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1993/11/08 第128回国会 参議院 参議院会議録情報 第128回国会 決算委員会 第3号
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1993/11/08 第128回国会 参議院

参議院会議録情報 第128回国会 決算委員会 第3号

#1
第128回国会 決算委員会 第3号
平成五年十一月八日(月曜日)
   午前十時一分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 十一月五日
    辞任         補欠選任
     國弘 正雄君     栗原 君子君
 十一月八日
    辞任         補欠選任
     西川  潔君     下村  泰君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         三上 隆雄君
    理 事
                北  修二君
                守住 有信君
                西野 康雄君
                村田 誠醇君
                風間  昶君
                高崎 裕子君
    委 員
                笠原 潤一君
                鎌田 要人君
                木暮 山人君
                佐藤 静雄君
                清水 達雄君
                陣内 孝雄君
                鈴木 貞敏君
                永田 良雄君
                南野知惠子君
                矢野 哲朗君
                会田 長栄君
                稲村 稔夫君
                今井  澄君
                栗原 君子君
                中尾 則幸君
                堀  利和君
                浜四津敏子君
                小林  正君
                長谷川 清君
                泉  信也君
                下村  泰君
   国務大臣
       外 務 大 臣  羽田  孜君
       法 務 大 臣  三ケ月 章君
       大 蔵 大 臣  藤井 裕久君
       文 部 大 臣  赤松 良子君
       厚 生 大 臣  大内 啓伍君
       農林水産大臣   畑 英次郎君
       運 輸 大 臣  伊藤  茂君
       建 設 大 臣  五十嵐広三君
       自 治 大 臣  佐藤 観樹君
       国 務 大 臣  武村 正義君
       (内閣官房長官)
       国 務 大 臣  石田幸四郎君
       (総務庁長官)
       国 務 大 臣  上原 康助君
       (国土庁長官)
       国 務 大 臣  中西 啓介君
       (防衛庁長官)
       国 務 大 臣  広中和歌子君
       (環境庁長官)
        ―――――
       会計検査院長   中島  隆君
        ―――――
   政府委員
       警察庁刑事局保  中田 恒夫君
       安部長
       総務庁行政管理  八木 俊道君
       防衛庁長官官房  宝珠山 昇君
       防衛施設庁長官  米山 市郎君
       防衛施設庁施設  江間 清二君
       部長
       経済企画庁調査  土志田征一君
       局長
       科学技術庁研究  石井 敏弘君
       開発局長
       環境庁長官官房  大西 孝夫君
       長
       環境庁大気保全  松田  朗君
       国土庁防災局長  村瀬 興一君
       法務省刑事局長  濱  邦久君
       外務省アジア局  池田  維君
       長
       外務省条約局長  丹波  實君
       大蔵省主計局次  中島 義雄君
       長
       大蔵省主税局長  小川  是君
       文部省初等中等  野崎  弘君
       教育局長
       文部省高等教育  遠山 敦子君
       局長
       厚生省健康政策  寺松  尚君
       局長
       厚生省保健医療  谷  修一君
       局長
       厚生省生活衛生  柳沢健一郎君
       局長
       厚生省社会・援  土井  豊君
       護局長
       厚生省児童家庭  瀬田 公和君
       局長
       厚生省年金局長  山口 剛彦君
       農林水産大臣官  上野 博史君
       房長
       農林水産省構造  入澤  肇君
       改善局長
       林野庁長官    塚本 隆久君
       水産庁長官    鎭西 迪雄君
       通商産業省産業  内藤 正久君
       政策局長
       通商産業省基礎  細川  恒君
       産業局長
       運輸省鉄道局長  秦野  裕君
       運輸省海上技術  戸田 邦司君
       安全局長
       運輸省港湾局長  坂井 順行君
       気象庁長官    二宮 洸三君
       労働大臣官房長  征矢 紀臣君
       労働省労働基準  石岡慎太郎君
       局長
       労働省職業安定  七瀬 時雄君
       局長
       建設大臣官房長  伴   襄君
       建設省建設経済  小野 邦久君
       局長
       建設省都市局長  黒川  弘君
       建設省河川局長  豊田 高司君
       建設省道路局長  藤川 寛之君
       自治大臣官房長  遠藤 安彦君
       自治大臣官房審  谷合 靖夫君
       議官
       自治省行政局長  吉田 弘正君
       自治省財政局長  湯浅 利夫君
       自治省税務局長  滝   実君
       消防庁長官    紀内 隆宏君
   事務局側
       常任委員会専門  鈴木 重夫君
       員
   説明員
       法務大臣官房審  森脇  勝君
       議官
       自治大臣官房総  松本 英昭君
       務審議官
       会計検査院事務  白川  健君
       総局次長
       会計検査院事務  阿部 杉人君
       総局第一局長
       会計検査院事務  森下 伸昭君
       総局第二局長
       会計検査院事務  佐藤 恒正君
       総局第三局長
       会計検査院事務  平岡 哲也君
       総局第四局長
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○平成三年度一般会計歳入歳出決算、平成三年度
 特別会計歳入歳出決算、平成三年度国税収納金
 整理資金受払計算書、平成三年度政府関係機関
 決算書(第百二十六回国会内閣提出)(継続案
 件)
○平成三年度国有財産増減及び現在額総計算書
 (第百二十六回国会内閣提出)(継続案件)
○平成三年度国有財産無償貸付状況総計算書(第
 百二十六回国会内閣提出)(継続案件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(三上隆雄君) ただいまから決算委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る五日、國弘正雄君が委員を辞任され、その補欠として栗原君子君が選任されました。
 また、本日、西川潔君が委員を辞任され、その補欠として下村泰君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(三上隆雄君) 平成三年度決算外二件を議題といたします。
 本日は全般的質疑の二回目を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#4
○鎌田要人君 武村官房長官、大変お忙しいところを御出席いただきまして厚く御礼を申し上げます。
 私は武村官房長官に対しまして地方分権の推進について五項目ほどお伺いしたいのであります。
 まず第一は、総じて地方分権の推進につきまして言えますことは、総論、すなわち地方分権は大事だと理念においては賛成される方が多い。ところが、各論になりますというと残念ながら国会においては必ずしも地方分権一色でない。これは厳然たる事実であります。このことについて我が国において牢固たる国優先、中央集権の考え方が今に至るまで支配的であることにその根因があると思うのでありますが、長官、どのように考え、どのように対処していかれるつもりでありますか。まず第一にお伺いいたしたいと思います。
#5
○国務大臣(武村正義君) 地方分権に対する考え方についてお尋ねをいただきました。おっしゃるとおりの感想を私も抱いております。
 お互いに入り口の議論としては地方分権を肯定しない人はいません。また、昨今特に一種のスローガンないしは政治の目標の一つとなってきた嫌いもございました。地方分権は飾り言葉的にもだれしも例外なく口にする言葉の一つでございます。
 かつて自民党の中で五年前消費税の議論がありましたときに、思い返しますと、いざじゃ税制をどう変えていくか、国税として消費税を確立する中で数多くの間接税を廃止していく。そうなると遊興飲食税等地方税も幾つか廃止をせざるを得ない状況になりまして、当然これに見合う新しい地方税源をつくるべきだという主張をしてみましたが、そういう各論になってくるともう余り賛成いただく人がいないという実感も私いささか持っておりまして、各論になるとなかなか、地方分権になると非常に難しい議論になるなというふうに予想をいたします。
 特に、今の私たちの政治の存在基盤がいわば今の行政あるいは国、地方の権限の中で成り立っている。そういう状況の中に我々が存在していることも冷静に認識いたしますと、それは政治改革とは別のテーマのように映りますが、国の権限を大幅に地方に移すということは、いわば我々国会議員の今の存在基盤を大きく変えるということを決断しなければならないというテーマだという認識を持つだけに、入り口の議論にとどまらず本気でこの問題に取り組んでいくことはぜひしなければなりませんが、容易なことではないという認識を持っております。
#6
○鎌田要人君 御趣旨の一端はわかりました。
 そこで、肝心の地方自治体でありますが、肝心の地方自治体が、特に例えば私の生まれました鹿児島県、土木部は建設、農林、そういうところと結びついておる、あるいはしかり同じような状態が各部間にありまして、これは地方分権という時代でありながら地方自治体自身が中央各省庁と結びついておる、こういう状態がどうしてもぬぐえない。また、そういうところに国、地方を通ずる税財政問題、こういった問題があるわけですが、その点について地方自治体の側でも批判をされるべき点があると思うんですが、その点についてどうお考えでありましょうか。
#7
○国務大臣(武村正義君) おっしゃるとおり、地方自治の側にも憲法第八章でいう地方自治の本旨を積極的に生かしていこうという考え方がどれだけ根づいてきたかということを考えますときに、まだまだ道は遠いという感じがして仕方がありません。
 一番大きい理由は、もうだれしも御承知のとおり、仕事は七〇%地方でやっていると言われておりながら、その仕事が地方の自治に任されているのかどうか。法律、政令、行政指導等によってさまざまな形で縛られている。財源的にも逆に七〇%は国が国税として集めて、それを補助金や地方交付税で地方に配分する。金は七割国が集める、仕事は七割地方にやらせる、こういう状況が続いております。その矛盾がいわば中央による地方の統治というかコントロールになっていますし、地方から見れば中央に対する依存といいますか、必要以上にやはり中央政府に気を使う、こういうことであります。
 ただ一つ、しかし地方の側で反省をいたしますと、それにしても精神的なスピリッツといいますか、地方自治の気概がこの四十八年間日本でどれだけ育ったかということを反省しますと、地方の首長初め県庁や役場の職員さん自身、頭の中に地方は地方の道を行くんだ、国に支配されないで独自の道を行く、自分たちの都市をしっかり見詰め、自分たちの住民の顔色を見ながら独自の仕事をしていくんだという気概がどれだけ育っているのかという点では、地方側にもそういう意味で努力不足といいますか、そんなことを感じざるを得ません。
#8
○鎌田要人君 あなたといい、また内閣総理大臣である細川さんといい、いずれも地方自治体の、それぞれ熊本県あるいは滋賀県という県の知事として地方の最高の存在であられたわけであります。そういう特に卓越した人柄、能力、また見識を持ち、それぞれの県でほとんど独占的な人気を持たれたあなたであり細川さんであります。
 そういう立場にあられた方が国政の場に彩られて、自分の足元の地方自治体をごらんになられて、その感じをどのようにお持ちになっておられるか。国政の場に立たれて自分の生まれた県の知事としておられたこと、それと官房長官なり、これは総理大臣のことはあなたに伺うわけにはいかないんですが、そういう立場に立たれてごらんになった自分の県というもの、そういうものを通じての地方自治に対する考え方というものが変わったものか変わらないものか、そこをちょっとお伺いしたいのであります。
#9
○国務大臣(武村正義君) もちろん変わってはおりません。立場は違いましても、私は、十数年間地方自治の現場で経験を積んだ人間の一人として、今は国会議員でありましても、その自分の一番大事な若い時期に活躍した分野の経験、そこで考えたことを今もぜひ少しでも生かしていく努力をさせていただきたい、そう思っております。
 今ちょうど行革審の答申が出ました。そんなことも踏まえますと、この内閣、政府の立場におきましては、ひとしおこの地方分権の問題に関心を持ち、努力をしなければいけないというふうに思っております。
#10
○鎌田要人君 そこで問題はもとに返るんですが、この国政の場におられて私は変わらないとおっしゃる。地方分権ということをおっしゃる。ところが現実には、国政の立場におられますと、国政の各省庁を分担しておるわけですが、一歩も地方には任したくない、この気持ちは、あなたがかつておられた自治省に今彼に身を置いておられるとすれば同じ気持ちだろうと思うんですね。そういう気持ちで、地方分権と中央集権というのは常に綱引きの真っ最中にあるような感じがするわけです。
 そういうことを考えますと、あなたが今官房長官として地方自治に対する考え方は少しも変わらない、まことにもっともな御発言ですね。ただ、それですとあなたの地位は揺らぎますよね、中央集権の上に立っておるあなたの地位は揺らぎますよね。その点について一抹の不安を覚えられないかということを伺いたかったのです。それをもう一遍重ねて。
#11
○国務大臣(武村正義君) 日本という国の権力構造の中で革命をやろうとしているとは思っておりませんで、今の体制の中で、幅広い時代の流れや国民世論を受けて、権限や財源を中心にして思い切った地方分権の努力をしていきたいというふうに思っている次第であります。
 そう思えば思うほどあなたの地位は揺らぐんじゃないかという御指摘でございますが、まだ努力が足りないからか、まだそんな不安を感じておりません。隣に大蔵大臣がおられますが、仲よくにこにこというわけにはいかぬと思いますが、話し合いで、むしろ政府一体となってこの地方分権の推進に取り組んでいくことができたらと思っております。
 目下、消費税の税調論議が始まっております。これは税調の論議でありますが、ここにもはや、じゃ住民税を大幅に減税した場合に、それだけ地方財源が減るわけですから、見返りとして地方財源をどう保障するのかという議論が出ています。各県の知事さん方や地方団体も大変そのことに最近関心をお向けになっております。こういう問題になりますと、今は税調でございますが、その後政府になれば、大蔵大臣、自治大臣等々と真剣にお話し合いをしながら、いい解決をぜひ見出していかなければいけないというふうに思っております。
#12
○鎌田要人君 そこで問題を変えます。
 地方分権こそは細川内閣の一枚看板であると我々考えておりました。ところが、このたびの総理の所信表明演説ではただ一言地方分権について触れておられるだけですね。御存じでしょう。地方分権について、「同時に、政・官・業の癒着により硬直化した構造によって阻まれてきた地方分権、規制緩和等の行政改革の推進、」、これだけが所信表明の中で地方自治、地方分権ということについて触れられたただわずか一カ所なんです。これはどうしたわけなんでしょうかね。
 官房長官、総理の所信表明演説については事細かに目を通されて、それで総理に読んでもらっておるわけでありましょうから、官房長官に伺うのが一番この点は正確だろうと思いますが、お伺いいたします。
#13
○国務大臣(武村正義君) 具体的に総理がなぜ一言しか触れなかったか、じかにお話をしたわけではありませんが、総理の意向としては、この時期なぜかあらゆる難しい課題が一挙に大波小波で押し寄せてきている、こんな表現を使っておられましたが、そんな中で私どもも相談しながら、これはだれしもそう判断して当たり前というふうにおっしゃっていただけるかもしれませんが、これはそもそも政治改革を年内を目標に仕上げるということを基本にして誕生した内閣である。もちろんそれだけをやる内閣ではありませんが、それが基本であるところへ行政改革答申が出てくる。答申が出れば、当然それに対する政府のその後の態勢なり方針を明らかにしていかなければならない。景気が大変悪い中で、今、平岩研究会も始まっておりますが、規制緩和その他もさまざまな手も打っていかなければなりませんし、減税論議も含めた税制改革も議論が始まっております。ウルグアイ・ラウンドも年内解決の動きが進んでおります。
 そういうふうに、政治改革あるいはそれを何倍かするぐらい難しい課題が一気に今この時期に解決を迫られている中で、そう何もかも一挙に大胆に前向きに対応するということは少し避けた方がいいのではないか。そういう中で少し整理をしながら、まず重点はこれとこれとこれだと。しかしこの問題は、当然やるんだけれども、ポスト政治改革というか、政治改革の山を越して年末か年明けぐらいから取り組んでいくという考え方で整理をする必要があるのじゃないか、そんな議論をしたことがございました。
 行政改革がそういう意味でポスト政治改革という位置づけになったとは明確に私は言い切る自信はありませんが、総理自身も地方分権、縦割り行政の打破、みずから行革の委員でもあったから私以上に意欲的なんです。しかし、そう何もかも意欲的にやったのでは、本当に難しいという判断もありまして、目下は政治改革を基本にしながら、その他どうしてもこの時期に対応せざるを得ない課題にまず重点を置こうという姿勢をとりつつあります。一刻も早く政治改革を実らせていただいて、行政改革にも堂々とこまを進めることができますように、御理解を賜りたいと思っております。
#14
○鎌田要人君 それはおかしいんじゃないですか。所信表明というのは、総理としてこういうことを自分の任期中にやりたいということを率直におっしゃるべき問題なんです。それで、所信表明の中で政治改革、行政改革、そういったことをおっしゃるのと同じウエートを置いて地方分権を本当におやりになるのなら、地方分権ということは所信表明においておっしゃるべきですよ。具体的な施策としてやる段取りはそれとは別個の問題だと思いますが、しかもこれは総理として初めての所信表明ですね、その中においては、今後何年おやりになるかわかりませんが、その間にやられることはやっぱり所信表明としてはうたわれる、その中でできるものからやっていきます、これが普通の日本人の考え方じゃないですかね。そこをもう一遍。
#15
○国務大臣(武村正義君) 総理のお気持ちを余り私が勝手に憶測して申し上げるのは僭越でありますが、その気持ちとしては、地方分権もそうですし、大綱の見直しというこの間あいさつをされましたが、これは既に見直しが始まっておりますが、防衛政策の見直しなんという大きいテーマも大事なテーマとしてありますし、教育改革、福祉改革、農政改革というあらゆるテーマが今大改革の時期に来ておりますだけに、何もかもそれはやらなきゃならないという認識は十分お持ちであろうと思います。
 所信表明というのは、その時その時の総理大臣が一体どういう姿勢で取捨選択をしながらおっしゃるのかそれはよくわかりませんが、八月の所信表明もそれから本国会の所信表明も、両方ともやはり地方分権についてきちっと触れてはおります。特にこの秋の国会においては、冒頭はもちろん政治改革、行政改革、経済改革、この三つの改革だということをまずおっしゃって、その後、国際会議その他でも、必ずこの三つの改革を今の細川内閣における最も大きな使命だということを言い続けてきたわけでもありますので、そのもう一歩進んだ分権をじゃどうするのか、そこまでは確かに触れておりません。そこには多少政治改革優先という気持ちが影響しているということを申し上げたわけでありますが、それはおかしいと言われればそれは鎌田先生の御意見としては拝聴させていただきます。
 意欲としてはある程度順序立てて、大変困難な大きな課題だけに政治改革そして行政改革、経済はまた別の意味で深刻な不況であるから待つことはできません。ウルグアイ・ラウンドも待つことができません。改革としては政治改革そして行政改革、こういう大まかな位置づけをし始めている。しかも、もうそんな遠くじゃなしに政治改革が年内に実れば一月から行政改革に堂々と立ち向かっていける、こんな考え方をお持ちなのではないかというふうに思っております。
#16
○鎌田要人君 この点は既に過ぎてしまったことでありますから言ってもしょうがないことかもしれませんが、これから細川内閣を運営していく第一段階として、こういうこと、こういうこと、こういうことに課題として私は取り組んでまいりますということは所信表明の中でうたってほしかったという希望だけを申し上げておきます。
 そこで次に、政府・与党の態度とされましても、これは地方分権の推進を真に希求してその実現のために全力を尽くす覚悟であると解しておるところでありますが、そこで、言われております地方分権の具体的な内容です。
 抽象的に、例えば中央政府としてやるべき国の存立に直接関係のある事務、例えば国の行政組織、幣制、外交、こういったものは国に置いて、あとは地方の住民の身近なところでやるのです、こういう抽象的な言い方じゃなくて、具体的な内容に即して地方分権ということをどういうふうに考え、その実現の可能性をどのように官房長官として必要性を把握し考えておられるのか、それをお伺いいたしたいのであります。
#17
○国務大臣(武村正義君) 地方分権というテーマは、国と地方を全体でとらえながら国の権限を地方にシフトしていくという作業であります。一つは、そのための基本的な枠組みをつくろうという考え方が浮上いたしております。
 それが地方分権推進法とか基本法とかいうことで各党からも出ておりますが、行革審の答申の中にもたしか入っておりました。これをつくるかどうか、つくるならどんな法律の形にするかというのがまず先行するのかもしれません。そして、一定の限られた期間の中にこの推進法を中心にして地方分権の中身を固めていく作業に取りかかる。
 この中身になりますと、もう鎌田委員も十分長年御経験をいただいたように、地方制度調査会等があって今までも分権に関してはいろんな答申が繰り返しなされてきたわけですが、かなりのものはそれが実っておりません。一部実ったものも有効かと言われると必ずしも有効でないような制度改革もありました。
 そんなことを振り返りますと、一つ一つの法律の権限を移すということも基本でありますが、何かやはり国と地方を通じた日本の統治構造をどう新しく考えていくか、憲法の中で地方自治を強化する姿勢に立って大きな枠組みをどう考え直していくのか、その辺からも論議は始めなければなりません。道州制、連邦国家論等々、そういう大胆な議論が片方にある中で、地方制度調査会のことしの案は広域連合制度とか中核市制度とかあるいはパイロット、これはその大きな地方分権の作業から見ればほんのちょっとしたことに手をつけようという、こんなことで地方分権が進められたのではこれはとてもいいことではありません。
 やはり全体の大きな枠組みの中で議論をしながら、中央と地方両政府のあり方というところから議論をしていく必要があるのじゃないか、そういう中で、冒頭おっしゃったような紋切り型の答弁ですが、中央はなるたけスリムに、防衛、外交、経済の基本等についてはスリムな政府になって、地方がむしろ身近な住民のさまざまなサービスにかかわっていく政府としてしっかり存在していく、こういう方向を目指すべきではないかと私は考えております。
#18
○鎌田要人君 今の御意見、しかと伺いました。そういう方向でこれからそこにおられる閣僚の方々が同じ気持ちにならなきゃいけませんからね。閣僚の皆さん方のお気持ちが同じで、一つにまとまっていかないとこのことは絶対にうまくいかない、これは宿命とも言えると思います。その点で、しかと今のおっしゃった点を私は心にとめておきますので、今後の御活躍をお祈りいたします。
 最後に一点だけ。
 あなたは、道州制論者でありますか。あるいは連邦制論者でありますか。あるいは現在の都道府県制度に手を加えて、今おっしゃった連合制度といったようなものも加えながら、現在の地方制度というものを基本にして、それに若干の運用あるいは制度面で手を加えていくという論者でありますか。それだけを参考に最後に一言だけお伺いしておきたいと思います。
#19
○国務大臣(武村正義君) 官房長官としては真っ白であります。
 個人の意見を聞かれたわけでありますが、余り個人の意見も言うべきでないと思いますが、今まで主張してきたことは、府県、市町村ともにやはり広域化の方向を目指すべきだということは一貫してそう認識をしておりましたし、主張をしてきました。しかし大事なことは、市町村を広域連合であれ市町村合併であれもし大きくするなら、私はもう一つ大事なことは狭域行政だと思うんです。
 私が県を預かっているときには草の根県政ということを標傍しておりましたが、言ってみれば各町内会、集落、ここに日本の伝統的な自治の流れがあって今でも連綿と受け継がれていて、自分たちで金を出して盆踊りしよう、お宮さんやお寺を守っていこう、あるいは集落の運動会をやろう、これは本当に行政がノータッチでも自治が息づいています。ここにもっと目を向けるべき。
 その次に学区ですね、小学校、中学校の単位。これに対しては、アメリカと違って日本は余り制度の目が向いていません。学校ですらも、小さな人口一万の町村ですら三つぐらい小学校がありますと、もう学校経営はどんぶり勘定で行われます。住民は町長さんに早く体育館を直してくださいとわんわん陳情さえすればいい。すると町長さんは、全体の地方の予算の中であるときが来たらやりましょうと。こういうことで、我が小学校の体育館建設ということに二億円かかるなら二億円の経費と住民とのかかわりが全く不明確であります。
 そんなところを考えますと、やはり学区とか集落とか町内会とか、そういうところにもっと制度的にも目を向けた狭域行政の努力を片方でしながら広域化していくということが必要がなと思っております。
 府県の広域化の行き先には、道州制とか地方政府とか連邦国家論があることは十分関心を持っております。
#20
○委員長(三上隆雄君) 質問者が、官房長官退席してもとのことでございますから、どうぞ御退席ください。
#21
○鎌田要人君 それでは、官房長官お忙しいようでありますから、次に佐藤自治大臣、お願いいたします。
 まず第一は、今お話のありました広域連合あるいは中核市、これに関する地方制度調査会の答申がございましたね。これが実現につきまして、改めて自治大臣の御所信をお伺いいたしたいのであります。
#22
○国務大臣(佐藤観樹君) 御指摘のように、四月十九日に地方制度調査会の方から答申が出されまして、広域連合制度、中核市制度ということが大きな柱になっておるわけでございます。私たちといたしましては、地方分権の一環といたしまして、その前段と言ってもいいかもしれませんけれども、ぜひこれは実現をさせていかなければならぬということで、何分とも関係省庁の御了解というものがなければできないことでございますので、今関係局にその調整をさせ、次の通常国会にはぜひともこれを出して御審議をいただきたい、この意欲に燃えておるところでございます。
#23
○鎌田要人君 私がこのことを申し上げましたのは、一貫して私は地方行政に携わっておりまして、非常に地方制度調査会でいいことをおっしゃっていただくのですね。ところが、この地方制度調査会答申が表へ出ますとたちまちに袋たたきに遭って、それで棚の上へ上げられてしまって、そのままほとんど、今、地方制度調査会は二十何次まで続いていますかね、答申はほとんど行われておらない。その実情をよく大臣にも御認識いただきたい、どうしてそうなのかと。これが、私がきょう一貫したテーマとして持っております地方分権というのが、国会では地方分権、地方分権というのが言われて、現実にはそのことは自分たちの骨身をそぐことになりますからね。だから、各部会、各省庁みんな反対されるのですね。内心は反対でありながら、表だけはきれいなことで地方制度調査会の答申になって出てくる。そこの矛盾にどうしてもたまりかねて申し上げておるわけでありますので、そこのところをよくお考えになっていただきたいと思います。
 それからもう一つ、それに関連しまして、国と地方間の事務再配分の問題、これも本当にカビが生えるくらい長いごと言われて、しかもほとんど実現されておらないはずであります。この国と地方間の事務再配分、これに見合う税源配分、財源配分の問題につきましても、これはもうお答えを伺いますと、頑張りますとおっしゃるのです。ところが、現実には全然進まない。そういうことの繰り返しで、私も戦後の大部分を過ごしてまいったわけでありますが、そういうことを踏まえまして、自治大臣とされまして、この新内閣の柱石としてひとつ大いに頑張っていただくように、これはもう希望にとどめておきます。伺っても恐らく同じことだろうと思いますので、今後は実行を持って私どもの目に見せていただきたいという希望を申し上げておきます。
 そこで、景気対策の面で、地方団体は、みずからの果たすべき役割を認識して精いっぱいの努力をしてまいっておることは、これは御存じのとおりでございます。問題は、その結果、地方債の残高が累増をしてきております。これは御存じのとおりであります。これが地方財政にとっていかに深刻な事態を及ぼすのかということも改めて申し上げる必要はないと思います。このような傾向、また今後予想されます公債費の増大という問題に対しまして、何かこのような妙策を持っておりますと、力強くおっしゃっていただくことがございましたらお伺いいたしたいと思います。
#24
○国務大臣(佐藤観樹君) 鎌田委員言われるほど妙策というのがあるわけではございませんけれども、数年来、抑制ぎみに地方債の方もきたわけでございますけれども、今、委員御指摘のように、地方単独事業を景気対策として積極的にやっていこうということで、かなり地方債の増発ということできて、平成五年度、四月の総合経済対策、これを入れますと八十四兆円の地方債の借入金残高ということになると思います。
 ただ、これからを考えますと、九月の緊急経済対策、地方の単独事業が五千億円、それから国の事業が一兆円でございますので、恐らく約五千億円程度を地方が持たなければならぬと思います。それから、御承知のように、地方税の税収が悪い、地方交付税の国の方の税収が悪いということで、こういったこれからの負担増をかなり考えていかなきゃならぬと思っているわけでございますが、重要なことは、地方財政の健全性というものを確保していくということが私に課せられた非常に重要なことだというふうに思っておるわけでございます。
 ただ、幸いなことと申しましょうか、近年におきまして、いわゆるバブル期のときに交付税特会の借入金の繰り上げ償還ということもやっておりますし、あるいは財源対策等の償還基金等を設置しておりますので、そこで少し借入金を身軽に、幾らか軽くすることができた時期もございまして、そういう状況でございますが、しかし今申しましたように、先々考えますと、ふえる方向が非常に強いわけでございます。
