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1992/06/18 第123回国会 参議院 参議院会議録情報 第123回国会 文教委員会 第8号
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1992/06/18 第123回国会 参議院

参議院会議録情報 第123回国会 文教委員会 第8号

#1
第123回国会 文教委員会 第8号
平成四年六月十八日(木曜日)
   午後一時三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 六月十七日
     辞任        補欠選任
      森  暢子君    佐藤 三吾君
 六月十八日
     辞任        補欠選任
      佐藤 三吾君    森  暢子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         大木  浩君
    理 事
                木宮 和彦君
                田沢 智治君
                小林  正君
                森  暢子君
    委 員
                井上  裕君
                石井 道子君
                世耕 政隆君
                真島 一男君
                柳川 覺治君
                会田 長栄君
                肥田美代子君
                安永 英雄君
                針生 雄吉君
                高崎 裕子君
                乾  晴美君
                小西 博行君
   国務大臣
       文 部 大 臣  鳩山 邦夫君
   政府委員
       文部大臣官房長  野崎  弘君
       文部大臣官房総
       務審議官     井上 孝美君
       文部大臣官房会
       計課長      泊  龍雄君
       文部省生涯学習
       局長       内田 弘保君
       文部省初等中等
       教育局長     坂元 弘直君
       文部省教育助成
       局長       遠山 敦子君
       文部省高等教育
       局長       前畑 安宏君
       文部省学術国際
       局長       長谷川善一君
       文部省体育局長  逸見 博昌君
       文化庁次長    吉田  茂君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        菊池  守君
   説明員
       外務省国際連合
       局人権難民課長  吉澤  裕君
       厚生省保健医療
       局結核・感染症
       対策室長     堺  宣道君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○教育、文化及び学術に関する調査
 (学校週五日制に関する件)
 (平成五年度文教予算編成に関する件)
 (教職員定数の改善に関する件)
 (学校における災害共済給付に関する件)
 (児童の権利条約の名称に関する件)
 (教育の理念に関する件)
 (大学における東洋医学教育に関する件)
 (映画の著作権に関する件)
 (大学におけるガラス技術者の役割と養成に関
 する件)
 (大学入試の在り方に関する件)
○義務教育費国庫負担堅持に関する請願(第一九
 号)
○四十人学級の早期実現と私学助成の大幅増額に
 関する請願(第二二号外三二件)
○私学助成増額に関する請願(第二六号)
○義務教育教科書の無償措置の継続に関する請願
 (第二七号)
○学校給食米補助金の現行措置継続に関する請願
 (第三〇号)
○青少年健全育成のためのコミック雑誌等有害図
 書に対する法規制化に関する請願(第三七号)
○青少年向けポルノコミック排除の法制化に関す
 る請願(第五三号)
○義務教育費国庫負担制度の堅持に関する請願
 (第七〇号)
○私学助成の大幅増額と三十五人学級の実現に関
 する請願(第三二六号外四件)
○教育諸条件の改善に関する請願(第三九三号外
 四件)
○小・中・高等学校三十五人以下学級実現、私学
への特別助成、教育費父母負担の軽減に関する請
願(第四一五号)
○学級規模縮小、受験競争の緩和、私学助成拡
 充、障害児教育の充実に関する請願(第四五〇
 号外一件)
○私学助成大幅増額・三十五人学級早期実施・行
 き届いた私学教育に関する請願(第四六〇号外
 二九件)
○小・中・高等学校三十五人以下学級の実現と私
 学助成の抜本的改善に関する請願(第四七〇号
 外二件)
○行き届いた教育の実現と私学助成の大幅拡充に
 関する請願(第四七八号外一件)
○行き届いた教育を保障するための教育条件改善
 に関する請願(第五二八号)
○新たな教職員定数配置改善計画の作成、三十五
 人以下学級実現、教育予算の大幅増、父母負担
 軽減、私学助成の拡充に関する請願(第五二九
 号外四件)
○小・中・高等学校三十五人以下学級の早期実現
 と私学助成の抜本的拡充に関する請願(第五三
 〇号外一件)
○教育条件の整備・充実に関する請願(第五三一
 号外一件)
○小・中・高等学校の三十五人学級実現、私学助
 成大幅拡充、養護学校増設など教育諸条件改善
 に関する請願(第五三二号)
○私学の学費値上げ抑制、父母負担の軽減、教
 育・研究条件の改善、急減期の特別助成実現な
 ど私学助成の大幅な増額に関する請願(第五三
 七号)
○小・中学校三十五人以下学級実現、高校四十人
 学級実現、教職員定数の抜本的改善、教育予算
 増額、私学助成の大幅増額に関する請願(第五
 四〇号)
○行き届いた教育に関する請願(第八五〇号)
○実習助手・寮母等の制度改革及び賃金の抜本的
 改善に関する請願(第九二二号外四件)
○小・中・高等学校三十五人以下学級の早期実現
 と私学助成の抜本的拡充等に関する請願(第一
 〇三八号外一件)
○小・中学校の三十五人学級と高校の四十人以下
 学級早期実現、私学助成の大幅増額、父母負担
 の軽減、障害児教育の拡充に関する請願(第一
 〇六四号)
○小・中学校三十五人以下学級実現、教職員定数
 の抜本的改善、私学助成大幅増額、学級数確定
 の弾力的適用に関する請願(第一〇六五号)
○行き届いた高校教育に関する請願(第一〇六六
 号)
○高等学校三十五人学級の早期実現などの教育条
 件整備に関する請願(第一〇七〇号)
○生徒急減期に即応した公私立高等学校四十人以
 下学級の早期実現と急減期特別助成など私学助
 成の大幅増額に関する請願(第一〇七一号)
○私学助成の大幅増額に関する請願(第一〇七四
 号)
○高等学校三十五人以下学級の早期実現、私学助
 成の抜本的拡充、父母負担の軽減に関する請願
 (第一二四九号)
○安全で豊かな学校給食に関する請願(第一二九
 三号外一三件)
○公費助成の大幅増額と学生・父母の経済的負担
 軽減に関する請願(第二六四一号)
○レコードレンタル業の保護のための著作権法の
 改正等に関する請願(第三四二九号外一五件)
○「障害者の日」を「国民の休日」とすることに
 関する請願(第三四七八号外五二件)
○有害図書等の規制強化に関する請願(第三五九
 九号)
○有害図書の法的規制に関する請願(第三七三五
 号)
○青少年の健全な育成を阻害するおそれのある有
 害図書の追放に関する請願(第三八二六号)
○不登校の児童・生徒の民間施設への通学割引運
 賃の適用等に関する請願(第四一八七号)
○継続調査要求に関する件
    ―――――――――――――
#2
○委員長(大木浩君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い、現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に森暢子君を指名いたします。
    ―――――――――――――
#4
○委員長(大木浩君) 教育、文化及び学術に関する調査を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#5
○森暢子君 それでは失礼いたします。
 先日は、六月四日でしたか、参考人の方で学校五日制についてのいろいろ貴重な御意見をいただきまして私ども心強く思ったわけでありますが、その御意見も踏まえて引き続き学校五日制についていろいろと確認したいというふうに思います。
 先日、私どものところに文部省よりこういう「学校週五日制の解説と事例」というのがきちっとまとまってこられまして、美しい本がいいのができております。それから、「青少年の学校外活動に関する調査研究報告・活動事例集」、これはいろいろと実験校になりました学校の事例が出てきておりまして、ざっと見させていただきました。大変御苦労だったと思うんですが、まとめられました御感想を一言お願いしたいんです。
#6
○政府委員(坂元弘直君) 実は今までやって、お願いしてきました実験校につきましては特にこちらからある種の課題を与えませんで、とにかく月一回ないし二回の五日制を試行してみていただきたいということでお願いしたものですから、非常に報告もばらばらでございまして、そして精粗もございました。簡単な報告もありますし、大変詳しく報告を出していただいたところもございます。正直申し上げまして、この委員会でもっと前から早く出したらどうかということで委員の先生方からせっつかれてきたわけでございまして、私どもももっと早く出したいということで鋭意やってまいりましたが、今言ったような事情がございましてやっとそういう形でまとまったものでございます。
 私どもとしましては苦労して比較的うまくまとめたなというふうに思ってはおりますけれども、ただそれだけでこれから各学校現場で十分参考になって、それだけ見れば大丈夫だというものではなくて、あくまでそれを一つの参考にしてそれぞれの学校で主体的にこの問題に取り組んでいただければありがたいというふうに考えているところでございます。
#7
○森暢子君 それじゃ、十分これが活用できるように希望しておきたいと思います。
 私は、去る四月七日のこの委員会で学校五日制指定校の拡大を要望したんですけれども、予算上は二百二十五校ということしかなかったんです。先月の五月十九日の新聞情報によりますと、閣議後の記者会見で鳩山大臣が、月二回学校五日制の調査協力校ということで六百四十二校を指定されたというふうなことが出ておりまして、文部省も柔軟な姿勢になられたんだなというふうに思っておるわけですが、こんなに大幅にふやしたねらい、それと、指定学校数を見ると大変バランスよくなっていないんです。北海道は四十八校ですし、熊本県は四校というふうなばらつきもあるわけですね。この辺をどのように把握しているのかお伺いしたい。
#8
○政府委員(坂元弘直君) まず、二百三十五校の予算上の数字が六百四十二校にふえた経緯といいますか、理由は何かという御質問でございますが、これはまず一つには、先生方含めまして委員の先生方から、もう少しふやしてやってなるたけ事例をたくさんつかんだ方がいいんではないかというような本委員会での御指摘もございましたし、ほかの委員会での御質問等もございました。それがまず一点でございます。
 それからさらに、全国平均各県五校ずつと、各学校種別ごとに一校ずっということで予算上は積算されておりますが、指定都市を持つところ、あるいは従来から研究指定校で指定されておる学校を持っておって、それをそのまま継続し、かつまた新たに別個にもやりたいというようなこと、それから生徒数や学校数が、指定都市がないけれども、大変多い県等々ございまして、都道府県の教育委員会の方からも、非公式でございましたが、私どもになるたけ多く指定してくれないかという御要望も強くございました。そこで、そういうような御要望を入れまして、各都道府県の担当者から事情を聞きまして、ただ予算が二百三十五校でありますので、たくさん指定すればおのずから薄まきにならざるを得ないということを前提にしてふやす方向でいろいろ調整して、最終的に都道府県の教育委員会から推薦があったのが六百四十二校でございました。私ども、その六百四十二校を一応そのまま全部実験校として指定したところでございます。
 それから、各県でばらつきがあるではないかという問題ですが、全体としますと、六百四十二校の内訳は幼稚園が九十園、小学校二百十九校、中学校百四十校、高等学校百八校、特殊教育諸学校八十五校で、特殊教育諸学校の障害別につきましても、盲、聾、精神薄弱、肢体不自由のそれぞれにつきまして、全国全体とすればバランスがとれている構成になっているところでございます。そういう意味で、私どもとしましては全国的に見ればこれで何とか研究成果が上がっていくだろうというふうに期待しているところでございます。
 それから、熊本が四校であと五校というのが七、八県ございますが、それぞれの県に、今私どもが申し上げましたようなことで、若干多くても差し支えないということで県に御相談しましたが、県の方からもうそれしか挙がってこないものですから、それを私どもでもっと出せもっと出せと言っても、県内のいろんな事情があると思いますので、その辺はそういうことを含めてこういう六百四十二校で決めさせていただいたということでございます。
#9
○国務大臣(鳩山邦夫君) そのとおりなんですが、結局学校五日制はいつか完全な、月一遍でも二遍でもない、完全な五日制にしたいという、そういう事柄を視野に入れて取り組んでおりますから、私どもも九月からの実施というのはまさに書は急げという、いいことは早くやろうという気持ちでございましたし、各都道府県あるいは市町村によって、心配だから慎重に実験したいというところもあるでしょうけれども、できる限り前向きで実験をしたいという、そういう方々には大いにやっていただこうということで、その辺はあうんの呼吸で進めてまいったと思います。できるだけ先へ行けるようにという観点を重視しまして、二百三十五校、これは機械的に四十七掛ける五イコール二百二十五という計算なんですが、それをやる気のあるところにはもっともっとやっていただこうということで六百四十二校という結果になりましたが、そのようなプロセスをたどりましたので、当然地域によるばらつきは残念ながら残っておるということでございましょう。
#10
○森暢子君 大いにやってもらいたいという前向きの方向で挙がってきたところを取り上げていかれたということなんですね。それは結構でございますが、やはり予算の中では調査研究のため二百三十五校で予算が立てられているわけです。それがこんなに六百四十幾らになって、まだこれからもし要望があれば指定校を追加するのかどうか、その辺はよくわかりませんが、予算上問題がないのかということについてお伺いしたいと思います。
#11
○政府委員(坂元弘直君) 先ほど御説明しましたとおりに、各県に若干の増は私どもも考えておるということで、二百三十五校に固執しないで弾力的に対応するからということで各県と御相談したんですが、かなりの県で、例えばさっき例に挙げました北海道のように四十校を超えるような県も出てまいりました。そうなりますと、二百三十五校分の予算しかありませんので、それだけ全部あなたのところで認めるととてもとても予算が足りなくなります、したがって、もしそれだけ全部認めてもらいたいということならば、都道府県の教育委員会も実験校に対して何らかの援助をしていただかないと実験校が困るんではないかというようなやりとりもございまして、各都道府県とも若干の援助は都道府県で責任を持ってやるというようなことでございましたので、そういうことを含めまして六百四十二校指定したわけでございます。
 今予算の範囲内でどういうふうに執行するかというのは検討している最中でございますが、私どもでは各県五校分につきましてはかなり手厚くやりまして、それ以上の学校につきましては若干薄まきにせざるを得ないんじゃないかというふうに思っておりますが、都道府県教育委員会の方でしかるべき対応はするということをかなり多い実験校を申請してきました都道府県の教育委員会では言っておりますので、そういうことを含めまして何とか実験が支障なくできるだろうというふうに考えているところでございます。
#12
○森暢子君 それでは、次に移りますが、この五日制の中でいろいろと出た問題の中に、学校教育への過度の依存を持っている家庭、地域、そういう人たちの教育力を回復する契機ともなるということで、この五日制の意義をたくさん国民に周知徹底する必要があるのではないかということでございます。六月四日の文教委員会でも、お茶の水女子大教授の森隆夫氏が、やはり家庭と社会の教育の見直しというものや生活の見直しか大切であって、これはもう社会全体の問題であるし、あらゆる行政の協力が必要だというふうにおっしゃっておられました。そういう意味であります。けれども、やはり文部省としてある程度関係者の説明とかいろんなところにこの五日制の意義を周知徹底する、そういうことでその広報活動はどういうことを考えていらっしゃいますか、お聞きしたいと思います。
#13
○政府委員(坂元弘直君) 確かに御指摘のとおりに明治以来の枠組みを変えるわけでありますので、国民の理解と協力を得なければなかなかうまく定着しないというふうに私どもも考えております。
 そこで、私どもとしましては、今現在、あるいはさらにここ一、二カ月の間にやろうとしておることを簡単に申し上げますと、例えば文部省の定期刊行物、これは初等教育資料あるいは文部時報などでございますが、これで五日制の特集を組みまして、例えば初等教育資料では五月号で五日制の特集を組み、文部時報では七月号で座談会、解説等の五日制の特集を組んだところでございます。それから、政府広報番組の「あまから問答」、四月でございますが、大臣が出演して放送いたしました。それから、政府広報誌「フォト」でございますが、六月号でやはり大臣の対談を掲載いたしました。それから、政府広報誌「時の動き」六月号に学校五日制導入の趣旨等の解説を掲載いたしました。それから、六月放送の政府広報ラジオ番組「暮らしのマイク」で小学校課長が出演して放送をいたしました。それから、婦人誌でございますが、「主婦の友」、「主婦と生活」、「ショッピング」などで七月号で学校五日制の実施を既に広報済みでございます。文春の八月号で大臣の対談を掲載する予定でございます。それから、先ほど先生の御指摘におりました事例集を二冊発行したところでございます。
 さらに、私どもとしましては三月二十三日に都道府県教育長会議を開催いたしまして、そこで五日制の趣旨につきまして御説明し、三月二十六日に各省庁の官房長に対して官房長名で、五日制に伴って今後いろいろと各省庁に協力を求めることが多々あろうと思いますが、ひとつよろしくその際は御協力の方を要請しました。それから、三月三十日に社会教育団体へ説明会を文部本省でいたしました。それから四月十日、私学団体へ協力要請、四月二十一日、PTA団体へ協力要請、それから五月の末に学習塾関係団体、予備校の団体へ五日制の説明会をいたしましていろいろと協力を求めたところでございます。
 ただ、いずれにしましても、これは息の長い広報活動をしていかなければならないと思っておりますので、私どもとしましては、今後とも機会をつかまえて広報活動を続けていきたいというふうに考えております。
#14
○森暢子君 大変御努力なさっているということはよくわかります。
