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1993/04/12 第126回国会 参議院 参議院会議録情報 第126回国会 国際問題に関する調査会 第3号
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1993/04/12 第126回国会 参議院

参議院会議録情報 第126回国会 国際問題に関する調査会 第3号

#1
第126回国会 国際問題に関する調査会 第3号
平成五年四月十二日(月曜日)
   午後一時一分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         佐々木 満君
    理 事
                岡野  裕君
                荒木 清寛君
                猪木 寛至君
                上田耕一郎君
                井上 哲夫君
    委 員
                上野 公成君
                尾辻 秀久君
                北澤 俊美君
                沢田 一精君
                下稲葉耕吉君
                田村 秀昭君
                翫  正敏君
                及川 一夫君
                國弘 正雄君
                谷畑  孝君
                田  英夫君
                和田 教美君
                島袋 宗康君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        下田 和夫君
   参考人
       上智大学教授   川田  侃君
       国際日本文化研
       究センター教授  飯田 経夫君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
 (二十一世紀に向けた日本の責務について)
    ―――――――――――――
#2
○会長(佐々木満君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
 国際問題に関する調査を議題といたします。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして参考人の方々の御出席をいただき、御意見をお伺いし、質疑を行います。
 本日は、参考人として、上智大学教授川田侃君、国際日本文化研究センター教授飯田経夫君に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々にごあいさつを申し上げます。
 川田参考人、飯田参考人におかれましては、お忙しい御日程にもかかわりませず本調査会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。
 本日は、二十一世紀に向けた日本の責務につきまして忌憚のない御意見をお伺いし、今後の調査の参考にさせていただきたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。
 本日の議事の進め方でございますが、まず、川田参考人、飯田参考人の順序でそれぞれ三十分程度御意見をお伺いいたします。その後、午後三時半ごろまでの一時間半程度質疑を行いたいと思いますので、御協力をお願い申し上げます。
 本日は、あらかじめ質疑者等を定めないで、委員には懇談形式で自由に質疑応答を行っていただきます。質疑を希望される方は挙手を願い、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
 なお、意見の陳述、質疑及び答弁とも御発言は御着席のままで結構でございますので、よろしくお願いを申し上げます。
 それでは、参考人に御意見をお述べいただきたいと存じますが、まず川田参考人、お願いを申し上げます。
#3
○参考人(川田侃君) 御紹介いただきました川田でございます。
 私、現在学術会議の副会長を兼ねて管理職なとしているために勉強の方が非常におろそかになっておりまして、その上に、御存じのとおりに国際関係がもう非常に流動化いたしております。一応私は国際関係の専門家ということになっておりますけれども、その看板を外したいような気持ちがあるほど現在の国際関係というのはとらえにくいものでございます。
 国際関係とか国際学とか国際政治経済学とか、あるいは平和学とかいうのがありますけれども、非常に広い学問分野でございます上に、どんどん流動化いたしますので、なかなかとらえがたく、理論もなかなか定着しないという社会科学の中の非常に大きな学際的な分野でございます。現在は学者たちも非常に困って、新世界無秩序時代であるとか、高度に複雑な時代であるとか、パターンド・ケイオスの時代になったとか、とても理論とは言えないようなことを申しております。
 最近の国際関係学会、特にこれはアメリカにインターナショナル・スタディーズ・アソシエーションというのがありまして、カナダも入れまして北アメリカに非常に大きな学会がございます。そのアメリカの学会、並びにイギリスにはブリティッシュ・インターナショナル・スタディーズ・アソシエーションというのがございまして、略して我々はBISA、アメリカの方はISAというふうに呼んでおります。
 日本の場合にはジャパン・アソシエーション・オブ・インターナショナル・リレーションズ、略してJAIR。私は発言が余り好きじゃないんですけれども、何か牢獄みたいな、JAIR、JAIRと言われておりますが、一応この三つが世界の国際関係に関する三大学会ということになっておりまして、日本の学会の動きというのは非常に世界から注目をされております。
 それから、相互乗り入れをしておりまして、ことし三月、メキシコのアカプルコでISA、インターナショナル・スタディーズ・アソシエーションが総会をやりましたけれども、そこには必ず我々の方から幾つかセッションを出すというようなことになっておりますし、九六年には東京でISAの総会を日本国際政治学会と共催で開くということになっております。
 学会自体はそういうふうに非常に大きいのでございますけれども、今申し上げましたように最近の情勢は非常にとらえがたい。
 最近の国際関係の学界の中で一番注目されているのは行動主体論というんですか、アクター論というのが一番盛んでございまして、御承知のとおりに国際舞台、インターナショナルアリーナに登場してくる役者というのは国家であったわけですけれども、最近は国家の主権をプールするような超国家的機関、ECのようなものが盛んに出てきていますし、それから企業、組合、市民運動というのがトランスナショナルに、国境を越えて結びつく動きが出てまいりましたので、そういうトランスナショナルなネットワークというのも一つの非常に重大なアクターとして考えられております。
 さらに、最近は国家の下位に属していると見られていた民族あるいは地方自治体というようなものが中央政府に対して権限の分権化を求めるというような運動が特に西ヨーロッパなどでも盛んでありますので、これをサブナショナルというふうに一応呼んでおりまして、非常にアクターが多層化してきたということがあります。
 ソ連邦の崩壊等を見ますと、東欧、ソ連の方には遠心力が働いて、これに対して西欧の方はECがあるんだからそちらは求心的な力が働いているという非常に皮相的な見方もございますけれども、国際関係の学界では実際はそうではないのであって、むしろ西ヨーロッパに起きた遠心力の動きがソ連や東欧に影響を及ぼしてソ連崩壊につながったという解釈の方が現在は非常に強く見られております。
 主体が非常に多層化したということ、つまり国家のみでなくて国家の上位にあるものあるいは国家の下位にあるようなものが非常に注目されて、少数民族というようなものも新しく脚光を浴びてまいりましたけれども、これは十九世紀のナショナリズムとは非常に違った形で出てきているのではないか。十九世紀のナショナリズムとは文脈が非常に違う。それから、国際舞台も非常に多層化してまいりまして、御承知のとおり環境問題等々のグローバルな問題が出てまいりましたこともあって、単に国家間関係だけではなくてグローバルな問題を討議するためのいろいろな舞台も設定されてくる。それから、ECとかASEANとか、そういうリージョナルな舞台もあって、非常に国際関係の舞台そのものも多元化し多層化してきた。
 それに加えて、最近は、国家を無視するわけではないんでしょうが、十五、六年前ぐらいですか、御承知のアルザス地方ではもう実質的に国境を越えてドイツ人、スイス人、フランス人が自由に行き交うという国境を無視したような動き方をしております。これを我々はインターフェースというふうに呼んで、これは英語の辞書を開いてもないんでございますけれども、最近の流行でワープロ用語というのが出てきたようでございまして、フェースは顔で、それにインターを前にくっつけたので、我々はそれを相互乗り入れというふうに訳しております。
 こういう二十年前ぐらいから始まったアルザス地方の相互乗り入れのような状況がバルト海あるいは黒海地方とか、いろいろなところに現在起きておりますが、有名なのはイタリアの北部、オーストリア、ハンガリーの西部、それからドイツのバイエルン、あるいはクロアチアも含むかもしれませんが、このアルペン・アドリア地方協力というのが西ヨーロッパでは浮上してきております。
 こういうふうにアクターも多層化し、国際舞台も多層化したということで非常にとらえにくいのでありますけれども、国家間関係でパワーポリティックスが展開されていたころには、ある国家が非常に有利になると他の国家は非常に不利になるというようないわゆるゼロサム・ゲーム的な状況であったわけでありますけれども、アクター間の国境を越えた連帯などが非常に盛んになってまいりましたので、アクターの間の関係というのは必ずしも全部ゼロサム・ゲームではなくてポジティブサム・ゲームになってきているのではないか。
 やや楽観的だと言われるかもしれませんけれども、そういうところを考えますと、従来は国と国とがまず武力対決をする、そこには非常に憎悪感、そして戦争が始まったりして、戦争が終結してもなかなか誤解が解けない。しかし、何とかこれを平和に持っていかなきゃならないということで協調関係ができ上がって、消極的な意味での平和というものが実現するけれども、やがてまた戦争が始まるというような戦争の磁場というのが人類の社会に働いていた。しかし、最近、特に国家間関係よりはNGO関係で見られると思いますが、協調から友好あるいは協力、連帯というふうに発展していくというような平和の磁場というものが出てきて、平和は連帯、ソリダリティーというようなポジティブピースを生むようになってきているのではないかという見方が出てきております。
 そこで、あらかじめ用意させていただいた、これは文部省から頼まれまして、高等学校の先生方の研修会で使ったものでございますので申しわけありませんが、ごく粗っぽく筋道だけ申し上げさせていただきますと、一九三〇年代以降の国際関係論というのは大体パワーポリティックス論でありまして、カーとかシューマンとかモーゲンソーというのは非常に有名であり、今日ももちろん非常に影響を残しております。
 しかし、一九七〇年代以降、世界が非常に急激に激動いたしまして、そしてアメリカの覇権というものが喪失されてくる過程で新現実主義、あるいは相互依存論であるとか国際政治経済論、日本では私が一番これに詳しいというようなことになっております。それからキンドルバーガーが書きました覇権安定論、三〇年代あんなに不況が長く続いたのはアメリカが覇権を持っているくせに覇権国という自覚がなかったためにあんなような不安定な状態になったのであるというような考え方とか、あるいはレジーム論、覇権循環論とかいろいろございます。
 その中のレジーム論のところにエルンスト・ハース、これは私と全く同年配の私の友人でありますが、そこにはもう書き切れなくなりまして「ノリッジ」としか書いてございませんが、これのタイトルは「ホエン・ノリッジ・イズ・パワー」、「知識が力だる時」という新しい著書でありまして、パワーというのは武力ではない、これからの世界においては知識こそがパワーだという考えを出してこられております。
 さらに、第三世界の開発論では近代化論というのが非常に盛んでありまして、ロストーなどが唱えました。しかし、五〇年代、六〇年代においてもなかなか第三世界が発展しないというところから、第三世界の中から従属論のような、いろいろ第三世界の人々が考えるような独自な考え方が出てまいりました。
 現在はそのような流れもくみながら平和研究が非常に脚光を浴びております。これは構造的暴力論、ヨハン・ガルトゥングの言うストラクチュアルバイオレンスというのが一応理論的な核にはなっておりますけれども、そういう大理論ではなくて、構造的暴力論のすそ野に流れるような例えば女性論とか人権論とか、そういう形で平和研究が見直されてきております。
 さらにもう一つは、近代化論に対応して、近代化論ではだめなのであるからアナザーディベロプメント、もう一つの発展論というのが出てまいりましたけれども、その流れの中にエンドジナスディベロプメント、これは上智大学の名誉教授の鶴見先生が日本では一番詳しいのでありますが、内発的発展論、外からいろいろ助けてもらわないで、もちろんそれを拒否するわけではないけれども、内発的発展でなければ真の発展はあり得ないという考え方。これは、鶴見先生も自分が世界で初めてエンドジナスディベロプメントと言ったと最初は言われておりましたけれども、鶴見先生が唱えられたちょうどそのころ、八〇年代前後、期せずして世界の国のいろいろな学者が一斉に言い始めておりまして、鶴見先生も今は自分が発明したものではないとおっしゃっております。これもやはり時代の流れだと思います。
 そして、地球的な問題群が非常に高まってまいりまして、御承知のように地球環境問題、人口爆発といったような地球をどうやって維持していったらよいか、地球の機能維持能力にかかわるようなグローバルな問題が出てきた。そして、この三番目の国際通貨システムとか貿易とか経済援助といったような資源運用のソフトウェアに関する問題群については国際社会はかなり対応が早くて、ガットとかIMFとかいうものができておりまして、例えばガットを中心とするガットレジームというものは既に存在しているんだという人が多いわけであります。二番目の貧困、難民、人権、軍縮といったような政治的安全と生存と自由にかかわるような問題群について今後どのような国際協調レジームを確立することができるかというのが大きな問題として展開されるようになってきております。
 それと若干関連がございますけれども、持続可能な発展というようなことが最近環境問題について言われておりますが、そういうものと関連し
