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1995/04/25 第132回国会 参議院 参議院会議録情報 第132回国会 法務委員会 第8号
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1995/04/25 第132回国会 参議院

参議院会議録情報 第132回国会 法務委員会 第8号

#1
第132回国会 法務委員会 第8号
平成七年四月二十五日(火曜日)
   午前十時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月十七日
    補欠選任        林田悠紀夫君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         中西 珠子君
    理 事
                下稲葉耕吉君
                糸久八重子君
                     
                荒木 清寛君
                平野 貞夫君
    委 員
                斎藤 十朗君
                坂野 重信君
                志村 哲良君
                鈴木 省吾君
                北村 哲男君
                深田  肇君
                山崎 順子君
                翫  正敏君
                紀平 悌子君
                三石 久江君
                安恒 良一君
   国務大臣
       法 務 大 臣  前田 勲男君
   政府委員
       法務大臣官房長  原田 明夫君
       法務大臣官房審
       議官       古田 佑紀君
       法務省民事局長  濱崎 恭生君
       法務省刑事局長  則定  衛君
       公安調査庁長官  緒方 重威君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        吉岡 恒男君
   参考人
       日本大学法学部
       教授       板倉  宏君
       日本弁護士連合
       会刑法改正対策
       委員会事務局長  岩村 智文君
       東京女子大学名
       誉教授      水谷 静夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○刑法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議
 院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(中西珠子君) ただいまかる法務委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本委員会は、山本富雄君の逝去に伴い一名の欠員となりましたが、去る三月十七日、林田悠紀夫君が本委員会委員に選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(中西珠子君) 参考人の出席要求に関する件についでお諮りいたします。
 刑法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に参考人として、日本大学法学部教授板倉宏君、日本弁護士連合会刑法改正対策委員会事務局長岩村智父君及び東京女子大学名誉教授水谷静夫君の出席を求め、その意見を聴取することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(中西珠子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#5
○委員長(中西珠子君) 刑法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。前田法務大臣。
#6
○国務大臣(前田勲男君) 刑法の一部を改正する法律案につきまして、提案の趣旨を御説明いたします。
 現行刑法は、明治四十年に制定された法律でありますが、今日までに十回余の一部改正がなされましたものの、法文は当初のままの片仮名まじりの漢文調の古い文体である上、難解な用字用語が少なくありません。そのため、かねてから一般国民が法文を読んで内容を十分に理解することが困難であるとの指摘があったところであります。加えて、第百二十回国会で成立いたしました罰金の額等の引上げのための刑法等の一部を改正する法律の審議に際しましても、刑罰法令の現代用語化について政府は努力すべきである旨、附帯決議で求められたところであります。
 このようなことから、国民の日常生活に深いかかわりを持つ法律である刑法の表記を平易化し、国民にわかりやすくすることは、早急に取り組むべき課題となっているものと認められるのであります。
 この法律案は、以上のような事情を考慮いたしまして、刑法の表記を現代用語化して平易化し、あわせて刑罰の適正化を図るために必要な改正を行うこととしております。
 改正の要点は次の三点であります。
 その一は、刑法の表記を平易化することであります。
 刑法の表記の平易化が緊急の課題となっており、なるべく早期に実現する必要があることにかんがみ、内容の変更を伴う改正は行わないとの基本方針のもとに、現行刑法の条文を、次に述べます二点を除き、可能な限り忠実に現代用語化して平易化することとしております。
 その二は、尊属加重規定の削除であります。
 尊属殺人に係る刑法第二百条につきましては、昭和四十八年四月四日、最高裁判所においで違憲の判断がなされているところでありますので、今回の改正に当たり違憲状態を解消する必要がありますが、事案の実態や違憲判決後約二十二年にわたり通常殺人の規定が適用され、被害者が尊属である事情を踏まえ、事案に即しで科刑が行われている実情にかんがみ、これを削除することとし、これとの均衡等を考慮し、尊属傷害致死、尊属遺棄及び尊属逮捕監禁についてもあわせて削除して通常の傷害致死等の規定によることとしております。
 その三は、瘴唖者の行為に関する規定の削除であります。
 現行刑法四十条は、瘴唖者の行為については、これを罰せず、または刑を減軽することとしておりますが、この規定は、聴力及び発語能力を欠くため精神的な発育がおくれることが多いと考えられていたことから設けられたものでありますところ、現行刑法制定後の聾唖教育の進歩拡充等の事情にかんがみますと、今日においては責任能力に関する一般規定を適用すれば足り、同条を存置しておく理由はなくなったと考えられますことから、これを削除することとしております。
 以上のほか、所要の規定の整備を行うこととしております。
 以上がこの法律案の趣旨であります。
 何とぞ、慎重に御審議の上、速やかに御可決くださいますようお願いいたします。
#7
○委員長(中西珠子君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。
 次に、参考人の方々から御意見を承ることといたします。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、お忙しいところ当委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 皆様方から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 次に、議事の進め方について申し上げます。
 まず、板倉参考人、岩村参考人、水谷参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 それでは、板倉参考人からお願いいたします。お座りになったままで結構でございますから、どうぞよろしくお願いいたします。
#8
○参考人(板倉宏君) まず結論から申し上げたいと思いますが、瘴唖者の行為に関する規定の削除及び尊属加重規定の削除、これは全面的に賛成でございます。
 また、現代用語化、平易化につきましては、若干個々の規定で御意見を申し上げたいということはございますけれども、これはおおむね妥当であるというふうに考えております。
 その意味で今回の刑法の一部改正に賛成でございますが、しかしこれはあくまでも一部改正であるわけです。全部言葉が変わりますもので、ちょっと見ると全面改正されたかのように受け取られるかもしれませんが、これはあくまでも一部改正でありましで、今の刑法は明治四十年成立、四十一年施行ということでございますから、何といっても非常に古いということであります。現代の社会に対応できないものというものも多々あろうかと思いますもので、これからは刑法の全面的な改正ということを今後進めていただきたいというふうに考えているわけであります。
 その際には、できるだけ刑法改正論議を国民に開かれた形にしでいただきたい。ですから、法制審議会の委員の選任等につきましてもできるだけ、一部の法律家というだけでなくて、国民の声を反映できるような委員の選出ということをしていただきたい、こう思います。また、法制審議会の審議等もできるだけ国民に公開する、それで国民の意見を広く集めるという形で刑法の全面的な改正を進めていただきたいというふうに考えておるわけでございます。
 何といつでも、最近、フランスは今まで一八一○年のナポレオン法典であったわけですけれども、一九九二年に刑法が改正されました。新しくなりました。それで、昨年の三月一日から新しい刑法が施行されているわけですが、そういったところを見ますと、例えば法人などを犯罪主体として認め、そして法人に対する特有の刑罰、例えば解散とか事業所の閉鎖とかあるいは公契約からの排除とか、いろいろなものを盛り込んでおります。
 また、あと、いろいろ装いを新しくしておりますが、そうなりますと、日本の刑法は先進自由主義国家では最も古いものになりますし、ぜひ現代の社会に対応できるようなものにしていただきたいということでございます。
 そして、それでは個別的な問題でございますが、まず、瘴唖者の行為に関する規定の削除でありますけれども、これは、今のような聾唖教育が発達しているときにこのような規定を設けておくということは不合理である、これは削除すべきであると思います。また、民法なんかでもこの種の規定はなくなっているわけですが、ほかに法律でもこの種の規定というのは何かどこかの法律にあるとすればなくすべきだろうというふうに思っておりますけれども、ただ、もしもこういった障害のために精神の発育が著しくおくれているということであれば、これは責任能力に関する規定を適用すればいいわけであるわけです。
 ただ、この点につきましては、刑法学者の間で若干慎重論というのがあるわけでございます。瘴唖ということを精神障害というふうに考えられるのかどうかということで、もしもこういう規定をなくしてしまうと、この規定があれば処罰されない、あるいは刑が減軽されるものがそうでなくなるおそれもあるというふうな意見もあります。そしてまたドイツの刑法、一八七一年の旧刑法では確かに瘴唖者についての規定がございました。瘴唖であるために精神的発育がおくれ、そのために、行為が許されないものであることを弁別し、またはその弁別に従って行動することができない者は罰しない、著しく低減している者は刑を減軽することができるというような規定があったわけでありますけれども、一九七五年の新しい刑法ではこういうものはなくなっております。
 何も精神の障害ということを分裂病とかそういったような狭い意味のものにとらえる必要はないわけで、何らかの障害があって、是非を弁別し、その弁別に従って行動をコントロールできない者は責任能力がないというふうに、そして著しく落ちている者は刑を減軽するというふうに考えればよいわけであると思うわけです。各国の規定を見ましても、このような規定は今のところ先進自由主義国家の刑法では見当たりませんし、こういったものは削除した方がよいと思います。
 それから、尊属加重規定でございますけれども、まず尊属殺人の規定につきましては、もちろん、最高裁判所の違憲判断が示されておりますもので、これは本来ならばもうとっくに削除しておくべきものであったかと思います。
 あと尊属傷害致死、尊属逮捕監禁とか尊属遺棄罪、他の規定につきましてでありますが、これは尊属傷害致死なんかは最高裁の合憲判断がなされております。またしかも、特に配偶者の直系尊属ということになりますと昔の家制度を思わせるものがあると思いますが、最高裁判所はそういったものについても合憲だというふうに言っておりますが、私どもはこういった、尊属だからということで刑を加重したりするということ自体が法のもとの平等に反し、憲法違反だというふうに考えておりますし、こういった考え方が法律研究家の中でも圧倒的に多いように思います。もしも合憲であるとしても、こういった規定を設けておくという理由は余りないのではないかと思うわけです。
 外国の例を見ますと、こういった尊属に対する刑を重くするというのはフランス刑法なんかの伝統があるわけですが、確かに最近の、昨年の三月から施行されたフランス刑法でも尊属に対する加重規定は置いてはおります。しかし、配偶者の直系尊属に対する規定はございません。そして、これは何も直系尊属についてだけの加重規定ではございません。十五歳未満の者だとか、あるいはいろいろ、証人だとか被害者とか、そういった者に対する加重規定というものを置いているわけであって、尊属に対する加重だけを取り上げて刑を加重しているわけではありません。特に十五歳未満の者についての加重規定も置いているわけでございます。
 しかし、いずれにしても、こういった規定を設けておくという必要はないと思います。また、こういった規定をなくしたからといって尊属に対する処罰が実際上裁判所で軽くなるとか、そういうことも今の実情では考えられないわけでございますから、こういった規定は排除、削除するということであろうかと思います。これは大体、もう刑法改正の今までの過程でも一貫して、こういった規定はなくしていくという意見が支配的でありましたし、こういった規定は、合憲であると仮にしても、排除していくということであるべきだろうと思うわけでございます。
 次に、言葉遣いとして気になる点を若干申し上げたいと思います。
 これは気にいたしますと、もういろいろ出てまいりますけれども、まず「内乱」、第七十七条第一項第三号でございますが、もともとの朝憲紊乱、法律家はビンランと読んでいますが、それを直すのにも相当御苦労されたと思いますけれども、特にこの三号の「付和随行し、その他単に暴動に参加した者」となっておりますが、これはもとは「干与」でございます。「干与」という字は余り使いませんが、これは「関与」でよろしいんじゃないかと思うわけです。「参加」というのと「関与」というのとは少し感じが違うんじゃないかと私なりには思うわけです。何人かに聞いてみましたけれども、「参加」というとやはり主体的に参加するという感じなんで、「関与」というともう少し広い意味になるのではないか、若干狭められるのではないかというふうに考えないわけではございません。
 あと若干ございますが、九十六条の三でございますけれども、これは見出しだけなんですが、「競売等妨害」となってございます。これは、ところが九十五条ですと「公務執行妨害及び職務強要」という見出しになっております。二項の方の職務強要も見出しになっておりますから、なぜ九十六条の三は、これは談合というのを見出しからとってしまったのかというふうにも思うわけです。「競売等妨害」それから「談合」というふうになってもよかったのではないかというふうに感じております。
 それから、これも見出しですけれども、第二十一章の「誣告」を「虚偽告訴の罪」という見出しになりましたけれども、これも刑事告訴だけでなくて懲戒の処分を受けさせる目的の場合も含みますので、「虚偽告訴の罪」という、これは章の名前だからそんなのでいいのかなとも思いますけれども、若干問題があろうかなとは思います。
 それから、刑法二百三十八条の事後強盗罪でございますけれども、二百三十八条で「窃盗が、財物を得でこれを取り返されることを防ぎこということでございますけれども、これは「窃盗犯人が」というふうな方がいいのではないかと私としては思います。これは窃盗の実行に着手すればよろしいわけですけれども、ところが二百四十条の方は「強盗がこと書いてございますが、強盗というのは、よく強盗犯人のことを強盗と言うわけですね。しかし、窃盗犯人のことを窃盗とは普通は言わないと思うんですね。窃盗というと窃盗行為を指すわけであっで、普通日常語としては言わないので、これは「窃盗犯人が」というので私としてはいいように思いますけれども、これは強いてこだわりません。これは若干いろいろな人に聞いてみたところ、皆、窃盗というときには、窃盗犯人を窃盗とは普通は言わないというふうに言っております。
 若干気がつきましたことはそういうことでございますが、今回の刑法一部改正には賛成でございますが、くれぐれもこれからも本格的な刑法改正に取り組んでいただきたいというふうに考えております。
#9
○委員長(中西珠子君) どうもありがとうございました。
 次に、岩村参考人にお願いいたします。岩村参考人。
#10
○参考人(岩村智文君) 弁護士の岩村です。日弁連の立場を踏まえて意見を述べさせていただきます。
 日弁連は、刑法の表記を現代用語化し、あわせて刑罰の適正化を図るために必要な改正を行う今回の刑法の一部を改正する法律案に基本的に賛成しております。
 刑法は、言うまでもありませんが、国民の権利義務、基本的人権に直接かかわる国民の基本法、犯罪と刑罰に関する基本法です。どんなことをしたらどのように罰せられるのがが国民のだれにでもわかるように明確に規定されていなければならないものと思います。
 ところが、御承知のとおり、明治の末に制定された現行刑法は、片仮名書きの上に、その用語は極めて難しく、法学部の学生にもなかなか理解できないものとなっております。個々の犯罪とその刑罰を定めた刑法名則、これは一番重要なわけですね、何をしたら罰せられるかがわかるものが書かれていなければいけないのですが、そこには、例えば少し抜き出してみますと、「首魁」、「証憑」、「焼燬」など、読めそうもない字が並んでいます。こうした用語を改め、わかりやすくするということは、刑法を国民の立場に近づける重要な一歩になると考えております。今回の現代用語化による平易化は、その意味で刑法を国民のものにする、国民主権のもとでの刑法づくりの基礎となる画期的な改正と言えるというふうに考えております。
 日弁連は、昭和四十九年に「改正刑法草案に対する意見書」を発表しましたが、そのとき以来、現行刑法の現代用語化とあわせて、大方の意見が一致する部分改正を提起してきました。この日弁連の方針は、昭和五十八年の「現行刑法の現代用語化日弁連試案」を経て、平成五年の「現行刑法現代用語化・日弁連案」としてまとめられております。
 参議院は平成三年四月九日、罰金額の引上げのための刑法一部改正に際し、罰金を含む財産刑についてさらに検討を加える必要のあることを指摘しつつ、四項目の附帯決議を上げたわけですが、その中の主なものとしては、まず、罰金刑制度のより適正かつ合理的な見直し及びこれを補完する制度を導入すること、それから、罰金が選択刑と定められていない財産犯及び公務執行妨害罪などの犯罪について、罰金刑を選択刑として導入することを検討すること、さらに、現行刑罰制度の合理化・適正化を図るとともに、尊属殺重罰規定の見直し、刑罰法令の現代用語化についての検討をすることなどを決議しております。
 衆議院も同様の決議をしております。「現行刑法現代用語化・日弁連案」、先ほど申し上げた日弁連の案も、この衆参両院の附帯決議と同じ趣旨のものと言うことができます。
 日弁連から法制審議会刑事法部会に出でいる委員・幹事、私も幹事として法制審刑事法部会に加わっていたわけですが、この法案をつくる過程で法務大臣から刑法の平易化について諮問を受けました。そこで私どもは、国民にわかりやすい刑法とするためには思い切った表記の平易化を検討する必要があることを提起しました。
 また、今回の現代用語化に当たっては、衆参両院の附帯決議に込められた立法府の意向を最大限尊重すべきであることを表明し、尊属加重規定を見直すのと同じく、時代の変化、進歩に合わせた必要最小限の部分改正を求めました。
 「官吏、公吏」という古い言葉が変わった「公務員」規定、これは七条ですね。それから、「告訴ヲ特テ之ヲ論ス」などというわけのわからない親告罪規定が、「告訴がなければ公訴を提起することができない。」とわかりやすく変わりましたし、三十九章の「贓物」が「盗品その他」云々と、読めばわかるように変わるなど、法案は平易化の方向に前進しています。
 しかし、先ほど言いました思い切った平易化を図るという点から見ると、必ずしも十分ではありません。幾つかを指摘してみたいと思います。
 その一つは、「又は」、「若しくは」、「並びに」といった接続詞は平仮名にしたらどうかということです。これは、私ども弁護士は漢字で書くことになれているんですが、若い人に、特に大学生に聞いても、「若しくは」を「若い」という字を書いて「しくは」と書くこのモシクハは読めない人が多いんですね。シャクシクハと読んでしまいまして、接続詞一つでつっかえるというのでは非常に問題だというふうに思いますが、これはまあ政府の方で用語の統一を図っているので直せないという問題があったわけでありまして、こういった点は法令全体の問題として今後検討していただきたいというふうに考えております。
 次いで、「監獄」、これは十一条、これに関連して「仮出獄」ということがありまして、ある人に私は「仮出獄」という字を見せて、これどう思うと言ったら、地獄から出てきたような気がするという話がありまして、これもちょっとなかなか、今の人には非常にわかりにくい言葉だなということで、これはいろいろ問題が残っている。
 それから、「改俊の状」とか「心神喪失」、「心神耗弱」、「抗拒不能」など、こういう文言は現行法どおりで平易化されておりません。現在一般的には、先ほど言いましたように「監獄」とは言いませんし、また「心神喪失」などはなかなか意味がわからない。心と神と書いて心神、これがなくなるというと失神したような気になるという人もいましたり、いろいろ問題が残っております。さらに「心神耗弱」は、シンジンコウシャクと読まずにシンジンモウジャクというふうに読む人が多いんですね。こういう問題がまだ残っております。
 さらに、放火罪のところでは「焼燬」を「焼損」に、往来妨害罪のところでは「壅塞」を「閉塞」にというふうに言葉の置きかえが行われましたが、これで果たしてわかりやすくなったと言えるか、問題があるでしょう。「焼燬」と言わないであるいは「焼損」と言わないで、「焼く」、「壅塞」を「閉塞」と変えないで、「ふさぐ」というふうにするとわかりやすかったというふうに思っております。
 表現の点でも問題が残っております。
 例えば十条、「同種の刑は、長期の長いもの又は多額の多いものを重い刑としこといった規定です。これでは何だか頭が混乱しそうな条文になっております。百十八条、百二十四条など、「傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」とありますが、この規定を読んでも一般の人はどういう刑で処罰されるか全くわからない。傷害の罪とどう比較していいかわからないわけですね。ですから、これを例えば百二十四条を具体的に、「前項の罪を犯し、よって人を傷害した者は十年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処し、死亡させた者は、二年以上の有期懲役に処する」と具体的に規定すると、だれでもわかる条文になるというふうに思います。こうしたわかりやすい改正も、条文の移動などがあるため、今回の改正の枠からははみ出るとされて見送られております。
