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1994/03/24 第129回国会 参議院 参議院会議録情報 第129回国会 国民生活に関する調査会 第5号
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1994/03/24 第129回国会 参議院

参議院会議録情報 第129回国会 国民生活に関する調査会 第5号

#1
第129回国会 国民生活に関する調査会 第5号
平成六年三月二十四日(木曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月二十二日
    辞任         補欠選任
     庄司  中君     菅野  壽君
     竹村 泰子君     青木 薪次君
 三月二十三日
    辞任         補欠選任
     平野 貞夫君     釘宮  磐君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         鈴木 省吾君
    理 事
                清水嘉与子君
                竹山  裕君
                三重野栄子君
                小島 慶三君
                浜四津敏子君
                吉岡 吉典君
    委 員
                岩崎 純三君
                遠藤  要君
                太田 豊秋君
                成瀬 守重君
                溝手 顕正君
                青木 薪次君
                菅野  壽君
               日下部禧代子君
                栗原 君子君
                佐藤 三吾君
                谷本  巍君
                釘宮  磐君
                笹野 貞子君
                和田 教美君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        小林 正二君
   参考人
       日本社会事業大
       学教授・社会福
       祉学部長     京極 高宣君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民生活に関する調査
 (本格的高齢社会への対応に関する件)
    ―――――――――――――
   〔理事竹山裕君会長席に着く〕
#2
○理事(竹山裕君) ただいまから国民生活に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る二十二日、庄司中君及び竹村泰子君が、また、昨日、平野貞夫君が委員を辞任され、その補欠として菅野壽君、青木薪次君及び釘宮磐君がそれぞれ選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○理事(竹山裕君) 国民生活に関する調査を議題とし、本格的高齢社会への対応に関する件について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、お手元に配付の参考人の名簿のとおり、日本社会事業大学教授・社会福祉学部長京極高宣君に御出席をいただき、御意見を承ることになっております。
 この際、京極参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております本格的高齢社会への対応に関する件について忌憚のない御意見をお聞かせいただき、調査の参考にさせていただきたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 議事の進め方でございますが、まず参考人から四十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 それでは、京極参考人にお願いいたします。
#4
○参考人(京極高宣君) 御紹介にあずかりました京極です。
 私、東京の清瀬にございます日本社会事業大学で教鞭をとっておるわけでございますが、日本社会事業大学というのは古い名前でありまして、戦前あるいは戦争直後におきまして、現在社会福祉と言っているのを社会事業と呼んでおりました。英語で言いますとソーシャルワークでございまして、そのソーシャルワークを日本語に訳すと社会事業ということで、今も伝統的な名前を使っている大学でございます。厚生省によってできた国設民営大学ということでございます。
 最近、留学生が大変多うございまして、中国からも何人か入っているわけですけれども、面接で社会事業大学になぜ入りたいのかと聞きますと、資本主義社会はすばらしい、ぜひもうけたいので入りたい。何で社会事業が関係あるのか。我々日本人にとりますと、社会事業は奉仕の精神、自己犠牲の精神でやるというのがかつての考えでございました。面接をして聞きますと、中国ではソーシャルワークのことを社会工作というふうに言っておりまして、ソーシャルワーカーのことを社会工作員と言う。事業というのは中国語ではビジネスを指すんですね。したがいまして、何か社会のことをやってもうけたいというのでいらっしゃる方がいて、そういう方々はお断りしておるわけでございます。昔の名前でございますので、名称も少しこれから考えなくちゃいけないなんということを常務理事会などで話し合っているところでございます。
 きょうは特に「福祉マンパワー対策について」ということでお話ししたいと思います。これまで既に何人かの参考人の方が相当立ち入ったお話をされておりますので、年度末としてはマンパワーの話についてお話しするのが一番適切かなと、また私ども教育養成に携わっている立場から申しますと大変話しやすいということで選ばせていただきまして、「福祉専門職と長寿社会の展望」ということでお話しさせていただきます。
 なお、マンパワーという言葉につきましては最近女性の立場から、マンというのは男じゃないかというのでヒューマンパワーとか、日本語では人材という言葉で呼んでいるようでございますが、とりあえず慣習上使わせていただきました。
 初めに資料の御説明をちょっとしておきます。必ずしも資料に沿ってお話しすることはできませんが、レジュメを一枚めくっていただきますと資料リストがございます。七種類の資料がございまして、従事者数から最後の七番目の福祉活動参加指針の概要ということで、大まかな資料が出ております。後で話の中で出てさましたら逐次参考にさせていただくということで御勘弁をいただきたいと思います。
 初めに、よく言われている言葉ですが、「福祉は人なり」というわけでございます。実際に福祉サービスを支えるのは人でございまして、これにはいろんな意味が実はあるようでございます。やっぱり人柄とか人間性とかいうことが福祉を支える一番大きなことでございまして、何といってもこれからも重要なことじゃないかと思います。ただ、今の福祉の仕事というのは非常にチームワークの仕事でございます。一人でやることではありません。そういう点では、福祉は人の和といいますかチームワークということも大事でございます。またさらに、きょう話をするべきことでございますけれども、福祉は人材だと。どんな質のマンパワーが要るのか、特に専門性としてどういうものを持っているかということは非常に重要なわけでございます。
 我が国は、戦後新しい社会福祉の体系が憲法二十五条に基づきましてでき上がりましてから、福祉の人材につきましては、昭和二十六年に施行されました社会福祉事業法というのがございます。福祉六法と普通いいまして六つの大きな法律があります。御案内のように生活保護法が基礎にあって、それに分野別の福祉五法、児童福祉、身体障害者福祉、精神薄弱者福祉、老人福祉、母子及び寡婦福祉ということで法律がございます。その屋根にかかっているのがいわば社会福祉事業法ということでございます。この事業法は先般改正されまして基本法的な性格をやや強くしているわけです。
 この事業法の中で社会福祉主事という規定がされております。
 日本の専門職というのは実は国の事業としてはやられていなかったわけでございます。戦前、御案内のように、旧内務省が各県におきましていろいろな、要するに行政官が内務行政を担当するということで福祉にもタッチしておりました。福祉の現場におきましては方面委員さんといって、今の民生委員でございますが、民間篤志家の方々が知事から任命されまして活躍して、特に貧困の方に対するお金の給付とかいろいろ御相談に乗っていた。あわせて、施設におきましては民間社会事業家と言われる篤志家たちがやっていたということで、しっかりした資格制度が特段あったわけじゃございません。
 私どもの大学ができた経緯でございますが、戦後改革の一環としてソーシャルワーカーをきちっと制度化する必要がある、これはGHQの命令でありまして、大変強く厚生に働きかけたようでございます。しかし、国の立場からいいますと、急につくれといったってなかなかできないというので、お茶を濁すと言うとちょっと語弊がございますけれども、とりあえず東京に一校、大阪に一校、社会事業の専門学校をつくりまして、東京にできたのが私どもの大学ということで、主に大体百人ぐらい養成していたようでございます。
 東西で百人ずつで二百人養成しても、戦後の引揚者、戦争罹災者その他大変な方々がたくさん食うや食わずでいたわけでありますので、そういう人たちのお世話をするというのはやはりなかなかできないわけでありまして、当時は民生委員さんがかなりまだ残っていてやっていました。こういう民間の方々の力はこれからも必要だけれども、行政責任としてはやはり専門的な吏員を行政の分野にきちっと配置しようということで社会福祉主事という資格を置きました。
 この主事は、アメリカの方は相当高度な専門職で、例えば当時アメリカでは修士レベルでソーシャルワーカーを養成しておりました、今は学卒にむしろレベルダウンしておりますが。それは日本では無理であるということで、現任訓練でもって、現に旧制中学あるいは新制高校を出た行政官の人、地方の役所の方を訓練しまして、そして社会福祉主事という資格を与えました。それから大学卒業者は厚生大臣が定めた三科目をとれば主事という資格を与えましようということになりまして、それでスタートしたわけです。ただ、モデル校としては東西に一校ずつ社会事業の専門学校ができた、こういう形でスタートしております。
 それから保母につきましては、保育施設やあるいは養護施設に専門的なケアができる人を置くということで保母資格を設けました。ただ、これは保母になるための資格で、法律に基づいた資格ではございません。政省令で定めた資格ということでございます
 それでしばらくやってきまして、高度成長期になりまして、特に七〇年代に入りますと社会福祉施設がたくさんふえてきました。昭和四十六年、一九七一年には社会福祉施設緊急整備五カ年計画が立てられまして、大変施設整備が進んだ時代でございます。これはちょうど今とアナロジー的にちょっと対比できるわけですが、その後、オイルショックとかその他いろんな大変な日本経済を揺るがすような事件が起きましたけれども、この立てられた計画はきちっと実行されました。ちょうど今ゴールドプランがこのバブル崩壊後の不況下でもきちっと実行されているのと非常に軌を一にしているわけです。
 そういうことで施設が整備されまして、当然そこにはたくさんの職員が配置される。その職員をどういう形で養成、確保するかということで、当時、社会福祉士法制定試案というのが定められまして、厚生省の社会局で検討されましたけれども、これは十分に議論が煮詰まってないということで流産したわけでございます。
 そして、かわってやられましたのが研修の強化ということでありまして、特に全国社会福祉協議会、それから都道府県社会福祉協議会、あるいは県レベルでもいろんな研修を非常によくやりまして、改善をした。それから同時に、給与の面では、施設なんかのいわゆる運営費、措置費と呼んでおりますけれども、こういうものの単価を見直してアップするということで、必然的に働く職員の待遇条件も多少改善されていくということがされたわけであります。
 しかし、資格制度としては相変わらず主事資格だけでやっておりますし、またその措置費の中にある人件費の単価につきましても特段高い単価ではございません。これは皆さん方御案内のとおりでございますが、例えば施設長さんの給与というのは基本的にはいまだに行政職の係長さんの給与でございます。ただ、それをどう運用するかは民間施設の場合は任されていますので、あるいは公務員の場合は当該地方公共団体に任されていますので運用上やっているだけで、国の単価としては非常に低いわけです。
 他方、教育職を例にとりますと、例えば学校の校長先生で見ますと、これは小学校でも町長さんより高い場合もございます。教頭先生なんかも相当高い。そこで経理事務をやっている事務長さん、係長さんの給与と施設の施設長さんは同じなんですね。これはまだ改善されているわけじゃございません。大蔵省に言わせると、まあ福祉は専門性がどうもはっきりしていないということなのか、主事資格というのがもう大学を出れば自動的に取れるような資格で、しかも高卒で現任訓練で取れるような資格だから、学校の先生ほどきちっとした格付ができぬというようなことだったと思います。
