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1994/11/09 第131回国会 参議院 参議院会議録情報 第131回国会 国際問題に関する調査会 第3号
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1994/11/09 第131回国会 参議院

参議院会議録情報 第131回国会 国際問題に関する調査会 第3号

#1
第131回国会 国際問題に関する調査会 第3号
平成六年十一月九日(水曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         沢田 一精君
    理 事
                大木  浩君
                成瀬 守重君
                細谷 昭雄君
                石井 一二君
                荒木 清寛君
                上田耕一郎君
    委 員
                上野 公成君
                岡野  裕君
                下稲葉耕吉君
                林田悠紀夫君
                宮澤  弘君
                及川 一夫君
                北村 哲男君
                志苫  裕君
                種田  誠君
                山田 健一君
                木庭健太郎君
                中西 珠子君
                田  英夫君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        志村 昌俊君
   参考人
       東京国際大学教
       授        松井  謙君
       新潟大学教授   鷲見 一夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
 (派遣委員の報告)
 (二十一世紀に向けた日本の責務―アジア太平
 洋地域の平和と繁栄に向けて―について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(沢田一精君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 国際問題に関する調査を議題といたします。
 まず、先般本調査会が行いました委員派遣につきまして、便宜私から御報告申し上げます。
 去る九月十二日から十四日までの三日間にわたり、国際交流、自衛隊の現状、難民問題等に関する実情調査のため、猪木理事、荒木理事、上田理事、佐々木委員、細谷委員、山口委員、山田委員及び会長の私の八名が長崎県及び福岡県に派遣されました。
 以下、その調査の概要について、日程に沿って御報告いたします。
 第一日目は、まず、長崎県庁において、海外に開かれた伝統的な交流の歴史を生かし、世界各国とあらゆる分野における交流を進め、世界に門戸を開いた国際県づくりを推進している長崎県の取り組み及び諸施策について、県当局から概要説明を聴取し、意見交換を行いました。
 長崎県におきましては、東海、黄海を囲む中国、韓国等との人的、文化的交流を図る環東海・黄海国際交流構想を推進するとともに、長崎県アジア交流財団を創設し、留学生の派遣や受け入れを進めるなど国際交流、国際協力の充実を図っているとのことであります。
 次いで、海上自衛隊佐世保地方総監部に赴き、対馬及び関門の両海峡から東シナ海並びに南西諸島周辺に至る海域を防衛・警備担当区域とする佐世保地方隊の任務、組織編成、教育訓練、後方支援等について、総監部当局から概況説明を聴取し、意見交換を行いました後、第二護衛隊群所属の護衛艦「こんごう」を視察いたしました。同艦は基準排水量七千二百五十トンで、海上自衛隊初めてのイージスシステム搭載護衛艦であり、防空能力にすぐれているとのことであります。
 二日目には、まず、大村入国管理センター及び大村難民一時レセプションセンターを訪問し、概況説明を聴取し、意見交換を行った後、施設及び入所者の状況を視察いたしました。
 大村入国管理センターは、退去強制令書を発行された不法入国者等を送還するまでの間、一時収容しており、現在、ベトナム系のいわゆる偽装難民三百五名を含む三百六十六名を収容しているとのことであります。
 大村難民一時レセプションセンターは、いわゆるボートピープルを仮上陸許可後一時的に収容し、また、スクリーニング制度としての一時庇護のための上陸許可者を収容いたしており、現在、百七十一名が入所しておりました。
 なお、本年二月のインドシナ難民国際会議第五回運営委員会の合意を踏まえ、今後はスクリーニング制度としての一時庇護のための上陸許可の審査は実施しないことが本年三月四日に閣議了解されたことに伴いまして、昭和五十七年二月に開設された大村難民一時レセプションセンターは、本年度末をもって業務を完了する予定とのことであります。
 次いで、空路、対馬に赴き、陸上自衛隊対馬警備隊において、対馬の現況、対馬の陸上防衛・警備を任務とする同警備隊の編成等について概況説明を聴取し、意見交換を行いました。
 続いて、海上自衛隊上対馬警備所を訪れ、対馬海峡沿岸海域の安全確保、沿岸防備に必要な調査及び情報業務等を任務とする同警備所の四直交代二十四時間の当直態勢による監視業務等について概況説明を聴取した後、対馬海峡、朝鮮半島を展望いたしました。幸い好天に恵まれ、同警備所より約五十三キロに位置する韓国釜山市をはるかに望むことができました。
 二日目には、まず、福岡入国管理局において、出入国管理行政の現況、平成元年以来の中国、ベトナム系のいわゆる偽装難民の到着状況等について概況説明を聴取し、意見交換を行うとともに、施設を視察いたしました。九州及び沖縄の八県を管轄する福岡入国管理局管内では、平成元年の二十件、二千五百五十名を初め現在までに累計七十八件、四千四百八十六名のいわゆる偽装難民等が到着し、そのうち三千三百十一名が中国人とのことであります。
 次いで、福岡県庁を訪れ、福岡県国際交流推進大綱に基づき、アジアを基軸とし世界に開かれた国際県づくりを推進している福岡県、並びにアジアにおける拠点都市の形成と多様な国際交流の推進を目指し平成二年にアジア・太平洋都市宣言を行っている福岡市の取り組み及び諸施策について、県並びに市当局から概要説明を聴取し、意見交換を行いました。
 福岡県では、佐賀県、長崎県とともに、韓国の釜山市、全羅南道等との間で日韓海峡沿岸県市知事交流会議及び共同事業を実施し地域間交流を推進するとともに、アジアとの学術文化交流の中核施設として仮称九州国立博物館の誘致を進めており、また、福岡市では、明年のユニバーシアード福岡大会の開催を控えて、国際都市としての基盤づくり、都市間交流の推進を図っているとのことでありました。
 最後に、九州大学工学部附属地熱開発センターを訪問し、地熱開発に関する教育研修である地熱エネルギーアドバソスコースを履修中の国際協力事業団九州国際センターの技術研修員の研修状況について、概況説明を聴取するとともに、研修員と意見交換を行い、研修状況の視察をいたしました。研修員からは、日本の先進的な地熱エネルギーの開発技術を学ぶために来日いたしました、母国の地熱開発企業の経営者などの先輩もこの研修コースに学んでおりますなどの意見が述べられました。
 今回の派遣では、幸いにも、訪問先の関係各位の御協力と御好意により有意義な実情調査ができたものと信じております。
 ここに、御協力いただきました関係各位に心から厚く感謝申し上げます。
 以上、委員派遣の概要について申し上げましたが、調査の詳細につきましては、別途、報告書を提出いたしておりますので、これを本日の会議録の末尾に掲載することにいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○会長(沢田一精君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。
    ―――――――――――――
#4
○会長(沢田一精君) それでは次に、「二十一世紀に向けた日本の責務」アジア太平洋地域の平和と繁栄に向けてこにつきまして参考人の方々の御出席をいただきまして、御意見をお伺いし、質疑を行うことといたします。
 本日は、参考人として、東京国際大学教授松井謙君、新潟大学教授鷲見一夫君に御出席をいただいております。
 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#5
○会長(沢田一精君) 速記を起こしてください。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 松井参考人におかれましては、お忙しい御日程にもかかわりませず本調査会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。
 本日は、「二十一世紀に向けた日本の責務」アジア太平洋地域の平和と繁栄に向けてこのテーマのもとに、政府開発援助のあり方につきまして忌憚のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にいたしたいと存じております。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、松井参考人、鷲見参考人の順序でそれぞれ三十分程度御意見をお伺いいたします。その後、午後四時ごろまでをめどに質疑を行いたいと存じますので、何とぞ御協力をお願い申し上げます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁とも御発言は御着席のままで結構でございます。
 それでは、まず松井参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。松井参考人。
#6
○参考人(松井謙君) ただいま御紹介にあずかりました東京国際大学の松井でございます。
 本日は、我が国のODA政策のあり方について意見を述べさせていただく機会を与えていただきまして、まことにありがとうございます。私が日ごろ常々考えております問題をこの場で申し上げまして、活発なる議論展開の糸口にさせていただげればというふうに考えております。
 本論に入ります前に若干申し上げておきたいことが二、三ございますけれども、その第一は、私の立場といいますか、私とODAとのかかわり合い、そういうことから申し上げてみたいと思います。
 私は、海外経済協力基金に出向して五年間ローンオフィサーとして東南アジア開発援助をやったというキャリアを持っておりまして、そこから私の立場というのは実務者経験に基づく実践的なODA論議、こういうふうに考えているわけでございます。どちらかといえば、私は、体制派寄りという立場かもしれません。後から参考人として議論されます鷲見さんは典型的な反体制派というふうに、色分けをすれば水と油ほど立場が違うということ、あらかじめこのことを頭に入れておいていただきたいと思います。
 それから次に申し上げておきたい点は、ODA論議、さまざまだ議論がなされてきましたけれども、外務省が発表しておりましたODA白書、とりわけことしは経済協力四十周年記念、こういうふうなことでかなりきめ細かくいろんな問題を整理して書かれておりまして、それにつけ加えることはもうほとんどないと言っても過言ではないぐらい見事に整理されているというふうに思っているわけです。日本の援助のパフォーマンスというのを強いて学生の答案風に採点するとすれば、甘く見て八十点、辛くつければ七十点ぐらいではないかというふうに思っております。
 ところが、マスコミあるいは援助の批判論者の中には日本のODAパフォーマンスというのは二十点とか三十点ぐらい、落第点である、こんなことを言っている人がかなりいるわけですけれども、まず、日本のODAパフォーマンスのきめ細かいところまで十分認識した上でいろんな問題を議論しておいていただきたいというふうに思います。
 それから第三に申し上げたいことは、参議院におけるODA論議でございますけれども、議会政策研究会年報の第一号に矢嶋さんがまとめておられる論文がございます。これを拝見いたしまして、参議院のレベルでもかなりいろんなことを真剣に長い間かかって議論されてきたということ、これに対しては大変興味を持つとともに非常に敬意を払わなければならない、こういうふうに思っでいるわけです。昨年の夏に出されましたODA基本法案につきましては、私は後から詳細に述べますけれども、いろいろ異論のあるところがございますけれども、いずれにしましても、国会議員の皆様方が真剣にこの問題に取り組んでこられているということに対しましては敬意を表するものでございます。
 以下、いろいろな問題、このレジュメに沿って申し上げていきますけれども、前半の部分は、日本のODA政策が当面している課題ということで、余り今まで議論されていなかった視点というのを重視しながら問題提起をしてみたいというふうに思っております。後半は、ODA基本法案の問題点ということで、四つか五つぐらいの柱がありますけれども、それに対して私の意見を忌憚なく述べさせていただきたいというふうに考えておるところでございます。
 前半の部分から始めますけれども、日本のODAというのは外圧と内圧、この二つの両面から非常に大きな批判を浴びてきた。外圧というのは、欧米先進国あるいは援助受け入れ国から言われているものでありまして、日本は経済大国の割には応分の負担をしていないではないかという、この問題であります。それから、内圧というのは、援助効果とかあるいは資金の効率的使用、こういった点に関するものでありまして、いわゆる国民の血税がどぶに捨てられているんではないかという、こういうふうな批判論であります。
 最初の方の国際貢献論でありますけれども、こちらの方につきましては、皆様も御承知のように、九〇年代に入りましてアメリカを抜いて、ドル建てではありますけれども世界のトップドナーに躍り出てまいりました。これからも黒字国責任論の名のもとに我が国はもっと多くの負担を強いられていくことになるわけですけれども、この量の拡大問題につきまして、GNPを基準としていろんなところで議論され、あるいはDACの場でもそういうクライテリアに基づいて日本は応分の負担をしていないというふうに言われていますけれども、単にGNP基準だけではなくて、国際収支の状況とかあるいは財政収支の状況とかいろんな複合的な指標に基づいて、何が応分の負担であるかということをもっと議論していただきたいというふうに思っているわけです。
 細かい点について、もし後で議論があればいたしますけれども、量の拡大問題というのは、結局バードンシェアリングの問題に行き着くわけなんです。そこのところの議論がまだ十分なされていないんではないか。
 それから、質の改善の方でありますけれども、確かに日本の援助は、援助受け入れ国にとって非常に厳しいものであって、DACのリーグ戦の中でも最下位の地位を占めている、こういうことであります。この質の改善問題につきましては、我が国の場合、財源といいますか資金調達に基本的な問題があるのであって、ここにメスを入れなければ問題は解決しない。つまり、一般会計とそれから郵貯を原資とする財政投融資特別会計とのブレンドでやっている限り、我が国のグラントエレメントというのはなかなか改善されない。この点を十分認識していただきたいというふうに思うわけです。
 それから、内圧の方ですけれども、いわゆる資金の浪費説ということであります。この資金の浪費問題については、反体制派の人たちの議論の不正、腐敗問題、こういうものと、それからまた、行政府の中でも援助の効果ということに関していろいろな議論がまた出てきているわけなんです。いずれにしても、その問題は三段階で十分なチェックを働かせていかない限り解決しない。
 三段階といいますのは、援助の実施過程におけるいわゆるプロジェクトの審査というのが第一のステップ。それから第二のステップというのは、それにまつわる資機材の調達の入札問題です。そして、第三の段階というのは、プロジェクトを実施した後の管理状況の事後評価、こういった段階でいろいろチェックしていくということが重要になるわけであります。いろいろ問題が生じているのは、第一、第二のステップにおいて十分に審査なりチェックがなされていないということに問題があるというふうに私は常々考えているわけです。
 いずれにしましても、一と二の問題というのは経済合理性をめぐる議論であるわけなんですけれども、援助の問題が非常に複雑になってくるという基本的な要因というのは、政治的選択の座標軸をどこに置くかということでいろんな議論や考え方が台頭してくるということにあると思うわけであります。
 これが理念と基本原則の確立の問題であります。これにつきましては、過去においては、顔の見えない援助だとかあるいは経済利益のための金もうけ主義であるとか、いろいろなことが言われてきましたけれども、今の行政府のスタンスというのは、ODA大綱を決めることによって、これは非常に明確な理念というのが形成されたというふうに言うべきであろうというふうに私は考えるわけです。
 ただ、ODA大綱に盛られているいろんな理念とかプリンシプルが非常に総合的、包括的あるいは網羅的、そういうふうなことがちょっと気になる点でありますけれども、大体、援助というのはいろんな人がいろんな利益を考えてやることであって、国益追求から地球益追求までいろんな理念があって当然であるわけなんです。私は、レジュメに掲げてあるような大体五つぐらいのカテゴリーに分けて、目標別に援助というのを資金を配分してやっていくのが妥当であろうというふうに考えているわけであります。
