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1993/12/10 第128回国会 参議院 参議院会議録情報 第128回国会 国際問題に関する調査会 第2号
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1993/12/10 第128回国会 参議院

参議院会議録情報 第128回国会 国際問題に関する調査会 第2号

#1
第128回国会 国際問題に関する調査会 第2号
平成五年十二月十日(金曜日)
   午後二時八分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         沢田 一精君
    理 事
                大木  浩君
                大島 慶久君
                山田 健一君
                荒木 清寛君
                井上 哲夫君
                猪木 寛至君
                上田耕一郎君
    委 員
                上野 公成君
                岡野  裕君
                宮澤  弘君
                矢野 哲朗君
                深田  肇君
                細谷 昭雄君
                松前 達郎君
                中西 珠子君
                永野 茂門君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        下田 和夫君
   参考人
       成蹊大学教授   廣野 良吉君
       元駐中国大使   中江 要介君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
 (二十一世紀に向けた日本の責務について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(沢田一精君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして参考人の方々の御出席をいただきまして、御意見をお伺いし、質疑を行います。
 本日は、参考人として、成蹊大学教授廣野良吉君に御出席をいただいております。また、後ほど元駐中国大使中江要介君にも御出席をいただく予定であります。
 この際、廣野参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 参考人におかれましては、年末、お忙しい御日程にもかかわりませず本調査会のために御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。厚くお礼を申し上げます。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして忌憚のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 なお、本日の議事の進め方でございますが、まず、廣野参考人、それから後ほどお見えになります中江参考人の順序でそれぞれ三十分から四十分程度御意見をお伺いいたします。その後、質疑を行いたいと思いますので、御協力をお願い申し上げます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁とも御発言は御着席のままで結構でございます。
 それでは、廣野参考人に御意見をお述べいただきたいと存じます。廣野参考人。
#3
○参考人(廣野良吉君) どうもありがとうございました。
 実は、このところしゃべり続けてのどをちょっとやられちゃっているものですから、座ったままでよろしゅうございますでしょうか。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務ということにつきまして、調査会の参考人として出席するようにというお話がありました。私、どの程度御参考になるかわかりませんが、ふだん自分が考え、また行動している事柄についていろいろお話を申し上げまして皆様方の御参考に供したい、そう考えております。
 皆様方のお手元に若干の論文を提出させていただきました。お忙しい皆様方でございますのでお読みになったかどうかわかりませんが、ぜひ御参考にしていただければと思います。
 きょうは、実は皆様方のお手元に今すぐ配付されると思いますけれども、私のきょうのお話の簡単なアウトラインを、レジュメを提出させていただきました。そのレジュメに沿ってお話をさせていただきたいと思います。
 私の簡単なアウトラインは一応二つに分かれております。一つは、二十一世紀の初頭に向けた世界の状況がどうなっているのかということについて、一つは国際経済の面、もう一つは国際政治の面についてそこに記しておきました。それから第二番目は、そういう二十一世紀初頭に向けた世界の中における日本の責務ということについて、そこに項目別に幾つか並べておきました。
 私はもともと経済学者ですので、政治、安全保障については余りよくわかりませんが、一応政治、安全保障の問題も経済の問題と非常につながりがありますので、私のごくわかっておる範囲内で触れたいと思っております。
 まず第一に、二に書いてあります二十一世紀初頭に向けた世界の変化の基本的方向ということについて述べさせていただきたいと思います。
 まず第一は、国際経済の側面でございます。御存じのように、一九四五年に第二次世界大戦が終結しまして、その中で台頭してきたのは当然アメリカでございます。その米国が巨大な経済力、軍事力、政治力を持って、少なくとも四〇年代の後半から五〇年代、それから六〇年代の中ごろまではそういうような米国の巨大な経済的支配というものが強かったのが世界経済ではないかと思います。
 しかし、六〇年代の中ごろになってまいりますと、いわゆる欧州共同体、当時経済共同体と言っていましたけれども、当時のEECでございますが、それが台頭してまいりました。やがて六〇年代の終わりから、あるいは七〇年代に入ったころから、日本が同じく大きな極として台頭してまいりました。そういう意味で、七〇年代に入ってがらはまさに日米欧三極体制ができ上がったと言って過言ではないと思います。
 その日米欧三極体制は、その後、八〇年代に引き継がれてまいりまして、そして現在の九〇年代に入ったわけでございますが、その過程で非常に大きな競争、国際競争が激化してまいりました。そういう国際競争の激化の中で、かなり熾烈な一種の国家間の経済的利益の追求ということがされるようになりまして、その名目はどうであるにしろ、かなりそれぞれの国の威信をかけた、そういうような競争が生まれてまいりました。それが実質的には例えば日米間の貿易戦争であるとか、あるいは経済摩擦であるとか、やがてその後の日米のいわゆる構造協議という問題になりましたし、また同時に日本とEC諸国、あるいはまた米国とEC諸国の間のお互いのそういう摩擦というものに展開していったと言ってよろしいと思います。
 八〇年代から特に強くなってまいりました国際競争の激化、その中でのお互いの摩擦、こういうものはもちろん九〇年代に引き継がれて、やがて二十一世紀に引き継がれていくということは間違いないと思います。すなわち、日米欧三極は今後においてもかなり貿易摩擦なりあるいは経済摩擦というものをこれからいろんな形で繰り返しながら二十一世紀に入っていく、こういうふうに言って差し支えないと思います。
 そういう中で、実はこのロにあります欧州連合、これはヨーロピアンユニオンということの日本語訳でございますが、御存じのようにことしの一月一日、ECの市場統合ということによって、それの言ってみれば経済的な基礎がつくられまして、欧州連合が誕生してまいりました。と同時に、先日、アメリカの議会によって、かなり少数でございましたけれども、それにしましても一応北米自由貿易協定が可決されるというようなことがありまして、欧州連合の市場統合とこの北米の自由貿易地域というものが九三年になってまさに本当に一歩を踏み出したと言ってよろしいと思います。この両者については、九〇年代がこれから進むに従って、いろんな試行錯誤はありますけれども、欧州連合の市場統合は今後も進んでいくと考えてよろしいと思います。
 もちろん、通貨統合とかいう難しい問題がありますので、この市場統合がいわゆる経済統合として一体化していくということはいろいろ困難がありますけれども、そういうことは当然最初から考えられていることであって、それにもかかわらず欧州連合としてはそれを進めていこうという一つの政治的な決意があると考えてよろしいと思います。
 それに対して、北米の自由貿易地域につきましては、もう既に中米諸国四カ国ないし五カ国が一九九五年には北米自由貿易協定に参加したいということを言っておりますし、また一九九七年にはアルゼンチンそれからブラジル、ウルグアイ、パラグアイ、現在もありますこの四カ国の協定がやがて北米自由貿易協定とつながるという方向で今話が進んでおります。
 そういう意味で、北米自由貿易協定は単にカナダ、アメリカ、メキシコだけでなくて、今申しましたように中米の五カ国及び南米の四カ国がそこに参加していくということが西暦二〇〇〇年までに起こってくるであろうということになりますから、これはまさに北米ではなくなって、もう既に米国大陸と申しますか、いわゆるアメリカンコンチネント全体を占める一つの自由貿易地域の拡大ということが進んでいく。これが二十一世紀の初頭にはますますその方向が強化されると言ってよろしいと思います。もちろん、その過程でいろんな難しい問題がありますので、そう簡単にいきませんが、その方向を少なくとも基本的方向として私たちはつかんでおく必要があるのではないかと思います。
 それから、ハとしまして、他方では東アジア・西太平洋地域ではどうかと申しますと、この東アジア・西太平洋地域には欧州連合に見るような、あるいはまた北米自由貿易協定に見るような、そういう一つの枠組みづくりというものは制度化されておりません。確かにAPEC、アジア・太平洋経済協力閣僚会議というのがありますけれども、これはそういうような制度的なものでもないし、また同時に、常にその中で日本も主張してきたように、これは開かれた地域主義というような言葉であらわされておりますように、かなり開放的なものに持っていきたいという考え方がありますので、欧州連合やあるいは北米自由貿易協定に見るような、確かにそれ自身はまさに域内での自由貿易を志向しますけれども、対外的にはそれがいつでもいわゆる閉鎖的なものになり得るような、そういうものとは異なります。
 そういう意味で、東アジア・西太平洋地域におきましての地域内の経済協力をこれから考えていきますと、相変わらずこれは日本自身も指導しておりますように、これはいわゆる市場のメカニズムを通じた格好での域内の経済協力の進展、それにプラスアルファとして東アジア地域におけるところの先進国並びに新たに生まれてきたより先進国化していく途上国、例えばシンガポールとか香港、あるいは台湾はこれは地域でございますけれども、そういうものとか、あるいはまた韓国、そういうようなところも一緒になっていわゆる他の途上国に対するところのODA、政府開発援助を拡大していく、こういうような中でかなり緩やかな地域経済協力が今後も進展するものと思われます。
 もちろん、こういう中でも、例えばマレーシアのマハティールさんが言うように、いわゆる東アジア経済の何らかの連合体をつくるべきである、こういうような考え方もありますが、それについてはいろいろな意見がありまして、今のところはそれが完全に、すぐ実現するというものではないと思っております。
 そういう意味では、欧州連合あるいは北米自由貿易協定のような、そういう制度的な枠組みのないままに東アジア・西太平洋地域においては、日本、欧州、ニュージーランドというような先進国を中心に、あとASEAN、それからちょうどきのう、きょうと日本の外務省主催によるところのインドシナフォーラムが高輪プリンスホテルで行われております。そこから私参ったわけですが、そういうインドシナをある程度考えたような将来の域内経済協力が今後も進展していくと。しかし、制度的枠組みのない格好で進展していくのではないかと思われます。ただし、欧州連合あるいは北米自由貿易地域の出方によっては、東アジアにおいても将来何らかの制度的なより強い枠組みを持ったものにしていくという可能性もないわけではないと申し上げたいと思います。
 他方、二で開発途上諸国の一層の分化とありますが、御存じのように、開発途上諸国はかつてG77という格好でもってかなり力強い意気を見せた時代があります。しかし、これは一九七四年の例の国連の経済総会において、新しい国際経済秩序の形成に向けてという宣言が行われ、また行動綱領がつくられましたけれども、そういう中で、だんだんと世界経済の発展過程で、特に東アジアの途上国を中心に非常に急速に経済が発展してまいりました。これは、私たち今までいつも言ってきたことですけれども、ごく最近ではそのことをはっきり認めるという格好で世界銀行の「東アジアの奇跡」という、ああいう報告書も出たわけです。
 そういう意味で、開発途上国の中ではかなり急速に経済が発展していった国々、それから七〇年代の後半から八〇年代にかけてかなり累積債務を抱えて大変な状況になりましたけれども、その後の国内の経済改革を中心に進展していたところのいわゆるラテンアメリカ、中南米諸国があります。そういうものとまた別に、南アジア、これは八〇年代に入りましてからは大体三・二、三%の実質経済成長率を示しておりますから、かなり将来は成長するであろうと考えられておるところですけれども、特に九一年以降のインドの新しい経済改革の中で、その後の進展がかなり期待されております。
 しかし、サブサハラ・アフリカの国々は、何といっても五〇年代、六〇年代とは違って、七〇年代以降マイナス成長になり、あるいは経済の低迷が続きまして、今やある意味では世界経済がら完全に突き落とされたというような感じの国があります。そういう国のことを考え、先日、日本の政府におきましても国連とGCAというグループと一緒にアフリカ開発会議を東京でもって開催した次第です。
 そういうふうにして、開発途上諸国がかなり分化していくのは、これからもまさに九〇年代を通じて起こり、二十一世紀に相変わらず続いていくであろうと考えられます。そういう意味では、開発途上諸国が一丸となって、かつての南北対決というようなものは到底見られない状況になるんではないかと思われます。
 それからホとしまして、移行経済諸国の経済的困難の持続という問題があります。これは、たまたま私自身も非常にかなり深くかかわってまいりましたのでちょっと申し上げたいと思いますけれども、一九八六年、私はベトナムに参りまして、ベトナム共産党の中央委員会で市場経済の移行の重要性をお話ししたことがあります。同じく八九年、モンゴルに行きまして、モンゴルで同じようなことをやりました。
 こういう中で、確かにこれらの旧社会主義諸国が市場経済化の方向を出してまいりました。こういうような東アジアにおけるところの移行経済、中国もそういう意味では移行経済といってよろしいと思います。政治体制は相変わらず共産党の一党独裁といっていいかどうか知りませんけれども、一党政権でございます。そういう意味で、東ヨーロッパのいわゆる政治的な改革と経済改革を一緒に進めた、あるいはモンゴルのように経済改革と政治改革を一緒に進めた国とは違って、これらの東アジアの旧社会主義諸国はまさに移行経済の過程でかなりスムーズにやっておりますけれども、そうでない移行経済はかなり経済的な混乱に陥っております。あるいは困難に陥っております。