 大方の合意が得られる部分改正では、尊属関連規定と瘴唖者規定が削除されました。日弁連としては、法制審の今回の刑事法部会において、今述べた瘴唖者規定の削除のほかに、罪刑法定主義規定の新設、公務執行妨害罪への罰金刑の新設、強盗傷人の法定刑の変更、財産犯の一部への罰金刑の新設などを提起しました。
 公務執行妨害罪や財産犯の一部への罰金刑の新設は衆参両院の附帯決議に沿うものですし、公務執行妨害罪に罰金刑を新設する問題は、今から七十数年前の大正十年の帝国議会において既に議員提案されております。明治憲法から日本国憲法へと公務員の性格も大きく変わった現在では、その必要性はさらに高いものとなっていると言えるのではないでしょうか。
 傷害には罰金刑があるのに、窃盗には罰金刑がありません。現在の経済社会情勢、国民意識から、窃盗などの財産犯の一部に罰金刑を新設することには合理性があると言えるのではないでしょうか。これらの改正提案は、今回の改正の枠からはみ出るということで見送られております。
 特に残念なのは、刑法の冒頭に罪刑法定主義に関する規定を新設することと、強盗致傷、強盗傷人とも言いますが、二百四十条の法定刑、「七年以上の懲役」を「六年以上の懲役」に下げて、情状酌量によって減軽されれば執行猶予がつけられるようにしようという提案が見送られてしまったことです。
 万引きした犯人が追いかけられて、捕まりそうになったら、人情としてだれでも振り払います。そうした場合に、追いかけた人が倒れで転んでけがをしたといった場合には事後強盗致傷となって、どんなに情状酌量の余地があっても執行猶予をつけることができません。こういうことでは重過ぎるということで、法律実務家、学者の多くは一致して現行刑法の欠陥を指摘しております。せめでこのくらいはと思ったのですが、今回の改正の目的に外れるということで残念ながら見送られました。
 今回の改正は、国民にわかりやすい、明確な刑法に改正しようとするものですから、いわゆる罪刑法定主義の原則を適用した改正作業だったと言うことができます。刑事法部会の中でも、このことに異論はありませんでした。刑罰を科すには法律の規定によらなければならない、その規定はわかりやすく明確なものであること、罪刑は均衡していなければならないなどをその内容とする罪刑法定主義の規定を刑法の冒頭に規定することは、今回の改正の趣旨、平易化の目的を明らかにし、今後の刑法のあり方、改正の方向性を示すものとして自然なものでした。しかし、平易化を目的とする今回の改正で、条文をふやす、新設規定を設けるということは相当でないという意見もあって、この規定は今後の課題とされました。実現しなかったとはいえ、罪刑法定主義の原則は、衆参両院の附帯決議を実現し、また今後平易化された刑法をさらによいものにしていく上で欠かせないものと一言えると思います。
 今回の改正で多くのものが積み残されていることは既に述べたとおりですが、刑法の平易化によってようやく国民が論議すべき共通の土俵がつくられたということが重要です。読める刑法になったということは、そこから議論ができるということです。現在の社会、経済、文化、国民意識などを踏まえ、将来をも展望する国民のための刑法づくりを始めることが必要になっております。日弁連もその作業に取り組むことにしていますが、これは国民全体の問題ですので、法律家に限らず多くの分野で論議されることが求められていると思います。
 しかし、国民のための刑法づくりはそう簡単ではありません。短時日では実現できないと思われます。その間どうしたらよいでしょうか。まずは、今回積み残された課題を部分改正によって実現していくことが求められております。今回、時間的制約のため不十分であった平易化もさらに進められるべきですし、衆参両院の附帯決議に盛られた内容、法制審刑事法部会で提起された課題の検討は早急に着手されなければならないと思います。
 刑法をよりよいものに改正していくためには、その論議のあり方についても検討されなければなりません。
 まず、改正論議の中心となるであろう法制審議会刑事法部会の構成を法律専門家に限るのではなく、他の分野にも広げることです。また、部会のメンバーにかなりの女性委員を入れ、バランスのよい構成にする必要があると思います。今回は女性委員がいない中で、「淫行」とか、そういう言葉遣いで淫行勧誘罪というのがあるわけですが、そういう問題とか、「女子」という言葉がいいかどうか、「女性」がいいのかとか、そういう問題も少し議論されたんですが、女性の意見は反映されませんでした。
 次いで、国民の意見を聞く方策を検討すること、これが重要だと思います。一般市民を部会の構成員にする、あるいはそれができなくとも参考人として意見を聞く、公聴会を開くなど工夫が求められております。国民の人権に直結する刑法のあり方を審議するのですから、国民を排除するわけにはいきません。国民主権からしてこれまた当然のことです。
 さらに開かれた法制審刑事法部会にすること、これが重要だと考えております。
 今回の改正作業中に委員の名前の公開問題が発生しましたが、自由に討論できないなどを理由に、これまでどおり、刑事法部会の委員は公開しないことになりました。国会議員にも公表されておりません。だれが、どういう人たちが議論しているのかさえわからずに国民の刑法ができるとは到底思えません。公開は時の流れです。それは民主主義のバロメーターと思います。氏名は当然のこととして、刑事法部会の議事録、関連資料も公開されるべきと日弁連は考えております。
 今後の刑法改正は、罪刑法定主義の原則を十分に踏まえつつ、国民主権の民主主義国家にふさわしく進められなければならないというふうに思います。日弁連もこれからその努力をいたしますが、議会においてもその点よろしく御配慮いただきたいというふうに思って、私の陳述を終わります。
 以上です。
#11
○委員長(中西珠子君) どうもありがとうございました。
 次に、水谷参考人にお願いいたします。水谷参考人。
#12
○参考人(水谷静夫君) 水谷でございます。
 私は法曹界の人間ではございませんので、文章の平易化という観点から、と申しましても、言葉はただ内容のないことをあらわすわけではありませんから、必然的に内容に触れるところがあると思います。それで、以下、幾つか条文を引くことがございますが、お恥ずかしいことですが、私、法の慣行を知らないで読み損なうところがあるかもしれません。ということは、現行法がかなり難しいということの、国語学を売って飯を食っていた者も読み間違えるということだというふうにお考えくださいまして、私の読み誤りがございましたら御寛恕くださるように、まず冒頭でお願いいたしておきます。
 法典の表現というものは美しくあるべきだというのは、たしか小野清一郎博士の御意見だったと思いますが、私は基本的立場としてはこれに賛成でございます。ただし、表現を平易化するという要請、これもまた時の流れとして当然のことだと思います。しかし、この美しさと平易化というのは必ずしもすっきり簡単に結びつくものではございません。その上にさらに、仮に平易化された法令文になりましても、それが現代日本語として美しいことはやはり望ましいことなんで、修辞する余地があるようなところはなるべく整った日本語にしていただきたいというふうに考えるわけであります。
 しかし、もちろん法令文は文芸作品ではございませんから、恐らく最も重要なのは表現の正確さだと思います。ある場合に、正確を期すると平明ではなくなるということがございまして、これは法律文に限らず広い意味で申します実用文、技術文の宿命でございます。正確さと平明さとには必ずトレードオフの関係がありまして、これをどういうふうに調和させるかということが問題なんだという、まず言語表現としての原理的な面を一つ先に申し上げておきます。
 表現を平易化すると申しましても、当然刑法単独で済む問題ではありませんで、ほかの法の表現とのかかわり合いということが問題になります。それから、先ほど申しましたように、いかに平易化といっても正確さを損なっては何にもなりません。正確さを保つために従来の用語法にいろんな慣用があった。その慣用が一般に伝わらなくなってきている。その部分がどうなるかというような問題がありますが、これを思い切って全部変えるということは、原理的には可能ですけれども実務上多分非常に難しいのではないかと思います。したがって、かなりの努力を払って表現の平易化ということに努めても、なおかつ、そのできたものは現代の口語の立場から見ますとかなり保守的にならざるを得ないということに対しても、当然私はある面ではごもっともと言わざるを得ないのであります。
 今回の改正案を見ましても、例えば法令文に非常に多い、事物を並べて述べる表現ですが、典型的には「及び」、「若しくは」、「又は」といったぐいのものでつながれる表現ですね。それ以外にもあります。これについての抜本的な改革というのは何らなされておりません。
 一方、そういう法の今までの慣行というものが仮に確立していなかったとすればどうだろうというふうに考えてみますと、正確さを失わずかつもっと現代の普通の言葉に近づける方策がないわけではございません。この点は後でちょっと例を挙げて申し上げます。
 そういう点では、現代語化をさらに進める余地は今回の改正案にも多々ございます。特に、若い世代のことを考えますと、彼らが日常接することのない表現パターンが依然として多いという点など、この現在の改正案の程度では現代語化されたとは若い世代の人たちは感じないだろうというふうに思いますが、総体として眺めでみますと著しく不適当とは申せません。というのは、法の慣行とかなんとかというような技術的な面を考えまして、急激に全部新しくつくっていいというのとは違いますから、急激に全部を変えることはできないというのは重々わかりますので、総体的に著しく不適当とは申し上げられない。適当であるとは申しません。しかし、もちろんのこととして文法違反などございませんから、整った文章になっているということは言えると思います。整った文章というのは現代語としてですね、整った文章になっているということは言えると思います。
 そこで、今日世の中にいろいろ行われております文のジャンルで考えまして、一体じゃその難しさといいますか、かたさと申しますか、それはどの程度かということを判定してみますと、全国規模の新聞紙の社説よりややかたい程度と思われます。この程度を、だからしょうがないと考えるか、それじゃとても話にならないと考えるかというのはいろいろだと思いますけれども。一応格調がある文章であるということは事実であります。
 それで、私といたしましては、ほかの参考人の御意見もそうでありましたように、これを口語化の第一歩としてさらによい口語のスタイルを確立していただきたい。ある意味で申しますと、法律の文章というのは書きいいタイプの文章なんでありまして、いろんなパターンを集めで工夫してみますと割合にすっきりした言い方で、かつ文語の直訳にならないような幾つかのパターンが見つかるはずであります。ですから、これは刑法の改正とかなんとかということを超えて、ぜひそういうように法令文の口語化のためにどういうパターンがよろしいかという、しかるべき研究会なんなりをつくりまして継続的な努力をなさっていただきたいというふうに思います。
 今、改善の余地が多々あるということを申しましたことについて、以下若干具体的な例を挙げて御説明をさせていただきたいと思います。
 第一に、徹底的な口語化をするとすれば、事は刑法に限らずこうした点を考える必要があるということであります。幾つかの点でありますが、それは、まずその前に現在の法令文、特に文語文のものは明らかにそうでありますし、口語化されたものもそうでありますが、これは漢文訓読体を基盤としてできたスタイルでありまして、明治の時代に普通の文を書くとなると、一番普及しておりましたのは候文ですけれども、幕府のおふれ書きも当然御承知のように候文だったわけですが、まさか候文で書くわけにもいくまい。といって、いかに王政を復古したという時代でも源氏物語ばりの和文で書くわけにもいかなかった。そうなりますと、やっぱり漢文訓読体によらざるを得なかったという事情があります。それをいわば直訳的に口語にしたので非常にかたい部分がある。しかも、かたくても皆さんがそれになれていればよろしいんですが、概して普通の国民はもう漢文訓読体の基盤というのを文化的背景として失っておりますので、これが一番障害の原因だということになります。
 したがって、パターンとしてどうなのか、こういうことを言うための文章のパターンというのがあるわけですね。そのパターンとしてどうなのかということに気をつけなければいけない。その第一が、先ほど出ました「及び」、「並びに」、「又は」、「若しくは」のたぐいでございます。
 お配りもしてあると思いますが、「ジュリスト」のコピーの二段目のところ、これは刑法ではございません、地方自治法ですが、私が見つけましたいわゆる世間で悪文と言うであろうという典型的な例であります。「副知事若しくは助役にも事故があるとき若しくは副知事若しくは助役も欠けたとき又は副知事若しくは助役を置かない」云々と、引用してありますので時間の節約でやめますが、これを読んでわかる人間がいるはずございません。ただし、これは正確さを期するとこうなるということは事実なんでありまして、この文法構造が左側の図で図式としてあります。これをごらんになるとわかるように、論理的には整然としているわけであります。しかし、これではやっぱりまずかろう。
 そこで、私の改案がその下に出ております。こっちは短いのでちょっと読み上げますが、概して文語に基づいたものを口語訳しますと長くなるんですが、いつもそうなるわけではないということの例です。副知事や助役も事故を生ずるか欠けるかしたとき、又は副知事や助役を置かない普通地方公共団体でその長が事故を生ずるか欠けるかしたときは、その長の指定する吏員が職務を代理する。」。これだったら恐らく、耳で聞いてはちょっとわかりにくいかもしれませんが、読めばそうわかりにくくはないと思います。しかも論理的には厳正であります。上の構造をきちっと押さえております。
 これが可能になった理由は何かといいますと、「の」だとか「や」だとか「か」だとかをうまく使っていることです。本来の日本語というのはそういうものだったわけですね。漢文訓読で、「AとBと」で済むところを、「A及びB」なんてやるようになったわけです。ですから、ある意味ではこれは復古させればよろしいということです。まあ言葉はそうは簡単にいかないものがありますが、「又は」や「及び」を全部使っちゃいけないというわけじゃなくて、こういうふうにしてわかるところはしたらどうでしょうかというようなことですね。
 それから、同じようなことは、今回の改正案でも「おいて」「おける」が非常に多いわけです、何々「において」、何々「における」。これはなくても済むんですね。「おける」でしたら何とか「での」にすればよろしいわけです。
 例えば、早速ですが、第一条で、「この法律は、日本国内においで」になっておりますが、「日本国内で罪を犯したすべての者に適用する。」で何ら紛らわしいところはない。それからその第二項です。これは、「において」と「について」というものが使われているところなんですが、それを削りましても、「日本国外にある日本船舶亦は日本航空機内で罪を犯した者にも、前項と同様とする。」で済むわけであります。
 ほかにも幾つかそういうところがありますが、「場合においては」というのは「場合では」というようにすればよろしいとかございます。ただし、それだけで簡単にはいかないで、いささか工夫を、機械的な置きかえではやっぱりおかしいというところもありますが、時間の節約のために一々申し上げません。
 それから、「ことなく」という、何々する「ことなく」ですが、これは「ずに」で済むわけです。これも本来の和文はそうだったのに漢文訓読の必要上形を整えるために「ことなく」という言い方に変えたわけですね。口語で「ずに」も使っておりますから、「ないで」、「いかないで」とか「せず」、「しないで」という案もありますが、これはちょっと口語的過ぎると思うので、その中間をとりますと「ずに」を使ったらよろしいというふうに思います。
 それから、何とか「するときは」、これは本当に時を問題にしている場合は「ときは」と書かざるを得ないんですが、条件をあらわしている場合は「ば」で済む場合が非常に多いんです。だから、何とか「するときは」を全部削れとは申しませんが、「ば」にした方が意味がわかりやすい場合がございます。
 それから、一つ一つの条文の対応を崩さないというのは当然としまして、中も原文との対応を破るとまずい、破っではいけないということになりますと言い方がとかくかたくなりまして、現行刑法の原因の「因」に片仮名で「テ」と書いてある部分です。これ、「因テ」というのは、何々が原因となってこういうことが出てきているということを言っているところで、ほかの手段をあらわすということと区別つける必要でそうしたと思います。これは裏からいいまして、何々の「結果」としてしまえば意味が全然紛れないでさらにわかりやすくなります。これに「因テ」というように一々断る必要はないというふうに思います。
 それから、第三点としまして、表現の、述べる順序をちょっと変えた方がいいだろうというところを挙げます。
 九十五条、これは私の変えた案ですが、「職務を執行する公務員に暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の懲役又は禁固に処する。」というふうにした方がよろしかろう。これは原文は「公務員が職務を執行する」という格好になっておりますが、これですと職務を執行する公務員が犯した罪のようにとれるんですね。ずっと後ろまで読んできて初めて、それを対象とする、別の人間の罪だということがわかります。こういう部分は少し順序を入れかえるだけでよろしくなるでしょう。
 それから、まことにつまらない例なんですが、第七条の二、云々「電子的方式、磁気的方式その他、人の知覚によって」と、「その他」と「人」との間に読点をお打ちになる方がよろしいと思います。これは「その他人」と読んでしまうんですね。こういうつまらないところは、どんどんお直しになった方がいいだろうと思います。ほかにもこういったぐいが幾つかございます。
 それから第四に、どういうわけかところどころ受け身が出てまいりますが、この受け身は受け身にする必然性がないようなところがございます。例えば第二条五号、「公務員によって作られる」となっていますが、「公務員がつくる」で差し支えないわけで、受け身があるためにかえってごたごたしている。同様なのが百六十一条の二の第二項とか、それから第二十七条にもあります。「取り消されることなく」ですか、これは「取り消さずに」で済むわけです。
 それから「べき」も、元来、刑法ですから「べき」を論じているのに決まっているので、要らない「べき」は削っていただきたい。要る「べき」は当然残さなきゃいけませんが。要らない「べき」というのはどういうところかと言いますと、九十六条の三ですが、云々の「公の競売又は入札の公正を害すべき行為をした者」なんですが、「害する行為をした」でよろしいので、ほかのところも考えてみますと、ここに「べき」があるのだったらみんな「べき」、意図だけでは罰しないとかなんとかという場合は別としまして、みんな「べき」なんですね。そういう意図、そういうことを目的としてするということを言っているわけですから。こういったぐいを少し工夫しただけでもかなりいわゆる当たりはやわらかくなるはずです。
 それから最後に、これは一番局外者としては申し上げにくいことなんですが、刑法特有の言葉があります。これは先ほどお二人の参考人の方からもいろいろ御指摘があったところですが、そのうち特に一例だけ申し上げますと、六十五条の「加功」、「加」は加える、功績の「功」です。これはどうも私初めて刑法で知った言葉で、いろいろ手元の字引を調べましたが、よくわかるようなのは出てこない。
 それで、ちょっと物好きですから追っかけてみましたら、中国の明ですね、明代の律、明律に出ている特殊用語なんですね。ところが、恐らく明治時代でもそうだと思うんですけれども、現在この功績の「功」という字はプラスの評価でしか使わないわけです。ですから、「加功」という言葉があると、何かいいことをしてくれたんだというふうに思ってしまうんです。
 ここは素人で、もし間違っていたら御容赦を願いたいんですが、二百六条に「勢いを助けた」という表現がございます。この「勢いを助けた」という表現と「加功」というのが違うのかどうかということを厳密に私は存じませんが、もし大差がないのでしたら、「勢いを助けた」とか「助勢」、あるいは「力を添えた」とかというような言い方に変えるというようなことが必要かと存じます。こういったぐいの言葉は幾つもほかにもございます。
 最後に、繰り返しますが、これを口語化の第一歩としてさらによい表現を目指していただきたい。極端なことを申しますと、今回の口語、もし時代でどの時代のものに当たるかといいますと、昭和二十二年ぐらいの程度の口語であると。それから、もちろん、先ほど申しましたように、一応格調はあるし、整った文であるということは認めます。ですから、その限りにおいては異存はございませんけれども、せっかくでございますから、将来に向けてはもうちょっと現代語に近いようにしていただきたいということでございます。
#13
○委員長(中西珠子君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人の方々からの御意見の陳述は終わりました。
 それでは、これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#14
○下稲葉耕吉君 自民党の下稲葉でございます。
 きょうは参考人の三人の先生方、大変お忙しいところをありがとうございました。非常に貴重な御意見をいただきました。その御意見を背景にいたしまして、二、三質問させていただきたいと思います。
 まず、板倉参考人に最初にお伺いいたしたいと思います。
 今回の刑法改正については基本的には賛成である、細かい点についではいろいろまだ意見があるというふうなことでございました。そこで私どもは、大変わかりにくい片仮名の文語体の文章をこういうふうに平易化するということは、かねがね国会としても附帯決議等で決議しているように、その推進の立場にあるわけでございます。できるだけ立派な法律、国民がわかりやすい法律に持っていくということは当然なことであろうと思うのでございます。
 そこで、今回の法律改正には基本的には賛成であるがということで、将来の問題としまして、法制審の具体的な構成員の問題いろいろ御意見があるようなことでございました。その点につきまして、具体的にどういうふうな人選なりなんなりやったらいいか、お考えがございましたらお伺いいたしたいと思います。
#15
○参考人(板倉宏君) 岩村参考人からもその御意見が出たかと思いますが、要するに法律の専門家だけで、しかも法制審議会の審議が余り公開されていないということでございますね。やはり法律家だけですと、今、水谷参考人の御意見を聞きまして、私も法律家なものですから、ああそういう考え方もあるんだなというふうにいろいろ感じていたところもございます。
 いずれにしても、これは国民のためのものでございますから、やはり広くそういった人を委員に選ぶ。それで、選び方というのは具体的にどうするかというと結構難しいことがあると思いますけれども、要するに各方面の方ですね、市民代表、労働者代表といいますか、いろいろ各方面からの方を選ぶようにすべきだというふうに考えているわけでございます。具体的なやり方はなかなか難しいかと思いますけれども、そういうことでございますが、よろしゅうございますか。
#16
○下稲葉耕吉君 ありがとうございました。
 岩村参考人はその点につきまして、学者ばかりじゃなくて女性も含めて広く選考したらどうかと、こういうふうな御意見でございましたですね。
