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1993/05/11 第126回国会 参議院 参議院会議録情報 第126回国会 厚生委員会 第9号
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1993/05/11 第126回国会 参議院

参議院会議録情報 第126回国会 厚生委員会 第9号

#1
第126回国会 厚生委員会 第9号
平成五年五月十一日(火曜日)
   午前十時開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         細谷 昭雄君
    理 事
                木暮 山人君
                前島英三郎君
                菅野  壽君
                木庭健太郎君
    委 員
                石井 道子君
                尾辻 秀久君
                大島 慶久君
                大浜 方栄君
                西田 吉宏君
                南野知惠子君
                今井  澄君
               日下部禧代子君
                栗原 君子君
                横尾 和伸君
                勝木 健司君
                西山登紀子君
                粟森  喬君
   国務大臣
       厚 生 大 臣  丹羽 雄哉君
   政府委員
       厚生大臣官房総
       務審議官     瀬田 公和君
       厚生大臣官房審
       議官       佐々木典夫君
       厚生省保健医療
       局長       谷  修一君
       厚生省社会・援
       護局長      土井  豊君
       厚生省年金局長  山口 剛彦君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        水野 国利君
   説明員
       内閣総理大臣官
       房参事官     大坪 正彦君
       総務庁恩給局審
       議課長      小山  裕君
       外務省アジア局
       地域政策課長   小島 誠二君
       外務省欧亜局ロ
       シア課長     小町 恭士君
       大蔵省主計局共
       済課長      五味 廣文君
       労働省職業安定
       局庶務課長    青木  功君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正す
 る法律案(内閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(細谷昭雄君) ただいまから厚生委員会を開会いたします。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案の趣旨説明は既に聴取いたしておりますので、これより質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#3
○栗原君子君 私は、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案につきまして、政府に御質問をいたします。
 日本の旧植民地下、韓国、朝鮮人戦争被害者の戦後補償と、さらには中国人強制連行、そのうちの何人かは広島で被爆され、多くのアジアの人たちが戦争によって二重、三重の苦しみの中で生きてこられました。中国人被爆者への人道的救済措置や中国残留婦人、そういった問題を中心にこれらに対する厚生省の見解をお聞きしたいと思います。
 第二次大戦後四十八年を迎えようとしていますが、いまだに日本国籍がないという理由だけで何らの補償もなく放置され、苦難の人生を強いられてきた人々の叫びに今日本政府は真剣に耳を傾けるべきだと思います。
 さて、今回出されました法律案でございますが、特別支給法の改正は今回で三回目でございます。昭和四十八年と五十八年、さらには平成五年、いつまでこれらを続けられるものか、そしてこの中でそれぞれ金額を引き上げております。その理由をお聞かせいただきたいと思います。
 そして、もう一点は、この中に「国家補償の精神」ということをうたっておりますけれども、このことについて最初にお伺いを申し上げます。お願いします。
#4
○政府委員(佐々木典夫君) 今回の遺族援護法の改正案につきまして、どういう中身であるか、それからどういう考え方でこれを改正するものであるかということでございます。
 まず、戦傷病者戦没者遺族等に対しましてはこれまで各種の援護措置を講じてまいったところでございますけれども、本法律案は、戦傷病者戦没者遺族等の処遇の改善を図るため、援護年金の額を引き上げるとともに、戦没者の妻それから父母等に対し特別給付金を継続して支給することとするものでございまして、戦傷病者戦没者遺族等援護法、戦没者等の妻に対する特別給付金支給法、戦没者の父母等に対する特別給付金支給法、この三法を改正することといたしたものでございます。
 内容を御紹介させていただきますれば、第一に戦傷病者戦没者遺族等援護法の改正でございますが、これは、恩給法の公務扶助料等の基本額が改善されるわけでございます、二・六六%の引き上げがございますわけですが、援護年金の額をこの恩給の改善に準じて平成五年四月から引き上げるということが第一でございます。
 第二に、戦没者等の妻に対する特別給付金支給法の改正でございますが、これは、ただいまも御質問ございましたけれども、再継続分、現行百二十万円、十年償還の国債の交付をいたしてきたわけでございますが、この国債の最終償還を迎えることになります戦没者等の妻に対し特別給付金として百八十万円の国債、十年償還でございますが、これを継続して支給するといった改善を行うものでございます。
 もう一点、第三でございますが、戦没者の父母等に対する特別給付金支給法の改正でございます。これは四回目の継続分、七十五万円、五年償還というものでございますが、この国債の最終償還を迎えた戦没者の父母等に対しまして特別給付金として九十万円の国債、五年償還でございますが、これを継続して支給するといったような内容を盛り込んだものでございます。
 いずれも、特に特別給付金、後の二つにつきましては、それぞれ戦没者等の妻あるいは子を失った父母等に対する慰藉の気持ちをあらわすということで、その必要性は変更を見ておらない、変わりがございませんので、国として慰藉をあらわす、そういったことで今度の改正案を御提出しているということでございます。
#5
○栗原君子君 私は、「国家補償の精神」なるものを少し触れていただきたいと思っておりましたけれども、この問題はなかったように思いますが。
#6
○政府委員(佐々木典夫君) 援護法では、「国家補償の精神」に基づいて援護の措置を行うという考え方をとっているわけでございますが、その国家補償の精神とはどういうことかということでございます。
 援護法にいいます国家補償の精神とは、軍人軍属等国と一定の身分関係にあった者が戦争公務により受傷あるいは死亡した場合に国が使用者としての立場から援護を行う、そういった趣旨で国家補償の精神というものが規定されているというふうに考えております。
#7
○栗原君子君 国家補償の精神、このことは、今までの政府のやってこられたことを見ますにつけて、日本国民だけについてうたっているものだろうと解釈をいたしております。
 さて、ここで私がお伺いいたしたいのは、韓国人強制連行にかかわる調査は、今まで労働省でしょうかあるいはまた外政審議室なんでございましょうか、それなりに実施をされているようですけれども、中国人についても強制連行の問題があったことを承知されていらっしゃるんでしょうか、どうなんでしょうか。
#8
○説明員(青木功君) お答え申し上げます。
 いわゆる朝鮮人徴用者等の名簿調査につきましては、平成二年五月二十五日の日韓外相会談の際に韓国側から協力要請がございまして、日本国政府として協力をするということで、労働省を中心に調査を行っているところでございます。
 しかしながら、ただいまお話しございました中国人労働者の受け入れ問題については、労働省としてはその経緯等を含めて事実関係について承知をしていないところでございます。
#9
○栗原君子君 実は、一九四二年、昭和十七年でございますけれども、「華人労務者内地移入二関スル作」というものを閣議決定いたしております。これに基づきまして中国人の強制連行を行ったという事実がございます。このことにつきまして、どの程度政府の方では把握をしていらっしゃるものか、お伺いいたします。
#10
○説明員(小島誠二君) お答え申し上げます。
 先ほど御指摘の昭和十七年十一月の閣議決定でございますけれども、その趣旨は、当時の国内の労働力不足を背景に、中国人労働者の移入を目的として行われたものというふうに承知しております。
 これによりますれば、中国人労働者の移入は契約に基づき行われることとなっているわけでございます。しかしながら、当時の詳しい事情については明らかではございません。当時の状況から日本に来られた多くの中国人労働者が不幸な状態に陥ったということは遺憾と考えるわけでございますけれども、我が国政府といたしましては、戦争に係る日中間の請求権の問題は一九七二年の日中共同声明発出後は存在しないという立場でございます。
 いずれにいたしましても、我が国といたしましては、戦後一貫して平和国家としての道を歩んできたところでございますし、また今後とも平和国家として世界の平和と安定のために貢献していく、こういう考え方で進めていきたいと考えておるところでございます。
#11
○栗原君子君 なかなか資料が見つからないなどと言われておりますけれども、実はここに私はそのコピーなるものを持っているわけなんですよ。当時、日本の若い男性が戦争に行かなければいけないから、それで朝鮮からの強制連行で炭鉱の仕事をさせるとか荷役の仕事をさせるとか、そういうことをやってきたわけでございますけれども、それでもまだ人が足りないというので中国から労務者を移入ということで国内に入れているわけなんです。
 それにつきまして、何人ぐらいの人が来たか、さらにはどういったところに働いたか、そして働きようはどうであったか、そこらあたりは全く御存じないのでしょうか、お伺いをいたします。
#12
○説明員(小島誠二君) 関係者の証言等によりますれば、当時、多くの中国人が中国より連れてこられ、極めて不幸な状況に陥ったことは否定できないと考えるわけでございますけれども、いわゆる中国人強制連行につきましては、外務省として当時の事情を明らかにするような資料がなく、これら中国人の来日時の事情につきましては現時点においてはつまびらかではないという状況でございます。
#13
○栗原君子君 さらには、これは一九六〇年の五月発行の雑誌「世界」、その中に載っておりましたので調べてみました。
 そういたしますと、「戦時下における中国人強制連行の記録」によりますと、外務省管理局が一九四六年、昭和二十一年の三月一日付をもって作成したものでございますけれども、「華人労務者就労事情調査報告書」なるもの、いわゆる外務省報告書と言われるものを出しているわけでございます。このことは御存じでございましょうか。
#14
○説明員(小島誠二君) 今御指摘になりました昭和二十一年三月、外務省作成の調書でございますけれども、そういう調書を外務省が作成したということは聞き及んでおるわけでございますが、何分にも同調書が現存していないということでございまして、確定的なことは申し上げられないということでございます。
 こういう資料の有無につきましては、かつてこの国会におきましても同様の御質問をいただいたわけでございますけれども、その際、外務省といたしましてもいろいろな方面に手を尽くしたわけでございますが、そのような資料は残っていないという趣旨の答弁をしたというふうに承知しております。
#15
○栗原君子君 ここにこういった写真が載っているわけでございますけれども、これが外務省報告書なんです。当時GHQが入ってきまして、日本で強制連行の事実があり、どういう働き方をさせたか、そういったことを書いたものでございます。
 それで、政府では、今おっしゃいましたように、昭和三十二年の三月二十五日、同じようにこの書類がないということをおっしゃっておられます。そして、一九六〇年ですから昭和三十五年の五月三日の御答弁でも、アジア局長さんが、「そういう調書がございますと、戦犯問題の資料に使われて非常に多数の人に迷惑をかけるのでないかということで、全部焼却いたしたそうでありまして」と、そういった答弁をしていらっしゃいまして、この間ずっとこの資料なるものがないということを答弁している。
 先ほどもないということをおっしゃいましたけれども、私は探しようが足りぬのじゃないか、このように思うんですね。ないところばかりを探していたのではないのでありまして、やはりあるところにはあるように思うんです。これを探す気持ちはあるのかないのかお聞かせください。
#16
○説明員(小島誠二君) 先ほどGHQの資料に御言及がございました。これにつきましては、最近、日本で働いていた中国人の名簿等が発見された旨の報道がなされたということは承知しているわけでございます。
 先ほど来御答弁申し上げておりますように、このような資料の有無につきましては、かつて外務省としてもいろいろな方面に手を尽くしたわけでございます。しかしながら、そのような資料は残っていないという趣旨の答弁を国会においてさせていただいたと承知しておりますけれども、そのような状況は今も変わていないということで、まことに繰り返しで恐縮でございますが、そのような資料は残っていないということを繰り返させていただきたいと思います。
#17
○栗原君子君 それでは、もう一つこれとあわせまして華人労務者就労てんまつ報告書なるもの、いわゆる事業所報告書と言われる全国百三十五カ所の事業所でつくられたものがあるんです。これは昭和二十一年の二月、一九四六年の二月ですから、外務省報告書よりも一カ月先にこのものが出されているわけなんですが、このことについてはどうでございますか。
#18
○説明員(小島誠二君) お答え申し上げます。
 今御指摘のてんまつ書につきましても、私どもとしてはその内容等についてつまびらかにしないという状況でございます。
#19
○栗原君子君 実は、当時中国人が強制連行された全国百三十五の事業所があるわけなんです。ここに私は地図を持っておりますが、これ全部で百三十五あるわけなんです。(図を示す)この一つ一つの事業所でそれぞれ報告書を出しているわけなんです。
 そして、中にこれがあるんですけれども、やっぱり私はこの問題をもう少し政府ではこだわってほしい、こう思うんです。あるところを探していただきたい。例えば外交史料館とか、あるいはまた国立の公文書館か国会図書館が、またGHQの資料などにも私はあるのじゃないかというような気がいたしますけれども、この問題をぜひ探していただいて取り組みをしていただきたいと思うんです。
 さて、私、このことを最初に申し上げましたのは、実はこの後に続くわけでございますが、戦時中に多くの中国人が中国において捕らえられて日本に連行され、過酷な労働に従事し、虐待や栄養失調などによってそのうちの多数がまた死亡した事実が存在しているわけです。
 中国人については何人ぐらい連行して、何カ所ぐらいで働かせ、また死亡者が何人いらっしゃったのか。全くこのことは、先ほど知らないとおっしゃいましたけれども、本当に知らないんでしょうか、もう一度お伺いいたします。
#20
○説明員(小島誠二君) 先ほども御答弁申し上げたとおりでございまして、外務省といたしましては、当時の事情を明らかにするような資料がございません。したがいまして、これらの中国人の来日時の事情、今御指摘の詳細につきましては現時点においてはつまびらかでないということでございます。
#21
○栗原君子君 実は、国会図書館の中の資料を私見ておりましたら、三万八千九百三十五名強制連行しているという事実、約四万名なんですけれども、そしてその中で八千人に近い人が日本の作業場で栄養失調あるいはまた過酷な労働等々によりまして亡くなっている事実があるわけなんです。このことをもう少し責任を持ってお調べいただきたいと思います。
 そこで、広島では市民運動の人たちが先日訪中をいたしまして、五人の在中被爆者を確認して帰られました。一九四五年八月六日、広島刑務所に収監されていた二人の在監証明書も発行されているわけでございます。市民運動の人たちが呼びかけて、私もこの呼びかけ人の一人に加えていただいておりますけれども、お互いがお金を出し合って、カンパを集めて年老いた中国人被爆者をお招きをいたしまして、渡日治療や検査を受けてもらうように今運動が進められているところでございます。
 そのうちのお一人は近く広島へおいでになることになっておりますけれども、政府として、このことに対してどのような対応をしていただけるものか、お聞かせをください。
#22
○国務大臣(丹羽雄哉君) まず、中国からの強制連行の事実関係については、先ほど政府委員から御答弁を申し上げておるわけでございまして、十分にまだ把握し切れない部分があるようでございますけれども、そのような事実があって、戦時中に中国の方々が強制連行されまして、被爆されたということがございますれば大変お気の毒なことだ、このように考えておるわけでございます。
 そういう、先生などが中心となって広島の市民の方々がボランティアで訪中をなさって、そしてそういうような事実を確認していらっしゃる、こういうことでございますけれども、中国の方々が来日をなさいました際には、被爆の検査等の御希望があれば希望に沿って被爆の検査を行いまして、そしてもし被爆の事実が確認されれば、原爆二法に基づきまして被爆者健康手帳を交付いたします。そして、当然のことながら医療の給付、滞在される方に対しましては健康管理手当あるいは健康手当、こういったような支給などを十分柔軟的に対応するように考えていきたい、こう考えております。
#23
○栗原君子君 実は、先日広島の市民団体の人が行きまして、三名の方にお会いをされまして、この三名とも被爆をしていらっしゃる方なんですけれども、その事実を確認して、当時のさまざまな状況をお聞きになってお帰りになられたわけでございます。
 そこで、市民団体は、広島市へも何とかこの人たちのことに対して誠意を示してほしいということを言っていかれました。そういたしますと、広島市は、本人の消息調査や中国政府への働きかけなどについては「中国への内政干渉になる」「国(厚生省)が行うべきことで、市が行うことはハミ出しになりできない」「日韓間のように日中間の何らかの協定ができない限りできない」、こういうことを広島市は言っております。当然であると思います。この程度は言うでありましょう。
 さて、それでは、厚生省がここで頑張ってくれなきゃ自治体とすればこれ以上はできないと、こういうことを広島市では言っているんです。最大限の努力をしていただけるものかどうかお伺いいたします。
#24
○国務大臣(丹羽雄哉君) ただいま私から申し上げましたように、そういうような事実が確認されれば、前向きに最大限誠心誠意で対処していきたい、このように考えております。
#25
○栗原君子君 ありがとうございます。
 それで、在韓被爆者につきましては、日韓請求権解決とは別に、韓国政府に対しまして四十億円を供与しているわけでございます。在中被爆者についても人道的な立場から同様の措置を講ずるべきだと私は思いますが、このことについてどう思われますか。
#26
○政府委員(谷修一君) 在韓被爆者の問題につきましては、先生御指摘ございましたが、昭和五十六年に日韓両国政府の合意に基づいて在韓被爆者を広島あるいは長崎の病院に収容して治療等を実施したということでございまして、この背景としては、その当時両国政府の間での合意に基づいてこういうことを行ったということでございます。
 これは、外交問題でございますから外務省の方からの御答弁が適切かと思いますが、先ほども外務省の方からお話がございましたように、日中間につきましては現在そのようなことが行われておりませんので、厚生省といたしましては、外交ルートを通じたそういった話し合いの結果を踏まえて厚生省として対応をしていくべきことだというふうに考えております。
#27
○栗原君子君 中国からも民間賠償の要求の声が上がっているやに聞くわけなんです。北京の日本大使館または直接外務省にも届いているかなという気もいたしますけれども、何件ぐらい届いて、どんな対応を今までしていらっしゃったのか、お聞かせください。