 この状況は少なくとも東ヨーロッパ及び旧ソ連の、特に旧ソ連のかつての共和国がたくさんありますけれども、そういうものを見てみると、そんなに簡単に移行経済が完結するというふうには考えられません。そういう意味では、少なくとも最低これから七、八年はかけてじっくりとその経済的な困難を解決していくということより道がないではないかと思います。そういう意味では、二十一世紀の初頭になっても相変わらず移行経済はそういう困難な道を抱えるんではないかと思います。
 それから最後に、そういう中で国際経済体制の枠組みがだんだん変化してまいりました。ちょうどこの十二月十五日が一応ウルグアイ・ラウンドの最終日、これはアメリカが一方的につけた日でございますけれども、こういう十二月十五日という最終日を迎えて、今世界のいろいろな国々が、日本もそうでございますけれども、ウルグアイ・ラウンドの成功のため、特に農産物の面での貿易自由化のためにいろいろやっておりますが、こういうような貿易体制の問題、あるいはまた最近はいわゆるODA、政府開発援助が過去のように急速に伸びなくなってまいりました。いろんな国が、特に先進国が国内の景気の低迷を迎え、また国内におけるところのいろんな質的な変化から、そう簡単にODAを拡大するということのできない状況になってまいりました。そういう中で、これからのODA体制をどう持ったらよろしいかというような問題もこの中に入ってまいります。
 また同時に、これは先日、イタリアのベラジオでODAの専門家の集まりで私申し上げたことでございますけれども、やはりそういうようなODAに対してある意味での圧迫をするようないろんな動きがあります。それはどういうことかと申しますと、特にこれは後に出てまいります国連の安全保障機能と関係してまいりますけれども、いわゆるPKOの拡大でございます。世界的にPKO活動が大きくなりまして、膨大な支出を要請しております。そういう支出はすべてほとんどが先進国の負担になるわけであって、先進国は当然そこでそういうようないわゆるPKO活動とODAの二つを抱えて、どちらによりお金を出すかという問題に迫られている。典型的にはカナダ、デンマークがそういう状況でございます。
 こういうような中で、いろいろ難しい問題を抱えておりますのがこれからの二十一世紀初頭に向けた世界の変化の基本的方向と言ってよろしいと思います。
 それから、国際政治と安全保障については私はもう本当に素人でございます。ただ、私の考えているところだけをこれは項目別に申し上げるだけです。
 まず第一に、唯一の超大国、これは米国のことでございますけれども、唯一の超大国に対するところの挑戦がこれから続くであろう。いろんな国が唯一の超大国米国に対して挑戦していくであろうと思います。そういう挑戦する中で、地域的な政治大国が出現してくるであろう。現在、細川総理は、日本自身は当然いわゆる地域的な政治大国にはならないということをお話ししておりますけれども、アジア諸国、きょうのインドシナ三国のための国際フォーラムでもいろんなアジアの国がたくさん出ておりましたが、好むと好まざるとにかかわらず日本が大きな政治的な役割を果たすことを要請されております。その中身についてはいろいろ意見があるわけですけれども、少なくとも政治的な役割を果たすということは要請されているわけであって、そういう意味では日本もこのアジア地域における政治大国にならざるを得ない、こういう状況にあります。同じように、ヨーロッパにおいてもそういうことが出てくると思います。
 そういう意味で、このイの問題がありますが、同時に口としまして、皆様方も御存じのように、世界各地における国内紛争、対立が、これはアフリカだけでなくて、もちろんユーゴスラビアあるいはまたアジアでも、今までのいろんな形でもって、インド国内で、アフガニスタンで、最近カンボジアの問題は解決しましたけれども、そういう国内紛争、対立の芽というものはあるわけであって、こういうものが今後はいわゆる米ソ冷戦体制の崩壊とともに激化されるであろうというのが一般の政治学者たちの考え方です。
 私はこれについてイエスともノーとも言えませんけれども、ただ政治学者がそう申しますからそういう方向になるのかなという、若干無責任な言葉ですが、素人として見るとそんな芽があるかなということも考えられます。となると、当然そこで地域的な安全保障体制の重要性というのが出てまいります。これはいろんなところでこれからも議論されてくるんではないかと思います。
 それから、ハとしまして、国連の安全保障機能の強化ということが行われてまいりました。特に、ブトロス・ブトロス・ガリさんが国連の事務総長になってからはかなり積極的にPKO活動に国連が参加するようになりましたし、PKOだけでなくていわゆるピースメンテナンス、あるいはビースクリエーティブと申しますか、そういう方向まで国連がいろんな機能を強化していく。アジェンダ・フォー・ピースという、「平和への課題」というのを発表されましたけれども、そういう方向で国連の安全保障機能の強化ということがこれからますます重要な課題として二十一世紀初頭に向けて起こってくるのではないか、こういうふうに考えます。
 以上、二十一世紀初頭に向けた世界の変化の基本的方向ということを経済とそれから国際政治、安全保障について、特に後者については簡単に触れるだけでございましたけれども述べましたが、じゃ、そういう中でこれから日本の責務というのを私たちはどうとらえたらよろしいかということがきょうの私の参考人としての重要な課題だと思っております。
 日本の責務、これを経済と国際政治、安全保障にまた分けますけれども、特に私は自分自身が経済学者ということだけでなくて、日本というのは何といっても世界の経済大国でございます。もう既に皆様方も御承知のように、世界のGNPの総生産高、これの一四%ぐらいを日本が今占めております。それから、世界の貿易の全体の一二%ぐらいを日本が占めております。これは昨年のデータです。それから、世界の民間企業の直接投資のうち、何と一八%が日本でございます。そういう意味で、日本はGNPにおいても貿易においても、あるいはまた直接投資においても非常に巨大な経済大国になっております。
 そういう日本のような巨大な経済大国、これは本当に大きな責務を持っているわけでございまして、日本が国内的にどうするかどうしないかということ、これは国内のいろんな問題、例えば日本の予算をどの程度、ことし、あるいはこれから二十一世紀に向けて拡大していくのか拡大しないのか。あるいはまた、日本の国内のもろもろの公共投資を今後どうしていくのかどうしていかないのか。あるいは日本の国内におけるところの雇用をどうしていくのか。あるいはまた、日本の国内の、特に老齢化していく日本の社会において健康保険あるいは厚生年金、こういうものをどうしていくのかどうしていかないのか。こういうことを、日本が国内的にいろいろ決定する事柄がすべて世界にいろんな形で影響を与える、こういうようなぐらいに大きな経済大国に日本がなりました。
 そういう意味では、実は私はこれが一番大切なものだと思っておりますけれども、一番大切な日本の責務は日本の経済の安定と発展を目指した国内努力をするということ、これがもう非常に重要でございます。これは日本人にとって重要だけでなくて、世界の国にとって重要である。これはもう本当に最も大切なことではないかと思います。
 もし、日本経済がこれから二十一世紀の初頭にかけて何らかの大きな混乱状態に陥る。御存じのように、株式市場が低迷する云々というのは、これ自身は一つの単なる兆候でございますので、根源的なところでいろいろ問題があるわけでございますから、そういうものを考えると、一体日本経済は今後混乱するのかどうかということが世界経済全体にとって非常に大きなインパクトがあるわけであって、そういう意味では私は、日本の皆さん方のような政治家の方々すなわち立法府の方々、あるいは行政府の方々、あるいはまた学者、産業人、労働組合、農民、すべて含めて日本経済の安定と発展を目指したどういう国内努力をこれからしていくか。
 しかし、このウルグアイ・ラウンドに見られますように、米一つの問題をとりましても国内のいろんな対立もあるわけであって、そういう中でどうやって日本経済の安定と発展を目指した国内努力を今後していくかということ、国内調整をしていくかということ、これが非常に重要な課題で、それが私は日本の責務の一番重要な点ではないかと思っております。
 次に、ロの問題としまして、日本経済の安定と発展を目指した国内努力をすることが重要ですが、同時に日本の市場開放と対外障壁の着実な低減ということがあります。これも私に一番目と同じように重要な課題だと思います。
 一九六〇年、私は日本に米国から帰ってまいりましたけれども、米国から帰ってきたときからもう既に私は世界経済の発展のために日本は市場開放すべきであるということをずっと過去三十数年言い続けてまいりました。また、いろんな意味での対外的な障壁はこれは削減すべきであると。もちろん、それは計画的に削減することしかできません。一方的に極端にやりますと混乱が起きますので、当然計画的にやることが重要です。そういうようなことで、いろいろ今までも主張してまいりました。新聞、ラジオ、テレビ、あらゆるものを通じましてやってまいりましたけれども、こういう日本の市場開放と対外障壁の着実な低減は二十一世紀初頭に向けたこれから日本の大きな責務として考えなくてはならないと思います。時まさにウルグアイ・ラウンドの終結状況にあるわけであって、そういう中で日本はしっかりと政治的な決断力を持って日本の市場開放並びに対外障壁の着実な低減もやっていくべきであると思います。
 もちろん、日本の市場開放と対外的な障壁の着実な低減は、これは二つの目的で行うわけです。一つは、そうすることで日本の経済、日本の国民そのものがそれによって得するということです。と同時に、他方ではそれによって世界全体の市骨開放、あるいは世界全体におけるところの貿易の自由化が促進されるということでございます。
 一九三〇年代に我々がやったような、ああいうようないわゆる保護主義的なやり方、その中でお互いに平価の切り下げを競争的に行った、それが第二次世界大戦につながりました。ああいうことは絶対あってはならないと思います。そういう意味では、私たちは非常に大きな政治的な決断力を持ってこの市場の開放と対外障壁の着実な低減、計画的な低減ということをしていかなくてはならないと思います。
 ただし、この場合に重要なことは、日本の市場開放や対外障壁の着実な低減は国民経済全体としてはよろしい、あるいは日本の国民全体としては消費者の利益になります。ところが、それによって損害を受ける人々があります。すべてのことには必ず表があれば裏があります。そういう意味で、それによって損害を受ける人々に対しては当然得をする人々から何らかのそれに対する救済の手を差し伸べるということが重要だと思います。そういうことがない限りは、損害を受ける人々は最もこれは抵抗するでしょうし、その抵抗が日本自身の国際的な責務に反するだけでなくて、日本経済そのものの今後の安定的な発展にも反することになります。
 そういうことのないようにするためには、一方で市場開放を行い、あるいは対外障壁の着実な低減を行い、他方ではそれの過程で損をする人々に対して、損をする地域に対しては私たちは徹底的に救済の手を伸べるということが重要であって、それをやらない限りうまくいかないというのが、これは私の信念です。これは我々経済学からも説明できますけれども、まさに私自身はシカゴ大学、自由経済の学科を出ておりますから申し上げるわけじゃありませんが、私たち自由経済を尊重する者も、まさにそういう自由経済の過程で生まれてくる利益を特定の損するグループに対して配分するということの重要性を常に訴えてまいりました。当然、そういう意味では、もうこれは現在ウルグアイ・ラウンドが最終段階に至りまして、言わずもがなかなと思います。
 それから、ハの点でございますが、日本の民間企業の国際貢献に対する支援、これが重要です。日本の民間企業というのは、先ほど申しましたように、世界の直接投資額の一八%を占めております。これはあくまでも投資額でございます。対外資産の保有高、それから世界全体の雇用に占める日本の企業の海外雇用の割合とか売上高あるいは利益、貢献、あるいはそれから生まれるところのその国に対する税金の支払い、あるいはその国における地方社会に対する貢献、地域社会に対する貢献ということを考えますと、そう言うと失礼でございますけれども、実は日本の民間企業は日本の政府以上に重要な貢献をしております。私は、そういう日本の非常に活力ある民間企業がそういう意味で国際貢献をしておりますので、それを日本の政府が側面から支援していくということは非常に重要だと思っています。
 民間企業はもちろん自分の金もうけのためにやっていることです。ですから、当然これは自分の金もうけですから、彼らは自分のリスクでやっているわけですけれども、しかしその活動の反面で彼らは国際貢献をしているわけであって、その国際貢献に対して日本がいろんな形で支援していくということは非常に重要だと思います。
 例えばの一つでございますけれども、そういう民間企業で海外へ出ていく人々、皆さん方がいつも困るのは自分たちの子弟の教育の問題です。この点については、例えば私自身の大学を含めてそうですが、そういう海外子女教育ということについて我々成蹊小・中・高・大学においてもいろいろやっております。こういうことがだんだん日本でも行われるようになりましたけれども、これはたった一つの例でございますが、そういう日本の民間企業の国際貢献を側面から支援していく、そういう体制を官民ともにやっていくことが重要ではないかと思っております。
 それから、四番目としまして、途上国に対する協力の拡大と質的向上でございます。これは私は日本の責務として特にきょう皆様方に訴えたいと思います。すなわち、現在、途上国に対するところのいわゆるODAというもの、これは世界全体で今六百億ドルでございますけれども、その六百億ドルのODAのうちの百二十億ドルが日本のODAでございます。そういう意味で日本のODAはついに現在では、ここ数年ですけれども、量的には世界の第一位になりました。
 日本のODAが大きな額になった、百二十億ドル。また、世界で第一位になったということで、今、日本の国内ではもうそろそろ日本のODAは拡大する必要はないんじゃないか、こういう声も聞かれます。しかし、ぜひ皆さん方にお考えになっていただきたいのは、もちろんその当時のアメリカと日本との差はあります。しかし、私は一九四五年から少なくとも一九八〇年までのアメリカのあのODAが世界に占めた割合、あるいはアメリカのODAが、いろいろ内容的に問題はありましたけれども、果たした役割というのは非常に大きなものがあって、そういうことを考えますと日本はこれからもODAを量的にも拡大していくべきだと考えております。
 もちろんGNPの〇・七%という国際的な一つの方向、決められた方向に達するのはこれは並み大抵ではありません。相当長い時間たっても達成できないかもしれません。現在〇・三二%、〇・三三%というところを動いておりますので、〇・七%になるなんということは到底ちょっとこの近いうちには考えられません。しかし、そういうGNPの何%ということとは別に、自主的に日本のODAを拡大していくということは、先ほど申し一ましたような意味からも非常に重要でございます。
 と同時に、世界の他のいろんな国々が今ODAに対していろんな形でもって国内的な制約からそれを削減、あるいは増大するのをちゅうちょするような状態になっております。そういう中にあって、私は日本はできるだけ、例えば一つの例を申しますと、世界の先進国の軍事費の支出、これはGNPの四。八%が世界の先進国のいわゆる軍事費の支出の平均値でございます。それに対して日本は一%なんです。軍事力拡大のために日本は日本のGNPを無造作に使ってこなかったということです。ということは、その分だけほかに回すことができるわけです。
 それは、もちろん日本の国内の公共投資とか、日本の国民の生活の福祉の向上とか、あるいはその他老齢に対するところのこれからの対処の仕方とか、いろんな面で我々が日本の国内でやらなくちゃいけないことがありますが、同時に対外的にもODAという格好で、日本が軍事費に対する支払いをGNPの一%にしている限りは相当の余裕があるわけでございますので、何とかして日本はODAの絶対額を今後も自主的に増大させていくということに努めることが重要ではないか、こういうふうに思います。
