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1993/05/20 第126回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第126回国会 外務委員会 第11号
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1993/05/20 第126回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第126回国会 外務委員会 第11号

#1
第126回国会 外務委員会 第11号
平成五年五月二十日(木曜日)
    午後三時三十一分開議
出席委員
  委員長 伊藤 公介君
   理事 小里 貞利君 理事 狩野  勝君
   理事 古賀 一成君 理事 鈴木 宗男君
   理事 長勢 甚遠君 理事 上原 康助君
   理事 土井たか子君 理事 東  祥三君
      細田 博之君    宮里 松正君
      秋葉 忠利君    井上 一成君
      川島  實君    高沢 寅男君
      藤田 高敏君    古堅 実吉君
      和田 一仁君
 出席国務大臣
        外 務 大 臣 武藤 嘉文君
 出席政府委員
        内閣法制局第三
        部長      野田 哲也君
        外務大臣官房外
        務参事官    小池 寛治君
        外務省経済協力
        局長      川上 隆朗君
        外務省国際連合
        局長      澁谷 治彦君
 委員外の出席者
        法務大臣官房秘
        書課長     但木 敬一君
        法務省民事局参
        事官      岡光 民雄君
        法務省人権擁護
        局人権擁護管理
        官       山田  紘君
        外務大臣官房審
        議官      小西 正樹君
        文部省初等中等
        教育局高等学校
        課長      富岡 賢治君
        厚生省児童家庭
        局企画課長   宮島  彰君
        自治大臣官房企
        画官      白崎 徹也君
        外務委員会調査
        室長     黒河内 久美君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 児童の権利に関する条約の締結について承認を
 求めるの件(第百二十三回国会条約第九号)
     ――――◇―――――
#2
○伊藤委員長 これより会議を開きます。
 児童の権利に関する条約の締結について承認を求めるの件を議題といたします。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。東祥三君。
#3
○東(祥)委員 光栄ある一番バッターで本日はやらさせていただきます。
 子どもの権利条約、訳出に従って児童の権利条約というふうに使わさせていただきますが、これは私が、今懸案になっております訳出の問題で、児童の方がいい、そういう価値前提を申し上げていることではありませんので、その点は控えてちゃんと聞いていただきたい、このように思います。
 昨日は、参考人の方々から、国内的また国際的な面からの大変貴重な御意見を賜りました。しかしながら、この児童の権利条約についての受け取り方は各国それぞれ違うだろうということに関しては、波多野参考人の方から、財政状況が違う、あるいはまた各国の事情が異なる、こういうお話もありました。そういう意味で、私どもはこの条約の求める理想を目指して全力で進んでいかなければならないのであろう、このように深く思っております。憲法で言うところの条約遵守義務の趣旨にのっとって、私たちはその首尾貫徹した姿勢を貫いていかなければならないんではないのか、このように思います。このようなことを踏まえた上で、幾つか質問させていただきます。
 まず第一点についてでございますが、児童の権利条約を世界並びに日本の人権史上どのような位置づけととらえられるのか、この点についてぜひ御答弁願いたいというふうに思います。
 この条約は、子供の権利に国際法の力を与えて、条約締結国に対して子供の権利を法的に保障することを義務づけたものであると私は考えております。そういう意味で、この条約の人権史上における位置づけについて、政府はどのようにお考えになるのか。また、提案理由には、我が国の条約締結は「国際社会における児童の人権の尊重の一層の普遍化に貢献する」とありますが、我が国がこの条約を批准することの国際的、国内的な意義についてどう認識しているのか、この点についてまず初めにお伺いしたいと思います。
#4
○小西説明員 お答えいたします。
 まず第一に、この児童の権利条約を世界並びに日本の人権史上どのような位置づけとしてとらえるかという御質問でございますけれども、この点に関しまして、人権の尊重ということにつきましては、国際連合が最も大きな関心を払っている分野の一つでございまして、国連は、一九四八年に世界人権宣言、一九六六年には経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約、及び、市民的及び政治的権利に関する国際規約、こういった多くの人権関係の条約を作成してきております。
 この児童の権利条約は、国連のこのような取り組みの一環といたしまして、特に児童の人権に焦点を当てまして、十年間にわたる検討の末に、ようやく一九八九年に国連総会で採択されたものでございます。この条約は、既に百三十四カ国が締結しております。このような短期間でこれだけの国が締結しているということは、極めて注目すべきことでございますけれども、この条約の内容といたしまして、特定の国の文化や社会体制あるいは法制度に偏ることなく、すべての国が受け入れ可能な普遍性を持った条約ということで、私どもは、この条約が非常に大切な条約であるというふうに考えております。
 また、この条約は、我が国が締約国となっておりますさきに触れました二つの人権規約、これにおいて定められております権利を児童について非常に広範に規定しております。それで、児童の人権の尊重及び確保の観点から必要となる詳細かつ具体的な事項を規定したものであって、その目的とするところは、基本的人権の尊重の理念に基づいております我が国の日本国憲法、これとも軌を一にするものであるというふうに考えております。したがいまして、我が国にとりまして本件条約を締結するということは、このような我が国の人権尊重への取り組みの一層の強化、それに人権尊重についての国際協力の一層の推進の見地から、非常に有意義であるというふうに考えておる次第でございます。
 先生お尋ねの第二の質問でございますが、この条約を批准することの国際的、国内的意義はどういうことかという御質問でございます。
 この条約は、我が国が締約国となっている今述べました人権規約に定められております権利を児童について規定しておるわけでございまして、日本国憲法とも軌を一にするという意味で、この児童の権利条約というものが非常に児童に着目した条約という意味で、非常に重要な条約であるというふうに我が国は考えております。この条約を締結することは、児童に対する人権の保護に関する我が国の姿勢を内外に示すものとして極めて望ましいというふうに考えております。また、国際的
に見ましても、この条約の締結が「国際社会における児童の人権の尊重の一層の普遍化に貢献する」という意味から見ても、非常に有意義なことであるというふうに考えております。
#5
○東(祥)委員 第二番目の我が国が本条約を批准することの国際的、国内的な意義については、ぜひ大臣にも一言その批准の意義について御答弁いただきたいというふうに思います。
#6
○武藤国務大臣 この条約の前文にもうたわれているとおりでありますが、児童を含む「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和の基礎を成すもの」と考えております。このような条約の精神を踏まえて、児童の保護の促進に向けて、国際協力に向けて努力するというのは当然のことだというふうに考えております。
#7
○東(祥)委員 次に、本条約に向けて相当な時間が費やされてしまったのではないのか、このように思っております。その理由についてお伺いしたいと思います。
 この児童の権利条約が採択されたのは一九八九年十一月二十日であります。約三年半以上、約四年近くかかっている。我が国は一九九〇年九月二十日に署名しております。我が国においては、子供たちの権利は十分に確保されている、あるいはまた子供は大事に保護されているということが言われておりますが、その日本がこの条約の批准にこれほどまでの時間を要し、またサミット先進国の中でも、米国を除いて最もおくれたわけでございます。
 もちろん、この数年間における内外の激動の状況というのは本当に激しいものがあります。湾岸問題、PKOあるいはまた政治革命の問題等、そういう山積し、かつ重要な問題によってこの条約がなかなか今日の事態を迎えなかったわけですが、このおくれた理由について政府側から説明していただきたいと思います。
#8
○小西説明員 先生御指摘のとおり、この条約につきまして、我が国はいわゆる子供のサミット、一九九〇年九月でございますけれども、ニューヨークにおいて署名をしたわけでございます。その後、政府部内で鋭意検討をいたしました。何分この条約は、経済的、文化的、社会的、いわゆる基本的人権、こういった分野について詳細かつ広範に規定しておって、国内においても関係する条約が非常に多うございます。先ほど申し上げましたように、日本国憲法とも軌を一にしておるし、かつ、我が国が締約済みの国際人権規約にも同じ趣旨の規定が多うございます。
 日本といたしましては、新たな条約を締結するに当たっては、国内法との整合性、果たして国内法上この条約を担保し得るかどうかということにつきまして慎重に関係省庁と検討したわけでございます。関係する法律、国内法等が非常に多うございまして、そういう意味におきましてこの検討を鋭意進めてきたわけでございますけれども、私どもの方で、憲法を初めとする現在の国内法制でこの条約が既に国内的には担保されているという結論に達しましたので、昨年の三月十三日に国会にお出しいたしまして、国会の御審議をお願いした次第でございます。私どもといたしましては、この国会で御承認を得て、できる限り早期に批准したいというふうに考えております。
#9
○東(祥)委員 次に、条約批准によって受ける十八歳あるいは十九歳の者の権利関係の影響について質問させていただきます。
 本条約によりますと、その対象は十八歳未満の者となっております。我が国においては、民法あるいは少年法など、現行法律では二十歳未満の者を保護の対象にしている法律もあります。したがって、本条約を批准することによって、十八歳あるいは十九歳の者の権利確保あるいは保護規定などの関係についてはどのような影響を受けるのか、この点について御説明願いたいと思います。
#10
○小西説明員 この条約の第一条におきまして、先生御指摘のとおり、「この条約の適用上、児童とは、十八歳未満のすべての者をいう。」という定義規定が置かれておるわけでございます。この条約は、「この条約の適用上、」と断ってございますけれども、適用上、十八歳未満のすべての者を児童ということで定義しておるわけでございまして、この条約の締約国において、国内法上一般的に十八歳を成年としなさいということを求めているものではございません。あくまでもこの条約の適用対象となる者の年齢の上限を十八歳未満とするという趣旨でございます。
 したがって、この条約の批准によって、十九歳、二十歳、こういった者の既存の権利関係に変更が生じることはないと私どもは考えております。
#11
○東(祥)委員 次に、本条約にかかわる国内法検討についての取り組みをもうちょっと具体的に質問させていただきます。
