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1993/11/12 第128回国会 参議院 参議院会議録情報 第128回国会 規制緩和に関する特別委員会 第3号
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1993/11/12 第128回国会 参議院

参議院会議録情報 第128回国会 規制緩和に関する特別委員会 第3号

#1
第128回国会 規制緩和に関する特別委員会 第3号
平成五年十一月十二日(金曜日)
   午後一時二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 十月二十五日
    辞任         補欠選任
     会田 長栄君     喜岡  淳君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         林  寛子君
    理 事
                斎藤 文夫君
                陣内 孝雄君
                今井  澄君
                野別 隆俊君
                矢原 秀男君
    委 員
                尾辻 秀久君
                加藤 紀文君
                笠原 潤一君
                沓掛 哲男君
                竹山  裕君
                岩崎 昭弥君
                喜岡  淳君
                佐藤 三吾君
                村田 誠醇君
                山本 正和君
                武田 節子君
                小島 慶三君
                古川太三郎君
                足立 良平君
                西山登紀子君
                泉  信也君
                西川  潔君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        菅野  清君
   参考人
       慶應義塾大学商
       学部教授     中条  潮君
       財団法人国民経
       済研究協会理事
       長        叶  芳和君
       経済団体連合会
       流通委員会委員
       長代行・企画部
       会長
       株式会社クレ
       ディセゾン相談
       役        青木 辰男君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○規制緩和に関する調査
 (規制緩和に関する件)
○参考人の出席要求に関する件
    ―――――――――――――
#2
○委員長(林寛子君) ただいまから規制緩和に関する特別委員会を開会いたします。
 規制緩和に関する調査を議題とし、参考人から御意見を聴取いたします。
 本日は、参考人として、慶應義塾大学商学部教授中条潮君、財団法人国民経済研究協会理事長叶芳和君、経済団体連合会流通委員会委員長代行・企画部会長、株式会社クレディセゾン相談役青木辰男君に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々にお礼を申し上げたいと思います。
 本日は、御多忙のところ本委員会に御出席をいただきまして、ここに御意見を聴取することができますことについて、委員会を代表いたしまして厚く感謝を申し上げる次第でございます。
 委員の皆様方からも御意見、御質問があろうと思いますけれども、御出席の参考人の皆様から忌憚のない御意見を拝聴させていただきまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、中条参考人、叶参考人、青木参考人の順で、それぞれ二十分程度御意見をお伺いいたします。その後、二時間ほど質疑をいたしたいと存じます。
 本日は、あらかじめ質疑者を定めないで、委員には懇談会形式で自由に御質疑をいただきたいと思います。質疑を希望される方は挙手を願い、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、まず、これより中条参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。中条参考人。
#3
○参考人(中条潮君) 慶應義塾大学の中条でございます。
 私がお話ししますことは、あらかじめお配りしております五枚のペーパーがございます。それに基づいてお話を申し上げますが、二十分間という時間で短い時間ですので、主として最初の二ページに沿ってお話を申し上げます。それについて足らない部分が三ページ、四ページに「補足説明資料」という形で入っております。多分、議員の先生方はお忙しいと思いますので、なかなかお読みになる機会がないかと思いますが、また本会議のときの睡眠薬がわりにでもお読みいただければ幸いだと思います。
 さて、私、冒頭に「規制緩和はファッションか?」ということを書いております。今や規制緩和は大変なブームでありまして、まさに流行と言ってもいいような状況になっております。これは果たしていいことなのかどうかということなんですが、皆さんが規制緩和に興味を持ち、あるいはマスコミが規制緩和を取り上げる、これは大変いいことなんですが、流行になったままで終わらせてしまってはいけない。スカートの丈ではありませんので、長くなったり短くなったり、流行によって規制が緩和されたり厳しくされたりということは、これは問題であります。すなわち、流行が去ってしまうと規制緩和を忘れてしまうということでは困るということであります。
 今、不況の時期であります。不況の時期において規制緩和ということが出てきたのは、景気対策ということで出てきたわけでありますが、私は景気対策として規制緩和を使うということは余り効果はないというふうに考えます。むしろ、不況という状況の中で、さまざまな流通システムの破壊といったようなことが起こっております。これは、その不況という需要と供給の関係のマーケットの力でやむにやまれずそういうことが起こってきている。中には、現在の規制を破ってまで激安、格安という商品が出てくるというような、国内航空運賃のケースのような例もございます。
 そういうことを考えますと、今規制緩和をやるには一番のチャンスである。むしろ不況対策としてやるのではなくて、不況をチャンスとして規制緩和を行っていくべきだというのが私の基本的な考えてあります。
 冒頭、一行目にその不満が書いてございます。これは官主導の規制緩和ということについては言うまでもないことでありますが、財界・産業界主導の規制緩和、経団連その他財界からは規制緩和についていろいろな意見が出ております。それはそれで私は結構なことだと思いますが、一番大事な生活者、消費者、そこからは規制緩和の声がなかなか出てこない。これは消費者が規制緩和を望んでいないというわけではない。ところが、それがまとまらない。しかも、それのリーダーであるはずの消費者運動のリーダーが、規制緩和に対し
てほとんど理解をしていないという状況があります。この点が規制緩和を進めていく上で一番ネックになっていることであり、かつこれを改善していくべき部分であるというふうに考えます。
 ただ、消費者がなかなか規制緩和ということに気がつかないというのは、一つには我々の生活の回りが余りにも多くの規制に取り囲まれているということにもよるわけです。
 私の資料の一番最後のページに、生活回りの規制という表を載せております。これをざっと見ていただきたいんですが、この表をつくるのに私は実は一時間もかからなかったんですが、つまり思いつくままにどんどん規制をただ書いていっただけです。それだけでもこれだけの規制がある。
 朝起きて歯を磨く。歯を磨くと、例えばソルトサンスターのような歯磨きを使うとそこには塩が入っている。ところが、塩については輸入規制と専売制ということによる規制がかかっております。それから、顔を洗います。顔を洗うときの水道、水道料金というのは規制価格であります。しかも、水道については自治体が独占的に供給をするという形になっている。この水道料金については自治体によって最大九倍近い開きがある。価格の開きが九倍近くあるというようなことが言われております。この水道についてもっと規制を緩和して効率化を図ることができないのか。
 さらには、顔を洗うときには石けんを使います。この石けんの原料である油脂、油については輸入規制がございます。この輸入規制によって何を保護しているかといいますと、国内の搾油業者、油を搾る業者を保護している。ところが、その保護されている搾油業者というのは日本に一社しかない。その一社のために輸入規制をかけている。関税をかけているというような状況があるわけです。石けんメーカーは、この規制がなくなればもっと石けんが安く生産できるというようなことを言っているわけです。
 まず朝起きて顔を洗う、歯を磨くという、そういう一番最初のワンステップのところだけでもこれだけの規制があるということであります。
 さらには、朝御飯を食べる。この食料についてもさまざまな規制がかかわっているということは今さら申し上げるまでもないと思います。
 さらに、バスに乗って駅へ行く。この場合に運輸関係の規制というのは、特に運輸関係の経済的規制というのはさまざまな規制の中で一番厳しい分野の規制であります。
 さらには、駅でドリンク剤を飲む。薬品についての規制、再販制による価格維持制度。独禁法の適用除外に基づく再販制による価格維持制度というのは、薬品それから新聞、雑誌、書籍、それから化粧品あるいはレコード、CDといったような分野にわたっております。
 私は、ここでこういった規制をそれぞれ一つずつ説明するつもりはございません。私が申し上げたいのは、ここで私が取り上げておりますのは、大部分が競争を抑制しているような規制、需給を調整しているような規制であります。このような規制を撤廃してやって、そして競争対応の政策、市場メカニズムの活用ということを図っていくことが必要である、それによって構造を改革していくということが重要であるということを申し上げたいわけです。
 政府命令による円高差益の還元というのは、私はむしろ規制強化であろうと考えます。むしろ、競争抑制的規制の緩和によって構造改革をやり、市場圧力によって自然と価格が低下される、そういった構造を導かなければ、円安になったときに、そのような政府が命令する円高差益の還元政策というのはむしろ逆の効果を持ってしまうということになります。
 ただ、個別の理由について、市場の失敗の見地からきっちりそれぞれの規制について議論しないと、原則自由のわなというものに陥ってしまう。平岩研究会が提出いたしました報告書は、私は基本的に賛成であります。ただ、網羅的に五百の規制を挙げたということによって、かつ原則自由ということを言ったために、逆に例外を認めてしまうという可能性が出てきはしないだろうかということを若干心配いたします。すなわち、規制についてはそれぞれ、それを設定したときには何らかの少なくとも理由がある、少なくとも大義名分があるはずであります。その規制の理由が今は意味がないということをしっかり一つずつ議論しなければいけない。その点を忘れてしまいますと、原則自由のわなに陥ってしまうということになる危険性がございます。
 レジュメの四番目は省略いたしまして、五番目、「規制緩和・見直しの対象」というところでありますが、@、Aの点については御説明の必要がないかと思います。
 Bの点でありますけれども、規制緩和というのを許認可だけにとどめない。むしろもっと広い範囲で市場メカニズムの活用ということを考えていかないと、本当の意味での政府の介入の削減ということにはならない。かつ、それが経済構造の改革ということにもつながらないということであります。
 具体的には、民営化ということをもっと進めていく。ここに書いてありますような分野を含めて、社会資本の分野を含めて民営化を進めていくということ。それからもう一つは、公共投資の配分の見直し、公共投資の配分の中に市場メカニズムをなるべく導入をしていく。公共投資というのは必要なことでありますけれども、ただ金を使うだけの公共投資というのはもうやめにする。必要なところに、効率の高いところに資金が行くような、そのような公共投資の配分メカニズムを考えなければいけない。その一番いい方法というのはなるべく市場メカニズムに任せるということであります。そういう形で構造改革を図っていく必要があると考えます。
 その次に、二ページ目のCというところでありますが、経済分野以外の競争抑制的な規制の見直しも必要である。これは平岩研究会も指摘しているところでありますけれども、私はそれにあわせまして、補助制度の見直しを考える。これは補助制度の総額を減らせということを言うつもりは全くありません。同じ額であっても補助を受ける人にとってより高い満足を与えるような制度に変えるべきである。そういう点で、ユーザーサイド補助への変更ということを申し上げたいわけであります。
 ユーザーサイド補助というのは、要するに補助を受ける側に補助金を渡す。つまり事業者の方に、供給者の方に補助金を出すのではなくて、それを消費する側に補助金を渡す形であります。
 例えば学校の場合には、公立学校というのは、小学校、中学校に対して自治体や政府が補助金を出すという形で、生徒はただで公立学校に行けるという形になっているわけです。それを家庭の方に補助金を渡す。それによって各家庭が自由に学校を選択することができるようになる。この制度の大事な点は、それによって補助金の分野に競争を持ち込むことができるということであります。市場メカニズムを補助金の分野に取り入れることができる。
 これは例えば運輸関係のさまざまな補助金、あるいは身障者や高齢者に対する補助金についても同じような効果を与えることができるというふうに考えます。
 五番目の質的規制の見直し、安全規制、環境規制等については、a、b、cの点については説明を省きます。
 d、「競争市場に対応できるような安全担保方法の工夫」という点でありますが、安全規制というのはもろ刃の剣であります。安全規制を厳しくすれば、それによって例えば薬の場合ですと副作用という被害を食いとめることができる。ところが一方で、余り安全規制を厳しくし過ぎますと、薬が存在したとしたら助かっただろう人、そういう病人が助からないというマイナスの面もあるわけです。
 ですから、安全規制についてはかなり慎重に考えなければいけないわけですけれども、物によっては、既に日本の産業の水準が十分質的に高く
なって、余り安全上の問題のあるようなものを生産しないような分野というのもあるわけです。例えば化粧品の分野などというのはそういう分野であります。そういうところについては安全規制を緩めてやるかわりに、一方で保険制度を用意してやる。保険制度でもってもし何か問題があったときは対応をしてやる。そのかわり、安全規制は緩めてなるべく競争が行われるような体制にしてやる。
 実はこれを自分でやり始めたのが渋谷の城南電機のおじさんであります。これは薬事法違反ということで多分厚生省は取り締まるつもりだと思いますけれども、この城南電機のやり方というのは実はかなり化粧品の分野では実態に合ったやり方であるということが言えるわけです。
 それから、その次のe、「環境規制の選択的適用」という点であります。
 住宅あるいは土地について規制を緩和しろという声が大変大きく出ております。私はある面では賛成であります。ただし、それについては、しっかり都市計画用途地域の指定をやってからその規制緩和をやるべきである。すなわち、容積率だとか日照権だとかそういったものについての問題をそのままにして規制緩和をやりますと、必ず環境上の問題ということが起こってくる。したがいまして、私は、大都市地域においてはこういった土地あるいは住宅についての規制はかなり緩めてもいい。むしろ環境については、大都市についてはある程度犠牲にしても仕方がない。しかし、そうでない地域についてはむしろ環境上の規制を厳しくするという形の対応を考える。そういった選択的な規制の運用ということが必要になってくると考えます。
 六番目、「規制緩和政策の留意点」ということでありますけれども、規制をするかそれとも規制を緩和するかというのは、これは相対的な問題であります。どっちが確実に一〇〇%いいということはあり得ません。規制緩和をすれば、その場合にもやはりコストは発生するということであります。
 規制緩和のコストとして考えられるのは、短期的な混乱であるとか産業や消費者の自己責任が拡大するという問題であります。ただ、このコストを負担してこそ私は大人になる、日本という国が大人になる一つの条件であろうというふうに考えます。これは、一つには、国際的な環境の中で今まで子供として通ってきた日本が大人として通用していくためにはいろいろなコストを負担しなければいけないわけです。その中にはかなり政治的な、PKOの問題であるとかあるいは侵略という言葉を認めるか認めないかといった、そういった問題があります。経済的な部分に限定して話をすれば、規制緩和、それから輸入規制の緩和という形で、日本が一流の先進国の仲間入りをしていくためには、そういうコストを負担してこそ世界で一流として認められるということを考えなければいけないということであります。
 もう一点、若干戻りますけれども、規制のコストとして考えておくべきこととしては、規制の事務コストや管理費は必ずしも規制緩和をしても少なくならないということ。それから、競争抑制に伴う生産性の低下ということについてかなり考えておかなければいけないということ。さらには、政治の失敗のコスト、すなわち政治システムにも失敗がある。規制を行うのは、市場メカニズムについて失敗があるから、それを補完するために規制を行うわけであります。市場メカニズムの失敗を補完するためには政治システムで補完せざるを得ない。しかし、政治システムにも失敗はあるわけです。それについては議員の先生方の方がよく御存じのところだと思います。政治の失敗と市場の失敗とどちらをとるか。私は、政治にはやっていただかなければいけないことがたくさんある。なるべくマーケットメカニズムに任せられるところはそちらに任せる。そこに失敗のコストがあったとしても、それは政治の失敗のコストよりは大きくないだろうというふうに基本的には考えます。
 最後に、「規制緩和をどう行うか」ということであります。
 時間の制約がございますので、お読みいただきまして、中に言葉として意味がわからないということがあれば、後ほど御質問いただければと思います。
 例えば、@の「規制コストの地方化」というような言葉その他、その点については後ほど質問をいただければよろしいかと思います。
 Aについては先ほど申し上げたとおりであります。
 Bの中で一つ大事な話は、規制緩和政策の政治責任、これを政府と政治家がとること。官僚への責任転嫁をさせない。責任と権限というのは表裏一体の関係でありますから、責任をとらせれば当然権限も要求される。これが今まで官僚の権限が強くなってきた一つの理由であると私は考えます。
 CからGまでは、読んでいただければ御理解いただける話であると思います。
 最後に、規制緩和の推進組織として特別な組織をつくるべきだという意見があります。私は若干これについては疑問を持っております。幾ら規制緩和の推進組織を設置しても、内閣・政府が指導力を発揮しなければ規制緩和は進まない。特別組織の設置は行政機構を複雑化するという懸念を私は持っております。むしろ、既存の公正取引委員会及び総務庁の調査権限を、企業に対するだけではなくて、官庁に対する権限も含めて強化する、一方で内閣の政治力の発揮を強化するという形の代替案もあるということを考えておく必要があると考えます。
 とりあえず、以上で私の意見陳述を終わらせていただきます。
#4
○委員長(林寛子君) ありがとうございました。
 それでは、次に叶参考人にお願いいたします。叶参考人。
#5
○参考人(叶芳和君) 規制の緩和というのはいろんな側面に影響が出てくるわけですけれども、本日は経済活性化の視点から規制緩和を問題にしたいというふうに思います。
