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1993/02/26 第126回国会 参議院 参議院会議録情報 第126回国会 国際問題に関する調査会 第2号
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1993/02/26 第126回国会 参議院

参議院会議録情報 第126回国会 国際問題に関する調査会 第2号

#1
第126回国会 国際問題に関する調査会 第2号
平成五年二月二十六日(金曜日)
   午前十時一分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 二月十九日
    辞任         補欠選任
     田  英夫君     吉田 達男君
 二月二十二日
    辞任         補欠選任
     吉田 達男君     田  英夫君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         佐々木 満君
    理 事
                大島 慶久君
                岡野  裕君
                山田 健一君
                荒木 清寛君
                上田耕一郎君
                井上 哲夫君
    委 員
                上野 公成君
                尾辻 秀久君
                北澤 俊美君
                沢田 一精君
                下稲葉耕吉君
                田村 秀昭君
                林田悠紀夫君
                宮澤  弘君
                会田 長栄君
                翫  正敏君
                及川 一夫君
                國弘 正雄君
                谷畑  孝君
                田  英夫君
                木庭健太郎君
                和田 教美君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        下田 和夫君
   参考人
       東京大学教授   渡辺 昭夫君
       日本国際交流セ
       ンター理事長   山本  正君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
 (二十一世紀に向けた日本の責務について)
 (中東和平問題等について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(佐々木満君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、まず、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして参考人の方々の御出席をいただき、御意見をお伺いし、質疑を行います。
 本日は、参考人として、東京大学教授渡辺昭夫君、日本国際交流センター理事長山本正君に御出席をいただいております。
 この際、参考人のお二方にごあいさつを申し上げます。
 お二方におかれましては、お忙しい御日程にもかかわりませず本調査会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして忌憚のない御意見をお伺いいたし、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、渡辺参考人、山本参考人の順序でそれぞれ二、三十分程度御意見をお伺いいたします。その後、お昼ごろまでの一時間程度質疑を行いたいと存じます。
 きょうは、あらかじめ質疑者等を定めないで、委員の皆様には懇談形式で自由に御質疑を行っていただきたいと思いますが、質疑を希望される方は挙手を願い、私の指名を待って御質疑をお願いいたしたいと存じます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございますので、よろしくお願いを申し上げます。
 それでは、渡辺参考人からお願いをいたしますが、渡辺参考人、よろしく御意見をお述べいただきます。お願いします。
#3
○参考人(渡辺昭夫君) 私は一介の書生でございまして、外交の実務を議論なさっている皆さん方からすると少し迂遠なお話になるかもしれません。それから、今までこの調査会でどういうふうな議論をなさってきたかということを全体として必ずしもよく念頭に置いておりませんので、多少脈絡から外れるようなお話になるかもしれませんが、後ほどいろいろ御質問いただければ、できるだけ皆さんの御関心に沿った形で私の考えを述べさせていただきたいと思います。
 時間の制約もございますので、最初の発言では非常に大まかな話をさせていただきたいと思います。こういう問題についての私の基本的な考え方の大枠というようなものをお話しさせていただきますので、かなり大胆といいますか、大ざっぱな話になるかと思いますが、あらかじめお許しいただきたいと思います。
 よく言われますように、今変化の時代だというふうに言われます。言葉をかえて言えば変革の時代だということになると思うんですが、どういう意味で変化かということはいろいろ御議論が既にあったかと思いますし、後ほどそれについて若干触れることもあると思いますので、そのことはとりあえず置いておきます。
 そういう変化の時代、そして変革が必要な時代だというときになりますと、改めて歴史というものを振り返って、今どういうところに立っているのかということを考えることが必要だと思うんです。その歴史の見方はまたいろいろあると思いますが、一つの見方は、いわゆる戦後日本というものが一体何であったのだろうかということを改めて考えてみるべき時点に来ているのではないかと思います。
 戦後日本というものは何であったかということを議論し出すと大変なことになりますが、まず、手がかりとして申し上げれば、一つの目覚ましい成功の物語として戦後日本というのがあるというようなことを、立場を超えて、国の内外を問わず、まず戦後日本についてのイメージとして多くの人が持つのではないかと思うんです。その場合の成功の条件というものは、これまたいろいろな考え方がございますが、一つの与件としていわゆる戦後的な国際政治、経済秩序というものがあった。いわば、そういう非常に大きな戦後的な国際政治、経済システムというものの一部として戦後日本というのがあったということを忘れるわけにいかないと思うんです。
 そうしますと、そうした意味でのいわゆる国際政治、経済秩序というものが冷戦後というふうな表現でよく言われますような大きな変化の時代に来ているというふうになりますと、そのような全体の変化の中でやはり戦後日本のあり方というものをもう一遍問い直してみるというところに来ているんだろうと思います。
 レジュメに書いてあります「戦後日本形成の基礎的研究」というのは、そういう意味で私がまとめ役になりまして、全国の数十名の歴史家、経済学者、政治学者、社会学者、国際関係の専門家などを集めまして、国の予算をいただきまして、つまり文部省の科学研究費の重点領域というものをいただきまして、戦後日本形成の基礎的研究というものを今始めておるところでございます、多少PRになりますが、そういうことをさせていただいているということを御紹介させていただきます。
 そこで、これは高坂先生が最近お著しになった「日本存亡のとき」という書物がございますが、そこで高坂さんが非常に強調なさっているのは、そのようなある時代に成功したということは次の時代における成功を実は難しくさせるのだ。思い切り失敗した場合には思い切り改革をしようというエネルギーが出てくるわけでありますが、基本的には成功であったというふうに考えながら、しかし、それを変えなければ次の時代には生きていけないというようなタイプの変革というのが実は今我々が当面している種類の変革なんだけれども、そういうタイプの変革が一番難しいんだということを強調なさっているというふうに私は読んだわけであります。そういうふうに考えますと、少し大きく見ると、過去の事例、日本の外交ということに焦点を合わせてみますと、今直面しているものを含めて三つの戦後というものがあるのではないかと思います。
 第一は、日露戦争と第一次大戦の戦後でございます。これも基本的にはいわば成功の物語であって、ところが日露戦争後のいろいろな新しい国際状況の変化に対応して、日本が新しいコースを決めていかなきゃならないというときに実はつまずきが始まったというのが一つの見方であろうと思うんです。
 そのことが特に顕著になってくるのが第一次世界大戦後でございます。この時代になって、日本の外交の中には外交の刷新とか外交の革新というようなことを唱える人々が出てくるわけであります。これはもちろん外交に限らず、当時の雰囲気としてさまざまな革新ということが語られるというのが第一次大戦後でございまして、その一部として外交の刷新、外交の革新といったようなことが語られるということがございました。しかし、私は、このときは外交の刷新、外交の革新は余り成功せずに終わったのではないかという気がいたします。そして、その結果として太平洋戦争、大東亜戦争というところに突入していくわけであります。
 そこで、今度はアジア・太平洋戦争、一般にいうところの太平洋戦争でございますが、アジア・太平洋戦争の戦後になりまして、再び日本の外交は再出発を迫られるということになります。
 これは、先ほども述べました戦後日本全体の成功ということをもたらす上で外交がどの程度重要な役割を果たしたかということがあるいは疑問になるかもしれませんが、むしろ消極的な外交ということが戦後日本の成功のある一面であったという皮肉な見方もあるいはできるのかもしれません。
 いずれにせよ、そこで今当面しているのは冷戦の後の戦後ということでありまして、再びここで外交の活性化ということが問題になっているという、大きく言うとこういう歴史の三つの流れになるのではないかと思うわけです。
 非常に大ざっぱに言ってしまいますと、第一の時期の外交の刷新、革新というのは私は余りうまくいかなかった例であろうと思っておるわけです。つまり、これはある意味で成功の後の変革の時代であったわけです。第二のこれは失敗の後の再出発でありますから、高坂先生流に言うと、変革のやり方としてはそれほど難しくない変革の時代であったかと思うんですが、現在は大変難しい変革の時期ではないかと思うわけであります。
 繰り返して申しますと、成功の後の変革というものは大変困難なんだということをまず我々は認識しておく必要があるのではないか。そうしますと、変革というものの政治学ということが問題になってくるわけでありまして、つまり変革、変化をもたらすために政治は一体何をできるのであろうかということが問題になると思うわけであります。ごく簡単に申しますと、やや文学的な表現をいたしましたが、新しいアイデアというものと新しいエネルギーというものの幸福なる結婚ということが変革をもたらすものであるということになるわけで、政治というものが役割を果たすとすれば、そういうところになければならないのではなかろうかというふうに考えるわけであります。
 それを前提にいたしまして、あと次の話に入っていきたいのであります。
 そこで、新しいアイデアでございますが、先ほど申しましたように変化の時代をどう読むかということになると思います。私の考えを申させていただきますと、歴史の二つの大きな流れ、メガトレンドというんでしょうか、そういうものがあるというふうに私は考えているわけでありまして、これはいわゆる冷戦というのが四十年近く続いてそれが崩壊した。冷戦後という形で我々は今の変化をとらえようとしているわけでありますが、それは確かにそうなんでありますが、それをさらに超えた、より大きな物事の流れというものの中において見なければ冷戦後というものの意味もつかめないのではないかというふうに考えているわけであります。国際社会とか外交とかというものに関する限り、やや耳なれない言葉かもしれませんが、私は二つの大きな動きがあるというふうに考えているわけでありまして、一つは政府なき統治への動き、第二番目が新しいアジアへの動きであるというふうに申し上げておきます。
 まず、第一の政府なき統治というのは、英語の文献などではガバナンス・ウィズアウト・ガバメントなどという言い方が時々出てまいります。これは、特に今問題になっております国際連合、国連というものを強化していかなきゃいけないとか、あるいは国連を中心にした新しい国際社会の問題解決の方向を求めなきゃいけないという種類の議論をする場合によく出てくる表現でございます。これについてはいろいろな使い方をしているんで、私はやや我流に、私流にその表現をかりて申し上げているということになるかと思いますが、ここで申し上げたいのは、要するに国際政治というものは、非常に長い一世紀ぐらいの単位をとって考えてみますと、大きな方向があるのではないか。一言で言えばそれは国際関係の制度化というふうに言ってもよろしいかと思うのであります。
 よく言いますように、国際社会というのは国内政治と違いまして、政府といったような権威がないところでの政治である、それが特徴だということになりますので、文字どおりに言うと、政府がないのでありますからアナーキーだということになるんですが、そのアナーキーといいますと、それこそジャングルのおきてでもって強い者が勝つという全く仁義なき闘いというような世界なのかという、いわゆるホッブズ的なイメージというふうなことでよく言われるわけであります。しかし、必ずしもそうではないわけであって、形の上では政府というものがないわけでありますが、政府がない中で国際社会というものをどのように秩序をつくっていくかといういわば努力が進んできているというふうに私は考えるわけであります。
 一つの例をとりますと戦争ということでありますが、その戦争というものを、少なくとも文明諸国民同士の間の戦争というものは回避していこうという傾向が次第次第にできてきて、それをさまざまな形で制度化していこうという動きがあるわけでありまして、それはもちろん一進一退であり、不完全であり、しばしば破綻するわけでありますが、大きな傾向はそうではないか。そういう傾向は前から続いておりますが、なかんずく第一次大戦というものがそういう方向を決定づける非常に大きな契機になりまして、言うならば戦争というものはいわば我々仲間同士の間での内戦であるというふうな考え方が次第に強くなってきておりまして、その中で例の一九二八年の不戦条約、国策の手段としての戦争を放棄するという理念を盛り込んだ戦争放棄の条約ができるわけであります。
 これは言葉をかえて言いますと、いわば自衛といいましょうか、個々の国家が自己救済をするというタイプのものから集団的な安全保障、つまり社会的、集団的な解決という方向へ問題を持っていこうという大きな流れの上にあると思うわけであります。そのようなのが文明社会の全体の流れだというふうにいたしますと、それに対してあえて挑戦する異端者という立場をとったのがかつての日本であり、かつてのドイツであったということになると思うわけであります。
 第二次大戦後、日本は、ドイツもここに含めていいと思いますが、文明社会へと再び回帰、復帰するということがございまして、そのシンボリックな表現が、日本の場合で言えば一九四七年の憲法と一九五六年の国連加盟であったというふうに私は思うわけであります。四七年の憲法というものについて今再び議論の種になっていると思います。これについて私の考え方ございますが、基本的な大きな流れとして私はそのような歴史の流れに沿ったものだというふうに考えているわけでございます。
 それをさらに言葉をかえて言いますと、国際社会における法と正義の支配という方向へ向かって大きく流れているというふうに考えるわけであります。そうしますと、そういうふうなガバナンスというものが、つまりあるルールに従って物事を決めていくというような方法の支配だと思うんですけれども、そういう法の支配が政府機構という統治機構がないところでどうやって可能なのだろうかということが問題になるわけであります。これは大変に挑戦的な問題であるわけでございますが、私は大きな流れはそうだというふうに考えておりまして、日本はこういったいわば歴史の大きな流れをさらに推し進める、そして戦争を内戦化するということを特定の国家だけの間ではなくて、人類社会全体の規模に拡大していくという今時期にかかっているわけでありますが、日本はそういう勢力のいわば中心に位置しているんだというふうに見るべきだというのが私の基本的な考え方であります。
 第二は、「「新しいアジア」を求めて」というふうに書きましたが、これは日本に縁が深いという意味でアジアに特に注目をいたしましたけれども、より広い観点からもちろん議論することはできます。しかし、とりあえずはアジアということに注目して話を進めたいわけであります。
 明治以来の日本人の一つの理想としては、やや古めかしい言葉を使っておきましたが、興亜といいましょうか、アジアというものを何とか興していきたいという考え方であったと思います。しばしばアジア主義などという言葉を使いますが、アジア主義という言葉はまだある意味で危険な言葉でありますので、私はここではあえて避けております。
 ようやく、そういうアジアというものが、一つの国際政治の単なる客体ではなくて一個の主体として登場してまいりまして、そういった主体的なアジア諸国というものが集まってつくるアジア・太平洋の国際関係というものができ上がり、成熟し始めているというのが現代の我々が住んでいる世界の一つの大きな特徴であろうと思うんです。