 政府から出された資料では、条約実施の際の新たな国内立法措置は必要ないとのことですが、人権、特に子供の権利を取り巻く状況は必然的に変化していくものである、このように推察いたします。社会が変わっていく、時代状況が変化していく、当然私たち大人の世界も変貌していっているわけですから、したがって、当然子供を取り囲む諸環境も変わっていかざるを得ないだろう、このような認識に立ちます。そうしますと、将来の必要性に基づいて国内法を検討していくという姿勢が政府にあってもいいのではないのか、このように思うわけでございますが、この点についていかがですか。
#12
○小西説明員 この条約の締結につきましては、先ほど触れましたとおり、政府部内で、関係省庁にもお願いいたしまして鋭意検討を重ねてきたわけでございます。その目的とするところは日本国憲法とも軌を一にし、かつ、我が国が既に締約国となっておる人権規約に規定されている内容とも同一のものが多いということで、検討しました結果、現行の国内法令の改正または新たな国内立法措置を必要としないという結論に至ったわけでございます。
 ただ、先生御指摘のとおり、社会環境あるいは時代が移り変わっているということは事実でございまして、それに伴い子供を取り巻く環境も変わってきているという事実は当然ございます。したがいまして、私どもは、児童の人権擁護については、法制度の面だけではなくて、先生今御指摘になられましたようなこういった環境の変化、社会の移り変わりといったものを考慮に入れながら、意識面、実態面で不断の努力によりまして、一層の人権擁護、人権の保護についての確保を図ることが必要かつ重要であると考えております。政府としては、この条約の実施に伴う施策について、引き続き関係の省庁と緊密に連絡して、実施に遺漏なきを期したいと考えております。
#13
○東(祥)委員 将来の必要性に基づいて国内法を検討していくという姿勢は政府側にある、こういう答弁であるというふうに承ります。
 この児童の権利に関する条約は極めて多岐にわたって人権を規定しております。また、子供たちの権利に関連する関係省庁も極めて多岐にわたっている。家族の問題、教育の問題、都市政策あるいは物価政策、福祉政策、環境問題あるいはまた刑事、司法といった領域までまたがっている。条約の第三条によりますと、児童に関するすべての措置をとるに当たっては、児童の最善の利益が考慮されると述べられております。
 これを踏まえた上で、児童に関する国内法は我が国において一体どれだけあるのか、また、この条約に関連する国内法はどのようなものがあるのか、この点について指し示していただきたいと思います。
#14
○小西説明員 児童に関する国内法はどういうものがあるかという御質問でございますけれども、例えば教育基本法、児童福祉法、それから少年法、こういった法律が考えられますが、その内容等につきましては、教育分野、児童福祉分野、少年司法分野等、分野ごとに担当の関係省庁の方々からお答えしていただくことが適当なのではないかと考えております。
#15
○東(祥)委員 全体で何本あるかというのは指し示すことはできませんか。これはだれかが統括していなければならない問題だというふうに思うのですが。
#16
○小西説明員 今私が例示的に申し上げた法律のほか、関係する法律は非常に多数ございまして、どういった局面で児童に関係してくるかというのはケース・バイ・ケースで、それこそいろいろな法律が関係してくるわけでございまして、一概にこれだけの数というふうに申し上げるのは非常に困難ではないかと思いますので、ケース・バイ・ケースでこういう問題についてはこういう法律が該当するというようなお答えになってくるかと思います。
#17
○東(祥)委員 法律というのは決まっているわけですよね。したがって、当然当該関係する問題が幾つかの法律にかかわっていくというのは十分理解するわけでございますが、児童に関する法律というふうに言った場合何本あるかというのは、それは調べればわかることじゃないのかというふうに私は思うのですけれども、この理解の仕方は間違っているのですか。
#18
○小西説明員 単純に児童と名前のつく法律、国内法令というような意味で考えれば確かに数は具体的に決まってくるでしょうけれども、例えば憲法にも「児童は、これを酷使してはならない。」というふうに規定がございますし、いろいろなところで、関係の法律でその分野ごとに応じて関係の規定がございます。また、児童というか子供というか、そういうことを特定しないで一般的に国民という形での規定もあろうかと思います。したがいまして、いろいろな分野に応じて具体的な検討を加えないと、どの部分が児童に関係し、どの部分がそうでないかという特定する作業というのは非常に難しいのではないかと思います。いずれにいたしましても、非常に多数の国内法令が関係しておるということは確かでございます。
#19
○東(祥)委員 じゃ、質問を変えて言いますと、省庁別に聞かせていただきたいと思いますけれども、ちなみに外務省としては、児童に関する国内法は幾つありますか。
#20
○小西説明員 私どもが外務省として所管している法律という意味では、私はないのではないかというふうに承知しております。
#21
○東(祥)委員 そうすると、この子どもの権利条約はどうなるのですか。所管はどこになるのですか。
#22
○小西説明員 ただいまは法律ということでお答え申し上げましたけれども、条約という意味では、当然のことながらこの条約を所管しております。
#23
○東(祥)委員 じゃ、条約に関しては、児童に関する条約というのは、外務省の所管で幾つありますか。
#24
○小西説明員 ちょっとただいまの時点で全部の資料を持ち合わせておりませんので例示的に申し上げさせていただきますけれども、先ほど来触れております国際人権規約、これは当然児童にも規定がございます。それから、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約、難民の地位に関する条約、難民の地位に関する議定書、こういった条約においては児童に関する規定も含まれておるわけでございます。
#25
○東(祥)委員 それでは、文部省、厚生省、法務省、きょう来ていただいておりますけれども、我が国における児童に関する国内法、所管されているものに関してのみで結構でございますが、幾つあって、内容はどういうものなのかについて説明していただきたいと思います。
#26
○但木説明員 先生の御質問は大変難しい御質問でございまして、例えば戸籍法あるいは民法というような法律がございますが、これは別に児童という言葉を使って表現しているわけではございません。しかし、例えば人の権利というのは出生をもって始まる、これは児童にももちろん関係し、かつ普通人と全く平等であるという趣旨を定めているものでございます。また、戸籍法における取り扱い、あるいは私どもでいいますと入管法とか少年法とか、これらの法律はいずれも児童を直接の客体あるいは主体として書いたものはないのでございますけれども、しかし、これらはいずれも児童に深く関係している法律でございます。
 ちなみに、私どもの法律で児童という文言が出てまいります法律と申しますと、少年法、少年院法、婦人補導院法あるいは売春防止法、住民基本台帳法等ございますけれども、これらはいずれも、児童福祉法であるとか他の法律の名前として児童という言葉が入っているものでございます。あるいは児童相談所というようなものでございまして、いわゆる児童というのを主体あるいは客体として規定している法律は法務省の所管法律にはございません。しかし、児童の権利を擁護する法律は幾つあるかといえば、法務省の法律はほとんどそれと深いかかわりがある、こういうことになると思います。
#27
○富岡説明員 文部省所管の法律は多数ございまして、教育、学術、文化、それぞれを扱うものでございますが、かなりの部分が児童にかかわるものであると言えるわけでございます。
 参考までに申し上げますと、例えば学校教育関係でございますと、学校に在籍します幼児、児童、生徒、学生の教育について規定いたします学校教育法の体系、それから教育財政、行財政の法体系というのは、これは約四十本ほどございます。
 それから、学校教育を除きまして、社会教育関係でございますが、青少年等に対して行われます教育活動に何らかの形で規定する社会教育法の体系が大体六本。
 それから、運動競技、スポーツ等を含みます体育保健活動に関しましての法体系でいきますと、八本。
 それから、学術、国際関係の文化活動というようなことの法体系で約十本というようなことになっております。
#28
○宮島説明員 厚生省所管の児童に関連します法律についてお答えいたします。
 まず、児童の福祉関係につきましては児童福祉法、これは児童を健全に育成する義務及び児童の権利を初め諸施策を定めている法律でございますが、児童福祉法がございます。それから、母性及び乳幼児の健康の保持増進を図るための母子保健法、それから、児童を扶養する家庭に対して諸手当を支給します児童手当法、児童扶養手当法等児童福祉関係で七本ございます。
 それから、社会福祉関係では、社会福祉事業法あるいは生活保護法等の関係で五本の法律が関係すると思います。
 それから、医療あるいは公衆衛生関係につきましては、いわゆる予防接種等の結核予防法等を初め保健所法等を見ますと、大体五本の法律が関係するかと思います。
 それから、社会保険関係、健康保険法なり国民年金法、いわゆる医療保険、年金関係でございますが、子供の加算等がこれに出てくるわけでありますけれども、その関係が六本ございます。
 それからあと、その他といたしまして、麻薬取締法等も若干関連してきますので、全部合わせますと大体二十四本ぐらいになるのではないかと思います。
#29
○東(祥)委員 ありがとうございます。
 児童に関する国内法が多岐にわたっている、さらにまた多くの省庁間にもまたがっている、そして本条約に関連する省庁もいろいろなところにまたがっている、そういう意味においては本条約の趣旨を関連機関また関連省庁に周知徹底しなければならないのだろう、このように思うわけでございますが、まず外務省、そしてまた文部省、厚生省、法務省、この点についての姿勢、本条約の趣旨を関連機関に周知徹底すべきではないのかと私は思うのですが、この点についてどのように取り組まれようとするのか、その決意を表明していただきたいと思うのです。本来、大臣に言うところだったのですけれども、大臣いないので代弁していただきたいと思うので、よろしくお願いいたします。
#30
○伊藤委員長 質疑の時間が来ておりますので、簡潔に答弁してください。
 小西審議官。
#31
○小西説明員 今、先生が御指摘になった点は非常に大切な点で、私どもこの条約の趣旨を広く、子供を含めましてわかりやすい形で広報に努力していきたいというふうに思っております。その際、もちろん関係各省と緊密に協議をしたいと思っております。
#32
○富岡説明員 文部省といたしましても、条約締結後、学校関係者への通知の発出あるいは広報室等による広報など、外務省とも連携いたしまして積極的に条約の趣旨、内容等につきまして学校関係者等に周知していく所存でございます。
#33
○宮島説明員 厚生省におきましては、平成二年にパンフレットをつくりまして各都道府県、指定都市に配付しておりますし、厚生白書におきましても九一年、九二年に取り上げております。それから、児童関係の団体の機関誌にも特集号等も掲載しておりますし、全国の児童福祉関係の会議においてその概要を、趣旨を説明しておるところでございます。引き続き今後とも、広報、周知徹底を図ってまいりたいというふうに考えます。
#34
○東(祥)委員 時間が来ましたのでこれで終わりますが、残りの問題については、明日また一時間やらさせていただくことになっておりますので、そのときに質問させていただきたいと思います。ありがとうございました。
#35
○伊藤委員長 和田一仁君。
#36
○和田(一)委員 きのうは、この児童の権利に関する条約審議に当たりまして四人の参考人の方から大変有意義な意見の開陳をいただきました。世界には現に非常にさまざまな環境の中に子供たちが置かれているということが前提でございまして、この条約がうたいとげている基本的な人権を初めとしていろいろな権利、こういうものはきちっと保障していかなければいけないのですが、それに至る前の、子供の生存権すら侵されているような環境の中に置かれている子供もある、一方ではこういう悲惨な状態もあるわけでございます。