 そういうことで、高度成長期を経まして安定成長期に入ってきまして、その中で再び専門職をどうするかという議論が沸き上がってきました。この一番大きなきっかけは何といっても高齢化の進展でございます。
 高齢化の進展の中で、例えば従来家庭奉仕員さんと言っていまして、今ヘルパーさんですね、在宅でお年寄りや障害者の方の身の回りの世話をする、あるいは身辺介護をするという方々が、まあ行政から行く場合と市町村の福祉公社から行く場合といろいろございますけれども、こういう方々について、家事援助だからこれは主婦だったらだれでもできるじゃないか、専門性なんか要らないじゃないか、従来はこういう議論があったわけです。
 私も実は厚生省に昭和五十九年から六十二年まで三年間、大学から出向という形で参りましたけれども、私が参りましたときは、京極さんそんなことを言ったってそういう職種には専門性は要らぬのだよと言う社会局の先輩が多数いらっしゃいまして、一蹴されたわけでございます。ところが現場では大変重い介護の必要な方を抱えている人たちがたくさんいらしたわけです。あるいは家族の方が大変面倒を見て、中には一家心中というか高齢夫婦で心中なさる方もいるし、大変不幸な事態もあったわけであります。
 それから他方、施設を見ますと、特別養護老人ホームというのが昭和三十八年の老人福祉法によってできましたけれども、ここには大変重い介護を必要とする方が入っているわけであります。まだ当時は痴呆性老人の話は余り出ておりませんで寝たきり老人のことが主でありましたけれども、こういうところでは寮母さんという方がいらっしゃいますけれども、このケアをする方が最初はもう非常に苦労をされるわけですね、こんな重い人は見たことないと。そういう方々をいろいろケアしていってだんだん専門性を身につけできますと、児童について保母という形で専門職が必要で、老人に専門性は必要でないというのはちょっともう時代おくれの発想じゃないかと、ケアワーカーの専門職資格についていろいろ問題提起されてきました。
 ちなみに、神奈川県だとか兵庫県においては県レベルで検討が進められましたし、民間レベルではそういうコミュニティーワーカーという形で既に養成が始まっている。そういう中で介護福祉職という専門職をどうしてもつくる必要がある。これは学術会議でも検討されまして、介護についても専門職資格をつくる必要があるということで、これは現場の声も学会も、それから行政の方の動きも軌を一にいたしまして上がってきたわけであります。あわせて、昭和四十六年の流産いたしましたソーシャルワーカーの専門資格についても、このケアワーカーと一対の形で考えようじゃないかと。
 つまり、従来の貧困対策は重要なことでありますけれども、単なる貧困対策の行政官ということではなくて、民間、公を問わず、そこで働くソーシャルワーカーとして専門資格をつくろうということで、昭和六十二年に社会福祉士・介護福祉士法という法律ができました。ソーシャルワーカーの専門資格として社会福祉士、ケアワーカーの専門資格として介護福祉士、これを一対のもとでつくるということになったわけでございます。これは衆参両院で全会一致で決まった法律でございまして、これには附帯決議がつきました。大変立派な附帯決議がつきまして、私もあの当時は厚生省の専門官でございましたけれども、なかなか法律には書けないことをむしろ衆参両院で議論していただいて書いていただいたということであります。
 その法律ができた年に私は大学に戻りまして教鞭をとったわけでございますが、その後、国の方でこの資格制度を施行しようということで現在毎年国家試験がされておりますが、介護福祉士についてはおおむね一万人ずつ出ております。国家試験で受かる方が大体六千人ぐらいでございます。それから、社会福祉士はこのところ大分ふえてきましたけれども、トータルで三千人弱ということでございます。介護福祉士はトータルで四万人ぐらいになっているということでございます。第六回のことしの試験は既に終わりましたが、まだ公表されておりませんが、社会福祉士はおおむね千人受かったというふうに聞いております。それから介護福祉士が大体七千人ぐらいじゃないかと言われていますけれども、これは最終的に試験センターで四月以降発表ということでございますので、今調整中ということでございます。
 資格制度としては非常に順調な滑り出しをして、それぞれ大変評価は高まっています。この資格制度ができたおかげで、一つは教育養成課程では大変水準が上がってきたということが言えまして、各学校や大学のカリキュラムが非常に標準化し、また中身の濃いものになったということが評価されています。また現場におきましては福祉の専門職の方が非常に勉強するようになりました。特に、介護福祉士制度ができてホームヘルパーさんとか寮母さんの学習意欲というのは大変なものでございます。従来よく福祉関係で言われたんですけれども 保母さんはよく勉強するけれども寮母さんは勉強しないということが現場で叫ばれていました。今は全く違います。それから待遇条件につきましても、これをきっかけに、行政におきましてもまた民間法人におきましても、徐々にですけれども上がってきたということが言えると思います。
 それから国民の関心も専門資格ができましたので非常に上がってきました。ちなみに私どもの大学なんかの例を挙げますと、社会福祉士制度ができてから社会事業大学を受けたいという方がふえてきまして、一般の社会学とか文学というよりはやっぱり資格が取れるということが大学を受ける大きな要因になっているようでございます。そういった大きな変化が起きてきました。
 しかし、まだまだ待遇条件その他については不十分であり、また国民の意識ももう少しということで、平成四年六月にはいわゆる人材確保法というのが通りまして、この中で、福祉人材確保につきまして基本指針を中央社会福祉審議会で定めるということ、あわせて、専門職のみならず国民の福祉活動ということでボランティアの振興についても基本指針で出す、この二本立ての基本指針が出ているわけでございます。
 この基本指針の中には、待遇条件の改善ということをかなりうたっておりまして、将来的には例えば専門職の給与表をつくるというところまでターゲットに入れていると言われています。ちなみに人事院におかれましては、国家公務員の中に国家資格を持った専門職がふえてきた場合には人事院勧告で出すことになっています。まだ数が少ない段階ではなかなかそうはいかないということがございましたけれども、そろそろ検討の時期に来ている。これができますと、今度は都道府県の公務員につきまして人事院勧告に準じまして給与表をつくるということになっていますので随分変わってくると思いますが、今のところまだできておりません。
 したがって各地方公共団体それから法人レベルでそれぞれ努力して有資格者について待遇を上げてほしいということをいろいろ書いてありまして、あるいは研修を十分充実させて専門性を高めていくようにとか、いろいろ指針に書かれているわけであります。それに応じてやっと福祉の専門職についても少し明るみが増してきたという段階に入ってきました。
 私ども二十一世紀を展望いたしますと、やはり専門資格がしっかりしているかどうかということによってサービス体系ががらっと変わってくるわけでございます。例えば隣接する領域でございます保健とか医療の分野を見ますと、医師、看護婦等国家資格がはっきりしている中で、その組み合わせによっていろんないいサービスができていく、あるいは教育におかれましては教職という形でしっかりした専門職制度ができている。これから具体的な保健医療サービスだとか教育サービスを展開していくときには大きな意味を持つわけであります。その点では、今後二十一世紀の高齢社会におきましてさまざまな福祉サービスを展開していく上で、この専門職制度が昭和六十二年にでき、そして平成四年には指針ができたということは大変大きなことだと思っております。
 目を国際的に転じてみますと、例えばソーシャルワーカーについては確かに各国ともいろいろつくってはいるのでありまして、日本は立ちおくれていたわけでございますけれども、法律に基づいてしっかりできている国は実は日本だけでございます。唯一フィンランドが法律に基づいてつくられているというんですけれども、これは日本の社会福祉事業法の主事と同じような形でソシオノームというのが位置づけられているだけでございまして、独立した法律を持っている国は日本だけでございます。なお、アメリカにおきましては、連邦制度でありますのでそれぞれ州ごとに資格を定めているということでございます。
 それから特にケアワーカーにつきましては、ドイツでは、老人介護士というふうに訳しておりますが、アルテンプフレガーという制度でございます。ドイツが看護婦と同格の資格を今つくっております。看護婦よりちょっと低い資格だったのが、一九九四年以降、連邦の資格制度にして看護婦と同格にするということになっているわけでございます。ほかの国ではケアワーカーの専門資格については余り十分ではないと聞いております。最も福祉の進んでいる北欧におきましてもこの点は大変不十分だと思います。どうしているかというと、たくさんのボランティアとかパートタイムの方が活躍してその代替をしている。もう一つは看護婦さんが地域保健で非常に活躍している。これでもっているわけです。介護の専門職という点では非常に不十分である。
 ちなみに、一昨年でございますけれども、向こうの政務次官とかストックホルム市の市の福祉部長さんとか、あるいは保健福祉庁の老人担当の局長さんなんかにお話を伺いますと、ヘルパーさんの能力がやっぱり不十分である、賃金も非常に不十分であるということで、研修を強化して賃金も少し厚みを増すために今努力しているんだという話をしておりました。私が日本とかドイツのように専門資格をつくらないのかと聞きましたところ、つくる自信はないということを申しておりまして、まあそういった状況もあるわけでございます。
 そういう点で言いますと、日本の資格制度はおくればせに一九九〇年代になってやっと花が咲いてきたわけですが、まだ花にもいっていませんですが、国際的に見ますと法律に基づいている、そして定着率も非常に高いというふうな気がいたしているわけでございます。ただ、たくさんのこれからの壁がございまして、私は幾つかの点をかいつまんで申し上げたいと思います。
 一つは、これは専門職自身の問題でございますけれども、養成校だとかあるいは専門職自身が努力することでありますけれども、福祉改革というのは制度改革のみならず社会福祉の理念の改革、そして実際のケアやサービスに携わる人々の技術改革というのがなければ不十分な改革なのではないかというふうに思います。この技術改革というものを担うのは専門職でございまして、そういう点で専門性をもっともっと高めていかなくちゃいけない。医療や他の対人サービスの分野と比べましてどこが専門的なのかと言われますと、まだまだ非常に弱いところがございます。
 しかし同時に、資格制度ができることによって専門性が高まるという面もございまして、今各施設や在宅サービスにおきましてもケアワーカーの専門性は非常にレベルが上がっておりますし、それから施設におきましても老人や障害者の自立を尊重して温かいサービスが非常にやられるようになってきた。見違えるようなサービスの前進がございます。しかし、この待遇条件につきましては先ほど申し上げたようにまだ努力目標でございまして、現実にはもう一つということで、別に専門職の給与表ができているわけではございません。
 それから マンパワーの配置につきましても、新ゴールドプランが恐らくできるようでございます。来週三月二十八日には厚生省のいわゆる高齢社会福祉ビジョン懇談会の結論が出まして二十一世紀福祉ビジョンが出ますけれども、その中でゴールドプランの見直しということが言われ、またマンパワーにつきましても特段の配慮ということが言われているわけでありますけれども、まだひとつ見えないということでございます。
 それから法律につきましても、社会福祉士及び介護福祉士法、略して福祉士法と申しますけれども、この福祉士法に関しても、特に介護福祉士に関しては実務経験で受験資格はできます。三年で受けられるわけですけれども、社会福祉士につきましては全部養成施設に入らないと受けられない。ただ、公務員の場合は各種の係長級の児童福祉士だとか査察指導員だとか、そういう仕事を通算して五年受けた方は養成施設を経ないで受けられますが、あとは全部通信課程なり私ども大学に置いております一年課程の学校なり、大学を出てももう一度入り直さないと受けられないという限界があるわけであります 法改正が必要な事項でございます。
 それから、もう一つ厄介な問題として、実は社会福祉士に絞りますと、いわゆるメディカルソーシャルワーカーあるいはPSWという精神療法の関係のソーシャルワーカーの資格とどう関係づけるかということがまだ未決問題でございます。医療ソーシャルワーカーの団体、医療社会事業協会というのがございますけれども、この今の執行部の方針は社会福祉士一本でいきたい、これに多少色をつければメディカルソーシャルワーカーの資格になるんだということで大変頑張っていらっしゃるんですけれども、現実には国の方はそれは難しいということで、これは医療の専門職と区別された社会福祉士の資格だということで一応仕切りをしている。国会の答弁でもそうなっているわけでございます。