 次に移りますが、今ちょっとおっしゃいました中に、私学とか塾関係者、その方たちの理解と協力が必要であるということで、何か文部省は五月二十一日に塾団体の代表らとお会いになっているようですね。そのときも要請をなさっているようですが、そのあたりの辺を、その感触はどうだったかということを御報告願えたらと思います。
#15
○政府委員(坂元弘直君) 端的に申し上げますと、塾の関係者も五日制の意味、意義等については、私どもの我田引水かもしれませんけれども、この段階ではよく理解をしていただいたというふうに考えております。塾の関係者も、その五日制になる第二土曜日をターゲットにして何か動きを起こすということは絶対しないというようなことを表明いたしております。ただ、これが四週あるいは五週のうちの一回の土曜日でございますのでリズムがつかないわけですが、これが例えば月二回ということになりますと、一週の日曜日、二週の土日、三週の日曜日、それから四週の土日というのはある意味じゃ非常に勉強のリズムがつくわけでございまして、一回の段階でそう言ってくれたからといって安心はできないんじゃないかということで、私どもこれは非常に時間をかけて必要に応じて塾の関係者とはいろいろと意見交換をしていきたい、これからもずっと続けてまいりたいというふうに考えております。
 ただ、今の段階では大変感触としてはいい感触で理解を得られたというように私ども考えております。
#16
○森暢子君 これは朝日の五月二十二日の、新聞報道が正しいかどうかはよくわかりませんけれども、文部省側が過度な塾の運営について自粛してほしいというような要請を出しましたら、「過度、過度というだけでは角が立つ。どこまでいけば過度なのかデータを出してほしい」と、こういうふうな塾側の要請があったと。そうしますと、文部省のどなたかわかりませんが、我が子の例を持ち出されまして、週三回、夜十時過ぎまで我が子が塾通いをしているというようなことが出たとかいうことで、ちょっと新聞におもしろく書いているのかどうかわかりませんが、その辺のやっぱり取り組みがなかなか難しいんではないかと思うわけです。ですから、今おっしゃいましたように、やはりこの日にいらっしゃった十団体に入っていないところも大手進学塾の中には多いので、こうした塾に対しては今後必要に応じて順次話し合いをしていかなければいげないというふうなことを思っております。
 先日、いつだったか日本人学校のお話をいたしましたが、行ってみましたところのクアラルンプールでは、大手の日本の塾が十社ほどクアラルンプールまで進出していて、子供たちは日本の子供たちと同じように塾へ通っているし、オーストラリアのシドニーに行きましたら、先生、うちにも来ています、八社ぐらい来ているということで、世界に進出する壁体制が本当に学校五日制にどういうふうにかかわってくるのかというのは大変大切だと思うので、引き続きよろしくお願い申し上げたいと思います。
 次に文化庁に御質問したいと思いますが、五日制の実施に伴って休日となる土曜日の子供たちの過ごし方というのがいろいろと言われております。学校外の教育の場として社会教育施設の役割というのがますます重要になると思いますが、各地域にありますいろいろな有料施設を無料開放してはどうかというふうなことを感じております。その中に美術館、例えば東京国立美術館とか博物館とか、こういうところを土曜、日曜日を子供たちのために無料開放するというふうなことで、自由に子供たちが美術館や博物館で一日過ごせるとかそういうことがあったら大変いいんではないかということでお聞きしたいんです。
 例えば、東京国立博物館の小中学生の入館料が七十円なんですね。これを無料にするのはそれほど難しいことではないんではないか、こういうふうに思います。社会の受け皿整備の一環として国がまずそういう姿勢を示すというのが必要であろうかと思いますが、いろんな県では既にそういうことを取り組まれている県があるんです。茨城県の近代美術館はこの四月から小中学生の教育に美術館を利用する場合、入館料を無料にするとか、それから三重県とか東京の町田市立国際版画美術館とか、いろいろなところで、地方で始まっているので、ひとつ国の方でもぜひそういうことを考えていただきたいと思うんですが、文化庁いかがでしょうか。
#17
○政府委員(内田弘保君) 先生御指摘のように、学校週五日制の導入による休日の拡大を活用しまして、子供が美術館、博物館その他青少年施設、社会教育施設に行って一層これを積極的に利用し、またそこですぐれた芸術作品やいろいろな展示品に直接触れるということは大変意義のあることだと思っております。さきの青少年の学校外活動の充実に関する調査研究協力者会議でも、審議のまとめでこのような観点から地域における博物館、美術館などの無料開放の検討について提言されているところです。
 ただいま先生御指摘の国立の博物館、美術館につきましては、それぞれ設置目的に応じた全国的な施設となっておりますし、また大規模な特別展等の開催もございます。さらに、既にそれぞれの館では月一回あるいは特定の祝日に無料公開を行っているという現状でございます。我々としては、当面これらの美術館、博物館では他の施設のモデルとなるような子供のためのプログラムの開発とかあるいはその実施をお願いしようと思っておりまして、例えば入門教室あるいは子供向けの解説など、それぞれ館の特色を生かしたものを打ち出してほしいということで現在検討を進めているところでございます。
 なお、都道府県段階では、今先生おっしゃいましたものを含めまして、現在何らかの形で無料化を実施している県が十二県、検討中の県が十六県あるというふうに承知しているところです。
 いずれにしても、この学校五日制の休日拡大を利用しまして子供たちに本当にいろいろな体験をしていただくために、私どもとしては博物館、美術館のみならず、国立の青年の家あるいは少年自然の家等においてそれぞれの特色を生かしたいいプログラムができないかということで全力を挙げているところでございます。
#18
○政府委員(吉田茂君) 御指摘の点は生涯学習局長から御答弁申し上げたとおりでございます。
 文化庁といたしましては、本当の意味で子供たちの興味、関心を養うというために、例えば学芸員などの指導のもとに対象の作品や展示物について説明を聞いていただく、あるいは見学のマナーを養うというような鑑賞ないし体験学習といったものを行うのが大変効果的であるというふうに考えておりまして、現在こうした方向で子供向けの科学教室であるとか、あるいは美術鑑賞教室であるとか、これらの事業の実施につきましてそれぞれの美術館、博物館と相談をいたしながら検討しているところでございます。大枠の問題といたしましては、ただいま生涯学習局長が御答弁申し上げた中の一環として検討している次第でございます。
#19
○森暢子君 美術ドキュメンクリストの中島さんという方が、「美術館は法的には本来、無料のはずなのに、日本ではいつの間にか料金を上げていく伝統ができてしまった」というふうな指摘もございます。もう皆さん方も御存じのように、欧米を旅行いたしますと、イギリスの大英博物館も、そしてロンドンのナショナル・ギャラリーとかドイツのミュンヘンの美術館とか、アメリカでもワシントンのナショナル・ギャラリーとか、そういうところが大体無料で皆さんが自由に見られるようになっているわけです。そういう意味で、経済優先ではなくて心の豊かさをこれから日本の生きる方向にしていこうという時代の学校五日制でありますので、文化的な面で子供が手軽に触れる場所、そういう環境をつくれるところからぜひつくっていっていただきたい、このように要望しておきます。
 次に、去る五月二十二日に小学校で英語教育を実践する研究開発校が指定されました。大変少ないんですけれども、三校ですか、指定されましたが、そのねらい及び概要についてお知らせ願いたいと思います。
#20
○政府委員(坂元弘直君) 私どもは、研究開発学校制度としまして、小中高等学校の教育課程のいわゆる基準、学習指導要領を改訂する場合に、それに資する実証的な資料を得るために現行の教育課程の基準によらない教育課程の編成、実施を認めまして、新しい教育課程、指導方法の実践研究を行ってきております。平成四年度、本年度は継続十二校、これは前年度よりの継続でございます、それから新規校十一校、計二十三校の研究を委嘱したところでございます。その新しく研究委嘱いたしました十一校の中に、大阪市の小学校二校とその小学校を通学区域とします中学校一校が連携しまして、国際理解教育の一環として英語教育をテーマとした研究をしてみたいという希望がございましたので、教育研究開発企画評価協力者会議というところで審査していただきまして指定することとしたわけでございます。
 この小学校では、国際理解教育の一環として、四年生、五年牛六年生で英語学習を行うとともに、全学年を通じまして英語に親しむさまざまな活動を行う計画でございます。そこで、現在、二学期からこれを実施するということになっておりまして、どういうやり方でやるかということを小学校、中学校でいろいろ検討しているところでございます。
 小学校におきます英語教育をやるべきかどうか、それから国際化への対応のあり方をどうするかという、基本的にそういう問題は教育課程審議会において審議されるものではございますけれども、この研究開発校の研究は、教育課程審議会がその基準を審議する場合の実証的な資料を提供してもらえるということでお願いしたものでございます。英語教育につきましては、政府の行革審におきましても、授業までやれというふうには踏み込んではおりませんけれども、課外活動などで積極的に英語教育、小学校のときからそういうことをエンカレッジした方がいいんではないかというような意見も既に政府に答申として出ておりますし、また、いろんな各界から、小学校から英語を教えるべきだ、会話を、オーラルコミュニケーションを中心にしたそういう会話を教えるべきだというような意見も出されているところでございます。
 ただ一方で、やはり小学校の段階ではまず日本語をマスターしてから英語に入るべきではないかという意見もかなり根強くございます。そういうこともありますので、まず積極的に大阪の小学校二校、中学校一校が連携してこの問題について取り組んでみたいという申し入れがございましたので、先ほど申し上げました実証的な資料を得るために研究をお願いしたところでございます。概要は、小学校四年生では年間十五時間、五、六年生は年間七十時間、そしてそれらの英語教育を受けた子供が中学に来た場合にどういう英語を中学校で教えていくかというようなことを研究してもらうということになっているところでございます。
#21
○森暢子君 私どももずっと英語教育を受けてきたのでありますけれども、日本の英語教育は会話面で問題があるというふうにずっと言われているわけです。そういうときに、小学校から英語教育を取り入れまして、そして受験のための教育ではない国際化の時代に合う生活英語の教育、これを小学校から行うということについては大変意義が。あるというふうに思います。大臣、いかがでしょうか、このことにつきまして。
#22
○国務大臣(鳩山邦夫君) 今回の大阪での趣旨については初中局長が御答弁を既にさせていただいたとおりでございますが、小学生に英語を教えるメリットというものは、今まさに森先生が御指摘の点、その点を除いたら私はメリットがないと思うんです。つまり、妙な言い方かもしれませんが、難しい英語を何とか読むことができるかどうかというようなことであれば中学から開始される今のような英語のシステムで私は十二分だろうと思っております。
 しかし、私自身もいろいろ経験しておりますように、残念ながら日常的な生活をアメリカで行うときにはいろいろな不便があって、なかなか耳の方がついていかない。耳と口の方に難点があって目と手の方は何とかなるがというのが実態だろうと思うわけで、そういう意味ではこれから本当の国際社会に出ていく将来の日本の大人たち、今の子供たちがどういう英語を身につけることが必要であるかといえば、それはまさに耳で聞く問題であり口でしゃべる問題であろうと思うわけです。
 私の行きました小学校では週一時間だったか、四年生から英語があったわけであります。そこでは単語を随分教えてくれました。これは何ですか、これは何とかです。そこに何がありますか、何があります。そういうのはやりました。しかし、それはほとんど意味がなかった。単に単語を教える、文法の基礎中の基礎を、アイ・アム・ア・ボーイを教えても、それはもう中学一年からでいいわけであって、そうじゃない、本当に外国で生活する場合に必要な英語、あるいはそういうところで英語の発言を聞き取ることができるかどうか、これがすべてだと思いますので、その辺を中心に考えますと、その指導方法というのは具体的に相当研究しないといいものが出てこないのではないか、そんなふうに感じます。
#23
○森暢子君 それにつけましても、これだけ国際化の中でいろいろと英語教育も小学校から取り入れるというふうな中で、学習指導要領の見直しか十年に一回、こういうふうに済ましている状況ではないんではないかというふうに痛感しているわけであります。それでこれをちょっと言ったわけでございます。
 そういう中で指導要領を変えるということは、前回の改訂では教育課程審議会への諮問から学習指導要領の告示まで足かけ四年かかったわけですね。その後学校種別に数年の準備期間があるわけですね。そういうふうなことを考えておりますと、指導要領を変えるまでに大変長い時間を要する、しかし時代はどんどんと新しくなっていくということで、今もう済ましたからまた次の機会にと言っていたんでは、将来的にはこの月一回の学校五日制は月二回、そして完全学校五日というふうになっていく中で、指導要領だけが今までどおりで、では現場はどうなるかということなんです。
 それで、現場の中では、もし時間数が減りますと、やっぱりゆとりの時間であるとか特別教育活動をカットしてその時間を授業に充てるという埋め合わせも必要になってきますし、また、今言った英語教育であるとかそれから環境、これからは環境の問題はぜひ学校でも入れていただきたい内容ですし、そういうものをどうやって入れていくかという大変な問題になってくるんです。ですから、学習指導要領を早く考え直さないともう追いつけないというのが事実ではないか、このように思います。
 それから、この中をいろいろと見せていただきました、この実験校のことや「解説と事例集」。実験校の先生方が大変苦労なさっていろいろな地域の人たちと一緒にいろんな行事やボランティア活動を組んでいろいろとなさっているのがわかるんですね。これだけしようと思ったら、また大変な労力が要るんです。
 その中で、ちょっと岡山のことを言って失礼なんですけれども、この文部省からいただいた刊行についてのコメントが一枚載っておりまして、その中に岡山県の川上町という、田舎ですけれども、ここはどういうことを始めたかといいますと、調査開始当初は受け皿は何もつくらなかった、何もなしで始めたんですね。それで、ただ子供たちに、ここは月二回していますから、はい月二回お休みですよということで始めたんですね。子供たちも休みだということで自由にしていた。ところが、だんだんしているうちに、保護者や地域住民の方々から何かできないかという話が広がったんです。子供は休みになっているけれども、大人たち何か地域でできないかということで、商工会の青年部とか老人会とか婦人会とか、そういう人たちが中心になって、その人たちから始まっていって、石けんづくりとかケーキづくりとかいうふうなものが始まっていったということなんです。そして、そうこうするうちに、町内の小さな企業が月一回土曜日を休みにしようということになってきたというふうな取り組みもあるわけです。
 ですから、この五日制の中で土曜日をどうするかというのを余り学校が先生方に負担をかけますと、それはもう教えなきゃいけないものは今までどおりいっぱいある、それでいながら子供たちの土曜日のことまで考えなきゃいけない、この現場の先生たちの対応というのは、今でさえもうみんな大変なんですね。そういうことで、この学習指導要領、教育課程の全面的な見直し、これに早急に取りかからないと間に合わない、こういうことを思いますが、いかがでしょうか、お話を伺います。
#24
○国務大臣(鳩山邦夫君) 学習指導要領につきましては、猫の目のように変わってはいけないといういわば法的安定性の問題がございましょう。しかし、時代に見合って変わっていかなければならないという二つの側面がありまして、その調和のポイントというのがどこにあるかを探るというのは非常に難しいことだろうと思っております。
 ただ、時代はめぐる、国際環境も変わる、そして学校五日制を導入すると、いろいろと目まぐるしい動きがある中で、森先生御指摘のとおり、確かに先ほどの先生のスケジュールを私に当てはめてみると、八年前に文部政務次官になって、八年前ですからまだ私自身も三十五歳でしたから髪の毛ももう少し多かったし、腹ももっとスマートだった。そのころに教育課程審議会をやっていますね。そこからでき上がったものがまだ来年から中学、そして再来年が高校なんですから、随分時間がかかっとるなというのも事実なんですが、その辺の調和点というのをどう求めていくかはこれから研究していかなくちゃならないと思っております。
 また、五日制との絡みで言えば、月二回ぐらいまでは現在の学習指導要領で、あとは工夫をしていけば何とかできるのではないだろうか。これも六百四十二校の調査研究協力校の中で、授業時数を減らさないようにして行うケースと、完全に減らしちゃって行うケースと、半分ぐらい補ってやるケースと、いろいろな実験をお願いいたしておりますので、それらの結果も待ちたいとは思っております。
 なお、このような政治状況の中で、国会議員としての本来の責務はやはり審議をすることだろうと思いまして、きょうのような参議院の文教委員会をお開きいただいて、社会党の先生方にも御参加いただいたことに厚く御礼申し上げます。
#25
○森暢子君 終わります。
#26
○会田長栄君 会田であります。どうぞよろしくお願いします。
 今の問題と関連をいたしまして、文部大臣、実は前回学校五日制の問題について参考人から貴重な御意見を聞きました。しかし、私はつくづく考えたのは、非常に参考人の先生方は柔軟対応なんですね、現場における柔軟対応。今、文部大臣からお聞きして、なるほど時代の変化とかあるいは社会の現状とかいあるいは学習指導要領も猫の目のように変えるわけにはいかぬ、こういう問題も両方何となくわかるんです。しかし、私はここで参考人の先生方の意見を聞いて、ひとつやっぱり文部省が柔軟にならなければいけないのは学習指導要領の拘束性という問題なんです。ここのところをもう少し弾力的に現場は校長を中心として扱ってよろしいとなったら違ってくるんです。これは間達いないんです。ところが、そこのところがどうしても出てこないものだから、やりくりに大変な状況になっているということなんですね。しかし、きょうはこの学習指導要領の拘束性の問題、ぜひ外してほしいなんという質問をする予定でありませんでしたから、そのことだけ、非常に大事なところなんで、私は意見としてきょうは申し上げておきたいと思います。
 きょう、一つは、平成五年度の教育予算の編成時期が間もなくやってまいります。大蔵省が概算要求基準というのを六月末に示しまして、文部省はこの概算基準に基づきまして七月末から具体的な編成作業に入るように出ると私は聞いています。したがって、前回の文教委員会と関連をいたしまして、国の一般会計に占める教育予算の割合の点からいきまして、平成三年度まではこの調子だというとこれは六%まで下がってしまうぞと。それは文部省自身がいろんな基金会計をつくったり特別会計をつくったりして努力していることはよくわかります。その点では敬意を表します。しかし、この調子では六%台に下がってしまうという危機感から、私はここ三年言い続けているんです。平成四年度になって何とかここに歯どめがかかったという気がするんですね。六%に入るんだと思ったら入らないで、七・幾らから伸びてきた。少してありますが伸びてきた。私は歯どめがかかったと見ているんです。歯どめがかかった年が一番大事なんですね。