 このような、一言で言えばアジアが一個の主体として歴史の中に登場してくるという動きをもたらす上で、日本が果たした先進的な役割というものを私は否定することができないと思うわけであります。しかし同時に、最近百年のアジアの歴史というものを見ますと、そのような日本の果たした積極的な役割とともに影の部分もあったということで、その日本の光と影というものをともに我々は率直に直視する必要があるだろうと思うわけであります。とかくすると光だけを見て影を見ない、あるいはとかくすると影だけを見て光を見ないというふうな形で日本の果たした役割が議論されるということは非常に不幸なことであろうと思うわけでございます。いずれにしろ、そういうふうにしてアジアにおいて一つの新しい地域というものができ上がってきているというのが私は注目すべき点だろうと思います。
 参考文献として私の書物をそこに挙げさせていただきましたが、きょう初めてここへ参って知ったわけでありますけれども、私の書物の最終章を参考文献としてお配りいただいているそうでございまして、私がこういう問題について、つまり今アジア・太平洋がどのようなところに来ていて、日本がその中にどのように立っているかということについてはそこでかなり述べてございますので、それを御参考いただければ大変幸いだと思います。後ほどもし御質問があれば私のできる範囲でその点についてお話をしたいと思いますが、いずれにしても、そういうところに立っていると。
 そのことに関して、限られた時間でとりあえず申し述べさせていただきたいのは、今後の世界、国際社会の動向の中で地域主義あるいは地域統合とか地域協力というものがどのような意味を持っているかということについて、一つだけここでは申し述べさせていただきたいと思います。ちなみに、地域主義とか地域統合とか地域協力という言葉は、これまた議論いたしますと切りがないところがあると思いますが、とりあえずは皆基本的には同じようなことを言っているというふうにお考えいただきます。
 先ほど申しましたように、国際社会全体が法と正義の支配する方向へ少しずつではありますが向かっているというのが歴史の進む方向だといたします。そこでは、言うならば政府なき統治という形で、必ずしも世界政府というようなものがなくても、上位に立つ権威がなくても基本的には同じ権利を持つ主権国家同士が並んでいるという形で、しかも、あたかも政府があるかのごときガバナンスという形に進んでいくというためにどうしても必要な条件は、私は合意の調達ということであろうと思うわけであります。
 その点で見ますと、例えば今日問題になっている国連の平和維持活動で焦点になっているカンボジアとユーゴとソマリアという三つの状況を考えてみた場合に、確かにカンボジアは大変に難しい問題を抱えていて、必ずしもうまくいくという保証は実はどこにもないかもしれませんが、少なくとも今までの流れを見ますと、一つの大きな特徴はアジアの地域諸国が集まって環境づくりをして、とにかくカンボジアの平和的な解決へというために協力し合っているという姿であろうと思うんです。同じような姿は実はユーゴにはございませんし、ソマリアに行きますともっとひどい状態であって、周りの諸国が集まってその問題を解決するというような姿はどこにもないというのが非常に顕著に際立っていると思うわけであります。少なくともその点に関して言いますと、私はアジア・太平洋というのは非常にいい状態にあるというふうに考えているわけであります。
 このことによって私が何を申し上げたいかと申しますと、もう時間がなくなってきましたのでちょっと先へ急がせていただきますが、つまり、そういう形でアジア・太平洋の諸国と一緒になって日本が共通の目的のために努力していくという姿が私はそこにあらわれていると思うわけであります。これはまだ片りんであって、これからもっとそれが重視されていかなければならないほんの第一歩であるに違いないと思うのでありますが、私が先ほど申しましたような大きな方向を指し示すものではないかと考えているわけであります。
 そこで、再び先ほどの論点に戻るわけでありますが、国際社会の全体において、国内社会のように中央に政府があってそこで権威のある決定をして、それに従っていろいろなことが行われるという姿ではないわけでありますが、そうしますと、そういうところで権威ある決定というものをもたらすためには三つの条件が必要だと私は考えているわけであります。
 一つは普遍的な基準でございます。これは例えて言えば、一つの例で言えば安全保障理事会の決議というようなものがそれに当たるわけでございます。
 第二は、今度は積極的、消極的な制裁の手段と実力でありまして、これは軍事力、資金力、技術力等々でございます。つまり、決められたことの実効を保障していく実力というものが、手段というものが何らかの形で提供されなければならないということがございます。
 第三が、私がここで今時に強調したいのは第三の点でございまして、国際社会のいわば総意である、これがルールであるという形でさまざまな主権国家を納得させる必要があるわけでありまして、そのためにはどうしてもそういったものを受容する自発性ということが必要でございます。つまり、統治ということであれば何か上位の権威があってそれに従うという形でございますが、国際社会、つまり統治者なき統治ということを追い求める国際社会では、どうしても基本的には主権国家というものがそれを納得するという形で何らかの全体の総意といいましょうか、ルールといいましょうか、決められたことというのは守っていくという形に持っていかなければならないわけでありまして、そこで後者のような、つまり対等な主権者というものが合意を達成していくというのが外交だというふうにいたしますと、これはだれかがだれかに対して命令をするということではないわけで、あくまで対等の関係に立っている。対等の関係に立っている者同士であえて物事を決めるためにはどうしても合意ということを通じなければいけないということ、これが外交の姿だと思うんです。
 ところが、先ほど申しましたように、ガバナンスというふうなことになりますと、少なくとも何らかの意味で上位の権威あるいは全体の意思というようなものがあって、それを個々のメンバーが受け入れるという形になるわけであります。この外交と統治というものの際どい間を求めながら世界というものの一つの秩序をつくっていくというのが現代における外交というものの性質だというふうに私は考えているわけであります。
 したがって、そういうふうにいくためには、再び戻りますと、権威ある決定のための三条件として第三の、どうやってみんながそれを自発的に受け入れるかということが大事になってくるわけであって、それにはさまざまなやり方があるわけでございますが、その一つの方法としては、やはり私は地域諸国というものが寄り集まっていろいろ話し合いをして合意をつくっていくというふうなことが必要であるわけであって、そういうふうな地域的な協力、地域的なダイアローグというものが十分に機能しない場合には、私は国連の機能というものも十分に発揮できないのではないかと思うわけであります。
 安全保障理事会の常任理事国に例えば日本が入るとか入らないとかというような問題が今問題になっています。確かに、そういう形での国連の安全保障理事会の決定自体を民主化していき、いろいろな意見がそこに投入されるようにしていくということが必要でございます。しかし、それだけではやはり済まないわけで、いわばそれが上からの話だとすると、もう一つ下からそれを支えるということが必要になるわけで、そういう下からの自発性を生み出す上で地域というものが持っている役割が非常に大きいのではないか。今後の世界における地域主義というものを私が評価する一つの理由はそういう点にあるわけであります。
 さて、そこで時間がなくなりましたので、第三の「新しいエネルギー」ということについてはごく簡単に一、二分で片づけさせていただきます。
 ところで、それじゃそういう形で何か新しいアイデアがあったとして、それをどういう形で新しいエネルギーに結びつけていくかということが問題であって、つまり変革の時代をどう導くのかということになりますと、どうしてもエネルギーを組織化するということが必要になるわけであります。簡単に言えば、意思決定のメカニズムというものについて我々はメスを入れなければならないわけでございます。
 これは実は皆様方、なかんずく政治家の世界の問題だと思うわけでありますが、「政治的エネルギーの有効な組織化のための三条件」というふうにそこに書いておきました。
 その第一は、言うまでもなく政治的指導の中枢を確立していくということでございまして、その点で私はまだまだいろいろと考えなきゃならない問題があるだろうと感じております。
 第二は、あえて申し上げれば外交におけるバイパーチザン、超党派性ということが必要であろうかと思うわけであります。この点についてはぜひ政治家の皆さん方の御議論を聞かせていただきたいというふうに考えております。
 最後は、これもまた議員の皆様方を前にして大変失礼な言い分になるわけでありますが、日本では議会というものがどうしても官僚機構に対する依存度がやや強過ぎるのではないか。議会というものは一個の独自性というものをより多く確立していく必要がどうしてもあるだろうというふうに考えるわけであります。
 実は私、ここに参りますまで参議院のこういう調査会があることを存じ上げなかったわけで、無知の上でそういうことを言っていたという部分があるのをお許しいただきたいわけでありますが、とにかくそういう形でさまざまな違ったアイデアというものをそれぞれが自分自身の立場から主張していき、それを政治過程に投入していくということが必要なわけでありまして、そのためには例えば議会というものがもう少し官僚機構から独自の考え方というものを積極的に出していくということが必要であって、そういったことがなければ新しいエネルギー、いろいろ新しいアイデアが仮にできたとしても、それを現実につなげていくということができないのではなかろうかと思うわけであります。
 やや散漫になりましたけれども、とりあえず最初の私の意見の陳述にかえさせていただきたいと思います。
 どうもありがとうございました。
#4
○会長(佐々木満君) どうもありがとうございました。
 次に、山本参考人にお願いをいたします。
#5
○参考人(山本正君) 本日は、このような会にお招きいただきまして大変光栄に存じております。かつ、日ごろ大変尊敬しております渡辺先生と御一緒に発言させていただくということで、光栄に思い、かつ緊張している次第でございます。
 申し上げたいことがたくさんありますもので、るるメモにしておるわけでございますが、このレジュメ全部をやっておりますと三十分で終わりませんので、適当にはしょった形でお話をさせていただきたいと思います。
 私がお話し申し上げたいと思いますのは、二十一世紀に向けた日本の責務を果たす条件としての外交のあり方、外交の活性化、今の渡辺先生のお言葉をおかりしますと、活性化するための民間レベルの活動の重要性ということを日ごろ民間レベルで活動している現場の人間としてのお話としてさせていただきたいと思うわけでございます。したがって、やや我田引水にわたることも多々あろうかと思いますが、その点お許しいただければと思う次第でございます。
 最初のところで私どもの日本国際交流センターについての概要を書いておりますが、PRめいて恐縮でございますけれども、ここで特に私が申し上げたいのは、私どものセンターは我が国におきまして本当に数少ない、完全に独立した非政府、非営利の団体であるということでございます。私、しょっちゅう人に聞かれますのは、あなたは外務省の方ですかというのとか、あなた経団連の方ですかとかいうことでございまして、私は私ですと言ってもなかなか御理解いただけないんで、その点特に強調させていただきたいと思います。
 私ごとにわたりますけれども、私、一九六二年に米国の大学院を終わって帰ってまいりました後、元衆議院議員の小坂徳三郎先生が経済界におられるころに民間外交をやっておられたわけで、そのお手伝いとして仕事をさせていただきまして、いろいろお世話になりまして、小坂さんの下で下田会議とか日米の議員交流を始めたわけであります。六九年に御出馬されまして選挙のお手伝いもしたわけですが、当選された後、どうしても私としては国際交流というものは中立の立場で行われねばならないといういこじな考えで、いろいろ御恩のありました小坂先生に対して大変不義理をしたわけでございますけれども、わがままをいたして独立させていただいたという、そういった背景を持った人間でございます。
 私どもの活動についてはそこに書いてあるとおりで、細かく申し上げませんが、私、やっぱり国際交流というものは時代の変化とともにその機能、役割というものが変わってくるものだと思っているわけであります。戦後の国際交流というものは友好親善を促進するという位置づけでよかったかと思いますが、今の国際交流はそれだけではだめなのではないか。後ほど申し上げたいと思うのでございますが、むしろ政策的なレベルでの対話とか共同研究、それから先ほど渡辺先生が変革のための政治学ということをおっしゃいましたけれども、私どもは、やっぱり最終的に国家間の関係というものはそれぞれの国の中身が変わらないとよくならないのではないかという考えを持っておりまして、その意味では変革のための国際交流という多少異端的な言葉のように聞こえるかも存じませんが、このごろ強くそう信じて活動しておるものでございます。私どものセンターについてはもうこれ以上御説明申しませんが、一つだけ、一切政府の補助金をちょうだいしていないという点だけ強調させていただきたいと思います。
 それで、タイトルの民間外交というところに括弧づけで書いたわけでありますが、実は私は民間外交という言葉が大変嫌いでございまして、かといって我々の活動をどういうふうに呼んだらいいのかということで悩むわけであります。なぜ外交という言葉を使うのが嫌いかと申しますと、やっぱり最終的には外交というのは政府間の交渉、先ほど渡辺先生がおっしゃったようなことだと思うのでございますが、そういったものに我々として立ち入るべきものではないと。例外的に何かお助けするようなことがあるかもしれませんけれども、これはあくまでも政府の役割だと私は理解しているわけであります。
 しかしながら、先ほど渡辺先生の非常に明快な御説明の中でなるほどと思ったんですが、政府なき統治への動きがあるというのは、国際社会においても国内社会においても、これは全世界で起こっていることではないかと思うわけでありまして、そういった意味では、あえて我々の活動を性格づけるならば、すき間産業という言葉がはやりましたけれども、言うなればすき間外交なのかなと。政府だけではとてもやり切れないような世界になっておるわけなので、これは国際社会の関係においても、あるいは国内社会においてもそうでございますけれども、我々の活動はそういったことかなと思っております。
 この我々の活動は、外国においてもインフォーマル・ディプロマシーあるいは補完外交とかピープルズ・ディプロマシー、民際外交、いろいろ言われておりますけれども、要はあくまでも非営利で非政府の立場での交流活動あるいは国際的な協力活動というふうに御理解いただければよろしいんではないかと思います。
 先ほどのお話を本当に私は感銘を受けて伺っておったんですけれども、このところ非常に目立っておりますのが、私どものような活動をやっておる組織あるいは人間の国際的な連帯、横のつながりをつくろうという動きが非常に活発になっておるわけであります。これは特にアジア・太平洋地域においてもそうでございまして、実は私ども、つい最近調査プロジェクトを始めたんですが、そのプロジェクトの題名はアジア・太平洋の地域的連帯のための基盤としての非政府ネットワーク、英語名で言うともう少し簡単なんですが、訳すとそんなようなテーマになろうかと思います。
 知的交流というレベルでも、民間の研究機関あるいは大学等を含めてですけれども、これは国際的に、全世界的に非常にネットワーク化が進んでおります。
 たまたま私、きのうECの本部の方とお話をしておったんでございますが、トランス・アトランティック・ポリシー・ネットワークというのができたんだそうであります。きのう伺ったことをすぐここに書いておってずるいんでございますけれども、同じようなことが、アジア・太平洋で安全保障研究者のネットワークができたり、経済の問題でもそうでありますけれども、民間レベルでのそういった研究機関、大学等のネットワーク化が非常に進み始めておるわけであります。
 それからNGOの世界、いわゆるグラスルーツ活動をやっておるNGOの活動においても、そこに幾つか書いておりますけれども、全世界的にそのネットワーク化が進んでおるわけであります。
 それからもう一つ、我々民間が国と国との関係にかかわり合いを深めていることの一つのあらわれといたしまして、特に最近日本と諸外国との関係の中で賢人会議というのをつくるのが非常にはやっておるわけであります。私どもは実はこの賢人会議なるものの運営事務局をしょっちゅう外務省に頼まれておりまして、実はあしたも日独対話フォーラムというのを宮澤首相とコールさんの首脳会談で決定するわけでありますが、それのお手伝いもするわけでございまして、かつて牛場大使のもとで日米ワイズマングループ、日米諮問委員会、二度やりましたけれども、あるいは前回のこの調査会で御発言なさいました須之部大使のもとで日韓二十一世紀委員会、それからたまたま来週第九回の会合を行います日英二〇〇〇年委員会、そういったもののお手伝いもしておるわけであります。そのほかに、日仏、日中、日本・カナダ等ございます。
 政府がこういう民間人の力をかりてと申しましょうか、民間人の参加のもとにこういったワイズマングループをつくる必要性というか、時々便利に使われている面もありますけれども、こういうふうな動きもやはり政府だけでは対外関係を律し切れないということを政府の方々自身が認め始めておられることかなと思うわけでございます。そういった意味で、我々は、国際的にも我々の活動、いわゆる民間外交的なものの重要性というものが前以上に認識されてきているような気がするわけであります。
