし、大学を出た職員もこの十年、二十年入るようになってきていまして、さま変わりに変わってきている。全部の市町村はまだまだかと思いますが、そういう意味でそういう方向で今伸びてきておりますから、これを伸ばす、支える、とにかくやや心配でもやらせてみるということが必要なんじゃないかと思うわけでございます。
 あとちょっといろいろございますが、時間二十分だということでございますので、一応これで終わりにさせていただきたいと思います。
#5
○委員長(小林正君) ありがとうございました。
 次に、孕石参考人にお願いいたします。孕石参考人。
#6
○参考人(孕石善朗君) 御紹介いただきました金谷町長の孕石善朗と申します。
 私は、実務を担当させていただいている立場から、具体的なことに少し踏み込んで意見を述べさせていただきたいと思っております。
 最初に、基本的に、行革審にも私出させていただいたことがあるわけですが、そのときに道州制あるいは自治体の単位を人口四十万とか三十万の単位で全国三百というような形にというお話も承
 ったことがございます。
 そういう中で、具体的に私は実行に移していくためには、段階を経た方がいいんではないか。すなわち、まず県の段階におきましては道州にかわるものといたしまして県の規模を例えば百万の単位くらいにして、それを下回る県につきましては統合をしていったらどうか。これは市町村の合併問題と基本的には同じような考え方でございます。
 そしてまた、私は一つの効率のいい単位を求めて自治体は構成をしていったらどうだろうか。特に福祉の観点からいたしますと、私の経験上大体二万五千が一つの単位で構成されるのが、給食サービスであるとか在宅のホームヘルパーであるとか、そういったものを考えたときには一つの単位としては二万五千がいいんではないか。そして、特別養護老人ホームの施設を考えた場合には、その倍の五万の単位に一つくらいの割合が一番経済効率とか考えた場合にいいのではないか、そんなふうに思っております。
 そしてまた、総合病院あるいは医療が保健医療・福祉の私はかなめになるべきだという持論を持っておりますが、その単位は大体十万ないし十五万の町の人口単位として施設があればその地域住民の保健医療・福祉のトータルサービスが実現していくんではないか、そんなふうに私は考えております。
 そしてその中で、特に分権を具体的に私どもが実施している事業の中で考えていきますと、財源の問題と人の問題といろいろございますが、現在特別養護老人ホームを私どもで建設しております。これは社会福祉法人が建設しているわけですが、ここで財源問題で過去の例から、あるいは私どもが取り組んでいる例からお話をさせていただきますと、大体およそ十億円程度のお金がかかるわけでございますが、その中でクライアント、すなわち入所者の立場でこの特別養護老人ホームの施設内容をどう考えていくか。その場合に、エアコンであるとか部屋の広さの問題とか、あるいはトイレの広さの問題とか、そういったものをクライアントの立場でこれを設計しやっていきますと、どうしても国の国庫補助の補助単価基準をオーバーしてしまう。そうなってきますと、補助残の残ったものをだれが負担するか。その中で、今までは大手の企業さんとか篤志家の方々の寄附に一番頼っていたわけです。私はやはりこれは将来の保健医療・福祉をトータルで、ゴールドプランを実際に地についた形で実現するには、やはり国や地方自治体がしっかりと財源的にも支えていくべきだ。篤志寄附に頼るべきではないということで、私どもは補助残につきまして四町の自治体の首長さんと相談をいたしまして、お互いに補助残について負担割合を決めまして、そういう中で今度負担をさせていただきました。
 そんなようなことをやっていきますと、ところがこの補助残に対する起債というものが対象にならないわけです。したがって、地方の財源といたしましても大変なお金が、一般財源を使わなきゃならない。そうなってまいりますと他の公共事業がやれませんので、そういうことを県へ訴えかけましたところ、県で何とか特例的に条例をつくってくださいまして、県債をお借りするという形になったわけでございます。
 そんなようなことで、やはりこれからは財源の伴った福祉等の権限、設置の基準であるとか、そういったものもやはり地方の実情に合った形で措置をしていただける、そしてこれが今回委員会の中で私がぜひ訴えたいことでございます。
 そしてまた、特に土地利用の問題でございますが、土地利用を進めていくときに、金谷町では千二百ヘクタールの面積が農地であるわけでございますが、ほとんどが茶畑でございます。お茶をなりわいとした町でございまして、水田ももちろん二百五十ヘクタールほどございますが、しかし金谷町の農業粗生産高の八四%が茶業でございますから、金谷町の農業を考えたときには、やはり将来にわたって茶業がどういうふうに後継者の問題を含めてやっていけるか、この農業政策が金谷町は大変重要であります。
 そして、この土地利用はどうしても農地を宅地化していかなきゃいけないというような問題もございますので、水田等につきましては、私どものような町村の場合にはやはり土地利用の農地に対する規制、農振法等の問題につきましても土地利用のある程度の権限を市町村の段階にぜひ移管していただきたい、そんなふうに私は考えております。
 そしてまた、農業問題にも関係がございますが、用水の水利権というのがございます。工業用水あるいは農業用水、いろいろな用途の水利権があるわけでございますが、特に例えば昨年のような渇水期のときにどういう問題があったかといいますと、春先に、同じ農業用水でも、畑総に使う農業用水の水利権と水田に使う農業用水の水利権と、これが権限が違って、許可が違っております。
 私どものお茶の場合には四月の一番茶が生命でございます。これをとるときに一番怖いのが霜でございまして、それを防ぐためにスプリンクラーの設置を今一生懸命やっているわけでございますが、そのスプリンクラーを回すための用水は畑総の用水なんです。ところが、これが雨が降らなくて大井川の水がなくて表流水が、そちらの水利権がもうとても底をついて水がないということになりまして、ファームポンドの水がほとんどかれてしまったわけです。そうしますと、これは非常に農家サイドでは困りますので、まだそのころには水田の水は必要がございませんから、その水利権を畑総の水に回してもらいたい、こういうふうに思ってもそれができないわけです。
 ですから、そういう同じ用水の水利権の中でも、その地方地方で水の使われ方、あるいは季節によっての流用の仕方、そういったものが随分違うと思いますので、そういったような問題、きめ細かなそういう水利権等について、ぜひひとつその辺を御調査いただきまして考えていただけたらと思います。
 そしてまた、農業用水の中でだんだん水田が少しずつ減少をしていくわけでございますが、そうなってきますと、水利権がだんだん減少し、水利権を返せというような形になるわけですが、これからは町づくり用水というような水利権を総合的に地方の自治体に与えていただいて、そういう中から、例えば区画整理をした住宅団地ゾーンの中に公園をつくります。そのときにビオトープの公園をつくりたいと思いましても、水がそこに小川として流れていなければビオトープ公園なんかもつくりたくてもつくれないわけです。ですから、水車があって、昔のドジョウやフナやそういったものが生息できるような内容を持ったビオトープ公園をいろいろな住宅地の中の公園としてやっていきたい、そういったことを考えていくときに、やはり今の水利権が工業用水とか農業用水だけでなくて、町づくり用水というような形で、ある一方では町にそういう権利を認めていただく、こういったことができないだろうかなと、そんなふうに考えているところであります。
 そして、今私どもではお茶を振興しようということで、「お茶の郷」を牧ノ原台地に建設を考えております。そういう中で、世界の文化をここで、お茶の文化を発信しようということで、イギリスやロシアやインドネシアとか、いろんな産地国あるいは消費地国のお茶文化を世界に紹介しよう、こういう形で今その事業に取り組んでいるわけです。幸い現在、石川県知事さんになりましてから、世界に輝く静岡づくり事業という事業に採択をしていただきまして、十億円というお金をいただけることになりました。そういう中で、私どもは地域に合ったそういう文化を世界に情報発信して、そして将来のお茶産業の発展といいますか、そういったものを図っていきたい、こんなふうに考えております。
 しかし、公共施設をつくるときに、これから財源に限りがございますので、私は文化や歴史を伝承するということももちろん大事でございますからそういう施設をつくっていくわけでございますが、このランニングコストをできるだけ一般財源から少なくするよう、あるいは使わなくても済むようにするにはどうするかというと、経営的な、民間的な発想を持って、そこの運営の中から収益を生み出して、その中に再投資ができるような収益事業を少し組み合わせしてやっていくということが必要ではないかと思っております。
 ところが、それを考えますと、地方債とか起債の対象にならないということになってしまうわけでございます。そうなってくると、非常に文化性の高いものは維持管理に、収益がございませんから一般財源をずっと長い間つぎ込まなければならないということになってしまうわけであります。したがって、そういうようなことを考えて、財源問題についてはやはりそういう経営的な感覚も一つは入れていただけたらいいんではないか、そんなふうに思っております。
 最後に、人材の問題でございますが、地方にも、先ほど先生の方からもお話しございましたように、人材も大分育ってきてはおりますが、私はその中で県が、先ほど言ったような形で一つの単位として地方自治の小さな自治体の人材力を補うクッションの役割をしていったらどうか。例えば、保健婦が一人しか配置できない財政力の町では、県から保健婦を一人配置をしていただきまして、そういう中から研修に保健婦さんが行くこともあるでしょう。そういった補いを、クッションの役割を一つの県の単位でやっていただいたらどうか。そして、そのことが積み重なっていくと国の単位で県に人材の補いをしていくということが必要じゃないか。
 そういうことを考えていくと、国の出先機関を廃止していただいて、そういったものを一つの県の単位に統合して、そして県の方では市町村の自治体が自主的にいろいろな人材面でもあるいは財政面でもやれる仕組みができ上がっていくのではないか、そんなふうに思います。
 ちょっと取りとめのない話になりましたが、以上で私の提案とさせていただきます。
#7
○委員長(小林正君) ありがとうございました。
 次に、新藤参考人にお願いいたします。新藤参考人。
#8
○参考人(新藤宗幸君) 御紹介いただきました立教大学の新藤でございます。
 私は、少し立場を明らかにしておきたいと思うんですけれども、いわゆる政治改革推進協議会、私どもは民間政治臨調と言っておりますけれども、その地方分権推進委員会の主査をしております。そして、既に十二日の朝刊でかなり大きく報道をしていただいておりますけれども、分権推進のための法律案、私どもは地方分権基本法と申し上げておりますが、それの対案を示させていただきました。
 報道によれば、二月の二十四日ないし二十八日に内閣は地方分権推進に関する法律案を閣議決定し、今国会に上程すると聞いております。後ほど申し上げますけれども、今姿をあらわしております内閣の法案につきましては、私の立場からすれば甚だ不満が残る法案ではないか、そう思っております。
 地方分権の必要性ということに関しましては、これは今さらここで私が申し上げるまでもないことでありますし、また何もつい最近の政治の課題であるとも必ずしも考えません。しかし、ここ三年あるいは四年ほどの間、地方分権が非常に大きな政治の課題になってきた基本的理由というのは、皆様方いろいろ御苦労をされた選挙制度改革等を含めた政治改革の一環として地方分権の推進ということが上がってきたんであろう、そのように思います。
 何よりも、私個人も驚きましたけれども、いわゆる元自民党副総裁の巨額脱税事件、あのような問題が起きてくるということ、このことは日本の集権体制が、経済成長には非常に役立ったけれども、しかし先進国をキャッチアップした今日なお残存していることからもたらされているのではないだろうか。
 そして同時に、非常に高度に集権化された体制ということは、これは皆様方が内外のさまざまな論調をお読みになり御存じのことと思いますけれども、非常に日本の政治と行政を内向きのものにしている。国際社会に対してどのように対応するかという具体策についてはいろんな考えがあろうかと思いますが、しかし基本的に中央政府は国際社会に対応できるような、そのような機能の順化を今求められているのではないだろうか。そのことを国会の皆様方あるいは普通の市民まで含めて、やはりここ二十世紀の末になって気がついてきたことではないか。そういう観点から、分権の推進ということがなおさら大きな声になっているんであろう、そう思います。
 既にお二人からお話もございましたけれども、この分権推進に当たって最も基本的な焦点は何かと申し上げれば、私はやはり一つは機関委任事務であり、もう一つは補助金問題をいかに解決するかというこの二点にかなりの程度焦点が絞られるんではないかと思っております。
 とりわけ今回の阪神大震災も教えておりますように、少なくとも土地利用あるいは都市計画、あるいはそれに基づいた建築の計画等々の話を考えていった場合に、市民が町をつくるということは、いろんな観点から言われますが、市民あるいはその団体としての地方自治体が町づくりに権限を持っていない。県庁にしてもあるいは市役所にしても、それは通達行政のもとに分断されているというこの事実。そこから、阪神大震災も教えるような、地震に強い都市ということを言いつつも、都市の公共性を配慮したオープンスペースが全く確保されていない、その結果多大な犠牲者を出さざるを得ない、このような問題も具体的に私たちの前に今見えてきたんだろう、そう思うわけです。
 機関委任事務に関しましては、何も土地利用計画の問題のみではございません。しかし、その機関委任事務という方式が自治体の総合性を阻害しているという点、この点については大方多くの認識は共通しているであろう。この改革こそまず分権問題を考えるときの第一点ではないかと思います。