て、ブラジルで開かれましたような会議が本当に成功裏に今後発展していくのか。特に、CO2の問題について言えば、温暖化防止レジームとか世界気候制御多国間協調レジームというふうなものができるのかどうか。このような新しい問題についてはどうしても軍事力というような昔のパワーではだめなのであって、やはり知識、学習、それを国際的に交流するということが非常に重要になってきた。確かに、どちらが卵でどちらが親かという議論がありますけれども、ガットなどを考えてみると、ガットをつくって随分たちましたから、ガットを中心にどのように国際貿易を運営していこうかという知識は随分経験的に諸国の政治家が肌身につけるようになってきておりますので、もう昔からあったものについては知識が蓄積されている。しかし、世界気候制御多国間協調レジームというふうなものについてはやはり知識と学習を国際的に交流し、共有していくということが核心的な重要事になっていくのではないか。
 そしてまた、意識的な変化としては世界秩序論とか地球市民社会論というのが台頭しておりますけれども、従来は他国における貧困とか他国における人権というものについては内政不干渉ということで余り言えなかったのでありますが、最近は急速にそれに対する関心が高まりまして、国家的利益、ナショナルインタレストよりもむしろヒューマンインタレストを大事にしょうというような意識が拡大してまいりましたので、従来の国家的な枠で自国優先主義をとっている国に対する激しい批判がそれに対応して生まれるようになってきております。最近見られる日本批判なども、日本の社会がいつまでもそういう旧来の、十九世紀的な国家意識にしがみついているというふうに見られている向きがございます。
 そういう中で、非常に学術交流なども盛んになりまして、学術会議は相当それに対して体制を整えてはいるのでありますけれども、追いつかないほど学術交流の波が日本に押し寄せてきておると同時に教育も国境を越えて行おうと。
 非常に目覚ましい成果を上げておりますのはECで、私も昨年調査に参りましたけれども、エラスムス計画、エラスムスという十六世紀のオランダの大哲学者がおりますが、それをもじってとりましたエラスムス計画。それから、産業界と大学の国境を越えた研修ネットワークを形成するコメット計画。ECの方も言っておりましたけれども、これは数年前までは我々もとても考えられなかった、同じ国の中でも産業と大学が一緒に研修などするのは非常に珍しいことであったのに、今や国境を越えて企業と大学とが連携して研修ネットワークをつくる。これも非常な勢いで進んでおりまして、ある産業、同じ種類の産業について、それを核に、このコメットはもうECにとどまりませんで、EFTA諸国も既にもう巻き込んでおりますけれども、ある産業のレベルですべての国に行き渡るやり方と、それからある地域をとって、そこの地域にある産業と大学をすべて巻き込んだ地域的なコンソーシアムという両方がございますが、これについてもEC委員会はかなり自信を深めているというように私はとらえました。
 それというのも、現在は国も大事だが人間が大事である、ヒューマン・リソーシス・ディベロプメント、日本では人材開発というふうに余りいい訳ではないと思いますが、人的資源を開発するについてはアイデアあるいは教育、学習、これを全部国境を越えて自由な交流をしようという考え方でございます。
 四番目の一番上に「国際平和研究学会・一九九二京都総会の盛会」ということを書いておきましたけれども、これは私が組織委員長で、去る七月に京都で開きましたが、四十カ国から二百数十人の人に来ていただきまして、私などはもう本当に時代おくれになったなということを非常に痛感いたしました。それで、日本で平和研究というと昔は左派とか左翼とか思われていたんですが、その点はもう日本政府も乗り越えていただいて、ちゃんと宮澤総理からの祝辞も届きました。日本からも二百五十人ぐらいの、私も顔を知らないような若い研究者が集まってまいりまして、五百人で一週間ぐらい大変盛大な会が行われました。
 そこを見ていますと、クリントンもジェンダー、女性と地方、それから少数民族というこの三つを旗印にしている大統領でありますけれども、特にアメリカの女性の学者は非常に積極的でありまして、ガルトゥングが言ったような構造的暴力論というような非常に大きな理論を提供するのではなくて、どこの国でどういう状態で女性がどのように虐げられているかとか、そういう個別ケーススタディーのようなものが物すごい研究ボリュームとして提出されました。そして、例えばユーゴスラビアからやっとのことで国を出ることができたある女性は、セルビアに対して非常に批判的でありながら、テレビとかマスメディアを通してセルビア人の悪いイメージを大量に世界に流した後でECとか国連とかが軍事介入をしてくるならば、それについては自分はノーと言うという非常にはっきりしたことを申されました。
 こういう時代でありますので、国連をどう評価するかが問題でありますけれども、中東戦争のようなことがありますと、第三世界の人々から見れば、あれは大国の大連合であって軍事的に第三世界を抑圧するものであるというふうに映るようでありまして、この点でカンボジアにおける国連カンボジア暫定行政機構というのは壮大な実験ではありますけれども、第三世界の人の国連を見る目というのは非常に厳しいものがあるということを申し上げたいと思います。
 もう一つ国連には大問題がありまして、御承知のとおり国連の機構をどのように民主化し能率を上げるかということが重要であって、日本が常任理事国に入るということが日本にとっても第一の問題では私はないと思います。むしろ、国連機構の内部改革をどのようにするか。それをしないで常任理事国入りをしても国連はうまく機能しないままになっていく。
 クリントンもはっきり言いまして政策不透明であって、我々が非常に困っているのもその一つでありますけれども、これは御承知のとおり、クリントンといえばすぐ我々はケネディを連想しカーターを連想する。ケネディは御承知のように第一期大統領のときにはなかなか全体の政策を発表できなかった。次の選挙を始める寸前の六三年の六月になってやっとケネディ政権としてのすべての全体像が見えるようになってまいりましたけれども、その十一月二十二日には暗殺されました。
 六三年の六月にはケネディは有名な演説をアメリカン大学、アメリカン大学というのは日本では有名でありませんけれどもアメリカでは非常に注目されている大学でございます。現在の総長もアメリカの中で最もいい名総長というふうに言われておりますが、その名総長のもとでクリントンも二月に演説しております。ケネディがそのときに申したのは、平和の戦略ということで冷戦を解決する糸口を見つけたいということを申したわけであります。
 カーターの場合には暗殺という形で追い出されたわけではなくて、カーターはジョージアから出てきてワシントンに攻め上りましたけれども、何と言ったらいいですか、アイゼンハワーは産軍複合体の忍び寄る影響力にアメリカ国民は注意せよという、軍人上がりのアイゼンハワーが最後の告別演説で言ったのは有名でございますが、日本でこの産軍複合体というと左翼的見方というようなことが言われかねませんのでそういう用語を使わないとすれば、ワシントンDCの中にある伝統的、旧来のエリートたちの圧力、あるいは政権が継続するその継続性に対する圧力というものはすごいものがあるわけで、カーターの場合には人事を通じてほとんど骨抜きになったということを経験しております。
 クリントンは非常に聡明であって、彼はアーカンソーからワシントンに攻め上りましたけれども、クリントンの演説を見ていると非常に慎重でございます。自分は学生のときには反戦運動をやったけれども、だからといって力の行使をちゅうちょすると思ったら間違いであるというような
ことを就任演説で言っておりますし、我が国の死活的な利益が挑戦を受けるなら武力を用いて行動するとまで言っております。しかし他方で、我々の最大の力は我々の理念の力であると。ハースが「ノリッジ・イズ・パワー」という本を書きましたけれども、クリントンの場合には最大の力は我々の理念の力であるというふうに申しております。
 クリントンに対する人事の介入ももう始まってはおります。それは、就任直前にプッシュがイラクに爆撃をした、それから我々ももう行わないであろうと見られたチームスピリットが行われたというのはクリントンに対する圧力以外の何物でもないというふうに国際政治家は受け取っております。クリントンの方も、自分は非常に現実主義的に対応するぞということを一方では非常に言いながら、他方では選挙中に掲げました女性、少数民族、それから地方を大事にするというやり方は何とか貫こうというふうにしているように少なくとも見えますけれども、やはりワシントンDCの中にある継続的、伝統的、旧来からのエリートから出てくるすさまじい圧力の高さ、それを壁とすれば、壁の高さも高いし壁の厚さも物すごく厚い。そういう中で本当にクリントン色が出せるのかどうか。クリントンは十七歳のときにケネディに会いました。そして、恐らく暗殺された後に、ケネディが果たせなかったことをやりたいという気持ちが彼を大統領にしたんだろうと思いますけれども、クリントン政権が今後どこまでできるか。
 日本についても、例えばレーガン時代のワインバーガー国防長官がなぜ日本に来て突如宮澤さんに会うのか。こういうようなことが非常に意識的、連携的に行われているのではないと思いますけれども、しかし旧来の政治の継続性を求める声は非常に強い。日本でも戦後ずっと同じ党が政権を持ちましたので、新しいことをやるときには、ケネディが逢着したようなことあるいはカーターがだんだんと顔が青くなってスケールが小さくなっていくというようなことは恐らく日本でも出てくるおそれはもちろんございますけれども、しかしアメリカは世界の指導国でありますので、今後クリントンがどのような世界的な政策を展開し得るか。
 現在は、クリントンは非常に現実的な力ということも強調して、自分は中東政策についてはプッシュと同じである、プッシュと同じように国連重視主義というのも言っておりますけれども、それが一体本心であるのかどうかはまだ見きわめがつかない。何かやはり転換をしたいという気持ちはクリントン政権の中にあるのではないかと思います。
 もう終わりますけれども、国際関係の中の学者の動きについて言いますと、先ほど平和研究が非常に伸びたということを申し上げました。それじゃどうしてかという御質問が出ると思いますが、先ほど申しましたISAというのは本来はモーゲンソー流の権力闘争の分析をやった学者が中心てつくった学会でありますけれども、現在はその中にも平和研究部会というのがございましてそれがどんどん大きくなっております。それからもう一つは、これは私などの時代から見ると全くおかしな感じですが、国際政治についての女性の理論部会というのもできまして、これもどんどん大きくなってきております。
 平和研究については、国際平和研究学会というのがあるにもかかわらず、アメリカの国際政治学会の中に平和研究が非常に広がり始めた、そしてジェンダーの問題も非常に広がり始めた。それからもう一つ、世界政治学会、政治学者の世界学会でIPSAというのがあります。インターナショナル・ポリティカル・サイエンス・アソシエーション。このIPSAの中にも平和研究が今忍び込み始めた。忍び込み始めたどころではございませんで、IPSAの中における平和学、平和研究が非常に活性化してきております。それを大げさに言いますと、現在の段階は、我々が平和研究を始めたころは人権とか女性問題とかいうのは本当にスモールな問題である、大きな問題ではない、我々もそう思っておりましたけれども、最近は国家同士の問題よりむしろこういう人権とか女性とか少数民族とか難民とか、そういう問題こそが世界で一番大きな問題であるし、今後そうなるであろう。立場は逆転しつつあるような状況が学界にも次第に出てきております。
 若干大げさに申し上げた点もあろうかと思いますけれども、もう既に学界を引退した者として、現在の世界の国際関係を考える人々の思想といいますか考え方というのは非常に転換したと申し上げていいと思います。やはり、時代の流れは相当急速に動いていくのではないか。
 ちょっと時間が延びまして申しわけございませんでした。(拍手)
#4
○会長(佐々木満君) どうもありがとうございました。
 それじゃ、次に飯田参考人にお願いします。
#5
○参考人(飯田経夫君) 御紹介いただきました飯田でございます。
 国際責任とか日本の責務というのは大変大きなテーマですが、私、経済学をやっておりますので、経済的な問題を中心にして二、三お話し申し上げたいと思います。
 現在、国際経済といいますか、世界経済はどこも大変元気がないんですが、ただ一つ元気があるのが日本を除くアジア諸国ではないかと思います。近年、アジアで起こっていることは本当にすごいことではないのかなというふうに思います。我々は日本のような高度工業先進国に生まれて、そこで育っていますから、こういう国が当たり前だと思っていますが、実はとんでもないことでありまして、世界全体で先進国と言われる国はほんの一握りだということに改めて気づきます。
 そういう先進国になるためには、産業革命を起こして、産業化つまりインダストリアライゼーションと呼ばれることを何年か続けて、次第に豊かになって先進国になるわけですが、そういうことが一番初めに起こったのは、言うまでもなく十八世紀後半のイギリスで産業革命が起こったということです。それからイギリスの近くのヨーロッパ北西部の国に起こった。マックス・ウェーバー流に言いますとプロテスタンティズム文化圏に起こったということです。それが次にその出先に起こりまして、出先と言いますのは北アメリカ、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア等のイギリスの出先国ですが、それ以外は日本だけだと思います。日本はヨーロッパ北西部から非常に遠いし、プロテスタンティズムと関係がないのに日本でなぜかそういうことが起こった。
 以上のように考えますと、国の数で二十カ国あるかないかではないかというように思います。世界に恐らく百八十以上の国があると思いますから、国の数で見てもごく少数派、人口数で見ても全く少数派に産業革命が起こって、近代化、産業化が起こって先進国ができるというのがこれまで歴史の常識だったと思います。
 それが、最近その常識が書きかえられようとしているというふうに言えると思うんです。経済史の常識が書きかえられようとしている。アジアでそういうことが起こった。アジアが非常に注目されるようになりましたので、前からそうかというふうに思いがちですけれども、実は私、今からちょうど二十年前に、今ではJICA、国際協力事業団ですが、当時OTCA、海外技術協力事業団と呼んでおりました組織の派遣専門家でインドネシア政府に一年勤めたんですけれども、今で言いますアジアNIES、当時の言葉で言うNICS、新興工業国、NICSという概念があっただろうかということをいろいろ考えてみるんですが、当時は開発専門家の間でもそういう言葉すらなかったと思います。
 二十年前には、今NIESと呼ばれている韓国、台湾、香港、シンガポール等の国々は、何か輸出重点型の開発戦略で比較的うまくいっている国であるようだという漠然たるイメージで見ていたと思います。それが、今から十年前はたしか日本でも韓国の評価が非常に高かった時代で、韓国は今や日本に追いついて追い越そうとしている、そういうようなイメージが広がりました。ですか
ら、アジアNIESにしましても非常に新しい現象だと思います。
 それから、最近ではそういうアジアNIESよりはむしろタイ、マレーシア、インドネシア等のASEAN諸国の急成長が注目されておりますけれども、それらの国々が動き始めたのは実はまだここ数年のことにすぎないということだと思います。非常に新しい現象である。