 そこで、水谷参考人のお話を承りましで、私も長いこと役人をやっていた経験があるものですからつくづく感ずるんですが、大変貴重なしかも大切な御意見だと思うんです。特に、参考人は岩波の辞典の編集の責任者というふうに承っておりますが、やはり国語というのは日本の文化でもございますし、そういうふうなものが法律の中に、何といいますか、正しい形で受け入れられて、そしてまたそういうふうな法律等を通じて私はそういうふうな日本の国語も進化するといいますか、そういうふうな側面もあっていいと思うんです。
 役人をやっていて法律作成に参与したことも何回かあるんですけれども、最後の段階になりますとやはり、議員立法の場合でもそうですが、政府提案の法律でも内閣法制局あるいはその他法制局というのがございまして、そこで今おっしゃったようにわかりにくい文章に変わってくるのが多々あるんですよ。そしてまた、そういうふうに変えることがその法制局なんかの専門家の専門家たるゆえんみたいなことで、最初はわかったような文章でもわからぬようなことになるような経験も何回もあり、苦々しく思ったことがあるんですが。
 そういうふうなことからいいますと、ただいま具体的にいろいろな例等を引き出しで御説明になっているんですが、国語学者なりなんなりの方々が今まで、この刑法の問題に限らず、法律作成に参加されたような経験なり、あるいはそういうふうな仕組み等について何か御経験ございましたら御意見を承りたいと思うんです。
#17
○参考人(水谷静夫君) 国語学者が積極的にかなり上位の方の、つまり法律案として国会にかかるようなものですね、それに加わったということは私は存じません。唯一の例外が日本国憲法の文章のチェックを事前に頼まれてしたという例しか存じません。ただし、これはGHQに缶詰になってさせられたそうでありますが、それ以外は存じません。
 それから、これは必ずしも国語学者が名文家とは限りませんので、国語学者ならだれでもいいというわけにまいりません。変な例を引きますけれども、すぐれた経済学者で貧乏人が多いわけです。それと同じことで、国語学者でも、人の文章には難癖つけるけれども、じゃ自分で代案出せと言われると必ずしもうまいかどうかということは問題ですが、しかしやっぱりそれは専門にやっておりますから、全然いないよりはお役に立つだろうと存じます。
#18
○下稲葉耕吉君 わかりました。
 今度の国会でも八十六本ぐらい法律関係が提案されているほど、たくさんな法令の審議というのがありますから、私は、それに一々今申し上げましたような形のアプローチというのは難しいだろうと思うんです。しかし、刑法だとか民法だとか、何か基本法ですね、そういうふうなものにつきましては、法制審のメンバーの話がございましたけれども、やはりそういうふうな意味からも、何といいますか、専門家の御意見を聞くことはどうかなと思うんですけれども、岩村参考人、その点についての御意見はいかがでございましょうか。
#19
○参考人(岩村智文君) 今おっしゃられたとおりだというふうに思います。特に、今回のように現代用語化するというような場合には、国語学者の方の御援助がぜひとも必要だったというふうに感じております。
 先ほど水谷さんがおっしゃったような問題は、やはり法制審の刑事法部会の中でも論議されて、そういう意見、「おいて」を「で」に直せだとかいう意見もいろいろ出たんですが、やはり先ほどお話がありましたように、法制局等の、今までの法律というものはこういうものですという、こうなっているんですという、そういうことを言われてしまって、結局黙ってしまうという状況があったわけです。その辺は、私どもからの要望ですと、法制審議会の中に国語の専門家の方に加わっていただくだとか、いろんな専門分野の方に加わっていただいて国民的なものにしでいくということと同時に、議会におかれましても、法案づくりのときにぜひともそういう用語の問題についても今後いろいろ御検討いただきたいということを考えておりますので、その辺を逆に御要望したいというふうに思っております。
#20
○下稲葉耕吉君 ありがとうございました。大変大切な問題でございますので、私どもも十分心してやってまいりたい、このように思います。
 若干、今度は内容に入ってお伺いいたしたいと思いますが、尊属加重規定、削除された問題でございますが、これにつきましては法律の専門家でございますお二人の参考人はいずれも賛成という立場でございました。いろいろ外国の例等も引いて板倉参考人からも御説明があったわけでございますが、考え方によりますと日本の純風美俗の一つじゃなかろうかと、おやじを尊敬するというのはこれは当然のことでございます、両親をですね。
 それで、そういうふうな刑法二百条の規定というふうなものが四十八年に最高裁の大法廷で違憲だと言われた。その判決の内容を読みますと、刑罰そのものが違憲だということではなくて、死刑または無期しかないものですから、四十八年四月の最高裁の大法廷の判決の背景にあるような具体的な事件に徴して見ますと、これはもうとてもじゃないがおかしいじゃないかというふうなことで、多数意見で憲法違反だというふうなことになったということでございますね。少数意見はもともとそういうふうな、差別というんですか、いうふうな法令をつくることはいかぬと。
 その少数意見の考え方が、今度の二百条を初め尊属加重規定、四つの条文の削除というふうな形になってきているんですが、なるほどその殺人罪の判決の中で、百九十九条の中で十分こなしでいるじゃないかと、そういうふうな中でやっているから問題ないじゃないかと、こういうふうな意見もあることはあるんですが、やはり一つの型としてそういうふうなものを残して、そして死刑または無期のほかに懲役何年かということを加えることによってそれは違憲状態はなくなるんじゃないかと、こういうふうな有力な意見もあることは事実なんです。私自身がその意見だとは申しませんよ。そういうことにつきましてお二人の専門家の御意見をひとつ承りたいと思うんです。
#21
○参考人(板倉宏君) 大法廷の二百条の違憲判決ですね、少数意見といっても八対六だったんでございますけれども、一人は合憲という判断をされているわけでございますが。
 そうしますと、例えば死刑、無期と、こういうふうに非常に重いから、合理的な差別と言えないから違憲だという考え方からすると、例えば死刑、無期もしくは四年以上の懲役にするとか、そういった規定にした方がいいというような考え方もないわけではないと思いますけれども、しかし尊属殺人で言いますと、「死刑又は無期若しくは三年以上の懲役」ということになっておりまして、一番上は死刑もあるわけでございますから、それで十分に賄えるのではないかと思います。
 それで、特に「配偶者ノ直系尊属」と、純風美俗ということはございますけれども、配偶者の例えはおじいさん、何というんですか、今、余り一緒に住んでいない場合も多いと思いますけれども、例えば配偶者のおじいさんとかおばあさんとか、めった会ったこともないような人とか、たまに、あるわけですね。ですから、確かに純風美俗かもしれませんけれども、それを法律のところに持ち込んで尊属に対するものだからというので刑を重くするということは、そういう必要はないというふうに考えております。
 それから、やはりあともう一つは尊属傷害致死、これは最高裁判所は合憲判断を示しております。そして平成二年でも合憲判断が出ております。ごく最近でも、津の地方裁判所でしたか、これも合憲判断をしているわけなんですが、しかしそうしますと、若干重くすると、純風美俗ということがありますから今の規定は少し重くしているわけでございます。そういうものを残すべきかといいますと、やはりもし残さなかったとしても今の裁判の現実からいいますと、その規定が削除されたからといって尊属やあるいは配偶者の尊属に対する量刑が急に軽くなるというようなことはまずないと思うのでございます。ですから、私自身はやはりもともと、確かに純風美俗かもしれませんけれども、尊属だからということでもって刑を重くするということは、法のもとの平等に反しないとしても余りそぐわないというふうに考えております。
#22
○参考人(岩村智文君) 今おっしゃられましたように、親を大切にするということは非常に重要なことだというふうに思います。家族のあり方をどうするかというのはこれは一つの大事なことでありまして、そうなりますと親だけではないわけですね、子も大切にしなければいけないということで、家族としてお互いに慈しみ、お互いに敬愛し合っていくというものをどうつくっていくかという、これが一つ法に問われているわけです。そういう道徳的なことを法にする場合に、親だけを特別取り出して、こういう人に危害を加えた場合はこうだよという形にして、果たしてそれだけで家族のそういうお互いが大切にし合う、根本的に大切なことが高まるかという問題が一つあるというふうに思います。
 日弁連でもそういった点は非常に議論されておりまして、やはり子供の問題も含めていろいろ家族の問題があるということとして、一方だけを取り出しているこの規定は、今回、そういう意味では削除すべきだというふうに考えているわけです。
 特に、殺人などは適用範囲が極めて広いので、普通殺人罪ですね、そういう家族の問題を含めて検討してみてもその量刑の範囲内で十分処罰できるという問題があるのと同時に、過去の例でいきますと、親に対して子供が危害を加えるという例をいろいろ調べると、親の方に問題があるなどいう、子供がやむを得ずついつい親にそういう危害を加えてしまったという事情がある事例がかなり多いんですね。ですからそういう意味では、親の方が家族の最も大事なものを失っていたのではないかということもあるわけですから、そういったいろいろな実例を見ましても、やはりこういう規定はなくて別の角度から家族問題を考えた方がいいだろうというふうに思います。
 ちょうどこの参議院の法務委員会調査室がおつくりになった参考資料の三十四ページに「尊属傷害致死罪の量刑の実情」というのが出ておりまして、普通の傷害致死と尊属傷害致死との量刑がどうなっておるか比べておられるんですね。これを見ますと全く同じなんですね。逆に言いますと、懲役七年以下という一番重い方で見ますと、尊属傷害致死の方が少ないぐらいになっておりまして、こういう実例から見ても分けておく意味はないというふうに考えております。
#23
○下稲葉耕吉君 岩村参考人に引き続いてお伺いいたしますけれども、日弁連は独自に刑法改正の案を、罪刑法定主義等を中心にした案をお持ちでございます。今回の改正は、要するに文章の平易化ということを中心にして、そのほか瘴唖者の問題等、先ほど来お話しになっている最高裁の四十八年の判決を基礎にして改正したにとどまっているわけでございますが、今後、日弁連といたされまして、今回はこういうふうな形で刑法改正というのは進んでいるわけでございますけれども、さらにこれを基礎といいますか、としての刑法改正についてのお考えがございましたらお伺いいたしたい。
#24
○参考人(岩村智文君) 先ほど申し上げましたように、今回の平易化そのものには賛成しているわけですが、まだ不十分な点がたくさんあるということは水谷参考人もおっしゃったようなことで、その平易化の問題を含めてよりよい刑法にしていくという、部分的に改正していくという作業が早急に求められているというふうに考えております。
 日本の場合ですと、なかなか法律を変えていくというのが難しい。特に刑法などというのは明治四十年から今まで全面改正されたことがないというふうに、ある意味で言うと固まってずっと来たわけですので、そういう法律をどう変えていくかというのはなかなか難しいわけですが、もう少し気楽というと問題なんですけれども、一つ一つの条文なり、こういうふうにしたらもっとよい条文になるんじゃないかというような場合があった場合には、幾つかまとめてそれを次々に改正していくというようなことも必要なのではないか、そういう考え方も求められているのではないかというふうに思っておりますので、その点は私どももそういう形でまとめでいきたいというふうに考えております。
 それから、先ほど言いました、一つ一つの条文で時代に合っているか合っていないか、今の国民の立場から見てもう少しこういうふうに変えたらいいのではないかというような条文が幾つかあるわけですが、そういったものも個別に考えていく。
 それから、これはなかなか難しいんですが、刑法そのものの章立てですとかそれから総則などは並べ方が本当はいろいろ学説上も問題が指摘されておりまして、いろいろ議論があるところなんです。ですから、章の並べ方を変えるとか編を変えるとか、そういうような改正もいずれ必要になるのではないかというふうに思いますので、そういった点も私どもとしては検討していろいろ社会的に問題点を提起していって、国民の御議論を仰ぎたいというふうに考えております。
 それから、全面改正については、日弁連の中で私どもの委員会を中心にして、学者の方の御協力をいただきながら、刑法をどういうふうに変えていったらよいのかという二十一世紀を展望したような改正作業も行いたいと思っております。これもいずれ何とか世に問うて、皆さんの御議論を仰ぎたいというふうに考えております。
 以上であります。
#25
○下稲葉耕吉君 弁護士会と我々とのかかわり合いは大変たくさんあるわけでございまして、例えば監獄法の改正がたなざらしになっておりますし、この問題も何とかひとついい形で解決させてもらわなくちゃならないと思いますし、あるいは場合によっては弁護士法そのものの問題もあろうかと思いますし、あるいは司法試験制度の問題等もあろうかと思いますし、あるいはその他最近の経済活動に関連いたしまして外弁の問題だとか、あるいは経済協力等に関連するいろいろな問題に関連して法令の改正なりなんなりたくさんあるわけでございます。私ども大変重大な関心を持ってやっているわけでございまして、いろいろ御協力なりなんなりいただかなきゃならぬこともたくさんあるんじゃないか、こういうふうに思います。
 最後に、刑法改正に関連して念のために伺っておきますけれども、刑法改正草案、昔できたのがございますが、これはもう全く日弁連としては参考にならないといいますか、棚の上に上げて刑法改正の議論を進めていきたいと、こういうふうなことでございましょうか。
#26
○参考人(岩村智文君) 改正刑法草案につきましては、日弁連としては反対であるということで今までいろいろ運動してきたわけですが、今回の日弁連の現代用語化案の中にも、現代用語としての、何といいますか、改正刑法草案の文言等はかなり参考にさせていただいております。
 それで、私どもとしては、今後いろいろ刑法改正を考えでいくときには、改正刑法草案を前提にするとなると、日弁連が反対しあるいは学者の中でもそれに異論を唱える方がいらっしゃるということになって、せっかく議論をして進んでいくというときに、最初に垣根をつくってしまうということになるのではないかというふうに考えておりますので、改正刑法草案を前提にするというのではなくて、それは一つの参考としながら、今後、今の時点でどういう改正をしていくのが国民に最もよいのかという形で議論をしていくということであれば、法曹三者だけでなくて学者の方も含めてもっと率直ないろんな議論ができるというふうに考えておりますので、そういう形で改正方向を進めていただきたいというふうに考えております。
#27
○下稲葉耕吉君 ありがとうございました。終わります。
#28
○北村哲男君 社会党の北村でございます。
 まず水谷参考人にお伺いしますが、昨年の十一月だったと思うんですけれども、読売新聞が憲法改正試案というのをつくりまして、その後憲法改正についてかなり議論がいろんなところで起こりました。
 私も幾つかの勉強会へ行ったとき、先生が先ほどおっしゃった、法典は美しくあるべしという言葉は、今改めて、その議論の中で出てきたなということがありまして、ある学者があの読売新聞の案を見て、これは文章が大体なってない、品が悪いという意見を言われたことがあるんです。それで、そういう憲法たるもの、国の基本法たるものは哲学者が書いて法律家がチェックをすればいいと、そういうものだと。それで、本当に国民の精神の統合みたいなものにならなきゃいかぬのだというふうなことを言われました。
 先ほど先生もおっしゃる、刑法だってやっぱり同じ国の基本中の基本法だと思うんです。それから見て今回の、昭和二十二年の段階だというふうにおっしゃったんですけれども、評価といいますか、前の刑法をごらんになって、確かに文語調でとても格式があるといえばあるかもしれませんが、それと比べて今回が安易に流れているんじゃないかというふうにお感じになりますか、あるいは現代なりに格調高きものであるというふうに認められるか、その大まかな感じなんですけれども、それはいかがでしょうか。
#29
○参考人(水谷静夫君) さっき格調という言葉を私は使うつもりはなくでうっかり使ってしまいまして、格調というのは客観的に評価できるかという問題がございまして、大変厄介なところです。例えば、私が格調高い文というふうに考えるのをほかの方がどういうふうにお考えになるか。どうにもしょうがない文というのはあると思うんですけれども。
 ですから、大変お答えしにくいところですが、これは、現行刑法の文章としての美しさと、それから現在も民法の一部が文語のまま残っております、その部分との美しさを比べてみますと、私は刑法の方が美しいと思う。これは書いた人の筆力ということだけではないんです。扱うことが何かということです。例えば、特許法のごときをきれいな文で書こうったっていかないわけです、話も生臭いですし。ですから、そういうことはいろいろ考えてみなきゃいけないと思います。
 ただ、今度のものがどうかということですが、割合に、前のものを踏まえての直訳として見れば、そう悪い文ではないと思います。それが昭和二十二年ぐらいと言った理由ですが、あのころから法律の口語化が始まりました。そうすると、口語で書いた法律の前例というのはないから自分たちが先蹤となったわけですが、そのときそういう幾つかの法令文をお書きになった方は多分、文語ではこう言うと、それを口語に移せばといってやったと思うんです。その原理がまさに当ではめられているという意味でそういうふうに申し上げたわけです。
 ただ、同じような事柄、内容はなるべく変えずに、なるべく変えずにといいますか、文章をちょっとでも変えれば意味が変わっちゃうという強い意見の人がありますから、なるべく変えずにと申し上げたんですが、普通の意味ではなるべくをとってお考えになって構いません。同等な内容を、従来の習慣とは別に、現代の日本語として整った形に書くんならどうかということで私は不徹底と申し上げたわけです。
 それから、ついでに申しますと、とかく日本での言葉の議論がなされるときに、すぐれた文芸作品の文章が名文なんであって、だからそれに近づけるという意見が多いんですが、私はこれは不賛成であります。実用文と文芸作品とは違うんで、実用文は達意の美しさを持てばよろしいわけです。読んで、ああとほれぼれするような美しさというのはなくてもよろしいんで、美しくなければいけないと私が申し上げましたのは、決して文芸作品、詩のような美しさを言ったのではないということをお断りしておきます。
#30
○北村哲男君 もう一言、きょうは水谷先生のお話が一番新鮮だったのでお伺いしたんですけれども。
 今回、私どうも嫌な感じがするのは、縦のものを横にするといいますか、文章というのは、外国のものを横にするととってもつまらない文章になりますよね、翻訳でもそうですし、しゃべるんでもそうですけれども。しゃべっでいる人のことを同時通訳したら、とっても単調で眠くなるようなことですね。今回の思想は、まさに縦のものを横にするという思想だけなんですけれども、というふうに思って実に興味のない改正に私は思えるんですが、どうでもいいやという感じで、ああそうかと。その点は先生ごらんになって、変えるならやっぱり最初から、殺人罪というのはどういうものかということを、今のものを変えるんではなくで、どんと今の言葉でつくるという思想、やるべきだったかどうかという点についてはどのように評価されますか。
#31
○参考人(水谷静夫君) 私は割合に実務家の方にいろいろ同情すべきことを感じてしまうんで、この程度の時間では根本的な文章というか、発想の転換まで必要としますから、それは難しかろうなという意味でやむを得ないだろうという気はします。しかし、著しく、これでは平易化とは本当は私自身は思えないわけであります。
#32
○北村哲男君 ありがとうございました。
 それでは、岩村参考人にお伺いしますけれども、「自由と正義」の四十四巻の八号の論文を読ませていただきました。その中で、日弁連試案が刑法改正草案に基づく全面改正に終止符を打つことを目的として提起されたというふうに書いてあります。確かに、日弁連の運動としてはそうだと思うんですけれども、一つの全面改正に対する反対の方向性として打ち出されたものと今回の改正案の比較というか、その評価といいますか、この改正についての評価はどのようにお考えなんでしょうか。
#33
○参考人(岩村智文君) 大変難しい御質問ですので答えにくいんですが、私どもの作成した案が実現しなかったということで今度の平易化案についで問題ありというふうには考えでいないんです。もちろん、今までの過去の経緯がありますから、法務当局を含めて改正刑法草案を当然ないものとして考えたのではなくて、それをあるものとしながら今度の平易化案を考えられたとは思いますが、私どもから見ますと今度の平易化案は、改正刑法草案とのつながりがないまま、ないままと言うと問題ですけれども、ない形で提起されているわけですね。
 その意味では、私どもが考えていたかつての現代用語化案とその趣旨といいますか、立場というと問題があるんですが、方向性といいますか、そういうものが同じという評価が日弁連としてはできるということで、今度の平易化案にはそういう意味で、よくぞここまで立法当局も踏み切って、立法当局といいますか、法務省も踏み切っでくれたなというのが実感であります。
 そういうことで、今度の平易化を基礎にすればいろんな議論が、今までのわだかまりを捨てた形で法曹三者の中でもいろんな議論ができるのではないかというふうに考えておりますので、その意味では、縦から横なんですが、重要な第一歩をしるす意外に大事な改正なんだということを言っているわけであります。
#34
○北村哲男君 わかりました。
 日弁連が今までずっと改正作業を、改正作業というか、現代用語化案をつくってこられた中で、やっぱりそれだけでは足りなくて、どうしても現行刑法で明らかに矛盾しているものというか必要ないものはもう削除しようと、したいと。今回も単に縦のものを横じゃなくて、二点の、尊属の問題とそれから瘴唖者の問題を削除しておるんですけれども、日弁連案から見ると、そのほか、九十四条の局外中立命令違反あるいは先ほど言われた逃走目的暴行・脅迫の問題あるいは阿片煙に関する罪、あるいは御璽・御名の偽造なんかも必要ないんじゃないかと、あるいは堕胎罪なんか必要ないじゃないかと、かなり幾つかの項目を挙げておられますね。
 そういう考え方からいって、今回たった二つだけを抜いたというか削除したということ、これは幾つあっでもよかったと思うんです。どんな短時間であったって、今までずっと議論されている問題ですから。そのあたりはプラス・マイナスの評価といいますか、お立場からいって、たった二つ抜いただけじゃだめじゃないかというのと、二つでも上できだというのは、どういうふうにお考えになりますか。
 先生の論文では十二項目、そのほか堕胎、同意堕胎、それから業務上堕胎、これは同じような条文ですけれども、あとは尊属に関する問題ですね。大きく分けて十三項目、先生もそこにお持ちですから、それだけは当然削除すべきであるというふうに御提案してこられた立場から見て、今回はたった二つしか削除してないという点についてはいかがなものでしょうか。
#35
○参考人(岩村智文君) 削除の問題を含めて、今回の平易化案と日弁連の案は、新設規定ですとか、あるいはもっと変えたらいいのではないかというような問題ですとか罰金刑の問題ですとか、いろいろ違いがございまして、そういう意味では、平易化の側面を除くと日弁連が求めていたもののかなりの部分が実現していないのではないかという問題点の指摘は、そのとおりであります。
