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1992/03/26 第123回国会 参議院 参議院会議録情報 第123回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号
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1992/03/26 第123回国会 参議院

参議院会議録情報 第123回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号

#1
第123回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第5号
平成四年三月二十六日(木曜日)
   午前十時三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月二十六日
    辞任         補欠選任
     板垣  正君     関根 則之君
     田代由紀男君     真島 一男君
     野田  哲君     穐山  篤君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         福田 宏一君
    理 事
                大城 眞順君
                北  修二君
                喜岡  淳君
                針生 雄吉君
                市川 正一君
    委 員
                大鷹 淑子君
                大浜 方栄君
                岡田  広君
                関根 則之君
                田沢 智治君
                真島 一男君
                柳川 覺治君
                穐山  篤君
                國弘 正雄君
                菅野 久光君
                谷本  巍君
                肥田美代子君
                山田耕三郎君
                喜屋武眞榮君
   国務大臣
       内閣総理大臣   宮澤 喜一君
       国 務 大 臣
       (沖縄開発庁長
       官)       伊江 朝雄君
   政府委員
       防衛施設庁施設
       部長       大原 重信君
       沖縄開発庁総務
       局長       造酒亶十郎君
       沖縄開発庁振興
       局長       水谷 文彦君
       外務省北米局長  佐藤 行雄君
       厚生省年金局長  加藤 栄一君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        下田 和夫君
   説明員
       防衛施設庁施設
       部施設企画課長  嶋口 武彦君
       防衛施設庁施設
       部連絡調整官   山口 金一君
       大蔵省理財局国
       有財産第二課長  建部 和仁君
       文化庁文化財保
       護部伝統文化課
       長        渡邉  隆君
       農林水産大臣官
       房地方課長    長田 綏男君
       農林水産省構造
       改善局農政部農
       地業務課長    澤井 義雄君
       農林水産省農蚕
       園芸局畑作振興
       課長       市之宮和彦君
       通商産業省貿易
       局輸入課長    鷺坂  正君
       運輸省航空局管
       制保安部管制課
       長        小田原眞一君
       建設大臣官房技
       術調査室長    青山 俊樹君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○沖縄振興開発特別措置法及び沖縄の復帰に伴う
 特別措置に関する法律の一部を改正する法律案
 (内閣提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(福田宏一君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 本日、板垣正君及び田代由紀男君が委員を辞任され、その補欠として関根則之君及び真島一男君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(福田宏一君) 沖縄振興開発特別措置法及び沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本件につきましては、既に趣旨説明を聴取しておりますので、これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#4
○喜岡淳君 おはようございます。社会党の喜岡淳です。
 きょうはお昼の十二時まで時間をいただいておりますので、ひとつ大臣を初め関係各位の御審議をよろしくお願いしたいと思います。
 私は実は出身が香川県でありまして、四国の香川県は全国で一番面積の小さい県であります。また、瀬戸内海にはたくさんの島を抱えておりますし、人口も非常に少ない。経済基盤も非常に弱い。そういった意味からも沖縄の問題については私は非常に似通った感じというものを持っております。そういう意味で、沖縄がいよいよ復帰二十周年という大きな節目を迎えた今日ですので沖縄の問題についても一生懸命勉強しようということで、今月の十六日、十七日と自費で沖縄の現地調査に行ってまいりました。もちろん先月は院の派遣ということで調査に行かせていただきましたけれども、そういう意味では私なりに現地の声というものを聞いてきたつもりであります。
 さて、沖縄の人たちが一様におっしゃっておりましたことは、いよいよ参議院の沖北委員会が沖振法の延長については最後の審議の場所になるだろう、ひとつ与野党ともに沖縄のためにこの委員会は充実した審議をしてもらいたいというのが各地で聞かれた要望でございました。とりわけ、この委員会で沖縄の復帰二十年の総括がどう行われるのだろうかと総決算の関心が集まっております。
 さらにここで沖振法が十年延長になりますと、いよいよ三次振計がどうスタートしていくのか。しかも、その三振計は二十一世紀の沖縄を決定してしまうというような重要な性格を持っております。しかも加えて、沖縄出身の伊江大臣がその担当所管長官として就任をされておる。こういうことが相まって百二十二万県民は大きな注目を寄せておるのだということを伺ってきたわけであります。
 さて、そういう中で私が沖縄で感じましたことはたくさんの問題がありますが、各界各層からの陳情、要望というものは非常に多くのものがございました。
 その一つは、沖縄の振興開発をどう促進していくのか、そして本土との格差の是正、さらには自立ができる基盤を確立する問題、非常に強い要望がございました。
 二つ目には、三振計の中を決定する高率補助が平成六年度以降も間違いなくきちんと維持されるか、沖縄に対する財政的な優遇措置が間違いなく行われるかどうか、これについても多くの意見を聞かされたところであります。
 さらに三点目には、米軍基地の整理縮小の問題について沖縄県の声としては、返還された跡地の利用促進のためにはどうしても立法作業が必要であると、立法措置の必要性についても訴えられたところであります。
 四つ目には年金の問題、本土との厚生年金の格差を何とかしてやり切っていただけないものだろうかと非常に強い陳情がございました。
 五つ目に、マラリアの問題についてもとにかく国は県と一緒になって調査をしてもらいたい、これについても非常に強い御意見でございました。
 六つ目には、フリーゾーンの問題についても、私も見てまいりましたが、もうお客さんもだれもいない、お店もシャッターをおろして閉めたところがたくさんありました。果たしてこれで沖縄の貿易振興ができるのだろうか、この見直しの問題も陳情を受けたところであります。
 さらに沖縄の自然環境の保護、開発と保護のあり方の問題、その他水の問題、交通問題などたくさんの要望を受けてまいりました。
 私、きょう質問させていただきます前に、まず伊江大臣にお聞きをしたいと思いますが、復帰二十年を迎えた沖縄がどのような問題に直面しておるのだろう。私は、今言いました七つ八つの点について今沖縄は大きな問題を抱えておると陳情を受けたわけですが、大臣はどういうふうに今の沖縄の抱える問題を認識されておるのか、まず最初にお伺いしたいと思います。
#5
○国務大臣(伊江朝雄君) ただいま先生から沖縄に対する極めてありがたい親近感の御表明がございましたとともに、沖縄が抱えているいろいろな環境問題並びに今御指摘の五つ六つのこれから対処していかなきゃならない問題についての御理解と御関心を賜っていることにつきましては、心から力強く、同志を得た感じでございます。まず最初に敬意を表しておきたいと思うのであります。
 ただいま沖縄は今後どうしていくのかという包括的なお尋ね、後ほど一々具体的にはお答え申し上げていくことになると思うのでありますけれども、まず包括的にお答え申し上げるとするならば、やはり今御審議いただいている大きな特別措置法の二法を延長していただくことがまず喫緊の問題である。それを背景にして、今日まで二十年間やってまいりました公共事業によるところの社会資本の充実はまだまだ残されている問題がございますが、これは御高承のとおりであります。それの仕上げということでございまして、まだまだ生活の基盤あるいは産業基盤が充実いたしておりません。そのために、二十年たちますけれども、依然として沖縄の県民所得は相変わらず全国の最下位である。そしてこれからは、社会資本が充実しましたら今度は自分で歩いていくような自立経済といいますか、自分で格差を是正していけるような力をつけていくのだ、こういうことのためにやらなきゃならぬ問題があるわけでございます。
 県民のいろいろな努力を背景にしてやってまいります第三次振計におきましては、いつも私は申しておるのでございますけれども、やはり自立経済のための足腰の強い体制に持っていかなきゃならぬ。そのために、今御指摘ございました自由貿易地域というのは、確かに沖縄の立地条件からいいまして南方のASEANあるいはNIES諸国と近接した日本との間の中間地点でございますために非常に立地的に恵まれている場所だと思うのでありますので、これを中継点にいたしましての貿易の振興またはそれを介しましての自立経済のための富の創出と申しますか、そういったことをやるためにはどうしてもおっしゃいましたような自由貿易地域を中心とした産業の発展というものが望まれることだと、私はまずそこを主眼に据えているわけでございます。
 そのためには、現在の自由貿易地域に認められておりますこと、これも全国では沖縄にしかない自由貿易地域でございまして、非常にありがたい制度の創出ではございますけれども、まだまだ機能的な面から見ますと十分ではございません。ですから、これの機能を拡大しまして、香港みたいなああいうフリーゾーンにはなりませんけれども、できるだけ関税の特域をつくってもらうということを中心として、外国からの企業の誘致あるいは本土からの企業の誘致その他でもって支えてまいりたい。これをまず中心に据え、そのほか南方の地域の特性を生かしました従来からの政策を、環境行政におきましてもあるいは特産農産物にいたしましても、そういったものを従来の行政ベースでつくり上げてまいりました地盤をなおかつ強化しながら発展させていきたい、こういうふうに考えております。
 いずれにいたしましても、地域的な特性の発揮は産業面だけじゃなくて、生活面においては基本的な面から、水が不足であるというふうな条件などの克服をしまた離島性の克服をしなきゃならないということで、後ほども御質問があるようでございますけれども、離島の格差、本島との格差があり過ぎますので、そういったものの交通の便をつけるなり産業の育成をしたりしてまず離島の発展も図っていかなきやならない。そして、本土の主要都市と本島だけじゃなくて離島との間の交通のアクセスも十分にパイプの太いものにしていかなきゃならぬ。
 いろいろこういうふうなことをるる並べ立てまして申し上げているわけでございますけれども、要するに結論的に申し上げるならば、自分で歩けるような足腰の強い産業立地をこれからの十年間においてやっていきたいものだということに尽きるのじゃないかと私自身は考えている次第でございます。
#6
○喜岡淳君 それでは、具体的なことでお尋ねしたいと思います。
 もう既に復帰してことしで二十年を迎えるようになりました。この二十年間、開発庁が発足をして沖縄に三兆三千八百四十億という予算が投入されてきたわけでありますが、一次振計、二次振計の二十年に及ぶ総括といいますか評価ですね、どういった成果がこの二十年間で上がったのか、それについてお聞かせいただきたいと思います。
#7
○国務大臣(伊江朝雄君) 具体的な問題につきましては事務当局からお答えをさせますが、総括的に申し上げますならば、私は第一期の振興計画の十年間はそれこそ本当に見劣りするような社会資本を見事に充実させてきた第一次の振興計画だったと思います。第二次に入りましてからそれが大体仕上げの段階に入ったと申してもいいかと思いますが、第二期の前半までは復興の計画で進捗してきたと思います。第二期の後半からはよりよい生活の向上を目指すための振興の計画ということでございまして、質が少し違ってまいっていると思うのです。
 第三期におきましては、先ほどもちょっと申し上げましたように、足腰がしっかりして自分で立って歩けるような基盤をつくっていくべき時期に入ってくるのではなかろうか、またそういう時期にしなきゃならぬのじゃないかと思っておりますが、その意味では第三期においては新しい富を創出して沖縄が本当に自立していけるような条件を整えていく、そういう時期の設定をしたい、こういうふうに私自身は考えている次第でございます。
#8
○喜岡淳君 二十年の総決算ということにしましてはちょっと簡単なお言葉でございましたので、もう少し中身のあるところをお願いしたいと思います。
#9
○政府委員(造酒亶十郎君) 一次、二次の振興開発計画の成果あるいはその後残された問題等も含めての評価についてのお尋ねであろうかと思います。
 ただいま大臣からもお答えを申し上げましたように、四十七年に沖縄が復帰いたしまして以来、第一次、第二次と振興開発計画に基づきまして総合的な施策を講じてまいったわけでございます。この間、先生からも御指摘がございましたが、約三兆四千億円の国費を投入いたしまして、県民の方々の御努力と相まちまして学校教育施設あるいは道路、空港、港湾などの交通施設、それから上下水道などの生活環境施設、こういう社会資本の整備は大きく前進してまいったと思います。また、本土との格差も次第に縮小されてまいりまして、沖縄の経済社会総体としては着実に発展をしてきたのではなかろうかと考えているところでございます。
 しかしながら、まだまだ生活、産業基盤の面ではなお整備を要するものがございます。また、産業の振興あるいは雇用の問題など解決しなければならないたくさんの課題を抱えているというのも事実だろうと認識をいたしている次第でございます。
 別の観点から申し上げますと、一つには沖縄の経済は依然として物的な生産部門が弱い産業構造になっております。このために経常的に移輸入が移輸出を上回っておりまして、また財政支出に大きく依存をするという経済体質になっているわけでございます。それから一人当たりの県民所得の対全国比、これは復帰時の六〇%程度から平成二年度には七一・四%というところまで改善はされましたもののまだまだ依然として最下位でございまして、かなりの格差があるわけでございます。
 さらに失業率について見ますと、失業率が一番高かった時期には、これは昭和五十二年でございますが、六・八%という大変高い率であったわけでございます。平成三年にはこれが四・〇%というところまで下がってまいりましたけれども、それでも全国平均は二・一%でございますのでまだまだ二倍近い高い失業率になっているわけでございます。
 このような沖縄の現状を踏まえまして、昨年六月、沖縄振興開発審議会から意見具申が提出されまして、沖縄の経済社会は依然として厳しい状況にあり、現行計画の目標が十分に達成されたとは言いがたい。平成四年度以降の沖縄の振興開発につきまして地元の地方公共団体と協力して引き続き計画を策定するとともに、これに基づいて事業を推進する等の特別の措置を講じていくようにと強く御要請を受けたところでございます。
#10
○喜岡淳君 二十年間の御努力の結果かなりの面で、とりわけ物的な面では大きく前進をされた。ただし、雇用や産業振興、基盤の確立、財政状況、こういったものなどを見たときには沖縄の課題というものがまだ残っておる。そういう御意見だったかと思います。そこで今度、沖振法の十年延長ということが提案されておるわけでございます。
 大臣にお伺いしたいと思うのですが、十年延長によって今残された課題というものは解決できるという自信がおありでしょうか、どうでしょうか。
#11
○国務大臣(伊江朝雄君) 自信があるかないかというふうなあやふやな態度では臨まないつもりでおりまして、自信を持ってそういう方向で歩いていくわけでございますけれども、やはり十年といいますと長いスパンでありまして、情勢のいろいろな変化があろうかと思います。私どもとしては、目標をそういうふうに設定をいたしました限りそういう方向でやってまいりますが、それにしてもやはり国からの相変わらずな御援助をいただかなきゃならないし、また先生方に御援助を賜らなきゃならぬ面が多いと思いますので、そういうものを背景にしながら県民の努力をまって邁進していきたいと決意の表明だけをさせていただきたいと思います。
#12
○喜岡淳君 私は、これは決意の表明ということで今大臣おっしゃいましたけれども、やはりそのあたりのきちっとした展望というものと確証というものが示されなければならないかと思います。そうしなければ特別措置法の延長ということの意味がなくなってくると思うのです。これは特別措置法でございますから、やっぱりこういうものがいつまででも残っておる、こういう法律がいつまででも続かなければならないということになりますと、これはもう沖縄の皆さんにとっては大変な問題でございますから、これは十年でやり切れるのだと、そういったところのしっかりとした確証と計画、その体制、そういうものについて、とりわけ大臣にはよろしくお願いをしたいというふうに思います。
 さらに、十年間で目標を達成する、あやふやな態度では臨まないと今おっしゃいましたが、そういう上では一番重要な問題が沖縄に対する高率補助の維持の問題だろうと思います。平成六年度以降の沖縄に対する高率維持の適用の問題、これについて心配される向きが多いわけでございますが、この点については沖縄の財政状況、経済事情、そういった諸情勢を判断した上で間違いなく平成六年度以降も高率補助が維持される、そういった理解でよろしいでしょうか。
#13
○国務大臣(伊江朝雄君) まことに御指摘のとおりであろうと思います。特別措置法でございますから、いろいろな他府県では見られないような特別の措置でございますから、それを実効あらしめるためには、やはり沖縄の県の現在の経済あるいは財政状態では支え切れないような問題がたくさん出てまいります事業でございますから、どうしてもそこには特別の高率の補助がなければならない、これが前提であろうと私は思うのでございます。
 その点についての先生の御指摘だろうと思うのでありますが、したがって見直しをしなきゃならぬというのは他府県の補助率との横並びの関係での見直しのことでございまして、沖縄については私は今のような特別の高率補助は絶対に必要な要件だと思っておりますので、もうその点については全力を挙げて今までのとおりのことを継続してもらいたいというふうに思っておる次第でございます。
#14
○喜岡淳君 今までどおりの高率補助の維持をやってもらいたいということでございますが、これはきちっとそういうふうにやり続けていくということで受けとめさせていただきたいと思います。
 もう一つの問題ですが、沖縄振興の中で人口の問題なんかも、今沖縄は人口が増加しておるということで一般的に認識があるようでございますが、やはりそこは中身を見る必要があるかと思います。沖縄の離島については人口が過疎化をしておるというのが事実ではないかと思います。沖縄全体の人口は増加した、しかし離島の人口は減少しておる、こういうことが実際は起きておるのではないかと思います。
 そういう意味では、この一次振計、二次振計の中で離島振興をどういうふうに図られて、それが当初の目標どおり達成できたのかどうか、これらについてお伺いしたいと思います。
#15
○政府委員(造酒亶十郎君) 離島の振興につきましては、一次振計、三次振計の期間を通じまして住民生活の安定向上を図るという観点から、沖縄振興開発事業費のこれまで約四分の一強、これは平成四年度の予算についてだけ申し上げますと二八%という割合になるわけでございますが、通算をいたしまして四分の一強を投じてまいりました。これによりまして交通の確保それから農業の振興、保健医療対策、教育施設の整備、生活基盤の整備などを行ってまいったわけでございます。
 特に沖縄の離島は、本島周辺、それから宮古、八重山の周辺、さらに外洋の離島とそれぞれ置かれた状況が大きく異なっておりまして、これまでもその必要性に応じまして海底から水を送るいわゆる海底送水、海底から電気を送る海底送電、それから海水淡水化事業、これはこれまでに五カ所行っております。それからまた、いわゆる離島架橋、現在までに完成いたしましたものが七橋、実施中のものが三橋でございますが、離島架橋を実施してまいったところでございます。
 それから実情に応じまして離島の農業あるいは水産業等の振興を図ってまいったところでございます。また、各島々の特性を生かしましてその島の観光の振興あるいは島の中におきますコミュニティー活動の活性化、こういうものに資するため沖縄コミュニティー・アイランド事業というものも逐次実施をしてまいってきたところでございます。
 さらに今回の改正におきましては、離島の地域におきます厳しい状況にかんがみまして、旅館業につきまして地方税の減免を県あるいは市町村が行った場合には減収補てんの制度を新たに設けるということを行っているところでございます。
 このように一次、二次振計の期間中を通じまして離島の振興を図ってまいったわけでございますが、先生御指摘のとおり、離島の過疎化等の現象も見られております。こういう離島の厳しい状況にかんがみまして、今後とも離島の振興を図ってまいりますことは沖縄の振興開発を推進する上での大変重要な課題であると認識をいたしているところでございまして、三次振計を策定いたします過程でさらに十分検討してまいりたい、このように考えているところでございます。
#16
○喜岡淳君 離島の問題は私は非常に重要な問題だと思っております。やはりこの離島にも人が住んでおるからこそ我が国国土の保全ができておるというのは事実でしょう。だれも住まなくなったらもう島は荒れほうだいですよ。そういう意味では国土の保全をやっていただいておるということも加味して、これについてはしっかりした手当てをしてあげるべきではないか。我々の方が本当は感謝をして住んでいただかなければならないわけです。だれかが住んでいないと、普通の民家だって人が住まなくなったら荒れほうだいですよ。あの離島の中で住んでおる人に対しては、私たちはやはり国土の保全の上からも重要な役割を果たしていただいておると、そういう感謝の気持ちが必要だろうというふうに思うわけです。瀬戸内海の離れた島々にも私の親戚の人が住んでおりますよ。本当によく住んでくれておると、私はそういうふうに率直に思います。
 沖縄の離島の問題も、沖縄の全体の人口がこの二十年間で二九%近くふえておりますが、離島振興もうまくいっておって同じような比率でもし二九%ふえておればいいのですが、逆に沖縄の方は離島が非常に人口が減少しておるという結果でございますので、ひとつ先ほど言いました観点からも離島振興についてはお願いしたいと思います。
 その際、私も沖縄へ行って離島関係者からいろいろ御意見を聞きましたが、離島でも過疎化した離島と案外うまくいっている離島、若い人も定着するところもあったりしてうまくいっている島は、聞きますと交通の便がよくなったとかあるいは運輸通信状況がよくなって島外の人と島内の人との交流が行われておるところ、ここは案外、島の過疎化が進んでいないという答えを聞いたわけでありますので、これは三振計の中で議論をされておることと思いますから、ひとつ離島振興のためにもよろしくお願いしたいというふうに思います。
 さて、次の具体的な問題、マラリアの問題についてお伺いしたいというふうに思います。マラリアの問題についてはこの委員会でもたびたび意見が交わされておりますけれども、私はきょうのこの委員会の席において、復帰二十周年に当たって、しかも今度の沖振法の延長問題に当たってはここがもう最後の審議の場所になりますから、ひとつここでとりわけ沖縄出身の伊江大臣の方から、このマラリア問題について、さらに後で触れる厚生年金の格差是正の問題について大きく前進した答えを心から期待しておるものでございます。沖縄県民百二十二万人もこの審議をそういう意味では注目して、大臣の御答弁に対して関心を寄せておることだと思っております。
 さて、マラリアの問題でございますが、伊江長官御自身はこの沖縄のマラリアの問題についてどういうふうな御認識なのか、お伺いしたいと思います。沖縄県の方でもあるいは現地の方でも多くの人は、八重山のマラリアというのは戦争マラリアなのだというような認識がもう常識でありますが、大臣はどういうふうにこの問題についての御認識をされておるか、お伺いしたいと思います。
#17
○国務大臣(伊江朝雄君) 御指摘のとおり、痛ましいことであったと私は思っておりますが、何しろ日本の国内で唯一の地上戦闘の行われたところでございますからいろいろな形の戦争の被害、犠牲というものが出ておるわけでございます。したがいまして、マラリアに罹病し亡くなられた方々はまことに不幸なことでございましたけれども、そのほかにもいろいろな形での犠牲者がまだまだたくさんおられた、いろいろな形の犠牲者がおられたと思います。そういう方々も含めまして心からこういう方々に対して心の重荷を感ずるというのが私の心境でございます。
 しかし、これを戦争マラリアという先生からの御指摘、御定義がございましたけれども、そういうふうな扱いとして今の制度上なじむ問題であるかどうかということが今日までこの問題の解決しなかった一つの原因だと私は思うのであります。しかし、私は衆議院の沖特の委員会でも申し上げましたように、今直ちにこの問題だけを取り上げて制度になじむかなじまぬかという議論をすることももちろん大事なことではございますけれども、もう四十年以上前のことでございますからいろいろな面においても実態をやはり調査すべきであろう、こういうふうに考えております。
 したがって、これは沖縄開発庁長官あるいは沖縄出身の国会議員としての立場を離れて、一沖縄県民としてこの問題を胸に深く畳み込んでおきたい。そしてまた、国会議員としてはいずれかの時期にこういった問題を含めて検討しなきゃならぬ時期があるいはあるかもしれない。これはマラリア問題だけに限りませんけれども、私はそういう立場でこの問題は取り組んでいくべきではないかと私自身には言い聞かせている次第でございます。
 あとは事務当局からどういうお答えになるかわかりませんし、また厚生省からどういうお答えになるかわかりませんけれども、少なくとも私自身はそういう立場で物事を考えていきたい、また事に臨んではそういう措置もしなきゃならぬ時期が来るかもしれない、こういうふうに考えておる次第でございます。御答弁になっておるかならぬかわかりませんけれども、気持ちとしてはそういう気持ちでございます。
#18
○喜岡淳君 今の大臣のちょっとよく聞き取りにくいところがありましたのでお尋ねしたいと思いますが、このマラリアの問題について今の援護法の関係では対象にならないということの前提でのお話だったと思うわけですが、この八重山のマラリアについては国として国自身が独自に調査をされたということは今までにあったのでしょうか。
#19
○政府委員(造酒亶十郎君) このマラリアの問題につきまして、国自身が調査を行ったということはございません。
 また先般、私ども沖縄開発庁のほかに総理府それから厚生省とも御相談をいたしまして連絡会議を設けて、このマラリアの問題につきまして、ただいま大臣からもお話がございましたように、四十数年前のことでもございまして事実関係に不明確な点もある、それからまたこの問題についての窓口もはっきりしてない、そういう御批判があるということにもかんがみまして連絡会議をつくったわけでございますが、この連絡会議におきましても調査を行うということは考えていないわけでございます。
 ただ、必要に応じまして沖縄県などから御説明をお聞きいたしまして意見の交換などを行ってまいりたい、このように考えているところでございます。
#20
○喜岡淳君 国としては調査したことがないということでありますが、調査したことがないというのは多分これは援護法にはひっかからないという確信があっての結論だろうというふうに思うのです。
 今も大臣いみじくもおっしゃいましたように、もう四十年前の問題であると。私はこれは非常に重要な問題だろうと思います。なぜかというと、四十年前の出来事を調査もせずにこのまま放置しておきますと、十年後二十年後にもう証人はいなくなってしまいますよ。死ぬのを待っているということですか。そこを答えてください。
#21
○政府委員(造酒亶十郎君) ただいま申し上げましたように、四十年前の出来事でございまして当時の状況あるいは御遺族の方々の状況等も不明確な点が多いわけでございますが、沖縄県におきましてこれまでに二回にわたりまして調査を行っておられます。ただ、その調査の結果によりましてもまだ必ずしも十分に解明されたとは言いがたい面もあるわけでございますが、沖縄県におきましては引き続き調査をしたいという、こういう御意向を持っておられるわけでございます。
 私どもといたしましては、沖縄県が今後さらに調査を行われ結果が出ますれば、その結果も踏まえながら連絡会議において意見交換などを行ってまいりたい、このように考えているところでございます。
#22
○喜岡淳君 ちょっと釈然としないのですが、私はこの問題と従軍慰安婦の問題がダブって浮かんできます。あの従軍慰安婦の問題だって今まで政府の答弁では否定されてきた問題です。それが防衛庁の中から資料が出てきたと言われるじゃないですか。今ではもう否定できないでしょう、従軍慰安婦の問題は。今までどういう答弁だったか知りませんけれども、資料が出てきたじゃないですか。
 県が二回やっておるから県がやっておるからと、その結果を待ってみるなどという今の御意見でございますが、早く国がしっかりと県と一緒になってやらないともう証言する人さえいなくなるのですよ。資料だってもう虫が食って紙がぼろぼろになって、あった資料だってなくなっていくじゃないですか、日がたてばたつほど。何かそれを待っているように私には聞こえるのです。そうじゃないですか。どうやって説得しますか。年寄りが死ぬのを待っておるのだろう、証言する人がいなくなることをと。それに対してどう答えるか言ってください。
#23
○国務大臣(伊江朝雄君) 今の御指摘の点は、情としては私は非常によくわかります。私どもが今答えているのは、事務当局から答えましたのもまた私がお答え申し上げましたのも、責任を持って私どもが処理するに当たっては今までの実定法上になじむかなじまぬかの問題の立場からのお答えを中心として申し上げたわけであります。先生のお立場から申しておられることはそういった問題を離れて、戦争マラリアという一つの特別な事態の発生によって生じた犠牲者じゃないかと。これについての考えとしては、法律の問題じゃなくて別途に政治的な高度の立場からの判断が必要じゃないかという話にあるいは私はつながる性質のものじゃないかと思うのであります。
 したがいまして、一個人としての私から申し上げるのではなくて、先ほど申し上げたように、沖縄県民の一人としてはまことに心の痛む問題であるし、しかしこの種問題というものは、あの唯一地上戦が行われた沖縄としてはあるいは同種のいろいろな問題がまた出てくるかもしれない。その場合にその問題として今度はどう対処するかということも含めましての高度な判断が必要な時期があるいは出てくるかもしれないということを申し上げたわけであります。
 したがいまして、その方々を放置して話がさたやみになるまで待つのか、国は何の手も加えないのかというふうな御質問、御指摘のようでございますけれども、そうではなくて、そういった事実関係について新たな立場が必要であるかどうかということも含めての意見の交換をみんなでやろうじゃないかという今の各省庁との連絡会議であろうと思うのです。そのための事実関係を知るためには、先ほど先生御指摘のように、慰安婦の問題もそうでございましたが、具体的な調査の資料というものが必要だろう、その調査の資料はやはり何といっても沖縄県だと。ですから、沖縄県の方で調査をしていただくならば、その調査の結果を踏まえての意見の交換も必要になってくる。そういうところに立っての新しい別の判断があるならばその判断をしなきゃならぬ時期が来るだろう、こういう意味で私は申し上げておるのです。
