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1992/12/03 第125回国会 衆議院 衆議院会議録情報 第125回国会 本会議 第6号
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1992/12/03 第125回国会 衆議院

衆議院会議録情報 第125回国会 本会議 第6号

#1
第125回国会 本会議 第6号
平成四年十二月三日(木曜日)
    ―――――――――――――
議事日程 第五号
 平成四年十二月三日
    正午開議
 第一 公職選挙法の一部を改正する法律案(綿
    貫民輔君外九名提出)
 第二 公職選挙法の一部を改正する法律案(公
    職選挙法改正に関する調査特別委員長提
    出)
 第三 政治資金規正法の一部を改正する法律案
    (公職選挙法改正に関する調査特別委員
    長提出)
    ―――――――――――――
○本日の会議に付した案件
 山口鶴男君の故議員長谷川峻君に対する追悼演
  説
 日程第一 公職選挙法の一部を改正する法律案
  (綿貫民輔君外九名提出)
 日程第二 公職選挙法の一部を改正する法律案
  (公職選挙法改正に関する調査特別委員長提
  出)
 日程第三 政治資金規正法の一部を改正する法
  律案(公職選挙法改正に関する調査特別委員
  長提出)
    午後零時十九分開議
#2
○議長(櫻内義雄君) これより会議を開きます。
     ――――◇―――――
#3
○議長(櫻内義雄君) 御報告いたすことがあります。
 議員長谷川峻君は、去る十月十九日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。
 同君に対する弔詞は、議長において去る十一月十八日贈呈いたしました。これを朗読いたします。
    〔総員起立〕
 衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議をもってその功労を表彰され さきに運輸委員長の要職につき またしばしば国務大臣の重任にあたられた議員正三位勲一等長谷川峻君の長逝を哀悼し つつしんで弔詞をささげます
    ―――――――――――――
 故議員長谷川峻君に対する追悼演説
#4
○議長(櫻内義雄君) この際、弔意を表するため、山口鶴男君から発言を求められております。これを許します。山口鶴男君。
    〔山口鶴男君登壇〕
#5
○山口鶴男君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員長谷川峻先生は、去る十月十九日、肝不全のため、順天堂大学附属病院において逝去されました。まことに痛惜の念にたえません。
 先生は日ごろみずからの健康を誇り、その活動もまた壮者をしのぐものがありました。それゆえに、私どもは、先生が入院されたと伺ったときも、やがては病を克服して再び元気なお姿を見せてくださることとかたく信じてやまなかったのでありますが、今やその期待もむなしく、不帰の客となられました。先生の思いがけない急逝の悲報に接し、まことに痛恨きわまりないものがございます。
 私は、ここに、諸君の御同意を得まして、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。(拍手)
 長谷川先生は、明治四十五年四月、宮城県栗原郡若柳町で豆腐屋を営む父留治さん、母もよさんの次男としてお生まれになりました。貧しい中にも慈愛に満ちた御両親に育てられましたが、不幸にして、三歳のときお母様を失い、その後は男手一つで育てられ、物心つくころから家業を手伝い、つらい幼少期を過ごされたのであります。