 ただ、そういう中で今回、日弁連が、法務省がいろいろ御苦労なさって今度の平易化案を作成されたというその過程も存じておりまして、それが法制審に諮問されたということを聞きましたときに、日弁連としてはやはり平易化するということを、先ほど私が述べましたような観点から考えて、そこの点で、ほかの点で日弁連の言っているいろいろな問題がたとえ実現しなくても、まずはわかりやすい刑法にする。国民が見てとにかく、先ほど水谷先生は昭和二十二年と言われましたが、少なくとも戦後の言葉に変わってくるという、そういうことでここに重点を置いて、ほかがいろいろあるにしても賛成していこうという基本的な視点を定めました。そうすることが今後いろんな意味で、日弁連も含めて法務省等とも話し合いをしながらよりよい刑法に変えていくステップがさらに固まっていくのではないかというふうに考えて、そういう決断で臨んだわけです。
 ただ、法制審の中では、刑事法部会で、この中でまた重要と思われるものを幾つか抜き出しまして、それは積極的に日弁連の委員・幹事の方から御提案申し上げで、ほかの先生方の御意見もいろいろ活発に交わさせていただきました。ですから、法案としては成就してはおりませんけれども、問題提起はいろいろさせていただきましたので、法曹三者及び警察関係の方々、それから学者の方々を含めまして法制審議会のメンバーの方々には、こういう問題が残されていて将来検討する必要があるという点ではかなり御了解をいただいたのではないかというふうに考えておりますので、そういった点でも非常に有意義であったというふうに考えております。
 したがいまして、そう否定的な評価は今回の法案にはしておりません。逆に言いますと、かなり積極的とも言っていいような評価をしているということを申し上げておきたいと思います。
#36
○北村哲男君 各論について一点だけお伺いしておきたいんですが、先生の御論文の中で、とても説得力があると思われるのが「贓物」に関する三十九章で、「盗品その他財産に対する罪」ということでは、その二項犯罪、すなわち二百三十六条二項あるいは二百四十六条の二項犯罪によって得た物も本罪の客体になるおそれがあるから、これは「財産に対する罪」ではなくて「財物に対する罪」というふうにすべきであるというふうに書いておられますよね。
 それはそこにあるかと思いますけれども、その点から見て今回の改正案はこれはまずいと、はっきり先生はこれはやめるべきであるというふうにお考えか、あるいはこれでもいいやというか、そういうふうにお考えなのか、いかがでしょうか。
#37
○参考人(岩村智文君) 今回、私どもが提案したのと若干違った形で「贓物」の規定がなされているわけですが、この「盗品その他財産に対する罪」というふうにするかどうかということでいろいろあったわけですけれども、これは「財物」という言葉は実は問題がありまして、私どもの日弁連の案ですと、業務上横領罪等の「横領」のところの形式が「他人の財物」というふうになっているんですが、今回の法案は「他人の物」というふうになっていで、これ後でごらんいただきたいんですが、「詐欺」とかそういうところは「財物」になっているんですね。「窃盗」も「財物」ですが、「横領」のところが「物」になっておりまして、「財物」というふうになっておりません。日弁連の案では「財物」というふうに直されているので、贓物罪をそういう形で、私どもの形で現代用語化したんですが、今回そういう意味で、「財物」と「物」という使い分けを条文がしているものですから、日弁連的な現代用語化をしますと、逆に横領等の対象物が外されてしまうのではないかという問題が発生するという問題もございましで、そういう意味からして今回の形でやむを得ないというふうに了承したと、こういう経過がございます。
#38
○北村哲男君 わかりました。どうもありがとうございました。
 時間がなくなりましたが、板倉先生は学者先生として、先生が一番評価をされているような感じを受けたんですが、この改正案にですね。簡単に言って、体裁とかそれから中身とか、現代の現時点におけるこの改正案をどういうふうに評価されるか。合格点なのか、あるいはもうちょっと踏み込んだ方がよかったんじゃないかという点については、概括的で結構ですが、どのようにお考えでしょうか。
#39
○参考人(板倉宏君) 平易化ということでも言えば切りがなく、いろいろ気にし出すとあるわけなんで、もっと進めなければならないと思いますけれども、いずれにしてもいろんな問題が、かなり大きな問題になりますとやはり一部改正ということではできないので、やはり全面的な改正ということにゆだねていくと。それについていろいろ国民の意見を広く集めるようにして実現していくという前提で、今回の改正、結局、ほとんどみんなのコンセンサスの得られたところだけを必要最小限直す、あとは文字どおり言葉を直すだけだという前提でやるとすると、これ合格点でないとは言えないと思うんですね。非常に評価したと言うんですけれども、どうも何というんですか、合格点でないとは言えないという感じはいたします。
#40
○北村哲男君 ありがとうございました。終わります。
#41
○荒木清寛君 平成会の荒木でございます。
 まず、板倉参考人からお尋ねをいたします。
 先進自由主義国家の中では最も日本の刑法が古いというお話でございました。今の時代にそぐわない部分が数々あると思いますが、その顕著な例といいますか、それを一つ二つ御指摘を願えればと思います。
#42
○参考人(板倉宏君) 先ほどフランス刑法の例を出しましたが、法人を犯罪主体として取り上げていく、それで法人に対する刑罰、法人独自の刑罰ですね。例えばフランス刑法なんかは公契約からの排除というようなことも、例えば談合なんかをしていたということになりますと、裁判所が刑罰として公契約からの排除という、直訳しますとそういうふうになりますが、いろいろなものを盛り込んでいるわけでございます。
 また、アメリカ、イギリスなんかのところでは、法人の犯罪主体性というのはもうもともと認められでいることでございますし、また最近、フランス刑法はそうでありますが、オランダの刑法なんかでも法人の犯罪主体性というのは正面から認めている。
 それから、いろいろ新しい刑罰手段があると思うんですね。そういったものを盛り込んでおりますし、またフランス刑法、一番古かったのが一番新しくなったのでフランス刑法を例にしますと、例えば情報、今情報化社会と言われているわけで、情報の保護というのは非常に大事なことになっていると思うんですね。フランス刑法ですと、いわゆるハッキングとかそういったものも取り上げて処罰対象にしているわけですね。そういったことが日本の刑法ではない。
 それからさらに、外国の刑法ではかなりテロ集団とか、それからあるいは、これも実際に立法するときは相当慎重でなければいけませんが、例えば組織集団による犯罪、そういったものに対処する規定はかなり設けられているわけでございますね、先進自由主義国家で。そういったことが抜けているのではないかと思うわけでございます。
 あと、必要もないのにまだ刑罰が昔のおよそ意味のないようなものも残っているという面もありますけれども、特にこういった点、現代の社会に対応し得ないものになっている。先進国のものと比べましてかなりおくれている。
 また、これはあれですが、例えばアメリカなんかですと破壊暴力組織、あるいは最近で言いますとカルトグループとかいろいろありますが、テロ集団とかそういったものを主宰している罪。まあこれはちょっと、日本でそれをすぐ立法化しろと言っているわけではございませんけれども、主宰者は二十年以下の拘禁刑というようなものが盛り込まれているわけでございますね。そういったことに取り組んでいるわけですが、日本の刑法ではそういうことが行われていないということであるわけです。そういったことを感じているということでございます。
#43
○荒木清寛君 昨今のいろんな不穏な社会事象にかんがみますと、テロ集団といいますか組織集団に対する刑罰が十分に整っでいないということは、私もそうではないかと思うんです。そういう場合に、いわゆるこういう事件をきっかけに特別な立法で刑罰を設けるということで足りるのか、それとも、そういうものをきちんと刑法本体の各論の中に盛り込む必要があるのか、その辺、先生のお考えをお聞きしたいと思います。
#44
○参考人(板倉宏君) 私は今回のことがあるから急に言い出したんじゃなくて、もともと考えていたことでございます。今回のことというか、最近の事件があるから急に言い出したわけじゃありません。
 特別法で賄っでいくというやり方はもちろんあろうかと思いますけれども、例えば法人自体を犯罪主体にする、それに対して例えば解散ですね、フランス刑法で言いますと、あるいは事業所の閉鎖だとか公契約からの排除だとかいろいろございますね。そういったことは刑法の根幹にかかわることでございますから、やはり刑法典自体を現代に対応するものにしていかなければいけないというふうに考えているわけでございます。
#45
○荒木清寛君 次に、やはり板倉参考人にお尋ねしますが、今回、尊属加重規定が削除になりました。先ほど、フランスの改正された刑法によっても尊属に対する加重規定があるというお話でございました。確かに十五歳未満の者に対する犯罪についても加重されている、並列的に加重されているんだというお話でありましたけれども、フランスにおきましては、いかなる思想的な根拠といいますか理由に基づきましてそういう尊属に対する加重というのが正当化されているのか、その辺御存じであれば教えていただきたいと思います。
#46
○参考人(板倉宏君) 尊属に対して行ったときに刑を重くするというのは、フランスではもともと伝統的にそういう考え方がございまして、日本の刑法で重くなっているのも若干フランス刑法の影響もあろうかと思うわけです。しかし、今回のはいずれにしても、フランスでも配偶者の直系尊属に対する加重規定というのは今度はもちろんございません。ですから家族の、そして一方においては十五歳未満の者、そういった者に対した場合の加重規定もありますもので、尊属というと結局年上で年長の人ですね、自分が面倒を見なければならないといいますか、あるいは子供は保護しなければならない、そういった者に対して行う殺人なんかについては刑を加重する条々にしているというわけでございまして、尊属だけを取り上げているわけではないと思うんですね。やはり自分が保護すべきとか面倒を見なければならない者に対して行ったということに着眼してきているのではないかと思います。
#47
○荒木清寛君 ありがとうございました。
 次に、岩村参考人にお尋ねいたします。
 日弁連としては思い切った現代用語化と最小限の改正というのを主張してきたというお話でありまして、特に罪刑法定主義の新設が今回見送りになったのは残念であると、そういうお話がございました。
 罪刑法定主義というのはそもそも憲法上の原則でありましで、そういう憲法上の原則をあえて法律の中にもう一回確認するということはどうかという議論もあろうかと思いますし、また罪刑法定主義の規定が新設されたからといって何か解釈が変わるというものでもないと思うんです。それにもかかわらず罪刑法定主義の新設ということを強く主張された理由といいますか、根拠をお聞かせください。
#48
○参考人(岩村智文君) 憲法上の規定を個々の法律にどう規定するかという問題は、今回初めてというわけではありません。例えば刑事訴訟法それから労働法等では憲法上の規定、精神が法に規定されているわけでありまして、そういう意味で、憲法をある意味で個々の法律に規定するということは特別な例外ではないということが一つあると思います。
 特に、罪刑法定主義というのは、私どもが考えましたのは、今御質問にありましたように、当たり前のことなんですね。ですから、当たり前だから要らないというのか、当たり前だから要るというのかという議論が一つあったわけであります。当たり前だったら規定していいのではないかという、当たり前という意味の当たり前は、ちょっと捨てておいてもいい当たり前ではなくて、逆に言えばだれもないがしろにできない、すべての人が認めざるを得ないほどのものだから当たり前だという意味なので、そういう意味であれば条文化するのは逆に必要なのではないか。そういうことは当たり前だといって横に置いておく方が不自然なのではないかというふうに考えて、皆さんが本当に当たり前だと思うんだったら一条くらいつけ加えてもよろしいのではないでしょうかというのが、簡単に言うと日弁連の考え方であります。
 先ほど言いましたように、逆に言いますと、そういう条文がもし今回出ていれば、国民に対してなぜ今度口語化ということが、現代用語化というのが行われたのか、それはもちろん戦後すぐやるべきであったんだけれども、長く置いておかれたけれども、今まで刑法が当然のこととしていた罪刑法定主義というのをその趣旨として、その手始めとしてまずは国民の人にわかりやすいような条文にしたんですよ、今後はその罪刑法定主義を基礎としながら刑法を次々よいものにしていきますよという、何というんですか、縦のものを横にするときの思想というか、導きの意図といいますか、そういうものを示すものとしてぜひ必要だというふうに判断したのであります。
#49
○荒木清寛君 これは国会の衆参両委員会でも決議をした話でありますが、財産犯にも罰金刑をつけることを検討すると。日弁連の現代用語化案を見ましても、そのようになっているわけであります。ただ、一部には、これは逆に処罰の拡大につながるんではないかという意見、指摘もあるわけです。
 実際に、万引き等の窃盗犯の場合に、軽微な罪で初犯であるという場合にはもう大概起訴猶予になるというのが実務上の扱いではないかと思いますが、逆に窃盗罪に例えば罰金刑をつけるということによりまして、現在であれば不起訴になっているような罪も罰金となって前科がついてしまうと、そういう処罰の拡大につながるんではないかという指摘もあるわけでありますが、この点は参考人としてはどうお考えでしょうか。
#50
○参考人(岩村智文君) これはよく言われることでありまして、起訴猶予が罰金になって罪になってしまうという、こういう問題は確かにある、それは認めざるを得ないというふうに思っております。ただ、物の考え方として大事なのは、「窃盗」という国の方でこれ処罰しますよというふうに法律で決めたものが、それを犯せば罰金という刑では処罰できないんだというふうに、何というんですか、決めてしまうというんですか、そういうものであると、窃盗というのは罰金ではとても処罰できないものなんだというふうに決めてしまうということが一番問題だというふうに思っているんですね。窃盗というのもやはり罰金で処理するということもあるんだということが一つ必要だと思います。
 それともう一つ考えているのは、起訴猶予になっている事例がすべて罰金になってしまうかということを考えでみたんですね。検察官がこの人は起訴猶予にすべきだと思ったときに、罰金刑ができたから全部罰金にするというふうにならないのではないかというふうに思いましたのは、傷害罪、これは罰金があるわけです。傷害罪の処理がどうなっているかというのは、起訴猶予の事例もありますし、略式で罰金にするという事例もかなりあるわけです。こういう事例を見ていると、そういうところでの区分けの仕方というのは、決してそういう罰金ができたから単純に起訴猶予を罰金にするというほど処理の仕方を検察官の方で単純な扱いはしていないのではないかという、それが実務の実態ではないかというふうに私どもが理解したというのがこの点での考え方の一つであります。
 それともう一つ、本当に処罰すべき者は、盗んで処罰すべき者は罰金を取るというのは、逆に言うと当たり前ではないかということもあり得ると思っているんです。それは決しで単純に犯罪を重くしたというふうにならないというふうに考えておりますので、私どもは罰金化するというのはそう単純な犯罪化であるというふうに思っておりません。執行猶予する、裁判にかかったときに執行猶予にならないで罰金にしておくという、そういうことも逆に起きるわけですから、罰金にするということも必要だというふうに考えております。
#51
○荒木清寛君 もう時間もわずかですが、水谷参考人にお尋ねしたいと思います。
 非常に興味深いお話をお伺いしたのでありますが、現行の憲法、その制定の際には言語学者の方も関与されたというお話でございますが、わかりやすさ、また格調の高さという点からしまして、先生は今の憲法の表現、内容はともかくとしまして、それはどう評価されますでしょうか。
#52
○参考人(水谷静夫君) あの時代として一応よくやったと思います。何か、本当のところは私も存じませんが、原文が英文だったそうで、それをよくあそこまで隠したという点では大したものだと思います。
 それから、今度の口語化の表現と比べてみまして、これは憲法の方がはるかに内容上有利なんです。砕けたといいますか、表現としてなだらかといいますか、整わせるために。ですから、そういうところを差し引いて考えますと、今回のができが悪いとは私は申し上げません。前のような、今回のような方針でやったら、どなたが頑張っても、まあ、もうちょいと砕く程度で終わってしまうだろうという気はいたします。
 それから、さらに言いますと、じゃ逆の立場で、例えば今の法学部出で二、三年ぐらいの卒業生に、必要があってじゃこういうものを書いてごらんといったときにこの程度書けるかといったら、多分書けないだろうなという意味ではやはり一応ちゃんとした文だというふうに考えます。ただ、私のどうせするんならもうちょっとという点からいえば、少しか大分か、手前でとまっているということです。
#53
○荒木清寛君 現行の法律に関しまして先生の発言の中に、座談会の発言なんですが、民法よりも刑法の方が文章としては見事であるとおっしゃっていましたが、それはそもそもそういう法律の性質上そうならざるを得ないのか、簡単に御見解をお伺いします。
#54
○参考人(水谷静夫君) 現在の刑法の書き方ですね、ああいう基準で書くとすれば民法より刑法の方が文がきれいになるのは当たり前という気がいたします。つまり、ごたごたしたことが余り書いてないわけです。それですっきりしております。
 それから、法律というのは、これは考えようによると思います。私も専門じゃないからそんなに詳しくは知りませんが、アメリカの法律はやたらにくどいように思います。ああいうふうにくどく書くのが本当にわかりいいことなのか、それから簡潔に済ませるのがわかりいいのか。これはどっちじゃなきゃいけないということは当然ないわけですけれども。といいますと、私はやっぱり気が短いせいか簡潔な文の方がいいと思うんです。
 そういう意味で、規定してある事柄が、民法の方はかなり、幾ら簡潔に書けといってもごちゃごちゃ書かなきゃいけないような事柄だと。その点で有利だという気はいたします。それから、幾分はやはりお書きになった方の筆力が影響しているだろうとは思います。
#55
○荒木清寛君 ありがとうございました。
#56
○翫正敏君 翫正敏といいます。
 私は、今回の刑法の一部改正案には消極的賛成なんではなくて積極的に賛成の立場なんです。なぜかといいましたら、内容についての改正部分が極めて少ない、最小限であるということですね。それで、なおかつ表現が現代語になっておるということに限られているというところは非常に大事なところで、内容についで、もっとこういうふうに直した方がいい、あんなふうに直した方がいいという専門家の方々の意見がいろいろあるということはわかるんです。ただ刑法ですから、社会道徳的とか宗教的とかさまざまなそういうので悪であるとか善であるとかと決められているのがいろいろあるけれども、その中において、刑をもって罰せられる、国家の刑で罰せられる悪なのかどうかということはやっぱり刑法によるわけです、基本的に。
 それで、それが判例ということで裁判所の判例で積み上げられているわけですから、そういうものによっで大体、法律についではそんな詳しくない一般の国民の人も、こういうことは罰せられるということがわかるということですから、そういう判例の積み重ねというものが非常に大事だと思うので、そういうことがまた一から判例を積み重ねていかなきゃならないような意味での大改正というものは私は非常に慎重であるべきだという、そういうふうに思いますので、この改正案には非常に積極的な賛成という、そういう立場です。
 それは私の意見なんですけれども、三人の方にそれぞれちょっと条文に関連しまして御意見を伺いたいんです。
 百八十八条の「礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者」、現代語ではこうなっていまして、もとのでは「礼拝所二対シ公然不敬ノ行為アリタル者」、こういう「アリタル者」というようなことがそのまま現代語として「行為をした者」というふうに変わっているだけで、内容と表現には一切変化がないんですけれども、この不敬の行為ということについては、私はこれは、礼拝所に対しての公然不敬の行為というような表現では、宗教に対して信教の自由ということから考えると、敵わないというのも自由だと思うんですね。信教の自由の範囲だと思うんですね。
 「不敬」というから敵わないという意味ですから、敵わないということを何か処罰しているんじゃないかというそういう、現代語に訳すなら別の、つまりここは現代語として私は別の表現に変えて、なおかつその判例がそのまま変わらないような、そういうのが可能であり、やらなければならない。「不敬」というのはつまり古い言葉で、現代語としては、刑をもって処罰しておく言葉としては適切でないような気がして気になっていることの一つなんですけれども、それぞれの先生はどういうふうに思われるか、もし私の意見に賛成ならばどんな現代語の表現が適切だと思われるか、お答えください。
#57
○参考人(板倉宏君) この百八十八条は非常に、「不敬」というと敵わないことも含むとしたら、そういうふうにとられるとしたらこの言葉はくあいが悪いと思いますね、敬わないのも自由であるわけですから。
 そうしますと、今すぐにどういう言葉が適切かと言われましても、もともと百八十八条は、「神祠」というのもちょっと、昔、神殿なんかになっていたんでしょうか、それではギリシャ神殿みたいですし、「神祠」というのも、これは社務所なんかは含まないんでしょうけれども、ここだっで本当はほかの言葉を見つけたいわけですが、今言われたような意味にもしも含まれるとしたら別の表現の方がよいと思います。今すぐは思いつかないものですから。
#58
○参考人(岩村智文君) この「不敬」の意味には、ただいま言われましたような敵わないということは含まないというのが今までのすべての学説、判例の考え方で来たんですね。ですから、逆に言うと、「不敬」という言葉を現代語で考えるとそういう意味にはとれないわけですね。含まないという意味にはとれない、含むというふうにとるのが普通なわけですから、問題がある用語で、これ自体は常用漢字ですから、「不敬」という言葉が特別過去の言葉というふうに思えないので逆に問題が発生するわけです。
 そこで、私ども日弁連としては、これを「冒涜」という言葉に直してみたんですね。それで、「冒涜した場合は」というふうになれば、「冒涜」ですと積極的に神祠、仏堂に何かしたという行為が出てきますのでよいのではないかと思ったんですが、「涜」の字が常用漢字ではないということで「冒涜」という言葉がまた使えないというようなことがあったり、なかなかこの辺は難しくて、結局またこの「不敬」に戻ってしまったんですが、私どもとしてはどちらかというと「冒涜」という言葉が当たるのかなというふうに思っております。
#59
○参考人(水谷静夫君) 私は現代でも「不敬」という言葉にニュートラルな意味はないと思っております。ですから、これは自分が信じているかどうかにかかわらず、それぞれのものに対してその立場から「不敬」というふうに呼ぶべきだと思います。ただし、敬わざることも「不敬」だというように語義が変わる可能性というのは当然あるわけです。そのことを考えますと、先ほど岩村参考人のおっしゃったように「冒涜」がよろしかろうと思いますが、もしそれを避けるならば、避けるならばというのは、「涜」という字が許されないから、それからJISの第二水準に入っていますが、あれは俗字でして正しい字じゃないわけですね、「冒涜」の「涜」は。そういう俗字を使うことは余り好まないので、特に法律なんかで。
