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1993/05/25 第126回国会 参議院 参議院会議録情報 第126回国会 法務委員会 第7号
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1993/05/25 第126回国会 参議院

参議院会議録情報 第126回国会 法務委員会 第7号

#1
第126回国会 法務委員会 第7号
平成五年五月二十五日(火曜日)
   午前十時二分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 五月二十四日
    辞任         補欠選任
     角田 義一君     峰崎 直樹君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         片上 公人君
    理 事
                下稲葉耕吉君
                真島 一男君
                竹村 泰子君
                猪熊 重二君
    委 員
                斎藤 十朗君
                鈴木 省吾君
                服部三男雄君
                平野 貞夫君
                山本 富雄君
                大脇 雅子君
                深田  肇君
                峰崎 直樹君
                矢田部 理君
                石原健太郎君
                紀平 悌子君
   国務大臣
       法 務 大 臣  後藤田正晴君
   政府委員
       法務大臣官房長  則定  衛君
       法務大臣官房審  森脇  勝君
       議官
       法務省民事局長  清水  湛君
   最高裁判所長官代理者
       最高裁判所事務  泉  徳治君
       総局人事局長
       最高裁判所事務
       総局民事局長   今井  功君
       兼最高裁判所事
       務総局行政局長
   事務局側
       常任委員会専門  播磨 益夫君
       員
   説明員
       大蔵大臣官房企  清水  治君
       画官
       大蔵省証券局証
       券市場課公社債  東  正和君
       市場室長
       大蔵省証券局企  松谷 明彦君
       業財務課長
       国税庁調査査察  藤井 保憲君
       部調査課長
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○商法等の一部を改正する法律案(内閣提出、衆
 議院送付)
○商法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係
 法律の整備等に関する法律案(内閣提出、衆議
 院送付)
○参考人の出席要求に関する件
    ―――――――――――――
#2
○委員長(片上公人君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨二十四日、角田義一君が委員を辞任され、その補欠として峰崎直樹君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(片上公人君) 商法等の一部を改正する法律案及び商法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案を一括して議題といたします。
 両案の趣旨説明は既に聴取いたしておりますので、これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#4
○大脇雅子君 それでは私からお尋ねいたします。私の質問は、今回の社債制度の改正に関してであります。
 今回の社債法の改正は、長年にわたる社債法全面見直し作業の実現したものと言われておりますが、社債法全面見直し作業の経過について御説明ください。とりわけ銀行サイド、社債発行会社、社債引き受けの証券会社サイド、この各界の利害の調整が非常に錯綜して議論が紛糾したと聞いておりますが、この観点からしてどのような今日までの改正経過であったかお聞きしたいと思います。
#5
○政府委員(清水湛君) お答えいたします。
 社債法の全面的な見直し作業というのは、実は昭和三十六年代に既に法務省としては手をつけたことがあるわけでございます。その理由といたしましては、社債の発行限度規制について法律でこれを決めておるというのは日本とその他の先進国ではイタリア、ベルギー程度のものである、諸外国ではこのような制約は一切ないというようなこと。それから、制約をするにいたしましても発行のときだけの制約でございまして、その後の追跡というようなことが一切何もない。また、企業が銀行から金を借りるということについては何らの制約がないというようなことから、このような規制の合理性というものについて早くから疑問が提起されていたわけでございます。
 そこで、法務省としても昭和三十六年に関係方面の意向打診をするというようなことをいたしたわけでございますけれども、まだまだ時期尚早ではないかというようなことがございました。その後、四十五年ごろから学者の方でもいろいろな研究会を組織して社債法制の研究に着手するというようなことはあったわけでございます。
 しかしながら、昭和四十九年の商法改正の際に、当委員会でもあったのでございますけれども、会社法の全面的な見直しをせよというような附帯決議がございまして、それに基づきまして実は法務省では会社法の根本改正作業というものに着手いたしました。そして、幾つかの問題点を整理いたしまして関係方面に照会したわけでございますけれども、その中で社債の発行限度規制というのはこれは現在の法制のもとにおいては余り意味がないし、このようなものは撤廃すべきである、撤廃できないにいたしましてもその枠を大幅に拡大すべきであるというような意見が出されてまいったわけでございます。
 企業の資金調達の方法の最もいわば原則的な形態といたしましては、新株発行という方法と社債による資金調達という二つの方法が明治以来基本的な制度としてあるわけでございますけれども、社債の発行についての需要が特に戦後非常に高まってきたというようなことが一つの背景にあるわけでございます。そういうような状況を踏まえまして、この社債発行限度規制をどうするかということが昭和五十年代非常に大きな問題になったわけでございます。
 そこで、法務省といたしましては、発行限度規制を撤廃するといたしましても、いろいろな外的な諸条件、あるいは商法の中にも社債権者保護という観点からいろいろな制度を研究、検討しなければならない、今すぐ社債限度の発行規制を撤廃するわけにはまいらないということで、御承知のように昭和五十二年に暫定的な措置法といたしま
して、社債発行限度暫定措置法という法律を国会において御承認をいただいたわけでございます。
 この暫定措置法というのは、さしあたって商法の発行規制枠の二倍までは社債を発行することができるというような形で、あくまでもさしあたっての暫定的な措置であるということでこのような法律がつくられたわけでございますが、その後私ども法務省といたしましては、本格的な発行限度規制を撤廃するとすればどのような諸条件が整備される必要があるかというようなことについての研究、検討を開始し、昭和六十年に入りまして法制審議会の正式な検討議題として審議を始めたわけでございます。
 そういう状況の中で社債権者の保護を図るための措置としてどういう条件が満たされればよいかということになるわけでございますが、一つには証券取引法上のディスクロージャー制度、社債を発行する場合の有価証券届け出書あるいは報告書等の制度は完備してまいりまして、大衆を相手とする社債発行についての証券取引法上の規制が非常に充実してきたということ、それからもう一つには社債についての格付制度というのが昭和六十一年以降日本においても非常に充実強化されてきたというようなこと、そういうような客観的な条件もかなり整備されてきたということを踏まえまして、今回の商法改正に見られますように、商法自体におきましても社債権者保護のための社債管理会社の設置を義務づけるというような面におきましてきちっとした制度的なものを保障する。
 もちろん、これまでも社債を募集する場合には募集を委託する会社、受託会社というのがございまして、この受託会社には実際上銀行がなっていたわけでございますけれども、これまでの受託会社というのは発行会社側の立場も兼ね、あるいは社債権者側の立場も兼ねるというような両面性がございましたので、今回の改正法におきましては銀行等の業務を社債権者の保護という一点に絞るということにいたしまして、社債管理会社の設置を義務づけるというような中身にすることによりまして今回のような発行限度規制撤廃というような結論に到達したわけでございます。
 もちろん、こういうような限度の撤廃を求める経済界あるいは証券界等の声もあるわけでございまして、また現実に社債の発行の事務にこれまでも携わってきた銀行あるいは証券界の立場というような意見もあるわけでございまして、このような各方面の意見を十分にしんしゃくしながら社債権者保護という商法の本来の観点を貫き通す、こういう意味におきまして今回のような改正案に私ども到達をいたした、こういうことになるわけでございます。
 以上でございます。
#6
○大脇雅子君 経過はよくわかりましたが、その改正の中で銀行の側がどのような見解を表明し、社債発行会社がどのような見解を表明し、あるいは証券会社がどのような見解を表明して、その利害調整がどのように図られたかということについて再度お尋ねいたします。
#7
○政府委員(清水湛君) これは法律論では実はないわけでございまして、法律的な立場としては、銀行とか発行会社の責任とか権限とか義務というのは非常に明確にされたというふうに私どもは考えているわけでございます。
 しかし、法律論ではございませんけれども、例えば発行限度を撤廃すると銀行借り入れが減少して銀行の企業に対する影響力が減殺されることになるのではないかというような意見を言われる方もございます。
 またしかし、現実に発行の社債の売買等の事務を取り扱う証券会社の方から見ますと、そういう社債市場がますます充実強化されることによりまして証券会社の業務も拡充強化される。つまり、社債市場が発行限度規制を撤廃することによって成熟をしてきて証券会社の業務を拡大するというような観点からのいろんな御意見というようなものももちろんあるわけでございます。
 また、発行会社の方からいたしますと、社債の発行規制というものが余りにも厳しいために、現実には社債を発行しようといたしましても、もういわば発行枠が商法の限界あるいは暫定措置法の限界ぎりぎりまできてしまって社債を発行することができない、有効かつ効率的な資金調達ができないというような会社が実はかなり出てまいったわけでございまして、そういうような発行企業体の方から見ますとできるだけ早くこのような規制を廃止してほしい、こういうことに当然のことながらなるわけでございます。
 総じて経済界の方では、銀行の中には先ほど申しましたような意見も若干ございましたけれども、このような発行規制というものはある意味におきましては官が民を法律によって縛るというような一種の規制であって、このようなものは先進諸外国においてもない制度であるから一日も早く廃止して、自由な経済市場の中で社債権者の保護というものを図りながら社債市場を育成すべきであるというような考え方が一般的な考え方だというふうに私どもは承知しているわけでございます。
#8
○大脇雅子君 企業の長期資金調達の方法として確かに新株の発行ないしは社債ということが大きな意味を持っているということはわかるわけですけれども、社債権者保護の立場から考えますと、現行規定の「最終ノ貸借対照表ニ依リ会社ニ現存スル純資産額」というこの規制というものはその保護の役割というものを果たしてきたのでしょうか、こなかったのでしょうか。
#9
○政府委員(清水湛君) 御指摘のように、商法の規定によりまして最終の貸借対照表による純資産額を超えて募集することはできないということは、私どもはそれなりに意味がある規定であるとこれまで考えていたわけでございます。
 特に、非常に不良な資産内容の会社が大量に社債を発行して実際上それを償還しないという形でいわば大衆社債権者に被害を与えるというようなことを少なくとも発行の段階において防ぐという意味におきましてはそれなりの効用を果たしてきたというふうに評価できるものと考えるわけでございます。
 問題は、しかしながら社債権者保護というものが、このような非常にトラスチックな法律の規制というものがなければ社債権者の保護というものは図れないものであるかどうかということが問題になるわけでございまして、社債権者の保護という観点からるる申しましたように証券取引法上の諸制度の完備だとか、あるいは社債格付制度の充実強化だとか、そういうようなもろもろの外的な諸条件、あるいは商法に社債権者保護のための強力な措置を講ずるということであれば法律的にトラスチックな規制をするというようなことがなくても社債権者の保護は十分に図れる、こういうふうに考えられているわけでございます。
 したがいまして、そういうような条件を整備したからこの二百九十七条の規定を廃止してもいいということになったわけでございまして、この二百九十七条がこれまでそれなりに有効な働きをしてきたということは、これは否定することができないというふうに私どもは考えているわけでございます。
#10
○大脇雅子君 そういたしますと、この発行限度枠を撤廃するといういわば一つの条件の整備というものが市場にできたということのようですが、それは例えば先ほど言われました社債管理会社の設置とか、あるいは証券取引法によるディスクロージャー制度の整備とか、あるいは社債格付機関の発展等による市場原理の成熟というようなことが御説明の中にいろいろされているわけですけれども、そのほかにありますか。大体この三点ということでよろしゅうございますか。
#11
○政府委員(清水湛君) その三点でよろしいかと思います。
 現実に社債を発行するという場合には大衆を相手にするわけでございまして、社債を公募するということになりますと大変厳しい証券取引法上の規制というものが現在ございますし、社債の信用度をはかる格付制度というものも毎日の新聞に、例えば日本経済新聞等には発行済みの社債につい
ての格付が公表されておりますし、そういうようなものによりまして社債権者になった者もこれから社債権者となろうとする者も十分に保護されるような体制ができ上がっておると言っていいのではないかと思います。
 それに加えまして、社債管理会社、これは専ら社債権者のための制度として社債管理会社というものの設置を義務づけて、その権限も強化すると同時に責任も重くするというようなことでございますので、御指摘のようなその三点によりまして社債権者の保護は図られるというふうに私どもは考えているわけでございます。
#12
○大脇雅子君 それでは、社債管理会社に関して御質問いたしたいと思います。
 まず、社債管理会社というのは、銀行、信託会社、担保附社債信託法第五条の免許を受けた会社というふうにされております。銀行というのはわかるわけですが、この信託会社というのは現在何か事例がありますでしょうか。それとも、銀行と並べて信託会社と書かれている意味があるのでしょうか、お尋ねいたします。
#13
○政府委員(清水湛君) 御指摘のように、信託会社というのは信託業法に基づきまして営業免許を受けて信託業務を営む会社ということになっているわけでございます。
 このうち信託業務について免許を受けると同時に銀行業を兼営するものを信託銀行というふうに称しているということになるわけでございますが、現在、銀行以外で単体で信託業務を行う信託会社というのはないというふうに聞いているわけでございます。したがいまして、実際問題としては銀行がこの社債管理会社になるということになるわけでございます。
 現実には存在しませんけれども、信託業務だけを行う信託会社というものも、これは信託業法の厳しい要件のもとにその免許を受け、かつ主務大臣の指導監督のもとに他人の財産の管理、処分を行う。信託会社というのは、要するに他人の財産を預かりまして、それを当該他人のために管理をしてその収益を当該他人なり第三者に還元するという、いわば財産を預かって運用する会社でございますので、そういうようなものにつきまして主務大臣の厳しい指導監督があるということでございます。現存はいたしませんけれども、当然この信託会社も社債管理会社としての適格性を持ち得るというふうに私どもは考えているわけでございます。
 先ほど申しましたように、現実の業務はそのような信託業法に基づき営業免許を受けている信託銀行ということになるわけでございます。もちろん、その他の銀行もこのような営業免許を受けるということができることになっております。
#14
○大脇雅子君 そうしますと、現存しない信託会社、それが信託業法によれば主務大臣の免許を受けて信託業を営む会社と定義されて存置されておる。現実には信託銀行という形で信託業務は行われていた。「信託会社」というこの文言を残すことの意味ですが、これは将来銀行以外に信託会社を設置する予定というか、それを予測しておられるのかどうかということについてお尋ねしたいと思います。
#15
○政府委員(清水湛君) 信託業法という法律があるわけでございまして、信託専業の会社というものが法律上存在し得るということでございます。それについて免許を与えるかどうか、これは主務大臣は大蔵大臣でございますので私どもがその見通しについて云々することはちょっといかがかとは思いますけれども、理論的な問題としては将来そういう信託会社というものが免許を受けてそういう業務を営むことになる可能性はあるというふうに考えているわけでございます。
 実は、現行法におきましても、社債の募集の受託会社になれる会社というのが法律で決まっているわけでございまして、これは商法の中には規定はございませんけれども、商法中改正法律施行法という法律がございまして、その五十六条に社債募集の受託会社として資格のあるものは銀行と信託会社というふうに実はなっているわけでございます。沿革的に社債関係については銀行と信託会社ということになっておりますものでございますから、それを商法の中にそのまま受け継いで書き込んだという経緯もあるわけでございますけれども、将来の問題としては、先ほど申し上げましたように、純粋に信託業だけを営む信託会社というものもこれはあり得るというふうに、私どもは法律がある以上そういうものもあるのではないかというふうに考えているわけでございます。
#16
○大脇雅子君 社債管理会社というのは社債権者のために存在するということで、いわば社債の対公衆性ということを考えますと、やはり社債管理会社の資格というのは厳格でなければならない。それが銀行の一つの業務として信託業務を行うということと、全く信託会社として独自のそういった業務を行うということでは、担保的なというか、債権者の保護ということに関しては違うのではないか。現存しないような規定を置くということについては、将来に疑義を残すことになるのではないかというふうに考えたので質問するわけです。
 そういう実存しないということで概念が非常に不明確である「信託会社」という文言を法律の整合性だけを考えて設置するということはいかがかと思うのですが、どのようにお考えでしょうか。
#17
○政府委員(清水湛君) 信託業務というのは非常に大事な業務と申しますか、財産を預かりまして、信託の目的に従ってその財産の管理、処分をする。例えば土地信託なんという言葉がございますけれども、信託銀行に土地を信託して、その土地の貸し付け、管理等を銀行に任せて、その収益を信託者が受けるというようなことが今行われているわけでございますが、多くの場合には銀行業務と密接なつながりがありますので、先ほど申しましたように銀行が兼営をするという形になっているのではないかと思います。これは私ども実はよくわかりませんけれども。
 そういう意味で、信託業というものが銀行業務とは離れた形で独立て経営可能、独立て採算がとれるというようなことになってくればそういったものも当然出てくるわけでございます。もちろん、その場合には信託事業を営むに相ふさわしいものとしての主務大臣の免許を受け、その指導監督のもとに業務を行うということになるわけでございますから、それはそれで銀行と同じように信用ができるし、管理能力もあるというふうに思うわけでございます。
 私、今不正確なままそういうことを申し上げては恐縮でございますけれども、もともと信託法理というのは、英米法で非常に盛んに発達した法理でございまして、アメリカとかイギリス等におきましては遺産の管理というようなものを専門にする信託会社もあるというようなことが言われているわけでございまして、そういう意味での信託専業の会社があるというような話も聞くわけでございます。これは実は不正確な知識でございますからもし間違っていたらお許し願いたいと思いますけれども、日本でもやはり将来の問題として財産信託というようなことが行われるようなことになるのではないかと。その場合における信託専業会社というものが必要になって、しかもそれは大蔵大臣の免許であり、銀行と同様な指導監督がされるということになるわけでございますので、今の段階で実在しないからそのような会社についてこれを法律上も除外をしておくというのはいかがかと。
 今までの商法の中にも、商法中改正法律施行法でございますけれども、そういう形で信託会社というものが昭和十三年以来入っておるというような経緯も実はあるわけでございまして、そういうような面から今回もこのようなことにいたしておるということでございます。その辺いささか、現存しない会社について規定を置くというのはどうかという御指摘はまことにごもっともな面があると私実は思うのでございますけれども、そういうような事情も踏まえて今回の改正法でも前例を踏襲しておるということで御理解をいただければ幸いだと思うわけでございます。
#18
○大脇雅子君 この社債管理会社に銀行以外の業界、例えば保険会社なども担当できるように拡大するという議論があったと聞きますが、それは現在保険会社というのはここに入っていないわけですが、どのような議論がなされたのでしょうか。
#19
○政府委員(清水湛君) これは大蔵省とも御相談しなければならない問題でございますけれども、保険会社についても社債管理会社としての適格性を認めよという意見があるということは私ども承知いたしております。
 この問題については、実は大蔵省の保険審議会で保険業法の改正問題の一環として議論がされているというふうに聞いております。そういう問題がある程度はっきりした形で結論が出るということになりますと、私どもの方といたしましても、保険会社の実態というものを見きわめた上で、債権管理会社としての資格を与えるかどうかということについて当然議論をするということになるものと考えております。
#20
○大脇雅子君 社債管理会社には社債の管理をするということで公平誠実義務と善管注意義務と二つの義務が規定されておりますが、この公平誠実義務と善管注意義務の内容、そしてそれぞれに違反した場合の責任というものについて御説明いただきたいと思います。
#21
○政府委員(清水湛君) 社債管理会社につきましては、御指摘のように公平誠実義務と善良な管理者としての注意義務を尽くさなければならない、こういう規定を置いているわけでございます。
 それぞれ同じような内容を持つものではないかというようなことも考えられるわけでございますけれども、特に公平誠実義務というのは、社債というのは多数の一般公衆から募集をするものでございますが、そういう場合に社債権者の間で不公平な扱いをしてはならない、社債権者はすべて公平に管理会社としては扱わなければならない、そのことを特に強調する必要がある、こういうことから、社債権者のために公平に事務を処理するという意味におきまして公平誠実義務というような規定を置いたわけでございます。
 それからもう一つは、社債管理会社というのは、その資格上銀行がその地位につくことになると思います。これは今までも社債募集の受託会社については農林中央金庫を含めました銀行、広い意味での銀行がすべて募集受託会社になっていたわけでございますが、今後ともそのような実態は変わらないというふうに私どもは考えております。
 そういうような銀行等は、管理会社であるとともに、みずからも発行会社に対して貸し付けをしておる、融資をしておるというようなことはございます。そういう場合に社債権者の債権の回収事務と自分の貸し金の回収事務というものが競合することになるわけでございますが、そういうような場合につきましても、自分の貸付債権だけを先に回収して社債権者の方は知らないよというような意味での不公平な取り扱いということは許されない、あくまでもみずからと社債権者との関係においてもやはり公平な執務をすべきである、こういう意味でいわば一般規定としての公平誠実義務の規定を置いたわけでございます。
 それから、社債管理会社は善良な管理者としての注意義務を負うという、これは本来なら民法の委任契約に基づく受任者の当然の義務でございます。しかしながら、社債管理会社と社債権者との間には契約関係はございません。法律上の義務として社債権者のために種々の権限を行使していろんな行為をしなければならない、こういうふうになっているわけでございます。もしこれが直接の委任関係があるということでございますと、当然善良な管理者としての注意義務というのは出てまいるわけでございますが、あたかもその委任関係があるというふうに同視いたしまして、一般の義務として善良な管理者としての注意義務を負うということにいたしたわけでございます。
#22
○大脇雅子君 社債管理会社というのは、大体その会社のメーンバンクがなるということになろうかと思うんですが、そうしますと、そのメーンバンクがみずからの貸付金とそれから社債管理会社として社債権者のためのいわば善良な管理者としての注意義務ということが基本的には成立するかなということは極めて疑問に思うわけです。法律の改正を読みますと、そういう双方代理がきわまったときには特別代理人を置くとか辞任をするとかいろんな規定があるわけですけれども、社債権者の保護ということがメーンバンクが管理会社として貫徹できるかどうかということは実際上非常に疑問に思うわけですが、その点はどんな議論がなされたんでしょうか。
#23
○政府委員(清水湛君) これまでもこれは法律上任意でございましたし、また社債募集の受託会社というのは銀行がなるわけでございますけれども、従前の社債募集の受託会社というのは、発行会社のいわば代理人的な立場もとると同時に社債権者の代理人的な立場もとるという中間的な存在であったわけでございます。
 今回、社債管理会社というのは社債権者のため、専ら社債権者のための機関であるというふうにその性格を純化したわけでございますけれども、しかし社債権者のために社債の償還手続を行い、同時にみずからの貸付債権も回収しなければならないという立場におきましては、これは従来の社債募集の受託会社としての銀行のありようと全く違わないわけでございます。
