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1991/09/25 第121回国会 参議院 参議院会議録情報 第121回国会 科学技術特別委員会 第2号
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1991/09/25 第121回国会 参議院

参議院会議録情報 第121回国会 科学技術特別委員会 第2号

#1
第121回国会 科学技術特別委員会 第2号
平成三年九月二十五日(水曜日)
   午後一時十分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 八月六日
    辞任         補欠選任
     竹村 泰子君     三重野栄子君
 八月七日
    辞任         補欠選任
     三重野栄子君     竹村 泰子君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         及川 順郎君
    理 事
                岡部 三郎君
                藤田 雄山君
                三上 隆雄君
                太田 淳夫君
    委 員
                岡野  裕君
                鹿熊 安正君
                熊谷太三郎君
                谷川 寛三君
                永野 茂門君
                前島英三郎君
                稲村 稔夫君
                櫻井 規順君
                竹村 泰子君
                吉川 春子君
                新坂 一雄君
   政府委員
       科学技術政務次
       官        二木 秀夫君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        大平 芳弘君
   参考人
       東京医科歯科大
       学医学部教授   井川 洋二君
       学習院大学生命
       分子科学研究所
       長        三浦謹一郎君
       理化学研究所国
       際フロンティア
       研究システム思
       考機能グループ
       思考ネットワー
       ク研究チームリ
       ーダー      伊藤 正男君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○理事補欠選任の件
○参考人の出席要求に関する件
○科学技術振興対策樹立に関する調査
 (ライフサイエンスに関する件)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(及川順郎君) ただいまから科学技術特別委員会を開会いたします。
 まず、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#3
○委員長(及川順郎君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に三上隆雄君を指名いたします。
    ―――――――――――――
#4
○委員長(及川順郎君) この際、二木科学技術政務次官から発言を求められておりますので、これを許します。二木科学技術政務次官。
#5
○政府委員(二木秀夫君) 先般、科学技術政務次官を拝命いたしました二木秀夫でございます。
 科学技術の振興を図ることは、二十一世紀に向けて、我が国及び世界が発展を遂げ、平和で豊かな社会を築いていくために不可欠な最重要課題の一つであります。
 特に、近年、我が国は科学技術により世界に貢献していくことが求められており、これにこたえることが我が国の責務であります。
 科学技術の振興の重要性が高まっておるこの時期に科学技術政務次官に就任するに当たり、大臣を補佐しながら全力を尽くしてまいりたいと考えております。委員会の委員長さん、また各委員の皆様に置かれましても、よろしく御指導、御鞭撻のほどお願い申し上げまして、ごあいさつといたします。(拍手)
    ―――――――――――――
#6
○委員長(及川順郎君) 次に、参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 科学技術振興対策樹立に関する調査のうち、ライフサイエンスに関する件について、本日の委員会に東京医科歯科大学医学部教授井川洋二君、学習院大学生命分子科学研究所長三浦謹一郎君、理化学研究所国際フロンティア研究システム思考機能グループ思考ネットワーク研究チームリーダー伊藤正男君を参考人として出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#7
○委員長(及川順郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#8
○委員長(及川順郎君) 科学技術振興対策樹立に関する調査のうち、ライフサイエンスに関する件を議題といたします。
 本日は、本件について参考人の方々から御意見を承ることといたします。
 この際、一言ごあいさつ申し上げます。
 参考人の方々には、御多忙中のところ貴重なお時間をお割きくださり、当委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。
 当委員会は、科学技術振興対策樹立に関する調査を進めているところでございますが、本日は、皆様方から、ライフサイエンスに関する件につきまして、それぞれの分野から忌憚のない御意見を承りまして、本調査の参考にいたしたいと存じます。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 それでは、議事の進め方について申し上げます。
 まず、参考人の方々からお一人四十分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 これより参考人の方々から御意見を承ります。
 まず、井川参考人にお願いいたします。井川参考人。
#9
○参考人(井川洋二君) きょうはこのような機会を与えてくださいまして、大変ありがとうございました。私は東京医科歯科大学医学部の教授と理化学研究所の主任研究員を兼務しております井川と申します。
 きょうは、主にがん関連遺伝子と、それに続いてヒトゲノムのことについてお話をさせていただきます。(OHP映写)
 お手元に差し上げました資料は若干分厚くなっておりますが、参考として詳しくいろいろ知りたい方のためと思って参考の部分を挟んでおりますので、大変分厚くなって恐縮しております。
 恐らく次の参考人の方の御発言が一番のバイオテクノロジーの基礎ではかなり重複すると思いますので、その部分を少しはしょってお話しして、
その後、がん遺伝子とがん抑制遺伝子、がんを起こす方の遺伝子とがんを抑える遺伝子の話をさせていただいて、そして今世界的に研究が進められ始めているヒトゲノムのプロジェクトについてお話ししたいと思います。
 まず、バイオテクノロジーですけれども、我々の体の中にはDNAという化学物質が細胞に入っております。それで、その遺伝暗号、これは我々の設計図というか生物の設計図であります。その次に、今日、バイオテクノロジーを最も進めた組みかえDNA技術のお話をいたします。そういう技術によってたんぱくと抗体とDNAの三角形ができて、それをそれぞれリファインするという格好で今日のバイオテクノロジーあるいはバイオサイエンスが進んでおります。その話をさせていただいて、最後に遺伝子研究で理解が深まった疾患、この頂点にはがんがあるわけですけれども、そういうお話をいたします。
 まず、染色体とは、遺伝子とは、こういうDNAの構造の話をさせていただきます。
 我々の体は分裂するときには染色体というのをよく見ることができますが、実は分裂していなくても核の中には染色体がちゃんと伸びたような状態で入っているわけです。これは非常によい性質の肝臓がんの写真なんですが、この一つ一つの細胞、こういうのが一個の細胞なんですけれども、この真ん中に区切られたところがあります。これを核と称していますけれども、細胞の遺伝子は主に核にあるんです。これは核以外にも、ミトコンドリアにももちろん遺伝子はあるんですが、主に細胞を制御している遺伝子は核の中にある、こういうことです。
 そういう遺伝子は、分裂する状態ですと、分裂するのでDNAが倍になるわけですね。だから、これは半分もともとので半分新しくできた染色体なわけです。ですから、こういうふうな分裂しているときの細胞を押しつぶしますと幾つか染色体が見えるような状態です。でも、ふだん分裂していなくてもそういう染色体はあって、将来は分裂していない状態でもどこにどういう染色体があるかというのはわからなきゃいけない。そういう染色体にいろいろ名前をつけるんですね、短い方の腕とか長い方の腕、pとかqとか呼んで。人の染色体は一番から二十二番まで番号が振ってある。染色体を位相差の電顕で見るとこんな格好になる。こっちのしっぽの方ははしょってあります。こういうふうになっている。我々の染色体は母親から来た染色体と父親から来た染色体が対になっている。ですから、二つ遺伝子がある。分裂しているときですと四つ遺伝子があるという、こういう格好になっております。
 その遺伝子の染色体をだんだんだんだん構造をほぐしていきますと、最後はひもになるわけです。これがDNAのひもで、人間ですと一つの核の中にある染色体は約一・二メートルぐらいの長さになるんです。その上にこういう塩基という種類の化学物質が橋げたみたいに入っているわけです。この塩基が三つでこういうふうに一つのアミノ酸が決まっていくわけです。ですから、この並び方で我々の体の中で生命機能を維持しているたんぱくをつくるのが支えられているわけです。この四つの暗号というのは、アデニン、チミン、グアニン、シトシン、この片側を読んでいくんです。片側の遺伝暗号を読んで、それに従ってアミノ酸をつなげていくという、こういう構造になっているんです。生きとし生けるもの全部これでやっていますので、まあ多少暗号の使い方は生物によって違いますけれども、ほぼ同じなので、例えば我々のDNAを取り出して大腸菌の中で物をつくらせるということは可能です。こういうわけです。DNAがあって、それがRNAに一遍片側写し取られていって、その暗号に従ってたんぱくを合成するというわけです。
 もう一つ、DNAはそれ自体ふえて次の細胞にそういう遺伝材料、遺伝情報を伝えるという二つの機能、役割を持っているわけです。
 これは参考なんですが、普通DNAを見るときはこういう液の中にバンドとしてこう見て、この中に注射器を突っ込んで取ってくるということができます。もちろんこれを乾かすと、いつかごらんになったかと思いますが、綿みたいな状態になるわけです。普通はゲルと言って、寒天みたいなものの上の中で、電気のプラスからマイナスとか、こういう電気の流によってこれを分けるわけです。
 今度は組みかえDNA実験の話をします。
 これは、大腸菌などというそういう細菌の中で独立しでふえているDNAがあるんです。これに切れ目を入れて異種のDNAを挟み込む。これをもう一遍そういう宿主に戻してその遺伝子を働かせるという、あるいはこの遺伝子をふやすという、こういうことを組みかえDNA実験と、こう呼んでおります。
 こういう組みかえDNA分子をつくって、これ自身はポケットに入れて持って歩けるんですが、それ自身をこういう菌の中に入れて新たな能力を菌に付与するというような実験は、この組みかえDNA実験施設の中で行う。これはふだんP1からP4まであるわけですが、これは二つのことを可能にするんです。一つは、挟み込んだ遺伝子、例えばヒトから取ってきた遺伝子が細菌の中で働いて物をつくるという、これは御存じのようにインシュリンをつくったり、成長ホルモンをつくったりというのは、世の中に知られています。
 もう一つ大事なことは、DNAの断片を一種類だけふやすことができる。そうすると、それを化学的に先ほどの橋げたの暗号が解読できる。後で述べますヒトゲノムプロジェクトというのは、全部のヒトのDNAの暗号を解読しようという試みです。
 これは参考ですから、後でよく見てもらえばよろしいんですが、こういうDNAは大概二つの塩基を持っていますが、ある六つの塩基、対を認識して、そこである酵素がそのDNAを切っちゃう、こういう酵素がある。もともとバクテリアなどは、外から入ってくるDNA、ウイルスなんかのDNAをずたずたにして身を守るというようなことがありますので、そういうので制限という名前、外からの侵略を防ぐという、細菌自身が身を守るために持っていた酵素を実はバイオでは使うわけです。そして、こういうふうにDNAを切るはさみとして使うわけです。これはこういうふうにして遺伝暗号は解析するんだということです。
 ヒトの遺伝子や動物の遺伝子の構造が大体わかってきた。それは、このたんばくをつくる暗号になっている部分と、その前後にあるそういう遺伝子を働かせることをコントロールしている領域と、こういうふうに二つ、いわゆるたんぱくの設計図になっている部分と、そういう遺伝子を働かせると。動物の遺伝子で非常に特徴的なことは、幾つか間に本当のたんぱくに読めないところが挟まっている。多く、百ぐらいもこういうのが挟まっている遺伝子があるわけです。そうすると、その挟まっているところの抜け方によっては別なたんぱくをつくれるという、こういう機能も持っているわけです。
 これからが、バイオの特徴というか、基本になっているバイオの三角形の話をいたします。
 先ほど申し上げましたDNAとたんぱくと抗体、これがどこからでもスタートできる。例えば、DNAの構造がわかると、どういったんぱくをつくっているかというのが推測できます。そうすると、その一部のたんぱくを合成してやって抗体をつくりますと、その抗体が全体のたんぱくを落っことすことができる。それから、あるDNAを細胞に入れて、そしてその細胞でたんぱくをつくらせますと、抗体でその細胞は取ってくることができる。こういうふうに、どこからでもバイオの三角形を使って生物の機能やなんかが解析できるという、そのことです。これをすべてのバイオサイエンスの部門では利用しているわけです。
 こういう遺伝子の研究でどういう病気に対して理解が深まったかといいますと、ここにある一番はやはりがんなんですね。腫瘍性疾患、がん。がんに関しては、がんウイルスとかがん遺伝子とか、あるいはそういう遺伝子が持っている特別な
遺伝子を働かせるための機能とか、それからがんを抑える遺伝子とか、あるいはエイズを初めいろんなウイルス性疾患とか、あるいは遺伝性疾患とか、自己免疫疾患――自己免疫疾患には広くは糖尿病なんかも入るんですが、こういうものの理解が遺伝子の研究で非常に深まったわけです。
 ですから、今はがんの原因というのは遺伝子までさかのぼらないとわからないということで、こういう先ほどの遺伝暗号としてがんを理解するという研究が進んできたわけです。
 今度は、がん遺伝子とがん抑制遺伝子、こういう順で、がん遺伝子、これはオンコジンと呼んでいますが、がん抑制遺伝子、それからがん化のマルチ・ステップ、がん関連遺伝子研究と新技術と、こういうことでお話をさせていただきます。
 これはがん遺伝子ですけれども、がん遺伝子は、先ほど御紹介しました組みかえDNAの技術によって、その本質がわかってきた。そうしますと、それは大ざっぱに本来、細胞の外から信号を受け取って、それを中に伝えて、核の中の増殖に関する遺伝子を活性化する経路、ここにかかわっていた遺伝子ががん遺伝子に変化しているわけです。そのものではなくて、多少変わっている。普通は外から刺激が来ないとこういうものは働かないんですが、がんでは刺激が来なくても勝手に働いちゃっている。こういう変化があります。
 それからもう一つ、では、どういうふうにして伝えるかというと、それはたんぱくに燐酸をくっつける、燐酸化するということでそういうものを伝えております。でも、このごろは、逆に燐酸を取っちゃうという経路も見つかってきております。