 小学校を卒業するころには一人前の働き手となり、卒業後の年期奉公先も決まっておりましたが、人一倍向学心が強く才能の秀でた長谷川少年の将来を惜しむ恩師の熱心な勧めにより、旧制の県立築館中学校を受験することになりました。しかし、受験の朝、お父様は息子の進学を断念させるため、答案を白紙で出してくるようにときつく申し渡されたのであります。しかるに試験場に臨んだ長谷川少年は、それをすっかり忘れ、真剣に問題に取り組み、優秀な成績で合格してしまいました。長谷川少年のたっての懇願により、お父様もついに中学校への進学を許さざるを得ませんでした。その後、家業を助ける傍ら大変な苦労を重ねて、昭和三年、同校を優秀な成績で卒業されたのであります。
 当時、東北地方は天候不順による未曾有の凶作に見舞われ、加えてニューヨーク・ウォール街に端を発する世界大恐慌の影響により、娘を身売りしなければならないほど農村は窮乏にあえいでおりました。これを目の当たりにされていた先生は、貧しさにみずからも心を痛めながら、今後いかになすべきかを考え、このような現状を打開するには政治を変えるしかないとの思いを心に秘めて、郷里の立憲民政党の菅原英伍代議士を訪ね、熱心に持説を披瀝されたのであります。菅原代議士は長谷川少年の熱意に共感し、政治の道を志すならばと、同じ民政党の中野正剛先生に紹介の労をとられました。先生は、早速その紹介状を持って上京し、中野先生の門をたたき、みずからの信念と心情を熱意をもって語ったところ、中野先生はその意気に感じ、書生として迎えられたのであります。その後、先生の援助を受け、早稲田大学で学ぶ傍ら、民政党幹部の会合や同志の人たちとの触れ合いの中で研さんを積まれ、不撓不屈の精神と政治に対する深い洞察力の素地を培われたのであります。
 昭和七年、努力のかいあって早稲田大学専門部政治経済科を優秀な成績で卒業されました。大学を卒業されるや、中野先生の紹介で九州日報に入社され、その後、大阪、福岡の共同通信社を経て、昭和十年、九州日報の編集局長に迎えられた
のであります。時あたかも、軍部の台頭著しく、二・二六事件から蘆溝橋事件を経て、日中全面戦争へとつながる世情騒然たる時勢でありました。この間、先生は、従軍記者として中国大陸をつぶさに視察され、戦火に追われる中国農民の悲惨なる姿に接し、今後日本の進むべき方向はいかにあるべきかを真剣に模索しておられました。そして、日本が太平洋戦争へと突き進む中で、終始一貫して中野先生と行動をともにし、東条内閣に反対する政治活動を行ったため特高警察によって逮捕され、百四十余日にわたる獄中生活の辛酸を余儀なくされたのであります。こうした状況にあっても、先生は、不屈の精神をもって、他日を期しておられたのであります。
 昭和二十年八月、我が国が混乱と廃墟の中で終戦を迎え、東久通内閣が成立するや、先生は緒方竹虎国務大臣に請われてその秘書官を務めることになり、戦後の困窮にあえぐ民衆の声を首相に伝えるという重要な任務に従事され、大臣の片腕となって終戦処理に奔走せられたのであります。
 同年十月、東久通内閣の総辞職により退官された先生は、一たん郷里に帰られ、農業に従事されました。当時の食糧事情は極度に困窮し、食糧自給体制の確保が急務とされておりました。先生は、稲作農業が国家の基本であるとの信念に基づき、豊かな郷土づくりと健全な農業の発展のために、農村の青年たちと労苦をともにし、農村振興のため日夜を分かたず奮闘されたのであります。
 このような活動の中で、これを実現するためには、やはり国政に参画して、年来の持論を政治の場に反映させるべきであると決意し、同志とともに総選挙への立候補の準備を進められました。昭和二十八年四月、第二十六回総選挙に出馬し、選挙民の支持を得て見事当選し、宿願を達成されたのであります。(拍手)次回の選挙では苦杯を喫しましたが、先生の政治に対する情熱はいささかも衰えることなく、昭和三十三年五月、第二十八回総選挙には再び当選の栄冠をかち取られたのであります。
 本院に議席を得られてからの先生は、常に人々の言葉に耳を傾け、それを政治の場に反映させることこそ政治家の務めであるとの信念に基づき、議院運営、文教、社労、法務、予算、災害対策等の各委員会の委員あるいは理事を務められ、長年にわたる実践活動を通じて体得された豊富な知識と高い識見を持って、真摯かつ熱心に国政の審議に当たられたのであります。
 昭和四十年には運輸委員長に就任され、常に誠実で公正な立場を堅持し、各党の意見を十分に聞き、円満で充実した審議に心を砕かれたのであります。
