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1992/02/12 第123回国会 参議院 参議院会議録情報 第123回国会 産業・資源エネルギーに関する調査会 第2号
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1992/02/12 第123回国会 参議院

参議院会議録情報 第123回国会 産業・資源エネルギーに関する調査会 第2号

#1
第123回国会 産業・資源エネルギーに関する調査会 第2号
平成四年二月十二日(水曜日)
   午前十時一分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長        田  英夫君
    理 事
               田沢 智治君
               深田  肇君
               白浜 一良君
               高崎 裕子君
               古川太三郎君
               足立 良平君
    委 員
               大木  浩君
               田辺 哲夫君
               平野  清君
               星野 朋市君
               向山 一人君
               大渕 絹子君
               北村 哲男君
               庄司  中君
               対馬 孝且君
               福間 知之君
               針生 雄吉君
               神谷信之助君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○産業・資源エネルギーに関する調査
 (我が国の流通の将来展望に関する件)
 (我が国のエネルギー需要の粋来展望に関する
 件)
 (我が国の新エネルギーの将来展望に関する件
 )
    ―――――――――――――
#2
○会長(田英夫君) ただいまから産業・資源エネルギーに関する調査会を開会いたします。
 産業・資源エネルギーに関する調査を議題といたします。
 本日は、当調査会がこれまで三年にわたり進めてまいりました調査の過程で提起された論点の中から、最終報告書の取りまとめに当たり、特に不可欠と判断される幾つかの項目につきまして、委員各位の御意見をお述べいただきたいと存じます。
 御意見をお述べいただく項目は、産業分野について我が国の流通の将来展望、資源エネルギー分野については我が国のエネルギー需要の将来展望及び我が国の新エネルギーの将来展望とし、その細目につきましてはお手元に配付の資料を御参考に願います。
 なお、以上のほかに、この際特にお述べになりたい意見がございましたら、それもあわせて御発言いただいて結構でございます。
 議事の進め方といたしましては、まず最初に各会派に配分されております時間内で意見の開陳をしていただき、発言が一巡いたしましたら、各委員においてさらに補足意見をお述べいただく方法で行いたいと存じます。
 それでは、まず、産業分野のうち、我が国の流通の将来展望について御意見をお述べいただきたいと存じます。
#3
○福間知之君 当調査会が過去三年間にわたり種々調査してまいりました経過を踏まえて、ただいま会長の御発言のとおり、きょうのテーマについて触れるわけでございますが、流通に関しましては後ほど同僚委員が触れるということになっておりますので、用意はいたしましたが持ち時間も限られていますので、私は、我が国の構造調整並びに産業政策に関して所見を申し述べたいと思います。
 今日、我が国は、世界のGNPの約一五%を占めるとともに、一人当たり国民所得は世界のトップクラスに達しまして、世界最大の債権国にもなっております。それに応じて、物質的な意味における国民生活の豊かさもかなりの分野で主要先進国並みの水準を実現しています。
 しかし、現在の我が国の状況を見ると、国民の価値観が変化する中で、我が国の経済力に見合った豊かな国民生活が実現されておらず、近年、経済の発展と国民生活との間に大きな不均衡が生じているというのが実情であります。例えば、マクロ的に見た労働分配率は昭和五十年代以降おおむね低下傾向で推移しており、経済発展の成果が国民生活面に十分還元されているとは言えない状況にあります。また、労働時間は欧米諸国に比べてかなり長くなっており、最近では過労死という言葉が海外でも話題になっているほどであります。さらに近年では、いわゆるバブル経済の中で、都市圏を中心として土地に起因する資産格差が拡大しており、フローとストックの両面から適切な分配のあり方を追求していく必要性が高まっております。
 さて、現在経済審議会で新しい経済計画をつくっているということですが、実は、現行の経済計画でも豊かさを実感できる国民生活の実現は大きな目標として掲げられていたということを私は指摘しておきたいと思います。ところが、それが現実にはなかなかよい方向に向かって動いていないわけです。これは、単に課題を見つけてそれに対症療法的に対応するというだけでなく、やはり基本となる考え方を変えなければ変革が難しいということを示していると思います。
 それでは、今後変革していくべき考え方とは何でありましょうか。
 私は、今後の産業を考えていくに当たっては、何よりも経済効率偏重の考え方を脱し、社会的公正を重視した考え方を基本としなければならないと思います。もちろん、効率を全く捨てていいと言っているのではなく、その意味では、いわば経済効率の追求から、経済効率と社会的公正の均衡あるいは両立を目指すといった考え方がよいかもしれません。この考え方に立ってこそ初めて従来の枠組みを超えた新たな対応が可能になると思います。
 こうした基本に立って、今後の政策を進めていくに当たって、その手法に関する幾つかの原則を挙げてみたいと思います。
 まず、弾力的、機動的な政策実施体制の整備、すなわち縦割り行政の弊害を打破する取り組みということも不可欠になっております。国内面では、今後とも国民のニーズが多様化するとともに、各省庁にまたがる問題の増加が予想されることから、国民のニーズを的確に反映した政策を円滑に実施し得るよう、予算や実施体制などの面において既存の省庁別慣行にとらわれることのない、弾力的な対応と関係省庁の連携などが必要です。また対外面では、さまざまな要因に基づく経済摩擦の多発化、金融、エネルギー等の分野における情勢の予期せぬ激変等に対して、我が国が迅速かつ積極的に対応できるよう所要の体制整備が望まれます。
 次に、迅速性とタイミングの重要性であります。我が国においては、伝統的に、政府が政策を講じるに際しては、コンセンサスの形成を重視し、これに基づき企業等が自主的に行動するという傾向が強かったのですが、今後は、政策の対象領域が経済的な分野から社会的な分野にまで拡大していかざるを得ず、また、国際的な課題への対応や国民生活に直結する課題については今後一段と迅速な対応が求められることになりましょう。さらに、企業にとっては、自己責任原則に基づくより主体的な企業行動が求められましょう。
 第三に、政策の幅を広げていくことも必要でありましょう。今後は、内外にわたる経済社会環境の変化に対応し、産業活動に対してある程度負担となるような政策であっても、それが国民生活の向上に資するものであれば産業政策として積極的に取り入れていくことが必要になってくる場合もあります。こうした観点から、従来から主流であった。経済的インセンティブを付与することによって産業社会の諸活動を一定の方向に誘導していくという手法に加え、今後は抑制的な面での運用についてもあわせ検討するなど、経済社会環境の変化に対応した政策手段の自由度を広げていく必要がありましょう。
 第四に、政策の内外一体性の確保であります。産業活動のグローバリゼーションが急速に進展する中で、今後我が国は、海外のみならず国内においても内なるグローバリゼーションを積極的に進めていく必要があり、国内外を差別することなく政策に内外一体性を持たせ、その運用に当たっては、あくまで透明性を確保し、裁量的、恣意的な運用とならないよう従来以上に注意していく必要があります。
 さて、このような考え方に立って、今後の産業構造の変革を進めていかなければならないわけですが、具体的にはどのような課題があり、どのような対応が必要となっているのでしょうか。本日は時間の関係もあり、私の考えのすべてを語ることは到底できませんが、大づかみにそのポイントを明らかにしたいと思います。
 まず、何よりも国民生活の質的充実であります。国民の価値観やニーズの変化に対応して、我が国の経済力を真に豊かな国民生活の実現に結びつけていくことが最大の課題であります。生活大国であることは、我が国の生産大国的なイメージを払拭し、安定した国際関係を築くことにも寄与することになりましょう。そのためには、現在の企業中心の生活構造を見直し、職場、家庭、地域のバランスを回復していくことが重要であると考えられます。
 現在、我が国の労働時間は二千時間を超えており、欧米諸国よりかなり長くなっております。前川レポートや現行の経済計画等でも指摘されている年間千八百時間を目指して労働時間を短縮し、個人が主体的に選択し得る自由時間を積極的に創造していくことが必要であります。また、内外価格差問題への対応、効率的な物流システムの確立等により、消費生活の充実を図っていくことが重要であります。
 次に、産業労働問題への対応であります。
 九〇年代を展望すると、いわゆる生産年齢人口が九五年をピークに減少に転じるものと見込まれております。生産年齢人口が絶対数で減少するのは戦後初めての事態であり、労働力需給の逼迫傾向にどう対応するかは、我が国にとって九〇年代を通じて極めて大きな課題であります。
 こうした状況下で、今後は多様な雇用機会の確保、段階的に就業から引退に至る柔軟な雇用システムの確立等を通じて勤労意欲の高い高齢者の就業機会の確保に努めていくことが必要であります。また、保育施設の充実や企業における育児休業制度や再雇用制度等の導入の促進などにより、子育て期を含めた女性の職場進出の促進を図っていくことが重要であります。これまでの若年労働力の豊富な存在を前提として組み立てられた従来の産業・社会システムは、こうした時代環境の変化に対応して大きな変革を迫られることになり、九〇年代においては、こうした時代環境の変化に即した最適システムへの移行が重要な課題であります。
 一方、労働市場の逼迫化傾向は、分配のあり方を含めて第一の課題である国民生活向上のための促進要因となり得るものであり、そのような方向での対応が求められております。
 第三に、国際協調であります。他方、対外関係に目を転じると、経済活動は急速にグローバル化してきており、企業の活動は国際的な相互依存を著しく深めてきています。我が国は、既に国際経済において大きなウエートを占めているだけに、対外不均衡の速やかな是正、国際水平分業の推進、国際調和型の企業経営、企業行動などに積極的に取り組む必要があります。特に、対外不均衡の是正は、我が国が国際調和を目指す上で解決しなければならない最大の政策課題の一つであり、そのためにも内需主導型の経済運営を行うことが極めて重要であります。
 今後の産業活動及び産業政策の展開に当たっては、世界は広く、文化は多様であり、また、それぞれの国にさまざまな産業が存在していることについて深く認識し、その上で国際調和的な産業活動を確保するとともに、自由な貿易、投資、技術交流を支える世界システムを積極的に維持発展させていくことに貢献していくことが重要な課題であります。
 また、こうした開かれた経済への転換を進めていく過程で、大企業が中小企業に変化の影響をしわ寄せしていくのではなく、系列・下請問題等にも先が当たり、結果的に中小企業の発展にもプラスになるような方向での取り組みが求められていると言えましょう。
 第四の課題としては、エネルギー・環境問題への対応が挙げられましょう。
 近年、CO2の温室効果による温暖化現象等による地球的規模での環境問題が顕在化しています。これらの環境問題の多くは、国境を越えた問題であるとともに、人類の存亡そのものにまで重大な影響を及ぼしかねない問題であります。その際、この問題が各国の経済活動にとって強い制約となり得ることを認識する必要があります。
 また、地球規模の問題のみならず、我々の身近で生じている環境問題についても解決が迫られています。地球環境を保全した産業活動、消費行動の実現を目指すためには、リサイクルの促進等による地球に優しい産業・社会システムの実現、省エネルギー技術の開発・導入の促進など、総合的な観点から対策を講じることが重要であります。また、これらの問題の解決に当たっては、国内においては産業優先の考え方から弱者へのいたわりを含めた他人への思いやりの姿勢、また対外的には途上国の経済に配慮した対応、さらに将来の世代に対しても、貴重な財産である地球、そして我が国土を保持して引き渡すという考え方を重視していかなければなりません。
 第五の課題としては、将来の発展基盤の整備であります。
 以上述べましたように、九〇年代においては、労働価値観の変化、高齢化の進展、地球環境問題、さらには政治、金融、エネルギー等をめぐる国際環境の急変といった多様な変化が予想されます。我が国の産業が、活力を維持しつつ、こうした新たな課題に積極果敢に挑戦し、刻々と変化する状況に適応していくためには、産業活動の円滑な対応を可能とするための環境整備を引き続き進めていく必要があります。そのためには、二十一世紀をにらみつつ、技術開発や人材の育成等を積極的に推進し、産業の将来の発展基盤の整備を図っていくことが重要であります。
 具体的には、我が国は、応用開発研究では進んでいるものの、基礎的研究分野ではいまだ欧米諸国に比べ立ちおくれが見られることから、今後とも一層の基礎的、独創的な研究開発を積極的に推進していくことが必要であります。
 さらに、情報化の推進も重要な課題であり、九〇年代においては、情報インフラの整備や広範な情報ネットワークの構築、情報化に対応した人材の育成等に努めていくことが重要であります。
 また、東京一極集中の是正と地域の活性化も一層重要な課題となっております。
 さらに、以上に述べたさまざまな変化は、とりわけこれまで我が国経済を支えてきたとも言える中小企業にとっては深刻な問題になるものばかりであります。今日、我が国の大企業は世界一の競争力を誇ると豪語しているわけですが、それはとことんまで分業のメリットを追求し、時として弱い立場にある中小下請企業に困難な問題の影響をしわ寄せしてきた結果であることを忘れてはなりません。今後の経済構造変革においては、こうした問題にもしっかり取り組み、真に世界に胸を張れる産業構造を確立しなければなりません。
 以上のような構造変化とそれへの対応が進む結果、日本の産業構造はどのようになるのかということについて、ここで簡単に触れておきたいと思います。
 まず、製造業では、実質生産額では加工組み立て型の産業の成長が高くなつ、その結果、全体としても平均よりも高い伸び率を示すでありましょう。しかし、名目生産額で見れば、この分野は生産性向上が進むためにシェアはむしろ低下することとなります。その分伸びるのが第三次産業ですが、その中でもソフトウエアのような産業支援サービスや家事代行のような生活支援サービスのような狭義のサービス業の伸びが大きいと見込まれます。他方、サービス分野は、生産性向上が難しい分野も多いことから、就業者の数で見れば、製造業のウエートは減少するのに対して、狭義のサービス産業では大きくそのウエートを増加させ、二〇〇〇年には三人に一人強が狭義のサービス業に就業していることになると見込まれています。その他も含めて第三次産業全体でも六割を超えると言われています。
 このような産業構造、就業構造の変化の中で、業種横断的にも幾つかの特徴的な変化が進むと予想されます。
 まず第一に、経済のグローバル化であります。とりわけ労働力不足は、海外直接投資及び輸入拡大の原動力となるでありましょう。製品輸入比率は近年かなり高くなってきておりますが、例えば、製造業の輸入比率は、八五年の六%が二〇〇〇年に二一%に、また海外生産比率は八八年の五%程度が二〇〇〇年には一五%程度になるのではないかという試算もあります。これがグローバル化であり、地理的に見たボーダーレス化と言えますが、もう一つのボーダーレス化、すなわち経営多角化による業種を超えたリストラクチャリングも進むと考えられます。本業比率は今後もますます低下し、その過程で生産性の低い分野における構造調整が進展していくと考えられます。また、金融のように政府の規制で守られてきた分野も急速に垣根が取り払われてボーダーレス化が進み、その結果構造調整が大きく進展することになりましょう。
 次に、業種横断的に進展する変化として、情報化の進展が挙げられます。あらゆる産業で情報化が活発に展開され、しかもこれがあらゆる局面でネットワーク化していくと見込まれます。こうした中で、消費者、中小企業、さらには地方等弱い立場にある者にも平等に情報化の恩恵が及ぶような形で情報化を進めることが極めて重要と思います。
 もう一つの業種横断的に進む大きな変革としては、言うまでもなく、サービス経済化が挙げられます。
 サービス経済化という言葉の意味にはさまざまなものがあります。まず生産構造、就業構造においてサービス産業のウエートが高まること、また製造業の中においても専門的サービスを提供する就業の割合が高まること、さらに需要構造、特に消費においてサービス支出の割合がふえることであります。
 ただ、サービス化というときに注意しなければならないのは、製造業にサービス業が取ってかわることがサービス化ということではないということです。むしろ両者の相互依存関係が深化しつつサービスのウエートが高まっていくということであります。したがって、製造業の重要性は忘れるわけにはいきませんし、他方、第三次産業のウエートが高まるわけですから、この分野の中核をなす中小企業の健全な発展が極めて重要になってきているということに留意しなければなりません。
 以上、今後の産業構造の展望について簡単に述べさせていただきました。
 いずれにしても、九〇年代の日本経済は、初めに述べたとおり、さまざまな困難な課題を抱えており、その対応いかんによって二〇〇〇年以降の高齢化社会がゆとりと潤いに満ちたものになるかどうかが決まってくると言えます。その意味で、今後政府においては、先ほど申し述べたような基本的な考え方の上に立って、具体的な政策対応を図るべきでありますが、私はここで今後の企業のあるべき姿についても一言だけ触れたいと思います。
 我々は、今、企業型社会にいろいろな問題があるという点ではかなり広いコンセンサスを得られているのではないかと思います。企業型社会の問題を具体的に挙げれば切りがありませんが、例えば、長い労働時間、サービス残業、交際費や福利厚生費等の企業支出による物価高、社宅を含む企業による土地保有による土地価格の押し上げ、学歴偏重による大企業、有名大学を頂点とした画一的な受験教育の浸透、シェア重視による集中輸出とこれによる貿易摩擦、企業に過度に依存する個人生活とこれによる地域ボランティア活動の不活性化、さらには、企業のためには法をも犯す企業犯罪などなどが挙げられます。
 これらについては、昨今声高にその是正が求められており、またソニーの盛田氏のように財界の中からも変革を求める意見が出ています。これはもちろんよい方向に向かっての動きではありますが、実は、単に望ましい企業像について議論し、経営者にその方向に進むように期待しているだけでは不十分だということを私は申し上げたいのです。
 例えば、労働時間の問題一つをとっても、労働時間は短い方がよいに決まっています。経営者もそれはわかっているし、そう言うでしょう。しかし、現在の制度、仕組みがどうなっているかというと、例えば、サービス残業は労働基準法違反であるにもかかわらず、事実上野放しです。労働力は貴重だと言いながら、残業の割り増し率は大企業でさえ二五%でよいことになっています。このような制度をそのままにしておいて、労働時間を短くしろと企業に言うことは全くおかしなことです。時短が進むような制度的な仕組みをつくるべきでしょう。
 また、さまざまな法律違反についても、個人が刑事罰を受けることは、今日、同じ企業の中で同じ地位にとどまることができることはなく、恐らくあすからの生活も不安になるというような厳しい現実に対して、企業が刑事罰を受けることは極めてまれですし、仮にこれを受けてもその企業がつぶれたなどという話は聞いたことがありません。つまり、今の経済社会の仕組みの中で現在企業がとっている行動は、現在の制度、仕組みを前提とすれば、ある意味では合理的な面があるのであって、経営者の考え方が悪いとかあるいは一部の従業員が悪いということだけが原因となって今の問題が起きているわけでないということです。したがって、企業経営者の考え方が変わってきたからそれでいいということではなく、やはりこれまでのような企業行動の背景となる制度、仕組みを変えていくということが重要であります。その際の考え方の基本は、やはり産業政策の基本と同じく、経済効率のみならず、社会的公正を重視していくということであろうと思います。
 以上、今後の我が国の構造調整及び産業政策のあり方について、企業行動のあり方について私の考えを述べさせていただきました。これらについて今後の皆さん方の忌憚のない御議論をお願いしたいと思います。
 以上です。
#4
○大木浩君 私は、我が国の流通の将来展望に関する件について、まずテーマ一の中小小売商業の活性化を今後どのように進めていくべきかという問題について意見を述べさせていただきたいと思います。
 既にお手元にも配付されてあるわけでございますが、今までの委員の意見表明の論点というところにもございますように、一口で言いますと、我が国の中小小売商業というものは、今日さまざまな経営環境の変化に直面をしておるということが言えると思うわけであります。
 いろいろの要素があるわけですけれども、第一には、何といいましても消費者のニーズが非常に多様化しているというのが一点であろうと思います。所得水準の向上、自由時間の増大などを背景にいたしまして、消費者の価値観、ライフスタイルが非常に多様化しておるわけであります。また、男女雇用機会均等法等による女性の社会進出に伴い、家事の外部化等によりまして深夜や早朝における消費者活動が活発化する一方で、高齢化が進展いたしまして行動半径が狭い高齢者が容易に接近できる買い物の場というようなもののニーズも片一方では強まっておるわけであります。
 次に、都市構造やら交通体系の変化ということが指摘できると思います。
 都市人口の郊外への流出による都市の郊外化、あるいはモータリゼーションの進展等に伴いまして、消費者の行動範囲というものが急速に拡大をしておるわけであります。また、女性の社会進出は、従来までのように買い物が多頻度少量購入というようなことでなくて、お休みの日に一週間分買うまとめ買いというような方向へのシフトもありますから、それが結果的にはまた郊外の大型店へ消費者が流れるというような現象にもつながっておるわけでございます。
 このような消費行動の広域化というのは、都市の中心商業地域から郊外やロードサイドにおける新たな小売店の出店を可能にする一方では、中小都市のはづ力商圏の狭い商店街の多くでは、逆に停滞感、衰退感が強まる等の問題をもたらしております。特に、最近は女性のドライバーも非常にふえていますから、行動半径や行動時間帯の枠を広げて、駅前のアーケード商店街から駐車場つきの郊外店での購買というような方への移動ということも非常に認められるわけであります。
 第三に、情報化と申しますか機械化と申しますか、小売中小企業の中でもそういった傾向が認められます。
 情報処理機器の導入によりまして、業務が非常に効率化される、効率化しなきゃならないというのが重要な経営戦略になっておるわけでありまして、いわゆるPOSシステムの導入によりまして、レジでの省力化、迅速化の向上、あるいは売れ筋、死に筋商品の把握といったような消費動向の把握、あるいは顧客の購買行動の把握、利益状況の迅速なる把握といったようなことが可能となっておりますけれども、今後とも情報処理能力といったものの成果を活用して消費者ニーズに的確に対応していくことが必要になっておるわけであります。
 第四に国際化の進展がございます。この点はいろいろとまた時間があれば議論したいと思いますけれども、問題点としてひとつ指摘しておきたいと思います。
 それから第五に、大店法の改正等による影響でありますが、これは昨年の十一月に当調査会におきまして通産省の方で一応状況説明がございましたけれども、大店法の運用適正化措置というのを平成二年五月にとって以来の状況というのは、一時非常に出店ラッシュというのがありましたけれども、その後やや落ち着いておるという状況であります。ただ、この影響というものはもうちょっと、少し長く見て、本当の意味での今後の影響というのを完全に理解しなければならないんじゃないかというふうに考えております。
 以上のように、中小小売商業を取り巻く環境というのは、とにかくもう大変に変化しておるわけでございまして、大きな構造変革期の最中にあるということが言えると思いますけれども、その結果といたしまして、中小小売業の店舗数の減少傾向というのは、これはもう紛れもない事実としてあらわれておるわけであります。