 それから、最初にこういう遺伝子は、ウイルスの中にがんを起こすウイルスがあって、その中の遺伝子としてとらえられました。これは、我々、遺伝子を解析したときに、遺伝子の構造をこういうふうに棒でかく、そういう習慣があるんですね。そして、その上に何か変な遺伝子が乗っていると、そこのところをこういうふうに箱で囲っておくわけです。実はラウス肉腫ウイルスというトリの肉腫ウイルスは、一九一〇年にラウスという人が見つけた。トリの肉腫からウイルスを取ってる過性病原体としたウイルスをまた別のトリに打ったら肉腫ができた。こういうところから始まっているんですが、実は一年おくれて日本人がやはり見つけているんですね。藤波鑑という京都大学の教授でしたが、その藤浪肉腫ウイルスも一九一一年に取られて、その遺伝子もわかっているわけです。その藤浪肉腫ウイルスは、ここにfpsとしてわかっている。こういうふうにすべてレトロウイルスという、逆転写酵素を持ったウイルスなんですね。要するに、DNAがRNAになってたんぱくになるというさっきの遺伝子の働き方の方向を述べましたけれども、このウイルスは遺伝子はRNAなんです。そのRNAがDNAに逆に戻されることによってそういう酵素を持っている。ですから、このRNAウイルスというのは非常に横着て、自分のRNAという遺伝子を細胞の中に感染するとDNAに置きかえちゃうんです。そして、DNAに置きかえて、細胞の中のDNAの中に入ると、もうずっと細胞のDNAとしてそのウイルスの遺伝子を保存できる、こういう寄生虫みたいな性質を持ったウイルスなんですね。エイズウイルスがこの一つです。だから、一つ取りついちゃうと、その細胞が死なない限りウイルスの遺伝子はずっと保存されるというのが厄介なところです。これは、そういうがんウイルスとして知られたいろんなウイルスが持っている特異的な遺伝子を解析した、これは全部細胞が持っているある遺伝子だったわけです。
 もう一つ、がん遺伝子を取る方法があります。
 それは、ヒトのがん細胞からDNAを取ってきてネズミの細胞に入れると一部ががんになるんです。そういうことで、その細胞をネズミに打つとちゃんとがんができるという、ネズミの細胞をがん化させるというやり方でヒトのがん遺伝子が固定されました。
 そういう遺伝子をいろいろ調べできますと、これはそういうマウスの細胞へ入れてがんが起こることが証明されたいろんながん遺伝子の名前です。我々、非常に難しい言葉を使って申しわけないんですが、いろんな由来はあるんですけれども、こういうふうに三文字のイタリック体で遺伝子というのは書くことにしてあるんです。
 こういう遺伝子は、もともといろいろ、先ほどの信号を伝える遺伝子だというのはわかったんですが、どこかに変異が入っていて、どこかの遺伝子の暗号が一個変わっていて、細胞を直接がんにできるという性質を持っているわけです。
 これががん遺伝子の本体です。要するに、がん遺伝子というのは、外からのシグナルを受け取って次に伝えて、最終的に細胞の中の遺伝子を働かせるようにする。こういう信号の伝達の経路を受け持っているのががん遺伝子で、もともと普通の細胞、正常の細胞では信号が来なければ働かないんです。ところが、がん遺伝子になっていますと、今度は外からの信号が来なくても勝手に信号を送っちゃって、ふえろふえろとやっている。そういうのががん遺伝子というふうに御理解していただければありがたいと思います。
 ですから、がん遺伝子というのは、がんと言うと非常に嫌な名前ですけれども、本来は細胞の増殖とか分化にとって最も大事な遺伝子、それがふえるという信号を、何かそういう因子の影響を受けなくてもふえろという信号を外から送ってしまう。そこが問題で、この信号をとめれば、がんはがんである性質がとめられるわけです。
 これは細かいから結構です。今言ったいろんな遺伝子がとられたそのもともとの性質をこれは表にしたものですから、御参考までにということです。
 次に、では、どういうときに本来細胞の増殖や分化に大事な遺伝子ががんを起こすように活性化するかということを述べます。
 それは、一つは、遺伝子の暗号、最初に述べましたAだのTだのGだのCだのというのが一部暗号が変わることです。これは、「一か所暗号が変わる」とそこに書いてあります。それからもう一つは「短くなる」と。
 それからもう一つは、染色体の転座というのは、染色体上の転座です。要するに、もともと染色体の四番目に乗っていたものが十番目に移動するとか、そういう移動することによって今まで働かなかったやつが働けるようになっちゃう。そういうことです。
 それから、遺伝子の増幅というのは、一部だけ遺伝子がうんと数をふやしちゃう、コピーをふやしちゃう、そのためにふだんの状態よりも異常にシグナルを送っちゃうということです。
 例えば、これはRbというトリの白血病の遺伝子なんですけれども、それはウイルスの中に入っているときはこういうふうに短くなっちゃうんです。ところが、細胞の中で正常な働きをしているときにはこういうふうに長いんです。これは、細胞の表面のところにある構造ですけれど、そこをまたがってこういう分子があったときに、上がちょん切れちゃうと、外からのシグナルを受けないでも下にふえろふえろという信号を送っちゃう。これが活性化する一つの原因なんです。
 もう一つは、一つだけ暗号が変わるというのはこれです。c−rosというこういう正常の遺伝子ががん遺伝子になると左から三十五番目のこの暗号だけがGからTに変わる。要するに、グアニンがチミンに変わるという、こういう一つだけ暗号が変わることによって、今まで正常な働きをしていたものががん遺伝子として働くようになるわけです。
 これは、そういうふうにその暗号が変わった例です。これは上から、細かいですが、乳がんとか卵巣がんとか子宮がんとか、これは全部ヒトのがんです。ヒトのがんの中で今の暗号が変わったということが見つかっているんです。ですから、逆に言うと、ヒトの遺伝子を解析することによって、既にこの人の暗号は変わっていますよというのがわかるんですね。この変化は本当にがんになる前に既に変化しているんです。ですから、遺伝
子とがんというのはある意味で非常に切っても切れなくなってきているんですね。例えば、ある薬をやってがんが治ってきたというと、こういう変化を持った細胞がなくなってきているわけで、治療をしている途中でどのぐらいその治療が効いているかということもこういう遺伝子を調べることによってわかるようになっているわけです。
 それで、これは今の点突然変異で活性化される、たった一個だけ暗号が変わることによってがんを起こす性質が獲得されるという、その例を挙げたわけです。これは「コドン」と書いてありますが、先ほどアミノ酸というのは三つの塩基でもって決まるという話をしましたけれども、これは左から十二番目のアミノ酸、十三番目のアミノ酸、六十一番目のアミノ酸が変わるとがんを起こせるようになると、こういうことです。これもちょっと厄介なので御参考までにということです。
 これが全体の考え方です。要するに、細胞にあるがん原遺伝子というのは、これはがんになる前の正常な遺伝子が変異を受けて細胞のがん化を導くときにどうしてそうなっちゃうのかというモデルです。一つは、変異が起こって異常たんぱくができるということと、もう一つは、あるそういう情報が非常にふえちゃったために細胞をふやしちゃうと、こういうことです。
 今度はがん抑制遺伝子の話をします。
 がん抑制遺伝子というのは、最初に見つかったのは、実はがん細胞だけある染色体が抜けているというのを見つけた人がいるんですね。それで、我々の細胞というのは父からのと母からのと一対の染色体を持っている。だから、二個のがん抑制遺伝子を持っているわけですから、二つとも壊れるとがんになると、こういうわけです。ですから、一個でも残っていればがんが抑えられていると、こういうことです。こういうのを劣性表現を持つ遺伝子と、こう呼んでおります。
 こういう話をしますが、最初にいろんながんを調べていて染色体の抜けたところ、先ほど一番最初に染色体の図を出しましたが、あのとき短い方の腕をp、長い方の腕をqと呼んでおりますが、そういう五番目の染色体の長い方のところが欠損している。大腸がんではこういういろんな変化が起こって初めて大腸がんになっているわけです。乳がんでもこういうところの染色体の変化がある。こういうふうにいろいろながんでまず特定の染色体が抜けているということが見つかったことががん抑制遺伝子の研究の始まりです。これは随分昔から見つかったんですが、なかなかどうしてかというのがわからなかった。
 これが今の考えです。第一段階でもって片一方は抜けているんですね。それが第二段階になって両方とも抜けると病気になっちゃうという、そのときどういうことでそうなるか。要するに、この二つ、片方だけ抜けていますね。そして、もう一つのやつがなくなっちゃってもいいわけです。あるいはなくなっちゃったところへこの抜けたやつだけが二つになってもいいわけです。こういういろんなことで両方の遺伝子がだめになったときにがんが起こってくる、こういう話です。
 それを調べる方法は、その遺伝子が抜けているかというDNAの目印を使って調べることができるということです。
 例えばこれは、これ薄くてわかりづらいですが、大腸の正常リンパ球もこれはまだ良性です。良性の腫瘍も、両方ともバンドが二本ある。ところが、正常のリンパ球は二本あるのに大腸がんですと一本になっちゃう。あるいは大腸がんですと上の方のバンドだけが残っていて、正常のやつは二本ある。こういうふうにどこかが抜けているということでがんだと見つかるわけです。
 そして一体どこが抜けているかというのを染色体上のいろんなマーカーを使って調べるわけです。どこが欠けているか、大体ここら辺が欠けているというようなことを一々パターンを見ながら推測するわけです。こういうふうに染色体上のマーカーをつくること、これ自身がもうヒトの遺伝子の仕事になっているわけです。先ほどのヒトの全遺伝子を調べるときにこういういろんな拠点から調べるということがあって、その拠点づくりをまずして、そしてがんでどこの遺伝子が抜けているかというようなことを調べるわけです。
 クローニングというのは、先ほど遺伝子を取ってくることができるという話をしました。組みかえDNAという技術は遺伝子を取ってくることを可能にする。要するに、DNAを断片にしてバクテリアの中でふやせるという話をしました。ふやしたDNAをもとにして解析が可能だと、その遺伝暗号まで解析できたという意味で、これだけのがんを抑える遺伝子がもう既に解析されております。この一番最後のAPCというのはごく最近新聞をにぎわせた大腸がんの抑制遺伝子が癌研究所でとられたというその話です。
 がん抑制遺伝子の存在を示す証拠はこういうことなんですね。まず、がん細胞と正常細胞をくっつけて一個の細胞にするとがんでなくなっちゃうんです。だから、正常細胞にはがんを抑える力があるというふうに考えるわけです。そして、そういう細胞を維持していると、ある染色体が抜けたときにがんになるというので、そのある染色体の上にがんを抑える遺伝子が乗っているんだという、こういう考え方です。それを証明するために、がん細胞から全部の働いているDNAを取ってきて正常細胞に入れたところが、この正常型株化細胞に入れると、これはがん遺伝子の証拠です。これは、最初のはがん細胞と正常細胞を融合させると正常化する。今度はがん細胞からDNAを取って正常に入れるとがんになるということで、がん遺伝子とがんを抑える遺伝子との存在を示す証拠です。
 それで、融合させるかわりにヒトの遺伝子から全部のDNAを取ってきてがんに入れたところが正常化しました。これががん抑制遺伝子の単離の一歩です。
 そして、今度は、その入れた細胞の中から入れ込んだDNAを取ってきて、一個一個調べて、本当にがんを戻せるかという研究をして、そしてがん抑制遺伝子が取れました。
 これが私どもの研究室で二年前、これはアメリカの「セル」という雑誌の表紙を飾ったときの写真で、がんを抑える遺伝子を入れるとこういうふうに正常の平らな細胞になります。
 こういう遺伝子は、実はがん遺伝子と似た構造を持っていて、がん遺伝子の働く部分をこういうふうに取っちゃうということがわかりました。
 がん化のマルチ・ステップ、がん化というのはいろんなステップがあってがんになります。
 これはがんの一生ということですが、正常細胞が変わってがん細胞になって、微小がんになって、早期がんができて転移する、こういう中で遺伝子の変異が起こっているわけです。
 この遺伝子の変異、これは面倒くさいんですけれども、あっちこっちの遺伝子が変異する、こういうことで、がん化にはいろんな遺伝子の変化が積み重なるわけです。
 しかし、がん化を戻すときはワンステップで戻るんです。これがだから将来がんをコントロールするヒントになります。
 それで、この新しい技術は、ネズミの卵の中に遺伝子を入れて、その遺伝子がどういうふうにがん化させるかということを動物レベルで検索できます。
 今は、ネズミの卵からこういう細胞を取り出して培養して、そして遺伝子を変えて戻すという研究はできています。
 もう一つの新しい技術は、DNAを一部だけ取り出して、今みたいに遺伝子のクローニングをしないで温度を上げたり下げたりして増幅させてしまって、そして直接DNAを解析できる。これは今ヒトのがん遺伝子の検証に使われております。
 ヒトゲノムプロジェクトというのはどういうものかということは、もう既に中身は話しました。ヒトの全遺伝暗号を解析するというのがゲノムプロジェクトです。
 一つは、染色体を示しましたが、その上にマーカーになるようなクローンを取って位置を決めるというのがあります。これをマッピングと言いま
す。地図をつくる。それから次にDNAの塩基配列を決める。これをシーケンシングと呼んでおります。この二つを包含しております。
 ここに細かく書いてありますのは、結局はヒトの全遺伝情報を解析する、生物の成り立ちを見る一大情報研究ということであります。
 これはマップをつくるという意味です。先ほどもう既にお示ししましたけれども、いろんな病気に関係する遺伝子がある染色体の上にたくさん乗っておるということで、ヒトの遺伝子を解析することは病気の理解に役に立ちます。
 これはそういうのをどうやって解析するかという、先ほどの遺伝子のマーカーを使って、人によってDNAのバンドの位置が変わってくるというのをこういう遺伝形式と結びつけるわけです。
 どうして減数分裂が起きるかという理屈がここにかいてありますが、これも省きます。簡単に言いますと、次の世代に子供、生殖細胞をつくるときに、雄の染色体と雌の染色体が近寄るんですね。近寄って一部を取りかえっこするんです。そのときに取りかえっこする度合いがいろいろ違って、そして出てくる子供の遺伝子はみんな変わってくるということです。
 これはどうやって変わるかという変わり方を示しているわけです。減数分裂のときに雄の染色体と雌の染色体が近寄って取りかえっこして離れる。
 ゲノムプロジェクトというのは、いろいろなゲノムがありますが、ヒトに関しては、ヒトを中心ですが、もちろんそれだけじゃわからなくて、やっぱりほかの動物と比べながらやろうというわけです。
 これは世界の動向です。
 一つは、今ヒトゲノムプロジェクトは米国を中心です。殊に、米国のNIHとそれからエネルギー省のDOE、この二つが中心になって全体をドライブしております。
 データベースもアメリカを中心に何とかしよう、そういう活動を学者側からサポートする機構としてHUGOというのがあります。これはヒトゲノム解析機構というか、ヒューマン・ゲノム・オーガニゼーションということで、今、日本人も何名か入っておりますが、全体で三百二十四名。
 米国がかなりリーダーシップをとっていますけれども、必ずしもよその国がそうすんなりと賛成しているわけじゃないんです。だけれども、少なくとも新しい生物に関して世界は動き始めだということです。
 これだけちょっと見ていただきたいんですが、これは一九八七年のDOEのドラフトの抜粋です。要するに、ここのところを見ると恐ろしいことが書いてあるんですね。「これらの新しい技術を開発することは二十一世紀におけるバイオテクノロジーにおいて米国に指導的立場を与えるものとなろう。」というので、もう自動車で負けたんだから遺伝子は絶対負けないというのは、日本の本を読んでいる限り出てこないんですが、アメリカの本を読んでいる限りあっちこっちに出てくるんですね。これがやっぱり今の全体の動きの裏側だと思うんですね。
 染色体の上で何番目の染色体に幾つの遺伝子がもう既に固定されているかというのがここに書いてあります。これは一九九〇年で千八百六十八。
 これはマッピングという先ほどの位置決めをやっているデータですが、日本は今このぐらいのところです。三番目ですが、ごく最近かなりのクローンが出されまして、そう恥ずかしくはないんですが、いまだにやはり少ないところにあります。
 本邦でもいろいろ努力しております。
 一番つらいのは、国際的に展開されているというけれども、独自性も持たなきゃならぬというところですね。それから、解析技術というのは何せ三十億も橋げたがありますから、今のやり方だと千年もかかっちゃう。ですから、どうしても情報処理をどうするかというそのところが非常に問われます。それから、ヒト以外の生物ともやっぱり連関を保たないと、ヒトだけじゃわからない。例えばネズミですと交配が短期で可能ですね。
 当面の目標、これはいろんな国際的なことや何かじゃなくて、今我々が実際どんなことをやっているかということを書いているんですが、研究材料の整備とか、マッピングの材料と技術とか、そういうことが書いてあります。これはすべて人材が必要なんで、人間の養成とかそういうこと、殊にコンピューターデータベースのところは国際的な対応を迫られております。
 これはちょっと宣伝になるんですが、理化学研究所の方でつくった自動解析システムをちょっとだけごらんいただきます。
 こういう初めて全体がシステム化されたヒト遺伝子の解析のオートメーションのシステムが立ち上がりました。これは一つのプロトタイプですが、これを何とか小型化してなお迅速化するということです。