 そういう状況で、これまで例えば社債募集の受託会社がみずからの債権の弁済を先とし、社債権者の社債の償還を役としたというようなケースがあったかどうかというようなことにつきましては、そのようなことは私どもは承知していないわけでございます。少なくとも企業が大衆から大口の社債を募集しながらその社債が償還できないということは大変なことでございまして、それは企業のメーンバンクである銀行にとりましても恐らく大変不名誉な出来事であろうと思います。
 そういう意味で、メーンバンクでありながら同時に社債の管理会社としては恐らく社債権者の社債の償還のために全力を尽くすということは、もう今までの実際から申しましても当然のことであるし、銀行に私どもはそういうことは期待することができるというふうに考えているわけでございます。
 ただしかし、そういう精神論だけではこれは法律論にはなりませんので、御指摘のように特別に利害関係が対立する場合の特別代理人の選任とか、あるいは発行会社が危機的な状況に陥ったときに銀行が自分の貸付債権の回収に走ったために社債が償還されなくなったというようなことが起こりますと、これはやっぱり銀行に責任をとってもらう、銀行の方で損害賠償と申しますか、そういう責任を社債権者に対して負う、こういうような法律上の手当てというものは今回の社債法の社債権者保護措置としてこの中に盛り込んでいるわけでございます。
 基本的にはメーンバンクである銀行が企業の経営状況を常時監視する、場合によっては裁判所の許可を得まして銀行が発行企業の財産状況を調査するというような権限まで与えまして、社債権者の社債の償還が少なくともされなくなるというようなことにならないように私どもとしては銀行は全力を尽くしていただける、またそれが銀行の本来の責務ではないか、こういうふうに思っておるわけでございます。
 くどくなりますけれども、そういう精神論だけではなくて法理的にも銀行の責任というものを今回の社債法の中で明らかにしておるということでございます。
#24
○大脇雅子君 現在では、発行会社が社債の償還ができなかった場合には、任意であれ社債の発行に携わった銀行が実際上、精神的と今表現されましたけれども、償還をしてきたわけですよね、負担をして。それをさらに強めたとおっしゃる意味は、私としては、何か特別代理人の選任とか辞任の規定を設けてともかく自分の信用の維持のために、償還義務はないけれども、発行会社にかわって償還義務を現実に果たしてきた銀行の言ってみれば負担軽減を図った逆の意味のようにとられな
くもないんですけれども、実際上自分の募集した社債の償還ができないことに対する法的責任とおっしゃると、それは何でしょう。公平誠実義務の違反ということなんでしょうか、善良な管理者の注意義務の違反ということなんでしょうか。どこの義務を法的義務と言われているんでしょうか。
#25
○政府委員(清水湛君) 具体的に発行企業が償還不能の状態に陥ったというときに銀行がかわって社債権者に償還をする義務という、これはそういうような意味での義務はないわけでございます。あくまでも善良な管理者の注意義務を尽くして企業が償還できるような状況にあるのかないのかというようなことについて銀行としては常時注意を尽くすということが必要でございましょうし、私先ほど申し上げましたのは、発行企業体が償還不能のような状況に陥る、そういうときにまず自分の銀行の貸し金債権だけを回収してしまう、そのために社債の償還ができなくなってしまったというような、一定の法律上の要件はございますけれども、そういうような場合については銀行が責任を負うという特別規定はございますけれども、一般的に社債の償還が不能になったから社債管理会社がかわって償還義務を負うということにはならないわけでございます。
 そういうようになったことについて銀行として十分に注意義務を尽くさなかった、善良な管理者としての注意義務を尽くさなかったというようなことによってもしそういう事態が生じたということでございますと、別途それは銀行の損害賠償責任の問題として解決される、こういうことになるわけでございます。このことは現在の現行法における社債発行についての受託会社としての銀行の責任についても同じである、こういうふうに思うわけでございます。私ども現実の問題として、しかしながらこれまでもどういう形をとるにせよ、社債が償還されないで社債権者が大変な不利益を受けたというような事例はないというふうに承知しているわけでございます。
#26
○大脇雅子君 くどいようですけれども、銀行はみずから貸し付けをするときには担保をしっかりとっているわけでありまして、そのみずからの貸付金と社債の保全というのを平等、対等に扱うといっても、担保をとった貸付金というのは別枠になるわけですよね。そうなると、現実にはそういう公平誠実義務、善良管理者の注意義務といっても何ら社債権者の保護ということにはつながらないのではないかというふうに思うわけですけれども、いかがですか。
#27
○政府委員(清水湛君) 社債管理会社が別途銀行として発行企業に貸し付けをしておる、その際に銀行として担保をとる、抵当権、根抵当権を設定するということはよくあるわけでございまして、その場合には当然のことながら担保権の優先的な効力によりまして銀行は優先弁済を受けることができる、こういうことになるわけでございます。
 しかし、同時に社債発行についての社債の管理会社として、そういうような企業体の中で発行企業が社債を償還し得るような財務体質になっているかどうかというようなことについて、銀行としてはこれはやはり善良な管理者の注意義務を持って対応する。必要に応じて、裁判所の許可がこれは必要でございますけれども、発行企業体の財産状況を債権管理会社として調査をする、こういうふうな権限も与えられているわけでございますから、そういうような権限を適切に行使することによりまして社債権者の保護を図る、こういうことが期待されているわけでございます。
 少なくともメインバンクというような立場になりますと、発行企業の財務状況というものについては常時いろんな情報を得る立場にございますので、総合的な立場から銀行として社債権者保護のために適切な行動がとられるであろうし、また銀行を監督する立場にある大蔵省におきましてもそのような点についての配慮は十分にされるものと私どもは期待しているわけでございます。
#28
○大脇雅子君 その社債権者の保護という点について、社債管理会社に対する管理、監督というものは担当省庁としても十分御配慮いただきたいというふうに申し上げたいと思います。
 次に、証券取引法によるディスクロージャー、いわゆる企業内容の開示制度というものの現況とその機能、果たしている機能についてお尋ねいたしたいと思います。
#29
○説明員(松谷明彦君) ディスクロージャー制度は、資本市場におきまして適正な企業評価が行われるための前提といたしまして、多数の市場参加者に対し企業評価に必要かつ十分な情報を提供する、こういう極めて重要な機能を有しているわけでございます。また、投資家の市場に対する信頼を確保し、また市場への参加を促進していくためにもディスクロージャー制度の充実は重要な課題であると私どもは考えております。
 近年におきましては、以上のような投資家保護の観点から、昭和五十二年には連結財務諸表の作成を新たに義務づける、さらにまた中間財務諸表の作成を新たに義務づけるということにいたしました。また、昭和五十八年にはリスク情報の開示、そして昭和六十二年には企業集団の状況の開示、あるいは資金収支表、研究開発活動の開示といったようなことを含めまして、近年におきましては例えば事業の種類別、所在別等のセグメント情報の開示、あるいは訴訟が提起され、あるいはそれを解決した場合には臨時報告書の提出を義務づけるといったことでありますとか、さらにはまた市場性ある有価証券につきましては平成三年から時価情報の開示等を義務づけるなど、投資家に理解しやすいようなディスクロージャー制度の充実に努めているところでございます。
 今後とも私どもといたしましては、ディスクロージャー制度の重要性にかんがみまして、さらなるディスクロージャー制度の充実に努めてまいりたい、このように考えております。
#30
○大脇雅子君 そうしますと、社債を買うといった場合に、この証券取引法によるディスクロージャー制度を社債を購入する者としてはどのように利用できるでしょうか。
#31
○説明員(松谷明彦君) ディスクロージャー制度と申しますのは、企業の現状あるいは企業の将来性でございますとか、あるいはその将来性に伴うリスクでありますとか、いわば企業の実態を正確に投資家が把握できるように、こういう趣旨から設けられているものでございます。したがって、社債に対する投資者の側から見ますと、その企業の発展性あるいはそれに同時に伴ってくるところのリスク、そういったものを正確に投資家が認識できる、こういう意味において社債の投資家にとって有用な制度である、このように考えております。
#32
○大脇雅子君 社債格付機関が発展してきたということがこの発行限度額撤廃の理由の一つとして言われておりますが、実際に社債格付機関というのは日本に幾つありまして、どのような形で発展をしてきているのかということについてお尋ねいたします。
#33
○説明員(東正和君) 我が国の資本市場が自由で開かれた効率的な市場といたしまして発展していく上で、御指摘の信頼に足る格付の定着が極めて重要なポイントでございます。
 他方で、格付の市場における位置づけといたしましては、法律上あるいは行政上一律にこれを義務づける、そういった手法によるべきものではなく、むしろ市場のルールに基づき適正に確保されるべき実態面での適正な市場運営の一環といたしまして市場関係者の共通認識の形成、こういったものを通じて定着すべきものである、こういうふうに考えられるわけでございます。
 大蔵省といたしましては、このような考え方に基づきまして、信頼に足る格付制度の定着に向けまして、そのための環境整備等の一環といたしまして昨年七月、大蔵省令に基づきます格付機関の指定制度を導入したところでございます。
 この指定制度でございますが、これは大蔵大臣がいわば格付の利用者といたしまして、このような立場から、証券会社の自己資本規制におきます基準とか、あるいは有価証券の発行に係ります発
行登録制度を利用し得る発行体の適格基準とか、そういった基準の中に格付を位置づけまして、そこで用いる具体的格付機関及びその格付を明らかにしているところでございます。
 その格付機関の指定に当たりましては、大蔵省令上広く市場関係者により信頼性のあるものとして受け入れられていることとか、あるいは中立性が確保されているかどうかとか、さらには的確な業務遂行が確保されているかどうかとか、こういった点を基準といたしまして勘案した上で現在九つの格付機関を指定しているところでございます。
 具体的には、日本の格付機関が三機関、米国の格付機関が五機関、イギリスの格付機関が一機関、合計いたしまして九つの格付機関を指定しているところでございます。これらの格付機関につきましては、先ほど申し上げましたように、市場における信頼性の定着の度合い等を精査いたしまして指定しているところでございます。
#34
○大脇雅子君 そうしたことによって市場原理の成熟に期待するということでありますが、市場原理に社債発行をゆだねるということは自己責任の原則ということを貫徹する、したがって個人の投資家というのはみずからの責任においてリスクを負いながら投資をするということをさらに一歩徹底したということであろうと思います。
 一昨年の損失てん補事件などを思い浮かべますと、自己責任の原則を強いられるのは非常に小規模な投資家でありまして、大口投資家は十分に損失てん補を受けていたという現実が明らかになっております。そういう点においていまだ日本の市場というのは健全ではあり得ないと思うわけですけれども、いかがお考えでしょうか。
#35
○説明員(東正和君) 御指摘の一昨年、株価の大幅下落といった当時の市場の状況等を背景にいたしまして生じましたいわゆる損失補てん等の証券不祥事でございますが、この不祥事におきましては、まず一部の投資家が自己責任原則を十分認識していなかったのではないかとか、あるいは証券取引に適用されるルールを明確化すべきではないかとか、さらには違反者に対し相応のペナルティーを課すべきではないか、ルール違反を的確に把握するための検査監視機能あるいは体制を充実すべきではないか、さらには業界、行政のあり方を見直すべきではないかとか、以上申し上げましたような証券市場に係ります五つの問題点が明らかにされたところでございます。
 このような事態に対しましては、まず損失補てん、さらには取引一任勘定取引等の禁止、損失補てん等の禁止違反に対します刑事罰の適用等を内容といたします証取法の改正を既に昨年一月から施行しているところでございます。
 さらに、証券行政の公正、行政の透明性確保の観点から、従来の通達等の大幅な整理等を行ったところでございます。
 さらに、自主規制機関の機能強化等を内容とする証取法改正を昨年七月施行するとともに、行革審答申を踏まえまして証券取引等監視委員会を昨年七月設置する等、このような措置を講じたところでございます。
 これらを通じまして、証券取引等監視委員会が既に活動を開始していることに見られますように、現時点におきましては制度上、行政上の枠組みが整備されてきているものと考えているところでございます。
 なお、社債に係ります投資家保護を初めとする我が国の資本市場の基本的なあり方といたしましては、商法を初めといたしますいわゆる社債関連法及び証取法、こういった法制面での枠組みのもとでディスクロージャーあるいは格付の実態面での整備拡充を前提に、マーケットメカニズムを基本といたしました自由で開かれた市場のルールに基づきます適正な市場運営の一環として市場において確立していくことが基本的に望ましいものと考えているところでございます。
 このような考え方に基づきまして、市場を預かる大蔵省といたしましては、先般の一連の証取法改正を通じまして、前述いたしましたように、公正取引確保のための諸ルールの明確化等を行ったわけでございます。このほか、公募概念の明確化、さらにはこれに伴いますディスクロージャー制度の規定の整備を行ったところでございます。また、このような法制面を踏まえまして、市場実態面におきましても現にディスクロージャーあるいは格付制度の整備拡充が進んでいるわけでございます。
 さらに、先ほど申し上げましたようなこのような法制面あるいは実態面での整備拡充を踏まえまして、証券取引等監視委員会が発足し、既に活動を開始しているわけでございます。
 さらに、格付の定着に関連いたしましては、種々大蔵省といたしましても環境整備に努めているところでございます。
 さらに付言いたしますと、今回の商法等の一部改正におきまして、社債管理会社の原則設置等の改正のほか、社債権者集会制度の改善のための改正も予定されていると承知しております。このような改正措置を通じまして社債権者保護がより一層強固なものになるものと私どもといたしましても理解しているところでございます。
 いずれにいたしましても、大蔵省といたしましては、今後とも法制面あるいは実態面を通じまして投資家保護のための基本的な環境整備等につきまして、適時適切に対応してまいる所存でございます。
#36
○大脇雅子君 おっしゃるように、証券取引等監視委員会の調査ないしは権限が飛躍的に発展して、二度とこういった不祥事が起こらないように大蔵省としても十分な管理監督をともどもに行っていただきたいと思うわけであります。
 バブルの時代には企業はエクイティーファイナンスで資金調達を行ってきたということで、関連資料によりますと、転換社債と新株引受権つき社債の合計というものは、昭和六十一年度が六兆円、六十二年度が九兆六千億円、六十三年度が十三兆円、平成元年度が十八兆六千億円、平成二年度が四兆四千億円となっておりまして、この数字からもバブル時代に企業がいかに巨額の資金をこういったエクイティーファイナンス、社債等によって調達したかが明らかであります。
 ところが、株価の暴落で、現在満期償還用の資金の調達に各発行会社が迫られているということで、バブルの時代、昭和六十一年度から平成元年度まで発行された社債の償還予定額、既に償還された分も含めまして、現在より一九九五年ごろまではどのような推移でこの償還額が変動するのかを教えていただきたいと思います。
#37
○説明員(東正和君) 御指摘の転換社債及び新株引受権つき社債、このようないわゆるエクイティー関連社債の償還問題でございます。この償還額の数値につきましては、本年以降一九九五年までの償還予定の状況、この数字を申し上げたいと存じます。
 この償還予定額でございますが、本年一九九三年の予定額は約十一兆円でございます。一九九四年は約六兆三千億円、一九九五年は約四兆四千億円、こういう状況でございます。本年、一九九三年が今後数年間のピークとなる見込みでございまして、なかんずく本年上半期の償還額は六カ月間で約六兆三千億円、上半期だけで一九九四年以降の年間償還額を上回る見込みとなっております。
#38
○大脇雅子君 そういった償還額を見ますと、結局銀行等が自分たちの貸付金で費用負担をしないで一般大衆からいわゆる社債という形で資金を調達するということを目的として、まさにその時代に合った資金調達方法をめどにした法改正だと実は思わざるを得ない。そのいわばバブルの一つのツケを一般投資家に回す結果になるということは今回の社債制度の改正は否定できないのではないかというふうに考えざるを得ないわけであります。
 大臣にお尋ねしたいのですが、今なぜ社債制度の改正なのか、そして今社債制度の改正をした場合に、社債権者の保護に対して危険はないのか、そしてその危険を防止するためにどのようないわば施策で臨まれるのかということをお聞きしたい
と思います。
#39
○政府委員(清水湛君) 大臣のお答えになる前にちょっとだけ説明させていただきたいと思います。
 今回の社債発行限度規制を撤廃するのは、多額のこれまで行われたいわゆるエクイティーファイナンス関連の社債を償還するために限度が邪魔になるから、そのために撤廃をするのではないかという御趣旨の御発言がございましたので、それはそうではないということをちょっと最初に明らかにさせていただきたいと思います。
 いわゆる転換社債、これは株式に転換されないで償還期間が来ますと社債として償還しなきゃならない、それから新株発行引受権つき社債、いわゆるワラント債、これはもうワラントの部分は俗に紙切れになってしまったということでございますけれども、社債の部分はこれは償還をしなければならない、こういうことに当然なるわけでございます。
 この既発行の社債を償還するために新たに社債を借りかえるということにつきましては、これは発行限度規制はないわけでございまして、既発行の社債を償還するために社債を発行する、一時的に二重に社債が計上されることになるわけでございますが、それは発行限度規制というものは関係がない、こういうことでございますので、エクイティーファイナンス関連で償還するために発行限度規制を撤廃するのではないかということではないということは、これはよく御理解いただけるものと思います。
 最初から申し上げましたように、社債発行限度規制の合理性というのは、これはもう昭和三十年代から議論の対象になっているわけでございまして、三十年代、四十年代、五十年代、六十年代といろんな学者の方の研究発表もしばしば発表されておりますし、そういうような経過を踏まえて長い研究の歴史の積み重ねで今回の改正案になったわけでございまして、たまたま今の時期に、先ほど大蔵省の方から御説明にありましたようなエクイティーファイナンスの償還期を迎えておるというような時期でございますけれども、それとは関係なく研究、検討されてきたものであるということでございます。
#40
○大脇雅子君 じゃ大臣に御答弁をいただく前に、今のお答えに対して一点お尋ねをしたいんですが、関連資料によりますと、社債の発行限度枠の使用状況を見てみますと、別に発行限度枠を使ってしまったということではなくて、まさに発行限度枠としてはまだ十分な余裕を残しているのにこのような改正をなさるということについて一点お伺いいたしたいと思います。
#41
○政府委員(清水湛君) 私ども、先ほどお答えいたしましたけれども、社債発行限度枠の使用状況につきましては、一部の企業におきましてもう余裕枠のない、つまりもう商法の限度規制いっぱいまで発行してしまっておるというような企業がございます。資本金の額等によりましてばらつきはございますけれども、まだ相当数の企業は余裕枠はあるというような状況にあるわけでございますけれども、しかしながらそもそもこのような発行限度規制というものが合理的であるかどうか。先ほどお答えいたしましたように、かつてはそれなりの機能を果たし得たというふうに思いますけれども、証券取引法等の厳しい規制のもとにおきましては、このような規制を置くという意味がない、しかも先進国と言われる中では日本だけであるというような非常に特異な状況、こういうようなものも踏まえまして最終的な結論としての発行限度規制枠の撤廃、こういうことになったわけでございます。
 もちろん、経済情勢の変化、進展というものにおきまして、社債に対する需要というものがそのときどきによって非常にふえたり、あるいはもっと別な新株の時価発行というような形の方に流れていくとか、いろんな企業の資金調達の手段、方法というのはその時代時代の経済状況によって大きく変わっていくということは事実でございますし、現状においては社債の需要が非常に高いというような経済状況になっておるということは私ども承知をいたしておりますが、そのことと今回の発行限度枠規制撤廃というのは直接のつながりを持っていないというふうに考えているわけでございます。
#42
○大脇雅子君 じゃ大臣の方からお願いします。
#43
○国務大臣(後藤田正晴君) 大脇さんの御心配の、最近の銀行あるいは証券会社の一連の経営のあり方の問題、殊にまた転換社債あるいはワラント債等の償還をめぐってのいろんな問題、御心配、そういう点から一体社債権者の保護に欠くるところはないのか、こういう御疑念に対して、私は当然の御疑念であろうと思います。
 ただ今回の改正は、今、局長から申し上げましたように、長い間の課題でもございますし、それからまた日本だけの制度であるといったような関係、いろんな点を検討した結果、やはり社債権者保護のためには、最近の証券取引法上のディスクロージャー、この制度が整備をされてきつつある、また格付社債、これも定着をしてきつつあるといったようなこと、そういう客観情勢を一方で眺めながら、社債の発行会社は必ず管理会社をつくらなきゃならぬといったような義務づけをやるといったようなことで今回社債発行限度額を撤廃すると。それでもう社債権者に御迷惑をかけるといったようなことはますますない、御心配はないのではないかなと、こういう結論に達して今回のような改正をお願いしておるわけでございます。
 もちろん、これの運用に当たっては関係の省庁が、今、大脇さんが御心配になっていらっしゃるようなことのないように十分な注意を払っていきたい、かように考えておりまするので御理解願いたいと思います。
#44
○峰崎直樹君 五月十二日に開催されました参議院本会議で、日本社会党・護憲民主連合を代表して質問させていただきました。その際、答弁をいただいたわけでございますが、さらに委員会で監査制度改正を中心にしながら質問させていただきたいと思うわけであります。
 まずその前に、こういう機会でないとなかなか後藤田法務大臣からお伺いできないことも聞いておきたいなというふうに思うわけでございます。
 それは、今回の商法改正の内容とも絡む企業犯罪が非常に多発をしていて、それと絡めて現在政治改革を求める声が大変大きいわけでございます。政治家とお金にまつわる不祥事の問題、これをどのように根絶するかという問題は待ったなしの状況だと思っておるわけでございます。現在、衆議院の政治改革特別委員会で論議をされているわけでございますが、ちまたでは政治腐敗防止法案だけを先に出せとかいろいろ言われているわけでございますが、こういった点についての大臣の考え方について、何らかの対応といいますか、考え方がもしあればお聞かせ願いたいなと思うわけでございます。
 ただ私は、実は法務大臣に特にお聞きしてみたいなと思っているのは、今の政治改革論議の中で、どうも日本だけの問題じゃなくて国際的な広がりを持った、非常に最近の政治腐敗というのは広がっているのではないか。
 イタリアでは、今、アマート政権がこの政治腐敗の問題をめぐって、アンドレオッチ元首相の逮捕すらうわさされるような、そういう状況に至っているわけです。どうもイタリアの状況も調べてみますと、例えばミラノでは公共事業の種類ごとにわいろ率が決まっていて、そのプールされたわいろをキリスト教民主党あるいは社会党、共産党、今は共産党とは言っていませんが、この三大政党を中心に分配する共通のルールができていたとか、そういうような事態まで実は聞かされて、よくよく調べてみますと、そこでは議員は議会で官僚の政策を支持するかわりに官僚は議員や彼の選挙区に便宜を供与する、こういう関係ができ上がっているという、何かどこかの国とほぼ似ているような構造ができ上がっているように思うわけでございます。
 そういう意味で、長い間官僚の世界におられ、そして現在は政治家として、そして法務大臣とし
て、さらに自民党の中でも大きな力を持っておられる大臣として、このような選挙制度改革を含めて改革をすることについては私も賛成なんですが、どうもそうではなくて、何か国際的にもこういう問題が起きてきている背景には、議員あるいは議会と政党といいますか、それと官僚機構との間の中に非常にえも言われない関係ができ上がっているんじゃないか。ついてはそれはどうも、すべてそうだというふうに言い切れないイギリスなんかの例がありますが、議院内閣制度というものにまつわって非常にこの政治腐敗という問題が構造的に起きてきているような気がしてならないんですが、こういった点の感想がもしあれば、ちょっと商法改正とはいささか趣は異にするんですが、お聞きしておきたいなと思います。
#45
○国務大臣(後藤田正晴君) 政治改革、それによる腐敗の防止、こういう点につきましては今衆議院で御承知のように議員立法といったようなことで各党からの御意見があって審議のさなかでございますので、政府の一員として今ここでとかくのお答えをすることは立場上控えなきゃならない事情にあるんだということはひとつ御理解をまずは賜っておきたい、こう思います。
 ただ私は、こういった腐敗現象というのは権力に伴う、避けがたいとでもいいますか、いずこの国でも起こりがちな問題であろうと思いますけれども、やはりそれぞれの国の国民性あるいは政治土壌あるいは社会慣行、こういったいろんな要素が複雑に絡み合っておるわけでございますから一概に一律の、あの国で成功したから日本でもやれば成功するとか、そういったような問題ではないのではないかと。やはり日本は日本なりの国民的な慣習、あるいはまた政治土壌、政治土壌といえばやはり私は議会制の民主主義ということを考えますと、健全な野党がまずは存在するということ、そして時に政権の交代がある、そういった建設的な与野党間の緊張感のある政治のシステムというもの、これが日本の場合には残念ながら欠けておるのではないか、こういったことが基本に横たわっておるのではないかなと。