 全く別かというとそうじゃございませんけれども、しかし我が国の場合、アメリカなどと比べまして一つ言えることは、例えば日本の医療の仕事の中で、社会保険の体系の中で診療報酬制度がございますので、診療報酬に乗るのは医療の専門職という面がないと、福祉の専門職ということだけではなかなか診療報酬の体系に乗りにくいということが一つ現実論としてあるわけであります。社会福祉士、介護福祉士をあわせて、業務独占ではございませんで名称独占の資格でありますので、しかも福祉の専門職として確立された経緯がございまして、診療報酬には乗せにくいと。ちなみに今のメディカルソーシャルワーカーは医療事務として実際上は扱っているわけです。
 それからもう一つは、日本の場合、医師、看護婦等の強固な業務独占のもとに医療従事者があるわけでございまして、果たして社会福祉士だけで十分かといいますと、やはりそこにプラスアルファの医療職としての側面を強めた面がないとなかなか難しい。私などはかねてから、社会福祉士とリンクした形で、つまり社会福祉士を通った人は少し勉強すると医療福祉の専門職になれるというようなことで、リンクした形だけれどもやはり別途基本的には立てて、その上で社会福祉の整合性をきちっととるというふうにした方が医療現場におきましては働きやすいことになりまして、胸を張って他の国家資格、業務独占の方と仕事をやれますし、また診療報酬もきちっと取れます。
 今の段階では、良心的な病院のみが医療ソーシャルワーカーを置いておりまして、そうじゃない病院は置いていないということで、まじめなところだけが経済的にむしろ負担が多いというのは妙なことでございますので、そういった点では、医療福祉士をきちっと確立させ、その中にはMSWもPSWも含めて考えていくという方が現実性が高いんじゃないかと思っているわけですが、その辺は専門職団体の中で意見の統一がなかなか見られていないのが現状でございます。
 なお、精神医療法の関係のPSW、サイキアトリックソーシャルワーカーの団体や臨床心理の方々の動きの中では、独自に資格をつくったらどうかということが今取りざたされている次第でございます。したがって私は、やっぱり医療福祉士というのをきちっと確立させ、それができた上で今度は社会福祉士を通った人がどう有利な形で医療福祉士になり得る道をつくるかという、この二枚看板でいくのが日本の現実に合っているんじゃないかと思っているわけですが、この辺はまだまだ議論がされているところであります。
 それから研修体系でございます。
 専門職ができましても、研修をきちっとしない限りまたもとへ戻ります。医療や看護の世界ですと、しばらく、例えば五年でも現場から遠ざかっているともう使い物にならないということが言われるんですけれども、福祉士の場合、一度資格を取りましたらそれでいいかといいますと、やはり福祉におきましてもいろんなケアサービスそれからソーシャルワークの技術につきましても日進月歩しているわけであります。ちなみに私、アメリカに行きましたら、ソーシャルワークの授業なんかで使っている教科書は十年前と今日では全く違うわけで、十年前の本は図書館に行って探さないとないんですね。本屋には売っておりません。それだけ変化しているわけでございまして、そういった点で研修をこれから強化する。研修は個人でやればいいんじゃないかということですが、やはりこれは行政のバックアップ、国あるいは都道府県、特に公益公共団体の役割は大きいと私は思っております。
 それから、民間におきましてももちろんそれなりの努力は必要である。ちなみに来年でございますけれども、全国社会福祉協議会におきましては、中央研修センターが葉山と逗子の間にできます。七千坪の敷地に百億をかけて世界一の研修所をつくるようでございます。こういったことも一つの大変喜ばしいことでございますが、中央で一カ所すばらしいのができるということじゃなくて、やはりきめ細かく各県におきましてもまた市町村におきましても、いろんな各現場においても研修がされていく。
 そして研修をするためには非常に協力が必要なんですね。その人だけ出てくればいいというけれども、例えば二十四時間ケアしている入所施設におきましては、その人が出ますとそれをだれかがカバーするわけですから今度は労働強化になってしまいます。今四十時間を目標に福祉士関係もいろんな運動をしているわけでございますけれども、まだまだ四十時間制度というのは、大規模法人におきましては週四十時間やられていますけれども、ちょっと施設が小さくなりますと四十一時間、四十二時間とかはざらでございます。現に、研修に出たくてもちょっと都合がつかないということで残念ながら出られない方もたくさんいるわけであります。資格制度ができますと国家資格の研修だからといって多少出やすいことがございますけれども、そういった点ではまだまだ現場の理解も足りないし、それからそれを裏打ちするようなマンパワーの配置という点でも不十分だというふうに私は思います。
 それからさらに、将来的な展望で、社会保険を介護に適用したらどうかということが厚生省でも検討されているようでございます。私もその厚生省のプロジェクトの参考人として呼ばれましたけれども、これは財源の問題もあり、すぐ直ちにあしたからというわけにいきません。ただ一つメリットとして言えるのは、ドイツのように医療保険としてだけ考えていきますと、医者がすべて決定してしまう、医療保険がどんどんどんどん予算的に膨らんでいくということになっていきますが、例えば社会的入院を減らすということで介護を強化したいというときに介護独自の社会保険というのはなかなかメリットもあるということでございます。濃厚な行き届いたサービスを保険で面倒を見るということになりますと、介護の質が非常に上がるという点では魅力的な制度でございます。
 あわせて、その場合のニードの判定、要介護者としてどの程度の介護が必要かという判定を医者だけではなくてソーシャルワーカーや福祉士の人たちも関与してやるべきじゃないか。具体的には、例えば在宅でお年寄りや障害者の方が生活をするということも考えますといろんなサービスが必要なんですね。ケアサービスやいろんなことが必要ですから、それを組み合わせてプランを立てるわけであります。ケアプランという言葉が今言われています。介護計画でございます。ニードを測定し介護計画を立て、それにしかるべきサービスを展開してまた評価をする。こういうことはすべてお医者さんだけでやっているような医療保険の体系でいいかどうかというと、私は疑問だと。ここにぜひ福祉関係者が、福祉の専門職がタッチして、保険医療の仕事の方と福祉の方と一緒になってよりよい在宅サービスの生活ができるような、そういう社会保険であってほしいなと、こう思っておりまして、その点は私はこれから検討する課題ではないかと思うわけでございます。
 日本の社会保障体系は、御案内のように戦後、年金、医療と福祉と、大きく言うと労働関係を除きますと三本柱ができたわけですけれども、それぞれ、年金は老後の生活ということで、貧困対策としてスタートいたしました。それから医療も、医療保険がなければ病院に行けない、お金がない人は行けない、また病気にかかったらたくさんのお金が要るために貧乏になってしまう、この貧困対策としてスタートいたしました。それから福祉はもちろん低所得者対策ということでございます。それがしかもばらばらに、社会保障全体の体系として社会保障制度審議会では昭和二十五年に勧告を出しまして理念を打ち出しましたけれども、実は制度は、年金、医療、福祉というのはばらばらにできまして、何の脈絡もなくつくられたと言ってもいいぐらいなんです。
 しかし、これから二十一世紀の高齢化社会を展望いたしますと、年金と医療と福祉は相互連携でそれぞれ考えていかなくちゃいけない時代に来ているわけで、しかも高齢化対策ということをはっきり念頭に置いてそれぞれやっていかなくちゃいけない。今は老人保健施設みたいに医療と福祉と保健をつないでいるような、そういうものがございますけれども、あわせて介護保険みたいなものを考えていくということも非常に重要な時期に来ているんじゃないかというふうに思います。
 生活の質ということがよく言われますけれども、いわば社会保障の質ということを考えなくちゃいけない。社会保障の質は何かというと、それぞれ年金、医療、福祉というのがばらばらでなくて相互連携されているということが一つと、それから社会保障を支える人々の質が高い、つまり専門職も含めて社会保障を支える人々の質がいかに高いかということが結局は社会保障の質を決めるというふうに思いますので、その点でもぜひ福祉マンパワーにつきましては特段の御関心と御研究をお願いしたいと思います。
 あといろんな問題につきましては私なりに答えられることはすべてお答えいたしますので、御質問の中でお願いしたいと思います。超過いたしまして大変失礼いたしました。
#5
○理事(竹山裕君) ありがとうございました。
 以上で京極参考人の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#6
○溝手顕正君 自由民主党の溝手でございます。きょうは大変貴重な御意見を承りましてありがとうございました。
 私は地方の自治体におきまして、ある意味では福祉の第一線でいろんな問題を扱ってきたつもりでおりますが、その中でいつも問題になっておりましたのが、御指摘のとおり給与体系の問題というのが絶えず一つの組織を守るために大変大きな問題でございました。
 公立の病院とか公立の施設になりますと、地方の公務員の給与体系と医療系の給与体系とのアンバランス、整合ができていないことによって、具体的に言いますと、看護婦さんとか介護に当たっている人の給料より草をむしったり給食の世話をする人の方がはるかに給料が高くなるというような問題がありまして、組織としてなかなか運営ができにくいという問題を経験いたしております。
 このあたりの問題で、先ほどの御指摘の資格制度の持ち込みというのは大きな助けにはなろうかと思いますが、もう一つ別の観点で言いますと、一つの組織、例えばそういう福祉法人全体の組織の中で世の中に納得がいけるような観点からもきっちりチェックする必要があるんではないかなという感じを大変強く持っております。その点で何かいい考え方というんですか、サジェスチョンがあればという気がいたしております。特に、市の職員が入っておりますと、市の職員が出向なりで行っておりますと、どうしてもそういう横並びの問題が大きな問題になっております。
 それからもう一つ、同じ給与の問題なんですが、社会福祉協議会というのが、福祉法人が各地につくられておりますが、この給与の決め方というのが私のおりました広島県下でも大変ばらばらなんですね。一般職の地方公務員の給与の八掛けであるとか七掛けであるとか、いやそのままであるとか、さまざまな給与体系があります。そうしますと、その中に介護福祉士とか社会福祉士がいかに資格を持っていて入っても、根っこがそういう決め方をしておりますと実際の効果が出てこない面があるのではないかという気がいたしております。そういった面で、いわゆるトータルで特に地方公務員とのバランスでどう考えるかということがぜひ必要ではないかなということを痛感いたしております。その点でお考えがあればお聞かせをいただきたいと思います。
 それからもう一つの問題は、私どもの町に特殊な養護老人ホームがございます。これは盲養。盲養護老人ホームというのは、事実上特養よりはもっと厳しい仕事なんですね。入った人は出ることはまずない。目が不自由な方ですから、一たん入りますとそのままずっと持ち上がりになって、いつの間にか養護老人ホームが特養化してしまうというような傾向があります。先ほど痴呆性の問題等に若干言及されましたが、目の不自由な人、盲養護というのはやっぱり取り上げてみる必要があるんではないか。ですから、福祉六法でカバーされている中で、いわゆるもともとハンディがある人とその養護老人ホームとの関係で、これに従事する資格の問題というのは一つの問題点ではないかなという気がいたしております。この辺についての先生のお考え方を聞かせていただきたいと思います。
 それからもう一つの大きな問題で、実は私の町におきましてもリカレント教育の提言をしまして、私自身研修センターの構想を発表したり働きかけをいたしております。おっしゃるとおり日進月歩で技術は変わっております。それで今、地方の公務員を対象にしますと例えば一般行政については幕張の方に研修センターのようなものもございますし、今度新しく滋賀県にもできましたし、そういう研修施設がぽつぽつながら出てきておる。また先生もたくさん育ってきているんですが、福祉関連の医療の、コメディカル部分も含めてだろうと思うんですが、リカレント教育をする場所が極めて難しい。私の知っている限りでは看護婦さんの研修はある程度やられているようですが、ほかの問題についてはほとんどその実態がないんではないかという気がいたしております。
 私自身リカレント教育の重要性というのは極めて認識しているつもりですが、いわゆる一般論の意見としてではなくて、これはもう政策論で考えるべきではないか。各県に一つとかブロックに一つとか、しかも一週間とか十日、一週間ぐらいでしょうか、泊まりがけの研修のようなことをしないととても追いついていかないんじゃないかという印象を持っておりますが、この点について先生の御意見を聞かせていただけたらというように思っておる次第です。
 とりあえず三点について。