 なぜ世界の圧倒的多数派である低開発諸国、LDC、南の地域の中のアジアでこういう動きがまず最初に起こったかということは、いろいろ考えてもよくわからないということだろうと思うんです。ただ、学問というのは一番大事なことが往々にしてわからないわけです。わからないんですけれども、私が思いますのに日本の関与、日本のかかわり合いを抜きにして議論することはできないということだろうと思うんです。
 アジア諸国と日本とは民間企業ベースでも前からかかわりが非常に深くて、台湾出身の邸永漢さんという方は、アジア人に向けて、もうけようと思ったら日本人と組んで仕事をやるのが一番いいということをおっしゃっているんです。そういうような民間企業のかかわりも非常に深いし、それからODA中心の政府ベースとのかかわり合いも非常に深い。今でも日本の援助はアジア重点主義で、それがだんだんとグローバルになりつつあると思いますが、過去においては圧倒的にアジアであったと思います。
 どうもこういうことはフランチャイズみたいになっている感じがいたしまして、アメリカはラテンアメリカ、日本はアジア、ヨーロッパは中近東、アフリカというようなことですが、ラテンアメリカや中近東、アフリカがなかなかうまくいかない中で、アジアでだけこういうすごい動きが起こったということは日本の関係を除いては議論できないだろうと思います。
 ただ、だから日本の援助は成功したんだ、日本のおかげで君たちはよくなったんだというようなことは言う必要はないと思います。またそれは正しくないかもしれない。つまり、援助というのは非常に難しいものでありまして、援助すればするほど援助される国がやる気がなくなってスポイルされるということが援助のパラドックスでありますから、日本がやったからうまくいったんだというようなことは言う必要はないと思いますし、日本人というのは昔からそういうことはできるだけ言わないようにしてきた。それが日本人のよさだろうと私は思うんですが、しかし日本人として心の片隅に今申し上げたことを絶えず忘れずにいて、ひそかな誇りとすることで足りるのではないかというのが私の考え方であります。
 それに比べて、日本で行われている議論が余りにも情けないという感じが私ふだんからしておるわけでありまして、援助というと大体悪い話しか出てこない。日本は世界じゅうでお金を使って世界じゅうで嫌われているというようなことが非常に大きく取り上げられて、自分は援助問題のプロフェッショナルではないんですが、少なくともセミプロではあるつもりでありまして、私過去何年か現場を随分見てまいりましたけれども、現場では大変厳しい条件のもとで日本人がまじめに仕事をしているわけです。そういう人たちの努力を無にするような議論を国内でやっているなというのが私の感じであります。
 以上、私が申し上げたことは、日本のLDCに対する援助はかなり成功していて、それは数少ない成功例の一つかもしれない。そういう形で日本は既に国際貢献を立派にしているのではないかということです。そうだとすると、これまでやってきた努力を今後も続けていくことが二十一世紀に向けての日本のあり方ではないのかというふうに思います。
 最近はアジアだけではなくて、アジア以外の地域にもどんどんと日本の援助が流れています。私は実は二月の末から三月にかけてJICA、国際協力事業団の派遣でアフリカへ調査に行きました。ケニア、ガーナの二国を訪れましたが、ケニアでは日本が今や世界最大の援助協力国になっているわけです。ケニアのような遠いところでそうなのかということを私はうかつにして知らなくて、非常な認識不足に気づいたんですが、恐らく日本人でそのことを知らない人はいっぱいいるんだろうと思うんです。余分な話ですが、JICAというのはケニアでは大変な顔でありまして、JICAといえばだれでも知っているというような感じなんです。私はちょっと悪い冗談をJICAの人に言ったんですけれども、昔、イギリスとかオランダが東インド会社というのをつくって帝国主義的な進出というか侵略をやったわけですが、JICAというのは東インド会社みたいなものではないかということを言いました。というようなことが日本が立派に国際責務を果たしてきたということの証拠ではないかと思います。
 しかし、これを国際関係の中で考えますと、必ずしもいい感じを持つ国ばかりではないんでありまして、ケニアの場合は御承知のとおりイギリスの旧植民地ですが、今のLDCのほとんどはどこかの旧植民地だった過去がありますから、そういうところへ日本が援助をし、日本の存在感が大きくなってくると、そういう旧宗主国にとっては決して愉快なことではないだろうという気がいたします。そういうところから日本は国際責任を果たしてないとか、いろんな間違った日本批判が出てくるんではないかということを私感じるわけでありまして、そういうものまで一々日本人としてまともに受け取って、反省していたら切りがないということでありまして、どう言われようとまじめにきちんと地道にやっていくということが大事ではないかと思います。
 以上が私の申し上げることの前半でありまして、後半はややもうちょっとグローバルなことを、世界経済全体にわたることを申し上げたいと思います。
 私、初めに唐突ですけれども、今産業文明が大きな変わり目に来ているんではないかということを常々感じます。それはどういうことかと申しますと、今豊かさという言葉が時代のキーワードみたいになっておりますけれども、それでは豊かさというのは具体的に何かということを考えますと、二十世紀前半にアメリカ人がつくったライフスタイルだろうと思うんです。中心になっている製品が二つあって、一つが車だろうと思うんです。もう一つが一連の家庭電気製品で、車と家電製品を中心にするライフスタイルが二十世紀前半のアメリカに生まれて、それを我々は今豊かさと呼んでいるんではないかと思うんです。
 車は、機械としては十九世紀後半のヨーロッパ人の発明ですが、ヨーロッパ人は車を金持ちのぜいたく品だと信じて疑わなかったんですけれども、二十世紀前半のアメリカにヘンリー・フォードという天才があらわれて、車は金持ちのぜいたく品ではなくて一般大衆の必需品でなければいけないというふうに、車という商品のコンセプトを百八十度ひっくり返したわけです。
 考えてみれば、これは本当にすごいことでありまして、しかもフォードがすごかったのは、自分のコンセプトに基づく車をみずからつくって、それをT型フォードと名づけて、それに画期的なコストダウンに成功して実際に車を大衆の必需品にしてしまった。モータリゼーションという全く新しい文明が生まれたということです。モータリゼーション文明には悪いところはいっぱいあるんですが、それをはるかに上回るよさがあるからこそ、これほど世界じゅうに普及して社会を変えてしまったんだろうと思うんです。車を大衆の必需品と考えたところがフォードのすごさであり、しかもアメリカのすごさであろうと思います。
 それから、もう一つの家電製品の方はエジソンの電灯が一番始まりですが、それからアメリカの電機メーカーが激しい競争をしながらいろんな家電製品を矢継ぎ早に世の中に送り出して家電革命というような大きな変化を引き起こした。それが二十世紀産業文明のもう一本の柱です。家電製品の方は初めからすべて大衆を買い手として企画されたものではないかと思うんです。
 この車と家電製品を中心にする二十世紀前半の
アメリカ型ライフスタイルが、二十世紀後半になって、第二次大戦後になってまず西ヨーロッパと日本に伝わって、伝わったと思ったらあっという間に普及してしまった。それから世界各地に伝わった。
 今我々が世界を旅行して気づきますことは、地球上どこへ行っても、その家で人々が営んでいる生活の中で最も華やかな部分、きらきらした部分、人々があこがれてやまない部分は全部アメリカ人のまねをしているということに気づきます。アメリカ人は別に強制力を用いたわけではなくて世界じゅうの人に自分たちのまねをさせることに成功したのでありまして、途方もないことをやったなということに気づきます。政治的な理由でアメリカ人のまねをすることを許されなかった人が何割か地球上におりまして、彼らもアメリカ人のまねをしたくてたまらなくて、その不満が抑え切れなくなって、数年来ソ連、東欧で大激動が起こったというふうに考えると非常にわかりやすいんではないかと思います。
 ただ、どんな産業文明でもそうですけれども、二十世紀前半のアメリカ型のライフスタイル、産業文明、そういう豊かさも限度があると思うんです。つまり、ある一定期間追求すると、次第に種切れになって、その延長線上で次第にやることがなくなってくる。そういう意味で行き詰まるということがあるんではないかと思うんです。その行き詰まりが先進国を中心にして起こっているんではないかというのが私の見方であります。
 今から十年ぐらい前、これからの経済はソフト化、サービス化するんだという議論が日本ではやりました。それはどういう議論だったかといいますと、日本の消費者は豊かになって欲しいものはもう全部買ってしまったから、これからは物を買わないだろうと。したがって、物をつくるメーカーの仕事は時代おくれであり、これからは物ではなくてサービス、ハードではなくてソフトの時代だというのがソフト化、サービス化という議論だったんですが、それで経済が実際その議論の影響を受けて幾つか変わったと思います。
 一体企業は何をやったかといいますと、経済学用語で製品の差別化と言いますが、要するに基本的には同じ製品にすぎないものを、サイズを変えたり、デザインを変えたり、ネーミングを変えたりして別のものであるかに見せかけて売り込むということをやったんだと思うんです。各商品について品種がやたらにふえて、どうしようもなくなって、今回不況になって、その品種を減らそうという動きが起こっているんです。ですから、ソフト化、サービス化というのは、そういう二十世紀前半のアメリカ型ライフスタイル、つまりアメリカン・ウエー・オブ・ライフの行き詰まりを打破しようとして、小手先のことをやってみたけれどもだめだったということではないかと思うんです。
 一体何をやったらこの行き詰まりが打破できるのかといいますと、アメリカ型のライフスタイルが誕生したときに注目すべき大型のヒット商品が相次いで生まれたわけです。それと同じことが起こればいいのであります。新技術が絶えず新製品を生みますが、そのほとんどは出たときちょっと話題になってすぐに消えてしまうんですけれども、それではだめで、新技術が生み出した新製品の中からかなり大型のヒット商品が幾つか群れをなして生まれて、それが人々に受け入れられて人々の生活の中に定着して使われる。それで新しいライフスタイルが生まれる。そういうライフスタイルを今日本を含めてアメリカ、西ヨーロッパ、先進諸国は一生懸命探しているんではないかというのが私の感じであります。ただ、圧倒的多数派を占めるしDCの方はまだアメリカ型ライフスタイルを一生懸命追求している。
 それで、過去十数年の間、日本ではハイテク論議が非常に盛んに行われました。初めのころの議論は非常ににぎやかだけれども、何のことを言っているのかさっぱりわからない議論が多くて、要するに新しい産業文明というのはどういうものかということの見当がつかなかったのではないかと思います。それで模索が続いたんですけれども、私の感じでは、次第にハイテク論議が実を結んできて、いろんな新しいヒット商品を生み出したのが今回の平成景気の前半だったと思うんです。
 一九八五年にプラザ合意があって、猛烈な円高になって、円高不況が泥沼化すると思ったら、その最中から景気が力強く回復して平成景気になったわけです。今我々が当たり前のようにして使っている幾つかのものがあります。例えばコンパクトディスク、CDですね。LPがなくなってCDになった。それからワープロも安くなって筆記用具になった。それからコードレスの電話とかファクシミリとか、いろんな便利なものがありますが、あれは大体プラザ合意前後に世に出た製品でありまして、その当時すごい勢いでライフスタイルが変わり始めたなというふうに私は思ったんです。
 ところが、今のように不況になって真っ暗になりますと、あのとき私は自分が喜び過ぎたのではないかということを反省しているのでありますが、そういうマイクロエレクトロニクスを中心とするコンピューターとかそういうものをつくっている企業、産業は今非常にひどい不況に悩んでいる。だから、あの動きが中途で挫折したのではないかというのが私の見方であります。何しろ車とテレビに匹敵するようなヒット商品を探し出そうというのですからなかなか容易なことではなくて、その先駆けを告げるようなことが起こり始めたなと思ったら中途で挫折した。それはバブルの崩壊の責任が大いにあったんではないかということです。
 しかも、そのとき動き始めた新しい動きにおいて日本が世界の先頭を走っていたというふうに言ってもいいんではないか。日本がリードしていたというようなことを言うとやや傲慢ですが、そういう新しい動きに対して日本の産業が消すべからざる足跡を残すことに成功したということはひそかな心の誇りとしてもいいのではないかと思います。ですから、先進国間の経済摩擦もそういうふうに日本がのしてきたことに対する諸外国の警戒心が大いにあるのではないかと思います。
 今非常に景気が悪くなって、ただ三月の下旬ぐらいからちょっと株も上がってムードが一変した感じはありますが、やがて不況対策が発表されますと、もし幸運が働けば景気は回復するかもしれない。そのとき日本は一体何をやるのかというと、平成景気初期の、まだバブルにまみれずにさわやかだったころに新しい製品がどんどん出て、それが我々の生活の中に取り入れられていたあのプロダクトイノベーションのさわやかな雰囲気をもう一度思い出して、あそこから再スタートする以外にないんではないかと思います。
 最後に、非常に私の夢みたいな、ややほらみたいなことを言いますけれども、もし日本がそのことに成功したら、これは二十一世紀に向けての非常に大きな国際貢献ではないかということを私は考えております。
 大変荒っぽい話ですが、以上で終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。(拍手)
#6
○会長(佐々木満君) 大変ありがとうございました。
 以上で川田、飯田両参考人からの御意見の聴取は終わりました。
 これより質疑を行いますが、どうぞ御発言のある方は挙手をひとつお願い申し上げます。
#7
○及川一夫君 社会党の及川と申しますが、川田先生に一点お伺いしたいんです。
 国連のお話が出ました。それで、我々日本人の場合、国際貢献とか国連という言葉が出てまいりますと、水戸黄門の印籠じゃありませんが、この紋どころが見えないかみたいな気持ちで、何となくすっと受け取ってしまうというところがあるんですけれども、先ほど川田先生の話の中に、常任理事国になる前に国連の民主的な機構の改革が必要なんではないかという御趣旨のお話がありました。私もそんな感じがしているわけです。
 そこで、具体的にお聞きしたいのは、今常任理
事国というふうに言われている国々、つまり戦勝国、戦後四十数年たっても国連の規則というのは変わっていないんですね。そして、日本なんかは、ドイツもそうですが、敵国条項がそのままになっているという問題とか、にもかかわらずドイツも日本もイタリアも国連の加盟国になっている。どうもおかしい、何でこれが問題にならないのかというようなことを常々考えているんです。