#28
○説明員(小島誠二君) お尋ねの件でございますけれども、まず申し上げておきたいことは、戦争に係る日中間の請求権の問題といいますのは、先ほども御答弁申し上げましたように、一九七二年の日中共同声明発出後存在しておらず、こういう認識は中国政府も明らかにしているところでございます。
 次に、お尋ねのいわゆる民間賠償の請求でございますけれども、従来より我が国の在外公館等に対しまして時折書簡が参るわけでございます。こういう事実は確かにございます。ただ、地理的に中国に限らず、香港でございますとか東南アジアでございますとか、あるいは欧米等の現地の我が方の大使館等、我が方公館に書簡が寄せられることがございます。
 また、いつごろから寄せられているかということについて正確な記録もないわけでございまして、今私がこの時点でこれまで接到した書簡の件数について確定的なことは申し上げられないという事情にございます。
#29
○栗原君子君 それでは、実はこういう新聞記事があるんですよ。
 数年前ですけれども、韓国の従軍慰安婦の問題が出たときに、当時の加藤官房長官が「何らかの措置」をということをおっしゃっておられるんです。そのことに対しまして、
 中国政府は「韓国と同様の救済措置を期待する」という意向を表明した。江沢民総書記は今年四月、日中共同声明で表明した態度(戦争賠償請
 求権の放棄)は変わらないとしながらも、「日本帝国主義が起こした侵略戦争は中国人民に大きな損失をもたらした。この戦争がもたらした問題は、お互いの協議を通じ、条理にかなったやり方で解決すべきだ」と語り、初めて民間損害賠償に言及した。
 すでに昨年三月、戦争賠償千二百億ドルは放棄したものの民間損害賠償額千八百億ドルは放棄していないとする建議書が全国人民代表大会
 に提出されている。
ということ。これは九二年、去年の七月の新聞であります。
 だから、今までみんな黙っておられたわけなんですけれども、もうそれなりにお年も召されまして、今言っておかなければいけない、そういう中からふつふつと私はこういうものが民間からも声としてこれから大きく出てくるんじゃないか、このように思うわけでございます。私は、日本政府は今まで中国が言わないことをいいことにしてきたんじゃないかなという気がいたしてなりません。中国の強制連行の問題とか、あるいは在中被爆者の問題とか、さまざまな問題についてこれからまたさらに誠意を持って取り組んでいただきたいと思いますので、ここでもう一度厚生大臣の御所見を伺いたいと存じます。
#30
○国務大臣(丹羽雄哉君) 従軍慰安婦の問題につきましては、今政府の関係当局が鋭意検討をしておる、このように承っておるような次第でございます。
 いずれにいたしましても、この戦争を通じて各方面、各国に対しまして、多大ないわゆる犠牲といいますか言葉には言い尽くせないような犠牲を強いられたことに対しましては、心からお悔やみを申し上げるわけでございますけれども、いずれにいたしましても私どもはできる範囲の中で一つ一つ誠実に問題に取り組んでいきたい、こういうような決意を持っているような次第でございます。
#31
○栗原君子君 ぜひ、中国に対しての誠意ある態度をこれからお示しいただきたいと存じます。
 そして、これもやっぱり中国からの問題でございますけれども、例の中国残留婦人の問題に入っていきたいと存じます。
 中国残留婦人交流の会というのがございまして、ここから再三にわたりまして陳情のあった日中両国政府による調書の相互突き合わせ及び本人たちへの帰国意思の有無など実態調査を行う方針を立て、実施の準備も完了しているわけでございますが、現在、中国政府の応諾待ちで待機中とのことでございます。実態調査はどのようになっているのかお聞かせください。
#32
○政府委員(佐々木典夫君) 中国残留婦人等の意向調査についてのお尋ねでございます。
 実は、この問題につきましては、昨年来中国政府と鋭意折衝を続けてまいったところでございます。御案内のとおり、これまで中国残留婦人等の方々につきましては、日本への一時帰国あるいは永住帰国を希望する方に対しましては、帰国旅費だとかあるいは状況によって滞在費を支給するといったようなことで、援護措置を講じてまいったところでございます。
 しかしながら、戦後既に四十七年余が経過しているわけでございまして、残留婦人等の高齢化あるいは帰国に対する意識の変化等が見られますことから、厚生省としましては、できるだけ帰国、一時帰国も含めて日本に帰ることを希望する方々についてはその望みがかなえられるようにしていくというふうな考え方に立ちまして、帰国意向調査ということで仕組んでおるところでございます。
 実は、先般ようやく話がつきまして、去る四月の末でございましたけれども、一部の調査票を関係の方々にお送りするというふうなことで、調査に着手をしたという状況でございます。
 先ほども申しましたようなことでございまして、残留婦人の方々、高齢化等あるいはその後の意識の変化等ございますので、できるだけ帰国希望のある方についてはその希望が早期にかなえられますように、着手いたしました調査を早く進めまして、所要の措置をとってまいりたいと考えている次第でございます。
#33
○栗原君子君 日中国交回復以後、国費による中国から日本への残留婦人の永住帰国者は何人おいでであったのか。そしてその中で、一時帰国をされた人は何人ぐらいいらっしゃって、私費で帰国された方もいらっしゃるのかどうか、お伺いいたします。
#34
○政府委員(佐々木典夫君) 中国残留婦人等で、日中国交回復後、昭和四十七年でございますが、それ以降日本に永住帰国あるいは一時帰国、里帰りでございますが、した方々の数、あるいは私費の場合等の数でございます。
 私どもの把握で、中国残留婦人等のうちに日中国交正常化以後、平成五年三月三十一日、三月末までの数字で申しますと、永住帰国をした方が二千四百五十八人でございます。それから、一時帰国いわゆる里帰りでございますが、三千八百二十六人、この三千八百二十六人のうち、二度目の一時帰国、再一時帰国と言っておりますが、そういう方々四百八十五人を含んでおります。私どもは帰国の数字に関しましてはそういう把握をいたしてございます。
 それからなお、私費で帰国した者の人数についてのお尋ねがございましたが、この点につきましては、旅費等の支給を私どもからいたさないといったような事情もございまして、厚生省としましては私費帰国の人数につきましては把握ができてございません。
#35
○栗原君子君 そこで、残留婦人に関する日中間の覚書の取り交わしが予定されていると聞いておりますけれども、どのようになっておりますでしょうか。
#36
○政府委員(佐々木典夫君) 残留婦人に関します日中両国間での口上書についてのお尋ねでございますが、実はこの口上書の取り交わしにつきましては、近年ボランティア団体の方々によりまする中国残留婦人等の集団一時帰国、里帰りが大変盛んにここ数年来行われてまいったわけでございます。これに伴いまして、中国政府側から日中両国政府間で中国残留日本人の帰国に関する基本的取り決めをしておきたいというふうな申し入れがございまして、それ以後協議を重ねてまいったところでございます。
 どういうことかと申しますと、これは平成二年のころからの話でございますけれども、中国の公安部、担当部門から見ますると、それぞれ日本のボランティア団体が鋭意熱意を持って里帰り運動をやっていただくわけでございますが、それがやや、整然というとおかしいんですが、無秩序に行われて、中国側としては受け入れその他統一をある程度とってほしいというふうなにとが一つ発端でそんな申し出がございました。そんなことから、実は日中両国間で詰めてまいったところでございます。
 基本的にどんなことを考えているかというと、里帰り等を円滑にやっていただく、そして希望される方が滑らかに希望がかなえられるようにするというのが基本でございまして、そのような観点から、例えば里帰りをする場合は、それぞれのボランティア団体等がやっていただくわけでございますけれども、日本政府が、具体的には私ども厚生省の担当部門でございますが、全体の年間計画を取りまとめて中国政府に提出する、中国側の同意を得て事を進める。具体的には、年間計画あるいは具体実施段階で二カ月ほど前に具体的な人数等について連絡をするといったようなことが一つ。
 それから、実は里帰りをした際に、来たまま今度は中国に戻らないでそのまま日本に永住したいというふうな希望をされる方も間々出てまいります。しかしながら、そういったようなケースにつきましては、それでは中国に残った家族との関係、家庭問題をどうするか。その解決をやはりきちっとする必要があるといったようなことから、仮に一時帰国、里帰りで日本に参る、その場合でも、もしも永住帰国に切りかえるような場合は、その前にまず一度中国に戻って家庭問題を片づけてくるように、あるいはもし戻してもそんな事情がない場合は、日本政府が協力して家庭問題の解決のため関係者が努力をするといったようなことを盛り込む、こんなことでございます。
 あと、具体的に永住帰国する場合には、基本的に殊留婦人等、本人のみならず家族についても日本政府側もこれを円滑に迎え入れるようにするといったようなあたりが骨子でございまして、こんなような中身についてここ数年来話し合ってまいりました。
 現在の段階でございますと、案文の中身につきましてここ数年来積み上げてまいりましたので、基本的な合意がなされまして、現在外交ルートによりまして案文についての細部の協議を行っているという段階でございます。
 それで、基本的には、ただいま御紹介しました中身に沿いまして実態的には里帰り等が円滑に行われてきておる、これをきちっと両国間で文書化しておきたいということでございます。そう遠くない時期に口上書の交換ができると私ども期待をいたしております。
#37
○栗原君子君 帰国の場合、肉親の承諾はいまだに絶対必要条件となっているのでしょうか。孤児の場合と同様、九一年から肉親の承諾は必要条件でなくなり、かわりに本籍県定住の原則が加わったわけでございます。このことが帰国を望んでいらっしゃる方に対して少し妨げになっているんじゃないかという思いがいたしますけれども、いかがでございましょうか。
#38
○政府委員(佐々木典夫君) 残留婦人等が永住帰国いたします際に、基本的に本籍主義というか本籍地を定住先とするということを原則としている、その点について問題はないのかというお尋ねということで申し上げます。
 実は中国残留婦人等、これは孤児の場合も同様でございますけれども、帰国に当たりましては、基本的には在日親族がいらっしゃる場合は身内の方が受け入れていくということがいろんな意味で、あるいは先行き長く日本に住んで生活をしていくという上ではやはり望ましいと基本的には考えでございます。そういう意味では、第一義的には在日親族の居住地に定住をするということを基本といたしているわけでございます。
 しかしながら、今もお話がございましたけれども、身内がある、在日親族はあるわけでございますけれども、残留婦人等の受け入れをなさらないような場合も実は間々ございます。そういったようなケースにつきましては、やはり御本人の帰国の希望をかなえるというふうな観点から、平成三年度からいわゆる特別身元引受人制度ということで、これを適用することによりまして帰国の希望をかなえる、帰国の促進を図るといったようなことを行ってきているところでございます。
 この制度の適用に当たりましては、今申しましたような考え方から、基本的には本籍地に定住ということを原則といたしているところでございますが、実は現実問題としての定着に当たりましてはいろんなケースがございます。
 若干申しますと、定住希望地、これを自由に選択することにいたします場合は、実は帰国者が数カ所の大都市に皆集まる、大都市を希望するといったようなことがございます。どうも中国の場合は都市、農村間での住居の移動が自由でないために、日本においても一度例えば地方都市に定着をした場合には居住地が変えられないんじゃないかといったような考え方もあるようでございまして、それからまた、一般的に若い家族の大都市志向というようなこともありまして、大都市にかなり希望が集中するといったような事情がございます。
 そういった問題の場合は、実は公営住宅の確保だとかあるいは自立指導員の確保等、具体的に現実問題として困難な問題が出てまいりまして、かえって十分な帰国援護措置が講じにくいといった場面も生ずるわけでございます。したがいまして、基本的には極力本籍地という考え方をとるわけでございます。
 しかしながら、それじゃ画一的にやっているのかというと、そういうわけでございませんで、必ずしも本籍地にこだわることでなくて、いろんなケースがございますので、残留婦人等あるいは在日親族のいろいろな事情がございます。そういった事情にも十分考慮をしながら必要に応じて本籍地以外の定住についても弾力的に対処してまいっているところでございます。具体の例で申しますと、これまで本籍地以外に定住した例というのは数十例ございます。
#39
○栗原君子君 本籍県定住の原則というものがあるために、残留婦人の方が帰国を希望していらっしゃいましても、出ていった親元といいますかそこも代がかわりましておいごさんとかめいごさんの代になりまして、命さらそういう見も知らないおばさんたちが帰ってきてくれたら大変迷惑だというような感じがあるように私は伺っているわけなんです。財産分与のことなどいろいろ絡んで難しい問題があるように思っておりますが、最大限の努力をしていただきたいと思います。
 それからもう一つは、永住帰国できない婦人に対して十年置きに二回の帰国といいますか里帰りの機会が与えられていますけれども、十年も待ちますと今七十歳の人は次の十年といったらもう八十歳、八十歳まで生きていらっしゃるかどうかわからないという状況でございますので、これをもっと五年なりに短縮をしてもらうことはできないのかどうか、お伺いをいたします。
#40
○政府委員(佐々木典夫君) 一時帰国の十年に一度というふうな条件をもう少し緩和、短縮できないかというお尋ねでございます。
 実は、現行の再一時帰国制度につきましては、発足後十年余りを経過しまして、大方の残留婦人の方々が一時帰国を経験した段階で、つまりその段階でもう一度一時帰国を希望するという方がふえてまいりました事情がありましたので、昭和六十二年度から、いわば二度目の一時帰国ということで、おおむね十年経過した方あるいは在日親族の方が病気であるといったような緊急な事情がありまして急速帰国する必要が生じたような方々を対象としてこの制度を始めたわけでございます。
 現状では、一時帰国を経験した残留婦人等のうち、一時帰国後十年以上経過しても再一時帰国をしていない方がなお私どもの把握で九百人程度はいらっしゃるというふうに見ております。
 そこで、まず当面は、関係の方々に対してこの再一時帰国援護制度の周知を図ることによりましてその利用を促進することに努めますとともに、それから、先ほど申しました病気等の特別な事情があります場合には、十年経過という条件を弾力的に運用するという考え方もとっておりますので、こういったものも活用しながら残留婦人等の里帰りの希望にできるだけこたえていきたい、当面はそんなことでやってまいりたいというふうに思っております。
#41
○栗原君子君 肉親が病気のときとか、亡くなりそうなとき、お葬式とかいろいろあると思うんですけれども、皆さんはお元気なうちに日本を見ておきたいというのがございますので、ぜひ十年置きに二回というのを短縮していただくようにまた考えて、少し柔軟性を持っていただきたい、このように思うわけでございます。当時、国策として渡満されたわけでございますので、残留婦人の方の戦中戦後の御苦労に対してもやっぱり国としての誠意を示していただきたい、このように思うわけでございます。
 続きまして、援護によるさまざまなそういった国籍とかそれから戸籍についてのお尋ねをいたしたいと思います。
 実は、政府は、去る四月十四日に、衆議院の厚生委員会におきまして近く援護法の国籍条項に関する解釈を変更する旨を明らかにされたわけでございますが、これについて私ども社会党としても検討をいたしました結果、どうも納得がいかない、こういうことになりました。この解釈変更の理由につきまして、厚生省の方は、昭和三十七年の通知を変更する理由として、法制的に無理があるということを一つに挙げておられまして、二つ目は恩給法解釈との整合性がとれない、こういったことをおっしゃっておられるわけでございますが、法制的に無理があるとはどのような無理であるのか、お伺いいたします。
#42
○政府委員(佐々木典夫君) 援護法におきます国籍要件の解釈につきまして、実は三十七年の私どもの援護課長通知というふうなもので示しました解釈について、変更をいたしたいということで衆議院の御審議段階で御答弁を申し上げたわけでございますが、そのうちで法制的に無理があるということについて具体的なお尋ねでございます。
 実は、昭和三十七年におきます通知は、援護法にいいますところの日本国籍の喪失というものは個人の意思に基づいて国籍を失った場合に限られるという解釈を前提にして取り扱いを示しているものでございます。しかしながら、サンフランシスコ平和条約によります国籍喪失も国籍喪失には変わりがないということでございまして、日本国籍の喪失について、単に日本の国籍を失った者または失ったときと規定しております援護法の解釈においてのみサンフランシスコ平和条約による国籍喪失を別異に取り扱うことは困難である、こういったような考え方から、三十七年通知の解釈は法制的に無理があるというふうに考えたところでございます。
#43
○栗原君子君 もう一点の、恩給法の解釈との整合性がとれていることは加藤議員が引用した当時の総理府の恩給局発行の恩給相談ハンドブックでも明らかであると思うのです。それでも整合性がとれていないというのはどういった理由があるのでしょうか。この問題は総務庁の恩給局の方からもあわせて御答弁をいただきたいと思っております。
#44
○政府委員(佐々木典夫君) 解釈の変更に当たりまして、恩給法と援護法との解釈の整合性がとれないとは具体的にどのようなことなのかというお尋ねかと存じます。
 恩給法の解釈では、サンフランシスコ平和条約によって国籍を失った場合も国籍要件との関係で国籍喪失に該当することとされていると私ども承知をいたしておりまして、三十七年通知がとっている援護法の解釈はこれとの整合性がとれないものとなっているというふうに理解をしたものでございます。
#45
○説明員(小山裕君) お答え申し上げます。
 恩給法でございますけれども、これは大正十二年に制定された法律でございますが、この第九条におきまして、日本国籍を失ったときは恩給受給権は消滅する旨の規定が置かれております。この規定につきましては例外的な規定も置かれておりません。これは例外にするという規定もございませんので、私どもといたしましては、昭和二十七年のサンフランシスコ平和条約の発効によりまして日本国籍を失った方々、これらの方々につきましてもこの規定が適用されるというふうに考えております。
 委員先ほどお示しになりました恩給ハンドブックの記述でございますけれども、これはあくまでもただいま申し上げましたような考え方を前提に置きまして、ただ、サンフランシスコ平和条約の発効によりまして国籍を失った方、これらの方々につきましては特に本人の御意思というものが確認されたというわけでもございません。そういう特別な事情がございますので、国籍条項は適用されるのでございますが、比較的早い時期に帰化された方々につきましては、仮に国籍の選択があったとすれば日本国籍を選択されたのではないかというふうな考え方に立ちまして特別な措置として行ったというものでございますので、恩給法の解釈につきましては、これらの方々につきましては恩給受給権は消滅しているというふうに考えられます。
#46
○栗原君子君 この問題は、またいろいろ先では裁判ざたになってくるんじゃないかというような、こんなことが予想されるわけですけれども、そのとき政府はどういう御答弁をなさるのかなということを私は大変興味を持っているわけなんです。
 そして、先般の衆議院でのやりとりの中で、厚生大臣は、この通知は「善意の解釈からこういうものが出されたのではないか」、こういった御答弁をしていらっしゃるわけでございますけれども、私は、厚生行政というのは物事をまさに善意に、法を善意に解釈をすることによって実施されるように思うわけでございます。このことが私はぬくもりのある厚生行政につながっているんだろうと、このように思うんです。
 さて次に、この解釈変更の影響についてお伺いをいたしますけれども、厚生省及び総務庁の恩給局の善意がどのような効果を持ったか確認をさせていただきたいと思うんです。