 これを是正するためには、言うまでもありませんが、政治に携わる者、そしてまたそれぞれの政党、与党と言わず野党と言わず、私はやはりこういった状況に対して真剣に、政治の倫理観とでもいいますか、道義観といいますか、これを基本にして出発しなきゃならぬということはこれはもう当然の話ですね。しかし、それを前提としても、やはり権力をめぐる厳しい政治の争いというものはそういう性格ですから、それだけにシステムそのものにメスを入れぬ限りは私はなかなか言うべくして成果は上がらぬのではないかなと、こう考えるわけでございます。
 そういったようなことから政治改革ということは、私は実は、五五年体制で客観情勢が内外とも変わってきたわけでございますから、この体制がどうやら作動しにくくなってきておるのが現状だと思います。ならばこの五五年体制というものをこの際一度見直して新しい情勢に対応するような政治システム、これをつくらなきゃならない時期が来ておるのではないかなと。
 それがためにどうするかということになると、私はやはり改革の切り口とでもいいますか、今回の改革論議は三、四年前の例のリクルートの問題に端を発しておりますね。これは政治と金にまつわる問題ですから、ならばその面をどう一体切り開いたらいいんだと。さらにさかのぼって、それじゃなぜ一体こんなに政治に金がかかるんだといったようなことを考えなきゃならないなと。そうなれば、選挙制度のあり方、あるいは選挙に伴うお金の問題、あるいは絶えざる集票活動を政治活動という名のもとに行わなきゃならない、その政治活動の経費の問題、こういうような政治資金のあり方。さらにはまた国会全体の運営の問題も私は影響しているのではないかなと。あるいはまた、政治を運営していくのには実際は各政党の存在が前提です、議会制民主主義ですから。ならば、その政党それ自身の中に潜在しておるもろもろの私は改革しなきゃならない弊害が相当たまっておるんではないかなと思いますね。そうすると、それぞれの政党の改革の問題があるでしょうと。
 さらには、このように長い長期政権が続きますとどうしても官僚と政治家との、殊にまた時の政治権力を掌握しておる政党との、何といいますか、癒着とでもいいますかね、さらにまたそれに国民各界のいろんな利害関係というものも結びついてきておると。そこに起きてきておるのは陳情行政ということが端的に言えばある。ならば、それはやはり権力の中央集権的な、この集中しておる権力の地方への分散とでもいいますかね、地方分権ですね、そういったような問題、もろもろの問題が私は山積してきていると思うんです。それにどこからメスを入れるかということですね。
 それを考えますと、いろんな立場の人で御意見違うんだけれども、私はやっぱりまずはこの選挙制度から改正する、そしてできるだけ選挙に金のかからないようにするということ。しかし、そうは言っても金がかかることも事実ですから、ならば、透明度といいますかね、それのできる限りはっきりした政治資金のあり方の問題といったようなところから切り込んでいって、そうするならば政治の抜本改革という政治のシステムそのものが結果として私はだんだん改まっていくのではないかなと。
 何か書生論議をここでお答えしているようで大変恐縮なんですけれども、私はもう今日そこまで事態が来ておるのではないかな、もう後はないのではないかな、こういうような危機感を持ってお互いがこの際立ち上がらなければならぬ時期ではないのかな、かように考えておるのが私の率直な考えでございますが、これはあくまで一人の政治家としての私の意見でございまして大臣の意見ではございませんのでその点はひとつ御理解をしておいていただきたいと、こう思います。
#46
○峰崎直樹君 どうもありがとうございました。
 まだ改革は恐らく、今のお話を聞いて私も同感なんですが、もうどんなところからでも手をつけて国民の信頼を回復しなきゃいけないなと思っております。今回の商法改正の監査役制度というのは何か非常にそれとよく似ているなどいう感じがしてならないわけでございまして、後でまたその点は触れたいと思います。
 さきの一般質問の際に、私、次のように質問いたしました。
 平成二年の改正では取り上げないこととされた計算書類の登記所における公開制度や中規模会社の計算書類の適正担保の制度、会計調査人制度こそ今回の改正案に含める努力をすべきだったと思いますが、なぜ今回の改正案に含めなかったのか明らかにしてもらいたい、こういう質問をしたわけでございますが、その答弁で大臣の方からは、公開は重要だ、現在検討中である、いまだ不一致のものがあると、こういうふうに答弁をされたわけでございます。
 これ、どこが一致していない、どういう意見が違っているのか、その点を簡潔にお答え願いたいと思います。
#47
○政府委員(清水湛君) 御指摘のように、この会社の計算の公開という問題は、会社が有限責任であるということの以上非常に重要な問題でございまして、商法上も会社の決算については、新聞に公告をしなさいと、官報、新聞に公告をせよということになっているわけでございます。
 ところが、現在百三十万社、小さな会社までを含めまして百三十万社の株式会社があるわけでございますが、私どもの推計ではきちっと法律の規定に従って決算公告をしている会社は二万には満たない、一万数千社にいくかどうかという状況だろうと思います。そういうようなことから、従来から中小会社、そういう決算公告をきちんと官報、新聞等にやっております会社とは別に、中小会社の計算の適正を担保するためにどうしたらいいかということがもうかなり前から議論されていたわけでございます。
 その一つの案といたしまして、中小会社、これをどこまで切るかということが一つの大問題でご
ざいますが、資本金三千万円以上の会社、それにいろんな附帯の条件はありますけれども、そういうような会社、数としては約二十万社前後ということになろうと思いますけれども、そういうような会社につきましては、貸借対照表、損益計算書、監査報告書を商業登記所に提出していただいて、商業登記所で公開をするというようなことにしたらどうか、こういうことがございまして、実は法制審議会でも平成二年の商法改正の際にそういうような制度の実現を図るべきであるというような提議がされたわけでございます。
 しかしながら、関係方面との意見調整の過程で、同時に平成二年の商法改正というのは最低資本金制度を導入するということに非常に大きな眼目がございましたために、これにつきましては何とか調整ができましたけれども、その会計書類の商業登記所における公開につきましては関係方面との協議が整うに至らなかったということでございます。
 幾つかの問題があるわけでございまして、一つには、三千万以上ということになりますと二十数万社の株式会社ということになるわけでございまして、これらの会社の中には堂々と商業登記所に出す計算書類も税務署に出す計算書類も同じであるからちっとも困らないというような会社もあるわけでございますけれども、中にはやはり商業登記所に対する公開はこれは応ずることができないという中小企業団体からの猛烈な反対というものも一つございました。
 それからもう一つは、商業登記所において公開する以上権威があるものでなければならない、会社がつくったものをそのまま公開するというのでは意味がない、そのためにはやはり専門家が事前にそれをチェックするというようなシステムが必要であるということで考えられましたのが会計調査人という制度でございます。御承知のように、商法特例法によりまして、資本金五億円以上の会社あるいは負債総額二百億円以上の会社につきましては、いわゆる外部監査といたしまして公認会計士あるいは監査法人の監査が義務づけられているわけでございます。これに該当する会社が約八千社ということになるわけでございますが、これは公認会計士中心で監査をいたしております。
 ところが、二十万社ということになりますと、だれが一体じゃ会計の専門家としてそういった書類をチェックするのかということが問題になるわけでございまして、公認会計士の数が現在一万数千名、税理士の数が五万ないし六万名ということになっているわけでございますが、そういった例えば税理士さんにもそういうような会計調査人としての資格を与えるのが適当かどうか、こういうようなことがその次の問題として出てまいるわけでございます。少なくとも税務調査ではなくて会計、会社の計算が適正であるかどうかというのは監査という概念でございまして、監査ということになりますと、それはやはり専門家である公認会計士ではないかというような議論も当然出てくるわけでございます。
 したがいまして、この二十万社という資本金三千万円以上という基準が適当であるかどうかという問題とあわせて、じゃ会計調査人としてどういった人たちをそこに持ち込むのが適当であるかというようなことにその次の問題が出てまいるわけでございます。そういうようなことにつきまして、中小企業の団体あるいは会計調査人としての資格があると主張する各種の団体等との関係におきまして十分なまだ了解が得られていないというふうに思っているわけでございます。
 私どもといたしましては、諸外国では、ヨーロッパの諸国すべてそうなんですけれども、会社の計算書類は登記所に提出されておりまして、登記所でだれでも見られるということに現実になっているというのが実態でございます。また、いろんな諸外国との関係から見ましても、企業の計算のディスクロージャーということは非常に重要な問題になっておりますので、何とかこの商業登記所における計算書類の公開というものは実現をいたしたいということで努力をしているわけでございますが、何分にも、具体的にそういう公示をしなければならない中小企業のグループ、あるいは会計調査人にだれが適当かというような根本的な問題をめぐりまして、まだ議論が成熟をしていないという状況でございます。そういう意味で先般の大臣答弁になった次第でございます。
#48
○峰崎直樹君 時間が非常に切迫していますので答弁の方も少し簡潔にお願いしたいなと思います。
 実は監査役制度の問題にちょっと入っていきたいと思うんですが、昨年十月に発覚いたしましたイトーヨーカ堂事件というのは私たちも本当にびっくりしたわけでございます。現職の常勤監査役が株主総会を平穏に乗り切った謝礼ということで総会屋に昨年だけでたしか二千七百万、八年間の累計で約二億円という大変多額な現金を渡していて、しかもこれは本来それをチェックしなきゃいけない監査役がみずから裏金をつくって総会屋へ利益供与をしていたということで大変なショックを受けたわけでございます。あるいは先ほど大脇委員の方からの質問がありました一昨年の証券会社のいわゆる顧客に対する損失補てんの問題、一連の証券不祥事などを見ても、本当に監査役というのはこれは役割を果たしているのかなと。
 監査役制度の歴史をちょっと振り返ってみますと、昭和四十九年に大変大きな改正がなされた。しかし、これは聞きますと、山陽特殊製鋼の倒産問題、粉飾決算があったということで、そのことを契機にして大変大きな改正がなされた。そして昭和五十六年、恐らくその前のロッキード事件の問題だとかいろいろあったんでしょう。そして平成二年、そして今回。商法改正のたびごとに監査役の地位の法的な強化というのは進めてこられたんですけれども、なぜその期待された機能が発揮できないんだろうかな、これはもう多くの人たちが疑問に思っているわけなんです。
 実は時間の関係で後でお話ししようかと思ったんですが、東洋経済の体系経済学辞典というものを引っ張り出して、株式会社というのは一体何だろうかなということをそもそも尋ねてみようということでちょっとその第六版を調べてみて、いろいろずっと株式会社について記載された最後にこう書いてあるんです。これ、藻利重隆さんという一橋の会計学がなんかの専門家、私も教わったことがあるんですけれども、「なお、わが国の場合には、取締役の職務執行の監査のために監査役が株主総会によって選任されることになっているが、この監査役制度は、実質的には無意味に近い。」、「無意味に近い。」と。
 この東洋経済の体系経済学辞典第六版、一九八四年がこの第六版の改訂期ですから平成二年の改正は当たっていないのかもしれません。しかし、「無意味に近い。」と言われているほど株式会社の中でこの監査役制度というのは機能していない。いろいろ改正しているんだけれども、「無意味に近い。」と言われている。
 ここら辺、大臣、一体なぜこうなっているのかということについて御所見あれば言っていただきたいんです。
#49
○政府委員(清水湛君) まさに御指摘のような点があるということは私どもも承知いたしております。
 四十九年改正、御承知のように山陽特殊鋼を初めとする企業の大型倒産、これはすべて粉飾決算が原因となっている、こういうことから、昭和二十五年改正で取締役会制度がつくられるかわりに一たん監査役の権限は縮小されたんですけれども、再び監査役の権限を拡大強化して、しかも会計監査人という公認会計士あるいは監査法人による外部監査を大会社に強制する、こういう形で監査役の権限を大幅に強化しました。
 しかしながら、その後ロッキード事件、グラマン事件等が起こりまして国会でもいろんな議論が出てまいりました。四十九年改正の議論を踏まえまして私ども会社法の根本的な見直し作業を進めていたわけでございますが、そういうような問題も起こったということからさらに監査役の権限を強化する、こういうような措置を講じたのが五十
六年改正でございます。例えば五十六年改正では、監査役がみずから取締役会を招集することができるというような非常に強い権限も監査役に与えました。そういう意味で法的なシステムとしての監査役の権限も強化され、また責任も重くなりました。
 今回また監査役の権限の強化を図っているわけでございますが、いろいろと監査役の現実の業務に当たっている皆様方の意見を聞いてみますと、権限は非常に強いけれどもそれが非常に行使しにくい、だから行使しやすいシステムをつくってほしいというような要望が非常に強かったものでございますから、それならば権限を与えるだけではなく権限も行使しやすいようなシステムをつくったらどうかということで今回の改正に実はなっているわけであります。
 しかしながら、商法というのは基本的にはそういった会社が適法な営業活動をしていくためのシステムをつくる、違法な行為をする場合にはそれをチェックするようなシステムをつくるという、そういうシステムが不十分であるとうまく機能しないということもあるものですから、そういう意味での機能づくりと申しますか、システムづくりをするというのが商法でございまして、そういう商法に基づいて日常的に企業活動をするのは、これは具体的にそういう取締役会の立場にある人であり、あるいはそういうものをチェックする監査役の立場にある具体的な人であろうというふうに思うわけでございます。
 私どもといたしましては、少なくとも制度の面からそういうものが十分にされないということになっては困るということから、制度は完璧なものにする、あとはそういう制度を運用する人の心構えと申しますか、企業が本当にそういう制度にふさわしい人を取締役なり監査役に選んで適切にその権限を行使していただくということがやっぱり大事ではないかと。
 私ども学生時代に、商法は組織法であると、しかし企業行動法というのは商法とは別な分野の問題であるというようなことを指摘されたことがあるわけでございますが、先ほど御指摘のような某会社で監査役が先頭になって不正行為をするというようなことはまことに論外なことであり、これは問題外だと思いますけれども、しかし例えば四十九年改正を契機といたしまして、ほぼ一流の大手会社を網羅しました監査役さんの団体である日本監査役協会というようなものがつくられまして、いかに実効性ある監査をしていくかということを非常に熱心に研究されており、そのような研究成果が私どもとしては徐々にあらわれてきておると。ある会社では、監査役のもとに相当数のスタッフをそろえて常時会社の業務内容をチェックしているというような現実の会社も出てきているわけでございまして、徐々にということになるのかもしれませんけれども、それなりの効果は私どもは上がっているのではないかと。
 今回の権限を行使しやすくするというような制度によりまして、さらに有効な方策というか、効果が期待できるのではないかというふうに実は考えているわけでございます。
#50
○峰崎直樹君 制度的に起きないように全力を挙げているというお話だったんですけれども、私はどうもこの制度改正でも根本的なところは恐らく直ってないなというふうに思います。それはまた後で申し上げたいというふうに思うんです。
 この改正が出されている大きな背景の一つは日米構造協議の問題があると思うんですね。私どもいろんな資料を読んでもそういうことになっている。そうすると、アメリカあるいは欧米の監査システムといいますか、企業内監査と日本の監査の仕組みというものはどうもかなり根本的に違っているんじゃないか。仕組みを何か一見すると、今度監査役会制度が設けられるということになるとドイツのものに近いのかなと思ったりもするんです。思ったりもするんですが、しかしドイツの監査役会制度というのはそのもとで取締役会、経営執行部が人選をしたりする人事権を持っている。
 しかし、日本の監査役制度の流れをずっと見ていて、一番肝心なポイントである監査役というものをだれが選出するのか、それは形式的には株主総会ですよ。それはそうだろうと思うんです。しかし、株主総会というのはこれだけ大衆的な大型の大企業なんかになりますと、とてもとても株主総会というものが機能を果たしているとは思えないんです。
 ちなみに来月、六月二十九日ですが、一斉に株主総会が開かれる。しかも昨年よりも一斉に開く会社がふえているというようなことがあるんですね。これは諸外国の人たちから見るととんでもない話だと、株主総会に出ていろいろ言いたいのに言えないじゃないかというようなまた弊害をもたらしているようです。これはまあ別の問題でありますけれども、しかしどうも日本の株式会社の仕組みというものを考えたときに、さっき私、株式会社というのをなぜ辞典で引いたかというと、株式会社って何だろうなということを考えたときに、それは株主の利益のために実は企業というのは存在するのであると。
 ところが、どうも日本の場合には、先ほどの人事権との絡みもあるのでありますが、どうも経営者を含めた従業員のための会社になっているんじゃないのか。それは私は悪いとかいいとかいう価値判断を言っているんじゃないんです。ある意味では日本のもしかしたら先ほどの政治風土の問題でと言うと、日本の社会のある程度すぐれたところなのかなとも思ったりする、評価をされる面もあると思っております。
 しかし、一番大切な株式会社とは何ぞやといったときに、株主の利益をチェックすることだというそのチェックの機構が十分機能しないということであれば、ちょうどあたかも日本の政治と同じですね。自由民主党の政治が長続きしている。まあ社会党がだらしないからだと、先ほども五五年体制の一方の対抗馬が力が弱いからだということで大変我々も残念な思いをしているわけです。私も新人ですが、これから頑張りたいと思います。ちょっと今の政治の話は余計でありましたけれども、しかし株式会社の実態を見ても、そのチェック機能というものが一向に働いておらぬ。
 御存じのように、企業内監査の仕組みというのは、本来取締役会も経営者を取り締まらなきゃいけない。ところが、取り締まらなきゃいけない人に実は人選をされて取締役になっているとか、監査役の場合も同じような状況が続いているわけなんです。そこにメスを入れなさいというのが日米構造協議のアメリカ側の主張だったんじゃないでしょうか。
 そのことに対して今回の改正は本当に十分こたえているのだろうか。私はどうも肝心なところが、すなわち企業経営をきちんと株主の利益の立場に立って監査をしなさいというポイントは外れているんじゃないのかと。法務省の立場からすれば、商法というのは会計監査人が制度的にきちんと監査できるような仕組みを考えていますと言うけれども、その一番肝心なところのチェックをするところにはメスを入れられていないんじゃないのか、そういうふうに私は改正案の内容を読み取ったんですが、その点についていかがでございましょうか。
#51
○政府委員(清水湛君) 会社というものをどういうふうに考えるかということ、アメリカにおける会社のあり方、あるいは日本における会社のあり方、あるいはその他の諸外国における会社のあり方というようなものについては、御指摘のようにいろんな見方がありますし、御指摘のような議論も十分にされているというふうに私は思います。
 しかし、それぞれの歴史とか文化、伝統があるわけでありますから、外国の制度がこうであるから日本もそうであるべきだということには直ちにはならないのかもしれませんけれども、しかし例えば私どもが日米構造協議でアメリカ側と直接議論をしてつくづく感じますのは、アメリカにおきましては株主による会社のコントロールというのが非常に強いということでございます。私どもはそれに対しまして、実は日本では監査役という制度があるんだと、監査役が株主にかわって会社の
チェックをするということになっているから、それで特に株主、プロパーに強い権利を必ずしも認めるということが必要ではないというようなことを申し上げたこともございます。アメリカには監査役という制度はございません。取締役会がございまして、取締役会が同時に監査役的な仕事もするということになっております。
 しかしながら、株主の直接コントロールというものも非常に強くて、今回の例えば改正案でお願いしております代表訴訟という制度、株主が会社にかわって取締役の責任を追及するという制度があるわけでございますが、アメリカではこれが非常に利用されていると。これが逆に言うと取締役に対して大変なある意味においては脅威になっておるというような実情があるというふうに指摘されているわけでございます。
 そういうような会社の違いというものがあるわけでございますけれども、私どもといたしましては、そういうようなアメリカの実情等をも踏まえて、結局企業が同時に株主、この株主は出資者でございますから出資者に対して一定の利益を保障するために行動するということは当然大事であると同時に、一方では会社を支えるのは従業員でございますから従業員の利益もまた適正に保持しなければならない。さらに、企業が生産したものが社会に流通するわけでありますから一般の国民に対して迷惑をかけるような行為があってはならない、そういう会社の本来の存在のあり方というものを適正に保持していくためにはどうしたらいいかという我が国の会社法の歴史とかそういうものを踏まえてやっぱり対応していかなきゃならない、こういうふうに実は思うわけでございます。
 アメリカ側の問題とか、日米構造協議でこう言われたからこう改正するということではございませんけれども、やはり共通の問題としてアメリカ側にも日本側にも同じような問題があるということは実感しているところでございます。
 そういうような状況の中で、今回の改正が果たして十分であるかどうかいろんな議論はあるところかと思いますけれども、私どもといたしましては、代表訴訟制度あるいは監査役会制度の導入あるいは社外監査役制度の導入というようなものを一体的にとらえまして、会社の業務の適正化というものについてかなり有効な手段になり得るのではないかというふうに思っているわけでございます。
#52
○峰崎直樹君 アメリカでは株主のコントロールが非常にきいている。先ほど言われたように、いわゆる取締役会の中で監査をしているということ。それに対して日本で監査役というのがそれに該当するからそこに、アメリカで言えば社外取締役という、聞くところによるとゼネラル・モーターズですか、社外取締役が非常な力を発揮してとうとう会長さんをやめさせちゃったというような、そういう出来事も最近あったように聞いているわけですから、なるほどすごいなと思っているんです。
 さて、日本でも同じように監査制度があるからこの監査役に社外から入れれば、ではアメリカと同じような仕組みになるのか。私はどうもならないのではないかという気がしてならない。
 ここだけはポイントを外したら困りますということは、今、局長の答弁になかったんですけれども、それは何かといいますと、監査役の地位の安定あるいは独立性を本当に考えるためには、監査役を選任する人事権の問題、これをやっぱり見直さない限り実はどうにもならないんじゃないかなという気がする。中には大変な実力者が監査役に移行されて、社長さんにずけずけ物を言うとかきちっと監査をしているというような、そういう監査役もいらっしゃるだろうと思うんです。思うんですが、一般的にはそうなっていない。実質的に人事権を掌握しているのはいわゆる経営側のトップの方なんですね。職務に忠実な監査役がおられれば、取締役の不正をただそうとしたら再任は望めなくなる。
 その意味で、私は逆に監査役の人事権の問題について、監査役会が今度できるわけですから、個々の監査役もしくは監査役会に人事権といいますか、次の監査役はだれだれにいたしますという人事権を移すというような根本的な監査役制度の改正というものが求められるんじゃないだろうかと思うんですが、この点いかがでしょうか。
#53
○政府委員(清水湛君) 現行法については、これは十分にもう先生既に御承知のことですからくどくどしくは申し上げませんけれども、結局現在は監査役の選任議案につきましては、取締役会で候補者を決定しまして、その候補者について株主総会で決議をする、こういう仕組みになっているわけでございます。
 問題は、それが監査役の意向というか、本当にふさわしい監査役を選ぶというのではなくて代表取締役の意に沿うような監査役を実際問題としては取締役会で候補者として選んでしまう、こういうことになっているのではないかというような御指摘であるわけでございますけれども、確かにそうではないかと思われるような現象もあるということは私どもは十分に承知しているわけでございます。
 ただ、法律的な制度といたしましては、監査役の独立性を確保する手段といたしまして、この監査役の意見を反映させるために監査役が取締役会に出席して監査役の選任議案等について意見を述べるということもできますし、もしそれが取締役会で監査役の意に反する形での選任議案というものが出されたということになりますと、株主総会において監査役の選任等について監査役はみずから意見を述べるというようなことができるように法律上はなっているわけでございます。このように監査役の地位にある者の意見が将来の監査役の選任について十分反映されるようなシステムというものは現にあるわけでございまして、問題はそういう制度を今の監査役が十分に使えるようにするということだろうと思うのであります。
 今回、大会社について監査役会というような制度を導入いたしましたけれども、これも一つには、個々の監査役の意見ということになりますとなかなか遠慮が出てくるというものがあるであろうと。しかし、監査役会、合議体としての意見であるということになりますと、それなりの強い主張も可能になるということもございましょうし、あるいは社外監査役につきましても、それだけが独立して権限を行使するということになるとあるいは問題かもしれませんが、監査役会の構成メンバーとしていろんな立場から意見を述べることができるということになりますと、それもまた非常に他の監査役に対していい影響を及ぼすということも考えられるわけでございます。