 それから第二点目は、やはりこの機関委任事務と表裏の関係に立っているわけですけれども、いわゆる補助金等の問題であります。この補助金が非常に細かなプログラムに細分化されており、個々に補助要綱に縛られて運営されている。さらには、補助金適正化法なるものに包括的に縛られている。
 皆様方どれほど御存じか存じ上げませんが、あるボランティア団体が今回の阪神大震災で被害を受けた自治体に食材を持って、避難している方々に給食のサービスをしようと出かけました。そして、小学校の調理場を炊事のために貸していただきたい、このように市の教育委員会に申し上げた。幸いその小学校の調理場はガスも電気も水道もすべて通常のとおりに使えました。それに対しまして教育長は何と答えたかと申し上げれば、これは目的外使用になるからあなた方に貸すわけにはいかないと。そのボランティア団体は、仕方なく校庭にかまどをつくって炊事のボランティア活動をし、避難民に温かい食事を提供しております。もし学校給食の調理場が目的外使用というならば、避難民を校舎の中に受け入れていることは一体何なのだという話にもなってまいりますけれども、いずれにしましても小中学校義務教育施設費国庫負担法並びに補助金適正化法によってそのような思考が蔓延してしまっている。そして個々の施設がばらばらに使われている。
 高齢化社会というようなことがいろいろ言われるわけだけれども、新たな施設を土地買収をして建てなくとも、施設のスクラップ・アンド・ビルドでもって我々は効率的にその財を使っていくということが可能なはずですが、そのことを現在の補助金体制は阻害しているということだと思うんです。行政改革によって財源をいかに浮かせるかということは当然重要な話でありますが、仮に補助金改革をするならば、私はかなりのむだな経費を削減することができるはずである、そう思っております。
 そうした意味からも、この二点をいかに進めていくかということが非常に大きな政治の課題になろうかと存じます。確かに、内閣が分権の推進ということを公式に決定をした、昨年十二月二十五日に大綱方針を決定しております。これは日本の近代内閣制度の中で初めてのことでありまして、この意義を私も高く評価いたします。あるいは分権推進のための法律というものを議会に提出するということも、日本の近代政治史にとって初めてのことでありまして、これも高く評価しておきたいと思います。
 しかし、現在あらわれております内閣の地方分権の推進に関する法律案なるものを報道の中から知る限りで申し上げるならば、機関委任事務制度の廃止という点につきましては全く触れておりません。整理合理化に努めるということであります。あるいは個別の補助金制度を全廃するという点に関しましても非常に弱いものになっております。
 しかも、今回の法案の中で非常に不満に思えることは、この分権推進法案なるものが五年間の時限立法であるというふうに初めから限定をしております。そして、施行は公布の日から政令で定める四カ月以内ということですから、実は分権推進計画に何を盛り込むのかということも法律案は書いておりませんけれども、しかしそれから分権推進計画をつくるとかなりの時間がかかるでしょう。何かの分権推進を行っていくにしても、根拠法は五年で消えてしまうことになります。一体これは、本当に分権をやるつもりのある法律案なのか。
 さらにはまた、国の責務としてさまざまな基準の設定というところまでは私は理解をいたします。しかし、全国的な視点から国が取り組むべき事業の実施という項目をわざわざうたっております。ということは、まさに道路とか河川であるとか港湾であるとかという、この手の常に問題になってまいりました国家的観点あるいは全国的観点からの大規模公共事業という、これはこの分権推進法によってもなお存続をするという、そういうことになりかねないと考えるわけであります。
 私どもが二月十二日に報道によって明らかにしました対案は、後ほどまた御質問があれば細かくお答えいたしますけれども、機関委任事務を全廃すること、そして補助金を全廃すること、それから分権基本法には時限を設けない、しかし分権推進計画をまず五年の計画として策定をすること、そして分権推進委員会については、その勧告権を内閣に持たす、と同時に分権のために必要な法律の審査権も持たせるという、そうしたことを骨子にしているわけです。
 私どもが皆様方にお願いをしたい点は、何よりも分権基本法あるいは推進法というものを時限立法とするのではなくて、分権推進計画を五年あるいは三年でもよろしい、ともかくそこをはっきりさせることと、それから機関委任事務の全廃ということに焦点を置いていただきたい、そのように思っておりますし、そこを不明確にした分権推進ということは実は羊頭狗肉にもなりかねない、そのように私は考えております。
 以上、簡単でございますけれども、これで終わらせていただきます。
#9
○委員長(小林正君) ありがとうございました。
 以上で参考人からの意見の聴取は終わりました。
 これより、参考人に対する質疑に入ります。
 先ほど申し上げましたように、本日は自由質疑形式で質疑応答を行っていただきたいと思います。皆さんそれぞれ所属会派名と氏名、どの参考人に対して御質問があるのかをおっしゃっていただきます。着席のままで結構ですから、挙手をしていただきますと私から指名をさせていただきたいと思います。
 なお、質疑時間はお一人五分以内とさせていただきます。
 それでは、質疑のある方は順次挙手をお願いいたします。
#10
○沓掛哲男君 最初に、坂田先生に御質問したいんですが、市町村を中心にしてやっていくということ、まさにそのとおりだと思います。しかし、市町村を中心にやっていく上において、私はこれからの分権において自己責任ということがやはり一番基本ではないか。まず自分でやる、そういうことが一番基本じゃないか。それに対して市町村が余り声を上げないというのは現在の市町村が自分の力というものを、先ほど来人材が随分育ちつつあると言うけれども、三千二百の市町村を見てみるとまだまだそういう状態でもなく、多くの市町村としてはいわゆる自分の力がわかっている。それは、人またはいわゆるいろいろなお金の問題、自主財源、そういうようなものがあるのではないかなというふうに思うんですが、特にこれから進めていく上において、基本的にはまず自己責任、自分がまずやっていくという、そういうことが大切ではないかと思います。私は市町村を中心にやっていくということは一番賛成なんですが、それを進める上において基本的な今のようなことが必要ではないかというふうに思います。
 それから、それに関連して、市町村にいろんな権限やそういうものが集中すると一部の権力者の意向に非常に左右されないかということを危惧いたします。私も長年行政に携わってきた者ですが、市町村に行けば必ずボス的存在というのがいて、市町村長が選挙で選ばれるということにも起因するんですけれども、一部のそういうボス的な人たちによって非常に左右されやすい。それを防ぐ唯一のものが、やっぱり県がこう言っておる、国がこうですからと言うことが、自分がある程度市町村民のためと思うそれを進める上においてつの頼りにしているようなところがあるんですが、そういうものについてのお考えをお尋ねしたいというふうに思います。
 それから、金谷町長さんにお尋ねしたいんですが、いわゆる福祉的な面で市町村が果たす役割は大変大きいし、これから福祉国家をつくっていく、高齢化社会において市町村が果たす役割は私も大変大きいし重要だと思います。
 そこで、今、町長さんおっしゃったのは、余り小さくてはだめで、ある程度そういうものをまとめていかなければだめだというお話でございましたし、これはもっともな話だというふうに思います。
 現状としては、広域行政を通じていろんなことをやっていかれるんでしょうが、ただ現実の実態を見ると、まだ人口が九百人ぐらいの村というのも、千人を切っている、そういう市町村が幾つもあるわけです。そういう人たちに、なぜもっとあなた方は、かつて昭和二十八年町村合併促進法案等ができたとき、そのときやらなかったのか、その後もやらないのかと言うと、小さい方がトータル的に得なんですという返事が返ってくるんです。日本人というのはどうしても弱い者に対して味方しやすいというようなこともあるので、仮に千人の村区がほかのところにくっつくと私らのところは潤わない、しかし千人を切っても村という一つのものをちゃんと維持しているとそれなりにうまみがどんどんあるんですというようなことを言うんです。その辺についてどういうふうに合併を促進していくか、もう少し何かそういう小さいものが不利になるようにした方がいいんじゃないかなというふうに思いますけれども、私ら票を得ている人間としてはそんなことは禁句ですから言わないんですけれども、そういう点について御意見をいただきたいというふうに思います。
 それから、今、水利権のお話がございました。私も水利権者として随分いろいろなことをやってきた人間の一人ですけれども、この水利権というのは慣行水利権を初め非常に長い間の権利がふくそうしているし、もう一つ大きな問題は、河川というのはずっと長くて幾つかの県にまたがる、そういうようなものがもうあるわけですから、それを広域的に調整していくというのはこれは非常に難しい。特に、今一言で言えば、既得権の調整というのはほかの何にも増しても難しいような気がいたします。
 しかし一方、例えば水田というような大変大きい水利権を持っているんですが、実態は本当に余り使っていないところが非常に多いんですよ。まさに今、町長さんのおっしゃったように、そういうものを転換して新しい時代にやはり対応していくことが非常に重要だと思いますが、なかなか水田等でもって余り使わなくなった人たちが断固として放さないというそういう点もあるので、そういうものをどういうふうに印とがそれぞれの方から解きほぐしていくか、そういう具体的なものを提示していただかないとなかなか水利権者もやり一にくい。確かに、水利権は期間がありますから、その期間が来たときがチャンスだというふうに私らも思っておりましたが、なかなか実行できなかった者としてこういうものを具体的にどうするのか、問題はよくわかるんだけれども、じゃ水利権者に具体的にこうしたらという、そういう何か先生の提案をぜひいただきたいというふうに思います。
 それから、新藤先生にお尋ねしたいんですが、今、機関委任事務と補助金というのが一つのポイントだとおっしゃったんですが、そうすると、私はもう一回原点に返って先生にお尋ねしたいんですが、例えば、ドイツなんかもそれぞれの州で分かれていますけれども、そこではほとんど自分の財源で行政をやっているわけです。したがって、収入の自主財源が、税がたくさん入るところに比べていろんな面で差がある。差があっても、それは自分のところは静かで静穏で空気もいいからというふうにそれぞれ割り切っているんですね。
 ところが日本人というのは、明治以来、行政の大部分はナショナルミニマムを達成するということを中心にしてやってきたわけですから、どこへ行っても、税収の上がらないところでも東京のようなところでもちゃんと地方交付税等を通じてバランスよくやってきた。しかし、本当の意味のいわゆる地方分権と言うのなら、いわゆる危機管理とかそういう基本的な問題は国に残すにしても、大部分のものは地方の方へ行き、そのかわり地方は自分の地域で得た財源を主として行政を行っていく。したがって、隣の県と隣の県、あるいは隣の町と隣の町ではいろんな面で差があってもそれはちゃんと割り切ってやっていく。そういうことがなかなか日本人として難しいような気もするんですが、そのことについて先生の御意見もお伺いしたいと思います。
#11
○参考人(坂田期雄君) 今お話がございました市町村の人材、自己責任の点でございます。
 確かに今お話をいただいたとおりかと思うわけでございますが、最近の市町村の様子を見ておりますと、町づくりの知恵、アイデアの面ではこれは市町村は県に負けない、国に負けないというか、そういう力を非常に出してきたのじゃないかと思うわけでもあります。
 それから、市町村というのは県の職員と比べた場合に一人で二役、三役もやる、オールラウンド、百八十度といいますか、そういう幅の広さといいますか、あるいは住民への対応力とか、その辺は府県とか国の職員の縦割りに対して市町村職員の方がむしろすぐれているというか、そういう面があろうかと思います。
 ただ、それじゃ市町村の職員の心配な点は、やはり今お話がございましたように、一つは長年もう上からおりてくるのになれてしまって自分で問題を解決してやるということになれていないというか意識がない、市町村からの声がない、そういう意識の問題。それから、特に政策を形成していくという能力、あるいはこれから権限なんかをもらった場合に非常に専門的、高度な仕事をこなす知識、能力、そういう点では非常に劣っている、不安だ、心配だという点があるかと思うわけであります。
 それですから、経過的にはさっきもお話があったようでございますが、県の方が、例えば最近も行われていますが、建築確認をおろすに当たっては、その前一年間ぐらいは県の方へ市の職員が来て研修してすっかり身につけてから帰っておろすとか、あるいは一年間ぐらいは県の職員が派遣で行ってする。そういう県が補強するあるいはバックアップするというような体制、システムも当然必要じゃないかとも思うわけでもあります。しかし、そういった小さい市町村とある程度の規模、能力のある市町村とで差をつけていくということも当然必要かと思うわけでもあります。
 ただ、心配だということを言っていますと、かつて東京二十三区で昭和四十九年、五十年改正のときに区に権限をおろしまして、保険証を区におろしたんですが、そのときにとてもできないんじゃないかという心配の声もあったんですが、おろしてやってみると結構十分できる。そういう意味で、やらせてみればかなりできる、心配ないという点もあろうかと思いますが、経過的にはいろんな手を打ちながらやっていくことが必要かと思います。
 もう一つの御質問は、市町村におろしたら一部の権力者に左右される、そういう危険性が非常に大きいんじゃなかろうか。これも確かに御指摘のとおりかと思うわけでもございます。しかし、それでは市町村ならば権力者に動かされて、県なら大丈夫か、国なら大丈夫かといいますと、いろんな汚職の問題は県とか国の段階、ほかの段階でも出ておるわけでして、市町村だから特に危ないとは言えない。本来のあり方からいえば、市町村におろすと同時に地方議会が横からしっかり監視する、地方議会がしっかりそういう能力を高めてもらう、それからもう少し住民への公開性、住民から見えるような形にさらにしていってそういうシステムを、これが本当の地方自治ですが、それをつくっていく。