 そして、私は、日本のように軍事力でもって海外にいわゆる国際貢献のできない国、あるいはまたできないだけでなくてそうしたくない国、こういう国はやっぱり経済の面でもって国際貢献していくことが非常に重要であって、そういう意味で途上国に対する協力を今後も自主的に拡大していく、量的に拡大していくということが重要ではないか、こう考えております。
 また、それと同時に質的な向上、これは非常に重要でございます。この点につきましては、いろんな新聞報道もありますので私がここで申し上げることはありませんけれども、日本のODA自身は世界的にかなり私は評判がいいと思っております。しかし、評判がいいからといって、じゃ、すべてがうまくいっているかというとそうではなくて、当然そういう中で我々は質的な向上を今後も進めなくてはならない、こういうふうに考えます。特に、世界のODA全体の伸びが低減しているわけでございますから、そういう中においてODAの質的な向上は非常に重要でございます。特に、我々がいろいろな意味でコントロールできるところのこの日本のODAの質的向上というのは重要ではないかと思います。
 そういう意味では、その点で特にこれからの日本のODAの方向、どういう方向に日本のODAを持っていくのか。今までどおりにいわゆる経済的なインフラ中心でいくのか、あるいは社会的ないろんなセクターにもこれからODAをやっていくのか。教育、特に初等中等教育、保健、栄養あるいは環境、こういうようなことに日本としてはこれからも当然拡大していくべきだと思いますし、その方向が一歩一歩出ているのは大変うれしいことでございます。
 と同時に、日本のODAにおいては私はNGOというものが果たしている役割が非常に大きいと思います。いわゆる民間の非営利団体ですが、日本でもついにNGOが三百五十を超えるほどになりました。こういうような日本のNGO、ごく最近、これが一九八九年から拡大してきたわけでございますけれども、そういう非常にたくさんのNGOがありますが、NGOによるところのいわゆるODAの拡大、あるいはNGOによる自分たちの民間資金を使った拡大、途上国に対するところの経済協力、これは非常に重要なことと考えております。それをまた日本の政府も側面から支援する必要がある。
 さらに、追加しますと地方自治体、私はたまたま武蔵野市でございますけれども、武蔵野市においてもそうですが、その他幾つかのたくさんの日本の地方都市において今国際理解から国際協力へという方向に流れが変わりつつあります。昔は国際親善のための例えばシスターシティーの協定とかということをやっておりましたけれども、今、市民はそれに飽き足らずに国際協力へという方向に動いております用地方自治体レベルでのそういうような途上国に対するところの支援というものは拡大してきておりまして、これは非常にいい傾向でありまして、こういうことも今後ぜひ拡大していくことが重要ではないかと思います。それをまた拡大するためにも日本の政府が側面から支援していくということも重要ではないかと思います。
 それから、ホとしまして移行経済に対する協力の拡大と質的向上、これは途上国と全く同じような面で私は強調したいと思います。ただ、途上国と違うのは、移行経済の場合には相当の経済的混乱が今ありますので、どうしても一部の途上国と同じように、いわゆる国際収支上のそういう緊急支援ということが例えばお隣のモンゴルに対して日本がやっているように重要でございます。しかし、いつまでも緊急支援だけをやっているのではなくて、やがてこれらの国々の長期的な市場経済への移行並びに発展のために我々がだんだんとODAを方向転換していくということがこれらの場合にも重要ではないか、こんなふうに考えております。
 時間がありませんのでその次に行きますが、そこにヘとトが逆になっておりますので、への方を先に申し上げます。これは地球的課題、特に人口、難民、環境、エイズ、こういうもろもろの複雑な地球的課題がだんだん拡大してきております。そういうような地球的課題に対して日本が積極的に対応していくことが重要ではないかと思います。御存じのように、日本は今まで既存のいろんな問題に対してはかなり対応も懸命にやってまいりましたけれども、こういう地球的課題に対しては日本の対応というのはまだまだの感があります。こういう面で私たちはもっともっと積極的にこれらに対して対応していくということが重要ではないか、こんなふうに思います。
 もちろん、難民においては我が国をある意味で代表するようにUNHCR、国連の難民高等弁務官として緒方貞子さんが非常に活躍なされておりますけれども、ああいうような例に見るように、我々としてはもっともっと積極的に、単にお金を出すだけではなくて人的な面にも貢献して地球的課題に対応していくということが重要ではないか、こういうように思います。
 また、特に環境については、かつて日本自身が環境、特に産業公害で悩まされた国であります。そういう意味では、我々は日本自身が開発した産業公害を低減するためのいろんな技術も持っておりますので、こういう環境技術の面からもいろいろ日本が貢献していくことが非常に大事ではないか、こういうふうに考えます。
 それから最後に、経済の側面としましては、自由貿易、投資、通貨安定、対途上国協力のための国際体制の強化という面での日本の責務でございます。これは先ほどからちょっと触れておりますので、私、ここで特に申し上げる点は次の二点でございます。
 それは、こういうような国際的な体制はすべて、かつて一九四四年にブレトンウッズ体制ができ、一九四五年に国連ができました。そういう中で国際的な体制というのができたわけですが、その一九四四年の体制、一九四五年の体制というものは今やもう時代にそぐわなくなりつつあります。そういう意味で、私たちは二十一世紀初頭に向けての世界のこういう変化の中で、新たな微調整だけでなくて、もうちょっと鋭い改革を含めて我々がこのブレトンウッズ体制の改革並びに国連の改革ということをやっていく。そのためにも、私たちは単にお金を出すということだけでなくて、やはり知的な貢献をする、インテレクチュアルな貢献をするということが重要ではないか、特にその面での人を出すということが重要ではないかと思います。そういう意味で、ぜひこの点で我々日本の責務としてこれをこれからますます強化していくようにしていただきたいと思います。
 それから、時間がありませんので、最後の国際政治、安全保障、これは同時に私自身も素人の分野ですから、ここに書いてあることだけを一言で説明いたしますと、そういう二十一世紀初頭に向けた世界の変化の基本的方向を考えた場合に日本としてはどういう責務があるかというと、私は何といっても日本は核攻撃を受けた世界の唯一の国でございます。そういう意味で、私たちは世界全体の非核化ということを積極的に進めていくべきだと思います。これは非現実的なことだと言われる方もいると思います。しかし、どんなに非現実的であったとしても、私たちは自分たちの良心に従い、一人一人の良心に従い、世界全体の非核化ということを積極的にこれから言うべきであると思います。もちろん、核拡散防止条約についてもいろいろ難点がありますので、これを改善していくということも重要ではないかと思います。
 それから、地域的な安全保障の面においてもアジアにおける確立がこれからだんだん叫ばれると思います。きょうのインドシナフォーラムでも一部のアジアの方々からそういう御意見がありましたけれども、そういうような地域的安全保障について日本が少なくともアジアにおいてはより積極的な役割を果たすことが要請されていると言ってよろしいと思います。
 そして最後に、国連の安全保障機能の強化において日本がもっともっと積極的な役割を果たすべきだと思います。これは単にPKOの面で日本がこれからあるべき姿を追いかけていくというだけではなくて、国連の安全保障理事会そのものも含めて、我々がより新しい二十一世紀に向けて日本としては世界の平和の確立のためにどういう安全保障機能を強化したらよろしいかということを考えるべきだと思います。しかし、時間もありませんし、また私自身これについても素人でございますので、きょうはここで終わらせていただきたいと思います。
 どうもありがとうございました。
#4
○会長(沢田一精君) 大変ありがとうございました。
 この際、中江参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 年末、お忙しい日程にもかかわりませず本調査会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして忌憚のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 お座りになったままで結構でございます。中江参考人にそれでは御意見をお述べいただきたいと存じます。
#5
○参考人(中江要介君) 中江でございます。
 私は、経歴のところにもありますように、学者でも専門家でも評論家でもありませんで、四十年間外務省の仕事を手伝わせていただいて退官しておるということなものですから、おのずから話の仕方あるいは物の見方というものが一般にマスメディアで出てくるようなものと趣を異にすると思うんですけれども、そういうつもりでお聞きいただいて、何らかの参考にしていただければ幸いだと思っております。
 私の話のレジュメといいますか、項目はお配りされております冊子の中にも挟まれておりますけれども、アジアを中心にして二十一世紀に向けた日本の責務をどう考えるかという大きなテーマでございますが、今のアジアをどう見るかということがやっぱり前提だと思います。
 一般に冷戦の終結、冷戦が終わったと言われておりますけれども、これは主としてヨーロッパでの話であって、アジアはヨーロッパで言う一九八九年の米ソ首脳会談による冷戦の終結というようなものとはちょっと趣が違うんだということを最初に申し上げておきたいと思ったわけです。
 それは、中ソ一枚岩と言われて、アジアで中国とソ連が一枚岩となって自由主義、資本主義体制と対決していた時代、これは確かにアジアでもはっきりとした冷戦構造があったと思うんですけれども、それが一九六〇年代に入りまして中ソが対立し始めた。つまり、冷戦構造のいわゆる東側陣営の中で大きな対立が始まったということは、アジアにおいてはこれはもう簡単な冷戦構造ではなくなってきたということを意味しているように私は思うんです。ですから、アジアにおける冷戦構造がつい最近まで続いて、それが終わったという見方はちょっと大ざっぱ過ぎるので、アジアにおいては中ソ一枚岩から中ソ対立になったあの時点がやはり大きな変化であったと思うんです。
 それであればあるほど、その中ソ対立が一九八九年のゴルバチョフの訪中、つまりゴルバチョフとケ小平とが握手をしたあの時点で中ソ対立から中ソ和解に向かった、これがアジアにおいては二つ目の大きな出来事であったというふうに私はとらえるべきではないかと思います。
 そういたしまして、その後、ソ連が崩壊いたしましたことは御承知のとおりでありまして、やはりアメリカの対中国政策、その中には日本に対する政策、韓国に対する政策、すべてあるわけですけれども、もともとはやはりアジアにおける共産主義の侵略に備えるという反共戦略というのがダレス外交時代からずっとあったと思うんです。
 その視点でとらえますと、中ソが一枚岩であったときは中ソを両方とも敵視してこれに対抗するということだったと思うんですが、中ソ一枚岩が終わって、中ソが対立しますと、そうするとアメリカの敵対陣営が二つに対立した。どちらに対抗するかということは、これは言うまでもなくソ連に対抗する。つまり、米ソという冷戦が残るわけで、そうしますとソ連と対立した中国というのはむしろアメリカの味方にしてソ連と対抗するのがいいんだ、これがニクソン訪中以降のアメリカの新しい外交政策だったと思うんですが、日本の対中正常化もその流れの上で実現できたものだ、私は個人的にはそう思っております。
 そういうことで、アジアにおいて中ソの対立が終わってソ連が崩壊した。そうすると、もうアジアには中国だけが残って、ソ連というのはなくなった。アメリカにしてみれば、ソ連に対抗するために中国と手を結ぶという戦略はもう必要がなくなった。したがって、日本との関係も今までのように米ソ対立、あるいはソ連に対抗するための日米関係というようなものはだんだん薄れてくるのは当然のことだと思うんです。
 そうかといって、冷戦時代のものがすべてなくなるかというと、そうではなくて、ここにちょっと書いておりますが、やはり後遺症というのは残っている。第二次大戦が終わりましたときにアメリカとソ連を大将とする二つの陣営に分かれて、その二大陣営の対立の犠牲になった四つの地域があったと私は思うんです。それは、ドイツにおける東西対立、ベトナムにおける南北対立、朝鮮半島における南北対立、中国にかかわる中国と台湾の対立、こういうふうに同一民族あるいは同一国家の中で相対立するような、分裂国家とか言われておりましたけれども、そういうものが地球上に残ってきた。これはやはり冷戦の後遺症というか、冷戦の結果生まれた不自然な状態だったと思うんです。
 それが東西ドイツからだんだんほぐれて、南北ベトナムは北による南の併合ということで終わって、残っているのは朝鮮半島、中国大陸と台湾の関係、つまり第二次大戦後の冷戦の残した不正常な地域が二つとも日本のすぐ近くでまだ残っているということは、これは日本にとって非常に不幸なことといいますか、問題を投げかけていると思うんです。ですから、冷戦が終わったから何でも和解、話し合い、協調というようなことには相ならない。最もそういうことに相ならない地域が日本のすぐ隣国、隣接地域にあるということは、これは日本の将来の外交なり責務を考える上で見逃してはならない点だと私は思っております。
 そこで、いわゆるヨーロッパの冷戦の終えんがやはり世界全体にはかなりの影響を及ぼしまして、もうアメリカとソ連が核兵器でもって対立するという危険性はなくなったのだから、したがって米ソ両超大国による抑止力というものももうなくなる。つまり、ソ連はもう崩壊したわけです。あとはアメリカだけになりました。そういうことになると、これからはやはり対話と協調の時代だというようなことが一般によく言われたんですけれども、私はそれは間違っているように思っておりましたし、今も思っているんです。
 というのは、そういうものがなくなった後にはっきりした立派な国際社会の秩序が生まれているのであればそういうことは可能かもしれませんけれども、そうではなくて、むしろ今までのような大きな枠組みに拘束されないで自由に行動できるんだというような風潮が世界にかえって蔓延し始めているのではないか、そう思うんです。それの最も象徴的な、典型的なものが湾岸戦争ではなかったかと思います。
 イラクのサダム・フセインがクウェートをやっつけた。これも東西冷戦時代ではなかなかやれないことであったけれども、それを断固として力に訴えてやった。これに対して国連安保理はすぐに行動することができなくて、結局アメリカの力によって世界の警察官ということで今度はイラクを押さえつけた。この湾岸戦争の状況を世界じゅうにテレビで報道されたのを見た多くの国は、結局世の中は強くなきゃだめなんだ、イラクはクウェートより強かったけれども、アメリカはイラクよりも強いために結局アメリカにやられておるというふうに、力の強い者が正義なんだというような間違った考え方というのが何となく蔓延し始めたのではないか、私はそういうふうに恐れるんです。
 その証拠に、お隣の中国でもそうですけれども、軍事力の強化というものの必要性を今まで以上に感じ、しかもその軍事力の強化というのは単なる軍隊の兵隊の数をふやすとか軍艦の数をふやすとかということではなくて、むしろハイテクを活用して技術的によりすぐれた兵器を持たなければだめだと。これは湾岸戦争のときに、アメリカの兵器とイラクがソ連とかフランスとか中国などから手に入れていた兵器とが比べられて、やはりこれからの戦争はハイテクの兵器でなきゃだめだというようなことを気づかせたというようなことも一つの例だと思うんですが、一口で言いまして冷戦後の世界は対話と協調ではなくて弱肉強食の世の中になってきているということを見逃してはならない、私はそう思っております。
