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1994/06/08 第129回国会 参議院 参議院会議録情報 第129回国会 国民生活に関する調査会 第10号
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1994/06/08 第129回国会 参議院

参議院会議録情報 第129回国会 国民生活に関する調査会 第10号

#1
第129回国会 国民生活に関する調査会 第10号
平成六年六月八日(水曜日)
   午後一時二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月三日
    辞任         補欠選任
     篠崎 年子君    日下部禧代子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         鈴木 省吾君
    理 事
                清水嘉与子君
                竹山  裕君
                三重野栄子君
                小島 慶三君
                武田 節子君
                吉岡 吉典君
    委 員
                太田 豊秋君
                成瀬 守重君
                溝手 顕正君
                青木 薪次君
                菅野  壽君
               日下部禧代子君
                栗原 君子君
                谷本  巍君
                笹野 貞子君
                下村  泰君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        小林 正二君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民生活に関する調査
 (本格的高齢社会への対応に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○会長(鈴木省吾君) ただいまから国民生活に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る三日、篠崎年子君が委員を辞任され、その補欠として日下部禧代子君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○会長(鈴木省吾君) 国民生活に関する調査を議題とし、本格的高齢社会への対応に関する件について意見表明及びフリートーキングを行います。
 本調査会は、現在まで二カ年にわたり本格的高齢社会への対応をテーマに調査を進めてまいりましたが、本年度の中間報告書を取りまとめるに当たり、本日は、これまでの調査を踏まえ、委員各位の御意見を伺いたいと存じます。
 御意見のある方は順次御発言願います。
#4
○竹山裕君 私は、本調査会のこの一年間の調査活動を踏まえ、高齢者福祉をめぐる最近の動向とその課題、高齢者福祉の視点から見た家族、医療、生活保障の問題点について幾つかの見解を申し述べたいと思います。
 現在、社会保障制度は大きな転換期を迎えております。この一年間、年金、医療、福祉などについてさまざまな変革の動きがあります。年金や医療保険の改正法案は既に国会に提出されております。これらはこれから関係委員会等において本格的な審査が進んでいくと思われますので詳細には言及しませんが、十分に議論を重ねて、国民的なコンセンサスを得ながら結論を導いていくべきものと考えております。
 高齢者の福祉に関しては、この三月に二十一世紀福祉ビジョンが示されました。このビジョンについては、介護サービスの目標水準の思い切った切り上げ、新ゴールドプランの策定、雇用、住宅、教育など関連施策との連携強化が指摘され、また社会保障に係る給付と負担について試算を提示するなど、評価できる点も多くありますが、一方で、適正給付・適正負担など用語のあいまいさや、介護システムづくりの具体的な道筋が不明確であるなどの問題点も指摘されております。
 特に懸念されるのは、ここに示された試算がひとり歩きして、オーソライズされた社会保障費用として利用されることであります。このビジョンはあくまで中長期的な展望を示すものであり、この試算は大まかなものにすぎません。福祉施策のあり方については、さらに具体的なプロセスとさまざまな選択肢を示し、国民的な議論を経ていくべきものであると考えます。
 さて、この一年の福祉施策の動きを見ると、昨年の本調査会中間報告で提言した事項についてその多くが進展を見ておりまして、関係者の努力を多としたいと思いますが、まだまだ我が国の高齢者福祉の水準は十分とは言えません。例えば、特別養護老人ホームについては、入所したくてもできない待機者が全国で五万五千人にも上っており、その数は増加する傾向にあるというマスコミの最新の調査もあります。今後、ゴールドプランの目標値の思い切った上乗せや処遇の大幅改善によるマンパワーの確保、高齢者との体験交流など青少年の福祉マインド育成などが大きな課題であります。
 なお、福祉に関しては、実際に介護に携わる人々や現場で苦労を重ねている介護関係職員の生の声を聞くことが重要であります。こうした意見に謙虚に耳を傾け、適切に吸い上げていくことが肝要であります。また、現場への権限の移譲、分権化も一層進めていく必要があります。
 次に、家族と高齢者福祉について申し上げます。
 核家族化の進行、少子化と高齢化、女性の社会進出等に伴って、家族の形態、役割、機能は大きく変化してきました。夫婦二人だけやひとり暮らしなど高齢者のみの世帯が急増し、家族が持っている子育てや高齢者介護の機能が低下してきました。
 こうした家族の変化は、社会の成熟、選択の自由、価値観の多様化などを背景にしたもので、先進諸国にも共通した、ある程度必然的、普遍的な動きであると考えられます。家族に対する施策のあり方は、これらの変化を前提に、子供や高齢者を社会的に支え、家族機能を適切に補完し支援していくことに重点が置かれるべきであります。
 まず、少子社会への対応についてですが、出生率の低下にはいまだ歯どめがかからないで、合計特殊出生率は一・五〇を切ろうとしております。このため、将来の人口減少により社会の活力の減退につながったり、経済成長の阻害要因になるのではないかなど不安が示されております。もとより、結婚や出産は個々人の選択の問題であり、国が直接介入すべきことではありませんが、子供を安心して産み育てられるような社会的、経済的な条件づくり、子供自身も健やかに育つことができるような環境づくりを進めていかなければなりません。
 総合的な子育て支援計画であるエンゼルプランを早期に策定し、保育所の整備促進や学童保育の充実、児童手当の拡充、地域による子育て支援、仕事と子育ての両立のための労働条件の整備や、男女とも育児に喜びを見出せるよう役割分担を見直していくことなどを進めていくことが重要です。
 次に、高齢者の介護と家族支援についてであります。在宅の寝たきりの高齢者は平成四年現在約二十九万人であり、その七割以上が一年以上の寝たきり状態となっております。この介護はほとんどが妻やお嫁さん、娘さんなどの女性によって担われており、また介護者の三分の一は六十五歳以上の高齢者であり、共倒れの懸念が現実化しております。
 在宅介護を続けていくためには、こうした家族の肉体的、精神的、経済的な負担をできるだけ軽減するとともに、今後増加するひとり暮らしなど高齢者のみの世帯に対応するためにも、社会的な介護サービスの質量ともの大幅な拡充が不可欠であります。
 それとともに、適切な情報提供や何でも相談のできる窓口の整備、介護休業制度普及促進のための介護休業法の早期制定、在宅介護の経済的負担の軽減策の検討、地域による介護システムの確立等が急務となっております。
 次に、高齢者医療の問題点であります。
 まず、高齢者の在宅生活を支える地域医療、在宅医療の充実が必要であります。福祉、医療などさまざまな地域における在宅サービスは行政の縦割りで行われており、重複があったり連携がうまくとれていないとの指摘も多く見られます。必要かつ最適なサービスを効率的に供給するためのシステムづくりが必要です。このため縦割りを越えたコーディネーターの育成が必要です。また、病院や施設と在宅を結ぶ役割も重要と考えます。
 在宅医療については訪問看護ステーションの役割が期待されております。量的な整備を一層促進するとともに、民間における訪問看護サービス事業の育成も必要であります。また、開業医については高齢化や数の減少が指摘されておりますが、地域医療の充実のためには、かかりつけ医師機能の強化が不可欠であります。医学教育こおけるケアの役割や老年医学の重視、開業医を目指すようなインセンティブの付与が望まれます。
 次に、高齢者の生活の質の向上という観点からの医療の見直しであります。病院や施設における療養環境の整備はいまだ不十分でありまして、老人病院などは長期の療養に適したものとなっていません。生活の場としてプライバシーにも十分配慮した環境とするとともに、十分なマンパワーを配置していく必要があります。
 また、福祉施設、医療施設に同じような態様の高齢者が入所していることも問題となっております。福祉サービスの充実等によって医療分野と福祉分野の仕分けをはっきりさせることが必要です。また、在宅・施設間あるいは施設相互間の負担のバランスをとることも求められます。なお、その際には、特に長期療養者にとって負担が過重にならないような配慮が必要と考えます。
 さらに、高齢者自身の選択や同意を基本に考えた場合、インフォームド・コンセントの確立や終末期医療の充実が望まれます。本調査会はこの三月、我が国では初めてホスピス病棟を併設した浜松の聖隷三万原病院の視察を行い、また勉強会で終末期医療に取り組んでいる医師のお話も伺いましたが、尊厳を持って充実した最期のときを過ごすため、ホスピスを充実させていく必要性を痛感しました。
 最後に、高齢者の生活保障について申し上げます。
 高齢者世帯は住宅・宅地資産などストックが大きく、高齢者が一律に貧しい集団とは言えないのは確かでありますが、高齢者のみの世帯を中心にして消費支出は低い層に偏るなど、経済的に豊かでない高齢者も多数存在しています。こうした人々の生活を保障していくことが必要です。
 高齢者の生活の基礎となるのは何といっても公的年金による保障であります。公的年金制度を将来を通して安定したものとしていくためには、世代間の負担と給付の均衡を図って、年金制度に対する信頼を確保していくことを基本に施策を進めていく必要があります。今回の年金改正では老齢年金の支給開始年齢の引き上げが提案されておりますが、これに関しては高齢者雇用との連携が強く求められます。
 六十歳定年は定着しつつあると申しましても、六十五歳までの定年延長や継続雇用は思うように進んでいないのが実情であります。加えて、この不況により高齢者の雇用情勢はまことに厳しいものがあります。満額年金の支給開始年齢の引き上げには、このような情勢を見きわめ、六十五歳までの雇用実現までの間、ある程度の時間的猶予も必要であると考えます。
 また、現在国民年金制度には多数の保険料滞納者や未加入者がおり、年金の空洞化が心配されております。特に未加入者にはあらゆるチャンネルを使って働きかけを強めることが求められます。なお、今後の年金保険料の引き上げを抑制するため、基礎年金部分の国庫負担の割合を現在の三分の一から二分の一へ引き上げることも今後検討すべき課題と言えましょう。