 これは私の同僚の小林さんも予算委員会で質問をして、いわゆるゼロシーリングの中で一体何が最も今日大事だと言われながら政策的に弱さをあらわしているかといえば、それは文教予算だということを、端的に総理も、これはゼロシーリングの中でメリットもあったけれどもデメリットもあると、そのデメリットはまさしく教育予算だと言わんばかりに、みずから率直に答えてくれたんです。率直に答えてくれるというのは私は敬意を表するんです。それはなぜかといったら、このままいったら大変になりますから。そこで、いよいよ大蔵省が概算要求基準というものを示していくという、まさしくまた出てくるであろうゼロシーリングという問題についで一体どう我々は挑戦していくべきなのかというのが気になっている一つであります。
 これ以上いったら文部省の教育予算というのはもう硬直化しているということしかないと思うんです。したがって、その中で何とか一歩一歩切り開いていこうと芸術文化振興基金とかスポーツ振興基金とか、あるいは今度の国会の中で決まりました国立学校の特別会計財務センター、特別施設整備資金、こういったものが出てきたんだろうと思うが、これだけでは私は必ず壁に実き当たる、こう思うから、非常にこの教育予算の硬直化している問題について、文部省はどのような検討をしてこのシーリングの問題を突破していくかということについての見解をお聞きしたいんです。
#27
○国務大臣(鳩山邦夫君) 私も文部大臣にさせていただいてから今日まで、衆参の文教委員会あるいは予算委員会等で、予算のことには皆様方に御答弁をするだけでなくて、諸先生方に一緒に闘っていただきたいとお願いを続けてまいったわけで、小林先生の参議院予算委員会での御質問に対する、今会田先生から御指摘のあった総理答弁も引き出すことができたわけであります。いつもお答え申し上げてまいりましたのは、このような予算の仕組みがずっと続いていけば、文部省予算の人件費比率はますます高まって、いわば政策経費としての物件費、これがゼロに限りなく近づいてしまいますよ、これは教育行政の破壊につながるということを申し続けてまいりました。
 もちろん、文部省の人件費というのはやや政策的な意味合いも含んだそういう経費もあることにはあるわけではありますが、余りにも使える物件費が少ない。昭和五十六年のマイナスシーリングが始まる以前に一兆六千億円あった物件費が、いわば物件費というのか、文部省の政策的な考慮のもとに使うことができるお金と考えていただいても結構ですが、それが現在一兆円あるかどうかという水準にまで落ち込んでしまっておる。これは確かに硬直化であることは間違いないわけです。この硬直化という言葉を使うと、何か文部省が努力をしなかったことのように響くので、そういう言葉は私は好きではありませんが、文部省がどんなに努力しても、国の財政再建路線の中で他省庁との関係もあり、やむなくこういうような状態を続けざるを得なかったというのが実態だろう。
 シーリング外しというのが私どもの一番大きな夢であります。昨日の自民党での文教部会の中で、鳩山さん、あなたもいつも演説しておるだろう、人づくりにシーリングをかけるなどというのはけしからぬことだというような意見発表を随分していただきました。全くそのとおりなのではありますが、それでは今直ちに平成五年度予算からシーリングを文部省は外していただこうというほど状況が甘くないことは諸先生方もよく御承知のとおりで、平成四年度の、今年度の予算についてもいろんなお願いをしていろいろなところにほんのわずかであるが幾つか風穴があいたことが、会田先生御指摘の底は打ったかな、六%台には転落しないで七%台でちょっと上向きになったなとおっしゃっている点だろうと思います。
 ですから、その次の年が大事だという先生の御指摘、全く同じなんです。こう戻ったところがまたこう下がっちゃったらいけないんで、この上昇カーブを続けていくということが非常に大切でございますので、どういう工夫をこの平成五年度予算に向けて凝らしていくことができるか、政府がそれを認めてくれるかということで、今会計課を中心に文部省も大蔵省と懸命に折衝いたしておりますし、私も会うたびごとに大蔵大臣にはお願いを続けているところでございます。
#28
○会田長栄君 そのようにお願いしておきたいと思いますし、これは大臣以下の文部省当局だけというのでなくて、文教委員会もみずからそういうところで汗をかかぬといかぬと言って前回申し上げていたところでありますから、国会は間もなく終わってしまいますから、どうぞ文教委員長、繰り返しませんが、お願いしておきます。これは早く結論を出さないとどうもぐあい悪い、こう思っていますから、それは時間の関係上きわりませんけれども、再度お願いしておきます。
#29
○委員長(大木浩君) 理事会等で鋭意検討しておりますので、御了承願います。
#30
○会田長栄君 結論出なければ間に合わないから、そこのところは結論を出してひとつやってほしい。それはやらぬ方が予算が上向きになるというなら、私は我慢していますけれども、そうではない。こういうチャンスというのはそんなに私はめぐってこないと思うからお聞きしているんです。
 それからもう一つ、具体的に聞くのは、国立大学の教育研究費、教育費、研究費、この問題について随分ここでも議論になりました。このままでは大変な状況になってしまうという、いわゆる国立大学の教育研究の根幹になる基幹的教育研究経費、教官・学生当たり積算校費、通称当たり校費と言うんだそうでありますが、この問題というのも非常に今日の状況を特徴的にあらわしています。
 この点では、今日この百二十三国会というのは国際貢献、国際貢献という名では大変なものです。国際貢献に反対する者は一人もいない。ただと、こうなるだけであります。そうすると、この国際貢献の中で最も大きな役割を、我が国も同様にプラスになるし開発途上国もプラスになるというのは、何としてもこの国立大学、私立大学を含めて科学技術、こういったものに力を入れて、そのことを国際貢献に私は反映させていかなければいけないんじゃないか、こう思っているからこの問題を聞いているんです。この点、具体的にひとつ、先ほど大臣答弁がありましたとおり、心にとめておいていただいて、ぜひ努力してほしい、こう思います。
 それから二番目にお聞きしたいのは、文部省は四月十四日に、学識者や学校関係者による教職員定数の在り方に関する調査研究協力者会議を発足させました。私は、一年の休みもなく、この教職員の定数改善というのは教育の質的向上に大いに役立つので休まないでやってほしいと言い続けてきましたが、昨年一年間は調査研究の期間に当てられました。したがって、その点で二つだけお聞きいたします。
 この協力者会議で、いわゆる学級編制、学級規模あるいは教職員の定数増についてそれぞれの教育団体からヒアリングをしたと聞いております。それぞれの団体の中で今教育関係者の、学識経験者も含めて共通的な意見となっている問題は何であるかということをひとつ聞かせてほしい。
#31
○政府委員(遠山敦子君) 教職員定数の在り方に関する調査研究協力者会議、四月に発足いたしまして、今鋭意御検討を続けていただいております。その御検討の資料にしていただくために教育関係団体からヒアリングを行ったことは確かでございます。十八団体に及ぶさまざまな団体から御意見を伺ったところでございます。
 その各団体に共通的なものとしてどんなことがということでございますが、さまざまな御意見がありましたので、なかなか集約することは難しい面もあるわけでございますが、ある程度の意見のまとまりをもって御要望いただいた点について二、三だけ御紹介させていただきます。
 まず一つ、学級編制に関しましては、総じて現行のままでよいとする意見が多く、一律に標準を引き下げるとの意見は少数でございました。
 また、教員配置につきましては、チームティーチングでありますとかグループ指導等の指導方法が工夫できる教員配置についての要望が多くございましたし、また、生徒指導の関係、あるいは外国人子女の日本語指導等のための教員配置、通級指導についても制度化された場合には教員配置についての要望が強かったとも記憶いたしております。
 このほか、学校を構成する幾つかの職種の充実につきましても御意見があったわけでございます。
 また、公立高等学校につきましては、普通科等におきます四十人学級の実施についても要望があったというところが大まかに言いまして共通的な御要望であろうかと言えると思います。
#32
○会田長栄君 このそれぞれのヒアリングの中で一つだけ確かめておきたいのは、定数改善は中長期的に不可欠であるというような御意見というのは強くそれぞれの団体から出されたということをお聞きしているんですが、それはそのとおりでございますか。
#33
○政府委員(遠山敦子君) さまざまな団体から御意見を伺いました。そのいずれもが、やはりこの面についての御要望が強かったということは言えると思います。
#34
○会田長栄君 それでは、田舎の学校の具体的なことをちょっと参考にお聞きします。
 例えば高等学校め定数。まだ東北地方には高等学校の分校があるんですね。本校があり分校がある。その分校の生徒数というのは大体一学年二学級で大学級、教職員二十人、こういうところで運営されているんです。しかし、今の定数法の中では、分校なるがゆえに事務職員も養護教諭も配置されないんです。体のでかいのが二百四十人いても、分校なるがゆえに配置されない。こういう点は柔軟に対応しても大蔵省はとかくやかましく言うんですか。その辺どうですか。
#35
○政府委員(遠山敦子君) 高等学校の場合には、予算措置につきましては、義務教育の段階とは違いますので、また別途の地方財政当局との折衝というものが必要になろうかと思うわけでございます。
 今のお話のようなことも含めまして、主として義務教育段階ではございますけれども、やはり僻地の学校の教職員の定数配置の問題等につきましてはさまざまな御意見を伺っているところでございまして、このヒアリングそのものはこれからの協力者会議の御意見の集約に向けて参考にさせていただきたいと思っているところでございます。
#36
○会田長栄君 それでは、その次に日本体育・学校健康センター、通称センターの災害共済給付に関連をすることについて幾つかお考えをお聞かせ願いたい、こう思います。
 その一つは、センターの死亡、障害見舞い金額が今年度の四月一日より引き上げられました。その中で供花料は据え置きになりました。
 供花料について、センターの支給基準では、学校管理下における死亡で損害賠償の責めに任ずる者から損害賠償金が支払われたこと等により死亡見舞い金の支給が行われない者について供花料を支給することになっております。例えば、通学中の交通事故により死亡し、加害者から賠償を受けた場合などに供花料が支給されます。従来からの考え方は、管理下でありながら見舞い金が出ないので、そのかわりに供花料ぐらいは支給したらどうかということで始まったと思います。本来、学校の管理下での死亡事故であれば見舞い金の支給に関係なくすべての事故に供花料を支給するべきと考えますが、この問題についてどのようなお考えをお持ちでしょうか。
 それから、供花料が昭和五十四年以降据え置かれている、そのことについて簡潔でよろしゅうございますからお考えを聞かせてください。
#37
○政府委員(逸見博昌君) 先生御承知かと思いますが、災害共済給付制度は、これは学校教育の円滑な実施に資することを目的といたしまして、学校の管理下における児童生徒等の災害等に対して、死亡見舞い金、障害見舞い金等を支給するため、国と地方公共団体と保護者の三者が財源を負担いたしますいわゆる互助共済制度でございます。
 そこで、今先生結論もおっしゃったわけでございますが、現在では、例えば児童生徒が交通事故で死亡したという場合でありましても、例えば自動車事故等でその責任のある者から損害賠償金が支払われたというふうなことになりますとセンターからは見舞い金が支給されません。そういった方々に対して供花料三万円を支給するということになっています。これは、掛金を払っていながらセンターから死亡見舞い金が支給されないのはちょっと情に忍びない、お見舞いの気持ちが必要ではないか、こういうふうなことから差し上げておるものでございます。
 そして、今申し上げましたとおり、生花代といたしまして現在は昭和五十四年以来供花料三万円となっております。私は、現在のさまざまの諸物価等、そして私どもが普通見かけます仏前に供えます花代、そういったものを見ました場合に、これはそれほど常識を外れた線じゃなく、一つの合理的な額ではないかと思っておるところでございます。
#38
○会田長栄君 それでは、時間の関係あります、短く言いますからどうぞお願いします。
 前歯一本というのは実際は今補償されないんですね。ところが、学校の中での事故というのは前歯一本というのは意外に多いんです。だから、この前歯一本というのにも私は補償すべきではないのか、こう思いますが、そういう検討をされていますか。
#39
○政府委員(逸見博昌君) 現在の制度上は実は三本以上の歯に歯科補綴を加えたもの、これを災害の対象とするということになっているわけでございます。これは十四級と扱いまして、四十九万円の見舞い金を支給する、こういったことになっております。これは労働者災害補償保険法、私どもやっておりますセンターのものよりも親分になります法律がございまして、それに基づいて、それに準拠しながら制度をつくってある、こういったことでございます。等級表上の文言、これは労災法と同じでございますけれども、実は学校の子供たちについては、幼時から歯を失うということは大変気の壽であるということでその取り扱いを若干緩和いたしておりまして、労働者災害補償法の厳密な適用の場合よりも要件を緩和し、例えば前歯につきましては、上下四本ずつ八本につきましては、これは二本欠損いたした場合でも十四級の障害見舞い金を支給する、こういった運用を実は現在とっておるところでございます。
 それじゃ、これを一本の場合にもできないかということでございますが、これにつきましては、今申し上げましたいわゆる基本となる労災法、これを初めといたします他の法律との均衡の問題がございます。この制度だけを特段に取り上げてよくする、まだ労災法の場合には三本ということで運用しておられますので、そういった地法の均衡の問題があるということ。それから、今申し上げました第十四級という障害の程度、この中には歯を三本、その他さまざまな障害の程度のものが書いてあります。これらとの均衡もございまして、今にわかに一本のものを対象とするということを進めるのは大変難しい、そんな状況であろうと思っております。一本の方でも補償できればなというふうな気もいたしますけれども、大きな制度全体の中での仕組みになっておりまして、一気にこれを正すことは大変難しい、そんな状況であろうかと思います。
#40
○会田長栄君 歯の障害で全体の障害の割合からいうと、一本、二本、三本以上、こういうふうになるでしょう。そうすると、大体おおよそは二本以下なんです。だから、本来は歯の一本というのは非常に大事なんです、学校は今運動が激しくなってきていますからね。そういう意味じゃ、なかなかできないというんでなくて、これは前向きに検討してこたえていくというようなことに頭を使ってもらいたい、こう思うんです。いかがですか、できませんでなくて。多くなってきているんです。
#41
○政府委員(逸見博昌君) 先生御指摘のとおり、障害見舞い金の支給件数一千四十六件中、歯にかかわるものが実は五百十六件、大変多うございます。そして、一本でも認めるということになりますと、これはもっとぐっと数がふえてまいります。これは、今申し上げたように、他の制度との均衡の問題があるということで、ほかの制度へ働きかけながらこの制度を動かしていくという必要がございますから、それが一つ難しい点。
 それからもう一つ、これは例えば、その数を申すのは私は本当は控えたい気持ちでございますけれども、万一一本の歯のケースを認めますと、約三千件、ぐっとふえる、こんなことでございまして、予算的にも十数億、ぐっと一気にふえるということでございます。そんなこともございまして、今にわかに先生の御要望どおりやりましょうということは申し上げられませんが、将来の課題としては受けとめさせていただきたいと思います。
#42
○会田長栄君 歯の障害をこうむった者が全体の九割いて、実際歯の障害で見舞い金を受けているのは一割しかいませんというのは、前向きに検討していかなければ、それは私は誠意あるとは思いません。三本以上の一割の人に見舞い金を上げますが、二本以下はお金がかかるから仕方ないんではないかと。今度のけがは三本以上にするかとか二本以下にするかなんというわけにはいかないんですね。だから、全体数の多いところをやっぱり平均的に基準にして見舞い金を出すなら出すというのが一番これは法の精神にかなったものなんですから、金が大変だと言ってしまえばそれまでですから、その点はこれからひとつ検討してください。いろいろとまたお聞きします。よろしくお願いしておきます。
 それから、もう一つだけこの問題に関連をしてお聞きしておきますが、これは四月より死亡、障害見舞い金が引き上げられました。そこで見舞い金についてお伺いいたします。
 これまでに見舞い金の改定が行われ、その都度見舞い金額が引き上げられてきましたが、見舞い金額の設定は何を根拠にしてはじいているんでしょうかということが一つ。
 それから、以前この国会の中の学校災害に関する小委員会、昭和五十二年、木島喜兵衛委員長のときです。当時の日本学校安全会理事長渋谷敬三氏が参考人として呼ばれて、参考人は、予防接種法に基づく死亡一時金、障害年金が新しい目標の一つと考えると述べられていました。現在の予防接種法の死亡一時金は千九百二十万円だと思います。センターは死亡見舞い金は四月一日から値上がりしまして千七百万円。これは同じ学校行事の中でやることでございますから、これをどのように考えたらいいんでしょうか。これは教えてください。これは厚生省ですね。
#43
○政府委員(逸見博昌君) 現在、私どもの死亡見舞い金額の決定の方法でございますが、先ほど先生が御指摘のとおり、予防接種健康被害者救済制度、これの死亡一時金の水準、これを一つの目安といたしまして、物価上昇、経済社会状況の変化、そういった諸般の状況を考えながら決定していこうということを基本町な構えといたしております。今回の死亡見舞い金の改定、御指摘のとおり、昭和六十一年度に千四百万にいたしたものを平成四年度から千七百万ということで三百万円のアップをいたしたところでございます。
 どうしてこのような額にしたかということでございますが、実は昭和六十一年、千四百万と上げた当時の予防接種法の死亡一時金の額が千七百万円でございました。ということで、今回予防接種法に基づきます死亡一時金、これが二千五十万円。先生の御指摘よりちょっと新しくふえております、平成四年度から二千五十万円に上がっております。ということで、これとの間差額を昭和六十一年当時と少なくとも等しい額は保ちたいということで、先ほど申し上げましたとおり、予防接種健康被害者救済制度、それを基準として持っていこうということが背景にあるものですから、そういったことで、昭和六十一年当時の間差額は、その後、予防接種がぐんぐんと上がったわけでございます。二千五十万円に千七百万からなったわけでございますが、こちらの方の死亡見舞い金につきましても三百万円上げて間差額を三百万円とした、こんなことが状況でございます。
#44