 御案内のように、現在、景気が大変悪くなっておりまして、景気二番底論というのが強まっているわけであります。ダウンサイドリスクが存在するのも事実でありまして、やはり発想を変えて経済対策を打ち出す必要があるんじゃないかというように思っているわけですけれども、今回、九月でありますけれども、初めて政府は規制緩和というのを景気対策の手段として用いたわけであります。私はこれは高く評価したいと思っております。
 規制緩和が景気回復に一体どういう影響があるかということでありますが、私は中条先生とは違いまして、極めて即効性がある、そして一番本質的な対策だ、そういうふうに思っております。
 規制緩和が景気回復に及ぼした幾つかの事例があるわけですけれども、一番鮮やかな例として、七〇年代のアメリカのニューヨークにおける景気回復の例を御参考までに申し上げたいと思うんです。
 当時、ニューヨークは企業の地方進出が続いて大変な不況になり、財政危機に陥っていたわけであります。そこで、政府は不況脱出を目指してオフィスビルの家賃を引き下げることで地方に逃げた企業を呼び戻したいということを考えたわけであります。そのためには容積率の上乗せを実施した。つまり規制を緩和したわけです。容積率を緩和することによって床面積当たりの単価を安くすれば、企業がまたニューヨークに戻ってくるんではないか、こういうことを考えたわけであります。
 まず、マンハッタン地区のイーストサイドで七六年から八六年の十年間、容積率を二〇%引き上げました。従来はマンハッタンの容積率は一五〇〇%であったわけですけれども、これを一八〇〇%にしたわけであります。容積率のアップで投資の収益率が高くなったために、ディベロッパーの参入が相次いで大変な建設ブームが起きたわけ
であります。ですから、企業が地方からニューヨークに戻ってくる前に、建設ブームでニューヨーク経済はよみがえったというのが七〇年代の後半にあるわけです。
 その後、これは大変いいことだということで、ニューヨークはウエストサイドも同じような規制緩和をやりまして、結局そこでも大変な建設ブームが起きて、ニューヨークの町はよみがえり経済も活況を呈する、こういう状況が出てきたわけです。これは公共投資、政府は一銭も金を使わないでニューヨーク経済が活性化した。非常に規制緩和が景気回復に与えた鮮やかな事例として私は興味深い例だというふうに思っております。
 日本の場合も同じ可能性があるわけです。全国どこでもというわけではありませんけれども、例えば東京の日本橋を考えていただきたいと思いますが、ここは古くから商業のセンターでありますから、古いビルもかなり残っております。現在、日本橋の容積率は八〇〇%なんです。全くのオフィス街であるわけですけれども、ここの容積率を八〇〇%のままに続けておかなきゃならない合理的な理由は私はないと思います。いろんな住宅街であるとか、そういうことであれば容積率の緩和は非常に難しいところもあろうかと思うんですけれども、純粋のオフィス街で容積率八〇〇%を続けていなくちゃいかぬという合理的理由は私はないと思うんであります。
 ここのビルのオーナーたちは、容積率の緩和を待って建てかえたいと思っているわけです。現在八〇〇%ですけれども、例えば一二〇〇%にまで緩和してくれるんであれば即座にビルを建て直したい、こう思っているわけです。一〇〇〇%に緩和しても建て直すんではないかというふうに思います。そういうことでありますから、例えば向こう五年間に建て直すんであれば、ボーナスとして一二〇〇%でもいいですよ、あるいは容積率一〇〇〇%でもいいですよということになれば、恐らく即座に建てかえが進んであの地域においては建設ブームは間違いないだろうというふうに思います。もちろん、土地の生産性も高まるわけですから地価がその地域では上昇する可能性もあるわけで、いろんな変化が生じてくるというふうに思います。
 東京二十三区の人口密度はパリの三分の二しかないわけです。東京は過密だ過密だと言っているわけですけれども、世界の大都市で見れば東京は一番過疎地域なんです。真ん中は過疎であって、その周辺に人間が全部集まっている、住宅が集まっているわけです。山手線の内側でも二階建て、三階建ての低層住宅群の地区があるわけですけれども、これはもろもろの規制があるからであって、規制を緩和すればもっと高層化して、今の高い地価でも投資採算がとれるようになって、政府が公共投資を出さなくても建設ブームは起きると私は思います。
 もちろん、そういう規制緩和をやるかどうか、これは総合的な判断でやる必要があると思うんですけれども、規制緩和が景気に対してどういうメカニズムを持って波及するかといえば、極めて即効的な効果を持っているというふうに考えた方がいいと思います。ただし、ほかの側面を考えて、総合的に住みよい町をつくるにはどうするかということを考えて規制を緩和するかどうか、これは最終的に決めることでありますけれども、規制緩和が景気回復にどういう影響をもたらすかといえば、それは今申し上げたメカニズムを通して極めて即効的だというふうに考えた方がいいと私は思います。
 今、建設のことで申し上げたわけですけれども、これはほかの産業でも全く同じでありまして、例えば携帯電話を考えてみますと、東南アジアですと香港、シンガポール、非常に携帯電話が普及しているわけです。これは安いからだと思います。消費者が携帯電話を利用するのに非常に安い料金で利用できるわけであります。日本は非常に高いです。最初の月は十五、六万から二十万円近い金を今は取られるわけですけれども、これが邪魔をしていると思うんです。
 価格が下がれば普及率が高まるという例で言うと、例えば台湾の例でありますけれども、台湾の場合は、ディーラー間の競争で価格が非常に下がっております。そして昨年、基本料金を引き下げました、値下げしました。そうしましたら一挙に普及率が加速しました。日本の場合も、携帯電話のビジネスの参入規制を撤廃すれば価格が恐らく半分から三分の一になるんじゃないでしょうか、消費者にとって。そうしますと普及率が一段と加速すると思います。
 例えば来年四月から携帯電話を自由化するということになれば、そこで需要が爆発的に伸びるという期待が発生した場合、企業はあしたからでも設備投資の計画を始めなきゃならないわけです。
 だから、規制緩和というのは、一年後に規制を緩和するということが決まれば、それに合わせて設備投資はあしたからでも始まるわけです。そういう形で極めて即効的だということになります。
 あるいは、政府の今回のリストの中にも入っていたビールであります。ビールは、酒税法第七条で免許取得の条件が、年間二千キロリットル以上の生産でないと免許が出ないわけであります。しかしこれは考えてみますと、日本酒の場合は六十キロリッター、ワインの場合は六キロリッターで免許が取得できるのに、ビールの場合は二千キロリッター。要するに巨大独占企業でなければビールをつくれない、そういう規制になっているわけですが、これは大変大きな参入障壁になっておるわけです。
 アメリカの場合は、小さい規模のビール製造でも認可されるようになっているわけですけれども、それ以来、例えばマイクロブルワリーとかあるいは自家製のビールを出すレストランというのがふえて、小さいものでもどんどんビールが生産できるようになっているわけです。
 日本も今回のように、いわゆる地ビールと言われておるようですけれども、それを解禁すれば地方自治体だとか外食産業だとか、こういったところも自分たちでビールをつくる可能性があります。地方によっては地域活性化の手段として地ビールをつくりたい、こういうふうに思っておるところもあるわけで、規制を緩和して来年四月一日から小さいところでもビールをつくってもいいですよと、こういう規制が緩和されれば、あしたからそのための設備投資が始まるわけです。
 そういうことで、規制緩和というのは設備投資を通して極めて即効的にかつ極めて大きな効果を持つというふうに考えた方がいいと思うんです。そのことをまず十分、規制緩和と景気対策という点では確認しておく必要があろうかと思います。
 景気の現状はどういう状況かと申しますと、これは人によっていろいろ見方は違うと思うんですが、私は現状はゼロないしマイナス成長だというふうに思っているわけです。これは、公共投資とか住宅投資は拡大しているわけですけれども、個人消費と民間設備投資の落ち込みが続いているからであります。
 なぜか。その背景にあるのは大規模なストック調整なんです。大規模なストック調整が続いている局面では、投資曲線が垂直になっておるわけですから、利子率に非弾力的な状況であるわけです。幾ら金利を下げても設備投資は刺激されません。大規模なデフレギャップが発生している、あるいは個々の産業で見て大幅な需給ギャップが発生して工場が遊んでおるときには、幾ら金利を下げても新しい工場をつくる人はいないわけです。あるいは耐久消費財の場合、昨年までに車を全部多くの人が買いかえてあれば、ことし幾ら金利を安くしても新しい車に買いかえる人はいないわけであります。こういうことで利子率に非弾力的な経済になっておる。これはケインズがリクイディティートラップ、いわゆる流動性のわなということを言ったわけですけれども、景気の現状はそういう状況だろうと思うんです。金利を幾ら下げても需要は刺激されない、経済は動かないということであります。
 そういう状況でありますから、既存の産業構造のままでは金利引き下げが設備投資を刺激する効果は極めて小さいと思うわけです。したがいまして、新しいビジネスチャンスをふやして投資機会をつくり出すことが現時点の景気対策のポイントだというふうに私は思います。そういう形で新しいビジネスチャンスがどんどんふえて民間部門の調整が終わらない限り、所得税減税とか公共投資とか金利引き下げとかこういう伝統的な景気対策を幾らつぎ込んでも私は限界があるというふうに思います。
 景気の現状、大規模なストック調整でデフレギャップが大きいという状況からいうと、一番の景気対策のポイントは規制緩和ではないだろうかというふうに思っておるわけであります。
 規制を緩和すれば、特にこの場合の規制というのは新規参入規制ということと設備規制の見直し、これによってビジネスチャンスがふえれば、現在の金利水準でも企業の設備投資意欲は刺激されてやがて資金需要がふえ、そしてマネーサプライもふえて景気はいい方向に入っていくんではないかというふうに思います。
 日本は一万件余の許認可事項があるわけですけれども、これを見直してビジネスチャンスをふやしていく。そうしますと、企業の利潤動機に任せておいても景気上昇メカニズムが発生し、政府は巨額の財政をつぎ込まなくても済むと思うんです。
 つまり、当面の財政赤字の拡大というのは何かというと、それは政府が行政改革や規制緩和をサボっていることのコストとして財政赤字が拡大しているというふうに考えるべきです。規制緩和すれば民間のビジネスチャンスがふえるわけですから、企業の利潤動機に任せておいても景気上昇のメカニズムは発生するわけです。そういうメカニズムを押さえ込んでしまっているのが現在のもろもろの規制なんです。だから、それを取っ払えば景気は自律的によくなっていくわけで、それをやらないから、公共投資だとかなんとかいろんな形で景気の支えをやろうと言わざるを得ない、そして財政赤字は拡大していく、こういうことになっているわけです。
 そういう意味でいうと、当面の財政赤字はどんどんふえてきているわけですけれども、それは政府が行革とか規制緩和をサボっていることのコストだというふうに私は思います。これ以上そういう状況をつくり出したくなければ、今ではもう本格的な規制緩和しか私は打つ手はないというふうに思っているわけです。
 規制緩和が景気回復に対して即効性があるということを申し上げたわけですけれども、もちろん、こういう設備投資を通したルート以外にもいろんな効果があるわけであります。それは輸入障壁の撤廃、これが景気回復に与える効果もあるわけです。しかしこれは、内外価格差の修正というようなことを通して経済に影響をもたらしてくるわけですけれども、こういう価格効果を通して、消費の拡大ということを通して景気に波及させるというのはかなりタイムラグがあるわけで、これはどっちかというと漢方薬型でじわじわと効いてくるんですね。それで即効性は小さいわけです。
 多くの方が即効性は小さいと言うのは、規制緩和というのは対米外交の配慮から最初に出てきたものですから、この輸入障壁の撤廃とか内外価格差の修正ということから議論をし始めたから即効性がないと、こういう議論をしているわけですけれども、先ほど申し上げたように規制緩和の本命は参入障壁の撤廃なんです。それをやれば、設備投資を通して即効的に景気に影響が出るというふうに考えるべきだというふうに思います。
 それからもう一つは、規制緩和というのは貿易黒字の縮小につながると思います。輸入障壁を撤廃すればもちろん輸入がふえます。それから、市場開放と円高のメリットで実質所得がふえて、内需の拡大を通してまた貿易黒字が減るというルートが発生します。
 それからもう一つ、資源配分の変化を通したルートがあるわけです。日本の政府規制の多くは、先ほどの中条さんもおっしゃられたように、運輸とか通信部門に非常に多いわけです。こういう非貿易財の部門で日本の政府規制が非常に多いわけですけれども、この非貿易財部門の規制を緩和すればそこでの経済効率が高まります。経済効率が高まれば、資源配分が従来の貿易財部門から非貿易財部門にシフトしていきますので、やがてそれによって輸出が減る、そして黒字も減る、こういうルートも期待できるわけであります。
 そういうことで、規制緩和の効果というのは私は極めて大きい、特に設備投資の誘発という点で極めて即効的なところがあるというふうに思います。新しい産業構造を形成しない限りは、不景気からの、現状のデフレギャップが大きい不況からの脱出は難しいという状況を考えますと、やはり参入規制を中心として規制緩和を徹底的に行うべきではないかというふうに思っております。
 こういったことはお役所に任せておきますと、お役所は規制緩和というのは余りやりたくないわけでありますから、お役所が提出したリストでは不十分でありますから、後で青木さんからお話があろうかと思うんですけれども、やっぱり規制をされている側、民間の側の声をきちっと聞いて、その声を十分反映した形で規制緩和をしなければいけない。お役所の提出したリストだと、自分たちはやりたくないわけですから、数が限られているわけです。地ビールだとか携帯電話とか、二つ三つ規制を緩和してもこれは景気に大して影響はないわけであって、それを百とか二百というオーダーで規制緩和していかなきゃならないわけです。そうすれば、公共投資とか減税とかそういうことをやって財政赤字を拡大しなくても、景気は自律的な回復過程に入るだろうということを今申し上げたわけであります。
 私は、九〇年代の経済を考えたときに、やはり新しいタイプの経済成長を目指すべきだと思うんです。財政依存ではなくて、規制緩和による民活型の経済成長を目指すべきだというふうに思います。政府の役割は、民活型の持続的な経済成長を支えるための社会資本形成という観点から公共投資をなすべきであって、カンフル注射的に景気対策という形での公共投資は考えものではないかというふうに思うわけであります。歴史的に考えて、二十一世紀になると、ああ、九〇年代にはこういう形での新しいタイプの経済成長が発生していたなと、そういった評価をされるような経済政策をとる。つまり、民活型の新しいタイプの経済成長を実現するように経済政策を行うべきではないだろうかというふうに思っております。
 それから、最後に一言申し上げたいんですけれども、これはきょうは経済政策というか政府の政策という観点から申し上げたわけですが、やはり規制によって大きな利益を受けている民間の企業もいっぱいあるわけです。民間の企業の中に、産業界の内部に既得権益があるわけであります。あとは、ビールにしても同じことであります。電力にしても同じことであります。今まで規制があるために寡占体制を形成された、保護された。規制がなくなって、だれでも新規参入されるようになれば、今までの九社だったところあるいは三社、四社で独占していた市場というところにいろんなメーカーが参入してくるわけで、寡占体制は破れていくわけであります。
 だから、そういう参入規制緩和というのは余り認めたくないというのが産業界にはあろうかと思うんです。総論は賛成だけれども、各論レベルになると、自分の競争相手がいっぱいふえてくるわけですから、やっぱり規制はあった方がいいなんということもあろうかと思うんですが、そういうことでは日本の新しい経済はつくっていけない。当面の不況からの脱出もできないわけでありまして、そういう意味からいうと産業界内部の既得権益の構造もまた排除しなければならない。
 そういったことについても産業界はみずからよく考えなければ、結局不況が深化して世界的なデフレの中でみんなが大変困っていく、自分自身も倒産に追い込まれるかもしれない。そういう状況
があるわけですから、もっと広い視野に立って現在の深刻な不況からどうやって脱出していくかそのためにいかに規制緩和が重要であるかということをもっと考えるべきではないだろうかというふうに思います。
 それから、もう一つ最後に申し上げますと、規制緩和はいいことだということで申し上げたんですが、私は原則的に言うと、経済的な規制は原則的に全部撤廃すべきだというふうに思います。
 しかし、あらゆる規制がよくないというわけじゃありませんで、やはり技術進歩とか社会の変化が大きい現在、消費者利益という見地から見ても規制の強化が必要な分野もあるわけです。例えば安全性とか環境保全、こういった社会的な規制はもっと強化しなければならない分野もあろうかと思うんです。経済的な規制は原則的に全部撤廃。しかし、社会的規制はもっと強化する必要があるかもしれない、そういった分野も出てきているということであります。そういう意味で言うと、単にディレギュレーションだけではなくて、リレギュレーション、つまり規制の再構築、そういう時代に入ってきているんではないだろうかということを申し上げておきたいと思います。
 以上です。
#6
○委員長(林寛子君) ありがとうございました。
 では、続きまして青木参考人にお願いいたします。青木参考人。
#7
○参考人(青木辰男君) 経団連で流通委員会の委員長代行・企画部会長を務めておりますクレディセゾンの青木でございます。
 本日は、政府規制のあり方につきまして経団連の考え方を申し述べさせていただく機会を与えていただきまして、まことにありがとうございます。
 私からは、お手元にお配りしてあります簡単なレジュメに沿いまして、初めに政府規制に関する私どもの基本的な考え方を御説明申し上げます。次いで、実際に規制緩和を進めるに当たってどのようなアプローチが必要かという点について、私見を交えながら説明させていただきたいと存じます。
 まず、政府規制に関する基本的な問題を一言で申しますと、先生方には釈迦に説法になりますけれども、今日の経済活動に対する規制は、産業の活力をそぎ柔軟性を失わせるといったマイナス面が非常に大きくなっているということであります。
 すなわち、戦後の復興期から高度成長期を通じまして、我が国の経済が順調に生育してきた段階では、政府規制が産業の育成や国際競争力の向上のために一定の役割を果たしてきたことは否定することはできません。しかしながら、我が国経済がすっかり国際化し、成熟化し、消費者の多様なニーズにこたえていくことが求められている今日にありましては、経済活動に対する政府の規制を大幅に廃止ないし緩和し、企業の創意工夫を最大限に発揮させることによって産業の効率化や活性化を図り、そしてこれを通じまして商品・サービスの価格を引き下げ、質の向上あるいは多様化によりまして消費者利益の向上を図っていかなければならないと考えております。
 同時に、我が国が国際社会に対して積極的貢献を行う上でも、規制緩和により内需主導型の経済運営を図るとともに、我が国経済社会を真に開かれたものと変えていくことが重要な課題となっております。
 もちろん、規制緩和を進めていくためには民間企業の責任も重要であり、みずから襟を正して企業行動を見直すとともに、安易に行政に依存するような姿勢を改めていかなければなりません。そのため経団連では、企業行動や取引慣行の見直しや自己責任原則の確立に積極的に取り組んでおります。最近も、私が座長を務めました専門部会におきまして、「我が国の商慣行の現状と今後の課題」と題する報告書を取りまとめております。
 しかしながら、行政と企業の不透明な関係を是正していくためには、まず、その媒介となっております許認可等の政府規制や各種助成、あるいは入札制度等を根本から改革していかなければなりません。