 通産省がいろいろと統計を出しておりますけれども、通産省の商業統計表によりましても、全国の小売商店数というのは昭和六十三年六月現在で百六十二万店となっておりますけれども、その中で従業者一名から四十九名までというのが一応中小小売店というふうに分類されておりますが、これが全体の九九・六%ということで、ほとんど大部分は今の四十九名以下ということになっておるわけです。その中でもまたとりわけ従業者一名あるいは二名といった本当の一番の零細小売店というのが五四%ということで、これでもう半数以上というわけであります。零細小売店は昭和五十七年をピークに減少を続けておりまして、三名以上の方は多少とも増加しておるんですけれども、今の最小小売店の方ば減少をしておる。
 それからまた、販売額を見ましても、昭和五十七年を一〇〇として見ますと、六十三年の指数は従業者五十名以上の大規模店は二二一、それに比べまして、従業者三名から四十九名までの中小小売店は二一五、それ以下の零細の方は九七で、大規模店ほど売り上げは伸びておりまして、零細小売店の売り上げは減少をしておる。ここでもはっきりとした格差が出ておるわけであります。
 零細小売店の転廃業と申しますか、が相次いでおりまして、全体の数も減っておるという状況でございます。これは通産省が九〇年代の流通ビジョンという報告を出しておりますけれども、そこでの分析を見てみますと、大部分は倒産に至る前の自発的廃業ということになっているようでありまして、ほかの小売業態との競合の激化、消費者ニーズの変化、地価の高騰あるいは交通事情の変化等による立地条件の変化に対応ができず継続的な業績不振に陥った、あるいは経営者の高齢化に伴う将来への不安、後継者の不在、地価高騰による店舗等不動産処分や他への転用というようなことを考える等々によりまして、ただいま申し上げましたように転廃業がかなりふえておるわけであります。
 例えば、国民金融公庫が昨年の一月に実施いたしました中小小売業の経営に関する実態調査というのがありますが、これによりますと、流通をめぐる経営環境の変化の中にあって、中小小売店の四一・四%がもう対応策をみずから見出せないということを言っておるわけでありまして、こういう傾向が小さな小売店の共通の、何と申しますか状態であるというわけであります。
 対応策を見出せないと言っておるわけですけれども、それはやはり対応策といいましても、その内容が高度化し、必要資金も高額化した、あるいは高度の経営資源が必要とされるようになってきたというような事情が指摘されております。特に、零細小売店にとりましては、対応策を講ずるといたしましても人員面、資金面ともに限界がある。仮に資金的に対応策ができるとしましても、資金の回収にはやはり長期間を要するわけでありますから、後継者がいない高齢の経営者の場合には、これは高額の資金を投ずることには慎重にならざるを得ないというような事情もあるわけであります。
 では、対応策を見出せない中小小売店の将来はどうなるか。正直申し上げまして、非常に先行きが暗いわけでございますけれども、なかなかそういう状況では事業の拡大に意欲的にはなれない。特に、長期的には後継者の不足といったような形で転廃業への圧力というのは依然として強くなってくるんじゃないかというのが現状であろうと思います。
 先ほども申し上げました実態調査というのがあるんですが、事業の継続性に懸念を抱く小売店の割合というのは二四・六%という数字が出ておりますから、四つに一つはもう本当に先行きが非常に難しいと考えておるということであろうと思います。ということで、何ら対応策をとらずに現状のままであるとすれば、これは世代交代を契機として一層廃業が進むんじゃないかということになるわけであります。
 こういった状況について、いかにこれから取り組んでいくべきかということでございますが、そういった転廃業ということを想定しながらソフトランディングに持っていくのか、あるいはむしろもっと積極的に活性化を図ってさらに生き残りを考えるのか。いずれにいたしましても、この問題というのは中小小売店自身の立場からだけではなくて、消費者の利便あるいは地域社会における影響等を総合的に考慮していく必要があると考えるわけてあります。
 ところで、中小小売店はおおむね商店街という商業集積を形成しておりますから、中小小売商業の活性化ということになりますと、商店街の振興をいかに図るかという問題と深くかかわってくると思うわけであります。
 次に、商店街の抱える問題について、長期的視点から取り組むべき問題と当面の問題点を分けて若干意見を述べさせていただきたいと思います。
 昨年、中小企業庁が発表いたしました商店街実態調査の概要というのがございますが、これによりますと、金商店街の九一・五%、非常に多い数字ですけれども、これがみずからの状態を停滞または衰退の状態にあると言っておるわけであります。しかもその傾向は一向改まらない、続いておるという感じであります。
 どうして停滞しておるか、衰退しておるかということですけれども、これはいろいろ理由はあるわけですけれども、一つは、お客さんが商店街以外の大規模小売店舗に流出する、これが一つ。それから、個々の店の近代化のおくれというようなものが大きな要素として挙げられております。これに対しまして、かなりよくやっておるということをみずから判断しておる店、唐といいますか商店街ですが、商店街に来るお客さん、来街者が多くなって繁栄しておると考えておる商店街というのは、統計によりますと一割以下というごとになるんですけれども、これをまたその要素をいろいろ分析してみますと、繁栄の理由としては、アーケード、カラー舗装、街路灯の設置あるいは販売促進活動の活発化、あるいは商圏地域の人口、世帯数が増加している。これはいわゆる外的要因でありますが、こういったものが挙げられておりまして、これらは政策的支援やあるいはまた商店街の自主的な努力が功を奏したものであろうと考えます。
 また、そういった今の努力といいますか、繁栄の理由というのを五年前に比べてみますと、この商圏地域の人口、世帯数が増加しているというものがかなり多いようでありまして、このことは、商店街の活性化は単に商店街振興の問題としてとらえるのではなく、いわゆる町づくりの観点からの対策、すなわち地域社会全体の問題として長期的に考える必要があることをここでも示しておると考えられます。
 しかし、商店街には、その立地、機能、商圏範囲によってさまざまなパターンがあるわけでありまして、例えば都市立地別に見ましても、駅前とか繁華街、市街地、郊外、地下街それからまた大きなビルの中の商店街等といろいろに分類をできるかと思います。また、買い物機能といいますか、買い物のお客さんの方の行動の方からも分類してみますと、最寄り品中心型とか買い回り品中心型とか、あるいは両者の折衷あるいは混合型、あるいはアミューズメント型というような、いろいろとほかの仕事も兼ねながら買い物もされる、いろいろと買い物のパターンがあるわけでありますが、これらの分類の組み合わせによりましてさまざまなタイプの商店街ができ上がると思いますが、それを今後どうやって発展させていくかという計画、あるいはいろんな問題点というものは、おのずからいろいろとその場所によって違っておるわけで、それぞれにきめの細かい対応が必要かと思われます。
 先般、この調査会でも二班に分かれていろいろな商店街も見ていただきましたので、そういったところ、やはり所変われば品変わると申しますか、それぞれの地域によって事情が違うということはかなりよく御理解もいただけたろうと思います。
 例えば、地方の中核都市の場合は、市街地における買い回り中心型の商店街では、何といいましても駐車場の不足とか競争の激化、あるいはコミュニティーのいろんな関連施設が不足だというようなことが非常に深刻な問題になってくるのに対しまして、小さな都市の駅前型とか最寄り品中心型の商店街におきましては、人口の減少とか商店街の歯抜け寺といったようなものが、これはまた大都市とはちょっと別な意味での問題を抱えておると思われます。このように、個別商店街の実情がそれぞれ異なっておるわけでありますから、その対応策も当然に異なってしかるべきであると思われます。
 そこで重要なのは、各商店街の問題をやはり一番よく把握しているのは地方自治体ではないかということで、地方自治体の役割というのが一層重要になってくるのではないかというふうに考えられます。特に、地方自治体のイニシアチブが求められますのは、都市計画や道路計画等におきまして、商店街をどのように位置づけるかという点であると思います。この点が明確でありませんと、商店街の方も的確な将来ビジョンを打ち出すことが難しいのではないかと考えられます。したがって、国による商店街活性化のための支援策も、これは地方自治体の支援策との密接な連携のもとに、商店街のそれぞれの個性に見合った対策を考えなければならないというふうに考えます。
 これは私見ですけれども、やはり地方の都市を見ていますと、なかなか諸外国に比べてゾーニングといいますか、それぞれの町あるいは町の区域をどういう区域にしていくかということがどうもまだはっきりしない、いろいろなものが混在しているということが多いようでございますので、この辺はやはり国としてもよその国の実情も勉強しながらひとつ考えていただきたいと思うわけでございます。
 それから、大型店の取り扱いにつきましては、先ほど申し上げましたけれども、これはまたひとつこれから中期的に検討していただかなきゃならない問題じゃないかというふうに考えます。ただ、大型店の進出につきましては、やはりプラスマイナスの両方があるわけでございますから、両面からの検討を考えなきゃいけないというふうに思います。
 それから、最近のモータリゼーションの拡大に対応するための駐車場の確保、これがもうどこへ行きましても最大の問題として挙げられておるわけでありまして、商店街にとっては、特に大型店に対抗するためにも便利な商店街駐車場というようなものを大幅に増設する必要があると言われておるわけでありまして、商店街の共同駐車場、公共駐車場等の建設を積極的に推進するとともに、これに対するまた公的な補助の拡大というものも課題になるのではないかと思います。
 以上はハード面の対策でありますが、ソフトからの対策といたしましては、平成四年度の通産省の施策の中に、リテール・サポート・センターあるいはイベント事業に対する補助制度の創設等が盛り込まれております。これらの施策はいずれも重要ではありますが、近年イベント事業も単発的なものからかなり定期的なものが重視される傾向にありますから、そういったことで定着性を持たせたイベントに対する補助といったことも考える必要があると思います。
 次に、テーマ二の物流問題を今後どのように進めていくべきかについて、簡単に意見を述べさせていただきたいと思います。
 今のこの日本の経済というのは、経済学者で言いますと高度大衆消費時代といいますか、とにかく、生産の方もそうですけれども、消費の方が非常にパターンというものが物すごい勢いで動いておるということでございますから、いろんな問題はすべてそういった状況から変化が生じておるわけでございます。まず需要サイドにありましては、経済成長の伸びを上回って国内物流量が急増しているということ、あるいは配送の小口化、多頻度化及び配送の時間指定を求める。お客さんの方もそういった要求もいろいろあるということで、そういった物流に質的変化が生じておるわけであります。
 供給サイドの方におきましては、物流の高度化に伴い、機動性、利便性の高い自動車輸送の割合が高まっておる。このような状況で、物流業界は運転手の不足や道路混雑等による物流能力の限界や物流コストの上昇、あるいは付随する環境問題もいろいろ出てきますから、環境問題等の諸問題を抱えていると言われております。この背景には、テーマ一で述べましたように、消費者の所得水準の向上やライフスタイルの変化等によりまして、商品の品質、新鮮度、価格、品ぞろえ、買い物の利便性等さまざまな面で多様化しておることにあります。
 このような消費者ニーズの多様化等を背景にいたしまして、発注の多頻度化、一商品当たりのロットの小口化、あるい値リードタイムの短縮化等が進行しているわけでありまして、主に消費者サイドの要請によるこの傾向は今後とも続くと思われます。消費者ニーズにこたえようとすれば、これはもう物流業界の多大な負担を強いるのみならず、またさまざまな問題を引き起こしかねない面もあるわけでありまして、このことがこれからの課題であろうと思います。
 次に、先ほど福間委員の方からもお話あったと思いますが、労働力をどうするかという問題、これはもう日本経済で一番大きな問題で、単に中小企業ばかりじゃないんですけれども、労働力不足下における経済構造につきましては、ジャスト・イン・タイム・サービスが拡大すればするほどますます労働力不足を深刻化させることになるとともに、このことが賃金コストの上昇を引き起こし、その結果輸送コストの増加をもたらすということでありますから、ジャスト・イン・タイム・サービスによるメリットが失われてしまうというおそれもあるわけでございます。したがいまして、今後若年労働力め大幅な不足が予想される中で、若年層を引きつける魅力ある職場づくり、あるいは女性、中高年労働力の活用を図る等の施策を積極的に推進していく必要があると思います。
 また、これも既に意見表明の中で述べられておるところでございますが、事業規模が小さく経営規模の脆弱な中小企業につきましては、物流効率化のための投資が資金調達力の脆弱性等のために非常に困難とされておるわけであります。したがいまして、企業が共同して共同配送や共同物流加工等物流効率化投資を行う場合には、金融、税制面からの支援策も必要と思われます。
 以上、簡単ではございますが、一応意見を述べさせていただきました。必要に応じてまた補足させていただきたいと思います。
 ありがとうございました。
#5
○白浜一良君 流通問題をずっと学習してまいりまして、何点か基本的な問題に関しまして見解を述べたいと思います。
 多少重複するわけでございますが、まず初めに、中小小売店の問題でございます。
 私たち子供のころのいわゆる商店街とか小売店が集積した場所を考えましたら、そういうところに子供たちが集まったり、また人の触れ合いがあったわけで、非常にそういうにぎわいもございましたし、ある意味で町のコアになっていたわけでございます。しかし、御存じのように、非常に大量で多品種で非常に廉価であるという、そういう大型店がさまざまな形でたくさん出現してきたということもございますし、また何よりも消費者のニーズが非常に多様化してきた、また国際的な商品が流通しているということもございます。日本の製造業を見ましても、商品開発が非常に活発でございまして、どんどん新しい商品が出てくる。これはもうどうしょうもない時代の流れでございまして、そういう中でやはり中小小売店が取り残された、非常に斜陽化してきている一面が現実問題あるわけでございます。しかし、これからの時代を考えましたら、この中小小売店というのが人の触れ合いの、にぎわいの場であった、そういうところを象徴しているわけでございますが、これからますます高齢化社会になっていくわけでございます。そういった面では非常に身近なところにお店がある、非常にこれは大事な要素でございますし、まして、これからますます大事になってまいりますのは、いわゆるアフターケアも含めまして消費者へのサービスというか、そういうものが本来小売店が無料でと申しますか非常に丁寧にしていた面でございます。そういった面から考えましたら、多少時代の流れで淘汰されていく面はやむを得ないわけでございますが、そういう健全な、またやる気のある中小小売店を育てるということはこれからの時代、社会の中で非常に大事な要素ではないか、このように思うわけでございます。
 そこで、何点がこれから考えなきゃならないポイントとして述べたいわけでございますが、一つは、通産省がリテール・サポート・センターをつくっていこうというふうに考えております。これは、やはり消費者のニーズが多様化している、どんどん新しい商品が開発される、また消費者に最も合った商品とは何か、そういう大事な情報を集積化する必要があるわけで、大企業がやる場合は当然市場調査をやりまして、消費者のそういうニーズに合った商品開発また仕入れ等をやっていくわけでございますが、小売店はなかなかできないわけです。そういった意味で、小売店をサポートするためにそういうセンターができるということはいいことなんですが、都道府県別にできていくということでございますが、これは十分拡充していく必要がある。
 と同時に、もう一点忘れてならないのは、人の流れというのは都道府県別ではないわけでございまして、私、大阪に住んでおりますが、関西圏で申しましたら大体二千万の人口がございます。人の流れを見ましても、大阪を中心に、奈良とか和歌山とか京都とか兵庫県東部とか自然な流れがあるわけでございまして、そういう広域的な面での商業ゾーンと申しますか、そういう中での消費者ニーズのとらえ方、そういうものを考える必要があるのではないか、まずこのように思うわけでございます。
 もう一点大事だなと思いますのは、先ほどお話にございましたが、商店街の活性化とか小売店の育成とか申しましても、場所によって非常に違いがあるわけでございます。駅とか大きなターミナルとか、そういうのに隣接したいわゆる商店街、これは比較的に駅前開発と連動いたしまして人の流れが当然あるわけでございますから、実際活性化している現実が多いということが言えるわけでございます。ところが一番問題は、そういう大きなターミナルの近くの地場の商店街というのはすべて大きなターミナル隣接の商店街とか集積した小売店に糾合されてしまいまして、大阪を見ましても非常に衰退しております。そういった場所にどのように人の流れをつくるのか、小売店の活性化を図っていくのか、大きなテーマであるわけでございます。
 また、郊外地にございますいわゆる集積した小売店、商店街を考えましたら、これはるる述べていらっしゃいますように、交通アクセスと申しますか、駐車場なんかがないともう人が集まらないという、そういう現状もあるわけです。そういった面で申し上げましたら、今まで商店街の活性化という面で、よくアーケードをつくったり舗装をしたり街路灯をつくったりということがあったわけでございますが、そういうことではもう活性化し得ない段階に実際来ているわけです。
 先ほどゾーニングの話がございました。
 都市計画とか町づくり、その地区地区のゾーニングに合わせて、やはりそれぞれの商店街とか集積化した小売店の活性化を考えていく必要があるのではないか、このように思うわけです。補足して申し上げましたら、本年度から祭りをやっていこうという話でございますが、これは聞きましたら単価予算が六百万ということで、規模も小さい。六百万なんかの補助金ではできないわけでございます。やはり人を糾合化するという面では、毎年やるというか、やはり伝統になっていくということが非常に大事でございまして、もう少し多様なそういう取り組みが大事じゃないか、このように思うわけでございます。
 私、大阪の例で恐縮でございますが、考えましたら、大阪は一番都心部の幹線が御堂筋でございまして、御堂筋の東側に心斎橋筋という非常に高度な商店街があるわけでございます。週末だけではなしにここは平日も本当ににぎわっているわけでございますが、この御堂筋の西側というのは非常に寂れてしまっていたんです。ところが、アメリカ村というのができまして、青年たちに焦点を集めまして、衣料品とか装飾品とかまた飲食の店、非常に若者向きにターゲットを集めて、アメリカのさまざまな商品とか情報を直仕入れて、リアルタイムで若者たちに示せる、そういう町をつくりまして、どちらかというを寂れていました御堂筋の西側というのが非常に活性化した例がございます。
 そういった例から見られますように、個々の状況に合わせた、地域性に合わせた開発、小売店の活性化というものをもっとやっぱり、当然行政という観点、国は国というその視点もございますし、また何よりも地方自治体が一番身近な問題でございますので、そういうものを連動した活性化を図っていかなきゃならない、このように思うわけでございます。
 次に、系列の問題を若干お話ししたいと思うわけでございますが、これは日米構造協議の中で盛んに取り上げられた問題でございまして、実際上の機能から申し上げましたら、我が国の系列というのは、確かに品質管理の向上に非常に役立っておりますし、製品のアフターサービス、そういった面からも非常に大きな役割を果たしているのは事実でございます。しかし反面、反競争的な取引、また取引そのものが非常に閉鎖的であるという、そういう一面も実際にあるわけでございまして、この辺がこの日米構造協議の中でも問題にされたことでございますし、これだけグローバルな日本の経済を考えましたら、やはり何らかの面で国際化を推進していかなきゃらない、国民と世界に開かれた企業、経済構造をこれはもうどうしても築いていかなければならない、このように思うわけでございまして、そういった面で基本的に四点の問題点を指摘したいと思うわけでございます。
 まず第一点は、系列化をもたらす可能性の高い競争関係にある同業同種の企業の株の持ち合いについて、やはり制限していく必要があるのではないか。例えば今金融機関のいわゆる株式保有というのは上限五%に決まっておりますが、非常にこれも巧妙に持ち合いされておりまして、そういう五%の上限そのものも見直していくべきではないか、引き下げていくべきではないか、このように思うわけでございます。
 二点目には、特に大きな事業主、例えば資本金が百億円以上とか、そういう大きな事業会社に関しましては、他社の株式の所有に関しまして一定の制限を加えるべきではないか。例えば、自己の資本金を超えて保有することはできないとか、そういう制限をすべきではないか、このように思うわけでございます。
 三点目には、親会社、子会社の株の持ち合いの問題でございます。株主総会における議決権行使の確保、これは今、子会社の親会社に対する株式保有が二五%を超えると議決権の行使ができなくなる、こういう規定があるわけでございますが、これも非常に大き過ぎる。その辺ももっと見直していくべきではないか、このように思うわけでございます。
 それから四点目には、上場会社の株主構成基準、一年以上にわたって上位の十株主で占められている比率、現在七〇%というふうに言われているわけでございますが、この辺も強化していかなければ自由な市場にならない、そのように思うわけでございます。
 それから、もう一つ大きな問題で、独禁法の絡みの問題を考えてみたいと思うわけでございます。
 当面、公正な取引、また自由な競争、それは我が国の市場をより開かれたものにするわけでございますし、何といいましても、やはり生活者、消費者の立場に立ってこれは非常に大事なことであるわけでございますが、そういう意味では、日本はまだまだ寡占の弊害があるとたびたび内外から指摘されているわけでございまして、そういう観点から、以下五点にわたって少しこれからの改善点を指摘したいと思うわけでございます。
 まず第一点は、公正取引委員会がございます。しかし、往々にして取引委員会の委員長というのは経済官庁出身の方が非常に多いわけでございます。決していけないというわけでもございませんが、やはり公取委の独自性、地位の向上を図るためには専門的知識を持った中立的な方がなるのがいいのではないか、このように思うわけでございますし、もう一つは、何としても事務局の体制の強化拡充というものを図っていかなければならない、このように思うわけでございます。
 二点目には、カルテル排除の問題でございます。今は物的証拠がなければならないというそういう暗黙の基準があるわけでございますが、しかし、実際はそういうカルテルらしいということが多々あるわけで、状況証拠があれば摘発できるようなそういう強化が必要ではないか、このようにも思うわけでございます。
 三点目には、いわゆる同調値上げの問題で、これもよく問題になります。確かに、公取委で独禁白書が毎年出ているわけでございますが、こういう同調値上げの疑義を晴らすためにも、こういう問題があったときには公取委もきちっとした見解を述べるべきではないか、このように思うわけでございます。
 それから四点目には、いわゆる課徴金の問題で、昨年若干改正されました。しかし、まだまだそういう意味では抑制効果があるような、そういう内容になっていないではないか。だから、さらに強化する必要があるのではないか、このように思うわけでございます。
 それから五点目には、競争阻害的な商慣行、このように言われております建て値制とか返品、バックマージン、リベート、こういうものに対しましても、独禁法の厳正な適用を現実的に考えていくべきではないか、このように思うわけでございます。
 以上で私の見解を終わります。
#6
○神谷信之助君 私は、本調査会が我が国の流通の将来展望について調査活動包進めてまいりましたことを踏まえまして、特に今指摘しておかなければならない問題についで、二点に絞って意見を申したいと思います。
 その一つは、白米構造協議に基づく大規模小売店舗の規制緩和問題であります。
 アメリカは、日本にアメリカの流通資本が自由に進出できるように大店法の規制緩和を求めてきました。日米構造協議は、消費者利益のためでなく、アメリカ資本の日本進出が目的でありほす。また、日本政府も、日本の流通独占が一層の流通部門の支配を強化できるようにするために、大店法の改正を目指していました。この日米独占資本の思惑が重なり合ったのが八九年六月に発表された産業構造審議会の答申、「九〇年代流通ビジョン」であります。