 もちろん、この点については、また後ほどの質疑応答の段階でもっと詳しく述べたいというふうに思っているわけです。
 そして、開発戦略の策定ということがこの理念を実際に実施に移していくということにおいて非常に重要になってくるわけでありまして、この点に関しましても、現在、国別援助方針の策定だとか、あるいは政策対話によってドナーとレシピエントの間でいろいろ話し合いをしてやっていこう、そういうふうなスタンスが確立されているというふうに思っているわけです。
 強いて、この開発戦略の策定とそれから理念の確立ということを区分けするとすれば、理念と基本原則の確立というのはポリティカルマターであって、これこそ政治家が決めるものである。開発戦略の策定とその実施についてはまさにテクニカルマターであって、これは行政府とそれから実施機関あるいは経済協力に携わるいろいろな人の役割分担であって、ここのところを明確に分類して、そしてここで線引きをしていくということが非常に重要になってくるのではないかというふうに考えているわけです。
 援助政策の課題としてこういった@ABCのことを実施していく、そのコアに当たる部分は実施体制の拡充ということなんですけれども、私の考えでは、実施体制というのは、中央官庁の行政府のレベルと、そしてJICAとOECFというエージェンシー、この二つをあわせたものを実施体制というふうに呼んでいるわけです。
 世界のトップドナーになったという割には、我が国の実施体制のスタッフの数というのは相対的に非常に少ない。アメリカに比べて三分の一とか四分の一でやっているというのが現状であって、私は、金額が非常に伸びて、そして相対的に少ないスタッフでよくやっておられるというふうに思っているわけです。ここから出てくることは、やはり実施体制のスタッフをもっと拡充していくということが必要になってくるというふうに思っているわけです。
 これは七番目のところでちょっと申し上げると思いますけれども、我が国が今のような状況で二〇二〇年に援助大国でいられるかどうかといったことに対して非常に私はクエスチョンマークをつけなきゃならないというふうに思っています。そうだとすれば、このスタッフの拡充問題は、行政機構と実施機関の肥大化を招くというふうな弊害を後に残さないためにも、そして黒字国責任論に対応していくためにも、マルチとバイラテラル、これは二国間と多国間というふうなことで呼ばれていますけれども、私はもっともっとマルチに対する配分率を高くしていくべきだというふうに思っております。現在はバイラテラルが七〇%でマルチラテラルが二〇%ですけれども、これをフィフティー・フィフティーぐらいまで高めていってもいいんじゃないかとさえ思っているわけです。
 行政システムの一元化の問題と実施機関への権限委譲の問題は後で触れさせていただきます。
 そして、こういったやり方をいろんなところで監視していかなきゃならないということでありますけれども、世論のコントロールということなんですけれども、私が非常に気になるのは、マスコミ報道が不正、腐敗問題あるいは疑惑解明、こういったことに余りにも力点が置かれ過ぎていて、本当に我が国が開発に役に立っている援助の実態というのが余りにも報道されていないんではないかというふうなことに対して、非常に大きな不満を持っているものであります。
 そして、国会のコントロールについては後ほど申し上げますけれども、何よりも大事なことは、すそ野の拡大といいますか、参画型の援助にしていかなきゃならないということで、外務省のODA白書にも、地方公共団体あるいは婦人、あるいはNGOの参画、協調ということが非常に強調されて、そしてそういった方向にいろいろ今援助がなされておるわけであります。私は、その民間のコンサルティング業界あるいは民間のシンクタンクとか、こういったところのいろんな分析とか情報とか知恵をかりていって、そういった意味のもっと広いレベルの参画ということが必要になってくるというふうに常々考えているわけです。
 そして、現在我が国はトップドナーにはなったわけですけれども、二十五年先を展望してみると、我が国が今のままの経済大国であり続けるという保証は毛頭ないわけでありまして、高齢化社会を迎える、あるいは円高をきっかけとした産業空洞化問題が起こる、いろんなことで今の我が国の経常勘定の黒字というのが続いていくという保証はないのではないだろうか。やがてアングロサクソン病にかかつて我が国も貿易赤字国に転落していく、いかざるを得ない、そういったときを展望しておかないといろんな弊害が出てくるんじゃないかというふうに考えているわけであります。
 この負担の問題と絡んで、国際貢献税の創設だとか、あるいは現在の一般会計、財政投融資特別会計からの財源ということ以外の財源をいろいろ検討していく必要があるのではないだろうかというふうに考えているわけです。
 以上がODA政策の当面する課題ということで、余り議論されていない点を主として申し上げてきましたけれども、ODA基本法制定の問題点ということで申し上げたいことは、まず第一に、援助理念を法制化することの是非論であるわけです。
 ODA大綱に盛られた原則というのと、そしてこの参議院で出されております基本法案の原則というのを比べてみますと、ほとんどというか全く食い違いがないということで、その意味からするとODA大綱を今さら基本法にする必要はないんじゃなかろうか。もし、国会のコントロール、立法府の関与ということがどうしても必要であるということであれば、チャーターとして、つまり憲章として国会決議をされたらいかがでしょうかというのが私の意見であります。
 それから二番目の柱として、開発計画とかあるいは五カ年予算というものを事前に国会承認しろというふうなことになっておりますけれども、欧米各国の現状というのを見てまいりますと、確かにアメリカの場合には、こういったことにかなり近いようだ方式を採用しているわけです。それがなぜできるかといいますと、アメリカの援助庁の海外ミッションの事務所で日本の数十倍のスタッフを使って策定しております国別開発計画、これを積み上げてきて、その上でいろいろ立法府の方で議論している、こういうふうな体制になっているわけです。これを今日本でやれと言っても、これは非常に無理があるのではないかというふうに考えているわけです。
 基本法案に書いてありますように、費用の総額とか、あるいは有償と無償の配分割合だとか、あるいはマルチとバイの配分とか、こういうふうなことだけであるとすれば、これは現在行政府がやっておりますような中期目標とほとんど変わらないということになるわけであります。中期目標の黒字還流計画ということで、これをもし事前に国会で決議をして承認するということになると、これは対外的なコミットメントであるというふうに受け取られる懸念があるということであります。そういうことで、私は、この中長期計画の事前国会承認ということには反対という立場であります。
 さらに言えば、もしこういうことが実施されていくとすれば、これはまさに国際版の公共事業ということで利権ということが非常に大きく発生してきて、そして国会議員の中にODA族というのが多数輩出してくる可能性があるという懸念すら持っているわけです。ですから、そういった政府と国会と業界との鉄のトライアングルのような格好にODA援助がなっていくという懸念すら私は持っているということであります。
 それから三番目のシステムの改革問題、これは開発援助庁を総理府の外局につくって専門の大臣を置くというふうになっているわけです。これは言ってみれば専門省設置問題でありますけれども、この専門省設置をやっても、私は各省調整というのは残るというふうに考えているわけです。これはドイツの事例を見ていただきたい。ドイツは確かに経済協力省という専門省をつくりましたけれども、いろんなことで各省協議というのが必要になってきている。
 さらに言えば、援助のシステムということに関しては、欧米の先進国を全部比較してみてもわかりますけれども、必ずしも正解というのはないということです。我が国のようなミックスト体制によってやっているようなフランスでもうまくいっているじゃないかということを申し上げたい。
 さらに一歩譲って、一元化した海外援助庁が望ましいとしても、これはやっぱり行革には逆行するというふうに言わざるを得ない。既得権益群の抵抗なんかもあってこれはなかなかうまくいかないだろうし、そしてまた、そういうふうにする必要もないというふうに考えているわけです。
 さらに、その実施機関レベルのOECFとJICAの合併問題について、これを事業団として巨大な特殊法人にしていくという方向、これもやっぱり世界の潮流からちょっと逆行しているんじゃないか。例えば国連の援助体制、世界銀行グループというのがあって、そしてUNDPというのがいろいろ事前準備をしてやっていくわけですけれども、資金協力と技術協力との間には一つの大きな壁を設けなきゃいけない。そして、さらに言えば、資金協力の中でもハードとソフトというのは分けていかなきゃならない。こういうふうに考えていきますと、OECF、JICAの合併論というのはちょっと的が外れているんではなかろうかというふうにすら考えております。
 もちろん、私はOECF、JICAの連係プレーをもっと強化しなきゃならないということは考えているわけですけれども、現状ではそういった方向で運営されているようであるということを強調しておきたいと思います。
 そして不正、腐敗の防止問題、これについては先ほどちょっと申し上げましたけれども、三つの段階をもっとシビアにやっていく必要があるというふうに思いますけれども、日本の場合にはこういった意味で国会のコントロールというのは世界に冠たる最もシビアな国であるというふうに私は考えているんです。
 どういうことかといいますと、マルコス疑惑が起こりましたときに国政調査権の発動という名目のもとに疑惑解明の特別委員会を組成されたことがあります。それは解散というようなことがあって実際には活動しなかったわけですけれども、私は、ケース・バイ・ケースでこういった国政調査権の発動ということで疑惑解明のための特別委員会をその都度組成されるということを強く求めたいと思います。わざわざこれを法律化する必要は毛頭ないであろう。
 それから、第三者の監視機関の設置問題、これは基本法には触れられていなかったんですけれども、場合によっては勧告権とか命令権を持つ公正取引委員会型の、何といいますか、ODAに関する不正腐敗防止委員会みたいなものを組成されるというのも一案かと思います。しかしこれもいろいろ問題があって、そう一筋縄にはいかないというふうにも思います。
 そして、国会報告、透明性確保の問題でありますけれども、現状においてかなりの程度情報公開というものがなされているんではなかろうか。政府が出しておりました実施状況の年次報告というのも国会に提出されて、受注企業名をも含んでディスクローズされております。ここまでディスクローズしている国というのもこれまた世界に例を見ない。その意味で我が国はかたり国会のチェック機能を働かせているんではなかろうかというふうに思います。そして、総務庁の行政監察報告あるいは会計検査院の特別監査の報告というのもこれはディスクローズされていて、その都度挫折したプロジェクトの問題点というのを公表しているというふうに考えています。
 ですから、結論としては、この透明性の確保問題については、現行制度で十分ではないでしょうかというのが私の率直な意見でございます。
 最後に申し上げたいことは、このODA基本法を策定していろいろコントロール機能を強化していかれるということは非常に結構でありますけれども、政府と国会との役割分担ということで、先ほど申し上げましたように、ポリティカルマターは国会で決める、しかしテクニカルマターは行政府にゆだねて行政の裁量に任せていくというのが望ましいというふうに考えているわけです。
 アメリカでは、対外援助法というのをつくって国会が行政府を徴に入り細に入りコントロールしていく、そして理念は言うに及ばず資金配分の細かいことまでイヤマークしているわけです。現在アメリカはこの見直しを検討しておりまして、マイクロマネジメントの弊害というふうに言っておりますけれども、これを見直していくというふうな動きになっているわけです。そうだとすれば、我が国の国会でやっている方向というのは、これはアメリカの動きと全く逆行する動きであると言わざるを得ないというふうに考えるわけでず。
 以上、ODA政策のあり方、あるいは基本法によって国会でコントロールとチェックをどう働かせていったらいいかということについて私の率直な意見を述べさせていただきましたが、いろいろ議論もあると思いますので、後ほど質疑応答の段階で承りたいというふうに思っております。
 どうも長い間御清聴ありがとうございました。
#7
○会長(沢田一精君) 松井参考人、ありがとうございました。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 鷲見参考人におかれましては、お忙しい御日程にもかかわりませず本調査会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。
 本日は、「二十一世紀に向けた日本の責務」アジア太平洋地域の平和と繁栄に向けてこのテーマのもと、政府開発援助のあり方につきまして忌揮のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にいたしたいと存じております。どうぞよろしくお願いをいたします。
 なお、議事の進め方でございますが、まず、三十分程度御意見をお述べいただきたいと思います。その後、おおむね午後四時ごろまで質疑を行いたいと存じますので、何とぞ御協力をお願い申し上げます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁とも御発言は御着席のままで結構でございます。
 それでは、鷲見参考人、お願いいたします。
#8
○参考人(鷲見一夫君) 結論から先に申させていただきますと、私は、一九八九年の暮れに岩波新書で「ODA援助の現実」を出しまして、そのときは日本のODAについてかなり改善の余地があるんではないか、また日本の政府の側にはそれだけの良識があるんではないかという期待をしておりましたが、現在はもうますます悪くなるばかりで、この際ODAはやめるべきだというのが結論でありますので、その理由を申させていただきます。
 まず、御承知のようにことしは世界銀行、IMFができましてからちょうど五十年でありまして、スペインのマドリードで世銀・IMF総会が開かれまして、それから五十年の式典もその直前に開かれたわけでございますけれども、それと並行いたしましてNGOが「フィフティー・イヤーズ・イズ・イナフ!」、五十年でもうたくさんだと。これまでのブレトンウッズ体制のもとでは、貧しい人たちはまずます貧しくなり、富める国はますます富み、同じ富める国の中でも富む人と富まざる人との間の格差がますます開いてきている、しかも地球環境はどんどん破壊されている。この過去の五十年を今後さらに繰り返すことはもうよそうじゃないかということで、外交レベルでの声とは別に、ここに書きましたように「ジ・アザー・ボイシズ・オブ・ザ・プラネット」、地球上の政府レベルではない人たちの声の会議を開こうじゃないかということで、世銀・IMF総会と並行いたしましてNGO会議を開いたわけでございます。
 その結果、過去五十年を振り返ってみて、特に八〇年代の債務危機以降、IMFさらには世銀を中心として構造調整融資ということが行われているわけでありまして、その構造調整融資の結果どうなっているのか。緊縮財政、自由化、民営化、輸出促進型の貿易政策、そういった経済政策をIMF、世銀が押しつけた結果、開発途上国では底辺層の人たちは食うものも食えず働く機会もない、そういう状況がますますひどくなっている。この状況をマドリード宣言ではエコノミック・ジェノサイド、経済的ジェノサイドであるというふうに位置づけたわけであります。
 それゆえに、マドリード宣言では、これは私も起草委員会に入ってくれということで加わって一緒に議論してつくり上げたわけでありますけれども、公的援助、いわゆるバイの、二国間の援助だけではなく多国間援助も含めてでありますけれども、この援助が開発途上国の問題を解決するどころかますます悪くしている、そして実際には先進国の企業が援助の名において利益をむさぼっている、こういう実情。
 さらに、途上国の方では、腐敗と権限外のわいろとか、いろんな裏の活動が頻繁になってきておる。しかも、コロンビアとかペルーとかボリビアに見られますように、どんどん輸出用の換金作物のプランテーションを広げれば広げるほど、それから追い出される人たちは、収入の源がないためにコカの栽培をやらざるを得ない。そして、それをアメリカやヨーロッパなどの先進国に悪いと知りながら輸出せざるを得ない。
 これは最近、日本にピストルなんかの武器が非常に流れてくるところも同じことで、まさにブーメラン効果で、援助の名において一部の特権階級を潤すだけのことをやればやるほど貧しい人たちは違法な、要するに麻薬とか武器とかいうものを収入の糧にしなければ生きていけないという状況が現在世界の至るところで出てきているということです。結局、現在世界的に見られる現象というのは、最も脆弱な人たちが最も大きな犠牲を受けて、そして途上国はどんどん債務がふえている。世界銀行は貧困の撲滅ということを言っていますが、ますます貧困はこの地球上に広がっている。
 さらに、世界銀行、日本を含めた先進国の援助というのは、政府と政府だけの話し合いで、ある日突然に援助の名においてブルドーザーが村に入ってくる。こういうトップダウン方式の援助というものはここでもうやめるべきじゃないかというのがマドリード宣言の趣旨であります。
