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1993/02/24 第126回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第126回国会 文教委員会 第3号
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1993/02/24 第126回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第126回国会 文教委員会 第3号

#1
第126回国会 文教委員会 第3号
平成五年二月二十四日(水曜日)
    午前十時三十一分開議
出席委員
   委員長 渡辺 省一君
   理事 中山 成彬君 理事 原田 義昭君
   理事 真鍋 光広君 理事 松田 岩夫君
   理事 渡瀬 憲明君 理事 沢藤礼次郎君
   理事 吉田 正雄君 理事 鍛冶  清君
      井上 喜一君    岩屋  毅君
      奥田 幹生君    狩野  勝君
      河村 建夫君    小坂 憲次君
     小宮山重四郎君    佐田玄一郎君
      塩谷  立君    島村 宜伸君
      西岡 武夫君    川崎 寛治君
      小林  守君    輿石  東君
      佐藤 泰介君    嶋崎  譲君
      山元  勉君    冬柴 鐵三君
      矢追 秀彦君    山原健二郎君
      柳田  稔君
 出席国務大臣
        文 部 大 臣 森山 眞弓君
 出席政府委員
        文部大臣官房長 吉田  茂君
        文部大臣官房総 岡村  豊君
        務審議官
        文部省生涯学習 前畑 安宏君
        局長
        文部省初等中等 野崎  弘君
        教育局長
        文部省教育助成 井上 孝美君
        局長
        文部省高等教育 遠山 敦子君
        局長
        文部省高等教育 中林 勝男君
        局私学部長
        文部省学術国際 長谷川善一君
        局長
        文部省体育局長 奥田與志清君
 委員外の出席者
        人事院事務総局 尾木  雄君
        任用局企画課長
        厚生省児童家庭 弓掛 正倫君
        局育成課長
        文教委員会調査 福田 昭昌君
        室長
    ―――――――――――――
委員の異動
二月二十二日
 辞任         補欠選任
  岩田 順介君     小林  守君
同月二十三日
 辞任         補欠選任
  佐藤 泰介君     佐藤 観樹君
  冬柴 鐵三君     市川 雄一君
同日
 辞任         補欠選任
  佐藤 観樹君     佐藤 泰介君
  市川 雄一君     冬柴 鐵三君
同月二十四日
 辞任         補欠選任
  永末 英一君     柳田  稔君
同日
 辞任         補欠選任
  柳田  稔君     永末 英一君
    ―――――――――――――
二月十九日
 教育条件の整備充実に関する請願(近江巳記夫
 君紹介)(第二一五号)
 高校三十五人以下学級の早期実現、私学助成の
 抜本的拡充に関する請願(近江巳記夫君紹介)
 (第二一六号)
 同(中野寛成君紹介)(第三〇三号)
 同(東中光雄君紹介)(第三〇四号)
 同(正森成二君紹介)(第三〇五号)
 三十五人以下学級、教職員定数改善、私学助成
 の大幅増額に関する請願(遠藤登君紹介)(第
 二一七号)
 高校四十人学級の早期実現、急減期特別助成な
 ど私学助成の大幅増額に関する請願(日野市朗
 君紹介)(第二一八号)
 行き届いた教育の充実に関する請願外一件(東
 祥三君紹介)(第二一九号)
 同(石田祝稔君紹介)(第二二〇号)
 同(遠藤和良君紹介)(第二二一号)
 同(近江巳記夫君紹介)(第二二二号)
 同(北側一雄君紹介)(第二二三号)
 同(北側一雄君紹介)(第二九八号)
 同(中野寛成君紹介)(第二九九号)
 同(薮仲義彦君紹介)(第三二四号)
 私学の学費値上げ抑制、教育・研究条件の改善
 及び私学助成増額に関する請願(辻第一君紹
 介)(第二二四号)
 公立小中学校の事務職員・栄養職員に対する義
 務教育費国庫負担制度の維持に関する請願(山
 下八洲夫君紹介)(第二九四号)
 私学助成の大幅増額、三十五人学級の実現に関
 する請願(寺前巖君紹介)(第二九五号)
 三十五人以下学級の実現、私学助成大幅増額、
 障害児教育の充実に関する請願(山下八洲夫君
 紹介)(第二九六号)
 高校四十人以下学級と小・中学校三十五人学級
 の早期実現、私学助成の大幅増額、障害児教育
 の拡充に関する請願(村山富市君紹介)(第二
 九七号)
 三十五人以下学級の早期実現、私学助成の抜本
 的拡充に関する請願(吉井英勝君紹介)(第三
 〇〇号)
 同(貴志八郎君紹介)(第三二五号)
 小・中・高校三十五人学級早期実現と生徒急激
 期特別助成など私学助成の大幅増額に関する請
 願(小野信一君紹介)(第三〇一号)
 同(山中邦紀君紹介)(第三〇二号)
 同(菅原喜重郎君紹介)(第三二六号)
 同(山中邦紀君紹介)(第三二七号)
 豊かな私学教育実現のための私学助成に関する
 請願(上田哲君紹介)(第三二八号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
二月十九日
 教育行財政等に関する陳情書(山形市旅篭町二
 の三の二五酒匂勝雄)(第二二号)
 私学助成の充実強化に関する陳情書外十件(石
 川県河北郡津幡町字加賀爪二三津幡町議会内谷
 下紀義外十名)(第二三号)
 義務教育費国庫負担制度の堅持等に関する陳情
 書外十一件(岩手県胆沢郡衣川村大字上衣川学
 古戸四二〇衣川村議会内佐々木市男外二十名)
 (第二四号)
 学校図書館における司書教諭の配置に関する陳
 情書(大阪府高石市加茂四の一の一高石市議会
 内金刺信彦)(第二五号)
 教職員配置改善計画の実施に関する陳情書(山
 口市滝町一の一山口県議会内河野博行)(第二
 六号)
 三十五人学級法制化・教職員の大幅増に関する
 陳情書(奈良県生駒郡平群町吉新三四八平群町
 議会内北川義一)(第二七号)
 教員給与の改善に関する陳情書(山口市滝町一
 の一山口県議会内河野博行)(第二八号)
 学校週五日制に関する陳情書(北海道旭川市六
 条通九の四六旭川市議会内賀集一正)(第二九
 号)
は本委員会に参考送付された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数
 の標準に関する法律及び公立高等学校の設置、
 適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律
 の一部を改正する法律案(内閣提出第七号)
 文教行政の基本施策に関する件
     ――――◇―――――
#2
○渡辺委員長 これより会議を開きます。
 文部行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山元勉君。
#3
○山元委員 山元でございます。
 きょうは、大臣がまだ予算委員会の方でお見えになりませんけれども、所信表明に対する質問ですから、大臣がお越しになるのをお待ちをいたして、そして肝心なことをお尋ねをしたいと思いますけれども、先に具体的なことについて文部省にお尋ねするということで、質問をさせていただきたいというふうに思います。
 御案内のように、高校教育改革推進会議というのが二月の十二日に第四次報告書を出しました。そしてその中で、高校の普通科、職業科に加えて第三の学科として総合学科新設を援言をいたしました。これについて文部省がどのように受けとめて、今後どのように進められるのかということをまずお尋ねをしたいわけです。
 現在高校の進学率は九五%に達しています。その昔、一部の子供たちの学校から、そして次の時代はせめて高枝はという、そして今九五%に上昇した、そういう状況にある高校でございます。しかし、この受け皿としての高校は明治以来普通科と職業科の二者択一の高校でございました。そして、その高校がどんどんと格差が拡大をしていって、そして偏差値による選別受験で不本意な入学が増加をして、毎年十二万人と言われる中途退学者が出る状況になっているわけです。
 そういう大きな矛盾を抱えているといいますか、いわば行き詰まっている高校教育をどのように打開すればいいか、そういう立場で抜本的な改革として第三の総合学科というのが提起されたのだろうというふうに思います。ところが、今申し上げましたように、明治以来の二本立ての高校の教育を改革するということは大変な幾つかの困難があろうかというふうに思います。
 そこで、文部省はこの援言をどのように受けとめていらっしゃるか。基本的な理念だとか、あるいはこれからの方向として、今文部省がまずどのように受けとめていらっしゃるのかをお伺いをしたいと思います。
#4
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 今先生お話ございましたように、高等学校、いわゆる普通教育を主とする学科というのと、専門教育を主とする学科という二本立てでずっときたわけでございます。そういう中で、やはり今御指摘ございましたように、進学率が九五%を超える、こういう時代になったときに、子供たちの興味、関心もいろいろな面で多様なものになってきている。そういうものに高等学校教育というものが十分に対応し切れていないというところにやはり中途退学等の問題も出ているのではないか、こういう問題意識を持っているわけでございます。
 この総合学科につきましては、平成三年の四月に中央教育審議会の答申がございまして、「普通科と職業学科とを総合するような新たな学科」を創設すべきであるという提言をいただいたわけでございます。中央教育審議会の問題意識もそういうところにございまして、やはり子供たちの興味、関心にどう高等学校教育がこたえていくか、そういうことでこういう御提言をいただいたわけでございます。
 そして、具体的には、今お話ございました高等学校教育改革推進会議で検討を重ね、二月十二日に最終報告をいただいたわけでございます。総合学科はそういうことで、普通科目のみならず、専門科目も含めました多様な教科・科目を開設する、そして生徒が自分の興味、関心に基づいて履修する科目を選択をしていく、こういうところに最大の特色を持っておるわけでございます。
 これは、実は最終報告の中にもうたわれているわけでございますけれども、従来の普通科にしても、普通科の子供が全部進学するわけではない。就職する子供もいる。職業科にいたしましても、全部が就職するわけではなくて、進学する子供もある。したがって、普通科、職業科自体も、従来のようなそういう進学する子供あるいは就職する子供ということで教育をしていくんでは足りない。普通科、職業科自体もう少し多様な取り組み方が求められるということを提言しているわけでございますが、それをさらに発展させていったのが総合学科。普通科のみならず、専門職業学科を含めました専門科目も子供たちが選択をしていく。
 こういうことで、この高等学校につきましては、いろいろな子供が、興味、関心を持った多様な子供が入学してくる。したがって、入学者選抜も、そういう形で推薦入学を取り入れるとか、多様な子供がここに入学してくるような、そういう学科にぜひ私どももしていかなければいかぬ、こう思っておるわけでございまして、現在問題になっております偏差値教育というものを打破する一つの大きなきっかけになることを私どもも期待しておるわけでございます。
 今後のスケジュールでございますが、早速各都道府県に指導通知を出したいと思っておるわけでございます。準備期間が必要でございますので、発足としましては平成六年度からの発足ということで、年度内に関係省令の改正等を行って、それぞれの各県で準備を進めていただき、平成六年に向けて設置、なかなか当初は多くの数にはならないと思いますけれども、ぜひいい総合学科というものを設置していただきまして、全国にこれが広がることを我々も期待しておるわけでございまして、またいろいろな財政面でもあるいは定数面でも、そういう総合学科が今後設置が進むような方向で支援措置も講じていきたい、このように考えておる次第でございます。
#5
○山元委員 この提言は、去年の六月にも第一次報告の中で、他校の単位認定だとかあるいは無学年制というのとあわせて既に報告されているわけですね。ですから、いろいろ準備検討も進めてこられたのだろうと思うのですが、順次お伺いしますけれども、一番問題は、現場がどういうふうに受けとめてどういうふうに自治体が考えるかということが大きな一つのキーポイントだと思うのですね。その後、六月から順次各県教育委員会やあるいは諸団体と協議といいますか、意見を聞いてこられたのだろうと思うのですね。そういう各団体や地方自治体の持っていらっしゃる懸念といいますか、そういうもの、意見はどういうものでしたか。
#6
○野崎政府委員 中間まとめが出まして、そして、その後その中間まとめを全国に公表し、そして今お話ございましたように関係団体のヒヤリングも重ねたわけでございます。概して、総合学科という構想につきましては、やはり皆さん方積極的に賛意を表していただいたのではないか、こう思っております。この総合学科を、各県のいわゆる設置者ができるだけ工夫できるような形で設置をしてほしいという希望が多かったように私ども聞いております。そういうようなことで、最終まとめの方は、むしろ中間まとめよりも各県が工夫できるような形で、弾力的な書き方で物を書いている、このように思っております。
 例えば、「産業社会と人間」。これは総合学科ということで多様な選択をするものでございますから、子供たちがいろいろなものを選ぶときに安易に科目を選ばれても困るわけでございますので、まず人間の生き方とかあるいは職業観というようなものを当初に学んでいただこうということで、「産業社会と人間」というような形の、中間まとめではこれを必修のような位置づけをしたが、これはそういう形で余りかちっと位置づけますと、必ず「産業社会と人間」というものを設けなければいかぬのか、こういうような議論にも発展いたします。私どもは、もちろん「産業社会と人間」というような教科が理念としているものは履修をしていただかなければいかぬわけですけれども、具体的には各県で、そういう理念のもとに、例えば別の名前をつけても結構ですし、そういうものをまず根底に置いて、そして総合学科というものをつくってほしい。したがいまして、余り各県を縛るような形でなしに、いろいろな工夫ができるような、そういう御意向も受けまして最終まとめをした、こういうような経緯でございます。
#7
○山元委員 大変な改革であるということとあわせて、今もおっしゃるように、多様な子供たちが入っていく、さまざまなイメージで子供たちもまた入っていく、そういう学校というイメージがなかなかわきにくいわけです。恐らく、自治体にも戸惑いがあろうと思いますし、教育現場でも、それはあろうと思うのですね。
 そこで、そういうものを少し明らかにしていかなければ、来年度一年間かかっていいものがつくっていけるということにはならないだろうというふうに思うのです。第一、新設される総合学科の高校、あるいは普通科を変えていく、職業科を変えていく、さまざまなパターンがあろうと思うのですね。そういうことも含めて、今後どういうふうに見通しを持っていらっしゃるのか、順次伺っていきたいのです。
 最初に、新聞の社説も、その明くる日それぞれの社が社説に取り上げて、例えば、「「単位制総合学科」高校への期待」とかあるいは「総合学科を高校改革の核に」とかあるいは「総合学科への期待と注文」とか、これは全部社説の見出しです。ですから、そういう大きな期待はあるのです。先ほど言いましたように、今まで行き詰まっていたという実感はみんなにありますから、こういう新しい高校への期待はあるけれども、それじゃ、それがどういう形でつくられていくのかということについて順次伺いたいわけです。
 現在ある普通科、職業科の高校を総合学科の高校、総合高校へ一本にしていく形が主流になるのか、どういう形になるのか。そして、この社説の中でも言っていますけれども、総合制高校実現へ向けて努力をすべきだ、こういう主張もあるわけですね。ですから、さまざまな主張があって、今ある普通科と職業科と総合学科と、どういうふうにこれからつくり上げていくのか、そういう姿についてはどうお考えになっていらっしゃるのですか。
#8
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 この総合学科の構想を先取りしたような形で現在行われているのが、埼玉県立の伊奈学園総合高等学校というのがございます。これは現在生徒数が大体三千人を超える生徒数を持っておりまして、そして例えば人文、理数とか語学とか、学系という形で系列を分けて履修していただく。そして入試なんかは、それぞれが定員枠を設けているわけじゃございませんで、全体一本で実施している。ただ、この伊奈学園総合高等学校というのは普通科でございます。現在の中では普通科か専門学科がということでございますので、普通科という形でやっております。
 私どもとしては、こういうものが一つのはしりとしてございますので、やはりそういうものを参考にしながら、各県がいろいろな形のものを工夫していくことになるだろう。この新しい総合学科というものをつくる場合も、やはりそれは考えられます。ただ、先生御存じのように、今子供の数が減少しておりますので、十五歳人口がふえているときのように、新しい高等学校をつくるということは、実際問題としてなかなか難しいところがあるんではないか。そういたしますと、従来ある高等学校というものを核にして、その高等学校にいろいろな工夫をして総合学科的なものに持っていくということがやはり多いんじゃないかと考えております。
 現在一つの高等学校で複数の学科を持っている高等学校がございます。ただ、現在の高等学校というのは、その学科ごとに定員枠を設けまして、その学科ごとに入学許可を行う。したがって、工業科に入りますと、ずっと工業科という形になるわけでございますが、総合学科ということでこれを考えますと、その学科間の定員枠というものを取っ払ってしまう。総合学科という形で定員枠をつくって、そして、入った子供は興味、関心に基づいて、工業系の科目を選ぶ場合もあるだろうし、農業系の科目を選ぶ場合もあるだろう。もちろんその学科間を取っ払うだけでは、従来ある形のものとそう大して変更がないわけですから、そこに新しい科目を加えるとか、もう少し多様な教科・科目を開設していくという努力も必要だと思いますけれども、そういう中で従来あるものを総合学科に変えていくあるいは既設の学科に総合学科を加えていく。これは私どもとしては一つの類型というものを今余り考えておりません。むしろ設置者の間でいろいろな工夫を競い合っていただきたい。そして、そういう競い合った結果というものをまた私どもの方で全国に情報として流して、また、こういう県ではこういう工夫がされているというようなことを紹介しながら、よりよいものがどんどんできていくというふうなことを期待しておるわけでございます。
#9
○山元委員 これは低言が出されたときに、たしか文部省の職業教育課長の話というのが記事になっているのですけれども、今おっしゃるように、新設を必ずしも必要としない、併設校やあるいは複数の職業科設置校が垣根を取り払うだけでよいと、こういうふうにコメントを出していらっしゃるのが記事になっているのですね。そういう学校は、新設でなくて、例えば職業高校が、普通高校がだんだんそういう総合学科をつくっていく、そういうのが中心的なものになるんだと、こういうふうにおっしゃっているのです。
 なるほど弾力的な施策ともとれるのですけれども、これは一面それぞれの自治体やそれぞれの地域でつくられる学校ということで、子供たちあるいは保護者がイメージしにくい、わかりにくい高校の存在になってしまうのではないか。こういうふうに本当に総合学科を中心にずうっとしていくんだ、そこを一番多くしていくんだ、これは将来は総合制高校にしていくんだというふうな強いイメージがないといかぬのではないか。創意工夫と言いながらも、かえっていわば無計画になってしまうんではないか、無原則になってしまうんではないか、こういうように心配するのですけれども、その点はどうですか。
#10
○野崎政府委員 私どもとしては、総合学科のみならず、従来ある職業科なりあるいは普通科なんかも総合学科的な発想で、ぜひ子供たちの興味、関心に応じられるような、そういうものに全体的に持っていっていただきたいとは思っております。
 ただ、それでは全部を総合学科にするのかといいますと、それはやはり今までの歴史的経過の中で普通科もございます、それから特に職業科の場合ですと、工業、農業、商業、それぞれ長い伝統の中で培ってきたわけでございますし、そういう意味で、ぜひ工業としてずっといくという高等学校があってまたしかるべきだと私どもは思っております。したがいまして、余り一つのものに統一するというのではなしに、普通科、職業科、そして総合学科というものがお互いに競い合っていくという形が一番望ましい姿ではないか。ただ、イメージとしては総合学科的に、できるだけ子供たちの興味、関心に応じられるような形で学科の運営というものは考えていく必要があると思いますけれども、将来的には日本国の高等学校が全部総合学科になるのだというところまでは考えていないわけでございます。
 ただ、これからとにかく総合学科を各県につくっていただきたいということでございますから、私どもとしては、総合学科をできるだけ設置奨励をしていくということに努めていきたいというのが今の段階でございます。
#11
○山元委員 今おっしゃるように、二本立てが三本立てになるようなイメージを強く持っていらっしゃると思うのですね。この報告の中でも述べていますけれども、「学歴社会の弊害の除去や過度の受験競争の緩和にもつながり、その意味でも総合学科が今後の高等学校教育改革のパイオニア的役割を果たすことが期待される。」こうなっていますね。高校教育改革のパイオニア的役割を果たすということが、どこまでの意味なのかということがこれから問題になるだろうと思うのです。
 ここにも書いてありますように、学歴社会の弊害をなくする、あるいは偏差値偏重の教育をなくするという意味で、この高校が大きな役割を果たすということに本当になり得るのかどうか。例えば今局長が各学科が競い合うような形でとおっしゃいました。そうすると、二本が三本になるだけというイメージが強くなってくるわけです。そういうことでは、報告で言っているようなことにはならないだろうというふうに思うのですね。
 そういう点からいうと、普通科と職業科がある現行の制度をどういうふうに改善をしていくのか、あるいはこれからの高校教育のあり方で配慮すべき点、幾つかあろうと思う。ただ新しいのをつくる、創意工夫してつくるのだ、三つが競い合うのだというだけではだめで、先ほども言いましたように、まさに行き詰まっている偏差値による輪切りの受験だとか、そういう高校の弊害をなくするために、パイオニア的な役割を果たすためにも、今の制度を、この総合学科以外の制度を改善したり、あるいはこれからの進め方について配慮をしなければならぬ。例えば入試の問題、現在の入学試験制度の問題あるいは成績評価の問題で配慮しなければならぬ点がたくさんあろうと思うのですが、その点についてはどう検討していらっしゃいますか。
#12
○野崎政府委員 実は推進会議におきましても、総合学科の構想だけではなしに、例えば入試の改善につきましても提言がございます。また単位制高校とか高等学校教育のあり方についての提言もございます。
 まず入試で申し上げますと、やはり今普通科志望が大変多いという中で、いわゆる狭義の意味の学力で判定をするというところが多い。そういうことが今弊害として出てきているのではないか、こう思うわけでございまして、高等学校入試も多様なものにしなければいかぬ。多様なものにするという意味は、もちろん、入学者選抜で内申書の比重あるいは学力調査の比重を変えるとか、あるいは多段階の入試をやるとか、そういう入試方法の改善と同時に、高等学校自体が多様なものになっていかなければいかぬ、こういうことだと思います。
 高等学校が多様になるというのは、確かに学校制度としては普通科、職業科、職業科の中にもいろいろあるわけでございますから、これを一まとめにすることがいいのかどうかはありますけれども、普通科、職業科その他の専門学科、それに今回の総合学科。それだけが私どもは多様化だとは思っていないわけでございまして、同じ普通科の中にも多様な教育を提供する高等学校というものをやはり考えていただきたい。職業学科の中でもまさにそういうことです。したがって、類型としては確かに三つでございますけれども、個々の高等学校がやはり特色を持っていただく。そして、その特色に応じて子供たちが受験をするという形がやはりこれから望まれておるのだと私どもは思います。
 だから、先生御指摘のように、総合学科ということで私どもこれを一からげにして物を考えているわけではございませんで、総合学科の中にもいろいろな特色のあるものがある、またそうでなければならない、このように私どもは考えているわけでございます。
#13
○山元委員 そうはおっしゃっても、やはり私は、高校の今まで大きな弊害だった格差というものがまた形を変えて強まるのではないかという心配がぬぐい切れぬのですよ。普通科、職業科。普通科が上で職業科、現実的に序列があったと率直に言わなければならぬと思うのですが、それでは、もう一つできたら普・職・総になるのか、普・総・職になるのか、これは考えなければならぬところだと思うのです。そういう心配が出てくると思うのですね。
 現在ある普通科高校、今局長はその普通科高校も多様な学校、多様な教育ということを考えなければならぬとおっしゃいましたけれども、やはり私は、普通科高校はより進学校へ、職業高校はより職業訓練といいますか、専門化していく。こういう間に総合高校、総合学科というものが位置づけられてしまうのではないか。いわば、簡単に言うと三つの種類の高校が序列化されてしまうのではないかという心配があるわけです。端的に言ってその点はどうですか。
#14
○野崎政府委員 これは、いろいろな入試の方法とか、総合学科をどのように各県で考えていくかとか、そういうこれからの大きな総合学科に対する評価の問題とも絡んでくると思いますが、入試の問題として考えますと、文化あるいはスポーツ活動、ボランティア活動等の実績を重視した推薦入学などを実施して、多様な選抜方法を工夫する、そういうことで、できるだけ総合学科を、いろいろな方面に興味、関心を持った多様な子供が集まる、そういう場にぜひ持っていきたいと私どもは思っているわけでございます。
 先駆的な役割を果たしました伊奈総合高校、ここなんかは、クラス分けをするわけでございますが、そのクラス分けは、数学系のクラスとか、そういうクラス分けではなくて、クラス自体はいろいろな子供が、数学が得意な子供も入れば、美術が得意な子供、音楽が得意な子供、スポーツが得意な子供、それが一つのクラスの中に入る。そういうことによって、お互いの子供のよさを子供たちが認め合う。私どもはそういうような姿を総合学科にも期待をしておるわけでございます。
 先生の御指摘の点は私どもも大変重要な点だというふうに受けとめておりますので、今後総合学科の創設によりまして新たな序列化みたいなことが起きないように、この点は十分留意して進めなければならない、このように思っております。
#15
○山元委員 私には経験が一つあるのです。もう二十年ほど前になるのですけれども、私の地元は滋賀県ですが、そこで、高等学校をどうするのか、そして高校の多様化についてどうしたらいいのかという懇談会ができたのです。県教委やPTAの代表、校長会の代表、私もその委員の一員になって相当の回数論議をしたのです。
 そのときに、私どもは、やはり小さい学区にして、そういう序列化が、一流校から十五流校までというような極端な話もありましたけれども、そうならないように、そして普・職の格差が拡大しないようにということで、学区を縮小した方がいい。そのときに、二十年前に私の使った言葉で二つしかられたことがあるのです。そのときには私は、子供たちがまさに輪切りをされている、偏差値、学力によって輪切りをされて進学指導がされているという言葉がひっかかって、人間を輪切りにするとは何事や、そんな教育はしてないといって怒られた。そしてもう一つは、学校間格差という言葉についてひっかけられて、学校間格差というものは現に存在しません、それぞれみんなが生き生きと勉強しています、二十年前です。けれども、そこからずっと今の本当に息詰まってしまうような、そういう学校間格差だとか、輪切りあるいは偏差値偏重の教育というのが進んでいったこの二十年だというふうに思うのですね。
 今局長は、そういうふうに格差ができないように新しい総合学科というものをきちっと位置づけていくというふうにおっしゃるけれども、これは今最後のところで、各県ともあるいは自治体ともとおっしゃいましたけれども、ここのところは一番大事なパイオニアとしての肝心のところだというふうに思うのですね。そこのところでやはりしっかりとした指導を、あるいは文部省も現実をしっかりと見ながら、今までのように、多様化をしようが学校を拡大しようがそういうことにならないんだと言ってきたような、そういう過ちを犯さぬようにしていただきたいというふうに、これはお願いをしておきたいと思うのです。
 それで、もう一つ次に、こういう大変な改革です。今まで中学校の教師でいうと、一人の中学浪人も出してはならぬ、何とかして全部卒業生をきちっと高校に、できるだけ本人の希望に沿えて、できるだけいい学校にということで、一人も浪人を出してはならぬというように中学校の先生にしてみれば考える。親は少しでもいい中学校へ、少しでもいい高校へ、いい大学へと、こういうふうに思っている親の立場。そして、そういう学歴社会の中にしっかりと足を置いた形でいた大学や企業、こういう全体の中で高校教育というのが、あるいは受験というのがあったと思うのですね。そこのところを変えていかぬことには、新しい高校をつくっても、今申し上げましたような状況に落ち込んでしまうと思うのです。そういう中学校の現場教師やあるいは保護者やあるいは大学、企業というものの意識を変えていく必要があるだろうと思うのですね。そういう点について、これは小手先ではなしに、やはり大きな仕事というのですか、努力をしないといけないだろうと思うのですが、その点についてはどうですか。
#16
○野崎政府委員 今の点は大変大きな問題でございまして、まさに学歴社会というものをどう考えるか、これはまさに企業の採用から始まって、今お話ございました入試の問題、そしてまた親たちの意識の問題、これと大変複雑に絡み合う問題でございます。そんなことで、いろいろな場でこの問題の打破ということが叫ばれるわけでございますが、具体的にそれじゃどこから手をつけていいのかというのは大変難しいことでございます。
 私どもとしては、まず手のっけられるところから実施をしていこうということで、今回業者テストの問題につきましても、公教育としては、これに関与しないという形のものを打ち出したわけでございまして、先生の御提言は私ども全くそのとおりに思っておるわけでございますが、これはまさに社会全体の意識の問題、そういうものと大変結びつく問題で、実は中央教育審議会の答申が出たときも、企業に訴える、あるいは家庭に訴えるというような形で異例の答申が出たわけでございますけれども、そういう意識改革というものをどうやってこれから進めていくか、これはぜひまた先生方のお知恵も拝借しながら進めていかなければならないと思っておりますが、少なくとも私どもは今新しい学力観というようなことで教育を進めております。
 その意味合いは、一定の知識量というものを単に教えるのじゃなしに、むしろ子供たちの学ぶ意欲、そういうものを大事にしていく。入試の問題もそういう方向に変わっていかなきゃいかぬし、また、それぞれの家庭なり企業、地域社会におきます考え方も、ぜひその新しい学力観というものを育てる方向で変わっていっていただきたい、また、我々もそのためにいろいろな面で努力をしていかなければいかぬだろう、このように思っております。
    〔委員長退席、松田委員長代理着席〕
#17
○山元委員 端的に、今どこから手をつけたらいいのかとおっしゃった言葉が現実だろうというふうに思うのです。先ほども言いましたような、教師や親やあるいは大学というだけではないだろうと思いますが、社会全体の意識の問題であろうと思いますけれども、これは大きな仕事としてぜひ考えていただきたいというふうにお願いをしておきたいと思います。
 次に、こういうふうに一人一人の子供が主体的に科目選択をする学校だ、そうするためには幅広い多くのメニュー、先ほどの埼玉の高校でも書いていますけれども、これはたくさんメニューを並べるのだというふうに言っていますし、そうなっているようです。こういうふうに多様で幅の広い選択科目を設定しようと思うと、大変な教職員の数が要るだろうと思うのですね。総合学科開設について、そういう幾つかの条件整備が必要だろうと思いますけれども、一番大変なのは教職員の配置だろうというふうに思うのですが、その点、どういうふうに見通しを持っていらっしゃるのかお伺いします。
#18
○野崎政府委員 先生御指摘の点が私ども一番大事だと思っています。伊奈の総合高校でも、分ければ三校分ぐらいの規模になるわけですが、その定数にプラスをいたしましていろいろな科目を開設している、あるいは非常勤の先生方を活用していろいろな科目を開設している、こういうことがあるわけでございまして、やはり総合学科につきましても、そういう意味で定数面の配慮ということは私どもも大事なことだと思っております。そして、教職員定数改善計画につきましては、高等学校につきましても、現在標準法の改正をお願いをしているわけでございまして、その中で、今御指摘のあった総合学科がいろいろな科目が開設できるような面で、これから具体にどの程度のものが配置できるかということは検討することになるわけでございますけれども、その点は十分配慮しながら定数配分の方法について検討していきたい、このように思っております。
#19
○山元委員 今高校の教員の配置は標準定数法で配置をされているのですね。高等学校の学級でいいますと、一学級について一・五から二・五までの間にあると思うのですね。例えば十六学級以上の規模の学校であれば、学級数に一・六六七ですか、それを掛けて教員の定数が計算されるのだと思いますけれども、そういうものを抜本的に変えなきゃ、この一・六六というようなものではとてもじゃないが間に合わぬわけでしょう。その標準定数法との絡みについて、もう少しその話を具体的に、どう考えていらっしゃるのか。
#20
○野崎政府委員 現在の高校標準法におきましても、いろいろな特別の事情がある場合には定数を加配することができるという加配措置が講じられておるわけでございますので、総合学科につきましても、これから具体的には検討する形になりますけれども、そういう定数の加配措置的な面を十分検討していきたい、このように思っております。
#21
○山元委員 先ほども言いましたように、六月に第一次中間の報告がされて、これは大変なことだという意識は文部省は今まで持っていらっしゃった。そういう中で、例えば、先ほどもおっしゃいました埼玉の伊奈高校ですか、「メニューは百六十四科目」というふうな見出しの新聞記事を見て、ぜひ見に行きたかったのですが、時間がありませんでしたから新聞の記事を少し集めましたけれども、これは大変な定数が要るだろうと思うのでね。よほど文部省が標準定数法の改正も含めて教職員を確保するんだという決意をしないと、とてもじゃないが、絵にかいたもちになってしまう。そして、それだけだったらいいけれども、先ほどから申し上げていたような意味で、ゆがんだものになってしまうだろう。ですから、そこの点についてはぜひ早急に、これは大蔵省や各地方自治体との協議も要るわけですから、早く絵をかいていただきたいなというふうに思います。