 子供は我々と比べて非常に幼く、弱く、小さい存在であるということは当然であります。と同時に、私は、未来に対する非常に大きな未知数、可能性を持っている存在であり、常に次世代を任せていく大切な世代間の輪の一つである、チェーンの一環である、こういうふうに思うのでございまして、当然そういった次世代を託する子供たちに対する権利というものはどこの国においてもきちっと守っていかなければいけないものだ、こう思います。
 そういった世界の現状の中で、生存の権利すら侵されているような環境から比べますと、まず我が国の児童の現状は恵まれているな、こういう思いは持つわけでございます。しかし、逆に、そういう厳しい環境にいる子供と比べて日本の子供は何の悩みも問題もないのかといえば、経済的にこれだけ大きな力を持った日本の社会、社会的にも整備されている、こういう環境の中にあって、恵まれているとはいいながら、日本の児童の置かれている環境というものは悩み多いものもあるのではないか、こういうふうに思います。
 日本の社会が立身出世型の社会であり、そのためには学歴尊重型の社会であり、そのために子供たちはそういう社会の中で立身出世していくための非常に激しい進学レースというものに追いまくられている。同時に、非常に都市化現象は激しくなり、過密都市がふえている、核家族がふえる、そのために多数の家族の同居世帯というものは少なくなっている、兄弟も非常に少ない、中にはもう一人っ子であるという、同じ世代間の兄弟同士の切磋琢磨というようなものも経験する機会が少ない。子供が個室に入ったきりで出てこない。情報メディアが進んで、テレビだけ見ていれば退屈はしない、テレビゲームに打ち込んでしまう、家族としての対話は少ない。こういうのは、恵まれた社会の中にあっての日本の児童の置かれている環境からいうと、本来、児童の置かれている環境からいえば、健全なものかどうかは非常に問題があると私は思うのですね。
 そういうことを考えながら、やはりきちっとしていくものはしていかなければいけない。児童の人権を尊重して、我々の社会はそれをきちっと保護していかなければならないのは当然でございます。そして、そのために何もしていないのではないかといえば、そうではなくて、現在もそのためにいろいろな施設や考え方や組織があると思うのですけれども、必ずしもこの対象になっている児童の求めているところにそれが、そういった施設が合致しているとは限らないのではないか。本当に子供たちのためになっているかどうか、その判定というのは、我々が判定するよりは、本来は対象である児童の判定、我々のためになっているという判定が果たしてあるかどうか、難しいと思うのですね。今、子供たちがこういった環境の中にあって、気安く自分らの意見を言ったり、あるいは苦情を述べたり、悩みを聞いてもらうというような場ができて、その意見が反映されるようになることがさらに大切ではないか、こう思うのであります。
 そこで、まずお聞きしたいのは、現在の我が国においての児童のこういった人権擁護を救済する行政機関、あるいは福祉、教育においてそういったものをくみ上げていける組織、そういうものがあると思いますが、あったらそれをお示しいただき、実際どういうことを行っているかをお尋ねしたいと思います。これを提案された外務省はどんなふうに把握しているか、まずお聞きしたいと思います。
#37
○小西説明員 お答えいたします。
 御質問の点につきましては関係省庁からお答えすることが適当と考えられる部分がございますけれども、御質問に関係しておる機関といたしましては、児童相談所や法務省の人権擁護局、こういったものがあるというふうに考えております。
 一般的に申し上げれば、児童相談所におきましては児童に関する各種の問題について家庭その他からの相談等に応じているほか、法務省の人権擁護局におきましては、児童の人権に限るわけではございませんが、人権擁護の観点からの啓発活動や人権侵犯事件の調査及び処理などを行っているというふうに承知しております。
#38
○和田(一)委員 今、人権擁護局、法務省関係とかあるいは児童相談所、こういうふうにお挙げになりました。
 では、それについて各省にお聞きしたいのですけれども、法務省の法務局に現にある人権擁護部とか課とか、そういうところがこの児童の人権について実際にごく具体的にどういうケースでかかわっているか。何か問題があって親が一緒に連れてきたものに対する処理をしているのか、あるいは学校の先生の方からのそういう依頼によるのか、子供自身が一人で来て実は、というようなケースがあるかどうか。私は何もやってないとは思っていませんが、本当の意味での児童の悩みや苦しみや訴えを吸い上げていけるような機関としての働きがあるかどうかをお聞きしたい、こういうことで御質問します。
#39
○山田説明員 お答え申し上げます。
 法務省の人権擁護機関は、従来から子供の人権擁護に取り組んできておるところでございますが、その活動の一環といたしまして、子供や保護者からの人権相談に応じているところでございます。特に昭和六十年度以来、児童の人権問題の代表的なものでございますいじめそれから体罰それから不登校児の問題、こういった問題につきまして積極的に取り組んでおります。
 その方策といたしまして、全国の法務局、地方法務局及びその支局における人権相談窓口におきまして、子供や保護者からのいじめとか体罰それから不登校児の相談に応じておりますほか、いじめ電話相談やいじめ問題だけを扱います特設相談所を開設するなどいたしまして、気軽に相談できる体制をとっているところでございます。
 今後とも児童の人権擁護に積極的に取り組んでまいりたい、かように考えておるところでござい
ます。
#40
○和田(一)委員 それでは厚生省、児童相談所の今やっているそういう機能についてできるだけ具体的に簡単にひとつお願いします。
#41
○宮島説明員 児童福祉に関します主な相談機関には、児童相談所が中心でございますが、そのほか福祉事務所の家庭児童相談室なりあるいは児童委員というものがございます。
 このうちの児童相談所につきましては、具体的なそういうケースの処理の流れを簡単に申し上げますと、そういう児童虐待等のケースが発生しますと、保護者等からの相談という形と、それから法律上そういうケースを発見した者は通告義務が課せられておりますので、そういう形でまず児童相談所にケースが持ち込まれるわけであります。
 児童相談所におきまして、必要な調査それから専門家チームによります判定、必要があれば一時保護という形の処理を行いまして、最終的には次のような四つの措置を行います。
 一つは、軽度のものにつきましては訓戒なり誓約という形でございます。それから二番目には、児童福祉司あるいは児童委員、社会福祉士等による指導という形がございます。それから三番目には、養護施設等への入所、施設に入所させるという措置がございます。それから四番目につきましては、家庭裁判所で取り扱うことが適当なものについては家庭裁判所へ送致という形を行っております。それから、そのケースの措置につきまして、親権者なり後見人の意に反する場合につきましては、家庭裁判所の承認を得てそういった措置もとれるという形になっておるところでございます。
#42
○和田(一)委員 このほかにも、恐らく家裁やらいろいろ子供のための機関や組織というものはあると思うのですけれども、今お話を聞いてみても、いずれも、法務省は気軽に相談に乗れるような体制も一生懸命やっている、こういうお話でしたが、やはりそこには利害関係を伴う人が同時に出頭して両方の意見を聞くというような形で、なかなか子供だけの主張、意見、苦情というものを処理するというものとはちょっと違うと思うのですね。この権利を守る制度として、日本に今いろいろなそういうものがございますけれども、これをきちっとして実効あらしめていくためには、利害関係者を外したところの第三者機関、人権オンブズマン制度、こういうものがよその国にはあって、大変よく機能しているというふうにも私は聞いております。
 そこで私は、この権利条約をやっていくからには、現行の制度だけで十分だなと思っておられるか、あるいは、なるほどそういった先例のある諸外国の例も参考にしてこの人権オンブズマン制度、こういうものを取り入れるということを考えてもいいというふうに外務省当局はお考えになっているかどうか、そういうものは全く必要ないと思って、今までのものに任せた方がいいとか、あるいは、そういうものもあればなお結構なので各省庁に働きかけていきたいとか、いわゆるオンブズマン制度なるものを検討していこうというお考えがあるかどうか、これをぜひお聞かせいただきまして、終わりたいと思います。
#43
○小西説明員 先生御指摘のとおり、外国の中には例えばベルギーのように、国情に照らしましていろいろな制度、特にオンブズマン制度を導入している国があることは承知しておりますけれども、日本の政府といたしましては、関係行政府間の連絡協議を緊密に行うことによって、この条約の国内履行状況をチェックしてフォローアップしていくことができるのではないかというふうに考えております。
 この条約の中にも児童の権利に関する委員会という組織が設けられておりますけれども、そういうものとの関連で、日本において関係省庁間で十分に緊密に連絡協議をいたしまして、この条約の実施に当たっていきたいというふうに考えております。
#44
○和田(一)委員 終わります。
#45
○伊藤委員長 秋葉忠利君。
#46
○秋葉委員 社会党の秋葉でございます。
 子どもの権利条約について、主に三つのテーマに絞って質問をさせていただきたいと思います。先週来幾つか重要な点が審議されましたけれども、そのフォローアップということに関連して二つ、それからもう一つは、これまではそれほど焦点が絞られなかった問題について御意見を伺いたいと思います。
 まず、冒頭に伺いたいのです。
 この子どもの権利条約の正文は、私が見ておりますのは英語の文ですけれども、国連で採択をされたということで、国連の公式言語、それが正文であろうかと思いますけれども、その審議の便宜のために日本語訳がつけられているというふうに解釈することが可能かもしれませんが、国内的には、この条約の効力を発効するという意味では、日本語に訳された文章が、実は非常に大きな力を発揮するということがございますので、これも正文と同じふうに扱うことが適切だと私は思っております。
 その意味で、そうなりますと、当然、正文である英語とそれから日本語との間のギャップといいますか、これは同じ日本語でも、全く同じような内容を持ったものでも書く人によって微妙に表現が違ってくるということがありますので、翻訳とはいいましても、例えば、英語ではこういう仕事をすることをインタープリテーションというふうに申します。インタープリテーショソというのは、直訳をいたしますと、これは解釈ということですね。ですから、これは日本語による解釈が与えられたというふうに私は考えているわけですが、解釈をする上で一番大事なのはやはり正確さ、それ以外にもいろいろな条件がありますけれども、正確さということがまず満たされなくてはならない条件だというふうに思います。
 その点に関して、まず外務省、それから大臣にも伺いたいのですが、質問をする前に、実は、閣議でも「婦人」を「女性」にかえるなどという新しい動きが起こっておりますので、外務省としても当然、諸般の事情を考えて、時代の先取りを常にする外務省、時代の先端を歩く外務省としては、幾つか訳に関してあるいはインタープリテーションに関して今訂正をしておきたいというようなところが事によったらおありではないかと思うのですが、何点かありましたら、ぜひこの時点で御指摘いただきたいと思います。そうすれば、私の質問二つ、三つは時間が節約できますので、ほかの質問に移れますので、まず最初にその点をぜひお願いいたします。
#47
○小西説明員 お答えいたします。
 訳文についての御質問でございますが、私ども訳文を作成するに当たりましては、その条約においてその用語が用いられた意味、他の条約においてそういった用語をこれまでどういうふうに訳してきているか、それとの整合性、国内法令における関係の用語との整合性、こういった点を総合的に検討いたしまして、その担当の分野の関係省庁とも協議をいたしまして、法制局の審査を経て確定していくという作業を行っております。
 この児童の権利条約についても、そのような手続を経て訳文を確定したものでございまして、私どもとしては最善を尽くしたというふうに考えております。