 しかし一方では、財政需要と申しましょうか、景気対策としてこの単独事業というのも一定のものから当然やっていかなきゃならぬわけでございまして、そういったことを考えますと、この際、少し私たちとしてもこの公債費の見込みというものを適切にしていくことが大事でございますし、そのための財源を確保していくということで、個々の地方自治体が財政運営に困らないようにしていくことが大事であるというふうに考えております。
 したがいまして、ここはちょっと忍の状況ではございますけれども、いずれ景気が戻ってきたときにまたそこで、先ほど申し上げましたような、身軽になる、借金を早目に返すとかということを通じて、地方公共団体の財政の健全化に努めるということも私たちは絶えず頭に置いております。そういった意味で、ここでは短期的には非常に苦しい時期だと思いますけれども、地方公共団体が単独事業でやっていただくことは景気の下支えとしては私たちは大変に重要だと思っておりますので、そのことも頭に入れながら、地方公共団体の財政運営というものの誤りなきを期すと同時に、運営に支障のないようにしていく、そしてそれが国と地方自治体が一体となってこの厳しい経済情勢を乗り切る下支えになればというふうに考えております。
#25
○鎌田要人君 お隣で藤井大蔵大臣がやや御退屈な模様でございますので、藤井さんにもちょっとお尋ねをいたしたいのであります。
 大蔵省に私ども陳情に行きますと、地方は楽ですよ、国に比べて地方は楽ですよ、こういうことをすぐおっしゃるんですね、あなたの部下の方がですよ。この地方は楽ですよというのは、地方というのは三千の団体から成っておるということを御存じになっておっしゃるのか、御存じでなくておっしゃるのか、そこのところがよくわからないんですね。
 今単独事業のお話がありました。私は鹿児島県で単独事業を組むのに本当に血の出る思いをするんですね。単独事業が例えば一兆円ある。そうしますと、恐らくそのうちの六割ぐらいは限られた十の府県で独占しているはずです。鹿児島県あたりは低級のランクでやっておるわけで、単独事業というのは、これは申すまでもなく全く地方の独力でやるわけですから、それだけに疲弊は非常に大きいわけです。財政力の弱いところはその疲弊が大きいわけですから、単独事業に余り大きなウエートをかけられると、一年二年はそれは地方も歯を食いしばって頑張りますが、それ以上は単独事業というのは大多数の地方自治体にとっては迷惑な存在であるということも御認識をいただきたいんですが、そこのところでせっかく藤井大臣の御所見をお伺いいたしたいと思います。
#26
○国務大臣(藤井裕久君) 私も昔大蔵省にいて、十八年前に地方財政の主計官というのをやりました。私はやはり国、地方は車の両輪という言葉を常に使っておりますね。私は両方がうまくいかなきゃいけないということから、悪い言葉でありますが、貸し借りをやったりなんかしながら両方がうまくいくようにやってきたと思っています。これが一つです。
 それから、私は決して地方の方が楽だなどとは申しません。地方の中にもいろいろな状況があるというのはもう鎌田委員御指摘のとおりだと思っております。
 それから、第三番目の単独もよくわかります。
 ただ私、経済政策は、国も同じなんでございますが、一つの経済政策をとるということはプラス面とマイナス面が必ずあるわけでございますね。そして、今景気対策が最重要課題だからこれをやるわけですが、国においても大幅な公共投資政策をやっているということは後年度の負担をふやしているわけでございますし、政策減税、住宅減税も含めてやるということは不公平税制という言葉を飲み込んでいるわけでありますし、極端な今の公定歩合、金利政策というのは預金者の犠牲において成り立っている、そういう面があることはもう事実でございまして、よく今おっしゃったような事情も考えながら、当面の緊急課題であるこの景気対策に取り組んでいるという趣旨は御理解をいただきたいと思います。
#27
○鎌田要人君 趣旨は十分にわかっておるつもりですが、地方に対して余り過酷な桎梏を課さないようにということを私は知事の経験者として申し上げておるわけです。
 そこで、もとに返りまして、自治大臣にあと一、二問申し上げたいと思うのでありますが、いわゆるバブル崩壊、これは私余り好きな言葉じゃありませんが、バブル崩壊後の景気低迷ということで、平成四年度の地方税収入に引き続きまして平成五年度の地方税収入も前年を下回るんじゃないか、二年連続税収が前年を下回る状況にある中で、地方税収の現状について自治大臣の御認識のほどをお伺いいたしたいのであります。
#28
○国務大臣(佐藤観樹君) 平成五年度の地方税収につきましては、御承知のように道府県税で法人事業税が前年に比べて一五%減収となっております。特に、市町村税におきましても市町村民税、法人税割が大きく落ち込んでおりまして、市町村税全体といたしましてほとんど伸びが見られないという状況でございます。
 したがいまして、先行き必ずしも景気の動向が半年後どうなっていくか完全に見定めることにはならぬかと思いますけれども、地方税収入は非常に厳しいという認識で、先ほど申しました単独事業も含め、全体的に地方財政計画をつくるときには頭に入れて大蔵省とも相談の上やっていかなきゃならぬ、こういう認識でございます。
#29
○鎌田要人君 最後に、このような厳しい財政状況、また税収状況の中で景気対策としての減税問題が浮上しております。所得税減税を行います場合に、従来はもちろん所得税が大通りでありますが、それに添えて個人住民税も減税ということでございましたが、先ほど来申しておりますような地方自治体の状況からすれば地方税の個人住民税、これを減税するということは、厳しい税収の現状あるいは代替財源の問題等を考えますというと、厳しい難しい状況ではないかと思います。
 そこで、この点につきまして、大蔵大臣の御説明は先ほど伺いましたが、自治大臣の御見解をお伺いいたしたいのであります。
#30
○国務大臣(佐藤観樹君) 先ほど触れましたように、地方税収も地方財政計画を二年連続して決算額において下回ること必至じゃないかという財政状況でございますので、代替財源なしに住民税というものを減税する、もちろん減税のやり方には課税最低限を上げるというのやら刻みをどうするという問題もあろうかと思いますが、いずれにしろ住民税というものがいわば地方公共団体の会費だというまず基本的なところを押さえた上で所得税と同じように課税最低限を上げるというやり方、このこと自体もひとつ議論していただかなければならぬ課題だと思います。
 しかし、あわせまして、今のような財政状況の中でかわりの財源もなしに住民税減税をやるということは難しい状況だと言って決して過言ではないと私は思っております。ただ、御承知のように今税調の方で所得、消費、資産等のバランスある税はいかにあるべきかということを議論しておりますので、その結論を見ながら私たちとしても適切な対処をしていかなければならぬと思っております。いずれにしろ、委員も先ほど言われましたように、地方にとりまして住民税減税の話ばかり出ていて、そしてかわりの財源はどうするのかということが表へ出てこないということは大変深刻に受け取って、私の方も大変多くの陳情をいただいておりまして、当然のことだと私も思います。
 したがいまして、大蔵大臣ともいろいろとお話をしておりまして、そのような答申が出たときにどのようにすべきか。そもそも減税をどうするかまだ方向が決まっておらぬわけでございますので、いずれにしろ地方公共団体は、私はこういう表現を使っておるのでありますが、三千三百の地方の経営者の皆さんでございますから、経営が困る、収入が減るということのみのことではやっていけないことは言うまでもないわけでありますので、そのことを十分頭に置いて対処するのが私の責任であるというふうに考えております。
#31
○鎌田要人君 それでは、ここで災害関連についてお伺いいたしたいと思います。
 ことしは申すまでもなく災害の当たり年の感がございまして、これに前々年から続いております雲仙の災害を合わせますと、まさに災害で南も北も大わらわの年であると言えます。その中で、まず平成三年に起きました雲仙の噴火の復旧状況につきまして、特に砂防ダム、堤防等の築造を含めまして国土庁御当局からお伺いいたしたいのであります。
#32
○国務大臣(上原康助君) 数字的な必要があれば後ほど事務当局から御答弁させますが、今委員御指摘のように、二年有半続いております雲仙・普賢岳の噴火災害につきましては、これまで国土庁としましては緊急対策本部を設置して長崎県また島原市等との連携を保ちながら最善の努力を払ってまいりました。
 御承知のように、生活安定再建資金貸付事業あるいは最近においては集団移転事業等の促進を図りながら復旧に努めておりますが、何分まだ噴火状況が続いているということもありまして容易でない面もございますが、引き続き最大限の努力をして地域住民の御期待に沿うように最善の努力を払ってまいりたいと思っております。
#33
○政府委員(豊田高司君) ただいま御質問の雲仙・普賢岳噴火の復旧状況についてお答えいたします。
 平成三年度と四年度におきます噴火災害に対応するために、この土石流や火砕流による災害の防止と軽減を図ることを目的といたしまして、まず警戒避難体制に役立てるための監視施設の整備を行いました。それと同時に、災害関連復旧事業で砂防ダム、それから遊砂地、避難路などの整備を行いました。そのほか、ダムにたまりました土砂を取り除くいわゆる除石工事というものも実施してきたところであります。
 その一方で、恒久的な対策といたしまして、上中流部の砂防ダム群、それから下流部の導流堤から成ります水無川砂防基本計画というものを平成四年の二月二十二日に公表いたしました。これらに基づきまして、平成五年度からは国の直轄事業として砂防事業を実施してきておるわけであります。平成五年度につきましては、現在、鋭意、事業をするための用地の取得を先行してやっておるところでありまして、本年度も梅雨期に発生いたしました土石流災害に応急的に対応するために当面仮設導流堤というものが必要でありますが、この仮設導流堤を建設することといたしておりまして、現在までに約三百五十メートルが完成しております。年度末までに全部で十八基、これですべてでありますが、一応十八基すべてを年度末までに完了する予定で今鋭意進めておるところであります。また、既設の遊砂地、土石流が発生したときにそこで一たん受けとめる、下流に急激に土石流が出ていかないようにするための遊砂地、こういったものの増強もあわせて進めておるところであります。
 それから水無川本川についてのことでありますが、ここには土石、土砂を含んだ洪水流が流れてくるわけでありまして、これを安全に流下させるために、平成四年度からは災害復旧助成事業によりまして堤防のかさ上げ、それから河床の掘削、川幅の拡幅等々、こういったものに着手しております。残念ながら警戒区域の中は仕事ができませんが、警戒区域外におきまして、それぞれ十二月末までに概成をさせる予定にしております。また、国道二百五十一号の水無川橋梁につきましても、仮設の橋梁、仮橋の設置を完了さすこととしております。
 それから中尾川の方でございますが、平成五年四月二十八日にこの中尾川にも大規模な土石流が発生いたしました。その後も火砕流が頻発しておるために警戒区域が設定されたわけでありますが、現在も立ち入りが禁止されております。したがいまして、その区域外で緊急的な対策といたしまして砂防ダム、遊砂地の整備を、これも災害関連緊急砂防事業ということで急遽する事業でありますが、災害関連緊急事業として新規に着手しております。恒久的な対策といたしましては、現在全体的な治水砂防計画を検討中でございます。
 それからもう一つ、大手川という小さい流域がございますが、大手川流域におきましても、八月二十日に泥流が発生いたしました。そして、その結果たくさんの家屋に被害が出たわけでありますが、ここも緊急的な対策といたしまして遊砂地等の砂防施設を災害関連復旧事業として実施いたしました。また、その大手川の下流の改修事業でありますが、これにつきましても河川改修事業をやっておるわけでありますが、これとあわせまして流路工の整備を今促進しておるところであります。
 いずれにしましても、今後とも引き続き雲仙・普賢岳の火山活動に伴います土砂災害に対処するとともに、警戒区域の危険な地域での事業実施のため、今入れないところをどうしたらやっていくかということでございますが、無人化施工技術というものの開発を今行っておるところでありまして、これの成果を生かしながら地域の復旧のために努力してまいりたいと考えておるところであります。
#34
○鎌田要人君 噴火が現に進んでいる中での工事というのは大変だろうと思います。ひとつ遺漏のないようにやっていただきたい。時間の関係がありますので、細かく伺いたいのでありますが、残念でありますが、仕方がありません。
 そこで次は、私の地元の鹿児島の災害でございます。
 鹿児島の災害というのは、私ももちろん生まれて初めてでありますし、生きている人はほとんどこの災害に遭ったことはない、それぐらいの大災害なんです。これだけの大災害でありましたから、文明開化の今日でも、この台風十三号を中心としまして鹿児島県の今夏六月以降今日までの災害で死んだ人が百二十名、行方不明一名、それから住家の全壊が七百十七棟など激甚な災害を受けまして、この結果、災害救助法の適用市町村が十三市町村、法外適用が同じく十二市町村という多きに上っております。
 百五十年前に、肥後の名工、石工の三五郎という人が甲突五橋というのをつくりました。その中の二つの橋が流れてしまったというぐらいの災害、集中豪雨でございます。それだけにこの災害で、まさに未曾有と言っていいと思うんですが、沿岸の住民は天を仰いでしばらくは仕事が手につかなかったということを伺っております。私は、緊急の事態でありましたが、見ました鹿児島市を初め五つの市町村でも、被災された住民の方々の本当に悲惨な状況というのがまだ頭に焼きついておるのでございます。
 そういう状況の中で、このような大災害に対しまして国の援助、これが適切に行われたということで住民あるいは関係市町村は非常に感謝をいたしております。ただ、これも、国の援助というのも援助待ちではいかぬ、自立自興で自分たちができることはまずやらなぎゃいかぬ。その上で、できないことは国の手厚い保護というものを必要とするわけでございますが、このような大災害に対しまして国として、国土庁、自治省、あるいは大蔵省、それぞれのお考えをお持ちでございましょうから、お伺いをいたしたいと思います。
 まず国土庁からお伺いをいたしたいと思います。
#35
○国務大臣(上原康助君) もう先生よく御事情もお詳しいし、また御専門のお立場からのお尋ねですが、確かに今年の鹿児島県を中心とする集中豪雨による被害というのは百年ぶりとも指摘されておりますし、一説には百五十年ぶりの大災害、豪雨災害だと。私も現地を視察させていただいて、本当に自然災害の怖さというものをまざまざと改めて認識をさせられた次第でございます。
 今、鎌田委員の方からも国土庁や国の災害復旧対策についての一定の御評価があったことに敬意を表し、感謝申し上げるわけですが、今回の台風や梅雨前線等による被害状況を見て、日本列島というのがいかに自然災害を受けやすい状況にあるかということを改めて認識を深めた次第でございます。
 そこでまず、こういう災害が起きた場合の対処といいますか心構えとして、やはり沈着冷静な避難や救助等の応急対策が非常に重要だということを考えます。そのことを地域住民や自治体、国土庁、あるいは気象庁、関係省庁がやって、今後の災害に対する備えとしては、予防の観点からのソフト面ではやはり気象観測体制の強化を図るということと、迅速な予防というか警報の発表というものを行うことが必要だと考えられます。また、ハード面では、先ほども御指摘もありましたし、また建設省の方からもお答えもあったわけですが、特に都市河川の整備を初めとする河川改修事業等の推進の必要性というものを改めて痛感いたしております。また、土砂災害の予防のためには、土砂災害対策推進要綱に基づきまして総合的な土砂災害対策の推進が不可欠であると思われます。
 こういう認識のもとに、今後ともこうした対策を強力に推進をして風水害による被害の軽減を図るとともに、避難、応急対策等についてもその適切な実施を図るために、国土庁としては調整機能を充実強化するように関係省庁と協力をしながら努力しているところでございます。
#36
○政府委員(湯浅利夫君) 今般の鹿児島県の豪雨災害によりまして大きな被害を受けました地方団体はたくさんあるわけでございますけれども、これらの地方団体の各種の対策のための資金需要に対応するため、応急措置といたしまして二県五十七市町村に対しまして約二百三十九億円の普通交付税の繰り上げ交付を既に行ったところでございます。
 それから、被害に遭いました地方団体におきましてはこれから災害復旧事業などに多大の財政負担が生ずるわけでございまして、このための財源といたしまして災害復旧事業債などを措置いたしまして、その元利償還金につきましては普通交付税に算入することといたしております。
 また、災害救助費とか応急復旧費あるいは災害対策本部の経費などにつきましては、災害復旧事業費、罹災世帯数、農作物被害額などを指標といたしまして特別交付税の算定を行いまして、所要の財源措置を講じていきたいと存じているところでございます。
 今後とも、被害状況、財政状況を十分勘案いたしまして、被災地方公共団体の財政運営に支障の生じないように適切に対処してまいりたいと存じております。
#37
○国務大臣(藤井裕久君) 大蔵省から申し上げますが、今回被災された方々、地域に対して本当に心からお悔やみを申し上げたいと思います。
 大蔵省としての立場からいえば、早急に予備費もそれなりに計上いたしましたし、応急復旧は既定予算の中でどんどんやるという措置もとりました。同時に、前政権の時代でありますが、六月の補正予算においては五千三百億の災害復旧事業費を計上しました。当初予算では八百億台だったわけでありますから相当やったわけでありますし、今回の九月十六日対策ではさらにこれに四千五百億乗せる準備をいたしております。災害の査定なども各省で早急にやっていただいておりますので、これに間違いなく適切に対応してまいりたいと思います。
 さらに、来年度予算におきましてもこれらについては十分考えていくべきことだと、あわせて申し上げたいと思います。
#38
○鎌田要人君 私の質問はこれで終わります。
#39
○木暮山人君 自民党の木暮でございます。
 今、鎌田先生から時間を少し譲っていただきまして、最初に大蔵大臣、そして労働大臣、また外務関係、そして官房長官、本当は総理にも質問したいと思っておりますが、きょうは大体そんな順で質問させていただきたいと思います。
 まず第一、大蔵大臣に対しましては、租税論議における国会と政府の役割ということにつきましてひとつ質問させていただきたいと思います。
 国民の負担となる租税の内容とその水準をいかにするかは、国民の代表機関である国会の本来的、基本的な任務であります。このことは、近代における議会政治誕生の歴史を振り返るまでもなく当然なことであり、税制論議においては議会が政府より低い位置にあってはならないと思うのであります。マスコミはかつて、自民党政権時代の税制改革論議を政府税調と比較して党高政低と称したことがあります。これは責任ある政権与党といたして、国民各層の意見、要望を広く聴取し、これを政府施策に反映したからであって、議院内閣制またそれを支える政党政治のもとにあってはこれは高く評価すべきであり、非難めいた言葉でとらえることはないと考えております。
 以上、私の所見を申し述べましたが、税制論議における国会と政府の役割の違いについて大蔵大臣の御所見をいただきたいと思います。
#40
○国務大臣(藤井裕久君) 今、木暮委員のお話のとおりだと私は考えております。近代議会政治ということの発祥からおっしゃいましたが、そのとおりに思っております。何よりも税法というものがあって、これは国会の御決定をいただいて初めて税法が執行されているということを見ても明らかだと考えております。
   〔委員長退席、理事西野康雄君着席〕
 そこで、今税制調査会のお話がございましたが、やはりその道の専門家の方にいろいろ御議論をいただいているということは、これは一つの手段、段取りとして私は非常に大事なことだと考えております。今、税制調査会の御議論が進んでいるところなのは御承知のとおりであります。私がこの委員会でもこの間申し上げました、ほかの場でも申し上げておりますように、税制調査会は税制のあり方についての一つの理念を御答申になる場でございまして、一部の報道がどの税がどうなるこうなるというようなことについて出しておりますが、そういうことではなく、一つの理念を御答申になるように私は承知をいたしております。
 したがって、それをどのように解決していくか。総理がお答えのように、税制調査会の答申というものを尊重するということは当然であります。その理念は尊重しつつ具体的にどうするかというのは、まず政府の中でも意見を交換しなければなりませんし、そしてまた国会の場において御論議をいただく、そういう段取りであると考えておりまして、木暮委員の御指摘はそのとおりに理解しております。
#41
○木暮山人君 ありがとうございます。
 次に、労働大臣に質問させていただきます。
 労働者が健康で働けることは、本人や家族にとってこの上ない幸せでありますと同時に、企業にもそして社会全体にとりまして利益をもたらすものであります。我が国が長寿高齢社会の到来を迎えて、中高年齢者の心身の健康と労働適応力の維持向上を緊急の課題として取り上げなければいけない……。
#42
○理事(西野康雄君) 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#43
○理事(西野康雄君) 速記を起こしてください。
#44
○木暮山人君 労働大臣、よろしゅうございますか。
 産業保健に関する要望も兼ねての話でございますが、労働者が健康で働けることは、本人や家族にとってこの上ない幸せでありますと同時に、企業にもそして社会全体にとりましても利益をもたらすものであります。我が国が長寿高齢化社会の到来を迎え、中高年齢者の心身の健康と労働適応能力の維持向上は緊急の課題であります。
 毎日の食事において食べ物をよくかんで食べることができることは健康への第一条件であり、全身の健康の基本となる栄養の摂取は歯や歯茎が健康でなければなりません。また、健康な歯や歯茎は日常の対人関係や会話に影響を与え、社会生活の中で人間関係を保つ上でも極めて重要な役割を持っております。この歯や歯茎の健康を守るために生涯を通じて歯科保健対策を進めるべき必要があるのであります。特に歯茎、つまり歯周疾患による歯の喪失が増加し始める三十代からは計画的に継続的な保健対策が講ぜられなければなりません。健全な労働力の確保は重要な課題であり、そのための施策の一つとして歯科口腔の健康確保対策にもっと積極的に取り組んでいく必要があります。
 そこで、次の事項の実現に特段の御配慮をお願いしたいと思います。
 労働安全衛生法に産業歯科医の身分及び職務を明確にする規定をひとつ入れていただきたい。労働安全衛生法第十三条は、「産業医」として、「事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を選任し、その者に労働者の健康管理その他の労働省令で定める事項を行なわせなければならない。」として、医師である産業医を選任し労働者の健康管理を行わしめているが、歯科医である産業歯科医の定めはありません。しかし、労働安全衛生規則第十四条には「産業医及び産業歯科医の職務等」として産業歯科医の名称が出てまいりますが、その職務は明確になっておりません。このような労働安全衛生規則の中で産業医の名称が出てくるものの、本則である労働安全衛生法の中に産業医の規定がないのは法体系としては不自然であり、整合性を欠くことになります。
 現在、歯科医師が産業衛生分野で歯科保健等一定の役割を果たそうとして期待されているとき、このことが著しく障害になっておるのが実情であります。ぜひとも労働安全衛生法の中に産業歯科医の身分とその職務を明確にしていただきたいことに対しまして、労働大臣の所見をお伺いしたいと思います。
#45
○政府委員(石岡慎太郎君) 労働者の健康づくりは御指摘のように非常に重要な問題でございますが、その中でも先生がおっしゃいましたように口腔の衛生は非常に大切なものだと考えております。そのために労働省では、労働安全衛生法に基づきまして昭和六十三年から労働者の健康づくりの運動をやってきておりますが、その運動の中でも口腔についての保健指導を行うということをやってきている次第でございます。
 さて、御指摘のとおり、労働安全衛生法十三条では産業医の規定が置かれておりますが、いろいろ先生が御指摘いただきましたように、産業歯科医の職務、身分が若干はっきりしない面が確かにございます。そこでこの問題、さらには産業看護婦、産業保健婦の位置づけもはっきりしないという問題もございましたので、産業医のあり方に関する検討会というものを設置させていただきまして、これは学識経験者から成る検討会でございますが、これを開かせていただきまして、平成四年度にその報告をいただいたところでございます。
 労働省としてはこの提言を踏まえまして、産業医のあり方、産業看護婦・保健婦のあり方、それから御指摘いただきましたような産業歯科医の身分、職務のあり方につきまして現在鋭意検討をしているところでございます。なるべく早くその検討結果をまとめまして、法的整備も含めた対策の充実に取り組んでまいりたいと考えておる次第でございます。
#46
○木暮山人君 今検討中ということでありますが、その法の整備というのを近々やはり期待していてもよろしいんですか。
#47
○政府委員(石岡慎太郎君) いろいろ、例えば事業者の負担につながるような制度改革の方向もございますので、少し時間がかかるかと思いますけれども、本年度、来年度その検討を行いまして、なるべく早い機会に結論を出しまして法的整備を含む対策を講じてまいりたいと考えております。
   〔理事西野康雄君退席、委員長着席〕
#48
○木暮山人君 どうもありがとうございました。
 次に、細川総理の我が国の侵略行為の発言について問いただしてみたいと思うのであります。官房長官よろしくお願いします。
 細川総理は、九三年八月十日、就任後の記者会見で太平洋戦争は侵略戦争だった、間違った戦争だったと認識していると述べております。また、八月二十三日の第百二十七国会本会議における所信表明演説で「過去の我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐えがたい苦しみと悲しみをもたらしたことに改めて深い反省とおわびの気持ちを申し述べる」としております。
 総理は、記者会見での侵略戦争を本会議で侵略行為というように言いかえられたわけでありますが、侵略戦争と侵略行為の違いは法的にどう違うのでありますか。戦争ということになると、侵略であったかどうかは別にして、国際法の上から、また歴史的評価をまつことになり、また、戦争の主体は国であると思います。ととろが、侵略行為ということになりますと、その主体はだれか、国家であるのか個々の戦闘に参加した兵士であるのかあいまいになってしまう。
 そこで、まず侵略戦争と侵略行為の法的違いをひとつ法制局の方にお伺いしてみたいと思います。
#49
○政府委員(丹波實君) 外務省の事務当局からまず事実関係について御説明させていただきたいと存じますけれども、八月十日の記者会見とそれから国会におきます所信表明演説との点につきましては、先般のたしか予算委員会だったと思いますけれども、細川総理御自身が、さきの所信表明も八月十日の記者会見もいずれも同様にさきの戦争についての基本的な私の認識、同一の認識をお示ししたものと御理解いただきたいと存じますと答弁いたしておるところでございます。
 次に、先生が質問しておられますところの、侵略戦争とあるいは侵略行為という言葉がそれぞれ使われておるけれども、それでは法的にどういう関係にあるかというお尋ねだと思いますけれども、侵略と申しますのは、一般に他国に対しまする違法な武力の行使を中心とする行為であるというふうに考えられております。しかし、国際法上、侵略戦争とかあるいは侵略行為といったものにつきまして、一般に確立した法的な概念としての定義は必ずしも存在いたしておりません。したがいまして、侵略戦争あるいは侵略行為と申しました場合に、その言われておる文脈の中でその意味を判断していくよりしょうがないのではないかというふうに考えておる次第でございます。
#50
○木暮山人君 これから質問していくうちにそういうことがだんだん大切になってくるのでありますが、ただいまのところではそれで結構だと思います。
 なおもう一つお聞きしておきたいことは、これは外務省条約局でもどなたでもいいのでありますけれども、国際公法上、事情変更の法則というのがあるわけであります。言うならば、公序良俗を犯す者とか、日本の国内法では、民法ではまたいろいろなそれと同等の法規定があるのでありますが、国際法上のそういう問題についてはどんなふうに解釈したらよろしいのでありますか。
#51
○政府委員(丹波實君) 今の先生のお尋ねは、いわゆる国際法におきまして事情変更の原則というふうに言われておることについての御質問と理解いたしますけれども、国際法上、事情変更の原則という考え方は確かに存在いたしておりまして、それは、条約の締結に当たって予見できたならば、その条約を締結しなかったと思われるほど重大な事情の変化が条約の締結後に生じた場合には、この変化によって重大な不利益を受ける当事国は、条約を終了させまたは条約から脱退できるという原則でございまして、どちらかといえば広く国際法学者の間でもこの考え方は多数説として考えられておるわけでございます。
 ただ、この原則に合致する重大な事情の変化というものを何を基準として認定するかというような問題をめぐりましてさまざまな意見が存在しておるということは、先生御自身御承知のところかと理解しておる次第でございます。
#52
○木暮山人君 そこで、本日、これは総理に御質問したいと思っておりましたのですけれども、総理不在でございますから、官房長官に、総理にかわって、政府の見解といたしましてひとつ御所見を後でちょうだいすることになると思います。
 少々時間をいただきますが、今の日本の国是の中におきまして、どうも断片的でありまして、その断片を見る角度を変えますと、いろいろな角度から解釈されるわけでありますが、日本が開国した時代から現在に至るまでの日本のやはりそういうものの流れというものを明確に話す、そのためには、短時間ではありますが、日本の国内にあっては歴史的な公文書、経済書、または東京裁判時の却下未提出の弁護資料、また中国側においては蘆溝橋事変風雲編、これは北京大学で発行しております。また、小堀桂一郎教授、中村粲教授の意見等を引用いたしまして、先般細川総理が歴史のどの点を指して侵略戦争及び侵略行為として、植民地支配、そしてまた歴史の汚点を恥ずかしく思うとして反省とおわびで償いの道を求められ、非道な行為の非道を削除したりしているようでございますが、何が反省とおわびなのか、今後いかにすべきかの政府の所見をいただきたい、こんなふうに私は思って今から質問する次第であります。
 まず、我が国の歴史観は、申すまでもなく大変自虐的な歴史観で、これが戦後五十年近く日本を風靡してまいったわけであります。これがついに細川護煕総理のパフォーマンスのノーネクタイの外交でその頂点にまで達した感があるのであります。本当に大東亜戦争が侵略だったのか。歴史を考えてみますと、どうしても私はあの日本の歴史というものが侵略の歴史だったとは考えられないのであります。戦争というものは歴史の中に発生するものだと思うのであります。いきなり戦争は青空から降ってくるようなものではない、いきなり勃発するものではないわけであります。長い歴史がある。それは緊張の歴史であり、対立の歴史であり、紛争の歴史であり、こういう長い歴史がずっと続いてきて、その極頂点に戦争という国家主権の発動が行われる。まあ多少の例外はあるかもしれませんが、ほとんどの戦争がそういうものであろうと私は思うのであります。
 さて、十九世紀の後半、我が国が明治維新をして開国をしたときの状況は一体どんなものであったかということであります。西の勢力が東の方へどんどん押し寄せてきて、その勢力の東漸の中でアジアというものはまさに風前のともしびに瀕した時代でございました。
 当時、アジアにおいて一体独立国は幾つあったかというと、日本のほかには当時のシャム、ネパール、ブータン、三国ぐらいでありました。当時の清国は、既に独立国としては実体を失っております。それはアヘン戦争で既に開港しており、主権を奪われておる。あの広大なアムール地方、清国の国境は外興安嶺まででございましたけれども、あの外興安嶺からアムール、黒竜江までは全部ロシアに奪われ、沿海州も全部ロシアに奪われ、日本が開国したとき清国は既にそういう状況だったわけであります。
 全アジアは申すまでもなく、イギリス、フランス、オランダ、ドイツ、それからアメリカ、こういう国々に完全に分割されている。インド以降は申すまでもございません。インド、ビルマ、仏印、マレー半島、それからインドネシア、スマトラ、ジャワ、こういうものが全部西洋の植民地になって数百年を経ておったわけであります。
