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1993/02/17 第126回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第126回国会 文教委員会 第2号
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1993/02/17 第126回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第126回国会 文教委員会 第2号

#1
第126回国会 文教委員会 第2号
平成五年二月十七日(水曜日)
    午前九時三十分開議
出席委員
   委員長 渡辺 省一君
   理事 中山 成彬君 理事 原田 義昭君
   理事 真鍋 光広君 理事 松田 岩夫君
   理事 渡瀬 憲明君 理事 沢藤礼次郎君
   理事 吉田 正雄君 理事 鍛冶  清君
      井上 喜一君    岩屋  毅君
      狩野  勝君    河村 建夫君
      小坂 憲次君   小宮山重四郎君
      佐田玄一郎君    塩谷  立君
      島村 宜伸君    西岡 武夫君
      御法川英文君    岩田 順介君
      川崎 寛治君    輿石  東君
      佐藤 泰介君    嶋崎  譲君
      山元  勉君    冬柴 鐵三君
      矢追 秀彦君    山原健二郎君
      柳田  稔君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 森山 眞弓君
 出席政府委員
        文部政務次官  鈴木 恒夫君
        文部大臣官房長 吉田  茂君
        文部大臣官房総
        務審議官    岡村  豊君
        文部大臣官房会
        計課長     佐々木正峰君
        文部省生涯学習
        局長      前畑 安宏君
        文部省初等中等
        教育局長    野崎  弘君
        文部省教育助成
        局長      井上 孝美君
        文部省高等教育
        局長      遠山 敦子君
        文部省高等教育
        局私学部長   中林 勝男君
        文部省学術国際
        局長      長谷川善一君
        文部省体育局長 奥田與志清君
 委員外の出席者
        文教委員会調査
        室長      福田 昭昌君
    ―――――――――――――
委員の異動
二月十七日
 辞任        補欠選任
  狩野  勝君    御法川英文君
  永末 英一君    柳田  稔君
同日
 辞任        補欠選任
  御法川英文君    狩野  勝君
  柳田  稔君    永末 英一君
    ―――――――――――――
二月十五日
 高校四十人学級の早期実現、急減期特別助成な
 ど私学助成の大幅増額に関する請願(岡崎トミ
 子君紹介)(第五号)
 同(岡崎トミ子君紹介)(第三六号)
 同(岡崎トミ子君紹介)(第六三号)
 行き届いた教育の充実に関する請願(井上一成
 君紹介)(第六号)
 私学の学費値上げ抑制、教育・研究条件の改善
 及び私学助成増額に関する請願(松原脩雄君紹
 介)(第三四号)
 小・中・高校三十五人学級早期実現、私学助成
 の大幅増額、障害児教育の拡充に関する請願
 (堀昌雄君紹介)(第三五号)
 同(岡崎宏美君紹介)(第七七号)
 同(冬柴鐵三君紹介)(第七八号)
 三十五人以下学級の早期実現、私学助成の抜本
 的拡充に関する請願(堀昌雄君紹介)(第五五
 号)
 同(松原脩雄君紹介)(第五六号)
 同(山元勉君紹介)(第五七号)
 同(岡崎宏美君紹介)(第七九号)
 同(冬柴鐵三君紹介)(第八〇号)
 同(井上一成君紹介)(第一四三号)
 同(坂井弘一君紹介)(第一四四号)
 小・中・高校三十五人学級早期実現と生徒急減
 期特別助成など私学助成の大幅増額に関する請
 願(秋葉忠利君紹介)(第五八号)
 同外九件(沢藤礼次郎君紹介)(第五九号)
 同(江田五月君紹介)(第八一号)
 豊かな私学教育実現のための私学助成に関する
 請願(江田五月君紹介)(第六〇号)
 同(小森龍邦君紹介)(第六一号)
 幼稚園の学級定数の改善に関する請願(沢藤礼
 次郎君紹介)(第六二号)
 同(遠藤和良君紹介)(第八二号)
 同(加藤繁秋君紹介)(第九〇号)
 同(岩田順介君紹介)(第一四五号)
 私学助成の大幅増額、四十人学級の実現に関す
 る請願(田中昭一君紹介)(第八九号)
 学校給食の施設改善等に関する請願(小沢和秋
 君紹介)(第一一五号)
 同(金子満広君紹介)(第一二六号)
 同(木島日出夫君紹介)(第一二七号)
 同(児玉健次君紹介)(第一二八号)
 同(佐藤祐弘君紹介)(第一二九号)
 同(菅野悦子君紹介)(第一三〇号)
 同(辻第一君紹介)(第一三一号)
 同(寺前巖君紹介)(第一三二号)
 同(東中光雄君紹介)(第一三三号)
 同(不破哲三君紹介)(第一三四号)
 同(藤田スミ君紹介)(第一三五号)
 同(古堅実吉君紹介)(第一三六号)
 同(正森成二君紹介)(第一三七号)
 同(三浦久君紹介)(第一三八号)
 同(山原健二郎君紹介)(第一三九号)
 同(吉井英勝君紹介)(第一四〇号)
 義務教育費国庫負担制度の堅持に関する請願
 (石田幸四郎君紹介)(第一四一号)
 義務教育費国庫負担制度から削減・除外された
 費用の復元に関する請願(石田幸四郎君紹介)
 (第一四二号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 文教行政の基本施策に関する件
     ――――◇―――――
#2
○渡辺委員長 これより会議を開きます。
 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 文部行政の基本施策に関し、文部大臣から発言を求められておりますので、これを許します。森山文部大臣。
#3
○森山国務大臣 第百二十六回国会におきまして、文教各般の問題を御審議いただくに当たり、所信の一端を申し述べます。
 間近に迫った二十一世紀に向けて、我が国が創造的で活力ある、文化の薫り高い国家として発展していくため、また国民の一人一人が生活の豊かさを真に実感できる活力と潤いに満ちた生活大国づくりを進めていく上で、教育・学術・文化・スポーツの果たすべき役割は、ますます重要なものとなっております。
 昨年、我が国は学制百二十年を迎えました。百二十一年目の新たな歩みを進めるに当たり、これからは、先人たちの築かれた成果を踏まえつつ、時代の変化に的確に対応し、一人一人の個性を生かす多様な教育の実現を目指していくことが大切と考えます。また、国民の多様な学習要求にこたえる豊かな生涯学習社会を築いていくことも重要な課題となっています。このような考え方に立って、新しい時代に対応した教育改革の積極的かつ着実な推進に努めてまいりたいと存じます。
 以下、主要な課題について私の基本的な考え方を申し述べます。
 第一は、生涯学習の推進についてであります。
 今日、人々が生涯のいつでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が適切に評価されるような生涯学習社会を築くことが、極めて重要な課題となっております。このため、昨年七月の生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」において示された基本的な考え方やリカレント教育、ボランティア活動等に関する提言を踏まえ、生涯学習を振興するための諸般の施策を積極的に推進してまいります。
 特に、学習機会の充実を図るため、高齢化、国際化、女性の社会参加の促進、ボランティア活動などの課題について、社会教育を通じた積極的な取り組みを行うとともに、学校外の学習活動の成果が、社会において適切に評価されるための施策に鋭意取り組んでまいります。また、放送大学の整備充実、専修学校教育の振興にも引き続き努めてまいります。さらに、地域における豊富な活動体験を通じた青少年の健全育成や、人間形成の基礎を培う上で大きな役割を果たす家庭教育の充実等について、関連する諸施策を一層充実させてまいります。
 第二は、初等中等教育の充実についてであります。
 これからの初等中等教育においては、子供のよさや可能性を生かし、みずから学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの能力の育成を重視する新しい学力観に立った教育を積極的に展開することが必要です。新しい学習指導要領もこのような考え方に基づくものであり、その趣旨に沿った教育の実現のために全力を挙げて取り組んでまいります。その際、道徳教育の一層の充実や、国旗・国歌を尊重する態度を身につけることなどについても、今後とも引き続き指導の徹底を図ってまいります。
 高校教育については、中央教育審議会答申の提言を踏まえ、生徒の多様な個性や社会の変化に柔軟に対応し、生徒の個性の伸長や学習の選択の幅を拡大するなどの観点からその改革を推進し、総合学科や全日制単位制高校の創設などを初め、魅力ある高校づくりを促進してまいります。また、今日さまざまな弊害が指摘されている業者テスト問題については、業者テストの偏差値を用いた入学者選抜が行われないようにするとともに、中学校における進路指導の改善充実について鋭意取り組んでまいります。
 昨年九月から月一回の学校週五日制が実施されています。学校週五日制は、学校、家庭及び地域社会が一体となってその教育力を相互に高め合う中で、子供たちがみずから考え主体的に判断し行動できる資質や能力の育成を図ろうとするものです。そのためには、家庭や地域社会において子供が自由に使える時間を確保し、豊かな体験を行えるようにすることが大切です。今後とも、学校、家庭及び地域社会のそれぞれの関係者の理解と協力を得て、学校週五日制の円滑な定着に向け全力を挙げて取り組んでまいります。
 生徒指導については、児童生徒の個性に応じた人間味ある温かい指導が行われることが重要であり、登校拒否や高校中退、いじめなど生徒指導上のさまざまな課題に対し適切な対応が図られるよう指導の充実に努めてまいります。
 幼稚園教育については、入園を希望するすべての三歳児から五歳児までを就園させることを目標としてその振興に努めるとともに、特殊教育についても、通級による指導の制度化を図るなど一層の充実に努めてまいります。
 また、子供の心身の健全な発達と生涯の各時期を通じた国民の健康の保持増進を図るため、社会教育とも連携しつつ、学校保健、学校安全、学校給食など健康教育の一層の充実に努めてまいります。特に、エイズについては、我が国でもその対策が緊急の課題となっていることにかんがみ、学校におけるエイズ教育の充実に鋭意努めてまいります。
 第三は、教育諸条件の整備についてであります。
 教育諸条件の整備については、個に応じた教育の実現のため、義務教育諸学校について第六次公立義務教育諸学校教職員配置改善計画を実施し、チームティーチングなど指導方法の一層の充実等を図るとともに、公立高等学校についても第五次公立高等学校学級編制及び教職員配置改善計画を実施し、四十人学級の実現等を図ってまいります。
 また、コンピューター等の情報機器の整備に引き続き努力するとともに、義務教育教科書無償制度を今後とも堅持してまいります。
 「教育は人なり」と言われるように、学校教育の成果は教員の資質能力に負うところが極めて大きく、その向上を図ることは不可欠の課題であります。初任者研修については、平成四年度にその制度的完成を図ったところでありますが、今後ともその一層の充実に努めるとともに、教職経験者研修を初め現職教員の教職経験と職能に応じた研修の整備充実などの諸施策の推進に努めてまいります。
 学校運営に関しては、校長のリーダーシップのもとに全教職員が一致協力し、活力と規律ある学校運営が行われる体制保の確立に努めてまいります。また、社会の変化に適切に対応し、住民の意向を反映した生き生きして特色ある地方教育行政の展開を図るため、教育委員会の一層の活性化を図ってまいります。
 公立学校施設の整備につきましては、必要な量的整備の確保に努めるとともに、ゆとりと潤いのある学習環境づくり、生涯学習活動を積極的に支援できる学校施設づくり等の観点から、質的な整備に努力してまいります。
 第四は、高等教育の充実と改革についてであります。
 高等教育については、学術研究の進展や社会の変化を踏まえ、各大学等がそれぞれの教育理念・目標を明確にし、それに沿って教育研究の高度化、個性化及び活性化に努めることが重要です。このため、大学審議会の答申を受けて、大学設置基準の大綱化、自己点検・評価システムの導入など、各大学等が個性を発揮して特色ある教育研究を展開していくことができるよう、制度面での改善方策を講じてまいりましたが、引き続き、大学審議会の審議を踏まえつつ、高等教育の充実と改革に積極的に取り組んでまいります。
 国立大学については、我が国の基礎研究の推進と有為な人材の養成を図るため、大学院を中心とする教育研究条件の整備、社会的要請の強い分野に係る人材養成等その充実に努めてまいります。また、教育研究環境の改善を図るため、施設設備の充実についても一層の努力を重ねてまいります。
 大学入試については、大学入試センター試験の円滑な実施と有効な活用を図るとともに、各大学ごとに特色ある適切な入試が実施されるよう、関係者の御協力を得ながら着実な改善に努めてまいります。なお、大学入試の改善は、常によりよい方途を求めて不断の努力を続けていくべき重要な課題であり、目下、中長期的な観点から、そのあり方について、大学審議会に調査研究をお願いしていることを申し添えます。
 第五は、私学の振興についてであります。
 私立学校は、それぞれの学校が建学の精神にのっとり、特色ある教育研究活動を展開し、我が国の学校教育の発展に大きな役割を果たしております。このような私立学校の役割の重要性にかんがみ、私立学校の教育研究条件の維持向上と修学上の経済的負担の軽減等を図るため、経常費補助を中心に私学助成の確保に努めてきたところであり、今後とも、その確保に鋭意努力してまいります。
 一方、私立学校における教育課程等の運営のあり方については、一部不適切な事例も指摘されているところであり、私立学校の自主性を尊重しつつ、学校教育法、私立学校法等関係法令にのっとった適正な管理運営がなされるよう、引き続き努めてまいります。
 第六は、学術の振興についてであります。
 大学を中心とする学術研究は、人類の知的共有財産を創造し、人類・社会の発展の基盤を形成するものとして、その振興は極めて重要であります。特に近年、我が国の学術研究水準の向上や国際的役割の増大に伴い、従来にも増して独創的・先端的な学術研究を推進し、世界の学術研究の進展に積極的に貢献していくことが求められています。しかし、その一方で、大学の研究環境の低下が各方面から指摘され、今後の学術研究推進についての懸念が生じております。
 このため、文部省としては、昨年七月の学術審議会答申を踏まえ、学術研究基盤を国際的水準に引き上げることを目指し、その計画的・重点的整備を図るとともに、柔軟で活力に満ち、世界に開かれた学術研究体制の整備を進めるため、科学研究費補助金の拡充、若手研究者の養成確保をはじめとした施策の充実に努力してまいります。
 第七は、スポーツの振興についてであります。
 国民の心身の健全な発達と明るく豊かで活力に満ちた社会の形成を図るため、広く国民に対し生涯にわたってスポーツに親しむための諸条件を整備するとともに、さきのバルセロナ・オリンピックにおける日本選手の活躍に見られるように、オリンピック等の国際競技大会に向けて、日本選手の競技力の向上を図ることは極めて重要であります。
 今後とも、平成元年の保健体育審議会答申「二十一世紀に向けたスポーツの振興方策について」における提言を踏まえスポーツ振興基金による助成も含め、生涯スポーツ、競技スポーツ及び学校における体育・スポーツの各方面にわたるスポーツの振興のための諸施策の一層の推進に努めてまいります。
 また、平成十年には長野オリンピック冬季競技大会の開催が予定されており、本大会の成功に向けて、引き続き必要な支援をしてまいります。
 第八は、芸術文化の振興についてであります。
 国民の文化への志向の高まり、文化面における国際交流や国際貢献の要請に対応するためには、我が国古来の伝統文化を継承しつつ、芸術文化の創造発展を図り、その成果を積極的に海外に発信することが重要です。このため芸術文化振興基金による助成の活用とあわせて、芸術家等の人材の養成や芸術創作活動の助成に努めるとともに、各地域の特色ある文化を生かした多様な文化活動を推進するため、文化施設の整備や芸術を鑑賞する機会の充実など各種の条件整備を積極的に進めてまいります。
 また、我が国の現代舞台芸術の殿堂となる第二国立劇場(仮称)については、本格的な建設工事に着手したところであり、開場に向けての諸準備を推進してまいります。
 さらに、国民共有の貴重な財産である文化財を愛護し、保存し、後世に末永く引き継いでいくため、文化財の保存と活用のための諸施策を一層推進し、我が国の文化の向上、発展に努めてまいります。
 最後に、教育・学術・文化・スポーツの国際交流の推進についてであります。
 我が国の国際社会への貢献が求められている今日、教育・学術・文化・スポーツの国際交流・協力を一層推進していくことがますます重要となっております。文部省では、ユネスコを初めとした国際機関への協力、研究者の交流や国際共同研究、留学生の交流、外国人に対する日本語教育等の充実や芸術文化交流、文化遺産の保存修復等に関する国際協力・交流を図るとともに、海外子女・帰国子女教育の充実に引き続き努めてまいりたいと存じます。
 特に留学生に関しては、二十一世紀初頭における十万人の受け入れを目指し、昨年七月の協力者会議報告を踏まえた留学生受け入れ体制の質的充実を図るため、教育・研究指導体制の整備、私費留学生支援、宿舎の確保等、幅広い施策を総合的に進めてまいります。また、我が国から海外へ留学する学生等が増加していることを踏まえ、その援助体制の整備にも努めてまいります。
 以上、文教行政の当面する諸課題について所信の一端を申し述べました。
 文教委員各位の一層の御理解と御協力をお願いいたします。(拍手)
#4
○渡辺委員長 次に、平成五年度文部省所管予算の概要につきまして説明を聴取いたします。鈴木文部政務次官。
#5
○鈴木(恒)政府委員 平成五年度文部省所管予算につきまして、その概要を御説明申し上げます。
 平成五年度文部省所管予算につきましては、我が国が、来るべき二十一世紀に向けて、創造的で活力ある文化の薫り高い国家として発展し、世界に貢献していく基礎を築くとともに、国民一人一人が、生活の豊かさを真に実感できる活力と潤いに満ちた生活大国づくりができるよう、教育・学術・文化・スポーツの文教施策全般にわたり、その着実な推進を図ることとし、所要の予算の確保に努めたところであります。
 文部省所管の一般会計予算額は、五兆四千二百六十四億七千二百万円、国立学校特別会計予算額は、二兆三千五百十七億六千三百万円となっております。
 以下、平成五年度予算における主要な事項について、御説明を申し上げます。
 第一は、生涯学習の振興に関する経費であります。
 生涯学習の振興については、平成四年七月の生涯学習審議会答申「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について」において示された提言を踏まえ、人々の生涯にわたる多様な学習活動の振興に資するため、生涯学習の基盤整備を総合的に推進するとともに、学校の生涯学習機能の拡充、生涯学習社会における社会教育の振興、青少年等の社会教育施設の整備などを図ることといたしております。
 まず、生涯学習の基盤整備につきましては、地域における生涯学習に取り組む体制の整備、多様な学習情報の提供、社会教育指導者等の養成確保に努めていくことといたしております。
 次に、学校の生涯学習機能の拡充につきましては、大学等における社会人の再教育機能を高めるとともに、公開講座や学校の開放を促進するほか、放送大学の整備充実、専修学校教育の振興を図がることといたしております。
 また、社会教育の振興の面では、現代的課題等の学習機会の整備充実に努めるほか、女性の社会参加への支援、家庭教育の振興、青少年の学校外活動の振興、長寿化対策事業の促進等を図ることとし、所要の経費を計上いたしております。
 さらに、国立オリンピック記念青少年給合センター等国立社会教育施設の整備充実を図るとともに公民館、図書館等の公立社会教育施設の整備に努めることといたしております。
 第二は、初等中等教育の充実に関する経費であります。
 まず、義務教育諸学校の教職員配置につきましては、児童生徒一人一人の個に応じた多様な教育を推進するため、第六次公立義務教育諸学校教職員配置改善計画を策定し、平成五年度から十年度までの六年計画で実施することといたしております。
 なお、義務教育費国庫負担金等のうち、共済費追加費用等については、平成四年度において、同年度から六年度までの三年間で段階的に一般財源化することとされていましたが、これを平成五年度において全額一般財源化することといたしております。
 次に、教員の資質の向上を図るため、初任者研修制度を引き続き円滑に実施するなど、現職研修の体系的な整備充実に努めるとともに、教員の海外派遣、教育研究団体への助成等を行うことといたしております。
 教育内容につきましては、新学習指導要領の趣旨徹底を図るため、引き続き講習会等を行い、さらに、今年度に引き続き、新教育課程の実施状況について、総合的に調査研究することといたしております。
 また、理科教育における観察・実験を重視するため、中学校の設備基準を改定し、その整備を図るほか、情報化への対応を円滑に進めるため、教育用コンピューターの整備等を推進するとともに、我が国社会の国際化への対応のため外国語教育の充実や、豊かな人間形成のため読書指導の充実を図ることといたしております。
 学校週五日制につきましては、平成四年九月から月一回実施しているところでございますが、平成五年度においては、月一回の円滑な定着を図るための研究協議を行うとともに、月二回の学校週五日制の導入に必要な実践研究等を行うことといたしております。
 また、中央教育審議会の答申の趣旨を踏まえ、高等学校教育改革につきまして、調査研究の委託、研究指定校の指定など引き続きその推進を図ることといたしております。
 なお、義務教育教科書の無償給与につきましても、所要の経費を計上いたしております。
 次に、児童生徒の登校拒否等の問題について適切に対処するため、適応指導教室についての実践的研究を拡充するなど、学校不適応対策事業の一層の充実を図ることといたしております。
 また、児童生徒の健全な育成を図るため、自然教室推進事業等の施策を充実することといたしております。
 さらに、環境教育の推進を図るため、環境教育推進モデル市町村の指定等を行うことといたしております。
 道徳教育につきましては、今後の道徳教育の参考に資するため、引き続き、道徳教育推進状況調査を実施するなど、その一層の充実を図ることといたしております。
 幼稚園教育につきましては、幼稚園就園奨励費補助を充実するとともに、幼稚園教育振興計画を推進するなど、一層の振興を図ることといたしております。
 特殊教育につきましては、心身障害児の指導方法等の調査研究を行うとともに、特殊教育就学奨励費を充実するなど、一層の振興に努めることといたしております。
 また、海外子女教育・帰国子女教育につきましては、日本人学校の新設や児童生徒数の増加に対応し、派遣教員を増員するとともに、在外教育施設における現地社会との国際教育・文化交流等を一層推進するなど、その一層の充実を図ることといたしております。
 さらに、学校におけるエイズ教育など児童生徒等の健康教育の充実に努めるとともに、豊かで魅力ある学校給食を目指して、その充実を図ることといたしております。
 次に、公立学校施設の整備につきましては、所要の事業量の確保を図りつつ、建築費の実態等を勘案の上、補助基準単価の大幅な引き上げを行うとともに、児童生徒急増地域における小中学校校舎特例措置の継続等を行うこととし、平成四年度に対して二百二十六億円増の二千七百三十二億円を計上いたしております。
 なお、定時制及び通信教育の振興、産業教育の振興、地域改善対策としての教育の振興など各般の施策につきましても所要の経費を計上いたしております。
 第三は、私学助成に関する経費であります。
 まず、私立の大学等に対する経常費補助につきましては、平成四年度に対して五十四億円増の二千六百五十五億五千万円を計上いたしております。このほか、教育研究装置施設整備費補助及び研究設備整備費等補助についても、それぞれ増額を図るなど教育研究の推進に配慮いたしております。
 また、私立の高等学校等の経常費助成を行う都道府県に対する補助につきましても、平成四年度に対して二十四億円増の八百四十七億円を計上いたしております。
 日本私学振興財団の貸付事業につきましては、八百七十億円の貸付額を予定いたしております。
 第四は、高等教育の整備充実に関する経費であります。
 まず、高等教育の高度化等の要請にこたえ、大学院につきましては、研究科等の新設整備、高度化推進特別経費や最先端設備の充実など、各般にわたる整備充実を図ることとし、所要の経費を計上いたしております。
 国立大学につきましては、その教育研究環境の改善充実を図るため、老朽・狭隘校舎の改築など国立学校施設の整備充実を推進するほか、教育研究設備の整備充実、教育研究経費の充実等を図ることとし、所要の経費を計上いたしております。さらに、大学改革の推進に即した学部の改組など、教育研究上緊要なものについて整備充実を図ることといたしております。
 また、附属病院につきましては、看護婦等の増員を図るとともに、集中治療部等の社会的要請の強い分野に関する診療組織の整備を行うことといたしております。
 なお、国立大学の入学料等につきましては、諸般の情勢を総合的に勘案し、これを改定することといたしております。
 次に、育英奨学事業につきましては、貸与月額を増額するほか、大学院学生の貸与人員の増員を図ることとし、政府貸付金七百六十三億円、財政投融資資金四百三億円と返還金とを合わせて、千九百九十二億円の学資貸与事業を行うことといたしております。
 また、公立大学につきましては、医科大学、看護大学等の経常費補助及び教育設備整備費等補助について、所要の助成を図ることといたしております。
 第五は、学術の振興に関する経費であります。
 まず、科学研究費補助金につきましては、独創性に富むすぐれた学術研究を推進し、我が国の学術研究を格段に発展させるための基幹的研究費として大幅に拡充を図ることとし、平成四年度に対して九十億円増の七百三十六億円を計上いたしております。
 また、我が国の学術研究の将来を担うすぐれた若手研究者を養成確保するため、特別研究員の採用人数の大幅な拡充等施策の充実を図ることといたしております。
 次に、学術研究体制の整備につきましては、研究組織の整備、研究設備の充実、学術情報システムの整備、大学と産業界等との研究協力の推進など各般の施策を進めることとし、国立大学における研究環境の高度化に資するため、基盤的な研究設備の整備充実を推進することといたしております。
 さらに、天文学研究、核融合研究等のそれぞれの分野における研究の一層の推進を図ることとし、これらに要する経費として五百六十五億円を計上いたしております。
 第六は、スポーツの振興に関する経費であります。
 広くスポーツ施設の整備を進めるため、社会体育施設及び学校体育施設の整備に要する経費として二百五十一億円を計上いたしております。また、学校体育につきましては、学校体育指導の充実を図るため所要の経費を計上いたしております。
 さらに、生涯スポーツ推進の観点から、指導者の養成確保など、幅広く国民のスポーツ活動を助長するための諸施策の一層の推進に努めることとし、所要の経費を計上いたしております。
 次に、競技スポーツの振興につきましては、日本オリンピック委員会が行う選手強化事業を引き続き実施するとともに、スポーツ科学の推進を図るため、国立スポーツ科学センター(仮称)の建設に伴う事前調査を行うほか、国民体育大会への助成など、所要の経費を計上いたしております。
 また、一九九八年に長野で開催される第十八回オリンピック冬季競技大会の準備を推進するため、所要の経費を計上いたしております。
 第七は、芸術文化の振興と文化財の整備・活用の推進に関する経費であります。
 まず、芸術文化の振興につきましては、すぐれた舞台芸術活動への支援を推進するとともに、若手芸術家に国内外における研修の機会を提供する芸術フェローシップ事業の拡充を図るほか、地域の文化振興のための地方拠点都市文化推進事業等の諸施策につきましても、所要の経費を計上いたしております。
 次に、文化財の整備・活用につきましては、史跡の整備・公有化の促進、国宝・重要文化財及び歴史的町並みの保存整備等の推進を図るとともに、国分寺・国府跡等の史跡を地域住民の生活・文化の触れ合いの場として活用を図る地域中核史跡等整備特別事業を実施することといたしております。
 第八は、教育、学術、文化の国際交流・協力の推進に関する経費であります。
 留学生交流につきましては、二十一世紀初頭における十万人の留学生受け入れを目途に、国費留学生受け入れの計画的整備、私費留学生に対する援助施策の充実、宿舎の安定的確保、大学等における教育指導体制の充実など各般の事業を積極的に推進するとともに、円滑な海外留学を促進することとし、そのために要する経費として三百八十七億円を計上いたしております。
 さらに、外国人に対する日本語教育、特に我が国の義務教育諸学校に在籍している外国人子女への日本語指導の充実を進めるとともに、識字教育事業に対する協力などユネスコを通じた教育協力等もその推進を図ることといたしております。
 次に、学術の国際交流・協力につきましては、諸外国との研究者交流、各種の国際共同研究、発展途上国との学術交流、国連大学への協力等を推進することといたしております。
 また、文化の国際交流につきましても、優秀な芸術家の招聘、海外フェスティバル等への参加公演、文化財保存の国際協力など各般の施策の充実を図ることといたしております。
 以上、平成五年度文部省所管予算につきまして、その概要を御説明申し上げた次第でございます。
 何とぞよろしく御審議くださいますようお願い申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
#6
○渡辺委員長 以上で説明は終わりました。
    ―――――――――――――
#7
○渡辺委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。河村建夫君。
#8
○河村委員 おはようございます。第百二十六国会における本委員会のトップバッターといたしまして森山文部大臣に御質問の機会を得させていただきました。光栄に存じます。質問に先立ちまして、森有礼初代文部大臣から数えて百十五人目と伺っておりますけれども、初めての女性文部大臣に御就任をされました森山眞弓先生に心から祝意を表します。おめでとうございました。
    〔委員長退席、松田委員長代理着席〕
 大臣職が女性だからあるいは男性だからというものでもございませんけれども、今日の極めて多岐にわたる文部行政の中で、特に二十一世紀を担う子供たちの教育に占める役割の大きさといいますか、そういうものを考えますときに、子供を生み、育てられた経験をお持ちの女性である森山先生が教育をつかさどる最高責任者たる文部大臣、この職につかれたという意義は決して小さくない、国民の期待も一段と大きいものがあると私は思います。森山大臣に大いなる御奮闘と御活躍を祈念申し上げる次第であります。
 さて、ただいま所信表明を伺いまして決意のほどをお聞きしたわけであります。我が意を得た気持ちでございますけれども、この際でありますから、改めて文部行政に対する基本姿勢から伺ってまいりたいと思うわけであります。
 私は、昨年夏に、ソ連邦から独立をして国づくりにいそしんでおりますカザフスタン共和国を訪問いたしましたときに、カザフの国会議員の方から、日本教育のすばらしさといいますか、世界一だと聞いておるのだが、どこにその原因があるのか、国づくりの参考にしたいのだというような質問がありました。私は、その質問を聞いて率直に言って大変うれしかったわけでありますが、説明をしながらどうしてもつけ加えざるを得なかった言葉がある。それは、今日の繁栄が先人の方々の大変な御努力によって、またそれによって築かれた教育の成果である、これはもう疑う余地がないわけでありますけれども、しかし一方では、この繁栄の中で物で栄えて心で滅ぶ、そういう懸念がありはしないか。教育の見直しあるいは教育の必要性というものがまた日本でも言われているのだという話をしたわけであります。
 戦後もう五十年近くなっておるわけでありますけれども、最近至るところで制度疲労という言葉が使われるようになっております。政治改革における選挙制度の抜本改正もそうでありましょうし、あるいは五五年体制崩壊という中で政界再編の話も出ております。あるいは中央集権から地方分権へという話、これなども一つの制度疲労ではないかと言われておりますが、教育の世界においてもしかりであって、大学を頂点とする現在の教育のあり方、これもやはり制度疲労という考え方はできないだろうか。登校拒否の問題、業者テストと偏差値問題あるいは高校中途退学問題、大学入試制度、さらに学歴偏重社会といいますか、いろいろな問題点が指摘をされておるところであります。
 そこで、二十一世紀を間近に控えて、世界がこんなに大きく変わろうとしている中で、地球規模で物を考えて、そして世界の平和と人類の福祉に貢献をし、世界から信頼される日本そして日本人づくりをやっていかなければいけない教育。あるいは国内にあっては生活大国づくりを目指すこの日本において教育はどんな方向にあればいいのかということ。このような観点に立って、大臣は国家百年の大計と言われるこの教育とまた新時代にふさわしい教育改革、これにどのようにお取り組みになろうとしているのか。まず、その基本理念をお聞かせをいただきたいと思います。
#9
○森山国務大臣 大変御懇篤なお言葉をいただきましてありがとうございます。微力でございますが、一生懸命務めてまいりたいと存じます。
 先生の御質問、非常に大所高所からの御議論でございまして、また日本人、私どもの共通の関心事であろうと存じます。おっしゃるとおり、日本の教育は明治十八年に文部省が始まるその前から大変教育熱心な国民の関心、協力に支えられまして、そして先人の皆様の大変御熱心な心血を注いだ努力の結果、大きな成果を上げてまいりまして、おっしゃるとおり世界のいろいろな人からお手本にされる、あるいは知恵をかりたいと言われるということ、私も経験いたしておりまして誇りに思っているところでございます。