#48
○秋葉委員 たくさん聞きたいことがあるので、できるだけ答えは短くお願いしたいと思います。
 今、長く答えられましたけれども、質問には答えられてない。最善を尽くしたかどうか聞いたんじゃなくて、訂正する点があるかどうかを聞いたんです。訂正する必要はない、すなわち、今の訳文で誤りはない、誤りという点からは全然問題がないというふうにお考えですね。外務大臣、いかがでしょうか。
#49
○武藤国務大臣 私の承知しておるのでは、国連の人権規約で、やはりチャイルドを日本は児童と、こう訳しているわけでございます。これは間違いないと思うのです。
 それから、国内法との整合性からまいりますと、私は、いつも同じことを申し上げて恐縮でご
ざいますが、この条約がたまたま十八歳未満、そして国内法で児童福祉法とか児童手当法はこれまた十八歳未満、そういうようなことから考えれば、整合性としては児童の方が合っているのではないか。子供というのが法律上使われているのは、国民の祝日の法律のこどもの日だけではないかというふうに私は承知をいたしておりますので、児童が適切だ、こう考えておるわけであります。
#50
○秋葉委員 今の大臣のお答えは、この五分先ぐらいに私が質問しようと思っていたことをお答えいただきましたので。
 今のことはチャイルドだけですけれども、この条約、もっとたくさん条文があるわけですから、すべてに関して訂正の必要はないというふうに外務省としてはお考えになっているわけですね。イエスかノーかでお答えください。
#51
○小西説明員 私どもは訂正の必要はないというふうに考えております。
#52
○秋葉委員 万一誤りがあったらどうなさいますか。
#53
○小西説明員 仮定の質問でございますので、私どもとしては、最善を尽くして、訂正の必要がないというふうに現時点で考えております。
#54
○秋葉委員 実は、誤っているところがあります。仮定の質問ではありません。その誤りを認めるかどうか。その誤りを認めるに当たっての基準を示してください。どういうことをきちんと示せば誤りだというふうに、そちらで内心では思っていても、内心では言いたくなくても、これは誤りだというふうに認めてもらえるものなのかどうなのか、こちらがどんなことを言っても絶対に自分たちの言い分だけは認めないという態度なのかどうか、そこをまずお聞きしたい。
#55
○小西説明員 先生の御質問の趣旨は、必ずしもよく理解できたかどうかは自信がありませんが、私どもとしては、正文で表現されている趣旨をできる限り正確に日本語に移すように努力したつもりでございますので、先生の具体的なお考えになっておられることがどういう点に関してかということがわかりませんので、具体的に申し上げるわけにもいきませんが、私どもとしてはベストを尽くしたというふうに考えております。
#56
○秋葉委員 法制局に伺いたいのですが、先日からの質問の中で、訳文の内容については国会での審議の対象にならない、簡単に言うとそういう解釈があるということを伺っています。今の外務省の態度はその反映だと思われますけれども、法制局としては本当にそういうふうに考えておられるのでしょうか。
#57
○野田政府委員 お答えいたします。
 政府として国会にお諮りしておりますのは、本件条約を締結することの可否でございまして、日本語訳につきましては、国会がこの条約の締結を承認するか否か御判断いただくための審議を行う際に、その内容を理解しやすい形で示す資料として提出しているものでございます。
 したがいまして、国会におきましては、本件条約につきましてその訳文を含めて御議論をいただいた上で、本件条約を締結することの可否につき御判断をいただくものと考えておりますけれども、この御判断をいただくに当たりまして、その訳文を変更するということはできないものと考えております。
#58
○秋葉委員 訳が間違っていても訂正することは不可能で、その誤りを認めた上で、誤りを容認するということも含んで、要するにイエスあるいはノーという態度を示さなくちゃいけないということですね。誤りがあっても今の答弁は変わらないということですね。これもイエスかノーかで簡単に答えてください。
#59
○野田政府委員 私ども、ただいま御提案申し上げている条約について誤りはないと思っております。
#60
○秋葉委員 今のは全然答弁になってない。一般論として、そういう原則があって当然でしょう。それともあれですか、日本政府は絶対に誤りを犯さないという原則がどこかであるのですか。そんな原則があるんだったら証明してください、法制局。
#61
○野田政府委員 国会にお諮りしておりますのは、条約を締結いただくかどうかということでございます。
#62
○秋葉委員 今ここで審議をしているのは、条約を批准するかどうかという話です。国会は批准権を持っている。ですから、締結するかどうかという話ではないと思います。法制局の答えとして、しかも今かなり技術的なお答えをなさった、その法制局がそういう誤りを犯すというのは、これはやはり政府も誤りを犯すわけじゃないですか。しかも、翻訳においても大きな誤りがあった場合には、私はいいですよ、たまたま英語と日本語、両方わかりますから。しかしながら、この条約をもとにして法の執行を行う人は、その日本語を見て判断をするわけじゃないですか。その日本語が誤っていたら、これは国会としては責任を果たしたことにはならない。
 したがって、やはりこれは翻訳の内容に関しても当然審議の対象になっているというふうに考えざるを得ないと思います。そうでなければ、国会が条約に対する批准権を持っているその要件そのものが成り立たないことになると私は思います。
 したがって、今の政府解釈は、あくまでも政府の立場からすれば、それはそうかもしれない。しかしながら、立法府、国権の最高機関としての国会の立場としては容認するわけにはまいりません。仮に自民党が容認をしたとしても、私たちが政権をとった暁には、その原則はひっくり返します。そういうふうに申し上げておいて、実際にこの条約の訳の誤りを指摘したいと思います。
 第三十七条(c)項、これについて政府訳に誤りがあるとお気づきになりましたら、今からでも遅くありません、言ってください。そうしたら、私は次の質問に移ります。もしないのであれば、指摘いたします。あるかないか、一言でお答えください。
#63
○小西説明員 私どもはないと考えております。
#64
○秋葉委員 それでは御指摘申し上げます。
 第三項の(c)、一番最後のところですけれども、まず日本語の訳から申し上げます。政府の訳では、これは(c)の真ん中あたりにありますけれども、「例外的な事情がある場合を除くほか、」という修飾句、修飾節ですか、それが真ん中についていて、その後の二つの文章、すなわち「成人とは分離されないことがその最善の利益であると認められない限り成人とは分離されるものとし、」というところにまずかかって、さらには「通信及び訪問を通じてその家族との接触を維持する権利を有すること。」そこにもかかることになっております。それが政府訳です。
 私はそのかかり方について問題にしているわけですが、英語ではその「例外的な事情がある場合を除くほか、」というのが一番最後になっています。英語で読みますと、「セーブ・イン・エクセプショナル・サーカムスタンシズ」ということになっています。これは一番最後の、日本語で言えば「通信及び訪問を通じてその家族との接触を維持する権利を有すること。」そこだけにかかる、それが、英語を読んだ場合に、素直にそれを読むとそこにしかかかっていないということが明瞭にわかっているケースです。その点について、これを訂正されるお考えはありませんか。
 ちなみに、国際教育法研究会の訳においても、さらにはユニセフの訳においても、両方とも私の見解をとった訳をいたしております。多数決原理を使うとすれば、二対一で外務省の負けということになるのですけれども、いかがでしょうか。
#65
○小西説明員 三十七条の(c)の箇所でございますが、私どもは、この三十七条の(c)は、締約国に対しまして、自由を奪われたすべての児童が、個々の具体的な事例において例外的な事情がある場合を除いて、児童の最善の利益であると認められない限り成人とは分離される、そういうこと、それから、通信及び訪問を通じてその家族との接触を維持する権利を有すること、こういったことを義務づけているというふうに考えております。した
がいまして、この条約の政府訳におきましては、「自由を奪われたすべての児童は、例外的な事情がある場合を除くほか、」「成人とは分離されるものとし、」また「その家族との接触を維持する権利を有する」、こういうふうに訳したものでございます。
 今先生がおっしゃられました「セーブ・イン・エクセプショナル・サーカムスタンシズ」、この話句のかかりぐあいでございますが、この前にはコンマが打たれております。また、正文の構成からしても、私どもが訳したように訳す方が素直なのではないかというふうに私どもは考えております。
#66
○秋葉委員 この条約の審議について、そのプロセスを、これは外務省の方は御存じだと思いますけれども、記録に残すために改めて申し上げておきますと、この作業が始まったのは一九七〇年代の末です。より具体的には、これは国連の人権委員会、一九八七年、八八年、八六年ごろからやっているところもありますけれども、八八年の三月に人権委員会の、第一読み会というのでしょうかファーストリーディングというのが行われたわけです。これは各条項ごとにそれぞれ原案があり、その原案についての意見を各国代表が述べながら、最終的にはたたき台をつくるということになっています。これが最終的にできたのが一九八九年ですけれども、それが国連総会にかけられて採択をされたといういきさつがございます。
 したがって、一九八九年に国連総会にかけられた成案というのは、ここに私が持っている、外務省がお出しになった英文というのが英語の正式文章として出されているわけですけれども、実はそれ以前の段階として、討議をする段階でワーキンググルーブというグループがつくられて、その中で詳細な議論をした記録が残っております。私はそれを集めたものを持っています。
 経済社会委員会の中でこの人権委員会のさまざまな議論が行われておりますけれども、その中での一例をとって申し上げますと、今の三十七条の(c)Eと言われておりますのは、最初のうちは条項の名前が違っていたのですけれども、内容は全く同じです。その一つ一つの変化について時系列的にすべて、どういう原案が出て、それがどういうふうに変わっていったかという変遷を今述べているだけの時間はございませんけれども、最終案ができる直前の一九八九年の文書に残っているものでは、この(c)の項目に属するところが(c)というふうにはなっておりませんで、第四パラグラフというふうに書かれております。しかも、こういう条文の議論をする際に、あるいはいろいろな文書の起草をする際に、これは便宜的に私たちが常にやっていることですけれども、第何パラグラフということだけでは非常に混乱を生ずる、同じ言葉が何カ所にも出てきて、そこの言葉はこういうふうに変えた方がいいというときに議論に混乱が生じますので、ほとんど各センテンスごとに、あるいは一つの考え方のまとまりごとにいろいろな記号をつけます。これも、国連での議事も全く同じようなことをやっています。
 その中でこの(c)に相当するところは、後半の部分を(a)、(b)、(c)というふうに三つに分けて、これを分類をしてそれぞれを議論をしております。それで、その(b)のところは確かに、これは例えば国際教育法研究会訳あるいはユニセフ訳と同じように、この前半の部分になっている、子供の最善の利益に従えば成人から分離すべきでないと判断される場合を除き成人から分離されるものとし、というのが(b)になっております。それから、(c)として、これは別の項目です、それとは全く別の項目として、かつ特別の事情のある場合を除き通信及び面会によって家族との接触を保つ権利を有するというのが(c)として出ております。その後の文書では、これは番号の振り方が違っている場合もありますけれども、そこのところは、つまり「セーブ・イン・エクセプショナル・サーカムスタンシズ」というのはそれ以前の、家族の訪問それから家族との通信というところだけにかかっているというのは、このワーキンググループの議論をしてきた経過、さらにはそこでのたたき台になった文章を見れば一目瞭然です。