 それと、さらにもっと端的な言い方をすれば、アメリカにしたってソ連にしたって中国にしたって、会費を納めることが国連に対する立派な一つの協力、民主的な運営の大きなあらわれだと理解するなら、今会費を納めていない国などという言い方をしますと、どうも首をかしげるんですよね。そうしますと、国連というものに対する常任理事国と言われる国々がみずからの国の政治との関係で、あるいは世界平和という点からいって一体どのように位置づけているのかということに対する疑問が非常に大きく私はあるんですね。我が国が国連国連というものとはどうも異質のものではないのか。それで、クリントンさんになって一応国連という言葉が再三再四出てくるんですけれども、果たして言葉どおりの国連というものがアメリカ政治の中で描かれているのか、我々とは大分異質ではないかという感じがするんですが、多少グローバル的な分析になるかもしれませんけれども、お教えをいただきたいというのが一つ。
 それから、飯田先生にちょっとこれまた一つお伺いしたいんですが、実はきのうでしたか、テレビ朝日で自民党の元大蔵大臣の橋本さんと田原さんとの関係でやっておったわけです。その中で、国際貢献という問題に関連をいたしまして、クリントンさんが日本に何を言うだろうかという論争になったときに、実は私も多少は知っておったんですけれども、それほどまでとは思わなかったんだが、我が国は世界各国の開発途上国を中心にして援助をやっている、その総額が一兆四千億ドルにもなるんだ、これ日本円に計算すると百五十二兆ぐらいになるんですよね。そして、それが率直に言えば返されない、まだ貸し金として残っていますよということなどは一体アメリカは知っているのかどうかという問題とか、さらに国内的には百八十二兆の国債という借金を抱えているという問題などを含めて、日本に物を言うといったって、一体クリントンさんは何を考えて物を言うのかなということはむしろ私自身も疑問だし、逆にそれをオープンにして物を言わなきゃいかぬという意味の発言で、さすがの田原さんも二の句が継げなかったというのが日曜のあれであったんです。
 ですから、日本が国際貢献は世界で最大と、とりわけアジアの開発途上国を経済的に自立させるようなところまで発展させたというのは誇りこそ持っていいはずだというふうに飯田先と言われるんですが、ちょっと抽象的な質問になりましたけれども、もう少し日本の国際貢献という問題について、もっと誇り得るというのは何かということについてお話しいただければありがたいというふうに思います。
#8
○参考人(川田侃君) 私、国連のことはよく研究していないものですから専門ではないんですけれども、ごく大ざっぱに申し上げますと、冷戦の時代は国連はやることがなくて機能不全に陥っていて、それがソ連崩壊以降はようやく国連が頼りになるんだという時代になりましたので、国連は非常に勇気づいて動き出した。
 その場合に、国連に対するイメージが二つに分かれているんだと思いますが、例えばことしも国連先住民年ということが言われて、先住民を大事にするために国連がイニシアチブをとる会というのが開かれるし、国連婦人の年とかいろんなものがあるし、一九七二年には人間環境会議が開かれて、かなり世界に環境問題に関する関心を高めるのに役立った。
 そういう国連のイメージと、他方においては、先ほど申しました、動き出したけれども、動き出した国連を見るとどうも大国連合国連という色彩が強過ぎるではないか。既にもう前から、例えば世界銀行に対しては、第三世界の方からは世界銀行からお金をもらうと開発援助に関する条件を設定してくる、押しつけてくる、これはIMFも同じであります。したがって、国連というのは必ずしも歓迎すべき存在ではないという疑念は第三世界には前からあったと思いますが、湾岸戦争などを契機に、それが恐らく警戒感に非常に変わったんだろうと思います。
   〔会長退席、理事岡野裕君着席〕
 したがって、その問題は非常に重要であります。さっきUNTAC、カンボジアの暫定行政機構というものは非常に壮大な実験だと申し上げましたのは、それがどのようにうまくいき、そして第三世界の人々に対する国連のイメージの改善に役立つか、あるいは本当にあれがカンボジア、インドシナに平和を呼び起こす原動力になるのかということは世界が注視していることだと思うんです。まだその答えは得られておりませんけれども、今が非常に国連にとっては重要な時期であります。ガリ総長が日本に来て、国連の軍事的強化とまではおっしゃらないけれども、それに近いような御発言をなさったわけですが、そういうものに対してやはり第三世界の人は非常に敏感だと思います。
 先日、UNTACに呼ばれて若い学者が五、六人カンボジアに参りまして、その中に法政大学の鈴木佑司君というすぐれた学者がおりまして、私は会う機会がございました。ポル・ポト派かどうかわからないけれども、そのシンパサイザーじゃないかと思われる人がこの人に言った言葉の中に、自分はそういう政治には入り込んではいないけれども、カンボジア人として言わせてもらえば、もし日本から直接にNGOが来れば絶対に殺しませんと、やはり国連というのは我々にとっては官僚機構であるというふうに答えたというんでございます。
 確かに国連というのは公の、要するにNGOではありませんで、インターガバメンタルオーガニゼーションですから、これは官僚組織のてっぺんにいる。したがって、各国の最上部にいるエリートがつくったものが国連だというイメージは前から第三世界の人々にあるようですけれども、それが事ごとに立証されるような感じでいくと、先ほどボスニアから来た女性の話もいたしましたが、非常な不信感が植えつけられるということになると思うんです。
 それからもう一つ、先ほど私申し上げましたのは国連の財政問題、非常な不能率といいますか、官僚機構としてはある意味では最も腐敗堕落しているというところがございまして、これは日本からもたくさんお金を出しているわけですからもっと見直しを、日本の国会もそうかもしれませんし、私の学術会議もそうなんですけれども、組織の見直しを徹底的にしませんと、これは財政的にももたないんじゃないかと思います。ですから、そういうことを一体だれが言い、どこから手をつけるか、その筋道は非常に困難であります。
 私も、現在の段階では国連の評価はやはり二面性があり、国連の存在は一方において大きいものが、国連大学などは非常に頑張ろうとしておりますので、そういう面が将来発揮されていかないかなというふうに期待はしております。
#9
○参考人(飯田経夫君) 御質問にお答えいたします。
 先生おっしゃいましたように、日本のODAは今世界最大になっていて、国内でもお金が要るのにこんなに使っていいのか、きちんと使われているのかと、これはまことにもっともな疑問であります。私、大変言いにくいことを申し上げますと、外国といいましても全部立派な独立国です。LDCにはそれぞれ問題がいっぱいありますので、援助というのは初めからどぶに捨てる部分が必ずあるということは避けられないんじゃないかと思うのでございます。ですから、もともとそういうものだということを考えて、どぶに捨てる比率をいかに低めるかということが精いっぱいの努力目標なのではないかというふうに考えております。そういうような制約の中で、日本はいろいろ
問題を起こしたけれども、概して言うとこれまでよくやってきたんではないかというふうに考えております。
 クリントンが何を言うかということですが、私はテレビ朝日の番組を見ておりませんけれども、私の率直な感じを言いますと、アメリカについては随分問題があるなと思います。私は近代経済学、近経の方で、マル経ではないからもともとアメリカ派なんですが、それでも過去十年ぐらいのアメリカの政策を見ていると疑問だらけなんですね。アメリカの対日貿易赤字がふえたのも恐らくレーガノミックスの間違いがかなりの部分であったということを今ではアメリカ人自身が認めたのだと思いますが、初めからの議論はそうはいかなくて、自分で引き起こした混乱について日本に責任を問うて、日本批判をやり過ぎたと思います。それで、日本に内需拡大、市場開放を要求し、日本がその勢いに押されて内需拡大をやり過ぎたことでバブルが起こったというふうに私は見ているので、そういう理屈からいうと、アメリカには今さら言えた義理がという感じを持っております。
#10
○翫正敏君 川田先生に質問しますが、「財界にっぽん」に書かれた対談、「クリントンの米国と世界新秩序」の中にこういう一節があるんで、ちょっと敷衍して説明していただきたいんですけれども、
  たしかにポスト冷戦℃梠繧}えて、アメリカは初めて真の意味で世界の中心になったという見方さえありますね。ただ、いかにせんアメリカの覇権的な力、特に経済的優位は落ちています。したがって、アメリカが世界の中心に引き続きあるとはいっても、混沌のこの時代に、強力なリーダーシップを発揮するのはなかなか難しい。おそらくアメリカにとって最も手っ取り早いのは、アメリカが中心になって先進国間連合を組むことでしょう。実際、湾岸戦争はそれによって成功を収めました。しかし、本当にそれがいい方法なのか、また世界の秩序を保つ上で長続きする方法なのか、難しい問題です。アメリカが湾岸戦争方式で紛争解決に当たることは、二度とできないという感じがします。
こういうふうに述べておられるんです。
 湾岸戦争が成功をおさめたということについてなんですけれども、当時、ブッシュ大統領はアメリカ国内で九〇%の支持率があったというふうに言われましたが、それからほんの一年少しで選挙で落選するということになりましたことでも明らかなように、成功をおさめたとは言えないのではないか、むしろ失敗したのではないかと思うんです。だからこそ、こういうような湾岸戦争方式、こういう形での国連の活用による武力行使によって国際問題を解決するというようなことは二度とできない、そういうふうに私は思うんですけれども、先生はどういうふうなことでアメリカが湾岸戦争というものを先進国間連合を組むことによって成功をおさめたという評価をなされ、しかし逆に二度とこのような方式はとれないだろうというふうな感じを持っておられるのかをもう少し詳しくお話しいただきたいと思います。お願いします。
#11
○参考人(川田侃君) 速記をどういうふうにとられたのかわからないんですけれども、私も一応は校正はいたしました。
 言いたかった趣旨は、先ほど申し上げました高等学校の先生用につくりました中で、七〇年代にアメリカの国際政治学者が非常に大きく考えを変えたと。それは覇権安定論とも関係がございますけれども、ハーバード大学のコヘン教授というのが今アメリカの国際政治学では頂点だと言われておりますが、そのコヘン教授が「覇権の後に(アフター・ヘゲモニー)」という本をお書きになりました。その辺からアメリカの国際政治学者が一斉に始めたのがレジーム論というものでございます。
 レジーム論というのは、非常にそれで盛んになりましたけれども、現在少し下火になっております。アメリカの学界は流行がありますので我々も非常に困るんですが、レジーム論はどこから出てきたか。それは、学者の書いた論文に本音は出てまいりません。出てきている部分もございますが、要するに世界を全部アメリカの世界政策でやっていくことは不可能になった。これはもうニクソンの六八年からベトナム戦争終結、さらには石油危機等々を経て、七四年、七五年に大きな世界不況が起きた。その後の時点でアメリカの学者がそういうことを一斉に言い始めましたのは、アメリカひとりではできないからレジームをつくる。例えばガットレジームとか、そういうのはある意味では成功してきたわけです。したがって、これをガットやIMFや世界銀行だけではなくて、すべての問題について多国間協調レジームをつくり上げていく。そうしますと、国連という一つの傘ですべて包括するわけではありません。
 例えば、海洋法レジームがある。他方においては世界気候変動制御レジームができるというふうに、必ずしも秩序立ってシステマチックにはならないかもしれないけれども、問題別ごとにこのレジームをつくっていけば、そこにアメリカだけが資財を投入し、責任をアメリカだけがこうむる必要はない。いわば、それを国際公共財として日本もただ乗りしないでちゃんとお金も出し、責任を持って運営するという、簡単に言うとレジーム論というのはそういうものでございます。
 確かに、レジーム論が盛んになってきた時期と合わせて日本の学者やヨーロッパの学者もそれぞれのレジームで協調しようということを言う方もかなり多くなってまいりました。しかし、アメリカを一方的に責められませんのは、例えば海洋法レジームというのがございますが、海洋法会議、アメリカは席をけって、現在加わっておりません。海洋法は第三世界が主導したからアメリカは乗れないということでアメリカは脱退したわけでありますけれども、その後、アメリカは今非常に水面下でその海洋法会議の中に復帰するといいますか、かなりそういう動きが現在顕著に見てとれます。第三世界をたたいて、アメリカが外に出て別の海洋法レジームをつくり、ディープシーにあるいろいろな資源をアメリカやイギリスや日本だけでとろうとかいう別なものをつくろうとはしないで、やはりそこはアメリカも抑制しておりまして、一遍出てみたが、やはり海洋法レジームというものは第三世界主導ではあるけれども、もう一度そこに入り直してみようかという動きは非常に現在顕著に出てきております。
 レジームといった場合に問題があるんですけれども、例えばガットレジームにしましても大体は工業国でつくっていたものなんですね。しかし、今はメキシコとかブラジルとかいうのがみんな入ってきたわけです。これはどういうふうに見るのか。つまり、先進国が最初にこのレジームをつくっておいて、結局は第三世界の国々もそこに取り込んでしまったと見るのか、あるいは第三世界も初めはガットに対して反対はしていたけれども、反対していてもらちが明かないからガットレジームの中に入って声を上げると。今現在インドとかメキシコとか、それぞれの国は相当重要な発言をウルグアイ・ラウンドでしております。そうすると、むしろ第三世界は取り込まれたのではなくて、そこで第三世界の主張を実現するために入ったと。
 ですから、このレジームの評価というのは非常に難しい。肯定的にとる方と、非常に否定的、つまり大国主導型があらゆる分野にできてしまうのではないかという、第三世界の学者はやはりレジーム論に対してはかなり批判的でございます。
 もう一つその点について言いますと、さっき日本国際政治学会とイギリス国際政治学会はISAと対抗するぐらい重要視されていると申し上げましたけれども、そういう主たる理論というのはほとんどアメリカから出てまいります。十年ぐらい前に我々三十周年記念をやったんですが、そのときにイギリスのスーザン・ストレンジという女史に日本の学者は怒られまして、日本人はアメリカ人の理論を紹介し日本の学界に広げるだけで、アメリカがつくった理論に挑まないということを非
常に強く言われました。スーザン・ストレンジはイギリスで孤立していますが、非常に活発にアメリカの国際政治学者に事ごとに食ってかかっておりますんですが、そういう学界でもやはりアメリカ主導というのが、どうもこれは私どもの非常に恥ずべき、反省しているところでございます。
#12
○和田教美君 川田先生にまずお伺いします。
 先ほど先生は行動主体論の問題に関連して、従来の国際関係は大体国家中心、国家と国家の関係というのが中心であったと。最近は国家の上にあるもの、あるいは下位にあるもの、いろんなレベルのアクターが非常に多層化して複雑化してきている、そういうことを強調されましたけれども、確かにそうだろうと思うんです。例えば、ECにしても、あるいは市民運動にしても民族にしても、最近は宗教的な、イスラムの原理主義みたいなものもかなり話題になってきているというような状況だと思うんです。