 そうしますと、一番近いものは「非礼」、「礼にあらず」だと思います。やや、「不敬」よりももっと一時代前だと言われればそうですが、「礼にあらず」というのがまさに当たる。自分がそれを信じているか信じていないかにかかわらず、人間としての礼は守らなければいけないわけです。
#60
○翫正敏君 そうですね。わかりました。
 終わります。
#61
○紀平悌子君 本日は、大変お忙しい中、参考人の先生方にはいろいろ御教授を賜りまして、この言葉も少しがたいのかと思いますけれども、まことにありがとうございます。
 今回は犯罪と刑罰を律する、基本的人権にかかわりの深い刑法典の改正だけに、国民、有権者にわかりやすく、また納得のいくものでなければならないというふうに思います。三参考人の先生方もその点におきましては、これは国民の知る権利というか、あるいはよく法律を知って、そして国民としてなすべきこと、なすべからざることということを酌み分ける意味で非常に重要な問題を含んでいると思います。
 私も前向きにこれを受け取っておりますけれども、時間がございませんので、平易化及び口語化という、ここのところに焦点を絞らせでいただきます。
 今回の改正欄を一覧いたしました。というのは、先ほど水谷先生がおっしゃいましたように、時間が足りなかったというか、これを本当の平易化あるいは口語化ということにするには時間が足りなかったんじゃないかというようなことをちらっとおっしゃったように思いますが、私も実はまことに同感なんでございます。これだけのものを平易化、口語化、そして国民のための一つの情報としてというか、国民の理解を得でもらうということはなかなか難しいことで、多少拙速だったんじゃないかなという感じを持っております。
 例えば「改俊の状」、それから六十二条ですか、これは「幇助」、それからまた「従犯」、それから九十六条の三の「偽計」、百七十七条の「姦淫」、こういう単語なんですけれども、これはかなり十四歳以上を対象としている刑法の平易化ということにしては理解しにくいんじゃないかというふうに思います。総則の方にも、十九条で「用に供し、又は供しようとした」とか「情を知って」とか、第三十七条「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、」、これがちょっと私もわからないんですね。やっぱりさっと読んでわかりやすくというふうにするまでにはもう少し時間も欲しかった。それから、やはり刑法全体のかかわりの中でこのいわゆる平易化というものが行われるべきではなかったかと思うわけです。
 一言ずつで結構でございますので、先生方のお子様あるいはお孫様、もしおいでになりましたらば、お孫様にこれを読んでいただいてわかるかわからないか。大体、お孫様とおっしゃっても大分お年でございましょうから、これいかがでございましょうか。若い方がどんどんふえているわけですから、お三人御無理かもしれませんけれども、もしできましたら一言ずつ、板倉先生から。
#62
○参考人(板倉宏君) これは若い人でも、例えば三十七条、もとが結構難しかったものですから、これでももとよりは、今の現行法よりはちょっとはわかりやすくなっているんですが、これ見てもさっとはわからないと思います。
 ですから、やはり我々中身をわからせるためにはいろいろ講義なんかをしなければいけない。講義を聞いても、法学部の学生にもよりますけれども、なかなか本当のことはわからないということはあろうかと思います。私のところは孫はいませんからあれですけれども、恐らく、しかし法律を専門にしておる者もおりませんから、いつもこういうのは全然わからないと。何でこういうと言ってはいるわけですが、これでももとよりはましにはなったという感じはいたしますけれども。
#63
○参考人(岩村智文君) 今御指摘にあった点も含めて、この法案自体を法律家ではない若い人たちにも見でもらってはいるんですね。そうしますと、例えば私の事務所の事務員の人にも見でもらってもわからない。今、紀平先生がおっしゃったようなところはわからないんですね。やっぱり非常に難しいというふうに言っております。
 これは、ある意味で言いますと、テクニカルタームみたいになって固定しているところがあるものですから、法律家は非常に逆にわかりやすいんですが、国民の用語と違ってしまっている、乖離しているという状態が生まれていますので、その点をどうするかというのは非常に難しいんですね。
 ですから、「姦淫」なんというのもどう直したらわかるのかというと、これまたなかなか難しくて、ある意味で言いますと、先ほど水谷参考人が言われましたように、思い切って発想の転換をして、今の刑法にとらわれないで全然違った形でその条文をつくってみるとかいうことを一方でしてみないと、現状を抜け出すということは難しいのかもしれません。私どもも法律家ですからなかなかここから抜け出すということができなくて、これでも少しよくなったかなというふうに思っているというのが今のところであります。
#64
○参考人(水谷静夫君) おっしゃるとおりでありまして、ただし実情はほとんどこれ一般国民はわからないだろうと思うんです。しかし、これがまた、法律は本当に一般国民が納得できるような表現というのは可能なんだろうかという気もせざるを得ない点がございます。やっぱり、小説を読むんじゃないんですから、読む方も我慢して読まなきゃいけない面があるんで、その我慢をするときに方向づけが全然どうなっているのかわからないというのでは困る。それがかつでは一つは、先ほど申しましたように、漢文訓読体であるということがそういう全体の文章の骨組みの共通の基盤になっていたわけですね。それが崩れたわけですから、それにかわるべきものをなるべく早い時期に用意していなきゃいけないんだろうという気はいたします。
 それから、例えば刑法の中にも出てまいりますが、「相当する」という言葉です。これはまず日常語では「相当する」ということをほとんど使いませんで、「相当だ」とか「相当の」でくるわけですが、かなりという意味なんですね、あいつも相当なやつだなんていう使い方の。しかし、法律の方が、考えてみると、相当たるという原義どおりなんで、こっちの方が由緒正しき使い方だということもありまして、そういうふうに外れてしまったところを何でも現在の俗用の方に近づけなきゃいけないかどうかというのは、いささか問題な点があると思います。
 そういう意味で、全体を見てもう一度、口語だったらこういう言い方というのを、少しじれったくてもやってみる必要があるというふうに私は考えております。
 当然、今度の程度の平易化でも、なされないよりはした方がいいに決まっでいるということです。
#65
○紀平悌子君 ありがとうございました。
#66
○三石久江君 私は法律には大変疎い一人なんですけれども、今回の法の改正というのは、国民、市民サイドから見ますと、大変わかりやすくなった、読みやすくなったと思います。
 そこで、文章としては大変立派だなと思いますけれども、まだ言い回しが難しい。しかし、先ほど水谷先生が正確でなければという点からは、こういう言語になるのかなと認識をしたわけです。ですけれども、私は日本語は大変難しいなと常日ごろ思っている人間です。例えば一般的ですけれども、「おれ」、「わし」とか、それから「私」、「うち」とか「僕」とかというふうに随分難しいんですね、数が多くありまして。だからといって、私は英語がすごくうまいかというと、そういうことは全然ないんですけれども。日本語は前から随分難しいな難しいなと思ってきたら、刑法の方はもっと難しいなと。で、六法全書を見ると頭が痛くなるなと言いながら思っていたんですけれども。
 そこで、かなり唐突なんですけれども、板倉先生にお聞きしたいんです。
 「堕胎の罪」、二十九章の二百十二条、これは片方に優生保護法というのがあるんですけれども、なぜ女性にのみなのかなと。もしかしたら男性擁護ではないのかなと思ったりもしています。そこで、なぜ堕胎罪というのは女性だけなのか。「女子」と書いてありますけれども、女性だけなのでしょうか。
 そこで、先ほど岩村先生もおっしゃったんですけれども、女子、女性についてというのが、女性の委員がいなかったという中で、この文章の中に「婦女」という言葉からなぜ「女子」になったのか。今ここで皆さんがよく女子議員とはおっしゃらないんですね。女子弁護士とはおっしゃらないんですね。女性議員、女性弁護士と、こういうふうにおっしゃるんですけれども、なぜ「女子」になったのかということを先生方から一言ずつお伺いしたいと思います。
#67
○参考人(板倉宏君) 確かに御指摘のように、私は全く個人的にはこの二百十二条はもう要らないんだと思っておりますけれども、将来の方向としてでございますけれども。「女子」、確かに男子というのは出できていないのに「女子」というのは、言葉遣いとしては問題があろうかと思いますね。やはり、女性、もっとも男性というのも出できていませんけれども、どういう言葉がよいのか。
 確かに「女子」、しかもわざわざ「女」「子」と、こういう表現ですから、本当はこれは変えるべき、変えた方がよいと思いますが、今すぐにどの言葉がいいかと言われますと、なかなか私としても思いつかないという感じでございます。
#68
○参考人(岩村智文君) 「堕胎の罪」については、日弁連としては「同意堕胎」については削除するという方向を打ち出していたんですが、それは今回の法案化する法制審の刑事法部会の中でも一応論議はされましたが、採用はされませんでしたけれども、そのことが話題にはなりました。
 特に、ここの中で私どもは「婦女」をどういう言葉に直すのかという問題提起をしまして、「女子」という言葉がいいのか「女性」がいいのか、またほかに何かあるかという、端的に言うと「女」というふうにしでしまうかとか、いろいろ議論が出たんです。
 これも私ども、私が一番最初に考えたのは、「女子」というのは女の子みたいで、何か男より下に見ているような感じに聞こえなくもないから余りよくないのではないかと、「女性」がいいのではないかというふうに言ったんですが、これまた女性の、これもまた適当な言葉がないので申しわけないんですが、女性弁護士の意見を幾つか聞いてみると、「女性」という言葉を嫌う人もいるんですね、「性」が入っているというので嫌だと言うんですね。
 これでまた難しくなりまして、簡単に言うと、これは女性の中で決めでいただきたいというのが、こういうところで言うと申しわけないんですが、そんな感じで、日本語にこういう言葉を、本当にどなたも受け入れるような言葉がなかなかないなということがありましたので、これはある意味で言うと水谷参考人に御意見をお聞きしながら、今後国民的に決めでいかなければいけないのではないかという気がしております。
#69
○参考人(水谷静夫君) もちろん、今度の改正案になぜ「女子」になったかということは私は存じませんけれども、ただ、なぜ「女子」がとられたのだろうかということの理由の推定は幾つかつきます。ただし、お選びになった方がそこまで、失礼な言い方ですけれども、言葉のバックを御存じてお使いになったかどうか。
 私の感覚ですと、やっぱり「婦女」が最も適当で、ニュートラルな言い方だという気がいたします。それを避けるなら「婦人」だと思いますが、御承知のとおり婦人雑誌がいつの間にか女性雑誌になって、「婦人」というとおばあさんみたいで嫌だというのはあれ全然違うんで、「婦」というのは年寄りという意味は全くないわけですね。
 それから、「女子」の「子」は、これは子供の「子」ではございません、意味が。「もの」、抽象的な意味の「もの」です。男の方は男子、それに対して女子だけで、漢語で据わりの悪いときにはそういう抽象的といいますか、対象化して使うときに「子」をつけるわけです。例えば「椅子」の「子」なんかでもそうなんですけれども、「椅」というのはただ寄るというだけですから、「払子」だとかいろんなものに「子」を使うわけですが。
 じゃどうして「女」が使われなかったかと申しますと、これは昔の文章で「女」と書いてあると実はムスメと読むので、フィーメールのことを言うんではないわけです。そういうことで恐らく避けたろうと。
 男性、女性というような言い方は恐らく明治以後の翻訳語です、例はないことはございませんけれども。ですから、そういう意味で言うと、人間の性についで言うときの、性そのものを言うときはもちろん「男性」、「女性」ですけれども、そういう性を担った人を言うときでは「男子」、「女子」が現在のところやむを得ないんじゃないかという気がいたします。
#70
○三石久江君 ありがとうございました。
#71
○安恒良一君 三人の参考人の皆さん、大変御苦労さまでございます。
 三人の先生からある程度今回の改正、評価をほとんどされました。私も評価しております。
 ただ、私の実感を言うと、明治四十一年来、こんなものをよくほっでおいたなと。特に、近代憲法になって今日までこんなことでよかったのかなというので、これは法曹三者だけではなくて私ども国会議員を含めてこんなものを戦後これだけ長い間はっておいたなと、いけなかったなと、まず私は自分の実感として感ずる。
 それはなぜかというと、かなり近代化されましたが、やはり罪刑法定主義からいいますと、私はやっぱり義務教育を終了した人がある程度読んでわかるようにしなきゃならぬ。その点から考えますと、三人の先生もおっしゃいましたように、今回、大改正したからということでやめるんじゃなくて、引き続いてやはり改正に取り組まなきゃならぬなと。これは三人の先生の御意見もそうですから、それはそのように承って、やはり我々も努力していかなきゃならぬ。
 そこで、具体的な問題として二つございますが、やはりそれをやるためには法制審議会の刑事法部会の構成を国民参加ということと開かれたものにしなきゃならぬ、こういう御意見を特に板倉先生、岩村先生から賜り、私も大賛成なんです。
 それで、法制審議会の委員の氏名の公開に関して今まで法務省は、委員の私生活等が脅かされるおそれがあるから氏名を公開しないとか、それから学問的、専門的な見地から調査、審議が全うできなくなるからしないと、こういうことを言い通し続けできているわけです。
 私は、今、諸先生方がおっしゃったような開かれた国民にわかる審議会にするならば、やはり氏名の公開等をすべきだと、それから氏名の公開を嫌がるような人は委員になってもらう必要ないと思いますが、その点についてお二人の先生の御意見をお聞かせください。
 それから、続いて質問いたします。時間ございませんから。
 尊属加重規定の削除についても、いわゆる二人の先生からはフランスの事例なり日弁連の考え方なりいろいろ聞かせでいただきました。
 私は、少数意見というのか、こういう意見も一方にあるというのを闘いでいるんですが、二十一世紀になって高齢化社会になるんだ、だから尊属を大切にしなきゃならぬじゃないかと、それに今こんなことをすることはどうかという意見がある反面、これも先生方から御指摘がありましたように、フランスの事例も言われましたけれども、やっぱり大切なことは家族なんだ、だから妻や子に対するものも加重するなら加重しないと、例えば子供を殺すとか妻を殺すとかいろんなことございますからね、また最近そういう事例がかなりふえでいるから。
 岩村先生からちょっと家族のところも触れられましたが、私は今回、判決以来二十二年、これを除くことそのものを反対はしていないんですが、少なくともやはり二十一世紀に向けてここのところも検討項目として、妻や子供を含めた家族全体の問題をやはり今後の改正の中に考えていく必要があるんじゃないかと思いますが、その点についても先生方の御意見をお聞かせ願いたい。
 以上です。
#72
○参考人(板倉宏君) 後の方の御質問からですが、やはりフランスの今度の刑法で尊属の方の加重規定を残したと、これはもう一方では十五歳未満の者に対する加重規定も残したと。これはやはり家族ということから考えでいかなければいけないと、自分が保護しなければならないというような立場の者に対して殺人をするというようなことを重くすると。将来はさらに高齢化社会ですから、そういった問題あるかもしれませんけれども、しかし一方では、やはり日本の刑法は法定刑の範囲が結構広いものですから、その範囲内でまた賄えるのではないかというふうには思っているわけです。
 ただ、将来やはり家族だからということも一つの視点にしなければならないわけです。ただ、妻に対してとなると、夫に対しもないとやはり、ですから家族ということでとらえるということは考えていかなければならないことかもしれません。
 もう一つはどういう質問でしたか、御質問。
#73
○安恒良一君 審議会のオープン化の問題。
#74
○参考人(板倉宏君) 審議会のですね。国レベルでも今、情報公開ということがなかなかまだ実現しませんけれども、私も藤沢市なんかの情報公開制度の審議会の会長なんですが、委員の名簿を出す出さないということが前はよくありましたけれども、今はみんなもちろん発表いたしております。こういったものはその人のプライバシーをというわけじゃありませんものですから、名簿ですね、そういったことは当然に明らかにしていくと、そして広く委員を、国民の声を反映できるようにしなければならない。ですから、女性の方はもちろんでありますけれども、余り年いった人ばかりとかも、処罰されるのは結構若い人の方もされるわけですから。
 そういったことで、そして名簿を、その委員がどんな人かということは発表する。それで引き受けられないような人は、やはりなるべきでないと私としては思います。
#75
○参考人(岩村智文君) 開かれた法制審の点については安恒先生と同じ意見でありますので、家族などの問題にちょっと移りたいと思うんです。
 確かに、家族の中でお互いを大切にし合う、慈しみ合うということですとか、あるいは社会の中で高齢者の方々を大事にしていくという、これは非常に必要だと思うんですね。ですから、そういうふうに国民全体の倫理観といいますか道徳といいますか、そういうものを発展させていくといいますか、それが自然になっていくということの状態をつくり上げるというのは非常に重要だと思っているんですが、それが刑法によって刑罰を科すという側面からそういうことを進めるのか、あるいはもっと違った形で、他の法律などもいろいろ駆使したりあるいは政府等の啓蒙活動とかいろんなことを含めて、社会全体のシステムとしてどういうあり方がいいのかというのは、これはいろんな考え方があると思うんですね。
 ですから、すぐさまそれを刑法典に入れるかどうかというのは、また直ちにそれでよろしいというふうにはならないと思いますので、家族を大切にしたり高齢者を大切にするという方向性を是としながら、それをどういうふうにしでいくかというのはまた別にいろいろな形で議論が必要だというふうに考えております。
#76
○参考人(水谷静夫君) 私は法曹の門外漢でございますけれども、法というのはなるべく条文が少ない、条文が少ないというのは変な言い方ですけれども、罪をやたらにつくらない方がいい、運用で補えるものは運用でやった方がいい。
 ただ、その運用がいろいろあいまいになると困るというので規定が必要というところは置くべきだと。これは、法律なんという非常に大きな恐れ多いことじゃなくて、私もある学会のキャップなものですから、それの会則改正や何かの問題が起こったときに常にそういうふうに考えております。
#77
○安恒良一君 ありがとうございました。
#78
○委員長(中西珠子君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の先生方に一言御礼のごあいさつを申し上げます。
 本日は、長時間にわたりまして大変貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。
 午前の審査はこの程度にとどめ、午後一時三十分まで休憩いたします。
   午後零時三十三分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十一分開会
#79
○委員長(中西珠子君) ただいまから法務委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、刑法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#80
○下稲葉耕吉君 刑法の関連の質問に入ります前に、最近の報道についてちょっと感ずることがございますので、オウム・サリン事件に関連いたしまして御質問いたしたいと思います。
 報道によりますと、去る二十日の衆議院予算委員会集中審議の中の発言といたしまして、私、会議録を読んでおりませんので正確なことはわかりませんが、新聞各紙の報道によりますれば、別件逮捕の問題につきましで総理が答弁なさっておられる。その新聞の記事を要約いたしますれば、こういうふうな大変な国民の関心を呼んでいる凶悪な事件に対する捜査を激励するということもあるのかもわかりませんが、それはそれといたしまして、別件逮捕も容認されるのではないかと、国民がこういうふうな事件に対する捜査の手段としてやはり容認してくれるんじゃなかろうかとか、あるいは理解と協力をしてほしいみたいな御発言だったと報道されております。そして、その後、その発言を撤回されたというふうな報道もあるわけでございますが、やはり大変な事件である、大変苦しい事件であるということはよくわかるわけでございます。
 だからといって、捜査の手法というふうなものが、別件逮捕ということで表現されるようなそういうふうな安易なものであっては私はよくない。やはりどういうふうな情勢になろうと、捜査というものは法令を適用して厳しく厳格にやらなければならない、こういうふうに思います。
 私は、そういうふうな意味で、あらゆる法令を適用して徹底した適正な捜査を行うということではなかろうかと思いますが、その点につきましで法務大臣のひとつ御見解といいますか、この際はっきりお伺いいたしたいと思います。
#81
○国務大臣(前田勲男君) 御指摘の地下鉄サリン事件等は、大変我が国の治安の根幹を揺るがす極めて重大な犯罪でございましで、真相解明が急務かつまた最大限の努力をされておるところでございます。総理の御発言も、先生御指摘のとおり、訂正をされたようでございますが、今日、警察における犯罪捜査は法令に従い適正に行われていると聞いております。また、検察当局におきましても、まさに法と証拠に基づき適正な捜査、処分を行っているものと理解をいたしておるところでございます。
#82
○下稲葉耕吉君 ひとつ、どういうふうな情勢でございましょうとも、法律を適用する捜査官という者はやはりそれに基づいて厳正でならなくちゃならない、どういうふうなものにもたえられる捜査でなくちゃならない、このように思います。
 次に、本件につきまして、「破防法適用を準備」、「オウム調査団体に指定」というような報道が大きくなされているわけでございます。
 破防法に基づく団体の解散なりなんなりというものは、破防法が制定以来今日まで適用されたことはございません。いろいろな極左暴力集団の過去における騒擾まがいの事件に関連いたしましてこの適用が議論されたことはございますけれども、今日ないわけでございます。ここで言う「調査団体に指定」という言葉も私自身ちょっと奇異に感ずるわけでございますが、「破防法適用を準備 公安調査庁」というふうな報道がなされておりますが、これにつきましても公安調査庁のはっきりしたひとつ姿勢といいますか、考え方といいますか、方針といいますか、お話しいただきたいと思います。
#83
○政府委員(緒方重威君) まず、調査対象団体の指定ということについての意味を御説明申し上げたいと思いますが、これは公安調査庁長官が内部職員に対してこの対象団体を調査しなさいということを命ずる内部的な行為でございます。調査官の調査活動が個人の恣意にわたることのないように、統一的、効率的に行われる必要があるところからやっておるところでございまして、あくまでも内部の指示にすぎません。その時々の状況に応じて指定をしてみたり指定を解除してみたりしてございます。
 ところで、指定とオウム真理教の関係でございますが、今回の一連の事件について破防法の適用を想定し、検討する前提といたしましては、まず個々の事件の事実関係の解明及びその行為が団体の行為として行われたことの解明、この両方の事実関係の解明が必要であろうと考えております。