○説明員(堺宣道君) 予防接種法に基づきまして、予防接種により健康被害を受けた場合には国家補償的精神に基づいて救済を行い、障害年金あるいは死亡一時金などを支給しているわけでございます。これらの額は予防接種法の施行令で定められまして、毎年引き上げられているところでございます。
 そこで、ただいま御議論のございました死亡一時金の額についてでございますが、障害年金一級の額に百分の七十を掛けた額の十年分として予算上算定しておりまして、その百分の七十という内訳は、厚生年金保険法の遺族年金の支給率の百分の五十に、本制度の特殊性を考慮して百分の二十の特別の見舞い金的性質の付加的給付を加えたものでございます。それによりまして、ただいま局長の方から御答弁されましたように、現在二千五十万円というふうになっております。
#45
○会田長栄君 大臣、お聞きのとおりです。子供は学校管理下です。予防接種、あるいは死亡見舞い金が出る。ところが二千五十万と千七百万、これだけの差があります。これは今後研究していかなければならないこと。ではないか。出発時点が違っていましたから今もまた違ってもやむを得ないんですというのも一つの理屈。しかし、同じ学校管理下で死亡した場合の見舞い金なんでありますから、これは今後整合性を私は持たせていかなければならないんではないかと思うんですが、その点について御見解があったら聞かせてください。まず大臣に聞いてみます。
#46
○国務大臣(鳩山邦夫君) 私への会田先生からの質問の御通告はありませんでしたので……。
#47
○会田長栄君 いや、今お話を聞いていた感想でいいですから。
#48
○国務大臣(鳩山邦夫君) ですから、私自身が十分勉強しているわけではありませんが、予防接種被害の救済制度というその場合の死亡一時金を従来から参考としてきたという経緯は承知をいたしておるわけでございます。
 ただ、そういう予防接種のようなことで亡くなられた場合と、先ほどから御議論になっているような場合で、さまざまな事故で亡くなられたということは非常に似ているわけでありますが、全く同じとも思えない部分がありまして、まあどういうものでしょうか、これは同じぐらいの水準にあればいいなと私は思いますけれども、お話を承っておって、それはできるだけ手厚い方がよろしいなとは思うわけですけれども、日本体育・学校健康センターのこの制度も、当然、さまざまな拠出があって、国庫補助があって、予算というものもあって成り立っている制度でございますから、この程度の若干の乖離があるのはやむを得ないんで、その乖離が大きいか小さいかというのは、もうちょっとよく勉強してみないと私は何とも申し上げられないと思います。
#49
○会田長栄君 局長、これは現場が悩むんですよ。そうでしょう。遠足に連れていって事故が起きて亡くなった。それで、おたくは千七百万です。片方は予防接種して亡くなりました。おたくは――私は千九百二十万だと思っていたら勉強不足でした。二千五十万に値上がりしたというから、二千五十万ですというと、それは学校だから当然そういう話が話題になるんですね。そういう御意見もこのごろ多く出ているということをひとつ耳に入れておいてください。よろしくお願いいたします。
 最後でおります。今四分しかありません。私は一分じゃべります。文部大臣に三分じゃべってもらいます。
 それは、六月十六日に閣議があって、この閣議が終わった後で文部大臣が記者会見をしました。もちろん、その記者会見で出されて、今私が質問するのは、PKO協力法について話題にする際にも、先生が、軍隊を外国に送るとか憲法を破る行為などという間違ったことが流布されないようにしなくてはならないと教室での教え方に懸念を示し、丁寧に説明する必要があると言って、各都道府県の教育委員会の担当者を集めて、どのように一体扱っていったちいいのかいれゆる指導するということを申し上げられたそうです。
 なかなかこれは、我が参議院も昨年からことしにかけてついぞこの問題について有権解釈できないまま議長預かりになっているんです。これは残念ながら議長預かりなんですよ。私どもは、憲法上この問題をどのように一体国会が判断したらいいのか明確にする必要があるということなんだけれども、議長にそのことを求めたら、議長は議運に諮った、議運でその議論をしたら議運でも結論が出ない。したがって、今なおこの平和協力法案についての有権解釈というのは参議院はなされないままになっている、ここが非常に難しいところなんですね。したがって、一体現場でどのように指導しろという考え方があってこのようなことを申し上げられたのか、率直に聞かせてほしい。
#50
○国務大臣(鳩山邦夫君) 実は閣議の中で、PKOというものが案外まだ中身を国民が知っていないのではないかというような話が幾つか出ました。私もみずからの経験に照らして全く同様に感じておりまして、国会でこれだけの議論をいたしておりまして、自民、公明、民社の賛成の立場からのさまざまな御発言や、あるいはもちろん社会党、共産党、連合の皆様方の反対の御意見とか、テレビでも新聞でもこれだけの報道量があるにもかかわらず、PKOって何だというと、世論調査で賛成、反対を問えばみんな答えていますけれども、意外と知られていないという部分が私はあるように思えてなりません。これは日本人の政治への関心の持ち方の問題がなと思うこともありますし、あるいはいろいろな報道が難し過ぎてかえってわからないというようなこともあったのかもしれません。そういう中で、PKOについて来年から使われる中学校の教科書がさまざまに記述をいたしておるわけであります。さまざまな記述をいたしておりますから、来年から中学校では当然教科書上もPKOという文字が出てくるわけで、これは幾つかの教科書を見ております。現在、採択の大詰めでございますから、私がどこの教科書、どこの会社がどんなことを書いているということを言うべきではないと思います。
 少なくとも、まあ書き方もさまざまでございまして、例えば、武力行使を目的としない人材を派遣するなど国連への協力の視点からPKOということを整備しなくてはならない、そうしないと日本は国際社会の中で信頼感を保つことができないというような書き方もございます。日本が世界平和に責任を果たすために憲法前文や第九条に反しないあり方により国連のPKOに参加する道も模索されているとか、あるいは客観的にこういうPKOというものがありますという書き方とか、あるいは国連平和維持活動の一環として自衛隊を海外へ派遣する動きに対して日本に不信感を抱く国もある現状も直視して、アジア諸国との一層の平和友好関係を築くことが望まれます、これは実は歴史なんですが、いろいろな教科書の書き方、すべて検定をパスをいたしておりまして、いろいろな見方もあるでしょう。
 ただ、PKOというものの客観的な事実についてはきちんと教えてもらいたいという願いがございまして、例えばの話でございますが、いわゆる武力出動として、昔のまるで戦争であるかのような、そういうあり方で自衛隊があらゆる爆弾等を積んで海外へ赴くものではないということ。あるいは、子供を戦場へ送るなというような言い方がよくなされます。それは将来そんなことがあってはいけない、未来永劫あってはいけないという意味ではよくわかるわけですが、少なくともPKOというのは戦争が終わった後の、すべての停戦が成り立って、そして国連からも要請があり、その当事国もみんな、どうぞ日本も来てくださいよといって行く、そして初めて自衛隊がまさに平和のグループとして平和を守り維持するために外国へ行くものであるというような、そういう基本的な事実関係について、それこそ子供を戦場に送ってはいけない、PKOというのはそれに反するので、PKOというのは戦場へ自衛隊が行くことだなどというふうなもし誤解が世の中にあると、これは大変よろしくない結果になると思います。ですから、学校教育で取り上げられる際も、物の見方はいろいろあろうとも、客観的な事実関係というんでしょうか、そうしたことについては正しく教えていただかなければなりませんねというふうに申し上げたし、現在もそう考えております。
 私は実はその後、私が申し上げたことは初中局長と打ち合わせをしたわけではありませんので、そういう事柄については教育課程講習会とかあるいは都道府県の教育委員会、あるいは市町村の場合もあろうかと思いますが、主管部課長会議というようなものも行われますから、そういうような機会にお話をしたらいいんではないかと思っていますということも申し上げました。
 これは、例えば宮澤総理が韓国で演説をされたり、あるいはその前に海部総理がシンガポールで演説をされた、例の皆様方がしばしば歴史教育の課題としてお取り上げになるような演説等につきましても、そういうような機会に文部省の側から御説明を申し上げてきたという経緯がございます。あるいは、韓国の盧泰愚大統領が日本の国会で演説をされたときの事柄等についても、そのような機会で若干のお話を文部省側からさせていただいたことがよりすぐれた国際理解教育というのか、アジア諸国とのより友好な関係を築くために大事だというようなことで教育の場に持ち込まれたことも事実でございます。そのような場で、このようなPKO法というものができ上がったので、これを客観的に事実関係を正しく伝えてもらいたいというような、そういうような事柄は文部省からお願いをしてもよろしいのではないかというふうに思ったわけであります。
 実態としては主管部課長会議を今すぐ行うような情勢ではないようで、そもそもが世界の中の日本人としての自覚を育てるということ、これを目標にして新しい学習指導要領は編集をされているわけでございますから、国際社会における我が国の役割についてもきちんと教えていかなければなりません。そうした学習指導要領の趣旨については教育課程講習会等を通じて徹底に努めてきているわけでございますが、PKOについても児童生徒の発達段階に応じて適切に取り扱われるように、教育課程講習会の中に部会があるようでございまして、その部会等について指導あるいはお願いをしていこうかと思っております。この部会は、中学校ですと社会科でございますから社会部会で、高校ですと今、公民科というのに変わっておりますから、中学は社会部会で、高校は公民部会でこれを教えていきたい。これは公民というのは公明、民社という意味ではありませんので、社会部会と公民部会、これは教科の名前でございます。
#51
○会田長栄君 時間が来ましたので終わります。
#52
○肥田美代子君 今国会の会期も余すところ三日となりまして、この国会で審議されることになっておりました子供の権利条約はどうやら次の国会に回すということになってしまいました。それがこの世のならわしと言えばそれまでですけれども、やっぱりまた今度も子供のことが一番後に置き去りにされてしまったなという私は実感を持っております。
 それで、今一番気になっていることを質問させていただきたいわけですけれども、しつこいようですが、この政府がお出しになった児童の権利に関する条約について、この名称を決定されました外務省にお伺いしたいと思います。一般的に、条約の正式な日本語訳はどのように決定されるか、そこら辺からお伺いしたいと思います。
#53
○説明員(吉澤裕君) 条約の訳文につきましては、その名称も含めまして、我が国が既に締結しておりますほかの条約でございますとか国内法令における用語との整合性を勘案しつつ政府部内で検討し、最終的には法制局等の審査も経て、さらに閣議でその訳文を確定する、そういうふうにいたしてきております。
#54
○肥田美代子君 五年ほど前に女子差別撤廃条約が批准されましたけれども、このときの名称に関してやっぱり議論があったようですけれども、そのときのいきさつをちょっとお話しください。
#55
○説明員(吉澤裕君) 大変申しわけございません。その点につきまして、突然のお尋ねでございまして、私は直接それを担当いたしておりませんけれども、私が先ほど申し上げましたいろいろな検討を経た結果、略称女子差別撤廃条約と、そのようになったというふうに承知しております。
#56
○肥田美代子君 そうしたら次に、国民の祝日にこどもの日というのがありますけれども、これを決定したときのいきさつについて御説明いただけませんでしょうか。
#57
○委員長(大木浩君) これはどこにですか。
#58
○肥田美代子君 総務庁にお願いしています。
#59
○委員長(大木浩君) 総務庁、だれか来ていますか。――何か事前通告いただいていますか。
 先生、あるいは人を呼ぶまでちょっと何かほかの質問をしますか、どうしますか。いいですか。
#60
○肥田美代子君 ちょっと連絡が悪かったようですので結構でございます。
 では、私が知っている限りのことを申し上げますと、こどもの日とそれから児童祭という二つの名称がありまして、それをどうするかということで世論調査をしたらしいんですね。その世論調査の結果、こどもの日ということになったそうです。随分昔のことですけれども、こどもの日ということを決めるのに世論調査をなさったそのころの政府の方の姿勢というのに私は敬意を表したいと思います。
 それで、新聞では子供の権利条約と書いておりますし、たしか条約が国連で採択されたころには政府の方も子供の権利条約というふうにおっしゃっていらっしゃったと思うんですけれども、それがいつの間にか児童の権利に関する条約というふうに変わってまいりました。もちろん、外務省は各省とのすり合わせをしたとおっしゃっておられるわけですけれども、この名称についてどういう議論があったんでしょうか。
#61
○説明員(吉澤裕君) 条約の名称につきましては、先ほどお話しいたしましたとおり、我が国が既に締結しております条約でございますとか国内法令の用語との整合性を勘案しつつ、先生もお話しありましたとおり、当然のことながら関係省庁とも御相談し、それから法制局の御審査も経て最終的には閣議で確定したということでございます。
 その際に検討いたしました点といたしまして、過去における条約ということの例で申しますと、チャイルドないしチルドレンという言葉につきましては児童あるいは子という名称がございます。子というのは親子関係における子という場合に使うことが多いということでございまして、低年齢層の者を一般的に指す場合には児童という言葉が使われているということ、それから国内法令におきましても児童の定義というのは必ずしも統一されておりませんけれども、児童福祉法の第四条でございますとか、児童手当法の第三条の第一項等におきまして、「十八歳に満たない者」を「児童」というふうに使っておりまして、この条約に言っておりますチャイルドないしチルドレンの範囲と同じということで「児童」という言葉を国内法でも使っているということを踏まえまして、最終的に政府としてこの条約のチャイルドないしチルドレンの訳語といたしまして「児童」という言葉を充てることとしたという経緯でございます。
#62
○肥田美代子君 そうしますと、その決定段階で専門家とか学識経験者に御相談なさったという経緯はございますか。
#63
○説明員(吉澤裕君) 最終的に政府の責任として決定したということでございまして、その際に例えば審議会とかそういうような形で語るということはいたしておりません。
#64
○肥田美代子君 そういう経緯でもって「児童」ということに決定された。
 今、審議会を持ってないとおっしゃいましたか。持ってなかったですね。
#65
○説明員(吉澤裕君) そういう形で正式に審議会のようなものに語るという手続は経ていないというふうに申し上げました。
#66
○肥田美代子君 わかりました。
 それで、先日、鳩山文部大臣が、名称について外務省にもう一度考え直してみてはどうかという発言をされたことを新聞で読んだんですが、読んだ子供たちがやったと言って喜んだそうです。この権利条約はやっぱり文部省に一番重い責任があるわけですね。学校現場で子供たちの中にいかにこの精神を浸透させていくかということがこの条約の勝負だと思うんです。それで、文部省は子供たちとのいいコミュニケーションがあってこそいい仕事ができるというふうに私は考えておりますので、その子供たちの言葉というのは随分私は重いと思います。そして、この子供たちがまた言っているんです。僕たちは児童と言われると私たちのことでないような気がする。またほかの子供たちは、児童は小学校の先生が子供を呼ぶときの言葉であり、何だか一段低く見られているようで気分が悪い、そういう意見もございます。この権利条約は子供の意見表明権についても規定をしておりますし、政府はもっとやっぱり子供の意見を尊重すべきじゃないかと私は思います。外務省、いかがでしょうか。
#67
○説明員(吉澤裕君) 先ほどの御答弁の繰り返しになって恐縮でございますけれども、これまで条約の訳文というものにつきましては、その表題も含めまして過去の締結いたしました条約の訳語、それから国内法の用語というものとの整合性等を勘案いたしまして決めてきているわけでございまして、今回もそのような観点からいろいろ検討いたしました結果、最終的に「児童」ということで閣議を経て、国会に提出させていただいているということでございます。
#68
○肥田美代子君 実は私、鳩山文部大臣の最近の発言を伺っておりまして、ちょっと胸のすく思いがいたしております。私なんかここに出てきましてまだ三年のひよっこ議員ですけれども、もう既に本当に言いたいことが言えないなどいう雰囲気をしみじみ感じております。そういう中でかなり大胆に、政治家というのは国民に本当のことを言わなくちゃいけないというふうにおっしゃってもおられましたし、私はそういう姿勢こそが今政治家に求められているんじゃないかという気がしております。
 それで、この条約の名称に関しましても、チャイルドというのは児童と訳すべきじゃない、とんでもないことだと、子供と訳すべきでありますよということを、現在第一線で活躍していらっしゃる小説家とかジャーナリスト、それからデザイナー、評論家、写真家、そういう四十人余りの女性の方々が宮澤総理に進言されていらっしゃいますし、そして超党派の女性の国会議員も今そういう署名を集めております。これは女性だけでどうなのかとおっしゃられることもありますでしょうけれども、やっぱり私たち女性、特に言葉にはナイーブであるところは認めていただきたいと思うんですけれども、そういう賛同の呼びかけで女性国会議員の署名も集まっている。そして、子供たちも自発的に全国に声をかけまして、たくさんの今署名が集まっているそうです。そのことを聞きまして、そういう世論が沸き起こっているときに、鳩山文部大臣は今これからどういうふうになさろうと思っていらっしゃるか、その辺の御決意を伺いたいと思います。
#69
○国務大臣(鳩山邦夫君) 私はみずからの感性で物を言っておるわけでございますから、法律上の手続とか法律用語がどうでなければいけないとかという議論は余り得意ではありませんから、私がそういう意味で間違いを犯している可能性は十二分にあろうと思いますが、少なくともこの条約の名称問題というのは確かだと思います。
 しかし私は、これはよく考えてみると名称の問題というほど大きなことじゃなくて、訳の問題なんですね。何か法律をつくるときにどういう名称をつけるかというのは、日本で法律を考えるときのことであれば、これは変更とかそういうのは大変難しいことだろうと思うんです。でも、これは訳の問題、訳語として何を使うかということですから、それほど重要でないというふうな言い方はいけないと思いますが、柔軟に対応できる道があるのかどうかということを私は外務省にもう一度検討をしてもらったらどうですかと申し上げたわけです。この条約がきょう、あすにでももう通ってしまった場合には、閣議から全部この児童の権利条約でやってきたわけですから、それは一度でき上がって批准をした条約の訳語を日本は変えるということができるのかできないかは、これは外務省の大ベテランである大木委員長に逆に私からお尋ねをしたいと思っているわけですが、まだ審議をするというような段階であるならば、訳語については考え直すことができるのかどうか、そういう手続が可能であるかどうか、私はもう一度外務省に考えてくれと申し上げているわけです。