 また、党にあっては、副幹事長、広報委員長、国民運動本部長、総裁選挙管理委員長、労働問題連絡協議会会長、航空対策特別委員長、文教制度調査会顧問等を歴任され、党の運営、政策立案に多大な尽力をなされたのであります。(拍手)
 さらに、先生は、日本・モンゴル友好議員連盟会長として、両国の議員間の交流を活発にするとともに、近隣アジア諸国との相互理解と協力関係の発展等、議員外交にも大きな力を注がれました。
 また、昭和三十六年には、第二次池田内閣の文部政務次官に就任せられ、御自身の少年時代を振り返られ、教科書も自由に使えなかった当時の形容もできないつらい思い出から、小中学校の教科書を無償にすべく、義務教育諸学校の教科書の無償に関する法律の成立に情熱を持って取り組まれたことは知る人ぞ知るであり、今日においても先り輝く業績というべきでありましょう。(拍手)また、学校給食の改善や国立工業高等専門学校の新設等を実現するなど、文教関係のベテランとして幅広く活躍されたのであります。
 その後、昭和四十八年、第二次田中内閣において、労働大臣として初の入閣を果たされました。先生はその持ち前の行動力と庶民的なお人柄で、労使双方の信頼を集められたのであります。翌四十九年、三木内閣の発足に際し、前内閣で取り組まれた労働問題、特に賃金・物価問題等に対する手腕を買われ、再度労働大臣に就任されたのであります。また、昭和五十七年には第一次中曽根内閣の運輸大臣、さらに、六十三年に竹下内閣の法務大臣に就任されました。
 特に、先生が労働大臣に就任された昭和四十八年は、石油ショックによる狂乱物価と不況、雇用不安という大変な激動期であり、また、昭和四十九年には春闘の大幅賃上げ、五十年秋の官公労のスト権問題など、労働運動が国民生活に大きな影響を及ぼした時期でありました。
 この間、先生は、あくまでも対話と協調の精神で話し合おうと労使双方に呼びかけられ、また、御自身も労働団体の代表と積極的にお会いになり、その意見に真剣に耳を傾けられたのであります。
 苦労人であられた先生は、失業は人生最大の不幸であるとの考えから、雇用不安に対する諸施策を実施されたのであります。とりわけ、失業保険法にかわる雇用保険法を制定し、昭和五十年一月、雇用調整給付金制度を発足させたときは、当時の福田副総理をして「これほどタイムリーで効果を上げた法律を知らない」と言わしめたほど、失業対策に効果を上げ、国民各層から大きく歓迎せられたのであります。(拍手)
 こうして、賃金と物価、雇用等の難問題を解決し、労使対話路線を定着された先生の労働行政は、「長谷川労政」として今日も高く高く評価されているところであります。(拍手)
 また、先生が第一次中曽根内閣の運輸大臣として入閣されたときには、国鉄再建に向けて全力を傾注され、昭和五十八年六月、国鉄再建監理委員会を発足させる等国鉄改革を推進され、困離な状況にあった国鉄の経営を再建する道を熱心に探求されたのであります。
 長谷川先生は、本院議員に当選すること十三回、在職三十六年六カ月の長きに及んだのであります。昭和五十六年四月には永年在職議員として、院議をもって名誉ある表彰を受けられました。その際、先生はこの壇上に立たれ、御自身が歩まれた戦後復興から三十余年にわたる世界情勢の変遷と今日の日本の役割について語られ、そして、最後に、本日の栄誉は、とりわけ選挙区の皆様の御支援のおかげでありますと謝辞を述べられました。当時私は、議院運営委員会理事でありましたが、今、私は、この壇上で往時の先生の姿を思い浮かべ、感慨無量なるものを覚えるのであります。(拍手)
 先生はまた、外柔内剛、みずからを律するに厳しく、しかも人に対しては謙虚、寛容でありました。竹下内閣の法務大臣として、みずからの政治
倫理に秋霜のごとく対処されましたことは、人のよく知るところであります。(拍手)