 その内容は、競争メカニズムと効率的な流通システムの形成を図るために、大店法の規制緩和を柱とする流通部門の規制を大幅に緩和するものであります。そして消費の多様化、高級化に対応するためには自由な競争、大型店の出店自由化が必要という根拠を持ち出してきたのであります。これはまさしく強者の論理である競争万能主義を推し進めて、独占資本による流通再編成、流通支配を確立しようとするものにほかなりません。
 日米構造協議に基づく規制緩和の結果、昨年九月末の大型店の出店予定数は、第一種大型小売店舗千八百五十二件と、この十年間に出店した千六百一店舗を上回る大型店がことしじゅうに出店することが可能という異常な出店ラッシュを引き起こしております。この十年間に流通近代化の名のもとに進められた大型店の進出により、小規模零細商店は全国で十六万店も減少してまいりました。また、通産省が八九年に発表した「九〇年代流通ビジョン」では、今後十年間にさらに約三十万店の中小零細商店が転業、廃業に追い込まれ減少すると予測しております。ことし一月に施行された改悪大店法がこれを加速させるものであることは間違いありません。
 そのことは当然身近な商店街から、日常生活になくてはならない肉、魚、野菜など各種食料品店を初め日用雑貨店がなくなり、商店街として成り立つための商業集積がなくなってまいります。これは、地域の高齢者を初め消費者にとって、車やバス、電車を利用しなければ買い物ができなくなる状況も生まれ、日常生活に大きな影響を及ぼすことになるのは明らかであります。こうして商店街全体の客離れが加速し、ひいては商店街全体の廃業へ通じていくことになります。これは、商店街に働く人々の死活問題であり、長年地域に密着し、地域のお祭りや町内会、婦人会、消防団など、地域住民の主要な構成員として中心的役割を担ってきた努力を無にし、住民を主人公とした町づくりどころか、地域全体を破壊することになってしまいます。
 大手流通資本が中小小売店への影響を無視し、大型店の無謀な進出で流通支配を進めてきた根拠になったのは、消費者の利益という大義名分であります。流通を近代化し、効率的な流通システムの形成、国民生活の質の向上のための消費の多様化、高級化に対応と大型店の進出があたかも消費者の利益であるかのように宣伝されてまいりました。しかし、これが事実に反することは既に明らかであります。今日、大型店の商品の価格が中小小売商店より高いことは、経済企画庁の流通問題研究会の報告、東京都生活局の調査で証明されているところであります。また、流通独占は、多量の食品添加物、防腐剤を使用し、見ばえのよさや長期保存が可能な商品を製造させており、常温で五年間放置してもカビが生えないジャムやあるいはつくだ煮、それから添加物に漬けたようなハムやソーセージ、これらを大量生産して競争していることは多くの消費者が指摘しているところであります。これでは消費者の安全を犠牲にした企業利益のための効率的な流通システムであり、決して消費者の利益と言えるものではありません。
 その上、効率的で利益最優先の考え方による大型店の無謀な進出は、既存の商店街が巨大な資本の力で重大な打撃を受け、周辺住民の消費生活を一変させるだけでなく、場所によっては上下水道の布設や道路の拡幅、プラスチック等の過剰包装によるごみ対策の必要も生じるようになり、自治体負担の増大、それとともに都市計画さえも一変させることにもなるわけであります。また、交通渋滞による騒音、大気汚染など地域住民の住環境への影響もあり、自治体として解決しなければならない新たな問題を抱えることにもなります。自治体が計画的かつ主体的な町づくりを進め、大型店の進出の影響から地域住民の住環境を守るため独自の出店規制をするのは、憲法、地方自治法の規定からも当然のことであります。
 大型店の無謀な進出は、効率的で利益を最優先の考え方に基づくものと言えます。しかし、今日多くの国民が求めているのは、経済性だけでなく、住民を主人公とした都市計画、便利で住みよい住環境、安全で安心して食べられる食品の供給等が切実に求められています。こうした点から、巨大な資本の力を背景にした利益第一主義による大型店の無謀な進出は規制されて当然であります。むしろ巨大な資本の力を消費者、国民の立場から民主的に規制し、巨大な社会的力にふさわしい社会的責任を果たさせるよう民主的にコントロールする必要があります。
 現在、大型店の出店規制は世界の常識となってきています。経済民主主義の上からも、流通大資本や大型店の責任と義務を明確にさせることが重要であります。
 フランスのロワイエ法、イタリアの商業基本法では、日本のように原則出店自由の届け出制よりもはるかに厳しい出店許可制をとっています。また、小売業の営業について許可制を採用していないイギリス、旧西ドイツでも、都市計画の観点から商業立地規制をしているのであります。大型店の出店についての商業調整的な法体系がないアメリカでも、州の環境保護法ですべての大型建築物の新規計画について、交通への影響、大気汚染など都市環境への影響についてのアセスメントチェックが義務づけられています。その上に、地方自治体の都市計画や土地利用計画で大型店や商業施設の出店、開発についてゾーニング規制が適用されています。
 日本共産党は、大型店の無秩序な進出を規制することとあわせて、今必要なのは、公共の駐車場設置によって商店街への自動車乗り入れを禁止し、歩道に緑やベンチを配置するなど、消費者に魅力のある、買いやすい商店街づくりのため、自治体の援助を強め、住民、消費者、業者と一体となった町づくりを提案しております。日米構造協議に基づく夫型店の出店規制緩和を直ちにやめ、流通大資本の利益第一主義の無謀な出店を許さず、地域の産業、文化、歴史や伝統を生かした町づくりのために、都道府県知事による許可制にするなど、民主的な規制の必要性こそ指摘しておきたいと思います。
 指摘しておきたい二つ目の問題は、ガット・ウルグアイ・ラウンドの中で、各国の食品安全基準の規制を緩和しようとする動きが強まっていることであります。それは、ドンケル最終合意案の中で、初めて食品安全の分野で貿易上の国際的ルールを確立しようとする案が出されたことです。
 この内容を簡単に紹介すると次のようになります。
 自国の衛生・防疫措置を国際的な基準、指針または勧告がある場合は国際基準に統一されることになります。ただし、科学的正当性がある場合は国際基準より高い水準の衛生・防疫措置をとることができるが、その際は貿易への悪影響を極力少なくしなければならないとしています。また、同等性の原則ということで、輸出国の衛生・防疫措置が輸入国のそれの適当な水準を達成することが立証されたなら、輸入国は輸出国の衛生・防疫措置を受け入れなければならないとしています。
 このドンケル最終合意案が実施されますと、日本は国際基準の受け入れと貿易への影響を配慮しなければならないということで、大量の食品添加物の認可と使用基準の緩和に追い込まれるとともに、同等性の原則ということで、日米構造協議に見られるアメリカの圧力はますます強まり、食品衛生行政のアメリカ化が一層促進していくことになるのは必至であります。
 食品安全行政は、それぞれの国の風土や歴史的経緯によって食生活、食習慣が形成されてきたため、それぞれの国や地方によって異なり、独自性を持って当然であります。そのことは、FA〇、国際連合食糧農業機関、WHO、世界保健機構が一九五七年、食品添加物についての基本的考え方として、食品添加物の必要性はそれぞれの国によって違うものであり、FAOが一律に指定するものではなく、各国がそれぞれ責任を持って指定しなければならないと国際的な基準を決めるべきではないことを指摘しています。
 今回の食品安全の分野でのドンケル最終合意案は、アメリカが日本の食品衛生行政を非関税障壁として敵視しているのを反映したものと言えます。これを認めることは、アメリカの不当な対日圧力、要求を日本の国民の安全より優先させるという本末転倒の極めて危険なものであり、決して認めてはならないことを指摘して、私の意見表明を終わります。
#7
○古川太三郎君 日本人の食生活というのが今非常に変わってきました。これは夫婦共稼ぎとかそういったこともございますし、また冷蔵庫とかそういったものの普及もございます。そういう意味から買いだめするような形にもなってきた。毎日近所で買うというようなことも非常に少なくなってくることも事実です。統計的に二日に一回は主婦が生鮮食料品を買いにいくというような統計もございますけれども、それもだんだん少なくなるんではないか。そういう意味から大型店が出てくるのはもうやむを得ない部分もあろうかと思います。しかし、今のお話にもありましたように、食料品についての何といいますか、長期保存の薬品の投与については、これはしっかりとした規制が必要ではないかと思います。
 そういう意味からどうしても今までの零細中小の小売店というのがだんだん大型化し、町そのものは別の意味で活性化を考えなければならないんではないか。大型店、それが私はいいというものでは決してございませんけれども、流れとしてはどうしてもそうならざるを得ないんじゃないか。それだけに、今独禁法での世界的な何といいますか、商品流通のメカニズムそのものを世界的な法則と同じような法則に持っていかざるを得ないんではないか。これは確かに、資金力が集中しできますと、どうしてもそこに、日本の今までの慣習からいく取引関係だけでは、これは消費者にとっては逆に不当な部分が出てきますので、そこは日本の慣習だから、あるいは日本だけが今までそういう文化を持っていたんだからという理由だけで外国のそういう独禁法の規制の仕方を排除するというようなことであってはならない、このように思います。
 今、大型店が非常にできてきたという理由は、今まででも電化製品なんかでは、秋葉原のことを見るまでもなく、初めからそういう予兆はあったわけなんで、大きな都市になってきた、あるいはそういう場合の交通のアクセスが非常によくなってくるというときには、どうしても専門の大型店が、これは消費者としてはどうしても安いですから買いたくなる。しかし後のアフターサービスなんかを考えた場合に、じゃ地元で買おうというようなこともございますから、私は消費者の選択に任せていい分野ではないかと思います。
 そういう意味で今の大型店が出てくることは、小売業をなくして卸から消費者に直接手に入る、エンドユーザーに入るというようなことになろうかと思いますが、その分だけ安くなることは事実でしょうし、何といいますか、その分だけ卸という段階を省略していける部分も出てくるんではないかと思います。
 今時に日本で必要なのは、これはもうアメリカが第一回会合の構造的障壁として改善を求めた六項目のうち、価格メカニズム、それから流通制度、系列関係、排他的取引のこの四項目というのはすべて独占禁止政策にかかわる問題でありまして、この四つの問題については特に日本が謙虚になって世界的なルールに従っていくということだけは歯どめとして持っておきたいものだと思います。
 商店街が、これは歯抜け現象も出てきているようですけれども、どうしても土地の高騰が普通生活者が考えている以上に激しかったという部分もございますので、これは土地高の現象であって、必ずしも商店街の何といいますか、流通からくる問題でもなさそうだ。それは原因が半々ぐらいにあるんじゃないかなと思ったりもしております。
 いずれにしても、これからの流通は経験のない速さと内容を持って変化していくだろう。国際化が進み、情報化が進み、生活の価値観の多様化が進み、外国からの発言が多い中、競争の環境の整備といいますか、独禁法の整備、そして消費者の満足のいく選択肢を拡大しなければならない、このような課題を解決すべく取り組む姿勢が一番必要ではないかということで終わります。
#8
○足立良平君 流通問題を考えますときに、まず検討されなきゃならないものに物価問題、とりわけ内外価格差の問題があるのではないか、このように思っております。事実、経済企画庁が昨年発表いたしました「物価レポート91」を見てみましても、東京の生計費の物価水準はニューヨークに比較をして実に三割程度も高くなっているわけでありまして、経済大国と言われながら、国民生活はそれに見合って豊かでないことを事実として示しているわけでございます。
 内外価格差の比較的大きい商品のうち、輸入の多い衣料品、香水、ウイスキー等の商品につきましては、価格維持的な商慣行、消費者のブランド志向、輸入総代理店の存在などが価格を引き上げる要因になっております。そして輸入の少ない商品につきまして、一部の農産物のように輸入規制をしているもの、そして化粧品のようにその一部に再販売価格維持が認められるもの、ビールのようにその販売が免許制になっているものが含まれておりまして、いわゆる公的規制が競争を阻害していることが価格を硬直化していると言えるのではないか、このように認識すべきかと思います。
 国内卸売物価を価格支持、輸入数量制限及び参入規制などの公的規制のある品目とない品目とに分けてこれを見ますときに、非規制品目は円高等による輸入価格の低下にほぼ対応して下落をいたしているのに対しまして、規制品目は総体としてほぼ横ばいで推移をいたしているわけでございます。
 したがって、内外価格差を縮小させるためには、こうした公的規制を見直し、市場における競争条件を整備して、国内外の競争を促進することを基本の方策に据えなければならない、このように考えております。
 さらに、平成元年の公正取引委員会の試算によりますと、政府が何らかの形で産業活動に介入しているケースは、全産業の付加価値総額約三百三十兆円のうち実に四〇・八%の百三十五兆円にも上っております。中でも、事業活動に関して免許、許可、認可による参入規制及び設備、数量、価格に係る規制があわせて行われているという、特に政府規制の強い産業分野の付加価値額は約八十兆円、二四・一%にも達しているのであります。
 政府規制制度は、導入当時はある程度合理性を持ったものであっても、経済の発展、社会の変貌過程で形骸化し既得権益化してしまうものがあります。また、今日のように国際化を一層推進していかざるを得ない時代には、その制度の存在が障害になるケースもあるわけであります。
 我が国産業による財やサービスの供給力が飛躍的に高まった今日におきまして、真に生活者の利益を擁護するのは、政府の力ではなく市場における自由競争の力であるということをしっかり認識し、経済活動については原則自由、例外制限の原則を確立することが必要であろうと考えます。商品の購入者としての生活者の利益確保のためには、事業規制の緩和と参入障壁の撤廃とを通じて、メーカーから消費者に至る生産、流通の全過程にわたって市場での公正かつ自由な競争をいかに実現するかが決め手であろうと思います。
 そのために、政府として早急に期限を区切って包括的な規制緩和アクションプログラムというものを策定し、さらに果敢にそれを実施に移すべきであります。
 このような規制緩和の徹底による市場での自由な競争を通じてこそ、流通分野の構造改革というものが進むとともに、米国などの諸外国から批判をされている商慣行についても、国際的に認知され世界的普遍性を持つものになるのであります。
 これらの改革と並行して、流通産業全体としてもさらに企業倫理の確立、取引の透明性の確保に取り組み、国際社会の理解が得られるよう努めることが当然であることをまず第一点目に指摘をいたしておきたいと思います。
 次に、流通に係る諸規制としては、大店法、酒税法、食管法等が存在するわけでございます。殊に、大店法や自治体の条例等に基づく出店規制は、流通分野におけるイノベーターの出現や新業態の創造を阻む一方、大型店同士の設備投資カルテルと化しているとの批判も出され、結果として消費者利益にマイナスに働いている面が強かったと考えます。
 このような従来の大店法等による出店規制にもかかわらず、中小小売業は経営者の高齢化、後継者難等により衰退の傾向にございます。さきに大木委員も指摘をされたところでございますけれども、全国の小売業者は、昭和五十七年の百七十二万店から昭和六十三年には百六十二万店と、五年間に十万店も減っているわけでございます。特に従業員二名以下の零細な小売店は、同じ期間に百四万店から八十七万店へと十七万店、二割近い激減ぶりでございます。小売業者の売上高は、昭和五十七年の百三・六兆円から六十三年の八十七・四兆円へと一五・六%も減少をいたしております。そしてその半面、大手スーパーやコンビニエンスストアらが伸びているわけでございます。
 こうした中で、大店法の改正案が昨年五月に成立をし、本年一月三十一日より施行になりました。この規制緩和が、流通分野の競争を活発にするとともに、小売店の体質を強化し、結果として内外価格差の是正や商慣行の是正につながることが期待をされております。
 ただ、私はここで、規制緩和を進め自由競争を徹底的に促すことだけで消費者の利益は本当に守れるかどうかということの問題提起をいたしたいと思います。
 小売商店街は町の中心を形成し、その町の活気と生活の快適性の中核を担ってきただけでなく、都市の景観を形成し、地域の文化を維持してきたという見落としてはならない側面がございます。こうした伝統的な商店街のあり方を単に小売業者と大型店との競争力の優劣だけで見ることは適当ではございません。また、高齢化社会を考えれば、遠く離れた大型店より近隣の零細な小売店の親しみやすさを選択する人々も決して少なくございません。
 こうした多様なニーズは激しい競争による近代化という視点だけからとらえることはできません。流通は地域生活において中核的な機能を持っており、経済効率の観点からだけでなく、こうした社会的効果の観点からもとらまえる必要がございます。つまり、商店街はそれ自体が地域の活力の担い手であり、個々の商店街が一体となって、地域のコミュニティー、文化、市民の交流の場として魅力ある空間の整備に取り組むことが肝要でございます。
 同時に、将来の地域のあり方を決定するのは、地方自治体による一方的な地域計画ではなく、地域住民の参加による地域計画の策定が基本的な姿でなければなりません。望ましい町づくりのためには、住民ぐるみの町づくり委員会のような機関が設置をされ、三十年、四十年という相当長期のタイムスパンで商業サービス機能を明確化することが必須となってまいります。そこで、出店する大型店の業態とコンセプトが長期町づくり計画にどうフィットするのか、さらに中心地内、あるいは中心地と郊外地の間にあって、出店する大型店の戦略はどんなすみ分け競争をつくり出して消費者の選択率向上に役立つかについての評価をしなければなりません。
 そうした方向への誘導は、都市づくりを市民から負託されている各地方自治体の責務であります。町づくりの観点から、商業流通機能の集積と配置についての全体的な計画を策定、推進するため、町づくり条例や都市計画条例の制定、さらに地域で強力に推進していく人材養成等、自治体独自で積極的に対処する必要があろうかと思います。つい最近、それぞれの地域の商店街を視察いたしましたときにも、この商店街の活性化を推進していくその実態を視察いたしましたときに、その中心になって推進している人材が存在するかしないかということが極めて大きな要因であるということを認識いたしたわけでありまして、そういう観点でこの人材の養成というのは今後極めて重要ではないか、このように認識するところでございます。
 一方、改正大店法におきましては、大型店の新規出店を活発化させると同時に、自由化に対応してスクラップ・アンド・ビルドが進むと予測をされます。既存店舗の業態転換はもとより、新業態の開発が加速をされましょう。一方におきましては規模の大型化が進み、他方では規模の小さい既存店舗の撤退が進められてまいります。大型化ということになれば、より地価の低い郊外への立地が選択をされてまいります。その結果、商業集積の核の移動が進み、地域間競争が激化することになります。他方で既存の商業集積、特に中心部の商業集積の空洞化が生じかねない。あるいはまた、大型店の無秩序な出店は地域環境に悪影響を及ぼしかねないし、一層の交通混雑の原因にもなってまいります。
 こうした事態は、大型店の出店調整問題が単純な産業組織論的アプローチでは解決できないことを示しております。つまり、出店調整問題は競争問題を超えた地域問題という側面を有しているのでありまして、地域計画ないしは町づくりという観点から考察しなければなりません。町づくりという観点から考える限り、今回改正された大店法及び中小小売振興法並びに新たに制定された商業集積法などはごく一部の役割しか果たせず、これらをどのように有機的なものにするかが問題になってまいります。
 この点、欧米諸国では大型店の立地の調整は都市計画で行われるのが当然のこととなっております。我が国の大店法と似たロワイエ法を持つフランスでは、大型店は郊外の住宅団地か都心の核店舗としての立地しか認められておりませんし、ドイツでは都市計画法の地区詳細計画ですべて地域の同意をもとに立地が厳しく規制をされているのでございます。これに対して我が国では都市計画の規制が余りにも緩やかであります。我が国にも用途地域の制度はあり、商業地域の指定はございますけれども、商業地域以外でも商業の進出が禁止されているわけではございません。また、地方には都市計画地域の指定をしていないところも多く、こうしたいわゆる白地地域への大型店の進出は事実上野放しの状況でございます。
 そもそも土地という財は、利用の仕方によって負の外部性が他の経済主体の効用に悪い影響を及ぼすこともあるのでございます。したがって、土地を社会全体から見て有効に活用していくためには、市場機構の働きを土地利用計画、都市計画などで補完していくことが必要となってまいります。その意味で、流通産業も都市機能の一翼を担った産業である限り、どこでも立地が可能というものではなく、土地利用計画上の制約、いわゆるゾーニーング規制を受けるべきものでございます。そのために、総合的な都市の整備あるいは再編成を可能にするような都市計画法制度の改正が必要とされていると考えております。
 最後に、今日では大型店の商圏は個々の市町村の行政圏を超えてまいっております。したがって、広域的な地方自治体の連帯と市民参加を活用して、広域的なレベルで土地利用計画を策定する必要がございます。今日においては、商工行政の枠を超えた地方自治体の役割が生じていることを再度申し上げまして、意見といたします。
 以上です。
#9
○会長(田英夫君) 続きまして、ただいまお述べいただきました御意見に関して補足すべき御意見等がございましたら、順次御発言願いたいと存じます。
#10
○庄司中君 私は、補足意見として一点だけ申し上げてみたいと思います。
 一点だけといいますのは、来るべき高齢化社会と中小小売業の関係をどうしていくかという問題であります。これを消費者の側から見た場合に幾つかの望ましい観点というものが必要だろうというふうに思います。一つは、車、電車を使わないで歩いて買い物ができるという条件。それからもう一つは、近所の人たちとふだん着て交流ができるということ。それから第三には、車道と歩道が整備されて安心して歩行ができるということ。少なくとも高齢化社会を考えますと、消費者の側からこの三つの条件が確保される必要があるだろうというふうに思います。
 ところが、現在見てみますと、いわば住んでいるところと買い物をする距離が物すごく広がっております。例えば、先ほども御指摘がありましたように、郊外に大型店がどんどんできていくという問題、それからいわゆるロードサイドショップがどんどんふえていくという問題、それから大店法が施行されますと新たな商業集積の再開発が行われていく、そこに集積が行われていくという問題があるだろうというふうに思います。
 確かに、先ほどから御指摘がありましたように、例えば中小小売店をとってみますと、廃業率と開業率、特に廃業率が開業率を上回っているという状況が八〇年代を通じまして一般的であります。つまり、開業と廃業が入れかわることによって小売業の活力があったわけでありますけれども、これがどうも全体として停滞の方向に向かっていく一ということは非常に懸念をされる条件だろうというふうに思います。
 こういうふうに考えてみますと、つまり買い物行動を住居地に近い、住んでいるところに近いところにどうやってつくっていくかというのが一つの課題だろうというふうに思います。車社会の場合に特に指摘をされておりますのは、人が歩かない社会ということがやっぱり社会的には大きな問題だろうというふうに思います。人が歩いていて、その社会の触れ合いがあり、そして交流がありという状態がつくれるだろうというふうに思います。そういう点では、これからの施策のもう一つの方向として、住んでいるところに近い商店街をどうつくっていくかという課題がやっぱりあるだろうというふうに思います。
 それから、買い物の分野から見ましても、最寄り品と買い回り品、住んでいるところでは主として最寄り品を買う店をつくっていく、そういう問題があるのではないかというふうに思います。最寄り品は食料品とか日用品が中心でありますから、いわばファッション性とかそういうものは望まない。ある意味では現在の買い物というのは多様性と高級性が並行して進んでおりますけれども、その多様性あるいは高級性とは別にかなり強い価格志向というのが言われますね。ファッション製品でないもの、安いものを買うという傾向もあるわけでありますから、そういう点ではこれから新しい、住宅地に近いミニ商店街をどうつくっていくか、あるいは住宅地の至近距離にそういう商店街をどうつくっていくかをもう一つの施策の柱にしていく必要があるだろうというふうに思います。そういう点では安全性あるいは交流性あるいは都市感覚というものを新しく入れていって、その大店法、新しい商業の集積とは別な方向で問題を考えてみる必要があるだろうと思います。