 それでは話を進めまして、なぜその民間外交的なものが必要になってきたのか、なぜその必要性が高まってきたのかということについて項目的に申し上げたいと思うのでありますけれども、これは余り細かく申し上げなくても御理解いただけると思います。
 その第一が国際関係の中での相互依存性の増大ということでございます。国の中と外との仕分けが余り明確でなくなってきた、あるいは対外関係にかかわり合う人たちあるいは組織が非常に広がってきておる。アクターと申しますか、それは非政府アクターという表現があるようでございますけれども、例えば多国籍企業だとか、あるいは最近は直接的に外との関係を求めて国際空港をつくりたいという地方自治体が日本でも非常にふえておるわけでありますが、そういったような意味での外とのつながりが非常に広い面を通じてのつながりになってきた。点と点の、外務省と国務省といったようなつながりだけでは日米関係一つとってもうまくいかないという認識は相当広がっているんではないか。あるいは日米関係においても東京とワシントンだけではうまくいかないのではないか。そういったような意味で、政府同士のつながりでの関係というものが難しくなってきているということが一つにはあろうかと思います。
 そういったものをさらに混乱させるというか複雑化させているものとしては、国際社会自体が大変情報化しておると。CNNはどこの国に行っても見られる。リアルタイムで外で起こっていることがすぐ茶の間へ飛び込んでくる。米国のソマリアへの支援というものが、CNNにおけるあのかわいそうな子供たち、やせ細った子供たちの映像なしにはあれほど早く決定されなかったんではないかということが言われるわけでありますけれども、事ほどさように、メディア自体が国際化し、それがそれぞれの国の中での意思決定、政策決定に影響を与えているようになっているということはよく御存じのことかと思います。
 第二に、国内政治、国内社会が非常に多様化しているということも我々のような民間の活動を重要にしている一つのファクターではないかと思うわけであります。すなわち、まとまりのない国同士のつき合いというものをどうするかという中で、とても政府だけではだめだということになるわけだろうと思います。これも細かく申し上げる必要はないと思うんですけれども、例えば日本の中でもかつてのように経済発展のみを国家的な目標として進んできた時代があったわけでありますが、今やそれだけでは済まなくなっておるわけです。ですから、価値観が多様化しておる。それから、国内的な利益集団も非常に多様化しておる。
 それから、これは日本のみならず、もちろん先進諸国全体に起こっていることでありますけれども、政治への市民参加というものが非常に広がっておる。政治に対する市民の不信感というものが深まっているということも一面に言われておりますけれども、この間の米国の大統領選挙を見ても投票率は非常に上がっておるわけでありまして、この間たまたま日本においでになっていた米国下院のフォーリー議長等の議員さんが今回非常に多用しておった言葉でトークショーポリティックス、すなわちクリントン大統領は御存じのとおりトークショーにしょっちゅう出ていまして、あのCNNの有名なラリー・キング・ライブ・ショーというのがございますけれども、これは全議員がそれぞれの都市のメディアで、地方のメディアの中でトークショーがあるそうで、そのトークショーが政治の行方を相当支配するようになってきたと。ちなみに、現在のところ日米貿易関係はトークショーのテーマになっていないけれども、それがテーマになったときは非常にややこしいことになるんではないかというのが米国議員の感想でございました。
 いずれにしても、ここで申し上げたいのは、政治というものの方向をメディア自体が相当に影響するようになってきているということが言えようと思います。日本においても、田原総一朗、筑紫さん、嶌さん、その他いらっしゃるわけでありますけれども、そのように国内社会自体も非常に多様化してきている。
 それから、三つ目の要件といたしまして冷戦構造終えん後の国際社会の多様化ということを言っておるわけでありますけれども、ここでもまた国際社会の変化が民間外交を要請しているということを申し上げたいわけであります。これについても、かつてのように米国対ソ連の対峙の中での国際社会ということではなくて、非常に地域紛争等がこのごろ顕在化しておりますけれども、地球的課題も顕在化し、それから宗教的、民族的、地域的な対立もふえてきておる。
 こういった中で、このポイントについて一つだけ申し上げると、米国もそうなんだろうと思いますけれども、前以上に協議をする中で物事を決めていく。コンサルタティブ、協議をしながらの対外関係についての政策決定というものがふえてきているということが言えるんではなかろうかと思うのでありますけれども、これも渡辺先生がお触れになったことでありますが、そういったときに国際的なコンセンサスづくりというものが今まで以上に複雑であり、かつ困難になってきているのではないか。その中で民間外交というんでしょうか、政府以外のレベルでのコンセンサスづくりが重要になってきているんではないか。この点については後ほどもう一度簡単に触れたいと思うのでありますけれども、そういったこともあって、民間外交は政府同士のつながり以上のものが必要になってきているということが言えるのではなかろうかと思うわけであります。
 ただいま申し上げましたことをまとめますと、いわく外交というものが複雑化してきたということになるわけでありますけれども、これは言うなれば国際社会の相互依存性が深まったということと、それから国内社会が多様化してきたということをすべて反映しておるわけでありますけれども、国際的な政策調整の必要性が今まで以上に必要になってきておる。
 それから、これはもう日ごろ先生方御経験、御体験になっていらっしゃることでありますけれども、対外的な関係を考えるときに国内的な利益との調整というものが非常に重要になってきておるし難しくなってきておる。これはお米の問題一つとってもそうなんだろうと思いますけれども、これが外交というものをますます複雑化させておる。
 それから、国内自身の多様化に伴って国内の政策調整も非常に難しくなっている、国内的なコンセンサスをつくることも非常に難しくなってきていることはよく御存じのことだと思うわけであります。
 それから、そういったことを反映して、これは本当に渡辺先生の領域でございますけれども、国際関係における国家というものの意味合いが、ネーションステートというものの意味合いが前より相対的に低下してきているのではないか。そういった意味ではすき間が非常にふえてきている。そこで、すき間外交の役割がふえてきているということが言えるのではないかと思うわけであります。
 そういったことで、それではいわゆる民間外交、嫌いな言葉でありますけれども、あえて一つのコードネームとして使わせていただきますが、この民間外交の機能というものはどういうことなのか。よく民間外交民間外交といろいろな方がおっしゃるんですけれども、その意味ということについては余り正確に定義しないで使われている傾向があるというのが私の印象でございまして、あえて今ここで、非常に雑駁なものではありますけれども、私なりにまとめてみたのがそこに出ておる幾つかのポイントでございます。
 一つは、ちなみに民間外交の主体としていわゆるシンクタンク、民間の研究機関とか民間の財団だとか、あるいは国際交流団体、NGOといったものがその主体になるわけでありますけれども、結局一つは国内的政策論議を起こして、コンセンサス形成のために貢献するというのが一つの役割だというふうに私は理解しておるわけであります。
 特に、米国の場合、あれだけ多様化した社会の中で、政策的コンセンサスをつくるに当たってシンクタンクの果たしている役割というのは非常に大きいのであると思うのでありますけれども、これはシンクタンクが政策の選択肢をいろいろ提示いたしまして、それをめぐって論議が展開されるというパターンがしょっちゅう見られるわけでございます。かつ、最近非常に新しい傾向といたしまして、特にワシントンのシンクタンクでは議会関係者等々をその活動の中に巻き込んで仕事をする。あるいは彼らの政策研究の成果をすぐに書き物にして、簡単なごユースレターにして議会関係者等にばらまくとか、最近ワシントン、アメリカで注目を浴びている本に「アイデア・ブローカーズ」というジェームス・スミスという人の書いた本がございますけれども、これの副題が、英語でございますが、「シンクタンク・アンド・ザ・ライズ・オブ・ザ・ニューポリシー・エリート」、すなわちシンクタンクというものを通じて新しい政策エリートができ始めているよということでございます。
 先ほどの渡辺先生の御指摘にございましたけれども、現在、これ衆議院でございますか、第三秘書というのは。これは政策秘書ということのようでございますけれども、私の乱暴な私見を申し上げると、第三秘書、政策秘書というものが機能できるためにはいろいろな条件が周りになくてはやっぱりできないんじゃないかと思うんです。結局、とどのつまりは政策秘書が官庁に行って意見を聞いてきて紙にするといったような状況が日本では起こりやすいんではないか。やはり民間で相当自由濶達にいろんな立場で政策を研究し、政策提言をするといったものが定着していない限りにおいては、もちろん相当できるとは思いますけれども、なかなか議会の中だけでいろんな政策立案ということをするのは難しいのではないかというのが私の印象でございます。
 それからもう一つ、これも米国あるいは欧州の一部において非常に注目すべきなのはいわゆる民間の組織、例えば米国にはワールド・アフェアーズ・カウンシルなんというものがございますけれども、これが全米百都市以上にございまして、そういったところでしょっちゅうその地域のオピニオンリーダーを集めては国際問題、外交問題についてのセミナーをやったり、外国の有識者を呼んで話をさせたり、そういった啓蒙活動をやっておるわけです。そのようなことを通じて対外政策についてのコンセンサスづくりの基礎をつくるといった活動があるのではなかろうかと思います。
 そこの最後に書いております行政的、党派的、学問分野的な制約を超えた政策の模索ということはありますけれども、多少我田引水ですけれども、これは民間の私どもが仕事をやるときは比較的自民党の先生方も社会党の先生方も、あるいは経済学の先生も政治学の先生も一緒になって活動しやすいんですね。やっぱり民間であるからぬえ的な活動ができるということなのかもしれませんけれども、非常に縦割り的な社会、特にタコつぼ社会と言われておるような日本においてはやはり民間機関が果たし得る役割が非常に多いんではなかろうかと自負しているような次第であります。
 先を急ぎますと、今国内的な点だけで申し上げたわけでありますけれども、国際的にはやはり共同研究、対話あるいは情報ネットワークを通じてその共通な政策の模索が行われるということが、先ほど申し上げましたとおり非常に活発になっておるわけでございます。特に、民間のレベルでのこういった活動の強いところは、政府間の協議によりますとどうしても短期的な視点で目の前の課題に取り組まねばならないという制約があるわけであります。やっぱり民間の場合はあくまでも長期的な観点で、超国家利益というと言い過ぎかもしれませんけれども、狭い定義での国家利益ということを一応置いて討議をすることができるといったような長所があるんではなかろうかと思うわけであります。
 それから、政府間の協議の前にインフォーマルな形で、非公式な形で政策についての意見交換を行うことによって政府レベルの協議のために役立つというケースがいろいろあるというふうに実際に見聞きしておるわけであります。これもたまたまきのうお目にかかったECの本部の方が言っておられたわけでありますけれども、ECの中での政策決定過程の中で、政府間同士の協議の前にそのような非公式な協議が非常にふえておる、それが非常に役に立っているということを言っておられたわけであります。
 そういったこと以外に、そういったネットワークを通じて情報の受け渡しが活発に行われるようになっておる。このように相互依存関係が深まってまいりますと、他の国が何を考えているかということは、新聞、テレビ等というよりも、やはり個人的な信頼感に基づいたような関係の中でより正確な情報が受け渡しされることが、非常にそういったことの重要性がふえてきているというふうに思うわけでございます。
 三つ目といたしまして、そのことと関係してですけれども、私どもの民間の活動を通じてのみというわけではありませんけれども、その方がよりオピニオンリーダーあるいは政策研究者等の間の個人的な信頼関係をつくることができるのではないかと思うわけであります。申し上げましたとおり、そういったものを通じての情報交換が円滑化されますし、それから信頼関係に基づいた共同作業ができる。欧米間でしょっちゅう目につきますのは、実際に物事の交渉をする政府の担当者がその政府に入る前に民間のレベルでお互いに知り合っているというケースが非常に多いわけであります。こういったものが交渉自体のあり方にも影響を与えるのではないか。
 ヘンリー・キッシンジャーが最近言っておったことですけれども、非常におもしろいと思いましたのは、あるアメリカの政治家がフランスについて相当批判的なスピーチをしようとすると、そうすると彼の目の前に彼の友達のフランス人の顔が十人ぐらいぱぱっと出る。そうすると彼のフランス批判のスピーチもおのずから相当トーンダウンされると。ところが、日本について何か言おうというときは一人も顔が出てこないというんです。これをもって顔のない日本の外交の限界なのかなというふうに思うわけであります。事ほどさように、これだけメディアの発達した時代でありますけれども、そういったやはり個人的な信頼関係を通じての情報の交換あるいは協議というものが重要になってきているんではないかと思うわけであります。
 それから、政府間協議に対する影響ということは、そういった今申し上げたようなことを繰り返しておるわけでありますが、あくまでも限界はございますけれども、民間のレベルでの活動を通じて政府間の協議に影響を与えるのではないかと思うわけであります。
 一つだけ、その項目の中で書いておりますことは、「地球的課題等を重視する超国家的視点の提供」、ややこしい言い方をしておりますけれども、やはり法と正義といったような観点が国家間において非常に重要になってきているときには、非営利、非政府の立場での御意見番というものの重要性はこれまで以上に重要になってきているんではないかということを思うわけでありまして、やはり今NGOの中で人道問題等についての発言が非常にふえているのは、そういったことの一つのあらわれだというふうに私は思っておるわけてあります。
 最後のところでありますけれども、これは私どものセンターについても申し上げたわけてありますが、国内社会の国際化を通じた貢献、それぞれの国が国際化していかない限りにおいては国家間の関係というのは改善されないし、有効に円滑に維持できない、こういう世界になってきたんだと思うわけでありまして、そういった意味で民間の活動を通じての国際化というものが非常に重要になってきている。
 最近では地方の国際化というふうなことが起こっておりますけれども、これは我々の世界の中で非常に明るい一つの動きだと思っております。何といっても日本にとって特に重要だと思いますのは、米国で言うカルチュラルダイバーシティー、文化的多様性をいかに受けとめるか、価値の多様性に対して日本がいかに対応できるかというのが大きな課題だと思うのでありますけれども、こういったものは政府の号令だけではできるものではございません。やはり幅広い民間の参加を通じてのみできるんではないかと思うわけであります。
 最後に、残された数分で日本の課題ということを申し上げたいと思うわけでありますが、一言で申し上げますと、民間レベルでのこういった活動を行う体制は極めて脆弱であると言わざるを得ないと思います。
 最近、私どもの敬愛する大来佐武郎先生がお亡くなりになりましたけれども、これは我々民間レベルでのこういった対外活動の世界においては大変大きな打撃であるわけです。かつて、そういった面で活躍された牛場さん、前川さん、今度は大来さんということで、全く戦艦を全部失ってしまったような状況であります。とにかく人材が少ない。国際的なネットワークと申しますけれども、国際会議に出るのは金太郎あめみたいなものでございまして、いつでも同じような顔が出ているというのが海外でも有名でございます。なかなか新しい人が出てこない。これは一つにはやっぱり公益という部門、公益にかかわることについて民間がかかわり合うという伝統が日本の場合には余りにもなかった。官僚支配というと多少官僚に対してネガティブなように聞こえるかもしれませんけれども、日本の優秀な官僚が日本の近代化を仕切ってきた。そういった中で民間が参加するという伝統が極めて少なかったと思うわけです。
 それから、渡辺先生を前にしてでございますけれども、いわゆる知的な伝統においても大学関係者等が実際に政策にかかわるようなことに口を出し手を出すのは余り望ましくないというふうに長いこと思われておったんではないかなと思うわけでありまして、学者の方が実際に政策論議等に参加されるのは極めて最近のことであって、したがってそういったことをなさる方が少ない。
 それから、国際交流、国際共同研究、そういったもののお世話をする組織、この辺になると本当に我田引水になりますけれども、これが極めて少ない。それの最大の問題は財政的な問題でございまして、これにはやはり免税措置の問題が相当大きいわけでございます。私ども、一九八八年に国際交流寄附免税というものの第一号にならせていただいたわけでありますけれども、それにしても大変な書類の山を築いた上でやっといただくということでありました。現在、特定公益増進法人というのは約七百ございますけれども、その中で国際関係は約千弱であります。その七百のうちの多くは官庁がおつくりになって、補助金で官庁の方がお入りになって運営されているということが圧倒的に多いというわけでありまして、そういった意味では本当の意味での民間ではないというふうに私は思っておるわけであります。