 したがいまして、一九八八年のベルリンの世銀・IMF総会のときには、NGOフォーラムでは世界銀行を解体すべきかどうかということで議論が分かれたわけですが、今回は、マドリードではNGOは、現在の世界銀行、IMFを含めたブレトンウッズ体制を解体すべきだという結論が打ち出されたわけです。
 そこで、じゃ、どうやって解体の方向を探っていくのかということは、各NGOは各国の議会に働きかけて、とにかくIMF、世銀への資金拠出をもうやめるという方向を働きかけていく。さらには、具体的には、来年の初めから問題になると思いますが、IDA、第二世銀の第十一次増資が問題となってきますけれども、この第十一次増資を何としても阻止するというのが現在のNGOの立場であります。
 それで、現在の国際社会というのをどういうふうに眺めるのかということが一つポイントになってくるわけでありますけれども、現在、IMF、世銀を中心として構造調整がどんどん――一九八〇年代の債務累積問題がありまして、その結果、IMF、世銀から金を借りるときには構造調整をやらなければ金を貸しませんよということで、実際の状況は、資料としてつけました四ページ目をちょっと見ていただきますと、表の7、例えばコスタリカの例を見ていただきますと、コスタリカに対しましては初めIMFが一九八〇年に融資をしたわけでありますけれども、この融資をするに当たってコンディショナリティーをつけたわけです。特に、インフレの抑止だとか公的支出の削減とかいろいろコンディショナリティーをつけたわけですが、コスタリカ政府はそれを遵守していない、守っていないということで、直ちにIMFはそれを取り消してしまったわけです。したがって、一九八一年以降はIMFのつけるコンディショナリティーに従わざるを得ない形で、従ったら融資をする。
 IMFの融資を受けまして、今度はこの8表を見ていただきますと、世界銀行が第一次構造調整貸し出し、第二次構造調整貸し出しの場合には世銀一億ドル、日本政府一億ドルという形で協調融資が行われているわけです。この内容を見てみますと、基本的には緊縮財政をやりなさい、それから通貨の切り下げを行いなさい、自由化をしなさい、民営化をしなさい、輸出用の換金作物をつくりなさい。特に、第二次構造調整融資の場合には、これまでコスタリカでつくっていなかった非伝統的な産品、メロンとか切り花とかイチゴとかユカなんかをつくってアメリカの市場へ輸出しなさいということをやっているわけです。
 第二次構造調整貸し出しの財政赤字の改善のところで売上税の引き上げということがありますが、世銀がコスタリカに求めましたのは、三〇%の売上税の増加ということで、これは日本でも同じことでありますが、こういう売上税とか消費税というのは底辺層の人たちの生活を直撃いたしますので、この影響で底辺層の人たちが大変な被害を受けたわけです。
 下の方に、第三次構造調整貸し出しのところの公共部門の変革の中で、二万五千人の公務員の解雇ということが条件づけられているわけですが、この人たちの就業先というのが全然保障されていないということで、コスタリカで現在見られますことは、いわゆる貿易とか外国の企業と組んでいる一部の人たちは大変潤っているのに対して、大半の人たちが非常に厳しい生活状況に追い込まれている。そして、環境もますます悪くなっているという状況でありまして、これをエコノミック・ジェノサイドとマドリード宣言では位置づけたわけであります。
 こうした状況は、現在、旧東欧諸国においても行われているわけでありまして、最近では、ここに書いておきましたように、サードワールドという従来の言葉にアイゼーションをつけまして、サードワールダイゼーションという、こういう英語ができてきているわけでありますけれども、東欧諸国が市場経済を導入することによってますます第三世界化の状況になってきているわけです。
 さらに、今回ガットのウルグアイ・ラウンドの問題が国会で現在議論の対象となっておりますけれども、これに対しても、いわゆるIMF、世銀さらにガットの三者が結びついたときには結局どうなるのかといえば、これまで従来、途上国がそれぞれの国ごとに自由貿易地帯を設けて、うちは公害・環境規制をいたしません、労働組合もつくらせません、法人税も十年間免除しますという形であらゆる規制を取っ払って、現在日本で言われている規制緩和ですが、規制緩和をして先進国の企業を誘致していたわけです。このWTOが動き出しましたら、まさに現在途上国が個別の国ごとに設定している自由貿易地帯が世界的に広がる。
 現在の自由貿易というのは何かといえば、要するに多国籍企業の行動の自由を保障するということだけでありまして、その結果どうなるのかといえば、これはマレーシアの人たちが書いた本ですが、「リコロナイゼーション ガット・ウルグアイ・ラウンド・アンド・ザ・サード・ワールド」、再植民地化という本がマレーシアで出ております。
 それから、単に途上国の再植民地化だけではなく、先ほど言いました東欧社会の第三世界化、さらには今日アメリカでこういう本が出ております。「ダークビクトリー」という本でありますが、これはスーパー三〇一条とかガットのウルグアイ・ラウンドなんかでアメリカは自由貿易自由貿易ということを言ってきておりまして、さらには御承知のように、NAFTAでアメリカとカナダとメキシコの間で自由貿易地帯を設定いたしましたけれども、その結果、確かにアメリカはビクトリーである。しかし、そのビクトリーというのはダークである、ダークビクトリーであると。この本の中に、ここに書いておきましたサードワールダイゼーション・オブ・アメリカというその内容が書かれているわけです。
 その内容というのはどういうことかと申しますと、自由貿易を達成することによって、現在NAFTAが典型的でありますが、千八百のアメリカの会社がメキシコに移ってしまっているわけです。アメリカの人たちは、いわゆる産業プロセスが外へ出てしまいましたので働く機会がない。したがって、今まで生産プロセスにいた人たちは流通過程とか金融過程しか就職の機会がない。そして、一部の銀行家だとかお医者さんだとか大学の教授という人たちは非常に優雅な生活を依然として続けているのに対して、大半の人たちがこれまでの生産過程から流通過程に、セブンイレブンとかマクドナルドとかそういうところで働くということになれば給料が三分の一とか半分に減らされていく。しかも、これまで女性が働いていたところに男性が進出していく。そこで、女性がはじき出されるという状況が生じているわけであります。
 さらに、メキシコの方はどうかといえば、メキシコの方も非常に低賃金で雇用条件が非常に劣悪である。そして、公害問題は非常に深刻化しているという状況が生じているわけでありまして、こういう状況をこの著者のベロさんはアメリカの第三世界化という表現で呼んでいるわけです。この状況は日本に少しずつ今あらわれてきているわけでありまして、御承知のように昨年、ことしと大学生の就職は非常に悪いです。日本政府はこれは一時的なものであるというふうに言っておりますけれども、私はこれは構造的なものだと思います。
 とにかく、企業というのは生産コストを引き下げるためには労賃が安いところへ移った方が有利ですので、どんどんこれまで韓国、台湾に出ていたのが、その後タイとかインドネシア、マレーシア、さらに日本企業が今ねらっているのはベトナム、カンボジア、中国ですね。一番労賃の安いところへどんどん移っていってしまうという状況が生じているわけでありまして、このままの状況でいけば十年後には東京、横浜には相当失業者があふれてくるんではないかというふうに私は懸念しているわけでありまして、サードワールダイゼーション・オブ・ジャパンというのが間もなく来てしまうのではないか。
 というのは、これはどういうことかと申しますと、多国籍企業は途上国へ出かけていって安い賃金で雇用できるわけですから、そっちの方へ出ていってしまう。もし先進国の方で企業誘致したければ途上国並みの給料にしなさい、それなら先進国の方に残ってあげますよということになって、結局途上国並みに先進国も給料を下げていかざるを得ないという状況が現在世界的に起こり得るのではないかということであります。
 きょうは日本のODAが主たるテーマでありますので、それについて触れさせていただきますと、日本のODAというのは、自由貿易というきれいな名前を使っておりますけれども、結局は、途上国の一部の特権階級の人たちと、それに結びついている日本企業を潤しているだけではないか。結局は、底辺層の人とか少数民族とか先住民とか、そういう人たちの声は全然日本のODAの中に反映されていない、それは現地の政府にも一つの原因があるわけですけれども。とにかく、現地ではそういった底辺層の人たちの声だとか少数民族の人の声とか先住民の人たちの声とか、そういう弱い立場の人たちの声を全然現地の政府が外交ルートに上げない。したがって、そういう人たちの声は全然ODAの中に反映されてこない。このメカニズムをとにかく維持したままではいい援助なんというのはできっこないんじゃないかというのが私の結論であります。
 世界銀行はいろいろ問題を抱えておりますけれども、しかし少なくとも世界銀行は一九八〇年に非自発的移住ガイドラインをつくりまして、さらに一九八二年には先住民ガイドラインをつくりまして、強制移住をするような場合にはこう配慮すべきだ、それから先住民の居住地域についてはこういう配慮をすべきだというガイドラインを一応設けているわけですけれども、日本には全然そのガイドラインがないわけですね。移住問題は全部相手国政府任せ。
 前に、外務省の経済協力局長だった方は、インドのナルマダのときに私にこうおっしゃったわけです。鷲見先生、先生は海外援助で立ち退きを非常に問題にされますけれども、成田でも立ち退きをやっているじゃないですか、海外援助で立ち退きをやってなぜ悪いんですかと、こういうことをおっしゃったわけです。それから、インドネシアのクドゥン・オンボ・ダムの問題。これは輸銀の問題でありますけれども、世銀と輸銀が協調融資でつくったダムでありますけれども、このダムも、そのときの担当部長は同じように、成田で立ち退きをやったじゃないですか、なぜ海外でやっちゃいけないんですかという居直りをされたわけですけれども、一体それでいいんだろうか。
 結局、私は、日本のODAの根本問題というのは、受益者というのは一体だれなんですかということだと思うんです。一部の特権階級の人たちを潤すだけの援助なら私はやめるべきだというふうに思っているわけです。
 次に、最近、商社の談合疑惑がいろいろジャーナリズムに取り上げられておりますけれども、これは実は氷山の一角でありまして、もっといろんな問題がたくさんあると思います。一番問題だと思いますのは構造調整融資でありまして、私は一遍一覧表をつくってみました。
 五ページからちょっと見ていただきたいわけでありますけれども、9表とあるところからです。日本のODAがどういうふうに構造調整絡みで供与されているのかということを見ますと、まず左側にIMFの融資があります。IMFがまず融資をすることを決めてコンディショナリティーをつけるわけです。それは緊縮財政を中心としていますので、それに経済成長的な要素を加味するということで世銀が今度構造調整融資を行うわけです。IMFがやって、世銀が構造調整融資をしたのに乗っかって日本が協調融資という形で構造調整融資というものを行っていくわけです。
 こういう構造調整計画というものをつくるのに何十億とか何百億の金が一体何で動かなきゃいけないんだと。ペーパーで経済政策を変えます、経済制度をこう変えますというのに何でこんな莫大なお金が必要なんだということ、何に使われているんだということが全然情報公開されていないわけですね。
 一応商品借款だと言われているわけですが、もし商品借款だったら、まさにこれこそマルコスが利用した蓄財のやり方でありまして、彼は、日本から商品借款という形で借りて商品を輸入して、それをフィリピンで売りさばいて入ってきたペソを、見返り資金を懐に入れたわけですが、その構造をそのまま構造調整融資という形でやっているわけです。構造調整融資のこれだけの莫大なお金が何に使われているのか、全然我々タックスペイヤーに説明がされていないわけです。
 しかも、もっとひどいのは、この一番右にありますノンプロジェクトの無償援助というやつです。これまで無償援助というのはプロジェクト援助であったわけでありますので、無償援助で橋ができたとか建物ができたとか道路ができたということは、私たちはちゃんと橋ができているのか道路ができているのか見に行けばわかるわけです。しかし、このノンプロジェクト無償援助というのは何にも形がないわけです。確かめようがないわけです。
 外務省に私が問い合わせたところ、全然何にもタックスペイヤーに対して公開できる資料はありませんと言うわけです。どうやってチェックしているんですかというふうに聞きましたら、国連のUNDPとイギリスのクラウン・エイジェンツに頼んでいるということを言っていまして、日本としてはチェックしていないんですかと言ったら、していないということを言っていました。
 一体どういうお金なのか。これはずっと見ていただくとわかりますけれども、二十億円だとか三十億円だとか三十五億円という莫大な金が形も残らない形で出されているわけです。こんなことをタックスペイヤーに対してどのように申し開きできるのか。僕はこれはちゃんと説明すべきだと思うんです。こんないいかげんなことをやっておいて財源が足らない財源が足らない、とにかくそのために年金の保険料を上げるだとか消費税を上げるなんということは、これはもう絶対タックスペイヤーは承知しないということを私ははっきりここで申し上げておきたいと思います。
 さらにつけ加えなきゃいけないのは、最近よく債務危機は去ったということを言われるわけです。一九八二年のメキシコのモラトリアム宣言以降、八〇年代に債務危機だ債務危機だと騒ぎまくったわけですけれども、最近は債務危機は去ったということを言っているわけですね。
 本当に去ったのかということを見ますと、これは一番上のページ、第1表の開発途上国の債務状況を見ていただきますと、これは世銀がつくりましたものですからそれなりの根拠はあると思いますけれども、一九八〇年に六千五百八十一億ドル開発途上国全体で債務があったわけですけれども、債務危機が去ったはずの現在どうなっているかといえば、一兆七千七百億ドルもの債務を途上国は抱えているわけです。債務はかえってふえているわけです。
 どうなったのか、なぜ債務危機は去ったのかというと、商業銀行のところを見ていただきますと、下の方にありますけれども、商業銀行の方の債務は一九八六年の債務危機の頂点のときに比べれば減っているわけですね。ということはどういうことなのか。上の公的債務を見ていただきますと、公的債務はどんどんふえている。要するに、これまでの債務危機というのは、結局民間の商業銀行が抱えていた債務を公的債務に肩がわりしていっただけじゃないか、だから途上国からしたら債務はどんどんふえている。先進国の銀行が持っていたそういう商業債務が我々の税金で、公的債務ですりかえられているというのが実情ではないかということです。
 事実、これは後でちょっと資料を見ていただくといいかと思いますけれども、十八ページからですけれども、日本の援助が自助努力を言いながらいかに債務の繰り延べをどんどん繰り返してきているかということ、それから二十二ページには、これはちょっとうまく表がつくれなかったんですけれども、債務救済という形で無償援助がどんどん注ぎ込まれているということがおわかりいただけると思います。
 もう一つ、これは一つの深刻な問題でありますけれども、先ほどちょっと松井先生もおっしゃったわけですが、日本のODAの六割は円借款であるわけですね。国際貢献の名のもとでどんどんODAをふやしていきますと、それだけいわゆる円借款の占める割合がどんどん大きくなっていくわけです。途上国の方はどんどん逆に債務がふえていく。日本の方は貸付残高がどんどんふえていくわけであります。
 その結果、現在どうなっているのかと申しますと、これは十五ページをちょっと見ていただきたいのですが、十五ページに表5というのがありますが、表5で一九九三年を眺めてみますと、OECFの貸付残高が七兆九千二百十億円にも達しているわけです。このまま国際貢献でODAをふやしていったらすぐ十兆円を超すと思います。十兆円、二十兆円になってきたときに果たして返ってくるのかという問題があるわけです。僕はもう若い人たちに年金を期待しちゃだめよと言っているんですけれども、とにかく途上国の方はどんどん債務がふえていくわけです。日本の方は貸付残高がふえていって、返してもらうはずなんですけれども、途上国は返したくても返せないという状況がもう出てきちゃっているわけですね。
 となると、とにかく途上国としては徳政令を要求せざるを得ないわけで、事実今度はマドリードでも、もう先進国の方はそういった途上国の債務を全部キャンセルすべきだという議論があったわけですけれども、僕はそのときだけは黙っていました。とにかく、キャンセルすべきだといったら、日本はこの七兆九千二百十億円の貸付残高があるわけで、これをキャンセルしたら、さっきも話が出ました財政投融資資金から借りているわけでありまして、これを返す当てがなくなってくるわけでありまして、どうするのか。しかし、途上国はこのままでしたらどんどん債務負担がふえていくわけでありまして、どうしようもない状況であると思います。
 私は、結論から言いますと、このノンプロジェクトの方にも非常に問題があると思いますし、さらにプロジェクト援助についても物すごくいろいろ問題があるわけですね。