 高齢者雇用に関しては、働くことを希望する者には六十五歳までの雇用を保障していくとともに、高齢者にも働きやすい職場環境を整えていくことや短時間勤務など多様な雇用の機会を確保、開発していくことが課題であります。
 さらに、高齢者の大部分は元気に日常生活を送っておられます。こうした高齢者が生きがいを持って充実した生活を送れるよう社会参加促進のための機会の確保が望まれます。
 世界一の高齢社会が迫っておりますが、高齢者が多い社会は決して暗い世界ではないし、また、そうしてはなりません。このため、今高齢社会対策を本格的に推進し、長年社会に貢献してこられた高齢者が尊厳を持ちつつ安心して老後を過ごせるような環境を整えていくことが必要であると考えます。
 以上で私の意見表明を終わります。
#5
○日下部禧代子君 社会党の日下部でございます。
 これまで本調査会では医療、家族、そしてまたボランティア、ホームヘルパーなどさまざまな分野の方々の御意見を承ることができましたし、また、さまざまな福祉や医療の最前線に視察をさせていただく、そういう機会をいただきましたことを大変感謝しております。そのことをまず最初に申し上げさせていただきたいと思います。
 まず、これからのいわゆる高齢社会というものを本当に豊かな高齢社会、ゆとりある高齢社会というものにつくり上げていく、いわば高齢社会を構築していく視点として 私は 高齢者あるいは障害を持つ方々の尊厳と自己実現が基本であるということをまず申し上げさせていただきたいと思います。
 現在、日本は豊かだと言われております。特に企業の国際競争力は世界のトップでございます。しかしながら、国民の生活実感との間には大きな差がございます。さまざまなそういった社会的なあるいは経済的な矛盾というものが障害を持った方あるいはお年寄りにしわ寄せされているのが現状でございます。介護する側もされる側も疲れ切っているというのが現状ではないかというふうに思います。そのことは、平均寿命が世界一、しかしながらお年寄りの自殺率も先進国で一番であるという事実にあらわれているのではないかというふうに思います。そのためにはやはり、施策の視点というものを根本的に改め、対策を再構築しなければならないというふうに思います。
 その視点といたしましては、まず第一に、これまでサービスを提供する側の視点で構成されておりましたサービスのシステムというものを、利用者が主役である、利用者の主体性、決定権を尊重するという視点。それから二番目には、利用者の生活を全体的にとらえる。これは縦割り行政に非常につながっていることではございますけれども、これは利用者の生活というものとか人生というものをばらばらにとらえているという、そこから出ていることではないか、発生していることだというふうに思います。
 次には、今現在我が国にはさまざまなサービスがございます。メニューはございますが、それがばらばらでございますので、その効果を十分に発揮しておりません。そしてまた、サービスを利用する側にとっては非常に不十分である、満足がいかないという問題が出ております。したがいまして、利用する人の生活の場において多様なサービスを有機的に連携していくというシステムが必要ではないかと存じます。
 四番目には、サービスはございますけれども、それの質の問題でございます。
 質が果たしてどういうものか。量の問題というのはかなり我が国でも到達してきたと思いますが、質の問題がこれからもっともっと議論されなければならないのではないかというふうに思います。
 五番目には、当然のことながら、今申し上げましたような視点をきちんと押さえた上での仕組みをつくるためには地方分権ということと住民参加ということが不可欠になってまいります。
 そして六番目には、福祉サービス、医療サービスだけではなく、利用する方々の生活環境、そして生活の質ということが保障されなければならない。これは、町づくりというふうなこと、住宅の問題にもつながってくるというふうに思います。
 先日、五月二十六日に日本社会党におきましては高齢社会福祉プログラム中間報告というものを報告させていただきました。その基本的な理念というものは、まず第一に公助を中軸とした共助、自助の重層的な組み合わせのシステムをこれからつくっていかねばならないということが一つでございます。
 二番目には、これまで特に介護の問題というものを中心として日本の社会福祉というのは家族の責任ということになっておりましたが、やはりこれからは家族ということよりも社会的責任ということが非常に重要になってくる。家族をいかにして支えるか。家族崩壊というふうな悲劇的な事態に陥らないためこも、いかにして家族が家族であるために社会的なサポートをするかということが必要になってくるのではないかというふうに、その点を重要視しております。
 次に、これまで社会保障のシステムを含めまして、社会のシステムというのは世帯が単位でございました。しかしながら、これからは個人が単位である、個人単位であるべきだという点を社会党では強く主張しております。
 三番目には、これまで何世紀も続いておりました男は仕事、女は家事、育児という性別分業に基づく社会通念というものをここで改めなければならないんじゃないかという点でございます。
 現在、女性の賃金は男性の六割でございます。採用時においても差別がございます。男女雇用均等法や育児休業法が制定されました。介護休業法も提案されてさらに改善は見られておりますけれども、育児休業法は男女が取得できると言われながらも、うたわれながらも実際に女性のみが育児休業法を利用しているということになっております。それもやはり、育児休業法の中で法を制定するときに非常に問題になりました所得保障ということがまだ完璧ではないということも大きな点ではないかというふうに思います。これからは、男女ともに人間らしい充実した生活が送れるようなそういう社会を実現するためのシステムづくりということが大前提になるのではないかというふうに考えております。労働、家事、育児、介護、いずれも男女ともにシェアする、そういうことが可能になる社会をまずつくり上げていくということではないかというふうに我々は考えております。
 次に、そのためにはどのようなことが必要なのか、具体的な提言をさせていただきたいと思いますが、これは全般にわたるのではなくて、特に問題になるというポイントについてのみ申し上げさせていただきたいというふうに思います。
 先ほど分権ということが非常に重要であるということを申し上げましたけれども、特に福祉におきましては、身近なところ、つまり自分が住んでいるそこでどのようなサービスが提供されるかということが問題でございますから、どうしてもこれは中央からの施策というものほかゆいところに手が届かないというところがございます。そういうことで例えばスウェーデンでは社会サービス法、デンマークでは社会支援法などという法律によりまして、福祉サービスの地方分権ということをもうきちんと、法律を制定することによりまして地方分権を確立しております。したがって、我が国におきましてもこの点はやはり重要視しなければならない点だというふうに思います。
 次に、ゴールドプランでございますが、現在千四百万人の高齢者のうち二百万人が寝たきりや虚弱などのために何らかの介護を必要としております。そして高齢者の七%に当たる九十六万人が施設に入所していらっしゃいますが、これは西欧諸国の割合、五%に比べてかなり高いわけでございます。しかも、入所なさっている施設というのは福祉施設ではなくて、主に病院の方に入っていらっしゃる割合が非常に高いわけでございます。
 老人ホームというのはこれはまさに高齢者の生活の場でございます。病院というのはこれは治療の場なわけです。ですから、生活の場を求めていらっしゃるお年寄りのための場所というものがまだまだ不完全であるというふうに思います。そういう点で、在宅サービスというものが非常に重視をされる今後におきましても、まだまだ老人ホームを中心とする施設整備というのは非常に重要だというふうに思います。特に、老人ホーム、特別養護老人ホームにおきましても、個人の尊厳ということを、そしてまた個人のプライバシーということを重要視するためには、スペースの問題、そして個室であるというふうな問題はこれは認識を新たにしなければならない問題ではないかというふうに思います。
 さらにゴールドプランにおきましては、次第に充実はされておりますけれども、ケアハウスとか在宅介護支援センターのように計画を大きく下回っているものがございます。そしてまた、訪問看護ステーションのように計画にすらなっていないものがございます。したがって、これからはホームヘルパーさんを初めとするマンパワーを飛躍的に増員するというような計画数量を大きくふやすと同時に、国庫補助というものを大幅にふやすということが大変必要になってくるのではないかというふうに思います。またさらに、サービスを提供する機関とかあるいは利用手続についても問題がかなりあるというふうに思うわけでございます。
 次に、寝たきりのお年寄りをゼロにする作戦、これはゴールドフランの大きな柱の一つでございますが、そのことを実現するためにはやはりリハビリテーションの体制を確立しなければならない。我が国におきましては、超早期リハビリを初めといたしまして、地域におけるリハビリ、PT、OTという職員、スタッフの問題も含めましてまだまだ不十分でございます
 次に、エージング、加齢現象というものを総合的に研究する研究体制、ジェリアトリクス、日本語で言いますと老年医学というふうに訳してよろしいかと思いますが、老年医学という観点から見ますと、我が国では国立大学だけに限りますとわずかまだ七講座しかございません。これはイギリスなどに比べますと非常に大きく立ちおくれております。イギリス初めヨーロッパにおきましては、老年科というものがきちんと小児科などと並んでどこの総合病院、大学病院にもございます。そこから通院専門の病院あるいはデイセンターというふうにシステム化されているわけでございます。この点は我が国がもう少しお金と知恵を絞らなければならない問題だと思います。
 次に、住宅でございます。寝たきりのお年寄りをつくらない、また安心できるお住まいというためにも、そして在宅サービスということを重点的に進めるためにもやはり住まいということが社会保障の基本であり、あるいは基本的人権を保障する第一歩であるという認識が必要ではないかというふうに思います。
 次に、子供の問題でございますが、介護と並んで非常に重要な育児の問題、これも我が国ではまだまだ社会化されておりません。いまだに私的扶養というところを抜け切れないというふうに思います。例えば児童手当でございますが、我が国では三歳まで、ドイツなど学生であれば二十七歳まで児童手当があるというふうな国々に比べますと、非常に家族対策、主に児童対策ということがおくれているというふうに思います。社会保障給付の中でも、家族対策というものに対する給付というのはわずか一%でございます。これは非常にヨーロッパに比べると低い水準だというふうに思います。
 次に、情報公開の必要性がございます。福祉ビジョンにおきましても国民の広い論議ということがうたわれておりますけれども、その論議の場というものと、そして論議をするための選択肢というものが提供されていない。これからはもう少し、情報公開が何度も何度も言われておりますけれども、もっと真剣に情報公開のシステムづくりというものをやっていかなければならないのではないかというふうに思います。
 次に、国際化の問題でございます。多くの外国の方たちが日本に住んでおりますし、日本の方々も外国に住んでおります。年金などの外国との通算問題、これは非常に深刻な問題でございます。この点もこれからの時代に沿った形で進めていかねばならない問題だろうというふうに思います。