 そこで、弱肉強食の世の中で戦争のようなむだなことが起きないようにするためにはどうすればいいかというと、やはり国と国との関係を律するような、つまり国家レベルを超えた一つの新しい秩序というものが生まれればいいんですけれども、それがどこからも提案されない。これは私の個人的な見解ですけれども、第二次大戦の終わらんとするときに既に国際連合機構というものを考えていた当時の世界の指導者に比べて、冷戦が終わろうとしているときに冷戦後の世界の秩序を考えなかった今の世界の指導者の不勉強、怠慢というふうにさえ思うんです。
 それでは、世界で何か秩序はないかというと、そこで四十何年も前につくられた国際連合というものを引っ張り出して、国連中心主義だとか国連を新しい秩序の中心に据えようというような議論が出るんですけれども、これは後で触れると思いますが、決して決してそのまま使えるような品物でないということはもう周知の事実だと思うんです。それにもかかわらず、無批判に国連中心主義というようなことを言い出したのは、これはやはり国際社会の現状をよく見ていない議論ではないかとかねがね思っておりました。
 そこで、それじゃ国連では間に合わない、新しい秩序はどういうものであるべきかということは、これはおくればせでも、今直面している、今この世界の平和と安全に責任を持っている国の一番考えなきゃならない問題なのに余り考えられていない問題だ、そういうふうに思うんです。その新しい秩序の中にどういうものを中心に据えていけばいいかということに関連して、一つの示唆を与えるものとして日中共同声明あるいは日中平和友好条約があると。
 日本と中国が国交を正常化し、かつその後、平和友好条約を締結したときの状況を考えますと、これは今のような冷戦後ではないんです。冷戦たけなわなんです。つまり、世界が二つの陣営に分かれていた時代、その時代に自由主義陣営に属していた日本と社会主義陣営に属していた中国とが国交を正常化し、平和友好条約という条約をつくって子々孫々の友好協力を約束したんです。これは世界じゅうどこを探しても、イデオロギー、体制の違う国同士で子々孫々の友好を約束したという条約はほかにはないんです。ですから、私は、日中正常化、日中平和友好条約というものは冷戦時代に結ばれたものであればこそその重要性というものは再認識されなければならない、こういうふうに今は思っております。
 そのどこが重要かというと、その中に二つの大きな柱があったと思うんです。というのは、その二つの柱が今の冷戦後の、つまり弱肉強食の世の中になった今こそ光り輝いていいんではないか、こう思うからそう申し上げるわけですが、その一つは、体制の違いにこだわらないと。これは日中正常化のときの共同声明の前文の第六項にあったと思いますが、日本と中国は社会体制を異にしている、社会体制の相違があるにもかかわらず平和友好関係を樹立すべきであるし、樹立することができる、こう書いてあるんです。つまり、社会体制の違いを認めた上で、なおかつ平和友好関係を結ばなきゃならないし、それは可能なんだということをうたった上で国交を正常化したわけです。
 ですから、そのことの意味することは、体制が違うからだめだ、友好関係は結べない、おまえの体制が自分の体制の方に近づくんなら経済協力もやるし、いろいろ友好関係を結ぶけれども、体制が違ううちはだめだというような議論が、冷戦終結後、割合気安く口にされておりますが、それは果たして新しい秩序の中心に据える考え方であり得るかという点に私は疑問を持つんです。体制が違っても、つまりどういうイデオロギーに立つか、どういう社会・政治・経済体制を持つかというのはそれぞれの民族なり国が自分で決める問題です。その決めたものをそれとして認めた上で、それが自分のそれとは違っていても、なおかつそれを乗り越えて平和友好関係を結ぼうというのが日中正常化の大きな柱の一つであったし、この日中の考え方というものはその後二十一年来守られてきたわけです。
 今でこそ、冷戦が崩壊したということで日本も中国もアメリカもロシアもみんな同じなんだというふうに思いがちですけれども、冷戦の終わるまでの間はやはり体制が違ったんです。その体制が違った中で、日本と中国は世界に対して、体制が違っても友好協力関係は維持できるし発展させることができるということを証明したと思います。このことは日本と中国が誇りを持っていいことではないか。逆に言えば、これからの新しい秩序を考えるときに体制をあげつらうということが果たしてどれだけの意味があるかということにもなろうかと思います。
 もう一つの柱は反覇権主義です。これはもう一般によく知られておりますように、日中平和友好条約を締結いたしました一九七八年当時は、この反覇権主義というのは中国にとっては反ソ条項だと、ソ連に対する反対ということにとられていたんです。それは、そのときの政治情勢からそういうふうにとられていたのであって、中にあるものは、基本になっているのは、力によって自分の意思を押しつけるというような覇権主義的な考え方あるいは覇権主義的な政策というものは日本も中国も反対するんだというのが反覇権条項だったと思います。そのことはこれからの新しい世界に秩序を求めるときにやはり忘れてはならない、それを重要な原則としてわきまえていくべきものではないか、私はそういうふうに思っております。
 さてそこで、そういうふうなアジア情勢の中で日本がそれじゃ新しい秩序を、今言ったような原則を初めとして考えて、そしてよく勉強して、アジアに対してあるいは世界に対して冷戦後の世界はこういう秩序でいこうということを仮に打ち出したとして、多くの国の賛成、支援、協力が得られるだろうかという問題なんです。その点について、このレジュメの「日本の責務」の(1)のところの「「アジアの中の日本」と言えるか」というこの問題は、今、日本が真剣に考えなきゃならない問題ではないかと思います。
 それはどういうことかといいますと、私の乏しい体験、経験からしましても、日本はどうもアジアにおいて愛されていない、友達がいない。確かに、金はためたし、経済技術協力はやっているし、いろいろ活動はしている。しかし、日本という国はアジアで本当に頼りになる国だ、我々が手をつないで日本を支援して、そしてアジアの新しい秩序づくりに励もう、そういうような雰囲気がアジアにあるかというと、どうも私はそれが乏しいように思うんです。
 なぜかということについては、これはシンガポールのリー・クアンユー元首相とか西ドイツのシュミット元首相が言っておりますように、これはもう数年来、事あるごとに彼らが言っていることですが、やはり日本は戦争責任の問題をアジアの被害国に対してはっきりさせていないために、そのためにドイツと違って日本はまだその点で疑われていると。つまり、心から信頼されるようなパートナーとみなされていないという指摘があるわけです。
 これはいろいろ問題のあるところですけれども、私は、この戦争責任の問題というのは、これはなぜそうなったかということについてはそれなりの理由があったと思うんです。一番大きな理由はやはり冷戦下であったと。つまり、日本がアジアとの関係を戦争が終わってから修復して、アジアで復興、開発を目標としたその時代というのは冷戦時代であって、日本はアメリカを柱とする西側陣営の一員として経済発展を遂げていく、そのことが東側陣営に対する一つの戦力になるという発想がアメリカにあったことは間違いないところですから、それに沿って日本の復興に専念した。これは見事に復興に成功したんですけれども、そのことに一生懸命に没頭した余り、戦争について十分な責任を明らかにすることなく被害者であった国にどんどん日本の経済力が出ていった。そこで、善意が必ずしも善意のままには受けとめられなかったという不幸な事態があったと思うんです。
 ですから、これは冷戦が終わった今、翻って考えてみて最も典型的なのは、やはり中国に対してただの一銭も一円も賠償を払わないで国交正常化ができたということは、いかにも世にも不思議なことではなかったかということをやはり日本人は挙げて考え直す必要があるんじゃないかと思うんです。それはそれなりに理由があったと、それはもちろんそのとおりだと思うんです。日本が戦争をしたのにもそれなりの理由があったし、負けたのにもそれなりの理由があった。負けた国が賠償を放棄したのにもそれなりの理由があった。だから、もうそれでいいんだ、全部おしまいだといって済ませていいものかどうかとなりますと、これは民族とか国とか国民の倫理観、モラルの問題であって、条約で放棄したからもういいんだという法理論だけでは済まない問題があると思うんです。そういう点を慎重に考えなければ、アジアの中の日本といって大手を振って歩けるかという問題が私は多少気にかかるところだと思っているわけです。
   〔会長退席、理事大島慶久君着席〕
 それと同じような問題ですけれども、日米関係も先ほど申し上げましたように、アメリカの反共長期戦略の中で日米関係というものが処理されて、そして日本は強力なる反共のとりでとして極東の地域で経済力を備えて発展してきた。これは事実なんで、これは否定のできない問題だと思うんです。今、その反共化あるいは容共化というような問題から離れて、冷戦が終わった社会ではやはり日米関係というものを新しい国際社会からもう一度見直す必要があるんじゃないか。
 非常に極端なことを言いますと、アメリカは今までソ連と対抗するために中国と仲よくしなければならなかったし、もっとさかのぼれば中国やソ連に対抗するために戦後の日本を自由陣営の一員として強力に支援してきたということがあったわけです。ところが、中ソと対抗する必要もない、いわんやソ連と対抗しようにもソ連が崩壊してしまった。そういう中で、アメリカは一体日本をどういうふうな位置づけから引き続き日米安保を中心とする日米協力を必要としてくるのだろうかという点は、これは相当慎重に考えなきゃならない問題だと思います。
 そういう中で、今、日本に一番欠けているものは、今申し上げましたようなアジアの中の日本と言えない面を早く修復して、本当にアジアの中の日本になるために何が求められているかというと、これは非常に迂遠なように見えるかもしれませんけれども、私は教育の問題が一番大事だというふうに認識しております。
   〔理事大島慶久君退席、会長着席〕
 何百億ドルの援助をやるとかあるいは人道援助を早速やるとか、そういうこと自身はそれなりの効果はあるんです。しかし、長い目で見て、アジアであれだけの損害を与えた加害国である日本が、被害国の中でこれから協調して自分の道を歩もうという以上は、やはり被害国との関係を正しく打ち立てるというか修復するというか、その必要があると思います。そのときに求められているものは、先ほど申し上げましたような戦争責任に対するはっきりした態度なんですが、その前提となる戦争が何で起きてどうであったのか、その結果どんな被害があったのかというような事実そのものについてすら、戦後の教育ではだんだん風化というよりもむしろあえて目を背けるような傾向があったために若い世代の中にそれが十分認識されていない、これは非常に私は重要な欠陥だと思います。
 それからもう一つは、金持ちになったためにかえって心が貧しくなる、そういう面があらわれてきてやしないか。それがアジアにおける日本の立場をむしろ難しくしている面があるのではないかということです。ここに書きましたように、嫌われる金持ちよりも愛される貧乏人の方が社会ではいざというときには多くの人の同情と理解を得ることができるということをやはり考える必要があると思います。
 そういうちょっと違った側面から見たアジアの現状とアジアの中での日本の立場を申し上げましたが、それに関連して具体的なことをやはり申し上げた方がいいかと思いまして、一九九五年のこととして三つの点を挙げております。
 一九九五年というのは再来年でございますけれども、御承知のとおり、これは日本が戦争に負けて五十年。この五十年という節目はそういつも来るわけじゃなくて、五十年目にしか来ないわけで、この敗戦五十年という年に今までの教育で足りなかった点、日本人の認識でだんだん薄れていく点をもう一度ここで考え直す、再認識する。そういうことを政治の世界で考えていただくのがいいんじゃないかというのがこの趣旨であります。
 御承知の方もおられると思いますが、北京郊外の盧溝橋のたもとに抗日戦争記念館というのがあります。ごらんになった方はおわかりのとおり、日本の軍国主義がいかに中国をじゅうりんし中国の人民に損害を与えたかという、写真から新聞記事から証拠品から、もう所狭しといっぱいに並べられております。それを見て、これでもかこれでもかと、日本というのは悪いことをしたんだということを訴えた最後に、日中正常化のときの田中首相訪中の大きな写真などを掲げて、そしてそういう日本ではあったけれども、これからは子々孫々友好関係を築くんだ、過ぎたことを忘れずに将来の戒めにしようという字が大きく掲げられているわけです。ちなみに、その盧溝橋記念館の横に日本国憲法第九条が仰々しく掲げられてあって、戦後の日本はもう戦争をしない日本になったんだということも訴えているわけです。この記念館には小学生、中学生、高校生も毎日のようにたくさん、修学旅行というんですか、見学に来ているわけです。若い世代にいかに日本軍国主義に自分たちは辱めを受けたかということを訴えると同時に、訴えるだけでなくて、そういうことはあったけれども、これを将来の戒めにして日本と中国は子々孫々友好関係を築くんだということを最後に訴えている。そういう記念館で、私はこの記念館を見たときに非常に感銘を受けたんです。
 翻って我が日本では、学校の教育でもその点がだんだんおろそかになっている。修学旅行の学生はそういうものの手がかりは一体どこにあるかというと、今のところは広島の原爆記念館くらいしかない。つまり、被害者であったものについてはいっぱいいろいろ準備して次の世代に訴えているけれども、加害者であった部分についてはほとんど何もない。それがやはり問題ではないかという問題意識から、これは全く勝手なあれですけれども、太平洋戦争記念館というようなものをそれこそ国を挙げて建設することを考えてはどうだろうか。
 それと並行して、これは国会の諸先生方のお決めになることですけれども、今、国会決議はいろいろ物議を醸しておりますが、国会決議としてあの戦争の戦争責任についてのはっきりした、こんなものを一党一派でなさるようなことはちっとも効果がない、やるんなら超党派で全会一致で戦争の締めくくりをやるというような国会決議を一九九五年を目指して御準備になるというようなことも私は必要じゃないかと思います。
 第二番目は、一九九五年というのは国連が生まれて五十年です。国連の問題はたくさんあります。これは後でまた御質疑の時間があればそこで補足いたしますが、安全保障理事会の制度、また特に五常任理事国、P5と言っておりますけれども、大体こんな五十年も昔のものをそのまま後生大事に特権的な地位を認めて、そんな安全保障理事会に協力して何ができるんだろうかというような疑問を日本はもっと持たなきゃいけないんじゃないかと思うんです。
 ところが、五常任理事国の拒否権を持っている五つのうちで、例えばソ連なんというのはもう崩壊したわけです。中国というのも当時は中華民国だったのが今は中華人民共和国になっておりますけれども、中華人民共和国はもう自国の経済改革・開放に専念しているわけです。フランスやイギリスはEC統合しなければ日本やアメリカと対抗できないと思い始めている。アメリカは軍事力こそまだ唯一の軍事大国ですけれども、経済的にあるいは社会的にもエイズの問題、麻薬の問題、人種の問題、もういろんな問題を抱えております。そういう国がどうして一九四五年当時と同じように特権的な地位を持ったままで、一番大事な安全保障理事会の核心部分について発言権を持ち続けているのだろうかということに素朴な疑問を持つべきではないかと私は思っております。