 したがいまして、現在のように基本的にはやはり取締役会で候補者を決定するという仕組みは現状においては維持すべきではないかというふうに思うわけでございます。ただ、将来の問題として、先生御指摘のような監査役の選任議案の候補者は別に例えば監査役会等で決めるというようなことにしたらどうかというようなこともそれは考えられる問題だとは思いますけれども、現状ではまだとてもそこまではいってはいないのではないかと。今回の改正法で監査役会というものがつくられまして、これがどういうふうに現実に機能して効果を発揮していくかということについて私どもとしては関心を持って眺めてまいりたいというふうに思っているわけでございます。
#54
○峰崎直樹君 もう余り時間もなくなってきました。たくさんお聞きしたいことはあるんですが、どうもやっぱり肝心なところで、監査役の人事権の問題を含めて一歩踏み込めないものかなということを私自身はつくづく感じるわけです。
 ただし、監査役を監査役会まで持ってきた。これは実は法務省の言う従来の見解、たしかこれは五十六年ですか、寺田熊雄先輩、私どもの先輩が監査役会制度を設けたちどうだということに対して、いやそれは設けるに及ばないんだ、必要ないんだということを答弁されているんですが、これはなぜ今回はそういう答弁が変わったんでしょうか。
#55
○政府委員(清水湛君) 先ほど御説明申しました
ように、四十九年改正で監査役の権限は非常に強化されました。ところが、その後やはり企業の不祥事等が依然として絶えないということで、五十六年にさらに監査役の制度の充実強化を図るという改正をいたしたわけでございます。その際、監査役の人数を大会社につきましては二人以上、それまで商法は監査役は一人以上ということになっていたのでございますが、二人以上というふうにまず人数をふやす改正をお願いいたしたという経過がございます。
 それから、それまでの監査役の観念といたしましては、一種のこれは独任制の機関でございまして、監査役個人の名において直接に権限を行使するというような考え方でございましたので、監査役会というような組織的なものを監査制度の中に持ち込むということのためには相当詰めた議論をする必要があるというようなこともあったかと思います。それと同時に、三人以上でないとやっぱり会というものは構成できないということが一つの理由でございます。今回、大会社については三人以上お願いをするということになりましたので監査役会というものもスムーズに出ましたし、監査役の独自の権限との調整も十分に工夫をいたしておる、こういうことになるわけでございます。
#56
○峰崎直樹君 実はその質問をしたのは、監査役会制度に大会社が移行したと、そうすると取締役会とこの二つを将来的に、つまり従来個々の独任制の監査役から監査役会という一つの仕組みに持っていった、これを将来的にいわゆる二つの両輪として発展をさせていこう、こういう観点が実はあるのじゃないのかなと。しかもそこに社外監査役制度を入れられるということで、これの展開いかんによっては日本においてもきちんとしたチェック機構を持てるのかな、そのためには人事権のところがきちんとしなきゃいけないんじゃないのかな、そういう将来展望の問題についてちょっと実は聞きたかったわけです。それはもう時間ございませんので先に進めたいと思います。
 そこでちょっとお聞きしたいわけですが、社外監査役を今回設けられるということについて、大会社については三人以上のうち一人以上は社外監査役ということになるわけですが、その際、この社外監査役と言われている者の資格は、純粋に社外じゃなくて就任前五カ年間会社またはその子会社の取締役または使用人でなかった者、こういうふうにしている理由、さらにはその五年間というのは一体何なのか、また実際どのような人を想定されておられるのか、こういった点についてもしあればお聞かせ願いたいと思います。
#57
○政府委員(清水湛君) お答えいたします。
 社外監査役の要件として五年間というような要件でいいかどうかということについては、実は立案の過程ではいろんな議論がございました。五年間ではなくて、もう今まで全く関係のなかった人にすべきではないかという非常に強い議論と、いや、それは現実の問題として、この適用会社約八千社あるわけでございますけれども、八千社についてすべて五年間でも厳し過ぎる、せめて三年間ぐらいにしてほしいというような経済界からのまた一方では強い要望があったわけでございます。いろんな議論がされて、絶対五年間でなければならぬという法律的な根拠というのはないわけでございますけれども、諸般の事情を考慮いたしまして、社外監査役として初めての制度を導入するわけでございますから、さしあたって五年間ということで大方の最終的な同意が得られたということになるわけでございます。
 そういう前提のもとでどういう人が望ましいかということになるわけでございますが、これはそれぞれの企業がその企業の実情に応じて候補者を選び、それについて株主総会で承認をしていただくということで最終的には決着がつくわけでございますけれども、実際にはこの機会に弁護士さんとかあるいは公認会計士等の専門家、つまり商法で強制されております会計監査人以外の公認会計士ということになろうかと思います。そういうような専門家を入れるというようなこと、さらに先ほど申しましたように今度は監査役会という組織ができますのでそういう監査役会の中で有益な意見を他の監査役に対してもいろんな意味で述べることができるような経験豊かな人、こういうような人になってほしいと私どもは考えているわけでございます。
 具体的にこの法律が施行された後にどういうような人が現実に選ばれていくかということについて私ども実は大変関心を持っているわけでございまして、ぜひ適当な時期に実態調査もしてみたいというふうに思っているわけでございます。
#58
○峰崎直樹君 新聞報道によると、「社外監査役に元の検事総長」ということで住友商事がもう現在先取りするような形で弁護士の前田宏さん、元検事総長、そういう方もいらっしゃる。前の神谷さんという方もたしかどこかの企業の監査役やっておられました。
 さらに心配するのは、そういう中で省庁からの天下りみたいな人たちがどうもふえていくんじゃないかなという、これは法務省の方に意見を求めてもせんないことなのかもしれませんが、私はやはりそういうことであるならば、非常にまずいんじゃないかな。と同時に、メーンバンクとなるような銀行からもしこういう人材が出てくるということになると、株主の立場でもあるかもしれないが、債権者の立場でもある。そうすると、どっちを優先するかなというと、やっぱり債権の取り立ての方を優先しちゃうというような、そういう監査にバイアスがかかってくるようなことのないようにぜひこの点は、日本における監査役会制度というものが初めてできる、それを発展させていこうという観点からした場合、ぜひともこのあり方について私どもも注意深く国会の場から監視しなきゃいけないと同時に、法務省の立場からもよろしくお願いをしたいなというふうに思うわけでございます。
 もう時間がなくなってまいりまして、これはぜひ聞いてみたいなと思っていることなんですが、自社株の取得問題、これも一般質問で私実はなぜ経済対策の一環として入れるんだというようなことをちょっと聞いたわけでございます。
 五十五年ぶりにこの自社株取得が解禁されました。日本のいわゆる企業といいますか、ただでさえ会社が強過ぎる、法人資本主義なんというふうに言われて会社が強過ぎるときに、本当にこの自社株を解禁して一体どうなんだろう、こういう大変心配する点があるんですが、現在どのような審議状況になっているのか、そういった心配をされる点について来年の常会に出されるというような話を聞いておりますので、どのような日程になるのかだけを聞いて私のとりあえずの質問を終わらせていただきたいと思います。
#59
○政府委員(清水湛君) 自社株の取得は現在商法で厳しく制限されているわけでございます。今までの改正によって部分的に緩和されてきたという経過はございますけれども、基本的には禁止ということになっております。
 この自社株の取得制限につきましては、実はもう毎回商法改正のたびごと、昭和三十年代、四十年代、五十年代のそのたびごとに日本の取得規制は厳し過ぎる、これを緩和すべきであるというような御議論がございました。ただ、法務省といたしましては、この問題は会社法の根幹にかかわる問題である、言うならば出資した資本金を払い戻すという行為に該当するということで会社の空洞化を招くというような基本的な論点から非常に消極的な態度をとってまいったわけでございます。しかしながら、諸外国の最近における趨勢というものを見ますと、かなり多くの国におきましてこの制限緩和の方向に動くというような経過もございまして、最近非常にこの点について国際的な調和というような観点からもこの規制緩和を求めるというような声が強まってまいりました。
 そこで、公式には昨年の四月からでございますけれども、その前から法制審議会の内部におきましてはこの問題の取り扱いについて協議、検討を続けてまいったわけでございます。しかし、現実の問題といたしまして、この保有を緩和することができるかどうか、するとすればどういう理由で
やるのか、あるいは緩和するとすれば一体どこまで緩和するのか、緩和する場合にはどういう規制を加えたらよろしいのか。例えば、取得財源として配当可能利益というような立法例がある国があるわけでございますし、あるいは数量的に発行済み株式総数の十分の一に限定するというようなEC法、ECの統一会社法は大体そういう考え方でございますけれども、そういうようないろんな立法例が出ておるわけでございます。
 私どもといたしましては、我が国の株式会社の実態というものに照らしまして、諸外国がそうであるからそうでなければならぬということでもございませんし、現に諸外国の中にも日本と同じように厳しい規制をとっておる国もあるわけでございますので、そういうような実情を踏まえながら問題点を実は整理いたしまして、ことしの二月、緩和するともしないとも、そういうことについて私どもの方針は一切明らかにすることなしに、十三項目にわたる問題点を整理いたしまして関係方面に意見を照会いたしたところでございます。五月じゅうにはほぼ関係団体からの意見が出そろってくると思いますので、それを踏まえましてさらにこの調査、審議を続けてまいりたい。具体的には現在法制審議会の場で議論をいたしておりますので、これを推進してまいりたいというふうに思うわけでございます。
 たまたまそういう時期に政府の閣議決定の中で当面の経済政策の中で自社株について検討を促進するというような趣旨のものが入っておりますけれども、私どもは基本的にはそのときどきの経済情勢というような観点からこの問題は議論すべき問題ではなく、会社法の基本問題として会社制度はいかにあるべきかという観点からやはり議論すべき問題だろうというふうに思います。
 しかしながら、問題が非常に長い時期にわたって議論されている問題でございますから、論点もある意味においては尽きているという問題もございますので、できるならば次の通常国会までに、どういう中身になるか知りませんけれども、何とか結論は得たいということで目下努力をいたしておるというのが現状でございます。
#60
○峰崎直樹君 ありがとうございました。
#61
○委員長(片上公人君) 午前の質疑はこの程度にとどめ、午後一時まで休憩いたします。
   午前十一時五十九分休憩
     ――――◇―――――
   午後一時一分開会
#62
○委員長(片上公人君) ただいまから法務委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、商法等の一部を改正する法律案及び商法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案を一括して議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#63
○下稲葉耕吉君 商法の審議に入ります前に一件ほど御質問いたしたいと思います。
 今、カンボジア問題で大変国内が沸き立っているわけでございますが、その中で中田さん、高田警視の痛ましい殉職がございました。私も大変関心を持ってその問題に取り組んでいる一人でございますけれども、当委員会の所管でございます裁判所でも実は本当に痛々しい殉職事件があったわけでございます。
 新聞報道によりますと、四月二十七日の十時ごろ、東京地方裁判所において田村善四郎警備員、警備係長が殉職された事案が報道されているわけであります。
 ひとつその問題につきまして、事案の概要等を最高裁の方から御報告いただきたい。
#64
○最高裁判所長官代理者(泉徳治君) ただいま委員からお話のございましたように、本年四月二十七日、東京地裁で田村法廷警備員が民事事件の当事者に登山ナイフで刺し殺されるという事件が発生いたしました。
 この民事事件は、二十四歳の女性原告が四十四歳の男性被告に対しまして婚姻無効の確認を請求するというものでございます。訴状によりますと、二人は昭和六十三年に同棲を始めまして、平成三年に同棲を解消したにもかかわらず、平成四年に男性被告が勝手に婚姻届を行った、こういうことで無効確認を求めるというものでございます。
 四月二十七日午前十時から、東京地裁六階の六一五号法廷におきまして第一回口頭弁論が開かれる予定になっておりました。九時四十六分ころには原告の女性とその代理人の弁護士が出頭いたしまして、法廷内で開廷を待っておりました。九時五十分ころに被告の男性が出頭いたしまして、法廷内の原告女性を見つけ、いきなり顔面を殴るなどいたしましてその場に転倒させ、その左手首におもちゃの手錠をかけまして、ジャンパーの下に隠し持っておりました刃渡り十六センチの登山ナイフを取り出しまして、逃さないぞ、おまえを殺しておれも死ぬつもりだなどと叫びながら、ナイフを女性の背中に突きつけ、法廷から廊下に連れ出そうといたしました。制止しようとした廷吏に対しましても、近づくとおまえも殺すぞとおどしております。九時五十五分ころに、この騒ぎを聞きつけて駆けつけました隣の法廷の廷吏が、法壇に備えつけてございます緊急連絡用のボタンを押しまして警務課に連絡いたしました。
 そこで、警務課長と法廷警備員八名が六一五号法廷に急行いたしましたところ、ちょうど男が女性を法廷から連れ出すというところでございました。このとき、廷吏は法廷警備員に対しまして男がナイフを持っているということを告げてございます。
 男は、女性を抱えるようにして廊下を歩き出しまして、その周りを法廷警備員が取り囲むようにして一団となって移動する形になりました。警務課長が男に対しまして、どうしたのか、とまりなさい、放しなさいなどと話をしているうちに、女性が男を振り切りまして、助けてと叫びながら反対方向に走り出しました。これを男がナイフを持って追いかける形になったのでございます。
 そこで、亡くなりました田村善四郎法廷警備員が男に後ろから飛びつき、取り押さえようといたしました。このときに、田村法廷警備員は男にナイフで刺されたのでございます。
 男は、後日起訴されておりますが、起訴状によりますと、男は取り押さえられそうになったためにナイフで田村法廷警備員の右肩を力任せに刺したということでございます。
 田村法廷警備員は、救急車で日大病院に運ばれましたが、午前十一時二十七分、出血多量で死亡いたしました。享年五十九歳でございました。
 なお、女性の方は、廷吏の誘導で法廷専用エレベーターによりまして十階に逃れまして、裁判所の医師、看護婦の付き添いで警察病院に収容されましたが、こちらの方は、幅一センチ、深さ〇・五センチの軽傷で、手当てを受けた後そのまま帰宅しております。
 また、男の方はそのまま逃走いたしましたが、翌日逮捕されまして、五月十九日に殺人罪で起訴されております。
 このように、裁判所職員が職務遂行中に殺害されるというのは初めてのことでまことに残念でございまして、痛惜の念にたえないところでございます。また、このような不幸な事件を防止することができなかったことにつきまして、関係者一同反省もいたしているところでございます。
#65
○下稲葉耕吉君 大変痛ましい、そしてまた壮絶な殉職でございまして、心からお悔やみ申し上げたいと思うのでございます。
 そこで、私が問題にいたしたいのは、今御説明がございましたように、裁判所では初めての経験だということでございました。それだけに、殉職に伴う遺族の方々に対する褒賞といいますか、そういうふうなものがどういうふうになっているのか、ひとつ簡明に御答弁いただきたいと思います。
#66
○最高裁判所長官代理者(泉徳治君) 私どもでは、田村法廷警備員は民間人の生命を守るためにナイフを振りかざす犯人に立ち向かいまして犠牲になったものでございますので、裁判所職員表彰
規程の「危険を顧みず身をていして職員を尽した者」ということで最高裁長官表彰を行った次第でございます。
 また、田村法廷警備員は、本年四月一日付で東京地裁の警務課警備第二係長に昇進いたしまして六級十五号俸に昇格したばかりでございますが、殉職の四月二十七日付で警務課課長補佐へ昇任させまして、また八級十四号俸への昇格昇給の措置をとったところでございます。また、叙位叙勲につきましても現在申請中でございます。
 今お尋ねの御遺族に対するどういう手当てがなされるかということでございますが、退職金が二千五百四万三千二百八円、それから、これは公務災害でございますので、公務災害補償が千五百十三万二千二百六十円、それから遺族共済年金といたしまして百六十八万五千六百円、合計で四千百八十六万一千六十八円の給付がなされるという状況でございます。
#67
○下稲葉耕吉君 ここに大臣もいらっしゃいますけれども、私も長いこと警察の仕事に従事させていただきまして、私自身も殉職者を出したりいろいろな事案がございました。
 そういうふうなことで、そういうような背景でお伺いいたしたいんですが、公務災害補償につきましても、特殊公務災害ですか、人事院の規則等によりまして、普通の災害補償より五割増しの規定がございます。多分これは初めてのことだということでそういうふうな規定が整備されていないんじゃないかというふうな感じもいたします。
 それから、警察官等の賞じゅつ金につきましては、また別に殉職者賞じゅつ金制度というものがほとんどの都道府県で条例で制定されております。加えて、警察庁長官の殉職者特別賞じゅつ金という制度もございます。さらに、今回の高田警視の例に見られるような殉職につきましては、それに加えまして内閣総理大臣の特別褒賞金というふうなものもあるわけでございます。
 今私が申し上げました点につきましては、今回の事案についてはそれまで規定が整備されていないだろうと思います。最高裁判所は法律の有権的な解釈をなさるんだけれども、自分たちのそういうような問題につきましては規定の整備がなされていないというのが私は実情ではなかろうかと思います。
 これ以上申し上げませんけれども、大変起きたことは残念なことでございますが、早急にそういうふうな問題について整備されまして、そして遡及して適用ができるような手だてを積極的にお取り組みいただきたい、私どもも積極的に御支援してまいりたい、このように思いますが、局長の御感想なり決意があればお聞かせいただきたいと思います。
#68
○最高裁判所長官代理者(泉徳治君) ただいま大変御理解のあるお言葉をいただきまして大変感謝いたしております。
 先ほど申しましたように、こういった殉職という事態が発生いたしましたのが今回初めてでございましたものですから、私どもでは賞じゅつ金支給規程がつくられておりませんで賞じゅつ金を支給するという制度ができていないのでございます。それから、御指摘の公務災害の一・五倍の給付ということにつきましても適用の対象職員となっていないのでございます。
 私どもといたしましては、今回の事態を受けまして、法務省職員でありますとか警察官等に設けられております賞じゅつ金の制度を裁判所職員についてもつくることができないかという観点から、早速他省庁の賞じゅつ金規程を取り寄せるなどいたしまして、現在検討いたしているところでございます。あわせまして、公務災害の一・五倍の支給につきましても裁判所職員が適用対象にならないか、現在調査研究して検討いたしているところでございます。
#69
○下稲葉耕吉君 以上、冒頭にお願いいたしまして、商法の質問に入りたいと思います。
 明治三十二年三月に商法が制定されましてから、私なりに調べてみましたら今回まで二十九回の改正で、平成に入りましてから三回目でございますか、というふうに思います。
 会社の社会的責任は大変重いわけでございますし、また経済社会情勢の変化に対応いたしました商法の改正というものは必要なことでございますが、ややもしますと現在の商取引等そういうふうな中における既成事実を追認するような形の商法の改正というのが感じとして受けるわけでございますけれども、今回の商法改正に至りますまでの経緯だとか趣旨、目的につきまして、余り時間もございませんので簡明に御説明いただきたいと思います。
#70
○政府委員(清水湛君) 御指摘のように、現在の商法は明治三十二年につくられたわけでございますけれども、その前に明治二十四年の旧商法というのがございまして、これが明治二十六年の七月一日に一部施行されたわけでございます。そういう意味では会社法はちょうどことしで百周年を迎える、こういう折り目の時期にもなっておるわけでございます。
 戦前の商法の改正といたしましては、例えば昭和十三年改正というのが非常に大きな改正でございますけれども、戦後は、戦前の会社法が主としてドイツ法に範をとっていたというようなことでございましたけれども、アメリカ法的な考え方が大量に流入いたしまして、そういった観点から昭和二十五年の大改正がされているわけでございます。二十五年の大改正を契機といたしまして、その後ほとんど数年置きに商法の改正がされておるという経緯になっておるわけでございます。これは、戦後の日本の経済が極めて急速に発展してきた、そのためにまた会社の組織とかあるいは会社自体の企業行動をめぐる問題、そういうものがいろいろな形で噴出してきたということがその背後にあるということは御指摘のとおりであると思います。
 最近でも、例えば昭和四十九年改正というのがございますけれども、これは昭和三十年代から四十年代に続きます企業の大型倒産、山陽特殊鋼の会社更生法適用というのが大きな事件としてよく挙げられますけれども、そのほかにも大きな企業倒産がございまして、ほとんどすべてが企業の粉飾決算というようなものに起因をしておるというようなことが指摘されまして、これが四十九年改正の大きな問題になったわけでございます。昭和二十五年改正で一たん取締役会制度というものができましたために監査役の権限というのは大幅に縮小されたのでございますけれども、そういう経験を踏まえまして、四十九年改正で監査役の権限を大幅に強化するとともに、いわゆる公認会計士等の外部監査を一定の会社について強制した、こういうことになるわけでございます。
 その四十九年改正の際に、やはり日本の経済の現状に照らして会社法を根本的に見直すべきではないかというような趣旨の附帯決議が衆議院の法務委員会、参議院の法務委員会等でされました。それを踏まえまして、法務省といたしましては昭和五十年に、企業の社会的責任、株主総会制度の改善策、取締役及び取締役会制度の改善策、株式制度の改善策、株式会社の計算公開の問題、それから企業結合、合併・分割の問題、最低資本金制度及び大小会社の区分の七項目につきまして根本的な問題としてこれを取り上げまして見直し改正作業をしてまいったわけでございます。
 そういう基本的な見直し改正作業の中で実は昭和五十六年改正というものがされているわけでございますが、これは当時のロッキード事件等、航空機等をめぐる疑惑の中でやはり会社法に問題があるのではないかというような指摘もございましたので、そういう指摘をもあわせまして、先ほど申しましたような根本改正作業で一応の結論の出ておりました株主総会制度の改善策、あるいは取締役なりそういった制度の改善策というものを織り込みまして五十六年改正がされたわけでございます。さらには、平成二年改正におきましては、改正作業の継続として最低資本金制度の問題が先ほど申しましたようにあるわけでございますが、その実現を図るということになったわけでございます。
 今回の改正は、そういう基本的な改正事項の中でずっと研究、検討が続けられておりました社債に関する問題を全面的に取り上げるとともに、最近の金融・証券不祥事との関連で国会等で御議論のございました監査制度の充実強化、あるいは日米構造協議等で問題として取り上げられました株主の権利の強化等の問題を取り上げまして改正案としてまとめたということになるわけでございます。
 なお、私どもといたしましては、現在、企業結合の問題、会社の合併の問題、分割の問題、大小会社の区分の問題、有限会社法の問題等、この昭和四十九年の衆参法務委員会における附帯決議の線に沿った根本的な改正見直し作業を引き続き継続をしているわけでございますが、そういった根本的な見直し作業と同時に、そのときどきにおけるいろんな問題解決のための緊急の法改正も同時にあわせてやっておる、そういう意味で今回の改正法はそういう流れの中の一つの位置づけを持っておるというふうに私どもは考えているわけでございます。
#71
○下稲葉耕吉君 それでは内容に入りますが、株主による会社の業務執行に対する監督是正機能強化の問題につきましてお伺いいたします。
 まず、訴訟の目的の価額を九十五万円というふうにみなすということになっているわけでございますが、その根拠。印紙代は八千二百円というふうに理解していいのかどうかお伺いいたします。
 それから、時間もございませんので質問だけいたしておきますが、これは二百六十八条ノ二ですか、株主が代表訴訟で勝訴の場合に、会社に対しその費用の額の範囲内において相当の額の支払いを請求することができるものとする、こういうふうになっております。相当な額とはだれがどういうふうにして決めるのか、この辺のところ。これが二点。
 三点目は閲覧権でございます。十分の一から百分の三に数字がちょっと変わったということで見やすくなったということですが、その辺の考え方。
 そういうような形で言いますと乱訴になるんじゃないだろうかという懸念がしないでもないんですが、それについての法務省の見解。
 以上、四つ質問しました。
#72
○政府委員(清水湛君) まず、代表訴訟の目的の価額を九十五万円とみなすということにいたした根拠でございます。
 九十五万円とみなしましたために訴状に貼用する印紙の額は御指摘のとおり八千二百円で足りる、こういうことになります。
 なぜ九十五万円としたかということでございますが、実は株主の代表訴訟の手数料の算出の基礎となる訴訟の目的の価額につきましては、いわゆる請求額説という考え方と、それから九十五万円説、つまり訴訟の目的の価額が算定不能であるということで九十五万円とみなすというような二つの考え方がこれまでも裁判所の中でございまして、実は裁判所によって取り扱いが分かれるというような問題があったわけでございます。
 それぞれにそれなりの理由というものがあるわけでございますけれども、法律の解釈として窓口の段階でそういう解釈が分かれるというのは適当ではないんじゃないか、どちらかにやはり統一をする必要があるということが第一点でございます。私どもといたしましては、九十五万円とする方に統一をするということで法律の規定でその統一を図ったということがまず第一の理由になるわけでございます。