 しかし、おっしゃるとおりに時代が変わってまいりまして、日本の立場も五十年、百年前とは全然違っております。二十一世紀に新たなどのようなことが起こってきますか予測しがたいという状況でございまして、そのような激しい変化に柔軟に対応して、その都度冷静な賢明な判断のできる国民というものをつくっていかなければいけないということを考えますと、大変大きな責任であると強く感じるところでございますが、今までどちらかといえば国民全体の水準をある程度一斉に上げるということが一つの大きな目標であった日本の教育、それが今日ではまあある程度達成できた上で、これからの変化に対応していくこと、個々多様な目標、目的に合わせていくこと、そしてそれぞれの人が充実した人生を送り社会に貢献していくことということを目標とするというふうに変わってまいっておりますので、幼稚園から大学に至るまでの教育の考え方というのが、一律に、画一的にみんなと同じようにというところから、それぞれの個性に合った、多様なさまざまな選択の幅がある柔軟なものというふうに転換していかなければいけないと思います。
 そのような考え方が、先ほども申し上げました、幾つか触れさせていただきました各種の審議会におきましても御提言をいただいている方向でございまして、それらの専門家の皆さんの御意見を十分拝聴しつつ、これからの新しい教育の方向を目指して努力をしてまいりたい。御指摘になりましたさまざまな現在の教育の世界における諸問題も、そのような方向に転換していくことによって改善を進めていきたい、そのように考えております。
#10
○河村委員 ありがとうございました。
 それでは、次に当面する教育上の諸問題について各論的に伺ってまいりたいと思うわけであります。
 まず業者テストの問題でありますが、鳩山前大臣の御在任中にも、この問題につきましては当委員会において相当突っ込んだ議論もされたところでありますので、もう経緯等重複は避けさせていただきますけれども、この一月二十六日に、本件に関しまして高校教育改革推進会議におきまして、業者テストの偏差値を用いた入学者の選抜が行われないようにすることなどを求めた第三次報告がなされたところであります。私もこの報告書を拝見し、この内容を高く評価するとともに、この報告書に沿って積年の課題であります業者テスト問題の抜本的な改善が図れるよう、文部省に最善の努力を求めたいのであります。
 そこで、まずこの問題について大臣の御所見、今後の取り組み、ちょっとお伺いをしたいと思うわけであります。
#11
○森山国務大臣 御承知のとおり、業者テストというのは、もともと腕試しとかあるいは自分の実力がどのくらいで、進学する際にどの学校を選べばいいかということを判断するための目安ということで行われていたものでございますけれども、最近はその業者テストによって計算し、出される偏差値というものによって、事実上それだけで合否が決定する、あるいは本人の希望と直接関係なく方針が決まってしまうというようなところに問題があるわけでございます。ですから、このような問題に対処するために、去る一月二十六日に文部省の高校教育改革推進会議というところで出されました報告、今先生もおっしゃいましたその報告におきまして御指摘いただきましたのは、中学校では業者テストの結果を高等学校に提供しないこと、また高等学校は業者テストの結果を求めないこと、そして学校の授業時間中や教員の勤務時間中に業者テストを実施したり、その費用を集めたり監督したりということがないように、学校が業者テストにかかわるということを厳に慎むべきであるということでございまして、御提言を忠実にちょうだいいたしまして、その方向でこれから指導をいたしてまいりたいというふうに考えております。
#12
○河村委員 ありがとうございました。今大臣の方から、教育にこの業者テストにかかわりを持たせないということでありますから、提供もしないし、求めない。まあ飲酒運転で飲ませない、飲まないということがありましたですが、まさに公教育から完全に排除するんだというお考えだというふうに聞いておりますし、またそれでなければいかぬと思うわけでありますが、これは言いかえれば、子供の教育については、先生みずからがもっと汗を流して、そして努力をしてやっていきなさいということであろうと思うわけであります。
 これはまあ大いに結構だし、当然のことだろうと思うわけでありますが、これまでの調査結果等を見ても、非常にこれに依存をして寄りかかってきておるという傾向があるわけでありまして、これから完全にもう外れていくということになりますと、教育現場、これはなかなか大変ではないかなという感じがしないこともない。ただ、父兄側もどうなるんだろうかという心配もあるわけでありますので、このあたりにつきましては、文部省としても相当きめ細かい指導をしていただきたいと思うわけであります。まだ直接的な指示等はなされてないと聞いておるわけでありますが、これからどのような形で教育現場にこの問題で御指導をされるか、その方針についてお聞かせいただきたいと思います。
#13
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 今大臣のお話にございましたような方向で私ども現在通知の文書をまとめているところでございまして、第三次報告の趣旨に沿いました指導通知を出しまして、まず指導の徹底を図っていきたい、このように思っています。またいろいろな会議の場等におきましても、この趣旨を十分伝えていきたい、このように思っております。
 それで、この問題は確かに公教育として関与しないということで打ち出したわけでございまして、今お話ございましたように、実際にやる先生方の御苦労というのはなかなか大変なことだと私ども思います。しかし、やはりそこから取り組んでいただきませんと、物事は始まらないのじゃないか。少なくとも今までやっていたことがおかしいんだという、その基本認識を先生方にまず持っていただきたい、そのあたりを私どもとしてはまずしっかりと伝えていきたい、こう思っております。
 そして一方、この推進会議におきましては、高校入学者選抜のいろいろな選抜方法の多様化、あるいは選抜尺度の多元化、あるいは複数受験機会を与えるとか、いろいろな提言がされております。そういうものも十分活用して、子供たちの興味、関心に応じて選抜ができるというような形に先生方がぜひ進路指導をしていっていただきたいと思うわけでございます。
 今お話ございましたように、この業者テスト、大変便利な尺度なわけでございますけれども、余り便利過ぎる。しかも、それがある意味ではアナログ的じゃない、ディジタルで、数字として出てきてしまうものですから、まさにそこで輪切りが線引きで行われる、ここに私どもは問題があるのじゃないか。この進路指導というのは若干アナログ的に考える必要がある。やはり子供たちの興味、関心、そういうものを十分先生方が把握しながら、また子供たちの今までの勉強の程度というものも見ながら、これはまさに汗をかいた指導、そして同時に高等学校の方におきましても、単なる普通科とかあるいは進学校というようなことじゃなしに多様な教育内容を用意する、そしていろいろな特色ある教育を提供することによって子供たちの興味、関心の方にもこたえられていくような、そういうような、これはまさに子供たちの興味、関心をどう生かしていくかということで先生方の努力も大事ですし、それから高等学校を設置している方々も大事です。さらには子供たちの観の意識あるいは社会の意識、そのあたりを総合的に考えていかなきゃならぬ大変大きな課題だと思っておりますが、そういう意味で、そう一朝一夕に受験競争というものがなくなっていくのか、そのように私どもも思いませんけれども、まずやるべきところからやっていくということが大事だというような姿勢でこれから臨んでまいりたい、こう思っております。
#14
○河村委員 ぜひ今御答弁のような形で、そして現場に混乱が起きないような形できちっとした指導をしていただきたい。やはり心の通う手づくりの教育をぜひ実現をするためにも御努力をいただきたいと思うわけであります。
 そこで、今選抜方法等についても多様な形で求めていきたいというお話でありましたが、先ほど大臣もちょっとお触れになりましたが、高等学校に総合学科をというお話であります。十二日に第四次報告書を高校教育改革推進会議からお出しになりまして、十三日の各紙は第一面に扱いまして、この総合学科に対する期待の大きさを示したわけであります。
 普通科と職業学科を総合するような新たな学科であって、学歴社会の弊害を除去して、過度の受験競争の緩和、あるいは高校教育改革のパイオニア的役割を果たすんだというすばらしい言葉が並んでおったわけでありますし、我々としても、これをぜひひとつ立派にやり上げていただきたいというふうに期待をいたしておるわけであります。特に偏差値問題等もあり、高校中退者が既に十二万を突破する時代でありますから、これがその受け皿になってもらいたいと思うわけでありますが、さて、これからどのような形でお進めになろうとしているのか。全国にどのような形で普及をするのか、あるいは各県にどういうふうな形でおやりになるのか。当然国の支援等も必要になってくるんではないかと思いますが、その設置の見通しあるいは文部省のこれからの進め方等についてお聞かせをいただきたいと思います。
#15
○野崎政府委員 お答えいたします。
 総合学科につきましては、平成三年四月の中央教育審議会の答申がございまして、普通科と職業学科とを総合するような新たな学科の創設につきまして提言を受けたわけでございます。それを受けまして文部省の高等学校教育改革推進会議におきまして検討を進めてきた結果、この二月十二日に最終報告がなされたわけでございます。
 従来、高等学校におきましては、普通教育を主とする学科、いわゆる普通科と、それから専門教育を主とする学科、専門学科、この二つを高等学校の学科の種類として認めておったものでございますから、当然高等学校としてはどっちかに学科の特色をつけなければいかぬということがございまして、私どもとしては、それを両方がやれるような、そういう新たな学科がやはり必要であろうというようなことで、それを総合学科というような形で位置づけたわけでございます。ここは、したがって普通科目だけじゃなしに専門科目も用意しまして、多様な教科・科目を開設して、子供たちが自己の興味、関心に基づきまして履修する科目を選択するということに最大の特色を持っておるわけでございます。具体に設置しますのは、それぞれの各都道府県の設置者がこれを考えていくわけでございますけれども、ぜひ、私どもとしては、そういう総合学科の特色というものを生かした形で設置者が工夫をしていただきたい。したがいまして、私どもとしては、余りこれにつきましては、どういう形のものじゃなければならぬというような制約はかけていないわけでございます。もちろん、高等学校でございますから、高等学校に必要な必修科目は履修することが必要でございますけれども、その他のものにつきましては、設置者の方でいろいろな工夫をしていただきたい、このように思っておるわけでございます。
 今後の見通しにつきましては、この報告を受けましたので、必要な省令改正等を行って、平成六年度からこの設置ができるように進めていきたい、このように思っておるわけでございます。今先生のお話にございましたように、私どもとしてもこれをできるだけ設置を進めていきたい。そしてまた、先般の新聞報道でも、大変これにつきましては、ある意味では今後の高等学校教育を改革していく大きな目玉として取り上げていただいたわけでございますので、私どもとしても、そういう意向を酌みながら、ぜひ設置者にいろいろな工夫をこれからも引き続きお願いをしたいと思っておるわけでございます。ただ、仰せこれは各都道府県が具体的にこれから考えていくことでございますので、どれくらいになるかということは、これからできていく総合学科なり、そういうものによってやはり決まってくることかと思うわけでございまして、この総合学科の趣旨というものをこれから大いにいろいろな場で徹底しながら、できるだけの促進を図っていきたいと思っております。
 また、今お話ございました条件整備の関係につきましても、まず定数とか施設設備の問題があると思いますが、こういうものにつきましても、現在、中で検討しておりまして、できるだけこの総合学科が、しかもいろいろな科目を設置することになりますので、そういう趣旨が実現できるような方向で検討を進めていきたいと思っております。
 また、中学校の関係者とか、あるいは生徒、保護者、そしてまた大学あるいは企業等に対しましても、総合学科というものの理解を深めていく運動を進めていきたい、このように思っております。
#16
○河村委員 ありがとうございました。ひとつぜひ期待にこたえて立派な総合学科のある学校をつくっていただいて、今の当面する高校中途退学等の問題にひとつ役割を果たしていただきたいと思うわけであります。
 次に、登校拒否の問題について若干お伺いをしたいと思うのでありますが、最近の文部省の調査によりますと、ここ数年、小中学校における登校拒否児童生徒、増加の一途だということであります。年間五十日以上欠席で見ても約五万五千人ぐらいになっておるのではないか、あるいは三十日で見るともう七万人近い数だというふうにも伺っておるわけでありますし、さらに不登校予備軍的な児童生徒といいますか、そういう者を入れますと相当な数になるのではないかということでありまして、教育現場におきましても戦々恐々といいますか、かなり大きな問題になっておるわけでありますが、この登校拒否の問題、その原因、背景、どういうところにあるのだろうかということ、基本的な認識を、また、その対応策を一点お伺いしたいと思うわけであります。
 あわせて、これは子供が登校拒否の問題でありますが、今度は先生の登校拒否といいますか、先生側からも不登校の先生がふえている。教員の心の健康について伺っておきたいのでありますが、平成三年度、文部省の調査によりますと、教員のいわゆる病気休職者は三千七百九十五人ということであります。このうちに、いわゆる精神性疾患といいますか、そういうことで、この理由で休職されておる方が千百二十九人、約三〇%に及んでいる、こう聞いております。これまでの最高の数字になって、ふえる傾向にあるということであります。最近は、問題教員というようなこともありまして、免職になる先生方もおられるわけでありますが、子供に対する影響の大きさから考えますと、こうした先生側からの不登校というような問題は、これはやはりゆゆしい問題だと思うのでありますが、実態としてどうなのか、どういう先生がそういうふうになっておるのか、文部省としては当面の対応をどういうふうに考えていかれるのか、お伺いをしたい。
#17
○野崎政府委員 子供の登校拒否の方から私の方からお答えさせていただきたいと思います。
 まず、この問題は、先生御指摘ございましたように、大変この数がふえておるわけでございまして、私どもも大変憂慮をしておるわけでございます。登校拒否に陥った原因というのは、学校、家庭、社会、それぞれの要因が大変絡み合っておりますので、一概にはなかなか言えないのでございますが、登校拒否に陥った直接のきっかけというのを見てみますと、小学校ではどちらかというと家庭生活での影響というのが出ておりまして、中学校になりますと学校生活での影響というものが大きくなってくるような数字になっております。特に中学校の場合ですと、学校生活の影響では、友人関係をめぐる問題、あるいは学業不振というようなあたりがありますけれども、しかし、恐らくそれは直接のきっかけということであって、そのまたさらなる背景としては、家庭の問題とかあるいは本人の問題とか、いろいろなことが複雑に絡み合っているのではないか、このように思っておるわけでございます。
 この問題は大変そういうことで深刻ということで、昨年の三月に協力者会議からの報告書をいただいたわけでございまして、その中では、登校拒否というのは特定の子供に起こるのではない、あらゆる子供に起こる可能性があるんだということで対応する必要があるという報告をいただきまして、私どもといたしましては、これはもちろん学校が中心になって取り組まなければいかぬわけでございますけれども、家庭あるいは関係機関、地域社会と一体となった取り組みが必要だ、このように考えておるわけでございまして、やはり今後の取り組みといたしましては、一人一人の子供が生き生きとした学校生活が送ることができるようにいろいろな面で努力をしていかなければならない、このように考えておる次第でございます。
#18
○井上(孝)政府委員 私の方から、もう一点の、教員の心の健康確保のための対策についてお尋ねがございましたので、その点についてお答えを申し上げます。
 先ほど先生からお話がございましたとおり、平成三年度には、精神性疾患等を理由とする病気休職者は千百二十九名でございまして、昭和五十四年の調査開始以来過去最高という状況になっているわけでございます。
 いわゆる問題を有する教員の実態につきましては、精神性疾患等を有する者のほか、指導力の欠如など教員としての適格性に問題がある者や不祥事を起こして懲戒処分の対象となる者などさまざまな場合があるわけでございます。このため各教育委員会におきましては、このような教員が発生するのを未然に防ぐため、教員の採用選考方法の改善、企業体験、ボランティア活動、自然体験等異種体験の機会の拡充を含む現職研修の充実、管理職に対する研修会の実施、健康相談の実施等に努めますとともに、このような教員につきましての実態を的確に把握しまして、学校教育への支障、児童生徒への被害を防ぐために、必要に応じまして休職、免職等の措置を講じるよう努めているところでございます。
 文部省といたしましては、このような措置を適切かつ迅速に講ずるよう従来から各教育委員会を指導しているところでございますが、なお対策を充実させる必要がございますので、昨年一月有識者から成る協力者会議を設けまして、教員の心の健康等の保持増進等を図るための方策について調査研究を実施しているところでございます。今後とも各教育委員会に対しまして適切な対応をとるよう強く指導いたしますとともに、協力者会議の調査研究を踏まえまして、必要な方策を講じてまいりたいというふうに考えております。
    〔松田委員長代理退席、委員長着席〕
#19
○河村委員 ありがとうございました。もうちょっと突っ込みたい問題もありますが、時間が参りましたので、もう一点最後にお伺いをして終わりたいと思いますが、それは教員の人材確保についてであります。
 昭和四十九年にいわゆる人確法、学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法という法律だそうでありますが、四十九年にできまして、優秀な人材を教育界にということで進めてまいったわけであります。まさに私は、教育は人なりと感じておるわけでありますし、教師の、先生の質の高さ、教育力の高さというものがそのまま子供の教育に大きな影響を与えると思うわけでありますし、また、私はいつも感じるのでありますが、教育現場、学校教育の現場というのは、子供の人格と先生の人格がもろにぶつかり合うところだと思うわけでありますから、先生の力というのは非常に大きいと思うわけであります。
 そういう意味で、どうしても立派な、優秀な先生をたくさん確保する必要があるわけでありますが、最近その教員の優遇措置というものが形骸化しているんではないかという指摘があるわけであります。人確法によって、その本俸に準ずる定額の手当として措置された教員特別手当、本俸の六%と言われておりますが、五十四年からこれはずっと据え置かれておりまして、実質にはもう二%から三%、目減りをしているということでありまして、この本法の趣旨が損なわれている、こう言われておるわけでありますし、ここ最近は教員に対する受験熱も冷めてきておる、こう心配をされておるようなわけでありますので、第二次人確法といいますか、そういうことも考える必要があるんじゃないか、こう言われておるわけであります。この点について見解もお聞きしたいと思っておるわけであります。
 また、最近は五日制の問題等も出たわけで、実は学校五日制を、今、月一回でありますが、既に市町村あるいは県はもう完全五日制が進んでおります。土曜日に校長室へ行かれますと、もう市あるいは県から来た職員はいないわけであります。先般、私地元へ参りましたら、校長先生が大変でありまして、今流感がはやっておるわけであります。土曜日に電話がじゃんじゃん入ってくるわけでありますが、校長以外だれもいないという状況が既に起きております。これで何で先生の優遇かという感じさえしないこともない。そんな現状も起きておるわけでありまして、ぜひこれは考える必要があるのではないかと思います。
 あわせて、優秀な先生を養成していく面からも、国際化時代に対応して、教員の海外派遣、この増員も最近とまっておるというふうに聞いておりますが、これにも力を入れていただかなければいけませんし、さらに、先生にリフレッシュ期間を与える、あるいは年期が来たら一年ぐらい休暇を思い切って与えて、いろいろな勉強もしていたたいて、時には一般企業へも出ていただくとか、いろいろな制度をこの際考える必要があるのではないか、このように思いますが、あわせて人材の確保の面から御見解を賜って、私の質問を終わりたいと思います。
#20
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 ただいま先生から三点ほど御質問がございましたが、まず第一点は教員の人材確保についてのお尋ねでございます。
 まさに先生がおっしゃるとおり、学校教育の成否は、実際に指導に当たる教員の資質、力量に負うところが大きく、教員に優秀な人材を確保することが極めて重要な課題と考えているところでございます。先生もおっしゃいましたとおり、近年、教員採用選考試験の受験者数が減少を続けているわけでございまして、平成三年に実施された公立学校教員採用試験の受験者は全国で約十一万人でございまして、十年前に比べて半数近くまで減少しており、競争率は四・二倍で、競争率も漸減傾向にあるわけでございます。受験者の減少によって優秀な教員の確保が全体として困難な状況となってきているわけで、このことが教員の質の低下にもつながることを心配いたしておるところでございます。
 そこで、優秀な教員を確保するためには、先ほど先生からお話がございましたように、昭和四十九年の人材確保法に基づく教員の処遇改善を行うなど、さまざまな取り組みを進めてきたところでございますが、その処遇改善の成果でございます教員の特別手当等も据え置きということから目減りをしているという実態にございますので、今後、私どもとしては、それらについて、人材確保法の趣旨に基づいた給与改善が行われるように引き続き努力をしていきたいと考えているところでございます。
 また、教職員配置改善計画によりまして安定的な教員採用の計画が講じられるようにいたしますとともに、教員採用選考試験の受験者を確保するための取り組みにも努めますとともに、採用後は、初任者研修等現職研修の充実にも努めまして、教員の資質能力の向上に努力したい、このように考えているところでございます。
 第二点の教員の海外派遣について、積極的にこれに取り組むべきだという御指摘がございました。
 教員の海外派遣につきましては、まさに次代を担う青少年を育成する教員に諸外国の教育、文化、社会等の実情を視察させ、国際的視野に立った識見及び教職に対する誇りと自覚を高めさせるという目的で昭和三十四年度から実施してきておりますが、昭和四十八年度からは年間五千人に拡充をして現在に至っておるところでございます。この事業によってこれまで七万六千人以上の教員が諸外国で貴重な経験をしているわけでございまして、この経験を通して国際理解及び日本の教育や社会についての認識を深めまして、帰国後の教育活動にその成果を発揮しているところでございます。
 なお、昭和六十二年度から、学校において国際化を推進する中核となる教員を養成するため、新たに若手教員を海外に派遣する事業を実施して、その拡充に努めているところでございまして、文部省としては、教員海外派遣の事業の重要性にかんがみまして、今後とも一層の充実を図るような取り組みをさせていただきたい、このように考えているところでございます。
 第三点の、教員のリフレッシュ休暇等にも積極的に取り組むべきであるという御指摘でございます。
 教員につきましては、現職のままで長期にわたる研修を受けることができることとなっておりまして、この制度を適切に運用することによりまして、教員に研修の機会を与え、リフレッシュの機会を設けることも可能であると考えているところでございます。例えば教員が、先ほど先生がおっしゃいましたように、五年、十年、二十年という一定の期間学校に勤務した後、通常の勤務を離れて、広い意味で教員のリフレッシュに資するものとして企業や大学院など学校以外の場において適切な研修を受ける機会を設けることについては、今後検討してまいりたいと考えておるところでございます。
 なお、休暇制度の創設につきましては、教員以外の他の職種との均衡も含めて、今後研究する必要があるというように考えているところでございます。
 以上でございます。
#21
○河村委員 どうもありがとうございました。
#22
○渡辺委員長 次に、塩谷立君。
#23
○塩谷委員 このたびは、森山大臣におかれましては、初の女性大臣ということで、その御就任を心からお喜びを申し上げるとともに、ぜひとも御活躍を期待するものでございます。
 最近の雑誌に大臣のお話が載っておりましたが、女性のハンディを感じたことがないという頼もしいお言葉がありましたが、今や女性ということがハンディではなくて、大変なプラス要素になる時代になってきましたので、その点においても大変期待するものでございます。
 さて、ただいまは所信をお聞かせいただいたわけでございますが、その点につきまして幾つかの御質問を申し上げたいと思うわけでございます。
 今、戦後日本が大変な目覚ましい発展を遂げて今日に至っているわけでございますが、これも日本の教育が大変いろいろな面での基礎的なもの、あるいは原動力ともなったことは明らかだと思うわけでございます。しかしながら、戦後世界が冷戦構造という一つの枠組みがあったわけでございますが、それが崩れて、さらには今全く新しい時代へ向かって混沌とした時代を迎えているわけでありまして、そういう時代にあるからこそ、これから新しい時代に向かってどういった基本的な教育というものを施していったらいいかということが今まさに大きな問題になっているわけでありまして、日本も本当に大きな時代の流れの変化の中にあり、その中でさまざまな課題が持ち上がっているわけでございます。
 昨今の政治の不信あるいは金融の不祥事等も、さまざまな問題あるいは社会的な事件、耳を疑うような殺人事件とかあるいは教員の問題、さまざまあるわけでございますが、これもそれも原因を考えてみますと、やはり人、教育に帰着するような気がしているわけでございます。そういう意味におきまして、これからの国際化時代における日本の責任あるいは地域社会、家庭と学校と地域といったその教育力の問題、そういう問題において大変にこれから課題が山積していると受けとめているわけでございます。
 この問題は、実は私も約二十年ぐらい前からこういった子供たちの教育について大変に関心を持ってきたわけでありまして、自分の仕事としても携わってきたわけでございます。特に、子供たちを取り巻く環境というものが大変に学歴偏重社会の中で、ただ単に職業人をつくってしまう、社会人というより職業人をつくってしまうというような環境が問われて、特に社会教育の分野で私も自分なりに仕事をしてきたつもりでございます。
 そういう点において、昨今の状況は、ますますそんな点が強く問われている現在の状況でありますし、また将来を考えてみますと、これからの豊かな、そして世界に貢献していくそういった日本のあり方をどう子供たちに植えつけていくかということが非常に難しい段階でありまして、だからこそ今教育改革ということが問われているわけであります。
 昨年は学制百二十年という大変記念すべき年を迎えまして、さらにそういう中で学校五日制の実施がスタートしたわけでありまして、さまざまな教育改革がこれから行われると思うわけでございますが、まさに人間が人として生きていく、あるいは国としてのあり方とか、そういった問題を本当に基本からやはりこれからの子供たちにも植えつけていかなければならぬわけであります。そういう点におきまして、次代を担う子供たちを教育する、そういった人間形成の場としての教育のあり方というものを今後どういうふうにとらえていくか、これからの教育改革というもの、そして今までの百二十年の教育の発展を踏まえて、新しい時代に対応していく教育改革というものにどう取り組んでいくか、改めて文部大臣にお伺いしたいと思うわけでございます。
#24
○森山国務大臣 大変温かいお言葉をちょうだいいたしましてありがとうございました。
 先生がその御経験の中からおっしゃっておりますように、大変教育というものは新しい時代に向かいましてさまざまな課題を今はらんでおるところでございます。百二十年間先輩方が積み重ねてきていただきました現在の教育制度、それに基づく成果というものは大変大きなものがありまして、私もそれを誇りに思っている一人でございますが、しかし、世の中が大変変わってまいりまして、これからどのような時代がやってくるのか予測もできないというような気がするくらいでございます。
 そういう新しい二十一世紀に向かって日本を担っていってもらわなければいけない子供たちにどういうふうに育ってもらうか。今からこういうものがいいというような単純な決めつけはできませんし、むしろそれぞれの個人個人がその能力をフルに発揮いたしまして、そして、そのときそのときに賢明な判断をしていく立派な国民として育ってもらうということになるのではないかと考えます。
 そういうことになりますと、今までどちらかといえば比較的国民全体のレベルを一律に上げようということで努力してきた、それが大きな目的であった従来の教育制度、その制度に基づくさまざまな事業、そういうものをこの際見直して方向を転換していかなければいけないということでございまして、それが各種の審議会の御答申にも色濃く反映されているわけでございます。
 私どもも、専門外ではございますけれども、そのようなことではなかろうかと外におりますときにも感じていたわけでございますが、今こうして責任をいただく立場になりましていろいろと研究をいたしてみますと、まさにそのような大変重大な転換期に差しかかっているということを感じるわけでございます。一人一人の子供がその能力と意欲に応じて、その特徴を十分に伸ばして充実した人生を送りつつ社会にも貢献していくということを目指すということになりますと、教育の制度もそれを助長していくような多様化した柔軟なものでなければならない、そういう方向に向かって努力をしていきたいというふうに考えております。
#25
○塩谷委員 ありがとうございました。まさに大変変化の激しい多様化した時代に向かって大変な取り組みをしなければならない時代でありますが、特にこれからの学校教育において、そういった変化の中で人間が人間としての心の豊かさ、あるいは自然との触れ合いとか、さらには家庭あるいは地域での人間関係づくり、そういった面において非常に希薄な点が多々挙げられるわけでございますが、そのいわゆる人間性の教育というものが大変欠落していることが憂慮されているわけでございます。そしていろいろな制度改正あるいはこれからの教育政策においてさまざまあるわけでございますが、そういうことの中において一番大切な、やはり人間としての道徳教育というもの、これがこれからますます重要になってくるのではないかなと私は思うわけでございまして、子供たちを取り巻く環境の中で本当に調和のとれた環境というものをつくり上げなければならない。
 昨今では、しつけは学校で、勉強は家庭、家庭というのは塾だというような言葉も言われているような時代でございまして、本当に学校がしつけをしっかりやるんなら、それはそれで一つ大変な効果もあるでしょうが、全くこれは本末転倒のような状況でありまして、したがって、やはり健全な環境の中で日本人としてこれからの将来を担っていく道徳教育というものが本当に求められているのではないかなと思うわけでございます。
 そして、現在文部省では、今後の道徳教育の推進について調査をするということをお伺いをしているわけでございますが、その調査の概要というもの、たしか平成五年に行われる予定だと聞いておりますが、その方針とか、これからそれをどういうふうに生かしていこうというのか、そういうところの取り組みについて文部大臣にお伺いしたいと思います。
#26
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 道徳教育についてお尋ねがあったわけでございますが、新学習指導要領を平成元年に告示をしたわけでございます。内容は、道徳教育の内容の再構成を図るとともに、重点化を図っだということが中心なわけでございますが、これが大変重要であるということで、既に平成二年度からこれを全面実施でやっておるわけでございます。
 そういうことで、平成二年度から実施しておりますこの道徳教育の推進状況を調査しよう、そして今後の道徳教育の推進の参考に供したいということで、本年度から二年計画で道徳教育推進状況調査というのを行いたい、このように思っておるわけでございます。この調査は、全国のすべての小中学校を対象といたしました悉皆調査を行いたい、このように思っています。
 具体的な調査事項につきましては、現在協力者会議を発足させまして内容を検討しているところでございますけれども、学校におきます道徳の全体的な計画がどうなっておるか、あるいは週一時間の道徳の時間というものが年間指導計画としてどのように位置づけられているか、あるいは教材のあり方など道徳の時間の指導の方法、それから道徳教育に関します教員の研修、それから教育委員会におきます道徳教育の取り組みというようなことを予定しておるわけでございまして、平成五年度の当初にこの調査を実施しまして、その結果を同年度末までに報告書として取りまとめ、公表したい、このように考えております。
#27
○塩谷委員 道徳については、この調査の結果を踏まえて、ぜひ今後学校教育に生かしていただきたいと思うわけでございます。
 さて、日本が大変な経済発展を遂げた原動力というのが教育であるということを先ほど申し上げましたが、高等学校において、その高等学校の卒業者が卒業して一年から三年ぐらいの間に離職する率というのが昨今大変にふえているということをお伺いしているわけでございます。三年以内に離職する者の比率が五〇%にも及んでいるということで、これは卒業して初めて職業につくわけでございますが、職業に対する考え方、あるいは安易に職業を選んでしまって、その内容を知らずに職業についてしまうというようなことが言われ、またもともと勤労意欲といいますか、そういうものが薄れている。特に、最近の三Kと言われる職業の内容等、これも大変に労働のとうとさというものもあるわけでございまして、そういったいわゆる勤労というものに対する考え方が大変薄れておるような気がするわけであります。こういうような状態が続くと、日本の勤労意欲というものが大変減退し、それこそ経済力の低下にもつながるわけでございます。