 そして、日本にとりましての最大の脅威は何かというと、ロシアでありました。このロシアの脅威というもの、ロシア自体が非常に侵略的な体質を持つ国であるということ、これは今も変わらないと思います。
 そういうこともありますけれども、このアジアの国の中でシナと朝鮮が非常に衰弱した弱い国であったということが私はロシアの侵略というのを誘致した非常に大きな原因だろうと思います。もしシナと朝鮮がしっかりとロシアの南下を食いとめる意思と用意があったならば、その後のアジアの歴史は全く違っていただろうと思うし、日露戦争も起きなかったでありましょうし、日本が満州に出ていくこともなかったでありましょうし、満州事変も、その後の一連のいろいろな紛争もことごとく違った様相をとったに違いありません。
 私は、日本の戦争責任ということがよく言われますが、弱い国というものは弱いことによって歴史に対する責任が出てくると思います。国が弱いということは必ずしもいいことではないのであります。弱いことによって、やはり歴史に対し非常に大きな責任が生ずる場合がある。これが当時の清国であり朝鮮だったと思うのであります。朝鮮や中国の責任も十分にある。弱いということによってロシアの侵略を招いた。それがその後の波乱を招いだということは、歴史に対する責任というものだろうと思うのであります。
 このロシアが、御承知のように義和団事件をきっかけにいたしまして全満州、それから朝鮮にまで兵を進めておったのでございます。のみならず、北支までロシアの侵略の計画に入っておったわけでございます。そして、このロシアの南下に対しまして実際に戦うという決意を持っていた国は我が国以外になかったのでございます。もちろん清国にもない。もちろん朝鮮にもあるわけがない。アメリカもイギリスも、抗議はしても戦う意思はございません。我が日本が立ち上がったときに初めてバックアップしたのでございますが、好意ある中立を守ったわけでありますが、みずからは戦う意思はなかったわけであります。
 そういうことを考えますと、日露戦争というものは我が日本が立ち上がらなければどこも戦うことがなかった。日本によって初めて朝鮮からロシアの勢力が駆逐されたし、それから南満州からも駆逐されたわけであります。中国人は自分の手によらず、日本人の手と血によって満州を取り戻したわけでございます。
 よく軍国主義ということがさかのぼって言われるのでございますが、私はこの軍国主義という問題、もし当時、日本の軍国主義がなかったならば一体どうなっただろうかということを考えてみたいのであります。
 しかし私は、この富国強兵、日本の近代化、これがなければアジアはとんでもないことになっていたと思うのでございます。軍国日本というものがあったればこそ日露戦争は戦えたわけでございまして、それがあったればこそアジアは救われたわけでございます。もしあのとき軍国日本というものがなかったならば、全アジアはそのときに私は崩壊し、消え去っていただろうと思うのであります。一体何びとがロシアのあの南下に対し防波堤になり得たか。我が日本以外にはなかったということは厳然たる事実であります。
 日露戦争というのは、私は、アジアを救うための戦争でもあったし、そして何よりも日本の自衛戦争だった。これをほうっておいたら次は日本の番である。完全な自尊自衛のための戦いであったわけでございます。
 そういうことを考えますと、明治の日本というものは、軍国日本と言われますけれども、その軍国日本は、西欧の勢力の東漸と戦うことが日本の運命だったし、そしてまたその中でアジアの国を救い出すという、それが日本の使命だったわけでありまして、その運命に抗して使命を実に見事に達成した日本であった、私はこのように思うのであります。
 ですから、今の日本の軍国主義を非難するアジアの人々は、一体、当時あなた方が日本の軍国主義なるものをどのように考えたかもう一度思い出していただきたいと思うのであります。今申し上げたいのは、軍国日本がなかったら今のアジアもなかったでありましょう。
 それから、日露戦争の後、日本は韓国を併合するわけでございます。何のために併合したか、併合した理由は何だったのかというと、一つは東洋の安定、東洋の平和であり、もう一つは日本の安全でありました。日露戦争に勝って韓国を併合した。その結果、アジアは実に安定したのであります。言いかえれば、それまでの禍乱というものはすべて朝鮮に原因があったと言っていいのであります。日清戦争、日露戦争、これすべて朝鮮が主たる原因だったのであります。日本は三たびこの朝鮮のために国連を賭した戦争というものを戦いたくなかったから、ついに韓国の独立を取り消して併合してしまった、こういうことでございます。
 日露戦争が終わりますと、東亜は安定したのでございますが、実は新しい動きが出てきたのであります。日露戦争後に日本とアメリカとの日米抗争が生まれるのでございます。日米抗争は一体どこに起源があるか。弘化のころアメリカの船が日本にやってきた。それからやがてペリーがやってきて不平等条約と開国を強いた。
 日米抗争というものはどのようにして起こったか。日露戦争が終わるまでは日本とアメリカの関係は非常によかったし、アメリカは全面的に日本を応援したわけであります。それが、日露戦争が終わって日本がポーツマス条約によって満州に権益を初めて獲得する。こうなりますと、今度は清国は、日本の力で満州をロシアの手から取り戻してもらったにもかかわらず日本を排斥し出したわけでございます。そして、いわゆる夷をもって夷を制する政策で、自分の力でやるのではなく、アメリカ、イギリスの力をかりて日本を排斥するという、あの中国伝統の施策をとってきたのであります。
 そしてアメリカも、そのときもうあの親日家のルーズベルトから大統領がかわってしまいまして、ドル外交といいまして、金をばらまいて日本の権益を妨害しようという、そういうドル外交が行われるようになったのであります。あの満鉄に対するアメリカと清国、それからイギリスも入ってきますが、その妨害工作となってあらわれてくるのであります。つまり、満州の鉄道をめぐる日米の争い、もう一つは日本のアメリカへの移民、この移民を排斥するという排日移民問題となってアメリカであらわれてまいります。この二つの形をとって日本とアメリカとの抗争が生まれるわけであります。
 満州の鉄道をめぐる日本とアメリカの争いというものは権益をめぐる争いであります。それに対し、アメリカの移民をめぐる争いというものは、権益ではなく、日本の国家的名誉、民族的名誉をめぐる争いであります。こういう二つの形の違った争いができたのであります。これが実はずっと長い間継続いたしまして、大東亜戦争にも大きな関係を持ってくるのであります。
 日露戦争が終わった約十年後に第一次世界大戦が起こるわけでございます。そして、実は第一次世界大戦のときに実にさまざまな重要な事件に日本が巻き込まれてまいります。
 第一次世界大戦の前後にアジアで起きた大きなことといえば、中国は辛亥革命を行いました。これは、第一次大戦の始まる数年前でありますが、辛亥革命によって清朝三百年の歴史が倒れ、王朝が倒れ、中華民国が誕生いたします。
 もう一つの出来事は、これは今世紀最大の出来事と言っていいのでございますが、第一次大戦のさなかにロシア革命が勃発する。共産主義が現実の政権として地上に姿をあらわした。これがその後の日本に非常に大きな課題といいますか、解決すべき困難な問題を提供していくわけでございます。
 つまり、中国をめぐってアメリカと抗争が始まっていた。そこに今度は共産主義という問題が新たに出てきたわけです。この二つの問題が実は合流してその後の日本の海外対応というものを非常に困難に複雑にしていく。その過程にさまざまな問題、満州事変もあらわれるし、支那事変もあらわれるし、それから極頂点として大東亜戦争が出てくるわけでございます。
 第一次大戦のとき日本はさまざまなかかわり合いを諸外国といたしました。例えば、いわゆる二十一カ条要求という問題がございます。これなんかは非常に中国侵略の代名詞のように言われるのでございますが、決してそんなものではございません。これは簡単に言いますと、日本がポーツマス条約や日清・日露戦役で得た満州における権益というものが、先ほど申しましたように中国の排日とアメリカ、イギリスの介入で非常に不安になっていったのであります。
 その不安になっていたこの日本の権益を何とか確固たらしめようとして、中国に対してそれを確固とするための要求を突きつけたのがいわゆる二十一力条の要求でございます。決して、特に新しい権益を要求したものとは言えないのでございます。満州の日本の権益は不安定であったということ、これが二十一カ条の背景だったのでございます。このとき、日本は領土権も要求しておりませんし、それから駐兵権も要求しておりません。他国において日本人が生きるための権益を要求することはあったのであります。
 二十一カ条もまさにそうでありまして、領土の要求でもないし、駐兵権でもないのであります。ただ、日本人が生きていくために南満州で土地を借りたり、それから商工業、農業を営む、あるいは旅行をする、生活をする、そういう権益、それから満鉄の租借期間を、そしてまた遼東半島の租借権をこれまた九十九カ年に延長する、こういうようないわば権益を確固たらしめる、そういう要求をしたのが二十一カ条の要求でございまして、それはさほどあくどいものであったとは申せません。
 第一次大戦のときにいわゆるシベリア出兵が行われますが、これも結局は共産主義というものがアジアに来ること、これを何とか防ごうという気持ちが日本に強くあったわけでございます。したがって、北浦から沿海州のあたりを静かなアジアと赤いロシアとの緩衝地帯にしたい、そして共産主義がアジアとか日本に入ってくるのを防ぎたい、こういう願いを日本が持ったこと自身私は決して間違いでなかったのではないかと思うのであります。
 残念ながらアメリカにはその日本の防共努力に対する理解が欠けておった。だから、日本のシベリア出兵をアメリカは非難し、これを妨害したわけでございます。アメリカからシベリアまでは一万キロ離れております。シベリアが赤化されても満州が赤化されてもアメリカにとっては対岸の火事でございます。しかし、日本にとっては満州が赤化されることは朝鮮が赤化されることでもある、それは対岸の火事ではないのであります。
 ちょうど戦後、朝鮮戦争が起きて、釜山を残して北朝鮮に占領された、あの昭和二十五年の六月のことを思い出してみればわかるわけでございます。あれが実は進駐車の発動を促し、皆様御存じのように警察予備隊を生み、やがて保安隊、今の自衛隊を生むようになっていったのであります。
 それから、日本は南洋諸島を委任統治もいたしました。第一次大戦によって日本は非常に大陸にも権益を確保し、太平洋にも力を伸ばしたわけでございます。いわゆる一等国の仲間入りをしたわけでございます。
 ところが、これをねたんだのがアメリカでございます。アメリカは御承知のように山東省の問題をめぐりまして、山東半島からドイツを追い出したのは日本でありますけれども、この山東半島を日本が中国から委譲を受けたということ、これに反対してアメリカはベルサイユ条約の批准を拒否いたします。それから中国も脱退する。例の五・四運動が起きてくるわけでございます。しかし、この山東半島は日本はすぐに返すわけでございますが、どうもアメリカは日本が第一次大戦で勢力を広げたのをおもしろく思わない。そして、何とか日本の発展を抑止しようというので、これで開かれたのが第一次大戦の直後のワシントン会議でございます。
 このワシントン会議では実にさまざまなことを決められているのでございます。簡単に申しますと、ワシントン会議で日本は第一次大戦で飲み込んだものをすべて吐き出したと言われております。飲んだものをすべて吐き出すように強制されたのであります。このワシントン会議で日本の軍縮も行われております。主力艦の保持量が対米英六割ということに抑えられる、南洋諸島の防備も制限される、太平洋の防備が制限される、それから日英同盟も廃棄させられる、このようなさまざまな制約が日本に課せられていくのでございます。
 そして一番大きな問題は、中国に関して九カ国条約というのが結ばれるのでありますが、簡単に申しますと、この九カ国条約というのは中国の主権とか独立というものを尊重しようというのが骨子なんでありまして、実はこの九カ国条約というのは十九世紀末にアメリカのジョン・ヘイという人が唱えた門戸開放主義というものを国際条約化したものでございまして、これこそがまさにこの後日本とアメリカの基本的な争点となっていくのであります。
 日露戦争までは侵略ではない。日清・日露は侵略でないけれども、満州事変からは侵略である。つまり、どういうことかといいますと、一九二〇年代というのはワシントン会議が終わった後の十年代であって、ワシントン会議の精神といいまして、国際協調、国際平和というものが声高に唱えられた時代である。そういう一九二〇年代の国際協調の精神を、あるいは国際協調の風潮というものに逆らうようにして日本が一九三一年に満州事変を起こし、国際協調に反するようなことを日本がやった、だから満州事変は侵略である、これは認められないと、こういうふうにおっしゃるわけでございます。
 私は、これに対し重大な疑問があるのであります。
 一九二〇年代というものは、実態を見ますと、世界にはさまざまな矛盾が生まれていたのであります。端的な例を申しますと、初めにこの一九二〇年代半ば、つまり一九二四年にはアメリカで排日移民法が通っているのであります。これは、まさに国際協調が強調された時代において国際協調というものをつぼみから刈り取ってしまったものと言われております。そして、日本は民族的に排斥され、それ以来日本の移民というものは一人もできなくなってしまったのであります。こういうことをその国際平和のチャンピオンであるアメリカがやったわけであります。
 またもう一つは、ソ連という国が生まれたのであります。ロシア革命でソビエト政権が誕生してから数年後、一九二二年にソビエト連邦という国家が生まれました。そして、そのソビエト連邦という国はワシントン会議にも参加しておりません。九カ国条約にも縛られておりません。一切の国際条約の制約を受けておりません。完全に自由に振る舞うことができるわけであります。完全に自由行動をソ連がアジアでとるようになった。
 しかも、この国は帝政ロシアを倒したと言われますけれども、生まれたときから非常に強大な軍事国家として成長していった。とにかく三百万、五百万の軍隊を持っていたわけであります。一時は五百万までの軍隊を持っておった。当時五百万を持っていた国というのは歴史的に存在しなかったのでございます。
 それで、非常に危険な体質を包蔵した国でもあった。内外に対しテロ政治をやる。内に対しては恐怖政治をしく。外に対して共産主義という恐怖政治を輸出しようとする。そして、周りの国を自分の藩へいとして赤化しようとする。こういうような政策をとった国でありますから、これに対して警戒しようという気持ちが起きてくるのは当然でございます。こういう予想もしないソビエト連邦が生まれ、それがアジアの赤化に乗り出したということでございます。
 これと関係いたしまして、シナは先ほども申しましたように辛亥革命が起きましたけれども、その後辛亥革命が思うようにはかどらず、軍閥統治の争いがやむことなく続くわけでございます。そして、その指導者の孫文が非常にお人よしてございまして、革命を成功させるために、自分たちよりも遅く革命しながら成功したように見えるあのソ連の革命方式を輸入しようとするわけでございます。ここが全く孫文の甘かったところで、新生中国の犯した非常に大きな誤りであると思うんでございます。それはこのソ連を見習おうとしたことであり、そしてこれが例の国共合作をしていくわけです。
 第一次国共合作、これが行われたのが一九二四年、これ以来中国は急速に赤化されてまいります。もちろん、ひそかに中国共産党は結成されております。そして、ソ連の勢力というものが中国共産党を通じてばかりでなく、国共合作の結果国民党にまで入ってくるわけであります。国民党が赤化されていく、こういうような状態になって中国は混乱に混乱を重ねていくわけであります。共産党が国共合作などと言ったって、本当に合作する意思がないことは明らかでございます。共産党にひさしを貸して母屋をとられるといいますか、こういう状態になっていった。これは心ある人ならだれでも予測したんでございますが、孫文は大変楽観的な人でありましたから、甘く見たんでございます。
 しかし、孫文が死んでみると共産党と国民党との争いが表面化してまいり、ここに軍の権力を握って出てきたのが蒋介石でございます。孫文死後、蒋介石が新しい軍閥として登場する。そして、この蒋介石が例の北伐を開始するわけであります。北伐を開始したのは一九二六年でありますから、大正十五年あるいは昭和元年と言ってもいいかもしれません。そして、たくさんの軍閥を討って、一番究極の目的は北京に陣取っている張作霖を討つ、そして中国の南北を統一するというのが北伐の目的であったわけでございます。
 この北伐の過程でさまざまなトラブルが外国との間に生ずるわけでございます。初めは英国との間に、やがてこれが日本との間に生じてまいります。北伐が進展していく過程というもの、そしてそれが北に上がっていくに従って、満州に近づいていく。つまり、この中国の戦乱というものが一つ間違うと満州に持ち込まれる。ここに満州の危機というものは生じてくるわけで、張作霖の爆殺事件はこの北伐の最終段階で起きたわけであります。しかも、その過程において中国は実にさまざまな武力衝突を日本との間に引き起こすのでございます。有名な南京事件もこの過程で起きております。これは、北伐した国民革命軍が南京にある日本、アメリカ、イギリス、フランス等の領事館を襲い、略奪し、居留民を暴行し殺害した事件でございます。それから、その翌年には例の済南事件と言いまして、日本人が実に残酷に殺された事件がございます。
 それからもう一つ、この過程で中国は革命外交というものを唱え出すのであります。これはどういうことかといいますと、日清戦争以来日本は中国との間に不平等条約を持っておりました。治外法権を持っておりました。それから租借地も持っておりました。これは日本だけではございません。アメリカもイギリスもフランスも、ドイツは第一次世界大戦で負けてしまいましたから租借地はなくなってしまうんでありますけれども、それは例外として、ヨーロッパの国々、ベルギーもスペインもポルトガルも、いろんな国が持っておったわけであります。こういう治外法権といいますか、中国に対する不平等条約、これを中国の一方的な宣言で廃棄するというのが革命外交なのでございます。
 実は、こういったものは外交交渉で結ばれたものでございますから、外交交渉でこれを解消するのが本筋であります。一方的な中国の宣言でこれを無効にしようとしたのであります。こういう乱暴な外交を始め、それでこの外交を革命外交と呼んでいるのでございます。その革命外交の対象の中には日本が日露戦争で獲得した旅順、大連、遼東半島、関東州、それから満鉄そのものも対象になってきたのであります。
 また、当時はブロック経済といいまして、各国がそれぞれの経済ブロックをつくっております。そして、大きな自給自足圏をつくっておったのであります。ですから、日本はアメリカの経済圏にはさっき言ったように入っていけないし、ソ連はソ連で、イギリスはイギリスで経済圏をつくって高い関税障壁をしいておりました。そういうような状況でございますから、自分たちの勢力圏内で貿易する、こういうような他国を締め出したブロック経済というものを世界がとっておりました。
 そういうふうになっている状況でございましたから、日本としてもどうしたってその関心が満蒙に向いていくのは仕方がないことでございます。そして、移民も排斥されるとなれば、年々多くの移民というものを処置する場所としてやはり満蒙の新天地というものになっていく。日本人が満州に関心を向けていくのは、私はこのような四囲の国際情勢がしからしめたところであろうと思うのであります。
 これについて正しく評価しておる方は、東京裁判で日本の無罪を唱えたインドのパル判事であります。パル判事が同じことを言っております。パル判事は、自分の国がイギリスの帝国主義の植民地になっておりましたがゆえに、日本の立場がよくわかるのでございましょう。
 満州事変の原因はその他にもたくさんございます。満鉄が危機に陥ったこと、満鉄がさまざまな妨害を受けたこと、それから満州に住む朝鮮人に対する中国側の迫害とか。一部の方がおっしゃるように、一九二〇年代の国際協調を日本が勝手に破って武力行使をしたから侵略だというような単純なものではないのであります。一九二〇年代そのものが、今お話ししましたように国際協調のかけ声とは裏腹なことが世界の各地で進行しておったということを我々は見なければ、満州事変がどうして起きたかということがわからないと思うのであります。
 満蒙の人自身が、満州独立というものを満州事変よりも二年も早く計画しておったのでございます。これは東京裁判で却下された弁護側の資料がございますが、あそこに出てまいります。日本側はこれを弁護側の資料として、満州の独立は満州人の意思だったという証拠として出したんでありますが、却下されています。
 これはどういう資料かというと、満州事変は昭和六年でございますが、それより二年早く満州人と蒙古人自身が満蒙帝国というものをつくろう、そしてロシアからも漢民族からも自由な大帝国をつくろう、そして皇帝に退位した宣統帝溥儀を持ってこようといって計画をつくり、溥儀の許可も得て、溥儀から資金の協力まで得ている、こういう資料があるのでございます。これを東京裁判では却下されてしまった。そのように満蒙人自身が満州の独立を望んでおったということ。
 それから張学良という男、これが満州人の怨嗟の的になっておったのであります。満州人から恨まれておった。この人は父親の張作霖と並んで、悪としてなさざるはないと言われたのであります。実は満州事変が起きた後、本庄さんという関東軍の司令官が当時北京にいた張学良を満州にもう一度呼び返そうということをちょっと考えたことがあって、そのときそれを知った満州人は本庄関東軍司令官のもとに嘆願書を出しているのであります。絶対に張学良を呼び返さないでくれ、あんな悪いやつはいないといって書いておって、この文書は残っております。そして、彼が戻ってこないように関東軍は満州に暫時駐留していてくれ、こうまで嘆願書を出しております。非常に嫌われておった男でございます。そういうことでございますから、満州事変は満蒙人独立への意向というものがなければ決して日本だけの強制力で行われるものではないのでございます。
 さて、その後どういうふうになっていったかと申しますと、満州事変は簡単に申しますと非常に満州を安定させまして、張作霖、張学良ともいなくなってしまいましたから、日本の関東軍、これが満州の治安を担うと非常に発展いたしました。中国の何倍も発展する。後でリットン調査団が満州に入ってきてびっくりするほどでありました。満州へ入ってきてびっくりして、それからまた朝鮮へ行ってさらにびっくりする。満州と朝鮮が実際我々が悪い評判を聞いていたのとはまるで違うといって感動しているのでございます。
 満州事変が起きてから四年後に、そのころスターリンの全盛期でございます。コミンテルンが世界赤化のためにある一つの戦術を打ち出しております。それはコミンテルンの第七回大会で打ち出された民族統一戦線方式でございます。それは、共産主義革命をやるにはただ労働者、農民だけでは足らない、そういうものではなくブルジョアも一緒にしよう、学生も婦人も、全階層、全民族一緒にしてまず帝国主義を討とうというのであります。これを民族統一戦線と言います。
 これをモスクワで打ち出しますのが昭和十年の七月でございます。これが世界に波及いたしまして、御承知のように、その一例としましては、翌年フランスでは例のレオン・ブルムの人民戦線内閣ができ、そしてフランスの中が三色旗のフランスの旗と赤旗とに分かれて争いをいたします。スペインには、御承知のように人民戦線内閣がまたできて、それに対して今度はフランコ将軍が戦う。
 これはヨーロッパでございますが、その影響を受けまして、中国では昭和九年から十年にかけても沢東が蒋介石に追われて瑞金から落ち、長征とか西遷と言いますが、西へ回って一年かけて延安に落ち延びるわけでございます。その延安に落ち延びる途中でこの人民戦線内閣ができるわけです。そこで八・一宣言というのを出しまして中国も同じような方式をとり、中国では救国戦線と言いまして、各階救国戦線という運動をやり、つまり婦人も商工業も学生もみんな救国戦線党をつくるんです、何々救国連盟。
 救国というものはどういう意味か、簡単に言いますと二つあります。それは内戦停止、それから一致抗日。内戦停止とは、これを共産党流に言うならば、要するに国民党は共産党を討つのをやめろというわけですから、蒋介石は毛沢東の軍を討つのをやめろということです。そして一致して日本と戦おうというのが内戦停止・一致抗日、これが救国戦線のスローガンでございます。これが非常に大きな影響を与えてまいります。それが昭和十一年の十二月に起きたあの有名な西安事件でございます。
 この救国戦線に大きな影響を受けたのが満州事変によって満州に戻れなくなってしまった張学良。これは蒋介石の命令を受けまして延安に入った共産党を討つその指揮官を西安でやっておったのでございます。ところが、彼はこの共産党の思想に影響を受けまして思想が共産党の方に傾いてくる。そして共産党を討つ、いわゆる掃共と言いますけれども、掃共戦をやらなくなってしまうんですね。共産党を射てなくなってくる。そこで、南京から蒋介石が督励に行くわけです。そして、督励に行ったときに彼が捕まって監禁されてしまうわけです。それが西安事件でありまして、これが実は第二次の国共合作を生んでいくわけであります。
 西安事件のなぞというものがございます。西安事件は、確かに蒋介石が張学良にある約束をしたであろう、口約束であると思いますけれども、ある約束を張学良あるいは共産党側にしたのであろうと思われるのであります。それが国共合作を生んで、そしてその翌年盧溝橋事件が勃発するわけであります。その翌年の昭和十二年七月七日、七夕の日に盧溝橋事件が起きるのでございます。この盧溝橋事件が何者のしわざであるかということは今や明らかでございます。
 実は、盧溝橋事件というものは最初の一発、これは何者かがやったかというと、ここには偶発的な要素があることは私も認めます。しかしながら、これは共産系の者による、過激分子による偶発であって、延安の指令ではない、そういう意味で偶発と言っていいと思います。
 しかし、その後これを拡大した者は共産党であったということは間違いございません。このことは中国自身が書いているんでございます。このときやった者はだれか。犯人はだれか。よく劉少奇と言われております。劉少奇でいいのでありますが、劉少奇の下におった者が、劉少奇を通じて隠れ共産党員として中国軍に入っておったのが、何と参謀次長をやっていたチョウコッキョウという男だったのであります。この男は日本との積極的な戦争を計画していたのであります。
 それは「盧溝橋事変風雲編」という中国で出した有名な本でございまして、北京人民大学の出版物に書いてあります。昭和の初めからチョウコッキョウという男はいわば特別な共産党員として、秘密党員として中国軍の中に入って日本軍との戦いを計画して、ついに参謀次長にまで上り詰め、そして盧溝橋事件に関係しておったわけであります。
 実は、日本軍がその後北京を占領し、河辺旅団が北京に入ったとき中国の参謀本部を捜索したのであります。そのときに参謀本部から何が出てきたかというと、日本軍に対する攻撃演習計画書であります。これは昭和十二年の五月二十三日にやったと書いてあります。だから盧溝橋事件の一月半前でございます。日本軍を襲撃する。その襲撃計画の演習計画が出てきたのであります。それは、五月二十二日に日本軍襲撃演習をやった。その攻撃の演習がその盧溝橋事件のところに地図入りで書いてございます。つまり、向こうは盧溝橋事件を待たずとも日本を攻撃する計画があったのでございます。
 さて、盧溝橋事件につきまして私が申し上げたいことは、これは日本軍がやった可能性は最も少ないということであります。(発言する者あり)最後に、これを言わなきゃわからないから言ってから質問するんだ。日本の左翼学者にもこれを信ずる者はおらないでございましょう。これは考えられないことであります。また、当時盧溝橋にいた現地の証人はまだ何人もいらっしゃいます。撃たれた部隊の、まあ将校はもうほとんどいませんが、下士官、兵は直接会って話を聞いた人のことによりますと、日本がやったことではない、間違いないと言っております。それから、中国軍がやったと。これはさっき言いましたように最初の一発はやや不鮮明なところがあるが、その後の拡大は中国軍がやったということは明らかでございまして、そこにいた大隊長キンシンチュウというのは回想録を出しており、中国側が自分で告白しております。間違いはございません。
 だけれども、日本の政府は中国側がやったということは中国が怖いから書けない。げきりんに触れますから書けないし、かといって日本がやったということも余りにも見え透いたうそでございますから、これも書けない。だから、盧溝橋事件は何者が発砲したかということはあいまいにしておるのであります。
 盧溝橋事件につきましては、日本側は非常に隠忍自重してまいりました。この事件が拡大しないように努力してまいりました。日本が最初に撃たれたのが午後十時四十分、それから向こうは三回にわたって発射してきますが、日本は一発も応射していない。そして初めて応射したのが翌日の午前五時三十分、向こうが一斉射撃をするに至って初めて応戦したわけでございます。実に七時間にわたって現地の軍は隠忍自重した。このことを考えてみましても、日本に戦闘意志がなかったことは明らかでございます。
 しかも、当時の部隊は鉄かぶとをかぶってなかったのであります。それは、日本軍の定期検閲がありまして、検閲のための演習だったのですから、兵隊は重い鉄かぶとをかぶせられては気の毒だという清水中隊長の配慮で鉄かぶとを持っていってなかった。演習をやっていた。鉄かぶとを持っていない部隊が戦争できるわけがないのでございます。そんなことを考えましても、日本のやったことでないことは明らかでございます。
 また現地部隊だけじゃありません。日本の陸軍中央や政府にいたしましても、事件の一報を得てから直ちに不拡大現地解決の方針をとります。そしてその間いろんな事情で内地三個師団を派遣するという命令が二度出ました。天皇陛下の御裁可も受けるんでございますが、それも現地からの情報でその必要なしという情報が入りますや、直ちにこれを取り消しているのであります。つまり、内地師団の派遣を決定しておきながら、二度もこれを取り消したのであります。もし日本の陸軍中央や政府に初めから侵略の意図があるならば、現地の状況はどうであったろうとも強引に兵を進めるわけでございます。そうではなかったのであります。
 それが三週間続きまして、そして日本が中国が余りにも停戦協定に対する背信行為が多いので、とうとう我慢できなくなって不拡大方針を一郷するのが七月の終わりでございます。日本は中国に対し最後的通告を出して戦闘を始めるのは七月二十八日でございます。つまり、七月七日に起こってから二十一日間、実に三週間日本は不拡大方針を堅持し、その中心は作戦部長をやっておりました石原莞爾でございます。
 でも、もう一つだけ申し上げますと、日本は二十八日に向こうに対して宣戦を布告しますと、それまで日本を挑発していた中国軍があっという間に北京、天津を放棄し、南方の方に逃げてしまいました。そして日本はたった二日間で、つまり二十九日に北京、天津を完全に占領したのでありますが、日本は日本の方針としてこのところに船津辰一郎という元上海総領事を通じまして平和工作を中国に申し入れるのでありますが、それが、残念ながら上海でその会談を行う八月九日、コウソウブという向こうの外務省の役人が来ることになっていた、その第一回の話し合いが行われる八月九日に何と日本の上海に駐留していた陸戦部隊の大山中尉と水兵一人が虐殺され、それでその平和条約が少し先に流れてしまったわけであります。
 このような問題の中で、どの点でいわゆる日本が侵略であったかということを確定していただきたい。政府の御意向で、私は断片的にまだこの先があるのですが、ちょっと時間がありませんから、そこら辺をひとつお伺いしたい、こういうことでありますからよろしくお願いします。皆さん御清聴ありがとうございました。(発言する者あり)
#53
○委員長(三上隆雄君) 静粛に願います。
 それでは速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#54
○委員長(三上隆雄君) それでは、速記を起こしてください。(発言する者あり)
 静粛に願います。
 ただいまの木暮君の質問に対してどなたがお答えできますか。
#55
○国務大臣(武村正義君) いろいろ長時間にわたりまして我が国の戦前の歩み、特に日露戦争から大東亜戦争に至るまでの経緯についてお話を承りました。改めて歴史を復習した思いもございますし、私自身も初めて伺うようなこともたくさん入っておりました。戦争に至る経緯といいますか、背景といいますか、そういったところをさまざまな事例を挙げながらお話しをいただいたのだと思います。