#7
○参考人(京極高宣君) 大変専門的な御質問で、おっしゃるとおりだと思います。
 一点目につきまして、これは一つ大きな視点で私なりに感じておりますのは、今度できます福祉ビジョンの中で盛り込まれるというふうに思いますが、従来、社会保障の枠組み、年金、医療、福祉の割合が固定的になっておりまして、全体を十としますと中の割合が年金が五、医療が四、福祉が一という割合で、これは動いていないわけでございます。これはパイとしては、全体として国民所得が大きくなりますから、その分で社会保障全体のパイは大きくなりますけれども、割合はなかなか動かない。ところが、福祉サービスは今非常に拡大しておりますので、この総枠規制がある限りは、福祉の例えば人件費の予算その他を伸ばそうと思いましてもなかなか大蔵省さんなり自治省さんなりで伸びていかない。この枠をやはりもうちょっと、例えば五対四対一を五対三対二ぐらいにしていただいて少し広げていかないと、これから福祉を充実充実といっても総枠規制のためになかなかうまくいかないというのが一つございます。
 あわせて、おっしゃるとおり法人あるいは社会福祉協議会など民間サイドからの努力という点もかなり必要でございまして、指針にもその点は指摘されていますけれども、現実にはまだなかなか受けとめて実行されていないということでございます。
 特に公務員との格差という点では、ちなみに外国の例が一番わかりやすいと思うんですけれども、アメリカでもヨーロッパでも公務員と民間の差別はないということでありまして、同じ専門職は同じ給料ということになっている。日本は、官尊民卑と言うと失礼なんですが、ちょっと差が激し過ぎるんじゃないか。やっぱり専門職制度が発達していないゆえんなのか、それとももっと体質的なところにあるのかいろいろ議論があるところでございますけれども、やはりそこはきちっとしていかなくちゃいけないんじゃないか。そのためには予算単価の見直しその他、これから二十一世紀に向けてひとついろいろ追求をしていっていただきたいと思います。
 それから二番目の盲老人ホームの問題、これはもともと養護老人ホームと言って、昭和三十八年にできたときに特別養護老人ホームという上に特別がつくものと普通の養護老人ホームがあった。養護老人ホームの系譜はもともとは実は養老院から来ております。生活保護法の養老院から来ておりまして、どちらかというと身寄りがなくて、体がそれほど不自由じゃないんだけれども一人で生活することはできないという方をお世話した施設であります。特別がつきますと、そこはエキストラですから重介護をするということが加わるわけです。そうじゃない体系で養護老人ホームのもとでいろいろ努力されてきたものが、本当は特別養護老人ホームへ切りかえていいんだけれどもいろんな施設の配置基準とかその他でなかなかできていない。そういうところについては、私は特別養護老人ホーム並みの手厚い助成というものを行うべきではないかと思っていまして、また、職員研修等幾つかの、数は少ないですけれどもそういう貴重な施設についての行政支援なりなんなり、もうちょっと手厚くていいんじゃないか。
 今、施設に関しましては非常に難しいんです。日本には六十数種類がございます。これは分類しよう分類しようと分かれてきたんですけれども、これを小規模で複合化するとか弾力化するという方向が今度起きていまして、そのときに、非常に手間のかかるそういう施設につきましては何か重度加算みたいな形でもうちょっと国は考えていいんじゃないか。そうしませんと、複合化することによって確かに財政的には支援が楽になって、どうぞ勝手におやりくださいということになりますと、本当に重度の方をたくさん抱えているところはだんだん苦しくなりまして、そして軽い人を抱えているところはだんだん有利になる。これじゃ困りますので、その点それからまた特別職員の研修につきましても、やはり相当手厚い対応が必要なんじゃないかと思います。おっしゃるとおりであります。
 それから三番目のリカレント教育というか現任訓練の問題につきましては、福祉が非常におくれているわけです。実は全国社会福祉協議会で調査を依頼しまして私やったのがございます。大した調査ではございませんけれども、都道府県の社会福祉協議会に研修所があるものとそれから行政サイドで研修所を持っているところと二つのタイプがございます。
 それぞれどんな研修をやっているかを見ますと、福祉の研修は企業の研修なんかに比べて一番おくれているんですね。どういうことかといいますと、まず視聴覚教育がほとんどないんです。行政の方とかだれか福祉の有名な方を連れてきて、話をして講義を聞いて終わってしまう。ところがビジネスライクの方だと、企業の研修というのはスライドを使ったりいろんな新しい情報をどんどんやるし、それからグループディスカッションをしたり、研修形態も相当発展している。医療や看護の世界になるともっと事例研究とか、もう本当に専門的な研究で泊まりがけでやる。
 そういう点で、福祉の研修は今までややもするとおざなりだったということで、全社協さんでやります中央研修所は合宿研修ということで、視聴覚教育も使い、技術的なレベルも相当アップするものになっております。都道府県レベルではまだそこまでいっていないという点で、これは県の独自性もございますけれども、やはりそういう研修については中央政府の方でもやはり相当支援をしていいんじゃないかというふうに思います。研修の充実というのは専門職制度にとっては極めて生命線になることでございますので、いろんな通知その他で、これは法律改正というところではないと思いますけれども、行政的な努力が必要だと私は思っております。
#8
○溝手顕正君 どうもありがとうございました。
 今の問題、研修の方でもう一つ気になっておりますのは民生・児童委員の資質と教育の問題ですが、これにつきましても、まさにソーシャルワーカーなんですが、この任命基準、それからその人たちの素質の問題。
 実は、田舎の町へ行きますと、彼らは極めて決定的な力を持っているわけですね。これから在宅介護の方向が出ておりますが、この人たちに対する資格というか研修というか、どう考えたらいいんだろうかなという懸念をちょっと持っております。かなりの人数がいらっしゃるわけですが、このあたりのお考えがあったら。
 それともう一点、私はもう一つ大変大きな問題だと思っているのは、私もこの二十年近く福祉法人、特養と養護老人ホームの経営にタッチをしてきたんですが、そのときに、いわゆる医療施設を持っているところと持っていないところがあるんですね。古いところは皆医療施設を持っておる。今の医療と福祉の分岐点の問題、境界の問題で法人自体の経営に著しく差が出てくるのであります。
 こんなことを言うと医師会に怒られるかもしれませんが、やっぱりその辺の境界、資格の問題も先ほど一つの見解を先生示されましたが、私はその垣根をどうやって取っていくかということが極めて重要な問題ではないかと思うんですね。そのあたりを整理しないと資格を幾ら整備してもうまくいかないんじゃないかな、そんな見解を持っておりますが、その点について御意見をお伺いしたいと思っております。
#9
○参考人(京極高宣君) 一点目の民生委員につきましては、実は私の家内も地域の民生委員をやっておりますが、なかなか忙しいので、私ども五十代の者が民生委員をやるというのは仕事がありまして非常に困難でございます。どうしても六十代の方。従来七十代八十代まであったんですけれども、国の方の指導でなるべく若い方も参加できるようにということにしておりますけれども、特に男の方が仕事についていらっしゃいます関係上なかなかなれない。
 この辺は、日本にはオンブズマン毎度がないんですけれども、民生委員さんがかなり代弁している向きもございますので、何か、介護休暇とか育児休暇については議論があるんですけれども、社会人というかサラリーマンの方なんかも多少、公の仕事をしているわけですから、そういうものにタッチしたときには配慮できるような社会的な仕組みをつくらないとなかなか困難じゃないかという感じがいたします。これは議論としては出ますけれども、詰めていきますと結構根の深い問題じゃないかなと思っております。
 ただ、研修は大変何か最近充実しているそうでございまして、家内なんかも行ってきますと大変中身が濃い、勉強になるということを言っておりまして非常にいいんですけれども、なり手がどうしても少ないということと、やっぱり地元で町内会で推薦していくものですから、例えば私どものように長く住んでいる者はいいんですけれども、新しく移られた方とか引っ越された方なんというのはとても地域に入っていけない古い体質がまだ町内会とか村や町の中にあるわけで、どうしてもそこに古くから住んでしる有力者が何となくなっていくという決め方がありまして、何かその辺を改善しなくちゃいけないと私も常々思っているんです。
 今の制度ですと、町内会から地方自治体の市町村の方に上がってきまして、それからさらに県に上がってきまして、最後は厚生大臣の任命という形になっています。これは、実は戦前の方面委員とか済世顧問制度という民生委員の前身はみんな県知事がやっていたんですね。これを保護司と同じように大臣のところに持っていっちゃったんで、私はこれは時代錯誤じゃないかと思っています。これからは地方の時代だから地方で決める。それから民生委員さん以外に市町村で福祉委員みたいなのを決めて、そういう人たちから上げていくようなもうちょっと幅広い何かやり方をしないと、町の有力者を民生委員にするというような傾向がどうしてもまだ残っている感じがいたしまして、いろいろこれは工夫してみる必要があるんじゃないかと思っております。
 それから二番目の御質問は、これはまさに本当に難しい問題で、超専門的な問題でございます。
 例えば特別養護老人ホーム、老人保健施設と似たような要介護のお年寄りを世話する施設がございますけれども、特別養護老人ホームは低所得の方は一銭も払わなくても済む、高い方は十何万も払う。本当は行政的には二十万以上払わなくちゃいけないんですけれども、まあどこかで自治体でとどめています。他方、施設をつくるときは非常に援助があるわけです。施設整備費がつきます。ところが老人保健施設は、一人当たり押しなべて五万円から六万円のお金を取りますけれども、あと二十万の部分は医療保険から出ます。しかし施設整備をするときは病院経営者が全部負担してやる。やっていることはかなり同じなんですね。特別養護老人ホームの方はずっと生涯そこに住まわってもいいけれども、老健施設の方は三カ月、六カ月で見直すなんということで、同じようなことをやっていながらもかなり仕組みが違っておりまして、これはもうちょっと相互に何か流動化していいんじゃないかと私は思っているわけなんです。
   〔理事竹山裕君退席、会長着席〕
 ただ、制度的には一応役割分担ということで分けています。やっている内容はかなり近いので、もうちょっと両制度を接近させる。実は介護保険に期待しているのも、それが入りますと介護保険で特養も在宅もみんなつながってきます。医療保険と同じように点数制度で横につながってきますので、財政的な対応というのは自己負担分を除きますと一本で済むということもあります。専門職の強化というか、例えばナーシングホームというか老人保健施設におきましてはナースが中心で、特別養護老人ホームの方は介護職つまり寮母さんが中心なんで、ちょっとした違いはございますけれども、しかしだんだんとつないでいかなくちゃいけないんじゃないかと思っています。
 なお、よく言われていることですけれども、働く者の立場から言いますと、老人病院というのは一番暗いと言うんですね。ちょっと申しわけないんですが、こういうことが言われているということで聞いていただきたいのですが、次に明るいのが老健施設。特別養護老人ホームは一番明るいということも言われる。なぜかということをあるお医者さんが言っていたんですけれども、老人病院は医者がすべて取り仕切っている、看護婦さんはその命令一下、そして看護助手の方は、もうほとんど人間扱いされないというと失礼ですけれども、非常に厳しい、だから暗いんだと。それから老人保健施設におきましては、医者が施設長であるけれども実際上はかなり看護婦さんがやっています。看護助手の方がそれをサポートしながらやっている。しかし、看護助手は資格がないですから、非常にその面では暗さもある。特別養護老人ホームは、実質的には医者や看護婦は嘱託でいましたり、看護婦さんは施設看護婦さんとして一人配置されていましてもこれはあくまでも保健的なことに対するチェックでございまして、ケアは寮母さんがやっているわけですね。寮母さんがまさに主体的にやっている、だから一番明るいと言われております。
 ただ、専門性が従来なかったので、その不安があったということで、今回、資格ができまして、これは鬼に金棒でございますので、むしろ看護婦さんよりも介護に関しては専門性が高いということでやっている。今度は逆に看護婦さんは、それじゃ私たちはどうなるんだということで、看護婦の研修におきましても、従来は老人介護の研修をしなくても老人施設とか老人保健施設の看護婦になれたんですが、今度は必須科目で入っていますので看護婦さんたちも頑張り始めたということで、非常にいい意味の競い合いができているというようなこともございまして、今後の課題がいろいろあると思います。
 これは大変難しい問題で、私はちょっと今すぐお答えはできませんが、福祉と保健の連携とかあるいは融合というのをどうするかというのはこれは二十一世紀のまさに焦点の課題だということは御指摘のとおりだと思います。
