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1993/05/21 第126回国会 参議院 参議院会議録情報 第126回国会 国民生活に関する調査会 第5号
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1993/05/21 第126回国会 参議院

参議院会議録情報 第126回国会 国民生活に関する調査会 第5号

#1
第126回国会 国民生活に関する調査会 第5号
平成五年五月二十一日(金曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月二十三日
    辞任        補欠選任
     翫  正敏君    日下部禧代子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         鈴木 省吾君
    理 事
                岡部 三郎君
                成瀬 守重君
                三重野栄子君
                浜四津敏子君
                鈴木 栄治君
                有働 正治君
                笹野 貞子君
    委 員
                木宮 和彦君
                木暮 山人君
                清水嘉与子君
                竹山  裕君
                服部三男雄君
                藤江 弘一君
                川橋 幸子君
               日下部禧代子君
                栗原 君子君
                渕上 貞雄君
                前畑 幸子君
                山口 哲夫君
                中西 珠子君
                下村  泰君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        小林 正二君
   参考人
       慶應義塾大学経
       済学部教授    島田 晴雄君
       日本大学経済学
       部教授・同人口
       研究所研究部長  小川 直宏君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民生活に関する調査
 (本格的高齢社会への対応に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○会長(鈴木省吾君) ただいまから国民生活に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る四月二十三日、翫正敏君が委員を辞任され、その補欠として日下部禧代子君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○会長(鈴木省吾君) 国民生活に関する調査を議題とし、本格的高齢社会への対応に関する件について参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、お手元に配付の参考人の名簿のとおり、慶応義塾大学経済学部教授島田晴雄君及び日本大学経済学部教授・同人口問題研究所研究部長小川直宏君のお二人に御出席をいただき、順次御意見を承ることになっております。
 この際、島田参考人に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきましてまことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております本格的高齢社会への対応に関する件について忌憚のない御意見を拝聴し、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたします。
 議事の進め方でございますが、まず参考人から四十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 それでは、島田参考人にお願いいたします。
#4
○参考人(島田晴雄君) ただいま御紹介にあずかりました島田でございます。よろしくお願いいたします。座ってやらせていただきます。
 本日は、本格的高齢社会への対応ということで、特に雇用・生活保障を中心にして意見を述べるように、こういう御指示をいただきまして、非常に重要な問題でございますので大変期待をしてはせ参じてまいった次第でございます。ぜひこの重大な問題を本格的な政策対応で乗り切っていただきたい、こういうふうに念願する次第でございます。そういう先生方の御努力の一環に多少なりとも材料を提供できれば、こんなつもりでこれから若干私の感じておりますことを申し上げさせていただきたいというふうに思います。
 皆様方のお手元にレジュメ並びに幾つかの図表のようなものをお配り申し上げましたが、レジュメを一べついただきますと御想像がおつきになろうかと思いますが、非常に問題の広がりが大きうございまして、短時間ではございますが、広がりを持った問題の性質あるいは方向といったものを足早に申し上げさせていただいて、各論点についてはできるだけ御質問をいただく中で深めていただきたい、こういうふうに思います。よろしくお願いしたいと思います。
 本日の私のテーマは高齢社会への対応ということで雇用・生活保障という個別問題にかかわってまいりますけれども、その前提として人口動態をどう考えるかということが非常に大きな問題でございます。本来であれば、小川先生の専門である人口動態についての話があって、それを受けて私が話を申し上げると話の流れとしてはよろしいかと思いますが、とりあえず私なりにこの人口動態の問題についての考え方から入らせていただきたいというふうに思います。
 今日、日本で高齢化の将来がどうなるかということについて、厚生省の専門家の皆様方、またいろいろな研究機関の専門家の皆様方が人口動態の推計をなさっておられます。厚生省の推計の中位推計というのがいろいろな政策を考えていく上での一応の基本的なよりどころになっているかと思いますけれども、先生方のお手元にお配りいたしました図の一をごらんいただきますと、ここにグラフがございます。三本線が引いてありますが、一番上のものが高位推計、中ぐらいのものが中位推計、下が低位推計ということでございまして、現在の厚生省の人口問題研究所の中位推計というのをたどってまいりますと、二十一世紀の初頭に日本の人口はピークを打ちまして、それからだんだん減っていく、こういうことでございます。
 それで、人口がこのように減ってまいりますと、それを受けて当然生産年齢人口というのが減ってまいります。人口が減っていくときの一番大きな原因は出生率が下がっていくということが大きな原因でございますので、当然若い人口層から減っていく、その減り方が激しいわけでございます。したがって、生産年齢人口の減り方の方が人口全体の減り方よりも激しいということでございまして、この図でございますと下の棒グラフの黒い影になったところでございます、こちらの生産年齢人口、十五歳から六十四歳人口は既にそろそろピークに来ておりまして、もうほどなく絶対的に減っていくということでございます。
 生産年齢人口は実は労働力人口の母体になっているわけでございまして、生産年齢人口の中から労働力が出てくるので、労働力人口はどういうふうに動いていくかといいますと、ちょっと後の方になりますが、図の七をめくっていただきたいと存じます。大分後ろの方になりますけれども、図の七に労働力人口の将来推計というのがございますが、これが今御紹介申し上げました中位推計をもとにしていろいろな前提のもとに労働力人口がどう動いていくかというのを調べたものでございますが、今申し上げましたように出生率の低下が反映して人口が減っていくものですから、どうしても若い世代の労働力の減少が激しいわけでございます。若い世代の労働力の動きは、この図の上の方に書いてございますが、折れ線グラフでございます。一九九五年がピークということになっております、再来年でございます。再来年を過ぎるとつるべ落としに若い人口は減ってまいります。
 そして、若い人口の減少に引っ張られて労働力人口全体が減ってまいりますのが二十一世紀に入ってすぐでございます。そういう形でだんだん日本の労働力人口というものが細ってまいります。ですから、生産力という面から考えたときに、その一番基本である労働力というものがこういう構造で細っていくということがわかるわけでございます。
 また、この図の七の一番下の労働力人口の伸び率というものを見ますと、現在は大体年率〇・八%ぐらいという伸び方をしているわけなんですが、これから数年先になりますと〇・四%というような伸び方になっていく。二十一世紀に入りますと伸びません、マイナス〇・一、絶対的に減ってまいります。そして減り方がだんだん激しくなっていく、こういうことでございます。
 よく私ども経済成長率ということを考えますが、ことしの経済成長も政府が三・三%の成長を公約した、しないということで世界的にも関心を呼んでおりますけれども、経済成長というのは大きく見ると労働力人口の伸びに一人当たり労働力の生産性の伸びというものを足したものでございます。日本経済全体の技術革新のあり方から考えて一人当たりの生産性というのは大体中期的に、現在とか近い将来の近辺では年率二・五%ぐらい上昇するのではないかというふうに考えられております。そのもとに〇・八%という労働力人口の伸びを足しますので三・三%という伸びになるわけでございます。
 もし、その二・五%というような技術革新が十年後にも続いていたとしても、ここに書いてございますように労働力人口が十年後にはマイナス〇・一%というふうな形で減ってまいりますので、二・五%の生産性上昇があっても経済成長率は二%台そこそこというふうになってこざるを得ないというのが長期的な姿で、かつての高度成長と比べることは全くできないわけですが、既に中成長時代でもないんです。もう成長があるのかないのかというような時代に日本経済は長期的に入ってまいります。そういうことが人口動態の上から推測されるわけでございます。
 それで、今これまでの話は厚生省の一番新しい時点での人口動態推計の中位推計をもとにして話をしておりますが、実はこの中位推計というのが本当に的確に将来の姿を推計しているのだろうかということについて、多くの専門家が疑問を実は持っております。
 まあこう言ってはなんですけれども、人口問題研究所から数年前に出された人口推計ですと、現在はこんなに低出生率ではない、もっと大変高い出生率が予測されておったわけでございます。したがって、したがってというと恐縮ですが、将来どうなるのか、本当に今の推計どおりだと思って問題を考えていていいのかどうか、ちょっと不安が残るわけでございます。
 この現在の中位推計ですと、実はこういうふうに前提が置かれて中位推計がつくられているわけでございますが、出生率の低下というのが今どんどん進んでおります。平成六年、つまり来年ですね、来年にはこの出生率の低下が底を打ってそれから反転をして、そして二十一世紀初頭には、今合計特殊出生率というのが一・五ぐらいでございますが、一・八ぐらいになるだろうと。こういう割合楽観的な姿を描いているわけなんですが、本当にそんなふうに出生率が反転してくれるのかどうかということについて疑問を持つ方が多いわけでございます。
 私どものような経済学を勉強している者から見ますと、どうもそういうふうに反転してくれるのかどうか確信が持てない。なぜかといいますと、そもそもこの十年ぐらい急激に出生率が低下してきているんですが、その低下の原因もそういう推計は説明できなかったわけで、反転するということについての原因の説明も余りはっきりしていないということで私ども疑問を持つわけでございますが、ちょっと図の玉とか図の四をごらんいただきたいと思います。この図の三に、点線でTFRというのが書かれています。これはトータル・ファーティリティー・レート、合計特殊出生率、つまり一人の女性が一生のうちに何人子供を産むかという、そういう数字でございますが、これが一九七五年から一九八〇年代を通じて趨勢的に低下してきたということでございます。
 このグラフは八八年までで大変おくれておりますが、近年もっともっと低下をしているわけなんですが、これと女子の労働力率というのが、ごらんいただくと想像がつきますが、かなり見事に逆相関しているわけです。女子の労働力率が高まると出生率が減るという形になっております。それから次の図でいきますと、女子の初婚年齢が高まっていくにつれて出生率が見事に低下をする、こういう逆相関が見えます。次の図の四をごらんいただきますと、一人当たりの教育費、子供の教育費が上昇してくるというのと出生率の低下が見事に逆相関をしております。それから、住宅価格の上昇と出生率の低下が逆相関しています。
 こういうことは何を意味するかということでございますが、子供を産むか産まないかということの判断でございますけれども、今日日本のような国では相当計画的に子供を産む産まないは親がコントロールできるわけなんですが、どういうときに産むか、もちろん子供を持てば幸せということがございます。しかし、幸せには大変なコストがかかる、子供を持つコストが非常に高いとあきらめようということが出てくると思うんです。
 コストには二種類ございまして、直接コストと間接コストとございます。直接コストというのは養育費でございます。教育費とか住宅とか、その他もろもろの直接費用ですが、これは先ほども見ましたようにかなりきれいに逆相関をしている。つまり、子供を育てる経費がかかると子供を持ちにくくなる、これははっきりしております。
 もう一つ言えるのは、間接経費でございますが、間接経費の方がずっと経費としては大きいんです。それは何かというと、子供を持ったために犠牲にしなくてはならなかった所得、もう少し簡単に言いますと、お母さんになってしまったために仕事をやめなきゃならない。そのために、例えばお母さんが結婚して働いていたときには年間六百万円ぐらい稼いでいたけれども、子供を持って手がかかるのでやめたといったときに、年間六百万円を犠牲にしなきゃならない。お母様方が仕事をすればするほどそういう犠牲のコストが高くなっていくわけです。これが、多分さっき申し上げた労働力率がある程度間接的にそれを反映しているわけなんですが、そういう間接費用が高くなっていくと出生率が減っていきます。
 出生率の動きを地域別に割ってみますと、はっきりしておりますのは大都市ほどTFR、出生率の低下が著しい。東京圏では一・二でございます。今全国が一・五ですけれども、一・二でございます。それは今申し上げた背景とかなりかかわりがあるのではないか。つまり、大都市圏ほど直接経費もかかるし、それから女性の就業機会も多い。したがって、みすみすその就業機会をあきらめて、所得をあきらめて子供を持つということのコストが非常に高いということがあるのではないかと思います。
 そういうことを考えますと、これが反転するというためにはどういう条件がなくてはならないかというと、直接費が安くなる、そして間接費も安くなる、つまり子育ての養育費が何らかの理由で安くなっていく。それから、女性が子供を持っても仕事をやめないで済むというような、つまり所得を犠牲にしないで済むというような条件が出てくるということがはっきりしていれば反転すると思いますが、そういう条件が来年を底にして反転してくるようには私どもにはよく見えない。
 したがって、多くの経済学者は厚生省の中位推計は楽観に過ぎるのであって、もっともっと実は出生率が低下する。そして、回復にはうんと時間がかかるだろうと、そういうふうに多くの経済学者は見ております。どっちが正しいか、これはまだわからない問題ですけれども、かなり疑問があるということでございます。
 もし、その疑問がそれなりの根拠があるとしましたら、どういうことが起きるのかというのを先生方とちょっと考えてみたいんですが、図の二を見ていただきたいと思います。この図の二は、今触れました合計特殊出生率の動きを今後数十年にわたって線で描いておりますが、実線の千九百九十何年かまでは本当の数字でございます。その後は推測でございますが、実線は厚生省の中位推計でございます。点線で書きましたのは、いろんな仮定が可能なんですが、私どもが今申し上げたような経済的ないろんな理由を背景にいたしまして簡単には回復しないだろうと、しかし長期的にはいろんな変化があって、もっと子供を持っても仕事がしやすい環境ができるのではないかというようなことを考えて点線の姿を描いてみました。例えば、このようなシナリオを描くことができるかもしれません。この点線のシナリオは厚生省の人口推計の低位推計とかなり近い数字でございます。
 こういうことがありますと、何枚かめくっていただきまして、図の五をごらんいただきたいんですが、図の五でもって老年人口比率、つまり総人口が分母で六十五歳以上の人口が何%を占めるか、こういうのをはじいてみますと、厚生省の中位推計でいきますと、二十一世紀に入って割と安定してまいります。二〇二〇年あたりに二五%という数字が出てきます。それからもう少し影響が出まして、二十一世紀の半ばごろに二八%ぐらいまでいって、それ以降は老年人口比率は減ってまいります。高齢化は無限に続くものではありませんで、長期的に循環いたしますから減ってまいります。ただ、もっと悲観的なシナリオ、さっき点線で書きました、あれでいきますと、二〇二〇年ごろまでは大体似ているんですけれども、その後相当開いてまいります。二〇二〇年代には二七%、二〇五〇年には三三%、大変な比率になってまいります。
 次の図をごらんいただきたいんですが、図の六、老年人口指数、母数を人口でなくて生産年齢人口ということで見ますとどういうことになるかというと、二〇二〇年ぐらいまでは〇・四ということは、生産年齢人口二・五人で一人の高齢者を支えるという姿でございます。二〇五〇年近くになってまいりますと、厚生省中位推計ですと二人の生産年齢人口の人が一人の高齢者を支える、これはもう主婦が一〇〇%就業していた姿ですけれども、二人で一人を支えるということになりますが、先ほど申し上げた点線の下位推計に近いシナリオでいきますと、三人働いて二人を支えなきゃいけない、こういう姿になります。もし主婦が一〇〇%就労しないで現在のように六割、七割の就労ですと、二人の人が二人を支えるという大変な姿になります。
 私は、非常に印象的ですが、この実線から点線が上回って乖離してくる姿が、あたかも大きな津波が数十年先に日本列島目がけてどっと押し寄せてくるように見えてならないんです。そんな津波は杞憂であるということならそれはそれでいいんです。しかし、さっき申し上げましたように、経済的ないろんな理由から考えると、どうも反転するという証拠がよくつかめない。むしろほっておくとこの津波のシナリオになってくるのではないか。ですから杞憂として片づけられない。片づけられないとすると、そういう津波が日本列島を襲うときに、日本の国、社会、民族というものがそういうものにどうやって耐えていくか、それを受けとめていくかという政策の設計をしなきゃならないはずです。私は、そういう津波に耐える設計というのはあり得るのか、あるとすれば何をどうすればいいのかといったことについて問題を提起いたしまして、いろいろ考えを深めさせていただきたい、こんなふうに思うわけでございます。
 レジュメに戻っていただきまして、「高齢化の衝撃と社会・経済システム」というふうに書きましたが、この中で、現行のシステムはその津波の衝撃に耐えられるのかどうかということでございます。先ほど点線が津波だと申しましたが、実線ですら実は津波と言ってもおかしくないほどの上昇でございます。したがって、かなりのそういうインパクトがあるはずでございます。
 さて、現行の社会・経済システムはさまざまなものを組み合わせて成り立っておりますが、高齢化の問題に直結するものだけ考えても、年金、医療、介護、雇用、貯蓄・投資、税制その他基本的な仕組みがございます。
 年金ということについて見ますと、今国会で、そろそろ年金大改正、九四年度大改正ということで御議論が活発になっておるわけでございますけれども、非常にはっきりしておりますことは、年金制度に加入している人たちの拠出金というものが伸びていかない、逆に給付が伸びていくというために、年金財政がこのままいくともたない。したがっていろいろな手を打たなくてはならない。例えば支給開始年齢を六十歳から六十五歳に引き上げていく、さもなければ給付水準を減らす。しかし、年金を期待して暮らしている高齢者の方の給付水準を減らすといっても大変ですが、実は既に年金はかつてのような給付水準の伸びではないような仕掛けが組み込まれておりますけれども、それでも足りない。さもなければ拠出をふやしていただくということになるわけですが、拠出をふやしていただくというのもスケジュールの中に入っておりますけれども、国民は所得税も上がっていく中で果たして担税力といいますか、負担できるのかどうかという問題が出ております。非常に難しい。
 こういう難しい問題を抱えているところへ津波が押し寄せてまいりましたら、公的年金制度そのものが維持できるかどうかという問題が問われてくると思います。今日でも既に明らかなことは、現在の高齢者の方々はこれまで拠出されたお金に比べると今給付を受けておられるその給付の比率が大変、こう言ってはなんですが世界的に見てもなかなかよい給付率を受けておられるわけですが、若い世代になればなるほど拠出に対する給付というのが少なくなってくる。今の三十代あるいは二十代の方々になりますと、年金に拠出をして給付を受けてもメリットが全然ないというくらいの状態でございます。したがって、もっとそれが厳しいという状態になりますと、公的年金制度は意味があるのかどうかという問題提起が出てこざるを得なくなるだろうと思います。したがって、この問題がございます。
 次に、医療問題でございます。日本の今日までの医療は、国民的な財政問題から考えても、医療の効率というような問題から考えても大変世界的に見てパフォーマンスはよろしいと言ってよいかと思います。日本は国民皆保険のもとで大変立派な医療制度を持っております。そして、例えばアメリカのような国に比べますと一人当たりの国民医療費というのは大変低い、アメリカはちょっと先進国の中でも突出して高いんですが。しかし、ヨーロッパの国と日本は大体同じですけれども、それに比べると寿命は大変長いですし、比較的安いコストでいい効果を上げているんではないかと言えると思います。しかし、それは今までぐらいの状態なんであって、これ以上の高齢化が進みますと、今度は後期高齢者あるいは寝たきりの方々とか、大変難しい病気になる方々とか、そういう人たちの比率がふえてまいりまして、不比例的に多分医療費が上がってくる、しかも医療技術が進歩して高額医療が普及してまいります。それから、末期医療といったときになると大変な医療費がかかりますので、そういったものが重なってまいりますと、これまでのように低い医療費でよい効果を上げるという形が維持できないのではないかというふうに思われます。この問題がございます。
 それから介護の問題がございます。介護マンパワーというのが非常に不足をしているということがつとに指摘をされておりますが、政府で考えているマンパワー計画と実態との乖離は非常に大きい。これは前々からこの調査会でお調べになっていることだと思いますが、そういう問題があります。
 また、雇用問題がございます。日本の雇用制度というのは、基本的に若い人を雇ってきてこの人たちを訓練して、そして年をとるまで働いていただく、比較的若い人の数が多いものですから賃金負担も比較的安く済む、こういう仕掛けで大変効果的に日本の雇用制度が機能してきたわけです。お年寄りの方が若い人より数がふえるというような労働力構造になったときに、日本の年功賃金制度とかあるいは長期の雇用制度とか、こういうものが機能するかどうかということを考えますと、実は機能しないだろうと思います。ですから、いろんな形で崩壊をしてこざるを得ない。
 つまり、高齢者の比重が高い労働力構造になった場合に年功賃金制を維持しますと、こういう企業が競争力を失って国際競争場裏から脱落をしていかざるを得ない。これは一企業の問題ではございませんで、日本全体がそういうことになる、そういう問題がございます。そして、企業が競争力を失ってきているのに、その他社会保険などの負担が出せるか、出せないのにもかかわらず支出の方は非常にふえているというようなことになりますと、これは相乗効果を生みまして、システム全体が何といいますか、自己破壊現象といったようなものに落ち込んでくる危険性があるわけでございます。