 これと細川総理の侵略発言との関係をお尋ねいただいているのかと思いますが、経緯については木暮委員のおっしゃることも一理があるし、うなずける点も少なくありません。しかし、およそ人間の行為、単独であれ集団であれ、殺人という行為を見ても、裁判がいろいろ示しておりますように、背景、事情を考えますと一つ一つ深い理由があり裏に事情があるわけでございまして、もちろんそういう意味では殺人も無罪になる例もあるわけであります。
 人間の集団の行為もそうであります。戦争もそういう意味で沿革や経緯、背景を言えばいろんな理由があることはおっしゃるとおりであろうかと思いますが、結果として、細川総理が申し上げておりますように、国内外含めてたくさんの人々に多大の苦しみや悲しみを与えて、物的な肉体的なあるいは精神的な害を与えたこともまた紛れもない事実でありまして、そのことを認識されながら素直に反省とおわびの気持ちを表明される、そういった戦争に対する認識を細川総理は細川総理なりに侵略戦争あるいは侵略行為という表現を使われたのだと、私はそう思っております。
 本人にかわってそれ以上お答えする能力はありませんが、そういう意味では、あの戦争全体に対する歴史認識といいますか、細川総理の世界観がそういう言葉を使わせたのではないかというふうに思います。
 また、御承知のように自民党の歴代総理も、全部ではありませんが、いろいろな形で侵略という言葉は既に使っておられることでありまして、侵略の一面があったとか等々、それぞれの最近の総理がそういう表現を使っておられることもひとつ御認識いただきたいと思うのであります。
#56
○木暮山人君 どうもありがとうございました。
 それで、いよいよ結論を出してみたいと思うのでございますが、日本が完全に優位に立ったわけであります、二十九日に。一番上海周辺で優位に立ったとき、日本が外交交渉で決着させてはどうかという天皇陛下の御意向が漏らされたのでございます。もちろん近衛さんもそれを受けます。それから石原莞爾に対しても天皇陛下からのお言葉がありまして、石原莞爾も賛成いたしました。そして、外務省で案を練りまして、和平案を外務省で作成し、それに対し陸軍、海軍ともに賛成し、そして船津辰一郎という元上海総領事をやった人を通じてこの工作をやろうじゃないかということを、船津工作案といって、これができるのであります。
 私は、もう一度強調したいのですが、日本が北京、天津方面を占領し、圧倒的な優位にあるとき、その日に中国に対して和平提案の発想が生まれたということでございます。これは日本に侵略の意図がなく、何とか中国との紛争というものを終息せしめたいという気持ちがあったればこそでありましょう。これがなければ、日本がこんな優勢に立っているとき和平提案なんかつくるわけがございません。
 しかしながら、今申しましたように八月九日、日本の大山、斎藤という水兵が中国の保安隊に虐殺されました、いわゆる大山事件。これが起きたために即日これは投げ出してしまったのが事実。残念なことでございました。
 そしてその後、一週間後に例の第二次の上海事件が起きる。そして、上海が戦火に見舞われ、この上海事件が起きてから日本の居留民が危険になった。そこで初めて日本は内地の師団を派遣する。上海派遣軍を出す。それから、例の柳川兵団が出てくるようになることであります。日本がシナ軍を追い詰め、シナ軍は上海から揚子江に沿って南京へ向かって逃げる。それを日本が追撃するという作戦になってきます。南京追撃作戦になってくる。
 その南京追撃戦の間にも日本はこの案、さっき申し上げた船津案でございますが、これをドイツのトラウトマンという中国駐在の大使を通じて和平交渉をするのでありますけれども、蒋介石はアメリカやイギリスに頼って日本を牽制しようという気持ちが強いのですから、乗ってこないのであります。そのうち、十二月に南京が落ちる。南京が落ちると日本側にも何万という死傷者が出ている。そうなると、そのような寛大な案では済まなくなる。日本の保障駐留だ、損害賠償だ、こういう話が出てくる。やや厳しくなってくるわけであります。
 そして、向こうがはかばかしい返事をしないうちに、越えて昭和十三年一月十六日、例の国民政府を相手にせずという第一次の近衛声明が出てしまうわけであります。そしてこの年、戦火は広東、武漢三鎮それから徐州あちこちへと広がってしまうということになるわけであります。これを考えてみれば、教科書が書いているように、盧溝橋事件をシナ事変にまで拡大したのは一体日本なのか中国側なのか、これは明らかでございます。
 かなりの論者がシナ大陸と東南アジア諸国での日本の行動を侵略だと言っております、そのことについてであります。しかし満州を含むシナ大陸のいずれの部分にせよ、東京裁判が言う昭和三年以後に日本が武力行使を通じ併合したという例はないのであります。
 シナ事変では、申し上げたとおりその発端となりました盧溝橋事件において挑発によらざる先制攻撃に出たのはまさに中国共産党の陰謀に乗せられた中華民国側の軍隊だったのであります。事変進行の過程で、日本軍は確かに各地で軍事占領いたしました。しかし、それはおおよそ戦闘というものの必然の結果であって、領土の略取という性格ではございません。最も肝心なことは、領土を略取しようとする意思が日本側になかったことであります。
 しかも、これはよく嘲笑的に言われますが、日本軍は点と線とを支配しただけであって面を支配することができなかったということを言われています。併合などとはほど遠い話なのであります。文字どおりの領土の併合が生じましたのは対米英戦争開始以降のことであります。すなわち、シンガポールが日本領の昭南市となり、グアム島が大宮島となり、アリューシャン列島の中のアッツ、キスカ両島が熱田島、鳴神島として日本領だと宣言された例もございます。
 しかし、ちょっと考えてみますとすぐお気づきのとおり、それはイギリス領、アメリカ領だった土地でありました。しかも、いずれも島全体が両国の軍事基地といえる性格の土地であったのであります。同じイギリス領でもマレー半島は元来マレー人の土地でありますから、日本はこれを併合するどころか、イギリス人をそこから追放いたしまして領土全体を本来の住民のために解放したわけであります。
 フランス領インドシナの進駐が有名な事件、日本にとっては非常に不幸な転機となった事件でありますけれども、これも宗主国フランスの了解を取りつけて平和裏に文字どおり進駐したのでありまして、武力による略取ではございません。
 現在、広大なインドネシアの諸島ですが、当時、蘭領東インド、私ども子供のときから蘭印という呼び名で覚えておりましたが、日本はオランダには宣戦布告しなかったのであります。ところが、日本が米英両国に戦いを宣しました翌日にオランダ側から戦いを宣してきた。そこで日本はオランダとも戦端を開き、この地方からオランダ軍を一掃いたしまして、この土地をも本来の住民に解放したわけであります。ここでも当然戦時点領という事態が生じておりますけれども、それは領土の併合とは別なことであります。戦争というものに伴うやむを得ない、認めざるを得ない事態でありまして、侵略というのとははっきり意味が違うと思います。
 フィリピンにつきましても、日本は在比の米軍相手に戦ったのでありまして、そのときフィリピンはまだ独立主権を有する国家ではなかったのでありますが、とにかくフィリピン民族の国へ攻め込んだのとはわけが違うのであります。
 以上、どの部分を指して日本が東南アジアを侵略したなどと言えるのか。戦った相手はその地域の本来の住民たるアジア人ではないのであります。その地を占領しておりましたイギリス人、アメリカ人、オランダ人でありまして、それでは彼らは日本軍によって追放されるまでどうしてその土地にいたのか。それこそ武力をもってアジア人の土地を略取していた、すなわち正真正銘侵略していたからではなかったのかと私どもは申さなくてはいけないということであります。
 最後に、欧米列強の包囲網の中で太平洋戦争に突入せざるを得なかったという面もあるわけで、この間我が国がとった措置がすべて謝罪の対象になるというふうには細川総理も考えておらないと思うが、いずれにしろ終戦から半世紀もたつという今、我が国の歴史について正しい評価をすべきであって、東京裁判、GHQの占領政策を含めて当時日本が置かれた状況、歴史をもう一度見直すことが必要ではないか。全面謝罪を繰り返すということだけでは民族の正しい歴史観は生まれてこないと思う。特に、今回の細川総理の侵略戦争発言はいたずらに国民の間に混乱を持ち込んでいるだけであります。
 この際、国民の代表機関である国会に特別委員会等を設けるなりして、過去に我が国が行った行為について正しい評価がなされるよう調査、審査すべきであると私は考えるわけであります。官房長官の御意見等をここで集約して結論を出していただきたいと思う次第であります。
 どうも長い間ありがとうございました。御無礼いたしました。
#57
○国務大臣(武村正義君) いろいろとお教えをいただきましたが、何といいましても過去の戦争をどう総括するか、これは我々政治家が何十時間議論して果たしてできることだろうか。一定の時の流れと、この道の専門家が、数多くの方々が参加されて自然とそういう歴史的な判断というのはなされていくのではないか、私はそんなふうに思っております。
 ただ、政治家として細川総理も、今の時期、日本の責任をあずかりながら半世紀前のあの戦争を、先ほど申し上げたような専ら戦争の動機が何であったか、きっかけがどうであったかということの議論は確かにありますけれども、例えば一昨日の日韓のトップ会談もそうでございますが、日韓併合に至る経緯についてはいろいろ歴史は教えております。しかし結果として、特に台湾と比較しましても、かつての朝鮮人の皆さんに氏素性、名前を、氏名を全部日本名に変えさせたという、例えばこの一つの例をもってしてもほかの植民地でもなされなかったような強制が行われたということを例に挙げながら、もちろん教育の問題もありましたし、日本語教育とか慰安婦とか徴用という言葉も使われておりますが、そんなことが多大の苦しみや悲しみを強いだということを率直に認めて反省をされているわけでありまして、これは細川総理の政治家としての認識、先ほど申し上げた世界観というか歴史認識だというふうに御理解をいただきたいと思うのであります。
 木暮委員の御意見は御意見として真剣に拝聴させていただきました。
#58
○木暮山人君 官房長官の御意見はよく拝聴したのでありますが、五十年に、半世紀になんなんとするわけでございますから、もうここら辺で歴史的な決着というものをある程度つけておくのが私はよろしいのではないか。そうでないと、こういうことでいろんな部分で取り上げて悶着が起きてくるのじゃないか。これでは日本の政治に大きな減力になるのじゃないかと思いますので、できれば私は何かこれを研究し、考える、結論を出す機関というものをひとつお考え願いたいと思って今こんな長いお話を申し上げたわけであります。
#59
○国務大臣(武村正義君) 国会でこの問題に対してどういう対応をされるかにつきましては、政府としては答弁を遠慮させていただきたい。国会の中で十分御議論をされてお決めをいただく問題ではないかというふうに拝察をいたします。
#60
○木暮山人君 結構です。
#61
○委員長(三上隆雄君) 午前の審査はこの程度とし、午後一時三十分まで休憩いたします。
   午後零時二十九分休憩
     ――――◇―――――
   午後一時三十八分開会
#62
○委員長(三上隆雄君) ただいまから決算委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、平成三年度決算外二件を議題とし、全般的質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#63
○高崎裕子君 それでは、まず自治省にお尋ねいたしますが、逮捕された鹿島建設の清山副社長が昨年十二月に小沢一郎事務所を訪ね五百万円の献金を渡したと、小沢氏本人もこれを認めているわけです。鹿島から小沢氏への献金は盆暮れの年二回、合計一千万円とも報道され、それも二、三年前からと言われています。
 自治省にお尋ねいたしますが、九〇年、九一年、九二年の小沢氏の事前にお知らせしてある四つの政治団体、これは既に解散している団体もあるわけですけれども、それへの鹿島ないしは清山副社長からの献金が政治資金収支報告書に記載されているかどうか、いかがですか。
#64
○政府委員(谷合靖夫君) お尋ねのありました四団体の平成二年分、三年分及び四年分の収支報告書を確認いたしましたところ、収入の寄附の内訳欄に鹿島建設及び清山信二氏の記載はございません。
#65
○高崎裕子君 そこで、自治大臣にお尋ねいたします。
 五百万円の献金ということは、これは政治資金規正法上、量的制限違反あるいは不記載あるいは虚偽記入という違反の疑いがあるわけです。いずれにしろ処理の仕方に疑惑が生じることになるわけで、自治大臣、そういう解釈でよろしいわけですね。
#66
○国務大臣(佐藤観樹君) 私もその報告書を直接見ていないので一般論として申し上げさせていただきますけれども、盆暮れに五百万円ずつということでございますから年間一千万円、そして今挙げられましたように四つの団体ということだとすれば、これは当然のことながら百万円を超えるわけでございますので、その記載がないということにつきましては、今御指摘のように何らか法に触れることになると考えております。
#67
○高崎裕子君 今の自治大臣の指摘は大変重大な指摘だというふうに思います。
 そこで、法務省にお尋ねいたしますけれども、この鹿島の清山副社長自身が供述し、そして小沢氏も認めて、一千万円ということは今自治大臣も違反の疑いがあるということで指摘もされたわけで、法務省としてはこの事実について重大な関心を持って厳正に捜査すべきだというふうに思いますが、この点いかがでしょうか。
#68
○政府委員(濱邦久君) まず、委員の具体的事案に関する報道を前提にしてのお尋ねでございますけれども、そういう具体的事案に立ち入ったお答えは差し控えさせていただきたいと思うわけでございます。
 改めて申し上げるまでもございませんけれども、具体的事案における犯罪の成否ということは、これはいつの場合にも捜査機関が収集した証拠に基づいて事実をはっきりと確定した上で、犯罪の成否というものを捜査当局自身が判断をするものであるわけでございます。
#69
○高崎裕子君 今具体的な事実も報道等で示されて数字も明らかになっているという点で、ここには重大な関心を持って厳正に捜査をしていただきたいというふうに思います。
 建設大臣にお尋ねいたしますが、建設業界の言ってみれば鹿島は最大手のゼネコンです。こういう汚職事件を引き起こし、そして今度は国政段階でも小沢氏に多額の献金をしているという事実が明らかになったわけです。建設業界の監督官庁としての細川内閣における建設大臣のお立場から、このような事態をどのようにお考えなのかお聞かせいただきたいと思います。
#70
○国務大臣(五十嵐広三君) せんだって来、相次いで建設スキャンダルが明らかになっておりまして、私ども建設行政の責にある者として本当に遺憾にたえないところであります。
 これは、私どもとしていわゆる政・官・業、それぞれの立場でしっかりと反省して自己改革をして、非常に失墜している国民の信頼というものを回復するために全力を挙げて努力しなければならない、このように存じている次第であります。
 殊に建設省といたしましては、いわゆる疑惑の対象とされて議論されておりまする入札制度、契約制度等に関しましては、中建審の特別委員会を中心にして先般来真剣な議論を進めているところでありまして、年内には結論を得たい、こういうぐあいに思っている次第であります。
 この機会に、入札・契約制度はもとより、公共事業の執行に関する全般のあり方についてしっかりと検討を加え、見直し、改革を進めてまいりたい、このように存じている次第であります。
#71
○高崎裕子君 今大臣は、入札制度、契約制度の全体についてしっかりというふうに言われたわけですけれども、私は今鹿島の具体的な事実をお示しして、建設業界をつかさどる大臣としてはこの問題についてやっぱり厳しく指導もしていただかないといけないということで具体的にお尋ねしていますので、細川内閣としてのこういう問題についての政治姿勢も問われるわけですから、その点についてぜひ大臣のお考えをお聞かせください。
#72
○国務大臣(五十嵐広三君) 鹿島も含めて我が国のいわゆる大手ゼネコン、ビッグスリーと言われるところがそろって最高幹部が逮捕されるというような事態になっているわけでありまして、この点を我々としても非常に重く受けとめている次第であります。
 それら全体的な対応については今申し述べたとおりでございますが、個々の企業等につきましては、既に御承知のとおり、発注者として建設省といたしましてはそれぞれ指名停止処分をさせていただきましたり、あるいは鹿島の最高責任者を呼んで厳しくこのことの指摘、指導を申し上げたところであります。
 今後とも、このようなことの再発のないようにしっかり建設省としては進めてまいりたい、このように存ずる次第であります。
#73
○高崎裕子君 まさに公共事業を食い物にするという、こういう構造の中の具体的な問題が浮かび上がってきたという点で大変重要ですし、私どもは従来から指摘もしておりますけれども、こういう問題が繰り返し起こされるのはやっぱり企業献金が認められているということがあるわけで、これは禁止しない限りは是正されないという問題であるということを重ねて指摘をして、次の質問に移りたいと思います。
 会計検査院にお尋ねいたしますが、ゼネコン疑惑についてはそういう声を聞かない日はないということで、特に贈収賄事件で逮捕された容疑事実をさまざま見てきました。
 宮城県知事が大成建設に県立がんセンターを受注させ、その謝礼として二千万円を受け取ったということですけれども、私ども具体的に調査をいたしました。その中で明らかになった事実として、この入札の経緯を見ますと、大成は一回目が六十六億円、二回目が六十三億円、三回目が六十一億八千万円と、いずれも最も低い価格で札を入れている。一位不動なんですが、最終的に六十一億三千万円で落札をしています。予定価格は六十一億三千九十一万三千円ということで、予定価格との差は何とわずか九十一万三千円という、九九・九九%全く同じ価格だということで、これは話し合いかなければこんな結果は考えられないという手品のような話だというふうに思うんです。
 談合の疑惑については、今指摘した私どもの調査のこともございますが、数々指摘されており、読売新聞の十一月三日付では、建設省の公共工事四百九十六件のうち一位不動、つまり一回目の入札で一番低い札を入れたのが二回目も三回目も変わらないで結局落札をするという、これが九九%にも上っています。それから、NHKが報道した東京湾横断道路工事をめぐっても、例えば大成建設、二百六十一億八千万円、予定価格は二百六十二億四千五百万円ということで、これも九九・七五%、もうほとんど同じ価格である。すべてが一位不動であるという驚くべき事実が明らかになりました。
 私自身も六月のこの委員会で鉄建公団や空港の問題を調査に基づいて同じ問題として指摘をしたところですけれども、この汚職事件で明らかなように、公共事業に献金分が上乗せになったり、談合による高とまりなどで公共工事をめぐる国損、これが生じているわけです。こういう角度から会計検査院としては調査検討すべきであるというふうに考えますけれども、この点いかがでしょうか。
#74
○説明員(白川健君) お答えいたします。
 委員御案内のとおり、私どもの検査の目的は、国や政府関係機関等、検査対象機関の会計経理の適正を図ることでございます。私どもの検査は、それらの機関から提出を受けました資料、それからそれらの機関に赴きまして現地で実態を見せてもらうなどして厳正に検査を進めているところでございますが、何分私どもの検査対象は国等の機関でございまして、最近言われております、先ほど委員も御指摘の談合とかやみ献金という問題につきましては、直接これを究明する立場にないということをまず御理解いただきたいと思っております。
 ただ、最近これだけの問題になっておりますので私どもとしては無関心ではいられないということから、内部で契約の状況がどうなっているかということについて分析検討しているところでございますが、これはもともと目的が検査に当たります調査官の現状認識を充実させる、深めていくということでございまして、もともと公表するということを前提にしておりませんので、分析検討もまだこれから進めようかという段階でございますので、予定価格に非常に近接しているということ自体でもって何か言えるかと言われますと、コメントは今はできないというのが実情でございます。
#75
○高崎裕子君 私、今大変重大なお話を伺ったというふうに思います。
 従来は会計検査院は、計算ミスなどで積算過大があるとその契約を個別に指摘してやり直してもらうというところだったんですけれども、そういう個別の積算を超えてどこまでできるのかということを会計検査院なりに研究されて、従来より新しいやり方で検討されているというお話を初めて伺いました。これは私、こういう問題が起こっているだけに、大変重要なことをされている、そのことは評価できることだというふうに思うんですけれども、最後のところがちょっと残念でして、すぐけしからぬということになるかどうかということは難しいというお話でしたが、それなりに従来の枠を超えた調査研究をされていらっしゃるわけですから、それを会計検査院なりのできる形で積極的に意見を表記していただけないのかという期待もあるわけですけれども、この点いかがでしょうか。
#76
○説明員(白川健君) 先ほどもお答えしましたように、実は初めてこういうことをやったわけでございますが、何しろ、私どもの検査のスタンスからいいましてもそれから検査の進度からいきましても、現状ではこれはなかなかよく整理して公表できるという線ではないかなというのが実感でございます。
 それから、そもそも目的が、現状は一体どうなっているのかということを、五つの局に分かれております調査官が共通の認識を持つということをまず前提にして始めたものでございますから、これは外部に公表して出すということになりますとまた別途の検査が必要がなと考えております。
#77
○高崎裕子君 十二月に報告も出す時期も迫っておりますので、ぜひ今踏まえたことで検討していただきたいというふうに思います。
 さてそこで、今こういう形で予定価格との関係だとか事実を指摘したわけですけれども、建設大臣にもう一度お尋ねいたします。
 この一位不動というのがあらゆる調査をしましても厳然たる事実としてあるということで、どうして常にこれが一番低くないといけないのか。原則は予定価格がわからないというところにあるわけですけれども、そうするとどうしても一回目から低いものにしておかないと他の業者に落札されてしまうということになるので、だから常に不動にしておくためにはこうしなければならないということになると思うんです。だから、一位は不動で二位以下はいろいろ入れかわってもいるわけで、それは問題ではないわけですけれども、建設省の工事で九九%でした。それから、東京湾横断道路で一〇〇%。私が六月に指摘したケースではすべてこれ一〇〇%一位不動ということです。
 これだけ具体的な疑惑も指摘しているわけですから、こういうお話を伺って建設大臣としては注意すべきところはぜひ毅然としてやっていただきたいというふうに思うんですけれども、いかがでしょうか。
#78
○政府委員(伴襄君) お答え申し上げます。
 今、特に入札見積もりにつきましては真剣にやっていただくという必要もございまして、私どもは、直轄工事につきましてはかって三回で限度いっぱいにしておりましたけれども、去る五月三十一日には入札回数を三回から二回にして真剣に見積もりをしろということを通達させていただいているところでございます。
 それ以前も三回でございますけれども二回きりで終わっていることが多うございまして、二回の入札行為において特に受注に意欲のある業者が続けて一番札をとる、低い価格を提示するということは必ずしも不自然だとは言い切れない面がございます。まあ、これをもって談合があったと断定するのはなかなか難しいと思います。
 そうではありますけれども、そういう疑いのないように我々今後とも公共工事の入札を厳正かつ公正に執行するように一生懸命努力していきたいというふうに考えております。
#79
○国務大臣(五十嵐広三君) ただいまの高崎委員の御意見をよく踏まえまして、今後適切に指導してまいりたい、こう考えております。
#80
○高崎裕子君 ここは本当に疑惑が指摘されておりますので、ぜひそういう立場でよろしくお願いいたします。
 それで、最後にもう一度建設大臣にお尋ねいたしますけれども、金丸やみ献金の中で公共工事については一%から三%がやみ献金という事実が指摘され、私もこれは決算委員会などで繰り返し取り上げてもきたんですけれども、実は検察庁の容疑事実でこの首長の贈収賄事件の件で調べてみたんです。
 仙台では、鹿島から一千万円、九二年の四月に謝礼として受け取っておりますが、この泉中央土地区画整理事業は九一年度で五億三千万円の受注額なんですけれども、これはちょうど一・九%という数字になっておる。それから、茨城県の県立植物園の工事ですが、これも鹿島から二千万円受け取っています、九二年の十二月に。これは鹿島の単独受注で九億六千万円、これは二千万円がちょうど二%ということで一%から三%というところに見事にはまり込んでいるということで、まさにやみ献金の中身がこういう形で裏づけられていると思うんです。
 公共事業というのは国民の税金です。こういうものが食い物になってはならないという問題もあり、この一%から三%のこういう疑惑について、あってはならないことだというふうに思うんですけれども、大臣としてはどのように受けとめられていらっしゃいますか。
#81
○委員長(三上隆雄君) 簡潔にお願いします。
#82
○国務大臣(五十嵐広三君) 御意見をよく承らさせていただきました。ありがとうございます。
#83
○高崎裕子君 もう時間ですので終わりますけれども、私さまざまゼネコン疑惑にかかわる問題点を指摘してきました。決算委員会にふさわしいテーマだと思いますので、ぜひ決算委員会として集中審議をしていただきたいというふうに思いますので、どうかよろしくお取り計らいをお願いいたします。
#84
○委員長(三上隆雄君) ただいまの高崎君の最後の要望については、理事会で協議して対処したいと思います。
#85
○下村泰君 厚生省にピアカウンセリングについて伺います。
 去年から知的障害者を対象に精神薄弱者ピアカウンセリング支援事業というのを始められましたけれども、その内容と目的、さらに現実に実施されているところ、また予定しているところがあれば御説明願いたいと思います。
#86
○政府委員(瀬田公和君) お答えいたします。
 精神薄弱者のピアカウンセリング支援事業は、各都道府県が実施主体となりまして、精神薄弱者同士が同じ立場で相談、助言を行うためのいわゆるピアカウンセラーの養成及び研修等を行う事業でございまして、地域における精神薄弱者の自立と社会参加の一層の促進を図るということを目的としております。
 先生も御承知かとも思いますが、平成五年度におきましては東京都、富山県、三重県、大阪府、香川県の五つの都府県で実施をしたところでございます。このうち一つの県では県が直接実施をしておりますが、残りの四つの都府県では精神薄弱者育成会、いわゆる親の会に委託をして実施している、そういう状況でございます。
#87
○下村泰君 今あなたがおっしゃったとおり、ピアカウンセリングというタイトルと中身が大分違ってきている。今あなたもくしくもおっしゃいましたけれども、親の会がほとんど面倒を見ているんですね。そうしますと、親のエゴが先に立って本当のピアカウンセリングというのができなくなる。
 ピアというのはお友達という意味なんだそうで、つまりこれは障害者が障害者同士で独立更生を目指していくというためのカウンセリング。ところが、親の会の方が入ってくると、親の会のピアカウンセリングになってしまう。肝心の障害者のピアカウンセリングじゃなくなってしまうんですね。それがどうも現状なんです。ですから、ピアという名前をつけても名前だけであって、どうも私らが見ていると親ピアに近くて、完全なピアカウンセリングという状態ではないと思うんですね。
 ここにも事業の概要がありますけれども、問題は、いかに運用していくかということが問題だと思うんですけれども、そういうことに関して厚生省の方は何か指導していますか。
#88
○政府委員(瀬田公和君) 実情を御説明したわけでございますが、現在東京都などが実施をしております精神薄弱者のピアカウンセリング事業につきましては、これは精神薄弱者本人もその親の会に加入をして活動している、こういう実態にありますので、親の会に委託されたというふうに承知をしております。
 精神薄弱者のピアカウンセリング事業の実施を委託する場合には、先生も今おっしゃいましたように、精神薄弱者同士が同じ立場で相談、助言を行うというピアカウンセラー養成事業の趣旨に即しまして、実施主体でございます都道府県がそれぞれ判断をいたしまして、適切と認める団体に委託していただくというのが一番望ましいだろうというふうに考えまして新しく始めた事業でございますので、それぞれの地方自治体の判断にお任せしながらも、適切に実施をしていこうというふうに考えている次第でございます。
#89
○下村泰君 もちろん、余り行政の方が立ち至ってやったんではさっきも言ったようなピアカウンセリングのあれがなくなってしまいますから、できるだけ自治体の方にお任せして、しかもカウンセリングをやっている当事者の方たちに努力していただきたいと思いますけれども、今も申し上げましたように親のカウンセリングじゃ困るということと。もう一つは、アメリカの方はもう四、五年前から始めているんですけれども、せっかく日本からアメリカの方に行って同じ身体障害者の方がいろいろノウハウを学んできているわけです。そういう方たちのグループが現在あるわけです。
 そのグループの方々に、任された親の会がわけがわからないので聞きに行ったというところからこれが始まったんです、私の質問は。ですから、そういったわざわざ向こうまで行って帰ってきた人たちがいるんですから、そういう人たちを十分に駆使して、それでこのピアカウンセリングというものの体制を整えていってほしいなと、こういうふうに思うんですが、いかがでしょうか。
#90
○政府委員(瀬田公和君) 手をつなぐ親の会のメンバーに、さっきも申し上げましたように障害を持つ本人たちも重要な位置を占めているという会の特殊性というものがございますので、それに即して各都府県では親の会に委託というふうなことを現在考えているんだろうというふうに私は思っているわけでございますが、先生の適切な御指摘もいただきましたので、今後の方向につきましては、また地方自治体とも相談をさせていただきながら、何分にも新しい事業でもございますので、実施の方向を考えてみたいというふうに思います。
#91
○下村泰君 先細りにならないように、できるだけこれが成功できるような方向にひとつ御指導願いたいと思います。
 次は、無年金の在日外国人障害者についてお伺いします。
 一九八二年に国民年金のいわゆる国籍要件が撤廃されました。なぜ撤廃されたのか、その理由と背景を御説明願いたいと思います。
#92
○政府委員(山口剛彦君) 先生御承知のとおり、我が国の国民年金制度は日本国民を対象にするということでスタートいたしております。日本国内に住所を有する二十以上六十歳未満の日本国民を対象にするということでスタートいたしましたが、今御指摘がございましたように、一九八二年に我が国が難民条約に加入をするということで、難民条約に定めております内外人平等の要請にこたえなければならないということで難民を国民年金の適用対象にするということが課題になったわけでございますが、同時に他の在日の外国人の方々とのバランスもとるということで、外国人一般に対象を広げるということで国民年金の国籍要件を撤廃するということにいたした次第でございます。
#93
○下村泰君 難民条約にある内外人平等の原則を厚生省はどのように考え、どのように具体的に対応したのかということなんですけれども、難民条約第二十四条の1の(b)の(A)のところにこんなことが書いてあります。「当該難民が居住している当該締約国の国内法令において、公の資金から全額支給される給付の全部又は一部に関し及び通常の年金の受給のために必要な拠出についての条件を満たしていない者に支給される手当に関し、特別の措置を定めること。」と、こうなっております。
 これについて年金局はどう対応したのか。特に、一九八二年以前に加入できなかった二十歳以上で障害のある在日外国人の人々が無年金になっている現状についてどう考え、どう検討を行ったのか。行ったとしたらその具体的な検討内容、行っていないとしたらその理由を説明してください。
#94