 私たちはこれから高齢化社会を迎えるわけでありますから、高齢化社会にふさわしい生活インフラをどうやってつくっていくべきだろうか、そういう視点をもう一つ持った方がいいのではないか、このことを申し上げまして、私の補足意見といたします。
#11
○大木浩君 中小の小売商業業者が非常に難しい状況にあるということは、これはもう皆さんが共通の認識だと思います。ただ、そういう状況がもたらされているというのは、必ずしも大型店との競争ということではなくて、やはりこれは、先ほども申し上げましたけれも、消費者ニーズが今の社会の中で非常に多様化しておる、あるいは今の車社会の出現というようなことでございますから、そういったものになかなか中小業者の方が対応し切れないということでありまして、問題を大型対中小というとらえ方だけで考えるのはちょっと間違いじゃないか。
 やはり、先ほど足立先生の方もお話がございましたけれども、それぞれの地域社会に応じて大型、中小というものをどうやって上手に共存状態と申しますか、をつくり上げていくかであろうと思います。細かいことはいろいろございますけれども、最終的にはそういうことが我々の共通の認識じゃないかと思うわけでございます。
 それから、日米構造協議との関連でいろいろお話がございました。私は、必ずしも今の大型店の規制の見直しというのはアメリカから言われただけだということではないと思いますけれども、これはやはり日米構造協議につきましてはこれからまだやっていくわけですけれども、法律的にはかなり私はいろいろな規制というものを少なくしておるという、そこに進歩はあったと思いますけれども、全体としては依然として対外的には説明が十分でない、透明度が明らかでないというような面もございますから、そういった面についてはこれからさらにしっかりと日米構造協議を通じて、あるいはその他の場におきましてもっと日本の実態としての透明度を深めるとともに、それをはっきりと説明できるような体制というものも整えなければならないというふうに感じております。
 以上でございます。
#12
○会長(田英夫君) 田辺委員、御発言があれば時間の中で。
#13
○田辺哲夫君 それでは、各会派五分ということでございますから、二分ばかりいただきまして若干意見を申し上げたいと存じます。
 先ほどから労働時間短縮と労働力という問題につきまして触れられたわけでごいますが、日本といたしまして、好むと好まざるとにかかわらず労働時間短縮というものは時代の流れでございます。労働省でも労働時間短縮促進法というような法案の提出も準備中でございますが、ことしあたりを契機に年間千八百時間、週休二日制というものが促進するわけでございますが、これは中小商店のみならず、日本の産業界全体の大きな問題になるわけでございます。また、宮澤さんの生活大国というものもこれなくして実現は難しかろうというような見解でございますが、ただ、中小小売店は、労働時間が短縮されました場合に労働力というものが果たして確保できるのかできないのか、ここに私は大変な疑点を持っておる、心配もまたしておるわけでございます。
 大企業におきましては、これも大変困難な問題ではございますが、実現が非常にやりやすい点もございますが、中小の小売店で週休二日制となりますとなかなか難しい、特に労働力が不足する。今でも若い方々の労働力を確保するのが困難でございますが、この週休二日制、千八百時間というものが中小小売店で実施できないといたしますと、ますます労働力不足が加速するわけでございます。
 ここで中小小売店を今後支援し、またその前進を図る立場から考えますと、この問題を私どもが十分考えまして、そしてその面からいろいろの支援、対応というものを考えませんと、大型店舗と相伴いまして大変な経営困難に陥る危険があるのではなかろうか、私はこんなことを考えるわけでございますが、その点の私どもの対応というものがこれから大切であろうということを申し上げる次第でございます。
#14
○白浜一良君 補足的には、一つは先ほど出しました内外価格差の問題で、これはいろんな原因があるわけでございますが、先ほど申し上げましたように、やっぱり競争原理というか、開かれた市場づくりというのは当然一番まずベースでございます。
 もう一つは、先日、労働省が統計を発表しまして、私ちょっと新聞で見たんですが、例えば労働生産性を見れば、日本を指数で一〇〇といたしましたら、確かにアメリカは九五、フランスが九五、旧西ドイツが九三と出ておりました。しかし、時間当たりの生産性で見ましたら、日本の一〇〇に対してアメリカが一〇九、フランスが二六、旧西ドイツが一一九。これはいろんな原因があると思うんですが、まだまだそういった面で労働生産性が高いという、単にそういう日本は評価もできないわけで、いろんな原因があると思います。だから、やはりその辺、流通だけの問題じゃございませんが、まだまだそういうコストの問題が下げられるんじゃないかと、そういうふうにも思うわけでございます。
 それからもう一点は、これはソニーの盛田会長が最近よくおっしゃっておることでございますが、確かに日本はすばらしい商品をつくって世界に売っているわけでございます。売れない商品をつくるから悪いんだということもあるわけですけれども、やはりルールというものがあって、盛田会長が今おっしゃっているのは、非常に労働賃金が安いということ、それから時間が長いということ、それから配当性向が日本は極めて低い。ですから、同じ競争をしたって日本に負けるのはわかっている。だから、その辺のルールがやはり、欧米がいいというわけじゃございませんが、基準というか、そういうものを一つのルールとしてやっぱり考えていかなきゃならないという、それこそいわゆる国際的なそういう競争原理というイーブンな形で考えられるという、そういうことをおっしゃっています。
 そういった意味で、今、田辺先生もお述べになりましたが、労働時間の問題で、確かに日本は長いわけですね。先日、第一生命が行ったというサラリーマンの川柳大会の大賞を受けた川柳が載っておりました。「まだ寝てる 帰ってみれば もう寝てる」という、非常に象徴的なサラリーマンの川柳があるわけでございます。やはりこの辺も含めて、ちょっと流通問題からかけ離れますが、社会全体の構造として考えていかないといけないんじゃないかと、このように思うわけでございます。
#15
○神谷信之助君 私は、先ほど日米構造協議に基づく大店法の規制緩和問題と、ガット・ウルグアイ・ラウンドでの自由貿易の拡大を目的とした日本の食品安全行政の規制緩和問題を取り上げました。いずれの問題も日本とアメリカの大手流通資本が自由競争原理に基づいて経済活動や貿易を行うことが効率的で、消費者の利益にも通ずるという経済的利益を最優先させる考え方から発生する問題であります。しかし、そこでは必ず環境や消費者の安全などの問題が犠牲にされていることを指摘したわけであります。
 補足意見では、国民の生命と健康にかかわる重大な問題という認識から、また近々決着が迫られている緊急性にかんがみて、引き続き食品添加物の規制緩和問題に関するガット・ウルグアイ・ラウンドに対する政府の対応について補足をしておきたいと思います。
 日本は、化学的合成食品添加物を原則使用禁止し、許可されたもののみ使用を認める方式をとっています。食品衛生法が施行された一九四七年当初、使用が認められた食品添加物は六十六品目でありました。日本の食品安全行政は五五年の森永砒素ミルク中毒事件、六八年のカネミ油症事件と悲惨な食品公害事件を経験し、加工食品を製造するときに使用する化学物質を間接添加物として規制の対象にするなどの規制を強化してまいりました。七二年には国会の附帯決議で食品添加物の使用は極力制限する方向で措置すると決議をされています。
 今日、こうした日本の食品安全行政がアメリカとの貿易不均衡解消の犠牲にされて、国民の生命と健康よりアメリカとの経済関係優先へと方向転換していると言っても言い過ぎではありません。中曽根内閣は、八三年一月の経済閣僚会議で基準・認証制度の緩和を決め、食品添加物の国際化の推進を決め、極力制限するという行政の立場を、国内外より新規指定要請のあったもののうち食品衛生調査会で認めたものは認めていくとの立場に変更、現在の食品添加物は三百四十九品目に及んでいます。
 そして昨年、三十四品目に及ぶ残留農薬基準を作成し、アメリカで輸出用農産物に広く行われている収穫後の農薬散布であるポストハーベストに対応しています。もしガット・ウルグアイ・ラウンドのドンケル最終合意案を認めるならば、国際基準のリストの千百こ十六品目を認めることになります。また、ひいては食品衛生法の大改悪に通じ、輸入食品の安全性について日本の主権がなくなることになりかねません。生活大国を掲げる宮澤政権が国民の生命や自然破壊の推進者になってはなりません。政府がガット・ウルグアイ・ラウンドのドンケル最終合意案を拒否するよう断固とした対応を求めて、補足意見といたします。
#16
○古川太三郎君 二十一世紀の課題というのは、生活大国並びに人間味あふれるコミュニティーライフと言われております。私たちの生活空間は、単に家を持つだけでなく、町づくりそのものにまで広がっております。伝統的商店街の地盤沈下と中小商店の減少が叫ばれる中、今後は町づくりの視点から小売業、商店街を考えていかなければならないと考えます。
 今、我が国の地域商店街は、再開発の名のもとに極めて画一的なビル群や商店街へと変貌し、人々に安らぎを与え、生活に潤いを持たすような町とはかけ離れたものになっているように思われます。全国的な均質性、同一性の開発は地域の独自性の喪失の中で、地域にある伝統的産業までもが変容を余儀なくされております。
 流通が高度な文化を備えてリーディングインダストリー化するためには、この人間味あるコミュニティーをつくり出すことにおいて生産分野とは一味違った目的と手段を準備することが将来の発展につながるものではないかと考えます。近い将来、高質化した消費社会が到来することが予想され、また高齢化社会となり、そこで求められているものは心からの人間と人間の触れ合いであり、いたわりであり、支えてあります。これを具体的に行う場が流通先端業である小売業であり、サービス業であります。また、それを提供する業態があり、それを継続的にサポートするのが卸売流通業であります。
 これらの問題には、小売業における経済的合理性や利潤の追求のみならず、社会の構成員としての自覚を持ちつつよき市民としての社会貢献を行うこと、住民、商店街の草の根レベルでの創意工夫も必要でありますが、これら地域特性を生かせる都市政策が大きな課題であると考えます。
 昨年成立した流通五法の効果には期待するものでありますが、今後の措置として、商業集積法いわゆる町づくり法等にハード面での整備を加えて、人的支援等のソフト面にも力を注ぎ、地域住民参加の町づくり整備をなすべきと考えます。地域社会に密着した流通行政が進むことを期待して、補足意見とします。
#17
○足立良平君 我が国の今日の物流を見ますと、ちょうど昭和六十二年を契機といたしまして急激に増加をいたしてきているわけでございます。六十二年から六十三年の物流量の伸び率の実質GNPの伸び率に対する弾性値は輸送トンキロで一・三三ということでございまして、経済成長を上回る物流の伸び、こういう状況になっているわけでございまして、これは、先ほど既に各委員の皆さん方から提起がされておりますように、この労働力不足というものはそのまま物流の場合に一番大きくこれが反映をしてきているというのが今日の実態ではないか、このように思います。
 それは同時に、田辺委員からも指摘をされましたけれども、労働時間は現在物流は年間二千八百時間でございます。一般の勤労者が約二千三百時間、これでも長いと言っているわけでございまして、この二千八百時間の労働時間で今物流というものは行われているわけでありまして、これが千八百時間ということを前提にして物流というものを考えてみましたときには、今日の物流に従事している労働者にプラスして八十六万人ふやしていかなきゃならない、機械的に計算してこういう状況になってまいります。
 これは、そういう面では、ますます若年労働力というものは減少していくこれからの状況の中では、今日までのような物流のシステムをそのまま継続することは事実上不可能ということをはっきりとこれからの施策の中で認識をしてかからなければいけないのではないか、このことが第一点目でございます。
 それから第二点目といたしまして、公害問題を中心にしてちょっと視点を当てておきたいと思いますのは、道路の混雑状況、物流が中心になってくるわけでございますが、例えば、NOxの発生源別排出量を固定発生源と移動発生源という二つの面から見ますと、NOxいわゆる窒素酸化物でございますけれども、この移動発生源というのは、東京都の特別区ではもう実に八〇%が移動発生源でNOxが発生をしている。大阪市でございましたら、これは中小工場がございますから固定発生源が若干ふえて、それでも移動発生源は六〇%を超している。こういう状況でございますから、大気汚染という問題を考えていきますときには、この移動発生源をこれからどのようにするかということが極めて重要な課題ではないか。
 それから地球温暖化問題で言われておりますCO2の関係をとりましても、流通部門の運輸部門がCO2全体の二三・五%を占めているわけであります。しかもそのうちの自動車が八四・八%を占めているということは、今日の陸上の流通部門におけるCO2の発生量というものは極めてウエートが高いという事実を私どもは十分認識していかなければいけないのではないか、このように実は思っております。
 これは例えばでございますけれども、輸送機関別にトンキロ当たりのCO2の排出量を調べてみますと、トラックが三百七十グラム、それから内海の海運、これは船でございますけれども、海運は三十五グラムでございます。鉄道が二十四グラムでございますから、そういう面からいたしますと、これからのいろんな状況というものを考えてみると、しかも労働力不足下における流通というものを考えてみましたときには、トラックから鉄道、海運への輸送の転換ということを政策的にも図っていかなければいけないのではないか、このようにも実は考えているところでございます。
 それは当然にいたしまして、既に各委員から出されておりますけれども、物流のシステムでございますジャスト・イン・タイムというサービスでございますが、そういうふうなシステムということも、これは当然に変更を迫られてくるわけでございますし、またそのように誘導政策というものを立案していかなければいけないのではないか、このように考えていることを申し上げまして、補足意見といたしたいと思います。
 以上です。
#18
○会長(田英夫君) ほかに御発言もなければ、我が国の流通の将来展望についての意見交換はこの程度とし、午後一時まで休憩いたします。
   午後零時四分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二分開会
#19
○会長(田英夫君) ただいまから産業・資源エネルギーに関する調査会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、産業・資源エネルギーに関する調査を議題とし、資源エネルギー分野のうち、我が国のエネルギー需要の将来展望及び我が国の新エネルギーの将来展望について各会派の御意見をお述べいただきたいと存じます。
#20
○対馬孝且君 三年度を締めくくるエネルギー政策に関しまして私は提言を申し上げたいと思います。時間の関係もございまして、総合的なエネルギー政策のあり方について御意見を申し上げたいと思いましたが、石炭政策に関して私は重点を絞って、二十分では時間が足りないのでございますけれども意見を申し上げたいと思います。
 なお、最後に各会派の意見の中に福間先生が他の総合エネルギーの関係で御意見を申し上げる、こういう会派として打ち合わせをいたしておりますことも御了承願っておきたいと思います。
 かねて石炭政策につきまして当調査会でもしばしば私申し上げてまいりましたが、まず日本として中長期の石炭政策の今後のあり方を明確にする必要がある。御案内のとおり、第九次政策というのが昨年六月出ました。私に言わせますと、どうも基本。的な政策が不在であると言わなければなりません。それはなぜかと申しますと、経済合理主義一本やりではないか、安けりゃいいということだけで国のエネルギーとして考えるべきものではない。
 第一に私が申し上げたいのは、まず緊急のセキュリティーという位置づけを石炭政策に求めるべきである。それは昨年の湾岸戦争の教訓として御案内のとおり、あの湾岸戦争が起きたときに、もし長引いたら非常に人心の不安が増大したであろうと私は思います。それは我が国に国家、民間備蓄を合わせまして百四十二日間という石油備蓄があった、これがエネルギーに対する人心の安定を大きく示したものであると、こう思っております。緊急時のエネルギーとして、今日全体のエネルギーに占める国内炭の割合は一・五%でございます。しかし、今申しましたように、その石油備蓄の百四十二日間というエネルギーのいわゆるセキュリティーの基本というものを考えるならば、我が国の国内資源のエネルギーは、今日の埋蔵量その他を判断した場合に、石炭はこの緊急時の安全保障にこたえられる、今日の資源はまだ増大をしている。また今日は、後で申し上げますが、理論炭量で三十二億トン、実収炭量でいつでも五億トンから八億トンの炭がございます。そういう意味で、私は緊急非常時のエネルギーの石炭政策ということで位置づけをすべきであるということを申し上げたいと思います。
 それから第二の問題は、私はどうも日本の場合、今の石炭政策を見ますと、資源愛護をするという政策が不在である、こう言わなければなりません。なぜかならば、一九八八年のIEA会議での石炭の国際的な埋蔵量は一兆三千億トンでございます。これは一九八九年の世界が一年に掘っております石炭収量で換算いたしますと、三百年石炭を採掘する年限がございます。
 そこで、我が国は一体どうなのかということを申しますと、先ほどもちょっと触れましたが、理論炭量として三十二億トン。それから、この間も私は当調査会でも申し上げたことなんでありますが、今、実収炭量として約八億トン。それから現在、九州、北海道で掘っている分布地域における実収炭量というのは五億トンでございます。これは通産省がこれをきちっと認めています、政府側も。そうしますと、これを展開してみると、仮に一千万トン掘ったとしましても、これは五十年であります。それから今、実収も七百万トンを割っているのでありますが、五百万トンベースでいった場合には百年の石炭の資源があるということが国のNEDOの調査の実績によっても証明されているのでございます。
 したがって、私はどうもこの点については、第二の位置づけとしては、石炭資源を愛護するという愛護論が日本の石炭政策に欠けている、こう言わなければなりません。そういう意味で、石炭資源の愛護の基本の考え方に立つべきであるというのが第二の主張でございます。
 それから第三は、これは海外炭技術のノウハウを、交流という目的もございますけれども、国際的に非常に日本の技術が超一流であるというのはIEA会議においても評価されているところでございます。私も随分海外へ行って海外の石炭事情を視察してまいりましたし、私自身、坑内に入っております。例えば、ソビエトのドンバス炭田に私は入りました。それからポーランドにも入っています。チェコスロバキアのユージンという炭鉱にも入りました。中国の炭鉱では龍宝炭鉱にも、坑内掘りでありますけれども、入っています。
 こうして行ってみますと、今我が国に求められているのは自走枠採炭方式というもの、これは海外では非常に高く評価をしてございまして、むしろ今、旧ソ連邦、それからカナダ、中国、こういう関係国からぜひ日本の技術を入れてもらいたい、また、一定の人員をこっちに派遣して技術開発のための交流計画を実現してもらいたいというのがございます。これを私は第三の石炭政策の基本として、この際大いに海外へ技術を売る、ノウハウを売るという、同時に日本の石炭をさらにそのことによって発展をさせるという一石二鳥の役割を果たすことは、実際に展開することは可能であります。そういう点を考えますと、私は海外炭技術のやはり維持発展というものを第三の考え方に位置づける必要がある、こう私は思っているわけであります。
 それから第四としては、我が国に現在入っております石炭は、一九八九年ベースでいきますと、御案内のとおり一億一千三百六十万トンでございます。二〇〇〇年には、一億四千二百万トンというのが長期エネルギー需給見通しの中に計画されているわけであります。かってこの場で埼玉大学の室田助教授もちょっと言ったことがございますけれども、自国の資源は一割程度は国内石炭として維持すべきである。それは言うまでもなく、私は先ほど前段で申し上げましたが、緊急非常時のセキュリティー、安全保障論という考え方に立つべきだということをここでも室田先生が申し上げたことがございますけれども、私はそういう意味でも今日の国内炭の見直しということが重要であると、こう思っているわけであります。
 そこで、次の問題の提起でありますが、現在、長崎県の電発の松島火力一号機という火力発電所がございます。これは大体五十年代に入ってからでございますけれども、国内炭と海外炭の混焼火力発電所でございます。つい最近北海道の北電が発表しましたところによりますと、苫東三号機というのをつくる。これは三十五万トンであります。これは石炭火力なんです。これも先ほど言った松島火力一号機の火力発電所同様に、つまり国内炭と海外炭の混焼火力発電所、これをやることにおいて国内の需要が拡大をする、こういうことにつながっていきますので、私は今我が国のなすべき大事なことは石炭専焼火力発電所の増大、強化ということが必要である。それと海外炭と国内炭の混焼火力発電所の設置の拡大をしていくべきである、こういうふうに提言をいたしたいと思います。
 それから、最後の考え方でありますが、私は常々国会の場で十八年間も石炭政策の一環として訴え続けたことでございます。それはどういうことかと申しますと、国内炭と海外炭の格差がございます。これを私は流通機構を一元化したらどうだと。これは私は法案を出したことがあります。石炭資源活用法案という法案を昭和五十年に、当時調査会がありませんでしたから、商工委員会でこれを提案したことがございます。私はいまだにこの考え方は間違っていないという確信を持っているのはなぜかといいますと、海外炭と国内炭の受け皿を一元化していけば、それだけの価格の水準というのはある程度負担になっても維持することは可能ではないか。それはある面では国内炭と海外炭の利益を一元化するわけですから、その点では国内炭の高い分を補うとかまたは海外炭の安い分をこっちに補っていくというような、そういう相互の政策が可能であるということを基本にした法案を提案したことがございますが、いま一度このことを石炭政策の今後のあり方として検討していただきたい、このように考えておる次第でございます。
 以上、基本的なことを私申し上げましたが、したがって、こういう政策をもう一回見直してもらいたい。何も私は日本の石炭政策だけを言っているんじゃなくて、田会長には昨年六月イギリス、フランス、ドイツ、スウェーデンに行っていただきました。私はこれを読ませていただいて非常に参考になりましたが、今なおイギリスは九千万トン、旧西ドイツは五千五百万トン、フランス、非常にフランスは我が国に似ているんでありますが、千二百三十万トン掘っています。我が国ではもう七百万トンを割っているんですよ、今日の段階で。
 私はそれを申し上げたいのは、同じ資本主義の自由主義陣営でありながら、旧西ドイツの場合はいまだに五千五百万トン掘っている。しかもあそこはコールペニヒ方式。私も旧西ドイツへ行っていますから見てきました。これはいいか悪いかという問題の政策的判断はありましょう。しかし、国内資源を愛護するという、国内資源を使うというこの基本に立った場合に、一定の電力の割合に対して消費者が八%負担しています。もちろん国も助成をしています。これはコールペニヒ方式と言うんでありますが、これは一朝にして旧西ドイツがやったわけじゃないんです。時のシュミットさんが天下をとったときに、自国の資源は自国が使うという、つまり一口に申しますならば、資源愛護論という基本に立って今なお旧西ドイツは自国の炭を掘っている。しかも、褐炭という、ごらんになったと思いますが、非常に低カロリーの炭でさえさらにこれを活用しているという現実であります。そういう点を踏まえますと、決して我が国だけが石炭を優先してと私言っているんじゃないんです。そういう意味でも政策ということを訴えたいと、こう思っている次第でございます。
 最終的には合理化になるということも私は申し上げなきゃならぬと思います。それは経営多角化、新分野開拓ということは、最後の政治的決断というものをすべきであるというふうに私は孝之ているんです。またこれは、石炭協会の中でもそうですよ、言っていることは。そういう考え方をきちっと持つ必要があるという点を一つ申し上げておきたいと思う。
 それから第二に、当調査会でも政府に申し上げましたが、政策がないんですよ。政策とは何だといったら生産枠でしょう。例えば、一年間に一千万トンなら一千万トンを掘るということで我が国は第一次から第八次まできたわけでしょう。かつては五千五百万トン、これだって私は全部携わってきましたから、三千万トン、二千万トン、一千万トンと、こうきたわけですよ。これが第九次政策にはないんですよ。なくなったんだ。
