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#1
第120回国会 内閣委員会 第3号
平成三年三月二十六日(火曜日)
   午前十時二分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         井上  孝君
    理 事
                板垣  正君
                高橋 清孝君
                小川 仁一君
                吉川 春子君
    委 員
                大城 眞順君
                岡田  広君
                田村 秀昭君
                永野 茂門君
                村上 正邦君
                翫  正敏君
                角田 義一君
                深田  肇君
                三石 久江君
                山口 哲夫君
                太田 淳夫君
                吉岡 吉典君
                磯村  修君
                田渕 哲也君
   国務大臣
       運 輸 大 臣  村岡 兼造君
       国 務 大 臣
       (内閣官房長官) 坂本三十次君
       国 務 大 臣
       (総務庁長官)  佐々木 満君
   政府委員
       内閣官房内閣内
       政審議室長兼内
       閣総理大臣官房
       内政審議室長   公文  宏君
       内閣総理大臣官
       房審議官     文田 久雄君
       内閣総理大臣官
       房管理室長    櫻井  溥君
       内閣総理大臣官
       房臨時特定弔慰
       金等業務室長   石倉 寛治君
       総務庁行政管理
       局長       増島 俊之君
       総務庁恩給局長  高島  弘君
       防衛庁教育訓練
       局長       小池 清彦君
       防衛施設庁施設
       部長       大原 重信君
       外務大臣官房審
       議官       竹中 繁雄君
       運輸大臣官房長  松尾 道彦君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        原   度君
   説明員
       総務庁恩給局審
       議課長      大坪 正彦君
       外務大臣官房審
       議官       高島 有終君
       厚生大臣官房老
       人保健福祉部老
       人福祉課長    中村 秀一君
       厚生省保健医療
       局企画課長    荒賀 泰太君
       厚生省援護局庶
       務課長      田島 邦宏君
       厚生省援護局庶
       務課中国孤児等
       対策室長     田代 章一君
       厚生省援護局援
       護課長      戸谷 好秀君
       厚生省援護局業
       務第一課長    村瀬 松雄君
       労働省職業安定
       局庶務課長    戸刈 利和君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○恩給法等の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
○運輸省設置法の一部を改正する法律案(内閣提出、衆議院送付)
    ─────────────
#2
○委員長(井上孝君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。
 恩給法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。佐々木総務庁長官。
#3
○国務大臣(佐々木満君) ただいま議題となりました恩給法等の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。
 この法律案は、最近の経済情勢等にかんがみ、恩給年額及び各種加算額等を増額することにより、恩給受給者に対する処遇の適正な改善を図ろうとするものでございます。
 次に、この法律案の概要について御説明申し上げます。
 この法律案による措置の第一点は、恩給年額の増額でございます。
 これは、平成二年における公務員給与の改定、消費者物価の上昇その他の諸事情を総合勘案し、恩給年額を、平成三年四月から、三・七二%引き上げようとするものであります。
 その第二点は、寡婦加算及び遺族加算の増額でございます。
 これは、普通扶助料を受ける妻に係る寡婦加算の額を、平成三年四月から、他の公的年金における寡婦加算の額との均衡を考慮して引き上げるとともに、遺族加算の額につきましても、戦没者遺族等に対する処遇の改善を図るため、同年四月から、公務関係扶助料受給者に係るものにあっては十一万四千七百円に、傷病者遺族特別年金受給者に係るものにあっては六万八千三百円にそれぞれ引き上げようとするものであります。
 以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概要でございます。
 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛同あらんことをお願い申し上げます。
#4
○委員長(井上孝君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#5
○小川仁一君 恩給法について質問をいたします。
 まず、恩給の定義、意義をお示しください。
#6
○政府委員(高島弘君) 恩給の意義、定義というものは恩給法上には特段の定めはございませんが、公務員が相当年限忠実に勤務して退職した場合、あるいは公務による傷病のために退職した場合または公務のために死亡した場合において、国がその者との特殊な関係に基づき使用者としてその公務員またはその遺族に給付をするものでございます。したがいまして、公務員の退職または死亡後における生活の支えとなるものでありまして、国家補償的性格を有する年金制度であるというように考えておるところでございます。
#7
○小川仁一君 前に総務庁恩給局恩給問題審議室長の鳥山さんの「新版恩給法概説」、また、昭和六十二年五月二十一日の参議院内閣委員会議事録第三号の国務大臣、総務庁長官山下徳夫氏の答弁と今の答弁は少しニュアンスが違うようでございますが、その点について御見解を伺います。
#8
○説明員(大坪正彦君) 過去の経緯についての御質問でございますので私の方から若干御説明させていただきたいと思いますが、今先生お示しの鳥山氏の本あるいは議事録につきまして、私どもちょっと詳細に先生の御趣旨がわからないわけでございますが、恩給の意義、性格と申しますのは、明治初年の制度創設以来、考え方においてぶれがあることもまた事実でございます。
 制定当初におきましては恩恵的給付という考え方が主流であったというようにも今言われているわけでございますが、また、途中の段階におきましては経済上の取得能力の減損の補てんをするものというような理解をされていた時期もあるわけでございます。最近におきましては、いわゆる公的年金との関係を正確に説明するというような必要もありまして、ただいま局長の説明したような考え方に立っている次第でございます。
#9
○小川仁一君 経過があるからいろいろ意義や理念において違いがあることはわかります。
 それで、この機会に、明治以来、大正、昭和と流れてきました特に軍人恩給法を中心にした改正の都度の理念といいますか、考え方等にその都度その都度の変化があればお知らせ願いたいと思います。文官恩給と軍人恩給との違いというのは、例えば文官は十七年が最低です。軍人にありましては准尉以上が十三年、下士官以下が十二年、同じ恩給がつくにしても年限が違っている。こういったような経緯を見ますというと、やはりそこに軍人恩給に対する一つの考え方というものが存在しているような気がいたしますので、特徴的にお話を願いたいし、根本的な軍人恩給に対する理念をお伺いしたいと思います。
#10
○政府委員(高島弘君) 恩給制度は明治八年四月のものからスタートしまして、陸軍関係、海軍関係、さらにはほかの文官、教職員、警察、監獄職員等いろいろな制度に分かれまして制度がだんだんと成熟をしてまいったわけでございますが、大正十二年の恩給法におきましてこれらの種々の制度が一本化されたということでございます。これらの公務員間の通算の規定がそれまではなかったわけでございますが、これらを一本にしまして、大正十二年の恩給法で一本化をいたしております。したがいまして、その意義あるいは考え方というものは、先ほど課長から説明をいたしましたが、経過的には若干の差はございますが、現在の恩給制度に引き継がれておるというように考えております。
#11
○小川仁一君 経過的な制度の移り変わりではなくて、私は、例えば兵の場合には十二年で加算歴を含めて年金がつく、文官は十七年、こういうふうになっているとすれば、そこに同じ恩給でも兵に対する場合あるいは十三年の准尉以上の人に対する場合というふうなのは、理念的に考え方に違いがあったからそういう数字が出たと思うんです。だから、聞いているのは、そういうものをつくり出した理念を聞いているんです。経過はわかっております。
#12
○政府委員(高島弘君) 確かに、先生言われますように、最短恩給年限等も従来と現在とでは少しずつ変わっております。例えば、軍人で申し上げますと、一つの区切りは准士官以上と下士官以下という一つの考え方がございますが、例えば明治九年ごろでございますと、陸軍恩給令では准士官以上は二十五年、下士官以下が十五年というような形で存在したわけでございます。これが、その後の恩給、陸軍、海軍等を統合いたしますときに両者ともに十一年ということで統合されておりまして、その後、現在の恩給法ができました大正十二年にもその最短恩給年限十一年というのが継続をされておりました。その後、昭和八年に至りまして現在と同じような准士官以上十三年、下士官以下十二年というような恩給最短年限が定められたものでございます。古い時代にはそういった両者の間に大きい差はございましたが、現在の恩給法に至りましてからは恩給最短年限上もほとんど差がないという形で運営がされてきたということでございます。
#13
○小川仁一君 ちょっと私が耳が遠い関係かだんだん聞こえなくなってきましたので、済みませんが少し大きな声でお願いします。
 理念のお話を、考え方のお話を聞いたので、経過を聞いたのではないと申し上げましたが、私はやっぱり軍人と文官で考え方の違いがあったから年限の違いが出てきたと思うんです。だから、その考え方を聞いたんですが、お答えがありませんし、次に移ります。なお現在でも、自衛隊の共済組合法なんかの改善がこの前ありましたね。ああいうことを考えても、一つの理念的なというか、物の考え方の違いがあってそうなっているのだと思うのであえてお聞きしたんですが、改めてまた次の機会にいたしましょう。
 恩給法の制定の中で旧軍隊の階級に応じてその額が決められておりますために階級間で甚だしい差がございます。この支給格差がどの程度かということをさっきのお話のかわりにお聞きするわけですから、大将から兵に至るまでの間どれくらいの格差がそれぞれの階級に応じてあるか。これは事前に通告しておりませんので、今すぐお答えいただけなければ、計算して後で結構です。
#14
○政府委員(高島弘君) 終戦時が今の手持ちにある資料では一番古いものでございますが、終戦時の旧軍人の仮定俸給の上下格差としましては、例えば兵は四百五十円、大将が七千五百円ということで、その両者の間の差は十六・七倍でございました。戦後、恩給の再出発をしました二十八年当時で見ますと、これが六万六百円と四十九万四千四百円、差が八・二倍というところでございます。現在は六倍でございます。
#15
○小川仁一君 防衛庁の方はきょうお呼びしませんでしたが、防衛庁の今の兵と、今は兵とは言いませんが、それから将校との階級差、階級差というか、恩給の倍率の違いに差がございますか。
#16
○政府委員(高島弘君) 私ども先生のお尋ねにお答えするような資料を今ちょっと持ち合わせておりません。
#17
○小川仁一君 じゃ、後でひとつお願いします。
 考え方としては、やはり俸給の差というものと恩給の差というものがそこに著しい倍率の違い等がありますと非常に問題になるだろうと思っております。
 それから、戦後、民間人として生活してきた旧軍人、最短恩給年限は満たす者が四十五歳以降普通恩給を受給しております、また最低保障額という形で支給もいたしておりますが、平成三年度の予算案を含む一人当たりの支給総額、最低保障額のそれを長短区分ごとに説明を願いたい。
#18
○政府委員(高島弘君) 平成三年四月からの改定予定のものをお知らせいたしますと、普通恩給の長期在職者九十八万九千五百円でございます。それに対しまして実在職年の短い方、いわゆる短期在職者の方でございますが、実在職年が九年以上十一年までの方が七十四万二千百円でございます。次に、実在職年が六年から九年未満の方が五十九万三千七百円でございます。六年末満の方は四十九万四千八百円ということになっております。
#19
○小川仁一君 その場合に、十二年以上の軍歴を持って加算をされておられる方で実在九年以上、それから実在六年以上九年未満、それから六年未満と三つに分類しておられる。九年以上は七五%ぐらいを支給し、六年以上九年未満は六〇%ぐらい。これは長期在職者のですよ。それから、六年末満は五〇%ぐらい。一五%、一〇%と差をつけておりますが、同じように十二年おやりになったら何でこういう差つけたんですか。一五%、一〇%の差をつけられた理由についてもう一度お伺いしたいと思います。
#20
○政府委員(高島弘君) 最低保障という制度を導入しました経緯からちょっと御説明をいたしたいと思います。
 最低保障制度というのは本来の恩給制度内にはなかった制度でございまして、これは他の公的年金制度の状況を勘案しながら設けられたものでございます。恩給の場合はいわゆる在職年とその方の俸給をもとにして計算をされるわけでございますから、その出てくる結果としましての恩給年額がいわゆる在職年の短い方あるいは俸給の低い方の場合はどうしても低くならざるを得ない。しかし、恩給の場合を考えてみますと、長期在職をされた方の場合は、いわゆるその方たちの老後の生活保障ということを考えましたときに恩給が一番基本的な生活の支えとなるものであろうというように考えられるわけです。それで、そういった人の恩給が低くてはこれは非常に問題がございますので、そういった長期在職の方の恩給を生活ができるレベルまで引き上げるということで最低保障制度が導入されたわけでございます。
 最初は実在職年十二年以上の方が対象とされたわけでございます。その方たちの恩給を引き上げてまいります過程で、十二年末満の方との間に非常に大きい差が生じてきたわけでございます。その差をこのまま放置しておくのはまずいのではないかということで、後になりましてその低い方々の恩給も、長期在職者の方と短期在職者の方の水準を少し調整しようということで短期在職者にも最低保障制度が導入されたわけでございます。そういう経緯を持っておりますので、短期在職者の方に長期在職者と同じような額のものをお出しするということはかえって不公平を招くのではないかということで現在のような率におさまったわけでございます。
#21
○小川仁一君 最低保障額というものの考え方は、普通恩給のように年限と階級によって差があるというものと考え方が違うような気がするんです。私は、最低保障額といったら六年末満とか九年以上とかというあえて差をつける必要はない。特に旧軍人、私と同年配の連中は一年間に四十九万四千八百円もらったところでそう大きな生活のプラスにならない。とすれば、かつてのように短期在職者であっても実在九年以上といいますか、七十四万二千百円といったようなところに最低額としてむしろ保障してあげた方がいいのじゃないかという感じが率直にするんです。
 どうも私、同年配の者がどのような生活をしているか知っているがゆえに、この点、最低保障額というものの性格と、皆さんがこの階級とか年限とかで無理して差をつけようとする物の考え方と私の考え方とに食い違いがあるような気がしますが、最低保障額の考え方について長官はどうお考えになりますか。長官からお聞きしたい。
#22
○政府委員(高島弘君) 最低保障制度を導入しました状況は先ほどお答えをいたしたわけでございますが、私どもの調査を見ますと、長期在職者というのは平均で約十五年勤務されております。したがいまして、この方たちは戦後お帰りになったときに大体もう四十近い年齢であったかと思われます。したがいまして、その後のいわゆる生活設計といいますかを考えてみましたところ、例えば厚生年金なり国民年金の加入期間等を考慮しますと非常に厳しい状況に置かれていた。
 それに比較しまして、短期在職者の方は、これは平均をいたしまして五・七年ぐらいでございます。これは短期在職者全員の平均でございますが、全体としては五・七年程度の勤務であったかというような数字でございます。したがいまして、こういった方々は二十代半ばで引き揚げてこられたということでございますので、その後の生活設計において十分に余裕があったというように私どもは判断をいたしておるわけでございます。したがいまして、そういったことも考慮いたしまして現在のような割合がつけられておるというように考えております。
#23
○小川仁一君 こだわりますが、最低保障額でしょう。それは生活を中心にして考えたのですか、それとも年金のあり方の中で計算をしていって、低いからここを少し上げてやろうということで最低保障額を考えられたのですか、どちらですか。
#24
○政府委員(高島弘君) それは低いものを引き上げようと、先ほどお話ししましたように、長期在職者とのバランスでもって短期在職者のグループの引き上げを図ったということでございます。
#25
○小川仁一君 あなたのような考え方なら、厚生年金ももらっている、他の年金ももらっている、そう言うならこっちの方にはそれであって、その上に軍人恩給が加わるんですから、何もこれを最低だといって引き上げる法はない。ルールでやればいいんです。私は、最低保障額というのはそういう年配の人たちが、もう七十前後ですよ、こういう人たちが生活する上に必要だから最低保障額をという考え方と理解したんですが、その考え方ではないですね。だとすれば、最低保障額の存在の意味がない。
#26
○政府委員(高島弘君) 恩給制度は、これは恩給だけでその方の生活全体を保障しようという性格のものではございませんで、基本的にはその方の勤務された年数と俸給ということが基本にあるわけでございます。したがいまして、最低保障という名は使っておりますが、これは生活保障ということとは意味が若干違っておるということでございます。
#27
○小川仁一君 話題を変えますけれども、旧軍人で公務員になっている場合の恩典があります。軍車歴期間が評価されて共済年金に増額支給をされておりますが、どういう内容になっておりますか、期間と金額について説明していただきたいと思います。
#28
○政府委員(高島弘君) 今先生のお尋ねの点は、恩給局の所管からちょっと外れておりまして、それは大蔵の担当かと思われますので……。
#29
○小川仁一君 じゃ、教えてあげるから。軍歴六カ月の者は年間五万円、一カ年の者は十万円、三カ年の者は三十万円、五カ年の者は五十万円、共済年金に増額支給されているんですね。
 そういう状況がこちら側にもある。最低保障額もある。こういったような形で存在しているとすれば、私はやっぱり軍人恩給欠格者、例えば十一年十一カ月の者がゼロというのは非常に問題があるのではないかと感ずるんです。ルールどおり恩給のルールによって年数とそれから階級によって出してやる、そこには最低保障なんという考え方はない、ほかの年金もまた同じように別な角度でルール上もらう、こういうふうな格好で存在すれば私は恩給欠格者に対しても物の言い方があるけれども、一方では恩給の方で共済組合には増額支給をしている、また軍人恩給をやっている人に最低保障額というものを出している、こういう状況があるならば、軍人恩給欠格者に対しても何らかの配慮があってしかるべきと思います。これは恩給という制度ではなしに政府の行政措置として何か考えられることはございませんか。
#30
○政府委員(高島弘君) 先生ももうおわかりだろうとは思いますが、いわゆる最低年限というのは恩給制度の一番基本的な事項でございまして、これを今の時点で変更するということは恩給制度としてはできないという問題ではなかろうか、かように考えております。
#31
○小川仁一君 内閣委員会で附帯決議というのがついております。昭和六十一年以来「恩給欠格者等の処遇について検討の上、適切な措置を講ずるよう努めること。」、こういうふうに附帯決議がずっと毎年ついている。最初にこれを言い出したのが衆議院におりました当時の私でございますから、この文句が頭から離れない。
 この附帯決議に対応をして「適切な措置を講ずるよう努める」省庁はどこでございますか。
#32
○政府委員(文田久雄君) お答え申し上げます。