 また、税の問題もございます。日本は戦後個人所得税、法人所得税を基本にした税制でやってまいりました。数年前に一般的に間接税を導入したわけですけれども、まだ非常に低い料率でございます。この所得税でずっといくということは高齢化社会にはとてもたえられない。つまりタックスペースが減ってまいります。ですから、一部の勤労者の所得税負担が物すごく高いものになりますので、そういう意味でも勤労意欲が失われる可能性があります。
 そういうシステムでつくり上げられている社会・経済システムのところへさっき申し上げたような津波が襲ってくる。その津波が二%ポイントなり三%ポイントなり現在の予測より高くなるというようなことがありますと、システム全体が崩壊する可能性がある。それがこの二十年、三十年というタームでは確実にその現象が起きてくるということがあるのではないかと、相当な確率であるように思います。
 では、そういった問題に対して、これを防ぐためにはどうしたらいいのかということでございます。そこでソフトランディングのシナリオということを少し考えてみたわけでございます。幾つかのやり方でそのシステムが崩壊するのを防ぐ手がございます。一つは、労働力率が上がってくれば、勤労者の比重がそう急速に減りませんからいろいろな意味でソフトランディングいたします。それから労働力の質が向上する。より生産性が高い労働をしていただける、あるいはより創造力、クリエーションですね、人まねではなくて、他の国々がつくっていないような製品を開発できるような能力を人々が持ってくれば、これも有力でございます。
 また、労働力の配分というのが問題でございまして、日本は六千四百万人の労働力がありますが、そのうち恐らく五分の四ぐらいの労働力は、こう言ってはなんですが大変生産性の低い分野に吸収されております。世界的に見て生産性の高い分野というのは製造業の恐らく三分の一ぐらいだろう。製造業の労働力というのは千五百万人ほどおりますが、五百万人ぐらいの労働力は大変生産性が高いところで仕事をしております。しかし、五千万人以上の方々は世界的に見ても非常に生産性の低いところにいる。したがって、この生産性の低い部門の近代化、効率化を図りまして、労働力を再配置をするということが重要でございます。それができれば助けになります。それから、外国人労働力をよい意味で導入できれば、これも助けになります。
 それから、前回の調査会でお話があったかと思いますが、高齢者の自立が進めば介護問題、医療問題含めてそれはそれなりに、また自立を助けるコストもかかるわけですけれども全体的には大変助かる。それから、資産の流動化。これはどういうことかと言いますと、日本は今や資産大国でございます。資産の一番大きなものは住宅と土地なんですけれども、日本全国の不動産の評価額というのは今幾らになっているか正確な数字はないかと思いますが、あのバブルの頂点のときに政府の推計では二千四百兆円ほどあったそうでございます。それを全部売るとアメリカが四つ半買えるという冗談みたいな話がありましたけれども、二千兆円は今ないと思いますが、しかし相当な額でございます。
 この固定資産の一部でも流動化して、そして高齢者の方々の生活費を補てんするというような形ができれば、これは非常に有力なんです。武蔵野市でやっている武蔵野方式というのはそれに似た仕掛けでございます。つまり、お年寄りの方の資産を市が預かって、そして老後の費用の面倒を見る、こういう仕掛けでございます。いろんな形があります。今専門家の間で話題になっておりますのは、資産の土地の証券化というようなことをやったらどうかという話でございます。
 それから、最後に海外資産の活用というのがございます。今、日本経済はほかの国々に対して大変な貿易の黒字を出しております。貿易の黒字が出るということは、その資産が海外に流れざるを得ない。今、いろんな形で日本の資産が海外に流れて、海外の資産を実は買っているわけなんです。相当な資産蓄積が今後十年、十五年の間に世界で進むはずです。そうしますと、長い目で見ると世界に蓄積した資産の収益が日本へ返ってまいります。ちょうど大英帝国が百年かけて世界に資産を蓄積してその蓄積で今日暮らしている面が大きいんですが、日本もだんだんそういう傾向を持ってまいります。これが割に円滑に進むということであれば、国内の経済の仕組みは大変なんだけれども、外に貯金もあるから何とかバランスがとれる、こういう姿もございます。問題は、このソフトランディングのシナリオをどうやって進めていくかということであろうかと思います。
 次のページをめくっていただきます。シナリオについて一つずつ補足の説明をさせていただきたいと思います。第一に、労働力率の引き上げということをまず考える必要があるわけですけれども、図の九をごらんいただきたいと存じます。図の九は年齢別に見た男女別の労働力率でございます。上の図が男子でございますが、男子は二十五歳くらいになりますと労働力率が一〇〇%に近くなります。これは当然のことで、日本の家族制度でいきますと男はまず働くということだろうと思うんですが、下の女性の労働力率を見ますと、若い女性は七、八〇%働くわけですが、子供を持つころになると労働力率が落ちてそれからまた労働力率が上がる、M字形サイクルと言っていますけれども、こういう形を持っております。で、少しずつ少しずつこのM字形の谷間が埋まってきているということでございます。
 世界の国々の表をここにちょっと出してなくて恐縮でございますけれども、例えば北欧諸国ですとかあるいはロシアとかオーストラリアとか、こういうところはこのM字形はございません。ほとんど男子と同じような形をしております。それぞれの国情でもって子供を持っても仕事ができやすい形になっているからなんです。日本がそれができるかどうかということが一つございます。それができますと、これ相当なソフトランディングの効果がございまして、年金も医療もいろんな問題がかなりの程度解決をいたします。もう一つは、高齢者の方が、六十代以上で急速に労働力率は減りますけれども、多少この労働力率を引き上げるようなことができるかどうか、これも相当な効果がございます。
 二番目に、労働力の質的向上でございますが、これは労働力の生産性が上がるような仕掛けができるかどうか。それから、日本のように非常に国内の生産コストの高い先進国にとって重要なことは、ほかの国々と同じようなものをつくっていたら、日本は生産コストが高いものですから競争力が実はないんです。ですから、極端な話ですが、今や日本のある有力な自動車メーカーはアメリカに自動車を輸出しない、むしろアメリカで使っていただく車は全部アメリカでつくる、それだけでなくてアメリカでつくった車を日本へ逆輸入して売る、こういうことまでやっております。なぜかというと、日本のコストがもはや高過ぎるからなんです。世界一コストの高い国です。ですから、そういう国が競争力を持って未来も繁栄し続けるためには、世界の国々が考えもしなかったような新しいものをつくり続けなくてはならないと思います。
 実は、こういうことを先進国と言われたアメリカはやってくれたんです。一九二〇年代、三〇年代、アメリカが何をしたかというと、自動車を産業に仕立て上げました、それから飛行機をつくりました、電話、通信というものをつくりました、コンピューターを発明しました。次から次へとアメリカだけがつくったものを世界に提供していったものですから、あの国は世界で一番生産コストが高いにもかかわらず繁栄を続けることができたんです。アメリカ以前にそういう歴史を経験した国はあるかというと、イギリスがそうでございます。イギリスは十九世紀の終わりになぜあれだけの繁栄をしたかというと、蒸気機関をつくりました、鉄道をつくりました、汽船をつくりました。世界の国が持っていないものをどんどんつくっていったんです。
 したがって、もし日本がこれだけ生産コストの高い国になっても先進国としての繁栄を続けようと思ったら、今申し上げたような製品でない、新しい製品を次から次へとつくっていくだけの創造的な付加価値を生む企業をつくらなければやっていけないんです。その人材をどうやってつくるかというのが非常に大きな課題でございます。
 それから三番目に、労働力配分の効率化ということを申し上げましたが、先ほどもちょっと触れましたけれども、今、日本には六千四百万人の労働者がおります。そのうち、世界的に見て生産性が高い、競争力が高いのは製造業の一部でございます。千五百万人の製造業の労働者のうち、恐らく三分の一ぐらいがそういうところで働いている。あとはどうかというと、農業に四百万人、建設業に六百万人、サービス業に千七百万人、流通・飲食店に千五百万人、運輸業に三百七十万人、そういう状態でございますが、御案内のようにこれは国際競争力がほとんどございません。
 したがって、なぜ日本で物価が高いかというと、この生産性の低い部門でのつくられている消費財とサービスが必然的に物価を高くしている、こういうことでございます。これの労働力の再配置をしなくてはいけないということです。再配置をするためには一つ一つの産業が努力をする、政府も支援をすることが必要ですが、もう一つは、市場を開放して自由化の圧力のもとで、頑張ろうねという形にせざるを得ないんだろうと思います。
 それから、外国人労働者のいい意味での導入ということがあろうかと思います。この四月五日に法務省で新しい告示が出て、志の正しい中小企業主の方が、いい意味で外国人に働いていただくことができるというふうな仕掛けをつくりましたが、一つの方向だろうというふうに思います。
 それから、高齢者の自立の問題、これは私、専門でもありませんし繰り返しになりますのでやめます。資産の流動化、先ほど申し上げましたけれども、多分一番有力な方法は土地の証券化であろうかというふうに思います。それから、海外投資の活用ということもあります。
 最後に、そういうテーマがソフトランディングのためにあるとしまして、我々は何をすればいいのかということでございますが、家計と企業と政府と、それぞれなすべき役割があろうかというふうに思います。
 家計でいいますと、実は高齢化問題に対応する上で最大のキーポイントとなりますのは、既婚女性といいますか、奥様たちがどういう労働市場参加をするかということなんです。これは、実は女性の問題というよりは、むしろ夫の問題なんです。夫が、下に書きましたように就労、子育て、介護、その他の家事をどのぐらい分担する気でいるのかということが決め手でございます。女性の問題は実は男の問題なんで、ここがどういうふうな形で展開するかということが、日本が高齢化社会でソフトランディングをするかどうかの恐らく最大の決め手になろうかというふうに思います。
 それから二番目は企業でございますが、私はここに家庭と両立する企業という言い方をしておりますけれども、今日では学校を出た女性はみんな仕事をするのは当然と考えているわけです。結婚しても仕事をする。ただ、子供ができるとこれが非常に難しい。だれが子供の面倒を見るのかということになると、結局女性が面倒を見るということになってきて仕事が続けられない。で、この家庭と両立する企業という考え方があろうかと思いますが、これは実は女性の労働時間管理の問題じゃないんです。一番重要なのは、男の労働時間をどう管理するかが家庭が企業と両立できるかどうかを決めてくる。つまり、だれでも残業があるわけです。奥さんが、子供を引き取らなきゃならないからきょうは残業ができないというのでやめます、あるいはプロジェクトを途中でやめる、そういう人は使えないということになって仕事が続けられないわけです。もし、夫と妻が分担していますと、きょうはうちのワイフは重要な仕事をやっているんで、おれが帰って子供の面倒を見るよということを言う、それを会社の中で言う。そしたら、ああそうか、帰りなさいとみんなが言えるような雰囲気の会社になっていると、これは両方が続けられるわけです。
 寿人事というのをやっている会社がありますけれども、夫が長崎に配転になったというと、奥さんも長崎に配転する。そうすると、続けられるんです。しかし、それはわがままだという議論が非常に多い。確かにわがままだと思いますが、わがままだといって有能な奥さんがぽきっと仕事を折るのと、わがままを聞いてやって、その奥さんがずっと続けてくれるのとどっちがプラスになるかというと、後者の方がプラスになる時代がもうそこへ来ているというふうに思うんです。そういうことでございまして、敵は本能寺で、家庭と両立するか、子供を育てられるかどうかというのは、実は男の管理の問題だと思います。
 そして、日本の企業はさまざまな種類の労働力をこれから扱わなくてはならない、中高齢者とか専門職とか、外国人、女性、パート、いろんな人をです。これは複線型人事といいます。若いときに雇って、ずっと企業内で教育して、定年まで働いていただくというのは単線型の昔の人事でございます。今や、いろんな種類の条件を持った労働力をモザイクのように組み合わせて、それぞれの力をフルにその時点で発揮してもらうという人事でなくてはならないんだろうと思います。そういう意味での人材育成投資ということが問題になります。
 さて最後に、政府の役割の問題でございます。幾つか申し上げたいんですけれども、一つ税制と書きましたのは、私、一番先生方に申し上げたいのは、自己啓発優遇税制といったようなものをぜひお考えいただけないかというふうに思うんです。これはどういうことかというと、一昔前は学校を出て会社が教育をいたします、訓練いたします。二十代で訓練して、三十、四十代まで転がして働かせて、五十五になったら定年になりますから、それでよかったんです。ところが今日は、いろんな意味で考えて六十五歳、あるいは年金のことなどを考えますと七十まで働かなきゃならない。仕事のスパンが五十年になってきている。ところが、技術革新のスピードは昔よりずっと速い。ですから、すぐ陳腐化をいたします。三十になるともう使えない、四十になるとコンピューターが全然できない銀行員がいるというようなことで使えない。これではもうみんな窓際へ行く以外にない。
 では、この人たちがもう一回リフレッシュして労働市場に再登場するためにはどうしたらいいかというと、一年ぐらい休暇をとって徹底的に訓練しなきゃならないんです。若い人に一年休暇をとらせて訓練するのは二百万もお金を渡しておけばできるんですが、中年の人にそれをやらすということになりますと、千数百万かかります。なぜならば、家族を養うだけで八百万ぐらいかかるからなんです。だれがそれを負担するのか。企業はますます人々に対して負担する余地はないと言っている。そうすると、三万で負担しなきゃならない。個人の貯金、企業の応援、そして税制です。税制の応援がなさ過ぎるわけです。今日の日本はさまざまな応援をしています。住宅を買うと住宅取得優遇税制、お医者さんにかかると医療費控除、何とか控除というのが十種類もございます。しかし、非常に貴重な中年の労働力を再活性化するための優遇税制はございません。
 私は、日本が今日世界最長寿国、そして最も教育程度の高い国である理由は、明治の時代の政治家の先生方が立派なことをなさったからだと思っているんです。つまり、明治の時代に世界に冠たる教育制度をつくった、そして、世界に冠たる医療・衛生制度をつくった、だから今日があるんです。
 今日の時代の国会の先生方にやっていただく仕事は、この中高齢化しつつある日本の労働力を、人材を再活性化するために、国家百年の大計としての税制を考えていただきたい。つまり、中年で二度も三度も自分をリニューアルして労働市場にあらわれようとする人たちに対して優遇税制、せめて一定以上の実費は控除するというようなことがあってもいいと思うんです。これは住宅取得優遇税制なんかよりもよっぽど有力な国の資産でございまして、家なんていうものはつくったって三十年かそこらしかもたない。人間というものは六十年、七十年というふうな貴重な財産ですから、ぜひそういう税制をつくっていただきたいというふうに思います。
 bの人的資源基盤投資というのも似たようなことですが、さっき申し上げましたけれども、クリエーティブな頭脳を育てる、そういう教育制度をつくっていただきたい。後で御質問があればるる申し上げたいと思いますけれども、今日の教育は覚えることが主体で、本当に問題を発見し、解決するということをやっていない。これには物すごく手もかかるしお金もかかるんです。これをやっていただきたい。
 年金、医療はちょっと繰り返しになりますので飛ばしますが、介護支援システムもまた後ほど、もし御質問があればということでございます。資産の流動化は土地の話でございます。
 地域発展戦略というのは非常に重要でございます。今日、東京一極集中が進んでおりますが、中期的には東京が人口が若く、地方が非常に高齢になっていきます。そうしますと、地方の財政問題が非常に難しくなる。そこで、東京は過密でまたその問題が出てくる。本当は地域を発展させて高齢化の程度を均てんさせた方がよろしいんですね。これが五十年先になると、今度は逆転しまして大都市が大変な老人地域になります。これはこれでまた大問題になるはずです。ですから、今のうちに一刻も早く地方に産業活動を均てんさせることをしていただきたい。このための方策はどこにあるかということを一つ申し上げてみたいと思います。
 それは通信価格の均一化です。特に電話料金です。電話料金は、市内で電話をかけると三分十円です。そして、恐らく日本で一番濃密な情報が手に入る。しかし、大阪から東京へ電話をかけると二百円も取られる。そして、情報の入り方が少ない。ですから、東京は物すごく得なんです。本当のことを言うと逆転をしてもいいぐらいで、濃密な情報が手に入るんだから三分三十円払ってもいい。むしろ、地方から東京へかけるときには三分十円でいいんじゃないかというくらい。これはリバランシングと言いますが、イギリスではやっているんです。私は、ぜひそれをやっていただきたい。今のような通信体系では、地方に発展するなど言っているようなものです。
 これはできないことではないので、例えば郵便料金をごらんになっていただきますと、ここから青森に手紙を出そうが文京区に手紙を出そうが六十二円に決まっているわけです。あれは実費がかっているんです。郵便局員の方が運んでいっているにもかかわらず同一料金です。電話には実費がかかっていないんです。ですから、料金制度、会計制度を変えればあしたからでも均一料金はできる。東京都内三分三十円にすれば、恐らく沖縄から北海道まで全部三分三十円均一になるはずです。そういうことができる。そうすれば、国会議員の先生方の政治活動にも非常に有益ではないかというふうに思うんです。ぜひこれをやっていただきたい。
 そして、最後に申し上げたい国際共存戦略というのは、世界で日本が信用を得るということは非常に重要です。高齢化と何の関係があるかと思われるかもしれませんが、先ほど申し上げましたように、世界に資産をどんどん蓄積していく、その資産の上がりでやがて日本人は食っていかなきゃならない。そのときに、日本人が世界から信用があり、愛されていませんと、日本の命綱が切られます。ですから、国際貢献というのは本気で考えなくてはならない。今やっている形の国際貢献がいいのか悪いのか、私は論評を差し控えますけれども、世界じゅうから信用のある国家になるという意味での国際貢献は我々の命綱でございます。
 それを最後に強調させていただいて、問題提起とさせていただきます。
#5
○会長(鈴木省吾君) どうもありがとうございました。
 以上で島田参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#6
○岡部三郎君 本格的高齢社会への対応ということをテーマにいたしまして本国会での検討を進めてまいったわけでございまして、本日で大体こういう検討を終わりまして、次回は各党の意見発表という段取りになっておるわけでございます。こういう時期に、きょうは島田先生においでをいただきまして大変広範な問題指摘をいただきました。本当にありがとうございました。非常に参考になったと思います。
 今、いろいろな分野につきましての御説明がございました。大変時間が限られておりますので、先生の御説明ももう少しお話しいただきたいと思った点も多々ございます。私も時間の範囲内で幾つかについてさらに追加して御説明いただければ大変ありがたいと存ずる次第でございます。
 それにいたしましても、高齢化社会がかつてないほど、かってないといいますかいまだかって我々が経験したことのないほど、また世界のどこにもないほどの急速な到来ということでございますが、そのためにさまざまな問題が生ずる。これを何とか解決をしていかなきゃならぬ。それには、前例がないわけでありまして、我々の創意と努力でそれを解決していかなきゃいかぬ、こういうことでございます。特に、今御指摘がございましたように、人口の減少というものは、厚生省の中位推計よりもさらに急激に起きるんではないかということをお聞きしまして、大変にショックを受けたような次第でございます。我々もさらに一層の努力を重ねていかなければならないと思います。
 そこで、人口の減るのを食いとめるのはなかなか難しい。そこで、おっしゃるように一人当たりの生産性を何とか高める。高められないまでも、それが減少するのを食いとめるということが最大の課題かと思いました。先生のソフトランディングのシナリオということは、非常に重要な課題の御指摘だと思います。
 そこで、まず最初の、労働力率の引き上げということを私なりに解釈すれば、高齢化社会というのは、まず年とっても働かなければならない社会であるということで、老人の労働力の活用ということが非常に重要な課題になるんだと思うんです。この場合にも、おっしゃるように、産業の変化がまことに激しい現在でございますから、なかなか老人の持っている知識とか能力が十分に活用できないというケースが多々ある。
 そこで、自己啓発優遇税制という御指摘がございまして、これは大変にユニークな発想ではないかというふうなことを思うのでありますが、具体的にこの減税はどういう条件を満たしたときに行うのか。もう少しその辺を御説明いただければありがたいと思うんです。
#7
○参考人(島田晴雄君) ただいま御質問いただきました自己啓発優遇税制の具体策は何かこういうことでございまして、考えておりますことを申し上げさせていただきたいと思います。
 具体的には、このような仕組みで考えられるのではないかと思うんです。まず、中年の方がこれまでの仕事では自分の能力がだんだん陳腐化してきているので新しいことを学びたい、こういうふうに考えて、恐らく学校へ通うなり特別なそういうセンター、施設なりに通うなりして勉強する。これについて実費がかかるわけです。それから徹底的に学ぼうとすると、多分仕事をやめてそこへ通うことになりますから所得もなくなる。このときに、私はせめて実費の分について一定以上の実費、だれでも本ぐらいは買いますから、全部そういうというわけにいかないんで、例えば五万円以上とかという線を引きまして、それ以上の実費について申請を税務署にした場合に控除を受けられる、こういうような仕組みにするとよろしいのではないか。
 そのために一定の予算を設定をしておくわけでございますが、一定額以上の実費がかかった場合に、ということです。それについて具体的に、遊びのためにやっているのを応援するというのもできればいいでしょうけれども、それだけの財源はないわけですから、しかるべき形での自己啓発ということについての、細部の条件のつくり方は幾らでもできるかというふうに思います。
 もう一つ、私はこういうことをやるのであればぜひ御検討いただきたいのは、そういう産業人の能力アップというのは今存在しているような教育制度で足りるのかどうかというと私はそうは思わないんです。むしろ産業界の持っている能力、資源というものを活用したような制度が必要だろうと。私は、産業人教育基本法みたいなものをつくって、そしてそういう施設をつくって、まあこう言うとまた問題かもしれませんが、文部省系統とはちょっと違ったそういう仕掛けをつくって、その中でやるということが重要なのではないか。
 税制的に言いますと、そういう産業を新たにつくりますので、その産業から出てくる収益については税金をかけることができるので、実はこれは相当程度経費がかかるだけではなくて短期的にも収入もあるということで、経済的にはメリットのある仕掛けになるのではないか、こんなふうに思っております。
#8
○岡部三郎君 ありがとうございました。
 もう一つ、労働力率引き上げの方法として婦人の労働力の活用ということがあると思いますが、これは先ほど男の労働力の管理がそのためには必要なんだというお話もございました。先ほどの表にもございましたように、女子労働力率とTFRとは逆相関にあるということもありますから、これが両立するような方策というものを考えないと、婦人の労働力をこれ以上活用すれば逆に今度は人口が減ってしまうということになりかねないと思うんですが、その辺の具体策がございましたらお話をお願いします。