 そういう点において、たしか昭和五十二年の高等学校の指導要領の改訂から、いわゆる職業体験学習というものが研究校において行われているということであります。私どもの地域におきましても、県立の新居高校で二年間にわたって行ったという報告書もいただきまして、校長先生ともお話をしたわけでございますが、やはりいろいろな体験授業をしたわけであります。実際に工場へ行くとか、あるいは奉仕授業というものを取り入れたり、多岐にわたって体験授業を実施している中で、やはり実際にやってみて、それが大変に生徒たちに感動を与えたということをお伺いしておるわけでございます。しかしながら、現在、年間にたしか八時間ぐらい、一日ぐらいしかとれないという状況で、私は果たしてどの程度効果があるのかなと疑問に感じているわけでございます。
 例えば、こういった体験学習において、私も実際に自分の仕事をしてきた中で農業体験とかを授業としてやってきた覚えがあるわけですが、これは地域において、田んぼを貸してくれて、田植えと稲刈りをさせていただいたのですが、春には稲を植え、そして秋には稲を刈るという一連のそういった作業の中で、子供たちが本当に生き生き農業というものを体験したということがあるわけでございます。
 学校教育においては当然時間的制約がありますので、そんなに時間を使っていくわけにもいかぬわけでございますが、この職業勤労体験というものについて、来年度からまた新たな幾つかの地域で重点的に行うということも聞いておりますし、いわゆる普通科における勤労体験学習の充実を図るために、今後文部省としてはどのような計画を立てて実行していかれるつもりか、そして過去においての実績というものも、もしありましたらお聞かせいただきたいと思います。
#28
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 今勤労体験学習ということで先生から御指摘をいただいたわけでございます。私ども、この体験学習というのは大変大事なことだ、このように思っております。
 最近どうしても、えてして体験をしない、どちらかというと、単に教えていただくあるいは本の上の授業というようなことで、実体験が伴わないで何か物事を記憶する、あるいは試験のためにそれを勉強するというようなことでは、やはりこれからの教育上大変憂慮すべきことじゃないかというようなことで、これは今高等学校についての御指摘でございましたけれども、小学校教育から大変大事であるということで、例えば今度の学習指導要領におきましては、小学校の低学年で生活科というのを入れたわけでございます。この生活科の趣旨も、まさに、子供たちに実際の体験をしていただこう、単なる知識としての教育じゃなしに、いろいろなことを目で見、そして物に触れてみる、こういうことで教育をしていただこうということでこれを入れたようなわけでございます。また一方では、自然教室というようなものも拡充を図っておりまして、いろいろな面で学校教育におきましてこういう体験をしていくということは、これからまさに取り組まなければならない課題と思っておるわけでございます。
 今御指摘ございました勤労体験学習研究校、この制度をさらに発展させまして、平成五年度から勤労体験学習総合推進事業という形で新規に予算計上したわけでございます。御指摘ございましたように、今までも研究指定校を設けまして実施をしているわけでございますが、どうしても学校の中だけの取り組みという形になってしまうわけでございます。先生と生徒の間の取り組みという形になってしまうものでございますから、私どもとしては、これを少し地域に広げた形で、地域のPTAあるいは地元の企業、社会教育団体、関係の行政機関、こういうところとの連携協力のもとに幅広い社会参加の体験をさせる活動を推進したい、こういうことで新しくこういう事業を発展的に推進しよう、このように思っているわけでございます。
 五年度は五地域を予定しておりますけれども、ぜひこういうものが、指定するのは五地域でございますけれども、むしろこういう趣旨にのっとりまして、ほかのそれぞれの学校におきましてもいろいろな体験学習的なものを工夫していただきたい、このように私どもは思っているわけでございます。
#29
○塩谷委員 やはり汗をかいて、そしてやり遂げるというような達成感といいますか、そういうものを子供たちに体験させることが大変大切だと思いますので、ぜひともこの勤労体験学習については、今後とも十分な御指導を賜りたいと思うわけでございます。
 さて、今年度から、第六次の公立義務教育諸学校の教職員の配置改善計画におきましてチームティーチングというものが実施されるわけでございますが、これについて昨日たしか予算委員会で具体的な御説明はあったかと思いますが、きょうもまたその具体的な点を改めてお伺いをしたいと思います。
 このチームティーチングというのが当然効果がある、子供たち一人一人により目が届いて、個性を伸ばすという面では大変効果があるとは思われますが、実際に過去においてこういった研究校とかそういうのがあって、具体的な成果があり、それを今後どのように具体的に伸ばしていくのかということをお伺いをしたいと思います。
#30
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 ただいまお話がございました第六次義務教育諸学校教職員配置改善計画におきましては、チームティーチングなどの新しい指導方法を取り入れることによりまして、教育の個性化を推進し、各学校におきまして児童生徒の学習の進度や理解の程度、あるいは学習課題等に応じて複数の教員が協力してグループ指導や個別指導等を実施するなど、さまざまな指導上の創意工夫が行われることによりまして、児童生徒の学習意欲の向上、みずから積極的に学習課題に取り組む態度の育成、基礎的な学力の向上などの教育効果が上がるものと期待をしているところでございます。
 これまで研究指定校等でチームティーチングの実践に取り組んだ学校におきましては、例えば児童生徒が意欲的に授業に取り組むようになること、自分に合った学習課題が提示されるので学習しやすくなること、わからないところや疑問点をすぐ聞くことができ、安心して授業に取り組めるようになることなどの教育効果が上がっているところであります。
 また、教職員にとりましても、児童生徒一人一人のつまずきや理解の不足を早く発見でき、適切な対応ができること、児童生徒一人一人に目が届き、生徒指導面でも効果が上がること、教員が協力して授業を行うことなどを通してお互いが切磋琢磨するため指導能力の向上や教材研究の深化が図られることなどの効果が上がっているわけでございます。また、教員が相互に協力して指導方法を工夫することなどを通しまして、学校内の教職員の一致協力体制が確立しまして、円滑な学校運営が行われることなどの成果が上がっているというように報告を受けているところでございます。
#31
○塩谷委員 このチームティーチングにつきましては、今過去の研究指定校の実績のお話がありましたが、ぜひともこれからの教育において大変期待されるものであると思いますので、今後有効的な実行をお願いしたいと思うわけでございます。
 ただ、今ちょっと具体的な今後の、できましたら、配置の関係が今年度以降どういうふうな形で行われていくかということをお聞かせいただけたらありがたいと思います。
#32
○井上(孝)政府委員 ただいま国会に第六次の公立義務教育諸学校教職員配置改善計画を含む義務標準法及び高校標準法の改正案について提出させていただき、御審議をお願いしているところでございますが、その中で盛り込んでおります配置改善計画におきましては、平成五年度から十年度までの六年計画といたしまして、その中で、先ほどお話がございましたチームティーチングなどの新しい指導方法を取り入れるための教職員配置を行うことをその重要な要素としているわけでございます。
 そして、これにつきましては、平成五年度につきましては、全体計画の三万四百人の改善数に対しまして、初年度分として五千四百八十三人を予算措置をしているところでございます。そのうち、チームティーチング等指導方法の工夫に要する教職員数としては三千百七十八人を予定いたしておりまして、これらにつきましては、各都道府県からの申請を待ちまして、文部省として専門家の意見等を徴しまして、その各都道府県に対する配置等を行っていきたい、このように考えておるところでございます。
#33
○塩谷委員 時間もあとわずかとなりましたが、最後に、やはり教育は人なりということで、初任者研修が平成元年から実施されておりまして、大体各校においてこの実施が行われておると思います。現在、校内においての週二日くらいですか、年間六十日、あるいは校外で週一回約三十日というこの研修について、現在までの効果といいますか、その初任者研修制度が創設されてからの実施状況、そういうものをお聞かせいただきたいと思います。
 先ほども河村先生のお話にありました教員のあり方というものが、これからやはり大変問われるわけでございまして、中にはいわゆる教員の登校拒否というものもあるということ、そして実際に、我々同僚で子供が小学生に上がったなんということを聞きますと、どうも卒業したばかりの先生じゃ無理だよなというような話も大分聞いているわけであります。そういう意味において、この初任者研修が現在のこういう研修のあり方でまたいいのかどうなのか。例えば医者の世界でいきますと、インターン制度とかそういうものがありますし、そういったものを今後考えていかなければならないのか。あるいはもちろん経験職員の研修というものも今後必要だと思いますが、とりあえず、この初任者研修制度というものが創設されて以降実施されておるわけでございますが、その成果というもの、そして今後の取り組み方、そこら辺をお聞かせいただきたいと思います。
#34
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 教員の初任者研修制度は、教員の初任者に対しまして実践的指導力と使命感を養うとともに、幅広い知見や経験を得させることを目的とするものでありまして、これによりまして初任者が円滑に教育活動に入り、可能な限り自立して教育活動を展開していく素地がつくられるものと考えているところでございます。この初任者研修制度につきましては、臨教審答申あるいは教養審答申等を踏まえまして、平成元年度より小学校から学校種ごとに段階的に実施しておりまして、平成四年度新たに特殊教育諸学校に実施したことによりまして制度としては完成し、小中高等学校、特殊教育諸学校のすべての学校種の初任者を対象に実施しているところでございます。
 現在までの初任者研修の対象者数は、平成元年度の小学校以来本年度の全校種の実施によりまして、八万六千六百五十二人の初任者がこの研修を受けているところでございます。
 初任者研修の成果といたしましては、初任者が自主的、意欲的に研修に取り組み、資質、能力の向上が著しい、あるいは指導教員につきましても、指導教員としての自覚から指導力の向上が図られ、特に広い視野が得られる、また学校全体に新任教員を育てていこうとする雰囲気が醸成されるとともに、研修意欲や使命感の向上が図られ、校内が活性化したという報告を各都道府県指定都市教育委員会から受けているところであります。
 一方、教職経験豊かな非常勤講師の確保に苦労している都道府県指定都市も少なくなく、また研修内容がややもすれば過密となりがちであるなどの課題も指摘されておりまして、これらの点につきましては各都道府県指定都市教育委員会において一層の努力をお願いしているところでございます。
 文部省といたしましても、教員の初任者研修制度は学校教育の充実振興を図る上で非常に重要なものであると考えておりまして、その一層の充実のための努力をしてまいりたい、このように考えておるところでございます。
#35
○塩谷委員 ありがとうございました。質問を終わります。
#36
○渡辺委員長 次に、嶋崎譲君。
#37
○嶋崎委員 決められた時間に質問を閉じないと、お昼の時間を越して一時過ぎまでという大変なことになりますから、委員会の運営はきちんとやっていただきたいと存じます。私は十分超過せざるを得ないということになりますから。
 それから、僕はもうここに所属して二十年になりますけれども、こんなに委員のいない委員会というのはかつては考えられなかったわけでありまして、やはり委員はきちんと出席するように、委員長は御配慮を賜りたいと存じます。委員長とうですか。
#38
○渡辺委員長 同感でございます。
#39
○嶋崎委員 しばらくぶりで文教委員会に帰ってまいりましたので、同僚の諸君が文部大臣の所信表明に対する質疑をやってくれぬかと言われましたので、お引き受けをいたしました。ここしばらく、文教行政のもろもろの省令の改正とか通達とか、そういう一連のものを細かく目を通している時間がなかったのもありまして、慌てふためいてここ数年の文部省の動きを調べてみたところでございますが、いずれにいたしましても、今日の我が国の子供たちをめぐる状況について、文部省なりに大変御努力をされているということは評価をしてよかろうな、こう一口に言えると思います。しかし、その対策や評価が果たして教育改革の根源に迫っているかというと、かゆいところからなでているだけであって、問題の本質には迫っていないというのが私の印象でございます。
 そこで、最初にお聞きしますけれども、きょうは文部大臣の所信に対する質疑ですから、なるべく大臣がお答えを願いたいと存じます。法律で専門的なことをやりますから、そのときは大学局長とかに出ていただければいいので、基本的な議論を少ししてみたいと思います。
 先ほどの自民党の委員からの質問にもありましたが、最近の文部省の文書によりますと、登校拒否、私は登校拒否という言葉は使いません。不登校、不登校児というふうに言葉を使います。その傾向は、去年の文部省から出ているものを見ましても、相当な量的な拡大をしているということは御報告にあるとおりでございます。これも登校拒否という言葉を使っていますが、なぜ登校拒否という言葉と不登校という言葉を区別するか。大臣、どういうふうにお考えですか。
#40
○森山国務大臣 不登校あるいは登校拒否という言葉がそれぞれ使われているようでございまして、先生は不登校というのを使いたいというお気持ちでいらっしゃると承りましたが、その先生御自身のお気持ちは私もちょっと推測いたしかねますけれども、言葉をどのように、どちらを用いましても、その実体は同じことではないか、その同じようなものを指していらっしゃるのではないかというふうに考えます。
#41
○嶋崎委員 実は違うのですね、今から議論していくとわかるけれども。
 先ほども出ていましたように、文部省から出ているこの統計の数字でいいますと、登校拒否というのを、年間三十日以上五十日未満欠席した者を含めると、全体の数は、小学生で一万二千六百三十七人、中学生で五万四千百十二人と言っているわけです。そして一般には登校拒否というのは四万三千、こう言っているわけ。なぜこんな開きが出るのか。ここが問題になるわけですね。つまり五十日以上欠席した場合には、小学生九千六百四十五人、中学生四万三千七百十一人、こうなっているね。
 それを今度は、三十日以上五十日未満欠席した者、こういうふうに標準をとりますとぐんとふえていきますね。こういうふえ方の中には、まだほかにも教育の研究者たちがやっている調査なんかだともっとすごい数字になるんです。四割ぐらいの子供たちは、学校には行きたくないなという気持ちを持ちながらも行っているというところまでクレンツをちょっと広げてみますと、相当な子供たちが学校嫌いという状況が生まれている。だから、その状況全体として、拒否の形があらわれている姿をとっている者と、学校に通っているが、学校のいわば秩序や仕組みの中には非常に抵抗を感じている子、すっと入る子、子供というのはそういう幅のあるものだと思うのですね。
 ですから、不登校、学校に行かないという意味の心理状況までも広げると、拒否している子供だけを対象にすると、すべて対策になってしまうのですね。対策になってしまって、教育の根本の改革論にならない。そこが問題なんですね。現に文部省がお出しになった「登校拒否(不登校)問題について―児童生徒の「心の居場所」づくりを目指して―」、これを見ますと、ちゃんとここには限定的な調査になっているわけです。その限定的な調査というのは、この報告はあくまで「登校拒否の問題にいかに取り組めばよいかを明らかにするということを基本的な視点とした。」こう言っているのですね。それは拒否が起きた者に対するどのような取り組みをすればよいか、こういう問題の立て方。その側面から学校ではどうする、教師はどうする、地域社会、家庭ではどうする、こういうふうに対策になっているわけです。
 皆さんの先ほど読まれた文部省所管の予算の概要のこの説明資料、これを見ますと対策なんですね。対策の費用なんです。その対策というのは、学校不適応対策事業という、こういう一つの事業が成り立っているわけですね。これらの問題は、不登校、学校に行きたくないという子供たちの層がかなり学校現場に広がりつつある、教師にもある。そういう状況の根本にメスを入れるには、あらわれ始めてから対策を立てては遅いのであって、それ以前に学校現場で教育的にどのように対処しなければならぬかという大事な問題が含まれている。そういう意味で、広い意味で、顕在化していないものを含めてみると、子供たちの心理状況を規定する概念としては、登校拒否と言わずに、不登校児というふうに問題をとらえておく方が教育論的なのではないかというのが私の考え方であります。
 さて、不登校児が急上昇をしたのはいつですか。大臣、いつごろからだと思いますか。
#42
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 この数字を私どもが指定統計としてとりましたのが昭和四十一年なわけでございます。そして、四十一年からずっと見てみますと、一時期、四十九年ぐらいまでは減ってございます。その後、しかし徐々にふえてまいりまして、特に近年、数がふえるような状況が見られる、このように認識しております。
#43
○嶋崎委員 これは、皆さんの統計のとり方を見てもわかるように、七〇年代後半です、七〇年代後半。これは非常に大切な、我が国の社会経済の発展段階です。高度成長政策に急速に歩んでいくプロセスです。そのプロセスとこの現象とが連動しているということをひとつ頭に置いておかなければならぬ。もう一つは、私は文教委員会に所属したのは一九七二年からですから、もう二十五年ぐらいになりますけれども、前半の間はこんな問題は起きなかった。後半です。今私の経験でいきますと、一九七〇年代後半から八〇年代にかけて、最初は暴力教師の問題みたいな形で出てきて、そしていじめになって、そして不登校というふうに発展していって、前みたいな外にあらわれるあらわれ方は非常に消極的ですが、その量は非常に拡大している、そんなふうにこの現象の傾向というものを見るべきではないかなというのが私の見方であります。
 そこで、こういう一連の問題に対する文部省の対応は、これに代表すると理解してよろしいのですか。登校拒否問題について、学校不適応対策調査研究協力者会議報告に基づいて今後対策を立てていく、これが文部省の方針ですか。
#44
○野崎政府委員 お答えいたします。
 これが平成四年の三月十三日に出されまして、私どももこれを受けまして、昨年の九月に各県に通知を出しまして、先生御指摘のとおり、これが私どもの対策の基本になるもの、このように思っております。
#45
○嶋崎委員 そうしますと、この報告は非常に限定的な報告だというのは先ほど申し上げました。つまり「登校拒否問題に対する基本的な認識」というところを見て、状況分析は現象の分析をやった上で、「検討の基本的視点」というのはちゃんと限定されておりまして、「関係者がそれぞれの立場から登校拒否の問題にいかに取り組めばよいかを明らかにするということを基本的な視点」とすると言って、そして、それはやはり外にあらわれた登校拒否というものを対象にするという意味で、これを不登校と言わずに登校拒否だと概念規定まできちんとしていますから、ある意味では予算上言っている対策事業なんですね。それでよろしいでしょうか。それで解決がつきますでしょうか。
#46
○野崎政府委員 確かにこの問題はいろいろ突き詰めていきますと、いろいろなところに問題が出ると思います。
 例えば、この報告書の中でも、「親の在り方や親子関係がきっかけとなって登校拒否になる場合もあり」あるいは「過度の受験競争などの社会的風潮の影響も大きいと考えられる。」ということで、この報告書自体も、必ずしも、もう少し大きい視野で考えなければならない課題があるということは十分意識しながらも、しかし、こういう問題については、「家庭や社会の要因についても分析検討がなされる必要がありこということでございますが、本報告書としては「別途の検討に委ねる」という形にしておるわけでございまして、私どもとしては、確かにこの問題、広く考えれば確かに大きな問題になるわけでございますけれども、とりあえずやはり学校に子供が登校できない、こういうことでございますので、学校としてどのような対応策が考えられるかというのがまず基本にあるだろうということで、これを基本にして今対策を進めている、こういうことでございます。
#47
○嶋崎委員 では、なぜこれはこういう事態が起きるのでしょう。このような子供たちがなぜそのような事態になるのでしょうか。いろいろなタイプの調査がありますが、文部省はそれをどう見ていますか。
#48
○野崎政府委員 私どもも、この登校拒否につきましては、何が本当の原因がというのはそれぞれ一人一人事情があろうかと思います。そんなことで、昨年、この調査、三十日の調査を発表した段階で、今先生御指摘のような大変大きな数字が出たというようなことで、これは緊急に対策を講じる必要があるということで通知も出したわけでございますが、そしてまた各県にもいろいろな対策につきましてお願いをしたわけでございます。そして、さらに緊急調査ということで実際に登校拒否に陥った子供の声も聞こうということでヒアリング等も行ったわけでございます。ただ、残念ながら、まだその結果が出ておりませんので、この平成四年度末、いわゆる三月ぐらいまでには何とか結果を出したいと今一生懸命やっているところでございますが、ただ、私どもの今持っております資料によりますと、登校拒否に陥った直接のきっかけというので見ますと、特に中学校の場合多く見られますが、友人関係をめぐる問題とか、あるいは学業の不振、家庭生活での影響で見ますと、親子関係をめぐる問題というようなあたりがこの数字としては出てきておりますけれども、しかし、それが果たしてその唯一の原因なのかどうかというあたりはまだ必ずしも私どももわかっていない。この報告書の中にもありますけれども、複雑な要因が絡み合っている問題ではないか、このように思っております。
#49
○嶋崎委員 こんな抽象的な議論をしていてもしようがありませんから。それなら当面既存の文部省の考えている枠の中でのこれから検討すべき問題を出します。
 小学校、中学校が義務教育なわけで、そこの進学、卒業が認められない場合には留年になりますね。その場合、児童生徒が十五歳を過ぎると就学義務はないものとされている。これは学校教育法の二十二条に決められているとおりです。また、期限は来た、しかしまだ卒業してないという子供が現実に出てくるわけですね、中学の場合とかそういう場合に。入学して学校に行かないまま、まだ卒業もできない、留年しているのかもわからないというような事態の子供たちがいっぱいいる。そうすると、この子供たちの、いわば教育を受ける権利という立場から見ると外れているんだが、その人たちの卒業というものをどこかで考えておかなければならないということだと思うのですね。
 そこで、皆さんのこれによりますと、最後に「ガイドライン」というものを出してありますね。この協力者会議報告の一番最後に、「民間施設についてのガイドライン」というものが出ていますね。そうすると、民間施設のガイドラインを設けた趣旨というのは、民間の施設で不登校の子供が学習する、または公的な施設で学習する、さもなくば自分の家庭で親とともに学習する、そういう学習を卒業に相当するものとして認めなければならない状況が生まれつつあるという認識に立って、今のこういう不登校児に関連した民間の施設だとか公的施設の利用が行われ始めている。もう数字は皆さんの文部省の数字、だんだん広がっていますね。
 そうしますと、去年の九月二十四日に文部省が通知を出しているのですが、指導要録上、出席扱いとすることが公認されるかどうかという点が問題になって、登校拒否児、これは僕の言葉じゃありませんが、皆さんの言葉ですが、「学校外の公的機関や民間施設において相談・指導を受けている場合の指導要録上の出欠の取扱いについて」の中でその要件を述べている。これは僕は資料を出してくださいと文部省に言ったのだけれども、僕のところに届いてないのです。昨年の九月二十四日の文部省通知ですね。それでは、要するに、登校拒否児童生徒で学校外の公的機関や民間施設において指導を受けた者を、いわば学習経験の到達した一定の度合いとして判断をして考えるために、この施設というものをどのように位置づけるか、これに基づいてガイドラインが問題になっているわけですね。そうしますと、こういう民間施設についてのガイドラインの試案が出ているということは、民間施設で行った教育の学校教育にかわる代替機能、この代替機能というものを学校教育の中に取り込んでいくということを意味しているということになりますね。
 通知の考え方は、今私が理解したような理解でよろしいですか。
#50
○野崎政府委員 今のガイドラインの話でございますが、この報告書の中に出ておりますように、現在文部省として考えておりますのは、どうしても学校に出てこれない子供が先生御指摘のようにおるわけでございまして、これを公的ないわゆる適応指導教室というあたりで引き受けまして、そしてとにかく学校に帰れるようにいろいろな指導をしていくということを私どもは基本に置いているわけです。
 ただ、どうしても公的な指導教室にも行けない、しかし民間のある施設ならば行けるという場合もあるだろう。たまたま子供さんが預かった民間施設で亡くなるという不幸な事例もあったわけでございますけれども、そういうものは防がなければいけませんが、やはり民間に行かなければならないというようなこともあり得るだろう。そのときにどういう考え方でつくったらいいかというのがガイドラインの考え方だったわけでございます。
 したがって、私どもはこれを積極的に認めるというわけではございませんでして、とにかくできるだけそういうことがないようにしなければいかぬ。しかも、民間施設に行って、そのまま民間で学校を終えるというふうには理解していないわけでございまして、あくまでも学校に復帰をする、義務教育でございますから学校に復帰をしていただかなければいかぬのですけれども、ただ、その間に復帰するためのいろいろな教育をその場でお願いをしたい、こういうことでございまして、ちょっと先生の御趣旨とあるいは違うのかもしれませんが、私どもは民間施設を積極的に認めていこうという気は全然持っておりません。あくまでも学校へ復帰するための前提の施設である、このように理解をしております。
#51
○嶋崎委員 十五歳、つまり中学卒業の年を超えてしまった場合に、学校に来れますか。
#52
○野崎政府委員 これは先生、義務教育ということで御指摘ございましたので、確かに保護者が義務として就学させる義務というのは、その時点で切れるわけでございますけれども、本人が学校へ行きたいということであれば、今学校はすべてそういう人を受け入れるということで処理しておりますので、もしそういう方が出れば中学校でそれを受け入れていく、こういうことになろうと思います。
#53
○嶋崎委員 高等学校には大検という制度がありますね、大学を受験するために必要な大検制度。それには一定の単位を履修して、高校卒の資格も取って、受験の資格が出てきますね。中学生の場合も、このような状態でこれだけ不登校児が拡大するということになってくると、そういう子供たちの中学の卒業について評価し得る制度の問題というのを改めて検討しなければならぬと思うのですが、昭和四十一年七月一日に文部省令第三十六号というのが出ていまして、就学義務猶予免除者の卒業程度認定規則というのがありますね。だとすると、高校の場合にはそういう制度があるとすれば、中学の場合でも、今からは後の議論をしないとね。帰ってくる議論ばかりですが、帰ってこれない子供が不登校なのですから。だから、また卒業のために帰ってくるということはないわけです。そうすると、一定程度反間の施設、例えば東京シューしみたいなところとかその他のところで一定の勉強をした、そしてまた家庭でも一定の勉強をした場合に、義務教育ではあっても中卒の資格というものをどこかで認定する方法を考えざるを得ない事態が生まれはしないかというのが私の疑問なんです。これは何も答弁は要りませんが、一つの問題点だということ。
 今度は、先進諸国の学校を見ればおわかりのように、自分の家で私的に教育をしても、一定の到達度によって一定の条件というものを獲得できる。それはもう英米その他にそういう条件がいろいろあります。したがって、日本はすべて子供を学校に囲って決められた年限で卒業するという今までの学校制度を前提にしていますから、不登校児という現象があらわれできますと、既存の制度からはみ出た姿になるがゆえに対応が非常に難しくなる、柔軟な対応がなかなかやりにくい、そういう問題も含めて問題点がある。
 したがって、例えば民間施設で一定程度の勉学をされた子供が中卒の資格や能力を持つということになれば、ガイドラインに示しているように、一定の施設に対して教育的なものであるかどうかということを検討しなければならぬと書いてあるわけですね、この協力者会議の答申は。となれば、そこで教育を受けた人たちが一定の条件を獲得することができる、資格を獲得することができる条件になるのだとしたら、その施設は一種の私学みたいなもので、助成措置を考えなければならないという問題も出てこないという保証はない。だから、今出ている不登校児問題というのは、既存の学校の今までの制度、秩序の中では処理できない新たな課題を提起しているという意味で、決して単なる対策でもって、学校に帰せ、帰せということで処置ができるのかどうかを検討すべきであるというのが私の考え方です。
 したがって、私流の言葉で言いますと、子供を生徒化しちゃうのです。子供を学校に生徒化しちゃいますと、生徒化されるうちに子供の空間がなくなっちゃう。そうすると、子供が自分の空間を求めようとすると生徒化された枠からはみ出ちゃう。これが不登校という現象が起きてくる重要な学校背景だと私は理解しています。そういう意味で、子供が成長していく過程で、学校教育法によれば小学校は児童として扱うし、中学や高校に行きますと生徒として扱いますが、児童生徒というものを学校で扱うということで子供が生徒化されたり児童化される必要性というのは義務教育だからある。しかしそれが過度に生徒化されたり児童化されちゃうと、空間がなくなって学校には行けない、こんな状態が出てくるというふうに概念的に整理できると私は思っているのです。
 だからその意味で、これから先は今度は教育の中身に入っていきます。
 学校というのを見ますと、教育の主体が子供なんですか、学校なんですか、どっちですか。
#54
○森山国務大臣 もちろん子供が主体でございます。
#55
○嶋崎委員 よろしいです。私もそう思います。
 さてそれなら、学校というところは、まず国レベル、学校レベルで、物を決定するのは皆学校で、子供は決定される被決定的位置に置かれていると私は見ています。そこで、学習指導要領をちょっと見ます。僕は学習指導要領の原文をコピーして持ってきましたが、ひとつ見てみましょうか。
 まず、学習指導要領を見ますと、ここに表がありますね。中学校、小学校の表があるでしょう。学習指導要領の一ページ目、そこの一ページ目です。僕はそれは持ってこなかった、重たいからコピーしてきました。小学校の標準時間数を定めた表がありますね、中学の標準時間数を定めた表がありますね。さあ、この表でちょっとやりとりをしましょう。
 さてここで、私は学校で子供たちに授ける知識というのは教育的知識だと思うのです。知識一般じゃありません。なぜならば教科はみんな分化しておりますから、学際を越えたようなことをしょっちゅうやっているわけじゃない。教科でやっている。それでカリキュラムで学年で編成していく。こういう仕組みになっていますから、学校で先生や学校側が子供に知識を与える、教育上の知識を与える。だから国語は漢字は一年のときに何ぼ、次は中学へ行くと何ほと、こういうふうに表に書いてある。あれは学校知識なんですね。あの学校知識があれば国民として最低の知識だという意味の基準を示しているというふうに理解することはできると思うのですよ。しかし、これはその中にある漢字全部覚えていなくたって文章も書けるだろうし、そして会話には不足はない。人間の価値というのは、それを全部知っているから価値が高いということじゃ必ずしもない。あるときは覚えていたけれども忘れちゃうということがある。僕は昔物すごく漢字を知っていたけれども、このごろ原稿を書くとすぐ漢字を忘れちゃう。だから学校で教える知識というのは学校知ですね。その学校知による子供の支配というものがカリキュラムの形態をとっているのだと思うのです。学校でこれだけ教えなければならぬという学校の知によって、子供の、いわば学校における生徒化、児童化が行われているんだと思うのですね。
 さて、そこで聞きますよ。しかもこれは学習指導要領というものがあって、その学習指導要領でもってカリキュラムを編成し、そして、その学習指導要領に基づいて教科書ができている。この教科書は時代が発展していくとどんどん科学技術や学問が進んでいきますから、子供たちに新しいものを教えなきゃならぬことになりますね。そうすると、専門的な知識の人たちによって教科書が書きかえられていくわけ。そうしますと、子供にとっては時代の変化とともに前の子供よりも教育知はふえてくるわけ。教育知がふえますと、同じ学年の中におさめようとするとスピードが速くなる。低いところを早く卒業させて上まで持っていかなきゃなりませんから、専門家が教科書をつくればつくるほど、同時にまた時代の変化に対して専門家がこれにかかわればかかわるほど、子供たちにとっては時代の変化に対応するために学校知はふえていく。与えられた時間が制限されていますからスピードが速くなる、こういう問題があると思います。だから、そこが大問題になるところなんですが、そこが一つ。
 カリキュラムによる国レベル、学校レベルによる子供の支配、それが大人によってつくり出され、時代の要請によって大人がつくっていく。ここに子供との間に、子供が成長しようとしていく子供の自然的成長と、学校によって児童化していくということの間にギャップが生まれてくるのです。これが今日の子供たちがなかなか学校についていけない、おもしろくないということの一つの背景だと思います。
 さて、ちょっとここの表を見て大臣にお聞きします。今度は時間で見ますよ、時間というのも教育上の非常に重要な単位ですね。そうすると、小学校上学年は年間一千十五時間、中学は一千五十時間、この時間は非常に多いと思いますか、少ないと思いますか、世界の趨勢から見て。大臣、どうですか。
#56
○森山国務大臣 外国の事情を私詳しく存じませんので、世界的に見てどうかという御質問に対してはお答えいたしかねますけれども、今の日本の状況ということだけ考えますと、子供の負担がかなり大きいというのは先生の御指摘の面も確かにございますが、時間数という意味で申せば、まあこの辺のところではないかという感じがいたします。