 決して官に対する悪口を言うつもりはないわけでありまして、私どもの仕事の中でも外務省等幾つかの官庁と一緒になって仕事をするケースが前よりよほどふえておるわけであります。ただ、やはり基本的に官の世界にいらっしゃる方が民に対する姿勢というものは旧来どおりということがあると思うわけでありまして、より積極的に民間の活動を評価し、その協力を呼びかけるという姿勢が望ましいと思うわけであります。
 一方において、民の方も、ややもすると今までの民間機関あるいはNGOというものは反政府というのが旗印だったわけでありまして、それなりの理由があるわけでありますけれども、特にこのような時代になってまいりますと、NGOにしてもより責任を持った形で政府に協力をするというスタンスを持ってもいいんではないか。そういった意味では、対外関係を今後向上させていくためには、あるいは日本の外交をより活性化させていくためには真の意味での官民のパートナーシップが必要なのではないかと日ごろ感じて仕事をしている次第でございます。
 どうもありがとうございました。
#6
○会長(佐々木満君) どうもありがとうございました。
 以上で渡辺、山本両参考人からの御意見の聴取を終わります。
 これより質疑を行いますが、質疑のある方はどうぞ。
#7
○荒木清寛君 荒木でございます。
 山本先生にお尋ねしたいんですけれども、先ほどのお話で、冷戦構造の終えん後の国際社会の多様化ということで、宗教的、民族的、地域的対立の増大、そういう御指摘があったわけですけれども、確かに冷戦後は民族問題あるいは宗教問題というのが非常に激しくなってきまして、内戦の原因にもなっているというところがあるわけですが、そういう面に関して民間外交としてどのような関与といいますか、その問題についてかかわっていくことができるのか、何かアイデアがあればぜひお聞かせを願いたいと思います。
   〔会長退席、理事岡野裕君着席〕
#8
○参考人(山本正君) 非常に難しい問題でありまして、かつ私どもの活動というのは即効薬にはならないのが悩みでございまして、やはり長期的な観点で貢献するよりいたし方ないなと思っておるわけであります。
 これはちょっと例として不適当かもしれないんですけれども、米国との関係の方がわかりやすいと思うんであえて米国との関係で申し上げますと、先ほど申し上げましたとおり、米国の中の人種的な多様性というのは非常にますます深くなっておるわけでありますが、黒人の方とかヒスパニックの方々との日本のつき合いは非常に薄いわけですね。アメリカとの関係一つとっても、黒人の方々とか、そういった少数民族の方々との相互理解あるいは人的なつながりというものをつくっておかないと非常に危ないというふうに私は日ごろ思っているわけであります。
 そういった意味では、同じ人間としての価値観も共有しておるわけでありますし、やはりそれぞれ違ったバックグラウンド、背景を持っておる人たちについて理解しておくということは、その人たちとの関係をよくするために非常に大事なんではないかというふうに思うわけでございます。もっと難しい話はイスラムの社会と日本との関係。これもやっぱりイスラムの社会を知っている日本人は非常に少ないんだろうと思うわけでありまして、その意味ではより積極的に人的なつながりをやったり、相互理解を深めたりする必要があるんではないかと思っております。
 一つだけ具体的なことで、これはむしろ渡辺先生に御発言いただいた方がよろしいかと思いますけれども、こういう状況になってきているときに日本の諸外国についての地域研究と申しましょうか、いろいろ違った国の社会のあり方、文化のあり方あるいは政治、政策のあり方等について幅広い形での研究が非常に弱いと思うんですね。やはり日本がこれだけ大きな国になって国際的に影響力を増してきているときに、諸外国についてより専門的な知識を持っている人間をふやしていくということが非常に緊急な課題なんだろうと思うのでありますけれども、米国との関係においてすら本当に米国の政治について、米国議会について詳細に専門的な知識を持っている人は少ないわけでありまして、ましてやイスラムの世界とかあるいはアジア諸国についても専門的な知識を持っている人は非常に少ないというわけで、ついでに今荒木先生の御質問に乗っかった形で恐縮ですけれども、申し上げたかったことの一つとしては、今後そういった努力を深める必要があるんじゃないかと思う次第でございます。
 もしよろしければ渡辺先生に補足していただければと思います。
#9
○谷畑孝君 渡辺先生と山本先生に質問をするんですが、渡辺先生、とりわけ最近アジアにおきましても経済ブロック化というのが非常に急ピッチでやっぱり進んできているような感じがするんです。特に円高ということもあって、そのときにやはり日本の付加価値を伴わない生産部門がアジアに展開をされてきて、そういうことがアジアの経済の成長率をも引き上げるということで、今日それが大きなインパクトになって、同時にアジア自身も自力が非常に強くなって、非常に高い経済成長率になっておる。そういう中で、日本としてもなかなかそれが無視できない、こういうことで、過日、総理大臣の訪問を含めてそういうことだろうと思うんです。
 同時にまた、アメリカも南米を含めて経済ブロック化というものがこの間報じられておりますし、またヨーロッパにおいては通貨の統一ということですね。ところが、日本においてはやっぱりそういう経済ブロック化となりますと非常に不利益なものもあるし、プラスの面もある。ここらの、自由経済、市場経済というそういう立場でのとらえ方があると思うんですね。同時にまた、一千億ドルを超える一人勝ちの貿易黒字、こういうことの還流策の問題だとか、そんなことを含めての外交、NGOの問題にしたってPKOにしても国際交流をさまざまな分野でやはりしていかなきゃならないというそういうような立場に立つんです。
 とりわけ渡辺先生におきましては、特にそういう経済ブロック化をされていくことについての認識というのは、そこに対する外交のあり方、それと安全保障につきましても、最近アジアにおきましても、中国も軍の装備を含めて近代化ということで相当軍拡という状況も報じられておるわけですけれども、そういうことを含めてアジアの安全保障を考えますと、どうしてもやっぱり中国は大国でもありますし、そこらの点も日本との関係を含めてどういう安全保障のかかわりがあるのか、この点ひとつ両者の方に意見がありましたらお聞きしたい。
 それともう一つは、山本先生の方に。
 確かに、PKOは法律ができまして、カンボジアを含めて日本も大きく貢献しているという事実があるんですけれども、私もカンボジアへ行きまして、日本のNGOの皆さんが自動車の整備工場をつくったり、現地の人たちの自立を主体にして非常に頑張っておられる。こういう姿を見て、日本の大きな国力の割にはアメリカだとかヨーロッパと比較するとNGOも全く比率的にも少ない。そういう意味では、日本が民間外交をしていくに当たっての幾つかの問題があると思う。
 一つは、資金力の問題があるだろうし、日本の企業社会ではなかなか長い休暇で行けない。そこへ行って日本へ帰ってきてもなかなか受け入れるところがない。変な日本人ということでどこにも採用してもらえないという、そんなようなこともありますわね。
 それともう一つは、僕はやっぱり英語教育だと思うんですよ。これは私だけで、皆さんは皆しゃべれると思うんですけれども、我々は中学で三年勉強し、高校で三年勉強し、予備校で一年やり、大学でやっても全く英語がしゃべれないということで、最近よく周りへ行く中で私自身非常に恥ずかしく思っているんです。やっぱり日本の英語教育は、受験競争じゃなくて、もっと会話を通じた、そうしながらもう少し国際的に、小さいときから自然な感じのことも大きな柱になるんじゃないかなと私は思うんですけれども、そこらの点も含めてありましたら、民間外交の大切さはよくわかりましたので、お願いします。
#10
○参考人(渡辺昭夫君) 御質問ありがとうございました。
 まず、第一の経済ブロックの問題でございますが、私は国際経済の専門ではございませんので、経済ブロックという言葉の使い方は少し慎重にした方がいいのではないかというふうに考えております。
 ECの問題、それからアメリカのいわゆるNAFTAの問題にもお触れになりましたが、アジアの問題に入る前にそれについて申し上げておきますと、これは先刻御承知だと思いますが、いわゆる無差別、自由というガットのルールがございまして、その中でいわば例外的に地域的な仕組みをつくることは認められていると。ただし、条件があって、全体としての、つまり関税の問題も含めて外に対する貿易の壁を低くするという方向で特定の地域、諸国同士である仕組みをつくるということはいいということで、いわばグローバルな、全体が自由貿易の方向へ向かうという一つの助けになるような形でつくる場合には地域的な協定というのはガットに違反しないんだということになっていると思います。
 その意味で言うと、ECもNAFTAもいわばそのルールの中で動いているんだということになります。ただし、そういう地域的な仕組みをつくるということは何らかの意味で内部と外部との間の対応が違ってくるということは、それにしても間違いはないわけですね。もし何にも違わなければお互いに集まって何かつくるということの意味が、メリットがないわけですから、そういう地域的な機構というものはそもそも意味をなさない。意味をなす以上は、その中にいることのメリットが外にいる人よりはいいという点があるから意味を持ってくるわけです。
 だから、厳密に言うとその辺が大変微妙なところなんですが、しかし明らかに全体のいわゆるガットの精神に反するようなことをやれば、これは違反するということになる。それは非常に微妙なところで動いていると思うんですね。だから、例えばNAFTAにしろ、これからどういうふうに展開するかによってはいわゆるガットの精神に反するようなものになり得る危険性は常に私は持っていると思うんです。ただし、そういう地域的な機構ができたから直ちにそれがブロック化であるというふうに決めてしまうこともできないという、こういう状況だと私は考えているわけであります。
 そこで、それを前提にしてアジアの問題に入りますと、NAFTAとかECなんかと非常に違うアジアにおける経済的な地域主義の特徴は、そういった人為的な、制度的なものがないということです。
 現実に、例えば今日本の円の問題とかにお触れになりましたけれども、いわゆる経済学者が言うところの市場の諸要素のおのずからなる働きの結果として、さまざまな地域の経済的なつながりが深まっているということを指してアジアの地域主義というふうに言っているわけで、厳密に言うと、地域主義という言葉もあるいは避けるべきかもしれない。にもかかわらず地域化しつつあるということは事実であるというふうに私は読んでいるわけでありまして、この傾向は今のところアジア諸国にしても、あるいは日本にしても、それをもとにして何かさらにそれを制度化していかないと地域化を進めるには不利だという判断は私はないんだろうと思うんですね。いわば自然に任せておけばいいんだということであって、下手に人為的に何かそれを制度化するということはかえって関係するアジア諸国にとっても不利である、ましてや外との関係からいっても不利であるというのが私は大きな流れではないかと思うんです。
   〔理事岡野裕君退席、会長着席〕
 それにもかかわらず、例えばマハティールさんのような考え方が出てくるのは、これはつまり直接にはNAFTAを念頭に置いていると思いますが、そういうものが、先ほど私が申し上げましたように、ひょっとすればそういう保護主義的な方向に行くという危険を内在していることは事実なわけで、それに対する牽制球ということで、我々同士でも団結心を示す必要があるという、そういうことであって、それ以上に経済的な合理性の計算の上でああいう話が出てきているんではないというふうに私は考えているわけであります。とりあえず、私がどういうふうに見ているかということについてはそれだけでございます。
 ただ、もう一つつけ加えておきますと、私の本の中でも挙げておいたんですが、そういう地域化というものが進んでいくことは私は多かれ少なかれ事実だと思うのです、そういう制度的な支えがあるなしにかかわらず。アメリカはアメリカ大陸でやはりアメリカ経済を中心にしたいろいろな地域化が進むでありましょうし、ヨーロッパは西ヨーロッパを中心にしてさらにそれが周辺のものに波及していくというような、そういう大きな流れは私は変わらないと思うんですが、それがいわば歴史を前進させる意味がもしあるとすると、私の議論に引きつけて言えば、例えばアジア・太平洋で今起こっているように、経済学者がよく使う言葉で言うと雁行形態というように、進んだ経済とその次から追っかけていくものと、さらに追っかけていくものと、いろんな違うレベルの経済が有機的にお互いに関連しながら全体を引っ張っていくというような関係がいわゆる経済の地域化の中で起こるか起こらないかということが私は問題であると考えているわけであります。そういう観点からアジアの経済の地域化という問題をとらえていくべきだというのがまず第一点です。
 安全保障、これは大変な問題でございますが、中国のことにお触れになりましたけれども、確かに今いろんな国際会議でこういう問題を議論するときには、アメリカの人であれ、あるいは東南アジアの人であれ、中国のことを大変気になさっているということは事実であります。どちらかというと、私も含めてですが、そういうところへ出ていく日本の人たちは、まあまあそう言いなさんなと、中国がいろいろやっていることも事実だし、困ったこともあるんだけれども、余りそれを神経質に言うことはないんではないか、大げさに言うほどのことではないのではないかというふうに、どちらかといえば冷めた見方をして、結果的には中国を弁護するというふうな場面が私は非常に多いように思います。
 中国の軍事力がどういうふうな実態であり、どういう方向に向かおうとしているかということについては、私は専門家の中でもかなり意見が分かれているというふうに感じているわけでありますが、私が知る限りは、日本の政府の中のさまざまな評価では、少なくとも公的に出てくる場面では、今申しましたように中国の軍事力というものをそれほど大きく見るのは問題であるという見方が私は勝っているように思うわけです。ただ、一般的に言うと、中国がいわば大国として自国を位置づけていて、特にいわゆる先進国ではない中の指導的な国だというふうに見ていて、そしてまたアジアの中でいろんな意味で中国が非常に中心的なパワーたるべきだというふうに位置づけていて、そのような位置づけ方からすれば当然ちゃんとしたといいましょうか、しっかりした軍事力というものが必要なんだろうという観点から軍事力の問題を見ているということは私は間違いがないと思うんです。ただ、それが直ちに、例えば軍事力をちらつかせて何か具体的な問題をごり押しで解決しようというふうに中国が考えて行動しているというふうに言うのは少し性急過ぎる判断ではないかと私自身は考えております。
 それを超えたアジアの安全保障というものをもっと地域的広がりの中でどういうふうに考えるかという問題は残っておりますが、御質問はそこまでいったのかどうかわかりませんので、とりあえず余りここで時間をとってもいけませんので、もしその問題があれば後でまた申し上げたいと思います。
#11
○参考人(山本正君) 地域的統合について一言だけ申し上げますと、経済的な地域レベルでの統合というのをいわゆる障壁を張りめぐらせたブロックとしてとらえる場合と、あるいはより国際的な統合のためのビルディングブロックというか素材をつくるという両方の考え方があるように思うわけでありまして、例えばECの統合をするためにそれぞれの国が市場を開放しているということもあるわけで、あるいはいろんなレベルでのハーモナイゼーションということをやっていることも事実であるわけです。そういった意味では、結論的に言うと、アジア・太平洋における地域的統合を行うときに、特に日本あたりがリーダーシップをとって市場開放をするということは非常に大事なんではないかということだけ一つつけ加えさせていただきます。
 もう一つだけ、安全保障の観点からも、アジア・太平洋の地域的融合、統合というものは、例えば欧州あるいはNAFTAと比べても非常に経済中心であって、他の側面が非常に弱いというところが特徴的だと思うわけでありまして、先ほど申し上げたとおり特に人的なつながり等は非常に弱いんだろうと思うんです。そこは安全保障の観点からも日本がより積極的にやらなくちゃいけないことだと思います。
 第二に、それと関連いたしますけれども、先ほどのNGOの話でございますが、確かに日本のODAがこれだけ大きくなっているにもかかわらず人的なつながりというか人的な貢献が非常に弱い。ということは、他の面においてもそうなんでしょうけれども、開発援助については特に目につくことだと思います。
 そこで、一つの問題はODA、やっとこのごろNGOに対しても日本の外務省からのODAが出るというようなことになったり、あるいは郵貯の例の資金がNGOに行くということになったんですけれども、多くの場合、これは私は間違ってないと思うんですが、いわゆるそういったことを実際にやる担い手のための金にならないんですね。上を通っていってしまうわけです。ですから、実際にそういった活動をしている民間のスタッフに対するお手当にならないんですね。そこのところが非常に大きい問題で、特にこれから開発援助等を行うときにプロフェッショナルというんでしょうか、専門家をつくっていくというのが極めて大事になっておるわけで、そういったための予算をつくることが非常に大事なんじゃないか。これは、ODAなんかのメカニズムをよく知らないんですけれども、そういったことができるんじゃないかなということを思っております。