#9
○参考人(島田晴雄君) 女性の労働力率が高まるということと人口が減るということは、現在のような雇用制度とか育児支援制度ですとそういうことが起きるかもしれませんが、もし子供を持ちながら仕事が続けられるというようなことが可能になってくれば、これは逆相関するとは限らないんです。むしろ逆相関しないのではないかというふうに思います。
 じゃ、どういうふうにして仕事を持ちながら、かつ子供を育てられるかというと、子供を育てるときにどっちかの親がフレキシブルに協力ができればいいんです。夫が、奥さんが大切な仕事をしているから自分が先に帰って託児所から子供を引き取ってくるよということを会社の中で言って、ごく自然に会社がそうだねと言ってくれるような雰囲気をつくればできる。雰囲気と言いましたけれども、これは制度としてもできるわけでございます。そうすると、二人の親が一緒に仕事をストップする必要はないので、どっちかがやればいい。男は仕事、女は必ず子供の面倒を見ろということになるから女性がやめなきゃならないわけでございます。そういうのが一つです。
 それから、託児所が六時になったら閉まるというようなのは非常に問題なので、今、夜中に開いている託児所というのはその手の方々の託児所ばかりみたいですが、そうではなくて普通の人のためにそういう託児所をもっと遅くまで開くというようなことも必要だろうというふうに思います。
 それからもう一つは、女性の深夜業というのは私はもう規制を撤廃すべきだというふうに思います。女性の育児休暇とか、これは育児休暇は女性ばかりではなくて、育児ということに関すれば夫も当然同じ働きができるわけなので、育児休暇などは十分に認めると同時に、深夜業の規制というのは、例えば女性でも看護婦さんとかスチュワーデスさんとかは規制がないわけですから、普通の方々は実はむしろ規制があるために仕事がしにくくなっている方が非常にふえているんです。十時過ぎたら帰らなきゃならない、男は仕事をしてプロジェクトを終わらせられるのに、女性はだめだというので涙をのんでうちへ帰って自宅で残業したり、あるいは、そういうところには女性はつけられないんだと言われたりというケースが非常にふえている。
 ですから、本来は労働時間は男も女もなく短縮すべきなのであって、しかしプロジェクトとか、場合によっては夜中もやらなきゃならない仕事というのはあるわけですから、それについてはしゃくし定規の深夜業規制というのは撤廃して、男も女も平等という労働法制度をつくるべきだろうと思っております。そうすると随分変わってくるはずなんです。
#10
○岡部三郎君 次に、労働力の質的向上に関して、要するに創造性に富んだ人間をもっとつくらなければいかぬと。これは御指摘のとおりだろうと思うんです。
 今まで日本は常に先進国にいかにしてキャッチアップしていくかというはっきりした目標があったわけでありますが、今、そういうものがほとんどなくなってきた状況の中で、自分で目標を見出して解決する努力をするような人間がいなければ日本の活力というのは失われてしまうということをつくづく思うんです。そういう人間をつくるためには、これは学校教育の問題もありましょうし、社会へ出てからのいろんな環境、制度等もありましょうけれども、そういう点につきまして具体的な御提案がございましたらお願いをしたいと思います。
#11
○参考人(島田晴雄君) たくさ人あるんですが、一つ、二つの例示にとどめさせていただきたいと思います。
 教育について言いますと、日本の教育はこれまでキャッチアップを目標にしておりましたために、物を覚えて、そして正確にそれを行えばよいということできましたけれども、キャッチアップの時代を日本は超えましたので、自分が前人未到の領域で物を考えるということをさせなくてはならない。そうしますと、たくさんの学生を置いて覚えさせるという形はもうだめなんです。したがって、何が必要かというと、入学試験もそうでございますが、たくさんの科目を同時に覚えるということをある程度変えまして、一科目が得意ならそれでいいという入学試験の方式を考える必要がある。それから、学校に入ってからでも問題を実証的に解明して答えを出すという教育制度にすべきなのでございますが、これは小人数教育でないとなかなかできないんです。これは相当予算がかかってくると思います。しかし、人材は大切でございますからぜひそういうことでお考えいただきたいと思います。
 それから、会社に入ってからでございますが、横並びの気風を何とかして打破しなくてはならない。日本の会社は隣の会社がワープロをつくったらうちもつくろう、君は同じ大学を出ているんだろう、なぜ隣の会社がつくってうちではできないんだ、こういう命令をする経営者の方がいるんですが、この考え方を変える気風をつくらなくてはいけない。隣の会社がやっていたらうちはやらないというぐらいに、うちは新しいことをやるということです。それから、会社の中で前例があるか、同業他社がやっているか、予算に比べてどうか、こういう考え方を排除するということです。
 それから、最終的に重要なのは人事制度でございまして、人事はプロセスで見るのではなくて成果で評価をする。日本の人事制度の中には実は正確な評価制度がございません。正確に評価をするとかえって角が立つというのが日本の組織の中のあり方でございます。これらを変える。つまり、社長のストラテジー、それから企業の中の横並びの気風の排除、そして人事の成果による正確な公平な評価、これを進めるというような形でできると思います。
 もう一つ必要なのは、リスクにかけて新しいものをつくろうとする人たちを応援するキャピタルです。ベンチャーキャピタルというのはそういうものなんですが、日本で新しいビジネスを始めようとすると、銀行が過去三年の業績を持ってきなさいというようなことを言う。過去に業績がないからベンチャーと言うんです。ですから、ベンチャーを否定しているわけです。私は早く日本の資本市場にベンチャーキャピタルをつくるべきだと。十人の科学者にそれぞれお金を与えてやらせる。中の一人が成功すれば全体としてペイする。こういうのがベンチャーキャピタルなんです。そうすると、あとの九人は結局奇想天外なことを考えて、全然役に立たないかもしれない。しかし、それでもいいんです。
 同じようなことを企業の中でもできるはずなんです。企業の中でお金を配分して新しいものをつくらせるときに、ベンチャー的に考えれば全部が全部、全員が全員成功しなくたって、その中の一人が成功してくれればいいというぐらいの考え方を企業がとればできる。今言ったようなことを全部やれば日本は相当創造的なことができると私は思います。
#12
○岡部三郎君 どうもありがとうございました。
#13
○山口哲夫君 大変いいお話をお聞かせいただきまして、本当にありがとうございました。
 本格的な高齢社会に対応するということで随分たくさんの問題があると思いますけれども、特にきょうは、課題であります雇用と社会保障の問題について、特に先生のお話がありました雇用問題の中でも高齢者の自立問題、高齢者の労働力をどういうふうに活用するかということについてまずお聞きしてみたいと思います。
 社会保障制度審議会、総理の諮問機関ですけれども、ここで意識調査をやっているんですけれども、高齢者向けの就業の場の確保を図るべきであるというのが、これは一人二つの選択ですけれども、何と六二・四%ということで大変高いわけです。それで、高齢者の方々にも働きたいという人たちが随分たくさんいらっしゃると思います。若い労働力がどんどん不足していくという、出生率も低下するわけですから、そういうことから申しますと、高齢者の労働力をどういうふうに活用していくかということが私はこれから非常に重要な問題でないだろうか、こんなふうに思うのです。
 そこでお聞きしたいのは、一つは、企業の中で、希望者が六十五歳まで継続して雇用できる制度、高齢者が六十歳過ぎて六十五歳まで働きたいという意思表明があれば全員を雇用するという、そういう企業というのが二一・八%程度あるという、そういう推計があるんです。結構高いなと思っているんですけれども、こういう制度というものを多くの企業でとっていただければ高齢者の方々は安心して働いていけるんではないだろうか。そうすると、年金との関係で、年金総額というものがこれからどんどん上がっていくけれども、それを少しでも抑えることができるんではないだろうか。これが一つです。
 それからもう一つは、在職老齢年金というのがございます。一生懸命働けば年金は削られていくという、それなら働かないで高齢者になったらのんびり暮らした方がむしろいい、そういうことがあるんですけれども、こういう制度というのは改める必要があるんではないだろうか。働けばそれだけ収入がふえて、年金もある程度もらいながら収入もふえて、少しでも楽しい生活ができるというような制度にするべきであって、在職老齢年金制度というのは果たしてどういうものかなという疑問を持つわけです。
 まず、高齢者の労働力と社会保障との関係、この二つの問題についてお教えいただきたいと思います。
#14
○参考人(島田晴雄君) 座ったままで大変失礼いたしますが、お答えをさせていただきます。
 高齢者の雇用につきましてひとつ私ども事実を確認しておいた方がよいと思いますのは、高齢者の雇用が進んでいるのはどっちかというと中小企業なんです。ある意味では大企業ほど高齢者の雇用はおくれております。なぜならば、大企業はいつでも若い人が採れるという立場に恐らくあって、高齢者は要らない、こういうことなんだろうと思うのです。したがって、大企業に定年制の延長をする、あるいは再雇用制度をある程度強制するというようなことはそれなりに意味があるというふうに思いますが、しかし、企業は社会事業をやっているのではないので、もうからなければやれないわけです。そうすると、高齢者を雇っていてもうかるという仕掛けをつくらなきゃならないんです。そこに私は三つほどポイントがあろうかと思います。
 一つは、先ほども申し上げましたが、高齢者が、技術の進歩が激しいのに対して自分の持っている技術が陳腐化しているということがあるんです。ですから、技術が陳腐化しないように、先ほど申し上げた自己啓発優遇税制のようなものを導入して、五十になっても六十になっても七十になってもそれなりにそれなりの分野で第一線に立てるというような環境条件を整備する必要があるなと思います。
 それからもう一つは、大企業は、高齢者の賃金が高こうございますので、それで経営者から見るととても雇っておれないということなんです。これはもう私は時代の趨勢だろうと思いますが、年功賃金はだんだん崩れざるを得ない。恐らく定期昇給制度というのもだんだん変質せざるを得ませんし、先ほど申し上げましたように、長期的に低成長時代になってまいりますと、ベースアップそのものが可能かどうかわからなくなってくる時代が来ようかと私は思います。ベースアップというのは高度成長時代に定着した制度なんですが、一年間に二%経済が成長するかしないかというような時代になりますとベースアップも無理になってくるんです。そうすると、本当に実力のある人に実力分の給料を払うという世界になってくる。そうしますと、逆に言うと、高齢者に対して実力分の給料を払うんであれば雇えるんです。そういうことが出てくる。
 それから三番目に、ネットワーク雇用というとちょっとわかりにくいかもしれませんが、大企業は高齢者を余り雇わないんですけれども、実は関連企業に紹介をしているわけです。そしてそこに一つのネットワークができているわけです。ですから、いきなりほっぽり出すんではなくて、関連企業との間のネットワークを使いながらソフトランディングをさせるというようなことも考えられます。その三つを組み合わせますと、相当程度私は高齢者の雇用は進むなというふうに思います。
 二番目の社会保障、在者の関係につきましてはこういうことがあるんです。今まで、収入が月何万円から何万円までは減額を何%、何万円から何万円まで何%というふうに階段状に収入を決めて、それに合わせて減額率を決めていた。そうしますと、例えば収入が十万円未満だったら六割もらえるのに、十万円を超えると四割しかもらえない、こういうことがありますと、ちょっと超えると実質上の税率が一〇〇%を超えるんです。ですから、超えては損だというので、皆さん半端な仕事しかされない。これが非常に不幸なことでございまして、これは簡単に解決できるんです。階段状の定義をやめて法律の中に指数関数を書けばいいんです。つまり、収入のアルファ乗、アルファというのはスムーズな曲線ですから、適当な値を計算して入れれば、例えば〇・六八とかなんか入れればこういうふうになるわけです。そうすると、働いて絶対損しないという形ができるんです。
 現在の階段は相当細かい階段になっていますので余り大きな損がないようになってきてはいるんですけれども、私は指数関数の導入をぜひ進めていただきたい。何で法律になるといきなり明治のも筆で書いていたような時代の階段状になるのかわからない。指数関数なら今中学生が習っていますから、すぐにでも計算ができるんです。ぜひその導入をお勧めしたいと思います。
#15
○山口哲夫君 ありがとうございます。
 それから、若い女性の労働力の問題もお話しいただきました。先ほどお示しいただいた表にもありますように、住宅問題というのは確かに大変深刻な問題だと思うんです。これは、東京あたりで暮らしている女性の方が結婚されて子供を産もうと思ったって、それはもう容易でないでしょう。子供を産むことによって一年間くらいは育児休業を与えられるけれども、ほとんど収入ゼロになりますから。そうすると、十万、十五万の家賃を払っていくというのは、これはもう大変なことだと思うんです。ですからどうしても子供を産むのが遅くなってしまう。
 この住宅問題を大都市で一体どう解決していくかということを考えた場合に、公営住宅そのものをもう少し重点的に僕はやるべきだと思うんです。今度も十三兆二千億という大変な新総合経済対策というものを宮澤総理が出してまいりましたけれども、どう見ても住宅に重点を置いているというふうには見えないわけです。どうしても道路とか下水とか港湾とか、そういう公共事業が優先される。だから、この際思い切って、そういう大都市における公営住宅というものにもっと力を入れてもらいたい。そしてもう一つは、夫婦で共働きをしていますと結構収入が高いですから、今度は公営住宅に入る基準からいってオミットされてしまうというようなこともあるわけです。
 そんなようなことも制度として直しながら、少し住宅を大都市を中心に考えることができないものだろうかな、そう思うんですけれども、先生の御意見をお聞かせいただければと思います。
#16
○参考人(島田晴雄君) これは大変重要な問題で、幾つか申し上げたいことがありますが、三つぐらいあろうかと思います。
 一つは、基本的には住宅問題というのは土地問題なんですが、大都市近辺に使われてない土地というのが膨大にあるんです。御案内だと思いますけれども、日本全国は三十八万平方キロの広さがあるわけですけれども、そのうち市街化区域の広さというのはたしか一・三万平方キロしかない。農地が六万平方キロ。農地でも市街化区域でもないところに三・八万平方キロという体系的に使われていない土地があるんです。これは調整区域という名前がついていますが、虫食い開発しかない。調整区域をなぜ活用しないのかということです。これは多分地方財政の問題とも関係がありますし、それから国の、農林水産省と建設省との間の谷間の問題もありますが、これを超える強力な政治的な指導力と計画性、これによって調整区域が活用できる。例えば千葉県の半分ぐらいは調整区域です。神奈川県も半分ぐらいが調整区域でございます。ぜひこの御活用をお願いしたい。私どもコアネットプランというのを提起したことがございます。職住近接の小さな都市を展開する、これによって住宅はずっと手に入りやすくなるし、混雑は解消できるということなんです。
 それからもう一つ、長期的に言うと土地税制が非常に問題でございまして、日本は土地の総量が少ないから土地が高いんではなくて、供給量が少ないんです。日本の土地について供給量は年間一%が出るか出ないかでございます。なぜかというと、日本は土地は持っていればただみたいに保有コストが安いけれども、売るとなると物すごく高い譲渡所得税がかかる。固定資産税は非常に安いですね、日本は。相続税も金融資産で相続するよりは土地で相続した方が有利ですから皆さん持とうとする。ですから、需要が非常に高くて供給が出なければ値段が高くなるに決まっています。
 私がぜひ提起したいのは、固定資産税を十倍にして、そのかわり地方税、地方の国税に連動した所得税を十分の一にするということを考えていただいてはどうか。つまり普通の家族ですと、地方税を五十万払って固定資産税を五万円払っているというサラリーマンが非常に多いんです。固定資産税五十万にして、地方税を五万円にするとサラリーマンが払うお金も変わりません。地方自治体が受け取る観も変わりません。だれが変わるかというと、広大な土地を遊ばせている人が遊ばせられなくなるんです。ぜひこれをやっていただければ日本の土地問題は解決するはずでございます。
 三番目の問題は、先ほど申し上げた仕方で地方を発展させる、そうすると住宅問題は全面的に解決されるはずだと思っております。
#17
○山口哲夫君 あと二分くらいですから、簡単に申しますけれども、外国人労働力の問題ですが、私は一定の期間をきちっと区切って、そして我が国の中で高度な技術がたくさんあるわけですから、そういう技術指導をしながら雇用に使っていく、そしてその人たちが国に帰ると非常にその国での技術革新、技術を発展させるために役立つわけです。
 こういう一つの条件をつけた外国人労働力を考えていかなければならない時代じゃないかなと思うんですけれども、いかがでしょうか。
#18
○参考人(島田晴雄君) この点は非常に重要な問題で、私は先ほどもちょっと触れましたが、四月五日に出た法務省告示というのはかなりよく考えられたいい告示だったんではないかと思います。これは御案内と思いますが、技能実習制度と言って、二年間外国人を日本で引き受けて、そして一定期間研修をした後労働者として実習させる、その期間研修を受けた技能で仕事をしていただくということでございます。
 これはなぜ日本は告示の形でしか言わないのか。これは外国から見たら告示なんというものはどこにも見えませんから、日本人だって知らないんですから、これは残念です。私はこれは胸を張って世界に説明できる制度だと思うんです。つまり、法律にして基本法ぐらいつくって、世界じゅうの国は外国人労働者を単純労働で入れることは考えても、技能を付与して帰そうなんということを考えている国はないんです。日本は非常にそういう面じゃユニークなことを考えたので、世界の教育センター、訓練センターというくらいのプライドを持って世間に喧伝する必要がある。
 ただ、この制度が実際に機能するかどうかということについては膨大な政策的な支援が必要だと思います。つまり、例えば全国で何十万人という雇い主がそういう実習生を引き受けて、さあこの人たちに実際に技能を教えられるんだろうかという問題、これを監督したり指導したりするための機関というのが日本には今JITCO、国際研修協力機構というのがありますが、基本財産が十億円でいろんな会社の出向者でやっと転がしているというような乏しい施設ですけれども、とんでもないことであって、私はあの施設というのは年間予算が五百億円ぐらいの大規模なオペレーションとなって初めて世界に冠たる日本は世界のトレーニングセンターであるということが言えるような国になると思うんです。
 建前はできましたので、あれをひとつ基本法にしていただくこと、そして次にそういう研修機構を国が本腰を入れてやるということ、この二つを先生方にぜひお願いをしたい、そうすると日本は本当に立派な国に、世界に誇れる国になるはずでございます。
#19
○山口哲夫君 ありがとうございました。
#20
○中西珠子君 島田先生、本日はお忙しいところをお越しいただきまして、本格的高齢化社会への対応につきまして広範囲にわたって貴重な御意見を賜りまして本当にありがとうございました。
 私は、本当に先生のおっしゃることをなるほどなるほどと思いながら、大いに賛同の意を表しながらお聞きしていたのでございますけれども、殊に私が先生のおっしゃっていただいたことに心強いと感じましたのは、ソフトランディングのシナリオとして一つには女性労働力の活用ということをお挙げになりまして、それで殊に就労や子育てや介護というものに関しまして、主婦の分業、協業のあり方というものについて御意見をお述べになりました。
 これは本当に一般の男性、または企業の殊に人事担当者なんかの意識改革が必要な問題だと思うのでございますが、私並びに私どもが幾らこのようなことを申しましてもなかなか実現できませんけれども、先生のような非常に影響力のあるお方に論理的におっしゃっていただきますと、大いに理解を示して、そしてこういう方向にいかなければならないと感じる男性も多いのではないかと考えるわけでございます。
 最近、育児休業法が御承知のとおりできましたけれども、これには所得保障が全然ございませんために、これだけが理由ではございませんけれども、保育所との関連とかいろいろございますけれども、所得保障がないということが一つの大きな障害になっておりまして、経済的な理由で働いている女性というのはなかなかこれをとることができない、また長期にとることができないという問題がございます。ですから、こういった育児休業法がせっかくできましても所得保障というものがある程度考えられなければいけないのではないかと考えているわけでございますが、先生の御意見をまずその点についてお伺いしたいわけでございます。
 その次は、一方女性といたしましては、年とった親の介護のためにどうしても仕事をやめなきゃならないという人がふえているわけでございます。介護というのは女性だけがやらなきゃならないというわけではないと思うのでございますけれども、大体女性の負担ということになっておりますし、それで高齢化社会がどんどん物すごいスピードで進んでいく中で、老人病院とかそれから福祉の施設とか保健施設とかそういったものがなかなか追いつかない、また看護婦さんも足らない、それからホームヘルパーも足らないというふうなことで、どうしても家庭で介護をしなきゃならないというふうなことで女性がやめていく場合が多いわけです。また、男性の場合でも、親一人子一人なんというときにはその男性が親の面倒を見ざるを得ない、ほうっておくわけにはいかないということで、結局ちょっと休んでは見ている間に勤務成績がよくないということで首になるというふうな人も大分出てきているわけでございます。
 ですから、私ども公明党・国民会議は、介護休業というものは絶対必要だと思いまして、最近介護休業法案というのを提出したのでございます。これは男性でも女性でもとれるというわけでございまして、そして一年の範囲内であればフルタイムの育児休業もとれるし、またはそれを勤務時間の短縮というものと組み合わせましてもとることができる、フルに休まなくても、病院に入れられた場合は午前、午後病院に行くというふうなそういう時間的な余裕ができれば何とか続けられるというふうなこともございますし、そういったことを考えまして、所得保障つきの、これは雇用保険あたりから休業給付として、失業の予防という意味も雇用保険にはあるわけでございますから、所得保障を少なくとも給与の六割ぐらいは出したらどうだろう、こういうことで一応出しているわけでございますけれども、こういうやり方はどのようにお考えになりますか、これもお伺いいたしたいわけでございます。
 それから、先ほどから私がお伺いしたいと思っていました資産の流動化の問題、それから外国人労働者の問題も、先ほど同僚議員からの質問に相当先生がお答えになったわけでございますが、殊に外国人労働者の問題で先生が、技能訓練というものをきちっとした機構をつくってやっていくべきだとおっしゃって、そしてどこかの雑誌でODAのお金を国内的にそのために使ったっていいじゃないかということをおっしゃっておりますと同時に、世界的な職業安定行政ということでせっかく訓練してもその人たちが技能にマッチした雇用の場を得られなければ何にもならないんだから、そういった面でも世界的な職業安定行政というふうなことを考えてはどうかという御提言をどこかで読んだような気がいたしますんでございますが、それにつきましてももう少し敷衍して御説明いただければ幸いと存じます。
 よろしくお願いいたします。
#21