 自己責任原則の徹底につきましても、国民一般の意識改革とともに、行政側においても、過保護の親のもとでに決して自立した子供が育たないということを認識して、率先して現代の過保護とも言える態度を改めていかなければなりません。
 翻って、我が国の経済の現状を見ますと、参入規制、設備規制、価格規制等々さまざまな業法による事業規制によりまして、あるいは独禁法の適用除外制度によって、多くの経済分野において競争原理が真に機能しているとは言えない状況にあります。公正取引委員会の調査によりましても、GNPの約四割を占める産業分野が政府規制のもとに置かれていることが示されております。
 このような状況を変えていくためには、国民生活の向上や選択肢の拡大、あるいは円滑な事業活動を阻害している政府規制を一つずつ取り上げて、着実にその見直しを求めていくことが肝要であります。その意味で、先般九十四項目の規制緩和措置が緊急経済対策で決定され、その際、経団連の要望も酌み取っていただいたことに感謝している次第であります。
 しかしながら、個々の規制について、単に要件を緩和したり、許認可等の手続を簡素、迅速化していく等のやり方だけでは一定の限界があります。本格的に規制緩和を進めるためには、これまで手がつけられてこなかった、我が国の規制社会を形づくっている各種の業法に基づく事業への参入規制、設備規制、価格等の規制、すなわち規制の根幹にかかわる部分に迫っていかなければならないと思います。
 もちろん経団連では、国民の安全衛生の確保や環境保全に必要不可欠な社会的規制までも一律に緩和することを求めているわけではなく、場合によっては評価すべきものもあろうかと存じております。しかしながら、社会的規制といえども、社会経済情勢の変化や技術進歩に伴って絶えず見直しが必要であり、特に社会的規制の名のもとに既得権者が保護され、実質的な意味で経済的規制に変質しているようなことは許されません。
 例えば車検制度とか輸出検査などは、製品の品質の向上に伴って見直すべきであり、世界最高水準を誇る我が国の製品に対する規制として現行のものが適当かどうかを見直すべきであろうと存じております。
 その意味で、規制緩和を進める視点としまして最も重要なのは、消費者利益の増進ということではないかと考えております。広く国民の理解を得ながら国全体として規制緩和を進めていくには、こうした視点に立って産業横断的に現行の規制を見直していくべきであろうかと存じます。
 例えば、日本総合研究所では、市場開放による内外価格差の是正によって国民が安い商品を購入できることになるほか、十兆円の需要創出効果があると試算しております。
 また、私が経団連で担当しております流通委員会では、大店法を初め流通分野における規制の問題を検討しております。流通分野における規制の典型は大店法に基づく出店規制であり、これらにつきましては去る十一月八日から産業構造審議会の流通部会と中小企業政策審議会の流通小委員会の合同部会で見直し作業が開始され、その結果に期待しているところであります。
 しかしながら、流通分野における規制は大店法にとどまらず、例えばスーパーなどの大型店が店を出すためには、大店法以外に営業関係だけで十九の法律による四十二の許認可、すなわち生鮮食品や総菜、酒、たばこ、米、塩、医薬品等の販売など、ありとあらゆる営業活動についてそれぞれ許認可が必要になっております。
 最近、ある大手スーパーがこれらの許認可等に係るコスト、人件費や許認可手数料等を試算したところ、一年間に一億六千万円にも上り、このコストを賄うためには約七十億円の売り上げ増加が必要になるとのことであります。企業としてはこれらの費用を回収するためには、それを商品・サービス等の価格に転嫁せざるを得ませんが、も
しこれらが必要ないとすれば、商品価格を全体で〇・三%引き下げることができるという試算が出されております。
 こうした許認可等政府規制があるゆえに余分の費用を払っていることは、スーパー業界に限らず各業界とも多かれ少なかれあります。例えば、金融業界ではいわゆるMOF担、大蔵省担当という意味ですが、MOF担と言われる人間を情報収集のために大蔵省に張りつけておりますし、商社では午前午後の二回、霞が関へ行く直行バスをチャーターしていると言われています。これらはすべて最終的には商品・サービスの価格に転嫁されて消費者が負担しているということになります。規制緩和が進めば、こういった今まで消費者が負担していた、いわば目に見えない税金が還元されることになり、減税同様の効果が出ることになると思います。
 規制緩和の効果につきましては、先ほど叶さんからは即効性ありというお話がございました。もちろん、景気対策の特効薬という意見も多々ございます。ただ、私はむしろ、新商品・サービスの開発とか新規需要、新規雇用の創出等を含めまして、こういった間接的な効果に着目すべきだと考えます。すなわち、規制緩和には経済の体質をじわじわと改善する、先ほどおっしゃったような漢方薬的な効果が大きいのではないかと存じております。
 それでは次に、規制緩和の今後の進め方につきましての私どもの考え方を御説明申し上げたいと存じます。
 規制緩和の問題につきましては、これまで臨調・行革審等で何度も取り上げられ、「原則自由、例外規制」というような考え方や、十年間で経済的規制を実質半減する等の目標が指摘されてまいりました。しかしながら、現実問題としては許認可等の件数が一貫してむしろ増加傾向にあるなど、規制緩和についてはなかなか実効が上がっていないというのが実態であります。
 したがいまして、行革審等の答申の趣旨を実現していくためには、単に原理原則を指摘するだけではなくて、具体的な改革内容を盛り込んだ年次的な行動計画、いわゆるアクションプランと称すべきものを政府が責任を持って策定し、それを着実に実行していくことが必要ではないかと考えます。
 幸い、第三次行革審の最終答申においても、あるいは平岩研究会の規制緩和に関する中間報告におきましても、総理が中心となる推進本部を内閣に設置し、規制緩和のアクションプランを平成六年度に策定することを求めております。特に、平岩研究会の中間報告におきましては、アクションプランの策定において、いわゆる経済的規制の根幹と言うべき参入、設備、価格等の事業規制につきましては、これは廃止することを基本とし、その対象となる具体的な規制名を別表の形ではありますが列挙しております。さらに、五年後も引き続き規制を存続せざるを得ない場合には、規制をする側がみずからその必要性、根拠等を明らかにすることを求めております。
 また、第三次行革審の最終答申においては、規制の増加を抑制するために、規制を新設する際には、一定期間経過後に当該規制を見直しまたは廃止することとする条項、いわゆるサンセット条項を法律に盛り込むことを指摘しております。これらの点は経団連が繰り返し求めてきたところであり、例えば一定期間経過後の見直し規定が法律に入れば、今回の大店法の見直しと同様に、規制緩和の契機になることが期待されます。
 したがいまして、先生方におかれましては、法律の制定においてはぜひともこのようなことを十分に考慮していただきたいとお願いしたいと思います。
 今後重要なのは、これらの提言をいかに実行するかであり、その第一歩がアクションプランの具体化であります。すなわち、どこまで各省庁の抵抗を排除して厳しい内容の規制緩和事項を盛り込めるかがポイントであります。アクションプランの策定に当たる総理を本部長とする推進本部がリーダーシップを発揮して、各省の利害にとらわれない実効ある規制緩和の措置を講じられることを期待しておる次第でございます。
 同時に、規制緩和の実効を担保するためには、政府みずからの強力な取り組みとともに、これらを監視するような強力な第三者機関が必要であろうかと存じます。行革審の最終答申も平岩研究会も、そういった点から内閣の推進本部の設置とともに、第三者から成る推進・監視機関の設置を提言しております。
 例えば、平岩研究会の中間報告では、この第三者機関は法律による組織であること、その権限として、政府の規制緩和の実施状況を監視するとともに、必要な調査、意見聴取を行うこと、それに基づき内閣総理大臣及び関係行政機関の長に対し意見表明、勧告を行うことと指摘しております。このような強力な監視機関を早急に設置していただきたいと存じております。願わくば、その設置法におきまして、この第三者機関の意見、勧告に対する内閣総理大臣の尊重義務や独立の事務局の設置をも盛り込んでいただきたいと考えております。ぜひ先生方の御理解を得たいと存じております。
 次に、行政手続法の問題に関連して若干意見を申し上げたいと思います。
 先般、長い間の懸案でありました行政手続法が成立いたしましたが、成立に当たっての先生方の御尽力、御理解に感謝しております。この法律は、何かにつけ不透明だ、不公正だと指摘されてまいりました我が国の行政手続に一定の枠組みを設けるものであり、我が国の行政手続を公正かつ透明なものとするための第一歩であると評価しております。もっとも、この法律を生かしていくためには、行政側の意識改革は当然必要でございますが、民間側もこれを積極的に活用していこうという姿勢を見せていかなければなりません。このため経団連では、十二月初旬に「行政手続法をいかに活用するか」と題するシンポジウムを開催することにしております。これらを通じた広報活動をより強化していきたいと考えております。
 次に、ただいま、行政手続法の制定が第一歩だと申し上げましたが、その趣旨としては、次の課題として政省令等の制定の際の手続の明確化、これは行政学法上では行政立法策定手続と言うんだそうでございますが、これが必要だと考えております。
 これも釈迦に説法かもしれませんが、現在の政府規制に関する法体系は、法律を国会で制定し、法律を施行するための政令、省令を行政当局がつくり、さらに各省ごとに具体的な取り扱い基準を定めた局長通達であるとか事務連絡文書があり、最後に現場の窓口ではこれらに加えて担当者による口頭指導がございます。
 これらの政省令や通達等をどう運用するかという問題については、行政手続法の制定で一定の枠組みがはめられたわけでございますが、それをつくっていく過程が依然として不透明なままの面がございます。その結果、国会の議を経て制定された法律が、実際の施行段階に落ちていけばいくほど法律の拡大解釈が起こり、当初の立法の趣旨との間にずれが出てくるような場合もあるように思われます。
 このような問題が起こらないようにするためには、政省令以下の行政立法の手続を一般制度化することが重要であり、その際には、米国で行われているように公聴会制度等を明確に位置づけて、関係者の意見を入れながら策定していくようにすることが必要ではないかと考えます。
 最後になりますが、今後行政改革や規制緩和を推進するためには、国民の幅広い支持、支援が必要であると存じております。このためには、国民に改革のメリットをわかりやすく説明する等、規制に関する情報を提供し、国民みずからの判断に基づいて改革を進めていくことが必要であると考えております。
 しかし、最も重要なのは、官僚の抵抗を排除して、我が国をあるべき姿に誘導していく政治のリーダーシップの発揮であります。特に、国民の
代表として立法府が果たすべき役割は大きく、先生方には常に行政を厳しく監視していっていただきたいと存じております。
 日本は規制社会と言われており、何かビジネスを始めようとすると、初めに規制ありきということで大変な苦労が伴います。私どもは、こうした規制が人々の創造的な事業意欲をむしばんで、次第に日本が活力のない社会に陥るのではないかと懸念しております。先生方にはこのような規制のもたらす弊害を真剣に受けとめていただき、立法府が指導力を発揮されることを強くお願いして、私の陳述を終えたいと存じます。
 なお、現在、経団連では、十月に会員企業・団体に対して実施した規制緩和のアンケート調査の整理作業を行っております。現在、約三百五十社から重複を含めますと約二千五百項目の要望が出ております。整理を終え次第、別途御説明の機会を与えていただければ喜んで参上したいと存じております。よろしくお願いいたします。どうもありがとうございました。
#8
○委員長(林寛子君) ありがとうございました。
 以上で参考人の皆様からの御意見の聴取を終わりたいと存じます。
 これから質疑を行いますけれども、先ほど申しましたように、本日は自由質疑形式で質疑応答を行っていきたいと思います。皆さんそれぞれ、会派名と氏名、どの参考人に御質問があるかを冒頭におっしゃっていただいて、着席のままで結構でございますから、挙手をしていただくと私から指名させていただきたいと思います。質問時間は五分以内とさせていただきたいと思います。
#9
○武田節子君 公明党・国民会議の武田でございます。
 各先生方、ただいまは貴重な御意見の数々をお聞かせいただきまして、まことにありがとうございました。大変に参考になりましたので、心から感謝申し上げます。
 私は、時間の関係で中条先生だけに絞って質問させていただきますけれども、二点お伺いいたします。
 その一点は、確かに今回の規制緩和は、景気対策の一環、不況対策の一つの目玉として生まれたものだと思います。先生は、不況対策ではなく不況対策をチャンスとしてというふうにおっしゃいまして、私もその考えには大変賛成なのでございます。ただ、二十一世紀という時代を展望して行政改革ということを考えましたときに、二十一世紀と申しますと超高齢化社会をどう迎えるかという、私たちがいまだかつて経験したことのない大変難しい問題を抱えているわけでございまして、その意味では高齢化社会を目指したしっかりしたビジョンを立て、その将来像を描いた上での規制緩和をどのように行っていくかといった視点が欠けているのではないかというふうな感じがしたわけでございます。
 そうでないと、規制緩和はもちろん経済不況の景気対策の一環でございますから、経済面を最優先するようにはなるだろうと思いますけれども、その辺の視点がないと、またどうしても経済優先、産業優先の形を変えた経済構造が生まれてくるのではないかといった危惧を私は持つわけでございますので、その点に対して先生からお答えをいただければありがたいと思うんです。
 もう一点は、久米日産自動車会長の「私ならこうする」という新聞掲載の記事をもうお読みになったことと思いますけれども、会長は、
  一万件以上もある許認可をしらみつぶしに検試することなど不可能だ。ここは「緩和」という発想を変え、国民の健康や安全、産業の育成、国際関係の維持などに不可欠なものだけを残し、あとは撤廃するというゼロベースの姿勢で臨むべきだ。また、無用な規制がたまるのを防ぐため、各省庁が例えば三カ月に一度、所管の規制を洗い直す「棚卸し」の仕組みを導入してはどうか。と言われております。私はこれはすばらしい御意見だと思って拝見したわけでございます。
 私は、そこで、今回の規制緩和が計画倒れにならないためにも、今まで十数年かかってもみんな計画倒れできたように思いますので、規制緩和オンブズマンの設置を望むわけでございます。先生は第三者的なものは反対であるようなお話に承ったのでございますけれども、ぜひそれは必要ではないか。計画倒れにさせないためにもそういうオンブズマンの設置が必要だと私は思っております。ただ、そのときの人選がとても大事でございまして、この人選に当たって、クオータシステムによる女性を何%、その女性の中に民間から有識者、特に女性運動をしてこられた人も入っていただきたい、こんなふうに考えているのでございますが、そのことに対して中条先生の御意見を伺わせていただきたいと思っております。
 以上でございます。
#10
○参考人(中条潮君) まず、景気対策ということについては、私は叶さんの意見に全然反対ではございませんで、ただ私は短期的な効果ということについて興味がないだけであります。
 すなわち、効果のある部分も当然あり得る。先ほど叶さんのお話で明確に示されておりますように、ある部分もあるわけです。例えばじんま惨が出る体質の人に、じんま疹が出たときにかゆいのを抑える薬を与えるということは、これは必要なわけです。だけれども、それについて私は興味がなくて、体質を改善する方に興味がある。そういうことで申し上げたということでありまして、景気対策として意味がないということを言っているわけではない。
 ただ一方で、当然競争が起こりますと、既存の既得権を持っている産業というのは倒れてしまう可能性があるわけです。
 例えば交通の分野で、バス市場で競争を行う。これは非常に重要なことであり、ぜひ行っていただきたいと思いますけれども、その結果、例えば東京都営バスというのは倒産してしまうかもわかりません。それはそれで私は結構だと思います。しかし、一方で失業も出るわけです。これを景気対策という観点から見ますと、失業が出るので問題じゃないかというふうに使われてしまう。すなわち、景気対策という観点で規制緩和というのを見てしまうと、マイナスの面もあるじゃないかというふうにとらえられてしまって、本質的なところの構造改革という部分の議論がどこかへ行ってしまう可能性があるということを心配しているだけであります。構造改革という点では、叶さんも最後に民活主体の構造改革ということをおっしゃっておりまして、私とそれほど変わるところはないんだと思いますけれども、ただそういうスタンスだということをまず御理解いただきたいということです。
 高齢化社会ということなんでありますけれども、二十一世紀になって高齢化が進んでくる、お年寄りがふえてくるという話であります。ソフト化経済センターの研究によりますと、今現在六十五歳以上の老人のうち七割の老人の人たちというのは普通の健常者、普通の人たちと余り健康状態も変わらないし、かつ所得もそれほど変わらない人なわけです。我々、高齢化社会と言いますけれども、高齢化社会になったときに、必ずしもその社会には弱者の老人ばかりではないということなんです。そのことをまず考えておかなければいけない。
 すなわち、我々の今考えている老人ではなくて、そういった元気老人という私たちが老人になったときというのはやはり考え方がかなり変わってくるだろう。もっと活動的なお年寄りがふえるんではないだろうか。そういう場合には私はむしろマーケットメカニズムで対応してやって、いろんな選択ができるようなものを提供してやるという方が望ましいんではないだろうか。
 さらに、どうしても外出ができないようなかなり重度の高齢者あるいは障害者、そういう人たちに対しまして、私は先ほど申し上げましたが、ユーザーサイドの補助に改めるべきである。現在の制度ですと、例えば鉄道会社にリフトをつくれとかあるいはエスカレーターをつくれというようなことを申しましても、鉄道会社にとっては、こ
れは政府がそういうふうに決めて規制をやるからどうしてもやらざるを得ない。やらないとあるいはマスコミにたたかれる。どちらかと言えば嫌々やるわけです。それではサービス改善にはならない。
 私は、補助を受ける方のお年寄りだとかあるいは障害者の方に補助金を渡す。それで、その人たちがどの鉄道を選ぶか、あるいはバスを選ぶか、あるいはタクシーを選ぶかということを自分で選択をする。そうすれば選択の幅も広がるわけであります。かつ、交通事業者の間で競争が起きる。すなわち、一人前のお客さんとして扱うということになるわけです。それで自分のところにお客さんにたくさん来てもらう、高齢者にたくさん来てもらう、障害者にもたくさん使ってもらう。それがその会社にとってももうけになるわけですから、サービスを改善しようとする意欲が働くわけです。
 そういう点で私は、この補助制度を改善して選択の幅を広げていくということが高齢化社会に対して非常に重要である。つまり、競争を導入するということは決して高齢化社会に反することではないというふうに考えます。
 二点目でありますけれども、第三者的な組織というのは、これはいつもよくオンブズマンという制度は言われるんですけれども、どういう形でつくるか。まさに、御質問にありましたように、どうやってつくるかということの方が時間がかかってしまう。一番大事なことは、調査権限をしっかり持っている組織があればいい。既存の組織の中で、公正取引委員会というのは産業に対して、それから総務庁というのは行政組織に対して一応の権限を持っているわけです。それをもっと強化する。あるいは会計検査院でもいいと思います、あるいは議会の組織であってもいいと思います、そういうものの調査権限を既存のものを強くしてやって、一方でそれを指導するリーダーがいれば十分ではないかという考えを若干持っております。