 科学技術会議の中にもライフサイエンス部会の下にヒトゲノム解析懇談会というのをつくっていただきまして、その中で各省庁の下で中心的にやっているサイエンティスト、科学者がいろいろ話をして、割合に日本でも協調姿勢が少しずつ出てきております。
 やはり、しかしどうしてもこれは試練なんですね。非常にお金が要る。それと人材が要るというプロジェクト。
 それで、ともかく研究基盤技術の開発とか整備とか、研究支援体制の確立とか、研究技術士とか実験介助者等の養成とか、遺伝子解析センター等の設置とか、いろいろどうしても物入りになる。しかも直接的にはヒトの遺伝病とかそういう解明、がんとかそういうものに役に立つけれども、すぐというわけにはいかない。ある程度情報はためていかなくちゃならない、こういう問題があります。
 殊にデータベースの問題は米国と直接、ファクトデータベースと知識ベースというこの二つをどう調和をとって進めるかというのが今問題です。
 これが私のまとめです。ヒトの細胞は核につなげると一・八メートルになるDNAという化学物質のひもを持っているわけです。その上に四種の塩基の並び方が生命活動を営むためのたんぱくの設計図、すなわち遺伝暗号になっていて、組みかえDNA技術はこの解読を可能にしたわけです。しかし、全解読というのはヒトゲノムですけれども、これはやっぱり技術の革新とそういういろいろブレークスルーが要るんですね。
 この上にはかん化に連続する細胞の増殖を誘導する遺伝子やがん化を抑える遺伝子も乗っています。がん化は幾つかの遺伝子の変化が積み重なっていますけれども、これを戻すのはワンステップで済みそうなんですね。ですから、将来治療法を工夫する上でヒントを与えてくれると、こう思っております。
 ヒトの持つすべての遺伝情報を解析してデータ化するヒトゲノムプロジェクトは、医学・生物学関連の研究に飛躍的な進歩をもたらすと思いますが、このプロジェクトはいろんなことを要求されるので、日本の科学と科学技術への新たな試練となっておりまして、国際的に真の科学の力を問われるので、ぜひ国家の強力なサポートをお願いしたいという、これが私のきょうの趣旨であります。
 二枚余分なのがくっついておりますが、あとは若干倫理的問題と我々の自動化機器に対しての外の反応が書いてあるだけです。
 以上です。どうもありがとうございました。(拍手)
#10
○委員長(及川順郎君) どうもありがとうございました。
 次に、三浦参考人にお願いいたします。三浦参考人。
#11
○参考人(三浦謹一郎君) 私は、最初にちょっと自己紹介させていただきますが、この春まで東京大学の工学部におりましたが、定年でやめまして、学習院大学で新しい生命科学の研究所をつくるということでそちらへ参りました。私は、出身は化学ですけれども、その後、生物関係の基礎的な研究機関を歩いてまいりまして、そして東大の
工学部へ参りました。これは、一つの時代の流れといいますか、工学部の中でバイオサイエンスをやろうということで、外から人を入れて新しい分野を築くと、そういうことで呼ばれたと思っております。
 そういう背景の人間でありますが、きょうはたんぱく工学を中心にしたバイオテクノロジーの最近の状況をお話しするようにというふうに伺っておりますので、私の仕事を中心にしまして、その分野の話をさせていただこうかと思います。皆様よく勉強していらっしゃって、あるいは失礼に当たるかもしれませんけれども、少し基本的なところからお話をさせていただこうかと思います。
 多少は今の井川先生と重複するところがあるかと思いますが、きょうお配りした資料の中で説明をいたしますのに横長のB4版のものの図を使いながら説明したいと思います。ただ、話の内容はもう一つ別につけてあります「蛋白質工学の進展」という、これは二年ほど前に書いたものですけれども、これが中心になると思います。
 今のお話にもありましたけれども、一九七〇年代の半ばごろに遺伝子操作技術というのが発展いたしました。これはちょっとさかのぼりますと、第二次世界大戦が終わったのがちょうど一九四五年でありますけれども、そのころまでには物理学で原子物理学あるいは量子論といったようなものが非常に発展をしてきまして、物理科学、フィジカルサイエンスという面では非常に大きな発展が遂げられてきたわけであります。
 戦後にサイエンティストたちが何をしようかということを考えました場合に、もちろんフィジカルサイエンスでさらに突っ込んで仕事をしようという人たちはもちろんおります。一つの行き方としては、生き物はどうして生きるんだろうか、生命の秘密に迫ろうということで仕事を始めた人たちがおります。そして、純粋な生物学者あるいは医学者といったような方たちのほかに、物理学だとか化学だとかを勉強している方たちも生命の問題を一つの新しいテーマとして取り上げようとして入ってきたわけであります。
 一九五〇年代、六〇年代にそういうことで生命のからくりというのが分子のレベルでだんだんわがってまいりました。これが分子生物学と呼ばれる学問の領域であります。この学問が発達しできますと、遺伝子の実体が今お話のあったDNAというものでありますが、このDNAの構造を調べようということであります。(OHP映写)
 プリントで見ていただきますと一枚目の一番という図でありますが、DNAというのは二つの鎖からできた長い分子であります。そして、この一つの鎖の長さが、もし一つながりにつなげるとしますと、人間の場合は一・八メートルという非常に長い長さを持っているわけであります。ヒトの体の中には何兆という細胞があるわけですけれども、その細胞の中に含まれているDNAを全部つなぎ合わせたと仮にしますと、地球から月まで七往復半ぐらいの長さになるという非常に大きな分子で、したがって大変な情報量を持っているわけであります。
 非常にきれいな二重らせん状態をとっているわけですけれども、それを広げてかいたのが右の図であります。縦にずっとつながっていますのが糖とリン酸がつながったバックボーンでありまして、それから塩基と呼ばれる物質がこういうふうに突き出しております。この塩基には四種類ありますが、今この二つの鎖がうまくつながり合うということは、両方の鎖から一つずつ塩基が向かい合いになりまして、その塩基の間で軽い結合ができます。これは非常に特異的な結合でありまして、こちらから例えばグアニンという塩基が出ますとこちらからはシトシンという塩基と、そういうふうに決まっております。その次に、ここではアデニンという塩基がありますが、それに対してはチミンという塩基があるというふうに組み合わせが決まっております。
 そこで、もし二つの鎖が分かれてまた新しい鎖をつくろうという場合には、新しい鎖の材料として塩基をこの上へ並べていくわけでありますけれども、先ほど申しましたように、塩基が対をつくる相手というのは決まっておりますから、前と全く同じ並びの塩基配列ができてくるわけであります。これが遺伝の性質をうまく説明する分子の仕組みでありますが、では、遺伝子の中にどんな情報が含まれているだろうかということをこれからお話ししてみたいと思います。
 生物の体をとってみますといろいろな物質でできております。たんぱく質あるいは糖質あるいは脂質、そのほかいろんなものでできております。もちろん水もたくさん含まれております。生物界はいろんな生物によって水分の含量は違いますけれども、大体において六、七〇%は水分であります。そして残りの三〇%がいわゆる固形分ですけれども、その半分がたんぱく質であります。体の中にはたんぱく質以外にもいろいろな物質があるわけでありますけれども、それらの物質は、動物であれば食物、それから植物であれば肥料あるいは空中の窒素とか、そういうものを材料にして自分の体に必要なものを合成していくわけであります。
 その合成をしていくのは、何十段階もあるいは百段階もたくさんの過程を経て、例えばAという物質がBになり、さらにCになりということをずっとやっていって、最後にZという目的の物ができるというようにたくさんの段階がございます。その段階に一つ一つ酵素というものが触媒として働いております。この触媒になる酵素を親の細胞と同じように持っていれば、子供の細胞は同じように体の中の物質をつくり上げることができる。つまり、親の耐性と同じ耐性を子供につくり上げていくことができるということになります。ですから、遺伝子の中には子供に伝えるべきものとして酵素の情報を持っていればよろしい、酵素の情報を持っていればすべての物質をうまく合成することができるということになります。
 では、酵素というものは物質的には何かといいますと、たんぱく質であります。最近、おととしでしたか、ノーベル賞の対象になりました仕事は、実はたんぱく質でない酵素活性を持ったものがあると、そういうことが対象になったんですけれども、常識的に言いますと酵素はたんぱく質であります。
 逆に、たんぱく質の中にはどんなものがあるかといいますと、酵素以外では、皆さん自分の体を考えてごらんになりますと、例えば皮膚の中にはコラーゲンというようなたんぱく質がありまして、あるいは筋肉の中にはミオシンとかアクチンとかそういったんぱく質があります。そういうものが体の形を形づくっているわけでありますので、体の形を形づくっているだけでなくて、例えば筋肉の場合ですと、二つの分子がうまく滑り合うことによって運動を起こすというようなこともやっているわけです。あるいは血液のことを考えてみますと、ヘモグロビンというようなたんぱく質がございまして、このたんぱく質がフレッシュな酵素をくっつけて体の隅々まで運んでいくというようなことをやっています。そういうようないろんな体の中での物質の輸送に関係しているたんぱく質があります。また、皆さんよく御存じのようにホルモンというものがありまして、体は非常に複雑なできぐあいですから、それをうまく動かしていくためには調節をうまくやらなければいけないというようなことがありまして、そのことをやっているのがホルモンですが、ホルモンの大部分はたんぱく質であります。小さなたんぱく質であります。
 そういうように、いろいろな働きを持った、しかも生物の体の中で大事な働きをする分子は何かといいますと、それはたんぱく質であります。そして、それらのたんぱく質の情報を遺伝子が持っていれば、生物は親と同じような働きをすることができるということになりますので、そのたんぱく質の情報が遺伝子の中に含まれているわけですけれども、それがどういうふうにたんぱく質に仕立て上げられていくかというところ、これも大要がわかっております。
 先ほどお話ししました遺伝子のDNAの二つの
鎖のうちの片方の鎖のコピーをとります。遺伝情報というのは二つのDNAの鎖の中で片方の鎖に含まれているとお考えください。で、七番のところにDNAのコピーでありますところのメッセンジャーRNAの構造がかいてありますが、Aといったんぱく質の情報、少し飛んでBといったんぱく質の情報、そういうふうに遺伝情報が並んでいるわけであります。それで、今はたんぱく質の構造を一々構造解析するのはなかなか大変なことで、それがこれからは必要なわけですけれども、DNAあるいはRNAで分析するという方が進んでおりまして、今のお話でもそうでしたけれども、DNAの分析によってその人の持っている遺伝情報というのをはっきりとつかんでいくことができるわけであります。
 それで、例えば今七番の図でAというところに相当するものを調べますと、この情報を調べますと、人間では大体皆さん同じ情報を持っているわけです。また、Bというところを調べでもほとんど同じ情報を持っているわけです。しかし、そのAとBの間に挟まれている部分はいわば情報のない部分であります。これはどんどんどんどん変異をしていきますから、この部分を調べると個人の差までわかってしまいます。ですから、昨年あたりも新聞によく出ていましたけれども、DNAを分析することによって生物の種類を調べることができる、あるいは人間ですと人間の人種がどういうふうな系統で出てきたかというようなことを調べることができます。それはAとかBとかたんぱく質の情報を持った部分でありますが、個人の識別をしようとしますと、そういうところでないところを分析しますと個人個人でみんな違ってきています。ですから、親子関係の鑑定とかそういうようなことにもこのDNAの分析というのが使われるというような状態にまで来ているわけであります。
 さて、話を戻しまして、そのたんぱく質がどうやって合成されるかと申しますと、一枚目の右上の四番目の図ですが、細胞の核の中にDNAというものがありますが、細胞核の外へ情報をメッセンジャーRNAという形で取り出しできますと、細胞質の中で小さなリボソームという粒子にくっつきまして、その上でたんぱく合成が行われます。そのときに、たんぱく質というのはいろいろなアミノ酸からできているわけでありますが、そのアミノ酸がどういう塩基に対応しているかという遺伝暗号が既に解読されていまして、これは地球上の生物にとって大体共通の暗号を持っているということが知られるようになりました。しかし、生物ごとにまたちょっと違った変異をしている、違った暗号を持っているという場合もわかってまいりました。
 たんぱく質という物質が実際にどんな物質であるかということを次にお話ししたいと思います。
 二枚目の紙に行きますが、二十種類のアミノ酸が直線的に重合して非常に大きな分子になります。大体数十個から数百個のアミノ酸が直列につながったものがたんぱく質であります。ところが、たんぱく質という分子は直列につながったものが伸び切ったひもの状態であるわけではありませんで、分子の中で近寄ってくっつき合うような場所が幾つかございます。
 二枚目の三番という右下の方の図でありますけれども、たんぱく質の中でアミノ酸の性質によりまして、例えばプラスの電荷を持っているものとマイナスの電荷を持っているものが近寄りますと、そこでもってイオン結合というものがかかりまして、二つが近づいてとまるというようなことがあります。あるいはそこにベンゼン環が二つかいてありますが、ベンゼン環を持っているフェニルアラニンとかタイロシンとかそういうアミノ酸が近寄りますと、それらが近づいて軽く結合をいたします。あるいは下の方に水素結合というのがかいてありまして、これも弱い結合ですけれどもとまります。あるいはイオンを持ったアミノ酸がありますと、ここにちょうどかいてありますが、イオンを持ったアミノ酸が二つ近寄りますと、システインというアミノ酸ですけれども、近寄りますと、SlSのブリッジがかかります。これは共有結合で非常に強い結合であります。そういった式の結合がいろいろかかりまして、たんぱく質の分子全体を一つの特徴のある形にするわけであります。
 ここではキモトリプシンという一つの消化酵素を例に挙げてお話ししたいと思います。
 左下の四番の図です。ここのところに縦にかいてありますのが、アミノ酸をずっと並べてかいてあるというわけなんですけれども、実は全体が先ほどのようないろんな種類の結合によりましてこういうある特別の形になるわけです。今これは平面図でありますけれども、三次元構造としてあるわけです。そのときに、この左側を見ますと、黒い丸が五十七番、百二番、それから百九十五番とありますが、この三つのアミノ酸は、アミノ酸の配列順序で見ましたときは随分離れているわけですけれども、実際の立体構造をとりますとこの辺にまとまっているわけです。この辺にまとまっていて、そこがいわば活性中心でありまして、ここから出ていますセリンというアミノ酸あるいはアスパラギン酸というアミノ酸、そういうものの持っている基が加水分解作用をする。それで、たんぱく質をあるところで分解する。そういうような作用を持っているわけであります。
 ここでは何げなくこういう図を示したわけでありますけれども、この図はたんぱく質のアミノ酸の配置をすべて決めて、それを図式化するわけです。最近はコンピューターがありますので、非常にそれがうまくできるようになっているわけでありますけれども、そのコンピューターで図を描き出すためにいろんな仕事が必要になります。そこのところが、恐らく次のステップでいろんなたんぱく質について構造を明らかにして、そしてその作用する状態を明らかにしていくということが生物を理解するのに一番重要なところだと私は思いますが、その方法を新しく開発していくというところがまた望まれているところだと思います。
 三枚目に、私どもがやっていますものを一つ例に挙げてお話ししたいと思います。
 体の中にたんぱく質を分解する酵素があります。プロテアーゼと言います。非常に大事な物質であるたんぱく質を分解するものだから、これは邪魔者ではないかと思われるかもしれませんけれども、プロテアーゼというのは実は非常に大事な酵素でありまして、たんぱく質をずたずたに切ってしまうという場合ばかりではありませんで、たんぱく質の中である一カ所だけ切断をするというような作用を持っているものもあります。そして、そういう作用によってあるたんぱく質を活性化することができます。
 例えば、先ほどのキモトリプシンというようなたんぱく質は、まずたんぱく質としてでき上がりますときにはキモトリプシノーゲンといったような長いたんぱく質としてでき上がるんですけれども、その中の一カ所を切断することによってキモトリプシンという酵素ができ上がって活性化いたします。