○参考人(島田晴雄君) 最初の問題で、育児休業に所得保障をつけるべきかどうかという問題は、私は子供というのが私的財、財という言葉はちょっとよくないんですが、私的なものなのかそれとも公共的な意味があるのかということを一度先生方に大議論をしていただきたいなと思っているんです。民族の将来とか国の将来とか、こういうことに対して子供というのが重要なんだ。単に子供は子宝だというのは自分の私利私欲のためじゃない、社会のために、天からの授かり物なんだ、重要なんだ、こういう考え方を持つのであれば、私は所得保障はすべきだ。しかもこれは国が応援すべきです、そうなってきますと。国といっても国民全部が拠出した財源の中から出すわけですから、もちろん個人もかかわるわけですけれども、そういうことだと思うんです。ぜひ一度、この子供を持つということは公共的な意味があるのか、単に個人の問題なのかということを、ぜひお考えいただきたい。そうしませんと、アリの夫婦が一生懸命子供をつくって将来を考える、キリギリスは遊んでアリのつくった子供に養ってもらえばいいと、こういうことでは非常に不公平なんです。子供づくりというのは個人の究極の一つの願いでもありますけれども、しかし同時に社会のためになっているということであれば、私は休業補償をやるべきだ。しかし、これはあくまで私的なものなんだということになりますと、論拠がないんです、ぜひ大議論を。私は出生率を問題にしたり、高齢化のソフトランディングというようなことを本当に国民の課題として問題にするのなら、子供を持つか持たないかは公共的な意義があるということであろうかと思います。
 それから、そういう関連で言うならば、私は働いている女性と、それから専業主婦とで年金の扱いがちょっと不公平。専業主婦はこう言っちゃなんですけれども、寸分は拠出しないで一定の年になると全部もらえるようになっているという三号年金者というような形に苦肉の策でなっていますけれども、あれはちょっと整理しなきゃいけないなというふうに思うんです。これまでの年金のように、ほうっておくとついにだれも払わなくなるから困ったというんでやったに違いない仕掛けなんだと思いますが、あれは非常に問題だ。働く女性に対して非常に不公平だというふうに私は思います。
 それから、二番目の問題ですが、介護休業法案というのは大変よい方向だというふうに思うんです。私は介護問題を考えますと、日本の対応の仕方はちょっと中途半端だという感じがしてならないんです。どういうことかといいますと、実は介護に関しては公共的な費用は物すごくかかっているんです。しかし、介護そのものは単価は非常に安いというふうになっていて、ですから地方自治体その他は大変な予算を使わざるを得ない。むしろ、介護に関して一つは市場にのる部分というのがあるんです。いい介護をしてもらえるなら、いいサービスがあるなら幾らでも払いましょうという人もいるわけです。この人たちの需要を顕在化させて、そしてサービスも顕在化させて、民間企業をどんどんそこへ入れるということを一つの産業として興す必要がある。
 もう一つは、しかし本当に所得がなくて介護が必要な人がいる。この人たちに対しては手厚い国の支援をしなきゃいけない。日本はどっちつかずの中間のことをやっているので一向に介護につく人たちの立場も改善されませんし、大変なつらい仕事をしているにもかかわらず給料は安いし、問題が集中するわけです。二つにはっきり分けちゃって、マーケットに乗せる部分はどんどん産業化する。そして足りないところは、できない人がいますから、徹底的に援助をする。こういうふうにしていただきたい。
 資産の流動化については、私は土地証券化ということをさっき紹介しました。
 三番目の問題は、特に外国人労働者問題の技能の点については、私は中級技能というものを日本で広めていただきたいなと思っているんです。日本では労働省が主に監督をしまして、百三十三種類の技能検定というのをやっています。この技能検定の中身を見ますと相当立派なんです。大工さんにしても、功なり名遂げた大工さんではないかと思うぐらいに立派な方には資格が与えられる。しかし、現場で普通使っている技能というのはそんなに高度なものじゃない。しかし、駆け出しじゃないんです。二年か三年現場でやっているうちに、この現場はあいつに任じておいていいよというような技能があるんです。その技能は日本ではどうやって学ぶかというと、君、芸は盗むものだよ、そんなもの口で説明するものじゃないんだ、こう言われる。
 それは日本が年功序列で終身雇用だった時代は働いていれば自然に芸ですから身についたんだと思うんですけれども、マニュアルにもなってないんです。ですから、検定のしようもない。外国人に対してはこの程度の技能を身につけてもらわなきゃならない。ですから私は、中級技能形成制度というものを全面に打ち出して、さしあたりは全国の業界の協力を得て五百種類ぐらいのマニュアルをつくって、そしてこの技能をマスターさせるということを約束している雇い主は実習生を雇っていいですよと、そういう監督、指導をした方がいい、こういうふうに思っているんです。
 これは単に外国人ばかりじゃなくて、最近の若い日本人は外国人みたいですから、これは芸なんか盗まないです。しっかり教えなきゃ、盗まない人たちばかりですから。これは外国人に役立つと思ってつくったら実は日本人のために非常に役立つ。オートバイに乗って走り回って、とんでもないやつだと思ったけれども、実は自分は製缶工で中級技能があるんだよということがあればプライドにもなるんです。ですから、これはぜひやっていただきたい。そのために私はさっき言った国際研修協力機構の細々とした営業じゃだめなんで、国家的なプロジェクトとしてこれはやるということでお願いしたい。
 世界に向けてはどういう中級技能ならフィリピンなりインドネシアなりで役に立つのかというのを現地の担当者と徹底的に調査するという活動も必要でございます。あわせて私は、日本に入ってくる以上は外国の方は日本語をしゃべってもらいたい。これはもうマストです。それは日本に入ってくる前に日本語を教えなきゃいけない。世界中に例えばアリアンスフランセーズとかゲーテ・インスティチュートとかアメリカンセンターとかいろんなものがあって教えているんです。先進国というのは世界中に自分の言葉を教えている。
 日本はそれを十分にやっておりません。二つ欠点があって、一つは意図的に教えてないということと、もう一つは教えるノウハウがないんです。なぜかというと、日本は国語は教えているけれども、日本語は教えてないんです。ですから、大学でレポートを添削しても日本語の書ける学生がいない。ただ和歌は読めるんです、国語として習ったから。だから、日本人として育てるために文化を教えているんであって、言語としては教えてない。ですから、言語教育がなってないんです、日本は。ぜひこれは先生方に文部省に強く言っていただいて、外務省はやりたくてやりたくてしようがないけれども、これは文部省の分野だからだめなんだそうです。ですから、ぜひ先生方がどっちでもいいから、いいことをやる省にそっちにやらせるということで日本語教育を展開していただきたい。
 これは、だれが先生をやるんですかというと、私は家庭の主婦に期待したい。今の家庭の主婦は気力、体力、学力充実しております。そして日本語教育をしたいという主婦はたくさんいるんです。この方々にボランティアではない、日本はボランティアというのは根づかない。有償ボランティアなんてばかな言葉があるくらいですから、そんなだったらボランティアなんて紛らわしい言葉はやめてしまえと私は思う。ですから、例えばパキスタンに日本語を主婦の方が教えに行ったら、二カ月数えたら百万円、一カ月五十万円ぐらい。そして家へ帰ってきたら、夫の前にどんと百万円を出すと立つんです、机の上に。あんた、私これだけ稼いだわよと。そういうことをやってプライドを持って日本語を教える。
 そうすると、ダッカだとかイスラマバードへ行って教えた婦人たちは等身大で向こうの青年に教え込みますから、人間性が通じる。そうするとうちの子供をホームステイで預かってもらおうかしらというような気持ちが出てきます。一たびでもそういう国へ行って自分の子供を預かっていただいて自分の子供が相手の国の人をパパだ、ママだと呼んだら、その瞬間から私たちの心の中に差別心がなくなる。実は私はそれが一番重要だと思っているんです。ですからぜひ主婦の方に、有償ボランティアじゃなくて高級な仕事として日本語を教えていただく。そうすると、年間に二万人ぐらいの主婦が海外に出かけていって非常に好評だと思います。そして日本に入ってくるときにはみんな日本語ができる。そういう形で外国人労働者問題に対応していただきたい。
 これはもう政治のリーダーシップでやっていただくしかないので、役所に任せていてもだめですから、ぜひ先生方の御努力でお願いしたいと思います。
#22
○中西珠子君 まだお聞きしたいことがたくさんございますけれども、時間が参りましたので終わります。
 どうもありがとうございました。
#23
○有働正治君 本日はどうもありがとうございました。
 先生もお述べになられましたように、高齢化社会の到来というのは事実であるわけですけれども、これへの対応の問題といたしまして、いわゆる高齢者を何人で支えられるかという議論があります。先生も、将来二人に一人だとかあるいは三人を二人で支えると、そういう点では将来大津波が来るという趣旨の御意見を述べられたとおりであります。
 私の第一の質問というのは、この支えられるあるいは支えられないということを問題にする際の統計のとり方の問題であります。よく高齢者人口を生産年齢人口で割る計算というのが用いられるわけであります。先生もそれを御紹介されたわけでありますが、私個人としてはこれはちょっとおかしいんではないかということを考えるわけです。結論的に言えば、将来、日本経済の先行きへの対応としている場合、この何人が何人を支えるかどうかという統計という点からいえば、日本の総人口を労働力人口で割るというのが私としては正しいんではないかと考えるわけです。
 なぜかと申しますと、働く人が支えているというのは、一つには高齢者だけではないというのがあると思うんです。例えば、私あるいは私の妻の働きによって暮らすという場合に、何よりもまず本人自身が問題になります。そして無職の配偶者あるいは子供たち、さらには高齢者、お年寄り、働いていないお年寄りというのが含まれるわけで、社会全体で見た場合、働く人が支えるというのは総人口になる。そういう点では総人口を働く人で割るというこの数値がどう変化するかということが私は支えられるか支えられないかの分かれ目になるんではないかなと。
 それから二つ目には、生産年齢人口という問題でありますが、これはたしか二十から六十四歳までの年齢に属する人口というだけの意味だと私は思っているわけであります。先生も働く労働力人口の母体だということを言われました。つまり生産年齢人口の中に労働力人口というのは組み込まれるわけです。つまり二十歳未満や六十五歳以上でも働く人は大勢いるわけです。先生がお示しになられました図九、先ほどの労働力率というのを見ましても、二十歳以下でもざっと見まして三、四割働いていますし、六十五歳以上でも年代によって違いますけれども三割、四割、五割というふうに働いているわけで、この生産年齢人口というものと働く人というのは別の概念になるということになるわけであります。
 その点で、私計算しようとこの場で思いましたらその数字がないので、先生の後に御発言なされる小川先生の資料の中に統計数字が出ていましたので、それでざっと計算してみますと、総人口と労働力人口で見ますと、割った除数というのは一九九〇年はざっと計算しまして一・九三、つまり働く人一人で一・九三人を養うという勘定になるわけであります。これが二〇〇〇年では一・八六、二〇二〇年では一・九六、二〇二五年では一・九六。つまり、働く人一人が何人養うかというこのきょうの議論になっている一つの数字で見ますと、そう大きな極端な変化はないというのが統計学上の事実になるということであります。
 そういう点から考えますと、日本経済の財源を適正に配分していけば、将来において確かに高齢化社会、これが到来することは事実でありますけれども、的確な対応いかんによっては立派に対応できるというふうになると私自身は考えているわけです。そういう点からいいまして、この高齢者人口を生産年齢人口で割るというやり方ではなくて、総人口を労働力人口で割るやり方が何人で何人を支えられるかという議論では最も適切だと私は考えるわけですけれども、この考えが間違いなのかどうか先生の御見解をまずお聞かせいただければと思います。
#24
○参考人(島田晴雄君) そういう指標ももちろん考えられるだろうというふうに思いますが、ちょっと細かい点でございますが、生産年齢人口は十五歳以上人口というふうに普通定義をされております。
 この人口は、今先生がおっしゃられましたように、この比率が労働力人口分の総人口というのをとっていくと一・九六というところでずっと定常的になっているのでそんなに津波というような話ではないのではないかという御見解ですが、なぜ定常的な数字になるかというと、高齢者、六十五歳以上の人口は非常にふえていくわけなんですけれども、もう一方の従属人口という、働けない人口、つまり十五歳未満の人口が大変少なくなっていくんです。したがって、高齢者がふえるけれども若い人が減っていくので、全体としては数字が定常的に動く、こういう姿でございます。
 この場合に、さっき私が申し上げました高齢化の津波でシステムが揺るがされるという問題、つまり医療問題とか介護問題とか年金問題とかというのは、若い人の数が減って、つまり子供たちの数が少なくなっていったからといって問題が軽減される問題ではなくて、これは高齢層に固有の問題でございます。したがって、今先生のお示しになられた数字が若い人とお年寄りと合わせた数字になりますと定常的に比率が変わりませんけれども、中身は、医療、介護、年金、貯蓄率といったものはさっき私が申し上げたような深刻な問題にぶつかります。
 ですから、子供たちの数が減るからそういう意味での従属人口は減っていきますけれども、むしろこれは私どもにとっては問題がふえるというよりは、子供たちの問題は楽になるということがどのくらいの意味を持っているのか。私は逆に今度は子供たちを育てるためのコストが非常に高くなっていくだろう。つまり貴重な子供たちになりますので、というような気もします。数字はそうかもしれませんが、社会的な問題、先刻私が申し上げたとおりの問題が肥大していくのではないかというふうに見ております。
#25
○有働正治君 それらの問題は私個人は適正な対応でできるということで、これ以上の議論をここでするつもりはございません。
 時間の関係でもう一問だけ述べさせていただければ、私、先生のお書きになりました日本経済新聞九一年九月三日付の「労働力不足、緩和の余地」という資料を拝見させていただきました。その中で、日本の経済構造をあえて大別されて、国際競争の波に直接さらされる貿易財部門とそうでない非貿易財部門に分けられまして、貿易財部門が八〇年代後半以降の円高局面の中で厳しい合理化とリストラを余儀なくされて、一方非貿易財部門は構造変革がおくれてと、このおくれた部門の近代化等々について論及されておられます。
 その中でお尋ねしたいのは、貿易財部門の合理化というのは、自動車や電機産業に見られるような国際的にも批判の的になっている超過密、低賃金、長時間労働等によるものであります。これこそアメリカやヨーロッパとの貿易摩擦の源ともされて批判の的にもなっているわけでありますけれども、そういう点からいえば非常に人間性不在の合理化であって世界の流れにも逆行したものだと連合その他のヨーロッパの団体との懇談の中でもこういうのが指摘されている。あのトヨタみたいなことはやりたくないというのが言われているのを新聞紙上等でも私も拝見しています。
 そういう点から見まして、この改善は国際社会の中でも非常に求められていると私は考えるわけです。この点についてどうお考えか、お尋ねします。
#26
○参考人(島田晴雄君) ただいま先生の御指摘された問題については私は多々賛同するところが多くて、むしろ私は相当強力に自動車産業に対して労働時間の短縮を求めたことがございます。三重苦の世界にみずから飛び込む愚はないだろうというようなことを展開いたしまして、自動車総連にハッパをかけて千八百時間の達成を迫ったことがございます、二年前のことでございますが。ILOで、日本にもこういう過激なプロフェッサーがいるというような表現をいただいたことがございますけれども。
 日本の産業の労働時間の長さというのは、横並び競争で同じような競争をしているものですから、人より頑張れば絶対我が社は勝てる、だから頑張らないというのは勝ちたくないのか、頑張るのが嫌なのか、こういうふうな強制のもとで動いてしまうという論理を持っているわけです。ですから、これは私はストップしなくてはいけない、人の考えていないような開発を進めるということを考える時代に入ってきている、そうでないと将来はない、こういうことを散々申し上げる立場は今でもそれは変わっておりません。
 もう一つ、これらの産業を合理化しましたのはロボットの導入とか、それから海外資材の調達という面でコスト構造を変えました。ですから高い円でもやっていけるというようなことで、これはどんどんやるべきことなんであって、労働の方にしわ寄せをするというのは非常に問題だ。特に残業手当が、残業割り増し率が日本では一・二五、これはもうとんでもなく低いんです。世界の常識は五割、休日は十割というのが常識ですから、日本はこれをやりませんと大変なことになります。
 もう一つは非貿易財部門、例えば農業、建設、サービス、小売、飲食店その他もろもろございますが、五千数百万人の人が働いている分野、この分野については近代化がおくれていると言わざるを得ないんです。これは外国ではいろんな評価がありますけれども、私は日本では政策がおくれていると言わざるを得ない。例えば、農業一つとっても今の農地制度は古過ぎます。合理化、近代化の余地を非常に狭めています。建設業にしても、もっと雇用保険金のそれこそ建設的な使い方があるにもかかわらず、近代化をしていない、アクセスがない、現場がきれいじゃない、プライバシーが守られないなんということで、労働力不足だと言っているのは当たり前の話でございます。
 そういうようなことで、これらの分野はもう改善すべき余地が山ほどあるんです。私は、ぜひこの分野を改善して生産性を向上しますと、千何百万人という労働力が実は過剰であることがわかるので、この方々がもっと生産性の高いところへ入ってきて、短時間労働でゆったり仕事ができる、こういう世界を早くつくっていただきたいということを申し上げているんで、そのためには政府の支援と市場の自由化が必要だということを申し上げております。
#27
○有働正治君 時間ですから、終わります。
#28
○笹野貞子君 本日は、先生大変お忙しい中、ありがとうございました。
 先生のお話は特に女性にとっては何かバラ色の世界がこれからあらわれるのではないかと大変心強く思いました。先生もお疲れのことだと思いますので、先生にとっては簡単で、鼻息で飛ばせるような質問をさせていただきたいというふうに思っております。
 先ほど先生は、出生率の下がる原因を幾つかお話しになりましたけれども、何といっても産む産まないは女性そのものですし、産む条件をつくる中に男性とかいろんな問題があるとは思いますけれども、何といっても出生率が下がるというのは女性が産まないという決定的な原因があるんではないかというふうに思っております。
 先生は、そういう状況は男性の労務管理によってぐっと変わってしまうんだということ、これは私などは大変賛成でして、私も子供を一人産みましたけれども、そのときには先生の理論を私は現実に実行に移しました。それで夫が協力するということを、あえてそうせざるを得ませんでしたからしたわけですけれども、私の夫は実に変人で男の最もだめ男というレッテルを張られまして、先生の御説を実行するならば男性社会ではどうしようもない男のレッテルを張られるということを私は実際に受けました。一人でもだめ男にされるわけですから、これは二人産んだら超だめ男になるということで一人で断念せざるを得なくなったわけです。それは今から大分前の話で、これからは先生の説が現実の社会になることを私を含めまして頑張らなければいけないというふうに思います。
 そこで、ひとつ先生にとっては大変易しいんですけれども、私たち女性が働きますとすべての税制の控除が急になくなります。そして、働かない女性には給与体系の中でいろいろな控除、優遇措置があります。また、給与体系とは違いますが税制、百万というリミットを切られておりまして、百万を稼ぐか稼がないかによって会社の給与体系も変わってしまう。なぜ税制と給与体系とが同一であるのか、私にとっては大変不満な一つです。こういうことが幾つかある中で、こういうことも女性が働きにくい社会の中の一つだというふうに思いますが、どのようにお考えになるか、お聞きしたいと思います。
 また、続けてもう一つですが、女性が産まないということを法律的に決めたのは優生保護法ですが、優生保護法の中に経済的理由というのがあります。こういうふうに出生率が下がりますと、どうも男性のいろいろなところで、この経済的な理由を削除してしまおうという議論があちこちで出てまいります。私は、女性にとっては大変不穏なことになってきたなというふうに思いながら、先ほど先生の御指摘になりましたように、つまり直接的経費と間接的経費があるんだというあのお話はまさにそのとおりで、何か直接的なことだけを論議しまして、女性にとっては間接的に失う経費というのが非常にある、またかかる経費があるということが論議のまないたにのってない議論だというふうに思います。
 先生は、優生保護法の中の経済的理由という理由が女性が産まない最大の理由というふうにお思いでしょうか。そうじゃなくて、女性が産まないという理由にはもっとほかにあるというふうにお考えなのか。その二点をお聞きいたしたいと思います。
#29
○参考人(島田晴雄君) 前段の税制、賃金制度その他については、確かに御指摘のとおりの側面が非常に多いと思います。先ほどの税制の控除の問題もパート税制の問題も、先ほど申し上げた年金の三号年金者の問題も、働く女性には非常に不公平になっている。この辺は見直していかなくてはならないというふうに私は思っております。
 それから、男性がため人間と思われるかどうかということなんですが、そういう時代があったかもしれませんけれども、これはよく世の中を見ますとだんだんだんだん変わっていっています。そして、特に先端的なところは、そういう物の考え方をしている企業なり、女性が大切なお客さんである会社、例えば化粧品会社とか食品会社とかこういうところでは、五年も育児休暇を与えているような企業が現にあったりいたしますので、そういう雰囲気が出てきている。女性がお客さんだということの意味がだんだん重要になってきている。
 さらに、その次の段階に来るのは、女性の能力を生かすということが企業競争で最後の決め手になりますよということを自覚するかどうかなんですね、経営者が。
 ある経営者は非常に有能で、女性の能力を土地不動産の売買にまで活用した先進的な企業がありました。たまたま政治的に変なことをしたので失敗しましたけれども、お気の毒ですが、政治的なことをする前のある企業の考え方というのは大変なもの。つまり、世間の常識をうんと超えて女性の能力を最大限に活用したんです。そういう企業の競争力が強くなるということがだんだんわかってくると世間も動いてくると思います。私は、もうそろそろその時代に入ってきていると。俊敏な経営者なら気がつく。女性を大事にした方が生かせる。生かせるだけではなくて、女性を大事にしているといい女性が来ます。いい女性を大事にしているといい男性も来るんです。そういう時代になりつつあるということでございます。
 優生保護法の問題ですが、私は、さっき申し上げましたように、直接的費用というのは小さい、むしろ間接的費用の方が大きいと。しかし、それより大きな原因が恐らくあるだろう。これは、女性が自由を求めるかどうかだと思うんです。男と同じ自由というものを求めていると思うんです、同じ人間として生まれて。ですから、最近若い女性が、オジンギャルだか何だか知りませんけれども、夜のバーへ行くとどんどんたばこを吸って、男が昔やっていたのと同じようなことをしてみたいんです。しかしそれは単なる流行ですが、本心は男と同じ自由が欲しいというのがあると思います、人間ですから。
 そのときに私はビルの問題が大きいと思うんです。私はビルを解禁すべきだと。これは女性の権利です。女性だってセックスを自由に自分のコントロールでエンジョイしてしかるべきなんです。そのときに、それはいけないということで女性が全部いろんなリスクを負うというのは非常に問題があって、私は、恐らく最大のポイントは女性が人間としての共通の自由を求めるかどうか、求めていると思いますが、それがどの程度とういう形で実現されるのかということが実は子供を持つか持たないかに非常に影響しているのじゃないかというふうに思っております。
#30
○笹野貞子君 ありがとうございました。
#31