 時々耳にすることですけれども、日本のODAで開発途上国に立派な放送局ができて、機材も買った、ところがソフトはイギリスが入ってくるというようなことがしょっちゅうあるわけでして、その辺はやっぱりこれから大きな課題なんだろうと思います。
 それから、英語教育の話ですけれども、英語教育の専門家がいらっしゃるんでお話ししにくいのでありますが、前より随分よくなっているという印象がございます。ただ、問題はより大きいんではないかと思うんですが、確かに国際会議なんかでもこのごろ若い中国の方、韓国の方なんかが日本の学者先生なんかよりもより英語がうまいというのが大分ふえてきておる印象ですね。中国の方が数からいっても英語ができる学者がこれからふえるということは間違いないと思うんです。韓国は既にそうだと、人口比率でいいますとね。そういった意味では、大学の国際化とか外国の方々を日本により受け入れるような態勢をとるとか、そういったことも非常に大事なんじゃないのかなと思うんです。
 アジア・太平洋のお話にちょっと戻りますけれども、いまだに東南アジアの優秀なエリートたちは、高等教育、大学を卒業後博士課程等になりますと特にそうですけれども、アメリカに行くわけです。場合によってはオーストラリアに留学で、日本に来るのは非常に少ないわけですね。そういった意味では、日本の社会自体の国際化、特にいろいろ教育機関等の開放等を含めての国際化ということが、今おっしゃった、御指摘の英語教育ともかかわってくると思うんです。それは、単に英語ができればいいということでも必ずしもなくて、やはり国際的な感覚を身につけた人間というものをつくるのが日本にとっての非常に緊急な課題なんだろうと強く感じております。
#12
○谷畑孝君 ありがとうございました。
#13
○國弘正雄君 二つ、暇ネタめいたことをお一人ずつに伺って、それから二番目に少し深刻なお尋ねをしたいと思うんです。
 暇ネタの方は、今、山本さんもちょっと最後で仰せになったんですけれども、我々昔からやや自嘲的に、みずからをあざけるような調子で平家、海軍、国際派などということを言っていたわけですね。源氏と平家と比べると平家が弱くて、陸軍と海軍と比べると陸軍が圧倒的に強くて、嫌な言葉ですけれども国粋派と国際派を比べると国際派が圧倒的に弱体である、非力である、こういうことをやや自嘲的にお互い言っていたわけですが、山本さん、実務の世界でごらんになっていらして、若干そういう平家、海軍、国際派的なものが好ましいと言えるかどうか、好ましい方向に変わっているとおぼしめすかどうか、そのあたりですね、これも暇ネタです。
 それから、渡辺先生には、これは暇ネタといってもかなり深刻なんですが、衛藤港舌先生がまだ東大におられたときだと思いますけれども、私におっしゃったのは、日本の大学院クラスの中国研究者とアメリカの中国研究者とを比べると、中国語の熟達度においても、それから朝鮮半島とかあるいは日本とか、いわゆる近隣諸国を一つの込みにして東アジア文明というような立場から広く物を見るという視野の広さからいっても問題にならないと、御自分の教えておられる大学院の学生さんをかなり厳しくやっつけておられたことを今思い出すんです。
 もう一つは、それに関連するんですけれども、ある私立大学の、名前を申し上げると失礼ですから申し上げませんが、これも十五年か十二、三年前だと思いますけれども、国際政治の専門家が韓国のある大学に留学するという話になった。そうしたら、その大学の教授会の先生たちが哀れむような物言いをなさった。つまり、留学というのはアメリカやイギリスあるいはフランスやドイツやソビエトとか、何かそういうようなところに行くんであって、よりによって韓国に留学するとは何事だみたいなことで、まさに哀れみのような声をかけられた。私はその御本人から聞いていますから、そういうことがあったんだと思います。この人は、しかし今では韓国問題あるいは朝鮮半島問題のすぐれた専門家として大変に活動しておいでになるから、それはそれでよかったんだと思いますがね。そんなようなことが今まだ残渣として日本の学問の世界に残っているかどうか、もし残っているとすればこれは私はゆゆしきことだと思いますけれども、お話をいただきたい、これが二つ目です。
 そして、最後のやや深刻な話は、さっき少し渡辺先生もお触れになったし、山本さんもお触れになったんですが、中国の問題であります。特に、米中関係の近未来あるいは予見し得る未来における推移をどういうふうに考えておられるか。つまり、新しくクリントン政権ができて米中関係というものがどういうふうになると思うか。特に、議会筋を考慮に入れた場合に米中関係というのはむしろ私は劣化するのではないかと恐れているんです。その際に、例えば日米関係あるいは日中関係、つまり米中関係というものを一つの契機として日米、日中の関係がかなり難しくなるんじゃないかなということを懸念しているわけですけれども、そのあたりについてお二人の御判断というか、どういうふうにお考えかを伺いたいと思います。
#14
○参考人(渡辺昭夫君) 第一の問題は、衛藤先生と某私立大学の某先生、何か私の中で顔が浮かんでくるのでございますが、お話をなさいまして、その問題について的確な御返事ができるかどうかわかりませんけれども、中国研究は私の専門でないと言って逃げる手はございますが、私の知る限り、それは若干衛藤先生の御自分あるいは御自分たちの世界に対して厳しい御発言ではないかという感じはいたします。
 日本の中国研究というのは、地域研究の中では長い歴史もありますし、それから中国語や中国文化に対する理解ということからいって、例えばアメリカの中国研究者に比べてそれほど卑下する必要はないのではないかというふうに、むしろ私は門外漢としての立場から見ると多くの研究者に対しては尊敬の念を持っております。ただ、衛藤先生がおっしゃった一つの点、例えば日本で中国研究をやるという人は日本のことは余り知らないとか、あるいは日本の中国研究をやる人は朝鮮半島のことは外に置くとか、そういう傾向があるのに対して、これは好んでではないかもしれないけれども、必要に迫られてという点もあるかもしれませんが、例えばアメリカの、あるいはイギリスでもどこでもいいんですが、アジア研究者というのは日本語もやらなきゃいけない、中国語もやらなきゃいけない、場合によっては朝鮮語もやらなきゃいけないというふうに地域の専門家として訓練されるという傾向があるわけです。この極めて激しい、厳しい試練に耐えて、一流の学者の人は極めて数は限られると思いますが、言葉がどの程度までできるかは別として、これはいい面と悪い面が両方あると思いますけれども、日本だけを見る、あるいは中国だけを見るというよりはやはり東アジアというものを見るという基本的な姿勢があるという、そこのところで日本の中国専門家とか日本の朝鮮専門家というのは違ってくるという点が私はあると思います。これは確かにそうであって、その点をどういうふうにカバーしていったらいいかということは大変私は難しい問題だと常々思っているわけであります。
 それから、留学というのは先進国に行くものであって、例えば朝鮮に、例えば韓国に、例えば東南アジア諸国に留学に行くというのは何事だといって、うらやましがられるよりもむしろ哀れみの目をもって見られるということは、私はそれをよくわかるというか、想像できるという意味でよくわかるという意味ですが、これは実はなかなか抜きがたいことでございます。先ほども山本さんのお話にもありましたと思うし、國弘議員の発言の中にもあったかと思うんですが、例えば韓国の人が留学に行くというときに、一番できる人たちはどこへ行くかというと欧米社会に行く。英語が余り得意でないというような人が日本に来るとか、それから中国語の場合にもそうだというのが一般的な傾向としてはやはりあると思うんです。それと同じように、我々の間でもどうもそういうことがまだ残っている。これはなかなか抜きがたいことであって、ある点では理解できる。つまり、特に社会科学といいましょうか、社会科学に限らないかもしれません、近代的な学問においてやはり欧米が先鞭をつけたということは間違いがないわけでありますので、そういう学問のメソッドというものを修練するためにそういうところへ行くというのは、これはわかることであると思うんです。ただし、先ほど話題になったような方が例えば韓国の大学に留学に行くというのは、むしろエリアスタディー、地域研究の専門家としてそこの言葉を学び、そこの文化を学びということですから、これは当然の話なわけでありまして、そういう感覚でその留学ということをイメージとして持っていないので変なことになるんだろうと思うんです。
 ちなみに言いますと、先ほどこれは山本さんの御発言にもありましたが、非常にエリアスタディーが弱いことは事実でありますが、私などは最近の学生を十年ぐらいずっと指導してまいりましたけれども、昔に比べてそこは非常に大きく変わってきていると思います。アジアの諸国に行く、それからアフリカに行く、韓国に行く、中国に行くというふうになっていますし、エリアスタディーというのは例えば先進国のことを勉強するんだというような感覚は私は現場にいる限りそれは今事実ではないというふうに思っているわけであります。
 それから、中国、米中関係、これは一転して別の意味で大変難しいですね。これはちょっと無理な御質問ではないかという気もしないではないんです。というのは、つまりクリントン政権の外交政策がどうなるかということの一つの試金石が中国問題であるということは多くの専門家が見ているところでございます。近く、例の最恵国待遇の延長問題で結論をつけなきゃいけないというところに迫られる。そのときにどういうふうなさばき方をするかというのがまず問題になってくると思うんです。ということで、最も厳密な意味での近未来ということで言えば、クリントン政権がこの問題をどうさばくかということはなかなか予測ができないことでございます。もう少し広く見た場合に、今後の米中関係、それから日中、この日米中の三角関係がどう展開するかというのは、実は私も大変に関心というか懸念していることでございます。
 それで、どうなるのかという御質問にストレートに答える材料が実はないのでございますが、希望的観測が多少入るかもしれませんけれども、アメリカが民主党政権で議会と行政府が、大統領が同じ党派から出ることになったという意味で、かなり新しい状況であることは間違いがないんです。逆に言いますと、キャンペーンのときにどのようなことが言われたかということにかかわらず、クリントン政権としては非常に中国政策については慎重にならざるを得ないであろうし、ある意味ではアメリカの対アジア政策は、少なくとも人間的な配置から見る限り、むしろ中国に焦点を当てているという感じさえあるわけですね。いわゆる派からいうと日本派が少ないんではないかという懸念を持つ人さえいるぐらいでありまして、私はそれほどアメリカのアジア政策を担当する人たちがナイーブではないだろうというふうに感じているわけです。
 御承知のように、アメリカの議会政治のあり方は日本と違いますから、民主党といってもいろいろな意見があるだろうし、共和党といってもいろんな意見があってということですから、議会での中国に関する議論がそれほどストレートにアメリカの、つまりクリントン政権の方向を決定づけるというわけでもない、やや回りくどい言い方になりましたけれども。むしろ、ある意味で、民主党が多数派である議会を背景にして民主党政権ができているということは、逆に自制が働くこともあるのではないか。この辺は若干希望的観測になって余り迫力がないかと思いますが、アメリカの事情に詳しい山本さんに譲った方がいいかもしれません。
#15
○参考人(山本正君) 今の最後の点から始めさせていただきますと、全く私も門外漢なんでございますけれども、今の渡辺先生の御発言に全く同意、同感であります。
 アメリカの議会関係者の話を聞いても、特に民主党の議員は大統領が民主党になったがゆえに今まで以上に難しい選択をせざるを得ないだろう、投票するときに。だから、うんうん言いながら投票することになるだろうと。今までは自分で都合よく投票しても共和党の大統領がビトーしてくれるだろうという気安さがあったのが、それができなくなったという意味では慎重にならざるを得ない。やっぱり急激な、性急な政策転換は行われないんじゃないだろうかというのが一般的な見方のようで、これはこちらとしてのまさに都合のいい解釈で聞いているせいがあるかもしれませんが、そのように思われます。
 それからもう一つ、これも渡辺先生の御指摘ですけれども、なかなか米国と中国との関係というのは一筋縄でいかない懐の深さがあるんじゃないのか。同じことばかり申し上げますが、人間的なつながり一つとっても極めて深いものがあるわけでして、今は中国の指導者の子息の多くはアメリカの大学に行っているわけでありますし、それから経済交流も大変な不均衡にはなっておりますけれども非常に深いわけです。
 むしろ、私が危険だと思いますのは、アメリカが人権というと、日本の経済界の一部の方はこういった開発途上国については余り人権を言うべきではないとおっしゃるところにむしろ問題があるんで、やはり人道問題は人道問題、民主化の必要性は民主化の必要性として掲げた上で、後で現実的に経済的な交流をやるということでいいんではないか。実際問題、アメリカは人道外交なんというようなことを言っておりますけれども、近隣の南米諸国に対する対処の仕方はダブルスタンダードと言ってもいいんじゃないかと思うようなこともあるわけであります。その辺のところは、やはり言うべきことは、言うべきことはという意味は、人道が大事だということを言った上で現実的に物事に対処するといったような大人のつき合いというものがやっぱり必要なんじゃないかなということを感じます。
 それから、最初のポイントですが、多少ひねった言い方でお答えをいたしますと、平家、海軍、国際派という身分をかこっておったわけでありますが、平家、海軍ぐらいなら立派なもので、国際派はとてもそこまでいかないというのが現状であります。
 それからもう一つ、国際派と呼ばれることがいいかどうかということについても多少このごろ考えるようになりました。というのは、これだけ外の世界とのつながりが込み入ってきて一般的に相互依存的になってまいりますと、やっぱり国内を知っているとか、あるいは国家利益をきっちりわきまえた上で外とつき合うといったような、そういうことが必要になってくるわけではないかなと思うんです。決して国際派という意味ではないんですが、国際派と言われる方が何か無国籍者になったんでは意味がないんだろうと。特に、日本という立場を理解しながら外とつき合う必要がある。という意味では、インターナショナリスト・ナショナリストあるいはナショナリスト・インターナショナリストですか、そういったような水陸両用車的な存在でありたいと思っているわけであります。
 国際派が少ないということは総体的に変わりはないんですけれども、先ほど申し上げたような地方の国際派の情勢を見たりいたしますと、地方の地域社会の中で主流にある方が結構対外関係に関心をお持ちになっているということは言えるわけで、そういった意味では地方の国際化というのは私は相当注目すべきことだと思っておるわけです。むしろ、中央の国際化より地方の国際化の方が早く進むんではないかとすら思っております。ですから、地方からの国際化というスローガンがありますけれども、これはまんざらスローガンだけではないというのが私の現状認識でございます。
#16
○和田教美君 それでは、さっきの谷畑さんの質問とも関連するんですけれども、ポスト冷戦下の地域主義、地域機構という問題について御両氏の御見解をお聞きしたいと思います。
 まず、アジアの問題ですけれども、一つは安全保障上の機構として、冷戦が終わった当座は日本の論壇あたりにアジア型の、つまりヨーロッパにあるような新しい安全保障機構、CSCE的なものをつくるべきだという議論が大分多かったんですが、最近は何かちょっと反省期に入っておるようです。この間も衆参両院の専門家の方々がヨーロッパを視察されまして、その報告を聞いたんですけれども、CSCEについても非常に限界があって、これは政治的なフォーラムにすぎないんではないか、NATOにかわるべきものではないという感触を持って帰ってきたというような報告をされた方もいらっしゃったわけです。
 私は、先生の「アジア・太平洋の地域主義と日本外交」というお配りいただいた論文を拝見しまして、確かにアメリカとのいわゆる二国間条約のような形で冷戦下の安全保障のシステムというのはできている。それを冷戦後ということになっても、アメリカがとにかくすぐ引き揚げていくということをまだ言わない以上、なかなかCSCE的なものに大きく転換していくというのは難しいことではあろうと思いますけれども、しかしそれにもかかわらずこういうものはあった方がいいんではないか、そういうふうに私は考えるんです。その点について先生はどういう御見解なのか、それをお聞きしたい。
 それから、もう一つは経済の問題ですけれども、NAFTAの問題をさっき取り上げられましたが、アジアにおいては端的に言ってAPEC的な、アメリカ、カナダを含めた自由貿易連合といいますか、そういう形を志向するという考え方と、それから先生の論文にも出ておりますマハティール構想、要するに簡単に言えばアメリカを排除したような形の経済自由貿易連合というようなものを志向するという二つの考え方があって、アメリカはもちろん後の考え方に非常に強く反対をしているし、その関係で日本の外務省も非常に消極的である、反対をしているというふうな状況なんです。私は、要するにAPEC的なものに加えて、場合によっては保護主義的な傾向が強まっていく経済情勢が起こり得るかもしれないという状況の中で、アジアはアジアだけでやっぱり話し合っていくような場を並行的に持ってもいいんじゃないか、そういうふうに思うんですけれども、その点はどうお考えなのか。その二点でございます。