 皆さんの興味を持たれるのは、病気に関係したようなことに多分興味を持たれると思いますけれども、最近騒がれているエイズウイルスなどを考えてみますと、エイズウイルスは、今、井川先生が話されたように、RNAを遺伝子とするウイルスであります。そのRNA遺伝子を増幅するために、特別の遺伝子増幅のための酵素を持っております。この酵素が、普通の場合には静かな状態でいるわけですけれども、それをどこか一カ所切断すると目覚めて活性化するわけです。それは、ある特定のプロテアーゼがそういうことをやるわけであります。ですから、エイズウイルスの増殖を阻害しようということであれば、そのプロテアーゼの働きを抑えるというようなことが一つの行き方になるわけであります。あるいは最近老化の問題というような問題が非常に問題になっておりますけれども、老化現象というのは恐らく体の中の物質代謝が正常にいかなくなってくる、ある老廃物がたまってそれが何かをするとか、あるいはあるべきものがどんどん壊されてしまうとか、そう
いうバランスがまずくなっていくんだろうと思います。老化というのは、がんと同じようにいろんな局面があって、非常に複雑だと思いますが、一つの点では、例えばたんぱく質の代謝といいますか、プロテアーゼの働きというのがかなり大事な働きをしているのではないかというふうに思われる節があります。
 そういうようなことで体の中で非常に大事な働きをしているプロテアーゼという酵素、これの働きを野放しにしておきますとなかなかぐあいが悪いわけです。それで、この作用を抑えるような阻害剤というものが天然にございます。そこに「インヒビター」と書いてありますが、それはプロテアーゼの、たんぱく分解酵素の作用を抑える阻害剤であるという名前なんですけれども、この名前はちょっと余りいい名前ではないと私は思っているんですが、酵素に対する調節剤とお考えいただければいいと思います。それで、今この手が酵素であるとしますと、右手のげんこつが阻害剤であるとしますと、この酵素の働く場所へげんこつの部分がちょうどぴったりはまり込んで、そして酵素の働きを抑える、そういう形になっているわけです。
 そのちょうどげんこつに当たる阻害剤の一つを私どもは詳しく研究しました。これは日本で非常によく構造が研究されているたんぱく質の一つで、こういう研究をするのに非常にぐあいがいいと思ったからであります。このたんぱく質は今の図でちょっと薄くかいてあります上の方の部分がプロテアーゼという酵素で、下の方が阻害剤であります。今お話しするのは放線菌という、ストレプトマイセスという菌から取りましたインヒビターでありまして、これはSSIという略称で呼んでおります。
 このSSIというもの、先ほどげんこつで示したものですが、これを結晶にしまして、それをエックス線で解析しますと原子の位置が全部決まります。それをあらわしたものがこれであります。この形はちょうど皆さんは九州の地図に非常によく似ていると思われると思いますが、このちょうど北九州に相当するあたりが酵素の活性部位にうまくはまり込んでいくということによって酵素の活性を抑えることができます。
 そこで、私どもはこの阻害剤の遺伝子を取りまして、それをいろいろ変化させていくことにしました。この遺伝子の構造がわかってきたときにいろいろなテクニックが発達してきたわけですけれども、そのテクニックを逆に利用しますと遺伝子を改造することができます。その遺伝子の中でちょうどここに相当する部分だけを改造するとか、あるいはこの辺に相当する部分だけを改造するとか、そういうことが今は原則的にはどんな場合でもできるようになっているわけです。それをやりまして、私どもはここを変えることによって別のプロテアーゼにぴったりはまり込んでいくような酵素をつくり出すことができたわけであります。
 そういう仕事をやっていきますときに一番大事なことは、酵素たんぱくあるいは阻害剤のたんぱくですが、たんぱく質の構造をしっかりとあらわすことが必要であります。そして、その作用点をはっきりさせるというようなことが大事であります。それには、非常に基礎的なことでありますが、物理的なサイエンス、フィジカルサイエンスをやってきた人間と一緒になって仕事をするということが非常に大事なことではないかというふうに考えております。
 そういう意味で、今も井川先生のお話にありましたように、例えばヒトのゲノム解析をするというような問題を考えましたときに、まだ実は技術的にいろいろやらなければいけない点があるわけであります。例えばDNAの構造を非常に迅速に解析するというようなことも必要でありますが、また一方、実際にそのDNAの上に含まれている情報のうち、いろいろなたんぱく質の情報が含まれていることになるわけですけれども、そのたんぱく質の実際の姿をつかまえるということが非常に大事になるわけです。そのたんぱく質をつくらせるときに、現在の遺伝子工学というテクニックを使いますと、細胞の中にある遺伝子を突っ込んで、そして細胞の道具立てを利用してたんぱく質をつくらせているわけですけれども、細胞はこちらがつくらせようと思っているたんぱく質以外にいろいろな種類のたんぱく質を合成いたします。ですから、非常にきれいなたんぱく質を合成するということがなかなか難しい、また量的にたくさんつくるということにある限度があるというようなことがあります。そこで、もっと抜本的にたんぱく質を純粋にたくさんつくり出すという方法を考える必要があると思います。
 そのことをするためにいろいろな努力があると思いますが、私どもは、細胞の中で動いているたんぱく質の合成装置でありますが、この装置を試験管の中でうまく組み立ててたくさんたんぱく質をきれいな形でつくり出そうということを考えて今仕事をしております。
 現在の細胞は非常に進化して複雑になっていますけれども、恐らく生命の起源の状態からたんぱく質の合成はあったと思いますが、そのころまでさかのぼって考えてみますと、たんぱく質の合成装置というのはもっともっと単純なものであっただろうというふうに想像されます。どこまでたんぱく質の合成装置が単純化されるかというような問題、あるいはたんぱく質合成はどういう状態で始まったのかという問題をとらえることは生物進化あるいは生命の起源をたどる問題にもなるかと思います。ですから、この問題は非常に応用的な問題につながっておりますけれども、一面では学問的に非常に基礎的な問題でもあるということであります。この辺が、私は最近思うのですが、非常に基礎的な学問と社会での応用ということが近くなっていて、その辺が今までの学問の状態とかなり違う面もあるんではないかというふうに思います。それにしても、基礎的な学問をしっかりやって新しい技術をつくり出す、そこら辺のことが恐らく科学技術政策でも非常に大事な問題ではないかというふうに思われます。最近の若い人の志向はどうしてもトピックスにつられていきますから、先へ先へと行くわけで、おもしろい問題に飛びつくのは当たり前のことかもしれませんけれども、その問題をもっと発展させていくためには、バイオサイエンスの場合にはその基礎になるフィジカルサイエンスでの修練というものが非常に必要ではないかと思います。
 そういうことを考えますと、大学の教育あるいはもう少し前の教育というものも、新しいものを創造していく人を育てるにはどうしたらいいだろうかということを真剣に考えていかなければいけないと思いますし、今それを手を打っていくことが必要だと思います。このことがおくれていますと、十年後になったときにまた米国との差が大きくなるというようなこともあるのではないかと思います。私どもも、この研究費の面でも、もちろんがんとか環境とか海洋とかエネルギー問題とか、そういう問題が大事で、そこにお金がつき込まれるのは当然だと思いますけれども、基礎科学の面でこれからいろいろな面につながっていく、今申し上げた環境問題、エネルギー問題、がんの問題につながっていくような基礎的な新しい技術を開発するというそこのところにもっと目を注いでいただけないかなというふうに思っている次第であります。
 どうもありがとうございます。(拍手)
#12
○委員長(及川順郎君) どうもありがとうござい」ました。
 次に、伊藤参考人にお願いいたします。伊藤参考人。
#13
○参考人(伊藤正男君) 伊藤でございます。
 私は、長年東大医学部におりまして、二年半前にやはり定年になりまして、理化学研究所の方に移りました。それで、国際フロンティア研究システムという大変ユニークな研究チームに属しまして、脳のメカニズムを研究するプロジェクトを行っておるわけでございます。そんな立場から、きょういろいろとお話をさせていただきたいと思います。
 我々の脳はどう働くのかというのは非常にどな
たもがお持ちになる疑問だろうと思います。なぜ頭がいいのか悪いのかとか、記憶がいいのか悪いのか、どうしてあの人は数学が得意でこの人は音楽が得意なのかといった、そういった身近な問題がたくさんあるわけでありますが、その一方で、これは非常にわかりにくい難しい研究対象であります。前のお二人の先生のお話のように、非常に何か問題の輪郭がはっきりしない面がございます。また、これを研究するのにどうして研究したらいいかという点で非常に空白の大きい分野であります。そういう意味で、大変盛んにはなってきましたが、まだ出発点にある科学分野ということが言えるかと思います。しかし、それだけにかえっておもしろい点もありますし、重要な意味もあるかと思います。相当中身がわかって進展し出しますと、ある意味では興味というのがかえって減ってくるわけですが、まだ何もわかっていないという、そういう空白が大きいというところで、いろんな分野の科学者がこれに興味を持っていろんな方向から眺めているわけであります。そういった点を最後にまた締めくくってみたいと思いますが、お手元にあります簡単な資料に沿って話を進めさせていただきます。
 きょうの話に出てくるキーワードをこれは並べただけのものでございますが、最初に、脳の働きというのは一体どういうことなのかを簡単に御説明したいと思います。
 これは、普通は五つの大きな基本機能に分けます。脳の五大機能と言われるものでありますが、認識、運動、情緒、記憶・学習、意識という五つに分けます。これは、動物にも備わっている脳の機能であります。ネコでもイヌでもウサギでもこういった機能はみんな持っておるわけでありますが、大変な進化の果てに人間の脳にはこういうものを土台にしてさらに高度の脳機能が発達してきている。よく言われますのは、言語、思考、感情、知的学習、自意識といった機能は人間に独特の脳機能であると言われますが、よく考えてみますと、動物の持っている五つの基本機能の大体延長線上にこれがございます。
 物を考えるというのは人間の脳の特別な機能には違いないのですが、もとをたどっていきますと、恐らくこれは認識と運動という脳機能の延長線上にございます。運動というのは手や足を動かすわけですが、思考というのは頭の中でいろんな観念や概念を動かすといった共通性があります。脳の仕組みというのは非常に似ている面があるわけであります。
 それから、動物の場合には喜怒哀楽の情緒があるわけでありますが、人間の場合にはそれにもっと複雑なものがつけ加わって感情になっている。で、崇高な使命感だとか宗教的な感情といった、そういった高度なものまでがつけ加わって人間の感情になっておるわけであります。
 それから、動物でも記憶・学習能力はみんなございます。環境の変化に応じて行動が変わってくるのを全部学習と呼んでおるわけですが、人間の場合にはそれを本を読んで習ったりといった知的学習のレベルにまで高めておるわけであります。
 それから意識というのも、これは動物に意識がある。魚にも原始的な意味での意識があると考えられますが、人間の場合には、自分が何をやっているかということを知っているという、そういう意識の中でも非常に最高のレベルと考えられる自意識あるいは自己の意識というのが備わってくるわけであります。
 といったわけで、脳はやはり膨大な年月を要した進化の産物である。したがいまして、そこには広く動物界に共通した働きが一方ではある。ところがその一方、その進化の果てに人間が獲得した独特の機能がある。しかし、それは降ってわいたように出てきたものではなくて、動物にも共通した機能をもとにしてそこから発展してきたものである。そういうふうに考えられるわけであります。
 そういう五つの機能が分けられるんですが、これが本当に脳の中ではどういうふうになっているのか、それぞれどうなっているのかということを考えてみますと、大変おもしろいことに、脳の中でこういう機能を担っている場所がみんな違うんですね。
 我々は脳というのは一つと考えて、一つの脳が認識もするし運動もするし感じたりしていると思っているんですが、最近の脳生理学の結果によりますと、脳の中でそれぞれ機能の分担場所がある。例えばいろんな感覚情報が脳に入ってきます。見たり聞いたりさわったり、いわゆる五感の情報が脳に入ってきますが、これはみんな脳の後ろの部分、大脳の後半の部分に入ってきます。それで、そこの中で大変に細かい筋道を通りまして情報が処理されていきます。例えば目で見たものの形、それから動きや距離という空間的な要素、それから色と、三つの要素が全くばらばらに分解されて脳の中で処理されていきます。我々は赤いリンゴが落ちてきたというのを一瞬にして意識するわけですが、その赤いということと丸いということと落ちてくるということが脳の全然別のところで情報処理をされてくるという、まことに奇妙なことが現在はっきりしてきております。
 それから運動は、今度は大脳の前半分で機能がつかさどられております。大脳の前半分のところにあります運動前野というところで大体運動の手順、プログラムがつくられる。その信号が運動野に行って、実際に運動を起こすために筋肉に送られていくというふうに言われるわけであります。
 それから、もう一つそこに補足運動野というのが書いてありますが、ここで何かをやろうというきっかけの信号が出てくるのであります。脳の欠陥障害なんかで補足運動野が障害を受けますと、何にもしない人間ができてしまいます。一日じゅう何もしない、何も言わない、じっと座っているだけ。ときどき老人ぼけの患者さんでそういう方があるのですが、補足運動野が障害されるとそういうことが起こります。といったように、運動の機能をつかさどっている大脳の場所というのは大変にはっきりしておるのであります。
 それから、感情、情緒、これはここに書いてあります大脳辺縁系と視床下部という、これは大脳の一番中心部でありまして、辺縁系というのは、脊髄、延髄、脳幹が大脳にマツタケの柄が傘につくようについているその根元の周りを辺縁系と言うわけでありますが、そういうところに感情の座があると言われるわけであります。
 喜怒哀楽というのは、普通我々の常識ですと、あの人は感情的な人だとかあの人は理性的でないとかすぐ怒るとか、何か非常に悪い意味に使うんですが、動物の情緒という面で見ますとこれは非常に重要な意味がありまして、えさであるとか異性であるとか自分の個体維持あるいは種族保持に重要なことには非常に喜びの情緒を発しまして、接近していってそれを獲得するという行動をとるわけです。ところが、自分に対して害があるあるいは敵だというものには逆の怒りとか恐れの情緒を発して、逃避する、回避する、逃げ出す、あるいは攻撃するといった行動をとってくるわけであります。ですから、これは生存のための非常に重要なメカニズムでありまして、これは刺激に対する価値判断が含まれておるわけであります。何か腹が立ったときによく原因を考えてみると、それは自分にとって不利な事柄だという場合が非常に多くあります。これが動物ですと、食べ物とか異性とかいう非常に生物学的にはっきりしたものですが、人間の場合には文化的、社会的にいろんなそういう価値判断機構が非常に大きく広がっておりまして、そこで最終的に出てくる判断が非常に複雑になるわけですね。そういった意味を持った情緒でありますが、これが大脳の辺縁系、視床下部というところを中心に営まれているということが間違いないわけであります。
 それから、記憶・学習も場所が大体わかっておりまして、頭で覚えたことを記憶しているのは大脳の皮質でありますが、記憶を固定するプロセスでその奥の方にあります海馬と読みますタツノオトシゴのような格好をした構造が脳の奥の方にありますが、それが非常に重要なキーを握っていると言われるわけであります。日本語で頭で覚え
る、体で覚えると俗に言いますが、これが実は大変な意味を持っているということが最近はっきりしてまいりました。
 記憶・学習というのは画然と違う二つの形がございます。頭で覚えるというのは、見たり聞いたり勉強したりして覚えるわけで、その覚えた内容を述べることができます。陳述することができます。こういうことを覚えているということを言えるんですが、体で覚えているというのは、言葉でこれを述べることができません。スキーのうまい人あるいはテニスのうまい人というのは、どこがうまいか、どうして自分がうまいのか、どうしてボールが来たときこういうふうに打てるのか全く言葉で表現できないのですが、やってみるとうまい。これは日本語で体で覚えると言われてきたことでありますが、これは大脳ではなくて小脳の方に記憶の場がある、メカニズムがあるということがはっきりしてまいりました。
 例えば海馬に障害を起こしますと、聞いたこと、見たことはすぐ忘れてしまうんですが、翌日になりますと全く覚えてないんですが、何か練習しますとどんどんうまくなるという、そういった事例もございます。