○下村泰君 きょうは本当に御苦労さんでございます。
 島田先生のお話を伺っておりますると、私はもう子育ての時期は終わったんですけれども、まさに女性賛歌、男性エレジーということで、これからの男はえらいこっちゃと、しみじみ感じながらお話を伺っておりました。
 先ほど、先生のおっしゃいました労働力の質的向上、これからの日本はどうすべきか。一体じゃ、どんなふうに日本がこれから、アメリカとかかってのイギリスのような物を輸出ができるのか、国外に出せるのか。簡単に私は漫画チックに考えるんですが、もともと商売が漫才だったものですから、簡単に考えますと、例えばエイズが一発で治る薬だとか、昔からよくはげと水虫が治ればノーベル賞と言われますけれども、そういったようなものだとか、あるいは無公害の発電力を持ったものだとか、こういったものを考えて、こんなものが一発でできるようになればこれは大したものだなというようなことを考えたんですけれども、こういうのもそういう質的云々の中に入るのか入らないのか。
 それから、よく言われるんですけれども、日本の大学では基礎学力というものに非常に重きを置かない。そのために、ノーベル賞やいろいろなものをとる方々はどちらかというと外国の方へ行って学んでおとりになる。殊に医学分野においては、基礎医学というのはなかなかきちんとしないために、かえって日本で研究の成果を上げるよりも外国へ行って成果を上げる方々が多いということも承っております。ですから、こういうこともそういうことに影響するのかどうかということ。
 もう一つは、二二〇〇年ごろになりますと、老人がいなくなって若い者ばかりになってしまうんだろうか、逆に日本の人口が減ってしまうんだろうか。そうなると、人口の多い国々が周囲にあったとすれば、これからの日本はどんな影響力が出てくるのか、この二つをお聞かせください。
#32
○参考人(島田晴雄君) 創造的な開発能力ということですが、今先生がおっしゃられたエネルギー問題とか不老長寿とか病気とか、全くそのとおりだと思うんです。その時代その時代で本当にみんなが求めている、しかし技術的な答えがないというものを、蒸気機関にしろ電気にしろ開発してくれたわけです。今我々が求めているのは命の問題であり、安全の問題であり、そういう問題です。そこにたくさんのフロンティアが実はあるだろうと、そんなふうに思っております。
 まさにおっしゃるように、基礎学力、それから実証的に自分で問題を解決していくという環境が日本の教育制度の中に大変乏しいんです。先進国がやっている、同業他社がやっている、それだったらそれよりもちょっといいものをつくろうよと。だから、ゆっくり考えている間がないんで、効率よく覚えて、そしてすぐ人の先に出ようと、これでやってきている。
 開発途上国というのは、歴史的に言うと全部そうです。それが一番効率がよろしいわけですけれども、ついに日本は世界で一番コストの高い先端に躍り出たので、先生おっしゃられるような未踏の分野で基礎からじっくり考える能力を持った人にそういうものをつくってもらうということが必要です。しかし、だれもかれもができるんではないんです。これはリスクが大変高い。
 開発途上国の追いかけ方というのは私は努力賞の世界と呼んでいるんですけれども、できなくてもそこそこいくんです。ただ、優勝は一人しかしませんから、これは努力賞じゃない。十人にやらしても一人しか成功しないかもしれない。しかし、先進国というのは、そういうリスクにかけて、一人でも成功すれば十人だめでもいいじゃないかというくらいのゆとりを持って本当に新しいものをつくるということなんだと思うんです。私は、そのために日本の教育制度も企業も物の考え方を変えなきゃいけないというふうに思っております。
 もう一つの人口問題、二二〇〇年ぐらいになったらどうなるか。これは小川先生の専門ですが、おっしゃるとおりのことが起きます。もうヨーロッパは既にその恐怖というのを日に日に今自分たちで自覚している。日本も自覚せざるを得ない。お隣に中国があり、まあ中国は人口の伸びが多少緩くなっていますが、人口の伸びの大きな大陸がたくさんございます。
 その中で先進国というものの人口は非常に小さくなるんです。ですから、そのときにはどうもこういうことではないかと思います。子供たちが結婚すると、今は住宅難ですけれども、その時代にいきますと、おじいちゃん、おばあちゃんの持っていた家があるので、四軒家があって、今晩はどこへ行って寝ようかなというような、そういう時代。ですから、そう悪くはないです。
 ただ、人口とか国の大きさとかそういうことから見た世界への影響力というのは非常に小さくなります。これは、我々がそういうものに対してどう思うかということです。お前はどう考えるんだというふうに言われれば、私は、人口の大きさをもって国力を誇る時代ではない、残念ながらそういう時代は数十年前に終わったと、むしろ個人個人が豊かで立派に暮らしていけばそれでいいじゃないかということだろうというふうに思っております。
#33
○会長(鈴木省吾君) 以上で島田参考人に対する質疑は終了いたしました。
 島田参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席いただきましてまことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表して厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
    ―――――――――――――
#34
○会長(鈴木省吾君) 次に、小川参考人より御意見を伺いたいと存じます。
 この際、小川参考人に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ、本調査会に御出席いただきましてまことにありがとうございます。
 本日は、本調査会が現在調査を進めております本格的高齢社会への対応に関する件について忌憚のない御意見を拝聴し、調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願いをいたします。
 議事の進め方でございますけれども、まず参考人から四十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
 それでは、小川参考人にお願いいたします。
#35
○参考人(小川直宏君) 小川でございます。よろしくお願いします。
 このセッションの残りがあと二時間ぐらいということですが、二時間の間に日本の中でいろんなことが人口学的に起こります。二百七十六人の赤ちゃんが生まれます。百九十人の方がお亡くなりになりまして、葬儀屋に慌てて電話するという状態でございますけれども、百七十二組が結婚して、皆さんとは余り関係ないかもしれませんけれども三十八組が離婚ということでございます。それから六人が自殺でございまして、このように人口は刻々と変わるわけでございます。
 人口は、こう私が話している間に生まれるその赤ちゃんが日本経済と八十年ないし九十年の長きにわたって極めて密接な関係を持つ、生まれた瞬間から医療を必要とし、おむつを必要としミルクを必要とする、いわゆる経済学的に言うと消費活動を開始しているわけでございます。そういう点では、極めて長きにわたって人口が変化すると経済に影響を持つということがポイントでございます。
 また、人口というのは大きな特徴がございまして、極めて予測性が高いということでございます。例えば、二〇〇〇年の労働力が何人になるかということを予測することは極めて簡単でございます。二〇〇〇年で労働力になるのは既に生まれてしまっているからであります。この部屋にも三十名ぐらいの方がいらっしゃいますけれども、人口学的には二〇一〇年にこの部屋の何人の方が生きているというのは簡単でございまして、ただどなたがというのはちょっと難しいですけれども、結局何人というのは生命表がございますので簡単に計算ができるということでございます。ポイントは、長きにわたって予測ができるということで、長期展望するときには人口から入るというのが通常使われている常套手段でございます。
 そういう点で、きょうは人口から少し高齢化社会、来世紀どうなるかという計量モデルによる展望を私たちがやっておりますので、それに基づいてお話をしてみたいというふうに思うわけでございます。
 ちなみに、最近高齢化社会ということで老人の割合がふえてきている。高齢化の定義というのは、相対的な高齢者の増加と相対的な年少人口の減少、これしかないんです、定義は。そういうことでございますので、老人が相対的にふえてきたということは、老人が死ななくなったということであり子供が生まれなくなった、この二つの要因があるわけでございます。老人の方にいたしましても寿命が非常に延びてきております。
 ことわざにしましても、参議院のこういうふうなところで不謹慎かもしれませんが、私が小さいころは、親孝行したいときには親はなしというふうに母親からよく習いましたけれども、今はこのことわざが当てはまりませんで、親孝行疲れ果てても親元気、そういう時代だというふうに言われておりますけれども、そういうことわざが要するに通用しないくらい寿命が延びたということでございます。
 ちなみにデータを申し上げます。昭和の初めと平成を比べてみますと、皆さんこの中で還暦を迎えられた方がいらっしゃると思うんですけれども、同級生のうちで、還暦になる方が昭和の初めには男性が四二%、今は八七%還暦を迎える、女性は九三%還暦を迎える、昭和の初めには古希を迎える確率が二四%だったのが今は七四%まで延びてきました。
 これだけ寿命が延びてきたわけですから、いろんなことで違いが出てきます。例えば、いわゆる昭和の初めに古希を迎えた二四%というのはどの確率がというと、今は米寿を迎える確率なんです。ですから、昭和の初めから現在までに古希が米寿になってしまったというくらいに寿命が大幅に変わったということがポイントでございます。要するに、夫婦共しらがから親子共しらがの時代というふうによく言われていますけれども、そういうことになってきた。
 それにあと大きなものは、ライフサイクルの変化に加えてライフスタイルの変化というのは非常に大きいと思うんです。二月の最大のイベントというのは、昔我々の小さいときは豆まきだったんですけれども、今はセントバレンタインになったというふうにライフスタイルが変わりました。こういうふうにライフサイクルが変わりライフスタイルが変わったということで、来世紀、高齢化社会を考えるときにこのライフスタイルの変化も大きく重要な要因として考えなきゃいけないところまできているというふうに思います。
 ちなみに、出生力が下がった、死亡率が下がった、これによって高齢化があるんですけれども、人口学的に出生力、今までのところをちょっと見てみますと、これはお手元にはないんですけれども、これが戦後から今まで生まれた子供の数でございます。私の話はこれですべてここの表に入っています、本当は。(図表掲示)
 ここから、一九四七年から四九年のいわゆる団塊の世代、このときに生まれた子供の数が二百七十万でございます。二百七十万、いろいろ数字を申し上げますけれども、あとは忘れて結構ですからこれだけはぜひ頭に入れておいてほしい数字なんです。二百七十万生まれた後に一気に百五十七万まで十年間で下がっております。これは出生率にしまして、合計特殊出生率が団塊の世代が四・五人、そして十年後に二になりました。これは人類史上初めての出来事でした。ということは、来世紀人類史上初めての高齢化社会が日本に出るということがここから出てきちゃうわけです。さらにその後安定して、ひのえうまで下がりましたけれどもここで一回膨れ上がります、これが団塊の世代の子が生まれる段階であります。
 それから、昨年、一昨年の百二十二万、この数字もぜひ頭に入れておいていただきたいんですけれども、二百七十万対百二十二万でございます。これが生まれた数でございます。このグラフをちょっとひねると来世紀が、二十年後の日本がそのまま出てまいる。どうやるかというと、こういうふうにやります。団塊の世代が二十年後に定年に到達し、そして去年生まれた子供が二十年後に下の方で労働力に参入する、いわゆる逆ピラミッドの形になります。ということで、二百七十万をいかに百二十二万で支えるかというのが高齢化社会でありまして、人口学的には全く高齢化社会は選択なき社会であります。もう生まれてしまっていますので、ほとんど死にませんから。
 選択なき社会であるということは、先ほどから島田先生が申されていましたように、あとは人口学的には選択がないので、人口を取り巻く制度、そういったものを変えるしかないということであります。ですから、高齢化社会では余り人口学的に対応することがなくて、ほとんどが制度でいかにしてそのショックを和らげるかというところに的が絞られるというふうに私は思います。
 もう一つポイントになりますのは、今のは生まれなくなった例ですけれども、死ななくなったのも確かに死ななくなりました。死亡率が下がりました。お手元の資料の一ページ目の表一を見ていただきますと、十年間でほぼ普通死亡率が下がってきております。コンピューターではじいて計算してみますと次のような結果になっています。
 これはほとんどマスコミでは言われていませんけれども、一九五〇年から七〇年、いわゆる高度成長期の末期までがポイントになります。ここまでは出生率が十の力とすれば死亡率の低下は一でした。十対一で、いわゆる出生力の低下によって高齢化が始まりました。ところが、一九七〇年から今まで、きょうまでは、九〇年までですけれどもデータを計算してみますと、今度は十対十であります。いわゆる死亡率が下がってきて寿命が延びたということが最近は次第に高齢化に拍車をかけていまして、これは世界共通の現象であります。先進工業国になればなるほど、寿命の延びの影響が次第に強くなっている。高齢化のパターンとしまして、初めは出生力の低下、そして次第に寿命の延びが最終的に決定するということでございます。
 ですから、皆さんこの委員会で出生の質問を幾つかされておりましたけれども、ぜひ死亡の方、寿命をどうするか、安楽死の問題、そういった問題も今後考えなきゃいけない。もう一つは、社会保障がどうなるのか、医療費がどうなるかによって寿命も変わってくるわけですので、そういうところにも目を向けてみる。高齢化社会を決定するのは、今後は寿命がどこまで延びるかということが一つのポイントになるというところをぜひ頭の中に入れておいていただきたいと思います。
 それから、お手元の資料の二ページ目の表三でございますけれども、ここに日大人口研人口推計というこの二月に出しました推計がございます。この表の中で幾つかポイントがございます。お手元の一番左上にございます総数というのが、一二三六一一という数字から始まって、これは一億二千三百六十一万一千という総人口でございます、ずっと指で追いかけていただきますと二〇〇七年がピークでございまして、私の話はきょうは二〇〇七年に集中されます。これが第一点でございまして、二〇〇七年で総人口が減り始めるということでございます。
 総人口が減り始めるということは、日本経済に大きな影響をもたらします。経済学をおやりになっている方はよくおわかりいただけますように、心理的に上り坂から下り坂になったときに期待感、これがかなり大きな影響を及ぼしまして、企業の投資がかなり鈍る可能性がある。消費者が減るだけでなくて、生産者も次第に減るわけでございますから。いわゆるこの辺で土地の使われ方も変わってきて、ひょっとすると土地の神話が本格的に崩れる年がなという感じもいたします。
 さらに、ゼロ−十四歳、子供と六十五歳を比べていただきますと、そこの表にはございませんけれども、今から八年前の一九八五年、子供と老人の数が日本では二対一でありました。一九八五年に子供が二人、老人一人。ところが、今から五年後の長野オリンピックの年に、この割合が一対一になります。余りマスコミでは今のところ取り上げられていませんけれども、今回の推計から出てきた大きな特徴は、二〇二〇年のところを見ていただきたいんですけれども、二〇二〇年で老人と子供の数が、これほとんど言われてないんですけれども、子供が一人で、今度は老人が二人になります。大変な高齢化社会になるということでございます。さらに、六十五歳以上がどんどんふえてまいりますけれども、六十五歳以上の割合が今よりも二倍以上に膨れて、最終的には二〇二一年ですけれども、数にして三千三百三十六万というところ、六十五歳以上のところで、下から五つ目ぐらいのところ、そこがピークでございます。今よりは二倍ということでございます。
 具体的にどういったインパクトがあるかというと、いろんなことがあると思うんですけれども、JRに乗りましてもシルバーシートの割合は二倍になるし、銀行のマル優の老人の適用者の割合も二倍になるし、叙勲のラッシュでしょうし、大学では名誉教授がいっぱいふえてくるという、そういう時代になってくると思うんです。
 ただ、問題は、これが地域でかなりいろんな大きな問題が出てまいります。国全体で見ても六十五歳はその割合なんですけれども、全国の都道府県、島根県が一八・二で最高かと思うと、埼玉県の八・三が最低でございます。二倍以上あります、県で見ても。全国の市町村を見ますと、山口県東和町はこれが四二%、六十五歳以上、これが全国でナンバーワンでございます。
 国土庁の推計を見ましても、来世紀老人が八十数%という市町村が出てまいります。こうなってまいりますと、いわゆる納税者ゼロという状態の地域が出てまいりまして、全国に市町村の行政の出張所が四千七百カ所ありますけれども、この辺の相当数が閉鎖される可能性が出てまいります。それから、過疎問題などもありまして、過疎バスを今走らせていますけれども、この過疎バスも三年間の補助金しか出てませんので、これをどうにかしなきゃいけない。過疎バスというのは平均乗車密度が五人以下の、そういう地域でございます。都市ばかりでなくて、農村の高齢化を真剣に考えなきゃいけないところまで来ているというふうに私は思います。
 さらに、七十五歳以上の数字がそこの隣に出ておりまして、分母が六十五歳以上。これ七十五歳以上を私たち社会学の人はオールド・オールドと呼んでますけれども、いわゆる要介護人口者なんですけれども、この割合、一番上の数字が四〇・一〇でございます。いわゆる六十五歳以上の方をとってまいりますと、五人中二人がこの要介護人口の対象者となります。それからどんどん伸びてきて、一番下が五六・五八という数字がございます。右から二つ目の数字でございます。ということで、来世紀は五人中三人が要介護人口者になるということでございます。
 さらに、この表をよく見ていただきますと、総人口が二〇二五年では、一番下に一億二千百七十万という数字が出ております。きょう現在生きている人の中で何パーセントこのときに生きているかというと、きょう生きている人の六八%がこのとき生きています。ですから、七割方この数値は当たるということになっておりまして、かなり高い確率で人口が当たるという一つの証左でございます。
 それからその次に図の二がございます。お手元の図の二をちょっと見ていただきますと、こちらの資料と同じですけれども、(図表掲示)これは色がついているんです。これは何をやっているかというと、地方自治体、国もお金があればいいんですけれども、予算的に制約があります。そういう中で、老人のニーズを本当に考えていく上で、こういうデータも必要ではないのか。これは、老人の中で六十五歳以上から七十四歳までをグリーンに塗ってあります。それから、オレンジが七十五歳から八十四歳、それからこの赤が八十五歳以上。現在、一九九〇年から九五年、五年間で、老人の中でどこが伸びているかというと、八十五歳が一番伸びている。その次にまた五年たって、次九五年から二〇〇〇年ではまた八十五歳が一番伸びている。そして一回下がりますけれども、またその後八十五歳ということで、その後はずっと、そこにお手元の図の二にございますように、我々が生きていく間、ほとんどが八十五歳以上でございます。そこが一番伸びる。いわゆる六十五歳のニーズと八十五歳のニーズでは全然違います。
 これから本当にきめ細かい高齢者の対策を、こういったようなデータ、しかもこれを各地域に分けて見ていきますと、各地域間で全く違ったパターンを見せます。こういったことで、地方自治体との対応という点で、こういったデータも見る必要があるんではないかというふうに思います。しかも、この数値は絶対に当たります。なぜかというと、二〇二五年に六十五歳以上になる人がもう既に生まれてしまっていますので、ほぼ間違いなくこの数値は当たるということになるわけでございます。
 こういったような状態の中から、いろんなことが考えられますけれども、私は一つは交通の体系、交通部門を全般的に考える、システムを考えるところに来ていると思います。全国で九十歳以上で免許を持っておられる方が相当数おります。全国の中で六千四百万以上の方が免許を持っておられますけれども、このうち約千三百人以上の方が九十歳以上の免許を持っている方、この割合が二〇〇〇年には我々の計算では二万四千人近くまでいく。年率四三%で、免許の保有者が九十歳以上でふえます。百歳以上も現在おりまして、こういった人たちがふえていったときに、どういうふうにして交通システムをつくるか。
 よく考えてみますと、パトカーという言葉ができたのが、日本では一九五〇年、比較的車社会は最近の現象であります。こういった中で、一気に免許保有者が高齢化していく中で、交通網をどういうふうにしていくのか。例えば信号を、これはある学会で学会賞をとった研究で、私がやった研究ではございませんけれども、四十メーター道路を四十秒で渡り切れる七十五歳以上の割合は約五五%しかありません。こういうことを考えますと、交通網、交通システムそのものを変えなきゃいけないというところまで来ているんではないかというふうに考えます。
 こういったようなものが高齢化社会の将来像でございますけれども、次に三ページに図の三がございます。この一回波を打っているのが出生数で、下からずっと上がっていくのが死亡者数ですけれども、これを見てまいりますと、明らかに出生数は一九九九年で百三十六万でピークを打ちます。一回山が来ます。それはなぜかというと、この表に関係がありまして、(図表掲示)団塊の世代の子供がここで生まれて、その孫が一九九八年で生まれているので、出生率は下がっていきますけれども、一応は出生数は多少回復するということになるわけであります。その後はずっと落ち続ける。そして死亡の方はどっと上がっていくということになります。
 身の回りのことでもいろんなところで大きな変化が出てくると思いますけれども、我々の身の回りの中で、特にお墓の問題とか、それから法事の問題とか、長男長女ばっかりですので、法事が非常に多くなることがあります。あと、あるデータによりますと、法事とかの問題で特に聞きますのが、家計所得を見ますと、高齢者世帯の収入の三割が冠婚葬祭費に現在使われているそうです。こういったデータを考えますと、冠婚葬祭のあり方というのも、老人の世帯で収入の三〇%、高齢者世帯の三〇%がそこにいっているというところに、もう少し考えてみる必要があるんではないかなという感じがいたします。
 それから、死亡者数は現在の二倍という、そういう感じでございまして、これから墓の問題もございます。墓は今。東京都で募集しますと、首都圏十四倍の競争率。散骨ということを少し考えるところまで来ているんではないかなということで、ただ、これは埋葬法を変えなきゃいけないので、アメリカではもう既に行われてもう日常茶飯事ですけれども、日本は散骨が認められていませんので、そういうところも今後考えてみる必要があるんではないかと思います。
 それから、この死亡数と出生数がクロスするのが二〇〇八年でございます。これは簡単に言えば、香典と出産祝いが同じ数という、そういう状態でございます。その後は葬式の方が多くなるという社会でございますけれども、これは計算してまいりますと、現在では全国の市町村の四五%が既に葬式の方が多くなっています。高知県では五十三市町村がありまして、そのうちの四十五、八五%でそういう状態であります。東京でも三一%の市町村で既に葬式の方が出産よりも上回っている。地域の活性化を図るという点で非常に大きな問題がございます。私は、こういうところに高齢化教育というのをぜひ地域に導入していただきたいというふうに思います。
 高齢者の中で、今東京あたりでは三世代というのはほとんど少なくなって、おじいちゃんと孫と関係のないというのがいっぱいいます。私の住んでいるのは世田谷なんですけれども、世田谷ではほとんど子供と老人とが触れ合う機会がないんですね。ですから、その地域で活躍された、小さいときから育っておられる、ずっといらっしゃる老人をホームルームに呼んで、八十年前の世田谷はどうだったかとか、そういったような話をすることによって連帯感が持てると思うんです。