 それは児童ということが、文部省ではこれは小学生のみを指すわけで、児童福祉法とかそういうのはよくわかるんですけれども、もちろん、小学生も児童と呼ばれたくないという気持ちを持っておられる方もいるかと思いますが、私どもの感覚は児童は小学生なものですから、そういった意味で言うならば、語感として子供というのが響きがよろしいのではないか。どっちでもいいと言うと無責任かもしれませんが、少なくとも私の感性は子供の方がよろしいというような判断をするわけであります。
 もちろん、これは閣議を経て、国会へ批准承認案件として出てきているわけでございますから、私も閣内のメンバーでございますからそれにサインをした一人ではありますけれども、では、児童にしましょうか、子供にしましょうか、どっちにしましょうかという相談を、文部省も受けたと思いますが、少なくとも私はそういう相談まで受けているわけではありませんから、これが訳語の問題であるならば、子供に変える道があるならば、そういうような手続が可能であるならばそれもまた一ついいことではないかと率直に思っております。内閣法制局周辺の方々に聞きましたけれども、法制局としても児童でなければいかぬという根拠は特別にあるわけでないということも承っておりますから、そのときの選択としてどっちにしようかというんで、児童の方がいいのかなという判断があったのは、確かに政府として決めたことであることは間違いがないわけですけれども、子供では絶対だめだという判定があって児童になったといういきさつではないというふうに私は聞いておりますので、そういうケースであるならばまた法制局にもお尋ねしなければなりませんが、手続上どういう手続が必要なのかわかりませんが、訳語を変えることが可能かどうか私も調べてみたいとは思っておるわけであります。
 ただ私は、この委員会でも子供の権利条約につきましてさまざまなやりとりがあったわけで、子供は既にもちろん憲法上もあるいは国際人権規約上も立派な権利の主体であります。私の祖父鳩山一郎はいつも演説会で、人権というものは生まれてから生じるのではなくて、母親の胎内にいるときから人権があるんだということをいつも演説しておった記録を時々読み返すことがあります。人権というのはそういうものだろうと、すべての者が人権を持つわけで、生まれ出る前の胎内にすら人権があると考えるのが正しい人権思想だと私は思っておりますから、子供は生まれながらにしてあるいは生まれる以前から立派な権利の主体であり、また保護の対象であるわけであります。そういう子供は権利の主体であり保護の対象であるというものがこの条約によって変わるものではない。この条約によって、今までは保護の対象にすぎなかったものが突然子供が権利の主体になるというコペルニクス的な転回をするものだというような意見をたまに耳にいたすわけでありますが、私はそういう考え方には全く賛成できないわけであります。
 そこで、私は肥田先生にあえて逆に御質問をいたしますが、児童という名称だと保護の主体でという印象があると、子供だと権利の主体であるというふうに急に変わる印象があると先生はお考えでありましょうか。そうであると私は困るんですが……。
#70
○肥田美代子君 私は必ずしもそれだけというふうには思っておりません。ただ、言葉のニュアンスというのはある意味ではすべてを決める瞬間があるということを私は思いますので、そのことが私の「子供」にすべきじゃないかという思いでございます。どうも大臣ありがとうございました。
 それで、不幸中の幸いなことに次の国会に上がってまいりますことですので、数カ月という余裕ができました。それで、外務省の方、今大臣のお話を聞かれたと思いますし、この数カ月の間に何とか思い直していただいて、訳語を直す勇気というのをお持ちいただきたいと切にお願いいたしまして質問を終わらせていただきます。ありがとうございます。
#71
○木宮和彦君 それでは、私から質問をさせていただきます。
 その前に、私の持ち時間は六十分ということでございますが、大臣も文部省の方々も私も、長い長い本会議がありましたので、きょうは三十分で切り上げますので、ひとつ御了解を賜りたいと思います。
 そういうわけで、三十分に切り上げましたので、いろいろと質問をしたいことがたくさんございますが、その中で要点だけをお聞きいたしたいと思います。ただし、余りにも大きな問題をたくさん聞きますので、とてもそれはお答えできなければ、拒否権を私に限っては認めますので、どうぞひとつ遠慮なく、それはきょうは答えられないで結構でございます。別にそれについてとやかく申し上げませんので、どうぞひとつ気軽な気持ちで放言していただいて結構でございます。
 この間、新聞を見ておりましたら、大臣も何かニックネームができまして、一言居士じゃなくて多言居士の鳩山文相と書いてありますが、五月十日においては福岡県の植樹祭で、文部省の役人のつくったものを読むのを途中でやめて、周囲を見渡しながら、雑木林だから切っていいということにはならぬというようなことをおっしゃってみんなが拍手喝采したという、あるいは八百長発言、あるいは九増十減でも御自分の御意見を述べられて、閣僚でおかしいじゃないかと言われて多少訂正なすったようでございますが、私はいいことだと思うんです。本来、大臣だからといって人間ですからやっぱり思ったことをどんどん言えばいいんで、それで悪ければ、それについて批判があればそれはまた直せばいいことであって、私はそういう意味では鳩山文部大臣を大いに尊敬しておりまして、間違ったことじゃないんで、大いにひとつ自由に発言していただいて我々を御指導いただきたい、かように思います。
 さて、一番最初に、これは本当に難しい問題なんです。日本が近代国家になりましてちょうど百二十年に義務教育がことしでなったわけですが、そろそろ構造疲労といいますか、日本の教育制度、特に学校教育、教育というと日本はばかに学校教育だけが重点を置かれまして、非常に私はどうもその辺がいびつになっているんじゃないかな、こう思うんです。これは子供の教育ですよ、生涯教育じゃありません。
 子供の教育は一体だれの責任なのか。国家が教育を負うべきなのか、親が負うべきなのか。あるいは、そうじゃない、それは白と男じゃないよ、真ん中があるんだよ、国家もあるし親もあるし社会もある、先輩と言われる人はみんなやっぱり責任があるんだよと、こうおっしゃるのか。その辺は文部省として、どうも今までの制度を見ていますと、何か国家なりあるいは地方団体なりが義務教育については全責任を負って、学校の中で事故があった場合の弁償問題、先ほどちょっと会田先生からも出ましたけれども、何かその辺が、一体教育って何だろうと最近私は本当に真剣にまじめに考えているんです。それは非常に難しい問題だとは思いますが、もし差し支えなければお答えいただき、もしできなければ結構でございますが、どうぞひとつ御所見がありましたら、どなたか。
#72
○国務大臣(鳩山邦夫君) 大変難しい御質問でございますし、木宮先生が当代一流の教育家であられるだけに私としても御答弁申し上げにくいと思います。教育制度というものについては国とか自治体が責任を持つものでありましょう。しかし、子供の、もちろん生涯学習という観点で大人まで含めて議論してもよろしいのかと思いますが、例えば先ほどからの子供の権利条約ではありませんが、お子さんたち、子供さんたちの教育というごとで考えてみれば、それは学校もあるいは家庭も地域社会もみんなで責任在持つべきものであって、そうした中で、どうも両親や保護者の方々が、教育というものは学校に預けておけばいいんだ、自分たちはそういうことをするものではないんだ、子育てというものは親の責任かもしれないけれども、いわゆる教育というものは学校に預けておけばいいという、そういう思想が、思想というか、考え方が若干幅広く日本の国内にあることはとても残念でございます。
 例えば、学校五日制の反対論に、今まで六日間ちゃんと教育をしてくれた、ちゃんと預かってくれていた学校がサボって五日しか預かってくれなくなるのはけしからぬ、こういうような意見を耳にいたしますと、何か教育の本質というものが十二分に理解されていないケースがあるなとつくづく感じます。親以上に、保護者以上に子供に大きな影響を与える存在はないと思いますと、親や保護者が第一の教師であって、学校の先生はある意味では影響力の大きさからいえばそれに次ぐ教師だというような面もあろうかな、そんなふうに私は教育というものをとらえております。
 特に、みずからも反省をしなければいけないことがいっぱいあるわけですが、教育というものの目標が、数学の公式を覚えさせる、英語を教えるということだけでなくて、究極の目的として立派な人格の完成、社会に通用し、尊敬され、皆から愛されるようなそんな人間をつくることというふうに考えますと、人格の完成というものを家庭を抜きにして語ることなどというのは絶対できないわけで、学校で人格を完成してもらっていらっしゃい、我々は知りませんよというような保護者や親の態度は絶対に許すことができないと思います。
#73
○木宮和彦君 私もやはり第一義的には親の責任だと思うんで、その信託を受けて学校がやるというのが、正しいとは思いませんけれども、やはり先輩であるとかあるいは国家が子供を育てる責任があると思います。両方あると思いますが、第一義的にはやっぱり親が責任を持って子供を育てるということが大事なことだと私は思います。
 その意味で、今の学校制度は親が学校を選択できないところにやっぱり一つの大きな悲劇があるような気がするんです。その意味で、義務教育においても最近私立の小学校もあちこちにできてまいりましたが、しかしあくまでもこれは大都会での話であって、親が同じ公立学校でもいいし選択できる、あるいは小さな学校でもある一定の規格をつくればそれはどんどん認めていくという姿勢。あるいは、これも本当かどうか知りません、大阪の市立大の先生が山の中で山村学校ですか、こういう小学校をつくって、学校へ行きたがらない子供を自然になじませるというんでやっているという新聞記事も見ました。
 いずれにいたしましても、これからの学校は画一教育じゃなくていろんな多様性のある学校ができて、そして親の信念においてそれを選択できるところに一つの、ただしこれは余りでたらめになっちゃ困りますけれども、一つの規格の中でもって新しい教育というものをこれから模索していかなくちゃならない時期に今来ているような私は気がするんです。ところが、臨教審やりましてもやはりなかなか今の制度というもの、特に学校教育法というものをあくまで堅持していこうという勢力の方が強いというところは何か時代への即応性が欠けているような気が私はするんです。
 特に現実的に今私塾が非常に盛んになっています。小学校へ行っている子供でも、中学校でも、これは受験のためだけじゃなくて、私塾に通うことによって子供も親もある意味においては私は満足をしている面があるような気がするんです。さもなければ、夜までわざわざそこへ金出して、しかも家へ帰ればテレビも見られるんですが、それをやめて行くというところにやっぱり何がしか、教育内容なのか何なのか私にもわかりませんが、今の学校が今の子供には魅力が非常に欠けているようなぞんな私は気がするんです。将来の問題として、それは何とかして本来へ戻すのか、あるいは私が今言いましたようにバラエティーに富んだ学校制度というものを今後研究していく必要があるんじゃないか。
 これは非常に大きな問題でして、私ひとり、あるいは文部大臣だけでも、あるいは中曽根さんですらできなかったんですからできるとは思いませんけれども、しかし、どこかでこれからの新しい教育を模索する時期が来たというような気が私はしてなりませんが、その点につまましても、大変これも問題が大き過ぎてお答えできないでしょうけれども、お答えできないことを聞いちゃいけないんですけれども、感想があれば、なければ結構ですが、もしありましたら所信をお話しいただければありがたいと思います。
#74
○国務大臣(鳩山邦夫君) 先生のおっしゃるのは一つの教育の自由化論にもつながることであろうと思いますし、臨教審でもその点は随分議論された経緯を承知いたしております。例えば義務教育段階を考えた場合に、いつでも、どこでも、だれでも基礎、基本を踏まえた一定水準以上の教育を受けることがしかも無償でできるという、当然いわゆるイリタラシーも限りなくゼロ、ほとんどゼロというような、そして治安も非常にいい国家ができ上がって、国民が勤勉で、まじめで、経済発展してきたという経緯を考えますと、教育というものがあまねく広く一定の水準をどこでも保つことができるというのもやはり最初の大きな目標の一つであって、それをどの程度子供の個性を伸ばすために自由化、あるいはもっと柔軟に考えるとか、あるいはもっと個性ある教育を考える。とか、それをどこまで個性的に考え直していくことができるかというのが今の最大の課題の一つだろうと思います。
 すなわち、臨時教育審議会が答申の大きな柱に、個性ある教育をやりたい、これは恐らく二つの意味があるんだろうと思います。それは、一人一人の子供の個性を伸ばすような教育をやりなさいという意味と、それぞれの学校やあるいはそれぞれの地域がもっと個性を持っていいんじゃないですかという意味でもあったろうと思いますし、単線式か複線式がというような議論も同じようなところから議論されていたのが臨時教育審議会ではなかったかというふうに思っております。
 他面、振り返ってみれば四万八千人の不登校、登校拒否の問題とか、あるいは十二万三千人の高校中退とか、あるいは偏差値輪切り、学歴偏重という中での厳しい大学入試、あるいは苦しんでいる子供たちの姿とかそういうのを考えますと、何か余りに全国一律過ぎるというさまざまな事柄の弊害が出てきて、子供を苦しめているという面もゼロではないというふうに感じます。今先生が提起された余りにも巨大な問題は私ごとき者が御答弁できることではありませんが、そういう接点、つまり教育の自由化という観点からもっといろんな自由なことがあっていいじゃないかという考え方と、しかしこれだけの国家をつくったのは、やはり全国どこへ行っても。一律の、一定水準以上の教育をきちんと無償で受けることができるという、そういう制度との今後は接点の問題として大いに議論をされなければならないだろうと考えます。
#75
○木宮和彦君 私もまさに同意見でございまして、ただ知能だけが今現在尊重されて、頭でっかちの教育といいますか、頭でっかちの人間をつくるような状況に今や世の中がなっている。これは文部省の責任でもなければ、また学校の責任でもないと思いますけれども、やはりそういうような世の中になっているんです。
 しかし、これから果たしてそれでいいだろうかというような気がいたします。特に、教育というものは学校よりもむしろ一人の教師、お一人お一人の先生の力が即教育だと、私はさように思うのです。ですから、よく言う教壇で立って教えることが私は教育だと思わないので、むしろその先生から触発される生徒が、数学の嫌いな子供でも先生が好きになれば数学が好きになるということはしばしばあることでございます。国語が嫌いな子供でも、先生がかわって先生が好きだとその先生の感化でもって国語が好きになっちゃうことがたくさんあります。あるいは、意識せざみ教育といいまして、先生や本人は意識しなくても、先生のやっている行動によって生徒が尊敬する、あああの先生の言うことは聞きたいというふうな、そういうのが特に小学校段階、大学あたりはそういうことは余りないかもしれませんがいまたそういう意味では小学校というものは人生にとって一番大事でございます。小学校のその役目、むしろこれは生活科といいますか、人間の一番大事な、人間として生きるためのことをやっぱり六年間にきっちり、読み書きそろばんも必要だし、それからまた善悪もそうだし、それから同じ生きるための家事をやるにしても、その他団体行動をするにも、そういうことを小学校できちっと生活科というもの、一人でもって生活できる人間をしっかりしつけてもらいたいと思う。
 中学校、高等学校はむしろ一緒にしちゃって、これは基礎的なもの、基本的なもの、こういうものをしっかりやってもらう。大学はむしろ職業的なものをやってもらう。大学院は研究者なり学者をつくってもらう。今のところそれが何となく余り目標、目的がはっきりしなさ過ぎて、何か全部が大学なり会社へ就職するための予備校化してしまっている。そのための過激な競争になってしまって、人間教育も全部忘れられているような状態ではないかなと思うんで、やはりこの辺をもう少し国民意識を変えていく必要が私はあると思います。
 なかなかこれまた容易なこっちゃないんですけれども、そいう意味で日本人の価値観をやはりこの際、ちょうどいい時期だと思いますので、何とか大きな題目でもって、文部省が主体になって、他の省庁も巻き込んで、日本人の物の考え方というものをぜひともひとつ一度皆さんで、頭がいい方が大勢いらっしゃるんだから、考えていただきたいと私は思います。
 その意味で、学校の先生は余り管理するのは得策でないと思うんです、文部省なり教育委員会が。といって、これまた組合にも言いたいんですけれども、今の学校は組合で管理するかのどっちかにいっちゃうんですね。組合管理か教育委員会管理がというような、学校がそれでいいのかと。やはり一人一人の先生が良識を持って、しっかりした信念を持って、申立てしかも立派な教育をするところに初めていい生徒が生まれる。決してこれは校舎の大きさでもなければ、あるいはその他の仕組みでもないと思うんです。やはりそういう意味で、優秀な先生を、しかも優秀な先生が優秀なことが発揮できるような、そういう教育現場というものを私はつくって上げたいと思うし、つくるべきだと思います。偉そうなことを言いますが、実際はなかなか難しいことだとは思いますけれども、何か少しでもその方の端緒が開けるようなことがあれば私は大変ありがたいと思いますが、いかがでしょうか。これまた難しい問題ですから、御返事がなければ結構でございます。
#76
○政府委員(坂元弘直君) 大変難しい問題でございます。
 私も、つまるところ学校は先生と子供の関係であって、施設設備というのは二の次だろうと思っております。そういう意味で、学校の先生が生き生きとして学校内で教育活動ができる環境づくりをするということは、私ども文部省、教育委員会も努力しなきゃいけませんし、今先生が御指摘になりましたように、いわゆる組合の方もやはり組合の何かで練るんではなくて、生き生きとした教育活動ができるような、そういう生き生きとした教育活動をする先生をみんなで助けていく、エンカレッジするような雰囲気をつくることが大切だろうというふうに考えております。
#77
○国務大臣(鳩山邦夫君) 先生先ほど御指摘のとおり、いい先生というのか、教育力のある先生とは一体何かということを私どもも真剣に考えて、教育力のある立派な先生を一人でも多くつくることによって子供さんたちの成長を促していきたいと思っております。そのためには、いろいろな研修等の努力もいたしますし、先生方の待遇の問題もそういうことから考えていかなければならないと思いますが、先生御指摘のとおり、教師と子供の関係というのは、授業以上に授業以外の関係が大切なのではないかと思っております。
 なぜ四十人学級を懸命にやったのか、四十五人よりなぜ四十人がいいのかというのは、それは先生方の、例えば試験の採点を四十五枚から四十枚に減らせば楽になるとか、そういうことではなかったはずで、四十五人のクラスより四十人のクラスの方が先生と子供たちとの人間的なつき合いが一人当たりが濃くなる。もちろん、担任の先生にとってみればそういうことになりますし、あるいはそうでない専科の先生方が理科だ社会だと教えた場合も、四十五人に比べて四十人であればその子供たちの何となく様子というのがよくわかる。ですから、授業の効率の問題でなくて、先生が一人一人の子供を温かく見詰めるその濃度を濃くするみたいな、それが四十人学級の趣旨であったというふうに考えまして、私は先生と生徒との人間的な結びつきというものをもっともっと重視していきたいと考えております。