 この安全保障理事会の問題に限らず、国際連合ができたときからもう五十年たって、環境の問題とかエネルギーの問題とか人口がふえる問題だとか、あるいは民族、宗教紛争の問題だとか、いろんな新しい問題が出てきておりますが、そういうものは一九四五年に国連が創設された当時はそれほど真剣に対応が考えられていなかった。そうしてみると、国連をもし唯一のこれからの国際新秩序の中心に置くのであれば、その国連が新しい事態に対応できるようなものになってからというよりも、むしろそういう国連にする努力をすることの方が単に安全保障理事会の常任理事国のメンバーになるかならないかというような問題よりも重要な問題じゃないかというのが私の個人的な考え方です。
 それからもう一つ、一九九五年はNPT条約、核拡散防止条約の延長の問題が議題になる年でもあるのです。これが無期限に無条件、単純延長でいいのかどうか。基本的にあれば差別条約であることは明らかなわけです。ですから、北朝鮮の核疑惑といってNPTを持ち出して北朝鮮を非難するだけで足りるのかということは、やはり理屈の問題として社会、公平、正義の問題としても私は問題があるように思うんです。
 そこで、北朝鮮の核疑惑の問題に関連して、この一番最後の「脅威と外交」というのは、これはもうある意味では蛇足かもしれないんですけれども、外交というのはやっぱり自分の国を守るためにあるわけです。そうすると、自分の国にとって脅威であるものに対して対抗措置を考える、あるいはこれに負けないためにどういうことをしようかというのも一つの脅威に対する対抗の仕方ですけれども、もう一つはやはり脅威をなくするんだと。相手の国が日本にとって脅威だというときに、その相手の国が日本にとって脅威でなくなればいいわけで、相手の国の軍事力が十が十五になったから我が方も十を十五にしようというようなのではなくて、十が十五になろうが二十になろうが、その国が日本を敵視しないのであれば脅威でなくなる。
 早い話が、冷戦時代はアメリカが強くなればなるほど日本は安心したわけです。脅威ではなかったわけです。同じ核戦力を持っていても、ソ連の核は脅威でアメリカの核は脅威でないというのはなぜであったか。それはやはり日米安保条約があって、アメリカは日本のほとんど軍事同盟国のような地位にあったから、だから安心ができたんです。ソ連はそのアメリカが敵視しているから、ついでに日本も逆に敵視されているんじゃないかというところから、ソ連の核は脅威でアメリカの核は脅威でない、こういうことになったんじゃないかと私は思うんです。
 そうすると、今度はアジアでも中国はもう早くから核兵器国なんです。ところが、中国の核兵器は脅威であるということは余り聞かないんです。ところが、北朝鮮になりますと、まだ核兵器を持っているか持っていないかわからない、疑惑があるというだけで脅威だ脅威だというのは、これはどこか考えに飛躍したものがありはしないか。つまり、核兵器があるかないかということが脅威であるかどうかということと結びつくのではなくて、その国が日本を敵視するのかしないのかということが脅威であるかどうかの基準であるとするならば、日本を敵視する国を減らし、あるいはある国を日本を敵視するようなところに追い込んでいくようなことをしない、そういうのがやはり脅威に対する外交のあり方じゃないかというようなことをちょっと言いたくて最後のところにつけ加えました。
 時間をオーバーしたかもしれません。恐縮です。
 御静聴ありがとうございました。
#6
○会長(沢田一精君) どうもありがとうございました。
 以上で両参考人からの御意見の聴取は終わりました。
 これより質疑を行います。
 本日は、あらかじめ質疑者等を定めないで、委員各位には懇談形式で自由に質疑応答を行っていただきます。質疑を希望されます方は挙手を願い、会長の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
 なお、質疑及び答弁とも御発言は御着席のままで結構でございます。
 それでは、質疑のあります方は私から指名させていただきますので、何とぞ挙手をお願いいたします。
#7
○永野茂門君 両先生、大変に御示唆に富むお話を承りまして大変ありがとうございました。両先生に一問ずつ質問をしたいと思います。
 まず、廣野先生の方に伺いますが、お伺いしていてちょっとどちらかなとわからなかったので特にお伺いしたいんですけれども、最近、例えば新生党の小沢さんの著書によると日本は普通の国を目指すのが正当であろう、こういう論を展開しておられることは御承知のとおりであります。同時に、例えば外務省の斉藤次官はハンディキャップ国であるべきだと、当分の間の話でありますけれども、そのような所論を言っております。そしてまた、これはまだ著書が出ていないのでそんなにはっきりわかりませんけれども、自民党の橋本龍太郎先生のように、等身大の責務を果たし役割を分担すべきである、そういうことを言っておられる方がおられます。
 いずれにしろ、ハンディキャップ国家論というのは、中江大使がおっしゃいました戦争責任問題とも関連がありますし、そしてまた憲法による特殊なといいますか日本国憲法の特質に基づく制約といいますか、あるいは抑制といいますか、そういう問題があるところからハンディキャップ国家論というのは出てきておると思います。
 私は、戦争責任問題、確かにおっしゃったとおりであって、これは解決すべきことであると思いますが、それを解決した後において日本が国際的に非常に特殊な立場をとるということは、ちょうど大東亜戦争に向かって走ったときの日本の正義に関する特殊な考え方、これと通ずるものがあるんであって、やはり私は世界の普通の考え方に基づく普通の国としての責任を果たしていく、それは恐らく等身大であろうと私は思います。そういうように考える一人でありますけれども、廣野先生はどういうようにお考えになっておられますか、伺いたいと思います。
 それから、中江大使に、私は大使には中国でお世話になりましたけれども、新秩序の問題で、大使がおっしゃいました体制の違いをあげつらわない、あるいは反覇権主義、これは極めて重要なことであると思います。これは秩序をつくり上げるための基本的なといいますか基礎的な理念の問題であって、秩序そのものではない、あるいは秩序を維持するためのシステムについては特に触れられていない、こう思うのであります。
 私は、やはり何らかの、例えば国連のようなシステムがなければ、つまり各国の特に安全保障に関する利害を調整したり紛争を防止したり、あるいは今大使がおっしゃいました環境問題でありますとか人口問題でありますとか、エネルギー問題でありますとか、こういうものはやはり調整し、時には強制することによって秩序を保たなきゃいけない。より安定した世界で持続的な発展が継続できるように何らかの調整しながら、あるいは強制しながらやる機関がなきゃいけない。そして、今考えられるのは、確かに国連は極めて不十分な組織であって大改革をしなきゃいけないということはそのとおりであると思いますけれども、今のところ国連以外に特に有効な組織も考えられませんので、国連の強化といいますか正常化といいますか、改革をしっかりやる。特に、P5なんかの専横を許さない、そういうことは極めて大事なことじゃないか、こう思いますけれども、大使はどうお考えですか。
 この一つずつをお伺いしたいと思います。
#8
○参考人(廣野良吉君) いわゆる普通国家とか、あるいは等身大国家ということが一体何を意味するのかということで、実は私自身もその言葉自身がよくわからない。
 例えば、世界のGNPの一四%を占める国というのは普通国家なのかそれとも経済大国なのか。あるいは世界のGNPの一四%を占める国が政治的に何か振る舞ったときに、それは普通国家なのかそれともそうでないのか。だから、これはもう言葉の問題です。両方とも意味のない言葉だと思います。そういう意味のない言葉を使うのは私は逃げていると思います。私は、日本人の非常に悪い点は、何でも物が難しくなると逃げるというのが一つの特異な点だと思います。
 一九六〇年代を私は思い出すんですが、ちょうど私はアメリカから帰ってまいりまして、早速日本の大学で教え始めたんですけれども、当時の日本の新聞が日本は中進国であると。日本は中進国だから今世界から、特にあの当時はケネディ・ラウンドということで、ケネディがアメリカの大統領になりまして、貿易の自由化を促進しようということで関税の一括五〇%引き下げということを彼は提唱したわけです。そのときに日本は、待てよ、我々は中進国なんだから特別扱いを受けるべきである、先進国のアメリカとかヨーロッパ諸国が関税を引き下げるのは当たり前である、だが、私たちは中進国なんだから関税を引き下げるのは待ってくれ、こういうことを日本は言ったわけです。これは本当に日本のあらゆる新聞がそういう論調をしておりました。
 私は貿易自由化賛成論者ですから、当然そういうことに対して反発をいたしました。何をもって中進国というのかということも非常に私は疑問がありまして、当然日本はガットの一加盟国として、そして当時もう既に日本は一九六四年にOECDに加盟しました。OECDに加盟したというのは、日本は先進国の一つとしてこれから行動するということの意思表示を日本がしたと思います。もちろん、日本政府がしたのであって、日本国民がしたのじゃないと言えばそれまでですが、ただ日本政府がしたのはやっぱり一応日本国民がしたと考えていいのではないかと思うんです。
 そうであるときに、OECDに加盟しながら、一方ではまだ我々は中進国だから貿易の自由化、関税の引き下げはとんでもない、そういう非常に御都合主義的な自分の利益だけを考えた言い方、これと等身大国とか普通国家というのはつながってくるのじゃないかと思います。私は、そういう普通国家とか等身大国なんという御都合主義的な言葉は、中進国と同じように使うとかえっていろんな意味での誤解を生ずるのじゃないかと思います。ですから、私自身はそういうとらえ方をしない方がいいと思います。
 特に、最近は、きのう、きょうとインドシナフォーラムがあったわけですが、あそこに出ていた世界のいろいろな先進国の国々の代表あるいはまたアジアを中心としたインドシナ三国、並びにASEANめ国々、中国、そういう国々のいろんな人たちと話をし、また彼らの公の行動、言っている事柄、こういうことを見ますと、彼らは日本に対して物すごく期待しているわけです。その期待にこたえるときに、いや、我々は普通国家だから期待にこたえられないとか、あるいは我々は等身大国として期待にはこたえられませんというのは言いわけになるんです。
 だから、私は、そうじゃなくてやっぱり彼らの期待に最大限こたえると。もちろん、こたえるときに私たちは理念を持ち、はっきりと原則を持ってこたえなくちゃいけないと思います。そういう理念を持ち、原則を持つことが重要であって、普通国家とか等身大国家というわけのわからないような言葉を使ってやるというのは私はまた逃げているなという印象を外国に与えると思います。あるいは外国の方々に与えると思います。私は日本人ですけれども、私もそれは逃げていると思います。
 そういう言葉を使わずに、ちゃんと普通の言葉でいいわけです。すなわち、日本の置かれた世界経済における立場あるいは日本が置かれた世界の政治における立場、そういうものをはっきりと、もっと原理原則、理念ということでもってこたえるべきであって、単なる普通国家とかあるいは等身大国家という言い方ではもちろんいけないと思います。
 ただし、もちろん私自身は、この言っている方々自身がどういう意味で言っているのかについては、大変残念ですけれどもしっかりと読んでおりませんので、その方々を非難するつもりはありません。ただ一般論としてそう言っているだけです。
#9
○永野茂門君 ちょっとつけ加えておきますけれども、普通の国家という言葉を使っている場合に、まさに普通であってほしいということなんで、今おっしゃったような日本がいろいろと理屈をつけて逃げ回るという理由には使っちゃいけない、そういうことをやっちゃいけないという普通の国家であるということを言っているということをちょっとつけ加えておきます。
#10
○参考人(中江要介君) 今、永野先生からの御質問の新しい秩序を考えるときに体制をあげつらわないとか反覇権を貫くとかいうのは、そういう秩序をつくるときの、あるいは秩序を組み立てる上での一つの理念ではあっても、秩序そのもののシステムはどうするんだという点がわからないじゃないかという御指摘はそのとおりなんです。私自身もそこはわからないんです。非常に難しくて、いいかげんなことを言うのは易しいですけれども、言う以上はやはりちゃんとした考えがあってからでないと言うべきでないと思っております。それじゃどうするんだと言われたら、これはやっぱり衆知を集めてみんなで勉強して考えなきゃいかぬ問題だと思うんです。
 一人や二人が言って、それがいい、そうだそうだというようなそんな単純なものではなくて、例えば日本という国はほかの国と違って軍事力を持たない、軍事力を背景とするような外交はしない、そして多くの国とつき合うことによってしか日本の安定と繁栄は維持できないんだということを前提としてみんなが認めるならば、そういう社会をつくるために日本は努力しなきゃいけないので、そういう社会になるのを待っているだけではだめなんだと思うんです。
 そう思う人、そう言う人が集まって、じゃ、どういう社会にすれば軍事力ではなくて多くの国と友好的に共存して安定と繁栄が確保できるだろうかということを考える研究グループというんですか、何かそういうものをつくる。それには何も日本人に限らない、アジアの人はもちろんですけれども、世界からそういうことに詳しい、勉強している実務家も研究家も学者も集めて、一週間や二週間のシンポジウムなんて簡単なものでなくて、じっくり一年かかっても二年かかっても、ここで五年かかっても将来の五十年六十年が保障されるのであれば、急いで一年でつくって五年目に破壊されるようなものではない、そういうものをつくることに日本が積極的に乗り出す。これはもう理想で、そんなことできるものかとお思いになるかもしれませんけれども、その一部始終が新聞に漏れて、どこの国がこんなことを言ったからけしからぬとか、そういうことでなくて、雑音をできるだけ排除したところで静かに次の秩序を考えると。そのときに、私が申し上げましたような二つの理念というか原則というのは、これはみんなで合意できる範囲ではないかと私は思うんです。
 第二次大戦が終わるに先立って国際連合機構というのを考えだというのは、これは相当やはり真剣によく考えられたものではあって、その後何十年かは国際秩序を維持したことになっていますけれども、本当のことを言うと、もうふたをあけた途端に冷戦構造によって国連は麻痺したに等しいと私は思うんです。米ソの対立を持ち込んで、そして米ソ両方に拒否権を持たせるような機構がうまく働くはずがなかったわけです。だから、そういう過ちを繰り返さないために、冷戦後の新しい秩序というのは、日本のように野心のない、本当に野心があってほしくないんですけれども、そういう日本などがイニシアチブをとって、そしてまじめな勉強をしていけばいいんじゃないか。
 そうは言っても、ほかに何があるか、今から新しいものをつくるのも大変だ、とりあえずのところやっぱり国連が手っ取り早いじゃないかという考えがあることは今先生も御指摘のとおりなんです。
 国連は今のままではだめなので改革しなきゃならない。ですから、日本が国連中心主義を言うのであれば、こういうふうに改革した国連に協力し、その中で日本は応分の貢献をしていくんだという、こういうふうに改革しというところが前にないままで国連中心主義を言っているのがおかしいと。
 そして、国連というのは、今ガリ事務総長が言っているように、「平和への課題」とか、いろいろなものを提案して国連をよくしようという努力が行われているんだから、その結果を待てばいいじゃないかというのは私の最も忌むべき態度だと思うんです。そんなものは国連中心主義じゃないんです。国連あなた任せ主義なんです。国連中心主義であるならば、日本は国連のメンバーなんですから、そんなことを言わずに堂々と国連の中で改革を唱え、国連の活性化のためにいろんな提案をして、日本が中心になって研究グループをつくってやるぐらいのことをやって初めて国連中心主義と言えるんじゃないかというのが私の考え方なんです。
#11
○永野茂門君 ありがとうございました。
#12