 私はベルギーのボードワン国王のところで、一回ちょっとお話しするときがあったんですけれども、そのときにボードワン財団というのをつくられて、そこで高齢化教育の映画を見せておられるんです、国王が。それをベルギーのブリュッセルの町の中を見せて歩くんです。こういったようなことも一つヒントとして、ぜひ日本が考えてみることじゃないかなと思います。このコミュニティーの教育をすることによって、例えばそういうコミュニティーの教育を受けて、そして老人に実際にケアをしたそういった子供に対しては、時間を点数にしてそれを入学試験の点数の中に入れるとか、先ほど島田先生が入学試験の発想の転換というのを申し上げられましたが、私は老人の介護を若い子供がやったときにそれを点数化するような、そういう発想法も必要ではないかなというふうに思うわけでございます。
 ちなみに、合計特殊出生率がどうなるかというのも、高齢化社会の一つのポイントになるわけでございますけれども、その前にちょっと最近の出生率のお話だけをまとめさせていただきます。こちらに表がございます。(図表掲示)これが一九八〇年代の出生率の下がってきている要因でございます。これはどういうふうに見るかというと、女の人がここで生まれてこちら側に行くことによって子供を順々産む。ちょうど陸上で言うと一つずつハードルを越えていくように考えていただきたいんですけれども、生まれて、ここが結婚です。それから、これが第一子、第二子、第三子、第四子、第五子、こういうところでございます。
 ここに黒い線が引いてありますけれども、ここから下にあるということは、出生率を下げる方向に力が働いている。上の方が出生率を上げる方向というふうに考えていただいて結構なんですけれども、そうしますと、女の人が生まれて、出生率が下がる確率が高いのがここでございまして、結婚しなくなったという力が物すごく出生率を下げているんです。それからディンクス、結婚しても子供を持たないというのがさらにまた出生率を下げている。それから、二子目がまた下がっているんですけれども、問題は三子目は本当は上げているんです。結婚した人はかなりのところで産む人は産んでいるんです、三子を。だからここが問題の方で、こっちのハードルは越えられない人が今多いというところに大きな問題がございまして、結婚しなくなったということが足を引っ張っておりまして、これを越えられれば何とか産む力をまだ女性の中に持っているということでございます。
 これはコンピューターではじいてみますと、図の四のところをちょっと見ていただきたいんですけれども、少し計算をしてみました。コンピューターで、例えば我々の推計の中ではTFRというのは女の人の賃金、それから夫の所得、それから女の人の職場進出という、いわゆる昨年ノーベル賞を取りましたゲーリー・ベッカー流のシカゴ学派の流れをくんでいる推計方法をとっておりますけれども、これは例えば女の人の職場進出をゼロにしてしまうというか、きょうの水準でとめてしまうという、少し乱暴なシミュレーションをかけてみますと、皆さんのお手元の資料の図の四にございますように、点々が上に上がっていますけれども、これは出生力が戻ります。
 これはなぜかというと、夫の所得の上昇に伴って子供の数は回復する。最終的には二・六まで戻ります。ところが、現在の労働市場、それから後で話しますように、二〇〇一年で労働力が減りますので、そういったシナリオはちょっと無理でございます。職場進出が今までどおりのペースでいった場合には、下の実線の方でございますけれども、一・四を切るようなところまで連続的に出生率は下がってまいります。こういったように、この出生の変化を見ますと、女性の職場進出というものがどういうふうになっていくか、それからそれをどういうふうにして出生等を支えるかというものが、政策的に大きなポイントになるというふうに思われます。
 それから、その次のページでございますけれども、日本の高齢化の特徴でございますけれども、表の四、表の五、表の六、七というのが四ページに出ておりますけれども、これを見ていただきますと、表の四は現在の国際比較でございます。左半分の一番上でございますけれども、現在、日本がアジアの中では断トツ高齢化しております。ところが、先進諸国の中ではそれほどでもない。
 特に、ぜひ注目していただきたい数字が上から三つ目のアメリカでございまして、一二・六でございます。現時点ではアメリカの方が日本よりも高齢化しているということでございます。ところが、表の五を見ていただきますと、日本は二七・三%ということで、来世紀世界でナンバーワンの高齢化国になるということでございます。二番が香港でございますが、そのあとは全部ECでございまして、ECがなぜ統合されなきゃいけないかというところもここにあると思います。
 表の五のポイントは、一番最後にございますアメリカ合衆国でございまして、アメリカは来世紀先進工業国の中では、高齢化するんですけれども、比較的若い人口を抱えるということで、日米の貿易摩擦が今問題になっておりますけれども、ドルもいろいろありますけれども、私はひょっとすると長期的にはアメリカのドルが持ち直すようなファンダメンタルズがそこにあるように、人口学的に見た場合にはアメリカの方がはるかに日本よりも若い力を持ちます。これはなぜかというと、一つは移民政策であり、一つはベビーブームの長さの違いです。日本はベビーブームが三年でしたけれども、アメリカはベビーブームが十七年間続きました。これが日米間で来世紀大きな違いとなって高齢化に影響が出てくるわけでございます。
 それから、表の六がございますけれども、これは先ほど言いました要介護人口でございますけれども、これも世界で一番厳しい数字が出ております。日本が五六・六で要介護人口が半分を超えるような割合、こういったのは世界で日本だけでございます。世界一の介護問題を抱えることになります。
 さらに、表の七はスピードでございます。老人の割合が一〇%から二〇%になるのに、日本は二十二年しかかかりません。そして、もう一つ出てくるのは二〇〇七年でございます。二〇〇七年という数字が表の七にございます。これは、日本が老人の割合が二〇%になるのが二〇〇七年。先ほど人口が減るのも二〇〇七年と申しましたけれども、世界で初めて、人類史上初めて二〇%に老人の割合がなるのが日本でございます。いわゆる日本にとってはお手本のない、みずからの創造の時代に突入することになります。ここで政策的にどうにかしなきゃいけないということになるわけでございます。
 さらに、その次のページにずっとピラミッドが並んでおりますけれども、このピラミッドの大きさでございますけれども、九〇年のときはこういったピラミッドでございます。(図表掲示)二〇〇〇年がこれでございます。これを見でだれも思うのは、余り変わらないじゃないかということでございます。そこにヒントがございます。変わらないというのが大切でございます。この後はどうなるかというと、二〇二五年になるとこうなってしまうわけです。これはもうピラミッドでなくてシリンダー型と言います。こうなってしまう前に政策を打たなきゃいけない。いわゆる一九〇〇年代が日本に残された政策設定のための最後の十年間というふうに私は考えております。
 さらにこの問題は、ここのところが高齢者の中での六十五歳以上の割合の男女比でございます。男子と女子では、明らかに女子の方が多いのでございます。これはなぜかというと、寿命が長いからでございますけれども、お手元の資料の五ページの図の六でございますけれども、これは六十五歳以上の中での男女の差でございまして、一九九〇年には二百九十一万人、六十五歳の中で女性が上回っております。上回っているんですけれども、二〇〇〇年ではこれが三百三十四万まで、それから二〇二五年では四百六十万まで。ほとんどが皆婚社会ですので、これが未亡人になる。
 その次の図の七でございますけれども、その老人の中で女性がどこが伸びてくるかというと、八十五歳以上なんです。八十五歳以上のところでどんどん伸びてくるんです、女の人が。これがほとんど、後で申しますように寝たきりかまたはぼける確率が極めて高いということで、介護問題はこれで出てくるんです。
 さらに、次の図の八でございます。図の八は独居老人の割合でございまして、一番上にずっと伸びていくのが女子でございまして、一九九〇年では六十五歳以上の女子の一四・七%が独居でございますけれども、これが来世紀には二二%まで伸びる。いわゆる六十五歳以上の老人の女の人のうちの五人に一人が独居でございます。独居で未亡人でぼけ、寝たきり。これは独居だった場合にはどういったようなケアをしたらいいのか。そういった問題が出てくるわけでございまして、何とか政策的に対応しなきゃいけないところまで来ています。
 その次に、図の九でございますけれども、これは全国における介護の問題でございます。だれに介護してもらうかという具体的な数値を計算してみました。この数値は、分母の方が老人でございまして六十五歳から七十九歳。それから分子の方が四十五歳から四十九歳の成人した子供でございます。これを家族扶養指数と呼んでいるんですけれども、その定義のところは七ページの表の八の方に書いてございます。いずれにしましても、ポイントは大人になった子供が老人に対して何人ぐらいいるか。老人一人に対して子供の数が何人いるかという、そういう数字でございます。
 一九五〇年を見ていただきますと、日本地図を見ていただきますと、島根県だけちょっとまずい。色が白ければ大丈夫だという数字でございます。島根県のところが〇・七七という数字で、少し危険でございました。ところが、七〇年になりますと大分色が濃いところが出てまいりました。これは出生力がだんだん落ちてきたことが大きな影響でございます。人口流出もございます。それから、一九九〇年にはもうほぼ全国的に黒いところが出てくる。黒いところというのは老人一人に対して介護の子供の数が〇・六という数字でございます。そういうところもございます。
 ちなみに全国最低が沖縄県の渡名喜村というところでございまして、ここは数値が〇・〇九でございます。こういうところで在宅ケアができるのか。一番数値が高いのは埼玉県の三郷市でございます。これは二・一四でございます。こういったような数値でございます。ですから、極めていろんなところで違いがあるということです。
 次のページに移ります。表の八は、この数値を将来的にどうなるかと推計してみますと、一九九〇年では〇・七六という数字、これは国勢調査から出ていますけれども、これが二十年後の二〇一〇年には〇・三八でございます。これは大変ショッキングな数字でございまして、しかもこの数値、絶対当たります。分母も分子も生まれちゃっていますから。こういうことで、日本の家族の扶養能力が二十年間で半減するわけです。そういう中で在宅ケアをどうするのかという問題があるわけでございます。
 しかも、表の九を見てください。表の九を見ていただきますと、これは国際比較でございます。日本の家族扶養指数は二〇〇五年以降世界最低でございます。先ほど介護問題は要介護人口が来世紀世界最高になることを申し上げました。ところが、家族の見る方は世界最低。見られる方は世界最高で見る方は最低ということで、現在時点では世界で四十七位でございますけれども、これが第一位になるということです。人口が減り始める二〇〇七年に、大体そのときに家族扶養指数が最低ということになります。
 図の十を見ていただきますとわかりますけれども、従属人口比が出ております。大正から現在までの従属人口比でございます。先ほど御質問にも出ていましたけれども、これは老人と子供を足して生産年齢人口で割った数字でございますけれども、最低になっているのが一九九一年、今から二年前が我が国にとって史上最低でした。今が言いかえれば日本の経済にとってベストであります。ということを認識している人はほとんどいないんではないでしょうか。今が日本の経済にとって、人口学的に見て一番負担が軽いときなんです。一番負担が軽いときに政策を何とかしないと、ごらんいただきますけれども、あと三十五年間で一気に大正時代の水準まで負担を押し上げてしまいます。二〇二五年で六七という数字ですけれども、これは世界最高の水準にそのときになります。
 そういったような問題はございますけれども、経済の方もずっと計算しておりますけれども、時間が時間ですのでずっと飛びまして、社会保障の方に参ります。十ページを見ていただきますとおわかりいただけますけれども、一番右上にございます(21)でございます。社会保障と税収を足して国民所得で割ったいわゆる国民負担率でございます。将来どうなるかということをちょっと財政的に見てまいりたいんですけれども、一番上の数字が三九・四〇という数字でございます。パネルのCでございます。これが現在三四という国民負担率でございますけれども、新行革審による二段階歯どめ論というのがございます。二〇〇五年で四五%、それ以降は五〇%を避けたいということでございましたけれども、これを見てまいりますと、二〇〇五年では四三%でございますので、第一歯どめはクリアされます、大丈夫です。
 ところが、五〇%を現在の社会保障体系が続く限り二〇一四年で突破してしまいます。ということは、先ほどの島田先生のお話にもありましたように年金法を抜本的に変えるか何かしないと、この二段階歯どめ論は新行革審が考えているようなゴールは達成されないということです。私がいろんなところで申し上げていることは、選択的福祉に移行するのかなということでございまして、いわゆる本当の意味で必要な人にだけ与えるような、そういったような社会保障制度になってしまうのか。いわゆる高福祉高負担をとるのか低福祉低負担をとるのかという問題なんですけれども、財政的なこういう厳しさを考えていくと、ある面では本当に必要な人にだけ厚くという、そういう選択的福祉の可能性もあると思われます。ただ年齢でなくて、次第に年功序列じゃなくて健康序列というような、健康を一つの指標に入れて、例えば血圧とかそういうマーカーを幾つかつくって、そして本当のニーズに基づいた社会保障体系が必要になってくるんではないか、発想の転換がそこで出てくるんではないかなという感じがいたします。
 ただ、この社会保障との問題で、女性の職場進出との関係で非常に大きな問題がございます。女性の職場進出は、きょうはちょっと省きましたけれども、労働力は二〇〇一年から絶対量で減少しますので、女の人の職場進出はぜひ必要になりますけれども、そうしますと出生率が落ちる。出生率が落ちるということでございますけれども、だけれども社会保障が低福祉低負担をとると、女性が家庭にいなきゃいけないというシナリオがまた出てきてしまうわけで、だれが見るのか。ですから、社会保障と労働市場の問題、それから出生というのは三つを一遍に考えないと解決できない問題でございまして、現時点ではそれが十分に考えられていない。しかも労働市場で千八百時間が達成されますと労働力不足が一層進むので、女性の職場進出に拍車がかかり、出生との問題も深刻になります。
 それから十一ページに、寝たきり、痴呆性老人の数が出ております。私が一番言いたいのは図の十一でございまして、そういう在宅で寝たきりまたは痴呆になった方を女の人が見る。私は女の人が見るというのは、見なきゃいけないと言っているんじゃないですよ、ただデータ的にそうなっているということだけであります。もしも現状のような、そういう介護のパターンが続くとするとどうなるかというと、図の十一にございますように、将来的には四十歳から四十九歳の、いわゆる在宅での介護ですので専業主婦でありますけれども、この割合が六・六%が一九九〇年。これは確率になっていますので百を掛けていただければいいんですけれども、六・六%、約十五人に一人が寝たきりまたはぼけた方を在宅で見ている。ところが、二〇二五年ではこれが四五・六%まで上がります。ということは、来世紀は四十歳の二人に一人が在宅で寝たきり、ぼけの方を見るということになります。来世紀のこのとき四十歳になる方は、きょう小学校に行っている子供なんです。
 私が申し上げたいことは、高齢化社会というのは、何人で何人を支えるという議論にはもう限界があると思うんです。問題は、小学校に行っている子供が全く我々と違った価値観を持った大人になる可能性が高いわけでございます。例えば、一九六〇年の四十歳代はわずかに二%の女性しか大学、短大卒がおりませんでした。現在は、この四十歳代が一六%まで大学、短大卒であります。二十年後の四十歳代は今もう大学に行っていますので、間違いなく四〇%以上が大学、短大卒です。こういう女性の価値観が変わることが目に見えていますから、そういう価値観が変わる中で高齢者をいかに介護していくかという問題、これはもう人口論を超えた、いわゆる価値観を前提にした高齢化論というのが本格的に必要になるだろうと思われます。
 また、女の人は、これは特別に全国調査から計算してみたんですけれども、子供の面倒を見る、それから子供を育てる、そして老人を介護する、これは毎日新聞社の全国調査から我々が調査したデータで計算しましたらこういう結果になりました。女の人がフルタイムで働く場合に、子供を育てると会社をやめなきゃいけない、会社を休んだりしなきゃいけない、そういうことでロスをこうむります。
 ということで、時間給に直してみまして、子供を一人持つと女の人が受けるロスは一〇%であります。一〇%落ちます、子供一人につき。ですから、三人持つと三〇%落ちます。ところが、老人を自宅で一カ月介護すると一・二%時給が下がります。大したことないじゃないかと思われるかもしれませんけれども、ほとんどの方が十カ月見ておりますので十二%落ちる。九十カ月見ている方もいらっしゃるわけですよ。九十カ月も見たら一〇〇%、ゼロですよ、賃金の稼ぐ力が、女の人が。
 ということは、私の申し上げたいのは、子供を一人持つ経済的に受けるそのロスと、いわゆる間接費用になりますか、もう一つ、介護することによって受ける間接コストがほぼ同じ。子供は一〇%、老人は一二%ということで、介護休暇を何とかしないと来世紀大変なことになる。しかも、二十五歳から三十四歳のいわゆる出産適齢期の女の人の四%が今実際に介護している。この割合が猛烈に膨れ上がります。なぜかというと、寝たきり、ぼけの方の数がふえるということとともに、来世紀は出産期になる女の人の数が減りますので、相対的な負担が物すごくふえるということで、介護休暇を何とかしなきゃいけない。全国の企業のうちの今一三・七%しか介護休暇がないわけでございますけれども、そういうことでこれを何とかしないと来世紀は高齢化社会と出生、それから労働市場、社会保障の問題、こういった問題を同時に考えていかないと解決できない問題があるんではないかなと思われます。
 最後に、私、これだけいろいろおどかすだけおどかしてとんでもないやつだというふうに皆さんに思われると困るので、人口学者として解決策を申し上げますと、これは高齢者の年齢の定義を変えるしかない。ちょうど二〇〇〇年に一七%になるので、私が提言したいのは、国民にずっと並んでいただいて、高齢者の一七%だけを老人と呼ぶ、そういう社会をつくったらどうかというふうに提言していまして、そうしますと二〇二五年に七十三・二歳を老人と呼べるような、そういう社会ができれば来世紀はずっと一七%の老人の割合で社会を維持できるわけでございます。
 これは発想の転換でございまして、高齢化社会は選択なき社会ですので、その発想を変えて高齢者の定義を変えるしか私は答えがないというふうに思います。
#36
○会長(鈴木省吾君) どうもありがとうございました。
 以上で小川参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#37
○清水嘉与子君 自民党の清水でございます。よろしくお願いいたします。
   〔会長退席、理事岡部三郎君着席〕
 大変示唆に富むお話をお伺いいたしまして、ありがとうございました。高齢化社会のお話を伺っておりまして、何か我が道の行く末の御説明を伺ったような気がして何となく暗くなりましたけれども、まず初めに、世界で今人口問題を考えますときに人口爆発の問題があるわけでございまして、今統計を拝見いたしますと、一億人以上いる国が十カ国ございます。そして日本は、非常に面積も狭いし、天然資源にも乏しく、そして食糧自給率も低い、そして輸入に頼っているこの国が最高で一億三千万くらいいくようであります。そして今私たちは、高齢化社会を迎え、特に子供が少なくなった、このことを何とかしようじゃないか、少し人口を多くしようじゃないかということに一生懸命努力しようとしているわけでありますけれども、これはなかなか難しいことと思いますが、日本の人口の規模、適正規模といいましょうか、こういうものを一体先生はどんなふうにお考えでいらっしゃるのか、まずその辺から一点お聞かせいただきたいと存じます。
#38
○参考人(小川直宏君) 適正人口というのは人口学者にとってもう数世紀にわたる大議論でございまして、適正ということは何かに対してというか、相対的な問題でございまして、経済基盤とか生産能力とか、そういった問題がございます。
 例えば、江戸時代の人口を見てみますと、大体二千六百万人ぐらいで最後の方はずっと安定していて、それ以上ふえると餓死する人が出たりということがございました。ところが、明治の時代に貿易が一気に広がると三千五百万ぐらいから五千五百万ぐらいまで人口がふえているわけです。それでいろんな農地を開拓したりしています。
 そういうように周りの資源、リソースをどういうふうに確保するかによって人口が変わるわけでございますけれども、緑とかそういった環境を考えますと、私の個人の感じではもう少し人口が減ってもよろしいんではないかなという印象を持っております。
 ただ、私が申し上げたいのは、そこへいくのに日本の場合には十年間で出生率が半減したという過去に物すごい人類史上初めてのことがあったわけでございます。日本の高齢化のポイントは、年齢構造の変化が激し過ぎるというところでございます。ですから、ゆっくり下げていく分には対応できると思います。ですから、長期的には人口がゆっくり減る分にはそんな大きな問題はないだろう。ただ、急激に下がっていった場合には問題になってくるというふうに思います。
 ですから、数値としては私は具体的にここで何人という適正人口を申し上げることはできませんけれども、少しゆとりのある生活というものを考えるならば、もう少し減ってもいいかなという感じを持っております。
#39
○清水嘉与子君 ありがとうございました。
 次に、高齢者の問題なんですが、確かに今生まれている方々の予測をすることというのはかなり的確にできるようになったわけでありますけれども、先進国すべてですけれども、今の経済社会の発展の成果によって高齢者の寿命が延びる、これはまだ今後続く方向だと思いますし、先ほど先生も後のところをもう少し考えた方がいいんじゃないかという御提起もございました。私も看護学の勉強をいたしまして、少しでも長い間生かせておくことが必要だということを習ってきたわけでございますが、今はそうでなくて、最後をどうやって送るのかということを確かに教育しなければならないという時期になっているというふうに思います。
 しかし、まだしばらくはそういう平均寿命を延ばすということにいくと思いますが、先ほど先生も最後のところで、高齢者の定義を変えるというお話をしていました。私もずっとお話を伺いながら、六十五歳以上の人口の話、あるいは七十五歳、八十五歳というふうにどんどん要介護老人のお話を伺ったのですけれども、要するに引っくるめて要介護老人とか超オールド・オールドと言われることに対していろんな問題が今生じてきているわけです。実際に私たち、昔はもう五十も六十も随分年とった人だと思っておりましたけれども、実はもう元気な方の方がずっと多いわけでございまして、しかも何か政策をしなきゃならないような対象の方について定義をするという、そしてその率を低くするというようなことで政策目標を掲げていくというのには非常に意味があると思いますけれども、何か引っくるめて定義することに対して私もどうだろうかというふうに思っておりました。
 先生が一七%とおっしゃってくだすったのですが、それも一つの指標かと思いますが、その辺についてまず高齢者の、しかも要介護老人というところに焦点を当てた指標を新しくつくり直していくようなことがどうだろうかということ。ついでに、一七%の根拠をちょっと教えていただけますか。
#40
○参考人(小川直宏君) 要介護人口に的を絞った、実際に介護といってもその介護をどこまで、例えば寝たきりにしましても、どうやって寝たきりを定義するかという問題もあるわけです。今六カ月以上で我々は計算していますけれども、寝たきりを。六カ月寝たきりの老人といったら相当なもう重病人ですよ、これ。三カ月にすると、ものすごくまた数がふえてしまうということで、この寝たきりの定義ということや、ぼけの症状も軽痴呆とか重痴呆とか全痴呆とかいろいろ定義がございます。その辺から整理しながら、どこまでが介護を本当に必要としている人なんだろうかということから発想をスタートして、そういったものを指標化することによって、そういういわゆる介護を必要としているような人口を対象とした指数、こういうものをつくっていくことが私必要だと思うんです。それは確かにおっしゃられたとおりだと思うんです。