 ここからは言うならば大きな政治判断が必要じゃないかという先生の御指摘にあるいは当たるかもしれません。そういうつもりで政治家としてのあるいは閣僚としての私の胸に抱いてこの問題を処理していきたい、当たっていきたい、こういうふうに思っておるということでございます。
#24
○喜岡淳君 さっき連絡会議のお話が出ましたが、この連絡会議は厚生省、総理府、沖縄開発庁、三者でつくられておると思います。名前は沖縄県八重山地域におけるマラリア問題連絡会議。これは八重山マラリアと明確にしておるわけですね。
 この連絡会議はどういう経過でつくられてきたのか。この連絡会議は一体これから何をやろうと考えておられるのか。これは多分所管は開発庁だろうと思いますので、そこについて教えていただきたいと思います。
#25
○政府委員(造酒亶十郎君) このマラリアの連絡会議につきましては、従来からマラリア問題についていわば担当の窓口もはっきりしていないじゃないか、こういう御指摘があったわけでございます。そのために私ども今般、厚生省あるいは総理府とも御相談を申し上げました結果、どこか特定の省庁一つだけというふうに窓口を絞ってしまうというのもなかなか難しい話でございますので、この三省庁の間で連絡会議を設けようということでお話し合いをいたしたわけでございます。
 これからこのマラリアの連絡会議で何をやっていくのかということでございますけれども、先ほど来申し上げておりますように、四十数年前のことでございまして事実関係に不明確な点もございます。あるいはまた、現行制度が適用にならないという厚生省の御主張もございます。そういうような点も含めましてこの三者の間で情報の連絡なりあるいは意見の交換なり、さらに場合によりましては地元の沖縄県からの御説明も伺うというようなことをやってまいりたい、このように考えているところでございます。
#26
○喜岡淳君 ぜひそういうことで、大変困難な問題ではあるかと思いますけれども、しっかり沖縄県と連絡をとりながら、情報交換、そういった活動に専念していただきますようにお願いしたいと思います。
 それから次に、沖縄の方からこの問題でいろいろと資料が来ておるわけですけれども、こういった資料について政府の方ではやはり検討会というものをされるのでしょうか。沖縄県の方でいろいろな調査をした資料がありますね、この八重山マラリアの問題で。こういったものの検討とか、そういうふうなものは連絡会議で実際意見交換をされておるのでしょうか。
#27
○政府委員(造酒亶十郎君) 連絡会議を今後どういう形で運営してまいりますか、この点につきましては改めてこの三者の間で御相談申し上げたいと思っております。
 ただいま先生御指摘の資料、一応私どもも沖縄県からちょうだいをいたしまして御説明を伺っているわけでございますけれども、厚生省あるいは総理府の御了解が得られますならば、この連絡会議の場で沖縄県から御説明を伺うというようなことも考えてまいりたい、このように考えているところでございます。
#28
○喜岡淳君 それではよろしくお願いをいたします。
 次に、これも懸案事項として残っておる問題でありますが、厚生年金の格差是正の問題についてお伺いしたいと思います。
 厚生年金の問題につきましても、この委員会ではもちろんのこと社労委員会でもずっとやられてきたことでございますが、これについても、とにかくもういつまででもぐずぐずこの問題が延びていくのはやはり沖縄の県民感情として納得ができない。復帰二十周年の節目は一体何だったのか。記念硬貨が出るだけが二十周年なのか。そういう問題じゃないと思いますので、厚生年金の格差是正の問題についてもぜひこの委員会でひとつすっきりした答えが出るように大臣及び厚生省の皆さんにはお願いをしたいと思います。
 まず最初に、厚生年金の格差の問題でございますが、沖縄の人の厚生年金と本土の人の厚生年舎との間に格差というものがあるのでしょうか、それとも格差というのはないのでしょうか。これは厚生省の方になりますか、お尋ねしたいと思います。
#29
○政府委員(加藤栄一君) 沖縄におきます厚生年金の老齢年金の平均年金月額というものを見てまいりますと、平成元年度末現在で平均九・〇万円でございます。それから全国平均の年金月額が十三・八万円ということになっておりまして、沖縄の平均年金受給額というのは本土全体の平均の六五・三%の水準になっております。これがその年金額の差ということになっておりまして、この原因は沖縄の特殊事情によりまして年金の加入年数が少ないということを反映していると思います。
 ただ、厳密な話をいたしますと、その他の例えば給与の差でありますとか、そういうものがどういうふうに反映しているかということなどいろいろ仕分けをするというのは大変難しいことでございますので、客観的に見てそういう平均受給額でこれだけの差があるということは言えると思います回
#30
○喜岡淳君 格差があるということのお答えだったかと思います。
 実はこれはチラシです。このチラシは厚生年金完全格差是正推進県民会議がつくったものです。これによりますと、昭和六年生まれで去年三月に定年退職になった方の場合、本土と沖縄を計算すると七十万四千二百二十円、月額五万八千六百八十五円の格差がある。これは年間格差七十万というのが書かれておりました。
 それからもう一つ、これは沖縄県経営者協会からいただいた陳情書でございますが、これによりますと、昭和六十三年モデルの金額で計算をすれば年間格差は実に九十万円余りに達すると書かれております。
 九十万があったり七十万があったり、今厚生省がおっしゃった五十七万六千円、それでいけば年間格差五十七万六千円ということになりますね。九十万、七十万、五十七万、ばらばら数字は違いますが、いずれにせよ、かなりの金額の格差が現実にあるということだろうというふうに思います。
 厚生年金の格差の問題に入る前に、政府の今の御意見でも沖縄の厚生年金は月額九万円、今この世の中で九万円で果たして一体どのような生活ができるのか。厚生年金の制度の本来の趣旨からいきますと、被保険者及び遺族の安定した生活のためにこの制度をやるのだと書いてあると思います。まずその点から考えてみて、この九万円ということについてどういうふうにお考えでしょうか。
#31
○政府委員(加藤栄一君) 公的年金でございまして、公的年金は国民の方の老後の生活の基本的な部分を確保していくということが役割であるというふうに考えております。その考え方として、基礎年金につきましては、高齢者の単身世帯の方の生活実態を把握いたしましてそれに基づきまして基礎年金の水準というものを設定しておりますので、さらに被用者の方につきましてはその上に在職中の所得に対応した報酬比例部分というものを上乗せしていく、こういうことでございます。
 確かに九万円でありますとかあるいは十三万円ということでありますけれども、高齢者の方々の生活につきましてもいろいろ幅がございます。また、公的扶助と違いましてこのほかに一切の収入源というものを認めないというものではございませんもので、そういう意味から申しまして、負担との対応それから消費支出等の状況等を勘案いたしまして現在の年金水準というものが定められている、こういうことでございます。
 また、加入期間等々にもやはりある程度の反映をして年金額というものは計算されますものでございますから、個別的にはいろいろな額が出てくるわけでございますが、それで一〇〇%生活の経費を満たすということを必ずしも前提にしているものではないものでございますので、御理解をいただきたいと思います。
#32
○喜岡淳君 ちょっと私、それは納得ができないですね。
 なぜかといいますと、沖縄の問題は最初に伊江大臣の方から詳しく、雇用状況、経済状況について本土との格差がいかに大きいか、経済状況の厳しさということのお話が一番前提としてあったと思います。沖縄で高齢者の方が果たして生活条件、賃金水準のいいところへたくさん再就職できるかどうか。失業率は全国平均の二倍だという報告も一番最初にあったはずです。
 そういう中で、沖縄の年配の皆さん方はこの月九万の厚生年金でほうり出されておるわけです。それは個別には子供たちの家に身を寄せておる人もおるでしょう。いろいろな身の処し方をしておるでしょうが、それはこの厚生年金わずか九万円しかくれないからこそ頼っていっておるのじゃないでしょうか。それぞれ身の処し方をしておるから一般的な話はできないなどという答弁は、私は現実に全くそぐわないと思うのです。九万円しかないからいろいろな処し方をやむなくしておるのでしょう。きちっと必要な厚生年金を払ってあげればいいじゃないですか。沖縄ではそんな簡単な再就職の状況は私はないと思いますから、非常にこの九万円というのでは厳しいだろうと思います。
 しかも、全国平均で厚生年金月額十三万八千円と今おっしゃいましたね。十三万八千円という金額は生活扶助基準月額をきちっとクリアしておるじゃないですか。この生活扶助基準月額、政府の算定によると昭和六十三年度は十三万九百四十四円とおっしゃっております。全国平均で厚生年金平均月額十三万八千円。クリアしていますよ。沖縄の人は九万円です。これは四万円も下回っておるじゃないですか。生活扶助基準月額に届いていないのです。これで果たして厚生年金の目的、趣旨が達成されておるかどうか、私はやっぱりそれは疑問です。そこをもう少し納得がいくように説明してください。それぞれ身の処し方をしておるかもしれませんけれども、制度上最初からおかしいじゃないですか。制度上というかこの金額上おかしいじゃないですか。
#33
○政府委員(加藤栄一君) 生活保護基準との比較ということで年金水準を現在のところ設定しておるというわけではないわけでございます。一応九万円と申しますのはこれは全体の平均でございますが、これで一〇〇%生活できるかどうかということを議論いたしますと確かに生活扶助基準なり生活保護基準との比較ということになってまいるわけでございますけれども、生活保護の方はあらゆる資産等を活用した上で保障する水準でございます。したがいまして、年金でありますとかあるいは仕送りもありましょうが、その他家産、あるいはほかの内職でありますとか、そういうものを全部ひっくるめて生活保護基準というものを確保する、こういうことになるわけでございます。
 一方、年金につきましては、基準といたしましては確かに一つの基準として全国的な基礎年金水準については高齢世帯、六十五歳以上の単身老齢者の消費支出実態というものを、五年ごとの消費支出実態調査の数値を用いましてその中での衣食住、光熱水費といったものを基準にいたしましてそれを勘案しながら設定しておりますが、その場合は平成三年度で月額五万八千五百円、こういうことになるわけでございます。
 ただ、厚生年金でございますので、そのほかに在職中の給与との比例関係と申しますか、それを反映させる部分の報酬比例部分というのは上にございます。そういうものも加えまして設定されますのでそれよりは高い金額になるわけでございまして、一概に生活保護基準以上給付するあるいはしないということにつきまして直接のリンクの関係を持っているわけではございません。
#34
○喜岡淳君 制度的にリンクされておるかどうかは別として、やはり生活保護水準というのはそれなりに計算して最低限度、憲法で保障された文化的で健康的な最低限の国民の生活をするために必要な月額が幾らなのか、そのことと無関係には設定されていないと思うのです。当然人間らしい生活をするのに一カ月最低幾ら要るか、しかも憲法ではそれを国が保障する義務を負わせておるわけですね。だから、そういう立てりから最低限度の生活水準、そこは面倒見てあげなければならないという憲法上の国の義務でこの金額も決まっておるわけですから、この月額九万円というのがこれで生活できるなどというのは私は全然納得のできない話であります。ですから、ぜひそこの点についてももう一遍きちっと調査をしていただきたい。
 沖縄の定年退職をした方で老後に九万円の年金だけで本当に生活できる人が何人おるのか。私はほとんどいないと思います。そういう人たちにも具体的に実際に私も那覇でお会いしてお話を聞いてきましたよ。沖縄の物価の高さを嘆いておられました。家賃が高くなったことおっしゃっていました。そういう人たちの一人一人の御意見を聞きますと、やはり平均月額九万円では実際に生活できない、これはもう皆さん共通した御意見です。
 沖縄の場合、高齢者、退職した人が簡単に就職できるところはそんなにたくさんない。もともと有効求人倍率だって厳しいところじゃないですか、沖縄は。失業率は平均の二倍以上です。沖縄の有効求人倍率〇・五三倍、第四十七位ということは全国最下位じゃないですか。最下位ですよ、有効求人倍率は。私の調べでは平成元年調査で〇・五三倍です。私の香川県は二・〇五、全国八位。全国平均は一・三〇倍。沖縄へ有効求人倍率は〇・五三倍、四十七位となっていますよ。全国最低じゃないですか。一番厳しいということでしょう。そんなに簡単にお年寄りの人が生活のための再就職、どこにもなかなか行けないです。ですから、まず九万円というのは私は厚生年金の趣旨からしても問題があると思います。そこで、この厚生年金の格差の是正については厚生省や開発庁の方にもさまざまな御要望が届いておることはよく私も聞いております。沖縄ではそれぞれ労働団体、経営者団体、受給者、そういった人たちが一体となって陳情を繰り返しておるわけでございます。私もこの間ちょっと調べてみますと、今沖縄県におきましてはそういった経営者や労働団体や受給者だけの運動ではなくて、地方においても議会においてこの厚生年金格差是正を求める運動が広がっておるようであります。
 現在のところ一番新しい調べによりますと、沖縄県の県議会での決議、県の決議はもとより、十の市議会、七つの町議会、十三の村議会、県以外に三十の市町村議会がこの厚生年金の格差是正決議を行っておる。こうなってまいりますと、沖縄県全体のこれは声だというふうに私は受けとめております。
 この点について、まず伊江長官どう思われますか。私はこれは沖縄県全体の声だというふうに受けとめますが。
#35
○国務大臣(伊江朝雄君) 先ほどから厚生省から御答弁がありますように、確かに保険制度であるがゆえに大変難しい問題はあろうと思うのです。中断を時効によって消滅させてもとへ遡及させるという措置を講じなきゃならぬわけですから、非常に事務的には難しい問題だと思うのです。
 しかし、今御指摘のとおり、大変重要な問題でございますので、私は沖縄の開発庁長官としてという立場を超えて国務大臣としての立場から申し上げるならば、やはり厚生省あるいは関係省庁、沖縄開発庁も含めまして沖縄県の意見等を十分に交換をしてもらって、その意見を踏まえて何らかの検討の結果を出してもらいたい、こういう希望でいるわけでございます。
 これは総理もおっしゃるように、沖縄問題のすべてそうでございますけれども、過去においてもそうでございましたが、やはり戦争という大きな犠牲を通じて今日の沖縄になった陰にはいろいろな問題が残されていると思うのでございます。そういう問題でございますから、総理もいみじくもおっしゃるように、沖縄の問題は全体として政治的な判断のレベルで考えなきゃならぬ問題がまだあるなというふうにおっしゃっているのはそのことだと思うのでございます。
 したがいまして、私は沖縄開発庁長官として申し上げる前に国務大臣として申し上げるならば、先ほど申し上げたことをもう一遍繰り返しますと、沖縄県の意見等も関係省庁と意見交換をしてもらって、そしてその検討結果を踏まえて、あとはやはり政治判断という立場で問題の処理が行われれば幸いだなというふうに思っておりますので、そういう気持ちでもって今後対処していきたい、こういうふうに考えております。
#36
○喜岡淳君 どうぞよろしくお願いしたいと思います。
 それで、この格差是正につきましては、平成元年の十二月に当時の厚生年金の改正が行われた際の議論で、参議院においては、平成二年の是正措置をしたところで沖縄の厚生年金については依然格差が残るから、格差がなくなるまでの格差是正措置を求めるような流れで参議院の社労委員会が行われたというふうに私は会議録を読んでおりますが、これについて年金局長さんの方はどういう御認識を持っておられますか。
#37
○政府委員(加藤栄一君) 平成元年に私どもといたしまして年金制度の財政再計算というものをいたしたわけでございます。五年ごとにやることになっておりまして、そのときに国民年金法、厚生年金法の改正案の御審議をいただいていたわけでございます。そのときに衆議院及び参議院の社会労働委員会でそれに附帯決議が付されまして、「沖縄の厚生年金については、早期に本土との格差を是正する措置を講ずること」、こういう全く同様の決議項目が入っております。
 厚生省といたしましては、そのころ地元県などからの大変な御要望もありましで長年にわたって検討しておりまして、その格差是正措置に何らかのもう一歩を、大変難しい問題でありましたけれども、いろいろ工夫をいたしまして第二回目の特別措置を何とかできないかということで検討中でございました。
 この附帯決議がたしか平成元年の十二月になされております。衆議院の方は十一月三十日でございますが、それを受けまして翌平成二年の二月に第二回目の特例措置を講じたわけでございまして、それが現在第二回目として、平成二年から平成七年三月までかけて申請を受け付けております第二回目の特例措置になっておりますので、私どもといたしましてはその両院の附帯決議を踏まえて特例措置を講じたということと考えております。
#38
○喜岡淳君 もう一度確認したいと思いますが、平成元年の十一月に衆議院で行った議論、そしてその附帯決議の意味、これは平成二年から中高齢の特例を使って沖縄の厚生年金の格差是正措置をとるということが十一月の衆議院附帯決議の趣旨であったと私は思います。参議院で翌十二月に全く同じ文句で、沖縄の厚生年金の格差是正措置を講ずると、全く衆参同じ決議が上がっております。
 十二月に参議院でやったのはどういう議論だったかといいますと、厚生年金格差是正措置が衆議院で通ってきたけれども、これを実施したところで本土と沖縄の人の厚生年金の格差がゼロにならないじゃないかということを糸久八重子議員が指摘をして、そこから議論が始まったのですね、参議院の委員会は。したがって、二回目の措置をとっていただいたものり沖縄の人の厚生年金の格差はなくならないものだから、格差が埋まるまで格差是正措置をとる。これが参議院の十二月に行った決議だと私は理解しておりますが、それで間違いないでしょうか。そこを聞かせてください。その参議院の決議をどう理解されておるか。
#39
○政府委員(加藤栄一君) 私どもといたしましては、国会におかれます附帯決議の趣旨といいますか、どういう受けとめ方をするかということは国会の御判断を基本とすることだとは思います。
 ただ、厚生省としてどう受けとめていたかと申しますと、当時のこの問題についてりいろいろな質疑がございます。確かにこれで一〇〇%結構結構ということを皆様異口同音におっしゃっているわけではないわけでございます。その点はそうでありますけれども、種々の施策におきまして必ずしも全員の御賛同を得て行われているものばかりでもございません。そういうこともございまして、私どもといたしましてはこの両院の附帯決議を受けて平成二年の特例措置を講じたというふうに理解しているわけでございます。
#40
○喜岡淳君 これは平成元年十二月十二日、当時の参議院社会労働委員会会議録であります。この中で糸久八重子議員が、「沖縄の年金格差が完全に解消することにはならないわけです」と、ここから議論が始まっておるわけですが、そういった議論の中から十二月の参議院の附帯決議の中で格差是正の措置を講ずることというものが入ったわけです。
 私は、当然そういう流れからして、今厚生年金の格差是正措置をとったから、二度にわたって措置をとったから行政的に格差是正の措置をとったのだ、もうこれで終わったのだなどというのは、少なくとも参議院における社会労働委員会の結論あるいはそれに基づく与野党一致で採択された附帯決議の趣旨からしてそれは矛盾をするものだというふうに思っております。したがって、この厚生年金の格差是正の措置については、国務大臣としての伊江長官からのお話が今ありましたように、ぜひ引き続いて検討をしていただきたいものだ、こういうふうにお願いしておきたいと思います。
 それから次に、フリーゾーンの問題についてお伺いしたいと思います。
 沖縄の那覇にありますフリーゾーン、自由貿易地域、行ってまいりました。フリーゾーン、自由貿易地域ということで大変期待をして行ったのですが、行けばもう車が何台かぱらぱらとある程度、中に入っても人がもうほとんどいないというか、企業によっては従業員の人さえもいないところがありました。閉まったところもありました。働いておる人にいろいろ聞いてみたのですが、聞かれても本当に困ったような顔をしておられました。
 これは国が十三億五千万円もの国費を投入して設置したわけであります。この沖縄のフリーゾーンは、これは開発庁にお尋ねしたいと思うのですが、どういう趣旨で設置をされたのか、教えていただきたいと思います。
#41
○政府委員(造酒亶十郎君) 沖縄の自由貿易地域についてのお尋ねでございますが、これは関税法に規定をいたします保税地域制度、すなわち保税上屋、保税倉庫、保税工場、保税展示場等の制度と、それからその中に立地いたします企業につきましての税制上の優遇措置、これを組み合わせた沖縄独得の制度でございます。
 これをどういう趣旨で設けたのかというお尋ねでございますが、沖縄におきます企業の立地の促進、それから貿易の振興を図るということを目指して設けられたものでございます。
#42
○喜岡淳君 沖縄の企業立地の促進、貿易の振興という目的でとおっしゃったわけでありますが、では現状はどういうふうになっておるのか、私も最近のこの自由貿易地域が扱った搬入量、搬出量、いわゆる取引高というのですか、その正確な数字を聞こうと思ったのですが、平成三年分がわからないと言うのですね、まだまとまっていないと。
 もう平成四年ですから、平成三年の分はわかるのじゃないかと思いますが、平成三年の搬入量、搬出量は一体どれぐらいなものなのか、お伺いしたいと思います。
#43
○政府委員(造酒亶十郎君) ただいま先生、平成三年の数字についてのお尋ねでございますが、現在沖縄県において取りまとめ中でございますので、恐縮でございますが、平成二年度の数字を申し上げさせていただきたいと思います。
 平成二年の搬出額四十八億円余り、それから搬入額は四十五億円余りでございます。
#44
○喜岡淳君 四十五億この自由貿易地域に入ってきて四十八億出ていったということだろうと思うのです。入ってきた分より余計に出ていったということで、その間が三億ですね。
 このフリーゾーンについてですが、私が一番疑問なのは、平成元年、搬入量が五十三億五千七百万円、約五十四億でしょう。搬出額が約五十四億二千百万円。大体バランスがとれておる。平成二年、搬出量が四十八億に減っています、六億円ほど。搬入量も四十五億円で八億円ほど減っています、平成元年にこの事業がスタートして翌年はとんと減っておる、こういう状況です。しかも、平成元年の搬入量五十三億円の実績だと言うが、この五十三億五千七百万というのは実績ですね、搬入額の。目標は幾らだったかというと、皆さんが立てた目標は百四十五億あったのじゃなかったですか。これはどういうふうに受けとめればいいですか。これで開発庁が今おっしゃった企業の立地促進、沖縄の貿易推進、こんなことが言えるのですか。
 この現状について実績からいって私は非常に疑問を覚えるのですが、開発庁長官、どうですか。これでやれますか、その目標が。目的が達成できますか。
#45
○政府委員(造酒亶十郎君) 先生御指摘のとおり、この自由貿易地域につきましては必ずしも当初の目標どおりの実績を上げていないというのは御指摘のとおりでございます。すなわち施設が狭いというような問題もございます、それからいろいろ中にお入りになっておられる方々それぞれに御工夫はなさっておられるわけでございますけれども、当初の予期したとおりの成果が上がっていないということは御指摘のとおりでございます。
 したがいまして、今後この自由貿易地域をどのように持っていくべきであるかということでございますが、先般二次振計後の沖縄振興のあり方につきまして御審議をいただきました沖縄振興開発審議会の専門委員会の報告書におきましても、自由貿易地域の機能の拡充、それから中城湾新港地区等への展開についての検討をするということを御指摘いただいたわけでございます。
 私どもいろいろその後検討をいたしたわけでございますが、今回の改正の中で、国税及び地方税に関します優遇の措置を受けられます対象業種、これまでのところ製造業だけでございますが、これを道路貨物運送業と、製造業を支援する業種あるいは貿易の振興に寄与する業種など四業種を追加いたしまして合計五業種にしようと、今こういう改正内容を考えております。それからまた、さらに関税法の一部改正によりまして新たに導入される予定になっております総合保税地域制度、これを自由貿易地域の中にも導入しようということで御提案を申し上げているわけでございます。
 このような改正を今回行ったわけでございますが、今後の自由貿易地域の展開につきましては、まず平成九年に完成する予定の中城湾新港地区、ここにおきまして自由貿易地域を展開したいということで沖縄県が現在御検討なさっておられるというふうに伺っておりますし、それからまた現在の自由貿易地域に隣接をいたします那覇軍港、これがもし今後返還されるということがあるならば、そこを自由貿易地域として活用したいということで那覇市あるいは沖縄県が御検討になっておられる、このように承っているところでございます。私どもといたしましても必要な支援を行ってまいりたい、このように考えておるところでございます。
#46
○国務大臣(伊江朝雄君) 具体的には今、現状について事務当局からお答え申し上げたとおりでございますが、基本的には税制だと思うのです。私はかねがね言ってきたところでございますし、それからあそこにいらっしゃいます自民党の大城議員なども盛んにおっしゃっていたことでございますけれども、やはり基本的には関税制度にあるのだ、したがって現状のままであったならば保税地域にすぎないじゃないだろうか、それを改めるべきだというのが大城議員方の主張でございました。
 なるほどいろいろ調べてみますと私もそう思いまして、現在企業二十七業種が立地しているそうでありますが、そのうちの三業種が他府県の資本で入ってきている。一業種が台湾の業種だそうであります。したがって、こういう状況を見ましても魅力は乏しい。魅力が乏しいということは要するに関税のうまみがない、IQ品目が少ない、だから願わくは関税フリー地域にしてほしいと、これはまあ極端な話でございますけれども、そうはいかないにしても、しかし関税品目を減らしていく、そして輸入輸出がスムーズにいく、こういう制度を伴わないとせっかく沖縄にのみ許された自由貿易地域の活性化がないだろう、こういうことで御指摘を賜っているわけでございます。
 私もその方向で、もちろんそれは機能的な面でありますけれども、それから先ほど事務当局が申しましたように、規模の点においてはまだ狭隘でございますので、こういったものは複数の地域に自由貿易地域を設定するなど機能的それから面積的、規模的にも少し充実しなきゃこのフリーゾーンの活性化がないだろう、そういうところに私は力を入れていきたい、こういうふうに思っておる次第でございます。
#47
○喜岡淳君 フリーゾーンをこれからどうするか、中城湾の方にもやるとかいろいろお話がありましたが、それより前にきちんとした議論をやっておかないと、また那覇のフリーゾーンの問題が中城にも広がっていくという結果になったらもう目も当てられないことだろうと思うのです。
 まず最初にお伺いしたいのは、このフリーゾーンをつくるときにはどういうことで政府が宣伝をされたのか、一番最初のときは。これは会議録を繰ってみましたけれども、すごい言い方ですね。いわゆる鳴り物入りですよ。もうこれで沖縄は南の貿易の拠点になっていくのだとか、香港の何とかかんとかというのが出てきますね、香港というのが。雇用には物すごく貢献ができるのだ、沖縄の人たちに付加価値あるいはまた雇用市場への貢献が高まっていくのだ、未来への新しい沖縄像の一つを描くのにここを足がかりにしていきたいのだ、地元の経済振興、企業立地とすごい鳴り物入りですね、これだけ言えば。当時の国務大臣、大変演説されております。しかし、全然そういうことになっていない。
 その一つとしてまずお聞きしたいのは、これは非常に単純な疑問でありますが、目標の立て方に、例えば二十七業種が初めてフリーゾーンで事業を始めるいわゆる平成元年、この年の目標は搬入百四十五億、搬出百六十四億という目標だったと思います。実績はそれに対して搬入が三八%、搬出で三三%。いずれにせよ、計画の三割台しか目標が達成できなかったわけです。これは初年度だから仕方がない。わからなかったのかもわかりません。しかし、次年度はどうですか、平成二年度。これまた目標額を高くしているじゃないですか。さらにふやして百八十億に目標を上げておる。搬入の目標額を百八十億に上げているのです。搬出の目標額だって百六十四億の当初目標が次年度は二百八億に上がっているじゃないですか。
 だから、結果はと聞くとまた二割台しか平成二年度も搬入、搬出ともできなかった。これは素人が考えてもわかるじゃないですか。最初の年から厳しいのに翌年また目標をすうっと上げてしまう。どうしてこういう目標計画を立てたのですか。そこをちょっと教えてください。これは全く素人考えではわかりません。
#48
○国務大臣(伊江朝雄君) これは私からお答え申し上げますけれども、やはりおっしゃるとおり宣伝のようにはなっていない、これは事実だと思います。それはなぜかといいますと、出発がそうであっても大きな希望を沖縄県としても託していたと思うのです。ですから、そういうふうに実体が伴っていなかったと、結果がそうなっているわけでございますからその希望の反映が実績と同じになっていないという、これはもう残念ながら認めざるを得ない。
 したがって、その結果は、先ほど私が将来展望の問題として申し上げたように、制度を改正してやっぱりIQ製品をふやさなきゃならない。それから関税の手続はある程度簡略化されておりますけれども、関税自体がフリーになっていくという、つまり関税からの開放ということを頭に置きながら、どの程度それが実現するかこれからの勝負だと思うのです。そういう希望を含めての当初の宣伝でありますから、それは実体が伴わなかったのは無理なかったと私は思います。
 ですから、今の御質問の点も、目標を高く立て過ぎて初年度だから低かった、それならその反省に立って次年度はもうちょっと実態に合わせたような目標を立てるべきだったのに何だ、こういうおしかりだと思うのですけれども、私はそういう意味での制度が伴っていがなかった欠陥だった、こういうふうに答弁させていただきたいと思っています。
#49
○政府委員(造酒亶十郎君) ただいまの目標の立て方のお話でございますが、この目標と申しますのは、入居いたします企業が入居の際に平成二年までの三年間の事業計画を提出したわけでございますが、それを沖縄県において取りまとめたものであるということでございます。したがいまして、決して毎年度毎年度その翌年の目標をつくったということではなくてあらかじめ向こう三年間にわたって目標を立てたものである、こういうことでございます。
#50
○喜岡淳君 それで私は確信を持ちました、今のお答えで。だからなお問題です。それならなお問題です。
 どうしてかといいますと、通産の方もいらっしゃると思うが、通産、開発庁ともにこの入居した二十その業者に対する指導ができていないということじゃないですか。入っておる二十その業者が取引高の目標計画を立てた、それを開発庁は聞いたのでしょう。聞いたら大きな数字になったというのでしょう。初めの年やってみてうまくいっていないのに、どうして次の年に修正するように指導しないのですか。それが普通でしょう。要するに開発庁や通産省の指導ができていないという証拠じゃないですか、言われた数字そのまま出してくるというのは。
 私は、今度の沖縄のフリーゾーンの問題の一つは、確かに場所が狭い。一番小さな店は五十平米でした。七メーター四万です。そんな小さいところに自由貿易地域だと大々的に言われて信用して入ってきた店があるのですよ。行ったら七メーター四万しかくれないのです。場所の狭いという問題もありましょう。それから空港や港からのアクセスの道路がない。これも問題でしょう。税制上の優遇措置をつくったもののそれを適用できるほどの大規模な業者も入っていない。絵にかいたもちに終わっておる。そういう問題もありましょう。
 しかし、私はもっと行政の指導責任を言いたいと思います。あのNTTの株だって国がやっておるというバックがありますよ。それから野村証券という一番大きなところがやっておるという信用がありますよ。あれで損したのは一般投資家が悪いのだと言われたって、みんな国がやることに対して信用しているでしょう、普通は。