○中西珠子君 本日は、廣野参考人、また中江参考人、お忙しい中を本当にありがとうございました。大変貴重な御意見を聞かせていただきまして、非常に学ぶところが多かったわけでございますが、まず廣野参考人に一つと、中江参考人に一つ、ちょっと最近の私の経験から感じましたことも申し上げまして御質問したいと思うのでございます。
 私は、廣野参考人がおっしゃいましたこれからの二十一世紀の日本の責務、また日本の国際貢献というものは、軍事力で貢献するよりむしろ経済力で貢献するべきであるというのに全面的に賛成でございます。
 日本の貢献の中で、民間企業の国際協力に対する政府の側面的な援助というものも絶対必要でございますが、政府が政府みずからやっているODAに関しまして質的な向上というものが必要だということは各方面から言われているわけでございます。これからのODAの方向としても、今までのいわゆる経済的インフラ中心のやり方というふうなものより、廣野先生もおっしゃいましたような初等中等教育に対してもっと支援をしていくとか、これに対しては何か国内への内政干渉になるから中等教育、初等教育については援助しないというふうな考え方もかつてあったようでございますが、これもやはり変えていくべきだし、また援助の仕方というものについても、国内干渉、内政干渉というふうなことでないやり方があるんだと思うのでございます。それから、保健とか環境問題、そういったものにつきましても大いにこれから重点を置いてやっていかなくちゃならないわけでございます。
 これまで日本政府がODAとしてやってまいりました経済的インフラをつくるということによって、例えば、最近私はマニラに行ってまいりまして、OECFが融資したハイウエーをつくることによって三百人の住民が追い立てを食って、そして行き場がないと、こういうふうな話などを聞かされてきたわけでございます。経済的インフラをやることによっていわゆるトリプル・ダウン・セオリーで下の人も潤うというのはどうも本当ではないという感じが非常にするわけでございますが、この点が一つでございます。将来、どのようなODAのあり方をやっていけばいいかということをお伺いいたしたい。
 私ども一生懸命ODAを改善するために、今の与党でございますが、かつて野党でありました御連中が、共産党の方はお加わりになりませんでしたけれども、一生懸命になってODA基本法案というのをつくりまして、ことしの六月に提出したわけでございますが、なかなかこれがまた再提出というのはもう難しい状況に今なっておりますので、大いにまた考え直してやっていかなきゃならないのではないかと考えております。
 それから、中江参考人にお聞きいたしたいのは、日本の責務として、アジアの中の日本ということで戦争責任の見直しというものを日本がちゃんとやってない、またはっきりさせていないために非常に疑われている面があって、本当の友人というのはなかなかあり得ないと。
 アジア各国へ行きますと、オーストラリア、ニュージーランドという太平洋・アジア地域を考えますと、ニュージーランド、オーストラリアも含めて、殊にASEANとかそういった国々が日本に対して経済協力を求めると。もっともっと日本に指導的な役割を果たしてもらいたいとか、見返りを期待しながら自分たちも大いに協力してやっていきたいとか、いろいろなことを聞くわけでございます。そういった面があると同時に、非常に日本に対して、まだ戦争責任というものをはっきりしない日本はけしからぬ、とんでもないことを考えている、日本は戦争責任を棚上げしておいて国連の安全保障理事会の常任理事国になりたがっているとか、いろいろなことを聞くわけでございます。
 マニラでありましたのはESCAPのNGOの会議でございまして、一九九五年に国連世界婦人会議の第四回会議がございますが、その準備会議だったわけです。国連の会議であるのに、非常にNGOの参加が多かったためでしょうけれども日本の戦争責任の問題が出てまいりまして、本当に私は答弁にも窮しましたし困っちゃったわけです。
 例えば、具体的に一つ例を挙げますと従軍慰安婦の問題、そういった問題を取り上げて、日本は全然戦争責任を果たしていない、何とかこの人たちが生きているうちに個人的な補償も考えられないのか、日本政府は何しているんだというふうなことをさんざん言われまして、本当に困ったわけなんですけれども、この従軍慰安婦の問題はフィリピンだけではなくてアジア全体に広がっているものですから、本当に総攻撃を食ったわけでございます。
 このような問題は一つの問題ですけれども、そのほかに強制労働の問題とか、それから軍事郵便の貯金の支払い問題とか、いろいろあるわけでございますが、本当にこういった戦争責任の問題というのは、もうそれぞれの相手国と条約も締結してしまったし賠償もやったんだから要らないんだというふうな立場をあくまで貫いでいいものかどうか、私は大変疑問に思っておるわけでございます。日本国民として何かの救済措置をしてあげなきゃいけないのではないか。基金でも募集して少し所得保障の足しにしてあげるとか、何かしなきゃいけないのではないかと本当に思い悩むものでございますから、先生のお考え方をお聞きしたいと思うわけでございます。
 以上でございます。
#13
○参考人(廣野良吉君) 会長、先ほどの点で一言だけ付け加えてよろしゅうございますでしょうか。
#14
○会長(沢田一精君) はい。
#15
○参考人(廣野良吉君) 先ほどの永野委員からの御質問に対する私のお答えで、一つ足らない点がありましたのでちょっと付け加えさせていただきたいと思います。
 それは、先ほど普通国家とかあるいは等身大国家というような言葉が逃げに使われるのではないかという点を私強調したわけですけれども、この言葉を使って表現した両国会議員は非常に国際的な日本の責務を強くいつもおっしゃっている方ですから、本人自身はそうではないということを確信しております。その点だけ付け加えさせていただきます。
 それから、今の中西委員からの御質問でございますけれども、実は次の三点だけ申し上げたいと思います。
 まず第一点は、日本のいわゆるODAというものほかって非常に経済インフラ中心であったと。昔は本当に八〇%ぐらいが経済インフラであったと。それがだんだんと変わってまいりまして、昨年あたりでちょうど三〇%ぐらいになりました。日本のこれ二国間援助ですけれども、日本の二国間援助の中で三〇%ぐらいまで低下してきたということは、明らかに日本のODAの方向が変わってきているということの一つのあらわれである、こう言ってよろしいと思います。これが第一点です。
 それから、第二点でございますけれども、その経済インフラというようなものの性格ですが、私は、現在途上国にもいろんな途上国がありますので、途上国を十把一からげで申し上げることはできませんけれども、途上国には確かに経済インフラを必要とする国がたくさんあるわけであって、そういう途上国のニーズに従って日本が経済インフラを一生懸命進めていく限りは私はこれは非常に妥当なやり方である、こういうふうにとらえております。すなわち、こちらからの押しつけではなくして、向こうからの要請に従っての経済インフラ、また日本から見ても事前調査を通じてやはり経済インフラが重要である、そういうようなことであれば、その経済インフラを続けていくということは大変重要なことである、こう思います。
 第三点としまして、御存じのように、日本のODAが拡大する中で、特に最近はいわゆる贈与部分が拡大してきております。そういう意味で、いわゆる贈与と言われるところの無償と技術協力でございますが、これが拡大してきている。いわゆる円借というふうなものが相対的に低下してきている。そういう中において、当然、日本の無償とかあるいは技術協力が経済インフラ以外にいろんな社会的なセクター、こういうところにもだんだん向いておりますし、それから特に最近はプログラム援助という格好でもってかなり途上国の例えば国際収支を何とか解決するための緊急援助に向かったり、あるいはまた人道的な援助に向かったり、そういう形でもってやる部分と、それからいわゆる基礎教育あるいは医療とか保健とか、こういう分野に対するところの支援が拡大しているということが事実です。
 こういうようなことを考えてみますと、私は日本のODAというものはやはり長い年月の中でいろいろ試行錯誤を経ながら学んでいっているんじゃないか。だから、今後も日本のODAは、そういう意味ではいろいろなことを学びながら、相手の途上国のそれぞれの国々のニーズというものをしっかり見きわめながら、それに対して支援をしていく、こういう姿勢を今後も貫いていくということを私は信じております。
 ただし、その場合に一つだけ注意しなくていけないのは、途上国が我々は経済インフラを重要であるといったときに、その言ってくる途上国というのは政府であるわけです。G対Gという格好で、政府対政府という格好にODAはなりますので、その場合に途上国政府がいうところの例えば経済インフラ整備というものが本当に国民が必要としているところの経済インフラであるのかどうか。それは、その経済インフラの規模とか内容とか、それから経済インフラのつくられる地域、こういう点において、ある意味で内政干渉かもしれませんけれども、そういう点についてもいろいろ確かめながら、その経済インフラの要請が果たして本当にその国の国民の経済、福祉あるいはその国の産業の発展にとって役立つのかどうか、そういうことを十分に考えながらやっていく必要があると思います。
 その過程で、例えば先ほどの経済インフラのためにある人々が自分の居住地を変えざるを得ないという問題がありました。これはもちろん経済インフラのやり方によってそういうようなことが起こってまいりますし、できますれば居住地を変える必要のないやり方が一番いいわけですけれども、どうしても地理的条件その他で居住地を変えなくちゃいけない場合には、それに対するところのそれ相応の社会において適切と考えられる何らかの補償をしてやっていくということが重要ではないか、こう思います。
#16
○参考人(中江要介君) 中西委員からの御質問の戦争責任のけじめのつけ方の問題ですけれども、これはおっしゃるように大変難しい問題なんですね。
 どこが難しいかというと、一つは、どうも日本も経済大国になってから物事は金で解決できるんじゃないか、あるいは金で解決すればいいじゃないかというような風潮がもし支配的になっているとすれば、これは問題だと思うんです。それで、慰安婦の問題でも強制労働の問題でも、あるいは軍票だとか郵票の問題とか、ああいうのはもうかつて三、四十年前に一度わっと燃焼して、解決とまでいかなくとも一応わあわあ言ったことのある問題が今また再燃してきていると、慰安婦の問題はそうではありませんけれども。
 いずれにしても、そういうのが出てきたときに、それの責任を認めると補償しなきゃならない、金を払わなきゃならない。金はもう賠償がなんかで済んでいるじゃないかという、つまり日本側の一般的な受けとめ方がまず金を払ったか払わないか、払わされるんじゃないかというふうな、そういうところにすぐ結びついていくところが私は日本人の心の問題として反省すべき点ではないかと。非常に抽象的と言われるかもしれませんけれども、それが非常に大事なんじゃないかと思うんです。
 それで、例えば戦後アジアの幾つかの国と賠償協定を結んだりしていろいろ賠償を払いました。それでもう一切合財おしまいだと。この国際法上の理屈というか理論は、これはやっぱり曲げるわけにいかないと思うんです。それを曲げると国際社会で法の支配というのはなくなるわけです。ですから、やっぱり国際社会では法の支配というものはもう最後のよりどころとして尊重していかなきゃいけない。国際法に従って日本政府が免責されたものは、もうそれは後から何が出てこようとそれはそれでおしまいだということは譲るべきでないし、それを譲り始めたら何もかも全部もう一度もう一度で、もう延々としてとどまるところを知らない泥仕合いになるんじゃないかと思うんです。
 問題は、そういう理屈の問題ではなくて、国際法上は処理済みだ、しかしあのときは日本というのはまだ貧乏な国だった、十分な資力もなかったと。その後、日本は相当経済力を身につけた、だからあのとき例えば五億ドルで話はつけたけれども、それはそれでもういいんだと。しかし、今にして思えば自分は少しゆとりができたから、その補償の法的な責任に基づく賠償額の支払いというのではなくて、慰謝料とか見舞い金とか、いろいろ法律の法的裏づけとは無関係にお金を払うということは私生活でも間々あるわけです。
 ですから、私はこの例えがそのまま合うかどうか知りませんが、かつて損害を与えた、お隣の家の塀が壊れた、そのときに補償金として三十万円なら三十万円渡したけれども、あのときはもう自分はそれ以上余裕がなかったから申しわけないことをしたと。今、多少余裕ができたから、今度壁を塗り直される分の五万円でも六万円でも、それはどっちが悪かったかということとは無関係に寄附させてくださいというような、法と道徳ということを言うならば、やかましく言えば道徳というか倫理の世界で、日本はやはり社会に生きていく国として最小限度のことはわきまえている国だなということができるのが自然なのであって、ここで証拠が出てきたらそれに基づいて賠償をまた払おうなんて、そういうことをすぐ思うところに私は日本人の心が少しすさんできているんじゃないかと思うんです。
 ですから、自分にお金があろうがなかろうが、やはり間違ったことをしたことは間違ったことというふうに認める。払うか払わないかは、それはそのときに余裕があれば払うし、余裕がなければ払えないということがあってもそれはおかしくないんだと。そのことを恥ずかしいと思うところに、何でも物は金で解決できるんだという風潮が少し災いしているんじゃないか。これは私の勝手な考えです。
 それから、それにしても、そういう気持ちはそれじゃどういうふうにしてあらわせばいいんだというのは、私はたまたま先ほど国会決議なんというようなことをちょっと言いましたけれども、本当に必要なことはやはり日本人の一人一人の問題なんだと思うんです。一片の決議とかあるいは法律とか、総理の何かステートメントだとか、相手の国に行ったときの日本の政府首脳の共同宣言の中にどういう言葉を入れるとかという、そういうのはそれだけのことなんであって、それによって相手の、場合によっては何億という人たちの心に十分こたえているかというと、私はそれはそうでないと思うんです。
 もっと具体的に言えば、東南アジア、中国も含めてアジアに、日本がかつて被害を与えた国に訪れていく観光客でもビジネスマンでもあるいは政府の人間でも、そこに行く日本人の一人一人の心の中に戦争責任についてのけじめがついているかついていないかということは、多くの場合、相手の国の個々人に敏感に反応していると思うんです。ですから、そういうものの積み上げが日本人というのはやはりわきまえた一人前の人間だ、あるいは日本国という国は国を挙げてきちんとしているな、こういうふうに思うか、それとも、総理はそう言っているかもしれぬ、国会はそういう決議をしているかもしれない、しかし自分の国にやってくる観光客を見てみろ、五十人、六十人の団体でやってきた日本人のあの行動を見て、それでかつて日本がこの国にいろいろ被害を与えたことについて十分な認識とわび、謝罪の気持ちを持っていると言えるかというと、それは持っていると言えないというようなことが間々あるんですね。私も方々に在勤しまして、いろいろ具体的な場面を見て思うんです。
 だから、国と国との信頼関係というのは、一片の共同声明とか政府声明とか、そんなものでできるものではなくて、やはりそれを支えていく国民同士の、よく言われる今の言葉で言えば、草の根の交流の中にそれが十分反映されているかどうかによってやはり全般的な日本人に対するイメージ、日本に対するイメージというのはできていくものだと思うんです。
 ですから、お答えになったかどうか知りませんけれども、戦争責任のけじめのつけ方というのはそう簡単なことでなくて、考えに考えて、私は迂遠なようでもやっぱり教育の刷新から手をつけなければとてもこれは無理な問題じゃないかというような感じを持っている、こういうことを申し上げたわけでございます。
#17
○上田耕一郎君 廣野参考人、中江参考人、大変ありがとうございました。お二人の参考人に二問ずつお伺いさせていただきたいんです。