#10
○溝手顕正君 ありがとうございました。
#11
○青木薪次君 京極参考人が学校教育の立場とそれから行政官という立場を経られて、非常に多岐にわたる豊富な経験と知識を持たれていることについて、大変立派な参考人をお呼びしたと感心をいたしておる次第でございます。
 本格的な高齢化社会を目前にいたしまして、高齢者の介護問題が国民の大きな問題になっております。まさに今は公共事業とかあるいはまた社会的基盤をどんどんひとつ強化しようというようなことなんでありますが、紀元二〇〇〇年代にわたりましてはもう六十五歳のお年寄りが四人に一人は現存するという高齢化社会に移るわけであります。そういう中で、ノーマライゼーションの理念などから介護の重点が施設から在宅にシフトしている。これは先ほどから先生のお話にもあったとおりでありますが、この中にありまして、これから介護費用の社会的負担のあり方はどうしたらいいだろうかということなんであります。
 この間も委員長を先頭にいたしまして浜松の聖隷病院を視察したわけであります。医療を受けている皆さんの立場に立っていろいろと考えていく場合に、ホスピスなんという制度も見てきたわけでありまするけれども、自然な形でもって医療を受けているということで、むしろ延命というようなことで必ずしも医療という立場に立って痛い思いをして施術をするというようなことだけでは済まないというようなことなんかについて非常に感銘を覚えたわけであります。
 問題は、在宅医療の場合に、家族がやはり面倒を見ていく。しかし本来的には、今も少し話が出ておりましたけれども、医療知識やその他の知識を得ない家族が、非常に厳しい老人在宅医療の関係について、それこそ勤めもできない、自分の個人的な用事もできないというようなことで、むしろ在宅医療の場合であっても、ホームヘルパーを二〇〇〇年代は十万人にしようというような計画もあるわけでありますけれども、やはり私はホームヘルパーがこの辺のことについて、例えば三日に一度でもいい、面倒を見てくれる。家族は精神的に、あるいはまた文化的に、あるいはまたいろんな意味における相談相手になってあげるというような精神医療といいますか、そういうものをひとつ提供するというような立場に立って考えていくべきではないかと思います。当面、家族の立場に立って、高齢者を在宅で介護する家族に対する支援に対していかがしたらいいだろうかという点について先生の御意見をお伺いいたしたいということが第一点であります。
 それから同じく、保健医療や福祉サービスの確保は国民的課題なんでありますけれども、この課題を達成するためには保健医療とか福祉マンパワーを確保することが必須の条件となると思うのであります。しかしながら、看護職員には不足感があり、福祉分野の人員確保についても見通しは楽観を許さないものがあるようでありますので、このような状況のもとに人材の養成力を強化していくことが必要であると考えます
 そこで、例えば看護大学にしても、あるいはまた福祉関係の大学を卒業いたしましても、それらの皆さんがこぞって福祉分野において十分活躍してもらえることができるだろうかということになりますと、これはなかなかそうはいかない。他の分野に移られていく人も大変あるということを聞いているわけであります。養成された人員が福祉分野において十分活躍することができるような条件整備という点については一体いかがなものだろうか。
 先ほど先生からの説明で大変参考になったわけでありますが、例えば施設長が係長の給与と同じだという話も聞きました。そういったような話なんかも聞きましたが、福祉関係に携わる職員の待遇というものはあと一歩やはり足りないのじゃないかということと同時に、福祉の環境、こういう点についてもう少しすっきりしたものにしていく必要があるのじゃないか。あるいはまた社会的な位置づけというようなものについて、この一覧表を今読ませてもらって参考になったわけでありますが、社会的評価等について、やりがいのある福祉関係の仕事に携われるというようなこと、誇り高き福祉分野における活動ができるというようなことについていかがお考えでしょうか、お伺いいたしたいと思うのであります。
 それからもう一つ、最後の点でありますけれども、医療保険や年金制度につきましては、昭和二十年代あるいはまた三十年代につくられた制度を今、平成の初めに当たりましてほとんど全部見直さなきゃならぬという時代に入ったと思うのであります。
 措置問題について、憲法第八十九条におきましては、公金その他の公の財産は公の支配に属さない慈善運動とかあるいはまた教育もしくは博愛の事業に対してこれを支出してはならないと規定をされているのでありますが、終戦直後の混乱期のこととて、当時民間の福祉事業はまさに風前のともしびであったのであります。そこで憲法八十九条の反対解釈として、社会福祉法人という特別な法人をつくってこれを公の監督に属せしめるとともに、行政機関が公権力の発動による行政処分として措置を行ってきた、具体的なサービスを社会福祉法人に委託するというような方向で来たと思うのであります。
 しかし、先生のお話にありましたように、やがては我々も年をとる。あるいはまた揺りかごから墓場まで全面的に福祉社会である。先ほど年金、医療と福祉という関係に対する五対四対一という話を聞きましたけれども、先生のおっしゃるように五対三対二ぐらいに最低持っていくべきであるというようなことの思想ももとよりでありますけれども、この点について、措置制度というものの将来について先生はいかにお考えであろうか、この点をお伺いいたしたいと思うのであります。
#12
○参考人(京極高宣君) これもまた大変専門的な御質問がございまして、一点目の問題、特に在宅介護は大変家族の負担が大きいわけでございまして、先進国では日本が一番その点では家族の負担が大きいという印象は否めないわけでございます。
 ただ、諸外国におきましても家族介護者のための介護、英語でケアリング・ザ・ケアラーといいまして、ケアラーつまり家族介護者を介護しなくちゃいけない、そのためにも在宅をと。家族のいない人に対する在宅サービスもそうなんですけれども、家族のいる人たちに対しても在宅サービスをやろうということで展開がされております。
 今度の老人保健福祉計画、今年度中、三月三十一日でほぼ全市町村で策定されることになっておりますが、この計画のガイドラインにおきまして、私は部会長をやっておりましたけれども、厚生省の担当課長さんたちとそれから都道府県の部長さん、それから専門関係者が入りましてかなり真剣な議論をした結果、従来からも多少緩和はしておりましたけれども、家族がいる方で例えば日中独居老人、多就業世帯でお孫さんは学校に行っている、息子夫婦は働いている、そしてお年寄りがひとり日中いるという、実際にモデル調査いたしましたところ、ひとり暮らしの老人の方がかえって元気でやっていらっしゃるという結果が出ました。日中独居の方が非常に悲惨だということもありまして、家族がいるかいないかということにかかわりなく、要介護状態の方に対してはヘルパーさんは目いっぱい派遣できるようにしよう、およそ重介護を必要な方については週六日までは行政的な支援ができるようにしようというふうに改善いたしました。
 今まで、家族がいる方は幸せな方で行政の支援は必要ないんじゃないか、ひとり暮らしの人はかわいそうだとか老人夫婦はかわいそうだという言い方をしていたんですけれども、その考え方は老人保健福祉計画をつくる過程の中で完全に厚生省の方も改めたということを申し上げてよろしいかと思います。
 家族の支援につきましては、ヘルパーさんの派遣のみならず、例えば一部民生委員さんなんかの主張がございまして、家族に手当を出したらどうかということもあります。これも地方自治体レベルではいいんですけれども、東京都なんかは相当厚い手当を出していますけれども、ただ、うんと手当を出しても家族の方のポケットに行っちゃってお年寄りの介護に回らないこともありまして、国として対応するのはどうなのかという議論もあって、ただ全然そういうことがむだでもないわけなので、難しい問題がございます。
 社会保険に介護手当を適用する場合は、サービス給付に対して財政的な支援がありますので、給付前提でございますので確実に介護者に行き届いたサービスが行くという保証があるんですけれども、お金だけ配りますと、どうも本当に行くかどうかということがあるというようなことで、国の制度としては要検討という感じでございますが、しかし財政的には、介護をしている家族は非常に大変でありますので、やはり一定の配慮というのは必要かなと。
 今、介護保険というのを民間サイドでやっていますけれども、これは実は、お金が出るのは大変結構なんですが、じゃサービスはといいますと、家政婦協会のパンフレットが十通ぐらい送られてきましてどこか選んでくださいということで、本当にいいサービスが得られるかどうか、また別な形になっていますので、この辺はいろいろ工夫しなくちゃいけない。
 それから、家族介護の方々に対する精神的なあるいはいろんな介護上の相談業務、これが非常に弱かったものですから、在宅介護支援センターを一万カ所、中学校区に一つずつつくりましようということで今やっておりますけれども、これがだんだんと功を奏してくるんじゃないかという期待もしているわけであります。
 それから介護者に対するいろんな支援。農協なんかは既に農協の婦人部で介護教室を相当やっておりまして、ヘルパーさんの資格でも、介護福祉士さんみたいに難し、資格までいかなくても、四十時間研修、九十時間研修、三百六十時間研修、三段階の研修を行っていまして、農協も一万人ぐらい四十時間研修をもう既にやっていまして、そういうものも少しこれからやっていく必要があるんじゃないかというふうに思っております。
 それから二番目の問題につきましては、マンパワー対策で特に評価の問題、これは大変重要な御指摘であります。
 給与面の改善は先ほど申し上げましたので省きますと、例えばテレビとか、いろんな社会的に取り上げていただく場所がややもしますと少ないわけであります。マスコミ関係者も含めまして、福祉の仕事というのはやりがいがある仕事なものですから、そういうものにもう少し光を当てていただくということも大事なんじゃないか。あるいは小さいときからの福祉教育、あるいは福祉学習と言ってもいいかもしれませんが、そういうものももうちょっとないといけない。
 この間、ボランティアに関する指針と同時に中央社会福祉審議会の地域福祉専門分科会で意見具申が出ました。「ボランティア活動の中長期的な振興方策について」という題で出ましたが、その中ではその評価について、これはボランティアを中心としていますけれども、評価をしていこうということを指摘しております。入試や入社試験においてもそういうものをもうちょっと重視したらと。そういう空気をつくってしかないと専門職の方々に対してもなかなかその理解が得られない。さらに、その延長線に高度な専門職があるんだということがだんだんとはっきりしてきますと評価も高まってくるんじゃないか。
 それから、専門職団体が今度できました。介護福祉士会それから社会福祉士会ができましてそれぞれ立派な活動をしておりますけれども、その会におきましても、やはり自分たちの自己研さんということで、社会的に信頼されるようにということで皆さん頑張っていらっしゃいますので、そういうものがいろんな総合的な力に相まってやはり評価が出てくると思います。
 それから最後の措置費の問題は大変重要なことで、実は福祉改革、富士山で言うと今は五合目ということなんで、頂上まで行っていないわけですけれども、平成二年の法律改正によりまして福祉関係八法改正で老人と身体障害者については市町村の措置権が県からおりて、市町村で在宅サービスと施設サービスを一体としてやれるというふうになりましたけれども、さらには他の分野でも児童とか精神薄弱者の問題とか、市町村でやれることがかなり多いわけであります。例えば通所型のサービスなんというのは、県で一カ所どこかコロニーみたいなものをつくってやれるかといったらできませんので、やはり市町村が責任を持つ。しかし、専門的な相談とか重介護でどうしても専門家の支援が必要なのは県でリハビリテーションセンターみたいなものをつくってやっていく。こういう役割分担があるわけです。
 そういった点で、市町村主義がさらに他の分野までいくということがもう一つの課題として残っていると同時に、措置制度に関しては、ただ措置権が市町村におりただけじゃなくて、あるものについては弾力化するということが必要だと思います。それがこれからの五合目以降の課題じゃないか。
 で、保育所については大変議論がありまして、昨年、厚生省の保育問題検討会でも両論併記で、言わば自由契約路線と措置路線が対立してしまったんですけれども、目を福祉の外に転じてみますと、例えば公的な教育についてもその他につきましても、措置制度というのは非常に限られた、低所得者対策ということからスタートした制度でございまして、公的助成は措置じゃなくてもできないはずがないわけでございます。
 それで、憲法八十九条の問題も、これは憲法改正になると大変な大きなことになりますけれども、どうも法律の専門家に言わせると、これに類するものは海外にない。そもそもアメリカそのものにないじゃないか、アメリカが押しつけたんじゃないかという意見の方もいらっしゃるわけです。ただ、教育の場合は直接私学に助成できませんので私学振興財団に助成して間接的な経費でやる、それと同じようなことが福祉についてもできるわけでございます。これは短いお答えではちょっとできかねるわけですが、要するに、サービスの質を落としたり、それからサービスを受ける側の人権が侵害されたり、あるいは働く者のその処遇が下がったり、そういうことがない保障さえきちっとしていれば、むしろ公的契約制度みたいな形にして措置から契約へというのが時代の流れじゃないかと思っております。