 ただ、第三者的な組織をつくるというのは、ある意味では一つの政策の方針を示すということにもなるわけで、そういった政策的な意味があるのかもしれません。そのところは私は余り理解の及ぶところではございませんので、お許しいただければと思います。
 以上でございます。
#11
○武田節子君 どうもありがとうございました。
#12
○沓掛哲男君 私は、この規制を考えるときに、やっぱり日本人の個性というか長い民族として培われたいろんなものがあるので、そういうものをどうして取っていくかということは非常に重要な課題だというふうに思います。例えば日本人というのは、何が悪くても政府が悪いと。そして自己責任、自己負担ということについては、ややもすると外国、欧米の人から見れば大変希薄な感じがあるということ。
 それからもう一つは、レーガンが大統領になって、そしてさらに強い規制緩和をアメリカでやって、それがどんな影響を及ぼしたかというのを三、四年前マッキンゼー社が調査をして、「プレジデント」という本に出ております。あれを読んでみると、ちょっと日本でこんなことをやったらこれは革命が起こるんじゃないかなというような、そういうふうな気持ちがいたしました。そういう気持ちを持ちながら、三人の方に質問したいんです。
 まず最初に、中条先生でございますが、今おっしゃいましたように、確かにユーザーサイドの補助にするという、そういう考え方は一つの卓見だと私は思います。しかし、これはいわゆる経済的な問題のところでは大変有効に機能すると思います。私も長年役人をやっておりまして、いわゆる福祉政策というのは個々の省庁の個々の施策の中でやれというものですから、そのために物すごいお金がかかって、こういうものはやっぱり福祉なりいろんなことをする弱者の人に一元的にお金をあげて、その中で選択させていただく方が国民経済的にも非常に私は合理的だなという気持ちを持っておりました。
 しかし、教育とかそういう社会的な規制にかかわるようなものになると、これは必ずしもうまくいかないんじゃないか。家庭でお金をもらっても、その親が一生懸命子供を教育するのもおれば、お酒を飲んで使うとか、そういういろいろな別の問題。そしてまた、この日本を繁栄させてきた基本は、私は日本の平等な教育制度にあると思うんですが、そういう面でまた逆の欠点も出るんじゃないか。一長一短というか、そういうものがあるんではないかなと思うんですが、その辺を中条先生にひとつお聞きしたいと思います。
 それから、次に叶理事長さんにお聞きしたいんですが、確かにニューヨークの例をお挙げになり、また日本橋等で容積率を緩和すればよくなる。今おっしゃられたとおりいけば大変よくなるというふうに思います。しかし、実際今我が国は民主主義でございますから、いろんなことを決めていく上において、そういう民意を入れていくことになっております。そういうものをみんなやめてしまえと言ったら、これはまた別なんですが。ですから、容積率を変えるにも、都市計画法を直す。そのときには都市計画地方審議会にかけていく。さらに公聴会を入れてみんなの意見を聞く。そういう時間のかかるシステムになっているので、今すぐ容積率をぱっとある一定の地域に限ってやれば相当効果が出るでしょうが、日本人は全体的に平等的な意識、そういうものも強うございますから、なかなかそういう地域的にだけというわけにはいかないのではないか。そうすればどうしても広がる。広がればまたいろんな問題も出てくる。
 それと、もう一つ私は、こういうことは主に現在のお役人がやっているわけで、お役人は自分なりにいろいろこうだという理論構成をやっているので、なかなかその人たちを現状のままにおいていろいろなことを、すぐ容積率をこうしてこうだというふうにはなかなかいきにくいんじゃないか。だから、アメリカのように大統領がかわれば役所もみんなかわるというドラスチックなことを日本人はなかなか好まないので、そういう今やっている手続的なことを見ると、先生のおっしゃられたところのとおりであればそのとおりいくんですが、そういうところへいくまでにやはりかなりの時間を要するなというふうに私は思います。そういう点で先生のお考えをお聞きしたい。
 それから、もう一つ叶先生に。いわゆる九〇年代の経済は、財政依存ではなく、民活型の持続的なそういう政策でやっていくことだとおっしゃられました。まさに一つのお考えですが、このことは中曽根さんが民活を昭和五十七年に総理になられてから強力にやられたわけです。
 しかし、ここでいろいろな弊害が出てきました。その弊害というのは、東京への人口等の一極集中でございました。いわゆる昭和三十年代から東京に人口がどんどん集まってくる。それをいろいろな施策を通じながら一極集中を排除してきて、昭和五十年には大都市に集中する人と出ていく人とがとんとんになっておりました。ああ、いいことだなということで定住構想などが出たんですが、中曽根さんのこの民活が始まるや、たちまちまた東京に人が集まり始めました。これは当然だと思います。やっぱり民間の方々が準公共的なことにもいろいろ投資できるようになれば、それは採算が合わなければ投資しないわけですから、地方の片田舎でこういう事業が起こるわけがありません。そういう事業はみんな東京に集中してきたわけです。そこで、やはりいろいろなものが起こってきて、そしてまた人がいわゆる五十七、八年ごろからじわりと集まり、そしてこの六十年代のバブルのもとになる人口の集中が始まってきた。
 やはりこの九〇年代そういう政策をするには、もう一工夫何か、民活型についてはもう一つプラスアルファのことをやらないと、昭和五十年代末期のそして昭和六十年代のバブル的なことへのまた源泉になっても困るなという気がしますので、今度は五十年代の後半のそういうことでないため
の何かもう一知恵を先生からお聞きできればありがたいと思います。
 それからもう一つ、今景気がいいのは電力会社とかガス会社でございまして、もちろんこれは公的ないわゆる規制を通じて保護を受けていることだというふうに思います。しかし、そうかといって、先ほど申しましたように、アメリカでも、マッキンゼー社の結論というのはどうなったか。徹底した自由主義をやったら新規参入者がいっぱい入ってきた。そして価格等が下がった。そして周辺の弱いところがぱたぱた倒れて、最後は寡占状態になってきた。航空会社等もそうです。
 ですから、何か経済的なものを通してそこへ行くのか、あるいはまた社会的なそういう公的規制等を通じながら、ある程度国民に不可欠なものを供給していくのか。何か最終的には似たようなところへ来るような気がしてならないんですが、そういう点についてのお考えをいただければと思います。
 それから、青木さんのは原理原則を書かれたので、余りその意見が少ないんです。ただ、ここで何か規制緩和さえすれば内外価格差がすぐ是正されて、十兆円も需要創出効果があるというふうにおっしゃっておられるんですけれども、これは一体現在内外価格差を例えば一ドル幾らというふうな見方、今OECDの購買力平価で言えば二百円近いとかいろいろな意見がありますが、そういうものをどう見ておられるのか。かつ、そういうものは私は、為替や今の規制、そういう為替なんかも大きな影響があるように思えてならないんですが、そういう点をどういうふうにお考えか、教えていただければありがたいと思います。
#13
○参考人(中条潮君) 叶さんに質問されたことに答えたいのですけれども、まずは私に質問されたことに答えさせていただきます。
 日本人の特殊性ということを私は全く信じておりません。日本人の特殊性というのは、これは制度によってでき上がったものであって、例えばラジカルな変化は日本人は嫌いだと言いますけれども、戦国時代というのは物すごくラジカルな社会であったわけです。そういったことも経験しております。あるいは明治維新も経験しております。
 つまり、我々日本人の特殊性というときに言われるのは、これは社会制度、経済制度がつくり上げたものである。私は、このいわば平等主義あるいは横並び主義、もたれ合い主義、これは日本がまだ幼稚であって子供であって、経済成長をしていく段階では大変有効な方法であったと思います。みんなで横並びで一生懸命頑張っていきましょう、特に突出することはなくて、頑張って山を登りましょうという状態ではそれでよかったと思います。しかし、山の頂上に登り詰めたときに、もっと多様でもっと高度な消費者のニーズに対応していきたい。これは経済的なニーズだけではなくて、社会的なニーズについても私はそうであると思います。
 そういうことから考えますと、今日本は変わっていかなければいけない。すなわち、子供から大人に変身するために一生懸命いろいろなあがきをしている時代であります。この制度を改善していくということによって、経済制度の改善によって自己責任ということが出てくる。自己責任ということが人間の独立、そしてさらには国家の独立ということに大きくかかわってくることであると思います。そういう点で私は、日本人の特殊性ということに余りこだわる必要はない、むしろそれを改善していくことこそ必要であるというふうに考えます。
 それに関連しまして、教育クーポンの問題であります。話が急に具体的な話になりますが、私はユーザーサイド補助で、何も全部お金でやりなさいということを言っているわけではありませんで、これはまさに御指摘のように親が酒を飲んでしまうということもあるわけですから、教育クーポンという形にしてやればよい。そういう形にしてやれば教育にしか使えないということになります。
 それから、今までの平等な教育ということは、先ほど私が申し上げたとおりであります。それにつけ加えまして、選択の自由が確保されているならばこれは平等である。いろんな学校ができて、それを自由に選べるということこそ本当の平等ではないだろうか。規制緩和を進めていくということは、ある意味では、これまで政府が全部決めてくれたことを自分で選択するということになります。いわば選択の自由ということであります。
 東側の国は経済的な混乱を甘受してでも自由を選んだわけであります。日本人の独立性ということから考えましても、私はこの選択の自由ということに重点を置くべきであろうというふうに考えます。ですから、いろいろな社会的な混乱が起こる可能性も十分あるわけです。経済的にもマイナスな部分というのは、規制緩和をやれば起こることもあります。リスクが発生します。しかし、一方でチャンスも大きくなるということであります。リスクとチャンスとその両方の中で自分で選択をしていくということが一番大事なことではないかと思います。
 とりあえず、私に対する御質問のお答えとさせていただきます。
#14
○参考人(叶芳和君) 多面的な観点からの御質問ですのでいろんなことをお答えしなきゃなりませんけれども、まず第一点、容積率のことにお話が関係しておりますので、これは目先の景気のことと関係がありますので、その点からお答えしたいと思います。
 今の景気をどうとらえるかということが一つ問題になるわけですけれども、私は現在のGNPデフレギャップは三十兆円ぐらいになるというふうに思っております。この三十兆円の需要をどうやってつけていくかということです。今GNPは四百七十兆円あるわけですけれども、これは生産能力からいうと五百兆円ぐらいの日本の生産能力があるわけです。しかし、実際には四百七十兆円ぐらいのGNPで、アクチュアルな需要はないわけです。ですから、三十兆円需要が不足しているから景気が悪いわけです。
 これをどうやって穴埋めするか。今言われていることは何か。所得税減税五兆円とか十兆円、せいぜいそんなものです。公共投資を幾ら入れるか、せいぜい十兆円。合計して十兆円から二十兆円ぐらいしかいっていないわけです。二十兆円財政を発動しても三十兆円の穴埋めはできませんから、私は景気がよくなるとは思いません。一方で、先ほど申し上げたように金融政策は経済を刺激する効果を今は持たないわけであります。設備が遊んでいるときに、幾ら金利を安くしてもだれも工場を建てないわけでありますから。
 したがって、金融政策はそういう意味で大きな効果を持たない、財政政策も力不足だというふうに考えますと、伝統的なマクロ政策では景気の回復のめどはほとんどないというふうに思います。これは日本だけじゃなくて、世界的に今雇用問題が深刻になっているし、財政赤字も深刻でありまして、伝統的な政策では必ずしもいかない状態が出てきているわけです。そこをどうするかということが今一番問題であるわけです。
 先ほど、ケインズの流動性のわなの状態に陥っていると申し上げたんですけれども、こういう時期には新しい産業構造をつくり出していく。新しいビジネスチャンスを拡大する以外に民間の設備投資を刺激することは不可能でありますから、そのための対策は何かということを考えなきゃならぬ。それは私は規制緩和しかないだろうと思うんです。規制緩和も、経済的な規制は撤廃ということでありまして、社会的規制、つまり安全性とか環境保全の規制というのは場合によっては強化する必要があるかもしれないのでありまして、経済的規制を撤廃するということに限定して申し上げたわけです。いずれにしても、それなくして経済の回復のめどは私はないだろうというふうに考えたわけであります。
 しかし、今御質問がありましたように、容積率の緩和といっても民意の合意がなければそう簡単
にできないじゃないかということでありまして、それはおっしゃるとおりであります。合意ができなくて容積率の緩和もできない、これはボーナスとして特定地域の緩和でもいいと思うんですが、それもできないということであれば、それはやがて倒産、失業ということを国民は甘受しなきゃならないわけであって、どっちを選ぶかという問題であって、それはもう私ども研究者がどう考えるかという問題ではないということです。やはり事態はそこに来ているというふうに私は思います。
 極端に言うと、世界的にデフレスパイラルの局面に来ているときに、伝統的なマクロ政策だけで対処をし得るのかどうか、私はなかなかそれでは限界があるだろうということでありまして、もっと発想を変えた景気対策が必要だということです。そういう意味では、今回の政府の経済対策の中で規制緩和ということを初めて歴史上打ち出したというのは僕は評価する。
 ただ問題は、いつ規制緩和するのかわからないわけです。五年後規制緩和したんじゃ意味がないわけです。五年後規制緩和であれば、三年後から設備投資が始まればいいわけですから意味がないわけで、速やかに規制緩和を打ち出さなきゃならない。だから、最低限二年ないし三年で規制緩和をするというふうにすれば、今年中から設備投資が回復する可能性があるわけで、できるだけ早い時期にそしてできるだけ広範囲に規制緩和をやっていかなきゃならぬ。経済的規制に関してはやるべきだというふうに思います。
 それから、もう一つ御指摘されたことは、その規制緩和は必ずしもいいことではない、こういう御指摘があるわけです。これはもちろん、アメリカでもエアラインの規制を緩和した、航空産業での規制を緩和したら、従来無数にあった航空会社が今三社か四しゃぐらいに減ってきたんです。これは寡占になって悪いんじゃないか、こういう議論があるわけですけれども、私はこれは間違っていないというふうに思います。なぜかというと、航空会社は確かに三社とか四社になったわけですけれども、しかし航空料金というのは大幅に下がっているわけです。三社でも下がっているわけです。それから、ハブ空港化したものですから地方の便数、このフライトが随分ふえたわけで、消費者は大変な利便を持っているわけです。
 ですから、この考え方というのは、メーカーの数が多いとか少ないかというのは現在の経済理論ではほとんど問題にしないわけであります。参入コストが低くていつでも参入可能な状態であれば、メーカーの数は二社でも三社でも構わない、少なくても構わない。こういうコンテスタブルマーケットであればいいというのが現在の経済理論でありまして、寡占であるか多数のメーカーが存在するかということは私は余り問題ではないというふうに思います。
 要は、いつでも参入できる、寡占メーカーが独占的な利潤を生み出そうとすれば必ず競争相手が出てくる、そういう潜在的な競争圧力がつくられていくということが大事なことであります。そういう意味で、規制が緩和されてだれでも参入できる、そういう状態をつくっていくということはこれはいいことだということであります。多くの方々が、これはアメリカの経済学者も日本の経済学者もいつもいろんなことを言って、規制緩和というのは悪い面もあるということの議論がありますけれども、私は基本的にはいいことだと。
 しかし、それによっていろんな障害、弊害などが出てきた場合は、それはそれで手当てをすればいいことであって、規制緩和は原則である。弊害が出た場合にそれを手当てするということであって、何か問題があるから規制緩和しないというのは、その議論が逆ではないだろうかというふうに私は思っております。
 さて、それから三番目の、九〇年代型は民活型でいけということに対して、そうなると一極集中がまた出てくるんじゃないかそれに対してはどう考えるかという御指摘であります。
 これは大変また難しい問題でありますけれども、私は、今回のというか八〇年代後半の一極集中は、中曽根民活が悪かったということじゃなくて、国際都市東京というか、あるいは情報化ということがやはり大きな流れとしてあったんではないだろうかと思うんです。そういうことが東京への集中ということをもたらしたというふうに思っております。そうはいっても一極集中というのが起きていることは事実でありまして、国土全体の均衡ある発展ということからいうとやはり問題があるかもしれません。じゃ、それをどうするかということを別途考えなきゃならぬ。私は、規制緩和ということとは別に、この一極集中をどうやって是正していくかということは大事なことであろうと思います。
 それに対して私の考え方を申し上げたいと思うんですけれども、それは決して東京を不幸にすることで地方を維持するのではなくて、地方自体の活性化戦略をもっと考えなきゃいけないというふうに思っております。では地方自体の活性化戦略というのは何かというと、一言で言えば地方分権をもっと徹底することではないかというふうに思うんです。なぜかというと、これは私は世界各国をずっとこの数年回ってきて常に感ずることでありますけれども、世界で一番中央集権国家というのは日本ではないかと思うんです。
 隣の中国でさえも徹底して地方分権です。あの中国共産党で、みんな中央集権的になっているんじゃないかと思うかもしれませんけれども、日本よりはるかに地方分権的です。地方で自由にできるんです。地方分権になっているということはなぜというと、やっぱりだれも助けてくれないわけです。ですから、自分たちでいろいろなアイデアを出さなきゃならないわけです。
 アメリカの場合はその典型であるわけですけれども、例えば町づくり、地域の活性化ということは連邦政府は何もやってくれない、州政府もやってくれない。地方の末端の自治体が自分たちの手で自分たちの町をよくやっていくしかないわけです。特に都市計画などにおいては、一切関与を許さない仕組みになっているわけです。だめになるのもよくなるのも末端の自治体の自分たちの選択になっているわけです。だれも助けてくれないからみんないろいろなアイデアが出てきます。したがって、金融政策にしても建築の基準にしても、いろいろな側面において創造的なアイデアがいっぱいアメリカは出てくるわけです。
 日本は、あれはだめ、これはだめだという規制ばかりあって、地方の末端から何のアイデアも出てこないわけです。脳梗塞状態を起こしているのが日本の今の中央集権のシステムだと思うんです。そういうときには地方は絶対よくならない。やっぱり自由に何でもできるような状態にしておいて、そうすると自分の責任であるわけですから、よくなるのも悪くなるのも自分の責任だ、だれも助けてくれないという状況のもとで初めて人々は一生懸命物を考えて、どうすれば自分たちはうまく生き残れるのか、もっと生活がよくなっていくのか、町がどうすればよくなるか、自分たちで考えて初めでいろいろなアイデアが出てきます。そういうアイデアの中から多様な政策手段というのはまた生み出されてきているわけです。日本は残念ながらそれが一番うまくいっていない。政策手段が非常にない国です。
 しかしアメリカは、地方の活性化のために、あるいは地域づくりのために創造的な政策手段がいっぱいあるわけです。それは、自由な世界ですから自分たちでいろいろなことを考え始めたわけです。
 そういう意味で、やっぱり地方をよくするためには何かというと、地方分権を徹底して現場からいろいろなアイデアが出てくる、そういう状況をつくらなければ、幾ら補助金をたくさん出しても私は日本の地方がよくなるという可能性は全くないというふうに思っております用地方の活性化戦略という意味では地方分権を徹底する、それが一番大事だろうというふうに思っております。