 そういう意味でまさに心配な点はあろうかと思うわけですが、上から監視監督するのではなくて、地方自治、地方分権は横からあるいは住民から監視するという制度へ何とかして持っていく努力といいますか、必要なんじゃないかなという気はするわけでございます。
 以上です。
#12
○参考人(孕石善朗君) 私も、今、町の責任者として権力の立場にある部分ではあるわけでございますが、その中で私は町づくりの基本的な理念を町民にわかりやすく何回もいろんな会合を開きまして説明させていただいております。
 その中で、町民主導行政支援型の町づくりがこれからのスタイルとしていいんではないかということで、それを具現化するために、お手元にお配りさせていただきました「地方分権を語る」という昨年の三月号でございますが、その冊子をお配りさせてもらったんですけれども、そういう中で住民の人たちが行政の運営やいろいろな提案あるいは監視、そういったものが自由にできるようなそういう組織づくりを一つは考えてみたらどうかなと、これが私の提案でございまして、それをずっと実践しておりまして、私どもとしては今かなりの成果が上がっているところであります。
 そういう中で、お尋ねの人口が少ない町が比較的合併をしたがらないというような傾向、これは先ほど言ったように一度権力の立場にありますとなるべくそれを放したがらないということも当然ございますので、そういった弊害ももちろんあるわけです。そこで私は、やはり広域行政等で取り組んでいくときに、住民の方々にも参画をしていただいて、今どういうことが必要なのか。例えば消防あるいは救急業務、医療の問題、そういったことを考えたときに小さな自治体ではどうしても限界があります。そして、同じ千円の税金を払う立場にある人たちでも、公共施設のありなし、あるいはサービスレベルの状態によって随分生活力といいますか、生活の基盤が弱くなる。こういったことをいろんな形で広域的な取り組みの中でその地域の住民にわかりやすくいろいろ説明して問いかけをしていく、そういうところに住民の側からやはりこれは広域的に取り組むべきだというような土壌が出てくるんではないかと思います。
 そんなようなことで合併問題は大変難しい問題がございますが、合併の前に先ほど言いました広域的な取り組みを、先ほど提案させていただきました二・五万くらいを福祉の場合の最小単位として広域的に取り組んでいったらどうか。そういったことの実績を積み重ねていくと、そこからおのずと合併というような問題に発展してくるんではないかな、そんなふうに思います。
 私どもも今二万二千の人口でございますが、この自治体でそのままでいいかというと非常に私はいろんな面で疑問を持っておりまして、事あるごとに、今、金谷町にない総合病院の問題であるとか、町民の方々にいろんな問題提起をして、そして将来の保険医療・福祉のトータル的なシステムのあり方というのはこういう考え方に基づいてこのくらいがいいんだ、こういう提案をしておりまして、そういうことをだんだんやっていきますと、住民の側からぼちぼち合併という問題を議論してもらいたいとかあるいはしたらどうか、こういう提案が最近ぼつぼつ出始めてきております。
 ですから、そういったことをやはり積極的にいろんな機会を通して情報を住民の方々に与えることが必要なんじゃないかな、そんなふうに思っております。
 それから水利権の問題でございますが、確かに土地改良区の要するに水田用の水利権を一たんいただいたものはできるだけ死守したい、これは人情で、当然ずっとその問題はあるわけでございます。そこで、水利権を総合的な自治体ごとに与えてもらって総合水利権のような形にして、その中に農地用あるいは今いろいろな畑総用とか、その地域地域、町内に合ったような形でそれらを総合的な水利権の範疇で流用を認めていただける。こういうふうな形になれば、その町の農業者、水田業者にいたしましても、もう必要のないものを余分にあってもしょうがないですから、したがって火災があったときに防災用の水利としても畑総の水あるいは水田の水を使うということも可能になってきますので、そういう形でこれもやっぱり水利権者の方々にそういうトータル的な説明をして、必要な水が必要なときにあるような形で町が運用をしっかり図っていくというようなことが必要なんじゃないかなと私は思っております。
 したがって、そういう能力を町も持たなければいけないと思いますので、人口も、合併問題あるいは水利権の問題は大変具体的には難しい問題がございますが、やはりそれを町民の皆さんあるいは利用者の皆さんが本当に困らないことが前提になれば恐らく水利権に固執をするということはだんだんなくなってくるのではないかと思いますので、運用の段階でそんなふうに私は考えております。
#13
○参考人(新藤宗幸君) 今、先生おっしゃいましたように、なるほどナショナルミニマムの実現ということを目的にしていろんなサービス水準あるいは社会的資本の向上が図られてきたのだということは事実です。
 まさにナショナルミニマム、それを実現するために、言うならば日本の近代化過程というのはまさに集権体制のもとにそれの実現を図ってきた。しかし、今日、例えば最もはっきりしてきたのは福祉なのではないかと思うんですけれども、かつてのように選別的な福祉、ある生活水準以下の人をいわゆる措置という形で国家的に認定をし、そこへ金品を寄附するという、こういうようなナショナルミニマムの集権的な実現の仕方では今日の高齢化社会の中での問題というのは対応できないだろう。それゆえに、この国会におきましても福祉八法の大改正が図られていったのであるというふうに私は理解しております。
 したがいまして、かつてのようにすべてあれもないこれもないという時代から、幸いに今、一定水準が達成されてきた。社会的な状況も非常に大きく変わった。それゆえに今我々が問うことは、まさに分権的な構造の中で町をつくっていくことであろうと思います。
 したがいまして、私は、今日現代社会における町づくりの基本というのは、等しからずを憂うのではなくて、等しからずを憂えずという観点に立たない限り、それぞれユニークな町というのはつくれないだろう。なるほどしかし他方におきまして、では完全にお金の問題を割り切ってしまってよろしいのかという観点に立ては、私は必ずしもそう考えません。
 しかし、問題なことは、財政調整のシステムを残すにしても、現在のような例えば地方交付税の基準財政需要額の算定の仕方というのは非常に事細かな算定の仕方をとっております。あのような算定の仕方をして、なお中央から網をかぶせることが本当に正しいのであろうか。あるいはナショナルミニマムの実現という大義名分のもとに三千件からの補助金をつくり、それの一つ一つでもってひもをかけていくようなやり方が正しいのかといえばそうではないだろう。したがいまして、財政調整の仕組みは必要ですが、その配分方式は極めて簡素化するべきだろうし、それから税源の再配分を行っていくという観点に立つべきなのではないか。
 今日、中央政府と地方自治体の税の最終消費だけで言えば地方が六五%、中央が三五%を最終消費しておりますけれども、税収割合からいえばまさに逆転しているわけですね、国税が六五%、地方税が三五%というシェアになっているわけでありまして、その配分を逆転して、なお簡素化された財政調整という形で地方自治体の財政上の一定の条件を図り、その上ではまさに各自治体が競い合うことが必要なのではないか、そのように考えております。
#14
○山口哲夫君 社会党の山口です。
 まず、坂田参考人に質問いたしますけれども、三ページに「機関委任事務だけ改正してもあまり意味はない、実益はない」、こういうふうに書かれておりますけれども、むしろ地方自治体にとって自主性を阻害しているのは機関委任事務でないだ
 ろうか、私はそう思うんです。ですから、一番まずやらなければならないことは機関委任事務を全廃させることだ。
 しかし、残念ながら今度の大綱の中にはそれが書かれていないし、法案の骨子が出ておりますけれどもそれにも書かれていない。これでは一番肝心の問題が解決されないので、むしろ法案に機関委任事務は全廃するべきであるというそういう文言を書くべきではないか、こう思いますけれども、いかがでしょうか。
 それから、孕石参考人にお尋ねいたしますけれども、水利権を市町村長へやはり任せるべきだというように私は思うんですけれども、一体何が一番ネックになっているんでしょうか。その点、お考えがあったらお聞かせいただきたいと思います。私は、そういうものを市町村の権限に移譲するためにもまず今回の地方分権をぜひひとつ実現させていかなければならない、こういうふうにも考えておるところです。
 最後に、新藤参考人にお尋ねいたしますけれども、機関委任事務と補助金制度を全廃させるべきであるという御意見については賛成であります。
 ただその場合、今度の大綱の中に国の役割、自治体の役割が書かれておりますけれども、国の役割分担は三項目に抽象的に書いてありますね。地方六団体は十六項目きちっと列挙しております。それから地方制度調査会、これは三項目で、その一つ一つに例えばという具体例が出ております。
 問題になるのは、「国内の民間活動や地方自治に関して全国的に統一されていることが望ましい基本ルールの制定」、これが二つ目の項目で出ているわけです。しかし、地方制度調査会はその後に括弧書きとして、生活保護基準であるとか労働基準であるとか、そういうことが書かれております。ですから、そういう具体例を見ますと、なるほどそういうものだけは国がやるべきであって、あとはすべて自治体に任せる、こういうことでよくわかるんです。
 しかし、こういう抽象的な書き方で具体例も何も書かないで法律をつくられますと、例えば建設省に言わせますと、私の推測ですけれども、道路をつくるにも例えば鳥取県と島根県と違った道路の幅だったらこれは困るじゃないかとか、あるいは道路をつくるのにこっちの県は歩道は必ずつけているんだけれどもこっちは歩道がなかったとか、いろいろ基準が違うと道路行政一つとってもこれは困るだろう。したがって、この二項目の解釈からいけばそういうものもやはり一つの基準として国がやっぱりやるべきなんだ。こんな理屈をつければ、学校の建設であろうが港湾の建設であろうがみんなこの項目の中に含めることができるわけですね。
 そういうことから申しますと、国の役割分担を法律で書くときにもう少しやはり何か具体的な例示、これは法の技術的な面では無理だと言う方もいるし、いやできないことはないと言う方もいらつしゃるし、何らかの形でだれでもがああこういうものだけは国がやるべきで、あとは全部自治体がやるんだなということがわかるような書き方をしていく必要があるのでないかなというように私は思います。そういう点について教えていただきたいと思います。
 それからもう一つ、今度の分権ではまず国の権限を県に移譲しようと、二層制をとっているわけですね。しかし市町村に言わせますと、県に国の権限が移譲されただけであって、結局は今まで国の許可を得るのが今度は県の許可を得なければならない、同じようなことじゃないかという意見もあるわけです。したがって、最終的には市町村に権限を移譲するということがやはり一番大事ではないだろうか。しかし、今いきなり市町村に持っていくといってもなかなか大変なことですから、私は二層制で当面はいいと思うんですけれども、県に移譲しておいてあとはそれぞれの自治体で県と市町村に任せたらどうだろうか、そういうことを明確に法文化していく必要があるのでないだろうか。
 例えば、大分県の知事は四月一日からもう県の持っている権限を市町村に相当数移譲するという方針を何か発表しておりました。ですから、それぞれの県でやろうと思えばできることがあるわけですから、国の権限を二層制で移譲することはいいにしても、あとは全部それぞれの県と市町村に任せるようなことを法の中に書くことができないものだろうか、そういう必要があるのでないだろうかと思いますけれども、いかがでしょうか。
 以上です。
#15
○参考人(坂田期雄君) ただいま山口委員の方から機関委任事務について御質問があったわけでございます。
 私は、地方の現場の上に立って機関委任事務を考える必要があるんじゃないか、そういう面から見ておるわけでございます。御案内のように、私も機関委任事務は非常に問題があるとは思っておるわけですが、機関委任事務の中には当然国の事務と考えられる衆議院や参議院の選挙の事務とかあるいはパスポートとか自衛官の募集事務とか、そういう国の事務は各省庁が出先機関をつくるのはとてももったいない、だから地方団体に頼んで委任してやってもらう。そういう本当の国の事務を委任するというものについては、もしそのとおりやってくれない場合には知事とか市町村長に命令するとかあるいは代行するとか、そういう意味で機関委任事務というのはそういう純粋なものであればいいんじゃないかなと思うんです。
 しかし、現実には国の事務でないような環境の問題、道路の問題、さまざまな問題が全部機関委任事務に取り込まれてしまっている。そういう観点から、私は本当の国の事務だけに整理して、純粋なものにしてそれはもう改正すべきだ。そういう意味では改正すべきだという御意見はそのとおりかと思うわけでございます。
 ただ、数年前、地方自治法の改正でも機関委任事務で三年かかって、国会でも大変御議論いただいたりしたようでございますが、機関委任事務というのは学者の方はこぞって機関委任事務はけしからぬけしからぬとおっしゃるわけでございますが、では機関委任事務だけ全精力を注いでこれを改正すれば地方自治の現場がすっかりよくなるかというと、私はそれだけでは変わらないんじゃないか。機関委任事務を仮に、これは改正するのは難しいと思いますけれども、仮に改正して外したとしても、補助金の実態がこのままであれば地方が縛られているのは補助金で縛られておるという面がある。ですから、機関委任事務を改正すると同時に、各種のそれに関連する許認可とか国庫補助金とかあわせてそういうものも地方に任せられるという形に進まないと、機関委任事務というのは何か理論的に取り上げただけではどうも実態は変わらないんじゃないかなと思うわけでございます。