 昨年秋、海部前内閣の重要課題であったいわゆる政治改革三法案が廃案となり、党内はもちろん、国民の間から政治改革への取り組みに対する不信の声が噴出をした中で、宮澤総理・総裁は、長谷川先生こそ政治改革本部長に最適任者であると考え、強く要請を行いました。かくして先生は、昨年十二月、自由民主党政治改革本部長に就任されたのであります。以来、その推進役として抜本的政治改革案の取りまとめに日夜熱意を燃やしておられました。聞くところによれば、病床にあっても政治改革について数々のメモをつづり、電話でいろいろと改革の指示をされておられたとのことであります。亡くなられた日の朝も奥様に、これから出かけるから靴と服をそろえておいてくれと話されていたとのことでありますが、これは、政治家としての責任感の強さをまざまざと物語るものであり、政治改革をなし遂げなければと思う執念が言わしめたものでありましょう。(拍手)
 私は、同じ国政に携わる者として、長谷川先生のこのような政治家としての厳しさを改めて思い知らされるとともに、畏敬の念を覚えずにはおられません。
 先生の生涯はまさに政治一筋であり、日常生活に意を用いるいとまのない毎日でしたが、家族には何もしてやれないことをいつも気にかける優しいお気持ちを持っておられたのであります。先生がこのように国政一途に生きることができましたのも、奥様の内助の功に負うところ大であったことは申すまでもございません。(拍手)
 また、先生は、郷土発展のためにも多大な尽力をされました。先生の地元は有数の米どころであり、内外の厳しい環境のもと重大な転機を迎えつつある日本農業の今後の対応について、常に心を砕いておられました。帰省するたびに農作業中の人々とひざを交えて話し合い、作柄を尋ね、励ましとねぎらいの言葉をかけておられたと聞き及んでおります。また、長年県民の夢であった東北新幹線、東北縦貫自動車道の建設などにも心血を注がれ、それぞれ開通にこぎつけられるなど郷土の繁栄に大きく貢献されたのであります。(拍手)
 承るところによれば、今日も続いている皇居勤労奉仕は、昭和二十年十二月、先生が郷里仙北の青年と「みくに奉仕団」を結成され、当時荒れ果てた皇居の清掃に取りかかられたのが始まりであると聞き、そのお人柄に感じ入った次第であります。(拍手)
 先生は日ごろから書に親しんでおられました。揮毫を頼まれると気軽に筆をとり、座右の銘でもあった「風雪に耐えて光芒を放つ」という言葉をしたためておられました。この言葉は、かつて中野先生から何事にも耐える精神力とたくましい行動力を身をもって学び取られたからでありましょう。政治家として難局に直面するたびに「当たって砕けろ」と言いながら敢然として事に当たり、全力を挙げてその実現を図ってこられたのであります。
 長谷川先生、思うにあなたは、人格形成期に、中野正剛、緒方竹虎という日本の政界を代表する偉大な先輩にめぐり会われ、政治の基本と政治の筋道を学ばれた幸せな方でございました。
 六十有余年にわたりお二人の政治信条を受け継ぎ、今日まで国政に取り組んでまいられたのであります。
 特に、政治改革が緊急の国民的課題となっている現在、この問題に情熱を持って取り組まれ、議会政治に対する国民の信頼回復のために全力を傾注してこられましたが、志半ぱにして倒れられましたことは、まことにまことに残念でなりません。(拍手)
 今、二十一世紀に向けて新しい秩序の構築が模索され、世界的不況と国内の景気後退による経済の悪化が懸念されているとき、政治家として円熟の域に達しておられた長谷川峻先生を失ったことは、自由民主党のみならず本院にとり、また、我が国にとっても大きな損失であり、惜しみても余りあるものがございます。(拍手)
 ここに、謹んで先生の御遺徳をしのび、生前の御功績をたたえ、心から御冥福をお祈りいたしまして、追悼の言葉といたします。(拍手)
     ――――◇―――――
#6
○議長(櫻内義雄君) 日程第一とともに、日程第二及び第三の両案は、委員長提出の議案でありますから、委員会の審査を省略し、三案を一括して議題とするに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○議長(櫻内義雄君) 御異議なしと認めます。
    ―――――――――――――
 日程第一 公職選挙法の一部を改正する法律
  案(綿貫民輔君外九名提出)