 それならばなぜ九十五万円の方を選んだのかということでございますけれども、やはり会社が直接取締役に対して損害賠償請求をするという場合にはいいわけでございますが、株主が会社の権利を代位して請求するというのじゃなくて、いわば株主を代表して請求するということになりますと、直接に例えば百億なら百億の請求をする場合に、株主がその百億円の利益を受けるわけではない、株主全体、会社全体のために百億の請求をするという立場にございますので、百億を基準としてこの訴訟費用を納めさせるということはいささかどうかというような点、それからやはり代表訴訟を起こしやすくするというような意味におきまして九十五万円説をとるのが相当である、こういうことになったわけでございます。
 それからもう一つは、これは日米構造協議でも問題にされたわけでございますけれども、アメリカ側の考え方というのは、やはり取締役なりそういった会社の経営執行部の責任というのは非常に重い、しかし法律上責任が重いというだけではなくて具体的にそれを追及する手段というものがないとこれは絵にかいたもちではないか、日本でも取締役とか監査役の責任は非常に重いと言われているけれども現実にはその責任の追及はされていない、その責任を追及する手段である代表訴訟制度というものがうまく機能していないからそういうことになっておるのではないかというような指摘があったわけでございます。
 私どもアメリカ側からそういうような指摘があったからそうだというふうに考えたわけではございませんで、代表訴訟制度の活性化というのはかねてからの問題であったわけでございます。そういう意味で、これはアメリカ側からその問題の指摘があったからというわけではございませんけれども、やはり代表訴訟制度の活性化を図るという観点から九十五万円とするのが妥当である、こういうことにいたしたわけでございます。
 それから第二番目の御質問の株主は会社に対し訴訟に要した費用の額の範囲内において相当な額の支払いを請求することができるという、この場合の相当な額とはだれが決めるのかということになるわけでございます。
 代表訴訟に勝訴した株主は、このような費用につきましてみずから相当と認める、自分は相当な費用はこの範囲の金額であるということで恐らく第一次的には会社に請求をするということになろうかと思います。会社の方では、そうはいってもそれは相当な額ではないということになって、もしこれが争いになるということになりますと、結局勝訴した株主の方では会社を相手取って相当な額の支払いを請求するということになるわけでございまして、最終的には裁判所がその相当な額を判断するということになろうかと思います。
 私ども具体的には、本来の訴訟費用は勝訴いたしますとこれは敗訴者の負担になりますので問題外といたしまして、訴訟費用ではない費用で会社に対して支払いを請求することができる金額といたしましては、訴訟を提起する場合の準備行為としての事実関係の調査費用というようなものが主なものではないかと。それ以外のものといたしましては、弁護士の事務所に行くための交通費用、あるいは司法書士等に払った報酬等がこの相当な額の中に含まれるものと考えておりますので、ある程度そういった形で具体的な基準というものはおのずからつくられていくのではないかというふうに思っております。
 それから三番目の質問の帳簿閲覧権を十分の一以上から百分の三以上にした根拠は何かということでございます。
 これも株主の権利の問題でございまして、帳簿閲覧権というのは株主が会社に対して各種の行為をするいわば前提としての行為でございます。例えば取締役の解任を請求するとか、あるいは先ほど申し上げましたような取締役の責任を追及するための代表訴訟を提起する、こういうような行為をする場合のいわば前提となるべき調査行為でございます。これにつきましては、現行法は十分の一ということになっているわけでございますが、これを百分の三に緩和いたしました。一これも実は日米構造協議等で、日本における株主の権利というものは非常に弱いのではないか、アメリカではたとえ一株の株主でも帳簿閲覧を請求することができる、もちろん会社側では不当な閲覧請求に対してはこれを拒否することができるということは大幅に認められておりますのでそれはまた考え方の問題かと思いますけれども、そういった株主が直接に会社をコントロールするというような思想はかなり強く出ておるというような
問題がございます。
 日本では、午前中も御議論がございましたように、監査役という制度がございますのでそれだけ株主のこういった閲覧の要件というようなものも重くなっているという事情があるわけでございますが、しかし少なくとも株主が帳簿を閲覧していろんなことを調査するという場合に一割持っていなければならないというのはいささかこれはきつ過ぎる、一般的に商法で株主が各種の行為をする場合の持ち株要件というものが大体百分の三になっているというようなことも考慮いたしましてこの際百分の三までに緩和する、こういうことにいたしたわけでございます。
 この百分の三は一人で持っていなければならないというわけではございませんで、株主が数十人集まって合計で百分の三ということも可能になるわけでございまして、この結果として帳簿閲覧の請求をすることができる株主の数は具体的にはかなり増加するというふうに思われるわけでございます。
 そこで問題は、代表訴訟にせよあるいは帳簿閲覧にせよ、こういったものが乱用されてかえって会社が不利益な立場に追い込まれるのではないかというような御心配があるわけでございます。
 代表訴訟につきましては、アメリカと違いまして株主の方に直接金を払えという意味での請求は日本ではできませんで、会社に対して支払えというような形になっておりますということと、それからやはり何でもかんでも会社を困らせるために訴訟を起こすということは認められておりませんで、もしそういう悪意のある訴訟の提起ということになりますと、これは被告となった取締役の方で裁判所に申し立てまして、取締役がこうむることがあるべき損害につき担保の提供を求めることができる、こういうようなことになっているわけでございます。
 これまでも裁判所によりましては九十五万円とみなして印紙を納めさせて代表訴訟の提起を認めておるという裁判所があるわけでございますが、我が国の実情といたしましては、実際問題としてそれほど代表訴訟が乱用にわたるような形で起こされておるというようなことにはなっていないというふうに思うわけでございます。
 アメリカの実情等を私は必ずしもつまびらかに承知しているわけではございませんけれども、アメリカではやや乱用の気味があると。それは株主の権利意識の問題も違いましょうし、弁護士の数も非常に多いというような問題もある。あるいは弁護士の報酬が成功報酬制度であるというようなことも影響しているというような指摘をなさる方もおられるわけでございますけれども、それほど私どもといたしましては乱用の弊害ということは心配する必要はないというふうに思うわけでございます。
 また、帳簿閲覧の問題につきましても、十分の一から百分の三になったからといって、会社の方では不当な閲覧請求に対してはこれを拒むことができるということで、これは現行法の商法におきましても拒絶の事由というものは明確にされておりますので、これらを適切に行使することによりまして、いわゆる総会屋等が会社から金品の交付を受ける等の目的を持ちまして不当にこのような行為をするということにつきましては十分に防御をすることが可能ではないかというふうに思っているわけでございます。
 以上でございます。
#73
○下稲葉耕吉君 それでは、今度は監査役制度の問題について御質問いたしたいと思います。
 午前中、峰崎先生ですか、御質問されまして、私も共鳴する部分が大変多いわけでございます。監査役というのを辞書引いてみたら余り役に立っていないようなお話だったんです。会社全体の役員を見てみますと、社長がいて取締役がいて監査役がいる、だんだん下がってくるわけですね。そして取締役にいま一歩という人が監査役になったり、取締役にできぬから監査役で年功序列もあるから置いておこうじゃないかとか、そういうふうな流れの中で監査役制度というのが議論されていたんじゃないか、いるんじゃないかと言うとまた言い過ぎかもしれませんが、そういうふうな従来の監査役制度じゃだめなんだと。やはり新しい観点から監査役制度というのはいかにあるべきか、その辺の調整の問題。いかにあるべきかというのは、それは国際的にですよ。
 監査役というのはいかにあるべきか、今いろいろお話がございました。国際的な問題もあるし、あるいは日米構造協議という具体的な目先の問題なりなんなりというのもあるんですが、日本の株式会社というものがいかにあるべきかということについての基本的な考え方、そういうような中で監査役というのがいかにあるべきかということだろうと思うんです。
 だから、そういうふうな問題についてやはり私どもはこの際はっきりした考え方を確立して、そしてその柱のもとに監査役というのはいかにあるべきだというふうな形でいかなければ、現状追認になったり、あるいは余り哲学のないような改正になったりする危険性があるんじゃないかというふうな感じがするんです。
 そういうふうな角度から簡単な質問をいたしますと、取締役は任期が二年というのはそのまま残っております。今度は監査役が三年ということなんですね。この二年と三年というのはどういうふうな意味があるのか、まずその辺のところをお伺いしたいと思います。
#74
○政府委員(清水湛君) 取締役も任期が二年、監査役も任期が二年というのが現在の制度でございます。その中で監査役の任期を今回伸長いたしまして三年にする、こういうことにいたしたわけでございます。
 この任期の問題につきましては、結局監査役の地位の安定を図ると申しますか、取締役と同じように始終かえられるというのでは結局会社の執行部に対して率直に意見を述べるというようなことはなかなか難しい、そういう意味で監査役の地位の安定を図ることが必要である、こういう認識がまずあるわけでございます。
 そういうような議論の中で、監査役の任期については、例えば四年にしたらどうかとか、あるいは二年でも結構であるけれども必ず一期は再任する、つまり四年間は監査役として最低限勤めるというような形にすべきであるというようないろいろな御意見がございました。
 私どもといたしましては、確かにおっしゃるように、日本の監査役につきましては、少なくとも四十九年改正前における議論は、取締役になれなかった人が監査役に年功序列でなるというようなことは確かに多かったという感じを率直に言って持っているわけでございます。しかしながら、四十九年改正で監査役が取締役会とは独立した非常に強い地位というものが保障される、取締役会に出席して意見を述べることができるし、さらに五十六年改正ではみずから取締役会を招集する、あるいは取締役から営業状況についての調査報告を求める権限、これはもう四十九年改正でできたのでありますけれども、五十六年改正では使用人からもそういうような営業状況についての報告を求めることができるというような形で非常に権限を強化したわけでございます。
 そういう権限強化の過程の中で、やはりそういう権限を適切に行使することができるためには任期をひとつ延ばすということが確かに重要な要素であろうというふうに考えまして、しからばその任期を何年にするのが最も適当かというようなことで実は関係方面における調査等もいたしたわけでございます。そういうような議論の中で、とりあえず取締役は二年ということでございますので監査役の場合は三年にする、一期再任されれば少なくとも六年間は監査役として十分な仕事をすることができるであろうというようなことについても期待を込めましてこのような三年というふうな制度にしたわけでございます。
 一方、取締役につきましては、これは会社の業務執行機関で日々いろんな重要な判断を業務執行行為として現実にやっていかなければならない立場にある。そういう方についての任期はむしろ延
ばすというよりか、ある程度、二年程度で株主総会における信任の機会をふやすということもまた意味があるということでございますので、取締役については二年、監査役についてはそれを延ばして三年とするということについてもそれぞれ合理性はあるのではないかというようなことからこのような改正案にいたした、最終的にはそういう形で関係方面の意見の一致を見た、こういうことになるわけでございます。
#75
○下稲葉耕吉君 監査役が三年になって取締役が二年。そうすると、二年たって株主総会があって、今から三年目に入る監査役を今度は取締役にするというふうなことは大変難しくなりますか、ちっとも構わないんですか。
#76
○政府委員(清水湛君) 恐らく、今まで取締役だった者を監査役にするということを考えた場合に、まだ現在の監査役は任期があるから監査役の席があかないというようなことが起こり得るということではないかという御質問だと思いますが、あえてそういうようなことが起こっても仕方がないというか、そういうことは起こらないように取締役の任期の方も、例えば六年目には一致するわけでありますから、そういうときにしかるべく調整をするということが可能ではないかというふうに思います。三年の任期のある監査役を別の取締役を監査役にするために二年で任意にやめさせるというようなことが行われるというふうなことになりますと、これは問題外だと思いますので、そういうことにはならないのではないかというふうに思うわけでございます。
 失礼しました。監査役から取締役になるということにつきましても、三年の任期の途中で例えば監査役を退任して取締役になるというふうなことが場合によっては起こり得ることであるかもしれませんけれども、本来やはり監査役として任期を全うして、その間監査役としての職務を誠実に行っていただくというのが法の趣旨ではなかろうか。ただしかし、御本人がやめて取締役に就任することを望まれるということであれば、これはまた当該個人の問題であると、こういうふうに言わざるを得ないのではないかというふうに思います。
 質問を誤解いたしまして、失礼いたしました。
#77
○下稲葉耕吉君 大会社の監査役は三人以上、資本金五億円以上、負債総額二百億以上の大会社は八千社ぐらいというふうな御説明でしたね。一人は社外監査役、少なくとも五年間は会社あるいは子会社等と関係のなかった人、こういうふうなことですね。
 そこで、じゃ五年たったらいいのかというと、いいというわけなんですが、監査役はやっぱり会社の実情をよく知っておる人でなければ本当の監査というのはできないんだと。外から来た監査役というのは会社の実情がわからぬものだから名前だけで、実際は会社の実情をわかっている監査役がいいんだという議論は議論としてあるんですね。
 ただ、私はそういうふうな考え方だけだと従来のパターンから抜け出せないと思うんです。例えばAという銀行とB、C、Dという銀行があるとした場合に、Aの銀行とBの銀行とCの銀行といろいろ違うかもしらぬけれども、やはりそういうふうなものに対する監査役としてのアプローチの仕方というのは大体共通のものがあるんじゃないかと思うんです。
 だから、やっぱりそういうふうな意味で専門の監査役の育成なりなんなりというのは今後の方向として当然出てくるんじゃないだろうか。会社の実情をわかっていて云々ということもそれは一つの理屈ですよ。しかしながら、それはやっぱり社長、取締役、監査役のラインの中では考えられることだけれども、新しい考え方、新しい会社の運営、あるいは株主の代表としての監査役というふうな角度からいいますと、そういうふうな専門の立場の監査役の機能というふうなものを強化することが必要じゃなかろうか。監査役会なりなんなりというのが新しく導入されたわけですけれども、その辺のところが今後の問題も含めまして監査役機能強化の一つのポイントになるんじゃないだろうか、こう思うんですが、いかがでございますか。
#78
○政府委員(清水湛君) 会社の監査機能をどういう形で持っていくのが将来の問題として適切かという問題については、いろんな考え方があろうかと思います。私どもの今回の改正案では、大会社について社外監査役という、この要件についてはいろいろ御議論ございますけれども、現時点における一つの考え方というものをまとめまして、社外監査役制度というものを採用すると同時に、監査役会というものを組織させまして、その中で社外監査役のいろんないい面を発揮していただくということを考えたわけでございます。
 確かに御指摘のように社外監査役、アメリカでは社外監査役というのはございませんで社外取締役、監査役という制度がございませんから取締役会の中にいわゆる社外取締役が入るというようなことがある程度事実上行われているわけでございますが、そういうものについてのいろんな意見というものを見ますと、非常に社外取締役が有効であるという意見と、結局会社の実情について十分に理解し得ないまま形骸化しておるというような意見、これはアメリカでも実は同じような意見がされているようでございます。
 そういうような問題を考えますと、これから会社の監査機能をどういうふうな方向に持っていくか。ある程度専門的な能力のある人を社外監査役として活用するというような方向で何らかの措置を考えるのか、あるいはアメリカ的な社外取締役制度までいくのかというような問題、これは十分に私ども将来の問題としては研究、検討をしていかなければならないと。現状では今回の改正案のような形で関係方面の合意が得られたわけでございますが、将来の問題としてはやはり先生御指摘のような大きな問題があるというふうに私どもは認識しているわけでございます。
#79
○下稲葉耕吉君 時間も余りございませんので、じゃ次の質問に入ります。
 社債制度の問題に入りますが、今回の改正で社債発行の限度額を青天井にした、撤廃したということで。それに対応いたしまして社債管理会社というものをつくるという制度が導入される。社債管理会社は銀行あるいは信託会社、担保付社債に関する信託事業を営む会社と書いてございます。
 最近の報道を読んでおりますと、都市銀行でも一兆数千億の不良債権を出して償却するんだと、不良債権を今度の決算で償却するということが報道されています。一兆数千億ですよね。都市銀行においてすらしかり。そうでない銀行においてはもっともっといろいろ難しい問題があると思うんですが、そういうふうな銀行に今度は社債管理会社になってもらう。果たしてそれで大丈夫なんだろうかなという感じがいたします。
 しかも、その社債管理会社をどこが選ぶかというのは、会社が社債管理会社を定めるということになって、これは二百九十七条にあります。要するに会社が独自の判断で社債管理会社が決められるということになりますね。そういうことになりますね。
 社債は国民が買うわけですね。そうしますと、社債を買う人はあそこの社債管理会社ならいいかもしらぬけれどもという懸念があるかもしれませんね。しかし、あすこの社債を買いたいんだけれども、社債管理会社がこれはちょっといろいろ情報をとってみると危ないじゃないかというふうなこともあるわけですね。
 そういうふうなことで、社債権者は管理会社の決定については全く関与できない仕組みになっているわけです。それを救済するためにいろいろなことが書いてあるんですけれども、その辺のところは仕方ないんですか。問題ないんですか。
#80
○政府委員(清水湛君) この法律案による社債管理会社というのは銀行ということになるわけでございますが、実はこれは現行法でも、設置強制ではございませんけれども、事実上社債を公募するという場合には銀行が社債を募集するための受託会社になるということで、社債権者のための管理
機能も現実にもう多数の銀行が営んでいるわけでございます。
 そういう意味で、銀行について社債管理上問題が生じたということは今までないということから、銀行の管理能力というものは十分信用できる、こういうふうに実は考えているわけでございます。現実に社債管理会社というのは個々の社債権者、これは非常に多数にわたるわけでございますが、非常に長期にわたって巨額の社債の管理を行うということでございますので、社債をめぐるもろもろの法律関係というものを考えますと、銀行以上にすぐれた管理能力を持っている機関は存在しないのではないかというふうに思うわけでございます。
 そこで、今度は社債を買うと申しますか、応募する一般大衆の方から見ますと、一つには社債管理会社がどういう銀行であるかということが社債を購入する場合の一つの重要なポイントに当然のことながらなってくるというふうに思います。
 一方、社債管理会社となる銀行の方から申しますと、発行会社の方が勝手に例えば何々銀行というふうに指定するわけではございませんで、発行会社と社債管理会社となる銀行との間の契約によりまして社債管理会社を引き受けるかどうかということが決まるわけでございます。したがって、社債管理会社となる銀行といたしましては、発行会社が十分に将来にわたって信用できる企業であるかどうかということは十分精査の上社債管理会社になるということになるわけであり、社債管理会社を引き受けた以上は社債権者のために法律の規定に基づく義務を誠実に遂行するということに当然なるわけでございます。また、社債権者の方でもそういう管理会社を信用してその管理をゆだねる、こういうことになるわけでございます。
 そういうようなことを考えますと、銀行としてはやはり銀行としてこの仕事をするわけでございますから、決して大衆の不信を買うような形での行為というのは、これは銀行の信用にもかかわってくる問題でございますので、十分にその点については心して管理をしていただけるというふうに私どもは考えているわけでございます。
 バブル等の影響を受けまして、銀行が多額の不良債権を現在持っているというようなことが新聞に出ておりまして、そういうことを私ども知らないわけではございませんけれども、社債管理に関する限りは、これはそういう意味で銀行を信用することができる、銀行としては十分にその法律上の義務を尽くしていただけるというふうに思っている次第でございます。
#81
○平野貞夫君 昨年七月の選挙で高知県選挙区から出てまいりました平野でございます。
 三十三年間衆議院事務局に勤めておりました関係で、国会議員の方々の質問のお手伝いとか、政府の方々の答弁の御相談には乗った経験ありますが、自分で質問することは初めてでございます。何となく今でも場違いの感じがしておりますが、調子もつかめませんが、きょうは後藤田副総理・法務大臣に初質問ができるという幸運に恵まれまして、天の配剤だと思っております。御指導をいただく絶好の機会と思いますので、よろしくお願いします。
 私は、法務委員会に所属して十カ月近くになります。この間、先輩の諸先生方の論議を拝聴いたしまして大変勉強させていただきました。この機会に感謝をいたしますが、まず最初にお許しを得て、その感想を申し上げておきたいと思います。
 それは、我が国において法による秩序、これを支えるものは一体何かという問題を私は先生方の御議論を通じて真剣に考えなきゃだめだと、こう思っておるわけでございます。
 具体的に申しますと、一つは法に対する国民の信頼感をどうやってつくっていくかということだと思います。国家の行動とか政治の世界、あるいは社会的責任のある組織などが適切な法や制度によってうまく機能しているのかどうか、こういったことを見定めることが必要だと思っております。現在、政治の世界の問題は政治改革ということで論議されておりますし、それから企業の世界の問題というのは今議題になっております商法改正ということで議論が行われて進んでおるところだと思います。
 もう一つは、国民に対する法秩序の確保という問題があると思います。この問題の究極は、私は死刑についてどう考えるかということではないかと考えております。本委員会でもしばしば論じられましたのですが、率直に申し上げまして、人間の死に国家がどうかかわっていくかということについて極めて私自身が矛盾した考えを持って悩んでいるところでございます。最近論議されております尊厳死とかあるいは脳死の問題、これにつきましては私理屈は理解できるんですが、心情的にどうしても納得できない部分がございます。しかし、死刑問題につきましては、人間が国家社会を構成して、より多くの人々の自由を守るために秩序というものを必要とする限り、存続を否定することには無理があるんじゃないか、こう考えているわけでございます。廃止論は、心情的に理解できるんですが、やっぱり理屈として納得できない部分があり、これから勉強させていただこうと思っているところでございます。
 冷戦崩壊後さまざまな問題が続発しております。我が国も大きな波にもまれて秩序の確保というのはますます複雑多難になっておりますが、この問題は愚直慎重に対処すべきであるという意見が私の意見でございまして、国会の中にもそういう意見があるということを法務省の当局の方々に御承知していただければと思いまして申し上げたわけでございます。答弁は要りません。
 先ほどの下稲葉先生の御質疑の中で民事局長の御説明がございましたが、商法は過去二十年の間に三回大きな改正が行われているという説明でございました。これを私なりに改正の時代背景を整理しますと、昭和四十九年の改正前後は、金脈問題を中心に政治資金と企業の関係が非常に問題になったときでございます。昭和五十六年の改正の背景は、ずばりロッキード、グラマン事件があったと思います。それから、平成二年の改正直前にはリクルート事件が発覚して、政治家と株の問題が問題になったときでございます。今回の改正も一昨年の証券・金融界の不祥事、これが背景といいますか、意識されているかどうかちょっとわかりませんが、また昨年から佐川急便事件等が発覚しております。偶然かどうか知りませんが、商法の改正が行われる前後に政治スキャンダルが発覚しているという、これらは不思議に重なっていると思います。
 一連の商法改正のねらいの中に、政治家と企業とのかかわりの健全化といいますか、あるいはスキャンダル、そういったものの防止といった意図があったんではないかと推測するんですが、民事局長、いかがでございましょうか。
#82
○政府委員(清水湛君) 先ほども御答弁申し上げましたように、四十九年改正というのは山陽特殊鋼、昭和四十年でございましたか、ああいう企業の大型倒産、その後のもろもろの問題を背景とした会社の監査制度の抜本的な改善ということでございます。昭和五十六年改正はそれを受けまして監査制度の充実強化を図っているわけでございますが、より根本的には株式制度、つまり一株の単位株を五十円から五万円にした、それから株主総会制度を抜本的に改善する、つまりあのときに総会屋を退治するための規定が設けられた、こういうことになっております。それから平成二年改正というのは、これは最低資本金制度の導入、こういうことでございます。
 御承知のように、株式会社法の問題点というのは、一つには取締役、監査役を初めとする会社の経営執行部の責任問題、業務の適正化問題、これが一つでございます。それからもう一つは、株主の権利をどうやって守るか、こういうのが二番目の問題。それからもう一つは、会社の計算をいかに公開して債権者の利益を守るかというディスクロージャーの問題。こういう大きな三つの問題というものがあると思うわけでございますが、私どもは昭和四十九年の改正以来、基本的にはそういう観点から株式会社法の根本的な見直し作業とい
うものを続けてまいったわけでございます。
 しかしながら、同時にそれとあわせまして、先生御指摘のような五十六年改正前後にはロッキードとかグラマンとか、航空機疑惑問題があって、会社法のあり方というようなものが国会で大議論になりました。それから今回の改正について申しますと、証券・金融不祥事等に関連いたしまして、国会の議論におきまして監査制度の充実強化というようなことが強く指摘されたというようなこともございます。