 援護法は、国籍を失えば失権であり、戸籍のない者には適用せずと、こう書き分けているわけでございます。したがって、この通知がなかったとすれば、法の施行時に国籍のない者は自動的に除外されるため、その後また帰化して国籍を獲得してもやはり対象外となってしまいます。しかし、この通知によって旧植民地の国民は失権状態から免れることとなり、戸籍獲得によって権利再生という状況にまた置かれることになると思うんです。そこで、帰化すれば対象となる効果を持つ通知と理解されることになるわけでございますが、これらのことから私は次のことをお伺いさせていただきたいと思います。
 援護法の施行後、旧植民地の国民が日本に帰化し、この通知に該当して適用対象となったケースはどれぐらいあるものなんでしょうか。このことをちょっとお伺いをしたいと思います。
#47
○政府委員(佐々木典夫君) 旧植民地出身の方が日本に帰化して、この通知でどのくらい適用になったかということでございますが、実は、旧植民地出身の帰化をした方が昭和三十七年通知に従って無年金との裁定を受けた件数につきましては、帰化者であるか否かによって区分した統計をとっておりませんことから把握はいたしてございません。
#48
○栗原君子君 ぜひ調査できるものなら私は調査して御報告いただければと思います。
 次に、解釈変更をすれば、未解決の朝鮮民主主義人民共和国の方が帰化をされても適用されないことになるわけでございますが、これはやっぱり公平を欠くことにならないか、このように思うんです。このような不公平な取り扱いについて、政治的、道義的に朝鮮民主主義人民共和国の同意を得る必要があるのではないかなという気がいたしますけれども、ここらあたりはどのように解釈しておられますか。
#49
○政府委員(佐々木典夫君) ただいまの御質問につきましては、この問題が援護法という我が国国内法の解釈について慎重に政府部内で検討した結果、昭和三十七年通知に示されました法律解釈に無理があると、そういった結論に達したことから変更するものでございまして、北朝鮮の同意を得る必要はないものというふうに考えてございます。
 なお、この扱いにつきまして、ここ十年ほど新たな帰化、それからそれに基づく裁定といったような事例がございませんで、実質的にもここ十年来そういったケースもないというのが実情でございます。
#50
○栗原君子君 これの解釈を変更したら、今まで対象となって給付をされていた人に対してこれを打ち切ることになるんじゃなかろうかと思うんですけれども、この点はどうでございますか。
#51
○政府委員(佐々木典夫君) 解釈を変更したことに伴いまして、従来取り扱いをしてきたものはどうなるかということでございます。
 三十七年通知におきます法律解釈には無理があるということでこれを変更せざるを得ないわけでございますけれども、しかしながら、これまで長期間にわたりましてこうした解釈をとってきた経緯もございますので、こうした解釈によって行ってきた取り扱いをどうするかにつきましては、経緯にも配慮しまして検討していきたいというふうに考えております。
#52
○栗原君子君 ぜひ善意ある検討をお願いいたします。
 さて、続きまして私は旧植民地の戦争被害者への戦後処理、またここに戻っていきたいと思います。
 戦後処理の問題に戻ってまいりますけれども、一九九〇年に韓国の盧泰愚大統領が来日をしたときに、戦時中強制連行された朝鮮人の名簿と旧日本軍であった朝鮮人の軍人軍属名簿の引き渡し要求がありましたけれども、このことについてどういう解決がなされているのでしょうか。
 これは四月十四日に衆議院で加藤議員も質問をいたしておりまして、その中に、厚生省は、コピーが大変遅くなっていた、既に八割コピーをしたということを答弁していらっしゃることを私は議事録で確認をさせていただきました。
 それじゃ、あと二割のコピーが残っているのでございましょうが、いつこれは完了して韓国に返すことができるのかどうか、お聞かせください。
#53
○政府委員(佐々木典夫君) 朝鮮半島出身の旧日本軍人軍属の名簿の引き渡しの関係でございます。
 若干経緯を申しますと、この朝鮮半島出身旧軍人軍属の名簿につきましては、平成二年八月に韓国政府から引き渡しの要請があったわけでございます。厚生省といたしましては、要請の趣旨に沿って協力すべく、旧陸海軍から引き継ぎました軍人軍属の名簿の調査作業を直ちに開始しまして、韓国政府に引き渡すための名簿のコピーの作業を進めてまいっているところでございます。
 では、具体的にいつ終えて引き渡しができるかというお尋ねでございますけれども、現在鋭意その作業を進めてまいっているわけでございますが、実は、この名簿のコピーの作業につきましては、名簿の対象者が相当多数に上るということ、それからまた、それぞれの資料が作成されましてから相当長年を経てかなり傷んでいる、損傷しているもの等も少なくございませんで、なかなか困難な作業を伴っているということでございます。私どもとしましては、できるだけ早い時期に外務省を通じて韓国政府に引き渡すことができるように努力をしていきたいというふうに思っております。
 先般、衆議院の審議で八割方というふうに申しましたけれども、それぞれのコピー、膨大な作業量と申しましたが、これが実に物理的に大きな作業を伴ってございます。私どもとしましては、事柄の性格上、できるだけ早く外務省を通じて韓国にお届けできるように、引き続き誠意を持って精いっぱい努力をしてまいりたいというふうに思っております。
#54
○栗原君子君 今も、できるだけ早い時期にということをおっしゃっていただきましたけれども、まかり間違って来年に回るようなことはないですよね。
#55
○政府委員(佐々木典夫君) これまで随分時間がかかっております。私どもも先ほど申しましたようにできるだけ早くという気持ちでございます。かなりのボリュームになりまして、実は八割方の段階で段ボール箱で五、六十箱になるような感じでございます。そんなものですから、やや愚直な作業をいたしてございますものですから、いましばらく時間が要ると思いますけれども、私どもとしては、関係課の職員、これは平常業務の合間を縫ってやるわけでございますが、ひとつ大いにピッチを上げまして御趣旨に沿うよう努力をしたいと思っております。
#56
○栗原君子君 次に、この数年、アジア近隣諸国から、従軍慰安婦の問題を初めといたしましてさまざまな戦後処理や補償を日本に求める訴えが次々に起きてきておりますけれども、私は、こうした背景にはアジアの国々の、特にすぐお隣の韓国、朝鮮民主主義人民共和国もそうでございますが、戦後処理問題が放置されたままの状態であることが大きな原因になっているように思うわけでございます。
 韓国の元日本軍人軍属の戦後処理の問題、中でも、生死確認がなされていないということを大変現地では御心配でいらっしゃるようでございます。韓国にはいまだに、軍属あるいはまた軍人として日本の方に出されて、南方に行ってそのままになっている、そのために戸籍の整理は今まで全く手つかずにある、そういった遺族の人たちがたくさんいらっしゃると聞いているわけでございます。葬式あるいはまた法事もできずに多くの悲劇を生んでいるわけでございます。
 私は、韓国の遺族の気持ちといたしまして、戦争に駆り出した日本が生死の確認をする責任があると思うわけなんです。韓国の遺族の方もそのことをすごく望んでいらっしゃるようにお聞きをするわけでございますが、厚生省は戦後、韓国の遺族に対して直接生死確認の通知をした事実はあるものかないものか、もししていなかったらその理由をお聞かせいただきたいと思います。
#57
○政府委員(佐々木典夫君) 韓国の遺族の方に対して生死確認の通知をしたのかどうかということでございます。
 実は、戦没者の遺族に対しまする死亡通知につきましては、昭和四十六年九月に、韓国政府からの要請に応じまして、全戦没者約二万二千人を登載しました死亡者連名簿を韓国政府に送付をいたしたところでございます。
 それから、そういった措置のほかに、関係御遺族から個別に照会があります場合には、私どもの保管をいたしまする資料を調査いたしました上で回答を行ってきているというところでございます。
 それから、先ほども申し上げましたけれども、厚生省が保管しております軍人軍属名簿につきましては、死亡者だけでなくて、全体の持っているものにつきましてできるだけ早い時期に韓国政府へ引き渡しができますよう、鋭意努力をいたしているところでございます。
#58
○栗原君子君 私は、生死確認の問題というのは援護法以前の問題であろうと思うんですね。生きたか死んだか全く知らせていないという。当時は日本人だったわけです。日本人として駆り出されているわけなんですから、やっぱり駆り出した側の日本が私は責任を持って当然じゃなかろうかと思うんです。厚生省の方では、日本人に対しては生きたか死んだかというのを誠意を持って遺族に通知をしていらっしゃるんです。聞くところによりますと、現在生きていらっしゃる人に対してかつて三回も死亡の通知が行った。自分は生きているのに、三回も死亡通知が来ている。そこまで日本人に対してはやっているわけなんですけれども、全く韓国の人にはそういうことをしていないんです。
 ここに市民団体の人たちがつくられた資料があるんですよ。ずっと年齢があるんですけれども、ほとんど「不明」なんですね。軍人軍属、生きていらっしゃるかお帰りになられたか全くわからないという状況なんです。これらにつきまして、本当に基本的なことであろうと思いますので、生死確認ということ、遺族にきちっとお知らせをしていくということにぜひ努めていただきたいと思うんです。
 それからまた、遺族にとっては、軍人か軍属がそれから労務者で駆り出されたものかも全くわからない状況なんです。こうした補償問題以前の根本的な戦後処理を本当に急いでいただきたい、私はこういうことを思うわけでございます。
 そのために、窓口を開設してもらうことはできないものかと思うんです。例えば、韓国にあります日本大使館などに生死確認のための窓口を設置することはできないものかどうか、これをお尋ねをしたいと思うんです。
 これまで厚生省は、プライバシーの保護ということで、韓国の遺族などが要求している生死確認集団申請を受け付けてきませんでしたけれども、昨年の六月から集団申請を受け付けるようになったと伺っているわけでございます。遺族にとっては、委任状とか戸籍の関係の書類が必要だというのでありますけれども、もう代がかわったりいたしまして、どこかへ引っ越していかれたりとかいうことがありまして、その委任状などもなかなか取りにくい、戸籍の関係の書類なども取りにくいという状況があるようでございます。生死確認の手がかりは、当時日本が強制した創氏改名というのが入っておりまして、韓国のもとの名前でなくして日本名に改名しているわけでございますので、大変またこれが判明しにくくなっているわけでございます。余計に複雑に事がなっているわけでございます。軍人あるいは軍属だったのか、さらには労務者で徴用されたものであるのか、この区別が全くわからないという状況なんでございます。
 特に、私は労働省、外務省にお願いしたいのは、労務の徴用を受けて強制連行された多くの人たちの生死確認問題は、軍人軍属以上にまた深刻であるように、さまざまな事例を聞いているわけでございます。そのために、そういった窓口を開設してほしい、このように思うわけでございますが、いかがでございましょうか。
#59
○説明員(青木功君) いわゆる朝鮮人徴用者等の皆さんの名簿に関しましては、先ほどもお答えを申し上げましたけれども、労働省といたしまして、全国の私どもの行政機関あるいは市区町村あるいは徴用者等を受け入れていた可能性のある事業所などすべてにわたって調査をいたしました。
 その結果、昨年十二月までに十万人を超える方々の名簿につきまして、私ども、ございますもので保有者の了解を得たものでございますが、すべて外務省を通じて韓国政府にお送りを申し上げました。現在のところ、韓国政府の方でこの名簿についてどういうふうな取り扱いをしていただいているかということは承知をしておりませんけれども、いずれにしろ日韓外相会談におきまして韓国側からの要請に基づきましてお送りをしたわけでございます。すべて行っております。
 そういうことで、韓国政府のこれからの取り扱いの方向なんかも参考にしながら、関係省庁と相談しながらただいまお尋ねの件について検討を進めてまいりたいと存じます。
#60
○栗原君子君 ぜひその窓口を開設していただいて、問い合わせをどこへ問い合わせたらいいかそれもわからないような状況でいらっしゃるように思うんです。だから、韓国政府の御協力もいただいて、誠意あるそういった問い合わせの窓口というのを私はつくっていただきたい、このようにお願いをしておきます。
 さて、次に遺骨収集の件でございますけれども、実は韓国の遺族の方は、遺骨収集とかあるいは亡くなった現地に行って追悼もしたいというそういう願いを持っていらっしゃるわけでございます。韓国の太平洋戦争犠牲者遺族会というのがございまして、この中に二万人の人たちが加入をしておられる団体でございますが、会員のほとんどの皆さんがこのことを大変強く望んでいらっしゃるわけでございます。生死確認と同じように、遺骨の収集あるいはまた肉親が亡くなった現地に行って追悼をしたいという願いでございますので、ぜひこのことに誠意を持って取り組んでいただけないものかと思うんです。
 いただきました資料を見ますと、日本人の遺族の人とかあるいはまた慰霊とかいうことについては政府が積極的に取り組んでおられるように思うわけでございます。まだまだ不十分かもしれませんけれども、それなりに取り組みはしていらっしゃるわけでございますが、この韓国の人たちに対してこういったことをやっていただくことはできないものかどうか、お伺いいたします。
#61
○政府委員(佐々木典夫君) 政府が実施しております慰霊巡拝に韓国人遺族の方が参加できるようにできないものかというお尋ねでございます。
 実は、御案内でございますけれども、慰霊巡拝は、さきの大戦によりまして犠牲となった方々の御遺骨を現実問題としてすべて収集することが物理的に困難であるといったような事情もございますので、昭和五十一年度から渡航費用の一部を国費で補助して参加遺族の協力を得て旧主要戦域において実施してきているというものでございます。
 この慰霊巡拝につきましては、現在の日本国を代表して日本政府として慰霊を行う趣旨でやっておりますので、韓国出身の方の御遺族の方々が参加することは困難であるというふうに私どもは考えております。
#62
○栗原君子君 実はエニウェトク島とかいうところがありまして、かつてはブラウン島と言っていたところなんですけれども、ここは玉砕地だったんです。そこでは二百九十人の日本の兵隊が亡くなったんですが、二百九十人のうちの二百三十五人が朝鮮人だったんですよ。もう八〇%が朝鮮人、日本人は五十人しかいなかったんです。南の島々にたくさんそういった激戦地があるわけでございます。そういったところへぜひ行きたいという希望を遺族の方は持っていらっしゃるんですから、私はこのことにこたえていただきたいと思うんです。
 直接政府が遺族の方とか遺族の団体とお話しするのが難しいようなら、ぜひ、韓国の政府に対してこういったことを案内するということはできないものかどうか、お伺いをいたします。
#63
○政府委員(佐々木典夫君) お答え申し上げます前に、事実関係で一つ御説明、御報告をさせていただきますと、ただいま先生お話ございました、ブラウン島とも言っておりますが、エニウェトク環礁と言っているようでございますけれども、これは東太平洋と申しましょうか、かなり離れたところでございまして、トラック諸島から千二百キロほど東北と、こういった説明があるようなところでございます。
 これは、今先生もお話しございましたが、玉砕の地ということでございまして、このエニウェトク環礁あるいはブラウン環礁、いろんな島がまたあるようでございますけれども、その中での戦没者の数というのは、私どもの把握では二千八百九十名というふうな数字を把握いたしてございます。そして、今先生がおっしゃいましたように、確かにその中に朝鮮半島出身の方も軍属としておられたというふうなことが見受けられます。しかし、二千八百九十名の中での数ということで、事実の問題として玉砕ではございますけれども、大半は実は日本の軍人であるというのが実態でございます。それは事実だけでございます。
 それから、じゃ具体的に今のようなことで韓国人遺族の慰霊巡拝の参加要請がある場合に、何らかの対応ができないかということでございます。
 私どもとしましては、先ほど申しましたような形で日本政府の代表ということでやってもらっているわけでございますので、なかなか困難というふうに考えておりますけれども、韓国政府が韓国政府として慰霊巡拝を行うということで日本政府に御相談がある場合には、私ども日本政府としてどのようなことができるか、これはまたよく検討してみたいというふうに思っております。
#64
○栗原君子君 わかりました。恐らく韓国の遺族の方から韓国政府を通じてそういう申し入れもあろうかと思いますが、そのときは誠意を持って対応していただきますようにお願いをしておきます。
 次に、戦没者追悼平和祈念館についてお伺いいたします。
 これはここにありますように、戦後五十年を目途に日本政府は戦没者追悼祈念館、仮称でございますが、総工費百二十三億円で計画されているわけでございます。この中には、三百万人余もの人々の生命が失われと書いてあるわけでございます。
 私はここで一つお願いをしておきたいのは、これは海部総理のシンガポールでの演説でございますが、日本国民すべてが過去の我が国の行動についての反省に立って云々かんぬんと、いろいろあるんですけれども、大変日本国民が皆さんに迷惑をかけたという意味のことをシンガポールで海部さんは演説をしていらっしゃいます。そしてもう一方は、宮澤総理でございますけれども、訪韓のときに、私は過去の事実を直視する勇気、被害を受けた人々の感情への理解、そして二度とこうした過ちを繰り返さないという戒め、ずっとこれは続くんですが、そういった言葉を言っていらっしゃるんです。要するにこれは、私はお二人とも日本の加害のことを謝罪を含めておっしゃっておられるんだろうと思うんです。
 今回のこの平和祈念館なるものは、三百万人ということがありますけれども、三百万人というのは私は日本人だけの数のように思うわけでございます。これはぜひ、アジアのそういった国々で日本の戦争によって多くの犠牲者を出したそういう加害のこともこの平和祈念館の中に精神として入れていただくことができるものかできないものかお聞かせください。
#65
○政府委員(佐々木典夫君) 今計画いたしております戦没者追悼平和祈念館に、アジア諸国に対する謝罪というか、そういったことも入れるべきでないかというお尋ねでございます。
 若干御説明をお許しいただきたいと思いますが、この平和祈念館の設置の趣旨でございますけれども、終戦五十周年を目前に控えた今日でございますが、若い世代の中には、さきの大戦によりまして三百万人を超える方々の生命が失われ、また国民全体が困難な生活を強いられたという事実さえ知らない者がふえてきておるわけでございます。さきの大戦で亡くなられた方々を悼む気持ちも日々薄れつつあるというのが実情ということでございます。
 そこで、厚生省としましては、従来より慰霊碑の建設だとか追悼式の実施などの戦没者の慰霊追悼事業を実施してまいったわけでございますが、このような状況を踏まえまして、戦没者を追悼する気持ちを新たにいたしますとともに、戦没者やその遺族の強い願いでありました恒久平和の実現を祈念するために戦没者追悼平和祈念館を建設することといたしたわけでございます。
 この施設の性格といたしましては、戦没者追悼平和祈念館は戦没者の追悼の意をあらわす施設であることに加えまして、国民の生活面から見た戦争の悲惨さと、戦中戦後を通しての国民の生活上の労苦を後世代に伝えることによりまして恒久平和に資することを目的といたしております。そういったようなことから、アジア諸国等に対します謝罪は目的としてはおりません。
 本施設の設置及び運営に当たりましては、アジア諸国を初めとします戦争の被害をこうむった国々の国民感情を十分配慮しまして、日本国民の平和への願いが伝わりますよう細心の努力を払うというふうなことでおります。
 それではこの平和祈念館は具体的にどういったことをやるかということでございますが、国民生活の面から見た戦争の悲惨さと戦中戦後を通しての国民生活上の労苦を後世代に伝えるという趣旨を実現いたしますために、展示事業、情報提供、研修、研究支援事業、それから資料の収集保存事業、こういった事業を計画いたしてございます。各事業の具体的内容につきましては、ただいま申しました本施設の趣旨、性格に沿った内容といたしますために、今後、有識者から成ります委員会を設置しまして意見を聞きながら検討していくというふうなことで考えております。