 それからもう一つ、日本の教育を正していく一つの重要なポイントとしては、実は一昨日、栃木県内を教育事情をいろいろ見て回りました。小山第一小学校というところでPTAの皆様方と学校五日制についてのお話し合いをいたしたときに、率直に声が出たのは、そのとき会長さんや副会長さんのお二人は男性でしたが、あとはすべて御婦人でございまして、要するに世の中の父親が余り責任を果たしておらぬのではないかという意見が厳しく出たわけです。私は全くそのとおりだと思いますよと。もちろん、お父さんとしていい人、十分に努力している方、していない方、いろいろだろうと思いますけれども、やはり母親というものは自分のおなかを痛めて子供を産むだけに、いつまでも子供のことを心配する、どんなときでも子供のことが頭から離れない。男性も同じである方も多いとは思うんですけれども、さまざまな面で男性、父親の無理解というものが教育等についても私は悪影響を及ぼしていると思うわけです。先ほど申し上げた学校に預けておくというような発想も、どうもそういうところから出ているように思えなくもない。ですから、学校五日制になって土曜日が休みになったら、世の中のお父さんは、子供が休みになった土曜日にあなたの会社も休みだったとしたら、ゴルフには行かないでちゃんとお子さんと接触をしなさいよということを私はいつも口癖のように申し上げているのもへ私自身も含めて世の父親がもっと子供に対して責任を持とうとすべきだなとつぐづく思うことがございます。
#78
○木宮和彦君 これもひとり言ですから返事は要りませんが、昔は田舎の学校に行きますと宿直がございまして、先生が小使さんといる。親が、おまえのところの先生はきょうは宿直らしい、この芋の煮たの持っていってやれやと言うと、子供がそれをふろしきで包んで宿直室まで持っていって、先生、これお母さんがよこしたと言って、米だけ炊いであったのを、それを食べながら子供と一緒に一時間も話をして、そして帰る。まさにそういうことがさっき言った意識せざる教育で、それによって子供と接せられるし、それによって初めて寝食をともにしたり、あるいはそういうことが小学校の段階では私は一番大事なことだと思います。
 ところが今や、ともかく責任問題が余りにも先に出ちゃうものだから、もう富士山は一切最近は学校で登るところはないんじゃないですか。海水浴もないんですね。プールでやる。ひどい学校では、夏のプール監督するのが大変だからどうしたらいいべといったら、職員会議で、プールの水を抜いちまえ、そうすればプール監督もないし死ぬやつもいないというので教頭が夜中にプールの水を抜いたという話が、本当かうそか知りませんけれども、これはある町の学校であったという話を、これはうそかもしれませんが、ちょっと誇張が多いと思いますが、何のために教育しているんだ、まさにそういうことを今忘れかけているんじゃないか。
 これもまた憲法上の問題がございますが、教育というものは宗教的な雰囲気がなくちゃ私は本当の意味で教育はできないと思うんです。
 私はかつて玉川学園の小原先生に、いろいろと研究し、またお話を聞いて、あそこは労作教育であるとか情操教育とかあるいは宗教教育ということを標榜して、五つありますが、チャペルがありましたので、先生、ここはクリスチャンの学校ですかと私が聞いたら、小原国芳さんに言下に私は怒られまして、冗談じゃない、ここはクリスチャンの学校じゃありません。だって、あそこにチャペルがあるじゃないですか。いや、そうじゃない、私は教育が宗教を利用しているんだ。だから、キリスト教でも仏教でも回教でも何でもいいんだ。教育には宗教のそういう雰囲気というものを利用しないといけないんだ。クリスチャンの学校は逆だ。あれは宗教を広めるために教育を利用しているんだ。私は逆なんだ、そこは履き違えちゃ困るということを、私がまだ若いころでございます、二十歳になる前、昭和二十八年か九年の話ですが、そういう話を直接承って、なるほどこの人は教育者だな、世間で言うほど大ぶろしきじゃないなと思って実は頭を下げたのでございます。
 そういう意味で、これは公立学校が宗教的雰囲気を出すということは容易なこっちゃないかもしれませんが、やっぱり宗教と教育というものはもっと日本人が真剣に考える時期が来ているんじゃないか。特に、今度は学校五日制がありますが、アメリカとかヨーロッパを見ますと、キリスト教が盛んなところは日曜日は教会へ行く、いわゆる日曜学校というのが非常に盛んでございますので、そこで一つの宗教的な雰囲気あるいはしつけあるいは神に対する尊厳とかいろんなことを社会教育的に教わるわけでございます。日本人はどうも宗教心がなくて、私もないですけれども、そういう意味でやはり正しい宗教といいますか、学校教育だけじゃなくて、もっともっと日本人が将来世界をリードするような民族になるためには、そういう尊敬されるような人格をつくることが教育にとって非常に大事じゃないか、私はそう思います。その意味で、宗教学校は困りますけれども、教育が宗教を利用するような私立学校なりその他、そういうものを大いに車の両輪のようにつくるべきじゃないかというような気がしてなりませんが、これも返事は要りません。私の意見でございます。
 さて次に、今度は大学審議会でいろいろと大学の自己評価といいますか、こういうことを答申がありました。これについて私は大変いいことだと思うんですが、しかしまだ海のものとも山のものともわかりません。今、特に科学の方で日本はどうも個性的といいますか、創造性を教育の中に取り入れていない。これは大学だけじゃありません。ノーベル賞でも、科学賞は日本人はまだわずか五人しかとっておりませんが、アメリカは百五十何人、百五十八人ですか九人だか、イギリスもドイツも大体五、六十人ずつノーベル賞をとっているようでございますが、これはせんじ詰めれば日本の学術レベルというものは世界的に見てやはり相当低いという一つの実証じゃないかと思うんです。その意味で科学の方に金も使わにゃいかぬが、それ以上にやっぱり独創的なことができるような人間を小さいときから育てていく必要があろうかと思います。その辺についてひとつ具体的に、文部省としてのお考えだと思いますので、御返事いただければありがたいと思います。
#79
○政府委員(前畑安宏君) 今先生御指摘のように、確かにノーベル賞の数であるとか、あるいは創造的な研究成果であるとかという点について若干国際的に劣るんではないかという評価がありますことは私どもも十分理解をしなければならないと思っております。
 このことにつきましては各方面からいろんなことが指摘をされております。まず一つには、大学入試のあり方、そこから発して高校時代の教育をゆがめて独創的な人間をつくることを阻害しているんではないか、あるいは大学に入ってからの一般教育のあり方、高校の焼き直しのような授業が行われて、そこで学生の意欲というものを阻害しているのではないか。さらには、大学における教育研究それ自体いろんな人事のしがらみがあったり、あるいは教育研究条件の劣化があったりして、必ずしも活発に行われていないのではないかといったようないろんな御批判をちょうだいいたしておるところでございます。
 入試の問題についてはなかなか難しい問題がございますが、とりあえずのところは大学入試センター試験というものを中心にして、そして各大学がそれぞれの個性といいますか、大学の教育理念に基づいた入学者選抜をやるという方向でお願いをいたしているところでございます。
 また、大学の中における教育のあり方につきましては、これも御案内のとおりでございますが、大学設置基準を大綱化をいたしまして教養部というものも廃止できるようにし、この国会でも御審議をいただきまして、京都大学の教養部、そして神戸大学の教養部も廃止をさせていただきました。ことしの大学設置認可申請におきます各申請者のカリキュラムを見ましてもかなりユニークなものも出ておりまして、従来は教養部はくさび形というようなことで、教養教育を一、二年だけじゃなくてもう少し三年にわたってというようなことも申しておりましたが、一年から四年を通じての教養教育を行うというような学校も申請を受けております。それからさらに、大学の教育研究条件につきましてもいろいろ御心配をいただきまして、これもこの国会で成立をさせていただきましたが、国立学校につきましては特別施設整備資金の制度も創設をさせていただいたところでございます。
 またさらに、ただいま大学審議会では、教員の大事につきましても、例えば若手教員のところに任期性を導入できないか、あるいは教員の採用に当たって実質公募性が採用できるような方策として、例えば教員の欠員ができたときにその情報を全国的に集約し全国的に周知できるようなシステムも研究してはどうかというような御指摘をちょうだいいたしておるところであります。
 また、先生御指摘の自己点検、自己評価につきましても、既に大学基準協会において自己点検、自己評価のマニュアルというようなものも作成して各大学に配っておりますし、私どものところにも各大学から、我が大学はこういうふうな点検、評価を実施しているというような刊行物も続々と寄せられております。具体にその成果が出ますのはどのような段階がはまだ定かではありませんが、少しずつ活性化をし、御指摘の創造的な研究者、学者の養成というようなことにも進んでいくんじゃなかろうか、このように考えているところでございます。
#80
○木宮和彦君 お約束の三十分がたちましたので、終わります。
#81
○針生雄吉君 最初に、学校週五日制関連の質問をいたします。
 学校週五日制の実施に伴って、学校等の教育施設附属の寄宿舎に入寮している障害を持つ児童生徒が保護者の住んでいる場所へ帰省する機会が多くなることになります。今まで年十四回程度だったのでありますけれども、月一回の週五日制の施行で年に二十回程度になるとの試算もあります。この帰省の際の帰省旅費の補助金の支給に関して見通しはどうか、障害教育関係の方が心配しておられますのでお尋ねしたいと思います。回数がふえ、一人当たりの補助金の総額がふえても全額支給できると確約をしていただきたいのですが、いかがでしょうか、お尋ねをいたします。
#82
○政府委員(坂元弘直君) 特殊教育諸学校の寄宿舎に居住する児童生徒が帰省する際の交通費の件でございますが、特殊教育就学奨励費の中において予算措置を講じております。
 先生御指摘のとおり、平成三年度、前年度が年間十四回補助をいたしております。考え方としまして、八月を除きますので月一回で十一回、それからそのほかに毎学期一回、三回ございまして、それで十四回ということで積算いたしまして補助しておりましたが、平成四年度予算でその回数を三回ふやしまして年間十七回、補助するに必要な経費を計上したところでございます。これは各月一回で十一回、それから一学期に二回ということで十七回積算したわけでございます。私どもとしましては、まず月一回の学校五日制ならばこの回数で何とか帰省旅費の確保ができるんではないかというふうに思っておりますけれども、これから先、月二回なりに進んでまいりますと、当然のこととしてこの帰省旅費の補助の回数につきましては検討していかなければいけない課題であろうというふうに現在考えているところでございます。
 それから、支給額の問題でございますが、小中学部までは全額支給でございますが、高等部につきましては保護者の収入によりまして若干全額支給ではない、半額支給等のそういう措置も講じております。これは保護者の負担が可能であるというような方の場合でございますので、それを全額。高等部まで一挙に支給するというふうに持っていくのは大変難しいんではないかというふうに考えております。
 いずれにしましても、先ほど申し上げましたとおりに、私どもこの問題については学校正巳制の推移を見守りながら検討を加えてまいりたいというふうに考えております。
#83
○針生雄吉君 特段の御配慮をお願いしたいと思います。
 次に、大学教育における東洋医学、特に漢方医学の教育、研究、治療に関連してお尋ねをいたします。
 先日、約三週間ほど前になりますけれども、北陸宮山市の国立富山医科薬科大学に伺いまして、附属病院の和漢診療部の寺沢教授初めスタッフの方々からいろいろ御意見をお聞きし、種々教えていただいてまいりました。
   〔委員長退席、理事田沢智治君着席〕
特に御要望があったということではないのでありますけれども、和漢診療部はまだ救急部などとともに附属病院の中央診療施設の一つにとどまっておりまして、医学部の講座への格上げが当面の課題の一つであるということをお伺いいたしました。
 また、薬学研究資料館も見学させていただきましたが、約三万六千点以上の内外の生薬標本及び植物標本が見事に整理され、解説づきで展示されておりました。資料館に入っただけでもう四百四病のもろもろの病が治ってしまいそうな感じがいたしました。
 帰りがけには富山県の新しい名物になりつつあるという和食薬膳の「川柳」というお店で和食薬膳のフルコースの料理をいただいてまいりました。御参考までにメニューの一端を御紹介いたしますと、霊芝抹茶、杜仲葉のお茶、ニンジンや鹿茸の入った日本酒、茯苓、白エビ、拘杞子の実、熊胆、岩ガキ、ナマコの吸い物、蘆根の刺身、高麗ニンジンのからあげ、よもぎそば、黒米のおにぎり、牛黄のからすみ。牛黄というのは牛の黄色い部分という、これは幾ら牛の歩みをしても疲れないということではないのでございまして、これは肝経のエネルギーの強化、肝のエネルギーが充満しておりますと毒物を解毒する作用が強い、二日酔いなんかを予防するということでございます。そういった和食薬膳のフルコースも、これは文部省のお金だったと思うんですけれども、ごちそうになってまいりました。
 さて、富山医科薬科大学の見学を通じて感じたことの中から二つのテーマを選んで問題提起をいたしたいと思います。この問題は決して富山医科薬科大学のみの問題ではなくて、国公立の医学系大学あるいは学部に共通の問題であると思います。その一つは、国公立大学医学部における東洋医学の教育と医師の免許、医師の資格との関連についてであります。
 ここでお伺いいたしますけれども、富山医科薬科大学の建学の精神といいますか理念、設立のいきさつについてお示しを願いたいと思います。
#84
○政府委員(前畑安宏君) 富山医科薬科大学は、御案内かと思いますが、昭和五十年の十月に設置をされております。これはそのころのいわゆる無医大県解消計画の一環として、富山県にも国立の医科大学を設置すべきであるということでその設置が検討されたわけでありますが、御案内のとおり、従来はそれまではすべて単科の大学として設置をしてまいっております。これはそれに先立つ大学紛争のころのいろんな経験も踏まえまして、新設の医科大学はすべて単科で設置をしてまいりました。何々医科大学。
 ところが、この宮山県につきましては、御案内のとおり、伝統ある製薬産業が発達しているという基本的な地域的な特性がございました。それとともに、西洋医学の導入によって医学と薬学が学問的に分離されていく傾向がある、これを一体的、総合的な教育研究を推進すべきであるという必要性も関係者から指摘をされておりました。また、先生かねてから御指摘でございますが、和漢薬を含む東洋医学の重要性というのもそのころから指摘をされてまいっております。こういうことを踏まえまして、この宮山県に新しく医科大学を設置するというときに、宮山大挙から薬学部と和漢薬研究所を移管いたしまして、医科薬科大学として設置する構想が進められたところであります。
 その設置を進めるに当たりまして、富山医科薬科大学創設準備委員会というものを関係者によって組織をいたしましたが、そこでは医学と薬学の一体的、総合的な教育研究を推進するとともに、東洋医学と西洋医学を融合した新しい医学、薬学の基礎を確立すること、こういうことを建学の理念として検討されました。創設されました大学におきましても、その学則におきまして、「医学及び薬学を総合した特色のある教育及び研究の機関として、高度の知識を授けるとともに、時代の要請と地域社会の要望にこたえうる有為な人材を育成し、あわせて、医学、薬学の進展と社会の福祉に貢献する」、こういうことを目的として掲げているところでございます。
#85
○針生雄吉君 詳しい御説明をありがとうございました。
 視点を変えてみますと、これはまだ講座にはなっておりませんけれども、和漢診療学の試験に合格しなければ宮山医科薬科大学を卒業できない、すなわち和漢診療学の試験に合格しなければ医師国家試験は受験できないという、ここが大切なところでございます。つまり、東洋医学、和漢診療学が必須履修科目になっております。ですから、東洋医学、和漢診療学を履修して合格しなければ卒業できないわけですから、医師の国家試験の受験資格が与えられません。そこが大切なところでございます。
 つまり、医学部の卒業試験に関しては文部省が主導権を握っているわけであります。医学部を卒業できなければ、医師国家試験の受験資格がないわけでございます。厚生省さんがいつも言うことは、医師国家試験にもないし科学的にも証明されていないからということをおっしゃいますけれども、文部省が主導権を握っているんだということをひとつ大臣は御認識いただきたいと思います。和漢診療学の単位を、合格しなければ、取らなければ富山医科薬科大学の医学部は卒業できない、卒業できなければ医師国家試験はないということ。だから、必然的に医師国家試験に和漢診療学、東洋医学があろうがなかろうが、富山医科薬科大学に入学した人はその和漢診療学の講義を受けなければならないということです。
 そういう意味におきまして、将来、将来というよりも今の問題として、その医学部内の講座のスクラップ・アンド・ビルドの問題である、あるいは附置研の問題にしてもそうでありますけれども、東洋医学系の講座がなかなかできないという状況があるわけでございますけれども、その中において文部省にその気があればそういう知恵もわくだろうと。例えばその宮山医科薬科大学の建学のいきさつにまつわるようなそういうことも、これはハプニングで起こったのかもわかりませんけれども、結果的にそうなっております。あるいは大蔵省との兼ね合いもあるでしょうけれども、予算的な誘導をして、東洋医学の講座をつくるところには何かアドバソテージをやるというような、そういう政策誘導の知恵というのもあるのではないかということを申し上げておきたいと思います。
 大臣から御所見をお伺いしたいところでありますけれども、長くなりますので、もう一つのテーマについて。
 東洋医学による医療というものは、現在の健康保険医療制度のもとではもうからないということを認識していただきたい。こういうことを文部省としてもしっかり御認識いただきたいということであります。もうからない、少なくともペイしないということであります。
 いろいろお伺いしたいことがありましたけれども、時間もありませんので私がしゃべらせていただきますけれども、富山医科薬科大学の外来でも、入院の部門でも、漢方薬は全部刻み生薬でございます。生の乾かしたものをそのまま熱を加えないで刻んで、百味だんすみたいなところに入れておいて、処方せんに応じて、例えば葛根湯であれば七つの成分があるわけでありますから、葛根と大斎と麻黄と甘草と桂皮と有薬と生薑というふうにあるわけでございますから、その七つの刻んだ生薬を持ってきて葛根湯というものを処方して、それを一時間なり二時間せんじて患者さんに上げるということ。それに対して、健康保険で認められている漢方薬というものは、そういった生薬を全部一緒に一つにして高熱処理を加えてつくった、エキス剤にしても錠剤にしても、そういう高熱処理をしているわけでございます。