 そういうふうなこともございましたので、それぞれの時点で先ほど申しましたような株主総会制度あるいは株式制度、最低資本金制度というような会社法の根幹にかかわる改正事項、今回も社債法という会社法の基本的な部分に関する改正事項が一つの重要な柱になっているわけでございますが、そういう重要基本事項についての検討の済んだものを法律改正の一つの中身としながら、同時にあわせて、御指摘のようないろんな不祥事に対応する会社の監査制度のあり方等の問題をも含めましてこれまでの法改正が行われておるというふうに言って差し支えないというふうに思う次第でございます。
#83
○平野貞夫君 実は私、この二十年の間に衆議院の事務局で政治倫理、国会改革を中心とする政治改革の仕事をやっておりました。率直に申しまして、その間政治改革が国民の皆様から見てこれはやったと、こういう成果が上がったのは一つもないと思っております。一方で、商法の改正というのはかなり精力的に行われたんじゃないかと私は思っております。
 けさから商法改正のあり方とかあるいは内容についていろいろ御批判もありましたが、私の体験からいいますと、大変難しい調整、関係者の多い中で法務省の皆さん努力されて、頑張られた。特に政治側に比べればはるかに頑張られたと私は思っております。言葉を変えて言いますならば、政治がそういう状況なものですから、商法改正による政治改革はある程度できているんじゃないか、やっておるんではないかと、こういう私は認識をしているわけでございます。
 問題は、商法の改正の内容、商法そのものに限界があるわけでございまして、やっぱり企業人なり政治家なりあるいは関係者の行動といいますか、倫理観、そういったものがよくならないことには幾ら商法改正しても効果が上がらない、こういう面があるのではないかと思います。
 そこで、商法改正を効果あらしめるために、関連しまして当面非常に重要な問題であります政治改革につきまして、若干の時間をおかりして副総理にお尋ねをしたいと思います。
 御承知のように、きょうは衆議院の政治改革特別委員会も再開されましたし、理事会等でも交渉が始まったようでございますが、非常に微妙な時期でございます。今月残りわずかでございますが、どういう展開になるか非常に国民も注視しているところでございます。後藤田副総理には非常に難しいお立場でございますし、大変私も質問しにくいわけでございますが、しかし何といいましても、副総理の一挙一動、一言が大きな影響を与える立場だと思います。もちろん、政府を代表してというお立場でなくて結構でございますので、今現在の時点でこの政治改革の根本というのは何かということをお尋ねして、お教えいただきたいと思っておるわけでございます。
 自由民主党は、平成元年五月に、リクルート事件を契機にしまして抜本的政治改革を断行しようということで政治改革大綱をつくったわけでございます。これは御承知のように伊東正義先生と後藤田先生、お二人の御識見と御指導、これによってつくられたものでございます。自民党ではこれを実現すべく両先生のもと、当時の小沢幹事長、羽田選挙制度調査会長初め多くの方々の必死の努力が続けられたわけでございます。
 今五月でございますので、あれからちょうど四年がたちます。ところが、相次ぐ不祥事にもかかわらず国会は一体何をしたでしょうか。抜本的政治改革という面については、若干の改革はしましたが、抜本的なことにつきましては平成三年海部内閣のときに三法案を廃案にしただけでございます。本国会でこそ実現できると私は信じておりましたのですが、今やどうも風前のともしびのようでございます。病床の伊東先生のお気持ちを察するに、私は非常に悲しいものがあるわけでございます。
 副総理という言い方をして適切でないかもわかりませんが、後藤田先生は一貫して政治改革の必要性を国民に訴え続けられてきていました。本国会の政治改革の実現の見通しと御決意、構わない範囲でひとつお聞かせ願いたいと思います。
#84
○国務大臣(後藤田正晴君) 今、平野さんの御質問の中に仰せられておりますように、今各党間の政治改革に対する特別委員会での論議が最終の局面になっておるわけでございますので、こういう際に私の立場としてはできるだけひとつ意見を申し述べることは差し控えさせていただければありがたいなと、こう思うわけでございます。
 きょう午前中に御質問があったときに、衆議院議員という立場でやや詳しく政治改革というのは一体何をねらっておるんだ、その切り口はどこからやるべきであるかといったようなことはお答えを申し上げたわけでございますので、それを繰り返すことは差し控えさせていただきまして、この段階でどうなるかといったような見通しにつきましては、これは各党間の話し合いが詰まっておりまするので何らかの私は結論が出るものと、かように考えております。そしてまた、結論は出さなければならない、こう考えておるんですが、一口に申しますと、余り詳しいことを言うとまたいろいろ問題ありますから、一口で言いますと、与党、野党問わず、また与党の議員、野党の議員、それぞれのお立場は違っても、政治改革という問題については、これはお互いに議会政治の活性化、そして国民の政治に対する信頼回復といったような立場に立って私はこの国会で抜本改革について結論を出し、成立をさせなければならないのではないかなと、こう考えております。
 そこで、見通しということになると私は申し上げません。ただ言えることは、この段階になって、結果としていろいろ皆さん御努力なさっているわけですから、その御努力はこれはもう当然評価していただかなければならぬわけですけれども、結果として国民に再び失望感を与えたというようなことにならないようにお互いが話し合いを遂げて国民を、言葉は悪いんですけれども、だましてしまったなといったようなことには絶対にしてはいけない、私はさように考えておるわけでございます。これでひとつお許しをいただきたいと思います。
#85
○平野貞夫君 大変大事な微妙な時期にここまで御決意、お話をちょうだいいただけましたこと感謝します。
 しつこいようでございますが、もうこのような聞き方はいたしませんが、政治改革に対して一般的な考え方についてもう少しお尋ねしてみたいと思います。御感想を言っていただけるだけでも結構でございます。
 昨年の参議院通常選挙の全国平均投票率というのは国政選挙最低の五〇・七%でございました。私はこの数字を見て懐然としたわけでございます。有権者の半分が国政に関心を示さないという問題がございます。その後も政治の不祥事は続いておりますが、政治離れはもう極限に達していると思います。地方選挙での投票率は低下していますし、各種の世論調査での政党支持なしというのが異常にふえております。
 仮にこの国会で政治改革が実現せずに衆議院解散総選挙となった場合、異常に低い投票率が予想されるのではないかと思います。万が一にも五〇%を割るようなことになりますと、別に憲法の規定はございませんが、我が国の議会制度は深刻になると思います。法の支配とか法による秩序という根幹は、やっぱり立法を行う国会に対する国民の信頼がポイントだと思います。法の権威も著しく失われますし、国家統治の基本原理が揺らぐことになるのではないかと思います。そういうふ
うに私は危惧しております。
 後藤田副総理もしばしばそのことについては御指摘をされ、そういうことがあってはいけない、このようにおっしゃられているわけでございますが、そのような危惧、投票率が極めて低くなって国民が議会政治を見捨てるというようなことになると大変な私は日本の今後の国家運営について悪い影響が出ると思いますが、その辺についてお考えをお聞かせいただければと思います。
#86
○国務大臣(後藤田正晴君) 私も同じような心配をしておる一人でございます。
 それで、これまた言葉は余りよくないんですけれども、改革ができなきゃまた地獄に落ちるよ、こういう言葉を言っているんですが、その言葉の意味は、今、平野さんがおっしゃったような、国民がいよいよ政治に絶望感を持つ、一体その結果どうなるんだといえば、いろんな私は大変な事態が起こるおそれすら感じます。これが一つ。もう一つは、相も変わらざる腐敗事件の続発。この二つのことを私は心配してああいう、表現はまずいんですけれども、わかりやすい言葉で申し上げておるわけでございます。
#87
○平野貞夫君 商法の改正でございますので余りこのことを取り上げるわけにもいきませんですが、率直に言いまして、やっぱり政治改革に消極的な政治家もたくさんいらっしゃいます。
 そこで、今なぜ政治改革が必要かということについては今さらここで論じるつもりはございませんが、余り論議されていない点について、これも御所見いただければ大変ありがたいと思います。
 第一は、歴史の教訓でございます。
 平成の現在が昭和の初期に非常によく似ていると言われております。昭和の初め、御承知のように政党や政治家の不祥事が続発して議会政治が国民の信頼を失いました。ちょうど不況、農村の困窮、それから国際情勢の緊迫、昭和六年には満州事変が起こるわけでございます。
 このとき議会、政党側は何もしていなかったかといいますとそうではございませんで、一生懸命やっぱり国民の不信を払拭して、それに対応して信頼を回復するために努力が続けられたわけでございます。
 このときの中心人物は衆議院の秋田清議長さん、徳島県出身の政治家でございます。大変高潔な裁判官で、戦前も戦後も徳島県から出られておる政治家の方が非常に政治改革に御熱心だということは私は非常に歴史の因果を感じるんですが、この秋田清議長が中心になって議会振粛委員会というのをつくったわけです。そして議会振粛要綱というのを決めまして、議長の地位、権限の向上とか、会期の確保とか、常置委員会の設置とか、議会の近代化、効率化、地位の向上をやろうとするわけです。あわせて、衆議院議員選挙法の改正案を昭和八年にまとめます。この内容は、自書式単記総合比例代表制というものの導入だったそうでございます。そして選挙の公営や連座制、罰則の強化、こういったことで政友会と民政党の話がつくわけでございます。普通選挙法が大正十四年にできまして、もう二度ぐらいの選挙で中選挙区制の限界、欠陥がわかっていたわけでございます。
 こういう政治改革をやろうとしたわけでございますが、何と今日の情勢、内容とそっくりでございます。政党側は大変努力したようでございますが、議会改革は貴族院がつぶしたそうでございます。それから選挙制度の改革は、内務省も非常にこれに協力して原案をつくって、法制審議会も通ったそうでございますが、枢密院が昭和九年につぶしたそうでございます。昭和初期の政治改革はこういうふうにして失敗しました。そして、昭和十年に入りまして議会は戦時体制に組み込まれて、政党政治は崩壊していくわけでございます。
 この昭和の初期にやろうとした政治改革がもし成功していたならば、我が国はあのような悲劇を回避できたかもしれません。平成の今やろうとしている抜本的政治改革がもしこの国会で実現できなかったとすれば、我が国は再びいつか来た道へ返る可能性もあると思います。
 今日、手練手管で政治改革を引き延ばし、つぶそうとしているのは貴族院でも枢密院でもないわけです。報道の伝えるところによれば、功成り名を遂げた一部の指導的立場の政党人だということです。仮にそうだとすれば、私はこの人たちの歴史観と国家社会観を疑います。自民党をつくり育て、社会党をつくり育て、今日の日本を築いた方たち、私は草葉の陰で嘆いていると思います。
 戦前の軍事国家で大変御苦労された体験を持つ後藤田副総理、この歴史の教訓をどのようにお考えになるか、お聞かせいただければありがたいなと思います。
#88
○国務大臣(後藤田正晴君) 今、平野さんの言葉の中に、政治改革に消極的な人も相当おるように思う、こういう御発言でございましたが、そこは私はそうは見ておりません。今日ここまで政治不信が高まっておる以上、どなたといえども、そしてまたどの政党も、今のままではいけない、これは何とかして改革をせにゃならぬとどなたも思っていらっしゃるのではないか、私はさように思っておるんです。
 ただ、その解決の具体策をめぐって、党派により、また政治家個人個人のお立場によって、そこに意見の食い違いがあってなかなかまとまりが難しいというのが今日の姿ではないかな、どなたも改革はせにゃならぬと思っていらっしゃる、かように私は考えております。
 そして、平野さんが昭和の初め以来の歴史的な経過をお述べになりましたが、実は私どもの年齢の者は、当時もう既に中学に入っておるわけでございまして、そういったことについてはつぶさに周辺に起きたことを記憶いたしておるわけでございます。
 歴史は繰り返すということもございますから、そういう繰り返しをしないように私は何とかやはり改革はやらなきゃならない、こう思っておるわけでございます。
 一番心配をしておりますのは、国会自身が自浄能力を失ったということになったときに、それならおれがかわってやるといったような動きが出ることを実は一番心配をいたしております。そういう動きが出ないように、お互い自身の手でここは改革を断固しなきゃならぬ最後の時期である、かように考えております。
#89
○平野貞夫君 ただいま副総理から、国会が自浄能力を失ったとき大変なことになる、こういうお話でございましたのですが、私はこの政治腐敗の現実的な解決策としては、もちろん国会の自浄能力を尊重した厳しい規制、法律の整備が必要だと思いますが、しかしやはり法制度の整備では限界があると思います。政権交代をする仕組みをつくるということが腐敗防止では一番効果的ではないかと思っております。
 自由民主党の公式な文書にも政権交代可能な政界再編をも視野に入れるという言葉がありますように、冷戦が過ぎた現在の我が国では、もう野党もかなり変化をして政権交代可能な基盤ができつつあるんじゃないかと思っております。
 一方で、政治腐敗を防止するために、突然と言ってもよろしゅうございますが、特別あっせん収賄罪、みなしあっせん収賄罪とも言うようでございますが、これを設けてはどうかというアイデアも出されておるわけです。ということになりますと、刑法体系それ自身の問題にもなりますし、私は本来国会が解決すべき問題を安易に司直にゆだねるという発想というのは、国会の自浄能力をより失わせるものじゃないかと思っております。
 腐敗防止というのは、やはり政権交代、ここでとらえるべきではないかと思っておりますが、特別あっせん収賄罪論も含めてお考えをお聞かせいただければ大変ありがたいと思います。
#90
○国務大臣(後藤田正晴君) 私は、去年、おととしでしたか、イギリスのサッチャー首相がおやめになった後、日本にお見えになって憲政記念館でしたか、講演をなさったわけです。そのときの質疑応答の時間になって、どなたかが立ち上がって議会政治について一番大事なことは何でしょうか、率直に御意見を聞かせてもらいたいという質
問が出ました。そのときに、少し考えて御返事をなさるかなと思いましたら、そうじゃなくてオウム返しにお答えが返ってきたんです。そのときに言われたことは、議会政治で一番大事なことは、健全なる野党の存在が一つ、二番目は時に政権の交代があること、この二つが議会政治の一番大事なところだということを、さすがにイギリスというああいう議会政治の発達した国で長らく政権を担当してこられた方のお言葉だな、こう思って拝聴して感銘を受けた記憶がございます。
 私は、今でもその言葉は議会政治にとって一番大事なことだな、そういう政治のシステムをどうつくるかということが本当の意味での政治の改革じゃなかろうかなと、日本の今日の政治の現状にかんがみましてそう思います。
 それからもう一つの特別収賄罪の問題、新聞でちらちら最近二、三見ておるんですが、これはまた政治家以前の、私自身厳しい警察の仕事を十七年間ばかりやったものですから、そのときからの私の考え方は、とかく何かあると罰則を強化するという議論がすぐに出てくるんですね。殊に、政治の場で言いますと、選挙なんかの問題になると、とかくそういう会議に出ますと、政治家の方の意見はもうすぐに選挙法の罰則強化の問題が出てくるんです。私の前任の新井さんと私、そこの下稲葉さんも同じだろうと思うんだけれども、全員反対なんです、それは。罰則で世の中がよくなるのならば、それくらい楽なことはないんだと、そうはいかないよということが、これは私自身の経験からくる今でも変わらない考え方でございます。
 最近、腐敗防止の問題が出ますから一八八三年のイギリスの例を引いて罰則強化といきなり言いますけれども、あの法律は罰則と言うべき筋合いなのか、むしろ刑罰ということではなくて立候補制限とか、そういったような面での処置が一番きつかったんじゃないかなと、あれは文字どおり刑罰法規の強化ではなくて、選挙制度といいますか、選挙運動といいますか、そういうもののあり方について厳しい処置をしたんではないかなと。これは私ひょっとすると間違っているかもしれません。私はそういう理解をしておりますし、今度のこの特別収賄罪というのは、これはよほど慎重でないと、国会議員というのは国民の要請を受け、陳情を受けてそれを政治の場で実現をするわけですね。これは本来の仕事なんです。
 といって、それと献金との取引、これはいかぬことは初めから決まっているわけですが、非常に国会議員の本来的な職務ということを考えますと慎重の上にもこういう罪の新設は慎重でないと、警察や検察がおれが政治の改革やるんだといったようなことになるのは、私は本末が転倒しておりはしないか、かように私は考えます。
#91
○平野貞夫君 ありがとうございます。
 あと一点だけ政治改革について触れさせていただきたいと思います。
 やはり、現在議論されております政治改革の根本は、冷戦の崩壊という世界史的な激動をどうとらえるかという問題が根本にあると思います。率直に申しまして、イデオロギーによる政治の時代が終わったと言えるのではないかと思います。そういう意味では、人類は有史以来イデオロギーで政治をやってきたわけでございまして、私これからの世界はイデオロギーをエネルギーにしない政治、政党の活動、本当のデモクラシーといいますか、本当の法による政治といいますか、そういうものが始まろうとしているわけでして、これは大変なことだと思うんです。これにどう対応するかということで先進諸国の既成政党というのは解体現象を起こしておるわけでございまして、その悩みで我が国でものたうち回っていると思っております。
 しかも、難問は冷戦時代よりずっと増大しておるわけでございます。国家の危機管理とか生活者の諸権利の擁護とか財政の確立、それから経済大国としての義務、こういったことに対処するためには憲法の基本原理に沿って、そして人類の普遍的な原理に合った国家意思を適切に効率的に決めていかなきゃいけないわけでございます。我が国が今まで続けてきた安全や豊かさを維持していくためにも、従来の利害調整型、国会対策型、全会一致型、裏取引型のぬるま湯議会政治を改革する必要があると思います。ここに政治改革の根本があり、歴史的意義があると思います。
 後藤田副総理は四年間、あるいはそれ以前から政治改革の先頭に立ってこられたわけでございますが、私は国民から信頼を失った政治を回復させるというだけではなくて、この政治改革で我々が死力を尽くすならば、今世界が一番求めております国の安全保障に共通な認識を持って、ソフトな二大政党による政権交代を可能として、一党に過剰な議席を与える不条理のない、しかも小党に分立しない、政権を安定させる選挙制度は政治の自立と共生という理念を生かせる制度ができる可能性もあると思います。私は、後藤田副総理の今まで叫ばれてきた抜本的政治改革の歴史的意義はそういったところにあるのではないかと思っております。
 どうかひとつ、これからもなかなか難しい立場ではございましょうが、日本の政治のためにひとつ御指導をいただきたいと思いまして、政治改革の問題はこれで終わります。
 本論の商法改正の問題に触れたいと思います。
 政治の問題も大変ありますが、それにしても企業の不祥事が続発しております。会社が社会的責任を果たすために商法上の規制は現行で十分かどうか、民事局長、お願いします。
#92
○政府委員(清水湛君) 企業の社会的な責任というのは一体何であるかということ、実はこの参議院の法務委員会でもしばしば議論がなされているというふうに私ども考えています。昭和四十九年改正の際にも附帯決議におきまして、企業の社会的責任を全うすることができるよう株主総会制度、取締役、監査役制度等についての改善を図ることといった趣旨の附帯決議がされているわけでございます。
 私どもは、そこで言う企業の社会的責任とは一体何であるのかと。例えば会社が利益を得て、それをいろんな慈善団体に寄附するとか、そういうようなことが社会的責任を果たすことになるのか、あるいはそうではなくて、企業が各種の法令を遵守して、間違いなくこの社会の中で行動をするということがとりもなおさず社会的責任を果たすことになるのであるのかというような観点から、実は関係方面のいろんな意見も聞くというようなことをいたしたわけでございます。
 帰するところ、結局企業の社会的責任というのは、会社が商法を初め各種の法令を遵守して社会的な非難を受けないように行動するということに尽きるのではないかと。会社も営利法人でありますから、出資者である株主に対して相当の利益を還元しなければならない。と同時に、企業を支える従業員の生活も守らなければならない。企業活動の中で得られたいろんな製品、商品等を社会に供給して、これを社会の便益のために使う。つまり、そういった面で非難を受けないように行動するということがやはり社会的責任を果たすという意味につながることだというふうに考えているわけでございます。
 そういうような観点から、監査制度の充実強化等、附帯決議の趣旨を踏まえまして、株主総会制度についてもそうでございますけれども、もろもろの改善を今までしてきたわけでございます。それでもなおかつ企業の不祥事が絶えないということにつきましてはまことに御指摘のとおりだと思いますけれども、しかし全体的に眺めてまいりますと、やはり累次の商法の改正によりましてそれなりの効果はかなり出ておるというふうに実は私どもは考えております。
 ただしかし、それでもなおという問題がございまして、今回の改正におきまして株主の代表訴訟制度、あるいは株主の帳簿閲覧権の改正、あるいは監査制度の改正というようなものを通じまして会社の業務執行の適正の確保を図るという点において効果が期待されるというふうに思うわけでございます。
 特に、今、株主の代表訴訟制度等につきましては、取締役の責任とかあるいは監査役の責任というものが幾ら重くされましても、それが追及されるということになりませんと結局絵にかいたもちになるというようなことも言われているわけでございまして、そういう意味で株主の代表訴訟制度が適切に機能するということは会社の業務の適正を保持するという意味におきまして非常に重要な効果を期待することができるのではないかというふうに私どもは考えているわけでございます。
 改正案の規制で十分であるかどうかという点については、十分であるというふうに申し上げる自信はございませんけれども、なお今後ともそういった社会経済情勢を踏まえまして適切な対応をしてまいりたいというふうに考えている次第でございます。
#93
○平野貞夫君 先ほど来の議論の中にも監査役制度の改正への疑問といいますか、目的が不明確だとかあるいは哲学がないという御指摘があったようでございますが、私は根本的にはやはり現行商法の性格にあるのではないかという感じがするわけでございます。
 ただいまの民事局長のお話にもありましたのですが、会社の社会的責任を自覚させるための方策として一般法の商法、これでいいかどうかという問題、もうちょっと企業のあるべき姿、責任といったことについて書き込む、あるいはその商法の性格を新しい社会情勢に合わせて考え直すという御発想は法務省なりあるいは専門家の中にはございませんでしょうか。
#94
○政府委員(清水湛君) 会社というのが一つの社会的な実在でございますから、いろんな意味で非常に重要な働きをするということは当然のことでございます。ただ、企業の、つまり株式会社なら株式会社というものをとらえまして法的な性格をどういうふうに規定するかということは実は大変重要な問題だというふうに思っております。
 先ほど申しましたように、企業というのは株主の出資をもとにして営利を追求する社団法人であるということでございまして、その本質はやはり変えることはできない。それを超えてさらに社会、公共のために何らかの仕事というか義務を負うということになりますと、株式会社というものの法的な性格が変わってくるのではないか。ちょっと正確なことは覚えておりませんけれども、かつてナチスの株式会社法が、会社は国家、公共の利益のために奉仕する義務を負うという趣旨の法律の規定を置いたということが言われておりますけれども、そうなってまいりますと、自由主義体制のもとに自由な経済活動のもとにおいて営利を追求して、その利益を株主に還元するという株式会社の性格というものは相当変容を受けるのではないかというような気がいたします。
 そういう大上段の議論ではなくて、やはり営利を追求する社団法人でありながら、しかしきちっとしたいろんな法令というものがあるわけでございます。独占禁止法もございますでしょうし、それから政治資金規正法というもので許容された政治資金というものもございますでしょうし、あるいは企業がいろんな寄附をする場合でも会社の計算というものをいわば粉飾して不適正な処理をするということは、これはもう現に商法が現実に厳しく禁じているところでございますので、きちっと会社の計算規定に従った計算処理をするというようなこと、そういうふうに各種の法令というものが、会社法ではなくて企業の日常行動を規律するという意味での法令があるわけでございますから、そういうものを正確に遵守するということがやはり何よりも社会的責任を果たすということの上において重要なことではないのか。
 問題は、そういうふうな日常の企業行動に関する法規制を企業が守らないということにあるのであって、そういう法令不遵守をチェックするためのシステムをいかに構築するか。監査役制度もしかりでございますし、それから公認会計士、監査法人等による外部監査もしかりでございますが、そういうものが十分に機能するような形で会社法というものを考えていくというのがやはり私どもとしてはこれからの会社法の進むべきあるべき姿である、こういうふうに実は考えているわけでございます。
#95
○平野貞夫君 私は、この商法というのを学生時代に点数をもらったことはございますが、全く記憶を失っておったわけでございます。ただ一つ商法で記憶していましたことは、たしか本かなんかだったと思いますが、田中耕太郎博士が商法を非常におもしろいことに例えておったことを記憶しております。
 商法における取引に関する商行為といいますか、行為法を汽車の運行に例えておりました。これに対して組織、制度に関する組織法ですか、この部分を鉄道の線路に例えて、そして列車が迅速適正に運行するためには路線が堅固でなきゃならぬのと同じように、商取引の自由を保障するためには組織、制度は法律的に厳格に規制されなければだめだというような趣旨のことを、これだけの記憶しかないんですが、今回少し勉強させていただきまして、田中博士が御活躍されたころは鉄道と船の時代でございます。今や飛行機あるいはロケットの時代、そして情報メディアというのは数段と発達しています。そういう意味で、田中博士の精神というのは改めて評価して、この精神に沿ったその企業法の整備というのが国際的にも要請されているんではないかと思います。