 具体的にこの趣旨、目的の範囲内でどのような情報提供を行っていくか、今申しました有識者から成る委員会の意見を聞きながら検討してまいりたいというふうに考えております。
#66
○栗原君子君 今、重大なことをおっしゃったと思うんです。アジア諸国への謝罪を目的としていないというんですよね。そういう精神で政治を担当していらっしゃること、私はとっても怖いと思うんです。これ問題になるんじゃないかと思うんですよ、今の発言は。私はそう思うんです。
 もう時間がなくなりますけれども、遺族の方も高齢化していらっしゃるし、それからまだまだ、韓国また朝鮮民主主義人民共和国を初めとする中国とかさまざまなアジアの国々に対して、戦争の謝罪は終わっていないと思うんです。私はこのことが国際貢献のまず第一歩になるんじゃないか、このように思うわけです。
 歴史は五十年にして繰り返されると言われておりますけれども、既に今カンボジアにPKOが出ておりまして、死者が二人も出ております。先日、小泉郵政大臣が重大な発言をしてくださった、よく言ってくださったなという気持ちが私はするわけでございますが、ここで厚生大臣に最後にお尋ねをいたします。
 きょう援護法の審議をしているわけでございますが、厚生大臣の平和に対する願い、そういったことをお聞かせいただければと思います。
#67
○政府委員(佐々木典夫君) 一言だけ。
 ただいま御説明したわけでございますが、申し上げました設置の目的、趣旨に沿いまして、具体的に展示あるいは情報提供等の事業の中でどのような内容としていくかにつきましては、設置の趣旨に従って有識者から成ります委員会で十分意見を聞きながら適切な対応をするように努力をしてまいりたいというふうに思っておりますので、御理解賜りたいと思います。
#68
○国務大臣(丹羽雄哉君) 御案内のように、さきの大戦において三百万人余もの方々のとうとい犠牲、失われたことに対しまして、私どもこのような過ちを再び起こしてはならないと、まず平和への決意を新たにいたしておるような次第でございます。
 厚生省といたしましても、これまで戦後一貫いたしまして、六百万人余もの引き揚げの問題、そして先ほど来先生から御指摘をいただいております中国の残留孤児の問題、あるいは朝鮮半島におきますさまざまな問題、さらにソ連の抑留問題、こういったような悲惨な状況が続いておるわけでございます。
 私どもは、こういった戦後処理に関しまして、ひとつ誠心誠意、中国残留孤児の問題を初めとする引き揚げ援護の問題、さらに国交が我が国と必ずしも十分でないということから、ソ連の抑留死亡者の遺骨収集の問題あるいは墓参の問題、こういった問題がまだ残されているわけでございます。こういった問題を一つ一つ解決していくことが、私はいわゆる平和を実現する上において欠かすことができない問題だと、このように考えておるような次第でございます。
#69
○栗原君子君 終わります。
#70
○西田吉宏君 質問いたします。
 今も大臣の御答弁にありましたように、さきの戦争では三百万人以上の犠牲者が出た、こういうことでありますが、この大戦が終わりを遂げてもう間もなく五十年を迎えようとしているわけでございます。当時、苦難に満ちた中で、祖国の安泰を願いながら、さらに家族を案じながら戦場またあるいは遠い異郷の地で倒れられた戦没者の方々がいたことを今思うときに、悲痛の思いが胸に迫るものがあるのでございます。戦争で障害を負われた戦傷病者の方々の今日までの苦労について、私どもは忘れることはでき得ません。
 そこでお尋ねいたしますが、今議題になっております援護法の一部改正についてですが、大臣から、障害年金、遺族年金等の支給額を恩給に準じて引き上げるとともに、戦没者の妻及び父母に対して特別の給付金を継続して支給するとの提案理由の説明を先般お伺いしたところであります。
 これは国家補償の精神に基づき、このような戦傷病者の方々や戦没者遺族の方々の援護の向上に資することを目的とするものと考えておるのでありますが、今回の法改正の概要について厚生省からまずお伺いをしたいと思うのであります。
#71
○政府委員(佐々木典夫君) 今回の援護法の改正案の概要でございますけれども、戦傷病者戦没者遺族等に対しましてはこれまで各種の援護措置を講じてまいったところでございますが、この法律案は、戦傷病者戦没者遺族等の処遇の改善を図りますために、援護年金の額を引き上げますとともに、戦没者等の妻、戦没者の父母等に対しましての特別給付金を継続して支給することといたすものでございます。戦傷病者戦没者遺族等援護法、それからそのために戦没者等の妻に対する特別給付金支給法、戦没者の父母等に対する特別給付金支給法、この三つの改正をお願いするというものでございます。
 改正の中身は、援護法の改正につきましては、恩給法の公務扶助料等の基本額が二・六六%引き上げられますことに伴いまして、援護年金の額を恩給の改善に準じて引き上げるということでございます。それから、戦没者等の妻に対します給付金につきましては、現在百二十万の特別給付金を百八十万の国債として継続して支給する。それから、戦没者の父母等に対します給付金につきましては、現在七十五万の給付金でございますが、これを九十万ということで改善をして継続して支給する、こういった中身でお願いをしているところでございます。
#72
○西田吉宏君 そこで、恩給法を補完する援護法に基づく年金改善、これは恩給並び、こういうことのように私は理解をいたしておりますけれども、総務庁に恩給の改善のお考えについてまずお伺いします。
 さらには、もう一点お伺いしておきます。
 戦没者遺族等の皆さん方から、恩給の引き上げについて人事院勧告の公務員給与上昇率を適用して増額を図られたい、こういう要望が出ておりますけれども、対象者が大変高齢化してきております。先ほどもお話しのとおりであります。さらに受給者そのもの自体も漸減をいたしております。こういうことを考慮いたしますと、要望されておるこの問題について、総務庁はどのようにお考えなのかお伺いしたいと思います。
#73
○説明員(小山裕君) まず、恩給の改善の考え方でございますけれども、恩給の改善に当たりましては、恩給が国家補償的性格を有するものであること、そういった特殊性を考慮しながら、公務員給与の改定、物価の変動等そういった諸般の事情を総合的に勘案した上で恩給年額の実質的な価値を維持する、これを基本にこれまでも改善を図ってきたところでございまして、今後ともこういった基本的な考え方に沿って恩給行政を進めてまいりたいと考えております。
 それから、人勧のアップ率を適用して増額改定をしてほしい、これは日本遺族会等の受給者の団体から御要望がある。これは私どもとしてもよく承知しているところでございますけれども、恩給の改定の指標につきましては、従来からそのときどきにおいて社会経済事情等を勘案しながら最も適切な改善指標を採用するという考えで進めてまいったところでございます。それで、現在の諸情勢のもとでは、公務員給与の改定率と物価の上昇、これらを総合勘案する方式というものが最も適当ではないかと考えている次第でございます。
 ただ、このいわゆる総合勘案方式を行うに際しましても、できるだけ公務員給与の上昇率のウエートを高めるということについては配慮しているところでございますので、そういったところを御理解いただければと思っております。
#74
○西田吉宏君 もう一つわからぬ。人事院勧告の八割を基本にする、さらには物価上昇率、こういうことを大体の基本に置いてやっておられるんですが、僕が言っているのは、受給者が減ってきたこういう中で、いわゆる要望されておるのについての対応はいかがなものか、このようにお聞きをしているんです。御答弁はそういうことですから、どうぞ考えていただきたいということを要望にしておきますから、お願いします。
 そこで、先ほど来、さきの大戦問題で残された問題、韓国や中国を初めいろいろ御議論があったところでありますが、私は角度を変えてぜひこの問題をお伺いしたいと思うんです。
 さきの大戦を考えますと、まず、旧ソ連における抑留問題なんです。これは御承知のように、後ほどまたお伺いの中で申し上げますが、約六十万人の方々が抑留をされた、そして約六万人の方が亡くなられたということであります。この事実は絶対忘れることはでき得ない私ども日本人としての問題であります。
 そこで、この悲惨な事実は、御案内のように昭和十六年の四月に結ばれた日ソ中立条約、すなわち不可侵条約であります。これをソビエト側の方は無視をして、ポツダム宣言受諾直前の八月八日に旧ソ連軍が一方的に宣戦布告をした。旧満州、さらには旧樺太等に侵入したという外交上の問題に起因すると思うのであります。
 このような条約違反とも言うようなこの事実の問題、この問題について外務省はどのようにお考えになっておるのか、外務省お見えになっておったらこれ御答弁いただきたいと思います。
#75
○説明員(小町恭士君) お答えいたします。
 ただいま先生御指摘の、日本とソ連の間にございました日ソ中立条約を無視いたしましてソ連側が戦闘行為を開始した件でございますが、これにつきましては、一九四一年四月二十五日に発効いたしました日ソ中立条約は、ソ連側からの廃棄通告によりまして一九四六年四月二十五日に失効することになっておりましたけれども、ソ連は、同条約が依然有効でございました一九四五年八月九日に対日宣戦布告を行いまして日本に対して戦闘行為を開始したわけでございます。このことは、お互いの領土保全と不可侵を尊重することを定めておりますこの条約に違反するものであると認めております。
#76
○西田吉宏君 最近、北方四島においてビザなし渡航が実施をされているようであります。具体的にどのような形で行われておるのか、超法規的なのかどうなのか、この辺についてもお伺いをしたい。過去の経緯等を踏まえつつ政府の御見解を伺いたい、このように思います。
#77
○説明員(小町恭士君) お答えいたします。
 今先生御指摘のいわゆるビザなし渡航というものは、一九九一年四月にゴルバチョフ大統領訪日の際に両国間で合意されたものでございますけれども、いわゆる領土問題の解決に資するという目的を持って北方四島の住民と日本国民との間の交流を促進するものでございます。
 昨年四月第一回が始まりまして、昨年、北方四島に住んでおりますロシア人の方々が四回、それから日本側から三回訪問団が訪問いたしまして、ことしも四月から交流が始まっておりますけれども、ことしにつきましても昨年を上回る交流をやっていきたいと思います。
 目的は、この交流の結果、特に北方四島に住んでおりますロシア人の人々が持っております日本についての誤解や不安を解消することにあるわけでございまして、そういった不安が解消されつつあるというふうに我々は受けとめております。
 こういった交流を通じまして、領土交渉によい影響が出てくることを期待しております。
#78
○西田吉宏君 日本を理解さすんだということで僕は一定の理解はいたしますけれども、今現在、日本列島全体で、しかもここでサミットが開かれる中で大変領土問題が言われているんです。こういう中で私は大変不可解な問題だな、こういうふうに考えますことが一点。
 それからもう一点は、かつて衆議院でもこの議論があったと思うんですけれども、我が国固有の領土だと我々は言っているんです。ところが、ソビエトのビザをもらって北方領土へ取材に入ったというようなマスコミもあるんです。だからこの辺はきちっと外務省、私は日本を理解してもらうということは理解できますけれども、外交上の問題ですからきちっとやってもらいたい、こういうふうにあとは要望しておきたい、こう思います。
 抑留者の悲惨な生活状況については出版物が出ておりますけれども、私もこれを読みました。これでうかがうことができます。政府において、総理府の平和祈念事業特別基金、これはたしか昭和六十三年設立の分で五年をめどに大体二百億基金が造成をされる、今後四百億円に拡大の予定だ、こういうふうに聞いておるところでありますが、こういう問題でいわゆる出版物等調査を含めてやっておるようでありますけれども、この事業の趣旨及び調査等による当時の生活状況をどのように把握しておられるのか、この点について総理府の方からお伺いしたい。
#79
○説明員(大坪正彦君) お答え申し上げます。
 ただいま先生言われましたとおり、昭和六十三年から平和祈念事業特別基金法に基づきまして平和祈念事業をやっておるわけでございます。
 この趣旨といたしますところは、先ほど先生言われましたシベリアあるいはモンゴルヘの戦後強制抑留された方、それから元軍人軍属で在職年が短いために恩給の資格年限に満たないいわゆる恩給欠格者の方、それから戦後海外から引き揚げられた方、この三分野の方々に対しまして、その御労苦に対しまして慰藉の念を示す事業、これを平和祈念事業として私ども総理府で行っている状況でございます。
 具体的には、そのやり方は二つのやり方をやっておりまして、一つには、関係者の方々、個々の方々にその御労苦に対して慰藉の念を示す内閣総理大臣名の書状等を贈呈する個別の慰藉事業、それからもう一つは、先と言われました調査研究も含めまして私ども一般慰藉事業というふうに言っておりますけれども、広く一般国民の方々にそういう苦労というものをお伝え申し上げて、それを通して慰藉の念を示すという一般慰藉事業をやっておるわけでございます。
 その調査研究の一環としまして、どのような苦労があったのか、どのような苦労を皆さんされたのかということを三分野の方々それぞれにお聞きをして、今先生のお手元にありますような本、それはシベリアだけの本でございますが、三分野それぞれにこういう本をつくっております。今それを日本国内の図書館を中心に配っておるわけでございますが、それを通しまして、皆さんの苦労というものを国民の方々に知っていただきたいということでの事業をやっておるわけでございます。
#80
○西田吉宏君 それで、苦労された抑留者に対しての何らかの措置を行うことは当然国として必要なことであると私は考えるんです。平和祈念事業特別基金においてこれらの方々に対して慰藉事業を実施しているようでありますが、この概要について総理府にさらにお伺いをしたい、このように思います。
 もう一方、厚生省にお伺いをいたしますが、日本への帰国を願いつつ旧ソ連地域において非命に倒れられた方々に対して、国として遺骨収集、墓参などを積極的に行うべきだ、このように私は考えるのでありますが、厚生省のお考えをお伺いしたい。さらに、実施計画があるのならばお示しをいただきたい、このように思います。
#81
○説明員(大坪正彦君) 先に、個別の措置のお話についてさらに御説明させていただきます。
 三分野の方々につきましてそれぞれ個別の措置といいますか個別の慰藉事業をやっておるわけでございますが、まず、シベリア抑留の方々に対しましては、恩給をもらっておられない方には十万円の慰労金、それから銀杯、書状、この三点セットをお渡ししております。それから恩給を受給されている方につきましては、十万円は御遠慮いただいて、そのかわり銀杯を三つ重ねということで、書状と銀杯三つ重ね、これを恩給受給されている方にはお出ししております。
 それから、いわゆる恩給欠格者の方につきましては、全員ではございませんで、外地経験があってさらに加算年を入れて在職三年以上勤務された方に限らせてはいただいておりますけれども、書状と銀杯それから慰労の品、この三点セットの個別の慰藉事業をやっております。
 それから、引揚者の方に対しましては、書状をお出しするという個別の慰藉事業をやっております。
#82
○政府委員(佐々木典夫君) ソ連抑留中死亡者の遺骨収集、墓参等についてお答え申し上げます。
 ソ連抑留中死亡者の遺骨収集、墓参等の慰霊事業につきましては、関係御遺族の心情を踏まえ、また、昭和三十一年の日ソ共同宣言以来機会あるごとに実は相手国ソ連側と交渉を進めてまいったわけでございます。
 その結果、平成三年四月に日ソ両国政府間におきまして遺骨収集等の基本的枠組みを定めました協定が締結を見た次第でございます。これに基づきまして遺骨収集、それから新たな埋葬地への墓参の道が開かれたところでございます。
 この平成三年の協定に基づきまして、平成四年度から本格的に遺骨収集、それから墓参に取り組むこととしたわけでございまして、平成四年度におきましては、ロシア連邦内のチタ州ほか五地域におきまして遺骨収集を実施したところでございます。合わせて九百五柱の御遺骨を収集したところでございます。また、墓参につきましても、チタ州等四つの地域におきまして実施をしたということでございます。
 今後でございますが、本年度におきましては、本格的実施の二年目といたしまして、引き続き抑留中死亡者の九割以上を占めますロシア連邦内のチタ州、ハバロフスク地方、イルクーツク州、プリモルスク地方、それからアムール州、この五つの地域におきまして遺骨収集及び墓参を実施する予定といたしております。
 以上のような形で遺骨収集、墓参を実施することといたしてございますが、その本格的実施が始まったばかりでございますけれども、関係御遺族の心情、それから何分にも関係の皆さんの高齢化が進んでおりますことにかんがみまして、その実施につきまして最大の努力をいたしてまいりたいというふうに考えております。
#83
○西田吉宏君 時間がございませんので、答弁も端的に言ってください、僕も端的に質問いたします。
 ゴルバチョフ当時の大統領が平成三年四月に訪日をいたしております。このときに遺骨収集等に関する日ソ間の協定が締結されたことは今おっしゃったとおりです。ソ連抑留中の死亡者の名簿、当時は三万八千人、このようにお聞きしておりますけれども、これを提供された、こう聞いております。日本への帰国を願いつつ旧ソ遠地域において非命に倒れられた方々の氏名を明らかにすることは遺骨収集と並んで重要な事業である、このように思うのであります。
 名簿登録者の特定作業の進捗状況、先ほどは韓国で段ボール箱六十杯ほどあるんだ、こういうお話ですけれども、じゃソビエトの問題、今現在の進捗状況はどのように進んでいるのか、この辺をお聞かせください。時間がないから端的に言ってください。
#84
○政府委員(佐々木典夫君) ゴルバチョフ大統領来日時に提供がありました名簿は、三万八千名ほどの氏名が記載されております。実は、いろいろ精査いたしますと二千名の重複があったというようなことで、重複者を除きました三万六千六百名について整理をいたしまして、現在までに、約六割でございますけれども、二万二千名について特定ができたというような状況でございます。これまでに現住所が把握できた一万一千三百名の遺族に名簿の記載内容をお知らせいたしてございます。
 ただ、何分田ソ連政府から引き渡されました名簿につきましては、埋葬地ごとに氏名、生年、生年、月日じゃございません、生年だけなんですが、それから階級と死亡年月日が記載されておるにとどまっておりまして、本人の特定に必要な本籍地だとかあるいは生年月日といったような記載が欠けております関係で、照合作業には困難を伴っておるというのが実情でございます。
 しかしながら、さらに引き続き努力をしていきたいというふうに思っております。
#85
○西田吉宏君 今三万八千人のうち二万二千人までできた、こういうことですから、私は、さらに、現ロシア政府が個人資料として保管していると聞いておる、六万人ほどと言われておりますから、特定作業を進捗させるためにこれらの資料を入手すべきだ、このように思うんです。そういうお考えはどうなんですか。
#86
○政府委員(佐々木典夫君) ただいまも申しましたけれども、先般提供を受けましたソ連側提供の名簿、抑留死亡者名簿につきましては今ございましたとおりで、数の上でも実は私どもが把握しております数に満たないということで、提供された名簿がそのすべてというふうに考えておらないところでございます。
 そこで、厚生省といたしましては、ロシア政府によりまして詳細な死亡者の個人資料が保管されていることを承知いたしておりますので、その個人資料の提供が得られますればただいまの氏名の特定等は確実に進捗できるものと考えておりますので、外交ルートを通じまして、ロシア政府に対して未提供分の名簿も含めまして詳しい資料の提供方について申し入れを行いまして、実は昨年来職員を派遣する等、鋭意交渉を行ってまいっております。
 私どもとしましては、やはりソ連側から提供を受けた名簿が、先ほど申しましたように足らない点等がございますので、できる限り多くの名簿登載者を特定して遺族にお知らせできますように、ただいまの個人資料等の早期入手に努めまして努力をしてまいりたいと思っております。
#87
○西田吉宏君 それでは、あと中国残留孤児、さらには中国残留婦人関係についてお伺いしたい、こう思うんです。
 中国残留孤児さらには残留婦人問題についてのそもそもの始まりは、先ほど申し上げましたように、昭和二十年の旧ソ連軍の参戦に起因するものだと私は考えるのであります。
 満州地域等の一般邦人は、混乱のうちに避難を開始した。多くの者は着のみ着のままで、また徒歩で避難をした、そういうような状態であると私は聞いております。もちろん食料や衣料も不足をしており、不安も募る、こういう状況であったわけであります。このことをきちっと覚えておかなければならない。