 廣野参考人のお話で、特に日本はGNPの一%が軍事費で、その余裕をODAに回すべきだ、量的にも質的にも拡大すべきだというお話、それから世界で唯一の被爆国として世界の非核化を目指すべきだというお話には大変共感をいたしました。
 二点のうちの第一は、お話の中の国連の安全保障機能の強化ということにかかわるんですけれども、この国連の安全保障機能の強化ということになると、これ日本でもPKOの拡大とか、さらにはPKFにまで協力すべきだとか、さまざまな問題点が出ておりまして、自衛隊にもこのPKO、PKF用の特別の任務、組織をつくるべきだというような声も出ています。そうすると、この国連の安全保障機能の強化に対する日本の軍事的分担、財政的分担がふえてくることになりますので、先ほどのGNP一%を守ってODAに回すべきだということに矛盾してくる危険があるわけですね。こういう議論、主張について参考人の御意見をお伺いしたいというのが第一点です。
 それから第二点は、南北問題なんですけれども、南と先進諸国との経済格差が拡大するばかりで、発展途上国は過去の十年を失われた十年と、こう言って嘆いている状況があるわけですね。
 そこで、お話の中の日本の民間企業の国際貢献支援ということにかかわるんですけれども、今の非常な深刻な不況の中で、特に円高の進展、株の低下等々の中から海外生産への移転問題が生まれていまして、この九月に野村総合研究所から注目される報告書が出て、私も「財界観測」に載ったのを読んでみたんですが、なかなかすごいことが書いてありまして、日本型経営はもう完全に行き詰まったということで、国内はもう全部実験場みたいにして、特に労働力の安い地域、主に南ですね、そこへどんどん進出していくべきだと。非常に簡単に言いますと、そういう報告書になっていて、それでアメリカのGEその他非常にリストラがうまくいっている企業から学ぶべきだというようなことが出ているんです。
 この海外生産、どんどん移転がこれ以上進むとやっぱり国内の産業空洞化も危ぶまれますし、それからこれまでも日本の大企業の進出には公害輸出の問題等々さまざまな問題点があったんですけれども、そういう問題で日本の多国籍企業の海外への生産移転の傾向について、やっぱり国として日本の国民経済と世界経済のためにも、また南北問題のためにも何らか考えるべきところに来ているんじゃないかと思っているんですが、その点についてお伺いしたいと思います。
 それから、中江参考人のお話は、冷戦問題のつかまえ方や対話と協調の時代だということが現実になっていない等々の問題、また反共のとりでとして経済発展してきた日本が、そのために戦争責任を反省しないままに来た問題、それの中で日本の責務についての提言等々、大変共感するところ多くお伺いさせていただいたんですが、二点お伺いしたいんです。
 一つは、国連の問題なんですけれども、ガリ事務総長の「平和への課題」で、予防PKOの問題だとか当該国の承認なしにPKOを派遣する問題、平和執行部隊等々出てきまして、これはどうもアメリカの指示のもとに推進されたと言われていますが、ソマリアなどの事態で失敗したわけですね。クリントン政権も来年引き揚げるというようなことになっていて、「平和への課題」自体がどうも国連の中でも大変評判が悪くなったというような報道があるんですけれども、そういう一年間の非常に大きな安全保障問題の国連での激動、今後、集団安全保障機構としての国連がこういう問題で一体どういう方向に進んでいくのか、どうごらんになっているか、御意見をお伺いできればうれしいと思います。
 二番目は、日米安保体制の問題なんですけれども、お話の中でも、ソ連が崩壊して安保条約を中心とする日米協調、これがどういう方向に進むのかというのが大きな問題だという御指摘がありました。日米安保条約自体は中国革命のショックのもとで生まれたものですし、まさに冷戦の産物だと思うんですが、それが今こういう状況に来て、アメリカは日米安保体制をソ連向けから第三世界向けに再編成しようという動きが非常にはっきりしてきていると思うんです。
 私もことしの二月に佐世保へ行って、佐世保がベローウッドという強襲揚陸艦の母港になっている事態を見て、調査して大変驚いているんですけれども、第三世界向けの前進、展開の拠点に日米安保体制がなるとすると、これは戦争責任を負っている日本として非常に重大な事態だと思うんですね。
 中江参考人は、日米関係の見直しをおっしゃられて、私も大賛成なんですけれども、この際、中国革命等々中ソ一体化の時代に生まれたこの日米安保体制自体を根本的に問い直すべきじゃないか。教育の問題もおっしゃって、これも非常に大賛成なんですけれども、教育の問題等々で若い世代に戦争責任をしっかりつかませるだけでなくて、やっぱり日米安保条約そのものの抜本的見直し、私どもは廃棄して新しい日米友好条約、こういうものを結ぶべきときに来ているんじゃないかというように思うんですが、この日米安保体制について、教育の問題だけではなくて、こういう基軸となっているこの体制、この構造自体をどうごらんになっていらっしゃるか、お伺いしたいと思います。
 以上、二点です。
#18
○参考人(廣野良吉君) 非常に重要な点の御指摘と思います。
 私自身、国連の安全保障機能の強化というのは、これはまず第一に、これから二十一世紀の初頭にかけての一つの世界の情勢としてそういう方向になっているというのが第一点であると。じゃ、日本として一体どうすべきかということ、これはまた別にあります。
 世界の情勢としての国連の安全保障機能の強化ということを考えた場合に、確かに現在のブトロス・ブトロス・ガリ国連事務総長は、おっしゃるように、いわゆるPKOを強化する、PKFを強化する、あるいはもっと重装備をしたそういうものを強化していく、こういうようなことを出しておりますが、私は日本が国連の安全保障機能の強化ということを考える場合には違った道を歩むことができるんではないかと思います。これは日本の経験からいろいろ我々が学ぶことがあると思うんですね。
 それはどういうことかというと、確かに日本は戦後日米安全保障協定という中で、ある意味では日本の防衛力それ自身の増大というものを言ってみればGNPの一%にとどめ得たのは日米安全保障協定があったからだ、そういう意味では実は外国が日本の国を守ってくれているからだ、そういう議論がありますけれども、私、過去四十年以上の日本の経験から申しますと、やはり我々が世界の安全保障ということを考える場合に、一体軍事力というのはどの程度の役割を持っているのかということについて国民にいろいろ勉強する機会を与えてくれたと思います。
 我が国の国民からすると、どうも少なくとも私たちの学生なんかの意見をいろいろ聞いてみて、今まで何十年かの学生を教えてきた立場から聞いてみますと、やはり総体的に学生たちは将来社会に出ても大抵同じような意見を持っていると思います。というのは、社会人になってからもいろいろ接する機会がありますので聞いておりますけれども、軍事力を持つことが安全保障機能を強化することにはならないんじゃないだろうかと。だから、軍事力ということよりも、そういうようないわゆる地域的な紛争なり、そういうことができるだけ起きないようにすることがやはり非常に重要ではないか、こういう考え方を持っている。大変残念だけれども、起きたときにはやっぱり何らかの軍事力の行使というものは必要になってくると。
 そういう意味では、我々は、過去四十数年の日本の経験の中で、できるだけそういうようなことが起こらないような、起こる前にいろいろの手当てを考える。それは、やはり私は非軍事的なやり方でもっていろんな手当てが考えられると思うんですね。そういうことを日本としては国連の安全保障機能の強化の中で考えていく、また提唱していくことができるんではないかと思います。それは私たちの戦後の日本の経験から学んで、私たちが国連の場において堂々と主張していい点ではないかなと思います。
 そういう意味で、ぜひこの点について、私自身もまだ細かな点まで勉強しておりません。先ほど申しましたように私は経済が専門なものですから、余りこの問題については十分な意見等を持っておりませんので、あくまでも今の御質問に対するお答えとして申しているだけでございますけれども、何とかして軍事力に頼らざる方向での安全保障の強化、これが何かできないだろうかどうか、これがやっぱり私はまさに外交の力であると思いますので、そういう面の強化がこれからますます必要ではないかなと。
 私は基本的には何しろ軍事力というのは全くむだだと思います。これはむだだけではなくて、まさにあらゆる意味で人々の心を台なしにしてしまう。そういう意味では、できるだけ軍事力というのは使わないこと、あるいはないことが重要であります。そういう一種の理想を持っておりますので、そういう点から考えますと、何とかして国連の安全保障機能の強化とともに、同時になおかつGNPの一%の軍事力というところは何とかして抑えておきたい、それを伸ばしたくないというのが私個人の気持ちでございます。
 それから、二番目の問題でございますが、失われた十年というのは、これは主に実は中南米諸国と、それからサブサハラ・アフリカの国から言われている点でございます。アジアの国々は失われた十年と言っておりません。アジアの国々はすばらしかった十年と言っております。そういう意味で、途上国によって違うんですね、過去一九八〇年代をどうとらえるかということが。
 御存じのように、一九八〇年代のアジアの平均実質経済成長率は六・二%です。ですから、これはもう日本の経済成長率よりもずっと高いところで維持してきたわけであって、そういうアジアの開発途上国から見ると、これはもう本当に失われた十年ではない。失われた十年というのはラテンアメリカとかあるいはサブサハラ・アフリカのことでございますけれども、こういう違いがあることをまず一つ申し上げた上で、じゃ一体民間企業の問題をどうとらえるかということでございますが、私は民間企業についてはこんなふうにとらえております。
 世界のGNPの生産のうち、政府の貢献度とそれから民間企業の貢献度というのをとらえますと、大体政府の貢献度というのは平均的に申しますと二七%ぐらいです。あとの七三%が民間企業の貢献度です。そういう意味では、民間企業が世界のGNPの生産に果たしている役割は非常に大きいものがある。すなわち、政府の数倍の大きな役割を持っているわけです。そういう民間企業が今海外にたくさん出ていく。これは日本だけでなくて世界の国々、ここにも統計資料がありますけれども、一九八六年から九〇年では、何と一年間に出ているところのものが、これは年間で平均でもって一千五百億ドルの海外投資が行われております。
 そういう意味で、膨大な額が出ておりまして、日本だけでも、例えば一九九〇年だけをとってみますと四百八十億ドルの海外直接投資が行われたということでございます。それは、その前の五年間、そのときには年間五百億ドルですから、何とその三倍の大きさで伸びているわけです。その前の五年間はというとこれが二百二十億ドルです。だから、二百二十億ドル、それから五百億ドル、それから千五百億ドルという格好で年間の海外直接投資が物すごく今伸びているわけです。このところバブルの崩壊その他ありまして今のところちょっと下がっておりますけれども、少なくとも世界全体では相当な勢いで伸びてまいりました。
 そういう海外直接投資がどういう意味を持ったかといった場合に、確かに上田委員のおっしゃいますように、直接的には、先進国の中では本来それが自国に投資されたならばもっと雇用の拡大に役立ったとか、自国に投資されたならばもっと労働者の生活水準がよくなるという、こういうことがあったかもしれません。ところが、間接的に見ますと必ずしもそうでないし、また直接的に見ますと、実はこの一千五百億ドルの投資のうち、もちろんすべてが途上国ではありませんけれども、途上国に行った分を考えてみますと、これはその国の工業化に役立っているわけです。その国の工業化に役立つことによってその国の技術の発展に役立ち、その国の雇用の拡大に役立ち、その国の生産性向上に役立つという意味で、実は民間企業の対外直接投資というのは、特に途上国を見てみた場合に非常にその国の発展に役立っている。
 私は、やはり現在の世界経済を考えた場合に、今我々がしなくちゃいけないことは何かということを考えた場合に、先進国の経済が過去と同じように、一九六〇年代と同じように急速に発展していくことを考えるよりも、私たちの国の経済の発展をある程度安定的に抑えて、抑えるというのは大体私は二%ぐらいというのが妥当だと思うんですけれども、二%ないし二・五%ぐらいの成長に抑える。そのかわり、そうでない分を途上国の発展のために向ける、これが重要ではないか。途上国の発展のために向けることによって、先ほど申しましたように失われた十年と言われないような、アジアのすばらしい十年になったような、そういう状況を世界全体に向けていくことが重要ではないか。そうすることによってやがては南北の格差を縮小していくこともできる。
 そういう意味では、もちろん公害の輸出はあってはならないことですし、そういう点でいろんな規制をしなくちゃいけない点はよくわかります。そういう規制を伴いながら、しかし同時に、途上国の発展がその途上国の人々のためになると同時に、それが世界経済の発展につながっていくという点から考え、なおかつ南北格差を縮小するといった面から見ても、私は民間企業の対外直接投資力増大というものを非常にプラスに見ておりますし、これはぜひ今後もそうあってほしいと。それを阻止するようないろんな形の先進国の規制はこれは徹底的に排除した方がいいと。もちろん、環境とかそういう問題は別ですけれども、そうでないいろんな意味の規制というのは排除して、できるだけ民間企業の対外直接投資が円滑に伸び、そしてその途上国の経済発展につながるように、それが同時に雇用の拡大、その国の所得の拡大あるいはまたその国の国民生活の向上に役立つような方向にもっていくということが妥当ではないか、そう思っております。
#19
○参考人(中江要介君) 上田先生の御質問の第一点は、国連の安全保障機能、これがガリ事務総長の「平和への課題」を初めとし、いろいろ模索が行われているけれども、余りまだすっきりとした姿が見えない、これからどうなっていくんだろうかという御質問です。
   〔会長退席、理事大島慶久君着席〕
 私は、先ほどもちょっと申し上げましたように、基本的に今の国連の安全保障理事会を中心とする平和と安全の維持の機能というものには余り納得できるものを感じておりませんので、これに多くは期待していないんです。だからこそ、ガリ事務総長もいろんな提案をして努力しておるんだと思うんです。
 ブトロス・ガリという人は私がエジプトに在勤していたころ第二外務大臣か何かで、私のカウンターパートでもありましたのでよく存じておりますけれども、あの人は非常に冷静な理論家なんですね。ですから、非常にまじめに考えて、悩みに悩んでああいうことをいろいろ提案していられるという気持ちはわかるんですけれども、しかしもうPKOの予算一つをとってみても、アメリカなんかが滞納したままで、それでPKOで何とか維持しようと言ったってそんなものは無理なんで、それはアメリカにまず滞納した分を払わせなきゃだめだというようなところが本当はガリ事務総長も言いたいところだろうと思うんですけれども、それはどういう形で言っておられるか知りません。
 大体、安全保障維持機能としてのPKOとかPKFとかいうのは、みんなこれは国連憲章に厳格に言えば根っこのない、びほう策というか、とりあえずの考え出された措置にすぎないわけです。御承知のように、朝鮮動乱以来、国連安全保障理事会が憲章に沿って強制行動をとり得たことというのはほとんどないわけです。みんな総会決議によってみたり、安保理決議によってみたりしてその場を取り繕ってきたというのが現実だと思うんです。