 もう一つ、その条件整備でいうと、施設の問題ですね。そういうメニュー。この伊奈高校も授業が終わると、子供たちがずっと廊下を民族の大移動をやるのだ、こういうふうに書いてあります。そういう子供たちが移動するためには、あるいは子供たちがそうやって意欲的に学習をするためには、資料を、情報を得ようとすれば、そういうものの施設も要る。たくさんの教室、大、中、小、要るだろうと思うのですね。あるいはそういう情報を提供するスペースも要るだろう。大変な施設設備が要るだろうというふうに思うのです。今まで研究してこられて、これまでの高校を先ほどおっしゃるような転用をしていく、そういう形で間に合うのか、どれほどのことをお考えになっていらっしゃいますか。
#22
○野崎政府委員 高等学校ということで、義務教育でないものですから、今までも原則はやはり設置者が負担をするということで、地方交付税でいろいろな措置がされてきたわけでございます。ただ、職業教科あるいは科目というものにつきましては、御存じの産業教育振興法に基づく補助がなされてきたわけでございます。総合学科開設に伴いまして、当然この総合学科につきましても、職業教科あるいは科目が数多く開設される、こういうことになると思います。これは従来の職業学科だけじゃなしに、そういう科目を開設する部分につきましては、総合学科につきましても、この産業教育振興法に基づく補助の対象となるように、今基準の改定作業に取りかかっておりますので、ぜひそういう方向で我々も検討を進めたい、このように思っております。
#23
○山元委員 それは小手先とは言いませんけれども、産振法をいじっても、これはなかなかいかぬだろうと思うのですね。ですから、やはりしっかりとした、どういう規模でどういう望ましい高校をつくるんだ、そのための教職員定数なりあるいは施設というものを早く絵をかいていただかなければいけないだろうと思うのですね。その上で、先ほども言いましたように、これは莫大な金ですから、私は基本的には、こういう高校を、格差をなくしていく、あるいは業者テストを追放して、その偏差値教育をなくしていくということについては賛成なんです。ですから、そういう新しい高校の時代が始まるというのであれば、この委員会もあるいは文部省も一体になって、これはやはり金のことについては頑張らなければならぬと思うのですね。けれども、恐らく要るだろうな、産振法で少し補助の金を、それではちょっとよろしくない、力が入っていくものではないだろうと思うのですね。そこのところはぜひ今急いでほしいと思いますし、今申し上げましたような私どもの気持ちですから、そういうかいていく絵については、ぜひまた私どもに知らせていただきたいというふうにお願いをしておきたいと思います。そうでないと、これもまた大きな負担を負う地方自治体も動き出していかないだろうというふうに思いますから、その点は要望しておきます。
 さて、最初に大臣がお見えになれなかったので、話を具体的なところから始めさせていただきました。そこで総合学科の問題についてはこれで終わりたいと思います。
 最後に文部大臣にお伺いをしたいと思うのです。所信表明のところでも、大臣は、日本の学制百二十年、そして百二十一年目が始まろうとしている、時代はまさに第三の教育改革の時代だとも言われているときに、この総合学科が手をつけられた。まさに今、日の目を見ようとしているときに、大臣がどのように総合学科について考えていらっしゃるのか、御認識と、私も今申し上げましたように、何とかして今の高校教育を改善しなければならぬ、回復しなければならぬというふうに思っていますが、そういうことについての御決意といいますか、お気持ちをお聞かせをいただきたいというふうに思います。
#24
○森山国務大臣 今までの高等学校が普通科と職業科の二つに限られておりまして、十五歳の中学卒業の時点でどちらか決めなければいけない。そして、一たん決めますと、どうもなかなかその間の融通性が少ないというかた苦しい仕組みになっておりまして、そのようなことがいろいろな意味で問題になっており、また、これからの個性と多様性を尊重する教育ということから考えましても問題だと思っておりましたので、このたび出てまいりました総合学科という考え方は、そのちょうど間をつなぐと申しましょうか、いろいろ自分の希望や得意なことから始めて、勉強を多様にやっているうちに、ああ、自分はこちらに向いているな、こういうことをしたいなと、だんだん固まってくるということが期待できるやり方でございまして、まさにこれからの新しい教育の方向を示すものだというふうに私は自信を持っているわけでございます。現に、その考え方を先取りして実施しておられる学校を見てまいりましたが、大変子供たちも生き生きとして積極的に勉強に取り組んでいるようでございまして、あんなふうにうまくいくといいなというふうに思って見てまいったわけでございます。
 しかし、おっしゃるとおり、これを十分効果を発揮いたしますのには、教員の定員とかあるいは設備とか、その他さまざまな問題点もございますので、これらを具体的によく検討いたしまして支障のないように努力いたしてまいりまして、新しい教育の一つの方向としてぜひ進めてまいりたいというふうに考えております。
#25
○山元委員 今の文部省は、業者テスト追放の問題で少し強引過ぎるのではないかというふうなリーダーシップを発揮していらっしゃるわけです。確かに子供たちの高校時代というのは二度とないわけで、中学時代というのは二度とないわけですから、急いでそういう学歴社会を、あるいは偏差値偏重の教育を解消をしていかなければならぬと思います。この問題についても、やはり文部省が、先ほどからも申し上げておりますように、条件整備の問題やあるいは再びこれが学校間格差を拡大していくような、あるいは序列を多くしていくようなことにならない努力をしていただきたいなというふうにお願いを申し上げまして、この問題については終わりたいと思います。
 次の問題ですが、統合教育についてお伺いをいたします。
 去年、御案内のように国連障害者の十年が終わりました。政府やそれぞれの自治体や、あるいは障害者団体は、大変な努力をされて一定の成果をおさめて十年終わりました。しかし、大きなテーマであった完全参加と平等ということでは、まだまだ不十分なところがいかにも多いというのが現状ですし、実感ですから、さらにこの問題で努力をしなければならぬというふうに思います。
 この問題に関して、先日、一月二十一日、中央心身障害者対策協議会というのが「「国連・障害者の十年」以降の障害者対策の在り方について」という報告を宮澤首相に提出をされました。この中で、福祉や就業や環境等について触れているわけですけれども、教育についても、第二章で大きく「教育・育成」という章を設けて援言をしています。統合教育、通級について言っているわけです。
 文部大臣もこの間の所信表明でこのことに触れていらっしゃいます。「特殊教育についても、通級による指導の制度化を図るなど一層の充実に努めてまいります。」これは一月に出されましたこの報告を意識してといいますか、これを受けての表明だというふうに思いますし、そして一歩進んだ提言だと私どもは評価をしているわけですが、文部大臣はこれから全般的な障害児教育についてどのように取り組もうというふうにお考えになっていらっしゃるか、あるいは今の障害児教育についてどのように御認識を持っていらっしゃるのか、お伺いをまずしたいと思うのです。
#26
○森山国務大臣 国際障害者年及びそれに続く十年というようなこともございまして、障害児教育についての関心が最近大変高まってまいったのはうれしいことだと思っております。心身障害児の教育につきましては、障害のある児童生徒が将来自立して幸せに生活を送れるようにすることを目標にいたしまして、児童生徒一人一人の障害の状態、能力、適性などに応じて適切に行うということが必要だと思います。
 文部省では、これまでも昭和五十四年度の養護学校教育の義務制の実施、教職員定数、教育方法、内容の改善など、心身障害児に対する教育の充実に努めてまいったところでございますが、さらに平成五年度からは、新たに小中学校の通常の学級に在籍している軽度の心身障害児に対する通級による指導を制度化することにより、個に応じたきめ細かな教育を実施することにしたいと考えております。
 文部省といたしましては、心身障害児に対する教育については、重要な教育施策の一つといたしまして、今後とも心身障害児の教育の一層の充実に努めてまいりたいと考えております。
#27
○山元委員 この通級というのは、近年大変ふえてきているわけです。心身に障害を持つ子供たちが、各教科の勉強は普通学級で、そして障害の状態に応じて障害児学級なり障害児学校へ通級をする。有効な教育の形態だということでふえてきているわけです。
 現在の文部省がつかんでいらっしゃる全国の通級の実態をお知らせください。
#28
○野崎政府委員 ちょっと古い数字になりますが、昭和六十三年十月一日現在でございますが、特殊学級には籍はないが、そこで指導を受けている者、これが一万二千七百九十三人、このような数字がございます。
#29
○山元委員 それは小中分けてもう少し具体的な数字はわからぬですか。
#30
○野崎政府委員 さらに小中別で申し上げますと、小学校が一万一千七百八十七人、それから中学校が千六人、こういうような数字になっております。
#31
○山元委員 これは私は先ほどもだんだんふえてきているというふうに申し上げましたけれども、決して多い数ではないというふうに思います。いわゆるノーマライゼーションと言われる、健常者と障害者がこうしてともに生きてともに学ぶ、そういう社会をつくるということは、大変大きな我が国の重要な課題だというふうに思いますけれども、これ一つ見てもおくれているという感じがするわけです。教育の場でも健常者と障害児あるいは障害を持つ生徒が一緒に生活して、一緒に学習して、一緒に成長していく、そういう場をつくらなければならぬ、そういう意味でこの統合教育というのが一層進展しなければならぬというふうに思うわけです。
 ですから、そういう意味で言うと、今遅きに失したけれども、そういう提言があったということについては、私どもはいいなというふうに思います。その後すぐに文部省が指導要領の改正だとかあるいは学校教育施行法の改正だとかいうものを行って、通達を出された。これも一歩踏み出したことだということで、私ども評価をしていますけれども、これからどういうふうにこの実態、中学生でいうと千六人しかいないという表現は語弊があるかもしれませんが、こういう状況をもっともっと子供たちに――あるいは障害児に開かれた学校、学級、障害児学級、障害児学校、こういうふうにしていく方策が具体的に必要だというふうに思うのですけれども、文部省のこれからの仕事、これからの施策、通達を一本当してよいというものではないと私は思うので、そこのところはどういうふうにお考えになっていますか。
#32
○野崎政府委員 通級による指導は、先生今お話ございましたように、小中学校の通常の学級に在籍している、こういう軽度の心身障害児に対しまして、各教科等の指導は通常の学級で行い、そして心身の障害に応じました特別の指導を通級による指導によって行うという新しい特殊教育の形態でございます。先ほどは現状の数字を申し上げたわけでございますけれども、恐らくそれぞれの各県の事情を聞きますと、その数字がもっと正確なものが出てまいると思いますので、それに応じまして、定数の改善とか、そういう面につきましても配慮していきたいと思っております。
 この第六次の義務教育諸学校教職員配置改善計画の中にも、通級による指導を行うための必要な教員定数につきましては盛り込んでおるところでございますので、よく各県からヒアリングを聞きながら、その辺のところを確定していきたいと思っておるわけでございます。
#33
○山元委員 この通級については、今までは、今もちょっと本音だろうと思うのですが、これから各県を調べたらというふうにおっしゃられたと思うのですけれども、ほとんどが自治体、各県の努力によって、この通級というものが行われてきたというふうに思うのですね。そういう意味では、今度定数も若干、多いとは言えないというふうに思いますけれども、あるいは予算もっけられたということについては、私どもはいいと思うのです。けれども、そういうふうに踏み出していくことに、私どもはやはり幾つかの懸念を持ちます。
 一つには、普通学級にいた、あるいは普通学校にいた子供たちが、この通級という制度が進んでいくにつれて、無理やりに障害児学校、障害児学級へ追いやられるのではないか。簡単に言いますと、普通学級から障害児が排除されるようなことになりはしないか。こういうものに踏み出していく際に、子供たちの教育、普通学級、普通学校での教育保障が大事なんだということを、この際しっかりと確認をしておく必要があるだろう。あるいは文部省の指導の姿勢として、普通学校、普通学級での教育の保障が大事なんだということをきちっとにじませていかないと、今申し上げましたように、軽い障害があるから、だから障害児学級、障害児学校だというふうに、普通学級から子供たちが追い出されていくような流れができてしまうのではないかと思うのですけれども、そういう心配はどうですか。
#34
○野崎政府委員 この通級による指導によりまして、従来の枠組みを変えるというようなことは私どもは考えていない。むしろ指導の充実というふうに受けとめているわけでございまして、先生御存じのように、やはり障害の種類とその程度等に応じまして、よりよい環境の中で適切な教育が行われることが大事であるということで日本の教育制度はできておりまして、障害の重い子供は特殊教育諸学校へ、そして軽い子供につきましては小中学校の特殊学級で教育するか、さらに軽い子供につきましては通常の学級で留意して指導する。この留意して指導する部分の留意の中に、そういう子供たちについても特別の訓練というものが必要であれば、通級による指導が可能になったということで、私どもは、これはむしろ今までの教育の充実という形でとらえておりますので、そういう方向で考えていきたい、このように思っております。
#35
○山元委員 それでいいんです。ただ、心配しなきゃならぬことは、そういうことができるので普通学級から追い出されていくということにならないように、普通学級で最大限教育を保障するんだという立場はきちんとしておいてほしい。少なくとも親や子供たちの希望が優先をされる、大事にされるということだけきっちりと確認をしたいのですが、それは間違いないですね。
#36
○野崎政府委員 先生、親の希望ということでございましたが、やはり私どもとしては、本人にとってどこの場が一番教育の場としていいか重い子供であれば、その重い子供に対応した教育がなされる、先生の配置とか、あるいは施設設備の面でいろいろな配慮がされている、そういう中で教育をしていくということが大事でございますから、本人がどういう教育を受けるのが一番幸せであるか、これは各市町村に就学指導の適正委員会というのが置かれておりますので、そういう場で十分議論をいただくことかと思っております。
#37
○山元委員 局長、はぐらかしているんじゃないと思うのですけれども、違うのです。そのことは、言われることはわかるわけです。充実する、一つの方法、道ができるということはいいことなんです。けれども、今おっしゃるように、どこで教育を受けることがいいのか、どこの場がこの子にとって幸せなのかということを考える。これは大事なことで、みんなが考えなければならぬ。けれども、少なくとも親や子供の希望が大事にされる、そのことと、普通学校、普通学級で教育を保障されるということが基本にないと、今言いましたようなあしき形、排除されるという形、あっちへ行けということになる懸念というのを文部省は持っていただきたい。そういう意味、私の言っている意味、わかりませんか。どうですか。
#38
○野崎政府委員 先生の御懸念の部分はよくわかりますけれども、私どもとしては、むしろこれは教育の充実を押さえているものですから、従来の考え方でよくその辺のところはそごが起きないように指導してまいりたいと思っております。
#39
○山元委員 これは、今までも問題があるところでして、そういう充実、一言でオールオーケーということにならない心配を持っていただきたい。重ねて申し上げておきたいと思います。
 そのことについては、この援言の中でも触れているわけです。「教育措置の柔軟な対応など制度の運用の問題が重要となってくる。」「心身障害児一人一人の障害の特性等の変化に応じた教育措置の柔軟な対応が行われることによってはじめて、最も適切な教育の確保が可能となる。」「柔軟な対応」という言葉を繰り返し使って気をつけなければならぬというふうに言っているわけです。今までも、先ほども少しおっしゃいましたけれども、就学時の健康診断だとか、あるいは就学指導委員会というのがあって就学指導をしてきたわけですね。しかし往々にしてこれが保護者の希望と違う。そして、そういうところの結論が押しつけられるということが間々あったわけです。今使われている、それの判断の基準となっている就学指導基準があるわけですね。これは昭和五十三年につくられて、今の医学の進歩だとか周りの状況の変化から考えると余り適当でない部分が多いわけです。そういうものを見直すことだとか、しつこいようですけれども、私が今申し上げましたような強制にわたるようなことがないように、そういういわゆる柔軟な対応を文部省は仕組みとしてもあるいは指導としてもしていかなければならぬというふうに思うのですが、そういう点で、この報告の中に繰り返して出てきている「柔軟な対応」ということについて、私が先ほどから申し上げているようなことをどういうふうに文部省は判断していらっしゃるのか。
#40
○野崎政府委員 私も報告書に書かれた趣旨を十分尊重して対応したいと思っておりますし、今基準の話も出ましたけれども、中長期的な課題というふうに受けとめておりまして、今後よく検討していきたいと思っております。
#41
○山元委員 また逆の場合があるわけです。現在、この通級という制度が十分でないので、こういう仕組みができると、教員の定数も配置になる、施設もつくられてくるようになる。そうすると、障害児学級、障害児学校にいる子が普通学級へ帰って普通学級で教科の指導を受けて、そして特別の指導を受ける。逆になるわけですね。転籍をするわけです。そういう希望が出てくるというふうに思うのですが、そのことについても最大限受けとめるために努力をしなければならぬ。これこそ、またこれも柔軟な対応をしなければならぬと思うのですが、その点はどうですか。
#42
○野崎政府委員 私ども、その点につきまして一概にどうだということは言えません。やはり個々具体の場合に、先生御指摘ございました就学指導委員会あたりで、従来から恐らくいろいろな形で本人の希望等も聞いておると思いますけれども、そういう場で適正な就学指導をお願いをしたい、またそういう指導はしていかなければいかぬ、このように思っております。
#43
○山元委員 私の地元の子供ですけれども、今養護学校にいて、そして普通学校、小学校、中学校へ行きたいという子供、三年越しに、そのお母さんも一緒になって、あるいは支える会というのがあるのです。何とかして地元の小学校へ、地元の中学校へということで、再三にわたって、私も去年になりますけれども、文部省の係の人にどうしてならぬのだということをお尋ねしたことがありますけれども、障害児学校から普通学校へ受けとめてもらえないわけです。それは今まで定数配置とかそういう条件整備ができていない状況の中で無理があったのかなと私は思った。けれども、これが一たんできると、やはりきっちりと受けとめてやるのが正しいと思うのですが、このケースで、ここでやりとりしても何ですけれども、三年越しに、小学校四年生のときから三年ですから今中学生になっているわけです。そういう子供たちをぜひ最大限受けとめるような対応をしていただきたいと思うのです。障害を持っている子供たちが地域の子供たちとふだんさまざまな触れ合いをしながら育っでいっている。その障害を持っているがゆえに遠いところに行かなければならぬ。そしてひとりぼっちになっているという状況を親が見ていてたまらない。そうすると、地元の小学校へ中学校へと思うのは当たり前だと思うのです。そういう親も子も思っているのを抑えつけて、そして、その子供にとっては、先ほどもちょっと言いましたけれども、小学時代も中学時代も二度とないのです。そういう子供や親が一生地元の小学校や中学校に行けなかったという思いをずっと持たなければならぬような、例えばこののり子ちゃんのことで言えば、それほど強いのです、家庭の状況もあって心ですから、そういうものについてはしっかりと受けとめていくこともできるという、そういう通級制度の充実ということについて御理解をいただきたいと思うのですが、いかがですか。
#44
○野崎政府委員 私ども、具体のケースについてどうという立場にはないわけでございますけれども、一般論で言いますと、先ほど申し上げたように、普通の学級に通っている子供、いわゆる軽度の子供につきましても特別な指導が必要になってくる、そういうことで通級による指導をつくったわけでございます。
 基本は、その子供にとって、障害の程度が重い子供であれば、それだけのケアができるところで教育を受けるというのが本人にとって将来的に考えると一番いいことではないか、私どもはこのように思っています。もちろん、先生御指摘ございましたように、いろいろな交流の場をつくっていかなければいかぬということは、私ども十分その点は留意をしなければいかぬと思っでおるわけでございまして、例えば盲聾養護学校の児童生徒が、学校行事あるいはクラブ活動などにおきまして、小中学校との児童生徒と活動をともにするというようなことは大変有意義なことと思っているわけでございます。これはもちろん障害を持っているお子さんにとっても有意義でございますし、また、それを受け入れています障害のない一般の子供にとりましても、心身障害児に対する理解を深めるという意味でも大変これは有意義なことだと思っておりますが、やはり教育ということになりますと、本人にとって一番どの場が幸せなのかということでこれを考える必要がある、このように思っております。
#45
○山元委員 こういう通級制度、統合教育という考え方が今大きく一歩前へ出ようとしているわけですから、そういう点で先ほどから申し上げてきましたように、この子供たちがどこで勉強したいか、どこで育ちたいかということについては、最大限尊重して大事にしていく、それをできるだけ最大限受けとめていく、こういうような制度になっていくように御努力をお願いしたいというふうに思います。
 次の問題ですが、前の国会のときに同僚の沢藤委員から、特殊学級、特殊学校の「特殊」という言葉について御意見がありました。今の障害児の教育の場を特殊教育、特殊学校、特殊学級、こういうふうに言っている言葉の使い方について変えるべきではないかというふうに沢藤委員は提起をされた。そのときに前の鳩山文部大臣は、「結論から申し上げれば、いい言葉があれば特殊という言葉は全面変更したいものだと思っております。」というのが鳩山大臣の答弁であったわけです。
 それから文部省はこの問題について検討されましたか。検討の状況を……。
#46
○野崎政府委員 これはまさに私どもも、本当にいい言葉がないかということで、もちろん委員会をつくってというようなことではございませんが、各県の状況などもいろいろ調べているわけでございますけれども、やはり県におきましても、特殊教育という用語を使用しているところが二十九道県、障害児教育、心身障害児教育あるいは心身障害教育というような用語を使っているところが十一部県、それから養護教育という用語を使用している県が四府県ということで、県によりましてもいろいろ多様でございます。
 また、障害児教育ということになりますと、何か障害という対象をとらえたような形でこれを考えることはいかがかなと、なかなか適切な言葉が見当たらないというのが実情でございます。
 また、法令上、特殊という言葉がいろいろな形で使われている例もございまして、この特殊にかわるべきいい言葉ということで、私どももなお検討を続けているという状況でございます。
#47
○山元委員 鳩山前文部大臣が全面的に変えたいということを率直におっしゃったのは、やはりこの言葉に問題意識を持っていらっしゃるからだ。ただ、その問題意識というのは、余りぴたっと適当に把握していないとかそういうことではない。どちらかといえば、言葉としては、特殊というのは明治以来使われていた言葉ですから、そういう点でいうと、特殊という言葉が定着したような、行き渡ったような感じで適当な言葉がなかなか見つからぬのかもしれぬけれども、文部省の皆さん、大臣以下ずっとすばらしい頭を持っていらっしゃる人がいて、考えてもいつまでも出てこぬということにはならぬだろう。このことについてはぜひ進めていただきたい、いい言葉、国民が合意できるような言葉を早く見つけてもらいたい、つくってもらいたいというふうに思うのです。
 この間、各国の状況だとかそういうことについては沢藤委員から随分ありましたから、私は、少し私自身でこだわって沢藤先生の前の発言も聞いていたのですけれども、私らの田舎で特殊というと二つあるのです。一つは障害児学級、特殊学級の子、もう一つは特殊部落の子という言葉があるのです。特殊部落というのは明治政府がつくり出した言葉なんです。一般の地域と違うという差別用語なんです。ですから、それぞれの地域によって特殊という言葉の受けとめ方は違うだろうと思うのですけれども、特殊というのは明らかに差別用語であって、部落解放運動の中からは追放された言葉です。差別用語として今使われているというか、これは差別用語としては残っているけれども、解放運動の中からは排除された。そういうことで、今は例えば被差別部落なり同和地区という言葉が正しく使われているわけです。
 そういう意味からいっても、やはり障害を持っている子供たちが特殊な子供たち、その子たちの教育は特殊な教育というふうに一般と区別するのは、これは単なる区別とか、あるいはそれを概括して言う言葉ではなしに、この言い方は極端かもしれないけれども、私の育った地域では、特殊というとそういう使い方をするわけですから、やはりこれは適当な言葉ではないし、少なくとも教育的な言葉ではないと私は思うのです。あらゆる法律を見ても、心身に障害を持つ子の教育の場が障害児学級だとか障害児教育だというふうに、わざわざ心身障害を持つ子供の教育というふうに断って特殊学級というのをまたつくり変えているのです。ですから、そういう点でいうと、早くこの問題については結論を出すように、大臣も先頭になって一遍考えていただきたいと思うのですが、いかがですか。
#48
○森山国務大臣 心身に障害がある児童生徒に対しまして、その可能性を最大限に伸ばして、可能な限り社会自立の達成を図るために、障害の種類や程度に応じて特別な配慮のもとに教育を行うという意味で特殊教育という言葉ができていると思います。
 この教育の一層の振興充実を図りながら、一般社会の正しい理解、認識を深めていくということが重要であると思いまして、前大臣のごろからその問題意識は御指摘によって特にありまして、検討を重ねているようでございますし、ほかに適当な言葉がございますれば、そして国民一般が納得し、合意が得られるという言葉がございますれば、特殊教育という用語にこだわっているわけではございませんが、今までのところ、この言葉にかわってふさわしい言葉が見つからないというのが現状でございまして、今後も検討をしてまいりたいと思います。
#49
○山元委員 今言葉じりをつかまえるわけではないのですけれども、特殊という言葉にこだわっていない、何かいい言葉があればとおっしゃいましたけれども、私どもは特殊という言葉にこだわっているのです、変えてほしいということで。ですから、ぜひ大臣もこだわっていただいて、いい知恵を出していただきたい、これはお願いを申し上げておきたいと思います。
 ですから、そういう努力をしていただく、変えていく方向で努力をしていただくということでよろしいですね。
#50
○森山国務大臣 検討を続けてまいりたいと思います。
#51
○山元委員 ぜひ変えていただく方向でお願いをしたいと思います。
 時間が余りありませんけれども、図書館の問題です。
 概要説明のところで次官がこの間もおっしゃった中で、豊かな人間性を育てるために読書指導を充実する、こういうふうに説明がございました。私は、実は去年この場でも申し上げたのですけれども、ことしのこの予算の中にも読書指導について、千二百万円というわずかですけれども、つきました。そして何よりも、この「我が国の文教施策」というぶ厚い本ですけれども、去年、平成三年度版では、二年度版もそうでしたけれども、読書指導とか学校図書館というのは、私大分念入りに探したのですけれども、一言もなかったのです。ことしのこれには出てきました。初めて出てきた。初めてかどうかわかりませんけれども、去年もおととしもなかったのが、ことしは「読書指導の充実」ということで出てきました。わずかですけれども、予算もっいた。
 私は、今全国で図書館について、各自治体も公立の図書館も学校の図書館も力を入れ出してきていただいているということで、文部省の姿勢もよかったなと歓迎をいたします。しかし、去年、また鳩山文部大臣を言いますけれども、去年のここでは、私が子供たちの実態を申し上げたときに、確かに子供たちの読書の状況、学校の図書館の状況というのは惨たんたるものだ、こういうふうに大臣が、自分が認められたと言ったらおかしいですけれども、おっしゃったわけです。そういう状況を改善するために、予算も、あるいはこの文教施策の中にも一ページ近くとっていただいたのだろうと思うのですが、図書館行政について、学校図書館について文部大臣がどのように認識していらっしゃるか、文部省がどのようにお考えになっていらっしゃるか、まずお伺いしたいと思います。
#52
○森山国務大臣 学校図書館というのは、児童生徒の知的活動を増進して、人格形成や情操を養う上で学校教育上非常に重要な役割を果たしていると思われます。特に、今日、社会の情報化が進行する中で、子供たちの周りにもテレビとかビデオとかさまざまな、多様な、多量な情報がたくさんございまして、その多くの情報の中から児童生徒みずから必要な情報を収集して、それを選択して、活用していく能力を育てるということが求められております。このことは学校図書館の果たす役割が一層大きなものになっていると考えるわけでございます。しかしながら、学校図書館については、子供たちがいつでも利用できる状況になっている学校が必ずしも多くはない。すべてではないという問題点が指摘されているところでもございまして、学校図書館の機能の一層の活用に努める必要があると考えております。
 このような状況を踏まえまして、今後学校図書館を充実する上での課題を明らかにすることを目的にいたしまして、昨年末全国の公立小中高等学校を対象に学校図書館の現状に関する調査というのを実施いたしました。今後、その結果を踏まえながら学校図書館の充実に努めてまいりたいと考えております。
#53
○山元委員 先ほども言いましたように、予算などで一定の歓迎をするわけですけれども、少し詳しく、ことし具体的に、例えば私がさっき言いましたように研究費が千二百万円ですか、その他で、交付税の中であるいは定員等でいろいろあると思いますが、少し整理して来年度の学校図書館施策についての概要をちょっとおっしゃっていただきたい。
#54
○野崎政府委員 今大臣お話ございましたように、今学校図書館の現状に関する調査というものを実施してございます。これは公立の小中高等学校、そして特殊教育諸学校におきます学校図書館の現状、そして司書教諭の現状を把握するために昨年の十月一日現在で調査を実施いたしまして、十二月末までに報告を求めたところでございまして、現在これは集計中でございまして、集計ができましたら、また御報告をさせていただきたいと思っております。
 それから、新年度の予算としましては、読書指導の充実についての調査研究ということでございまして、これにつきましては、読書意欲の高揚を図るための具体的な指導方法に関して調査研究をしたい、こういうことでございまして、内容といたしましては、文部省内に研究協力者会議を設ける、それと民間の研究団体に対しまして研究委嘱を行うということで、平成五年度予算に千二百万円の計上をしてございます。
 それから、学校図書館の図書の計画的整備ということでございまして、平成五年度から九年度までの五年間でおおむね現状の一・五倍程度の蔵書冊数まで計画的に整備する、こういう目標のもとに増加冊数分の学校図書館用図書を購入するための経費、これを五年計画で約五百億円を地方交付税で措置する予定にしております。初年度でありますこの平成五年度につきましては、総額約八十億円を措置する予定で、これは地方財政計画の中に既に組み込まれてございます。
 それから、学校図書館事務職員の配置の改善についてでございますが、平成五年度から実施されます第六次の公立義務教育諸学校教職員配置改善計画、それから高等学校につきましては、第五次の公立高等学校学級編制及び教職員配置改善計画におきまして学校図書館の事務職員の配置の改善を図る予定にしております。小学校は、現在が三十学級以上一人になっておりますが、これを二十七学級以上に一人、中学校では二十四学級以上ということになっていますが、これを二十一学級以上に一人、高等学校ですと十八学級以上に一人となっておりますが、これを十二学級以上に一人ということで配置改善を行いたい、このように思っております。
#55
○山元委員 時間がありませんから、一つずつ少し念を押すわけにはいきませんけれども、今の図書館の事務職員、ぜひこれは全校配置が必要ですし、それはもちろん司書へということですけれども、少なくともこういうふうに配置される職員が図書館事務に専念できるように指導をこれからもしていただきたいなと思います。交付税に五百億円というのは、これは私は、今の現状からいうと、図書を、今の本を一・五倍にするというのは、それはとてもじゃないが、そんなものでは足らぬというふうには思いますけれども、初めてそうやって組み込まれたことについてはいいと思いますが、これは自治体を指導して、ぜひそれは一・五倍ではなしに、文部省は一・五倍と考えるけれども、各自治体はそれぞれの設置者が二倍にも三倍にもするように努力するということでの、きっちりとしたひもつきの予算にしていくような形で努力をしていただきたいと思います。
 それから、調査ですけれども、去年、今から言うとおととしやられた調査というのは非常にお粗末であって、去年やり直しされたと言っては語弊があるかもしれませんけれども、私も中身、ずっと調査の項目を見せていただきました。大体今の子供たちの状況あるいは図書館、司書の状況というのは把握できるのだろうと思うのです。大体いつ調査結果が出せるのですか。
#56
○野崎政府委員 この調査につきましては、相当いろいろな項目について調査をしておりますので、大体夏ごろまでには集計結果がまとまるのじゃないか、このように考えております。
#57
○山元委員 それはだめでしょう。今コンピューターの時代ですからね。だめというのは、調査をしてしっかりと来年度の次の概算要求までにきちっと新しい政策を立てなければならぬでしょう。先ほども教職員の配置の問題だとかあるいは蔵書をふやすということで具体的な手を打っていかれる、それを一体どういうふうになお進めるのかということについては、やはり調査結果をしっかりと分析して頑張ってもらわなければいかぬだろうと思うのです。夏ごろでというようなことではちょっとぐあいが悪いので、これは要望をしておきます。今作業のなにもあるんでしょうから、ぜひ早く結論といいますか、調査結果を分析して、次の施策を考えていただきたいというふうに思います。