 生薬のクラス分けがございまして、一級品、二級品、三級品、A、B、C、Dと、こうあるわけでございますけれども、その生薬のA、B、C、Dという等級は、その有効成分が例えばAは〇・五%、Bは〇・四%、Cは〇・三%、Dは〇・二%というふうに化学的な方法で抽出できる有効成分をもとにして等級が定められております。
 刻み生薬を使いたいという人はこのシャープな切れ味を求めているわけでありますので、そういうときにはA、B、C、Dというその有効成分だけの問題ではなくて、その生薬の香りであるとか色つやであるとか、あるいはなめてみて味がどうであるとかという、そういう化学的な方法ではキャッチできないいわゆる気と言われる部分の要素が非常に多いわけであります。ですから、高熱処理をするエキス剤の場合には、気などというものはもう全然評価の対象になりませんので、例えばCクラスの薬を買ってきて、高熱処理をして、どっちみちそういう揮発分であるとか香りとかは吹っ飛んでしまうわけでありますから、それを使います。それであっても化学的な有効成分は同じであります。
 それに対して、宮山医科薬科大学のような刻み生薬を使う場合には、そういうC級、D級の薬であっては気の成分が非常に少なくなっておりますので、何といってもAかBを使いたい。そうなると、その値段が非常に高くなります、一つ一つの生薬が。ですから、葛根湯、エキス剤である場合には例えば五百円で済むとするならば、刻み生薬を使う場合には三千五百円ぐらいになってしまうわけであります。そういうふうな使い方をしているのが本来の和漢診療のやり方、漢方医学のやり方である。そういうふうにやりますと、もう薬価差益というものが極端に少なくなりますし、さらに薬剤師さんが調合するわけでございますので、その薬剤師さんの人件費すらペイできないというような現状であるわけであります。
 さらに、東洋医学的なシステムによれば、検査というものも余りそれほどお金をかけなくてもいい、手術もしなくても済むようなケースも多々あるわけでございます。そういう意味におきまして、富山医科薬科大学の和漢診療に限らずでございますけれども、この現行の健康保険医療制度のもとでは、大蔵省とか文部省が国公立大学の附属病院の収入増を求めれば求めるほど検査づけ、薬づけという傾向になるということがあるのでありまして、特に今後和漢診療ないしは漢方診療というものを文部省主導で進めるに当たっては、もうけろもうけろということをおっしゃいますと非常に効率の悪い、効率の悪いというか、本来の薬の使い方ができない偏った、劣った漢方治療というものが行わねて東洋医学の評価を下げてしまうということになります。ですから、その辺は大きな観点から御研究をいただいて、いろいろな大学病院における診療報酬を上げろ上げるということを余りおっしゃらないようにぜひひとつお願いをしたい。もう時間もありませんけれども、大臣、何か所感がありましたら。
#86
○国務大臣(鳩山邦夫君) 私が何度か健康診断を受けに行ったりする大変優秀なクリニックのお医者さんが、自分がぐあいが悪くなると、前にこの委員会でお話ししたことがあろうかと思いますが、高名な、東洋医学についての造詣の極めて深い東京大学を出たいわゆる指圧師さんのところに通っているのを知っております。自分はその指圧師さんにいろいろ体を治してもらって、それで漢方薬もいいのを教えてもらって、それを飲んで元気いっぱい多くの患者さんに西洋医学を施しておる、こういうことなわけでありまして、私はそのように東洋医学と西洋医学が今後ますますお互い協調していくことによって国民の健康に対して果たすことのできる役割が増大すると確信をいたしております。
 私自身、長年、もう二十年近く風邪を引きましても先生御指摘の葛根湯以外を飲んだことがありませんで、葛根湯によって生き長らえているような人間でございますから、今度刻み生薬でもっと元気になろうかと、そう思いました。
#87
○針生雄吉君 ありがとうございました。
#88
○高崎裕子君 まず、映画の著作物における俳優等実演家の権利の見直しの問題についてお尋ねいたします。
 著作権法上は、実演家は録音権、録画権、放送権、有線送信権を持っていますけれども、一たん映画に出演するとこれらの法的権利は適用されなくなって、報酬は支払われないという状態になるわけです。
 日本芸能実演家団体協議会、ここの調査によりますと、おととしの四月から去年の三月までのテレビによる邦画放映五百四十二本、洋画の放映は千百七十九本だということで、邦画を例にとりますとこの十カ月だけでも月平均五十四本以上が茶の間に流れています。さらに、昨年の四月以降は民間の日本衛星放送が本格化されて、年間五百本の放映が始まっています。再放送を含めると千本を軽く突破する、こう言われているわけですが、映画監督らごく一部を除いては何ら報酬は払われていないわけです。自分が出演した映画を無断で放映されているという状態で、「寅さん」の映画で三崎千恵子さんというおばちゃん役の方ですが、「寅さん」なんか飛行機の中でもやっているけれども、何のあいさつも、一銭ももらっていないと、こう訴えておられます。
 この問題については、三月三十日に文化庁の著作権審議会第一小委員会が審議のまとめを行い、その中で映画の二次的利用の増大に伴う実演家、映画監督等の権利保護について関係者間の協議の場を設けることなどを打ち出しております。そして、五月二十二日にはこの問題を協議するための映画の二次的利用に関する調査研究協議会も発足し検討が進められていると聞いています。
 本格的な衛星放送時代を迎え、映画の二次的利用が増大している中で、俳優等実演家の権利が保障されない、追加報酬が一切受けられない、これはやっぱり明らかにおかしいと思うわけで、この点の見直しを関係者が求めているのは当然だと思うわけです。文化庁としても、一刻も早く経済的な利益が守られるべきだと、その点で努力されるべきだと思いますが、この点いかがでしょうか。
#89
○政府委員(吉田茂君) この問題につきましては、現行制度上実演家は、映画に出演を許諾したときには、その映画を二次的に利用する、例えばその映画からビデオをつくるといった場合には、当然に法律上の権利が発生するわけではないわけでございますが、これは実演家はその映画の出演に関してその後の二次的利用も含めた形で契約奉結びまして、みずからの権利あるいは利益を確保することが可能であるという考え方に基づくものでございます。おおよそ各国におきましても同様な制度をとっておるわけでございます。この考え方は、いわゆる実演家等保護条約、ローマ条約でございますが、これに沿うものでございます。
 こういった映画の二次的利用に係る権利、利益についての問題は、基本的には映画制作者と実演家の両当事者がこの問題についてどう合意するか、こういう問題であるわけでございますが、一方で御指摘のように近年のビデオあるいは衛星放送あるいはCATV、こういったメディアの発達によりまして映画の二次的利用形態が非常に進捗しておるわけでございます。実演家においては、具体的には映画の二次的利用に係る契約はほとんど結ばれていないという現状があるわけでございまして、実演家の団体からは私どもに対しましてもこの点の検討の要望が参っておるわけでございます。
 御指摘のような映画の、二次的利用に関する調査研究協議会を五月二十二日に第一回を発足させたわけでございますが、当面この協議会におきまして、映画の制作あるいは二次的利用の実態あるいは今後の映画の二次的利用の見通しと申しますか展望、こういったものについてのヒアリングを行いまして、まず当事者間、関係者間の共通理解を深めるということで現在検討協議が進み始めておるという状況でございます。
   〔理事田沢智治君退席、委員長着席〕
#90
○高崎裕子君 この検討が進められているということですが、経済的な利益が保護される観点でぜひ進められるように希望をしておきたいと思います。
 そこで次に、二点関連してお伺いしますけれども、映画の著作権については現在実演家や監督の権利保護が問題になっているわけですが、もともと映画は著作権法第十六条でも「映画の著作物の著作者はこ「制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」と、こう定められているように、監督だけではなくて撮影とか美術とか照明とか録音、編集などもう多くのスタッフの手によってつくられているものなんですね。劇場用映画の場合、映画一本の制作に四十人から五十人のスタッフが携わる、こう言われています。映画の二次的利用について、このような撮影とか美術、照明、録音など映画制作に欠かせないスタッフなわけですから、これに著作権が認められていない、追加報酬も払われないなど無権利状態に置かれているのは、もうこれ同様なわけですから、今回のこの調査研究協議会においてはこの撮影、美術等スタッフの権利保護、追加報酬の問題についても検討すべきだというふうに思いますが、この点いかがか。
 それからもう一つは、せっかくこういう調査研究協議会ができたわけですから、撮影、美術、照明、録音など関係者をメンバーに加えるなど、関係者の方の実態を調べる、意見、要望をもっともっと聞くというふうにすべきだと思いますけれども、この点いかがでしょうか。
#91
○政府委員(吉田茂君) 映画の著作者につきましては、御指摘のように映画監督のほかに撮影監督あるいは美術、こういったものの担当の方々、関係者が非常に多いということでございまして、現行制度の中ではそういった方々が映画制作に参加した、そういうときには映画制作者に著作権が帰属するということになっておるわけでございまして、これは国際的にもそういった制度が非常に広範に行われておるわけでございます。
 これに関連いたしまして、この研究協議会では先ほど御指摘の実演家それから映画監督という方々がメンバーシップとしてお入りをいただいておるわけでございます。非常に著作者が多いということもありまして、現在、著作者の関係では映画監督のみを構成員として発足をして検討、協議を進めておるわけでございます。撮影監督の方あるいは美術の担当者、こういった方々についての御主張なり意見をいただく必要があるということがこの協議会の検討の過程で生じてまいりました場合には、協議会においてどういう形でそういった御意見な力御主張を反映させていくかということをその時点におきまして協議会の方で判断して対応していくということに相なろうかと思います。
#92
○高崎裕子君 ビデオの普及などでこの問題というのは急速に浮き彫りになったということで私は大変重要な問題だと思いますので、前向きにぜひ進めていただきたいということを要望して、この著作権に関する質問は終わりまして、次に大学関係でお尋ねいたします。
 最初に大臣にお伺いいたしますが、大学の研究と教育に不可欠な技術とスタッフの確保の問題の中で、具体的にこれまで余り大学問題の中では日が当たらなかった一つですけれども、大学にガラス工作室というのがございます。そこで働くガラス技術者、ガラス工の方の問題について伺いますが、大学におけるガラス工作室とそこで働くガラス技術者が大学の教育研究に果たしている役割についてどのような認識を持っておられますでしょうか。
#93
○国務大臣(鳩山邦夫君) 率直に申し上げてこの点については高崎先生に教えられた思いがいたすわけで、昨日質疑の通告がありまして、なるほどいわゆるガラス工作に携わる方々がどういう仕事をしておられるのか初めて知った次第でございまして、正直申し上げて、科学技術の発達に伴って相当難しいガラスを使った実験器具が必要になっていることは容易に想像ができます。
 私はそれらが大多数外注によっているんであろうと思っておったわけですが、そうではなくて、大学の中に工作室があって懸命にありとあらゆる要望に応じて非常に複雑で難しいガラス器具をつくっておられるということを聞いたわけです。そうした技術職員の方々が、文化系ということは普通余り関係ないと思いますので、大学の理工系学部や研究所等において教育研究や実験に不可欠なガラス器具の製作をしておられるということ、これはまた極めて重要な仕事であり、研究の内容が高度になればなるほど彼らの役割もまたより大きなものになってきていると思っております。
#94
○高崎裕子君 このガラス工作は全面的かつ体系的技術として個々人が習得して、それを工作室として組織的、累計的に継承していく必要があるわけなんです。だから、一人前の技術者になるには六、七年から十年かかる、こういうふうに言われています。この点では営利を目的とする民間企業では後継者養成は期待できないということで、大学と国の責任はとても大きいのではないかと思うわけです。
 私、いつも北大ですけれども、先日、北大の触媒化学研究センターと電子化学研究所にお邪魔をしてガラス工作室を見せてもらいました。ガラス技術者の方のお話も伺ってまいりました。北大のガラス工作室は大正十年に初めてガラス工作を始め、昭和三十九年にガラス技術研究会を発足させて以来、医学部、理学部、工学部など七つの部局で複雑で高機能を要求される実験装置の設計、製作、改良、開発を進めてきました。この中で、これまでは不可能とされてきた数々の装置を開発製作し、ESP用二重デュワー、これは魔法瓶のような仕組みのものなんですが、こういう開発を初め、いろいろ可能になった研究が数多くあるわけです。ここに写真があるわけですけれども、(資料を示す)多方面コックという、こういう複雑なものもつくりますし、中にこういう複雑なものもある特殊ガラス冷却管、それからこれは低温測定用赤外セル、民間ではとてもできない高度な内容になっているのはこれを見て一目瞭然だと思うんです。これらの業績で日本化学会化学研究技術有功賞を受賞された方もおられるわけです。
 しかし、この十年で北大のガラス技術者は十五名から半分に減っている。例えば触媒化学研究センターでは昨年定年で一人減になったが、不補充のまま現在二人でやっています。このうち一人はあと二年で定年、もう一人は十年で定年だそうです。この人たちは研究者が設計してきたものを技術的な検討を加えながらつくるわけですが、複雑なものは今言ったように民間ではつくってくれず、研究実験に欠かせない仕事だということで、センター長の方は、作業量が多く健康が心配だ、夏は暑くて大変です、後継者を育てるには五年から十年かかり、今対応しないと後継者が心配です、こういうふうに語っておられました。
 実際、風を入れると炎が揺れるので夏でもガスバーナーをそのまま使って、汗びっしょりで三回は服を取りかえなきゃならない。あるいは電子化学研究所でも、ガスバーナーというのはガラスを溶かす温度というのは決まっているんですね、その温度は物すごく音が高いんです。そうすると、この高い音の中で電話のベルが鳴っても聞こえないので、私は非常ベルか鳴ったのかなとびっくりするぐらい大きな音が電話のベルになっているということで、職業病としては難聴とか声が大きくなってしまうというようなことも問題としては出されていました。
 電子化学研究所では五十二歳と三十六歳の方、二人しかいません。ここで最初から技術を身につけてやっておられるわけですが、ここでは色素レーザー用セルという、ドイツ製だと一セット十八万七千円するものを二万月程度でつくれるように開発をしていて、教授の話では、この仕事は機械化できない、実験には欠かせないものだと言っておられました。
 この点は、昨年三月、十大学の理学部長による「基礎科学振興のための理学教育・研究のあり方」でも、日本の大学において世界の第一線の研究活動を続けていくためにはそれを支える技術、事務職員の充実が絶対に必要である。もちろん業務の簡素化や合理化を行って対処する必要があるが、それを考慮しても現在の状況は既にそれに必要な最小限を下回っている、今後もこの状況が続くと大学の教育研究の機能が麻痺してしまう、また、特殊な技能を持つ技官の協議採用ができるようにすることも必要である、例えばガラス工などは近年非常に少なくなり貴重な存在である、そのような技能者を採用できることが強く望まれる、こう指摘しています。
 そこで、協議採用についての考え方をお尋ねします。
 それから、政府の行(二)の不補充方針でこうした職員が採用できないということのないように行目職員での採用を可能とすべきだと思うんですが、いかがでしょうか。
#95
○政府委員(野崎弘君) まず、特殊な技能を持つ技術職員につきましてでございますが、先生お話しございましたように、一般的には国家公務員の採用試験に合格した中から採用するというのが原則なわけでございますけれども、今のような採用試験の対象とならない官職あるいは特殊な技能が必要とされる官職への採用につきましては、選考による採用が現在の制度でもできるようになっているわけでございます。したがいまして、ガラス工などの特殊な技能を必要とする職員につきましても人事院と協議を行いまして選考採用ということがあり得るわけでございまして、現実に技術職員の選考採用の実績というものもあるわけでございます。しかし、この三年間で見ますと、ガラス工につきましては選考採用された者はいないということでございます。これは恐らく各大学の方からそういうような話が出てこなかったせいだと思っております。
 それから、行二職員の欠員不補充でございます。これは確かに一般的にはそういうことで、昭和五十八年の閣議決定によりまして欠員不補充ということでございます。したがって、行二のガラス工につきましても欠員不補充の対象ということでございますが、また、必要がある場合にはという限定もついておりますので、この職につきましては直接教育研究の支援業務に従事する者と考える、こういうようなことで各機関の必要に応じまして後任補充は可能である、このように考えております。
#96
○高崎裕子君 協議採用については、これまで前例がなかったので問題にならなかったということですけれども、大学から要望があれば、この点についてはケース・バイ・ケースで対応できるというふうに伺ってよろしいでしょうか。
#97
○政府委員(野崎弘君) そういうお話がございましたら、人事院と協議を行いまして考えていきたいと思っております。
#98
○高崎裕子君 ぜひ積極的にお願いいたします。
 最後に大臣にお尋ねいたしますけれども、前向きの答弁を最後ですので期待しております。
 このガラス工の養成学校、四年制のものが仙台に一九四三年から一九五五年まではあったのですが、ここでは約百名が卒業したんですが、現在もうなくなったんですね。それで、先ほどお話ししましたように、各大学で採用された方に各工作室が、その技術を継承するという形で五年から十年の単位で後継者を育てていくというシステムをとっているんですけれども、このように補充されないままきているために得がたい貴重な存在であるガラス技術者がこのままいけばいなくなってしまうおそれがあるわけなんです。文部省としても、今からその養成、確保、継承のための必要な施策をとるべきだというふうに考えるんです。ぜひ検討してほしいと思いますが、大臣、いかがでしょうか。
#99
○国務大臣(鳩山邦夫君) まず、お話を承っておりまして、大変熟練を要する技術者をどうやって養成するかということですから、一年二年でそういう方々が熟練された技術を身につけるとは思え。ませんので、当然最初に研修を積んで、ある程度の技術を持った方が職務に従事しながら、先輩からいろいろなことを教えていただく、あるいはなれによって、自分の創意工夫によって腕を上げていくという、そして本当に熟練した卓越した技能を身につける以外ないのではないかというふうに考えております。
 したがいまして、そうした特殊な技術を必要とする技術職員の確保というのは、ガラス工だけではないと思いますが、大学における教育研究の遂行上重要な問題でございますので、どういうような形で人材を採用していったらいいのか、あるいは民間施設において研修してもらって、そうした方々に来ていただくのがいいのか、あるいはその採用された方にどうやって技術の研さんの機会を確保していくか等、いろいろ考えなければならない問題が非常に多いと思いますので、これは省内で関係の者でいろいろ協議をしてみたいと思います。