#57
○嶋崎委員 それは困るんだな。文部大臣、今学校五日制というのは、将来週休二日制にするんですよ。そして先進国並みの七百から八百時間に学校の標準時間を持っていかなきゃならない。日本は明治以来一千時間を超える時間を小学校の上学年と中学で囲ってきたわけ、学校で。それが日本の教育水準を上げたとか、いろいろな意味のメリットがないと言っているんじゃないのです。その延長線上でもはや現代は論じられない。大人だって週休二日制と言っているでしょう。私は学校五日制というのは子供の週休二日制だと思うのです。子供の週休二日制なんです。先生が休むから子供が休むのじゃないのですよ。長い間学校に閉じ込んで、子供を生徒化したり児童化することには限界があるよ、現代は。余暇が必要な時代になっている。文化の要求が高い時代になっている。そういうことを考えると、今までの時間よりも短くしなければならぬから学校五日制が問題になっているのです。それが根本問題です。
 そこで聞くのですが、なぜ理科が一年間百五時間。三学年をとりますと、数学は百七十五時間、小学校二年生以降です。それで音楽は七十時間なんですね。そして体育は百五時間なんです。これはどんな根拠があって――これはもう国語、社会、理科、算数に時間が集中していますね。全部長いですよ。国語は二百八十時間、それから五年、六年になると二百十時間、社会が百五時間でしょう。算数は百七十五時間、理科は百五時間でしょう。そして音楽は七十時間であり、体育は百五時間なんです。この時間の配分はだれがどこで、これが現代の教育として、時間の割合としてよろしいと判断しているのですか。これは文部省が、国が決めているのですから。これでみんな四十五分の授業。中学は五十分授業と決めておるのですから、書いてあるのですから。これていくことが今の子供たちの発展段階に応じた教育のあり方だということができるのですか、できぬのですか。
#58
○野崎政府委員 この時間をどうするかというお話は、全く無から話す話であればいろいろな議論ができると思うわけでございますが、やはり従来からの歴史的な経緯の中で決まってきているわけでございまして、基本の観点は、やはり調和のとれた人間形成を図る。したがって、いろいろな教科をそこでやっていかなきゃいかぬとかということがあると思います。あるいは文化を伝承するということもあるわけでございまして、そういう基本の観点を踏まえながら、しかし今までそれぞれの授業時間をもって授業が明治以来行われているわけでございます。そういう歴史的な経緯、そういうものを踏まえながら、これは文部省が勝手に決めたわけではございませんで、教育課程審議会で十分御審議をいただき、こういう形に決定をしている、こういう状況でございます。
#59
○嶋崎委員 やはりこれは国の基準なんですよ。大綱ではあっても、国の基準なんです。だから全国がこれで画一的な時間割り編成が現実に行われているのです。それをやらないとかっては大変問題になった。処分された先生すらいるのですから。ここにいた中西績介委員なんというのは典型的にそうですからね。決められた枠の中で学校の隅々までこれをやっておるわけ。
 そこで、音楽が七十時間というのは、世界の趨勢に合っていますか、どう思いますか。初中局長、文部大臣、お二人、それぞれ意見を聞かせてください。
#60
○野崎政府委員 音楽あるいは図工というあたりをどのような形で教育を実施をしていくかという、これは世界によっていろいろ事情が違うと思います。例えば、そういうものはできるだけ学校以外のところで力を入れていくというような考え方もあるでしょうし、ただ、日本の場合には、どちらかというと、やはり学校で基本的なものは身につけさせていこうという考え方で実施をしている、このように理解しております。
#61
○嶋崎委員 明治以降の粋なんですよ、これは。大臣もことしは明治以来百何十年とか言いましたけれども、途中大事なのが抜けているんですよ。明治から一直線に物を考えてはだめなのよ、戦後は変わっちゃっているのですから。
 まあそれは別としまして、ユネスコの中に国際音楽評議会というのがあるのを御存じですか。これは文化庁になるのかな。それで、これには我が国にも国民音楽会議というものができておのまして、ここの国際会長は日本の人が会長です、国際的な活動の。これがもう大変な運動を国際的に行わしているのは、最近の世界情勢が変化してくる中で平和な世界秩序というものを考えるときに、音楽文化を通じての国際交流というのがわき上がってきたわけよ。それで、このユネスコの傘下の国際音楽評議会、IMCというのですが、これが十月一日を世界の音楽の日にしようという提案をやって、世界では動いています。
 昨年、韓国のソウルで第二十回の音楽教育国際会議というのが開かれまして、そこでは児童憲章にかんがみて世界各国において音楽教育の確保、改善を推進しようという世界アピールをしています。それで、ここでは音楽教育振興の宣言、マニフェストが出ているのです。これは非常に大事なことです。というのは、僕も長い間政治家やっていますからね。僕が予算委員会で初めて環境問題を一時間十五分にわたってやった。そのときは環境庁は動いていない。世界が変化をしておるのに日本は遅いわけよ、何事も。今はどんどんそれ以降国際会議に出るようになりましたよ。
 そういうことを考えて、やはり政治家というのは先見性が必要なんですから、それで大臣に聞いているんですけれども、こういう世界の動きの中で、十月一日を音楽の日にしようとか、そして日本も参加しているこの国際――九十何カ国じゃないかな。大変参加していて、それが国際的な十月一日前後に音楽のフェスティバルを日本でもずっとやっています、これは。もう四回終わっているんじゃないですかね。そういう動きの中で、音楽文化というものを、何も学校教育における音楽だけじゃありませんよ。生涯学習とこれは密接な関連がありますが、音楽文化というものを通じてそれぞれの伝統音楽、それからそれぞれの共通した音楽などについて、国際的に交流し合おうやと、歌を歌い、音楽を聞くことを通じて世界平和の文化というものをお互いにつくっていこう、こういう世界的な大きな動きがある。我が国でも音楽教育の国民会議というのができているのは御存じかどうか知りませんが、そこで音楽教育振興のための立法化の運動が起きています。衆議院では、議長の櫻内先生が会長で、私は副会長ですが、自民党の青木さんの音楽議員連盟というのがあります。これは音楽だけじゃなくて芸術文化を全部扱っています。芸術文化振興基金のときにも裏で動いた政治家団体です。この団体の中で、私が委員長に委嘱されまして、それで今私が小委員長で、演奏家、芸術家、そういう人たちを集めた音楽文化振興のための小委員会をつくっております。四、五月ごろには一定の判断を出して、議員立法がいいのか何がいいのかということを判断しなければならぬなと櫻内先生と今相談しているところであります。
 そういうことを考えてみると、今まで決められている、これですね、もとに返りますが、学習指導要領に基づいて出てきた学校の時間割りという問題。この時間割りで決められている配分ですよ。理科は非常にやらなければならぬ、理科教育振興法というのがあるんですから。理科に関してはあったり、算数などについては非常に高いが、なぜ文化やそういうものに欠落が起きるかということがこの授業配分に特徴的に出ておりますね。何も音楽家をつくるんじゃないですよ、必ずしも音楽文化というのは。ですから、そういう意味で、公明党の鍛冶さんも一緒にやっていることですから、超党派でやっておるのですけれども、そういう動いている世界の変動と新しい人間形成というものを考えて、動きつつある変化に日本の学校教育はどうするのか、生涯学習でそれをどう対応するのかという発想が要ると思うのですね。だから、これを私は何も大臣に答弁は聞きませんが、そういう動きのあることは初中局長のところにはもう高萩さんが行っていましょう。それで大臣のところにも行っていらっしゃるんじゃなかろうかと思うが、今後、そのような問題を検討する用意ありや否や。いかがですか。
#62
○野崎政府委員 今先生御指摘ございましたが、千十五時間というのを三十五週で割りますと過当なり二十九時間。私どもは、やはり今の学校の授業時間の中ではこれが限度だというふうに思いますね。それで、したがって二十九時間をどうやって割るかとなると、今のような割り方になる。先ほど先生御指摘ございましたように、今後学校五日制、今、月一回でございますけれども、おいおいこれを完全実施というようなことになりますと、当然これは学習指導要領改訂の問題と絡んでくると思います。その時点においては、恐らくこの二十九時間自体ももっと減らさなければならないということになってまいりますので、果たしてその辺の全体の仕組みをどうするかというあたりはこれから大きな課題になる、このように思っております。
#63
○嶋崎委員 学校五日制で、前の鳩山文部大臣に調査の結果を私申し入れをいたしましたが、こういうタイプの調査をしたのです。農村型の学校、それで割と指定校として動いているところ、それから中都市でかなり文化の古い町、それから人口急増地帯で大阪近辺のようなところの学校の周辺で、学校五日制がそれぞれどんな反応をしておるかということを我がシャドーキャビネットが調査をいたしました。どんな特徴が出たかいったら、共通した傾向は、音楽、図工、学校行事にしわ寄せがきているということです、共通しているのは。土曜日の時間を削ってどうするかという話になれば、もうへずるのはみんな音楽、図工、学校行事なんです。やはり理科、国語、もう今偏差値の問題で大変な競争の中におりますから、そこに重点がかからざるを得ないというのは僕はよくわかるのですが、学校五日制は残念ながらそういうゆがんだ時間割り編成に行っているのです。
 農村の場合ですと、子供は自分の空間があるんですよ。山があるでしょう、野がある。自分の空間があるんですから、何も学校土曜日で子供をおりで囲わなくたって、自由にしておけばいいんですよ。私の郷里の金沢市みたいなところは文化の誇り高いところですから、深いところですから、こういうのは、土曜、日曜、子供にパスをやればいいのです。美術館に行きなさい、どこどこへ行きなさいと言っておくと電車に乗ってみんな自由に行けるから、何も学校行事しなくたっていいわけです。ところが人口急増地帯はそうはいきません。これはもう田んぼみたいなところにばあっとでかい二十万、三十万の町ができるでしょう。そこには文化の遺産、一つもないわけです。そして美術館とか博物館といったって、例えば大阪近辺でいうと、京都に出かけるか大阪に行くのですから、子供たちはそんなパス持っているわけじゃないし、行けるわけがない。そうすると、土曜、日曜は、行くところがなければ学校で何かやらなければいかぬ、こうなってくるのです。
 つまり、学校五日制という問題をめぐって、去年の九月に実施されて、それぞれの、農村地域の場合、都市型の場合、大都市型の場合、物すごい変化しているが、対応の仕方もいろいろあるけれども、共通しているのが、音楽や美術、学校行事が犠牲になっているという実態をどうするかということ。それで、同時にまた、生涯学習というものを念頭に置いて子供たちを地域に学ばせようとすると、都市において非常に格差があるという状態の中で、ではどうするのか。きめ細かくやらぬとだめなんだ、画一的じゃだめなわけです。それはもちろん地方自治体が主ですよ。国がやるんじゃありませんが、そういう構造があるということなんです。
 ですから、僕が申し上げたかったのは、国レベルで、まず上からカリキュラムでもって子供たちを一定程度ある意味では支配している。そして時代の変化とともに教育内容がスピード化している。だから、六年生の段階で二つなら二つの科目、世界史と何かいな、二科目やらなければいかぬということになると、学校行事なんかで消えていったら、短い時間でやろうとしたら大変なことになっちゃう。もう絶対に学習指導要領の再検討をやらなければいけませんね。学習指導要領を発表したのは八九年三月、中教審の答申を出したのは九一年三月、二年ずれている。学校五日制は去年から始まっている。そこで学校の時間という問題が現場では全部大問題になっている。ところが出ている表は古い昔からの表なんだ。それに合わせなければならぬから、たまったものじゃないですよ、現場は。そういう意味で、もはや学校五日制を念頭に置けば、学校の授業時間のこういう学習指導要領の表そのものの検討を開始するぞということを考えざるを得ないはずだし、高等学校はもう既に来年からやるんですから。だから、今までやっていないとすれば、今から出すものについては、この枠に対して柔軟な対応を一方で考えなければ、現実とやろうとすることの間に必ず矛盾が起きてくる。この点について検討すべきだと思いますが、学習指導要領の位置づけ、それから中教審答申を受けて以降の位置づけ、学習指導要領との間に矛盾がないのかあるのか、それをどう考えていますか。
#64
○森山国務大臣 先生の御卓見、まことに貴重な御意見で、いろいろと勉強させていただきました。
 高等学校の場合は、いろいろと個性化、多様化ということで今までも少しずつ努力をいたしてまいりまして、学科の内容とかあるいは幅について多様な選択ができるようにという工夫を少しずつしているところでございまして、幾つかそういうケースも出てまいりまして、世間の注目を集めており、これからの高校の進み方としては、こういうことが一つの示唆になっているのではないかということを、私も実際見まして、感じたところでもございます。
 小中学校につきましては、いわゆる義務教育ということでございまして、それこそ長年のいきさつがございますので、それを踏まえて先生御指摘のような新しい時代にも対応していかなければいけないというので、非常に高校とはまた違った難しさがあろうと思います。しかし、新しい時代に即応していかなければいけない、多様化し、個性化していかなければいけないという課題は、小中学校といえども同じであり、さらにもっと必要性が高いかもしれません。そういう方向に向かってこれからさらに努力を続けていかなければいけないと考えております。
#65
○嶋崎委員 要するに、八九年三月の学習指導要領と、それから九一年のこの中教審答申を見れば、これは高等学校ですが、後期中等教育に力点が置かれていますよね。しかし、その前段はやはり日本の教育のメカニズム、教育をめぐる病巣のメカニズムというか、教育が非常に難しい状態になっているその仕組み、日本的な仕組みというものを総論的に位置づけている。これは、僕はこの考え方を必ずしもとらぬけれども、意見の相違はあると思うけれども、その上に立って、やはり後期中等教育の現状に力点を置いて、後期中等教育に焦点が合わされて、それでそれを生涯学習でくくってありますからね。だから、それなりに今までの、学習指導要領が出る前の時期に比べてこの十四期の中教審答申というのは、変化に対応した新たな課題というものを提示しているという意味で、僕は積極性があると思う。だから、これ以前につくって走っていたこの学習指導要領、それからカリキュラム、それから時間、これから問題にする学習指導要録も同じです。そういうものを含めまして、新しい答申が出たとすれば、これに基づいて高校の方は今多様な対応をしつつあるのもよくわかります。
 しかし、小中の教育について、やはりもう一遍学習指導要領を、経験の中からもはや検討すべき時期に僕はあると思う。だから、そういう意味で検討にかかりなさいと言っているのです。だから、検討にかからないというのは怠けていることになりますよ。そういう意味で検討にかかりなさい、そういうことを申し上げたい。
 さっき音楽教育の回答がなかったけれども、あれは情操、音楽、芸術、美術、そういうものの教育の力点にあの時間の配分を、昔の経験からいけばこれですでは何も説明にならないので、時代の変化に応じて検討すべき課題があるかもしれぬなぐらいの返事をしてくれないとだめですよ。
#66
○野崎政府委員 今高等学校教育についての御指摘があったわけでございますが、いわゆる高等学校ができるだけ多様化、個性化する、そしてそのためのシステムを考えなさいというのが中教審答申の趣旨ではないか、このように思っておるわけでございます。
 そもそも個性重視という考え方、これは既に昭和五十八年の十一月の第十三期の中教審の答申の中にも示されております。あるいは臨時教育審議会の答申の中でも個性重視の原則というようなことがうたわれておりまして、私どもとしては、そういうものを受けながら、昭和六十年に今の、これからといいますか、高等学校は来年から動くわけで、これからという言葉を使いますと、そういう教育課程の基準の改善についての諮問が教育課程審議会にされたわけでございます。教育課程審議会は、そういう流れを受けまして、六十二年に答申を出し、そして、その答申を受けまして、平成元年の三月に文部大臣の告示が出された。こういうことの一連の流れの中で、私どもとしては、やはり今回出されました中教審答申の趣旨というものは十分学習指導要領の中には入っているもの、このように受けとめているわけでございます。
 ただ、やはりいろいろなシステムということを提言されておりますので、全日制の単位制高校なりあるいは総合学科というようなことも今進めておるわけでございまして、そういう意味で、今の時点で学習指導要領を改訂しなければならない、このようには考えていないわけでございます。少なくとも平成四年に小学校、平成五年中学校、平成六年高等学校ということで、これから順次今の学習指導要領が動くわけでございますから、やはりこの学習指導要領というものがどう定着していくのかということも見ながら、大体従来ですと十年周期で教育課程というものを改訂しているわけでございますので、やはりそういう考え方の中で、しかも、先生御指摘がございましたように、学校五日制というものもにらみながらこれから考えていかなければならないと思っているわけでございます。
 先ほど音楽教育あるいは情操教育の話が出ましたけれども、具体の教科を何時間にするかという話、これはトータルが決まっていない話でございますれば何時間という議論もできるわけでございますけれども、少なくともトータルの枠は決まっておるわけでございますので、その中で何時間を位置づけていくかということは、やはりこれは社会の流れなり、そういう今後の動向というものをよく見ながら考えていかなければならない課題、このように思っております。
#67
○嶋崎委員 非常に改革、改革と言うとる割には保守的ですな。時代の変化を先取りして対応しようということを、中教審答申と前の学習指導要領は同じだと言いますけれども、こっちはもっと進んでいますよ、十四期の中教審答申をよく読んでみれば。これだけ日本の受験競争の問題を明確にし、画一化に対する改革を言い、僕は幾つか異論はありますよ、異論があるけれども、今まで文部省が言わなかったことを思い切り言っていますよ。だから、それ以前の学習指導要領の枠で時代に対応していくんだなんという話でごまかしていたのじゃ学校五日制なんというのは絶対にだめです。音楽や美術に必ずしわ寄せが来ますよ。学校行事に必ずしわ寄せが来ますよ。そんな状態が今累積していくのですよ。だから、もっと深刻に現場を考えてくれなきゃ。それが子供が生徒化されていく。そういうふうに生徒化されるから、空間がないから出ていくのですよ。その大事な子供というものが生徒化され、児童化される過程で、教育というものは大切で、子供の頭を生産するような教育しているわけだけれども、それの生徒化が広がれば広がるほど家庭も教育化され、社会も学校化され、みんな囲われてしまうのですよ。塾から帰ってくる子供は夜の十時ぐらいですよ。なぜそんな時代になっているかということよ。それには、子供たちに空間を与えるためには、せめて学校から早く解放する、そして今の受験地獄体制をどのようにするかという議論をしなきゃ。いや、経験で、十年置きに学習指導要領を変えるのだから、そんなことを言ったらあと十年も先には変えられぬよ。それまで学校五日制、まだ週二日でとまっているかわかりませんよ。もっとスピードが早いかもしれませんよ。五年ぐらいしたら週休二日になるかもしれませんよ。ドイツでやったらやはり五年かかったのですから。しかし五年でやったのですから、だからできぬことはないのだけれども。
 いずれにしても、今のような答弁では――これから個別の議論みんな各委員なさいますから。私は非常に保守的だと思うな。やはりあなた方は役人の見た子供なんですよ。子供から役人の行政を見直さなければだめよ。日本じゅうの行政がそうですよ。森林でもそうでしょう。山があって林野庁があるんじゃないんだよ。林野庁があって山があるんですよ。だから山の管理はばらばらになっちゃう。それは林野庁という予算で縛られておるわけですよ。子供があって文教行政があるんですよ。子供があって学校があるんですよ。学校のために子供が編成されるということじゃないんですよ。
 そこで、最後に聞きます、まだ時間はあるけれども、この問題を締めくくる意味で。
 子供の権利条約をどうして児童ということに拘泥するんですか。なぜ子供の権利条約と言わないんですか。外務省のこの間の前国連局長、予算委員会の僕の質問に、あと一分ですから、あんなの答弁にならぬですよ。文部大臣ならば教育的に答えられるでしょう。どうですか。
#68
○森山国務大臣 私も先生のお気持ちはよくわかります。子供という方が普通の日本語の会話の中に普通に出てくる言葉ですから、その方がなじみがあって温かみもあるというお気持ちは私も同感でございますが、条約ということになりますと、それを批准するというプロセスの中で、公文書としてほかの文書との整合性とか、そういうことを考えなければいけないということで児童というふうに訳さなければならないということになっているようでございまして、大変残念ながら児童というふうに言わざるを得ないようでございます。
#69
○嶋崎委員 そこがだめなんですよ。僕が言っているのは、子供は、すくすくと成長していくプロセスで学校によって教育が行われ、体育をやったりいろいろやって子供は変化し成長していくわけで、子供が主体で成長していくんですよ。そのときに学校では、小学校は学齢児童と言って、それで中学ではわざわざ読みかえて生徒と言い、高等学校はまた生徒と言う。児童生徒というのは学校から見た子供観なんです。人間の本来のある姿じゃないんです。今大事なことは、自然の中に人間と自然が共存する。人間だって自然の一部なんです。そこには競争があり、そういう中にある一部の人間が育っていく際に学校がどのようにかかわるかというふうに考えなければいかぬ。そのときに、今学校教育法では、片一方は児童と言い片一方は生徒と言っている。福祉法では別のことを言っている。したがって、法律はそうなっていますから変えられぬのですという発想は、やはり子供をすべて対策、協議の対象と見ているということです。価値観がひっくり返っちゃっているんです。子供主体で教育を考えているんじゃない、ひっくり返っていると僕は思うよ。我々戦前の教育はもうひっくり返されたまま、それで経験している。戦後はそうでなくなったと思ったからよかったと思ってきた。だから今のような、公文書がそうなっていますから変えられませんなんというのは、それは教育的な回答じゃないです、そんなものは。これは文教委員会の議論じゃないですよ。なぜ子供を学校教育法では児童と言い、生徒と言ったか。それが各法律において違うんなら、それを共通できるようなものに変えればいい。簡単なことです。立法府でやれることですよ。そうでしょう。だから、公文書がそうなっているから、それでは回答になりませんな。文部大臣、それは教育的じゃないですよと僕は思うないかがですか。
#70
○森山国務大臣 先ほども申しましたように、私も先生のお気持ちには全く同感でございますが、残念ながら変えられないようでございまして、まことに遺憾だと思います。
#71
○嶋崎委員 私は、教育じゃないけれども、森林というのは非常に重要だと思うから、僕は国有林専門です。山博士です、僕は。それで、閣議了解したんですよ。かつての林野庁の国有財産の管理の仕方で累積が出て事業の経営ができないというときに、大蔵省やったんじゃないんですよ、立法府で我々が言って政策転換してもらった。文部大臣が閣議に行って必要な意見を述べるということはできますよ。これは外務省が決めることじゃないですよ。それは国際条約の問題だから所轄はといったって、事教育と密接な関係を持っているんですから。前の鳩山さんはいいと言ったのですよ。社会党さん、余り国内法の問題で責めないんならネーミングを素直にしましょうよと彼が言っていたんですよ。もう少しそれを継承発展しなければ、行政というものは。
 これ以上やってもしょうがないから、次の問題に入ります。
 今度は学習指導要録問題、この間から新聞紙上をにぎわしております川崎市の指導要録の全面開示問題です。
 川崎市の川崎市個人情報保護審査会の異議申し立てについての答申文がここにあって、そして川崎市のそれに対する教育委員会としての対処をした文書がここにございます。
 さて、学習指導要録の開示要求に対して、川崎市は、個人情報保護審査会というものの中で討議をした結果、この指導要録の開示問題の提案を行った。非常に答申の方は慎重ですよ。しかし、市の方はもう一歩進みまして、現在小学校にいる子供たちについても平成六年度以降あり得るということに踏み切ったんですから、卒業した子供たちだけじゃないのです。
 さて、この川崎市が指導要録の開示というものに踏み切った経過について文部省はどのようにお考えですか。
#72
○野崎政府委員 指導要録の問題につきましては、指導要録というのは文部省が参考例という形で示しておるわけでございます。作成者は校長ということになっておるわけでございますが、やはりこの指導要録の性格というものを考えますと、これは学籍、各教科の学習の状況、行動などについて記録をする、その後の指導や外部に対する証明等に役立たせるための原簿となるもの、このような性格のものでございまして、やはりこれは在学中あるいは卒業後にかかわらず本人への開示を前提としない取り扱い、そういうものであろう、このように思っておるわけでございます。これを開示するということになりますと、評価の公正さあるいは客観性の確保、本人に対する教育上の影響などの面で問題が生じることが懸念されるからでございます。したがって、これを開示することにつきましては、慎重に対応すべき問題、このように考えております。
#73
○嶋崎委員 では、川崎市の決定、教育委員会の判断には文部省は慎重にせいというクレームをつけたということですか。
#74
○野崎政府委員 川崎市の方には文部省のそういう考え方を伝えでございます。
#75
○嶋崎委員 そこでまた、そこがやはり議論の対象なんですよ。きょうは時間が余りありませんが、これは改訂指導要録の全文です。これを見まして、僕は余り義務教育の方は今まで勉強したことないんだけれども、この指導要録がどこに法律あるのかなと思って調べたら、学校教育法の施行規則の十二条の三なんですね。これは項目なしだよね。だから、これは「指導要録」と項目をつけておかなければいけない、六法には。六法の中にはそう書いておかぬと、僕は探したらわかったけれども、ほかのところはみんな項目があるんですから、何か項目をつけた方がいいんじゃないかなというのがこれを見たときの感じですね。
 これはやはり学校では校長がやることになっていますが、文部省の省令で、十二条の三で決めた「校長は、その学校に在学する児童等の指導要録一学校教育法施行令第三十一条に規定する児童等の学習及び健康の状況を記録した書類の原本をいう。)を作成しなければならない。」こうあるんだな。そして、この抄本は、「指導要録の抄本又は写しを作成し、これを進学先の校長に送付しなければならない。」ということになっていますね。
 さて、この指導要録を見ますと、この要旨を見て僕が驚いたのは、今度は指導要録の「観点別学習状況」ですね。これには国語、社会、それから算数、理科、生活、音楽、図画工作とか家庭、体育と、それぞれの項目に即して検討すべき判断の基準になるものが挙げられている。そして小学校の低学年はかつてのような評価はしない。新しい要録で変わりましたね。それで上学年は三段階にしましたね。それで、その三段階のうち2というのはどういうことが書いてあるか見たら、「「2より優れた程度のもの」を3、「2よりはなはだしく劣る程度のもの」を1とすること。」そして2とは「普通の程度のもの」と書いてあるわけです。これは学習指導要録に番号で書かなければいかぬのですよ。「「普通の程度のもの」を2とし、「2より優れた程度のもの」を3、「2よりはなはだしく劣る程度のもの」を1とすること。」と書いて、その前には表を挙げてある。これで先生が一人一人の子供を、国語でこれは普通、これはちょっといいとか悪いとか、しかもこれは原簿に残るんですよ。進学に使われるんですよ。いずれにしたって、この学習指導要録というものは、子供の小学校、中学段階の一定の評価を決めるものですね。
 時間がないから最初に一つだけ調査を要求しますが、全国の国の学校、附属です。附属高校、附属中学、全国各県にある国のやっている学校にどんなものが要求されて出ているか調べてください、いいですね。国立の附属高校、それから小学校から附属中学に行く場合、中学校から高校に行く場合、そうでないという結果が出ればいいですよ。僕のにらんだところは、業者テストも偏差値を一番求めて中学から高校に出しているものの典型的なのは附属高校です。附属中学です。秀才集めなければいかぬから、いい成績の子を集めなければいかぬからです。全国の国立の教育の学校の高等学校並びに中学の進学に際して、いわゆるこの原簿が届けられる際に、このほかにも問題になっている偏差値、三つあるんですから、そういうものを含めてどのような手続をおとりになっているかの調査を一遍してください。いいですね、できますね。
#76
○野崎政府委員 先生の御指摘の点とちょっと食い違うかもしれませんが、指導要録というのは、あくまでもその時点における子供の状態というものを評価しようということでございます。従来はどうしても国語でどれくらいの評価ということを重視したのですが、今度は今先生の御指摘にございましたように、国語の中でも興味、関心、意欲とか、そういう観点別評価というものを大変重視いたしまして、そういうような評定をしているわけでございます。先生御指摘の点は、場合によっては調査書の話だと思います。これは指導要録自体は行きません。指導要録はあくまでも学校の中の先生方が指導するために使っているものでございまして、これは学校の方に行きませんので……。
#77
○嶋崎委員 これはこっちの「所見」の項目と整理が足りなかったかもしれぬな。
 ここに「指導上参考となる諸事項」というのがありますね。「各教科の学習の記録」「観点別学習状況」というのがありますね。そして、そこには「評定」が入って、そして「所見」が入りますね。それから「活動の状況」と「行動の記録」が入りますね。そして「所見」がありますね。そして、後に「指導上参考となる諸事項」といっていろいろなものを挙げてありますが、「検査」というのがありますね。「知能、学力等について標準化された検査の結果については、妥当性、信頼性の高いものを正確に実施した場合、検査月日、検査の名称及び検査の結果を記入すること。なお、実施した検査の結果を必ずしもすべて記入する必要はないこと。 検査の結果については、指数、偏差値又は百分段階点等のほか、その後の指導に生かすことができる内容を具体的に記入すること。」と書いてありますね。これは今の指導要録の中の一部でしょう。だから、僕の言っているのは、調査してほしいのは、はっきりしていることは、附属の高校に中学から試験を受けて入る際に、その偏差値、業者テストの偏差値も含みますよ、業者テストの偏差値、学校のなどなどを含めて材料として提供している可能性がある、こう僕はにらんでいるので、一遍全国のそういうことをやっているかどうかを調査してください、こういう意味です。
#78
○野崎政府委員 ちょっとその前に御説明させていただきますと、従前は標準検査の記録を必ず書かなければならないような指導要録になっていたわけですが、今回それを改めまして、「指導上参考となる諸事項」の中でそういうものがあれば書きなさい、必要がなければ書かないでいい。しかも、この標準化された検査というのは、業者テストとかそういう話じゃございませんで、いわゆる知能検査と言われている社会的に公認されているような検査のことを言っておるわけでございます。さっきちょっと私も説明をいたしましたが、この指導要録の写しというのは、進学が決まった後は、その学校にもちろん行きますが、進学の前にこの指導要録が行くということはございませんので……。
#79
○嶋崎委員 僕はどうも小中学校の教育のプロセスは余り、素人なものだから、文章で勝手に判断してどこか錯誤があるかもしれません。僕の調査、お願いはそういう趣旨です。
 じゃ、これとは離れて、業者テストで今私立高校の入学で問題になった、埼玉で問題になったあのタイプが国立の高校並びに中学でそういうものが提供されて利用されていないかどうか、偏差値問題について一定のデータを集めていないかというのをちょっと全国のを調査してみてください。なければないでいいけれども、僕はあると思う。それはいいですか、遠山局長。
#80
○遠山(敦)政府委員 今の御指摘の点、突然の御質問でございますので、ちょっと十分に調査といいますか、考慮した答弁にならないかもしれませんが、附属の学校の入学者選抜の状況につきましては、私どももどのように行われているかということにつきましては関心を持っている点でございます。特に業者テストの問題が私立学校の絡みで出てまいったこともありまして、附属については全くないというわけでもなさそうな状況ではございます。個別の今の御質問の点について、調査になじむかどうかというのも若干あるわけでございますけれども、ある程度の状況を調べまして、また先生の方に御報告できればと思っております。
#81
○嶋崎委員 何も調査、公表してわあわあ騒ぐ必要はないので、そういうことを言うだけで意味があるかもしれません。警告するだけ意味があるかもしれません。
 さて、さっきの川崎市の開示の判断について文部省は慎重であるべしと言った。これを答申なさった方は、新聞によりますと、兼子仁さんですね。審議会のキャップ、審議会というのか個人情報保護審査会の会長兼子仁さんですな。法学全集で「教育法」を書いていらっしゃるあの先生だなと僕は思ったわけですが、この先生が「ひと」の欄で、今文部省が言われたことに関連してかどうかは知りませんが、関連していると思うけれども、こういう言い方をしています。僕はこの開示の文章を全部読んでみまして、開示する必要はないという理由書、意見があって、そして今度は逆に開示せよという申立人の方の理屈があって、そして、この審査会が一定の判断を下して答申したものを川崎市の教育委員会が判断を下した、こういう経過ですからね。
 それで、一番やはり問題になるのは、学習指導要録というものを開示すると、教師と子供との間の信頼関係というものがマイナスに作用しはしないかということが非常に重要な教育上の問題だという点が、幾つかの論点、三つありますけれども、一つの重要な論点になっていますね。それは文部省、どうお考えですか。
#82
○野崎政府委員 指導要録は、先生が子供を指導していく上で必要なことをここに書くわけでございますから、そこは子供たちのいい点も書くということで、今回は指導要録の中でも、できるだけ本人の長所も書くようにということも強調はしているわけでございますが、やはりそれだけじゃなしに、むしろその子供が新しい担任になったときに、こういうところは注意してほしいということは、やはりこの指導要録の中に書いておくことが子供のためにも大切なことだと思うわけでございます。