 そこで、もう一つだけですが、この施策、先ほど言いました中に、初めて書かれたという文章の中に、確かにそうやって図書館あるいは読書指導を充実させていこうということはわかるわけですけれども、引っかかるわけではないのですが、ここに「学校図書館を計画的に利用し、その機能の活用に努めることや読書意欲を高めること」、今おっしゃったように、読書意欲を高めるための指導だとかいろいろなことをおっしゃるのですけれども、その前に、ここでは「計画的に利用し、その機能の活用に努める」、こうなっているのですけれども、今の学校の図書館の実態では、その機能を活用する、計画的に利用する、無理なんですよ。図書館閉まっておるんです。だれもいないのです、先生が。司書がいない。だから、全部と言ったら語弊があるかもしれぬけれども、しょっちゅう、いつも学校図書館というのは閉まっている。蔵書も少ない。そういう図書館を計画的に利用したり、あるいは活用したりというのは、例えば先生が読書指導を図書館できょうは気分を変えてやろうといってかぎを持っていってあけて授業をするということは、これは計画的利用とか機能とか、そんなことにならぬだろうと思うのですね。本当に子供たちが意欲的に本に接しよう、あるいは情報をということであれば常にあいてなければいかぬと思うのです。そのためには、職員が要るわけです。すべての学校に校長さんや教頭さんや養護教諭の方がいらっしゃるように、図書館には先生がいるということにならないといかぬと思うのです。現にヨーロッパやアメリカに行ったら、図書館が、私はぜひ近いうちに行きたいと思うのですが、学校の真ん中にすばらしい図書館が情報センターとしてある。そういうふうに二十一世紀の日本の学校もなっていかなければならぬと思うのですけれども、計画的に利用したり機能を活用したりしようと思うと、人の配置が必要だと思うのですが、先ほどおっしゃいました三十学級以上を二十七学級以上、二十四学級以上を二十一学級以上とか、こういうテンポではいかにも遅いと思うのですが、全校配置に向けて、もちろんこれはきょう時間ありませんから、きょうのところは根本的に言えませんけれども、学校図書館法の附則をなくして「司書を置く」というふうに変えていく展望というのは持てないんですか。二十一世紀まで持てぬのか、文部省はこれから持とうとしていらっしゃるのか、そこのところを最後にお伺いしたい。
#58
○野崎政府委員 学校図書館のお話につきましては、先ほど事務職員の改善の話をさせていただきましたが、私どもとしてはああいう形で今努力をさせていただいておるわけでございます。司書教諭あるいは司書というものを専任で制度化するということになりますと、他の教職員とのかかわりの問題、あるいは免許資格をどうするのかとか養成制度、人材確保その他、財政事情が根本にあるかと思うわけでございますが、そういうことをやはりこれは基本的に考えていかなければならない大きな課題と思っておるわけでございます。私どもとしては、今の定数改善というものをとにかく実現をしたい、このように思っておるわけでございます。
#59
○山元委員 時間が来ましたからあれですけれども、今局長がおっしゃる財政だとか、あるいは他の教職員とのかかわりとか、それは後の話なんですよ。日本の子供たちにとって、これからの子供たちにとって図書館が要る。ここにも書いていらっしゃるように、そういう計画的な利用とか機能の活用だとかということ、これは本当にこれからの子供たちがレポート一つも書けないような、あるいは図書館の利用の仕方もわからぬような子供を育てていたのでは、いつまでたってもいかぬ。ですから、そういう子供たちが意欲的に勉強する、情報を手に入れる、あるいは文学にあるいはいろいろの書物に触れるという機会を保障していく、積極的に用意をするということが教育として大事だ。それが先であって、金の問題とかあとの教職員とのつり合い問題とか、それは後のことなんだ。だからそういう努力をしていただくようにお願いを申し上げまして、質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
#60
○松田委員長代理 次に、山原健二郎君。
#61
○山原委員 予算委員会でも取り上げたはかりでございますが、今子供たちをめぐって大変深刻な状況が幾つか起こっております。この場でも取り上げてみたいと思います。
 昨年の大みそかに、茨城県内で五名もの中学三年の女子生徒が相次いでマンションから飛びおり、三名の女子生徒が死亡するという集団飛びおり自殺が起きました。家出した女子生徒たちが合流してシンナーを吸って後の飛びおりであったと報道されています。また、ことし一月十三日には、山形県内で中学校一年生がいじめられた末に体育用マットに押し込められ窒息死する事件が起き、いじめを行った三名が逮捕、四名が補導されました。そして一月二十五日には、愛媛県松山市で中学校三年の男子がいじめを苦にしてJR電車に飛び込み自殺をいたしました。
 これらの事件はそれぞれ原因は異なるものがあると思いますが、追い詰められやり場のない子供たちのうめきといいましょうか、そのようなものが聞こえるような思いがいたします。こんな事件が学校現場で起きていることにつきまして、文部大臣としてどういう御見解を持っておりますか、最初に伺っておきたいのです。
#62
○森山国務大臣 今先生がお挙げになりましたような幾つかの事件につきましては、まことに痛ましいこと、生徒のかけがえのない生命があのようなことで失われましたことは本当に残念であり、深刻に受けとめているところでございます。
 児童生徒のいじめなどの原因というのは、それぞれの場合によって違うと思います。いろいろ複雑なものがあろうかと思いますが、一般的に申せば、社会環境や家庭環境、学校における教育指導のあり方など、それぞれの要因が複雑に絡み合っていると考えられます。したがって、この問題への対応に当たりましては、学校、家庭、社会の一体となった取り組みが必要でございますが、特に学校におきましては、真の生徒理解に立って、人間の命のとうとさを尊重した教育指導に努めるということが肝要だと考えます。
 文部省といたしましても、このような見地に立ちまして、学校における教育指導の改善充実を図りますように指導の徹底を図ってまいりたいと考えております。
#63
○山原委員 最近、文部省などが行った調査結果が幾つも報告されております。それをちょっと見てみますと、一つは昨年十二月二十三日に文部省が発表した生徒指導上の諸問題の現状、それによりますと、一つは一昨年、一九九一年ですかに起きた校内暴力が、中学校、高校で、文部省が調査を開始したのが一九八二年ですから、十一年前ですが、最高の件数に達し、対教師暴力よりも生徒間暴力が急増していること。二、いじめは一時期に比べて落ちつきは見せているものの依然として広範に見られる。三、登校拒否は小中とも増加しており、これも一九六六年の調査以来、二十七年前ですね、最高の数字を示しているというふうに報道されております。これらの数字は数字にあらわれている結果でありますが、実際はその数はもっと上回るものと思われます。
 また、十二月十六日に厚生省は児童環境調査を発表しましたが、それによると、中学校三年生の七四・三%が不安や悩みを持ち、そのトップに勉強や進路を挙げています。また同学年で五人に一人が学校べに行きたくなくて休んだことがあると答えています。本来楽しくなければならぬ学校がこのような事態にあること、このことは考えてみますと容易ならざる事態だと思いますが、この点についてどういう対処をされるおつもりか、簡明にお答えいただきたいのです。
#64
○野崎政府委員 調査の結果は今先生お話があったような状況でございますが、特にいじめの関係は全体として落ちつきを見せているというものの、やはり山形県のいじめの事件のような痛ましい事件が起きているわけでございまして、私どもとしては全体として深刻な問題として受けとめておるわけでございます。
 この問題につきましては、やはりいろいろな原因があるわけでございますので、学校、家庭、地域社会が一体となって取り組む。特に学校におきましては、児童生徒を理解するという立場に立って、一人一人の児童生徒が生き生きとした学校生活を送れるようにするということが求められると思うわけでございます。
 そのため、文部省では従来から教師用の指導資料の作成あるいは教員研修を実施する、教育相談活動、適応指導教室の実施の推進、そして生徒指導困難校に対します教員の加配などの施策を講じてきたわけでございます。特に登校拒否問題につきましては、昨年三月に学校不適応対策調査研究協力者会議の報告がございました。その報告の趣旨、提言を踏まえまして、昨年九月に各都道府県にも通知を出したところでございます。また、新年度予算におきましては、適応指導教室事業の拡大を図りますとともに、新たに登校拒否研修講座を創設するなど、一層の充実を図っていきたい、このように考えております。
#65
○山原委員 いじめで、ついに死者まで出ました。山形県の新庄市の市立明倫中学校の児玉有平君が亡くなったわけですが、その状況を私も現地へ参りましてお聞きしたわけです。市の教育長さん初めいろいろな方の御説明を伺いました。中学校の校長先生はその中でこう言いました。いじめはいけないのだという子供たちの認識と私たちの認識が甘かった、正義感、勇気、人間としての尊厳なくしては国語、数学、英語などの教科も成り立たないことを思い知らされました、教育の原点に立ち返って一から出直すつもりです、こういうふうに語っておられたのでございます。
 この山形県だけではございません。どこもそうですけれども、山形の場合、どういう事態が背景にあるのかということで、ここでは参考までに、私の調査した範囲で申し上げたいと思いますが、一昨年一月に登校拒否の中学校一年生の息子を絞殺して父親が自殺するという事件が起こっております。それから昨年三月には公立高校の受験に失敗した中学三年の男子が川に飛びおり自殺をするという事件も起こっています。こういう不幸が相次いで、しかも中学校にそれが集中しているように思われるのですね。どういう教育事情か調べてみたのですが、山形県は全国で第三位の、また東北六県では最高の高等学校進学率、九七・一%、これは平成二年度の例ですが、そういう進学率を誇っている県です。ところが、大学、短大への進学率が二二・七%、こういうふうになっておりまして、これが全国平均が三〇・六%ですから、全国では四十四位の状態にございます。
 そこで、この進学率を上げるためにさまざまな対策をとっておられるのです。その一つが八八年度、五年前からスタートしました高等学校の普通科教育活性化推進事業という事業がございます。この言葉自体が、私は教育の場にふさわしい言葉かなという感じがしまして、何となく行政上の言葉ですよね、活性化推進事業、こういうものがありまして、この事業は大学進学率の高い、いわゆる進学校であるAランクの普通科高校九校に対して進学指導を向上させるとの理由で、助成金が一校当たり三百万円が支給され、学習合宿や先進検視察や講師を招いての進学講座などの費用に充てられているものです。それに、今ではこの九校に加えましてBランクの高等学校七校に対しましても百二十万円から二百四十万円が支給されております。また職業高校進路指導強化事業というものがございまして、Cランクの七校の職業高校に対して二十五万円を限度として支給されています。この山形県には五十四の公立高等学校がありますが、この活性化事業や強化事業の対象校以外の三十一校は、言うならば行政上から、そういう意味では見放された形になっているわけですね。
 それで、高校を大学の進学の状況に応じて、A、B、Cランクとそれ以外に分け、進学率上位校だけを相手に県全体の大学進学率を上げるというやり方になっておりまして、偏差値序列化ところか、行政側が高校をランクづけするというやり方でございます。このような、行政側が学校をランクづけして、高校進学率を高めるために助成金を出すようなやり方というのはほかにもあるかもしれません、私も、一部聞いたことはありますが。これは好ましいことなのかどうなのか。恐らくここだけではないと思うのですが、その実情について、わかっておれば御報告いただきたいのです。
#66
○野崎政府委員 各都道府県でどういうことをやっておるかということは、必ずしも私どもは承知をしていないわけでございますが、先生、山形県のお話があったものでございますから、山形県の県教育委員会の方に問い合わせたわけでございますけれども、従来から特色ある高等学校づくりに関する施策ということで、いろいろな事業が行われておるわけでございます。
 社会の変化へ対応ということで、例えば国際理解教育の推進とか情報処理教育の推進というようなこと、あるいは地域に根差した教育ということで、企業体験学習の推進とか高校開放成人講座の推進、あるいは豊かな人間性の育成ということで、情操勤労体験学習の推進あるいは芸術文化活動の振興、そして教育方法の開発という中に習熟度別学習指導等の研究推進とかCAI教育の推進、その中に今先生お話がございました高等学校普通科教育活性化推進事業というようなものがございまして、私どもとしては、具体の詳しい中身までは承知しておりませんけれども、いろいろな、まさに近年問題になっております、高等学校が特色を持たなきゃいかぬ、そのための施策の一環として県が工夫をし、そういう事業をいろいろな形で実施をしているのではないかと思うわけでございます。
 全体的に申し上げれば、やはり児童生徒の能力、適性、あるいは進路希望等に応じました学習指導の改善充実を図る、そして児童生徒の学力向上と進路目標の達成に努めるということは大変大切なことだと思うわけでございまして、それに向けてのいろいろな工夫が各県においてなされているもの、このように考えておるわけでございます。
#67
○山原委員 行政側が学校をランクづけして、それに対する助成金を出すという、これは私は後でもうちょっと話を進めますが、好ましいやり方なのかどうか、これは検討していくべきものだと思います。
 この推進事業の具体的内容ですが、ある高校の平成三年度高等学校普通科教育活性化事業(案)を見ますと、こういうふうに出ています。生徒・保護者の進学意識の高揚をはかり、進路の早期発見と学習意欲の喚起を図るをねらいとして、各学年の進路講話が開かれ、そこには講師として予備校講師が招かれております。学習計画の立て方と学習方法の確立(一年生)、女性の社会進出と大学進学(二年生)、受験を前にして(三年生)、小論文の書き方(三年生)などの講習を受けておるのであります。
 また、夏には集中学習による学力充実と自学自習の習慣化をはかるとして一学年金員の二泊三日の合宿学習、二年生は四年制大学を目指す者のみ三泊四日の合宿学習が行われ、これまた四年制大学を目指す者には進学意識の高揚をはかるとして大学見学を行わせたりしております。
 また、それらと並行しまして、一年生では三回、二年生では四回、三年生では十回の外部模擬試験が実施されております。中間試験と期末試験があるから、試験、試験に追われるということになるわけです。先生たちも毎月ごとの進路指導検討会とともに、先進検視察、予備校での指導技術研修も行われる。高校と予備校の連携であるとともに、高校の実質的な予備校化ではないのかという疑問もある状態でございます。
 先生たちはどうかというと、外部テストのたびに各教科と各学年のテスト結果を分析しなければならず、偏差値をめぐって右往左往する。あるいは毎月学力充実会議が開かれ、テスト結果等が論議され悪い教科は糾弾される。各教科に偏差値の目標があり、前年度を上回らないといけないというような状態になっている。外部テストの偏差値で生徒を評価するばかりでなく、先生も評価されてしまうような雰囲気が出てきている。偏差値に追われる教師たちの苦悩が手にとるように述べられています。
 このような中で生徒たちはどう育っているかといいますと、勉強を無理やりやらされている意識があり、自主性がないような生徒が多くなる。勉強ばかりで社会常識がないままの生徒が育っている。まさに後期青年期の教育がないがしろにされ、受験一本やりに集中し、教育が崩壊しつつあることが示されているのではないか。高校の教師たちの本音はどうだろうかと思って聞きますと、実に教師の五五%が問題があり、そしてやめるべきだという意見を出されております。しかし、理性を持っては対応できない、思考を停止してイエスマンにならないとやっていけない、こういう言葉も出ておりまして、ここまで教師も追い込まれていると見るべきではないかと思います。事態は深刻と言わなければなりません。
 この進学校目指しての中学校における試験競争は過熱するばかりでございまして、断定はできないが、こうした勉強勉強に追われ自主性や社会常識が育たない教育の中で、二十一世紀を支える人間が果たして育つのかどうかという問題まで提起しておるように私には思われたのでございますが、これについて見解を伺っておきます。
#68
○野崎政府委員 先生のお話の限りにおきまして、私どもが答弁するというわけにもまいりません。恐らく県におきましては、子供たちの学力を向上させるということでいろいろな取り組みをされていると思うわけでございます。一般論で申し上げれば、児童生徒の人間としての調和のとれた育成を目指す、そしてみずから学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成、そして個性を生かす教育の充実に努めることが基本だと思うわけでございまして、学校教育におきましては、学力の向上とあわせて徳育の充実あるいは健康づくりなどの知徳体のバランスのとれた教育に配慮していく必要がある、このように考えております。
#69
○山原委員 もうちょっと話を進めますが、この児玉有平君の事件が起きた地域は、八市十一町三村にまたがる大学区制の中に二十四の高校、とりわけAランクの高等学校は山形東、南、西高校と言われているそうですが、大学区制のもとで三つの進学校を目指して六十九の中学校がしのぎを削るという状態です。
 そして、山形の場合、山形新聞が主催する山新テストというテストがありまして、いわゆる業者テストです。それから標準テスト、これは標準学力検査ですが、ほぼ全県的に実施されております。その結果が市別、地区別、そして学校別、クラス別に、また教科別に平均点が出されて、校長会にマル秘資料として提出され、管理職を中心に回覧されるわけです。それがもとになり、業者テストの一点差を争う競争が過熱するわけでございます。学力向上のための対応策をこれを基礎にして練るわけです。そして、どういうふうな対策が立てられるかといいますと、ある地区では学力向上の対策を箇条書きにしております。
 一つは、早朝学習を朝七時半から自主的に行う。教師は学生生徒数より少ない数の学習プリントを準備し、先着順で使わせ、競わせる。例えば二百人の生徒に対してプリントが五十部で早い者勝ちという状態です。中学校一年から小テストの張り出しや、テストに合格したか学年だよりで発表するなど、序列づけを行っている。二番目に、土曜日の午後や祝祭日にも学習会を組んだり、長期休業中の学習会の日数をふやしたり、補修学習をふやす。三、中学校が中心となり学区内の学力向上対策委員会をつくり、小学校が行っている標準学力検査の比較分析を行ったり、学校授業研究会に相互参加して対策を練る。ある地区では三十六の小学校別の学力偏差値順位表が出され、それによると学校別の学力とともに知能指数まで平均が出され、学力向上の対策の一つとしておると出ております。四番目に、業者テストの回数をふやす。五番目に、一年生から勉強についてしつけておくというような状態です。家庭学習の習慣化と毎日の生活記録をとらせるなどということも行われております。
 こうして中学校では、業者テストに備えて過去三年分のテストを子供たちにやらせたり、業者テストの出題傾向に合わせてカリキュラムを組みかえたり、下位の生徒に手をかけても平均点は上がらず有名校への合格はふえないと、下位の子供たちに対する指導に手を抜くということがあらわれようとしております。その上、平均点を上げるために、登校拒否の生徒の答案用紙は業者に送らないで学校採点にしたらどうかという管理職の声も出てまいります。かつて学力テストを文部省が行ったときに、昭和三十七年ごろでしたか、できない子供をそのときは休ませたりすることが全国で幾つか起こりまして問題になったことを思い出しますが、こういう状態です。
 この地域では、地区教職員研究奨励表彰制度が昨年度から発足をし、学力向上に取り組んだ優秀な小中の先生に対して、個人、団体に対して十万円の賞金を出しているということも報告されております。この学力競争の異常さは小学校をも巻き込み、小学校でも、他校に負けるな、どうにかして平均偏差値を上げろ、そのためには保護者の協力をとりつけ、ドリル中心の授業が横行し、四十五分の授業の半分をドリルに当てる教師、そして宿題を多く出し、また日常の授業をまじめに受けていても学力検査では満点はとれないと、難問対策に私立中学校の入試問題を子供たちにさせたりする先生もあらわれている。
 こうした中で、小学校の中の変化として、一、個人主義的な競争意識が強くなり、他の子供の点数を気にし、他人のミスを喜ぶ子供も出てくる。二番目に、自治の力がつかず、児童会の役員になり手が減り、会議を開いても意見が余り出ないなどの報告も出されております。他人がいじめられていてもやめるとは言えない生徒、そうした背景もこうした小学校からの過酷な競争原理に基づく教育によってもたらされているのではないかと想像されるわけでございます。
 このような高校から小学校に至るまでの受験競争、地区での競争、学校間競争によってさまざまなひずみが生じているのではないでしょうか。こうしたことにメスを入れなければならないと私は思います。競争原理は一面ではアリ地獄の様相を示します。それが過熱化していきますと、確かに子供たちにさまざまなゆがみを与えることは間違いないと思いますが、そんなことを文部省は心配したことがあるでしょうか。
#70
○野崎政府委員 先生御指摘あったわけでございまして、私どもも今やはり受験競争が過熱化しておるということについては認識を一にしていると思うわけでございます。その中で、やはり私どもとして今何ができるかということで、今回業者テストというものを公教育の場からは全部排除するということで臨んでおるわけでございまして、今御指摘のようなことが実際行われておるのかどうかということは、私ども承知はしていないわけでございますけれども、やはり学校教育におきましては、そういう偏差値を至上主義にしたような教育というものが行われることがあってはならない、このように考えております。
#71
○山原委員 こういう中で、私の言っていることはオーバーな言い方かもしれませんが、これはもうここの県だけではなくて、多くの県がそういうふうな状態に置かれていることは問題なんですよね。だから業者テストの問題が出てくるわけですから。だから業者テストを廃止するだけではだめなんですね。学力競争をやめるところまで持っていくか、あるいは業者テストを廃止しても、公的統一テストなどでやられたならば、このような異常な事態はまだ続くことになるのではないか。一月二十六日の「高等学校入学者選抜の改善について」の報告ですが、「公益法人や校長会の行うテストについては、」「学校が教育活動として行う性質のものであれば、一つの方策である。」と是認の方向をとっています。これもきっぱりとテストをなくすということでないと、またこの受験競争は激化して、今の事態を繰り返さざるを得ないのではないかということは見ておかなければならぬと思います。
 さきに申しましたように、この地区は大学区制をとっておりまして、進学競争が激化する一つの原因になっています。こうした大学区制はやめて、地域の学校に入れるように文部省の方針を変えるべきではないか。昭和五十一年には文部省も小学区制方針をとってきておりました。それ以来、中学区、大学区と拡大して受験競争を激しくしてきた経過から見ましても、この際小学区制に戻すべきではなかろうかと思うのでございますが、この点について、後で伺います。
 それからもう一つは、業者テストに関連してですが、公的テストのことに触れましたが、神奈川県の場合、公的テスト、いわゆるアチーブメントテストが二年の三学期に行われ、その点数が高校入学、この場合私立てなくて公立の入学の判定材料になっています。神奈川の場合、内申書が五〇%、アチーブメントテストの結果が二〇%、そして入学試験が三〇%で合否が判定をされます。中学校二年の三学期を目指して、このアチーブメントテスト準備、アチーブメントテスト特訓が行われ、塾通いが飛躍的にふえておると報告されております。十五の春ではなく十四歳の試練が待ち構えているわけでございますが、このような神奈川方式と言われたアチーブメントテストの結果を合否の判定材料にすることは、当然やめるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
 さらに、二年の三学期にテストが行われ、三年の一学期に結果が出ると、もう志望校に行けないとか、今さら勉強してもだめだという投げやりやあきらめが出てまいります。夏休み以降、非行や問題行動に走る子供が出てくるのも、それは当然なことではないかと思います。こうしたことは廃止させるべきではないでしょうか。
 この二点、伺います。
#72
○野崎政府委員 高等学校の学区制の話でございますけれども、通学区域につきましては、各都道府県で地域の実情を踏まえながら、各高等学校に特色を持たせる、そして生徒の特性に応じた学校選択が可能となるような方向で検討する必要がある、このように思っております。
 一般に、この一学区一校の小学区制にということになりますと、全部その学校に入るということでございますから、多様な個性、能力等を持った生徒を無理に一つの学校に収容するということになるなどの問題があるわけでございまして、やはり一つの学区には数校の高等学校が含まれるということが望ましいと思うわけでございます。
 いずれにしましても、具体的にどのように学区を決めるかということは、それぞれ各県において実情に即して総合的に判断すべきものと考えております。
 それから、公的テストに関連して神奈川県のアチーブメントテストの話が出ました。公的テストの話でございますが、実は公的テストにつきましても、私どもは全面的にこれを許容しているわけではございません。むしろ公的テストにつきましても、やはりそれは問題はある。つまりそれを選抜の資料に用いるというようなことがあってはならないということははっきり打ち出しておるわけでございます。ただ、学校の先生方が協力して問題を作成するということ、これはむしろ手づくりの教育を進めることでございますから、学校が連携協力して問題作成や採点に携わるなど、それぞれの学校が教育活動として行う性質のものであれば一つの方策であるということで、その限りでのお話を報告書の中に書かれているわけでございます。
 ところで、この神奈川県のアチーブメントテストでございますが、これは県立高等学校の入学者選抜実施要項上、選抜の資料とされております。つまり、業者テストのように、事前に何かやって、テストの結果を結果として利用するというか、そういうものではございませんでして、まさに選抜の一つの資料という形で位置づけられているものでございますから、私ども、この神奈川県のアチーブメントテストを、いわゆる報告書で言っている公益法人や校長会が行うテストと同じようには考えていないわけでございます。神奈川県の教育委員会によりますと、このテストは昭和二十四年から実施をしているということで、中学校におきます日ごろの学習の成果を測定する、そして高等学校の入学者選抜の資料として使用しているということで、県の教育委員会が実施をしておるものでございます。
 ただ、今御指摘ございましたように、このテストが第二学年の三学期に実施をされているということで、実はその報告書の中でも指摘をされているわけでございますが、例えば推薦入学にしても、いろいろな入試を決めるにしても、余り早い時期にやるのはいかがかという報告もいただいておるわけでございまして、一般論として言いますと、この第二学年の三学期に実施されているということについては検討を要する問題だ、このように考えております。
 神奈川県に確かめましたところ、現在県におきましては高校入学者選抜のあり方について検討が進められているところでございます。その中でアチーブメントテストについても検討がなされるもの、このように承知をしておる次第でございます。
#73
○山原委員 公的アチーブメントテストの場合でも、合否の判定には使わないとしても、事前説得の材料として大きな影響を及ぼすことになりかねませんから、そういう意味で、公的テストにしましても、やはり学校現場からはきっぱりと廃止すべきではないかというふうに思います。
 それから、業者テストをなくするというのなら、本来の腕試し的なものとするならば、偏差値が出ないようにしなければならないわけです。そうしないと、結局は塾や受験産業が進路指導の主導権を握るような事態となります。広域範囲で行わせないとか、全県一律、同時にやらせないとか、偏差値の出ないように何らかの対策をとる必要があると思います。
 それから、もう一つの問題ですが、私は、高等学校はもう、義務化と言っているのじゃないのですよ、希望者全員入学をもう文部省は大胆に提起していいのではないか。進学率九十数%までになって、わざわざ入学定員でこれを絞って、入れる学校の施設もある、やろうとすればできるにもかかわらず、わざわざ競争原理が持ち込まれているわけですね。本当にそういう意味で、かつて全国的に希望者全員入学制度に対する要望が非常に高まりまして、大きな運動に発展したことを覚えておられると思います。今これを本当に改善しようとすれば、高等学校への希望者全員入学という制度、それはいろいろ手当ても要ります、それからさまざまな条件もあると思いますけれども、そこまで行くことですね。そして各学校における学校差をなくし、力をつけていく体制をつくる。行政がそれを行おうとすればできない情勢ではないわけでございまして、それをやり切るならば学校は本当に生き生きしてくると思います。そういう意味で、今のこの深刻な事態を防ぐために、私は希望者全員入学制度へ向かって文部省は大きく国民に提起していい時期を迎えたのではないかと思いますが、この点についてお伺いしておきます。
#74
○森山国務大臣 確かに中学校卒業者の高校進学率というのは平成四年度においては九五・九%という高い率に達しております。高校進学希望者のほとんどが高等学校に進学しているということが言えると考えます。
 高等学校段階になりますと、青少年の能力、適性、興味、関心というのは多様化してまいるわけでございまして、進路の希望もそれぞれ具体的になってまいりましてさまざまでございます。ですから、高等学校におきまして、これらの青少年にその能力、適正に応じた効果的な教育を施していくということが必要になってまいりまして、そのためにも、その学校に適切な子供であるかどうか、子供にこの学校が合っているかどうかということを見きわめていくための選抜が必要であるというふうに考えます。したがって、高校への進学希望者を選抜なしにすべて入学させるということは適切ではないのじゃないかというふうに思います。先生のせっかくの御提言でございますけれども、高校進学希望者を選抜なしに入学させるということはちょっと考えられないというふうに思います。
#75
○山原委員 私は、これはもう本当に国民的な要望になってくると思うのです。解決できないのです。だから、業者テストを廃止したってまた同じことの繰り返しですよ。アリ地獄ですよ、みんな。今の日本の教育は率直に言って私はアリ地獄だと思いますよ。だから、私の一つの提起としてお聞きいただいてきょうは結構でございますけれども、本当に解決しようとすれば、この道だと私は思っております。本当に変革を求めるならそこまで行くべきだという感じを持っておりますので、あえて今また、この間も御質問申し上げたわけですが、あえて申し上げた次第です。
 それから、私学の問題について最後に触れたいと思いますが、二月十五日に読売新聞で報道されておりますことについてお伺いします。
 「私大経常費の補助は、昨年暮れの五年度予算編成で大蔵省が強く削減を求めたが、「六年度予算から抜本的な制度改革を行う」ことを条件に大蔵省を説得、最終的に前年度比二・一%増の二千六百五十五億五千万円を確保した経緯がある。」というふうに新聞に出たのですが、これは新聞情報を使っての質問で恐縮でございますけれども、私学助成制度の抜本的改革という条件がつけられたということになりますと、それは事実かどうかということ。また制度改革とは私学助成削減の方向を意味するものなのかどうかということ。ぜひ確かめておきたいと思いますが、文部省のお答えをいただきます。
#76
○森山国務大臣 御指摘の新聞報道につきましては、拝見いたしましたけれども、お尋ねのようなことにつきましては承知いたしておりません。平成五年度の私学助成予算案につきましては、最大限の努力の結果といたしまして、今回の予算案としてお願いしているところでございます。
#77
○山原委員 この新聞報道によりますと、自民党の文教制度調査会は四つのプロジェクトチームをつくって現行教育についてさまざまな角度からメスを入れる方針で、そのうち最も具体的な討議を急ぐのが私学助成チームだと伝えられている。この記事を読む限り、この私学助成制度の見直し作業は大蔵省の強い削減要求を受けて着手されるというにおいを持っております。私学助成の充実拡充という方向とは逆の制度見直しがなされるのではないかとの懸念も持ちますが、文部省としてこの与党の私学助成制度見直し作業をどう受けとめるかということはぜひお聞きしたいのですけれども、今お答えになりましたので、それ以上伺うことは今はやめておきます。
 森山文部大臣は先日の所信の中で、私学助成について、「今後とも、その確保に鋭意努力してまいります。」と述べております。したがって、仮に自民党検討チームが私学助成を縮減する方向の制度改革をまとめたとしましても、それは受け入れる考えはない、あくまで私学助成の増額、拡充に努めると思われるのでございますが、所信表明どおり、そのように明言をしていただけますか。
#78
○森山国務大臣 教育のあり方といいますのは大変大事な問題でございまして、国民の関心も非常に高いですし、自民党が大変御熱心に取り組んでいただくということはいわば当然だと思います。
 教育問題、教育の抱える問題の中でさまざまな問題が、先生のきょうの御質問の中にもいろいろ出てまいりましたように、いろいろな問題があります中で、私学助成の問題もその一つとして検討の対象になっているということだろうと思います。ですから、文教行政あるいは文部省の予算、その他全体として基本的によく考えようじゃないかということは私も理解できますし、ぜひそういう積極的な御提言や御検討をしていただきたいというふうに思うわけでございますが、私学助成のあり方についても、それだけを取り上げてみましても、その配分方法の問題なども含めて、いろいろな角度から検討を加えて、今後さらに私学振興策を探るということが重要ではないかと考えております。
 そのような意味で、文部省といたしましても、私学助成の改善充実策につきましては、真剣に検討を進めてまいりたいというふうに考えます。
#79
○山原委員 大蔵省はかねてから、高校以下の私学国庫助成については、すべて交付税措置に切りかえて許認可権のある都道府県への移管を求めていると言われ、ここでも随分それは問題になってきたわけですが、しかし、交付税措置を講ずればいいというものではないわけで、そういう議論は、私立高校等に対する国の助成制度がなぜつくられたかという現実を見ない議論ではないかと思います。
 私立高等学校等に対する助成は各都道府県が行っているわけで、その都道府県に対する国からの財政措置として、一九七〇年度、昭和四十五年度から交付税措置が講じられ、しかし、交付税は一般財源であって、財政力の格差などから、各都道府県による私立高校への助成水準に大きな格差が生じた。全国的には公私間格差の是正が大きな問題となっていました。こうした現状を踏まえまして、どの都道府県においても最低限の助成を可能とする政策措置として、国による各都道府県への補助制度が私学振興助成法に創設されたのではなかったかと思います。
 文部省として、交付税措置を講ずれば都道府県に任せてもいいというお考えは持っていないと思いますが、この点、簡単にお答えください。
#80
○中林政府委員 お尋ねの件でございますが、御案内のように、昭和五十年度から高校以下の経常費助成金を設けておるわけでございまして、都道府県の助成水準の維持向上あるいは保護者の負担の軽減等を図っているところでございます。この施策を通じまして、教育の機会均等あるいは教育水準の維持向上、こういった文教行政の大変重要な課題に文部省としても責任を果たしている、このように思っているところでございます。