 それから、渡辺先生にお聞きしたことについて山本さん、どういうふうなお考えか、それもお聞かせ願いたいと思います。
#17
○参考人(渡辺昭夫君) まず、アジアの安全保障でございますが、私の書いたものを目を通していただきまして大変ありがとうございました。
 CSCEタイプのものをアジア・太平洋でも必要ではないかということについて、若干議論が下火になっているのではないかというお話でございましたが、若干私は違った観測をしておりまして、もちろんCSCEタイプのものでどういうことを意味するかによるんですけれども、とりあえずアジア・太平洋の地域的な、いわゆる多角的といいましょうか、たくさんの国が一緒になってアジア・太平洋地域の安全保障の問題について議論する場というふうにとりあえず定義しておきますと、そういうものが必要ではないかということを例えばカナダの当時のクラーク外相が言い、オーストラリアのエバンス外相が言い、そしてたまたまそのころソ連のシェワルナゼ外相も同じ趣旨のことを言いというような時期がございました。そのときに、少なくとも日本の外務当局は大変に冷たかった。そして、アメリカもそのことについては大変冷たかったというのが私の持っている印象でございます。
 ところが、いろいろ議論している間にその辺がだんだん変わってまいりまして、いや、そういうものもいいのではないだろうか、あるいは必要ではないだろうか。ニュアンスはいろいろ違うんですけれども、頭ごなしにそんなものは危険であるとかだめだとか必要ないというふうな考え方はだんだん後退して、むしろ全体として私はそちらの方に議論が動いてきているというふうに見ているわけであります。その意味で言うと、当初は大変熱心だったけれども、最近は少し控え目になってきたんではないかというふうには私は感じ取っていないわけであります。
 なぜ当初警戒的であったかというと、つまり日本の場合で言えば日米安保条約というふうな現存の安全保障機構を直ちに解体するという議論、あるいはそのための第一陣である、まず外堀はそこだというふうな感じで日米安保条約が大事だというふうに考える人々が警戒的に反発をしたということであろうと思うんですが、いろいろ議論している間にそういうことではないというふうになってきたんだと思うんです。
 先ほどの和田委員のお話で、CSCEはNATOにかわるべきものではないというお話が出まして、そういう意味で言うと、アジアにおける地域的な安全保障についてのフォーラムということで今議論されているものは、例えば日米安保条約にかわる何かそういう実効的な機構ができるとか、つくろうとか言っている話ではないのだということでございまして、そういう実効的な部分は当面余りいじらない方が結果的には全体としてもいいだろうというふうな感じ方が、これは何も日本だけでなくて周辺諸国も多く感じ取っていることであって、それをなくすために何かアジア・太平洋的な、地域的な安全保障機構をつくろうというそういう議論をしている人は、私の知っている限りではほとんどいないわけであります。ヨーロッパのことはちょっと別に置きまして、少なくともアジア・太平洋に関しては私はそういうふうに思っているわけであります。
 そこで、アジア・太平洋における多角的なものとしてどういうものがあるのかということで今議論が移ってきておりまして、一つはASEANがいわば中心になってダイアローグの輪を広げていくという線で議論しているわけです。今まではあくまでASEANが主導権をとって、ASEANが議題を設定してお客さんを呼ぶという形のものであったのが、そうではなくて、文字どおりそういうASEAN以外のものを含めた意味での多角的なものに変質していくかいかないかの今微妙なところに来ていて、ASEANから見てもそれは大変な飛躍であるわけであって、そこまで踏み切るかどうかというのは実はまだ決まってはいないんですが、かなりそういう方向に議論が進んでいるというふうに私は見ております。
 ただ、仮にそうなったとしても、アジア・太平洋地域のより広い問題全体をそこでカバーできるかというと、必ずしもそうではない。なかんずく北東アジア、これはロシア、アメリカ、日本、そして二つの朝鮮、中国というところであって、実は軍事力が一番集中しているのがこういうところであるわけです。軍事力が非常に集積しているこの部分において、軍事問題に関連した何らの協議といいましょうか、話し合いの仕組みもないという問題をどう考えていくかという問題が私は残っていると思うんです。先ほどのASEANプラスの方は、これはASEAN自体が政府機構でございまして、それにいわゆるダイアローグ・パートナーを引っ張り込んで文字どおり多角的なものにしていこうというのが、いきなり政府レベルの話になっているわけです。
 これは全くの私見でございますが、北東アジアに関してそこまでいきなりいくというのは私はかなり難しいと思うんで、これは山本さんが先ほどからおっしゃっているようなすき間外交の一つの最も典型的な例であって、そのすき間をいろんな人がいろんな形で埋めていくことが必要であって、例えば我々学者のような者が加わってそういうふうな雰囲気をつくっていくという動きに今ぼちぼちなってきている。言うならば、安全保障の問題というのは最後には軍事力というハードウエアをどうするかという問題に行き着かなきゃいけないわけですけれども、基本はソフトウェアの問題である。つまり、お互いにどの程度猜疑心を解消できるか。私は猜疑心をゼロにするわけにはいかないと思うんですね、残念ながら国際関係においては。しかし、一〇〇%猜疑心では物事は動かないということですから、そういうお互いの猜疑心というのは歴史のこれまでの因縁でもっていろいろ積もり積もっているわけですね、この地域に。
 そこで、そういうものをじっくりとほぐしていくということがなければ、ハードウェアを幾ら動かしてもこれは問題にならないと思うんです。そういうことで、これも民間外交的な感じで非常に時間がかかるんですけれども、とにかくもう少しフランクに話をしていこうではないかというふうに動いていく。ちなみに言うと、政府レベルでは例えば日本と韓国、日本と中国、日本とロシアといったようなバイラテラルなところで、できれば制服組も入れてお互いに情報交換をしようではないか。持っているカードを全部開けと言ったってそれはなかなかお互いに開かないでしょうけれども、ともかく話をしようではないかというふうに私は持っていくべきだと思っております。多少そういう動きが出ていると思いますが、とにかくそういうのが私が見ている状況であります。
 経済については、先ほど私が申し上げたこと以上に余りつけ加えることはないので簡単に終わらせていただきますが、アジアだけの話し合いの場があってもいいではないかというお話でございまして、私もそれは悪くないかと思います。ただ、これまた何をつくるのか、それは新しくつくるものの内容によるんだろうと思うんですね。
 その中で何か具体的な、例えば投資とか貿易とかなんとかということについて他と区別するような何かをいきなりつくるということであれば、これは先ほど私が申しましたように、仮にそれがガットの精神に沿ったものである、ECだってそうではないか、NAFTAだってそうではないか、我々がつくったってそれはいいではないかということになるわけで、確かにそれは先ほど私が申しましたように、全体としてグローバルな自由貿易の方向へ持っていくビルディングブロックの一つであるならばいいということになるんです。確かにそうです。ただし、日本というものを含んだそのようなものができるということは非常に大きな衝撃を及ぼすものでありますから、私はそのことは日本の観点から見ても余りプラスにならないし、そういう形で文字どおりのブロック化の方向を導き出すようなものになるとすると、これはマハティールさんを含めてアジア諸国にとってもためにならないことであると思うんです。
 そこで、そういうものではない、安全保障の問題とやや似てくるかもしれませんけれども、経済問題についていろいろと意見を交換する場として東アジア諸国だけの協議の機関があるいはあっていいかもしれません。だから、それは何をつくるかということ次第だというふうに私は思います。
#18
○参考人(山本正君) ごく短く補足的にコメントさせていただきますけれども、これはもう既に渡辺先生御指摘のとおり、かつ私も先ほど申し上げたことですけれども、アジア・太平洋に関する安全保障をテーマにしたネットワーク、国際会議というのが非常にふえておりますし、これは官民参加型のものが比較的多いというのが印象でございます。
 たまたまですけれども、きのう、おとといと日本の外務省が主催いたしまして、十二カ国の安全保障専門家が集まりまして会議をやっておったわけですが、これが六回目になるんでしょうか。そのほか非常に目立った動きといたしましては、米国のフォード財団等の幾つかの財団の音頭取りでアジア・太平洋の安全保障を研究している研究機関のネットワーク化を図ろうという動きがありまして、たまたま昨日の会議のために来ておりますインドネシアの戦略問題研究所のユスフ・ウナンディという人が中心になって三月に香港でそれのプランニングミーティングをやるというようなことがございます。我々のやっている仕事がそういうふうに呼ばれるのは割に珍しいんですけれども、これをもってアジア・太平洋の中のCBM、コンフィデンス・ビルディング・メジャーの一つであるというふうにさえ言われておるわけでありまして、我々のやるたぐいの活動としてはちょっと格上げされたかなというような印象すら持ちます。
 もう一つ補足でございますけれども、安全保障の面においても経済の面においても、アジア・太平洋の中での連帯においてアメリカの参加ということは極めて大事なんではないかというのは、これは私の意見という以上にアジアの諸国の方々が強く感じておることではないかなと思います。そういった意味では、これはツートラック的な意味でアメリカを入れたものとそれから地域間だけのものがあってもよろしいんでしょうけれども、いずれにいたしましてもアメリカとの関係の中で考えるべきところが非常に多いんではないか。やはりアジアの多くの方がアメリカ抜きでのアレンジメントということについては、日本の将来ということも含めていささか不安に思うところなんだろうと思います。
 最後に、やっぱりアジア・太平洋への日本のかかわり合いというものが、これは日本のナショナリズムというんでしょうか、ネオナショナリズムの発露としての参加なのかあるいは日本の国際主義の発露としての参加なのかということでえらい違ってくるんだろうと思うわけでありまして、その意味でまたここは国際派も頑張って、やっぱりアジアとの連携を全世界とのつながりの中で図るという努力が必要じゃないかなというふうに、非常に抽象的な表現でありますけれども、そのように思うわけであります。やっぱりアジアの人たちの日本に対する懸念というものは消えているわけではなくて、これは日本の国粋主義の発露としてのアジアとのかかわり合いというものがやっぱり頭に残っているだけに、そこのところは気をつけなくちゃいけないんじゃないかということはアジアを旅行しているときに時々感じることでございます。
#19
○上田耕一郎君 共産党の上田でございますが、渡辺参考人の大変ユニークな、しかも広い視野の問題提起を聞かせていただきました。
 幾つか質問をしたいんですが、政府なき統治、ガバナンス・ウィズアウト・ガバメント、これが第一の問題なんですけれども、今の変革期を冷戦の戦後としてとらえる点はこれは大きなとらえ方として適切だと思うんです。じゃ、冷戦というのは何だったかと思うと、やっぱり米ソの二つの超大国の核戦争の危険を生み出した核軍拡競争、それが四十年続いてきたという大変な時代だったと思うんです。それがほぼ終わりつつある時期だとしますと、その冷戦を、核軍拡競争を支えたものとしてやっぱり米ソの軍事ブロックがあったと思うんですね。そうすると、歴史のメガトレンドとして我々とらえるべきものは、政府なき統治というのはやや非現実的であって、国連の最初の第一号決議は核兵器廃絶だったわけで、それから国連憲章も軍事同盟のない集団安全保障を目指したわけなので、やっぱり核兵器なき世界、軍事同盟なき世界、これをメガトレンドとして日本は追求すべきじゃないか、世界唯一の被爆国でもありますしね。その点が第一の質問です。
 それから、今の問題と関係するのはこの二番目の新しいアジアなんですけれども、非同盟中立主義の思想が初めて生まれたのは日本が侵略したインドとビルマだったんですね。インドのネルー首相それからビルマのネ・ウィン首相、この二人が初めて非同盟中立ということを米ソの軍事ブロックの対決の鋭い中で提起している。それで、スターリンと大げんかして断絶したチトーは、アジアを訪問してネルー、ネ・ウィンに会って、中立主義、非同盟の思想を聞いて天啓を受けたような感じがすると非常に感激した話が残っているんですね、天の啓示を受けたと。それで今の非同盟の流れが生まれてきた。
 そういう点からいいますと、去年九月にジャカルタで非同盟諸国首脳会議があったんですけれども、アメリカがフィリピンの基地協定を廃棄しましたのでフィリピンも参加しまして、四カ国ふえて百八カ国になって、そのメッセージを読みますとアメリカの新世界秩序にはなかなか批判的な発言が多くて、非同盟が主流となって新しい世界秩序をつくるというジャカルタメッセージなどを発表しているんですね。
 そういう点で、これは私どもの党の主張でもあるんですが、二十一世紀の日本の役割というのはいろいろ大きな困難はありますけれども、非核非同盟の流れを実現すべく努力して、東西問題から南北問題に世界の重点が大きく変わりつつありますから、南の諸国の結集体である非同盟諸国首脳会議に日本も参加していく。あそこはそう経済力も大きくないんで、今の日本の経済力をもって非同盟諸国首脳会議に参加すると世界の今の大きな変化で重要な役割を二十一世紀の日本は果たし得るんじゃないか、そう思っているんですけれども、その点が二つ目の質問。
 それから、三つ目は国連の問題なんですけれども、今の国連はソ連がなくなって以後どうもアメリカ主導が非常に強くなっていて、国連のいろんな決定が国際社会の総意として受け取り得るかどうかということはいろいろ問題があります。
 去年、ニューヨーク・タイムズが報道したペンタゴンの国防計画指針、あれは新しいライバルは絶対つくらせない、集団的活動がうまくいかない場合はアメリカ独自でも行動するということを言って、ガリ事務総長がこれじゃ国連の終わりだと言って非常に批判したこともありますけれども、今の国連の実情、ここをどう見て日本が行動していくかというのは、さまざまに新しい問題が生まれていると思うんですが、その点を三つ目にお伺いしたいと思います。
 山本参考人のお話も大変参考にさせていただきましたけれども、一つ感じたのは民間外交の点で、民間にもいろいろあると思うんですよ。政府に協力的な民間もありますし、それぞれ政府と割に闘う方向の民衆レベルの民間もあります。
 アメリカのオハイオ大学のオーバビー教授が十年前ぐらいに日本に来られて、広島へ行って非常に感動されて、日本の憲法九条をアメリカにも生かそうという九条の会をつくられた。そのことがまた日本に大きな反響を呼んで、オーバビー教授を日本に去年招待して、日本にもまたその九条の会というのができるとか、そういう両国の政府から見ると、ちょっと制度は違うかもしれないけれども、新しい民間交流が生まれているんですよ。
 実は、私どもの党もちょっと関係したんですが、うちの国際部長が町田で盗聴されて、盗聴問題で去年の十一月にアメリカのナショナル・ローヤーズ・ギルド、弁護士の会から呼ばれまして行ったんです。そうしたら、その弁護士の会は日本の過労死のことも聞きたいというので、全労連の婦人部長や都職労の前の委員長なんかも行きまして、上田誠吉弁護士なんかと。過労死の話とか盗聴の話もありますけれども、弁護士の会の人たちがいろいろ聞いて、今まで日本政府や財界から聞いていたのとまた別の日本があるんだな、新しい日本を発見したという非常な感想があったというんです。民間外交の面でもNGOにはいろいろの動きがありますけれでも、そういう民衆レベルの交流というのももっと広げていくことが本当の双方の理解としては重要なんじゃないかということを感じたんです。
 以上、御意見をお伺いできればうれしく思います。
#20
○参考人(渡辺昭夫君) 時間も余りございませんので、ごく手短に申し上げさせていただきます。
 第一点の非核の問題でございますが、非常に大きな長い目標ということともう少し手前の目標というふうに考えた場合に、冷戦後における核の問題の一番当面する問題は私はやはり核の拡散の問題だろうと思っております。
 御承知のように、正式の国名ではございませんが簡単なために北朝鮮と言わせていただきますが、北朝鮮の核の問題が非常に今問題になっているのは御承知のとおりだと思うんです。この問題をどうやってクリアできるかというのが一番さしあたっての問題であって、これ次第では私は日本の安全保障政策にかなり大意な影響を持ち得る問題ではないかと思うんです。アメリカは、御承知のように核の拡散、特に中小諸国、そしてアメリカから見れば非常に無責任で危険であるというような国々に核が広がるということが一番今気にしている問題であろうと思うんです。
 そこで、IAEAのいろいろな規制であるとかNPT、核拡散防止条約とかそういう話があって、いわば核拡散を防止するための国際的なレジームというものが曲がりなりにもあるという前提でこの問題は扱っているわけでありますが、御承知のように間もなく、一九九五年にNPTの見直しということが参ります。そのときに、果たしてこの核不拡散のための国際レジームはどうなるだろうかという問題があって、最悪のシナリオの場合にはそれがなくなる、雲散霧消しかねないという危険を私は持っていると思うんです。そういう中で北朝鮮の核の問題というものを見なきゃいけないわけでございます。