 では、この沖縄のフリーゾーンの問題を考えてみますと、日本で初めての制度、初めての事業です。だったらどうしてもっと国や行政は二十その入居した企業に対して優しい丁寧な行政指導をされなかったのですか。されたらこんなでたらめな計画を店が出すはずがないですよ。こんなにできるわけないですよ。この沖縄のフリーゾーンがうまくいかない理由は僕はそこにあると思うのです。あらかじめ企業がそこに入居するかどうかというのは、もうかるかどうかがポイント、でしょう。そこへ店を開いてもうかるのなら来ますよ。もうからなければ来ません。国がこれだけ大々的に宣伝したものですからみんな信用して来ますよ、それは。来たらこんな実態だと。
 だから私が言いたいのは、業者が勝手に出した計画だなどというのじゃなくて、そんなにたくさんの目標を立てたってお店の皆さんそんなに十分できませんよ、去年の実態もこうだとどうして指導しないのですか。そこをちょっと教えてください。
#51
○政府委員(造酒亶十郎君) 確かに当初の目標をそのまま現在まで用いているという点について、それが実情に合わないではないかという御指摘につきましては、私どももまことにごもっともだという感じがいたしております。今後、沖縄県ともよく相談をいたしまして適切に対処してまいりたい、このように考えているところでございます。
#52
○喜岡淳君 初めての制度ですから入居される方だってわからない。そこで、フリーゾーンのマーケット調査というのですか、どういう業者が入ればどういう販路があってどれぐらいもうけが見込めるのかとか、あるいはどういう経営の仕方をすればうまくフリーゾーンの企業が経営できるのかそのノウハウとか、いわゆる経営コンサルタント的なことをこのフリーゾーンの営業が始まる以前にきちっと国がやっておれば、その情報を見て各企業は、フリーゾーンに入ったらもうかるな、それなら入ろうか、こういうことになるかと思うのです。この二十七社が入るいきさつだって聞けばいろいろあるようじゃないですか。入った業者がまた開店休業状態ということもあるじゃないですか。みんな知らずに入っているのですよ。
 ですから、これから中城湾にやるとかいろいろな将来展望を今お聞きしましたけれども、事前に経営コンサルタント的なことをきっちりやって、投資効果がある、もうかる、それがきちんと業者の人の腹の中に入って納得した上で入ってくる、こういうふうなスタイルをとらない限り、私は幾らこれは、大臣、お言葉を返して悪いですが、税制上の優遇措置をとったってまた同じことが起きると思うのです。
 そういう意味では、通産省の方はこれからこういったたぐいの例えば輸入促進地域制度とかさまざまな制度を考えておられるようですが、今私が言いましたような細かな御指導はされておるのかどうか、されるつもりがあるのかどうか、お伺いしたいと思います。
#53
○説明員(鷺坂正君) 沖縄の六十二年から行われております自由貿易地域制度につきましては、確かに今先生御指摘のとおり、最初のケースであったということで十分なれていなかった、あるいは場所が十分とれなかった、あるいは助成制度が不十分であったというような問題があろうかと思います。
 ただ、これにつきましては、今回の沖縄振興開発特別措置法の改正におきまして税制上の特例措置の対象業種の拡大あるいは総合保税地域制度の導入といったことで助成策の充実が行われておりますので、この充実と相まちまして、通産省といたしましても沖縄開発庁とも十分連絡をとりまして、企業の指導といいますかコンサルタントということで十分努めてまいりたいというふうに考えております。
 このことは、同じように、今回全国を対象としまして輸入促進地域というものを展開するために輸入の促進及び対内投資事業の円滑化臨時措置法というものを出しておりますが、これの施行につきましても同様にやってまいりたいというふうに考えております。
#54
○喜岡淳君 今も通産省の方のお話があったように、私も同じように思います。やはり税制上の優遇策というのはあくまでも必要条件ではあるかと思います、税制上の優遇措置は。しかし、十分条件がどうかといいますと、それは企業に対する経営コンサルタント、それを事前にきちんとしてあげる、そして投資効果があるかどうか、もうかるかもうからないか、どういうことをすればいいか、そこがきちんと業者の方に判断できる材料を与えてあげなければ、そこまでいかなければなかなか十分なフリーゾーンはできないのではないか、そういうふうに私は思います。
 そういう意味では、気を配ったというか、せっかく沖縄の振興と沖縄の貿易発展のために沖振法の精神にのっとってやったフリーゾーンですから、これが当初の目的を達成できるように、税制上の優遇措置の見直しを今度法改正に入れていただいておるようでありますけれども、それはもちろんのこと、広い場所の問題、交通アクセスの問題、さまざまな状況についてはぜひこの那覇のフリーゾーンをしっかり立て直した上で、これなら間違いない、信頼できるという実績をつくった上で中城の方にもやられるならやられる、そういうふうな手順を踏まないと沖縄の人が見て納得できないのではないか、安心できないのではないかというふうに私は思いますが、その辺はどうでしょう。
 きちっとまず那覇をしっかりやってもらいたい。それから中城へ行ったって遅くはないじゃないかというふうに思いますが、そこはどうでしょうか。
#55
○政府委員(造酒亶十郎君) 今後の自由貿易地域の機能の拡充あるいは規模の拡大、他地域への展開等々につきましては、沖縄県とも今後よく相談を申し上げながら、先生の御趣旨も体して努力してまいりたいと考えております。
#56
○喜岡淳君 フリーゾーンの問題については、今言いましたように、ぜひ細かい配慮を御指導いただきたいというふうに思います。企業も一生懸命努力して県も一生懸命努力して国も一生懸命努力して、しかし入った二十七業者は全部赤字だった。だれも企業は赤字になると思って経営しておりませんから、一生懸命経営した結果二十七社全部が赤字になったのですから、やはりこれは制度上の問題と行政指導の問題が私は実際あったというふうに思いますので、そこはよろしくお願いいたします。
 最後に、基地の問題についてお尋ねをしたいというふうに思います。
 皆さん方のお手元に資料を配らせていただいております。これは沖縄の「返還軍用地の遊休化状況について」という資料をつくらせていただきました。お手元にこういうものが配られておると思うのですが、これは五つの米軍基地、米軍施設を調べた結果であります。それぞれ返還された面積、いつ返還されたのか、返還跡地の事業開始がいつなのか、事業終了がいつなのか、したがってこの土地の遊休期間が一体どれぐらいあったのか、そういった調べをしたものであります。
 まず最初に、開発庁にお尋ねをいたしますが、二次振計の中では、米軍の基地、施設は沖縄の計画的な開発にとって非常に障害になっておるからこれを早期に縮小整理すべきである、そういうことに取り組んでいくという立場が書かれておりますけれども、米軍基地の縮小をやらなければ沖縄の開発は進まないという前提でありますので、そのために開発庁としては二次振計の期間この十年間の中でどういう取り組みをされてきたのか、それについてお尋ねしたいと思います。
#57
○政府委員(造酒亶十郎君) ただいま御指摘のとおり、米軍施設、区域の整理縮小につきましては二次振計の中におきましてもその重要性が指摘されているところでございます。それからまた、先般二次振計終了後の沖縄の振興開発のあり方について御審議をいただきました沖縄振興開発審議会の専門委員会の最終報告書におきましても、「土地利用上大きな制約となっている米軍施設・区域については、できるだけ早期に整理縮小し、産業の振興、生活環境の整備に資するよう跡地の有効利用を図る施策を推進する必要がある」、このように述べられているところでございます。
 沖縄開発庁といたしましても、米軍施設、区域の整理縮小につきましてはこれからの沖縄の振興開発を進める上で解決を要する基本的な課題の一つであると認識いたしております。ただ、整理縮小の具体的な進め方につきましては、これは私どもの所管ではございませんので、これまでも関係の省庁と連絡を密にしてきたところでございます。今後とも関係省庁と密接に連絡をとってまいりたい、このように考えているところでございます。
#58
○喜岡淳君 そこで、いつもと同じことをまた繰り返すわけですが、確かに開発庁自身が米軍基地の縮小整理についての権限を持ってできるものじゃない、それはわかります。しかし、私は開発庁がその努力の中心に座ってもらいたい、座るべきだという立場なのです。考えなのです。それについてはどう思われますか。中心的な役割を果たしてもらいたい、もっと積極的に。それについてお伺いしたいと思います。
#59
○政府委員(造酒亶十郎君) 基地の問題につきましてはそれぞれ所管の省庁がございますので、やはり私どもが中心になるというわけにはいかない、かように考えているわけでございますけれども、私どもといたしましても振興開発上必要なものにつきましては整理縮小方あるいは返還方をこれまでも関係の省庁にお願いしたこともございますし、また今後ともそのような方向で臨んでいかなければならないと考えているところでございます。
#60
○喜岡淳君 いつも同じことばかりになっておりますけれども、やはり沖縄の開発を推進する、その一番責任のある開発庁でございます。沖縄の開発に当たって一番の障害は、一番いい場所を米軍が基地としてとっておる、それが一番のネックなのですから、開発が計画的に進まないことの。したがって、そういう意味では、開発庁がみずからの沖縄開発を進める上で一番の障害である米軍基地についてその解決の中心的な役割を果たしていく、それは私たち当然の願いだと思っておりますので、ぜひそういう立場でこれからも頑張っていただきたいというふうに思います。
 そこで、施設庁にお伺いいたしますが、二次振計の十年間でどれだけの返還実績があったのか、お伺いしたいというふうに思います。
#61
○説明員(山口金一君) 御説明申し上げます。
 第二次沖縄振興開発計画期間中に返還されましたものは牧港住宅地区ほかで、その面積は、平成四年一月一日現在でございますが、約七百九十ヘクタールであります。
#62
○喜岡淳君 この返還問題ですけれども、再びこれは施設庁にお伺いしたいというふうに思います。
 去年の八月三十日だったかと思いますが、沖縄県に所在する施設、区域、いわゆる米軍の関係ですが、米軍が中心になるかと思いますが、施設、区域の返還処理問題に関する関係省庁連絡会議、いわゆる連絡会議というものが去年の八月三十日に発足したというふうに聞いておりますが、この連絡会議の目的、さらにこのメンバー、これからの連絡会議の活動の目的といいますか、今後の活動のスケジュール、こういったものがあるかと思いますが、教えてください。
#63
○説明員(嶋口武彦君) 沖縄県に所在いたします施設、区域の返還に当たりましては、面積が非常に大きいということ、先生御指摘のように、いい場所を占めているというようなこと、それから民公有地が六六%を占めているというふなこともありまして、返還予告問題、返還後の補償問題、跡地利用問題につきましていろいろと御指摘また御要望等がございます。
 このような問題につきまして、当委員会におきまして連絡協議会を開いて検討してはいかがかとか、また県当局の方からも要請がございました。そのような要請を受けまして昨年八月二日でございますが、施設、区域の返還を行うに当たって返還予告、返還後の補償及び跡地利用の問題等についてより適切かつ効率的な処理に資するため、関係省庁間で情報、意見の交換を行うことを目的といたしまして関係省庁連絡協議会を設置したところであります。
 活動の状況を申し上げますと、同年八月三十日、第一回の連絡協議会を設けました。何分にも沖縄の基地問題ということにつきましては非常に難しい問題も入っておりますし、いろいろ経緯があるということでございますので、まず関係省庁連絡会議のメンバーにおいて認識を深めようということで、当庁から沖縄県における米軍施設、区域の現状、そして返還処理問題等について説明を行いました。さらに同年十月三十一日から十一月二日にかけまして第二回連絡協議会として、関係省庁の方々に現地の実情等を把握し認識を深めていただくために現地視察を行ったところであります。
 メンバーにつきましては、関係省庁名だけ述べさせていただきますけれども、沖縄開発庁、環境庁、国土庁、外務省、大蔵省、農水省、通産省、運輸省、建設省、自治省、そして私ども防衛施設庁が主務を担当しているということになっております。
 今後の活動状況につきましては、現在、次回第三回の連絡協議会を設けるべく関係省庁と最終的な日程調整に入っているという状況でございます。
 今後どういうふうにやっていくかということにつきましては、何分にもこの問題複雑でございますのでいろいろ検討しているところでありますが、返還処理問題というのは出発点としては返還の予告、返還開始ということでございますので、そのあたりから始めていくというふうなことを考えておりますけれども、いずれにいたしましても、本連絡協議会は関係省庁の皆様と密接に連携をとりつつ、また合意の上で進めていくということでございますので、今後とも関係省庁と相談してまいりたい、このように考えております。
#64
○喜岡淳君 今のお話では連絡会議の目的といいますか役割というものがもう少しぴんとこないわけでありますが、いずれにせよ、連絡会議は基地の返還後の問題を情報交換しておるというか、そのあたりに感心が強いというふうに受けとめておりますが、そういう認識でいいですか。
#65
○説明員(嶋口武彦君) 情報、意見の交換ということは今までもそれなりにやってきたと思いますけれども、一堂に会してまた同じテーマでいろいろな形で情報交換をするということは、やはりこの複雑な問題の改善と申しましょうか、より効率的、合理的な処理に資するためには有意義なことであると思いますので、それらを中心として今後運営してまいりたい、このように考えております。
#66
○喜岡淳君 それでは、ちょっと観点を変えて質問いたしますが、大臣にお伺いしたいと思います。
 米軍基地の返還そして跡地利用、この問題は非常に大きな沖縄の開発上の問題だと思います。先般も那覇の新都心計画というのですか、天久の方の開発の状況をずっと見させてもらいました。天久、上之屋あたりの問題でありますが、このパンフレットきれいなのができています。この間お聞きしますと、このあたりについても米軍の返還された土地を有効利用して開発するのだと。
 聞いておりますと、返還が始まったのは、一九七七年に一部返還が始まった。この年に二十三ヘクタール。その後一九八五年にまた一部が返還されて、これはニヘクタール。そして、最終的に全面返還されたのが一九八七年。部分返還が始まってから全部返ってくるまでにまず十年かかったわけです。だから十年間は手がつけられないわけです。その後ようやく新都心事業計画が始まって事業の完了が一九九八年、つまり土地の返還が始まってからこの事業が終わってしまうまでに二十一年もの時間がかかっておる。これでは地主の人もその間もう本当に大変でしょうし、しかも市や県や国も開発計画ができないわけです。
 そういう意味で、二十一年間もかかっておるという意味で非常にむだといいますか、大変な問題が起きておるというふうに思いました。ほかの施設についても、きょうお手元に配った表のとおり、未利用期間が非常に長い。遊休期間も非常に長い。大変な問題を抱えておるようであります。
 そこで、伊江長官にお伺いをしたいわけですが、この米軍基地の返還に当たって大きな問題となっておりますのは、返還された後の跡地利用の問題、そういった手続の問題があるかと思います。そこで、沖縄県自身は法案を作成して法律によってその基地の返還問題を促進しようではないかと。我々社会党を中心に野党の方も既に衆議院には軍転特措法という法案を出しておるところであります。野党は法案、沖縄県も法律、いずれにせよ、立法措置によってこれを促進しようではないかという立場であります。
 さて、政府の方はこの基地の返還問題についてどういうふうな方向で対応されようとしておるのか。我々は法的措置の必要性を考えておるわけですが、政府の方は一体どういうお考えでしょうか。
#67
○国務大臣(伊江朝雄君) 御指摘のとおりの状況をここで拝見いたしたわけでありますけれども、今の御質問の趣旨の、返還を促進するためというのと返還後の跡地をどう利用するかという問題は実は中身が違うわけであります。
 したがって、これを法律でやるという問題の場合にまず考えなければならぬのは、返還を促進するという法律が現時点において、つまり安保条約を締結し基地の機能を維持しなきゃならぬという国内法上の立場から、そういうものが立法上成り立つかどうかという問題、それから基地が返ってきた後からの開発をどうするかという問題、この二つでございまして、第一番目の入り口の問題は、先ほど申し上げたように、私は立法上無理だと思います。
 第二番目の跡地利用促進の問題は、現に返ってきたらどうそれを使うか、それは地元のコンセンサスがまず第一、そしてそれをどうまた開発するかということに対して、県があるいは地主方が要望した場合にそれに対して公共的な立場からどうアプローチしていくかという問題でございまして、その問題については県と沖縄開発庁は一体になってやらなきゃならぬ問題だと思うのです、また地元と。
 そういうことでございますので、私が結論的に申し上げるのは、せっかくおつくりになりました軍転法の案は、それはそれなりに野党の皆様方の御意思としてはよくわかるのでありますけれども、現時点のいわゆる安保機能維持という立場からの条約に基づいての国内法整備という立場から言えば、なじまないものじゃなかろうか。
 それから基地の返還された後の執行、開発については今までのペースと同じように進められる性質のもので、あとは例えば天久地区、上之屋地区におかれますように、跡利用するときに各地主方の供出する面積に対して歩合当たりをどうするかという問題では随分合意に時間がかかったそうでありますが、そういった問題がクリアされれば、あとは高率補助もございますし、公共事業として立地していくならばそれに基づいての補助はしていける。
 こういうことでございますので、二つの立場からの問題について考えなきゃならぬということで申し上げたということでございます。
#68
○喜岡淳君 そこで、例えば沖縄県が出しておる案は返還を合意されたということが前提だろうと思いますが、そういった沖縄県の立場は立場でわかるわけですが、いずれにせよ、立法的な措置においてやろうという考え方が今提案されておるわけですね。それについてそれぞれ沖縄県は沖縄県の立場、野党は野党の立場、安保条約に賛成するか反対するかそれぞれまた違うでしょうし、それはそれとして基地の返還縮小については法的な措置でもって進めようという考え方が一つあるわけですね、法律をもってやろうと。政府の方は一体どういうふうにしてこの基地の整理縮小を促進してやっていこうというお立場なのか、これからの問題ですね。
 そこで、連絡会議の方の動きなんかもあって一体政府はどういう方向をとろうとしておるのか非常に不透明なところがあるかと思うのですが、そのあたりはどういうふうに理解すればいいのですか。
#69
○国務大臣(伊江朝雄君) その立法上の問題については、先ほど分析して申し上げた点はおわかりいただいたかと思うのですが、私が申し上げたいのは、どう促進していくかということについて政府はどう構えるかと、こういうことに対してお答え申し上げるならば、やはり必要なものはこちらが申し出ていく。全面返還だという立場からいきますと、向こうはこれは我々のその契約、しかも安保条約の立場から必要だといって反論をしてきますから、我々としては、この連絡会議のこれからの機能の問題にもかかわりますけれども、やはり必要なところは必要に応じて日米の安保条約に基づいての協議、協議会がございますからそこにかけて返還を促進していく。
 具体的な問題は具体的な問題として提案しないと、これは地主の立場からも、地主というのはつまり貸している側の沖縄県の立場からもやはりインパクトが弱いのじゃないかと思いますので、必要なものは何のためにどういうことのためにいつごろに必要かと具体的に提案して粘り強く交渉していくべきものだと私は思うのであります。
 当然向こう側のそれに対する反論もあろうかと思いますけれども、しかし粘り強くそれはやっていかなきゃならない。それが第二次振計の中に基地の整理縮小、統合というふうに掲げられた趣旨だろうと私は思うのでありまして、黙っていただけじゃ返ってこない。したがって、ここからもアクションを起こす。そういう立場で、沖縄開発庁の所管ではないというふうに答弁は先ほどうちの事務局から申し上げましたけれども、開発上必要なものはやはり県と一緒になって開発庁も関係省庁と連絡しながら積極的に進めていかなきゃならない、私はそういう立場でいくべきだと思っております。
#70
○喜岡淳君 最後の時間がやってきましたので結論的なことを述べたいと思います。
 今の大臣のお話の中で安保条約の問題が触れられております。それによって米軍が駐留することに一つの法的な根拠を与えられたようでありますけれども、御承知のとおり、情勢は非常に大きく変化をいたしております。今やもうソビエトの軍隊は解散をして店をしまったような状態ですから、こっちの方もどうするのか、アメリカ軍もいつまで必要なのか、こういったことが世間の常識となってきております。
 私も先般沖縄の委員派遣でお邪魔をした際に第十八航空団の嘉手納基地へ行ってまいりました。嘉手納基地のジョセフ・ハードという司令官が私たちに軽口をたたいておったですね。五十過ぎても私は現役のパイロットだ、戦闘機乗りだと。むしゃくしゃしたらF15戦闘機に乗って一時間ぐらい飛んでくるのだと、平気でそんなことを言っておりましたよ。沖縄の人を何だと思っておるのですか、彼らは。自分の憂さ晴らしにジェット戦闘機に乗ってわっと飛んでくると言うのです、平気で我々国会議員の視察団に対して。これが安保条約の実態じゃないですか。
 私は、こんな発言がこの世の中で堂々とまかり通る、参議院の沖縄特別委員会もなめられたものだと思っておりますよ。こんなことを放置して安保条約が我が国の繁栄にどうのこうのと言うのは、実際沖縄の人に私はそんな言い方は通用しないと思います、
 それはそれぞれの立場があるかと思いますが、私はそういうことを最後になぜ言ったかといいますと、きょうこの委員会にかけられた議案は沖振法の十年延長問題であります。この十年延長することによって、大臣が最初に決意を述べられたように、間違いなく沖縄が本土との格差を是正して自立の地盤を確立できるように十年間で間違いなく政府はやり切っていく、そのためには沖縄県としっかり連携をとってやっていくのだと、そういうことで私は受けとめておきたいと思います。ひとつよろしくお願いいたします。
 きょうはどうもありがとうございました。
#71
○委員長(福田宏一君) 午前の質疑はこの程度とし、午後一時二十分まで休憩いたします。
   午後零時三分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時二十分開会
#72
○委員長(福田宏一君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を再開いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 本日、野田哲君が委員を辞任され、その補欠として穐山篤君が選任されました。
    ―――――――――――――
#73
○委員長(福田宏一君) 休憩前に引き続き、沖縄振興開発特別措置法及び沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#74
○肥田美代子君 午前中、沖振法の延長について喜岡議員からかなり厳しい御質問をいろいろさせていただきまして、私はそれをじっくり拝聴いたしておりまして、午後は今度はソフトな質問をさせていただこうと、そういうふうに思っております。
 沖縄の本土復帰二十周年の節目の年にことしは当たるわけですけれども、新聞調査によりますと、沖縄県民が復帰をどう評価するかという質問に対して、復帰して本当によかったとお答えになっている方が九〇・六%いらっしゃいます。そして、沖縄らしさがなくなったとお答えになった方が四一%です。
 それで、二十周年の記念行事としていろいろなことを予定されていらっしゃると思いますけれども、その記念行事についてまずお伺いしたいと思います。
#75
○政府委員(造酒亶十郎君) ことしの五月十五日をもちまして、国民的な悲願でございました沖縄の本土復帰が実現をいたしましてからちょうど二十周年を迎えることになるわけでございます。したがいまして、沖縄の本土復帰を心からお祝いするということ、それからまた沖縄の今後一層の発展を期していこう、同時に沖縄返還が戦後の日米関係史におきましても大変重要な意義を持っているものだということを強調しながら、今後の日米関係の強化をうたっていこう、このような趣旨で、沖縄復帰十周年の場合の例を参考にしながら政府主催によります沖縄復帰二十周年記念式典などの行事を予定いたしているところでございます。
 なお、関連の事業といたしましては、復帰二十周年記念写真集を発行いたしたいと考えております。また、郵政省の関係でございますが、記念切手の発行が予定をされております。さらに今回は沖縄復帰二十周年を記念いたしまして記念硬貨の発行、これは大蔵省の関係でございますが、が予定されているところでございます。
#76
○肥田美代子君 この記念行事のときに外国のお客様はいらっしゃいますか。
#77
○政府委員(佐藤行雄君) 今回の行事は、日本にとって沖縄が本土に復帰して二十周年という記念すべきときでございますが、同時に沖縄は、御承知のとおり、アメリカから日本に返還されたという経緯がございます。そういう意味で、アメリカ関係の当時の方についてもできる限り参加をしていただきたいということを考えているわけでありますが、政府の代表といたしましてはクエール副大統領がお見えになる予定と聞いております。今、予定と申し上げましたのは、御本人が既にいろいろしゃべっておられる、日本に行くと言っておられるようでありますが、まだ正式発表はされていないという状況でございますので、我々は確実だとは思いますけれども予定として言わせていただきますが、アメリカの政府を代表してクエール副大統領が来たいという意向が今の段階では非公式に伝えられております。
#78
○肥田美代子君 ついでながら、十周年記念のときにはどなたがいらっしゃいましたでしょうか。
#79
○政府委員(佐藤行雄君) 十周年のときにはアメリカ側の本国からの参加者はなかったと伺っております。
#80
○肥田美代子君 十周年記念行事があり、そして二十周年記念行事があり、そういう節目のときの行事があるということについて私たちは評価はさせていただいておりますけれども、さっきも喜岡議員からの質問がありましたように、では十年目と二十年目と一体どこが変わったのだということになりますと、かなりやっぱり厳しいものがあるなという気がいたしますけれども、この十年目と二十年目で特に沖縄の中で変わったことと、それから全く変わらなかったことと二つに分けてお答えいただければありがたいと思います。
#81
○国務大臣(伊江朝雄君) 私からお答えを申し上げておきたいと思います。
 とらえ方の問題でございますけれども、先ほども申し上げたかと思いますが、復帰いたしまして、先生も何遍か現地をごらんいただいたと思うのでありますけれども、それは復帰の第一次計画をやりました四十七年から五十六年までの間で道路、空港、港湾あるいは学校、住宅、相当に整備されておるということがもう復帰前とその十年とでは大きな変化でございますし、大きなこれは発展でございます。
 第二期は五十七年から今年度いっぱいということに相なるわけでございますが、その前半まではやはり復興のためあるいは自立経済の促進のためのいろいろな施策が講じられてきたということでございますが、第二期の後半からはより一層それを発展させる、生活の豊かさを高度なものにしていくという質的な変化、発展のための質的な変化というものが講ぜられたのが第二期の後半の五年間だったと思います。
 そういう意味で、これはもう復帰の十年間の動きとそれからその後の十年間の動きというものは質的量的に本当に充実した復興の足跡が見える、こういうことでございます。
 ただ、では変わらなかった点ほどこだという御質問が非常にこれは痛いのでありますけれども、沖縄の産業発展の問題であるいはまた生活基盤の問題でまだまだ十分にいっていない点、その結果としてあらわれてまいりますのが沖縄の県民所得の低水準といいますか、全国平均のやっと七一・四%ということで、これも恥ずかしいことでございますけれども全国最下位である。この点はどうしてそうなったのかと言えば、やはり沖縄の産業立地というもの、そういった自分で支えていく経済的な基盤が薄い、こういうことが一番おくれている点ではなかろうか。
 したがいまして、先ほど午前中にも申し上げましたけれども、今後の第三期の十カ年に向けては、もう人間で言えば二十歳と言えば成人でありますから、自分で歩いていけるような足腰の強い基盤をつくってそこへ立って、そして県民所得の向上それから沖縄の県としての生産性、GNPと申しますか、県としてのGNPの成長を遂げていかなきゃならぬなと、そういう意味で、私は新しい富を生み出すのがこれからの十年の間にやっていくべきことじゃなかろうかな、こういうふうに考えている次第であります。
#82
○肥田美代子君 そうしますと伊江長官は、第二次振計の達成率を評価されますと百点満点中旬点ぐらいだとお考えでしょうか。
#83
○国務大臣(伊江朝雄君) これは私の成績と同じような感じでございますけれども、七十点から七十五点ぐらいまでのところ行ったかなという感じでございます。ところが、あと二十五点ないし三十点というのが一番もうハードな難しい三十点でございますので、これからまた一生懸命勉強して、せめてあと十年の間に、先ほど喜岡委員から叱咤激励を受けましたように、九十八点ぐらいまで行けるかなと、そういうための努力をしてまいりたいと思っております。
#84
○肥田美代子君 とにかく、今そちらから声も出ましたけれども、本当に百点満点ということでこの十年を皆さん知恵と心を結集して頑張っていただきたいと思います。
 それで、伊江長官は沖縄に思い入れの深い大臣と私は伺っております。今もおっしゃいましたように、ちょうど二十になった沖縄がまだ自立てきない理由、さっきもいろいろ伺いました。ですから、今回の第三次振計というのはもう沖縄県民にとってもそれから開発庁にとっても正念場だという気がしているのですけれども、ここでもう一度、二十の沖縄をこれからあと十年、今度の三十年目の節目、いわゆる三十周年のときに本当に、きょうの午前中の喜岡議員のようなああいう厳しい質問が出なくてもいいような、そういうことに向かってもう一度御決意を伺いたいと思います。
#85
○国務大臣(伊江朝雄君) まことにありがたい御激励だと受けとめて感謝いたしますが、本当に足腰が強く歩けるためにはどうすればいいかということに相なるわけでございますが、そのためには、よく今日まで言われてまいりましたように、沖縄の立地いたしております地理的条件、これは産業面におきましてもそれから外国との交流の面におきましても大変に地理的な条件に恵まれたところ、また地理的条件というのは別の意味でいえば気候的条件ということでございますので、この二つの条件をフルに生かして立ち上がっていかなきゃならぬなというふうに思う次第でございます。
 ただ残念ながら、地理的条件を生かすという面においては今日まで気候的な条件、自然景観的な天然の恵まれた条件のみを頼りにしていた嫌いがあったのじゃなかろうか。それは訪れてくる観光客が年間三百万人、そういった年間三百万人に支えられた経済というものが相当大きな沖縄の経済に対するインパクトになっていたということは事実にしても、ただそれだけに頼って今後生きていくわけにはいかない。もう一つの経済的な地理的条件というものを、先ほど申しましたように、それを産業立地に結びつけていくようなことをやっていかなきゃならぬ。そうすれば必ず私は沖縄の自立経済というものが相当に進展していくだろう、こういうふうに考えております。
 したがいまして、午前中にもお答え申し上げたあるいはまた喜岡委員から御指摘がございましたように、自由貿易地域という全国に例を見ない新しい制度が導入されているわけでありますが、その導入に当たってやらなければならなかった点がまだまだ充実していないといううらみがございます。それは申し上げたように、税制の問題でありますとかあるいは規模が大きくないとかといういろいろな問題がございますので、そういったものを克服しながら、先ほど申しましたいわゆる経済的な地域条件というものを生かしていくように努力していけば必ず私は自立していけるものだ、こういうふうに考えております。
#86
○肥田美代子君 第三次振計が達成のときには、ちょうど今十歳の子供が二十になるわけですね。ですから、私は確かに経済的な保障というのは大切だと思います。そして、それ以上にひょっとしたら大切なのが今の子供たちにどう投資をしていくかということだと思うのです。
 沖縄の状況を聞いておりますと、離島で過疎になっている小学校の問題もございますし、それから特に過密になって今度は過大規模校になっている学校のことも聞いております。ですから、この沖縄の学校の今の状況についてと、それからどういうふうにその対策を今立てていらっしゃるか、そしてどういうふうに解決の道に入っていらっしゃるかということを伺いたいと思います。
#87
○政府委員(水谷文彦君) ただいまお話にございましたように、沖縄におきましては那覇市を中心とします過密の問題、さらには逆に辺地及び離島を中心とします過疎の問題ということがあらわれてまいっておりまして、その意味では日本全体の縮図がさらに濃縮されたような形で出てきているのではないかというように思っております。