○政府委員(山口剛彦君) 先ほど申し上げましたような経緯を踏まえまして一九八二年に国籍要件を撤廃いたしたわけですが、これによりまして、一九八二年の一月以降、外国人も日本国民と同様に国民年金に加入をし、年金による保障のもとにあるということになりますので、私どもといたしましては、この国籍要件の撤廃によって難民条約の要請しております内外人平等の原則を満たしているというふうに理解をいたしております。
 したがいまして、それでは撤廃をした以前に既に保険事故が起きてしまっているような方々についてはどうなのかという点については、この年金の保障から外れるわけでございますけれども、当日以降、国籍要件を撤廃したということでこの条約の要請は満たしているという解釈をいたしまして、国会でも御議論があったところでございますけれども、私どもといたしましても、この条約の要請はこの措置によって満たしているという解釈でございます。
#95
○下村泰君 そもそも障害を持った人が無年金になるケースとして幾つかありますけれども、私は二つ整理して考える必要があると思います。
 一つは加入可能だったが加入しなかったケース、もう一つは先ほど申し上げたように加入そのものができなかったケース、これは同じものとして厚生省としては判断しているのか、それとも事情は違うものと考えているのか、どういうふうにお考えでしょうか。
#96
○政府委員(山口剛彦君) 我が国の年金制度は社会保険方式をとっておりますので、原則として保険料を拠出していただきまして、障害等の事故が発生いたしましたときに、一定の拠出要件に該当する場合に年金を支給するという立場でございます。したがいまして、今御指摘がございましたように、加入をすべき方が保険料を滞納しているという場合には無年金となりますし、また加入につきましても、任意加入という制度がございます。その任意加入の場合に、加入をしていなかった方につきましても無年金となるというようなケースがございます。また、もちろんこの社会保険方式が施行される以前の保険事故につきましては年金が支給されないというケースがございます。
 皆年金になりました当初におきましては、既に高齢であられる方あるいは障害者となってしまっておられる方については福祉年金を支給するという措置をとったわけでございますが、その後の制度の拡大等によりまして加入者を拡大していったというようなケースにつきましては、この社会保険方式をとっておりますので、過去の保険事故については残念ながら無年金の場合も生ずるというのが現在の仕組みでございます。
#97
○下村泰君 これから私が聞こうと思っていることをあなたが先におっしゃったんだよね。つまり、ここにも書いてありますけれども、今あなたのおっしゃったのは、「拠出制のみでは現在の老齢者、身体障害者又は母子世帯あるいは将来にわたって保険料を拠出する能力の十分でない不幸な人々には年金の支給が行われないこととなりますので、これらの人々にも年金を支給いたしますために、無拠出制の年金を併用することといたした」、これが福祉年金になったわけですね。
 それはそれとして、ただ、こういった在日外国人と言われる方々の無年金者のほとんどがいわゆる在日の韓国と朝鮮の方々です。その歴史的な背景というものは、語っていると長いものですからそのことは申し上げませんけれども、そのことも含めて、こういった方々に何とか手を差し伸べなければならないのではないかというのが現在の私の気持ちなんですけれども、こういうことを含めて大臣どういうふうにお考えでしょうか。
 前に丹羽大臣にも一度お伺いして、これは衆議院の方でいろいろお答えにはなっているんです。「一度お話を承りたい、そう思っております。」なんということをおっしゃっているんですけれども、それっきりでおしまいになったものですから、新大臣はどういうふうにお考えになるかお伺いしたいと思います。
#98
○国務大臣(大内啓伍君) 何度でもお話を承りたいと思っておりますが、今委員御指摘のような非常に難しい問題があることをよく承知いたしておりまして、これは社会保険だけで問題が救済できるか、その他の福祉政策を併用しながら救済すべきか、いろんな問題があることは御案内のとおりであります。
 障害者に対する年金としては、御案内のとおり、昭和六十年の改正によりまして基礎年金というものができまして、以来給付についても相当やってきたのでございますが、問題は、御指摘のそういう無年金者に対して、年金制度については今各局長からお答えを申し上げているとおり一つの仕組みがあるだけに、年金制度の枠内の中でそうした無年金者を救済するというのは非常に難しい問題が実はございます。したがいまして、それらの障害者に対しましては、特別障害手当制度というようなものもつくりまして、その障害の程度によりまして、いろんな社会保障という観点からの手当制度によって所得保障をする、生活保障をするということをやってきているわけでございます。
 しかし、委員の御指摘は、そういうものだけではなくて、むしろ年金そのものの中で何か解決方法がないかというようなお話にも聞こえるのでございますが、日本人の場合でも無年金者というのがございます。それはいろんな事由によって発生してきているわけでございますので、その点はもう少し研究の余地があると思いますが、そういう広範な福祉政策との併用の中でそれらの方々の生活保障、所得保障というものを考えていかざるを得ないのではないかと、こんな感じを持っております。
#99
○下村泰君 もう時間が来ました。大変御丁寧にお答えくださいましたので私の質問時間がなくなってまいりました。これはありがたいことでもあり、大変迷惑なこと、どっちだかさっぱりわかりません。
 そこに自治大臣もいらっしゃいますのであわせてお伺いしたいんですけれども、大阪府下の四十四市町村すべてを初め、それ以外にも、私の知る限りで十一市町区で特別の手当が出ているということも承っておりますが、どうなんでしょうか自治大臣、こういうふうに各地方自治体が国にかわっていろいろやっておりますけれども、こういうこともあわせて、こういう無年金者、殊に外国の方々の無年金者というものを何とか救う方法はないかというようなことをひとつお考え願いたいものと思いますが、いかがでしょうか。
#100
○説明員(松本英昭君) お答え申し上げます。
 ただいまも厚生省の方からるるお話ございましたが、この問題は、一つは国の障害年金制度の沿革及びそのあり方等に端を発している問題でもございますし、また対象が外国人であるということもございまして、私どもは基本的には、やはりこれは国のレベルでどうするべきかということを考えていただく問題ではないかというように考えているわけでございます。
#101
○堀利和君 私の質問に入る前に、午前中の審議の中で、木暮委員より不適切な発言があったと考えますので、この点について、会議録を精査した上で委員長において御検討願いたいと思いますが、いかがでしょうか。
#102
○委員長(三上隆雄君) ただいまの要望につきましては、後刻理事会で協議して対処したいと、こう思います。
#103
○堀利和君 先日行われました九州大学附属病院における肝移植について、特に事実経過についてお伺いしたいと思います。
 いわばドナーとなった五十三歳の男性の方が大阪府立千里救命救急センターに運ばれたわけですけれども、この際、運ばれたときの状況と蘇生術がどのように行われたかについてまずお伺いしたいと思います。
#104
○政府委員(谷修一君) 五十三歳でございました患者につきましては、十月四日の午後四時四十三分でございますが、ぜんそくの発作によります心肺停止の状態で大阪府立千里救命救急センターに運び込まれまして、六分間いわゆる救急蘇生術を行いました後に、四十九分に心臓が動き出したということでございまして、その間具体的な蘇生術といたしましては気管内送管、あるいは人工呼吸、心臓マッサージ、それから電気的な除細動、こういったような救急措置が行われたというふうに承知しております。
#105
○堀利和君 その後ドナーがいわゆる脳死状態になるわけですけれども、ヤンターの方では脳死判定を行っているわけです。この脳死判定がどのような基準で、どんなふうな手続で行われたんでしょうか。
#106
○政府委員(谷修一君) 私どもが大阪府を通じまして承知をしておりますことについてお答えをさせていただきたいと思います。
 最初の脳死判定が行われましたのは十月十九日でございます。大阪府立千里救命救急センターでの脳死判定につきましてはいわゆる竹内基準に基づいておりますが、竹内基準に加えまして、聴性脳幹反応検査及びアトロピンテストを加えたものを行っております。今回、第一回の脳死判定は先ほど申しましたように十月十九日でございますが、主治医及び脳死判定委員であります救急医二名によりまして、第一回目が十九日、第二回目が二十日、第三回目が二十一日に行われまして、いずれも脳死というふうに判定をされたというふうに承知しております。
#107
○堀利和君 三回も行ったということなんですけれども、念には念を入れるということがあるんですが、これは千里救命センターの通常脳死を判定する、こういう手続なんですか。
#108
○政府委員(谷修一君) 竹内基準におきましても、脳死の最終判定をどういう状況で行うかということについては、その疾患なり患者の経過を考慮した医学的判断というふうになっておりますが、この竹内基準におきましても、さらに加えて、観察時間は判定者の裁量により延長すべき場合があり、また判定者が脳死の判定に確信を持てるまで延長するのは当然といったようなことから、今回の事例についてそういうことを勘案して三回の判定が行われたのではないかというふうに考えておりますが、他の事例について三回やっているかどうかということについては私ども承知しておりません。
#109
○堀利和君 その点について、時間がありませんので、また改めたところでこの判定基準なり手続について審議させていただきたいと思います、問題を感じますので。
 次に、センターの方からドナーの家族に対して臓器提供についてどのように話を持ちかけたのか、それを何回程度行われて、家族の意思確認がどんなふうにされたのか、また、その記録が残されているかどうか、明らかになっているのかどうか、お伺いしたいと思います。
#110
○政府委員(谷修一君) このドナーの家族に対しまして臓器提供についての話が行われましたのは、先ほど申しました第二回目の脳死判定の後、つまり十月二十日の午後六時ごろだというふうに承知をしております。具体的には、主治医から患者家族に対しまして臓器提供の意思の有無についての質問がされております。それに対しまして家族の方からは、翌日の午前中に全臓器についての提供の申し出があったというふうに承知をしております。
#111
○堀利和君 今報道の一部でも家族の申し出というふうに言われていますけれども、申し出というのは何も働きかけがないときに自発的に訴えるのが申し出だというふうに私は理解しているんです。この場合、家族から最終的に、二十一日の午前に話をセンターの方に言っていく場合、どうも私は説得された中での承諾だろうというふうに私なりに理解するんです。ですから、その辺についてやはり大変重要な問題だろうと思います。
 それで、その二十日の際、家族に対して臓器提供について話された方はどういう立場の方でしょうか。
#112
○政府委員(谷修一君) 先ほど申しましたように、十月二十日、二回目の脳死判定後、午後六時ごろと承知しておりますが、主治医が患者家族に対して臓器提供の意思の有無について尋ねたということであります。
 その後は家族とは話をしておりませんで、先ほど申しましたように翌日午前中、午前十時半に家族から全臓器についての提供の申し出があったということでありまして、その後、つまり二十一日でございますが、二十一日の午後さらに意思の確認がなされた。それから、夕方にかけてどういう提供可能な臓器がということについて説明をして、さらにその後患者の母が承諾書にサインをしたという事実関係を承知しております。
#113
○堀利和君 それでは、そのドナーの母親が二十一日の午前に承諾といいますか返事をするわけですけれども、それはどういう内容の返事だったんでしょうか。
#114
○政府委員(谷修一君) 私どもが聞いておりますのは、移植でしか救えない人のため全臓器を提供する、私には本人もそれを望んでいるように思えますというのが母親の返事であったと承知しております。
#115
○堀利和君 ドナーの本人もそのように考えているといいますか、思っているというのは、これはあくまでも推測だというふうに私は理解するわけなんで、それはそれでここでははっきりさせておきたいと思います。
 次に、母親からの承諾があった後、千里のセンターの方では近畿臓器移植情報センターと大阪府の方に連絡されたと思いますけれども、それはどのように具体的にされたんでしょうか、内容をお願いします。
#116
○政府委員(谷修一君) 千里センターの方から大阪府の環境保健部の方に二十一日の午後、患者の家族から臓器提供の承諾があったという旨の連絡がなされたというふうに承知をしております。
#117
○堀利和君 近畿臓器移植センターは。
#118
○政府委員(谷修一君) 千里救命救急センターから近畿臓器移植情報センターに、これは大阪大学の附属病院医療情報部に設置をされておりますが、二十一日の午後二時ごろに連絡があったというふうに承知をしております。
#119
○堀利和君 そこで、今度は文部省にお伺いしますが、千里のセンターの方から近畿臓器移植情報センターの方に連絡が行って、その後関係の大学病院等に情報が流されたと思うんですね。聞くところによると、最終的には九州大学の方でドナーの肝臓を受け入れたわけですけれども、他の大学病院では断ったというふうに聞いていますけれども、その断った理由について各大学の反応をお聞きしたいと思います。
#120
○政府委員(遠山敦子君) 私どもの承知いたしておりますところでは、脳死の臓器提供の情報が入りました大学は東北大学、信州大学、東京女子医科大学、大阪大学ということでございます。
 これらの各大学におきましては、移植をすべき緊急性の高いレシピエント、臓器提供を受ける患者がいなかったことや血液型の適合するレシピエントがいなかったということなどの理由から臓器提供を受けなかったというふうに聞いているところでございます。
#121
○堀利和君 血液型はドナーの方がB型で、最終的に受け入れた九大の方のレシピエントの方がA型ということで、そういう点からもかなり危険性が高いということで恐らく受け入れを拒否したということもあろうかと思います。
 次に、大阪府の環境保健部の方では、千里救命センターの方に脳死状態からの臓器摘出について慎重になるようにというように対応したと聞いておりますけれども、これはどんなふうに大阪府が千里救命センターの方に対応されたのか。この件について厚生省では連絡を受けたのかどうかということと、あわせて今回の大阪府の対応のような形を従前より厚生省として都道府県に何らかの行政指導をしていたのかどうか、お伺いしたいと思います。
#122
○政府委員(谷修一君) まず、千里センターの方から大阪府には、先ほど申しましたように二十一日の午後に最初に話があったわけでございますが、大阪府の当局におきましては二十一日の午後、救命センターの所長に慎重に対応するように電話で要請をし、さらに再度夕方にもう一回電話がなされております。その後、午後五時ごろだと承知しておりますが、所長に対しまして、脳死状態での臓器提供については現在国において法制化が検討されているというようなことから、現段階では見合わせていただくよう強く要請する旨のファクスが送られております。
 なお、厚生省に対しましては、大阪府から二十一日の午後に一般的な意味での脳死臓器移植問題の現状についての問い合わせがございました。その際、初めて脳死体からの臓器移植の動きがある旨の情報提供もあったわけでございます。
 私どもといたしましては、あくまでも一般論として、脳死臨調では臓器移植というものは法律がなければできない性質のものではないとされておりますけれども、折しも脳死及び臓器移植に関する各党協議会が再開をされ、立法化も視野に入れながら検討を行うこととされたというようなことから、我が国で今後移植医療が定着をしていくということのためにも、現在の時点では医療現場に対しては良識ある対応をお願いしたいということは常々考えておりますが、このことに関して各都道府県に対しまして脳死体からの移植の実施の当否について特に指導あるいは指示等は行っておりません。
#123
○堀利和君 それでは次に、当初千里の救命センターの方では脳死体、脳死状態からの臓器摘出ということを考えていたようですけれども、今お話しのように大阪府の方から慎重にということがあったということもありまして、最終的には心停止下での臓器摘出、肝臓の摘出ということで決まるわけですけれども、この経過と、どの時点、いつの時点で心停止下での臓器摘出ということに変えたのか、その辺をお伺いしたいと思います。
#124
○政府委員(谷修一君) 私どもが承知をしております範囲におきましては、先ほど申しましたようにこの千里救命救急センターの所長に大阪府からの要請があった。その後、関係者といろいろ意見の調整をした結果、心停止下での臓器移植という決定と申しますか、そういう結論に至ったのは十月二十二日午前二時ごろであるというふうに承知をしております。
#125
○堀利和君 それでは、亡くなられたドナーの方の死亡時刻、心停止した死亡時刻は何時何分でしょうか。
#126
○政府委員(谷修一君) 私どもが報告を受けておりますのは、十月二十二日午前五時三十五分に心停止というふうに承知をしております。
#127
○堀利和君 そこで、ICUから搬送されて、そのドナーとなった方がオペ室に行くわけですね。腹部切開ということなんですね。動脈、門脈からチューブを導入するということが行われたんですけれども、これは何時何分のことなんでしょうか。
#128
○政府委員(谷修一君) 私どもが承知をいたしておりますのは、今先生がおっしゃったようなチューブを肝臓の門脈に入れるための準備を始めたのが同じ十月二十二日の午前四時二十九分というふうに承知しております。
#129
○堀利和君 腹部の切開はどうなんでしょうか。
#130
○政府委員(谷修一君) 私どもが承知しておりますのは、腹部の切開を始めたのが四時二十九分というふうに承知をしております。
#131
○堀利和君 そうすると、腹部の切開でチューブを導入したということなんですか。
#132
○政府委員(谷修一君) 私どもが報告を受けておりますのは、ちょっと言葉が足りませんでしたけれども、四時二十九分に腹部を切開し、チューブを肝臓から出ている血管に挿入をしたということでございます。
#133
○堀利和君 そうしますと、死亡時刻が五時三十五分なんですね。チューブを導入して措置したのが四時二十九分ということですから、当然ドナーとなっている患者さんは生きているわけです。生きている患者さんをICUからオペ室に搬送したという行為と腹部を切開してチューブを導入したということ、これは救命センターにおいてあくまでも死亡が確認されるまで救命の努力をすべきだと思うんですけれども、これはどういう行為に当たるんでしょうか。救命医療行為というふうに認識されるんでしょうか。
#134
○政府委員(谷修一君) 私どもが聞いておりますのは、四時過ぎに結果的にドナーとなられました患者の血圧が低下をしてきたということから今申したような処置に入ったということでございますが、この行為そのものは、先ほど来お話のございます肝臓の摘出の準備のための行為であるというふうに理解をしております。
#135
○堀利和君 そうしますと、まだ死亡確認に至っていない患者に対して救命の努力という観点からいうと問題があるかと思うんですけれども、いかがでしょうか。
#136
○政府委員(谷修一君) 具体的、個別な医療行為でございますので、私どもがどこまでコメントをできるものかどうかはよくわかりませんが、一般的には心停止前の移植の準備ということに関して、現在例えば死体腎移植の場合でも家族の了解を得た上で心停止前に血管にカニューレを挿入するといったようなことがあるというふうに聞いております。
 そういう意味で、この方の場合には心停止ということを前提にした移植でございますが、先ほど申したような移植のための準備行為に入ったということだと思います。
#137
○堀利和君 私は非常に疑問を感じます。要するにまだ死亡確認ができていない患者に対して腹部を切開しチューブを導入していくということが果たして国民、一般の方々が信頼をしている救命センターとしていかがなものかということを感じるんです。
 しかも、おわかりであればお答え願いたいんですけれども、果たして救命医、主治医と移植医とが三時ごろから死亡確認し摘出するまでの時間、どんなふうなかかわりをドナーである患者にしていたのかということ、これはわかりますでしょうか。
#138
○政府委員(谷修一君) 具体的に、個別の今おっしゃいました主治医なりあるいはその他のお医者さんがそれぞれの時間にどのようなことをやっていたかということについては、私ども承知しておりません。
#139
○堀利和君 私は、主治医である救命医がこの患者さんを救うためにどこまで果たしてかかわったかということも、そしてどの時点から移植医がどんなふうに、またドナーの患者さんにかかわったかということ、これは重要なことだと思いますので、できましたら調査の上、後日その辺をお知らせいただきたいと思います。
 次に、臓器の保存液をチューブから注入しなきゃならないわけですけれども、これが何時何分にどのようなものがどれくらいどのような形で注入されたのか、お伺いしたいと思います。
#140
○政府委員(谷修一君) 五時三十五分に心臓が停止をしたということでございますが、五時三十七分に実際に保存液が体内に流入を開始したということでございます。
 この保存液は、私どもが聞きましたところでは、いわゆるUW液というものを使用されておりまして、静脈系統での灌流が約四千ミリリットル、それから大動脈系の灌流が約五千ミリリットルというふうに承知をしております。
#141
○堀利和君 千里のセンターの太田所長が、二十二日の朝の記者会見では、五時三十四分に保存液を注入したと。そして二十五日、三日後の記者会見で三十七分に保存液が流れ込み始めたというふうに、言い直しているといいますか、記者会見しているのですね、これはどういうことなんでしょうか。
#142
○政府委員(谷修一君) そういったような新聞発表があったということは承知をしておりますが、私どもが現在大阪府を通じて得ております情報では、先ほど申しましたように、心停止が五時三十五分、実際に保存液が流れましたのが五時三十七分というふうに聞いております。
#143
○堀利和君 これは新聞報道によればというのではなくて、記者会見なんですね。ですから、新聞記者なりが勝手に書いていることではなくて、二十二日と二十五日は、これは太田所長の口から出た言葉です。その辺の真意もきちんと調査していただきたい。つまり、三十四分から三十七分の間に注入したその液はどうなったのか。その仕方によってはどういうふうに注入されていったかということは重要なんですね。今、裁判になっておりますけれども、東海大でのがんの末期の方のいわゆる安楽死の問題でもやはり同じように塩化カリウムが使われて亡くなっているのですね。この保存液も体内に入っていけば心停止が起こるということは当然あるわけです。この辺のことが非常にベールに包まれておりますので、その辺をきちんと調査していただきたいということをお願いしたいと思います。
 時間がもうそろそろ終わってきましたので、用意はしておったのですけれども、文部省の方に一点お伺いして、その後大臣に御所見をお伺いしたいのですけれども、最終的に九州大学の附属病院の方でドナーの方の肝臓を受け入れて五十歳の男性の方に移植するということで実施されたわけです。九州大の附属病院における倫理委員会において移植基準というものが他の大学に比べてどういうふうになっているのか、どんなふうな評価を受けているのかということが一点です。
 続きまして、この倫理委員会において脳死からではなくて心停止からの移植ということについて基準があるのかどうか。
 そしてさらには、今回実際に心停止からの摘出の肝臓を移植したわけですけれども、これについて倫理委員会に諮られたかどうか、この点についてお伺いしたいと思います。
#144
○政府委員(遠山敦子君) まず第一の点でございますけれども、九州大学におきます肝移植の適用基準と他大学の肝移植の適用基準につきましてはほぼ同じであると理解しているところでございますけれども、これらの基準は各大学の医学的判断に基づいて決められているものでございまして、若干の相違があると理解しております。
 なお、九州大学におきます肝移植の適用基準が他大学に比べて厳しいかどうかということにつきましては、医学的判断に属する事項でございまして、私どもとしましては答弁を差し控えさせていただきたいと存じます。
 第二の点でございますが、九州大学におきましては、脳死体からの肝臓移植につきまして基準等を定めていたものでございまして、今回の心停止後の肝臓移植につきましてはこの基準に準じて行ったものであると聞いているところでございます。
 九州大学では、今回の心停止後の肝臓移植につきましては、突然のドナーの出現ということと、移植を緊急に必要とする患者の緊急避難的措置として実施したものでありますが、脳死体からの肝臓移植につきまして既に倫理委員会の承認を得ているということ、それから心停止後の臓器移植であるということから、倫理委員会に諮る必要はなかったものと九州大学として考えているというふうに了解しているところでございます。
#145
○堀利和君 私は、それは重要なことだと思うのですね。心停止下の移植だから倫理委員会にかける必要はないと、今そう答弁されましたね。私は非常にそれは問題だと思うのですよ。
 つまり、血液型が違うというのが一つの理由ですけれども、肝臓の場合、特にいわゆる脳死状態からでないと非常に危険性が高い、心停止下での摘出の肝臓を移植するというのは非常に危険性が高い、これは常識なんですね。そういう危険性、リスクの高いものであればこそむしろ倫理委員会に語らなければならないのに、だから要らないんだというのは、私はこれは本末転倒だということをきちんと指摘しておきたいと思います。
 時間がありませんので最後に大臣に御所見をお伺いしますけれども、終末期医療とかペインタリニックということで、クオリティー・オブ・ライフの観点からも医療がどうあるべきかということで、大変重要な課題が山積しております。そういう中で、医療現場における救命という努力あるいは患者の人権ということについてどのようにお考えかを伺って終わりたいと思います。
#146
○国務大臣(大内啓伍君) 堀委員が御指摘になりました、患者の生命を救い、またその人権を守るために最後まで現段階における医療の技術を駆使いたしましてその努力が行われたかどうか、また行われるべきではないかという視点に立っての御質問でございますが、私は、現場医療の段階におきましても、医師を初めといたしまして各医療機関に従事する方々は、そのために最善の努力を目下尽くしているものと信じておりますし、また今後もそうでなければならないと考えております。
 御指摘の具体的なケースにつきましては、例えば腹部を開きまして動脈、門脈に要するに肝臓を摘出するための準備活動に入った、それから心停止が実際に決定するまでの間約一時間五分ぐらいかかっているわけでございます。恐らくそういう間において生命を救う最後までの施しが行われたかどうかということについての御疑問の提起だと思っておりまして、やはり生命の尊厳というものは、これは最後まで守るために努力は尽くされなければならぬ。そのために、現場の医療機関において医師を初め医療機関に携わる人々に対してもその点についていかなる安易も許されるものではない、こういうふうに考えております。
#147
○堀利和君 以上です。
#148
○中尾則幸君 中尾でございます。
 きょう私は、障害児教育のあり方について御質問いたしたいと思います。
 既に報道等でもありますけれども、去る十月二十六日、旭川地裁におきまして、北海道留萌にあります留萌中学校の普通学級に入りたいという障害を持ったお子さんと親の願いをめぐっての大級訴訟判決が出されました。この裁判は、義務教育で普通学級か特殊学級かの選択権がどちらにあるんだろう、障害児本人と親にあるのか。この地裁の判決では、もう御存じのように、学級の決定に際して校長の幅広い裁量権を認めた形になっております。控訴中でありますので、これについては詳しくは私は申し上げません。
 今申し上げたように、この裁判、若干アウトラインを説明いたしますと、訴えていたお子さんは北海道留萌市に住む留萌中学校三年山崎恵さん十四歳と御両親です。障害を理由に本人と親の同意なしに特殊学級に入れられたのは憲法や教育基本法に定める教育の権利の侵害に当たると訴えてきたわけであります。
 ところで、この山崎恵さんは、胸から下、下半身が麻痺で車いすの生活を送っていらっしゃいます。ただ、大臣ももう既に御存じだと思いますけれども、そういった車いすで生活している、あるいはこういう山崎恵さんより重い症状の障害児の方でも健常児と一緒に普通学級で学んでいる例が全国各地に、これはもう例は少なくないと私は思います。
 こうした本人や親の意思がなぜ尊重されなかったのか、裁判に持ち込まれて非常に残念であります。当然尊重されてしかるべきじゃないかと私は考えます。もっと障害者の生き方を尊重する側に教育行政も立つべきじゃないかと思っておりますけれども、まず大臣の所感を伺いたいと思います。
#149
○国務大臣(赤松良子君) 先生の御指摘のような事件が旭川地裁で判決が行われたということは承知いたしております。判決では、この教育委員会の措置、校長の決定はいずれも適法であるという判断を下されたというふうに理解をいたしております。現行の法令では、教育委員会が特殊学級を設けるかどうか、また校長が当該児童に対する措置を決定するということになっているのは、裁判所の認めたところであるというふうに考えている次第でございます。
 もちろん各教育委員会が保護者の意見をしんしゃくしつつ、子供のために最も適切な判断をしていただきたいというふうに考えておりまして、引き続き適正な就学指導を行うように都道府県教育委員会を指導いたしてまいりたいと考えております。
#150
○中尾則幸君 引き続き適切な指導ということで。私、大臣の生の声を実はお伺いしたかったんですけれども。
 私、この判決を聞きまして、訴訟に至らなければならなかったのかという、大変私も残念に思っておるのですけれども、これについてはいかがでしょうか。
#151
○国務大臣(赤松良子君) 何事でも争いになる前に解決されるということは望ましいことではございますけれども、この場合は、教育委員会が判断をし、校長がそれに基づいて判断をしたわけでございまして、これは適法に行われたものと考えております。
#152
○中尾則幸君 これ以上は申し上げません。
 昭和五十四年から養護学校義務制が御存じのように取り入れられました。どんなに重い障害を持ったお子さんでも学校で教育を受けられる。盲学校、聾学校、養護学校、そして普通の小学校、中学校、高校には特殊学級。特殊学級という言い方は私は大変嫌いなんですけれども、自立のために専門家の先生がついての大変な訓練、私は大変結構なことだと。私もこれまで数多くの例をこの目で見てきております。
 私は今の普通学級の話に戻しますけれども、一方では、健常児と障害を持つお子さんが同じ教育の場で学び合うことの大切さというのはこれは指摘されているわけです。ノーマライゼーション、ともに生きるというその思想がやっぱり教育の現場に私はもっとあってしかるべきじゃないかと思っているのです。
 僭越なことを申し上げれば、教育というのは、教え育てるというふうには解釈できますけれども、もう一つ、書き方を変えてみれば、ともに育つ共育という読み方もできるのではないか、その精神が今非常に問われているのじゃないかと思うわけです。養護学校を選んだりそれから聾学校を選んだりというのは、親はお子さんの将来を考えていろいろ考えるのでしょうけれども、例えばこの山崎恵さんのようにどうしても普通学級で学びたい、こういうお子さんに門戸を閉ざすべきではないと私は思うのですが、この共生の生き方、ノーマライゼーションのあり方について大臣の御見解をお伺いしたいと思います。
   〔委員長退席、理事西野康雄君着席〕
#153
○国務大臣(赤松良子君) 心身に障害のある児童あるいは生徒がどの程度の障害がということを見きわめるのが大事ではないかと。障害の重い方に普通の場所で教育するということはやはりかなり無理があって、その方のための特別の場所を設けているということは必ずしも不合理なことではない、その方のためにきめの細かい配慮をすることができるということでございますから、これも一つの進歩と申しますか改善された方向に沿ったものであろうというふうに考えます。
 しかし、障害の軽い方あるいは事情が許す方には通常の学級で勉強していただくということの方がよいという場合もあることはもちろんでございますから、その内容、種類と程度などをよく見きわめることが大事なのではないかというふうに考えております。
 ノーマライゼーションというのも、その理念に従って適切に行われる、よりよい環境のもとで個々の児童や生徒の教育を受ける権利が守られていくということが大切なのではないかというふうに考えております。