 先生にはこの恩欠の問題につきましては当初より大変おつき合い賜っておりまして、これ以上申し上げることはないのでありますが、御案内のとおり、このいわゆる戦後処理問題に関しましては、昭和五十七年、当時の田邊総理府総務長官が、いわゆる恩給年限に達しない方、また戦後強制抑留者の方あるいはその引揚者の問題、これらの問題についてどのように考えるかという御諮問をされまして、その後二年半、三十五回にわたりまして戦後処理問題懇談会というところにおいて鋭意検討されたことでございます。
 その結果が、申し上げましたように五十九年の十二月に、当時は、諮問のときには総理府の総務長官からしたわけでございますが、五十九年には総理府と総務庁という行政改革に伴う機構の改編がございましたので、これを受けましたのは内閣官房長官でございました。
 お示しの、所管はどこかということにつきましては、私どもの総理府でございます。
#33
○小川仁一君 この附帯決議の中身を見ていただきたいんですが、これ官房長官に特にお願いしておきますが、決して恩給につなげろなんて書いてないんですよ。「恩給欠格者等の処遇について検討の上、適切な措置を講ずるよう努めること。」でございますから、いろいろな方法が具体的にあり得ると思うんです。一体事務局として今までどういうお考えで検討されてきたか。検討された幾つかのケースがあったらお知らせ願いたいし、官房長官も今後ひとつ御指導なさるときに、軍人恩給につなげてくれなんということは一言も言ってないんですから、この点をぜひ御理解いただいた上で、今の担当である総理府ですか、今まで考えられたケースをひとつ御説明願いたいと思います。
#34
○政府委員(文田久雄君) このいわゆる戦後処理問題に関しましては、先ほど申しましたように、その五十九年の戦後処理問題懇談会の報告を踏まえまして、御案内のとおり昭和六十三年の五月に平和祈念事業等に関する法律、いわゆる基金法というのが制定されまして、その基金法の中でその基金の運営に関しまして重要事項を審議するというための運営委員会というのが設けられております。
 そこで、その運営委員会におきましてこのいわゆる恩給欠格者の方々に対する対処としてどのようなことが行われるべきであるかという慎重な御議論がありまして、平成元年度におきましてこれらの方々に対する慰藉の念を示すために書状と銀杯を贈るべきであろう、こういう御提言を賜りまして、平成元年度からその措置を講じているところでございます。また、平成二年度からはさらに重ねて新規の慰藉事業を行うべきと、こういうことに相なりまして、現在これらの御検討の結果を踏まえて、恩給欠格者の方に対しましては書状と銀杯、さらに御高齢の方につきましては、現在八十歳見当でございますが、これらの方に対しましては新規の慰藉事業をあわせて行う。こういう経緯と結果に相なっております。
#35
○小川仁一君 そのケース以外に考えたケースはありませんでしたか。
#36
○政府委員(文田久雄君) もともと恩給欠格者に対する措置の基本的な考え方と申しますか、その考え方は、先ほども申し上げましたような戦後処理問題懇談会において基本的にはその考えが示されております。
 そこで述べておられますのは、さきの大戦というのは未曾有の大戦であったと、そういうことで戦争損害、被害というものをどのように受けとめられるべきであるかということについて論及されておりまして、これは国民一人一人がそれぞれの立場で受けとめてもらわなくてはならない、これがまず基本になっております。しかしながら、恩給年限に達しないいわゆる恩給欠格者の方々の心情というのもよくわかると、そこで、こういうふうな慰藉事業を行うのが相当であるというのが基金の運営委員会の検討につながった。結論として申し上げますと、その基本となるところは戦後処理問題懇談会の報告の中に述べられている、かように理解をいたしております。
#37
○小川仁一君 これは祈念事業であって、四百億まで積み上げて、そして銀杯と賞状。こんなもの要らぬと言っていますよ。今ごろ賞状なんといって額に入れて飾るほどばかにされたくないと、死線を越えた兵隊たちはそう言っていますよ。こういうものじゃなくて、「処遇について」と書いてある。祈念事業で銀杯をやることが「処遇」のうちに入ると総理府は考えておるんですか。
#38
○政府委員(文田久雄君) 先生御案内のとおり、この基金法の立て方と申しますのは、法定の事業といたしましては、戦後強制抑留者の方々に対しましては法の四十三条で慰労品を、それから四十四条でもって慰労金を支給する、その他の戦後処理問題に関しましては、法の二十七条、これに基づく各種の慰藉事業を行うべしと、かように相なっておりますので、私どもとしましては、この法の規定の立て方から見まして、ただいま行っている各種事業はこの二十七条の規定に則する慰藉事業ということで、私ども総理府としましては先生お示しのとおりと考えております。
#39
○小川仁一君 あなた方、慰藉とか大変いいことをやっているような話をしているけれども、七十歳以上しかくれないでしょう。非常に年齢的に制限してほんのわずかしかくれていないんですよ。恩給欠格者が何人あって、その書状と銀杯をやった人が何人か、ちょっと説明してください。
#40
○政府委員(文田久雄君) いわゆる恩給年限に達しない方というのは総数で二百五十三万人と推定されております。それで、私どもの今般の事業の対象者といたしておりますのは、加算年を含めまして外地の経験を有する、こういう方々で三年以上の方につきましては百八万人でございます。それで、現在までの申請、平成三年の一月の末でございますが、これまで二十三万七千件を受け付けておりまして、これらについてその資格要件等の審査を行って、書状で約六万三千件、書状と銀杯あわせての方が五万件、計十一万三千件の交付を了しているところでございます。
#41
○小川仁一君 こんなふうな慰藉、処遇について、今度は長官にお伺いしますが、恩欠者に対してこの程度のもので十分慰藉されたとお考えになっておられるかどうか、ひとつお二人からお聞きしたいと思います。
#42
○国務大臣(坂本三十次君) 平和祈念事業特別基金で書状や銀杯を出したり、またそれに加えて慰労のお品を差し上げたり、それで十分かというお尋ねのようでございますが、それは私は個人的な心情から見て十分などとは思うておりませんけれども、お気持ちはわかるけれども、国の力も限度があるので、御苦労は重々お察しをいたしますが、この戦後処理に関係をして御苦労をなさっておられる方々に対して十分なことがとても全部できませんので、何とかどうぞひとつこの辺で御了承を賜りたいという気持ちでいっぱいだと思っております。
 御承知のとおり、小川議員もそのお年ですから、私も、もうちょっと若いけれども、戦前、戦中、戦後のことはよく記憶をしております。この間のあの大戦では、戦地へ行かれて御苦労をされた方々は一番御苦労をされたと思いますけれども、また考えようによっては、内地にあろうとあるいは戦地にあろうと、内地でも大変な戦災をこうむったり、あるいはまたその一番悲惨な例は原爆の被害を受けたり、いろいろ国民ひとしく大変な御苦労をいただいた。それはもう官も民も老若も男女も差がなかった。大変な御苦労をおかけをしたわけでありまして、それがゆえに我が国の平和憲法もできた、そういうふうに思うております。
 私の場合は、申し上げて恐縮でありまするけれども、三年余りの軍隊生活で、戦地にも、南方の方にも行っておりましたが、あれがシベリアでやられておったならば私は命はなかったかと思いますけれども、暖かいところで抑留をされたからまだ助かった、体重が二十キロばかり減りましたけれども、まだ助かった。そして、帰ってきて初めて日本の近海で富士山を眺めたときに、ああおれはこれで助かった、ありがたいものだ、御苦労されて戦死された方々のことを思えばありがたいことだ、そう思うて帰ってきたことを思い出すわけでございます。
 ということでございまして、すべての国民が大変苦労をしたんです。しかし、なかなか全体、全部の方々に御満足をいただけるようなことは国の力ではとてもできないので、この平和祈念事業というような御趣旨は、とても不十分だとお考えになられておるでございましょうけれども、政府としての気持ちを込めて慰藉を申し上げておるという気持ちでいっぱいであります。そういう意味におきまして、とてもとても全部が全部国でお世話をしたり御満足のいけるようなことはできませんけれども、せめてこの平和祈念事業ということで御理解を賜りたいなという気持ちで私どもはやってきたということでございまして、どうぞひとつ御理解を賜れば幸いだと思っております。
#43
○小川仁一君 もう私と同年配の者でございますから、この恩給欠格者というのは、今善処していただかなければ残る年齢は大変少ないわけでございます。ぜひ急いで善処の方法についていろいろな角度から考えてみたいと思います。
 平和祈念事業は、私は適切な処遇の対象には決してなっていないと思うんです。料理店へ行っても床屋へ行ってもいろんな額がかかっていますけれども、あの額程度のものだという認識があるから、恩欠者の皆さんはそんなものは要らぬといってぶっ飛ばしている。ここにやっぱり問題があると思いますから、さらにまた話を続けますけれども、お考えおき願いたいと思います。
 それで、平成元年(ワ)第九九号、損害賠償請求事件として長崎裁判所佐世保支部に提出をされました事件について、総務庁長官も、官房長官もこのことは御存じでございましょうか。
#44
○国務大臣(佐々木満君) お話の裁判は承知しております。
#45
○小川仁一君 これは、軍人恩給欠格者が、例えば十一年十一カ月なんという経歴を持っている人たちが損害賠償として国を相手に訴えた事件です。したがって、判決も出ましたから御存じかとは思いますが、この場合に、この裁判を担当し、これに対する基本的な考え方を示す省庁はどこになるんですか。
#46
○政府委員(高島弘君) 恩給局がその担当をいたしております。
#47
○小川仁一君 恩給局ですね。そうすると、国の指定代理人の中で、私がそちらからいろいろもらったのを見ますというと、総務庁恩給局審議課審査室、総理府事務官という方がお三人対象になっていますが、これは総理府と総務庁の関係はどうなっているんですか。
#48
○政府委員(高島弘君) これは判決書を見ますと、指定代理人として三名の者の名前が挙がっておりますが、事務官としての名称は、総務庁の場合もいわゆる大きく言います総理府の中に入っておりますので、総理府事務官ということになります。
#49
○小川仁一君 そうしますと、損害賠償事件について恩給局が担当した理由を明確にしてください。
#50
○政府委員(高島弘君) この裁判で恩給制度の適否といいますか、が争われたものでございますから、その面で私どもの職員が指定代理人となっておるわけでございます。
#51
○小川仁一君 これは恩給問題じゃないですよ。損害賠償事件です。それを無理無理恩給制度の方へ引っ張っていって、だめといったような一つの方向に引っ張っていったんで、審理で皆さん準備書面その他を用意された理由を明らかにしてください。
#52
○政府委員(高島弘君) 訴状を見ますと、いわゆる恩給制度のことがるる書かれておるわけでございます。その恩給制度の適用を除外されたということで非常に著しい差別的な扱いを受けたということを主張されておりますので、私どもといたしましては、この恩給制度が決してそういった差別的な扱いをするための制度ではないということで、指定代理人の一部に加わったということでございます。
#53
○小川仁一君 そのことを差別としていないと言うけれども、実際は十一年十一カ月と加算になる十二年との間でどういうふうな違いがあるんですか、そこを区分けした理由を明確にしてください。そうすれば差別であるかないかがはっきりする。経過じゃないですよ、理由をはっきりしてください。
#54
○政府委員(高島弘君) 判決を見ますと、憲法上、国がすべての旧軍人に恩給を支給する義務を負っているとは解することはできず、恩給支給は立法府が財政、国民感情などに照らし、合理的裁量で決定する立法政策にゆだねられる。普通恩給最低年限を十二年と定めたのは、この立法範囲内にあり、法のもとの平等を定めた憲法十四条などに違反する差別はないというような裁判所の判断になっておりますが、私ども……
#55
○小川仁一君 いや、違う、私の聞いていることと違う。私が聞いているのは、判決を聞いているんじゃないんだよ。あなた方の、十二年で恩給がつく、十一年十一カ月はだめという理由をきちんと言ってくださいと言っているんで、準備書面の方のあなた方の主張に対する質問をしているんで、判決を聞いているんじゃないです。
#56
○政府委員(高島弘君) 恩給制度の場合は、いわゆる官吏とか旧軍人等一定の身分を有する公務員が一定年限以上勤務して退職した場合に、国がその者との特殊な関係に基づいて支払われるものでございます。したがいまして、その対象となるべき身分とか年金の資格年限といいますか、恩給最短年限等は制度としての基本的なものでございまして、これは過去の経緯的に昭和八年以来十二年ということで決まっております。したがいまして、その期間に足りない方に恩給を支給できないというのがこの制度の仕組みでございまして、御理解をいただきたいと思います。
#57
○小川仁一君 答えになっていませんよ。なぜ十一年十一カ月では恩給を支給できないかと聞いているんです。それは制度だからと言う。制度というのは人間がつくっている、あなた方がつくっている。十一年以上と言われればこれは入るんです。こういうことで十二年と十一年十一カ月との間に線を引いた理由を聞いている。さっき聞いたのは、文官は十七年で軍人は将校以上は十三年、兵は十二年、こんなふうになっている。だから、さっきから根本的な考え方、理念を聞かしてくれと再三言っているけれども、あなた方はごまかしている。我々の年代の本当に苦労して戦場を駆けめぐった者に対しては非常に冷酷な言い方だ、その言い方は。はっきりしてください。
#58
○政府委員(高島弘君) 恩給の資格年限十二年というものは昭和八年以来ずっと現在まで続いてきておるわけでございます。恩給の場合、いずれかにその条件として線を引かざるを得ないということでございまして、これが過去数十年にわたって軍人の兵の場合は十二年という期間が決められてまいったわけでございまして、これに満たない方に恩給を給するというわけにはまいらないというのが私どもの考えでございます。
#59
○小川仁一君 今の、制度だからというだけの話で、制度は人間がつくるものです。皆さんが考えることによって動かすことができるものだということを申し上げて、次に移ります。
 日本赤十字社救護看護婦の処遇について、これは各党の代表者が集まって懇談をいたして、これで慰労給付金という形で政治的に解決がついて現在支給をされているところでございます。私は各党の代表者の方々がこういう制度をとられたことを非常に評価いたします。軍人でなくても、従軍された看護婦の方々に温かい配慮をしたという政治的な行政的なやり方に敬意を表しながら、この問題といろいろ関連してお聞きします。
 この場合、従軍看護婦は民間人として考えたのですか、それとも文官としてお考えになったのですか、軍人としてお考えになったのでしょうか、その辺の御討議がありましたらお知らせ願いたいと思います。
#60
○政府委員(櫻井溥君) お尋ねの件でございますが、軍人か非軍人かという区分けをいたしますと、軍人ではございませんということで対応したわけでございます。
#61
○小川仁一君 あえてそんな質問をした理由は、民間人として考える場合と軍人として考える場合には、加算歴とかあるいはスタートからみんな違います。文官は十七年、軍人は兵で十二年。この方々は民間人であっても十二年で一定の慰労金を出す下限になったわけです。この論理でいくと、実際に苦労した兵の方は八年でいいことになるんです、年数計算でいけば。八年の人から、あえて恩給とは言いません、慰労金でも何でもいいから処遇してあげてもいいのじゃないかという一つの考え方が出てくるんですが、いかがですか。
#62
○政府委員(文田久雄君) お答え申し上げます。
 私どもの基金は、旧軍人軍属の身分を有しておりますが、軍歴期間が短いために年金恩給を受けることができない、こういういわゆる恩給欠格者の方々につきまして、その労苦を慰藉するため基金制度の趣旨に沿って銀杯の贈呈を行っているところでございます。一方、旧日赤の救護看護婦等の方々に対する慰労金、これはこれらの方々が本来兵役の義務がない女性の身でありながら戦時衛生勤務に服する、また戦後は抑留、留用される、こういう当時置かれた特殊事情を考慮しまして、恩給制度を準用しまして、その加算年を含めて十二年以上の在職期間を有する方に兵に準じた措置を講ずることとされた、こういう特殊事情によって措置されたものというふうに承知いたしておりまして、この基金制度、私どもの方において同様の措置を新たに講ずるということは困難であって、考えていないところでございます。
#63
○小川仁一君 これは旧日本赤十字社救護看護婦に対する慰労給付金支給要綱、別に法律をつくったわけじゃないんです。予算案の中に一定の金額を入れて、日赤を通して従軍看護婦の方に慰労金を出しておられます。今、年間三十万ぐらいの方もありますね。こうなってきて、私は軍人とあえて従軍看護婦とを比較するつもりはありませんけれども、一般的に言っても軍人の方は非常に苦労した面があるんじゃないかと思うんです。そうすると、何かしらここに看護婦さんたちと同じような軍人恩給欠格者に対する慰労金制度などというものがあっていいのじゃないか、こう思うんです。したがって、ぜひお考え願いたいと思うんです、いろいろな制度について。
 長崎の裁判についても原告が敗訴になりました。しかし、そこに出されている準備書面を見ますと、兵の人たちの本当に涙の出るような、血の出るような思いの文章が載っています。これに政治がこたえなくていいのかという感じが、私は年代が同じだから余計感ずるのかもしれませんが、感じます。したがって、こんな裁判が起きないように、またさっき言った日赤の看護婦の慰労金という恩給などとは別な制度でもってやっぱり政府の気持ちなり議会の気持ちなりを軍人恩欠者に伝えるような方法、これらを含めてひとつ行政の方でももう一度考えていただく余地はないものでしょうか。長官、いかがでございましょうか。
#64
○政府委員(文田久雄君) 先生のお示しのことにつきましては、私どもは恩給欠格者の方々の御心情を十分に察知いたしまして、基金法をもって対処していくべきである、かように考えております。
#65
○小川仁一君 基金法も十一万人に差し上げたなんというふうな意味では何にも意味ありませんから、こっちの方もずっと枠を広げていただくことは構いません。必ず枠を広げてやっていただきたいと思いますが、今言った気持ちを長官に申し上げて理解していただいて、私の質疑を終わらせていただきます。
#66
○三石久江君 恩給局に恩給法に関連いたしまして質問させていただきます。
 恩給法の中で遺族に支給される普通扶助料と公務扶助料について質問させていただきます。
 まず、平成三年度恩給種類別予算の内容によりますと、普通扶助料の受給者は、文官が六万二千人、軍人関係が五十一万五千人、合計五十七万七千人。公務扶助料の受給者は、文官が六千三百人、軍人関係が三十四万五千人、計三十五万一千三百人。そして、普通扶助料には妻に支給される寡婦加算があるということ、公務扶助料には妻のみではなく両親など広く支給される遺族加算があるということで、この普通扶助料の寡婦加算の受給者数、すなわち寡婦の数と、公務扶助料の遺族加算のうち戦死者の妻の数、寡婦はどれほどですか。できればその年齢構成も示していただきたいと思います。
#67
○政府委員(高島弘君) 一点は、普通扶助料を受けておられる方の寡婦加算の対象者のうちの妻の方でございますが、これは恩給統計によります平成二年三月末の数字でございますが、五十三万八千九百三十二名ということでございます。このうち寡婦加算の対象になっておられる方が五十三万二百六十四名、先ほどの数字に対しまして九八・四%の方が寡婦加算の対象者となっておられます。次に、公務扶助料の関係でございますが、公務扶助料を受けておられます妻の方は、これも恩給統計の平成二年三月末の数字でございますが、二十六万七千九百七十名、公務扶助料受給者の七三・七%を占めております。
 普通扶助料の妻の方の年齢別の構成を申し上げます。六十歳末満の方が一・八%でございます。六十歳から七十歳末満の方が四六・〇%、七十歳から八十歳末満の方が四一・九%、八十歳以上の方が一〇・三%でございます。次に、公務扶助料の関係を説明いたします。公務扶助料の関係では六十歳末満の方が〇・一%、六十歳から七十歳末満の方が一二・八%、七十歳以上八十歳未満の方が七四・四%、八十歳以上の方が一二・七%でございます。
#68
○三石久江君 なぜお尋ねしたかといいますと、普通扶助料の寡婦加算が六十歳以上十三万五千円、公務扶助料の遺族加算は十一万四千七百円。公務扶助料を受けているのは今お聞きしましたようにほとんどの人が戦死者の妻である寡婦で、現在では六十歳以上の方々ばかりです。普通扶助料の寡婦加算より公務扶助料の遺族加算の方が少ない理由をお聞かせいただきたい。なお、寡婦加算、遺族加算がつけられていることの理由もあわせて御説明をお願いしたいんです。ちなみに昭和五十一年から五十四年までは同額であったと聞いております。御説明をお願いいたします。
#69
○政府委員(高島弘君) 寡婦加算の導入でございますが、これは五十一年に厚生年金とほかの年金に導入されたのとあわせまして定額として、妻加算のものとして導入されたものでございます。次に、遺族加算につきましては、やはり同じく五十一年寡婦加算の新設と同時に導入されまして、こちらの方は妻のみではなくてその父母その他も含めた方に支給するということで、恩給制度の独自の制度として導入されたわけでございます。