 しかも、日本の代表もこのワーキンググループに参加しておりました。幾つかの発言をしております。その中で日本代表が、今外務省の小西さんがおっしゃったような形でこれが両方にかかるというような解釈を示した方は一人もいらっしゃいません。それだけで十分だと思いますけれども、この訳は間違っております。外務省。
#67
○小西説明員 秋葉先生御指摘のとおり、この条約の作成過程において、(a)、(b)、(c)という形でそれぞれ掲げられた中に、(c)の中に「イン・エクセプショナル・サーカムスタンシズ」ということでそこだけにかかるような案文が示された、そういう一過程があったことは事実でございます。ただ、最終的な案文におきましては現在あるような形になっておりまして、私どもはその最終的な正文に基づいて、私どもの考え方を決めておるわけでございます。
#68
○秋葉委員 お聞きの皆さん全部おわかりだと思いますけれども、この(a)、(b)、(c)その他を示しているということは、これは一つの概念としてまとまって、それについて議論をしているということなのです。その(a)、(b)、(c)というような符号が外れてしまったら、どこの部分がどこにかかるかという論理構造まで変わってしまうということではないのです。しかも、そのことが十分理解されていたからこそ、こういったような作業の仕方をして、最終的には(a)、(b)、(c)という印を取り除いたのです。
 先ほど小西審議官がコンマがあるからというふうにおっしゃいましたけれども、コンマの使い方について実はアメリカの大学では一年生のときに英語の作文法というので非常に詳しいことを教えますが、この際コンマがついているのは何かといいますと、この用法は、このコンマによってその一番最後のフレーズを前の方にかけるという意味でつけているコンマではありません。これは誤解を避けるためのコンマです。このところの「セーブ」が例えばエクセプトということになっていれば、コンマはなくてもいい。しかしながら、「セーブ」というのは動詞にも使えますから、そうすると、前の二つの名詞を受けて動詞として読み誤られるおそれがあるので、読みやすいようにここはコンマがついているだけなんです。
 じゃ、なぜエクセプトを使わないで「セーブ」というのを使ったかというと、そのすぐ後に「エクセプショナル」という言葉が出てきて、エクセプト・イン・エクセプショナル・ケーシズというのは、通常の場合には、これは冗長とは言わないまでも、悪文のこれは典型になるからです。そういう意味でこれはコンマが使われているので、論理的な構造を変えるために使われているコンマではありません。
 ですから、そういったところも、基礎的なところを考えれば非常にはっきりしているわけです。論理構造まで変えた、しかもそれがワーキンググループの最終案においてきちんと確認された論理構造を、一言の相談もワーキンググループになしに成案として論理構造を変えちまうなんていう、そんなべらぼうなことをやるはずないじゃないですか。それを外務省がやっている。そんなことをやったら、それは国際的な慣例に反するだけじゃなくて、英語力まで疑われちゃいますよ。これは早期に訂正をしてください。してくださいますね。
#69
○小西説明員 私どもの解釈は、これは繰り返しになって恐縮でございますが、私どもとしては、先ほど申し上げたとおり、この「セーブ・イン・エクセプショナル・サーカムスタンシズ」というものは両者にかかるという考え方が正しいのではないかという考え方を持っております。
#70
○秋葉委員 根拠を全然示してくれないじゃないですか。小西さんが言えば、正しいことになるんですか。
 私は根拠を示して、そうじゃないということを申し上げているのです。事実を申し上げた、審議の過程を申し上げた、さらにアメリカの大学で教
えている文法的な規則を説明して、これが誤りであるということを申し上げた。じゃ、私の説明のどこが間違っているというんですか。
 そういう根拠も示さないで、私の言っていることが正しいとだけ言うのは、子供のけんかだったらあるかもしれない。しかしながら、こういうところでそういう議論の仕方をされちゃ困ります。きちんと論拠を示してください。
#71
○小西説明員 先ほどは文章的な観点から、先生にコンマの位置について私は申し上げたわけですけれども、これは内容的に見ましても、「例外的な事情」というものが各国においていかに考えられているか、こういう事態がどういう事態かということにつきまして、こういう事態が、「例外的な事情」が存在するのではないか、「その最善の利益であると認められない限り成人とは分離される」というケースについて、その「例外的な事情」があるではないかという議論があったことは事実でございまして、そういうものとして具体的に想定される例外的な事情がある以上、これは内容的にもやはり二つにかけて解釈する方が適当ではないかというのが私どもの考え方でございます。
#72
○秋葉委員 内容的にと言うと、もっとおかしくなります。というのは、それは条件節において二重否定をやることになっちゃうからです。
 つまり、もう一つ条件がついているわけですよ。「アンレス」というので一つ条件がついているんです。それによって、前に言っていることについても条件をつけてしまった。そしてその後で、しかしながら例外的にということをつけることは、普通の文章構成上あり得ないことです。それはそういうのを書く人はいますけれども、常識的に英語の文章が書ける人はそういうことをやりません。
 その常識の話をしてもしようがないのかもしれないけれども、論理的に説明しますと、そういうような条件節がついている文章にもう一つ条件節をつけた場合に、一体主文のところだけにかかるのか、あるいは条件節だけにかかるのか、両者にかかるのかという論理的な困難さが生じるからなんです。そうすると、非常に解釈があいまいになる。その解釈をする人によって文の意味が違ってくるからそういうことはやらないというのが、これは英語の文章法の基本原則です。アンレス何々といってエクセプト何々ということは絶対に言いません。ですから、そういう意味でも、これは文法上も大きな誤りです。ですから、これは訂正をしていただかなくてはならない。
 もう一度確認いたします。訂正してください。
#73
○小西説明員 英語の権威でいらっしゃる先生と、私は英語について論争というか、その英語が、この条約の英文がパーフェクトであるかどうかについてここで申し上げる立場にはございませんけれども、この条約の構成として用いられているその文章そのものについての解釈については、私どもはその文章の構成及び内容から見て、私どもの考えが正しいのではないか。他の国語の正文につきましても、私どもはこれをチェックいたしましたが、同じような構成をとっておりまして、そういう意味でも私どもの解釈で適当なのではないかという考えを持っております。
#74
○秋葉委員 これはもう本当に耐えがたいほどの苦痛です。こんなに明らかに間違っていること、つまり、ワーキンググループにおいてどういう議論がされて、どういう文書が残っているということだけからも明らかなことじゃないですか。なぜそういうふうに言い張るのですか。孔子も言っているじゃないですか、過ちてはこれを改むるにはばかることなかれ。君子の態度というのはまさにそういうことだと思いますけれども、もしあくまでも言い張られるのであれば、こんな誤った、しかもここ一カ所誤っているということは、外務省が主張しているほかのところにも大きな誤りがたくさんあるかもしれない。そんなあやふやな訳をもとにして審議なんかできませんよ。もしこれの審議を続けるというのであれば、私は、この正文の方、英語の方は読みました、その趣旨についても、恐らく皆さんと同じようにこれは大賛成です。ですから、正文について議論するのであれば、それはそれでやりましょう。ただし、正文、これは英語ですから、英語の引用と日本語の引用とやっているとごちゃごちゃになりますから、私にとっては英語で質問するのも日本語で質問するのも同じですから、英語で質問させていただきます。外務大臣、答えてください。ドゥー ユー オア ドゥー ユー ノット アグリー ザット ザ ダイエット ハズ ザ ライトツー ディスカス アンド オルター ザ トランスレーション アンド・オア インタープリテーション オブ エニー テキスツ オブ トリーティーズホエン ゼイ アー インポータント
 これ、便宜上、日本語の訳を差し上げます。
 非常に大切な条約の国会審議だから、条約の翻訳については正しいものを選んで討論しなくてはならない、これに賛成ですね。
#75
○武藤国務大臣 事務当局が先ほど答弁しておりますのは、事務当局の解釈は間違いでないということで事務当局が答弁しているので、私はそれを信じております。
#76
○秋葉委員 今、英語の質問と、それからそれの日本語の訳と両方を私が出して質問をいたしました。その質問にお答えいただきたい。
#77
○武藤国務大臣 解釈の問題であなたがおっしゃるよりも、私は、事務当局が答弁しているのが私としては正しいと思わざるを得ません。
#78
○秋葉委員 根拠が何もなくて正しい正しいと言い張るだけの方が、きちんと根拠を挙げて、しかもその議論の中においてどのような文書が残っているかということまで指摘した上で、文法的な注意も幾つか挙げて申し上げました。そういう根拠について、それはどこが間違っているから、だからおまえの言っている結論は間違っているんだというのであれば、まだ納得もいたします。しかしながら、私が今申し上げたことで間違っていることが一つでもあるんでしょうか。そうでしょう。それで、それに対して外務省が言っているのは、要するに、私たちがこう解釈して理由はないけれども正しいんだということを言い張っているだけじゃないですか。なぜこれが正しいかという論拠が一つもないじゃないですか。
 論拠が一つもない議論と、これだけたくさん論拠を挙げて、しかもそれに対して反駁もできないような正当な理由を挙げたのに対して、それはどっちが正しいかというのは大体はっきりしているんではないですか。こんなばかばかしい議論を続けていられないですよ。
#79
○伊藤委員長 五時十五分までずっとこれをやっていてもいいんですけれども、貴重な時間ですから、そこの点については、秋葉さん、まだ時間、質問の機会がありますから、よくこちらも研究し、打ち合わせをして、次回にまた質問のときチャンスがありますから、そこに回してくれませんか。
#80
○秋葉委員 委員長の今のお言葉で、次の質問に移らせていただきます。
 三十七条ですけれども、これについて留保がついています。留保をつけた理由を明確にしかも手短に述べていただきたい。
#81
○小西説明員 この条約の第三十七条(c)は、自由を奪われたすべての児童は、例外的な事情がある場合及び成人とは分離されないことがその最善の利益である場合を除いて、成人とは分離される旨を規定しております。これは、十八歳未満の者は十八歳以上の者から分離されなければならないということを定めているというふうに解されます。
 我が国の少年法におきましては二十歳未満の者を少年とし、基本的に保護処分の対象として取り扱うこととしておりますけれども、これはこの条約が十八歳未満の者を少年として、これに手厚い保護を加えることとしているのを、さらに一歩進めまして、二十歳未満の者を広く保護の対象として手厚い保護を与える制度をとっていることによるものでございます。このことを前提といたしまして、我が国の矯正施設においては、十八歳という年齢を基準にいたしまして分離することとはし
ていないところでございます。
 仮に、少年の年齢に関しまして三十七条(c)の規定を満たすように国内法を改正いたしまして、十八歳未満の児童と十八歳以上の成人とで取り扱いを異にする制度とするということになりますと、我が国における現在の十八歳以上二十歳未満の者に対する保護を現状から大きく後退させることになり適当ではないと考えられます。
 このようなことから、我が国におきましては、国内法を改正せずに、本規定、すなわち児童の成人からの分離を、十八歳未満の者を十八歳以上の者から分離することと規定しているこの条項には、留保を付すことを考えているということでございます。
#82
○秋葉委員 この点については実はもう少し議論をしたいところなんですが、時間が少し過ぎてしまいましたので、後日この点についてより詳細に議論をしたいと思います。