 この補助金を、仮の話でありますけれども、地方一般財源化するということは、本来持っております国庫補助制度、このような役割を失わしめることになるのではないか、あるいは先生も御指摘になりましたように、かつてのように助成水準の低下とか都道府県間の格差の拡大、そういったことが広がってくるのではないかということを心配いたします。
 さらには、県立の高校等と比べまして学費負担になお格差がございますので、そのような負担増加につながるおそれがあるということを考えております。
 また、十五歳人口が急減期を迎えておりますから、総合いたしまして、国庫補助の役割というのはますます増大してくるというふうに考えられますので、仮に一般財源化はどうかというお話でもございますけれども、そのようなことは適当ではないのではないか、このように思っているところでございます。
#81
○山原委員 交付税措置を講ずればいいという理屈が通るとするならば、義務教育費国庫負担制度も堅持する必要はないということになりかねません。そういう論に対しては、絶対にくみすることがないよう心して今後の予算編成を行っていただきたいと思います。
 次に、憲法上との関係がまた出ておりますが、私学助成制度の見直し論議には、私学助成が憲法第八十九条の規定に触れるのではないかとの考えがしばしば見え隠れいたしております。憲法学会などにおいてさまざまな見解があることは承知していますが、しかし、政治の世界においては私学助成と憲法規定とは両立するということで決着済みの問題でございます。これはもう御承知のとおりでございます。
 例えば、憲法制定議会においても、憲法第八十九条、政府原案では当時は第八十五条でございましたが、の規定と、私学への公的補助とのかかわりが論議されておりまして、例えば昭和二十一年七月五日の帝国憲法改正案委員会における金森国務大臣の答弁がございます。会議録を持ってきていますけれども、憲法第八十九条の規定と私学への公的助成は両立するという解釈が明確に打ち出されているわけでございます。この憲法違反とはならないとの立場から私学への補助制度を明記した法律もつくられ、今日に至っているわけです。しかも、憲法は第二十六条で「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」とうたっております。この憲法上の要請にこたえるためには私学助成の一層の充実が求められているのでございまして、この要請にこたえるのが文部省と国に課せられた仕事だと思うわけです。
 したがって、不動の構えで、私学助成を縮小するような制度見直しに対しては、国会で決議された経常費二分の一の助成の達成を目指し、抜本的増額に全力を傾けるべきだと思います。これは文部大臣の御決意は先ほど申されましたが、お変わりないと思いますが、この点はよろしいでしょうか。
#82
○森山国務大臣 私立学校につきましては、学校教育法、私立学校法及び私立学校振興助成法などによりまして各種の監督規定が設けられておりますので、憲法八十九条に言います公の支配に属しているものと考えられます。したがって、現行の私立学校に対する助成措置は憲法上問題がないというふうに考えております。私立学校の教育に占めます重要な役割ということを考えますと、私立学校の振興ということにさらに力を入れていかなければいけないということを考えております。
#83
○山原委員 ちょっと時間がありますが、それはもう局長の方へお伺いしますので、大臣、お食事の関係があると思いますから、結構ですから。
 じゃ、局長の方にお伺いします。
 やはり私学助成の問題ですが、私立大学等の学費負担が深刻の度を増しております。現在の私立大学経常費補助の一般補助においても、学生納付金収入の教育研究経費支出への還元状況などに応じた傾斜配分を実施していることは承知しておりますが、より直接的に学生、父母負担の軽減が図られるように、授業料に対する直接補助制度の創設が検討されていいのではないかと思いますが、この点についてお考えを伺います。
#84
○中林政府委員 お答えいたします。
 私学助成のうち私立大学等の助成についてのお尋ねでございますが、振興助成法の趣旨に沿いまして、経常費補助を中心に助成事業等を通じていろいろな施策を行っておりますけれども、その目的といたしますところは、教育研究条件の維持向上、修学上の経済的負担の軽減等ということでございまして、おっしゃるように、学費の負担の軽減というのも、この私学助成の目的の一つとして力を入れているところでございます。
 私立大学の初年度学生納付金でありますけれども、これは国立大学と比較いたしまして、昭和五十一年度には三・一倍であったものでありますけれども、平成四年度には一・八倍までに改善を見ているところでございます。私学助成につきまして、ここ数年、現下の大変厳しい財政環境のもとで、私どもといたしましては最大限の努力を行ってきたところでございます。平成五年度予算、ただいまお願いしておりますのは、私大等経常費補助金につきましては、対前年度五十四億円、二・一%、この伸びぐあいはここ数年ではこれでも最も伸びているかと存じますけれども、二千六百五十五億五千万円を計上することとして、ただいまお願いをしているところでございます。
 大臣もお答えになりましたように、今後とも私立学校振興助成法に基づきまして、私学振興のために私学助成の推進充実にさらに力を入れてまいりたい、かように思うところでございます。
#85
○山原委員 もう一つ伺っておきますが、多くの私立高校が中卒生徒の急減傾向が続く中で経営上の困難に直面をしておりまして、愛知県の例ですが、昨年度から生徒急減期特別助成制度を発足をさせております。学級定員を減らすなど教育条件の改善を図るため、特別に助成するというものです。国としても、こうした自治体による努力を後押しする必要があるのではないか。公立高校ではいよいよ四十人学級への移行が始まろうとしておりますし、私立高校でも四十人学級化などの教育条件の改善を図る上で生徒急減期は絶好の機会である、そういうふうに思っておられるわけですが、生徒急減期における特別助成制度を国として創設してはどうかという声が非常に強いのです。この点について見解を伺いたいのです。
#86
○中林政府委員 先ほども私が触れましたように、現在高校以下は児童生徒の急減期をもろに受けているわけでありまして、したがいまして、私立学校の経営者にとりましては大変厳しい時期に今苦労して経営をしているということでございます。
 そのような背景から、先生がおっしゃるように、じゃ、その経営が苦しい、十五歳人口が減っているからということで、それに着目した特別の助成制度を検討したらどうかという御提案でございますけれども、私学振興助成法、先ほど申し上げましたような趣旨でできておりまして、今おっしゃる意味で、そのものを特定して新しい私学助成制度をつくるということについては、これはいろいろ難しい問題があるのではないかと思うのでございます。懸命に私学経営者が苦労しているわけでございますけれども、全体として、高校以下の私学助成金が総額として確保できるように、私どもとしては、最大の努力をし、そして私学振興助成法に定められております目的をできるだけ達成してまいりたい、かように思う次第でございます。
#87
○山原委員 最後に、大学予算の問題ですが、学術国際局長おいでになると思いますけれども、高等教育機関の教育研究の条件の抜本的改善の問題ですが、これは最近幾つかの学校で事故が発生をしております。阪大、名古屋、北海道、京都大学などの事故、あるいは実験動物を大量に処分しなければならぬというような事態が起こっています。
 きょう申し上げたいのは、一つは、東京消防庁の査察実施結果によりますと、査察実施対象物四百二十六棟中法令違反件数が八百三十九件、査察を実施した建物の実に八八%が法令違反が認められた。これは大学の事態としては、消防庁からこういう指摘を受けて、そのうち人命危険、火災危険等のある重大違反件数五十五件もあり、東京消防庁は、各種法令違反の是正を促進しているが、従来、法令違反で速やかに是正しないものは警告、命令等の法的措置を含む強い姿勢で臨む、こうしているわけですね。これは全く鋭い指摘がなされておるわけで、その反面、今の大学の教育条件が劣悪であるということの証明であろうと思います。
 これは、この事実は承知しておると思いますが、これに対応できないところに深刻な情勢があると思います。そういう意味で、少なくとも、実験器具・機材が並べられたり危険物が置かれているとかいうさまざまな事態は改善すべきであるという点で抜本的な予算をふやすべきだというのが、これは関係者の世論だと思います。そういう点でどういう見解を持っておられるか。一定の改善がなされたわけですけれども、五年間で一千億円というのでは本当に対象の要改築面積の四%にしかすぎないというわけでございます。しかも、大学の土地を売り払った金で充てようとするもので、これは大変不十分な状態にあるわけです。
 この点について一つ伺いたいということと、最後に、逆に、日本政府はアメリカの要請しているSSC、超大型超電導加速器に二千億円もの金を注ぎ込もうとしているのではないかと思われます。アメリカの学者も、そして諸外国の学者も、基礎研究を圧迫するものとして、何億ドルもの予算をむだにした増殖炉と非常によく似た経過をたどっているというふうに反対をしているわけでございますが、この点について、これはもうやめるべきだと思います。もし日本がこれらの研究に参加するとしましたら、二千億円のほかに新たに粒子検出器を持っていかなければなりません。これに約三百億円がかかると言われていますから、文部省はこうした三百億円と言われる検出器に金を出すつもりなのか、こうした金があるならば、日本の基礎研究に出す必要があるのではないか。その意味におきまして、文部省といたしまして、この我が国の学術の発展にならないSSCに対する予算支出はしないという態度を明確にしていただきたいのでございますが、この点についてのお答えもいただきたいと思います。
#88
○長谷川政府委員 ただいまの前段の方で、先生、研究環境の劣化、施設設備等を含め研究関係で大学の研究環境の劣化があるという御指摘でございました。
 その件につきまして、文部省といたしましては、学術研究、極めて重要な人類、社会の発展の基盤形成となるべきものだというぐあいに認識いたしておりまして、研究環境の劣化について各方面からの指摘を受けている中で、昨年の七月には学術審議会で「二十一世紀を展望した学術研究の総合的推進方策について」という答申を得まして、学術研究基盤を引き上げるということを目標といたしまして整備を進めるという方向にあるわけでございます。平成五年度の予算案におきましても、大学等における学術研究の推進を図るということで、科学研究費の補助金につきましては、対前年度比九十億円増の七百三十六億円を計上いたしておりますし、そのほか特別研究員の大幅な増加あるいは研究基盤の重点的な設備費の投入等々を掲げておるわけでございます。
 いずれにいたしましても、今後ともこういった研究環境の劣化を食いとめ、いい環境で研究ができる、そういう方向を目指して努力をいたしたいと考えている次第でございます。
 後段の方で御指摘のSSC建設への協力ということでございますけれども、SSCの建設につきましては、我が国がどのように対応するかということにつきましては、昨年の初頭の日米首脳会談におきまして、日米双方で共同作業部会を設けまして、学術的意義あるいは技術的な可能性の問題あるいは本当にいい国際的なプログラムであるのかどうかというような問題について日米双方で協議を重ねるということになったわけでございまして、現在その作業部会あるいはそのもとにおける特別な問題を議論するパネル等々が開催をされておるわけでございますが、今現在といたしましては、クリントン政権が誕生いたしまして、SSCにつきまして明確な意思表示というのを正式な形ではまだ日本政府の方に申し入れておりませんので、しばらく向こうの体制が固まるのを待って再開するという話になっておるわけでございます。
 文部省としてどうかということでございますけれども、SSCに対応するのは、これは政府全体としてどういうぐあいにしていくのかということで、関係各省庁が協議を進めておるわけでございますけれども、いずれにいたしましても、文部省は、国内研究基盤を緊急に整備するということの方がSSCに参加するよりも優先するべきであるという態度を持っておるということをお話ししておきたいと思います。
 以上でございます。
#89
○山原委員 終わります。
#90
○松田委員長代理 次に、柳田稔君。
#91
○柳田委員 まず初めに、学校週五日制のことについて質問させていただきたいと存じます。
 昨年の二学期から月に一回のペースで学校週五日制が導入されました。約半年が経過をしようといたしております。我々も、ゆとりある、豊かな教育環境を整えるということで賛成をし、ただし学校、地域社会、家庭がいろいろな面で協力し合いながら受け皿づくりをする、つまり子供が地域に戻る、戻った場合の受け皿をつくらなければならないんじゃないかということで、ボランティア活動を積極的に推進していく必要があるというふうなことを言ってまいりました。
 いろいろとこの週五日制について、いい面、悪い面が出てくるようになったわけでありますが、やっとこの週五日制で得られた時間を塾に使っているのではないかというふうな話もあるわけでありますが、現在、この学校週五日制の定着状況、文部省としてどのように評価をしておるのか。さらには私立学校、まだ進んでいないという話も聞くわけでありますが、この辺も含めてお聞かせ願いたいと思います。
#92
○前畑政府委員 昨年九月から御指摘のように、月一回でありますが、学校週五日制を導入いたしました。私ども、九月十二日の状況について若干の調査をやっておりますが、一般的に申し上げますと、関係の方々の御配慮をいただきまして、スムーズに実施をされたというふうに理解をいたしております。御指摘もございましたが、塾へ行くのではないかというような心配も当初はいたしておりましたが、必ずしもそういうふうなこともなく、その後も十一月十四日、十二月十二日、一月九日と、こう重ねてきたわけでございますけれども、今のところはおおむね円滑に定着をしつつある、このように承知をいたしております。
#93
○柳田委員 私立学校ではいかがでしょうか。
#94
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 私立学校の学校週五日制の実施状況についてでございますが、平成四年九月現在におきまして調査をしたわけでございます。その概要につきましては、私立学校が一万六百十七校あるわけでございますが、何らかの形で学校週五日制を実施している学校、これが六千六百三十七校で六二・五%、それから実施していないが学校週五日制への移行を予定している学校が七百九十校ということで七・四%、移行を検討中の学校が二千二百二校で二〇・七%、その他が九百八十八校で九・三%、こういうことでございます。ただ、何らかの形で学校週五日制を実施している学校を校種ごとに見ますと、大変差がございまして、幼稚園では七〇・〇%、小学校では四九・四%、高等学校が三二・七%、中学校が二〇・五%ということで、中高等学校におきましては、学校週五日制がまだ進んでいない、こういう状況が見られるわけでございます。年度途中の九月に始まったということもあって、恐らく私立学校では年間の授業計画が既に決まっているものでございますから、なかなか移行しがたかった面もあるのだとは思うわけでございますが、やはり平成五年度当初からは、ぜひこの学校週五日制を実施していただきたいという意味合いを込めまして、一月にこの結果を公表したわけでございますが、同時に、私立学校を所管いたします各都道府県知事あてにこの調査結果を通知しますとともに、都道府県の私立学校主管部課長会議等を通じまして、引き続き指導をしているところでございます。
#95
○柳田委員 この学校週五日制、我々も賛成をし、進めていただきたいと思うのですけれども、私も父兄の皆さんとお会いしまして、子供が土曜日、月一回地域に帰るようになります、できますれば、地域で子供が帰ってきたときに何かできるようにしていただけませんでしょうかというお願いもさせていただいたわけでありますが、その方とまたお会いするときがありまして、いろいろお話を聞きますと、やりたいと思うのですけれども、地域のほかの皆さんの協力が得られないのです、だからしょうがないしに行政にお願いに行こうと思うのですけれども、行政に行って、何かまた参考とか力添えが願えるのでしょうかというふうなお話もありまして、地域としては、なかなか地域社会、家庭の協力という面からいきますと、進んでいないのではないかなという気がするわけであります。
 このことについても進めなければならないというふうに私自身は思うのですけれども、さあどうしたらいいものか。人の心に訴えなければならないという面もあるわけでありますが、よし一生懸命やってやろうという人たちについて、何かの方法で、ある地域ではこういうことをやって成功した、ある地区ではこういうことをやって失敗してしまったというふうなものでもあれば、何かの参考になるのではないかと思うのですけれども、こういうふうなことでいろいろな成功例、失敗例、情報を収集して、いろいろなところを教えながら、地域のボランティア活動の参考にしていただくようなことを考えたらいかがかと思うのですけれども、いかがでしょうか。
#96
○前畑政府委員 ただいまの先生の御指摘、私どもも大変大事なことだ、このように思っております。九月十二日の件につきましても、都道府県の教育長協議会にお願いをいたしまして、若干の問題状況の調査をいたしましたけれども、ただいま先生御指摘のように、ボランティアとしてやっていただく人というのが、確かに気持ちは持っている人はたくさんいるのだけれども、それを具体の行動に結びつける方策というのがなかなか難しいというような問題状況も報告を受けております。今先生御指摘のように、全国的な様子というのを調査いたしまして、まさに御指摘いただきましたように、こういうふうにしてうまく運んだケースがある、あるいはこういうふうなケースでは若干問題が起こったというようなものも取りまとめて参考に供したい、このように考えております。
#97
○柳田委員 いろいろと方策を考えて進めていただきたいと存じます。
 次に、業者テストについて質問をさせていただきたいと思います。ことしの一月二十六日、高等教育の改革の推進に関する会議から「高等学校入学者選抜の改善について」という報告がなされました。この中身を見ますと、従来の政府としては大変珍しく明快に業者テストの弊害を挙げまして、業者テストを学校から追放する方針を出されました。私としても賛成をしたいし、評価もしたいと存ずる次第であります。
 しかし、一つここで問題になるのは、なぜ業者テストがここまで利用されたのだろうか。今でも別の手段を考えてでもしなければならないのじゃないかという声まで聞かれるわけであります。つまり、業者テストは廃止したけれども、このことだけで父兄や学校、学校についても全廃するような学校もありますけれども、果たして業者テストをやめるだけで何かの方策ができるのか、このことが次のステップとして大事なことだろうと思うのですが、まずその前に、この業者テストが何でここまでもてはやされたのか、その原因についてどういうふうに分析していらっしゃいますでしょうか。
    〔松田委員長代理退席、委員長着席〕
#98
○野崎政府委員 業者テストはもともとは腕試しあるいは進学先の目安のための参考資料という形で使われておったわけでございますが、何と申しましても、点で出てくるものでございますから、大変便利な指標であるということがございます。それから、やはり十五歳人口がふえる中で、親もどこかの学校にとにかく入れたい、そしてまた先生も、それを受けてとにかくどこかの高等学校に生徒を入れなければいかぬ、そういうときに、数字の上で、数字が出てくるものでございますから、この学校はこの程度の子供なら大丈夫だとか、そういうようなことでお互いに便利な指標として使ってしまった。それを使ったがために、今度は逆に言えば高等学校の方も、その数値によって高等学校が序列化される、それに伴って今度は生徒の方もその点数によって偏差値何点というようなことで自分の志望校が決まってしまう、そういう意味の弊害が出てきた。こういうことで、なぜかと申しますと、やはりそういうお互いにどこかに入れたいという、そしてまた不安感をできるだけ早く解消したいというようなところから、この業者テストというものが使われた。と同時に、やはりコンピューター化等によりまして大量処理ができるようになったということで、そういう意味では大量処理するものですから、統計的に言えば信頼性の高いと申しますか、数字の上ではそういうことになって、ますますこれが蔓延するというような結果になったのではないか、こう思っております。
#99
○柳田委員 今お答えいただきましたけれども、私もそのとおりだと思います。
 先日業者テストは禁止だという大変強い、通達というのですか、ものをお出しになったようでありますが、今のこのままの現状では、再度この業者テストにかわるものが出てくるのではないか。なぜならば、学校の送り出す側、もらう側、さらには父兄、子供までもがこの偏差値に頼り切っている現状を考えますと、ここで禁止したからといって、さあどうしよう、業者の方もまた何か新しい手だてを考えようという動きも出てくるのであろうというふうに思うのですが、文部省としては、この辺はどのように考えていらしゃいますか。
#100
○野崎政府委員 確かにこの問題を根本的に考えると、果たしてこれで解決がつくのかという点は、先生御指摘のような社会全体の風潮とかを直していかない限り直らぬのではないかという面もあるわけでございますが、私どもとしては、やはり現在やれることをまずやってみようというようなことでございます。
 やはり一番の大きな問題は、業者テストの結果によって事実上合否が決定してしまう。本来ならば学力検査というものがこの二月、三月に行われるわけでございますけれども、その結果を待たずに、業者テストの結果によって、もうその時点で事実上の合否は決まってしまう。あるいは中学校が業者テストの偏差値によって、もうこの学校は受けてもだめだとか、事実上自分が受けてみたいというような高等学校も受けさせてくれない、そういうような受験指導がなされる。こういうことでございますから、やはりその辺のところをまず私どもとしてはなくしていきたいということで、今回三点につきまして、公教育からは業者テストを排除する、あるいは公教育としては関与しないということを打ち出したわけでございます。
 先生御指摘のように、公教育が関与しないとしても、あるいは壁とか民間の方で行われるということがあるじゃないか。確かにそれは民間で行われること、そして個々の保護者がぜひ塾に行かせたい、あるいはそういうテストを受けてみたいというところまで、私どもとしては、それを禁止する力はございませんけれども、少なくとも公教育の場においては、そういうものは一切関与しないのだということによって、そしてまた高等学校もいろいろ入試方法を工夫していただくということによって世の中が変わっていくということを期待もし、またそうしなければならない、こう思っているわけでございます。
#101
○柳田委員 期待をするのは大変いいことでしょうけれども、ただ、今ここまで長い間親も学校も子供も偏差値づけでずっとやってきた現状を見ますと、学校でやらないまでも、どこかに行ってでもやりたい、これは多分親も子供もそう思うかと思うのですが、抜本的に解決にならないのではないか。悪いからやめろ、それも正しいです。ただ、悪いからやめろだけでは困るのは子供であり、親であり、そして学校になっていくのではないか。だからこそ、何かをしなければならない。やめる以上は何かをして、そういう環境が変わるようにしなければならないのが、文部省さんだけの責任ではなくて、社会すべての責任ではあろうかと私は思うのですが、そのことを示すべきではないかなと思う一人なのです。
 そこまで余り強く言いますとあれですけれども、先日文部省ですか、総合学科というものも提唱をされております。子供が自分の行きたい道、選択の幅を広げるというふうなことにもなりますし、個性を重視した教育を実現していこう、そういうふうなことで総合学科の構想というのが世に出てきたと思うのですが、このことについては我々も評価をしたいと思うのですけれども、具体的にどうしていくのか、これからこのことをどう発展させていくのか、もしお許しいただけるのでしたらば、御説明を願いたいと思います。
#102
○野崎政府委員 総合学科についてでございますが、基本的に生徒の自己の興味、関心に基づいていろいろな科目が選択できる、そういう制度に全体的に持っていこうということでございます。
 総合学科が今脚光を浴びているわけでございますが、実はこの推進会議の中では、全日制に単位制高校を取り入れる、あるいは高等学校間の連携をする、つまり他の高等学校で取った単位も自校の高等学校の単位として認めていっていい、あるいは専修学校におきます単位なども高等学校の単位として、一定の限度でございますが認めていこう、あるいは技能連携というような形の単位も認めていこうというようなことで、生徒ができるだけ幅広い形で学習したものを高校の単位として認定できるようにしていこう、その一環で総合学科も考えているわけでございます。したがいまして、総合学科自体は、当然のことでございますが、学年制をとるわけにはいきませんので、単位制高等学校という形で同時に動き出すことになると思いますけれども、そういう幅広い選択ができる形でこれを考えていきたいと思っております。
 そして、私どもとしては、この総合学科というものを、例えばこういうものでなければならないとか、余りそういう固まった形ではなしに、むしろ設置者でいろいろ工夫をしていただきたい。ただ、工夫といいましても、こういう十五歳人口が減っている世代でございますから、どちらかというと今までの高等学校を改組転換していかなければいけませんので、恐らく母体となる高等学校というものを想定し、それを発展的に変えていく形になろうかと思いますけれども、そういう中で、やはり子供たちができるだけ選択の幅ができるような、創意工夫ある取り組みをぜひお願いをしたいということで、平成五年度は準備期間というようなことで、平成六年度からこれを動くようにさせたいということで、年度内には関係省令の改正等も行っていきたい、このように考えております。
#103
○柳田委員 進めていただきたいと思います。
 さらに、学校はいろいろあるわけでありますが、学校の特徴も、独自性といいますか、さらに発揮できるようにしてもいいのではないかな。例えば、先日ニュースを聞いておりましたら、北陸の方でサッカー専門学校ですか、私立だそうですけれども、高校みたいのができた。要するに、将来サッカーのJリーグを目指すといって、私はそこに行きたい、だから中学校を卒業した時点で、その専門学校というのですか、サッカーだけをやる学校へ、そういうふうなものもできたと聞いておるのですけれども。やはり学校の独自性をさらに強調できるようなものもあってもいいのではないかな。つまり、子供の選択の幅を広げるために、さらには子供が自分の希望または個性に見合った選択ができる、これは具体的にはわかりませんけれども、こういう総合学科も含めながら、そういうことも考え合わせていただければ、先ほど申した偏差値、これがすべてだというのから大分変わってくるのではないかというふうに思うのですけれども、この総合学科以外に何かお考えがあるか、いろいろなことを検討したいと思っているか、お聞かせ願いたいと思います。
#104
○野崎政府委員 確かに学科としては普通科、専門学科、総合学科という三つになりますけれども、やはり普通科の中でもいろいろな特色を持ってほしいと私どもは思っています。
 平成三年四月に中央教育審議会から答申が出ましたけれども、例えば新しいいろいろな取り組みをしてほしい、そして新しいタイプの高等学校をつくってほしいというようなことも提言として出されていまして、早速そういうところにつきましては各県にも出しました。最近いろいろな形で普通科の中にもコースをつくるとか、そういう取り組みが各県でもなされております。そういうものを私どもとしても進めていきたい。
 そして、総合学科と一口に言いましても、総合学科の中にもいろいろな特色を持ったものをつくっていただきたいし、専門学科はもちろん、工業、農業といろいろ分かれていますけれども、その中でも最近、同じ農業でも、旧来のような形のものから新しいバイオを入れるとかいろいろな形の工夫もされておりますので、何といいますか、学科の名称の範囲内でしか種類がないのだというのじゃなしに、同じ学科の中にでも多様な教育に対する取り組みがある、こういう方向で私どもも県を指導してまいりたい、このように思っております。
#105
○柳田委員 最近、いい学校を出て、大学を出て、大手企業に入れば一生安心だという神話が崩れているのではないかな。親御さんと話をしておりましても、あの大きな会社が最近倒産するのかとかいう話も出ておりまして、子供にどういうふうな道を歩ませたらいいのかなという御相談も時々来るように相なりましたので、こういうことも考え合わせながら、いろいろな道をつくるようにこれからも頑張っていただきたいと思います。
 次に、指導要録の開示問題に移りたいと思います。
 ことしの二月六日、川崎市教育委員会で指導要録の開示を認める決定がされました。この問題に関しまして文部省の考え方は、「指導要録は、従来から、評価の公正さなどの確保のため、在学中・卒業後にかかわらず、本人への開示を前提としない取扱いとされてきている。指導要録を本人に開示することとした場合、評価の公正さ、客観性の確保、本人に対する教育上の影響などの面で問題が生じることが懸念される。したがって、これを一律に開示することについては、慎重に対応すべき問題である。」これが一つです。二つ目の理由として、「指導要録の取扱いについては、調査書(内申書)や生徒指導に関する資料などの様々な教育にかかわる個人情報の取扱いとも深くかかわる問題であり、慎重な検討を要する事柄であると考える。したがって、現時点では、従前どおり慎重に取り扱うことが適当である。」。三つ目として、「なお、指導要録の開示問題の背景には、保護者の学校や教師に対する不信感があるのではないかと考えている。したがって、学校や教師は、子供の側に立って指導と評価の在り方を見直し、保護者の不信感を払拭するよう日常的な取組みを進めることが大切である。」ということで、指導要録の開示についてはどちらかといいますと反対のような考えを表明されておりますけれども、これは今でもそのとおりだと考えてよろしいのでしょうか。
#106
○野崎政府委員 今先生から御紹介のあった考え方で今も考えております。
#107
○柳田委員 この問題、大変大きな問題だと思うのですけれども、我々民社党としても、以前から教育行政については、基本的スタンスについては、今まで政府、文部省がやってきたことと余り変わらずにいろいろな施策を進めてまいりました。ただ、若干柔軟性がないかなとか、ちょっと時代おくれじゃないかな、もっと早く手を打つべきではなかったかなという面もありますけれども、基本的には賛成するところが多かったかと思っております。
 それで、今私の方で言いましたとおり、開示についての否定的な考え方、それなりに納得できる筋でもあるような気がいたします。また、この指導要録、将来開示されることを前提として作成しておりません。正確な記載が期待できなくなって、指導要録自体の信頼性が低下するおそれもある、それも理解ができるのです。さらには、成長過程にある生徒のある一時期の評価を開示することによって、生徒の性格が固定化するという問題もある。なるほどそうかなと耳を傾ける必要があるというふうには思うのです。さらに、派生的な問題ということで考えていきますと、じゃ、もし開示した場合にクレームがついた、どう対応するのだろうか。さらには、川崎市にほかの都市から引っ越してきた、その子供についてまでも開示をする。引っ越してきたもとの住所の学校では開示がない。川崎に行くと前書いてくれたことが全部開示ができる。これで公平性が保てるのかという問題もある。理解はできるのですけれども、こういうふうな派生的な問題も考えた場合に、しょうがないな、やはり開示については否定的な見解をとらざるを得ないというふうなことも文部省としてはお考えになっていらっしゃるのでしょうか。
#108
○野崎政府委員 指導要録の基本的性格は、先生が先ほどお話しいただいたとおりだと私どもも考えておるわけでございます。そのときに、今お話ございましたように、他市からあるいは他の市町村から生徒が転入してきたというときに、全部開示になってしまうではないかということが問題としてあるわけでございまして、現実に新聞報道によりますと、そういうことが起きておりまして、いわゆる送り先というのは変でございますけれども、もとその子供が所属していた市の方からは、うちの方は開示していないのにというようなことがあったように聞いておるわけでございまして、かといって、この問題を開示を前提にいろいろな手続を考えるというのも、私どもとしては、それはやはりおかしいのじゃないか。基本的な考えば、先ほど申し上げたように、これはあくまでも先生の指導の資料として役立てていくものなわけでございますから、当然その中には本人にとってみれば不利など申しますか、そういうようなことも書かれなければならない。指導上必要な事項はやはりその中に書いておきませんと、今後の子供たちを本当に育てていく上で支障を来すわけでございますから、その辺のところは指導要録の記入として守っていくということになりますと、やはり慎重な対応ということが私どもとしては必要である、このように思っております。
#109
○柳田委員 この開示問題、なぜ起きてきたのだろうか。原因を考えなければならないかと思うのですが、今お話しになったこと、それなりに理解はできるのです。ただ、この原因を考えて、そしてさらにいい教師、さらにいい指導、教育ができるようにというふうに考えていきますと、私としては開示を進めた方がいいのではないかな、そういう私の基本的な考えをもとにして、これからも質問させていただきたいと思うのです。
 何でこの問題が出てきたのか。私自身は、先ほど指導要録の開示についての否定的な見解の中にもありましたけれども、やはり親の学校や教師に対する不信感が根底にあると思うのです。これがなければ、信頼をしていれば、こういう問題は起きないわけですから。不信感がある。なぜ不信感を持つのか。それはすべての先生がすばらしいと言えればいいのですけれども、中にはそうでない方もいらっしゃる。耳の痛い話かもわかりませんが、またそうでないという御意見のある方もいらっしゃるかもわかりませんが、そういう信頼にこたえない先生がいる。だから指導要録の中にも誤ったことを書いてあるのじゃないかと疑心暗鬼に陥って、やはり見たい、見せるべきだということも言えるのではないか。またさらには、立派な先生だ、信頼はしている、しかし万が一間違いがないとも言い切れないのではないかな。それならば、将来の進路にそれなりの参考になる資料なので、データなので、できれば見せていただきたいなという希望もあるというのもわかるのですよ。この問題ですけれども、教師が子供を教えるわけですね、指導する。教師というのは、教育のプロですよね。そして生徒をいかに立派にしようかと思って一生懸命真剣に日々仕事をされているわけです。その方々が、ある基準に従って、その指導要録にいろいろなことを書かれる。しかし、このプロ意識、先生としての意識、さらに取り組みの真剣性、この子供を一生懸命育てようという気持ちがあれば、今言ったような親の学校や先生に対する不信感はなくなると思うのです。これは指導要録を開示するしないという問題も含みますけれども、もっと大きな問題として、その意識さえあればこういう問題は解決できるのじゃないか、これが根底にあるような気がするのですが、いかがでしょうか。
#110