 導入当初におきましては、寡婦加算と遺族加算というのは同額で推移してまいりましたが、五十五年の恩給改善の予算編成時の事情がございまして、遺族加算の方が低い額となったわけでございます。これは、遺族加算が公務関係扶助料受給者に一律に支給されるという性質のものでございますので、公務関係扶助料受給者の処遇改善に当たって従来から基本額とこの遺族加算額を合算した総額でもってその水準を考えてきておったわけでございますが、五十五年の改善においてその総額を決定した後に総額と遺族加算額を分ける際に、予算編成上の理由から現在のような差が生じてまいったわけでございます。したがいまして、遺族加算の関係の方は現在低いようではございますが、実質的にはそれに相当する部分が本体の方に入っておるというように御理解を願いたいと思います。
#70
○三石久江君 もう一つ、寡婦加算、遺族加算がつけられている理由をお聞かせください。
#71
○政府委員(高島弘君) これは、いわゆる扶助料の関係は原則としまして本人恩給の五〇%ということでスタートしておりましたが、厚生年金その他公的年金でもその扶助料の水準を引き上げようという動きがございまして、それにあわせて扶助料等も引き上げましたが、実質的に扶助料の額を引き上げるために定額、率ではなくて額として引き上げるような形でこの加算制度が導入されたわけでございます。ですから、定額ということは、逆に言えば低い方々に手厚い改善という形になっております。
#72
○三石久江君 ただいまの御答弁では、いろいろの事情、予算編成上の理由ということで格差ができたということですね。この格差ができたというのであれば、それは行政側の責任であって、扶助料を受けている者にとっては甚だ心外なことではありませんか。それを埋めるのは当然であると思うんです、どんな理由がありましても。戦死者の妻たちはかなりの高齢者です。この方々は四十数年前、今思いますと、私もよく感ずるんですけれども、新婚すぐか、戦地へ送ってから子供を産んだ女性、また子供を抱えて夫を失い、子供は父親の顔も知らないという家庭、戦後は再婚もできない、再婚もしないで精神的、肉体的に苦労を重ねて現在に至っております。
 調査室の資料、平成三年度恩給種別予算内容で見ますと、軍人関係の公務扶助料の受給者は三十四万五千人で、支給額は五千七百八十二億六千六百万円です。年一人当たり平均は百六十八万円、月平均は十四万円弱で、ほとんどが最低額であります。ボーナスがあるわけでもなく大変苦しい生活であると思います。私はよく受給者から生活が苦しいと聞かされます。年をとって働くこともできない、長生きをし過ぎたのかねと聞かされます。大変悲しい言葉です。
 そこで、この際、平成三年度改善措置のうち、この辺で寡婦、戦死者の妻たちに女の戦後を終わらせたいと思うんです。そこで、平成三年措置のうち遺族加算の引き上げを、寡婦加算と同額の十三万五千円にすることを要求いたします。そして、ことしがだめならば、何度も言いますけれども、高年齢者なんです、ですから来年度の概算要求の引き上げには何とか値上げできませんか。そこをもう一度お伺いいたします。
#73
○政府委員(高島弘君) 遺族加算と寡婦加算の差でございますが、先ほど御説明いたしましたように少し沿革的な問題がございまして、形式的には差があるようでございますが、実質的には私ども同額で推移してきていると考えております。したがいまして、先生が今御指摘の寡婦加算と同額にするということは困難ではございますが、戦没者の遺族の処遇改善ということで、平成元年度以来私どもは寡婦加算を上回る引き上げを今まで実施してまいったところでございます。今後とも戦没者の遺族の処遇改善ということで私ども努力してまいりたいと思っております。御理解をいただきたいと思います。
#74
○三石久江君 ただいまの御答弁で今後ともとおっしゃいましたけれども、この方たちはもう大変な年齢なんですね。今後十年という間にはその方たちはどうなるかわからないという状態も含まれておりますので、今後ではなく、来年からぜひそれを考えていただきたいと思います。長官にもそのことで少しお話しいただきたいと思います。
#75
○国務大臣(佐々木満君) お話また御要望の趣は十分理解をいたしました。いたしましたが、一応先ほど来お答え申し上げておりますとおり、この編成の仕組み等がございまして、実質的には差がない、こういうことになっておるのでございまして、その点もひとつ御理解をいただきまして、今のお話を踏まえてまた検討させてもらいます。
#76
○三石久江君 十分に検討して早くやっていただきたいと思います。
 次に、先ほども同僚議員からお話がありましたけれども、旧日本赤十字救護看護婦並びに旧陸海軍従軍看護婦の処遇について厚生省に質問いたします。
 恩給法には旧軍人、旧軍属が含まれていますが、旧日本赤十字社救護看護婦並びに旧陸海軍従軍看護婦には恩給法が適用されていません。そのかわりにといいますか、慰労給付金が交付されております。慰労給付金を受けているのは赤十字看護婦が一千四十九人、従軍看護婦が一千七十六人です。その慰労給付金は年額十二万円から三十六万円であります。
 そこで、救護看護婦、従軍看護婦として従軍した看護婦の総人数、また戦死あるいは未帰還者の人数、そして帰国後死亡した人数をお知らせください。
#77
○説明員(村瀬松雄君) お答えいたします。
 まず数でございますけれども、旧日本赤十字社救護看護婦につきましては、昭和五十四年五月の当省作成の資料によりますれば二万四千七百二十四人が救護看護婦として派遣されております。このうち一万一千三百六十八人が戦地勤務に服しております。また、陸海軍看護婦につきましては、昭和五十五年に厚生省が実施いたしました旧陸海軍看護婦実態調査によりますれば一万一千五百三十八人でありまして、このうち五千九百六十二人が戦地勤務に服しております。
 なお、死亡した者は何名か、こういう御質問でございますが、旧日本赤十字社救護看護婦につきましては、日本赤十字の調査によりますれば、死亡が確認された者は一千百六十五名でございます。なお、陸海軍従軍看護婦につきましては、厚生省といたしましては死亡者数は把握してございません。
#78
○三石久江君 今の御答弁ですと、陸海軍の方は把握していないということで、私はもうびっくりいたしました。これはぜひ把握していただきたいと思うんです。全部はつかめないというのは、女性のことはほっておいていいということなんでしょうかと思ってしまいます。
 そこでまず、これら看護婦に対して今現在政府はどのような位置づけをし、労苦に報い、戦死者あるいは戦傷者に補償または救護の手を差し伸べているのかお聞きしたいと思います。
#79
○政府委員(櫻井溥君) ただいまお尋ねがございました旧日本赤十字社救護看護婦並びに旧陸海軍従軍看護婦に対する処遇の内容についてのお尋ねかと思うわけでございますが、長い間の経緯からこのような措置に到達したわけでございます。簡潔にそのポイントだけを申し上げますと、昭和三十八年に日本赤十字社の社長から恩給局長に対しまして、これらの方々に対して恩給を支給してもらいたいというような趣旨の要望があったわけでございます。しかし、政府といたしましては、恩給といいますのは、これは恩給局の所管でございますけれども、文官あるいは軍人に支給対象者が限定されておるわけでございますので、御要望の範囲内の方々は対象にならないということで政府の見解は統一されておったわけでございます。
 その後、昭和五十年以降、救護看護婦に対する恩給法の適用に関する請願が衆参両院に対しましてたびたびなされた経緯がございます。このような背景をもとにいたしまして、先生御案内のとおりに、昭和五十三年にこの問題の早期解決を図るという趣旨から当時の六党代表の実務者によりまして一つの合意事項を得られたわけでございます。その合意事項によりまして、恩給そのものは適用できないわけでございますが、これらの看護婦さん方に対しまして慰労給付金を支給するということで一つの制度をつくりまして現在に至っておる、こういうことでございます。
#80
○三石久江君 それでは、戦死者あるいは戦傷者に補償または救護の手を差し伸べているということはいかがですか。
#81
○説明員(戸谷好秀君) 厚生省の援護課でございます。お答え申し上げます。
 旧日本赤十字社救護看護婦並びに旧陸海軍従軍看護婦に対する厚生省の処遇ということでございますが、私どもで戦傷病者戦没者遺族等援護法を所管しておりまして、この法律は軍人軍属等、国と一定の身分関係のあった方に対しまして、戦争公務により死傷した場合に、恩給に準じまして障害年金、遺族年金等を支給しているというものでございます。
 御指摘の旧日本赤十字社救護看護婦並びに旧陸海軍従軍看護婦の場合でございますと、このような方々が戦地において戦争公務により死傷した場合には、この援護法上軍属というカテゴリーに属して処遇されるわけでございます。したがいまして、こうした方々が戦争公務、戦地における看護業務ということになろうかと思いますが、によりまして一定程度以上の障害状態となった場合には障害年金を、また戦争公務により亡くなられた場合にはその遺族に遺族年金及び弔慰金をそれぞれ支給をしているところでございます。
 以上でございます。
#82
○三石久江君 次に、日本赤十字社救護看護婦、陸海軍従軍看護婦、この方々に慰労金というのが支給されておりますが、この慰労金の受給者の二千百二十五人のうち月額にしますと一万円が六八%、一万四千百七十円が一四%、一万七千五百円が一三・七%、二万五千円が三・四%、二万六千円が〇・七%、三万円が〇・一%で、従軍看護婦には三万円の受給者はゼロです。
 ところで、総務庁ですが、この慰労給付金は何の法律に基づいて出され、いつから出され、その改定が行われたのかお尋ねいたします。
#83
○政府委員(櫻井溥君) ただいま先生が御説明されました金額でございますけれども、まず制度につきまして申し上げますと、旧日赤救護看護婦さんにつきましては昭和五十四年、それから旧陸海軍看護婦さんにつきましては二年おくれての五十六年からスタートしたわけでございます。これにつきましては、先ほどその経過について説明しました中に触れましたように、法律に基づいてとられた措置ではございませんで、言うなれば恩給法の適用ということではなくて、これは政府の予算措置によりましてとられた措置であると。その趣旨等につきましては先生御案内のとおりのことでございまして、これは看護婦さんの方々の大変御苦労されたという点に着目いたしまして特別にとられた措置というふうに私どもは理解しておるわけでございます。
 なお、金額につきましては、先ほど低いというようなお話がございましたけれども、これにつきましては当時の六党合意事項に基づきまして、兵に準ずる措置ということでございますので、当時の恩給の扶助料、これを参考にいたしまして算定しました結果、先ほどの数字になっておる次第でございます。
#84
○三石久江君 その改定はいつですか。
#85
○政府委員(櫻井溥君) 失礼いたしました。
 制度発足以来二度改定いたしました。一度は昭和六十年、その後、平成元年度におきまして所要の改正を行いました。
#86
○三石久江君 改定も少ないなと思っております。
 それで、もう一つお尋ねしたいんですけれども、この方たちの年齢構成はお幾つですか。
#87
○政府委員(櫻井溥君) 平成元年度の受給者総数二千余名でございますが、内訳を年齢別に申し上げますと、六十歳から六十五歳末満が八・三%、六十五歳から七十歳末満が四五・二%、七十歳から七十五歳末満が二九・六%、七十五歳以上が一六・九%と相なってございます。
#88
○三石久江君 この看護婦さんたちも大変に高年齢だと私は思うんですね。十分に考えて給付金を出していただきたい、もう少し上げていただきたいと思っております。
 総務庁にお尋ねします。どんな理由があるにせよ、敵、味方の区別なく負傷者を救護するという日赤の精神、あるいは自分自身が志願して陸海軍従軍看護婦になったとしても、それは国のために働いたということには変わりありませんね。恩給法には旧軍人、旧軍属の規定がありますが、看護婦がそのいずれにも含まれていないのは本当は納得がいかないんです。それは当時、女性の身でありながら戦地へ行って活躍した事実、それによって多くの男性たる軍人が助けられた事実は明らかであります。国は戦争に対する戦意高揚のため、女性も国のため兵隊さんのためと志願を募ったはずです。それが戦死をしたり帰国後死亡したりしておりますが、遺族に対するその扶助料に相当するものは先ほどお聞きしました。また、現在生存している人にはわずかの慰労金しか給付されていないのはなぜなんでしょうか。制度上は軍人ではないのでしょうが、事実上は軍の指揮下にあって軍属と同じであったと思いますが、それに対処されているのかどうか、御答弁願いたいと思います。
#89
○政府委員(高島弘君) お尋ねの件でございますが、陸海軍の看護婦の方につきましては、婦長以上の方が戦前から判任官相当として処遇されておりますので、婦長以上の方につきましては恩給公務員としての処遇がされてございます。ただ、日赤の従軍看護婦の方の場合は、直接は恩給公務員にはなりませんが、戦後、公務員になられた場合は婦長以上の方に限ってその戦地、戦闘、戦務期間を公務員期間に通算するという措置をとってございます。
 以上でございます。
#90
○三石久江君 今の御答弁ですけれども、婦長以上は恩給の対象になっているのに看護婦は除外されているということですね。これは身分法によるものということですが、旧軍人、旧軍属にも恩給法が適用されているのに看護婦は兵隊扱いにもなっていないということだと思うんです。靖国神社には婦長、看護婦の区別なく合祀されております。この際、旧日本赤十字社救護看護婦並びに旧陸海軍従軍看護婦をせめて兵隊並みに扱って、数少なくなった彼女たちに再三の特例をつくって報いるべきであると私は思うのですが、いかがですか。
#91
○政府委員(高島弘君) 恩給の場合は、先生御存じのように一定の資格のある公務員を対象としてございますので、判任官相当の婦長以上の方に限って恩給法では処遇ができるということでございまして、一般の看護婦の方に適用を広げるということは非常に困難なことだと考えております。
#92
○三石久江君 大変困難なお話だということですけれども、その昭和五十三年八月三日の各党の合意というのをちょっと読ませていただきますと、
    日本赤十字社従軍看護婦の処遇について
  日本赤十字社従軍看護婦の処遇については、各党代表よりなる懇談会において、以下三点の合意を得たので、政府は、昭和五十四年度よりこれを完全実施すること。
 一、 対象者は、陸海軍の命により、日本赤十字社が召集を行い、戦地、事変地において戦時衛生に勤務した看護婦とする。
 二、 恩給制度を準用し、戦地加算を考慮して、兵に準ずる処遇とする。
 三、 その措置については、特例として日本赤十字社において行わしめることとし、その財源はすべて国庫より支出する。
というのが出されているんです。ですから、この方たちは国のために働いてきた人である。そこで「特例として」というのがありましたので、再三特例としてまた報いるべきではないかと思います。いかがでしょうか、長官。
#93
○政府委員(櫻井溥君) ただいま先生がお述べになりましたのは、先ほど来話題になっております当時の六党合意事項そのものでございます。これは、申し上げておりますのは、特例と申し上げますのはこれ自体が特例でございまして、恩給法の特例をせいという意味ではないと私どもは理解しているわけでございます。
 これは、再三申し上げて大変恐縮でございますけれども、大変お気の毒な、女性の身でありながら戦地におきまして戦時衛生勤務に従事し、その後さらに徴用あるいは留用されまして長い間外地において苦労をされた、この労苦に対しまして制度的に救済できるものがなかったがためにこの制度をもって、予算措置をもって対応しよう、これが特例であるというふうに私どもは理解しておるわけでございます。
#94
○三石久江君 とにかく月一万円から三万円の慰労金では生活の足しにもなりません。国のために命がけで働いた看護婦のために月一万円では涙が出ます。重ねて言います。御検討ください。いかがですか。
#95
○政府委員(櫻井溥君) 金額の増額についてのお尋ねでございますが、過去二度ほど増額を図った経緯もございますので、この点を踏まえまして検討してまいりたいと思っております。
#96
○三石久江君 十分に検討してやっていただきたいと思います。このようなことでは今回出されました政府の高齢者保健福祉推進十カ年戦略にも響きます。
 そこで、厚生省にお伺いします。この十カ年戦略、いわゆるゴールドプラン、私はシルバープランと言った方がわかりやすいなと思うんですけれども、この高齢者保健福祉推進十カ年戦略、プランだけつくって中身が問題です。特に、今でも足りない看護婦不足をどう解決するのですか。その中で在宅介護相談員、地域のボランティア八万人。今働く女性がふえて専業主婦は少なくなり、専業主婦も年をとってまいりました。人員の確保ができるのですか。また、在宅介護指導員、保健婦、看護婦等二万人、この人員は確保できますか。高齢者がもう一千五百万にもなると言っております。二万人程度で間に合うんでしょうか。
 そして、この人たちの処遇をどう考えているか。ボランティアの処遇にせよ、看護婦の確保にせよ、ホームヘルパーにしても大変な問題なんです。ここが大事なところです。処遇、待遇をどのように考えているのか、お聞かせください。
#97
○説明員(中村秀一君) 高齢者保健福祉推進十カ年戦略、いわゆるゴールドプランについての先生のお尋ねでございますので、お答えさせていただきます。
 御指摘にもございましたように、我が国の人口が急速に高齢化する中で、高齢化対策というものを計画的に実施する必要があるということで、政府といたしまして今年度、もう終わりに近うございますが、平成二年度を初年度といたしまして平成十一年度までの十カ年戦略というものを定めまして、この戦略の中で、すべての国民が安心して老後を送っていただけるように十年間でいわゆる公的な保健福祉サービスというものの充実を図る、こういうことをやっております。今お話がありましたように、そのためにいろいろなマンパワーが必要になるということで、御指摘のありました看護婦さんのマンパワー確保対策、あるいは保健婦、ソーシャルワーカー、そういった方々のマンパワー確保の対策もやっているところでございます。
 今具体的にお話のありました幾つかの点についてお答えをさせていただきます。
 まず、十カ年戦略では、在宅介護支援センターというものをこの十年間で一万カ所つくるということにいたしております。先生から今お話がありました二万人というのは、この在宅介護支援センターに職員を二名配置いたしまして仕事に当たるものでございます。
 この仕事と申しますのは、まず在宅で介護される家族の方から御相談を受ける、それから介護の指導をする、こういった意味での職員でございまして、この方たちが二万人でございます。これは具体的に介護を援助するというものではございません。介護を援助する方の施設としては、特別養護老人ホーム、今十六万人の方をお世話していますが、これを十年間で一・五倍、老人保健施設というのも二十八万ベッドつくるというような別途の計画がございます。
 それから、在宅で介護されている方を支援するためにホームヘルパーさん、これも今三万人くらいおりますが、十万人にふやすということで、実際の介護の方の御支援はそちらの方のマンパワーでやっておりますので、在宅介護支援センターに配置される二万人で足りないではないかということはないと思います。
 ただ、この二万人につきましても、相談に応ずるためにソーシャルワーカーの方または保健婦の方一名、それから介護の指導を行うために介護福祉士または看護婦の方一名ということで十年間に二万人となっておりますので、いずれにしても看護婦さん、保健婦さんの確保が必要になるということでございます。私どもとしては、厚生省の方では看護婦さん、保健婦さんの需給計画をつくっておりますが、このゴールドプランを始めましたことによりましてまた人数が必要になってくるということで、需給計画の見直しというものの作業を始めておりまして、近くその見直し作業というものも出されるようになっております。
 それから、ホームヘルパーさんなどについてもその確保は大丈夫かというようなお話でございましたが、処遇の改善、先生おっしゃるように手当の引き上げを図るというようなことと、また基幹的なホームヘルパーさんについては来年度、平成三年度においては百万円くらい手当の増額も図れるような措置も講ずるなど、いろいろマンパワーの確保のために努めておるところでございます。
 それから最後に、ボランティアの方八万人をやはり十カ年戦略の中でお願いしております。これは在宅介護支援センター一万カ所にボランティアの方をお願いして活躍していただくというものでございますが、どうも福祉のサービスというのは受けにくい、非常に市町村の敷居が高い、こういう問題点がございますので、住民の方と市町村のサービスというものを結びつける役割を在宅介護支援センターでしたい。そういった場合に二人の職員だけでは足りませんので、住民の皆様に接しておられる民生委員の方はもちろんですが、商店の方、郵便局の方、そういったお年寄りにいつも接している方々にできるだけボランティアをお願いしてやっていこう、一応その数は八万人と見込んでおりますが、もっともっと多くの方に参加していただこうと思っております。これはボランティアでございますので、給与等ということは考えておりませんが、研修をやっていただくとか、いろいろボランティアに参加していただきやすいような体制づくりを進めておるところでございます。
#98