 ただ分野によっては、行政が本当に責任を持ってこの部分はもうお金をかけてもどうしてもやらなくちゃいけないという分野が多々あるわけでありまして、そういう分野は依然としてまだ措置の役割というのが残っている。
 それから措置までいかない、例えば精神障害者の問題非常に措置という言葉は嫌われているわけで使っていないだけなんですけれども、行政的な対応としてはまだまだ不十分な分野がございます。そういったものについてはもう少し、まあ言葉は選ぶとしても、行政の責任ある、ちょっとかなり介入的ではございますけれども、手厚い保護というのは必要だというふうに思っている次第でございます。この問題は、今後の福祉改革の一番大きな焦点課題だと思っております。
#13
○釘宮磐君 新緑風会の釘宮でございます。
 きょうは十分間という限られた時間でございますので、特に福祉マンパワーの確保の問題について御質問をさせていただきたいと思います。
 実は私は政治の世界に入るまでは精神薄弱者の施設におりました。その関係で、バブルの時代に私の施設の職員採用で非常に受験者が激減をしたことがありまして、このままでは将来本当に社会福祉の現場は働いてくれる人を確保できるのかなということを率直に感じたときがあったわけです。
 それが最近は、御承知のように非常に景気が悪いということもありまして、特に私の友人が勤めている東京都の人材情報センターあたりではひっきりなしに求職者は来るんだけれども求人が全くないというふうな現状があって、それほど福祉という現場はまだまだ皆さんから職場として高く評価をされていないというか、まあ景気が悪くなれば皆さんそこに、あそこならあいているだろうということで来るような、そんな程度ではないのかな。これで将来、高齢化社会がピークになったときに、果たして本当に確保できるのかなというのが現場にいた人間としての私の率直な感じであります。
 そういった意味からすれば、やっぱり福祉というのはどうもイメージが暗い、そしてまた希望がない、給料は安いというようなことがよく言われるわけでありまして、社会的なステータスも余り日本の場合は高くありませんし、この辺のイメージチェンジをやっぱり早く図っていかなきゃならないんではないのか、そのように私は思うわけですけれども、その辺について先生はどのようにお考えなのか。
 私は、このイメージチェンジ、イメージアップの効用としては、先ほど先生のお話の中にありました昭和六十二年の社会福祉士及び介護福祉士法、この制度がもたらしたものというのは非常に大きかったと思うんです。ただ私は、あの当時、この法律が制定されるときに財政当局は大変な抵抗を示したわけです。それはなぜかというと、財源が伴うとこれは困るというようなことがあったやに私は理解をしているわけですけれども、結局そのことが今大きな問題になってきているんではないのか。
 財源が伴わないということは、それだけ資格を難しい試験を経て苦労して取ってもそんな大して給料もよくないということになれば、看護婦さんが有資格者はたくさんいるけれどもなかなか現場に来ないというのと同じような状況が起こってくるんではなかろうか。実際、私自身は施設でどういうことをやっていたかといえば、措置費の中からいわゆる一号俸アップするなり それぞれの施設でもって努力をしてやってきている。もうこれは限界なんではないのか、少なくとも福祉職の俸給表あたりを早急にやっぱりつくるべきではないのか、このように思うわけです。そのことについてまた先生の御見解をお伺いしたい。
 それから、我が国の社会福祉というのはやはり施設福祉から発展してきたところがあるわけですね。そういう意味からしたときに、高齢化社会を乗り切るためには在宅ケアということが最近非常に声高に叫ばれておるわけです。一方、在宅ケアというものはこれから伸びていくしまたいかなければいけないんですけれども、そこで一番問題になってくるのがやはり待遇の問題ですね。
 ホームヘルパーさん等もこれからますます増員をしていかなきゃならないんですけれども、例えばヘルパー一つにしても、施設それから社協、また市町村、いろんなところから派遣されてきて、それが給与体系はみんなばらばらである、この辺がこれから私は大きな問題になってくるのではないのか、この辺早く待遇とか勤務条件の統一等をある程度図っていかなければならないというふうに思うわけです。
 その最たるもので、これは現場で今直接悩みを持っている問題なんですけれども、例えば在宅介護支援センターが特養等に併設されている場合、一緒に職員がいるわけなんですけれども、その特養の職員を在宅介護支援センターの職員に人事交流をしようと思っても、一方は措置費 一方は補助金というような中で、それが有機的に相互乗り入れができていない、この辺が先ほど言いましたような現場での混乱を生んでいるというふうに思うわけです。そしてまた退職共済制度等も、これは社会福祉・医療事業団でありますけれども、これも加入できる人とできない人がいる、この辺の整備を早くしなきゃいけないんではないのか。このことについて。
 それからもう一点、アメリカのシルバーサービスはソーシャルワーカーとナースという一流の人がやっていますけれども、実際の現場のケアというのはいわゆる外国人に頼っていますね。これは将来、日本でもそういう状況がやっぱり余儀なくされてくるのかどうか、その辺のところは先生はどのようにお考えなのか。
 以上、四点。
#14
○参考人(京極高宣君) これも大変専門的な御質問で、全く深刻な問題につきましての御質問なんで、適切にお答えできるかどうかわかりませんが。
 一点目は、先ほど御質問に出たことと関係しますが、もう本当に私もつくづく思っております。例えば、社会事業大学を出まして、今はなくなりましたがかつては養護教員の免許を出しておりまして、この養護教員免許と同じ勉強をした学生が、精神薄弱者施設へ行く人と養護学校の先生になる人とで雲泥の差なんですね。
 結論ははっきりしています。養護学校へ行った人は物すごく給料は高いし、そして勤務条件は夜勤もないし、夕方は帰れる。ところが、精神薄弱者施設へ行った人たちは、夜勤はあるし二十四時間の介護をしなくちゃいけないときもある、給料も非常に低い。こんなばかなことがあるかな、その人たちの生活の自立や援助のために一生懸命やっている人たちの方がはるかに待遇が悪いなんて、こんなに世の中間違っていることはないんじゃないかとつくづく思ったことがありまして、それ以来、マンパワーの問題について取り組まなくちゃいかぬと思って資格制度の問題も含めていろいろやってきたんです。
 ただ、社会的な評価という点で、やはりこれは福祉界にもちょっと内輪で固まるところがありまして、何か心ある者が集まればいいんじゃないかという、これは福祉界の人間も反省しなくちゃいけない。もう少し、例えばマスコミだとか経済界とか地域の方々に打って出ていくというか、もっと交流をするとか、そういう点はちょっと日本は何というか地味に静かにやっているところがあるんじゃないか。それから関係各位がやはり福祉のことについてもうちょっと目を向けていただいていく。最近では世論調査を見ましても大変国民の福祉意識が変わってきておりますので、その点は期待しているところでございます。
 ただ、イメージアップという点では、例えば先ほど申し上げた社会福祉協議会なんかでも、何しろ福祉界だけしか使わない長い用語がございまして大笑いしたんですけれども、私は一時大学の教授と兼務して全社協のあるセンターの所長をやっていました。それは何と言うかといいますと、一回で記憶できたら天才だと思いますけれども、社会福祉法人全国社会福祉協議会社会福祉研究情報センター所長という仕事なんです。三十文字ぐらいありまして、ジュゲムジュゲムゴコウノスリキしみたいなことを福祉関係では使っています。そして略語になりますと、私も大学に入りましたときに、例えば社協といいますと、きょうは国会の先生方ですが、最初に社会党と共産党かなと思ったんです。どうも話を聞いていると社会教育かなと思いまして、そのうちに聞いていくと、何だかよくわからないと言ったら社会福祉協議会のことだというので、こういう言葉が業界用語として内輪だけで使われているというのは大変よくない。もうちょっと易しい言葉で、国民にわかりやすくという努力をこれから福祉業界もしていかなくちゃいけないというふうに思っております。
 それから、二番目の財政の問題、これは確かに資格制度につきましては大蔵省と自治省いわゆる財政当局とそれから厚生省の間に覚書が交わされたというような専門的な話題もあるわけですけれども、これは各省でどうしても、政府提案で専門職制度が出るということは実は過去の例でごく少ないことでございまして、政府の間でもめました。大体議員立法で専門職資格制についてはなっているわけでございます。
 今般は、やはり二十一世紀の高齢社会ということを考えたときに、政府全体で決めた法律にしたい。したがって、財政的には当面すぐには迷惑をかけないという覚書を交わした。私に言わせますと覚書なんて破るためにあるんだという考え方もありますが、大蔵省さんとか自治省さんがどうしてもこの紙がないと省として説得できないということがあったんじゃないか、これは私の推測でございまして、国会証人喚問なんて言われたら困っちゃうことなんですが、そういうふうに思っておりました。幸いにして、その後大蔵省の方も予算をつけないということをそれほど言わなくなっておりますし、自治省の方もそう言っていませんので、行革の嵐の中で資格制度ができたという当時の時代状況もやはりあったということでございます。
 ただ、これから財源的なものにつきましてはやはりいろんな手当てを講じていかないといけないし、先ほど申した福祉ビジョンの方向で総枠規制が取っ払われますと、相当の程度厚い手当てができるんじゃないかというふうに期待しております。これは業務独占とか名称独占に関係せず、名称独占資格だから予算がつけられないということはございません。
 ちなみにPT、OTは厳密に言いますと名称独占ですけれども、大変に高い給料を取っている。供給源が少ないと同時に医療保険の対象に入っていますから、潤沢に予算がついているわけです。福祉の方は一般会計で毎年積み上げて予算をふやしていますから、ふえにくいということがございます。その点で、社会的な趨勢を見て財源をこれから確保して、福祉の仕事についた場合やっぱりある程度世間並みの給料をもらうということにしていかないとよくないんじゃないか。逆にもっと高くしてもいいんじゃないかと私は思うんですけれども、そうするとまた抵抗がございますので、少なくとも世間並みにというふうには思っております。
 そういうことと関連しまして、三点目の在宅ケアについての待遇でございますが、これは厳密に言いますと、在宅ケアと施設ケアと二つのケアがありまして、例えば介護を必要とするお年寄りがいますと、在宅ケアの主力はホームヘルパーさんなんです。この予算単価は これは専門的な財政用語で言いますと奨励補助金でございまして、国が例えば一時間八百六十円という単価を決めまして、この単価については補助しますよ、半分見ますよということなんです。実数値は三千円かかっているかもしれません、しかしその八百六十円までは面倒見ますという考え方なんですね。これは今の基準でありまして、従来は六百五十円でした。これは数年間ずっと据え置きでした。実数値は幾らであろうと関係ないのが奨励補助金で、奨励します、一生懸命応援します、一定の単価を国が面倒見ますということであります。では、その実数値が三千円だったら八百六十円の上の差額はどうするかというと、これは地方自治体で負担してくださいというのがスタンスでございます。
 ところが施設ケアの場合は措置費です。確かに御指摘のように不十分なんですけれども、ちょっとおくれながら実数値をとりまして改善するという、数年おくれで改善していくというので、多少は実数値に近い。その辺、専門的に申しますと在宅ケアと施設ケアは実は人件費の単価に大変違いがあって まだまだ在宅にはちょっと冷たいというのが財政当局の仕組みになっているんじゃないかという気がいたしております。この辺はぜひ改善していただきたいと思います。
 それから給料表につきましてはもう御指摘のとおりで、ぜひ専門職の給料表をつくって相互互換ができるような仕掛けにしないと、今は措置費につきましても施設の運営費は全部事務職員の経費でやっております。行政職の一級二級という等級でやっておりますので、給料の高いところと民間の低いところと互換性がないわけですね。そういう点はぜひこれから給料表をつくって改善して相互乗り入れしたり、あるいはいろんな面で自分の技能を生かしたり人間的にも高まっていくためにある程度職場を移るということも必要でございますので、そういった点の配慮というのがこれから必要です。