 最近では国民主権ならず企業主権という言葉もあるぐらいでございます。民事局長、先ほどから非常に謙虚に商法の組織法、控え目なことを表現されておりますが、これからは米ソの対立、社会主義と資本主義の対立がないとすれば、日本型資本主義対欧米型資本主義の競い合いあるいは対立ということになる可能性もありまして、国際的な協調すべきことは協調し、国益を守るべきことは守らなきゃいかぬと思います。
 そういう意味で、法務省自身がこの問題についてなかなか難しい判断を迫られると思いますが、ここ十年、二十年という期間で企業法全体についてのそういった田中博士の精神を生かすという意味での根本的見直しが今後追加されるべきではないかと思うんですが、いかがでございましょうか。
#96
○政府委員(清水湛君) まさに御指摘のとおりだと私どもは考えているわけでございまして、日本における株式会社、これは有限会社も合資、合名もございますけれども、典型的には株式会社ということで考えてよろしいかと思います。一体この株式会社法制というものをどういう方向に持っていくかということが実は私ども大変難しい問題だというふうに思っているわけでございます。
 現実に例えば株式会社の数、百三十万社あるわけでございまして、そのうち資本金一千万円以下の会社というのは、これは現在でも七十数万社ございます。平成三年四月一日から株式会社は一千万円以上の資本金がなければ設立することができないということになりまして、一千万未満の会社の数は徐々に減っておりますけれども、そういうような状況があって、一方では資本金何百億という巨大会社が存在をする、こういうような状況になっております。
 そういう巨大会社から本当に弱小と申しますか、例えば八百屋さんとか魚屋さんが株式会社になっているというような現状、そういうものを踏まえて日本の株式会社法制というものをどういう方向に持っていくかということは実は大変な問題でございまして、平成二年改正の最低資本金制度の導入というのはその第一歩であり、その次に来るのが、やはり大小会社の区分立法ということになるのではないか。その中で有限会社法をどういう形で吸収していくかということも一つの重要な問題だと思っております。
 そういうような我が国の会社固有の問題もあるわけでございますが、総じて私どもが国際的にもやはりこれからの株式会社のあり方として重要な問題だというふうに思っておりますのは、一つはやっぱりディスクロージャーの問題、会社の経営内容、計算内容をいかに株主だけではなく、一般社会に対して公示をし、公正な取引をしていくか
という問題が一つ。
 それから、そういう会社の執行部、経営管理機構のあり方、取締役、監査役制度というふうなものについての改革をどうやっていくか。例えば日本では監査役という制度はございますけれども、アメリカでは監査役という制度がなくて、取締役会の中に一種の監査役的な機能を負担する取締役がいるというような形、ドイツでは例えば監査役会というものは大変重要な機関でございまして、監査役会が取締役を任命するというような形、いろんな経営管理機構というものがあるわけでございますけれども、国際的に見てどのような経理、経営管理機構というものが適切かというような問題も重要な問題でございます。
 さらには株主の権利の拡充、株主が会社経営に対してどのような立場からアプローチをし、どのような権限を行使し得るような形にしていくかということが非常に重要な問題、こういうような問題を通じて企業の不適正な行動を防止していくということが日本の会社法の問題であり、私ども数は多くございませんけれども諸外国の会社法の担当者と話をする機会がございますけれども、ほぼ同じような共通の問題意識を持っておられるということを私ども実は実感しているわけでございます。
 そういう意味で、一つの企業が社会的な実在として社会の中でもうなくてはならない重要な存在でございますので、その行動の適正を図るという意味におきましていろんな面からこの株式会社のあり方というものについては議論を重ね、研究、検討を重ね、また世界の会社法の流れと申しますか、改正の動きというものについても常時これは目配りをして対応していかなければならないと。国際化というような時代を迎えまして、ますますそのことが重要になるのではないかというようなことを率直に感じておる次第でございます。
#97
○平野貞夫君 質問ではございませんが、要望を後藤田法務大臣にお願いしておきたいんです。
 私、現在の日本の法学教育、法律教育、これは法務省自身の問題ではなく文部省あるいは日本の社会全体の問題かもしれませんですが、戦後特に法律技術論の教育に偏り過ぎているのではないか。法学の根本、法理学とか法哲学、あるいはもうちょっと学際的な一般的な学問、歴史学なんかもあると思いますが、どうも私の体験で申しますと、成績のいい人が有名な大学に行って、そしていいところへ就職する、あるいは役人になる。そして特に法学部、法律技術を身につけている人はそれなりに珍重される。企業なんかの法務担当として活躍する場合に、どっちかといいますと、法技術論によって法律の抜け穴とか、そういうマイナス面を企業も社会も珍重するという傾向があるのではないかと。公務員ですらどうも法の一般原則、法の持つ意義という、そういう教育が足りないんじゃないかという気がしております。
 法務省では司法試験の改革を数年前にやりまして、かなり私は成功をおさめておると思います。きょう、商法の改正で監査役の問題とかいろいろ議論がなされましたのですが、やはりそういう法務の仕事あるいは法務行政、あるいは国家、地方の公務員、そういう社会の中で共通して法律の持つ意味という認識を健全な形で持たなければこれからの日本の国家経営というのはいろいろ問題が起こると思います。特に、法律専門家になる一つの過程、あるいは法律教育の中できっちりと法理学なり法哲学なり歴史学なり論理学なり、こういったものをやっぱり教え込む、こういうことがこれからも非常に大事じゃないかと思います。
 そういう意味で、非常に影響力のお持ちの副総理・法務大臣でございますので、機会があればそういうことについてひとつ関係方面に御徹底させていただければ大変ありがたいと思います。要望をいたしまして、二分ぐらい時間が余っていますが、質疑を終わらせていただきます。
 どうもいろいろ失礼しました。
#98
○猪熊重二君 私は、きょうは今般の商法改正のうち、何点があるわけですが、代表訴訟の改正問題についてお伺いします。
 まず法務省に伺いますが、昭和二十五年商法改正によってこの代表訴訟制度が導入されたわけですが、特に取締役に対する代表訴訟がその後どのような経路をたどって提起されたり、あるいは結果がどうなっているかというふうなことを概略でよろしいですが御説明ください。
#99
○最高裁判所長官代理者(今井功君) 具体的な訴訟の計数等の問題でございますので裁判所の方からお答えさせていただきます。
 この株主の代表訴訟でございますが、これは一般には取締役等に対する会社への損害賠償請求、こういう形で提起されるわけでございます。裁判所の統計では、こういう事件は金銭を目的とする訴えの中の損害賠償請求事件、こういう分類をしております。その損害賠償請求の事件の中で株主代表訴訟が何件というようなことは、残念ながら統計上はとっていないということでございます。
 ただ、今回この商法の改正問題が起こりまして、株主代表訴訟の訴額、これについても検討されるということになったわけでございますので、先般私どもの方で急遽全国の地方裁判所の本庁におきまして、平成四年の十二月三十一日現在、昨年末でございますが、株主の代表訴訟が何件係属しているかということを調べたわけであります。その結果によりますと、合計でこの種の訴訟は三十一件係属ということでございます。
 その内訳でありますけれども、株式会社の取締役の責任を追及する訴え、それが二十八件、それから有限会社の取締役の責任を追及する訴えが二件、それから株式会社の監査役の責任追及の訴えが一件、こういうことでございました。
#100
○猪熊重二君 平成四年十二月末現在の代表訴訟の件数ということで三十一件、これはわかりました。しかし、この去年末の三十一件というのは、いわゆる証券不祥事が起きていろんな問題が出ての株主代表訴訟というふうなことが考えられるわけです。
 ですから、今申し上げたのは、昭和二十五年にこういう制度が導入されて今日までどのくらいの制度の利用件数があったのかというふうなことについては裁判所は何も統計的なものをやっていないと、こうおっしゃるんです。
 法務省、どうですか。
#101
○政府委員(清水湛君) 昭和二十五年にアメリカ法をまねて、具体的には当時のカリフォルニア州法だというように私ども聞いておりますけれども、こういう制度を導入したわけでございます。
 しかしながら、裁判所の方からただいまお答えがございましたけれども、現実にはここの数年間の統計でも非常に件数が少ない、こういう状況でございまして、私ども商法を所管する立場から特に統計をとったということはございませんけれども、ほとんどと言っていいか余りと言っていいか、その辺は問題かもしれませんけれども、利用されていないというのがこれまでの実情ではなかったかと、こういうふうに認識しているわけでございます。
#102
○猪熊重二君 どうも法務省も裁判所も全然統計的に調べていないんです。
 私が言いたいのは、全然調べていなくて、この代表訴訟が活用されているとかいないとかなんてこと、結論が出てこないはずなんです。
 しかし、まあ漠然とともかく利用されていないということは、これはまあ実際にそうだろうということはお互い納得ずくの上で話を進めるとして、この代表訴訟がなぜ活用されないのかという理由について私なりに考えてみれば、日本の株式会社の取締役は非常に立派で悪いことをすることが何もないから、損害賠償請求をするような事態が発生していないから、だから代表訴訟がないのか、あるいはいろいろ悪いことをしているけれども株主がそういう事実を知らないからないのか、あるいは知ったけれども日本の株主は非常に優雅な方だからやめておこうと言ってやらないのか、あるいは知ってやろうと思うけれども何らかの支障、例えば訴訟を起こすについてはお金がかかり過ぎるということでやらないのか、いろんな理由があると思うんです。ともかく代表訴訟が非常に
提起件数が少ない、利用されていない制度であるということは統計的にどうこう言わなくても公知の事実です。
 法務省としてはどういう理由でこの代表訴訟というものが活用されていないとお考えなんですか。
#103
○政府委員(清水湛君) その辺も私ども具体的にいろんな実態調査をしたということでは実はないのでございますけれども、一つには、確かに日本の会社につきましていろいろ問題がございますけれども、かなりきちんとした経営がされている面もあるということも確かに言えるのではないかと思います。
 それからもう一つは、これは特にアメリカ法から継受した制度でございますけれども、そういう意味でアメリカ法の運用の実情との対比で考えますと、日本では監査制度ということで監査役という制度がございまして、監査役による日常的なチェックあるいは会計監査、さらには、これは昭和四十九年以降の話でございますけれども、商法特例法上の大会社につきましては外部監査と称します監査法人あるいは公認会計士による監査というものが入っており、しかも、それぞれ監査役、公認会計士等の責任が非常に重いものになっておる、こういうようなことがありまして株主みずからが会社の不正、違法行為をチェックするというようなことにまでは至っていないということが一つ言えるような気もいたします。
 この点、アメリカですと監査役制度がございませんので、結局会社に対する不正チェックというのは株主がみずからする。例えば帳簿閲覧権の問題なんかにつきましても、基本的には株主が一株でも持っていれば会社の帳簿を閲覧することができるというようなことになっているわけでございます。そしてまた、頻繁に株主が会社の取締役の責任を追及する。そのために、これは私うそか本当か知りませんが、新聞等によりますと、取締役が責任を追及されることを恐れまして保険に入るというようなことがアメリカでは盛んに行われているというようなことが言われているわけでございます。そういう意味での株主の権利意識の違い、こういうものも一つあろうかと思います。
 それからもう一つは、アメリカでは御承知のように弁護士の数が非常に多い。日本では弁護士の数は一万数千名でございますけれども、アメリカでは毎年三万人ずつ新しい弁護士が生まれ、合計で七十万人を超えるというような弁護士の数があるというふうに言われております。人口で見ますと日本の二倍程度でございますが、弁護士の数では数十倍というような社会的な実態がございまして比較的簡単に訴訟を起こす。もしそれで訴訟に勝訴した場合には、勝訴金額の中から弁護士が三割ないし四割の報酬を得るというような成功報酬の制度があるというようなこともございまして、そういう弁護士制度との絡みで非常にこの代表訴訟が起こされておると。しかもアメリカの多くの州の代表訴訟におきましては、請求金額を会社に対して支払えというのじゃなくて、株主に対して直接まず払わせるというようなこともございまして、これが非常に利用されているというようなことが言われているわけでございます。
 翻ってそういうようなアメリカとの制度の対比におきますと、どうもそれぞれ日本では事情が違うということが言えようかと思います。だからといって先生御指摘のように日本の経営者がみんな立派であるからそういう損害賠償責任を追及されるようなことはないんだというふうには私ども実は考えていないわけでございまして、その辺にもやはり問題は当然のことながらあるというふうには思っているわけでございます。
#104
○猪熊重二君 いや局長、アメリカが多いのに比べて日本が少ない、そんなことを私は聞いているんじゃないんです。アメリカが多かろうと少なかろうとそんなこと関係ないんです、日本の代表訴訟がなぜ少ないかという、その少ない原因についてどう把握しているかという質問をしたんですから。どうも今の御答弁の中でそれに見合うような答弁とすると、監査役、会計監査人がいていろいろ監査しているからいいようだというふうな御答弁のように私承りました。
 その監査役あるいは会計監査人の問題はこの次のとき伺うことにして、全然機能していない、機能していないにもかかわらず代表訴訟が少ないということは、だからそのことが機能しているから代表訴訟が少なくていいんだなんということは私理由にならぬと思うんだけれども、そのことを言っていると時間がなくなるから終わりにして、ともかく私は今回の代表訴訟の改正の中で一審訴額を八千二百円に固定したことについて少々異論があるんです。そのことを中心にしてちょっと伺います。
 まず、代表訴訟というものをいわゆる財産権上の争いと非財産権上の争いというふうに分類した場合に、法務省はどっちの訴訟類型だとお考えですか。
#105
○政府委員(清水湛君) 非財産権と財産権というふうに分けますと、これは金銭請求でございますので財産権上の請求であると、こういうことになろうかと思います。
#106
○猪熊重二君 もちろん、御承知のとおり財産権上の請求の場合には、訴訟物の目的の価額に従って手数料を納めると、こういうことになっているわけです。非財産権上の請求は金額を確定できないから八千二百円というふうに手数料が固定されているわけです。
 この代表訴訟は、財産権上の請求であるというにもかかわらず、訴訟の目的の価額の算定については非財産権上の訴えとみなす、請求とみなすということになると、何でそこへきて、財産権上の争いだけれども訴額の算定についてだけは非財産権上の争いとして八千二百円に固定するということになるわけですか。
#107
○政府委員(清水湛君) 結論的に申しますと、財産権上の請求ではございますけれども、その請求による利益と申しますか、こういう訴えを株主が提起することによる利益というものの、これが訴訟の目的の価額になるわけでございますが、その算定が著しく困難であるというところから今回の改正におきまして非財産権上の請求とみなして請求額を九十五万円とすると、特にみなすということでそのような規定を置いたわけでございます。
 当然のことながら、従来代表訴訟で起こす場合におきましても請求金額というものはあるわけですから、その請求金額が訴額であるという考え方もあるわけでございますけれども、今回改正法におきましては、そういう二つの考え方のうち解釈としてはいずれともとりがたい面があるのでございますけれども、それを立法的に解決をして、その訴訟物の目的価額は九十五万円とみなして貼用印紙額は八千二百円とする、こういうふうに明文で解決を図った、こういうことになるわけでございます。
#108
○猪熊重二君 これはちょっと非常に訴訟法上の難しいというか細かい問題で恐縮ですけれども、要するに代表訴訟における訴訟の目的、すなわち訴訟物は何なのかといえば会社の取締役に対する損害賠償請求権そのものなんでしょう。それに対して、それを会社にかわって株主が代表訴訟として訴訟を起こす。その場合に、訴訟物は何かといったときに、会社の取締役に対する損害賠償請求権の存否そのものが審判の対象であって、これが訴訟物なんです。この訴訟物以外に別個に訴訟物はないはずなんです。
 ただ、それを会社が直接取締役に請求するときは、百億払えと言えば、まさに会社が取締役に百億払えというその百億円の支払い請求権の存否が訴訟物そのものなんです。それを株主がかわって代表訴訟でやったからといってこの訴訟物が変わるはずではないと思うんですが、まずその辺どうですか。
#109
○政府委員(清水湛君) 例えば会社が取締役に対して百億円の損害賠償請求権を持っているということだといたします。そうすると、これは会社がみずから取締役に対して百億円の損害賠償を請求する場合、これは百億円の損害賠償請求権が訴訟物になります。このことは株主が会社を代表して
百億円の損害賠償を請求する場合においても訴訟物は同じでございます。したがいまして、代表訴訟であろうと会社が直接請求する場合であろうと訴訟物においては変わりがないと。
 そういう意味におきましては、なぜ貼用印紙が変わってくるのだと、こういう疑問が当然のことながら出てまいります。特に、代表訴訟というものの法的な性格をいわゆる代位訴訟、つまり債権者代位の訴訟であるということで構成をいたしますと、これは当然株主が会社に代位して会社の権利を行使するわけでございますから、百億円を基準として印紙額というものを当然算定しなければならないと、こういうことになっております。
 しかしながら、訴訟物は百億円でございますけれども、いわば会社を株主の立場から代位ではなく代表して請求するという、この代位ではないという点を強調いたしますと、訴訟物は百億円の損害賠償の請求権であるけれども、この訴訟を株主みずからの立場において、株主がみずから代位ではなく原告として訴訟を起こすという場合に、これは会社に対して百億円を支払えという請求をするわけでございますが、その場合における株主の訴えによる利益というのは一体何であるのか。百億円は会社に支払えということでございまして、株主に払えということではない。そういう訴訟を株主が代位ではなく代表して取締役に対して起こすという場合のこの訴えによる利益というものは一体何であろうかと、こういうことになろうかと思うわけでございます。
 その点について、いや、代表であっても百億円の損害賠償請求権を行使するのであるからやはり請求金額に従って印紙額は納めるべきだと。いや、そうではない、株主という固有の地位に基づいて訴えを提起するのであるからそれはやっぱり株主固有の利益を考えるべきであると。それは百億円が株主に来るわけではないのであるからこれはやっぱり別途の観点からその訴えの利益を算定すべきである、こういう二つの考え方が出てまいると、こういうふうに私どもは従来の解釈については考えているわけでございます。
#110
○猪熊重二君 それじゃ代表訴訟において、この訴訟を提起した原告がこの会社の株主であるということは訴訟上どのように評価されますか。ということは、もっとはっきり言えば、要するに株主でないやつが代表訴訟を起こしてきたんだという場合、その訴訟はどうなりますか。要するに原告がその会社の株主であるということは訴訟上どれだけの意味を持ちますか。
#111
○政府委員(清水湛君) 株主でないと代表訴訟を提起することができないわけでございますから、株主でない者が起こすということになりますと、代表訴訟という形でくる限り、これは訴訟要件ということになりまして訴えは却下されるということになろうかと思います。
#112
○猪熊重二君 要するに株主が訴訟を起こしたとしても、原告が株主でないとしたらそれは訴え却下になるのであって、裁判所の実質的審理の問題とは別個な問題なんだ。要するに原告適格の問題にしかすぎない。だからこの人は株主として固有の利益があるとかないとかなんという問題は審判になっていない。要するに株主であるかないかという問題は訴訟要件にすぎない。実体的な審判に対する訴訟物とは無関係の問題なんだと私は思うんです。ですから、単なる原告適格の有無に関するこの原告たる株主の利益なんということは、訴訟の目的、すなわち訴訟物、これの価額によって手数料を算定するんですから、今私は手数料のことを一番問題にしているわけだから、その手数料の算定である訴訟物とは何も関係ないことだという点をまず言っているんです。
 それから、ある株主が代表訴訟を起こした場合に、その全く同じ損害賠償請求を内容とする訴訟を別の株主が起こしてきたら、その後からきた株主の代表訴訟はどうなりますか。
#113
○政府委員(清水湛君) まず、前の方の訴訟要件云々ということでございますが、先生の御指摘のような考え方もそれは私ども成り立ち得る一つの考え方だろうとは思います。しかし、一方では株主という地位に基づいて、いわば会社を代表して会社の持っている権利を行使する、それは代位ではなくて株主たる地位に基づくものだということでございますので株主固有の利益というものをそこに考えとして入れざるを得ないと、こういうことになろうかと思います。
 それから二番目の問題でございますけれども、これは株主が代表訴訟という形で会社の持っている損害賠償請求権、百億の権利を主張しているわけでございますので、他の株主が同じような形で代表訴訟を起こしできますと、それは一種の二重訴訟になるというふうに考えざるを得ないというふうに思うわけでございます。
#114
○猪熊重二君 まず、今おっしゃった中の最初の問題、これが代位訴訟とは異質なものであるという、それは私も全くそのとおりだと思うんです。債権者代位の代位訴訟の、債権がないんですからこれはもう代位訴訟じゃないと。代位訴訟と代表訴訟が違う、それは私も認めている上の話なんです。
 それから、今の二番目の、一人の株主が代表訴訟を起こしたら、同じ内容による損害賠償請求を次の株主が起こしてきたときに訴え却下になって、もう審判してやらぬよと、そちらの方は。ということは、要するに会社の取締役に対する百億円の損害賠償請求権の存否そのものが訴訟物になっているから、次の二番目の株主の訴えが却下になるんです。ですから、株主代表訴訟の訴訟物はあくまで会社の取締役に対する損害賠償請求権の存否が訴訟物なんであって、この訴訟物の価額はそんな難しいことを言わなくたって、百億円なら百億円というふうにここへ書いてあるんだし、十億円なら十億円ということで計算するのに難しいことは一つもないと私は思う。
 ところがその場合に、何となしに原告たる株主の利益がどうだと、こういうことを考えると勘定が難しくなってくる。会社に百億円来たとしても、この株主が五万円もうかるのかとか、あるいは百二十万もうかるんだとか、勘定ができないとか、いろんな問題が出てくる。今回の印紙額を八千二百円に固定したのは、訴訟物がこの損害賠償請求権であるということを法務省としても認めているし、それがはっきりしていながらなぜその株主の利益どうだこうだということから難しいと、勘定が難しいから安くして八千二百円、こっちへ持っていっちゃったということにならざるを得ないんです。この八千二百円にしたことが何が何でも私は反対というわけじゃないんです。これはもう法案には賛成しているんだからしょうがない。しょうがないけれども、ちょっと考えてみてください。
 これは私が計算してあるから、法務省に言ってもらうのも気の毒だから申し上げるけれども、今般の日興證券事件で東京地裁に日興證券の株主は損害賠償訴訟を起こした。要するに特定の株主に対してだけ損失補てんしているのは不当だと。その損失補てんしたのは、する必要がないものを損失補てんしたんだから、その金が日興證券で四百七十億七千五百万円も要らない金を取締役が払ったと。それは払うべきでないものを払ったんだから会社に返せと。日興證券という会社がそこの取締役に対して四百七十億七千五百万円払えという裁判を起こせというのに起こさないから株主が代表訴訟で起こしたわけです。
 それに対して、東京地裁が判決し、また東京高裁も判決したんです。東京地裁は、この四百七十億七千五百万円に対する一審の手数料は二億三千五百三十八万二千六百円である、これだけ払えという判決をしている。これに対して東京高裁は、いや八千二百円でよろしいという判決をしている。随分遣うんです。二億三千五百万余と八千二百円だから全く違うんです。しかもこれが一審、二審、三審となった場合に、東京地裁のような勘定でいくと、手数料の三審の合計は十億五千九百二十二万一千七百円になる。それに対して東京高裁のような判断でいくと、全部を通じて三万六千三百円でよろしいことになるんです。これはおたくに計算してもらうのが面倒だから私が計算し
て、間違いないだろうと思うんです。
 問題は、今まで裁判所の取り扱いは十億五千九百万余という取り扱いと三万六千三百円という二つの取り扱いがあったんです。しかし、今回のこの改正法によれば、三審までやっても三万六千三百円払えば百億であろうが三百億であろうがの裁判ができるということになるわけなんです。
 私が言いたいのは、一人一人の国民がもし通常の裁判を起こすとすれば十億五千九百万払わなきゃならない訴訟が、代表訴訟だと三万六千三百円でよろしいというこの数字の余りの開きに、一般国民とすると、株主さんはいいなあ、代表訴訟のときは、こういうことになるはずなんです。その辺をどうお考えなのか。私は、ここまで言うとおかしいかもしれぬけれども、こういう制度は法のもとの平等に反する憲法上の問題を含んでいると思うんです。なぜかと言えば、どうしても国民の皆さんからは十億五千九百万円余取るけれども、代表訴訟の株主さんだけは三万六千三百円でよろしいですよということが納得できるような合理的な差別の理由がない限り、国民はばか見たなと、こう思うはずなんです。
 こんな不合理な制度というものについて、法務省はちっとも不合理じゃない、なるほどよろしいとお考えなんですか、いかがですか。
#115
○政府委員(清水湛君) まず最初にちょっと釈明させていただきたい点は、現行法の解釈として、そもそも八千二百円でいいのか、あるいは十億なのか、こういう問題があるわけでございまして、その問題について猪熊先生がいろいろと理由として述べておられる点というのは、恐らく東京地裁の判決の趣旨に沿った、趣旨というか同じ御意見だろうと思うわけでございます。ですから、私どもは先生のような御意見があるということはもう重々承知の上で、それが間違っているとは思っていないわけでございます。