○三石久江君 随分簡単におっしゃったと思うんですね。私はボランティアをしたこともございます。老人の介護もしたこともございます。この八万人というのは全国ですね。それをもっと地域にも広めてとおっしゃいますけれども、先ほど申し上げましたようにどなたにお願いするんですか。男性ですか、女性ですか。とても女性はこれだけおりません。ボランティアというのは、皆さん御存じないのかなと私は思ってしまうのですけれども、大変な仕事なんです。ボランティアでできる仕事ではないんです、この介護というのは。ですから、このボランティアの八万人でもできないだけではなく、内容もできない。
 そこで、一つ提案を申し上げたいんですけれども、男性の看護士というんですか、看護夫というんではなく、看護士というんではなく、そういう男性を考えてはおりませんでしょうかということ、やはりボランティアに対しては、ボランティアだからただだというこの考え方はもうやめていただきたい。やはりある一定以上の賃金がなければ、私たちがやってきたときに、ただなんだからもうあしたはやめよう、看護婦さんがいるではないか、きょうは天気がいいから行くけれども雨の日はやめよう。しかし、待っている人がいるから行ってあげようという心のやさしい人が少し残ってやっている状態なんです。これからもっともっと老人がふえますね。ですから、その人たちにやはりもう少し予算をつけて、ただではなくて考えていただきたいし、男性のボランティアも考えていただきたいと思います。
#99
○説明員(中村秀一君) お答え申し上げます。
 どのような層をボランティアと考えているかというようなお話でございますが、我々は国民すべてがボランティアになっていただくのが福祉社会の理想であると考えておりますので、女性に限るというようなことは毛頭考えておりません。男性もできるだけ参加していただくというのが基本だと考えております。
 それで、看護につきましても男性を登用すべきではないかという先生の御指摘でございますが、全くそのとおりだと思っております。実は三月十八日に、厚生省の方で保健医療・福祉マンパワー対策本部という省内に事務次官を長とする本部を設置いたしておりまして、その中間報告を出させていただきました。その中で、特に看護につきましては、「男子労働力の活用」ということをうたっております。「これまで、看護職員の圧倒的多数は女性で、看護職は「女性の天職」というイメージが非常に強い。」、中略させていただきますが、「看護職員についても、女子労働力のみに頼るのではなく、男子の就業を拡大していくことを検討する必要がある。」と、私どもの厚生省の方の本部の中間報告でもそのように言わせていただいておりますので、先生のおっしゃるように男性の看護職員の養成、確保ということにも努めてまいりたいと考えております。
 それから、ボランティアの件でございますが、私が無料と申し上げましたのは在宅介護支援センターのボランティアについては今は手当を考えていないということです。これは、先ほど申し上げましたように、在宅介護支援センターは直接介護するのではございませんので、ボランティアの方もむしろ通報とか、あそこに困っている老人がいるみたいだから在宅介護支援センターの職員の人は見に行ったらどうかと、その程度の話でございますので、その程度と申し上げるのはちょっと申しわけないんですが、情報の提供ということでございますので、あえて有償にしていないということで、厚生省としてボランティアは無償でなければならないと考えているわけではございません。現に有償のボランティアはふえてきておりますし、都市では住民参加型の福祉公社というのが出てきております。こういった方々がボランティアとしてヘルパーをやる場合には公的な国費も支払っているということで、有償ボランティアも大いに振興しているところでございます。先生のお考えと私どもとほとんど違わない、あるいは全く同じだと、こういうふうに言って差し支えないと思います。
#100
○三石久江君 やはりよく考えてくださって、今後のことですので、これから十分検討してやっていただきたいと思います。
 そして、根本的に看護婦さんの問題を少し言わせていただきたいんですけれども、看護婦不足ということで、根本的にはまず労働条件の改善、看護婦の処遇を改善しなければ看護婦不足は解消しないと思っております。そこで日赤の従軍看護婦の問題は看護婦の問題として一連のもので、看護婦の意識とか士気にも大きく影響いたします。二十一世紀の高齢化社会に向けてますます重大な問題です。このゴールドプランが輝かしいプランとして高齢者から喜ばれることを願っています、期待しておりますのでよろしくお願いいたします。
 もう一つつけ加えさせていただきますと、厚生省にですけれども、関連して沖縄での女子学生の臨時看護婦の処遇についてはどうだったのでしょうか、お伺いします。
#101
○説明員(戸谷好秀君) お答え申し上げます。
 御指摘の沖縄の臨時看護婦でございますが、私どもの先ほど申し上げました戦傷病者戦没者遺族等援護法上は軍属といたしまして処遇をしております。したがいまして、この方々で戦争公務により一定程度以上の障害状態となった方には障害年金を、戦争公務により死亡した方の御遺族には遺族年金並びに弔慰金をそれぞれ支給いたしておるという状況でございます。
 以上でございます。
#102
○三石久江君 いろいろと看護婦さんの問題では今後に随分かかわる問題だと思いますので、十分厚生省の方も看護婦問題を大きく取り上げて検討していただきたいと思います。
 最後に、総務庁長官の御所見を賜って私の質問を終わらせていただきたいと思います。
#103
○国務大臣(佐々木満君) いろいろお話を聞かせていただいたわけでございますが、福祉十カ年戦略、私も大変結構な計画だと思います。これが実行されますためには私はやっぱり、いろいろ解決しなきゃならぬ問題がございますけれども、マンパワーの確保が一番大事ではないかなと、そういう感じを私は持っておるわけでございまして、厚生省も一生懸命やっておられるわけですけれども、私の総務庁でも高齢者対策というものの連絡調整の仕事をやっておりますので、ひとつそういう点も踏まえて努力してまいりたい、こう思っておる次第でございます。
#104
○委員長(井上孝君) 午後一時に再開することとし、これにて休憩いたします。
   午前十一時五十五分休憩
     ─────・─────
   午後一時一分開会
#105
○委員長(井上孝君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、恩給法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#106
○翫正敏君 恩給に関連して質問いたします。
 シベリア抑留者の問題についてお伺いしますが、シベリア抑留期間中の恩給計算はどのようになっているのかお答えください。
#107
○政府委員(高島弘君) 抑留中の期間は一月につき一月の加算年を含めまして計算されることになっております。
#108
○翫正敏君 いわゆる通称二倍加算というふうに呼ばれているものでありますね。それでよろしいですか。
#109
○政府委員(高島弘君) はい。
#110
○翫正敏君 それで、シベリアに抑留された方は、ソ連の最近の報道を新聞で見ますと、六万二千六十八人の方が抑留された結果お亡くなりになったというふうに報道されております。ソ連科学アカデミー極東研究所発行のアジア問題専門誌「極東の諸問題」最新号は、旧日本兵シベリア抑留問題の全容を公表した。「第二次大戦後の旧日本軍捕虜総数は六十三万九千六百三十五人、抑留者は五十四万六千八十六人、死者は六万二千六十八人――などの正確な実態を明らかにした。」、こういうふうに新聞に報道されていますが、政府としてもこういうふうにつかんでおられますか。新聞報道を読んだという程度ですか。そのことをつかんでおられますかと聞いただけです。
#111
○政府委員(高島弘君) 総務庁は所管外でございまして、今先生のおっしゃられた数字は把握しておりません。
#112
○翫正敏君 新聞では見られたと思います。新聞では見られましたか。
#113
○政府委員(高島弘君) はい。
#114
○翫正敏君 それで、この中で恩給を受けている人は本人は何人、遺族は何人という数字をお答えください。
#115
○政府委員(高島弘君) 恩給の場合は、実在職年とか退職当時の階級によって恩給を裁定しております。したがいまして、今先生がおっしゃられたようないわゆるシベリアで抑留されていたかどうかというような勤務地別の受給者は把握しておりません。
#116
○翫正敏君 シベリア抑留者の問題というものは、今後日ソ関係の正常化また平和条約締結へ向けて進んでいくというそういう大きな目的を考えた場合にも大変重要な問題であるというふうに私は認識しております。この恩給を受けておられる本人は何人おられて遺族は何人なのか、こういう問題やその金額の問題等々は大事な問題だと思うんですが、早急にこれを調査して、そして私の方に知らせてもらうというわけにはいきませんでしょうか。
#117
○政府委員(高島弘君) 今先生がおっしゃられたような調査をいたすといたしますと、現在の受給者二百万人全員について履歴事項まで戻って調査をしなければなりません。過去に裁定をしました裁定原簿というものを私どもは非常にたくさん、数百万件抱えておりますが、その中から二百万件の方々について改めて調査をするということになりますので、なかなかこれは非常に困難なことかと思っております。御理解いただきたいと思います。
#118
○翫正敏君 後で外務省の方に捕虜時代の賃金のこともお伺いしたいと思っているのですが、そういうことを明らかにしていく上においても、やはりシベリア抑留者で現在恩給を受けている人、これは恩給を受けている人全部をそれぞれ仕分けをして、一覧表をつくって明らかにせよということを要望しているわけではありませんので、その中から全部仕分けをしてしてくださいと言っているわけではないので、シベリア抑留者についてだけするということは不可能なことではないと思う。する気があればできることではないかと思うんですけれども、どうでしょうか。
#119
○政府委員(高島弘君) 今申し上げましたように、私ども裁定をする際にシベリア抑留者であるかどうかということの情報を一切機械に入れておりません。したがいまして、シベリア抑留をされた方であるかどうかということは一件一件個々の裁定原簿に戻って確認をしながら調べていく以外に方法はございませんので、これは非常に大変な作業量を伴いますので、なかなか困難なことだというように思っております。
#120
○翫正敏君 長官、いかがですか、政治的な問題として重要だと思いますが、調べてみるお気持ちはございませんか。
#121
○国務大臣(佐々木満君) 私もこれは調べるべきだな、こういう感じを受けたんですけれども、しかし、現実に私も恩給局の倉庫を見てまいりましたけれども、これはやっぱり二百万全部調べなきゃ出てこないわけですから、大変難しいな、恩給局長の答弁のとおり難しい問題だな、こう思っておりますけれども、まあひとつ検討はしてみたいと思います。大変難しいだろうと思っておりますが、検討します。
#122
○翫正敏君 ぜひ調べてほしいと思います。前向きに検討してください。
 ソ連が発表した数字ですが、六十万人以上の抑留者のうち六万人以上の方がお亡くなりになられた、こういうのがシベリア抑留の実態なんですけれども、先ほどの恩給の二倍加算の問題、これをもうちょっとほかの地域の加算状況と比較してお答え願いたいと思うんですけれども、いわゆる激戦地加算と呼ばれているものだと理解していますが、これはどういうふうになっているのか、段階を追って説明してください。
#123
○政府委員(高島弘君) いわゆるシベリアの抑留加算の関係でございますが、この加算制度の創設に当たりましてはいろいろと他との関連を検討いたしまして、抑留期間というのは本来の公務員としての勤務期間そのものではなかったわけでございますが、勤務の延長というような形で見られる特殊な期間でありますし、その間非常に御苦労されたということでございまして、恩給制度上特例的な措置として加算年の対象としたことでございます。
 その加算率は類似の辺陬・不健康地加算の加算年、これを参考にいたしたわけでございますが、この辺陬・不健康地加算というのは一カ月以内ということになっておるわけでございますが、実際に適用されておりましたのは三分の二月というのが最高でございました。抑留加算の方は、この辺陬・不健康地加算、一カ月以内の限度をとりまして一カ月につき一月加算率としたものでございまして、恩給制度としてはできるだけの措置をしたということでございます。
#124
○翫正敏君 今聞いたのは、なぜ二倍加算なのかということではなくて、いわゆる激戦地加算というものの一般的な、二倍から四倍まであるんですか、それを種分けして、どういうところが何倍であるかという説明をしてくださいと、こういうふうに質問したんです。
#125
○政府委員(高島弘君) 加算年の種類は、先生おっしゃるように激戦地加算といいますか、これは戦地戦務加算というように私ども呼んでおりますが、そういったものを初め非常にたくさんの種類の加算がございます。したがいまして、十幾つかございますが、これらを大別いたしますと、一つは勤務地の状況に着目して加算される地域加算と、職務の内容に着目して加算される職務加算とに分かれております。それぞれ加算年ごとに加算率が定められておりますが、これはいずれも戦時においてその事変の状況を一番正確に把握しておりました旧陸海軍が中心に、その時点その時点において決めていかれたものでございます。
#126
○翫正敏君 じゃ、その四倍加算というのはどういうところなのかちょっと言ってください。四倍が一番上ですね。
#127
○政府委員(高島弘君) 一カ月につき三カ月、いわゆる四倍が最高でございます。その四倍加算が認められたのは、例えば時期的に言いますと、昭和十二年から十六年ごろには、シナの、これは香港とか九龍部分を除いた地域でございますが……
#128
○翫正敏君 聞こえませんでした、どこですか。
#129
○政府委員(高島弘君) そのほかでは十六年の十二月八日以降、ビルマ、マレーシア、英領ボルネオ、ニューギニア、ビスマルク、オーストラリア、フィリピン、ハワイ、そういった諸島が二十年の九月までそういう加算があったところでございます。
#130
○翫正敏君 一番最初にどう言われたんですか。一番最初のところだけ言ってください。
#131
○政府委員(高島弘君) 最初は昭和十二年の七月七日から昭和十六年の四月三十日まで、シナの香港等を除いたその他のシナの地域が四倍ふえたということでございます。
#132
○翫正敏君 シナというのは中国のことですか。
#133
○政府委員(高島弘君) はい。
#134
○翫正敏君 そういうシナというような表現でよろしいんですか。
#135
○政府委員(高島弘君) 失礼しました。今の中国の地域でございます。
#136
○翫正敏君 ちょっと先ほどの発言は取り消されたらどうですか。
#137
○政府委員(高島弘君) 先ほどのシナの発言は私の不適当な発言でございましたので、ここで取り消させていただきます。
#138
○翫正敏君 取り消しですね。
#139
○政府委員(高島弘君) はい。
#140
○翫正敏君 約六十万人の人が抑留されて、そのうち六万人以上の方が亡くなったということは、戦時中の、例えるなら戦死率という、言葉としてこういう言葉が適切なのかわかりませんが、そういうことで一〇%以上ということになるんですが、最激戦地並みの四倍加算というこういう扱いが受けられて当然なのではないか、こういうふうに思うんです。先ほどなぜ二倍なのかという説明はありましたけれども、私はさらにこの加算を引き上げるべきだ、四倍に限りなく近づけるように引き上げるべきだと思うんですが、そういうお考えはございませんか。
#141
○政府委員(高島弘君) 戦後の抑留状態というのは、地域によったりあるいはまた占領国によりましていろいろな考え方があって、シベリアでも大変御苦労をされたということは私どもも理解をいたしておるところでございますが、この制度の創設に当たっては、先ほど御説明いたしましたような経緯をもちまして、関連する類似の辺陬・不健康地加算の最大であります一月につき一月の加算率を適用いたしておるところでございまして、この加算率をさらに引き上げるということは、他の加算年との均衡あるいは恩給法の適用のない一般抑留者との関係等を考えますと大変困難な問題だと考えております。
#142
○翫正敏君 長官、どうですか、さらに実情を調査して加算に向けて努力するというようなお考えはございませんか。
#143
○国務大臣(佐々木満君) たくさんの加算の種類があるわけでございますけれども、これはいずれもバランスをとって決められたものだというふうに私は理解をしておるわけでありまして、これ一つを今動かしますと、全体とのバランスがどうなるのか、そういう点が大変心配になるわけでございまして、今恩給局長の答弁のとおり、これはバランスをとって決めたものでございますので、まずこういうことでひとつ仕事を継続させていただきたいな、私はこういうふうに今思っております。
#144
○翫正敏君 大変残念な御答弁でありまして、さらに前向きにぜひ検討していただきたいということを要望だけさせていただきます。
 関連して、この後、外務省の方に未払い労働賃金のことをお伺いしようと思うんですが、その前に、恩給をもらっているということと賃金ということとは、どういうふうに言いますか、別のことであるという、こういうことをちょっと明確にしたいので、それを総務庁の方からお答えください。
#145
○政府委員(高島弘君) 恩給は、先生御承知のように、公務員が相当年限勤務して退職した場合とか、公務傷病によって退職した場合あるいは公務により死亡した場合、そういった方々と国との特殊な関係に基づいて使用者として支給するものでございます。したがいまして、今先生から御指摘のありましたような抑留中の労働の対価としての賃金とは何ら関連がないというように考えております。
#146
○翫正敏君 ちょっと外務省の方にお伺いしたいんですが、シベリア抑留者の労働賃金の支払いはどのようになっておりますか。
#147
○説明員(高島有終君) シベリアに抑留されていた方々がその抑留当時、ソ連側から賃金を支払われていたかどうかという点につきましては、残念ながらこれを立証するような証拠がございませんで、したがいまして現時点で正確なことを申し上げる状況にない次第でございます。
#148
○翫正敏君 ちょっとおかしいんじゃないですか、わからないというんですか。ここの新聞切り抜きを見ますと、上田耕一郎共産党議員の質問に答えて、兵藤外務省欧亜局長の答弁というのは、日ソ共同宣言第六項で請求権は相互に放棄しているため、決着している問題である、こういうふうに答弁しておられるんだから、わからないということじゃないんでしょう。
#149
○説明員(高島有終君) 賃金を支払っていたか否かという点につきましては、私が今申し上げましたとおりでございます。
 他方、請求権という観点で申し上げますと、先ほど先生御引用になりましたとおり、日ソ共同宣言第六項におきまして、政府としては一切の請求権を放棄しているわけでございますので、そういう意味合いにおいて、すなわち請求権を相互に放棄しているという意味合いにおいて問題は決着しているという趣旨でございます。
#150
○翫正敏君 国際法上、捕虜は賃金を受ける権利があるという、これは間違いないですね。
#151
○説明員(高島有終君) 私どももそのように理解いたしております。
#152
○翫正敏君 ソ連以外の連合国に敗戦後捕虜になられた方が約六万人ぐらいおられるわけですが、その方の賃金についてはすべて日本政府がこれをかわって支払ったということで間違いありませんか。
 もう一遍聞きますから、ソ連以外の連合国に捕虜になった方の総数六万人の帰還者については、その賃金は日本政府が支払ったということで間違いありませんか。
#153
○説明員(高島有終君) ただいまの御質問につきましては、必ずしも外務省が正確にお答えするべき問題かどうか私どもは存じ上げないところでございますけれども、ただ、私どもが若干承知しております限りにおきましては、当時大蔵省が連合国にかわって連合国の支配下にあった捕虜に立てかえ払いを行ったというふうに伺っております。
#154
○翫正敏君 それで、日本がソ連への抑留者に対してだけ払わない理由は、先ほど読み上げましたこの兵藤外務省欧亜局長の答弁のとおりと、こういうことになりますか。
#155
○説明員(高島有終君) 兵藤局長等が一貫して御説明申し上げているとおりでございます。
#156
○翫正敏君 これは裁判にもなっている件だと思うんですけれども、裁判の中で裁判長も、シベリアに限ってどうして払わないのか理由を示してくださいというふうに法廷の中で言われた、こういうふうに印刷物に書いてあるんですけれども、やはり請求権を放棄したから関係ないんだというふうに兵藤局長が答弁されている。こういう考え方は基本的に私はおかしいと思うんですが、前向きにこれを変更していくというそういうお考えはお持ちでありませんか。
#157
○説明員(高島有終君) 私どもが一貫して御答弁申し上げてきております点は、あくまで法的な側面に関して御説明申し上げてきているわけでございまして、そしてその法的な側面について申し上げますと、日ソ共同宣言第六項におきまして請求権を放棄しており、これはサンフランシスコ平和条約第十九条におきます請求権の放棄と同様のものでございまして、このような形でいわゆる戦争請求権を放棄したことについては国に法的な補償の責任はないというのが従来からの政府の一貫した見解でございまして、また最高裁判所等でも同様の判例があるというふうに承知いたしております。