 ただいま委員は、特に次の世代を背負う教育という立場からの御質問であったかと思いますけれども、まず離島の教育振興につきましては、現在四十の離島がございますけれども、私どもの立場から申しますと、まず教育環境の整備が中心であろうということを考えておりまして、学校建物等の整備、さらには一般的な教育行政につきましては文部省の施策に負うところが多いわけでございますけれども、僻地の教職員の手当の問題でありますとか児童生徒対策とか、あるいは小規模校を対象としまして例えば複式学級の教職員定数の配置とかといったできるだけきめ細かな対策が文部行政の上でとられているように考えております。
 ただ、資料を見てみますと、現在沖縄の離島にございます小中学校、つまり義務教育の学校が百三十九ございます。百三十九の中から比較的大きな宮古と石垣島を除きますと八十五校になります。そこの中で、さらに小さくて複式学級でしか教育のできない学校が四十二ということになりまして、その四十二の学校の中身を見てみますと、平均をしますと一校当たり二十人とか、そういうことになっております。それに対する教職員が七人配置されておりますので、先生一人当たりが三人の子供を持っている。逆に申しますと、生徒が二十人くらいのサークルで日常生活をやっているということになります。
 それは一方におきましてはマンツーマンの教育ができるということで、基礎学力の修得といった面では非常に恵まれてはいるのでしょうけれども、逆の面で見ますと、できるだけ多くの多彩な個性なり人格を持った子供たちと接触をしながら競争心を養っていくとか社会性を養っていくとか、そういった意味で、私どもが小さいときやってきましたような芋の子を洗うような、そういう教育は逆にできていないというような点はマイナスの面もあるのではないか。
 そういったことで、最近ではできるだけ児童生徒の交流の機会が多いようにということで交流施設というものをつくり始めておりますし、そんな形で離島教育につきましては対策を充実さしていきたいと考えております。
 逆に過密の問題でございますけれども、これは那覇を中心とした過密に加えまして、離島でも石垣市とか宮古市にはやはり過密の問題が出てきております。そういった意味では、御指摘になりましたような過密校につきましては分離新設を行わなければいけないという要請がございます。これにつきましては復帰後かなり進めてまいりましたけれども、なおかつ二十校くらいの分離を必要とする学校が現在ございます。全国的には四百校ぐらいございますが、沖縄についてもやはり比率は高こうございますので、この点につきましても私どもはできるだけ地元の御要望を伺いながら、積極的にこの過密校の分離新設を行っていかなければならないと考えているわけでございます。
 そうしたことで、開校ベースで申しますと、過大規模校の分離は昭和六十三年度に三校、あと元年度以降二校、四校、一校、そして平成四年度三校という形で分離新設をしておりますが、この点につきましては私ども地元の御要請があったものはすべて予算化をしておりますので、地元でいろいろ調整が整い次第予算要求としていただければ最優先で採択をしてまいりたい、このように考えております。
#88
○肥田美代子君 建物設備のところでちょっとお聞きしたいのですけれども、冷房は全部の学校に入っているのですか。
#89
○政府委員(水谷文彦君) 学校建物の冷房につきましては、これは基地周辺や飛行場周辺等の騒音地域につきましては一定の基準のもとに防衛施設庁なり運輸省で対策をとっていただいておりますけれども、それ以外の地域にある学校につきましては沖縄も、特殊でございますけれども、全国共通にその整備は行われておりません。ただ、この点を県の教育長あたりに伺ってみますと、冷房につきましては、いい反面逆に児童生徒の教育上いろいろ問題もある、なかなか外へ出て遊んでくれないとか、そんなこともあるやに伺っておりまして、いろいろ県の中でも議論がなされているようでございます。
#90
○肥田美代子君 さっきの失業率が高いという問題にちょっと戻るのですけれども、特に沖縄では若年の失業率が多いというふうに伺っております。その理由は何だとお思いになりますでしょうか。
#91
○政府委員(造酒亶十郎君) 沖縄におきましていわゆる若年者の失業率が高いこと、これは御指摘のとおりでございまして、二十九歳未満の失業者の方々が全失業者の約五割を占めるという、こういう状況でございます。
 その理由についてのお尋ねでございますが、やはり何と申しましても沖縄は魅力のある職場に乏しいということが最大の原因であろうかと思います。県内の産業、どうしても製造業を中心といたします二次産業が発達していないという状況でございます。したがいまして、雇用吸収力の大きいそういう職場がなかなか沖縄に数が少ないということ。それからまた、沖縄の方々の中にはやはり本土の方へ就職するというよりもどうしても地元県内で就職をしたいという御希望の方が非常に多いように伺っておりまして、そういう意味でもなかなか沖縄の中で適切な職場が見つからないということが失業率の高い要因になっているのではなかろうか、このように見ているわけでございます。
#92
○肥田美代子君 一、二年本土に就職してまた戻ってくる若い人たちもかなり多いようですね。
 それで、私思うのですけれども、やっぱり沖縄は距離にしたら余りにも本土と遠過ぎるような気がするのです。子供たちが小さいころに本土の子供たちと交流できるチャンスがあるかといいますと、全くないのですね、ほとんど。私は大阪出身ですが、隣の奈良とか京都とかに行って子供たちといろんな音楽会だとかという交流があったような記憶もございますけれども、沖縄の場合にはそれがないということで、やはり小さいときから夏休みとか冬休みを利用して本土の子供たちと交流をするとか、ホームステイをしながら本土の気風それから習慣、そういうものも沖縄の子供たちに小さいころから理解してほしいし、本土の子供たちも沖縄のことについてもっともっとわかってほしいと思うのです。
 それで、自治体と自治体の問題になりますでしょうけれども、例えばこういうことを推進していかれるようなおつもりは、長官、ございませんか。
#93
○国務大臣(伊江朝雄君) 確かに大事なことだと思うのです。
 私どもが子供のころを申し上げては非常に恐縮でございますけれども、子供のころというのは今おっしゃったように交流の機会がほとんどございませんで、私は本土の学校を小学校から転々として沖縄の小学校を卒業したわけでありましたけれども、確かにおっしゃるような交流の機会がございませんでした。
 しかし、最近は全国的に姉妹都市が結ばれておりまして、今先生御指摘のように、あるいは行政側の指導によるところの交流計画かもしれませんが、これはもうひところと比べますと大変に交流が進展していると思います。今、私のお預かりいたしております北海道開発庁の北海道の中でも、沖縄との姉妹都市の提携をし、またあるいは外国の都市との姉妹都市の締結をしているような格好で交流範囲が非常に広くなったということは大事なことだと思いますし、今後とも沖縄県あるいは北海道の都市の皆さん方とそういったことができるように私からもまた側面的に援助を申し上げたいと思っております。
 援助といいましても余り金目がございませんので、そういう要請を申し上げるということになるかもしれませんが、できるだけその結びつきができるように、まずその交流のためには足の便がなくちゃいけませんので、これは沖縄の開発のまた離島の開発発展のための一つの手段でもございますけれども、できるだけ足をつける。本島のみならず離島からも主要都市への航空機が飛べるように足をつける。また、北海道とは季節的に航空路の開設がございますけれども、これもやはり頻繁につけていく。こういう格好も相伴ってやっていけばいろいろな意味の文化の面において相当の交流ができるのじゃないか、そういうふうに考えております。
#94
○肥田美代子君 今、本土との足のことをおっしゃっていただいたのでちょっと単純な疑問を申し上げたいのですけれども、本土と沖縄との航空運賃、随分高いとお思いになりませんか。
#95
○政府委員(水谷文彦君) 確かにただいま御指摘いただきましたように、本土−沖縄間というのは距離が長うございますから、キロ当たりの運賃にしますと東京−沖縄間が大体二十円ぐらいでございまして、それに対しまして東京−北海道あるいは東京−九州は二十六、七円になります。そういう意味でキロ当たりにしますと安くはなっておりますけれども、冒頭申しましたように、何分にも絶対的な距離が長うございますので非常に負担感が多いわけでございます。
 その意味で県からも強い要請がございますし、また大臣もその点やはり航空運賃の低減ということが沖縄の振興開発に大変重要な事柄だということでございますので、私どもとしましても、運輸省なり、究極的には航空会社の問題になるようでございますけれども、いろいろな形で要請をし陳情しているわけでございます。そういった努力を今後とも続けてまいりたいと考えております。
#96
○肥田美代子君 次に、沖縄の将来展望を考えますときに一番不可欠なのは文化の視点だと思うわけです。沖縄文化というのは中国大陸の影響を受けていますし東南アジアの影響も受けておりまして、独特の色と薫り、そういう雰囲気を持った文化だと思うのですけれども、私は沖縄の歴史と文化を考えることというか、日本人すべてが知ることが日本の文化を知ることじゃないかなという気がしております。
 沖縄は大戦中唯一日本の中で戦場になったところです。それで、県民のとうとい傘とともに大切な国宝を含む文化財が失われました。二十周年を機に首里城を復元されたこと、私はこれは高く評価させていただきたいと思うのですけれども、この首里城をこれからどういうふうな位置づけでもって管理運営していかれようと思っていらっしゃるか、その辺を伺いたいと思います。
#97
○政府委員(水谷文彦君) お話にございましたように、首里城の復元というのは沖縄県民の大変な悲願でございまして、これが物理的には大体現時点で完成をしておりますけれども、これから秋口にかけましで庭園を整備するとかあるいは建物の色を塗るというような工事が残っておりますが、この十一月ころには部分的ではございますけれども開園の運びとなるのではないかと思っております。
 その後の管理をどのようにしていくかというお尋ねでございますけれども、御案内のように、あの首里城地区は国営の部分と県営の部分がございます。国営の部分は純然たる国の部分、これは正殿を中心とする部分でございますけれども、それと南北殿等の住宅・都市整備公団がやっていただく部分がございます。その国営の部分の周囲に県の公園がございます。県の公園の部分も土木建築部の部分と城郭等の教育庁の所管がございまして、細かく申し上げれば四つに分けております。しかし、それは一体的に管理した方が利用者の便にも供しますし、また施設の管理運営上からも必要なことであるということで、何とかこれを一体的に管理する必要があるのではないかというように考えておりますし、また地元からもそのような要望が参っておりました。
 別途、国の部分だけを考えてみますと、御案内のように、この首里城地区は昭和六十一年度に閣議決定をされまして建設を進めてまいりましたが、その前に海洋博跡地につきまして国営の海洋博公園というものがございます。それと合体をしまして全体的に首里城地区を国営沖縄記念公園として整備したという経緯がございます。
 その国営の二つの部分をどのように一体管理するか、別途首里城地区の四つの部分をどう一体管理するかという非常に悩ましい問題もございましたけれども、最終的には地元の沖縄県それから那覇市も参加されました公園の連絡会議におきましてやはり全体一体管理する必要があるのではないかということで、現在海洋博地区を管理しております既設の、その意味で既設でございますけれども、財団法人海洋博覧会記念公園管理財団というものがございます。これが公園管理の技術と実績を有しておりますので、ここに管理をしていただこうということになっております。
 そうした上で、ただこれは既存の財団にそのまま管理させておきますとまたその基盤も脆弱でございますので、これに対しましてはその運営基盤の強化を図るということで人員の増加を図りまた予算措置等もいたしまして、この十一月ころの開園には十分間に合うように整備を図ってまいりたい、かように考えております。
#98
○肥田美代子君 先日、国立博物館で沖縄の歴史と文化展というのがありまして、その中の遺産のかなりのものが尚家の保有財産になっているのですね。多分、尚家からお借りしてそこに展示されたものだと思うのですけれども、琉球王朝の遺産について聞いている範囲では、日本じゅう各地にその遺産が散らばっている、そして外国にも散逸しているというふうに伺っております。
 それで、さっきも申しましたように、沖縄の文化というのは日本のひょっとしたら一番原点になるものじゃないかと思うわけですから、この文化を散逸させたりそれから事によっては失ったりということになると、本当にこれは日本の損失だと思います。この琉球王朝の遺産についてどういうふうに長官はお考えでしょうか。
#99
○国務大臣(伊江朝雄君) まことに御指摘のようなことで我々沖縄県民として若干じくじたるものを感ずるのでございますが、ちょうど明治維新になるときに日本の相当の文化財が流出していったという経緯と同じような戦争によるところの文化の流出あるいは消失というものがありまして、それがいまだに散逸したままになっているという状態が見られるということについては非常に胸の痛む思いがいたすわけでございます。
 しかし、一部にはそういった流出している文化財をもう一遍収集しようじゃないか、故郷へ帰ってもらおうじゃないかという民間団体の動きなどがございますのは非常にありがたいことだと思いますし、これを何らかの形で沖縄県あたりあるいは文化庁にもお願いしてそれの促進運動というものを援助していかなきゃならぬなと思っております。
 その一方、今も御指摘がございましたように、琉球王朝の所有でございますが、具体的に申し上げれば尚さんとおっしゃる方が保管をしておられますが、この方のおかげで戦争中の被害を免れて、もっとも個人の私財をもってお守りいただいたという経緯がございますが、こういったことには非常に感謝をいたしますとともに、今後はやはり文化庁も含めて公共的な立場からの応援をしていかなきゃならぬな、こういうふうに思っておる次第でございます。
 おっしゃるとおり、琉球文化はある意味においては日本が過去におきまして中国やら韓国やらあるいは南方諸国との交流の歴史を象徴した私は文化財だと思います。その意味において、国からのそういった手厚い保護などをお願いを申し上げて、今おっしゃったように、沖縄にもう一遍目で見る琉球の歴史というものを文化財によって得られるようにしていけばなというこれは願望でございまして、おっしゃる点はよくわかるわけであります。
#100
○肥田美代子君 県民感情複雑なものがございますでしょうし、その辺は大変難しいと思いますけれども、そのあたり何とか皆さんで知恵を出し合ってしっかりと残していただきたいと思います。
 今、長官がおっしゃいましたように、国立の博物館なんかを沖縄におつくりになるというようなお気持ちはございますか。
#101
○国務大臣(伊江朝雄君) まだ具体的にはそこまでいっておりませんけれども、そういったことも含めて将来の問題として各方面の御意見を聞いていきたいと思っております。
#102
○肥田美代子君 次に、伝統芸能について伺います。
 組踊りという踊りがあるそうですけれども、その踊りについてちょっと御説明いただけませんか。
#103
○説明員(渡邉隆君) 組踊りのお尋ねでございます。
 組踊りと申します芸能、これは私ども国の重要無形文化財に指定をいたしておるわけでございますが、淵源等をたどりますと現在の能楽と非常に深いつながりがあるというふうに承知をいたしております。また、組踊りそのものの保存に当たりましては、伝統組踊り保存会というものを沖縄県の民間の組織としてつくっていただいておりまして、すぐれた舞踊家あるいは音楽演奏家などの実演家によって組織されております。そういうものを保持者の団体というふうな形で認定をさせていただいておりまして、この組踊りの保存については振興を図っているというところでございます。
#104
○肥田美代子君 重要無形文化財に指定されているということですけれども、これはただ指定したらそれでいいというものではなくて、保存振興をどういうふうにして図るべきかということが大変問題になってくるわけですが、具体的にそして積極的にこの保存振興を図る方法について何かお考えでしょうか。
#105
○説明員(渡邉隆君) 組踊りは、先ほども申し上げましたように、沖縄復帰と同時に私ども国の重要無形文化財として指定をしたわけでございます。
 その組踊りを中心といたします琉球芸能というものにつきましては、沖縄における非常に芸術性あるいは芸能史的な価値というものが高いというようなことから、伝承者養成というようなことにつきまして昭和四十八年から私ども先ほどの保存会に対しまして国庫補助を行っております。平成三年度におきましても、その重要性にかんがみまして、大変財政事情が厳しい中ではございますが、その増額を図ってまいりました。
 今後ともこの組踊りを中心といたします伝統芸能については、私ども文化庁として真剣に取り組んでいきたいというふうに考えております。
#106
○肥田美代子君 私の出身であります大阪では国立の能劇場がございますけれども、例えば国立の組踊り劇場というようなものをつくろうというお考えはございませんか。
#107
○説明員(渡邉隆君) 先生から御指摘のございました沖縄に組踊り専用の国立の劇場を設置してほしいという御要望につきましては、かねてから沖縄県御当局あるいは地元の伝統芸能の関係団体などから御要望をいただいているわけでございます。
 ただ、現在非常に国の財政事情も厳しいもとでございますし、また国立の文化施設の設置を求める要望、例えば博物館でありますとか研究所でありますとか今の専用の劇場でありますとか、そういうものが全国各地から大変出ております。私どもそういったものを全体的にどんなふうに国立の文化施設として整備をしていくのが適切であるかということも調査研究を進めておりますが、現段階におきましては国立の文化施設の新設について具体的な検討をするという状況には至っていない段階でございます。
 ただ、この組踊りの関係につきましては、現在沖縄開発庁それから沖縄県教育委員会とで連絡協議の場を設けておりまして、沖縄の伝統芸能の保護に関しましていろいろな角度から調査研究を行っているところでございますので、こういう中でも積極的なこれからの調査研究を進めていきたいというふうに考えております。
#108
○肥田美代子君 文化施設には国の補助の沖縄の特例というものがないわけですけれども、私は今文化庁のお話を伺っていまして沖縄にもそういう文化の面に関する特例というものがあるべきじゃないかと思うのですけれども、長官はどうお考えになりますか。
#109
○政府委員(水谷文彦君) ただいまお話しございましたように、沖縄の文化施設につきましては全体的に申し上げればかなり遅れているのではないかと思います。それからまた、御指摘ございましたように、特別の助成制度が若干はございますけれども、公共事業のように大きなものではないわけでございます。
 それで、その点をそのように考えるかでございますが、またそれはことしの予算折衝におきます財政当局あるいは各省との補助率の議論の際にもあったことでございますけれども、沖縄の補助率の高いもの、これは公共事業が中心でございまして、それは十分の十を中心としてかなり高うございます。しかも、そういった事業は道路、港湾、空港等の基幹的な交通体系あるいは水にかかわるダムの問題とか農業基盤整備の問題とか、そういったこれからも相当お金を食うようなかつ基幹的な事業について高率補助をいただいておりまして、それだけに全体の高率補助に伴いますかさ上げ額というのは非常に多うございます。単年度で八百億を超えるようなかさ上げをいただいております。
 仮に、別途それはそれとして文化施設について補助率を上げるということになりますと、高率補助を置いておいてこちらもということはなかなか現在の財政事情を中では難しゅうございますし、それではこちらを上げるかわりにこちらを下げてはどうだという議論になりますと、何分文化施設というものは確かに大事なものであり金額も張りますけれども、こちらの公共事業、道路、港湾、空港、ダムといったものに比べますと相対的には金額も大きいものではございませんし、しかもこれから大きな割合でどんどんふえていくということでもないと申しますと語弊がございますけれども、全体とにかく沖縄の懐を広くするということが特例補助制度の眼目であるとするならば、まずこちらを維持をするということが最大限目であったわけで、それが長官の大変な御努力で達成をいたしましたので、あとは県においてその八百数十億についての見えざる財政助成というものがあるわけでございますから、それを文化施設の方にも配分をしていただくとか、県の懐の中で彼此流用と申しますかやりくりをしていただくということが全体として得策ではないかという結論に達しましたので、その点は何とぞ御理解をいただきたいと思います。
#110
○肥田美代子君 文化の話をし出しますと、本当に寂しいことですけれどもお金がないという貧乏話が出てきまして、これは日本の一番大きな病気じゃないかと思うのですけれども、日常の厳しさでもってややもするとおろそかになるのが文化行政でありまして、しかし差し迫って必要がないだけに、ほうっておきますと致命的なダメージを受ける。それはもう人間一代とか二代とかそういう、短い期間じゃなくて何代もにわたっての大きなダメージになるのじゃないかと思います。
 ですから、確かに公共事業、今のハードの部分とっても大事なのですけれども、やっぱり少し意識の転換をしていただいて、文化というのは本当は二十一世紀二十二世紀を目線に入れたときにどんなに大事なものかということをもう少しわかっていただきたいと思います。そして、そのことが子供たちをどういうふうに次の世代に送り出すかという一つの基本的な姿勢だと思うのです。ですから、伊江長官、よろしくお願いします。
 沖縄の子供は沖縄に生まれたくて生まれてきたわけじゃなくて、子供の権利条約が今度国会に上がってまいりますけれども、その地域とかそれからいろいろなことで絶対に子供には差別がないということを断言しているわけですね。沖縄に生まれた子はそこに生まれたくて生まれたのじゃない、北海道に生まれた子もそこに生まれたくて生まれたのじゃないという、そういう子供たちのことを考えますと、やはり私たちは最高の条件、状況を整える義務があると思うのです、大人たちは。ですから、次の世代のことを考えたら一番先に何を優先すべきかということをぜひもう一度お考えいただきたいと思います。
 そして、繰り返し申し上げますけれども、沖縄は本土の犠牲になった島です。そのことを私たちは生涯忘れてはいけないし、代々忘れてはいけない。ですから、そのことを思えばかなり文化の部分について大きな特例があって子供たちにその条件整備をする、そのくらいの思いやりはあってもいいと思うのですけれども、長官、どういうふうにお考えでしょうか。
#111
○国務大臣(伊江朝雄君) 道路、空港、港湾をつくる金と文化的な保護の金とごっちゃにして物を考えるわけにいかないという理屈はもちろんそのとおりでありますけれども、今先生がおっしゃるのは、さはさりながら文化は文化として保存しなければ絶えてしまったらもう永久にそこには残らないのだというお立場からの保護のお話だろうと私は受けとめておりますし、まさにそうだと思いますのは、その芸能が展示される場所の確保の問題は当然のことでございましょうけれども、そのほかに一番大事なことは文化を継承する将来をしょって立つ後継者育成、その養成という問題がやはり大事なことじゃないかと私は思います。
 私は、それはいわゆる人材確保という意味においての施策だろうと思うのでありますが、これは国の力によってやる人材育成もございますけれども、やはり地元沖縄県が率先して自分たちの郷里の文化は自分たちで育成し守っていくのだという姿勢を前面に打ち出してほしいなと。別に、開発庁が国の予算を投ずるのを、文化の施設に対して投ずるよりは社会資本の充実に投じた方が先だというふうな意味で申し上げるのではなくて、開発庁として手を抜いているということじゃなくて、またこれから手を加えることも差し控えますということじゃなくて、やはり県民は県民として県の文化財を、あるいは県自体の努力によって後継者を育成して守っていく、こういう姿勢を真っ先に打ち出してほしいなという願望を私は持っているわけであります。
 そういう意味においての沖縄県に対する配慮を今後とも、これは開発庁長官としての立場と申しますよりは沖縄県出身の国会議員、ここにもお二人いらっしゃいますが、こういう方々と御一緒に、また御縁あって当委員会に参加していらっしゃいます国会議員の各先生方の御助力をいただきながらともに文化の継承についての施策を推進すべきであるということで、今後ともむしろ皆様方にお願いを申し上げる、こういうことであろうと思っております。
#112
○肥田美代子君 ありがとうございました。
#113
○大城眞順君 まず外務省に対しまして、基地問題から入っていきたいと思います。私は、この時期に日米安保条約を少し棚卸しをしてみてはどうかという理念に立って質問を申し上げます。
 日米関係というものは我が国外交の基軸である、そのかなめは安保条約だとよく言い、よく言われております。一般論としてそれだけ重要であるにもかかわらず、安保条約が具体的にどのような形で履行されているか、特に米軍の七五%がひしめき合っている小さい島沖縄の軍事基地の実態というものをくまなく綿密に時間をかけて調査をして、そして時あたかも冷戦後の世界の構造、ソ理解体後の世界の秩序をどう構築するか、時期的に見ましても今、基地の棚卸しをしてみたらどうかという感じがいたすわけであります。かなめであると言いながら、かなめの人が、かなめの問題で、かなめのところに、かなめのときに調査したためしはございません。私は今がちょうどその時期だと思います。
 今日まで総理あるいはまた外務大臣等々が沖縄の基地視察をやったいきさつもあるかもし札ません。具体的には申し上げませんけれども、知る限りにおいて、ヘリコプターで三十分や一時間基地の上空を回っておりてその司令官と会って、それだけの話で終わっているような感じがしてならない。やっぱり基地の実態を把握するためには一日も二日もかけて十分その市町村、周囲の市町村住民とも話し合って、どこがあなたたちの人命財産にかかわっておる米軍の基地管理をしておるのか、どこが沖縄経済の発展の阻害になっているかということを話しながら、そしてその基地の中において、ああなるほどこういうことかというような実態をつかんで初めて私は基地対策の基本政策というもの、基本姿勢というものが打ち立てられるのじゃないか、このように考えておるところでございます。
 ただ、今日までの歩みを見てみますと、バードンシェアリングということで米側から間断なくもっと金を出せと要求され、その都度お金を出し続けていっているわけでございますけれども、まさに今、軍雇用員の給与までそれが入ってきているという時点でございます、そういった感覚で米軍基地がうまく管理されておると思ったら私は間違いではなかろうか、このように考えております。
 繰り返し繰り返し沖縄の県民がいろいろと提起されている基地問題につきまして政府に陳情をし、また問うという場面において、県民に対して、安保に協力してくれてありがとう、大変いろいろと御苦労だけれどもよく気持ちわかります、それの繰り返しか今日までのいわゆる基地問題での政府のとってきた態度ではなかろうか、このように私は考えております。基地の整理縮小といいながらも、どこをどう縮小してどういった合理的な縮小の仕方があるかということを、むしろ積極的にこれを樹立していくためにはかなめの人がやっぱり基地の実態を握っておくことだ、このように考えております。
 そういうことでお尋ねいたしますけれども、どうですか、ここでひとつ安保の実態を、基地でございますので基地の棚卸しということで総理や外務大臣がぜひ近々、安保の実際面である沖縄の米軍基地が今後どうあるべきかということをとらえるためにもいま一度全体的に具体的に視察する必要があるかと思いますけれども、どうお考えでしょうか。
#114
○政府委員(佐藤行雄君) 先生の御指摘の点につきましては、きょううちの大臣がこの席に出られませんものですから、けさ方大臣に御指摘の点も伝えまして、大臣の感触も踏まえてお答えをさせていただきたいと思いますが、大臣としては、御指摘の点は極めてごもっともであり、安保条約を担当している大臣としてできるだけ機会を見つけて沖縄に伺うようにしたいということを言っておりましたので、お伝えさせていただきます。
#115
○大城眞順君 極めて時間が限られて残念でございますけれども、次々御質問申し上げたいと思います。
 返還が合意されながら返還されていない施設がたくさんあるのです。そういった中で特に一番難しいのは移設先を探してくれと、そういったことで条件をつけられたもの、例えば那覇港等々、ほかにもありますけれども、これを沖縄側から見ますと、あんな小さい狭隘な島の中で代替地をくれ、そして移設条件をつけての返還というものは、何かしらできないものをいかにもできるような形で、それはつくるだけの実体的なものがないのではないか、このように私はいつも感じておるところでございます。
 それで、私ごとで失礼ですけれども、やはり基地問題というのはみんなが取り組まなくちゃならないと思いますが、私は過般、ちょうど湾岸戦争の真っ最中というよりもその翌日、ワシントンに私費で参りました、自分の金で。沖縄基地を今後どうするかというようなことで、特に一番多い沖縄のマリンを管理しております前アメリカの海兵隊総司令官グレー大将と一時間にわたってこれからの沖縄基地問題について話したわけですけれども、もう少し積極的に無条件でやってくれというような姿勢が外務省として打ち出せないのかどうか。簡単に。
#116
○政府委員(佐藤行雄君) 沖縄の基地の問題につきまして、いつも我々心苦しい気持ちをいたしております。
 御指摘のとおり、施政権が返還されてから今日まで何回かにわたって基地の整理縮小についての合意がなされておりますが、その実態が進んでいるのは我々から見ましても遅々たるものであると思います。そういう意味で我々としては、ことしは返還二十周年のときでもございますのでこの機会にまた少しでも不用なものは返してもらうし、沖縄の県民の方々に対する御負担を少しでも軽くできるようにと思って努力しているところであります。
 各方面にわたって相手のあることでございますので、払いつも決意ばかり申し上げて、それでまた決意だけではないかという御指摘を受けるかもしれませんが、そういう気持ちでやっているということだけをお伝えさせていただきたいと思います。
#117
○大城眞順君 次の質問は、今日まで国会の議事録をひっくり返してみましてもまだ提示されてない問題だと思うのですけれども、地位協定によって日本はアメリカに基地を提供しているわけですね。しかし、その裏返しかない。基地を使ってもらうために基地提供をする。今度は開放するときにはもう使わぬから返すよと。いろいろ先ほどから跡地利用の問題やら返還の方法等の質問がありましたけれども、これではいかぬと思いますね。やはりそこには何らかの協定が私はあってしかるべきだと。基地を提供した、今度は返す、これ両面ですから何か協定があるべきだ。
 私はこれは十分勉強していないですけれども、その中にこういったことが考えられはしないか。
 返還する場合に、その一つとして米軍の基地使用による環境破壊が相当あります。あるいは汚染等の損害に対する補償がなくてはならない、このように考えております。例えば沖縄でもPCBの汚染の問題がある。油汚染がある。演習による赤土流出で海や川を汚すという問題もある。実弾射撃演習において森林にはげがたくさんできた。例えば恩納岳。その他の自然保護地域に与えるエコロジーに対するダメージがたくさんある。これは返すときにはどうなるか。ただ返せば、跡地利用すればいいということで私はないと思う。こういったものに対してはどうするかという一つの地位協定の裏側の協定があってしかるべきじゃないかなと、こう考えるわけでございます。
 それで、まず最初の質問は、ロシアはポーランドとの間でこういった協定があるということを局長は知っておられますか。
#118
○政府委員(佐藤行雄君) 最後の点でございますが、ポーランド側がそういう希望を持っているということは承知しておりますが、ポーランドとロシアとの間で協定ができたということは承知しておりません。
#119
○大城眞順君 先月二月二十三日の英字新聞を持っておるわけですけれども、ポーランドでもいろいろ油汚染を中心にして四万五千のロシアの駐留兵による環境汚染がたくさんありまして、今度御案内のとおりのソ理解体によっていろいろな問題が惹起しているわけです。その大きな問題の一つとして、この地域ごとの知事さんからこういった問題が出て、相当アグリーメント、いわゆるロシアとポーランドの政府がやって、ロシアがそれを払うというところで協定がなされております。一地域で一億六千六百万ドルという補償もあるぐらいですからね。そのほかにもある、額は違いますけれども。これはまさに沖縄にも当てはまるのです、日本の基地にも。