 だけれども、二十一世紀ということを考えた場合に、それじゃそういう国家以外のアクターがどの程度国際関係におけるウエートを占めるのか、今よりも強くなっていくのか、それともさっきから国連の話も出ておりますけれども、やっぱりそこに限界があって、国際関係を律する主なアクターは二十一世紀になってもやっぱり国家なのか。そしてまた、スーパーパワーが場合によってはそういう国家以外のアクターを利用していろいろ動かすということも十分考えられるし、湾岸戦争のときもそういう感じがあったわけですけれども、そういう問題について先生はどういう展望を持っておられますか、その点が一つです。
 それから、飯田先生にお願いしたいんですが、二、三年前にハワイで日米欧の政治家が中心になるシンポジウムがございまして、そこに私出席したことがあるんですけれども、そのときはECの統合の問題が非常にクローズアップされておったときで、開発途上国から来ている人たちの間にはECのいわゆる統合の最近の動きというものは要するにフォートレスになるんではないか、橋頭堡になるんではないか。つまり、そういう意味ではいわゆるフロック化するんではないかという懸念を非常に持っておりまして、駐日のEC大使がそんなことはないということを盛んに陳弁しておりましたけれども、例えばアジアにおいてもAPECの問題と関連して、例えばマレーシアのマハティールが新しい構想を出したということについて、あれは要するにそういうフロック的なものをねらっているんだということでアメリカあたりが非常に反発しているというような動きもあります。例えばアメリカ自身がカナダとの自由貿易協定とかメキシコとの関係とかというふうなことで、見方によっては、自分は自由貿易ということを言っていながら実際にはそういう傾向もなきにしもあらずではないかという見方もできると思うんですけれども、二十一世紀ということを展望した場合にそういうフロック化というような傾向が強くなるのか、それは杞憂にすぎないのか、その辺のところをどう展望されておるか、この二点についてそれぞれお答え願いたいと思います。
#13
○参考人(川田侃君) 私は、先ほど申し上げましたように、一九三〇年代以降にできた国際政治論といいますか権力分析論、E・H・カーとかモーゲンソーに教えていただいた世代でありますから、ごく最近までは主たるアクターは国家であると。国家間がインターナショナル、国際政治である、あるいはポリティックス・アマング・ネーションであるというふうに思っておりましたので、私の世代は現在のこういう状況についていくことがなかなか難しいんですけれども、平和研究学会などに出まして感じ取ったところから申しますと、確かに国家というのはもちろんなくならないし、二十一世紀にも厳然としてあると思います。しかし、国家以外のアクターの重要性というのはやはり相当に増大していくのじゃないか。
   〔理事岡野裕君退席、会長着席〕
 これは非常に心配する方と、むしろそれを推進すべきという方、学者も人間ですから、非常に物すごい激論が出るんです。それで、この間京都で私が一番感じましたのは、アメリカの女性の学者が非常に強いということです。
 それで、アメリカの状況を見ていますと、人種のるつぼになっていて、そしてとても旧来の我々の世代では統治不能のような状況になってきて、世直し選挙みたいなものが行われたわけです。アメリカで世直し選挙が行われるというのは割に少ないんです。今度のクリントンとプッシュのはその典型的な一つだと思うんです。それは、アメリカの社会が動いたんだと思います。
 それで、私も今は国家公務員でございますから、一番衝撃を受けましたのは、最後の総会の席上でアメリカの女性から日本の慰安婦問題が出ました。私はそのときには、もうこれはちょっと学術会議の副会長を辞任しなきゃならないかなと一瞬動揺いたしましたけれども、しかしいろんな意見が出てまいりました。最後まで彼女が負けなかったのは、我々の世代の人間が、私が自分が立ってそれをやめなさいと言うのは一応国際問題として問題が残ると思いましたので、国際平和研究学会というのは、元来、科学、サイエンティフィックなピースリサーチということを目標にできたもので、私も第一回総会、六五年にフローニンゲン大学に招かれました。
 アメリカのエリーゼ・ボールディングとかアルジャーとかいうそうそうたる学者が総会におりましたので、もうその人を信頼する以外にないと思って腹をくくっていましたら、やはり最後にエリーゼ・ボールディングが立ち上がって、これは科学的な平和研究をする学会が議論すべきことではない、もしあなた方がそういうことを主張するのであれば、この総会が終わってから有志が署名しなさいという発言をしましたので、私はもうそこで事が終わったと思ったんです。
 普通だったらそこで終わると思うんですけれども、しかしそのアメリカの若い女性たちは非常に頑張りまして、それはボールディングさんや川田さんがいたときの学会とはもう学会が違うんだ、やっぱりこういうことを学会の総会で議論しなければならない時代が来たんですよということを非常に強く言われまして、それでボールディングさんも困りまして、結局、じゃ自分の提案とあなた方が主張する提案をボートする以外にないと思っておられたと思うんですが、その女性たちもやはりボートを非常に強く主張しました。これは百対十ぐらいで負けるのはわかっているボートであるのに、なぜそのアメリカの女性学者はそこまで頑張ったかというと、やはりボートして負けたというあかしがなければ仲間のところに帰れないというほど強いんですね。
 ですから、女性問題とかジェンダーとか、今度国会議員も四百二十五の下院のうち四十七をとった。これは一〇%だから大したことないという見方もあるでしょうけれども、しかし四百二十五議席中で二十八議席から四十七に飛躍的に伸びているわけです。上院は確かに六名しかいませんけれども、恐らく地方議会やなんかでは相当私は急速に動くんじゃないか。この女性たちはジェンダーを代表して選挙で選ばれて入っただけではなくて、少数民族として入っている女性ももちろんおります。それから、地方を大事にせよと、つまりワシントンDCで何も決めるなという地方主義、そういうことを掲げて選挙で入った人たちもいるでしょうけれども、私はこれは一つの流れができたとすれば、旧来のエリートの壁は私も非常に厚いと思いますが、そことの闘いがクリントンの大統領時代にどうなるのかということがアメリカの今後の動きを決定していくのではないかなと思います。
 それから、私個人の体験で言いますと、国際関係について言えば、日本でももちろん非常にそれなりに役割をしてくれているわけで評価はしておりますが、政府の審議会やなんかに入っている学者の方が欧米諸国に盛んに行っているわけです。これについても非常に変化が起こりますですね。リンケージは拡散したですね、完全につまり、そういう政府の審議会に入っているような学者とつき合っていたようなアメリカの学者あるいはイ
ギリスの学者から、どうも自分は接触する人を間違えていたようだという発言が次々にありまして、もう今はリンケージは全く拡散いたしました。昔は、政府の審議会に入った人だけじゃなくて、ある長老の先生がおりますと、その長老の先生を通してイギリスと日本の国際政治学者が会合をつくるというようなことが普通であったんですけれども、それももう完全になくなったです。ですから、このリンケージは完全に拡散したので、今後それは一体どうなっていくのかという不安も私はあります。
 ですから、そういう一連の動きを見ていると、もちろん国家というのは大事ではあるけれども、人権とか女性とか難民とか移民とか、そういう問題はますます重要になってきて、それを一体国連はどのように扱っていくのか。初期のころは、七二年に環境人類問題というようなのをつくって対処はしてきましたけれども、国連が果たして対処し切れるかどうかという問題があると思います。私なんかは古い人間ですから、やはり国連が対処し切ってほしいと思います。せっかく日本に国連大学というのができましたから、国連大学などで今アメリカの若い人たちが問題にしているような問題を取り上げて、国連もそれを研究する、国連もそれに前向きにやる、あらゆる国もそれに対して前向きにやらないとこの問題はおさまりがついていかないんじゃないかなというように思っています。印象としては私は恐らく今出ている問題はますます広がり、大きくなっていくのではないか。
 日本の状況の中で、そういうアメリカ社会の急激な流動化と日本を比較した場合に、最も印象深い対応をしているのは日本の地方です。県とか市とか、これはもう非常に活発に動き始めました。これも私はとどまるところを知らないのではないか。これは、日本政府がやり切れないところを補っている面というふうに私たちは考えておりましたけれども、日本政府が財政上やれない面を市や県がやっているのではなくて、全く違った次元で最近はやり始めているのではないかなというような感じもしております。この京都の学会についてもそうですし、ことしの九月にAASSREC、アジア社会科学協議会というのをやるんですけれども、市や県が非常に援助してくれる。精神的にも援助してくれますし、物的にはそれほどは出してくれませんけれども、非常に精神的に、やりなさいという形で賛同してくださるんです。ですから、私はやはり日本の社会にも流動化が起きたんじゃないかというように思っております。
#14
○参考人(飯田経夫君) フロック化が強まるのかどうかという御質問ですが、これは大変大きな問題ですけれども、もともとEC統合の中にフォートレスになるのとは逆みたいな要素がかなりあったんじゃないか。つまり、ヨーロッパというのは非常に古いものを引きずった社会で、基本的には十九世紀型の階級社会のままで成熟したようなところがあって、いろんなところでそれがマイナスになっているので、ひところはやった言葉で言うとデレギュレーション、規制緩和みたいにしないとこれから生き残れないんではないかという恐らくインテリの理想主義が一つあったんだろうと思うんですが、そこで通貨統合までいけるかというと、私はとても無理なような気がいたします。
 基本的には、ああいうふうに徒党を組むというのは弱いところがあるということを自覚しての上のことでしょうから、やっぱり外に対して閉鎖的になる傾向はあるだろうと思います。ただ、よくボーダーレスとかグローバリゼーションとか言いますけれども、人や物や金の世界的な流れが物すごく活発になってきたので、そういうような客観情勢に対してやっぱり余り外に対して門を閉ざすことはできないということは残るだろうと思います。
 どうもどう考えているのかよくわからないんですが、お答えになっていないんですけれども、大体そんな印象を抱いております。
#15
○荒木清寛君 公明党の荒木清寛です。
 私、飯田先生に二点お尋ねしたいと思いますけれども、きょうの先生のお話を聞きまして私もこれまでの常識が随分覆されたような気がしたんです。
 一点はODAの問題なんですけれども、日本はアジア中心主義でODAをやってきて、その成果もあってアジアとしては常識を覆すような経済発展をしたと。一方、アメリカ、ヨーロッパにつきましてはラテンあるいは中近東ともになかなかその援助の結果が出ていないというお話だったと思うんですけれども、ただ私なんか考えますと、日本がやっていますODAが決してヨーロッパやアメリカに比べて異質の援助をやっているとは思えないわけでありまして、日本が成功して欧米で失敗をしたといいますか、その原因、それをお尋ねしたいということと、それから欧米におきましては今の日本のようなODAに対する世論の批判といいますか、そういうことが起きているのかという点が第一点です。
 もう一点は、最後におっしゃった今の不況をどうするかというようなお話だったと思いますけれども、お答えとしては新しい技術が生んだ新製品が数多くヒットするということしかないというお話だったんですね。ただ、先生の配っていただいた「「自虐的」日本からの脱却」というそれを読ませていただいたんですけれども、地球環境問題の解決ということで二つのポイントがあると。
 第一のポイントが過剰消費の部分を削らないと環境問題の解決はできない、ライフスタイルの見直しが必要であるというような趣旨だったと思うんです。そうしますと、新製品を数多くヒットさせなければ不況が打破できないということですと、この地球環境問題の解決という点からは若干逆行するといいますか、矛盾する部分もあるかと思うわけなんです。
 そこで、過剰消費を改めながら、しかも今の不況を打破するというそういった何か方法がないのか、その点をお聞きしたいと思います。
#16
○参考人(飯田経夫君) 大変二つとも大事な点を御指摘いただいたのですけれども、まず第一点のODAですが、なぜ日本が成功したのかというと、これは日本がうまくやったからということももちろんあるでしょうけれども、相手がよかったということは忘れてはいけないんじゃないかと思うんです。アジア諸国というのは、私よくわかりませんけれども、中南米とか中近東、アフリカとは違って、何か比較的階級の不平等が小さいような感じがするんです。階級的な不平等が小さいと階級対立が比較的弱くて、大衆を動員することができる。動員しやすい条件がある。国づくりというのは大衆を動員しなきゃ絶対できないというふうに私には思えるので、それがよかったのかなと。それから、これは中国の影響かもしれないけれども、何か学問、知的なものに対する尊敬の含みたいなものがアジアの国々にあるということも非常にプラスになっているのかなと思います。
 それから、日本のいい点ですが、日本のいい点というのは要するに日本的経営、日本の企業が成功して、今世界じゅうでその国なりに日本の経営を一生懸命勉強して取り入れようとしているわけですが、それは要するにみんながやるような仕組みなんです。
 例えば、私、アフリカへ教育の調査に行ったということを申しましたけれども、教育の専門家に日本の教育で一番セールスポイント、つまりどこの国に対しても誇りになることは何ですかと聞いてみたことがありましたが、そのときの答えが要するに先生のリーダーシップで教室の中の雰囲気が非常によろしいと。これはいろいろ批判もあるところですが、全員をよくしていこうという、つまりできる子だけを引き上げていくんじゃなくて、できない子もみんなで助けてよくしていこうというような雰囲気があって、そういうようなことがいいんではないかと言われました。私はそう言われてみてなるほどと思い当たるところがありました。
 ODAの現場でも、日本の専門家というのは、会議をやっていても非常に英語が下手なこともあってあれなんですが、実際に泥んこの中でも
入っていって自分で一緒にやろうというところがあるんです。そういうことの積み重ねがやっぱりよかったんじゃないかなというふうに思います。
 それから、欧米諸国で援助批判があるのかどうかということですが、これよく存じませんけれども、批判しているような本を読んだことはあります。日本ほどではないと思いますのは、欧米つまり日本以外の先進諸国にはきちんとした援助哲学があるんですね。援助哲学というのはいい意味で言っているんではなくて悪い意味で言っているのでありまして、ヨーロッパ諸国には旧植民地体制のもとで彼らが持っていた影響力をできるだけ維持したいという未練がましさがあるんです。日本も植民地は少しはあったけれども、大してなかったのでそういうものがない。米ソには自分のイデオロギーを世界じゅうに広めようという使命感があって、それの道具として援助を使っている。日本にはそういうものがないから、どうも何のためにやっているかがよくわからなくて批判を引き起こしやすいということが恐らくあるんじゃないかと思います。