 つまり、それこそ政府なき形でどうやって統治していくかという極めて具体的な一つの問題でございますが、主権国家が核を持つか持たないかはあくまでもこれは自分の権利であるということを押し立てできますと、これはなかなか難しいんですね。核を持っている国は限られた国でございます。核を持っていない国に対しておまえたちは持ってはいかぬという根拠はどこにあるんだということになるわけで、原則の問題としては、つまり国家主権ということを文字通り前面に押し立てる、これはなかなか難しい問題なんですね。
 そこで、そういうふうな主権を持っている国に対して、いや、これは国際的なルールとしておまえさんが核を持つことはルール違反であるというのがいわゆるレジームとして曲がりなりにも今あるわけですね。それを前面に押し立ててやっているわけです。そこで、簡単に言うといいながら少し長くなってしまいましたけれども、そういう問題だと私は考えているわけであって、まさに中小諸国が核を持つというふうに断固として決断した場合に、どうやって国際的な一つの権威としてその選択を排除できるかという非常にシビアな問題になるわけです。最終的には、例えば国連の決議に従って、それこそ安保理事会の決議に従って北朝鮮がその選択をやめるまで断固として制裁措置をとるというふうな、そういうシナリオになるのかならないのか。そうしてもなおかつとめられないというときには軍事力を持って介入するのかというふうな大変な難しい問題になってくるわけです。
 一つの考え方としては、ある国が断固として核を持つという決断をした場合には、国際社会の名においてそこまではできないということになる可能性があるわけです。そうしますと、我々は例えば朝鮮半島に核を持った存在があるという事実に直面しなきゃいけない、そういう可能性に対して。そうなったときにどういうふうな処置をするのかということを考えなきゃいけないという、こういう種類の問題ではないかと私は思うんです。
 そこで、確かにアメリカが核を持っている、ロシアも核を持っている、中国も持っている。特にソ連が解体した後そのソ連の核がどうなるかというふうなことがいろいろ心配になったりするわけですが、上田委員にはしかられるかもしれぬけれども、その辺はつまりアメリカなりロシア、中国が持っているというところまでならば、とにかくこれらの国々はいやしくも国連の安保理事会の常任理事国であって、いわば国際的な秩序を守っていく一番の重大な責任を持っている国であるという責任感に訴えるという方法は残っているわけでありますが、そうでない諸国に、特に現在の国際体制から自分たちは疎外されていると思っている主権国家がそのような選択をするということになったときの影響というものを我々は見なきゃいけない。ここが冷戦後の核の問題の一番深刻な問題ではないか。私にそんないい答えがあるわけでございませんが、そういう深刻な問題があるということを私は認識しているということだけ申し上げておきます。
 非同盟でございますが、非同盟の方は余りいい答えにならないのでありますが、私が先ほどから申し上げていますように、結局は数々の主権国家がとにかく納得するということがなければ力でもって外から何かを押しつけるということはできないわけで、非常に広い意味でいって国際政治の民主化ということが必要なわけだと私は思っております。
 したがって、少数の大国が物事を決めて、さあ、おまえたちついてこいという形では政府なき統治というのはあり得ないというのは私が先ほどから申し上げていることであって、これは大変に難しいことなんですね。難しいことであって、つまり基本的には外交であって、上から命令をするんではなくて、対等の立場にある者が話し合いによって相手を納得させるということが外交だとすると、その外交という手段を通じながら何か国際社会のルールをみんなが受け入れるようにしていくという、こういう非常に回りくどい、かつ時間のかかる大変に難しい仕事であろうと思うわけです。
 そういう私の理論の中からすると、上田委員が御指摘になったような非常に多数派を占める非同盟諸国の意見がどういう形でどういうふうに国際政治に、あるいは例えば国連なら国連に反映されていくべきかという問題は、私も少なくとも問題意識においては上田委員と同じだというふうに考えております。
 国連の問題というのは実はまさにそのところにあるわけでありまして、もう時間がないのでこれ以上申し上げませんが、例えば地域的なレベルで我々が地道な努力をして、コンフィデンス・ビルディング・メジャーというものを少しずつでも築いていかなければいけないというのはまさにそこであって、そういうことがなければ幾ら例えば安保理事会に新しいメンバーを入れて、そこを民主化したからといって物事は動くものではないのだというのが私の基本的な立場であります。
 とりあえず、以上であります。
#21
○参考人(山本正君) 簡単にお答え申し上げます。
 NGOというのは、基本的に言うと非常に独立心が強いものだろうと思うんです。その意味ではいろいろな意見があるというのが当然だと思います。
 それからもう一つは、NGOは基本的に言ってこのままでよくないという問題意識を持っている団体だと思うんですね。ですから、基本的に言うとリベラルな立場が一般的に多いんだろうと思います。私が自分の組織は実はNGOだと言うと、本当のNGOの人たちはそうじゃないと。政府と一緒にやるからNGOじゃない、あるいはネクタイしているからNGOじゃないというようなことを時々言われるんですけれども、私どもれっきたるNGOと思っておりまして、そういう意味では極めて独立心が強くて、政府とは協力はするけれども、徹底的にけんかすることもあるという立場でございます。その意味では、こういった世界になってきたときにいろんなタイプのNGOが国際的な連帯を持つというのは極めて当然なことだと思いますし、それからやはりNGOの役割の一つとしては、少数意見を代表することと同時に見捨てられているグループを代表するとか、そういう極めて重要な役割を果たし得るのだろうと思います。
 ただ、やはり日本のNGOの歴史というのは、間違っているかもしれませんけれども、基本的に言うと反政府的なものが多くて、イデオロギー的な対立を基調としているものがあったと思います。そういった意味で、米国あるいは欧州におけるNGOのように地域社会の重要な構成要因としての市民権を今まで持ってきていなかったと思うんですね。私は、その意味では持っていくべきだと思いますし、その一つの条件としてはやはり相当是々非々的な立場をとるということをやはりNGOとして学んでいかざるを得ないんじゃなかろうかなと思うんです。いわゆる問題提起という役割と同時に、やはり物事によっては先ほどの私の話の最後に申し上げた官民パートナーシップ的な姿勢も必要なんじゃないか。ここのところは非常に難しいところで、我々の日々の活動の中で常に自分らのポジションをどこに置くかということで苦労することは事実でございます。
#22
○会田長栄君 渡辺参考人に率直にお聞きいたします。
 先ほど新しいアジアを求めて、こういうお話を聞きまして、光と影の御意見もいただきました。そこで、朝鮮半島の問題を抜きにして北東アジアの安全保障や、経済、文化、その他を含めましてなかなか信頼はかち取れない、私は端的にこう見ているんですよ。その意味では、韓国とロシアとの関係、中国との関係というようなものが新しい段階に入っている。日本もその点ではもう長いこと韓国とは交流を重ねている。しかし一方、朝鮮民主主義人民共和国との関係もロシアもあり、中国もあり、そして今また金泳三新大統領が共和国に呼びかけている。ひとり北東アジアにあって、日本が朝鮮半島の統一、平和というところでは何としてもやっぱり消極的過ぎる。こういう面についてどのような御見解をお持ちか、ぜひお聞かせください。
 それから、交流センターの山本参考人に、民間交流というのはすべてどうしても先行しているという段階にあって、この朝鮮半島にかかわるところの交流というものが現状どうなっているか、簡潔にお聞きしたい。
#23
○参考人(渡辺昭夫君) 率直に申しまして、私は日本の外交の一番の難問は隣人関係だと思います。つまり、朝鮮半島の問題だろうと思うんです。そこで、今の会田委員の御質問がまさにつぼを押さえた御指摘だと思っております。
 どうしたらいいのかということになりますと私もはたと困るわけでありまして、私、韓国の学者や学生といろいろつき合っていてよく言われるのは、日本人は心の底では本当は南北が分かれてくれている状態ができるだけ長く続くことが日本にとって一番いいことだというふうに思っているのであろうということをしばしばおっしゃいます。そのようなときに、私はそうではないのだといろいろ弁じ立てるわけでございますが、なかなかそこは納得していただけないということがございます。
 そのような議論からいたしますと、一つの統一された朝鮮というものが、どういう国名になるかは別といたしまして、南北が統一できた場合に、それは日本にとって脅威になるであろうという議論がその前提にあるわけでございます。私は、それは統一の仕方によりけりだと。
 つまり、第一は、その統一のプロセスにおいて非常に大混乱が起こるということになれば、軍事的な大混乱はもう言うまでもありませんが、仮に軍事的ではなくても、非軍事的な意味でも大混乱が起こればそれは我々にとっては大変に頭の痛い問題なので、その意味で統一の到達点というよりはプロセスがどのように進むかということに我々が非常に大きな懸念を持っているということは否定しないというのが一つの答えてあります。
 それからもう一つは、先ほどの議論の続きで言いますと、統一の後の結果としてできた新しい体制が、例えば核を持ったような形で登場するということになりますと我々としては非常に頭の痛い問題であって、これは大変深刻な問題である。
 したがって、統一のプロセスと統一した結果いかなる国がそこに生まれるかということ次第なんであって、そういうことを外して、とにかく統一すれば何が何でも我々にとって困るなということは仮に言ってもせんなきことでありますし、一番ネガティブに言いまして、それは二つに分かれた朝鮮民族御自身のお決めになることだから、外からそれはやめろとかやめないとかと言うことではない。
 そして、率直な気持ちとして、朝鮮半島の民族が二つに分かれていることについては歴史的にいって我々日本人に大きな責任があるということは間違いがないことでありますから、そのことも含めて、気持ちの上で、朝鮮半島の民族が一つにまとまるという日が来れば、それは心から我々としても慶賀するということにおいてはやぶさかではないというふうに私は感じているし、素朴な日本国民の感情として私はそこまではわかると思っているというふうに言っているわけであります。
 そこで、もっと目の前の問題についてどうしたらいいかということになりますと、時間もございませんし、そこまで立ち入るつもりもございませんが、今問題になっているような北との間のいろいろ具体的な問題をどうクリアするかということがありまして、少し前までは韓国の方はいかなる形であれ朝鮮民主主義人民共和国と日本とが関係を回復するということは即反韓国的な意味を持つというふうにストレートにお考えになる方が多かったわけです。幸いにといいますか、最近ではそれほどではなくなってきているというふうに思うわけであって、私が使う言葉で言うと南の方々もいわゆるソフトランディングという形で、北と統一するにしてもいろいろな意味で北の体制が大混乱の形で抱え込むということはドイツの例を見ても得策ではないというお考え方を持っているわけでありますから、そういう形でソフトランディングを側面から助けるような、助けるというのは口幅ったいわけですが、そういうソフトランディングに多少ともプラスになるような形で日本が北との関係をこれから持っていくということは南の方にとってもプラスになるという状況に私は来ていると思いますので、多少そこに希望を見出しているということでございます。
 以上であります。
#24
○参考人(山本正君) 簡単にお答え申し上げますが、お隣の国との民間の交流は決して進んでいると言えないと思います。残念ながら非常におくれているというのが私の認識でございます。私どものセンターも、一九七三年以来、日韓知的交流ということで高麗大学との交流をずっと続けておるわけなんですが、正直言って一番難しい交流の一つだと思います。
 先ほど御報告申し上げましたとおり、日韓二十一世紀委員会というのを須之部さんの下でやったんですが、これは須之部さんという立派な方がいらっしゃったので何とかなったわけですけれども、これほどつらい困難な仕事は今までの私の経験でもなかったと思います。本当に夜も眠れないような感じでやったことがございます。それだけに、やっぱり日本の国際化あるいは日本の国際交流にとってお隣の韓国あるいは朝鮮半島全体との交流というのは最大の試金石なんだろうと思うわけであります。
 というのは、やっぱり一つには、いかに他の民族、他の文化を許容し、尊敬することができるかという点で一番難しいんだろうと思うんですね。やっぱり向こうの方々の日本に対する態度もさることながら、日本人の若い人までも持っている、これは大分よくなっているとは言われますけれども、やはり決して平等にあるいは本当に尊敬の心を持って接するということはないんだろうという気がするんですね。それから、やっぱり何といっても歴史の清算というような表現になりますけれども、やはり日本人としてああいった歴史をきっちり教え、学ぶような状況というのをつくっていくのが大事なんだろうというふうに思いますし、そこは決して十分行われていないというのが私の認識でございます。
 とはいえ、幾つかの明るい兆候はありまして、また地方の国際化の話になりますけれども、地方レベルでの韓国との交流は非常に活発になりつつあります。御存じかと思いますけれども、これは一つには非常に近いということもありまして、割に経費的にも楽だということも無関係ではないし、それからそれなりに経済的な交流も地方のレベルで非常に活発になって、それとともに文化的な交流というパターンも出てきております。それから、向こうの学生さんが修学旅行で九州なんかにおいでになるとか、新婚旅行で九州においでになるなんということも非常にふえてきているといった意味では幾つかの新しい方向が出ていると思います。
 北朝鮮との交流ですけれども、これは非常に難しいわけですけれども、学問の世界というか研究者の世界では、渡辺先生御指摘のとおり、韓国の学者も北朝鮮の学者が入ることについてそれほどいとわなくなってきた。特に、多国間関係の中では比較的ノーマルというか、よく起こることになりつつありまして、そういうものを通じて北朝鮮の研究者と日本の研究者との接触が行われるということもぼつぼつ出てきております。
 ただ、米国の研究機関なんかが非常に北朝鮮のことに関心を持って、アジア・ソサエティーだとか外交問題評議会とか、そういったところが研究チームを北朝鮮に派遣するというふうなケースが非常にこのごろ目立っておりまして、その辺でも日本は立ちおくれているんじゃないか。立ちおくれているのは、それはまた先ほど来の文化的、歴史的な理由等もあるわけでありますけれども、これからの方向としてはマルチの、多国間の中での北朝鮮との接触というのが非常に望ましいんじゃないかと思いますし、可能なんじゃないかと思います。
#25
○会長(佐々木満君) それでは、渡辺参考人、山本参考人に対する質疑はこの程度にとどめます。
 両参考人に一言ごあいつさつを申し上げます。
 本日は、御多忙の中、長時間の御出席を賜り、貴重な御意見をお聞かせいただきましてまことにありがとうございました。本調査会を代表して厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
    ―――――――――――――
#26
○会長(佐々木満君) 次に、中東和平問題等について、海外派遣議員から概要報告を聴取し、質疑を行いたいと存じます。
 まず、派遣議員を代表して、岡野裕君から概要報告を聴取いたします。岡野君。
#27
○岡野裕君 それでは、会長の御命令によりまして報告を申し上げます。
 参考までに地図とか写真を事務局の方からお手元にお届けいたしますので、御参照願います。
 それから、もう時間がありませんので、事前に報告書そのものを御配付申し上げてありますので、私は極力早口でいたしますことをお許しいただきたいと存じます。
 平成四年度海外派遣特定事項調査団第一班は、中東諸国の外交・安全保障等についての調査及び政治、経済事情等の視察のため、去る一月九日から二十一日まで、エジプト、クウェート、シリア、ヨルダン及びイスラエルに派遣されました。
 派遣議員は、本調査会の佐々木満会長を団長として、谷畑孝、和田教美、猪木寛至、上田耕一郎、井上哲夫各議員及び私、岡野裕の合計七名であります。なお、本調査会委員の尾辻秀久議員がヨルダンとイスラエルにおける日程の一部に参加されました。
 現地におきましては、短い日程の中で、各国の政府や議会の要人等と会談するとともに、各地を視察いたしました。
 本日は、せっかくの機会でありますので、派遣議員団を代表して、私どもが行った会談のうち、相手側より表明された中東和平問題をめぐる意見に焦点を当てて御報告申し上げ、今後の調査の参考に供したいと存じます。
 現在、中東和平問題の一番の関心は、何といいましてもイスラエルとアラブ諸国の間の和平が、いつ、どのような形で達成されるかということにあると思います。
 御承知のように、一九四八年五月十四日、イギリスによる委任統治が終了して「新生イスラエル国」の独立が宣言されましたが、この新しい国の誕生は、また新しい戦争の始まりでもありました。イスラエルが「独立戦争」と呼び、パレスチナ人が「パレスチナ戦争」と呼ぶ第一次中東戦争であります。そしてその後、イスラエルとアラブの諸国は、五六年、六七年及び七三年にも戦火を交え、わずか四半世紀の間に双方は四次にわたる戦争を経験したのであります。