 日程第二 公職選挙法の一部を改正する法律
  案(公職選挙法改正に関する調査特別委員
  長提出)
 日程第三 政治資金規正法の一部を改正する
  法律案(公職選挙法改正に関する調査特別
  委員長提出)
#8
○議長(櫻内義雄君) 日程第一、公職選挙法の一部を改正する法律案(綿貫民輔君外九名提出)、日程第二、公職選挙法の一部を改正する法律案(公職選挙法改正に関する調査特別委員長提出)、日程第三、政治資金規正法の一部を改正する法律案、右三案を一括して議題といたします。
 委員長の報告及び趣旨弁明を求めます。公職選挙法改正に関する調査特別委員長松永光君。
    ―――――――――――――
 公職選挙法の一部を改正する法律案(棉貫民輔君
 外九名提出)及び同報告書
 公職選挙法の一部を改正する法律案(公職選挙法
 改正に関する調査特別委員長提出)
 政治資金規正法の一部を改正する法律案
   〔本号末尾に掲載〕
    ―――――――――――――
   〔松永光君登壇〕
#9
○松永光君 ただいま議題となりました公職選挙法の一部を改正する法律案につきまして、公職選挙法改正に関する調査特別委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。
 本案は、衆議院議員の各選挙区の議員一人当たりの人口に著しい格差が生じている現状等にかんがみ、衆議院議員の選挙について、当分の間、総定数を五百十一人とし、各選挙区において選挙すべき議員の数を改める等の措置を講じようとするものであります。
 その主な内容は次のとおりであります。
 第一は、衆議院議員の総定数の削減であります。
 衆議院議員の総定数につきましては、当分の間、現行の五百十二人から一人減員して五百十一人とすることといたしております。
 第二は、衆議院議員の各選挙区における定数是正等であります。
 衆議院議員の各選挙区において選挙すべき議員の定数につきましては、議員一人当たりの人口の格差が特に著しい選挙区について議員定数の増員及び減員を行うこととし、当分の間、埼玉県第一区、第二区及び第五区、千葉県第四区、神奈川県第三区及び第四区、大阪府第五区、広島県第一区並びに福岡県第一区の九選挙区において議員定数をそれぞれ一人増員し、岩手県第二区、宮城県第二区、東京都第八区、長野県第三区、三重県第二区、和歌山県第二区、熊本県第二区、大分県第二区、宮崎県第二区及び鹿児島県奄美群島区の十選挙区において議員定数をそれぞれ一人減員することといたしますとともに、従来奄美群島区に属していた鹿児島県名瀬市及び大島郡は、当分の間、鹿児島県第一区に属することといたしております。
 以上により選挙区別議員一人当たりの人口の最高と最低の格差は二・七七倍となります。
 なお、この法律は、次の総選挙から施行することといたしております。
 本案は、去る十一月二十七日に提出され、同月三十日本委員会に付託されました。同日提出者を代表して梶山静六君から提案理由の説明を聴取した後、質疑を行い、十二月一日には参考人から意見を聴取し、同日質疑を終了、採決の結果、本案は原案のとおり可決すべきものと議決した次第であります。
 以上、御報告申し上げます。
 次に、公職選挙法の一部を改正する法律案及び政治資金規正法の一部を改正する法律案につきまして、提案の趣旨及びその内容を御説明申し上げます。
 まず、公職選挙法の一部を改正する法律案について申し上げます。
 本案は、最近における選挙運動等の実情にかんがみ、適正な選挙制度の実現を図るため、公職にある間に収賄罪を犯し刑に処せられた者に係る公民権の停止、選挙運動期間の短縮、供託金の額の引き上げ、選挙公営の拡大、政治活動のために使用される文書図画の掲示に関する規制、報酬支給の対象となる選挙運動従事者の増員、当選人等に係る刑事裁判の迅速化等所要の改正を行おうとするものであり、去る一日の公職選挙法改正に関する調査特別委員会において成案を得、委員会提出法律案とすることに決したものであります。
 なお、その際、内閣の意見を聴取いたしました。
 次に、その内容について御説明申し上げます。