 それから第二点の環境問題なんですが、私は二十世紀前半のアメリカ型の産業文明が終わりに来たんじゃないか、新しい産業文明を模索しているんじゃないかと言いましたが、それでは新しい産業文明とは何かと言われると実はお答えできないわけであります。例としては、最近の細々したマイクロエレクトロニクスの新製品を挙げましたが、それがどうも車とテレビに匹敵するほどの大型商品であるとは思えないわけです。環境問題で、要するに環境に負荷を与えないような産業文明をつくることが二十一世紀のテーマかもしれないというふうに理屈としては思いますけれども、現実としてそんなことができるのかなということを考えますと、先生方御承知のとおり、環境問題をやかましく言っているのは主として先進国の人間でありまして、途上国の人たちは環境問題に対してはかなり無関心なんじゃないんでしょうか。その中で、ロシアを含めて旧共産圏諸国も実にいいかげんなことをやっているわけで、余分な話になりますが、私はずっとマルクス主義には批判的だったんですが、環境とか社会資本とか基礎的なことはきちんとやっているんではないかというふうな錯覚を抱いていたなということを今になって気づいたわけです。
 具体的に申しますと、私、メキシコシティーへ行ったことがあるんですが、メキシコシティーは四万を山に囲まれた盆地みたいなところで、空気が汚染するものですから、どうしようもなくなって、きょうの夕方、何か汚染度がある一定のところを超えると、あすは車の半分は運転禁止だというようなことをやっているんですね。どうしようもなくなって、四万の山を削ってそこから汚い空気を外へ出そうとか、あるいは山の上に大きな扇風機をくっつけてそれで汚い空気を吹き出そうと。本当に日本ではちょっと想像もつかないほどひどいんで、そういう人たちに果たして環境問題に対する、あるいはアメリカ型の環境をどんどん壊していく産業文明に対する批判みたいなコンセンサスがどうやってできるんだろうということを考えますと絶望的になるわけです。
 ただ、そういうふうに考えますと、環境問題を解決するには恐らく非常にお金がかかる。技術が要るわけですね。だから、そういうものが動いてきたらやはり内需に大きくプラスするんじゃないんでしょうか。かつて昭和四十年代、日本で公害問題で随分議論がやかましかったころに、日本の公害防除技術は非常に発展して、世界で一、二を争う水準になってきている。ですから、そこのところがうまくつながれば、やっぱり景気ということに対してもプラスではないかなということを思っていますが、これはどうもかなり希望的観測ではないかと思います。
 どうも十分なお答えになっていませんけれども、そういうことだと思います。
#17
○下稲葉耕吉君 自民党の下稲葉でございます。
 それぞれの先生に別な問題をお伺いしたいと思います。
 川田先生には、先ほど社会党の及川先生から質問が出たんですが、私もう少しその問題に関連して、国連の問題でございます。
 私の記憶が間違いなければ、国連に対する一般会計の負担率はアメリカに次いで日本が第二位でございまして、一二・四五%でしたか、それぐらいのウエートになっているわけですね。それで、お話がございましたように冷戦時代の国連の果たす役割というのは大変少なかった。冷戦後になって飛躍的にふえてきた。ところが、今国連自体の問題が問われているわけでございまして、お話がございましたように官僚機構が増大しているとか、あるいは人の問題だとか派閥の問題だとか、いろいろ言われているわけで、今のような状態で推移すれば、やはり百八十数カ国が期待しているにもかかわらず国連というものに対する国際的な評価というのは下がっていくだろう。
 そういうふうな流れはよくわかるわけなんですが、先ほど常任理事国になるとかならぬとか、あるいはそれよりもむしろ国連の機構の改革だというふうなお話がございましたけれども、そういうような議論は巷間いろいろ言われているんですが、じゃ、具体的に我々があるいは日本政府がどういうふうなことをやったらいいか。抽象論じゃなくて具体的にそういうふうなことについてお考えがあればお伺いいたしたいということでございます。
 それから、飯田先生に対する質問ですが、実はこの調査会の前身でも数年間かけてODAの研究をやったわけでございまして、大変多くの議員さんたちの貴重な意見が出て、それが参議院で集約されたような格好になっているわけでございます。お話がございましたように、アメリカのODAというのは言うなれば軍事戦略的な色彩が強かったとか、あるいはヨーロッパなかんずくフランスのODAは宗主国としての昔の植民地国に対する援助ということで体面を保とうとか、そういうような中で日本のODAというのが来年でちょうど四十年になるわけでございますけれども、いろいろ歴史的な経過があって、そういうふうな歴史的な過程の中で日本のODAに対する評価というのはいろいろございましたが、今日のODAというのを見ますと、やはり援助そのものもタイドで行われるというのは非常に少なくなっている。それだけに国際的に大きな機能を果たしているんだろうと思うんです。
 それで、JICAの問題が出ましたので、JICAが果たしておられる役割というのは大変なものがあるわけだし、日本国内よりもLLDC国あるいはLDC国の方がJICAの名前をよう知っているということかもしれませんが、全体として私自身も非常にうまくいっていると思うんだけれども、なおかつ日本のODA自体ももっともっと検討しなければならぬ面が多いんじゃないか、あるんじゃないかというふうな感じすら持っているわけでございます。
 例えば、JICA自身の体制の問題にしたって非常に弱いし、一つ一つの援助項目の事前事後のフォローにしたって不十分だし、お話がございましたように我が国も百八十二兆円の負債を抱えながら世界の平和と安全のために、そしてそういうようなことを通じて日本の繁栄を期そうということのためにODAをやっているわけでございますから、いろんな問題がある。だから、全体として私どももこういうふうな問題がある、こういうふうな問題があるということはわかっているんですが、先生のお立場で具体的にもっとこういうふうなことをしたらいいんじゃないかと。例えば、NGOに対する援助にしたって、たしか二年ぐらい前から始めているわけでございまして、いろんな問題があると思いますので、具体的にお教えいただければありがたい。
 もう一つお願いしたいのは国際貢献の問題です。実は、この問題につきましては先般も参議院の予算委員会で私費間をしたんですが、国際貢献国際貢献と言うけれども、何が国際貢献かという考え方が確定していないんですね。総理も白状されたわけですけれども、例えばODA自身も国際
貢献であることは間違いないわけですね。あるいは湾岸戦争に対する百二、三十億ドルの我が国の拠出ももちろん国際貢献だろうと思いますし、今やまたロシアに対する援助を近々どういうふうにするかということも大きな意味の国際貢献だろうと思いますし、アメリカとの関係におきましてもいろいろな交流をもっと深めていくということ、そういうふうなことに対する拠出も国際貢献だろうと思いますし、旧社会主義国、東欧諸国に対する、あるいはDACの基準に合わないような諸国に対する協力ということももちろん国際貢献だろうと思います。
 そういうようなことでいきますと、国際貢献国際貢献とよう言うけれども、じゃ果たしてどういうふうなものが国際貢献だと。そういうふうな議論をいたしましたら、大蔵大臣は外交官だって国際貢献じゃないかというふうな話をなさるんですけれどもね。だから、その辺のことについて、開発援助と同様に、あるいはそれ以上に今後の課題として日本の国際貢献というのは大きな課題に私は当然なると思うんですが、それについて基本的に国際貢献とはこういうふうなものだというふうなお考えがございますれば御教示いただきたい。
 以上でございます。
#18
○参考人(川田侃君) 大変難しい御質問ですね。
 さっき政治家だけじゃなくて学界の方もだらしないということを申し上げましたけれども、学界の方も総じて言えば戦後アメリカ、イギリス主導にくっついてきたというのがあれですから、大きな顔をしてはとても言えないと思います。ですから、国連についても日本は是々非々主義でつき合っていく、余り出しゃばるとよくないというような感じでこれまで来たんだと思いますが、湾岸戦争にあれだけのお金を出す、あれは国際貢献だろうかというと、その疑いはやっぱり日本国民の中に随分あると思うんです。国際公共財という考え方も、マイナスの国際公共財、負の国際公共財というのもあるんじゃないかというふうに心に感じている人もいると思います。ですから、あれだけのものをやって、本当に長期的に見て世界の平和に貢献したのかどうかということが一つ一つ今度は問われてくるんだと思います。
 今までのように黙ってただくっついていくということは学界もできなくなりましたけれども、恐らく国連とのつき合いでもできなくなる。UNTACも恐らくそういう一つの試練を日本に今与えているんじゃないかというふうに思いますので、これは外務省に任せるということでなくて、やっぱり政治家の皆さんが一つ一つの出来事を契機にして、国連とどうつき合うかということを真剣に考えていく段階にいよいよ入ってきた。
 さっきの国際貢献の問題も、今学術会議で非常に困っておりますのは、前内閣の坂本官房長官が来られて、学術の国際貢献について一体日本は何をできるか、これは正式な形での諮問ではありませんけれども、わざわざ総会までいらっしゃって十分間演説なさったわけですので、何かそれに答えなきゃならない。そうすると、一体日本の学術貢献というのはどのぐらいできるか。非常に単純な発想になりますと、日本の学術貢献といった場合にはアジアの隣国と手を携えていくことが今や重大だと。西欧とのホリゾンタルな協力ではなくて、やっぱりアジアの友人たちあるいはアジア・太平洋の友人たちとの学術交流を高めていくと。
 そうなってくると、自然科学者の発想は非常に単純化されてまいりまして、日本の発達した学術を技術移転あるいは学術体制の整備についていろいろ言った方がいいんじゃないかという意見は、特に学術会議は自然科学の先生の方がずっと多いですから、そういう意見は非常に多いのです。しかし、私は四十年間国際関係をやって、アジアにも頻繁に行き、アジアの学者とも寝起きをして照査もしたこともありますし、中国やロシアにも数回以上行って学者と話をしている私の経験からすれば、日本の最大の学術貢献は、彼らに言わせれば、アジアの国が今どういう学術体制を持ち、学術交流をしているかを日本人はよく知ることが先だと恐らく言うに違いないと思うんです、それは心で言うか実際に声を上げて言うかは別として。
 私も鈴木内閣の鈴木さんに頼まれまして、一九八〇年にアジア学術交流会議の座長をアジズさんとやりました。私は最初お断りしたんですが、どうしてもと言われましたので、これは大変難しいなと思いながらマレーシアのアジズ学長といろいろ策を練りまして慎重に議事を運んだつもりであるんですけれども、それは沖縄に学術センターをつくるための地ならしとしてのASEAN諸国の学長たちとの話し合いだったわけです。
 非常に私が愕然としましたのは、集まってきたアジアの学長がまず言ったことは、我々はもう既に学術交流をそれなりにしている。例えば、フィリピンはアメリカやスペインともやってきたし、サント・トーマス大学は一六一一年に建てられているんです、それを琉球大学につくるということであれば我々の教えを請うのが当然ではないですかというような発言がすべての国から出ましたので、鈴木首相に対する英語の報告書にはやはりそれは書かざるを得なくなりました。アジアの諸国は今それぞれに学術体制を持ち学術交流をしている、そのことについてこの学術交流の会は日本も含めて今後よく調査し、そして現在行われている学術交流にどういう問題があるかをディスカッションした上で沖縄に建てられるべきセンターについて論ずべきであるという発言が相次いだということを書かざるを得なくなりました。
 そのときに、私はアジズにこれはくど過ぎると申し上げたんですけれども、しかしその会議で出たからやはり報告書に書かないわけにはいかないでしょうと言われまして、日本人はとは書いてありませんが、ダイバーシティー、要するに文化の多様化を日本ははっきり自覚せよということを入れました。それからイコールフッティング、ミューチュアルリスペクト、まるでこれは幼稚園の生徒に教えるようなことを報告書に書かなければ引き下がらないというのがそのアジアの方々の立場で、しかもイコールというところにアンダーラインまで引きますので、私はもうそれはやめるべきだと言ったんですけれども、やはりできませんで、結果的にはそういう報告書をつくったことによって、あのとき鈴木首相が東南アジアに行ったときも日本批判は出なかったし、結局、現在沖縄につくられている研修センターは非常に好評裏に運営されているそうであります。
 私たちが出したのは南北研修センター、南北という字をつけましたら、この南北というのも非常に不快感を表明されまして、南北という文字をそこから削ったということがございますので、国際貢献というのは学術の場においても非常に私は難しいと思うんですね。
 私が今考えているのは、フランスが一九二五年にパリの南側城壁に国際大学都市をつくって、世界から来る留学生、世界から来る研究者にそれを開放した。そういうフランスがやったような知性に我々も学んで、日本の中における研究条件というものを整備して、そしてたくさんの人を呼んで、彼らが十分に日本で研究できるような体制にすることが私は基本だと思うんです。
 文部省その他も相当努力はしているけれども、明治以来、きょうの時点までいまだに日本から出ていく研究者の方が多い。受け入れる研究者、留学生の数の方が少ないというこのバランスがまだとれない。もちろん文部省は一生懸命やってはおりますけれども、そういう状態ですので、研究条件の整備をして、そして発展途上国あるいは世界の人々が日本に来て、かつて我々がアメリカやイギリスで学ぶことができたような条件を整えるということが私は最大の国際貢献だというふうに考えておりますが、意見がいませんで、技術を移転すべきであるとか学術体制の整備に力をかすべきだという議論がたくさん出てまいりまして、まとめるのに非常に苦慮しております。そういう声明を出したことによって学術会議がアジアの国からたたかれるという公算が非常に多いんじゃないかというように私は思っております。ですから、そういう問題についてはむしろ先生方に教えていただきたいなという気持ちでおります。
#19
○参考人(飯田経夫君) では、私からお答えいたします。
 まず、ODAの検討しなければならない点を指摘しろということでございますけれども、私の感想は、例えばJICAという組織が、二十年前には訪問するたびに窓にビラが張ってあってストばかりやっている組織だったという印象がありますが、最近そういうことはありません。JICAの人とつき合うと、非常に多様な人材が集まってきて実に楽しそうに仕事をやっている。JICAというのは本当にいい組織になったなと思います。日本の若者の間に、JICAにしても、その仕事である青年海外協力隊にしても、あるいは円借款をやっているOECF、海外経済協力基金にしても、そういうところが就職の難関の一つなんですね。ですから、若い人の間にそういう気持ちがあるということは非常に貴重なことなんだと思いまして、将来に希望を失ってはおりません。