 それと同時に、地方現場で意識が余りないと書きましたのは、私も県に何年か勤務したことがあるわけでございますが、地方の現場で仕事をしておりますと、何が機関委任事務で何が機関委任事務でないか、そんな区別をしたこともほとんど職員はない。法制関係の職員は若干そういうのは考えるとか、あるいは議会で百条調査権なんかのときには、いやこれは機関委任事務はまずいから大丈夫かどうか、そういうときには議論をするかと思いますが、日常の業務では機関委任事務がどうか別に意識しないでずっとやってきている。したがって、仮に機関委任から外れたという改正が行われても、市町村の意識は地方の現場の実態では何も変わらないんじゃないか。そういう意味で、機関委任事務だけがえらい大きく取り上げられますが、あわせて補助金、許認可とかいうので地方に本当に任せられるというところを見てやらないと、理論的あるいは法律論だけに終わってしまうのじゃなかろうか。地方もそういう意識は余り持っていない。
 中央各省庁の人は、法律の担当の人は機関委任事務になるべく取り込んで、都道府県知事や市町村長への命令権を持っていた方がいい、安心だというのでどんどん取り込もう取り込もうとしておりますが、市町村職員はそんなことも知らないし、余り意識もないという実態じゃなかろうかというふうに思っておるわけでございます。
#16
○参考人(孕石善朗君) 水利権の問題は大変難しいわけですが、基本的には大きく言って縦割り行政の弊害が出ていると思います。特に建設省さんが河川の管理者として水利権を統括しておられるようですが、農水省さんの農業用水、あるいは工業用水が通産省さん、上水道が厚生省さんという形になっております。
 そうすると、自治体が考えている、先ほど私が言いましたような町がいろんな面で使いたい、あるいは運用上早く使いたい、後なら要らないとかいろんな問題があるわけです。それを、要するに総合的に町づくり用水というか、そういう名称がいいかどうかは知りませんが、そういう形で統括するところがあればいいんじゃないかなと私は思います。
 ですから、そういうのをトータル的に自治省さんとかそういうところで持つのがいいのか、あるいは建設省さんがダイレクトにそういう形で各町村単位に一つの水利権というんですか、そういった形で任せていただけるのか。そういうふうな形で、要するにどうしても縦割り行政の中で弊害が私は出ているように思います。
 そこで今度は、では水利権だけ仮にそうなっても一番困るのは用水路の管理費、管理が問題になります、建設やら。そういったことを考えますと、やはり水利権と同時に考えていただきたいのは、財源の要するに税の問題になってくると思います。ですから、管理あるいは建設をしていく、水路をつくっていく、そういう財源の配分も税の中で配慮がないとこれは権利だけいただいても後が続かないということになりますので、そんなようなこともぜひお願いしたいというふうに考えております。
 話題と違うかもしれませんが、本の中にちょっと書かせてもらってあるんですが、工事、国庫補助をいただいて災害復旧をするのがあるんですね、土砂崩れとか大雨が降って。そうすると、私ども小さい町ですと農道とかそういったところが崩れてなるべく早く復旧しなきゃいけないということがあって、それも大したことじゃなくて金額的には二百万円ぐらいということになるわけですが、この二百万円をいただくのが大変なことなんですね。それで、もらった後からまた会計検査院の方々がお見えになって、それで私ども、首長から担当者から県の職員からもう大勢出て立ち会いをする。こんなむだなことは僕はやめた方がいいと前にも言ったことがあるんです。
 それだったら、災害復旧というのはいつあるかわかりませんから、そういうものはもう県なら県にある程度の枠を設けておいて、そしてその中でもう緊急的に速やかにやらなきゃいけない、あるいは変な方向へ使っちゃ困るという問題もございますからそういうチェックを県でやっていただければ、より自治体のことがよくわかっていますから。
 そんなようなことで、財源問題を少し言いましたので補足して意見として言わせていただきました。
#17
○参考人(新藤宗幸君) まず、国の役割を限定列挙するということに関しまして申し上げますと、私どもも国の役割として、国の存立に必要不可欠な事務、それから全国的に統一されていることが望ましい事務の基準設定、さらに高次の研究開発に限定する、そういうふうに法案の骨子案では、対案ですが、書いてあります。
 問題は、私は必ずしも法制、法律、立法技術諭に詳しくはございませんけれども、しかし法律案の中に例示を書くことは非常に難しいだろうと思います。また、仮に例示が書けたところで実は問題なことは、全国的に統一されていることが望ましい事務の基準設定といっても、その基準が一体どういうレベルであるべきかということに恐らく問題は収れんするんだと思います。
 そこで、私どもは、あるいはこれは皆様方にもお願いをしたいと思いますけれども、政府案の中には恐らく欠けて出てくるでしょうけれども、この基準の設定をまさに中央と地方が協議して行う、あるいは第三者機関がその基準の設定にかかわるという仕組みをつくっておくべきなのではないだろうか。
 つまり、これはナショナルミニマムですといっても、中央政府がある官庁の中で決めるのもナショナルミニマムかもしれないし、あるいは地方自治体がこれをナショナルミニマムですと言うこともこれは自由です。しかし、少なくとも霞が関の裁量としてナショナルミニマムの具体的基準なるものが決められたのでは、私どもにとってはやはり困るわけであります。それをいかに公開の場に置くかということが重要なのではないだろうか。
 そこで、私どもの対案の中では、そうした役割を地方分権推進委員会に担わせるという形をとっております。恐らく法制上、内閣法制局あるいは衆参両院法制局の方々が立法技術的にどう判断するかという問題はあるにしても、私はそうした場を法制の中にうたうのが一番よろしいのではないだろうかと第一点目については考えております。
 それから第二点目に関しましては、私どもといいますか私個人の考えでもありますけれども、今回の分権というのは都道府県レベルにとどまってしまったのでは困るわけです。都道府県にとどまるのではなくて、地方自治体が分担する事務というのは市町村が分担することを基本とする、そのことは私どもの対案の中には第二章の二の中に明確にうたっております。しかし、実はこれは地方自治法の第二条が言っていることなのでありまして、その上で都道府県は、広域的な自治体として市町村の区域を越える広域的かつ総合的な政策あるいはその調整に関する事務、あるいは市町村が分担するのには著しく非効率な事務、高度な専門性を有する事務、市町村行政の補完、支援に関する事務に都道府県の仕事を限定すると法文上私どもはうたうことを提案しております。
 したがいまして、具体的に例えば市町村が分担するには著しく非効率な事務とか不適当な事務というのはいろんなものが考えられると思いますけれども、それが何かということは地方分権委員会に判断を委ね、さらに内閣からそれに伴う法律の改正案を出すということを手続的には行うべきだろう。
 ただ、頭にすぐ浮かぶのは、国民健康保険、先生方、皆様方はもう詳しいことを私がここで申し上げるまでもなく御存じだと思いますけれども、市町村を保険者とする国民健康保険、まして人口六百人やあるいは千人の村で高齢化が進む中で市町村を保険者とするような保険事業というのは私は成り立たないと思います。ですから、例えばそういうものというのは少なくとも都道府県レベルあるいは政令指定都市等に引き上げるというようなことは、その後の分権推進委員会と衆参両院の各委員会、そしてまた内閣との関係で決めていくべきことではないだろうか。分権推進法についてはそのような今申し上げたようなうたい方をするのが適当ではないかと考えます。
 以上です。
#18
○野沢太三君 自由民主党の野沢でございます。
 地方分権の今の流れは先生方のお話でも明らかでありますが、県と市町村を考えた場合に、当面、県へ権限の移譲あるいは財源の移譲という流れになっておりますけれども、やはり市町村がよくならないと地方分権の実が上がったことにならない、この点では共通の御認識のように例えるわけでございます。
 それでは、市町村に力をつけるにはどうしたらいいか。これがもう一番これからの課題になってくるかと思いますが、権限、財源をおろすということは当然必要ではございますが、それを実行していくための人材の確保あるいは配分、そういったことが非常に重要ではないかと思うわけでございます。
 村や町から優秀な若い学生が中央というか学校へ上がりますと、卒業してその村へ帰らない、あるいは帰ってきたくても職場がない、こういったことが実際上、なかなか人材を確保することが非常に難しいというのが実態ではないかと思うわけでございます。私自身も田舎の出身なもんですから、小さな村の出身ですが、帰って仕事がないために中央でやらざるを得なかったと、これは自分自身のことでもあるわけでございます。
 そこで、やはり今の市町村の単位というものが三千を超える数で、七百、八百というような村もいっぱいまだあるわけでございます。何とかこれを統合して、適切適正な規模で運営ができるようにしてやらないと、せっかく権限をあるいは財源をといっても人が集まらないんじゃないだろうか、かように思うわけでございます。今までの分権の答申あるいは大綱その他を見ても、市町村の合併については自主的な統合をと、こう言っておりますが、自主的な統合だけではなかなか進まないと思うわけでございます。
 そこで、やはり先ほど孕石先生からもお話がありましたが、例えば二万五千が適切な規模だというような御提言もあるわけではございますが、市町村、特に町村の最低の規模、単位というものはどのぐらいがやはり必要なのか、そしてどのようにしたら合併が進められるのか。そのインセンティブなりあるいは法的な裏づけなり財源上の配慮なり、そういったものについて御意見がございましたら、これは共通の御質問としてそれぞれのお立場でお答えいただければ幸いでございます。
 以上です。
#19
○参考人(坂田期雄君) ただいま市町村の規模について合併という方向でどう考えるのかというお話があったわけでございますが、この国会に市町村合併の法律がもうかかっておるんじゃないかと思うわけでございますが、従来の自主的な合併を前提にしながらも今度の新しい考え方は、今、先生おっしゃいましたように積極的な推進という方向をかなり出してきておるようでありますし、これは住民発議制度、住民の一定数の署名があれば、それで推進のというか、そういう新しいものも出てきておるようであります。
 それで、今、分権の受け皿として見た場合に、しかし全国の市町村の中には確かに小さいものが随分あるわけですが、地理的な条件からして必ずしも合併して一つになることはなかなかできないところもかなり残るんではなかろうか。そういう点から見て、全部合併してある程度の規模にといっても、なかなか条件、地理的な場所等によって全部はそううまくいかないんじゃないかなと思うわけでもございます。
 それから、合併して地方分権を受けるには、やっぱり能力という点から見て小さいまま並んでいたのでは非常に不経済でありますし、非能率でもあります。そういう点から合併は望ましいとは思
 いますが、ただ合併したというだけではだめで、合併することによって少し人も浮かして、専門的な仕事もできるような人材の配置とか、そういう方向へ何かを持っていくんでなければ効果、意味はないかと思うわけでもあります。
 ただ、実際問題としましては、合併にいきなり行かなくても広域市町村圏あるいは一部事務組合あるいは今度の広域連合、合併しないで個々の事務は個々の市町村でやりながら広域的に一緒にやるものは一緒にという、ただそれがなかなかうまくいかないので合併を少し強化しようという方向になってきているんじゃないかと思うわけでもあります。
 私としましては、やっぱり方向としては合併をもう少し強く進める、推進するということは分権の受け皿という点から見ても必要であろうと思いますが、それによって全部解決するというのは難しいのではなかろうかな、そんな気がしておるわけであります。
#20
○参考人(孕石善朗君) 財政力の弱い自治体同士が、マイナスという表現がいいか悪いかわかりませんが、マイナスの自治体とマイナスの自治体が合わされば結果はマイナス、財政的にはマイナスになると思うんですね。そうすると、ある程度そこに財政力が違う自治体が合併を考えた場合に、どうしても財政力の弱いところは合併してメリットがあると思うから合併していこうという雰囲気は出てきますね。しかし、財政力が強いところはマイナスのものを抱えちゃったんじゃ今度は自分の財政力が弱くなってしまいますから、そうするとどうしてもそれは、今度はプラスの自治体が差し引きしたらとんとんになって、これはなかなかプラスの自治体が合併しようという気分にならないんですね。
 ですから、そこで私は、マイナスとマイナスの、今ちょうど金谷町が、榛北川根三町というのがあるんですが、川根町、中川根町、本川根町というのが三つございまして、三つ合わせて人口が大体一万七千人くらいなんです。それで金谷町が一町で二万二千人。この四町、榛北四町と言っておりますが、この榛北四町がいずれも、私どもが一番財政力はいいんですが、しかしいいといっても全国の基準からいきますと低い、私どもが今大体六六くらいでございますが、あと三川根さんは大変失礼ですけれども三〇ちょっとくらいなんですね。
 そうすると、ではこの四町が合併したらどういうメリットがあるのかといいますと、財政的に、合併しても今の特例法でいろいろやっていただいても合併しようという雰囲気にならないですね。今よりも果たして本当によくなるかということがあるわけですね。ですから、そういうことを考えていくと、マイナス足すマイナスがプラスになるという一つの要素をそこに一時的にしろ出してあげないと、これはなかなかそういう雰囲気が問いかけられないんじゃないかというふうに思うんですね。
 ですから、そのことを私は、財政支援の中でひとつ、やり方についてはきょう具体的にはわかりませんが、考えていただけたらというふうに思います。それを国のレベルでやるのか、あるいは県のレベルでそういったことを考えていくのか、どちらかで考えてもらったらどうかというふうに思います。