 実は、レジュメの四ページの一番下から一行目に書いておきましたが、スリランカのサマナラウェア・ダムであります。これは二百八十四億円の円借款を費やしてつくった大規模なダムでありますけれども、水がたまらずに、やってもむだだよということを僕はエコノミストで書いたんです。それにもかかわらず、三十二億六千四百万円を追加融資しまして、一九九一年に補修工事をやったわけです。
 しかし、最近スリランカから届きましたアイランド紙という現地紙の報道によりますと、結局漏水口はふさぐことができず、ウエットブランケット工法をやってみたんですけれども、それでもだめで、ついにこのダムは放棄せざるを得ないと。発電するためには三十六メーターの水位が必要ですけれども、どうしても三十メーターまでしか水が行かないということです。
 とにかく、二百八十四億二千万円をかけたんです。さらに、それで水がたまらない、水漏れが激しいということで、それを防ぐために三十二億六千四百万円追加融資したんですよ。追加融資しても水がたまらない、とまらない。スリランカの方もこのダムは放棄せざるを得ない。スリランカとしては借金だけが残った。日本としては、とにかく一応これは水はたまらないけれども借金は返してもらわなきゃいかぬということになるんでしょうけれども、こういうへんてこなあれがあります。その近くにキリンダ漁港という漁港をつくったけれども、砂で埋まってしまって、またこっそり今補修工事をやっているというのがあります。
 とにかく、この四ページの一番上にも書きましたけれども、一応世界銀行は、農民には土地には土地をという政策をとれ、それから開発の犠牲者が受益者でもあるべきだという方針を出していますし、さらに立ち退き者が以前の所得水準を回復すべきだという移住指針を出しているわけですが、日本は何にもないわけです。
 これは輸銀の融資でありますけれども、インドネシアのクドゥン・オンボ・ダムの場合は、一九八九年一月十六日にダムができた途端、千五百世帯が現地にいるにもかかわらず水門を閉めちゃったわけです。そのとき以来千三百世帯の人たちがダムサイトの高台に避難していて、一九九〇年に堂本さんと私たちは現地に入りましたけれども、それ以降現在に至るまで千三百世帯がダムサイトで抗議運動を続けて、その周りを軍隊が取り囲んでいるわけですけれども、これに対して日本輸出入銀行は一切知らぬ顔です。
 こんなことでいいんですか。これは世銀のお金、ODAではありませんけれども日本輸出入銀行のお金、日本の間組がつくったダムでありますけれども、千三百世帯、七千五百人の人たちが現地にいるにもかかわらず水を張ってしまったわけです。その後、一九八九年から現在まで千三百世帯がダムサイトでまだ頑張っているわけです。
 同じ状況はインドのシングローリ地域でも起こっているわけでありまして、これは日本がアンパラBで千五百億円の融資をするということを決めているわけで、現在千百億円以上融資しているわけですが、後で英文をちょっと見ていただくとわかりますけれども、現地の方からはひどい状況だという知らせがあるわけです。
 外務省は最近、朝日新聞に投稿してみたりエコノミストに投稿してみたり、全くわけのわからぬ、二、三日現地に行ったぐらい、坊やが行ったぐらいの調査能力も何にもない者が行って、それで一生懸命うまくいっているうまくいっていると大本営発表を繰り返しておりますけれども、関東軍が独走しているというのが現状で、私は、まさに現在のODAの状況というのは関東軍の大本営発表の状況で、現地の状況とは全然違うということだけ言っておきます。
 終わります。
#9
○会長(沢田一精君) ありがとうございました。
 以上で松井参考人及び鷲見参考人からの御意見の聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 本日は、あらかじめ質疑者等を定めないで、委員には懇談形式で自由に質疑応答を行っていただきます。質疑を希望されます方は挙手を願い、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
 なお、質疑及び答弁とも御発言は御着席のままで結構でございます。
 それでは、質疑のあります方は私から指名させていただきますので、挙手をお願いいたします。
#10
○細谷昭雄君 本日は松井先生、鷲見先生、ありがとうございました。お立場の違いということもありまして、大変興味深くお話を承りました。
 松井先生は日銀、それからOECF、こういった豊富な御経験のもとに、現在の日本におけるODAについては是認するというか評価をする方向でお話をお伺いしたわけでございます。それに比べますと、鷲見先生の場合は、ODAの現地をいろいろ御視察なさったということも踏んまえられまして、現在の日本におけるODAに対してはさまざまな問題点があるというふうな御指摘でございました。
 そこで、三つの点で私は質問を申し上げたいというふうに思います。
 最初に申し上げなきゃいけませんでしたが、社会党の細谷でございます。
 日本は、今や世界における最大の援助供与国になっているということでございまして、日本のODAというもののあり方につきましては、そのあり方によっては国際的に大変大きな影響を与えるということになろうかと思うわけであります。
 そういう点で、今後の日本におけるODAというものは、トップドナーから今度はリーディングドナーにやっぱり変わらざるを得ないというか、変えなくてはいけないのではないかというふうな観点で私どもは考えておりますが、要するに、世界のODAを量から質の問題に変えていくということが今後の課題じゃないだろうか、こんなふうに思うわけであります。
 そのためには、私は、ODA大綱に記載された事項については、何といいましても基本法という形、ODA基本法というのをやっぱりつくらざるを得ないんじゃないのか、そういう立場で考えておるわけでありますが、これに対して松井先生は否定的なお考えを先ほども述べられましたけれども、両先生にそうしたいわゆる基本法をつくる、立法化をするということについて改めてお伺いしたいということが第一点。
 第二点の問題は、援助政策というものはどうしてもやっぱり透明性が必要じゃないのか。この透明性を確保するという点では、運用の上でも民主化が極めて必要でないのか、民主化を深めていくというようなこと、これも今後の課題の一つじゃなかろうかと思うわけであります。
 そのためには、基本法の中に援助計画というものを、やっぱり国会の関与ということがどうしてもそのためには必要じゃないのか、こんなふうに考えるわけであります。この必要な規定、これを盛り込んで、計画についての国会の十二分な関与、これが不可欠なものではないのかというふうに私は考えるわけでありますが、両先生のお考えをお聞きしたいというのが第二点でございます。
 第三点は、援助の予算、原資は大部分が国民の血税でございます。したがって、この血税の使われ方、これはどうしてもやっぱり国民の知る権利がございますし、どう使われておるかということを十二分に監視する必要があるというふうに思うわけでございますが、援助条件の実施の状況、こういったものを客観的に適切にどう評価するかという問題があろうかと思うわけです。
 この評価を次年度以降の援助に生かすシステム、これをどういうふうにするのか、そしてこれのチェック体制、これをどうするのか。これにつきましても私は、評価の方法、体制、そしてそれにはやっぱり何といいましても国会の関与が必要じゃないのか、このように考えるわけでございます。つまり、透明性を確保するための国会の関与についてどうお考えでしょうか。
 以上三点、立法の問題、それから援助計画に対する国会の関与、そして第三番目は透明化を保証するところの国会の関与、いずれも国会の関与が必要だというふうに私は考えるわけでありますが、両先生のお考えをお聞かせ願いたい、こう思います。
 以上でございます。
#11
○参考人(松井謙君) ただいまの御質問については、最初のスピーチの方で私はほとんど申し上げてしまったと。立法化の是非論については必ずしも必要じゃないだろう、理念の部分だけでもチャーターの格好で、国会決議という格好でやられたらいかがでしょうかというふうに申し上げました。
 それから、二番目の透明性確保のためにいろんなディスクローズするという問題、今のままで不十分であるとすればもう少し情報公開というものを詳しくやるような報告体制というものをつくっていく必要があるとも思います。ただ、政策決定過程の徴に入り細にわたる部分まで全部オープンにするというのはちょっと筋違いじゃないかというふうな感じを持っております。
 それから、三番目におっしゃいました事後評価の結果を次年度以降の援助の実施にいろいろ生かしていくということは大変重要なことで、必要であって、今、実施機関あるいは行政レベルでもポストエバリュエーションというのをやって、その反省を次年度以降に生かしていく、そういうやり方をとっております。それを今度は国会で監視体制を高めていくということですけれども、先ほど少し申し上げましたけれども、これは、もしやる必要があるとすれば、第三者の監視機関というのを行政からも立法からも中立な、命令権とか処分権などを有するような公正取引委員会スタイルの、そういうふうなコミッティーをつくられるのも一案かというふうにも考えます。
 先生が最初におっしゃいました、これからリーディングドナーになっていかなきゃならないという問題なんですけれども、これはまた非常に根が深くて奥行きが広い問題で、非常にこれは難しい問題であります。
 私は、もし日本がそこで最大の援助供与国にふさわしいということを世界にアピールできるとすれば、日本の開発の経験を後発国にいろいろ教えていくという、そういうふうなチューターとしての役割というのが非常に重要じゃなかろうかというふうに思います。現在、いろいろなロシア支援の問題とかそういうことでも、日本の経験を学ぼうという姿勢で、そういった意味でテクニカルアシスタンスもやっておりますので、リーディングドナーにふさわしいようなやり方というのはそういうふうなところに求められるんじゃなかろうか。
 いろいろな援助のテクニックについては、やっぱり何といってもアングロサクソンには我々は学ばなきゃならないというふうに思っているわけで、日本がユニークな独自のシステムを世界に教えていくというふうなことはちょっと不可能じゃないかというふうにすら思っております。
 お答えになりましたでしょうか、大体簡単にその程度で。
#12
○参考人(鷲見一夫君) 私はリーディングドナーという言葉は好きではないんですが、もしそういう言葉を使うとするならば、現在金額だけで援助大国だとかリーディングだとかいう判断がされておりますけれども、GNPの〇・何%だとか、こんなのを私はもうやめるべきだと思うんです。
 そのかわり日本は質で、ともかくそういう意味では円借款はやめちゃってもう無償だけで、それも無償も徹底的に現地の人たちのニーズと声によって、それに応じて現地の人たちの主体性と自主性を育てる限りにおいて、それも貧困層にターゲットを合わせて、それで日本の援助を展開していくといういわゆる質の面で世界をリードする新しい援助の仕方をやるんだったら、そういう意味でリーディングドナーという言葉を使うんだったら僕は賛成です。
 ただ金額だけでリーディングドナーなんというのはもうやめるべきだし、むしろリーディンクドナーというならば、GNPの〇・何%とか、そんなことをお互いに競い合うのはよそうじゃないかという、そういうリーディングを世界にとっていただきたいと僕は思っているんです。
 それから、ODA基本法ですが、私は、これはもう完全にはっきり理念を明確にして、日本の援助というのは、こういうターゲットでこういう事柄に関してこういう形で援助していくんだというものをはっきり理念として打ち立てて、そして今のJICAとOECF、それから外務省だとか四省庁体制を一遍御破算にすると。とにかく今はめちゃくちゃですから、日本の援助体制というのは。
 とにかく一番僕が問題だと思いますのは、一兆何千億ものお金が動きながら、調査研究機関が全然ないんです。途上国の経済的、社会的、自然条件も全然知らないまま、お金だけをぼんぼんばらまいている。だから、さっきのノンプロジェクト無償援助なんというのは全く何に使われるかわかりませんから、ぽんぽん渡しているだけであります。
 こんな腐敗構造をつくるような形はもうやめるべきで、はっきりと援助基本法をつくって、さらに私はラジカルでありまして、アメリカ並みに、アメリカは、政府は国会議員に対して事前に、これはNGOも含めてですけれども、今こういう案件が持ち上がっている、それぞれの案件についてプラス面とマイナス面はこうだ、こういったマイナス面についてはこういう措置を講じている、環境的な側面とか社会的なインパクトにはこういう措置を講じていますということを国会議員とそれからNGOに事前に説明するわけですね。
 それで、お互いが納得できる形で援助を動かしていくということをやっていますから、もっと国民の代表である国会がどんどん口を出すべきで、国会が十二月に援助予算の大枠だけ国会にかけて、後は閣議で全部やっていくというのは、僕はもってのほかだと思うんです。タックスペイヤーの代表である国会がどんどんODAに対して関与するべきだと僕は思っています。
 そういう意味では、援助計画に国会が関与するというのは当然のことだと思いますが、ただ、それだけ国会議員が勉強していただかないとそれも大変だと思うんです。僕は、ぜひ一遍国会議員の方、この調査会の方でインドのアンパラBをごらんいただきたいと思います。今、外務省は一生懸命、問題はない、住民は喜んでいるなんというばかなことを流していまして、現地にも行っていない課長が朝日新聞に投書してみたりエコノミストに書いてみたりしていますが、一遍国会議員の方が現地を本当に見ていただきたいと思います。
 そういう形の調査権は十分に発揮していただきたいと思いますし、さらに評価に関しましては、私は第三者の評価というのが一番必要だと思うんです。
 今の外務省のやっているあれは、外務省が勝手にごます。学者と何か金貸しの社長さんだけ動員して、大政翼賛会をつくって、援助はうまくいっていますと大合唱していますけれども、あんなのはナンセンスで、本当に評価したければ、ODAを冷ややかに見ている人とそれから好意的に見ている人と両方を派遣して、そしてその二つの側での評価結果を並べて、それで国民はどうしますか、タックスペイヤーはどうしますかということをやって初めて評価じゃないかということを言っているわけです。
 私は、上智大学の村井君だとか私なんかも当然評価ミッションに参加すべきだと思いますが、今もって参加していないというのはよっぽどやましいところがあるんではないかと思っているわけです。そういった意味では、政府とかから離れた国会がもし頑張ってちゃんと調査それから評価もやるとおっしゃっていただけるなら、私は大変いいことだと思っております。
#13
○木庭健太郎君 立場が全くお違いになる松井参考人と鷲見参考人が共通していらっしゃるところは、今のODAの額、規模の問題が本当に適正なのかどうかということについて、全然違う立場からでございますけれども、お二人とも一つ問題を提起されている。まさにそういう意味ではODAが今世界で額的にトップになったところで、このあり方をひとつ見直さなくちゃいけない時期に来ているということが一つだと思います。
 それともう一つ、全然違うのにと思いながら思ったのは、第三者監視機関の問題についてはお二人とも共通した御意見を持っていらっしゃる。私も、この問題、松井参考人が目指していらっしゃる第三者機関と鷲見参考人が目指していらっしゃる第三者機関はちょっと違いがあるような気もしますけれども、そういうことを非常に感じさせていただきました。
 それで、松井参考人にまず一点だけお伺いしたいのは、鷲見参考人は現地住民の視点というのをどう取り入れていくかという具体的な提案もなさっておられます。私も何回かODAの現場へ行かせていただいたんですけれども、やはりODAがどうしても国と国という関係の中で現地住民という視点がともすると抜け落ちてしまう面が起きている。じゃ、これに対してこの人たちの意見とか生活とか、そういうことについて松井参考人は、ODAを進めていく上でどういうふうにして取り入れていけばいいのか、取り入れる必要がないと思っていらっしゃるのかどうか。その辺をぜひ、もし具体的な方法があるならば、松井参考人から見たいわゆる住民に対する見方、それをどうODAに関与させていくかという問題について御意見を持っていらっしゃるかどうか、それがあれば教えていただきたいと思います。
 それともう一つ、今度は鷲見参考人なんですけれども、インドのナルマダ・ダム、今も続いておりますけれども、運動の流れの中で私が非常に危惧したことが一つございます。
 何かというと、日本はナルマダの住民の問題で融資を中止した。世界銀行も調査した上で、そういう住民への配慮がなされていないということで一応融資を中止した。その結果、どんな問題が起こったか。そうすると、これはある意味では上の枠が外れちゃったということで、逆に言えば、インド政府がある意味では住民のことを無視した形で工事をやろうという試みを実際にしたことは事実でございます。開発と援助という問題がかかわってきたときに、確かに先住民なりそういうものの視点を守ることも大切なんですけれども、逆に言えば、世銀なり日本なりが援助を出すことによって、そこの国の開発のあり方、余りひどい環境破壊が起こらないような歯どめにもなるようなことにもなりはしないかというようなことも少し感じました。
 そういう問題についてどうお考えになるかというのを聞きたいし、それでお二人にもう一つ。
 私たち国会議員が途上国に行って、大抵皆さん言われていると思うんですけれども、私どもが行ったときに、日本の援助によって環境破壊とか住民の問題があるというような問題について指摘をいたしますと、じゃ、日本はどうして今の先進国になれたんですかという問いが返ってくることが多い。それは何かというと、ある意味では開発の中でさまざまな問題を伴いながらも、それを乗り越えてやってきた。私たちも今その最中ですと。