 この両方の事実関係の解明につきましては、現在、警察、検察において鋭意捜査されているところでございますけれども、現時点では個々の事件の解明の段階ではなかろうかと理解しております。いずれ、個々の事件の解明を通じて団体の行為の解明ということもなされるだろうと考えております。
 公安調査庁といたしましても、目下のところ、団体としてオウム真理教自体を対象団体に指定はしておりません。しかし、一連の事件は公安上憂慮すべきものであると認識しておりまして、重大な関心を持って全般的に情報収集に努めているところでございます。
#84
○下稲葉耕吉君 ちょっと確認いたしておきますが、今の御説明によりますと、公安調査庁長官が御指定なさると、そして調査しなさいということですが、長官が指定なさる手法というのは、どういうふうなことになれば指定なさるんですか。
#85
○政府委員(緒方重威君) 過去に破壊的活動を行い、かつ現在においてもその団体が継続しで破壊的活動を行うおそれがあるということが十分認められるような団体につきまして、一般的にこの団体を継続して調査するようにということで長官が調査官に指命している、指示しているということでございます。
#86
○下稲葉耕吉君 まあオウム真理教は宗教団体でございますし、今までそういうふうな意味の破防法の対象としてのいろいろな情報の収集なりなんなりというのはほとんどなかったんじゃないか、こういうふうに思いますし、それだけに大変この問題は、何と申しますか、地道に徹底しておやりいただくことではなかろうか、このように思います。
 それから最後に、やはり最近の報道関係に関連いたしまして、これは法務大臣でございますが、新聞の見出しによりますと、おとり捜査解禁検討という見出しのもとで、おとり捜査や通信傍受、情報提供者への刑事免責などの問題について衆議院の委員会で議論が出たようでございます。
 おとり捜査の問題につきましては、既に麻薬の捜査において確立された手法というものがあるわけですし、さらにまた先般、当委員会でも問題になりましたコントロールドデリバリーの、これは麻薬関係の捜査の一つの手法として議論されたことでありますが、そういうふうなことで法令に根拠があるわけでございます。あるいは電話の傍受にいたしましても、通信の傍受にいたしましても、これは勝手にできるわけじゃないのであって、厳格に裁判所の発する令状に基づいてなされているというのが実態であろうと思うのでございます。あるいは情報提供者への刑事免責の問題、これはもう先般来のロッキード事件等に関連いたしましてアメリカとの関係で刑事免責の問題が行われ、結局、最高裁ではこの情報提供者の刑事免責の規定を採用しなくて、退けまして、そして通常の捜査による証拠で有罪、こういうふうに決定した経緯があるわけでございます。
 それだけに、今申し上げましたことは非常に慎重に取り扱い、そしてそういうふうな過程で必要があれば、法令上の根拠なりあるいは裁判所の発する令状なり、そういうふうなものを厳格に適用して捜査というものがなされるべきであると思いますし、そういうふうにされていると思うのでございますが、ややもしますと、表現は悪いんですが、世間の勇ましい議論が先行いたしまして、そして何か新しいところに足を踏み込むような印象を与えないとも限らない。もし新しいところに足を踏み込むとするならば、それは大変な議論し、国会でも議論し、そしてなるほどこうだということで法令の改正なりその他の手続をとってから私はやるべきだと思います。
 そういうふうな点につきまして、報道では必ずしも正確ではない面もあるわけでございますから、これにつきましても大臣のお考えをお伺いいたしたいと思います。
#87
○国務大臣(前田勲男君) 実は予算委員会で先般申し上げましたのは、今日のいわば捜査においてということではなくて、いわば将来的な課題として一つの方向をお答え申し上げたわけでございますが、現在も法律上の根拠のもとにコントロールドデリバリー初め通信傍受等、法律の根拠のもとに認められておるところは、その範囲の中で当然あるべきでございます。
 一般的に、実は申し上げましたのは、実は最近の犯罪の中には大変高度化され、密行性、組織性が非常に強いために現行の捜査方法では真相の解明が非常に困難な事案が多くなってまいりました。そこで、いわゆる通信傍受あるいは刑事免責などの捜査手法が真相解明のためには有効であるというふうに判断されるところもございます。しかし、こうした捜査手法につきましては、適正手続の保障の観点、すなわち憲法上の制約あるいは国民の司法に対する信頼の確保の観点などから大変検討すべき問題も多々ございます。
 したがいまして、これらの捜査手法の導入につきましては、こうした問題点や我が国の法制度全体に及ぼす影響などを踏まえながら、特定の事件に限らず、犯罪情勢全般の変化の様相、捜査上困難な実情等を冷静かつ総合的に分析した上で、これにいかに的確に対処するかという観点から捜査手続全体との関連の中で検討すべきと考えておりまして、冷静、かつ拙速は避けなければならないと思っております。
 一般論というか、今回のサリン等の事件ではなくて刑事司法を全体的に見直す中で、その中の一つの課題であろうと思っております。そうした中には当然、まさに弁護権の拡充の問題等々もこれらと含めて、トータルバランスを考えていく中の問題点の一つであろう、かように考えております。
 特に、先般、予算委員会の御答弁は、この事件の関連においてこの措置を検討するという趣旨で実は申し上げたわけではないということを申し上げたいと存じます。
#88
○下稲葉耕吉君 わかりました。
 それでは、刑法の問題についで御質問いたしたいと思います。
 午前中、参考人から意見を伺いました。なかなか貴重な意見を伺ったわけでございますが、その中で感じましたことを申し上げたいと思うんですが、一つは、全体として、いろいろ意見はあるけれども、この改正には賛成だという御意見がほとんどでございました。
 ただ、そういうふうなことを前提としながらの御意見の中に、この問題を基本的に取り扱う法制審議会の中の刑事法に関連する委員の先生方の人選につきまして、法律の、特に刑法の専門家ばかり選ぶというのはいかがなものだろうかという強い意見がございました。一般的な常識のある方ですとかあるいは女性の代表だとかいうふうな人を選ばれて、法律の専門家だけの議論ではなくてそういうふうな人を選んだらどうかと。
 特に感じましたのは、言語学の先生からの御意見でございまして、なかなか一般的に日本の法令というのは難しいということです。具体的な例を引き出されまして、大変難しいと。だから、そういうふうなことからいいますと、やはり平易化平易化ということで、平易化されましで前進になっているわけなんだけれども、やはりそういうふうな形の先生たちをメンバーに加えてそして議論される、そして国民にわかりやすい表現で取り入れていただく。えてして、法制局の審議にかけますと、法制局の専門家で、いよいよ原案はわかっていたのがわからないようになるような場合が多いんですけれども、そういうふうなことではなくて、せっかくここまで来ているんですからおやりになったらどうだろうかというふうな意見を私も強く持ちました。
 それにつきましては、やはり法務省の中でできる議論と、それから法律全般の横並びの議論もあることだと思いますので、私どもも努力いたしたいと思いますが、ひとつ法務省の方もそういうふうな点に御配慮されまして、今後の法令の改正なりなんなりに取り組んでいただいたらなというふうな感じがいたします。
 そこで、質問の前提といたしまして、よくわかっていることでございますが、刑事局長にこの改正の、表現の問題はともかくといたしまして、中身の問題では尊属加重規定を抜いたということと瘴唖者の問題だろうと思います。
 表現の問題は今申し上げましたことを私、意見として申し上げましで、尊属殺等に関する問題について若干御質問いたしたいと思うんですが、わかり切っていることではございますが、まず四十八年四月の最高裁の大法廷における判決の骨子を、さわりのところだけで結構でございますが御説明ください。
#89
○政府委員(則定衛君) 昭和四十八年四月四日、最高裁判所におきまして尊属殺人罪について違憲判決がありましたが、その理由の骨子は、一般殺人罪に比べて余りにも法定刑が重過ぎて憲法十四条違反である、こういう趣旨でございました。つまり具体的には、尊属殺につきましては死刑または無期という法定しかなく、一般殺が死刑、無期及び短期三年以上の有期懲役、こういうこととの対比におきまして今の考え方が示されたものでございます。
#90
○下稲葉耕吉君 御説明のとおりでございまして、違憲の骨子は、刑法第二百条は立法目的において違憲ではないが、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役のみに限っている点において、普通殺人罪に関する刑法第百九十九条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取り扱いをするものであり、憲法十四条に違反するということでございます。
 尊属加重規定というのはほかに三つあって、尊属傷害致死につきましては、これは合憲であるという判決が確定いたしておるわけでございます。
 そういうようなことで、違憲だと言われているのは刑法第二百条だけでございまして、しかもその多数説がその量刑の問題になっているんじゃないか、こういうふうに思うわけでございます。
 こういうふうな判決が出ているわけでございますが、今日まで二十二年たっております。その辺、二十二年何でほったらかしでいたんだというふうな意見もおありだろうと思いますが、それはむしろ政治の方の責任もあるようでございますけれども、その辺について、従来の法務省の取り組んできました今日までの経緯について簡単に御説明いただきたいと思います。
#91
○政府委員(則定衛君) 先ほど触れました、昭和四十八年四月に刑法第二百条の規定が違憲であるという最高裁判所の最終的な判断を受けましたものですから、当時法務省といたしましては、この刑法二百条の取り扱いについて法制審議会に諮問をしたわけでございます。
 ただ、当時、御案内のとおり、刑法の全面改正作業が行われておりまして、その過程で既に尊属殺人その他の尊属加重規定の取り扱いについても議論がなされておりました。その時点におきましては、既に尊属加重規定を全般的に削除するのが相当であるという方向で全面改正作業が行われていた経緯もございましたので、事務当局といたしましては、その最高裁違憲判決を受けまして、その時点で尊属加重規定を全般的に削除する案で諮問をさせていただきまして、刑法全面改正の答申に先立ちまして法制審議会からその部分についての答申を受けまして、これは諮問どおり全面的に削除するのが相当であるという答申を受けまして、直ちに立法作業に移らせていただいたわけでございます。
 事務当局といたしましては、法制局との協議も重ね、成案を得ました段階で、当時の与党であります自民党等との意見調整に入ったわけでございますが、残念ながら与党との意見調整が合意に達しませずに、時の政治情勢から申しまして法案を提出するに至らなかったわけでございます。
 ただ、その後、当時の野党でありました社会党を中心といたしまして、公明党、民社党等々から、この私ども法務当局が考えました案と同様の、尊属加重規定一律削除の刑法の一部を改正する法律案が昭和五十五年ころまでに三回にわたりまして議員提案という形で提出されたわけでございます。私ども事務当局といたしましては、その動きを見守っておったわけでございますが、いずれもその累次の議員立法につきましては成立するに至りませず、国会の解散等によりまして廃案になっていった状況が続いたわけでございます。
 ところで、今回、この刑法典の現代用語化を図りますためには、この刑法二百条をそのままの形で書き直すということは、最高裁判所の違憲判決を受けました政府当局としての立場といたしましてはとり得るべき立場ではないという判断のもとで、どういたすか種々勘案いたしたわけでございます。その結果、先ほど申しましたように、法制審議会で過去二回にわたり既にこの全面削除についての答申を得ているということ、それから、その後の二十二年間にわたります裁判の実務の結果の考察によりまして、重かるべきは重く転がるべきは軽くという、まさに事案に即した量刑が一般の殺人罪の規定の法定刑の枠内で行われているというようなこともございまして、今回この平易化を図りますに際しましては、この尊属加重規定一般につきまして削除して国会の審議をお願いするのが相当である、こういう結論に達したものでございますので、今回このような形で御審議いただいているわけでございます。
#92
○下稲葉耕吉君 今、刑事局長から経緯を御説明いただいたわけでございますが、自民党といたしましても、今の経緯の中にございましたように、いろいろな意見がございました。今日もあることは事実でございます。しかし、いろいろ党内で議論いたしまして、政府案としてお出しなさることについて党としては賛成いたしているわけでございますが、その辺の議論の中でございましたことを踏まえまして、こういうふうな意見もあるんだが大臣のお考えはどうだろうかという立場でお伺いいたしてみたいと思うのでございます。
 民事局長御出席でございますけれども、今、民法の身分法の改正の問題が進んでいるように承っております。いろいろな問題がございますが、その中でやはり夫婦別姓の問題が一つの大きな問題になっておるわけでございまして、今三つの案についで広く意見を聞いている最中、あるいはもうぼつぼつまとまったのかどうか知りませんけれども、そういうふうな段階だろうと思うのでございます。
 結局、夫婦別姓の考え方が突き進みますと、従来の日本の家族制度といいますか、家父長制度、そういうふうなものがなくなるという方向だろうと思うんです。それから、そういうふうなことに関連いたしまして、嫡出子とそうでない人との遺産相続の問題等も平等になる。そういうふうな流れだろうと思います。
 そうしますと、例えばお墓なんかの場合も、今、大体日本のお墓は何々家の墓と、家の墓なんですね。そこへ何代か御先祖のお骨が入っているわけでございますが、今度は夫婦別姓になりますと、その辺のところがどういうことになるのかわかりませんけれども、そういうふうな方向で民法、特に身分法の改正というものが進みつつある。
 片や、今問題になっている刑法の問題がございまして、これにつきまして尊属加重刑というふうなものが四つ全廃になるというふうなことでございます。
 なるほど、その判例を検討いたしてみますと、特にこの四十八年四月の最高裁の大法廷の判決の前提になった事案というのは、これはもうとてもじゃないが話にならないような、親として自分の娘と姦淫して子供まで産ませて、そしてその女性がやっと何とか正規に結婚しようと思ったら、それに今度おやじがまた反対していろいろな行為に及んだということで、耐えられなくて尊属殺を行ったというふうな、本当に人道にあるまじき行為によって尊属殺という事件を起こしている。それが死刑または無期といったら、だれでもこれはひどいじゃないかということだろうと思いますし、そういうふうなことで最高裁の大法廷の判決も憲法違反ということで処理して、結局結論は執行猶予のつくような形で処断された。死刑、無期ですと、もちろんそれは執行猶予なりなんなりということはできないわけでございますから、というふうなことでこれは大変理由があると、こういうふうに思うんです。
 やはり日本は、親をあるいは先祖を敬うというのは、これは特に日本だけのことじゃなくてもう世界共通だろうと思いますが、やはり一つの美風だろうと思うんですね。そして、そういうふうなものに対して犯罪を犯した人に対して、一般の殺人よりも重い刑を適用するというふうなことは、これはやはり当然考えていいことだし、また裁判所も当然お考えになるんじゃないだろうかと、こういうふうに思うんですね。
 それが今度は、尊属殺がなくなっちゃって普通の殺人だけになる。運用としては、殺人罪の枠の中で量刑を重くしたり何だかんだしておやりになっているんでしょう。だから、それでいいじゃないかという議論がある。しかし、もう一つの立場から考えますと、一つのそれは形じゃないかと、形じゃないかと。やはり、先祖だとか両親だとかを敬うということは当然のことであって、それの一つの形として法律的にそういうふうなものが担保されているんだという考え方もあるだろうと思うんですよね。それが今度なくなっちゃうわけですよ。それは尊属殺にかかわらず、尊属加重の四つの条文というのはなくなるわけですから。ですから、民法は今そういうような形で夫婦別姓なりなんなりに進んでいる。これは世界の流れかもしれません。刑法も今、そういうふうな流れかもしれません。
 それで、法務省というのはもともとかたいところのはずなんだと。ところが、やっぱり最近の法務省というのは世の中を先取りするようなところまで進んでいるんじゃないだろうかということを党内で危惧して議論したこともあるんです。ですから、そういうふうな意見を代表して私はきょう、私自身がどうこうということじゃございませんけれども、そういうふうなことに対してやはり法務省としての御見解を承りたいと、このように思います。
#93
○国務大臣(前田勲男君) 大変難しい御質問をいただいておりますが、法務省として時代を先取りしているのではないかという、最後、御指摘もございましたが、法務省としては国民のお一人お一人の人権がいかにあるべきか、これはその基本としてまず考えでおることでございましで、そうした基盤の中からもこうした今回の改正等も提案されておると、かように思っております。
 まず、日本伝統の美風でございます家、あるいは家の家族とのきずなの価値観、こうしたものが今回の法改正あるいは婚姻制度の見直し等で何らか考え方の変化があったのか等々のお尋ねでございますが、尊属につきましては、尊属に対する、親を尊重し報恩するという社会生活上の基本的道義というのは私は変わっていない、かように理解をいたしておりますし、これはむしろ法律以前の人類共通のまさに普遍的道徳であろうと思っております。
 そこで、尊属と卑属、ただ、私個人で申し上げますと、「卑属」という言葉もいささかちょっと時代離れしておるなという感じがいたしておりますけれども、尊属と卑属とが自然的情愛と親密の情によって結ばれまして、まさに親が子を慈しみ、子が親を尊重することは、まさに個人の尊厳と人格価値の平等の原理の上に立ちましで、まずもってこれは個人の自覚に基づき自発的に遵守されるべきである普遍的な道徳と申しますか倫理であろうと思っております。
 そうした意味から、この尊属加重規定を削除することにつきましては、決して尊属である親をないがしろにするというものではない。むしろ新しい時代というか、今日の家族間の自然的情愛、こうしたもののもとに親族間の犯罪という悲しむべき事柄に対しまして、その事案の実情に即しで、また家族間の自然的な情愛、普遍的倫理を破壊した行為の内容に応じて裁判官の裁量によって科刑が行われる、かように考えでおるところでございます。
 また、家族というものの中で、まさに夫婦別姓の問題でございますが、家族というものは、やはりこれまで時代が築いてきた美風と同様に、その中で親子を中心とする家族というものが共同体であり、夫婦が協力して安定した生活を営んで次の世代を担う子供を健全に育成する基盤でありまして、まさに我が国の社会の基本単位として今後も極めて重要な役割を果たしていくという認識のもとに、夫婦別姓も検討されているところであろうと思っております。
 そこで、その選択的夫婦別姓でございますが、こうした基本的な考えに立ちまして、婚姻前に既に社会において活動されておった人が、婚姻後もなお氏を改めることなくその活動を継続したいという要請が、特に女性の社会的な進出、また男女平等観等々によりまして、その活動を継続したいという要請が次第に高まっておる状況下にございます。
 こうした中で、現行制度のように夫婦が必ずしも一律に同じ氏を称することを義務づけるのではなくで、希望があるのであれば、夫婦がそれぞれ別の氏を称しながら今申し上げたような家族の理想というものを達成していく生き方も選択的容認すべきかどうか、こういう観点から検討を行っておるというところでございます。
 法制審民法部会におきましては、本年度中に結論を得るべく検討をいたしておるところでございますが、この問題は将来の我が国の家族のあり方の重要な問題でございますので、今後ともなお十分な検討をされるものと、かように考えでおるところでございます。
#94
○下稲葉耕吉君 自民党の中でいろいろ議論しました際のやはり一番問題になったのは、今御質問いたしたところでございますので、そういうふうな議論を総括する意味で、ちょっと嫌らしかったかもしれませんけれども御質問いたした次第でございます。
 そこで、刑事局長でも審議官でも結構でございますが、世界各国の尊属殺等に関する立法例、どういうふうな国々がどうあっで、そして最近の傾向はどういうふうなものだというふうなことを御説明いただきたいと思います。
#95
○政府委員(古田佑紀君) 昨年、主要国を中心に三十カ国ほど諸外国で尊属に対する犯罪をどう扱っているか調査をいたしました。その結果を申し上げますと、尊属加重規定を設けております国は六カ国、それから尊属加重規定のほかに配偶者あるいは卑属等に対する加重規定を設けている国が同じく六カ国、残りの十八カ国についてはいずれの面についても特に加重規定は設けていない、こういうふうな状況が把握できた次第でございます。
 国名を申し上げますと、尊属加重規定を残しております国は韓国、タイ、フランス、ベルギー、モナコ、それに日本ということであるわけでございます。それから、尊属加重規定のほかに配偶者あるいは卑属殺等についての加重規定を設けている国といたしまして、トルコ、イタリア、スペイン、ポルトガル、ブルガリア、アルゼンチン、こういう国があるわけでございます。この中でフランスにつきましては、午前中の参考人からの御紹介もありましたけれども、十五歳未満の年少者については別途やはり尊属と同じような加重規定が設けられているという状況でございます。
 それから、尊属加重規定についての最近の立法の動向でございますが、外国におきましては、一つはドイツでございますが、これは第二次世界大戦前は尊属殺及び尊属傷害についての加重規定はございましたが、一九四一年に尊属殺人規定が、それから一九九四年に尊属傷害規定がそれぞれ廃止されております。また、フィンランドにおきましては、一九六九年に尊属殺人の規定それから配偶者殺人の加重規定が廃止され、オーストリアにおきましては一九七四年に尊属殺人の規定を含む近親殺の加重規定が廃止されたというふうに承知しております。
#96
○下稲葉耕吉君 いろいろ国を並べて御説明いただいたわけでございますが、例えば宗教的な配慮で認めないとか認めるとか、あるいは昔は大陸法系、英米法系、いろいろ言っておりましたけれども、何かそういうふうな類型はございませんでしょうか。
#97
○政府委員(古田佑紀君) 私どもの承知しております限りでは、基本的にはローマ法の系統を引く大陸法系の国で尊属の加重規定が設けられているというふうに承知しております。その典型が先ほど申し上げましたフランスでございます。それに対しまして、英米法系の国は歴史的に特に尊属加重規定というふうなものが設けられたということはないように承知しております。
#98
○下稲葉耕吉君 そうすると、ローマ法系からだんだん英米法系に日本も移り変わりつつあるということでしょうかね。わかりました。
 そこで、ぼつぼつもう最後の質問にいたしたいと思いますけれども、法務省は最近の阪神大震災の問題に対応されましても、緊急立法を三つでございましたか、速やかに制定されました。あるいは立法までいかなくてもその他政令以下で対応できるような処置もるる速やかにおとりいただいたわけでございまして、現地のいろいろな問題が具体的に、特に民事関係、権利関係、いろいろ出てきているわけでございまして、いろいろ法務省関連の団体の方々の御協力を得ながら大変御苦労なさっておられる、心から感謝申し上げます。