 私が一七%を使ったというのは、これは現在ヨーロッパの社会保障の問題を抱えているような先進国が大体一五、一六%を超えたぐらいから厳しくなってきている。スウェーデンがちょうど一七%台の後半ですか。ですので、一応この辺を限界として考えてみたらどうだろうかということでございます。これは、あくまでも恣意的な数字でございますので、いろんな議論があるかと思いますけれども、一応一七%ぐらいで一つの社会の、ヨーロッパの先進国の経験からいって、社会保障問題で曲がり角があるというような私的な感想を持ちましたので、そこでまずちょうど一七%に二〇〇〇年に到達するので、それに設定してみた。そしてもう一つは、政策的に今からやるとしたら、それだけの時間的余裕も必要だろうということで、二〇〇〇年に向けてスタートしたらということで、そういう数値を使ったわけであります。
 もう一つ私が申し上げたいのは、年齢だけじゃなくて、もう少し健康面から、先生介護の問題をちょっと出されたんですけれども、WHOが今やっていますけれども、ヘルスマーカーを幾つかつくって、ヘルスのマーカーを指数化する、いわゆる健康序列、こういった発想法がもっと国の中に取り入れられてきていいんではないかなと思うんです。
 文部省の運動能力調査ですか、あれ見ますと、東京オリンピックと現在で、女の人が東京オリンピックのときの四十歳が現在の五十歳なんです。十歳若返っちゃったんです、女の人が。確かに体力はすごく若返っているので、おっしゃられるとおり、ライフサイクルも延びてきたということでありますので、基本的にもう一回健康面から年齢にアプローチする、そういう研究といいますか、勉強会といいますか、そういう検討が必要ではないかというふうに私は思います。
#41
○清水嘉与子君 私もその辺の点につきまして関心があるわけでありますけれども、今たまたま労働行政に携わっているわけでありますけれども、特に働いている間のというか、つまり高齢者になる前の人たちの例えば生活環境でありますとか、食生活でありますとか、あるいは健康管理の充実の問題がやがて高齢者になったときにどう影響するのかというあたりに問題があるじゃないかというふうに思うんです。ですから、この辺についてももっと研究していかなければいけないんじゃないだろうかというふうに思います。つまり、そういうことによってなるたけ健康な老人をつくっていくということにもっとみんなが関心を持たなければ、そうしないと医療費の問題なんかも当然出てくるわけですけれども、そういう問題を検討していく必要があるんじゃないかということを思っているところでございます。
 それから、もう時間もなくなりますので、もう一点。今度は出生率の問題なんですが、老人は減らすことはできませんけれども、出生数をふやすことは政策いかんによってはこれは可能だろうというふうに思うわけです。ところが、先ほど先生は女性と職業との関係で、労働力が非常にこれから欠けてくるときに、女性にもっと労働力として参加してもらわなきゃいけない。そのときに出生率がかなり減ってくるんじゃないかというふうなお話でございましたけれども、先生のたしか論文の中でちょっと拝見したときに、ある程度賃金が上がってくると結婚する年齢が上がってくるというようなお話があったように思うんですが、その辺についてのことをお伺いしたいと思います。
 それから時間もないのでついでにお願いいたしますが、先生のおっしゃるように女性が子育でもし、介護もし、何をしというようなことを職業とあわせて今のような形の中ですれば、それはもう女性に非常に大きな負担がかかってくるわけで、これはとても子育てをしましょう、子供を産みましょうというところにならないのかもしれませんが、そこでのこれからの男性の役割といった点について御意見もちょうだいしたいというふうに思います。
#42
○参考人(小川直宏君) 日本は、先進国の中で一つだけ例外的なんです。長期的にデータとってみますと、賃金が上がってくると結婚年齢が下がる国が多いんです、先進国の場合。ところが、日本の場合には、賃金が上がると結婚年齢がばんばん上がっていってしまうという、そういうことでございます。これはなぜかといいますと、一つは私はデータ的に調べた感じでは、例えば三十歳未満の男女の時間給を調べてみますと、一九七〇年に格差が〇・七でした。男一で女〇・七。一九九一年のデータでは、〇・八四になっている。詰まってきました。賃金が上がってきた、詰まってきたというのは、これは一つは結婚年齢が上がって、年功序列の制度でございますので、勤続年数がふえた。女性の結婚がおくれたんで勤続年数が男子と詰まってきちゃったということで大きな原因になっております。
 そういう点で、日本の場合は賃金体系が、能力給が主流のほかの国とちょっと違って特殊な形態がございますけれども、能力給が入ってくると、今度は所得が高くなれば早くから住宅も持てるようになるし、結婚しやすい環境があります。いろんな全国調査をやってみますと、この前大分県で私たち調査をやったんですけれども、大分県でもなぜ結婚しないのかというと、資金がない、お金がないというのが一番大きな障害になっているんです、若い人。この辺が解決されればもう少しタイミングが早くなるという可能性がその調査からわかったわけでございまして、経済的理由というのは一つ若い人にとって大きな障害になっているということだと思うんです。
 それから、男女の負担というのは、私は基本的には女性が、一九九八年で男子が絶対量で労働力が減ります。女性は二〇〇二年から減っちゃうんですけれども、これはわかっているんです、産まれちゃっていますので。問題は、労働力が減っていく、時間数が減っていく中で、何とかして労働市場で有効労働供給量を維持しようとすれば女性に出てきてもらうしかない。数が限られできますので、あとは質でいくしかないので、女性にはぜひ高等教育をどんどん受けてもらわなきゃ困るわけです。
 そうなってくると、賃金が上がる、賃金が上がると結婚がおくれるという、そういうジレンマがございます。そういった中で女性が結婚の、今のところ調査してみますと女性がそういう高学歴の人ほど余り結婚に対して魅力を感じない状態なんです。これは当たり前のことで、今結婚した場合にどっちにロスが多いかというと、女の人に非常にロスが多くなって、女の人に不利な状態の結婚でございます、今の日本の場合。ですから、そういう人たちが魅力を持てるような結婚形態、そういった家庭生活、そういうものが描けない限り女性はなかなか結婚しないと思うんです。
 ということは、夫婦の役割分担、もう基本的に考え方を変えていくような夫婦間の意識の改造といいますか、こういったものがないと出生力が上がらないと思います。先進国の中で、今世界最低がイタリアでございます。これが一・三でございます。その次にスペインでございまして、こういった国はすべてが男性優位の社会なんです。女性にとって優位でないような、女性にとって非常に立場がつらいところは出生力がもう連続的に下がっていってしまうということでございますので、男女の役割分担ということ、家庭での役割分担というものをもう少し充実させないと、出生力は歯どめがかからないというのが世界的に共通した認識というふうに私は思っております。
#43
○清水嘉与子君 どうもありがとうございました。
#44
○渕上貞雄君 大変御苦労さまでございます。
 先生のお話を聞いて感じたことは、非常に暗い話を楽しく明るくやってくれたんで、その点では必ずしも高齢化社会は悪いものではないのかなというふうに思うんですが、一つは高齢化社会というものは私女性の社会ではないのかなという印象を、今非常に深く思ったわけでありますけれども、どうなんでしょうか。結婚する場合も不利な条件がある、働く場合も不利な条件がある、子供を産んでも不利な条件がある、家の中に閉じ込めても不利な条件がある、周り全部不利な条件ばかりなんですね。それは社会的にその不利な条件を解決していかなきゃならないと思うんです。
 そのときに、先生は女性の地位をどんどん上げていくためには高学歴でやっていきなさいと。やっていけばやっていくほど今と逆な方向にいくような感じがするんですが、その場合、女性の社会というものは、これは例えばイタリアにしてもスペインにしてもこういう状況なのかどうか。どんなぐあいなんでしょうか、世界上比較して。
#45
○参考人(小川直宏君) 出生力の変化、内容は、日本の場合は結婚が圧倒的に、先ほど図でごらんに入れましたけれども、結婚がもうほとんど説明してしまう。ただ、イタリアとかそういうところは結婚が半分ぐらい、それから結婚した後子供を持たなくなったという有配偶出生率がこれも半分ぐらいなんです。ですから、人口学的なメカニズムはちょっと日本とは違うんです。
 いずれにしても、女性が結婚する前、日本人の場合には結婚する段階で先のことまで考えていろいろ大きな障害が出てきちゃうわけですけれども、向こうの方はその結婚のところでも半分ぐらい大きな要因があって、そして結婚した後にもそういう大きな障害がある。現象面は少し違いますけれども、根底にあるのは男性がすごく強い、そういう社会であるというところが共通点でございます。
 おっしゃられるとおり、これから高齢化社会というのは女性の社会で、人口学的にどう計算してみても女性が多くなるんです。ですから、来世紀は選挙権を持つ方、投票する女性が圧倒的に多くなるわけでございますけれども、そういう点で女性が政治の場をかりて自分たちに有利なといいますか、自分たちに本来あるべき姿といいますか、そういった形で変えられる可能性は少しずつ出てくると思うんです。
 そういった政治的なフィードバックはあるにしても、ある面では光の部分がそういうところだと思うんですけれども、影の部分は独居の部分とか、そういう暗い部分も残ってしまうわけです。ですから、高齢化社会は女性の社会ですけれども、光と影の部分、両方があるというふうに私は考えております。
#46
○渕上貞雄君 先ほど先生は、老人社会という定義を老人の占める割合が一七%のところに置いてはどうかというふうに言われたわけです。そして、ついでに老人の運動能力の調査を行った結果の報告もされましたけれども、高齢化社会、老人になっていくということは、言うならばだんだん肉体が衰えていくわけですから、そのときにいろんな体の障害が出てきます。そういう障害を今は病気だと称して医療費を高くかけていろんなことをやっているんですけれども、例えば一七%というものを考えていって、現在は六十五歳以上を老人と言っているんですかね、それを今度は、一七%のところが七十二歳になれば七十二歳以上が老人、こういうように呼ばないとどうもそこら辺は合わない。
 そうすると、今言われている病気の種類みたいなものも、健康から考えていろいろやると医療費なんかもやり方が少し変わってくるんじゃないか。そういうふうに考えますが、そういうところは、この一七%を定義していく場合にどんなふうにお考えになっていますか。
#47
○参考人(小川直宏君) 今回の中では、ただ一七%というのを維持するためには何歳でいいかということでございまして、健康面までは具体的にリンクして計算はしておりません。
 ただ、この中で推計しております我々のものは、寿命を医療費で計算しておりまして、老人がどのくらい寿命が延びるかということは、国民医療費がどのくらい伸びるかというのを年齢別に、制度別に、性別に全部外来、入院に分けて細かく計算した結果でございまして、その辺は見ておるのでございますけれども、先生がおっしゃられるように疾病構造がどう変わってくるかとかいうようなことは具体的にはこの我々のモデルからは出てきておりません。しかし、今後医療技術の進歩があって寿命がかなりまだ延びます。現在までのデータを調べてみますと、四十歳ぐらいのところ、中高年の日本人の寿命の延びは世界で例がないくらいほぼ直線的に死亡率が下がってきているんです、四十歳以降。これは考えてみれば当たり前のことで、乳児死亡が世界最低で、もうこれは落ちるところまで来ちゃっていますから、これ以上落ちようがないわけです。今は中高年の死亡の改善が寿命の改善につながってきているわけです。ですけれども、疾病構造までは見ておりません。今後もかなり年齢、グループで国民医療費が増加していけば医療技術の進歩が見込めて実質的にかなりよくなるであろうということを見ております。
 先生の御質問の一七%と具体的にどのようにリンクしたかということになりますと、この一七%というのはこの段階ではあくまでも私の恣意的な数字でございまして、西欧の水準ではこれだから一七ではどうだろうというところでございまして、健康面から見てこれだから一七%で大丈夫だということではございません。
#48
○渕上貞雄君 これから先、高齢化社会になってきますと、社会的な環境として都市構造、住宅構造、道路構造だとかそういう人間が生活をしていく、高齢者がとりわけ安全に安心して暮らしていくような社会の都市構造システムと言うのでしょうか、そういうものを変えていかなくてはならないと思うんですけれども、例えば交通に関して考えていく場合、どのようなことを我々は今後想像しておけばいいんでしょうか。
 先ほど、大体四十メートルのところを四十秒で七十五歳の方が渡れるのは五五%と言われましたですか、そういうようなことを考えますと、今行われているような交通のシステムだけを最高のものとして考えてはならないし、これから高齢化社会に向かうに当たってそういう交通施設を大幅に変えていかなくてはならないというふうに思うんですが、一番最初にやらなければならないところだとかこれから先変えていかなくちゃならないようなところはどういうところをお考えなんでしょうか。
#49
○参考人(小川直宏君) 幾つかあると思うんですけれども、例えば免許の書きかえにしましてもどうするかという問題が深刻になってくると思うんです。何歳まで免許を書きかえさせるか。現在のところ簡単なテストだけやっていますけれども、これから独居老人になってきた場合に、免許を持っている人がふえてきた場合に、買物に行くにも自動車で行くという人が出てくる可能性があります。そのときに町中ではいいにしても、高速道路を走っていての心筋梗塞の問題とか、周りを巻き込んじゃいますので、こういった問題を真剣に考えなきゃいけないし、そうすると高速道路にシルバーレーン的なことが必要になってくるのか。
 それから首都高を走ってみても老人にとって非常に運転しにくいような標示なんです、いろいろな交通標識が。こういったものをもっと老人に優しく、見やすいような形にするとか、それから自動車そのもののメーターをもっと老人に見やすくするとかそういったことが出てくると思います。私が確認したわけじゃないですけれども、秋田県大曲市では老人に光ジャンパーを着せているという話を伺ったことがあるんです。老人が事故に遣わないように、老人が外を歩くときにぴかぴかと光るものを着せておく、そういった地方自治体もあるようでございます。
 そういったようなところで、具体的には交通標識からまずやっていくということです。しかも、地方で自動車の免許を持っている方がかなりいらっしゃって、老人が大変苦労されている。地方のいろんな県へ行って聞いてみますと、老人で見にくいという人がかなりおりましたので、都会だけではなくて、農村ではもう既に高齢化がかなり進んでおりますので、そういうところでも具体的にもう少し老人に見やすいような交通標識に変えるということをまず手始めにしてもらいたい。信号も次第に変えていく、信号の時間を今度は四十秒でなくて五十秒に変えるというふうなことであります。
 それから、具体的には交通体系でなくて都市計画全体をもう一回見直す必要があると思うんです。例えば東京駅のあそこのところにずっと下までエカスレーターが深くありますけれども、あれに乗っているのを見るとどなたにもわかりますようにほとんど若い人なんです。要するに、若い人口が集まるところがわりかた生活しやすいような体系になっていますけれども、老人が多いところに本当はエスカレーターが必要なわけです。そういったような都市計画の発想法からまず変えるような、そういったようなものからやっていかなきゃいけないんじゃないかと思います。
#50
○渕上貞雄君 高齢化社会、先ほど女性の社会にだんだんなっていくんだというふうに言われて、女性の価値観、思想といいましょうか、今後どうやって生きていくかという生き方の問題等がこの問題を考えていく場合にやらなきゃならないと。先生が言われたんでしょうか、さきの先生が言われたんでしょうか、高齢化社会に向かっての生き方みたいなものは、これだけ世の中急速に、急激に変わっていった場合にこれから先の生き方みたいなのを変えていかなくてはならないのかどうか。
 従来ですと、おじいちゃんおばあちゃんを大切にしなさい、親を大切にしなさい、子供を大切にしなさいという一定程度そういう儒教的な考え方があって、地域社会も大切にしていこうということでありましたけれども、先生のお話を聞いていると、納豆社会からポップコーン社会に変わってきたと。そのポップコーン社会をいかに納豆社会につくり変えていくかとお考えになっているのか。それとも新たな発想で、これから先の高齢化社会に向けて、言うならば人生九十年時代の発想をどう変えていくか。一生懸命働いてきて、さあこれから先は高齢化社会に入りますよと。そのときの生き方は、どういうふうにして生きなさいとか、まだそういうものは確立されていないと思うんです、高齢化社会になりますよというようなお話は聞いても。
 それは、私どもは今お年寄りと一緒に住んでいるから老人の生活はこういうものだというのは毎日の中で見ているからわかるわけであって、今のように核家族の社会になってきたら、すぐ近くにいないわけです。家の中に住んでいないという状況の中で、大体どのような価値観を持てばいいのか、そこらあたりはどうなんでしょうか。
#51
○参考人(小川直宏君) どのような価値観を持てばいいというのは、私は具体的にわかりませんけれども、ただ価値観が確実に変わってきていることは事実なんです。
 毎日新聞社が過去三十年間、一九六三年から現在までずっと二年に一遍ずつ同じ質問をしているんです。どういう質問かというと、あなたはあなたの親の面倒を見ることをどう思いますかというのを女の人に聞いてきているんです、出産適齢期になる人に。これは確実に変化してきていまして、初めは、一九八六年までは、よい習慣、当然の義務であるというところに集まったんです、義務派、何とかして支えようという。八六年以降にずばりと変わりまして、仕方がない、よいことではないというのがすごくふえてまいりまして、いわゆる建前論から本音論といいますか、女性がいろんなところで実際に職場進出したりして生活が変わってまいりました。本当にできないところまで日本の女の人が、従来無条件で老親を介護したわけですね、無条件で。
 ところが、だんだん価値観が変わったり労働市場の変化があったりすると、それが条件つきになってきたということだと思うんです。これはもう見れない状態になってくるということだと思うんです。ですから、見れないという一つには子供の数が少なくなって、見てくれる人が少なくなってきたということだと思うんですけれども、私は血縁というのはだんだんこれは消費社会の定着とともに難しくなってきていると思うんです。これからは、ある面では我々は年をとったときには、自分の趣味を生かし、そして自分なりのネットワークづくりといいますか、選択縁と呼んでいるんですけれども、こういう血縁じゃなくてそういう趣味や何かを通じてネットワークを自分でつくっていく、選択して縁をつくっていく、そういう社会に次第になっていくんではないか。
 それからあと職縁ですね。職域をもう少しうまく使ったネットワークづくりというものがこれから重要になってきて、ある面では血がだんだん薄くなってきたといいますか、そういった血縁がだんだん弱まってきて、それにかわるものが、家族も次第に血のつながった家族から疑似家族といいますか、家族に似た、近い、そういったものを友達同士でつくっていくとか、そういった社会になっていくんではないかなというふうに私は思います。
#52
○渕上貞雄君 ありがとうございました。終わります。
#53
○浜四津敏子君 本日は、大変貴重なお話を伺わせていただきましてありがとうございます。
 先ほどの先生のお話の中で御用意いただきましたこの資料の表四、そして表五。表四は一九九〇年における六十五歳以上の割合、これを見ますと、日本は一二・一、それに比べましてアメリカが一二・六、これに対して表五では、三十五年後、二〇二五年における六十五歳以上の人口の割合、ここで逆転いたしまして日本が二七・三、アメリカが一八・五と、こういう数字を御説明いただきました。そして、何が違ってくるのか。その原因としてアメリカでの移民政策とそれからベビーブームの期間の長さが違う、これによって違いが起きていると、こんなお話をいただきました。そうしますと、日本は従来外国人の受け入れについては大変鎖国的である、こう言われてまいりましたが、これがネックの一つになっているのかどうか。
 そしてまた、実は私もスウェーデンに一昨年行かせていただきましていろいろ学ばせていただきましたが、スウェーデンでは出生率が回復してきている。そして確かに、スウェーデンでもこの外国人の受け入れについて大変寛容であるといいますか幅広く受け入れ、そしてまた自国民と同じような待遇をしている、社会保障をしている、こんな政策をとっているというふうに理解しております。
 またほかの、例えばスイスとかドイツとかシンガポールなどでも出生率がほぼ持ち直していると、こういうふうに理解しておりますが、こうした海外の国々、出生率を回復してきている、あるいはその努力をしてきている、そうした国々から日本が何か学ぶ点がないかどうか。そしてまた、取り入れることができるものがあるのかどうか、その点についてお教えいただければと思います。
#54
○参考人(小川直宏君) お答え申し上げます。
 外国人を日本の中に入れるかどうかという問題は、日本は同質的な民族でなかなか定着しにくいとかいろいろ障害はございますけれども、本当に高齢化を解決するために外国人を入れるとなると、これは相当数を入れなきゃいけないということです。カナダなんかは全然高齢化は心配してないわけです。もう移民でとればいいという国策になっておりますので、全然心配していない。そういう国とは日本はちょっと違うので難しい状況があると思うんですけれども。
 ただもう一つ、ここでぜひ皆さん念頭に置いていただきたいのは、日本が本当に外国人をとりたいときには外国には外国人が余っていません。これはなぜかというと、人口学的にもうアジアの開発途上国の多くでは出生数が急激に下がってきております。アジアのNIESでは高齢化がもう直前、日本の後を追っかけてきていますので、そういう国も外国人を必要としているんです、ほかのアジアの国から。だから、外国人が日本に入ってきているだけのものがいつまでも外国にあるかというとそうではなくて、タイなんかは一九九五年から若い方の労働力がマイナスへ成長してしまうわけです。人口が、若い方が足りなくなってしまう。
 こういったようなことがございますので、一つは、私は人口学者として申し上げたいのは、もう五年たつかたたないうちかにアジアの中で大きな変化がいわゆる外国人の供給サイドで起きてくるということで、これは見落とすことができない。いつまでもあると思っていると大変なことになるということで、ひょっとするとアジアの幾つかの国と引っ張り合いになる可能性があるんです、アジアの労働力を。そういったことを考えると、アジアの中でプールシステムをつくることも必要かなというふうに思います。
 それから、先生おっしゃられたスウェーデンでございますけれども、スウェーデンと日本の場合は大きな違いがございまして、一九七四年にスウェーデンは家族に優しい政策をしきました。これをしいたには前提がございまして、一九六〇年代にスウェーデンの女の人に価値観の転換がございまして、いわゆる専業主婦のない国になってしまったわけです。仕事を持って初めて女の人の価値といいますかそういうものが重要であって、ワーキングがあってそれからマザーリングというそういう順序になっています。
 ところが、そういう価値観があれば仕事をしたい人に都合のいいような育児休暇にしろそういったものが使いやすくなってきて出生率が持ち直してきたわけでありますけれども、日本の場合には、全国で調査してみますと、小学校に入っていない未就学児童を持っているお母さんのうち二四%しか保育園を使っていないんです。これは恐るべき数字で、意外とびっくりしたんですけれども、二四%しか保育園に行かせてないんです。なぜかというふうに聞いてみますと、行かせてないお母さんの六七%のお母さんが自分で育てたいと言っている。ということは、母親も立派な職業であるというのが依然として日本のお母さんの中に非常に多いということなんです。