 ただ、ニーズといたしましては、例えば榛北四町が、これからは一町ごとの観光で訪客を図ってもなかなかうまくいかない。だから四町が力を合わせて、いろいろ持っている観光資源を合わせていけば数多いお客様が入ってくださるというようなこともありますし、あるいは消防業務あるいは救急医療の問題、そういったことを考えていくと、いいことはわかっているんですけれども、しかしどうしてもそこに財源的な財政力の問題が、果たして本当に将来これでプラスになるのかというようなことが非常に問題になりますから、いいことはわかっていてもなかなか一緒になろうという雰囲気が出てこない。そこにはやはり財政力の問題があると思いますから、一時的に、例えば先ほど言いました二万五千とか五万の単位の自治体に、具体的に合併をするとしたら、それが合併しちゃった後は効率的な運営はできると思うんですけれども、そこに至るまでの間にどうしても弊害となるのが財政力の問題がありますから、これを一時的に補う方法がプラスとして出てくればきっと促進していくのではないかな、私はそんなふうに思います。
#21
○参考人(新藤宗幸君) 確かに、分権の受け皿等の問題から考えても一部で非常に危惧されている問題であり、自治体としましても市町村間のばらつきが非常に目立っているのはとりわけ八〇年代以降ではないか、そう思います。
 この場合に、それでは合併をするかという問題なんですけれども、私は完全なる合併反対論者では決してございません。先生も御存じであろうかと存じますけれども、例えば人口六百人あるいは千人の村といいますけれども、これが実に面積的に広大である。転々と山合いに少数の十戸二十戸の集落が存在をしている。こういうところをまた四つ五つ集めて人口をふやしてみても面積的に実に広くなり、どこに役場の拠点を設けるにしても山合いを転々と抜けていかなくては連絡一つとれないということにもなろうかと思います。
 そこで、私が提案しており、私ども民間政治臨調でも二年ほど前の提言でも提案いたしましたのは、現在、都道府県職員と一口に言いますけれども、あれは正確に言えば都道府県庁職員です。その都道府県庁職員と別に、地方公務員法を改正して、あるいは改正が必要ないかもしれませんが、都道府県職員制度というものをつくったらどうなんだろうか。
 そういう弱小町村に対して現在の都道府県庁職員が都道府県庁から派遣される等々すれば、これはすぐに都道府県の統制であるとかあるいは上からのあれだとかという話になります。そうではなくて、都道府県職員制度というものをつくり、そこにプールしている人材を各町村が使えるような制度、その人材はキャリア、生涯職の方もいらっしゃってもいいだろうし、あるいはパートでもって登録をしておくという方もいらっしゃってよろしいだろう。
 いずれにしても、そういう現在の都道府県庁職員と別に一種の職員バンク的な都道府県職員制度というものをつくって、それで各町村が必要に応じてそこから借り受けるということを考えていけばいいのではないか。それは同時に、都道府県庁職員を退職された方の高齢化社会における新たな職の創出といいますか、あるいは従来からのいろいろな専門的知識をなおリタイア後もお使いいただく仕組みにもなるのではないだろうかということを提案しております。
 そして、その合併問題なんですけれども、そういうことを前提にして人材の問題を解決しつつ、しかも合併をするという道もふさぐ必要はないだろう。今、金谷の町長さんがおっしゃった点とも関連するんですが、実は大きなあるその地域の核的なところに弱小町村が、非常に財政的弱体あるいは財政的条件の悪いのが合併をするといっても、悪い方はメリットがありますが、吸収だなんて喜んでいるほど中心都市には余裕がないという時代でもあろうかと思います。
 そこで、この委員会でも御審議いただくことになるのかもしれませんけれども、一つのインセンティブとして一定の基準を設けて累積している地方債を棒引きしたらどうか、私どもはそう考えております。それは、むやみやたらに一種のその手の徳政令をしくわけにはいきませんけれども、一定の自治体の規模あるいは公債費負担比率、そうしたことを考えながらその自治体の財政規模等を考え、あるいはどこと合併するか等の条件を何らか設定して累積している地方債を棒引きする。それをやってみてもそれほど大した金ではないというふうに私たちは一応の試算をしておりまして、いずれ機会があればそのことを少し公的な形で提言したい、そのように考えております。
 以上です。
#22
○続訓弘君 ただいま、坂田、孕石、新藤、お三方には貴重な御意見を伺わせていただきまして大変ありがとうございました。
 二月十四日の日本経済新聞に記事がございました。その記事の内容は、本日、実は閣議決定された阪神大地震関係の住民税の減税に関連してでございます。その報道によりますと、兵庫県と神戸市、これは国が定める基準をさらに上乗せする、こういう記事でございました。
 具体的に申し上げますと、この新聞記事によりますと、兵庫県と神戸市は、「阪神大震災被災者に対して国の所得税減免条件を大幅に緩和した個人住民税減免策を取る。具体的には家財、住宅の損害額が評価額の「五〇%以上」でないと救済しない国の基準を、「三〇%以上」に緩和する。同時に対象所得金額」を云々と、要するに五〇%でないと適用されないものを二〇%まで上乗せしてあげましょう、こういうことを考えている。
 これに関連して、実は平成三年三月二十六日の参議院地方行政委員会で政府委員と岩本委員が質疑を交わされました。それは、この種の住民税の減税をした場合には地方財政法第五条の一項第五号に基づいて地方債を制限しますよと、標準税率を超えた減税はその団体が財政力に余裕ありと、こう見なされて実は事実上減税ができなくなる、こういうやりとりがございました。
 本件について、もし仮にそういうことになるとするならば、せっかくの善政が実は実現できなくなる、こういう結果に私は終わるのじゃなかろうかと思うわけです。
 そこで、お三方はそれぞれの立場から、地方分権の推進という立場も、また大震災という立場もお考え合わせながら本件についてどんな感想をお持ちなのか、そのことについて御所見を伺わせていただきたい。
#23
○参考人(坂田期雄君) ただいまのお話の詳しい内客を十分承知しておりませんで、今お伺いしたところであるわけですが、国の所得税の減免、被災額の五〇%以上空二〇%以上というふうに引き下げるということでございますね。それで一方、平成三年で起債制限、自治体が起債した場合には起債制限に引っかかると。
 これは実際、もう少し詳しく調べたりしないとあれなんですが、今お伺いしました私の感じだけで申しますれば、今回は大震災という特別なあれで国の方でも五〇%以上を三〇%にという措置がとられるのであれば、地方税、住民税についてもこれはまだでございますかね、恐らくそれに合わせたようなことが検討されるということになるんじゃなかろうか。国と地方もある程度合わせてということになれば起債制限は当然適用ないということにこれはなるんじゃないか。むしろそうしないとおかしいんじゃないかというふうに思うわけですが、ちょっと今お話をお伺いした程度と……
#24
○続訓弘君 大変恐縮でございますけれども、ちょっと委員長、よろしゅうございますか。
 実は、国の基準をさらに上回った減税策を考えているわけです、兵庫県と神戸市が。そういったときには、今の地方財政法に基づけば実際上の起債制限が課せられるものですから、減税ができなくなるという仕組みがあるわけです、現行法律上。それに対していかがでございますかと伺っているわけです。
#25
○参考人(坂田期雄君) 地方財政法上の減免というよりは、税率を国の基準の税率まで取らなかった場合に起債制限。今の場合は税率じゃなくて、むしろ減免にするかしないかという個別の判断の問題ですね。ですから、地方財政法の起債制限の条文にひっかかるのかどうか、ちょっとそれもどうかなという気もするんですが。
 さっきの三〇%以上の国の基準というのは、住民税についても何か自治省の方から準則か指導が出た数字でございますか。ちょっと自分も承知しておりませんので、不十分で申しわけございませんでした。
#26
○参考人(孕石善朗君) 私は、この起債の問題に若干絡んでくると思いますので、今の金谷町の実態からお話しさせていただきますと、公債費比率が現在はまだ低いんですが七・八%ぐらいなんですね。それで静岡県の場合、町づくりをかなり積極的にいい形でやっている浜松市さんとか掛川市さんとかということになりますと、もう既に現在の公債費比率が二〇%近くなっているんですね。そういう形でいい事業を町をよくしていこうということでやると公債費比率あるいは起債残高というのがどんどん上がってくるわけです。
 それで、今、金谷町の場合には自主財源が非常に乏しいものですから、「お茶の郷」をつくったり、今度火葬場を、明治三十八年につくった火葬場ですからどうしてもつくらなきやならないということでそういうのをつくらせてもらうんですけれども、そういうものをだんだんやっていきますと、要するに起債残高あるいは公債費比率がどんどん上がってくるわけです。
 そこで、私はぜひ御検討願いたいなと思っているのは、公共下水道は静岡県の場合に普及率が非常に低い。国では、公共下水道を都市住宅部あたりでは積極的にやりなさいと、何年度からすぐやりなさいと、こういうことになっているわけです。やりたい気持ちはもちろんあります。ありますし、やらなきゃならないとも思っておりますしかい現在の金谷町がまだこれからやらなきやならないのは、町民の皆さんは図書館が欲しいとかいろいろあるわけですが、最低限の社会基盤を整備していくためにこれからの十年でどのくらいお金が要るかということを計算していくと、とても公共下水道はやれないんです。もう今現在では公共下水道はやりたくても我々の町では基本的にできない。だけれども、できないということは町民に向かって言えませんから、私も選挙を通らなきゃならないものですから言えませんものですから、やりますよということは表向き言いますが、実際は現在やれない。結論は出ております。
 しかしその中で、ではやるにはどうするかということでございますが、やはり最終的には国庫負担とかそういうのがございまして、自治体が負担するのは、町村が負担するのは五%とか一〇%とか言われておりまして、それは大したことはないと言いますけれども、しかし町の財政力からしてとてもそうはいかないんです。それは多くは起債に頼るからです。
 ですから私は、どうしても国策やいろいろな災善とかこういうものが起きた場合には起債の残高あるいは公債費比率の中から除外をしていただいて、こういうものは一応カウントをしないということにしていただきたい。通常の町づくりの、いいかげんなものをやったんじゃいけないと思いますけれども、これは起債のときにチェックしていただくわけですから、どうしてもこれはやらなきゃならない。しかし、財政力的にも起債残高あるいは公債費の中でとてもこの自治体では無理だという場合には、その起債をカウントから除外していただくというか別枠起債といいますか、何かそういう措置をしていただきたい。
 確かに、私どもがもし災害にあったとした場合には、住民のことを考えますと、どうしてもやはりこれは減税とかそういったものを国の基準を上回る形でやらざるを得ないと思います、町民のことを考えますと。そのときに今のこの制限比率がかかってくると本当に困ってしまうのですね。
 ですから、こういう災害緊急時とか災害時とか、あるいは国が世界に公約している公共投資何十兆円というようなそういう問題をやるには、どうしても公共下水道はやっていくんだという方針が国家的な形で出たならば、これは全く別枠起債で別扱いといいますか、そういう形に何とかならないかなというのが率直な感じでございます。
#27
○参考人(新藤宗幸君) 御質問の直接的な震災に関する部分について言えば、減免するということは当然の話だと思いますね。減免したところで大体収入が上がるかどうかというのも疑問だと思います。それを起債制限に結びつけるかどうかということにつきましては今後皆様方が御議論なさるんでしょうけれども、復興対策の特別措置法あるいは既存法の復興対策のための改正という中で、その制限をなくすという形で御議論いただけばよろしいんじゃないかと思います。
 ただし、もう少し基本にわたって申し上げるならば、私の観点からすれば、多くの面で今回の阪神大震災というのは集権体制の弊害を表に出したと、そう考えております。とりわけ、あの現行の地方税法の規定の仕方というのは、私が何も続先生に申し上げなくても実務経験で非常によく御存じのとおりでありますけれども、実際には地方自治体に税政策の余地は全くない規定になっているわけであります。
 その意味で、私どもの対案の中には第三章の四としまして、「地方税の課税権については、地方自治体の自主性を最大限確保し、国の関与は最小限に限定する。」という一項を設けております。それは今後、二十四日か二十八日かわかりませんが、政府が法案を上程したならば、その中にぜひともつけ加えていただきたい点であります。
 それから、起債そのものに関して、これもまたここで申し上げるまでもないことですけれども、地方財政法が「当分の間」と言い、その当分の間はもう間もなく半世紀になります。したがいまして、私どもは「地方債の発行については、国の関与を最小限とし、市中消化を原則とする。」という一項目をやはり条文の中に入れております。これはぜひとも入れるべきではないのか。大体、当分の間というのをどのように読むかはいろんな実務上の読み方はあるにしても、地方財政法は既に自治大臣の許可が例外なのですよということを言っているというふうに読み込むべきではないだろうか。
 もちろん、先ほど来御議論があるように、市中消化を原則とすると言っても、市中消化ができない自治体があることもまたよく存じております。起債といいますか地方債の利子を仮に二〇%つけても、どこもそのようなものは引き受けないような事態が出てこざるを得ない、そういう自治体もあろうかと思います。それにつきましては、何らかの基準を明確にした上で、特殊法人改革問題とも関係してまいりますけれども、現在の資金運用部資金で引き受ける、そうした仕組みをつくれば済む話でありまして、その二点の改正が分権推進という観点にとっても必要不可欠なのではないだろうか、そのように考えております。
#28
○吉川春子君 日本共産党の吉川春子です。
 三人の参考人にお伺いしたいと思うんですけれども、まず共通の問題として、地方自治と地方分権はどう違うのかという点をお伺いしたいと思うんです。
 地方自治の制度が憲法に取り入れられて、これは戦前になかった制度ですけれども、まさに民主主義の担保という形で第八章に設けたと思うんですけれども、中央集権に対する地方分権というと非常にいいイメージといいますか民主的なイメージがあるんですけれども、今論議されている地方分権が、先ほどどなたかがお話しされましたように、道州制に移行する一つの条件整備という性格を持っているということは事実なのではないでしょうか。