 そういうようなことに関連いたしまして、人的な問題もさることながら、あるいは予算上の措置なりなんなり多々出てくるだろうと思います。報道等によりますれば、来月中旬には補正予算を組んで何とか対処したい、閣議決定を十五日の日にやりたいというふうな方向で進んでいるようでございますし、そういうふうな問題についての現在の法務省の対応状況、お話しいただけるだけで結構でございますので、お願いいたしたいと思います。
#99
○政府委員(原田明夫君) ただいま御指摘いただきましたように、阪神・淡路大震災関係につきまして立法的な手段、法務省のできる範囲のことで緊急にさまざまな観点から検討した上でお願いしてまいりました。その結果、一番基本的になります個々人の法的な権利と申しますか、土地その他に関します権利についていわば法的にそしてある面では観念的には保全された、また法務省のさまざまな機関におきましてそのための措置ができるようにはなったのでございますが、今後はまさにあの大被害を受けました地域につきまして公共の立場からさまざまな防災都市をつくるために措置がとられていくことだろうと思います。
 そのためには、国レベルにおける政府はもとより、関係地方公共団体、そして何よりも現地の生活をなさっている方々、そこで生産活動をなさっている方々、さまざまなその他の社会的活動をなさっている方々との十分な協議と意思疎通を図った上で、これから何年にもわたる苦しい復興計画が立てられでそれが実行されていくものと考えております。
 その中で、法務省といたしましても、登記の問題、また区画整理の問題その他等々、いわば私権の保全と公共の目的のための調整に関しまして、今後とも全力を挙げて弁護士会、司法書士会、土地家屋調査士会その他の関連の専門家の方々の御協力を得られるようにしながら対処してまいりたいと思いますし、また国政レベルにおきましても関係省庁との連絡をこれからますます緊密にしてまいりまして、必要な施策を講じていただけるように努力してまいりたい。まさに一応の地図はでき上がりましたが、これを実施しでいくことがこれからの最大の課題と、その道は大変厳しいものがあるというふうに考えております。
 その中で、法務省の必要な人員、関係部局の必要な人員、また予算措置につきましてもよく検討いたしながら、また民間の方々、関係諸団体の御意向をよくお聞きしながら万全の措置を講じでまいりたいというふうに考えておりますので、従来からこの問題につきまして非常に広い観点から御審議、また御心配いただいております当委員会の諸先生方の今後ともの一層の御理解と御支援をお願いしたいと考えております。
#100
○国務大臣(前田勲男君) ただいま官房長が申し上げましたのに加えて、多少宣伝臭くなりますが、今月の十九日と二十日の日に、大阪の弁護士会館それから京都市内におきまして関連法案の復興本部としての全体の説明会をいたしました。法務省ができる限りお手伝いを申し上げて、建設省にもおいでいただき、かつまた税法関係では大蔵、自治省から御参加をいただいて、大阪、神戸におきまして弁護士会あるいは司法書士会、土地家屋調査士、不動産鑑定士、関係の御専門の皆様にお集まりいただいて、一日で法改正がおわかりいただける説明会もいたしたところでございます。
#101
○下稲葉耕吉君 十九、二十日、大臣みずからお出向きいただいていろいろ重要な会議を持たれたそうでございまして、御苦労さまだと申し上げます。
 最後に、刑法の改正はこういうふうな形で今進みつつあるわけでございますが、法務省はまだたくさん大変難解な表現の法律をお持ちでございますし、片仮名の法律もたくさんお持ちでございます。どうかそういうふうな問題につきましても、国民にわかりやすい親しみのある法体系というのは大切でございますし、特に私は、法務省関係の法案については、国民の利害あるいは権利関係に直接関係いたしますだけに大切だと思います。どうかそういうふうな点につきまして格段の御努力をお願いいたしまして、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。
#102
○北村哲男君 社会党の北村でございます。
 法務大臣、私ども今、刑法改正の作業に入っておりますけれども、言うまでもなく刑法というのはその根幹は罪刑法定主義でありまして、そしてもう一つは、刑事訴訟法の骨、中心は法の適正手続、すなわち講学上デュープロセスと言いますが、これは憲法上の大原則でありまして、これは国家権力、具体的には警察、検察権力に対して厳しく要求される大原則であると思います。
 ところで、先ほど下稲葉委員も言われましたように、先日の四月二十日の国会審議において大臣は、通信傍受、おとり捜査、刑事免責などは、このような事案、すなわち現在のサリン事件に有効と理解しでいるというふうに言われたという報道がなされております。先ほどるる釈明をされました。ですから、それはもう繰り返しになると思いますけれども、そういう報道がなされたということについて私は大臣に反省を求めたいと思うんですね。というのは、いや全然間違いならば、またそれは報道に対してされればいいんですけれども、そういうふうに受け取られかねないという発言をされていると私は思うんです。
 確かに今政府は、言葉は悪いですけれども、ああいう政府に対するすごい攻撃に対してヒステリー状態というんですか、いろんな大臣が、やれもう内乱罪だとかやれ騒擾罪だとか、徹底的にやれと。総理大臣までが別件逮捕というのをぽっと口にしゃべったり、際どいとか、そういうことを言われる。その中で、法務大臣までがそういうふうにとられかねない言葉をされるというのは私は非常に心外であります。
 法務大臣というのは、建制順というか、よく大臣の名前が出ますね。そうすると、総理大臣、次は副総理、次は法務大臣ですよ。なぜそこにあるかといったら、やっぱりだれががたがた言おうと、だれがどう言おうと、法務大臣はしっかり国の根幹を押さえる立場にいるということ、その立場を守らなくちゃならないと思うんですよ。その点において、僕は非常にあの言葉を見まして、まずいなというふうに感じを受けたんです。
 そして、確かにまた、これは極端かもしれません。村井さんが亡くなりましたね、殺されましたね。マスコミがあおったということを彼らは言っています。しかし今、国までが同じような形であおって、じゃ悪いやつなら勝手にやったっていいんだというのを、そういうことを国だってやっているじゃないかということをうかがわせるというふうな、そういう怖さがあるという点において、法務大臣はだれが何と言おうとがちっと押さえておくという立場を守っていただきたいと思うのが私の考えてありますが、大臣、いかがでありましょうか。
#103
○国務大臣(前田勲男君) 二十日の予算委員会の答弁の中で、私の答弁について、報道とは若干私もニュアンスが違っておるような気がいたしますが、御指摘の点は常々私も、民主主義国家としてまさに法が適正手続の保障の観点のもとに守られ、国が維持されていることは、国家の一番大きな基幹であるというふうに常々肝に銘じて取り組んで職務を遂行いたしておるところでございます。
 中身を申し上げれば、先ほど下稲葉委員に申し上げた、一般的な考え方として、この事件との関連においてこうした捜査手法の措置を検討するという意味で申し上げたわけではないということを御理解賜りたいと存じます。
#104
○北村哲男君 確かにおっしゃる意味はわかりますし、お立場もわからないではありませんけれども、冷静にといいますか、たしか前の法務大臣であられた後藤田さんの方がむしろたしなめられたということもありますが、あの立場はむしろ現法務大臣がおやりになる立場だと私は思いますので、ぜひその辺も冷静に対処されて、またこの大変な事件でありますけれども、ますますそういう冷静なことが要求されると思っております。
 ところで、刑法改正の問題に移ります。
 まず最初に、今回は刑法の本当に平易化というか、文章の平易化の問題なんですけれども、それと二つの内容の変更がありますけれども、刑法の実質的な内容の現代化という作業はこれでとまったんではないかという考え方、日弁連もこの平易化について、従来の全面改正について終止符を打つんだという一つの流れもあったような感じなんですけれども、刑法の内容的な現代化の問題はどういうふうな形になっておるのか、あるいは将来的な作業の問題はどうなっているのかについて御説明いただきたいと思います。
#105
○国務大臣(前田勲男君) 今回の改正は、御指摘のとおり、表現、用語の平易化でございまして、実はこの刑法の今後の改正についてということでございますと、私は、平易化され、まだ私も素人の立場から申し上げればなかなか難解な表現方法でもございますし、そうした中で、今後時代の変化の中でやはり国民が望まれる、また大方の合意が行われる形でいずれ改正が行われることが望ましいと思っております。
 そうした中で、今回の改正というものを位置づけるとするとすれば、まさに今後の刑法改正の基盤整備作業として今回の改正は大きな意味を持つものと、かように考えておるところでございます。
#106
○北村哲男君 少し細かくなりますけれども、各論について、各論といいますか、個々的なことについて疑義があるというか、立法の経過、改正の経緯をやっぱり聞いておきたいなと思う点について幾つかこれから聞いていきたいと思いますので、御説明をいただきたいと思います。条文順に聞いていきますので、よろしくお願いします。
 まず、九条の「刑の種類」の中に「禁錮」という刑罰があります。この「禁錮」の「錮」がかねへんの「錮」というのは非常に難しい字ではないか、単に「固」だけでいいんではないかということをずっと一方では言われでおりますけれども、なぜこういう難しい字にしたのかという説明を簡単にお願いします。
#107
○政府委員(古田佑紀君) 「禁錮」の「錮」につきましては、御指摘のとおり、かねへんのない「固める」というのが新聞等で使われていて、これを使ったらどうかという議論も確かに法制審議会の中でもございました。
 ただ、かねへんの「錮」というのは、やはり漢字の本来の意味からして使われている言葉で、「固める」というのはいわば一種の当て字ということで、そういうふうなものを刑法で使うのはいかがかと、こういう意見もかなり有力にあったわけでございます。
 それと、「禁錮」というのはいわば一種の刑の固有名詞みたいなものでございまして、刑事法の大変基礎的な部分を構成しております上、ほかの法令の罰則やあるいは欠格事由の規定などにつきましても多数このかねへんの「錮」が使用されているわけでございます。
 したがいまして、法令用語として既に定着しているというふうな事情もございまして、これを「固める」に改めるということは、ほかの法令中の数百に及ぶ規定も改正する必要があり、刑の内容に変更があったというふうな印象も与えかねないというふうな問題もあったことから、今回は現行法と同様に「禁錮」、かねへんの「錮」を使うということにしたわけでございます。
#108
○北村哲男君 一つ一つ反論していると切りがありませんけれども、刑法として既に定着した言葉といえばこれ全部そうですよね、何十年も定着しでいるわけですから、難しい字が。それを変えようというんですから、その辺の発想は少し、全部にかかわるわけですけれども、既に非常に難しい言葉でも定着しちゃって、私どもだったらもうその方が、よっぽど昔の方がわかりやすいというのはあると思いますので、それをあえて今回変えようというのが改正作業ではないかと思います。
 次に、これは内容の問題なんですが、二十四条に「刑期が終了した場合における釈放は、その終了の日の翌日に行う。」という内容がありますけれども、これは刑期が終了した翌日だと一日か何日か自由が奪われるという意味では人権にかかわる問題ではないかという指摘もあると思うんですが、だから終わったらそのときにやったらどうだというふうな考えがあると思うんですけれども、その辺はいかがでしょうか。
#109
○政府委員(則定衛君) ただいまの御指摘の問題は実は法制審議会でも議論があったところでございますが、釈放の日を満期の日ですべきであるということになるわけでございますけれども、結論的に申しますと、現行の規定によります運用を維持するといいましょうか、満期日の翌朝という、釈放の時期ということになるわけでございます。
 その一つの理由といたしまして、実質的には、刑期の始期といいましょうか、収容いたしますときに必ずしも午前零時に収容するわけではございませんで、場合によりますと午後から夕方にかけてということもあるわけでございます。また、裁判所におきましてもそういう前提のもとで刑期を宣告されているということもございますし、仮にこれを満期の当日の夜、深夜にということに釈放の時期をされますと、何といいましょうか、夜中に釈放される人たちのその後のケアという問題あるいは職員の配置の問題といった点について種々問題が生じ得るということもございます。
 また、この釈放の時期を満期の日ということにいたしますと、関係法令を幾つか改正に向けて検討する必要もあるということでございますので、今回は基本的に中身を変えずに表現の平易化ということでございますので、実質的な理由も先ほど申しましたようなこともございましたので、これまでどおりということにさせていただいたわけでございます。
#110
○北村哲男君 次に、これも言葉の問題ですが、すべて言葉の問題にはなるんですけれども、二十八条ですね、「仮出獄」という言葉がございますが、これは午前中も、問題で、何か地獄から出てきたような感じだという議論がありましたけれども、「仮釈放」と普通言っていますよね。ですから、それぐらいの方がよっぽどわかりやすいような気がするんですけれども、やはり監獄法等何かの関係で「出獄」というふうに言われたのかもわかりませんが、その辺はこっちの方が率先して早く変えるという気持ちというか、そういう議論はなかったんでしょうか。
#111
○政府委員(古田佑紀君) この「仮出獄」という言葉の前に、そもそも「監獄」という言葉があるわけでございまして、今は「監獄」という言葉は大変もう古い、しかも暗いイメージになっていて、これを変えるべきではないかという御議論というのはかなり強くあったわけでございます。
 「仮出獄」の「獄」もやはり「監獄」の「獄」からきているわけで、ここをどう両方扱うかということについていろいろ検討したわけでございますが、「監獄」という言葉を変えるといたしますと、監獄法の中で「監獄」ということを簡単に今言っている言葉、のほかに、「監」あるいは「獄」というのをそれぞれ別々に使っているという部分もたくさんあるわけです。そういうふうな点から、実はこれを変えるということになりますと大変技術的には難しいことになるわけでございます。その一方で監獄法の改正作業が進んでおりまして、その中で刑法も含めまして全部整理をする、これは関係法令が相当多数になるわけですが、そういうところから、むしろそちらの作業が既に先行しておることもありましてそちらにゆだねる方が適当だという判断になったわけです。
 そういうような並びから、結局、「仮出獄」という言葉もそのまま維持するということになったわけですが、ここで「仮釈放」という言葉が非常に使いにくい理由が一つございます。と申しますのは、「仮釈放」というのは、更生保護関係の法律の中で、刑法の「仮出獄」のほかに「仮出場」、あるいは少年院の「仮退院」、こういうふうなものを全部ひっくるめた概念として使われているわけで、刑法の方で「仮釈放」という言葉を使ってしまいますと、そういう上位置念として使われている更生保護関係の法律との関係が大変わかりにくくなって、ここの整理というのが相当いろいろ難しい問題がある。そういうことから、「監獄」という言葉を将来的に直していくその過程の中でこの問題も扱うことが適当だというふうな結論に達したわけでございます。
#112
○北村哲男君 これは監獄法は確かに改正の対象になっていますけれども、そうすると監獄法を変えるときにはこの条文も変えるという御趣旨なんですか。そういうふうに、後に回したということですか。じゃないとシーソーゲームみたいに、今度これが直っていなくて監獄法を直したときにまたこれが残る、そういうふうになりませんか。そうじゃないんですか。
#113
○政府委員(古田佑紀君) ただいまお尋ねのとおりでありましで、実は監獄法の改正法案であります刑事施設法につきましては、刑事施設法の施行法で「監獄」という言葉を使っているすべでの法令を全部直すことになっております。したがいまして、そちらの方の改正ができ上がるときには、今回改正していただく刑法で「監獄」という言葉が使われていても改まるということになるわけです。
#114
○北村哲男君 さらに細かい問題になるかもしれませんが、三十一条に「免除を得る。」という、ちょっと耳なれない言葉で改正をしておられます。現状は「免除ヲ得」ということになっていますね。これは要するに免除されるということだと思うんですけれども、そうであればどうしで「免除を得る。」なんて言わないで「免除をされる」というふうに書かないのかという問題と、それから八十条とか九十三条になりますと、これは「免除ス」という言葉があるんですね、八十条、九十三条、「免除する。」。これは、「免除ス」と現行法があるのについては「免除する。」というふうに現代用語化しておられます。それなら同じように、「ス」と「得」が違うなら「免除される」と「免除する」でもいいと思うんですけれども、「得る」というふうにされた理由はどういうことになるんでしょうか。
#115
○政府委員(古田佑紀君) この三十一条の趣旨は、時効が完成いたしました場合には、時効によって法律上当然に執行の免除という効果が発生するということを意味するわけでございます。「免除される」というふうな表現も検討したわけでございますが、そのように書きますと何か、例えば国の裁判所なら裁判所の免除するという行為があって初めて免除されるというふうなニュアンスが強くなるということから、法律上の当然の効果ということをあらわすためには「免除を得る。」という忠実な翻訳の方がよろしいというふうに判断したわけでございます。
 それから、ただいま御指摘の、ほかの八十条等の「免除ス」でございますが、これは裁判所が免除する、国が免除するという、裁判所の行為として免除ということをするんだという意味で、刑法はそういう点を現行法は使い分けでいるというふうに考えられるわけでございます。
#116
○北村哲男君 もう一つこの問題で、三十六条の「正当防衛」の問題ですか、過剰防衛ですか、その二項に、程度を超えた行為はその刑を「免除スルコトヲ得」とありますね、それとの関係も御説明をお願いします。それと「免除ス」というところとですね。
#117
○政府委員(古田佑紀君) 「免除ス」というのは、必ず免除しなければならない、いわゆる必要的免除と呼ばれる場合に使う言葉でございます。「免除スルコトヲ得」となっておりますのは、裁判所の判断によって場合によっては免除をすることができるという、そういう裁量をあらわす言葉として使われているということでございます。
#118
○北村哲男君 今の点は結構です。
 さて次に、五十六条に行きます。
 これは「累犯」の規定ですが、「累犯」という言葉も大変難しい言葉だと思いますが、五十六条には「再犯」と出ておりまして、単に「再犯」でいいのではないか。恐らく、再犯というのは二回目であって三犯以上があるから累犯だとおっしゃるのかもしれませんけれども、条文としては一条、一部分、五十九条があるだけですからこれは、しかも「三犯以上の累犯」と書いてありますけれども、単にこれは「三犯以上」というふうに、「三犯以上の刑」ぐらいで十分だと思うんですけれども、「累犯」というのはやはり特別に必要な言葉として残しておくべき言葉でしょうか。
#119
○政府委員(古田佑紀君) ここを「累犯」という言葉を残しましたのは、ただいま委員御指摘のとおり、刑法が「再犯」というのは二回という、再びというのは二回という、もともとそういう意味で、それに厳密に二回、したがって二回という意味で「再犯」という言葉を使っている。そういうことから章名としては、何回も犯罪を重ねた者ということを一般的にあらわすためには「再犯」では不十分なので、「累犯」とするとした現行刑法の趣旨というのをやはり生かすことが相当だと考えたということでございます。
#120
○北村哲男君 何か条文解説のような感じで恐縮で、おもしろくないと思いますけれども、しかし一応経過は聞いておきたいという感じがございます。いろいろとほかの意見もあると思いますので。
 次に、六十二条に「幇助」という、これも難しい言葉が使ってあります。これをなぜ「従犯」というふうな見出してはいけないのか。幇助犯という、あるいはしかも「幇助」という言葉がその中に「正犯を幇助した者はこというふうにありますが、これは「補助」、「正犯を補助した者」というふうな形の平易な言い方ではなぜいけないんでしょうか。
 それからもう一つ、従犯で幇助犯以外のものは何か、どういうものがあるんですか。
#121
○政府委員(古田佑紀君) まず、見出しの点についてのお尋ねからお答えいたしますと、六十一条の見出しが「教唆」ということになっていて、「教唆」と「幇助」という概念というのは村といいますか、一種のパラレルによく使われる概念で、同じ行為を見出しに書いておいた方がわかりやすいであろう、そういう判断から「幇助」という見出しをつけたわけでございます。
 「従犯」という言葉も、もちろん法律の用語としてあるわけですけれども、「幇助」というと助けるという言葉が入っていて、何かアシストするといいますかそういうニュアンスがわかりやすいのに対して、「従犯」というのは若干わかりにくい面もある。見出しとしてはやはり助けるという言葉が入っているものを使った方が適当ではないかという判断もあったわけでございます。
 それから、「幇助」という言葉につきまして、これを「補助」と置きかえてはいかがかと、こういうお尋ねでございますが、確かにそういう意見もございました。しかしながら、補助と申しますのは、言語的には足りないところを補って助けるというふうな意味でありまして、特段、犯罪を実行する上で足りなくはないんですけれども、いわば手助けをする場合というのがあるわけでございます。それはどんなことかと申しますと、例えば、既にもう殺人なら殺人という罪を犯すという意思を固めている者に対して、それをあおり立ててさらに支援するようなそういうような形態、こういうのは「補う」という言葉ではちょっと読みにくいというふうな問題もあるわけでございます。
 「共犯」の範囲につきましては、実は学説的にもいろんな見解が分かれている、あるいはニュアンスが違う問題でもありまして、そういうふうないろんな微妙な問題を含む部分につきましては、やはり今回の改正作業の趣旨からして、現行法の言葉を用いるということが適当であろうというふうに考えたわけでございます。
 それから、もう一点のお尋ねがあったと思いますが。
#122
○北村哲男君 これは私の勘違いかもしれませんが、従犯で、幇助犯以外の従犯でありましたですかね。
#123
○政府委員(古田佑紀君) 申しわけございません。
 「従犯」の定義は、正犯の犯罪を幇助した、正犯を幇助した者ということになっておりますので、幇助行為以外の従犯というのはないわけでございます。
#124
○北村哲男君 結構でございます。
 次に移ります。
 これは予告してなかったんですけれども、六十五条で、午前中ちょっと問題になったのが、「加功」という言葉は非常に何か古い言葉で、国語学者から見でこういう言葉はとても古い言葉だと。ですからこれは、午前中どういう議論になったか忘れましたが、「助勢」とかそういう言葉では足りないんでしょうか。
#125
○政府委員(古田佑紀君) 御指摘のとおり、この「加功」についてもかなり難しいといいますか、ふだんめったに使わない言葉で、これも例えば「加担する」にしたらどうか、こういうふうな意見もございまして、相当私どもとしても検討したわけでございます。