 そういうようなことで、やはり中には、こういうことを書いておくと、開示を前提にするとちょっと書けないなというためらいなり逡巡する気持ちというものは当然出てくる。そういたしますと、やはり本当のところが指導要録に書けないんじゃないか、このように私どもは考えております。
#83
○嶋崎委員 しかし、この川崎市の申し立てというか開示を要求した人たちの中には、体罰問題で長い間学校を休んじゃったというさっきの不登校問題とかかわり合いのあるような事件もあります。欠席をどう扱うかということも問題になっています。それで、教育上の、今おっしゃるような教師と子供の間の関係にどういう影響をもたらすかという問題も出ておりますが、しかし、やはりこういう問題が出てきた背景というのは、さっきの不登校児のような現象が出てきていることと密接な関係があると思うのですね。また同時に、自分がどのように評価されたかということを知りたい。しかしわからない。来るのは学校の通信簿だけだ。通信簿は公になっているけれども、この指導要録は公にならない。そうすると、一種の二重帳簿をつくっている。二重帳簿になっていて、親に来る通信簿はこれでわかるが、どうも学校には秘められたものがある。しかし、どうもこれは、他の先生に渡ったり、進学したりしていくと、この子供の判断の材料として位置づけられていく。現に長い間休んだ場合に、学校の欠席日数、五十日を五十七日に変えてほしいという形で異議の申し立てを行っていたんですけれども、それは非常に配慮をして、この項目は異議申し立てがあったという文章を書いておけばいい。日にちの訂正はまかりならぬ、こうちゃんと判断を下していますよね。
 だから、そういうのを見ると、やはり子供の側が、普通の子供たちが普通にすくすくと育っている限りにおいては、学習指導要録というものの秘められた性格というものに対してそんなに疑問を感じないが、やはり今日の学校が、私の言葉で言えば、子供を生徒化していく過程で生徒化できない、なじまない子供たちがその評価の中に含まれているということを大変色倶するのではないかと
思う。
 そこで、やはりもう一度、さっき文部大臣はだめだとおっしゃったけれども、子供の権利条約を見てくださいよ。子供の権利条約の二十八条の第一項四号、すべての子供が教育上の情報及び助言を利用かっアクセスできるものとする。これは大変重要な子供の教育権に絡まって出てきている。それから、子供の権利条約の十二条の一項、親の教育要求権と子供自身の意見表明権。問題になった意見表明権ですね。こういうふうないわば子供の権利条約を一つのかがみにして日本の教育の現場を考えてみたときに、今行われている学習指導要領も子供を生徒化する、児童化する、家庭を教育化する、ために子供が空間を失っていると同じように、つまりそういう子供たちからすると、自分の評価がどのように行われたかというのは非常にシビアに考えていると思うのですね。そのときに、いや、これは公にできない裏の情報であって通信簿は行っていますよという二重帳簿というのは、どう見ても子供の側から見ると不信が残るというのがこの開示という判断に踏み切った理由だ、こう思うのですね。
 だから、この権利条約の考え方と今の開示に踏み切った川崎市の教育委員会の考え方は連動していると思うが、文部省はこれについてはどのように判断されますか。
#84
○森山国務大臣 今先生が権利条約をお読みくださいまして、それとの関連についてお話がございましたが、私の考えでは、権利条約の方は、世界の教育の機会に恵まれない、教育施設や教育の設備、教育のスタッフ、そういうものに乏しい開発途上の国の子供たち、その子供たちにできるだけ教育の機会を十分に与えるように、どこにどのような学校があってどういう勉強ができるというような情報を提供し、子供たちの判断を助けるように、そしてその機会を十分活用できるような手助けをするようにという趣旨で、主としてそのような趣旨でつくられている文書ではないかと考える次第でございまして、川崎市の問題とは直接かかわりはないのではないかというふうに思います。
#85
○嶋崎委員 そうでしょうか。つまり、子供の権利条約が出てくるまでには長い国際的な歴史があって、日本は確かに先進国の中では、子供白書で見れば非常に恵まれた構造だというのは数字に出ています。そのことは、子供を主体に置いて教育が行われているということとは別次元なのです。日本の高度成長というのは世界にないタイプなのですよ。一九七〇年代からわずか二十年ぐらいの間に物すごい経済成長ですよ。これは世界にない経験なのです。この世界にない経済成長は、日本を一定に豊かにさせるという意味での役割を果たしたことは承認しながらも、世界史にない短期の大急成長だから、そこには物すごい人間疎外が起きている。その勢いで自然破壊が行われているのです。つまり、日本の置かれている条件が、先進国でよその子供の置かれているいろいろな指数、例えば病院だとか健康状態だとか、そういうようなもので見て割と恵まれているということだけをとって、子供の権利条約の中を貫いている精神、子供を主体にしてすくすくと伸ばしていくために学校はどうサポートするのか。子供が中心なのですよ。
 そういう観点からすると、この権利条約問題というのは、日本では批准だけをしておけばいいんで、もう国内法と関係ないのですと言って、児童という言葉を子供に改めぬでいい、そういう議論を皆さんなさっているのですよ。僕はそんな議論は成り立たぬと思う。日本の持つ社会の現代化過程における特殊性が異常な人間疎外というものをつくり出している中で、子供を主体において教育を考えようというからこそ、あなた方は高等学校に総合科を設けてみたり、入試を検討してみたり、みんなやっているのじゃないですか、輪切り教育をどうするかといって。やはりその一環として、今までの学習指導要録というものの子供たちや親たちに与えたプレッシャー、それを話し合いすることによって、教師の側からは言われたことで意味があれば反省すればいいし、教師が親に言って親が間違っていれば親が反省すればいい、そこに初めて親と教師や親子の信頼関係ができてくるんじゃないですか。何も全部公にしなくていいです。要請があれば出して、そして自分のやった評価というもの、評定というものが客観性があったかな、親から見るとどうかな、他の教師から見るとどうかなということが対話ができるというところに、僕は個性というものが生まれるのだと思いますよ。個性というのは、個性化個性化といって皆さん、文章を見るといっぱい書いてある、文部省でも。もうさっぱりわがらぬ。個性化というのは、人間同士が対話しなければ個性なんてものはできないですよ。それを上から教科ごとに、それから決められた枠の中でいくから、なかなかその対話ができない、余裕がない、空間の時間がない。そういうところに教育がゆがんでくるんだよ。自分の個性なんというものは、人と話してみなければわからないですよ、自分を対象化しなければわからないです。自分を対象化するというのは、働く力はどれくらいあるかは、くわを持ったときの結果が自分の運動量だと理解するかもしれない。絵を見て、おれはどういう絵がかけるなとわかるわけ。音楽を、歌を歌ったときに初めてその子供の個性がわかるわけ。対象化しなければわからないですから、それを上から押っづけて詰め込んでいたら、個性ができることは僕は絶対ないと思うな。だから、そういう意味で教育論は、やはり教育論の観点からすると、権利条約は無関係だという単純な議論になっては困るなと思う、我が日本の立法府としては。やはり日本の置かれた高度成長の特殊性が今日の学校現場に与えている影響、社会に与えている影響、そういう中でどれだけ子供たちが人間疎外が進んだか、それに対してどう対処しょうかということを真剣に考える中からこういう議論が起きているのだから。そういう意味で、じゃ、川崎のような形の学習指導要録の開示は、もうよそではやってもだめよというのが文部省の判断ですな。結論を言えば、そういうことですね。
#86
○野崎政府委員 先ほどお答えいたしましたように、慎重に対応すべき問題、このような考え方でございます。
#87
○嶋崎委員 何も言ってないということです。慎重に対処する、何も言ってないということです。手続がこうしなければいかぬとか、現在在籍中の小学校の子供については待った方がいいとか、一定の手続や条件というものを判断していい悪いという議論をするならわかるが、慎重に判断して、何を慎重に判断するのかさっばりわからぬ。官僚答弁だ、そういうのは。まあいいや。
 もう時間がなくなった。あと一つだけ。高等教育、せっかくだから。いずれまた、高等教育も法案が出ていますから、そのときにやりますので、一つだけお聞きします。
 大学設置基準の第二条に「自己評価等」というのが入ったのはおととしになるんですね。このときに、第二条に自己評価が入り、第十九条に「教育課程の編成方針」というような、これは前とがらりと変わっていますね。ここに、いわば今日の高等教育の第三次改革的性格というものがあるのではないかというふうに僕は思っています。昔だったらこれは大学で大騒動が起きるような話なのに、このごろの大学はエネルギーがないものだから大騒動も起きていません、いいかどうかは別として。
 さて、この第二条の自己評価に関連して、ここに書いてあることは非常に抽象的なわけですね。つまり第二条は、「大学は、その教育研究水準の向上を図り、当該大学の目的及び社会的使命を達成するため、当該大学における教育研究活動等の状況について自ら点検及び評価を行うことに努めなければならない。」と書いてあるわけですね。それで「前項の点検及び評価を行うに当たっては、同項の趣旨に即し適切な項目を設定するとともに、適当な体制を整えて行うものとする。」これだけしか書いてない。二条の二つの項目。そこで、これは抽象的なものだから、さて自己評価というのはどういうことかなといったら、大学基準協会が「大学の自己点検・評価の手引き」というのを出した。これが今大学で飛ぶように売れて、いわばテキストになっている、御存じですね。
 さてここで、大学基準協会と大学との関係、それから文部省が大学問題を考える大学審議会、その答申で大学改革問題が仮に出たとすれば、文部省の大学審議会、大学院の審議会みたいなもの、そこで出てくるものは、大学自治には干渉できないでしょうから、おのずから大学制度の弾力化だとかいろいろなことにすれば、抽象的にならざるを得ない。そうすると、それを受けて大学側で対応するとすれば、例えばこういうもの、こういう対応が一つ出てくると思うのですね。そうすると、この財団法人大学基準協会というこういう手引をつくられた財団法人が、大学に対して、大学との関係でどういう位置を占めることになるのですか。これがちょっとわからない。
#88
○遠山(敦)政府委員 大学審議会におきまして幾つかの答申か出まして、その最大の眼目が、大学教育を生き生きと充実したものにするために大学設置基準の大綱化を図るということでありまして、御指摘のように、大学設置基準の改正が行われまして、その第二条に新たに自己点検・評価という項目ができたわけでございます。そのやり方は、先生お読み上げいただきましたとおりに、それぞれの大学が工夫をしながらみずからの個性と特色を発揮した形で、点検のやり方自体も、評価のやり方自体も、みずからよく考えてやってくださいというのが大学審議会の考え方でございます。大学審議会は、大学に関する基本的な事項を調査討議をしまして、そのあるべき方向について提言をするわけでございます。それを受けて、行政当局、私どもとしまして設置基準を改正した。各大学はそれにのっとってやっていただいたらいいわけでございますが、その際に、戦後初めて第三の教育改革とも言われるべきこのような規定ができたわけでございますので、各大学でも、いろいろな工夫をしながらも、戸惑いもあるわけでございます。
 そのようなときに大学基準協会が今回お出しになりました手引は、ある意味で、これは幾つかの大学の集合体によります調査研究などを行う組織でございますが、そこが大学審議会のねらいというものを前提にしながら、大学人たちの協議研究によりまして、やはりそれぞれの大学はいろいろ自己点検・評価をするときにこんなことに留意されてはどうかというふうなことで、参考とするためにこの手引をおつくりになったわけでございます。ですから、基本的には各大学はみずからの方式なり考え方によってやるわけでございますし、また、そのより基本には大学審議会の答申というところである程度の方向を出しておりますことを前提にしながらも、ここでは、大学基準協会では、やや詳しい方式といいますか解説といいますか、そういうものを参考としてお書きになっておられるわけでございますので、こういうものを参考にしながら、各大学は自主的な判断を持ってみずから自己点検・評価を行う、そういう関係になろうかと思います。
#89
○嶋崎委員 そうすると、これは執筆者やみんな討議をやって、研究会もみんな報告が載っていますから、大学の自主的な機関としてつくられているものですね、参加しているものもあれば、参加してないものもある。そうすると、これが手引になって、各大学はこれでいろいろな項目を考えている、教育課程とかなんとか。特にここで言う、第何条がな、教育課程がころっと変わって、教養部がなくなるんですから、各大学、四年制をどうするかといって全国的に大騒動をやっていますね。こういう中で一定の判断を下すことになるんだが、自己評価をやったり教育課程を柔軟化していくのは大学が自主的なんだけれども、一つの手引書に基づいてみんながそれぞれの個性を出そうとして仮にやっているとして、この中では、例えばこういうことが重要視されている、僕は大変大事なことだと思うけれどもね。
 例えば、「財政」というところですね。ここの「財政」というところを見ますと、「大学の予算編成手続はこと言って、前段があって「同時に、財政上の観点から合理的かつ適切な内容を有していなければならない。予算費目中においては、人件費、教育用経費、管理経費が適切な比率で配分されていることが重要である。」これは一つの基準の考え方を言っていますね。
 さてここで、例えば大学基準協会の皆さんが、これは一つの物差しだから、考える際にこういうふうに問題を立てたらいいよという手引だとしましょう。さて、各大学に持ち帰った。大学に持ち帰ったときに、ここで例えば「人件費、教育用経費、管理経費が適切な比率で配分されていることが重要である。」こういった場合に、文部省は、今日の大学において、国立大学の場合、私立はまた項目のとり方が違いますから、「人件費、教育用経費、管理経費が適切な比率」というと、大枠どんなふうにお考えですか。
#90
○遠山(敦)政府委員 国立大学に限ってというお話でございます。したがいまして、国の予算の制度の中で、大学関係の経費が特別会計の中で組まれるわけでございます。
 その中で、では人件費あるいは施設費、設備費、管理費、一体どういう比率であればいいかというお話でございますけれども、これは必ずしも明快な比率というのが明示できるような問題ではないと思うわけでございます。特別会計という特別の制度のもとに、いろいろメリットを受けながら、それぞれの財政状況の変化に応じながらも、しかし大学の教育研究というものを充実していくために、施設費であるとか研究費でありますとか人件費でありますとか、それぞれの時点で最大限の努力をしながら今日の状況になっているわけでございます。
 したがいまして、なかなか先生の御質問にずばりとは答えられないのでございますけれども、私どもとしては、最大限の努力をしながら、ここに書かれておりますような、全体調和をとりながら、しかし漸進的に大学の教育なり研究を高度化、個性化していくための努力を怠りなくやってまいりたいと思っているところでございます。
#91
○嶋崎委員 具体的に、時間ないから一つだけ聞くよ。
 大学の実験実習室、施設ですよ、施設の現在の積算単価はいつ決まって、現状一番早い時期にいつごろ改定したか、いつごろのものですかということを答えてください。
#92
○吉田(茂)政府委員 施設の工事単価でございますが、最初に設定されたのが昭和三十七年度でございますか、その後例えば建築基準法の改正に伴う耐震設計の導入等がございまして、五十八年度に見直しをやるというようなことをやりつつ、毎年度物価の上昇分等を含めつつ改定を重ねてきているという状況でございます。
#93
○嶋崎委員 大学の研究室並びに施設の内部に急速な変化が起きているのは、やはり七〇年代後半から八〇年代なんです。大型の先端科学技術みたいなものがどんどん世界で進んでいますから、昨年私は京都大学を調査したときに見ましても、その建物の積算単価は二十何年前の単価なんですよ。一つもふえてないわけです。放置しているわけです。中に入っている機械ばかりは物すごく先端的なもの入っているわけですから、先生方、実験するのにこうやって横を通るのが大変なようなことになっているわけです。だから、現在の積算単価を前提にしてみて、現状の大学施設その他について、これが現実に合うのか合わないのか、一遍全面的に調査してみる必要が僕はあると思う。特に国立大学で、新しいところと旧制の大学にはそれぞれまた格差はありますけれども、今まで決めている施設設備の積算単価の再検討。京都大学ではとにかく二十年ほど前のやつですよと言うて笑ってましたが、こんなものじゃ世の中に通用しませんわと言って笑っていたけれども。そういう意味で、積算単価というものを一遍洗っておいてください。僕は改めてまた一遍少し項目整理して質問しますから。
 そこで、最後に聞きますが、国立大学の特別会計、これは一般会計の繰り入れというのはどのぐ
らいが、文部省の側で、この特別会計を位置づけるとすると、繰り入れの率というのはどのぐらいが適正だと思っていますか。
#94
○吉田(茂)政府委員 御指摘の点、非常に難しい問題だと思います。アプリオリに何%ということはなかなか決めがたいと思いますが、現実問題といたしまして、現在六〇%切るところまで落ちましたが、今これが上昇しつつあるところでございますが、この線をさらに努力をして、六〇%台を切るというようなところから上昇しつつある、この傾向の中で努力を重ねて、具体の国立学校特別会計の内容に応じて考えていくべき問題ではないかな、こう考えております。
#95
○嶋崎委員 もうそれはだめなんだよ。つまりずっと過去十年ぐらい見てみればわかるんで、かっては八割ですよ。それがどっとこどっとこ減って、今や六割しかない。あとどうするかとなれば、病院収入で上げるか、授業料値上げするかしか方法ないんですから。私学の授業料と国立の授業料というものの格差をどうするかというのは、これは一つ問題だと思いますよ。僕はたから何も値上げは絶対悪いなんという議論はしません。しかし、一般会計からの繰り入れがどんどん下がってきて、六割になって少し上向いていると言うけれども、僕は上向いている六割が標準だということではないと思うんです。
 大事なのは、大蔵省は締め上げてきたわけですから、あなた方文部省は、日本の学術はどうあるべき、日本の国立大学の研究や学生の教育はどうあるべき、つまり人間の集団に対して対応すべきものを前提にした上で、国立大学特別会計というのは一般会計から大体七割から八割ぐらいはなければだめなんだという、きちんとした判断を持たなければだめですよ。それをやらないから、毎年毎年枠で決めて、ぎゅっぎゅっ締められてきて、そうしたらもうはみ出なければならぬから、何か基金こしらえる。財産売って基金ごしらえで、そしてそれで投資して処置しょうかなんて、これはアブノーマルな道なんです、本来は。国立大学は企業経営じゃないですよ。林野庁なんかのような企業会計なら別ですよ。国立大学の特別会計というのは、一般会計で基本は面倒見つつ、学生の今日の生活状況で授業料を考える。病院は公的病院で国立ですから、利益主義じゃないんですから、投資もしなければならない。そうすると、国立大学特別会計という会計制度は、これは相当な一般会計からの繰り入れを前提にして運用すべき筋の会計制度なんです。それがシーリングがあるから、大蔵省から締められておるからどんどん下がってきて、いや、平均六割くらいになっていれば大体いいでしょう、そんなのんきなことを言っていたのじゃだめなんです。
 やはり国立大学の特別会計というのは国有林のような企業の特別会計と違うということを念頭に置いて、利益を上げるのが目的じゃないのですから、いわば一般会計の繰り入れというのは国の責任においてどのくらいにしなければならぬとか、私学助成やその他みんなそうですけれども、やはり大事なのは金で事態を振り回すのじゃなくて、将来、二十一世紀の日本を展望したときに必要な研究、教育というものや人材の養成を計画的に考えたときに、国立大学特別会計はどうするのか、私学はどうするのかという判断で予算というものを考えていかなければならない。
 だから、本来なら今までの単年度主義ではだめなんですよ。単年度主義というと表現はよくないけれども、毎年毎年下がっていってもいいみたいな時期がずっとあったわけですね。そうじゃなくて断固国立大学の特別会計というのは、こういう研究状況を維持していくにはこれだけ要るのだ、その割合が大体平均したら七割なら七割。かつて高かったから商うせいと僕は言っていない。日本の国情もあるのだから、財政状況もあるのだから。それには一定の判断というものを持って一般会計の繰り入れはどうするかという基本的な議論をしなければ、今のような荒廃した大学の状況というのはどうにもなりません。僕はお金さえつければ大学がよくなるとは思っていませんよ。だけれども、余りにもひど過ぎるという意味で、緊急な国立大学の特別会計のあり方について、また法案の中でもう一遍議論したいと思いますが、今後文部省の方で検討を促したいと存じますが、いかがですか、文部大臣。
#96
○森山国務大臣 文部行政の多岐にわたる面につきまして先生の御高見をるる拝聴させていただきまして、大変勉強になりました。
 特に、最後の大学における研究設備の充実につきましては、私もかねて同じ問題意識を持っておりまして、参議院の文教委員でございましたとき、東京大学へ視察に行きまして問題を提起したわけでございます。この問題については大変多くの方が現状を次第に認識してくださるようになりまして、宮澤総理も、また林大蔵大臣も、非常に同情的にいろいろと御配慮をいただいております。財政の厳しいところでなかなか思うようにはまいりませんけれども、最大限の努力をいたしまして、研究が十分にとまではいかなくても、今よりは少しでも前進いたしまして、よりよい成果が上げられますように努力をいたしてまいりたいと存じます。ありがとうございました。
#97
○嶋崎委員 もうこれで、まだ時間あるのですけれども、もう一時も過ぎだから、みんなおなかもすいているでしょうからこの辺でやめますが、先進諸国の基礎科学研究費のGNP比なんかをとってみると、日本は随分おくれている。そういうものをヨーロッパの諸国では五カ年計画なんかで取り返しましたよね、アメリカやその他でああいう経験をどのように生かすかということもありますし、例の生活・学術研究予算ですか、あれは何で生活がくっついたのですかね。文教委員の力が足りないのかなとも思うけれども、もっとストレートに学術研究という項目で一千五百億にしなければいけないのを、前に生活というものがくっついちゃうと問題の性質がぽけちゃうのだな。
 科学研究費を見てみますと、各省のは基礎研究費で大体せいぜい半分ですよ、半分は文部省なんですから。だから、やはり基礎研究を充実させるという意味で先進諸国に学んで、少なくともGNP比をそこ並みに持っていくにはどうするかぐらいのことは五カ年計画でやらぬとだめなんですよ。宮澤さんがシーリングの枠を取っ払うかのごとき発言をなさったのを我が方の質問からもよく存じておりますけれども、今のようなやつではとても五カ年計画や先進諸国に追いつくことにはなりません。
 だから、その意味で二十一世紀我が国の、後で大学と大学院制度というのはもう一遍議論し直さなきゃだめなんですけれども、我々は文部大臣のPTAだと思っていますから、そういう学術、文化などに対する予算の特別な配慮をどうするかというのは与野党で話し合うて、大蔵大臣に向けて、宮澤内閣に少しプレッシャーをかけていく必要があるかなと思っていますので、またそういう対応を委員長の方でも御検討いただいて与野党で話し合う機会があれば大変幸いでございます。
 ありがとうございました。
#98
○渡辺委員長 午後一時三十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
    午後一時六分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時三十分開議
#99
○渡辺委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。岩田順介君。
#100
○岩田委員 岩田でございます。私は三人の娘を育てたというそれ以外に教育には縁のない人生を送ってきましたが、縁がありまして、こうして文教で質問の機会を与えていただきました。
 森山新大臣は、先ほどの発言者にもありましたように、何と初めての女性の大臣ということでありまして、そのことにつきましては、その決意を先般の委員会でもお述べになっておりましたけれども、ある意味では時代に適した、また国民が期待をする女性大臣ではないかというふうに私も心から歓迎をいたしておるところであります。
 ところで、ちょっと古い話でありますが、昭和五十年ごろだったと思いますけれども、学校の女教師で、女教師を終えられまして、家庭裁判所の調停委員などをなさっていた女性がおられまして、アメリカとヨーロッパに教育視察の旅をされました。そのときの報告を私は聞いた記憶がまだ残っておるわけであります。
 例えば、アメリカに行きまして、アメリカの初めて子供を持ったお母さんたちに集まっていただいて、果たして皆さんたちはどういう子供に育てるつもりかというふうに母親にアンケートをとったんだそうでありますが、そのほとんどと言っていいほどお母さんたちの回答の中に、いわゆる独立心旺盛な子供に育てたい、インディペンデンス、そういう言葉が、だれしも言葉としてアンケートに書いてあるということを先生はおっしゃっていましたね。それに驚きもあったと。西ドイツに行きまして、西ドイツのやはり同じような初めて子供を持ったお母さんたちに、あなたはどういう子供に育てる方針かという同じ設問をしたところ、これはちょっと違いまして、社会規範というか、これを守るしっかりした子供に育てたいというのが、やはりアメリカほどではなかったけれども圧倒的に多かったという回答だったそうですね。これはいろいろ見方があると思いますけれども。
 そこで、その先生がおっしゃるには、果たして日本の母親たちを集めて同じ質問をしたならばどういう回答をするであろうか、そういうことをやって意味があるだろうかということをおっしゃっていましたね。つまり、私九州・福岡なんですが、将来は九大を出ていいところに就職をしたい、いい大学を出ていい就職をしたい、いい高校に入りたい、こればかり頭にある母親じゃないかというふうに言われていましたね。欧米はどういうふうに変わったか知りませんけれども、しかし、偏差値教育というか学歴社会というのは、十数年たっていますけれども、むしろやはり強化されてきたというのが現状ではないかと思いますね。
 私も全然子供の教育にかかわったことはありませんが、ほぼどのお宅もそうであるように、およそ大半の家庭では、一方の母親が、大学入試までは面倒を見るというか対応するというか、教育に携わるということだと思いますね。そういう意味でも、やはり新大臣が女性であるということは期待もあるし、どういう教育方針をお持ちだろうかというのは、まさに母親たちの期待のまなざしが集中しているとも言えると思うのですね。したがって、森山大臣御自身もお子さんたちもそういう受験地獄みたいな御苦労をなさっているとは思いませんけれども、しかし、女性の大臣として日本の多くの母親たちにひとつメッセージを送っていただきたいというふうに思うのでありますが、いかがでしょう。
#101
○森山国務大臣 温かいお励ましの言葉をちょうだいいたしましてありがとうございます。百十五人目で初めて女性ということで、大勢の方が期待をしていただいておりまして、私もその御期待にこたえなければいけないと思いまして、今一生懸命努力をしているところでございます。
 今お話に出ましたアメリカやドイツの母親たちの反応と日本の母親はどういうふうに違うだろうか、あるいは同じだろうかということ、私もお聞きしながら思っていたところでございます。それぞれの社会の歴史的な今日までの経緯とか、あるいはそれにはぐくまれた国民性というようなものが反映して、そういう答えになっているのではないかなと思います。
 日本の場合もし同じように質問をしたらどうなるか。先生のおっしゃいますように、いわゆる偏差値に振り回されている今日の社会情勢をそういうところでもあらわしてきてしまうのかもしれないと思いますが、私は同じ日本でも昔と今は大分違うような気がいたします。私自身が教育を受けていた子供のころ、それから私の子供たち、もう三十を超えていますが、その子供たちが小中学生であったころ、そして現在の子供たち、またその母親たち、随分違うと思います。
 昔子供のときに、大きくなったら何になりたいかとよく大人から聞かれたものでございまして、男の子たちはそれぞれ自分の夢を物語っておりましたけれども、私ども女の子たちはお嫁さんになるというぐらいのことしか答えられませんで、それ以上の可能性がほとんど考えられない時代でありました。しかし、その後世の中が変わりまして、幸い女性にも教育の機会均等ということが与えられて、職場にもおいおい出てくるようになりまして、いろいろな可能性が開けておりますから、今日では、女の子たちにそういうことを聞いても、私どものときとは全く違う反応になってくるんじゃないか、お母さんたちも違う夢を娘たちにも託しているのではないかという気がいたします。また逆に申せば、昔は学校とか高等教育とか入学試験とかいうものが、どちらかといえば男の子中心であったものが、今は女の子にも同じように影響を及ぼしておりまして、仮にその弊害があるとすれば、それに女性も遭っていろいろと弊害をこうむっているということになるのかもしれません。
 いずれにせよ、先ほど来お話が出ておりますように、これからの世の中、今まで以上に大きな変化をしていくと思います。その変化の中で将来の日本をしょっていく人たち、世界に大いに活躍して貢献していく人たち、その子供たちを育てていかなければいけない今の教育のあり方といたしましては、多様な変化に対応できる、そして、そのときそのときに柔軟な思考をもって賢明な判断を下せる人間、そういう人間を理想として、これから文部行政もお役に立ちたいというふうに考えております。私ども文部省のみんな一体となりまして、多様な、個性的な、柔軟性のある教育制度ということの実現のために努力をしているところでございます。
#102
○岩田委員 まさに時代が変わったわけですね。社会構造も大きな変化を来しておりますね。あるときはいわゆる産業界から要請する教育という観点もあったかもしれませんね。しかし、今日ではいわゆる世界が一つだという時代になっておるわけですね。もう情報は、とにかく一秒も遣わずに世界を駆けめぐるという情報化社会になっているわけですから、したがって、二十一世紀を見渡してどうかということよりも、今日本の教育がどうあるべきかという意味では大きな改革期を迎えているだろうというふうに、先ほどの議論の中でも私痛切にそのことを感じてきたわけであります。一層の御努力を要請をする次第であります。
 午前中の質問を聞いていまして、議論を聞いていまして、これは質問には出しておりませんでしたけれども、感じたことについて一つだけお聞きをしたいのであります。
 私は、登校拒否というのは言葉がいいかどうか知りませんけれども、これは耳なれている言葉ですが、教師の登校拒否というのは改めて聞く思いがしたわけですよ。それに対しまして局長の方からは、これに対してどういうふうに対処していくかという、この対応方針については述べられましたね。
 ただここで、教師の登校拒否、登校拒否教師なんていうふうに簡単に言葉を使われましたけれども、これは揚げ足とるわけじゃありませんが、そういう感覚でいいのかなというのを私実感をするわけですね。まず、児童の登校拒否をする理由や心身の状況というのは、当然教師とは違うのですね、大人とは違うわけですよ。それを同じようにくくって不登校、登校拒否教師なんていうふうに言うと、これはちょっと、やはり誤った感覚というか、こういうことではちょっと問題があるんじゃないかというふうに率直に私は感じました。
 これは自民党の先生方、深刻な問題、僕も深刻な問題だと思いますが、こういうことを言われましたが、例えば、マスコミはこれを新聞で書くとすると、先生も登校拒否というふうになるんじゃないですかね。同じようなレベルで国民に何か印象を与えてしまうという、これは大変恐ろしい問題だと思いますね。果たしてそれがどういうと
ろに問題があるのか、なぜこういうことが起こっているかということは、まさにこの複雑な時代構造の中で、しかも激しく変化する社会状況の中で、一番いわゆる地域と学校制度というか学校、それから生徒の関係、父兄の関係ではざまに立って悩んでいる先生たちがこんなにも多いということは一体なぜかということが解明されないと、やはり問題だろうと思いますね。私は全く素人で、先ほど局長の答弁はそれはそれで立派な方針だろうと思いますけれども、しかし、どこかやはり対症療法的な答弁ではなかったのかという気がいたしますが、その点、一体いかがでしょう。
#103
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 私どもは、教員の登校拒否という言葉は一切使っておりませんで、いわゆる臨教審のとき以来、精神性疾患等を理由とする病気休職者がふえているというような実態に照らしまして、そういう教員の心の健康確保のためにいかに対応するかという指摘がございまして、それ以後、私どもとしてもそういう対策について調査研究等を行ってきているところでございます。
 先生がおっしゃるとおり、なぜそういう事態が起こるか、精神性疾患がふえているかというようなことについても、現在専門家の皆さん方の御協力を得て調査研究会議を開いておりまして、その中で原因等についても分析をし、それに対して根本的にどういう対応をしていったらいいか、そういうような問題等につきまして、昨年一月以来協力者会議におきまして教員の心の健康等の保持増進を図るための方策ということについて調査研究をしておりまして、これにつきましては、できるだけ早く、本年その結論を得、それに対する方策を講じてまいりたい、このように考えておるところでございます。
#104
○岩田委員 私の耳には登校拒否教師というふうに聞こえたものですから、それは訂正をしてもいいのですけれども、問題は、私が言っている問題点はこういうことですから。例えば、労働の現場におきましては、労働安全というものがかなり最近はきめ細かに実施をされておりまして、やられておりますけれども、安全衛生という観点からも、また今おっしゃったような観点からもぜひこれは進めていかれる必要があるんだろうというふうに思います。