 先住民の問題もいつも難しいのは、じゃ、例えばその国が、自分たちは先住民にもっと文化的な生活をさせたいんだと。それが正しいかどうかは別ですよ、そういう視点で物を投げかけられたときに、そうじゃないんだと。世界的に見れば、あなたの国の緑とか環境、またそういう独特の文化というのはぜひ残していただきたいと。こういうことを言うんですけれども、なかなか答えに窮するときがある。
 こういう問題についてどんなことをお感じになるか、その点を教えていただければという思いでお聞きいたします。
#14
○参考人(松井謙君) それじゃ、私に対する質問に対してお答えいたしますが、現地先住民の権利というか、まずそういった問題をどう考えるかということでございましたけれども、基本的には、JICAとOECFで既に環境保全のための援助のガイドラインというのができておりまして、そういったガイドラインの範囲内でいろいろなODAも実施しているということ、これをまず認識しておいていただきたい。
 具体的には、世界銀行なり海外経済協力基金の援助をやるときに、計画段階でいろんなことを審査して、先住民の権利の擁護の問題まで含めて非常に詳細な青写真をつくってから援助に踏み切るべきだというふうに思います。さらに、これは援助を受け取る側がぜひ実行しなきゃならないコンディショナリティーとして、我が方の援助実施機関でそういった詳細な条件をつけていろいろやっていく必要があると思います。
 私も、現地先住民の権利を無視してまでODAを展開しろというようなことには当然反対の立場なんですけれども、私は、実施機関レベルのガイドラインとコンディショナリティーによってそういった人権というのは擁護できるんだというふうに思っております。
 以上です。
#15
○参考人(鷲見一夫君) 木庭さんが出された問題は援助とか開発にかかわる根本的な問題で、非常に難しい側面の問題だと思うんです。
 ナルマダの場合、木庭さんにもいろいろ御尽力いただきまして、また参議院の方でもいろいろ御尽力いただきまして、一九九〇年の六月に日本がストップしまして、それから世界銀行は一九九三年の三月三十日にストップしまして、現在は日本の援助も世界銀行の援助もストップされているわけですけれども、残念ながら工事は続いているわけです。
 ただ、インドはボンドを発行したりなんかして短期の金をやりくりしていまして大変厳しい状況で、現在の状況ではついにマディヤプラデシュ州のプライムミニスターがもうここでやめるべきじゃないかということを言い出していまして、ただグジャラート州とマハラシュトラ州はまだ続けるということを言っておりまして、州の間でちょっと分かれておりまして、そういう状況であるわけです。
 しかし、ナルマダの問題にしてもインドのシングローリの問題にしてもそうなんですけれども、開発の利益というのは都市の人とか大規模な農業経営者が受益者で、現地の人たちはただ立ち退かされるだけなんですね。アンパラBの場合でもシングローリ地域でもそうなんですけれども、五つの大きな火力発電所がつくられているわけですけれども、その五つの火力発電所の電力はニューデリーだとかラクノウという都市へ持っていかれて、現地の人たちは過去三十年間に、ひどい人は五度、三度とか五度にわたってあっち行けこっち行けというふうに移住させられてきていると。結局、現地の人たちは犠牲になりっ放し。
 クドゥン・オンボの場合もそうなんですね。住民は立ち退けと。それでジャワ島、中部ジャワですけれども、中部ジャワからスマトラ島まで集団移住で行けと。結局、それで恩恵を受けるのは工業資本家と大規模なかんがい農業をやっている人たち。住民たちは一方的に立ち退きの犠牲と。
 これに対してはさすがに世界銀行も、先ほどちょっと言いましたけれども、開発の犠牲者が同時に受益者でなければだめなんだという一応基準を打ち出しています。だから、今後開発という問題を考えるときに、少なくとも犠牲者が同時に受益者である、そしてその立ち退き者がそれ以前の生活水準と少なくとも同等ないしはそれ以上の所得水準を確保できること。世銀はこの条件を満たさなければ今後は融資しない。それは建前なんですけれども、そういう基準を一応打ち出しています。ただ、世銀は建前と本音がどうもいろいろ違いますので私はちょっと戸惑うわけなんです。
 私は実は二年前に横浜から新潟へ移ったわけですけれども、あえて新潟に移ってみたのは、東京から地方を見るんじゃなくて、地方から東京を見たらどうなるんだということをやって、できたら村おこし国際協力みたいなものを、新潟で何か村づくりの国際協力みたいなものをできないかなということで、過疎の村を立て直すのと一緒に途上国の村づくりとドッキングするようなことはできないかなということで行ってみたんです。
 新潟へ行ってつくづく思いますのは、ダムをつくり、原子力発電所をつくり、とにかくその電力を東京に持っていく。そして、ジャピック計画なんというのがありまして、信濃川の水を東京に持ってくる。揚水発電で上の方へ上げて利根川に流して東京へ持ってくる、電力も水も東京のために持ってくるという、こういう開発というのは一体いいんだろうかということをつくづく思うわけです。
 やっぱり、開発というのはその地域の人たちの利益に合うような開発でないと本当の開発ではないんじゃないかということです。日本の間違った開発のやり方を援助という名のもとで輸出しているのが現在のODAでないかということで、開発とは何なのか、援助とは何なのか、やっぱり私は木庭さんと一緒に考えていきたいと思いますし、それから参議院の方にもぜひこの点は援助の基本的なところにかかわることですのでお考えいただければありがたいと思うんです。
#16
○大木浩君 自民党の大木でございます。
 両参考人からお話を伺いまして、率直にまず感想を申し上げますと、松井先生のお話は大体私どもが考えていることに近いので後で一つだけ質問させていただきますけれども、鷲見先生のは大分お考えが違うものですから、いろんなことをお聞きしたいんですけれども、時間の制約がございます。
 日本の経済協力ないしはODAというのを考えてみますと、もともとは戦後の賠償からあれは始まっていますね。その歴史はもう先生専門家ですから全部御存じなんですけれども、賠償のころはとにかく賠償で、こっちは敗戦国ですから、どちらかといえば向こうの主張が非常に強かったと思います。
 その後いろいろな形での援助があったということで、先ほど先生は、プログラム援助、プロジェクト援助、商品援助、みんなどちらかというと問題があるということで全部ばっさりと切り捨てられたわけですけれども、私どももそのころからずっと考えてみますと、やっぱりいろんな形の援助が出てきたということは、その時点時点で、あるいは相手国の状況によって、本来ならじっくりと長期的な開発のためのプログラムがあってそれに対する援助をした方がいいんだろうけれども、しかし、とにかくすぐに使えるような金が欲しいということで商品援助というようなことも出てきたと思います。
 ですから、それはそれぞれの時点、それぞれの状況に応じてのあれでして、先生は、今申し上げました三つ全部を切り捨てられてしまったものですから、じゃ、これからどういう形での協力をしたらいいのか、資金の出し方についてどういう形ならいいのかということを一つお伺いをしたいと思うわけでございます。
 私は、やっぱり経済協力というのは、相手国の国民の福祉ということがもちろんポイントですけれども、同時にこれは私どもの税金を使っているわけですから、国策と言うと言葉が少しひっかかるかもしれませんけれども、日本のために、国策あるいは外交政策と言ってもいいかと思いますが、日本の国民としても、その一端として理解できるものでなければならぬだろうと思いますので、やはり相手国の政府としてもそれを評価してもらわないことには困るんじゃないかというふうに考えております。
 それで、質問はもとへ戻りますけれども、先生としては、これから仮に日本が相当多額な経済協力を続けていくとすればどういう形のものなら望ましいとお考えになるかということ。一般的にただ相手国のため、あるいは相手国の原住民だとか一般市民だとかいうことでなくて、具体的な金の出し方ですね、どういうことをお考えになるかということをお伺いしたい。これが鷲見先生に対する質問でございます。
 それから、続いて申し上げますが、松井先生につきましては、鷲見先生の御発言とも関連するんですが、鷲見先生は世銀、IMF等々の国際機関の機能ということを非常にむしろネガティブにとらえられて、何か相手国の貧富の差をますます助長したとか、あるいはいろいろと原住民に対する大変な被害が生じたとかというお話でありますけれども、私は大きくとらえれば、やっぱり相手国の経済の立て直しについて相当厳しい条件をつけましたけれども、そういったものを克服することによって例えばブラジルとかアルゼンチンとか、もう大変なインフレでとてもと思っていた国がかなりよくなってきたというような感じがいたします。
 世銀、IMFとか、あるいは何かほかに、鷲見先生もガットともおっしゃったかもしれませんけれども、いずれにしてもいろんな国際機関の役割というものをどういうふうに評価しておられるか。特に世銀、IMFについては鷲見先生が非常にネガティブな御判断でございましたので、もしそれと違うような御判断がありましたらひとつ御開陳をいただきたいと思います。
 以上です。
#17
○参考人(鷲見一夫君) 第一点の問題につきましては非常に難しいと思いますね。
 私は、現在の国際社会のシステムというのは主権国家を単位としておりますので、どうしても国と国のつき合いということになりますと外交ルートを通じるほかないわけでありますから、日本の現在のやり方というのは、無償は外務省、それから円借款は四省庁体制ですけれども一応外務省が窓口になっていますから、結局、相手国と接触するときに相手国の外務省なり援助受け入れ機関、いわゆる外交ルートを通じてやらざるを得ない。その場合に相手国の政府が、先ほど言いましたように国民の本当のニーズというものをちゃんとつかんで上げてくれば、これは問題は起こらないわけですね。
 しかし、必ずしもそういうわけではないわけで、海部首相がインドネシアのジャカルタヘ行きましたときに、そごうデパートの前で、二十名ほどの学生だったんですが、インドネシアはデモは禁止ですから、その禁止のインドネシアで逮捕覚悟で二十名の人たちはプラカードを掲げたわけです。そのときに、「ドゥーユーノウ ホエア ユア エードイズ ゴーイング ツー」だったですよね、プラカードは。あなた方の援助がどこに行っているか御存じですかということだったんですけれども、結局、相手国が特に開発独裁とか独裁政権と言われるような政府だとか、それからマルコスのような政府のときに、外交ルートを通じて供与した援助資金が底辺までトリクルダウン、滴り落ちていくかとなったら、滴り落ちないでニューヨークのマンションに化けてみたり、スイスの銀行に入ってみたり、イメルダの靴になってみたりしちゃう形をどういうふうに避けられるか。
 それは、現在の主権国家を前提とする限り、口を出せという方が見えますけれども、それは内政干渉になると思いますから僕はやるべきではないと思いますね。やるべきではないという形だと、相手国の外交ルートを通じて渡した金がちゃんと使われているかどうかということのチェックをどうするかという非常に難しい問題になってくるわけで、私は、現在の国際社会のシステムを前提とする限り、日本の外務省が例えばスマトラとかスラウェシの島の住民と話し合って直接接触をしたとなったらインドネシアの外務省は怒るでしょうから、そういう形での接触が外務省はできない。結局、インドネシア外務省なりインドネシアの援助担当機関を通じざるを得ない。そうすると、住民の本当の声が上がってこないという問題が出てくるわけです。
 そういうことを克服するには、先ほど言いましたいわゆる調査研究機関をしっかり充実して、そして途上国の人と日本の人で共同研究――現地のことは現地の人たちが一番よく知っているわけで、サマナラウェア・ダムに典型的に見られますように、ああいう複雑な地理構造のところは日本の人たちはなかなかわからないわけです。
 そういうところはやっぱり現地の人たちの知恵をかりるべきで、おっしゃいます調査研究機関というのは、こちらから若い人も行く、向こうからも来てもらう。そして、むしろ向こうの研究者、住民たちが中心になって一緒に共同研究を進めるという形でいろんな現地の援助ニーズとか声をつかんで、そういう声が外交ルートを通じて上がってくればそのまま援助をつける。そういうものと、調査研究の成果と違った形の、一部の特権的な人たちの利益だけを満たすような援助要請が来る場合にはお断りするというような形が、現在の国際社会のシステムの中ではそれができればやれる形かなというふうには思っていまして、おっしゃるような新しいやり方というのは、この主権国家の体制を壊さない限り非常に難しいんではないかというふうに思うわけです。
 ただ、日本として、先ほど細谷さんおっしゃられましたリーディング的な役割を果たすとするならば、あえて主権国家でありながら主権国家の枠を飛び越えて、日本はもう地域住民の地域ニーズに関して援助しますということを宣言して、新しい援助機関をつくって、そこが地域住民と直接援助の接触をやるというんだったら新しい形のあれもあり得るかなという可能性は感じるわけなんですけれども、これはもうちょっと検討の余地があると思います。
 ちょっとつけ加えさせていただきたいのは、第二点でございます。
 第二点につきましては、私がこの「世界銀行」の本の中で紹介しておきましたように、一九九二年度にアメリカのブッシュ政権がIDAの第十次増資を国際公約いたしたわけでありますけれども、一九九四年度のアメリカ議会の予算案でクリントン政権が十二億五千万ドルを要求したわけですけれども、議会はこれを二億ドルカットしまして十億三千四百三十万ドルにしたわけです。その理由は、世銀改革が全然進んでいないと。住民の声を吸い上げるシステムもできていないし、情報公開もなされていないということを理由に予算カットをしたわけであります。
 私のレジュメの五枚目にも書いておきましたけれども、一九九四年の九月六日には、ドイツ議会がやはり世界銀行の改革が足らないということで、ドイツ政府は世銀改革のイニシアチブをとるべきだという決議をドイツ議会はやっているわけです。それから、スイス議会は一九九三年の十二月に、IMFの改革を進めるべきだという議会決議をしているわけでありまして、外国の議会は相当に世銀、IMFの問題に関しては改革の方向をもっと打ち出すべきだということを言っているわけであります。
 私は、この点、ぜひ日本の国会でも世銀とIMF、それからWTOのあり方を御検討いただきたいと思っています。
#18
○参考人(松井謙君) 私に対する質問は、IMF、世界銀行をどう評価するかということでございましたけれども、ブレトンウッズ体制が発足して五十周年になって、いろいろ問題が出てきてリフォームをしなきゃならないということは私も認めますが、過去この五十年の間にIMF、世界銀行がディベロプメントファイナンスといいますか開発金融機関として果たしてきた役割というのは非常に大きなものがある。やっぱり開発金融のパイロット役として、とりわけ世界銀行グループは多大な貢献をしてきた。我が国だって東名高速道路、東海道新幹線を世銀借款でつくってきたわけでありまして、そういった意味で多大の評価をしていかなければならない。資金の出し手とそれから借り手との仲介金融機関としては、やはりこういったマルチの国際開発金融機関にゆだねなければならないということであるわけですね。
 その意味で、私はスピーチのときにも申し上げましたけれども、マルチとバイの配分比率をもっとマルチに拠出をして、そして長期展望を持ってやれば、恐らく今の日本のバードンシェアリングの力というのは衰えていくというのはもう必至でありますから、そういったことにも備えてもっと世界銀行の出資金、拠出金をふやして、さらにボーティングライド、発言権もアメリカと並ぶところまで要求して、日本の資全力をバックにした発言権というものをもっと強化していくべきだというふうに考えております。
 ですから、私は鷲見さんとは全く対照的で、世銀性悪説というものにはくみしません。やはり今までワールドバンクが果たしてきたディベロプメントファイナンシングの仲介機関としての、パイロット役としての役割というのはもっともっと評価していくべきだというふうに思っております。
 以上です。
#19
○上田耕一郎君 共産党の上田でございます。
 松井先生は日本のODA、大体七十点から八十点とおつけになって、鷲見先生は点は言われなかったけれども、やめた方がいいとおっしゃると零点に近いようなんですが、まあ私の方はどちらかといえば鷲見先生の方に近いんですけれども、松井先生が参議院のこのODAについての取り組みを評価してくださって、当時は小委員長がお隣にいらっしゃる志苫さんで、自民党の理事の下稲葉さんも大変苦労をなさったんです。当時、ODAについての決議は衆議院の外務委員会で軍事問題、非軍事問題についての決議が二本あっただけで、法律もないし、参議院で取り組もうというので二、三年かかって決議を一つつくったんですね。そのとき私ども一番重視したのは、実はアメリカの押しつける戦略援助問題なんですね。
 きょう、お触れにはならなかったけれども、松井先生のレジュメには「理念、基本原則の確立」のところのホに「戦略外交」と書かれておられる。当時、決議では、この問題非常に議論して、参議院でつくった決議の「諸原則」のところの@に「主権尊重、内政不干渉を基本として、自主的に行う。」ということを入れて、二番目に「軍事的用途に充てられることを禁じ、また国際紛争を助長してはならない。」という項目としてまとまったことがあるんですけれども、私この問題で、この調査会が総合安全保障に関するという名前の時代ですけれども、昭和六十三年に一度こういう質問をしたんですよ。