○森山国務大臣 まことに先生のおっしゃるとおりだと思います。この指導要録の開示を要求される親御さんの気持ちの中には、おっしゃるように、子供の担任あるいは授業を教えてくれている先生が、どうも自分の子供をちゃんと理解してくれていないのじゃないか、きちんとその長所、弱点を見て指導してくれていないのじゃないかというような気持ちがありますので、本当のところ、どのように先生が見て、書いていらっしゃるのかということを確かめたい、そういう気持ちになってのことだと思うのでございます。ですから、あの先生がおっしゃることなら間違いない。うちの子供のことを大変真剣に考えて指導してくださっている、そういうふうに親御さんが思うような、つまりは、子供も先生を全面的に信頼して、その御指導を受けるというような状況であれば、このような事態にはならないはずだと思いますので、すべて根底には先生に対する親や子供たちの信頼というものがあるのではないか、私もそのように考えております。
#111
○柳田委員 先ほど三点否定的な見解のことを私の方から言って、そうだというふうなお答えをいただきました。最初の方に書いてあります、一番目に書いてあります評価の公正さ、客観性の確保、本人に対する教育上の影響など、このことを考えた場合には慎重に取り扱わなくてはならないということでありました。だから、この評価をするのがどうのこうのという先生の責任問題というのもありますけれども、この問題を議論していますと、また別途はかの方にそれてしまいますから置いておきます。
 今の段階では指導要録を開示すると、やはり教育現場においてはそれなりに混乱が生じるかもしれないと私も思います。しかし逆に、先生と親、子供が指導要録を開示して、いろいろな面で話し合いをしていけば、先ほど申した評価の公正さ、さらには客観性の確保、そして本人に対する教育上の影響、いい方向に向かうのじゃないか。開示して、親子と一生懸命話をすれば。自分はこういう姿勢で評価をした、この辺はもっと伸びてほしい、ここは少し直した方がいいよと言って議論をすれば、逆に開示することがよくなるのではないか。だから、今言った三点、公正さ、客観性、教育の影響、開示する方がよろしいんじゃないかと私は思うのですが、いかがでしょうか。
#112
○森山国務大臣 今先生がおっしゃいましたようなやり方、子供のことについて親も一緒に先生が真剣に話し合っていただくということは、この指導要録の開示があるかないかと関係なくとても大事なことだと思いますし、現にどこの学校でも真剣な先生方はそのようにやっていただいていると思いますので、指導要録を開示した方がそういう効果があるというのは、ちょっと私は納得いたしかねるのでございます。
#113
○柳田委員 そのことはまた後でやりますけれども、要するに、いろいろと相談する材料として指導要録がある。親と先生と子供がいろいろ話をすれば、こういうことがありますけれどもと見せながらでも、ほかにいろいろたくさん書いたのでもいいのですよ。毎日の日記にA子は何をやっていた、B子は何をやっていた、先生としてはもっと詳しいのを書けるわけです。持っているはずです。いろいろ議論をして話をすればいい教育にもなるし、子供は育つと思うのです。このことについては賛成はできませんか。
#114
○森山国務大臣 そのような指導のやり方というのは望ましいことだと思います。しかし、それとこの指導要録の開示とは直接関係ないのじゃないでしょうか。先生方が自分で、ある子供について一生懸命御指導をいただく、長所はこう、悪いところはこう、もっとここを勉強したらもっとよくなるとか、こういう問題点があるから注意をした方がいいというようなことをきめ細かくおっしゃっていただくというのは、現在でもやっていただいていることでございまして、それは指導要録の開示とは直接関係ないと私は思います。
#115
○柳田委員 大臣も指導要録を見たことがあるかと思うのですけれども、私も見させていただきました。この書き方についても文部省としては指導をしていますね、欠点じゃなくて長所を伸ばすようにお書きなさいと。それで、今言ったように、日ごろ父兄ともお話をする機会もあるでしょう、子供を交えて三者面談をすることもあるかと思うのです。そのときに、これがなかなかいい参考資料になると思うのです、記録ですから。これがなしで口だけでしゃべるよりは、こういうものがあると、こういうことがあったじゃないか、でも最近よくなったねとか、あの欠点はまだ直っていないねと使えるのじゃないでしょうか。逆に言うと、これを見たときに、本当に親が先生に対して不信感を抱くようなものはどこにも書けないのじゃないかと思うのです、今の指導要録では。だから、何も隠すことはないものなんですよ、中身を見ても。逆に、出して、こうですよ、どうでしょうか、でもこれ以外にもこういうことがあったと言ってお話をする方が、私が今言ったように、過去のデータですから、親子面談でこれも見せながらすることにしたらば、本人の評価の公正性も出てくるわけです。さらには客観性の確保もできるわけです。親子面談で、親が、いや、そうじゃないと言ってお話ができるわけですから。そして教育上の影響もいい方向に向かうのではないかと思うのです。どうでしょうか。
#116
○森山国務大臣 今先生がおっしゃったようなやり方が効果を上げますのには、やはり先生に対する親御さんや子供たちの信頼があってこそあるわけでございまして、指導要録を親に見せるか見せないかというのは直接関係ないと私は思うのです。先生が本当に心を込めて、汗を流して指導していただく、そういう態度の先生であるということで親が信頼を持っておりますれば、先生が弱点また長所その他注意すべき点についておっしゃっていただくことをまじめに受け取って、いや、家ではこのような問題がありますけれども、それは学校ではこんなふうに出ていますというふうなことでお互いに話し合いがスムーズにいくのだと思うのです。ですから、先ほどおっしゃいましたように、根底には先生に対する信頼が何よりも大切なのではないでしょうか。
#117
○柳田委員 先ほど質問しましたとおり、なぜ開示が出てきたのか、親が学校や先生に対する信頼感がない、その一つがこれだったのですね。だからこそ、これを開示しなさい。これを見せていただけると信頼感を少しでも取り戻せるのじゃないですか。だから、出してしまえばいいじゃないですか。お見せします、信頼してくださいと。何もあることないこと、ないことまでは全部書いていませんよ、見てくださいと。そして子供のために一生懸命ここまで書いているのですよといって信頼感をつくった方が親御さんの不信感を取り除くためには手っ取り早いのじゃないですか。逆に私は、これだったら見せてあげて、どれほど学校の先生が子供に対して気を使っていろいろな指導をしているか、親御さんはこれを見たら信頼感を取り戻すのではないかと思うのです。いかがでしょうか。
#118
○森山国務大臣 いろいろなやり方、いろいろな先生、いろいろな親御さんがいらっしゃるわけでございまして、私どもとしてはさまざまな場合を考えなければなりません。
 先生がおっしゃいますように、もしすべて指導要録は開示するのが前提だということになりますと、中には指導要録に書きますことを、あらかじめ人に見せる、本人に見せるものだという前提で書くようになってしまうでしょう。そうしますと、正直に、本当に必要なことを全部書いていただく先生ばかりでは必ずしもないかもしれない。そんなことを考えますと、やはり今までのように、指導要録そのものは本人や親御さんに見せるものではないという前提で先生の記録として書いていただく。それをもとにして親御さんと真剣に話し合うということはもちろん重要ですし、そういうことは今でもやっていると思いますが、そういうふうに使っていただくのがよろしいのではないかというふうに思います。
#119
○柳田委員 私も、すべての先生がすばらしいとは思っておりません。一部あるというふうな気がいたします。子供にとっては、その先生方にもよくなってもらわなければ困るのです。要は、さあ、どうするかという問題も含まれるわけですね、このことは。余り絞りたくなかったのですが、だからこそ見せると言うのです。わかりますね、それは。だからこそなんですよ。
 教育というのは、やはり先生方の資質も向上してもらわなければ困る、それに応じて子供ももっと伸びてほしい、それが究極の目的ですね。そのときには親との信頼関係も要るのですよ。ところが、あの先生は何を書いているのかわからぬ、将来内申書にも何か影響するそうだ、黙っておかなければいかぬと不信感がどんどん固まって、結果として、本人の努力もなくて思うところに行かなかった場合には、さらに不信感が高まるのですよ。強くなるのですね。だから、まず不信感を取り除く努力をすればいいのです。
 今公開を目的としないで書いているものはしなくてもいいかもわからない。しかし、ことしから方針を変えればいいじゃないですか。ことしからは公開を目標として、さらに親子でいろいろと議論をして、話し合いをしながら指導要録をお書きくださいと言っていただければ、今大臣のおっしゃった問題点は解決するのではないでしょうか。
#120
○森山国務大臣 先生のお気持ちは私もわからないではないのですけれども、今までやってまいりました指導要録というものと全く性質が変わってしまうと思います。それならそれで、性質を変えるということでやればいいじゃないかというふうにおっしゃるのかもしれませんが、今までとの継続性もあり、今まで私どもがやってまいりました指導要録そのもののやり方も十分意味のあるものだったと思っておりますし、これはこれとして、従来の方針で非公開ということでやってほしいというふうに思っています。
#121
○柳田委員 今開示を目的としたら性格が変わるとおっしゃいましたけれども、ではこの中でどこが変わりますか。開示を目的とした場合としなかった場合とどこが変わるのでしょうか。
#122
○野崎政府委員 いろいろ開示のときに出てくるのは、従来体罰を受けておったとか、あるいはいじめに遭っていたとか、そういうところが果たして指導要録上どう記入されているのかを知りたいとか、そんな形で開示要求が出されたりしていることがございます。そういたしますと、教師がどういうふうに子供を見ておったかという所見欄あたりの記述がやはり一番影響を受けてくる面かと思うわけでございます。
 今大臣からお話がございましたように、開示を前提ということになりますと、当事者と争いになるのは嫌だというようなことで、例えば特記事項なしという形で所見欄がすべて処理されてしまうというおそれもあるわけでございます。そういうことになりますと、例えばこの子供がアレルギー性のものを持っているとか、そういう指導上の注意、あるいは先生が気がついたときに、こういう点はこの子供については注意しておいた方がいいなというようなことも、もしそこが親御さんとの間で将来争いの種になると、まあいいや、もう書くのやめよう、特記事項なしという形で処理されてしまうことがあるのではないか。
 したがって、これは先生が、また担任が変わってくる場合もあるわけでございますので、担任がかわった場合に、新しい先生にその子供を見ていただく。新しい先生がその前の先生の所見のところを見て、ああ、今子供は少し変わっているな、前と変わってきたなというところで活用していただくことも大事なので、どうも本人に見せるということになりますと、先生はそういうことはないとあるいはおっしゃるのかもしれませんけれども、やはりむしろ争いが起きない方向に行くのではないか、私どもはこういうように考えるわけでございます。
#123
○柳田委員 この指導要録を見たい、不信感を持っているのは子供じゃなくて親だと僕は思うのですよ。小学生がそういう観念を持つわけがないのです、先生には素直ですから。うちの子供も大分素直ですけれども、時々わき道にそれて親子げんかはしますけれども、素直ですよ、子供は。これが開示される前提で書かれた、されない前提で書かれた、だからどっちが変わるとは子供は思っていませんよ。親御さんですから。
 それで、子供を育てるためにどうするか、どうすれば一番いいかというのが一番問題なんですね。文部省の今までやってきたことを守るためじゃなくて、いかに子供をよく育てるかが一番大きな問題です。継続性があると先ほど大臣はおっしゃいました。今まではよかったかもしれないけれども、さらに子供をよく育てるためにはこうした方がいいということがわかれば、変えればいいのですよ、これは。変えないで守る必要はありません。先ほどの大臣の御答弁の中では、私の言うことに対して大分御理解はしていただいたというふうに思うのです。
 もう一回聞きますけれども、要するに、今までの文部省のやり方というのはあっちに置きまして、子供をいかによく教育できるか、そして親と学校の先生の信頼感が保てるか。そのときにこれを出しながら親子面談をしたり、家庭訪問をしたときに、実はこうだど私は思ったのですよ、お母さん、お父さんの目からはどうでしょうかと。そうしたらお父さん、お母さんが、そうがな、いや違うと。違うとなったら、またお話し合いをすればいいわけですね。学校の先生だってプロなんですから、専門家なんですから、そして責任を持ってやっているわけですから。そうしたら、誤っていたら話をして、あっ、違いましたねと変えればいいわけですからね、これも。親だからといって、だれもこびへっらう必要はないのです。自分は自分の教育方針、信念を持って教育しているわけですから、それをゆがめる必要もない。いかにいい子供を育てるかということは、親と先生が一生懸命議論をして、どうしようかという道を探してあげるべきが一番大事なことだと思うのです。また繰り返すようになりますが、そのときに大変いい資料だと私は思うのです。できるだけ長所を伸ばすように書きなさいと書いてあるのですからね。文部省はそう指導しているのですから。見せてあげたら、担当の先生も変わったとおっしゃいました。一年生のときはこうだったねと書いてあるのですよ。三年生のときはこうだった、そしてこうですよ、今はよくなった、悪くなったといういろいろな話し合いをすることが子供のためによくなるのじゃないかなと私は思うのですが、いかがですか。
#124
○森山国務大臣 今先生のお話を承っておりますうちに、私も昔小学生の子供を持っておりましたときに学校へ何回か行きまして、その先生から、お宅のお子さんは落ちつきがないとか忘れ物が多いとかとても慌て者だとか、そういうことを随分言われて注意を受けました。それで、それを直すのにはどうしたらいいでしょうかということをこちらから申しまして、先生は、こうしたら、ああしたらどいうサジェスチョンをくださいまして、それじゃやってみますのでしばらくまたたったら学校で様子を見ててくださいというようなお話で、余り十分成果が上がったとは言えませんけれども、私は大変先生がまじめに子供の一人一人のことを見ていただいているなという感じを受けまして、ありがたいことだと考え、決して指導要録を見せてほしいなどと思ったことはございません。それはやはり先生と子供の親である私との間に信頼関係があったからであると思うのです。ですから、そのような話し合いということはどのような状況のときでも大変必要だと思います。それは先ほど来申し上げておりますように、指導要録を手元に置いて、それを見せるか見せないかとは関係ないと思うのでございまして、先生方が親の信頼をさらにもっと得るように、真剣な指導をしてくださるように、そして、そういうための研修とかそういう勉強とかいうことをもっとしてほしいし、文部省もその面での努力をいたしましょうということはお約束いたしたいと思うのでございます。
#125
○柳田委員 最後の方のお答えはお願いしたいと思います。
 だから、子供をよくするために、これは見せるか見せないか関係ないのですね。これは見せたっていいのですよ、見たいという親御さんがいれば。二の次なのです、これは。見たい、見て私も一年生のころどうだったか忘れましたから教えてよ、先生。そうしたら先生がこれを見て、あのころはああでしたねと言うわけでしょう。さらに、家庭訪問したりとか学校に親御さんが来たら、これ以上のことをお話しするわけでしょう、一緒になって。欠点であれ、長所であれ、お話しするわけですよ、これ以上のことを。しないわけではなくて、するわけですね。そうしたら、見せるか見せないかという問題じゃないのじゃないかと思うのですよ。だから、「慎重に対応すべき」とか「一律に」とか――私に言わせれば、逆に開示については各教育委員会にお任せします、できればさっき言ったように、親と学校の先生との信頼関係をさらに進めるために努力をしていただきたいぐらいに抑えればよかったのではないか。そうしたら、教育委員会がこれを見せてもいいのですかとお尋ねすれば、それは教育委員会で御判断ください、我々は親と教師の信頼関係を高めるために皆さんがそうしたいと言えばどうぞやってくださいというところまでじゃないのかな、やったとしてもですよ。私は、逆に文部省としては開示した方がいいと言った方がすっきりすると思うのですよ。というのは、川崎市だけやって、ほかから転入してきたらこうだった。そうしたら親御さんも子供も、もとのところ、友達ですからね。親御さん、ツーツーですよ。あの先生はああよ、こうよと必ず言われますよ。あの先生こんなことを書いたよと、電話や会ったりして。逆におかしくなるんじゃないか。だから、もうこの際開示に踏み切った方が、何ら弊害も出ないし、こういうふうな、今言ったような不公平といいますか、それも出ないし、いい方向に変わるんではないか。さらに、熱心な先生については、大体これに書いてある以上のことをよく議論しますから、余り影響はない。どこに影響するかもよくわかります。だから進めるべきではないかと思うのですが、再度聞いてみたいのですけれども、いかがでしょうか。
#126
○森山国務大臣 先生の大変熱心な御意見は貴重なものとして拝聴させていただきました。ありがとうございました。
#127
○柳田委員 もう時間が余りなくなったのですけれども、やはり先ほどお話もあったのですが、従来からこうだった、そのことも尊重してほしい、だから続けていきたい、これは私は、申しわけないのですけれども、御答弁にならないと思っているんです。必要だからこそ変えるので、私は今こそやってもいい時代じゃないかというふうな気がしているから申し上げたのですが、大分大臣のお考えも柔軟になってきつつあるんではないかなというふうに逆に私の方から期待を申し上げたいと思うのです。
 冒頭言いましたように、我々と、民社党と文部省の考え、基本的にはそう相違はありませんので、一生懸命やっていただきたいと思うのですが、やはり余りおくれないように対処をしていただきたいと思います。
 もう多分、私で大臣の所信への質問は最後だと思うのですけれども、文部省行政について、全般でも結構ですから、何か触れておきたいことがありましたならば、大臣の方から何かございましたならば、時間残されておりますので、お願いします。
#128
○森山国務大臣 日本の教育というのは百二十年の伝統がございまして、その間に積み重ねてまいりました実績はすばらしいものがあったと思います。そのおかげで日本の発展もあり得たわけでございまして、諸先輩の努力、血のにじむような努力というものがあってのことだと思いますので、その実績を尊重したいというふうに思うのでございますが、一方、世の中が大変変わってきているということも事実でございまして、今までとはまた違った対応が求められているということも、先生の御指摘いただくまでもなく、文部省一同みんなそのように考えておりまして、それぞれの部署で新しい時代に対応するにはどうしたらいいかということに真剣に取り組んでおります。それが先ほどお話の出ました偏差値の問題であり、業者テストの問題であり、また総合学科の問題であり、その他さまざまな新しい試みに果敢に取り組んでいこうということで努力しているところでございます。
 先生の、先をもっと見て柔軟に、おくれないようにという御忠言、まことに貴重なものと拝聴いたしまして、努力を続けていきたいと思います。ありがとうございました。
#129
○柳田委員 過去は大切に、これからいろいろとやっていこう、総合学科という大変大きな一歩も踏み出したわけでありますから、余り過去にとらわれずに将来に向かってこれからも頑張っていただきたいことを最後に申し上げまして、質問を終わらせていただきます。本当にどうもありがとうございました。
#130
○渡辺委員長 沢藤礼次郎君。
#131
○沢藤委員 教育というのは非常に人間に深くかかわっているものでございます。人間を守り、育てる非常に大事な仕事であります。その人間を大切にする人間教育の場に、最近、落ちこぼれとか、怠学とか、あるいは不登校、さらにはいじめ、さらにはいじめ殺人、あるいは校内暴力、いろいろな教育の場にあってはならない事象、現象が次々に出てきておりまして、私どもにしてみれば、本当に大変な事態だな、何とかしなきゃならない、そういう気持ちでおります。
 きょう与えられた九十分の時間ですが、大臣とのやりとりを通じて、教育を見直し、教育を本来の姿に取り戻す一歩一歩を踏み締めていきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。
 まず最初に、一つのエピソードを申し上げますので、これについての大臣の御感想をお聞きしたいのです。もう三十年以上も前のことですから、記憶が確かじゃないのですけれども、ある新聞、たしか普通東京三紙と言われている発行部数の多い新聞の一つだったと思うのですが、その新聞の社説に次のような文章が載っていたのです。
 ある村に、いわゆる知恵おくれと言われる子供がいた。朝ふらっとうちを出たっきり、昼近くなっても帰ってこない。昼間過ぎても帰ってこない。午後になっても帰ってこない。夕方になっても帰ってこない。そして、太陽が沈んで暗くなるころにふらっと帰ってきた。一体今まで一日どこにいたんだと聞かれたところが、その子供さんいわく、水車小屋の前を通りかかったら、水車に砕け散る水玉が太陽の光に照らされて、きらきらとすごくきれいだった。朝は朝なりに、昼は昼なりにきれいだった。また夕方は夕方なりの、夕日に映えてすごくきれいだった。一日じゅうそれに見とれていたと言うのですね。
 その新聞社説がその後どのように社説を結んだか、今私の記憶にありません。大臣、どうですか。今のお話の感想をお聞きしたいのですが。
#132
○森山国務大臣 とても心温まる、ほほ笑ましいお話だというふうに承りました。子供が自然のごく身近にある普通の現象について、その美しさに心を奪われる、そういう純粋な、非常に感受性の豊かなそのような子供の姿というものに感銘を受けるような気持ちでございます。
#133
○沢藤委員 これはそれぞれの受け取り方があると思いますので、これは次に続けさせていただきますが、美しいものを美しいと感ずる心、人間にとっては極めて大切な感性ですけれども、これが今の教育の場で一体どのようにはぐくまれてきたのだろうか。人をけ落とすこと、かき分けること。きょうの新聞の投書欄にも出ましたね、兄と妹との対話。受験期を控えている妹の何食わぬ言葉がかなりぐさっときたというふうな、きょうだいでさえもそういう心理状況になるという受験競争の実態、こういったふうなことを考えるにつけて、私は、教育に携わる者として大事なものはたくさんあるのだけれども、次の三つを挙げてみたいと思うのですが、これについても大臣の御感想をお聞きしたいのです。
 一つは、やはり何といっても人間の尊厳というのですか今、そして心、そして先ほどの少年のように、一つの個性、感性といいますか、個性。こういったものを大切にしなければならないというのが一つ。
 二つ目は、学校教育の場を取り上げてみても、六、三、三、四あるいは九年なりあるいは十二年なりという期間は人生の中でどういう意味を持っているのだろうか。この学校教育の場での教育の使命、あり方というのは、次のステップ、高校に入学させる、大学に合格させるというふうな、比較的近い問題も大事ですけれども、やはり人生八十年と言われる時代のこれからの五十年、六十年の子供たちの生きざま、生き方、豊かな未来、これを保障する、支えるものでなければならないというのが二つ目であります。
 三つ目は、したがって、以上から言えることは、やはり教育の基本は愛情といいますか、人間愛だろうと思うのです。
 以上、三つの点。心、生命、個性の尊重、子供の一生に責任を持つ教育、教育の基本は人間愛だ、この三つについての大臣のお考えをお聞きしたいと思います。
#134
○森山国務大臣 まことに先生のおっしゃるとおりだと存じます。
#135
○沢藤委員 さて、そうした基本を踏まえながら、教育の病理というのですか、あるいは荒廃とも言われるいろいろな事象があるわけでございまして、まず登校拒否、不登校の問題について、その一番新しい数字をもっての実態、そして特徴というものをお聞きしたいと思います。
#136
○野崎政府委員 不登校ということでお話ございましたが、私ども登校拒否児童生徒数ということで数字を把握しておるわけでございますけれども、年々この数がふえておりまして、従来から五十日以上でこれをとっておりますけれども、平成三年で小中学校合わせまして五万三千人を超える登校拒否の児童生徒が出ておるわけでございます。そういうようなことで、五十日というよりも、むしろ三十日以上でこれをとってみたらどうかということもございまして、三十日以上でとった数字が、これは平成三年からでございます。小学校で一万二千、中学校で五万四千、足しまして六万六千人ほどの登校拒否児童生徒数が出ておるわけでございます。
 私どもの認識はそういうことで、この問題に真剣に取り組まなければいかないということで、昨年の三月に協力者会議の報告をいただいたわけでございますが、この問題は特定の子供に起こるということではなしに、やはりあらゆる子供に起こる可能性がある問題としてとらえる必要があるという御報告をいただいたわけでございまして、そういう意味で、原因には友人関係の問題あるいは親子関係をめぐる問題、いろいろ複雑な要因が絡んでいるわけでございますけれども、文部省としましては、適応指導教室その他いろいろな面で対策を講じていかなければいかぬ、このように考えておるわけでございます。
#137
○沢藤委員 三十日以上ということで、小学校一万二千六百四十五人、中学校五万四千百七十人という数字を文部省サイドの資料としていただいたわけですが、この数字は私はもっと多くなるのじゃないかという気がするのです。
 というのは、実態をどのように吸い上げたかということにもよりますけれども、不登校の子供さんたちは、まず学校へ出てこいというふうな指導を受けまして、朝からじゃなくてもいい、朝は金縛りに遭ったように動けない子供が多いわけですから、午後ちょっとでもいいから出てこい、出てきなさいということで、ピンポイント出校というのでしょうかね、恐らくこれは出席と学校では記録しているんじゃないでしょうか。そうすれば、これは、朝から夕方まで決まった学校の時間ということじゃない実態もこの中には含まれているというのですか、外されているというのでしょうかね、これについてはどうでしょう。
#138
○野崎政府委員 今お話ございましたように、学校へ登校してくれば、それは出席扱い、こういうことでございます。
#139
○沢藤委員 先ほど申し上げたような登校の仕方は、明らかにこれは不登校の最中の登校の仕方なのですよ。ですから私は、この数字はもっともっと多くなると思う。一説には、この問題にかかわっている人の話を聞くと百万人になるんじゃないかという声さえあるのです。それを裏づけるようにたくさんの会合から聞いてみますと、やはりあるのですよ。ただ、それが結局、文部省に到達するまでの数字の吸い上げ方というのでしょうか、まず学級段階でなるべく抑えたい心情が働く。学校長はもちろんそうです。今までの考え方は、不登校というのはいけないことだ、恥ずかしいことだという考え方がかなり多かったわけですから。それから市町村教育委員会に行って、県教委に行って、文部省ということになりますと、数字はどうしても抑えられる。
 時間の関係上、私の方から数字を申し上げながら――いじめの件数ですが、これはいただいた資料、平成三年だと思うのですけれども、小学校におけるいじめの発生件数が七千七百十八件、一校当たり件数が〇・三件、中学校は一万一千九百二十二件、一校当たり一・一件という数字が出ております。ところがこれは公表で、幅がありますけれども、ある学校で生徒を対象にしてアンケートをとってみました。あなたはいじめられるのを見たことがありますか、ある八五%、あなたはいじめられたことがありますか、ある六四・六%、こういう数字がある。つまり、先ほどと同じように、これらの数字は極めて少なく出てきていると思わざるを得ないのです。これはいい悪いの問題じゃなくて。
 ですから、今後の問題として、私たちは共通理解を持ちながら、せっかく文部省が協力者会議ですか、こういうすばらしい「登校拒否(不登校)問題について」という冊子を出された。この中にもありますように、これはどこにも起こり得る、だれにも起こり得ることなんだ、そしてこれは取り組むことによって解決できることなんだという把握をしているわけですから、包み隠さず赤裸々に出していただくというふうに教育委員会なりあるいは学校長なり先生方に働きかけていただきたい。そして、やはりできるだけ真実に近い実態をつかんで、これはもっと大変だという気持ちに多分なるだろうと思うのです。このことをお願いしたいのですが、いかがでしょうか。
#140
○野崎政府委員 今いじめの件数について先生数字を挙げていただいたわけでございますが、年々確かに数の上では減っている状況でございます。ただ、先般の山形県におきますああいう痛ましい事件が起きているわけでございまして、その当初におきましては、そういういじめのような実態があったことは知らなかったというような、これは新聞報道によりますけれども、そういうふうなことが言われている。先生御指摘のように、確かに学校におきましても十分把握していない実態があることは、私ども大変残念に思っているわけでございまして、この辺の実態把握につきましては、さらに、これはまず学校におきまして十分把握をしていただかなければなりませんので、各県にもよくその趣旨の徹底を図ってまいりたいと思っております。
#141
○沢藤委員 自殺の統計の中で、自殺の理由というところのパーセンテージといいますか、内容を見ますと、理由がはっきりしない、その他というのが圧倒的に多いのですね。小学校で八〇%、中学校で六二・八%がその他となっています。その他というのは一体どういう内容だと思われますか。
#142
○野崎政府委員 お答え申し上げます。
 自殺の原因別状況ということでございまして、学校が把握した状況というものをこういう形で類型化して出しているわけでございますが、結局その他というところは、学校においても特定できないということで私どもの方に上がっている数字でございます。
#143
○沢藤委員 この問題は打ち切りますけれども、ただ、今おっしゃったその他の数字の膨れぐあいは平成三年度でしょう、急激に膨れたのは。それまでは何かの理由のところにかなり多くの数字が張りついていますよ。このことはひとつもう少し調べてみるといいますか、検討していただきたいということを申し上げておきます。
 この実態について、最後に一つ指摘しておきたいのですが、暴力の実態というのも別途あります。これはこの際割愛しますけれども、中学校においては千二百三十七校、校内暴力ですね。高等学校が五百七十二校、大変多い実態なわけですが、この中で学校規模別に校内暴力の発生した状況というのを別なページで拝見しますと、学校規模の小さい学校ほど発生率が少ないですね。教師に対する暴力の発生状況、六学級未満の学校では〇・六%。ところが、途中省略しますが、三十七学級以上という学校は一二・五%、実に二十倍以上の発生率を見ているわけです。これは全部中学校ですが、生徒間の暴力の数字を見ますと、六学級未満の学校の発生率は〇・九%、三十七学級以上の学校になりますと二五・〇%、実に二十八倍の発生状況を示している。この間には明らかに相関関係があると見なければなりません。
 そういった意味で、学校規模が大きければいいというかつての神話は完全に教育の場合では崩れてきたと見るべきだと私は思います。この学校規模ということは学級生徒数、これにもそのとおり当てはまると思うのです。したがって、学級生徒数、教職員の定数改善ということに努力されている文部省に対しては敬意を表しますが、まだまだ足りないということをひとつ自覚をしていただきたい。大臣、この点についてはぜひ努力をお願いしたいと思うのですが、一言どうぞ。
#144
○森山国務大臣 先生御指摘のとおり、やはりクラスの中あるいは学校の中で子供と先生の人間的な関係、子供同士のコミュニケーションというようなものが円滑にいくということが、暴力とかその他の問題を発生させないために大変大事な要素のように思われます。ほかにもいろいろな理由がございまして、できるだけ教員の定数の配置については改善をこれからも努力していきたいと思っております。
#145
○沢藤委員 次に、不登校とかいじめなど、先ほどの暴力行為その他も含めてなぜこういうことが起こるのか、その原因なり背景ということについて話し合ってみたいのですが、私はこれは根は共通だと思うのですね。あらわれ方は違っていますけれども、やはりそれには学校としてのあるいは教育の場としての病気がある、それがいろいろなあらわれ方をしているんだというとらえ方をしなければならないと思うのです。したがって、いじめに対してはこう、不登校に対してはこうという個々の対応の仕方はもちろんあるでしょうが、その基本にあるのは、なぜこれが起きてきているのかという、その背景なり原因をしっかりと見詰めること。しかもそれは、学校においては全教師が一体となって、あるいは地域なり父母と一体となって、一人一人の教師なり一人一人の父母が立ち向かうのじゃなくて、全体として取り組むという態勢が必要だということをまず最初に指摘しておきたいと思います。
 そういった意味で、こういった不登校、いじめ等と申し上げますが、この起こる背景として、まず一つは家庭のことを考えてみたいと思うのですけれども、これは私の教師経験その他も含めてでございますが、やはり家庭において最近は家庭生活の基本的な生活のリズムが成り立っていない。何をなすべきか、家庭においてこの子供はどのようなリズムで生活をし、その家庭生活の中で何を果たして、何をもって存在意識、存在の意味を自覚するかというふうな基本的な生活のリズムが乱れているということ。そして次は、やはり親と子の対話の不足だと思うのです。これは決定的だと思う。そして、その場合の対話も別にかたい話をする必要はないのですが、できれば高学年へ行けば行くほど一体どのような生き方をしたらいいか、将来どういうことをしたいのか、そして親として自分のたどってきた道も時にはさらけ出して話をする。つまり、これから先ずっと生きるということを念頭に置いた対話というのが必要だろう。それが最近は、勉強どうですか、宿題どうですか、学級の成績どうだったというふうなことに集中している。これがすごく私は大きいと思うのです。そして、それを支えている親の価値観ですね、金万能。これはまるで日本の社会の病理現象だと思うのですけれども。経済性オンリー、競争原理、金の論理、これが心の論理を上回っているということ、これは社会全体の問題の投影だろうと思うのです。そのほか親として過干渉とか放任だとかいう問題もあります。
 家庭環境として特に指摘されるのは、両親のあり方。警察の方から聞いたのですが、問題の多い子供というのは、同じ片親でも、片一方が亡くなっての片親の場合と、生きていての生き別れの片親とでは、子供の精神状態といいますか、かなり大きく違うのだそうですね。これは極めて大きいということですから、親の、あるいは夫婦仲というのでしょうか、これも大きな影響、原因になっているということ。
 それから、サラリーマンにとって子育ての、精神成長過程の非常に重要な時期において遠くへお父さんが赴任している、なかなか帰ってこない。その極端なのは東北地方に多い出稼ぎなのですけれども、そういった中で結局お母さんはいらいらする、子供は不安に陥るというこの離散状態、離散家族と言ってもいいでしょうか、こういった状況が非常に大きな影響を及ぼしている。こういったいろいろな原因といいますか、事象が投影しているんだ、そのように私どもはいろいろ話し合いの中から思っているわけです。
 さてそこで、じゃ、どういう対応策が現時点で考えられるかということを一緒に探してみたいと思うのです。