 他方、今先生が御指摘になっておられます点が、仮に政策問題としてどうかという点でございますと、その問題は、申しわけございませんが、外務省としてはお答えする立場にある問題ではないということで御理解いただきたいと思います。
#158
○翫正敏君 どこが答えることになるんですか、ちょっとそれだけ教えてください。きょうはそれ以上聞きませんから、どこに聞けばいいのかだけ教えてください。担当がどこか教えてください。早く答弁してください。
#159
○説明員(高島有終君) 私が、それじゃ政府のどの部署が担当すべきかということをきっちり申し上げるべき立場に必ずしもないと思うのでございますけれども、私ども外務省といたしましては、恐らく総理府あたりが管轄される問題ではなかろうかというふうに考えております。
#160
○翫正敏君 じゃ、総理府の方からお願いします。長官、お願いします。――そうしたら、別個に今度の機会のときにこれはお聞きしたいと思いますので、佐々木長官として、今ほど外務省の方から、うちの管轄ではない、こういうふうにけられましたので、ほかに大臣おられませんから、政治問題として、政策上の問題として前向きに政府として考えているというようなことがあればお答え願いたいと思うんです。
#161
○国務大臣(佐々木満君) これはセクションの話で恐縮ですけれども、私の所管ではもちろんございませんけれども、今お話しの内容を踏まえて、どこがやるのか、また担当するものがあればそれに今のお話を正確に伝えて対応したいと思います。
#162
○翫正敏君 そうですね、よろしくお願いします。
 それはそれとしまして、条約上、国が放棄をしても個々人がソ連政府に対して請求する権利はある、こういうふうに考えられますが、これは外務省に答弁していただけますか。本人または遺族の人が個々に賃金を請求する権利はある、こういうことでいいですか。
#163
○説明員(高島有終君) 私ども繰り返し申し上げております点は、日ソ共同宣言第六項におきます請求権の放棄という点は、国家自身の請求権及び国家が自動的に持っておると考えられております外交保護権の放棄ということでございます。したがいまして、御指摘のように我が国国民個人からソ連またはその国民に対する請求権までも放棄したものではないというふうに考えております。
#164
○翫正敏君 そういう個々人からの請求が今後強く出されてくる可能性は日ソ関係が正常化されていけばいくほどふえてくると思うんですが、そうした場合に日本政府がそうした国民の対ソ要求の窓口になるというようなことは外務省として考えておられますか、いかがですか。
#165
○説明員(高島有終君) 今先生御指摘の個々の国民個人の要求を受け付ける窓口というその窓口の意味合いでございますけれども、これが、先ほども御説明申し上げましたように、政府が我が国国民の利害を対外的に代表するような形で、すなわち外交的保護権を行使するというような意味合いでいわばソ連側と折衝する上での窓口という趣旨でございますと、既に何度も御説明申し上げておりますように、そのような意味での請求権は放棄しているわけでございますので、そのような意味合いにおける窓口を外務省に設けるということは、私どもはこの日ソ共同宣言の趣旨からしまして適当ではないんではなかろうかというふうに考えているところでございます。
#166
○翫正敏君 政策的な問題として、日本国民の中のそういう要望が今後出てきたときに、じゃそういう人は直接ソ連政府、ソ連まで行って何か内容証明とか送って、そして請求するんですか。やはりそこに外交的な窓口というものがないと外国ですからできないんじゃないかと思うんですが、そういう法的請求権、政府と政府の間で放棄したかどうかという話とは別に、国民一人一人の権利を行使するについての相談窓口ですね、そういうふうに考えて政策的にどうですか、検討していただけませんか。
#167
○説明員(高島有終君) 何度も申し上げておりますように、政府が国民の利害を保護し対外的に代表するというふうな意味合いにおきます外交的保護権を含めた請求権はソ連に対して既に放棄されているわけでございますので、そのような意味合いを有するような措置は、たとえ国内的な行動であろうとも必ずしも適切なものではないのではないかというのが私どもの現時点での見解でございます。
#168
○翫正敏君 じゃ、個人がそれを請求しようという気持ちがあって、そういう事実があって、何らかの形で証明する書類を持っている、そういうふうにした場合にそれはどういうふうにしたらいいんですか、それを教えてください。
#169
○説明員(高島有終君) 個人の請求権という点で申し上げますと、個人の請求権を放棄したものでないという趣旨で御説明申し上げておりますが、国際法上の個人の請求権というのはないわけでございます。と申しますのは、個人は国際法上の主体には原則としてなり得ない。したがいまして、個人の請求権を放棄したものでないという趣旨は、あくまでもソ連の国内の法制度上における個人の請求権までも放棄したものでない、こういう趣旨でございますので、個人が請求権を行使するということでございますならば、それはあくまでソ連の国内法上の制度に従った請求権を行使する、こういうことにならざるを得ないと考えます。
#170
○翫正敏君 私もきょう初めてこういうのを聞いたので、再度勉強しまして、先ほど、そういうことは土井委員長に言うたらどうやという声もありましたから、土井委員長にも聞いてみまして、その上で再度勉強して、またお伺いしたいと思います。これ以上聞きましても水かけ論になると思いますから、一応終わります。
 外務省がせっかく見えているので、ソ連のことについてちょっとお聞きしておきたいんですが、新聞の報道によりますと、外務省は、「北方領土問題について、「ソ連が歯舞、色丹、国後、択捉の四島に対する日本の主権を認めることが大前提」としたうえで、「四島の主権が認められれば、経済協力の話も出てくるだろう」と述べた。」というふうに新聞の報道にあるんですが、細かいところは別として、大枠こんなようなことなんでしょうか。
#171
○説明員(高島有終君) 先生御承知かと存じますが、八八年以降私どもは、ソ連側に対しまして、領土問題を中心とする平和条約交渉も動かす、それ以外の関係も前進させるという趣旨におきまして拡大均衡という考え方をソ連側に提案いたしておりまして、この考え方自体につきましてはソ連側からも基本的に賛同を得ているところでございます。したがいまして、今御指摘のような形で、領土問題を含む平和条約交渉が画期的に前進するような事態の中におきましては、そのような領土問題あるいは平和条約交渉を含む政治関係とともに、経済、文化、人的交流といったそれ以外の側面においてもかなり大きな前進が期待し得るというのが私どもの基本的な考え方でございます。
#172
○翫正敏君 自民党の方は幹事長が今行って盛んに交渉しておられますから、それはそれといたしまして、政府としてのお考えを聞いているんです。主権を認めるということは、もう少しわかりやすくといいますか、これ以上わかりやすく言えないと言われるかもしれませんが、主権を認めるということはどういうことなんでしょうか。
#173
○説明員(高島有終君) 主権を認めるということはどういうことかというお尋ねでございますが、私どもとしては、御承知のとおり、北方四島は我が国の固有の領土である、したがって我が国に返還されるべきであるということを一貫して申し上げているわけでございます。そして、これが我が国の固有の領土で、かつ我が国に返還されるものである以上、それは当然のことながら、この四島に対する日本の主権が厳然とそこにあるということを確認すべきであるということとある意味で一連の問題になっているということでございます。
#174
○翫正敏君 我が国固有の領土なんですから主権があるのは当たり前なんですが、主権を認めるということは、認める主体はソ連の方でしょう。ソ連が日本の主権を認めると。これは日本語ですからこうなるわけですから、そういうことはどういう意味なのですかと、そういうことを聞きたかったんです。
#175
○説明員(高島有終君) ソ連が主権を認めるということは、私どもが一貫して主張しておりました我が国の固有の領土であるということを認めると、こういうことと同義であろうと思います。
#176
○翫正敏君 これを読んで、今までの政府の北方領土四島返還してその後に平和条約締結というこの方針がやや微調整されたのかなと、こういうふうに新聞を読んで感じたんです。その辺、微調整ではなくて今までどおりである、こういう御答弁だろうと思います。
 ちょっと参考までに聞いておきたいんですけれども、沖縄の場合は、返還されるまでの間、アメリカが日本の主権というものについて認めていたんですか。認めていたとすれば、どういう書類とか何か、どういうものによって認めていたのか、それとも認めていなかったのが返還のときに認められたのか、その辺をちょっと説明してもらいたい。
#177
○説明員(高島有終君) 私は必ずしもその担当ではございませんが、沖縄につきましては返還以前から沖縄諸島に対する日本の主権はアメリカ側によって認められていたというふうに理解いたしております。
#178
○翫正敏君 それは返還以前からアメリカが日本の主権を認めていた、そしてそれが昭和四十六年だったですか、返還になったと。こういうことだとすると、この先ほどからお答えになっております日本の主権をソ連が認める、日本の固有の領土である北方領土についてソ連が日本の主権を認めるということは、これはやはり今までの政府の対ソ交渉についての基本的なスタンスというものを少し調整した、こういうふうに見えるんじゃないんでしょうか、言えるんじゃないんでしょうか。
#179
○説明員(高島有終君) もしその御質問の御趣旨が政治的、政策的な問題であるといたしますと、必ずしも私がお答えすることが適当な問題かどうか問題があろうかと思いますけれども、私どもとしましては、一貫して御説明いたしておりますように、その主権が確認された以降の問題と主権が確認されること自体とをどういうふうに整理するかというふうな問題につきまして、主権の確認はおろか返還の見通しが立っていない現時点におきまして、それ以降の具体的な引き渡しの手続、そういった問題につきましてお答えするのは必ずしも適当ではないんではなかろうかというふうに考えております。
#180
○翫正敏君 実は私もこの問題についてはいろいろ政治的な問題として考えなきゃならないということで、新聞にこれが載りましたのもほんの数日前ですから、先ほどのことではありませんけれども、土井委員長にも聞いてみなきゃいけませんから、また勉強しまして再度質問させていただきたい、こういうふうに思って、一応終わります。
 防衛施設庁の方に来ていただいておりますので、あと残り時間を小松の方の基地騒音訴訟の判決に関してちょっと質問させていただきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
 まず、この三月十三日に判決が出ましたが、このときに大原防衛施設庁施設部長の談話が発表されておりまして、読ませていただきますと、
 飛行差し止めや騒音規制、将来の損害賠償について、国側の主張が認められた点は妥当なものと評価している。しかし、過去の損害賠償の一部が認められたのは、裁判所の理解が得られず残念だ。判決の内容を慎重に検討、関係機関とも調整し対処したい。今後とも周辺住民の理解が得られるよう生活環境の整備、改善に努力していきたい。
こういうふうに載っていますが、こういうふうなことで間違いないのか、現在も同じお考えなのか、お聞かせください。
#181
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 文言に一部委員御指摘と違っているところがございますので、こちらから申し上げさせていただきたいと存じます。
  飛行差止、騒音規制及び将来分損害賠償の各請求について、国側の主張が認められた点は、妥当なものと評価している。
  しかし、過去分損害賠償請求の一部が認容されたことについては、裁判所の十分な理解が得られなく、残念である。
  今後の取扱いについては、判決の内容を慎重に検討し、関係機関とも調整の上対処していきたい。
  なお、今後とも周辺住民の理解が得られるよう、生活環境の整備、改善に一層努力していく所存である。
というふうに申し上げさせていただきました。
#182
○翫正敏君 判決の中で言われていることで、法律的な責任ということよりも周辺対策の問題は政治的、行政上の問題である、こういう指摘で、私などは読んで、なるほどなと、こう思ったわけなんですけれども、その部分をちょっと読んでみます。これは騒音防止の一〇・四協定と地元では言っている協定についてのことを判決が言っているわけなんですけれども、
  また、一〇・四協定についても、これが当然に国に環境基準の達成を義務づけたものでないとしても、国が一〇年内に達成を期する旨約したことは、当然その期間内に環境基準を達成することが可能であり、かつその達成が小松飛行場周辺の地域性を考慮しても妥当であるとの判断の下にかかる協定を結んだものというほかなく、その意味で行政上の責任を負っているものというべきである。しかるところ、一〇・四協定上の達成期限から既に六年以上経過している現時点においてなお、中間改善目標値すら達成できておらず、
云々、こういうふうに書かれておりますが、この「行政上の責任を負っているもの」と、こう判決で言われていることについてどのように受けとめておられるのか、お答えください。
#183
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 今回の判決につきましては、厳粛に受けとめさせていただいております。
 いわゆる昭和五十年の一〇・四協定の履行につきましては、当庁といたしましては従来から騒音防止対策を初めとする各施策につきまして誠意を持って対処させていただいているところでございまして、今後とも誠意を持ってこれに対処していきたいと考えているところでございます。
 ちなみに当庁は、小松基地周辺における良好な生活環境を保全するための施策といたしまして、昭和四十一年度から平成二年度までに防音工事約七百四十七億円を初め、その他民生安定助成事業、道路改修事業等約百四十四億円、総計約八百九十一億円を充当させていただいております。このように、当庁といたしましては本協定を誠実に履行してきておりまして、今後とも誠意を持ってこれに対処していくという所存でございます。
#184
○翫正敏君 環境基準の達成の問題についてはいかがですか。
#185
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 環境基準は屋外において生活に適した環境をつくり出すということが基準の基本でありますが、それがかなわない場合は屋内においてそれと同等と考えられる環境基準をつくり出す、こういう基準になってございます。当庁といたしましては、一〇・四協定の趣旨にもかんがみ、屋内での生活環境をつくり出すために鋭意努力してまいったところでございまして、おおむね達成できたものと考えております。
#186
○翫正敏君 防音工事等の周辺対策によって屋内における一定程度の騒音対策がなされているということは、判決も、そのパーセントは一〇%とか二〇%で非常に低い認定ではありますが、認めているところでありますけれども、環境基準そのものは屋外におけるものであるという認識はもちろん持っておられると思うので、念のために環境基準そのものの文言をちょっと読んでみますと、「航空機騒音の防止のための施策を総合的に講じても、一の達成期間で環境基準を達成することが困難と考えられる地域においては、当該地域に引き続き居住を希望する者に対し家屋の防音工事等を行うことにより環境基準が達成された場合と同等の屋内環境が保持されるようにするとともに、極力環境基準の速やかな達成を期するものとする。」、こういうふうに書いてございますので、環境基準を達成するということそれ自体は屋外においてこれを達成するものである、こういう理解をしておられますね。
#187
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 環境基準の達成は、予定される達成期間内で屋外の環境基準が達成されるということはもちろん理想でございますが、これにはやはり運航対策、音源対策を講じましてもなお屋外の環境を達成できないという一定の制約がございます。したがいまして、環境基準におきましても、その場合、屋内での環境基準の達成に努力するようというふうに決められているものと理解しております。
#188
○翫正敏君 努力目標であるか行政目標であるか法的拘束力があるのかという、そういうことを今論じているのではありませんので、もう少しちゃんと答えてほしいんです。
 法的拘束力があるかどうかということは私どもまた控訴して裁判所の中で争わしていただきますけれども、そういうことじゃなくて、たとえそれが行政目標値であるとしても、それとも行政目標値よりもさらにもっと低いといいますか、高いといいますか、そういう願わしいものであるというようなことであるにしても、いずれにしても環境基準という言葉、概念、これが持っていることは屋外において静穏なる環境を達成するということだと、こういうふうに理解しておられますねと。しかるに、一〇・四協定において環境基準の達成を期するというふうにうたわれていることも、そういうことが望ましいか、それとも行政目標なのか、法的拘束力があるのかということは別として、そういうことが環境基準というものは屋外であるという前提のもとに結ばれている、こういうことも間違いないと理解しておられますね。
#189
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 環境基準の達成は屋外を目指しているということはまず理解しているところでございます。しかしながら、環境基準の中には、あわせまして、これがかなわない場合には、実現できない場合には「環境基準が達成された場合と同等の屋内環境が保持されるようにするとともに、極力環境基準の速やかな達成を期する」ということも述べられていることも事実でございます。
#190
○翫正敏君 一〇・四協定で約束されている中で、これが行政上責任があるということの上に立ってお聞きしたいんです。以前にも質問したことでありますので繰り返しになるんですが、確かめるためにお聞きするんですが、「騒音の人体に及ぼす医学的影響について、国費で調査研究する。」という項目がこの協定の中にありますが、これは既に行われているというふうに承っております。前回お聞きしたときにそういうふうにお答えになられましたので、どこで国費において調査をしておられるのか、いつからいつにかけてどこでされたのかお答えください。
#191
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 騒音の人体に及ぼす医学的影響の調査研究につきましては、当庁は小松基地を含め十数カ所の飛行場の周辺で聴覚影響調査等を実施いたしております。
#192
○翫正敏君 期間についてお答えください。
#193
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 四十六年度以降実施いたしております。特に聴覚調査につきましては、小松基地におきましては五十三年度及び五十六年度におきましてデータをとらしていただいております。
#194
○翫正敏君 その結果を公表していただけますか。
#195
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 なるべく早く成果を得まして、できることであれば早期に公表にこぎつけたいと考えております。
#196
○翫正敏君 五十三年から五十六年といえば今から十年前のことですから、もうまとまっているんでしょう。まとまっているものを発表してくださいというふうに言っているんです。
#197
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 この種の調査は多種の事例につきまして長期にわたりまして数多くのデータの収集を行う必要がございますために、小松基地ほか数カ所の飛行場周辺で実施させていただいておりますが、これらにつきましてはなるべく早く成果を得たいと考えております。
#198
○翫正敏君 納得できないんですけれども、防衛秘密とか何かそういうようなことに関連して発表できないというようなことがあるんですか。
#199
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 先ほどの重ねての御答弁になりますが、長期の調査及び数多くのデータを必要とするということでございまして、他意はございません。
#200
○翫正敏君 五十三年から五十六年において小松市において実施をされたのは、どういう人を対象にしてなされたんですか。
#201
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 自衛官及びその家族でございます。
#202
○翫正敏君 この協定に述べてある趣旨は、自衛官及びその家族、いわゆる公務員ですね、こういう方々について国費で調査をするという趣旨なのですか。私ども地域の住民は、騒音に苦しんでいる基地周辺地域住民の騒音の人体に及ぼす医学的影響調査を国費で実施するというふうに読んでおりますが、国家公務員の医学調査を国費で実施するんだったら別にこんなもの国費と書かなくても、当たり前のことであって、国費で調査をするとわざわざ書いてある以上は一般の地域住民のことを調査すると、こういう意味なのじゃないのですか。それはいかがですか。