 当時、安倍・シュルツ会談で対外援助政策をめぐる日米調整について、アメリカ側は国務次官、日本側は外務審議官を当てて高級事務レベル協議を随時開くことに合意した。それで、ハイレベル協議に格上げされて高度な政治判断を伴う戦略援助をめぐる意見交換を行う舞台が整うことになるという報道を聞いたんですよ。そうしたら外務省の英正道経済協力局長が、「随時行われております。」と、この報道を認められたんです。だから局長が認めたように、八五年以後、アメリカ側は国務次官、日本側は外務審議官が出て戦略援助をめぐる協議を随時やってきて、大体日本のODAで何と何をアメリカの要望に応じてやるということを決めてきていることを経済協力局長が認めたんですね。
 そういう点じゃ国会での審議でも局長が認めたように、私どもが重視したアメリカの要望する戦略援助に対応する軍事的性格を今まで持ってきたことが非常に大きな欠陥の一つだったと思うんですけれども、ソ連がなくなりまして、アメリカの軍事的関心がむしろ核拡散の問題とか、第三世界の紛争等々に変わってきている状況で、日本に対する海外ODAについての戦略援助的性格の要望も性格がかなり変わっているんじゃないかと思うんですが、先生お触れにならなかったので、この戦略外交問題について一点お伺いしたいと思います。
 それからもう一つ松井先生お触れにならなかったのは、鷲見先生が非常に強調された環境問題、このことをお触れにならなかったんですが、鷲見先生を初め環境アセスの問題で日本には環境基本法ができたけれども、財界からの圧力で環境アセスについての法律面は法制化が見送られているという弱点がいまだに残っているんですが、こういう日本のODAに絡まって、公害を輸出しないような方策を今後、例えば基本法づくりの上であるいは環境基本法の中に環境アセスの法的規定を入れる問題などを含めて、松井先生はどうお考えになっているのか、ちょっと御意見をお伺いしたい。
 だから松井先生には二点、戦略外交のことと環境問題とお伺いして、鷲見先生には後でまたお伺いしたいと思います。よろしくお願いします。
#20
○参考人(松井謙君) 上田先生からそういったたぐいの質問が出ることを予想しておりました。
 基本的なことから申し上げますと、ODA政策というのはやっぱり日本外交の強力な武器として、一つの手段としてやっていかなきゃならないということです。私がこの戦略性ということをどういうことを意味しているかといいますと、やはりそのときどきの外務省の持っている課題にリンクしてODA政策も展開していかなきゃならない。例えば、今で言えば市場経済移行支援とかあるいは民主化支援とかあるいは人権外交とか、こういったこともリンクして、さらにODAの四原則で出ているような軍縮とのリンケージ、こういうことも私はこれを全部ひっくるめて戦略援助外交だと言っているわけです。例えば難民救済なんかも恐らくそういったカテゴリーに属すべき問題だろうというふうに考えます。
 特に、共産党が言っておられるのは、日米韓の同盟というか、そういった紛争周辺国への援助に日本が巻き込まれるのはけしからぬというような、そういうふうな議論だと思いますけれども、その問題はもっともっと突っ込んで考えれば、日本はそれこそ防衛費で余り分担していないからODAでもっと貢献すべきだ、これはアメリカ議会なんかに非常に根強い議論がありますけれども、やはりそのことは我が国としても認めていかざるを得ないだろう。とりわけ外務省は国内の特定の利益業界というような、そういうふうなプレッシャーグループもいないわけですから、アメリカと要するに手を握って、そしてアメリカの援助の肩がわり、こういったふうな色彩を込めてODAを増強していくというのは当然のことではないかというふうに私は常々考えております。
 それから、第二点の環境問題とのかかわりでありますけれども、御承知のように私も援助のドクトリンというのを五つぐらいに整理して、その中の一つの大きな柱として環境保全との両立問題、持続的開発推進のために環境保全をいかにしてミックスしてやっていくべきかというふうなことについては、当然そういうふうなスタンスで臨むべきであって、現に我が国の援助も環境保全のためのガイドラインというのを実施機関につくらせて、そしてそういった基準に合致するような援助を展開している。特に我が国の場合には、公害を防止するような技術というのが非常に世界に冠たる地位を占めているわけですから、そういった分野で積極的に貢献していくというべきであって、事実そういった方向で現在の環境保全ODAというのは展開されているんだというふうに考えております。
 以上でございます。
#21
○上田耕一郎君 ありがとうございました。
 鷲見先生にお伺いしたいんですが、お話とそれからいただいた資料を見せていただいて、勉強不足だったもので、なるほど南の国々、特に債務国に対する構造調整の支援というのは大変なものなんだなとそう思ったんですが、やっぱり南の国々の債務問題というのは確かに非常に大問題で、ちょうど赤字で破産した会社の再建計画で押しつけられるような大変な厳しい再建プランを押しつけられていくことが先ほどのコスタリカの表なんかも見て非常に具体的にわかったんです。
 このいただいた資料を見ますと、各国に対して世銀、IMFのいろんな施策に対して日本が見事に対応して、有償、無償の資金協力をずっとやってきているんですね。その中には、おっしゃったノンプロジェクト援助というのはなるほど二十五億とかなんとかずっとあるんですけれども、こういうのは一体どこの場で決まるんですか。世銀なら世銀の会議で日本が出て、この国に対する世銀やあるいはIMFの方針はこうだ、じゃ日本はこれを分担しようと。その分担について、例えばODAについてはこういうふうにやろうというふうに決まっていってこういう結果になってきているんですか。余り不勉強でよく知らないんですけれども、どうしてこういう結果になるのか。
 また先生が、日本のODAというのは世銀、IMFに追随している基本性格があるとおっしゃったんですが、そこら辺のひとつ御説明をいただきたいというのが第一点。
 第二点は、先生のきょういただいたこのレジュメを拝見すると、先ほどもおっしゃっていた世銀の非自発的移住ガイドラインの問題、それから先住民ガイドラインの問題、日本でもこういうものの策定が必要だというふうにおっしゃったんですが、このガイドラインというのは、結局権利を守ってやる、被害を少なくしてやるということだったんだけれども、単に被害を防ぐだけじゃなくて、こういう先住民、特に農民、こういう国ですから農民が多いと思うんですけれども、農民に対する本当の援助になるような日本のODAのあり方がないのかどうかということですね。
 ちょっと思い出したんですけれども、やっぱりこの調査会だったと思うんですけれども、元世銀の副総裁だった、ルワンダの中央銀行総裁になられた服部さんが見えたときに、中公新書に出た今の問題のルワンダなんだけれども、中央銀行総裁になられて大変苦労して成功された話を非常に我々もある感銘を受けて読んだりお話も聞いたりしたんです。あの服部さんがルワンダに行って、ルワンダの人たちは働かぬと言われるがそうじゃない、実にみんな意欲を持っている、ただいろんな援助や政府の施策が農民に行っていないんだということがわかって、農民が仕事ができるような施策を中央銀行総裁としてやったんだ、そういうことで成功した話をされていたんですね。
 そういう意味では、世銀の元副総裁をやられた話が、ルワンダでの体験を通じてのお話なんだけれども、ここにある構造調整支援、この基本性格は、私も鷲見先生のおっしゃるように非常に問題点の多いものだというふうに思うんですけれども、この批判と同時に、じゃ日本としてユニークにやれる道はないのか。
 きょうの朝日を見ると、カーター元大統領が、日本は軍事的貢献じゃなくて非軍事的な世界に対する貢献を大いに想像力を発揮してやれというなかなかいいサジェスチョンをしているのを読んだんですけれども、今のODAが零点だとしても、じゃ日本の国民の意欲を今後本当に現地の先住民や農民に喜ばれるようなものにするためには、被害を防ぐガイドラインだけじゃなくて積極的にこういうふうにしたらどうかという御意見があったらお伺いしたいと思います。
 以上二点です。
#22
○参考人(鷲見一夫君) 第一点の問題につきましては、毎年世界銀行が音頭をとりましてコンサルタティブグループ、先進国とかアジア開発銀行とか米州開発銀行とか国際援助機関なんかをいろいろ集めまして国ごとにやっています。
 そして、その国ごとにやった協議グループ会合で、日本としてはこのプロジェクトにこれだけ協調融資してもらえないかというような形で割り当てをやっていきます。ほとんど世銀が調整役になりまして、大規模なプロジェクトですと、例えばスリランカのマハベリ計画だとか、現在問題になっておりますネパールのアルンV、これも初めは日本のJICA、JICAといっても電源開発株式会社が開発調査をやって、そしてOECFが円借款をつけようとしていたときにドイツが無償でエンジニアリング・サービスをやるということを言い出して向こうがとっちゃいまして、それで一応ドイツのラメーヤ・インターナショナルと電源開発株式会社が共同でエンジニアリング・サービスをやると。その後、今度は世銀が各国の調整役になりまして、日本が発電所、それからドイツがダム、イギリスがアクセス道路、スウェーデンが送電線というような形で分担を決めていくわけです。具体的なプロジェクトについてもそうやります。
 それから全体枠では、例えばインドに関する年次会合だとかパキスタンに対する年次会合、そのインドの中でどこの国はどの部分、日本はどの部分というような形で大体世銀が調整役をやります。したがって、私が一覧表をつくりましたように、きれいに日本が世銀の融資にタイアップして協調融資をやる形ができてくるわけですね。
 したがって、実際、援助といったところで日本の独自性というのはほとんど発揮されていないわけで、世界銀行が音頭をとって各国に呼びかけて、そして協調融資という形で世銀が融資して、だからインドのナルマダなんかもそうですが、世銀が融資して日本のOECFが協調融資。それから、先ほど言いましたインドネシアのクドゥン・オンボも世銀が融資して日本輸出入銀行が協調融資という形になっていくわけです。今問題になっております例えばフィリピンのマシンロックの場合には、アジア開発銀行が融資して日本輸出入銀行が協調融資というような形で、それぞれ大きいプロジェクトの場合は大抵世界銀行、アジアの小さいプロジェクトはアジア開発銀行なんかがイニシアチブをとって各国に呼びかけていくというような形がとられていくわけですね。
 したがいまして、日本の主体性というのがどれだけあるのか。結局ある意味では、先ほど松井先生もおっしゃったように、非常に大きな金額が動いている割には非常に援助にかかわるスタッフ、人材が少ない。したがって、一兆何千億を処理していくためには、やっぱりもう世銀のやっているのに協調融資で乗っかった方が楽だというような形で今までやってきたわけです。それで問題が起きちゃったのがナルマダなんですけれども。しかし、一応年次会合が世銀主導で毎年開かれますので、そこに一堂に先進国とか援助機関が会合して役割分担をそれぞれ決めていくという形、それが第一点の御質問に対するお答えです。
 第二点につきましては、おっしゃるとおり世界銀行は非自発的移住ガイドラインとか先住民ガイドライン、これは日本のODAにないものですけれどもつくっているわけですけれども、やはり基本的には世界銀行はバンクですので、バンクといっても結局世界銀行というのは我々の税金から出資、拠出される分は大体一〇%です。あと九〇%のお金はどういうふうにしているかと申しますと、民間の資本市場から集めるわけです。ドル市場から大体三〇%、それからユーロ市場から三〇%、円市場から、従来三〇%ですが最近ふえまして四〇%ぐらいに近づいていますけれども、結局九〇%の世銀の運営資金というのは民間資本市場から借りてくるわけです。
 したがって、日本の都市銀行、それから地方銀行も、五十六行もそうですけれども、世銀債を買うとか世銀にローンを貸すという形でどんどんお金を世銀に出しているわけです。銀行の方からしてみましたら、不動産の方が利子は高いんですけれどもこれは非常に不良債権になるおそれがありますけれども、世界銀行というのは各国政府を株主とする銀行ですので絶対つぶれないわけです。したがって、投資先としては一番安全だということで、日本の都市銀行、それから地方銀行、さらには生命保険会社、損害保険会社、もうすごいお金が世界銀行の方に流れているわけですね。
 それで、世界銀行としては三年物とか五年物とか十年物とか、生命保険会社なんかから借りるときは二十年物もありますけれども、それを期限どおり利子をつけて返していかなきゃなりませんから、どうしても収益のあるプロジェクトに援助していかざるを得ないんですね。それで、せっかく環境ガイドラインだとか先住民ガイドラインとか非自発的移住ガイドラインを持っていながら、結局世銀としては経済的収益を上げることがまず第一次的な考慮で、環境とか先住民とか非自発的移住というようなものはどうしても二の次、飾り物となってしまうおそれがあるわけですね。
 そこで、その矛盾が問題になりまして、実は私のレジュメの四ページに書いておきましたが、世界のNGOが世界銀行はせっかく立派なガイドラインを持ちながら全然守っていないじゃないかという批判をしてきまして、そこで世界銀行もようやくナルマダの問題があったり、ワッペンハンス副総裁が三七・五%も失敗だという、三分の一は失敗だという報告書を出しまして、慌てて昨年からことしにかけて強制移住の問題についての世銀の内部調査をやったわけです。ことしの四月八日に移住と開発という過去十年間に世銀のプロジェクトでどれだけの人が立ち退かされたのかという調査をやったわけです。
 その結果、一九八四年から九三年の十年間で世銀プロジェクトにより二百一万八千人の人が立ち退かされた。となると、単純に過去五十年間とすると一千万人。この地球上から一千万人の人たちが開発の名において先祖伝来の土地を立ち退かされているということがここから出てくるわけです。さらに、現在進行中のプロジェクトで百九十六万三千人の立ち退きが必要である。さらに今後三年間、九四年から九六年で五十五万三千人の立ち退きが必要だという報告書を出しているわけです。
 世銀は一応基本的にはこういうガイドラインを出していますけれども、やっぱりプロジェクトをやるという前提でいきますので、どうしてもこのガイドラインが二の次になってくるわけです。
 ただ、世銀も我々も含めて世界のNGOを非常に批判しておりますので、そこで先ほどちょっと言いましたけれども、立ち退き者の以前の所得水準を維持するかそれ以上のものを移住後に達成するということを言っておりますけれども、これは僕は世銀は自殺行為じゃないかと思っているんです。というのは、先祖伝来、自然に恵まれたところ、大体人間の住むというところは川のほとりだとか海辺だとか、そういう川が運んできた土砂で肥沃な土地があるところにいるわけですけれども、そこにダムをつくるとかいろんなプロジェクトをやることで立ち退かせて、やせこけた土地へ追いやって、果たしてそれ以前の所得水準を回復できるのかというと、私は不可能だと思うんです。
 世界銀行が過去十年間に行ったプロジェクトで、所得水準が回復できたとして挙げているのは四件です。四件で、その二件がインドネシアのダムの問題でありますけれども、ダムで立ち退かせて、その立ち退いた人が貯水池の周りで貯水池漁業で、農業をやっていた人が漁業で生計を立て直して以前の所得水準よりも大きな所得水準になっているのをサクセスストーリーとして挙げているわけです。ただこれは、実は貯水池というのは水が流れませんのでだんだん濁っできますと、水質が悪くなってくる、それから水草が生えてくる、藻が生えできますので、漁業生産力はだんだんだんだん落ちてくるわけです。そうすると、いつまで所得水準というのが維持できるかという問題があるわけです。
 結局、所得水準の維持という基準をここで世銀が打ち出したというのは、世銀というのはこれからもそんな移住者の所得水準を維持、回復することをやっていくとなったら、これはもうプロジェクトはやれないんじゃないかなと思っているわけで、もし世銀が、開発は必要なんだと、開発は必要だけれども立ち退き者も受益者でなきゃいかぬ、以前の所得水準を回復するようにということを基準としていくんだったら、もう世銀というのは本当に不可能なことを今からやっていこうとしているんだなというように思うわけです。
 そういう意味では、上田さんのおっしゃるように、もっと前向きに地方の人たち、農民が自主的に自分たちで持続的な農業をやっていくことに手助けする形はできないのかということが一つ問題になってくるわけです。
 しかし残念ながら、世界銀行は六千八百名のスタッフがいますが、九五%のスタッフがワシントンにいるわけです。冷暖房のきいたところで援助とは何かを考えているわけです。全然農村なんかには行かないです。行っても今まではファーストクラスに乗っていったわけで、飛行機でも。ようやくビジネスクラスに下げられたんですけれども、今まではファーストクラスに乗って、そして途上国へ行ってあの途上国の立派なホテルに、豪華なホテルに泊まって援助を語っているわけで、開発を語っているわけで、それじゃ全然だめなんですね。だから、今の世界銀行の、ワシントンにエリート国際官僚が九五%もいる、現地を全然歩いていないという、こんなシステムの中ではいい援助はできないんじゃないかと思っています。