 この記述が案外日本人にはわからない。残留孤児はわかるんだけれども、どこに起因があるかということは案外日本人は知らない、こう思うんです。我々日本人はこれは心に銘記しておかなければならない記述だ、このように考えておるところであります。厳冬の中を徒歩等でさまよいながら随分多くの犠牲者を出したわけであります。
 そこでお伺いをいたしますが、昭和五十六年の三月から開始された訪日調査等を通じて、このような中国残留孤児、残留婦人の方々は現在で何人ぐらい把握されているのか、どのような施策が講じられておるのか、先ほどもお話がありましたけれども、私からも端的にお伺いしておきたい、このように思うのであります。
 さらに、時間の関係がありますからもう一つ関連してお伺いをしておきます。
 五十年近くもなりますと、関係者、特に中国残留婦人などは高齢化が大変進んでおります。この問題に対する厚生省、先ほどもお考えがございましたけれども、私はまた角度を変えて申し上げておるのでありますから、その辺の認識等についてもお伺いをいたしたいと思います。
#88
○政府委員(佐々木典夫君) 中国孤児あるいは残留婦人等の調査の実施状況あるいは孤児数、婦人数等でございます。
 平成五年四月一日現在で、日中両国政府間で把握をいたしております残留孤児数は二千四百五十七名でございます。それから、中国に在住しております婦人等は千八百名程度というふうに私ども把握いたしてございます。
 これまで中国残留孤児のうち、訪日調査によりまして身元が確認された者が千二百三十四名、約五〇%でございます。それから、訪日調査は平成五年度におきましても引き続き実施するということにいたしております。
 それから、訪日調査によりましても身元が判明しなかった孤児も相当あるわけでございますけれども、身元未判明孤児につきましては、孤児名鑑を作成して全国の市町村に備えたり、あるいは当時の事情に詳しい元開拓団関係者を調査員としまして各都道府県に配置するなど、きめ細かな肉親調査を実施いたしてございます。
 具体的な対応策としましては、残留孤児あるいは残留婦人等の帰国に当たりましては、従来より帰国旅費や自立支度金の支給あるいは落ちつき先における自立指導員、自立支援通訳の派遣といった施策を講じておるところでございます。
 本年度におきましては、従来は孤児のみを対象としておりました定着促進センターでの研修についても、残留婦人等のうち日本語に不安があるといったような方などを対象としまして、必要のある者をセンターへ短期入所させるといったような措置を講じているところでございます。
#89
○西田吉宏君 時間がございませんので、戻りますけれども一点だけお伺いをしたいんです。
 先ほどの質問の関連にもなりますけれども、サンフランシスコ条約で国籍をお外しになった方、この問題が出ました。終戦当時、例えばまだ若い方で子供を残しながら夫は戦死してしまった。そしてあの混乱の中で生きていくのにどうしようにも頼る人がいない、したがって再婚をした。しかし、子供を連れて再婚するんですから、なかなかうまくいかなかった。離婚をしてしまった。その後も、この援護法も恩給法も全然その問題について適用されない。こういうことで、法は法だからわからぬことはないんですけれども、先ほど言いますように高齢化してきた。受給者も漸減してきた。
 こういうことで、こういう問題はもう一度考える問題じゃなかろうか、こう思うんですが、ひとつ厚生省の方からこの問題についてお伺いをしておきたい。簡単に言ってください、僕はあと二分しかないから。
#90
○政府委員(佐々木典夫君) ただいまの先生の御指摘につきましては、よく調べさせていただきたいと思います。後ほど御報告させていただきたいと思います。
#91
○西田吉宏君 前向きに検討してくれるということですか。
#92
○政府委員(佐々木典夫君) 御趣旨をさらにちょうだいいたしまして検討させていただきたいと思います。
#93
○西田吉宏君 そうですか。
 大臣、冒頭申しましたように、戦後半世紀近くたったわけであります。戦没者らの遺族も高齢化をしてきております。痛ましい戦争と今日の繁栄の基礎を築いてくれた私どもの先人であり先輩である、こう思うわけであります。やっぱりこれも一つの日本の歴史の中の記述に残しておかなければならない。そう考えると、私も、終戦のときには国民学校五年生であった者がもう今この年になってきておるんです。もう最後の年代だな、こういう気がしてならないわけであります。
 ソ連のいわゆる参戦に伴いまして、ソ連の抑留者問題、さらには抑留中に死亡された方々の問題、または中国残留孤児、残留婦人、こういうものの援護施策について今後とも積極的にひとつ施策の進展を図ってもらいたい、このことを要望しながら、大臣の御所見をお伺いして、質問を終わりたいと思います。
#94
○国務大臣(丹羽雄哉君) 先生からただいま御指摘を賜りましたように、戦後半世紀を迎えようとしておるわけでございますけれども、ただいま御指摘のあったようなソ連の抑留中の死亡者の遺骨収集の問題であるとか、あるいは墓参の慰霊事業であるとか、さらに先ほどから御議論を賜っております中国残留孤児あるいは中国残留婦人の帰国の問題、さらに定着の促進の問題、こういったさまざまな問題についてなお私どもが力を注がなければならない問題が残されていることは紛れもない事実であります。
 これらの問題につきましては、いずれにいたしましても、関係者のお気持ちというものを十分に尊重しながら、先ほど御指摘ありましたように、皆様方大変高齢に達しておるわけでございますので、できるだけ速やかに最善の努力をしていく決意でございます。
#95
○委員長(細谷昭雄君) 本案に対する午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。
   午前十一時五十八分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二分開会
#96
○委員長(細谷昭雄君) ただいまから厚生委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#97
○木庭健太郎君 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案の審議に当たりまして、まず冒頭、午前中も議論がありました三十七年通知、いわゆる帰化した北朝鮮、台湾出身者の取り扱いの問題についてお尋ねをしたいと思います。
 この問題は、私、去年同じことを質問いたしました。そして、明快な答弁をいただいたわけでございます。明快な答弁とは何かというと、帰化した場合は、この場合まだ北朝鮮、台湾については正式な条約が結ばれておりませんので、帰化した場合は援護法の適用となります、そういう御答弁をいただきました。昨年の五月十九日の質疑でございます、一年たっていないわけです。
 午前中も少し何かそういうお答えをされていたようですけれども、国会で明確に答弁されたものが、わからないうちに突然そんなふうになってしまう。あの答弁は一体何だったのか。私は、国会に対する答弁というのは、一応責任を持った形での答えだと思っております。その意味では極めて遺憾である。
 普通、政府が方針を変えたりする場合は、私どもが質問をしても、検討いたします、勉強いたします、そう何回も繰り返しをなさって、その上でもなかなか答えが出てこない。ところが、この問題に関しては、明確に答えておきながら、一年もたたないで全く違う法解釈をする。前国会の場合、そういう検討を始めた、そういうことも考えなくちゃいけない、そういう御答弁があっているなら私もその結果として受けとめざるを得ません。しかし、言い切られたことが一年もたたずに変更になる。どういう趣旨なのか御説明をいただき、どういうふうな形で変わったのかの答弁をいただきたいと思います。
#98
○政府委員(佐々木典夫君) お答えをいたします。
 昨年の当委員会で、北朝鮮の方々については帰化すれば援護法の適用をするという取り扱いをしてきていると、その旨の答弁をしているにもかかわらず、これを変更する答弁をしている、この間の事情を御説明するようにということでございます。
 実は、三十七年通知、それからその通知の解釈を前提といたします四十一年通知における取り扱いでございますけれども、援護法におきます朝鮮半島及び台湾出身者が日本に帰化した場合の取り扱いにつきましては、昭和三十七年以降援護課長通知によりまして、個人の意思に基づかない一方的国籍喪失は援護法の国籍喪失に当たらないとの解釈をとり、年金等を支給する取り扱いとされてきたところでございます。
 なお、韓国籍の方につきましては、日韓請求権協定の署名の日、昭和四十年六月二十二日でございますが、以降において、たとえ我が国に帰化した場合であっても援護年金等は支給しない取り扱い、このような取り扱いがなされてまいったわけでございます。
 しかしながら、同通知におきます個人の意思に基づかない一方的国籍喪失は援護法の国籍喪失に当たらないとの解釈について、昨年以降、各方面と御相談し、慎重に検討を重ねた結果、一つに、サンフランシスコ平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失した者について、援護法において日本国籍を喪失していないものとして取り扱うことには法制的に無理があること、二つには、援護法は恩給法に準拠して制定された法律であるわけでありますが、恩給法における国籍喪失の解釈との整合性がとれないこと、この二点からその法律解釈には無理があるとの結論に達したところでございます。
 以上のことから、昨年の当委員会での御答弁を変更せざるを得ないということでございまして、まことに申しわけなかったものと考えておるところでございますが、御理解を賜りたいというふうに思っております。
#99
○木庭健太郎君 理解賜れと言われても、理解賜れないですよ。大臣もよくわかるでしょう、国会答弁というのがどういうものかというのは。その辺が今回の厚生省の対応というのは私は非常に不明確である。
 じゃ、各方面と検討されたとおっしゃいましたから、各方面とはどことどことどこと、だれとだれと、いつ、何回、どういう慎重な審議をなさったのか、御答弁いただきます。
#100
○政府委員(佐々木典夫君) お答えをいたします。
 昨年、実は恩給法との解釈の違いにつきまして、軍人と同じ援護対象者を対象とする援護立法であり、なおかつ恩給法、援護法ともに国籍条項があり、なおかつ同じような表現の国籍条項のもとで恩給法におきます国籍喪失の解釈と援護法におきます解釈の食い違いを御指摘いただきました経過がございまして、以降、この解釈につきまして、慎重に検討をしてまいったということでございます。
 それで、ただいま具体的に関係各方面とどのような形で検討してきたのかというお尋ねでございますが、この問題に関しましては、国籍条項や援護法にあります戸籍条項のそもそもの趣旨、それから国籍の喪失を通知によって限定できるか、それから恩給法の解釈との整合性などにつきまして、総務庁恩給局や内閣法制局との御相談をするとともに、厚生省内部におきましても慎重に検討を重ねてまいったところでございます。
 その結果、先ほど申しましたような法的に解釈に無理があるという結論に達しまして、今回解釈の変更をせざるを得ないと判断をいたした次第でございます。
#101
○木庭健太郎君 慎重に審議をなさったとおっしゃいますけれども、これは要するに個人の権利にもかかわる重大な問題でございます。それならば、こういう問題についてのそういう整合性がないという問題を指摘されたならば、厚生省内にきちんとした検討委員会を設けられて、その上で他省庁とも検討し、もしくはこういった問題の関係機関の方にも御相談をする、それが慎重というんじゃないでしょうか。どういう形でやられたかというのが明確じゃないですね。厚生省は慎重にやっていると言うけれども、考え方を変えただけでしょう。何を慎重にされたがが見えてこないんですよ。
 じゃ、毎月何回も何回も会議を開かれてやられたんですか。検討委員会を設置されてやられたんですか。どういう慎重な検討をなされたんですか。
#102
○政府委員(佐々木典夫君) どのような形での慎重な検討をしてきたかというお尋ねでございます。
 私ども、省内に検討委員会をつくるというような形をとっての検討はしてまいりませんでしたけれども、社会・援護局内そして官房で繰り返し検討、相談をさせていただき、それから先ほども申しましたけれども、関連いたします総務庁恩給局それから内閣法制局とも何度となく検討、御相談をさせていただいた上で結論を出した次第でございます。
#103
○木庭健太郎君 先ほど、この取り扱い、いわゆる帰化した方がどれくらい援護法の適用になったかという質問が午前中あっておりました。
 さきの衆議院の法案審議のときに厚生省がおっしゃっているのは、この十年間はなかったとおっしゃっていたんじゃないですか。調べられたんじゃないですか。都合の悪いことは言わない。調べたなら調べた結果をお話しになればいいじゃないですか。どういう状況だったからどう判断したという、経過はどんなことになっているんですか。
#104
○政府委員(佐々木典夫君) 帰化者からの裁定の状況等でございます。
 実は、先ほども御答弁申しましたけれども、日本に帰化した援護年金等の請求をしあるいは裁定を受けた者の数につきましては、帰化者か否かによって区分した統計をとっていないということ、あるいは裁定原本が膨大でございまして、過去にさかのぼってすべてを調査することは実際上不可能であることから、全体の把握をすることは困難というふうなことでございます。
 しかしながら、先ほども御答弁申しましたけれども、最近の状況につきましては、この十年につきましては帰化に伴います新たな申請あるいは裁定等はございませんでした。そのことは確かに確認をいたしたところでございます。
#105
○木庭健太郎君 これをお決めになるときに大臣に御相談されたんですか。
#106
○政府委員(佐々木典夫君) 先ほど御答弁申しました関係省庁あるいは私どもの局、官房とも御相談の上、大臣にも御報告、御了解を賜りまして国会で御答弁申し上げました、あるいは今回御答弁を申し上げているというような考え方をとっているところでございます。
#107
○木庭健太郎君 大臣、この問題というのは物の考え方だと私は思っているのでございます。
 確かに、恩給法の今のあり方から考えていけば、結論として法解釈としてこういう結果にならざるを得ない。それを三十一年間放置したということに対して非常な問題が厚生省として残るということになるわけです。
 別の考え方もあるわけでございます。私は、前回のこの法案の審議のときに何を指摘したかというと、国籍要件というのはこれからの時代の中でどう考えていけばいいかということを指摘しました。
 なぜかというと、日本も難民条約締結後はこういう国籍要件の問題についてはだんだんなくす方向で検討をし、今実質国籍要件が残っているものは援護法それから恩給法そして生活保護法、私の記憶ではこの三つが中心になっていると思います。ほかの問題では随分なくなってまいりました。それが世界の一つの流れでもある。
 日本が真の国際国家になるためにはどうすればいいか、そういうものを検討するときの一つの試金石がこういう問題ではないかという指摘もいたしました。それは、今の厚生省の考え方からいったらかなり難しいことも知っております。知っておるから指摘もし、そういう問題も検討しなければならない、その流れの中でこの問題の質問もいたしたわけでございます。
 考えるならば、要するにこの帰化の問題は、確かに現行法上でいけば極めて整合性がない。国と国の取り決めという問題で難しい問題もある。それがわかっていながらこの課長通知が出ていた。課長通知一片で決めることが問題だ、厚生大臣はそうおっしゃっている。それもそうでしょう。ただ、今の時代の流れの中でこれをどう考えるかが大事なんじゃないか。
 例えば、考え方として、この通知は通知として、解釈としては極めて難しいところも残しておいて、国籍要件という問題を本格的に考えるに当たって再検討するという方法もある。この帰化という問題について、慎重な検討をなさったならば、本来は法解釈を変えるのか、それともこれをきちんと残すために逆に言えば法制化の道をとるということもできるわけです、特例措置で。やろうと思えばできないはずはないんです。
 そこは、逆に言えば、厚生省の皆さんの判断というよりは、大臣がこの戦後の問題をどうお考えになり、今の時代、国際化社会の中でどういうふうに日本の国を位置づけていくかという問題を考え、それから一つは戦後責任の問題がずっと大きな問題としてクローズアップされている、その中でどうとらえるかという、まさに大臣が判断すべき問題である。
 だから、正直言って、厚生省が結論を出す前に、大臣としてはこういう問題についても何回か事前にお聞きになり、その中で考えた上での結論であるのかどうかというのが私は極めて疑問である。官僚の方々が一生懸命に現行法制を考えて、見てきて、その枠内だったらこうだという結論を出して大臣に持っていった。大臣は、しょうがないなと。これじゃ、大臣がいらっしゃる意味がなくなってしまうんじゃないかとすら私は思います。
 基本的考えが大臣と私とどう違うのかは別問題として、慎重な検討とおっしゃるならば、そういった問題も含めてこれは検討すべき問題ではなかったのか、私はそのように考えますけれども、大臣の御所感を伺いたいと思います。
#108
○国務大臣(丹羽雄哉君) 戦争という非惨な結果、さまざまな問題がきょうも午前中からいろいろ御指摘されておるわけでございまして、そういう中で私どもが予期し得ないようなことが、またその当時わからなかったようなことが次から次へと生じてきておる。こういう中で、私どもは、基本的に私どもができる範囲の中で精いっぱいの誠心誠意の取り組み方をしておる。こういう基本的なスタンスにおいてはまさに木庭先生と私のスタンスは同じではないか、こう考えております。
 この戦傷病者戦没者遺族援護法でございますが、この問題は、先ほどから審議官が御答弁を申し上げておるわけでございますけれども、基本的に、これが発足した当時から、この適用範囲でございますが、まず恩給法に準拠しておる、このことであります。それから二番目といたしましては、朝鮮半島やあるいは台湾などいわゆる分離独立地域においてはもう既に外交的な解決にゆだねられておるわけでございます。こういうことでありますので、この問題で要するに国籍要件を撤廃するということは現実的に不可能であるということも、また先生もバランス感覚がすばらしい先生でございますので、十分に御理解を賜っておるようでございます。
 そういういわばいろんなところから、大変いろいろな過去の経過があったわけでございますけれども、やはり不勉強な点があったこともこれは率直に認めざるを得ないと思います。しかし、三十七年の課長通知でございますけれども、いわゆる国と国との条約を一片の課長通知によってこういうような方針を出すということにどだい私は無理があったのではないか。
 そういう意味において、いろいろな考え方があったわけでございますけれども、やはり私ども行政というのは長い歴史の中で、これはもう本当にお許しをいただきたいのでございますが、人間のやることでありますので過ちもなきにしもあらずでありまして、過ちを正すことにはばかることなかれ、こういうことで、この際率直に深くこの問題について今までのことは間違っていたということを、今後揺るぎない行政の継続性等を維持していくためにもやむを得ないのではないか、こういう判断に立ちまして、先ほどから御答弁を申し上げているような解釈にさせていただいたということで御理解をいただきたいと思います。
#109
○木庭健太郎君 御理解と言われても、この問題に関しては経過、たどり方からいって、バランスの問題もあるでしょう、でも、どちらかというと、今後の方向性としてこの国籍要件という問題はいずれ真剣に取り組まざるを得ないと私は思っているんです。今後の方向性として、各国がどういう対応をしているかまで指摘したいですけれども、きょうはやりませんが、そういった問題も含めてきちんとやるべき問題であるし、本来これはもう即座に撤回していただきたいような、私の主張でございます。
 それはそれとして、水かけ論みたいになってしまいますのでこれ以上は言いませんけれども、ただ、厚生省の方にきちんと申し上げておきたいのは、国会答弁を本当にどう考えていらっしゃるかということについては、私は今、質問を直ちにやめて、理事会に諮ってもらって、何なんだこれということをやってもいいくらいの本当は気分でもいるんです。その辺は、今後どういう方向性でやっていくということが見えるのであればそのことをきちんと御答弁をいただきたいし、言ったことを百八十度返すようなことを、全く本人のあずかり知らないところで突然持ち出してというようなやり方は余りにもやり方として非礼であるということを申し述べておきたいと思っております。