 だから、これはああいった財政が弱いところでもちゃんときれいにすべきものはきれいに、飛ぶ鳥跡を濁さずという言葉もありますとおり、やはりきれいにしていく。これからは二十一世紀に向けてグローバルな環境汚染をどうするかという、これがもう世界のどこの国でも大きな課題になっていくわけですから、いやが応でもこの問題について、皆さん方は今どうなっているかわからぬかもしれませんけれども、取り組まなければならない二十世紀の課題であるということを今から構えておかなければならぬ、こういうことであえてこの問題は出しました。そして、フィリピンにおいてもアキノ大統領は米側に対しまして、スビックから撤退したらちり一つ落とすなよ、きれいにやってもらいたいよ、こういうことでちゃんと正式にやっているわけです。
 そういったことを考えて御質問申し上げるわけですけれども、この基地の環境汚染、最近PCB問題がありましたけれども、本当に予防するために、もう事後処理ではなく予防するために定期的にあるいは計画的にと申しましょうか、基地の立ち入り調査を必要とするところにきていると思いますけれども、それについてどうお考えですか。
#120
○政府委員(佐藤行雄君) 基地の問題で環境の問題は極めて重要でございますのでその点に答えますけれども、お答えする前にちょっとポーランドとの比較のことで一点だけ申し上げさせていただきたいと思います。
 ワルシャワ条約体制のもとにおけるソ連軍のポーランド駐留というものと日米安保体制のもとにおける米軍の日本における駐留というのはかなり性格が異なっていることが次第に明らかになってきているのだろうと思います。それで、ポーランドにおけるソ連軍の環境破壊というのはかなりひどかったということも聞いております。それはそれとして、日米安保体制は、日本が必要最小限度の防衛力を持つという建前のもとで日本の防衛や極東の安全のためにアメリカの力をかりる、そのかわりとしてアメリカ側に日本が基地を提供する、こういう形になっておりましてそのもとで地位協定がございます。
 地位協定の約束事として地位協定の規定で、「合衆国は、この協定の終了の際又はその前に日本国に施設及び区域を返還するに当たって、当該施設及び区域をそれらが合衆国軍隊に提供された時の状態に回復し、又はその回復の代りに日本国に補償する義務を負わない」という規定になっております。したがって、日米間の問題では協定上の問題として原状回復義務はないことになっているわけでありますが、他方それだけでは済みませんので二つのことを実行している。
 一つは、米軍の使用に当たっては環境破壊、特に住民の方々に対する影響を最小限にするようにする。これが先ほど来から御指摘になっている、また後で戻ってまいりますが、一点であります。第二に、返されたときにどうするかという点については、従来から防衛施設庁の方で提供された方々との間の契約に基づいてしかるべき措置をとっているというふうに私は承知しております。ここから先は施設庁の問題でございますので、私はちょっと詳細は存じておりません。
 そこで、それはそれとして、最近PCBの問題もあり、特にこの間のレイ報告が明らかになってから沖縄の環境、これは沖縄だけではないわけでありますが、環境問題非常に大事でございまして、従来からありました合同委員会の中に環境分科会というのがございますが、それを開きまして、既に第一回を開いて、また近々第二回を開こうと思っております。時間を置いていますのは、第一回のときにいろいろな質問事項を出しまして、アメリカ側がこれはワシントンに戻って調べなければならないこともあるようでございますので、しかも正確を期する必要がございましたので、細かな回答を待って第二回を開こうと思っておりますが、このレイ報告を契機といたしまして環境分科会で基地をめぐる環境問題について突っ込んだ議論をしていきたい。そういう中で、この間から大臣もそういう分科会の検討の結果を踏まえて必要とあらば環境庁等による立ち入りということも考えたいということも言っておられますし、それはそれでやっていきたいと思っております。
 ただ、さらにそれだけでなくて、先生からこの間も御指摘があったわけですが、報告が出てから物がわかるようでいいのかということもございますので、何とかそういうことにならないような環境について安心できる方法は何がよいか、この環境分科会の場で検討もしてみたいと思っております。ただ、とりあえずはレイ報告に対する対応ということから取りかかってまいりたいと思っております。
#121
○大城眞順君 これは事が起こって処理するということではなくして、環境汚染というのは大事な大事なものですから、もう今、汚染された地球をどうするかということで二十一世紀のいつまでかかるかというのが頭痛の種ですから、世界的に。起こさぬというのが一番いいのです、そういった環境破壊というものを。だから、これはぜひ前向きに取り組んでいただきたいと思います。
 それから安保の協定の問題ですけれども、私は、ポーランドとロシアのワルシャワ条約であろうが日米条約であろうが基本は違わないと思うのですが、環境を破壊した場合それに対する補償はどうするのか。例えば砲撃演習によって恩納岳がみんなはげだらゆですよ。恩納の校歌には緑の恩納岳という歌さえあるのです。はげの恩納岳では校歌にならないのですよ。ではそれはどうするのか。米軍が使う前の姿に返すということはどういう意味か。戦争というまた一つのあれもあったし、それではやっぱりそういった中にこれも含まれて、汚染に対する対処も含まれていると受けとめていいのですか、そういった補償もやるということで。これはあくまでも補償をやるかどうかの私の質問ですよ。
#122
○政府委員(佐藤行雄君) 射爆場として提供している施設の破壊の原状回復をどうするかという問題と、PCB問題についてあるいは環境の身体に及んだ場合の対策をどうするかということについてとは若干性格が異なるのだろうと思います。
 それで、基地の提供につきましては日米間の取り決めといたしまして、先ほど申し上げましたように、地位協定上アメリカ側には原状回復義務を負わせないということになっておりますので、それ以上のことを、例えば将来恩納周辺の今御指摘の基地が返還になったときにそれをどうするかという点については、それは政府の責任において国内的に対策を考えなければならない問題だろうと思います。日米の地位協定上からこれに対してアメリカ側に原状回復の義務を負わせるということはさせないという建前で提供しておりますので、それは事の政治的な判断の是非の問題は別といたしまして、協定上としてはそれはできないと思います。
 それから環境汚染のPCBの問題でございますが、これはまさに今調べているところでございますので、その先の話は私の今の段階では何とも申し上げられません。
#123
○大城眞順君 この基地の中の環境汚染の問題については、その補償、あるいはどういった形でそれを補償するかは、今、日米間の協定の話が出ましたけれども、アメリカが補償するのかあるいはまた国内問題としてこれに対して対処していくのか、いろいろ方法あると思うのだけれども、恐らく私もそういったことになろうかと、このように考えておりましたが、やっぱり国内的といってもあれだけのはげ山を昔の緑に回復するというのは大変なのです。ぜひやってもらわなくちゃならない。上もひっくり返して、油がしみついたものを全部がえてもらわぬといけませんよ。それから射爆場でやった海の場合、あのサンゴも全部返してもらわぬといけませんよ。そこまで本当に議論したいわけですけれども、きょうは時間ございませんので前に進みます。
 それでは、防衛施設庁にお願いいたします。
 これは先ほども質問がありましたけれども、十一省庁による連絡会議、第二回の会議を終わりましていろいろ情報交換、沖縄基地の実態というものに対して勉強をし、その間に沖縄の基地視察もした、こういうことですけれども、どこの基地に行ってだれと会って、そしてどういった印象を受けたのか、それが一点。
 第二点は、第三回目の準備中ということでございますけれども、いつごろそこで何をするのか。いろいろ返還予告のあり方等々というような話もありましたけれども、その中に具体的に今言われておる跡地利用の問題もどういうふうな形でやっていくとか、そういった具体的なものまでこの会議でやる権限はあるのかないのか。その辺を、時間に限りはありますけれども、簡潔にわかりやすいようにお答え願いたいと思います。
#124
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 連絡協議会は二回実施させていただいたわけでございますけれども、施設、区域の返還に当たりましての問題ということに先立ちまして、第一回の連絡協議会では関係省庁の方々に沖縄県における基地問題の実情を十分に理解していただく、こういった趣旨から、まず当庁から沖縄における米軍施設、区域の現状及び返還処理問題等について説明を行わせていただいたわけであります。
 先生から今御指摘いただきました第二回の連絡協議会におきまして、十月三十一日から十一月二日にかけてでございますが一関係省庁の方々に現地の実情を把握して認識を深めていただくということで現地視察を行わせていただきました。これは今先生の、どの基地でだれに会ってという御指摘でございますが、ちょっとその資料を持ち合わせておりませんが、広く沖縄の基地を関係十一省庁の方々、非常に興味深くといったら語弊があるかもわかりませんが、ほうほうと感心しながら、いろいろまた思いを込めながらあの基地を見られたということでございまして、大変勉強になったというふうに喜んでいただいております。
#125
○大城眞順君 簡潔にやってください。
#126
○政府委員(大原重信君) 三回目は、今関係省庁と調整している段階でございますけれども、近々に開けるというふうな見込みでございます。
 この中の問題につきましてはどういう問題を取り扱うかという問題でございますが、今後、返還の予告とか返還後の補償、跡地利用の問題と逐次取り上げていく予定ではございますが、さしあたりましては地権者や地方公共団体等による効率的な跡地利用の計画の策定に資するための返還予告のあり方、通報時期とか内容等どのような返還予告が適切であるか、こういった問題について関係省庁と意見の交換を行わせていただきたいと思っております。
#127
○大城眞順君 この問題もう少し触れたいと思うのですけれども、時間がございませんので、次の予算かごの審査のときにまた詳しく論議をしてみたいと思います。
 次は厚生年金。いろいろと同僚議員からも既に出ておりましたけれども、私はこの問題につきましては平成元年の十二月五日に既に内閣委員会で取り上げました。そういった関係で中身にはきょうは触れないつもりでございます。端的に項目だけ挙げて御質問いたしたいと思います。
 現時点で本土、沖縄間で年金格差があるのかないのか、さっきもありましたが、それですべてもう是正されたとお考えですか、厚生省。
#128
○政府委員(加藤栄一君) 現時点の年金格差でございますが、これが適当な指標であるかどうかということははっきりと言えないわけでございます。給与格差等々ございますが、数字といたしましては、沖縄におきます厚生年金の老齢年金の平均月額が平成元年度末現在で九・〇万円である……
#129
○大城眞順君 あるのかないのかで結構ですよ。
#130
○政府委員(加藤栄一君) そういうことで、受給額の差があるというふうに思っております。
#131
○大城眞順君 今、格差がある。やっぱり年金ですから、受給額に差があるのはこれは格差ですよ。今、沖縄においてはもう知識層の間では格差という言葉を使いません。差別という言葉を使っております。そこまで憤慨している。格差を通り越して差別なのです。そうでしょう。そのままいったのでは一国の中において同じ制度の中にこういった格差があるということはまさしく差別ですからね。
 この格差というものはそれでは何が原因か、だれの責任か、ぴしゃっと言ってください。
#132
○政府委員(加藤栄一君) さきの大戦におきまして沖縄県で特に戦争の被害が甚だしい状況に置かれたということ、またこの大戦に引き続きまして戦後沖縄が米国の施政権下に置かれたというような歴史的な経緯もございまして、かかる経緯によりまして厚生年金制度におきましてもその適用が本土よりおくれている、こういうことが原因であるというふうに思っております。
#133
○大城眞順君 二十七カ年のいわゆる施政権分離、これが一番の原因でしょうね。
 そうすると裏返して言うならば、沖縄県民にはこの格差に対する責任はあるのかないのか、沖縄県民に。
#134
○政府委員(加藤栄一君) これは沖縄県民の責任ということではないと思っております。
#135
○大城眞順君 それでは、これを復帰時点でぴしゃりほかの年金と一緒に、国民年金やらあるいは公務員の年金、これと一緒に三つ並びでぴしゃっとやっておけばこんな問題は今ごろ出てこなかった、私はいつもそう言っておるのですけれども、そうであるならばこれは政府の責任ですよ。だから、政府の責任で直してもらわぬといかぬ。
 それはもうこれ以上制度になじまないという答えは何遍も聞いておりますけれども、先般衆議院における総理大臣のこの問題に対します、もちろんマラリアその他の戦後処理問題についてでございますけれども、高度な政治的判断を要する問題だと認識しているというお答えがありました、この年金問題について。これを否定するか否定しないか。
#136
○政府委員(加藤栄一君) 政府は、沖縄の特殊事情というものを勘案いたしまして二度にわたりまして特別な措置を厚生年金制度においてとったわけでございます。しかも、その二度目の措置は平成二年度において始まりまして、平成二年から五年かけて申請を受け付けるということでただいま実施中でございますので、これによりまして格差も縮小してまいるということを期待しているわけでございます。
 また、先ごろ衆議院におきまして総理が答弁されました件につきましては、厚生年金の問題については法律的には非常に難しい問題であるという認識を述べられつつ、この年金問題も含めた沖縄全体の問題については高い政治レベルの問題であると認識しているというふうに答えられたものと受けとめております。
 いずれにいたしましても、年金制度において私どもはこれまで二度にわたってぎりぎりの措置を講じてきたわけでございますが、この問題についてはこれまでの経過にもかんがみまして私どもとしては地元県当局を初め関係者と意見交換は続けてまいりたい、お互いにそういう意味で意思の疎通を図ってまいりたいというふうに考えております。
#137
○大城眞順君 よくわかりますよ、制度的にいろいろと困難性があるということは。しかし、総理が高度な政治的配慮にまつべきだということは、この問題終わっていないのですよ。どんな政治的な配慮があるか、これからが問題なのです。だから、これでもう差しとめては困るのです。そういうことで、あなた二回も是正したと言うのだけれども、二回だろうが三回だろうがそれは問題じゃないですよ。四回でも五回でもやって格差というものをぴしゃり埋めていかないとこれは差別になってしまうので、後は差別という形が固定化してしまう。ああ日本というのは差別の国だなと言われるのです。
 そういうことがないように今後ともおっしゃったとおり話し合いを進めていただきたいということを最後に要望して、私の質問を終わります。
#138
○針生雄吉君 公明党の針生でございます。よろしくお願いいたします。
 私は、縁があって参議院の議席をいただき沖特のメンバーに加えさせていただいておりますけれども、間もなくまたもとの医者に戻るという立場でございます。沖縄問題に関しましては、学生時代に国頭村の無料診療チームに参加した以降は沖特のメンバーになって二回沖縄にお邪魔した程度で、余りなじみのない人間が沖縄について語るというのは沖縄県民の方に対して冒涜になるのではないかという気がしないでもありません。
 私は仙台の学校を出ましたけれども、同級生や医者仲間にも沖縄県出身の方が大変いらっしゃいまして、知念とか屋嘉比とか池端とか西平、それから新垣、儀間、そういった名前を思い出します。いずれのそういった同僚あるいは先輩後輩の沖縄県出身の方も本当に大変まじめで義に厚いと申しますか、礼を重んじて恩に厚く情に深く懐が深く、毛も毛深いところもありますけれども、いいところばかり並べるとごまをすっているのじゃないかということにもなりかねませんが、欠点か長所が、よく忍ぶ、忍という字を心得ていらっしゃる。お酒に強いというのは長所でしょうか欠点でしょうか、大変お酒に強い。そういった方々の顔を思い浮かべるわけでございます。沖縄に関しましてはその程度の見識しかございませんけれども、ひとつ失礼にわたる点があればお許しをいただきたいと思います。
 私が敬愛してやまない我が国の桂冠詩人が一九八八年に沖縄の過去、現在、未来を歌った長編、長い長い詩に次のような一節がございます。
 ああ 沖縄!
 忍従と働突の島よ
 誰よりも 誰よりも
 苦しんだあなたたちこそ
 誰よりも 誰よりも
 幸せになる権利がある
 そうなのだ
 ここに安穏なくして
 真実の世界の平和はない
 ここに幸の花咲かずして
 人の世の幸福はない
という一節がございます。
 私は、ことしで本土復帰二十周年を迎える沖縄の県民皆々様に対しまして、改めて第二次大戦中の本土防衛の盾として戦い犠牲になられた悲惨な体験に同苦の意を表して、また戦後の米国統治下における御苦労に心からお見舞いを申し上げ、また現在もなお我が国の安全保障体制に偉大なる貢献をしてくださっていることに感謝を申し上げたいと思います。また、戦略軍略の見地からかつては太平洋のかなめ石と呼ばれ続けた運命の天地、宇流麻島が、今やアジアヘ、そして全世界へ向けての海のシルクロードのかなめ石として、今後永遠の平和国土として名実ともに確固たる存在となるよう県民皆々様の秘めたる可能性を全開して御努力をしていただきたいと御期待申し上げますとともに、我が国を挙げて全力でさらなる援助を続けるべきことを主張するものであります。
 申すまでもなく現下の世界情勢は、旧ソ連の消滅を初めとするデタントの一層の進展、全世界的な核軍備廃絶に向けての流れ、通常軍備の縮小への動き等により、日本を含むアジアの緊張、北東アジアの軍事的緊張も緩和の方向へ向かいつつあるわけであります。歴史のしからしむるところ、我が国は依然として日米安保条約体制下にありまして米国あるいは米軍との軍事的な協力体制にあるとは申せ、こういった世界的な軍事的緊張緩和の傾向、その流れの中にあることもまた事実であります。
 この世界的な軍事的緊張緩和の流れの中で、我が国内においても米軍基地返還、整理縮小を求める動きが加速されつつあるのも当然であります。現実問題といたしまして全面返還への道のりはまだまだ前途遼遠ではありましょうが、まず不急不要の基地の返還の推進を求めるとともに、我が国自身としても返還実現への条件づくりに努めなければならないと思います。
 沖縄県においても同様でありまして、米軍基地の早期返還及び整理縮小を促進し、返還跡地の有効利用を図ることは、自然環境との調和、共生、持続可能な開発を大前提とした上で、県民の良好な生活環境の確保、均衡ある産業の振興、二十一世紀を目指す人間中心の都市計画や交通体系の整備等を含めて健全な都市形成を図る等々の施策の実現を図る観点からも非常に重要な課題であると思います。
 私が取り上げます本日の主題は、読谷飛行場地域における読谷補助飛行場の返還跡利用の問題でありますけれども、これは今申し上げました観点から典型的なケースであろうと思いますし、またこういった視点は第三次振計の目標の一つでもあります自立経済基盤の整備、沖縄の特性を生かした地域整備という命題にもかなう問題であると思います。
 皆様既によく御存じのように、読谷飛行場は沖縄本島中部読谷村に所在し、那覇市より二十八キロ、沖縄市より十キロ、名護市より四十五キロに位置して読谷村の中心部にありまして、国道五十八号に隣接し、県道六号線、十二号線に囲まれていて沖縄県の中枢に位置しております。
 また、明日開会式が行われる甲子園で選抜高校野球大会が行われるわけでありますが、読谷高校が汗水とか糸満とかそういう強豪の中から選ばれまして沖縄代表として出場することになりまして、三日目の第一試合で我が郷土の仙台育英と対戦することになっております。仙台育英もかなりな強豪でございまして、読谷にしても仙台育英にしてもそれに勝ては、一回戦に勝てはかなりのところに行くのではないかというそういう下馬評がありますけれども、読谷高校、小粒ながら極めて強力なチームとも伺っております。
 それはさておきまして、読谷飛行場用地の土地所有権問題につきましては、本土復帰後の早い時期から衆参両院においても取り上げられ、長期にわたって審議が続けられてきた経緯を持っております。今回、沖縄県から読谷飛行場地域開発整備基本計画が提出されておりますけれども、この基本計画策定に至る間の国会における政府見解表明の主なる経緯を述べてみたいと思います。
 一九七九年、昭和五十四年六月一日、参議院の本特別委員会において当時の三原朝雄沖縄開発庁長官が、長期間にわたってあれだけ広大な大事な土地が何ら利用されないで放置されているのは国家的にも損失である。県なり市町村なりが開発計画、事業計画等を明確にしてくれれば、開発庁としても政令をつくるなどして処理したいと。
 一九七九年、昭和五十四年十一月二十八日、参議院決算委員会において当時の竹下大蔵大臣が、政府として統一した考え方を取りまとめるならば、昭和五十四年六月一日に参議院沖特委員会において長官が答弁したように、地方公共団体において振興開発計画にのっとった利用計画が提出されれば、関係省庁と十分協議し、沖縄振興開発特別措置法、国有財産法等現行制度に沿ってできるだけ早く地方公共団体に対し払い下げる等の処理を行うと述べておられます。
 また、衆議院の沖縄及び北方問題に関する特別委員会において、一九七九年、昭和五十四年十二月七日、当時の小渕沖縄開発庁長官が、地元からの計画が提出された段階で振興計画にのせていくことになっており、地元の公共的施設として活用できるよう開発庁も協力したいと述べておられます。
 また、衆議院の決算決議に対する内閣総理大臣の報告として、一九八六年、昭和六十一年二月七日、当時の中曽根内閣総理大臣は、沖縄県読谷村内の国有地については、沖縄の振興開発にとって貴重な財産と考えられるので、その利活用に当たっては地元の土地利用構想を尊重し、沖縄振興開発特別措置法の趣旨を踏まえつつ対処していく所存であるというふうに述べておられます。
 以上の経過を踏まえまして読谷村では、一九八七年、昭和六十二年七月に読谷飛行場転用基本計画を策定し具体的な考えを示しました。また沖縄県は、この読谷村の計画の趣旨を踏まえてこのたび読谷飛行場地域開発整備計画を策定したのであります。
 まず初めに、大臣にお尋ねをし、お願いを申し上げたいと思います。
 沖縄県は、第三次振計の策定に先立ちまして、地元のコンセンサスの成立を前提として読谷飛行場の跡利用計画案が読谷飛行場地域開発整備基本計画として具体的に固まったのを受けて、近く大田沖縄県知事自身が直接大臣に陳情する意向のようでありますけれども、それ以前に既に三月五日に沖縄開発庁にこの基本計画が提出されたわけであります。これに対して大臣も三月十日の衆議院の沖縄北方問題特別委員会で、前向きに取り組みたいと発言をしておられますが、具体的にどのように今後取り組むおつもりなのか、今後の計画をお示しいただきたいと思います。
 特に大蔵大臣とのトップ協議が必要であろうと思いますが、その大蔵大臣とのトップ協議を先行させるべきであると思いますけれども、いかがでしょうか。もしトップ協議をおやりになるとすれば予定はいつごろになるか。そういった点も含めて、大臣からお願いをいたしたいと思います。
#139
○政府委員(造酒亶十郎君) 今、読谷飛行場の跡地の利用問題についてのお尋ねがございました。
 この旧読谷飛行場の返還跡地の有効利用につきましては、従来から地元の強い御要望があることは承知をいたしております。今回、県において取りまとめられ御要望がございました基本計画案につきましては、今後沖縄県と関係省庁の間でその計画の内容につきましての調整が行われるものと伺っております。
 現在、国有財産の譲与等の特例を定めました沖縄振興開発特別措置法施行令第五条の二という規定でございますが、義務教育施設で振興開発計画に係るもののうち開発庁長官が定めたものを対象としているということでございます。
 したがいまして、この施行令の改正の問題につきましては、県の計画が関係方面との調整を経て固まった段階でその必要が生じてきました場合には関係省庁と十分御相談をしてまいりたい、このように考えているところでございます。
#140
○国務大臣(伊江朝雄君) 今御指摘の大蔵大臣との協議は、その調整の経過を見守りながらやってまいりたいと思っております、
#141
○針生雄吉君 各省庁が協力し合って連携を取り合って目標に向かって前進できるよう大臣の責任において推進することをお願いしたいわけでございます。
 第三次振計との絡みがあってそう早急に関係政令、施行令の発令というのは簡単にできないとは思うのでございますけれども、第一次振計ができました昭和四十六年においてもかなりその政令の策定というのはおくれたという事実があるわけでありまして、できれば五月十五日の沖縄返還二十周年記念あたりまでに具体的に進めていただくというわけにはいかないものでございましょうか。
#142
○政府委員(造酒亶十郎君) 今、時期のめどについてのお尋ねでございますが、まずその前提としましてはこの県の計画案につきまして沖縄県が関係省庁との調整を終えなければならないわけでございますので、現段階におきまして五月十五日までというような時期の見通しを申し上げることは困難かと思っております。
#143
○針生雄吉君 各関係省庁と協議をぜひ速やかに開始するように大臣の方からも御指導をお願いしたいと思います。沖縄県の示している基本計画に沿って事業ができるように各省庁のお立場でそれぞれ御努力をお願いしたいわけでありますが、各省庁に確認の意味を含めましてお尋ねをさせていただきたいと思います。
 まず大蔵省にお尋ねをいたします。
 冒頭にも触れましたけれども、一九七九年、昭和五十四年の十一月二十八日、参議院決算委員会における当時の竹下大蔵大臣の答弁、地方公共団体において振興開発計画にのっとった利用計画が提出されれば、関係省庁と十分協議し、沖振法、国有財産法等現行制度に沿ってできるだけ早く地方公共団体に対し払い下げる等の処理を行うという発言をなさっておりますが、この発言の重みは重大であると思います。
 この答弁の趣旨に沿って実行していただきたいわけでございますけれども、沖縄県の示した基本計画によれば、既に一九七八年、昭和五十三年までに返還されている八十六・四ヘクタールの国有地部分について、沖振法の第九条「国有財産の譲与等」に連動した政令、沖振法施行令第五条の二の国有財産の例示に、学校教育法に規定した教育施設と並んで公共施設として公園、道路、農道及び水道施設などの施設を追加するよう施行令を追加改正するよう要望しておりますけれども、この政令の改正について大蔵省はどのようにお考えがお聞きをしたい。特に例示を追加するという政令の改正は可能とお考えかどうかをお聞きいたします。
#144
○説明員(建部和仁君) 旧読谷飛行場の返還跡地につきましての基本的な私どもの考え方は従来から申し上げておるとおりでございまして、沖縄振興開発特別措置法に基づく振興開発計画にのっとった利用計画、これが正式に策定されますれば、関係省庁とも協議の上、沖振法あるいは国有財産法等の関係法令に沿って具体的な検討を行ってまいりたいと思っております。
 ただ、今の先生御指摘の問題につきましては、そういった具体化の中でいろいろ検討していく問題であろうというふうに考えておるところでございます。
#145
○針生雄吉君 今の段階でどうでしょうか、そういう感触。可能であるという感触は持ってよろしいでしょうか。
#146
○説明員(建部和仁君) 私どもは、県の方で読谷飛行場跡地の利用計画案というものが作成されておりますことについては承知しておるところでございます。
 ただ、私どもの理解といたしましては、現在御審議をいただいております振興開発特別措置法、この改正が認められますれば同法に基づいて第三次の振興開発計画、これが策定されることになろうと思っております。そして、当該第三次振興開発計画にのっとって読谷飛行場跡地の利用計画というものが正式に策定される運びとなるというふうに私どもとしては理解しているところでございます。
#147
○針生雄吉君 次に、外務省にお尋ねをいたします。
 まず総論的にお尋ねをいたしますけれども、国民の間には基地の総点検、現地実態調査を綿密に精密に実施せよという声あるいは基地として機能していない基地は縮小すべしという声があるわけでありますけれども、外務省はどういうふうに総論的にお考えか、お答えを願います。
#148
○政府委員(佐藤行雄君) アメリカ側が使ってない基地あるいは不用な基地について返還を求めていくべきだという基本方針につきましては、我々も日ごろそのように思っております。
 ただ、総点検が必要であるかどうかという点につきましては、実は米軍が日本におりますのもかなり長くなっておりますし、防衛施設庁を通じて我々は緊密なアメリカ側との話し合いを続けておりますのである程度のことはわかっておりますから、実態が総点検が今必要だという時期だとは思っておりません。
#149
○針生雄吉君 昨年の一月のある新聞社による沖縄県民の意識調査によりますと、基地の即時撤去、段階的撤去を含めて約六六%という過半数の県民が米軍基地の撤去を望んでおるわけでありますが、反基地感情が依然として根強いということでございます。
 また、アメリカの国防長官も九〇年に議会に送った「アジア・太平洋地域の戦略的枠組み」という文書の中で、沖縄では基地に対し微妙な感情があるというふうに記述をされておりますが、いずれにいたしましても、日米両国のそういった実態というものをとらえた主張をしていただきたいと思います。
 読谷補助飛行場において実際今パラシュートの降下訓練が行われているわけでありますが、次第次第に減ってきているのです。実際に行ってごらんになればおわかりになるはずでございます、バードウォッチング用の双眼鏡でもお持ちになって。減っているわけでございます。
 具体的な数字は述べませんけれども、この数字を見ますと、一九八八年にパラシュート降下訓練の実施回数というのはふえております。中東情勢の緊迫化と関連があるのではないか、無関係ではないと思いますけれども、一九八八年には新たに滑走路損壊査定修復訓練というものも加わっておりますが、いずれにいたしましても、こういった国際情勢の緊張激化によって訓練回数が増加してその緊張が緩和されると少なくなるというように国際情勢の変化というものにも対応しているわけでございます。今そういった国際情勢の変化というのは緊張緩和の方向になっているわけでございますから、そういう考えで米国に対してもいろいろな機会に主張していただきたいというふうに思います。
 きょうのこのついでにちょっと北米局長にできればお答え願いたいのですが、一九八八年、昭和六十三年の五月十三日に北米局長が国会答弁で、読谷飛行場の返還は現実的でないというお考えを述べられたと聞いておりますけれども、その考えは変わっていないのでしょうか。
#150
○政府委員(佐藤行雄君) まず後者の点からお答えいたしますが、何代か前の私の立場にいた者がその当時の状況を踏まえてお答えしたことだろうと思います。
 基地の返還については、先ほど来申し上げていますように、特に沖縄につきましては施政権返還以来余り基地の整理縮小が進んでいないということについては外務省自身も何とかしなければいけないという意識を基本的に持っておりますので、特定の基地の問題と離れまして一般論として、沖縄にあります施設、区域、基地については不要不急なものはなるべく返してもらいたい、こういう方向でやっております。したがって、それでは読谷の今の飛行場の返還の見通しがどうかということにつきましては、私も今はしかとはっきり申し上げられない状況にございます。
 そのことは先ほど来先生が言っておられる点と関連するのでございますが、確かに現在緊張緩和が進んでおります。ただ、それは主として政治のレベルが先行している話でありまして、安全保障の面から見て必ずしも緊張緩和、気を許していいという状況になっているとは私は思いません。例えば北朝鮮における核兵器の開発がうわさされているような状況でありますし、旧ソ連の軍事体制につきましても欧州部分については確かに明確な削減が進んでいることは形跡がはっきりいたしておりますが、こちらの地域については活動が活発になったとは思いませんが、静かにはなってもどれだけ減ったのかよくわからない状況であります。だからこそ、政治のレベルあるいは外交のレベルでこの緊張緩和を一層進めるように努力すべきことが今我々に求められていることではないかと思います。
 そういう段階の結果として、あるいは将来にわたって沖縄のあるいは沖縄以外の部分についても緊張緩和ということをより具体的に基地の体制に反映できる状況がつくられるかもしれませんし、それが我々の望むべき方向だろうと私は思います。ただ、今政治面でいろいろなことが、例えばソ連の崩壊ということあるいは冷戦の終えんということが言われて直ちにそれでは安全保障面での用心を解いてよいかというところにつきましては、私はまだそういう状況ではないと思います。にもかかわらずこれだけ沖縄に基地が集中している状況を、住民の方々に大変な御苦労をかけている状況をどうやって少しでも負担あるいは御苦労を少なくしていくか、これが我々今考えているところでありまして、先ほど大城先生にも申し上げた話でありますが、我々の気持ちとしてはそういう方向で努力していきたい。