 そういう意味では、日本がもし本当にリーディングな役割を果たすとするならば、むしろこれからは、そんな援助関係者が各国の大使館に、ジャカルタとかマニラとかバンコクにいて、冷房のきいた快適な環境にいるんじゃなくて、もう農村をどんどん歩いて農民と一緒に語る。だから、青年海外協力隊で育ったような人をどんどん援助担当者として、援助スタッフとして働いてもらうという形で新しい援助の形態、しかも、それはあくまでも現地の農民が主体になって、自分たちの村づくり、農業づくりをやっていくということにお手伝いできることがあればさせていただくという形の援助を日本がやっていくということになったら、非常にユニークで世界にも誇れるとは思いますけれども、ただ、今の外務省があんなところで援助を語っているのでは僕はこれはだめだと思っているんです。
#23
○上田耕一郎君 ありがとうございました。
#24
○志苫裕君 鷲見先生、一つだけ。
 先生がいろいろお話しになったような問題意識、また指摘もあるものですから、そんな問題意識を持って、私は、あれはマルコス政権の末期ごろフィリピンへ行きましたら、何か日本から余計なお世話をする国会議員が来てというような新聞論評で、政府系の新聞に書かれたりしました。
 そういう問題意識なども踏まえながら、この委員会でも、ただ、極端な話が、まずいところがあるからやめた方がいいよというか、まずいところがあるから直していこうやというから間違いはあるかもしれませんが、そこでおいおい相談をしながら基本になる法律をつくろう、援助の理念をはっきりうたい込もうとか政府の責任もうたおうとか、あるいは援助理念には人権条項とか環境条項とかさまざまなものをうたい込もうというわけで、また国会の関与、諸外国の話を聞きますと、私は自分の反省も含めて言うんですが、日本はどうも国会の関与が少ない。これはやっぱり役人天国だなという感じもするものですから、国会の関与もうたい込もうというんで、当時は私ども野党でしたが、野党はとりあえず一致をしまして、基本法を前の前の国会でしたか、出したいきさつもあるんです。
 それで、その後いろいろ世の中の動きもありまして、大体この委員会ではそういう法律をつくろうやという方向に前向きに動いておるというふうに私理解をしておるんですが、あの基本法なら基本法を先生ごらんになって、一口に言ってあの基本法の評価は鷲見先生はどんなものですか。そのことについてお伺いしましょう。
#25
○参考人(鷲見一夫君) はっきり申しまして物足りないというのが私どもの感じです。
#26
○志苫裕君 例えば、補強すべき点とか何かございましたら若干つけ加えてもらえれば。
#27
○参考人(鷲見一夫君) 先ほど言いましたように、もう同じ途上国といっても非常にそれぞれの地域地域でライフスタイルも違いますし、開発に対する考え方も違います。
 例えば、極端な例を言いますと、ブラジルのアマゾンのインディオたちなんかは、森林をそのままにしてくれ、手をつけてくれるなということを言っているわけですから、そういう人たちに対してはむしろ森林を守ってあげることが私は援助だと思っておりますし、インドのナルマダでもそうですけれども、ナルマダ川に依拠して、そしてその森林に依拠している、そして物々交換をやっている人たちが今の生活を維持したいんだというならば、そういう人たちに対して彼らのライフスタイル、考え方を尊重する形を維持すべきだと思うんです。
 残念ながら今の日本における援助に対する考え方は、依然として国と国のレベルということで、マクロで、とにかく外交ルートを通じて援助というものをどうやる、中央政府、中央政府でやるという枠組みの中でやっていくと、私なんかの考えているような援助とはなかなか合わないなというのがはっきり言って率直な気持ちなんですね。
#28
○志苫裕君 ちょっとそれと関連しますと、それは今、追われるという話がたくさんありましたが、その国の民主主義とかそういうものに対する価値観の違いなどを一緒に比べても余り意味のないところもあると思うんです。
 確かにここにも書いてありますが、ある日突然に村へブルドーザーが来て、おまえたちは邪魔だと。程度の差はあれ、日本でもある日突然にブルドーザーが来て、日本の百姓はみんな都会へ行けといって、高度成長で稼いだ時代もあったわけでして、そういう意味ではそこの政権と民衆の関係といいますか、日本の場合には丁寧に話をして、立ち退く場合にはちゃんとお金を払って、次の生業を見つけてというような、そういうことに気を配るかというと、そういうところに気を配らない。そういうところで政権と衝突があれば、それが誇大に強調されるというふうな問題だけを見ていきますと、これは本当にODAはやったらいいのかやらぬがいいのかということになっちゃうわけです。
 しかし、ODA一般が否定されない限り、それは工夫をしてでも寄与しなければならぬという意味で、それなりの基本法の制定までこぎつけたいと思っておるものですから、この機会に、きょうはよろしいですが、ないよりあった方がいいというのであれば、いいものはつくらんといかぬわけで、そういう意味でまたこれからも御意見を例えればと思います。
#29
○参考人(鷲見一夫君) 一言だけ言わせていただきますと、やはり私は、援助計画というのをつくるというのはいいと思いますけれども、ただ、どうしても中央政府がつくる援助計画というのはなかなか住民のニーズとか声とか反映されない問題が出ちゃいますので、それをどうするのかという点が、この間のニュースステーションでもやっていましたが、フィリピンのバターンガス港の援助の場合で、住民が立ち退かないために軍を動員して発砲までしたというのが出ていました。それから、スーピック米軍基地の近くに今アジア開発銀行と日本輸出入銀行でマシンロック火力発電所をつくろうとしているわけですけれども、この四月に私は行ってびっくりしたわけです。住民の反対運動のリーダーの横に軍がテントを張りまして、二十名ほど軍がいたわけですね。住民たちにマルコスのときは直接手を出しちゃったんですが、今ラモスの場合は手を出しませんけれども、反対リーダーの横に軍がテントを張って心理的なプレッシャーをかけているという状況なんですね。
 私、最近日本でもいろいろとOECFとか輸銀とかJICAとか、そういうところもだんだん住民への考慮ということを考え出してきて、強制移住はできるだけ避けようというようなことですけれども、だんだん見てみますと巧妙になってきまして、日本でも、お手元にお配りしましたフィリピンの新聞マニラ・クロニクルに、十月十四日にマシンロックの火力発電所の融資を日本輸出入銀行がオーケーだと、承認した、アプルーブドしたという新聞記事が現地から届きましたので、びっくりしまして日本輸出入銀行に行きましたら、承認はしていないということを言ったわけですね。じゃ、どこからこのニュースが出たんだということを言いましたら、知らないということなんです。要するに、こういうニュースを流すことによって、反対をしている人たちに対して、もう日本輸出入銀行が融資を決めたから、あなたたちやってもむだですよという心理的な圧迫を加える意味で、こういうへんてこなニュースを流すという形で住民を移住させるというふうなことがだんだん巧妙になってきているなという感じです。
 そういうような問題について、おっしゃられるようなこういう援助計画というのは、どこどことかいろんな今の援助基本法に盛り込まれているあれで、私なんかが非常に懸念しているようなところがどう生かされたり反映できるのかなというところにちょっとひっかかるものがあるということだけ申し上げておきます。
#30
○志苫裕君 わかりました。
#31
○中西珠子君 本日は、先生方大変貴重な御意見をどうもありがとうございました。参議院におきましては、本当に長い間みんながODAのことを少しでもよくしようと思って考えてきたわけでございますけれども、きょうの先生の御意見、お二人とも大変違った角度から、日本のODAをやはりよくしていこうというお立場は共通しているものと思うわけでございます。
 まず、情報公開、透明性の確保につきまして松井先生は現行制度で十分であるとおっしゃいました。それから鷲見先生は全く正反対でいらして、ODAの実施プロセスをガラス張りにしない限りODAに関する国民的な理解は得られない、こうおっしゃっているわけでございます。
 私は、情報公開が十分だとは決して思っておりませんで、もっともっとやはり透明度を高めなきゃいけない、そして議会制民主主義のもとでは国会の関与というものを強めていかなければいけない、そして国民のODAに対する理解というものを本当に得られるようにしていかなければ、先生方お二人とも御指摘になりましたけれども、国民の負担能力というものがやはり長期的に見ますと高齢化が進み、また円高が既に非常に進んでおります。この中で、日本がいつまで経済大国でいられるかということは大変疑問なんでございます。そうすると、ODAなんかにお金なんか出さなくてもいいんじゃないか、我々の福祉のことをもっと考えてくれなきゃ困る、こういう意見が国民から出てくるのではないかと思うわけでございますが、日本としてはやはり国際的なバードンシェアリングというのですか、そういう責務を果たすという意味ではODAを続けていかなければならないと思うんですね、額の高低は別といたしまして。
 それで、鷲見先生も産業空洞化がどんどん進行している日本においても第三世界化への兆しがあらわれ始めているとおっしゃっておりますが、ODAに関するやはり情報公開というものをもっともっと高めなきゃいけないし、また国会の関与をもう少し高めなければどうにもならないのではないかと私は大変心配しているわけでございます。
 この二点につきまして、両先生の御意見を伺いたいわけでございます。
 それから松井先生、私どもは昨年の六月に共同でODAのための国際開発協力基本法案を出した、ずっとこの辺が仲間でございますけれども、その日本のODA予算は毎年毎年ふえておりまして、御承知のとおり世界一となったわけですけれども、十八省庁にまたがっているという状況でございまして、この質的な向上を図ったり、また重複を避けていって、そしてよりよきものにしていく、効率的なものにしていくには総合調整というのが絶対に必要であると私どもは考えるわけでございます。援助行政の一元化というものもやはり不可欠ではないかと考えるわけでございます。とにかく援助行政を一元化した省庁をつくることは行政改革に反するとおっしゃいましたけれども、不要な省庁は廃止して必要なものはつくっていくというのが行政改革ではないかと私は考えるわけですけれども、先生のお考えはいかがでいらっしゃいましょうか。これが一点でございます、松井先生に対して。
 また、先ほどのに加えてでございますが、先生の御著書「国際協力論演習」というのを拝見いたしましたのでございますが、この中では、国際開発協力というものを一元化した省庁をつくる、もしくは新たにつくるばかりではなく外務省専管というふうにする、これは両方とも反対であるとおっしゃっているわけですね。きょうもちょっとお触れになりましたけれども、既得権益があり過ぎてうまくいかないだろうとおっしゃったわけでございますが、御著書の中でも、反対の理由として既得権益のあり過ぎる関係省庁がやっぱり猛烈に抵抗をするだろうと、それから縄張り争いの回避への努力がない限りだめだろうとおっしゃっておりますけれども、関係省庁の縄張り争いをなくしていくために援助行政の一元化を図らなきゃならないと私ども考えているわけなんでございますけれども、その点についてはいかがでいらっしゃいましょうか。よろしくお願いいたします。
#32
○参考人(松井謙君) いろいろな問題たくさん一度に御質問なんで、ちょっと欠落していたら後でまた再質問していただきたいと思います。
 ディスクロージャーの問題ですけれども、私もこれは現行で十分であるとは言っておりませんけれども、もしこれで十分でなければいろいろなほかの手段で情報公開を行政府に迫るような手段というのはあるんじゃないか。例えば、許認可絡みの規制緩和問題で行政手続法なんて出ましたけれども、場合によってはああいった行政手続法あるいは情報公開法とか、現行にできているようなフレームワークを使っていろいろ国会から行政府に要求するような手段というのは別に基本法をつくらなくてもあるんじゃなかろうかと思います。
 それから、その政策決定過程の徴に入り細に入る部分まで、これを国会あるいはタックスペイヤーに公開しているような国というのはちょっと私は寡聞にして知りません。あるいは、外交の機密に属するようなことまで情報公開を迫っていくというのはちょっと行き過ぎじゃなかろうか、こういうふうに思っております。
 それから、一元化問題に関連して、私も現行制度をうまく運用していけというふうに主張しているわけであって、各省庁の省益が激突するようなことでは円滑な援助外交は推進していけないというふうに思っております。一元化のためのチャンネルといいますか、それはもう既に現在の法律の中でできているわけですね。一つは対外経済協力閣僚会議というものが総理府に置かれて内閣総理大臣の指揮下にある。それからもう一つは経済協力審議会というのが総理府に置かれまして、これもODAについての問題点を内閣総理大臣に対して意見具申をする。こういうふうなものができているわけで、私は一元化の重要性、総合調整の重要性というのを痛感しておりますので、総理のリーダーシップのもとに経済協力閣僚会議というのをもっと頻繁に開催して重要な案件をそこで決めていっていかれたらいいんじゃなかろうかというふうに思っています。
 それから審議会の方は、これもちゃんとした意見具申機能を果たせるためにはやはり人選の問題になってくるわけですけれども、そこに官僚OBを余り入れないとか、そういうふうなことは必要かもしれません。いずれにしても、私は現在あるフレームワーク、閣僚会議と審議会機能をもっと使って一元化しろというふうに常々考えているところであります。
 さらにちょっと飛躍しますと、行革あるいは特殊法人廃止問題というのはこの援助にかかわるOECF、JICA問題じゃなくて、もっとほかに緊急度が高くて必要性が高いものがあるんじゃなかろうか。そうだとすれば国会議員の先生方も特殊法人の統廃合でほかの分野でもっと活躍されたらいいんではないか、こういうふうに考えております。
 以上でございます。
#33
○参考人(鷲見一夫君) 情報公開の件に関しましては私はもう常々いろいろ歯ぎしりをする思いを積み重ねてきているわけでありまして、例えば環境アセスメントのことに関しましては、今のJICAもOECFも援助受け入れ国が環境アセスメントをやったかどうかを確認するということになっている、確認だけですね、自分ではやらないんですね、確認するというだけ。そうなると、我々としては相手国政府がやった環境アセスメントをどうしても見たいということを要望してきているわけです。
 具体的に言いますと、例えばインドネシアのコトパンジャン・ダムのときには、外務省の担当官にぜひ見せてくれ、環境影響を知りたいからということを強く要請したんですが、絶対に見せなくて、見たければインドネシアへ行ってインドネシア政府に見せてもらったらどうかということを言われたんです。これは頭にきたわけですけれども、今もってその姿勢は変わっていません。
 つい先週も、フィリピンのマシンロックの件に関して日本輸出入銀行と話し合ったときに、この場合は非常に問題になっていますので日本輸出入銀行は独自にパシフィックインターナショナルに日本の側での環境アセスメントをやらせたわけです。それを見せてもらいたいということを強く要求したわけですけれども、それは勘弁してほしいと。その理由は、もし日本輸出入銀行がここで見せてしまったらJICAとかOECFに対する影響が出てしまうから我々が独走できないと。そういうあれでしたから、私は、実物をもし見せるのに差し支えがあるならばその概要で結構だから概要を書いたものを見せてもらえないかということを言ったんですが、それもだめだというわけですね。
 そうすると、環境への配慮をいたしました、相手が環境アセスメントをやったことをちゃんと確認しましたと言うんだけれども、我々タックスペイヤーにとってはどうにも何とも、どんな環境アセスメントがなされたのか、どういう判断基準でオーケーを日本の援助機関は出したのか、全然我々タックスペイヤーはアプローチできないんですね。結局、現地まで出かけて現地政府からもらわなければ確認できない、我々チェックできない、これではちょっとタックスペイヤーに対する説得性が僕はないと思っているんです。
 それからもう一つ、世界銀行のことに関して言いますと、アメリカの世銀の理事は、たとえスタッフ・アプレーザル・レポートという、この表紙にはスタッフ・ユース・オンリーというあれが書いてありますけれども、それでさえもNGOにちゃんと見せるわけですね、タックスペイヤーに対する義務だということで見せるわけです。しかし、日本の大蔵省は絶対に世銀のスタッフ・アプレーザル・レポートをこれまで我々に見せてきません。それは表面的な、表紙にスタッフ・ユース・オンリーと書いてあるから外部には見せられないということを言っているわけですが、日本は非常に官僚的、アメリカの方は、アメリカの理事はそれはタックスペイヤーに対する義務だということで見せるわけですね。この違いというのは非常に大きいなということを私は感じます。
#34
○中西珠子君 そういたしますと、援助行政の一元化と国会の関与については鷲見先生はどのようにお考えでいらっしゃいますか。
#35
○参考人(鷲見一夫君) ぜひ国民の代表である国会が、そういうもし情報公開法がないという段階ならば、国政調査権を発揮していただいてどんどん政府に出させて、我々国民が知りたがっていることを国会議員の方でちゃんとチェックをしていただく。さらには、できれば国民に対してもそれを公表していただければ大変ありがたいと思っていますね。
#36
○中西珠子君 一元化した省庁をということはやはりおっしゃっているわけですね、鷲見先生は。
#37