 第一は、収賄罪を犯し刑に処せられた者に係る公民権の停止であります。
 公職にある間に犯した収賄罪により刑に処せられその刑の執行猶予中の者は、選挙権及び被選挙権を有しないことといたしております。
 第二は、選挙運動期間の短縮であります。
 各選挙の選挙運動期間につきましては、衆議院議員の選挙については十五日間を十四日間に、参議院議員の選挙については十八日間を十七日間に、都道府県知事の選挙については二十日間を十七日間に、指定都市の長の選挙については十五日間を十四日間にそれぞれ短縮することといたしております。
 第三は、供託金の額の引き上げであります。
 各選挙の供託金の額につきましては、実態に合わせてそれぞれ引き上げることといたしております。
 第四は、選挙公営の拡大であります。
 まず、国政選挙につきましては、衆議院議員及び参議院選挙区選出議員の選挙において、公職の候補者は、その者に係る供託物が国庫に帰属することとならない場合に限り、一定の額の範囲内で、選挙運動用通常はがき、選挙事務所表示用立て札・看板等を無料で作成することができることといたしております。
 また、地方選挙につきましても、都道府県の議会の議員並びに市町村の議会の議員及び長の選挙においては、選挙運動用通常はがきは無料とすることとし、都道府県及び市の議会の議員及び長の選挙においては、当該地方公共団体は、当該公職の候補者の選挙運動用自動車の使用及び選挙運動用ポスター等の作成について、その者に係る供託物が当該地方公共団体に帰属することとならない場合に限り、国政選挙の場合に準じて、条例で定めるところにより、これを無料とすることができることといたしております。
 第五は、政治活動のために使用される文書図画の掲示に関する規制であります。
 公職の候補者等の政治活動のために使用される当該公職の候補者等の氏名または氏名が類推されるような事項を表示するポスター及び後援団体の政治活動のために使用される当該後援団体の名称を表示するポスターについては、その表面に掲示責任者及び印刷者の氏名及び住所を記載しなければ、これを掲示することができないことといたしております。
 第六は、報酬支給の対象となる選挙運動従事者の増員であります。
 報酬支給の対象となる選挙運動のために使用する事務員及び車上運動員の数の上限を五十人とすることといたしております。
 第七は、当選人等に係る刑事裁判の迅速化であります。
 いわゆる百日裁判の対象となる刑事訴訟については、裁判長は、第一回の公判期日前に、審理に必要と見込まれる公判期日を一括して定めることといたしております。
 なお、この法律は、公布の日から施行することとし、政治活動のために使用される文書図画の掲示に関する改正規定は、平成五年三月一日から施行することといたしております。
 以上が本案の提案の趣旨及び内容であります。
 何とぞ速やかに御賛同あらんことをお願い申し上げます。
 次に、政治資金規正法の一部を改正する法律案について申し上げます。
 本案は、政党その他の政治団体及び公職の候補者の政治活動の公明と公正を確保するため、政治資金。パーティーについての規制、政治資金の運用の規制、政治団体が有する資産等の公開、政治活動に関する寄附等への公務員の関与等の制限、寄附の量的制限違反に対する罰則の強化、違法な寄附の没収等所要の改正を行おうとするものであ
り、去る一日の公職選挙法改正に関する調査特別委員会において成案を得、委員会提出法律案とすることに決したものであります。
 次に、その内容について御説明申し上げます。
 第一は、政治資金パーティーについての規制であります。
 政治資金パーティーの開催は政治団体によることを原則とし、政治資金パーティーごとの収入金額等の会計帳簿への記載や一定規模以上の政治資金パーティーごとの収入金額等の報告を義務づけることにより収支の明確化を図るとともに、政治団体以外の者が一定規模以上の政治資金パーティーを開催する場合には、その者を政治団体とみなして、事前の届け出、その収支の報告等を義務づけることといたしております。また、政治資金パーティーの対価の支払いに関する制限及び政治資金パーティーの対価の一定額を超える支払いをした者の氏名の公開をすることといたしております。