 ところが、四つは大体脳の中であり場所がわかっているんですが、五つ目の意識がわかりません。これが一体脳のどこにあるのか、脳のここだと言えると簡単なんですが、それが現在よくわからないのが現状であります。脳全体にあるように見えるんですけれども、決してそうでなくて、脳がかなり損傷されても意識は残っているので、全体がなくちゃいけないというものでもありませんが、ここだというふうにきちっと言うことができない。これは調べ方も悪いのかもしれないけれども、何か今までの得られた知識の中でそういうことを言うことができないという非常に奇妙なものであります。まあ脳死の問題が大変面倒なもつれた問題になっている一つの大きな理由はここにあります。人間の意識というのは脳のどこにあるのかがはっきりしていれば、そこが壊れれば意識の問題は片づくんですが、それがやっぱりよくわからないので、非常に大きく大ぶろしきで脳を包んで、全部脳が、脳幹から大脳、小脳全部壊れたときに脳死と言うという、そういった言い方をせざるを得なくなってくるわけであります。そういったことも関係があるように、これが非常に今の現代科学ではなぞになっておるわけであります。
 こういう脳機能を、我々は普通脳をコンピューターと大変よく比較するわけでありますが、では、こういう脳機能はコンピューターにはあるのかという発想で見てみますと、複雑な情報を処理するという点ではコンピューターに大変似ておりまして、認識とか運動のプログラムといったことはコンピューターの機能で大体類推できるわけでありますが、運動のもともとの指令がどこから出るのか、今何をやろうかといういわゆる自由意思が脳のどこから出てくるかということになりますと、これはコンピューターとの類似では非常に考えにくいわけであります。コンピューターが自分できょうは何をやろうなんて言い出したら大変困るわけでありますが、コンピューターにはそういう機能は与えてないわけでありますが、それが人間の場合には非常に大事な運動の大もとにある事柄であります。何か一種の情報を生産するように見える機構がある。これは今のコンピューター工学からは全く類推がききません。
 それから、情緒というのは価値判断機構だということを申しました。感情もその延長上にある。これも今のコンピューターにはこういう価値判断機構は与えられておりません。コンピューターがこれはいいとかこれは悪いとか言い出したら大変なことになるわけでありまして、きょうは気分がいいなどと言ったらもう大変に困るわけでありまして、そういう機能は一切コンピューターには与えないで、コンピューターの出してきた結果を人間がいいとか悪いとか言っているわけであります。これも今の情報科学の範疇を外れてくる非常に大きな脳の働きのファクターであります。
 それから、最後の意識がやはり大変な問題でありまして、これは自分が何をやっているかというのを知っているという、人間の自意識というのはそういうものでありますが、コンピューターが自分で今やっていることを知っていて、それがどういう意味があるのかなとということを理解しているということはちょっと今の段階では考えられないわけであります。コンピューター全体の動きを何かしょっちゅう見守っているようなコンピューターの部分といった解釈はできるわけでありますが、まあしかしそれも自意識などというものからはほど遠いものであります。
 こういった脳の中にあるものは何かと申しますと、たくさんの神経細胞があります。それからその細胞を支えているグリアと呼ばれる特殊な細胞があります。それからたくさんの血管が中を走っております。それだけであります。ほかに何かないかなと思って幾ら探しても何もないわけでありまして、そういったくさんの神経細胞がつくり上げている複雑な神経回路網がやはり脳の実体であると考えざるを得ないわけであります。
 例えば、我々の脳の表面から一立方ミリメートルの体積を切り出してきたとしますと、その中には神経細胞が約十万個詰まっております。その伸ばしている突起が全部つなぐと十五キロメートルぐらいになります。それから、その細胞と細胞が突起でもってつながり合っているんですが、そのつながり合っている接触点が総数で十億ぐらいになるわけであります。最近は、コンピューターの方の集積度も非常に上昇して脳に近くなってきておるわけでありますが、それにしても大変な高度の集積度を持った回路であります。こういうのがたくさん組み合わされて非常に大きな規模の神経システムというのをつくっておるわけでありまして、そういうものの働く原理を探っていく過程で脳の機能のメカニズムというのが理解されるのではないかと期待されるわけであります。
 こういう複雑な神経回路網とか、それが組み合わされてできている大規模な神経システムに実際にどういうふうにアプローチするかと申しますと、現在行われていますのは脳の回路網の構造を必死で分析しております。それから、回路網の中で神経細胞が出している信号をピックアップしてきまして、それの分析も盛んに行われておるわけであります。
 それから、細胞と細胞のつなぎ目のシナプスと呼ばれる構造でありますが、この構造が非常に精緻な性格を持っておりまして、信号を通すだけでなくて、信号の通り方を抑えたり、あるいは信号の通り方を条件によって変える、いわゆるシナプス可塑性でありますが、そういった性質を持っておりまして、そういった基本的な性質の解明、それに内在しているいろんな物質過程の解明というのが現在行われておるわけであります。
 そういういわば部品の性質をばらばらに調べていくという方法が今非常に盛んなのですが、それを大きなシステムにどうやって組み上げるかというところで、理論モデルによる再構成というのが非常に重要なアプローチになっております。
 非常に優秀なコンピューターが使われるようになってきておりまして、いわゆるシミュレーション技術が発達してきておりますが、しかし根本の原理はやはり我々が理論として考え出さなければならないわけであります。これはなかなを言うはやすくして簡単ではないアプローチであります。
 現実には、例えば小脳の回路網は、テキストにパーセプトロンとありましたが、パーセプトロンの間違いでございます。パーセプトロンとか適応フィルターと呼ばれる機械がございます。これは記憶機構を持って、学習能力を持った機械でありまして、コンピューター工学の方で非常に重視しているモデルでありますが、小脳の回路網は非常にこれと類似しております。
 それから、大脳の回路網に対しましては、この二、三年いわゆるニューロコンピューターでありますが、バックプロバケーション原理を持った回路網でもってこれを近似しようという努力が盛んに行われております。バックプロバケーション原理と申しますのは、結果をある基準と比べまして
誤差の部分を内部に戻していって内部の回路の組みかえをやるという原理であります。この原理で動く回路網が大脳の回路網の動きに割に似ておるのでありまして、それで脳をコンピューター化する。いわゆるニューロコンピューターとして非常に世間の注目を集めておるのでありますが、正直言いまして実際の脳からまだまだほど遠いと言わざるを得ません。実際の大脳の方の回路は実に複雑なものでありまして、動作原理にも非常に何か違ったものがあることを思わせるわけであります。
 そういう部品の解明、それがどういうふうに組み合わさっているかという構造の解明、それとそれに対する理論的な考察といったことが大事でありますが、もう少し具体的にそれぞれの脳機能というのはどういうふうに調べられているか、認識機能あるいは運動機能、それから情緒機能といったものがどういうふうにアプローチされているかということを次に申し上げます。
 四番目でありますが、これは実に現在多彩な技術、方法により同時並行的に進行しております。この辺も物質レベル、分子レベルの研究と大変違ったところでありまして、脳の研究にはこれ一つやればいいというそういうオールマイティーなアプローチがございません。いろんなやり方をやった結果をうまく集約することによって、新しい概念が出てきたり、新しい方法論が生まれたりする分野であります。ですから、分子レベル、細胞レベルの研究が一方では盛んに行われるかと思いますと、片一方では人間の脳に対するポジトロン・エミッション・トモグラフィー、PETスキャンを使った非侵襲的な測定法といったものが非常に盛んに行われるようになってきておるわけであります。
 それから、その中間としてサルとかネコとかいった動物の脳を使いまして、動物が何かある行動をしている、例えば腕を動かしているとか歩いているとか、ある課題を解いているとか、そういった状態で脳の細胞のどこの細胞がどういう信号を出すかといったことを記録する。そういう行動と脳細胞の活動の相関を見るという、俗に相関法と申しますが、そういった研究が盛んに行われております。
 分子・細胞レベルの研究というのは、脳を薄い切片に切って使うとか、あるいは脳の細胞を組織培養して使う、あるいは免疫医学の知識を応用しました免疫組織化学というやり方で細胞の持っているいろんな物質を非常に見事に染め出してくるといった新しい技術がどんどん今導入されて使われております。
 井川先生のお話にありましたがんの細胞に関するいろんな知識が驚くほど脳の細胞に共通しておりまして、がん遺伝子のお話があったんですが、神経細胞の中でがん遺伝子が実によく動く、何か刺激を受けると核の中でがん遺伝子がぐっと発現されてくるというようなことが最近わかってきました。これがどういう意味があるのか。がんのように非常に活発に増殖する細胞と、脳のように長い突起を出して絡み合う、そしてまた損傷を受けたときに芽を出してそれを修復してくるといった機能を神経細胞が持っておりますが、何かそういうところの共通性があるのかもしれません。
 それから、記憶とか学習とかいう、ああいう情報の蓄積ということに遺伝子の情報機構が案外共通して働いているのかもしれません。この辺がまだ推測にとどまるわけでありますが、脳の情報と遺伝の情報がどういう絡み合いをしているかということが現在大変大きなテーマになってまいりました。
 そういった研究が今国際的にも非常に活発になってきておるわけでありますが、そういうふうに調べていって、一体どういう脳のメカニズムが出てくるのか。これは皆様は恐らく大変よく御存じと思いますが、右の脳と左の脳と違う。右の脳は非常に抽象的、直観的、大局的であるけれども、左の脳は分析的、コンピューター的、言語的であるといったようなことがこの十年ほどの間によくわかってきたということはよく御存じのことと思います。前頭葉が創造性の座であるといったこともかなりもう既に一般化されている概念であります。それから、辺縁系というのは、先ほど情緒の座と申し上げたのですが、ああいう何か本能的な行動というものを律する非常に重要な場所だということも、これははっきりしてまいりました。それから、そういう情緒の座の中で何がいいのか何が悪いのか、何か決定している基準みたいなものがあるんじゃないかということが考えられるのですが、そういうことに対して報酬系という概念がございます。これはネズミの脳で報酬系に電極を入れておきまして、ネズミに自分で刺激させますと、一たん刺激をさせるともうとまらなくなります。もう三日でも四日でも刺激をし続けて、倒れて死ぬまで刺激をし続けるというそういう場所がございます。そこのところが恐らく快いという情緒、あるいは何かしなくてはおさまらないという衝動、そういったものの座ではないかと考えられる場所が脳の中にあるわけであります。
 これは、この一番上に書きましたのは現在ではかなり行き渡っている概念でありますが、最近非常に脚光を浴びておりますのが大脳の下側頭回から海馬にかけての認知記憶機構ということがございます。これは特に形でありますが、物を見たときのどういう形、丸いとか四角いとか、あるいは非常に複雑な図形でも構わないわけでありますが、そういうものを認識して記憶する機構がこの辺にあるということが非常に詳しくわかってきました。そういう記憶の情報がどうやって読み込まれ、蓄えられ、どうして読み出されるのか、この膨大な情報、コンピューターなどとても及びもつかないような膨大な情報量を我々の脳が持っているわけですが、そのメカニズムがまだよくわからないんですが、しかしかなり手がかりがついてきたという気がいたします。
 それから情緒と関係しまして、個体にとっていいとか悪いとかいう価値判断をする機構があると申しましたが、その中心を担っている場所が扁桃体と呼ばれる構造であるということもよくわかってきました。これは辺縁系の一部であります。
 これは余談かもしれませんが、老人ぼけのときに非常に海馬と扁桃体の萎縮が起こるということが知られております。記憶力が悪くなるのは海馬のせいであろうと。扁桃体が冒されることによって価値判断機構が冒されまして、大変奇妙な行動をとるようになります。大変汚いものを壁に塗ってしまったり、何かああいう奇妙な行動が起こりますのは、やはり扁桃体の価値判断機構に異常が起こっているのだろうといったことが考えられるわけであります。
 それから、小脳のモデル形成機能というのは、これは実は私が最近一生懸命やっていることでありますが、運動したり物を考えたり、そういう場合に最初は意識的に一生懸命になって習うんですが、練習を非常によく積んだ後、あるいは考えに考え抜いた後というのは、これは自動化されてしまいます。余り意識しなくても非常に見事に跳んだりはねたりできますし、大体我々は歩いているときや走っているときは余り自分の足がどうなっているかなんということを考えないわけであります。一たんそういうふうに練習ができてしまいますと、後は無意識のうちにどんどんこれを行うことのできるおもしろい機構が脳の中にあるわけであります。考えることもそうでありまして、三、三が九などというのは子供は大変苦労して習うわけでありますが、一たん習いますともう後は自動的に出てきてしまうわけであります。
 こういった自動化の機構に小脳が非常に重要な役割をしておりまして、小脳に学習の過程でモデルとでも呼ぶべきものが形成されてくる。それで、運動をする場合でも手や足を意識しなくても、小脳の中にあります手や足のモデルみたいなものを大脳が動かしていると、ひとりでに手足がちゃんと動いてくれるといった機構が考えられるようになってまいりました。この辺のところが比較的最近のおもしろい例であります。
 こういった脳機能のメカニズムが、まだ本当にわからない空白がたくさんあるんですが、もし今
後わかってくるとどういういいことがあるのか。
 第一は、当然医学的な応用でありまして、精神病は今ほとんど原因がわかりませんが、精神病の原因が抜本的にわかって、抜本的な対策が出せるだろうといった期待があります。老化の場合もありまして、これは物質的な異常が根底にあるわけでありますが、しかしどうしてああいう奇妙な行動が起こったり記憶減退、人格の変化等々が起こってくるのか、そういったことが抜本的にわかりますと、それに対処する道もまたおのずと出てくるだろうというふうに考えられるわけであります。ほかにアルコールとか麻薬の中毒といった非常に大きな問題もありますし、育児、教育、スポーツあるいはいじめとか登校拒否といった精神適応も脳のメカニズムに即した理解が可能になるだろうという期待があるわけであります。
 次の期待が工学的な応用でありまして、人間の脳に非常に接近した脳力を持つニューロコンピューターあるいはロボット、サイボーグといったものがつくれるのではないか、あるいは言語を自由に扱うような通信装置、翻訳機器等の開発ができるのではないかといった期待があるわけであります。これは医学的な応用に比べて工学的な応用はちょっと難しい点がありまして、ちょっと時期的にはおくれるだろうという予想ができます。しかし、これもそう遠い将来とは思いません。割に近いうちにこういう点が非常に進むだろうと期待できます。
 しかし、三番目の人間が抜本的に理解できないか、脳と心の問題が非常に深いところから理解できるのではないかというのが我々が一番期待したいところでありますが、意識の問題でちょっと触れましたように、これはそう簡単な問題ではございません。三番目のフェーズが一番おくれて実現できるだろうと考えられるわけであります。
 そんなことで、これは非常に将来志向の強い研究分野でありますが、非常に国際的にも盛んになってまいりました。それで、研究人口も大変ふえてきておるわけであります。また、自然科学のいろんな領域の人がこれに興味を持って、いわば一種のなだれ込みみたいな現象が起こっているのも事実であります。
 そういう研究の環境について最後に一言申し上げますと、最近非常に高価な試薬とか機器がもうふんだんに使われるようになってきたというのが一つの特徴であります。共焦点レーザー顕微鏡とかカルシウム・イメージングの装置とか、大体数千万といったオーダーの機械が非常にルーチン化してきまして、こういうものを持ってないとけんかにならぬというところがございまして、これは日本の研究者にとってはこれまでは大変つらかったところであります。それから一方、ポジトロン・エミッション・トモグラフィーとかMRIといった、ああいうまた一方ですごい高額の十億単位の機械も普及してきておりまして、これがあるとないとでは全く研究のレベルが変わってしまうというところもありまして、うっかりしていますとそういう技術格差がぐんぐんぐんぐん広がってしまうという危険を非常に持つフィールドになってきました。