 もう一つは、学校の先生だって教壇に立つまでは偏差値教育でやってきた先生たちが多いと思いますよね。いわゆるテストでやってきているわけでしょう。教員テストも、あれは筆記テストですか、あれに合格しないと面接試験には移らないんでしょう。そうすると、果たして高等学校の選抜のあり方がどうかという議論が、方針が提起されていますね。中学校の業者テストをどうするかという問題も大変話題になっておりますが、もう一つこの辺も将来的に、これは近々の問題でしょうけれども、学校の先生のいわゆるあり方といっか学校の先生の採用の仕方、これらもやはり一つのリンクの中に考えていかざるを得ない問題でないかというふうに思った次第であります。
 次の質問でありますが、先般十二月の八日に我が党の輿石委員が業者テストの問題についてるる御質問をなさっておりますが、あれを読みまして私の感じたことを何点か質問させていただきたいと思っているわけでありますが、まず、文部大臣、この問題について先ほどもちょっとはお触れになりましたが、基本的なこの問題についての所見を質問の前にお聞かせをいただいておきたいと思います。
#105
○森山国務大臣 いわゆる業者テストということが言われ始めてからかなりの年数がたちまして、教育界のいろいろなところにその影響が出始めております。その多くは余り好ましくない影響ということで非常に問題になってきたわけでございますが、考えてみますと、業者テストという名前ではなかったのですけれども、以前から、自分の学校の中やクラスの中だけではなくて、もう少し広い範囲で自分がどのくらいの力があるかということを知りたい、そういう腕試しのためとか、あるいは進学先について、それを判断するときの材料に、一つの材料にしたいということで、模擬試験と昔はよく言われていたように思うのですが、その参考資料にするために模擬試験を受けるということはかなり前からあったわけでございます。しかし、それが業者テストという名前で一般に呼ばれるようになりまして、しかも、それが一部の私立高校で、中学校から提供されたその偏差値によって事実上の合否を決定いたしましたり、また、中学校が業者テストの偏差値によって、その中学生一人一人の希望や特徴や将来性などにはほとんど構わず進路を、勝手にと言っては言い過ぎかもしれませんが決めまして、本人の希望する学校は受けさせないというようなことさえも出てきているように、そういう事態が見られるようになりました。
 これは余りにも困った状況でございますので、これを何とか改めていかなければいけないという問題意識が強かったわけでございますが、去る一月二十六日に文部省の高校教育改革推進会議というところで、これは高校教育についての改革について各般にわたって御検討いただく専門家の方の会議でございますが、そこで業者テストについて一月二十六日に御報告が出まして、それには三つのポイントがございます。
 一つは、平成六年度の入学者の選抜から、中学校は業者テストの結果を高等学校に提供しないこと。二番目は、同じく高等学校は業者テストの結果等の提供を求めないこと。そして三番目は、授業時間中や教員の勤務時間中に業者テストを実施したり、教員がその費用の徴収や監督に携わったりするなど、学校が業者テストの実施に関与することは厳に慎むべきである。その三つの条項を中心とした御提言が行われたわけでございます。
 文部省といたしましては、まことに納得のいく御提言でありまして、早速この御報告を踏まえまして、業者テストの偏差値を用いた入学者選抜が行われないようにするとともに、中学校における進路指導の改善について指導の充実に努めてまいりたいと考えております。
 この報告では、さらに、高校入学者の選抜において、生徒の多面的な能力、適性などが評価されるように、選抜方法を多様化し、選抜尺度を多元化しというような努力をしていただきまして、学校、学科等の特色に応じた多様な選抜、受験機会の複数化、推薦入学の活用などについても実施をしてほしい。要するに、各高等学校が特色ある個性的な教育を一層推進するべきであるということについてもつけ加えられております。文部省はあわせてこの点についても指導の充実に努めてまいりたいと思うわけでございます。
 一言で申せば、一人一人の子供の個性に合わせて、先生方が指導について、きめ細かく、血の通った、汗をかく指導をしていただきたい、そういうことでこれからも努力をしてまいるつもりでございます。
#106
○岩田委員 あえて私がこの問題にこだわるというか思いを寄せますのは、今大臣がおっしゃったように、個々人の児童というか生徒を大事にしながら教育をしていきたいというふうに本当になるかどうかということ。これを一つの発端としてやはり教育改革というのは起こっていくだろう、また起こっていかなければならないだろう。そういう意味において、この業者テストというのは、まさに英断をされておりますけれども、いい時期にされたのではないかというふうに思うのですね。
 ところが、一つ私なりに見えてこないのは、どういう総括の上に立って、この間長い間業者テストをやってきたわけですから、好むと好まざるとにかかわらず、これに依存をしてきたという体制的な問題があるわけですから――これをやめるということはいいことですよ、だれもこれを悪いと言わない。果たしてどういう総括を文部省なりいわゆる教育関係者が行っておられるのか。まず文部省がどうであるのか。そして、これから先の教育というのはこうあるべきだという、教育そのもの、教育はどうあるべきかみたいなものが私どもに伝わってこないというふうに、不勉強かもしれませんよ、一つそういうことを感じるわけですね。それであえてお聞きをしているわけです。
 昨年の十一月十三日に、前の文部大臣が記者発表をされたのです。それでわっと問題になったのですが、前の鳩山文部大臣がさきの委員会においていろいろ答弁なさっておりますけれども、本当に国民の皆さんに率直におわびしなければならないと思ってテレビカメラの前に頭を下げたとか、青田買いがこんなに起こっているというのをもっと前に知っておれば、もっと前に行動を起こしたのにという、たくさんこういう言葉が出て、ある意味では、私はお会いしたことはないのですけれども、鳩山前文部大臣の人柄がわかるような、そういう気がいたします。
 しかし一方では、知っておればもう少し先にやったというくらい、このいわゆる業者テストの存在というのが大変大きな問題だということだったと思いますね。あの委員会のやりとりだけを見ていますと、これは大変だということで思いつかれた文部大臣が一気に行動を起こされて、文部省は一体それに対応できておったのかどうなのか、こういうことをちょっと素人ながら気にするわけですよ。
 それを引き継がれて森山大臣がこれから陣頭指揮をとられるわけでありますが、一月二十六日に発表された、高等学校の何とか改革会議の業者テストの問題についての提言をいただいてどうだというふうになりましたが、果たして文部省を挙げて業者テストの弊害と、なぜこういうふうになってきたかということについての反省と教訓、その上に立った教育方針がびしっと出るならば、細切れじゃなくて一挙に、時間をかけてでもきちっと、幼稚園から中学校から高校から大学までどうするのだというふうになっていかなければいけなかったのじゃないかと思いますね。素人だからわかりませんよ、文部省のやり方はこういうことだといえばそうかもしれませんけれども。
 一体、文部省を挙げてこの問題をどうするか、教育改革に取り組むか、こうなっているのかどうなのか。これは余りいい質問じゃないかもしれませんけれども、その点いかがでしょうか。
#107
○野崎政府委員 今文部省がどういう対応をするのかというお話でございます。
 先生御存じでございますけれども、昭和五十一年と昭和五十八年に、業者テストの取り扱い、そしてその適正な進路指導ということで各県に通知を出しておるわけでございます。またその間、いろいろな会議で指導も行ってきたわけでございます。そしてまた、実際上、昭和五十一年あるいは六十一年に、業者テストを学校が利用しているかどうか、あるいは業者テストで偏差値が算出されているかどうか、そういう調査はしてきたわけでございます。
 これは、先生おしかりをこうむるかもしれませんけれども、実際上、今回初めて出ましたのが、埼玉県の教育長が私立学校に業者テストの結果を提供しないという形で新聞記事が出たのが発端なわけでございまして、実は私どももそういうような形で業者テストが利用されているということは承知をしていなかったという点があるわけでございます。つまり、私どもは進路指導という形でこれをとらえておったわけでございまして、いわゆる入学者選抜そのものにこれが利用されておるというようなことまではつぶさに私どもも知らなかったという面があるわけでございます。その点は、私どものその辺の徹底の仕方が十分でなかったということは十分反省しなければならぬわけでございますけれども、やはり今回の一番の大きな問題は、そういう進路指導に業者テストが大変大きなウエートを占める、そしてその結果、まさに入試の合否そのものにまでこれが入り込んでいるというところに前大臣は相当な危惧を抱き、そしてまた、もっと前に知っておればというような発言につながっていったのではないかと思うわけでございます。
 私どもは、やはり入試というものは、生徒が志望する、そしてその志望をした生徒を学校の方がしかるべき資料によって学校の責任のもとで入学許可をするというのが基本なわけでございまして、その間に業者テストの結果というものが入って、実際上それで合否が決まってしまうというようなこと、これは本当におかしなわけでございまして、まずこのあたりの基本からこの問題は始めなければいかぬのだろうということが今回の報告の趣旨じゃないか。
 そして、なぜそういうことになってくるかと申しますと、やはり学校の先生方が実際上それに関与しているという形で、恐らくこのまま放置すればますますそういうような傾向が蔓延をしていくというようなことで、私どもとしては、今後は公教育としてはこれに関与しないということをはっきり打ち出すことによって、先生方の御苦労というのは大変にしても、そういう形でこの問題については対応していこうということで、これは文部省の中で異論があるとかそういうようなものじゃございません。文部省全体としてそういう形で取り組んでいこう、こういう考え方でございます。
#108
○岩田委員 私は異論があるということを言っているわけじゃないのですよ。異論があろうとは思いません。それはそのとおりだと思います。これ以上深くは申し上げませんけれども、やはりお聞きをしていまして、大臣、これは大変ですね。あなたは大変だと思いますね。この状況を活路を切り開いていくために、大臣みずからやること、たくさんできたんじゃないかというふうに思います。
 そこで、もう一つお伺いしますが、今局長御答弁いただきましたが、五十一年、五十六年に、五十六年ですか、調査時。(野崎政府委員「五十八年」と呼ぶ)五十八年になさっていますが、しかし、推薦入学等の実態はどうなっておるかということについてはお調べになっていないということも先般伺ったわけでありますが、やはりそれにしても、実態の把握というのは文部省は意外に何か希薄なところがあるのですかね。予算がないのですか。実態調査という意味では後ほどちょっと触れますけれども、もう少しやはり実態調査をして、現状どうなっているかということについては、それこそ文部大臣おっしゃるように、こういう社会変化の激しいときに、五十一年、五十八年に要請をしたっきりということではいかがかとは思うのですね。これは私の意見ですからそういうふうに思うのでありますが。
 もう一つ、果たしてではなぜこういう長い間、入学の選抜に業者テストが使われておったなんというのは途中まで知らなかったという話ですけれども、僕はこれもちょっと問題があると思います。なぜこんなに長い間放置されてきたのか。素人の印象ではああいう、ああいうと言ったら失礼ですけれども、前文部大臣みたいな熱血漢だったからほっと言われて、こういうふうに回転をし始めたんじゃないかというふうにも思われないでもないのですけれども、なぜこんなに長期にわたってこの問題が放置をされたのか、この辺についてどう思われているのか。
#109
○野崎政府委員 確かに通知を出しましたのが五十一年と五十八年、二回でございますけれども、毎年のようにいろいろな担当の課長会議あるいは進路指導担当の指導主事の会議とかいろいろございます。そういう場では必ず指導を行っているわけでございますけれども、なぜ蔓延したかというのは、確かに業者テストによって算出されました偏差値というのが大変便利な評価方法であるということで、やはり安易に利用されてきたということがあるのではないか。そしてまた、中学校側にいたしましても、あるいは父母の方にいたしましても、浪人だけはさせたくない、そういうような気持ちから、とにかくどこかに子供たちを入れていかなければいかぬ、そういうようなことにこれが使われてきたという面があるのではないか、こう思うわけでございまして、そういうことをもう少し早く取り組めなかったかという御指摘は大変きつい御指摘として受けとめなければいかぬわけでございますけれども、少なくとも今後におきましては、先ほど大臣の述べましたようなことで、私どもも大臣の御意向を受け、真剣に取り組んでいこうと思っておるわけでございます。
#110
○岩田委員 つまり、学校の現場は、中学三年のいわゆる中学浪人を出さないというために、ある意味では一生懸命になっておられるんだけれども、しかし、それを超えてきゅうきゅうとする状況もあったと思うのですよ。私の周辺にもたくさんありますがね。したがって、便利がいいということでついつい手を出したのか利用したのか知りませんけれども、そういう状況であったことは容易に私も理解をするのですよ。利用した方がいいのか悪いのか、いわゆる判定をするという問題じゃないのですが、文部省もそういうことだったんじゃないですか、この便利がいいという意味では。文部省も便利がよかったのでしょう、これで問題が起きなければ。
 問題は、私が聞いているのは、これは質の問題で、そういう教育、そういう選抜の方法や、いわゆる中学校の受験のあり方、高校の受験のあり方というものが現実いい方向ではないのだけれども、手の打ちようがなかったのか他に方法がなかったのかは知りませんけれども、あえて文部省もこれを放置せざるを得なかったという実態ははっきり認めた上でこれをどうするかというふうに改革をしていかなければいかぬのじゃないかというふうに思います。時間があったら後からもちょっと質問をしたいと思いますけれども、できぬことはできぬわけですから。しかし、日本の教育はこう改革しなければならないというふうに決めれば、それはどんなことがあってもしなければならぬですよ。していかなければならぬでしょう。この間放置しておったのじゃないかというのは、現場が便利がよかったからということもあったのでしょうけれども、文部省だって放置してこられたのでしょう。そういう反省の上に立ってどうするかということを、私は個人的には非常に気になるので、しっかりした反省がなければ、この次どうするかということも、またあいまいになっていくのではないかというふうに思って聞いているわけです。そのことは私の感じですけれども。
 それから、もう一つは、業者テストというのはいわゆるなくなりますかね、排除できますか。どうでしょう。
#111
○野崎政府委員 業者テスト自体は民間の業者がまさにやっておるテストでございまして、このことを国の立場で業者そのものに物を申すということはなかなか難しい話だと私は思います。
 そういうことで、今回の場合も、公教育としてこれに関与しないという方向で打ち出したわけでございまして、少なくとも、学校の場であるとか、そういうようなところでは、こういうものが関与という形では出てこない、こういうようなことでございます。
#112
○岩田委員 公教育の中ではこれを使用しないというのが原則でこういう基本方針を出されたわけですよね。それはそのとおりだろうと思います。
 そうすると、次に問題がありますのは、じゃ、どういう形で新しい選抜をやっていくのか、新しい中学校の教育をやっていくのかということになっていくわけですけれども、この業者テストというのはなかなか文部省からしても営業中止を申し渡すわけにはいかぬのですよね、憲法で保障された営業権に基づいてやっている業者テストですから。これはできないでしょう。これは私もそう思うのですけれども、またおっしゃるように、業者テストを本当に利用したというか、ある意味では感謝を持って利用した一面もあると思いますよ、学校現場側も、父兄はもちろんですけれども。こういう状況を断ち切るわけですから、これはやはりよほどの決断とよほど独自の文部省の基本方針がなければなかなか難しくなってしまう。
 実質的に、業者テストをやめるということは一体どうなのか、ここが問題ですから。いわゆるどうなんでしょうか。新しい物差しをどうつくるかという問題でもあるのでしょう。新しい基準をどうつくっていくかという問題でしょう。午前中の質疑でもありましたように、学校現場の先生たちが汗をかいてでも頑張っていかなければならぬというお言葉、どこかそういうやりとりがありましたが、私もそう思いますね。そう思いますが、じゃ、だれが一体どういう形で新しい物差しをつくっていくか、基準をつくっていくかということがなければならぬと思いますが、一体この点はどうでしょう。
#113
○野崎政府委員 新しい基準ということでお尋ねがあったわけでございますが、仮に何か一つの新しい基準というものをつくりますと、今度それがまた世の中のいわゆる進学をする際の尺度としてまかり通るというようなことで、それはそれでやはり私どもとしては大変問題があるのではないか。先ほど大臣の御答弁の中にもありましたように、入試方法の多様化、選抜尺度の多元化というふうなことで、私どもとしてはむしろいろいろなことを取り入れてほしいということなわけでございます。
 つまり、その一つの尺度で物事をはかろうとするから、まさにそこの尺度のもとにおいて上下がついてしまうわけでございまして、そうではなしに、いろいろな評価方法というものを用いていただきたい。そういうことで、この報告の中でもいろいろなことが指摘されておりますけれども、各県におきましても、ぜひその辺のところを工夫をしていただきたい、このように思っておるわけでございます。
 もし、お時間許せば、どんな方法がというのを若干お話をさせていただいてよろしゅうございましょうか。(岩田委員「いや、十分もかかれば困るのですがね、一、二分で……」と呼ぶ)では、一、二分のところで。
 この第三次報告の中で、入学者選抜の改善について出されているわけでございますが、学校あるいは学科、コースごとに特色に応じた多様な選抜方法を実施をしていただきたいというようなことで、これは学校で、一律ではなしに、定員で分けて、そしてそれぞれに別の選抜方法を使う。あるいは現在、学力検査と調査書を両方用いているわけでございますけれども、学力検査を実施しない選抜、あるいは逆に今度は調査書を用いない選抜というようなこともあるのではないか。あるいは合否判定の際に、調査書と学力試験の成績の比重の置き方を、今大体五〇、五〇くらいになっているところが多いようでございますけれども、それを少し比重を変えていくとか、そういうことがあるのではないか。あるいはスポーツ活動、文化活動、社会活動、ボランティア活動などのそういう社会奉仕的な活動というものを適切に評価をしていく。そしてさらには、受験機会そのものも一回で勝負ということではなしに、これを複数化していくとか。そういうようなことで、一つの尺度ということではなしに、むしろ学校でいろいろな尺度を取り入れていただきたいというのが私どもの考え方でございます。
#114
○岩田委員 先ほど嶋崎先生の質問の中にもありましたように、科学技術は進歩する、それに対応するために専門家で新しい教育のカリキュラムのあり方というのが議論される、現場ではそれについていけるかどうかという議論がありましたけれども、まさにそれも一つ、今局長おっしゃった点では心配になる点を私感じますね。
 それから、果たしてできるかどうかという、今局長おっしゃった点、果たしてそれができるかどうかということを非常に心配するわけですよね。おっしゃるように、一方では一つの物差しをつくれば、その物差しがまた物差しになって問題だということもありましょう。しかしつくった物差しが全国画一的なものであっていいかどうかということも問題があるでしょう。
 今だって東京一極集中主義というのは、教育も東京一極集中主義になっていますよ、人も全部、これは学生も含めて全部そうですから。一極集中でいいますと、東京都の学生で、私は福岡ですが、一昨年、福岡に就職した人は十人といないのですよ、二、三人です、東京から。我が福岡県からの卒業生はその七割以上が関東圏に来ておるのですよ。それくらい集まってきておるわけですからね。いわゆる選抜の方法も物差したって難しいと思いますね、都道府県の中でさえも格差ができているわけですから。
 したがって、ある意味では、局長おっしゃるように、それぞれに努力をした尺度というか、そういうものを創意工夫するということは大事だろうと思いますが、果たして今の体制でできるかどうかですね。予算の概要も御説明いただきましたけれども、現在の体制でできるかどうか、機構でできるかどうか、こういう裏がないと、私も若干見させていただきましたが、第三次報告、非常にそういう危倶をするわけですね。こういう心配を持っているということを一つ申し上げておきたいと思います。
 それで、もう一つ、やはり体制の問題でいうと、これは最近乱読んだ本ですけれども、アメリカの労働長官はライシュですね。ロバート・B・ライシュが就任をいたしましたね。四十六歳、クリントンと同じですよね。彼はたしかカーター政権のときの民主党の戦略参謀でもあったと思いますね。今度もそうですね。恐らく彼が今度、先ほど出しました「ザ・ワーク・オブ・ネーションズ」という、あの本はクリントンの選挙のために出した木じゃないかと思いますね。その中に論文を彼は引用しておりますけれども、これはジェローム・ブリューナーという人が書いた論文を引用していますが、彼によりますと、アメリカの教育と日本初め幾つかの国の教育の比較をいたしております。彼はどういうことを言っているかというと、アメリカの十七歳の子供たちのうちで読み書きが全くできないというのは一七%いるんだ、こういうことを言っています。日本はそういうことはない、非常にレベルが高い。カナダとか、あとはスウェーデンですか、それから日本。理科とか数学をさせると、アメリカは断然平均にして及ばない。しかし一方、この十七歳のアメリカの少年のうちの二〇%は将来シンボリックアナリストとしてのいわゆる条件といいますか、生涯の仕事とする条件を完全に備えているんだ、こういうことを言っていますね。ですから、いろいろなことが巷間比較することについて言われているけれども、日本は絶対我がアメリカに及ばない、こういうことを言っていますよね。時間がちょっとたってますけれども、その状況というのは余り縮まってないのじゃないかというふうに私は思います。これを一体どう見るかということは一つの示唆だと思います。先ほど局長言われましたけれども、一つの示唆だというふうに私は思うのですね。
 それで、こういうことも考えてどう教育改革をするのかということも非常に大事だと思います。ある意味では、この業者テスト、偏差値教育、学歴社会、こういったものがいわゆる個の性格というか個の能力をつぶしてしまっているということが大変問題でしょう。
 私、最近もう一つ思いますのは、企業がいろいろ不景気になりまして解雇や何かという状況になりますね。容易に解雇できない。何と日本の戦後労働運動の中でもホワイトカラーが解雇されるということは余り例がないのです。最近はホワイトカラーがターゲットになっておるでしょう。どこかの音響メーカーが、四十五歳ですか四十七歳ですか、管理職をいわゆる退職勧奨して、それに応じなければ強制退職ですよ、実質あれは。まさに団塊の世代がこの退職というか不要の人物として扱われ始めたのですよ。これは教育の問題と無関係じゃないと私は思います。
 どういうことかというと、企業が要求する人材ではなくなったということは言わないけれども、潜在的、基本的問題だというふうに私は思うのです。それらをやはり反省した上でどうするかという意味では、今アメリカのロバート・ライシュの一つの問題提起を私申し上げましたけれども、これは一つ大きな示唆ではないかというふうに思います。したがって、私は先ほどの局長の、時間はしょって説明していただきましたから、私よくわからない点があると思いますけれども、やはり画餅というか、ちょっと理想はいいんですけれども、それに対してどう裏打ちされたものがあるかというところまできちんと体制を整えて走るべきではないかというふうに思うのですね。
 例えば、学校現場で担任を二人にするとか、大臣、六万人とか五万人とかふやすという、何年計画していますが、あれはやはりああいうことじゃだめですよ。あの程度ではだめですよ。考えてくださいよ。果たして局長が言われたような教育が、ユニークな教育ができますか。私はできないと思いますよ。環境だって非常にいい環境ではないですよ、学校現場だって。そういうことを考えて思い切った裏打ち、もちろんこれは財政の問題ですね、人、財政の問題ですが、この辺についてどうですか。
#115
○野崎政府委員 今裏打ちということでお話があったわけでございますが、これをよく考えてみますと、基本的には、これは学校の中の話、学校の中という意味は学校の内部という意味ではございませんで、いわゆる学校制度として考えますと、中学校と高等学校の間の話なわけですね。したがって、これは私どもの受験をするころのことを考えますと、あのころ先生方は一生懸命やっていたわけでございまして、決して業者テストの結果で私どもも振り分けたわけじゃございません。したがって、やはりここには、もう少し中学校と高等学校の間のいろいろな相談とか、そういう形の、まさにこれは先ほど大臣が述べました汗をかいた指導、ある意味では昔に返るというか、もう少し原点に返った考え方というものが求められるし、我々もまさにそういうことをこれから大いに指導していかなければいかぬと思っています。
 先ほど体制の話も出たわけでございますが、これは初中局の高等学校課がその全部の入試方法を考えるわけじゃございませんで、むしろこれは設置者である各都道府県においていろいろなことを考えていただきたい。そういう指導はもちろんしなければいかぬわけでございますけれども、創意工夫ということは私どもは一生懸命求めなければいかぬと思いますが、原点は、この業者テストを使っていたということに、まず心の痛みなり、そういうものを感じていただくということがやはり大事だと思いまして、そういう点の指導というものをしっかりやっていきたいと思っています。
 それから、先ほど先生お話ございましたが、現在の新しい学習指導要領のよって立つところは、新しい学力観ということで位置づけているわけでございまして、従来私どもは必ずしもそうは考えていなかったわけですが、えてして一定の知識量を教え込むというようなことを学校教育の目的みたいに考えられておったわけでございますが、今度の新しい学習指導要領では、学校教育の期間でその知識量を修めるといったって、これだけ世の中が進歩して発展しているのだから、それは無理じゃないか。そうすると、やはり学校を出てからもみずから学ぶ力、そしてみずからを教育していく力というものを育てる必要がある。そういう意味では、子供たちに興味、関心なり、そういう力を持たせていくということが大事じゃないかということで、新しい学習指導要領もそういう考え方で動いていますので、まあその辺、全体的に相まって、今先生おっしゃったような業者テストに頼らない入試ということに向けて努力をしていきたい、このように思っています。
#116
○岩田委員 しつこいようですけれども、もう絶対頼らない方がいいかどうかということも、それは議論があると思いますね。業者はあんなに豊富なスタッフと、それによって集めたデータというのはすごいものがあるわけですから、それは学校の先生が現場で何ぼ頑張ったって追いつけないと思いますよ。それだけではよくないということも一つあるわけでしょう。
 もう随分前ですけれども、私は娘が中学の受験期を迎えまして、たまたま父親参観に行きましたら、父親参観といったってお母さんばかりですね。そうですね、父親が四十人ぐらいのうちに二人ぐらいしかいなかったのですが、そこで思い出しますと、こういう議論があったのですよ。その学校は五、六人ずつ幾つかの班編成をして、そして一つの、例えば数学なら数学、社会なら社会と、テーマが与えられますでしょう、これが六人なら六人の子供たちが、チームが全部理解をするまでは同じものを議論をするわけです、勉強するわけですよ、理解をして次に行くというふうに。それから、この学校は宿題を出さなかったですね。テストも意外にしない学校だったのですよ。そこで私は、それはいい教育方法であろう、すぐれた方法であろうというふうに評価をいたしました。校長もおられましたけれども、評価をしたのですが、ただ校長先生、父兄にとってはちょっと物足りないものがありますと。例えばテストについては、先生たちの気持ちが子供に伝わっているかどうか、教えた知識が本当に受け入れられているかどうかというのを、テスト以外にこういうグループでされていることも一つの反応としてわかるでしょうけれども、テストもそれにまさるすぐれた方法ではないのか、すべきじゃないかというのが一つ。
 それから、もう一つ大きな関心は、西中学校と東中学校とありまして、私の娘は西中でしたけれども、東中学の方がテストが多くて毎日毎日受験のための勉強の時間も多い、もし仮にことしの春に東中学の方が県立にどんと通る、西中学校は何十人か落ちたというふうになったとき、先生、父兄の反発は先生方にみんないきますよと。これを一体どうするのか。つまり三年生の親たちというのは、隣の子よりもうちの子の方が五点でも一点でも多く、いい高校に入りたいということで、一生懸命になっているわけですね。これはもう否定できないのですよ。いい教育方法がとられているにもかかわらず、親を納得させる、父兄を納得させる材料にはなっていないのですね、受験ですから、頭は。ですから、恐らく子供たちは塾へ全部行ったと思いますよ、ほとんど進学するわけですからね。そういう意味で、その学校、今どういう教育方法をやっているか知りませんけれども、恐らく変えていると思いますが、塾がそういう経験からしてもふえるのじゃないかと。きのうニュースステーションでやっていましたね。この問題を取り上げていましたけれども、業者の皆さんものうのうとしておるのですよ。文部省、やるならやってみろ、絶対おれたちの商売は枯渇をしないという態度に僕は見えましたけれども、これはこれで別にしましても、塾は相当やはり新たな役割を果たしていくようになるのじゃないですか。
#117
○野崎政府委員 今先生、試験の話が出ましたが、私ども学校において試験をしてはならないということで今回指導しておるわけではございません。(岩田委員「そういうことを言っているのじゃない」と呼ぶ)はい。むしろ先生方にはやはりよく工夫をした試験問題をつくって、そしてやはり手づくりの教育をしてほしいと。そして、中には先生方が共同して問題をつくったりしてやっていくこともあるわけでございまして、むしろそういうことは大いに推奨しなければいかぬわけでございます。
 塾の話が出ましたが、塾のことについては、なかなかこういうのは私どもとしても学校じゃございませんので難しいわけでございます。学校におきまして、やはり塾に頼らないような教育をしていかなければいかぬということが基本でございます。しかし、その塾の結果が高校入試なりそういうことに使われるということになってきますと、これはやはり大変な問題なわけでございまして、今回の報告の中でも、高等学校は塾に、そういう塾から試験の結果などの提出は求めないというようなことも、今回の報告の中に入れておるわけでございまして、そういう意味で、やはり学校としてどういう毅然たる態度でこれに臨むかということがやはり一番大きな問題ではないか、このように思っております。
#118
○岩田委員 いや、それはそうですよね。そういうふうにやっていただきたいと思いますが、基本的に私が心配しますのは、やはりしっかりしてやっていかないと、公教育というのが一体何なのかということが国民の間から、とりわけ父兄の間からどっと起きてくるのじゃないかということを心配するわけですよ、これは。たまたまこれだけ業者問題がありながらも父兄の間から起こってこなかったというのは、やはり便利のよさがあったのでしょう。
 それからもう一つは、この十五の子供を持つ母親が一過性の問題で、そこへ行けば、その次はのど元を通った熱さみたいなもので忘れてしまうのですよ。次の十五の春を迎えた父兄が今度は心配をする番ということで、いわゆる苦悩がわずか一年ぐらいで過ぎてしまうわけですからね。だからそういう意味では幸いといえば幸いですよ。市民が、国民が、父兄が立ち上がって、何だというふうにならなかったのは幸いではなかったかと僕は思います。交代、交代、自動車学校の生徒みたいなものですから。順次かわっていくわけですから。そういう意味で、しっかりしないと公立というか公教育が問われていくのではないかというふうに心配するわけです。
    〔委員長退席、渡瀬委員長代理着席〕
 自民党の調査会が来週から本格審議で六・三制改革も柱に、こう出ました。内容は私わかりませんよ。わかりませんが、私なりになるほどなというところもあるのです。例えば、先ほどの議論でも塾の問題がありましたけれども、今中学校だけが塾に行くわけではないです。小学校の早い時期から塾に行きます。ですから、いわゆる受験科目にあるとりわけ英語だとか数学だとか理科だとか、こういう科目については、学校教育の中で受ける授業時間よりも塾の方が相当長いのではないですか。いわゆる学外教育の方が量的には多くなっておるのではないですか。ですから、あえて学校に行くというのは卒業するための出勤簿の判押しみたいなものだという言われ方もします。
 そういう意味では六・三制を守り続けるにはどうするか。この六・三制の教育の方法が間違っていなかったというならば、今このテストの問題や選抜の問題について相当気合いを入れてやってもらわなければ、公教育の立場というもの、公教育についての国民の認識は薄れていくのではないかということを私は心配するのです。
 先ほど塾の問題も言いましたが、そういう意味では中曽根内閣のときに第二臨調をやりましたが、大臣には釈迦に説法ですけれども、あのときは時代の変遷があって変化があって文明社会になっていった、戦後できないろいろな法律や規範や秩序が古くなった、これをどうするかということで第二臨調の議論があったはずなのに、全然そういう議論をしてないのです。そういうときに、この学校制度はどうか、学校の教育内容はどうかということは当然議論されてしかるべきだったのです。私はそういうふうに思います。ですから、今この業者テストの問題で問われているのは、たくさん問われていますが、まずは今の日本の教育のあり方についてどうなのかということ、いわゆる公教育というものが一体どうなのかということが問われていると思います。そういう意味で大臣どうですか、所見がございましょうか。
#119
○森山国務大臣 先生のおっしゃいますとおり、戦後四十数年たちまして、あらゆる制度がいろいろな問題で、制度疲労という言葉をけさほどもお使いになった先生がいらっしゃいましたが、そういう状況になりつつあるということは確かなことだと思います。教育もそういう面の弊害が出てきまして、その一つが業者テストというような形で噴出してきたのではないかというふうに思うのでございます。