#203
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 調査の委託先が対象を選定いたしまして調査をなさったわけでありますが、調査委託先の説明によりますと、聴覚影響調査は防衛施設周辺の航空機騒音のある地域に居住する人で多数の協力が得やすいこと、比較的騒音の程度が高い地域の住民であることということで自衛隊及びその家族を選ばせていただいたというふうに聞いております。要するにポイントは、協力が得やすいこと、及び非常に騒音の激しい地域に自衛隊員が官舎を持ちまして住まわせていただいておりますので、それが格好の対象になったというふうに理解しております。
#204
○翫正敏君 周辺地域住民も当然行うという前提の協定である、こういうふうに理解しておられますね。
#205
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 調査の委託先の御判断がそういうことであれば、それを拒む理由は何もございません。
#206
○翫正敏君 そういうことというのは。
#207
○政府委員(大原重信君) 私どもが聞いておりますのは、騒音の激しいところ、多数の協力が得られるところというふうに聞いておりますので、一般の住民の方々から協力が得やすく、かつ騒音の激しいところにお住まいの方もいらっしゃることと思いますので、そういう観点から調査委託先が相手として、対象として選定される分には私どもは納得でございます。
#208
○翫正敏君 やっていただけるということですね、そういう条件が整えば。
 判決の中でも「航空機騒音自体が特に騒音の激甚な地区において難聴、耳鳴りの原因となっていることを全く否定することもできない」というふうに述べておりますし、また高血圧罹患者などについても、「騒音地域が非騒音地域に比して「有意に高い」という結果が得られたということは、注目すべきものといえよう。」、こういうふうにも書かれております。ただ、これをいわゆる被害認定として騒音の人体に及ぼす被害を認定したというところまでは判決が言っていないことも事実でありますけれども、裁判で争われているそういうことについても、非常に重要なポイントがこのジェット機、戦闘機の騒音の被害が人体にまで、難聴や耳鳴り、また高血圧などなどの人体に影響を及ぼしているのかいないのかという極めて重要なことが争点になっているし、これからもなっていくに違いないというふうに考えられます。
 そういう意味で、政府として国費で既に実施したものについては、これをちゃんと発表するということが国費を使って行った上での責務であるというふうに考えるんです。十年たってもまだ発表しないということは非常に納得できないんで、速やかに発表するようにさっき言われましたけれども、まず中間的に、今までした分はいつ発表していただけるのか、どこへ発表していただけるのか、この内閣委員会の席で今度質問したときに発表していただけるのかなどをお答えください。
#209
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 なるべく早い機会に成果を得まして、できることであれば早期に公表にこぎつけたいと考えておりますが、いつというふうに明言することは差し控えさせていただきたいと存じます。
#210
○翫正敏君 今のお答えはちょっと厳格でないと思うんで確かめたいんですが、これからも調査はすると、つまり地域住民への調査はするということをさっきおっしゃいましたね。それは順次していかなきゃならないので、それがまとまらないと発表できない、これはわかります。しかし、既に自衛官とその家族に対しては昭和五十三年から五十六年まで十年前に調査をされたわけですから、この結果については中間報告という形で結構ですから発表していただきたい。これは早期にできるのではありませんか。これを発表しない理由があればその理由を示してください。
#211
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 私の答弁申し上げたことが委員の誤解を招いたのかと存じますが、大変失礼いたしました。私が答弁申し上げさせていただきましたのは、自衛官及びその家族を対象として既にデータは得ているというふうに調査委託先から伺っております。したがいまして、今までに対象として委託先が周辺の住民の方々を選んだのであればともかく、もう既にその調査はデータの取り上げは終わっておりますので、ここで重ねて一般の方々からデータをちょうだいするということは計画いたしておりません。
 なお、委員お尋ねの後段の部分でありますが、小松基地周辺の自衛官及びその家族についてのデータにつきましては、これは全体として総合的に研究検討し、判断して公表の場合に用いられるものでありまして、個別的に公表することは差し控えさせていただきたいと存じます。
#212
○翫正敏君 協定にうたわれております「騒音の人体に及ぼす医学的影響について、国費で調査研究する。」という、これは行政責任ですよね。この名古屋防衛施設局長、小松市長、立会人小松市議会議長、昭和五十年十月四日。それでは、これについてちゃんとここに書いてあるとおり実施をするというそういうお考えはないということですか。
#213
○政府委員(大原重信君) お答え申し上げます。
 本協定は小松基地周辺の住民の方々の良好な生活環境を保全するためのものでございまして、協定の当事者として行政側が今後とも誠意を持って履行させていただくという考えには変わりはございません。
#214
○翫正敏君 それで、その誠意を持って行政側として実行していくという場合に、もう一遍言いますけれども、十年前に既に行った自衛官及びその家族についての騒音の医学的影響調査、これを発表していただくということがないと、地域周辺住民に行わないとおっしゃいますけれども、そういう切り捨てのようなことをおっしゃるのが正当なのかどうかを判断することさえできないんではないでしょうか。だから、委員長の方で理事会とかを開いて協議していただいて、ぜひこの資料をまず中間資料として出していただいて、その上でそれを見て、また私の方からこういう結果だからさらに地域周辺住民にもやってほしいというふうにお願いするかどうかは別として、とにかく十年前にもうしてしまっているものを、理由が防衛の秘密の問題でもないとおっしゃっているわけですから、協議していただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。それが了解を得られれば、これで質問を終わります。
#215
○委員長(井上孝君) 承っておきます。理事会で協議します。
#216
○翫正敏君 じゃ、終わります。
#217
○板垣正君 恩給の改定についてまず総務庁長官にお伺いいたします。
 恩給、特に遺族の公務扶助料、関連する遺族年金等の増額措置については、いろいろな経緯がございましたけれども、実質的に、国家補償の精神に立脚をして、現実には現職公務員の給与改定に準拠をして増額措置をとる、こういう方針のもとに平成三年度における増額措置についても私ども、特に遺族会の受給者は政府の配慮に対して感謝の意をあらわしております。今後いろいろな状況はあろうと思いますけれども、今後も国家補償の理念に立脚し、具体的には公務員給与に準拠をして増額改定を行う、こういう方針を堅持して進めていただきたいと思いますが、その点についての長官の御決意を承りたいと思います。
#218
○国務大臣(佐々木満君) 恩給の受給者、もちろん文官の方もいらっしゃるわけでございますけれども、大変多くの部分が戦争に関連をした方々でございます。命を投げ出した方、あるいは傷ついた方、あるいはそうした方々の御遺族の皆さん、こういうことでございまして、私どもはこういう方々に対しまして、もちろんこれは金だけで償いができるものだとは思いませんけれども、恩給というこの仕組みを使いましてできるだけそうしたことにおこたえを申し上げたい、こういうことでいろいろと工夫をして対策をとってきておるわけでございます。
 今後におきましても、当然国家補償的なそういう給付だという基本に基づきまして、財政事情等その他ございますけれども、できるだけ改善をして、そして幾らかでもまた喜んでもらえるような、そういうふうにしなきゃならぬのじゃないか、私はそう思っております。今後におきましても全力で取り組んでまいりたい、こう思っておる次第でございます。
#219
○板垣正君 どうぞよろしくお願いいたします。
 次に、戦後処理の問題に関連して若干お伺いいたしたいと思います。
 まず第一は、台湾の旧日本軍人軍属に対する処遇であります。御承知のとおりいろんな経緯がございましたが、六十三年に、台湾における旧軍人軍属として亡くなられた方あるいは重傷の方、こうした方について二百万円の弔慰あるいはお見舞い金を贈る、こういうことが決定され、その後これが実施されているわけであります。幸い順調にこれが行われておる。実は本年一月にこの問題の台湾議員懇、超党派議員連盟も現地に参りまして、関係方面にお世話になりました謝意を表してまいったわけでございます。そこで、この問題について現在どういう状況にあるのか簡明に御報告いただきたいと思います。
#220
○政府委員(石倉寛治君) お答えいたします。
 さきの大戦におきまして、合計二十一万人の台湾の方々が軍籍及び軍属として動員されたわけでございます。内訳は、八万人が兵隊さん、十三万人が軍属、こういう内訳になっております。そのうち、私ども日本側で調べましたデータによりますと、三万人ぐらいが亡くなっているということでございます。さらに台湾側から、それに加えましてプラス四千名ほどの戦没者がおられると。最大限見ましても合計三万四千という対象者になるわけでございますが、二月末におきまして、二万七千二百名の対象者に既に一人当たり遺族に対して二百万円お支払いをいたしております。ちなみに、合計五百四十四億円になるわけでございます。
 以上のような状況で順調に事業が進んでおるわけでございまして、今後の問題といたしましては、先ほども申しましたように、二万七千ほど済んでおりますのは大体三万四千の最大限から見まして八割程度の状況でございますので、あと残ります方々についてどういう措置を進めていくかということが問題に残っておるわけでございます。幸い助けてくださっております日本赤十字社及び現地の台湾紅十字会、二団体の協力を得まして、時限立法でございますので申請が平成五年三月末ということで締めくくることになっておりますが、残ります二年間の間にこれは十分対処していける、こういうふうに考えております。
 以上でございます。
#221
○板垣正君 最後の仕上げをひとつ立派にやってください。
 次は、平和基金の方にお願いしたいわけですが、いわゆる引揚者に対する慰藉といいますか国家としての配慮、これもいろんな懸案がございましたけれども、承るところによると、こうした方々に書状を差し上げる、こういう運びになっているというふうに聞いております。
 そこで私がお願いしたいのは、満州開拓団の方々の問題であります。満州開拓団の方々は、改めて申し上げるまでもなく、国策のもとに当時計画的に各市町村から送り出され、しかも現地においては最も惨たんたる一家離散をし、多くの方々が亡くなる、そういう形で引き揚げてこられた方、現地で亡くなった方、一般の引き揚げた方々も御苦労多かったと思いますけれども、いずれにしましても満州開拓団の方々の問題というのは、いまだにいわゆる日中間のあの孤児の問題に象徴されるように非常な犠牲を払われた。
 しかも、この開拓団の方々は当初から、我々は今さら国に補償は求めない、しかし我々は国策に沿ってこれだけの大きな犠牲を払ってきた、このことについて国家の名において書状一枚でも結構です、ただそれには、開拓団御苦労さんでした、国策に御協力いただいて御苦労さんでしたという文言をあらわしていただきたい。今残っておられるのが約五万世帯と言われておりますけれども、そういうことについてぜひ基金の方でも御配慮いただきたいし、そうやっていただきたいと思うんですが、いかがですか。
#222
○政府委員(文田久雄君) お答え申し上げます。
 お示しの引揚者の方々に対します慰藉事業につきましては、先生お示しのとおり、昨年暮れに開催されました基金の運営委員会におきまして、引揚者について既に特別交付金等の支給措置が講じられていることや、他の戦争犠牲者との均衡について十分勘案するとともに、国民の理解を得られる範囲内の措置とすることに配慮いたしまして、引揚者に対し慰藉の念を示すという趣旨から基金果実により内閣総理大臣の書状を贈呈する、こういう事業を行うことが適当である、こういう結論が得られまして、平成三年度から新たに引揚者書状贈呈事業を開始すべく所要の経費を平成三年度予算に計上いたしているところでございます。
 ただいま先生お示しの書状文面の問題につきましては、基金の運営委員会におきまして、引揚者特別交付金を支給された引揚者、すなわち外地からの引き揚げに伴い人間関係や生活利益を含む特別の意義を持つそういう財産を喪失された方々全般を贈呈対象とすることが適当である、こういう御報告をちょうだいしているところでございます。
 ただいま先生のお示しのところも十分理解ができるところでございますが、引揚者にはおのおの格別の御事情があったことは十分理解するのでありますが、これらのすべての方々の事情を書状の文面に表現して個別に贈呈申し上げるということは、その該当者の判定、また他の事情にある方々との均衡等の点においてもいろいろ問題があり、難しいところがございます。でございますが、先生のお示しのところは御要望として承らせていただきたいと存じております。
#223
○板垣正君 今の御答弁では納得できません。引揚者交付金を差し上げたのは一括でやった、それを基準にして、一緒なんだと、またいろいろ出てくる、こう言いますけれども、私が申し上げているのは満州開拓団という、これは国民の皆さん方も御理解いただけると思うんです。満州開拓団、これはやはり一般の引揚者とはおのずから性格が違う。一番大きな犠牲をこうむり、しかもああした姿で国策に協力という名のもとに大きな犠牲を払われた。それに対していまだ一回も国家として慰労のあれをあらわしておらないわけです。そういうことに耐えながら、開拓団の戻られた方々はむしろ今は積極的に日中のいろんな交流をやっておられますよ。そういう苦難に耐えてきた人に国家ができることは総理大臣からの書状一枚しかない。それでも結構ですと謙虚に考えておられる。その気持ちにすらこたえられないというのは私は納得できません。きょうは時間がありませんからこれ以上申し上げませんけれども、これは必ずその運営委員会でも何でも了解をとっていただきたい、そういうことで強く御要望申し上げておきます。
 次はソ連の問題です。北方領土問題が正念場に来ているとともに、今非常に注目されているのが抑留者の問題。これはいろいろな問題がございますけれども、一番中心的な問題は、あの抑留期間に現地において亡くなって、いまだに数すら、お墓すら、遺骨すら全くどうなっているかわからない、これは最近までの状態。いわゆる日本に引き揚げてきた抑留団体、そういう民間の熱意によって若干ソ連側の姿勢も変わり、名簿が一部出てきたりあるいはいろいろな数字が出てきております。しかし、こうしたものは全く公式なものではないわけです。
 したがって、ゴルバチョフが来るときには、五万とか六万とか言われているその亡くなった方の名簿は持ってまいります、あるいはお墓がどういうふうになっているのか、そういうのを持ってまいりますと、こういうふうに聞き及んでおりますし、ゴルバチョフ大統領が参った際には幾つかの日ソ間の協定が予定されておる。協定を結ぶ。その協定の中で、この死没者の墓地の問題、遺骨の問題、墓参の問題、こういうことについて日ソ間で協定が結ばれるということで事務的な折衝が積み重ねられていると承っておりますが、外務省に伺いますが、そういうふうに考えていいわけですか。
#224
○説明員(高島有終君) 今先生御指摘ございましたように、来月に控えましたゴルバチョフ大統領の来日に向けまして、シベリア抑留問題の解決のための枠組みの文書を作成すべく私ども現在ソ連側と鋭意折衝中であり、かつまた作業中でもございます。そして、このような枠組みのための文書につきましては、御指摘の死亡者名簿、埋葬地、遺骨等々、可能なものをできるだけ正確に、かつできるだけ多く取り入れるように努力しているところでございます。私どもとしましては、このような作業の中でソ連側から可能な限り多くの関連資料が我が国に提供されることを強く期待しているところでございます。
#225
○板垣正君 この抑留問題くらい国際法を無視し、人道的にもあれほどひどい話はなかったと思う。しかも、現在まで公式にソ連側から通告されているのはわずか三千九百五十七名の名簿、あるいはわずか二十六カ所の墓地。それが五万とか六万とか、あるいはお墓は七百カ所にありますとか民間交流の中で数は出てきておりますけれども、今お答えいただいたように、どうかその辺はソ連の責任において――民間に名簿を渡すなどということは私はおかしいと思うんですよ。ソ連国家の責任において行われたことでありますから、ソ連国家の責任においてできるだけのきちっとした名簿あるいはお墓の現状等についてこれを持参するし、ゴルバチョフ大統領はこの問題について公式に遺憾の意を表すべきです。そういう外交努力は間違いなくやっていただきたいと思います。
 それで、これに関連して厚生省援護局にお伺いしますけれども、生きて戻った人の問題もあるかもしれませんけれども、やはり最大の問題は、今なおあのシベリアの地に埋もれ、どうなっちゃったかわからない、土まんじゅうが野ざらしのままで放置されてきた亡くなった方々の慰霊の問題であり、墓参の問題、遺骨をどうするか、この問題が私は一番大きな問題だと思う。厚生省はその責任当局でありますから、極めて熱心に積極的に取り組んでいただきたいと思うんです。
 そこでお願いしたいのは、ソ連側から通告があって、机の上でいろいろそれを調べるということも必要かもしれませんが、やはり遺族にとり、あるいは関係者にとって一番望まれるのは、現地は一体どうなっているんだと。恐らく整備されたお墓は少ないと思いますけれども、ソ連側の通告、ソ連側との折衝によってできるだけまず現地を調べる、現地調査を行う、このことについては政府が責任を持つとともに、遺族あるいはかつて抑留された方々にも全面的に協力をいただいて、言うなれば大調査団を現地に送り込んで一日も早く現地を確かめて、その上に立って今後の墓地の整備なり遺骨の収集なり墓参のあり方なり、そういう国家としての責任ある方針をきちんと立てていただくことが私は大事だと思う。政府がちゅうちょしておりますと、民間団体がたまりかねて、もう現にどんどん出ていっておる。こういう姿は決して好ましいものじゃないと思うんです。そういうことで、厚生省援護局当局としてどういう計画を立てておられるかお伺いしたいと思います。
#226
○説明員(田島邦宏君) ただいま先生御指摘のとおり、今までのソ連政府の公式の態度は極めてかたくなだったわけでございますが、外務省の方でも御答弁申し上げましたとおり、近年になりましてソ連政府の方で前向きな姿勢が見えております。私どもといたしましても、外務省を通じまして日ソ間の合意文書をつくる、あるいは死没者名簿あるいは埋葬地に関する資料等々、できるだけ早期に提供してほしいといったような要請をたびたび行っているところであります。
 ただ、現在このような状況にございますため、どのような資料が日本政府の方に提供されてくるかを含めまして、このシベリア抑留中の死没者の方々の問題について日ソ間で合意がなされていない現状にあるわけでございます。したがいまして、どのような方法で施策を講ずるか、現段階では明確なお答えができないのが残念でございますけれども、いずれにいたしましても、私ども遺骨収集の問題にしても、あるいは墓参の問題にいたしましても、できるだけ早く早期に解決すべき問題であると考えておりますので、ソ連政府の提供資料等、あるいはどのような合意がなされるか等々見きわめた上で、関係御遺族の方々の心情も踏まえて御納得のいただけるよう今後よく検討させていただきたい、このように考えておる次第でございます。
#227
○板垣正君 それは当然予算が伴いますから、遺骨収集予算というものももう何十年もやってきております。そういう財源的な問題もあるでしょうけれども、これは戦後何十年もやってきた遺骨収集、戦後初めて、少なくとも六万近い方が所在不明であったのが一応話し合いがついてくる、こういうことでありますから、厚生省としても積極的に予算を獲得する、この面については私どもも政府に対して強力に申し入れもし、あれいたしたいと思っておりますので、どうかそういうことで取り組んでいただきたいと思います。
 最後の問題は、これは大分昔の、終戦直後の問題でございますけれども、いわゆる山西省の残留の問題であります。
 終戦のときに山西省に閻錫山という軍の頭目、長官がおったわけですね。総軍の命令によってあそこにおりました約五万九千名の第一軍は、閻錫山長官のところで降伏の手続をとるように、こういうことであったわけですけれども、その第一軍のうち約五千名の方々が現地に残留をする、最終的には二千六百名の方々が特務団という名において残留をして、最終的には国共内戦に巻き込まれて約四百名の方が戦死をする、あるいは七百名の方が最後は太原において当時の中共側に捕虜になって、さらに抑留生活、戦犯生活を送って、昭和二十九年、三十年、三十一年ごろにようやく引き揚げてきた。
 ところが、これらの人が引き揚げてきてみたら、あなたはもう民間人ですよ、あなた方はもう現地で除隊になっているんです、こういうことで、この問題がいわゆる山西残留問題として国会でも取り上げられてきたことがある。特に、昭和三十一年の十二月には当時の引揚調査会において、第一軍の司令官、参謀長あるいは当時の下級士官三人ほど証人として参考人に呼んでその実情をいろいろ論議した記録もございます。