 したがいまして、そういうことを考えますと、やはりここでスウェーデンやデンマークのように地方分権ということを軸に据えました新しい高齢社会に向かっての総合計画というふうな法律が必要なのではないかというふうに思います。昨年も提案させていただきましたけれども、また今回も、本調査会におきまして高齢社会を本当に豊かな社会にするための計画的な法律というものを検討するための小委員会を設置してくださいますことを会長にお願いして、また理事会でお諮りくださいますようにお願い申し上げまして、日本社会党の提言を終わらせていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
#6
○小島慶三君 小島でございます。
 余り諸先生のような体系的な意見というのはどうも申し上げられそうにもありませんし、また新緑風会という立場でもまだ完全にはメンバーの諸先生と議論を交わしておりませんので、この点はまことに申しわけないと思うんですが、後でまたフリートーキングのところで笹野先生にも御援助をいただきたいというふうに思っておりますので、よろしくお願いします。
 私申し上げたい点は、一つは本格的高齢社会への対応ということで、これからまさにそういう時代が始まるということで、それに対していろいろニーズとして福祉とか医療とかあるいは介護とか、こういった問題の今までの欠陥、対策の不足、こういったものが提起されているわけであります。それはそれで非常に意味があるというふうに思っておりますし、この調査会の仕事も、中心を把握してそして対策を進めていくという意味で大変に意味のある御審議だと思っておりますが、私大変気になりますのは、本格的高齢社会というのは、また同時に、今までの高成長頼りのあるいは右上がり経済といいますか、そういった日本の経済のこれまでのステップとかなり違った段階、これがこれからの時代ではないかと思っておるわけであります。要するに、いろんな福祉の問題やなんかはパイヘのナイフの入れ方とかそういうものに非常に関係するわけでありますが、そのパイ自体の大きさということも大変にネグレクトしてはいけない問題だと思っておるわけです。それで、私はこれからの日本経済というのは単にバブルがはじけて不況である、この不況が済めばまた好況になりかつてのような高成長が得られるというものではないというふうに思っておるわけであります。
 その一つは、人口の増加率が逓減する。やがては人口の減退という現象が起こる。そういう段階を日本は迎えているわけであります。成長力の第一の要素というのは人口であります。だから、人口がマイナスになるということはそれだけで成長力が失われるということを意味しておるわけです。したがって、労働力率とかそういったものもこれから低下してまいります。今までの日本経済の最もダイナミックなファクターであったそういうものが停滞をしていくということが第一の問題だろうと思うんです。
 それから第二の問題としては、今言いましたような福祉とかいろいろそういった新しい、新しいといいますか、本格的高齢化に伴うニーズというものが増大するのに対して、それをカバーするだけの技術進歩率というものは果たしてこれからも得られるのだろうかということが大変問題になっております。日本は負けるはずがないと思っていた技術の進歩という点についても、若干最近は、これは部門によってですけれども、アメリカにまた追い越されてしまったということもあります。基盤技術のおくれという点をとりますと、そういった点が、これはしまったというふうな意識が浮かび上がってくるわけであります。
 したがって、そういう成長力の第二の要素である技術進歩率といいますか、これはいろいろ資本係数とかいろんなものが絡んでまいりますから一概には申せませんが、従来のような成長というのはしがたいという思いがしております。したがって、そういうもので人口の低迷の状態というものを突き抜け、さらには非常に大きくなっていく福祉のニーズというものにこたえ得るのかどうかということになりますと、大変に問題がある。
 それから第三番目には、日本の経済の発展ということが国際化ということに向かってまいりまして、どんどん海外に日本企業が進出し、海外投資が盛んになってきておるわけであります。円高その他によって非常にその点が最近急ピッチになっております。その結果として、私どもの血と汗の結晶である海外投資というものがかえって、かえってと申しますか目的どおりなんですけれども、諸外国の競争力というものにつながってまいりました。したがって、日本に対する逆輸入といいますか、そういったものがどんどんふえております。
 例えば繊維産業はそのいい例でありましょうし、今までの最も成長率の高かった電機産業なんかについてもやはり輸入の方がふえるという現象が起きてまいります。やがてはこれが自動車になるかもしれません。したがって、それに伴ってまたいろんな産業も、従来の国内だけで競争力を維持するということが賃金その他の関係で不可能になってくるということになりますと、篠原君の言うブーメラン現象というものが起こってきて、だんだん外国からの輸入がふえて、そしてそれに伴って国内の競争力というものが失われて、海外に出て行かざるを得ないという悪循環的な現象が起きてくる。これが当然産業の空洞化というものをもたらしてくると思うんです。
 したがって、そういう三つの要素を考えてまいりますと、これからの成長率というものがそんなに高いわけにはいかないんだろうと私思っております。しかし、一方では国民生活十カ年計画とかいろんな計画、例えば福祉ビジョンにしましても、最近私どもが連日のように議論しております福祉のための税制改革の局面にいたしましても、大蔵省から出してこられる試算、いろいろ見ましても非常に高い成長率が想定されているわけであります、五%とか四%とか。しかし、私はこういう成長率というのはこれからそういうものを前提にしてはいけないというふうに思います。せいぜい一%から二%の成長というもので、そしてそれでバランスのとれた経済というものを推進していく、安定的な経済というものを、社会というものを構築していく、そういう覚悟が必要なんじゃないかというふうに思っているわけであります。したがって、いろいろな機会にそういう成長観の修正ということを申し上げておるわけでありまして、これはこの調査会におかれましても、やはりそういう点が一つのこれからのいろんな対応の視点にならないと困ったことになるのではないかという危惧の念を持っております。
 それから、そういう低成長時代というものが来るということを前提にいたしますと、やはり一番の問題は、さっき日下部先生もおっしゃいましたけれども、自助努力といいますか誇りを持った自己尊厳、自己実現といいますか、そういったことはまず第一のファクターではないか。あと国その他、隣人の援助とかいろいろございましょうが、これはやはりそういったものがあって初めて生かされてくるということではないかと思っております。その点が第一点でございます。
 それから、そういった高齢者のいろんな努力を実現していくための、保障していくための条件とか環境の整備とか、これが私は第二に必要なことだろうと思います。
 それは、この中間報告にいたしましても、例えば条件の問題としましては保健、医療、福祉に関するマンパワーの確保、福祉マインドの育成、それから介護休業法の制定など家族、介護者への支援、これが条件としてはございましょうし、それから環境としましては、高齢者住宅の整備促進と住宅改造の積極的支援、それから福祉のまちづくりの推進。この福祉のまちづくりという点につきましては私ども日本新党としての提案も別にしておりますけれども、この低成長時代にいろんな福祉その他の事業が推進されて、これがまた成長の要素になるといったようなことのために、インセンティブとしてなるということのために大変こういうことが重要になるのではないか。
 私この調査会でもかつて申し上げましたけれども、例えばいろんな寝たきり老人ですとかぼけ老人ですとか、こういうふうなものの対策として新社会資本あるいはマルチメディアというものを通じた対応というのはあるんではないかということを申し上げましたら、御出席の先生には、そういうことの前にもう電話ですらないんだとかいうふうなことで、あっさり否定されてしまったんですけれども、社会資本というものが推進されていくんでありますから、そういったものの中心として福祉とか介護とかそういった要素を入れていく、こういうことがあるのではないか。それによってまた介護産業という成長産業もこれから期待できるのではないかというふうな感じがいたしております。その辺のことも含めた全体としての福祉ビジョン、成長を加味した福祉ビジョンといいますか、そういう点をこれからもひとつこの調査会としてもお取り上げをいただいて御研究をいただきたいというふうに思っております。
 以上です。
#7
○武田節子君 公明党の武田でございます。本格的高齢社会への対応について意見を述べさせていただきます。
 平成四年九月に早稲田大学教授の岡田さんが、我が国の高齢社会の対策について次のような意見を申し述べられたことがございます。我が国が超高速の高齢社会を経験しながら、しかも経済大国から生活大国を実現するためには何が必要かということですが、女性の社会参加を促進することが第一の前提になっていくのだろう、女性の環境をどう整備していくかがこれから最も重要な政策の課題の一つとなっていくだろうと言われておりました。私も全くそのとおりだと思っている一人でございます。
 と申しますのは、私は一昨年七月までは働く婦人の会の委員長として、小規模企業で働く中高年女性の地位向上や職場の環境条件の改善に取り組んでまいりました。
 働く女性と高齢化社会という観点から意見を述べさせていただきますけれども、平成三年七月に中高年働く女性の職場の実態調査を行いました。五百人を対象に訪問面談によるアンケート調査でございました。そのうちの二、三抜粋して申し上げますと、働いている理由について、複数回答ですけれども、生活のため三百五十八人、六九・六%、家計補助百三十四人、二六・一%、老後の生活の安定のため百十三人で二二%ございました。
 転職の経験、これも複数ですけれども、経験ありが四百三十五人で八四・六%でした。その内訳は、結婚・出産・育児のためが百二十五人、家事仕事の両立ができなかった、介護・看護のため、合わせまして百五十八人が仕事を中断しております。
 仕事の上の疲労について調べますと、少し疲れるが三百三十八人、六五・八%、非常に疲れるが百十三人で二二%、合わせて四百五十一人、八八%が疲れております。仕事、家事の負担が働く女性にかかり過ぎていることが非常によくわかるアンケート調査でございました。
 老後の不安については、経済が一番目、二番目が健康で、三番目が住まいでした。経済は、年金で暮らせない、健康が、病気のときに世話してくれる人がいない、子供が当てにならない、住まいは、ひとり暮らしで立ち退きの不安や家賃が高いというような理由が挙げられておりました。
 一部だけ取り上げてみましたけれども、女性が仕事を続けていくことがいかに大変な状態であるかが浮き彫りにされておりました。
 そこで、私たちは運動の中で育児休業法や介護休業法の法制化促進運動を続けてまいったわけでございますけれども、今我が国の歴史始まって以来の一・五三ショックと言われている出生率の低下と、相まって平均寿命八十年というこれまた世界最高長寿国を迎えたわけで、いまだお手本のない超高齢化社会を全国民が生きなければならないわけです。