 したがって、教育も今までのものをそのままとしないで基本的に初めから考え直すということは常に必要なことだ。特に今の時点で必要なことではないかというふうに思いますので、先ほどお示しくださいました新聞記事にございますような自民党における基本的な見直しということの試みも一つの考えとして結構なことだと思います。具体的にはどのようなことをなさいますのかまだ正式に承っておりませんのでわかりませんが、常に新しい光を当てて、今の時代にふさわしいか、将来のためにこれがいいかということを問いかけ直す、繰り返していくということはとても大事なことだと思います。
 もちろん、教育については、文部省もその任に当たる者といたしまして常にその心がけを持って努力をしてまいったところでございまして、業者テストにつきましては、先ほど先生が、文部省はそういうふうに前大臣の発言で政策が突然変わったので対応に右往左往しているのではないかというようなことをおっしゃってくださいましたが、局長が御説明しましたように、五十年代の初めから問題意識を持っておりましていろいろな形で努力はしてまいりました。それが昨年あのような事態がわかりまして、鳩山前大臣の勇断をもって方針を決定した、そのために今日実施のための努力をしているということでございますので、決してその事態を全く知らなかったとか怠慢であったとかいうことは当たらないということは御理解いただきたいと思います。
 しかし、明治以来の百何十年かけてつくり上げてきましたそれなりに大きな成果のあった現在の教育制度でございますので、戦後だけでも五十年近いわけでございますから、その制度を基本的に見直し、方向を転換していくということは一朝一夕ではなかなか難しゅうございます。おっしゃいますように、業者テストを公教育から排除するということによってかえって混乱するかもしれないではないか、その対応はどうするのかという御心配もよくわかるわけでございますが、これは平成六年度から先ほど申し上げたような三点についてまず努力をしてみようということで、できるところからスタートいたしまして、できるだけ早く正しい姿に持っていきたい、これからもその努力を続けていきたい、そのように考えております。
#120
○岩田委員 私も素人で的を射ない質問もあったかと思いますが、そういう意味では改革の前夜みたいな苦しみがあろうと思いますが、ぜひ御努力をいただきたい。
 次に、私学問題について何点かお伺いをしたいと思います。
 日本の教育に対する私学の貢献というか、これは大臣の所信にもあったかと思いますけれども、しかし残念ながら公教育と私学の間の、公立と私立における条件はかなり差が生じているということで、私学関係者のたび重なる要請も陳情もあることは私もよく知っているわけであります。なお、生徒数の減少というのは、私立の経営については、その教育環境にも影響し始めているというふうに思うのです。私学に対する助成の対応について、基本的な立場をお尋ねをしたいと思います。
#121
○森山国務大臣 私学が我が国の教育界において占める役割の大きいことは先生御指摘のとおりでございます。特に、私学は建学の精神というものに基づきまして、それぞれ特色のある教育研究を推進しているところでございまして、我が国の学校教育において普及及び水準の維持向上の両面にわたって果たしている役割は大変大きなものがございまして、これからもそのような役目を果たしていっていただきたいと期待しているところでございます。
 そういう重要性にかんがみまして、文部省といたしましては、臨調や行革審の指摘等も踏まえまして、今御承知のような大変厳しい財政情勢ではございますけれども、私学助成の充実に一生懸命努力をいたしているところでございます。今後とも財政事情は当分厳しいかと存じますけれども、そういう中でも最大の努力をいたしまして、私学助成の推進にさらに努力を続けてまいりたいと考えております。
#122
○岩田委員 ぜひ今の大臣の御決意をひとつ実効あるものにしてほしいと思います。
 具体的にお尋ねをしたいと思いますが、公立義務教育諸学校にかかわる第六次教職員改善計画さらに公立高等学校にかかかる第五次学級編制及び教員改善計画、こういうことが発表されました。これは私立学校はどういうふうになっていくのでしょう。
#123
○中林政府委員 御指摘の私学の学級編制と公立学校の学級編制との関係でございます。
 一学級当たりの生徒数の望ましい姿、私立学校も公立学校も基本的には同様に考えるべきであろうというふうに思っているところでございます。実態的には平成四年度の調査がございますけれども、これは日本私立中学高等学校連合会という団体がなさった調査でありますけれども、私立高校全日制一学級当たりの生徒数は、全国平均で申しまして四十二・七人という数字になっております。なお公立高等学校は四十一・八人でございます。いずれにいたしましても、公立高校の学級編制の標準が改められまして、これが進んでまいりますと、私立高校におきましても学級編制を改善する方向での経営努力というのが求められてくるものというふうに今考えております。
 私どもとしては、この私学の学級編制の実態をさらに詳しく把握しながら、まず学校の経営努力をお願いをするということもございますけれども、私立学校振興助成法の精神にも、教育条件の向上に資する、向上を図るということがございますから、その観点からも私立学校の助成の充実には今後とも十分努力をさせていただきたいと考える次第であります。
#124
○岩田委員 四十二・七人、四十一・八人と、大体まあ一人ぐらいの差しかない。なおかつ私学における自助努力というか、そういうことをやってほしいということだろうと思うのですが、統計上はこういう数字が出てくると思いますが、格差は随分あるんじゃないでしょうか。中央と地方の差ですね、学校間格差。これは努力を同じくしておっても、なおかつ格差というものは出ているわけですよ。東京などの有名私立校というのはかなり潤沢じゃないかと思うのですよ。地方になりますと、極めて脆弱というか、貧困な経営を余儀なくされているという、一概には言えませんが、そういうことが一つ言えると同時に、今おっしゃった平均の数値ではなかなか言えないんじゃないかというふうに思いますね。公立学校の方にはさほど差がなくて均等ですよ。私学の方は非常に格差があるという問題がありますね。なべて四十一・八になればいいという問題ではない。もう少し努力すれば、その平均値は四十一・八になるかもしれぬけれども、そういうことで学校の現場を見ると、これは間違いだろうというふうに思いますね。
 ですから、私がお尋ねしたいのは、四十人にするならば、いわゆる今の格差が何人あるかというのは、今の数字ではこの程度ですけれども、平均値でもぐっと縮めるぐらいの努力は、自助努力を前提にしながらもやはり早急にやるという点ではどうですか。
#125
○中林政府委員 今先生御指摘のように、私学によりましてもいろいろ事情もございます。それから大都市とそうでない地域によりましても、確かに実情は違っているようでございます。複数の私学の経営者にもお聞きいたしますと、まあ大体の方向としては四十人学級の方に向けて努力するし、そういうふうになっていくであろうというふうに聞いておりますけれども、なおきめ細かく所轄庁である都道府県の御意見なんかも聞きながら、我々としては、私学助成の高等学校以下の問題につきまして、従来も行っておりましたけれども、総額をできるだけ確保するという形においてこの問題にも反映させていきたい、このように思っているわけでございます。
#126
○岩田委員 この次もし質問をする機会がございましたら、このことが与えている、学校現場、私学の影響等について私なりにもっと調査をして、もう少し細かな議論をさせていただきたいというふうに思います。ごく少数の学校を除いては私学は懸命な努力をしているというふうに私は確信をしていますので、今御答弁になりましたが、この場ではぜひより一層の努力を要請をしておきたいというふうに思います。
 なおかつ、これは厳然としているのですが、例えば入学金ですね。入学金の格差だとか月謝の格差、これはもう大臣、歴然としているわけですよ。私はこれは何とか助成を少し、少しじゃない、大幅に改善すべきだと思いますよ。
 例えば、例は必ずしも当たっているかどうか知りませんが、国民健康保険ですね。政府の方々は公務員ですから国民健康保険じゃありませんけれども、これは市町村でやるわけですね。そうしま
すと、これも全国格差があるのですよ。格差があるのですけれども、例えば私の選挙区であります筑豊産炭地なんですが、市町村が脆弱。例えば六万人から六万ちょっとぐらいの田川市でも近年までは三億円から三億五千万円の持ち出し、国民健康保険に持ち出すわけですよ、一般会計から。市町村持ち出しですよね。これは税金でしょう。ところが、この税金はひとしく勤労者が払っているわけですよ。市民税払っているわけですよね。それから賄うわけでしょう。医療費が上がるという背景がありますね。産炭地は非常に高齢化社会になっていますから、お年寄りの医療にかかる。それを全部で賄っているわけです。一時三億五千万ぐらい一般会計からそこに拠出をするわけですよ。ところが個々のいわゆる国民健康保険ではないサラリーマンは、例えば地方公務員なら地方公務員共済でしょう。民間ならそれぞれの組合健保で払うわけでしょう。これは税金の二重払いになっているわけですよ。
 それと同じようなことが言えやしませんか。私立は月謝は平均が今一万二千円ぐらいするのですか、二万円ぐらいするのですね、私立高校の場合。県立の場合は七千五百円。年間十五万も差があるのですよ。入学金も差があるのですね。県立は要りませんが、私立が十五、六万ぐらい要るという話なんですけれども、これは二重の負担、三重の負担になっていますよね。こういった点もやはりひとつ念頭に置いて、税の公平とか平等とかという問題も、これは議論すればあると思いますけれども、ぜひこの点も加味して御努力をいただきたいと思いますが、もう一度この点についての御答弁をいただきたいと思います。
    〔渡瀬委員長代理退席、委員長着席〕
#127
○中林政府委員 昭和五十年度からスタートをしております高等学校以下の経常費助成費補助金は、先生御承知のように、助成水準の維持向上という目標のほかに、修学上の経済負担の軽減というのも入っております。このようなことで、公立学校との初年度納付金における公私間格差、これは振興助成法に基づく助成がスタートした五十一年度は実は九・七倍ございました。平成四年度は五・七倍ということで、まあ少しは改善を見ているわけですけれども、おっしゃるようにまだ相当の開きがございます。
 私学助成につきましては、非常に厳しい財政事情ではございますけれども、大臣がお答えいたしておりますとおり、最大限の努力を行っておりまして、平成五年度予算案でお願いしておりますのも、対前年増二十四億円の八百四十七億円を計上させていただいております。先生の御趣旨に沿いまして、私立学校振興助成法に基づき私学助成の推進に今後とも精いっぱいの努力をさせていただきたいと思う次第でございます。
#128
○岩田委員 財政事情はわからぬでもありませんけれども、大臣がおっしゃるように、教育は百年の大計だ、こうおっしゃいますが、こういう差があっていいと思いませんね。だれも思ってないですよ。しかも、財政が悪くなれば一番しわ寄せが来るところでもあるんですね。私は初めて文部行政に携わって、いろいろびっくりしている点があるんですが、予算の少ないのにはびっくりしますね。文化庁予算だけじゃないですよ。この格差は一体どうするのか。今のような答弁では本当は私は納得できないのです。大臣、これは頑張ってもらわなきゃいかぬですね。大蔵省に座り込みくらいして、そのときは我々はいつでも行きますから、それくらい頑張っていかないといけない問題じゃないかという、短絡に申し上げますが、そういうことを、ひとつそれくらいの決意をして頑張っていただきたいと思います。
 次に、時間がなくなりましたが、地方行政の面から幾つかお尋ねをしたいということで用意しておりましたが、多くはできなくなりました。私は長い間地方自治体に携わっておりましたので、一、二、お尋ねをしたいと思いますけれども、指導要録問題ですね。これも大変今問題になっているわけであります。都道府県を初め自治体には情報公開条例というのがありまして、これの活用も活発になりました。また、各都道府県がつくっている公開条例も不備ではないかということで、改善も徐々にできつつあるわけでありますが、まさに民主主義のある一つの基本は、情報の公開ということが定着しているという点では、私は大いに評価をしてよろしいんではないかというふうに思っているわけです。
 その中で、地方教育行政の面では、公立学校での入学試験や指導要録などの開示、これはまだまだ問題が多いというふうにされておったわけでありますけれども、このたび川崎市は既に指導要録についての開示を決定をしております。これは漸次続くと思いますわ。いろいろ続いていくと思いますけれども、これについて今のお考え、将来どういうふうにお考えなのかということをお聞きをしたいと思います。
#129
○森山国務大臣 指導要録と申しますのは、従来から在学中、卒業後にかかわらず本人に開示するということを前提としない取り扱いとなっております。これは指導要録を本人に開示するということにした場合に、評価の公正さとか客観性の確保とか、本人に対する教育上の影響などの面で問題が生じることが心配されるということからでございまして、したがって、これを開示するということについては慎重に対処すべきだというふうに考えております。
#130
○岩田委員 過去の指導要録を作成する趣旨ですね、これを開示しないという方針があるということは私もよく存じているわけであります。今回川崎がしたというのは新聞紙上でしか知りませんけれども、一つはやはり潮流になっていますね。布そのもめが情報公開条例を持っているということがありましたね。今大臣がおっしゃるように、教育委員会は別だというふうには川崎市は思っていないのですね。ですから開示をするということになって、文部省はそれはちょっとどうかというお話のようです。
 例えば今度の国会で、いわゆる子供の権利条約がありますね。これは外務省の管轄ですけれども、本会議での趣旨説明を要求しておるけれども、まだ今のところしていないという段階ですね。恐らくこれはされると思います。そうすると、自民党さんを初め我が党もそうですが、与野党若干の修正や何かはあるにしても、これは批准することになるのじゃないかというふうに思いますが、そういうことも、時代の潮流というふうに私が申し上げましたことの一つです。まさに子供の知る権利をどういうふうにするのか、こういう点でもひとつ前向きにやっていかざるを得ぬようになるのではないかというふうに私は思うわけであります。
 それから、大臣もおっしゃられましたが、いわゆる子供の立場に立ってどうかという御心配がありますが、これも時代が変わっておるのじゃないですか。価値観が変わっているのじゃないですか。例えば先生の中には、こんなもの必要ないというふうにおっしゃる人もおりますよ。あえて内申書にうそを書かなければならないというのが本当の教育かという人もおられますよ。むしろ正しいものが書いてあれば、プラス面はもちろんですけれどもマイナス面も、教師と父兄と本人とどういうふうにいわゆるスキンシップをとるか、連携をとっていくかということこそ大事であって、内申書を出すときの問題ではないのですよ。事前にどういうふうにその子のマイナスやプラスを知り得るかということも、やはり親の教育権の一つじゃないでしょうか。子供ももちろん知る権利があるというふうになっていくと思いますけれども、そういうことの方が私は大事になってきている時代ではないかというふうに思います。子供の権利条約、それから今の問題ですね。
 したがって、まず何をさておいても、今何点か基本的な問題もお答えをいただきましたけれども、これから先の子供の教育、生き生きとした個性ある子供をどう教育していくか、つくっていくかという観点では、これは今の要録の開示の問題は極めて重要な問題だというふうに思うのですが、私の意見に対してはどうでしょう。
#131
○森山国務大臣 川崎市の指導要録の問題については、先ほど申し上げたとおりでございます。
 そして、今の御質問の中にございました児童の権利条約との関係は、私の考えでは、児童の権利条約は、どちらかといえば教育の機会に大変恵まれることの少ない開発途上国の子供たちのためにいろいろな手だてを確保すべきだという趣旨からつくられている条項が主なのではないかという感じを持っております。したがいまして、児童の権利条約どこの川崎市の指導要録との関係はないというふうに私は考えております。
 これから時代が変わっていくであろうという御指摘、それも確かにそのとおりかと思いますが、そうなりましたときに、また新たにどう考えるかということになれば話は別の問題でございまして、そうなれば、また指導要録と呼ぶものが続きますかどうか、続いた場合に、その内容が今までと同じものであるべきかどうか、基本的に考えるべきことではなかろうかと思います。現在の書かれている、今進行中の指導要録については、先ほど申し上げたように、慎重な対処が必要であろうというふうに考えているところでございます。
#132
○岩田委員 時間がなくなりましたので、これで終わりたいと思いますが、今の最後の御答弁は、私は全くそうだというふうには言いかねますので、次回に残しておきたいと思います。
 ただ、これは言葉では教育の改革であるとか、それからいわゆる子供の個性を生かしていかなければならない多様な教育、多様な選抜方式を研究していきたいという、いいこともおっしゃるのですが、ちょっとやはり大臣も時代おくれの点がありますよ。状況が来たから改革をするというのでは教育改革にはならぬと思いますよ、これは。今の答弁は私はちょっと残しておきまして、ぜひ一歩進んだ教育を心がけていく、今の閉鎖した教育を打開していくという意味で世間のお母さんにメッセージを送っていただいたわけですから、それに矛盾しないようにひとつ頑張っていただくことを申し上げまして、私の質問を終わりたいと思います。
#133
○渡辺委員長 次に、鍛冶清君。
#134
○鍛冶委員 公明党を代表いたしまして、大臣に質問を申し上げたいと思います。
 大臣には御就任おめでとうございます。代々男性でいらしたから、女性の大臣にはちょっと勝手が違うような気もいたしますが、よろしくお願いいたします。さらに、けさから質問が続いておりますので、同僚委員の皆さんから質問された内容と重複する点も若干あると思いますけれども、それは御容赦を願いまして、御答弁をいただきたいと思います。
 最初に、所信の中で最初の第一項で「生涯学習の推進」という項目がございましたが、その中でこういうことを述べておられました。「特に、学習機会の充実を図るため、高齢化、国際化、女性の社会参加の促進、ボランティア活動などの課題について、社会教育を通じた積極的な取り組みを行うとともに、学校外の学習活動の成果が、社会において適切に評価されるための施策に鋭意取り組んでまいります。」こういうふうにおっしゃっておられます。
 特に、後半の「学校外の学習活動の成果が、社会において適切に評価されるための施策」、これは私は非常に大切なことだと思っておりますし、どういう形でやればいいのかというようなことも常々考えておるわけでございますが、具体的にはどのような施策を考えていらっしゃるのか、お聞かせをいただきたいと思います。
#135
○森山国務大臣 生涯学習審議会の答弁によりますと、生涯学習社会とは、人々が生涯のいつでも、自由に学習機会を選択して学ぶことができ、その成果が社会において適切に評価される社会であり、生涯学習社会の構築のためには学習成果が社会において適切に評価されることが不可欠であるということが述べられております。先生御指摘の学習成果の評価の問題は、入試制度はもとより、企業の採用、昇進のあり方、労働慣行などともかかわりまして、非常に広範で複雑な課題でございますが、学校外の学習成果が正しく評価されるように何とか施策を進めていく必要があるというふうに思います。
 具体的な施策の方向といたしましては、学校外の学習活動の成果が学校において単位認定などの形で認められるようにしたいこと、また各種の資格の取得において学校外の学習活動の成果が学歴にかわるものとして認められるようにすることなどが重要であると考えておりまして、平成五年度予算案では、生涯学習の成果の評価に関して、その実態などを調査するとともに、評価のあり方などについて調査研究を行うための経費を計上しております。
 そのような傾向が社会一般にもやや理解されつつあるように思われまして、先般はある企業におきまして、新規採用のときの評価の一つの項目としてボランティア活動を新しく正式につけ加えられたというようなことで、大変うれしく思っているところでございます。
#136
○鍛冶委員 これはぜひ、むしろ文部省が先頭に立って各閣僚の会議等においても進めていただきたいと思いますが、具体的には今言ったような、単位を大学等で認めるとか学校で認めるというようなこともございましょうし、今おっしゃったようなこともそうだと思いますが、一つには、率直に言えば給料で対応する。例えば高校を出ましてある専門学校へ行く。ところが二年間行くわけですね、そうすると、就職をしますと大体高校出の待遇になってしまう。短大に行きますとランクが上になってしまうのですね。ところが実技の面ではそちらの方がちゃんと持っているというようなことがやはりあるわけです。
 ですから、これから資格というものも重要視されてくるのだと思いますが、生涯学習で学校外でいろいろな勉強をした、そして資格も取った、いろいろなことをやった、それが直接的に響くような、そういう、今端的に申し上げましたけれども、給与面できちっとそれが待遇されるというようなことができてくるとなおさらいいのではないかという気がしております。役所でまずそんなのは先鞭を切る必要があるのだと思いますが、ひとつそういうことも念頭に置かれながら、むしろ文部省だけがそういうことを先頭を切ってやるというわけにもいきませんでしょうけれども、ひとつ各大臣との連携をとりながら総理等にも進言をしていただいて、そういうふうな形をぜひっくり上げていただきたいと思います。
 続いて、その「生涯学習の推進」のところでこういうふうにございます。「人間形成の基礎を培う上で大きな役割を果たす家庭教育の充実等について、関連する諸施策を一層充実させてまいります。」この家庭教育が大切だということはわかるのですが、やはり個々人が皆家庭を持っていらっしゃるわけで、文部省が手を突っ込んで家庭教育どうするか、こうあってほしいということはあっても、なかなか具体的な施策というのが難しい面がございます。これは進めてほしいと思うのですが、文部省では具体的にこの家庭教育の充実のためにどういう施策を考えていらっしゃるのか、お聞かせをいただきたいと思います。
#137
○森山国務大臣 子供にとって家庭は人間形成の行われる最初の場でございまして、家庭における親の果たす役割は大変重要でございます。しかし、今家庭のあり方などについて以前のような型にはまったものがあるわけでもございませんし、若い親たちは非常に戸惑っている面もございまして、そのガイダンスのようなことができればいいなということを考えているわけでございます。もちろん、おっしゃるように、家庭のあり方について政府や文部省が口を出す、あるいは中に手を突っ込んでどうするというようなことではございませんが、参考になるようなものをお示しすることができればという程度でございます。保文部省の施策といたしましては、親の家庭教育に関する学習機会の整備充実を図るということと、平成四年度で具体的に申しますと、新規の事業としてフォーラム家庭教育というものをつい最近開催いたしまして大変盛況でございました。また平成五年度の予算案におきましては、平成六年の国際家族年に向けまして、現代日本の家庭教育の特色や課題を明らかにするために家庭教育に関する国際比較調査をやりたいと思いまして、その経費を計上いたしております。
#138
○鍛冶委員 これはひとつ鋭意取り組んで、また新しい考え方があり施策等があればどしどし推し進めていただきたいというふうに思います。
 次に参りますが、「初等中等教育の充実」の項で、「子供のよさや可能性を生かし、みずから学ぶ意欲や思考力、判断力、表現力などの能力の育成を重視する新しい学力観に立った教育を積極的に展開することが必要です。新しい学習指導要領もこのような考え方に基づくものであり、その趣旨に沿った教育の実現のために全力を挙げて取り組んでまいります。」こういうふうにございます。
 先ほどからも初中局長の答弁の中にも新しい学力観というのが出てきたように思いますが、これは従来言われております学力観と比較して具体的にはどういうふうに異なっておるのか、お聞かせをいただきたいと思います。
#139
○野崎政府委員 新しい学力観というのは、理念的に申しますと、今先生お話ございましたまさにみずから学ぶ意欲とか思考力、こういうものをとにかく育てていきたいということがねらいとなるところでございまして、従来どちらかというと学力を単なる知識や技能の量という形でとらえて、一定の知識や技能を児童生徒に効率的に教え込むというようなことが中心に考えられてきたのじゃないか。必ずしも学習指導要領がそういうことでねらっていたわけではございませんが、えてしてそういう形でとらえられてきた。しかし今後は、お話ございましたように、まさにみずから学ぶ意欲とか思考力、こういうものを育てなきゃいかぬということでございまして、具体的に例えばこれからのいろいろな評価をする際の観点なんかも、興味、関心、意欲というようなことで、どれだけ覚えたかということではなしに、子供たちが与えられている教科に対してどれだけの関心なり意欲を示したか、そういうことによってこれから子供たちが今後伸びていく力というものをさらに生かしていきたい。そういうような観点を新しい教育観、学力観という形でとらえているわけでございます。
#140
○鍛冶委員 理念的に説明するとそうなんですけれども、具体的にはちょっと私たちはわかりにくいわけですね。こういうものは非常に私は大切だろうと思います。指導要領も、この新しい学力観に基づいて、これを生かして教えていくというようにも言われているわけですから、何かもっとわかりやすい形で、具体的な形で言えないのかなというような気がするのですが、こういう点について何かいい表現方法なり考え方はございませんか。
#141
○野崎政府委員 私どもも今いろいろな場で新しい学力観ということでPRをして、そういう意味では新しい学力観という言葉自体は大分浸透してきているのじゃないかと思います。
 ただ、具体にというお話になりますと、それぞれ教科によって違ってくるわけでございますが、今回の新しい学習指導要領で考えますと、例えば生活科というものを入れた。やはり生活科というのは、従来理科、社会というような形でどちらかというと知識を重視をしたということから、むしろ実体験と申しますか、町に出て実際に買い物をしてみるとか、それから実際の産業が行われている場を見るとか、そういう実体験を少し取り入れていこうとか、そういうようなことで、できるだけ問題解決型な学習とか、あるいは体験的な活動を取り入れていく、あるいは子供が積極的にその活動にかかわっていくことができるような教材というものを取り入れるとか、そういうような形でこの新しい学力観というイメージをつくり上げていこう、このように考えているわけでございます。
#142
○鍛冶委員 私なりに考えてみますと、要するに、知識というか物を覚えているということだけで、それが生かされているというわけじゃない。知っているということは、やはり大切なことではあるけれども、じゃ、自分が生活していく上にそれがどう生かされていくのかということになると、普通よく言われる知恵という分野かなというふうに思うのですね。だからそこのところを、人間が真剣に生きていくためには、やはり必要な知的能力というようなことかな。
 よく言われるのですが、大学を出られた私の先輩に当たる大学の先生で大変優秀な方なんですけれども、おっしゃっていたことがあるのですね。いい高校へ行っていい大学へ行っていいところへ就職するというふうなことを教えるのがいい学校でありいい教育であるというふうな今までどうも錯覚があったような気がする。ところが実際社会に出てみると、そういうことじゃない。要するにいろいろな挫折がありますね。壁にぶち当たる。そうすると、もうそれだけでは人間だめになってしまう。特に前の学力観の中で、競争で上がってきた東大を出た人で私の知っている人が友達にいたそうでありますけれども、非常に優秀だったというのですね。物は知っておった。ところが社会に出て就職をしましたら、どういう壁かぶち当たっちゃって、間もなくふさぎ込んでしまって、とうとう自殺をしてしまったというようなことがあるのですね。ということは、やはりこれは知識だけで、また受験競争だけで、記憶ということだけでいっちゃいけない。それだけでは人間はだめなんだ。本当に生きていくためには、これは単なる学力観だけではなくて、ここで言う新しい学力観というのはそういうことに当たるのかなと。要するに挫折を乗り越える力とか知恵とか、本当の意味での何か能力といいますか、そういうものが、知識等ももちろん予備的条件でありますから、それはいつでも生かされて、そして、それが人間が生活し、本当に幸せになるという、そういうことのための教育というのがあるべきであろうと私は思っておりますが、大体そういうようなことを言われているのでしょうかね。
#143
○野崎政府委員 先生の知識から知恵へという御指摘、大変示唆に富んだ、まさに新しい学力観そのものをついた御提言、このように受けとめております。
#144
○鍛冶委員 そういうふうになりますと、確かに指導要領をそういう新しい学力観で教えていくということになると、まさに大変革だろう。今教える先生方というのは、大半はどうも以前の学力観で育っていかれた方が多いわけですね。そうすると、そういう新しい学力観に立って教えもと、教える側がどうも私ども心配になるような気がしますが、そこらあたり、やはり何か対策も講じていかなきゃならないのじゃないか。また、学校教育の内容、方法等についても、これは相当工夫が要るだろう。そういったこと等について、やはり現場でも不安が出てくるのかなという気がしますが、具体的にはどういうふうに指導し、どういうふうな形で取り組んでいかれるのか、お聞かせをいただきたいと思います。
#145
○野崎政府委員 平成元年に新しい学習指導要領が告示をされたわけでございます。この新しい学習指導要領の趣旨徹底というような形でいろいろな教育課程講習会あるいは教師用の指導資料の刊行などをしておるわけでございます。そういうものを通じまして新しい学力観に立つ教育というものの趣旨の徹底を図ってきたわけでございまして、これからも、いろいろな講習会等もございますので、そういう場で先生の今の御提言なども踏まえながら十分指導してまいりたいと思います。
 また、新たに、やはり新しい学力観となりますと、先生自体が、今お話にございましたように、知識だけではなしに実体験をしておりませんとなかなか実際のところ教えられないという面がございます。そんなことで、いろいろな自然体験や何かのそういう講習会の場を考えるとか、先生方にもやはりそういういろいろな実体験の場というものを実際に経験をしていただくということも大事だと思っております。
 それから、教育課程の中身につきましても、先ほど生活科の話をいたしましたが、いろいろな勤労体験の活動の場とか、それから高等学校でいいますと課題研究とか、いろいろな形のそういう教育内容を盛り込んでいるわけでございまして、そういう場でこういう新しい学力観が定着をしていくということを私どもも進めていきたい、このように思っております。
#146
○鍛冶委員 次に、業者テストの問題に移りたいと思うのですが、テストの問題ともやはり私はつながりがあるような気がいたします。従来の学力観でいけばどうも業者テスト等に頼らざるを得ないというようなことがあったのかな。新しい学力観という中で子供たちが本当に人間を取り戻すといいますか、そういうための教育というものがこれから本当に必要になってくるんだろうなというふうに思っておりますが、ひとつ全力を挙げて文部省、お取り組みをいただきたいと思います。
 今申し上げた業者テストの問題ですが、これは先ほど午前中から何人かの方が取り上げられました。多少ダブる向きがあるかもわかりませんが、大臣もこの件について所信の中で、「さまざまな弊害が指摘されている業者テスト問題については、業者テストの偏差値を用いた入学者選抜が行われないようにするとともに、中学校における進路指導の改善充実について鋭意取り組んでまいります。」こういうふうにおっしゃっておられますし、改めて業者テストについてお尋ねをしたいと思います。
 この業者テストについては、偏差値というものが絡んできておりますね。だから業者テストそのものもいけないということなんでしょうが、どうも論旨は、やはり業者テストによる結果の偏差値、これをいろいろと使っていくについてまことによろしくないというようなことで今言われているようです。そこで、偏差値ということについて、大体どういうふうに文部省としては偏差値そのものを考えられているのか、ちょっと漠然とした質問で恐縮ですが、お答えをいただきたいと思います。
#147
○野崎政府委員 この偏差値自体は、言葉の定義としましては、ある個人の得点というものを集団の中におきまして相対的にどのような位置にあるかを示すという形で、統計学上の数値処理の一つとされておるわけでございます。平均点を五〇に置きまして、そしてそれを中心に個人の点数が正規分布の形で並んでいくというような形のものかと思うわけでございます。
 ただ、そういうことになりますと、まさに数字によりまして個人の得点が並ぶ。したがって、学校が偏差値によってランクづけをされる、あるいは序列化をされるということによって、今度は生徒や保護者がその序列によって学校を評価するというような形になり、結果として偏差値に依存した受験指導なりそういうものが行われる結果になるということが一つ問題として考えられます。
 それから、もう一つは、教師や保護者が生徒を偏差値によって代表される学力によってのみ評価する、偏差値で評価する、そういう生徒評価のゆがみを生じるということで、生徒の本当の個性なりあるいは豊かな創造性、表現力というものが無視されてしまうというような、そういうような弊害があるんじゃないか、このように考えております。
#148
○鍛冶委員 私は偏差値そのものにいいとか悪いとかはないだろうというふうに思うんですね。だけれども、一般に聞いていると、どうも偏差値が悪者の張本みたいなことで言われているわけで、業者テストで偏差値使っちゃいかぬということを言うと、偏差値というものはどういう場合でも全く使うこと相ならぬというふうに受け取られがちなわけですね。私はそうではないように思うのですよ。その点についてはどうなんでしょう。
#149
○森山国務大臣 おっしゃいますとおり、業者テストというものは、今はそう呼ばれておりますが、昔は模擬テスト、模擬試験というような言葉で、子供たちがより広い舞台でどのくらいの場所に自分がいるかということを知るための目安にするために、随分前から行われていたものでございます。そして、その結果がほかの形で、例えば千人中何番というようなことで知らされていたものが、コンピューターの発達にもよるのでしょうか、今御説明したような偏差値という形で出てきているわけでございまして、偏差値というものはよくも悪くもない、ただの数字でございます。ですから、それ自体がいいとか悪いとかいうことではなくて、それの使い方が悪いりだと私も思います。