 今青少年が大人の社会に入っていって結婚して人の親になるという過程において、親になるという心構えと社会人になる基本的な基礎知識というものを十分伝える時期というのはない。中学校でも高等学校でも、大人になる科という科はない、科目はない。これは私の同僚である弁護士の山中邦紀先生からお聞きしたのですが、何でこんなことをもう少し親なり先生が教えてくれなかったのか、そうなればこんな事件に巻き込まれないで済んだのにということがたくさんあるというのですね。判こ、実印に対する認識がない。それからいわゆるクレジットカードとか借金の問題があるでしょう。それから親が死んだ場合にはこういう手続、あそこに行って手続をするとか、結婚するときにはこうなんだとか、あるいは大人になる場合の生理、たばこ、酒の妊娠に関する影響とか、生きていく上で、大人になるために重要ないろいろな基本的な知識というものが欲しい。これはいつどこで彼ら彼女らに伝達するべきだろうか。
 それから、不登校、いじめの問題を見ますと、親自身がもうどうしていいかわからなくなっているのです。おろおろうろうろしているのですね。ある不登校の子供さんを持った親御さんにお会いしたのですが、もうどうしたらいいのかわからない、目の前で子供が学校に行きたい、行くつもりはあっても体が動かない、その子供を見ているのがつらいと言っている。そして一番つらいのは、子供から死にたいと言われるのが一番つらい。もう本当にどうしていいかわからないというので、その親御さんは一晩じゅう子供さんを車に乗せて死に場所を探してぐるぐる回ったそうです。まさに生き地獄だった。今脱したからそうして話をしてくれると思うのですけれどもね。こういう話をすれば、先ほど話が出ました山形の児玉君のあの死にざまというのは、亡くなり方というのは、全く悲惨ですよね。これは地元の警察署長さんの談話ですけれども、「「助けて」と叫んでもだれも来ない。胸がつぶされ、胃汁が逆流し窒息死した。苦しかったろう。生き地獄だ」というのが警察の方の談話としてあるのです。大臣、本当に失礼な言い方だけれども、自分の子供、自分の孫、自分の知っている人が、ああいう逆さまになって、死ぬまでの二時間、三時間をどんな思いをしたかということを考えたら、本当に私は、教育者としてもあるいは大人としても、いても立ってもいられなくなる気持ちになるのが自然だろうと思う。ましてや親御さんはどんな気持ちだろうか。我々はそういう学校、社会をつくってしまったんです。
 私は後輩の先生方と談話するときに先輩面して言うのですが、おれたちは殺人の共犯者だぞ、そういう意識を持っていなければだめだというようなことを言うのですけれども、やはり私たち、行政もあるいは政治の道を歩く者も、教育者はもちろんですが、このことの重大さをもっともっと胸に刻んで、それこそ命がけでこの問題に取り組む必要があると思う。
 そういった意味で、先ほど申し上げた大人になる準備段階のいろいろな形の研修、あるいは小学校に入るとき、あるいは中学校に入学するときの親御さんに対して、不登校というのはこういうことだとあからさまに伝えて、それを起こさせないあるいはなるべく早く直すということの協力体制を一緒につくる必要がある。これは教師自身にも言えることなんで、私は教材としては、今のところこれにまさる教材はないと思っている。ただ、五十ページを超えていますからなかなか大変だ。これは要約できます。この文章はもっとぎゅっと絞れば半分になります。これを使って徹底的に、全教職員にこれを学習、研修させる、ここから始めなければだめだと私は思う。そして、先生方がその気になって、父母とともにこの問題に真っ正面から立ち向かう、逃げない。恥ずかしいことではない。そして周囲もそれを支える。あるお母さんが言っていました。まず生き地獄の中の一つは周囲の冷たい目、あそこのうちではというふうなことで。これが耐えられないと言っていました。
 こういうことからしますと、私は何としてもこれらの問題の解決の一つの取っかかりは、こうした材料を十分に使いこなしながら、教職員、父母、地域、あらゆる機会を通してこれを研修することだと思うのですが、どうですか。
#146
○森山国務大臣 大変御経験豊かな先生からいろいろな問題点が出されまして、しかもその対応策についてもいろいろと貴重な示唆をちょうだいいたしました。
 学校で起こっておりますいろいろな問題も、学校の力だけでは解決のために十分でないというものもたくさんございまして、おっしゃいますように、家庭とか地域全体で協力して取り組んでいかなければいけないものがたくさんございます。そのようなことを十分認識しつつ、皆様の協力をいただいて、問題の解決に努力してまいりたいと思っております。
#147
○沢藤委員 私は、そのいろいろな段階における学習というのでしょうか研修というのでしょうか、子供たちに、間もなく大人になるんだから、こういうことをきちんとしなさいよと言う場合に、私の体験からしますと、その当該学校の教師が当たるというのは当然ですけれども、やはり問題が問題ですから、有効なのは、医学的なことはお医者さんに協力をもらう、あるいは弁護士さんに来てもらって、さっき申し上げたような基礎的なことについてはきちっと弁護士さんの話をお聞きする、あるいは保健所から来てもらうというふうな、いわゆる他の機関との協力、これが極めて有効だと思うので、これから申し上げる今後のいろいろな対策、対応策の展開につきましても、今申し上げた、教育関係者だけではない広い教育関係というものを目指していただきたい、そのことをお願い申し上げておきます。
 次に、今度は家庭から学校の方に移りますが、これは私も教育者の端くれとして非常につらいことも多いのですけれども、私はやはり問題点として挙げざるを得ないのは、子供たちから見て学校は楽しくない、授業は楽しくない、これが一つの原点のような気がします。本来ならば楽しいはずなんです、知らないことを覚えみわけですから。そしてみんなとわあわあやるのですから。ところがなぜか楽しくないという子供が圧倒的に多い。それは一つには、やはりいわゆる学科、程度の高い詰め込み教育、そういったものに追い回されているという心理的な圧迫というものもかなり多いと思います。
 いっか、前の大臣あるいは初中局長にもお上げしてあるのですが、ここに岩手県の教育関係者が「子どもたちからの教育改革」というすごい広い範囲のアンケート調査を実施した結果がまとまってあるのです。
 その中の一つをちょっと紹介しますと、どんなときに学校が楽しいか、楽しい学校とは一体どんな学校だ、どういうときだ、こういう質問に対して、答えが圧倒的に多いのは友人、友達関係なんですね。友達と接するというのが一番楽しい。そして予想以上に多かったのは、クラスがまとまったとき、クラスが団結して何かをやったとき、これも圧倒的に多いのです。そしてその関連で、学校行事が楽しかった。その後にクラブ活動。それから成績がよくなった。学問の方はずっと後に来るわけです。
 ここで私たち教育関係者として心しなければならないのは、楽しい学校をつくるということからすれば、やはり教師対子供が、抑えつけるという関係じゃなくて、わあっと、友達といえばちょっと行き過ぎかもしれませんけれども、一つの目標に向かってともに生きている仲間なんだというふうなことで、いわゆる人と温かいつき合いをする、こういった姿勢が必要ではないかと思います。授業についてはそういうことであります。
 それから、教師と児童生徒の関係、これを見ますと、やはり今申し上げたとおり、子供たちが教師に対して不信感を持っておるケースが多い。あるいは不信感とまでいかないにしても、ああ何々先生といって懐かしがるような関係というのが以前よりはかなり阻害されてきていると思うのです。最近、ここ十年くらい、学校を卒業してから同級会を開かなくなったそうです。昔は必ず同級会というのをやったものですよね。恐らくそこにおられる方も同級会というのを体験なさったと思うのだけれども、最近は同級会がぱったりなくなった。結局学級づくりで、中学校一、二年くらいまではうまくいく。三年生になるとばらばらになってしまう、みんな競争相手ですから。そしてそのまま卒業していく。クラス会は開かれない。こういう現象が指摘されているわけであります。
 それからもう一つ、授業に関して、これはお聞きしたいのですけれども、免許外教科教員がどのくらいいるのか。これについて数字を簡単にお聞かせ願いたいと思います。
#148
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 僻地等におきます小規模な中学校、高等学校等においては、ある教科について当該教科の免許状を有する教員を採用することが困難な状況も考えられるために、免許状の授与権者たる都道府県教育委員会は、当該学校の校長及び教諭の申請によりまして、一年以内の期間を限って、当該教科についての免許状を有しない教諭が当該教科を担当することを許可することができるということから、免許外教科担任教員が存在するわけでございます。
 これにつきましては、僻地等における小規模校が少なくないことや、あるいはベビーブーム時の急激な教員増の影響等によりまして教科別に必要な教員と現員に若干の乖離があること、あるいは各学校における教員の持ち時間の均衡化などが主な理由であると考えられるところでございます。
 そして、昭和四十年度には約六万六千件ほどあった免許外教科担任件数が、六十年度には約四万一千件にまで減少したわけですが、その後は横ばいの状況となっていたわけでございます。平成三年度は第五次の教職員定数改善計画が完成したこともございまして、若干減少して約三万九千件ということになっております。
#149
○沢藤委員 教師にとって何がつらいかといって、自分がやろうとしている授業に全然自信が持てない、これが一番つらいのです。自分の教科じゃないものをやるわけですね。私は定時制分校が初任校だったのですけれども、私は理科の教員ですから、あの当時、生物、化学、物理を持たせられる、これはいたし方ない。そのほかに英語、農業、そして家庭科の先生が休んだときには家庭科まで担任した。さすがに料理はできませんから、食品化学でごまかしましたけれどもね。そういったときに、特に数学というのは私らが旧制中学で習ったことのない順列・組み合わせとか微係数なんていうのが出てくるわけでしょう。そのときの汗、冷や汗でしょうね。黒板に向かって、生徒に背中を向けて、立ち往生することがありますよ。これが一番つらい。先生がつらいぐらいですから、子供たちは何もわからない、ぽかんとしている。これはやはりプロとしての教師の力を発揮させるという意味で、免許外担任というものをできるだけ早く解消してほしい。
 この場合、どうですか。高校の場合は非常勤講師制度というのがあるのだけれども、中学校の場合は、これを援用できませんか。
#150
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 非常勤講師制度につきましては、先生からお話がございましたように、高等学校につきましては標準法上非常勤講師制度が位置づけられているわけでございますが、小中学校の非常勤講師制度の導入につきまして、先般の教職員定数の在り方に関する調査研究協力者会議の中間まとめにおきまして、「小・中学校の非常勤講師についても現行の高等学校の仕組みと同様に、必要に応じ教諭定数の枠を用いて非常勤講師を任用することができるようにする方途を検討することが適当である。」というような提示も受け、また、総務庁の行政監察で、「義務標準法において、教諭に代えて非常勤講師を中学校に配置できるようにするとともに、この非常勤講師を義務教育費国庫負担法の対象とすることについて検討すること。」との勧告がございました。
 そこで、文部省といたしましても、その導入について検討を行ったわけでございますが、非常勤講師の報酬についての国庫負担のあり方等、慎重に検討を要する問題がございまして、今回の第六次の義務教育諸学校の教職員配置改善計画を受けての義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の改正に盛り込むことは困難というように考えまして、なお今後引き続き検討課題としてまいりたい、このように考えておるところでございます。
#151
○沢藤委員 基本的には定数増ですよね。そして、学級の生徒数をどんどん少なくしていくということによってきめの細かい指導がそれだけ可能になりますから、基本は、学級当たりの生徒数を少なくしていくことと、教職員定数の増を図ること。この基本をぜひ守って進めていただきたいということを特に大臣にお願いをしておきたいと思います。
 次に、あちこち飛ぶような格好ですが、教師と生徒との関係の中で非常に阻害要因になっているのは、いわゆる校則、学校の規則、罰則、そして教師による体罰。これが児童生徒と教師との距離を遠くしているという現実は、やはり認めざるを得ない。
 先ほど引用しました岩手県両教組教育改革推進協議会でつくった調査結果の中から再度引用しますと、先生との間でどんなとき心が暗くなりましたか、こういう質問に対して、中学校の子供さんたちは、無視されたとき、次が差別されたとき、三つ目が暴力をふるわれたとき、こう答えています。それから高等学校の生徒に同じように、先生との間でどんなとき心が暗くなったかという質問に対して、高校生は、一に暴力を挙げていますね。次に差別、そして無視。これは恐らくどこでも大なり小なりある現象だと思うのです。
 熱心さの余りということももちろんあります。私も全然物理的な力を働かせたことがないかといえばちょっとためらいますけれども、いずれにしても、このことは本当は学校側として教師としてやるべきじゃないし、校則を盾にいろいろな形で罰則を加えるということもすごく子供たちの心を傷つける。こういったことで、校則を少なくするとか緩和するということについて、文部省としての一層の努力もお願いしたいと思います。
 同時に、これは学校長の採用人事といいますか、登用人事との関係もあると思うのですけれども、私は全国的に同じだと思います。同僚の先生方とも話し合ってきたのですが、最近の教頭、校長になる人たちのタイプというのが昔と違ってきている。昔は人物的に先生方から自然な形で信頼され、尊敬されるような人がずっと校長になった、懐かしいなという声がありました。最近は、法規を一生懸命勉強して、ある教頭先生なんか、ひょっと行ってみたら、校務も何もあったものじゃない。とにかく自分の机の上で法規をこうして勉強しているわけです。登用試験の準備ということなのでしょうね。そういう空気の中で教頭が生まれ、校長が生まれる。その校長が次の候補者を推薦して、受験させて、そして小中学校でいえば市町村教育委員会のハードルを越えて、次は教育事務所の面接やらテストを受けて、その次は二、三のブロックの、複数の教育事務所の同じく面接を受けて、そして最後に県庁に行って県の教育委員会からテストされるという形の中で何を試されているかというと、いわゆる運営、管理、法令の解釈、有給休暇に対してはどうこうしろみたいなことを一生懸命勉強して、それが結局は校長になる一つの大きなステップになっている。面接試験も教育委員会の人がやるわけですから、かつて段階を踏んできた人がやるわけですから、結局似たようなタイプの校長が生まれる。ここには昔のように個性のある校長とか、人間味あふれる校長とか、哲学のある校長とかというのはなかなか生まれない。いるにはいるのだけれども、なかなか生まれない。こういう実態の中でどういうことが起こってくるかというと、職員に対する態度が全く違うのですね。
 私の知っているあるすばらしい校長は、とにかく一枚岩になることが我々の務めだ、生徒に対して我々が一枚岩にならなかったら何で教育ができるか、このことを守ってきちっとやった。こんなに荒れていた学校が一年間でずっと落ちついたという話を私は聞いています。つまり、教頭、校長が本当の教育者としての魂を持っているかどうか、それを持って同じ職場の先生方とがっちりとスクラムを組めるかどうか。そうじゃなくて、もう上から下への圧力でもってようやく職員会議を成り立たせるとか、職員会議で発言した人を後で呼んできてこらっとしかってみたり、いわゆる管理がまかり通っているわけです。だから、もう管理者はいいですから、教育者を校長にしてくださいという声がある。これは恐らく文部省には聞こえてこない、そうでしょう。教育委員会を通したって、そういうこと言ってくるはずないですよ。
 ですから、私は、耳を澄ませてほしい、目を配ってほしい。そしてもし指導ができる限界というか、範囲があるのであれば、とにかく教頭、校長の登用試験実施要項というのを私持っていますけれども、大体都道府県似ていると思うのですけれども、これを見ますと、全く索漠としたものですよね。人間味あふれる者が出てくるような実施要項ではない。例えば、私なら私の岩手県に人格的にすばらしい人がたくさんいる、その中から三人あるいは五人委嘱して、その人に徹底して人物についての話し合いをしてもらう。この人は校長としては絶対立派だ、信頼できるという人をぽっとやる。むしろその方が本当にいい校長、教頭が生まれると思う。こういう人事を目指してほしいと思うのですが、大臣、どうですか。
#152
○森山国務大臣 校長先生というのは、学校の顔でございまして、生徒たちにとっても大変大事なシンボルであります。ですから、学校の運営の責任者でもありますし、非常にいろいろなことを求められる重要な役職だと思うのでございますが、活力と規律のある学校運営を行っていただくというためには、その責任者であります校長先生に力強いリーダーシップを発揮していただく。指導力、統率力のある人材を校長先生に登用するということが重要だと思っております。ですから、各教育委員会におきましては、校長の登用に当たって、教頭として実績や指導力を発揮された方を適切に選ぶ。そして任用の公正性ということも確保しなければなりませんので、そのための管理職選考試験というのを実施しているのは先生御指摘のとおりでございまして、真に学校の管理者としてふさわしい人物の登用に努めているというふうに承知いたしておりますが、なお、先生の御指摘のことを踏まえまして、本当に立派な人材が校長先生として活躍できますように、これからも努力してもらいたいと思っております。
#153
○沢藤委員 今受験競争に向けて、一校時、二校時、三校時、六校時というのがスタンダードなわけですが、ゼロ時間授業あるいは七時間授業、八時間授業という実態については文部省は御存じでしょうか。
#154
○野崎政府委員 県によりましては、早朝に授業をやるとか、高等学校にそういう例があることは聞いております。
#155
○沢藤委員 この問題は彼ほどの入試制度とか、そういったもののときにまた触れます。
 次に、いわゆる学習内容ですけれども、時間がどんどんたちますので、かなりはしょらせていただきますが、子供たちが消化できかねる、七五三という言葉が堂々と言われておりますね。小学校で指導要領に基づいた学習が七割いったらいい方だ、中学校が五割、高校が三割。何のための学習指導要領ですか。そんなに詰め込まなくてもいいのじゃないですか。加虐趣味としか考えられない。ノーベル賞学者の朝永振一郎さん、この方はかつて理科の教科書をつくられたことがある。非常に内容が少なくて検定を通らなかった。その朝永さんいわく、たくさん教えちゃだめだ、本当に力をつけるには少ししか教えなきゃいかぬ、少しにしなさい、全部やる必要はないんだと。ドイツ人は保守的と言われますが、すき間をつくること、すき間への勇気ということを言う。むしろそれが思考力を発揮できみことなんだ。文部省にすき間への勇気を求めたいのですが、大臣、どうですか。
#156
○森山国務大臣 おっしゃいますとおり、一人で覚えられる範囲以上のものを、量的にも質的にも余り無理に詰め込むというのは教育上決してよろしくないと思います。ですから、これからの学校教育におきましては、知識を単に覚えるのではなくて、児童生徒がゆとりのある中で、自分で勉強し自分で考えるという教育を進めていきたいというふうに考えております。今回の学習指導要領の改訂におきましては、このような考え方に立ちまして、これまでの実施の経験などを踏まえまして、年間授業時間数は従前どおりでございますけれども、各教科の内容については、各学校段階におきまして確実に身につけるべき基礎的、基本的な内容に一層精選を図ったところでございます。
#157
○沢藤委員 次に、不登校の問題にまた返りたいのですが、先ほど私は、教師、父母、地域一体となって対策に当たる必要があるということを申し上げました。私どもの岩手では「不登校・登校拒否を考える父母の会」というのが会員三百名で結成されております。詳しいことを御紹介申し上げる余裕はないのですが、会誌も発行していますし、先ごろはアンケートも実施したのです。昨年十一月に実施をして、約三百人に用紙を発送して百二十人からの回答があった。その結果が岩手日報に、地元の新聞ですが、出ているわけですが、その一つ二つを御紹介申し上げますと、不登校の原因というのは、学校と家庭の二通りに分けて聞いた結果、学校で最も多いのがいじめで二三%、次いで教師の言動、体罰など接する態度一般、これが二一%、クラブ活動、しごかれるのでしょうかね、一五%、学習が一三%というふうに、いじめ、教師との関係、そしてクラブ活動、学習という順序になっております。こういったところをいろいろ話し合ったり、会を持ったりしますと、親御さんが本当に心から言っているんですね。今まではひとりで、もうどうしたらいいかわからない、どうしようもなくて来た。こういうところに来て、同じ体験を持っている人がいるんだな、そして同じ悩みを話し合いながら、その解決策を模索する、本当にこれで助かるということをおっしゃっていましたし、こういった中から、他の施設、他の機関との協力関係も芽生えつつある、こういう意味で、私は、保護者の会と言ってもいいだろうと思うし、あるいはPTAの不登校版と言ってもよろしいと思うのですが、こういう一つの、父母の、あるいは教師を交えての組織というものは、全国的にどのくらいあるかないか、実態がおわかりでしたらお教え願いたいと思います。
#158
○野崎政府委員 ちょっと実態の方の把握は今しておりませんので、申しわけございません。
#159
○沢藤委員 新しい動きですから、さっきも学習、研修というところでも申し上げましたが、やはりそういった親御さんたち、あるいは教師も包んで、真摯に話し合って力をつけ合って、勇気を掘り起こしながら頑張っているという、この効果は私は大きいと思うのです。ですから、官製でもってつくれというふうなことは申し上げませんけれども、やはり、こうした横のつながりの中で、いろいろな話し合いをし、解決の糸口を探っていくという、そういう体制については支持、支援をしていただきたい、理解を示していただきたい。このことをお願いしておきたいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
#160
○森山国務大臣 今のおっしゃるような問題を解決いたしますのには、先ほども申し上げましたように、学校だけでは十分ではございませんし、家庭だけでもまた難しい、地域の皆様にも御協力をいただかなければいけませんが、その解決する一つの方法として、御指摘のような、そういう子供たちを持った家庭のお互いの助け合いということも有効であろうと伺っておりました。
#161
○沢藤委員 学校についてのいろいろのことを申し上げましたが、まだたくさん申し上げたいことがあるのですけれども、人事のあり方というのが学校の場に、教育の場にすごく大きな力を働かしているという認識は、ぜひ深めていただきたいと思うのです。本当に一生懸命やりたいと思っている教職員、そして校長、教頭先生に手を差し伸べている子供たち。ところが、特に障害児教育の場ではよく指摘されるのですけれども、校長先生もトレーニング姿で知恵おくれの子供さんたちと取っ組み合いしながら頑張っている方もいます。ところが、ネクタイ締めてぴんとして、子供たちがそばに寄っていくとすっと逃げるような態度の校長先生もいるんです。これは結局、人事の中で、本当はあっちの学校の教頭、校長になりたかったんだけれども、こうこうこうなって障害児学校に来たというふうな、そういう意識を持っている方もおられるんじゃないかとさえ思われるケースがある。障害児教育そのものに携わったこともない、子供たちに対する愛情も持っていない人が来られた学校というのは、これは大変ですよ。そういうケースがあったならということで申し上げておきますけれども、あったなら大変なんです。こうした大事による教育の場の大きなプラスと大きなマイナスのこんなに違いがあるということの重大さを、ぜひ御認識方お願いしたいと思います。
 時間が経過していますので、家庭、学校と来ましたから、今度は教育制度、教育行政について幾つか触れてみたいと思います。
 今のいろいろな問題の背景にあるのは、私はやはり受験戦争だと思います。中学から高校、高校から大学、大学から社会への就職試験、そして、簡単に図式化して言ってしまえば、一流大学に入るために――失礼しました。私が言うよりは、一つ御紹介をしたい投書があります。
 これは一月十五日付の毎日新聞の投書欄、中学生、十四歳の少年の投書です。「我が子に向かって、学歴社会、学歴社会と騒ぐ親たち。いい会社に就職するためにはいい大学に行かなきゃと言い聞かせる親たち。なんてバカバカしい話だろう。いい会社に就職するために大学に行くのなら、僕は」疑問だ。また、「果たして一流企業と言われる会社は、学歴だけで社員を選んでいるのだろうか。もしそうだったらとても残念に思う。」そして最後には、「とにかく、学歴みたいに表向きのことだけで人を判断して欲しくない。そういう社会をなくして欲しい。」これが十四歳の子供の叫びであります。
 二月二十二日、東京新聞、同じく投書欄、「”学歴”は人の価値を決めない」という十六歳の高校生からの投書であります。「今やっている勉強は、一体、何の役に立つのだろうかこと疑問に思う。「人の価値が学歴で判断される。そのため多くの親が子供を塾に通わせ、子供たちは遊ぶ間もない。受験地獄を通り抜け、優秀な学歴を修めた者が、社会的に高い地位につき権力をふるう。しかし、今の教育は、物事の暗記、正確な計算、究極的に言えば「教師の言った通りにする」ことなのである。事実、試験ではこれらのことだけが問われ、その判定を基に”学歴”はつくられていく。」「暗記や計算なら機械のほうがより良くできるし、第一、それしかできない者が権力を持つのは考えものである。権力を持つ者に必要なものは高い教養と徳である。教育ではそれを教えるべきで、それによって人の価値を問うべきではなかろうか。」まさしくそのとおりなんです。子供たちの方が私たちよりもしっかりしている。
 そして、では今の学歴社会はどうしてできたのかというと、子供たちがつくったんじゃないですよね。我々がつくったんです。一流企業に行かなければならない、そのためには有名大学だ、有名大学に入るためには何々高校だ、そこに入るためにはこうだああだといって、一つの、一直線のレールに親も駆り立て、教師も手を貸して、息つく暇ない状況をつくっているというのが今の実態でしょう。ですから、先ごろ通達出しましたね、きのう、おとといですか、あの高校入試選抜、あれもきらりきらりと光っている部分はあります。しかし、高校入試制度そのもの、大学入試制度そのもの、社会の学歴社会というものを壊さない限り、これは本質的な解決は絶対にならない。
 もう私は、今の子供たちの声を再び読み上げることはしませんけれども、学歴社会というものに挑戦をする、これは大変な仕事です。ドン・キホーテみたいな仕事です。恐らく今世紀にはどうなるかという大きな仕事です。しかし、私たちはやらなければならないでしょう。大臣にしても私にしても、あと二十年か三十年でこの世の中から姿を消しますよね。しかし、その後に彼ら、彼女、青少年は生きていくわけだ。そして、その彼らが生きていく社会が、依然として肩書が物を言い、学歴が物を言って、そうじゃない人たちがいろいろな思いをして生きている社会をそのままバトンタッチするのであれば、一体何のために私たちは大人をしているのかということになると思うのですよ。これはすぐれて私は教育にかかわる問題ですから、文部大臣に頑張ってもらわなければならない。
 そこで、では具体的に何をすればいいんだ。学歴社会反対反対と言っているだけでどうなんだということになるわけですが、私は、幾つかの問題を提起してみたいのです。
 一つは、やはり高校入試を例にとりますと、学校間格差というのがある、ランキングがある。普通科、普通高校、次は商業ですかね、土地によっては工業ですか、まあ普商工農と言っておきますか。昔は士農工商だったけれども、今はそうじゃない。それに向かって集中するわけですから、幾ら募集定員を多くしても、入試の多様化をしても、多段階化をしても、あるいは内申書、調査書に工夫を凝らしても、今の空気はとにかく頂点を目指して進め進めですから、集中は免れない。その集中を決定づけるのは学歴でしょう。ですから、入試に必要な学科だけを勉強する子供がふえているわけです。音楽とか図工なんというものは目じゃないんですね。とにかく学校の勉強といえば受験科目だけなんですよ。三年生の二学期になりますと、後期対策といって、物理の授業をしているはずのクラスがばらばら解体して、受験科目に、また再び生物の教室に逆戻りしているという例だってあるのですよ。これは学校教育法違反じゃないですか。そういう実態があるんです。それは全部受験社会、受験地獄、そして学歴社会がなしているわざですから。
 そういう意味で、まず入試に関して言えば、なかなか一口には言えないけれども、高校入試制度と大学入試制度というのは、今どちらも知識の切り売りというのですか、詰め込みというのですか、あるいはスピード、時間を競ってのマークシートとか、こういう試験になっています。そこには人間性をはかる入試制度はほとんどありません。私は、高校というのは今やほとんど一〇〇%近くの進学率ですから、人間としての基本的な能力、それを学ぶ、それに答えるものを尺度にして高校入試はなされるべきであって、知識の量と答える速さとは無関係にしてほしい。大学も同じです。
 特に大学の場合は、進路指導ということになりますけれども、こういう文章が、これも投書欄です。高校教育に携わる立場からいえば、まず職業観を育てながら自分の適性を生かせる職業を考える、そのために何を専攻するか、どの大学に進むかという段階を経てから初めて受験の指導が来るんだ、今それが、前段が全部吹っ飛ばされている、省略されている、受験の合格だけが指導だというふうな実態になっている。この指摘は正しいと思うのですね。
 ですから、高校入試は、人間の生活のこれから六十年を支える基本的なものを学ぶ、そういった基本的な能力を問うような入試制度、高校入試制度であるべきだという基本。大学入試は、いずれは社会人になるわけですから、その職業選択と結びつくいわゆる自分としての進路選択を中心にしながら、それを問うような大学入試であるべきであって、今の大学入試センターの試験については随分厳しい批判があるということは、やはり指摘しておかなければなりません。
 これは週刊誌ですから、笑い飛ばせば笑い飛ばしてもいいんだろうけれども、このテストは「受験知識を答えさせるものばかりだ。およそ学問の本質とは無縁の暗記モノや、パズルまがいの設問が並んでいる。しかし本来、学問というものは、思考のプロセスこそが大切なのだ。」というふうな指摘、さらにアメリカ人の記者の談話ですけれども、こんな役にも立たない受験知識だけを詰め込んだ人が大学に行ったって、将来本当の社会人になれるわけがない、そういう指摘をしていました。
 これは、じゃ、こうしろということは申し上げません。やはり社会にどう出ていくかどう参加するかということを大切にするような大学であってほしいし、それを手助けするような大学入試であってほしい、このことを本当に真剣になって考えてください。そのことをお願いしておきたいと思います。
 入試制度についていろいろ御苦労なさっていることはわかるのですが、今申し上げた高校入試、大学入試についてのお考え、どなたかお願いしたいと思います。
#162
○森山国務大臣 御指摘のような問題があることはよく承知しております。そして、究極的には社会全体の学歴偏重という意識を改めていかなければいけないという点も、全くそのとおりだと思います。
 高校入試の改善につきましては、先ほど来お話が出ておりますように、今までのようないわゆる業者テストの偏差値によるというような状況を打破していきたいということで、まずその線を貫くために今一生懸命努力しているところでございますが、もちろんそれだけで解決するものではなく、それに対応する、あるいはそれに取ってかわる中学の先生方の懇切な御指導ということが必要でございますし、また、大学の入試につきましても、大学入試センターで今まで随分いろいろな工夫を重ねて最近大分改善されてまいりましたし、また、余り目まぐるしく変わるというのも受験生やその周囲の人たちに迷惑をかけますので、慎重に検討を続けていかなければならない問題だと思いますが、そのときそのとき、常によりよい方向を求めて努力していくべき問題だと考えております。
#163
○沢藤委員 いわゆる学校だけ、このルートだけというふうな窮屈な考え方を捨てて、もうちょっと肩の力を抜いて、人生もう少し大きく行こうじゃないかというふうな空気が私は欲しいと思うので、あそこの学校に行かなきゃもうだめだとか、大学はあそこだけだというふうなのは、大人の意識としてやはり希薄化していく必要があるだろうと思うのです。
 そういった意味で、バイパスといいますか、一つには中学校卒業程度認定制度というのがありますね。これはそれぞれ規定に、学教法の規則か何かに従ってやられているわけですが、これの適用の仕方の一つとして、不登校児、登校拒否等の教育的な、あるいは情緒的な障害の子供たちにこの制度は利用できないかどうかということが一つ。
 二つ目は、大学検定制度、大検ですが、これはもっともっと知られて、もっともっと利用されていいと私は思うのです。うろ覚えですけれども、イギリスでは高等学校に入って丸々めでたく卒業するのは半分くらいだという話をちょっと聞いたんですけれども、資格認定制度がかなり広い道があるということなんですが、大検について、ごく最近の数字で結構です。志願者、合格者、合格率を知らせてほしいし、この大検ルートの活用ということについてのお考えをお聞きしたい。
#164
○野崎政府委員 私の方から中学校卒業程度認定試験につきましてお話をさせていただきたいと思います。
 中卒認定試験、これは病弱あるいは発育不完全等で就学義務を猶予免除された者を対象といたしまして、中学校を卒業した者と同等以上の学力があるかどうかを認定する試験なわけでございます。小中学校は義務教育でございますから、やはり義務教育段階にある生徒につきましては、学校へ登校できるよう生徒指導の充実を図って義務教育を修了させるということが基本にあるわけでございまして、したがいまして、義務教育年齢を終わるまでの間は、やはり中学校教育を受けるべくいろいろ指導していかなければいかぬ、このように思っておるわけでございます。
 ただ、登校拒否というようなことで生徒が卒業できない、学齢を超過してしまった、こういうような場合でも、本人が中学校の授業を受けて中学校を卒業したいという希望があれば、もちろん中学校はそれを受け入れまして指導を継続していくということが大切だと思うわけでございます。ただ、その場合、学齢を既に超過したということで、本人の将来を考えた上で教育的配慮として受験が望ましいというような場合には、実際上この就学義務の猶予免除の手続をとっていなくとも、教育委員会等におきまして就学義務の猶予免除を受けることができる事由と同等の事由があったという証明のもとに中卒認定試験の受験を認めておるわけでございまして、したがいまして、現在でもこういう条件のもとに登校拒否の生徒に対しまして中卒認定試験の受験の道が開かれている、こういうような状況になっているわけでございます。
#165
○前畑政府委員 大学入学資格検定制度について申し上げます。
 まず、出願者の状況でございますが、制度が発足いたしました昭和二十六年度当時には、この制度自体が当時の状況から求められておりましたので、出願者合計が約八千という数字でございました。その後、三十年代に入りまして……(沢藤委員「一番新しいやつだけでいいです」と呼ぶ)失礼しました。八千、途中三千程度になっておりますが、平成四年度では二万二百九十一人という出願者でございます。