 それはどういう答えかというと、構造調整十年間、十年間コントロールをして、労使がその力がなかったら経営をやめていくということですから、政策がどこにあるんですか、政策が。一千万トンという今まで枠があったから、一千万トンの枠の中でどうやって企業が、石炭労使が努力をして維持していくか。一千万トンという枠が取っ払われちゃって、どうぞ御勝手に労使の努力でひとつ石炭を売るところを見つけなさいと、極論を言えばそういうことでしょう。もちろん単年度ごとに決めていくとは言っていますよ、方針では。しかし、力がなくなったら結局みずから閉山をせざるを得ないという、この前ここで申し上げましたけれども、むしろ、雪崩閉山を早める結果の政策になるおそれがあると。私はそういう意味で申し上げたいのは、この点について政策的に考えて、見直してもらいたい。これが具体論の第二であります。
 それから第三は炭価なんですよ。石炭鉱業合理化臨時措置法五十八条の一項にありますように、基準炭価は国が定めるとなっているんですよ。これは法律ですよ、石炭鉱業合理化臨時措置法。それが国が定めると言っていながら、今度の答申を見ますと、六千カロリーを基準にした場合には千円下げると、こう言っている。それから露頭炭は二千円下げると、こう言っている。これはどうなんですか。何人を問わず物価が上昇していく、資源が下がるものじゃありませんから。海外炭は下がっても我が方のコストは下がらぬわけですから。その点から判断していった場合に、炭価は下げて、そしてさらに露頭炭は二千円下げてやっていけと。これじゃもう閉山せいということと同じですよ。これではやめろと言った方がいいんですよ、極論言うと。
 だから、そうではなくて、炭価は石炭鉱業合理化臨時措置法にあるように基準炭価として維持する。つまり今の水準を凍結しろということですよ。本来ならば上げるべきだという考えなんですよ。最悪の場合でも現状炭価を維持する。それからどうしても下げなきゃならない場合については石炭鉱業審議会の議を経て、下げる場合については経営を維持するという基本に立って炭価の問題を論ずるべきである、また変更方をすべきである。これが第三の具体論の問題でございます。
 それから第四の問題として、炭鉱技術開発に関連する支援策の強化充実をしてもらいたい。現在、石炭液化研究センターというのが夕張地区にもございます。もちろん炭鉱はだめになったけれどもあります。この考え方を、単に夕張、全国では一カ所じゃないんですけれども、私は石炭を固体燃料で使うというのは限界に来ている、こう思います。そういう意味では石炭の利用技術研究を含めて液化、ガス化の方向にさらに日本の国家的機関として研究開発を発展させるべきである、こういう考え方を具体的に私は提言を申し上げたい。そのことがひいては石炭の国内炭、海外炭を含めて量的拡大につながっていくということと、それから地球環境破壊対策の意味でも、そういう意味での公害対策の一環にもつながっていくというふうに考えますので、ぜひこの石炭技術研究・研修センターとあわせまして、先ほど申しましたように、液化あるいはガス化という方向に研究拡大を強化してもらいたい、こういうふうに考えます。
 それから、時間もありませんので最後になりますが、一、二具体的な問題で次に追加して申し上げたいのは、現行ある石炭特別会計、これも国の一定の各種の助成あるいは融資措置がございます。これはことしも政府が一定の努力をしたことを私は歩といたします。歩といたしますが、問題のあることは、ここが大事なんですね、今度の石炭答申が従来と考え方が違ったのは、従来は石炭合理化によって採算性が合わないから閉山をして、そして事後対策で雇用対策をやってきた。これなんですね。それはだめだという、これは正しいと私は思うんですよ。これは評価しているんですよ、この答申の中にある一項目は。むしろ受け皿が全部、ずばり言うならば経営の多角化、新分野の開拓ができて、Aという山がもし閉山をするということの前に、その炭鉱に千人おったとするならば千人の受け皿をつくる、これが答申の骨子ですから、新分野開拓、経営の多角化、それが完全にでき上がったときに山の閉山をするという、これが今度の大方針ですよ、この第九次政策の大方針。
 ところが、それができるかといったらできないんだ。現実に問題になっている炭鉱を申し上げてもいいんですけれども、三井芦別炭鉱というのが今会社も苦慮している。ところが、この方針でいっているけれどもなかなか民間ベースでは限界があります、率直に言って。だから、公的な国の援助なり県段階の支援によって、公的受け皿といいますか公的施設、こういうものもプラスしながらやっていかないと、とてもじゃないけれども新分野開拓、新受け皿体制をつくって山をソフトランディングに閉山させていくと、この考え方は私反対だけれども、どうしてもやむを得ないとするならばそれも必要でしょう。
 そのときに、私はあえてお願い申し上げたいのは、その場合の受け皿というのは、民間サイドだけではなくて、つまり公共、国の段階、県の段階あるいは道の段階を含めて三者一体の立場で新開拓の分野の受け皿体制の確立をぜひ実現してもらいたい。そのためには、先ほど申しました石炭特別会計、これのそういう意味での重点対策というものを特別会計の中に位置づけるべきであるという考え方でございます。
 時間も過ぎましたけれども、そういう意味で、最低限基本的な政策の提言と、それから具体的な政策の考え方を申し上げまして、これを今後の石炭政策にぜひ起用していただければ幸いである、こう思っている次第でございます。
 大変ありがとうございました。
#21
○田沢智治君 我が国のエネルギー需要の将来展望と我が国の新エネルギーの将来の展望に関して意見表明をいたしたいと思っております。
 我が国をめぐる内外のエネルギー情勢は、御承知のとおり、一九九〇年六月の二〇一〇年度を目標とした長期エネルギー需給見通しの策定、同年八月IPCCによる中間報告書の公表、同年十月我が国の地球温暖化防止行動計画の決定、さらには一九九一年一月末のイラクに対する多国籍軍の本格的武力行使による湾岸危機の実質的な終局のほか、今後の国際エネルギー動向の観点からも発展途上国などのエネルギー需要の増大と、将来影響を及ぼすと見られるソ連、東欧等の民主化の進展、ソ連邦の解体など激しく変動している国際情勢に注目しなければならないと思うのであります。
 特に、世界のエネルギー需要は、第二次石油危機以降、石油価格の下落を背景として開発途上国を中心に今後とも着実に増加することが見込まれると思います。これに対して、エネルギー源の中核となる石油については、政情不安定な中東地域への依存度が高く、今後とも増加することが予想されるため、供給の不安定化による需給の逼迫化が懸念されております。このため、資源として埋蔵量に限りのある石油については先進国が中心となって積極的に他のエネルギー源に代替し、エネルギー源としての利用を抑制することが重要となっております。
 一方我が国は、従来から省エネ、石油代替エネルギー開発等の努力により石油依存度は低下しておりますが、近年、特に電力需要が増大し、今後においても国民生活の質的向上等を背景に民生部門の大幅な伸びが見込まれております。このため、今後のエネルギー政策は、第一に省エネルギーの推進、第二に石油依存度の低減、第三に原子力、水力、新エネルギーなど非化石エネルギーの依存度の向上などを考慮して各エネルギー源の特色を最大限に活用したベストミックスを図ることが必要であると思います。
 最初に、今回の湾岸危機に伴う国際的影響について考えてみたいと存じます。
 まず、湾岸危機直前の世界の石油需給は、湾岸におけるOPEC諸国を中心とした供給拡大とアジア諸国を中心とした発展途上国の需要増大が均衡し、安定的推移をしておりますが、供給面ではむしろOPECへの依存度の高まりと発展途上国を中心とした需要の増大傾向が着実に継続しており、一九八〇年代半ばと比較した場合、需給はむしろ引き締めの方向に推移しているものと思われます。しかし、湾岸危機の発生に伴う各国のGNPに占める石油輸入代金支払い増加額は、一九八〇年代を通じての先進国を中心とした省エネルギー対策の進展によるエネルギー消費のGDP原単位の大幅低減などにより、過去二回の石油危機と比較した場合、金額ベースで見た以上に低い影響にとどまっていると言われており、これは世界経済の景気局面の相違、過去二回の石油危機の学習効果とあわせてOECD全体の石油備蓄量の確保が顕著に貢献したものと考えられるのであります。
 同様のことが我が国においても、経済環境が前回の石油危機当時と比べて影響を受けがたい状況にあったこととあわせて、政府による湾岸危機対策本部の設置、石油備蓄の活用、省エネルギー対策、生活関連物資等の価格の調査、監視などエネルギー、経済両面にわたり効果的な対策を講じた結果、経済全体及び国民生活への影響を最少限度に食いとめることができたと考えられるのであります。
 一方、参考までに先進各国の対応を見ますと、第一に石油製品価格の直接の規制、第二に便乗値上げの自粛要請、価格監視による値上げ牽制の方法がとられたのでありますが、おおむね我が国と同様の措置が講ぜられたものであると聞いております。
 なお、我が国は、今回の湾岸危機の発生により改めてエネルギー供給構造の脆弱性を認識するとともに、過去二回の石油危機と異なり著しい経済的混乱を生じなかったとはいえ、中東地域の政治的安定、石油備蓄制度の必要性と消費者への情報提供及び石油輸入国としての国際的責務の重要性を再認識したところであります。
 このために、我が国の対応としては、第一に、産油国との関係強化の視点から、湾岸地域の抱えている諸問題の解決のため、パレスチナ問題、アラブ諸国の貧富の格差改善など、中東和平、経済復興及び環境対策の分野において国際的貢献を果たすことが重要であると私は信じます。
 なお、湾岸危機発生から多国籍軍による戦闘停止までの間における世界全体の中束における平和解決のための直接間接の負担、特にイラク、クウエート等への国連決議による輸出入の減少、石油輸入支払い代金増加などが総額約七百三十億ドルと試算されております。他方、我が国についても、一九九〇年中の原油輸入金額約三百十六億ドルのうち、中東分約七〇%相当の二百二十一億ドルと比較した場合、多国籍軍等への資金協力分として百三十五億ドルを支出するなど、中東地域における平和維持回復のために積極的に貢献したことを高く評価すべきであると考えております。
 第二に、石油の量的確保、国際市場の安定化、国際的責務の視点から実施している石油備蓄体制を強化することが重要でありましょう。現在、我が国の民間備蓄は九十日分、国家備蓄は五十四日分、合計百四十四日分で三千二百三十万キロリットルに対し、国家備蓄の水準五千万キロリットルを目標として、石油供給が不安定化すると見込まれている一九九〇年代半ばまでにこれを達成するとともに、民間備蓄を段階的に七十日分まで軽減するほか、民間業者による五十日分の備蓄を義務づけているLPGについても、原油輸入価格等と密接に連動していることを考慮して、国家備蓄制度の創設を早急に検討し実施することが必要であると思います。第三に、我が国による石油自主開発を積極的に推進することが重要でありましょう。我が国の石油自主開発は、昭和五十八年度以降おおむね一一〇%台で推移しており、平成二年度で見ますと、原油輸入量約二億四千万キロリットルのうち約一一%程度を占めておりますが、今後我が国の石油輸入依存度の低減とあわせて、産油国等の理解と協力を前提として石油自主開発を最大限増加させるよう努める必要があると思います。
 次に、我が国のエネルギー需要の将来の展望について提言いたします。
 我が国のエネルギー需要は、一九八〇年代後半以降順調な経済成長などを背景として年率五%程度で推移し、一九八八年度で五・七%、一九九〇年度では三・八%の伸び率で増加しております。部門別では、産業部門が五・九%、民生部門は五・四%、運輸部門が五・六%となっております。特に民生部門では、国民生活のゆとりと豊かさを追求するため、国内のエネルギー需要の増大が今後とも大きく見込まれると思います。
 これに対し、一九九〇年度の一次エネルギー供給は、原油換算で五・二六億キロリットル、対前年度化五・三%の伸びとなり、同一次エネルギー供給に占める石油の割合が五八・三%と一九八六年度以降五年連続して上昇しておりますが、このようなエネルギー需要の増大は、石油需給の逼迫化による資源制約を高めるとともに、地球環境保全にとって重大な影響を与える可能性があると思われます。
 一方、総合エネルギー調査会の策定による長期エネルギー需給見通しによりますと、エネルギー消費のGNP当たりの原単位を一九八八年度の実績に対し三六%改善するなど、利用効率の徹底化を図ることなどにより一次エネルギー総供給に占める非化石エネルギーの割合を一五%から二七%に高めることを想定しております。
 すなわち、従来の省エネ対策に追加して、部門別対策の抜本的見直しを行うとともに、未利用エネルギーの活用等の諸対策を推進するための省エネルギー目標値が設定されております。また、同調査会の審議過程における試算による需要と長期エネルギー需給見通しの需要との比較値として二〇一〇年度において一一・二%、一次エネルギーの需要抑制量としては原油換算約〇・八四億キロリットル、CO2の排出削減量としては省エネルギー量全量を石油とした場合に約六千三百万トンとなり、一九八八年度のCO2排出量の約二一%に相当することになるわけであります。
 しかし、この目標値は、エネルギー消費の原単位を過去十五年間に平均年率三%で達成した改善率と同様に、一九八八年度以降二十二年間に平均年率二%のペースにより達成しょうとするものでありますが、最近五年間の平均年率で見る限り一・五%と目標値を下回っており、省エネルギー目標達成のため今後の政府、民間等のさらなる政策努力が必要であると考えるのであります。
 このために、第一に省エネルギー政策の一層の拡充強化を図る必要があります。
 従来の省エネルギー対策の目的は、効率化と安定供給確保等の観点から実行されたのに対し、今後の省エネルギー対策の進め方は、地球環境保全の見地から推進することが重要であると考えるのであります。さらに、現在、省エネルギーの価格インセンティブが極めて小さく、産業部門における省エネルギーの進展が容易でないことのほか、地球環境問題が顕在化し、先進国の共同歩調の動向に対し、途上国は先進国が責任をとるべき問題として対立しているため、我が国が世界から理解される方法で地球温暖化防止行動計画等を実施するためには、新しい発想により抜本的な省エネルギー政策を推進することが肝要であります。
 ちなみに、現在のようにエネルギー価格が比較的低廉かつ安定供給が確保されている状況下で、利用者に対し、省エネルギーの必要性あるいは将来の量的不足、価格上昇の見通しに基づいた省エネルギー対策を推進する方法は、最近の総理府による世論調査からも明らかな七おり、実際の行動を伴わないことになっております。
 そのために、一定の経済水準を維持しつつ、規制的措置の導入を前提とせず、新しい省エネルギー政策の目的、実行方法並びにその効果についても試算あるいは見通しなどの情報を利用者に提供するとともに、個別機器に関する効率の向上等従来の政策の一層の推進に加えて、エネルギーの供給段階から最終需要段階に至るまでのトータルとしての効率化を図るため、複数機器の集約または複数主体の連携等によるシステム化による未利用エネルギーの活用等を図ることが重要であります。
 具体的には、産業部門においては、省エネルギー設備投資に対する助成措置の拡充強化、工場等における廃エネルギーの活用、古紙等リサイクルの推進、エネルギー管理士の活用及び中小企業等への情報提供によるエネルギー原単位の改善、民生家庭部門については、冷房要素等を考慮した住宅の断熱化判断基準の見直し、省エネ型住宅建設の技術開発の推進、ヒートポンプ普及などに対応した省エネ法による特定機器に関する判断基準設定等の検討及び省エネマークなどの表示制度の改善、民生業務部門については、OA機器等の放熱低減などによる空調負荷の軽減、二十一世紀型の省エネ型機器の開発普及及びビルエネルギー管理指針等の改善、運輸部門については、交通システムの改善などによる走行環境の整備とともに、自動車単体の燃料消費効率の改善目標の設定、省エネルギー走行の普及啓発等のほかに、未利用エネルギー、機器の機能の集約化、複合化によるシステム化、総合的な交通渋滞対策など交通輸送システムの改善、さらに、週休二日制の導入、サマータイム制度の検討及び資源リサイクルの推進など、社会制度による対策も重要であると思います。
 さらに、地球環境問題解決のための有力な手段として、我が国の省エネ技術の発展途上国等への移転、国際協力、産学官の緊密な連携のもとに技術開発の推進を図るほか、省エネルギー政策にかかわる新たな発想による普及広報活動の推進が必要でありましょう。
 さらに、地球温暖化等の機構解明のため、人工衛星等による温室効果ガスにかかわるモニタリング、発生、吸収源の定量的把握、生態系への影響評価等を進めるとともに、アジア・太平洋各国との共同研究を実施する場合の中心的役割を分担するほか、太陽光発電、メタノールなど合成燃料等の新エネルギー技術の開発、実用化、CO2固定化・有効利用技術、核融合、バイオエネルギー等の革新的技術開発についてもグローバルな見地に立って取り組むことが重要であることなどを提言し、意見表明といたしたいと思います。
 以上です。
#22
○針生雄吉君 まず最初に、我が党の資源エネルギーに関する政策の基本的理念を示す地球憲章について述べます。
 公明党は、今月初め、地球サミットへの熱き思いを込めて地球憲章を提唱しました。
 本年六月、ブラジルのリオデジャネイロでいわゆる地球サミットが開催されますが、この国連会議の最大の目標は、環境と開発を統合する理念である持続可能な開発の具体化と言われております。環境を破壊し資源を浪費する従来型の開発ではなく、環境保護を視野に入れたバランスのとれた開発が模索されておりますが、持続可能な開発を具体的にどう進めるかをめぐっての南北の対立など、容易ならぬ難問が横たわっておりますが、深刻化する地球環境問題をめぐって世界各国が一堂に会し、本格的な取り組みを開始する歴史的な同サミットに公明党代表団を派遣し、公明党提唱の地球憲章の意向が反映されることを強く働きかけてまいります。
 我が党の提唱する地球憲章は、
 一、人類の生存基盤・地球を守ろう
 二、われわれの子孫に美しい緑の地球を引き継ごう
 三、物質文明を見直し、生命文明を打ち立てよう
 四、最大の環境破壊である戦争の早期廃絶を
 五、地球環境保全のための万全な体制を確立しよう
 六、持続可能な社会・都市を構築しょう
 七、環境を守りつつ開発途上国の生活向上を図ろう
 八、環境保全コストを組み込んだ世界経済システムの確立を
 九、環境教育を徹底し自然と地球にやさしい心を
 十、グローバルに考え、地域から環境保全行動を
の十項目から成っております。
 十項目の背景にあるのは、今、新たな地球史時代が始まるとの認識であります。冷戦終結は人々に国家や体制の枠組みにとらわれる時代が終わったという歴史的事実を突きつけております。史上まれに見る激動、激変の世紀末のカオスの中から、来るべき世紀へ向けとうコスモスをつくり出していくか、そこに現代を生きる我々がたれ一人として避けて通ることのできない人類史的課題が横たわっているのであります。と同時に、この脱国家主権という流れを今後どう国際機関に反映させていくかが大きな課題だと言えましょう。
 第一項目に掲げた「人類の生存基盤・地球を守ろう」は、地球史時代に臨むに際し、一個人から国家に至るまで貫かれるべき地球益、そして人類益の確立を訴えております。
 地球は宇宙に浮かぶ希有の生命惑星であります。その生命惑星の中で、人類は多大の恩恵を受けながら生をはぐくんできたにもかかわらず、地球環境をむしろ破壊しながら突き進んできました。この愚行を改めるには、何よりも個人や企業、地域、国家の利益を超えて、地球にとっての利益、地球益が最優先されなければなりません。環境問題への対応には、単に国内の政治、経済のレベルでの対応にとどまらず、全地球的な人々の意識の変革が求められております。
 第三項目の「物質文明を見直し、生命文明を打ち立てよう」は、地球益の視点に立った文明社会の目指すべき方向を提示しております。生命自体が持つ多様性、共存性に気づかず、抽象と数量化に偏りがちな十九世紀型の科学技術に振り回される愚かさから目覚めなければなりません。生命尊厳の思想に立脚し、エコロジーを基盤とした生命文明を今こそ築くべきときであります。
 今必要なことは、世界地図の大きな変化に即した新しい地球社会の秩序の青写真を明確に描き出し、そこに到達するのに英知を結集することであります。そのためにも、地球の難局に対処する国際的体制システムの創設が必要です。より具体的には、本格的かつ抜本的な国連の改革、すなわち地球的問題群に対応し得る新時代の国際機関の創出に乗り出すべきときを迎えていると思います。
 こうした理念と方向性を踏まえて、憲章は、核の廃絶等軍縮による軍事費の平和転用、国連環境保全理事会等の創設、開発途上国の環境保全等の支援など、主に国連を軸にした国際協力による環境保全の枠組みを提唱しております。
 特に、国連環境・開発安全保障理事会は、既存の経済社会理事会の再編強化にとどまるものではありません。発展的に新しい機構の創設を提案する理由は、環境・開発国連を国際的な意思決定を示せる強力な国際機構に育て上げ、単なる国際的協議機関に終わらせてはならないという思いからであります。
 中でも、特に開発途上国への環境保全支援は今回の地球サミットの最大課題であり、日本など先進国にとっても力を入れなければならない点であります。地球的規模での人口の増加、貧困という問題は、地球環境の悪化と密接に関係し合っており、現在の地球上に見られる南と北の発展の不均一という問題をベースにした人類的課題であります。究極的には途上国自身の内発的な開発努力が必要であり、そのかぎを握るのは教育でありますが、当面、例えば開発途上国が脱硫・脱硝装置を火力発電所に建設しようとしても、その資金がなく、公害をばらまいているのが現状でありますので、資金、技術、人材の面からの支援が欠かせません。途上国の開発の権利を尊重しつつ、先進国の経済発展もあわせて保障し得る新しいグローバルな共生システムを生み出すために貢献することこそ、日本のあるべき国際貢献策と言えましょう。
 当面の目標として、日本の最新技術と関連資金の提供を考えるべきであります。日本の環境保全技術は世界の最高水準にあって、省エネ技術も進んでおり、各国からの期待も大きいのであります。また、地球サミットの最大の焦点の一つは、地球温暖化防止に向けて世界が一致して取り組めるかどうかというテーマであります。しかし、これまでの条約交渉では、二酸化炭素規制には消極的な米国の反対や、途上国の先進国責任論の展開で論議は並行線をたどっております。途上国が経済成長を維持しながら環境保全を達成するには莫大な資金が必要であります。
 昨年八月、地球サミット事務局は、環境保全のための資金源として、化石燃料使用や原子力エネルギー利用料に対する課税、大気、海洋など国際公共財の徴収などを提案しましたが、途上国への新たな資金移動のシステムづくりが急務です。
 日本は一九八九年のオランダ・ノルドベイク会議で最後まで米国とともに二酸化炭素の削減目標設定に反対して世界の非難を浴び、一九九一年のINC会議でもPアンドR方式を提唱して、またひんしゅくを買いました。しかし、技術と経験を持ち、資金も他の先進国に比べて豊かな日本が今こそ責任と役割を自覚して、各国間の対策の調整、橋渡しに努力すべきであります。
 こうしたイニシアチブを日本がとるには、まず日本が率先して防衛費を削減し、軍縮の姿勢を打ち出し、アジア諸国の日本に対する根強い警戒心を解くことが必要となりましょう。アジアとともに繁栄する日本のビジョンを今こそ明確にすべきであります。
 以上、我が党の資源エネルギー政策の基本理念を示した地球憲章について若干の紹介を試みました。
 次に、我が国のエネルギー需要の将来展望に関する件につきまして私の意見を申し述べます。
 言うまでもなく、エネルギー需要の伸びは経済成長と不可分な関係にあります。我が国においてもかつての高度成長期にはエネルギー需要は経済成長率を大きく上回って増大いたしました。特に産業用のエネルギー需要の大きいことが特徴でありました。これは安価で豊富な石油が供給されたためであり、経済成長を支えてきたのは石油であったと言えます。
 一九七〇年代の石油ショック後はエネルギーの伸びは経済成長率よりも相当低く経過しておりましたが、最近の動向を見ると、我が国のエネルギー需要の伸び率は再び高まっており、経済成長率と同じかそれを上回る状況にあります。これは石油価格が一九八五年以来暴落し、湾岸危機によって一時上昇したものの、その後安定的に推移しているため石油に対する需要が再び増加していることによるものであります。石油価格を中心にしたエネルギーコストの下落によってエネルギー需要が再び増大しているのであります。
 しかしながら、現在のエネルギー供給源は有限であり、石油価格が安いからといってエネルギーの需要を安易に増大させることは危険であります。特に、経済成長に伴ってエネルギー需要が無限にふえていけば、いずれはエネルギー需給は逼迫し、エネルギー供給の面から経済成長が大きく制約されることは避けることができません。このためにも省エネルギーの推進が重要であります。効果的なエネルギー消費への努力が望まれるのであります。