 幸い、その後、今日に至る二十年間に大規模な戦闘は発生しておりませんが、現在、イスラエルが占領しているヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原のうち、西岸とガザでは、八七年十二月以来、インティファーダと言われる住民蜂起が発生し、また、昨年末には、イスラエルがパレスチナ人四百十五人の国外追放措置をとるなどの緊張状態が続いております。こうした状況にあるため、一部には、一昨年末から行われてきた中東和平交渉の行方に不安を抱く向きもあります。
 御承知のように、中東和平プロセスは、九一年十月に、アメリカの主導によって、スペインのマドリードでまず和平会議が開かれ、これに引き続いてイスラエルとシリア、レバノン、ヨルダン・パレスチナとの間に二国間交渉が開催されております。また、二国間交渉の進展を支援することを目的にして、水資源、経済開発、環境、軍備管理、難民の五つの作業部会から成る多国間協議が行われております。このうち環境作業部会の議長国は我が国が務めております。
 このような背景を踏まえて、派遣議員団は各国要人と会談し、意見を聞くとともに質疑を行った次第であります。
 会談の主な内容につきましては、既に抄録としてまとめ、皆様にお配りしてありますので、ここではその要点について御報告申し上げます。
 まず、エジプトではバーズ大統領顧問と会談をいたしました。バーズ顧問は、ムバラク大統領の懐刀とも言われ、また、七八年のキャンプ・デービッド合意に至る交渉において、エジプト代表団のナンバーツーを務めた方であります。ちなみに、このときのアメリカ側のナンバーツーは、現在のクリントン政権のウォーレン・クリストファー国務長官であります。
 バーズ顧問は、慎重な発言の中にも、中東和平プロセスの行方にかなり楽観的な見方を示し、九三年中には和平が達成されるのではないかといういろいろな兆候があると述べました。
 すなわち、イスラエルのラビン新政権は、「領土と和平との交換」という原則を受け入れていること、シリア政府の考え方がより現実的になってきたこと、和平を支持するパレスチナ人の勢力が強くなってきたこと、中東和平二国間交渉及び多国間協議で実際的な進展が見られることの四点を挙げた上で、まず、シリア・イスラエル間に合意の可能性があるとし、第一段階でイスラエルがゴラン高原の一部から撤退、次いで第二段階で安全撤退し、その後に外交関係が設定されるとのシナリオを述べていました。
 次いで、ヨルダン・イスラエルについても、わずかな部分を除いてほぼ合意に達したと言ってよいと述べ、パレスチナについては三年から五年の暫定自治の後、イスラエル・パレスチナ間の協議で最終的解決が図られるとの見通しを示しました。しかも、このような合意は二段階で行われ、本年四月から五月にシリア、ヨルダン、パレスチナのすべてについて相互の原則表明がなされ、より具体的な合意は十月から十一月に行われる可能性があると述べました。
 このほかバーズ顧問は、中東地域における安定の実現、特に湾岸戦争の結果生じたアラブ諸国間の亀裂の修復に努力すると述べ、さらに最近、テロ行為を行い、中東地域の政治システムを力で変えようとする過激派原理主義者との戦いに強い姿勢を示しました。
 そして最後に、エジプトの社会、経済発展のために、エジプトが市場経済への移行を実現すること、教育の近代化が必要であることを指摘し、特に日本に対して科学技術、農業、サービス、工業の分野での一層の協力を求めてまいりました。
 次に、シリアでは、カッドゥーラ人民議会議長、ゴラン高原を行政管理下に置くクネイトラのムヌイム知事兼市長及びシャラ外務大臣と会談をいたしました。
 カッドゥーラ議長は、冒頭で日本の北方四島問題を例に挙げ、日本の歴史においても後退できない権利があると指摘した後、シリアは国際的正当性に基づいて領土に対する権利の回復、すなわちゴラン高原の回復を訴えているとの態度を表明しました。
 また、シャラ外務大臣は、シリアは公正で包括的な平和の達成を望み、国連決議二百四十二号と三百二十八号、そして「領土と和平との交換」の原則に基づいて行動していると述べ、イスラエルがゴラン高原のみならず、ヨルダン川西岸、ガザ地区、南レバノンから完全撤退することが完全な平和につながると強調しておりました。このため日本に対して、イスラエルが国連決議を実施するよう影響力を行使してほしいと求めておりました。
 このようにシャラ外務大臣は、包括的和平を強調しつつも、ゴラン高原からのイスラエルの完全撤退があれば、それは他の二国間交渉の進展にも有利であるとも述べ、さらに本年中の和平達成に悲観的ではないとの見通しを明らかにいたしました。
 私たち派遣議員団は、シリアとイスラエルの係争地であるゴラン高原の現地を訪ね、クネイトラのムヌイム知事兼市長と会談いたしました。
 ゴラン高原を含むクネイトラ県の大部分は六七年戦争でイスラエルに占領され、七三年の戦争でその一部をシリアが解放しましたが、それでも現在、クネイトラ県の約三分の二が依然イスラエルの占領下にあり、その占領下で約一万六千人の元シリア人が生活しているとのことであります。
 ムヌイム知事によりますと、この占領、分断によって家族、親戚が兵力引き離しラインを挟んだイスラエル側の被占領地とシリア側に離れ離れになってしまい、連絡をとることもできず、やむなく幅二百メートルの兵力引き離しラインを挟んだ両側で、スピーカーを使って叫びながら連絡をとり合っているということでありました。
 私たちはまた、解放されたゴラン高原の一部地域を視察しましたが、そこではすべての建物が破壊されておりました。知事の説明では、破壊は戦闘によるのではなく、イスラエル軍が撤退する際、そしてまた兵力引き離し協定を調印した後にも民家、幼稚園、学校、病院などのすべてを破壊していったとのことでありました。知事は、こうした破壊の惨状は広島、長崎と同じものであるとし、こうした戦慄を催す光景は人間として二度と見たくないと訴えております。
 次に、ヨルダンで会談したジャーベル外務大臣は、冒頭、日本の明治憲法に触れた後、今日に至る日本の成果は二十世紀の奇跡であるとし、今後とも両国の関係を強化していきたいと述べました。
 次いで、ジャーベル外務大臣は、ヨルダンは中東和平プロセスに戦略的にコミットしているとした上で、パレスチナ問題は平和的手段によって解決されなければならないことを強調し、その理由として、イスラエルは状況によっては核兵器を使うとの信念を持っているだけに、戦争による解決は不可能であること、軍事衝突に備えるということは人的・経済的資源を浪費することにつながること、逆に人的・経済的資源を十分に活用すれば中東地域は発展した先進地域になり得ること等を挙げました。
 このため、ヨルダンは和平は絶対に必要であるとの考えのもとに交渉に参加しているが、これまでのところイスラエルはアラブからとれるだけのものをとり、アラブが降伏することを求めていると非難しておりました。その上でジャーベル外務大臣は、公平、包括的かつ永続的な平和を求めているとし、これらは有機的に結合しており、どれ一つも欠くことができないと指摘しました。
 さらに、かつてフセイン国王が提唱した「ヨルダン・パレスチナ連邦構想」の可能性について、ただでさえ複雑な現在の中東問題に、連邦という新しい、さらに複雑な要素を入れる必要はないとの考えを示しました。
 私たち派遣議員団は、その後、ヨルダンからイスラエルへの道を、空路ではなく、陸路にとりました。すなわち、海面よりも約四百メートル下にある死海(デッド・シー)に注ぎ込むヨルダン川を目指し、そこにかかる橋、ヨルダンがキング・フセイン橋と呼び、イスラエルがアレンビー橋と呼ぶ橋を歩いて渡り、イスラエル側のヨルダン川西岸に入りました。
 わずか二十メートル足らずの橋でありましたが、六七年の第三次中東戦争の際に、多くのパレスチナ人が安全を求めて西岸から東岸のヨルダンへと避難した橋であります。私たちは、そうした避難の結果、ヨルダン国内で難民となった人々が今も生活しているキャンプの一つ、ヨルダンのバカー難民キャンプも視察しました。
 さて、イスラエルでは、まずエルサレムにおいて、一九六七年まではヨルダンの支配下にあった東エルサレム、そこに含まれるエルサレム旧市街、また、建国の当初からイスラエルの支配下にあった西エルサレムの各地を視察し、ユダヤ人とパレスチナ人、そしてまた歴史と宗教、さらに現実の政治が幾重にも重なり合う現実をかいま見ました。
 その後、PLOのガバメントハウスとも言われるニュー・オリエント・ハウスに赴き、PLOの代表と会談しました。当初、中東和平多国間協議のパレスチナ代表団顧問であるファイサル・フセイニ氏と会談する予定でありましたが、ちょうどイスラエルが追放したパレスチナ人に関する最高裁判所の聴聞会が開かれるとのことで、フセイニ氏との会談は実現せず、PLOの各派を代表する五人の代表と会談いたしました。この五人の代表のうち、三人は和平交渉に直接参加しておりますが、二人は和平交渉に反対の立場であるとのことでありました。
 このような現実を聞いて私たちは、PLOが抱える複雑な状況を知ったわけでありますが、和平交渉反対派も中東和平そのものに反対しているのではなく、和平の条件に反対し、和平を達成する手段に違いがあるということでありました。つまり、パレスチナ国家の樹立を目指す点では合意しているものの、パレスチナ人の自治、独立を認めようとしないアメリカ政府が主導する現在の和平交渉に自分たちの将来をゆだねることはできないというのであります。
 一方、和平交渉推進派からも、イスラエルのラビン新政権は、交渉というよりはパレスチナに命令をするという態度をとっていること、パレスチナ人は六つの法律と二百五十に上る軍令によって抑圧されており、双方に信頼醸成措置を必要としていることなどを挙げ、さらに、パレスチナ人の追放措置によってラビン政権は和平プロセスを失うことになったと非難しておりました。
 また、日本に対しては、ECなどと協力して力をかしてくれなければ和平交渉は危険に陥ること、パレスチナ人の人権と国民的権利のために闘う意志を表明してほしいこと、国連パレスチナ難民救済事業機関や国連開発計画に対して一層の支援をするとともに、パレスチナに対する直接的援助の道を開いてほしいこと、この地域の人的資源を生かすためにパレスチナとジョイントベンチャーを組み、パレスチナにふさわしい軽工業の発展、あるいは婦人の教育、社会参加のために援助してほしいこと、ヨルダン川西岸やガザ地区の発展に必要な大学教育のために援助してほしいことなどの期待が表明されました。こうしたPLOの意見を聞いて、私たちは中東問題の複雑さと日本に対する期待の大きさを改めて実感いたしました。
 最後に私たちは、中東和平交渉のもう一方の当事者であるイスラエル側の意見を聞くため、イスラエルの議会、クネセトにウリ・オール外交防衛委員長を訪ねました。
 委員長は、会談の冒頭、中東和平問題はシオニズムから起こった百年にわたる問題であり、それだけに感情的、憎しみの問題となっており、双方に信頼が欠如していることが基本にあるので、時間をかけてパレスチナ人との対話を進め、解決を図りたいとの見解を表明しました。
 また、テロと戦うとともに、和平交渉を続けることが唯一の手段であること、パレスチナ人四百十五人の追放措置は、テロ活動からイスラエルを守ろうとしたにすぎないことを強調し、パレスチナにはよい決定をし、それを実行するよい指導者がおらず、その指導者をつくるための選挙にもパレスチナ人は反対しているのが実体であること、イスラエルとしては第一段階のパレスチナ暫定自治がある程度決まってから次の段階を決めていきたいと考えていることを明らかにしました。他方、アラブ諸国については、この暫定自治の後にイスラエルが何を求めようとしているのかということを恐れ、実際にはパレスチナの独立を支持できないでいること、加えて、シリア、ヨルダン、エジプトの各国は民主的なパレスチナ国家が中東の地域にできることを実のところは快く思っておらず、特に国民の五〇%がパレスチナ人であるヨルダンでは、現在の王制の崩壊を恐れてパレスチナ国家の建国を望んでいないとの見方を示しました。
 また、和平のための二国間交渉と多国間協議は同時に進めなければならず、二国間交渉の妥結だけでは中身のない平和になってしまうこと、九三年中の合意を期待しているが確信を持っては言えないこと、日本には難民問題の解決のために援助を期待していることなどを明らかにしました。
 以上が中東和平問題をめぐる今回の会談の主な内容であります。
 私ども、派遣議員団は、今回の調査を通じて、中東諸国の複雑な様相と和平実現のために越えなければならない多くの困難があることを実感し、そうであるがゆえに、日本としてできる限りの協力をしていくことが今後ますます必要であることを改めて確認した次第であります。
 以上で御報告を終わります。
#28
○会長(佐々木満君) どうもありがとうございました。
 それでは、ただいまの報告について質疑を行います。
#29
○谷畑孝君 中東派遣議員団に加わりました一員として、若干感想を交えて申し述べさせていただきたいと思います。
 中東和平をめぐる会談内容はただいまの御報告でほぼ尽きております。報告にもありますように、私どもは中東和平交渉の直接当事者、すなわち一方の側のイスラエル、他方の側のシリア、ヨルダン、そしてPLO、さらに交渉を側面的に支援し、促進に尽力をしているエジプト、それぞれの立場を代表する要人とバランスよく会談したわけであります。そしてまた、難民キャンプ内を歩いて見て回り、ゴラン高原の破壊ぶりと兵力引き離しライン、さらにゴラン高原を見おろす山の頂に建つイスラエルの監視所を遠くから望み、ヨルダン川西岸に広がる占領地などを回ったわけでございます。
 こうしたことを通じて私が実感しましたのは、中東和平問題の底の深さ、複雑さ、そして何よりも当事者間の信頼関係が決定的に欠けているのではないかということでございます。それぞれの会談相手は異口同音に戦争を再発させてはならないと述べ、中東和平の達成を念願している旨を述べておられました。しかし同時に、相手に対する不信感を隠そうとはしませんでした。これらの点は報告にあったとおりでございます。
 私は、現在行われている中東和平交渉が一日も早く達成され、中東に真の平和が訪れるように願うものでありますが、そのためには形式的な和平だけでなく、当事者間の信頼を醸成することが基本的に重要ではないかと痛感したわけでございます。
 もう一つ私が感じましたのは、中東地域を経済的、社会的に安定させることがこれまた真の平和実現のために必要ではないかということでございます。
 私が、インティファーダが発生する根本には貧困などパレスチナが置かれている社会的状況があるのではないかと質問したのに対して、イスラエルのウリ・オール外交防衛委員長は、確かにそのとおりだとこれを肯定されました。また、PLO初め各国外相からも経済発展のための支援要請が聞かれました。
 このように、中東の和平実現のためには少なくとも当事者間の信頼を醸成すること、経済社会発展を図ることが重要であると思います。
 私は、このために日本として何ができるか、何をなすべきかを考えてみました。そうしますと、今回の会談の中には非常に多くのヒントがございました。例えば、イスラエルとシリアの係争地であるゴラン高原について、ウリ・オール外交防衛委員長は、ゴラン高原はイスラエルの水源としても重要であることを率直に述べているのでございます。つまり、水資源確保を一つの理由としてイスラエルはゴラン高原の返還に難色を示しているのではないでしょうか。
 当調査会の前身であります外交・総合安全保障調査会の会議録によりますと、かつて意見を表明された清水参考人は、中東和平にとっての水問題の解決の重要性を指摘されておられました。まさしくこれが一つのポイントのようでございます。この点で我が国は何らかの協力ができないものでありましょうか。
 また、今回の会談では、中東地域の豊富な労働力を活用する産業の振興あるいは技術協力、教育への援助など、要するにこの地域の自立のための援助要請が多くあったわけでございます。こうした点でも、日本はこれまで以上に協力していけるのではないでしょうか。また、パレスチナ難民に対する直接援助やパレスチナの大学に対する援助要請もありましたが、これなどは直ちに実施できるものではないでしょうか。
 日本がこうした協力を積極的に進めていくことは、いわば中東和平のための環境整備でもあり、必ず永続的な平和につながっていくことと思います。
 以上、申し述べましたが、これまで中東地域は我が国のエネルギー確保の面からも重要な地域であり、この地域の安定が絶対に不可欠であるにもかかわらず、私どもの関心はやや薄かったように思います。
 今回の調査におきましては、この地域の政府や人々が日本にいかに期待しているかということを痛感したわけでありますが、私たちはこのことを踏まえ、表明された意見の数々をヒントとして、中東に対する日本の貢献策を具体的に提示し、実行していくことが必要であるように思うのであります。
 そこで私は、今後、この調査会においてぜひこの点をさらに掘り下げ、委員相互の討議を重ねまして、中東に対する具体的な貢献策を検討し、その内容を調査会第一年目の提言に盛り込んでいかれたらいかがかと思っております。ぜひ会長において御検討いただきたいと思います。
 以上が私の感想並びに意見でございます。ありがとうございました。
#30
○会長(佐々木満君) ありがとうございました。
 何か御質問ございませんか。――御発言もなければ、海外派遣の概要報告につきましてはこの程度にとどめます。
 岡野君におかれましては、貴重な御報告ありがとうございました。また、ただいまの谷畑委員の御所見、大変ありがとうございました。お話の趣旨を実現すべく理事会等で御相談をしてまいりたいと思いますので、よろしく御了承を願います。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後一時四分散会
ソース: 国立国会図書館
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