#15
○参考人(青木辰男君) ただいま沓掛先生の方から御質問ありましたが、先ほど申し上げた中で、規制緩和で十兆円の需要創出効果があるという点
でございますが、これは先ほど例として申し上げましたように、日本総合研究所というところが試算した結果を発表しているわけでございます。
 多少詳しく申し上げますと、これは規制緩和というよりも、経済的規制は全部撤廃するという非常に徹底した条件で、したがって日本の市場は完全に海外に対して開放される、その場合の経済効果がどうかという試算をしているわけでございます。規制緩和を撤廃し、市場開放することで輸入が増加する。当然海外との競争が起こる。国内において国際競争力のない産業はやはりどうしても倒れる。産業の空洞化が起こる。そういうマイナス面、それによって国内の需要もその分が減る、あるいは雇用調整が起こるという一方ではマイナス面があります。
 ところが一方では、完全にオープンになるわけですから、内外価格差というものが修正される。その意味で国民の実質所得は増加する。それで労働需要も増加するという二つの流れを考えているわけですが、輸入の増加につきましては、GNPに占める輸入の比率は、日本がG7のほかの六カ国平均と同じまでに上がるという試算をしているそうでございます。
 これはどういう数字かといいますと、現在日本のGNPに対する輸入比率というのは七%ですが、G7の他の六カ国の平均は一四・六%だそうです。ですから、その輸入も一四・六%になるという試算をしております。
 それから、内外価格差につきましては、市場開放によって国内の商品価格がニューヨーク、ロンドン、パリ、ハンブルク、四都市の平均まで低下するという計算でございます。その結果、需要に与える効果としては、内外価格差の是正によって四十四兆の需要を起こす効果がある。これは国内物価の低下ということでございます。一方では、輸入が増加し国内生産が減少することによって三十三兆のマイナス効果が出る。その差額が実際は十一兆なんですが、さっき十兆と申し上げた数字でございます。
 参考までに、それと同時に雇用にも非常に影響があるということで、プラス面としては、内外価格差是正によりあるいは規制撤廃による雇用効果は五百十二万人ある。しかしながら、輸入の増加、国内産業の空洞化という面では四百十万人のマイナス効果があるということで、この研究所は規制撤廃、市場開放を徹底すれば逆に百万人の雇用のプラス効果があるということを試算しております。
 以上でございます。
#16
○岩崎昭弥君 社会党の岩崎です。
 二、三お尋ねしたいと思うんですが、一つは、叶さんのお話で、かつてニューヨークの例で、ビルの容積率を変えて経済を大変刺激したという話がございました。日本の場合も、例えば容積率を八〇〇%から一二〇〇%ぐらいにしたら大分スケールメリットが出てくるのではないか、そういうようなお話だったと思うんですけれども、今日本の不況は複合不況と言われておりまして、今までのような状況とちょっと違うんだろうと素人の私たちも思うんです。今までの状況なら、前内閣の時代からたびたび対策をやってこられたんですから当然不況が回復しておらなきゃいかぬわけですが、それができない。
 そこで、容積率の問題ですが、今生きビルがいっぱいあるときに、そういうことで果たして即効的な効果が出るかどうかという心配もあるんですが、その点はどうかということです。
 例えば、ビールの製造の問題も例え話でお話になりましたが、ブドウ酒並みの業者が出てきてそういうことを仮にやって競争するということになると、今度は大手の方がやっぱり影響を受けてくると思うんです。日本は資本主義の社会ですから、大手の企業が影響を受けてくるということになると雇用まで関係してくるのではないかという気もするんですが、そういう点はどうかということもお尋ねしたいと思うんです。
 それから、青木さんでしたか、例えば規制緩和でスーパーでも野放しにしたらいいという、こういうお話がありました。確かに、そういう面は消費者の側からいえばあるにはあるというふうに思うんですが、スーパーなんかを野放しにした場合、規制を完全に外してしまうと、今度は逆にその地域の中小の業者に大変な影響を及ぼすというふうに思うんです。
 例えば水戸市の例をとりますと、水戸市はスーパーを排除して中心的な町を活性化する政策をとっていたわけですが、そういうことが一挙に崩れるわけです。例えば中小の町とか中小の都市なんかで実はそういうことが行われると、既成の中小の零細企業が全部パンクしてしまうという状況も私は出てくるんじゃないかと思うんです。だから、一方ではメリットがあるかもわからぬけれども、逆に一方では町そのものが衰退していくという現象も起こりますので、そこらが難しい問題をはらんでいるんじゃないかと思いますが、その点はいかがでしょうか。
#17
○参考人(叶芳和君) 確かに空きビルがいっぱい東京、大阪を中心にしてあるわけで、すべてにわたってみんながボーナスがあるからといってビルを建て始めるわけじゃございません。それはおっしゃるとおりです。
 私が申し上げたことは、例えば日本橋のようなところで古いビルを持っていて、自社ビルに入ってもう八十年間もやっていて会社の方はどんどん拡大しているわけですけれども、ビルの大きさは同じでありますから、タコ足的にいろいろなところへ入っていて困っているところもあるわけです。そういう自社ビルの場合はそういうところなりに建てかえるだろうということでありまして、普通の不動産会社がそれを建てかえることはあり得ないわけです。そういうことで、日本橋のようなところでは規制の緩和があればメカニズムとして建設ブームが発生するということを申し上げたつもりでありまして、日本全体でそういうことが起こるかどうか、これは全く別問題だと思います。だから、地域によってそういうボーナスの効果が出るところと、ほとんど意味がないところとがあるというふうに御理解いただいた方がよろしいかと思います。
 それから、第二のビールの件でありますが、大手の方には確かに影響は出るわけですから、大手の雇用は相対的にというか、絶対的にも減るかもしれません。しかし、その分は地ビールの方で雇用がふえるわけです。しかも、地ビールの方が投資一単位当たりの雇用誘発効果は大きいと思います、大手の方が効率的ですから。したがって、同じビールの生産量であれば地ビールに任せた方が雇用量は大きくなるんじゃないでしょうか。トータルとしては雇用に対しては私はプラスに働くというふうに思います。
 いずれにしても、新しい競争相手がふえるわけですから、大手は損する、相対的に不利益になるわけですけれども、新しく新規に参入したいという人たちにとってはそれはプラスであって、それはもちろん新しい設備投資を誘発し、トータルとしては経済の効率は悪くなるかもしれませんけれども、雇用そのものは総体的にいうとふえるというふうに考えた方がよろしいかと思うんです。
#18
○参考人(青木辰男君) 岩崎先生の御質問は主に大店法に関することだと思いますが、我々も決してスーパー等の大店が自由勝手に出店できる体制にしなきゃいかぬと申し上げているんではございませんで、御承知のように大店法が改正されまして、昨年の一月から改正法が施行されております。それで、そのときに二年後に見直しをするという条項がついておりましたので、来年の一月がその見直しの期限になるわけで、先ほど申し上げましたように産構審等でも正式に審議を始めております。
 我々の方としても、流通委員会の方でどういう問題点があるのか今審議しているところでございますけれども、先ほど例で申し上げましたように、やはり従来スーパー等が出店する際に余りにがんじがらめの許認可が多い。これは何も大店法に限りませんで、その他のいろいろな法律によって商品ごとに縛られているものが多いという意味
で申し上げたんですが、大店法そのものにつきましては、もともと地元の中小商業者との利益を調整するというのが目的の法律でございますので、それがうまく機能している範囲においては、現在例えば百貨店協会であるとかチェーンストア協会等においても、根本から大店法をやめるべきだという意見はほとんどございません。
 ただ、前回の改正でかなりスムーズに運営されるようになったけれども、まだ地方に行くと地方独自の規制がいろいろあるのでその点ではやはり難儀しているという話はたくさんございます。ですから、これはちょっと大店法そのものの問題というよりも、いわゆる地方自治と、地方がどこまで自分で決められるのかという問題と全体としての法律体系との問題が依然として残っているとは思いますが、ちょうど審議が産構審等で始まっておりますので、そこらでもう一歩前進した自由な体制にするというような点が大体落ちつくところではないかと我々も考えております。
 以上でございます。
#19
○陣内孝雄君 ただいままでの議論に関連するわけでございますが、初めに中条先生にお伺いしたいと思います。
 公共投資の配分の見直しということに触れられました。これは効率の高いところに配分したらどうかというような御趣旨のように承ったわけでございますが、効率の問題ということになりますと、当面の問題あるいは短期の問題というとらえ方もございましょうし、また中長期的にどうかということも大事ではないかと思うわけでございます。そういうことで申し上げますと、国土の均衡ある発展、つまり狭い日本を広く使うということはまさに国土の効率的な活用である、これは中長期的には大事なことだと思うわけでございます。
 また、先ほどの叶先生のお話の中で、地域の活性化のためには地方分権が大事だとおっしゃったわけでございますが、その地方分権の受け皿としての基盤整備、これもやっぱりいろいろ現在では地方によって格差がございますが、こういうものも地方分権が本格化する前に私は相当な水準まで上げておかないと、その後の地方分権が円滑に進まないんじゃないかというふうな心配もするわけでございます。
 そういう意味では、公共投資の配分の見直しということは、私がとらえるところでは、むしろ地方に厚く持っていくべきじゃないかという考えでございまして、東京都を初め大都市圏は、これは異論はあるかもしれませんが、民活を活用して進めるのが得策じゃないかなという気がするのが第一点でございます。
 第二点は、叶先生にお伺いしたいところでございますが、これはマンハッタンの場合は、先ほどの容積率の大幅な緩和で大変景気がよくなってきたということのようでございます。確かに容積率を上げるということはそういう効果が上がると思いますが、ただ日本の場合に心配なのは、先ほど沓掛先生がお話しになりましたような地域の調整の問題もございます。また、日照権その他の権利意識の問題もございますし、さらに、そういうビルをつくればそこへのアクセスの問題、つまり社会資本の整備が都市において既におくれているんじゃないかと。そういうものが伴って初めておっしゃるような効果がぐっと上がってくるんじゃないかなと思うんですが、その辺がアメリカと違うところがあるんじゃないかということが第二点でございます。
 そしてさらに、だとすると、例えば今度が資産デフレによる不況ということだろうと思いますが、それの改善のためには、むしろ土地の監視区域制度の見直しとか、あるいは税制とか、そういった問題についてもお考えをお持ちじゃないかと思いますので、あわせて教えていただければと思うわけでございます。
#20
○参考人(中条潮君) この質問は、多分叶さんが答えたくてうずうずしておられると思うんですけれども、私に対する質問ですので私の優先権で答えさせていただきます。
 国土の均衡ある発展は、私はもうそろそろいいんではないかと考えております。全国的な社会資本の整備というのは、これは非常に重要なことでありますけれども、今出ております計画でほとんど二十一世紀の間で整備はできていく。私は先ほど、平等主義ということの効率とそれから非効率ということを申し上げたんですが、日本全国平等でやっていくということは、これまで日本が成長していく段階ではある程度必要だったわけですけれども、これからはむしろ日本が経済成長をさらに続けていくという点ではマイナスであると考えます。首都圏に重点的に投資をするべきであると考えます。
 その理由は、首都圏に投資をしなければ地方の活性化もあり得ないということです。もっと具体的に申し上げますが、例えば羽田空港のキャパシティーはもう満杯であります。これを拡張しない限りにおいては、幾ら富山空港や熊本空港を拡張しても便数はふえません。つまり、富山や熊本の地方の人たちの便利性を向上させるためにも、首都圏の社会資本整備をやらなければだめだということであります。
 もう一つは、国際競争の観点であります。すなわち、日本の中で平等主義を幾らやっていても、国際競争の中でやはり日本を引っ張っていくのは東京であります。第二次産業については既に空洞化現象ということが起きております。しかし、第三次産業の分野、特にネットワーク産業と呼ばれる情報であるとか金融であるとか、そういう分野においても日本から資本が海外へ抜けていく、逃げ出していくという可能性が十分あるわけです。
 例えば一つは、これもわかりやすい例として空港で申し上げます。成田があのような状態になっている。そうしますと、外国のエアラインは次は新関西ということになる。新関西はあの大変な高いコストの中で、多分ソウルよりも着陸量が二倍になるだろうと言われている。一方で、ソウルや香港は一九九七年の開港をめどとして新しい空港をつくっております。すなわち、国際間のハブ空港の競争という状態があるわけです。そういう状態で日本が首都圏に対して空港投資をやらなければ、ソウルや香港が航空の中心になってしまうわけです。
 これは空港だけの問題ではありません。首都圏の社会資本投資がおくれているがために、首都高はあのような状態にあります。東京都のごみは大変な問題になっております。すなわち、東京のコストが物すごく高くなっている。そうしますと、最先端を行く国際的な企業は、今までは東京にいるということが大変コストの点でも便益の点でもよかった。しかし、これからASEAN、NIESの国々がどんどん成長していくという段階にあって、むしろ香港やソウルの方がコストが安いし便益も大きいという形で流出していく可能性があるわけです。幾ら日本の中で地方分散ということを言っても、世界的な先端的の企業が東京から出ていったら、その次に選ぶところは日本の地方都市ではありません。外国の主要都市に行きます。そういうことを防止するためには、首都圏に対して重点的な投資を行わなければいけないということが言えるわけです。
 もう一点、地域の活性化、地方分権ということについて、受け皿が必要ではないかということを御質問であります。
 私は、この受け皿をやるに当たって、ほぼ全国的な投資は一段落ついたというふうに考えております。しかし、若干これから整備していかなければいけない部分もある。ところが、社会資本投資というのはすべてみんな縦割りの形になっているわけです。先ほど叶さんがおっしゃいましたように、地方自治体がそれについて全く権限を持たない。
 そうしますと、例えば空港を整備してそれによって地域活性化をやっていこう、そのためには高速道路はちょっと遠慮してもいい、あるいは新幹線をちょっと遠慮してもいい。逆に、空港はもう要らないから新幹線が欲しい、それで地域活性
化をやっていこう、したがって空港の方の整備財源を少し新幹線の方にくださいというようなことを地方自治体が考えたとしても、そのようなことは全く不可能であります。
 したがいまして、私は、地域活性化をやっていくためには地方分権が必要であるという叶さんの考えと全く同じでありまして、その際にはお金も一緒につける。すなわち、現在の縦割りの形での補助制度、これを全部交付税の形にしてしまう。そういう形によって、地元が社会資本整備をやりたいというのなら、その社会資本整備のやり方を地域の経済成長あるいは地域の社会的な考え方、それをもとにして自分で配分をする。それによって、例えば間違って大空港をつくってしまってお客さんがいなかったというようなことはその地元が責任をとると。今は地元が責任をとらないようなシステムになっているわけです。ですから、地方で使いもしないのにどんどん国際線ターミナルをつくってしまうというような制度になってしまう。これを改めていくというためには財政的にも地方分権が必要だというふうに考えます。
 以上です。
#21
○参考人(叶芳和君) 御指摘のように、規制を緩和する、あるいは容積率を緩和すれば混雑現象その他いろいろ問題が出てくるのではないだろうか、あるいはアクセス上の問題も出てくるということは御指摘のとおりでありまして、その点に関しては先生の考え方と余り変わりはないと思います。
 実は、申し上げましたように、やっぱり社会資本投資は必要であります。それは、民活型の経済成長を支えるための社会資本形成ということは大事だということを申し上げたわけで、そういう意味でカンフル注射的な公共投資にちょっと消極的な意見を述べたわけでありまして、やっぱり社会資本形成をきちっとやらなければ民活型の経済成長もできないわけでありますから、規制緩和というのは同時にそういった必要な社会資本形成、財政の役割というのはまたあるというふうに思います。
#22
○野別隆俊君 私は社会党の野別でございます。三先生に関係があると思いますが、一人一人にどうということは申し上げません。
 私ども、規制緩和が行われるということは極めて重要なことであるという認識は十分しております。今先生方から聞きますと、直ちに日本の経済が救われるかのようなことを聞くのでありますけれども、まず、日本列島全体を眺めてみますと、大都市と中山間地の農村と、数で申し上げますと中山間地の町村というのは全体の六五%もございます。都市は三五%程度でありますが、人口の方は逆に九割近くが都市型の地域に住んでいるわけであります。九割までいきませんが、八割五分ぐらいは、大体各県でいうなら県庁所在地、こういうところまで入れますとそうなるわけであります。ところが、この規制緩和によってそういう地域が逆に犠牲になっていくんではないか。
 例えば農山村では、今東京や大都市を中心にお話が多いわけでありますが、大都市の人が水を飲む、空気を吸えているのは一体どういうことで吸えているのだということをまず私どもは重視をしているわけであります。一人の人間が育つのには二十三本の成木が要るわけであります。ところが、山を守る人はどんどん減っていくのであります。今、年間四十兆円の仕事をしております、山が国民に公益的な任務を果たしている。空気から、水から、山の崩壊防止から、国民の保健、健康のための施設から、動物から、鳥から魚から全部山が養っているんです。
 そういうことは余り考えられずに、規制緩和をやればそのことによって大都市がよくなる。これは地方分権にそういった金がぐっと回ってきて地域を守れるような施策ができるなら別でありますが、地方分権は大事とおっしゃるけれども、このままでいきますと農山村はもう壊滅的な打撃を受けていくんです。だから、こういうところにも手当てのできる規制緩和措置でなければならぬのではないか。
 それから、大店法の話もさっき出ましたが、大店法をやれば大企業がどんどん小さい町に進出してくるんです。そのために中小店がどんどんつぶれていっております。今まだつぶれていっております。こうなると、そこの地域の商店はもう仕事ができなくなっているんです。だから、経済万能で規制緩和を進めるということは非常に私は危険ではないかという気がいたします。この辺のいわゆる調整がどう行われるかということが明確になりませんと。規制緩和、これ重要な部分はたくさんあります。だから、やらなきゃならぬ部分と、今までどちらかというと経済が大企業中心にすべて投資されてきましたからこれ発展しました。
 しかし、日本の経済は余りにも発展し過ぎたんじゃないのですか、こういうことを思うんです。年間十何%も経済成長した。成長するときは確かに国民もよかったんですが、こうなるとどうにもならない。もう競争相手はアメリカだ。アメリカでさえ日本の製品が売れなくなった。自動車から電気製品、IC製品などが売れなくなった。他の国は買う力がないわけです。経済が日本とアメリカだけが極端に進んでいっている。ここら辺も我々政治家も含めまして、やっぱり経済界等も責任があるのじゃないか。余りにも進み過ぎたためにもう相手がいないから、これはこのままでは私は、経済が今の規制緩和をやられたからぼんと上がるような状態になるのかどうかという心配があるんです。