 次の点に移りたいと思います。
 先ほど外務大臣がお答えくださいました「チャイルド」という訳についてですけれども、やはりこれは「子供」というふうに訳されるべきである、外務省の訳を「児童」から「子供」というふうに変えるべきであるというふうに私は考えます。その点について幾つか根拠となる理由を示したいと思いますけれども、それについて外務大臣並びに外務省のお答えを伺いたいと思います。
 今まで伺ったところでは、まず第一にどのような訳語を使うかという点に関しては、論理的な一貫性のあること、つまり一つの言葉を一つの英語に当てればそれはずっと使っていくというような原則があるんだということが言われたと思います。それから、先週のお答えですと、そういう原則があるけれども、いわば例外規則として、文脈の違うところでは違う言葉を使ってもいいんだというようなお答えもあったと思います。
 しかしながら、仮にこの二つの原則が、どういう訳語を採用するかに当たってこういった基準があるにしても、この「チャイルド」という単語に対して「児童」を当てはめるということは、一貫性があるという点からも非常に大きな疑問がある。
 これは例えば学校教育法、それから児童扶養法ですか、道路交通法、労働基準法、児童福祉法、これでみんなばらばらになってしまっている。つまり、児童の定義が異なった年齢範囲を指定している。したがって、児童という言葉の意味が一つではなくて、法律によって少なくとも五つ、六つ以上の意味がある。その言葉をこういうような「チャイルド」という訳に当てるということは、これは一貫性という点からも非常に大きな疑問があると思います。
 その法律が幾つかあるにもかかわらず、その法律によって児童の定義がばらばらであるにもかかわらず、あえてそういった混乱を新たにつけ加えるような訳語を選んでいる理由というのを簡潔にお教えいただきたい。
 それからもう一つ、文脈が違えば言葉が変わってもいいということをおっしゃっているわけですが、その場合にそうすると、例えばこの子どもの権利条約の中でも、明らかに親子という文脈において「チャイルド」という言葉が使われているケースがありますけれども、そこの訳は「児童」ではなくて「子」と訳す必要があるんじゃないか。つまり、そういった文脈によって異なる言葉を使ってもいいんだという点においても、もう既に規則違反を犯している。
 ですから、両方とも、仮にこういう基準があったにしても、日本の国内法の使い方というのはてんでん、ばらばらで、こんな規則なんてあってもなくても同じようなものだということが言えるのですけれども、外務省はどうお考えになっていますか。
#83
○小西説明員 第一の、国内法令においては、先生御指摘のとおり、いろいろな法律において児童というものの適用対象が年齢によってばらばらであることは事実でございます。
 ただ、国内法令において一般的に共通している事情は、この児童というものが低年齢層の人間を指すということでございます。したがいまして、そういうところに着目いたしまして、私どもはこの条約の適用対象である人間を「児童」というふうに訳したわけでございます。したがって、その限りにおいて、国内法令の用語との整合性は保たれているということでございます。
 第二点の、同じ言葉であっても、文脈によっては違う訳し方があるのではないかということでございますけれども、それはその限りにおいて確かに先生のおっしゃるとおりでございます。
 ただ、私ども考えないといけないことは、同じ条約において同じ対象をあらわしているものにつきまして、一つの箇所ではAというふうに訳し、他の文脈においては同じものをBと違う日本語で訳すということにつきましては、その条約の統一性、一貫性という観点からして、条約自体のまとまりが欠けてくる、こういう認識でございます。したがいまして、その点は非常に慎重な考慮を要することでございますけれども、私どもは、同じ条約の同じ用語についてはできる限り、その文脈からして損なわれない限り同じ用語をもって当てるという考え方で貫いております。
#84
○秋葉委員 後半のお答えなんですけれども、御存じないというと失礼に当たるかもしれませんから、御存じの上であえてそういうお答えをなさった。つまり、虚偽の答弁をなさったというふうに私は断ぜざるを得ないと思うのですが、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約で、今小西さんがそんなことは絶対にやらないというふうにおっしゃったことをまさにやっているじゃないですか。そういう条約が目の前にあるにもかかわらず、なぜそういう答弁をされるのですか。
 一つの条約の中で、コンテクストは違うところに、同じチャイルドであっても違った言葉を使わない、そんなことが本当にすべてのことにおいて行われているのですか。この差別撤廃条約における十六条はどうなんですか。十六条の(d)、(e)、(f)においては「子」という言葉が使われているじゃないですか。二項になると「児童」になっているじゃないですか。コンテクストが違うからそういうふうに使い分けをやっているじゃないですか。
 だから、一つの条約内において、コンテクストが違ったところで違った言葉を使わないなんというのはうそっぱちじゃないですか。
#85
○小西説明員 先生、今私が絶対にそういうことは行わないというふうに私の発言を御引用になられましたけれども、私は、できる限りそういうことは避けたい、同じ条約において同じ言葉をあらわす原語、チャイルドであればチャイルドという言葉は、できるだけ同じ条約においては、その条約を読む人がこの用語はこういうふうに用いられているんだなということがすぐわかるように、同じ訳語を用いるというのが原則であるということを申し上げたわけであって、絶対にそういうふうにしないといけないということを申し上げたつもりはございません。
 先生が御指摘のとおり、この女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約においては、そういう例がまさに出た例でございます。すなわち、文脈に応じて、この文脈においてはやはりそういう親と子の関係をあらわす文脈であるから、そういう意味において「子」と訳した方がより適切ではないか、そういう考え方からあえて「子」という訳し方をしたわけでございます。
#86
○秋葉委員 今のはまた答えになってないじゃないですか。同じ条約の中で文脈が違ったら違う言葉を使う、そういうことはしないということに対して今言っているので、親子という関係がこの女子の差別撤廃条約の中にあるから、その条約の中で違った言葉を使う云々という話ではありません。全然見当違いのお答えをなさっているのですけれども。
 一つの条約の中あるいは一つの法律の中でも、文脈が違えば違った言葉を使っている。それはなぜかといえば、それは文脈の方が優先するということでしょう。要するに、一つの言葉をずっと使うということではなくて、やはり文脈によって、文章というのはその文章が置かれている状況にお
いて判断をされなくてはいけないという判断が優先しているということじゃありませんか。だから例外的にであれ、あるいは原則であれ、そういうことを使っているわけでしょう。そうしたら、やはり文脈を中心にして考える必要があるのじゃないでしょうか。そうすると、その子どもの権利条約において、ではどういう文脈を考えなくてはいけないのかという議論になると思います。
 それに関連して、例えばいろいろなところで言われていますけれども、今までの児童というのは、要するに大人が子供に対して対等の立場ではなくて上から管理をする、これは悪く言えば管理をするですけれども、子供たちを保護する、そういった立場が強くあらわれた法的な概念の象徴として使われてきた。それに対して子供という言葉で私たちが今ここで新しい状況をつくろうとしている。それは何かといったら、子供がやはり一人の人間として独立した存在とは言えないかもしれないけれども、その可能性を持っている立派な人間として、権利の行使の主体として認められるべきであるという新しい考え方を示しているのだと私は思います。そういうより広い世界的な流れの中、広い意味での文脈の中ではやはり子供という言葉を使っていくのが正しいのではないかというのが、私たち一貫して主張してきたところです。
 実はこの点について、あと幾つかの理由を挙げたいと思っていましたけれども、もう一つどうしても取り上げたい問題がありますので、実はこれは委員長に対してもお願いになると思うのですけれども、こういうことができないものでしょうか。
 つまり、ここで今この子どもの権利条約に対して、子供を権利の主体に据えて私たちが新しい子供の立場というものを日本の社会の中で考えていく、それだけではなくて世界の中で子供の地位というものを見直していく、そういった議論をしているわけですが、我々、すべて大人です。この子供についての、子供を権利の主体と認める条約の審議において、やはりどうしても子供の意見というものが反映されることが非常に重要ではないかというふうに思います。
 事実、子どもの権利条約の十二条には意見表明権、子供の意見をきちんと聞くべきであるという原則が盛られているわけです。それから四十二条には、私たちがこういう努力をしているということ、そしてその内容について子供たちにも広く知らせる必要がある、そういうことを言っています。今の時点で、まだ子供というふうにすべきなのか、あるいは児童とすべきなのか、こういう議論が国会の中で、あるいはマスコミを通じて行われている際に子供たちの意見を聞く、子供たちの意見を少なくとも最終決定に反映させる努力というのを私たち大人が持っている、そういう義務があると言いかえてもいいと思いますけれども、私はそういうふうに思います。そういった手続をぜひこの国会の中で始める時期に来ているのじゃないかというふうに思います。
 ですから、特にこれは委員長にお願いしますが、委員長はきのうの参考人の意見を聞いていて、その中で子供たちの生の声を録音したテープ、これを外務委員会で、今までの慣例にはないかもしれないけれどもこれを聞いてもいいというふうにおっしゃった。それはやはり、きのうの保坂参考人の意見に対して私たち皆感動したわけですけれども、その彼の人間的なステートメントに対して伊藤委員長は人間として、大人としてではなくて一人の人間として、子供たちのそういう思いに対してきちんとした反応をしてくれた結果じゃないかと思います。それをもう一歩先に伸ばして、この子供にするか児童にするかということに関して、ぜひこの外務委員会の中で子供たちの意見を聞くようなチャンスをつくれないものだろうか、その検討をぜひ委員長にお願いして次の質問に移りたいと思いますけれども、御検討を約していただけますでしょうか。
#87
○伊藤委員長 それぞれの議員、委員の皆さんは、それぞれの地域やいろいろな国会活動の中でそういうチャンスもあると思いますし、また、それぞれの政党はそれぞれの政党としてこの条約の論議をめぐってそういう勉強も続けてきたわけでありますから、そういうことを背景にしてここできちっとした論議を進めていただきたい。一応、その意見は意見として、私、承っておきますけれども、そういうことを背景にして審議を深めていただきたいと思います。
#88
○秋葉委員 もう一歩進めて、ぜひ理事会でも取り上げて御検討いただければ大変ありがたいと思いますので、再度の御検討をお願いいたしまして次の質問に移りたいと思います。
 次の質問は、第二条に関連した質問なんですけれども、時間がだんだん少なくなってきましたので少々駆け足になってしまいますが、婚外子の問題です。これは民法上は非嫡出子という言葉も使われていますけれども、実は非嫡出子という言葉自体、差別的な考え方をあらわしている言葉だ、だから使わない方がいいという意見もありますので、婚外子という言葉を使わせていただきたいと思います。
 で、この子どもの権利条約の二条においてこういった婚外子の差別を禁止しているというふうに、例えばワーキンググループの議論、これを詳細に読んでみますと、そういったことがはっきりいたしますし、あるいは子どもの権利条約が採択されたそれまでの歴史的な大きな流れ、世界人権宣言ですとか、それから始まったさまざまな流れを見るとこれは当然なことだというふうに思えるわけですけれども、この点について、第二条の解釈の中に婚外子差別を廃止するんだ、そういうふうに私たちは考えておりますが、この点について当然賛成してくださると思いますけれども、そうなると国内法の整備が必要になってくる、その点についてどうお考えになっているか、まず外務大臣に伺いたいと思います。