 そのために、道州制に移行するために都道府県ないし市町村に国の権限を移譲する。十なり七つなりの道州をつくって、その道州のキャップを総理大臣が任命する。これはもう論外にしても、今はそういう考えではなくて少なくとも選挙でやるという考えのようですけれども、要するに住民自治の保障というのが今進められようとしている地方分権の中でどうなるのか、むしろその逆になるのではないか、そういう懸念を持っているわけなんです。
 住民自治といいますか、住民の意向を行政面にどう反映させていくか、その観点抜きにこういう論議をしてはならないと思いますし、しかし同時に、その地方分権と規制緩和は、これはまた結びついた概念として論じられているわけですけれども、広域的な開発が各省で行われている、そして規制緩和だ民活導入だ、そういう中で非常に効率よく広域的な開発が行われる反面、住民の利益が非常に損なわれていくんじゃないか、こういう懸念もあるんです。
 府県制度の行政は非効率的あるいは官僚的な規制がいっぱいある、こういう批判のもとにこれを全廃することが地方分権という進められ方ですと、非常に環境問題などを重視したいという住民の意向がどうなるのかなと、この辺ちょっと地方自治、地方分権との考えで基本的なお考えをそれぞれ伺いたいと思うわけです。
 それから、もう一点は福祉の問題、さっきお触れになりましたけれども、社会保障、社会福祉などナショナルミニマム、これをやっぱり国が保障するということは非常に必要だと思います。これを保障していくための公的な財源を制度的にどう保障するか。一定の権限を地方自治体に移しただけで財源は移行しないというおそれ、先ほどから指摘されていますけれども、その中で本当にこういう問題がおろそかにされていくのではないだろうか。中央政府は身軽になって財源保障なしで権限だけを地方に移譲する、そういうことが地方分権のねらいであってはならない、国庫負担金の削減が地方分権のねらいであってはならないと思うんですけれども、その点についてやはりナショナルミニマムというものをどう考えるのか。そして、じや財源をどうやって地方に保障していくのか、その辺についても提言があればそれぞれお伺いしたいと思います。
 以上、二点です。
#29
○参考人(坂田期雄君) 地方自治と地方分権との関係のお話があったわけですが、私は基本的には同じものだとは思うわけですが、現実的にはかなりちょっと違うんじゃないか思っております。
 といいますのは、地方自治はただいまお話しございましたように、戦後、新憲法あるいは地方自治法ができて地方自治というものが一応制度上確立された形にはなったんですが、その場合にマッカーサーが考えましたのは、地方自治法では国が上から統制支配しない、もう国はいろんな自律的な面の助言あるいは指導、勧告で、上からの統制じゃない。地方自治法の考え方はそうなっているんですが、じゃ現実そうなったかというと、現実にはならなかったんです。それはマッカーサーが地方自治法をつくるときに、内務省をつぶしさえすればもう上からの権力的な統制支配はなくなる、それで府県、市町村が本当の自治体という格好で日本に地方自治ができる、そういう前提で地方自治法が書かれたんです。ところが新憲法で内務省がつぶされて一番喜んだのは各省庁、各省庁が内務省にかわって権限、権力をますます強化して、補助金行政あるいは許認可権で各自治体を統制支配するという形になった。
 ですから、地方自治法だけを見れば、教科書を見れば、地方自治というのは日本でずっとできていると書いてあるんですけれども、現実は地方自治法の外側にみんな飛び出しちゃって、各省庁による縦割りの中央集権の統制支配がずっと戦後続いてきた。それで、これじゃいけないというので、詳しく分権の必要性を議論するまでもないんですが、特に五十年以降あるいは最近、国民意識、価値観も変わってきて、地域の多様なあるいは地域の個性、独創性を生かした町づくりが必要だという形になってきたものですから、そういう背景も踏まえながら、じゃいつまでも権限どお金が中央に残されたままじゃおかしい、これをおろそうと。
 ですから、地方自治という形は戦後一応できてはいたんですが、現実は中央集権で権限と中身ですね、権限どお金が中央に残ったままになっていて、これを本当の主役の地方におろそう。そういう意味ではちょっとずれて違ってきているんじゃないかなと思うわけであります。
 もう一つ、住民の利益が非常に阻害されるところがあるんじゃないかというお話もございましたが、地方分権の基本的な考え方はやっぱり市町村が主体になって、そして住民と一緒に自分たちの地域をどういうふうにするか、責任を持って自分たちの地域をつくっていく。そういう意味でむしろ住民の生活を守る、環境を守る、今以上に住民の生活が確保されていく、当然そういう視点の中に入っていくことじゃないかと思うわけであります。
 もう一つ、道州制のお話もございましたが、私が伺っております範囲内では、当面はもう道州制とか連邦制というのは大きい話になるからこれは当面ちょっと頭の外に出して、都道府県と市町村の二層制を前提にしていこうということでここ一年ぐらいずっと来ておるようでございますが、将来の方向としては市町村が合併化して大きい市ができてくれば、現在の都道府県は場合によってはもう要らない。もう少し府県を統合して道州というような形でもいいんじゃないか、そういう議論は先の先の将来にはこれはあり得るかもわかりませんが、当面はそんな議論はもうなしにして、それを議論するとごちゃごちゃになっちゃうから、都道府県と市町村という現在の二層制を前提にして地方分権の受け皿として考えていこう、そう進んでいるので、それはそれでいいんじゃないかなというふうに私は思っておるわけです。
#30
○参考人(孕石善朗君) 私は、地方自治と分権という学問的な考え方は、それだけの知識がございませんからきょうは遠慮させていただきまして、実際面の中で少し私の答弁というか、意見になるかどうかわかりませんが、考え方を披露させてもらいたいと思います。
 まず私は、ごみ問題と福祉、これから寝たきりを含めた福祉サービスの問題、この二つの中で公共自治体がやらなきゃならないこと等いろいろあると思うんですけれども、例えばごみの問題で私どもは昨年の十一月から炭酸カルシウム袋を導入させてもらったわけであります。そして、袋を導入するに当たりまして、これを有料化するかどうかというような問題を議論いたしました。そういう中で果たしてこれを有料化するのが本当にいいのか、あるいはこれを全部公共でこういうものを賄っていくのが本当にいいのか、そういったことをいろんな面で民間の町民の皆さんにも問いかけをさせてもらいました。
 そして、いろいろやりました結果といたしまして、私は問題提起をしたんです。それはごみの焼却施設は隣の島田市さんと金谷町とで衛生消防組合をつくって、広域一部事務組合をやっておるんですが、それでその施設が古くなって、このままでいきますと、耐用年数があと七年ぐらいしかもたない。そうなってくると百二十億円建てかえにかかりますと、そうすると、人口比でいって金谷町では三十六億円を負担しなきゃならない。そうすると、今の財源からいってこれはとても無理だ。じゃ、これを何とか倍の十五年使えるようにするにはどうしたらいいか。そういったような議論をしていきまして、その中で町民の皆さんに問いかけをしたわけです。
 そこで、まず炭酸カルシウム袋を導入することによって、焼却炉が大体千度ぐらいでコンスタントに焼却できれば非常に炉の痛みが少ないということがわかりましたので、そういうことを考えるとやっぱりプラスチックとかごみの分別収集をしっかりしてもららわなきゃいけない。そうすると、半透明の炭酸カルシウムということになるとプライバシーの問題が一方では出てくるんですね。一方ではそういう財源の問題があります。ですから、そういう権利と義務というかそういったものをそれぞれ住民の人たちが自分たちの都合のいいエゴだけを言うんじゃなくて、やっぱり自分たちがやらなきゃならないことは義務としてやっていただく。そういうふうにすることによってお互いの税金を、この三十六億円を七年後に使うのか十五年後まで延ばせるのか、そういうことが決まるんだ、だからしたがってこれに挑戦してほしいということを一つは問題提起しました。
 それからもう一つは、焼却場は中間処理ですから、最終処分場をどうするか。この問題も大変大きな問題、立地からいろいろ問題があるわけですが、そういったことを権利と義務、公共でやるのか個人の責任に基づいてしっかりやってもらうのか、そういったことをお互いに議論して、結論としてはほとんどの方が、ほとんどというかほとんど一〇〇%だと思いますが、同意をしてくださいまして、十一月一日からやりました。ごみは生ごみを含めて三〇%減りました。それから、最終処分場に捨てる灰につきましては七〇%減りました。そういうことで、延命化が相当な形で図られたんです。
 ですから、地方自治の根幹というのは要するにそこに住んでいる人たちが一つの町の自治体としていろいろ考えなきゃいけないんですけれども、お互いに共通コストをどう下げていくかという問題で、やっぱりお互いが権利と義務をしっかりと認識し合ってやらなきゃだめじゃないかということを私はそういう中で感じました。
 そこで、今、私が町民に問いかけているのは今度は福祉の問題です。この福祉の問題に相当お金がこれからかかってまいります。在宅のホームヘルパーとかあるいは手話をやる方々の人材確保とかいろいろの問題がかかってくるわけですが、これを私は、ひょっとして国の制度になるかどうかわかりませんが、問題提起として金谷町としては福祉サービス銀行を設立しようという形で今計画をしております。県でも、これはモデルになるかもしれないということで平成七年度に取り上げていただけるようになるようでございます。
 これはどういうふうにやるかといいますと、これからいつでもだれでもやれるときにやれる内容のボランティアのサービスをしていただく。若いとき、学生のころを含めてやったサービスが自分の将来の老後に投資として返ってくる。それを点数で貯蓄をしてもらって、全町民ボランティアということですから全町民にカードを配って、それで環境のごみ拾いをしていただいたり、あるいは福祉サービスの目の御不自由な方のためにいろいろな本を読んだり、あるいは「広報かなや」を読んでテープに吹き込んでそれをお届けしたり、あるいは在宅の給食の宅配をしたり給食をつくったり。
 そうしますと、例えば給食サービスなんかでもそうですが、給食センターをつくって、配送車を公共が買って、そうして僻地までお昼御飯を届けるとなると、車と運転者を雇って公共でやりますと、一食当たりが五千円から一万円ぐらいについちゃうんですね。それをこういう福祉サービス銀行で御近所の方一人のためにやってくださる方には一個、一食分のホットランチジャーを貸し与えておいて、それにお父さんのお弁当と一緒に、まあ栄養とかそういう医療の問題がある場合は別でございますけれども、普通の場合にはそういう形で隣の人の奥さんにつくっていただいた。そうすれば、それは実費の三百円なら三百円の原材料費だけ供給させていただいて、配達の手間と燃料費とそういう人件費は福祉サービス銀行に例えば一点とかという形で貯蓄をしていただく。
 そうすると、その一点が将来はお金にも換算できるという、万が一自分が病気になってどうしても今お金が必要だといった場合には、その場合には委員会をつくって、そこで認められればお金でも引き出すことができる、そういう形に今私どもは考えておるんです。その財源をどこに求めたかというと、私は就任してちょうど六年に今なるんですが、就任したときに福祉基金を町が持つべきだということを提案させていただいて、そしてその翌年、厚生省さんで福祉基金制度というのを考えたようでございますけれども、私どもは全国に先駆けて福祉基金を創設させていただきました。そして、その果実をその運営の費用に回そうということで、私は当時、福祉基金を金谷町の場合には五億円積み上げたいということで町民に呼びかけました。
 そうしましたところ、行政も一生懸命積みましたけれども、今現在三億八千万円ぐらいございますが、いろんな団体の人たちがいろんなチャリティーをやっていただいて、それを福祉基金へ積んでほしいということで、かなりそういう財源が民間から集まってまいります。ですから、今それを全部福祉基金へ貯蓄させていただいておりまして、それが五億円になりますと、まあ金利が低くなっているものですからちょっと運用が難しいわけですが、その福祉基金を点数のコストに貯蓄していけば一般財源を使わなくて済むということになりますから、そういう仕組みでサービス銀行を設立して、そして金谷町は全員がボランティアをやるんだ、やれる人がやれるときにやれる内容でやっていただく。こういうふうにすることによってお互いに町をお互いが支え合うという気持ちが出てきますし、そうすると、大切な税金をお互いに大切に使っていこうという雰囲気も出てくると思います。
 ですから、そんなようなことに私は地方自治の中で具体的に今取り組んでいることでございますけれども、まあこれが分権と自治ということでどういうふうに結びつくかなんでございますが、そんなことをやっておるということを参考までに報告させていただきました。
#31
○参考人(新藤宗幸君) 地方自治とは何かということを話をするというのは、私も大学でその関連の講座を持っておりますけれども、約一年かかる話でなかなか簡単に地方自治とは申し上げられない部分があります。ただ、もう時間も当然限定されておりますから、極めてエッセンスだけを申し上げるならば、要するに一定の地域社会における住民の自己決定権が確立していることであり、そのための地域住民のまさに総合的な政府が確立していること。
 そしてもう一つは、これは日本国憲法の第八章の読み方とも関係しますけれども、第八章は、単に地方自治なるものを認めたのではなくて、憲法上保障したのではなくて、全国民に責任を負う中央政府とそれから地域社会に責任を負う地方自治体といいますか地方政府とのその対抗関係を確立して、それが民主主義の原則であり原理であるという規定を設けたと私は現行の日本国憲法を理解しております。
 その意味からも地方自治というのは、単に一定地域社会における住民の自己決定あるいは住民自治と言いかえてもいいかもしれませんが、それのみを意味するのではなくて、中央政府との緊張ある対抗関係を基本とした民主主義社会の発展のための基本原則である、そう理解いたします。