 さらに、エネルギー需要を抑えるべき要因として、二酸化炭素の排出による地球の温暖化傾向が挙げられます。石油、天然ガス、石炭などのいわゆる化石燃料の過大な消費は、地球環境自体を破壊するおそれがあるために需要の抑制に努めることが世界的な課題となっております。これとあわせて、排出した二酸化炭素を固定化し、除去するための技術開発が急がれるとともに、脱石油を目指し、代替エネルギーを導入するなど非化石エネルギーへの転換も大きな課題であります。
 エネルギー需要の長期的な傾向として、電力化率の上昇を挙げることができます。二次エネルギーである電力は取り扱いが簡単なため、好不況にかかわらず急速にその需要が伸びております。原子力発電は発電原価が低く経済的であり、年間発電電力量の三〇%を占める勢いでありますが、原子力発電のみに頼るには余りにも問題が多過ぎます。しかし、電力設備の建設には長期間を要し、需要が急増したからといって、すぐにはこれに対応することは困難であります。電力供給不足の問題は、現実的な当面の課題として発生しておりますので、適切な需給調整対策を早急に講ずることがぜひとも必要であります。
 エネルギー需要は、産業部門、民生部門、輸送部門の三つに分けられます。
 我が国は、先進国の中では産業部門の需要の比率が高いのが特徴であります。産業部門の省エネルギー化の方法には、エネルギー利用システムの効率化と並んで産業構造自体の省エネルギー化があります。高度成長期にはエネルギー多消費型の重化学工業が産業構造の中心でしたが、最近ではエレクトロニクス、精密機械などの高度加工型産業あるいはサービス産業などの第三次産業等が我が国のGNPの中心を構成するようになりました。
 民生用のエネルギー需要は、一人当たりではアメリカなどに比べて我が国はまだ少なく、生活水準の向上に伴ってさらに上昇していくことが予測されています。家電製品のエネルギー効率の向上、技術開発をさらに進める必要がありますし、住宅用の断熱材の普及も必要であります。また、コジェネレーションなどの地域的な電気、熱の併給システムといった廃熱を利用したエネルギー利用の効率化を進めることも重要であります。さらには、省エネルギーの啓蒙キャンペーンも重要な対策であると思います。
 輸送部門については、電車、バスといった大量公共交通機関網の充実、自動車の燃費の向上、電気自動車、メタノール車の開発普及などの対策が考えられます。
 将来、核融合が実用化すればエネルギー問題は解決するとも言われておりますが、それまでの間はエネルギー使用を節約しながら、経済の発展と国民生活の向上を図ることが何よりも重要と考えます。
 我が国の新エネルギーの将来展望に関する件等についても後ほど触れたいと思います。
 以上で終わります。
#23
○高崎裕子君 私は、この間の本調査会の活動を踏まえつつ、我が国のエネルギー需要並びに新エネルギーの将来展望についての意見を申し上げたいと思います。
 今後のエネルギー問題を考える場合の基本は、地球環境に優しいエネルギー社会への転換を図る必要があるということです。
 一九七〇年代から八〇年代にかけてのエネルギー政策は、エネルギーの資源的枯渇の可能性、あるいは戦争や内乱など政治的理由による供給途絶への対応を大きな課題としてきました。しかし、産業革命以来の化石燃料の膨大な消費による地球環境の悪化のため、人類の生存それ自体が脅かされかねない事態に立ち至った今日においては、これまでの半ば人為的につくられた資源的、人為的制約よりも化石燃料の消費を可能な限り削減し、従来のエネルギーをいかに有効に使うか、二酸化炭素を発生させない再生可能な新しいエネルギーの供給を確保し、いかに地球環境を守っていくかが二十一世紀を展望したエネルギー政策の最も重要な課題となっています。
 これまでのエネルギー政策のアプローチは、経済成長を可能な限り増大させる経済活動を前提にして、それに必要なエネルギーを石油産業や電気事業などのエネルギー産業の利益を増大させる方向で、つまり、化石燃料の大量消費や原子力発電所の建設を優先する方向で確保する方法をとってきました。しかし、二十一世紀を目指す現在では、こうした一次エネルギーの供給サイドからのみ政策を考えるのではなく、エネルギーの最終需要の利用形態に適応したエネルギー源で、かつ二酸化炭素を出さないものを優先的に充当することとし、やむを得ず化石燃料を使うとしても必要最小限で、しかも効率的な利用に努めるという需要サイドからの政策アプローチが求められています。
 こうした立場に立ってエネルギー対策を考えるとき、まず第一に、大企業の利潤本位の大量生産と大量消費、それを支える流通システムなどの従来からの経済活動のあり方、あるいは好むと好まざるとにかかわらず生活に入り込んでいる使い捨てのライフスタイルを見直し、エネルギーの浪費をなくすことが必要です。
 例えば、我が国の自動車産業は、欧米諸国では七、八年とか十年と言われているモデルチェンジを四年程度で行っている、あるいは家庭電気製品などではほとんど毎年のように行われています。このモデルチェンジが、技術革新の成果を十分に取り入れて使いやすくするためというよりも、目先を変えて売り上付を上げることが目的になっており、結局浪費をあおることになっています。また、故障した場合、修理をしようとしても、部品をパッケージ化して必要のない部分までも一度に取りかえなければならない構造になっていたり、修理用の部品の在庫を確保していをいため、修理すれば使えるものも粗大ごみとして捨てなければならない、浪費そのもののような事態が横行しています。こうした大企業の利益本位の大量生産、大量消費をあおる生産構造を転換させる必要があります。
 また、生鮮食料品の小分けに使われるプラスチックトレー、清涼飲料水やビールなどのペットボトル、スチール・アルミ缶、日用品など、手軽さや使用後の処分の簡単さなどから日常生活の中に使い捨て製品がはんらんしていますが、これらも可能な限っリサイクルすることとし、便利さを追求する余り地球環境の保全を犠牲にするようなライフスタイルについても国民の自主的な努力で転換する必要があると考えます。
 また、政府のモータリゼーション政策によって旅客、貨物とも著しく自動車依存した輸送体系になっています。エネルギー原単位で言えば、旅客輸送では鉄道に比べて営業用バスは一・七倍、自家用車は五・三倍ですし、貨物では営業用トラックは六二倍、自家用トラックは二十二倍になっています。流通体系の合理化や効率化を初め公共交通体系の整備を行って、自動車から鉄道あるいは内航海運などにシフトさせることが必要であると考えます。
 しかし、エネルギーの浪費をなくすという点で一番重要なことは、エネルギー消費全体を見渡した場合、大量に消費しているのは家庭生活の部分ではなく、利潤を追求する企業活動の部分だということです。
 最終エネルギー消費で見ると全体の五〇・一%を産業部門で占めています。これを業種別に見ると、鉄鋼二千三%、化学工業一二・二%、窯業土石三・九%、紙・ハルブ三・二%となっており、この四業種で全体のほぼ三分の一を占めています。また、民生部門の家庭用消費は全体の二二・七%で、鉄鋼は一業種だけで全家庭の一年分のエネルギーを消費していることになります。これを二酸化炭素の発生量から見ると、産業分野で多量に発生させており、今指摘したエネルギー多消費産業である四業種がまた二酸化炭素の多量発生源でもあるわけです。したがって、この分野での設備、生産工程、操業条件などの改善を初め、原料のリサイクル、廃熱利用の促進などを積極的に進める必要があると考えます。
 特に電気事業は、一次エネルギーの三割以上を消費して電力に転換していますが、その六割以上は廃熱として捨てられています。また、二酸化炭素の発生量でも最大の原因者になっています。有効利用や地球環境の保全の立場から、電気事業における効率化は最重要課題です。そのためには、発電、変電、送電の各部門での効率化の研究開発をさらに促進するとともに、原子力を除く二酸化炭素の少ない他のエネルギー源への転換、あるいはコンバインドサイクル発電、燃料電池など小型分散型発電、コジェネレーションの活用などを積極的に追求すべきです。また、家庭や団体などで自然エネルギーを使って発電した電力が余剰になった場合には、電力会社が適切に買い取るよう義務づけるなど、電気事業法の体系を改める必要があります。
 さらに、現行の電気料金制度は、総括原価主義のもとで、電力会社は設備投資をすればするほど利益を上げられるような仕組みになっているので、過大な需要予測をもとに過度の設備投資を行い、結果的にエネルギーの過剰消費につながる危険があるので、料金制度を抜本的に改める必要があると考えます。
 第二に、エネルギーの最終需要の利用形態に見合って、各種エネルギーをむだなく有効利用することが大切です。
 産業部門のうちエネルギー使用の大部分を占める製造業について一最終消費を用途別に見てみますと、高温熱が三四・五%、原料二〇・九%、低温熱一八・九%、動力、照明ほか一七・二%で、熱需要が過半を占めています。
 また、民生部門の家庭用では、給湯三四・七%、暖房二六・五%、動力ほか二七・三%で、圧倒的に熱需要が多いことがわかります。同じく業務用では、動力ほか三〇・八%、暖房三〇・二%、給湯二六・〇%で、この部分も熱需要が過半を占めています。
 こうして見ると、産業、民生の両部門にわたって圧倒的部門が熱源として使われており、特に低温熱の需要が過半を占めています。このことは、製造部門における高温熱として利用された廃熱をいかに有効に使い切るかということがエネルギーの効率的な利用の最重要課題ということになります。つまり、仕事の終わった高温熱は、順次温度段階的に利用し、低温熱需要に充当するとともに、自社工場での利用のみならず、周辺地域への熱源供給としても考慮する必要があります。これに成功すれば、製造業や民生部門の低温熱は賄い得るほどの量になることは明らかです。
 第三に、地球環境に打撃を与えないソフトでクリーンな太陽エネルギーなどの再生可能なエネルギーの積極的導入を図り、その利用を促進することです。
 例えば、製造業において一八・九%を占める低温熱の一部は化石燃料を燃焼させたり、電気を消費して熱源としなくても、太陽熱や地域によっては地熱など自然エネルギーの積極的な利用の可能性の大きい分野ですし、照明、動力用の電源にしても、大電力を要するモーターなどを除けば、太陽電池、風力、小型水力など、自然エネルギーを利用して発電した電気を利用できる可能性が大きいと言えます。また、家庭用の熱需要や電力需要は低温、低圧がほとんどであり、自然エネルギーの導入可能性は大きいものがあります。
 しかし、エネルギー密度の低い自然エネルギーの導入を促進するためには、経済効率だけでとらえたのでは利用されません。したがって、まず有効利用の技術開発を国が積極的に推進する必要があります。その上に立って、経済的には若干高価であっても、導入促進のため家庭用の設備投資について税制、金融、財政上の優遇措置をとります。また、自然エネルギーによる発電などで余剰が出た場合は、電力会社に買い取り義務を課すよう電気事業法の体系を改めるなどの措置をとる必要があります。
 エネルギー政策を考える場合、もう一つ重要な点は、こうしたエネルギー対策の推進に当たっては自主的な供給基盤を確保するということです。
 我が国の一次エネルギー供給は、一九六一年までは国内炭の供給を中心に五〇%以上の自給率を確保していましたが、アメリカ系メジャーの供給する中東石油の導入に道を開いた石油業法が制定された一九六二年以降はほぼ一貫して自給率を下げ続け、八九年には八%にまで落ち込んでいます。アメリカの石油戦略に従属して、貴重な国内資源である国内炭を放棄して自主的な供給基盤を破壊してきた政府が、準国産エネルギーと位置づけている原子力の燃料である濃縮ウランもまた全面的にアメリカに依存、従属しています。自主的な供給基盤を破壊すると、日本経済や国民生活にどれほど深刻な影響を与えるかは、二回の石油危機の経験で明らかなところです。
 私は、自主的供給基盤を確保する観点から、次のような取り組みが必要だと考えます。
 一つは、自主的な資源外交に転換することです。短期的に見ればエネルギー供給の主流は石油によることが予想されます。したがって、産油国との平等互恵の経済関係に立った資源外交を展開する必要があります。
 二つ目は、可能な限り国内の資源を活用することです。この点で重視しなければならないのは、貴重な国内資源である国内炭を切り捨てるこれまでの政府の石炭政策を根本的に転換する必要があるということです。国内炭はまだまだ供給可能であるにもかかわらず、経済効率性のみで評価し切り捨てられてきましたが、こうした発想ではなく、資源を有効に利用する観点から積極的に復興、開発、利用する必要があります。また、そのために必要な技術開発を積極的に進める必要があります。
 さらに、環境と調和した小規模な水力発電の開発利用や、石炭の液化、ガス化、地熱、風力、太陽エネルギーなどの技術開発を推進する必要があります。こうした技術開発を進める際には当然国際協力も必要になりますが、共同する参加国の自主性を尊重するとともに、その成果がひとしく利用できるものにしなければなりません。
 最後に、原子力についてですが、政府はCO2の出ないクリーンなエネルギーと言って原発建設を促進しています。しかし、原子力は、システムとしても、安全性から見ても技術的に未確立のエネルギーであります。しかも放射能による汚染は世代を超えて被害をもたらす可能性のあるものです。政府と電力会社による無責任な安全神話を振りかざしての原発推進政策はやめるべきです。原子力については、将来のエネルギー源として利用できるよう十分な研究開発を進める必要があると考えます。
 地球環境に優しいエネルギー社会への転換を図ることは、人類にとってかけがえのない地球環境が急速に破壊されている現在、急務であり、将来の世代に対する現代の私たちの責務であることを重ねて申し添えて、発言を終わります。
#24
○古川太三郎君 エネルギーについての意見を申し上げます。
 今、我々の生活の周辺を眺めるとき、石油なしては到底考えられない状況にあると申しても過言ではありません。衣料品、建材、化粧品、包装パック、生活用品等、まさに思わぬところにまで石油を原料にした製品がつくられております。このように快適さを追求する社会にあって、その利便性の背景には石油があり、その是非は別にしても、私たちの近代文明の発展は石油とともにあったと言ってもまた過言ではないでしょう。
 今、エネルギーの中で石油資源は四〇%を占めております。ついでに申し上げると、石炭が三〇%、天然ガスが二〇%と言われ、全体のエネルギーにおける化石燃料の割合は九〇%にもなっております。そして、それらの化石燃料は限られた資源であり、掘り続ければいずれ枯渇するものであります。
 さて、石油資源の可採年数は、一九九〇年のBP統計によりますと、確認された埋蔵量は一兆九十億バレル、年間の生産量が二百三十七億バレルとして計算推定した場合、四十二年と見込まれています。そして、石油の資源の採掘可能な究極の可採量は、最新の予測によれば二兆二千億バレル前後と推定されております。一方、石油生産量は、第二次戦争後急激にふえ、既に過去百年間で七千億バレルも累積で生産しており、究極可採量の約三分の一は既に使い果たしているということになります。
 石油は再生産できない枯渇資源であり、資源枯渇から来る石油危機は、一九七〇年代の資源ナショナリズムの危機とは異なり、地球資源の問題としてより深刻なものになると考えられます。限られた資源である石油は、燃料だけでなく原料としても使われるものであり、今後ますます大切に使う努力が求められているのが現実であります。いずれにしても、エネルギー消費を最小化する産業構造、社会システムの構築及びエネルギーにおける石油依存度の減少、また石油代替エネルギーの技術開発等に力を注がなければならないことはだれしもが認めるところであります。
 今、環境問題の中でエネルギーを考えるとき、増大するエネルギー需要を化石燃料の消費によって賄うのは地球温暖化の原因とされるCO2の排出を増加させることになり、この点から化石燃料の消費を抑制する必要があります。こうした地球環境保全の観点から、非化石燃料は長期的には重視されざるを得ないと考えます。
 非化石燃料としては、原子力、水力、地熱、新エネルギー等が挙げられますが、その中でも政府は原子力を中心に据え、長期エネルギー需給見通しによれば、二〇一〇年には原子力の設備規模を現在の約二・五倍の七千二百五十万キロワットにふやし、一次エネルギー供給に対する比率も約二倍に引き上げ、供給量では石油に次ぐエネルギー源にする計画になっております。原子力は現在でも発電力量では全体の三分の一を占め、石油火力を抜いて最大の電源となっております。これは原子力発電をベースロードとして位置づけて常にフル稼働で運転し、石油火力、水力などを調整電源としていることにもよりますが、今や原子力抜きでは電力供給が成り立たない状況であります。
 我が国は、アメリカ、旧ソ連、フランスに次いで世界でも第四位の原子力立国になっておりますが、原子力についてはさまざまな意見が国内にあります。
 原子力発電は燃料費の比率が低く、石油ショックのような影響を受けにくいこと、長期にわたるウランの事当てができていること、ウラン燃料は原子炉に入れると約三年間取りかえなくて済み、備蓄効果があること、また核燃料サイクルが確立すれば使用済みの燃料を再利用することができ、燃料の使用効率が飛躍的に高まることなどから、政府は原子力を準国産エネルギーとして位置づけ、その導入促進を図ろうとしておりますが、原子力は放射能の排出という問題を必然的に伴うため、国民の間に安全性に対する不安が強いのであります。安全性の確保は原子力導入のための大前提であります。
 原子力発電所で一たん大きな事故が起きた場合、チェルノブイリ発電所のように広い範囲にわたってはかり知れない放射能による影響が出るおそれがあります。しかしながら、近隣諸国を見ても、既に中国、韓国または北朝鮮においても原子力エネルギーの開発導入が進んでおり、安全性についてはもはや我が国だけの問題でないことは明らかであります。このことから、我が国においては、原子力に対しての懸念を唱える以上に、近隣諸国とは互いに情報を交換し、また公開し、その技術向上をますます図っていくことこそ安全性への積極的貢献であると考えます。
 次に、かつて我が国の最も大きな電源であった水力は、大規模開発がほぼ終わったこともあって横ばいで推移しておりますが、水力発電も揚水発電所の増加に見られるように、需要のピーク時に発電するなど発電量の調節機能を主として持つようになっております。水力は再生可能なクリーンな国産エネルギーとして今後も利用することが必要であります。
 次に、我が国は火山国であり豊かな地熱資源を有しているので、地熱資源の開発利用もさらに進める必要があります。政府の長期エネルギー需給見通しにおいても、地熱エネルギーの一次エネルギー供給に占める比率を現在の〇・一%から二〇一〇年には〇・九%にまで高めることとしております。この実現の可否は別としましても、積極的な開発推進を図ることが望ましいと考えられます。
 最後に、新エネルギーについての所見を申し上げます。
 新エネルギーは、太陽エネルギーのように量的には非常に豊富なのでありますが、エネルギーの密度が薄いこと、自然条件に左右される面が多いことなどから、現在のところ供給量は極めて限定されております。
 新エネルギーの特徴は、発電等を例にとると、石油、石炭、LNG、原子力発電所は一カ所で大容量発電が可能なのに比べると、町の中でもできる地域分散型発電に向いているという点であります。例えば、住宅の屋根などに太陽電池を敷き詰めれば、これだけでその家庭のかなりの部分の電気を賄うことができると言われております。むしろ各家庭単位に太陽電池を取りつけた方が効率的なのであります。既に太陽熱で温水をつくるソーラーシステムは、設置コストが高いという問題はありますが、かなり普及しつつあります。太陽電池もコストが下がりつつありますが、従来の電力と比べると相当の高コストであります。将来実用化して大量生産によるコストの引き下げが実現すれば、十分に利用価値があると考えます。
 太陽電池と並んで実用化段階に近いと言われるのは燃料電池であります。燃料電池は水の電気分解とは逆の原理で水素を利用し発電するものでありますが、これも小規模分散型発電に向いていると考えられます。
 また、河川水の表面と深いところの温度差を利用してエネルギーを取り出すことが実際に隅田川で行われております。こうした温度差発電も自然エネルギーの利用として今後期待されます。
 さらに、ごみ焼却による廃熱の利用も最近行われるようになっております。こうした廃熱利用によって発電した電力を一般需要家が利用できるような法整備も今後必要と思います。
 新エネルギー、水力、地熱等は再生可能なエネルギーであることが特色である一方、化石エネルギーは有限でありますのでいずれは枯渇してしまいます。この点、そうしたおそれのないエネルギーの研究開発に力を入れることは、今後我が国のエネルギー政策にとって重要であると述べ、私の意見表明といたします。
#25
○足立良平君 エネルギー問題を考えていきますときに、私は、人類全体の生存にかかわる問題、あるいは最高位の国家の戦略としてまずエネルギー問題を考えていかなければいけないのではないか、このように実は考えております。
 特に、我が国の対応を見ておりますと、一次あるいは二次石油ショックを中心といたしまして、対症療法的とも思える対応に今日まで終始をいたしているわけでありまして、危機的状況を脱しましたときに、エネルギー問題に対する国民的関心というのは極端に低下をいたしておりますし、あるいはまた、エネルギー問題をめぐりまして情緒的な議論というものがともすれば横行しからなのではないか、このように実は思っているところでございます。
 エネルギー問題は冷静かつ長期的視点とグローバルな観点からの政策を必要といたしているわけでございまして、このような認識の上に、私は四つの点に絞って意見を申し述べたいと思います。一つは、国家としてのセキュリティーの問題でございます。そして二つ目には産業構造とエネルギーの関係、そして三つ目には省エネルギー、そして四つ目には地球環境という観点からエネルギー問題をとらまえてみたい、このように思います。
 まず第一には、国家としてのセキュリティーについてでございますが、このエネルギー問題の特徴点というのを一応三つに集約をいたしたいと思います。一つは、国家の産業、経済、国民生活の一番基礎であり、これの確保ということは国家の死活問題であるということが第一点目でございます。それから第二点目に、我が国は、既に述べられておるわけでございますが、石油、石炭、LNG、ウランを初めといたしまして、そのほとんどを輸入に頼らなければならない実態にあるわけでありまして、国家としては極めて脆弱な状況にあるということが二つ目の原則でございます。そして三つ目に、世界の歴史上、エネルギー問題は国家間の外交上の戦略物資化され、あるいは戦争の直接要因となってきたという事実、これを私どもは冷厳な事実として認識していかなければならないのではないか、このような特徴点をエネルギーというものは本質的に持っているということを私どもは考えていかなきゃいけないと思います。
 この点から日本としては次の五点に政策の中心を据えていかなければいけないのではないか、このように私は思っているわけであります。一つは、世界の平和川秩序の維持が図られること、ないしは平和維持のための我が国の役割が具体的戦略として構築をされていかなければならないということが一つ目でございます。そして政治的不安定地域への過度の依存を排除していかなければならないということが二つ目。そして、エネルギー源の多様化を図ってベストミックスを追求していくということが三つ目に必要であろうと思います。そして四つ目に、化石燃料にかわる新エネルギー開発に国家としてこれから最大限の努力を図っていかなければいけないのではないか。そして五つ目に、原子力問題については、いろんな意見もございますけれども、安全確保とそしてPA活動に国家として取り組みをしていかなければいけないのではないか、このように考えております。
 すなわち、世界第二位と言われる我が国の産業は、その基礎であるエネルギー源を海外に依存していることから、世界が平和でございませんと、あるいはまた世界の秩序が維持されていなければ極めて我が国自身が逆に不安定になってくるわけでありまして、そのことはさきの第二次石油危機あるいは今回の湾岸戦争で証明済みであります。当然、先ほど少し触れましたけれども、中東地域への過度の依存が問題であることはもう既に皆様方からも指摘をされているところでございます。
 さらに、私は、エネルギーの多様化が必要という面で、国際カルテルを回避するという観点から一つの例を挙げてみたいと思います。
 今日、原子力発電の運転状況というものを見ますと、一九九一年の六月現在、世界では二十五カ国、四百二十二基、三億四千三百四十一万キロワットの原発が運転をいたしております。これによりまして、その発電量というのは一九九〇年実績では一兆九千十二億キロワットアワーでございまして、これを仮に石油に換算いたしますと、一日に七百九十七万バレルに相当いたすわけであります。我が国の状況を見ますと、一九九二年の一月現在で四十二基、三千三百四十万キロワットの原子力発電が稼働いたしておるわけでありますが、この発電量は一九九〇年度末で二千十四億キロワットアワーでございます。これを石油に換算いたしますと、一日に八十四万バレルの石油を燃やすに相当する発電量を原子力発電は今日発電をいたしてへるわけであります。