#89
○小西説明員 ただいまのお尋ねでございますけれども、この条約二条は不合理な差異、区別というものを設けることを禁ずる趣旨でございまして、合理的な理由に基づく差異、区別ということまでも設けること自体を禁じているというものではないというのが私どもの考え方でございます。
 したがいまして、先生のおっしゃる婚外子の児童につきましても、これらの児童に対して不合理な差別、差異を設けていない限り、この条項に反するということではないというふうに考えております。
#90
○秋葉委員 今のお答えですと、合理的ということは要するに法律に決められているかどうかということによって判断する、そういうふうに聞こえますけれども、それでよろしいですね。合理的というのは要するに法律があるかどうかということだというふうに解釈せざるを得ない状況ですが、それでよろしいですね。
#91
○小西説明員 先生御承知のとおり、既にこの点に関しましては憲法十四条で法のもとの平等ということでその差別が禁止されるべきであるという考え方はもうはっきり出ておるわけでございます。それと同じような考え方がここに表明されているというのが私どもの理解でございます。
#92
○秋葉委員 そうすると、さっきの答弁と今の答弁、全然整合性がないのですけれども、整理してください。憲法は差別をするなと言っている、しかしながら、民法の九百条で差別しているじゃないですか。さっきの答えは民法を当然頭に入れて言っていたわけでしょう。それで、それが合理的な差別だからいいって言ったんじゃないですか。憲法十四条で差別をしちやいけないと言うのだったら、今のことは支離滅裂以外の何物でもないじゃないですか。
#93
○岡光説明員 その御質問にストレートにお答えする立場にあるのかどうかわかりませんけれども、私が民法の方の合理性の有無という観点から御説明をさせていただこうと思いますが、私の方はそういう形でさせていただきたいと思いますが、まず民法の中には先生の御指摘のとおり、嫡出子と嫡出子でない子供、つまり法律上の夫婦間の子供である者とそうでない者と、それにつきまして取り扱いの差を設けている規定が若干ござい
ます。
 最も典型的に出ておるのは相続分の違いを設けている九百条という規定がございます。これは違いがあることはもう間違いがございませんが、その違いというのは法律上の婚姻関係にある両親から生まれた子かどうかというその事実の違いを表明あるいは規定している。それから、そこに法律効果の違いをもたらしているものにつきましては、その九百条のものにつきましては法律婚の尊重、そういう見地から設けられているものでございまして、それは合理的な目的を有するものでございますので、いわゆる差別というものに当たらない、取り扱いの違いとして許されるものである、こういうふうに私どもは理解しているところであります。
#94
○秋葉委員 済みません、今合理的な説明をするとおっしゃって、結局、今おっしゃったことは、法律があるから合理的だというトートロジーになっているのですが、なぜそれが合理的なのですか。その根拠を示してください。合理的という意味の言葉を再定義していただいても結構ですけれども。要するに、法律があるから合理的だとおっしゃっているのですね。
#95
○岡光説明員 法律があるから合理的というような言い方をしたつもりではございませんで、法律婚の制度がある、それを維持する、そういう目的を維持するために、結果として法律上の夫婦の間に生まれたお子さんとそうでないお子さんとの間に相続分において違いが出てくるということでございまして、その法律婚という制度を維持するためには、一番典型的な場合は、要するに夫婦の間に生まれたお子さんと、それから、わかりやすく言えば、だんなさんが婚姻中の……(秋葉委員「時間がないからいいです」と呼ぶ)そうですが。
#96
○秋葉委員 済みません、時間がありませんので。つまり、法律婚を維持するために婚外子差別をするという、簡単に言うとそういうことですね。差別というのは、要するに相続上の差があるということですが、法律婚をきちんと守っていくためであれば、法律婚をする立場にある人、その人たちに一体どういうような直接的な影響が与えられるかということで考えるべきじゃないのですか。法律婚であろうと法律婚でなかろうと、実際に生まれてしまったその結果としての子供に対して差別を与えることによって、事後的にもう既に法律婚ではないような結婚によって子供を生んでしまった人たちが過去遡及的にその行為を改めるなんということはできないわけですよ。もう事実としてそういう事実は生じてしまった、その結果として生まれた子供に対して差別をすることが何でそんなことの維持に役立つわけですか。そんなことにはならないわけですよ。ちょっと時間がありませんので、その点については全く合理性がないというふうに判断せざるを得ないことを申し上げておきます。
 その合理性のないことの理由をもう一つ挙げておきますと、第二条においては、子供あるいは子供の親あるいはその保護者のいろいろな、例えば人種だとか皮膚の色とか宗教とか、そういうことによる差別を禁止するということになっています。そのうちの一つに、英語で言うと、これはバースということになっています。出生ということですけれども、バースというのはどういうことかというと、どういう状況で生まれたのか、より端的に言うと、結婚、つまり紙切れを出して結婚しましたという届け出をしている、そういう関係において生まれた子供なのか、あるいはいわゆる婚外子と言われる、つまり結婚という形式を踏まずに生まれた子供なのか、そういった子供の責任とはまるっきり関係のないことによって、生まれてきた子供が差別をされてはならないということをはっきりと含んでいるのです。
 その第二条と今おっしゃったその民法の九百条の規定とは明らかに矛盾する内容を持っているじゃないですか。
#97
○岡光説明員 先ほど答弁の途中で質問が入りましたので、答弁の続きを少し言わせていただきますけれども、その法律婚制度というものを、そういう目的を達成するための手段として何かいいものがあるかどうかということもあるわけですけれども、生まれてしまった子から見れば取り扱いに違いが起きるのは非常におもしろくない話でありますけれども、予防という見地からほかに手段があるかというふうに考えたときに、伝統的に相続分に違いを設けるということは一つの有力な手段であったわけですね。ヨーロッパなどでは、先生も御案内のとおり、そもそもこういった嫡出でない子を子供として認めないというところから、あるいは相続分をゼロというところからスタートした時期があったわけです。
 ですから、それは法律婚制度を維持するための手段としてなかなかいいものがないということで、生まれてしまったら相続分を同じにするということになりますと、それはその目的を達成する手段が、いわば違反された場合その違反を追認するということですから、違反が無視されてしまう、違反が違反の意味を持たないというふうになってしまいますので、そこは結果から物を見るのと、それから事前に予防という見地から見るのとそれは違う事柄でありますし、しかし、予防という事前の見地から見ることもそれはそれで必要だろう、かように思っておるわけでございまして、そういう意味から合理性はそれなりにあるだろうというふうに考えておる次第でございます。
#98
○秋葉委員 今の答弁の中で、要するにこの条約の精神というのは、子供を一人の人間として認めるということなのですよ。どういう状況がその子供の周りにあろうとも、一人の人間として生まれたからには人間としてとうとばれなければいけない、きちんとした権利があるということが大前提になっているわけでしょう。その中で、今おっしゃいました婚外子は相続分に関してはおもしろくないだろう、そういった問題じゃないのです。おもしろい、おもしろくないといった付随的な問題ではないのです。人間の存在の本質にかかわっている問題じゃないですか。その感覚がなくてこの子どもの権利条約の内容というのは本当に理解されているのでしょうか。人権というのを何だとお考えになっているのでしょうか。
 今おっしゃったような議論について一言申し上げておきますけれども、一つの制度がある、その制度のよしあしは問わずに、社会的な通念としてある程度それが支持を受けていたというふうに考えましょう。それを守るためにさまざまなことをやって、その結果まるっきり関係のない人たちが不利益をこうむることになってもしようがないという今の議論ですよね。実は、アメリカの黒人差別に関しては全く同じ議論が行われてきた。その結果、非常に多くのアメリカの子供たちはひどい差別を受けてきた。黒人以上に子供であるということによって同じような差別を受けてきたのです。そういったことはよくないのじゃないかというのが全人類的な反省として生まれてきたからこそ子どもの権利条約というのができたわけでしょう。だから、それを今さっきおっしゃった、方法がそれ以上にないというところを、あるいはその以前の問題として本当に法律によって結婚を守るということ自体がそれほどの社会的な意味を持つのかどうか、そこまで立ち返って考えなくてはいけない問題なのじゃないでしょうか。事実そういった世界的な趨勢があるわけですし、あの中国ですらそういった態度をとっているわけです。ですから、今のお答えに関しては非常に大きな不満を持っていますけれども、より現実的な問題として伺いたいと思います。
 住民票に関して「続柄」というものが記載される欄がありますけれども、少なくともこの住民票に関連しては、続き柄、この関連を記載するということは簡単に法律をつくらなくてもできるというふうに私は理解していますけれども、最低限このくらいのところから始めるべきではないのでしょうか。住民票にこういった例えば嫡出であるとか非嫡出であるとかといったことを書く理由は全くありませんし、それに基づいた印をつける必要も全くない。親子関係が重要であるというのであれば親あるいは子ということで十分に済むわけ
ですから、しかも国民健康保険においてはこういった記載を大幅に簡略化して、その結果ほとんど悪い影響があらわれていないというふうに理解していますけれども、違っていたら厚生省の方、訂正していただきたいと思いますけれども、住民票に関する記載というものをこの際、子どもの権利条約が国会で審議され、それが承認され、この二条の精神が生きるということになった暁には、まず手始めに住民票の記載に関して婚外子差別を改めるというところからお始めになる気はありませんか、自治省。
#99
○白崎説明員 住民票におきます非嫡出子の取り扱いでございますけれども、嫡出子とは異なる記載の仕方をしておることは事実でございます。
 このような取り扱いをいたしております理由につきましては、住民基本台帳制度、こういうものが市町村におきましては、住民の居住関係の公証や選挙人名簿の登録等の事務処理の基礎、こういうものにされるとともに、住民に関する記録の適正な管理を図るために住民に関する記録を正確かつ統一的に行う、こういうことが必要であるということによるものでございまして、世帯主との続き柄といいますのは、これは身分上の関係であります。身分上の関係につきましては、国民の身分関係を公証いたします唯一の公簿でありますのは戸籍でございまして、この戸籍の記載と対応させるということが正確かつ統一的な住民に関する記録を行うという本制度の目的、機能に照らして必要であると考えておるところでございます。
#100
○秋葉委員 質問の時間が終わりましたので、一言申し上げて終わりにしたいと思います。
 今申し上げた必要という考え方そのものが二条の精神と相矛盾しているという点を指摘したいと思います。二条が言っていることは、身分とか地位とかそういったものに一切影響されない人権というものがあるのだ、そういったものに影響される差別があってはならないのだということですから、今おっしゃったそういったものによる差別が必要だという考え方そのものを改めなければいけないというのがこの子供の人権宣言の精神だというふうに私は思います。そのことを指摘して、私の質問を終わります。
#101
○伊藤委員長 古堅実吉君。
#102