 国連憲章の原点に立てはどういうことかというと、これはやっぱり国連軍を組織しなきゃだめなんだというふうに、もし国連憲章に基づくならそうだと思うんです。その国連軍というのはどの国の軍隊でもない。したがって、多国籍軍なんというのも一種のまやかしたと思うんですね。無国籍軍なんですね、言うなれば。無国籍国連軍という第三者的な軍事力というものがまず第一義的には抑止力になる。イラクのフセイン大統領のように、何か間違ったことをすれば、国連軍というどこの国の責任でもない、しかし国連というより高いレベルの国際機構の、みんなでつくった国際機構の軍が出てくるかもしれない。それは相当な強力なものだからうかうかしたことはできないという、そういう抑止効果を持つ国連軍。それにもかかわらず、むちゃをした国に対してはその国連軍そのものが出ていく。そして強制力を行使する。つまり、抑止力と強制力を持ったような、そしてどの国からももっともだと思われるような第三者的な力というものを平和の維持のために使おうというのが私は国連憲章ができたときの原点だと思うんです。その原点である国連軍ができないままに、加盟国の軍隊を借りてきているところにいろんな難しさ、あるいは間違い、そういうものが起きているんじゃないかと思うんです。
 ですから、ガリ事務総長の平和執行部隊のような発想も、あれも国連軍に限りなく近いものを考えているんだと思うんです。つまり、各国から出てきてもそれは最後は国連が指揮権を持つんだ、つまり国連の司令官のもとでしかその軍隊は動かない。こうなると、どの国がいい悪いという問題ではなくなるはずだと、あの人は国際法学者でもありますから恐らくそういう考えをしたんだろうと思うんです。そういうものにみんなが乗っていけるかというと、これは今度は理想と現実の問題で、なかなかそれは難しいと思うんです。
 今度、明石さんがボスニア・ヘルツェゴビナの方に行くことになりましたけれども、大変苦労されると思います。そういうときに、これまたちょっと話はあれですけれども、明石さんがボスニア関係の国連の責任者になったんだから日本も少しボスニアの方に援助しようという、そういう発想が出るところがまだ国連のものになり切っていない、つまり国連の平和維持活動が自分の国のものだという誤った認識がまだ残っているというように私は思うんです。だれがその責任者になろうと、国連が平和維持のために活動するときには日本は応分の寄与をするのだ、そういう形で日本は平和と安全に貢献していくんだという、そういう哲学を持っているのであれば、それはそれで私は立派だと思うんですけれども、それが明石さんであるから、あるいは緒方さんであるからという、そういうことを考えるのはまだ日本人の意識の中に第三者機関としての国連というものの認識が足りなくて、国連を道具にして自分の国の利益を図ろうとか自分の国の政治的役割をプレーアップしようとかという、そういう邪心があるというのはあるべき姿でない、私はそう思うんです。
 そういうことを申し上げた上で、国連のこれからの安全保障の枠組みはどうなっていくだろうかというのは、これはもう私にはわかりません、正直に言いまして。だから、いつまでも国連国連と、今の国連、今のPKO,PKF、ああいうものを当然の前提として考えている限り私は名案はないと思うんです。
 ですから、とりあえずはそれでやるにしても、基本的には本来国連憲章が考えられた国連軍のような第三者的な抑止力となり強制力となるようなものをどういうふうにしてみんなでつくり上げるか、これは軍事参謀委員会の問題だとかあるいは兵力提供協定の問題だとか、いろんな問題が出てくると思うんです。だけれども、それを避けて効果的な平和維持機能というのは難しいと私は思っております。
 それから、第二点の日米安保の問題ですが、これも先ほどの日本がアジアで完全にまだ信頼されていないということとも多少関係があるんですね。聞き逃すことのできないのは、アジアの指導者の中には、アメリカがアジアから手を引いたら日本が出てくる、あるいは日本が出てくると同時に中国も出てくる、だから東アジア、東南アジアを日中の争いの場にされるようでは困る、だからやっぱりここはアメリカにいてもらって、頑張ってもらわなきゃならないんだと、そういう発想が責任ある人の中の意見にもあるんですね。そういうところを見ますと、アメリカがアジアにいてほしい、あるいはいた方がいいという意見にもいろいろの底意が見えるんですね。ですから、どういうつもりでそう言っているのかわからないという面があるにしても、ただそういう考えを持っている人たちにとっては、日米安保条約によって日本がアメリカとの間できちんとした約束で縛られているという方が安心だという説もあるんです。
 ですから、日米安保をやめちゃって日本が独自の力でアジアにそれぞれ出てくるんだとなると、これはまた昔の日本の軍事大国になってもらっちゃ困る、それはまだ日米安保できちんと権利義務関係がしている方がいい、むしろ主力はアメリカに頼んでいる方が日本よりも安心だという発想もまだアジアの中にはあるんです。これは私は事実としてあると思うんです。
 そういう現実を踏まえますと、日米安保は最初に締結されたときの国際情勢の枠組みが変わったんだからもうやめたらいいというのは、そこだけとらえるとそういうふうに見えるんですけれども、果たしてそれで四万が満足するかというと、ちょっと問題があると思うんです。ですから、このアプローチは、私が日米安保を見直すと言った意味は、それぞれの国がどんな思惑で日本の存在、あるいはアメリカがアジアに残ることにどんな意義を認めているのかということを見きわめながら見直さなきゃいけないだろうと。
 ただ、今までのように日本として、アメリカはアメリカの対ソ戦略上日本を見捨てることはなかろうというそんな甘い考えで日米安保を続けていくということは、これはもう時代は変わっている。何もアメリカは自分でそんなことは言いませんけれども、これは国際情勢を見ていれば、当然とは言いませんが、ある程度理解のできる帰結は今までのような対日重視という立場ではなくなってくるはずだ。そのときに、日本はアメリカの存在を日本の対アジア外交にどのように今度は利用するか、この言葉はいい悪いは別としても、これはやっぱり日本の国益を守るためにそういう角度から今度は考えなきゃならぬのじゃないかというのが私の個人的な考え方です。
#20
○猪木寛至君 もう時間がないようですから、簡単にお聞きしたいんですが、両参考人、きょうはありがとうございます。
 廣野参考人の方に、ODAの話も先ほど出ましたが、私もいろんなところを回っていまして、青年海外協力隊が結構出迎えてくれたり、いろんな話を聞かせてもらっていますけれども、彼たちはある意味では海外へ向けて飛び出していくんですが、結局二年終えて帰ってくると受け入れてくれるあれがないということで、せっかくのそういう体験を生かせる場所がない。先ほど言われたODAが効率よくこれから機能していくためには、いろんなところでODAの失敗というのは見てまいりましたけれども、国自体がもうちょっとこの青年たちの行く末ということを考えたらどうかなと思うんですが、もしその辺についての考えがあればお聞かせ願いたい。
 それから、中江参考人には、国連中心主義というか、この国連中心主義というのが出てくると、何か水戸黄門の印籠みたいな感じで、我々はははっと頭を下げるような感じになるんですが、今お話出たように矛盾だらけの部分がまだあると思うんですね。それから、日本の国民自体がまだこの国連中心、国連の中身がほとんどわかっていないというか、こういうことをこの時代によく国民にもわかってもらって、そして本当にこれから国連が中心でいくのか、新しい秩序が生まれるのかと。
 一つの例として、私もソマリアに去年入りましたときに、日本の政府の調査団はほんの半日しか入らなくて、そして国連側の話しか聞かないで、アイディドという将軍が今注目を浴びておりますが、最初はこの人を非常に歓迎していた。雲行きが悪くなってアメリカに反抗し出した。あいつを捕まえろという話になって、それで今回はこれは力ではできないということで対話をという話になっています。
 日本人がもうちょっと、ソマリアに限らず北朝鮮の問題、湾岸戦争の折もイラクの例えば向こうの首脳たちが日本のだれかに来てほしいというような考え方を持っておりましたけれども、そういう紛争地域において日本の出番というのは今までなかったんです。ある意味では、憲法九条の中にあるように、まさに今までアフリカにおいても日本が危害を加えていないというか、植民地化していないという真っ白けの部分でそういう仲介役というのはもっととれるんじゃないか。だから、外務省自体、まあ外務省の御出身で実態を御存じだと思うんですが、今の外務省のあり方についてちょっと聞かせていただきたいと思います。
 その二点であります。
#21
○参考人(廣野良吉君) 私は、もうまさに御意見に大賛成でございます。すなわち、日本のODAの一環として青年海外協力隊員、現在二千人近く海外へ出ているわけですけれども、過去を入れますともう二万人近くなるわけですが、本当にこの方々はすばらしいお仕事をしております。そういう意味で、私は海外へ出るたびに、途上国に行くたびにこういう方々とお会いする機会を持ちましでいろいろお話をしております。本当にすばらしいお仕事をしておりまして、いつも頭が下がります。
 青年海外協力隊の方々に対する支援はどうかということでございますが、青年海外協力隊の方々が帰ってきたときにどういうところに行っているかということ、これたまたまこの前、青年海外協力隊の事務局長といろいろお話をする機会がありましてお伺いしました。民間企業から派遣されていく方々で、また民間企業に戻る方も最近出てきていると。すなわち、やめて行くんではなくて、民間企業から派遣され、民間企業にまた戻ってくる方もいるようです。それから、私の住んでいる武蔵野市も含めまして地方自治体から青年海外協力隊に出ていく、それでまた地方自治体に戻ってくる、市役所の職員になる、こういう方もおります。それからまた、そういうような方以外に、最近ではJICAのジュニア専門家として活躍していただける、そういう方もふえているようでございます。それから、JICAの職員になる方も最近青年協力隊の方から出ているようです。
 それから、UNVという国連の同じくボランティア、この前、カンボジアでかなりいろいろな意味で選挙の監視で活躍なされた方々ですが、そういうUNVという格好でもって、その後青年海外協力隊をやめてからまた三年間ぐらいUNVの方に行くと。その場合に、UNVと日本のJICAとの協力関係、協定によりまして日本のお金でもってUNVの方で仕事をする、こういう方々もふえておりますし、またUNV自身が雇ってやっているところの青年海外協力隊員もふえている。
 その青年海外協力隊の事務局長のお話では、最近は帰ってきた方は引っ張りだこであって、いろんなところでそれぞれ仕事を見つけていくという状況にあるということで、青年海外協力隊ができましてからたしかこれは二十年ぐらいになるんでしょうか、こういう中でようやく皆さん方から認められて、その方々の処遇についてだんだんと改善されてきたと言ってよろしいと、そうおっしゃっていました。
 私も、そういう意味でかねてから青年海外協力隊の方々の帰ってきてからの処遇について心配していた人間の一人ですけれども、私自身がUNDPという国連のいわゆる開発協力をやっておるところの団体で、たまたまそこで仕事をする機会があったわけでございますけれども、そのときにも私は青年海外協力隊を経験した方にもUNDPに来ていただきました。
 そういう意味で、せっかくそういう海外、途上国でもって、本当に第一線で向こうの人々と一緒に本当に草の根的に活躍なされる方々の持つもろもろの情熱と、それから彼らの専門的な知識あるいは技能、技術というもの、こういうものを大いにこれから日本全体としていろんな形で、そう言うと失礼な言い方ですけれども、活用していくということが重要ではないかなと。
 そういう意味では、最近では何かこの青年海外協力隊の日本の国内における地方自治体での勤務者が大体百名を超えたようでございます。そういうことで、そういう方々のネットワークも今できてきたということでございますので、私は、おっしゃるように本当に青年海外協力隊の方の仕事の内容、深さ、それから特に相手の国の人々に対するすばらしい印象、そういうものを大いに大切にして、今後とも日本としてはできるだけのことをしていくべきじゃないかと考えております。
#22
○参考人(中江要介君) 猪木先生の御質問は大変難しい質問のようにも見えるんですけれども、私は現役のときからずっとそう思っておりますし、今もそう思ってそれをこいねがうのは、外交というのは国民全体でやるもので、政治のレベルで言えば当然超党派であってほしいし、それから政府と民間ということであれば官民一体になって自分の国の利益を守って増進していくと。この国際社会がいかに我利我利亡者の集まりであるかということを痛切に感ずれば感ずるほど、それに負けないで日本も日本の独立と主権と尊厳は守っていくんだというのは国を挙げてやる問題なので、例の湾岸戦争のときに先生がイラクにいらしたり今もソマリアの現状をごらんになったりというのは、これはそういうものをみんな一つにして集めて日本の一つの考え方が形成できるようなそういう仕組みが欲しいなとかねがね思っておるんですが、またそれは十分できているとは思いません。
 それで、外務省についてどうだと言われれば、それは私も外務省の出身ですからあれはだめだよとなかなか言えないんですけれども、その弱点ほどこかといいますと、外交官というのは外で仕事をすることが多いので国民とのコミュニケーションがどうしても不十分になりがちなんですね。これは歯がゆいときもあるし、どうしたらいいだろうかと思うことが多いんです。ですから、もっと国民一人一人のお考えがどこかに反映されたらそれが外交にも生かされてくるような、一口で言えば国民外交というようなことになるんでしょうが、そういう国民の支持を得た外交ができるように、それがなかなかできないために、もう外務省はどうやったってなかなかそれが反映してこないし出てこない、出てくるのはもう外務省の悪口だけだと。話しに行くと悪口言われてしかられるだけだったら話しに行ったって不愉快だと、じゃ自分たちだけでやろうというふうに、そういう悪循環になる面があるんですね。
 ですから、官であれ民であれ何党派であれ、外務省が外向きには一応窓口になっているんですから、これを激励して守り立てて、これを叱糟励して一緒にやろうじゃないかというふうに、そういう意味での叱糟励だったら外務省は喜んでそれにあれしていくと思うんです。現役時代の国会審議のことを思い出しましても、叱糟励よりも何か別な意味でひどいおしかりだけ受けて帰ってくるというような、そういう政府委員の時代も私もありまして、さあ、どうすればこれがうまく結びついていくかと。それは、政府委員の方は弱い立場ですから先生方の方がむしろ、そういうつもりでおっしゃっているんでしょうけれども、おまえ、そんな弱いことじゃだめだ、しっかりやれというおつもりなのに、そのしっかりやれのところがなくて、おまえだめだ、もう引っ込めと言わんばかりのところで終わると、やっぱり外務省としては意気が上がらないということもあります。
 湾岸のときに、外務省の事務当局は事務当局なりに一生懸命やったんだそうです、あれであれでと言うと悪いんですが、一生懸命やったにもかかわらずそれが正当に評価されないで、外務省はだめだ、外務省は何している、外務省は情報も足りない、もう何にもしていないと言われて一時外務省が戦意喪失したことがあるんです。それを今、やっと守り立ててまたもとに戻ってきた。ちょうどきょう、昼にもちょっとした会議でそのことが話題になったんですが、今気を取り戻して我が日本外交のために頑張ろうとみんな事務当局は思い始めておるようですから、ひとつ意気阻喪させないで大いに守り立てていただくように、逆にお願いしてしまいまして申しわけありません。
#23
○理事(大島慶久君) 廣野参考人、中江参考人に対する質疑はこの程度といたします。
 廣野、中江両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙の中、長時間の御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本調査会を代表して厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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