#154
○中尾則幸君 憲法論争をするつもりはありませんけれども、憲法第二十六条、教育をひとしく受ける権利、教育の機会均等ということを規定しております。私は、無理してすべての方を普通学級に入れたらどうだと言っているのではないのです。
 今、大臣から御答弁がありましたように、それぞれの態様に応じて、それはもう当然のことであります。私が言っているのは、それを閉ざすというその原因はどこにあるか。いろいろあるわけです、教育委員会の考え方、これは各地方自治体が全部対応がばらばらなんです。私は、教育の機会均等というのはそうあるべきでないと思うのです。こちらの町ではいいけれどもこちらの町ではだめだ。例えば留萌とそれからそれに近い旭川、旭川では同じような障害のお子さんがことし、この恵さんより一年上ですけれども、ちゃんと卒業しているのです。立派な教育成果を上げているのです。これはもう実証されているのです。そういったことを私は言っているのです。
 特に東京町田市の例を私は調べたのですけれども、ここは大変市を挙げて頑張っていらっしゃっる。障害を持ったお子さんが普通学級で学ぶということは、これは大変なんです、先生も大変ですし。その状況を親御さんあるいは本人の意思を就学指導員が何度も面接して確かめるんです。学校とどうしたらいいんだろうと。そして、面接した上で本人と親御さんの希望を最大限尊重すると。しかし、尊重するけれども、受け皿をどうするのかということで、御存じのようにこの町田市では介助員制度をつくっているんです。パートで多分四十人というふうに伺っていますけれども、普通の学校の教室と同じように介助員が一人つく、こういう制度をやっているわけです。
 私は、教育の機会均等、憲法二十六条を振りかざすつもりはありませんけれども、そういった意味では、文部省、ここで確かに特殊教育、特殊という言い方は嫌ですけれども、特殊教育に対して地道な努力をされてきたことは私も大変評価をいたします。しかし、ここでもう一つ踏み込むべきではないかと思うんです。これについては、大臣、いかがお考えでしょうか。
#155
○国務大臣(赤松良子君) 町田市の御指摘のやり方についてはもし必要がございましたら政府委員が詳しく御説明できるかと思いますが、先生の御質問の御趣旨はそういう例を引きながらよりよい方向を目指せと、こういう御指摘かと存じます。
 それはおっしゃるとおりでございまして、よりよい方向を常に目指す必要があると存じますが、ただいまでは具体的には教育委員会の責任においてそれを決定するわけでございますが、その前に医師や教育職員、児童福祉施設職員等各方面の専門家から構成されます就学指導委員会というものを設けてその検討をしていただき、その結果を受けて教育委員会がこれを行うという制度になっておりまして、これはかなりきめ細かい実態をも把握し、それを反映できるのではないかというふうに考えております。
#156
○中尾則幸君 もう、大変きめ細かいことはわかるんです。きめ細かくすればするほど、逆に言えば規制ですよね、規制緩和と言いませんけれども、そこの部分をちゃんと弾力的に対応していかなきゃいけないんです。
 例えば、厚生省がことしの一月二十一日に中央心身障害者対策協議会でレジュメを発表しています。これは首相に報告されていることだと思いますけれども、この中の一部をちょっと紹介しますと、「統合教育については、様々な議論が行われているが、障害の状況等を考慮して、できる限り心身障害児と障害のない児童生徒が共に同一の場所で教育を受けるというその趣旨は十分尊重すべきものと考えられる。」と、こう言っているわけです。
 今、現行の聾学校、養護学校、それから盲学校の制度を私は決して否定しているんじゃないのです。大変その中で成果も上げられ、もう教職員の皆さん一生懸命やっていることは私は評価しているのです。
 ただ、普通学級に対する門戸、これもいろいろ障害の程度もございましょうが、しかし、実際これは山崎恵さんの例は十分受けられる。そのケース、それよりも重度な方が実際に教育を受けて卒業されているわけです。私は、ここにその文部行政の一つのあり方、ガイドラインとは言いませんが、障害教育を片一方で進めるけれども、もう一つは、先ほど大臣もお話しいただきましたが、ノーマライゼーションとは何なんだろうというわけです。
 ある学校の先生に聞きましたら、こんなことを言っていました。
 目の不自由な方が、お子さんと一緒に絵をかきに行くそうです。そのときに、障害のない子供はすぐ木をかいたり何かしたりする。その目の不自由なお子さんは、木に寄って木をさわった、さわってからかき出した。それを見ていわゆる健常児、この言い方は私は大変好きじゃないんですが、お子さんたちは木って何だろうとさわり出したというんです。そのときに共生、与えたり与えられたりするんだとこの教師自身も大変感動しておりました。それがもう一つの教育のあり方ではないかと言っているわけです。そういう事例はたくさんございます。もちろん、それには痛みも伴います。
 私は演説をするために来たわけじゃないんで、次の質問に移ります。
 そこで、やはり環境の整備をしなきゃいけない。介助員制度について、もう一度今度は政府委員の方で結構ですから、やはり考慮していくべきじゃないかと私は思うんです。これは町田市がやっているとかどこどこの市町村でやっているというんじゃなくて、支援をしていくという前向きな答弁をいただきたいんです。
 そして、もう一つ。例えば、車いすで学校に行きたくても階段がなければこれは大変なんです。スロープを改造するとか新しい校舎にはいろいろ研究、検討が加えられておりますが、そういった施設の整備、トイレの問題一つもしかりです。それについてどのような対応をとられているのか。私は大臣から前向きな答弁をいただきたいが、まず先に政府委員の方から。
#157
○政府委員(野崎弘君) 先ほど大臣がお答えしましたように、今の仕組みといたしましては、障害の程度の重い子供については盲、聾、養護学校ということでございます。
 今、先生、介助員のお話も出たわけでございますけれども、介助を必要とするような障害の程度の重い児童生徒ということになりますと、盲、聾、養護学校の方で教育を受けるという考え方で制度が成り立っておるわけでございますので、普通学校への介助員の配置を国が図るということは困難なことと、このように考えております。
 また、今、施設整備の関係をいろいろお話しございましたけれども、これはちょっと担当局が違いますので私から正確に詳しいことを申し上げるわけにはまいらないわけでございますが、現実の対応で支障がないように施設設備関係はもちろん設置者の方でも考えていただきますし、国としてもできるだけそういうものには対応していきたい、こういう考え方で臨んでいる次第でございます。
#158
○中尾則幸君 私、がっかりしているんですよ。やっぱり、こういった本当に教育を受けたいんだ、そしてだれから見ても介助があればと、そういった十四歳の子供の願いをもかなえられなくて私は何の教育かと。制度が違う、それは教育委員会だ、全部その中に押し込めてしまえば、本当の障害者の痛みを分かち合いながら共生というそんなものが芽生えるはずはないと私は思うんですよ。今の制度をどうやって見直していくかということが大事じゃないでしょうか。私はそう思うんです。
   〔理事西野康雄君退席、委員長着席〕
 もう一点。先ほどから私大変嫌になっているんですけれども、これは学校教育法第七十五条、「特殊学級」と書いてある。これ、端的に特殊学級というと、私も言っちゃうんですけれども、例えば自動車でも特殊車両とかありますけれども、どうも法律そのものにこの特殊を明記すること自体から発想を変えない限り今みたいな局長の答弁になっちゃうんですよ。これについてはいかがですか、見直しますか。この特殊という、これは何か言い方ありませんか。お前だけは別だぞというこんな考え方、私はこれからもう見直していかなきゃいけない。大臣、いかがですか。
#159
○国務大臣(赤松良子君) 特殊教育という用語が先生御指摘のように長い間使用されてきたものでございますが、それに対する批判、抵抗があることも御指摘のとおりでございます。
 文部省といたしまして、この言葉をどうしても使いたい、いついつまでも使いたいと言っているわけではございませんで、もっと適当な言葉があれば法律を改正するということにあるいはなるのかもしれませんが、非常にすぐれたよい代案があれば特殊を使わなきゃならないというふうに思っているわけでは必ずしもございません。
 前にも一度、そういう用語についての審議会と申しますか、懇談会です、正規の審議会ではございません、懇談会の場で検討をしたこともあるやに聞いております。必ずしもそのときにいい代案が見つからなかったのではないかというふうに思っておりますが、それにかわるよい案がございましたらお聞かせ願いたいと思います。
#160
○中尾則幸君 せっかくのそれを中断なんかしないで、赤松文部大臣、民間から登用されたんですから、ここでこの一つでも解決していただきたいと思います。先ほどの留萌の件についても指導をきっちり、そして裁判じゃなくて、その子の願いがかなえられるようにひとつ指導等をやっていただきたいと思います。よろしくお願いします。
 質問を終わります。
#161
○今井澄君 私は、まず最初に下水道及び排水処理施設、いわゆる汚水、雨水等の処理施設についての事業費の配分の見直しということに焦点を当てて御質問をいたしたいと思います。
 既にこれは周知のとおりでありますが、日本は世界に例を見ないスピードで高齢化が進んでいるわけですし、また二十一世紀のピーク時の高齢化率というのは、世界のどの国も経験したことのないような高齢化社会ということになるわけであります。それで、既にもうそういう時代に差しかかってはいるわけですが、二十一世紀の超高齢化社会においては医療、年金あるいは福祉ということにかなりの費用を要するということも予想されているわけであります。
 欧米諸国におきましては、いわゆる社会資本の整備が相当進んでいるということ等から、例えばきょうも主題としたい下水道等は整備されているということで、二十一世紀あるいはもう既に現在メンテナンスの費用をかければいい、ですから思い切って高齢化対策にお金が使えるというふうな状況になっていると思いますが、日本はこれから高齢化対策も社会資本の整備もしなければならないし、非常に大変な時代に来ていると思います。
 これまでのような高度経済成長が続けばよろしいわけですけれども、それは望めない。あるいはまた一方、環境に優しい経済ということを考えると、省資源、省エネルギーを含めて高度成長を望むべきではないという考え方もあるわけであります。そうしますと、やはりその社会資本の整備、公共投資等については非常に効率性が求められている。素早くかつ投資効率のいい社会資本の整備ということが今緊急に求められているのではないかというふうに思います。
 特にまた、細川内閣は今生活者重視ということを政策の機軸として打ち出しておりますし、その中で公共投資の配分見直しということを掲げておりますので、そういう観点から特に下水、排水処理についてお尋ねしたいわけでありますけれども、先ほども申しましたように、欧米ではイギリスが九六%、比較的低いイタリーでも六一%という状況であるのに対して、我が国ではわずかに四七%というのが下水道の普及率というふうに言われております。
 下水道と言った場合も、これは狭い意味の建設省の管轄下にあります公共下水道等がありますが、広く見ますと、そういった公共下水道等のほかに、農林水産省管轄下の農業集落排水その他の事業、それから厚生省で所轄しております合併処理浄化槽等があるわけでありますので、こういったものについての適切な取り組み、資金の投入ということが必要なんではないかというふうに思っております。
 なお、つけ加えておきますと、下水道等の普及というのは、一つは水洗トイレなど生活環境を向上させるというのに非常に大きな意味があるということがありますし、またそのことを通じて農山漁村への定住を促進するという意味もあるわけでありますし、また環境を保全する、あるいは今大変問題になっております水道水がまずい、におうということもありまして、おいしくて安全な水道水の水源を確保する等多面的な効果があるわけでありまして、公共投資、社会資本整備の中でも特にこの下水道等の事業は大事であるというふうに思っております。
   〔資料配付〕
 そこで、まず建設省にお伺いしたいと思いますけれども、きょうお手元に資料を配らせていただきました、ちょっと蛇足だったかもしれませんが。その二枚目、三枚目、四枚目を見ましても、我が国の下水道等の事業について見ますと、建設省のいわゆる下水道事業がそのほとんどを占めているわけでありますし、歴史的にも非常に長い歴史を持っているということなわけでありますが、今のこの四七%という状況について、今後大体どのくらいの年月をかけて、どのくらいの費用をかけて、一体どのくらいの普及率になるというふうに見込んでおられるのか、その辺をひとつお伺いいたしたいと思います。
 そして二点目としては、これまで六次にわたる下水道整備五カ年計画が行われ、現在第七次ということになっているわけですが、本委員会でも現在審査中の平成三年度の決算を見ましても、第七次五カ年計画の初年度に当たるわけですが、一七・六%の進捗率あるいは実施率ということになっております。単純計算では五分の一、二〇%になっていてもいいと思うんですが、かなりそれから下回っている、その理由は何だろうかということ。
 それから、振り返ってみますと、この第六次までについて、第三次が一〇〇・九%という実施率で一〇〇%を超えておりますけれども、それ以外はすべて一〇〇%を下回っている。一番高いところでも第六次の九五・八%。なぜこの緊急に整備していかなきゃならない下水道がこういうふうに計画を下回っているのかということについてお答えをいただきたい。
 それで、三点目でありますけれども、この平成六年度の概算要求では総事業費二兆九千四百億円、国費ベースで約一兆円ということになりますが、これで各市町村、都道府県等からの要望に大体こたえ切れるのかどうか。これではちょっとこたえ切れないんではないかと思っておりますが、その点をお答えいただきたいと思います。
#162
○政府委員(黒川弘君) 下水道の中長期的な整備目標がまず第一の御質問でございましたけれども、平成二年の七月に都市計画中央審議会の答申がございました。二十一世紀のなるべく早い時期までに処理人口普及率を九割程度まで引き上げる、また具体的には西暦二〇〇〇年、平成十二年における処理人口普及率を七〇%程度まで引き上げるというのが現在の目標でございます。また、当面の平成三年度を初年度といたします第七次下水道整備五カ年計画に基づく処理人口普及率は、平成七年度の段階で五四%に引き上げることを目標に進めているところでございます。
 また、二番目のお尋ねでございます平成三年度の第七次五カ年計画の当初年度の進捗率が一七・六%ということだったという理由でございますけれども、これはそれぞれ五カ年計画をつくりまして、そのときの財政事情に応じていろいろ我々も努力いたしました。結果としてそういうことでございましたけれども、その後の予算及び平成四年度及び五年度では総合経済対策ということで大幅な追加投資をいただいたり、あるいは事業実施面で地方単独事業を活用する制度をあわせてやる制度をつくらせていただきました。その結果によりまして、平成六年度の概算要求を含めますと四年度目で調整費を除きまして八一・〇%の進捗の見通してございます。
 また、第一次から第六次までの五カ年計画の実施率が非常に低いじゃないかというお尋ねでございます。
 第一次と第二次が低かった理由は、これは四年度で改定いたしましたので全体として集計いたしますと低うございました。三次は先生御指摘の一〇〇・九%、第四次は九一・六%でございます。第五次で特に昭和五十六年から六十年度までのものが七一・八%と非常に低い率でございました。これは財政再建のためのマイナスシーリングあるいはゼロシーリングが続いたことによるものでございます。
 そういった中でございますけれども、現在、五カ年計画に基づきましていろいろ進めさせていただいております。公共団体の要望をいろいろ踏まえて来年度予算等についても概算要求をさせていただいておりまして、御指摘のように、補助事業にさらに単独事業を加えました総事業費では五%増の二兆九千三百七十六億円を来年度は要求しているところでございます。公共団体の要望は非常に強いものでございます。我々としても実感しておりまして、今後とも下水道予算の充実に向けて全力を尽くしたいと考えております。
#163
○今井澄君 引き続いて、ちょっと時間がないものですから次に農林水産省にお尋ねいたしますが、今お配りしましたお手元の資料によりますと、いわゆる農集、農業集落排水事業は今の建設省の約十分の一の国費の投入しかないというか、があると言ってよろしいでしょうか。しかし、見ますと、急速に伸びていると思いますね。一方、この一枚目の資料を見ていただきますと、農山村といいますか小さな町村で非常に普及率が低いということを考えますと、この農集についても相当力を入れなければならないんではないかというふうに思います。
 農水省としては今後、建設省の十分の一というふうな配分の問題について、これは伸びていくだろうかどうかというふうなこと。それから、今も建設省からお答えがありましたが、六年度概算要求のシーリング五%、これで一体その要望を賄えると考えているのかどうか。また、簡潔にお願いしたいんですが、最後に、この農業集落排水事業が日本の農業や農村の将来にとってどういう意味を持つのかについても簡単にお答えいただきたいと思います。
#164
○国務大臣(畑英次郎君) ただいま我が国が抱えております幾つかの大きな柱の問題があるわけでございますが、その問題の一つはやはり過疎対策ということではないかなというふうに受けとめさせていただいております。
 その過疎対策という視点からいたしましても、この農業集落排水事業といいますものは、これからの若者の定着あるいは地域環境整備、農村の活性化、あらゆる視点から欠くことのできない極めて中心的な事業であろうかというように受けとめさせていただいておるわけでございます。
 その一つの私どもの取り組みの姿勢といたしまして、来年度概算要求におきましても他の分野とは比較にならない内容を持った要求をただいまさせていただいておるような次第でございますが、御指摘のような意味合いにおきましては、より多くの枠組みをということを期待しながらも、将来におけるやりくりという現実の姿の中にございましては、関係分野の御理解を得まして事業のさらなるダイナミックな展開を図ってまいりたい、かように考えておるところでございます。
#165
○今井澄君 次に、厚生省に同じような質問をお願いしたいと思いますが、合併処理浄化槽、これは必ずしも各戸ではないですが原則としては各戸につける、あるいはアパートというところにつける大型のものもあるそうでありますが、これもお手元の資料を見ていただきますと、農林水産省の投資額のさらに十分の一、わずか百億円ちょっとというところであります。これがカーブを見ますと非常な勢いで伸びてきているということは、要望もあるんだろうというふうに思いますし、また非常に簡単に設置できるというふうなこともメリットとしてあるんだろうと思いますが、今後これのシェアがふえていくとごらんになっておられるのか、あるいはその必要があると感じておられるか。
 また、この五%のシーリングですけれども、昨年度を見ましてもかなり大幅に補正をして四〇%ぐらい伸ばしておられるわけです。こういう点について今年度、平成六年度をどうしていこうとお考えになっておられるのか。
 それから、合併処理浄化槽についてはいろいろな御意見があるんですが、処理能力については公共下水道等と比べて遜色がないのかどうか、この辺ひとつ。
 それから、後のメンテナンスの問題がやはり個々人に任されるということになるとどうなるのかということもあると思いますが、この辺を含めて、今後この事業が国の下水処理事業として大きな意味を持ってくるとお考えかどうか、その辺をお聞きしたいと思います。
#166
○政府委員(柳沢健一郎君) 合併処理浄化槽は集落の散在する地域などに適した施設でございますので、こうした地域は先ほど先生もお触れになりましたように全体として生活排水処理施設の整備がおくれているということからも、今後合併処理浄化槽の整備の要請がますます高まってまいるというふうに厚生省としても考えているところでございます。
 ただいま、予算額百億円というお話もございましたけれども、これは昭和六十二年度にスタートした事業でございまして、当初一億円であったわけでございますので、それに比べれば現在、平成五年度の当初予算で百億円と、こういうふうに伸びてきたところでございます。なお、来年度につきましては五%のシーリングというのがございますけれども、この予算につきましては対前年度一〇%増の予算要求をさせていただいているところでございます。
 それから、合併処理浄化槽の処理能力の問題についてのお話がございましたけれども、BOD、すなわち生物化学的酸素要求量の除去率がこの合併処理浄化槽は九〇%以上である、それからその放流水質が一リットル中二十ミリグラム以下であるというような、こういう要件になっているわけでございますけれども、この要件から処理能力は生活排水対策上極めて有効なものであるというふうに考えておるところでございます。
 なおまた、メンテナンスにつきましても極めて重要であるというふうに考えており、厚生省としてもその辺につきましても指導しているところでございます。
#167
○今井澄君 今三省のお考えをそれぞれ伺ったわけですが、最初に申しましたように、公共投資の配分の見直しというときに、例えば他の公共事業どこの下水道等の事業との配分の見直しの問題、また、こういう場では各省おいでいただいているので各省庁間の見直しということは非常に申し上げにくいわけですが、この二つの点があるだろうというふうに思います。
 最初の点について言いますと、総理府の調査によりましても、それからつい最近ですか、某新聞の都道府県知事からのアンケートによりましても、第一の希望が道路であると。この道路についても私はいろいろ問題はまだあると思いますが、やはり道路、生活道路は特に大事だろうというふうには思いますが、二位に住民の要求も知事さんの要望もいずれも下水道が挙がっているわけであります。そうしますと、やっぱりこの下水道というところにより多くの財源の配分ということをやっていかないと安心して二十一世紀を迎えられないということになりますので、この点は問題があると思います。
 もう一つは、私の住んでおります諏訪地方、二十万人余り住んでいる八ヶ岳のふもとの標高七、八百メートルに広がる全くの農村なわけですけれども、ここで流域下水道を軸にして、あと公共下水道等、各種の事業の組み合わせの図面があるんですが、率直に言いまして、自分の地元のことでお恥ずかしい次第ですけれども、どうもうまくそれぞれの事業を組み合わせていないのじゃないかという気がするんですね。延々と八ヶ岳のふもとのところから管渠を掘ってきまして、大工事をやって諏訪湖のところの終末処理場まで掘っていく。工事費のかなりの部分が穴を掘って土管をいけるということに使われる。それよりは、もっと身近で処理していくということに使ってもいいんではないかと思うんです。
 幸い、聞いてみますと、長野県というのは全国に先駆けて下水道整備構想エリアマップ作成マニュアルなんというのができまして、各種事業を調整するようにと、全国の模範なんですね。ところが、どうも見ていますと、ちょっと余分なところにお金をかけ過ぎたり、全部できるのは二十四年間、平成十七年までかかるんです。もっと急いで、一週間でできる合併処理浄化槽も組み合わせてやればいいと思っているんですが、どうもパンフレットを見ましても、農集は農振地域内というふうに書いてあるともうそれしかできないように思ってしまう。それから、合併処理浄化槽は下水道認可区域以外で特に云々と書いてあるとどうもそれ以外でなきゃできないということになって網をかけちゃう。その中で、延々と金をかけて時間をかけて工事をするという、どうも不合理が生じているように思うわけであります。
 そこで、きょうは三大臣おそろいでいらっしゃいますし、また大蔵大臣もお見えでいらっしゃいますので、こういう見直しについては、特に今言われております縦割り行政の弊害を是正するという意味からでも、汚水、雨水を含めて下水処理について三省庁間でもうちょっと話し合って、適切な地域に適切な事業が選択して組み合わされるようやっていただけないかということをお願いしたいというふうに思うわけです。
 せめて、例えばパンフレットなどについても、各省庁思い思いにつくっておられますけれども、そういうものをもうちょっと統一してつくるとか、あるいはさっきのように下水道区域というふうに市街化区域なんて決めちゃいますと、その中にどんなに飛んでいるところがあってもそこも含めて管を引いてしまうというふうなことのないような、一種の規制緩和の問題ですかね、自治体に任せる、そういうふうなことをやっていただいたらどうかと思うんです。
 これは三省にいろいろお答えいただいていると大変時間がかかりますので、まことに失礼ですが、大蔵大臣せっかくおいでになりますので、その辺ちょっと、国のお金の有効な使い方、むだに使わないという意味でも大事だと思いますので。
#168
○国務大臣(藤井裕久君) ただいまの今井委員のお話の大筋は非常に大事なことだと思います。特に、生活環境の公共投資を充実するということ、それから二十一世紀になると超高齢化社会の中で社会資本の充実がなかなかてきにくくなること、したがって、なるたけ早いうちにしかるべきレベルを確保しなきゃいけない、全く御指摘のとおりだと思います。
 また、各省間の調整の問題、私はその調整する立場にはないのでございますが、今、三大臣おそろいになっておられますので、そういう方向で御努力いただけるものと考えております。
#169
○今井澄君 どうもありがとうございました。また、この問題についてはもう少し詳しく、いろいろな具体例で今後もお願いをしたいと思います。
 きょうは残された時間、ちょっと急を要するというか、最近起こった問題について運輸省にお尋ねしたいと思います。
 私は、JR問題については、まだ国会議員になる前から、かなり以前からいろいろ関心を持っていたわけであります。特に、民営化に伴ってその後いまだに千名余りの被解雇者の方がまともな暮らしができていないでいるという、こういう非人道的な問題についても早く解決しなければならない。
 一方で、成田空港三里塚の方は、運輸省の御努力によってテーブルに着くというふうなこともあるわけですし、東西冷戦も終わり、今新しい時代が来たという中で、そういう話し合いの方向で進めていかなければならないと思うわけであります。
 また、JR問題は、民営化後の検証を国会でも引き続き行わなければならないと思いますし、経営問題や清算事業団の問題、それから安全性の問題、最近また「のぞみ」のボルトの抜け落ちとか、あるいは針が置かれたりとかいろんな問題があると思いますし、また株の問題、年金の問題、いろいろあるわけですが、その中で労働問題を一つ取り上げたいというふうに思います。
 去る九月十日にJR東海株式会社が二名の解雇を含む三十三名の処分通告を行ったわけで、この原因は三月十八日の闘争時におけるいわゆる暴力行為が理由になっております。こういうJR東海あるいはJR西日本においてもまたいろいろあったりしてかねがね心配しているわけで、この労働問題がエスカレートしていかないようにという、そういう気持ちを持ちながら見守ってきているわけであります。
 また、衆議院でも参議院でもこの問題はいろいろ取り上げられているところでありますが、今回のこの処分につきましても、いわゆる暴力行為の問題については既に大阪地検は不起訴処分にしているわけであります。これは会社によってもちろん違うでしょうけれども、一般の官庁や普通の例では、刑事事件として起訴されると休職にする、そしてそれで有罪が確定したら処分をするというふうなことが行われているところが多いと思うんですね。
 そうしますと、今新しいJRとして民営化されてやっていくというときに、労使間の紛争がだんだん先鋭化するというふうなことは、私はお互いの側で努力をして避けていかなければならないと思っているわけであります。そうしますと、この九月十日の二名の解雇を含む処分というのはちょっと行き過ぎだと、ますますこれで労使関係が激化する、ひいてはこれは経営にも響いてくる、安全問題にも響いてくるんではないかというふうに心配するわけなんで、その点で監督官庁である運輸省としてどのように考えておられるのか。
 また、この処分問題ですね。解雇を含む処分を行ったということ、地検で不起訴処分になっている段階で、まあ大分急いでやったように思うんですが、このことについてまたどういうふうな指導をされているのか、この点についてお尋ねをしたいと思います。
#170
○政府委員(秦野裕君) ただいまの先生お話しございました案件でございますが、JR東海の方で、社内の規則あるいは規定等に違反しまして職場秩序を素乱する行為があったということで、ただいま先生お話しございましたように、ことしの九月にこれに関係いたしました社員に対しまして解雇を含む懲戒処分を行ったということは私どもも承知しておるところでございます。
 ただ、これはもう改めて申し上げるまでもないことでございますけれども、JRがその社員に対しまして行う処分につきましては、いわばJR内部の問題でございますので、これの是非につきまして運輸省としてコメントするとかあるいは介入するという立場にないということは御理解いただきたいと思うわけでございます。
 ただ、ただいま先生もお触れになりましたように、労使関係につきましては、一般的に申し上げまして、この安定を図ることがJRの経営にとりましても大変重要であるということは私どもも認識しておるわけでございまして、会社あるいは組合の相互が信頼関係を持って労使関係の健全化に努めてほしいというふうに考えておるわけでございます。
 このような視点から、私どもといたしましても、これまでの間に労使が誠意を持って十分に話し合うように必要に応じましてJRを指導してまいっておるわけでございまして、JR各社もそのことを踏まえて対処してもらっているというふうに期待をしておるわけでございます。今後ともそのような方向で進めてまいりたいというふうに考えております。
#171
○今井澄君 ただいまの御答弁ですが、ちょうどこれはことしの二月二十三日の運輸委員会で、阿部昭吾議員の御質問に対してもほぼ同じような答えがなされているわけですが、しかし一向に進んでいない。むしろエスカレートしているんです。この点については十分監督官庁として、単なる監督官庁だけではなく、まだ株も国が持っておられるわけですし、そういう点ではもっと強い指導をきちっとして、これはお互いの問題はありますけれども、労使紛争が激化していかないように、やはり処分というのはちょっと行き過ぎではないかと思いますので、その点をもう一度申し上げて私の質問を終わらせていただきます。
#172
○風間昶君 公明党・国民会議の風間でございます。
 まず最初に、フロンの問題についてお伺いしたいと思います。
 御承知のように、日本は特定フロンの生産・消費量とも世界第二位で、世界の一〇%以上というふうに言われておりますし、第一世代のフロンにかわる代替フロンも世界二位の生産量でございます。オゾン層破壊に歯どめをかける上で我が国は重大な責任を担っていると思いますし、今や日本がイニシアチブをとっていかなければ脱フロンの流れはつくれないと言っても過言ではないというふうに思います。
 昭和五十年でございましたが、五月に沿海州に漁に出ておりましたエビかご漁船、八十七トンの小さな船、この中で冷凍機のバルブが外れまして六名亡くなる事故がございました。そのうちの二名を私、法医解剖させていただきまして、それが私とフロンとの出会いでございました。それ以降、当時フレオン22でございましたが、フロン22の毒性についてまた学位も取ったわけでございます。
 過去の公害というのは被害が出てから原因が追求されるというのが常でありましたけれども、事フロンガスに関して言いますと、みんなが使ってじわじわとたまっていって、いわばだれもが加害者でもあり、だれもが被害者になってしまうというそういう状況でございますし、殊に厄介なことに、フロンは今いる私たちよりむしろ子孫の代にまでその被害が起こってくるということが一番問題な点ではないかというふうに思います。
 そこで通産省にお伺いしたいんですが、これまで報道によりますと世界じゅうで生産、放出されたフロンが千五百万トンというふうに言われておりますけれども、我が国の特定フロンの使用量とその用途別のシェアを教えていただきたいと思います。どうなっているんでしょうか。
#173
○政府委員(細川恒君) 我が国におきます特定フロンの消費量でございますが、昨年、平成四年におきまして約六万ODPトンでございます。これは国際条約に基づきます、生産数量のいわば基準年でございます一九八六年比にしまして約五割の水準にございます。