 逆に、もう山村は人がいなくなって、都市集中型でいいのかどうか。だれが一体日本の国土を守っていくのかということを考えると、今先生方のお話の中で、こういう規制緩和は重要な部分ありますよ、やらなきゃならぬ部分はある。例えば電力でも、今まではほとんど水力から火力に移り、それから今原子力に移っておりますが、もう世界の動きは原子力から太陽熱、自然と。こういうものはだれでもやれる、電気を勉強していけばできる。こういうものはある程度私は規制緩和をしてみんながよくなるということはできますけれども、今の規制緩和をやると同時に、山村、そういう地域に対してはどうするのだと。
 それから、今中小都市の大店法の改正を盛んに大きな企業の方は言われるけれども、これはやっぱり規制をしていかなければ地域はもうもたない状態にあるわけですから、その辺についてのお考えをお三方にお聞きをしたいと思います。
 以上であります。
#23
○参考人(中条潮君) じゃ、順番に、私の方から先に申し上げます。
 農山村の地域について、規制緩和をやれば悪くなるという話が私には理解ができません。
 つまり、例えば米の開放その他をやりますれば農業が打撃を受けるということは当然あり得るわけです。しかしながら、その一方で消費者は利益を受けるわけであります。農山村の人々のことについて所得の再分配が必要であるというのならば、これは直接的に地域間の所得再分配を行えばいいことであります。
 すなわち、失業が出るということについて、私は、それは規制緩和によって経済構造を変革させていけば、要するにより効率的な経済構造に変化していく中にあっては当然のことであって、それがいずれまた経済構造が変化することによって新しい雇用が発生すればそこに吸収されるということでありますから、農山村の農業がだめになって、しかし一方で発展する部分というのがあれば、そちらの方で雇用が吸収されるわけです。
 治山治水というようなことをおっしゃるのであるならば、それは治山治水についてのしっかりした直接的な事業を行えばいいのでありまして、それを農業に任せるというのは間接的な政策であって、私は農業を保護するだけの大義名分にしかすぎないというふうに考えます。
 それから、農山村の人々が今まで大変な苦労をしているんだというお話でありますけれども、果たして本当に農山村の生活というのは大変なんでしょうか。大都市の生活と比べて本当に大変なの
かということをもう一度考え直してみる必要があると思います。
 つまり、私は田舎から出てまいりました。田舎にいれば私はおやじの家に住むことができます。土地代それから住宅代を払う必要はありません。しかし、東京に出てきたがために高いマンションに住み、狭い部屋で我慢をしているわけです。しかし、それは私が選択してやったことであります。農山村にいるのが、それが自分にとって費用と便益を考えて不利だと考えるならば、大都市に出てくるという選択を私たち日本人は持っているわけです。その選択の自由ということを私は何度も申し上げますけれども、それがある状態のもとで、必ずしも農山村がかわいそうだとか、そういう議論というのは成り立たない。そういうことを言い出せば、じゃ大都市のサラリーマンはあの通勤地獄で大変な思いをしているじゃないかという議論が出てくるだけであります。
 お金の配分のことは余り私は言いたくございませんけれども、これまで大都市の住民がどれだけのお金を農山村に投下してきたかということをぜひお考えいただきたいと思います。
 それから、地方の中小の商店の話でありますけれども、なぜ地方の中小の商店を保護しなければいけないか、私はそれも理解ができません。先ほど青木さんは、大店法をそのまま全部取り外すということを言っているのではなくてとおっしゃいましたけれども、私は大店法は全部やめてしまうべきだと考えております。
 つまり、地方の中小の商店になぜお客さんが行かないのか、それを考えるべきではないでしょうか。大規模なお店が来た、それが消費者にとって便利であるからそこに人が行くわけです。効率的であるからそこで人は物を買うわけです。であるならば、中小の商店もそれに対応するような方法を考えればいいではないですか。
 例えば、私の近くの電気屋さんは小さなお店ですけれども、うちの電気製品が故障しますと遅い時間帯でも日曜日でも来てくれます。そういうサービスがあれば、私は少し高くてもその地元の商店で電気製品を買おうとします。一方で、大変な安売りの電気屋さんもあるわけです。そこで買えばアフターサービスはなかなかやってくれないということがあります。つまり、中小であればそれなりに対応をする方法というのはあり得るはずであります。
 それから、大店法をなくしてしまって大型店がどんどん出てくると町の活性化ということに影響があるということをおっしゃいますけれども、私は逆であろうと。すなわち、大型店舗が出てくるので中小の店もそれに対抗して町をきれいにしようと、あるいは連合して一つの大きなビルに入って大型店舗に対抗しようということをやることによって町が近代化されるということもあり得るわけです。
 したがいまして、中小の商店を保護するということは、これはもしそれによって失業が出るということであるならば労働対策でもってやるべきであります。すなわち、一つの産業の中で競争を行えば失業が出るから失業対策のために競争を行わないというのであるならば、これはすべての産業でそういう対策をしなければいけない。例えば芸能人の分野であっても、芸能人の間で競争が起こると職を失う人がいるから、だからそういうところでは競争を行わないで失業対策をやらなければいけないという話になってしまいます。そんなばかな話はない。失業対策というのは別個に私は行うべきであるというふうに考えます。
#24
○参考人(叶芳和君) 規制を緩和すると農村が崩壊する、あるいはだめになるのかどうかということに関連して意見を申し上げたいわけですけれども、私は逆に考えておりまして、農村における規制が農村をだめにしているというふうに思っております。農村における規制とは何かというと、一番最大のものは食管制度であり農地法であり食管の裏側にある減反政策ですね。食管制度の存在が現在の稲作地帯をだめにしたというふうに私は思います。
 それはなぜかというと、よく米の輸入自由化ということと絡んで毎回そういう議論が出てくるわけでありますが、稲作地帯が活力を失った、若い人がいなくなったということでありますけれども、それは外国の米と競争して敗れたわけじゃありません、まだ米は自由化しておりませんから。外国から輸入米は入ってきていないにもかかわらず、稲作地帯には若い者がいなくなった。それはなぜかというと、国内の他の産業との競争に稲作は敗れたからなんです。職業選択の自由がみんなあるわけです。米づくりよりかは自動車産業に入る、電機産業に入る、あるいはマスコミ産業に入る。みんなその方が所得も高いかもしれないし、あるいは楽しいからです。要するに外国の米との競争に敗れて稲作地帯が衰退しているんじゃなくて、国内の他産業との競争に敗れて水田地帯は活性化を失っているわけです。
 したがって、米の輸入自由化をする、しないにかかわりなく稲作地帯を活性化させるためには、他産業よりも魅力ある米づくり農業にしない限り永久にだめだと思うんです。このままだと担い手がいなくて、やがて国内で米の自給もできなくなるというふうに私は思っております。
 じゃ魅力ある水田農業にするにはどうするかというと、それは食管制度をやめるしか手はないわけです。食管制度のもとでどういうことが起きているかというと、これはもう御案内のことでありますけれども、つくる自由がありません。減反を半強制的にやらされるわけです。それから、売る自由がありません。消費者にそのまま売りますと、やみでひっかかります。摘発されるかもしれません。価格の自由もない。どこかで価格が決まってきます。つくる自由も売る自由も価格の自由もない、これが現在の食管制度のもとで起きていることです。
 要するに、農家は物を考える必要はないということなんです。物を考える必要がない、こんなおもしろくない産業はない。やっぱり創意工夫を働かせながら、そして自分が一生懸命やったことの成果が得られるようになって初めて魅力のある職業になっていくわけであります。しかし、食管制度は日本のあらゆる職業の中で一番魅力のない産業に米農業をしてしまっているわけです。だから、これをやめない限り、幾ら巨額の財政資金を米農業に投入しても私は若い人が米農業に残る可能性はないと思うんです。一人や二人、その哲学によって米農業をやり続ける人はもちろんいると思うんですけれども、米産業という産業を支える若い人たち、そういう規模での若い人が残るという可能性は全くないと思うんです。ほかの産業、ほかの職業よりかおもしろい職業だ、魅力のある産業だということにならない限り、米産業から若い人たちはどんどんいなくなって、やがて年寄りばかりになって国内で米が自給できなくなる、それが今日の前に見えているわけです。
 それをなくすためには、僕は食管制度を撤廃する。これは消費者のためじゃなくて、農村の再活性化のためには食管制度をなくす以外にほかに方法はないというのが、これは私の持論であります。私は、食管制度は農村を疲弊させた最大のガンだというふうに思っております。この日本の中で一番大きな規制は何かというと、それは食管制度であり農地法であり借地借家法なんです。この三大規制の一つの食管制度をなくすということが農村を救出する一番早い道ではないだろうかというふうに私は思います。
 この点については先生方といろいろ御意見は違うかもしれませんが、私は、長い間そういうことを農村調査の中で得た結論として持っているわけでありますので、持論を述べさせていただきました。
#25
○参考人(青木辰男君) ただいま野別先生のおっしゃった件につきまして、多少経団連の立場を申し上げたいと思います。
 本日のテーマが規制緩和でございますので、すっかり規制緩和だけ申し上げておりましたけれども、経団連の方でも地方分権ということに非常にやはり力を注いでおりまして、今度の第三次行
革審の最終答申の中で、地方分権というものが規制緩和と並んで大きく取り上げられていること、我々も非常に賛成でございます。それによって日本全体が活性化するということ、ここをぜひ協力していきたいと基本的には思っております。
 お話のありました大店法につきましても、現実に、もうごく最近になって産構審が来年の見直しの審議を始めたところでございますので、ここには中小の商業者の代表も入っておりますし、そういった意見を聞いて妥当な調整が行われることを期待しておりますし、我々は我々なりに意見を申し上げたいと思っているんです。
 御承知のように、日本の流通というのは非常に非効率だとかあるいは何か不透明だとかいうことをよく言われます。確かに、日本というのは業者の数というのは大変な数で、小売が百六十万、卸売が四十万と言われております、約二百万の業者がいる。その大部分は中小でございます。それの中で抱えている就業者というのはもう既に一千万以上になっておりますので、日本全体の六千何百万という就労者の中の二〇%近く、一八%ぐらいが流通業に従事しているわけでございます。したがって、ここらの政策を誤りまして大変な失業者がそこから出るということは、もちろんだれも希望しているわけじゃございません。
 しかし、むしろ中小の流通業者の悩みというのはやはり後継者問題というのが非常に大きくなっておりまして、どんどん減っている数というのは、一人二人、ファミリーでやっている流通業者、小売業者が後継者難で占めるというのは非常にたくさんあるわけでございます。
 そういうことから、大店法というものの効果を我々が決して無視しているわけではございませんで、やはりそういった大事な雇用を抱えている分野でありますから。しかし、それが非効率のままあっていいというわけではございませんので、何らかの効率化の動きをしながらうまく調整されて併存できることが我々の一番の願いではあります。
 その際に、やはり観点としては、今国際的な観点を入れなければならないわけでございますし、日本がかつてのようなまだ発展途上国的な時代は勝手なことを言ってもいいと思いますけれども、これだけの経済大国になると、国際的に見た一つの基準というのに日本だけが違うということはどうしてもやはり許されない。つまりマーケットはやはり開放していかなきゃいかぬ。そういうためには、まず国内の中でもお互いが競争できる体制がないことには外に向かって開放するということも不可能になってきますので、その意味で規制緩和によって経済全体を活性化する、そのメリットがやはり中小にも及ぶ、地方にも及ぶというのが一番ではないかというのが我々の考え方でございます。
#26
○足立良平君 民社党の足立てございます。
 まず、青木参考人にお聞きをいたしたいと思うんです。
 これは経団連としてきょう出席をしていただいていると思うんですが、第二臨調、土光臨調と一般的に言われております中でも、経団連として積極的にその方向を、立場をとられていたというふうに思うんです。考えてみますと、国鉄の民営化なりあるいは電電の民営化なりあるいは専売の民営化とかというふうな大きなシステムは若干変わったわけですけれども、今日一番問題になっている規制の緩和あるいは許認可の問題、そういう問題については全く実は変化がなかったわけであります。
 そういう面で、経済、いわゆる実務をずっとやってこられた中で、そういう規制緩和が今日まで多分相当言われてきたと思うんですが進んでいかなかった。いわゆる実業者の立場から、なぜこの種の問題が、総論としては必ず出てきているわけです、出ているんですが、全くそれが進展しなかったというふうな点を経団連の立場から一体どのように原因等を見ておられるのか、これをちょっと一つお聞きいたしたいと思うんです。
 それから、二つ目に青木参考人にお聞きをいたしたいと思いますのは、私は、民社党の場合にはこの規制緩和というのは絶対やるべきだ、こういう立場を従来からとってきているんです。今日の不況の状況を振り返ってみますと、例えば何年でしたでしょうか、昭和四十八年くらいでしょうか、第一次石油ショック、その後第二次石油ショック、あるいはまたその後の円高不況とか、我が国の経済が今日までいろんな海外との関係で大変大きな波があったと思うんです。そのときの波をずっと振り返ってみますと、リストラという言葉が最近はよく使われるんですが、何とかしてコストダウンをしなきゃいけない。そうすると、どんどん企業としてはコストを下げてくる、そうして企業の体質を強化してまた円高という問題を招来していく、これをずっと繰り返していっているわけです。
 これは規制緩和の問題も考えてみましても、そういう意味では先ほどちょっと野別委員から提起されましたけれども、本当の意味の企業のあり方というもの、いわゆる構造改善。確かに、規制緩和でいわゆる行政と企業との関係のいわゆる構造のシステムというものを変えていかなきゃいけませんけれども、企業の行動そのものにやはり考えていかなければいけない面も私はあるのではなかろうかというふうに思うんですが、企業人の立場から、ちょっと言いにくいかもしれませんが、その辺のところをちょっともしあればお聞かせを願いたいな、こういうふうに思うんです。
 それから、叶参考人にちょっとお聞きをいたしたいと思うんですが、先ほど中曽根行革で一極集中の問題がございました。それで、叶参考人からは情報化と規制というふうに御指摘になりました。私もまさにそのとおりではないかと思います。むしろ、一方における土地とかいろんな問題、若干民活の議論があったといたしましても、東京の一極集中というのは、まさに東京が行政の中心でありまして、そしてそれは一万件以上の許認可あるいは行政指導というものも無数にございます。そうすると、企業の側からすると東京に足場を置きませんと今度はビジネスとしては成り立っていかない、そういう一面性がある。だから、ある面におきましては情報化というのはひょっとしたらフェース・ツー・フェースの関係でありまして、単に機械の問題ではないだろうと思います。そういう点からいたしますと、この一極集中を排除していくといういわゆる日本の今日の状況を考えると、その規制緩和、許認可というものをばっさり切っていくことがひょっとしたら地方の活性化につながってくる、あるいは企業の本社もどんどん地方の方に出ていくことが可能になってくるんではないか、こんな感じを私実は持っているわけでありますが、そういう点でのお考え方がもしあればちょっとお聞かせをお願いいたしたい。
 それで、最後でございますが、中条参考人にお聞きをいたしたいと思いますのは、この規制緩和を続けてやるということは、私は、情報公開の問題、あるいはまた例えば独禁法との関係、あるいはPL法との関係、製造物責任者問題等々、今までとはちょっと違った視点で、この規制緩和を続けていくに当たっては、その背景というものを、どういうふうにそのバックグラウンドをつくり上げていくかということが私は本当は大切なのではないかなという感じがいたすわけであります。先生のレジュメの中にも、例えば二ページの大きな七番のCのところにも「経済的訴訟や公取への提訴の奨励・簡便化」というふうな項目が入っているわけでありますが、そういう点でこのバックグラウンドの問題についてちょっと先生のお考え方をさらにお聞かせをお願いいたしたい、このように思います。
 以上です。
#27
○参考人(青木辰男君) ただいまの足立先生の御質問にはちょっと難しい点もあるんですけれども、私のむしろ私見が入りますけれども率直に申し上げたいと思います。
 おっしゃるように、土光臨調以来もう非常に長い間規制緩和、同じことを繰り返しながら、実際
今までほとんど実効がなくて来ていると。民営化とかああいうことが行われたことは事実でございます。それは何が難しかったんだろうということにつきましては、実業界、経済界から見ますと、やはり何といっても、規制を実際に管理し、持っている官僚のシステムが余りに強大である。それで現実に個々の産業がほとんど何らかの意味で官僚のそういった組織で規制を受けていて、なかなかそれから離れられない。大変踏み込んだことを言いますと、やはりそれによって保護されていた企業、産業もあるわけです。ですから、ずっと長い間経団連としても規制緩和を言ってまいりましたけれども、それならずっと前から本当に今と同じような姿勢でやっていたのかということについては、当時私は別にメンバーでもありませんし、知りませんけれども、やはり多少ニュアンスが違っていたんじゃないかなという反省はございます。
 それで、現在のこういった大変な不況、これは本当にさっき例にお引きになりましたオイルショック後の不況であるとか円高後の不況にまさるとも劣らない大変な問題になっております。例えば一つの例を申し上げたいと思いますのは、やはり企業の間で独禁法もきちっと守らなきゃいけないんだという意識が非常に強くなっております例としまして、もし前であれば、これだけの不況であると独禁法によって認められている不況カルテルというのはどんどんできたと思うんですね。ところが、現在は御承知のように不況カルテルあるいは合理化カルテルというのは一つも存在いたしません。どの業界からも、それじゃ不況カルテルを自分の業界にやってくれという頼みも出てまいりません。それで、自分自身でリストラクチャーとかダウンサイジングとか、あるいは産業の中で再編成、既に紙パルプで大型の再編成がありましたし、きのう発表されたセメントのような再編成もございます。そういうことで、やっぱり自分たちでやらなきゃいかぬのだという自己責任の自覚というのは、最近産業界も非常に強くなっているということを申し上げられるんじゃないかなと思います。
 その立場から、やはり規制緩和あるいは規制撤廃というものは、自己責任の原則が裏になければできないんだということが産業界でも非常によく認識されてきているということをぜひ申し上げておきたいと思います。
 今のカルテルの問題もそうでございますけれども、環境の問題なんかにつきましても、現在これだけ収益的には非常に悪い業界が多いわけですけれども、やはり環境に対する投資というものは、これはもう必要な社会的コストだという理解がほとんどの企業で持たれておりまして、引き続き環境保持のためのいろんな努力というのは続けられております。
 先ほどお話に出ましたPL法につきましても、ちょうど第三次行革審の最終答申に出ておりますような、日本的な社会に合うPLであれば経団連としても全面的に支持するということになっております。
 そういう意味で、非常に現在は不況で苦しいんですけれども、前の取り組みとは各産業、企業とも随分変わっている、自己責任の原則というものの認識は随分変わっているということを申し上げておきたいと思います。