 ただ、具体的な施設について今見通しがどうかということを言われましても、私は、そういう状況でございますので何とも申し上げかねるとしかお答えのしようがございません。
#151
○針生雄吉君 それぞれのお立場というものがおありでしょうけれども、あくまでも日本国民としての立場で、そして沖縄県民の方々の立場になりかわって考えるという、そういう基本的な態度だけは貫いていただくようにお願いをさせていただきます。
 次に、防衛施設庁にお尋ねをいたします。
 一九八〇年の日米合同委員会で、読谷飛行場について、一九八七年までにパラシュート降下訓練の機能を移設する、そういうふうな合意が行われましたけれども、その合意に基づいて機能の移設が内定しているわけでありますが、移設計画の進捗状況はいかがでございましょうか、お尋ねいたします。
#152
○説明員(山口金一君) 御説明申し上げます。
 パラシュート降下訓練機能の移設につきましては、飛行場からの距離、地形、広さ、代替地周辺住民の御意向等、広範な観点からの検討が必要であります。これらを踏まえまして慎重に検討を行っているところでありますが、現段階において適当な移設先地を選定するに至ってはおりませんが、今後とも移設に向け鋭意努力してまいりたいと思っております。
#153
○針生雄吉君 一九八九年、平成元年十一月に公明党の基地総点検の際の現地視察の際に石田委員長が読谷飛行場の現地の司令官に会いまして、司令官より代替地なしの返還もあり得るという謹言を得ておりますけれども、防衛施設庁としてはこの証言をどうお考えになっておられますでしょうか。
#154
○説明員(山口金一君) 御説明申し上げます。
 平成元年十一月二十八日、石田公明党委員長が沖縄を視察された際、在沖米海兵隊基地司令官ロバート。B。ジョンストン准将と御面会になり返還問題について話し合われたということは承知しております。なお、その際ジョンストン准将から基地の返還について言及されたとのことは報道により承知しておりますが、その内容については承知しておりませんので特にコメントする立場にはございません。
 整理統合につきましては、その一層の促進を図るために日米間で鋭意検討を行ってきた結果、平成二年六月、第十五回、十六回日米安全保障協議委員会了承事案のうち、残余のもの及び沖縄県知事が訪米し返還要請したもの等二十三事案、約千ヘクタールについて返還に向けて作業を進めることが合意されており、このうち六事案、うち二事案は事案の一部でございますが、約三百二十七ヘクタールについて返還済みまたは合同委員会で返還につき合意済みであります。
 これらの事案の中には、代替地を要するもの及び代替地を要しないものあるいは施設の移設を要するもの等さまざまではありますが、いずれにしても、当庁としてはできるだけ早く返還できるように作業を進めているところであります。
#155
○針生雄吉君 開発整備基本計画が実際にスタートすればいろいろな事業計画が行われるわけでありまして、省庁関係で言えば農水省のみならず建設省あるいは文部省その他いろいろな省庁が絡んでくる問題ではあると思いますけれども、全部お伺いするわけにもいきませんので、農水省関係のことに関しましてお尋ねをしたいと思います。
 まず、上野村のケースのように、基地として使用されていた大蔵省管理の国有農地が返還されまして、大蔵省管理の国有農地の返還後農水省に移管して、そのときに農地法にのっとって耕作者に安く払い下げるというやり方が上野村では行われたわけでありますけれども、このやり方が読谷飛行場地域の国有地にも適用できるとお考えかどうか、お尋ねいたします。
#156
○説明員(澤井義雄君) 国有農地を売り渡す場合の価格でございますが、農地法の規定によりまして制度上その周辺地域の同じような条件にある農地の取引価格水準とするということになっているわけでございます。この場合に、売り渡し時点におきましていわゆる耕作権価格なりあるいは投下費用の償還額等がある場合にはこれらに係る価格を控除することとなっておりますが、読谷飛行場に係る国有地につきましては所有権や耕作権の帰属なりそれらの確認などさまざまな問題がございまして、近く関係行政機関による耕作者の実態調査が実施されると聞いておりますので、こういった結果あるいは地元における権利なり利用関係の調整結果等も踏まえながら、仮に農林水産省が所管がえを受けて売り渡すような場合には、農地法の規定、手続にのっとり適切に対処するよう県などを指導してまいりたいというふうに考えてございます。
#157
○針生雄吉君 要するに上野村のケースのようにはいかないということなのですか、いくということなのですか。
#158
○説明員(澤井義雄君) 上野村の事例でございますが、具体的にどのくらいの価格で払い下げられたのか承知しておりませんが、農林水産省所管の国有農地を現在の決められた価格以外で払い下げるということは制度上できないということになっております。
#159
○針生雄吉君 もう一つ農水省の方にもし回答していただければお答えを願いたいと思いますけれども、読谷飛行場地域の現在のサトウキビ生産者の年間の生産額はどれくらいと推定されるかということと、それから沖縄県の示した基本計画では読谷飛行場用地の大規模性を生かして農地としての高度利用を図りたいとしているわけでありますが、将来農業団地地区としての基盤整備等を行って亜熱帯農業振興センターその他の地域内の一般圃場など合計百七十四・五ヘクタールを想定しておりますけれども、この農地から生産される農作物や花卉などの予想生産高はどれくらいか。
 この二つの農業生産高について、もし資料がおありであればお答えを願いたいと思います。
#160
○説明員(市之宮和彦君) まず最初の点につきましてお答えを申し上げます。
 読谷飛行場内に特定をいたしましたサトウキビの生産状況についてでございますが、残念ながら私どもそれを把握した資料というものは持ち合わせていないわけでございます。ただ、沖縄県の方に伺いましてその試算によりますと、読谷村におきますサトウキビの平均単収、推定の収穫面積、サトウキビの生産者価格、これを勘案いたしまして粗生産額は一億円程度というふうに推定されるというように聞いております。
 それから二点目の点でございますが、読谷飛行場地域開発整備基本計画の案におきましては圃場面積約百七十三ヘクタールとなっているというふうに聞いているところでございますが、そこで生産される農作物の予想生産高についてのお尋ねでございます。どういう作物をつくるか、またその価格をどういうふうに考えるかということなどいろいろ不確定要素がございまして一概には申し上げられないところでございますが、私のところの担当でございますサトウキビで……
#161
○針生雄吉君 ありがとうございます。そうだと思います。
 このような観点から、くどいようですけれども、大臣、もう一度確認の意味で基本計画を具体的に推進するというお約束をあるいは決意の表明をお願いいたしたいと思います。
#162
○国務大臣(伊江朝雄君) いろいろサジェスチョンに富んだ御質問がございましたけれども、冒頭に申し上げましたように、必要なものにつきましては関係の大臣、特に今の御質問にありました当面の関係大臣が大蔵大臣でございますから、十分に協議を踏まえて、またその協議の前に沖縄県と関係省庁との間の調整作業も注目して見ていきたいということでございます。
#163
○針生雄吉君 よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
 これで終わります。
#164
○山田耕三郎君 私は、法案に対して質問をいたします。
 沖縄が本土に復帰して早くも二十年。この間政府は、沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律により沖縄における本邦の諸制度の円滑な実施を図り、あわせて沖縄における基礎条件の改善並びに地理的及び自然的特性に即した沖縄の振興開発を図るため、沖縄振興開発特別措置法により二次にわたり総合的な振興開発計画を策定し沖縄の振興開発を積極的に推進してきたところでありますと提案説明されており、その成果については指摘はしておられませんが、一定の成果を得ておられるものと評価をいたします。しかしながら、本土からの遠隔性、離島性、また広大な米軍施設、区域の存在等の理由により沖縄の経済社会は依然として厳しい状況にありますとの説明であります。
 お説のとおり、経済資本を見ても、沖縄県の経済の成長は今日までわずかながら全国平均を上回っております。それでも県民所得は本土の七五%程度であり、経済成長も将来的には本土を下回ると予測されております現状で、ただいまでさえ完全失業者が約四%で本土の二・一%の約二倍であり、しかもその失業層が働き盛りの四十歳から五十歳の層と青年層の二十歳から二十四歳の層が上位を占めておることは憂慮すべきことです。
 その原因を特定することは難しいと思いますが、本土との異なる点を挙げてみますと、第二次産業、特に製造業就労者が非常に少ないということであります。このあたりに原因があるのではないかと思いますが、戦後日本の産業構造は重厚長大から軽薄短小に変化しており、いわば沖縄型に変化しており、しかも人口の増加率は本土を上回っております等、本土における労働力不足は将来に禍根を残しかねない外国人労働者問題が未解決の現状でありますが、このような困難な状況に比べればプラスの条件もあります。
 法案では、工業の振興を図るべき対象となる現行の事業を製造業だけに限らないで、工業を支援する道路貨物運送事業及び関連企業、さらには卸売業等の流通関係にも拡大して、現行の工業開発地区に変えて工業等開発地区に指定をできるよう法改正をされたことは達見として評価をいたします。また、沖縄における工業立地を促進するとともに貿易の振興に資するためにも、東南アジアに対する我が国の玄関口たる地理的条件を生かした産業振興策の一環として、保税制度の活用と税制上の優遇措置を内容とする自由貿易地域も考えておられ、さらにはリゾートと情報産業の組み合わせも可能な地理的条件も活用できます。
 こういう有利な点も備えておりますけれども、企業はやはり第一義的には採算を重視いたします。そのような面からの思い切った施策をしなければ企業の誘致は困難だと思いますけれども、このような点についてまず沖縄開発庁の所見を承りたいと思います。
#165
○国務大臣(伊江朝雄君) 先生お述べになりましたように、かいつまんで申せば企業家に企業意欲、投資マインドを起こさせるような要素、条件に非常にかなわない地域であるという御指摘に相通ずる問題だと思っております。
 一つには、遠隔地でありますために、素材を持ち込むにしても商品化したものをまた運び出すにしてもコストがかかり過ぎる。しかも水が乏しい。多々そういうふうな問題から、確かに企業マインドといいますか投資意欲を満足させるような立地じゃないということが御指摘の粗筋だと思います。したがいまして、今後はそういった軽薄短小でございますか、そういうふうな軽工業を中心としたものがやはりこれからの企業マインドであろうと思うのでございますけれども、そのためにはやはりコスト、つまり人の往来あるいは資材搬入、商品化したものの持ち出し、そういったものに対するコストの軽減措置をまず考えなきゃならぬ。と同時に、立地に対する税制上の優遇性というものを与えないと投資マインドには合わない。
 こんなようなことなどを考えますと、今おっしゃいましたように、現在の工業のあり方がまさにそういったものにそぐわないような形で沖縄に立地している。つまり製造業が非常に少ないということでございますけれども、その製造業も食品製造業でございますので、これはまた本土の製造業の姿とはまるっきり違う。
 それからもう一つは、もともとが生産に乏しい、資材に乏しいところでございますために、復帰以来、消費財の移入の品目が圧倒的でございますために、それを引き継ぐところの製造業も消費財の代替工業であるというふうな感じでございますために一向に第二次産業としてのインパクトを持つ製造業が立地しない、
 こういうことでございますので、そういう反省に基づきまして先ほど来午前中申し上げましたのは、やはり地域的な産業の条件、つまり本土と東南アジアあるいは中国その他の地域との間のちょうど中間的な中継基地にそぐうような場所的な立地を生かして中継貿易をやらなきゃならぬ。そのために各国との交通アクセスを講じていかなきゃならぬ。そんなようなことを考えながら、今後は第二次産業としての製造業、加工業、そういったものの育成を、先ほど申しましたように、自由貿易地域の機能の強化とあわせましてやっていくのが今後の姿ではなかろうかと。
 もちろん地域的な立地条件のもう一つの地域的景観、自然景観、そういったものば当然観光産業としての大きな価値を持つものでございますから、それはそれなりに今後ともに助成をしていきたい、こういうふうに考えている次第でございます。
#166
○山田耕三郎君 沖縄の経済を支えております諸要件の中で財政支出が突出しており、県民総支出に占める割合は年によっては変化はございますけれども、おおむね三五%を中心として上下をしておる高率なものであります。中でも群を抜いているのが公共事業でございます。その結果、沖縄における社会資本の充実ぶりはまことに顕著なものがあることを認めます。
 ただ、気にかかることは、私の調査の年次がたまたまそうであったのかもしれませんが、労働災害の多いことであります。最初は本土企業の収奪の結果かと思いましたが、そうではありません。本土企業の参入は極めて少なく、請負企業の大部分は地元企業であります。強いて言えば、最近の建設業では比較的工作物を使います。この面では勢い本土企業に発注することになり輸送経費等で割高になるとしましても、これは請負額の原価に積算され、安全対策費を圧迫することにはならないと思います。
 この労働災害で労働日数が失われ家計支出が増和することは避けなければなりません。原因を究明して除去に努められるべきだと思いますけれども、対策について承りたいと存じます。
#167
○説明員(青山俊樹君) 建設労働災害の防止協会の調べによります統計データによりますと、沖縄におきます昭和六十三年から平成二年までの三カ年間の年間の建設業におきます死亡者数は、それぞれ七人、五人、五人という数字でございまして、全国の年間の死亡者数は約千人でございますので、その全国に占める割合は〇・五%から〇・六%のオーダーでございます。
 事故が非常に頻発しておるわけでございますが、事故の背景には労働者の高齢化の問題一技術者を含めました人手不足の問題、さらには市街地におきますふくそうした条件のもとでの工事の増加などさまざまな要因が関係していると認識をいたしております。
 建設工事におきます事故の原因につきましては、直接的な原因を調べてみますと、例えば急斜面で作業中に足を滑らせて転落事故を起こす、これは言い方が難しゅうございますが、作業員個々の不注意とされるような事故、これが約半数を占めるわけでございます。また、続いて多いのは、例えば誘導員が配置されなかったためにトラックが後退してきましてそこで別の作業員の方がひかれて死ぬというようなケース、これが約三分の一程度ございます。さらに続きましては、例えばの例でございますが、側溝工事で掘削をしておってその擁壁が倒れてきて作業員が下敷きになって死ぬというようなケースがございます。さらには道路工事でございますが、道路工事中に一般の乗用庫が工事現場に突っ込んできて作業員が死亡するといった事故、これも四%程度あるわけでございます。
 それではどういう対策を立てるべきかということでございますが、基本的な認識といたしましては、発注者、設計者それから請負業者及び労働者の一人一人がおのおのの立場でまず自律的に安全を心がけるということが最も重要な前提ではなかろうかと思います。さらには優秀な技術者や熟練工の確保を図る、発注における適正な費用を計上する、適正な積算を行う、それから弾力的な工期を設定するということが重要な事項だと考えております。
 建設省といたしましては、全国的には年間千名以上の方が建設業において亡くなっている現状、さらに最近の重大事故にかんがみまして、建設省内に建設工事安全対策委員会、これは事務次官を長としております、を設置いたしまして、ここで今申し上げた基本認識に立ちまして建設省の工事安全対策をことしの一月末に取りまとめまして建設工事の安全確保へ向けて全省を挙げて取り組んでいるという状態で、今後この方針に沿いまして安全確保を図ってまいりたいと考えております。
#168
○山田耕三郎君 沖縄の農業は、零細性の上に水、災害、特殊土壌地帯を抱えて極めて困難な上に、農業従事者の高齢化が進む結果、財政投資を増加しながらも生産はこれに比例して伸びず、依然として不効率の状態にあるように見ております。このことは離島の特性から考え当然のこととも思われますが、民生の安定と生活の向上のためには何らかの対策が必要と存じます。
 最近、花卉等により付加価値の増加を図られ若干の明るさもあるようでございますけれども、さらに研究を進められるべき分野だと考えます立場から、困難を承知の上であえて現状の取り組みについてお尋ねをいたします。
#169
○説明員(長田綏男君) 沖縄県は我が国唯一の亜熱帯性気候地帯に位置しておるということから、その特性を十分に生かして、特に沖縄県におきましては農業は基幹産業の重要な一つでございますので、その発展を図ることが必要であるというふうに考えております。このために、今までにこの沖縄の地域特性を生かしまして、農業生産の前提となるのはやはりまず水の確保が大事でございまして、地下ダム等を初めとしてかんがい用水の確保、これに格段の力を入れてきております。
 それから第二点は、沖縄におきましては本土の米に当たりますのがサトウキビでございまして、サトウキビは生産費のうち八割が労働費という非常に労働集約型の作物でございますが、非常に高齢化をしてきておるという点もございましてそのサトウキビの収穫作業の機械化を進める、それから糖度や多収穫の品質開発、こういったものを進めてきております。
 それから三番目には、沖縄では牛のえさなんかに使います牧草の収量が内地の約三倍の収量が上がりますので、最近沖縄の農業の基幹産業になってきております畜産物、特にそういった粗飼料基盤を十分に生かしたできるだけ低コストの肉牛ができるような体制を整備してきております。
 それから先生もちょっとおっしゃられました野菜や花でございますが、特に沖縄の中だけで野菜を自給できる体制にはなかなかまだ水の確保が十分ではございませんので難しい面もございますが、一つは例えば冬場を利用してサヤインゲンとかカボチャ、スイカ等を本土に移出するといった野菜生産が伸びてきておりますし、もう一つ花でございますが、これは沖縄の気候風土を生かしまして菊でございますとかデンファレ等の洋ラン、これが非常に伸びてきております。特にこういったものに若い沖縄の人たちが専業で取り組むという姿が随分見えてきておる。こういった政策を今まで進めてきたわけでございます。
 今後とも新しい振興計画に基づきまして農業の振興とあわせて意欲的な農家の育成が図られるように施策を積極的に展開してまいりたいというふうに考えております。
#170
○山田耕三郎君 次は、戦後処理に属する件についてお尋ねをいたします。
 総合的な振興開発計画を作成し沖縄の振興開発等に積極的に努められておりますこととは裏腹に、遅々として進まないのが戦後処理の問題であります。そのうち、まず戦争中の八重山地域における戦争マラリア犠牲者救済問題についてお尋ねをいたします。本件については今日までたびたび論じられており、政府の答弁も尽きておるようでありますが、なぜこの問題の解決ができないのか、要点に限りお尋ねをいたします。
 厚生省の考え方は次のとおりの答弁で尽きているように思われます。
 援護法では、軍人軍属、国と雇用関係のあった者または雇用類似の関係にあった者が戦争公務に従事している間に亡くなられたり傷を負われたりした場合に年金等を支給するという形でございます。したがいまして、援護法を適用するためには国との間で一定の身分関係がありかつ戦争公務による死傷である必要があるわけで、こういう要件に該当しないということだと厚生省としては現在何らかの対応をとることは非常に困難であるということです。
 沖縄戦中の八重山地域におけるマラリア犠牲者の実態については沖縄県発行の八重山地域マラリア犠牲者部会報告に詳細が報ぜられており、それによりますと、石垣地区守備隊は独立混成第四五旅団で、旅団長官崎少将が石垣島に進駐をして八重山農林学校に旅団本部を開設。任務についた後は一万名の大部隊が民間入居住地区に雑居することになったため、部隊としても住民対策が当初から大変深刻な問題であったようです。旅団では、事態の切迫に伴い図工作戦会議を開き、その席上、敵上陸時における指揮系統の問題が協議をされ、敵上陸とともに宮崎旅団長が陸海軍部隊及び官民の指揮をとり統帥の一元化を図ることが決定されたとあります。これは当然のことで、統帥の多元化などはあり得ないからであります。
 そもそも統帥とは軍隊を統率指揮することで、旧憲法のもとでは統帥の人権は天皇にありました。由来は、軍人勅諭の「我国の軍隊は、世々天皇の統率し給ふ所にそある」ところから、統帥権を通じ上官の命は肢の命令と心得よとなり、この命令に対してあえて更訂干犯あるべからずと諭されており、命令は絶対的なものとなったのであります。戦争マラリアはこの統帥権にかかわる問題で、厚生省の言われるように軍属という契約次元での問題ではありませんことを理解することが必要だと思います。
 このときに作戦計画の一環として住民避難についても検討され、住民は敵上陸直前に於茂登岳を中心とする複廓陣地内に収容する方針が決定された。この土地は石垣島ではマラリア有病地帯として、人間を住まわせない、また住まない土地なのでありますが、何事も軍の作戦行動が優先する中で、湿地帯でマラリア有病地帯として恐れられている場所であったが、現地指導者たちは住民に作戦協力を指導する立場と命令の絶対性から旅団長の指示を拒否するわけにいかなかった状況にあると言われておりますけれども、体験者としてこのことは痛いほどわかります。命令が絶対であるだけに、命令を下す指揮官には絶対に誤りがあってはなりませんことは当然であり、これが誤っておっては輔弼の任務を全うすることができないからであります。
 しかし、私は沖縄作戦全体を評価をしたり批判をしたりする立場でもなく、またその能力もありません。ただ、八重山群島における作戦には余りにも誤りが多いように思います。
 その第一点は、軍司令官は、日清、日露の戦役と異なりこの第二次世界大戦及び太平洋戦争での日本軍の展開は亜熱帯はもちろんのこと熱帯にまで及び、未知の土地の疫病、特にマラリアはもちろんアメーバ赤痢等の風土病で戦闘による以上に軍が戦力消耗を受け苦しい体験を得たことは皆知っているはずだと思いますのにかかわらず、マラリアに対する免疫性も少なく栄養の補給もままならないときに、なぜこのようなマラリア有病地帯の土地を退避地として選んだのか。ましてや沖縄戦争は軍民の総力戦が予想される中で人的戦力の無益な損耗は極力避けなければならないというのが鉄則であったはずでございますけれども、このマラリア有病地帯の複廓湿地帯に住民を集中収容したのは一般住民を対象とした防諜対策を重視し過ぎた結果であり、一般住民が敵の手に渡ることを阻止するため彼らの行動を監視しやすいところを特に選んだのではないか、私はこのように見ておるのでございます。
 次の疑問は、第三の退避地への移動の時期の問題であります。
 米軍の沖縄本島上陸は敗戦の年の四月一日であります。沖縄決戦最高司令官牛島中将の自決が六月二十三日であります。沖縄本島上陸前の敵の陽動作戦ならばあるいは八重山群島に行動するかもしれませんが、沖縄本島決戦の総力戦のさなかで、あえて戦力を割いて最も損傷が多いことが心配されるといわれる上陸作戦を他の離島に敢行する必要が米軍としてはあったのでしょうか。沖縄本島さえ制圧すれば沖縄はもちろんのこと日本本土も制圧できることはだれでもわかっておったことではないか、このように私は思うのでございますが、石垣島での住民退避は六月十日までにマラリア有病地帯の第三の退避所に強制的に退去が命令をされたということであります。最も犠牲の多かった波照間の強制退去は若干早かったようだが、それでも沖縄本島への敵軍の上陸後になっております。結局は敵軍の上陸に伴い不正確な情報に翻弄をされていただけであって、結果的には地上戦闘なしに多くの犠牲者を出したことになり、指揮官の判断の誤りを指摘せざるを得ないのでございます。
 中でも最も惜しまれますのは、一番犠牲者が多かったのが波照間の地区だそうでございますけれども、ここの人たちが自宅に帰るのを許されたのは八月十八日。アメリカ軍でさえが七月の二日に沖縄戦終結を宣言いたしております。そして、波照間の住民たちが戦争が終わったことを知ったのは八月十八日、そのときにようやくにして自宅へ帰ることを許されたのであります。このことをもっと早くしておれば犠牲は半減しただろうとも思われますし、沖縄で日米両軍が死闘を繰り返しておるときに八重山群島あたりにどうして上陸をするかという戦闘的判断が指揮官にあったら危険な地帯へ強制退去を命令しなかったと思います。もし命令をしなかったら犠牲者はゼロで済んだのが沖縄戦争の実態であります。
 だから私は、こういうことから考えてみまして厚生省が考えておられるようなことは当たらない。結局は統帥の一元化をして司令官にすべての命令権を集中させ、そしてこの誤った命令が沖縄の人たちを殺していったのではないか。指揮官の責任は国家が引き継ぐべきだ。そういうような立場から、国家はこの人たちに対して謝罪を申し上げ正当な償いを行っていくべきがこの問題の解決の道ではないか、そのように考えてお尋ねをいたしましたけれども、長官の御所見を承りたいと思います。
#171
○国務大臣(伊江朝雄君) ただいまの経過を詳しく承っておりますと、私はよく存じませんけれども、そのとおりだといたしますならば本当に心の痛む思いでございます。これは沖縄が日本の中で唯一地上戦闘の行われたところであるというのが大きな原因でございますだけに、この種のいろいろなケースがまだまだ沖縄にはいっぱいあるのではなかろうかということでございまして、そういうことを考えますと本当に心の痛む思いでございます。
 しかしながら、この人たちに対する補償とかどうしろというふうなことの結論を今直ちに出すということは、午前中のいろいろ厚生省からの御説明の経過をお聞きいただいたことと存じますけれども、現行法の実定法上は確かに無理な点があろうかと思います。しかしながら私は、沖縄開発庁とかあるいは厚生省とかというふうな立場を離れて、沖縄の問題はこの問題やら先ほどの厚生年金の問題等も含めて政治判断の領域に入ると総理が言われたことを踏まえて、政治家としてあるいは閣僚として心に抱いていきたいと思っておりますので、その結論を今申し上げる立場ではないことを御了承賜りたいと思う次第であります。
#172
○山田耕三郎君 時間の関係で飛ばします。
 次に、沖縄の厚生年金問題も戦後処理の問題の重要な一つであります。さきの国会で政府側は次のように答弁をしておいでになります。
  厚生年金制度におきましては、沖縄復帰時におきまして特例措置を講じました。御存じのとおりでございます。また、その後種々検討いたしまして、平成二年度から実施に入りました中高年特例の所得比例部分につきましての改善措置というものを講じたわけでございます。これはまさに私どもといたしましては沖縄の事情に対応するぎりぎりの措置ということでいろいろ検討いたしました末に実施したものでございまして、これ以上厚生年金制度の中において対応するといいますか、改善措置を講ずる余地はとても私どもとしては見当たらないところでございます。
以上が沖縄厚生年金問題に対する厚生省の代表的な意見であるように思います。
 大城眞順委員が怒りを抑えながらもやるせない気持ちをあらわに表現、次のように反論をしておられます。
 まさに恐ろしい論理だと思います、私は。同じ日本国民ですよ。しかも、いじめられた日本国民ですよ。であるならば、我々沖縄県民がこういった格差をつくったのじゃない、皆さんが格差をつくってくれた。復帰時点で厚生年金はどうなっているかというようなことがちゃんとわかっておられたのに。もちろん去年はある程度努力されましてマイナーの手直しはありました。しかし、ぞれだけではどんなことがあっても格差は縮まりません。
私は大城委員の意見に賛意を表します。国民は何にも悪いことをしてこなかったのに一生涯これでは格差だけを引きずって回らなければならない。不満は絶えないでしょう。大城委員は「恐ろしい論理だ」と申されましたが、私はこれこそが強者の論理だと思います。国民の上に君臨しているのです。私は、八重山のマラリア事件もこの沖縄の厚生年金問題も同じ延長線上にある同根の問題だと思っております。この意味からすれば、行政当局の責任回避のための無責任論理としか私には思えません。例えば「沖縄の事情に対応するぎりぎりの措置」と申されますけれども、そのぎりぎりのところはどこなのですか。それはだれが決めたのですか。そのぎりぎりは絶対に揺るぎないものなのですか。そうだとすればそれはなぜなのですか。説明を求めたいと思いますが、時間もありません。
 このような問題であります。一人の指揮官の犯した過ちが四十年この方こんなに論ぜられながら解決ができない、これは同じ国民として許すことができない。宮澤さんがこの間、戦時中の慰安婦のことについて韓国に陳謝をなさいました。私はそれはよいことだと思いますけれども、日本にもこういう問題が残されておる。陳謝をして償うべきは償っていただきたい。
 重ねて長官の決意を承りたいと思います。
#173
○国務大臣(伊江朝雄君) たびたび申し上げるようでございますけれども、まことに心の痛む問題であろうと思います。したがいまして、先ほども申し上げましたように、政治家としてこの問題については心に抱いていきたいと思っておりますし、また同様な問題がほかにもたくさんあるいは出てまいるかもしれないというふうなことも危惧いたしますし、また心の痛む思いでございます。
 そういうことで、総理も言われましたように、沖縄の問題というのは今先生の御指摘の問題等々を含めて政治的な領域の問題だなということをおっしゃった実感もまさに私が今申し上げたことと同じでございまして、心に抱いていくべき問題だろうということでお答えを申し上げておきたいと思います。
#174
○山田耕三郎君 終わります。
#175
○市川正一君 太平洋戦争沖縄戦が終わって四十七年、同時にことしは沖縄の本土復帰二十周年を迎えます。
 政府は、復帰後、総合立法によって一元的に沖縄の復興開発を進めるために、復帰特別措置法、振興開発法などを制定して沖縄開発庁が中心になって二次にわたる沖縄の振興開発を進めてまいりました。今回の沖振法の延長に関する審議の中でも、宮澤総理、伊江長官ともに償いの心をもって当たるという立場を表明されております。三たび沖縄の振興開発を実施するに当たり償いの心をもって当たるというこの政府の基本精神、それは縦割り行政の弊害を排除して沖縄開発庁が積極的、自主的に振興開発に取り組むということでなければならぬと思うのでありますが、この際、沖縄開発庁長官、伊江長官の決意を改めて確認をいたしたいと存じます。
#176
○国務大臣(伊江朝雄君) まことに御指摘のとおりでございまして、沖縄が本土復帰いたしましてちょうど二十年たつ今日、振り返ってみましてもいつも胸が痛む思いでございますけれども、確かに大変な被害をこうむった地域でございます。それだけに、償いの心という御指摘がございましたけれども、私は考えてみますとこの償いの心というのは、御苦労さまでございました、お気の毒でございましたという精神的な償いの心というだけではなくて、沖縄に施行されております今御審議いただいております特別措置法の延長問題あるいは復帰特別措置法の延長問題を含めて、日本の法体系といたしましては一地域に他と異なるような法律の施行という大変に特段のまた高率補助を持った法体系でございます。そういうことを考えてみますと、本土他府県の方々が、我々に対する補助よりも高率の補助をもって償いをしてそして早く本土各県と同じように歩調をそろえてほしいという、その償いの心が実定法上とても考えられないような特別な法規として施行されているということでございます。
 まことにこれは日本国民の償いの心の具体的なあらわれであろうと思いますし、その心は今日も生きているし、あと十年間またどうしても生かしていただきたいということで法律の審議をお願いしているわけでございまして、その心は精神的には私も同じように持ち続けて大事にしていきたいと思っております。
#177
○市川正一君 さすがは沖縄と深いかかわり合いを持っていらっしゃる伊江長官のお言葉だと承りました。それを単なるお言葉にとどめるのでなしに、具体的なこれからの長官としての政治姿勢また施策の中で貫いていただきたいのであります。
 沖縄が今抱えている問題、朝からずっといろいろの問題が提起されています。まさに重大かつ深刻であります。これを解決するためには、例えば基地問題はこれは外務省、防衛庁、防衛施設庁で、高率補助の問題は大蔵省だというようないわゆる縦割り行政の中に閉じ込めてしまうのじゃなしに、みずからが主体的に、沖振法で総合的に沖縄の振興開発に責任を持っている最高の責任者としての沖縄開発庁の長官、積極的に御発言をなさり積極的に取り組まれるということを全国民は、なかんずく県民は期待していると思うのです。
 以下、そういう立場で御答弁を賜るということで進めたいと思いますが、よろしゅうございますか。