 例えば一九九〇年には六十五歳以上の人口が千四百三十万人、それが二〇二五年になりますと三千二百四十万人、二・二六倍でしょうか。そして、一九九〇年のときには寝たきりが八十一万人で痴呆老人が百万人で百八十一万人、この数が二〇二五年になりますと寝たきりが二百二十九万人で痴呆性老人が三百二十二万人で五百五十一万人、一九九〇年のちょうど三倍強になるわけです。
 これは、現在四十歳の主婦が十五人で一人見ている高齢者が、二〇二五年には二人で一人を背負うような状況になるわけであります。また、二〇一八年には、昭和二十二年生まれの団塊世代の人がちょうど六十歳になったころが、介護される人が介護する人の数を上回るというふうに言われております。したがいまして、二十一世紀の超高齢化社会は高齢者だけの問題ではなく、全国民的レベルで考え、対応していかなければならない問題だと認識いたしております。
 こうした事態に対して我が国の対応は非常におくれていると思うのですけれども、最大の原因は、我が国は人間という視点を忘れて、戦後ずっと約五十年間 生産第一 利益第一 効率主義第一で突き進んできたツケが、時の流れもありますけれども、一遍に少子社会と高齢社会がセットで押し寄せてきたように思います。
 したがいまして、私は、今後の対策としては、二十一世紀福祉ビジョンで示されました年金、医療、福祉の施策を実現していくとしうことは大変重要でありますけれども、私は、根本的なところで、まず女性の人権を尊重すること、働く女性の権利を尊重される思想こそが最も大事だ、こう思っているわけでございます。そして、雇用の場における男女平等の実現と男女の共同参画型社会の実現のために新ゴールドプランの施策の実現もあるものと、こういうふうに認識しております。
 さて、今や我が国の女子雇用労働者数は千九百七十四万人で、全雇用労働者数の三八・六%を占めておりまして、前年比五十六万人増でしょうか、五十数万人増加しております。今後、二十一世紀に向かって四〇%から七〇%を超える状況で増加していくものと思われております。したがいまして、今後は著しい労働力が不足して、女性の労働力を大幅に取り入れなければならない状況になることは明らかだと思います。
 そこで、やはり若い人が子供を出産して育てていかれる環境の整備、または働きながら親を介護している中高年女性が、男性も含まれますけれども、職場を去らずに介護しながら安心して働き続けられるための環境整備を考えていくことが、この深刻な少子社会と超高齢化社会を明るく活力ある二十一世紀を迎える最大の要件だろうと思っております。
 フランスの世界的人口問題の権威者であるクロード・シエネー氏は、女性の職場進出と出生率は両立する、ただしそのための不可欠な要件は女性の権利が尊重されることである、日本は世界でも有数な女性の高学歴の国で、女性に家庭に帰れと言うことは無理、むだでありまして、日本政府や経営者がこのことを理解し努力しなければ、日本の出生率はもっと下がるだろうと一大警告を発しておられます。
 その意味で、育児休業法、制定はされましたけれども、これも生活保障給付の育児休業法でそして両親の子育て支援という意味を持った法律でなければ余り両性にとって役に立つ休業法にはならないのではないか、こんなふうに思っている次第です。また、介護休業法も、生活保障給付の、そして男女両性で取得できる法律を一日も早く制定していくことが大事だ、こんなふうに思っております。
 また、労働時間の短縮、これは男性も女性もともに家事、育児への参加、地域交流への参加、そしてボランティアヘの参加が容易になるためにも、そして健康でゆとりある生活を営むためにも大変大事なことだと思っております。ですから、中小企業の中にも一日も早くこの四十時間制が実現される運びになることが大事ではないか、こんなふうに思っております。
 そこで、二十一世紀福祉ビジョンの中で特に在宅介護の問題について申し上げたいと思いますけれども、ここには働く女性の介護についての支援が見落とされているように思うわけでございます。
 杉並に住む荒井さんという方は、御主人が特殊な病気で、脳萎縮とかなんとかで身体障害者で、奥さんはいるけれども昼働きに行きますから、日中ひとり暮らしなわけでございます。
 そのひとり暮らしに在宅介護の支援というのがどんなふりこ、本当こ留守のところにも来て手が差し伸べられていくのかなというふうに思いまして実情を聞いてみますと、マンションの四階に住んでおりまして、施設の車はマンションの玄関の下まで来て、それで四階から車いすに乗せて、その施設の車に乗せるまでは管理人さんにお願いをしている。そして、終わって帰ったら、また玄関から車いすに乗せて部屋まで運んでベッドに移すのは管理人さんにお願いしている。
 こういう状況でございまして、たまたまこの方は管理人さんと人間関係が非常にうまくいっているから頼めますけれども、そうでないときには本当に  ですから彼女は、介護休業と介護時間を、午前中だけとか午後だけ二時間とかそのために休める介護時間が欲しいと。また、在宅介護支援センターがたくさんできますようですけれども、窓口を一本化して手続など一切やってもらえるような、そういう支援センターが欲しいと。昼休みの時間に慌てて行ったときに、あっちだこっちだ、こっちだあっちだと移されているうちに時間がなくなってしまうので、そういう支援センターになるのでしょうかというような質問をされました。
 彼女たち昼間働いている女性たちからは、在宅介護支援センターでは私たちには支援になりません、できますことなら生活介護支援センターに名称を変えてほしい、そういう声がございました。
 ですから、ぜひとも現場に足を運んで、現場から見た、先ほどの方もおっしゃいましたけれども、介護する側ではなくて、介護される人の側に立った介護のあり方というのがこれから非常に重要に、きめ細かなそういう手だてが大事かと、こんなふうに思っております。
 それからもう一つは、労働省の案によりますと介護クーポン券が考えられておりますけれども、使用者が紹介所団体から購入することが前提になっておりますけれども、企業特に中小企業が購入するかどうかちょっと疑問に思います。また、企業が労働者にクーポン券を交付する場合に、割引はあっても有償であればやはり労働者にとっては負担になるのではないかということが心配されます、特に低賃金の女子には。クーポン券は在宅介護支援センター改め生活介護支援センターや福祉事務所や市町村等から無料で交付して、支援センター等には雇用保険等からその費用を支給するようにした方がよいのではないかなどとも思っております。
 なお、労働者でない介護者にも手当てが必要と思いますので、それらを考慮した支援制度にする必要がある、これから今後この考え方をどうするかも一考を要することではないか、こんなふうに思っている次第です。
 もう時間もありませんので、あとは別のときにまたお話しさせていただきますけれども、結論的には、二十一世紀の高齢社会においては女性のあり方が焦点になっています。少子・高齢社会では出産・育児、介護問題に適切に対処することが重要であり、家庭及び職場での女性を支援するための施策の充実を図っていく必要があると思います。
 まず、出産・育児、介護問題について支援を進める必要がありますが、出産・育児については、今国会に提出されている年金制度改正案において、育児休業期間中の本人保険料免除が提案されています。また、雇用保険法改正案では、育児休業給付の創設によって、育児休業期間中賃金の二五%が支給されることとしています。これらの取り組みは積極的に評価できるものです。しかし、厚生年金保険料の免除は本人負担分に限られているために、女性を雇用する比率の高い企業ほど負担が大きくなる可能性があると思います。女性の新規学卒者の就職が極めて厳しくなっている状況を考えますと、女性を多数雇用することが企業にとって不利とならないような工夫をしていくことも必要ではないかというように思います。
 次に、介護については、介護休業法の早期制定が必要です。労働省が平成四年七月に介護休業制度に関するガイドラインを策定して、約二年が経過しました。従業員五百人以上の事業所では介護休業制度の導入割合が五〇%を超えるなど、介護休業制度に対する理解が進んでいますけれども、導入のおくれている中小企業に対する配慮、そして介護休業制度の法制化に向けて具体的な手順、時期を示す必要があるのではないかと思います。
 公的年金制度を中心に女性の老後の所得保障の充実を図っていく必要があります。
 今回の年金制度改正案では、厚生年金の支給開始年齢を六十五歳に引き上げることが提案されています。同時に、六十歳代前半の生活は雇用と年金で賄うとの考え方のもとに 厚生年金の報酬比例部分は十万円を部分年金として支給することとしています。しかし、十万円の部分年金は女性にとっては必ずしも保障されてはおりません。一般に女性の賃金は男性の六割程度でございますから、実際の年金は六万円にしかならないと指摘されております。部分年金のあり方には、女性の賃金の現状を配慮した工夫が期待されております。
 あとは長くなりますから次の時間のときに続きを申し述べさせていただいて、私はこれで終わりにいたします。
#8
○吉岡吉典君 長寿は人類の夢でありました。今高齢化社会が到来し、日本が世界一の長寿国になったことは、人類の夢が実現しつつあることのあらわれだと思います。戦前男子の平均寿命が四十八歳だったのが現在七十六歳になったことは、歴史的な到達点だと言えると思います。
 なぜこういうことをここで強調するのかというと、日本の現実は、長寿世界一でありながら高齢者の自殺率が世界のトップクラスという悲しむべきもう一つの面があるからであります。これは、高齢者が生きがいを持って生活を楽しむに至っていないことを示す出来事であり、それは高齢化対策のおくれによるものと言わなければなりません。この高齢化対策のおくれに目をふさいでは、高齢者の要求にこたえる対策は出てこないと思います。高齢化社会を重荷のようにとらえる高齢化社会危機論や高齢者を厄介者視する議論は、人類の夢を台なしにしてしまうものであります。また、高齢化対策を増税、特に消費税の税率引き上げの口実にする議論も高齢者を傷つけ、苦しめるものであります。
 高齢化対策の中心問題として、年金以外収入の道がない多くの高齢者に人間らしい老後の生活を保障するためには、所得、医療、介護の三つの問題の解決、保障が必要だと思います。いずれも、当調査会二年目に重点的に取り上げられてきたテーマであります。
 第一に、年金制度を改革し、老後の所得保障を充実することが必要だという点であります。
 現状を言うと、老齢年金受給者の六割近くを占める国民年金、福祉年金は今なお三万円台の低水準であります。世界第二の経済大国として国際的にも恥ずかしい現状だと思います。こういう現状にもっと目を向けなければなりません。年金の充実、とりわけ緊急に月額最低五万円を保障するよう底上げを図ることが必要であります。私どもは、労働者の年金支給開始の六十五歳への引き延ばし、給付の引き下げ、保険料の引き上げなどを内容とする年金改悪は、国民の老後に対する不安を増大させるものとして強く反対し、六十歳支給の堅持を求めます。
 第二に、世界にも例を見ない老人差別医療を撤廃し、安心してかかれる医療を確立することであります。これは長寿を喜べる社会の必須条件だと思います。
 安心した老後を支える医療対策の充実、特に差別医療制度の廃止、老人医療の無料化の復活を要求します。当人も家族も深刻な事態があります。高齢者対策は医療と一体でなければならず、こういう状況を放置して高齢化社会対策を口にしてもむなしいと言わなければなりません。入院給食費の全額自己負担も高齢化対策を充実させる立場に立っていないことのあらわれだと思います。介護も医療と一体です。安心した老後を支える医療対策の充実、特に差別医療制度の廃止、老人医療の無料化の復活を求めたいと思います。