 御指摘のございました合格率ということでございますが、これは先生も御案内かと思いますが、必修科目が四科目または五科目となっておりまして、それ以外に選択科目を七科目、このすべての科目に合格したことによって大学入学資格を取得できる、こういう仕組みでございますので、なかなか合格率というのを算定するのは難しゅうございますが、平成四年度に受けたことによって合格をしたというパーセンテージをはじきますと二七・八%でございますが、一部でも合格した者ということになりますと、先ほど申し上げました一万七千の受験者のうち一万人が一部でも合格をした、こういう数字になっております。
#166
○沢藤委員 時間が経過しましたので、少し急がせていただきます。
 最近の文教行政の大きな柱というのは生涯学習ということになるわけですね。あれの関連法律の審議のときに随分いろいろ論議をしたことがあります。なぜ生涯学習なのかということのポイントの一つに、学校教育の自己完結性というのが余りにも強い。これを是正する。若いときにどこの大学、どこの学校を出たかということで評価されるような社会ではなくて、その後、学校を出てからもいつでもまた学校に復帰できるし、学習もできる。そういった意味からして、そういう社会に直していくことによって学歴社会を是正しよう、これが生涯学習の一番のねらいだということを言っているわけですね。私は正直言って、これは大事なポイントだと思う。が、しかし、このねらいは今のところ実効が上がっていないと思う。動きはありますよ。
 さてそこで、急ぎますけれども、ソニーという会社が学歴、学校歴を不間という形で採用試験を実施しているということはお聞きになったと思います。とにかく必要書類から学校欄をなくしてしまったのですから。ですから、最初の記述試験があります。それである程度絞られて、次の段階では、若手の社員が受験者に対して音楽とは何かとか、そういった問いかけをしながら面接をする。その次は部長クラスでやはりそういう能力といいますか、人間性というものを見る。最終的には役員で決めるそうですが、初めから終わりまで学校歴、出身学校は一切触れられていない。ブラインド、見えない。それまではブランドだった。商標ですね。有名な東大生、東大卒、ブランド採用をブラインドに切りかえた。たくさんの出身学校、今まで二十校にされておったのが五十校以上から集まって、個性のある人が集まって、これは成功したと思っているというのがソニーの担当者の文章として幾つか何カ所かに出ています。
 大臣、閣議でも何でも結構ですが、やはり産業界あるいは財界あるいは商工団体、そういった雇用する側の人に、もう学歴社会はやめよう、そのために子供たちがいじめで死んだり苦しんだりしている。学歴社会をなくそう。というのは、一番いいのは、採用なり何かのときの学校歴をなくすことが一番いいわけですから、やっている会社があるわけですからね。これを呼びかけてほしいと思うのです。
 あわせて、人事院、お見えになっていますか。せっかくお見えになっていますから質問させてください。
 人事院における国家公務員T種、T種に絞ってお聞きします。これはあこがれの的で、また大変なエリートが集まると言われている試験なわけですが、その場合の受験資格、これは学校、学歴は関係なかったと思いますがどうかということが一つ。
 それから、記述試験、面接試験がありますね。その面接の段階でも学校名は伏せられている、面接官は全然わからないというふうに改善されてきたというふうにお伺いしていますが、その件はいかがか。
 それから、次の段階、ついでにお聞きしておきますが、そこで候補者名簿がつくられるわけですね。一定の合格した方の採用候補者名簿がつくられる。つまり、そこの段階までは、学歴不問、学歴を問わない態勢が来ていると私は思うのです。ただ問題は、そこから先なんですよ。その名簿に基づいた任用候補者一覧表というのを各省庁に送る、その段階で記載事項ががらっと変わっていまして、氏名、住所、これは当たり前ですが、得点と学歴がここの段階で入ってきていますね。得点というのは、面接の点数は私は入っていないと思うのだな。そうしますと、結局は記述試験の得点が判断の大きな材料になるし、それまでは伏せられていた出身学校が顔を出して、学歴が採用する官庁側、省庁側にはわかるような仕組みで実際の採用が行われている。これを思い切って最後の段階まで学歴を記入しないということには踏み切れませんか。どうですか。
#167
○尾木説明員 国家公務員採用T種試験の受験資格の関係でございますけれども、受験資格としては専ら年齢によって決めておりまして、学歴等は関係のない形になっております。なお、ほかの試験についても基本的には同様の形でございまして、一定の年齢幅にあれば学歴は問わないという形で国家公務員採用試験は実施しているところでございます。
 次に、人事院が実施いたしております公務員採用試験、その試験種目のうち人物試験について、面接資料、面接カードから学歴を排除したらどうかという話でございますけれども、人事院といたしましては、急速に変化する行政環境のもとで、公務の人材がなるべく多様な人材で構成されることが必要であるし適当であるという考え方のもとに、いろいろな試験内容の改善を加えてきております。平成四年度、昨年でございますけれども、そういう考え方の延長といたしまして、学歴偏重の懸念といいますかあるいは無用の誤解ということもございますので、T種試験を実施する際に、人物試験の参考資料とします面接カードから学歴欄を排除して、学歴抜きで人物試験を実施するという形に昨年度からいたしております。
 それでは、各片省に現在渡しておりますところの任用候補者一覧表に学歴欄があるじゃないか、こういうお話でございまして、人事院が合格者を決定いたしまして、その後は各省庁が任命権者として採用する、そういう仕組みでございますけれども、その任命権者である各省庁が円滑に採用事務ができますように、従来から任用候補者一覧表を作成しておりまして、この中で今お話がございましたように、受験成績あるいは住所、年齢等とともに学歴を記載いたしているところでございます。これは現在の日本の雇用慣行からいたしますと、やはり各省庁は採用の選考に当たって、その者の学習歴だとか行動歴とかその他もろもろの情報を踏まえて総合的に慎重な評価を行っているところでございまして、そうした評価に立って採用を最終的に決定している、そういう事情を基礎としているものでございます。特に、T種試験採用者につきましては、各省庁にとりましても組織運営の将来の中核としての期待もございますから、多面的な評価の必要性も高いわけでございます。そのもろもろの要素の一つとして学歴も考慮されているということでございまして、採用者の選考を行う上で理由のあることではないかなというふうに考えております。
 それからもう一点、また各省庁におきましては、先ほど申しましたように、急速に変化する行政環境のもとで的確な行政運営を確保するためにも、人物本位の採用を行うとともに、採用者の構成につきましても、例えば特定の大学あるいは特定の地域に偏らないように配慮しているところでございまして、そうした配慮をする観点からも、任用候補者一覧表に学歴を記載するのは意味があるという側面が実はあるわけでございます。
 そういう意味で、きょういろいろと御議論ございましたけれども、先生のいろいろな御意見も踏まえながら、今後そこら辺のところも頭に入れながら対処させていただきたいと考えております。
#168
○沢藤委員 あと八分しか時間がありませんので、大変失礼ですが、要点をお答えいただきたいとお願いします。
 もう一回だけお聞きします。
 地方大学ですけれども、やはり地理的にもいろいろな状況で情報が乏しいとかどうしてもハンディがあるのです。そういった意味で、私は、大学局長にもお願いしておきたいと思うのですが、地方大学の充実ということは今後の大きな課題だと思います。大学まで一極集中で、しかも経済的負担が大きいわけだ。そうすると、地方の人たちは経済的な負担能力でもって進学をあきらめたり進学したりするという経済的な差別が起きているということもありますから、地方大学を充実してほしい、このことはお願いしておきます。
 そこで人事院ですが、地方大学出身者に対する何らかの手だて、配慮があったら一言お願いします。
#169
○尾木説明員 公務における人材の多様化という観点から、地方大学の出身者、あるいは私立大学の出身者等も含めまして、なるべくそういう人たちも公務に来てもらうためには、特に情報を十分に提供していく、受験の際あるいは採用手続等も含めましていろいろな情報を提供する必要があるということで、人事院としてはいろいろと努力をしてきておりますし、平成五年度、来年度以降につきましても、さらに充実をしていきたいということでございます。
 具体的には、採用相談室という形でいろいろな採用相談に応じるとか、あるいはなるべく混乱が生じないようにいろいろな資料を丁寧に渡すとか、いろいろな措置を講じたいというふうに考えております。
#170
○沢藤委員 ちょっとはしょらざるを得ないのですが、厚生省、お見えになっていますか。厚生省にお尋ねしたいのですが、またもとへ戻らせていただきますが、さっきの不登校の問題に関連して、情緒障害児の短期治療施設というのが全国に何カ所かありますね。最近の状況としては、これに大変多くの不登校の児童生徒が入ってきている。しかも高学年、つまり高校生もふえてきておるというようなことが指摘されて、ぜひこれは利用したい施設であり、また大変有効に働いている施設だと思うのです。
 ただ、これは結局は福祉関係の施設ですから、収容といいますか、入ることのできる年齢制限があるのじゃないか。十二歳というのが原則らしいのですけれども、これを不登校対策ということとあわせて、いわゆる年長者の扱いについて、文部省と協議をしながら、これからの対応について御配慮願えないかということでございます。
#171
○弓掛説明員 お答えします。
 情緒障害児短期治療施設の箇所数は十三カ所でございます。入所している子供の数は四百八十七名でございます。
 それから、年齢制限のことでございますけれども、児童福祉法におきましては、こういう児童につきましては、おおむね十二歳未満の児童を対象にするということになっております。しかしながら、おっしゃいますように、近年中学生等の年長の情緒障害を持っている子供たちも入っておりますので、その運用につきましては、十二歳を超えても、中学校の年長児童も対象として入っているという状況でございます。
 なお、さっき高校までというお話がございましたが、現在の対応につきましては、高校生につきましては、児童相談所とか家庭児童相談室におきますカウンセリング、あるいは養護施設という児童福祉施設がございますけれども、そちらにおきまして不登校児童の指導というものを行っておりますので、そちらの方で対応しているというような状況でございます。この情緒障害児短期治療施設は。短期という名前がございますように、年少の児童を受け入れて、できるだけ早期に、かっ短期間に治療を行うということを基本にしておりますので、高校生の年長まで延ばすかどうかということにつきましては、そういう対応をどうするかといったようなこともございまして、今後の課題ということで検討してまいりたいと思っております。
#172
○沢藤委員 これはお願いですが、大臣、今お聞きのとおりです。せめて義務教育期間中の児童生徒に対しては、今のような施設が有効に活用できるように、これはもちろん教育行政との連携なり学校との連携が必要なわけですが、ぜひ厚生省と協議した上で、これは措置費との関係も出てくると思うのです、ですから、これは積極的に取り組んでいただきたいということが一つ。
 もう時間がありませんから、その一つについて大臣の御努力をお願いしたいと思うのですが、いかがでしょうか。
#173
○森山国務大臣 今のようなお話の問題の解決のためには、学校や家庭、地域、それぞれかかわるところで協力しなければなりません。御指摘のように、厚生省の施設にもいろいろと御協力をいただかなければなりませんので、必要な相談は十分させていただいて、子供たちのためによい解決をしていきたいと思います。
#174
○沢藤委員 時間からいうと、もうこれが最後かなという不吉な予感におびえているわけですが、厚生省に一つお願いをしておきます。
 全国情緒障害児短期治療施設の連絡協議会というのがあると思うのですね。そこからは、さっきの問題を含めて、予算も含めて幾つかの要望なりお願いが出ていると思います。これはぜひ対応していただきたいと思いますし、今お聞きのとおりですから、必要に応じて文部省と力を合わせてやっていただきたいということをお願いしておきたいと思います。
 最後に、一つだけ文部省に。
 前もって上げておいた学歴別取得資格一覧、大卒だとこういう資格試験が受けられますよとかいう一覧がありますね。例えば、大卒なら無試験でも取れる資格が十六件とか、大卒で受験資格を得られる試験は十九件とかという一覧表を私は苦心してつくったのです。
 これに関連して、文部省は、司書の受験資格を大卒から高卒の方に持っていくというふうな報道がありました。それらを含めて、大卒でなければだめだという資格条件の緩和ということをお願いしたいのですが、その一点をお願いします。
#175
○前畑政府委員 私どもの持っております資格の中で、社教主事とか図書館の司書、あるいは博物館の学芸員等々ございますが、それらについてできるだけ受験資格を学歴から解放したい、こういう気持ちは持っておりますが、ただいま先生御指摘のような件につきましても、今後検討を深めたいと思っております。
 ただしかし、このことにつきましては、かつて私がある機会にそういうことを申し上げましたら、関係の方々から若干の御批判もちょうだいいたしております。そういった周りの様子を見定めながら対処してまいりたい、このように考えております。
#176
○沢藤委員 質問を終わるわけですが、さっきの人事の問題もありますし、今の問題もあります。私の指摘した問題については、他省庁との関係がかなりありますので、ひとつ大臣、ぜひ頑張っていただきたいと思います。
 御検討をお祈りして質問を終わります。どうもありがとうございました。
#177
○渡辺委員長 冬柴鐵三君。
#178
○冬柴委員 公明党・国民会議の冬柴鐵三でございます。今国会から文教委員を拝命いたしました。どうかよろしくお願いいたします。
 教育は国の礎であります。我々の明治の先達は、予算のうち大きな部分を割いて、深山幽谷、離島に至るまで立派な小学校をつくり、国を挙げて教育に取り組んでくださいました。このような努力に対して、国民に画一教育を行うことにより、戦前は富国強兵、戦後は産業振興の手駒としての国民をつくったという、そのような批判もあり、一面の真理をとらえたものとも解されるわけでありますが、何分、狭小な国土で四面環海の物的資源に乏しい我が国が、先進国を抜いて一人当たりのGNPで世界一の経済力を持つに至ったその最も大きな原因が、この明治の先達の教育に対する熱意にあった、これは名論を要しないところである。深く感謝をしているところであります。
 今後我が国は、その国力に応じた国際貢献をなさなければならないわけでありますが、発展途上国に対する支援というものがどのようなものであるべきかということを示唆して余りあると思うわけであります。教育に手を差し伸べる、そのような作業が今最も大事だ、このようにも感じるわけでございます。その意味からも、我が国が引き続き何よりも教育に大きく予算を割き、力を入れていかなければならないと思うのでありますが、このように見てきたときに、その理念を誤ると国家を破滅に導きかねないのも教育であり、我らの責任は非常に重大である、このように思います。
 私は白書を読ませていただきましたが、文部省が今進めていられる、だれでも、どこでも、いつでも、またどこからでも主体的に学習を始められるという生涯学習への改革は正しい方向である、高く評価をしたいと思っております。どちらかといえば、学校教育偏重の嫌いがあったと思われる従来の文教政策は、学校を卒業すれば学習は終わり、こういう風潮を国民の間に醸成してきたのではないか、このようにも思うからでございます。そうではなくて、学習は生まれてから死ぬまで不断に行われるべきものであり、その生涯学習の一環として学校教育は位置づけられるべきものである、このようにも思うわけであります。また、学校教育はすぐれて各個人の個性を重視し、その可能性を極限まで引き出すものでなければならず、画一的であってはならないと思います。
 そのような思いから、森山文部大臣の所信表明を拝聴し、共感するところが多かったわけでありますが、本日はその所信に対する質疑の時間をいただきましたので、日ごろ感ずるところを順次お尋ねしたいと思います。
 私の本職は弁護士でございますので、最近の二、三の裁判例を通じてお尋ねを始めたい、このように思います。
 まず、神戸地方裁判所、平成五年二月十日言い渡しの兵庫県立高塚高校門扉圧死事件についてであります。
 この判決は、学校における生活指導の現場で起きた死亡事故に対する初めての司法判断であり、教育のあり方や校則の是非について争われたのでありますが、判決はこれには触れておりませんけれども、高校側の責任について、危険防止のための作業分担を決めず、学校として生徒の安全に関する配慮が足りなかったと指摘をし、配慮がなされていれば、このような残念な結果はなかったと厳しく指摘しているわけであります。少しでも遅刻した者はグラウンドを二周走らせる、このような制裁が科せられる校則があり、これを厳格に担保しようとしたところに本件悲劇の原因があったようであります。
 この判決は、実は十日に言い渡されておりますので、本日十四日目で、本日の経過とともに確定をするわけでございまして、当事者は控訴をしないということを表明していられるようであります。
 しかしながら、文部大臣から、判決の是非とかそのようなものについてコメントを求めるのは妥当でないことは十分承知をいたしております。この判決が示唆する教育行政上の問題点について、文部大臣はどのように感じでいられるか、その点からお尋ねをしたいと思います。
#179
○森山国務大臣 まことに痛ましい事件でございまして、かけがえのない命をこのような形で失われたということ、本当にその重大性を思いますと残念なことだと思います。このような事故は二度とあってはならないことでありますし、文部省といたしましては、各学校におきまして生徒一人一人を大事にした適切な指導が行われ、校則やその運用を含めた生徒指導の改善充実が行われますよう、一層の指導に努めてまいりたいと考えます。
#180
○冬柴委員 校則についてのあるべき姿はどうあるべきなのか、また校則を守らせること、そのことが目的となってしまっているいわゆる管理教育はどんな実態なのか、これに対する文部省の指導はどうなのか。本件判決は高等学校のもので、義務教育段階のものではありませんけれども、これを抽象化いたしまして義務教育の場面で、これら問題について文部省はどのような考えをお持ちなのか、ぜひお聞かせ願いたいと思います。
#181
○野崎政府委員 校則についてのお尋ねがあったわけでございますが、校則は、児童生徒が健全な学校生活を営む、よりよく成長、発達していくための行動の指針として定められているものでございまして、学校が校則を制定して、これに基づいて指導を行うということは、学校の行う教育指導の一環、このように考えているわけでございます。やはり学校という一つの教育を行う場でございますから、そこに一つの取り決め、お互いに守り合うべき約束というものは当然あってしかるべきものと私どもは思っているわけでございます。
 ただ、やはり従来、瑣末な事項にまでわたって規制をする、例えば服装とか頭髪とかいろいろな形でそういう細かいことまで規制をしている、あるいは校則の指導に当たりまして、教師がいたずらに規則にとらわれて一方的な指導を行うなどの例が見られたわけでございまして、そういう面につきましては、校則というのは、やはり子供の今後の健全な成長のために学校において守るべき規則である、そういう原点に立ち返って、その内容を十分吟味点検する、そして生徒に内面的な自覚を促して、自主的に守るよう指導を行うことが大切だと思っているわけでございます。
 今回、この事件が起きました後に、全国の中学校長会、高等学校長の集まり、団体がございますので、そちらの方にお願いをして、校則の見直し状況について調査研究を行ったわけでございます。平成二年度に行ったわけでございますが、それによりますと、全国の中学校、高等学校の約七割で校則の見直しが行われておりまして、今申し上げたような細かい点の校則を定めていたというようなあたりは、大分直ってきているのではないかと思っておるわけでございますけれども、今後とも積極的にこの校則の問題につきましては指導に努めてまいりたいと思っております。
#182
○冬柴委員 九〇年九月の我が国も署名をした国連のいわゆる子供の権利条約というものには、子供にも大人並みの思想、良心の自由あるいは意見表明の権利、こういうものを保障すべくうたわれていると思います。このような潮流の中にあって、校則というものは、どのような哲学のもとに、だれが、どのような手続で定めるべきなのだろうか。そしてまた、その規律の内容は、今御説明がありましたが、違反者に対する教育の場における秩序罰の内容はどうあるべきなのか。そのような点についても御答弁をいただきたい、このように思います。
#183
○野崎政府委員 校則をだれがつくるかということでございまして、先ほども校則の趣旨というのは、やはり児童生徒が健全な学校生活を営み、よりよく成長発達していくための行動の指針という形で定めるわけでございまして、一方、学校は、校長というものが学校運営の責任者ということで、学校教育法におきましても、校長は校務をつかさどる、こういうことになっておるわけでございますので、校長が児童生徒に対します教育指導上必要な事項についてこれを制定することができる、このように私どもは考えておるわけでございます。
 そして、校則の実際の指導に当たりましては、規則があるから守らせるというような発想ではなしに、やはり生徒に内面的な自覚を促して自主的に守るよう指導を行うことが大切だ、このように私どもも思っておるわけでございます。そういう意味で、この校則の制定あるいは見直しをする際には、児童生徒の実態あるいは保護者の意見、地域の実情等を踏まえるとともに、学級や生徒会などで生徒にみずからの問題として討議させるというような、そういう場を設けることなどの指導上の工夫も大事だ、このように思っておるわけでございます。
 また、違反者に対する秩序罰ということでお尋ねがあったわけでございますけれども、生徒に対する懲戒につきましては、学校教育法施行規則に「教育上必要な配慮をしなければならない。」このように明記をしておるわけでございまして、特に、退学というような場合につきましては、要件も定められているわけでございます。文部省としても、懲戒は教育上の必要に基づいてなされるものでありますから、その教育的意義というものを十分理解をし、そして真に教育的な配慮を持って慎重かつ的確に行われなければならない、このように考えておりまして、社会通念上著しく妥当性を欠いていたり、事実の確認を欠いていたりすることのないよう、指導をしてきているところでございます。
 いずれにいたしましても、学校におきましては、生徒一人の個性というものを生かし、人間味のある温かい指導が行われることが大切だ、このように考えておるわけでして、日常からの指導を尽くし、安易な判断のもとに懲戒を行うべきではない、このように考えております。
#184
○冬柴委員 校則というのは、いわゆる他律規範であります。校長が定めて、それに従わせるという、国民が法律に従うという、そういう関係ですから、他律規範でありますが、局長の説明を聞くと、何かこう生徒の自発的云々といういわゆる自律規範、道徳とか、そのような段階のように聞こえるわけでございます。本質的に両者は違うと思うわけであります。
 しかし、その規範の内容はさておきまして、それに違反した者に対する秩序罰というのが、今局長が非常に幅の広い答弁をされましたので、この学校では遅刻はしてはいけない、一秒もしてはいけない、した者は罰としてグラウンドを二周走らせる、こういうことを決めているわけでございまして、もう少しはっきりとした、また子供の権利条約の精神を踏んだ形で、生徒も納得するような手続の中で、最終的には校長が定めるとしても、児童生徒の納得するような、自律規範を沸き立たせるような、そういう内容であるべきではないかというふうに思います。これ以降は議論にわたりますのでお尋ねはいたしませんけれども、なお三〇%の学校ではまだ見直しがされていないように先ほどの答弁からしますと伺えますので、重ねて残りの学校についても見直しを御指導いただきたい、このように思います。
 次の問題に移りたいと思います。
 先ほどの判決があった同じ十日の日に、札幌高等裁判所民事部において、いわゆるそばアレルギー訴訟事件というものについて裁判上の和解が成立をし、事件は終局、解決を見ました。
 昨年、すなわち平成四年三月三十日に札幌地方裁判所で言い渡された判決によりますと、札幌市立新琴似小学校六年生であったT君が、八八年十二月八日、学校給食で出されたそばを食べた後、アレルギー性のぜんそく症状を起こしまして早退、帰宅途上発作が急変をいたしまして死亡に至った、こういう気の毒な事案でございました。
 ここに判決を持っているのですけれども、もう少し事案を詳しく申しますと、そのT君は、かねてそばに、医学用語では感作されていまして、父母から学校にその旨の通知がしてあったようでございます。ところが、その十二月八日、給食にそばが出たわけであります。T君の母親は、その日、そばが出るということを知っていたのですけれども、それにかわるお握りとかパンとかは持っていかせてなかったようでございまして、T君が担任に対して、そばを少し食べてみたいんだけれどもという相談をしたようでございます。担任は、家から食べてもいいという連絡が来ていないから食べないようにという指導をしているわけでございます。T君も納得をして、うなずいて席に行ったようですけれども、その後の動きを先生が見ていなかった。T君は、食べるものがないし、同僚がそばを食べているので、自分も約三分の一ぐらいを食べたようでございます。ところが、先ほど申しましたように、直ちにそばのアレルギー反応が起こりまして死亡に至ったわけでございます。
 アレルギーは抗原抗体反応によって引き起こされる病理現象であることはよく知られておりますが、ある抗原、アレルゲンに感作してしまった体に再び抗原となった同じ物質が入ってきたときに引き起こす現象であります。そのアレルゲン、すなわち抗原となる物質は、そば、卵、牛乳、背の青い魚等々、平均的日本人が日々摂取する天然の食物の中にもあるわけでございまして、文献によりますと、アレルギー性のぜんそく患者というのは人口の二%にも上っているようでございます。そして、そばアレルギー患者というのは、その一・四六%の割合を占めているようでございます。したがいまして、一万人のうち二百人がアレルギーぜんそく、そのうちの約三人がそばアレルギーの患者だ、こういうことになります。そのそばアレルギーというのは、アナフィラキシーショックというものを起こして非常に短い時間で亡くなってしまうというようなことも知見されているわけでございます。
 大臣は所信表明の中で、学校給食の一層の充実に努める、こういうふうに述べられました。アレルギーがこのように怖いということ、その発生の機序とかを、実はこの担任の先生もお知りにならなかったようです。しかし、学校給食の中では、このような食品が食卓に供されるわけですから、アレルギーというものについてどのような指導をされるのか、その所信を伺っておきたいと思います。
#185
○森山国務大臣 この事件もまことに気の毒な、痛ましい事件だと思います。文部省といたしましては、このような事故を厳粛に受けとめまして、このような不幸が再び繰り返されないように、学校給食におけるアレルギー対策について一層努力をしていく必要があると考えております。
 具体的には、アレルギー性疾患など個人的に特に指導上の配慮が必要な子供の場合には、家庭とも十分連絡をとりながら、担任の先生や学校の養護教諭、栄養職員などが連携いたしまして、代替食の提供とかお弁当を持ってくるとかいう措置をとるように指導しているところでございます。このことにつきましては、昨年七月に改訂いたしました学校給食指導の手引においても特に強調しているところでございまして、今後ともこのような指導の徹底に努めてまいりたいと思っております。
#186
○冬柴委員 学校給食はその役割を終えたという大変ショッキングな主張をされた町長さんがおられて話題を提供しました。文部省としては今後も充実をしていくという方向を明確に打ち出していらっしゃるわけですが、位置づけとか、その方向をお示しをいただきたい。国民の間に、そうか、あれは確かに戦後の食糧不足のときに役割があったけれどもという考え方もなきにしもあらずでありますので、明確にしていただきたいと思います。
#187
○奥田政府委員 お答えをいたします。
 先生お話しのように、そういう御主張が一部にございます。一方、御案内のように、最近はいわゆる飽食の時代と言われて偏食がかえって進んでいるというふうなこともございまして、先生御案内だと思いますけれども、学校給食は、バランスのとれた、栄養のある食事を提供することを通じまして、教育上特に重要な役割を果たしているわけでございます。
 学校教育の上でどういう位置づけをしているのかということをちょっと申し上げてみますと、学習指導要領におきまして特別活動という領域がございます。この中で学校給食が位置づけられているわけでございますけれども、この特別活動は、望ましい集団活動を通じまして心身の調和のとれた発達と個性の伸長を図るとともに、集団の一員としての自覚を深め、協力してよりよい生活を築こうとする自主的、実践的な態度を育てるということを目標といたしておりまして、そういう特別活動の中にありましても、学校給食は大事な役割を果たしているというふうに考えております。また、実際これに携わっておられる方々の御意見を伺いましても、そのような評価が定着してきているのではないかと考えております。
#188
○冬柴委員 実は、私の娘を通じての知見でありますが、学校給食に供される牛乳が相当量飲まれずに廃棄されている。非常にもったいないので私の娘もそれをもらって帰ってくるわけですけれども、文部省はそういう事実をどう把握されているのか。そのほか牛乳以外の残飯も相当量に上っているようでございます。食べ物を残すということは、私どものような戦後育った者にとっては耐えがたい不道徳だ、こういうふうに思うわけでございます。豊かさの陰に潜む精神の荒廃、これが今一番問題だと思うわけですけれども、その一つの淵源、大げさに言えば飽食の現代の宿痾ではないか、そういうふうに思うわけであります。こういうものを二十一世紀に持ち越すことは許すべきではない、このように思うわけでございます。学校給食を残さずに全部食べる、余分なものはつくらないし与えない、そういう覚悟、決意というものが給食には必要ではないかというふうに思うわけです。飽食の現代、我々そんな感じが共通すると思うのですけれども、大臣、いかがでしょうか。
#189
○森山国務大臣 私も、食べ物を残してはいけないと言われて育った世代でございますので、先生の御指摘はよくわかります。最近の子供たちは食べ物のありがたさ、それに感謝する気持ちがどうも以前ほどはないように思われるのが甚だ残念でございますが、学校給食におきましては、発達段階ある子供たちに対してバランスのとれた栄養、豊かな食事を提供するということが重要な役目でございます。このため学校では献立をつくるときやまた調理に当たりまして、子供たちの嗜好の偏りをなくす、偏食がなくなるようにするということや、学校給食ができるだけ食べ残しが少ない、より親しみやすくて魅力的なものになるように食品の組み合わせとか調理方法などの工夫を今しているところでございますが、このような改善工夫が一層推進されるように指導していきたいと思います。給食をいただくときには、食べ物をつくってお膳の上に乗せるまでには大勢の人がどんなにいろいろな手をかけ汗を流してきたかということも子供たちに指導し、さらに世界には食べるものにも困っている子供たちがたくさんいるということも認識させるというふうに、教育的な効果を伴うようにしていきたいと考えております。
#190
○冬柴委員 これは大臣ではなくて結構ですが、先ほど言いましたこの食べ物が残っているという実態はどれくらい認識をしていらっしゃるのか。それはばらつきはありましょうけれども、いかがでしょうか。
#191
○奥田政府委員 先生お話しの牛乳につきまして、あるところで調査した例がございます。それによりますと、これはサンプる調査ですけれども、牛乳につきましては一・三%程度残量があったという例がございます。恐らくほかのところでも同じような数値ではないかと思うのです。しかし、今大臣も御答弁申し上げましたように、いろいろ工夫がなされておりまして、例えば牛乳の場合でございますと、どうしても牛乳が飲みたくないというふうな子供の分、これは保冷庫に入れておきまして、例えば部活が終わった子供に、それを自由に飯んでよろしいというふうなことを大いに勧めているというふうな学校もございます。そういうところでは、そういう残量というのはほとんどないというような報告を受けております。
 それから、一方でお触れいただきましたその他の食事、例えば今米飯給食を一生懸命推進いたしておりますけれども、米飯の残量につきましても、これもある市のデータでございますけれども、一年間の平均で約一・七%程度の残量があるというふうな報告があります。これも先ほどちょっと大臣が御答弁申し上げましたように、そういう食事がつくられる過程というものを、例えばビデオに撮って、そして子供に見せるというふうなことをして、そしてまた子供にその感想も聞いてみますと、ああそういうふうな苦労があるのかということを知って、これは食事を残しては申しわけないという気持ちになりましたというような作文を書いているというふうな報告も受けておりまして、我々もこういう各学校における努力というものを今後とも大いに推奨していきたいと考えております。
#192
○冬柴委員 まあ今の一・三とか一・七というものは許容量の範囲だと思うのですが、なおそういうものを少なくするという努力をされるように強く要望しておきたいと思います。
 三つ目の判決でありますが、昨年すなわち平成四年の三月十三日に神戸地方裁判所尼崎支部で言い渡しのあった判決でございます。進行性の筋ジストロフィー症に罹患して体の自由について障害のある生徒につきまして、判決はこのように言っております。「少なくとも普通学校に入学できる学力を有し、かっ普通学校において教育を受けることを望んでいる者について、身体に障害を有していることのみでその者の入学の道が閉ざされるものではない。」これは高等学校の問題でありまして、義務教育段階の問題についての判決ではありません。しかしながら、この障害者が健常者とともに生活をし、活動をする社会を目指すノーマライゼーションの理念に照らして、これは歓迎すべき格調高い司法判断である、私はそういうふうに評価をするわけでありますが、この指し示すところと現実の教育現場における乖離というものがあると思います。
 森山文部大臣の所信表明の中で特殊教育について、「通級による指導の制度化を図るなど一層の充実に努めてまいります。」というふうに述べていられます。ただ、学校教育法施行令ですか、これによりますと、この身体障害児あるいは精神薄弱児の重い子供は特殊教育諸学校、すなわちこの人たちの場合には養護学校で、軽い子供は普通学校の特殊学級または通常学級で留意しながら指導する、こういうことになっていると思うわけでございます。
 この立て分けのうち、通級というのは軽い障害の子供であって、通常学級で留意して指導する範疇に入る子供につきまして、心身の障害に応じた特別の指導を特別の場で行う新たな特殊教育の形態を制度化するものだ、このように私は理解するのですが、それはそう理解して誤りありませんか。
#193
○森山国務大臣 おっしゃるとおり、通級による指導と申しますのは、小中学校の通常の学級に在籍している軽度の心身障害児に対しまして、各教科などの指導は通常の学級で行いながら、心身の障害に応じた特別の指導を特別の指導の場で行うという新しい特殊教育の一形態であると考えております。
 通級による指導につきましては、平成五年度からの実施を図ることにいたしまして、去る一月二十八日には、学校教育法施行規則の改正などを行い、教育課程の取り扱いを明確にいたしますとともに、通級による指導を行うために必要な教員定数を第六次義務教育諸学校教職員配置改善計画に盛り込みまして、その初年度分を平成五年度予算案に計上しているところでございます。