 用途ごとのシェアといいますか、これは消費量といいますよりむしろ出荷割合でとらえておりますが、これで申し上げますと、業界調べでございますけれども、我が国の平成四年におきます特定フロンの用途別の出荷割合は、洗浄用で約四五%、発泡用で二二%、冷媒用で約三〇%、エアゾール用約三%というふうに理解をいたしております。
#174
○風間昶君 そうしますと、日本では洗浄用が一番多いというふうになるわけですね。全体として六万ODPトンですかというと、いわばこれまでの世界の中に放出された一千五百万トンのどのくらいの割合になるんでしょうか。これは単純に計算していいんでしょうか。
#175
○政府委員(細川恒君) 手元に全世界の数量を今時ち合わせておりませんので、詳細必要でございましたら後ほどまた申し上げたいと思いますが、我が国の生産量は年々減っておりまして、先ほど申し上げたところを若干補足いたしますと、平成四年は六万ODPトンでございますが、前年の平成三年が九万五千トン余り、それから平成二年が十一万一千トン余り、平成元年は十六万トンというふうにさかのぼるわけでございまして、年々減ってきているという状況でございます。
#176
○風間昶君 後でどのくらいの割合なのかをきちっと教えていただきたいと思います。
 そこで、特定フロンを大気中に放出しないで確実に回収する必要があるというふうに思いますけれども、回収装置の設置を含めて、回収の現在の状況はどうなっておりますか。
#177
○政府委員(細川恒君) 特定フロンなどの回収、再利用は特定フロンなどの円滑な削減を図りますために必要不可欠でございますが、このために産業界におきまして回収、再利用が比較的容易な洗浄それから冷媒分野におきまして種々の回収、再利用の努力が進められておるわけでございます。
 具体的に少し申し上げますと、特定フロンの用途の半分を占めます先ほど申し上げました洗浄分野、約四五%を占めるわけですが、この分野におきましては、従来使用されたフロンの空中放散が行われておりましたところ、近年空中放散を許さない回収、再利用型の洗浄設備への転換が相当進められております。現在六、七割に至ったかというふうに理解をいたしております。
 続きまして、約三〇%を占めます冷媒分野でございますが、製品ごとに回収、再利用の取り組みが進められておりまして、一、二例を申し上げますと、カーエアコンの冷媒に使用されております特定フロンにつきましては、自動車ディーラーなどを中心に約二万台の回収装置が配備をされておりまして、回収、再利用が進められておるわけでございます。
 今後の見通してございますが、用途ごとの特定フロンの回収、再利用の方向について、現在、関係審議会の専門部会におきまして検討中であるわけでございます。
#178
○風間昶君 自動車のカーエアコンなんかでも一年半から二年で自然に抜けていくわけですよね。だから二年ぐらいたつとクーラーの効き目が悪くなる。一般の乗用車でもそういう状況なんでありますので、もう少しきちっとした形の回収装置、例えばすべての修理工場なりなんなりに設備をきちっと設けるというような、そういうような具体的なプロジェクトは考慮されていらっしゃるんですか。
#179
○政府委員(細川恒君) 回収、再利用の施設の設置のお尋ねであろうかと思いますので、続きまして一、二例を申し上げたいと思うんですが、特定のプロジェクトという形で推進をしておるわけではございませんけれども、例えば冷凍空調設備用の特定フロンの回収、再利用につきましては、低圧ガスでございますフロン11について、従来から各社ごとに回収、再利用を実施中でございます。
 それから高圧ガスでありますフロン12などにつきましては、本年の十月一日に社団法人日本冷凍空調工業会など関係業界におきまして冷媒フロン再生センターを創設いたしまして、再生事業開始に向けて準備をいたしております。大体準備が整ったというふうに理解をいたしております。
 また電気冷蔵庫用の特定フロン、これは冷媒の回収でございますが、これは残念ながら、電気冷蔵庫用の特定フロンにつきましては再生利用が困難であることからこれまでほとんど回収が進んでおらない状況にございますけれども、現在、関係業界であります日本電機工業会を中心としまして電気冷蔵庫の修理時に放出されます特定フロンの回収のための体制整備の検討が進められておりますし、また、一部地方公共団体におきまして廃電気冷蔵庫からの特定フロンの回収が行われ始めておるというふうに理解をいたしております。
#180
○風間昶君 一九九五年末までのフロンの全廃をにらんでの代替フロンへの転換も図られているというふうな情報がありますし、最も多く使われているフロン12あるいは11、それから113については代替フロンが研究されているというふうに伺っていますけれども、その転換状況はどういうふうになっていますか。
#181
○政府委員(細川恒君) 自動車につきまして、フロン12、先ほど申し上げました高圧ガスでありますが、これにつきましては新車で134aに変わることになっておりまして、現在約八〇%の転換が進んでおります。
 それから冷蔵庫につきましては、本年の十二月から転換が進む予定でございます。
#182
○風間昶君 洗浄用はどうですか。
#183
○政府委員(細川恒君) 洗浄用につきましては、現在七〇%が水等に転換が行われておるというふうに理解をいたしております。
#184
○風間昶君 発泡剤用はどうですか。一つ一つあれしないで、全部きちっと答えてくださいよ。
#185
○政府委員(細川恒君) 失礼しました。
 発泡用につきましては、フロン11を141bということで、現在八〇%の転換が行われております。
 エアゾールにつきましてはLPGに九割の転換でございます。
#186
○風間昶君 ありがとうございました。初めから教えていただければよかったんですけれども。
 随分と代替フロンへの転換が進んでいるというふうに思いますけれども、問題は、二〇二〇年にも代替フロンの原則全量規制というふうに決められているように伺っておりますわけで、そういう意味でフロンを分解していく技術というのは、もちろん日本の科学技術が大変な状況の中で進んでいくというふうに思いますけれども、フロンを分解していく技術開発の十分な予算の確保が私はやっぱり大変大事なものではないかというふうに思います。
 御存じのようにフロンは本当に見えません。においもありません。私は、動物実験でラットからマウスからウサギから、もう随分と多大な犠牲を出して実験いたしましたけれども、酸素よりも三倍も重いものですから下にたまっております、地表上にも。大変な状況でありますけれども、そのフロンの分解技術開発の十分な予算確保を初め、社会的な仕組みをつくっていくのが国としてぜひやらなければならない問題ではないかというふうに思っております。そういう意味で関係省庁、通産、環境、厚生が十分協力してやっていくべきだというふうに思っておりますが、通産省のお考えをお聞きして、また環境庁長官がいらっしゃっていますので、そのことについてお伺いしたいというふうに思います。
#187
○政府委員(細川恒君) フロンの破壊技術のお話であろうかと思いますが、これにつきましては、特定フロンを破壊する技術のうち、実用化の見込みの高いものということで燃焼法及びプラズマ法を私ども考えておりまして、傘下の工業技術院の研究所などで開発を行っておるわけでございます。まだ試験の段階でございまして、実用化にはいましばらくの課題を乗り越える必要があろうかと思います。必要がございましたら詳細について申し上げます。
 それから、今お話がございました仕組みをつくるということでございますが、御指摘のように特定フロンの回収を円滑に進めるためには、再生利用が困難な回収フロンの破壊、その破壊の仕組みを整備することが極めて重要だというふうに理解をいたします。
 こういう観点から、本年の十月から他の関係省庁の参加も得まして、先ほど申し上げました関係審議会の特定の部会におきまして、我が国における望ましい特定フロンの回収、再利用などのあり方について審議、検討をお願いしておるわけですが、その一環としまして、御指摘の問題につきましても検討の方向ということを審議、検討いただいておるところでございます。
#188
○政府委員(松田朗君) まず、長官から答える前に私の方から破壊技術につきましてお答えさせていただきます。
 平成二年度から環境庁におきましても、地球環境研究総合推進費という予算、これが約十九億円ほどあるのでございますが、その中でプラズマ分解法だとかあるいは触媒を利用する方法など破壊技術の研究もやってきております。
 折しも、昨年の十一月でございますが、モントリオール議定書の締約国会合におきましても、先生御指摘のように回収のみならず破壊技術、これが非常に重要だということが指摘されました。ここでロータリー・キルン法とかいう幾つかの方法、全部で五つでございますが、これが一応具体的な技法として承認された。ただ、この場合は破壊技術の効率的な面で、それから発生するいろんな、例えば破壊の仕方によってはダイオキシンが発生する等々問題もありますので、そういう安全評価の面は不十分でありますので、その辺のところの問題がまだ残っているわけでございます。
 したがいまして、環境庁といたしましては、既に手をかけております既存の国内における破壊技術、それの評価、さらには先ほど申しましたモントリオールで承認されました五つの破壊技術についても評価検討を進めたいということで、来年度から新しい予算を要求しているところでございます。
#189
○国務大臣(広中和歌子君) オゾン層の破壊はほぼ全地球的に進行しておりまして、その対策は非常に緊急なものである、そのように認識しております。
 このために、フロン生産を九五年までに全廃するため規制の円滑な実施を行うとともに、使用済みのフロンについては回収から最終的な破壊までの仕組みをつくることが重要であると考えております。
 環境庁といたしましては、オゾン層保護対策地域実践モデル事業をスタートするなど、回収、再利用等のシステムを構築していくための条件や問題点を明らかにするとともに、関係省庁と連携いたしまして、破壊までの仕組みづくりを具体的にづくっていく、そのために努力したいと思っております。
#190
○風間昶君 ぜひとも関係省庁協力のもとで、いわば公明党もかねてからオゾン層を破壊しない第三世代のフロンの開発を主張してきておりますし、そういう意味で、通産省が平成二年度からですか、究極の物質なるものづくりに着手されたというふうに伺っていますけれども、ちょっとその辺のさわりも含めて通産省さんに教えていただきたいと思います。
#191
○政府委員(細川恒君) 御質問はフロン代替品の開発の促進についてだというふうに理解をいたしますが、圧縮式ヒートポンプ用の新規冷媒開発補助金ということで、圧縮式ヒートポンプシステムの冷媒としまして、フロン114にかえまして使用し得る新規冷媒の開発を実施中でございます。それが今委員御指摘の平成二年度から六年度までの五年間の計画でございます。
#192
○風間昶君 環境庁長官、ありがとうございました。とどめまして申しわけございませんでした。
 それでは次に、三連休構想について。
 過日総務庁長官が閣僚懇談会で打ち出したことで、その最大のねらいは何なのかということと、もう一点、実現するとなると結構功罪ありでハードルが高いかというふうに思いますけれども、今後の実現に向けてのお考えをお聞かせ願いたいと思います。
#193
○国務大臣(石田幸四郎君) 過日の十一月二日の閣議後の懇談会におきまして、私が現行の祝日を原則として月曜日または金曜日に移動させることによって三連休をふやしたらどうか、こういった問題を検討してはどうかということを申し上げたわけでございます。
 その趣旨につきましては、ゆとりある豊かな国民生活を実現するために、やはり心の問題と申しますか、そういったものを重視する必要があるという考え方からでございまして、例えば財団法人の余暇開発センター、そういったところでも本年の三月に調査研究を発表されておるわけでございますが、この中にも「柔らかい時づくりを目指して」という副題がついておりまして、「生活時間柔軟化に関する調査研究」、こんなことになっておるわけでございます。ここにもありますように、アメリカなどにおいては年五回、自動的に三連休が確保される仕組みを採用しているようでございます。また、ほかのある機関の調査では、かなり今景気の低迷が続いておるわけでございますが、そういった景気対策の一環としても相当の効果があるのではないかというようなことを発表しているところもあるわけでございます。
 この閣僚懇談会の発言につきましては、その他の閣僚からもかなり賛同の声が強かったわけでございます。いずれにいたしましても、私といたしましては、やはり実際問題としていろいろ様子を聞いてみて、あるいはその他発表されている論文等を見ますと、意外に連休の使い方と申しますかそういったものがまだまだ定着をしていない、そういう状況ではないかというふうに思うわけでございます。特に、日本の場合におきましては、どうしても夏休みに連続休暇をとる人が非常に多いわけでございまして、それ以外におきましてはゴールデンウイークあるいは正月のお休み、大体三回ぐらいにわたって休みをとるような状況で、その短期間に集中しておるわけでございます。
 そういったこと、あるいは五月の連休等の状況を見ましても、そこに大変に集中してしまうわけでございますから、そういったものを三連休をとることによって季節的に分散することができるだろうということ。それから現在、日本全体の景気の低迷はかなり厳しいものがあるわけでございますが、地方のそういった面の配慮もこのことによって少し前進をするのではないか。やはり大都市から地方へ出かけられる、そういう休暇をとる形が多いわけでございますので、そんなことを申し上げたところでございます。
 ただ、現行の祝日というものが、日本の場合は祝日法によって歴史的な経過を踏まえながら日を指定しているというような関係がございます。そういった意味でかなり厳しいのではないかというようなそういうお話もあるわけではございますけれども、ただ難しい難しいと言っていたのではこれは一歩も前進をしない、改革はできないわけでございますので、アメリカの事例等を見ますとそこら辺は乗り越えておるようでございますから、我が国においてもできないことはない、こんなふうに思っております。
 ただ、やはり現在の週休二日制というものはまだまだ日本全体に定着をしていないわけです。ここら辺はかなりこれからこの祝日法をどのように変えていくか、三連休をどう実施していくかについては考慮をしなければならない問題であろう。やはり週休二日制等の徹底を図っていく必要があるだろう。逆に言えば、この三連休制度ということがそういった週休二日制を推進する大きな役割も担うことができるのではないか。
 ただ、そのほかに考えられますのは、やはり病院等におきましてそういった三連休を実施しますと、急患などの問題は当然これは考えなければならないわけでございますから、そういうような対応が整備される必要があることは申し上げるまでもないことだというふうに思うわけでございます。
 いずれにいたしましても、この担当省庁はまさに私の方の部局ではございませんで、総理府の担当になっておりますので、そこら辺において十分御検討をいただけるのではないか、このように考えている次第でございます。
#194
○風間昶君 ありがとうございました。
 それでは、地方分権について自治省にお伺いしたいと思います。
 分権については、もう随分前から各地でまた政府筋からもいろいろ議論があって、しかし総論賛成で各論になると云々という部分があって、特に印象としては受け皿としての地方自治体からの要請とか声が運動としても弱いのではないかという印象を私自身は持っておるんです。そんなことはないという意見もあると思いますが、まず地方自治法を所管している自治省にお伺いしたいと思いますが、いかがですか。
#195
○国務大臣(佐藤観樹君) 午前中に鎌田委員からも同じような御質問がございましたけれども、私はこの制度自体がほぼ五十年こういう格好で来、そして例えば予算時には中央に陳情に来るという、こういう体系になっているがゆえに、確かに今度の最終答申でも指摘をされておりますけれども、地方の国への依存ということについて、気持ちの上でも地方自治体自身も改革をしていかなきゃならぬということもあえて指摘をされているところがございます。私たちといたしましては、今日まで拠点事業あるいは今進めておりますいわゆるパイロット事業等々いろいろな格好で地方分権は徐々に地方自治体の自主性、自律性を重んじながら進んできたと思うわけでございます。
 そういった意味で、後で御質問があるかもしれませんけれども、双方、国の方も地方自治体の方もそういう意味でなお一層地方分権を進めていかなきゃならぬ。今日までのところは確かに御指摘のようなところがあるかと思いますが、これはやはり五十年間がないそういう体制でやってきたので、地方自治体だけを責めるわけにはいかないのではないか。より一層地方自治体自身もそのあたりは考えを変えて、より国と地方の役割分担というものをはっきりしていく必要がある時期に来ている、私はこういうふうに考えております。
#196
○風間昶君 午前中も話題になりましたけれども、地方行政委員会で自治大臣が所信に述べていらっしゃった「広域連合及び中核市に関する答申」の早期制度化ということと、今回の行革審の最終答申で述べております大綱方針及び基本法、これとの関係はどうなっているのでしょうか。
#197
○国務大臣(佐藤観樹君) 地制調の方で出ました広域連合制度あるいは中核市制度、これは現行制度の基本的な大きな枠組みの中で改革をしていくものと考えていただいた方がいいのではないか。
 それから、行革審の最終答申で出ましたものは、これは国と地方の役割というものを大胆に本格的に変える、その中で地方自治体が住民に最も身近な行政として、自治体としてやっていくという基本的なことだろうというふうに考えていただきたいと思うわけでございます。
 したがいまして、地制調の方で出ましたこの広域連合制度あるいは中核市制度というのは、御承知のように例えば広域連合の場合には都道府県または市町村が設立する特別地方公共団体という位置づけでございますし、現行の一部事務組合よりもより自主性、自律性ということを発揮できるような権限、そして国等が広域連合に対しまして直接権限を移譲することができるというイメージ、概念のものでございます。
 また、中核市にいたしましても、大きさは人口三十万人以上とか、面積が百平方キロ以上とか、あるいは現在の政令指定都市に移譲されている事務を処理する等々、そういうイメージで物を考えていただきまして、基本的には現行の枠組みの中というふうに考えております。
 これにつきましては、たびたび表明をさせていただいておりますけれども、各省庁の御協力をいただいて、来年の通常国会には地方自治法の改正あるいは各省庁にまたがります関連の法案等で法案をつくらせていただきまして出させていただきたい、こういういわば短期と申しましょうか、期間的にはもう差し迫った課題だというふうに考えております。
 また、第三次の行革審で出ております最終答申の方はもっと抜本的に国と地方との役割を変えようということでございまして、答申にも書いてございますけれども、「国家の存立に直接かかわる政策、国内の民間活動や地方自治に関して全国的に統一されていることが望ましい基本ルールの制定、全国的規模・視点で行われることが必要不可欠な施策・事業など国が本来果たすべき役割を重点的に」国が担っていこう。一方、地方の方につきましては、地方自治体が基本的に立案、調整、実施をしていくということで、大きな国際情勢の変化の中で、外交とか安全保障とか国の存立にかかわるような問題、あるいは全国統一的にやらなきゃいかぬ問題、これをやっていくのが国だと。この意味におきまして、国と地方自治体というのは役割というものをかなり分けてやっていく中で考えるということでございます。
 したがいまして、これは幅広く各省庁の権限にまたがる問題でございますから、最後にも書いてございますように総理を中心にして新しい推進機関をつくっていかなきゃなりませんし、一年をめどにいたしまして大綱をつくっていこう、そしてその後法律をつくるのだということになっておるわけでございます。物事もそういう順序で、つまり地制調の方で出ました広域連合、中核市制度、これをまず仕上げつつ、かつ根本的な国と地方の役割を考え、もちろんそれには財源の問題もございますけれども、最終的にはそういったことを強力なリーダーシップのもとに本格的な地方分権に入っていくのが第三次行革審の最終答申というふうにお考えいただければと思っております。
#198
○風間昶君 時間もなくなってしまったので、自治省は各省庁の中でも最も地方分権の推進派というふうに私も認識しておりますし、その指導的立場であるからこそ問題点をもっと追求していきたいと思っておるのですが、もう時間がないのでまた次回に譲りたいと思います。
 例えば、地方自治体への管理職の出向の問題あるいは地方公共団体の不祥事件と地方分権推進との関係、それから国と地方との人事交流について、対等な交流をというものの対等というのは何をもって対等かというさまざまな問題があるかと思いますけれども、そういう問題点の幾つかを指摘させていただきまして、この次にまたやらせていただきますので、ありがとうございました。
 終わります。
#199
○泉信也君 けさほど鎌田先生からもお尋ねがございましたが、集中豪雨、台風あるいは地震、津波、こうしたことによってもたらされました災害の問題につきまして、私は二、三お尋ねをいたしたいと思います。
 北海道南西沖地震が起きまして大分時間がたちましたが、被災地ではいよいよ冬を迎え、被災をされた方々のこれからの生活が大変心配されるところでございます。
 そこで、南西沖地震の災害復旧について、越冬対策あるいは新しい町づくりへの取り組みについてお伺いをいたしたいと思います。
#200
○政府委員(村瀬興一君) 北海道南西沖地震に対しましては、政府は非常災害対策本部を設置いたしまして必要な対策を決定し、道路、鉄道、河川等被災施設の早期復旧などに重点を置きまして災害復旧を推進してきております。また、他の被災施設も順次復旧しつつあるところでございます。
 今後は防災に配慮いたしました地域の再建、復興に向けての取り組みがぜひとも必要であり、このため政府といたしましては、北海道における再建、復興に向けた計画づくりにつきまして指導、支援を行うということにいたしておるところでございます。
 北海道庁におきましては、八月に企庁にわたる災害復興対策委員会を設置いたしまして、その事務局機能を持つ南西沖地震災害復興対策室という専任の組織をつくりまして被災地域の復興対策を総合的に推進しつつあるところでございます。
 今申し上げましたような北海道あるいは関係自治体において具体的な検討が進展してまいりますれば、復興対策につきまして積極的に指導、支援を行ってまいりたいというふうに考えております。
 それから、先生おっしゃいますように寒さに向かうわけでございますが、現在準備してお入りいただいております応急仮設住宅がございますが、これにつきましても、耐寒用として壁に断熱材を埋め込み気密性を高めるといったこと、あるいは住宅の周囲には防風防雪のための塀を設けるなど寒さ対策には万全を期しているところでございます。
#201
○泉信也君 南西沖地震についてのお話は伺いましたが、雲仙の災害はある意味では大変長い災害をもたらしております。その態様は北と南と違うわけでありますが、こうした二つの大きな災害を経験いたしました我々といたしまして、今おっしゃいました新しい施策の展開、あるいはこれから乗り越えなければならない課題、こうしたものをどのようにお考えでございましょうか。
#202
○政府委員(村瀬興一君) まず、雲仙の災害について若干申し上げますと、これは御承知のようにもう三年ほど続いておりまして非常に長期にわたっているわけでございます。そのために、ほかの災害については実施しておりませんが雲仙だけでやっております事業が幾つかございます。食事供与事業、これは既に終わっておりますが、あるいは生活安定再建資金の貸付事業などの生活支援策を講じるとともに、県が基金を設置しておりまして、この基金によりましてきめ細かに生活、生業の支援を行っているところでございます。
 また、地域の再建復興に向けまして緊急及び恒久的な安全対策でございますとか、公営住宅の建設あるいは住宅団地などの恒久的な住宅の供給、移転対策、それから高規格道路や農地の復旧整備等の復興基盤の整備などを総合的に推進しておるところでございます。災害から国土を保全し、国民の生命、身体等を守ることは国政の基本であると考えております。
 今後とも、今申し上げましたような二つの災害等の経験を生かしまして、災害予防施設の充実強化、迅速的確な災害応急対策、早期の災害復旧、きめ細かい再建復興対策の推進に努めてまいりたいというふうに考えておるところでございます。
#203
○泉信也君 災害はないにこしたことはございませんが、こうした過去の経験を踏まえましてその防止に万全を期していただきたい、このように思うわけであります。
 観点を変えまして、農水省にお尋ねをいたしますが、平成三年九月の台風十九号によります山林の被害は大変大きかったと承知をいたしております。殊に、農水大臣の御出身地でもございます大分県等におきます風倒木の処理が今日もなお続けられておるわけでありますが、この被害の大きさ、そして今後の処理の見通し等についてまずお伺いをいたします。
#204
○政府委員(塚本隆久君) 平成三年の台風十九号による森林の被害状況でございますが、面積にして約一万ヘクタール弱ということになっております。
 これらの復旧状況でございますが、激甚災害法に基づきます森林災害復旧事業につきましては、被害木の処理面積で全国的にはことしの七月末現在で約五割ということになっておりますし、また森林災害復旧事業の対象とならない一般の被災森林につきましては造林補助事業による被害跡地造林により実施いたしておりますが、その進捗率は全国で約四割ということになっております。
#205
○泉信也君 四、五割の処理をやっていただいておるということでございますが、最終的にはいつごろまでにこの問題が片づくのか、あるいはこの処理を進めるために何がネックになっておるのか、この点についてお伺いいたします。
#206
○政府委員(塚本隆久君) 私が先ほどお答えいたしました中で、五割、四割という数は別々の地域でございますので、全体とすれば四割強ということで御理解いただきたいと思っております。
 これにつきましては、我々は予算面、いろんな面を含めまして取り組んでおるところでございますが、やはり一地域に集中して甚大な被害が生じているということ、それから労働力がなかなか思うように確保できないということ、それから台風の被害が林道等の整備されていない奥地に広がっているということがございまして、なかなか跡地復旧、造林等も含めた事業が進んでいないということでございます。
 ただ、これについていつまでに全部できるかと言われましても、今のところいつまでというようなはっきりしたことを申し上げるわけにはまいりませんが、できるだけ早急に機械の導入あるいは他地域からの労働力の応援、こういったものを含めてできるだけ早く跡地復旧がなされるように取り組んでまいりたいと考えております。
#207
○泉信也君 処理の時期を伺いましたのはほかでもありませんが、一つには風倒木の利用をする上においても、処理が早いことによって風倒木の価値を持たせたまま処理を進めることが可能ではないかという思いでございます。
 もう一つは、二次災害の危険性が大変大きいということでお尋ねをしたわけです。ことしの十三号台風でも筑後川の上流のダムの中に流れ込んできた風倒木があった。幸いにしてそのことが二次災害を引き起こすことにまでは至っておりませんけれども、場合によっては大変危険であるということでありますし、またこれからお尋ねいたします鉄道の橋脚の流失にもこの風倒木の橋脚へのダム効果が災害をもたらしたのではないか、これは確定はいたしておりませんけれども、そうしたお話を伺うわけであります。
 この二点の意味からも、できるだけ早くこの風倒木の処理を進めていただき、本来の森林の姿に変えていただきたい、このようにお願いをいたしたいと思います。
 そこで、次に鉄道の問題について運輸省にお尋ねをいたします。
 私が承知をいたしておりますことしの豪雨、これは六月十三日に始まりました豪雨、さらに台風の五号、六号、七号、十三号、こうした連続した天災によりまして、被害箇所は千カ所、そして運休によります減収分を含めますとJR九州の被害総額は百億円を超える、こういうことを承知いたしております。
 今日のこの鉄道被害の復旧状況について、まずお尋ねをいたします。
#208
○政府委員(秦野裕君) ただいま先生からお話がございましたように、六月以降、九月に至りますまでの集中豪雨あるいは台風によりまして、JR九州で全部で約九百五十カ所の被害を受けたというふうに報告を受けております。
 現在復旧作業を急いでおりまして、そのかなりの部分は運行を再開いたしておりますが、豊肥線と肥薩線、この二線で一部区間が依然として不通でございまして、現在バスによる代行輸送を行っておる状況でございます。
 このうち肥薩線につきましては、もうかなり作業が進んでおりまして、今月の下旬には運転が再開される見通してございますけれども、豊肥線の方は、先生も先ほどお触れになりましたように、橋梁を新たに建設する必要がありますために、現在JR九州の方で河川管理者の方と協議を終えまして、今月の一日から橋脚部の工事に着手をしたという状況でございまして、大変厳しい状況でございますけれども、早ければ今年度内、遅くとも来年七月中には工事を完了いたしまして運行を再開いたしたいというふうにJR九州から報告を受けております。
#209
○泉信也君 災害の復旧を進めていただいておりますことには感謝を申し上げますが、この災害の復旧に当たっての国、地方あるいは鉄道事業者の負担の関係はどんな割合になっておるんでしょうか。
#210
○政府委員(秦野裕君) 基本的には鉄道事業者がその責任において復旧をするというのが原則でございますけれども、こうした被害がかなり多額に上ります場合には、一定の要件がございまして、その要件に該当いたします場合に国と地方がそれぞれ二五%ずつ補助を行うという制度になっております。
#211
○泉信也君 今のお話によりますと、鉄道事業者の負担が当然のことながら大きいわけでありますが、JR九州の例を見ましても、場合によってはことし初めて経常利益がマイナスになるのではないか、台風の被害復旧のためにだけこうした事態が出てくるのではないかというふうに言われておるわけであります。
 そこで、大変難しいお話だとは思いますが、それぞれの地域で重要な輸送を担っております鉄道事業の復旧のためにもう少し国の助成を強める、そうした方策があり得ないのかお尋ねをいたします。
#212
○政府委員(秦野裕君) 先ほど申し上げました補助制度自体、実は二年ほど前でございましたか、同じような災害が起こりましたときに制度を拡充強化いたしておりますので、現時点ではこれ以上拡大することはいささか困難かという感じもいたしておりますが、ただ先生お話しのように、JR九州自体の経営全体の問題もございますので、JR九州として健全な経営が立ち行くように私どもも十分に見守ってまいりたいと思いますし、また必要に応じて所要の対策を講じたいというふうに考えております。
#213
○泉信也君 ありがとうございました。
 最後でありますが、それぞれの鉄道事業者が自己の責任において防災対策を講じていく、こういうことは当然でありますが、およそ鉄道沿線自体一つ見ましても、かなり広範囲な治山治水事業等の組み合わせの上で初めて安全が確保される、こうした状況ではないかと思っておるわけであります。
 そうした意味におきまして、国土庁におかれましては、全体的に危険地帯を早い時期に手当てしていくというようなことについてどのようなお取り組みをしていただいておるのか、お伺いをいたします。
#214
○政府委員(村瀬興一君) 例えば、今回鹿児島で、十号線と鉄道が並行して走っておりますが、あそこの場所の復旧をするに当たりましては、急傾斜地の崩壊防止事業あるいは治山事業等、それから鉄道のもちろん復旧もございますし、道路の復旧、いろいろ各種の公共事業を調整しながら進めるという必要が現実問題としてあるようでございまして、現時点では地元を中心に、現場でそれぞれ建設省の国道工事事務所あるいは県当局、それから鉄道等、相談して進めているようでございます。
 何分、具体的な箇所に応じて方策を講ずる必要がございますので、現地の調整に現在はゆだねておりますけれども、もし必要がございますれば、私どもといたしましても関係省庁とも相談をしたいというふうに考えておるところでございます。
#215
○泉信也君 大変ありがとうございました。
 これからも、生命あるいは財産は自分自身で守っていくということは当然でありますが、時々道路等に落石注意というような看板を見ましても、果たしてどうやって注意をすればいいのか戸惑うこともございます。どうぞ政府を挙げて、これまでの災害の実情を踏まえられまして、未然の防止策に一層の御努力をくださいますようにお願いを申し上げまして、質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#216