 第三こ、寝たきり老人をなくし、高齢者が人間らしく生きることを保障する介護対策の強化です。介護に疲れ果てた家族の自殺、無理心中などのニュースが後を絶たない現在、介護対策は緊急中の緊急課題であります。
 お年寄りにとって安心して住める家がないという深刻な問題も解決しなければなりません。在宅介護も住宅改造からと言われます。
 高齢者に優しいまちづくりを進めることも欠かせません。それは住民に優しいまちづくりともなります。ここではテーマだけを述べ、詳しくは述べませんが、この点の重要性も今日のテーマの一つであります。
 私は、高齢化社会対策に取り組むに当たって、内外の先進的な経験を学ぶことと、日本の高齢化対策のおくれを直視することが必要であることを強調したいと思います。高齢化社会対策推進の重要な責任を持つ厚生省が、高齢化対策のおくれがさまざまな悲劇を生んでいる事態を重視しないで、いいところまで来ていると自賛している状況は大変問題だと思います。
 そもそもゴールドプラン自体、寝たきり老人ゼロ作戦の展開を掲げるなど言葉の上では勇ましいことを言っていますが、その内容は当調査会でも紹介されましたように、来日したデンマークの元福祉大臣がこのプランのヘルパーの数では寝たきり老人は減らせないではないかと指摘したというレベルのものであります。これでは寝たきり老人ゼロの保証はどこにもありません。今大事なことは、順調な進捗の強調や自己満足ではなく、ゴールドプランの抜本的な見直しによって施設もヘルパーも根本的に充実、増員を図ることであると思います。私は、少なくともホームヘルパーを常勤換算で二十万人に増員することが必要だと思います。
 介護対策の強化に関連して、私は二つのことを提起したいと思います。
 第一は、介護を必要とする高齢者が人間らしい生活をするにはどれだけの介護が必要であるかの介護基準、特に在宅介護の基準を明確にし、それを満たすようホームヘルパーの増員を図ることです。
 介護の基準は、介護を必要とする高齢者が人間らしい生活ができることでなければなりません。先日の公聴会で、この点について、一九九〇年にイギリスでっくられた在宅ケアの基準では施設であっても在宅であっても同じ基準で市民生活を保障しなければならないというものだと聞いて、私は日本の現状と比べて大変驚きました。ところが、厚生省はこうした介護の基準を持っておりません。これではゴールドプランにいう寝たきり老人ゼロ作戦はかけ声倒れになります。介護体制強化のためにもマンパワーの確保が重要です。この問題で一言しておきたいことは、福祉施設の建設などはその気になれば予算措置によって解決できますが、人の確保は予算をつけただけではできないということであります。計画的な養成が重要になっております。
 第二は、公的保障によってこそひとしく人間の尊厳を守り、医療、介護体制を充実させることができることについてであります。
 私は、デンマーク、スウェーデンなどの調査で、福祉は行政の責任ということがはっきり確立している実情を見て、一層そのことを確信するに至りました。当調査会で幾人かの参考人からもこの趣旨の意見が述べられました。公的保障なしには本当の福祉、高齢化対策はないことは今日の常識になっていると思います。日本型福祉社会などといって国の責任をあいまいにしたのでは責任ある対策はできません。私は、このことを高齢化社会対策の根本にかかわる問題として強調し、当調査会としても強く政府に求めるよう提案したいと思います。
 最後に、我が党は最近、新しい「日本経済への提言」という本を発表し、高齢化社会対策についても提案を行いました。新しい提言は、高齢者が全人口の四人に一人を占める時代に、すべての国民が人たるにふさわしい処遇を受け、人類の進歩である長寿を国民こぞって喜べる社会保障、福祉制度を築くことと日本の経済運営が両立するのか、つまり高齢化社会は名実ともに支えられるのかという根本問題に挑戦したものであります。そして、計量分析を行った上で、高齢化社会は立派に支えられると結論づけています。世界第二の経済力を持つ日本は、高齢化社会を立派に支えることができるというのが私どもの結論であることを申し述べて、私の意見を終わります。
#9
○下村泰君 高齢化社会をどういう社会として位置づけ、また目指すのかというとき その前提としてどのような経済構造、経済社会が存在するかが問われます。当然、高齢社会の成熟度が増すに従い高齢者は増大し、そのニーズも変化し、産業構造も変化せざるを得ません。
 すなわち、この産業構造の転換の進め方、方向性を見誤ることなく一定の政治 経済上のコントロールを行うことが重要と考えます。
   〔会長退席、理事竹山裕君着席〕それは、本格的超高齢社会を迎える前に十分な社会資本の整備と、所得と分配のあり方についての結論を得ることなしには望めません。よって、活力ある高齢社会を構築するには、整備された社会資本と安定した実質所得の保障−年金、就労ですね、と国民負担の合意が最低限なされなければ、将来の産業構造の変化への対応がおくれ、単なる負担増し社会しか到来しないことになります。
 次は、高齢者のニーズですが、高齢社会における豊かな生活の達成は、何よりも選択肢が十分用意できるのかということだろうと思います。私は、高齢社会を多様なニーズに対応できる選択社会への転換のチャンスと考え、多品種社会をキーワードとして考えています。
 すなわち、高齢者が一定の制約の中での中心的役割から、人生の功労者としての自由な活動チャンスを得られる社会づくりが必要。どこに住み、どのような活動を行い、どのように生きるのかという選択が可能な限り拡大されていくことで、高齢社会はその経済的基盤も活性化されていくと考えます。要介護状態にあったとしても、その選択が御本人の意思と決断による消費あるいは生産活動を可能にする社会こそ求められている。高齢社会を一方的な消費社会として見るのではなく、主体的な高齢者の活動社会が活発化する社会ととらえ、それに対応した施策整備及び国民の準備、意識の修正を今こそ求めるべきかもしれません。
 次は働くことですが、まず基本は、選択メニューを十分にそろえること。
 働くということについても、何歳まで働くかは御本人の選択とすること。技術革新、ハイテクなどの活用による雇用環境の整備の推進により、年齢による一律的退職から、御本人の選択による必然的退職へと転換を図る。また、自分が住む地域での就労や、短時間、一時的就労などがより十分に可能なように、在宅勤務あるいはワークシェアリングなどの導入を進め、企業の一極集中の是正と相まった対応が求められると思います。
 次が健康です。
 健康に対する関心が高まっているものの、ではどうすれば、あしたから何をすればよいのかという答えが描けない人々が多い。健康診断の普及とその内容の充実とともに、その後の対応をも含めた健康相談がいつでも、どこでもできるようなシステムが必要。そして、小さいころからの健康教育あるいは多機能型のセンター――福祉とか保健とか医療を兼ね備えたですね、を一定のヘルスエリアに設置し、いつでも住民のニーズに応じられるような体制が必要だと思います。
 次はケアですが、高齢学、老年学の進展とその認知と、それを広く医療、保健及び御本人あるいは家族などに啓発する中で、必要なケアプログラムがつくられ、実践されるシステムづくりの構築が必要。
 いわゆる専門医あるいは専門看護婦あるいは士ですね、専門保健婦(士)、そしてケースマネージャーなどが在宅介護支援センターを中心に、これまでの高齢者調整チームを実質的こレベルアップしたチームとして設置されること。ホームドクター、訪問看護婦、もちろん士もあります。そして、訪問理学(作業)療法士、地域コーディネーターとしてのケースマネージャーなどが地域で自由に活動できるような施策展開が必要と考えます。また、ヘルパーについても、デンマークのオーフス方式、日本の登録ヘルパー制度をモデルに、そのあり方を変化させることで確保手段は格段に広がると同時に、逆に質の向上が図られると思います。
 さらに、在宅における福祉サービスメニューはおおむねそろっており、あとは一つ一つのメニューの量的、質的拡充が求められていると思います。そのためには、実施主体たる市町村の決断が得られねばなりません。地方分権と、地方財源の大幅拡大を考えねばなりません。そして、いま一つ、サービスの提供システムの改善は急がねばなりません。窓口の一本化、手続の簡素化、広報の徹底は、最低限のこととして急ぐべきです。
 次は年金です。
 現行年金水準は確かに欧米諸国から見ても遜色はなくなってきましたが、日本における暮らしにくさが持っている価値を大きく下げており、物価の安定、内外価格差の是正、そして実質所得の水準維持が約束されねばなりません。年金への信頼を確立させるためには、給付水準は絶対に下げないことが大切だと思います。国民の人生設計に適切な対応がとれるように考えねばなりません。
 財源です。
 税、保険料をあわせた議論が必要。そして、さらに具体的に必要な数字を挙げて、高齢社会における税体系と、現行制度の欠陥、社会保険料の適正な評価、利用料のあり方なども含めた抜本見直しに向けて、必要額とその内容を十分に検討し、必要妥当な額とのコンセンサスを得るとともに、新税、保険料のあり方の議論を進めるべきと考えます。
 次は住宅です。
 住宅はいわば基本中の基本であり、すべての人々に保障されねばならないと考えます。特養等施設も住宅であり、それにふさわしい質の充実した環境づくりが急がれるべきです。高齢・障害者を排除しない住宅整備を進めることが必要。どこにどのような家族形態で住むのかは御本人の選択にあることは言うまでもありませんが、それにこたえられるメニュー及び民間供給事業者の整備育成が求められます。
   〔理事竹山裕君退席、会長着席〕
 次はまちづくりです。
 既に優しいまちづくりはスタートしております。点から線、線から面へと広がりも見られますが、その進み方は高齢社会を間近に控え極めて不十分であります。社会資本整備の中心的な役割を果たすであろう優しいまちづくりを、一市町村から都道府県全体そして国全体へと拡大していくためには、一定の年次プランを持ち積極的に進めていく必要があります。交通、建築物をハード面の核とし、センター、学校などをソフト面の核としたまちづくりのプランを策定することも必要と考えます。
 次は国民の意識です。
 高齢社会はすべての人が行く道であり、だれもがいつかはいや応なく感じ始めることでしょう。したがって大切なことは、高齢社会は大変ということよりも、高齢社会を迎えて第二、第三の人生という位置づけをしていただけるような対応をすべきでしょう。学校における福祉教育は、地域における障害を持つ子供や高齢者との触れ合いの中で自然になされるべきで、カリキュラムをつくることに躍起になる前にすべきことがあると思います。ボランティアについても、日本人の意識も確実に変化しており、単なる人手としての期待を持つべきではなく、いわゆる日常的なかかわりが許される状況をつくっていく中で、個々に関係を持てるようにすべきだろうと思います。
 終わりに臨みまして、何より情報が公開され、人々が社会をきちんと認識し、みずからが判断できるような仕組みが求められていると思います。人生の選択ができる社会こそが高齢社会に最も大切な理念ではないだろうか。
 これは私の意見なんですけれども、今まで多くの方々のいろんな貴重な御意見を伺いまして、いろんな形で報告はされておりまするが、現実は遅々として進んでおりません。ただただこうして意見を述べていても、この後に残る感覚というのはむなしさばかり。しゃべっていることは立派ですが、心の中はもう空虚なものです。こんな言葉がありますね。「山のあなたの空遠く 「幸」住むと人のいふ」、これでおしまいになってはならないと思います。
#10
○会長(鈴木省吾君) ありがとうございました。