○古堅委員 五月十二日の委員会で、入学式や卒業式で子供たちに強制されている日の丸・君が代問題について質問いたしました。ところで、そのときには外務省は答えられませんでした。他の省庁のそれなりの説明、それも必要とする面がございますが、この条約の解釈にかかわる大事な点は、やはり担当省である外務省が、その最高責任者である大臣の口からお答えいただきたい、そう思って大臣に伺わせていただきたいと思います。
 きのう、参考人の方から大変貴重な御意見をいただきました。そのときに私は、同様に日の丸・君が代問題について質問をいたしました。自民党推薦の学習院大学法学部教授の波多野里望氏は、日の丸掲揚や君が代斉唱の場合、それを妨害して壊すようなことはいけないのだが、例えば起立をしないとか斉唱しないとか、いわゆる子供の立場から信念を持ってそれを拒否するということは認められるべきだ、そうした子供を処罰することもいけないという趣旨の御意見でありました。また、社会党推薦の永井憲一法政大学法学部教授は、そもそも教育現場にそのような強制した形での画一的な指導を持ち込むこと自体避けなければならない問題だということで、大前提としてこのように強制されるような場がつくられてはいけないのだという趣旨の御説明を明確になさったのであります。
 きょうは、改めて外務大臣にお聞きします。
 日の丸・君が代の学校での強制は一してはならない問題でありますけれども、仮にそれがあれば、個々の子供としてはその信念に基づいて拒否することが許されるというふうに考えるべきだと思いますが、いかがですか。明確にお答えください。大臣にお尋ねします。
#103
○小西説明員 条約の解釈の問題で御提起されましたので、まず私から答弁させていただきたいと思います。
 この条約の第十四条の思想、良心の自由とは、一般に内心、すなわち物の考え方ないし見方について国家がそれを制限したり禁止したりすることは許されない、こういう意味に解されます。第二に、我が国の学校におきます国旗の掲揚、国歌の斉唱の指導は、児童が将来広い視野に立って物事を考えられるように、そういう観点から、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけるために行われるものと承知しておりまして、児童の思想、良心を制約しようというものではないので、このような指導はこの条約十四条に違反するものではないというふうに考えております。
#104
○武藤国務大臣 我が国の学校における国旗掲揚、国歌斉唱の指導は、児童が将来広い視野に立って物事を考えられるようにとの観点から、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけるために行われるものと承知しており、児童の思想、良心を制約しようというものではない。このような指導は、そういう意味においてこの条約第十四条に反するものではないと考えます。
#105
○古堅委員 今の大臣のお答えでいきますと、制約しようとするものではないということになりますと、制約をしてはいかぬ、制約できないんだというふうな立場をとっていますし、その信念に基づいて子供がそれを拒否する、例えば起立させられたり君が代斉唱せよと強制される場合に、それは拒否するということがあっておかしくないという立場をとっていると思うのですが、あえて大臣にもう一度念を押してお聞きします。波多野教授は、起立しないとか斉唱しないとか個々の生徒の信念に基づく態度は認められるべきだというふうにおっしゃったのですが、それが仮にも間違いだというふうな立場をとっているのではないでしょうね。念を押してお聞きします。
#106
○武藤国務大臣 先ほども申し上げたとおり、我が国における国旗掲揚、国歌斉唱の指導は、この条約に反するものではないと考えています。
#107
○古堅委員 質問になかなか答えられないのですけれども、それではあえてもう一度お尋ねします。
 信念に基づいて拒否した子供を処罰したり何らかの不利益な取り扱いをするというふうなことがあってはならぬ、これが波多野教授も指摘された大事な点だと思うのですが、その指摘は正しいと思いますか、間違いだと思いますか。
#108
○富岡説明員 学校の国旗・国歌の指導につきましては……(古堅委員「時間がありませんので結論だけにしてください。大臣がもう出ていかれるというので大臣に聞いているのです」と呼ぶ)条約十四条に反するものではないというふうにお答えいたしました。児童生徒はそのような学校指導を受ける必要があるわけでございますが、今処分ということをおっしゃいましたけれども、処分というのは、子供の実態、児童生徒の実態、それからいろいろな経緯、それからそれに基づきます行為、どういう学校なりの効果を与えたかというようなことを慎重に考慮して学校が責任を持って考えることでございますので、一概にそれがどうこうというふうなことは直ちに答えられないわけでございます。
#109
○古堅委員 大臣、大事な点ですからあいまいにしないでもらいたいのであえてお聞きしますが、きのう波多野教授もおっしゃいました。今も皆さんも強制されるものではないとおっしゃっている。そうであれば、入学式とかあるいは卒業式で日の丸掲揚や君が代斉唱が押しつけられるというふうな場があった場合に、信念に基づいて子供がそういうわけにはいかぬといって斉唱しなかったあるいは起立しなかったという場合に、その子供が不利益な扱いを受けるとかあるいは何らかの形で処罰に相当するような仕打ちを受けるとかいうふうなことがこの条約の解釈からしても出てきませんね。そういうことがあってはいけないのですよね。そのとおりでよろしいですか。――やめなさい、大臣に聞いているんだ。大臣がもう出ていかれるんだ。やめてください。あなたに聞いているのではない。やめてください。
#110
○富岡説明員 その前に、学校の教育活動の取り扱いの話でございますので私から。
 例えば、国歌を斉唱しないとか指導を受けないというようなことが、他の生徒を巻き込んだり、あるいは旗をおろしたり、器物損壊とかそういうことを行った場合には、処分の対象ということが十分に考えられることでありますが……(古堅委員「何で質問に答えないで聞きもしないことを言うんだ」と呼ぶ)処分というのは子供のいろいろな実態を考えて考えることでございますので、一概に立ち上がらなかったとか歌わなかったということで直ちに処分がされるかどうかということは、それは別問題でございます。
#111
○古堅委員 大臣、暴れ回って今言っているような大変なことを、混乱が起きたなどとかいうふうな場合をここで言っているのではないのです。起立をしなかったとか、あるいは歌わなかったとか、その子がみずからの信念に基づいて、強制されているようなものにはこたえなかったというふうな場合のことを言っておるのです。拒否する権利があるのではないかということです。その程度も答えられないのでは、この条約をどう実践していくのですか。
#112
○武藤国務大臣 これは文部省が指導していることですからあれですけれども、文部省としては、今御指摘のような、ただ立たなかっただけというようなことで処分するようなことはしていないのではないかと私は思っておりますが、しかし、そういうことのないようにできるだけ、国旗・国歌でございますから、これに対しては国民として従うようにという指導をしているのではないかというふうに私は思っております。
#113
○古堅委員 どういう指導がなされるかという問題についても私の立場からいろいろ問題にすべき問題があるというふうには思いますが、今ここを聞いておるんじゃないのですよ。仮にそういうことになった場合に、子供の立場からそういうことには応じないで済まされる、子供の立場が認められるなと――条約上認められないのですか、そのことを聞いておるのです。条約についての解釈の問題は文部省じゃない。条約を結んだ外務省が責任を持って答えるべきだ。やめてください、何で立つんだ。
#114
○小西説明員 先ほど来御説明申し上げているとおり、この条約の第十四条の思想、良心の自由というのは、内心に対して国家がそれを制限したり禁止したりするということは許されないということでございまして、先生がおっしゃっておられる日の丸を揚げる、あるいは君が代を歌うということは、国民として必要な基礎的な、基本的な内容を身につけるために行われることでございますので、そういう意味においてこの条約十四条に反しておらないわけでございます。
 それで、この条約の解釈として申し上げるならば、この条約の二十九条にも、文化的同一性あるいは居住国及び出身国の国民的価値観というものの尊重ということが触れてございます。これはその一国の文化でございます国民的な価値観、これに属する自分の国の国旗・国歌、こういったものに対する尊重を児童に植えつけるということは、教育として国民的な価値観の尊重に沿うものであるという趣旨で規定されたものでございまして、そういう意味におきまして、日本において君が代や日の丸について、それが日本の国民的な価値観をあらわすものとして教育の一環としてそれを指導していくということは、まさにこの条約の趣旨にも沿ったことであるというふうに我々は理解しております。
#115
○古堅委員 もう一度。とんでもない言いがかりですよ。日の丸・君が代の問題について、この思想、良心にかかわるその最大の内容ですよ、これは。こういうふうな解釈が許されるということになると、この条約も死んでしまう。
 先ほど言いましたけれども、それでは言葉をかえてもう一度念を押して聞きますが、学校でそういう教育がされても、子供たちに対して制約を与えようとか強制しようというふうなことではないのですね。大臣、もう一度お答えください。
#116
○武藤国務大臣 この条約の中にも「国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成」というような、いわゆる国民的価値観というのは尊重するということになっているわけですから、国家的な一つの考え方、共通の価値観というものは尊重するように文部省が指導するということだと私は思うのです。
#117
○古堅委員 これはそういうことを持ち出しても、子供たちの立場でそういうことが仮になされた場合にそれを受けなくちゃいかぬ、こういう立場に子供たちが追い込まれるかどうか、そこを尋ねているのですよ。そういうことにならないだけの子供の立場というものは認められなくちゃいかぬじゃないかと聞いておるのです。
#118
○武藤国務大臣 これはここに書いてあるとおり、「尊重を育成すること。」と書いてあるわけですから、子供がやはりその指導を受けるというのが私は正しい考え方だと思います。
#119
○古堅委員 大臣、それじゃこういう指導がなされた場合に、子供が起立を拒否するとかあるいは歌わないとか、そういうふうな立場というものは子供には認められないんだ、言うとおりにやらなくちゃいけないんだという解釈ですか。
#120
○武藤国務大臣 指導することということになっているわけですから、それに従わない場合は、それはやはりペナルティーを受けることになると私は思うのです。
#121
○古堅委員 指導を受けるといっても、子供がそれを聞かないという場合に、子供が不利益な取り扱いをされるというふうなことまで考えているのですか。
#122
○富岡説明員 担当の省庁でございますのでお答えしますが、児童生徒はそのような学校の指導を受ける必要がございます。具体的にその指導を、例えば立ち上がらないとかそういうふうなことにつきましては、個々の子供のそういうケースについて処分するかどうかということは、学校が慎重に考えることでございますが、国旗・国歌の指導を受けなければいけないということは変わりません。
#123
○古堅委員 残念ながらもうこのやりとりだけで時間が終わってしまったのですけれども、まだ委員会が予定されておりますので、きょうの皆さんの答弁、私は絶対全体として納得していません。そういう立場で、この問題について再度、場を改めて質問させていただきます。
 終わります。
#124
○伊藤委員長 次回は、明二十一日金曜日午前九時四十五分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後五時三十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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