 共済制度につきましても非常に厳しい状況がございます。私が特に最近感じましたのは、授産施設のあり方の検討会、厚生省の三局四課長を含めました検討会で答申をまとめましたけれども、特に感じましたのは、小規模作業所というのは全国にあれだけたくさんありながら、多少予算的にふえても一施設九十万とか百万、今度ふえて百万ですか。デイサービスという点で見ますと、乳幼児の保育所のデイサービスとお年寄りのデイサービスセンターのデイサービスと障害者の小規模作業所のデイサービスとどこが違うんだと思いまして、片一方は全然予算がついていないというので、それは何か不公平な感じがいたします。そういう点についても多少の考え方の改善が必要なんじゃないかという気がいたしております。
 それからシルバーサービスの問題これは大変深い問題で、我が国が国際的にどうなっていくかということと関係しております。
 ドイツの例で言いますと、当初は、ドイツは高度成長期に外国人労働者を入れまして、実はこういう分野についても外国人を入れておりましたけれども、東西が一緒になったことも契機になり、やはりお年寄りの介護になりますと非常に民族性が出てくるんですね。私もドイツの老人ホームに行きましたら、まだ日本語がしゃべれる、日本のドイツ大使館にいたお年寄りがいまして、日本人が来た、懐かしいというので日本語で話しかけられました。そういう方々は別なんですけれども、一般的にはやっぱりドイツ人はドイツ語でしゃべって声をかけあったり、そういうのが温かい介護で、ただボディータッチして食べさせればいい、口をあけて栄養のある物をつぎ込めばこれは介護だ、あるいはおしめを嫌だ嫌だというのを何回も取りかえれば介護だということじゃなくて、心の通った介護ということになりますとやはり民族性というものがなかなか抜けない。
 私もブラジルに参りましたが、日本人あるいは日系人が随分頑張って福祉の分野をやっております。社会保障が非常におくれているために民族でやるしかないわけでございます。そういうところへ行きますと、従来は、ブラジル人というのはいろんな多民族のるつぼですから融合しまして一つになるはずだという非常に理念的な観念があったんですけれども、現実には民族ごとなかなか融和できない現実がありまして、日本人は日本人、日本人以上に日本的な、例えば大根を食べたり、生活を保って誇りを持って生きていらっしゃる。
 そういうことを考えますと、介護を軽々に安上がりだから外国人労働者に任せるという考え方は僕は正しくないと思っています。ドイツでは、ドイツ人の介護はドイツ人でということがい言葉になっていまして、そこまで言うかどうかは別として、少なくとも日本のことをよく理解している外国人だったらいいけれども、そうじゃない、ただ労働力の点だけで見るのは非常にお年寄りの、人間の尊厳を傷つけるんじゃないか。また外国人にとっても失礼なんじゃないか。むしろ、もし外国の方に入っていただけるんだったら、これはお医者さんから看護婦さんから介護の方まですべて押しなべて平等に入っていただいて、その結果また本国に帰って日本の経験を生かしていただけるとか、いい意味の外国人の方の日本のいろんな労働市場への参画ということは考えてもいいけれども、安上がり労働力だけで考えるというのは非常に危険であるというふうに思っております。
 背に腹はかえられないからというふうにおっしゃっていて、一時期、大分労働力不足が言われた時期は、もう京極さん何そんな理想主義的なことを言っているんだなんて言われたんですけれども、今バブル経済がはじけまして求職が非常に厳しくなってきた、求人が少なくなってきましたので、そういう点ではかえっていい労働力を得られる。むしろ主婦とかサラリーマンを退職した方でも、パートだったら働きたい、あるいは老後の生きがいのために少しは仕事をしたい、こういう方々をもっともっと確保してやるのが大事なんじゃないかなというふうに私は思っています。
 外国人が全く来ちゃいけないとかいうことじゃなくて、外国人の方にも来ていただいているし、私どもの大学も外国の方に来ていただいていますけれども、これは低賃金の安上がり労働力だから来ていただくんじゃなくて、専門的な勉強をきちっとしていただいて、日本で働いてもらっても結構ですし、海外でお戻りになってやっていただいてもむしろ先導的な役割をしていただけるという期待を持って入れていることでございます。
 ちょっと長くなりましたけれども、そんなことでお答えになったかどうかわかりませんが。
#15
○浜四津敏子君 本日はいろいろお教えいただきましてありがとうございます。
 介護は、なかなか医療のような体系化はまだこれからでございます。これからどう体系化し、また現状に的確に対応できるかというのが問題かとは思いますけれども、そのうちの体系化の確立の一つとして、社会福祉士あるいは介護福祉士の資格化というのは大変評価できるものと考えております。
 これらの資格を取られた方々は、まだいわば草創期と言える段階かと思いますので、それぞれ一生懸命努力され、また御苦労されているかと思います。一つには、社会福祉士の方々は大変広範な専門知識を身につけられ、また技術の面でもケースワークあるいはグループワーク、コミュニティーワーク、スーパービジョン、さまざまな専門技術を身につけられた方々、こういう専門性がどのように実際に有効に活用されているのか、またどういう点で現場では苦労されているのか。
 これはある一部の方のお考えかもしれませんけれども、社会福祉士の資格を取られた方は、こうした知識あるいは技術を現場で生かすというよりもむしろ組織を動かす立場に立ってしまう、マネジメントの立場に立つことが多くて、なかなかこれらを生かす第一線に入れない現状にあるというような声も聞かれますけれども、この現状と、それから本来この資格制度を取り入れたときの社会福祉士に求められる使命とか責任とか、あるいはまた現状の問題点、御苦労されている点等がありましたらお教えください。
#16
○参考人(京極高宣君) 特に社会福祉士制度につきましての御質問でございますが、介護福祉士と違いまして社会福祉士はある面でちょっと広い面がございまして、職場の範囲もいろんな分野で働いておりますし、それから相談、援助、助言というのが一応メーンでございます。例えば施設に入りますと、入所する方あるいは入所する方の御家族との相談ということがございますけれども、同時に、例えば施設の生活指導員あるいは施設長さんなどになりますと介護に携わっている方々に対する何というか、スーパービジョンということが言われているわけですけれども、いろんな評価をして時には指導するということも必要になってきまして、そういうときにこの資格が直ちに生かされているかどうかという点については、確かに十分に生かされていないところが多々あると思います。
 ただ、現場の方、既に現場でいろんな行政職なんかで各種のつかさとかを経験して、養成施設を経ないで国家試験だけで入った方、これは非常に自信を持って従来の仕事を進めていく。さすがあの人は社会福祉士を通っただけのことはあるということがありますけれども、新卒者で資格を取って入っていくときになかなか生かしにくい。その生かしにくい原因は、まだ社会福祉士の評価がたかまっていないということが一般的な背景としてございますけれども、同時に、一つこれは制度上の問題があります。
 実は今般もそうでございますけれども、国家試験で発表になる時期と採用される時期が新卒の大学生にとってはずれております。例えば普通の教育職だったらことしの四月一日卒業しますと教員として採用されます。看護婦さんだとか、医師は医師として採用されます。ところが社会福祉士とか介護福祉士は四月の採用が決まってから国家試験の結果が出てきます。従来、五月に発表されていました。したがって採用の時点は全く無縁で採用されているというところに矛盾があったわけであります。厚生省といたしましては、大分いろんな関係団体の圧力もありましてこれを来年度からは改めたいと。できれば一月末ぐらいに試験をやって、四月一日には要するに有資格者としてまず採用される、ここが資格を生かすまず第一の道だと。
 それからあと、現場の方では、資格のある者、特に社会福祉士についてはまだ評価が十分じゃないということ。数も少ないですが、例えばそういう人たちを生活指導員に持っていこうとか施設長に持っていこうとかいう空気は、まだ残念ながら厚生省の方にも起きていない。
 在宅介護支援センターたくさんできておりますけれども、例えばこういうセンターのセンター長なんというのは適材なんですね、この有資格者は。ところが、これは私も厚生省に大変文句を言っているんですけれども、何しろ国家試験が難し過ぎまして毎年千にも満たないことでは、これは一万カ所つくってもとてもじゃないけれども一万人の社会福祉士さんは確保できない。もちろん保健婦さんがやられるところもありますので半分としても、フィフティー・フィフティーとしても五千人も確保されていません。ことしの試験が終わりまして恐らく四千人ぐらいだと思うんです。もうちょっと有資格者が出ていかないといけないということもございます。
 したがって、その資格を使うときになると、数が少ないから余り行政としても強く言えない。介護福祉士みたいにだんだん数がふえてきますと、主任ヘルパーさんには介護福祉士さんをなるべく優先させるとか、特に年配の方でとった方は優先的にさせるとか、あるいはいろんな実習生を指導するのは有資格者にさせるとか、はっきりしてくるんですけれども、今はまだ数が少ないんでそういう点での何というか資格を生かす点では必ずしも十分じゃない。ただ、シルバーサービスなどはかねや太鼓で、やっぱりそういう方がいらっしゃいますと宣伝になりますので、やっています。それから介護保険関係ではそういう方を採用して相談業務に充てているということはありますけれども、まだ全般的に社会福祉士が広く生かされているという状況ではございません。社会福祉士会ができましてことしになって二年目になりますけれども、そういう団体が有資格者をいかに現場で生かすか、待遇条件を上げるかということで運動も開始し始めたというところでございます。
 もともと背景としては、私もちょうど当時担当者で厚生省におりましたけれども、やっぱり一つは、資格というのは何のためにあるかというと、国民によく理解していただくためにあるというか国民の福祉サービスのためにあるわけですから、専門職として、自分の地位向上はもちろんありますけれども、やはりいいサービスができるということが基本であります。そのことが法の目的でございますので、やっぱり資格者をもうちょっと大量に出して、いろんな分野で適材適所について、そして行政も行政指導でこういう分野はこういう人がなるべくついた方がよろしいとか、そういうことができるようにと思ってつくったんですけれども、私も国家試験の副委員長でいて大変責任を感じているんでありますけれども、正副委員長会議とか厚生省といろいろ協議いたしますと、難しい方がいいという意見が強い。それから、残念ながら私ども学校教員として、各大学の福祉系の先生方にしますと、相当難しい問題を出していまして、これできるかなと。
 まあ冗談でございますけれども、厚生省の担当室長さんが社会福祉士の問題を見たら三分の一もできなかったというんで、こんな難しい試験、しかもそれが待遇にすぐはね返ってくるならいいけれどもそうじゃない。名称独占の資格ですからもう少しリーズナブルなところで線を引くべきじゃないかという声もございます。ただ、余りやさし過ぎますと、こんな程度も知らないのかということになりますと、名称独占資格でございますので非常に脆弱になってしまう。したがって徐々に広げているところということで、絶対評価主義で、医師の国家試験と同じように、ある程度の問題をクリアーしたら合格させる。名称独占ですから何人に絞るとかそういうことはしないでやっているわけです。結果的に、過去の流れがややもしますと、目的に反すると言ったら大げさですけれども、資格制度そのものは国家試験としてきちっとやられていることは、厳正に実行されていることは間違いないんですけれども、本来の法の目的からちょっとずれたような難しさになっているという嫌いはあるような気がいたします。
 そんなことでちょっとお答えになったかどうかわかりませんが、とりあえずお話をさせていただきました。
#17
○浜四津敏子君 時間が来ましたので、これで結構です。
 大変ありがとうございました。
#18
○吉岡吉典君 共産党の吉岡といいます。きょうはありがとうございました。参考人の方、次々おいでいただきいろいろお話を聞く中で、日本の高齢者対策をめぐるいろいろな問題がだんだん明らかになってきたと喜んでいるところです。
 私、そういう話を聞きながら感ずることの一つは、本来高齢者対策ということを我々がここで論議し合わなければならないことは大変すばらしいことだと思っています。というのは、長寿、長生きというのは人類の夢でありましたし、それがかなり実現して高齢化社会が実現した。これは社会の進歩であり、それに対して我々は対策を立てなくちゃならないということで臨まなきゃならない、大変喜ばしいと思っているところです。
 ところが一方では、前回の参考人の話もありましたけれども、日本は世界で老人の自殺率が二番目だという話もあり、それは日本の高齢者対策の大変なるおくれのあらわれだなとも思いました。
 そういう点、参考人はどうお考えになっているかということも踏まえてお話をお伺いしたいんですが、その一つが、きょうも問題になっておりますマンパワーの確保ということもおくれていることの一つじゃないかと私は思います。当調査会の中間報告では、この間出しました調査会の報告ではこれを大変重視しまして、ゴールドプランで立てられているマンパワーの確保も現在のままでは困難と見られるというふうに指摘しております。この点について、こういう調査会の見通しというのは厳し過ぎるかあるいは甘過ぎるか、そういうことも含めて参考人の意見をお伺いしたいと思います。