 そういった意味で研究費が高くなるとか、競争が激化するとか、人材の育成システムがこれまでの個別の縦型のシステムでは非常にぐあいが悪くて、物質や細胞のこともわかるけれども、一方ではコンピューターとか情報のこともみんなわかるといった非常に横断的な能力を持った人材が要求されるようになってきているわけであります。これは脳の領域について特にそうではなくて、一般にそういうことが言えるわけでありますが、特に脳の領域においては人材の育成システムというのはやはり不備だということを痛感しております。現在おります国際フロンティア研究システムは非常にいろんな種類のバックグラウンドを持った人たちの集合でありますが、やはりそうしてみないとうまくいかないところがたくさんございます。そういう学際的な教育がうまくやれるシステムを何か考えないとどうも日本のシステムがうまくこれから動いていかないんではないかといった心配がございます。
 そういった状況でヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムが発足しまして、これは二つの大きなテーマとしまして、脳機能と生体機能の分子的アプローチという二つを取り上げたということは、私どもとしては大変な朗報でございました。実際にはライフサイエンスの非常に重要なところをヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラムがカバーしてしまったわけでありまして、ヨーロッパの学者は非常に喜んだのですが、米国の学者は非常におもしろくないと申しますか、せっかく米国がこれまで力を入れて随分投資してきた領域にまた何か新しい流れを日本がつくってくれるというのでちょっと迷惑そうなところがあるぐらいであったわけであります。アメリカではちょっとそういったことに対する対抗的な意味もあったのではないかと私ども勘ぐっておるんですが、最後に書きましたディケード・オブ・ザ・ブレイン、脳の十年というのを昨年でございますか、上院が可決しまして大統領がサインしたということで、大変この方面の研究者を勢いづけておるわけであります。
 以上、大変早口で素通りいたしましたが、私の話を終わらせていただきます。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)
#14
○委員長(及川順郎君) どうもありがとうございました。
 速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#15
○委員長(及川順郎君) 速記を起こしてください。
 それでは、これより質疑を行います。
#16
○岡部三郎君 大変に先端的な難しい問題を三先生に非常にわかりやすく御解説をいただきまして、本当に感謝を申し上げる次第でございます。
 ただ、残念ながら私の場合には脳の機能がよくないものですから、どうも理解できない点がたくさんございまして、見当外れの御質問をするかもわかりませんが、三先生にそれぞれ一問ずつお願いをしたいと思うんです。
 まず、井川先生に、実は甚だ申しわけなかったんですが、先生のお話のときに私ちょっと中座をしておりましたものですから、あるいはお話があったかと思うんですが、がんの発生は、先生の書かれたもの等を拝見しますと、いわゆるがん遺伝子とがん抑制遺伝子の関係で生ずるというか、バランスが欠けると生ずるというふうに理解をしたんですが、この場合に、よく例えばたばこを吸うと肺がんになるとか酒を飲み過ぎると胃がんになるとか、そういったたばこだとか酒だとかいろんな食物だとか生活環境だとか、こういう外的な刺激というものががん遺伝子とがん抑制遺伝子との関係にどういう影響を及ぼすのか。昔よくウサギの耳にコールタールを塗ったらがんができたというふうな話を聞いたことがあるんですが、そういうことは今でも学術的に考えられることなのかどうかという問題をお聞きしたいと思うんです。
 それから三浦先生に、これはもう七、八年前かと思いますが、アメリカのOTA、オフィス・オブ・テクノロジー・アセスメント、ここがバイオサイエンスに関する詳細な世界的な技術水準についてのレポートをアメリカの議会に出したんですが、あの当時は、これは多少日本が買いかぶられていたという部面があったのかもわかりませんけれども、日本のいろいろな分野でライフサイエンスの進歩が非常に著しい、場合によってはアメリカがしてやられるというふうな表現まであったように記憶するんですが、最近、日米あるいはヨーロッパのいろんなそういう技術水準の評価の調査を見ますと、情報とか電子とかそういう分野では日本は相当のレベルに達しているけれども、事ライフサイエンスについてはどうもアメリカなりヨーロッパの方が進んでいるというふうな報告が非常に多いような感じがするんですが、これは進んでいる面もおくれている面ももちろんあるんでしょうけれども、現状が全体的に見てどういう水準にあるのか、またその原因が、これは先生が最後におっしゃったような創造的な教育の欠如とか、
あるいは伊藤先生がおっしゃった研究環境の問題とか、どこにそういう原因があるのか、そういったことについてお尋ねをしたいと思うんです。
 それから伊藤先生には、脳の問題。今がんについては対がん十カ年計画とかいうようなことで随分研究も進められておりますし、いろいろな成果も上がってきていると思うんですが、やはりこれからの高齢化社会で一番問題になるのはぼけ対策といいますか、老化。これは日本の場合には脳血管障害が原因するものが多いというふうにも言われておりますけれども、最近はいわゆるアルツハイマーというか、ああいうものも相当ふえてきておる。これは現在の水準ではそういうものに対する治療なり予防なりはどの程度まで可能性があるのか。例えばこれから十カ年計画でそういうものの研究を大いに盛んにするというふうなことをした場合に、どの程度達成できる見込みが現段階で考えられるか。
 その三点についてそれぞれの先生から教えていただきたいと思うんです。
#17
○参考人(井川洋二君) なかなか難しい問題を聞かれまして、最初にお尋ねになったがん遺伝子とかがん抑制遺伝子のバランスでと言われましたけれども、それはそうなんですけれども、どちらかというと体の中ではそういういろんな、例えばがん遺伝子ですとがん遺伝子が活性化する、それからがん抑制遺伝子ですとそういう機能が落ちてくるということがだんだん積み重なって、幾つかの積み重なりがないと最後のがんにはならないんだということなんです。それで、途中でとまっている細胞がたくさんあるんだということです。だんだん年齢が高くなるごとにそういう途中でとまり方がかなりがんに近寄っているということだと思うんです。例えば八十歳とか九十歳の人を解剖しますと、もうほとんどの人が胃がんを持っていると。ただし今度は、胃がんにはなっているけれども、実際にがんとして余り体の中で活動しないということがあります。潜在しているだけで実際に悪さをしない。
 おかげさまで対がん十カ年総合戦略というのはこういう遺伝子レベルの仕事というのは非常に進めてくれて、例えば実際今がんがあるけれども、それがどこまで進んでいるか、本当に最後のステップまで行っているかなんというのが組織レベルでも染められるようになったというのは非常に大きいことだと思うんですけれども。一番難しいのは、今言われたような例えばたばこをのむというのは一体どういうふうに働いているのかというのは、いろんな周りの環境要因の中でたばこを吸う、吸わないというようなことを本当に評価するというのはなかなか難しいんです。ただし、今わかっていることは、少なくともたばこというのは昔はDNAに傷をつける、がん化の初めをやるんだと思っていたんですけれども、それだけではなくて、明らかにがん化を進める、プロモーション、さらに余分な遺伝的変異やなんかを持ち上げるというふうなところに働いていると。だから、かなり先に行ってもやめれば効果があるんだというふうになってきたことは確かです。
 本当に一番今困っているのは、そういういろんなマルチファクターのときに、例えばたばこを吸うというのはどれだけ精神的に安定させるかとか、それがどうがんを抑えるかなんということは本当にどうやって評価したらいいかというのは一番難しいんですね。例えば、ネズミにがんが起こらない程度の発がん剤を与えておいて、頭をぼんと殴るとがんになるというのがあるんですね。やっぱり何か精神的なストレスを与えることががんにつながるということはわかっているんですけれども、では、それを一体どうやって人間の中でアクセスしていくかというのは難しい問題です。
 今少しずつ有望になってきたのは、相変わらず難しいんですが、動物でがんが起こったのか、人間で本当に起こるのか、ある動物で起こったことが本当にそれでいいのか。これはもう薬を選ぶときでもそうなんです。非常にいい薬が開発されてきても、最後にある動物だけ毒性を発揮するからこの薬はあきらめろというのを、日本は比較的毒をできるだけ排除するという方ですから使わないようにするけれども、アメリカなんかですとどんどん使っちゃうんですね。使っちゃって、ある一定期間でもって本当に人間に効くかということでやってしまうんですけれども、日本の場合には比較的そういうのは使いづらい環境にあるということです。
 ですから、動物の結果をどうやって人に外挿していくかというのはやはり相変わらず微妙な問題で、例えば途中まで遺伝子の変化が起こったネズミをつくれるようになったんですね。卵の一部の細胞は培養できるようになって、その中で遺伝子を取りかえっこするなんということもできるようになった。そういう中で、どういうものを食べさせたらこれは最後のステップのがんに行くかとか、そういう研究を進めていかないと、本当にこれとこれを食べたらがんにならないかとか、そういう問題には正しくお答えできない。そういう意味では、実際の人間での分析的疫学みたいなものを動物なんかで確かめた上でもう一遍人間に戻ってくるというような積み重ねが非常に必要なので、大変先生申しわけないんですが、今簡単にがん化の環境要因はどうなっておると、こう聞かれてもぱっとは答えられない。
 一般常識とすれば、我々は余りきれいな環境じゃありませんが、非常にきれいな環境だと動物がうんと長生きするというのも、寿命がちゃんとはかれるということもありますから、比較的きれいな方がいいんだろうぐらいしか言えなくて、まだそういう動物で起こっていることを人に外挿するのでも非常に苦労して、現段階ではかなり遺伝子というような標的ができて、どこまで進んでいるかというようなことも見られるようになって、昔、名人芸で組織でもってこれはがんだと言っていたのが、かなり組織レベルでこういったんぱくが異常を起こしているのでたくさんできているとか、そういう意味で少し科学的になってきた。だから、これからは恐らくそういうのをもう一歩臨床応用に持っていけるようにするというのがやっぱり大事なところじゃないかと思っているんですけれども、答えになりませんでどうも失礼いたしました。
#18
○参考人(三浦謹一郎君) 日本のバイオサイエンスの研究のレベルについてのお尋ねだと思いますが、ほかのサイエンスと同じように日本の研究のレベルはかなり高いことは確かだと思います。バイオサイエンスの面でも随分いい仕事が出ていることも確かであります。これをどの程度かということを評価するというのはなかなか方法が難しいと思いますね。例えば、出ている論文の数で比較するとか、あるいはその論文がどのぐらいほかの人によって引用されるかというのが一つのそういう基準になるかと思いますが、そういう研究をしている人もいまして、かなり日本の水準はいいことは確かだと思います。
 しかし、私は、これは手を抜くといつどこで平行状態になって伸びがとまるということが起こり得ないとも限らないというような感じがするわけであります。
 一つには、いろいろな考え方があると思うんですが、私なんかが感じることは、仕事を発表するということで日本人は非常に損をしているんじゃないかなということがあるわけです。今、御承知のように、サイエンスの世界では英語が公用語であります。ですから、英語で発表するというのが当然のことで、ドイツでもフランスでも学会誌は英語になってしまったわけですね。日本でももちろん英語があるわけですが、日本人というのは英語で表現するのが、もちろんこの両わきにおられる先生方は非常に濶達でいらっしゃると思うんですけれども、なかなか難しい点があります。そういう点で、例えば議論をしたりなんかするときに、私なんかはこう言いたいなと思ってもそれをうまく表現できなくてというようなことがあるわけで、その点随分損をしているなということがあると思います。
 もう一つは、論文も、大体いろいろなレフェリーが判断してその論文を採択するかどうかという
のを決めるわけなんですけれども、そのときにでもやはり日本の人はある程度損をしているんではないかなということがあります。それはやはり周りがある意味で助けてやる、あるいはもっと積極的に言えば日本で行われた仕事をもっと守り立てるという面で欠けているんじゃないかと思います。悪い言葉で言うと、いい仕事が出ても、それを日本で評価されなくて足を引っ張っているようなところがあって、外国でそれが評価されて初めて日本でもああそうかというような、そういうような面があることも事実だと思います。そういう面で、逆に日本の仕事を盛り上げてやるということが必要だと思うんですね。それはある意味では、私どもは仕事をしてそのまま発表いたしますが、周りの機関がそれを外国に向かってこういう仕事が出ているということをもっと宣伝してもいいんではないかなということを思います。
 それから、ちょっと話があれですが、私が少し気になっていることは、今まで大学の学部にいたわけなんですけれども、最近、大学院のドクターコースへ行く人間が非常に減ってきております。マスターコースになりますと、例えば工学部なんかですと、ある学科ではほとんどが外国人であるというようなことになって、講義も英語でやるというような状態になっているところもあります。つまり、大学へ次の世代として入ってきて、次の世代を担うべく教育されるべき人間が入ってこない、これが非常に問題ではないかと思います。
 一つには、今、企業の研究所が非常に状態がよくなって、そちらへ流れているというようなこともあるかと思いますが、大学は本来先ほど申し上げた基礎研究をするところで、その基礎研究があってこそ新しい応用の道が開けてくるわけですから、大学に人材が集まることが必要だと思います。
 では、大学になぜ人が集まらないかといいますと、これはやはり最近問題になっておりますけれども、大学の状態というのが非常に老朽化しているという問題だと思います。これは最近やっと重い腰を上げてくださって大学の視察にも来てくださっているようですけれども、私どもが日常思っていますのは、例えば大学の建物に入ってみますと便所のにおいがするというようなこともあるわけです。それは外国から人を呼んだ場合に非常に恥ずかしい思いをするわけです。こんなに科学技術が進んでいる日本の最先端の大学でそういうことでいいのかなといって私どもは非常に恥ずかしい思いをするわけです。そういう基本的なところですね、研究費はもちろんそうですけれども、非常に基本的なところが非常にプアだと思います。そういうことがやはり大学に人を引きつけられなくなる一つの原因ではないかなということを思います。
 それからもう一つは、これはどう判断していいかわからないんですけれども、最近、都市の集中化を避けて大学や研究所が田舎へ行っているわけですね。そうしますと、学生はどういうものですかなかなか行きたがらないんですね。本当に勉強したいことがあればそこへ行ったらいいだろうにと思うんですが、なかなか行きたがらないというような傾向があります。やはり大学を取り巻く環境が、都市という姿がやはり若者には必要なんじゃないかなということを思うわけです。そういうことまで含めてこれからの大学の設計をしていくということも必要なんではないかなと思います。
 それから最後に、今、大学の老朽化ということでは特に国立大学が問題になっているわけですけれども、私、最近、私立大学に行きまして、私立大学はもっと大変なんだということを申し上げたいと思います。
 私立大学でナチュラルサイエンスの仕事をしようと思ったらばなかなか大変であります。それは学校の経営陣が非常に理解がある場合はいいと思いますが、普通の場合は非常に苦労してやっていると思います。そういうような点は何とかならないかなということを考えている次第であります。
 そういうような、ちょっと思いつきでありますけれども、問題点がいろんな点にありまして、日本のサイエンスの水準を上げる、そして立派な仕事をしていくということのためにまだまだみんなで考えていかなきゃいけない点というのがあると思っております。
#19
○参考人(伊藤正男君) 最初に、老人ぼけの問題についてお答えしたいんですが、脳の老化というものを何とか研究しなくちゃいけないということで私ども相当これまで焦ってまいりました。実は四、五年前に文部省の脳の老化の重点領域研究というのが構想されましたときも、最初は非常に苦労しました。研究者が非常に少ないんですね。それで、本職でこの問題に取り組んでいる人が非常に少なくて、片手間でやっているという人が多かったような状態でありました。ところが、この三、四年で非常に状況が変わってきまして、かなり研究者の層も厚くなってきて、学会の活動レベルが非常に上がってまいりました。