 ただ、残念なことには、ああいった入札制度その他で相変わらず不祥事故がある。これもやはり同時にもっと反省し、改良しなきゃいかぬと思いますけれども、基本的な認識はそういうふうに相当変わってきているということを申し上げておきたいと思います。
 以上でございます。
#28
○参考人(叶芳和君) 先ほどの足立先生の御指摘は、東京一極集中というのは霞が関の情報が欲しいから企業が東京に集中しているんじゃないか、フェース・ツー・フェースの情報を求めてそういうふうになっているのでありますから、規制緩和、つまり許認可事項をなくすれば企業の地方分散が進むんじゃないか、こういう御指摘だったと思うんですけれども、全く同感であります。そういう意味でも規制緩和は大事だろうと思うんです、一極集中の是正という意味で、
 先ほど私は申し上げていて、後で気がついて、これは失念した、忘れたなと思うものが二つありまして、その一つは、今御指摘された点も一つ申し上げたかったわけです。
 それから、ついでにもう一つ忘れたことを申し上げますと、地方分権ということを考えるときに、今パイロット自治体といいますか、ちょっと正式な名前は忘れましたけれども、私自身がその提案者だったんですが、パイロット自治体というのをもうちょっと熱心に取り組んでいかれた方が、日本の公共サービスのあり方にイノベーションを起こすという意味で僕は一番大事なことではないだろうかというふうに思いますので、パイロット自治体の宣伝を一言させていただきたいと思います。
#29
○参考人(中条潮君) 独禁法とPL法と情報公開という点についてでございます。
 まず独禁法についての問題は、私もレジュメに書いてございますけれども、「独禁法の運用強化」を図るということを言っております。すなわち、私の基本的な主張は、競争対応の経済構造をつくる、そして経済そのものを競争的な市場にしていくということであります。したがいまして、当然のことながら、独禁法の適用除外を受けているようなものについてはこれは全部廃止してしまう。当然であります。
 それだけではなくて、実は公的な規制とかかわらないところで競争を抑制している部分というのはかなりあるわけです。例えば今簡単に一つ例を申し上げますと、しょうゆですけれども、しょうゆは今特級一リットル入りというのが、ある大手メーカーの値段ですと三百三十円です。それが、ある大手スーパー、ここがオリジナルブランドを売り出しまして、これでは百八十八円であります。すなわち、現在存在する流通システムの中で、これは公的な規制とは関係がないんだけれども、やはりそのもたれ合い社会の中で流通システムがかなり硬直している部分があるわけです。そういう部分に対して今さまざまな、激安というような形でいろいろな商売が出てきておりますけれども、そういった既存の流通システムを破壊していくということが一つ重要な政策目標になってくるわけです。そういう点でも独禁法の運用の強化ということが重要になってくるわけです。
 ただ、独禁法の運用強化という話は、何も寡占体制だとか独占体制がいけないという話ではない。これはもうさっき叶さんがおっしゃったとおりです。寡占だからいけないということは全くないわけで、要するに競争がないことがいけないわけです。競争があるんだったら、寡占でもこれは全く問題がないわけであります。
 大事な話は、したがいまして、資本主義社会というのは大企業中心の社会というふうな御意見がさっきありましたけれども、それは全く間違いでありまして、資本主義社会というのは要するに競争的な社会。したがって、何も大企業が優遇されなければいけないということでもないし、逆に中小企業が優遇されなくてはいけないということでもない。どちらかが効率的であるならばそれでいいわけです。中小企業が効率的な場合もあるし、大企業が効率的な場合もある。そういう観点から考えますと、寡占体制のもとであっても競争が有効に機能するように私はもう少し独禁法の運用を強化していく必要があるだろうと。
 そのときに、その独禁法の運用を強化していくという場合に何らかの、例えばここで価格硬直的なシステムがあるよとかあるいはメーカーが価格支配を行っているよと、そういう証拠がなければなかなか独禁法の運用を強化するといっても実際にはできないわけです。そのために私はレジュメの二ページのCのところで「経済的訴訟や公取への提訴の奨励・簡便化。」ということを申し上げたということであります。
 例えば、化粧品のケースにつきまして、河内屋という商店が資生堂に対して独禁法違反であると
いう提訴を行いました。これは河内屋という商店は、そういった公取に対する提訴という点ではなれているわけです。過去の経験があるわけです。ですから、そういうところは割とそのノウハウを持っていますのでやりやすいのですが、一般の商店というのはなかなかそういうノウハウがない。ですから、なるべくやりやすいようにしてやるということで、訴訟や提訴の奨励あるいは簡便化ということを申し上げたわけです。
 もう一つの情報公開ということも、実はこれに関連してきます。
 私は、情報公開というのは、企業に対して情報公開をしろと言ってもそれは余り効果のあるものではないというふうに考えます。例えば、電力会社に情報公開をしろ、例えば公共料金の改定のときにコストを公開しろというようなことを言っても、電力会社全体のコストについてはこれは有価証券報告書かなんかを見ればもう既に出ているわけです。一方で、じゃそれをもう少し分割して細分化したようなコストを出せと言っても、これは共通費の部分はかなりあるわけですから、その共通のコストを何らかの会計的な手段でもって配分したとしてもそれは何の意味もない。むしろ、その細分化されて出てきたコストがひとり歩きしてしまうという可能性があるわけです。NTTが最近地域ごとにコストを出しましたが、私はあんなものは意味がないと思っております。
 むしろ大事な話は、規制についての情報の公開であります。どういう規制でもって、例えば公共料金の改定であるならば、どういう手続でどういう理由でそれを認めたのかということを公開する。その過程で規制が有効に機能しているのか、あるいは逆にその規制が、むしろ事業者の保護という形になっていないかということが明らかにされる。そこの部分の情報公開ということが必要であると思います。
 それから、PL法の話は、これはまさに自己責任の問題でありまして、消費者にとっても自己責任が要求される、生産者にとっても自己責任が要求される。生産者の自己責任という部分がPL法という形であらわれているわけであります。
 実は、今問題になっているPL法で、消費者の方の要求がかなり通りやすいような形にするかどうか、これが若干後退したという話になっておりますが、私は日本のような社会というのは、かなり経済的に成長し、かつ産業も高度な技術を持っているというような社会においては、必ずしも製造者の方にだけ挙証責任を求めるような制度でなくてもいいだろう。むしろ先ほど申し上げましたように、何か問題が起こったときには保険制度というものをそれぞれの企業自身が充実させていって、それに対応するという形の制度の方が望ましいというふうに考えます。
 先ほど、冒頭の報告のときに城南電機のケースをお話し申し上げましたけれども、何のことがわからないという方もいらっしゃると思いますので簡単に申し上げますと、厚生省が化粧品について、薬事法の観点から厚生省の認可を通ったよというシールを張っているわけです。城南電機は、そんなシールは意味がない、そのシールが張ってあるからといって消費者にとって何か利益があるかというと何にもない、そのために価格が高くなっている。むしろ自分のところは自分で、城南電機が勝手にシールを張る、そのシール一枚につき五百万円の保険を掛ける、もしうちで安売りの化粧品を買って問題が起きたらシール一枚につき五百万円を補償しますよ、そういうシステムを考えたわけです。これは多分薬事法違反ということになるんですけれども、城南電機の社長は強行突破するというようなことを言っております。
 すなわち、そういう一つの安全を担保するためのシステムとしてはそういう方法もあり得る。これは例えば原子力のような場合ですと、そういう形で問題が起こってから補償するといってもこれは補償のコストが物すごくかかるわけですから、そういう場合には適さないわけですけれども、化粧品のようなケースについてはそういう制度をもっと充実してやる。
 ところが一方で、今度は保険の方の市場が保護によってかなり硬直化している。ですから、これは保険市場あるいは保険産業についての規制緩和をもっと進めていくというようなことも一方で必要になってくると思います。
 以上です。
#30
○笠原潤一君 実は、規制緩和それから地方分権、両方ともこれはもろ刃の剣だと思うんです。私も実はこの地方分権について、確かに地方分権はやらなきゃならぬと思っていますが、私は長い間、二十数年間地方議会におりまして痛いほどよくわかっています。したがって、今地方分権でいろんな規制緩和をやって果たして本当にいろんな意味でうまくいくだろうかということを心配しています。それは特に、この規制緩和、地方分権をやろうと思えば、それだけのやっぱり人的資源といいますか、地域住民もまた役所の皆さんも本格的にそういう体制を整えなかったら、これはもう言うだけの話で恐らく終わってしまうんじゃないか、こう思います。
 我々もよく永田町の論理と言うけれども、東京におると何か地方のことをそういうことで平然とおっしゃるけれども、どうも東京と地方とは違うんじゃないか。それから、東京一極集中、私は決して悪くないと思っているんですよ。それはここへ情報が集まってきますし、そして例えば政治と経済が分離していたんじゃこれは絶対発展しませんから。
 かって私はブラジルヘ行ったときに、ブラジルが今から二十年くらい前は非常に平静でよかったんですよ、治安もよかったし。しかし、今ひどいものです。世界で一番殺人が多い。一番悪いんです。なぜかといったら、それはブラジリアをつくったからですよ。あそこへ膨大な投資をやってブラジリアをつくったけれども、あそこにだれも役人が住まないんです。みんなリオとかサンパウロから通っているわけです。キャンベラもそうなんですよ。ワシントンもそうです。
 結果的に日本は何かといえば、そんなこと言っちゃいかぬけれども、東京にやっぱり政治と経済が集まってきて、ここへ情報が集まってくる、人も集まってくる。おまけに成田空港をつくって、あんな変則空港だけれどもあそこへみんな人が入ってくる、情報が入ってくるからみんなここでしかやれないんですよ。かつては大阪というのは経済の本場でした。しかし、にもかかわらず大阪の、いわゆる関西の皆さんは全部東京へ集まってきたじゃありませんか、銀行も金融資本も全部。何かといえばそういうことなんですよ。
 これから地方分権で関西を、関西空港ができたって、あんな変則空港じゃ何ともならないと思うし、先ほど青木先生でしたかおっしゃったように、へたをするとこれはもう韓国へ行った方が近いわけです。今航空券も安売りがありますが、韓国で航空券を買ったら世界一周は六十万円で買えるんですけれども、日本で買ったら百何十万取られちゃうんですよ。
 そういうことからいって、まあこの話が長くなったんですけれども、やっぱり東京というものも、今東京一極集中が悪いからすぐこれから首都を持っていこうと思ったって、何兆円という金をかけたら果たしてこれ日本の経済はパンクしちゃうんです。
 そういうことからいってやっぱりよくこれは考えなきゃいかぬのと同時に、先ほど来の問題がたくさんありましたが、いろいろやると時間が五分と限られていますから言いませんけれども、日本の農業も悪いけれどもアメリカの農業だって悪いんですよ。アメリカは一九五〇年代に新農法をつくりまして、それで小さな農家が全部淘汰されてしまったものだから、アメリカの農業は大農業ほど悪いんです、今実際言って。じゃアメリカの農業で何がもうかっているかといったら、私はこの前外務委員会で言ったけれども、アーミッシュとかクエーカーの村はもうかっているんですよ、原始的なやり方をしていますから。しかし、アメリカの大農法をやっているところはみんな赤字。
 ですから、一概に町歩を大きくしたりいろんな
ことを規制緩和してやれば農業はもうかるとかなんとかということじゃなくして、基本的に農業なんてもともともうからないんですよ。それを念頭に置いて農政をやらなかったらだめなんです、実際に。アメリカ的な考えで、発想で世界じゅうがそんなことばかり言っているから、私は学者の皆さんもおかしいし、農水省もおかしいんです。農業は基本的にもうからない。もうからぬのだけれども、何とかしなきゃこれは国家がつぶれてしまいますからね。本当にそういう点で農業の自立なんて、これは大変なことですよ。今、東北、北海道の経済は農業に依存していますから、これがだめになったらこのインワルエンスはそこらじゅうに及んできますよ。
 さらに、産業界はとにかく円高だからもうみんな技術移転でやろうと。アメリカは二十年前に同じことをやったんです、ジョンソン大統領のころに。技術移転をやる。多国籍企業が出てくる。その恩恵をこうむったのは日本であって、同じことを日本は今やっているわけですからね。そこら辺のことで、規制緩和とかこの今の地方分権というのは、よほど慎重にやらないともろ刃の剣になってしまう、私はそう思っているんですよ。
 そういう点で、今度連立内閣ができたときにNHKがやっていまして、細川さんとかみんな周りに並べて、ある主婦が言ったんですよ。自民党の政権は何とかやめてもらって、貧乏してもいいから自民党はかわってもらいたいと言ったから、私はそのときびっくりしたんです。だけれども、本当に貧乏を実感できないですよ。今大変な不況なんですよ。しかし、国民は格好だけは貧乏を望んでいますけれども、実質的には貧乏を望んでないんですよ。
 今不況になっていますね。あのときに、あの連立内閣ができる少し前にもう少し手を打ったら、多少カンフル注射を打ったら少し変わったと思うんですよ、実際に。でも、この連立与党をおつくりになって三カ月間、こんなことを言ってはいかぬけれども、何らの手を打ってない。六月の時点で経済企画庁が底入れ宣言したんですけれども、あの時点からいってやっぱり何かそういうムードに流されて、規制緩和も地方分権もムードで物をおっしゃっておったんじゃ、これはちょっと私は問題があると思うんです。
 容積率の問題もっとお話ししたいんです、ニューヨークとかシカゴの問題、ロサンゼルスの問題。どういうことかというと、都市政策で真ん中が、中心がだめになったらだめです。商店街が失われたら都市はだめになるし、はっきり言って日本の国はこれから何が起こるかといったら、経済不況と同時に、やっぱり治安の問題が大変厳しくなってきますよ。アメリカを笑えませんよ、そのうち日本だって。ヨーロッパもそうでしょう。
 ですから、そういう点を考えて、この規制緩和と地方分権、へたに誤ったらこれはもろ刃の剣になってしまうと私は思っていますから、そういう点ちょっと参考人にお聞きしたいと思うんです。
 青木先生どうですか。
#31
○参考人(青木辰男君) 大変お答えしにくい御質問なんですが、我々も決して、それは地方分権にしろ規制緩和にしろ、すべてがうまい方にだけ動くというふうに思っているわけではもちろんございませんし、それぞれ問題を含んでいることは承知しております。
 ただ、やはり今の不況というのは日本としてはかなり構造的な不況であって、このままでは次の二十一世紀に向けて本当に健全な日本の成長というものは続かないという認識を持っているんです。それなら何をするかといえば、やはり構造を改革する。構造改革のためにはやはり規制緩和が前提になるということでございますので、それの個々のいろいろな影響については、やはり我々としても一〇〇%理論だけでやるつもりはございませんし、さっきの大店法の例でも申し上げましたけれども、我々は実業家でございますので、理論的に正しければ一〇〇%やらなきゃいかぬということだけ言っているわけではございません。
 しかし、やはり基本的には、今まで長年の間、繰り返しながら実現しなかった規制緩和を本当に実現しなければならない時期に来ている。国際的にもそれを日本に対しては求められているんだという認識でございますので、いろいろな派生的な問題が多いことは知っておりますけれども、やはりぜひとも規制緩和を実現したい。それから、地方分権にも力を入れたいというふうに考えているわけでございまして、どうも御意見に沿わなくて申しわけないんですが、そういうことではないかと思っております。
#32
○今井澄君 私は社会党の今井澄でございます。
 先ほどのお話で、農業、農村の問題、米の問題が出てきたところで、この規制緩和の問題のかなり本質的なところに迫ったような気がするんです。
 規制緩和というのは一つのファッションじゃいけないという問題提起もありましたけれども、この規制緩和の問題というのは、一つはやっぱり国際的な情勢の変化、ベルリンの壁の崩壊から始まる変化ですね、冷戦構造の消滅、こういう流れの中での自由主義市場経済、これが一つの大きな流れになっている中での問題が一つあると思います。もう一つ日本の場合には、この間の政治腐敗ですね、政官業の癒着構造、これがまた規制の問題と本質的に関連しているということがあるということ。それから、今の新しい、今まで経験したことのない不況、今後の経済的な発展と申しますか今後の日本経済の方向を見たときに、やはりこの規制緩和という問題が出てきているんだと思います。
 ですから、各論の問題ありますし、先ほどのお話のようにもろ刃の剣ということもありますけれども、やっぱりこの問題に取り組むときには、平岩研究会の中間報告にもありますけれども、経済的な規制は原則ゼロベースから、社会的な規制も必要最小限からと。しかも、その社会的規制と言われるものもかなり経済的規制というものとオーバーラップしているわけですから、やはり一切取っ払うというところから取り組んでいかないと、一つ一つどうするということではいかないと思いますし、まさにこの特別委員会でやるのはそういう問題だと思うんです。
 あるいは平岩研究会の報告にあります、法律に基づいた第三者機関をつくるとすると、そういう法律をどうするかということを議論する委員会になっていくと思います。そういった意味では、私は本質的な流れはそういうところにあると思いますので、結局、食管の問題、米の自由化の問題、これあたりが一番大きな問題になるなというふうに理解というか了解はしておりました。
 その問題はどこに結びついていくかというと、先ほど中条参考人の方から出されましたように、あるいは叶参考人等からもお話がありましたように、一つの産業の中での競争の自由化とか自由に参入できるようにするとかという問題じゃなくて、産業構造そのものをどう変えていくか、あるいは変わっていくかということをにらんでの問題でなければいけないと思っているわけです。
 今、笠原先生の言われたことに関連して、私は中条参考人にお伺いしたいと思うのは、やはりそういう基本的なゼロベース、自由競争、選択、私はいろんな大きなプラスの意味があると思います。日本という国が大人になるということは私は納得できないんですが、日本人個人個人が自立していくという意味でも非常に大事であると思っているんです。しかし、それを進めるならば、農業はやっぱり非効率的な産業として日本は捨てていく。それはいわゆる発展途上国に任せる、あるいは広大な土地を擁するところに任せるというところにつながると思いますけれども、そうかどうかということをひとつお聞きしたいと思うんです。
 そうでなければやっぱりその論理は通らないと思うんです。そうなった場合には、逆に農業よりも林業を考えればより明らかだと思いますが、林業というのはもう生産性は全く上がらない。他の
第二次産業、第三次産業とは競争して勝てないものである。しかも仕事の種類からいって、非常にこれは魅力のない仕事である。しかも、仕事に就労する人たちの生活環境が、情報の面からも娯楽の面からも、その他いろいろな面からいってこれは就労者を確保できる職場環境にないということを考えると、日本の山を守る人はいなくなるわけです。これを機械化によって可能であればその方策を示していただきたいわけですが、そうだとすると、日本は山を捨てる。そして木材はもちろん海外に頼っていけば、それはそれで経済的には済むかもしれませんけれどもね。そういうことまで考えるという意味で根本的に進めるというおつもりなのか、そういうお考えかどうかということをお聞きしたいと思います。