 あわせて、これは私どもの方の考えですけれども、これでも確保が大変だということを調査会が指摘している増員計画、例えば先生の資料にもありますホームヘル。八丁の十万人とかこういうのも、私どもはまだまだこれでも非常に不十分で、例えばホームヘルパーにしても少なくとも十万じゃなくて二十万ぐらいは確保しなくちゃならないし、それでもまだ十分だとは言えないというふうに思っていますけれども、ゴールドプランの目標自身についてどのようにお考えになるか。それも確保が困難だということになるとこの問題について本当に抜本的な対策が必要になるし、その抜本的な対策は一体どこに求められるのか。
 私もその一つとしては、きょうここでも論議になりました待遇、給料というふうなところにあるんじゃないかと思っているところで、これは随分論議になりましたけれども、もちろん教育等いろいろあると思います。思いますけれども、結論的にはやはり待遇でなければ、やっぱり腹が減っては戦はできぬということになるし、そういうおくれを克服してやっぱり世界に誇れる社会福祉が日本で実現することが、同時に何よりも意識を変える上での力にもなるんじゃないかというふうに思いました。
 少し古い資料ですけれども、世界の青年の意識調査によると、スウェーデンでは自国に誇れるものとして社会福祉を挙げた青年が七一・六%あった、日本はそれがわずか六・三%だったという数字があるということを私最近知りまして、日本でもそういうおくれを取り返していくことが、スウェーデン並みの、世界に誇れるものの筆頭に福祉を挙げるようになるんじゃないかというように感じました。
 取りとめのない質問ですけれども、先生の御意見をお伺いします。
#19
○参考人(京極高宣君) マンパワーの将来見通しは大変重要な問題でございます。
 これは実は、あのゴールドプランが出ます前、私が厚生省におりましたときに、労働省と厚生省で福祉ビジョンというのを出しまして、そのときはたしか五万人計画ということで半分の計画でございました。その根拠は、高齢者が伸びてくるんだから当然マンパワーは倍になる、そういう考え方でありまして、何というんですか、高齢者の伸びをただ伸ばした。つまり、高齢化が進んでもヘルパーさんを財政的な理由によってそのカーブよりも下げちゃうことはしません、高齢化の伸び並みは確保しましょうというのがたしか五万人計画でございました。ゴールドプランのときは、私が出て後でしたけれども、これは倍にしようという意識があって、五の倍数ですから十万という数字が出てきたというふうに思っております。
 ただ実態論としましては、この十万というのは、これは余りこんなところで申し上げちゃいけないのかもしれないけれども、単価計算で予算上の数字でございまして、実際上は例えばフルタイムで働いている方ということになりますと結構大変な額なんですね。つまり、三万人といっても実際二万七千だったり、一割引きだったりするわけで、予算単価上は三万人となっていましたけれども、実際上実働で動いている方はそうなっていたりするわけで、何しろ単価が低いものですから、地方自治体つまり市町村が非常に負担が大きいわけでございます。さっきも申しました奨励補助金で国と都道府県と市町村が出した金では足りないから、具体的に雇用する市町村がその上乗せをして雇っていたということで、国が幾ら何万人と言っても、受けるのは市町村でございますので、そんな単価じゃとても人はふやせないということで、伸びが実数値は非常に低かったわけです。
 老人保健福祉計画をやっていって、本格的に施設福祉と在宅福祉を市町村の責任でやらなくちゃいけないとなりますと、施設をぼんぼん建てて県にお任せしていればいいわけじゃないんで、やらなくちゃいけない。それも、今度の計画の特徴は、ニードをちゃんと測定して、どういうお年寄りが何人いて、その方々にはどんなサービスをするかというリアルな調査、計画でございます。
 従来の福祉計画といいますと、何かスローガンがありまして、ともに生きる社会を築こうとか、スローガンがたくさん出て、これはそれで立派なものですけれども、数字がない、財政的な裏づけがないということで、福祉計画は他の計画に比べましてちょっと見劣りがした。
 今度の老人保健福祉計画はそこがきちっとしていますので、じゃ何人ヘルパーさんをふやそうかということになってきますと、確かにゴールドプランの数字でいいかどうか。ちなみに、結論的に申し上げますと、今厚生省で積み上げているようでございますけれども、今年度中に積み上げた数だとどうもゴールドプランを上回るんじゃないかということです。
 それから別途、私が全国社会福祉協議会の先ほど申しました難しい名前の情報センターの所長のときにシンクタンクに委託をしまして、専門家のデルファイ法というのがありまして、例えば施設長さんとか医師会の方とか行政担当官、全国で千人ぐらいの方にいろいろ聞いた。今の計画で直観的に見て足りるか足りないかという、これ専門家の直観ですので素人に聞くのとちょっと違った意味があります。そうすると、やっぱり十万ではちょっと少ないんじゃないかという意見がありまして、十二万ぐらいのところが一番多かったんですね。
 ただ、倍までいくかといいますと、一つはまだ国民の意識がヘルパーを使う、利用するというところまでいってないので、何かお上の世話になるという向きもあり、特に農村部におきましては、依然として家族で面倒を見た方がいい。
 よくジョークで言われているような話になりますけれども、ヘルパーさんが来る前には一家でもう徹夜して全部掃除して、ヘルパーさんに座布団敷いて待っている。来てどうもありがとうございましたと。こんなんだったらもうヘルパーさん来ないで自分たちでやった方がいいという話がありますけれども、そういう意識があって、なかなか利用するという意識の方、利用度というのが低い。
 ヘルパーを必要とする客観的な必要度はあっても、利用したいという意識の方がまだ日本では十分に出てないということもありまして、その点で倍までいかなかったんじゃないかという気がいたします。
 ただ、これがだんだん定着していきますと、私の予測では最初は低目にいきますけれども、ヘルパーさんを利用して、各家庭に親しんでいきますとだんだん利用率が上がっていきます。そして病院に入るよりは施設、施設よりは在宅ということになってきますと、当初のゴールドプランの十万人の数字をやはりどうしても上回ってくるんじゃないか。
 これは老人保健福祉計画をつくるときにいろんな議論がございました。ガイドライン部会でも、これは厚生省の担当の老人保健福祉部長さん、それから老人保健課長さん、私、地方自治体の部長さんも入って議論しているわけです。そこで決まったことが方針ということで、いろいろあったんですけれども、皆で確認したことは、ゴールドプランの数字を強引に地方自治体に当てはめる、よく言われているように靴に合わせて足を切るということはやめましょう、足に合わせて靴をつくるんだから、これからゴールドプランよりも大きな数字が出てきたらちゃんとゴールドプランを見直ししょうじゃないかという決意をしてガイドラインをつくりました。その結果、どうも上回りそうだということになっておりますので、しかも幸いにしまして、そういう福祉ビジョンも三月二十八日に出そうなので、天の配剤かなと思っております。
 ただ、どの程度大きいかというのは各地方地方によってかなり差があります。例えば施設が非常にあるところは施設をうまく利用しょうじゃないか。町村部におきましても、昔小学校があったのを、子供が減ったために統廃合して、一カ所の小学校は老人ホームにしたところがございます。そうすると非常に明るくてしょっちゅう町村の方が出入りしている。山里の暗いところじゃなくて、本当に明るいみんなが通えるところに、お年寄りがそこへ行ってまたちょっと出ていけば自分のうちに行けるという特別養護老人ホームもあるわけです。ホームヘルパーさんをたくさんふやすということはなかなかできにくいとか、そういうところで、もう本当に目と鼻の先に老人ホームがあります。それから山奥の方ですと、一カ所の施設に集めるのは大変だから、ヘルパーさんがバイクかなんかではっと行っていろんなお世話をするとか、いろんな地域性もございまして、それぞれ地域の特性に合わせて市町村の創意でやっていくということです。
 これらを足しますと日本の全体が出てくるんですけれども、私の感じですと倍も必要じゃないんじゃないかという感じがしています。というのは、施設福祉も今おくれていますので、施設もふやします。それから特にデイサービスセンターが非常に今伸びております。これは日中独居老人にとっては、最初は抵抗されていても、行くうちに友達もできる、おいしい食事もできる、何かリフレッシュして日中独居で寝たきりな状態から立ち直って車いすで動けるようになったとか、そういう方も出てきているわけです。そういうものとか、それからヘルパーさんとか、総合的に全体の中で考えていきますと、十万人では足りないけれども、感覚的には若干二割か三割かアップするようなことになるんじゃないか。
 計画ではローリングシステム、途中で見直すということになっていますので、途中で見直して足りなければふやす、多過ぎたらまた減らさなくちゃいけない、これは仕方ないことなので、その辺は弾力的に、しかも地方自治体の創意を尊重して国としての計画にしよう。今までの計画はどちらかというと国が押しつけているという計画なので、そうじゃない計画にしたい。市町村のやはり主体性というものを尊重しながらやっていく計画にしたいということで来ております。
 ただ初年度なので、各市町村にこうしなさい、こうしなさいと言ってやった県も多少あるかと聞いております。そういうところでは、うちはとってもそんなヘルパーさん置けないとか、介護支援センターはうちは一カ所でいいんだけれども、二カ所はできないなんていうところも県の指導でかなり高目に出ているとか、逆に尊重し過ぎちゃって低くなっているところとかという現実がございまして、かなり地域差があるというふうに思っております。
 それから国民の意識につきましては本当におっしゃるとおりで、まだまだ福祉は北欧などに比べておくれているわけです。
 ただ私は非常にある面では民族主義者でありまして、十年ぐらい前ですが、海外へ行きますと非常に劣等感を持ったものでございます。例えば北欧とかデンマークに行きますと、こんな差がついているのか、マラソンでいいますと先へ行っていてとても追いつけない。五年前に行きましたらちょっと追いついてきたなという感じがあるんです。昨年行きましたら、二十一世紀のある時点では横並びに並んで追いつけるんじゃないか。
 高齢化につきましては御案内のように日本が世界一の先進国になる。ドイツが一時は一番高齢化が進んでいたんだけれども、東西合併しましたところ、日本がやはり一位になりまして、高齢化はおそらく日本が長寿ということもあり世界一の国になる。しかし、福祉が世界一になるということを自信を持って言っている方は、政府ももちろんですけれども、福祉関係業界でも言っている人はいないわけなんです。
 日本は日本のいいところもございますので、やはり日本的なよさというものを生かしながら――これは福祉ビジョン懇談会で、冒頭、大内厚生大臣が日本の福祉は将来どうなるかということを言ったので、私は手を挙げてお答えしたことなので皆様にも御披露しても構わないと思います。
 昔、家族や地域は美徳だという、ややもしますと後ろ向きの日本型福祉社会がありまして、それはまずい。そうじゃなくて、日本は、北欧の公的福祉の進んだいいところ、あるいはイギリスなどの自発的な福祉のボランティアとかが進んだいいところ、アメリカのシルバーサービスは本当に質の高いものが、お金さえあればすごいのがありますけれども低所得者は厳しいというような、ただ、いいところ、質の高いサービスがあるということ自身は認めなくちゃいけない。それから、東南アジアの地域社会とか家族の温かさ、そういうものをうまくコンバインするというのが日本じゃないか。だから、これからの目標として、我が国がどういう福祉社会を築くかという点で、日本的ということで、日本は特殊日本的ということではなく、一億の国民がおりまして世界一の先進高齢国になるわけですから、世界にも通用するものをやはり日本で考えていかなくちゃいけないんじゃないかと申し上、げた次第でございます。
 実態はいろんな厳しい壁もございますので、まだまだ乗り越えなくちゃいけない問題、制度改革もそうですし国民の意識改革もそうですし、いろんな点で改革がされなくちゃいけませんけれども、やはり胸を張って、世界一の高齢化先進国であるというだけじゃなくて、福祉の先進国に二十一世紀にはなってほしい、また、そういうふうに関係各位の方に頑張っていただきたいと思っている次第でございます。
#20
○吉岡吉典君 ありがとうございました。
#21
○会長(鈴木省吾君) 以上で京極参考人に対する質疑は終了いたしました。
 京極参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席をいただきましてまことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後三時十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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