 ただ、どういう場合にこの六十五条の適用を受けるような何といいますか、関与になるのかということについては、先ほど申し上げましたとおり、「共犯」についてのいろんな学説等の問題もございまして、例えば「加担」ということにいたしますと、具体的に何かの行為をもってその犯罪行為自体に直接かかわらなければならないというふうなニュアンスに読まれる可能性もある。そういうことからここも、古い言葉だということは私どもとしても重々承知はしでいたわけでございますが、種々、「共犯」についてのいろんな考え方の議論に影響を与えないためには、やっぱりこれは現時点では「加功」のままで浅さざるを得ないというふうな判断をしたわけでございます。
#126
○北村哲男君 次に移ります。
 今度は「酌量減軽」という言葉がございます。これは本文は、本文というか現行法は、「犯罪ノ情状憫諒ス可キモノハ酌量シテ其刑ヲ減軽スルコトヲ得」とございますね。それに対して、「犯罪の情状に酌量すべきものがあるときは、その刑を減軽することができる。」というふうに書いておられるんですが、私は意味が違ってくるんじゃないかと思うんですけれども。
 というのは、「犯罪の情状」というのは心情的あるいは客観的状態が犯罪の情状なわけですけれども、それに対して憫諒すべきというか哀れむべきものがあったときは、その哀れむべきものと犯罪の客観的状況とを酌量して、すなわちはかっで刑を減軽することができるということで、憫諒すべきものがあるかないかということが「酌量減軽」には大事なのに、改正法では「情状に酌量すべきもの」と、情状をはかることが、要するに酌量というのははかるわけですから、推しはかるわけですから、はかるものがあるときは刑を減軽するというのは中身がない、すなわち情状がどうなのかということが抜けているような気がするんですけれども、その辺はどうして、通常「酌量減軽」とは言いますけれども、「憫諒ス可キ」という言葉は一体どこへ行ったんでしょうか。
#127
○政府委員(古田佑紀君) 御指摘のとおり、現行法はいわば哀れみ同情するようなものがあるときはと、その点を酌んでやってと、こういう意味になるだろうと思うわけです。
 御指摘の問題点というのは、哀れむべき点というのはどこに消えたかと、こういうことになろうかと思うわけでございますけれども、これにつきましては、現在、委員の今のお言葉の中にもありましたように、情状を酌量するとかそういうふうな言葉は、内容的に情状において同情すべきものがあったらその点を酌むという言葉としてほぼもう定着して用いられているものと考えていいのではなかろうか。そうすると、ここで例えば、同情すべき点とか哀れむべき点とか、そういうふうなことを書かなくても当然意味としては現在十分理解できると、そういうふうな判断でこういう書き方をしたわけでございます。
 この点につきましては、今回、改正作業の中でいろんな刑事法学者の皆様方とかあるいは法制審議会の中でもいろんな議論、御意見を聞いたわけですけれども、幸か不幸か、この案に対して特段の御異論は全く出なかったという状況でございます。
#128
○北村哲男君 私は、今の点ももうこうなっちゃったんですから、なっちゃったというのも変な話ですけれども、おかしいなという気がするんですけれども、次に移ります。
 物騒な内乱罪ですけれども、この問題で一、二。
 まず、非常に御苦労された改正だと思いますけれども、「邦土ヲ僭窃シ」という言葉がございますね。これは感じとしていわば占拠行為、占拠するような行為を予定されておるように見えるんですが、改正法の中には「その領土において国権を排除して権力を行使しことして、その直接的言葉はないように見えるんですが、占拠行為のようぢ言葉はどこへ行ったというか、その辺の表現はどういうふうにされたんでしょうか。
#129
○政府委員(古田佑紀君) 「邦土ヲ僭窃。するの「僭窃」という言葉の意味としては、これは一般的な理解として、日本国の領土の全部または一部に対する日本の主権を事実上排除しで、ほしいままに統治権力を行使するというふうに理解されているわけです。それで、「僭」というのが恐らくいわば勝手にとかそういう意味になり、「窃」というのがいわばかすめ取るとか、そういう言葉を合体させて今言ったような言葉として理解されているわけでございまして、もちろん勝手に統治権力を行使するためには占拠状態がないとこれはできないということにはなるわけですが。
 今申し上げましたような一般的な理解に立つでこの法文というのは書き改めたわけで、その前提としては当然統治権力が行使できるような状態にするということが入るわけで、その中にいわば事実上の占拠、支配状態というのは当然の前提として含まれているので、意味として違いはないというふうに考えたわけでございます。
#130
○北村哲男君 この内乱罪は、今までこの刑法の何十年かの歴史の中で適用されたことはありますか。
#131
○政府委員(古田佑紀君) 私どもの承知しております限りではございません。
#132
○北村哲男君 かって二・二六事件その他さまざまな犯罪があったと思うんですけれども、今回、オウム・サリン事件に関して内乱罪を適用したらどうだということが話題になって、テレビでも出ているし、また政府代表者会議ですか、そこでも言われているというふうに報道されておりますけれども。直接どうこうというのは非常に難しいかもしれませんが、かつて日本で一度も適用されたことがない、私どもが歴史上見たら、それこそ首相、内閣をぶっつぶそうという目的でやられても内乱罪の適用はしないぐらいのものを、今回の事案が仮にあったとして、その可能性はあるんですか。
#133
○政府委員(則定衛君) このオウム真理教に関します今いろんな報道が取りざたされているわけでございますが、サリンの地下鉄における飛散、何といいましょうか、発散行為との兼ね合い等を前提にいろんな議論、法律上の議論もなされているわけでございます。
 ただ、現在は、個々のこれまで違法な行為ということで捜査当局が捜査しておる、いわば何といいましょうか、各種の事象についての捜査が行われているわけでございまして、将来的にどういう罰則をもってその他の局面でオウム真理教にかかわります行為をとらえるのか。これは捜査の進展によりまして集められました証拠に基づいて、その固めた事実を前提に議論すべき問題であろうと、こう思っでおるわけでございまして、現時点におきましてその可否といいましょうか、これらを議論するというのはいかがなものかというふうに考えておるわけでございます。
#134
○北村哲男君 議論するのはいかがかって、私、犯罪というのは、やはり前提としてこういう犯罪があるから捜査を進めるというのも一つの法則だと思うんです。今おっしゃったのは、逆に、合わせた結果こういう犯罪の構成があることもあると、だから今論ずるのはいかがかというと、そうすると、政府・与党の代表者会議なんかで内乱罪の適用をすべきではないかと言うのは適当でないということになるわけですか。そういう意味のお言葉なんですか。
#135
○政府委員(則定衛君) 政府・与党連絡会議等で取りざたされているということが報道機関を通じて私ども承知しておるわけでございますけれども、私どもの、法務当局といいましょうか、政府のそういう立場にある者といたしましては、先ほど申しましたような、証拠によって事実が認められる、その固まってきた事実を前提に適用法条というものは本来的に議論すべきではないだろうかというふうに考えているわけでございまして、初めに適用罰則ありきということではないのではないだろうかと、私どものとるべき立場としては、そういうことを申し上げたわけでございます。
#136
○北村哲男君 お立場はよくわかります。おっしゃることはわかります。
 それで、一つだけ、関心の的だと思うんですけれども、サリンの配布行為とかあるいはまた言われている細菌の配布行為というのが内乱罪における、内乱罪の要件としては「暴動をした者はこという、古典的な内乱ですよね、要するにわあっと騒いで武力を集団で行使するようなことを想定しているんですけれども、ああいうひそやかな行為は「暴動」という概念に当たるんですか。
#137
○政府委員(則定衛君) お尋ねのような態様でのサリンの配布といいましょうか発散行為が内乱罪に言う「暴動」に当たるかどうか。これは何といいましょうか、やはりその具体的な状況の中でどのように法的に評価するかということになろうと思いますが、そういう意味で断定的に何とも申し上げられないわけでございますけれども、一般的に申し上げますと、刑法七十七条の「暴動」には、多衆人が結集して暴行、脅迫を行うというふうに解されておりまして、その結果、その地方の平穏を害する程度になったことを要するということでございますが、いわゆる暴行、脅迫というものにつきましでも相当広いとらえ方をしているのが一般ではなかろうかということでございます。
#138
○北村哲男君 サリンは兵器とか武器とか言われているわけですから大変なことだと思いますが、まあそれぐらいにします。
 次に、またちょっと卑近な話になりまして、九十二条に「汚穢」という言葉がございます。九十二条の「汚穢」を「汚損」と現代化し、九十二条というのはこれは外国の国旗その他、これを「汚損」として、今度は百四十二条にも同じ言葉があるんですが、ここでは「人ノ飲料二供スル浄水ヲ汚穢」というものを「汚染」というふうに、二つに分けておられます。この「汚穢」という言葉の九十二条の方には、「国章ヲ損壊、除去又ハ汚穢シタル者ハ」として「損壊」という言葉が既にありますね。しかし、「汚損」というのは汚し損なう、壊すという意味で現代化されたと思うんですけれども、むしろこれは百四十二条と同じように「汚染」と共通した方が法文の体裁というか序列からいって正しいんではないかと思うんですけれども、なぜ「汚損」と「汚染」というふうに区別されたのか。
#139
○政府委員(古田佑紀君) かなり日本語の話感にかかわるような話になるわけでございますけれども、国章等の損壊につきましては、これは国旗とかそれから国章というような場合、一種の器物でございまして、器物について「汚染する」という言葉というのはどうも余り使われずに、むしろそういう場合には汚して損害を与えるというふうな意味で「汚損」という言葉を使うのが適当ではなかろうかと考えたわけです。
 一方、浄水の方につきましては、これは水とか空気とかそういう形のないもの、これにつきましては普通「汚染」という言葉を当てはめるということであろうということから、そちらの方は「汚染」とした。要するに、形のあるものか形のないものかというところとの組み合わせの問題でございます。
#140
○北村哲男君 確かに、これはもうそのときの見解の相違みたいなこともあると思いますけれども、そうですか、まあ結構です。
 次に、九十三条は抜かしまして、九十四条、これは問題の法律であります。この「中立命令違反」というのはほとんど意味がない、あるいは憲法違反だということが従来から言われておる法律でありまして、一つはそれは、「局外中立に関する命令」というのは一体何だと。その時々に具体的に発せられなけりゃならないのに、そういうことを刑法の中でどういう犯罪を犯せばどういうふうになるか、罪刑法定主義に真っ向から反するような中身ではないか。
 それから、日本は第九条との関係で一つの国に加担するということはない、常に局外中立てあるというのに、あえてこういう条文を残しておくのはどういうことなんだということ等ありますけれども、必要ないというふうにして大きな柱の中で削除するということの議論はなかったんでしょうか。むしろそして、残しておく意味はどういう意味があるんでしょうか。
#141
○政府委員(古田佑紀君) 確かに、「中立命令違反」というのは、現在、この中立命令がどういう法的根拠によって発することができるのか、種々いろんな問題があるわけでございます。
 ただいま委員の御指摘の中の御疑問で幾つかの点について申し上げますと、いろんな疑問は確かにあるわけでございますが、中立命令というのはやはり個々具体的なケースでそれぞれに発せざるを得ない、緊急に発せざるを得ない。そしてまた、中立命令の内容というのも国際法的にはある程度類型的に決まっている。しかも中立命令が発せられない限りはこの罰則は適用がない。そういうふうな点から、この形のままでありましてもこれが直ちに憲法に違反するというふうなものだということは言えないのではなかろうかと考えているわけでございます。
 それから、日本が戦争を放棄しているということとの関係ではございますが、これは例えばどこかで交戦国があった場合に、国民が個人としてそれに参加するというふうな問題とか、あるいはそれにいろんな便宜を供与するというふうなことというのはそれはあり得るわけで、そういう場合にそれが不適当だということになるならば、これが中立命令という形で国民に対して一定の行為を禁止するということも考えられるわけで、戦争放棄と中立命令というのが必ずしも矛盾するということにはならないと考えるわけでございます。
 そういうようなことから、今回、刑法の実質改正の部分というのは本当にもう必要な部分に限るということもございまして、この条文についてはそのままとしたわけでございまして、この点については法制審議会の議論等では特に廃止すべきだという強い意見はございませんでした。
#142
○北村哲男君 百七条に移ります。
 解散命令、多衆不解散罪ですか、「権限のある公務員から解散の命令を三回以上受けたにもかかわらず、なお解散しなかったときは、」云々ということですけれども、この解散命令の根拠でございますが、明治憲法下では治安警察法によって命令権限規定があったと言われておりますが、現在は命令権限を付与する法的な根拠がはっきりしないという議論があると思いますけれども、これはどういうところを、何をもって解散命令ができるのかという法的根拠を示しでいただきたいと思います。
#143
○政府委員(古田佑紀君) 現在の法律の中では、確かにおっしゃるとおり、この解散命令の根拠についての議論があるわけでございますが、一般的に理解されておりますことは、警察官職務執行法の五条、これは犯罪が行われようとするのを認めたときの予防のための制止権限等でございますが、これが本条の解散命令の根拠となるということで、それに従った判例もございます。
#144
○北村哲男君 争いのあるところではあろうとは思いますけれども、警職法五条の犯罪の制止というのを直接百七条の解散命令の根拠規定とするにはやっぱり問題があるのじゃないかと思うんです。やっぱりこの法文自体は明治憲法下のそういう具体的な法律があってこそ成り立つものであって、やはり警職法五条の場合は、犯罪がまさに行われようとするときの警告と制止であって、これはもうちょっと一般的な解散命令のような感じがするんですよね。
 そうするとやはり、ややその辺の法律の整合性がないような気がするんですけれども、その辺について、判例はあると言われましたけれども、その辺の議論といいますか、もうちょっと、例えば警職法の中にもっとはっきりしたものを加えるべきか、あるいは逆に刑法百七条を廃止すべきかという、そういう議論はないんですか。
#145
○政府委員(古田佑紀君) この解散命令の根拠につきましては、かって刑法全面改正の作業の過程の中でもいろんな議論が出たわけで、そういう、今お話しのような解散命令の根拠というのももっときっちりすべきだというような、もちろん、議論もその中であり得たわけでございます。
 ただ、この百七条自体を全部廃止せよという意見というのは、私自身は承知しておりません。一部にはあったかもしれませんが、現在のところ私としては把握していないわけでございます。
 もう一つ、警職法の五条が、おっしゃるとおり、確かに犯罪の制止、予防ということで、解散という言葉を直接使っているわけではございませんが、この百七条は、ごらんのとおり、「暴行又は脅迫をするため」集まるということが要件でありまして、解散をさせるというのは、暴行または脅迫が行われようとするときに、それをとめる方法としてそういうことを、解散ということをさせるということもあり得る。そういう理解のもとで、五条の犯罪予防の権限の中に含み得ると考えられるということでございます。
#146
○北村哲男君 次に移りますが、百八条。「現住建造物等放火」ですが、かつて新宿でバスが放火されて何十人という人が亡くなりましたが、この中に現代的に見ればバスとかあるいはリニアモーターカーとかゴンドラとか、何百人も入るゴンドラなんかあると思うんですけれども、そういうものは対象にはできないんでしょうか。
#147
○政府委員(古田佑紀君) 百八条の客体につきましては、今御指摘のようなトロリーバスとか乗り合いバス、あるいはリニアモーターカー、ゴンドラ、こういうふうなものが入るのか入らないのかということは、学説としては入るという見解もございます。ただ、どちらかといえば、やはり汽車、電車というふうな言葉からいたしまして、専用の軌条を持っている、レールを持っているといいますか、そういうふうなものに限るべきだという方が有力だろうと考えられるわけです。
 飛行機などにつきましては、もともと軌条がないのでかなり苦しいところはあろうかと思っでおるわけでございます。ただ、リニアモーターカーみたいなものは、一面、専用の軌条も持っているわけでございまして、そういうふうな点から申し上げますと、個々具体的にどういう形態で走行しているのかとか、そういうふうな事情を総合考慮して判断すべきことになろうかと思うわけでございます。
 この点につきましてそれを今、今回の作業の中で入れるかどうかということになりますと、これは実質改正といいますか、処罰範囲に相当大きな影響を及ぼすというふうな問題もございまして、そういう問題には今回は触れなかったというか、そこまでは立ち入らなかったということでございます。
#148
○北村哲男君 百十七条に移りますが、「激発物破裂」ですが、これは火薬、汽缶その他激発するもの、これはガス爆発なんかは、部屋にガスをまいて爆発させるようなのはこの百十七条に入るんでしょうか。
#149
○政府委員(古田佑紀君) この百十七条の「火薬、ボイラー」は、激発すべきものの例示でございますので、性質上激発するものであるならば全部百十七条の対象になるわけでございます。したがいまして、例えば高圧ガスボンベとかガスタンクとか、大量に貯蔵されて引火性、爆発性の強い化学物質、こういうふうなものもやはりここで言う「激発物」に当たると考えられるわけです。
#150
○北村哲男君 百三十条に移りますが、住居侵入。
 ここに、「人の看守する邸宅こという言葉があります。「看守」というと、そのほかにも百九十五条に、これは拘禁された者を看守しているという条文ですね。拘禁された者を看守または護送する者が暴行を働いたような場合と言っていますけれども、通常、「看守」というといわゆる刑務所の看守のような、本当に見守るという言葉があるんですけれども、建物はそういう人ではなくて物であるわけです。それからこの住居侵入の対象は、常に厳重に見守っている建物に限らず、通常に管理しておれば留守であっても何であってもやっぱり住居侵入になるわけですから、「看守する」というといかにも現実にがっちりと見守っでいなくちゃいかぬような感じがするんですが、その辺は「管理する」というとか、あるいはもっと適当な言葉はなかったのか、その辺の議論はどうなっておったのか聞きたいと思います。
#151
○政府委員(古田佑紀君) 御指摘のように、「看守」という言葉が特に刑務所の看守というようなイメージで使われるのが普通だということから、別な「管理」という言葉で置きかえられないかという御議論はあったわけでございます。
 ただ、管理と申しますと、どちらかといえばかなり法的あるいは観念的な観念で、いわば法的な状態、観念的な状態で自己の占有下においで保存、維持等の行為をしているというふうな意味合いが強くなるわけでございます。それに対しまして看守というのは、やはりある程度現実的な見張りといいますか、見守るというふうな要素がかなり強いものでありまして、これを「管理」という言葉に置きかえますと処罰範囲が相当広がってしまう、そういうふうな問題があったためにやはり現行法の「看守」という言葉を使うのが適当だと考えたわけでございます。
#152
○北村哲男君 次に、百四十二条に行きますけれども、これは「浄水汚染」、この「浄水」という言葉なんですが、現行法は「人ノ飲料二供スル浄水」、新しい改正法も「人の飲料に供する浄水」というふうに「浄水」というふうに言っております。
 恐らく浄水場の浄水とかそういうものを予定しているのかもしれませんが、一般的にはこれはきれいな水ということなんですけれども、現代では海水を飲料水に変える装置も発達しておりますし、カンボジアなんかにPKOで行ったときに、泥水を通常の浄水に変える装置も持っていかれました。
 そういうふうに転換可能であるという、きれいな水に変えるんですが、そのもとになる泥水であっても海水であっでもやはりこの条文の浄水汚染罪の対象になると思うんですけれども、どうしてこの「浄水」という「浄」にこだわったんでしょうか。単に水ではいけないんでしょうか。
#153
○政府委員(古田佑紀君) 百四十二条の客体の浄水につきましては、これは一般的な理解として、実際に人が飲むことができるようないわばきれいな状態になっている水ということでございまして、ただいま委員の方から御指摘のありましたその原料となるような海水あるいは泥水とか、こういうふうなものはここで言う「浄水」には含まれないという理解でございます。
 そういうことからいたしまして、今一般的な理解として、飲むことができるような状態にある水という解釈を維持するためには、やはり「浄水」という言葉にした方がよろしいという、こういうことでございます。
#154
○北村哲男君 そうすると、船に海水を持ち上げても、まだ転換するまではこれはこの対象じゃない、湖の水を持ってきて転換するまではこの「浄水」じゃないというふうに理解してよろしいわけですか。
#155
○政府委員(古田佑紀君) そのような理解でございます。ただ、湖の水寺を例えば水道などで供給するということになりますと、これは次の百四十三条の水源の汚染とかそちらの方で処理されるということになるわけでございます。
#156
○北村哲男君 じゃあと一点だけ聞きましょう、もう時間がありませんので。
 百五十七条に「免状、鑑札」という言葉がございます。これは非常に古い言葉であって、現代では免許証とか許可証とかというのが普通の言い方ではないかと思うんですが、なぜ「免状、鑑札」を残したのか。浅さざるを得なかった理由はどういうところにあるんでしょうか。
#157
○政府委員(古田佑紀君) 確かに「免状、鑑札」も古い言葉でございます。ここでなぜ「免許証、許可証」というふうに置きかえなかったのかということでございますが、主として問題は「鑑札」という言葉にあるわけでございます。
 鑑札と申しますのは、現在一般的には公務所の許可、登録があったことを証明するものであって、公務所が作成、下付し、その下付を受けた者が備えつけまたは携帯することを要するもの、こんなふうな理解になっているわけでございます。ところが、現行刑法制定当時は、鑑札というのはそういう意味の登録証というふうな意味合いで使われることがまずなくて、許可証という意味合いで使われでいたわけでございます。
 そういたしますと、これを仮に「免許証、許可証」と置きかえますと、現在の理解となっておりますいわば登録証のような部分というのが抜け落ちてしまうことになる。その一方で、「登録証」という言葉を今度は明示いたしますと、実はここで言う「鑑札」で登録証全部が入るかというと、必ずしも学説上そうは理解されていなくて、ある一部の、これはよく説明としては出てくるものですけれども、狂犬病の注射の鑑札とか、こういうようなものが当たるというふうな理解もあるわけで、これを「登録証」と一般的に置きかえると、今度は逆に今の解釈の範囲を超えて大変広がってしまう。こういうふうな問題もありまして、そういうところから、ちょっと古い言葉ではございますけれども、現在の「免状」及び「鑑札」という言葉を維持するということにしたわけでございます。
#158
○北村哲男君 終わります。
#159
○委員長(中西珠子君) 本案に対する本日の質疑はこの程度にとどめます。
 次回は来る二十七日午前十時から委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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