 しかし、この問題はそこで決して決着がついておらない。厚生省側はその日に、まさにいろいろ調べた結果はこうですよと、命令は出ておりません、残った人は自由意思で残ったんですという、それを裏づけるような形であの問題が処理されてしまっておる。したがって、現在も全国山西省残留団体協議会というのがございます。こういうような資料も出ております。切々たる請願も来ております。
 これはどういう経緯を経て今日にきたかという問題は決してもう終わってしまった問題ではないと思うんですね。実質的にはいわゆる自由意思における残留という形をとったのは、これはやはり正式に武装解除を経て降伏するというポツダム宣言にのっとって軍の命令も出ておる、結果的には軍司令官がその軍の命令と、閻錫山がぜひ協力してもらいたい、残ってもらいたいと、この板ばさみで、第一軍司令官、軍首脳の極めて優柔不断なあの処理が、結果的には自発的に残ったといいながら実質的には軍の命令によって上から下におりていって、割り当て人員が――一番困ったのは中隊長、中隊長は割り当て人員を残さなきゃならない。それで特務団、初めは約一万五千名と言われ、一万名をつくらなきゃならない。それをいよいよ編成した場合には完全武装で中隊長に、直属上官に、旅団長に申告して、それで特務団に行っている。
 こういうことでありますから、実質的にはやはり軍の命令によって軍隊組織そのままにこれらの方々が行動し、本意ならぬ、しかも建前としては、あなた方が残らなけりゃ全体の復員が難しいんだ、その後衛兵になって残ってもらいたいんだと、こういうようなことで犠牲的精神によって残った。
 こういういろいろな形で今でも切実な思いを訴えている。したがって厚生省は、この問題はもう解決済みです、あなた方は調べてみてもやっぱり自由意思で残ったんです、現地除隊は司令官の権限でやったんだからどうにもなりませんと、これでは私は済まないと思うんです。やはりこれも戦後処理の一環として、現実に苦労して残ってきた方々、復員された方々、この山西の方々はこういう問題で死んでも死に切れない、まるで、おまえらは勝手に残って勝手にあれして、亡くなった方は犬死にのようであるし、苦労してきた人たちも何のためにそこに残ったのか。全く国家から報われるところもなければ、当時の軍首脳の不始末といいますか、そういう犠牲を全部一身に背負って今日残されておるという心情。
 したがって、私は、改めてこの問題についてはもう一度真相を明確にし、当時の現地除隊という措置を取り消してこういう方々のやはり名誉を回復し、最後の国家としての措置をとるべきではないのか、こう思うわけですが、御見解を承ります。
#228
○説明員(村瀬松雄君) お答えいたします。
 山西軍に参加するために中国山西省に残留しました旧日本軍につきましては、昭和二十八年、二十九年にかけまして、残留者に対しまして当時通信調査または直接御本人を厚生省に招致いたしまして当時の状況を調べました。それで、その調査いたしました結果を、先ほど先生からもお話がございましたように、昭和三十一年の国会に御報告をいたしまして諸般御議論をしていただいたところでございます。
 厚生省といたしましては、そのようなことを踏まえましておおむね次のように理解しているところでございます。第一軍は、終戦後、閻錫山が山西省に進出してまいりまして盛んに残留工作を行った時期がございますが、この時期には、ただいま先生からもお話がありましたように、確かに約一万人ぐらい残留をしなければ日本軍は内地に帰還させない、こういうようなことを当時閻錫山司令官から言われまして、一万人ぐらい残さなきゃいかぬじゃないかということで約一万人の方々が残ったということは承知いたしております。
 その後、いろいろ第一軍の基本方針でありますところの、従来から基本方針といたしましては全軍が内地に帰還をする、これはあくまでも基本方針としてとっておったわけでございます。それによりまして説得を続けてまいったわけでございます。それで、先ほど先生からお話がございましたが、二十一年の三月に至りまして支那派遣軍の宮崎参謀が山西の方に参りましていろいろ説得をされた経緯がございます。それによりまして、先ほど先生がおっしゃいましたように軍人約五千九百名ぐらいに減少しております。これを踏まえまして、さらに一軍がその全員帰還の方針のもとにやはり説得に努力を重ねたわけでございますけれども、これが最終的といいますか、二十一年の三月の下旬でございますけれども、これも先ほど先生の御指摘ありましたように、約二千六百名の方々が残留をするということになったわけでございます。
 その経過は、やはり相当第一軍も含めまして説得をしております。そういう経過から、最後に残った方につきましては、そういう説得にもかかわらず残ったということで、現地の召集解除の措置をとった、こういうことでございます。
#229
○板垣正君 今おっしゃっていることは、要するに前からのことを反復された、それでは納得できない、これは私が納得できないんじゃなくて関係者がみんな納得できない、明らかにしてほしいと、こういうことでありますから、今後引き続いて解明してまいりたいと思います。
 終わります。
#230
○吉川春子君 恩給は、昭和四十八年から五十年までは、前年度における国家公務員給与の改善率による引き上げ方式によって改定されてきましたけれども、昭和六十二年からは前年における公務員給与の改定、さらに消費者物価の上昇その他諸事情を勘案した方式に改定されるようになって五年になりますが、この方式では恩給の引き上げの基準が不明瞭です。恩給は原則的には国家補償の性格を持ったものであり、改善率は公務員給与に準じて行うべきです。恩給引き上げの総合勘案方式が極めて政治的であり問題だということを私は指摘しておきたいと思います。
 それで、戦後処理問題として私は二点についてお伺いいたしますが、まず中国残留孤児、残留婦人と満蒙開拓団について質問いたします。
 厚生省お見えですね。まず中国残留孤児、同婦人問題で私は再三質問してきました。この方々の帰国、日本への定着問題に対する政府の対応は全く不十分です。中島多鶴さんとNHKの「忘れられた女たち」の記述によりますと、「中国残留婦人たちは、ほとんど例外なく、生きるため、家族を助けるために、いやいや中国人の妻となった人たちである。そして多くの場合、助けられた家族は、代償として金や食糧、衣類などをもらった。つまり、売られたのである。」。それで、「取材スタッフは、あえてこの「売られた」「買われた」という言葉を使うことにした。」、それは「「お世話になった」という言葉では、当時の極限状態が伝わらないと思ったから」だと、こういうふうにこの本の中で記述されているわけなんですね。
 それで、今、長野県の泰阜村に二十一名の中国残留婦人とその家族が一時帰国をしております。それで、身元引き受けですね、親族の引き受けのない残留婦人は、現在残留孤児についてやっているような帰国ができないわけなんです。私は、これは残留婦人、残留孤児という扱いを区別するんじゃなくて、やはりこの身元引き受け問題も少なくとも中国残留孤児と一緒の扱いにすべきだと思いますが、厚生省いかがですか。
#231
○説明員(田代章一君) 今、先生からお示しがありました中国残留婦人等につきましては、私どもかねてからその施策の充実等につきまして鋭意努力をいたしておるところでございます。
 まず、残留婦人と、先ほどお話がありました残留孤児との違いというものも一つございますけれども、いわゆるその中国残留婦人というものの特定した定義がございませんけれども、今先生からお話がありましたように、中国の東北地区におきまして、終戦前後の混乱の中で、生活の手段を失い、中国人の妻になろうといたしまして中国で現在生活の基盤を築いておられる方々を私たちは一般に中国残留婦人というふうに呼んでおります。こういう方々と中国残留孤児との相違点と申しますのは、残留婦人につきましては、御自身が自分の身元をはっきりと確認しておられること、反しまして、残留孤児につきましては自分の身元を承知していないということでございます。それともう一点は、一般的に年齢が高い。残留孤児につきましてはおおむね終戦時の年齢が十三歳以下というふうに私どもは理解しております。
 それで、残留婦人につきましての援護の内容といいますか、これに関連いたしましては、基本的には中国残留孤児と同様の援護をいたしております。身元が判明しております地区につきましては……
#232
○吉川春子君 身元の判明しない方だけで結構です。
#233
○説明員(田代章一君) 身元の判明しない方につきましては肉親関係者がいらっしゃらないわけでございますので、この方々の受け入れにつきましては、厚生省で身元引受人という方々をあっせんして定着、自立していただくというふうに現在の援護措置をとっているところでございます。
#234
○吉川春子君 今言われたんですけれども、年齢を十三歳で分けて残留孤児、残留婦人というふうにしていて、十三歳ぐらいになっていれば自分の意思で中国にとどまったんだと、こういう説明を厚生省はされるんですけれども、十三歳というのは中学一年生です。当時、その戦争の混乱の中で中国にとどまるなんていうことを自分の意思で選択できると思っておられますか。そんなことできるはずがないでしょう。今も申しましたようにいや応なしに中国人のもとに売られた、そういう経過なんですね。
 それで、今度は、国は身元引き受けという制度を、残留孤児と残留婦人とを同じように扱って、引受人がいない場合でもそれが受け入れられるようにする、そういうことですか。端的にお答えください。
#235
○説明員(田代章一君) 今先生のお示しにありましたように、特別身元が判明しない場合は、申し上げましたように身元引受人を国があっせんするという措置をとっております。同様に、判明といいますか、残留婦人の方々は自分の身元を承知しておられるわけでありますけれども、最近はその帰国に当たりまして、やはり肉親関係が遠くなったとかという肉親側の事情で帰国が困難な場合にこういう事情があることは承知しております。
 そういうことで、身元未判明の引き受けにかかわるような残留婦人につきましても、同様に平成三年度からでございますけれども、特別身元引受人と申しまして、肉親にかわって第三者の立場で帰国手続をやっていただきますとか、あるいは帰国後はその婦人等の相談相手等になっていただくというようなことを平成三年度から実施してまいりたいというふうに考えております。
#236
○吉川春子君 それで、残留婦人の場合には年齢的にもかなり高齢で、今、例外的な場合は別として原則的に十年に一度しか旅費を負担しないんですね。今度泰阜村へ帰国された方も高齢者が多くて、これが最後の一時帰国じゃないか、こういうふうに話している人もいるんですけれども、せめて五年に一度とか三年に一度とか、日本に永住できない事情があるんですから、旅費を出すように、前回も要求したんですけれども、どうですか。そういう措置をとっていただけませんか。
#237
○説明員(田代章一君) 一時帰国制度につきましては、日中国交が回復いたしました昭和四十八年に一時帰国制度、これは国による往復旅費の援護をするという制度でございますけれども、こういう制度を設けまして、その後六十二年に入りまして、やはり四十八年から相当期間経過して、さらに六十二年に再度一時帰国する制度を設けたわけでございます。それによりまして、今先生お示しありましたように、十年に一度、さらにもう一回ということで、現在二回実施することになっておりますけれども、やはり肉親側で滞在中のお世話をするというようないろんな事情がございます。そういうことも含めまして、帰国後の受け入れがなかなか困難であるということもございますので、平成三年度におきましては滞在中の費用を負担しようということで、予算措置を考えておるところでございます。
#238
○吉川春子君 旅費は三年に一度とか五年に一度に短縮してもらえますか、端的にそれだけ。
#239
○説明員(田代章一君) 十年に一度というのが原則でございます。帰国を希望される方の中には相当高齢であるとか、あるいは障害をお持ちであるとか、そういう方もございます。また、肉親側に緊急に帰っていただきたいという要望もあるかと思います。そういう場合につきましては、その十年という縛りを弾力的に考えていきたい。現在は一時帰国制度が始まりまして二回目の帰国可能な方がおよそ八十数%いらっしゃいます。そういうことで、現状では現在の制度を利用していただければありがたいと思うわけでございますし、また個々によって事情が異なると思いますので、そういう場合につきましては個々に御相談を受けたいと思っております。
#240
○吉川春子君 去年と今の問題については全然進展がありませんけれども、十年に一度なんていったら本当にもうこの次は来られないんです。私は、五年か三年に一度にするように強く要望しておきます。
 官房長官にお伺いいたしますが、満蒙開拓団、これは国策として行われたわけですけれども、そのことについてどう思うでしょうか。こんなにたくさんの犠牲を出して行ったという問題について、政府として今どういうふうにお考えなのか、お伺いします。
#241
○国務大臣(坂本三十次君) いわゆる満蒙開拓団というお話については、私の友人でも小学校の友達でも行っておりました。それらの方々から話も聞きましたが、確かにこれは自分だけが好きで行ったというものではなくて、時のやはり国策の一環として満州国の建国と繁栄のためにひとつ行ってくれ、そして新しい天地を開ければというようなことで、やはり政府の国策としての後押しがあずかって力があったと私は思っております。
#242
○吉川春子君 その国策として行った満蒙開拓団の政策というのは正しかったんでしょうか。どうお考えですか。
#243
○国務大臣(坂本三十次君) 当時とすれば、満州の天地にやはり将来を見出そうという、その当時とすれば気持ちもあっただろうと思います。しかし、これは御本人たちの意思というものもあったでありましょうけれども、やはりそれ以上に国策として開拓団を送ろうという政府の姿勢に呼応した、そういうふうに私には考えられます。
#244
○吉川春子君 これは外務省ですけれども、開拓団というんですから土地を開拓したと思うんですけれども、この開拓した土地の面積は何ヘクタールですか。
#245
○政府委員(竹中繁雄君) お答えいたします。
 本件につきましては、何分にも戦前、戦中のことでもございまして、十分な資料も残っておりませんために、残念ながら外務省としましては正確な数字を把握しておりません。参考として一九六六年に刊行された「満洲開拓史」という著書によりますと、開拓民の作付面積は、昭和十八年度は二十三万九千ヘクタール、昭和十九年度は二十五万ヘクタールであったという記述がございます。
#246
○吉川春子君 作付面積ではなくて、私が本当は知りたいのは開拓された面積なんですね。まあ作付面積でもいいです。
 これはどういうふうにしてかくも広大な農地、開墾地を入手されたんですか。売買ですか、略奪ですか。
#247
○政府委員(竹中繁雄君) 申しわけございません。先ほど申しましたように何分戦前、戦中のことでございまして、私どもとして今現在正確な事情を把握しておりません。
#248
○吉川春子君 もう一つ伺います、ついでに外務省。
 その満蒙開拓団で実際に現地に行かれた方々の人数、そして帰られた人数、あるいは逆に未帰還者の人数、それはわかりますか。
#249
○政府委員(竹中繁雄君) お答えいたします。
 この行かれた方等の人数につきましても、先ほど申しました一般的な事情がございまして、正確な数字は必ずしもわからないんですけれども、先ほど申し上げました、触れました著書によりますと、終戦直前の時点での人数は、開拓団の関係が約十六万七千人ぐらい、それから義勇団の関係、これは成人に至らない青少年を中心にしてできたグループでございますが、その関係が約五万八千ということで、大体合計で二十二万五千人程度の人間が終戦直前の時点であそこにおられたというふうに承知しております。
#250
○吉川春子君 いろいろな問題があると思うんですけれども、一つは、一番開拓団をたくさん送り出した長野県の調査によりますと、未帰還者の数が五一%なんです。シベリア抑留者の犠牲者の数も一〇%以上ですから、大変なものだと思うんですけれども、半分以上の方が満蒙開拓団で送り出されて帰ってこない。全部亡くなったというか、行方不明とか、そういう数字も含めてですけれども、そういう痛ましい結果を出しています。
 そして、その理由は、侵略戦争の一環であったからと言っちゃえばそれまでなんですけれども、例えば土地問題です。今、土地の面積をおっしゃいましたけれども、満蒙開拓団が国策として正式に決定されて、大々的に行われるのは昭和十一年の広田内閣のとき、七大重要国策として二十カ年計画、百万戸が満州の開拓地に行くというこういう計画をされたわけです。それで、しかも今おっしゃったように、もう昭和十八、十九年には物すごい作付面積で食糧増産もやっているわけです。あんな寒冷地で、そして非常に条件も悪い土地で、数年にして食糧増産なんてできないわけです、本当に開墾ならば。だから、これはまさにいい土地は現地の人たちを追い払って、あるいは物すごい安い価格で入手したわけです。
 これは昭和七年八月三十日の衆議院予算委員会の議事録なんですけれども、私、官房長官に質問するために読み上げます。津崎委員の質問で、「吉林省ノ熈洽カラ二万町歩ノ土地ノ提供ヲ受ケタカラ、ソレデ満足シテ其処ニ二十万円ノ金ヲ使ッテ試験移民ヲ送ルト云フ吝臭イ問題デナクシテ、移民問題ノ根本問題デアル土地問題、其土地ヲ如何ニシテ日本ガ満州移住ニ対シテ得ルカト云フコトニ付テハ、多大ノ注意ヲ払ッテ戴キタイ」「満州事件費ト云フモノハ、当然其中ニ日本ノ負担デナクシテ、満州国ノ負担ニ属スベキモノガアルト思フ」「言換ヘレバ日本ガ立替ヘタ金ガアル、其資金ト向フノ土地トヲ適当ナ方法ニ依ッテ交換スルト云フコトガ、将来満州移住問題ヲ根本的ニ解決スル要諦デアルト思フ、」「北満ニハ相当ノ土地ガアリマス、ソレニ満州事件費、其他満州国ノ負担ニ属スベキ経費モアル、ソレト交換シテ相当ナル大面積ノ土地ヲ取ッテ置クコトガ、此日本ノ移住計画ヲ実行スル上ニ於テ必要デハナイカト思フ」、こういう質問をしています。
 これに対して、当時満蒙開拓団の全責任を負っていた拓務省の永井柳太郎国務大臣の答弁は、「只今ノ津崎君ノ御意見ハ如何ニモ御尤デアリマシテ、吾々モ出来ルダケ其方針デ努力シタイ」「関係各省ノ間ニ特別ニ相談」をして、「其方針ノ確立ニ努力シテ居ル次第」であると、このように答弁しているんです。だから、この土地問題、要するに現地の人を追い払って、そこへ日本の移民が入ってそこで終戦を迎えた。そうすれば、その終戦のときに、その後そこの人たちが関東軍にも見捨てられ、もう奥地に行っているわけですから、どういう目に遭うかということは明らかですね。
 だから、私は土地を取り上げた中国の人にも申しわけないと思うし、そういう危険なところに国防のための片棒を担がせて、そして日本国民を国策として送った、この政府の責任はやはり本当に問われなきゃならないし、反省しなきゃならないと思うんです。その上に立って残留孤児、残留婦人対策があると思うんですね。私は、残留孤児や婦人問題が一向に前進しない、微々たる予算しかつけないその根底には、政府のこの問題に対する反省が足りないんじゃないかと思うんです。その点、官房長官はいかがお考えですか。この政策について政府として強く反省しておられるとか、そういう御見解ありますか。
#251
○国務大臣(坂本三十次君) 今、満州開拓団の土地の問題とか入植の仕方とか、時の政府の方針とか、それは反省すべきものがないかと、こうおっしゃいますけれども、それは当然今日の事態においては十分に反省をいたさなければならないし、それからまた、その満州の開拓団の事件だけではなしに、第二次大戦におきまして我が国がとった近隣諸国に対する侵攻というものに対して大きなやはり反省がなければならない、その反省のもとに立って今の日本の憲法もできておる、私はそういうふうに思うております。当然それは反省すべき点は反省をして、そしてその後の日中の友好にも我々の反省が生かされつつある、そして友好関係もだんだん築き上げられてきておる、そういうふうに私は認識をしております。
#252
○吉川春子君 もう一つ、私は官房長官にお願いしておきたいことがあります。それは、二十二万とか二十四万とか三十二万とか、いろんな数字があるんですけれども、政府は結局どれだけ送り出したのか、そしてどれだけの方が現地から帰ってこなかったのか、その名前をつかんでいないんです。数をつかんでいないんです。長野県は独自にこんな分厚い名簿をつくりましたけれども、それは政府が国策でもって送り出した人々が一人残らず御無事に帰れるような配慮を最大限すべきだったんです。帰れなかったらその方々の運命はどうなったのかということをつかむはずだったのに、今全くつかんでいないんですね。
 私も、これを質問通告しましたけれども、本当に苦労しました。どこといって役所がないんです。土地の面積もわからないし、何人送り出したか、亡くなったかもわからない。それは全く満蒙開拓団の方々に対する冒涜じゃないかと思うんです。今からでも遅くないので、私は、この問題について政府がきちんと調査をされて、そしてしかるべき実態を明らかにしておくことが、二度と再びこういう悲惨な事件を起こさないためにも必要じゃないかと思うんですけれども、官房長官、そのことをぜひ私はお願いしたいんです。
#253