#178
○国務大臣(伊江朝雄君) どうぞそのおつもりで。激励として承っておきます。どうぞそのおつもりで御質問なさってください。
#179
○市川正一君 激励やおません。これはまさに本委員会の権威にかけても伊江長官のそういう積極的発言を期待しているのだということで以下申し述べたいのであります。
 まず高率補助問題です。
 今回の改正案で国庫補助負担率の特例措置を継続することは、これは沖縄県初め各市町村また関係諸団体、なかんずく県民にとってまことに喜ばしいことと歓迎されております。長官の御努力もよく存じております。しかし、あの予算内示のときに長官と大蔵大臣の議論の中で、公共事業への負担率については、九二年で期限が切れる補助金カットとあわせてその一環として沖縄の高率補助も平成六年度までに全額補助の取り扱いを含め見直すという条件に相なったと聞いておるのですが、この見直しの対象というのは一体何なのでしょうか。また、全額補助以外の負担率もそれは含むのでしょうか。さらに、見直しの程度は本則部分の改定も行って国内並みに戻すのでしょうか。そこらの実態をお伺いしたいのです。
#180
○政府委員(水谷文彦君) ただいまお話がございましたように、沖縄の特例補助負担率につきましてはこれを継続することとしてただいま御審議いただいております法律の一部改正の中で措置をさせていただいているわけでございますが、この問題は政府部内におきましては、先ほどお話がございましたように、平成四年度の予算編成の過程で両大臣間で決着を見たわけでございます。その際に、これは御案内のように全国的な問題でございますけれども、平成五年度までは暫定措置が講じられておりまして、政府部内におきましては平成六年度以降どうするかということについて全体的な見直しを進めておりますので、その一環として沖縄につきましても全国と同じように見直し作業をするということでございます。
 ただいまお話がありました見直しの対象は何であるかということでございますが、それは公共事業等に係る補助負担率全体であろうと理解をしております。ただ、それがどのようになっていくかということにつきましてはこれは見直しの過程でいろいろ作業をする話でございますので、行く末がどうなるかということについては現段階ではお話しすることはできません。ただ、私どもとい化しましては、その作業の過程におきましては、補助負担率の特例というのは大変大事なものでございますということを十分理解しておりますので、と同時に沖縄の困難な事情これまたあるわけでございますので、そういった沖縄の抱えております困難な事情等を十分に説明し理解を求める最大限の努力をしてまいりたいと考えております。
   〔委員長退席、理事北修二君着席〕
#181
○国務大臣(伊江朝雄君) 今、事務当局が申しました経緯を踏まえて努力してまいりますが、先ほども申し上げましたように、沖縄開発という地域官庁であります。したがいまして、全国の横並びの状況で今まで参っておりますけれども、事、高率補助の問題につきましては現行法と一体になる沖縄の開発のための法律でありますから、ぜひこの見直しの際におきましても従来どおりの補助を継続していくように全面的な努力を私は惜しむものではございません。
#182
○市川正一君 やはり歴史的経過からまた現実から見て、現在の補助を確保していくという点で一段の御奮闘を願いたいのでありますが、しかしもし仮に沖振法の本則が国内並みの補助率になった場合、補助金は現在と比較して単年度でどれぐらい減額されることになるのですか。
#183
○政府委員(水谷文彦君) 御案内のように、現在は暫定補助負担率が適用されおりますのでそのベースで、つまり沖縄の暫定補助負担率とそれから沖縄以外の本土の暫定補助負担率との差を適用して試算をしますと、平成四年度予算ベースで大体八百四十億程度になろうかと思います。
#184
○市川正一君 私どもの試算でも平成四年度ベースでの計算で八百四十億内外というふうに想定されます。そうしますと、沖縄開発庁予算の振興開発費のほぼ三分の一がカットされることに相なるのですね、この額は。まさに沖縄の振興開発の各事業の実施が非常な困難に陥り、振興開発計画事業の変更を求められるまでに至る。そういう問題に逢着すると思うのです。
 だから、どうしてもやっぱりこれは確保しなければならない沖縄県の実態、特に財政力指数は極めて脆弱です。そういう場合に、私は今後少なくとも十年間はこの高率補助の制度を維持継続させるという立場で引き続き長官の御奮闘また開発庁の御努力を改めて確認をしておきたいと思います。これはもううなずいていらっしゃいますからあえて御答弁を求めませんが、挙げて取り組みたいというふうに私どももここで決意を表明する次第です。
 そこで、沖縄問題の最大の課題の一つである基地問題で伺いたいのですが、一次振でも二次振でもこの基地の撤去ということに触れていますが、去年五月の沖縄振興開発審議会の報告もこう述べております。「復帰後十九年を経過したが、いまなお沖縄には広大な米軍施設・区域が存在し、全国の米軍施設・区域面積に占める割合も大きいものとなっている。広大な米軍施設・区域の存在は、県民生活の安全確保の面で様々な影響を与えているほか、地域の振興開発を図る上で解決を要する基本的な課題となっている」、こう述べております。ですから、この点では沖縄の振興開発の上で米軍の基地が障害になっていることは県民の一致した認識です。
 長官は、衆議院における質疑の中でも、基地問題について県民に資するものについては宮澤内閣の一員として積極的に物も言っていくということを表明されました。
 具体的に伺いますが、県民が一致して演習の中止や施設の撤去を要求しております県道百四号線越えの実弾演習問題、また恩納村の都市型訓練施設の問題、あるいはまたP3Cの送信所建設問題等々、当面の県民生活に資する問題としてこういう米軍基地をめぐる県民の要求に対してこれにこたえる積極的立場で対応なさると思いますが、いかがでございましょうか。
#185
○国務大臣(伊江朝雄君) 私は、少し長くなるのをお許しいただきたいと思いますが、日本とアメリカとで締結しております安保条約、これの機能を損するような立場からの返還要求というものは、私はそういう立場には立ちません。しかしながら、沖縄県が開発上必要であろうと思うもの、そういったものについては積極的にこちらから物を申すべきだ、返還要求をすべきだ、こういう立場に立っております。
 したがいまして、今お話のございましたように、県民に危害を与えあるいは与えるおそれのあるようなことにつきましては、これはしかるべき機関があるわけでございますし、しかるべきまだ協議の場があるわけでございますから、積極的にその場で意見を言ってもらわなきゃならない。これはお係は開発庁じゃございませんで外務省あるいは防衛施設庁になるかもしれませんけれども、しかし黙ってそれを手をこまねいて見るという立場には立ちません。したがって、そういうことで、もし緊急の問題として住民に危害を及ぼすおそれがあることであるならば積極的に物を申していただくように申し入れます。それは関係のお係の官庁に対して私の立場から申し入れる、こういうことであります。
#186
○市川正一君 私は、日米安保条約そのものの是非論で今直ちに長官とここで論戦をやろうというつもりはないのです。ただ、先ほど挙げた県道百四号の問題それから恩納村の問題等々、そういう県民が本当にこれは許せないという問題に対してはその県民の要求にこたえて行政は積極的に対応すべきだ、そしてその根源はやっぱり日米安保条約にあるという認識に長官も到達されるであろうということを私は確信しているがゆえに、あえてここでその議論はやるまいということでありまして、また県民の認識もそういう段階へ今進んでいるということはぜひ御承知願いたいと思う。
 実際に考えてみると、復帰時に二万八千六百六十ヘクタールございました米軍基地が、その後返還されたのはわずか一三%です。おととしの六月に約九百ヘクタールの米軍基地の返還で合意をいたしましたが、これも遅々として進んでおりません。そういう実態に即して長官が今おっしゃった県民の一致して要求している基地のいろいろな弊害に対して積極的に物を言っていくということは、これはおっしゃったわけですから今後大いに期待もし、また我々も長官にいろいろ要求をしていきたいと思っております。
 しかも、沖縄にはこの基地問題だけではなしに、先ほど来午前中から取り上げられてまいりましたあの戦争中の沖縄戦で悲惨な戦禍をこうむった、他県にはない独自の戦後処理問題がなお多くございます。私は、この問題もまさに冒頭申しました国家的補償の立場で償いの心をもって当たらなければならないと思うのでありますが、例えば繰り返して取り上げられております戦争マラリア犠牲者問題です。それからこれはもう山田議員から今るる詳しく御紹介があったように、強制疎開の軍の命令が出ており国家の責任が大きく問われている問題であります。また、厚生年金格差問題も戦後長くアメリカの占領下に置かれた結果生じた格差であって、それに対する国の戦後処理の不十分さの結果生まれているものです。
 そういうふうに考えてまいりますと、長官にお伺いしたいのですが、これらはいずれも第一義的には国の責任にかかわる性格の問題だという、このことはお認めになをと思うのですが、いかがでしょうか。補償がどうのこうのというのじゃなしに、この問題の性格は国の責任にかかわる問題だという認識は、これは間違いございませんですね。
#187
○国務大臣(伊江朝雄君) 国の責任という認識と同じ意味になるかわかりませんが、とにかく認識になるかどうかはわかりませんけれども、戦争なかりせばという状態を考えれば確かにそのとおりじゃないかと思います。
#188
○市川正一君 非常に率直にお答え願いました。そうなのです。戦争というのはこれは国が行った行為なのですね。ですから、その戦争を引き起こしたあるいは戦争を遂行したその国家、その政府の責任にかかわる問題だと。補償がどないやこないやという話はこっちへ置いて、その問題の性格はそういうもんやということだと思うのです。とすれば私は、事実に即してこの国の責任にかかわる問題をどう解決していくかということに対しては、やっぱり法と正義に基づいてきちっと対処すべきであろうと思いますが、その点は同様に一致した認識でございましょうね。
#189
○国務大臣(伊江朝雄君) でありますがゆえに、現在行われております国内法の実定法上にはなじまない問題だと、こういう結論になると思うのです。
 したがいまして、それを受けますと、総理が言われましたように、戦争なかりせばということは結局戦争があったためにということが前提になるわけでございますので、沖縄問題についてはすべて政治的な問題になるだろうなと、こういうふうな御意見が出たのはそこのところにあるのだろうと思います。
#190
○市川正一君 そういう性質だから新しくいろいろな事実が発見されてきたわけですね、提示されてきた。それに即してそのなじむかなじまぬかというのはやっぱりフォローせぬといかぬと思うのです。
 長官はさっき二度ほど、マラリア以外にも類似の問題があると思っておる、心配してんのやとおっしゃったのですが、その一つを私ここで提起だけしておきます。
 それはあの戦争中の遭難船、民間の船が撃沈された問題です。これもよう御承知やと思います。大体同じ年代で、あの時分に何があったかというのはお互いによう知ってます。あの当時、沖縄県民を乗せた多くの民間船がアメリカの艦船の攻撃に遭ってたくさん沈められ、犠牲者が出ました。沖縄県の援護課の調査だけでも犠牲になった船舶の数は三十二隻に及んだ。当時、軍の機密ということで全部隠ぺいされてたわけです。ところが、戦後四十七年たった今日、その問題が明るみに出てきたのです。御承知のあの疎開船の対馬丸の問題は、これは事故概要や犠牲者名簿など、こういう点で補償措置がとられています。しかし、ほかの船についてはいまだにこれが隠されたままなのです。そこで、最近その遺族会が遭難船の事故報告や乗船者名簿の調査などの実相解明、遺骨収集など戦後処理の取り組み、犠牲者への国家補償などを要求しております。
 私は、長官並びに開発庁として沖縄県当局と十分に連絡をとってこの問題についてぜひ解明する努力をし、取り組んでいただきたいと思いますが、いかがでございましょ、う。
#191
○政府委員(造酒亶十郎君) ただいま戦時遭難船舶についてのお尋ねでございますが、私どもまだ具体的にそういうお話を県からもまた関係の方からも伺ったことがございませんので、きょうの段階ではちょっとお答えを差し控えさせていただきたいと思います。
#192
○市川正一君 そうしますと、県の方からあるいは遺族会の方から申し出があればこれを検討するにやぶさかでないと、こういうふうに理解してよろしゅうございますね。
#193
○政府委員(造酒亶十郎君) きょう突然お伺いした話でございますので、まだそこまでのお答えができるかどうかもわかりかねる状況でございます。
#194
○市川正一君 別にそんなびくびくせぬでもよろしいのです。だから、ちゃんと連絡を県当局からもすると思いますし、また遺族会の方からも、ほかならぬ伊江長官のところへお伺いするだろうと思いますから、ひとつぜひよろしくお願いいたします。
 そこで、時間も迫ってまいりましたので、私は最後に工業開発地区の問題についてお伺いいたします。
 沖縄の経済の自立的発展で重要な点として工業開発地区の活用と製造業の振興が大きな課題になっております。今回の沖振法の改正で工業開発地区制度の対象事業を拡大しているところでありますが、どうもいろいろお話を伺っておりますと沖振法での工業開発地区の計画はうまくいっているというふうな認識のようでありますが、実態はいかがでございましょうか。
#195
○政府委員(造酒亶十郎君) 工業開発地区の制度は、沖縄開発庁長官が県知事の申請に基づきまして一定の要件を備えている地域を工業開発地区、今回工業等開発地区に改めるわけでございますが、に指定をいたすものでございます。そういたしまして、その地区内に立地をする企業につきましては税制上の優遇措置などを講ずることによりまして企業の立地の促進それから沖縄における工業の開発を図ろうということで、現在糸満市初め合計十一の地区が工業開発地区に指定をされているわけでございます。
 また、工業開発地区の中におきます工業団地の整備、これにつきましては糸満工業団地、これが昭和五十九年に完成をいたしております。現在は中城湾港の新港地区に工業用地七十七ヘクタールの整備が進められているわけでございまして、今後この地区に一層の企業立地が行われるのではないかと期待をいたしているところでございます。
#196
○市川正一君 状況を伺いましたが、工業開発地区で一番うまいこといっておるというのは糸満工業開発地区で、一番広い面積だと、しかも全部売れ切れているというふうに聞いております。ところがその実態を見ると、一九九一年十二月現在で分譲契約をした企業は百四十七件でありますが、しかし私どもの調査では、今操業しているのは八十九件にとどまって五十八件が操業しておりません。しかも、この糸満工業開発地区の分譲契約をめぐっての贈収賄事件で、去る二月二十六日に糸満市の建設部長と分譲を働きかけた企業に逮捕者が出ていることは御承知のとおりです。
 この問題は工業開発地区の今後の発展とのかかわりで重要な問題でありますが、開発庁はこの事件を工業開発地区とのかかわりでどのように見ていらっしゃるのか、お伺いしたいと思います。
#197
○政府委員(造酒亶十郎君) ただいま御指摘のような報道が行われておりますことは私どもも承知いたしております。糸満工業開発地区につきましてもこれまでも工業開発地区制度の趣旨に沿って整備の努力が続けられてきたところでございますけれども、御指摘のような報道があったということは私どもまことに遺憾なことだと考えております。
#198
○市川正一君 単に遺憾ということではいかぬのです。
 私どもの調査では、今回贈収賄事件で逮捕された企業以外にも糸満工業団地の土地をめぐる疑惑が広がっているのです。だから、これは言うならば工業開発地区の取り組みの問題とも深くかかわってくると思うのです。
 というのは、分譲した土地の投機を防止するための買い戻し特約が設けられておりますが、転売や投機を規制しているのです。ところが、実際には土地転がしや転売しているケースが少なくないのです。この転売のケースは既に糸満市議会で市当局が認めている新里建材がその一つであります。そのほかに地元のマスコミも取り上げておりますが、操業実績がないぺーパーカンパニーの企業に分譲されて土地転がしか行われている事例、裏で転売されているケースというのが既に出てきているのです。
 私は、今回の事件を通じて企業の中には土地投機の手段として分譲契約をした企業もあるのではないかという疑いも持たざるを得ぬのです。ですから、土地投機の手段として分譲契約をしているとするならば、これは沖縄の工業の振興を図るための工業開発地区の本来の目的に全く反した行為であり、工業開発地区制度を悪用した行為であると考えるのであります。この点について開発庁としてきっぱりとした対応を示されるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
#199
○政府委員(造酒亶十郎君) 私ども、工業開発地区制度を設けまして、そこにおきます企業の立地あるいは工場用地の造成等について地元県と協力をしながら事柄を進めてきているわけでございますけれども、今回のような事件につきましての直接の何と申しましょうか、監督権と申しましょうか、そういうものは私どもにはないわけでございます。
 したがいまして、直接的に私どもが監督をするとか指導をするとかということにはならないわけでございまして、まず第一義的には糸満市の土地開発公社なりあるいはその設置主体でございます糸満市においていろいろ検討し調査をし、必要があれば県においてもまた糸満市等に対しての指導が行われるものと考えておりますので、私どもとしましてはそういう推移を見守ってまいりたい。そしてまた、そういう事例を参考にしながら今後の工業開発地区制度の運用の際に私どもの参考としていきたい、こういうふうに思っているわけでございます。
#200
○市川正一君 国民の血税をここに投入しているわけですから、私は、さっきの話じゃないけれども、遺憾であるということで傍観しているのでは済まされぬと思うのです。
 操業していない企業を調べてみると、いわゆる総合工事業という土建屋の企業がたくさんあるのですね。そして、地元の人たちのお話を伺うと、分譲契約した土地が別の人に裏取引で売買されているという例もある。しかも、分譲時約五万円だったものが高いところでは今三十万円とも五十万円とも言われているというふうな話も出ております。
 私は、特に分譲しながら操業していない企業を中心に今後の操業計画、雇用見通しなどについて改めて調査をなさる必要があると思うのですが、そういうことをなさる意思はございませんか。
#201
○政府委員(造酒亶十郎君) 突然のお尋ねでございますのでまだ私どもそこまで踏み込んだお答えをするわけにはまいらないわけでございますけれども、よく県を通じまして事情を聞いてみたいと思っております。
#202
○市川正一君 結び的に質問をまとめますが、なぜそういうことになるかと申しますと、工業用地などハード面の振興開発が中心だからそういうことになるということを私は指摘せざるを得ぬのです。
 本土からの工業誘致はほとんど進んでおりません。沖縄県は八二年から九〇年に東京、大阪を中心に千二百五十六社の企業を訪問しておりますが、工業開発地区以外を含めて誘致したのは十八社にとどまっております。とすれば、そういう面でなお積極的な努力を重ねると同時に、県内企業を振興していくための施策をもっと重視していく必要があるのじゃないか。
 沖縄においては、振興開発の中での生活関連道路の整備のおくれが今都市地域における慢性的な交通渋滞の一つの原因になり、そしてこうした工業開発にもブレーキになっている。糸満工業開発地区を見てみますと、工業開発用地で加工した製品を素早く供給地に流通できないという問題を抱えているというふうに現地から聞きました。特に糸満では水産食品用地の分譲が進まない原因ともそれが重なっているというのですね。今回、法案では工業開発地区の対象業種に流通関係業種を加える措置をとられております。結構だと思うのです。
 私が言いたいのは、ハード面だけでなしにどういう形で振興していくかの明確なビジョンを指し示すとともに、どのような施策が活用できるかを関係者の間にPRしていくというふうな行政のイニシアチブが求められているのじゃないかと考えております。また、ハード面の公共事業も県内の道路網整備とりわけ生活関連道路の整備を急ぐ必要があるという問題を私は今回の糸満工業開発地区の実例を調査する中で痛感いたしたのでありますが、最後にそういう点について今度のこの法案とも関連して御所見を承って、質問を終わりたいと思います。
#203
○政府委員(造酒亶十郎君) ただいまの先生の御指摘は、工業団地あるいは産業の育成というためにはハード面の問題だけではなくていろいろソフトの面からも企業を支援していくことが大事ではないか、こういう御趣旨と受けとめさせていただきたいと思いますが、そういう意味では私ども、従来の例えば工業用地の造成あるいはその供給というようなハード面のお話のほかに、県内企業の育成、そういう観点からも産業構造の高度化に対応いたします技術力あるいは経営力の向上、さらにはまた情報の蓄積、研究開発能力の充実というような産業活動をソフト面から支援するような諸機能の集積を図ることが必要であろう、このように考えているわけでございます。
 ただし、これはあくまでも企業がみずから努力をするということが大きな前提でございまして、何でも国あるいは地方公共団体からそういうものを手とり足とりやってもらうということであってはいけないというのが私どもの基本的な考え方でございまして、こういう地元におきます企業の努力も踏まえて国なり県なりとしても必要な支援を行うことが適当であろう、このように考えているところでございます。
#204
○喜屋武眞榮君 きょうは早朝来、復帰二十年の締めくくりをどうするか、こういう観点から熱烈な質疑が交わされまして、大変うれしくありがたく思います。
 そこで、伊江長官にまず最初に要望したいことは、どうか政府内においていかに県民の願いをみんなのものにしていただくかというその先頭に立って頑張っていただきたい。その決意をきょうの委員会でのお一人一人の要望を完全に消化して打ち上げていただきたい、このことを最初に申し上げておきます。
 それで、問題を重複する必要はありませんので、私は次の観点から申し上げたいと思います。
 今日まで復帰二十年の間に沖縄振興開発事業費の総額は三兆三千八百四十億ですね。問題は、その三兆三千八百四十億の金がどれだけ沖縄に落ちてたまったか、いわゆる県民の懐にたまってきたかというそのことを無にしては、幾ら金を使ってもどぶに金を捨てるようでは意味がないことであります。
 そこで、一人当たりの県民所得はどうなっているのか、昭和六十三年の統計と平成二年の速報値によって二つに分けてみますと、六十三年現在では百七十四万二千円になっています。全国は二百三十七万八千円。大変な開きがございますね。平成二年では百九十九万九千円、あと千円で二百万円になんなんとしておりますが、それが全国は二百七十八万六千円。すなわち六十三年現在では七三・二%、平成二年七一・四%。ダウンしておるということなのですね。全国ははるかに前向きでアップしつつあるけれども、沖縄はそれなりに金は注いでくださったということになっておりますけれども、手放しで喜ぶわけにはいかないということなのです。ダウンしている。
 そこで、私は皆さんの質問をお聞きしながら思うのは、格差は長期化するとこれは差別につながるということなのです。格差はイコール差別につながるということです。申し上げるまでもなく、差別は人間にとって最大の不幸であるということなのです。その不幸の主人公として戦後四十五年、復帰二十年、こうして踏んだりけったり虐げられてきつつあるということなのです。そのことを私は忘れません。県民も忘れません。
 そこで、平たい言葉で言えば、よく最近の通り言葉に公平公正ということを言うわけですが、政治では、私もたまに言うのですが、乏しきを憂うるのではない、等しからざるを憂うるというのが政治の原則ですね。こういう立場からいって、格差を強いられて何十年、まさに差別であります。差別のもとで甚だしくは憲法のもとの差別もあるのです。こういう形で二十年になんなんとして過ごしてきたということですね。
 ですが、法的にどうだこうだということじゃなしに、結局高度の政治的判断にまつ以外にこの格差は縮まらないということなのです。百年河清を待って法を訂正してみたところで追っつかない。高度の政治判断で押し上げていく以外に道はないということ、そのことを結局閣僚会議において伊江長官がそれこそ捨て身の戦法で訴えていただくことによって政府内を動かし、さらには沖縄問題の根本的な解決は日本政府の対米姿勢、アメリカに対してどういう姿勢でどれだけ迫っていくかということによってのみ沖縄問題の前進があるということを私ははっきり知っております。
 一例を申し上げますと、沖縄の事件、事故が起こったその代表を案内して横田基地に行ったときに、高官が私にこう言いましたよ。地位協定云々と言いますけれども、世界制覇を目指すアメリカの軍事演習を適当でない狭い沖縄でなぜやるかと言ったら、我々は日本政府が提供したから使っておるだけです、こう私に言ったことがあるのです。
 このことは何を意味するか。結局日本政府の対米姿勢のあり方が沖縄問題を前進させるかなめになるということなのです。それ以来、私は日本政府の対米従属姿勢という言葉を使ってきました。日本政府の対米従属姿勢、このことが沖縄を差別し、沖縄を犠牲にし今日に至っておるということなのです。そのことを根本的に改めていくのでなければ沖縄問題は百年河清を待っても前進はないということなのです。一部前進があったかと思うとまた後退が反面では生まれてくる。基地の撤去も去ることながら、今度は基地の拡張も反面に生まれてくるということを思い知っていただきたい。
 以上申し上げまして、一つ伊江長官に尋ねたいことがある。
 長官はかつて衆議院の沖特委員会での答弁の中で、第三次振計でも基地の整理縮小に重点を置いていくと言われた上で、日米安保の機能を阻害してはいけないという立場に立っておられるが、その日米安保に基づく米軍基地の七五%が沖縄一県に偏在しているという事実を長官は不公平で異常であると思われるかどうか、まずこの点をお聞きしたい。
#205
○国務大臣(伊江朝雄君) 沖縄が復帰いたしまして二十年目になって静かに考えてみますと、確かに米軍基地は沖縄本島だけ見ても二〇%ということになれば、その分だけは返還されていない、機能的な問題からいいまして。そうなると思うのです。ですからその問題については、沖縄の基地問題に対する私の立場としては、片一方に安保条約の機能を維持しなきゃならぬという日本政府の命題がございます。これは日本政府を支えております我々の内閣といたしましては当然のことながら安保の機能の維持に努めなきゃならない。しかしながら、今申し上げたように、機能の点から申し上げるというと、沖縄の本島は復帰いたしましても二〇%は復帰していないという状況にいかに対処するかという問題に相なろうかと思うのであります。
 したがって、我々がぜひこれについては必要だから返してほしいという積極的な対応の姿勢は今後ともとり続ける必要があるだろう、こういう基本的立場に立ちたい、これが私の基本的な原則でございます。
#206
○喜屋武眞榮君 一問一問進めていきたいのですが、時間がどうしても許しませんのでお察し願いたい、こう願いを込めて打ち切りたいと思いますが、今日まで米軍の七五%にわたる膨大な基地がどれだけどのように返還されたということを次の質問に予定しておりました。
   〔理事北修二君退席、委員長着席〕
この資料が提供されておりますので大変よかったと思っておりますが、一言言えることは遅々として進まないじゃないかということなのですね。県民の期待にはるかに遠い基地返還ではないか、細切れじゃないか、使い物にならぬ形での細切れ、総括的に申し上げてこういう感じを持つわけでありますが、どうかこれもひとつ具体的に、全面的な軍事基地の整理縮小という大前提から機会あるごとにひとつ前進させていただきたいと要望しておきます。
 次に、運輸省にお聞きしたいのだが、去る三月三日付の朝日新聞の報道によりますと、在日米軍は横田空域の一部を返還することに運輸省と合意した、こう言われていることが報じられておりますが、事実かどうか確認したい。
#207
○説明員(小田原眞一君) 運輸省におきましては、羽田沖合の返還等に伴います航空交通の増大に対処すべく検討を行っているところでございますが、その検討の結果の一環といたしまして在日米軍に対しまして横田空域の削減の申し入れをいたしました。その結果、このたび在日米軍との協議が終了いたしまして、在日米軍が横田飛行場において管制業務を行う空域の範囲の変更につきまして合意されたことは事実でございます。
#208
○喜屋武眞榮君 今の問題を具体的に進めていただきたい。要望します。
 あわせて、運輸省は今後米軍の岩国空域や自衛隊の百里空域との間の協定も進める方針だと報ぜられておりますが、それは間違いありませんかどうか、確認します。
#209
○説明員(小田原眞一君) 運輸省といたしましては、新たな航空路の設定あるいは新空港整備等に伴いまして米軍もしくは自衛隊の空域との調整が必要となります場合にはその都度関係機関との協議を行っているところでございまして、今後とも必要に応じまして協議を行うことといたしておりますが、御指摘の記事はそのような趣旨を解して個別の空域名を挙げて記述されたものではないかというふうに考えております。
#210
○喜屋武眞榮君 対米関係でよくはね返ってくる言葉に、困難であるということをたびたび聞いてまいりました。困難と不可能を混同してはいけないといつでも私は切り返してまいりました。困難は、努力すれば、情熱を持って誠意を持って進んでいけば必ず道は開けてくる。不可能は、どんなに努力しても逆立ちしても不可能は不可能だ。こういうふうに使い分けて、困難と不可能を混同しないように一歩一歩前向きで前進をしていただきたいと要望しておきます。
 さらに一歩を進めまして、関東空域に劣らずむしろそれ以上に沖縄の空域はもう世界でも最も危険な空域であると現地の労働組合はたびたび発表いたしております。こういう沖縄の現状、軍事優先で旅客機は複雑な管制を受けて極めて危険度の高い空域となっています。それゆえ沖縄の嘉手納RAPCON等の米軍空域の返還を求めるべきであると考えられるが、このような考えはないかどうか。幸いに復帰二十年に当たることしこそ、しばらくの間米軍が管轄しておりました沖縄の空の管制権を日本に取り戻すべき絶好のチャンスであると私は思っております。運輸省の考えを承りたい。
#211
○説明員(小田原眞一君) 沖縄におきます進入管制業務は、先生御指摘のとおり、米軍によって実施されているところでございますが、これは国際反間航空機関の定めた基準と同等の基準によって管制が行われているということから、安全上の問題はないというふうに考えております。
 また、米軍が実施していますところの進入管制業務の返還につきましては、昭和六十三年五月に開催されました日米合同委員会の下部機関であります民間航空分科委員会におきまして、運輸省より米軍に対しまして返還を要請いたしました。これに対しまして米側は、米軍の運用上の所要にかんがみまして本件返還は困難であるとの見解を示しております。
 いずれにいたしましても、運輸省といたしましては、今後とも外務省とも協議しながら米側との接触を含めて適切に対処をいたしてまいりたいというふうに考えております。
#212
○喜屋武眞榮君 たびたびのニアミスも報じられておりますことは御存じでしょうね。空中における接近ですね。それは現地の労働組合がたびたび事実を発表をして、危険きわまりない沖縄の空であるということを絶えず公表しておることも御存じだと思います。そういう点、事故が起これはもうおしまいでありますが、その事故寸前の危機感といいますか精神的な不安感、こういう生き方こそ本当に不幸な毎日の生きざまだと言わなければなりませんね。どうかその点ひとつ、失礼ですけれども、役人のする仕事はいわゆる机上のぺーパープランで唯々諾々としておると言えば失礼かもしれませんが、そう言いたくなるぐらいに現地におきましてはたまらない危機感を感ずる。こういう気持ちで復帰後二十年も戦後四十五年も過ごしてきた沖縄県民のむなしさを、哀れさをぜひこの際再確認していただきたい。強く要望しておきますから、それを伝えてもらいたい。
 次に、米軍基地の計画的な整理縮小を促進し、跡地の有効利用を図り、第三次振計以後の沖縄県の産業経済の振興を図る上から、軍転特借法の立法は沖振法とともに車の両輪のように必要不可欠なものと考えるが、長官はいかがお考えでしょう。重ねてお尋ねします。
#213
○国務大臣(伊江朝雄君) 先ほど申し上げましたように、沖縄が返還されましたことは非常にありがたいことで、もう二十年もたつわけでございますけれども、機能的な面からいえばその二〇%は返っていないという状態が続いているわけですね。ですからその問題については、やはり私たちの立場ではアメリカの方へ必要なものは何の目的のために必要だからこれは返してほしいということを絶えず問題をぶつけ合っていく、これが必要だというのが私の基本的な態度でございます。したがいまして、そういう立場から今後ともやってまいりますし、またそういうことに理解をしていただくようにアメリカの当局にも事あるたびごとにお話を続けていきたい、こういうふうに私は思って、先生の今の御指摘のように基地の整理統合については努力してまいりたいと思っております。