 ですから、脳の老化に関する研究というのは非常にいい方向に向かっていると思います。これを対がん十年ですか、ああいった格好で脳に関しても何か大きなプロジェクトで全体を出せないだろうかということは、実は私どももかねてからいろいろと考え、計画のお手伝いをしてきたのでありますが、今日までうまくいっていないというのは、一つは内容が非常に雑多なところがあるんですね。脳の研究というのはいろんな面がありまして、これ一つを強力にやればいいというわけにいかないんで、あれもこれもと言っていますと、結局計画が膨大なものになってしまいます。ポジトロン・エミッション・トモグラフィーを一台買えと言ったらもう十億になってしまうわけで、それだけでも大変なことになりますので、それを一つのプロジェクトとしてまとめようと思いますと何百億という、そういうけたになってしまうわけですね。そういうものを構想して果たして実現性があるかということで非常に足踏みをせざるを得ない状態であります。
 そういう動きがなかなか出せないんですが、一方では何か科学研究全般に脳の研究というのはかなり浸透してきている。それで、文部省の重点領域研究の中でも脳の研究がいつも何本かは走っているという状況になっております。まあ、これはお願いでございますけれども、ぜひ何百億というけたの何か特別研究を構想するという、そういう可能性をもしお与えいただければ研究者の方は大いにそれは鼓舞されると思います。十億ぐらいの話で何かけりがついてしまうのをみんな怖がっているわけです。とてもそんなもので済むわけでないということでございます。
#20
○岡部三郎君 ありがとうございました。
#21
○吉川春子君 三人の先生方に貴重なお話を伺いまして、心からお礼申し上げます。
 私は、特にどの先生というふうに限定しませんで、三人の参考人の先生にお答えいただける範囲でお答えいただきたいと思いまして質問申し上げます。
 まず一つは、ヒトゲノムプロジェクトについてなんですけれども、日本学術会議の委員会の勧告も読ませていただきましたが、一つはこの研究成果が、そこでも指摘されていますが、一体どこに帰属するのかという大変難しい問題があると思いますが、資料を提供した個人なのか、研究者なのか、研究者が属している研究機関なり大学なのか、こういう問題についてお考えを聞かせていただきたいと思います。
 それから、遺伝子をいじるといいますか、この研究というのは、成果も大変期待されますけれども、例えば人間の何というんですか、いろいろの障害を持った人間であるということがあらかじめわかってしまうとか、あるいは優秀な遺伝子だけ残すような、そういうところに行く危険性というのがないのかどうか。西ドイツの議会でナチの優生学と同じ原理だというような議論があったと聞いておりますけれども、そういう問題と絡めて研究の目標が無制限に拡大されることの危険性というものも感じますが、そういうものに対しての歯どめといいますか、どこまでが限界になるのかならないのか、そういう問題についてもお伺いしたいと思います。
 それから、二つ目の質問はバイオテクノロジー
の問題で、新種生物の屋外利用の問題でちょっと最近新聞の報道を読んだんですが、こういうことが近いうちに非常に活発になるのかどうかという問題と、それからこれを規制する立法の動きが環境庁などであるというふうに報道されていますが、それについてどうお考えなんでしょうか。
 確かに、遺伝子操作で新種生物をつくり出してそれを屋外で利用する場合には、まだいろいろわからないものについて自然界に放つとそれが自然の生態系にどういう影響を与えるかというような問題もあると思いますが、学者、研究者の間ではこういうことに対する立法規制ということに反対の動きもあるようですけれども、一方、国民的なコンセンサスと申しますか、それとの関係もあると思いますので、その点についての先生方のお考えをお聞かせいただきたいと思います。
 それから三点目は、バイオテクノロジーが軍事的に利用される可能性があると思いますし、いわゆる軍事関係者にとっては大変魅力的な分野であることは間違いないと思います。
 これも報道によりますと、今月の九日から第三回生物・化学兵器禁止条約再検討会議で、三十四カ国の千六百人の科学者が、バイオテクノロジーの研究を軍事目的に利用しない、こういう宣誓書に署名して提出されたという報道がありますが、この問題についての日本の科学者の動きがわかりましたら教えていただきたいと思います。
 それから、四番目になりますか、すごく難しい問題なんですけれども、脳死ということについて、脳死の判断というのは、今、医学的にといいますか、科学的に間違いなくつくものなのかどうかということと、それから最近日弁連の動きもありますが、脳死ということを人の死と考えることがいいのか悪いのか。そこがまさに今の国論も分かれているところなんですが、参考人の先生方の御意見としてお聞かせいただければと思います。
 以上でございます。
#22
○参考人(井川洋二君) 簡単にお答えします。
 一つは、だれのものかということですね、DNAを解析した結果はだれのものか。全体の今ヒトゲノムプロジェクトの世界的な動きは、みんなのものにしようというのは基本的に出しているんですね。要するに、解析した結果はなるべく早くデータベースとして送ってみんなでシェアしようというのが基本的態度にはなっているんです。ただし、実際に体の中で働いている物質の暗号がわかって、それが生産に使われるというときに、それはアメリカですとやっぱりパテントの対象になっていくんですね、有用性で。日本の場合はなかなかそう初めからパテントの対象として一生懸命みんな考えてくるという態度がないので、そこのところはやっぱりフリーになっているんだと思うんですね。
 ところが、日本の産業自体は、そういう可能性がある物質をたくさん出している細胞があってもなかなかそれを解析するという態度には行っていません。基本的には世界じゅうはみんなのものにしようという動きで来ていますが、まだまだ問題があって、例えば脳がありますね、ヒトゲノムの解析の目標がかなり脳に集中している面もあるんですね。脳が一番わかっていないから脳の遺伝子からやっちゃえというグループがあって、先ほど伊藤先生が述べられた海馬とか大事なところの発現している遺伝子は全部さらってその両側だけ決めちゃえと。全部遺伝子を解析するのは大変だけれども、部分的に解析して、それを全部コンピューターに入れてシェアしようじゃないかと、こう言われているんですね。
 そういうことに対する、では、それはだれのものかというのは、それは実際パテントをブロックできるのかとか、そういうことに対する研究というか考えは世界的にも非常におくれていまして、これもやっぱりアメリカがイニシアチブで、研究者間だけは何とかしようと。例えばそういう一部の暗号がある特別な精神病のときだけ特別にあらわれていたというと、今度は途端にそういう診断の薬にもなるし、いろんな意味で非常に有用性は高いと思うんですが、そこに対する意識は今のところそんなにまだ、これは何とか高めなきゃならないと私自身は思っていますけれども、そう高くないと思います。
 それから二番目の、そういう知り得た情報である個人が不利にならないかと。これは十分あって、アメリカでも十年前ぐらいから考えているんですね。
 それの一つは、そういう遺伝子を持っていて、そこが壊れているという人が先ほどのPCRというあの遺伝子解析で簡単にわかるとすると、仮に保険会社がその血を持っていったときに、その血からDNAをふやして、そういう遺伝子を持った人だけがんになる率が何十%というときに、それで保険料が高く掛けられまいかというのは昔から言われているんですね。もっと広げると、そういう人とは結婚したくないというようなディスクリミネーションに行かないかというのは昔から論争されているんですね。
 ただ、もう一つの論があって、そういうことがあっても、その人が生きればともかく五十、六十までちゃんと生きられて、ある活動ができるのに途中で殺すわけにはいかないんですね。そういう人がそういう遺伝子を持っているから注意しなさいと言って、こういうものは遠慮して食べないで少しきちっとした生活ができれば、それは予防という意味で利益ではないかと言う人がいるわけです。だから、遺伝子がわかれば、そういうことがわかっているだけにがんに行く前にとめるという手だてを一生懸命工夫するという意味で大事ではないかという論があるんです。
 さっき言ったような、今一番困っているのは、たった一点その遺伝子が壊れただけでは、その遺伝子はほかに障害を与えませんから次の世代へ行くんですね。うんと遺伝子が壊れていると、それは子供が生まれませんからいいんですけれども、一カ所だけ、暗号が一点だけ違っていれば次へちゃんと行くんです。そういう格好で幾つか受け継がれている遺伝病が少しずつわかりつつあるんですね。
 では、そういう人をどうするのかというのは、僕が一番最後から二枚目にくっつけた、アメリカではトップレベルの研究者が全部そういうので公聴会をやっているんですね。それに非常に反対している人もそういうことをきちっと反対しているんですね。やっぱりそういうことでコンセンサスを得ていかないとしょうがない問題じゃないか、どっち側の利益に立つか。だけれども、現実に今一万人に一人ぐらいそういう遺伝子を持った人がいるのに、その人に対して否定するわけにいかないから、やっぱりそれはできるだけ予防の方に持っていくのが正当ではないかというふうに僕自身は思っております。
 それから、規制する環境ですね。ちょっと立法の基盤が違うと思うんですね。ドイツなんかで遺伝子の規制をするという立法は、むしろそういう遺伝子という言葉にアレルギーが強くて、そういう研究ができなくなっちゃ困るから何とか研究させてやろうというための立法だと僕は記憶しているんですね。だけれども、普通はやっぱり規制は研究を阻害すると本当の理解が得られなくなるというおそれがあって、まだまだ遺伝子を中心とした研究というのはわかってない部分がたくさんあって、もう少し本当のことを知り得て、その上で論じないといけないというふうに私自身は思っております。
 それから、バイオの軍事的利用というのは、私の考えは、もともとが危険な生物を使わなければ、そういう何年も歴史を経て、例えば大腸菌だって四十億年とかそういう長い歴史を経ていて、そういうものは新しい生物をつくるということはできないわけですね。本来、例えばペストでも、それのコードしているある遺伝子の病原性を持ってこないで、あれをデザインから考えてあれ以上強いものをつくるというのは僕は非常に至難のわざじゃないかというふうに思っています。例えば三浦先生の話でも、一つのアミノ酸が変わっただけで全体の構造が随分変わったりして本当のファンクションというのに結びつかない点があって、それはもう今現在歴史として残っているああいう
もの以上に強いものをつくるというのはどうしたらいいかというのは、これは非常に高度の技術を駆使しないとまずはできなかろうと。まあ発現を少し強くするということはできるかもしれません。例えばエイズウイルスの発現を調節するところのターゲットシーケンスというのがあるんですが、そういうところを幾つかうんと合成して入れるとかすかに、十倍ぐらいは発現率が高くなるぐらいのことはできるかもしれません。しかしそれは、もともと生物というのはやればできるというものじゃなくて、実際そういうウイルスが入っても何にしても、実際起きてくるポピュレーションというのは低いわけですから、私はそれは軍事的利用というのはなかなか至難のわざで、もともと危険なものを使わなければそう大したことはできないというふうに思っております。
 それで、脳死は私の問題ではなくて向こうなんですが、私自身は、例の私が後ろから二枚目にくっつけた米国のものにも、いろんな研究が発達したために一般の社会と少し間ができちゃったという領域を四つ挙げているんですね。それは脳の研究と遺伝子の研究と進化の研究とそれから発生の研究なんですね。だから、いろんな意味でそういう領域というのはもう少し一般社会と調和を保てなければいけないというふうに我々も思っていますし、我々の方も、科学者の方ももう少し努力して平易に、しかし正しく伝える努力をしなければいけないというふうに私は思っております。
#23
○参考人(三浦謹一郎君) 一つ一つにお答えするというのでなくてよろしいですか。
#24
○吉川春子君 はい。
#25
○参考人(三浦謹一郎君) 今お話しの中で、新種生物の屋外利用に関しての規制の立法の問題ですけれども、これは私は専門ではないんですけれども、学会などでいろいろなお話を伺いますと、遺伝子組みかえでつくった生物が非常に危険であるという枠をはめているんですが、これは全く逆のことで、今まで遺伝子組みかえでつくったものが外に漏れて事故を起こしたというのはゼロなんですね。もしその立法が行われるとすると、その遺伝子組みかえの研究をする施設の状態が非常に立派な施設を要することになるわけです。そういうことになると、恐らく現行の病原微生物を扱っている施設でもその施設に合わないんじゃないかと思うんですね。ですから、その立法をされるということは、まあ一つは思い違いということもあるかと思うんですけれども、そういう面での学問を全く抑えるという方向に動きかねないという面があるのではないかと思います。
 それで、もちろん、今、吉川委員から御指摘があったように、最近のバイオテクノロジー、特に遺伝子技術が世の中に与える影響というのはいろんな面が実際にありまして、そういう面を心しなければいけないということはサイエンティストはみんな思っていると思います。例えば倫理問題などというのはすぐに出てくるわけで、遺伝子の解析をやっていくだけでも出てくるわけです。さっきちょっと私もお話ししましたけれども、人間の血の一滴を取ってそれのDNAのベース分析をすると、場所をうまくつかめばその人個人を特定することができます。そういうことによって個人差を特定することができます。そういうようなことがありますから、いろいろな応用があり得るわけですね。ですが、そのときに倫理問題の方が逆によく考えられていなくて追っつかなくなるんではないかということがあるような気がします。ですから、サイエンティストが仕事をもっとわかりやすく一般に周知徹底するということも必要ですが、逆にもっと、例えば法学の関係の方とかあるいは倫理の関係の方とか、一般の社会の方、いろんな分野の方がもっと現在の最先端のことについて聞く耳を立てていただきたいということだと思います。
 科学者としてバイオテクノロジーの国際会議で特に軍事応用に対する反対をしようということですが、私は日本の科学者で特にどういう動きをしているかというのは知りません。
#26
○参考人(伊藤正男君) 脳の問題もいろいろと難しい倫理問題が絡んでくると思います。現実にありますのはいろんな薬とか麻薬とかああいう中毒の問題でありまして、これは現実に社会現象として起こっているわけですが、しかし人の脳の問題、人の脳に外から情報を与えたり影響したりという、そういったことはまだフィクションの時代でございまして、実際にはできないので問題になっていないんですが、将来そういったことが恐らく問題になってくると思います。
 脳死もそういう根源的には人の心臓を入れかえるけれども脳は残っているので、その残っている人は同じ人だというふうに見るというところに一つ大きな概念の飛躍が昔に比べますと出てきておるわけですが、それは割に社会的に受け入れられているんですね。心臓を取りかえても同じ人だ、しかし脳を取りかえたら別の人になってしまう、これは比較的よく受け入れられているんですが、私がむしろ不思議に思いますのは、それなのになぜ脳が完全に死んだときにその人が個体が死んだというふうに考えられないのかということなんですね。これは、まあよく医学の独走だと言われますけれども、医学とか科学の立場から考えると余り疑う余地がないんですね。脳が完全に壊滅したらもうその人は本当になくなっちゃったようなもので、心臓が動いていようと手足がたとえ動こうとも個体として存在しないというふうに考えざるを得ないんですね。
 ですから、二つ目の御質問に関してははっきりしていると思います。一般の社会の方がなかなかそういう考えを受け入れられないのはいろんな事情があるし、また日本人独特の死命観というようなものが確かにあるんですが、しかし科学者の立場で考えるとそれはどうしてもそうなりますですね。脳が完全に壊れたらもう個体としてないはずだ、ゼロと同じだというふうに結論せざるを得ないわけであります。
 ところが、もう一つの問題で、脳死の診断がどこまで確実か、つまり脳死という状態と脳が完全に壊れたという状態がイコールかという御質問で、実は医学界内部の人間としてもこれは相当難しいなと言わざるを得ないわけであります。これは私は前からちょっと技術的な慎重論をとっていまして、九九%は間違いないけれども一%本当に大丈夫かどうかよく詰めた方がいいという、そういう意見をしばしば述べてきております。熟練した医者がずっと経過を追ってきまして、ああここまで来た、次にはここまで来た、これで脳死だという宣言をした場合にはほとんどこれは間違う余地がないですけれども、突如として目の前に脳死患者が運び込まれた、事故でそういう状態に陥った方を運び込んで即断しろというような場合にはかなり難しいことが起こってきます。