 仮に、原子力発電を全世界で今一日ぱっとストップをする、停止をする、こういう前提で考えてみますと、現在、OPECの一日の石油生産量というのは約二千四百万バレルであります、若干これを減産するかどうかの議論を合いたしているところでございますが、約二千四百万バレルの上に八百万バレルの石油生産を上乗せしていかなきゃいけない、こういう問題があります。当然これは世界の石油市場の中で、特に旧ソ連が今日のあのような状況の中におきまして、原子力発電というものの持つウエートというのは極めて大きいわけでございまして、それは当然にして国際カルテルというものを再出現させる危険性というものを持っているのではないか、かつての第一次、第二次石油ショックの状況というものの再現の危険性というものを私どもは国家戦略として十分認識していく必要があるのではないか、このように実は思っております。
 もちろん、石油なり石炭をこれにかわって燃やすということになりますと、これは地球環境に大変な影響を与えることは論をまつまでもございません。それゆえに原子力発電の安全性の追求、既に委員がそれぞれ御指摘になったところでございますが、この安全性の追求及び情報公開と即応性による国民的な理触と合意に向かって官民合同の努力が必要なのではないか、私はこのように考えているところでございます。
 それから、第二点目といたしまして、産業構造とエネルギー消費との関係について考えてみたいと思います。
 産業構造とエネルギー消費とは相関関係を持っておりまして、産業構造の内容とエネルギーの質は連動するものだということでございます。
 現代の社会は工業化から情報化社会へと急激に変化を遂げております。例えば、情報化関連機器売上高は一九七八年に三兆一千億円でございましたけれども、一九八七年には十一兆八千億円と約四倍に達しているわけでありまして、GNPに対する割合も三・四%に今日到達をいたしております。情報関連産業の基本であります半導体、エレクトロニクス等を支えるエネルギーはまさに電気でありまして、情報化、ソフト化の進展に伴って電力の依存度というものはますます高まってきている。すなわち一次エネルギーに占める電力のウエートは、一九七五年、昭和五十年でございますけれども、二九・二%であったわけでありますが、一九八八年には三七・三%に上昇いたしております。
 さらに、八五年から八八年の期間におきまして、一次エネルギー需要のGNP弾性値は〇・七四でありましたのに対して電力需要のGNP弾性値は〇・九一、一般のエネルギーが〇・七四に対しまして電力はGNP弾性値は〇・九一ということになっているわけでございまして、今後も引き続きエネルギーの電力へのシフト化が進んでいくのではないか、このように予測をされるところでございます。したがって、このように重厚長大型の産業から軽薄短小と言われる産業に比重が移行し、情報化社会がますます進展をする中におきましては、エネルギーの中における電力シフトが進んでおります。まさにエネルギーの質が問われる状況に今日至っているというふうに第二点目として指摘をいたしたいと思います。
 第三点目といたしまして省エネルギーについてでございます。
 一九九〇年十月の長期エネルギー需給見通しによりますならば、エネルギー消費のGNP原単位は年平均二・〇%の改善、二〇一〇年度までの間に、全体として一二度の石油危機を含む一九七三年から八八年の実績に匹敵する実に三六%の改善達成をこの長期エネルギー需給見通しで目指していくことにいたしているわけであります。省エネルギーは、生活水準や効用を維持し向上させつつ、しかもエネルギー利用を効率化していく、つまり、省エネルギーは新たなエネルギー源の確保に相当するものと言えるわけでございます。
 日本は、過去の二回にわたります石油危機におきまして、エネルギー価格の高騰に対応して目覚ましい省エネを達成することができました。数字を申し上げますならば、第一次石油ショック、一九七三年でございましたけれども、GNPが九・三%の伸びに対しましてエネルギーは一〇・九%、したがってエネルギーのGNP弾性値は一・一七ということで一を超えていたわけであります。それが七三年から八五年、これは石油危機の時期でございますが、石油価格が高騰いたしました時期には、GNPが年率四・〇%の伸びに対しましてエネルギーは〇・五%の伸び、弾性値にいたしますと〇・二二にまで下がっているわけであります。
 ところが、一九八五年、これは石油危機から脱した時点でございますが、八五年から八八年にかけまして、GNPは四・三%の伸びに対しましてエネルギー需要は年率で三・二%ということで、かつては〇・二二まで弾性値が下がっていたのが、その後におきましては〇・七四に実は回復といいますか戻ってきている。
 この要因は、エネルギーの価格が低下をいたしまして、いわゆる高価格が低下をいたしまして省エネ投資のインセンティブが失われたこと、あるいは消費生活にアメニティーを求める傾向から機器が大型化、多機能化、複数化したこと、しかも、そして三つ目には省エネ意識の希薄化ということが考えられるわけであります。
 例えば、乗用車の燃費をとりますと、かつては一リットル当たり十三キロと実は伸びていたのが、一九八八年には十一・六キロということで、リットル当たりの乗用車の燃費は高くなってきている、こういうことが言えます。あるいはエアコン一つとりましても、熱効率の向上によりまして四三%の省エネを実際は達成いたしておりますけれども、これの大型化、複数化によりましてエネルギー総数としては大変な量がふえてきている、こういう状況でございます。しかし、省エネルギーは、先ほど各委員が御指摘になりましたように、地球環境を守っていくということ、あるいは資源が有限であるという観点から強力に今後推進をしていかなければならない、このように考えているところでございます。
 そのために、省エネを推進する最大のインセンティブは、従来の経験からいたしますなら、大幅な価格誘導でなければなかなか難しいということは承知いたしておりますけれども、国民経済に与える影響度合い、あるいはOPECとの関係、あるいは力の弱い人たちへの影響等々を検討するなら、国の政策としてこれを大幅な価格誘導でやることは難しいのではないか、このように考えております。したがって、省エネ投資のインセンティブを向上させる政策といたしまして、ライフスタイルの変更、国民意識の変更に向かって国の施策を強力に進めていかなければならないというふうに考えているところでございます。
 これまで我々は、豊かな生活あるいは快適な生活とは物質的に満ち足りた個人的な快適さあるいはアメニティーを求めることだと理解をいたしておりました。しかし、その結果、今日の暮らしの中でまだ使える消費財を次々と使い捨てにしている、あるいはごみの大量発生やエネルギーの過剰消費を招くというマイナスの面も今日あらわれてきているわけでございます。今、根本的に問われなければなりませんのは、このような資源エネルギーの浪費は、資源、環境の荒廃を招くばかりでなく、心の荒廃を招きかねないということでございます。地球レベルのアメニティーについて家庭教育、社会教育を含めた強大なキャンペーンを行うなど、国を挙げて戦略的に取り組んでいく必要があろうかと思います。
 最後に、地球環境への視点からエネルギー問題を考えてみたいと思います。
 産業型公害と言われ、社会問題化した大気汚染、水質汚染等のかつての環境問題は、地域が比較的限定をされておりました。しかし、今日の酸性雨あるいは地球温暖化等の問題は、地域や国境を越えて地球規模に拡大をいたしているわけでございます。
 地球環境問題は、一つには、科学的に詳細に今後解明をしていかなければならないということ。そして二つ目に、我が国の公害防除技術、例えば九〇%以上の脱硫率を誇る排煙脱硫技術が今日もう確立をいたしております。あるいは脱硝装置からいたしますなら、八〇%以上は脱硝をすることが可能という技術を今日我が国は持っているわけでございます。そういう技術の移転の問題。そして三つ目に、熱帯雨林の問題。あるいは四つ目には、CO2、水蒸気、フロン、メタンガス等の温室効果ガス等々の種々の問題を持っているのでございます。特にエネルギーとの関連に限定いたしますなら、化石燃料の抑制をいかに果たしていくのか、環境技術のさらなる進展をどのようにしていくのか、そして三つ目に、地球に優しいエネルギーをいかに開発していくのか、そして四つ目に、地球の人口爆発をいかに抑えていくのかということが最大の課題であろうと私は考えております。つまり、一定の経済成長を達成していくとき、エネルギーの確保は不可欠でありますが、地球環境問題からも、化石燃料にかわるエネルギー源として原子力が位置づけられねばならないと思います。
 本年六月にブラジルで環境と開発に関する国連会議、いわゆる地球サミットの開催が予定をされているわけでございますが、その中で最大の焦点の一つになるのがCO2の抑制問題でございますし、二〇〇〇年までに排出量を一九九〇年の水準に安定化させる、こういう方向が検討されております。環境問題によって経済が逆にコントロールされる状況も想定される時代を迎えているのであります。
 加えて、環境問題を考えますときに、地球規模における人口爆発をいかに抑えていくのかは、まさに先ほど触れましたとおり、最大の課題であることを付加しておきたいし、この面におきましても我が国の役割が極めて大きいことを認識すべきだ、このように申し上げまして、私の意見といたしたいと思います。
#26
○会長(田英夫君) 続きまして、ただいまお述べいただきましたそれぞれの御意見に関して、補足すべき御意見等がございましたら順次御発言願いたいと存じます。
#27
○福間知之君 石炭問題につきましては先ほど同僚の対馬議員が述べましたので、それを除くエネルギー問題について若干の補足意見を申し述べます。
 まず、我が国のエネルギー需要の将来展望についてであります。
 現在、エネルギー問題をめぐり次のような環境変化が生じております。
 まず第一に、我が国のエネルギー消費は高い伸びを見せているということであります。その背景としては、近年の内需中心の好調な経済活動のほか、国民生活におけるゆとりと豊かさの追求を背景とするライフスタイルの変化とエネルギー価格の低位安定による省エネルギー意識の薄れも大きな要因であると思われます。先ほど足立委員もこれらについて触れられたところでございます。
 また、地球環境問題につきましての国際的な議論が近年活発化しております。特に、地球温暖化問題については、化石エネルギーの燃焼により発生するCO2の影響が大きいと見られ、そのメカニズム等の科学的解明とともに、経済成長を実現しつつ環境保全を図る環境調和型のエネルギー需給構造を確立してまいらねば、ならないと思います。
 さらには、国際エネルギー情勢にも変化が生じております。旧ソ連、東欧等の民主化の進展、発展途上国における経済発展、生活水準に対する強い志向などエネルギー需要の構造的増大が今後ますます見込まれる一方で、さきに述べました地球温暖化問題に対する世界的取り組みが強まるなど、石油を初めエネルギーをめぐる情勢は多難かつ不透明な時代を迎え、世界的レベルでエネルギー需給の安定化の努力が必要となっております。
 次に、こうした変化のもとで、国民生活の向上を引き続き図る一方、環境負荷を低減し、将来の子供たちに美しい地球環境を引き継いていくためには、省エネルギー政策を抜本的に強化していくことが極めて重要であります。先ほど来からも触れておられますように、省エネルギー、すなわちエネルギー利用効率化をさらに推進するためには、産業、民生、運輸の各部門において省エネルギー技術開発や省エネルギー設備投資を一層進め、さらなるエネルギー利用効率化を図るとともに、従来の省エネの概念を超えたシステムとしての効率化を進めていくことが重要であります。
 システムとしての効率化とは、エネルギーの供給段階から最終消費段階に至るエネルギーシステム全体の中でむだになっているエネルギーを可能な限り有効活用し合い、トータルとしてエネルギー需給の最適効率システムを構築することであります。さらには、社会システムについても省エネルギーの観点から対策を検討すべきであります。
 また、これらに関連して、国民意識や社会経済状況を踏まえた新たな省エネルギーの理念を再構築し、幅広い取り組みによって国民的合意を得ることが不可欠であります。このための普及啓発活動が一層重要です。その際には省エネルギーのイメージを、エネルギーの創造活動であり、かつ地球に優しいというポジティブなものとしてとらえる必要があります。また、ライフスタイルの変化がエネルギー需要の増加の一因となっていることにもかんがみると、省エネルギー型のライフスタイルのあり方についても広く検討してまいらねばなりません。
 次に、地球温暖化対策については、CO2固定化技術等の技術開発や新技術の普及、具体化による現状打破の実現を国際協調のもとに図っていくことが不可欠であります。実際、過去の我が国の環境問題の克服は、新技術の普及、具体化によるところが大きかったと認識しております。
 さらに、地球温暖化防止行動計画を達成するために、石油代替エネルギーの供給目標で示された大幅な省エネルギー努力によるエネルギー需要の最大限の抑制、原子力を含む非化石エネルギーの開発導入など環境調和型のエネルギー需給構造の構築を積極的に推進すべきであると存じます。
 地球環境保全のための手段の一つとして、EC委員会によるエネルギー・CO2税の提案、OECDによる国際的な議論など、環境税を初めとする経済的手段の導入が提唱されております。しかしながら、新たな税制等の導入については、CO2排出量抑制のための課税ということであれば、著しく高い税率にしないと効果はないと考えられ、仮にそのような手段に訴えれば国民生活、経済活動に重大な悪影響を及ぼすこととなると見込まれるので極めて慎重に対処しなければなりません。また、既に我が国が課している相当水準のエネルギー関係諸税やエネルギー政策などとの整合性など、社会経済状況を十分踏まえて検討する必要があると存じます。
 さらに、国際協力の推進についてですが、我が国がエネルギー消費大国である地位を自覚して、資源及び環境制約という世界共通の課題に対して積極的に省エネルギーを推進し、その成果を各国と共有することにより国際的貢献を果たすべきであります。特に長期的には、発展途上国等における所得、人口増がもたらす環境、エネルギーへの負荷は深刻です。我が国民間部門が蓄積してきた環境対策技術、省エネルギー技術等を積極的に活用し、国際協力を行っていくことが必要であります。実際、このような地球規模の問題への対応においては、同じコストをかけるのであれば、環境対策、省エネルギーの進んだ先進国よりも、発展途上国での環境対策、省エネルギー対策を推進した方がより合理的かつ効率的であります。
 次に、新エネルギーの将来展望についてです。
 太陽エネルギー、燃料電池、風力エネルギー等の新エネルギーは、石油代替エネルギーであるとともに、環境への負荷が少ないクリーンなエネルギーであり、エネルギーの安定供給の確保及び地球環境問題への対応等の観点から極めて有効なエネルギーであります。しかし、新エネルギーのうち太陽光発電等再生可能エネルギーについては、エネルギー密度が希薄で自然条件に左右されるとともに、現時点ではコストが割高であるなどの課題を有しており、また燃料電池等の新エネルギーシステムについても、コスト低減、信頼性向上等の課題が存在することに目を覆ってはいけません。
 このため、効率向上、コスト低減等のための技術開発を引き続き推進していくことが重要であります。実際、太陽電池の製造コストについては、サンシャイン計画により、計画の始まった一九七四年当初は一キロワット当たり二万円ないし三万円であったものが、一九九〇年には一キロワット当たり六百五十円まで下がり、さらに、製造コストダウン、効率向上等を通じ、二〇〇〇年には一キロワット当たり百円から二百円にすることを目標に研究開発が行われているとのことであり、積極的に推進していくことが必要であります。
 また、こうした技術開発とあわせ、導入の素地をつくっていくことが今後の課題であります。太陽光発電、燃料電池等ある程度開発成果を得られたものについては、モデル的に導入促進措置を講じ、普及に努める必要があります。今後とも、これらの施策等を通じて、太陽エネルギーを初めとする新エネルギーの開発導入に向け、最大限の努力を傾注していくことが必要であります。
 終わりに、このようにエネルギー需要が中長期的に増大することが予想され、かつ地球環境保全へも十分配慮することが必要な現在のエネルギーをめぐる情勢のもとでは、需要面で、既に述べましたように、積極的な省エネルギー対策を推進するとともに、供給面では経済性、供給安定性、環境負荷の面ですぐれたエネルギーである原子力を安全性の確保を前提に積極的に開発利用する一方、従来からの新・再生可能エネルギー等の開発により培った成果を積極的に普及促進していくなど、需給両面にわたる施策を通じ、需給構造を改革していくことが重要であります。
 以上、持ち時間が参りましたので、この辺でとどめたいと思います。
#28
○田沢智治君 我が国の新・再生エネルギーの将来展望について提言いたします。
 今後の我が国の経済成長及び国民生活の向上に伴うエネルギー需要の増加、地球環境問題を踏まえた環境負荷の少ないエネルギー供給構造の実現にまずもって努めなければならないと存じます。
 また、エネルギー供給面対策としても、長期的には再生可能な新エネルギー等は失われた環境修復を考慮した場合、必ずしもコスト的には高いものではないとすれば、将来の主要供給源として志向することも一つの選択であろうかと存じます。
 このため、第一に、技術的に確立していも非化石エネルギー、特に原子力、水力、地熱等の開発促進が不可欠であると思います。また、相対的にCO2負荷の少ない天然ガス等を熱効率の高い複合発電及び熱併給発電方式により活用することも重要であると思います。
 第二に、技術的に有望視されている一方、経済性の改善を要する太陽光発電等の太陽エネルギー利用システム、燃料電池、メタノール等合成燃料の利用、電気自動車等については、技術開発を促進するとともに、一定需要の確保と実用化を容易にするための制度面を含めた環境整備を進めることが必要であると存じます。
 先般、二班として現地視察をいたしました中で、私たちは愛知県、三重県へ行きましたが、愛知に伺ったとき、中部電力の研究所へ行ってまいりました。ここには小型四輪車の試作車が一台ありまして、一台二千万、まだ経費がかかるというようなことを言っておりまして、税制面あるいは補助金等を含めて総合的な税対策を含めた環境整備を求めておる意見も出ておりました。
 また、実質的にCO2負荷を減少させるための噴流式石炭ガス化、対馬委員が話されたように、石炭をもし活用するとすればガス化への道を考えるなど、技術開発というものを伴うそういうサイクルシステムの技術開発を早期実用化するということも一案であろうかと存じます。
 第三に、地球環境問題の抜本的解決に貢献する可能性の高い核融合、CO2の固定化・有効利用技術、高温岩体発電技術等の革新的技術については、研究開発の目標時期の設定、国際的な共同研究開発体制等の整備強化を検討する必要があると存じます。
 なお、現在、太陽光等新エネルギーについては、一部実用化されている反面、急速かつ大幅導入には制約があり、近い将来原子力、非化石エネルギーに代替することが困難であるため、離島における利用等化石燃料による発電などの補完的役割を果たしていくものと考えられます。
 また、原子力については、燃料としてのウランの供給安定性、国内における核燃料サイクルの確立によるウランの利用効率の増大、さらに他の発電方式と比較した発電原価が経済的に同等以上であるほか、原価中に占める燃料費のシェアが低く、長期的に見て経済性にすぐれており、発電過程における二酸化炭素、窒素酸化物等を排出せず、地球環境問題の解決に当たって重要な役割を果たすと言われております。
 例えば一九九一年の七月のロンドン・サミット経済宣言においても、原子力について、エネルギー源の多様化及び温室効果ガスの排出削減に貢献するとされ、さらに同三月の欧州四カ国による原子力共同宣言においても、原子力利用が高い安全性のもとで行われる限り地球の環境保護問題に対する適切な解決策であり、重要な手段であることを確認しております。
 一方、我が国においては、原子力はベストミックスを図る上で主要エネルギー源の一つとして位置づけて、その開発利用を進めることとされておりますが、最近の原子力発電所の立地は長期化傾向にあり、当然のことながら安全確保に万全を期するとともに、国民の理解と協力を得つつ立地の円滑化を図ることが重要であります。
 参考までに一九九〇年の総理府の世論調査によると、原子力発電の必要性については、必要であると答えたのが六四・五%、必要でないと答えたのが二〇・七%。今後十年間の主力エネルギー源としては原子力と回答した者は五〇%。さらに今後の原子力発電の増減については、慎重にふやすべきであるというのが四四%、現状維持が約三〇%。一方、原子力発電の安全性については、必ずしも安全でないと答えた者は四七%あり、また原子力に対する主な不安項目は、放射線の人体への影響、放射性廃棄物の処理処分であります。さらに、原子力発電に対する情報源は、テレビ、新聞からが六〇%から七〇%、情報源に対する信頼できる説明主体としては、テレビ、学者・専門家、新聞と回答した者が三〇%から四〇%となっております。
 以上のことから、今回の湾岸危機あるいは地球環境問題の世界的な動向等を背景として、原子力のメリットが改めて見直されたように思われます。しかし、過去のチェルノブイリ事故、関西電力美浜原子力発電所の二号機事故等の発生などの経緯にかんがみ、今後とも国民の理解と協力を得るためには、原子力の安全性確保について、政府、事業者、学者等が一体となって安全性確保の研究成果をさらに高め、国民に対して迅速、的確、わかりやすい適切な説明と現場見学等による時間と回数を重ねることによって信頼感を醸成し、国民の合意性をさらに高める努力を図ることが必要であることを強調し、補足意見表明といたします。
 以上。
#29
○針生雄吉君 先ほども述べました意見に追加して若干の意見を申し述べたいと思います。
 エネルギーの需要を考えるについては、それを満たすための供給の確保が不可欠であります。将来的には核融合の利用が実用化すればエネルギー問題は解決するとも言われておりますけれども、核融合の開発はまだまだ初期の段階であり、これが実用化されるまでには、学者によって説が違いますが、なお数十年を要するとされております。その間のエネルギーの需要量増加を賄うため、いかにして供給を確保するのかということが中長期的なエネルギー政策の最大の課題となるわけであります。
 現在の我が国のエネルギー政策は、石油依存率の低下、石油代替エネルギーの導入及び省エネルギーの推進を三本柱として進められております。
 我が国の石油依存卒は諸外国と比べて高く、また供給先を見ると、その約七割を政情不安定な中東地域に依存しております。我が国は、エネルギーの安全保障の確保という観点からも、石油の中東依存率を低下させ、あわせて石油依存からの脱却に努める必要があります。
 こうした観点から、現在行われている石油代替エネルギーの開発導入をさらに強力に推進する必要があります。石油代替エネルギーとしては、石炭、原子力、液化天然ガス、水力、新エネルギー等が挙げられておりますが、この中で供給の柱となるのは石炭、原子力、液化天然ガスの三つであります。水力は供給力に限りがあり、また新エネルギーは将来的には期待されるものの、まだ研究開発段階にとどまっております。
 石炭は、埋蔵量が比較的に豊富であり、有力な石油代替エネルギーとして見直されてきておりますが、公害問題への対処が不可欠であり、石炭灰の処理の問題等も残されております。多量の二酸化炭素を出すために、地球温暖化問題等の観点からより厳格な対応策の確立が要求されております。
 液化天然ガスは、比較約二酸化炭素の発生が少なく、また液化の段階で不純物を除去してしまうために、公害問題に関してはすぐれたエネルギーと言われております。液化天然ガスは、液化施設の建設、専用運搬船の建造、パイプラインの建設等、多額の設備投資を要するため、安定した長期開発計画が必要になります。
 原子力は、電力用に限定されますが、二酸化炭素の発生がないため、この点では地球環境的にはすぐれたエネルギーとされております。政府のエネルギー政策においても、今後増大するエネルギー需要は石油代替エネルギーで賄うこととし、その中でも原子力をその中核に据えて、将来的にはその比率を大幅に増大させることとしておりますが、原子力は安全性の点でまだまだ国民の間に大きな不安を残しております。チェルノブイリ発電所の例のように、一たん大きな事故が発生すると、周辺地域のみならず、地球的規模で環境に深刻な影響を与える危険性をはらんでおります。我が国の原子炉はチェルノブイリ発電所とは型が違うとされておりますが、関西電力美浜発電所の細管破断事故のような大きな事故につながりかねない事例も起きております。何といっても原子力発電は安全性の確保が第一であります。二重、三重のチェック機構を確立しつつ、地域住民も含めた広いコンセンサスを求めて慎重に導入を進める必要があります。
 さらに、原子力は放射性廃棄物の処理処分、廃炉の処理等の問題が残されております。これらについても早急に適切な対策が要求されるところでございます。