 この問題だけやるともう時間がなくなってしまいますので、あとほかの問題を幾つか聞きたいと思います。
 一つは、私の地元であります福岡県北九州市の小倉南区にありました東京第二陸軍造兵廠曽根製造所における毒ガス障害の実態の問題でございます。
 これも昨年社会党の浜本先生が指摘をなさっておりまして、当時はまだ状況がよくわからないということでございましたけれども、その後調査した結果、どういう実態が明らかになったのかというのをまず明らかにしていただきたいと思います。
#110
○説明員(五味廣文君) この曽根の製造所の件につきましては、正規の職員として雇用されておりました方々は旧令共済組合員でございまして、現在国家公務員等共済組合連合会がその仕事を受け継いでおります。したがいまして、大蔵省の方から御答弁をさせていただきます。
 この旧東京第二陸軍造兵廠の曽根製造所でございますが、ここで砲弾に忠海の製造所でつくられました化学ガス、いわゆる毒ガスを充てんする作業をしておったということでございまして、私どもいろいろ調査をいたしました結果、その作業の大体の概要はつかめました。
 イペリット、ホスゲン等のガスを砲弾に充てんする作業をここでしておったということでございます。ただ、公式記録がございませんので、どのくらいの規模のことが行われていたかという詳細についてははっきりいたしませんけれども、そういった作業が行われておりましたことは事実でございます。また、その充てん作業に従事をいたしました結果として、こういったガスに被爆をいたしまして呼吸器障害等の後遺症を持つに至った方がおられるということもはっきりしてまいりました。
 したがいまして、今般、こういったことについて御指摘のように措置をとるということにしたわけでございますが、具体的な被害の実態というのはまだ現在はっきりしておりませんが、この四月から旧令共済組合員でございました方々につきましては救済措置を開始いたしまして、本年の四月二十日に第一回の調査委員会、これは一般障害者としての認定をして障害手当等の支給を行うということのための審査委員会でございますが、これを四月二十日に開催をいたしましたところ、三百五十二名の方がここに申請をなさいました。このうち三百十二名の方が一般障害者として確認をされたということでございます。
 なお、まだこういったことに対する新たな申請等も出てくるかと存じますが、今後こういった措置を続けてまいりますと実態がさらに明らかになってくるということであろうと思いますが、とりあえず現時点で明らかになっておりますのはそのようなことでございます。
#111
○木庭健太郎君 この製造所に関しましては本年度から健康診断も実施するというふうに聞いておるんですけれども、その内容、対象者数について大蔵、厚生両省からお伺いしたいし、医療費、各種手当の支給についてもどういうふうな形を考えているかを教えていただきたいと思います。
#112
○説明員(五味廣文君) 曽根製造所の従業員の方に対します救済対策、旧令共済組合員でありました方たちにつきましては、先ほど申し上げましたようにこの四月一日から救済措置を開始しております。
 その内容は、忠海の被害者の方と全く同様でございますが、一つは一般障害者としての認定、これをお受けになりますと医療費、これは自己負担当分が支給をされる。それから健康管理手当といたしまして、ガス疾病等と診断された方は平成五年度の単価で月額三万一千四百四十円、また、さらに介護を要するという方につきましては、一般介護では月額十万千三十円、家族介護の場合には月額二万九十円という介護手当が支給をされることになります。
 なお、ガス疾病と診断を受けました後に、当分の間医療を受ける必要がない、一時的に治ったようであるというような診断を受けられたけれどもやはり再発のおそれもある、このような方の場合には、保健手当という手当がございまして月額一万五千七百二十円が支給されることになります。
 なお、曽根の場合にはまだ開始をしたばかりでございますので該当者がございませんが、このほかに認定患者という制度がございまして、一般障害者としての確認を受けられた方のうち症状が療養が必要であるというように認定をされた方、この方には別途療養の給付として自己負担金相当が支給されますほかに、特別手当という形で月額九万四千三百二十円、医療手当という形で、これはこの認定の患者さんのうち療養を受けている方について、一定の要件を満たす方につきまして月額三万三千六百五十円または三万一千四百四十円、入院日数、通院日数等に応じてこの二種類ございます。また、介護を要する方については月額十万一千三十円、家族介護の場合には月額二万九十円、こういった各種医療手当等が支給されることとなっております。
 それから、健康診断につきましては、これらに加えまして、毎年該当なさる方について健康診断を実施する、こういうことになっております。
#113
○政府委員(谷修一君) 旧陸軍の曽根製造所におきますいわゆる動員学徒等の方々の実態につきましては、私どもまだ十分に把握はしておりませんが、その当時の工場長さんの話によりますと、百五十人ぐらいそういう方がおられたのではないかというふうに聞いております。
 ただいま大蔵省の方からも御答弁ございましたけれども、この旧曽根製造所におられたそういった一般の方と申しますか、そういう方に対しての措置といたしましては、平成五年度から、現在広島県の大久野島の旧陸軍造兵廠忠海里造所の関係でやっております対策と同様の措置をとるということで考えておりまして、具体的には健康診断あるいは健康管理の手当あるいは介護手当等の支給をするということで考えておりますが、これはこれから実施をするということでございます。
#114
○木庭健太郎君 この毒ガス被害について、今まで明確な証拠がないということでなかなか救済の手がなかったんですけれども、今回、ようやく半世紀ぶりにこういうことが動き始めたということは私は画期的なことだと思っているんです。
 ただ、この曽根製造所、半世紀近くたっておりますので、もう既に亡くなった方もいらっしゃるとお聞きしております。救済を受けないまま毒ガス障害というもので亡くなった方がいらっしゃる。そういう人たちについても、人数とか実態、まだ生きていらっしゃる方がいますから、そういう方たちからぜひ調査をこの際きちんと行っておく必要があるんじゃないか。また、これらの方々に対しても何らかの形で弔慰というものがあらわせないものなんだろうかどうだろうかというような点について、見解があれば伺っておきたいと思います。
#115
○説明員(五味廣文君) 先ほども申しましたが、現在その実態が非常にわかりづらい状況でございますが、この救済措置をこれから続けてまいります過程で、亡くなられた方等、こういった実態も徐々に明らかにできるのではないかというふうに考えております。
 また、既に亡くなられた方に対します弔慰というお話でございますが、こういったお話、確かにお仕事をなさいまして補償を受けることなくお亡くなりになった方がいらっしゃるはずであろうと存じますけれども、忠海里造所の場合にもそういった方への特別な措置ということは行っておりませんし、私どもといたしましては、何はさておき、現在こういったガスの後遺症に悩んでおられる皆様方は高齢でもいらっしゃいますし、こういう方の救済に最善を、万全を尽くしたいということで、累次にわたりまして対象となる疾病の範囲も拡大をしてまいりましたし、また、忠海における分廠の追加あるいは今回の曽根製造所の追加というような形で、限られた予算の中で最大限の努力をしてこういう方たちの救済に遺漏なきを期したいということでやっております。
 私どもといたしましては、こういった方たちの、現在苦しんでおられる方たちの救済ということにとにかく最善を尽くすということを第一にしてまいりたいと存じておることでございますけれども、今後、実態がいろいろ明らかになってまいりましたならば、またそういう段階でいろいろ関係方面とは御相談をする必要があろうかとは存じます。
 ただ、申し上げましたように、やはり現在悩んでおられる方の救済を第一義に考えてやっていきたいというのが私どもの基本的な考え方でございます。
#116
○木庭健太郎君 大臣にお尋ねしておきます。
 この毒ガス障害というのは、どちらかというと気管支、呼吸器系の疾患が多いというようなことで、いわゆる内部の重複障害なんですね。そうすると、手をなくしたとか足をなくしたというような身体的な障害に比べて、援護法の適用という問題についても難しいというような実態がある。この辺は、昨年私も社会党の浜本委員のいろいろ指摘を聞いていて、ああなるほどなと思ったことも随分ございました。
 そういう中で、被害者の中からは、独自に援護法制定という声も実際に出ておりますし、もう少し強い援護措置の拡充というような話も実際に出ております。昨年、大臣ではございませんでしたけれども、そういう援護法をつくっていただきたい、また適切な援護措置を講じてもらいたいという浜本委員の質問に対して、当時の山下大臣が、私もこの問題を初めて知った、ひとつこの問題、今から勉強させてもらいますというような答弁をなさっております。勉強というのをどうとらえるかは別として、何かを考えてみたいという話はしているわけです。先ほどの三十七年通知と違って言い切っていないわけでございまして、きちんとそういう話をしているわけです。
 それを受けて、ぜひ丹羽厚生大臣のお考えをお聞きして、もう時間になってしまいました。ほかの問題ありましたけれどもそれはやめまして、最後に大臣から見解を聞きまして、私の質問を終わりたいと思います。
#117
○国務大臣(丹羽雄哉君) 毒ガス障害者の救済措置は、限られた地域における限られた対象者の救済であります。したがいまして、立法措置によらない行政上の措置として行っていくことの方が私は現実的な対応策ではないか、こう考えております。
 先ほどから御質問いただいております旧陸軍の造兵廠曽根製造所でございますが、御案内のように今年度から新たな救済制度を発足させておるわけでございまして、手当額につきましても従来よりその引き上げの充実を図ってきておるわけでございますが、今後とも、障害者の方々の実態を十分に踏まえつつ、ひとつ弾力的に救済措置の充実に努めていきたい、こういう考え方でおるわけでございます。
#118
○勝木健司君 昨日の毎日新聞に載っておったわけでありますけれども、ロシアで抑留日本人の墓地が確認されたと報道されております。その中で、シベリア各地の収容所で刑期を終えた日本人が国営の農場あるいは工場で働かされて、亡くなると共同墓地に葬られ、その人数は「たくさんだよ、たくさん」と地元の老人が語っていたという報道であります。
 今、若い世代の中には、さきの大戦で約三百万人もの方々のとうとい命が失われた、また国民全体が困難な生活を強いられたという事実さえも知らない人たちがふえてきていると言われておるわけでありますが、戦後半世紀がたとうとしているにもかかわらず、「二度と祖国の土を踏むことなく、極寒の地に倒れた日本人の墓があり、雪に埋もれていた。」というこの記事に触れまして、二百四十万人とも言われておる海外での戦没者の方々の遺骨収集あるいは慰霊追悼事業も、今審議されております恩給法あるいは援護法による年金の支給等による遺族援護と並んで重要ではないか。とりわけ、これまでなかなか遺骨収集が望めなかった地域の遺骨収集等の慰霊事業はこれまで以上にしっかり進めていただきたいと感じておるわけでありますが、遺骨収集事業のこれまでの実施状況、特に最近の十年間の状況についてお伺いをいたしたいと思います。
#119
○政府委員(佐々木典夫君) 遺骨収集事業の実施状況でございます。
 海外戦没者の遺骨収集につきましては、講和条約発効後の昭和二十七年度から開始をいたしました。その結果、海外戦没者約二百四十万人、沖縄、硫黄島を含むわけでございますけれども、そのうちの約百二十二万人の遺骨を収集したところでございます。残る遺骨につきましては、実は所在が不明であったり、あるいは海没遺骨であったり、あるいはまた相手国の事情等によりまして遺骨収集が望めないといったような遺骨が大半でございます。遺骨収集が可能である確実な遺骨情報があります場合、及び相手国の事情によりまして遺骨収集が可能となりました場合には、今後とも引き続き遺骨収集に努力をしてまいりたいというふうに考えております。
 なお、新たに遺骨収集が可能となりました旧ソ連地域につきましては、平成四年度から本格的に実施してきているところでございますが、関係御遺族のお気持ち、及びその高齢化が進んでおりますことにかんがみまして、できるだけ速やかな収集に努力をしてまいりたいと考えております。
 それから、ただいまここ十年ほどの遺骨収集の状況を特にお尋ねがございました。昭和五十八年から平成四年までの状況を見ますと、収集回数で見ますと年間六回から九回実施いたしてございます。収集遺骨数は年間約九百柱から、多い年で三千柱というふうな数となっておるところでございます。この十年足してみますと、トータルで収集回数が七十四回実施いたしておりまして、約一万七千五百柱の遺骨を収集している、こんな状況でございます。
#120
○勝木健司君 旧ソ連地域におきます抑留者問題、特に抑留中の死没者の問題は、一昨年の捕虜収容所に収容されていた者に関する協定によりまして、遺骨収集事業も本格的に開始されるようになったわけでありますが、関係遺族の心情、またその家族の高齢化が進んでいることもありまして、早期にこの問題を進めていただきたいと思うわけであります。
 未帰還者の状況の調査なりあるいは新たな埋葬地に関する情報を積極的に収集していただきたい、そして早期に遺骨収集や墓参ができるように努力をしていただきたいところであります。先ほどもありましたけれども、今後の具体的な遺骨収集あるいは墓参事業の予定についてお伺いをしたいと思います。
#121
○政府委員(佐々木典夫君) 旧ソ連地域におきます遺骨収集あるいは墓参等の事業につきましては、平成四年度からようやく本格的な実施を見るに至ったわけでございます。この結果、平成四年度におきまして、五つの地域におきまして遺骨収集等を進めてまいったところでございますが、平成五年度におきましても、本格実施の二年度目といたしまして引き続き精力的に実施をしていきたいと考えております。
 特に遺骨収集につきましては、抑留中死亡者の九割以上を占めておりますロシア連邦の五つの地域の埋葬地について重点的に実施をしたいというふうに思っております。具体的には、チタ州、ハバロフスク地方、イルクーツク州、それからプリモルスク地方、新たにアムール州を加えた五つの地域について遺骨収集を実施し、あわせて墓参も実施してまいりたい、かように考えております。
 いずれにしましても、この事業は大変おくれてスタートいたしておりますので、最大限の力を注いで臨んでまいりたいというふうに思っております。
#122
○勝木健司君 次に、南方地域における遺骨の収集事業は、長期間にわたって実施されてきておるわけでありますけれども、相手国との関係などから、収集の実現は困難ではないかとも言われておる地域もあるわけであります。これも、関係者の心情を踏まえますと、今後も外務省を通じて相手国の状況把握にぜひ積極的に努めていただきたい、そして精力的に遺骨収集の実現に向けて折衝をしていただきたいと思うわけであります。厚生省のお考えを伺っておきたいと思います。
#123
○政府委員(佐々木典夫君) 先ほども御答弁させていただきましたけれども、昭和二十七年度から五十年度までは計画実施ということで三次にわたる計画をもって実施してまいりました。五十一年度以降は、確度の高い遺骨の情報があります地域について遺骨収集を行うということで臨んでおるところでございます。平成四年度におきましては、旧ソ連地域のほかに東部ニューギニアなどの地域におきまして遺骨収集を実施したところでございます。
 厚生省といたしましては、引き続きこれまでに情報が寄せられております遺骨につきましてはできるだけ速やかに収集を行うという方針でおりまして、平成五年度におきましても、フィリピンを初めとする地域において引き続き実施をする予定といたしてございます。今後、新たな残存遺骨に関する情報があります場合は、これらの遺骨についても可能な限り収集の努力をしてまいりたいと思っております。
#124
○勝木健司君 さきの大戦で沈没の船舶数が徴用船を含めて三千二百六十隻あった、そしてこれに伴う死没者が三十五万八千五百人と推定されておるわけでありますが、そのうち、これまでに百十数隻の沈没船から約四千六百柱の遺骨が収集されておるということであります。
 この沈没艦船内の遺骨収集については、特に遺骨が人目にさらされて遺骨の尊厳が著しく損なわれているというような特殊な状況にもあるというふうに聞いております。今後の沈没艦船内の遺骨収集の取り組みの予定についてもお尋ねをいたしたいと思います。
#125
○政府委員(佐々木典夫君) 沈没艦船の遺骨収集につきましては、古くからの考えでございますけれども、基本的には航行中の死亡者につきましては水葬に付するということが広く行われてきたといったような事情がございまして、こういう点に着目しまして、一般的には海自体が戦没者の永眠の場所であるというような考え方に基づきまして原則としては行わないという考え方できておるわけでございます。
 しかし、今お話がございましたけれども、遺骨が人目にさらされて遺骨の尊厳が著しく損なわれるような特別な状況にあり、かつ沈没艦船内の遺骨収集が技術的にも可能な場合には、遺骨収集を行うという考え方でこれまでやってきておるところでございます。
 以上のような考え方に基づきまして、これまで沈船は相当数あるわけでございますけれども、御遺骨の尊厳が損なわれるようなもの、これについては、なおかつ技術的な点も考慮してこれらの収集を進めていく、こういう考え方で臨んでおるところでございます。
#126
○勝木健司君 今後とも、積極的に精力的に情報収集等、早期に遺骨収集を進めていっていただきたいと思うわけであります。
 しかし、相手国との関係等からすべての遺骨を収集することは物理的にも実現が困難だろうと思います。そういうことからいたしますと、遺骨収集とあわせて並行して、主要戦域の慰霊巡拝も今後とも積極的に進めるべきではないかと思うわけでありますが、お考えをお聞きしたいと思います。
 あわせて、懸案となっておりましたインド地域の戦没者の慰霊碑の建立についてでありますが、昨年、ラオ首相が来日の際に原則的な合意が得られ、建立されることになったわけでありますが、このように慰霊巡拝のほかに、旧主要戦域ごとに地域で亡くなられた戦没者を慰霊し、恒久平和への思いを込めて海外戦没者慰霊碑を建立していくということも平和国家を目指す上で望ましいことではないかと思われるわけであります。現在までの戦没者慰霊碑の建立状況及び今後の予定についてもあわせてお伺いいたします。
#127
○政府委員(佐々木典夫君) まず、慰霊巡拝についてでございます。
 慰霊巡拝は、相手国の事情等によりましてすべての遺骨を収集することが物理的に困難なことから、政府の行う遺骨収集を補完するものといたしまして、旧主要戦域となりました地域等におきます戦没者を慰霊するため、日本政府の事業という形で御遺族の参加を得て昭和五十一年度から実施をしてまいっているところでございます。
 平成四年度におきましては、旧ソ連地域の墓参の本格的実施を初め、フィリピン等の四地域におきまして慰霊巡拝を実施したところでございます。平成五年度におきましては、中国など四つの地域の実施を予定いたしてございます。四つの地域、中国のほかアリューシャン列島、それから中部太平洋、マーシャル・ギルバート諸島でございます。それからインド、そして旧ソ連といった地域でございます。このような形で平成五年度の実施を組んでございますが、この慰霊巡拝につきましては今後とも引き続き実施をしてまいりたいというふうに考えております。
 それから、海外戦没者慰霊碑の関係でございます。
 厚生省といたしましては、旧主要戦域の中心となるべきような地域一カ所を選びまして、それからある程度遺骨収集等のめどがついたという段階で戦没者の慰霊碑を建立するということでやってまいっております。これまで海外九カ所、それから硫黄島に慰霊碑を建立してまいったところでございます。
 今後の建立計画といたしましては、一つはインドネシア地域でございます。インドネシアも長年なかなかインドネシア政府と話がつかなかったわけでございますが、インドネシア政府との協議が調いまして、西イリアンのビアク島というところに建立することといたしまして用地の選定を終えた段階ということでございます。
 それからインド地域につきましては、平成四年六月、今先生のお話にもございましたラオ首相が訪日されました際に、原則的な合意が得られまして、これに基づきまして五年度中の建設ということで準備を進めておるところでございます。