 この辺がスウェーデンと抜本的に根本的に違う価値観だと思うんです。スウェーデンの場合には働くのが優先ということでございますので、ですから日本にスウェーデンと同じような政策をしいても、ある程度は期待できてもそれほど大きな、今スウェーデンの場合先進国の中で一番高い出生力に近い二・一四という数字まで戻しましたけれども、スウェーデンほどは期待できないだろうということでございます。
 それから、シンガポールの場合には一九八七年から児童手当を物すごくふやしました。第三子以降産まれた場合には二万ドル、シンガポールドルで二万ドルでございまして、日本円に直して百五十七万円もらえるようになっています。ところが、一九九〇年から政策を変えまして、第二子を二十八歳までに産めば二万ドル、二十九歳で産むと一万ドル、三十歳で産むと五千ドルと、こういうふうに産むタイミングによって値段が違うんです。これをやりましたらかなり出生力が持ち直しまして、ですから三人産むと五百万円ぐらいになるんです、もらえる額が。大型の児童手当を出せば出生力は戻る可能性があるということです。私が申し上げたいのは、日本のように少しだけ、五千円を一万円にしたりという程度ではなかなかインパクトが見えないのではないかというふうに思います。
#55
○浜四津敏子君 実はある若いお母さん、六人のお子さんを持っていらっしゃるんですけれども、そのお母さんに対して周りの方が、ある人は大変偉いと、こう褒めてくださるそうですけれども、多くの方々はちょっとそれは無謀ではないか、一体子供一人にこの日本で幾らかかると思っているんだろうかと、こういう声が圧倒的に多いそうでございます。
 先ほど出生率低下の原因のお話いただきましたが、九二年度の経済企画庁の調査結果によれば、子育ての費用の負担が大きい、こういうことと、それから育児をする施設あるいは制度が不十分である、この二つが出生率低下、女性が子供を産むのをためらう大きな原因であるという結果が発表されております。
 私どももさまざまな方の声を聞きますと、特に教育費が高い、これほど子供の教育にお金がかかるというのは大変日本は独特である、こんなふうに言われておりまして、幼稚園から大学卒業まで最も安上がりのコースで約七百万円、教育費だけで七百万円、最高値のコースですと一千五百万円を超える、こんなふうに言われておりまして、何とかこの教育費軽減の政策をとらなくてはいけないなというふうに考えております。そしてまた、生活設計の三本柱として教育費のほかに住宅そして老後、こういう柱がありますけれども、私ども庶民にとって住宅費あるいは老後の費用、それぞ
れ年収の数倍もの資金がかかると言われている上に子供の教育費、こういうことになりますので、なかなか一人、二人以上はとても産んで育てることはできない、これが多くの女性たちの本音だろう、こんなふうに思っております。
 そんなことで、先生にお話しいただきましたように、価値観の問題もあるかと思いますけれども、こうした子供を産み育てるのに女性が障害にならない、そうした社会全体で支える政策をきめ細かく実現していかなくてはいけないかなというふうに思っておりまして、育児休業法あるいは保育園の充実、そして子育て費用の軽減、医療費の無料化、あるいは先ほどちょっとお話出ました、これは老人の介護の問題にもなりますが、介護休業に関する法案も出させていただきましたけれども、そんなことで恐らくトータルにバックアップしていかなくてはいけないのかなというふうに考えております。
 もっともっときめ細かい政策を考えていかなくてはいけないというふうに思っておりますけれども、そんな視点から何かアドバイスをいただけたらというふうに思います。
#56
○参考人(小川直宏君) おっしゃられるとおりだと思うんですけれども、調査してみますと、教育の負担というのがあるんですけれども、この負担がいろいろございます。精神的な負担というのもあって、この全国調査では、三十歳代の女の人は心理的コストといいますか、精神的コスト、入試地獄ですね、子供の受験戦争、これが大きいんです。四十歳代の女の人が費用を挙げているんです、これは大学に行かせますので。
 ということで、女の人の負担もライフサイクルのどこにいるかによって、子供の年齢との兼ね合いで大分悩みが違うということで、一概に教育費だけでは解決できないんで、そういう受験戦争そのものを解決するような、先ほど言いましたようにコミュニティーのサービス、老人介護に従事した人に点数制度とか、そういう発想を変えれば受験地獄も少しは和らぐだろうと思うし、そういったいろいろなところに絡めた総合的な政策によってそういったものは解決すると思うんです。
 それからもう一つ、日本の調査で、なぜあなたは働いていますかとお母さんに聞いてみますと、農村のお母さんは都市よりもフルタイムが多いんです、なぜですかと聞くと、圧倒的に子供の教育費なんです。それで、データを調べてみると、明らかに自宅から東京の大学に行かせるのに比べて三〇%から四〇%違うわけです、仕送りが。そういうことがございますので、日本にとって今まで出生力が高かったのは地方ですから、その人たちが一番教育によってダメージを受けているわけです、一番出生力が高かったところが。だから、そういった地方の人が本当は産みたいのに産めないという状況、こういったものをもう少し解決するような税制的な措置とか、そういったものが私は必要じゃないかなというふうに思います。
 ただ、施設については私少し違った考え方持っていまして、保育園の場合には、調査では、なぜ使わないかというときに、先ほど自分の手で育てたいというのが圧倒的なんですけれども、二番目に挙がってくるのがコストが高いというのが多いんです。時間が合わないというのは二%しかなくて、コストが結構高い。私自身も世田谷で保育園に入れていたんですけれども、日本大学の授業料よりも高かったんです、本当に。普通の保育園ですよ、区から補助を受けている。ですから、大学へ行かせるよりも大変なコストが保育園にかかるということは本当に考えなきゃいけないなというのを私は身をもって体験いたしまして、何かその辺意外とまだ皆さん理解されてないところがあって、もう一回保育園のコスト高というのを抜本的に見直す必要があるんではないかなというふうに思います。
#57
○浜四津敏子君 ありがとうございました。
#58
○有働正治君 きょうはどうもありがとうございました。
 せっかくの機会でありますので、先生がお触れにならなかった問題で一つだけまずお尋ね申し上げます。高齢者社会に対してさまざまの対応が求められていることはそのとおりでありますが、よく行われる議論といたしまして、高齢者を働く人何人で支えられるかという議論が行われるわけです。その際、高齢者人口を生産年齢人口で割る計算がよく用いられます。先ほど島田先生にもお尋ねしたわけですが、私の持論としては、しつこく私は述べているわけですけれども、私個人はこれはおかしいというふうに思っているわけです。
 簡単に申しますと、働く人が支えているのは高齢者だけじゃない。例えばAという世帯主が支えるのは何よりもまずAという本人自身であるし、あるいは無職の、例えば配偶者や子供たちであるし、お年寄りである。だから、社会全体で見ますと、働く人が支えるのは総人口である。そういう点からいえば、総人口を働く人で割ったその除数がどう変化するかということこそ支えられるか支えられないかの分かれ目じゃないかなと。
 それからもう一つは、生産年齢人口というのは十五歳から六十四歳までの年齢に属する人口というだけの意味であって、六十五歳以上でも働いている人はいっぱいおられますし、あるいは生産年齢人口の中にはいわゆる専業主婦なども含まれているということで、全く違うということだと私は考えるわけです。その点で、先生がきょうお示しになられました数表資料のページ三の表三で示されています総人口と、ページ八のパネルAで示されました労働力人口、これで見ますとその除数というのは、九〇年一・九三、つまり労働者一人一・九三人を養うという勘定になって、二〇〇〇年では一・八六、二〇二〇年では一・九六、二〇二五年では一・九六、つまり働く人一人が何人養うのかという点で見ればそう大きな変化はないというのが統計上は出てくるわけであります。
 したがって、私は日本経済のこれからの問題、高齢化社会を考える場合に、対応いかんによってはきっちり対応できて支えることもできる、もちろんいろいろな対応が求められてくると、内容について論及するわけではありません。ここでお尋ねしたいのは、そういう何人で支えるか、あるいは支えられるかという議論を展開する場合に、高齢者人口を生産年齢人口で割るやり方でなくて、総人口を労働力人口で割るやり方が一番ベターだと私個人は考えているわけですけれども、これが間違いなのかどうか先生の御意見をと、そういう次第です。
#59
○参考人(小川直宏君) お答えいたします。
 私はこれを指数としては、先生おっしゃられるとおり、一つのとり方だというふうに思います。ただ、高齢化社会というのは、一番最初に申し上げましたように、高齢人口の相対的な増加、年少人口の相対的減少です。ということは、年齢構造の変化ということが高齢化社会の問題なんです。ということは、分子分母を全部変化、一つは減り一つはふえるというところを足し上げてきて合わせてくると変化は見られないわけです。
 ただ問題は、そういったことでなくて、その内容が変わるということ、子供が減って老人がふえるということによって社会的なニーズが極めて違ってくるということなんです。子供のニーズと老人のニーズが違うということ。ということは、資源配分を文部省から厚生省に移すということになるわけですけれども、逆に文部省の方も子供の質を上げなきゃいけないわけですから、なかなか子供の方への支出も下がらないわけです。
 そういうことがありますので、私が申し上げたいのは、トータルで見ると、確かに先生おっしゃられるように、相殺効果がありまして余り大きな変化はないわけですけれども中身が変わる、これが高齢化問題であり、日本の場合にはその中身の変化が世界初めてのスピードで起こるということで、いわゆる調整面の難しさ、資源配分の難しさが高齢化社会の問題であるというふうに私は考えています。
   〔理事岡部三郎君退席、会長着席〕
#60
○有働正治君 もう一問ですけれども、いただいた資料のページ十、表十三で社会保障給付費と国民所得の比率の見通しが示されています。九〇年の一四・六%が、二〇二五年に二七・四%に上昇するということになっているわけであります。代替ケースTとして、厚生老齢年金受給開始年齢を変更したケースが示されています。そして、見通しが示されています。同じ比率が二〇二五年には二六・五%。また代替ケースUとしまして、今度は老齢年金の給付率を下げたケース、これが二〇二五年には二五・一%となっているわけです。
 つまり、幾つかの将来の見通しとして、社会保障給付費の国民所得比率を見ると、現行のままでの見通しと代替ケースT、Uで見た場合でも、そう極端な変化があるというふうには見受けられないというのがデータで示されているんじゃないかと思うんです。もちろん私は、その内容についての是非をここで、受給開始年齢をおくらせるとか率を下げるということを是認するとかいうことで言っているわけではありませんけれども、要はそう大きな変化がないということだと。
 一方、国際比較で見ますと一九八九年の場合、西独は二八・四、フランス三三・七、スウェーデン四四・二%。これは、国際的に見ましても、めちゃに将来的に高くなるということでもないという感じであるわけです。それから、先ほどその内容についてはいろいろありますけれどもトータル的に相殺効果があると先生もおっしゃられた、支えられる云々の問題からいっても、私は今いろいろ大騒ぎされている内容、高齢者がふえる、それについて先生がおっしゃられるようにしかるべき対応が必要だということをもちろん私は否定するものではいささかもありません。
 やりよういかんによっては私はそういう点からいっても対応できるというふうに思っているわけですけれども、そこらあたりについてどういう御見解が。
#61
○参考人(小川直宏君) お答えいたします。
 基本的には、高福祉高負担のシナリオを選ぶか低福祉低負担のシナリオを選ぶか、この問題だと思うんです。だれかが老人を支え子供を支えなきゃいけないわけです。マクロ的に見たら、パイの大きさは決まるわけです。それを分けるのにどうするかという問題で、それを個人的にいわゆる家族のレベルでやるのか国を一回介入させて公的なもので流すのかという問題だと思うんですけれども、高福祉高負担を選ぶのか低福祉低負担を選ぶかというのも国民のコンセンサスがどちらに行くかということだと思う。そのとり方によってはシナリオがそこで決まるわけで、それによっていろんな対応の仕方があって、ということは私は個人的にはこれが高過ぎるとかこれが低過ぎるというのはないと思うんですけれども、ただ、国民の間で議論がそういう点でそこまで来ていなくて、高福祉高負担を選ぶのか低福祉低負担を選ぶのかという議論が本格的にまだ来てません、年金法が来年改正されるかもしれないというのに。
 私が一番申し上げたいのは、長期的にかなり人口学的にわかっているところがあるにもかかわらず、そういった社会保障を踏まえた長期的な展望というのが日本にないわけです、本格的に。例えば、私の申し上げたい二〇〇七年という、いろんなところで大転換が起こる二〇〇七年を見据えたような、そういう長期展望というのはないわけです。今後はぜひそういった二〇〇七年、これは団塊の世代がちょうど定年になる年ですけれども、この辺を見据えた中長期展望といいますか、こういったものを設定されて、国民の間にこういうシナリオもあるこういうシナリオもある、どのシナリオを選ぶのかと国民の前に提示する、そういうことが本当は必要じゃないかなというふうに思います。
 それによって、国民が低福祉低負担を選ぶということであればそれなりに女性も負担を覚悟しなきゃならないし、男性も負担を覚悟しなきゃならない、家庭で。ところが、高福祉高負担であれば、今度は外に出ていく、すべてを外部経済化してしまう可能性があるわけです。女性が働きに出る、家庭で老人介護するのもホームヘルパーというように、今まで全部内部化されてきて処理されてきたものが外部化される。こういったいわゆる高福祉高負担を選ぶのかという、これはもう国民の選択の問題だと思うんですけれども、この辺に関する議論というのが国民の間で余り煮詰まってなくて、ほとんどの方が何とかなるさと思っているのが大半だと思うんです。
 何とかなるさでは片づかないところまで人口の高齢化は深刻になってきているというふうに思います。
#62
○有働正治君 どうもありがとうございました。
#63
○笹野貞子君 きょうは先生大変ありがとうございました。また、長時間大変お疲れさまでございます。
 先ほど、先生の御持論であります高齢者の定義を変えるというのは、大変私も興味を持ちました。先ほどの御説明では、健康の面から変えるというふうな先生の御説明がありましたけれども、ちょっとこれで先生の試算を見ますと、一七%の人口とすると二〇一〇年では六十八・九歳、二〇二五年では七十三・二歳という非常に高い年齢になるわけですけれども、この七十三・二歳を高齢者とする先生の定義をもってするとするならば、国民負担率と厚生年金の負担率というのはどのぐらいのつまりシミュレーションで計算されるのかが一つです。
 もう一つお聞きしたいのは、この高齢者の定義を先生のような定義になされたときには、健康とかそういう面では理解できるんですけれども、雇用の面、つまり退職年齢にこれがどう関係があるのか。七十三・二歳まで働けるということなのか。七十三・二歳というと私などは思っただけでも何かしんどくなってしまいますけれども、そこら辺は、先生のこの定義を変えるのはどのような御見解が、お知らせいただきたいと思います。
#64
○参考人(小川直宏君) いろいろなところでこの七十三・二歳で国民負担率はどうなるという話が必ず出てくるんですけれども、国民負担率を計算するためには年金制度もそれを前提にして計算して、先生おっしゃられたような定年制を幾つにしなきゃいけないかという、そういうのもリンクして計算しなきゃいけないわけです。現時点では具体的にそれを計量化はしておりませんけれども、かなり国民負担率は下がるだろうというふうに思っていまして、現時点で今その作業が進行中でございまして、きょうはお答えできませんけれども、必ずいつかの機会にお答えしたいと思います。電卓で計算した非公式のデータではかなり下がるだろうというふうに思っております。
 ただ、この七十三・二歳というのは、先生これは考えただけでも嫌になってしまうような年齢だと言われますけれども、アメリカ合衆国の場合には七十歳まで定年ないんです、連邦政府の役人は。働こうと思えば働けるわけです。ですから、決してめちゃめちゃな数字じゃないんです。
 私の提言したのは、二〇〇〇年から二〇二五年の二十五年間かけて八歳延ばそうと言っているんです、六十五歳から七十三歳に。八歳延ばそうと言っているわけです。ただ、この八歳延ばすのはそう簡単かというとそうではなくて、データ的には一九六五年から八九年の大企業の定年制延長を計算してみて、それから同じ期間の二十歳の男子の寿命の延びを計算してみます。寿命の延びを一〇〇とすると定年制はわずかに六〇%しか改革されていないです。四〇%追いつかないんです。寿命の変化の方が早いんです。
 ですから、私の申し上げたいのは、人口の変化というのは日本は断然速いんです。制度がそれに追いつかないで後からとことこ追いついてきているのか立ちおくれているのかわかりませんけれども、人口の変化が極端に速いということなのか、または制度の変化が極めて遅いというのか、どちらかわかりませんけれども、かなりギャップがあるんです。このギャップを考えますと、六十五歳から二十五年間で八歳の定年延長をし、そして年金も八歳延ばして七十三歳にする。定年制の方はもっとです、六十歳ですから十三歳延ばすということになりますと、これはかなり深刻な問題が出てくるわけです。私は基本的には、一番最初に申し上げましたように、人類史上初めての出来事を日本は一九五〇年代に経験しているわけですから、来世紀、人類史上初めての対応策が迫られるというのはしごく当然の結果ではないかというふうに私は思います。
#65
○笹野貞子君 私も七十三歳まで働けるように今から健康に留意をしなければいけないというふうに思いながら聞いておりました。
 さて、最初の島田参考人のお話を聞いていますと、女性にとっては本当にバラ色の来世紀という感じがしたんですけれども、小川参考人の話を聞くと、急に奈落の底に突き落とされたような感じがして聞いていたんですが、先生の資料の三ページの図四ですけれども、これちょっと確認したいんですが、この図四というのは、先生はこういうふうにおっしゃったんでしょうか、女性が全部仕事をやめちゃったら出生率がこのように下がるというふうに、そういう図というふうに御説明だったんですか。この図四というのはどういう御説明だったんでしょうか。
#66
○参考人(小川直宏君) 図の四は、これはちょっと現実的ではないかもしれないけれども、シミュレーションをやってみたんです。こう上にずっと上がっているのがあります。これは何かというと、きょうの水準で女性の職場を今のままにしてしまう、もうこれ以上職場進出が進まない、現状のままで今後もいくとすると出生率は戻るということなんです。
 ただ、下の方へどどっと下がっていくのがあります。これはどんどんどんどん職場進出が今と同じペースでいった場合には一・四を切るところまで下がりますよということであります。もちろんこれには、現在のような体制が続くということで、それに対する支援対策とかそういったものが現状のままであるということを前提にしております。
#67
○笹野貞子君 大変興味を持ちました。それで、スウェーデンは先生も御指摘のように出生率が戻ったわけです。この出生率が戻ったというのは、いろいろな手当てをいたしました。そして家族に優しい政策ということでした。
 先ほど島田参考人も、これからの社会はそうなる、男性がそういうふうになるし、いろんな意味でそういう社会が来ると断言なさいました。ところが先生は、保育園のお話でも余り希望的じゃなくて、女性というのは自分で育てた方がいいとか、そういう価値観が変わらないかのように受け取れました。しかし、私はそうじゃないと思うんです。これから育児休業制度、介護休業制度、いろんなところが変わるというふうに思っております。
 そこで、先生にお尋ねしたいのは、日本は、これからいろんな措置がとられて変わったと仮定すると、どこまで出生率が回復するか、先生のシミュレーションがございますでしょうか。
#68
○参考人(小川直宏君) 私は個人的には島田先生と私とはほとんど矛盾するところはないと思うんです。島田先生は明るい面を非常に強調されて、私は暗い面を強調したつもりはないんですけれども、そういう点では誤解を与えたかなというふうにちょっと危惧を持っているんですけれども、来世紀は女性の時代だというふうに私は基本的には思っております。
 ただ、女性の中にも幾つか変化は出てきているんです。きょう島田先生がお話しになったのは、変化しているところを非常に強調されてお話しされて、私の方は、まだ女性の内部で変化しない部分もあるわけです、その部分を私は強調したので、何か女性は変わっていないのではないかという、そういうあれをお持ちの方がいらっしゃると思いますが、私は女性も変わってきていると思います。
 全般的に転換期にあることは事実なんです。転換期にあって、恐らく変わってくるだろうけれども、ただ、スウェーデンの女性とはまた意識の面で違いはあることは事実だと思うんです、これ。ですけれども、これも自分の手で育てたいという人が、価値観が次第にこれから変わっていくと思うんで、そういうことであれば、これからスウェーデンみたいな政策的な介入が功を奏する、そういうときが次第に出てくるのではないかと思いますし、もしもそういったことがなされないとすると出生率は極端に下がっていってしまう。もう下がる要因しか考えられない状態になって、島田先生も先ほど一番最初に申し上げましたように、経済学者は出生率がもりと下がるだろうと予想しているというのはそういうところでございまして、基本的にはもう少し支援体制といいますか、女性が産みやすい環境がつくられない限り出生率は下がり続けるということだと思うんです。
 私がこのシミュレーションをかけたのは両極端でございまして、きょうでとめてしまうというのはもう極端です。ただ、下の方が下がるのはもうちょっといく可能性もあるんですけれども、今のペースで進んでいっちゃった場合、そうすると、恐らくとられるであろう合計特殊出生率というものもここに出しているわけでございますけれども、それは恐らく現状よりもやや将来的には回復する可能性があると思うんです。これはどうしてかというと、支援対策といいますか、そういったものがある程度功を奏して、今この両極端のちょうど中間ぐらいのところが本当は実際に現実に起こり得る出生率ではないかなというふうに思います。
 ただ、大幅に出生率二を回復するようなそういう政策は、先ほど申し上げましたように、スウェーデンの大型介入とかシンガポールの大型介入、大型介入をするかしないか、ここが一つの分かれ目になっております。出生というのは、全国調査してみますと、三五%の人が政府の介入を望んでおり、六五%が個人の問題であるというふうにとらえているわけです。ただ、政府がぜひそういう政策を打ってほしいという人の割合が一・五七ショック以来ふえているんです。だんだん危機感を持っている人がふえている。
 ということであれば、次第に国民の間でも政府の支援対策、それから企業もそうでしょうけれども、そういった支援対策に対してますます積極的に好意的に受け入れることになって、出生率は戻る可能性もあると思うので、私は具体的に、現状ないしは少しは長期的には回復する可能性はあるというふうに思っています。ただ、大幅な回復はちょっと考えにくいというふうに思います。
#69
○笹野貞子君 ありがとうございました。
#70
○会長(鈴木省吾君) 以上で小川参考人に対する質疑は終了いたしました。
 小川参考人には、お忙しい中、本調査会に御出席いただきましてまことにありがとうございました。
 本日お述べいただきました貴重な御意見は今後の調査の参考にさせていただきます。本調査会を代表して厚く御礼を申し上げます。
 ありがとうございました。(拍手)
 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後五時散会
ソース: 国立国会図書館
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