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1993/06/17 第126回国会 参議院 参議院会議録情報 第126回国会 本会議 第25号
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1993/06/17 第126回国会 参議院

参議院会議録情報 第126回国会 本会議 第25号

#1
第126回国会 本会議 第25号
平成五年六月十七日(木曜日)
   午前十時一分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議事日程 第二十五号
  平成五年六月十七日
   午前十時開議
 第一 平成二年度一般会計歳入歳出決算、平成
  二年度特別会計歳入歳出決算、平成二年度国
  税収納金整理資金受払計算書、平成二年度政
  府関係機関決算書
 第二 平成二年度国有財産増減及び現在額総計
  算書
 第三 平成二年度国有財産無償貸付状況総計算
  書
 第四 環境基本法案(内閣提出、衆議院送付)
 第五 環境基本法の施行に伴う関係法律の整備
  等に関する法律案(内閣提出、衆議院送付)
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、議員藤江弘一君逝去につき哀悼の件
     ―――――・―――――
#3
○議長(原文兵衛君) これより会議を開きます。
 議員藤江弘一君は、去る七日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。
 同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。
 ここにその弔詞を朗読いたします。
   〔総員起立〕
 参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くされました議員正四位勲二等藤江弘一君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます
    ―――――――――――――
#4
○議長(原文兵衛君) 守住有信君から発言を求められております。この際、発言を許します。守住有信君。
   〔守住有信君登壇〕
#5
○守住有信君 本院議員藤江弘一君は、去る六月七日、急性心不全のため東京都港区の虎の門病院において急逝されました。
 その日の朝、藤江君は、終盤国会の運営に取り組む国会対策委員会に出席された後、次の政治改革関係の会合へ向かう車中で倒れ、わずか数時間の後に不帰の客となられました。突然の悲報に接し、まことに痛惜哀悼の念にたえません。
 私は、ここに、皆様のお許しをいただき、議員一同を代表して、正四位勲二等故藤江弘一君の御功績をしのび、謹んで追悼の言葉をささげます。
 藤江君は、昭和五年一月、父君の勤務地である旧朝鮮京城府に生まれ、戦後静岡県磐田市に引き揚げた後、山口県徳山中学、同高校を経て、昭和二十九年東京大学法学部を卒業、直ちに自治庁に入られたのであります。
 自来、国や県などの職員として地方自治の進展に尽くしておられましたところ、昭和四十二年に藤枝自治大臣の秘書官に抜てきされ、引き続き赤澤、野田の三代の大臣に仕えて、今日ある政治センスを磨かれたのであります。自治省では消防庁防災課長などを歴任された後、昭和五十年に請われて総理府に出向され、持ち前の粘り強さと調整力を発揮して、いよいよ頭角をあらわされました。特に、昭和五十六年、北方対策本部審議官につかれた際のあの「北方領土の日」設定をめぐる君の活躍は今でも関係者の語りぐさとなっております。当時、「北方領土の日」をいつにするかについては、二月七日とする主張のほか、北方領土侵攻終了の九月三日とする意見も強く、意見調整が難航し暗礁に乗り上げておりました。君は文字どおり夜討ち朝駆けの妙手で関係方面を調整し、「北方領土の日」の設定にこぎつけたのであります。以来、「外柔内剛」、「根回し名人」の評が定着したとのことであります。
 総合調整機能強化のため昭和五十九年に発足した総務庁では、恩給局長、官房長、そして昭和六十一年には事務次官という官僚として最高の地位につかれ、江崎、玉置、山下、高鳥の四代の長官に仕えられたのであります。その間、豊富な情報に裏打ちされた深い洞察力と大胆な発想、かつ周到な配慮をもって大臣を補佐し職員をリードして、創成期の総務庁の基礎固めに貢献されたのであります。また、退官後は軍恩連盟全国連合会会長等の要職につかれて活躍しておられました。
 このような君の公務員としての卓越した業績に加えて、眼鏡の奥のにこやかで温かい目、手柄話をしない人柄、カラオケに興じる姿、安くてうまいものを知る食通話など、君の豊かな人間性を示す事柄は枚挙にいとまがありません。
 ハートとムードでは桐朋学園大学教授で音楽家の効子夫人を上回るというカラオケの評や霞が関ナンバーワンの食通の評は、職員や多くの人々との温かな交流によって生まれたものでありましょう。
 人々の敬愛と信望を集められた君は、推されるべくして本院の比例代表の議員候補となり、平成四年、第十六回通常選挙で見事当選を果たされました。尊敬と思いやりの心を基本姿勢として行政に取り組んできた君が、いよいよ立法府において長寿社会対策など国の基本政策決定に参画することになったのであります。
 本院におきましては、内閣委員会、決算委員会、国民生活に関する調査会等に所属され、委員会審議に熱心に参加されますとともに、各委員会で核心をつく鋭い質問をしておられます。私は、去る三月二十九日の内閣委員会の質疑の情景が今でも脳裏に焼きついております。君は、政府委員席の後輩の局長に向かって、恩給を担当する総務庁の基本姿勢は何かと問いかけたのであります。局長の答弁の趣旨は、受給者の立場で考え、かっ行動するというものでありましたが、これこそ恩給局長就任直後の君が職員に徹底させ今日まで引き継がれてきた行政にある者の基本姿勢でありました。君の心に行政マンの、そして政治家のよって
立つべき基本が常に刻まれていることを知らされたのであります。
 また、自由民主党にありましては、国会対策委員会委員、国民生活局次長、国民運動本部スポーツ文化振興推進部長などの要務に当たられました。
 二十一世紀へ向けて国際化と国民生活重視への対応を迫られ、君がライフワークとした高齢化社会の問題や、政治改革、規制緩和、地方分権等の諸課題の解決を迫られているとき、君のように豊かな識見と卓抜した調整力を備え、加えて政策にも通暁した大器を失いましたことは、本院のみならず国家にとっても大きな損失であり、まことに痛恨のきわみであります。
 周囲の期待を背に政界に身を置かれて一とせ、志半ばにして六十三歳の若さで他界された君の心中の御無念は察するに余りあるものがあります。
 今、君と幽明境を異にし、再び君の温顔にこの議場で接することができないことに改めて深い悲しみを覚えます。
 ここに皆様とともに謹んでありし日の君の面影をしのび、御冥福を心からお祈りして、哀悼の言葉といたします。
 参議院内閣委員長守住有信。
#6
○議長(原文兵衛君) これにて休憩いたします。
   午前十時十二分休憩
   〔休憩後開議に至らなかった〕
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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