 先ほど来お話し申し上げておりますように、一部の私立高校で、中学校から提供された業者テストの偏差値によって、それだけによって事実上の合否を決めたり、また中学校が業者テストの偏差値によって生徒の志望する学校を受験させないというようなことになっているその指導のやり方あるいは選抜の仕方に問題があるのだというふうに思われます。
#150
○鍛冶委員 私は、今回のこの文部省のとられた措置については、基本的にはやはりやらなきゃいかぬだろうというふうに思います。ただ、現場を見ますと、これも朝からいろいろ質疑が交わされておりましたけれども、やはり三十年来これをやってきて大変な位置づけの中で使われておる。確かに、安易に使い過ぎて、先生がもうこれをやっておけば便利がよくて、何もかも手抜きでこれを使うという部面もなきにしもあらずですが、しかし、やはりまじめな先生方も随分いらっしゃって、これをいい意味で使いながら、業者テストの結果で直ちにどこかの学校に割り振るという、いわゆる輪切りするというようなことではなくて、クラブ活動やその他いろいろなものと併用しながらこれを使っているという先生方も随分いらっしゃるわけです、熱心にやっていらっしゃる方が。それまでもいかぬということになっちゃって、とにかく現場では大変混乱しているようです。
 私どもも教育の問題、過去いろいろありました。取り上げてもまいりましたけれども、実はこの業者テストの件については、現場の学校の先生から、私、もう過去最高と言われるほど投書、投書といいますか手紙やら意見を実はいただきました。全部が全部、読んでみますと非常に熱心にやっていらっしゃるということはわかるんですけれども、これを禁止されたことで非常に戸惑っている、どうしたらいいんだろうかという苦悩といいますか、非常にあるわけですね。私に寄せられましたそういう投書といいますか意見といいますか、御意見なりを踏まえながら、若干質疑を交わさせていただきたいと思います。
 こういう手紙がひとつ参りました。
  「業者テスト」禁止について
  去る一月二十六日、文部省「高校教育改革推進会議」の最終報告が公表された。
  それによると、私立高校の入学選抜に際しての偏差値提供はもちろん、授業中のテスト集施、教師の監督などの関与を禁止する極めて厳しい、業者テスト追放という内容です。
  たしかに偏差値偏重教育がもたらした弊害は、指摘の通りだと思います。しかし、その原因は、わが国の学歴偏重社会によるものではないでしょうか。この様な土壌が、受験戦争を生み、その結果、わが国の教育に、過度の偏差値崇拝主義に陥ったと言っても過言ではないと思う。
  しかし、私は、
これからしっかりひとつお答えもいただきたいのですが、
  しかし、私は、今回の追放方針が、はたしてこの様な弊害をなくすことができるかというと、甚だ疑問に思う。「報告書」の前段には、高校入試の改革案が提示されている。それには、多様な選抜方法、多段階の入試の実施、推薦入学の拡大など多岐にわたって示されていますが、本来はこれらの方を先決に真剣に取り組むことが、まず必要なのではないでしょうか。目先だけで業者テストを追放したところで、高校受験制度が従来のものである限り、何らかの形でテストはついてまわることは必然です。
  今回の処置は、単に業者テストを中学校から排除することで事足れりとするように思われてならないのです。余りにも性急な小手先だけの改革は、かえって、現場の先生方や子供達を混乱させ、教育行政の歪みが歪みを生むことになると思われます。多様な選抜方法を取り入れるなら、その一部として、偏差値を利用しても良いと思います。同省は「業者テスト利用自粛」通達を十数年前に出しただけで、何らの根本政策を出すことが出来なかった。それは取りも直さず、必要悪として認めていたからではないでしようか。
  このような形での排除は、結局、対症療法に過ぎず何らのメリットももたらさないと思われます。
こういうふうに冒頭書かれてあるわけですね。この中で幾つかの問題点を提起されていると思うのですが、この点についてひとつ文部省のお考えを、どういうふうに考えていらっしゃるのかお聞かせいただきたいと思います。
#151
○森山国務大臣 今先生がお読みくださいましたような趣旨の投書が私のところにもたくさん参りまして、大変御熱心な先生方の疑問あるいは戸惑い、どうしたらいいだろうかというような心配というのがうかがわれまして、私も本当に先生が御指摘のような問題があるんだなということを具体的に痛感したところでございます。
 しかし、その御心配なさる方のお気持ち、文面からだけ拝察いたしますと、多少思い過ごし、思い違いもおありになるのではないかという感じがいたしまして、文部省が打ち出しました方針がいささかインパクトが強かったのでしょうか、偏差値あるいは業者テストをすべて否定するというふうな趣旨におとりになったのかもしれませんが、先ほど申し上げましたように、業者テストを全部世の中からなくしてしまうとか、偏差値というものを出してはいけないと言ったというわけではございませんで、問題はその使い方にあるということでございます。それは先ほど申し上げたとおりでございますし、また今のお手紙にもございましたように、受験競争の過熱化の要因あるいはその背景として、学歴偏重の社会的風潮ということがあるということは、全く御指摘のとおりでございます。
 ですから、臨時教育審議会が、第一次答申、昭和六十年の六月でございましたが、そこで初めに取り組んだのも、学歴社会の弊害の是正ということでございました。この臨教審の答申では、学歴社会の弊害に対しまして、生涯学習社会の建設を目指す中で長期的に解決されるべき問題であるというふうに言われ、また学校教育の個性化、多様化等学校教育の改革による面、また企業、官公庁の採用などの人事管理の改善による面の三つの面での是正策の必要性を強調しておられます。
 さきの中央教育審議会、平成三年の分でございますが、これにおきましても、個性尊重等の視点に立った高校教育改革や入学者選抜の改善等について提言を行いますとともに、答申の終わりの方に「改革の実現のために」とする一節を特に設けてくださいまして、企業、官公庁に対し採用や評価の改革を促すとともに、家庭に対しては、子供を学力、偏差値などの単一の尺度で親までが見るという傾向がございますが、それを改めて、子供の個性や適性を多面的に理解して、その教育や進路決定に当たってよく心を込めた指導をしてくださるようにということを言っております。
 文部省といたしましては、これらの答申を踏まえまして、生涯学習の振興のために各般の施策を進めてまいりますとともに、学校教育の個性化、多様化、入学者選抜、進路指導の改善など学校教育の改革を図りまして、学歴偏重の弊害の是正に向けて一層取り組んでまいりたいと考えます。
#152
○鍛冶委員 あと具体的なことで若干やりとりをさせていただきますので、ここに言われているもの、また大臣から御答弁があった中での多少気にかかるような点も含めてまた質疑を交わさしていただきますので、よろしくお願いしたいと思います。
 学校現場は、やはりお会いしてお話を聞いてみても、こういう投書、意見等を読んでみましても、そう一朝一夕に、出たからすぐことしにばっと変わるとかというような問題じゃないようですね。本当に大変だ、どうするかといういわば今まで思い込んでいたところから抜け出さなきゃならぬわけですから、もう本当にこれはすごいエネルギーがお一人お一人の担当している先生方にも要るんだなということを今痛感をしているわけですが、具体的な問題を若干お尋ねをしながら参りたいと思います。
 今読み上げました方以外の方からもこういうふうな意見が寄せられております。「業者テストの結果の利用のしかたには三つある。」御自分たちが利用していたことをおっしゃっているようですが、一つは、「受験勉強進度の目安として利用する。」それから二番目は、「受験校決定の目安として利用している。」三番目は、「私立高校の単願・併願の事前相談の資料に利用されている。」この三つを主に挙げていらっしゃるようです。文部省はどうも二と三の方を言っていらっしゃるのかなと思いますが、一の方の「受験勉強進度の目安として利用する。」という件、これは本人はこういうふうに書いているんですね。
  結果が偏差値ででるのでタテ、ヨコの比較がしやすく、つまずいている教科の発見もしやすい。また校内のテストとはちがい、他校と比べることにより全体の傾向を見ることもできる。特に七月の結果をもとに、夏休み中の学習計画を立てる上で非常に役にたっている。
こういうふうなことも言っているわけです。繰り返して言うようですが、だめだというと何でもかんでもだめなように思うわけですが、私は、具体的に今挙げましたこの三つ言われている中での一番目はまあいいんじゃないかなというふうにも思うのですが、これはいかがでしょう。
#153
○野崎政府委員 今回出した趣旨は、大臣のお話にございましたように、公教育はこれに関与しないということでございます。やはり業者テストというのは、初めはそういう形でいろいろなものの相談の基礎にしようということで恐らく使っていたんだと思いますが、それを使いますと、大変便利な資料なものですから、どうしてもどんどんエスカレートするということがやはり出てくるんだろうと思うのです。私どもは一番そこを心配しておるわけでございまして、したがって、やはり学校におきましては、常日ごろの学習成果とか、そういうことできめ細かい指導をしていくということがまず基礎になきゃならない、このように思うわけでございます。したがいまして、先生のお尋ねに端的に、いや、それはそれでいいんだということを果たして私どもが安易に答えていいのかどうかというのは、つまり結局そういうことはまたもとのもくあみになるんではないかということを私どもは大変色倶をしておるような次第でございます。
#154
○鍛冶委員 何か難しい――教員の皆様を御信頼してあげた方がいいような気がするんですけれども、ここらあたりは非常に微妙なところではあろうと思います。確かにこれを使うとなれば、業者テストをやるということを認めることになりますから非常に難しいわけですが、ケース・バイ・ケースの問題も出てくるんだとは思いますけれども、いい形でいい方向に使うんであれば、ひとつ最大限の弾力的な考え方で対応はしていただきたいなというふうに思います。
 それから、会場テストということがよく言われるわけですが、それは、現場の教師から寄せられた意見では、次のようにあるんですね。
 業者テストには各中学校ごとに実施するテストと、業者が私立高校等を会場として借り受け実施する会場テストとがある。二学期になると私立高校用・都立高校用の月二回実施され、偏差値・志望校にたいするコメントが付いて生徒に返却される。ただこの場合困る点が三つある。一つは費用がかかることである。校内で実施する場合二千二百円だが、会場テストは三千八百円で父母の負担が増す。二つ目は受験しない生待の資料が何も無いことである。三者面談で
「受けていないから削りません」で済ませられるだろうか。三つ目は今まで以上に会場テスト の受験を勧めることから、多少問題行動のある生徒の他校間のトラブルが多く発生し、教師はその事後処理に追われることになる。
これは、なぜここで取り上げたかといいますと、どうも推進会議の三次答申の中を見てみましたら、会場テストということについては、これは悪いというふうには書いてないようなんですね。したがって、ここに行く可能性があるのではないか。それから大阪なんか業者テストをやっていないと言うのだけれども、やはり業者がいて、そっちの方に、テレビでも報道していましたが、ちゃんと皆個々で受けに行って、それの偏差値でもっていろいろやっているとか、塾の方に行っている。この先生なんか端的にもう業者テストがなくなったら塾の方に移るとはっきり言っていますね。そういうこと等も含めて、この会場テストということを言っているのですが、この先生はそこをまたさらに心配しているわけです。金がかかり過ぎるとか、受ける人はいいけれども受けない人は困る、そういういろいろな差も出てくるではないかというようなことを心配しているわけですが、この点についてひとつ文部省のお考えをお伺いしたいと思います。
#155
○野崎政府委員 文部省の今回の報告の立場で言うとすると、やはり学校に対して物を言うということで、公教育は関与しないという形のものを打ち出したわけでございまして、私どもは、これはやはり公教育としてはまさに汗をかいた指導を行っていくということが大変大事なので、そういうことにぜひ徹底をしていただきたいと思うわけでございます。
 会場テストの話になっていきますと、これはちょっと学校教育の場を離れるものですから、私どもとしては、それについてコメントするということは難しいのではないか、このように思っております。
#156
○鍛冶委員 これだけ業者テストの偏差値になれてくると、どこかにやはり行くような気がするのですね。それから、やはり新聞報道等で見てみると、大阪では業者テストをやっていないとは言うけれども、進路指導やらいろいろ会っているときには、父母の方々が子供をもう、会場テストになるのでしょうかね、受けさせておいて、先生から変なところで進路指導をされては困るといって、そういうデータを持っていって、それで先生と話し合いをしているというような話もあるわけですね。だから、それくらいとにかく偏差値というものが進路指導、これは輪切りになるのでしょうけれども、定着をしておるという、そこのところはしっかり考えて、これは対応しないといけないのではないかなというふうに思うわけでございまして、ひとつそこの点について、もう一度御決意のほどをお聞かせしていただきたいと思います。
#157
○野崎政府委員 これは先生から御指摘あったとおりでございまして、私どももこれから今通知も用意をしておりますが、通知を出して、ただ右から左にというような話にはならない。やはり平成六年度に公教育として関与しないということを実現するためにはいろいろな我々としての努力もまた重ねなければいかぬと思っておりますが、基本は、今申しました公教育に関与することによって子供たちの進路がもう決まってしまう、そしてしかも自分たちが受けたい学校も受けさせてくれなくなった、そういうところにやはり関係者の方がみんな心を痛めなければいかぬと思うのですね。その心を痛めることによって、この問題の出発点がある、こう私どもは思っておるわけでございまして、その辺のところを十分いろいろな場で、これは学校の先生方にもそうでございますが、またいろいろな保護者の方々が集まる場におきましても、そういう形のことを十分趣旨の徹底もしていかなければいかない、このように思っております。
#158
○鍛冶委員 この件である先生がまとめとしてこういうふうに書かれてあるので、ちょっと長文になるが読ませていただきますけれども、これに対しての文部省のお考えをお聞きしたい。各地域で実情が違いますから、これは東京都内の先生のようでございますから多少ほかと違うところもあるのかもわかりませんが、私も読んでおりまして、非常になるほどなと思うようなところもございました。こういった点について、どういう形で取り組んでいただけるのかお聞かせいただきたいのです。
 ちょっと読みますと、
  一月に立川市内の二年の学年主任が私的に集まり、業者テストについて話合った。どこの中学校も今すぐに業者テストを廃止した場合、適切な進学相談ができなくなる。回数を減らしていくなかで、来年度も実施していきたいということであった。また私の学校では、かなり二年の父母が心配していたので、四十人ばかり集まって意見交換会を持った。集まった父母の大部分は、偏差値がないとどこを受験させてよいのかわからない。是非来年も続けてほしいとの意見であった。
  このような私見をまとめているとき、文部省の高校教育改革推進会議の最終報告が発表になった。予想以上の厳しいうちだしである。ある新聞の見出しは業者テスト全面追放であった。そんなに悪者なのか。なぜいけないのかの理由がのっていないので、理解に苦しむ。中学側の関与禁止となっていたが、そのことから生まれる中学校現場の混乱、父母や生徒の不安をどこまで考慮したのだろうか。私に言わせれば、業者テスト問題はマスコミによって作られた世論であり、父母や生徒の考えが反映されていない。業者テストに関与するなどは、現在使われている唯一の物差しを取り上げて、各中学校で独自の物差しを作れということになる。しかも十月までの八カ月で作らなければならない。東京都は全国一の高校数を抱えている。私にはそのような短期間で物差しを作る自信はない。もし作れないとすると、中学校は進学相談から手を引くことになる。一番喜ぶのは大手の進学塾であり、父母・生徒は進学塾の偏差値に振り回されることになる。昔「貧乏人は麦を食え」といった大臣がいたが、今度は「金持ち塾へ行け。貧乏人は勝手に考えて受験し、落ちたら実力がなかったのだとあきらめろ」と言うのか。
  確かに今まで業者テストに依存しすぎてたとも思う。偏差値による輪切りがいけないというが、決して「偏差値五十だからこの高校へ行け」というような指導をしてきたわけではない。「偏差値五十だとこの高校はかなりむずかしい。こことここなら合格の可能性が高いよ」と十校ちかく示してやり、場所・校風・クラブなどを考慮し決めさせているのである。この業者テストについてアンケートをとれば、十人中八人が反対というだろう。面白いことに、反対の立場をとる人は、子どもが小学校か大学生の親である。つまり中学生の子どもを持つ親の苦しみが実感できないのである。もう一つ反対のグループの人は、一流大学をでた人が多い。この人たちは高校受験のとき、私立の単願など関係なく、自分の実力で良い高校に進学できた。こういう人には業者テストはあってもなくても構わなかったのである。業者テストが必要なのは成績が中位・下位の生徒である。また中学生の子どもがいて高い家賃を払い、塾にもいかせられない親が、絶対必要と叫んでいるのである。どうかこの弱い立場の人にこれ以上経済的負担をかけさせないでほしい。
  いままで四十年かかって積み上げてきた業者テストを一気になくせというのは無理である。せめて三年程度の猶予期間を置き、その間に新しい物差しを作れるよう考慮してほしい。早急な改正は改悪になりかねないことを、東京都としては充分考慮してほしい。東京都は都立高校の入試を来年度大きく変えようとしている。それと同時に業者テスト廃止となれば、今の中学二年生はまさに「泣き面に蜂」である。「十五の春を泣かすな」と言われるが、今の中学二年生は十四才で泣いている。その泣き声が聞こえないのだろうか。
こういうふうに書かれているわけです。
 考えようによっては多少偏見があるのかなとかいう人もおるかもわかりませんし、厳しい言い方、表現が厳しいからけしからぬぞという方もおるのかもわかりませんけれども、最初からあの手紙を読んでここまで来ますと、変な意味じゃなくて、非常に熱心にやっていらっしゃるんだなということが伝わってくる人なのですね。それだけにこれは、言われていることは本当に切実なんだろう。だから、文部省の言われていることを受け入れようという考え方もあるんだけれども、そんなの急に受け入れるというのは無理じゃないかという、そこのところでやはり大変悩みを持っておられるのですね。
 ひとつこのまとめについて、猶予期間を置けというような具体的な提案もございますが、こういったことを含めて、ひとつ文部省の方でお答えをいただきたいと思います。
#159
○森山国務大臣 今現場からの切実なお声を改めて拝聴いたしまして、大変御熱心な先生のお気持ちが伝わってくるような気がいたしました。
 しかし、業者テストにつきましては、先ほど来申し上げておりますように、この業者テストによる偏差値によって事実上の合否が決められてしまったり、また中学校側が業者テストの偏差値のみによって生徒の志望する学校を受験させないというような指導をしたりするという弊害も大変ひどくなっている状態なのでございます。
 したがって、この問題に対処いたしますために、このたび、業者テストの偏差値を用いた入学者選抜が行われないようにするとともに、中学校は業者テストの実施に関与せず、業者テストの偏差値に依存した進路指導を行わないことを内容とする報告が取りまとめられたものでございます。
 業者テストは、進路指導に当たっての確かに便利な資料であるということは事実でございます。しかし今後、中学においては、業者テストの偏差値に依存することなく、生徒の日ごろの学習成績や活動の状況などを詳細に把握されて、それらをもとに過去の進路の実績などを勘案しつつ、個々の生徒がその能力、適性、興味、関心を生かせるように汗をかいた指導をしていただきたいということが大切なのでございます。このような観点に立ちまして、これまで以上にきめ細かな進路指導が行われますように、指導の充実を図ってまいりたいと思います。
 この報告には、高校の入試につきましても、先ほど申しましたように、多角的な能力、適性等が評価されるように、選抜方法の多様化、選抜尺度の多元化の観点に立ちまして、学校、学科等の特色に応じた多様な選抜、受験機会の複数化や推薦入学の活用などを実施してほしいこと、また各高等学校が特色ある個性的な教育を一層推進するべきことについて提言がなされております。文部省といたしましては、あわせてこの点についても指導の充実に努めていく所存でございます。
#160
○鍛冶委員 まさに模範的な答弁でございまして、言われていることはわからぬじゃない。何回も朝から御答弁の中で言われているわけですから、わからないわけじゃありません。私が申し上げているのは、現場でそういう悲鳴にも似た声があるわけですね。
 ここに私は初めて進学研究会というもののこれを手に入れまして、ことしの「平成五年度受験用 私立高校への進学指針」という、これは進研と言っているそうですが、これを見ましたら、もうびっくりしました。どこそこの高校はもう偏差値が幾らで、幾らだったら五〇%、何々だったら八〇%となっていますね。全部出ているのですね、図表から何から。これは便利は便利ですよね。だけれども、やはり需要がなければ供給がないわけですよ。本来なら、私はやはり人間を輪切りにするような、そういう形でやるというのは、こういう需要がなければ人間やるとは言わないと思うのです。まただれだって賛成はしないと思いますよ。だけれども、現実にそういう需要があるからこういうものが出てき、また、まさにそれが悪い形で伸びていったということもあるのかもわかりませんけれども、何というか偏差値信仰ですかね。これは東大の天野先生も新聞に寄稿された記事の中で言われておりますけれども、根強い偏差値信仰がある。それは学校の先生というよりも、学校の先生もそうかもわかりませんが、むしろ父母の皆さん、国民の皆さんの中にあるわけですね、これが。だから、こういうものが出てくると私は思うのですよ。
 これも僕、びっくりもしましたが、こんなのは外には出せぬ資料だと思いますが、ちょっとだけ見せてもらいましたけれども、「高校説明会記録票」なんかあるのですね、学校で。それで高校一校一校担当の先生が行ってメモしたのをまたびしっと整理をして、そして論議をされてつくり上げたんだろうと思うのです。そうすると、最後の「メモ」のところなんかも、これなんか「マル単」と書いて、「卒業生の子女、妹、マル特の生徒は相談に応じる」とか書いてあるわけですよ。それから併願という意味でしょうが、「マル併」のところには、「定員の足りない場合は随時受け付ける」「十二月以降も可能」だとか「数字が足りない場合は相談に応じる」とか「併願は原則公立のみ、先生方の御協力を……と言っていました」と書いてあるわけですよ、ここに。
 これを見ていると、これは確かにできたものを使ったり、いろいろ批判することは易しいんだけれども、随分と苦労してこういうのをつくり上げているんだろうな、また需要があるからこんなのがあるんだろうなと思う。やはり偏差値信仰ですよね。これを突き崩すところまで踏み込まないと、本当に業者テストの偏差値による輪切りというものをやめさせる、受験戦争をやめさせる、これは私も大賛成ですけれども、いけないだろう。私がなぜこういう現場の先生方の声やらこういうものを参考に持ち込んできたかというと、そこのところを実は申し上げたかったわけですね。
 だから、単なるそういったことで、大臣の御答弁がありました。模範答弁だと思いますけれども、じゃ、しかし、それは現場へ行ったときにすぐにできるのかといったら、なかなかすぐそれをやれと言われてもできない事情がある。それは、一人の先生のを読み上げましたように、せめて少し猶予をくれませんか、その中で変えていく体制はつくりますというようなことも言っているわけですね。しかし、やらせる方からいえば、そんなこと言っていると、またいつまでたってどうかなるかわからぬからやる、やるからにはもうとにかく突っ走ってやらなければいかぬ、こういうことであろうと思います。それもわからないわけじゃありませんけれども、ひとつこの偏差値信仰というもの、これはもう私が申し上げるまでもなく、東大の天野教授が読売新聞にも載せてありました。似たような記事でしたけれども、「アエラ」にも出ておりました。特に読売の記事は、二月二日の分は「偏差値信仰まで崩せるか」という表題で論文を書かれてありますね。そして「偏差値体制を突きくずそうというのなら、ただ学校という組織や制度のなかから偏差値をしめ出すだけでなく、人々の心のなかに巣くっているそうした「偏差値信仰」にも闘いを挑まなければならない。人々が偏差値という現代の神のご託宣を信じ、それにしたがって行動する限り、偏差値体制はくずれない。」こういうふうにもおっしゃっておるわけです。
 だから、こういう問題について、本当に私も同感でございまして、これは何とかやはりそういうものを変えていかなければならぬし、努力しなければいかぬということは、私も全く考えを一つにするものでありますけれども、じゃ、どうやって突き崩していくのかといえば、当面目に見える偏差値信仰、業者テストをやめさせるということ。それから、今のような、大臣おっしゃったようなことをやりなさいということだけで、果たしてすぐに進むのだろうかという気がするわけです。ですから、そういう意味で私が今までずっとお尋ねをしてきたわけでございまして、これを進めるた
めにはむしろこの偏差値信仰を何とかしなければならぬと思うのですけれども、こういう点についての対応は、文部省どういうふうにお考えになっていらっしゃるのか、お聞かせをいただきたいと思います。
#161
○森山国務大臣 まことに仰せのとおり、非常に深く広く行き渡っておりました業者テストであり偏差値でございますので、あのような一月二十六日の決定を発表したということだけで簡単に片づくとは全く思っておりません。これから大変、私ども自身も汗をかかなければならないと思いますし、各学校の現場においてもいろいろと試行錯誤され、いろいろ御苦労を重ねていただかなければならないと思いますが、そのほかにさらに、学校や文部省だけではなくて、社会全体の意識改革ということも大変重要なことだと思います。学校も企業も家庭も、その他社会全体がそのつもりで、人間の価値というものを単なる一つの数字や一面的なもので判断しない、全人格的に多面的に評価するというふうに変えていくように努力をしていかなければいけないと思います。
 ですから、文部省といたしましては、文部省自身のできる限りのことをやっていきますわけでございますが、偏差値偏重教育とか偏差値信仰の是正のためにできる限りのことを一生懸命やってまいりますけれども、社会全体の御協力もいただかなければならない。先ほどちょっと申し上げました、企業の採用などに当たって、例えばボランティア活動を評価して、それによって合否を決める一つの判断基準にされるというような会社が出てまいったことは、大変一つの兆しとしてありがたいことだと考えまして、先般その責任者の方にお目にかかり、いろいろとお話を承って感謝申し上げたところでございますが、そのような機運を少しでも進めてまいりますように、さらに努力をいたしたいと考えております。
#162
○鍛冶委員 大臣今おっしゃったのは決意、希望であろうと思います。抽象的なお話が多かったわけですが、具体的な問題としてボランティアの問題に触れられましたけれども、具体的な問題としてやはりしっかり取り組む必要があるだろうと思います。したがって、きょうはもう時間がありませんから、そこの論議は余りいたしませんけれども、私は、この後一つの提案として申し上げたいこともありますが、具体的な取り組みをやる中で、そういう偏差値信仰を突き崩して、本当に子供の人間性を取り戻すという、大げさに言えばそういう形の取り組みをする必要があろうかと思います。御努力をいただきたいと思います。
 その中で一つ、ちょっと個々にわたりますが、もう時間がなくなりますからぽっぽっと質問を申し上げますけれども、まずこの点では、最初に申し上げたように、多様化の時代、個性に応じたこと、また新しい学力観ということからいえば、やはり先生が非常に大切になるということが言われております。私があちこちで聞いておりますと、マスコミの方を含めて、初任者研修というのが非常に問題になって言われておりまして、どうも初任者研修というのがあるけれども、あれで一年がかりで文部省が型にはめた教育を、研修をしてしまうんじゃないか、だから後々、非常に幅広い、そしていろいろなことに対応できる教師というものができなくなる可能性が強いぞというふうな声も随分ありました。この点については、どういう形でやっていらっしゃるのか、改めてお尋ねをしたいと思います。
#163
○井上(孝)政府委員 初任者研修制度につきましては、初任者に対して、実践的指導力と使命感を養うとともに、幅広い知識や経験を得させることを目的とするものでありまして、これによりまして初任者が円滑に教育活動に入り、可能な限り自立して教育活動を展開していく素地がつくられるものと考えているところでございます。
 初任者研修の具体的内容あるいは方法につきましては、その初任者研修の実施に当たっての研修の日数、研修の基本的な内容など共通理解が必要なものについては、全国的一定の研修水準を保つ必要があるために、初任者研修の実施要綱モデルを作成いたしまして、文部省としての考え方を示しているところでございますが、具体的な初任者研修の内容、方法については、このモデルを踏まえつつ、初任者の個性を生かし、また各地域や学校の実情にも即して、創意工夫に富んだものとなるように指導をしているところでございまして、各都道府県指定都市教育委員会や学校で創意工夫をして実施をしていただいているものというように考えておるところでございます。
 初任者研修の成果につきましては、全体として初任者の実践的指導力の向上が著しく、また初任者研修に対する学校全体の取り組みを通じて、他の教員の研修意欲も高まったという報告を各都道府県指定都市教育委員会から受けているところでございます。
 先ほど先生から御指摘のように、今後の新しい学習指導要領の目指す児童生徒の一人一人の個性を生かす多様な教育の実現を目指して、初任者研修におきましても、その一層の充実に向けまして、研修の内容、方法等について、初任者の個性を生かし、その意欲を喚起できるような、各地域や学校の実情等に即した創意工夫を引き続きするように指導してまいりたい、このように考えておるところでございます。
#164
○鍛冶委員 これはしっかりした形でお取り組みをいただきたいと思います。
 それで、提案を含めての御質問でございますが、一つは、受験戦争というものはもうそんなにやいやい考えなくてもいいですよというふうな雰囲気づくりというものも必要じゃないかなというふうに思うのですが、それについては、一つの考え方として十八歳人口というものが減少をしてくる。リクルートでしたか何かで試算をして、前提条件が幾つかあったようですが、試算をしたら、大体二十一世紀に入って二、三年すると、もう大学を受験する人口よりも大学、これは短大を含めた入学定員だと思いますが、そちらのほうが上回っちゃって、学校を特に選ばなければ大学には皆行けるような時代が来るというような資料があったのですね。私は、こういうのは具体的に文部省はどういうふうな考え方で推移を見ておられるのか、お聞きをしたいのですけれども、こういったことというのは、やはり父母の方たちに、あくせくした感じ、せっぱ詰まった感じというものを和らげる一つの材料にはなるんじゃないか。だから、業者テストなんかやるについては、こういうこともしっかりPRをしていくというふうな具体的な形も私はあっていいんじゃないかなというふうに思うのですね。
 それから、新しい学力観もそうだと思うのですよ。やはりこれからの時代というのは、環境問題がいろいろある。そうすると、学力だけじゃだめなんだ、知識だけじゃだめなんだ、知恵が必要だし、人間らしい人間、そしてあたりを思いやる人間というのが必要なんだ。そちらの方がむしろ社会へ出たときに成功するんですよ、いいんですよというようなことも含めて、いろいろな角度で、これは文部省だけでできなければ、ひとつ総理にもお願いして、政府を挙げてそのPRをしながら、そういう弊害をなくすための、偏差値信仰を崩すための努力というものがやはり必要だろうというふうに思うのですが、以上の二点についてお尋ねをします。
#165
○遠山(敦)政府委員 先生のお話は、御議論の経緯からいたしますと、広く大学の門戸が開かれていれば、あのような受験体制はなくなるのではというお話でございます。それはそれで大変説得力のあるお話であろうかと思います。
 私どもといたしましては、高等教育という立場からいたしますと、やはり高等教育というのは一国の将来を左右する優秀な人材を育てるという使命もございますし、その目的というのは学校教育法の中にきちんと書かれているわけでございます。その角度からいたしますと、将来一体どうなっていくかということについてはかなり厳密な計画も立てておりまして、ケースを三つに分けまして、志願者がどうなるか、あるいは進学率はどうなるかというふうなことで考えております。したがいまして、それを今説明している時間がないのですが、だから将来は全部だれでも入れるようになるんだということになりますと、いささかちょっと、もう少し御説明が要るうかと思います。
 ただ、御議論の展開を聞いておりますと、確かにいろいろな学習の形態があり得るわけでございます。単に大学あるいは短期大学ということにとらわれずに、あるいはリカレント、生涯学習ということもございますし、そういうことを考えてまいりますと、これからはもう少し幅広くいろいろなチャンスに人が学べるような社会にしていくという面では、高等教育局も、あるいは生涯学習という観点からも、いろいろなチャンスが開かれていくという点では、先生のお考えというのは、私どもとしてはある意味で賛成できることであろうと思っております。
#166
○鍛冶委員 時間が参りましたので、若干質問は残りましたが、これで終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
#167
○渡辺委員長 次回は、来る十九日金曜日午前九時二十分理事会、午前九時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後四時二分散会
ソース: 国立国会図書館
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