 政府見通しによると、二十年後には原子力発電の規模を現在の二倍以上にすることにしております。しかしながら、原子力発電所の運転開始に至るリードタイム等から見ると、これは到底無理な計画と言わざるを得ません。この計画は見直す必要があります。原子力は安全性を確認して、国民的理解を求めてその立地を図るという基本的姿勢が絶対的条件であります。
 なお、水力については揚水発電所の建設など電力需給の時間的な調整の役割が増しております。今後ともこうした水力発電の特性を生かした開発立地を進めるとともに、中小水力発電所の建設など、きめ細かな対策が必要であります。
 新エネルギーの将来展望についても若干申し述べたいと思います。
 技術革新とともに新エネルギーの利用方法についての研究開発が進んでおります。新エネルギーは、太陽熱、光、風力、波力、水の温度差、燃料電池、廃棄物の熱利用、バイオマスエネルギーなど多岐に及んでおります。いずれも従来は未利用エネルギーとして廃棄されていたものでありますが、石油ショック以後脚光を浴びるようになりました。
 新エネルギーの大きな利点は、再生可能なエネルギーであること、資源量としては無限であると言えるということでありますが、問題点としては、エネルギー密度が薄いこと、天候などの自然条件に左右されやすいこと、現在のところコストが非常に高いこと、供給量が小さいことなどがあり、実用化されたエネルギーにはまだなっていないと言えます。
 新エネルギーの中でほぼ実用段階に達しているものとしてはソーラーシステムが挙げられますが、設置コストがまだ高く、普及させるために税制補助の面でさらに強化が必要であります。太陽光発電、燃料電池も実用段階に近づいていると言えますが、まだコストが従来の電源に比べて高く、供給量も少ない状況にあります。また、風力発電は離島などを除けば我が国には条件的になじまないと考えられます。
 政府の長期エネルギー需給見通しにおいても、新エネルギーは二〇一〇年には供給力において現在の五、六倍、一次エネルギーの供給に対する比率においても約四倍を見込んでおり、将来的には大きなエネルギー源として期待されておりますので、その研究開発を一層推進させる必要があります。
 エネルギー需要の伸びを考えると、将来のエネルギー供給の確保が不可欠であります。どのようなエネルギー供給構成にするのか、エネルギーのいわゆるベストミックスを考えなければなりません。
 現在、世界の石油需給は安定していますが、これは消費国側の石油使用の節約、脱石油政策への努力によって支えられているからであります。石油価格が安いからといっても安易に石油に依存することなく、新エネルギーの研究開発を含めた石油代替エネルギーの導入等、総合的なエネルギーの供給対策を確立することが我が国のエネルギー政策上の最重要課題であることを強調して、私の補足意見の表明を終わります。
#30
○高崎裕子君 基本旬な考え方については簡単に述べましたけれども、この機会に幾つかの問題について補足的に発言したいと思います。
 まず、政府は本調査会の調査でも、積極的な経済発展を確保し、人間活動と環境保全の両立を図ることを強調しています。環境と開発に関する世界委員会砂ブルントラント委員長報告でも、持続的な開発と環境問題についてエネルギーの側面から触れていますが、政府のように積極的な経済発展を確保した上で環境と経済の両立を考える立場などには立っておりません。経済との調和論が何をもたらすかは、一九六〇年代から七〇年代にかけた高度経済成長政策によって全国公害列島と言われるような深刻な事態を経験したことでも明らかです。しかも、その被害は今日もなお続いています。
 ブルントラント報告は、持続的な開発について、将来の欲求を満たしつつ現代の世代の欲求も満足させるような開発宣言うと述べています。私は前段で地球環境に優しいエネルギー社会への転換を提案しましたが、現在の経済成長を確保するためにエネルギーを消費して、後は野となれ山となれとして、将来の世代に取り返しのつかないことをしてはならないと思うのです。経済成長を決して敵視するつもりはないし、私の提案が実行されれば環境を保全しながら経済の成長もできると考えていますが、仮に経済の成長と環境の保全の二者択一を迫られるようなシビアな局面があるとすれば、そのときはためらわずに成長の鈍化を受け入れるような立場に立つ必要があると考えます。
 私は、日本経済は環境を優先したエネルギー対策を進めても、労働条件を悪化させなくても立派に乗り越えるポテンシャル、つまり資金力も技術力もマンパワーなども存在すると確信しています。
 次に、なぜ私どもは原子力発電を当面エネルギー源として加えないかについて補足します。
 現在の原子力発電は、原子力潜水艦の動力の開発という軍事目的で開発した原子炉を十分な安全性の保障のないまま商業用発電炉に転用したのが出発点です。このため、原子力発電には原子炉の構造技術の未完成や放射性廃棄物の処理処分技術の未完成、核燃料サイクル技術の未完成など、十分な安全性の保障がない未完成の技術としてさまざまの欠陥や危険性があります。このことを実証したのがアメリカのスリーマイル島、ソ連のチェルノブイリの二大原発事故です。我が国の原発でも大小の事故が相次ぎ一昨年はついに美浜原発で蒸気発生器細管がギロチン破断し、日本では初めてECCSが作動するという重大事故が発生しました。
 我が国の原発立地は、世界でも有数の地震国であることに加えて、人口密集地に近接集中立地という特有の危険性を持っています。さらに、政府の開発優先、安全無視の安全審査体制のもとで、電力会社による営利優先、安全無視の建設、運転の強行という危険性も持っています。
 現に、私は本調査会で、柏原発の静翼亀裂事故について、設計ミスに加えて事前の試験も行っていなかったという驚くべき実態を明らかにしましたが、政府の調査でも大多数の国民が原発に不安を表明しているのは当然です。言うまでもなく、原発の重大事故時の放射能の放出による環境汚染は、地球温暖化問題と同じく、それ以上に現実的に重大な環境問題です。
 これらの点から、私どもは原子力発電を当面エネルギー源として加えないというふうに考えるわけです。
 最後に、私は本調査会で機会あるごとに石炭問題について触れてまいりました。対馬委員も意見表明で述べられましたけれども、この際改めて石炭問題について言及したいと思います。
 政府は、これまでアメリカと国際石油資本の要求を受け入れて、貴重な国内資源である石炭切り捨て政策を推し進めてきました。特に、生産規模の段階的縮小、原料炭の引き取りゼロ、炭価の据え置きなど、国内炭生産の半減を打ち出した第八次石炭政策以降は、雪崩閉山、急激な山つぶしか行われました。この結果、戦後の最高時には五千五百万トンあった国内炭の生産は、八次策の最終年度を待たず、ついに一千万トンを割り、九〇年度には八百十万トンにまで落ち込んでいます。
 さらに、ポスト八次策は九〇年代を構造調整の最終段階と位置づけ、均衡点までは国内炭の段階的縮小を図るとして、九二年度から実施されようとしています。ポスト八次策では国内炭需給について生産目標を明示せず、需給両当事者間の自主的な取引関係を基本とするとしていますが、そうすると需要業界が引き取るかどうかも自由となり、炭価がたたかれることは目に見えています。これにより、電力などの引き取り拒否による生産の大幅縮小が一層進むことになります。
 また、輸入割り当て制度による措置の継続は必ずしも必要ではなくなったと言い、海外炭の輸入も自由にしようとしています。しかも、円高による内外炭価差を口実に、石炭政策史上初めて炭価の引き下げを打ち出しました。八次策の五年間、一度も炭価がアップされない上に、さらに引き下げを行えば、生産費を補うところか保安の確保さえ危ぶまれます。国の補助金・融資制度についても、構造調整の円滑な実施等の観点から適切な見直しを行うべきとして、削減の方向を打ち出しています。こうしたポスト八次策がそのまま実施されれば、国内炭鉱の存続基盤そのものが脅かされ、山がつぶされることになります。
 政府の国内炭切り捨て政策は産炭地の労働者と家族、地域経済に取り返しのつかない事態をもたらしています。私どもが昨年調査に入った北海道の各炭鉱の現状も極めて憂慮する状態に立ち至っています。この四年間で生産量は九百三十万トンから四百六十万トンに半減し、残った四つの炭鉱でも八十万トンが縮小され、一つの炭鉱が縮小した規模となっています。人員も一万二千七百人から四千四百人と、実に八千三百人が離職を余儀なくされ、現有炭鉱でも千六百九十四人もの大幅な人員整理が行われています。各炭鉱では生産能率を極限にまで上げる合理化が進行しています。
 一方、国の補助金は四炭鉱で合計五十六億七千万円もの大幅削減となっています。経常収支は、空知炭鉱を除き三社が赤字に転落し、年次ごとに赤字が増大しています。道内炭鉱の現状は、生産能率を極限に上げる中で辛うじて生き延びているのが実情で、経営の限界状態にあります。その上、ポスト八次策が実施されれば、各炭鉱は死活的状態に追い込まれます。
 我が国の石炭需要は年々増大し、既に世界一の輸入国となり、九〇年度の輸入量は一億トンを超えています。政府は二〇一〇年の石炭需要を一億四千二百万トンと見込んでおり、この膨大な石炭需要のほとんどを海外に頼り切ることになれば、外的条件の激変によって日本経済が大打撃を受けることは明らかです。
 エネルギーは、食糧とともに一国の経済的自立の基礎であり、コストの観点のみで論じられてはなりません。国家百年の計に立って、自国のエネルギー資源の保護、振興を図ることは当然です。国内炭切り捨てによって、我が国の一次エネルギーに占める国内炭の割合はわずか一・三%にまで落ち込んでいます。これは、一次エネルギーに占める国内炭の割合が二十数%と、国の責任で国内炭保護政策をとっているイギリスや旧西ドイツとは余りにも対照的です。
 我が国の石炭資源は、埋蔵量約二百億トンで、このうち二十億トンないし三十億トンは掘ることができると推計されています。貴重な国内資源である石炭の復興、活用を国の責任で行うべきです。このためには、当面現存炭鉱の維持発展に全力を尽くすとともに、国の責任で全国的な埋蔵量調査の実施、休・閉山鉱の再開発、新鉱開発計画を策定し、従来の保安対策を見直してその充実改善を図り、万全の保安体制を確立する。国内炭の需要を確保するため、石炭の大手需要家に適切な価格で一定量の引き取りを義務づけるなどが必要です。このことを指摘して、補足発言を終わります。
#31
○古川太三郎君 若干の補足を行います。
 今後はエネルギーの消費地それから生産地という確立されたものでなくて、消費地で熱あるいはエネルギーなどを利用していくという地域分散型の推進を図ることが必要かと思います。つまり、エネルギー供給をその地域で賄えるようにし、またそこで余ったエネルギーは近隣地域で売れるようにするということを法制度において整備していく必要を感じております。
 現在及び今後の電力供給を考える場合、生産地と消費地が離れているということにも大きな問題があると言わなければなりません。エネルギーの一方的大量供給と一方的消費では、幾ら省エネを主張しても実感できないでありましょう。効率にも問題があり、エネルギーをむだに消費することの温床となっております。このシステムこそ、新エネルギーの開発と相まって、今後早急に開発研究をしていかなければならないものと考えます。
 今の電力の需給システムの中で行き着く先は原子力でしかあり得ません。しかし、それは多くの問題を生みます。したがって、この際、電力の一極集中構想を改め、地球に優しいエネルギーを、身近なところで発電するシステムそのものを考慮すべきであると述べておきたいと思います。
 省エネルギー技術の徹底により、産業分野におけるエネルギー消費量は着実な成果を上げましたが、民生用、運輸用のエネルギー需要はGNPの伸びに連動して着実に伸びております。特に、民生用の熱需要の種類においては、給湯や暖房、炊飯等、比較的低温の熱が主体であります。これらの熱を得るために、二千度の熱、つまりガスや石油に火をつけることは非常に効率の悪いことと言わなければなりません。常温に近い民生用の熱需要を供給する新たなシステムを普及させることが望まれております。つまり、熱の高効率利用、コジェネレーションが家庭にまで普及することを望みます。
 天然ガスの高効率利用を図るため、全国にパイプラインによる天然ガスの供給網を張りめぐらすことも一つの案であると考えます。これらのパイプラインは、広くアジア・太平洋エネルギー共同構想につながり、省エネ、地球環境問題、さらには世界の安全保障と経済発展に寄与するものと考えられます。
 最後に、エネルギーの問題は、これからの国際社会の行方を考えれば、既に我が国の国益だけで考える時代は過ぎ、地球益の優先の中で考えなければならないと考えます。
 先般、ある新聞に、温暖化の長期的抜本対策として、洋上再生可能エネルギーパーク開発計画というのが出ておりました。これは、いずれの国にも属さない人類共有の公海上に、特に赤道付近の洋上ということでありますが、太陽エネルギーを中心とする再生可能エネルギー変換プラントを構築し、太陽発電、風力発電、波力・温度差発電、バイオマス・ソーラーバイオ発電等の複合発電を行い、再生可能エネルギーから電力、水素、メタノールなどを生産するハードソープランドを建設するという計画でございます。このプラントで生産されたエネルギーを世界各国に配送し、地球規模のエネルギーシステムを構築するというものであります。
 このようにエネルギーは、もはや一国の中だけでなく、地球規模の視点で考えていく時代にあることを今さらながら強調しまして、私の補足意見とします。
#32
○足立良平君 私は、エネルギーを考えますときに、この調査会でも一度申し上げたんですが、価格とそれから量と時間というこの三つのポイントがあるのではないか、このように実は思っております。
 価格と申しますのは、やっぱりエネルギーというのは産業や国民生活の中心的になる基礎的なものでございますから、価格は幾ら高くてもいいんだという議論は現実問題としては成り立っていかないというふうに思います。
 それから二つ目に、量が確保されなければならないというのは、クリーンエネルギーであるといいましても、仮に時計が太陽光発電で動くといたしましても、これは量的に確保されていないと国の産業の基礎にはなり得ないというふうに思います。したがって、わずかな量しか出ないようなエネルギーというのは現実的には我が国の産業のエネルギーにはなり得ないのではないか、このように思います。
 それから三つ目に、時間でございますが、技術開発が進んで今から三十年から四十年先に利用可能な技術というものは今日理論的に考えられますが、その技術が今日の我が国のエネルギーの主流たり得ることはできないということであります。これは、そういう面では時間的な経過、今から三十年、四十年先に核融合が一つの中心になるとしても、今ここで核融合中心にエネルギー政策を考えることは現実的ではない。したがって、そういう面では、私は、時間の経過というものもこういう観点からエネルギーを考える場合には当然私どもの頭の中の中心的にまず認識をしていく必要があるのではなかろうか、このように思っております。
 例えば、太陽光発電についてでございますが、これは現在、発電単価ですと一キロワットアワー当たり七十円以上でございますから、火力発電の十円ないし十一円に比べると相当高いということは言えます。ただ、このいわゆる光発電の場合につきましても、仮に、原子力のワンユニットでありますけれども、百万キロワットアワーの発電を光発電でやろうといたしますと、地球でいいますと、今この東京でありますと、山手線の大体内側ぐらいの土地にミラーを全部つけてやらないと百万キロワットに相当する電力を引き出していくことはできない。
 こうなってまいりますと、これは現実的には、自然環境、例えば太陽の光というものはそのミラーで全部遮断をいたすわけでありますから、そういう面では自然環境に与える影響というのは大変大きなものがあるのではないか。そのことはほとんど今議論がされていないというふうに私は思います。あるいは現実問題としてそれだけの設備を投入しようとしますと、一方では相当のエネルギーを投入してその設備をつくらなきゃならない。それは当然にしてCO2の排出というものが一方につながってくる、このように思っているわけでございます。
 あるいはCO2一つとりましても、地球環境に優しい、例えば石炭を一〇〇といたしますと、CO2の排出量は石油が八〇だ、いわゆる八〇%、あるいはLNGが六〇%だというふうに言われるわけでございますけれども、仮にそのLNGを採集する段階でのメタンの漏れ分を考えてみますと、それをいわゆる燃焼したときに、なるほどLNGは石炭に対して六〇%のCO2の発生量かもしれませんけれども、例えばそれの採集段階でのメタンの漏れを考えると一体どうなのかというふうな問題も現実的にはあるわけであります。
 したがって、このエネルギーを考えますときには、そういう面では、もう少し冷厳な、事実は事実として、そしてしかもそれは感情的なものを横に置いて、冷静に、しかも国家戦略として考えていく必要が私はあるのではないか、こういう努力を私どもはこれからしていかなければならないのではないか、こんな感じを第一点に実は抱いているわけであります。
 しかし、さりとてこれからの我が国のエネルギーの需給ということを考えてみましたときに、新エネルギーに向かって私どもはもっともっと今以上に努力をしていかなきゃいけないと思う。第一次、第二次石油ショックのときに感じた国民的な合意、あるいは政府としても新エネルギーに向かって非常に大変な予算をつぎ込みながら、そしてこの問題に取り組んできたその熱気を今私どもは忘れているのではないか、こういう感じがいたします。そういう面で、現在の新エネルギーのいろんな問題点はございますけれども、しかしそれを克服していく努力というのは私どもはこれからやっていかなければいけないのではないか、このように第一点目考えております。
 それから、第二点目といたしまして地球環境の関係でございますけれども、地球環境は既に本論のときに申し上げたわけでありますが、地球サミットの準備会合、いろんな今議論が行われておりますが、現実問題として環境保全をしていくということは、これはある面においてはコストとの闘いではないかというふうに私は実は考えております。そして、事実、資金及び負担をめぐりまして各国におきましても今既に対立が現実的に生じてきているということであろうかと思います。
 一九九三年から二〇〇〇年まで、一説によりますと千二百五十億ドル、日本円にいたしますと約十五兆六千億円の資金をこれから毎年投入していかないといけないのではないか、このような試算の結果も実は出ているわけでございまして、現在、環境保全投資に使われている世界の資金からすると四倍ないし五倍の資金を投入するということになってまいりますと、この莫大な資金を一体どのようにして各国が負担をしていくか。口では環境というものを守っていかなきゃならないということは言えるわけでありますが、現実問題としてそれでは一体どのようにして、例えば十五兆六千億の金を各国が毎年拠出することができるのか、大変な数字でありますだけに、この問題は単にこれは守らなきゃいかぬという口先のそういう情緒的な問題で点ない、こういうことに私は心していかなければならないと思います。
 福間委員からも御指摘がございましたけれども、例えば環境税の問題につきましても、これは本当に、特にオランダを中心にいたしましていろんな意見が出されているところでございます。私は、CO2を抑制していくということは先ほども申し上げたところでございますが、抑制していくということは、実際的には省エネルギーを達成するというのは価格誘導でないと本当は難しいのではないか、現実問題として、という気持ちがいたすわけでございますけれども、国民生活の観点、いろんな面からすると、これは現実的に難しいということで、我々のこれからの本当の一番大きなこれは課題になってくるというふうに思います。
 ただ、今後の日本の政策としてCO2の排出量を考えてみますと、現在世界で約六十億トンと推定をされているわけでございますが、その五〇%は米国と旧ソ連と中国、この三国であります。六十億トンのCO2、現在排出をされているその半分は米国と旧ソ連と中国ということにされているわけでございます。したがって、例えば同じGNPを生産するのに必要なエネルギーの投入量を、仮に日本を一〇〇といたしますと、旧西ドイツは一四八、日本の約五割高いわけでありますし、米国は一六四でありますから六割四分程度高くなっている。あるいは韓国は二三六、中国は七〇八。同じGNPを生産するに当たりましても、日本を一〇〇といたしますと中国は七倍のエネルギーをむだに使っている。
 こういう状況でありまして、このCO2の排出量を一律に何%減らすかどうかということが今日の地球環境問題でいろんな議論をされているわけでありますが、既に日本がこのCO2の削減に向かって昭和四十年代の後半から営々としてずっと努力をしてきている。そのことをベースに置いて、そこから何%削減ということは現実的に可能であるのかどうなのかということも、これはやればいいという一つの望ましいということと、現実的にそれでは一体どうなのかという問題との関係というものを国としても考えていかざるを得ない、このようにも私は思っているところでございます。そういう面でこのCO2の関係あるいはまた地球環境との関係というのは極めて種々の問題を持っているのではないか、私はこのように思います。
 最後でございますが、ちょっと一分はと過ぎておりますが、私はこれから本当に発展途上国との関係というものをもう一度見直していく必要があるだろうと思います。これは発展途上国からいたしますと、今CO2の削減問題を中心にして、これは先進国が出しているんだから発展途上国はそれはもういいんだというふうな議論も現実に行われているわけでありまして、地球全体として考えるなら、発展途上国のCO2をどれだけ削減しながら、しかも先進国もこれを減らしていくのかということは大きな課題になっているわけでございまして、そういう面からいたしますと、例えば一番使いやすいエネルギーというのは化石燃料であります。一番使いやすいエネルギーの化石燃料というのは、例えば中心は発展途上国が使っていくようなシステムをこれから考えていく。
 そして、日本のように技術が進歩している、あるいはまた原子力発電で先ほどもそれぞれ委員の皆さん方から安全性に問題があるというふうに提起をされておりますけれども、しかし現実的には、一昨年でございましたか、IAEAが日本の原子力発電につきましてそれぞれのチェックを行いましたときに、世界一安全運転の技術ノウハウを日本が持っているということを確認いたしているわけでございまして、そういう面からいたしますと、例えばそれぞれの発展途上国が原子力発電を競って今使おうとしていますけれども、原子力発電を発展途上国にどんどんどんどん移転をしていくことが、本当にそれは地球全体としての安全の面から一体いいのかどうなのか。
 例えば、先進国のような、日本のようなところには原子力発電を中心にして、そしてその技術レベルというものをさらに高めていく、あるいは安全性をさらに高めていく努力をしていく。そして使いやすい化石燃料は例えば発展途上国が中心的に使って、そして結果として地球全体のCO2なりその他のガスというものを抑えていくというふうな国際的な戦略というものがあるいはこれから必要になってきているのではないか、こんな感じも実はいたしているわけでございまして、そういう観点からこの原子力問題につきましてもいろんな意見があることを前提に、私はこれを推進していかなければならない。
 そして同時に、原子力発電の安全性というものは、日本の中で反対運動というものは大変強い、あるいはチェック活動というものは大変強いということが、逆に言いますと、私は原子力なりその種問題に対して、あるいはまたいわゆる公害問題に対しても、それはよりクリーンなものにしていくことにつながってきている。
 これはちょっと二、三日前の新聞にも出されておりますけれども、IAEAが旧東ドイツの原子力について大変危険な状態にあるということを認定いたしておりますけれども、反対運動のないところには原子力の安全性というものはあり得ない、あるいはチェック機能というものがないところに安全性というものを確立することはできない。そういう面からいたしますと、日本の場合のように大変にいろんな意見が提起をされ、そしてそういうものが現実的に存在をしながら、そしてそれに耐え得る安全性というものを確立していくことが今後の原子力の場合においても必要ではないか、このように考えていることをちょっと申し述べまして、補足意見といたします。
#33
○会長(田英夫君) ほかに御発言もなければ、我が国のエネルギー需要の将来展望及び我が国の新エネルギーの将来展望についての意見交換はこの程度といたします。
 本日は、午前、午後にわたり各委員から貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。初めての試みでありますが、大変円滑に運んだと思います。
 皆様の御意見は、理事の皆さんとも十分協議の上、本調査会の最終報告書に反映させていきたいと存じます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時三十分散会
ソース: 国立国会図書館
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