○長谷川清君 民社党の長谷川でございます。
 防衛庁の方には長官はお出ましいただかなくても結構だと、こういうふうに申し上げていたんですが、せっかくお出ましをいただきましたから敬意を表して最初に質問をしたいと思うんですが、テーマは基地周辺対策事業の問題です。
 これは、調べますと大体五十七カ所の基地周辺における市町村にかかわっていると思いますが、たまたま私も狭山で入間基地の近くに住んでおりますけれども、その対象地区の中には入っていないから何の保護も受けてはいませんが、大体想像がつくわけでございます。ここ数年の予算状況を見ますると、この予算は大体横ばい状況で来ておるようでありますが、現実の問題は各市町村からの要請とその額の間にかなりギャップが生じてきているのではないか、こう思っておりますが、その辺の現状、状況をひとつ御説明を賜りたいと思います。
#217
○国務大臣(中西啓介君) 今おっしゃられましたように全国で七百六十市町村ございます。国の防衛というものは、もう申すまでもありませんが、国民の幸せを堅持していくために大変重要な根幹の部分だろうと私は思っております。そういう意味で、全体がその利益を受けるという状況の中で、今申し上げました七百六十市町村、基地等がある周辺の方々はある意味では騒音公害であるというような、代表的なケースでございますが、デメリットを受けている。ですから、全体の公平という見地から見ますと、その地域の方々だけがいろんな形で不利益をこうむっているというような現実はやっぱりこれ何としても是正をしていかなければなりません。
 そういう意味で、防衛庁といたしましては、そういう当該地域の住民の方々の生活の安定等に何としてでも配慮をしていこうということで今まで周辺整備法という法律にのっとって、御指摘のとおりここ数年予算的に見ますと横ばい状態にあります。なかなか関係者の方々の陳情も大変多いわけでありますが、容易にその陳情にこたえられない、現実は厳しいわけでございますけれども、その厳しい状況の中ではありますが、何としてもそういう観点からベストを尽くして対応に尽力をしてまいりたい、このように考えております。
 詳細につきましては、また担当の長官からでも答弁をさせたいと思っております。
#218
○長谷川清君 ただいまお答えをいただきましたように、意外どこれは防衛庁全体の予算も今いろいろねらわれていますね。また、その中にあっても、そこに住んでおります地域住民の立場からいたしますと、関係のないところから見るとエゴじゃないか、こう思われがちでございますけれども、実際私もそのそばにおりますと、これは機種や何かもだんだん改良されていくと騒音もかなりまた比例して大きなものになってくる。そういう状況がありますし、演習や実習等がありますから、そこで破壊されますいろんな障害、そういうものの防止はどうしても必要だし、河川において道路において出てまいりますね。
 敷地が非常に広大でありますから、本来ならば公民館であれ図書館であれトイレであれ、すべてのものが全部一カ所で済んだ。ところが、広大なところですからあっちこっちにやっぱりそれが地域住民のためには必要になってまいりますし、あるいは学校であるとか病院であるとか、そういう非常に重要な箇所において防音をいたしますと熱を中に持ちます。今やそういう建物はOA化されておるし、機器は新鋭化されておりますね。こういう部分は今度は逆に冷房化しないと機器がやられてしまう、こういう障害も出てまいりますし、個人的な各住宅という問題においてもそこから移転する場合の補てんの問題や、数たくさん出てきておりますね。
 でございますから、関係のない地域から見ると、エゴだからそこを切ってしまえという、真っ先にそこに矢が入る傾向がございますから、そういう点は、もしそれがそういうふうに先行されていきますと私は日本に政治はないと思います。
   〔委員長退席、理事西野康雄君着席〕
そういう視点に立って、切るべきところと切らざるべきところをきちんとひとつ大いに頑張っていただきたいと思います。
 防衛庁の方は時間の関係もございますから、以上で終わりたいと思います。
 それでは、大蔵大臣にはもう少し最後に待っていただいて、建設省の方で、テーマとしましては首都高速道のいわゆる料金の問題であります。
 これは、料金が高いか低いかは利用のメリットがあるかどうかということと関係がありますね。そういう視点に立って、今利用している側の立場からするとやたらと込んでいるんですよね。それで、もう高速駐車場なんという名前がつくぐらいに身動きがつかないのでございますから、高速道路どころではない、こういう状況でございます。
 一方、これはどんどん料金が上がっているという、これは一つはプール制になって以降はどんどん上がっていますから、三十年たったら本来ならば無料化すべき道路が今はどんどん新設のためにも上がっている、こういう結果になっております。
 今や高速道路の機能というのは公益性をますます高めていると思いますね。物流という問題のトラックを一つとりましても、北海道のお母さんがジャガイモをこのぐらいわずかですけれども東京にいる息子に送る、これはドアからドアで十二時間で届く、これも全部この道路を使っているわけですね。
 となりますと、公私ともども公益性の高くなってきているこの高速道路、これは今現状で事業体としてのコストダウン政策は一体どのようにとられているのか、その点をひとつお伺いしたい。
#219
○政府委員(藤川寛之君) 今御指摘がございましたように、首都高速道路は大変込んでおりまして利用者の方に大変御迷惑をかけているところでございますが、今御指摘がございました事業に当たってのコストダウンの問題でございますけれども、従来からこの経費節減、経費の削減ということで積極的に取り組んできているところでございます。
 今回の料金改定に当たりましても、償還対象となっております路線につきましてできるだけコストダウンを図ろうということで、建設段階におきましては他の事業との一体施工等をやりまして、できるだけ単独で施工した場合と比べて建設費を削減するように努力いたしましたり、また工法、工事のやり方の工夫とか新技術の開発等を行いまして建設費の削減に努めてきたところでございます。また、維持管理につきましても、例えば全面通行どめで集中工事を実施する、非常に効率的に補修工事ができますのでそういうやり方をやるとか、あるいは組織とか体制の見直し等もやりまして諸経費の削減ということで努力してきているところでございます。
 また、今回の認可に当たりましては、料金改定の実施時期を申請よりも約六カ月引き延ばすということにしておるわけでございますが、それによりまして収入が減少いたします。この収入減に対処をするために、従来の経費削減努力に加えましてさらに事務経費の見直し等をやりまして、十億円を超えるような管理費等の削減を求めたところでございます。
 今後とも事業のコストダウンに向けまして一層努力するよう、首都高速道路公団を指導してまいりたいというふうに考えております。
#220
○長谷川清君 十五億円もコストダウンをしている、そういう状況がもしあるとすれば、できるだけそれはみんなにわかるように説明を、PRをしていただきたいし、これだけやってもやってもこの状況ですよということが映し出されるようにしてほしいと思うんです。
   〔理事西野康雄君退席、委員長着席〕
 私は安易な料金の改定やいわゆる公的助成の拡大、こういうものをすべきでないと思います。それは自助努力の上に立って最大限やり厚くした上に、これでもこうだからぜひひとつ国の補助をと、そして助成をしていくということならばみんな納得するし、料金が上がっても、同時にサービスという点についても十分料金との兼ね合いでよくひとつ御指導を賜りたい、こう思う次第です。
 では、以上で終わります。
 それでは、大蔵大臣にあとの時間をお願いしたいと思うんです。
 私は基本的には、今の私どもの税負担や今現在の状況と次世代の負担との公平という点が非常に重要な時代を迎えていると思います。そういう視点に立って幾つかのことについて質問をしたいのでありますが、先ほども今井さんでしたか、出ておりましたように、公共投資という問題、下水道の問題が出ました。ああいう社会資本、例えば下水道は今四七%だということでございましたが、これはただ道路の地下に土管を埋めるということでございますから、それはないよりはいいんですね。しかし、これまた次世代から見ますると、上水道、下水道、電話線が地中化される、電線が入る。ありとあらゆるものが地下にばらばらに埋設されていって、いずれ次世代では共同溝、こういうものをつくっていかなきゃいけない、新しい資本がまた必要になってくる、こういう循環になると思うんです。
 そういう一つの例からいきましても、私は、本来ならば共同溝をつくる計画を先に中期ビジョンで立てるべきであるし、住宅をもしつくるならいわゆる量の拡大から質の拡大へと。今五十万戸が七十万戸になり、八十万戸になり、何だかどんどん数をふやそうとしておりますけれども、今現在の住宅はやがてあと十年、二十年たちますとスラム化するような規格、基準なんですね。日本人が住んでいるところを全部トータルしますると九十四万ヘクタールというんですから、東京、神奈川、埼玉を合わせたぐらいの中に一億二千万人が今住んでいる。これを世界じゅうの国々はウサギ小屋と、こう呼んでいるんですね。国は十数兆円のお金が一年にたまりながらそのていたらくだと、こうなっているんですから。
 私は、これまた次世代ということを考えますと、そういういろんな広い意味の社会資本、こういうものを、今かなりな部分がこれはずっと引き継がれてきているところですから現大臣の責任とは言いませんけれども、これはやはり予算を預かる当局としてそういう中長期の立場から検討したビジョンというものを作成してほしいなと思うんですが、その点についてまず御質問したいと思います。
#221
○国務大臣(藤井裕久君) ただいまの長谷川委員の御指摘は全くそのとおりだと思います。現世代に生きている人間の負担の公平ということがあると同時に、世代間の負担の公平というものは常に考えておかなければいけない、私はそのとおりだと思っております。
 これは福祉の問題ももとよりでありますが、今長谷川委員の御指摘がむしろ社会資本の話でございましたので申し上げれば、共同溝の問題は前回も長谷川委員が御指摘になったことであり、現に共同溝の法律があるわけでございます。これを公益事業者との間で話し合いながらやっているところもあるわけでありますが、なかなかできないところもある。そういうものができた方がいいことはもう事実でありますが、これは公益事業者と公共機関とのいろんな話し合いが行われているように思っておりますが、方向としては委員の御指摘のようなことであろうと思っております。
 住宅も同じだと思います。住宅は、これは私の担当ではないんですが、建設省はもう既に質の向上ということをやっておりますし、確かに今回の数回にわたる景気対策では、公庫の方は量の拡大というふうに言っておりますけれども、住宅減税については、リフォームを一室でもいいよとか、あるいは前は二百四十平米までの限定がありましたけれども、その二百四十平米の限定はもう設けないというふうに今度の緊急対策を決めるなど、一歩一歩そういう方向を出しているつもりでございますので御理解いただきたいと思います。
#222
○長谷川清君 ぜひそういう点において、何も全国的にやれということを言っているのではなくして、特に大都市圏においてそれぞれのところから、やれるところからその計画を具体的に進めていただきたい、こう思っております。
 それから、一つ飛ばしますけれども、税制の改革という問題について、これまた次世代との関係がございますけれども、今税調が中期答申をまとめつつあり、その骨子の中でも、私はいいことだと思いますが、世代間の負担の公平化をねらっておりますね。三つございまして、国民の活力の維持拡大を図るということ、安定的な税収を確保するということ、この三つは確かに今秋の体系をいじろうとする場合には非常に重要だと思います。そういう点において、私はこれをやろうとする場合にはどうしたって具体的には直間比率の見直し等構造転換しなきゃならぬ、そういうふうに思いますが、この点についてはいかがお考えでしょうか。
#223
○国務大臣(藤井裕久君) 直間比率というのはおのおのの国で歴史をしょっているんですね。私は、日本は戦前は間接税国家だと思うんです。間接税の大半が酒とたばこだったと思うんです。シャウプ税制によって直接税中心国に日本は変わってきたわけですが、当時の昭和二十五年のころを見てみますと五五%ぐらいなんですね、直接税比率。シャウプによって直った結果が五五%。今それが、御指摘になろうとしているところだと思いますが、超過累進制度があるために直接税比率が七十数%になってきている。世界の最高のものになってしまっている。
 そういう中において、今後の経済社会の中で、しかも福祉というものを重点的にこれから考えていかなければならない超長寿社会の中にあって、これではとてもやり切れないという観点から、今御指摘にありましたように、世代間の負担関係として福祉社会を見詰めながら税制調査会が一つの方向を出しつつあるということは、私は基本的に正しいと思っております。この税制調査会の基本的な物の考え方を踏まえながら、次は政治が最後に具体的なものを決めていくという今段階に入っているように考えております。
#224
○長谷川清君 これは、今のお考えで私は方向性としては大体同感でございます。ぜひひとつその方向で御努力を賜りたいと思います。
 また、ちょっと振り返りますと、この平成四年五年の間に三十兆のお金を出しました。その割にはという状況でありますから、結果ではございますが、もしあの三十兆のうちの五兆でも六兆でも減税をしておけばという一つの問題があると思います。これはむしろ景気対策上の減税という視点のみならず、もともと今あります税制そのものが、いわゆる高度成長や所得が上がっていけばいくほど累進課税で重圧感が出るという仕組みの税制でございますから、こういう状況が少し早い時期にそこで緩和されておれば今のような深刻な不況というものは多少緩和できたのではないかと思うんですが、今になって思ってどうでしょうか、その点は。
#225
○国務大臣(藤井裕久君) 私は前に、これはまだ前政権の時代だと思いますが、公共投資と減税とどっちが経済効果が大きいか学問的な議論をいろいろやられているのは承知をいたしております。必ずしもそのとおりにいくかどうかわかりませんが、少なくとも公共投資政策の方がよかったというあのときの観点に基づいてやってきたのは事実でありますが、あの効果がそれなりに出切らないのは、やはりこの夏の冷夏長雨と急速な円高、これでもう完全に効果が減殺されたように私は思っているんです。ですから、G7に行っても私は、やることはやったんだ、やることはやったんだけれども効果がこれだけ出ないのは急速な円高と冷夏長雨が大きいということを申し上げました。
 したがいまして、今の所得税減税をやっていればもっと効果があったかどうかについては、今になりましても、やはり経済政策の効果が減殺されたというのはほかの理由ではないかというように考えておりますので、御理解いただきたいと思います。
#226
○長谷川清君 いろんな面において次世代の負担ということとの兼ね合いで考えますと、どうしても気になりますのは、今百八十四兆円と言われるこの公債残高の問題です。これは一時間で利息だけで十三億円。ですから、朝からずっとこうやっておりますと、この時間だけで百三億円ぐらいは費やしておるという状況ですね。一日に三百二十億円が利息だけでふえていっている。これは全部次世代に。六十年償還ですから、六十年かけてこれを払おうというわけですから、現ナマではいいものがなかなか次世代には送れない状況になってきている、こういう負債。
 それ以外にもまだ五項目か六項目、隠れ借金というようなものがございます。地方交付金も特別会計から約五兆何がし借りておりますし、減額措置もありますし、国鉄の問題もございます。そういったいろいろなものを合わせますと、やっぱりこれは三十七、八億円ぐらいには単純に計算してもすぐに膨れ上がる、こういう状況になっていると思います。そしてしかも、これからの社会資本はというと薄っぺらい今の現状ですから。
 さあ、次の世代になって高齢化は進むし、そして今まで百八十四兆にもなったという、これが悪者ではなくて、日本の経済が大きな波をかぶるたびに、第一次オイルショック、第二次オイルショックがあった、あるいは繊維の構造不況もありました。その後には鉄であるとか自動車だ、造船だ、重化学の構造不況があったり、第一次の円高時代もございました。そういう経済が大きな波をかぶるたびに赤字国債を発行して物価を抑えたり、薬の役割はあったんですね。しかしここまで来ますると、今言うような膨大なものが新たな赤字を発行しなくともどんどこどんどこ積み重なって、今やもう二二%ぐらいは、いわゆる税収が落ち込んだ中で圧力となって踏ん反り返っちゃっているわけですね。
 そうなりますと、さあ減税でもしてやろうとか、何か赤字国債を発行しなきゃならない大きな波を次の世代で日本経済がかぶらないとは限らないんですね。そのときにはそういうエースカードがもう使い果たされてなくなってしまっている、封じ込まれてしまっているという、こういう現状というものは大変なことを意味していると思います。
 そういう点において、財政というものは中長期的視点に立っていつも引き直して常にチェックをしていく、こういう視点をぜひともひとつ、時間が来ましたからこれ以上申し上げませんけれども、この機会にぜひとも辞を低くしてお願いを申し上げておきたいのでございます。
 以上でございます。
#227
○国務大臣(藤井裕久君) 私どもに大変な御支援をいただけるようなただいまの長谷川委員の御指摘でございまして、ありがたく拝聴いたしました。
#228
○小林正君 きょう午前中に日本の近現代史について学習をする機会がございまして、やはり歴史に学ぶということは大変大事だなということをつくづく感じました。
 と申しますのは、現在、旧ユーゴスラビアにおきまして解決の出口のない殺りくが日夜マスコミを通して報じられる状況が続いているわけであります。これは、主権国家と民族自決の尊重という二つの価値基準の激突でありますから、極めて解決が困難な問題であります。
 状況としては、ユーゴスラビアから受け継いだ圧倒的な武力を持っているセルビア勢力が大変優位に立っているということは御案内のとおりでございます。これに対して、国連、EC、NATO等は、この問題について反セルビア勢力が求めております武器を供給するということについては火に油を注ぐ、戦火の拡大につながるという視点からこれを拒んでまいっているわけであります。
 関係国会議がオーストリアのウィーンで開かれました折に、オーストリアの外務大臣が議長をされたわけです。そのときに、反セルビア側の代議員がこういうことを申しました。つまり、第二次世界大戦でファシズムに勝利をおさめたのは、アメリカの武器の提供があって、そのことが結果として連合軍を勝利に導いた、その歴史の教訓に学ぶならばなぜ我々に武器を提供しないのか、歴史は最良の教師であるという言葉があるが議長はどう考えるかと、こういう質問をしたわけであります。これについてこのオーストリアの外務大臣は、歴史は確かに最良の教師ではあるが生徒は常に最良の生徒とは限らない、こういうことを言ったわけであります。
 このことは、中部ヨーロッパというロケーションの中で、オーストリアが長年にわたる戦禍が積み重なってだんだん疲弊していったその学習効果といいますか、これほど何度も戦禍をこうむって疲弊したヨーロッパを見るにつけもういいかげんでやめようじゃないか、過ちを何回繰り返したらば学習効果が高まるのかという思いがあってそうした発言をされたというふうに報道がされているわけでございます。
 私は、やはり日本の近現代史という問題についてはその歴史の教訓から大きく学んでいかなければならないだろう、こういうふうに思いますし、歴史が最良の教師であるという事実から考えてみて、本当に未来にかける事業としての政治家自身がその歴史から最もよく学ぶ者になり得ているかどうか、そのことが問われるんじゃないか、このように思います。
 そういう意味で考えますと、政治家の任務としては、歴史という最良の教師からより多く学ぶための不断の努力をやり尽くさなければ日本の将来にとって進路選択に誤りなきを期すことができない、そういう立場からお互いに自戒して歴史についての認識を共有できるような環境をつくっていく必要があるんだろうと、このようにきょうの午前中のお話を伺いながら感想を持った次第でございます。
 私は、きょう御質問するのは実は日本の近代史、現代史にかかわって当然出てくる課題としての、戦後処理の一環としての中国の残留婦人の問題であるわけでございます。
 実は、今から十年ほど前に職員団体の代表として中国を訪問したことがございますが、その折に西安市で交流を行いました。そのときに秦の始皇帝の兵馬俑博物館というところに行ったわけですが、そこであなたは日本人ですかとお年寄りから声をかけられました。それが日本人の方で、西安に三人残留している中の一人でございました。四、五人のグループがいたそうですが、だんだん亡くなってもう残っているのは自分だけだと、こういうお話でした。たまたま通訳に私のところについてくれた方が西安の中心医院というところの看護婦さんで、日本語の学習をして私もその生徒ですと、こういうことがあって、実は夕方私の宿舎にその女性に来ていただいて、その西安というような奥地に行ってしまった経過についていろいろお伺いしました。
 そうしましたら、終戦の年に満州に渡って終戦を迎え、結婚されていたわけですが、まだ幼児のお子さんが一人おられたんですが、その中で幼児を亡くされました。遺骨を持って逃げたんだけれども、これもハルビンの駅でついに失ってしまった。こういうことで四、五人でだんだん奥地へ逃れて、最終的に西安で中国の方と結婚して、そしてお子さんもいて孫もいるという生活を送っているということがわかりました。
 その方は昭和四十一年に一時帰国もされまして、以降八五年にこれも自費で帰国をされたわけですが、私がお会いしたのは八三年でございました。これが一つのきっかけとなって、福岡におられる親族の方に私が撮ってきた写真をお送りをして、それで文通というか通信が始まった、それで手続をされて帰国をしたと、こういう経過であります。
 それ以来、いわゆる残留婦人の問題というのが、中国の東北部ですか、この一帯だけの問題ではなくて、中国全土にさまざまな形で残留されているんだなということもわかりましたし、そういう交流といったようなものがその後どういう形で進められるのかということについても関心を持ってきたわけであります。
 そこで、今でも折があれば年に四、五回は、現在福岡の小倉におられるわけですけれども、特別養護老人ホームにお訪ねをしているわけです。そして文通はしょっちゅうしております。そのお手紙を拝見しますとその当時中国に行かれた方々のことがよくわかるわけです。例えば、今病院に入って心電図をとっているという、その心電図という字が、心という字と、電というのが中国の略字の電という字ですね、それから図は昔の日本の漢字の圖、「心電圖」。そして仮名遣いは旧仮名遣いというようなことで、帰ってきてまだいろいろ勉強されているわけですけれども、そういうようなこともございました。
 今中国におられる方々がそうしたことの中で、間もなく五十年を迎える中で、ことし九月五日でしたか、十二名の方が強行帰国という手段で帰国をされる。理由を伺ってみますと、前政権とは違って新たな希望が持てそうだということが理由だというようなこともマスコミで報道されて、大変胸が痛んだ。恐らく多くの方がそういう思いをされたんだろうというふうに思います。
 中国に行かれたあるいは中国に渡られたのは、個人的な理由ではなくて国策として、中国東北部がまさに王道楽土だという宣伝の中で、新たな希望を持って出かけられた多くの方々であります。
 そして終戦を迎えたときに、これも事実関係についてさまざまな論議があるようでありますけれども、大本営参謀の一人の文書が最近出てまいりまして、それによると、中国に残留している日本将兵並びに現地で開墾等に従事していた日本人等については、現地に残置をして、国籍についても特に問うことはないというような形の文書が出てまいりました。このことはもう明らかに、やがてまたその日が来るかもしれないということへの期待を結んだ形でやられたんだというコメントもついているわけですけれども、私どもとしては、やはりこれはまさに棄民政策そのものではないかという気がするわけでございます。
 そして、前政権の段階で日中国交の正常化ということが精力的に行われて、日中間におけるこの問題がかなり論議をすることが可能な状況が整ってきて、ようやく帰国への道が開かれる、そしてそのことが結果として今日こういう問題になってきているわけです。
 最高齢の方が八十歳というような状況の中で、明後年、一九九五年はちょうど戦後五十年という大きな節目の年にもなっているわけでありまして、そういう国策上の問題として出向いていった方々がみずからの意思ではなくてなお中国にとどめ置かれているこの状況について、多くの方は制度の壁があって帰国を困難にしているという指摘もされておるわけでありまして、何としてもこの問題解決を早急に進めなければならないんじゃないか。これはまさに、戦後処理問題というのはさまざまな問題がありますけれども、この問題もやはりそうしたものの一環として、国として、個人の問題ではなく解決をしていくという基本に立って進めていただきたい、このように考えるわけでございます。
 そういう意味で、以後の報道の中では、日中間で口上書が取り交わされてこの問題が進展するような努力を厚生省、外務省等がされているということも伺っているわけですけれども、内容的には恐らく厚生省、そして手続的には外務省だろうというふうに思いますが、それらの関係について厚生省、外務省から御答弁をいただきたいと思います。
#229
○政府委員(土井豊君) せんだって、九月の中旬ごろでございますか、ある新聞で今御質問の点が報道をされたということは私どもも知っておりますけれども、多少内容的には不正確な部分もあるのではないかというふうに思います。
 私どもの方として、中国残留の婦人の帰国等に関する口上書の交換につきまして、平成二年から外務省を通じましていろんな実務的な問題を中心にいたしまして協議をお願いしているということでございまして、現在最終的な調整の段階に至っているという状況でございます。
#230
○政府委員(池田維君) ただいま厚生省から御答弁がありましたように、中国残留日本人の帰国に関します口上書につきましては平成二年から交渉を始めておりまして、現在もう最終的な段階に入っております。この交換の具体的な時期については未定でございますが、私どもといたしましてはできれば今月中にも口上書を交換したいというように考えているわけでございます。
 その内容につきましては、日中友好と人道主義の立場に基づきまして、日中両国政府がとるいわゆる中国残留の日本人の日本への帰国、その問題の解決のための措置、あるいはそれらを円滑に行っていくための方策といったようなものについて扱うということになるものと考えております。
#231
○小林正君 その内容についても若干の報道があって、家族の意思の尊重ということがあって、先日厚生大臣もコメントされておりましたけれども、確かに中国側で家族関係ができて一人だけ帰ってくるわけにもいかないという問題がございます。
 やはり中国というのは家族主義的な国でありますから、そういう意味で言うと、三世あるいは四世向堂などといって四世代が同じ家に住むとか、誇らしげに五世向堂などという言葉もあるぐらいで、そういうような考えの方々ですから、一人の帰国婦人に関係する皆さんというのは、一番多いのは二十人ぐらいというような話も聞いているわけですけれども、家族の意思の尊重が前面に出てまいりますと、本人の意思というものがかなりそれによって制約をされる問題があるんじゃないかということも懸念いたしますので、ぜひその辺について、帰国しやすい家族関係をうまく支援する体制も財政的に国として措置をしていただきたい、このように考えているところでございます。
 なお、もう時間がありませんので、実態把握についてもいろいろ前段お話を伺いました。まだ対象が千八百人、そして連絡をとりながら帰国の意思の確認が現在進められているということも伺っているわけですけれども、何にいたしましてももう既に高齢化しているわけで、時間との競争というところにきておりますので、口上書を交換する、今月中にもというお話も伺いましたので、ぜひ早急に進めていただきたいというふうに思います。
 それでもう一つ、特別身元引受人制度という制度上の問題のこともあるようですけれども、このことが逆に帰国を困難にしている条件になっているんじゃないか。特別身元引受人なり身元引受人というのは、本来その人の定住を促進するためのサービスとしてなら必要だけれども、条件化することによってかえって帰国が困難になるというような事態についてはぜひ御検討を賜りたい、このように思っているところでございます。
 最後に法務省にお伺いしたい。
 きょう残留孤児がお帰りになりましたけれども、残留孤児とか残留婦人というものが国籍上の問題として、先日帰られた一人の方は戦時死亡の扱いによって戸籍が抹消されていたので、中国へは戻りたくないんだけれども帰らざるを得ないといってテレビのブラウン管を通して泣いている姿が放映されたわけなんですが、これらのことについて法的にはどうなっているのか、国籍取得はどうなのか、その辺についての御見解を伺っておきたいと思います。
#232
○説明員(森脇勝君) いわゆる中国残留婦人あるいは残留孤児の国籍の問題でございますが、先生もよく御存じですのでごく大まかに申しますと、自己の志望によって中国の国籍を取得したという場合には日本の国籍を失う、こういう関係になっておりまして、このような事実がない限りは日本の国籍を喪失していない、こういうことになるわけでございます。したがいまして、こうした中国残留婦人あるいは残留孤児の方についてはそうした事実があるかないか、この事実を確認する必要があるわけでございます。先ほど来御質問のございましたこの十二名の方々については、私どもまだこうした事実について何ら把握いたしておりません。
 それから、戦時死亡宣告によって戸籍が抹消されているという事案がございます。これにつきましては、生存が確認されれば戦時死亡宣告の取り消しという手続を裁判によって行う、それによって戸籍が回復される、こういう手続になっております。
#233
○小林正君 この問題は、今までどちらかというと、多くの民間ボランティア活動の中で多くの方が帰国の機会を得るというようなこともございましたが、私は基本的に、国策として海外に出られて、その方々が帰国を希望する、このことについてはやはり戦後処理の一環として、政府が一体となって問題解決に当たっていただきたい。特にこの問題は、今家族の問題等があって、厚生省はこの間大変御努力をいただいているわけですけれども、大変大きなテーマにもなっているわけで、政府一体となった対応が求められているというふうに思います。
 一九九五年という一つの大きな節目もございますので、ぜひそこを目途にこの問題解決に当たっていただきたいと思いますが、この場で官房長官、特に十二名の方々がおいでになったときに直ちに機敏な対応をされた、そのことも伺っておりますので、御決意を伺いたいというふうに思います。
#234
○国務大臣(武村正義君) この問題につきましては、政府委員からもお答えをいたしましたが、関係省庁、地方公共団体ともに希望者の早期帰国が実りますようにさまざまな援護努力をさせていただいているところでございます。
 厚生省ではお話しのように帰国旅費等の支給の問題がございます。あるいは自立指導員の派遣等の問題もございます。建設省におきましては公営住宅の優先入居の措置の問題がございますし、労働省では就労に対する援助の問題がございます。文部省においては日本語教育にかかわる問題等もございます。その他八省庁関係する役所がございまして、伊東外務大臣のときの国会答弁以来、昭和五十五年でございますが、この八省庁によるこの問題に対する連絡会議が設置されておりまして、ずっと継続してこの会議を開きながら総合調整をして推進に当たってきているところでございます。
 ぜひ小林委員の御発言の趣旨も踏まえながら、この十二名の方々の問題も含めて、政府としましてはこの問題に一層努力をさせていただきたいと思っているところでございます。
#235
○小林正君 どうもありがとうございました。終わります。
#236
○委員長(三上隆雄君) 以上で平成三年度決算外二件の全般的質疑は終了いたしました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後五時十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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