 ただ感じますのは、仕事がどんどんふえたのに人員が足りなくて、だからJICAにしてもいろんな分野のプロジェクトがあるのにその専門家がいない。いない場合にはいろんな工夫をしてやっていますけれども、やっぱりややオーバーワークぎみでパンク寸前なのかなという感じはいたします。
 それから、世の中でよく議論いたします問題点の中に、私の今の勤務先の国際日本文化研究センターというのは実は研究協力の一端をやらなきゃいけないところですから、自分の職場でも感じることなんですけれども、日本の官僚機構がずっと古くからこうでなきゃいけないとしてやってきたいろんなルールが、要するに国際的なことをやろうとするときになかなかうまくいかなくて、そこでトラブルを生じるということがかなりあるような気がいたします。だから、そこのところもいろいろ工夫して直してはいるんですが、そこのところがもうちょっとスムーズになればいいのになという感じはいたします。ただ、官僚機構というのは恐らくどの国でも固有のルールがあって、日本だけではないような気もいたしますので、この点はちょっとよくわかりません。
 それから二番目の、何が国際貢献かという点ですけれども、私もそれはまさに大問題だと思うのでありまして、例を挙げて申しますとビル・エモットというイギリスのジャーナリスト、ロンドン・エコノミストの編集長に最近なった人ですが、彼が以前東京特派員のときに「陽はまた沈む」というのを書いて大変ベストセラーになりました。その続編として「来るべき黄金時代」という本を書いて、最近その翻訳が出まして私早速読んだところ、その最後の方で国際貢献について論じています。日本人は国際貢献を一生懸命議論するけれども、例えばフランス人は国際貢献なんて考えたこともないんではないかというようなことを言っておりまして、おもしろいなと思ったんです。日本人が国際貢献で議論していることは、要するに日本が国際社会の中で存立していくために諸外国から余り悪意を持たれては困るから、それをなくしようというだけのことではないかということを言っておりましたが、まさにそのとおりではないかなと思います。
 しかし、それではちょっと余りにも簡単過ぎるので、私が個人的に考えますと、国際貢献というのは恐らく人類共通の価値に対して貢献することではないのかなというふうに思います。そうしますと、やっぱり人間として生まれた以上は、食うものも食わずに、受けたい教育も受けずに一生を終わるというのは非常に悲しいことであるから、そういうことがないようにしょうという意味でLDCに対する援助というのは非常に重要な項目ではないかと思います。
 それから、何か新しい産業文明、新しいライフスタイルをつくるのに日本が国際貢献をしているんじゃないかということをプレゼンテーションの後半で申し上げましたけれども、今我々が豊かさと呼んでいる一つのライフスタイルをアメリカがつくることによって、あれは資源の破壊的な悪い面もあるけれども、やっぱり人類に随分すばらしい喜びを与えてくれたということは言えると思うんです。ですから、日本も経済力がこれぐらい強くなれば、それをフルに使って、アメリカがかつてやったようなことの少しは似たことをできないものかなというのが私のほらであり夢であるわけですけれども、それがこういうふうに企業に元気がなくなってできないというのは大変悲しいことだと思います。
 川田先生がおっしゃった学術の国際貢献というのももちろん人類共通の価値への貢献であります。しかし、私は長年学界で住んでいて、学問というのは大変なものだなと思います。川田先生もおっしゃったように、既成秩序側がパラダイムをつくるわけです。ですから、かってはイギリスの学問が世界を制覇し、今ではアメリカの学問が世界を支配しているわけです。ここ十年か二十年、実はアメリカ型の社会科学の影響力が若干弱ってきたということはあるんではないかと思いますが、それではそれにかわるものが日本から生まれてきたかといえば、残念ながらそうではない。
 しかし、こういう下部構造、上部構造というふうに言いますと、生活文化みたいなことでは影響力は割と簡単で、日本が大衆文化に貢献したということは、例えばソニーが発明したウォークマンが世界じゅうの人に愛用されている、これは立派な国際貢献ではないかと思います。それから日本食、日本料理が、国際的にどこへ行っても結構日本レストランがあるというのも私は余りばかにすべきことではなくて、立派なことではないかと思うんです。それから、カラオケというものがかなり国際競争力を発揮して、世界じゅうでエンジョイされるようになったということもあるし、それからエレクトロニクス製品についてはもう日本製だということもこれは国際貢献であります。
 そういう下部構造のところからまず貢献して、じわじわとやっていって、最後は学術のところでやるのかなと。だから、学者はサボッてもいいということにはならないんで、一生懸命やらなきゃいけないんですけれども、そういうふうにしてやっぱり人類共通の価値に貢献するということではないのかなというふうに思っております。
#20
○國弘正雄君 お二人の先生方に質問があるんですが、その前にちょっと時間をとって申しわけないんですけれども、川田先生、お久しぶりでございます。おっしゃったことの二つについてちょっとコメントをさせていただきたいんです。
 一つは、私は金曜日にカリフォルニア大学の黒人のしかも婦人の政治学者に、ボストンという人ですが、かなり長いインタビューを受けまして、そのときに彼女が言ったことがさっき川田先生が仰せになったことと非常に符節を合わせるものですから御紹介をしたいと思うんです。
 彼女は、スキャンダルが相続く日本の政治を恐らく念頭に置いていたんだと思いますが、日本の政治が不備だったから、だから逆に経済が伸びたのではないかというような、ある意味では非常に逆説的な、しかし私は一半の真理を含んでいると思うんですけれども、そういう言い方をして、どうも我々は今まで御用学者とばかり会っていたのではないかという反省の弁を述べていたんです。川田先生はさっき御用学者という強い言葉をお使いになりませんでしたけれども、しかし政府の諸機関その他に名を連ねているような人ばかりと外国人の日本研究者が会って、彼らの言うことがあたかも日本の言論のすべてであるかのような幻想を持っていた。それに対して、比較的若手の、しかも非常に感受性に富んだ、黒人であり婦人であるという両方の面で非常に感受性を持っていざるを得ないような、非常にすぐれた研究者の口からそういうかなり生々しい言葉が発せられた。先ほど先生のお話を伺っていて、なるほどそうだったなという感じがしたということがまず第一であります。
 それから第二番目は、さっき国連についてお話がありましたけれども、アメリカ人というのは伝統的に国連に対して非常な不信感を持っていたと言えると思うんです。かつて自分の国の大統領が言い出しっぺになった国際連盟に最後まで入らな
かったというようなことを考えますと、アメリカ人というのは本当に国際主義になじまない人たちではないか。あれだけ力があって大きくて、とにかく世界をへいげいできるような立場にあると国際主義というようなものにはなじまないのかなと。したがって、国連に対して非常にみんな不信感のようなものを持っていたとしても不思議ではない。現に二百九十億円も国連分担金を未払いしているのはアメリカなんですね。これはもう本当にべらぼうな話でありまして、何で日本の、特に自民党の皆さんがアメリカにそういうことへの注意を喚起なさらないのか不思議で仕方がない。しかも、湾岸戦争のときにはアメリカはもう見事に、まんまと国連を利用して、そして我々から百三十億ドルという大変なお金をせしめ取ったと私は言えると思う。そういうことで、さっき川田先生が国連についてさまざまな不備がある、そして、ややもすると国連万能みたいな考え方を我々日本人が抱いているということについて御指摘があったのは全くそのとおりだと思うんです。
 ―――そこで質問です。
 私は、今回のアメリカの大統領選挙を見てまいりまして、その後も何回かアメリカへ行って、やっぱりアメリカは一皮むけつつあると。さっき世直し選挙をやったというふうに先生おっしゃいましたけれども、全くそうだと思うんで、アメリカが一皮むけてきたということを私は大変うれしく思っています。
 ただ、先生のお話の中で、クリントンさんについての、あるいはクリントン政権についての御指摘がいろいろあったんですが、私はあれはクリントン・ゴア政権だと思っているんです。ちょうど昔、日本にも隈板内閣とかあるいは小磯・米内内閣とかというような一種の連立内閣みたいなものがあったわけですが、今回のクリントン政権というのはゴアという人を抜きにしては考えられない、クリントン・ゴア政権と見るべきだ、こう思っています。
 ゴアという人は、日本では環境問題に非常に精通しているということで環境問題の専門家だけのように思われていますけれども、彼は恐らくアメリカの今存在する人の中で戦略問題というか、戦略思想ということになるともう第一人者も第一人者だというふうに思います、それからもう一つ、これは日本に関係があるんでそこを伺いたいんですが、知的所有権とか、いわゆるハイテクというようなことについては大変な専門家である。
 私が恐れているのは、日本に対して、日本というのは何だ、基礎研究をいいかげんにして製品関連研究みたいなことばかりやっていると。これは後で飯田先生にも伺いたいんですけれども、人のやった基礎研究で、べーシックリサーチで、人のゴボウで法事をするみたいな感じで、それを商品化して、製品化してどんどんアメリカなりなんなりに売ってきて、自分でろくすっぽちゃんとした基礎研究をやってないじゃないか、人のゴボウで法事するのもいいかげんにせいというような話が出てき得る。既にそのもう兆候は見られるわけです。
 これは、恐らく日本にとっては一番しんどいことになるかもしれないというふうに思うわけで、そのあたり、これから日米の摩擦というのは単なる輸出の額が何ぼふえたとか減ったとかという話でなくて、量よりは質の問題としてもう少し変化が出てくるのではないかということを思うんですが、そのあたりを川田先生のひとつ御意見をぜひ承りたいというふうに思います。
 それから二番目の質問は、さっき同僚の和田議員が御質問になったんですが、主権国家がいつまでも続くのか、二十一世紀まで。主権国家主体の国際関係というものが今後とも続くのかどうかというお尋ねをなさいました。
 私は、何か感じとしては主権国家というものは徐々にその力を減じていくのではないか。少なくとも西欧の歴史に関する限りは、一六四八年のウェストファリア条約というものがあって、これがいわば主権国家による国際関係というものを定着させたんだと思いますが、最近いろんな人と話していますと脱ウェストファリア時代というようなことを言う人もおるんで、さっき和田先生がお聞きになったお尋ねをもう一つあわせて先生に伺いたいと思うんです。
 それから第三番目は、さっきコーエンとかモーゲンソーの名前をお引きになって、ストラグル・フォー・パワーというか、権力闘争というもので国際関係論というものを今まで考えてきたけれども、それが少し変わってきつつあるんだという仰せでありました。
 私が伺いたいのは、日本の物書きやあるいは国際関係の専門家と呼ばれる人々の中に、そういう一種の脱皮が行われつつあるかどうか。相も変わらず古いモーゲンソー流の力の対決というような形で国際関係を見たり、日米関係あるいは日本と外国との関係をいまだにとらえようとしている人が余りにも多過ぎると私は思うものですから、そのあたりを先生に伺いたい。
 それから、それに関連するんですけれども、次に飯田先生に伺いたいのは二つあるんです。
 一つは、さっき日本にとって相手がよかったということをおっしゃいました。恐らく東北アジアを主として念頭に置いてそうおっしゃったんだと思うんですね。確かに東北アジアというのは漢字文明圏であり、北方仏教文明圏であり、儒教文明圏であり、水田稲作文明圏であるというような意味で一つのまとまりを持っている。これは、亡くなったアーノルド・トインビー教授が盛んに強調しておられたことで、だから東北アジアは違うんだというようなことをおっしゃっておられたんです。
 問題は、そこで、じゃ東南アジアはどうなんですかと。飯田先生はお考えになって、さっきインドネシアの例なんかもお触れになりましたけれども、どうもいわゆる中国文明圏からはちょっと外れたところにあるフィリピンにしてもマレーシアにしても、あるいはインドネシアにしても、ああいうところについて安心してというか、楽観的でおられるのかどうか。ちょっと違うんじゃないかと。じゃ、インド亜大陸はどうですかと。余計そういうことが心配になるんで、そのあたりをちょっと伺いたいと思うんです。
 それから最後の質問は、テレビや車ということでライフスタイルを変えるヒット商品云々ということを仰せになりましたが、将来そういう我々のライフスタイルを変え、我々がもう少し安んじて将来を考えることができるような、先生のお言葉で言えばビット商品が一体出てくるのかどうか。さっき申し上げた日本のように基礎研究をおろそかにして、そして応用商品研究ばかりやっているようなところがどうもそういうヒット商品を生み出せると私には思えない。そこで楽観なさるかどうか。
 ちょっと質問が多くて申しわけありませんが、そんなことをまとめてお答えいただければ幸いであります。
#21
○参考人(川田侃君) それでは、なるべく簡単に。
 確かに、私はクリントン政権を多少低く評価し過ぎているかもしれません、つまり、全容が見えてこない、不透明だというようなことを随分申し上げたので。
 おっしゃるように、ゴア副大統領は大変な環境問題の専門家ですし、西ドイツの環境問題研究所所長のシモニスさんからも、ゴア副大統領が書いた環境問題の論文は絶対に読みなさいという手紙を最近いただきました。環境問題にすぐれているだけではなくて、そういう方ですから、もちろんいろんな点で非常にすぐれている方だと思います。
 クリントン政権は今非常にいろんな難題を抱えて、飯田さんが御指摘になったように財政問題とか経済問題の立て直し、足をすくわれるいろんなものがたくさんあることはある。ですけれども、公共投資において前の二人の大統領がしなかったことをクリントンはどこでやるか。公共投資の中心は、軍事を除いては余り、余りというか、徹底的にいじめられたのがブッシュ政権時代で、そこ
にアメリカの合理化問題を集中して考えるとすると、これはどこの演説でございましたか私はちょっと忘れましたけれども、アップル・コンピューター社の会長がクリントンの財政演説でしたか、そのときにヒラリー夫人のお隣に座っていた。このアップル・コンピューター社がソフトウエアのネットワークを全米に張りめぐらすというような合理化をもちろんしてくるかもしれませんし、その辺は余り過小評価はできないと思いますが、ちょっと私もそういうコンピューターにうといものですから、アップル・コンピューターの会長が隣に座っていたということがどういう意味があるのかなと。
 恐らく何か公共的な投資の中にそういうコンピューターを使うような産業を活性化するという問題は既に検討されているのかもしれないというように思っておりますので、若干過小評価した点は訂正いたしますけれども、ただ学者としてはいろいろ全貌を見せてくれないと非常に評価が難しいものですから、つい愚痴が出たということでございます。