 分権といいますのは、ここで申し上げるまでもないかもしれませんが、少なくとも集権との間の対概念でありまして、あるいはもう少し言い方を変えれば手続概念であるというふうに理解をいたします。
 したがいまして、実は今の日本の地方自治体なるものが住民の自己決定権あるいは中央政府との間の緊張感あふれる対抗関係を築くような形になっていない。なっていないから、きょうこういうふうに私どもの意見も聞いていただいておるわけですけれども、したがって、その高度の集権体制をまさに分権化することによって地方自治を、先ほどの意味の地方自治を確立しようという、ここに相互の地方自治と地方分権との関係があるのであろう、そう思います。
 それで、この委員会は同時に規制緩和ということも課題にしていると伺っておりますけれども、この場合、規制緩和という問題に関して言えば、地方分権とかかわっている部分とかかわらない部分とあるかと思います。そして、例えば土地利用規制の緩和という問題は、私は緩和する必要はないだろう。言うならば、現在の例えは容積率問題にしても、より厳しい規制を必要とするだろう。ただし、この場合にそれをだれが実施するのか、それは現在の建設省、建設大臣所管でいいのか、都道府県知事なのか市町村長なのか、むしろ後者の方が望ましいというのが私の考えです。
 そして一部に、なるほど先生がおっしゃったような、この分権ということを言っている人間、私自身もそのように名指しされたこともございますが、それは道州制への移行を図る巧みな論者たちであるという御意見があることは重々よく知っております。しかし、よく考えていただきたいことは、道州制というのはある明確な国家目標があり、つまり経済発展なら経済発展、あるいは昭和十八年以降とみに強化された地方総監部等のこともありますが、ある明確な目的があって、それに一丸となっている段階にはそのような道州制という広域的な行政体をつくることというのはそれなりのメリットがあります。
 しかし、今日、ポスト産業社会あるいは成熟社会あるいは経済大国、そういう中で地域の問題がまさに多様化してきている。今私どもはまさに地域の小さなコミュニティーをまず充実させ、そこから積み上げていくという観点をほぼ共有しているとすれば、実はそこからは道州制論というのは出てこない。むしろ分権を不徹底あるいは中途半端な状態に置くならば、道州制論が再び頭を持ち上げる可能性はあるというふうに理解をいたします。
 ナショナルミニマムの点でありますけれども、先ほどの御質問等も関係するんですが、恐らく今後具体的な話として、例えば年金問題を地方自治体に分権化しちゃってよろしいのかと言えば、私はノーと言います。あるいは義務教育のいわゆる就学年齢に至った子供たちをきちんと保障していくということについても、全部ばらしてしまえばよろしいではないかということについて言えば、ノーと言います。
 しかし、問題は、義務教育について言えば、義務教育に国がきちんとした財政負担をすることは当然でありますけれども、その内容が、そのことを大前提にして小中学校の運営から、あるいは施設の生徒一人何平米から、あるいは塀を設けなければならないとか、挙げ句の果てに先ほどのような調理室は使わせるの使わせないのという話にまで立ち入ったナショナルミニマムの実現ということは必要ないだろう。
 年金問題に関して言うならば、これは国が、中央政府がきちんとした責任を持たなくてはならない。しかし、社会保障という概念の中には、実は住宅の建設ということも私どもは普通、社会保障という概念で語ります。しかし、大規模住宅開発を特殊法人あるいは国家的レベルでやる時代は既に終わっているだろう。むしろ、高齢化社会という話で考えていくならば、地域のさまざまな世代が一緒に住める、あるいはその住宅の中にクアハウス等々のケアの仕組みも取り入れたそういう住宅をつくっていくという話になれば、これは具体的な問題として言えば、地方自治体あるいは地域住民がそれを構想する以外にないのである。もちろんその財源問題は重要な話でございます。
 したがいまして、先ほども申し上げましたように、私は現在のまさに移転財源になっている部分を自主財源に切りかえる、地方の独立財源に切りかえること、それから中央のコントロール、裁量の非常に限定された財政調整の仕組みをつくること、そのことはこの委員会においても絶対に不可欠の観点だし、私どもを含めて分権を語るときに欠いてはならない視点だと、そのように考えております。
 以上です。
#32
○日下部禧代子君 社会党の日下部禧代子でございます。
 きょうは、お三方、大変お忙しい時間にもかかわらず、大変貴重な御意見を長時間にわたって聞かせていただきまして、承りまして、本当にありがとうございます。
 最初に、お三方に共通の御質問をさせていただきまして、そしてもう一問はそれぞれお一人ずつに別々の質問をさせていただきたいと思います。
 私は、福祉と分権という観点から質問をさせていただきたいと思います。
 現在の補助金のシステムでございますと、自治体が独自の福祉サービスを実施して、そしてより質の高いサービスを実施しようといたしますと、どうしても補助単価が実勢価額と合わない。つまり、実勢価額の方が高くなってしまうということで、自治体の持ち出しということが非常に問題になってくるわけでございます。
 そしてまた、福祉サービスだけではなくて施設の方でも、例えば特別養護老人ホーム、ずっと我が国は個室化、個人の一人部屋というのを認めないような方向で来ておりまして、私は当選いたしましてから厚生委員会でしつこくこのことを質問させていただいておりましたけれども、個室化ということが二人部屋だということも初めて知りました。私の考えでは、個室というのは一人だろうというふうに思っていたんですけれども、二人部屋だということで、一人部屋あるいは二人部屋というのを基本的には痴呆性の老人などを除けばつくっていかないというので、例えば東京の老人ホームなどでは非常な工夫をなさいまして個室化を実現させていらしたわけでございますが、今回の予算では、わずかではございますが、国が個室化を認める方向の予算ができましたことは非常に私もうれしいと思うんです。
 こういうふうな現状から、自治体でいわゆる自主財源をどのように確保していくかという問題につながってくるわけでございますが、その自主財源の確保の方法といたしまして、一つは地方交付税の拡充ということがございます。それから、二番目には地方税という手段がございます。三番目には、いわば補助金の一本化ということ、これは孕石参考人がそのようなことをたしか御提案をなさっていると思いますが、そういう自主財源の確保の方法があるとは思うんです。この自主財源の確保の、今私が三つほどとりあえず申し上げましたけれども、それぞれのメリット、デメリット、問題点があるかもわからないと思うんですが、その辺について、これは共通にお三方にお伺いしたいというふうに思います。
 それから、個別的には、坂田先生には自治体の分権化の場合の本音と建前についてお話をいただきまして、大変興味深く伺ったわけでございますが、ここで、地方自治体に分権化への盛り上がりが余りないというふうな御指摘でございましたが、どういうふうなインセンティブがあれば自治体で盛り上がっていくのでしょうか。先生の御意見を承りたいと思います。
 それから、孕石参考人には、福祉と保健医療あるいは在宅サービスと施設サービスが連携しなければならないということはもう古くから言われているわけでございます。地域に有機的なネットワークが必要であると、これは言われてから久しいのでありますが、なかなか現実はそういっておりません。これは大規模な自治体よりもむしろ小規模のいわゆる基礎自治体の方が実現がかなり早いのではないかというふうに思うわけでございますが、何が一体連携を妨げているのか。中央からの縦割りのシステムをどこをどのようにすればそれを突破できるのか、これは実践の御経験からの御意見を承れればというふうに思います。
 それから、新藤先生にお伺いいたします。新藤先生とは自治体学会をつくるなどいろいろと御一緒に、先生にいろいろと学ばせていただき、御指導もいただきましたけれども、最近は自治体学会にも出席ができませんでどうも失礼しております。この席をおかりしておわびをしておきます。
 先生にお尋ねいたしたいのは、福祉ということと分権ということは非常に切っても切り離せないものではございますが、例えばスウェーデンの社会サービス法あるいはまたデンマークの社会支援法というのがございますね。これはいずれも分権ということが基礎になった福祉の法律でございます。そのような法律ができることによって非常にきめ細かな個別的なニーズに本当に合うサービスが可能になるということはどなたも思うわけでございますが、我が国の場合にはこのような分権に基づいた福祉の法体系というものをつくっていくためにはどのような前提条件が必要なのか。私は、そういうことも含めて高齢社会、高齢者じゃなくて高齢社会、社会全体の問題でございますが、高齢社会総合計画法というようなものがどうしても必要になってくるのではないかなというふうな考えを持っておりますけれども、その点に関しまして先生の御示唆をいただければというふうに思います。
 よろしくお願いいたします。
#33
○参考人(坂田期雄君) ただいまお話にございましたまず最初の点でございますが、福祉と分権あるいは補助金それと財源、全体的にちょっと見た問題のあり方でございますが、私はやっぱり高齢化社会、これからの福祉は大変お金が要るので、現在ゴールデンプランとかいろいろ言っていますが、どういうふうにお金が要るのか十分積み上げとかその辺がまだなかなかできていないんじゃないかと思うわけであります。
 それで、特別養護老人ホームや施設ももっと整備する、これもする、やらなきゃならないことはたくさんあるわけですが、これを全部税金でやるということになると大変なことになってしまう。そこで、先ほど夫もお話に出ておりますが、福祉の財源につきましては全部特養といいますか施設で受け持つことができないので、どうしても在宅とか地域福祉という方向でここ数年来ずっと来ているわけですが、その場合の考え方としては、今までの福祉は低所得者だけを対象にやってきたんですが、これからは所得ある一般層も対象にして寝たきりとか痴呆性老人の介護を行政があるいは福祉が受け持たなければならない。
 そうすると、最近言われておりますのは、その場合に低所得者に対しては従来どおり税金でやるけれども、一般層の人に対しては、これは所得ある層だから福祉で十分手厚い介護とかそういう応援の体制は整えるけれども、それは有料でという方向が既に始まってきておりますが、そういう形がとられざるを得ないんじゃないか。
 その場合に、福祉のサービスの提供主体は行政だけではホームヘルパーとか介護人の派遣はとてもできない。やはり先ほどお話に出ておりましたが、ボランティアとか住民とか民間とか、これが行政と並んで福祉に対するサービスの提供主体として多様なサービスを並べて提供する。それに対して所得ある層は有料福祉という形。低所得者あるいは弱者、そういう人に対しては従来どおり無料で税金で見る。その辺の仕分けというものをきちんとしていきながら、どこまでが税金でどうやって対応していくか、この辺がもう少し詰められていかなきゃならない大きい問題じゃなかろうかなというふうにも思っておるわけであります。
 それから、自主財源の確保をどういうふうにするかという点でお話がございました。地方税あるいは地方交付税あるいは国庫補助金をどうするか。
 まず地方税でございますが、三割自治ということがよく言われております、三割あるいは三割五分といいますか。それで、三割自治じゃなくてさらに四割、五割自治というふうに自主財源を増強するというふうにするとしました場合には、それは恐らく特に増税をしない限りは、今ある枠の中で国庫補助金を減らして自主財源に振り向けるという、国庫補助金を減らすということはなかなか難しいんですが、仮にするとすれば、国庫補助金のもとのお金は国税の所得税、法人税ですから、国税の所得税、法人税を減らして地方税の住民税の方へ持ってくるということになろうかと思うわけであります。
 そうすると、現在でも東京のような大都市、大府県には税源が集中して、一人当たりの地方税が非常に高い額になっている。それで、鹿児島とか島根とか鳥取とかそういうところは一人当たりが非常に少ない。非常に格差がある。そういたしますと、三割自治から四割、五割というふうに国税から地方税にもし移してきたとした場合に、移ってきた財源、税源の大部分はやっぱり東京とか大阪とか大府県、大都市に集中してしまってますます格差が大きくなる。そういう点から見て、地方税をこれ以上ふやすのは現実問題として私は難しいんじゃなかろうか。三割自治はけしからぬということをよくおっしゃいますが、じゃどうしたらいいのか。私はやっぱり交付税でふやすということにせざるを得ないんじゃないかと思うわけであります。
 そうすると、交付税は現在、所得税、法人税の三二%。ところが、交付税をふやすことについて国の側、大蔵省の側、ひいては国民の納得が得られるかどうかですね。ここ数年来かなり長い以前から国の財政は厳しい、地方はかなり余裕があるんじゃないか、お金が余っているんじゃないか、地方へ行くといろんな施設がたくさんあって、地方はお金があるな、そんなふうによく言われたりして、いや、それは誤解だとかそんな議論が行われてきているんじゃないかと思うわけであります。
 そういう意味において地方交付税をさらに拡充するというのであれば、これから地方が受け持つ仕事でこういう点が非常に財源が要るんだ、こういう財源が要るんだ。したがって、今の交付税は足りないんだということを国民あるいは広く国の側、すべての人に対してもっと説得していかないと、交付税の税率をこれ以上ふやすというのは私は大変至難のことじゃなかろうかと。今まで大蔵省の側から交付税率を引き下げろなんて何遍も来たのを守るのに精いっぱいで、国会の場でもいろいろなさっていたのではないかと思うんですが、そういう点でなかなか難しいのじゃないかと思うわけでもございます。
 それで、自主財源の増強という場合に、国庫補助金というものが非常に細かいところまで干渉されて、これが悪の根源みたいに、国が地方を統制しやすい養分みたいになってきているんですが、これをもう少し、細かいことまで言わないで、基準もつくらないで枠配分のようにして地方に渡して、地方が創意をもって使えるように、実質的な自主財源、私は当面は国庫補助金をもう少し使いやすいお金にまずしてもらうということが何とかできないものだろうか。