○参考人(鷲見一夫君) だから、なおさら、一元化すればするほど私はガラス張りの援助システムにしないと国民の納得を得られないと思うんです。ますますこれで、皆さん、消費税も上がる、年金の保険料も上がってくる、とにかくわけのわからぬところへ金がばんばん使われている、使途不明金がふえるということでは国民は承知しないと思うんです。
#38
○中西珠子君 どうもありがとうございました。
#39
○田英夫君 余り時間がないようですから簡単に申し上げますが、今御質問になった中西さん、あるいは私、それから社会党の矢田部さんというあたりで、先ほど松井先生から御批判いただいたODA基本法案を昨年提出いたしましたが、作成に当たった張本人の一人だものですから、御質問というよりも、鷲見先生には不十分だという御批判をいただいておりますので、なぜああいう形のものにまとめたかということを若干申し上げたいと思います。
 日本のODAの原点は、大木さんと全く逆になってしまうんですが、やはり賠償から始まったと私は体験上思っています。ちょうど一九五〇年代の半ばにインドネシア、フィリピンあるいは今のミャンマー、ビルマ賠償というようなことが具体的に決まっていく段階で、ちょうど外務省の記者クラブ、霞クラブというところにおりましたので、かなり勉強をさせられました。それが現実に実行されていく段階でしばしば問題が起きてきた。お名前は申し上げませんが、政治家と企業の癒着というようなことも始まってきて、その賠償実施のシステムがそのままODAのシステムに受け継がれたところに今日のODAの問題がかなりあるんじゃないかと思っています。
 そういうことで、結論的には私は鷲見先生の言っていらっしゃることは非常によく理解できるんですが、それはODAを受ける現場、援助を受ける国、その住民、国民の皆さんの立場ということを非常に重視をして考えると、その立場から見ると非常に日本のODAは問題があるということは、これはやはり事実だろうと思います。
 したがって、我々がつくった法案というのは、ある意味では非常に厳しいと思います。まさに基本法案というその基本の理念とか基本的な立場というところ、これがもう当然一番その法案の柱になるわけですが、これは実を言うと、我々がその作業を始めて第一次案あたりがまとまったところで、外務省がODA大綱というのを突然出しました。これは我々の立場からすると、盗まれたな、先を越されたなという感じがしたんですが、それは結構なことですからそれでいいと思います。しかし、あれだけでは私はやはり大変曲がってしまっている、おかしくなってしまっているODAのシステムというものを根本的に直すわけにはいかない、外務省や関係省庁のお役人の頭を切りかえることはできない、こう思いますから、やはり法律できちっと決めるべきだと。
 それから、国会の決議ということを松井先生触れられましたが、実はこの調査会の前身で、名前は違っていましたが、この調査会の小委員会でODA問題を議論する小委員会が持たれまして、その結論が与野党を通じてまとまって、実は本会議で決議をしております。したがって、基本的な考え方というものは、与野党を通じて一つのまとまったものはあるというふうに言えますが、今回の法案というのはそれよりははるかに厳しいものになっております。
 そして、御批判をいただいた中で特に新しい省庁をつくるという問題については、我々も足かけ五年かかってやりましたので、その中では相当議論をしたところであります。問題になったところです。確かに行政改革の方向に逆行することも事実でありますし、それから意外なところから、つまり公務員の労働組合から反対をされるというようなこともありまして、我々も随分議論をしたんですけれども、結論として法案の中には盛り込み、担当大臣を置くことを入れてあります。イギリスなどでは労働党が政権をとると担当大臣を置いて、保守党政権にかわるとそれをなくしてしまうというような、この辺は大変おもしろいところだと思いますが、そういうことも調べた結果わかっておりましたが、我々はあえて置くことにいたしました。
 それから、さらに国会との関係というところが非常に問題で、これも随分長くかかって議論をいたしまして、法制局とも議論をしたりしたんですが、その法案に盛り込みましたのほかなりきつい方の意見が盛り込まれております。外国の例なども調査した結果、もっと緩くていいんじゃないだろうかという考えもありまして、私はややそっちに傾いていたんですが、つまり報告だけという国もありますね。これは五年の中期の計画と、それから翌年の計画、つまり年度計画、これは予算の中に盛り込んで予算審議の中の参考資料として出しなさいということに結果としていたしましたが、初めの案では独自の数字の入った一種の予算案のようなものをODAに限っては別に出せという意見もありましたが、最後にはそういうふうにまとめたわけであります。
 結論を申し上げると、今の状況から一歩でも二歩でも前進をするということからすれば、国会とのかかわり、それはもっと緩くすることは可能だし、行革と矛盾するということであれば新しい省庁を置くということは削ることももちろん可能ではあります。しかしながら、今の融資の四省庁体制、十八省庁にまたがって予算がとられている。外務省の経済協力局に政府全体の構想を、来年度のものを、あるいは前年度の結果もまとめて持ってきてくださいと言っても、外務省にはまとめ切れない、十八省庁にまたがっているものをまとめ切れないという現実があります。これでは日本の政府としてのODA全体の対応としてはまずいんじゃないか。
 ここの辺をちゃんとできる体制からスタートしていってみるというのも、いきなり新しい省庁をつくるということでなくても、これは考えの一つとしては採用できるかもしれない、こんなことをずっと考え、大激論を続けて、足かけ五年の結果の結論が昨年出したものであります。
 そういう意味で、きょうお二人の先生方から出ました御意見は私どもにとっては大変両面からの御意見として参考になりますので、実は昨年提出する直前に自民党も議論に参加をしたいという申し出がありまして、その意味では改めて仕切り直して、廃案になっておりますから、自民党にも加わっていただく中でどういう形のものにしたらいいかなというのが参議院全体の意見としてまとまれば大変いいのではないかと思っております。
 意見にとどめます。
#40
○大木浩君 最後になるかもしれませんけれども、田先生も自民党とおっしゃったんでちょっと一言申し上げさせていただくんですが、私はやっぱり経済協力とかODAというものは、一番問題は現場がどうなっているかということが国会議員もあるいは役人も、それから学者の先生方も必ずしも全部理解できていないと思うんですね。国会が関与するということはいいんですけれども、我々も実際、それじゃおまえ本当にどうなっているか知っているかといえば、ちょっと数日どこかに視察に行って見てきたというだけで、そのときは本当にぎりぎりの細かい情報をとったかということになると非常に私は問題だと思います。
 先ほど松井先生おっしゃいましたけれども、一応はJICAとかそういったものが少なくとも普通の平均的な国会議員やら学者の先生よりは現場の資料を持っているわけですから、これをもっと透明にするというか外へ出す必要があるんだけれども、それを飛び越えていきなり国会が関与すればよくなるかどうかということになると、私は非常に疑問に思うんですね。
 これは鷲見先生にもしつけ加えていただければつけ加えていただきたいと思いますが、要するにもう政府ベースのものはだめだとさっきからおっしゃっておるんで、じゃ例えばNGOならできるんですか、どういうことをやるんだということについて何かコメントがあればいただきたいし、ただNGOといいましても本当にたくさんあるわけでございますから、全部そういうものを無条件にNGOだからいいんだよといって政府がお金を出すとか、全部協力しろとか言われても、これはなかなかまた政府も出てこないと思うんですね。
 ですから、もうちょっとそこら辺のところの具体的なお話が一言でも例えればありがたいと思います。
#41
○参考人(鷲見一夫君) 一例を挙げますと、インドのシングローリ・プロジェクトの場合は、世界銀行、ドイツ、イギリス、旧ソ連、日本、ここが援助しまして現在五つの大きな火力発電所がつくられておりまして、先ほど言いましたように住民の大体二十五万人が三度から五度にわたって、初めはリハンド・ダムをつくるときにダムで立ち退かされて、そして高台へ行って炭田開発で立ち退かされて、さらに世界銀行とかドイツとかイギリスとか日本とか旧ソ連なんかの援助でつくられた火力発電所でまた立ち退かされて、そして現在はニュータウンをつくるとかでまた立ち退きを迫られているわけですけれども、その状況を私たち非常に深刻に受けとめまして、二年前には一人で入ったわけですが、ことし四月に国際的なチームをつくりまして調査に入ったわけです。インド側のNGOの人たちもニューデリーとそれから現地から参加しまして、インド側のNGOの人が二十二名、それからアメリカ、オーストラリア、スイス、それからドイツ、アメリカからは二名、それから日本側が私と学生が四名参加したわけでありまして、その結果をまとめましてこれを世界銀行に提出しまして、そしてこの間のスペインのマドリードの世銀・IMF総会のときに共同記者会見をやりまして発表したわけです。
 これを受けまして、今ドイツの国会議員とスイスの国会議員が直接現地に入るということを言っているわけです。世銀の方も、そういうNGOの方の動きが出てきていますので、実は昨年の九月にイギリスのコンサルタント会社を使いまして、住民との間の協議会合を四十五日間にわたって、十の移住地と十九のスラム地域と三十五の村で住民との直接協議を世銀も始めています。
 これに対しまして、私は四月に入った後外務省に、事態は深刻だから、日本の援助でやられているアンパラBの立ち退きの住民が深刻だから現地に一遍入ってくださいということを言ったわけですけれども、外務省は確かに送ったのはいいんですけれども、二、三日だけ行きまして、それも案内の三井物産と現地のウッタルプラデシュの州政府とそれからアンパラBの火力発電所のマネジメントの案内だけでいいところだけ見せられて、問題はないという報告書を出しているわけです。
 こういう形では、私は、今の日本の援助機関、外務省も含めてですけれども、援助担当機関は調査能力ゼロだと思っています。したがいまして、私、こんなひどい報告書が外務省から出たということを連絡しましたら、現地の住民の組織が送ってきましたのが皆さんの手元にある英文の資料でありまして、ぜひ後で読んでいただきたいと思うわけですけれども、今大木さんがおっしゃったJICA、OECFに調査能力があるのかといえば、彼らはペーパーだけやっていて全然調査能力はないですね。開発調査のJICAがそうですけれども、コンサルタント会社に全部任せているわけですね。そのコンサルタント会社をチェックする能力もないわけです。
 外務省の連中というのは、そんなあれもなくて、結局二、三日ナルマダが国会でいろいろ議論になったときに、初め木幡局長が、住民の移住調査も十分にやりました、環境調査も十分にやりましたということをおっしゃって、それから議論が、じゃ幾日行ったんですか、スケジュールはどうだったんですかと言ったら十日しか行かなかった。ニューデリーからアーメダバードを入って現地まで行ったら、じゃ現地に一日か二日しかいないじゃないかというふうな話になりまして、それでどうして住民調査ができて環境調査ができるのかということで議論になっていって、結局外務省としてもやめざるを得ない状況があったわけで、私は今の大木さんのおっしゃった、果たしてJICA、OECF、外務省、そのほかの省庁もそうですけれども、調査能力があるのかというと全然ないと思っております。
 そういう意味では、確かに一つ問題、じゃNGOの方にあるかといったら確かにそれもありません。私も二度シングローリに入りましたけれども、過去三十年の歴史があるわけで、どういうふうにどういう形で住民の立ち退きがやられているのかというのは、住民の方は住民の方でもう立ち退いて自分たちの生活を支えることにいっぱいで、そんな全体的な枠も情報もつかんでいないわけで、そういう非常に大変なあれで、じゃ我々に調査能力があるのかというと、それも非常に問題があるところですし、じゃ国会議員の方がちょっと行って果たしてちゃんとした調査をできるのか。国会議員の方が行かれるとなると、当然外務省もおぜん立てするだろうし、それから現地政府もいろいろおぜん立てする、いいところしか見せないというような形で、本当の実態がつかめるのかというような問題とかいろいろあると思います。
 ただ、何とかここをしっかりとやらないと、本当に日本のODAというのが現地の人たちの役に立っているのかどうかということは十分につかめないわけで、それをどうしたらいいのかということはいろいろ考えていただきたいと思いますが、少なくともインドのシングローリの問題に関しては、ドイツの国会議員もスイスの国会議員も近々現地に入るということを言っていますので、日本も一千五百億円の援助資金で、もう住民を立ち退かして、私の見る限りひどい状況ですけれども、外務省はそれをひどくないと言っているわけです。したがって、ぜひ第三者の方々が現地へ行かれて、できれば現地の住民と話し合って実態をつかむようなことをぜひやっていただきたいというふうに私は思いますけれども。
#42
○大木浩君 ですから、結局政府がだめだとおっしゃるけれども、じゃかわるものはどうするんだという、あるいはどういう形でやるかということを提示していただかないと、なかなかやっぱり御意見が言いっ放しになってしまうと思いますので。
#43
○参考人(鷲見一夫君) そういう意味では、カナダがやっておりますように、カナダはCIDAという援助実施機関がありますね、これ一元化しているわけですが、同時に援助機関が調査をやりましたら自分の都合のいい調査しかしませんので、そうじゃなくて、あれは国会の方でCIDAとは、援助実施機関とは独立した形のIDRC、インターナショナル・ディベロプメント・リサーチ・センターという調査機関をつくりまして、そしていわゆる援助実施機関から独立した調査機関が途上国のそういった問題をチェックしていく。そして、先ほどちょっと上田さんがおっしゃった、本当に途上国の人たちの主体性に基づいた開発のあり方というのは何なのかということを調査、研究するような、いわゆる援助実施機関から独立した調査研究機関を設けているというようなことは、私は日本として参考にしたらいいんじゃないかと思っていますけれども。
#44
○大木浩君 私ばかりしゃべって恐縮なんですが、ちょっとなかなか意見がかなり対立しておりますので。
 松井先生は、一応例えばJICAとかそういうものが自分自身で、あるいはどこかに委嘱してある程度いろんな調査しておるとおっしゃったですよね。ですから、もしそれが不十分、不十分だと思われるかどうかまずあれですけれども、それにかわる具体的な案があるのか。今鷲見先生がおっしゃったように、何かよそから調査機関を引っ張ってきてとおっしゃったけれども、調査機関もいろいろございますので、それは国によってはなかなかだれに頼んでもわからないというようなところもあると思うんですが、その点についてひとつ。
#45
○参考人(松井謙君) そのことについてちょっと簡単にお答えします。
 スピーチの中で申し上げましたけれども、私は、参画型という、いろいろな人が参画しなきゃいけないといった中で、民間コンサルタントとそれから開発関係の研究所のスタッフ、こういったところをもっと活用して、そういったような情報というのをもっといろいろ勉強していく必要があるというふうに申し上げました。
 この問題を突き詰めていくと、もちろんNGOに蓄積されている情報は政府が持っている情報よりすぐれているとは思いませんし、NGOの情報を活用するといってもそれは限度があって、そしてまた余りすべきじゃないというふうに思っています。そうだとすれば、結局行き着くところは、これは開発教育を徹底させること、つまり北欧の国々の小学校の教科書に南北問題が載っているとか、そういったところまでディベロプメントということに関して国民の意識改革をやっていくことが必要であります。
 それからもう一つ言えば、やっぱり余りにも開発のプロが少ないです。だから、開発の専門家というのをもっと養成する。大学にも最近若干できつつありますけれども、開発関係の講座を充実させるとか、そういうことで専門家を養成していくということが必要不可欠な緊急の課題であるというふうに思っております。
 結局、こういうふうな国会の公聴会なんかでいろんな意見を聞かれましても、本当の意味で開発の目指す方向とか、そしてその問題点に関してわかってくるというふうなことまでなかなか行き着かない。何かもうスキャンダル暴きとか、そして今の世銀性悪論とか、こんなことばかりに終始していては建設的な方向というのは見えてこないんじゃないでしょうか。これは、私は常日ごろからもそういうふうに思っておりまして、マスコミのちょっと偏った報道のあり方に関してもいろいろ異論を唱えたい、建設的な現場というのをもっと紹介すべきだ、こういうふうに考えております。
 以上、簡単ですけれども。
#46
○会長(沢田一精君) 両参考人に対する質疑はこの程度といたします。
 松井参考人、鷲見参考人に一言お礼のごあいさつを申し上げます。
 本日は、お忙しい中、長時間の御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本調査会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時十二分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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