 国家の問題については、主権国家の時代は過ぎ去るかどうか、これはよくわからないんですが、アメリカの社会が急速に動き出しましたので、恐らく対抗関係がいろいろあるとは思うんです。東南アジアについて言えば、今飯田先生がおっしゃったように経済的には全体としては非常に伸びている。しかし、そこから来た学者も、我々が考えている民主化と彼らの考えている民主化とは違うのかもしれませんけれども、やはり開発独裁ということについては非常に緊張関係があるようです。
 そういう考え方が発展途上国で次第にふえできますと、アメリカで現在非常に流行、まあアメリカは流行の国ですから、流行し出すとすごい勢いで、ジェンダーとかそういうことを言う人たちとドッキングする可能性が第三世界との間で出てくるかもしれない。そうなってくると、やはりちょっと日本が知的な世界的な連携から脱落するというおそれは確かにあるんですね。
 学者は一体どうなのかという大変厳しい御質問ですけれども、ありのままを申し上げますと、私は確かにモーゲンソー、E・H・カーから教わった古い人間ですけれども、五年かけて「国際政治経済辞典」というのをこの四月にある教科書会社から出しました。それは二百二十人ぐらいの学者に書いていただいたんですが、その中を見ていただければ非常に古い、つまりモーゲンソーの権力闘争を分析することを非常に至上に考えているような学者もたくさん書いております。しかし、私としては極力新しい用語を取り入れて、そういうものについては新人の若い人に書いてもらっておりますので、それを評価していただく以外にはないと思います。値段は六千円ぐらいでちょっと高いんですが、読んでいただくと恐らく失望されるかもしれません。三対二あるいはもっと大きい比率で我々の世代も随分書いておりますから、高坂先生にもお願いしたし、ですから失望されるかもしれませんけれども、現段階の日本の学界の状況はあの辞典から読み取っていただきたいというふうに思います。
#22
○参考人(飯田経夫君) 北東アジアと東南アジアの問題なんですが、実はまだNICSと言っていて、今のアジアNIESだけが目立ったころは、あれは韓国、台湾、香港、シンガポールですが、台湾、香港、シンガポールは中国人の国ですし、韓国は中国以上に儒教の影響を受けた国ですから、やはり北東アジアの儒教、漢字かなと思っていましたけれども、最近ではむしろそれらのアジアNIESよりは東南アジアのタイ、マレーシア、インドネシアの方がすごいんで、そうしますとどうも儒教、漢字ではないのかなという感じもいたします。
 といいますのは、タイはたしか小乗仏教の国ですし、マレーシアは最も多数派のマレー人はイスラムですし、インドネシアもイスラムですね。ですから、東南アジア自体に何かいいところがあるのかなと思って、それも実は半信半疑であります。私、二十年前にインドネシア政府に一年勤めて、こんな国絶対よくならないと確信して帰って、そういうことを方々で書いたりしゃべったりして今不明を恥じているわけです。と同時に、しかし、インドネシアへ行ってみましても、確かに町は立派になって東京よりも近代的なぐらいですが、人の心の中がどのくらい変わったのかなという疑問はあります。タイ、マレーシアでも同じことを感じます。
 ということは、やっぱり八五年のプラザ合意ですごい円高になって、日本の製造業が生産をそれらの諸国へ移したことの影響でよくて、その投資が一段落したので今後は楽観できないのかなという感じもいたします。インドになりますともっと恐らく別の議論が必要ではないかと思いますので、この辺のところが本当にちょっと自信を持って議論できないと恥ずかしいんですけれども、大体そういうようなことで、むしろ川田先生に教えていただきたいと思います。
 それから、二番目の車やテレビに匹敵するピット商品が出るのかということは、これは日本だけの問題ではなくてもっと大きな問題ではないかという気がいたします。車やテレビに匹敵する商品とは何だろうと思いますと、来るべき産業社会というのは情報化社会と言っていますが、要するに情報通信技術です。情報通信技術で世界のいろんなところに起こったことが文字とか映像でリアルタイムにわかってもそれはしょせん大したことないではないか。むしろ、そうではなくて、自分で車を運転してどこへでも行けることの圧倒的な喜びに比べたら小さいんではないか。そうしますと、やっぱり物質文明の一番いいところはアメリカがやってしまった可能性があるのかなと思います。
 ですから、日本を含めてほかの国がこれからいろいろやるとしても、それは落ち穂拾いであって、そういうことを考えていきますと、昔から経済学者が何人か経済成長の究極は定常状態である、ステーショナリーステートというあれで、要するにゼロ成長のことです。ゼロ成長論、定常状態論がこれまで当たっていないのは、要するにプロダクトイノベーションを次々にやってきたわけですが、それもそろそろ限度へきたのかなという感じがいたします。
 日本が基礎研究をおろそかにして、そういうところで貢献できるのかという問題がどういうふうに位置づけられるのかなということを思いますと、日本の基礎研究もそれほど悪いわけではないということを特に自然科学系の方がこのごろよくおっしゃるんで、そうかなと思うんですが、要するにほかのことでこれほど能力を発揮した人間が基礎研究だけが不得意だとは到底考えられないんです。大体ノーベル賞は基礎研究に与えられるのかもしれませんが、しかしあれはロビーがいるわけで、物すごい運動をやってもらうわけです。そういうことにはやっぱり時間がかかるんで、応用研究でここまでやれば、あと二十年か三十年たって経済力が衰えてきたころにノーベル賞がどんどん入ってきて、今のアメリカみたいなことになるのかなということですが、よくわかりません。
#23
○上田耕一郎君 共産党の上田です。
 両先生に大変ユニークな含蓄あるお話を伺わせていただきましてありがとうございました。一言ずつ川田先生と飯田先生にお伺いしたいんですが、川田先生には南北問題についてお伺いしたいんです。
 今の世界が抱えている最大の問題の一つは南北問題だと思うんですが、きょうお話しいただいた理論的枠組みも多くは北の先進国の学者が考えたカテゴリーなんですね。ただ、二番目の「発展(開発)についての考え方」の中でフランクの従属論をお挙げになっていて、私思い出したんですが、左派のサミール・アミンの従属理論なんというのはかなり日本でも翻訳されて、一部に大きな影響を与えたんですけれども、その次の「地球的問題群の認識の高まり」、考えてみるとここで出されている問題もかなり南北問題に本質的にかかわっているところが多いわけで、続出する地域紛
争、民族紛争、宗教紛争も第三世界が多い。それから難民、貧困、人権、軍縮、すべてかかわっているわけですね。
 地球サミットも南北問題が多くて、地球サミットの開かれる前に、この調査会に武者小路先生がおいでになりまして、持続可能な発展、これは私たちはコンセンサスになっているんじゃないかと思ったら、武者小路先生は、第三世界からはこれは先進国の発展の押しつけだというので、カテゴリーそのものに対する厳しい批判があるというお話をお伺いしまして、やっぱりそういうものかというふうに思ったんですが、そういう点で言うと、じゃこの地球的問題群といって書かれている問題も実はかなり南北問題。これをさらに突っ込むと北の主権国家、さらには多国籍企業、さらにはアイゼンハワーが言った軍産複合体等々の第三世界に対する支配の問題とつながっていると思うんですけれども、こういう地球的問題群に対しては、じゃ第三世界的発想で今新しいとらえ方が生まれているのかどうか、もし生まれているんでしたらちょっとお教え願いたいというふうに思うんです。
 それから、飯田先生にはODAの非常に内心誇ってもいいという積極的役割についてお話しいただいて、考えてみると私たちはODAの光と影の中でかなりの影の部分を追及してまいりまして、公害輸出の問題とか、それからアメリカの戦略援助と結びついているではないかということなどなどやってきたんですけれども、飯田先生は光の部分をかなりおっしゃったんで、これは私たちもそういう面もよく見なきゃならぬと思ったんですが、同時に影の部分はじゃどういうのがあるのかということをちょっとお聞きしたいんです。
 飯田先生の書かれたものを調査室からいただいたんですけれども、ODA大綱についてのお話の中での一つの問題提起で、「「カネをドブに捨てる」比率をいかに下げるか」、そうおっしゃっている。「援助がひどいといえば、どの先進国の援助もすべてひどい。」、「「無理」を支援しようとする仕事には成功の保証はない」、「もともと援助には「カネをドブに捨てる」ような側面が必ずつきまとう。その際、「カネをドブに捨てる」比率をどこまで下げることができるがが、重要なポイントだろう。」、そうおっしゃっているんですね。
 考えてみると、JICAの理事の方なんかも来ていただいたときに質問した問題、一つ取り上げたのは要請主義の問題がありまして、要請主義というのは結局向こうが要請するんだが、形は要請なんだけれども、実際には日本のコンサルト会社、これが輸出大企業とつながっていて、現地に行ってプロファイして見つけてくる。フィージビリティースタディーもそのコンサルタントがやっぱりやるということで進んでいくので、結局日本の資本の論理が貫かれる。資本の論理も必ずしも全部マイナスじゃないんだけれども、そこから公害輸出等々さまざまな問題というのも生まれると思うし、金をどぶに捨てるというような、本当にその国が必要としないいろんなプロジェクトができちゃったりすることもあると思うんですが、この「「カネをドブに捨てる」比率をどこまで下げることができるか」という内容について、例えば私たちが今まで取り上げてきた要請主義にかかわる問題とか、その他もし具体的にセミプロとして現実をごらんになった先生としてお考えをお聞かせいただければありがたいと思います。
 以上、二点です。
#24
○参考人(川田侃君) じゃ、なるべく簡単に。
 南北問題については確かにおっしゃるとおりでして、先進国の学者が考える南北問題というのは非常に口当たりがいいというんでしょうか、アルジャーのが一番有名で、地球的規模で物を考え地域において行動するというのが日本でも非常に有名な言葉になりました。それから、ガルトゥングの構造的暴力主義というのも、ノルウェーの方ですから北の人が考えたことなんですね。しかし、七月に日本で行われた平和研究学会総会に出た印象では、地球的規模で物を考え地域において行動するというような口当たりのいいコピーというのはもう通用しないと。これはアルジャー自身も言っておりましたけれども、つまり現在のスーパーテクノロジーのもとでますます貧富の差がひどくなってきた。飯田先生がおっしゃったように東南アジアはその中でもいい方でありますけれども、世界的に見れば第三世界は完全に取り残されて貧困の渦に巻き込まれたと。
 そういうことを考えると、先進国の学者が言っていた南北問題というのは、要するに自分の問題でないから非常に口当たりのいい言葉で、研究し理論としては提出したけれども、現実を解決するにはほど遠いものであったという反省は私を含めてしなければならないと思うんです。ですから、そういうスーパーテクノロジーで非常に第三世界だけ取り残されたと。
 湾岸戦争で一番顕著にあらわれたのは、これは日本の文化勲章をいただいたある自然科学者が言ったことですけれども、日本の最先端技術も随分使われた、しかしあそこで見せたことは、破壊においてはピンポイント破壊も含めて破壊力は物すごいということはわかったけれども、湾岸戦争が終わった後に再建する事業について最先端企業はいかに役に立たないかということも明らかになったとおっしゃって、大変残念なことである、今後の技術というのはそちらの方にむしろ向けられなければならないんじゃないかということをおっしゃっておりましたけれども、そういう時代で、第三世界のマージナルな人がお互いに連携をとっていくというのは非常に困難だとは確かに思います。
 ただ、ごく最近の経験で言いますと、私はマニラのタガイタイという高原で質素に徹した合宿を一週間ぐらいやって、私の体力はもつかなと。便所もついていないようなホテルで、非常に貧しいといいますか、ドミニコ修道会系の集まりでしたからそれが当然なんでしょうけれども、バングラデシュとかインドとか四、五人来ておりました。終わってみたら私は非常にすがすがしさが残ったといいますか、あの一週間何とか件ももったわけです。
 そこで考えたのは、そういう南アジアや東南アジアの貧しい人々の貧困を解決するにはどうすればいいかというような会にやっぱり西ヨーロッパやアメリカのかなり立派な学者がたくさん参加しているということです。日本からは私一人でした。ですから、やっぱりアメリカの学者もそういうところに身を投じてやらなきゃいけないんだという覚悟を決めている人も恐らくいるんだろうと思うんです。
 そうすると、今までは全くマージナルでお互いに連携がとれないというような状態にありましたけれども、北の先進国を含めて、心ある学者も含めて次第にそういうリンケージは恐らく広がっていくであろうし、それからアメリカの今の流行的な若い女性研究者の意気軒高とした姿などを見ていますと、連携は今まで普通はマージナルな人々はほったらかされて、エリートはリンケージをどんどんつくるけれども、だめであると。発展途上国の九割の人々は国の中でさえリンケージはとれないんだというふうに言われていたんですが、若干それを改めなければいけないんじゃないかなというように私は感じて帰りましたので、今後やはりそういうエネルギーがどの程度第三世界から出てくるか、私も予測はできませんですけれども、全然希望はないというわけではないというふうに思います。
#25
○参考人(飯田経夫君) 影の話なんですが、影が幾つかあるということはおっしゃるとおりで、細かい話からいいますと、専門家が行くときに機材を持っていくんですが、コピー機なんというのは今は必ず持っていくわけですね。ところが、あれは必ず壊れて、壊れても途上国にはメンテナンス技術がないから壊れたコピー機が山のようにできてしまうというようなことがあって、それはほかのいろんな自動車とか何かでもよく起こるのであります。
 ただ、おっしゃった要請主義というのは、相手が立派な独立国であるから相手の要請に基づいて
物事が始まる、これは建前としては立派な、まさにそのとおりでなきゃいけないことだと思うんです。ただ、要請しろといっても本人が何を要請したらいいかわからないのが実は途上国の途上国たるゆえんでありまして、そこにコンサルタント会社とかいろんなのが入るのは資本の論理でいけないといえばいけないんですけれども、やむを得ない面もあるというのもまた事実なんではないでしょうか。そういう資本の論理も、アンタイドがどんどんふえていますのでだんだん通りにくくなってきているということは言えるんじゃないかと思います。
 以上、お答えいたします。
#26
○上田耕一郎君 どうもありがとうございました。
#27
○会長(佐々木満君) 川田参考人、飯田参考人に対する質疑はこの程度にとどめます。
 この際、二言ごあいさつを申し上げます。
 両参考人におかれましては、本日は御多忙の中にもかかわりませず長時間の御出席をいただき、貴重な御意見を賜りましてまことにありがとうございました。本調査会を代表して心より厚く感謝、お礼を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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