 これはさっき言いました自治省の特債事業、ふるさとづくり事業というのが起債と交付税を組み合わせた形ですが、地方が主体性を持って、自主性を持って町づくりのプランをこしらえたらお金をつけてあげましょう、地方が主役ですよと。それに対応する形で財政が新しいのができてきているんですが、何かそういう面から考えていかないと、ただ漠然と地方税の増強、地方交付税の増強と言っても何遍言ってもどうも進まないんじゃないかなという気がするわけでございます。
 それからもう一つの点で、地方の市町村、建前と本音が違ってどうも盛り上がりがないではないか、私も申し上げたわけですが、じゃどうしたらいいかという御質問であったわけでございます。
 今から数年前、ふるさと創生事業のときには、あれは国会で一億円配分されてお決めいただいて、あのときには市町村が随分燃え上がって盛り上がったと思うんです。そういう意味において、とにかく市町村にやらせるというか、そういう方向で盛り上げさせる。今回の地方分権推進基本法、最近の動きは何か中央でごく一部の方々だけで進められている、市町村を置いてきぼりにしてどんどん何かやっている、そんな感じがどうも横から見ているとするわけでございます。これじゃ市町村は盛り上がらない。やはり、中央で法律、制度を議論する場合には、市町村の現場までおりてきて、市町村の人をもっと議論させて、そして盛り上がるように、何かこれはいろんな関係の方々が協力しながら、もっと市町村の人が中に入っていくように、地方分権という大きい改革をやるのならば、市町村が主役あるいは住民が主役だと住民にわかるような形の話をもっと出していく。そういうことが、私どもも責任があるのかもわかりませんが、何かしていかないと肝心なときには何か抜けている。このままじゃ本当に地方分権、法律で制度ができても肝心のものがどうもなかなか進まないのじゃないかなと危惧、心配をいたしておるわけでございます。
#34
○参考人(孕石善朗君) 自主財源のことについては、町村としては大変頭を痛めているところですが、何といっても町民税をどうするかということもございます。どうするかといっても税率を変えるわけにはいきませんが、要するに生産年齢人口、所得を稼ぐ人たちの人口減少にいかに歯どめをかけて、勤労者の方々に買っていただけるような宅地を供給していくか、こういうことも一つの税収、自主財源を上げるための政策の一つだと思うんです。
 そうなってくると、先ほど言いました農地法とか農振法とかという問題が今度は土地利用の中で絡んできますので、総合的な土地利用政策がそういう財源面を含めて、やはり土地利用の方針をその町に合ったような形である程度権限移譲をしていただければ、トータル的な財源対策ができるということだと思います。
 それからもう一つは、法人町民税等も上げていかなきゃいけないんですが、今までと違いまして空洞化が避けて通れない時代ですから、工場誘致というのは非常にこれから難しくなってくるというふうに私は思います。そうなってきたときに自主財源をどうするかというと、税収での確保というのが非常に難しくなってきますので、そうするとあとは地方交付税とかに頼るという形になってくるんです。そうなってきますと、やはり地方の自治体といたしましては、例えば消費税等いろいろ議論があるようでございますが、そういう中で地方消費税といいますか、地方が自由に使える、配分をできる税制もできたら一方で検討してもらえないかなということを感じます。
 それから基準単価、要するにオーバーした部分を自主財源で賄わなきゃならない。そしてあるいは、法人がつくった場合には法人が個人の理事長さんなり、そういう財産をなげうって負担するか、あるいは地域の自治体が負担するか、どちらかしかないんです。ですから、この実態とかけ離れた部分をどういうふうにこれから考えていただけるかということが大きなポイントになってくると思います。
 この辺のことについては時間もなんでございますから割愛させてもらいまして、私は福祉、医療と在宅サービスで、要は一つは財源の問題もそうですが、かかるコストをいかに下げていくかという問題と、都会と田舎の役割というか、そういったものをもう一度見直してみる必要がある。それで、私は、榛原郡の中に八つの町があるんですが、そこにひとつゴールドタウンをつくったらどうかということを今提案しているんです。
 これは郡の医師会さんに提案をして、そして各町村の福祉担当、保健担当の人たちに集まっていただいて、ここにゴールドタウンをつくる。ゴールドタウンというのは、シルバーエイジとかと言うけれども、ゴールデンエイジということで高齢者のことでございまして、そういう方々が三世代というか、幼児から中年の人から高齢者がみんなが集えるような町をそこにつくっていく。そのかなめは医療に担ってもらうのが一番いい。そのためには、総合病院と開業医さんとが力を合わせて、私どもの町に総合病院がないものですから、ここに医師会さんがいろんな診療課目を合わせて総合診療所をつくって、そこの中心にケアつき住宅とかケアつきマンションとか分譲マンションとか、そういったことを含めてやったらどうか。
 それで、特に今一番問題になるのは、一生懸命働いたときには税金は都会へ落として、税金を払えない年齢になったら都会から田舎へ来て暮らすという、大体そういうふうになってきているんです。東京へ出てきて働いて、一生懸命税金を稼げる収入があるときは都会で、それで年を食ってきて田舎へ帰って老後はぼちぼち暮らそうと。こういうことになりますから、財源的にも大変なんです。
 ですから、都会へ住んでいる高齢者の方を一人受け入れた場合には一億円とか三億円を田舎へ交付していただいて、そのかわり都会に暮らす高齢者のひとり暮らしの方もゴールドタウンの中で安心して二十四時間サービスが受けられますよと。そして、それを福祉基金財源といたしまして、地方の人たちはそういうことでその基金で安く利用できるというふうになったらいいなということで、そういうゴールドタウンをここにつくりませんかということを今提案しているんです。
 それともう一つは、施設サービスとか在宅サービスの中で、やっぱり私は在宅の家族サービスが一番コストが安く上がると思うんです。家族でお父さんやおじいさんやおばあさんの面倒を見るというのがなかなか今の税体系上できないんです。例えば相続税なんか、結局三人子供さんがいても、どっさり財産を持っていても、家で見ている人とよそで嫁さんをもらって独立した人と同じ財産分与なんです。そうすると、家に継承者といる長男の嫁さんというのから文句が出るわけです。私に面倒ばかり見させておいてと、こういうことになっちゃうわけです。ですから、そういったようなものもやっぱり税の中で少し考えてもらった方がいいんじゃないかなとかというようなことも私はトータル的に考えてはいるんです。
 そういうことで、余り答弁になったかどうかわかりませんが、終わらせてもらいます。
#35
○参考人(新藤宗幸君) 今回の分権問題で、財源をどうするかということがかなり重要な柱だというのは前々から申し上げてきた点でもあります。その際に、私御要望しておきたいことは、この分権の結果として自治省が焼け太りする、言葉にちょっと品がなかったら申しわけないんですけれども、そういう事態というのは避けていただきたいという点です。
 つまり、地方交付税制度に、あるいはその手の一般財源化を補助金制度から移行させるということが基本なのではなくて、そうではなくて税源の再配分を行うこと、そして個別の補助金を廃止すること、それから先ほど来申し上げているように交付税をできる限り中央政府の関与のかからない配分の仕組みに変更することということが基本なのではないだろうか。
 それで、今おっしゃいました、一種の超過負担の問題というのも、それぞれに個別に基準が決められており単価が決まっているから結局それに対する超過負担問題が起きてくる。また、補助要綱の単価に沿って交付のための申請書類をつくらなくてはならない。この手のことをやっているところに問題が、中央政府からいえばそれによってコントロールがきくわけですけれども、問題があるのであって、そこを全面的に取り払うことがまず重要なのではないかというふうに思っております。
 そして、地方税として移換するべきものとして何が適当かということを申し上げるならば、言うまでもなく税源の偏在が比較的少なくしかも安定的収入のあるということでありまして、私どもの民間政治臨調としても前々から言っていることは、消費税を地方税に切りかえなさいと。ただし、この場合に、現在の消費税の中には多々欠陥が見られます。これをEC型付加価値税にきちんと切りかえた上で、直した上で地方に移管するべきである。
 この問題に関して言えば、すぐに弱者に対して税を課すものだという話が出てまいるでしょうから、私どもが前々からあわせて言っていることは、戻し税の制度を加えておきなさい。つまり、課税最低限の方々には申告に基づいて消費税分を返還する。そのためには、完全外税方式とインボイスつきの消費税に変える以外ないわけですけれども、そういう仕組みを加えておくべきであるというふうに考えております。
 さらにそれにプラスして、これは私個人のと言っておいた方がよろしいかもしれませんが、地方税問題、先ほど続先生からも御質問があった点、あの際には言及しませんでしたが、あの問題にさらに加えて申し上げるとするならば、こういうことを考えたらどうなのかと思います。
 つまり、住民税のうちの、十合納めるとすればそのうちの玉とかあるいは四といったものは、その納税者が他の現在居住していない自治体に納めることも可能となる制度に変えたらいかがなものか。もちろん、その結果ある人は自分の両親が住んでいる自治体にその分を納めるかもしれない、あるいはある人は自分が将来リタイア後住む自治体に納めておこうと思うかもしれない、あるいはちょっと旅行に行ってなかなか気に入ったと考えて、十のうちの一だけを納めるということもあるかもしれない。
 つまり、その仕組みを持ち込むことによって、余りにも自治体間が横並びであり、競争もない自治体の中に競争のシステムを持ち込むことができるのではないか。安住していれば従来の、現行の仕組みならば十の地方税といいますか住民税が黙っていても入ってきた。しかしそういう仕組みに変えると、安住すれば六に減ってしまう。しかし頑張れば十四入るかもしれない。そのような仕組み、自治体間に政策上の競争のインセンティブとし、同時に、孕石さんも今おっしゃいましたような点も加味して、高齢化社会への対応として地方税の工夫というのがあっていいんではないか。
 現に、アメリカの大都市圏の中では、日本的に言えば個人の納める住民税につきまして、居住地とそれから勤務地自治体でもってアロケートするというのは普通の仕組みとしてもう既にでき上がっております。そういうことを大規模に考えたらいかがかと思うんです。
 それから、スウェーデンやデンマーク等の社会的な支援法に基づいたそのような仕組みをどうつくっていくかというのは、いろいろ工夫をせねばならないと思いますけれども、施設上の問題等々いろいろございますが、私に一点申し上げさせていただきたいことは、そのためには従来からの対象者を選別して、つまり、これは高齢者に対する事業、これは子供に対する事業、これは勤労者に対する事業といったような対象者を選別した行政なのではなくて、いかに日常的に多世代間の交流を図っていくかという、それを私どもが構想するべきなのではないか。
 例えば、私の子供も大きくなりましたが、小学校で練馬の歴史というようなことの授業がございます。副読本もございます。学校の先生が一生懸命調べて教えてくださるのも結構ですけれども、同時に、例えばお年寄りに来ていただいて、戦前の練馬はこうであった、あるいは戦後でこうなった、あるいは高度成長期にこういうふうに変わっていったのよと、こういうことを教えるということは、単にお年寄りのための生きがい対策以上にはるかに生きがい対策になっていくはずです。そして同時に多世代間の交流が図れるだろう。
 あるいは私が前々からいろんな会で言っていることですけれども、スクールランチの時代というのは私は終わったと申し上げたいわけです。むしろ学校にカフェテリアをつくり、そこにお年寄りも来ていただいて一緒に御飯を食べる。
 私が関係しましたある千葉県のベッドタウンにおきまして、ひとり暮らしの御老人に一日他人とどのくらい会話をなさいますかという調査をしたことがあります。平均で一日なんと三分半です。そして福岡県の福岡市の隣に春日市という、ひとり暮らし老人にランチといいますか、給食サービスを昔からしておって有名なところがございます。そこをあるテレビの取材で私インタビュアーになって行ったことがございますけれども、そのサービスを受けているお年寄りの大半が、その一食を四食ないし三食に分けて食べていらっしゃる。この二つの調査を重ねると、他人としゃべるのが三分半、そして配られた食事を三回に分けて食べている、このひとり暮らしの像というのは非常に寒々とした像ですよね。
 例えば、小学校も、もはやもうこれほど子供も少なくなっているんだから、カフェテリアをつくり、そこで一緒にお食事をする。そうした形の中で、子供との日常的交流の中で多世代間の交流ができていく。その交流を抜きに社会的な支援の仕組みをいかに絵にかいてみても、高齢化社会が豊かになるとは思えないんです。
 施設面あるいはサービス面の保健福祉間の人材をどう結合するかということについては、それはそれなりに私にも意見がありますが、それ以前に、そういう多世代間の交流を日常的に図るプログラムを行政が用意するということが最も基本なのではないだろうか、そう思っております。
#36
○委員長(小林正君) 時間も迫ってまいりましたので、以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 本日は長時間にわたり御出席を願い、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして御礼のごあいさつをさせていただきます。ありがとうございました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時五十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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