 それから、ごく最近ですが、新潟大学の生田教授が報告されているように、今の基準では脳死と判定された患者さんの四割ぐらいで三時間ぐらいの後で視床下部の細胞が生存しているという研究報告があります。こういう病理検査も今まで余り系統的にはやられてないので、やはりしっかりした剖検所見をここでよく積んでから結論してほしいということもたびたび述べてきたわけであります。
 この間の脳死臨調の中間報告はちょっとその点を気にして、たとえ脳のごく一部が生存していても脳全体の統合というのが崩れてしまえばそれは脳全体の死と同じことだという、どうもそういう論点を発展させておるわけですが、先ほど申しましたように、意識の問題が非常にあいまいなところがありますので、そういう問題もひっくるめて包むとすると、やはり脳全体が死んだという状態で、これでこれなら間違いないと言わざるを得ないわけであります。一部が残っていると、そのことで普通の人間の意識でないとしても非常に低レベルの何かぼんやり感じているといった程度の意識もそこにはない、特に視床下部というのは昔からそういうことに関係があると言われてきている部分でありますので、ちょっとこれは簡単に即断するのをためらうわけであります。それだけの科学的な根拠がないということであります。
 どうもちょっとわかりにくい言い方をしたかも
しれませんが、九九%は間違いないんだけれどもあと一%の詰めをきちんとするために脳死の問題にはまだ大がかりな研究の余地があるのではないかということを申し上げてきているわけであります。
#27
○稲村稔夫君 私もちょっと失礼をいたしまして、ちょうど井川先生のお話の最中かなりの時間中座しておりましたので、あるいはお話しになったことを伺うのかもしれません。それをお許しいただきたいと思います。
 井川先生にお伺いしたいのは、たしか白血病の問題で不細胞の話というのを少し読んだことがございまして、こうした不細胞の役割というのも遺伝子とのかかわりというのをかなり大きなものを持っているんではないだろうかというふうに思いまして、先生のお話の中でこうした分野のことを少し教えていただければ大変ありがたい、こんなふうに思うわけであります。
 それから三浦先生には、これも私はところっぱち、私のところの方言ではところっぱちと言うんですが、いいかげんにちょっと読んでいての話で申しわけありませんが、RNAのコピー間違いというのがあると、こういうことを少し読んだことがある気がいたします。こういう問題は今の段階ではどういうふうに理解をしたらいいのかという問題をひとつ教えていただければというふうに思います。
 それから伊藤先生には、ちょうど今お話を伺いながら、つい先日、外国人の話学教育についてのテレビ放映を見たばかりでありましたが、そのときに日本の話学教育は間違っておると。というのは、目から読んで教えるという形になるので語学は結局忘れることもあるしと。要するに、小脳で覚えろというようなことが繰り返し繰り返し述べられていたというわけでありますが、先ほど先生のお話を伺いながら、それと関連させていけば日本の話学教育というのはかなり考え直さな号やならない問題なんだろうかなというようなことなどを感じていたわけでありますが、そのことについて御見解を教えていただければと思います。
 なお、私たちの若いころ、昔のあれでは、かなり運動とのかかわりの中で小脳とそれから延髄の関係なんというようなことをいろいろと教わったことがありましたけれども、その辺は今はどんなふうに、特に延髄の位置づけというんでしょうか、脳とのかかわりでどんなふうにして考えておられるのかということをお伺いしたいと思います。
 これはお三人の先生方どなたでも結構なんでありますけれども、先ほどちょっと三浦先生からは触れられましたが、まあ伊藤先生も言われたことにはそういう含みがあったような気がいたしますが、現在の科学の進歩というのは物すごい勢いで進歩しているわけですけれども、それに対応する社会科学といいましょうか、自然科学の方の進歩は非常に速いわけですけれども、社会科学の面でのおくれというようなことがいろいろと言われてまいりました。特に、そういう意味でいったら社会体制が、先ほどの吉川委員の御質問ともちょっとかかわりがあるかもしれませんが、社会体制が必ずしも十分についていっていないんではないだろうかということを気にするわけでありまして、そういう社会体制のあり方等について先生方は今どういうふうにしたらいいというふうにお考えになっているか、その辺をお教えいただければ大変ありがたいと思います。
 以上であります。
#28
○参考人(井川洋二君) 今ヒト不細胞白血病ウイルスの話が出たんだと思うんですけれども、あれはリンパ球の中にT細胞とB細胞があって、B細胞の方は免疫物質をつくるんですね。だけれども、不細胞の方は抗原というか、もともとたんぱくを認識するという、二種類か三種類ぐらいあるんですね、不細胞の中に。それで、どうやって自分と自分でないたんぱくを見分けるかという巧妙なシステムを持っている。利根川進博士はまずB細胞の中でどう遺伝子が変わるかというのを見つけたんですが、同じようなことが不細胞でも起こっていて、最近利根川さんは、別なレセプターで非常に局所的に働くリンパ球不細胞の一部を見つけているんですね。小腸の粘膜の下とか皮膚の粘膜の下とか、直接外からアタックする部位の近くにそういうリンパ球が属していて、しかも、例えば子宮内膜にあるやっと腸にあるのとは違うんだというようなことまで見つけていて、これは生物学的な意味はこれから進むと思うんです。
 だから、日本人として二つの面で非常に貢献した。一つは、成人T細胞白血病という原因を見つけたのは京大にいて今熊本にいる高月博士なんですけれども、あれは日本でそういう病気を見つけたんですね。実際九州の地方にいて、一部アイヌとか向こうの方にもあるから、もともとのプロトジャパニーズに感染しているウイルスだと、こう思っていて、世界的には、日本は二百万人ぐらいのウイルス感染者がいるんですが、あとアメリカのカリブ海の近くとか全米にそういうところから出た人が広がっていて、エイズにかかりやすいとかいろんな意味で問題を呼んでいるんですね。それから一部イタリーにもあるんです。同じようなウイルスはウシにもあって、今度はウシはB細胞の方を白血病化するんですね。いいモデルなんですが、何せウシは高いというのがあってなかなかいいモデルがなくて困っているんですが、ともかく二百万人もいる感染者をどうするかというのが一つの問題で、これは輸血の問題につながってくるわけです。要するに、主にリンパ球で感染するんですね。ですから、精液で感染するということで、あるいは授乳で感染するというので、どうやってそれを防ごうかというのがあって、輸血すれば当然入っちゃうんですね。そのときどうするのかという問題が一つ。これはエイズの場合と全く同じ。エイズはT細胞を破壊するわけですね。エイズはT細胞を破壊するんですが、このウイルスはどちらかというと増殖させるわけです。増殖した中から将来白血病になる細胞が選ばれてくる。
 これが一つ日本人がかかわっている分野で、もう一つの分野としては、こういうT細胞を特別にふやすいろんなファクターというか増殖因子、リンフォカインと呼んでいますが、それがかなりのものが日本人研究者の手で見つけられて、それが今いろんな意味で役に立っているんですね。それは、例えば化学療法で非常に薬をやるとがん細胞も殺せるんですけれども、造血系の細胞もなくなっちゃって貧血になっちゃう。そういうときに、そういう造血剤というか、造血作用のあるようなリンフォカインを入れて患者をもたせるというようなことで、骨髄移植と同じように非常に役に立っているという面があります。
 そういう意味ではこの領域は、私は触れませんでしたけれども、殊にがん遺伝子というふうにしたので触れませんでしたが、非常に日本人の研究者があれして、これからも生体防御という意味では非常に大事な研究領域で、日本は特に得意な分野ですから、世界的に米国や英国あるいはほかの国と伍していけるところで、相変わらずここの研究は日本でかなり強力に進めるべきであるというふうに思っております。
 あと、最後の方に聞かれたのは非常に難しい問題だと思うんですが、社会科学の面でというよりも、これは非常に難しいんですね。新聞なんかでも、長い間時間かけて本当のことを伝えようと思っても、向こうは記事にするためにつまみ食いして出したりするんですね。そうすると、もう科学者の方も勇気を失っちゃうんですね。どうも報道というのが非常にぐあいが悪くて、相当いい新聞でもい例えばDNAなんて書くと生物だと思っている人がいるんですね。あれは、ここでも示したように、化学物質で合成できるんだというふうに思っていていただきたいというふうに思うんですけれども、そういう基本的なことを報道機関に教える暇がこっちもなければ、向こうもそういう体制がなくて、必ず出てくれば何か記事にするというそのもともとの態度が少し違うと思うんですね。ほかの国ですと、一週間ぐらいどこかへ合宿して科学がどんなになっているかというのを習って、それは記事にしないというような動きがたくさんあるんですね。それをスポンサーするような財団もたくさんあるんです。だけれども、日本の場合
は、どういうわけか記者さんもうんと忙しくて、出たからには何か記事を持って帰らなくちゃ帰れないというのがあって、これはもう一様に幅を狭くして本当に正しいことを伝えないと思いますね。そこへ持ってきてデスクがおもしろおかしく最後にしちゃう。だから、本当のことがなかなか伝えられないので、そういう意味でも本当に論じられない。我々としては、基本的にやっぱり正しい知識がなければちゃんと判断はできないので、正しい知識が得られるようなことを話し合いの上で進めさせてくださいというのが我々の態度ですね。
#29
○参考人(三浦謹一郎君) RNAのコピー間違いの問題ですね。DNAでなくてRNAと限定されたわけですね。
#30
○稲村稔夫君 はい。
#31
○参考人(三浦謹一郎君) もちろんRNAでDNAの上での情報を読み間違えるということはしばしば起こることではありますのですが、もしそれが後でたんぱく質を合成する段階まで行くとなりますと、多分読み間違いをしますとうまくアミノ酸を並べていくことができなくなって、最後に大抵の場合にはたんぱく質の合成の終了の暗号といいますか、サインがあるわけですけれども、そこがずれてしまったりとか、そういうことのために正常なたんぱくができなくなるということがあります。たまたまそれが正常なたんぱくではないんだけれども、何か特別なたんぱくができてしまったという場合には、それから先の問題が何か出てくる場合もあるかもしれませんけれども、今それで余り大きな問題が起こる状態ではないと思いますね。生物の場合には、間違いが起こったときに間違いを抑える機構といいますか、それを直していくメカニズムというのが非常にうまくできているわけで、多くの場合にはそういうことによって修整されて、余り問題にならなくなってしまうのだと思います。
 それから、社会科学のおくれの問題といいますか、これは私どもから余り申し上げるような問題ではないのかもしれませんけれども、むしろ逆に社会科学をやっていらっしゃる方だけでなくて、一般のいろんな自然科学以外の分野の方が自然科学をもっと理解していただけないかなという意味で言いますと、例えばこういうことがあってもいいんじゃないかなと思うのは、アメリカなんかですと非常に科学の啓蒙を職業とするような人がいまして、そしてそういう人が大事にされていると思うんですね。それから、マスコミでもそのための努力というのは非常に払われていると思うんです。そういうところが、これは自然科学者でなくてもいいと思いますし、自然科学者出身の人がそうなってもいいと思いますが、そういう職業として評価されることが大事なんじゃないかなというふうに思うんですね。自然科学者である人間は啓蒙活動なんかしているのは学者らしくないというような形で、そういう立場で大事な仕事をしてい各人ならそれなりに評価すべきだなということがあるんじゃないかと思います。
#32
○参考人(伊藤正男君) 最初に、小脳の問題でございますが、これは、進化的に見ますと下等な脊椎動物では小脳というのは脊髄、延髄と関連して進化してきたわけでございまして、下等なカエルとかトリとかあの辺までですと脊髄、延髄機能を助けている。脊髄、延髄の機能は非常に機械的なものでありまして、環境が変わったときにもう適応する能力はそれ自体にはないのですが、小脳がそういう適応能力を与えている、そういう適応能力を与えるためのコンピューターみたいな役をしているというふうに考えられます。
 それから、動物が高等になりまして、どんどん大脳が発展して哺乳類になりまして大きくなってくる。そうしますと、随意的に非常に複雑な運動をする大脳機能が発達しできますが、それとタイアップしまして小脳がわきの方にぐっと大きくなりまして、小脳の半球の方が随意運動を助けるようになる。それから、人間になりますとさらに知能に関する連合野が大脳の方でぐっと大きくなってきます。それに対応しまして小脳の一番端の半球部分が非常に大きくなる。この部分は思考とか計算だとか言語とか、そういった精神機能を助けているというふうに考えられるわけであります。
 昔の教科書は下等な動物のことしか扱ってなかったということではないかと思います。今はもうそういう精神機能までこれを及ぼして考えるようになったわけでありまして、言語機能にも非常に大きな役割を演じているということがポジトロン・エミッション・トモグラフィーなんかを使って今盛んに証明されております。言語的な課題を被験者にやらせますと小脳の活動が物すごく上がってくるというのが実際に示されておるわけであります。ですから、語学教育は小脳を鍛えるというのも確かに問題なのですが、しかし一番問題は、大脳の方の言語野の発達と関係があるのではないかと思いますですね。ウェルニッケとかブローカと呼ばれる言語野の発達が大脳の皮質の中でも進化的に一番新しいところで、個体発生上も非常におくれる、十三歳ぐらいまでかかって完成してくる領域でありますので、その完成する柔軟な時期に語学の習得をした方がいい。
 よく言われますが、LとRの区別が日本人はつかないというのも、そういう大脳の方のフィルター機構がやっぱりちょっとできないでとまってしまうんだろうと思いますですね。幾ら後で回復しようとしてもだめなので、そういうのは臨界期、クリティカル・ピリオドと呼びまして、脳の機能というのは生まれた後ずっと発達してくるんでなくて、ある物を見たときの縦とか横とかいう判断というのは、例えば生まれてごく初期にでき上がってしまうんですね。その臨界期というのはいろんな機能についてありまして、その臨界期を逃すとうまくいかない、もう獲得できない。教育についてはそういう臨界期がどうなっているか、教えることについてどうなっているかということを見きわめることが非常に重要だとされているわけであります。
 それから、人文・社会科学のことにつきましては、私は、現在、日本学術会議の会員をしておりまして、御存じのように、一部から三部までが人文・社会科学で、四部から七部までが自然科学でありますが、その両方のさや当てはやっぱり相当なものでありまして、人文科学系の先生方が非常に不満を言われることが多いわけであります。自然科学系の方ばかり盛大にやって、お金をじゃんじゃん使っていろんなことをやっているけれども、我々は何かそれのお手伝いをして作文の添削をしているだけだとかなんとか言ってひがまれることが非常に多いんですが、いや決してそんなことはない、両方バランスのとれた発展をしていきましょうということを学術会議の活動計画なんかに一生懸命うたって何とかバランスをとろうとしているわけであります。
 人文科学の先生に言わせますと、非常に何かいろんな条件がやっぱり日本はおくれて足りない。特に図書館の完備がなくて、人文科学、社会科学の先生にとっては図書館というのは自然科学の実験室みたいなものだ、それがないものだから自分の家に私費で本ばかり買い込んで寝るところもないような状態にみんななっている、それで非常に限られた狭い研究をみんなやって何か自己満足している、その辺を考えてほしいということを盛んに言われます。
#33
○稲村稔夫君 ありがとうございました。
#34
○委員長(及川順郎君) どうもありがとうございました。
 他の委員の方、御質問ございませんか。――他に発言もなければ、参考人の方々に対する質疑はこれにて終了いたします。
 一言ごあいさつ申し上げます。
 参考人の方々には、長時間にわたり当委員会のために貴重な御意見をお聞かせくださいまして、まことにありがとうございました。委員一同を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。大変ありがとうございました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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