 それからさらに、旧ソ連地域でございますけれども、これまで旧主要戦域に建立してまいりました戦没者慰霊碑と同様の趣旨で、抑留中死亡者の慰霊と平和への思いを込めてロシア連邦内に建設をしたいというふうに考えておりまして、平成五年度におきましては慰霊碑建立のための調査、それから碑の設計を行うということで考えでございます。
 そのような形で今計画をしておるところでございます。
#128
○勝木健司君 平成五年度の予算におきまして、新しい慰霊追悼事業として戦没者追悼平和祈念館の建設が予定されておるわけでありますが、この戦没者追悼平和祈念館は、ただ単に戦没者の慰霊とかあるいは追悼を行うだけではなく、我が国が戦後平和の礎の上に飛躍的な経済発展を遂げた陰には、国内の一般市民を含めて約三百万人にも及ぶとうとい犠牲があったということ、そして戦争の悲惨さ、また戦中戦後の国民全体が困難な生活を強いられたことを後世代に伝えることによって、恒久平和の実現に寄与するよう積極的な位置づけを当然持つべきではないかと思うわけでありますが、この施設の目的、性格について確認をしておきたいと思います。
#129
○政府委員(佐々木典夫君) 戦没者追悼平和祈念館につきましては、今先生のお話もございましたように、戦後五十年近くたちまして、若い世代がふえ、戦争を知らない者がふえてきているといったような状況等を踏まえまして、戦没者を追悼する気持ちを新たにいたしますとともに、戦没者やその遺族の強い願いでございます恒久平和の実現を祈念するということで建設をしたいということでございます。
 この祈念館につきましては、戦没者追悼の意をあらわす施設であることに加えまして、国民の生活面から見た戦争の悲惨さと戦中戦後を通しての国民生活上の労苦を後世代に伝えることによりまして、恒久平和に資する施設を目指していくといったところでございます。
#130
○勝木健司君 この戦没者追悼平和祈念館は、全国の戦没者遺族にとりましても当然シンボル的な施設になるものと思われますが、建設予定地選定の考え方について厚生省の見解をお伺いしておきたい。
 あわせて、この戦没者追悼平和祈念館、そしてその事業については慎重に運営をしていただきたい。できるだけ有識者の意見を聞いて、日本の国民はもとより諸外国の方々の理解も得られるようなものにしていくことが必要になってくるだろうというふうに思いますので、この施設の具体的な内容を決定していく手順、進め方についてもあわせてお尋ねをしておきたいと思います。
#131
○政府委員(佐々木典夫君) 戦没者追悼平和祈念館の建設予定地の選定の考え方でございますが、この祈念館の建設予定地につきましては、追悼、慰藉にふさわしい地であるかどうか、あるいは周辺施設との相乗的な効果が期待できるかどうか、あるいは交通が至便であるかどうかといったような観点から慎重に検討しました結果、東京都千代田区九段南、九段会館の前庭の駐車場の一画に建設することといたしているところでございます。
 それから、祈念館の内容を具体的に決定していく手順はどうかということでございます。ただいま慎重な手続を経てという御指摘もございました。
 先ほど来申し上げておりますような本施設の趣旨あるいは性格を実現する観点から、各事業の具体的な内容につきましては、これに沿ったものとなりますよう、今後有識者から成ります委員会を設置しまして意見を聞きながら適切なものとなるよう努めてまいりたいと思っております。
#132
○勝木健司君 時間が参りましたので、最後に、厚生大臣にお伺いをしたいと思います。
 カンボジアでお二人の若い、またしかもとうとい命が犠牲になったわけであります。お二人の御冥福をお祈りするとともに、御遺族の方々にも哀悼の意を表する次第でありますが、これまでのカンボジアの内戦の経過をテレビ等で見てみますと、戦争の悲惨さというものを改めて私も痛感をいたします。とともに、PKOの活動、またこの援護法が毎年審議されておるという中で、戦争中ばかりでなく戦後も多かれ少なかれ、命あるいは身体、財産の犠牲を余儀なくされているといったことを痛感いたしておるわけであります。
 私たちは、今日の平和で繁栄した社会の中にあって、今後ともさきの大戦で多くの方々が犠牲となられたことを忘れてはならないと思います。再来年に戦後五十周年を迎えるわけでありますが、その節目として、私は、この戦没者追悼平和祈念館が、特に近隣諸国に配慮して国内外に恒久平和を誓う、そしてあわせて慰霊追悼事業の中心的な施設として建設されることを期待いたしたいと思うわけでありますが、厚生大臣の決意についてお伺いをしたいと思います。
#133
○国務大臣(丹羽雄哉君) まず、戦没者追悼平和祈念館でございますが、先ほど来審議官からも御答弁申し上げておるわけでございますが、戦没者を追悼する気持ちを新たにするとともに、戦争の悲惨さと戦中戦後を通じての国民の生活の労苦、悲惨さ、こういうものを後世代に伝えて、再びこのような過ちを起こしてはならない、これがまさに戦没者やその遺族の方々に報いることである。あわせて、アジアを初め世界の国々に対しまして、我が国の恒久平和、この誓いを新たにすることがこの戦没者追悼平和祈念館の趣旨であります。
 平成七年が終戦五十周年に当たることでありますので、この平和祈念館でございますけれども、平成七年の開館を目指しまして、今年度には設計と一部着工、こういうことを目指していきたい、このように考えているような次第でございます。
#134
○勝木健司君 終わります。
#135
○西山登紀子君 戦後処理問題で未解決の問題は非常に多く残っているわけですが、きょうは中国残留孤児について質問をいたします。
 中国残留孤児対策として身元引受人制度というのがあるわけですけれども、親族の未判明の孤児の方が帰国とそして定住を希望した場合の身元引受人、これはボランティアの方ですね。そしてまた、平成元年からは身元が判明していましても特別の事情で引き取りがない場合に、特別身元引受人制度というのが発足をしております。
 私も、地元で懇談をしたり調査をしてまいりましたけれども、こういう身元引受人の方々は、単なる名義上の引受人ではなくて、定住とか自立促進のためにお役所に一緒に行ってあげたり、買い物にも行ってあげたり、中国に残してきた家族との連絡、日本語や習慣の教育、相談、とにかく全く親がわりをしておられるということをお聞きいたしました。
 中でも、名づけ親になるわけですね。日本の名前を持っていないわけですから、御自分の名前から一文字とって新しい名前をつくる、そういうこともやっておられました。また同時に、連れて帰ったお子さんが登校拒否になったとか、そういう教育上の問題までいろいろとアドバイスをする。それからまた、悲しいことですが、お葬式の世話まで、全く身元がいらっしゃらない方ですからそういうお世話までなさっている。帰国した孤児の一家の方にとってはまさに頼れる唯一の親族、そういうふうな状態であるということをお聞きしたわけです。
 そこで、大臣にお聞きしたいわけですけれども、単に名義上だけではなくてまさに親がわりのように面倒を見ておられますこの身元引受人の役割と、そしてこの制度をどのように評価しておられるかお聞きをいたします。
#136
○国務大臣(丹羽雄哉君) 身元引受人でございますが、日本に永住帰国いたしました身元が未判明な孤児世帯の方々が、帰国をいたしましてから四カ月間所沢にございます定着促進センターでの研修を修了いたしました後、定着先におきまして日本におきます日常生活の相談や助言を親身になって行っていただいておるわけでございます。
 昭和六十一年度末から行われておりまして、現在、登録者が千三百四十一人おられて、既に八百七十世帯をあっせんしていただいておるわけでございます。
 帰国者世帯は、このセンターで学んだとはいいましても日本での実生活にはまだまだ月日が浅いということで大変戸惑いがあるわけでございます。そういう中で、日本社会への適応には相当な困難を伴っておるわけでございまして、この身元引受人の方々は、今先生が御指摘になったような教育上の問題であるとかさまざまな問題、日常の問題について大変御努力、御苦労をいただいておりまして、大変重要な役割を担っておりまして、心から深く感謝をいたしておるところであります。
#137
○西山登紀子君 身元引受人の役割についてなんですが、「中国残留孤児の身元引受人の募集について」という要項があります。それによりますと、「日常生活上の諸問題の相談」、「自立更生に必要な助言、指導」、この二点を書いてございますが、それに間違いはないでしょうか。
#138
○政府委員(佐々木典夫君) 身元引受人の募集の広報の記載につきましては、今お話のあったとおりでございます。基本的役割は、身元未判明の孤児世帯の身元引き受け、孤児世帯の最も身近にあって孤児世帯が一日も早く自立をして生活を営めるよう相談、助言をしていただくということで、具体的には、日常生活上の諸問題の相談、自立更生に必要な助言、指導をお願いしているところでございます。
#139
○西山登紀子君 厚生省の社会・援護局長名で、身元引受人の登録をされた方にこういう「身元引受人登録のお知らせ」という文書が参ります。身元引受人の方の名前、登録番号を記入した文書なんですが、その文書に、当然のことなんですけれども同じ役割が書いてございます。このように書いているんですね。
  身元を引受けていただく身元未判明帰国孤児
 世帯が決まったときは、当該孤児世帯の身元を
 引受けて、近隣に住まわせるなどし、一日も早
 く自立した生活を営めるように援助していただ
 くため、次の役割を行っていただきます。
  (1) 日常生活上の諸問題の相談
  (2) 自立更生に必要な助言・指導
 くどいようですけれども、これ以外に身元引受人の役割はありませんでしょうか。
#140
○政府委員(佐々木典夫君) 今、先生が御紹介になりました通知に記載されている内容につきましては、お話のあったとおりでございます。
#141
○西山登紀子君 具体的にお聞きしたいと思うんですけれども、身元引受人の方々が身元保証人、入居だとか入学だとか就職などの身元保証人になる、このような役割も担っておられるのではないでしょうか、お聞きします。
#142
○政府委員(佐々木典夫君) 身元引受人がいろんな意味での保証人、学校あるいは就職等の身元保証を担っているんではないかというお話でございます。
 実は、身元引受人が未判明孤児世帯を引き受けました場合には、当初お願いしております日常生活上の諸問題の相談ということであるわけでございますけれども、その延長で、多くの場合、今お話にもございましたが、御自身が各種保証人になっていただくようなことをやっていただいていることは承知をいたしてございます。しかし、過重な負担をかけないようにしなければならないものと考えておりまして、関係機関とは協議を続けているところでございます。
#143
○西山登紀子君 私が懇談をいたしました身元引受人の方々は、みんなそういった保証人をされておるわけです。そして、これは非常に不合理だ、政府の責任転嫁ではないかということで非常に怒っておられました。
 具体的には、定住するための公営住宅に入居する場合にも保証人とされていたわけです。京都の場合は、定住になった方、定住を希望された帰国者の方は優先的に府営住宅に入居ができるわけですけれども、なぜかその場合にも入居の保証人を身元引受人がなさっていらっしゃるわけです。府営住宅の場合は二人要りますから、身元引受人の方御本人と、そしてその身元引受人の方が探してきた親戚だとか知人の方、そういう方々になってもらう、こういうことが現実にあるわけです。
 身元引受人の方々の御指摘は、中国残留孤児というのは日本の侵略戦争の犠牲者なんだ、そして戦後処理の一つとして政府の方針によって帰国をしている人たちなんだから、民間住宅の入居契約ならばともかくも、公営住宅に入居するのになぜ保証人が必要なのか、こういう御意見を言われる方もありました。そしてまた、そういう身元引受人の方が保証人にならなければ住宅に入れないということ自体、非常に精神的な負担になるし、まさかのときの責任を思うと非常に不安が募る。それでも保証人になっていらっしゃるわけです。
 そういうことですので、公営住宅に入るような場合には、保証人がなくてもいいようにするかあるいは別の公的な保証人を充てるか、ともかくも政府と自治体の責任で解決をしていただきたいと思うのですけれども、どうでしょうか。
#144
○政府委員(佐々木典夫君) 今お話がございましたが、この身元引受人制度につきましては、本来、身元未判明孤児の早期帰国受け入れ、定着促進を図るために編み出された一つの現実的な方策という面がございまして、現実問題として身元引受人の方々の善意に支えられて成り立っている部分が多いというのも今お話のあった現実でございます。
 若干言わせていただきますと、実は、中国残留日本人孤児が日本に帰ってくるというのに当たりまして、身元が判明をしておる方につきましては身元引受人が親族であるわけでございますけれども、身元の未判明な方については身元の保証人がいない、その結果帰国がかなわないというのが現実問題として昭和五十七、八年孤児肉親調査が始まったときに遭遇したわけでございます。
 そこで、この制度につきましては、これは大臣の私的諮問機関でございますけれども、中国残留日本人孤児問題懇談会から、身元未判明孤児の受け入れについて、肉親にかわって相談相手となり助言、指導を行う身元引受人制度を創設するということでの御提案を昭和五十七年八月にいただいたわけでございます。
 ここは、肉親の有無にかかわらず、つまり身元の未判明孤児も日本に帰国をさせる、そのためには、保証人という法的な義務を負う形ですと現実になかなかなっていただけない、そういったような事情から、相談、助言を行う身元引受人という制度を編み出してボランティアの方々に御協力をいただく、そのことで入国に当たりまして必要な、入管手続等で必要な身元保証人にかわって身元引受人の制度をつくるということでやってまいったところでございます。そのようなことで、この身元引受人につきましては、孤児が定住後身近な相談相手として孤児の世話を願う、保証人とは法的に違うという形で位置づけてスタートをいたしてきた経過がございます。
 しかし、その知恵で出てまいったわけでございますが、現実問題としては、先ほどお話がございました就職あるいは住宅の手当て等に保証人が要る場合、こういった身元のない孤児でございますものですから他に頼る人がいない、勢い身元引受人ということで、相談、指導ということでお世話になった方のところにおすがりするといったような形で、先ほど申しました善意の延長の上で現実的にお力をいただいているというのが姿、そういった面がございますことはおっしゃるとおりでございます。
#145
○西山登紀子君 経過説明は私もわかっているわけですよ。ですから、どうするか、改めていただけないかということをお伺いしているんですから、その点をはっきりと。
#146
○政府委員(佐々木典夫君) それで、先ほども申させていただきましたけれども、具体的に各種保証人になっていただいている実態がございますので、できる限り過重な負担をかけないようにしていく必要がある、それがやはり引き続き協力を得ていくゆえんであるというふうに考えますので、関係機関と協議をしてまいっておるところでございます。
 具体的な問題で、公営住宅の入居の関係につきまして、私どもも関係省庁と保証人制度の改善方について協議をしてまいったところでございますが、公営住宅の運営につきましては各自治体はそれなりの意義のもとに条例を決めておるといったようなことで、保証人をつけずに入居することがなかなか難しいというのがこれまでの経過でございます。しかし、なお引き続き努力をしたいというふうに思っております。
 それから、就職の問題につきましては……
#147
○西山登紀子君 またそれは聞いていないです。質問をちゃんと聞いて答えていただかないと、私も時間が十分じゃありませんので、よろしくお願いいたします。
 公営住宅のことについてもるる経過はわかっているわけですけれども、問題は保証人がいなければ家に入れないんですね、孤児の方は。じゃ、どうするんですか。身元引受人の方はそういう事情だからやむなく自分が保証人になっていらっしゃるんです。それはやはり政府と自治体の責任で解決すべきだ、そういう方向性をはっきりさせておきたいと思うんですが、どうですか。
#148
○政府委員(佐々木典夫君) 先ほど申しましたように、身元引受人制度の仕組みを一つ現実的な方策として編み出してきておりまして、これはボランティアで御協力をいただくということで位置づけております。しかし、先ほど申しましたように、この制度が円滑にいくという形では、できるだけ負担を少なくしていく必要があるというふうに考えておりますので、なおいろんな角度からの研究はしてまいりたいと思っております。
#149
○西山登紀子君 時間がありませんので、次の質問、就職の問題に入りたいと思うんです。
 就職する場合も保証人を身元引受人の方がされているわけです。この身元保証人というのは非常な責任を負うわけでありまして、昭和八年四月に身元保証ニ関スル法律という法律がつくられているぐらい、非常に身元保証人の損害賠償義務というのが大きいわけです。こういう法律ができた後でも、まだまだこの身元保証人というのは万一トラブルが発生した場合には一定の責任を負う、民法上の責任を問われるという存在なんですが、こういうことまで善意のボランティアの方、身元引受人にさせるのは大変酷だと私は思います。
 養護施設なんかの場合には、子供たちが卒園して就職する場合には施設長が身元保証人になっているわけですから、社会福祉事務所長だとかあるいは市町村長だとか、公的な保証人制度に変えるようにこの点も検討していただきたいと思いますが、どうですか。
#150
○政府委員(佐々木典夫君) 就職の保証人の扱いにつきましては、労働省の協力をいただきまして昭和六十二年七月から雇用促進事業団が実施する身元保証制度の適用を受けられることとなりまして、公共職業安定所を介して就職する場合には雇用促進事業団に身元保証を行ってもらうというふうな仕掛けを講じたところでございます。
 この制度につきまして、厚生省としましては、その活用が進みますように、必ずしも今まで十分な広報等行き渡っていない面があるようでございますので、引き続きこの活用方等を図っていきたいというふうに思っております。
#151
○西山登紀子君 今おっしゃいました雇用促進事業団が保証人になるという制度ですけれども、私がお伺いした自立指導員、これはベテランの方なんですが、その自立指導員の方も含めて身元引受人の万五人の方にお伺いしても、だれ一人としてその制度があるということを御存じなかったわけです。ついこの間聞いたばかりのことです。
 ですから、仕掛けをつくったとおっしゃっておりますけれども、仕掛けがうまく作動していないというのが実態です。ですから、すぐに手を打っていただいて、こういう身元引受人の方が保証人になって就職をしなければいけない、こういう状況をなくしていただきたいと思いますし、また、職安を通じない職業のあっせんの場合にもこういうふうなことが起こらないように厚生省が検討をしていただけるかどうかお聞きをしたいと思います。
#152
○政府委員(佐々木典夫君) 就職に当たりましての身元保証の仕組みにつきましては、労働省の御協力で先ほど申しましたような仕組みがとれたわけでございます。
 今、先生のお話の中で、現実に身元引受人あるいは自立指導員として第一線におられる方々が十分承知をされていないというふうな御指摘がございました。私どもも、なお改めていろんな機会、課長会議あるいはブロック会議等の機会にさらにこの徹底をし、活用が図れるようにいたしたいと思います。
 それから、職業安定所を通じないで就職をするという場合にはこれは無理なわけでございますが、できる限り、ケースはいろいろあると思いますけれども、職安を通した形で雇用が結ばれる場合は極力この制度も活用していただく、利用するというふうなことでやっていただく必要があると考えております。
#153
○西山登紀子君 先ほども言いましたように、国内の孤児といいますか養護施設の子供たちは、施設長が保証人になる、こういう方向もあるわけですから、民間の職業あっせん、就職の場合にも身元引受人が保証人にならなくてもできるようにその点も研究をしていただきたいと思います。
 それから、時間がなくなってきたんですが、手当の問題です。現在、月二万円ということなんですが、これはその労苦の報酬としては非常に少ないのではないかと思いますので、思い切った引き上げと、それから非課税措置の要望も強く出されておりましたので、その二点の対応を検討していただきたいのですが、いかがでしょうか。
#154