 以上で各会派の意見表明は終わりました。
 その他の委員の方からさらに御意見なり御提言があろうかと思いましたので、フリートーキングの時間を設けました。おおむね二時間ぐらいと思っておりますので、それぞれお一人お一人の時間は別に制限しませんけれども、そのおつもりで御発言をお願いします。
 議事進行は、挙手をいただけば私の方で御指名させていただきますので、どうぞ御自由にひとつお話しいただきたいと思います。
 それではどうぞ。
#11
○笹野貞子君 皆さん各会派の御意見を聞いておりますと本当に全くそのとおりで、高齢化社会に向けて私たちこの調査会の委員も非常に積極的に取り組んでいるという意欲を感じて大変うれしいと思います。また、この調査会は今まで何度か参考人やあるいは公述人を呼んで、私たちの結果を出すためのいろいろな角度からそういう試みがなされたことも本当にすばらしいというふうに思っております。
 私の会派はきょうは小島委員が非常に大所高所、大きな観点から意見を述べさせていただきましたので、私は全く小さなことをひとつ提言をさせていただいて、補足をしていきたいというふうに思います。
 と申しますのは、この間公述人を呼んでいろんなお話を聞いた中で、私が最も興味を持ちましたのが盲導犬のことでした。今まで盲導犬のことは余り話題になっておりませんものでしたから私は大変興味を持って聞いたのですが、その下重さんという公述人さんの中でこういう箇所がありました。
 厚生省の調査によりますと、視覚障害者は三十五万三千人おります。その中で六十五歳以上の高齢者が十九万一千人、パーセントで言えば五三%あります。つまり、この高齢者の進みぐあいというのは八七年の調査に比べると一万五千人もふえている。ということは、六十五歳以上を過ぎると目に障害を持つ人が非常にふえていくということです。そしてまた、これは厚生省の調査によると、目に障害がある方が一度も外に出ないパーセントは九%もいる。一年間一度も外へ出ない、目が悪いわけですから外を歩かない。七十歳以上の人は三六%に外出頻度が下がってくるわけです。こういうことを繰り返すとどうなるかというと、足が弱っていってしまって結果的には寝たきりになってしまう。つまり、外出をしないということがいかに高齢化社会の人間にとって結果的によくないかということの事例を発表なさいました。
 私はこれを見て、本当に驚きというか、大変なことが今起きているんだと。そうすれば、盲導犬を使うならば外出するということが可能になります。私も今のところはちょっと見えますけれども、もう大変きつい乱視が入っていて五、六メートル先の方は時々失礼をしてしまうという現象が起きますから、これはもう年をとったらどうなることかという不安があります。
 そこで私の提案といたしまして、これからの高齢化社会、マンパワーを活用するということは一番理想的かもしれません。しかし、そういう理想がかなわない場合にはワンパワー、マンパワーじゃなくて犬のワンですが、ワンパワーを入れまして、やっぱりちょっとでもそういう不幸を防ぐような手だてをこれから講じなければいけないというふうに思いますので、この中間報告の中に、盲導犬を育成して、そういう外出のできない人がちょっとでも外出するという施策を講じていただきたいと思うことが一つです。
 もう一つ、日本の伝統ある仕事の中で、だんだんその仕事を継ぐ後継者がいなくて仕事が寂れていってしまうというのが幾つかあります。その中の一つに養蚕、蚕ですね。この間私は群馬の方に視察に行ってまいりました。大変蚕さんというのは神秘的な虫でして、私は感動して帰ってまいりました。
 そのときにお話を聞いたのが、後継者がいなくてこの伝統的な産業の養蚕がどんどん廃れていってしまう。幾つかありますけれども、きょうは時間がありませんので、一例としてこういう日本の伝統的なもの、そして相手は生き物というんでしょうか、こういう生命のあるものに高齢者が愛情を注ぎながらそういう仕事をしていくという、高齢者の生きがいというのを私たちはやっぱり積極的に推進していくべきじゃないか。
 そのために私は、労働省に能力開発の各養成所がありますから、そういうところに、別にこれは何も養蚕と限ったわけじゃないんです、例えば動物というんでしょうか、生きている生命に対する愛情を非常に感じるような、そういう職業を年をとった人あるいは障害を持つ人、そういう人に訓練をしながらそれを支えていくような、きめ細かいというんでしょうか、そういうものをやっていったらいいんではないかなという、大変具体的で小さい問題から提起をさせていただきたいというふうに思います。
 以上です。
#12
○栗原君子君 いろいろ聞かせていただきましてありがとうございました。
 私、今ちょっと思いつきなんですけれども、思いついたと申しますのは、ここで言いましたら皆さんがお笑いになるかもしれませんけれども、実は私の近所のもう七十を過ぎられた奥さんなんですけれども、子供さんの一人娘さんがお嫁に行かれまして、それで何を今考えていらっしゃるかといいますと、自分が死んだらどうなるんであろうかと、このことをお考えでいらっしゃいまして、だからもう既に粗大ごみを順番に処分をしていらっしゃるわけですよね。そしてまた、葬式のときには皆さんに車をどこへとめていただこうかなんて一人で一生懸命真剣に考えていらっしゃる様子を見まして、まず幸せな老後を送るということも大事なんですけれども、その後のことも少し何かここで触れておきたいなと思って発言させていただくんです。
 例えば葬式のことなんですけれども、この不況の中で唯一何か大変景気のいい業界というのが葬式屋さんであるようでございます。この間もテレビでもそんなことを言っておりまして、今度関西の葬式屋さんが東京の方まで進出をしてくるとか、それから株式の上場企業に上がってくるとか、大変そういうことが行われております。
 そして、葬式というのはピンからキリまでありまして、人の不幸につけ込んで何か業者の言いなりのような金額になっているようなところもあるようでございます。そしてまた、今度はその葬式が終わってからでございますけれども、お墓の問題もやっぱりこれからは私たちも考えておかなければいけないことであろうと思うんです。
 少子化の時代でございまして、墓の守りをしてくれる人がいないという状況が大変多うございます。そしてまた、お墓を求めようと思いましても、大変高価でございまして数百万円出さないと求めることができない。今都会ではロッカー式のお墓もあるようでございますが、ちょっと値段の方もここもいろいろあるようでございます。それから、女性の中には婚家の墓に入ったくない、そういうことをおっしゃっている人たちもあります。そして、この問題は余り行政がそんなにかかわっていないことが多うございまして、何か業者の言いなりで値段が決まってしまうような状況があるようでございますが、何かもう少し私もこれからこの問題も勉強していきたいなと思って、何か自分の決意みたいなことになっちゃいましたけれども、少し触れておきたいと思います。
#13
○清水嘉与子君 私は、皆さんのお話を伺っていてかなり共通な部分が非常に多く出てきたし、皆さんの認識が、やはり今の現在の日本の状況ではまだまだケアが十分じゃないということを御指摘になったと思うんです。
 特に私は、それはそれでいいんですけれども、やはり基本的な考え方の違いというのは、それをやはり公的な資金で全部やれというような御意見、そういう意見が割と多かったように思いますが、そこで全体的にこれからのことを考えますと、今の日本ではそれはやっぱり無理じゃないか、限界があるんじゃないかということをどうしても思うわけなんです。
 ですので、公的なサービスでもちろんやっていただきますけれども、これからのもっとメニューの多い、そして選へる 与えられるサービスではなくて選べるサービスまで考えますと、やはりそこにどういう、民間の、さっき介護産業なんという言葉も出てまいりましたけれども、そういったものを健全に育成していくのかという視点が非常に大きいんじゃないかというふうに思うわけです。もう既に有料老人ホームですとかいろんなところでそういった産業が出てきていて、いろいろ問題も出てきているようですので、その辺についてやはり民間でやるところの質の問題と、それから経費の問題とかといったところにもう少しこれ注目もしていかなきゃいけないんじゃないかなというふうに思っているところです。
 前回、公述人にいろいろお話を伺ったときに、実は在宅ケアのところで、会社組織で在宅ケアをやっている村松さんが来てくれました。今のやっぱり公的サービスではできないサービスをかなりやっているという実態がわかったと思うんです。夜ですとかあるいは休日でも何でも、本当に必要なときに必要なサービスをしているというようなことでやっていたわけでして、ああいうサービスをやはり何らかの形で、あれが本当に公的なサービスでできればいいですけれども、とてもそれはできないと思いますので、それを何とか認めていくためには、今は会社組織でやらざるを得ないような仕組みになっているわけですけれども、ああいったものも訪問看護事業者としてやはり位置づけをしていくということが必要ではないかなというふうに思うわけです。
 なぜならば、看護婦の中にはああいった、自分で開業できて、しかも自分で本当にああいった仕事ができるということに喜びを感じている人もたくさんいるわけですので、そういう意味では、それをきちんとした形で認めたい。
 今この指定老人訪問看護、つまり訪問看護ステーションを開設できる人のこれを見ますと、地方公共団体、医療法人、社会福祉法人その他厚生大臣が認める者というふうになっておりまして、何を認めるのかといいますと、日赤だとかいろんな健保組合だとか医師会だとか看護協会だとか、そのほか厚生大臣が指定老人訪問看護事業者として適当であると認定した法人というふうにあるわけです。つまり個人ではこれはできないわけでして、今はですから会社でやらざるを得ない。しかし、会社であの人たちがやっているのは、その訪問看護の事業だけやっているわけでして、決して利益追求ではないわけなんです。ですので、やはり何らかの形で法人に、そういった訪問看護をすることの法人を何か新しく認めて、そういった仕事をやらせるという方向を考えられないだろうかというふうに思っております。看護法人なり訪問看護法人なり、何らかの形でそういった仕事ができるような形をひとつ提言したいなというふうに思っているところでございます。ぜひまた調査会でも御検討いただけたら大変ありがたいというふうに思っております。
 やはりそれを進めませんと、今の在宅ケア、特に在宅医療看護、ターミナルケアのところまで進んでいかないんじゃないだろうかというふうに思っているところでございます。もちろん、あと医療機関からの訪問看護もできるわけですし、そういうものが組み合わされば相当広がっていくのではないかというふうに思っております。かなり訪問看護ステーションも広がってまいりましたけれども、平成四年から開いて今まだ四百になりません。五千つくりたいということでございますが、まだまだでございますが、こういった方向で道が開かれればまた進むんじゃないだろうかというふうに思っているところです。
 それからもう一点、皆さんに御相談したいなと思っていたのは、やっぱりボランティアの問題なんです。これは何度も話に出てまいりますけれども、言うはやすくなかなか進まないというのが実態でございます。