 しかし、一方、東京高裁の判決で示されたような考えもあるわけでございまして、これもまた一つの理屈があるというふうに思うわけでございます。しかも、たまたま日興証券の関連におきまして東京地裁、東京高裁という二つの判決が出ましたけれども、裁判所によりまして、八千二百円でいいというところと何億円払えというところというような扱いが分かれておる、こういう実情にございまして、それぞれまことにもっともな理屈がある、こういう認識に立っているわけでございます。
 法務省として、そのどちらが正しいかということは、なかなかこれは実は決めにくい問題があるわけでございます。だからといってこれをそのまま放置していいかということにはならない、どっちかにこれは決めなきゃならないということでございますから、どうするかということでいろいろと議論したわけでございますけれども、最終的には非財産権上の請求とみなすということで八千二百円でよろしいということにいたしました。
 このみなすということの意味が、従来の解釈としては何億円という印紙になるんだけれども、それを法律によって改めたんだというふうに見るか、あるいは従来も八千二百円という解釈が正しかったんだけれども、それを注意的にみなすという言葉であらわしたのかという法的な評価はあると思いますけれども、いずれにいたしても議論としては両方成り立ち得る面を持ったということでございます。
 そこで、問題はなぜ八千二百円の方を選んだかということでございますけれども、やはり代表訴訟というのは株主が起こすにいたしましても、会社に百億円支払えと、会社は百億円の収入を得るわけでございます。
 じゃその百億円というのは株主一人一人に換算すれば一体幾らの利益になるのか。株主が何十万人もいるというようなこともあるわけでございまして、一体その場合における株主が訴訟を遂行して得る利益というのは何であるかということになりますと、これもまた百億円というふうには単純にはまいらない。百億円が株主の懐に入るのでございますとそれは百億円でいいわけでありますけれども、百億円入らない、実は一銭も入らないかもしれない、こういうことになるわけでございまして、そういうような点を考えますと、やはりこれは非財産権上の請求とみなして八千二百円とするのが妥当ではなかろうか、こういうことで最終的な結論としましてはこの改正案のようなものになったわけでございます。
 確かに先生の御指摘された計算、いわゆる日興証券事件における訴額を一審、二審、三審まで計算しますと大変な数字の違いになるという点は御指摘のとおりだと思いますけれども、やはり訴訟というものを提起しやすくする、乱訴になってはいけませんけれども、本来訴訟を起こすべき正当な利益を有する人たち、正しい主張を持っている人たちが訴訟を起こすという場合に、やはり起こしやすくするということも一つの重要な問題ではないか。費用が安いから会社にいちゃもんをつけるためにどんどん乱訴をするというようなことは、これは別な問題として対応を考えるべき性格の問題だろうというふうに考えてこのような改正案に取りまとめたわけでございます。
#116
○猪熊重二君 ただ、本来ならば会社が取締役に請求するべきが本来の法の建前なんです。ところが、会社がサボっていてやらないから、それを是正するために株主が会社に成りかわって他の株主を代表して訴訟を起こすというのが代表訴訟なんですから、会社がもし法が予想するとおりにきちんと違法行為をした取締役に対する損害賠償請求をするとすれば、それだけのお金がかかるんです。ところが今回は、株主がやれば八千二百円で済む、こういうことになってくると、例えば会社として起こそうと思うんだけれども、会社が起こすと印紙代が大分かかるから株主に、あなたひとつやってくれ、八千二百円でできるよというふうなことになったときどうするんだ。あるいはもし取締役なりあるいは監査役が取締役に対して訴訟を起こす、こういうふうなことになったときに、自分が代表取締役あるいは訴訟を担当するべき監査役の立場において、しかし私は株主だからということで今度は株主の方に席を移して訴訟を起こせば八千二百円だと、こういうことにもなる。この辺の防御措置とか抑制措置というものは少しは考えているんですか。
#117
○政府委員(清水湛君) 法制審議会における議論の過程の中でも、これだけ差が出てくると会社の方では訴訟費用を節約するために会社が起こさないで株主に起こさせるというような、いわば弊害現象も出てくるのではないかというような心配を指摘する方もおられましたけれども、しかしもともと代表訴訟というのは株主の方で会社に対して訴訟を起こせという請求をするわけでございます。それに対して会社の方ではそれを断る、会社としては起こさないということになって初めて株主がそれではということで代表訴訟を起こすということになるわけでございます。
 したがいまして、法制審議会の内部でも、まあそういうことは全くあり得ないことではないのかもしれませんけれども、恐らく真っ当な会社はそういうことはしないであろうと。そういうことがもし頻繁に行われるようになるということになれば、これはまたそれに対する対応策を考えなければならないわけでございますけれども、一種の脱法的な行為として、会社が起こす意思があるにもかかわらず一たん株主の請求を拒否して、その上で会社が株主をして訴訟を後ろの方でいわば糸を引いて遂行させるというようなことは実質的にはこれは脱法行為であり、社会的な実在としての企業のあり方としてもこれは到底許されるものではないというふうに私どもは考えるわけでございます。
 何らかの意味での社会的な非難というのは、これは必ず浴びるわけでございまして、もしそのようなことが頻繁に起こるということでございますれば、またその時点でしかるべき制裁措置というようなものも当然これは考えなければならない、恐らく真っ当な企業はそういうようなことをすることがないというふうに実は私ども考えているわけでございます。
#118
○猪熊重二君 それで私、こういうふうに申し上げるから何も先ほどのような膨大な手数料を払うのが妥当だと言っているわけじゃないんです。ただ、八千二百円だけ払って、あとはもう何も払わなくてもいいという制度でなくして、別の方法が考えられなかったんだろうかということについてお伺いしたいんです。
 例えば、手数料はこれだけだけれども、そのうちのある金額、十万円とか百万円とか、ここまで訴え提起のときに払って、最後の訴訟終了時において残りは負けた方が払えということを判決主文で納付を命ずるとかというふうな方法、あるいは現行法にある訴訟救助に直接的に当たるかどうかは別にして、訴訟救助の制度を準用するとかそういうふうな形で、訴え提起するときにはそれは幾ら少なくてもいい、ある程度の額でいい、しかし全体をおまけするわけじゃないよというふうなことを考える余地はなかったんでしょうか、どうなんですか。
#119
○政府委員(清水湛君) 今回の改正案は、たまたま代表訴訟の活性化という一つの問題と同時に、裁判所における取り扱いが非常に大事なところで区々に分かれておるというようなことから、この際きちっとどちらかに決めるべきだというところに主要な問題がございました。
 しかしながら、先生御指摘のように、訴訟費用制度のあり方として余りにも結論が両極端ではないかと、確かにそういう点は私ども感じざるを得ないわけでございます。そういう意味で、今後の問題として訴訟費用制度全体のあり方として何かいい、もっと具体的に妥当性が得られるような方法があるのかどうかというようなことは、これは研究、検討する必要があると思います。
 どこまでこのような制度が採用できるかということについては問題がございますけれども、実は現在民事訴訟法の全面見直し作業というようなものも今進めているわけでございます。そういう状況の中で訴訟費用制度のあり方というものも、これは民事訴訟手続法の問題ではございませんけれども、一つの問題として議論されているわけでございます。そういうものとの絡みでということまでちょっと申し上げるわけにはまいりませんけれども、いろいろと今後の訴訟の遂行状況等を見ながら、やはり問題があるとすれば率直に研究、検討しなければならないというふうに思っております。
#120
○猪熊重二君 会社法の改正は、法務省も非常に御苦労さんだとは私も思うんです。要するに大蔵省の問題もあるし、業界団体の問題もあるし、まあ人のうちの仕事でえらい苦労させられて大変だろうと思うんです。法理論的にだけ処理できない問題もあって、非常に大変だということはわかるんです。
 ただ、この訴額の問題は民事訴訟法の訴訟理論の根幹にかかわる問題だからもう少し慎重に検討してもよかったんじゃなかろうかなと。監査役が二人だとか三人、どっちでもいいようなことなんだけれども、これは理論的な問題として非常に重要な問題のはずなんです。それを安易に安さやいいだろうというふうなことじゃないだろうとは思うけれども、それでやられたんじゃちょっと困るというふうなことで一応申し上げたんです。
 この株主代表訴訟の問題は、こんな印紙額の問題じゃなくて、株主に対する情報の提供が少ないからというところに私は一番根本問題があると思うんです。またこの次の機会に少数株主の帳簿閲覧権等とかそういう点についてお伺いするときにも申し上げたいと思うんですが、今回の改正でたまたま日興証券みたいな莫大な損害賠償訴訟があったから非常に差が大きく見えるんですけれども、いずれにせよ今回の改正、やや急ぎ過ぎじゃないかなと私は思います。
 ただ、いろんな日米構造協議の外からもあるし、内からもあるし、内の中もいろんな業界団体の問題もあるし、法務省としてもいろいろ改正に御苦労された点はわかりました。いろいろ申し上げたけれども、そういうことなんです。
 大臣、ただお座りいただくのも大変で、今私が申し上げた点について何か御意見があればお伺いして、なければ質問を終わります。一言どうですか。
#121
○国務大臣(後藤田正晴君) よく御意見は承りました。ありがとうございました。
#122
○紀平悌子君 皆様大変お疲れの時刻だと思います。いただきました時間、二十三分でございますので御辛抱を賜りたいとお願いいたします。
 いろいろ専門的なお立場からの御意見、あるいは歴史的なゆえんを踏まえた御意見等を賜りまして、大変勉強になりました。それで私、先ほどから言おうと思っていたことを少し変えてしまったんですけれども、実は昨日、本会議十二時、まじめに出ました。
 冒頭、環境基本法の御質疑がございまして、第一バッターでございましたか、中尾さんでしょうか、発言をなさいました。総理、あなたは地球上の環境のため、とおっしゃったかどうか言葉は不正確ですけれども、御自身として何をしていらっしゃいますかという質問だったと思います。もうお一方の大臣にも御質問になったと思うんですが、宮澤さんがそれにお答えになりまして、自分はそう言われても困るのだけれども、まずむだな電気がついているときは、多分お家の中か、まさか官邸でなさるとは思いませんけれども、パチパチ消して歩いているということを冒頭おっしゃいました。次の方はたしか御飯粒をむだにしないというようなお話をなさったように思いますが、これは間違っているかもしれません。
 私、それを伺いまして、個人的なことを聞くなという、聞いてもというような、やじでもないんですけれども、やゆがちょっとあったと思うんですね、議場、議席の中から。やじは国会の花と申しますのでそれも結構だと思いますけれども、私は意外に大事なことを聞かれ、また大事なことをお答えになったなというふうに実は思ったんです。欲を言えばもう少しそれを、例えば緑が失われていくこの地球上の問題とちょっとつなげるとか、木がどんどん切り倒されている地域の問題に触れて、そんなこともあるのでそれを考えながら消して歩いているというふうにお答えいただければすてきだなと思いましたけれども、それをちょっと今思い出しております。
 例えば、商法の改正といいますと、一般の国民というか、特に女性というか主婦にとっては何が何だかわかりません。私もその一人でございますので、いわば困ったなというのがまず第一印象でございます。御親切に法務省にはいつも御説明をいただきますので、何とかかんとかわかったつもりというふうになっているわけです。しかし、私、いろいろお話を聞いておりますうちに、政治改革のお話が大分出ましたけれども、すべての道はローマに通じるという言葉のように、すべての政治的ないろいろな試み、法律改正等々がやはり政治改革にも通じるんじゃないかというふうに思い出しました。
 政府の御説明には、冒頭それが、大変穏便ではございますが、会社をめぐる不祥事の発生等にかんがみという一言でございますが、ちょっと書いてございますし、もちろんそういった社会的な背景をもって今回の商法の改正が、時期もあったと思いますけれども取り組まれた、長い一つの時期を経て取り組まれたと思います。少し絞って、ありきたりのことでございますが、その辺からお伺いをしたいと思います。
 今回の改正は、八八年のリクルート疑獄、九二年度に明るみに出た共和汚職、佐川疑獄など、続発する会社、企業体と政界、官界の政治献金、わいろをめぐる不祥事、それに伴う国民の政治不信の増大にかんがみ、株主による会社の業務執行監督是正機能の強化と会社監査役の制度を強化するということが中心になっているということで結びついているように思います。
 しかし、昨年九月十日の自治省発表の全国分政治資金収支報告書を見ましても、政治家への献金は九百五十七億五千七百万円でございます。そのうち四一・八%が企業献金でございます。額にして四百億一千五百万円です。また、金丸百億円蓄
財、脱税に象徴されますように、建設会社、大手ゼネコン等の裏表双方の政治献金を仲立ちとして公共企業などの権益あさりは目を覆うばかりのものです。
 そこで、まずこうした企業献金もしくは違法、無届けのやみ献金が政治腐敗の温床となっている事実について法務省はどう認識をされておられますでしょうか。簡単で結構でございます。
#123
○政府委員(清水湛君) 企業も一つの社会的な実在として合理的な範囲内で政治献金ができるということはもう最高裁判決も認めているところでございます。
   〔委員長退席、理事猪熊重二君着席〕
これは何も政治献金ではなくて地域における祭りの寄附ということもございましょうし、あるいは福祉団体に寄附するということもございましょうし、文化学術関係に寄附をするということも当然含まれておるというふうに思うわけでございます。
 そういう企業における政治献金等の寄附と絡めまして企業の不祥事が問題とされるというようなことがあるということは承知しているわけでございますけれども、そもそも先ほど申しましたように、企業が社会的な実在としてその種の寄附をするということは、これは企業が社会的な役割を果たすということのためにもむしろある意味においては有用であるというふうに評価されているというふうに考えられるわけでございます。そういう意味におきまして、それ自体、企業献金をすること自体が違法であるということにはならないというふうに思うわけでございます。
 そこでまた、例えば商法の中に政治献金の規制について何らかの規定を設けるというようなことなどにつきましても、これは政治献金自体が直ちに違法になるというわけではございませんので、会社の経理計算上それについての粉飾決算、不正経理等が行われない限りこれを直ちに規制するというようなことについては適当ではないというふうに考えているわけでございます。
#124
○紀平悌子君 お話のとおり、政治献金は現在違法ではございません。違法ではございませんけれども、事実上会社が中心となって献金を行うというものである以上、会社の内部からの是正ということだけでなかなかこれは難しいということで、商法上の規制措置を図るべきというふうに私は考えるんです。
 でも、べきと申し上げてもどうべきなのか、どうするのかわかりません。もし、いいお知恵とかあるいは入り口がございましたら教えていただきたいと思います。
#125
○政府委員(清水湛君) 現在でも政治資金規正法におきまして、あるいは企業の資本金の額に応じて寄附ができる、政治献金ができる金額というものの限度は決められていると思います。その金額というのは、少なくとも企業経営という観点から見まして決して無理なものではない、不合理なものではないと。企業が通常の社会的な実在として企業活動を営む上において、合理的な範囲内において寄附することができるとされる範囲内におけるものが政治資金規正法という形で具体的に金額で私どもは示されておるというふうに理解しているわけでございます。
   〔理事猪熊重二君退席、委員長着席〕
 したがいまして、商法に政治資金に限って何か規定を置くということは、これは非常に難しい話ではないかなというふうに実は考えているわけでございます。
#126
○紀平悌子君 それもまたそういうふうにお答えいただくと思いました。思いましたけれども、政治献金が事実上これは表裏とございますので、それは資本金と利潤を掛け合わせた一定の額が法人税法上の優遇措置というふうになっております。その部分から寄附が出るんですけれども、これは現状、私は余り認めないんですが、仮に認めるとしましても、事実上そういった温床になっている。こういうことに対して大臣はどうお考えになりますでしょうか。
#127
○国務大臣(後藤田正晴君) 今、局長がお答えいたしましたように、私は、企業の政治献金、これはやはり政治資金規正法上の問題、あるいは現在法律はありませんけれども、将来仮につくるとすれば、政党法等の上でどう考えていくかとかといったような考え方が正しいんではないかなと。商法の上でそれを、政治資金についてだけ何らかの規定を置くということはいかがなものであろうかなというのが私の率直な感じでございます。
#128
○紀平悌子君 国税庁にお伺いをいたしたいんですが、よろしゅうございますか。
 過日、国税庁の調査を拝見いたしますと、九二年度に大企業がその支払い先を明らかにしなかった使途不明金は五百五十八億円、これはわかっただけということでございますが、その七割弱の三百八十二億円がゼネコン等の建設業で占められている、こういうことだったんですけれども、使途不明金とは一体何なんですか、これは何か大変幼稚な質問で申しわけございませんが。過去三年間の類とその内訳、特に政治献金であった分の額を教えてください。
#129
○説明員(藤井保憲君) お答え申し上げます。
 使途不明金につきましては税法上そういう定義はございませんが、私ども法人税法の基本通達で、「法人が交際費、機密費、接待費等の名義をもって支出した金銭でその費途が明らかでないもの」という規定がございまして、そういう場合は損金の額に算入しないという取り扱いを定めておるところでございます。
 使途不明金の金額でございますが、私ども原則として資本金一億円以上のいわゆる大法人のうち実地調査を行います法人について計数を把握してございます。これに基づいて過去三年間の計数を申し上げますと、平成元事務年度には把握しました使途不明金の総額は五百六十三億円、以下平成二事務年度には四百七十六億円、三事務年度には御指摘のとおり五百五十八億円、このようになってございます。
 その内訳でございますが、私ども把握しました使途不明金総額のうち約八割につきましては、私どもの使途解明努力にもかかわりませず使途を解明するに至っていないところでございまして、お尋ねの政治献金にどのくらい充てられているかということにつきまして申し上げることはできないわけでございます。
 ただ、私どもの調査により使途が判明したものがございます。これが三年間、それぞれ百十三億円、百六億円、百三十九億円ございますが、そのうち政治献金と思われますものは、それぞれ十六億円、十三億円、二十四億円、このようになってございます。
#130
○紀平悌子君 大蔵省と法務省にお伺いしたいんですが、こうした使途不明金として処理されているお金については、通常、企業には経理というものがあり、監査というものがあり、そもそも使い道がわからない金などは出てはならないというのは当たり前のことですね。こうしたお金について損金不算入という形で課税され、法人税法上の処理はそれで終わるのでしょうけれども、会社の株主から見ますと、これは会社の財産が不明な使われ方をしており、何か税務当局でもわからないわけで、また企業すべてがこの不明金の内訳を当局によって追及されるわけでもありませんので、株主としては結局それで納得しなければならないことになっております。
 不明金が千円や二千円ということならまだしも、全体で五百五十八億円などという高額に及んで、これは法人税においてそうした不明金について通常より高率の課税をして抑制するとか、それから商法等によって抑制を図るかしないと、結局企業側の裁量で法人税の枠内で損金不算入さえ覚悟すれば使途不明として政治献金なりあるいは暴力団対策費と言われるものに向けられる機密費をつくられることになります。やはり汚職の温床というところになるのではないか。
 それぞれ大蔵省と法務省に使途不明金の抑制につきその見解と対応策があれば、手短で結構でございますのでお聞かせください。
#131
○説明員(清水治君) 使途不明金につきまして税
制上何らかの対応を考えるべきではないかという御指摘でございますが、企業が支出いたしました使途不明の金額、使途不明金につきましては、やはりその真実の所得者、真実にそれを受けている真実の所得者に課税するという観点から、できるだけその使途を解明するように国税当局において最大限努力しておりまして、その支出先に対して適正な課税を行うということが原則だと考えております。
 ただ、そのような使途の解明努力によりましてもどうしても使途が解明できない、そういう場合には、支出した法人に対しましてその支出金の経費としての損金算入を否認するということによって全額を課税しているところでございます。
 法人税、これは収益の額から費用の額を差し引いた法人の所得に対して課税するものでございます。使途が解明できないというときにその支出金について経費としての損金算入を否認する、したがいましてその分だけ所得がふえる、それに応じて税負担がふえるということになるわけでございますが、そういう損金算入を否認するという形で課税するという現行の取り扱い、これは法人税制の枠内の措置といたしましてはぎりぎりのものではないかと考えております。アメリカ、イギリス、ドイツ等を見ましても同様に損金不算入の扱いになっているものと承知しております。
#132
○政府委員(清水湛君) 使途不明金という概念は商法上の概念としてはないわけでございまして、会社の決算の上におきましては、交際費だとかあるいは機密費ということでその支出が合理的な金額の範囲内のものであるということでございますと、それが株主総会等によって承認される、こういうことになるわけでございます。
 ただしかし、税法の面におきまして、実際は支出しているんだけれども、税務当局に対してはやはり支出先をいろんな営業政策上、秘匿しなければならないという場合も恐らく企業の政策としてあるんだろうと思うのであります。そういうものにつきましては税法上の問題として、この使途を明らかにすることができない、したがって利益としては内部に留保されるというような形で税金を納めるということにならざるを得ないということが出てくるわけでございますが、これはあくまでも税法上の問題である。
 商法の問題といたしましては、それが総収益に対する総経費の枠内においていろんな費目のもとに支出されたということであれば、それは別に、粉飾がそれで行われるということでございますと違法でございますけれども、そうでない限り違法、不当の問題は生じない、こういうふうに考えているわけでございまして、商法上の概念としては使途不明金というものを入れる余地がないというふうに考えているわけでございます。
#133
○紀平悌子君 法務省に続いてお伺いしたいんですけれども、監査役制度の改正で任期が二年から三年になるということで、これはそれなりの御説明が先ほどからございましたのでよろしいんですけれども、数の問題よりも、どうしたら監査役が取締役の業務執行を監査し得るような監査役の役目が果たせるかというふうな方法論をもう少し考えた方が役に立つんじゃないかと思います。
 組織が非常に巨大化しておりますので、やはりそれを監査するということが事実上、企業、会社の組織の中で十分な力を持つというふうには考えられないというふうに私も思います。そういう中で、お目付役である以上はやはり独立性を強化するということを図らなければいけないと思うんですが、いかがでしょうか。もう少しその辺のところをお考えいただく方法はないんでしょうか。
#134
○政府委員(清水湛君) 監査役の権限を強化して監査役の独立性を強めるということで、これまでも累次にわたって商法の改正がされてきたというふうに私どもは考えております。
 午前中にも議論ございましたけれども、選任の点については、だれを監査役にするかというのは結局取締役会、ひいては代表取締役社長が握っておるのではないかというような問題の指摘がございましたけれども、法律的な仕組み、制度といたしましては、監査役の独立性というのはもう十分にそういう意味で強化されておるというふうに思うわけでございます。
 問題は、それぞれの企業がそういう監査役の権限を適正に行使し得るような人材を積極的に監査役の地位に充てる、そして厳しく業務内容をチェックするということが結局長い目で見ますと企業が長期にわたって存続し繁栄するゆえんである、こういう認識のもとにそれにふさわしい人を選んでいただき、そういう人たちが適切に権限を行使するというふうになっていただくというのが運用の問題として私どもが切に期待をしているところでございます。
 現実にそういうような観点から、制度改正だけではなくて現実に監査役が適切に監査をし得るようなことを考えるべきだというような観点から、実は一流の上場企業等をほぼ網羅いたしましたそういう企業の監査役さんの集まりである日本監査役協会というものが法務大臣の許可のもとに設立されているわけでございまして、そういう協会におきまして日ごろより、監査役のあるべき姿、監査の方法等についての研究もされておるというようなことがございます。
 そういうようなことが徐々にそれぞれの企業に浸透していって、制度だけではなく運用の面におきましても監査制度の充実強化が図られるということになるよう、私どもといたしましては強く期待をしているというのが実情でございます。
#135
○紀平悌子君 もう一問ありますけれども、法務大臣に一言。
 日本は本格的な証券市場を中心とする株式資本の時代を迎えることになりました。それで、やはり企業経営が株主によって厳しくチェックされるような法制度を商法改正の上でぜひ図っていただきたいということをお願いしまして、終わります。
#136
○委員長(片上公人君) 両案に対する本日の質疑はこの程度にとどめます。
    ―――――――――――――
#137
○委員長(片上公人君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 商法等の一部を改正する法律案及び商法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の審査のため、来る六月一日、参考人として学習院大学法学部教授前田庸君及び経済評論家佐高信君の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#138
○委員長(片上公人君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十八分散会
     ――――◇―――――
ソース: 国立国会図書館
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