○政府委員(佐々木典夫君) 身元引受人に対します手当につきましては、日本に永住帰国しても身寄りがない孤児世帯を引き受けて、先ほど来ございますように日常生活上の相談なり助言を行っていただく、そういうことでスタートしたものでございます。スタートしました際は、六十年度一万二千円ということでございましたけれども、毎年物価上昇等改善を講じまして、現在の二万円、年間二十四万円というようなことになっているところでございます。
 それから、課税の問題が今お話にございましたが、実はこの種の謝金につきましては非課税扱いができるのかどうか、関係当局に事務レベルで協議した経過がございます。ですけれども、非課税扱いになる見通しが得られなかったという経緯がございます。そんなことで、なかなか困難とは考えますけれども、なおどういうふうなことができるのか、研究はしてみたいというふうに思っております。
#155
○西山登紀子君 最後に、この身元引受人問題の厚生省のいろいろ出されております文書について、改めていただきたい問題を含めて大臣にお伺いしたいと思います。
 私は、この身元引受人の方々のお話を聞いておりまして本当に頭が下がる思いです。戦争の犠牲となった孤児の方々への特別の思い入れがなくてはとても引き受けることができないことではないかと思っています。
 ところが、厚生省が出しておられる文書、「中国残留孤児の身元引受人の募集について」、それかも「身元引受人希望申請書」、「身元引受人登録のお知らせ」、「身元引受通知書」、こういう文書が出されていてこういう仕事をなさっていらっしゃるんですが、よく見てみますと、身元引受人の募集の中には「応募下さるようお願いいたします。」と書いてあります。しかし、その次の申請書は、「身元引受人となることを希望するので申請します。」というふうに自分が希望して申請するという文章になっております。そして名前を書いて申請をしましたら、今度は厚生省が認めて登録をしたから知らせるという文章になっておりまして、最後に行きます「身元引受通知書」というのには、「この度、」「身元引受人となっていただくことといたしましたので、通知いたします。」、こういう文章で終わっているんですね。
 私は、身元引受人の方々の御苦労を聞いた後にこの文書をずっと読んでみたので、本当に唖然といたしました。最初はお願いをしたけれども、最後の方になると、本人が希望してなったのでまるで登録をしてやったというふうな感じに受け取られてしまう。
 こういうふうなボランティアの方々の御苦労、その善意に支えられて、孤児の皆さんが祖国日本に帰ってきて希望に満ちた生活を送ろうとしておられる。それを支えておられるこういう人たちに対して、これでは余りにも心が通わないんじゃないか。こういう文書についても漸次改善することとあわせまして、大臣のこういうボランティアの方々の御苦労にこたえていただく決意のほどをお聞かせください。
#156
○国務大臣(丹羽雄哉君) 身元引受人の方は、先ほど来先生からも御指摘がございましたように、大変重要な役割を担っております。ボランティアの方々が中心となって、親身になって御相談、御指導を賜っておるわけでございまして、これらの御苦労に対しまして心からまず感謝の意を表したいと思っております。
 この身元引受人制度の改善でございますけれども、私どもといたしましても、その文書は初めて私も知ったわけでありますが、いわゆるお役所的な言葉ではないか、こういうふうに私も拝聴しておったわけでございますが、いずれにいたしましても、感謝の気持ちがこの身元引受人の方々に伝わるように、連絡や通知文書において今後十分に配慮していきたい、このように考えております。
#157
○粟森喬君 今回の改正点を含めまして、本法は戦後処理にかかわる法案の重要な根幹をなすものだという理解をしております。したがって、改正点について私としても賛成をする立場でございますが、るる同僚議員からもいわゆる戦後処理の問題でいろいろな問題が出ております。だんだん日がたつと同時に新たな問題も出され、そして懸案事項も幾つか取り残されているということに、厚生省全体がこれからどう対応するかという問題にかかわっていると思います。
 そこで、私の方で一つ特徴的にお尋ねをしたいんですが、沖縄の厚生年金の問題でございます。
 私は、予算委員会でも、なおかつこの厚生常任委員会でもいろいろとやりとりをやっています。結論のところをこれまでの経過として確認をする意味で申し上げたいと思いますが、前の大臣は沖縄県当局と常に意見交換を行うというふうに言明をされ、いずれにしても平成二年度に改定をしたわけでありますが、もう一回検討しようということになっているからしばらく時間をかしてほしい、こういうふうに言われました。これは議事録に残っております。
 その上で、沖縄の厚生年金問題の取り扱いについて、これまで厚生省それから関係の内閣内政審議室、沖縄開発庁などが参画をいたしまして、このことについて一定の結論を出された文書というのを私は手元にいただいております。
 私が問題提起をしたときもそうなんでございますが、現行の制度上の問題でやるのには限界があるという前提で私どもはこの問題を提起しているわけです。にもかかわらず、ここで出された論点整理の中では、いわゆる遡及措置などを現行の法でやることは絶対できない、こんなことしたら年金の根幹にかかわる問題だというふうに強い反論の指摘です。そんなこと言われなくてもわかっていることを、何とかしろというふうに言ったにもかかわらず、まず大上段からそうでございます。
 中を見ますと、そんなことをしたら、例えば「既に死亡した者からの保険料の徴収」をしなければならぬとか、「障害又は遺族となった者への給付等により年金に関する事実のすべてを復元することが必要である。」とか、断片的かもしれませんが、前向きの結論が全然ない。しかも、「仮に遡及適用を行う場合、現行の特例措置の解消が問題となる。」、問題となるという意味は、場合によってはこれは解消しますよ、こういう意味にもとりかねない、そういう表現で締めくくっているわけであります。
 私は、厚生省が厚生年金に対するいわゆる主管省庁として、結果としてそういう立場に、この段階でそういう論議づけをしなければならなかった理由がどうしてもよくわからないわけです。私はこう思っていたわけです。一つは、特別立法をやっていくのかどうか。もう一つは、みなし規定をつくって、この場合に出てくる問題は財源の問題が当然あると思います。この二つに限って論及をして、それでだめだったというならまだわかりやすいのでございますが、余りにも過去の主張の繰り返しということについてはどうしても納得いきかねるような感じがいたしますので、この点についてまず厚生省の見解をお尋ねしたいと思います。
#158
○政府委員(山口剛彦君) 先生も御承知のように、この問題は大変経緯のある問題でございますので、御指摘の点に焦点を合わせて若干私どもの見解も含めまして整理をさせていただきますと、沖縄の厚生年金の問題につきましては、四十七年の本土復帰のとき、それから平成二年の二回にわたって特例措置を講じてきまして、年金の現行の制度の中では精いっぱいのことをやったと。しかし、沖縄県の御要望として、それでは現実の格差が解消していないではないかということで問題がクローズアップされているわけでございますが、沖縄県がこの問題に対処をするためにこうしてくれという強い要望がございましたのは、今先生が御指摘のあった本土の現行厚生年金制度の発足時の昭和二十九年までさかのぼって年金制度を適用してほしい、ぜひこれをやってほしいという強い御要請であったわけです。
 こういう御要請は、本土復帰のときにも、さかのぼって適用をすることはできないのかというこども沖縄でも十分議論をされて、それはちょっと制度的にも実際上も無理だということでできなかったという経緯のある問題でございます。
 しかし、沖縄県としては、先生御指摘のありましたような、立法とかのことを講じて何とかこの問題を実現できないのか、そうでなければ格差が全部埋まることにはならないのではないか、こういう強い御要請であったわけでございます。
 それで、昨年の五月に、大変難しい問題ですけれども、そういった問題の検討を政府としてもしよう、それにはまた沖縄県の方も参加をしていただこうということで、副知事さんにも参加をしていただきまして、沖縄県が従来からの御要望である二十九年までさかのぼって年金制度を適用するということにどうしてもこだわるのであれば、それを少し徹底的に議論をしてみようではないかということでやりました。
 詳しいことは申し上げませんけれども、これは制度的にも社会保険という原則をとっている今の年金制度、それから御指摘にもございました実務上の問題、それから厚生年金は労使の折半というのが原則でございますが、状況もよくわからないし、全額国庫負担でやれということでございますので、費用負担の面でもどうしても越えがたい障害があるので、御要望をもとに何らかの措置がとれないかということで検討会を設けたわけですけれども、制度化を展望するということは困難だ、どうかということを整理させていただきました。
 沖縄県としても、現時点ではさかのぼって適用するという状況はちょっと無理があるかなということで、そこのところについては現時点では私どもは御理解をいただきつつあるというふうに考えております。
 なぜ私どもがこんなにこだわるのかということについては、立法をもしするということであれば、これは中身が決まれば立法できないということもございませんし、国会にお諮りしてできることですから、特別立法をつくらなければいかぬからというようなことでこの問題にちゅうちょをしているということではございません。
 では財源だろう、こういうことですが、財源も、全額国庫負担で厚生年金の費用負担の原則をがらがらと変えよということをあくまでもこだわられるということであれば、財源だけの問題ではありませんけれども、財源の量の問題もともかく、考え方の問題としても私どもは大きな問題として指摘をせざるを得ないと思っておりますが、財源の問題があるからできない、こういうことでもない。
 これも一つの大きな問題ですけれども、そのほかにも、この三月に、それではということで、さかのぼり適用ということは難しいので、沖縄県の方もそれにかわる提案を自分たちもしたいということで新しい提案もいただいておりますので、それを素材にいたしまして検討会で真剣に取り組まさせていただきたいということで今鋭意やっているという状態でございます。
#159
○粟森喬君 答弁を聞いていて感じるわけでございますが、沖縄県が結果として本土復帰がおくれたことにかかわる問題の価値の認識が、やはり行政の側の皆さんと沖縄の人とそれから日本国民全体が共通の認識に立たないとこの問題はどうしても解決できない、こういうことだと思います。
 その意味で申し上げると、その期間掛けるにも掛けられなかった状況について、過去の分で全部清算済んでいるじゃないか、過去の改正で全部終わっていると言っても、依然として問題が残るようなやり方というのは、この種の戦後処理というのでしょうか、やっぱり問題があると思います。ぜひとも、そういう意味では、三月二十九日に沖縄から提出された新しい提案というのも私も承知をしていますので、この問題の処理も含めましてきちんとやっていただかなければならない、こういうふうに思うわけでございます。
 そこで、厚生大臣にぜひともこの部分で確認をさせていただきたいわけでございますが、いずれにしても、この問題で新しい提案を沖縄県が、譲歩するというか、期間の問題を昭和二十九年というところからじゃなくその期間を限ってきたという、そういう提案をされました。ただ、この提案の中でも事業主負担分などの問題については依然としてまだきちんとしていないわけですが、これはもう大臣がある意味では政治決断をしていただかないと、つまりあれやこれやの理屈、過去の理屈を全部突き合わせると、どうしても未解決な部分が残ってしまう、そのことが結果として沖縄の年金問題を引きずっている経過になっているんじゃないかということを、私は過去の関係者の方の御意見を聞いてもそんな部分を感ずるわけでございます。
 そこで、厚生大臣として、今回の新しい沖縄からの提案に対して、これを少なくとも基本にして解決をしていただけると、こういう立場で理解してよろしいのかどうか、その部分についてお尋ねをしたいと思います。
#160
○国務大臣(丹羽雄哉君) ただいま年金局長の方から御答弁を申し上げさせていただいたわけでございますけれども、この沖縄の問題につきましては大変いろいろ難しい問題もございます。そういう中で、昨年の十月に、まず沖縄県が要望しておりました遡及の適用につきましては、御理解を賜りまして適当でない、そういうことでまた新たな角度から提案がもう一度なされたわけでございます。
 今回の県の試案でございますが、先生も御指摘いただいたように、事業主の負担であるとかあるいは実際に働いていた期間の証明の方法など、県におきましてもさらに詰める問題がある、こういうようなことでございますのでさらに十分に詰めていただきまして、いずれにいたしましても、この問題につきましては大変現実的な提案と受けとめまして、今後検討会において基本的にはこの案をもととして沖縄県と引き続き検討を行っていきたい、こういうふうに考えております。
#161
○粟森喬君 ぜひともそういうふうにお願いをしたいと思います。
 そこで、本法と直接関係ないわけでございますが、もう一点質問をさせていだきたいと思います。
 厚生大臣もたしか出席をされたはずでございますが、今度のWHOの総会で中嶋WHO事務局長が再任をされました。このニュースと関連をして、ことしに入りましてからこの問題が、私どもが聞くのはマスコミ情報とかある種の情報紙を通じて聞く部分がほとんどでございますが、いずれにせよ結果として決戦投票までいった。事実上これは、指名をもらって普通は無投票で再選されるという常識のルールから見ると、かなり際立った選出のあり方だったと思います。
 それで、そのことの是非を論ずるというのは私は余り適当ではないんじゃないかと思いますが、私どもも、国際的にWHOが果たさなければならない役割の中で、日本政府といいますか厚生省のかかわり方として、これから大切にしていただきたいという意味で幾つかのことについてお尋ねをしたい、こういうふうに思います。
 その一つは、今回、欧米と言われる諸国からいわゆる日本政府が推薦をする中嶋氏に対して、日本政府の支援のあり方であるとかそれから会計上の処理について、不法とは言わないけれども処理の仕方が非常にまずい、不透明というような記事が何回か出されておるんです。まず一つは、日本政府のいわゆる支援のあり方、特に財政的な部分としてそういう意味で非がなかったのか、どの部分を指されているというふうに理解をしているのか。同時に、このような経過の中で、いろんな会計処理上の問題が出されたんですが、このことについて厚生省としても何らかの調査をして事実関係の掌握に努められたのかどうか、このことについてお尋ねをしたいと思います。
#162
○政府委員(瀬田公和君) 先生の御質問に若干事実の経過でちょっと御説明をさせていただきたいと思います。
 先生既に御承知でございますが、この一月二十日にWHOの執行理事会におきまして、中嶋事務局長が次期の事務局長候補ということで賛成多数で選出をされたわけでございます。その後、現中嶋事務局長の仕事において事務の執行上会計処理等に問題があるのではないかということが指摘をされまして、イギリスの会計検査院の院長を最高責任者といたします外部監査委員会というものが設立をされて監査に当たったわけでございます。そして、この四月二日にWHOに対する外部監査報告が取りまとめられたわけでございます。その内容は、一といたしまして、重大な不正というものはなかったということが第一点。ただし、一九九二年の後半に行われましたWHOの契約の中には経理手続上若干の不備のあるものがあったというふうな御指摘であったわけでございます。
 日本の政府といたしましては、WHOの加盟国の政府といたしまして、WHOの事務局に対して、今後こうした不備のような問題が再発することのないようにということで、早急に必要な措置をとるように要請したところでございます。それから、中嶋事務局長といたしましては、この外部監査委員会による監査報告の公表後の記者発表等におきまして、必要な是正措置を早急にとりたいということを明確に述べております。また、WHOの総会の前に実際に一部組織の改革を実施いたしまして、また総会の事務局長演説におきましても、さらに組織の改革、運営の改善をするということをかたくお約束をしているという状況でございます。
 この五月五日に総会が行われたわけでございますが、ここで次期事務局長の選挙が行われまして、さきの一月の執行理事会で指名を受けた中嶋事務局長の再選が賛成多数によりまして実現をいたしたことは御承知のとおりでございます。こうした経過によりまして、中嶋事務局長としては、本年の七月から第二期の五年間の任期に入ることになるわけでございますが、厚生省といたしましても、できるだけ中嶋事務局長の二期目のお仕事をバックアップしていきたいというふうに考えている次第でございます。
#163
○粟森喬君 時間がありませんので、厚生大臣に最後にお尋ねをしておきたいと思います。
 厚生大臣自身が出席をしたそのときの雰囲気を含めまして、やはり日本政府としてバックアップといいますかフォローアップを具体的にどうするかということについて考えていかないと、WHOの事務局長たる中嶋さんという人は厚生省の出身の人じゃないにしても、やっぱりきちんとした対応が必要だ。
 それから、私どももWHOに対する情報を必要なときしかいただいていないということで、できるだけ私たちはいろんなこれからのことも聞かせていただきたいし、我々もそこに何らかの意見を持っていくということは大事なことだと思いますので、厚生大臣として、これからの厚生省としてといいますか大臣としての支援する対策について、もしございましたら答弁願いたいと思います。
#164
○国務大臣(丹羽雄哉君) 中嶋事務局長でございますが、マニラのWHO西太平洋地域事務局長などを経まして、大変経験の長い方でございます。当初は御自身の意思によりまして事務局長に立候補したわけでございますけれども、私どもといたしまして、今回の選挙におきまして事務局長のこれまでの実績を評価いたしまして強く推薦をしたことは紛れもない事実でございます。
 私も現地に行っておりまして、大変厳しい御批判がございました。特に欧米諸国においてその意見が大変強いわけでございます。中嶋事務局長がどちらかというと開発途上国を中心としたいわゆる衛生面や医療面に力を入れてきたとか、いろいろな問題点がありまして、若干いろいろ難しい国際的な問題や国の事情によっていろいろな反発等があって、誤解の面もあったと思いますけれども、それはそれといたしまして、率直に申し上げましてこれだけの批判票があったことも紛れもない事実でございます。私どもは、これを謙虚に受けとめまして、今後中嶋事務局長に対しまして、運営の改善、これは来年のWHOの総会ではっきりした改善策を示すということを彼自身が演説の中で明らかにいたしておりましたけれども、こういうことを私どもは適切なアドバイスを行っていきたい、このように考えております。
 そして、運営面でございますが、特に組織の改革、こういうことが強く要請されたわけでございますので、立場上私どもが前面に出てやるということは適切なことかどうか大変難しい問題がありますけれども、何と申し上げましても、中嶋事務局長イコール日本政府ということではないんですが、やはりこういったような経過もございますので、私どもは、我が国のいわゆる国際社会における医療貢献あるいは衛生面、こういったものの一つの我が国の姿勢が問われるものとして、ひとつ適切なアドバイス、指導を行っていく決意でございます。
#165
○委員長(細谷昭雄君) 他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。
 暫時休憩いたします。
   午後二時四十六分休憩
     ―――――・―――――
   午後二時五十九分開会
#166
○委員長(細谷昭雄君) ただいまから厚生委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案に対する質疑は終局いたしておりますので、これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御発言もないようですから、これより直ちに採決に入ります。
 戦傷病者戦没者遺族等援護法等の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#167
○委員長(細谷昭雄君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#168
○委員長(細谷昭雄君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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