 この前の公述人の方も、例の堀田さんがやっていらっしゃる時間積立貯金制度の問題なんかもおっしゃっておられましたけれども、ああいったものが本当に拡大、ある程度これはシェアが広くならなければ意味がないことですので、そういった拡大についてもっと前向きに進められないだろうか。あるいはもっと思い切って、例えば企業が新人を採用したときに、採用後一年くらいはそれこそボランティアとしてこういった社会福祉事業でありますとかあるいは公的サービスでありますとかあるいは青年海外協力隊でありますとか、そういったところに派遣して、そして研修をして企業に入るというふうな、そんな思い切った仕組みなんかもこれから考える必要が出てくるんじゃないだろうかというふうに思っておりますので、ちょっとそれは御参考までに申し上げておきたいと思います。
 以上でございます。
#14
○青木薪次君 諸先生のいろいろこの問題に対する御意見を拝聴しておりまして非常に感銘を覚えているわけであります。
 高齢者の介護の問題、もう私は大体満二十年議員をやっているわけでありますが、当時は、高齢者に対しては自分の家庭で親を子供が見るということが原則であるということが主張されておりました。社会的に公費でもって高齢者を面倒見るなんということについては、これは大変問題がある、もっと極端な、冗談事でありましょうけれども、年寄りに水をかけても芽も出てこない、だから経済的にはなかなか問題があるというようなことを言った人もありました。これは冗談だと思いますけれども。そのことに比べますと、今日、私は今昔の感があるくらい、この高齢者を中心とする福祉、介護の問題について伸びてきたことを誇らしげに実は思っているわけであります。
 先日、福祉・介護の問題で衆議院の皆さんといろいろ話し合う機会がございました。衆議院にはこのような調査会がございませんから、あくまでもこれはやっぱり参議院らしい、国民生活に関する調査会というものは、私はやっぱり解散のない参議院だからこそこういう問題が、今フリートーキングをするような機会も与えていただいて、しかも率直に言って、会長が非常に高齢者ながら若い者に負けない元気さを持って常に先頭に立って、会長席をかわることなく頑張っていらっしゃる、このこともやっぱり私は感銘の一つであります。
 もっとも、麹町宿舎は鈴木さんが委員長で私は副委員長ですから、私もこの老体の域に達しているのかなと思いつつも、会長も熱心だし、この制度を活用いたしまして頑張っていかなきゃいかぬというように考えているところであります。
 高齢者の介護に関する施策の充実を図るために、特別養護老人ホームの設置促進についても申し上げたいと思うのでありますが、先ほどから諸先生の意見を聞いておりまして、高齢者保健福祉推進十カ年戦略、いわゆるゴールドプランでは、ホームヘルパーなど在宅介護に重点が置かれる傾向が見られますけれども、同時に特別養護老人ホームなど施設介護の充実を進めることが重要であります。
 ゴールドプランは、特別養護老人ホームについて、平成十一年に二十四万床とする目標を立てて整備を進めているわけでありますし、実績を見ると平成四年度で十九万六千床、八二%の達成率となっております。これは、老人保健施設の目標二十八万床に対して実績が七万一千床で二五%、ケアハウスの目標十万人に対して実績が三千八百人で三・八%に比べると高い達成率になっているんでありまするけれども、特別養護老人ホームは比較的順調に整備が進んでいるように見られます。
 しかし、計画が順調に進んでいる割に、多数の入所待機者がいる現状況の解決は進んでおりません。先ほど竹山先生でしたか、今特別養護老人ホームに入りたいとして待機組が五万五千人いらっしゃるということを聞きました。なるほどなと聞きました
 私の近所に実はお年寄りがありまして、寝たきり老人でありますが、このごろだんだん痴呆性が増してまいりまして、自分の出したふんをごちょごちょまぜて壁にどんどん塗ってしまう。まるで左官屋さんみたいなものです。そういうようなことは笑い事じゃなくて深刻なことであります。しかし、その人も家族が何としても、自分たちを生み育ててくれた年寄りでありますから、粗末にはできません。したがって、入所待機組の一人でありますけれども、こういう深刻な例がたくさん全国各地にあるんじゃないでしょうか。
 こういうようなことについて、ゴールドプランの前倒し目標をひとつ立ててもらいたいと思います。今申し上げましたように、ゴールドプランの目標の二十四万床を前倒しして達成するように上方修正をしてもらえぬだろうかというようなことであります。
 次に、今五万五千人ということを申し上げましたけれども、この点については何としてもひとつ特別養護老人ホームの定員について、やはりそれだけにいろんな困難な問題があると思いますから、今原則五十名以上の定員ということになっておるわけでありますが、大都市では用地取得が非常に困難ということから、この定員についての基準を緩和いたしまして、三十名程度にこれを減らせぬものかということを私は考えているところであります。
 それから、田舎の方、特に小学校、中学校、このごろ少子化がもう極端に進んでおりますから、学校が非常にあいております。この学校を改造いたしまして、そして合築という制度ですね。子供たちも遊んでいるというようなことで、お年寄りと子供の交歓する風景というものは、物を考えつつやることについては非常に楽しみだということであります。
 それから、施設整備費の関係について、国庫負担を充実してもらえぬだろうか。社会保障関係、特に年金、医療、福祉・介護という関係について五、四、一の比率が五、三、二になるということは、もう莫大な金がかかるということであります。したがって、世代間の負担という問題等をいろいろ国民的な討議をいたしまして、そういう中で国庫負担をだから充実するんだというようなことで、ひとつ、今の国庫負担の上で定員の三割まで認められておりますけれども、これを快適な環境を整備するために一層の引き上げを検討すべきではないだろうかというように考えているわけでございます。
 どうかそういう意味で、やはり私は意識革命をする。また、私は今社会党の建設部会長をやっておりますけれども、その中で、もう今世紀はいわゆる公共事業等をやって社会的ないろんな施設その他をどんどんつくっていく。ところが、来世紀についてはやっぱりこれだけじゃない。一番金がかかるのは、私は、やっぱり老人医療、老人福祉・介護ということを重点的に取り上げていくことが、本当の意味の日本の文化国家じゃないだろうかというように実は考えておりますので、今世紀は六、七年ありますけれども、この間は公共事業を拡大して、そして我々の身の回りの環境を整えていくというようなことをやりながら、来世紀についてはそのことを考えてやっていくという立場が必要である。
 情報化時代もそうでありますけれども、やっぱり老人福祉の問題を中心といたしまして、ひとつ大いに研さんをして、国会も現状に合わせてひとつ期待ここたえられるよりこ頑張りたいと思っております。
 以上です。
#15
○三重野栄子君 いろいろ先生方の御意見をいただきまして、共通しているものがたくさんございますが、検討する課題も出していただいたようでございますので、私もこれから二つほど検討の課題の中に入れていただきたいことを申し上げてみたいと思います。
 今、青木先生がおっしゃいましたけれども、この前の日曜日でしたか、私の親戚がけがをしまして外科の病院に行ったんです。そうしたらベッドの横にいる人は高齢者でございまして、全く外科と関係がないのにその外科病院におられたというのを聞きまして、今まだまだ施設が足りないなというのを実感いたしたのでございます。
 それは別といたしまして、子供が親を見るというのが当たり前の時代から、だんだん高齢者の問題を皆で考えよう、皆で介護していこうということが言われております。その中で、やはり在宅医療とか在宅介護という問題になりますと、介護する者を、自分の親とかを見る場合も、何か一人の介護の労働者といいますか、介護する者として評価できていかないのかな、そういう方向もひとつ検討していきたいなと思うんでございますけれども、いかがでしょうか。
 そういたしますと、例えば自分の親を見ているけれども、それは一人の労働者であるとするならば、その賃金と申しましょうか介護の分を、いわゆる介護手当というのじゃなくて、一人の働き手としての、それはどこで負担するかというのはさまざまあろうかと思いますが、そういう見方でするとすれば、その人も賃金をもらい、そして一人前の税金も払っていく。そうして、いよいよ自分が高齢になったらばそれから年金も支給されていくというような形で、仮に自分の親、親戚を見るにしても、一人の介護労働者として見れるような状況を早くつくられたらいいなと思っています。
 これは先生方も御存じのように、私どももこの前ヨーロッパを見せていただいたときも、そのようなことが既に行われておりますから、日本もそういう方向性を見出したいなというふうなことを思っております。
 それからもう一つは、この前、厚生省の大田企画課長も、サービスというのは自分で選ぶのだというふうに御意見がございましたんです。そうすると、文部省における福祉教育等の取り組みも、やはり介護を受ける者は、権利とか義務ということになるとまたちょっとかたくなりますからそういう言葉を使わないにしても、年をとっていくのは当たり前なんだから、介護を受けるのも当たり前なんだから、そういう意味の文部省の中での教育が取り上げられていいのではないかと思うわけです。そうしますと、基本的考え方の中に福祉の重要性や思いやりの心、公共のために尽くす心を育てることなどについて指導しているところですと。何かそういうふうに言いますと、昔ながらの、子供が親を見るのは当たり前なんだということに通じていくような気もするわけです。
 それから、教育内容の改善の中にもありましたけれども、高齢者への理解等について指導する。もう少し前から申しますと、社会福祉の意義や課題、ボランティア活動を通しての高齢者への理解等について指導をするようにしたとか、あるいは小中学校の道徳では、高齢者への尊敬と感謝の気持ちを含める指導の充実を図った。それから特別活動では、中高のクラブ活動の中に奉仕的な活動を明示したり、小中高の学校行事の中で、勤労生産的行事を勤労生産奉仕的行事というふうに改めた。
 そういうふうになっておりますと、やっぱりどうしても自分が犠牲になって人のために尽くすというふうに、私の年齢的な、かつての経験からもそうなると思いますけれども、勤労とか奉仕というような言葉を使わないで、もうちょっと何か違う言葉がないかなというふうに思ったりしているわけです。
 それから、ボランティア教育等の推進の中にも、昭和六十三年度から奉仕等体験学習研究推進校を各都道府県ごとに指定し云々とありまして、そして平成五年度からは、高校生に地域社会における奉仕等の幅広い社会参加の体験を得させる活動を推進するため、勤労体験学習総合推進事業というふうに銘打って実施している。
 どうしても勤労とか奉仕とかが出てくるんですが、それでもいいと思っていらっしゃる方が多いと思いますが、私は何かそういう勤労とかというのが抜けても、例えば勤労体験学習総合推進事業と言わなくても、体験学習総合推進事業でもいいんじゃないかなと思ったりするんです 何か戦前か戦後を通じましての教育のあり方について、少し残滓があるのではないか。これは余計なことかもわかりませんけれども、そう思いましたんですが、これからもそういうところについても御議論をいただいたらというふうに思いました。
#16
○武田節子君 先ほどの意見にもう少しつけ足たせていただきたいと思います。時間でやめたものですから。
 年金の支給開始年齢までの雇用が確保されることは極めて重要ですけれども、五十五歳以上の高年齢の就業状況を見ますと年金額の少ない者ほど就業率が高くなっています。女性の高年齢就業者の就業理由を見ると、経済上の理由が最も高く六八・九%になっております。次いで健康上の理由が一〇・二%、時間に余裕があるからが八・五%になっております。しかし、高齢者雇用の現状は、定年制を定める企業のうち、希望する者全員が六十五歳まで働き続けられる企業は二割にとどまっております。十分なものとは言えません。再就職状況についても、六十から六十四歳の高年齢者の有効求人倍率は平成六年四月で〇・〇九倍と厳しい状況となっております。高齢期の女性にとっても、希望する限り就労による収入の道が確保される必要があると思いますが、今後とも高齢者雇用を一層促進させることが求められておりますので、この辺の検討も大事ではないか、こんなふうに思っている次第です。