 第二は、政治資金の運用の規制であります。
 政治団体が有する金銭等あるいは公職の候補者が有する政治資金に係る金銭等の運用は、預貯金、国債の取得等の確実な方法に限定することといたしております。
 第三は、政治団体が有する資産等の公開であります。
 政治団体の資産等の状況を明らかにするため、政治団体が有する土地、建物等の不動産、取得価額が一定金額以上の動産その他有価証券等の資産等を公開しなければならないことといたしております。
 第四は、匿名寄附の禁止の特例であります。
 匿名寄附につきましては、政治資金の公正さや透明性を確保する見地から禁止していますが、その特例として、街頭または一般に公開される演説会もしくは集会の会場において政党または政治資金団体に対してする寄附でその金額が千円以下のものに限り、これを適用しないことといたしております。
 第五は、政治活動に関する寄附等への公務員の関与等の制限であります。
 国及び地方公共団体の一般職に属する公務員等は、その地位を利用して、政治活動に関する寄附または政治資金パーティーの対価の支払いに関与してはならないこととするとともに、何人も、公務員に対し、これらの行為をすることを求めてはならないことといたしております。
 第六は、寄附の量的制限違反に対する罰則の強化であります。
 寄附の量的制限違反に対する罰則について、その法定刑に禁錮刑を加え、一年以下の禁錮または二十万円以下の罰金とすることといたしております。
 第七は、違法な寄附の没収であります。
 寄附に関する制限等の規定に違反して受けた寄附に係る財産上の利益は、これを没収し、またはその価額を追徴することとするとともに、あわせてその実効性を確保するため、政治団体に対する処罰規定等所要の規定の整備を行うことといたしております。
 なお、この法律は、平成五年一月一日から施行することといたしております。ただし、政治資金パーティーに関する改正規定は、同年四月一日から施行することといたしております。
 以上が本案の提案の趣旨及び内容であります。
 何とぞ速やかに御賛同あらんことをお願い申し上げます。
 なお、本委員会におきましては、政治改革の推進について、各般にわたる論議を行ったところであります。国民の政治不信が高まっております現在、今回の政治資金規正法及び公職選挙法の改正は、緊急に改革すべき事項を実施するとともに、違憲状態ともいうべき衆議院議員の定数に関する現行規定を早急に改正するための暫定措置であります。政治に対する国民の信頼を確立するためには、政治家一人一人が、より高い倫理観に基づくことはもとよりでありますが、政治資金制度、選挙制度や国会のあり方など政治の仕組み全体の討議を深め、議会制民主主義の健全な発展を期さなければなりません。本委員会は引き続き、抜本的な政治改革に取り組み、その速やかな実現に努め、国民の期待にこたえんとするものであります。本委員会におきましては、右の趣旨の決議を行いましたことを申し添えて、報告を終わります。(拍手)
    ―――――――――――――
#10
○議長(櫻内義雄君) これより採決に入ります。
 まず、日程第一につき採決いたします。
 本案の委員長の報告は可決であります。本案を委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#11
○議長(櫻内義雄君) 起立多数。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。
 次に、日程第二及び第三の両案を一括して採決いたします。両案に賛成の諸君の起立を求めます。
    〔賛成者起立〕
#12
○議長(櫻内義雄君) 起立多数。よって、両案とも可決いたしました。
     ――――◇―――――
#13
○議長(櫻内義雄君) 本日は、これにて散会いたします。
    午後零時五十六分散会
     ――――◇―――――
ソース: 国立国会図書館
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