 それから今の御質問のいわゆる軍転法の問題、これは先ほども私は喜岡委員の御質問にお答え申し上げましたけれども、基地を、これは自衛隊の基地も含めて計画的に返還を促進させるための法律というのは、これは現在の実定法上の立場からいきますと、くどいようでございますけれども、また理屈っぽいようなことを申し上げるようでございますけれども、今の実定法上の立場から法体系としてなじまない。しかし、返ってきた土地をいかに有効に活用するかということに対するお手伝いはまた国の施策としては当然我々としては考えていかなきゃならぬし、また現行法で、現行の沖縄振興特別措置法でもって十分に対処し得るものだとは考えておりますが、これは物によってはあるいは法律を改正しなきゃならぬという問題出てくるかもしれません。しかし、現時点で予想される限りの問題については、沖縄振興開発特別措置法というのは大きなメリットを持ち、高額の補助を持つような法体系になっていますから、十分に対処できるのじゃなかろうか、こういうふうに考えております。
#214
○喜屋武眞榮君 繰り返すようでありますが、どうか法的に解決できるものは問題なく一日も早く解決していただく。そして、法的に難しいものは解決する網をつくればいい。改正あるいは改善して立法すればいいわけですが、そのようにしてなおそれでも間に合わぬ場合にはいわゆる高度の政治的判断で進んでいく。こういうあの手この手、私が言いたいのはそれでありますから、どうかひとつ頑張っていただきたいと思います。
 次に、自由貿易地域の件でお尋ねしたいのは、関税措置や規模の拡大を図る必要があるとの認識を示しておられますが、長官、具体的にはどのような措置をとられるのか伺いたい。特に地域の拡大についてはどのように考え、また規模の拡大についてはどのように考えておられるか、承りたい。
#215
○政府委員(造酒亶十郎君) 自由貿易地域の関係についてのお尋ねでございます。
 まず自由貿易地域の今後の展開につきましては、沖縄県及び那覇市におきまして、今後那覇軍港が返還された場合にその跡地を自由貿易地域として利用することを検討しているというふうに伺っているところでございます。また、沖縄県では平成九年に完成をいたします中城湾新港地区につきまして自由貿易地域の展開を検討しておられるというふうに伺っているところでございます。
 それから自由貿易地域における関税の免除あるいは輸入制限の撤廃というようなことにつきましては、これは貿易に関する制度の根幹にかかわるものでございましてその実現は非常に困難ではなかろうかと考えておりますが、自由貿易地域に関税法で今回導入される予定の総合保税地域制度、これを自由貿易地域にも取り入れるということで改正案を御提案申し上げているところでございます。
 今後展開されます自由貿易地域につきましては、沖縄県、市町村、それから立地いたします企業、それぞれの努力あるいは工夫によりまして総合保税地域の制度が有効に活用されまして、沖縄におきます企業の立地の促進あるいは貿易の振興が図られることを期待しているところでございます。
 いずれにいたしましても、今後の自由貿易地域制度の規模の拡大なり機能の拡充につきましては沖縄県とも相談をしながらこれから検討してまいりたい、このように考えているところでございます。
#216
○喜屋武眞榮君 それでは、長官にもう一つお聞きします。
 もう申し上げるまでもなく、ことしは復帰二十周年を迎える、さらに沖振法の十年間延長によっていよいよ第三次振計がスタートすることになりますが、三次振計においてはなお不十分なハード面の整備を促進するとともに、ソフト面、特に文化、芸能、スポーツの振興にも特段の力を注ぐべきであると考えられます。
 このような観点から生ずる、第一に沖縄の文化遺産の収集、保存、展示等に国の力を傾けるべきではないかと考えられます。幸いにことしは戦火によって失われた首里城の正殿等の復元も完成、十一月三日に完成祝賀の式典もございますね。その完成の暁にそこに盛り込む内容としての文化遺産の収集に力を入れるべきであると考える。いわゆる失われた文化遺産、散った文化遺産を収集する。
 そこで、先般話題となった尚家の遺産についても、その法律上の使用、収益、処分の権利が尚氏に所属することは当然であるとしても、その精神的な共有感を沖縄県民が抱いているということもまた一万の事実であると考えられます。そこで、これらの重要な文化遺産の散逸を防ぎ、次代の県民に正しく享受せしめるために国の力を必要としておるのではないかと考えられます。大臣のこのことに対する御見解を承りたい。
#217
○国務大臣(伊江朝雄君) 大事な御質問でございますと同時に御指摘でございます。
 先ほど肥田委員からも同趣旨の御質問がございました節にお答え申し上げたのですが、確かに残念なことながら戦災により焼失した文化財のほかに県外に流出した文化財が多々あることと存じます。幸いに尚家がお持ちでいらっしゃる文化財は、本当に戦火をくぐってまた東京の戦災を免れるように保存を願った御努力に対しては私は心から敬意を表している次第でございますが、そういったものについては、やはり国の宝でございますと同時に沖縄県の宝であります。ですから、個人的な所有の関係は別といたしまして、できるだけそういうものは沖縄県に立地した建物の中に展示して、沖縄県民並びに沖縄を訪問する方々に見ていただく機会をつくるというのは非常に大事なことだと思うのであります。
 しかし、まず国の力でもってそれを建てるという発想の前に、やはり県民は県民の力でもってみずから生み出した、祖先が生み出した文化財というものはみずからの力でこれを収集しまた保管するという努力がなければならない。その力の及ばないところは国が補助をしてあげる、こういう姿勢でいくべきだというのが私の基本的な態度でございます。
 したがいまして、県の方にも十分この趣旨を伝え、せっかくの首里城の復元が行われる際でございますだけに、沖縄県にそういった問題についての督励方を私の立場からお願いしていきたい。今後とも先生方のお力をおかりしてともに沖縄の文化を守ってまいりたい、こういうふうに考えております。
#218
○喜屋武眞榮君 それでは、最後に申し上げたいのですが、結論として、本当に復帰してよかったという沖縄にづくり上げなければ意味がないということなのです。何のために復帰したかわけがわからぬという復帰では困ります。
 それで、幸い来年はNHKドラマで琉球王朝のドラマが展開されます。この主テーマは琉球の風でございます。どうかあの忌まわしい台風の風じゃなく春風駘蕩たる本当に和やかな平和な風にしていただく御努力を一段と、酷のようでありますけれども、ひとつ十字架を背負うお気持ちで百二十万県民の先頭に立って頑張っていただきたいということを心を込めてお願いを申し上げまして、時間になりましたのでこれで終わります。
#219
○国務大臣(伊江朝雄君) ただいまの激励、心にとめて頑張ってまいります。
#220
○委員長(福田宏一君) 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#221
○委員長(福田宏一君) 速記を起こしてください。
 総理に対する質疑を始めます。
#222
○喜岡淳君 社会党の喜岡であります。総理にはよろしくお願いいたします。
 与えられた時間が十五分ということでありますから、要点のみに絞ってお尋ねをいたします。
 きょうの総理との質疑については、沖縄の百二十二万県民の皆さんが非常に大きな関心を寄せておることと思っております。これまで二十年間にわたる沖縄の復帰以来の振興策の総決算が参議院においてはもうこの場所でしか行われない。しかも、これから二十一世紀の沖縄を決定するであろう三振計の基本法となります沖振法の延長もこの場所においていよいよ議決を迎えようといたしておりますけれども、すべての沖縄の問題が参議院の質疑はもうここで終わっていくということになりますので、非常に重要な質疑だろうというふうに思っております。そういう意味では、尚副知事もわざわざこの委員会を傍聴されておりますが、ひとつ総理には明快な御答弁をいただきたいというふうに思います。
 まず最初に、総理の沖縄問題に対する御認識について一言お伺いしたいというふうに思います。
 総理は、これまでも沖縄県民の皆さんに対して償いの心という言葉をおっしゃっておりましたが、そういう理解でよろしいでしょうか。
#223
○国務大臣(宮澤喜一君) 沖縄県民に対しては、戦争中に言葉にも出せないような苦難をしていただいたのでありますが、戦後今日に及ぶまで我が国の安全について沖縄県民の理解と協力に負うところが甚だ大であります。沖縄本島に限ってみると、二〇%を占める地域が米軍の施設、区域に今日なおなっておるわけであります。そのような沖縄県民に対しては、私どもは国民的な恩義があるというふうに今日も考えております。
 そのために我々としては、沖縄振興開発計画に基づいてできるだけの国費を投入し、県民のたゆまざる努力によって経済社会は着実に発展はしてまいりましたけれども、今日、生活、産業基盤の面ではなお整備を要するものが多くございます。また、産業振興や雇用の問題あるいは水の問題等々たくさんの問題がまだ未解決である。今後も沖縄の振興開発を国民の負担においてすることがやはり大事であると考えております。
 それでもなお、しかしこれだけ多くの地域が米軍の施設、区域に占められておるという事実、それはなお変わらないのでありますから、極力努力をしてそれをやはり減らしていく、それは政府として当然努力をすべきことであるというふうに考えております。
#224
○喜岡淳君 政府として極力の努力をやっていきたい、そういう非常に明快な御決意を伺ったところであります。
 さて、きょうこの委員会には沖振法の十年延長という問題がかけられております。この沖縄の復帰二十年間の発展ぶりは目覚ましいものがあるわけでありますが、しかし残念ながら有効求人倍率は〇・五三倍、労働時間も日本で一番長い二千二百時間を超えております。県民所得も全国で一番厳しい。家計収入、預貯金残高、高校、大学、短大進学率、県税の負担額、これすべて全国で最下位の状況でございますので、非常に厳しい状況は依然として残っておると思います。
 そういう意味では、ぜひ沖縄の今後の振興開発に当たって沖縄も本土も格差が完全に是正されるように、今度の沖振法を十年延長すれば沖縄は本土との格差がなくなるのだ、そういうふうに私は政府の御努力を受けとめたいと思いますが、沖縄の振興開発に当たっての御決意のほどを伺いたいと思います。
#225
○国務大臣(宮澤喜一君) ぜひそういうふうにいたすべく政府としても全力を傾倒いたします。
#226
○喜岡淳君 総理の御決意はよくわかりました。
 そこで、お願いがあるわけでございますが、ぜひ総理には一度沖縄へ行っていただきたい、こういう気持ちであります。先般の参議院のPKO特別委員会でも喜屋武眞榮先生の御質問に答えて、沖縄のために何なりと役に立つことはいたしたい、そういう御発言をされておると思います。
 これまで閣僚あるいは歴代総理の沖縄訪問を調べてみますと、一九六五年に当時の佐藤総理が、七二年の復帰以降は七五年に三木総理が海洋博の問題で行かれております。一九八一年には復帰十周年ということで当時の鈴木総理、一九八七年には復帰記念国体で中曽根総理が行かれております。つい最近では、戦没者追悼式の参列、慰霊の日に当たって当時の海部総理が一九九〇年に沖縄を訪れられております。
 私は、この二十年の節目に当たって、ぜひ総理が一日も早く復帰二十年の沖縄をその目で確かめられて現地の皆さん方と意見の交流をすることは、沖縄の人たちにとって非常に大きな喜びかと思っております。ぜひそういう意味で沖縄へ行っていただきたい。しかも、それは何かの式典の来賓で行くとかあるいは何かの行事に招かれて行くとか、そういったついでに行くというようなことではなくて、復帰二十周年の沖縄を視察する、これだけの目的で一泊二日、ぜひこの二十周年の節目として御決断をいただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
#227
○国務大臣(宮澤喜一君) 今の現地の姿を見、また現地の方々とも話す機会はぜひ得たいと思っておりますけれども、いっどのようなことでそれをお願いいたしますか、国の内外のスケジュールなども見ながら検討をいたしたいと思っております。
#228
○喜岡淳君 私の記憶違いでなければ、総理はこれも喜屋武眞榮先生とのやりとりの中で、早いうちに行きたいと、そういう希望を表明されたと思っております。ただ、一月は予算の関係とか国会の日程でだめだが、早いうちにという答弁をされておるかと思います。私は、やはりそういう趣旨からもして五月あるいは六月、こういった時期に早いうちにぜひ総理には行っていただきたいと重ねてお願いをしておきたいというふうに思います。
 それから時間の都合がありますので二点お尋ねをしたいと思います。
 その一つは、沖縄県における厚生年金の本土との格差是正の問題でございます。
 総理は、もう既にこの件について衆議院の委員会の中で、高次の政治的な問題であると、そういう御認識を述べておられるわけであります。私は本当にこれこそ、復帰二十周年に当たって、一体日本政府が沖縄の人に何をしたのか、記念硬貨を出した、そんな程度の問題ではなくて沖縄の人たちの心に総理がこたえていく、それは沖縄に対して差別をしないのだ、人が差別と受けとるようなことは一切しませんと、そういった政治決断をされることではないかと思います。
 したがって、この厚生年金の格差の是正について、政府がこれまで二回にわたって行政的な是正措置はとってこられたことについてよく理解をいたしておりますが、しかし平成二年に実施されたあの年金改正によっても、特例の期間が終わった五年後には明らかに沖縄と本土には格差が出てくるわけであります。
 きょう午前中の質疑の中で厚生省の方にお尋ねをしたところ厚生省の答えとして、現在本土と沖縄では年間五十七万六千円の厚生年金の格差があるのだ、こういう答えでございました。これでは戦後は終わりません。復帰したということにはなっていないと思います。格差を是正することが目的なのか、あるいは沖縄と本土との格差がなくなるようにすることが問題なのか、私はそこが問題だと思います。
 そこで、ぜひ総理にはこの復帰二十周年に当たって厚生年金の格差是正に向けた一歩進んだ答えが私はいただけるものと確信をいたしておりますが、この格差是正問題について総理の二十周年に当たっての御意見を聞かせていただきたいと思います。
#229
○国務大臣(宮澤喜一君) この問題は、沖縄に現在存しております、長年の間に随分いろいろな問題を片づけてまいりました、処理してまいりましたが、なお御満足のいただけていない一つの問題であります。
 本土の復帰時、それから平成二年度でございましたかの二度にわたりまして特例措置を講じてまいりました。年金制度という立場に立ちます限りは、いわば最大限の措置をとってきたということは御理解をいただきたいと思います。その制度の中で物を考えます限りは最大限のことをやってきたということは、関係省庁の申しますとおりだと私は思っておりますけれども、地元の県等との意見交換を今後とも関係省庁とやってみてもらってはいかがか、そういうふうに対応してみたいと思います。
#230
○喜岡淳君 ありがとうございました。よろしくお願いいたします。
 それと、最後になりましたが、八重山の戦争マラリアの問題であります。
 これにつきましても、もう復帰二十周年、政府の方、厚生省の方は援護法にひっかからないのだ、こういうことでございますが、では従軍慰安婦の問題は何だったのか。あんなものはないないと言ってきたのですが、次から次へ資料が出てきておるわけです。この八重山のマラリアの問題だってやはり徹底した資料、調査、こういったことをぜひ国は県と一体となってやっていただきたい。これも復帰二十周年に当たっての政治的な判断の一つのうちに私は入れていただきたいと思いますが、この件についてお尋ねをして、私の質問は終わります。
#231
○国務大臣(宮澤喜一君) 沖縄県が二回にわたって調査をされたわけでありますけれども、当時の状況や遺族の実態は必ずしも明らかになっていないというふうに聞いておりまして、県は今後さらに調査を行う意向であると承知しておりますので、調査結果が出ますれば、この問題も援護法との関連で言えば非常に難しい問題でありますけれども、県がどういう調査の結果を得ることができるか、それを踏まえて、これも関係各省庁との連絡会議でひとつ県と意見の交換を行わせてみたいと思います。
#232
○喜岡淳君 ありがとうございました。
#233
○大城眞順君 総理に本当に伏して伏してお願いするという気持ちで御質問を申し上げます。
 去る衆議院の河北委員会におきまして総理は、沖縄の諸問題につきましては償いの心で対処したいと大変ありがたいお言葉をちょうだいいたしておりますが、このことを真心からそう思っているという御姿勢を端的に県民の前に表示する機会が私は近々あろうかと思います。それは六月の二十三日であります。六月二十三日、毎年沖縄の戦争の最後の日として全戦没者慰霊祭が行われております。これは単に一県の慰霊祭ととらえてはなりません。米軍の犠牲者を含めまして全戦没者であるということにひとつ御留意願いたいと思います。
 このことにつきまして私は竹下総理の時代に何回も直訴をいたしまして、とうとう慰霊祭出席のお約束を取りつけました。しかしながら、ちょうどトロント・サミットとかち合いまして実現できませんでした。大変残念な思いでございました。引き続きまして海部総理にまた直訴をいたしまして、海部総理は快諾いたしまして御出席なされました。県民の皆さん、特に遺族の方々からの大変な歓迎、心からなる感謝をいただきました。
 総理は広島でございます。広島、長崎、原爆でたくさんの犠牲者を出しました。であるがゆえに歴代の総理は長崎、広島と交互にかどうかわかりませんけれども、頻繁に御出席をなされております。
 御案内のとおり、沖縄では唯一の地上戦が戦わされました。だからこそ、いろいろと今まで御質問もありましたように、戦後処理の問題が多々出ているわけでございます。どうぞ総理のこのすばらしい償いの心を県民の前にあらわしていただきまして、県民とともに、ともに苦しみ、ともに沖縄発展のために尽くすという姿勢をこの六月二十三日、先ほどもありました一日も早くということでありましたならば、ぜひぜひ御出席をいただきたいと思いますけれども、総理の御所見をちょうだいいたしたいと思います。
#234
○国務大臣(宮澤喜一君) 六月二十三日が慰霊の日として県条例によってつとに制定されておりますことはよく存じております。また、ちょうどことしか昭和四十七年に復帰して二十周年に当たるということもよく存じております。内外の日程が十分に詰め切れずに実はおります。できるだけ早い機会にと存じておりますけれども、ただいま明確にきちっと申し上げることはできずにおります。早い機会に現地も見、また皆様のお話も聞かせていただきたいと思っております。
#235
○針生雄吉君 公明党の針生でございます。
 私からは質問と申し上げるよりはお願いをしたいと思います。読谷飛行場地域開発整備基本計画の促進に関してのお願いを申し上げます。
 本日の初めに、ただいままでの御発言にも総理は国民的恩義があるとまで言われておりますし、償いの心を持って対応したいという御発言もあります。私も、最も苦しんだ人こそ最も幸せになる資格があるというふうに思いますし、また沖特委員会のメンバーの一人としても力いっぱい頑張りたいものだと思っているわけであります。
 さて、三次振計の目標の一つにもなっておりますテーマに、自立的経済基盤の整備あるいは沖縄の特性を生かした地域整備などそういうテーマがありますけれども、これらの命題を達成するためにも、安保体制下にありながらもなおかつ米軍基地の早期返還及び整理縮小を促進し、その返還跡地の有効利用を図ることが重要な課題であるわけであります。この課題達成に挑戦するモデルケースとも言うべきものがこの沖縄本島中部に位置する読谷村飛行場地域の開発基本計画であります。これは沖縄県が三次振計に先駆けて提出している基本計画でございます。
 読谷村と申し上げても総理はおなじみがないかもわかりませんけれども、あしたから甲子園で始まります選抜高校野球に沖縄県代表として出場予定の強力チームでございます。
 先ほど伊江沖縄開発庁長官も、大蔵大臣とのトップ協議の早期実現を初めとしてこの基本計画を一歩前進させるとのお考えを示しておられました。沖縄県民のためにできるだけのことを償いの心でなさなければならないという思いを現実の政策に反映させる一つの道として、総理におかれましてもぜひとも沖縄の現在と未来のために、ひいては日本の繁栄のためにも、この読谷飛行場地域開発整備基本計画の事業の促進にモデルケースとしてお力添えをお願いを申し上げたいと思います。
#236
○国務大臣(宮澤喜一君) 読谷飛行場の跡地は沖縄振興開発にとって非常に貴重な財産であると考えておりますので、どういうふうに利用し活用するかということについては当然沖縄県においてお考えでいらっしゃると思いますけれども、地元の御意向を尊重しながら、沖縄振興開発特別措置法の趣旨を踏まえまして、政府としても十分に親切に地元の御意見を尊重して考えていきたいと思います。
#237
○針生雄吉君 よろしくお願いいたします。
 ありがとうございました。
#238
○市川正一君 太平洋戦争沖縄戦が終わって四十七年、そしてことしは沖縄の本土復帰二十年を迎えました。政府は、復帰後、沖縄戦とその後の米軍占領のもとで多年にわたる忍耐と苦難の中を生き抜いてこられた県民の方々の心情に深く思いをいたし、県民への償いの心を持って事に当たることを表明して沖縄の振興開発を進めておられます。今国会においても、宮澤総理は償いの心をもって当たるという立場を改めて表明されました。
 そこで、総理にまず伺いたいのは、先ほども取り上げられました戦争マラリア犠牲者問題、これは強制疎開の軍の命令によるものであって明らかに国が関与しておる問題です。また、厚生年金格差問題も戦後長く米軍占領下に置かれた結果生じた格差に対する戦後処理にかかわる問題で、いずれもその問題の性格は国の責任にかかわる問題である、そういう御認識を総理はお持ちなのかどうか。そうだとすれば、先ほど県の調査を待って云々とこうおっしゃいましたけれども、県民への償いの心を持って事に当たることを表明された総理として、積極的に国として政府として踏み込んだ対応を表明されるべきだと思いますが、いかがでしょうか。
#239
○国務大臣(宮澤喜一君) この二つの問題は、しばしば特別委員会で衆議院におきましても本院におきましても提起されておることでございます。
 年金につきましては、過去において二度特例措置を講じております。また、マラリア問題については、沖縄県が二回にわたって調査をしておられる。両方とも現行法の建前で考えます限りは、やはり法でございますからなかなか自由自在にそこを法律を都合よく読むということには限界がございます。
 しかし、問題があるということをしばしば御提起になっておるので、やはりここは、マラリア問題について申しますなら県でさらに調査を進めていただく、そして関係省庁と連絡会議で話をしていただく。また、年金問題についても、地元の県において関係省庁と意見交換をしたいと言っておられますから、その点については十分なお話し合いを関係各省庁にさせていきたい、こう考えております。
#240
○市川正一君 次に、時間もありませんので基地問題です。
 総理も今、沖縄の二〇%が米軍基地によって占められているということをお触れになりましたが、世界は今大きく軍縮の方向に動いています。フィリピンでも米軍基地撤去の動きが出ております。しかし、依然として沖縄では米軍の基地が存在しています。それは県民のまさに命と暮らしに直接かかわる問題です。当面している問題だけを拾いましても、県道百四号線越えの実弾演習の問題あるいは恩納村の都市型訓練所の問題、さらにP3Cの送信所建設の問題等々があります。そして、私どもが審議いたしております三次振の問題ともかかわって、この米軍基地の存在と沖縄の振興開発の問題というのがもう真っ向から対峙しております。
 例えば昨年五月の沖縄振興開発審議会の報告もこう述べています。「復帰後十九年を経過したが、いまなお沖縄には広大な米軍施設・区域が存在し、全国の米軍施設・区域面積に占める割合も大きいものとなっている。広大な米軍施設・区域の存在は、県民生活の安全確保の面で様々な影響を与えているほか、地域の振興開発を図る上で解決を要する基本的な課題となっている」、こう述べている。まさに県民世論合意の課題です。
 私は、こういう県民の世論、要求にこたえて米軍基地撤去、これに積極的にこたえていくという姿勢を総理はお持ちなのかどうかお伺いして、私の質問を終わります。
#241
○国務大臣(宮澤喜一君) 沖縄の米軍基地が我が国の安全にとりまして極めて大切であるということは申し上げるまでもございませんけれども、しかしそのことはまた何時に、沖縄県民の深い理解とまたそれに伴ういろいろな苦痛の上に成り立っているということもこれも事実でございますから、政府としましては、できるだけこの基地施設の縮小に努めていくということが大切な務めであるというふうに考えています。
#242
○山田耕三郎君 私は、残念ながら配当の時間五分です。不本意ですけれども、一件だけについて宮澤総理の決意を承りたいと思います。
 八重山群島におけるマラリアで亡くなられた方の問題であります。この人たちは適切な措置さえ行われておったらとうとい生命を失わなくって済んだはずの戦争でございます一現地の統帥の人権を預かる司令官がやっぱり作戦を誤った結果であります。
 理由は、敗戦の四月一日にアメリカ軍が沖縄本島に上陸をしておりますが、九十日間の戦いを済ませてアメリカは沖縄戦の終結を宣言いたしております。その九十日のうちの七十日目に起こった問題であります。もう沖縄本島では日本軍の組織的抵抗はなくなっておったときだと思いますが、それが六月十日です。そんなときにどうして八重山群島にアメリカ軍が再び上陸するでしょうか。上陸をする必要があったでしょうか。作戦的には全然それは考えられないものでありますのにかかわりませず、アメリカ軍が上陸をするという仮想のもとにその司令官が何にも知らない住民を強制的にマラリア有病地域に退避をさせたことに始まります。それさえなかったらこの命は失わなくて済みました。
 すなわちこれは国家の責任であると思いますから、現在国家の責任者でおいでになります宮澤総理が、痛ましいこの事実のもとに亡くなっていかれた人たちに謝罪をされてきちっと償いをなさった上で戦後を処理していただきたい、またそうされるべきだと私は思います。
 以上の観点から総理の所信を承らさせていただきたいと思います。
#243
○国務大臣(宮澤喜一君) まことに痛ましい状況のもとにこういうことが発生をしたということは私も実は聞いておりますが、それが具体的にもう少しどのようなことであってどういう状況であったかということが時間の経過もありまして十分に明らかではない。県も調査をされたわけでございますけれども、なお県が追って調査を進めるということでございましたらば、その調査の結果についてまた関係省庁と意見交換をさせていただきたいと思っております。
#244
○山田耕三郎君 終わります。
#245
○喜屋武眞榮君 私、心を込めて総理に伺いたいことは、かつて、早い日に沖縄に訪れて県民に会ってみたい、こういうお言葉を賜りましたね。それは単なる言葉のあやじゃなくて心の表現であると私は信じています。
 と申しますのは、復帰後の歴代の総理が私との対話の中でおっしゃる言葉で私は今でも頭にじいんとくる言葉がございます。それは私が初登院しましたときに、小指の痛みは全身の痛みであるということを申したことがいまだに忘れられないと復帰後の総理のお言葉にたびたびお聞きするときであります。私もいまだにその言葉を聞きますと心臓にこたえます。ありがたく温かくこたえます。どうかそのお心をぜひ現地沖縄においでくださいましてじかに県民を激励していただきたい。慰めていただきたい。
 その時期はいろいろございましょうが、一つの視点は六月の二十三日、それから十一月の三日があの戦争で失われた首里城復元、正殿の完成した記念式典の日でございます。そのうちいずれがいいかということは申し上げたくありませんが、どうかひとつ検討の一つの目標にしていただきたいと思います。心を込めてお願い申し上げます。先日総理が早い日に沖縄に行って県民に会いたいとおっしゃったあの言葉に非常に県民は喜んでおります。今でもお会いする県民は、早く来てもらうように機会あるときには必ず約束しておいでよと、こう言ってくれるのでありますので、幸いにきょうこの場で再びそのことを申し上げまして、ぜひ実行していただきますことをお願い申し上げまして、私のお願いを終わらせていただきます。よろしくお願いいたします。
#246
○国務大臣(宮澤喜一君) 御発言の御趣旨はよくわかっております。十分検討いたします。
#247
○委員長(福田宏一君) 総理、どうもありがとうございました。どうぞ御退席くださって結構でございます。
 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#248
○委員長(福田宏一君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御意見もなければ、討論は終局したものと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#249
○委員長(福田宏一君) 御異議ないと認めます。
 それでは、これより採決に入ります。
 沖縄振興開発特別措置法及び沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#250
○委員長(福田宏一君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 この際、大城君から発言を求められておりますので、これを許します。大城君。
#251
○大城眞順君 私は、ただいま可決されました沖縄振興開発特別措置法及び沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、日本社会党・護憲共同、公明党・国民会議、日本共産党、連合参議院、参院クラブの各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読させていただきます。
    沖縄振興開発特別措置法及び沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府は、本法の施行に当たり、次の諸点に留煮し、今後の沖縄振興開発の推進に遺憾なきを期すべきである。
 一 沖縄の経済社会の発展と各種の格差是正に引き続き努めるとともに、沖縄の有する地理的、自然的、歴史的特性を活用した振興開発を推進することとし、所要の予算の確保に努めること。
 一 平成六年度以降については、沖縄の振興開発の現状にかんがみ、沖縄県及び市町村の財政の厳しい実情を踏まえた適正な負担となるよう特段の配慮をすること。
 一 産業の振興開発を進めるため、引き続き産業基盤の整備を推進するとともに、工業等開発地区及び自由貿易地域制度の新たな施策の効果的な展開を図ること。
 一 米軍施設・区域の整理縮小に引き続き取り組むとともに、返還合意されたものについて、その早期かつ円滑な返還に努めるとともに、返還跡地の利用については、返還の方法等につき地元の意向を十分に尊重して対処すること。
 一 離島・過疎地域の均衡ある発展を図るため、交通通信施設の整備等定住条件の改善に努めるとともに、豊かな自然と調和し、伝統文化等地域特性を活かした離島・過疎地域振興対策を講ずること。
 一 地元から強い要請のあるいわゆる戦後処理及び復帰処理に係る諸問題について改善を検試するとともに、沖縄の厚生年金について、従来の経緯を踏まえ、本土との格差問題について検討すること。
   右決議する。
以上でございます。
 何とぞ委員各位の御賛同をお願い申し上げます。
#252
○委員長(福田宏一君) ただいまの大城君提出の附帯決議案を議題とし、採決を行います。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#253
○委員長(福田宏一君) 全会一致と認めます。よって、大城君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、伊江沖縄開発庁長官から発言を求められておりますので、この際これを許します。伊江沖縄開発庁長官。
#254
○国務大臣(伊江朝雄君) ただいまの附帯決議につきましては、十分にその趣旨を尊重するよう努力してまいる所存であります。
 なお、沖縄振興開発特別措置法等の一部を改正する法律案につきまして御可決をいただきまして、まことにありがとうございました。
#255
○委員長(福田宏一君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#256
○委員長(福田宏一君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後六時二分散会
ソース: 国立国会図書館
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