#100
○高崎裕子君 時間ですので質問を終わりますけれども、大学の中ではこのように光の当たらない部分だけれども、大学の教育研究を本当に支えている縁の下の力持ちの仕事っていっぱいあると思うんです。文教委員会でそういう人たちに光が当てられた質問ができてとても喜んでおりますが、大学問題の教育研究条件の重要性ということは文教委員会でもさまざまな形で議論されてきておりますので、今後もこの点については大臣、先頭になって充実の方向で頑張っていただきたいと御要望を申し上げて質問を終わります。ありがとうございました。
#101
○乾晴美君 よろしくお願いいたします。
 日本の知的な水準、教育的な水準が高いということは世界でも知られているわけなんですけれども、よく言われるのに、天才というのが輩出されていないのではないかと言われるわけですね。例えば、ノーベル賞受賞者がどれぐらいあるかということで調べてみますと、一位はアメリカで二百三人、二位はイギリスで八十四人、三位はドイツで七十一人、四位はフランスで四十七人、五位はスウェーデンで二十八人というふうに見ていきますと、日本は十四位で七人であるということなんです。この原因は何なんだろうということを文部省の方々にお答え願いたいというように思います。
 これはやっぱり、私が考えるのは、教育のあり方に重要なポイントがあるんではないかなというように思います。一つは、教える内容をもっと高度のものにしていくのか、それとも、現在は額に汗して働くというようなことが敬遠される傾向にあるわけなんですが、そうした面にも目を向けたいろんな教育をしていかなきゃいけないんだろうなというように私は思うわけです。
 それで、こういったノーベル賞が余りもらえてないというような原因を文部省の方にお答えいただくのと、続いて文部大臣にそこら辺の教育論を少しだけ聞かせていただきたいというように思います。
#102
○国務大臣(鳩山邦夫君) これはいろんなことが原因としてあると思うんですが、一つは、先ほど木宮先生にお答えしたように、日本全体、広くあまねく、どこへ行っても均質で、基礎、基本を身につけるような教育をできるようにしようという、そういう日本の教育制度のあり方の中で、秀才をつくろうということはみんな考えてきたし、秀才を育てようということも考えてきたのでございましょうが、どちらかというと天才というものは変わり者と紙一重みたいな風潮があったのも確かだろうと。したがって、個性を大いに伸ばしてやるという意味では日本の教育は一歩劣っておったんではないか。ですから、それが臨教審でも、個性を十二分に伸ばすような教育をこれからやりなさいよということになったと思うわけであります。
 それから、学校五日制のときにいつも申し上げておりますように、今の子供さんたちが政治家並みのスケジュールで、土曜日も日曜日も、まあ土曜日も日曜日も牛歩を見させていただいたこともありますけれども、土曜日も日曜日も日程が入っておる、クラブ活動もある、塾もある、何もある、こういう中で子供さんに余裕がない、自分の個性とか自分の本当に好きなこと、やりたいこと、これがわからなくなっている。だから、相当天才肌の方でも結局秀才と言われるまでで満足してしまうというようなところがあったのではないだろうか。
 それからもう一つは、大学の研究条件等が大変劣悪であるということ。今、狭溢化、老朽化の問題が、特別施設整備資金の問題とともに、法律でも議論をされたわけでありますけれども、そういう高等教育の世界における研究条件というものは諸外国に比べて決して日本はいいものではなかったし、最近ますますひどくなっているという実態があろうと思います。
 それから、日本人は応用することが大変得意でございまして、前にも申し上げたように、カレーとうどんを合わせてカレーうどんという大変おいしいものをつくる技術はあるけれども、カレーのルーを発明したり、うどんを発明する能力というのは余りたけていない、こう言われています。したがって、これが基礎科学ただ乗り論ということにもつながるわけで、あなたは何でそんな研究しているんだと、何のために、どういうふうに役立つから、それがうまくいったらどれくらいもうかるのかと、こういう議論がされていますと、本当の基礎的な研究にのめり込むということができない。それができなければノーベル賞というのも簡単には得られない、こういういろんな要素があるような気がします。
#103
○乾晴美君 ありがとうございました。
 文部省の方。
#104
○政府委員(井上孝美君) ただいま大臣が御答弁されたとおりでございますが、事務的に若干現在の取り組みについて御説明いたしますと、我が国の学術研究水準につきましては、昨年の「我が国の文教施策」、いわゆる教育白書においても明らかにしているところでございますが、着実に向上しつつあると。例えば、一九八六年の研究論文数の比較などを見てみますと、我が国はアメリカ、イギリスに次いで第三位となっており、また一九八三年でございますが、工業・技術系において論文数あるいは引用回数におきましてはアメリカに及ばないものの、その引用指数におきましては欧州諸国を圧倒しましてアメリカの水準を凌駕するまでになっているというような状況を呈しておりまして、全体としては高い水準に達しつつあるというように認識をしているところでございます。
 学校教育全体におきましても、臨教審の個性尊重の原則を踏まえて個性を生かす教育というものを、平成元年の学習指導要領の改訂等におきましてその取り組みをいたしているところでございます。
 英才を育てる教育につきましては、昨年四月の中央教育審議会の「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」の答申におきまして、生徒の個性を十分に伸ばすという観点から、数学や物理などの特定の分野に関しまして、特に能力の伸長の著しい中等教育段階の生徒に対しましては教育上の例外措置を認めまして、その能力の一層の伸長を図る必要があるという御提言をいただいているところでございます。そこで、文部省におきましては、現在、この答申を踏まえまして、学識経験者等の協力を得まして、数学や物理などの特定の分野において特に能力の伸長の著しい者に対する教育上の例外措置の実施に関する専門的な調査研究を行っておりまして、アメリカ、ヨーロッパなどの海外事情調査や、数学界、物理学界など関係団体や関係者からの意見聴取など、調査研究を進めているところでございまして、来年六月を目途に調査研究のまとめをしていただく予定にいたしているところでございます。
#105
○乾晴美君 お伺いいたしますと、個性がない教育がなされているというようなことなんですが、これはやっぱり言えるだろうと私も思います。特に大学の個性もなくなりつつあるのではないか。その原因は、私も高等学校にいましたけれども、生徒はどうしてそこの大学へ行くのかというのがよくわからなくなってきているわけなんです。あなたはなぜそこの大学を選んだのというふうに聞きましても、共通テストの成績がよかったからそこを選んだというような答えが返ってきたりしてぎょっとするわけなんです。理科系で偏差値が高ければ、あなたは医学部に行きなさいというふうなことで、医学に向いているかどうかということは余り考えないで選ばせてしまうというようなことは怖いなというふうに思っております。
 やっぱりこれは共通一次試験を変えていかないと、今見ますと、東大を頂点にして大学が序列化されていっている、その東大の一列に従って高等学校の方もまた一列に学校の順番がついているというようなことになっているんだろうと思うんです。この東大を頂点として序列化されたということが、日本の学問のレベルが向上したのか、上がったかということになると私は非常に疑問を抱かざるを得ないと思うわけですね。ですから、教育水準を上げていくというのに共通一次テストというのはもう不可欠なものだというように文部省の方はお考えになっているわけでしょうか。私は偏差値人間をつくり出しているというように思えてくるわけなんですね。真に創造的な人間を殺していってしまっているのではないかというふうに思ってしまいます。
 この間、五月三十日の新聞を見ておりましても、公立学校校長会のところで文部大臣が、一人一人の個性を伸ばすと同時に学校の個性を伸ばさにゃいかぬのだ、そういうふうにお願いしますと言いつつ、現実はそれとはかけ離れたものになっていってしまっているのではないかというように思うんですが、いかがでしょうか。
#106
○政府委員(前畑安宏君) 共通一次、現在は大学入試センター試験と称しておりまして、その性格も共通一次のときから変わったわけでありますが、御案内のとおり、アメリカでもSATとかあるいはACTとかいう統一的な試験が実施をされております。これは御案内かと思いますが、関係の方の御意見によりますと、独自の入学試験、試験問題というものを各大学が行うことの不合理性というのはアメリカでもっとに指摘をされまして、今世紀の初めから大学協会が統一テストを行うようになった、こういうふうに承知をいたしております。
 我が国の共通一次の始まりもまさしくそれと動を一に、考え方を同じくいたしておりまして、いわゆる難問、奇問を排するために学力をはかる尺度としての統一的な試験を行おうではないかということで、共通一次が国大協の努力によって始まったわけであります。ただ、甚だ残念なことには、その後にいわゆるコンピューターの発達ということもありまして、また各大学における選抜試験が、共通テスト、共通一次あるいは大学入試センター試験と各大学が行います独自の選抜試験というものが必ずしもうまくマッチングをしていないというようなこともあって現在のような状況になっておるわけであります。先般、大学入試センターの十五周年ということでシンポジウムが行われました。東京大学の有馬総長は体調が悪くて欠席でありましたが、原稿をそこで提示されて読み上げられたというふうに聞いておりますが、東京大学においても真剣に入学試験のあり方について検討を行おうではないかという機運も出ております。特に、御案内のとおり、今後十八歳人口が減少をしてまいりますと、大学に入る入り方というのがかなり変わってくるんではないか、その時期をつかまえて東大としてもこの入試のあり方について積極的に研究をしたいというようなことも言われております。
 御案内かと思いますが、亜細亜大学でも新しい、いわゆる職員の子弟を推薦で入れるというようなことも考えたいというようなことも先般亜細亜大学の学長が雑誌において述べられておりました。また、新聞では批判を受けましたが、同志壮大学が縁故者を推薦で入れるというような仕組みも、いろんなことが出ております。
 ただ、大変大事なことは、共通一次あるいは大学入試センター試験で基礎的な学力を測定した後に各大学がいろんな多様な選抜を行いますときに、公平公正というのが余りにも強調されるというふうなことになっては各大学の取り組み方というのがたじろぐわけであります。同志社大学も来年度は推薦入試をやめた、こう言っております。そういった点が、もう少しみんなで考えながら少しずつでも雰囲気が変わればいいんではないか、このように考えております。
#107
○国務大臣(鳩山邦夫君) 文部大臣にさせていただいてから何日たったんでしょうか、二百何十日か経過したと思います。大学入試の問題というのは、入試センターももちろん私は視察はしましたし、大変難しい問題で、それこそ猫の目のように変わってもいけませんし、軽薄に文部大臣たる者が発言をすべきではないと思って、実は委員会等でもほとんどこの種の問題については私は余り物を言ってきませんでした。
 ただ、今二百何十日か経過しまして、多少文教行政にもなれ親しんできたところであえて先生からそういう御質問があったわけなので、少しばかりお答えをするとすれば、共通一次試験にしてもセンター試験にしても、その果たしてきた役割は十二分に評価したいと思うし、今前畑局長が御説明申し上げたように、どういう趣旨でこれがつくられてきたかということも十二分に評価されるわけでありますが、正直申し上げて、共通一次試験をつくり上げたときに、こういういい入試制度にしようと思って願いを込めでつくったものが実はそういう形にならなかったという、予想に反するような形がいろいろ出てきているというところに問題点があることを私は素直に認めたいと思います。
 というのは、センター試験をつくるに当たっては、極めて厳密な厳正な問題作成、その努力等は大変なものがあるわけだし、なかなかの良問が出題をされてきているのも大いなる研究の成果であることは間違いがありません。しかし本来、共通の試験というものはごく基礎的なものがどの程度クリアできているかということを試すものであって、そして各大学は思い切って個性のある、個性豊かな入学試験をやってもらう。A、B、C、D、Eと五つの大学があったとして、基礎的な到達度はセンター試験でわかる。しかし、A、B、C、D、Eというそれぞれの大学が行う入学試験では、どっちがどっちより難しいということは判定しかねる、それぞれが余りに個性的だから比較できないというような形になることが理想であったものが、センター試験の点数による偏差値輪切りというような現象が、情報化社会の進展に伴ってそういう傾向が顕著になってきてしまっていることが大変残念でございまして、さらに一層の私どもも研究や検討が必要であると問題点を抱いております。
#108
○乾晴美君 ありがとうございました。
 この共通一次というのは昭和五十四年から始まってきた。先ほどお答えいただきましたように、難問奇間があるということで、高校の教育のレベルを乱すというようなことでなってきただろうと思います。しかし、共通一次テストのそのもともとが、今大臣がおっしゃっていただいたように大学へ入れる力があるかどうかという基礎的なものがはかられてよかっただろうと思うわけなんですが、アメリカのSATというんでしょうか、大学入試適性検査だとか、ACT、アメリカの大学テストなどを調べさせていただきますと、やっぱりこれも全国規模のテストのようなんですけれども、大学が日本のように序列化されていないなというようなことで、これに倣いたいのではないか、見習うといいのではないかなというような気がいたしておりましたので質問させていただきました。もっともっと個性を出せるような大学になっていくことが私もやはり望ましいのではないかということでございます。
 その次に、平成二年度の経済白書によりましたら、男子の労働者のモデルの生涯賃金なんですが、六十歳を定年といたしまして、高等学校を卒業いたしまして計算いたしますと、二億五千九百六十四万円稼ぎ出すんだそうです。大学を出られた方は三億四百四十九万円だそうです。これを差し引きいたしますと、四千四百八十五万円大学を出た方の方がたくさん稼ぎ出すということなんです。大学を出るのに一千万円かかったとすれば、生涯を通じて三千五百万円の得にしかなっていないという計算になるわけなんですね。そうしていきますと、この一億二千万人の国民が価値観を一元化してしまうほどの大学の入試ではないんではないだろうか。大学へ行くという問題点というか、もっと違った多様な人生観を持って多彩な人生を送った方がいいのではないかというように思うわけです。
 ここに今「ハイスクール・セレクション」という本がありまして、お読みになったかもわかりませんけれども、こんな高校に入りたいということで、母親が見て歩いて書いた本当の高校事情ということで三十校のいろんな様子が書かれております。これはお読みいただいたでしょうか。ちょっと通告はいたしておりましたんですけれども、こういうような学校の評価を文部省としてどうなさいますでしょうか、伺わせていただきたいと思います。11通告してあったのでどなたでも結構です。
#109
○国務大臣(鳩山邦夫君) 通告を受けてこの本を見ましたけれども、まだ読むというよりもさらっと見たというような程度でございます。こうい、ついろいろな特徴のある高校の実態を、教育の専門家がごらんになったというよりも、むしろ何というんでしょうか、一人のお母さんとして直接それぞれの学校を訪ね歩いて、生徒の声とかあるいは生徒さんの活動を実際の目で見てのこういう一つのレポートだろうと思うんですが、こうした労作をつくられたことには本当に敬意を表します。
 それぞれの私立学校、これはほとんど私立学校だと思いますが、公立もわずかあるんでしょうか、ほとんどが私立学校でございますけれども、実に特色ある教育活動が行われているということを改めて認識いたしたところでございます。これからも新しいタイプの高校をつくろう、例えば国際性重視あるいは情報化対応と、いろいろな新しい特色ある高等学校づくり、もちろん単位制高校もあるわけですが、そうしたものがつくられつつあるところでございまして、こういういろんな高校が日本にあるんだなという中で、個性ある教育が展開されていくように大いに期待をいたすところでございます。
 せっかく個性ある高校教育がなされていたとしても、それが偏差値輪切りで共通の物差してまた序列をつけられていくということになると、せっかくの個性ある高校教育が大学進学を機にまた失われていくということにもなりかねません。やはりこの大学入試問題というものは、本来社会の学歴偏重という風潮がいかぬわけですから、日本人のブランド指向というところがいかぬわけでございますが、それを直せと私が叫んだところで世の中がすぐ変わってくれるわけではありませんが、文部省として何ができるか、研究をしていきたいと思います。
#110
○乾晴美君 非常にうれしいお答えをいただきましてありがとうございます。一言、学歴社会といいますけれども、学歴というよりも学校歴社会というふうになっているというように思っております。
 どうもありがとうございました。終わります。
#111
○委員長(大木浩君) 本日の調査はこの程度といたします。
#112
○委員長(大木浩君) これより請願の審査を行います。
 第一九号義務教育費国庫負担堅持に関する請願外二百三件を議題といたします。
 ちょっと速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#113
○委員長(大木浩君) 速記を起こしてください。
 それでは、第一九号義務教育費国庫負担堅持に関する請願外七件は採択すべきものにして内閣に送付するを要するものとし、第二二号四十人学級の早期実現と私学助成の大幅増額に関する請願外百九十五件は保留と決定することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#114
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#115
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
#116
○委員長(大木浩君) 次に、継続調査要求に関する件についてお諮りいたします。
 教育、文化及び学術に関する調査につきましては、閉会中もなお調査を継続することとし、本件の継続調査要求書を議長に提出いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#117
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 なお、要求書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#118
○委員長(大木浩君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十九分散会
ソース: 国立国会図書館
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