 さらに、ついでに先ほどの情報公開とPL法の問題について言えば、そういう中条参考人のように徹底して考えるんだったら、情報公開もこれはやっぱり製造者が徹底して公開すべきだと思うんです。経営情報についてはなかなか公開できないものもあるけれども、しかし製品の成分とか何かについては、もちろん特許とかにかかわるものもあるでしょうけれども、これも原則公開というのがフェアな競争としては当然ではないだろうか。
 また、PLについても、今の産業構造審議会の答申が、立証責任を企業に負わせないと。それは何のためかというと、裁判が起こり過ぎるというけれども、それは全くおかしな理屈でありまして、しかも日本でそんなに裁判が起こるということは考えられない状況にあるわけであります。これはやっぱり基本的に自立という意味では、消費者の自立も大事ですが、製造者が立証責任を負うという方がむしろ中条参考人のお考えには沿うのではないかというふうに考えますので、その点一つ。
 それから最後に、レジュメの一番最初に「消費者運動の未成熟と消費者意識の欠如」ということについて、私も理解できないわけではないわけですが、リーダー自身が理解していないというふうに言われたその意味についてお聞きしたいと思います。
 以上です。
#33
○委員長(林寛子君) 恐れ入ります。だんだん時間がなくなりまして、手がたくさん挙がっておりますので、できれば簡潔にしていただきたいと思いますけれども。
#34
○参考人(中条潮君) では、簡潔にお答え申し上げます。
 農業は非効率的だからやめてしまえという議論ですけれども、私は叶参考人の御意見と同じでありまして、非効率な農業にしたのは今の制度であると考えておりますので、効率的な農業ということになれば、これはなくなってしまうということは私はないというふうに考えます。
 それから、林業につきましては、これは特に環境保全という点からの御指摘だと思うのでありますけれども、環境について要するにマーケットがないということが問題なわけです。私は、社会的な分野についてもかなりマーケットメカニズムを導入することによって、人々が本当に環境について大事だと思っている、あるいは自然に対して大事だと思っているならば、それに対して支払いを行うだろう。単に自然が大事だというふうに口に出しているだけでコストを負担しないというのは、これは本当は環境に対して全く大事だと思っているということにはならないというふうに思います。ですから、そういう点で自然についてもマーケットメカニズムと類似の方法が導入できるような方法というのを考えるべきである。その具体的な方法については、時間がございませんので今は省略させていただきます。
 それから情報公開の話でありますけれども、立証責任を消費者に負わせるのか生産者に負わせるのかという点については、実は私は消費者の方の自己責任というものを一方で確立しないと、なかなかこの問題はうまくいかないだろうというふうに考えます。その点につきましては、あさってから私、情報公開について、既に情報公開法の制定をしましたデンマーク、スウェーデンを回ってまいりますので、そこで勉強させていただいてから、また機会があればお答えさせていただきたいと思います。
 それから、消費者運動のリーダーが理解していないという話は、すべての消費者運動のリーダーと言っているわけではございませんで、平岩研究会を初めいろいろなところが規制緩和ということを答申を出します。競争をもっとやれという答申を出します。そうすると、必ず消費者運動のリーダーという方が出てきて、競争が行われると安全が損なわれるということを、意見を、コメントを新聞その他でなされるわけです。私は、これは消費者運動のリーダーが全く競争というものを理解していないからだというふうに考えるわけです。
 といいますのも、アメリカやイギリスでなぜ規制緩和がうまくいったかというのは、これはレジュメにも書きましたけれども、消費者運動が票に結びついたからです。つまり、その消費者運動というのは環境や安全の問題だけではなくて、競争ということが消費者にどういう利益をもたらすかということを理解していたからこそ票に結びついたわけです。安全の問題と競争の問題というのは分離して考えるべきであって、競争を抑制すれば安全が保たれるというのは大変危険な考えであると私は考えます。
 以上です
#35
○西山登紀子君 日本共産党の西山登紀子でございます。
 時間が押せ押せになっておりますので、残念ですけれども、私は叶先生お一人にお答えいただかなければならないのですが、今、中条先生の方からも規制緩和ということが流行になっているというようなお話が最初にありましたけれども、やはりこれは細川総理が所信表明の中で、民間活力が最大限に発揮されるように努力をする、その努力の具体的な最初の目標にこの規制緩和は挙げられたというところから、今大きくこの問題がクローズアップされているというふうに私は考えております。
 この規制緩和という言葉だけがひとり歩きするような状況も見られるわけですけれども、何のための、だれのための規制緩和がということをよく見る必要があるというふうに思っております。逆に言いますと、現在ある規制がだれのための、何のために必要な規制なのか、その規制の内容だとか目的あるいは歴史ですね、こういうものを個別に具体的に分析、言葉で言えば分析的にといいますか、検討されるべきじゃないかというふうに思うんです。
 今までの御議論の中で、経済的な規制は原則撤廃、こういうふうな御意見もあったわけですけれども、私は経済的な規制あるいは社会的な規制にしろ、無条件に規制緩和を推進していく、こういうふうな立場は問題であろうかというふうに思います。
 確かに、日本の国というのは国民生活の中に非常に不必要な、異常に複雑な官僚的な規制が多いということは事実でありまして、これはやはり時代おくれといいますかそういう歴史的な使命を終えたような規制というのは撤廃をしなければいけない、これは私もそういうふうに思います。しかし一方、消費者とか国民生活を守る上で必要な規制はどうかといいますと、例えばPL法、これも私は企業責任を明確にするPL法、それからアセスメントだとか大気汚染のNOxなんかの基準の問題にいたしましても、諸外国に比べて非常におくれている実態があるんではないか。むしろそういう分野に当たっては新しい規制、必要な規制も出てまいりましょうし、また規制の強化ということも必要になっているという問題もあります。
 叶先生は規制の再構築というふうに言われたわけですけれども、私もそういうふうに一つ一つ、この規制緩和という問題につきましてはやはり個別的、分析的に見る必要があろうかと。
 きょうは個別の問題には触れませんけれども、九十四項目提示されております中にも、食品の表示、大店法、容積率の問題などなど、国民の中に大きな利害の対立なり異論があるような内容も含まれておるわけです。
 京都でも今、京都の駅ビルというのが大きいのが建つので大きな問題になっておりますけれども、三十一メートルの高さ規制以上の六十メートルの高さで、幅五百メートルの大きな駅ビルが建とうとしているということにつきまして、今市民の間でも大問題になっているわけです。駅ビルを建てる力というのは一般市民にはないのでありまして、そういう場合に大きな財力を持っている企業、それと一般市民の間には大きな利害の対立が生じます。
 このように、私、二つ御質問したいわけですけれども、規制緩和を論じる場合に、個々の規制緩和につきまして分析的に対応していく必要があるんじゃないかというのが一点、この考え方についてどのようにお考えになるかというのが一点。
 それから二つ目は、規制を緩和する場合、逆に言えば規制をする場合も生ずるわけですが、利害の対立が起こります。この利害の対立が生じた場合、どのような考えに準拠してそういう規制緩和を行っていくべきだと先生はお考えになるかという、この二つの点でお答えをいただきたいと思います。
#36
○参考人(叶芳和君) 繰り返し申し上げましたように、私は、経済的な規制は原則的に撤廃、一方で環境保全とか安全性にかかわるものは場合によっては強化する必要があるかもしれません、こういうことを申し上げたわけです。
 今、経済企画庁で「ESP」という雑誌が広報誌で出ておるわけですけれども、この十月号はPL制度の特集号であります。私も巻頭言を書きまして、「リレギュレーションとPL制度」、今たまたまコピーを持っておるわけですけれども、PL制度をきちっと導入すべきだ、多国籍企業もガイドラインとしてむしろ国際版のPLを持つべきだというところまで言及しているわけであります。
 そういう意味で、経済的なものは原則的に撤廃、そして、社会的規制については強化も必要なものがあるということで、PLについては私は行革審のメンバーであったときからこれを強く主張しているわけであります。
 さて、具体的な質問二つあったわけですけれども、分析的な対応が必要ではないかというのは全くそのとおりでありまして、一つ一つやはり本来のレーゾンデートルがあるわけですから、一つ一つ分析して、これは撤廃すべきか残すべきか考えるべきだと思うんです。そういった点では分析的対応は必要だと思うんですが、経済的規制については、一つ一つ検討した結果、原則的に全部要らないということであります。
 それから第二の、利害が対立した場合はどうするかというと、経済生産の究極の目的は消費者利益を最大にするということでありますから、消費者利益を最大にするということに照らして規制を緩和するかどうかということです。意見が対立したらば、それは消費者利益に立って規制を考えるということです。私の立場はそういうことです。
#37
○泉信也君 新生党の泉信也でございます。
 青木先生に一点、それから中条先生に一点お尋ねをいたします。
 経済的規制の緩和という視点から見ますときに、いわゆる強者と弱者という問題があるかと思います。見えざる手にゆだねた経済秩序がうまくいかなかったところに一つの規制というような問題も出てきた背景があると思いますが、規制緩和を実施されるプロセスの中で、いわゆる弱者と言われる方々に対してはどのような手当てなり考え方をお持ちかということを一点コメントをいただきたい。
 それから、中条先生には、自己責任ということがこれから大変必要になってくるというお話でございました。いただきました資料の中の車検制度に例をとって申し上げますと、安全性、環境保全といった意味からユーザーの自己管理責任を強く求めるというのが一つの流れかと思います。しかし、そうした責任を果たさなかった場合に、例えば重大な交通事故を起こす、あるいは整備の不良による交通渋滞を引き起こす、こうした場合の経済的、社会的コストをどうして償うか。自己責任の裏返しとしてペナルティーを科すというような、そうした考え方の導入についてのお考えをお聞かせいただきたいと思います。
#38
○参考人(青木辰男君) ただいまの御質問のありました、経済的規制を撤廃した場合に必ず起こってぐるであろう競争の中での強者と弱者、その弱者に対してどうするのかということでございますけれども、これはやはり先ほどの大店法の例でも申し上げましたように、理論的に一〇〇%全部完全自由にしろということを我々は言っているんではありませんで、それなりの配慮は必要だと。しかし、最終的にはやはりマーケット原理が働く経済社会をつくっていこうとしているわけでございますから、最終的には弱者はやはりそこの中では生存し得ない。これを救済するのは別の社会的な施策ではないか。あるいはもちろん、例えば流通でいった場合には、中小の業者の生き残る道というのは、それは協業化するとか、あるいはいろいろな大きなグループをつくって一緒に大きなビルを建てるとか、商店街を強化するとか、いろいろな動きがございますけれども、やはり最終的には弱者のスタンダードでその業界を保護していったらいつまでたっても日本の構造改革はできない。それは一つの別の社会的な保障が必要じゃないかというふうに思います。
#39
○参考人(中条潮君) 強者と弱者について一言だけ言わせてください。
 強者と弱者ということと、効率がいい効率が悪いということとは全く違うということです。
 それから車検制度の点について、私は、おっしゃるとおりで、先ほど安全規制を緩めて一方で保険制度で対応するという方法があるということを申し上げました。実は、保険制度という話は要するにプラスの部分をカバーしてやるということでありまして、一方でマイナスの部分をカバーするというのは、これはペナルティーという制度を一方で設けてやって、そういうことをやった場合にはペナルティーを科しますよと。製造物責任というのはまさに、車の場合は自分で運転しますから自分で生産をしているわけで、一種の製造物責任になるわけですね。ですから、そういう点でのペナルティーを車検制度を緩めると同時に考えるということは私も賛成であります。
#40
○委員長(林寛子君) 参考人の皆様に四時までと申しましたけれども、あとお二方手が挙がっておりますので、御都合の悪い方は申し出ていただいて、あとお二方だけ参考人の皆様に御了解をいただきたいと思います。
#41
○斎藤文夫君 自民党の斎藤文夫です。
 先ほど来、お三方のお話、そしてまたそれぞれ委員の質問を聞いていて、本当に規制緩和というのはムードじゃないなということをつくづく痛感しました。ある物の本によりますと、規制緩和こそ二十一世紀における国際化時代の日本のパスポートと。なるほどいい表現だなと、こうは思うものの、先ほど来、両刃の剣のいろいろ問題が出ていますし、今のお話を聞いても、弱者、強者あるいは大手メーカーに対する中小企業、大都会と農村とかいろんな置き方をすると、本当にこの規制緩和というものは、それは言うはやすく実際どこまで行えるのかと、実は逆に大きな疑問を深めたところでございます。
 したがいまして、今論議されているのは、経済的な規制あるいは社会的な規制、特に経済的規制は原則自由、社会的な規制はできる限り小さく。それは、人間、自由社会というのは大変好ましいことでございますけれども、しかし、その国の歴史風土、それから国民性、特に、まあ笑い話のようでありますが、何々御用達あるいはブランド製品志向の、没個性の我々日本人という立場から考えますと、本当に規制緩和というのはその国民性
まで大きく変えていく問題になる。
 例えばアメリカは訴訟社会である、こう言われているわけです。日本は、まあまあ訴訟をしなくてもというような、戦前はもっと訴訟に対しても違った意味の判断を国民はしておったわけでありますが、なかなかそういうドライな、割り切った日常感覚にまだまだ乏しい。しかしながら、規制緩和待ったなし、こういう格好になりますと、本当に物を思えば思うほど戸惑うのが私の心境です。
 そこで、できれば一言ずつ、難しいんですけれども教えていただきたいのは、守るべき規制はきちっと守っていかなきゃならない。今、連立与党さんの方のお考えは、まあ笑い話のようでありますが、暴力団規制法あるいは麻薬取締法まで見直しの中にお入れになられたと。どんな内容なのかは聞いておりませんからわかりませんが、じゃ大変なことになっちゃうのかなと。自民党の政調会長が口頭で総理に申し入れる、こんなようなことにもなってきたところでありますけれども、一体どういうものを守ってどういうものを緩和していくか、その基準になるものは何か。いや消費者だよ、弱者だよ、それだけで規制緩和の基準になるのだろうか、こんな思いがするものですからひとつ簡明に教えていただきたい。
#42
○参考人(中条潮君) では簡明に申し上げます。
 経済的な規制については一個一個点検していかなければいけないという御意見もありましたが、私は一個一個点検していって、原則的に要らない。もうちょっと具体的に申し上げますと、まず運輸関係の規制で言えば、タクシーについてのメーター制の維持ということを除けば全部撤廃して結構である、私は分析した結果、そういうふうに考えております。
 そのほかの規制について一つずつ申し上げる時間がございませんので、そこだけにしておきます。
#43
○参考人(叶芳和君) 先ほど西山先生が御指摘されたように、分析的対応をする、その一言に尽きます。
#44
○参考人(青木辰男君) ちょっと観点が違うんですが、報告の中でも申し上げましたように、私どもで商慣行の見直しということをずっとやってまいりまして、報告書も出しております。これもおっしゃるような歴史的な長い積み上げでできているのが日本の商慣行なんですが、それを見直す際の基準というのを三つ設けました。それを申し上げます。
 一つは、経済合理性があるのか、二番目は消費者利益に合致するか、三番目は開放的、透明であるか、特に国際的な観点から、その三つの見直しをいたしました。
 規制についても同様な観点が必要じゃないかと思います。
#45
○斎藤文夫君 ありがとうございました。
#46
○矢原秀男君 叶参考人と中条参考人にお願いしたいわけです。
 中条参考人の「豊かな暮らし」、「独身A君の一日」、「既婚者のB氏の日曜日」、こういうことで規制の影響と規制制度というものを拝見しながら、消費者、生活者重視への競争政策の政策転換についてはやはり力を入れなくちゃいけないなと私も思っているわけでございます。
 なぜ規制緩和が進まないのかという問題の中で、一つは官僚行動様式、役所間の権限争い、二番目には民間の既得権益のやはり競いというふうなことが浮き彫りになっているわけでございますが、国会として第一段階はこういう点からこういう問題に取り組むべきではないのかこういうふうな所感がございましたら、叶参考人と中条参考人に簡単にお伺いをしたいと思います。
#47
○参考人(中条潮君) 私は、レジュメの二ページの最後の方に、官庁間の競争、官庁間の競争というのは必ずしも悪くは私はないと思うんです。ただ、今のは権限争いの競争になっております。そういう点では、一つの方法としては、官僚の省庁別の採用をやめてしまって、一括採用して人事交流をする。したがって、省益意識、これを希薄化するという方法が一つはあるだろう。
 もう一つは、規制システムの改革ということで、要するに競争についてエコノミストというのはかなり信仰を持っているわけです。ですから、エコノミストの官僚をふやしていく。アメリカやイギリスで規制の緩和がうまくいった一つの理由というのは、このエコノミストの官僚が多い。それによって官僚自身が規制緩和を進めてきたという部分もあるわけです。そういう点を長期的な提案としては申し上げたい。
 短期的な話としては、これは私はもう内閣の指導力に尽きると思いますが、ただし議会としておやりになるのでしたら、私は一つの方法は、アメリカのGAO、ジェネラル・アカウンティング・オフィスですが、これは会計検査院のような組織でありますけれども、議会の直属の組織であります。ここが規制緩和を進めていく中でいろいろな報告書を出し、調査を出し、かなり中立的な立場で議論を出しております。そういう組織をつくる。ただし、私が先ほど申し上げましたように、新たな組織をつくるというのは重複になりますから、なるべく既存の組織をうまく使いながら、その議会のGAOのような組織として、それは小さい組織でもいいと思うんです、権限をそこに持たせて、公取やあるいは総務庁をうまく使って進めていくという方法があり得るかなと思います。
#48
○委員長(林寛子君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の皆様に一言ごあいさつ申し上げたいと存じます。
 本日は、御多忙のところ、しかもお約束の時間をオーバーいたしまして、本委員会に御出席をいただきまして、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。
 私ども、規制緩和に関しまして、現在多くの論議がなされておりますけれども、大変重要な課題であると考えておりますので、御指摘いただきました数々の御意見を参考といたしまして、これからの調査を進めてまいりたいと思います。
 本日は本当にありがとう存じました。
    ―――――――――――――
#49
○委員長(林寛子君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 規制緩和に関する調査のため、参考人の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#50
○委員長(林寛子君) 御異議ないと認めます。
 なお、その日時及び人選等につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#51
○委員長(林寛子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時十分散会
ソース: 国立国会図書館
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