 また、サラリーマンの無職の妻については、基礎年金分の保険料を第三号被保険者として負担しなくても済むようになっています。共働き世帯と単身者世帯が余分に保険料を負担しているという不公平が指摘されています。また、保険料を負担しないことが女性の自立をおくらせているとも言われています。無職の妻に年金保険料を求めるかどうかは税制、健康保険制度における専業主婦の扱いとも関連する問題ですが、女性の自立を促す視点から積極的に検討を進める必要があるのではないか、こんなふうに思っております。
 もう一点は、年金制度ではパートタイム労働者からの保険料徴収が議論されています。パートタイム労働者には女性が多いことから、女性に密接な問題となっています。パートタイム労働者が厚生年金の加入者となることは、厚生年金の加入者がふえるため支える側が厚くなることに加え、年金を受け取る権利をより多くの女性が持つことになるとも考えられます。離婚により妻がわずかな基礎年金しか受給できないなど事情を考えますと、女性の老後の経済的自立を高めるため、パートタイム労働者の厚生年金加入について積極的な検討を進める必要があるのではないかということも申し述べたいと思っております。
 それから、ちょっと違った話になりますけれども、特養ホームのところを幾つか回らせていただいたときに施設長などと話したりしていますと、老人はいつも病気と背中合わせで生きているわけで、軽度な病気とかあるいは風邪などに対して診療報酬の最低基準の点数制度を認めるようにしてはいかがかと思うんです。
 昭和五十三年以前に設立した特養ホームは診療報酬点数が認められておりますけれども、五十三年以降設立のホームは認められていないようなんですね。特養ホームの診療所には常勤の医者がいても医療行為は認められていないわけです。
 それは、厚生省が老人保健法と老人福祉法を縦割りにした関係もあってそういう制度になったようですけれども、社会福祉法人ホームにとっても軽い医療の費用は措置費から持ち出しになっているので財政的に大きな負担になっているようでございます。この辺は医師会との関係もあるのでしょうけれども、そういうことを要望するような声もありましたので一考を要することではないか、こんなふうに思っております。
 それから、在宅サービスの中で、現在、ショートステイは既存の特養の施設を利用している人が大変多くなっておりますけれども、職員の負担が非常に大きくなっているので、またほかに利用している人にも影響が大きいので、何とか小規模の十人か二十人程度のショートステイの単独の施設が必要ではないかというふうに思ってきたんです。
 これは、この間、公述人の秋川の今さんの話のように、地域で十人か十五人ぐらいの人たちが元気に地域の人と交流できるような、あの方はデイサービスを中心にしておりましたけれども、ああいったようなショートステイができますと、地域で交流しながら寝たきりとかぼけの防止にもなるし、非常にその人の持っている可能性というものが引き出されたりして、また老後を生き生きと生きられる状況になるのではないかということで、このホームの方の要望などもぜひこれから考慮していく問題ではないか、こんなふうに思いましたので一言述べさせていただきました。
 ありがとうございました。
#17
○吉岡吉典君 私は、新しく国民生活調査会に入って一年近く皆さんと一緒にいろいろ勉強もさせていただきました。感想も含めながら、先ほど述べたものに幾つかつけ加えたいし、また、なぜ先ほどああいうふうに強調したかということもちょっと述べさせてもらいたいと思います。
 今度、速記録も全部丹念に読み直してみました。そして、この調査会は、ヨーロッパの調査も含めて大変いい仕事をやってきたなと思っているところです。同時に私は、この調査会に入るようになってから非常につらい思いをするようになりました。それは、こういう委員会で仕事をしているというところから高齢者の人の相談を持ちかけられるようになって、今まで私の関心でなかった、あるいは弱かった部分がもろに来るようになりました。例えば、最近受けた相談の一つは、御本人自身ががんの宣告を受けて、抗がん剤を打ちながら老母の介護をやっているというような話ですね。こういうふうな話は、こういう調査会で仕事をする以前は余り持ち込まれなかったので、非常につらい話を次々に持ち込まれているところです。
 先ほど、私がおくれを重視しなくてはいかぬということを強調しましたのは、今、青木先生からお話が出ました特別養護老人ホームにしてもホームヘルパーにしても、そのほか私は率直に言って大変おくれた現状、それがいろいろな困難な問題を高齢者、家族にもたらしていると思うんです。だから、厚生省さんもゴールドプランを基準にこれがどこまで進んでいるかというところに基準を置くのではなく、日本の高齢者や家族の置かれた現状を常に出発点に置いて高齢化対策は考えていただかなくちゃならないという思いを持っているので、先ほどのようなことも述べさせてもらったわけです。
 それからもう一つは、辛い思いだけではなく、希望が持てるということです。それはヨーロッパでのすぐれた経験を見せていただいたこと、それから、この調査会の参考人の皆さんから非常に感動的なすぐれた先進的な経験を教えていただいたりということ、外国から日本に見学に来る人さえあるということを聞いて、この辺は私は大変新しく教えられた点でありました。
 私は、それが国全体のレベルになっていないというところがおくれの中身だと思いますけれども、おくれを進める上でこういう先進的な内外の経験というのを最大限に生かす必要があるということを痛感しており、参考人に対する質問の中でも、そういう経験が全国的に交流できる仕組みになっていますかというふうな質問もしたわけです。
 そういう点で、先般、厚生省にも私要望も行いましたけれども、当調査会としても、ここでも聞いたようなすぐれた経験が本当に日本で高齢者対策を進める力になるような方策をも検討していただきたいなというふうに思っているところです。したがって、この間公述人からあった、進んだ計画が抑制的指導を受けるというふうな状況というのはあってはならないことであるということも重ねてここでも申し上げておきたいと思います。
 それからもう一つ常々考えることは、先ほど青木先生から、老人は枯れ木に水をやるようなものだという時代があったというお話もありましたけれども、やはり我々が耳にする論議の中には、高齢化社会を迎えて大変だ大変だということ、それは高齢者対策のおくれを解決しなくちゃいかぬというところから出ているものであるにしろ、高齢者から見たら自分らの存在がみんなの負担になっているのかどうかという点で、そうでなくても自殺率が世界トップクラスだという人に大きい負担を与える。そういう状況をなくす努力をしなくちゃならないし、ましてや邪魔者扱いするような議論というのはあってはならないというふうに私は思っているわけです。
 その点で、高齢化対策の大変さを強調しようとするためであるにしろどういう動機であるにしろ、誇張した議論で、高齢化対策は大変であり、ある意味では危機だというふうな議論がある状態というのはなくさなくちゃならないと思います。私のところの先ほど言いました提言の中でも一番重視している点は、高齢化社会で大変だ、危機だということじゃなくて、立派に支えられるんだということを強調しているのもそういう点からであります。
 特に私のところで、誇張あるいは感覚的に訴えるのでなく、分析的に見ていかなくちゃいかぬというところで、ここにも提起していることですけれども、高齢化社会になると今五人で一人を支えているのを二人で一人を支えなくちゃならないから大変だ、負担が二倍にも三倍にもなるんだというふうな議論がありますけれども、私どもはその点で、この新しい提言の中で、単純な高齢者人口と生産年齢人口との比較は余り意味がないということを重視しております。
 それはどういうわけかというと、働き手が総人口を支えているんだと。無職の高齢者はもちろん、無職の配偶者あるいは子供等、そういう全人口を働き手が支えている。その全人口の中で働き手の比重というのは一体どうなるのかということを見ていかなくちゃならないということを、この分析では重視しています。
 そうすると、厚生省人口問題研究所の予測によっても、働き手、就業者が一人でおよそ二人を支えている、その状況というのは現在も二〇〇〇年も二〇一〇年も二〇二〇年も変わらないのだというのが、これは厚生省の数字でも明らかになっているわけで、そういう実態を見ないで五人で一人を支えているのが二人で一人になるから大変だ大変だというふうな議論というのは、やはり誇張した議論であり、考え方によっては意図的な議論だとさえも言わざるを得ないということを私どもはここで提起しているわけです。
 もう一つ、時間をとって申しわけありませんけれども、述べさせていただきたい点は、この五人で一人から二人で一人ということを単純化して、負担もまた二倍、三倍になるという議論も、私どもここで計量分析もやって、それは根拠がないんだということを言っております。一見人口比較をそういうふうにするとそういう錯覚を与えがちですけれども、この議論によると、高齢者はふえるが日本経済の成長はどうなるかということが計算に入れられていない議論だと。
 例えば、高齢者がふえるこれから二十年、三十年、四十年という間は日本経済も成長していくことは間違いないわけであり、例えば二%ないし三%の成長ということを私どもは見込める数字ではないかというふうに考えております。そういうふうに見越せば、給与所得の負担が現在の二倍、三倍になってたえられないというのではなく、日本経済も成長し所得もふえる。所得がふえるわけですから、仮に負担額はふえても負担率はふえないでふやしていく。計算によれば、負担率をふやすことなく、日本経済のそういう見込み得る成長に照らしても、高齢化社会は立派に支えていける。そういう経済力も、高齢者がふえる、同時に日本経済の成長によってつくられていくんだということを私どもは結論づけ、だから安心してやっていけるんだということを言っている。
 高齢化社会になって大変である、大変であるということを騒げば騒ぐほど、老人は、やっぱり若い者の邪魔者になるかというふうな心理状態にもなりかねないと思いますので、私はそういう議論ではなく、科学的な分析によって高齢化社会は立派に支えていけるんだ、だから、高齢者は安心してやっぱり生きがいのある老後を送っていただきたいということを提起することが非常に重要じゃないかというようなことを、ここへきて辛い思いをするようになった反面、だからこそそういうふうなことをここでも一言感想的に述べさせていただきたいと思ったわけでございます。
 どうもありがとうございました。
#18
○会長(鈴木省吾君) ありがとうございました。
 ほかにございませんか。――別段ほかになければ、以上で本格的高齢社会への対応に関する件についての意見表明及びフリートーキングは終了いたしました。
 本日お述べいただきました皆さんの御意見は、後日作成いたします中間報告書案に反映させていただきたいと存じます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時九分散会
ソース: 国立国会図書館
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