 通級による指導の実施は、特殊教育関係者の長年の念願でございまして、文部省といたしましても、今回の措置によって、心身に比較的軽度の障害のある子供たちに対する教育の一層の充実が図られるものと考えております。
    〔委員長退席、松田委員長代理着席〕
#194
○冬柴委員 確かに一歩前進というふうに評価できるわけでありますが、インテグレーション、いわゆる統合教育とかあるいは先ほど言いましたノーマライゼーションというものを、障害者に完全参加と平等という、そういうものを保障しようという制度、そういうものを理念として考えた場合には、なおまた大きい途上にあるなということを感じるわけでございます。
 先ほど読み上げました判決の思想というものを敷衍をいたしますと、すなわち養護学校または特殊学級に措置されるような子供たち、入学指導されるべき重度または中度の障害を、これは身体障害の場合でしょうけれども、持った子供たちが普通学級で学びたい、こういう意思を持っておれば、そういう重度あるいは中度の障害を持っている身体障害者も普通の学級で勉強できるようにしてやるべきだ、こういうことを判決は言っているわけですが、今大臣の説明のあった通級というのは、いわば軽い人が一部特殊な部分だけを特殊な場所で勉強するということですから、これはまだ随分隔たりがあると私は思うわけでございます。一足飛びにそこまではいかないと思いますけれども、私は、障害児だけを集めた養護学校も、また障害児が一人もいないという普通学級も、これは一般社会から見てノーマルな状況ではないと思うわけでございます。
 私は、重度または中度の障害児も、本人のそのような意思があれば、原則として普通学級に籍を置き、それにこたえるために普通学校にエレベーターとかスロープとか、そういうものを受け入れてやるような物的設備を整備するとともに、そういう学校にも介助職員を配置するというようなことを提案をしたい。今すぐにではありませんけれども、将来の方向としてこれはぜひ提案をしたい。
 そして、こういう子供たちは、例えばホームルームとか給食、休み時間あるいは学校行事、教科の中でも本人たちが同じ学齢の子供とともに勉強ができる領域があれば、例えば音楽とか美術とか体育、そういうものはできる限り健常児とともに普通学級で勉強をさせる、そしてそれについていけないような部分についてはいわゆる特殊学級で勉強する、そういうような通級をできないものかな、これが初めて統合教育と言える内容ではないか、こういうふうに思うのですが、その方向についての大臣のお考えをお示しいただきたい。
#195
○森山国務大臣 先生のお気持ちもわかるような気がいたします。将来の理想の姿の一つかもしれないとは思いますが、今現在の状況から考えますと、中度以上、特に重度の方の場合には、やはりそのための設備やそのための施設、そして特別な職員の配置、特別な訓練、資格を持った教職員ということも必要でございますし、その他いろいろ配慮するべきことがたくさんございますので、普通の学校の子供たちと同じように勉強するということが相当難しいのではないか。つまり、特別の配慮、特別の措置によって初めて教育の効果が上がるというような子供たちについては、やはりいわゆる特殊学級、特殊学校ということで対応するというのが当面現実的だというふうに考えております。
 しかし、おっしゃるような趣旨を踏まえまして、先ほど申し上げました通級ということをまずやってみようということで始めたのでございまして、そこのところを御理解いただきたいと思います。
#196
○冬柴委員 なるほど、現実は文部大臣おっしゃったとおりだと思いますが、そういうところで、義務教育ではないですよ、高等学校の場面ではあったけれども、この判決があったわけです。この尼崎市というのは私の選挙区でありますが、養護学校等に市単費で実に年間二億以上を計上している、阪神地区でも七番目にそういう学校をつくったという優等生だったと私は思うのですが、そちらへ入ってそして十分な教育をマン・ツー・マンで受けた方がいいという学校長の判断が、尼崎地裁では、だめだ、学力もあるじゃないか、そして本人が何よりもそこで勉強したいという意欲があるじゃないか、そういう場合には、この人は筋ジストロフィーですから車いすでしか動けないわけですが、やはりそういう意欲があればそちらへということをおっしゃっているわけです。そのような厳しい一つの判断が出ているわけです。
 義務教育までそれをずっと広げると大変だということもよくわかるのですが、実は私には四人子供がいますが、長男は昭和三十六年生まれですが、一歳のときに脳髄炎を思いまして知恵おくれになりました。そのために、入学当時は私が住んでいたところではまだ養護学級ができていなかったのですが、その後養護学級が配置されまして、そこで学び、そして中学校は普通の学校の養護学級へ行き、それから養護学校の高等部へ行き、職業訓練所へ行って、ある企業に就職をしまして、今十年目。ちょうどことしで十年目なんですが、これは比較的恵まれた経過をたどっているように思うわけですが、そのようなことから私は大阪府の池田市で「手をつなぐ親の会」という組織の会長を引き受けまして、十二年ほどやったことがあります。
 そこでは、今のような問題が毎年年末から年初にかけて起こる。お母さん方が自分の子供が養護学校へ、ということはバスに乗っていかなければいけない、寮に入れなければいけない、そういうところへ通わすということは非常にふびんだ、目の前に立派な学校がある、そして養護学級もある、そこへぜひ入れてほしいということで、これはもう、その判定、指導をする上において親の会は大変な苦労をするわけです。教育委員会もそういう、もう一見して重度、中度の子供を普通学校の養護学級に受け入れざるを得ないというのが現場の実情です。そういう子供を、今回改善をしていただいて、八人を一人の養護学校の教諭が面倒見るということは絶対に不可能でありますのではどうしているか。苦肉の策として市単費で介助職員を雇い入れて、ほとんどマン・ツー・マンの教育をして成績を上げているわけでございます。すなわち、私が先ほど将来像として言ったことを、今もう地方自治体はやっているわけです。したがいまして、難しい難しいだけでは済まない問題であって、将来の方向としてぜひ、そのようなものこそ、国連が、障害者の十年、障害者の年に次ぐ十年ということで、「完全参加と平等」ということを掲げて、去年最終年を迎えましたけれども、ことしはまた新たにアジアでそういうものが発足をするというときであります。日本が教育に熱心であり、文化国家であればなおさらのこと、そういう方向にぜひ国も向かってほしい、このように思いますが、いかがですか。
#197
○森山国務大臣 先生の具体的な御経験に基づきまして、大変御熱心な御提言、まことに貴重なものと受けとめぎせていただきました。できるだけ理想が一歩でも近づきますように努力していきたいと存じます。
#198
○冬柴委員 裁判例のことはこの程度にいたしまして、次の問題に移りたいと思います。
 ことしの一月二十四日の日刊紙、あるマスコミに「免許外教科教員が四万件」というふうに大きく掲載されました。「国語の先生が理科も教え社会・英語かけもち担当も」こんな見出しで、社会面にも関連記事が掲載されておりました。文部大臣は所信表明の中で教職員配置の改善ということを表明されていますが、特に公立中学校における免許外教科担当教員というのはどんなものなのか御説明をいただきたいと思います。
#199
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 ただいま先生からお話がございました公立中学校におきます免許外教科担当教員でございますが、教育職員免許法の附則第二項によりまして、教育職員免許状の授与権者でございます都道府県教育委員会は、「当該学校の校長及び教諭の申請により、一年以内の期間を限り、当該教科についての免許状を有しない教諭が当該教科の教授を担任することを許可することができる。」という規定があるわけでございます。
 この規定は、僻地等におきます小規模な中学校等におきましては、ある教科について、当該教科の免許状を有する教員を採用することが困難な状況なども考えられるために、このような規定が置かれたところでございまして、この制度によります平成三年度の公立中学校におきます免許外教科担任の許可件数は約三万九千件ということになっております。
#200
○冬柴委員 私も、これはちょっと大変な問題だなということで、この記事を読ませていただきました。記事によりますと、「埼玉県のベッドタウンにある中学の国語の先生は、国語を週十二時間のほか、免許外で理科を週六時間教えている。ピアノが弾けるので、前の年は音楽も教えた。」「国語は貯金があるけれど、免許外教科は教材研究に三倍の時間がかかる。その分、平日の部活に付き合えなくなったり、仕事を家に持ち帰らないと消化できなくなった。」このようなことも書かれていますし、「社会の先生が英語を週十六時間教え、同じ中学で英語の先生が国語を教えたり、メチャクチャ。」こんなことまで書いてありました。
 私も、この記事だけで質問するわけにいきませんので、裏づけるために文部省にも聞きましたところ、平成三年度で三万九千二百六十三件の許可件数があるということ、これを県別にいただきました。したがいまして、四万件と書かれたことは決して誇張ではないということがはっきりしました。また、埼玉、千葉、大阪の先生方に事情をお尋ねいたしました。この記事には誇張はない、真実だ、特に新任の若い先生方に大きくしわ寄せをされている事実があるということをお聞きしましたし、また採用時とか、異動を希望したときの条件として、こういう免許外教科を担任してほしいということまで言われている、自分たちとしては、これは教室において最大の悩みだ、それに対して保護者も危惧の念をあらわにしている、こういうようなことをお聞きしたわけでございます。
 先ほど助成局長がお読みいただいた条文、ちょっと意地の悪い話ですけれども、これは「当分の間」という頭書きがついていたと思うわけであります。しかも、その条文ができたのは何年の法律何号でつくられたものか、御答弁をいただきたいと思います。
#201
○井上(孝)政府委員 お答え申し上げます。
 先ほど先生から、僻地等の学校が比較的少ない埼玉県、千葉県等におきましても免許外担当教員があるというお話がございましたが、実は平成四年に総務庁が行いました「義務教育諸学校等に関する行政監察結果に基づく勧告」におきましては、「免許外教科担当の理由を学校規模別にみると、七学級以上の学校では教員間の時間調整を行うためとしているものがほとんどであるが、六学級以下の学校では教科の教員が配置されていないためとしているものが多い。」というような報告が出されているわけでございます。そういう点から、この規定が設けられた趣旨から異なったような運用が行われているケースもあるわけでございまして、そういう点については、各学校における教職員の適正な配置、また免許を所持している教員による授業を行うことによって適正な授業展開が行われることを私どもとして指導していきたい、このように考えているところでございます。
 そこでもう一点、先生からお尋ねのございました免許外教科担任の許可制度創設の経緯と、それから「当分の間」の措置についてはいっその規定が設けられたかということでございますが、この規定につきましては、昭和二十八年に経過的な措置として設けられた規定でございまして、その創設の経緯を見てみますと、免許外教科担任の許可につきましては、僻地の小規模校等において一部の教科について当該免許を有する教員を採用、配置することが困難な場合もあるというようなことが理由になっているわけでございます。
 昭和二十八年に設けられました「当分の間」の措置を今なお継続しなければならないということは大変残念なことだと考えているわけでございますが、小規模な学校も少なくないわけでございまして、免許外教科担任の許可をせざるを得ない状況もあるわけでございまして、そういう点からは、この制度を直ちに廃止することは困難であるということは大変遺憾に思っているわけでございます。
 そういう点から、私どもとしては、教職員定数の改善措置等を行い、また学校における適正な教員構成を確保することによって、免許外教科担任の解消に向けまして最大限努力をしていきたい、このように考えております。
    〔松田委員長代理退席、委員長着席〕
#202
○冬柴委員 今おっしゃいましたようにいろいろな事情がありまして、昭和二十八年法律九十二号で追加改正されまして、「当分の間、中学校において、ある教科の教授を担任すべき教員を採用することができないと認めるときは、当該学校の校長及び教諭の申請により、一年以内の期間を限り、当該教科についての免許状を有しない教諭が当該教科の教授を担任することを許可することができる。」これはやはり緊急避難ですよ、こんな立法。免許を取るということと、免許外の教科を教えるということは、もう全く素人じゃないでしょうか。
 急に申し上げて悪いのですけれども、教育職員免許法施行規則というのがあります。その第三条で、「教科に関する科目」と「最低修得単位数」というのがそれぞれの免許の教科ごとに詳細に決められているのですけれども、例えば国語という教科の免許をいただくためには、「国語学(音声言語及び文章表現に関するものを含む。)」それから「国文学(国文学史を含む。)」「漢文学」「書道(書写を中心とする。)」こういうものを、それぞれ下に単位数が決められていて、計二十単位を取る。これを修得した人たちが試験を受けて合格をし、免許をいただけるわけでありまして、初めてこれは国語の教師として専門家と言えると思うわけです。この人が理科を教えるというのはどういうことでしょう。例えば理科の免許を得るためには、「物理学」「物理学実験(コンピュータ活用を含む。)」「化学」「化学実験」「生物学」「生物学実験」「地学」「地学実験」こういう科目を大学で修得した人に初めて理科というものを教えてよろしいという免許を与えているわけでございます。したがって、国語の先生がいかに優秀であっても理科を教える素養はちょっとないと思うのですね。素人だと思うのですよ、これは。素人に許可さえ与えたら教えてよろしいというのは、これは乱暴な話であって、確かに局長がおっしゃるように、三学級の中学校で、いろいろその後ふやして今現状九人だと思うのですね、校長を入れて。中学校では九教科ありますよ。だから、九人がそれぞれ一つずつ全部、ある人は国語、ある人は数学とずっと持っていて、校長さんもその一教科、全然ダブらずに持っていて、そして、その人がそれぞれ教えた場合に、時間数のアンバランスというのは全然考えずに教えた場合に、初めて免許外がないという状況になるのであって、これはそんなに、恒星直列みたいにうまいことやれるということははなから考えられないのが実情だろうと私は思うわけでございます。
 四十年間、長いですね。私は、二十八年の「当分の間」というのは緊急避難でやむを得ないと思うのです。子供の数もどんどんふえてきました。それでなかなかこういうものを抜本的に解決するといういとまがなかったことも理解できるわけですけれども、今子供はこれから減るわけでございます。学校の先生は今後五年間で約六万人、現状よりも少なくてもいい状況になるわけでして、今国会に提出される法案ですけれども、それを、五年間に三万人を、減らさずに重点的に足らざるところへ、また緊急の部分に配置しよう、そういう時期を迎えて、なおこの免許外担任の問題についてはやむを得ないという状況だったら、これは「当分の間」というのは何年続くのか。今までのことはいいとしても、今後これは優先課題ではないか、このように私は思うわけでございますが、大臣、どうでしょうか、これは。
#203
○森山国務大臣 現状そしてその問題点、またやむを得ず今日までこのような状況が続いてきたということについての実情はおわかりいただいていらっしゃると思います。しかし、これもまた先生御指摘のように、これから五年間で教職員の配置を少しゆとりを持たせようということで法案をお願いしているわけでございますから、そのようなことも頭に置きながら、そのほかにもいろいろ需要がございまして、全部そのために使うというわけにはまいりませんけれども、これからできるだけ努力いたしまして、そのような矛盾がなくなりますように努めてまいりたいと思います。
#204
○冬柴委員 ちょっとしつこいかもわかりませんけれども、先ほどの先生、ピアノが弾けるので音楽も教えろということで教えだということですが、音楽の許可をもらう。このごろの子供たちはピアノは物すごくうまいですね。「ソルフェージュ」とか「声楽(合唱を含む。)」それから「器楽(合奏及び伴奏を含む。)」「指揮法」それから「音楽理論、作曲法(編曲法を含む。)及び音楽史(日本の伝統音楽及び民族音楽を含む。)」こういうことを音楽の先生は、正規の先生は勉強をされて、そして所要の修得をされたという試験に合格した人に初めて与えられるわけであって、ピアノが弾けるから音楽を教えろということでは、これは私は義務教育課程における一つの免許制度というものが崩壊しているのじゃないか。もう義務教育課程におけるカリキュラムというものが崩壊していると私は思うわけでございます。大変きつい言葉でございますけれども。
 そして、何よりも教育というものは先生と生徒の信頼関係にあると思うのですね。まずそこから始まると思うのです。専門外のことを教えられる先生というのは大変、三倍の準備時間が要るというふうにここに書いてありますが、三倍で教えられるのかな、それでも全然自信ないと思うのですね。そういう先生が精いっぱい教えても、子供たちというのは非常に敏感ですから、この先生わかっていないなというところを見つけたらもう先生を信用しませんよ。また私は、我々とは格段の差がある専門家だというところに初めて信頼がわき、学問に対する興味づけというものがそこで初めてできると思うのですね。この中学生、小学生というのは、小学生はさておきまして、中学校のこの時代に強烈な先生の個性なり専門知識というものに引かれて、自分はこの学問をやりたい、こういう興味を持ったときに初めて教育というのはそこからスタートするのではないかと私は思うわけでございます。
 文部大臣も局長さんも努力はしているのだけれども、何かギブアップのような感じが聞こえて仕方ないわけですが、しかし、これは解決方法はあるのですね。いただいた資料によりますと、東京都は免許教科外担任の許可申請は一件しかないですよ、この大都会で。そこに非常にこれに対する解決の方向を示唆するところがあると思うのです。東京都に聞いてみました、調べてみましたら、やはり東京は単費ですよ。国から国費をいただかずに教諭にかえて非常勤講師というものを導入をしてやっていらっしゃるからこういうことをしなくてもいい、こういう実態があるようです。
 したがいまして、高等学校の場合は非常勤講師を措置する法の仕組みがあるようですけれども、中学校には義務標準法の中にそういう非常勤講師を中学校に配置するという法制がないと思うのですね。したがって、これを導入してください。そういう改正をぜひ近い将来やっていただきたい。そして義務教育費の国庫負担法も改正しないと、その非常勤講師に対する手当を国費で賄うわけにはいかないと思うわけですから、そのような法律改正が必要ではありますけれども、予備軍はたくさんいらっしゃいますよ。試験は受かったけれども学校に就職できない先生方はいっぱいいらっしゃいます。そういう方々を活用して、全部先生を丸ごとということになると大変だなという感じはしますけれども、必要に応じてそういう非常勤講師というものをここへ導入する。絶対必要だし、それから一人の先生が一教科の免許しか取らないということも考え直せば、二つ三つ取れる人はあるのじゃないでしょうか、複数。そういう人は二人前、三人前の働きをするわけですから、報酬をきちっと上積みしたらどうでしょう。
 そんな方向を考えるのですが、いかがでしょう。
#205
○森山国務大臣 最初に、先ほど私申し上げました答弁の中で、教職員定数の改善を五カ年と申しましたけれども、六年でございますので、訂正させていただきます。
 それから、やむを得ず免許外の教科を教えざるを得なくなった先生方に対する信頼がなくなるのではないかというお話、生徒の方もそういうことで不安を感じるようなことがあってはいけませんし、先生の方も心配でどうも自信を持って教えられないというのでは困りますので、大変残念ながら、やむを得ずそのような立場になっておられる先生につきましては、特別に必要な研修を実施するということで、昭和五十四年度以来、免許外教科担任教員研修に関する補助制度というのを講じているところでございます。しかし、根本的には、御指摘のように、免許外教科担任教員というものが解消されるということが最終の目標でございますので、今先生がお挙げになったようないろいろな方法を検討させていただきまして、これからも努力を続けたいと思います。
#206
○冬柴委員 私は、現状までは文部省を非難、攻撃をできなかった状況があったのかもわからないと思うけれども、今後子供たちが減るわけですから、これは早急に第一番に解決すべき問題である。中学でこういう専門でない先生が教えていると思えば、子供たちはどうするでしょう。もうそれを放棄してしまうか、それじゃ高等学校へ行けないから、大学へ行けないから塾へ行こう。塾へ行ったら専門の先生が専門の科目を教えてくれますよ。だから、そういうのは、もう公立学校を放棄して、そういうところへ走る一つの原因じゃないでしょうか。私は、いろいろな観点からも、この問題は継続して、この委員会におる限り取り上げていきたいと思いますし、研究もしていきたいと思います。関係各局は頑張っていただきたいと思います。
 さて、時間が迫ってまいりましたけれども、現在我が国は急激に長寿社会に向かっている。これに対しては、高齢者福祉対策十カ年戦略、ゴールドプランというものが立てられて、それに対して総額六兆円、十年間で六兆円を投入して、こういうものに万全を図る、そういう政策決定を政府はしていらっしゃるわけでありますが、私は、この長寿社会とともに、少子社会が今急激に進んでいるということを危惧する一人であります。
 平成三年三月の予算委員会で、私はこの問題を取り上げまして、お母さんが子供を産み、そしてお父さんとお母さんがこの子供を育てることが人生において最も喜びの大きい営みである、こういう社会でなければならないんじゃないでしょうか。それを、少なく産んで大事に育てられたんじゃ、これは僕はやはり教育上もいいことはないんじゃないかなという感じがします。そういう意味で、私はそのとき、子育て支援十カ年戦略、こっちはダイヤモンドプランということで、これは十年間で十兆円かけてもいい政策ではないか、こういうことをその予算委員会で申し上げたわけでございます。
 なぜお母さん方が子供を余り産まないのかということについてはいろいろな研究があるようでございまして、その際、教育費が大きくかかる、そのことを考えるとたくさん――私四人産んでしまいましたけれども、今大変ですね。そういうことを考えれば子供を産むことを考えなきゃいけないということにあるようでございます。
 私はそういう観点から、子育てを支援するという意味で、もっともっと日本のお母さんに子供を産んでいただく、そういう意味から教育費の軽減ということ、改善を考えてもらわなければいけないんじゃないか。これは文部省だけでできる話ではありません。しかし、二十一世紀に我が国の活力を維持し、そして世界に指導的な地位を維持するためには、絶対にこれは通らなきゃならない一つの道だと思うわけでございます。
 そこで、きょうは時間もありませんが、幾つかの提案を申し上げたいと思うわけです。
 一つは、日本育英会の政府出資額を増額をして、高校入学、大学入学の初年度に必要とされる入学金等について貸与制度を創設するということはいかがだろう。もちろん、入学金のうち、例えば五十万円を限度に税額控除を行うという減税も今野党は考えているわけですけれども、何しろ子供が入学するというときは大変なお金がかかるわけでございますから、まずその点について、所管の方で結構ですが、どういうお考えなのか、お示しをいただきたいと思います。
#207
○遠山(敦)政府委員 先生御指摘の点でございますけれども、国といたしましては、育英奨学制度によりまして、国家社会に有為な人材の育成、それから教育の機会均等を図ってきているところでございます。年々少しずつ増額をいたしているところでございますけれども、お話のありました教育費にかかわります融資制度につきましては、現在国民金融公庫等によりまして教育ローンが実施されているところでございます。
 日本育英会の事業としても、入学一時金を対象とした貸与制度の創設をしてはどうかということでございますが、この問題に関しましては、今後の育英奨学制度のあり方につきまして今御審議をお願いしております調査研究会においても取り上げられると思っておりまして、目下調査研究中という段階でございます。
#208
○冬柴委員 時間もありませんので、ざっと私の考え方を述べますので、まとめてでも個別でも結構ですが、御答弁いただきたいと思うのです。
 二番目には、国金の話は出ましたが、年金福祉事業団等でも入学金等の教育関連融資制度、こういうものを創設して、父母の教育費の調達に心配がないというようなことをすることはどうだろう。
 それから三番目は、特定扶養控除という制度があります。十六歳から二十三歳未満の子供のいる世帯につきまして十万円の所得税控除を行っているわけですが、これをもう十万円引き上げるということにより、こういう需要にこたえられないか。
 四番目、教育財形型貯蓄、非課税限度額三百万円程度を創設をして、利子を非課税とすることによって、子供が将来大学へ行く、高等学校へ進むというときのための蓄えを、そういう形で奨励してはいかがだろう。
 それから、私学助成金の増額を図る、そういうことによって国公私立学校間の格差を縮小する。私学へ行かざるを得ない子供もたくさんありますし、私学は、まあ私学が悪いと言っているわけじゃありませんけれども、大変お金がかかります。そういうことで、格差を縮小することに努めてもらってはどうだろう、こういうことを考えておるわけでございます。
 また、生涯教育という観点からも、専修学校とか各種学校等々、いろいろあると思うのですが、そういう場合の通学定期の割引率を引き上げるとか、あるいはそれの適用範囲を拡大するというようなことも、交通費はかになりません、考えられてはいかがかということも思うわけであります。
 これは若干観点が違うかもわかりませんけれども、子供を産み育てるということをお母さん方にもっと考えていただくということの一つの対策としてどうかと思いますので、今挙げたたくさんのことについて、まとめてでもどちらでも結構ですが、お答えをいただきたいと思います。
#209
○遠山(敦)政府委員 御指摘の点について、一人で全部答えられるとよろしゅうございますのですけれども、それぞれ担当がございますので、私からは年金福祉事業団にかかわるお話についてお答えさせていただきたいと思います。
 先ほど申しましたように、国民金融公庫におきましては、入学時や在学中にかかります費用を対象といたしまして、平成三年度には十七万九千件、約一千七百七十六億円の貸付実績を既に有しているわけでございます。それで、新たに年金福祉事業団についての制度、教育開運融資制度の創設につきましては、これは他省庁の判断に係る事柄でございますので、文部省としてはコメントを差し控えさせていただきたいと思います。
#210
○岡村政府委員 税金の関係についてお答え申し上げます。
 第一点は、特定扶養控除の引き上げでございます。この特定扶養親族にかかわる扶養控除の割り増し制度というのは、昭和六十三年十二月の税制改正で設けられたところでございますが、文部省では、その後におきます物価上昇あるいは教育費負担の増大等にかんがみまして、平成五年度の税制改正要望におきまして、この特定扶養親族の割り増し控除額等の引き上げ等を含みます本制度の拡充を要望したところでございますが、御案内のように、現下の厳しい財政状況等から実現を見なかったところでございますが、引き続き検討すべき課題というふうに考えております。
 それから、教育型財形貯蓄を創設し、利子を非課税とすべしという御提案でございますが、この財形貯蓄制度というのは私どもの所管の制度でございませんので、なかなかどうこうということは言いがたいわけでございますが、国民の教育資金づくりに対する支援策に関する一つの貴重な提案ということで受けとめさせていただきたいと存じます。
#211
○中林政府委員 私学の学費問題についてお答えを申し上げます。
 例えば、私立大学の学費ですが、初年度の学生納付金につきましては、国立大学と比べまして、振興助成法がスタートした昭和五十一年度は三・一倍でありましたものが平成四年度には一・八倍までに縮まっておりまして、それなりの改善を見ております。これは私学側の自助努力もございますけれども、経常費助成の政策的な成果の一つではないかと考えております。今後も私学助成の推進に努力をいたしたいと思う次第でございます。
#212
○前畑政府委員 専修学校、各種学校に係る通学定期の問題について御質問をいただきましたので、お答えをさせていただきます。
 もう既に先生御案内のところでありますが、いわゆる民鉄の方では、大学、高等学校、中学校を通じて通学定期の割引率を一定に定めておりますが、いわゆるJRと申しますか、北海道ほかの旅客鉄道株式会社におきましては、大学、高等学校、中学校、それぞれの学校種別ごとに割引率を決めております。ところが、専修学校、各種学校につきましては、これが大学と同じ割引率になっておるというところから、例えば中学校卒業者が行きます専修学校については、レベルが高等学校レベルであるにもかかわらず大学と同じ割引率が適用されるがために、若干通学定期の負担が高くなっておる、こういう状況があるわけでございます。かねてから関係団体が運輸省あるいは旅客鉄道会社に要望を提出いたしておりますが、なかなか実現に至っておりません。事柄としては、もとより旅客鉄道会社が運賃改定の申請をし、運輸省がこれを認可をするという仕組みの中で行われるわけでございますけれども、私どもとしても、専修学校、各種学校振興の上から、これに対してぜひ側面から努力をしてまいりたい、このように考えておりますので、先生におかれましても御支援を賜りますようお願いいたします。
#213
○冬柴委員 大体時間が来たようでございます。
 以上、種々お尋ねをいたしましたが、新しい時代に対応した文教政策の積極果敢かつ着実な推進について森山文部大臣の御決意をお伺いして、私の質疑を終わりたいと思います。一言だけ。
#214
○森山国務大臣 大変温かい励ましのお言葉をいただきましてありがとうございました。難しい転換期に差しかかっておりまして、責任重大のことを一層感じておりますが、どうぞ先生の格別のまた御支援を心からお願い申し上げます。ありがとうございました。
#215
○冬柴委員 どうもありがとうございました。
     ――――◇―――――
#216
○渡辺委員長 内閣提出、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律及び公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 趣旨の説明を聴取いたします。森山文部大臣。
    ―――――――――――――
 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数
  の標準に関する法律及び公立高等学校の設
  置、適正配置及び教職員定数の標準等に関す
  る法律の一部を改正する法律案
    〔本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
#217
○森山国務大臣 このたび、政府から提出いたしました公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律及び公立高等学校の設置、適正配置及び教職員定数の標準等に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 今日、我が国は、情報化、国際化等社会の変化が著しく進展しており、このような社会の変化に対応して、これからの教育についても、単に知識や技能を身につけるだけでなく、児童生徒がみずから考え、主体的に判断し行動できる資質や能力を育成することを重視する教育へと質的改善を図ることが必要となっております。このためには、児童生徒の能力・適性、興味・関心等一人一人の個性に応じて指導方法を工夫するなど、教育の個性化を推進することが不可欠であります。
 これまで、小中高等学校等の学級編制及び教職員定数の標準につきましては、昭和三十四年以降数次にわたり、計画的に改善を図ってきたところでありますが、このような社会の変化に対応して、教育の一層の個性化を推進するため、小中学校においては、複数の教員の協力による指導などの新しい指導方法の工夫改善を行うための教職員配置を、また、高等学校においては、すべての学校で四十人学級を実施するとともに多様な教育課程の編成、指導方法の工夫改善を図るための教職員配置を行うこと等を中心として、平成五年度から平成十年度までの六年間で、さらに計画的に改善を図ることとしたものであります。
 次に法律案の内容について御説明いたします。
 まず第一は、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準の改善であります。
 すなわち、公立の小学校及び中学校の複式学級及び特殊学級の学級編制の標準並びに公立の特殊教育諸学校の小学部及び中学部の学級編制の標準の改善を行うことといたしております。
 次に、公立の小学校及び中学校の教職員定数の標準につきましては、複数の教員の協力による指導等指導方法の工夫改善が行われる場合に、政令で定めるところにより教員の数を加算することができることとするとともに、大規模校の教頭の複数配置、生徒指導担当教員等の充実並びに養護教員、学校栄養職員及び事務職員の数につきまして改善を行うことといたしております。
 公立の特殊教育諸学校の小学部及び中学部の教職員定数の標準につきましては、小中学校に準じた改善を行うほか、養護・訓練担当教員及び寮母の数につきまして改善を行うことといたしております。
 第二は、公立高等学校等の学級編制及び教職員定数の標準の改善であります。
 すなわち、公立の高等学校の学級編制の標準につきまして、全日制課程の普通科等における一学級の生徒の数の標準を現行の四十五人から四十人に改善することといたしております。
 また、公立の高等学校の教職員定数の標準につきましては、多様な教育課程の編成、指導方法の工夫改善のための教員の充実、大規模校の教頭の複数配置、生徒指導担当教員の数等を充実するとともに、定時制の課程及び通信制の課程の教員並びに養護教員及び事務職員の数につきまして改善を図ることといたしております。
 次に、公立の特殊教育諸学校の高等部につきましては、学級編制の標準の改善を行うとともに、教職員定数の標準につきまして、大規模校の教頭の複数配置、生徒指導担当教員の配置並びに養護教員及び寮母の数を改善することといたしております。
 第三は、経過措置についてであります。
 この法律案は、平成五年度から施行することとしておりますが、その実施につきましては、改正後のこの法律の標準に漸次近づけることを旨として、必要な経過措置を設けることといたしております。
 以上が、この法律案を提出いたしました理由及び内容の概要であります。
 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
#218
○渡辺委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。
 次回は、来る二十六日金曜日午前九時五十分理事会、午前十時から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時十二分散会
ソース: 国立国会図書館
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