○国務大臣(坂本三十次君) まだ調査は、あなたのおっしゃるように、とても資料だとかが十分集まらないという今話もしておりましたが、そういう状態で、あなたに対して答弁をするような準備がどうもないようであります。この問題については、あなたのお気持ちをわからぬでもありませんから、ひとつ勉強をさせていただきたいと思うております。
#254
○吉川春子君 残りの時間で私はシベリア抑留者の問題をお伺いいたします。
 きょうの委員会でも同僚委員の質問もありましたけれども、シベリア抑留者の労働の対価あるいは損害賠償について、日ソ共同宣言でその請求権を日本政府は放棄した、そして個人の請求権まで放棄していないというふうに繰り返しおっしゃるんですけれども、しかし個人の請求権を支援援護する政府の外交保護権も放棄しているわけですから、実際にシベリア抑留者の請求権は事実上行使が困難だということじゃありませんか。外務省いかがですか。
#255
○説明員(高島有終君) 既に請求権の放棄につきましては御説明しているとおりでございまして、ただいま先生の方からも御指摘があったとおりでございます。
 他方、個人の請求権という点につきましては、これは国際法上の請求権という意味ではなくてソ連の国内法上の請求権、こういうことになるわけでございます。これをどのような形で行使するかということにつきましては、まさにソ連の国内法上の制度によるわけでございまして、事実上これが、普通の日本の国民が容易に日本の国内におけると同じような形で行使できるかという点につきましては、御指摘のとおりそのような形で容易に行使できるものとは限らないというふうに私どもも理解いたしております。
#256
○吉川春子君 それで、そういう場合に政府として政策的に対応することになる、こういうお話ですけれども、繰り返し説明されております平和基金を設けて銀杯と十万円を贈ったという措置なんですけれども、これは法的に見れば、例えばシベリア抑留者について言えば、これは労働の対価とか損害賠償とか、こういう性格を持つものなんですか、全く関係のないものですか。
#257
○政府委員(文田久雄君) ただいま先生お示しの措置については、これは補償という概念には当たらなくて、私どもは慰藉だというふうに受けとめております。
#258
○吉川春子君 そうしますと、連合国のほかの国の捕虜になった方々には労働の対価も払われている、ところが相手国がソ連であったシベリア抑留者に対しては労働の対価が支払われていない。これは非常に不公平な扱いになるんじゃないかと思いますけれども、妥当ではないんじゃないかと思いますけれども、その辺の問題についてはいかがお考えですか。――じゃ、もうちょっとはっきり質問します。
 官房長官にお伺いしますが、つまり、外務省は個人的な請求権を放棄していないんだから請求権はあるというお考えです。そして、何らかの政治的な対応をとおっしゃるんですけれども、国内としては全く労働の対価というような措置はとられていないわけですね。そうすると、あるんだけれどもとられていない、こういう方々に対して何らかの方法をとらなきゃならないし、しかも諸外国では、こういう捕虜になった自国民の兵士に対してさまざまな補償措置をとっている西ドイツその他の例もありますし、また日本人にしてもほかの国の捕虜になった方々には労働の対価が払われている、そういう問題があります。このアンバランス、不公平をどうやって埋めたらいいとお考えなのか、その辺の政府の御意見を伺わせていただきたいと思います。
#259
○政府委員(文田久雄君) 先生のただいまのお尋ねに的確にお答えになるかどうか存じませんが、私ども政府としては、この戦後強制抑留者の問題については、再々御案内しておりますとおり、戦後処理問題懇談会というところにおいて二年半、三十五回にわたるという大変長い間の御検討をいただきまして、国としてもこれまでいろいろ措置をしてきているところであるけれども、しかしこういう御苦労をなされた方という実情にかんがみて、お示しのとおりの慰藉をもって国としては報いるべきではないかということでもってできました基金法、これに基づくところの事業でおこたえしている、こういうことで考えているところでございます。
#260
○吉川春子君 今の答弁は矛盾していませんか。さっき労働の対価なんですかと言ったら、違いますとおっしゃったじゃないですか。労働の対価を請求する権利まで放棄していないというのが外務省の答弁でしょう。その労働の対価にはならないというふうに今おっしゃっておきながら、もう一度質問すると、そういう態度、手だてを講じているというのは全然答弁のつじつまが合わないんですね。
 それで、シベリア抑留問題というのはソ連が日本人の兵士をシベリアの地に長期抑留して強制労働をさせた。これは何遍も言われていることですけれども、国際法に反するというものです。この責任はもちろんソ連政府に大きくあるわけですけれども、同時に日本がシベリア抑留者の補償措置を行わず、わずかな措置で済ましてしまうということも非常に重要なわけです。
 それで、伝えられるところによりますと、ゴルバチョフ大統領が訪日の際に労働証明を発行してもよいと言っているそうですが、この際日本政府も考え方を変えて、労働の対価や補償問題など、シベリア抑留者の補償措置についてもうちょっと前向きの考えを示すように変わっていただきたいと思うんです。その点について最後に官房長官にお伺いして、私の質問を終わりたいと思います。
#261
○国務大臣(坂本三十次君) ゴルバチョフ大統領が来日をするということはもう決まっておりますが、その際にシベリアの抑留者のお話が出るということはまだ正式には決まつていないですけれども、そういうお話が出た場合には、我が国といたしましてもこれらの人々の心情を考えて、そしてソ連といろいろ話し合いに入るだろうと思いますが、まだ仮定の話でありますし、それ以上私から今申し上げることは差し控えさせていただきます。
 とにかくあの極寒の地において、そしてたくさんの人が亡くなったわけであります。私どもは暖かいところへ行ったから助かったけれども、あそこへ行った人はどれほどの苦労をされたかということを思いやりまして、そして今後のシベリア抑留問題というものは、今のままではとても今までやった程度のことしかできないわけでありまして、慰藉事業でどうぞひとつ我慢してくださいと、こういうことが政府とすれば手いっぱいな現状であります。
 本当に御苦労されたことはよくわかりますが、海外に一切の資産を放棄して帰った人々もおりますし、それからまた本当に、けさほどの質問ではございませんけれども、一月のところで恩欠になった、どこかで線を引かなきゃなりませんけれども、そういう御苦労をされた方々もありますし、戦争の被害というものは、戦地、内地を問わず、老若男女を問わず国民全体に対して大変な苦しみを与えたわけであります。大都市にいても戦災者の方々の御苦労も大変なものであったと思いますので、そういう問題につきましてどうすればいいかということを、随分苦労したようでありますけれども、戦後処理問題懇談会などにおきましてひとつ気持ちだけは十分あらわさせていただきますが、これ以上の政府の負担はなかなか無理でございますということで御容赦を願いたい、お気持ちは十分わかるけれども、この辺でひとつ御了承を願いたいという結論になったわけであります。
 このシベリア抑留者の問題につきましては、今ソ連の方との話し合いで具体的にどうのこうのするという具体的な問題については、ここで私が申し上げるわけにもまいりませんが、念頭に置いて話し合いになるだろうと思っております。
#262
○吉川春子君 時間なので終わります。
#263
○吉岡吉典君 私も引き続いて戦後処理の問題について幾つか政府の基本的な立場、基本的な認識をお尋ねいたしたいと思います。
 ことしは真珠湾奇襲攻撃で日本が太平洋戦争を開始してからちょうど五十周年になる年だということで、真珠湾攻撃を中心としてアメリカではいろいろな行事が行われるということも報道されております。そういう一つの年として、私は、戦争にかかわって起きた諸問題、きょうこの委員会でとりわけこれまで論議になってきましたような戦後処理の問題をきっぱりと片づける年、少なくともその方向へ向かって大きな努力をする年にする必要がある、そう考えておりますが、官房長官、その点でのまず政府の認識をお伺いします。
#264
○国務大臣(坂本三十次君) 先ほども私から申し上げましたように、戦争の犠牲者というのは本当に内地も外地もないんで、老若男女もないのでありまして、皆さんが大変な被害をこうむったわけであります。
 政府といたしましても、いろいろなこの問題について対応をしてきたことではございますけれども、先ほどもちょっと例示をいたしましたように、引揚者の方々やシベリアの強制抑留者の皆さんや恩欠の皆さんやといって問題がたくさんございます。さらに言いますれば、一般の市民も大変な被害をこうむっておるということにも広がってまいりますので、気持ちは重々理解はできて御同情を申し上げる次第でありまするけれども、すべての問題をこの戦争被害者に対して国が補償するということはとてもそれはそこまでできないということで、どうかひとつこの平和祈念基金を設けて、そしてそこでささやかながらでも真心をお示しして、そしてそれはもう賞状だとか銀杯だとか、あるいはまた特にそのほかの記念になるような懐中時計みたいなような品物でありますけれども、まあ品物は品物として、それ以上に、二度と戦争は繰り返してはいけないという気持ちを含めて平和を祈念する事業として、かつてこういうことがあったということを記録にとどめ、それを国民の皆さんに知っていただくというような、そういう平和祈念慰藉事業というものを続けさせてもらいたい。
 そういうことでございますので、なかなかこれ以上の具体的な措置というものは難しいということで、戦後処理問題懇談会も随分開いてそういう結論に達したわけでございまして、御理解をいただきたいと思います。
#265
○吉岡吉典君 なかなか理解できないから、きょうこの委員会でも私も初めて聞くようなものも含めて次々重大な問題が出てくるわけです。これを今までの方針に沿ってこの平和祈念事業特別基金ですか、ここでやっていることで理解してくれという態度を政府が続けている限り、私は多くの日本国民の中で戦後が終わらない、そう思います。私が太平洋戦争開始五十周年という年をこういう問題をきっぱり片づける年にと言うのは、従来の方針にこだわらないでひとつ改めてことしを本当に戦後を終わらせる年にしよう、その努力をする年にしようということを要請したかったからであります。
 大体すぐこの平和祈念事業特別基金というところへ逃げ込まれますし、また戦後処理問題懇談会の報告というところへ話が持っていかれますけれども、この報告書を読んでみましても、幾つかきょうも問題になりましたような懸案問題を挙げて、「公正かつ国民の納得のいく結論を得ることを望むものである。」というのが結びの方で書かれておりまして、この懇談会自身が国民の納得を得る結論を出すようにということを言っているわけです。今の態度ではとても納得できないからきょうもこれだけ論議しなくちゃならないということを提起しておきたいと思います。
 私は、今論議で国民すべてが犠牲者になったんだということを次々おっしゃるわけですけれども、そうだとすると最初に一つお伺いしておかなくちゃいかぬですけれども、加害者はだれなんですか。国民すべてが被害者だということは強調されますが、加害者のない被害者はないはずですから、この問題を論議するためには加害者がだれかということを政府はどう考えておられるか明らかにしてもらいたい。
#266
○国務大臣(坂本三十次君) 加害者は戦争そのものであります。戦争をするということがこれはやっぱり一番の加害者、戦争ということでありまして、それは戦争になるときはお互いに言い分はありましょう。お互いに言い分のあるのもありましょう。それからまた、この間のイラクの侵攻みたいに、だれが見てもこれはいけないというのもありましょう。しかし……
#267
○吉岡吉典君 イラクのことなんか要りませんから。
#268
○国務大臣(坂本三十次君) それはわかります。だけれども、いろいろな形はありましても、二度と戦争を引き起こしてはならぬということが最大の教訓でありましょうし、さらには第二次大戦におきましては、我が国が大陸、アジアの方に侵攻した、これこそ真に反省をすべきことであって、その原点に返って今日の平和国家を築いてきた、こういうのが私どもの考えでございますが、その戦争犠牲者、被害者に対しては大変申しわけないという気持ちでいっぱいだということを申し上げます。
#269
○吉岡吉典君 侵略戦争を開始した者、それが直接の加害者であります。それはもう既に国際裁判でも明らかになっているじゃありませんか。それを戦争一般が加害者だというような態度では、これはもうだめですよ。
 私は具体的に一、二お伺いします。
 例えば、私、今幾つかテーマが論議されましたから、ここで論議にならなかった被爆者の国家補償という問題についてお伺いします。これは、参議院では国家補償を基本とする被爆者援護法案が多数で可決されました。この問題について、政府は従来の方針をそのままで、参議院では少なくとも可決された被爆者の援護法、この中に織り込まれた国家補償ということについては何ら考えないのか、少なくとも研究はしなくちゃならないという態度ですか。それを答えてください。
#270
○説明員(荒賀泰太君) お答え申し上げます。
 原爆被爆者対策につきましては、放射線による健康障害といいます他の戦争犠牲者には見られない特別の犠牲に着目をいたしまして、いわゆる原爆二法、これは昭和三十二年に制定されました原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び昭和四十三年に制定された原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律によりまして、健康診断の実施や医療の給付を行うとともに諸手当の支給等を行ってきているところでございます。
 また、予算措置といたしましては、原爆養護ホームの整備、ホームヘルパーの派遣、調査研究の推進……
#271
○吉岡吉典君 質問に答えてください。国家補償をどう考えているか。
#272
○説明員(荒賀泰太君) 多数の被爆者老人を抱えている地方公共団体の医療費負担の緩和等の措置を講じてきたところでございます。
 野党が御提案をされております被爆者援護法案でございますが、原爆放射線による健康障害という特別の事情にない原爆死没者の遺族に対して補償を行うこと等を内容としておるわけでございまして、一般戦災者との均衡上問題があるというふうに我々は考えております。したがって、政府といたしましては、今後とも原爆二法を中心といたしまして、保健、医療、福祉の各般にわたって施策の充実を図ってまいることといたしております。
#273
○吉岡吉典君 被爆者の一番中心的な願いが被爆者に対する国家補償を中心とする野党が提出した援護法案に集中されているものなんです。それについてはもう全く検討の対象にもしないということのようですね。私は、こういうことではやはり被爆者は納得できないし、戦後は終わらないと言わざるを得ません。そういうふうに例えば被爆者の問題をとっても、これまで論議された問題を取り上げてみても、戦争による特別に大きい被害を受けた犠牲者に対する日本政府の態度は非常に厳しい、非常に冷淡だと私は言わざるを得ません。
 ところが、対照的に、私がここで取り上げたい問題は、例えば被爆者にはそういう厳しい態度をとりますが、日本に対する原爆投下の最高指揮官であったカーチス・ル・メイ空軍大将には、もちろん原爆投下を理由としてではありませんけれども、日本政府から外国人に与える最高クラスの勲一等旭日大綬章というものを与えている。原爆を投下したのにはそういう待遇をし、被爆者の声は聞かない、こういう態度で被爆者が納得できると、そうお考えになりますか。
#274
○委員長(井上孝君) 吉岡君、だれに質問ですか。
#275
○吉岡吉典君 答えられないということにして、次に話を移しましょう。そんなの当たり前ですよ、官房長官が立って答えるべきですよ。いいです。
 同じ問題。犠牲者に対する態度は非常に厳しい。先ほど私は加害者はだれかということを問題にしましたけれども、日本を戦争に直接導いた加害者は当時の政府です。そして、東京裁判でも、人道の罪、平和に対する罪で処刑された。そして、日本国政府はサンフランシスコ平和条約でこの東京裁判というのを受諾しているわけですね。その戦犯、例えばA級戦犯は日本は靖国神社に祭って、国に功労があった人だという扱いをする、同時に恩給の対象者にして、これらの人についてはそれなりの処遇をしている。もちろん私は、遺族は戦争犯罪人と全く別ですから、日本国民として当然の権利を持っているし、さまざまの保護を受ける必要があるということは認めます。
 しかし、ここで問題にしたいのは、そういう戦犯はしかるべく処遇される、それで一方では、本当の意味の被害者は政府から非常に冷たい態度を受ける。これが日本政府の態度ですか。そういうことで今後もいいということですか。これは官房長官に答えてください。
#276
○国務大臣(坂本三十次君) 戦争被害者に対しては、戦争の結果そういうことになりましたことを深く反省をして、本当に心から申しわけないという気持ちでいっぱいであります。ただ、いろいろなすべての面で国の補償をやるということについてはおのずから限界がある、どうかひとつそこも御了承を願いたい、そういうことを先ほどからも申し上げておるわけであります。
#277
○吉岡吉典君 私は、戦犯の問題で国際関係もあることですからぜひひとつ考えていただきたいと思いますけれども、日本のA級戦犯、彼らA級のみならず、恩給の適用による日本の犠牲者としての扱いを受けている。私は、とりわけA級戦犯が犠牲者扱いを受けるというふうなことはこれは国民として大いに政府に考えてもらわなくちゃならないと思います。
 しかし、同じ日本軍人として戦犯に問われた中でも、朝鮮人、台湾人で日本に強制されて日本軍に配置されて戦争犯罪人になった人は何らそういう処遇も受けていない。ですから、外国から見れば、日本に動員されて戦争に駆り出され、戦犯になったらまた日本と差別される、そういうことが絶えざる批判の対象になっているわけです。こういうことも、私は、日本政府のこれまでのこういう問題についての態度が問われなくちゃならないものとして残っていると思います。
 私は、そういう外国とのかかわりでもう一つ戦争の結果片づいていない、今日まで残っている問題として朝鮮人強制連行の名簿問題について現状をお伺いしますけれども、現状というよりは、もうこの間名簿を渡しました。これで終わりですか。引き続いて調査をやるのかどうなのか、調査をやった結果どの程度まで名簿が発見できるであろうという見通しを持っているかどうか、そういうことを一括して答えてください。
#278
○説明員(戸刈利和君) 強制連行された朝鮮人の方の名簿の調査でございますが、これにつきましては、今先生御指摘のとおり、三月五日に外務省を通じまして名簿の写しを韓国政府に提出いたしたところでございます。約九万人分の名簿を確認し、その写しを渡したということでございます。
 それから、今後の問題でございますが、今後につきましては、さらに労働省が中心となりまして今後とも関係省庁と協力して、誠意を持って対応いたしたいということで考えております。ただ、その見通しにつきましては、これから引き続き努力をいたしたいということで、一人でも多くの名簿が発見されるように努力をしたいということで御理解いただきたいということでございます。
#279
○吉岡吉典君 この問題は私はこの委員会でもうこれまで二回ほど質問してきましたので、その続きの質問として行いたいと思います。
 名簿をこれからも調査するとおっしゃいましたけれども、幾らかは出てくるかもしれません。しかし、政府でも六十数万人、説によっては百五十万人と言われる強制的に連行された朝鮮人の名簿というのは私はほとんどが出てこないだろうと思います。なぜ出てこないかといえば、それは終戦時に内務次官通牒によってこれらの名簿その他証拠文書は全部焼却されたからです。私は、この問題の担当官の人たちに、そういう通牒の存在も示して、そういうことを含めて調査し、明らかにするように求めてきました。私はそういうふうに、この質問ではそこまで言いませんでしたけれども、この過程でそういうことを指摘してきました。焼却を指示した内務次官通牒を調べられたかどうか、わかっていたらここへ提出してもらうように求めます。
#280
○説明員(戸刈利和君) 先生御指摘の内務次官通牒でございますが、市販されております幾つかの書籍等にそういったものが、内務次官通牒に基づいて都道府県知事の命令があった、それに基づいて焼却がなされたというふうな旨の記述があることは承知いたしております。私どもとしてもいろいろ調べたんですけれども、労働省としては、徴用関係事務というのが戦後廃止されまして、労働省に引き継がれていないということもございまして、いろいろ先生の御指摘もございましたのでさらに倉庫等も調べたんですけれども、そういった資料は我々の方からは出てこなかったということでございます。
#281
○吉岡吉典君 内務次官通牒に基づいて焼却したと、具体的にこうこうこういう形で焼却したということを当時の責任ある人が手記にまで書いているわけです。そういう人に直接当たって聞くことはやりましたか。
#282
○説明員(戸刈利和君) 手記を書かれた方の書籍は私どもも入手いたしまして読まさせていただきましたけれども、御本人に会うところまではいたしておりません。
#283
○吉岡吉典君 そういうことをやらなきゃ、書庫を見たけどなかったということで、国際関係上、日本は約束したんですよ。約束した以上はあらゆる努力をしなければ、日本は植民地支配をやった、強制連行をやった、後で名簿を捜してもちょろちょろと書庫を捜したという程度のことしかやらない国だということになっちゃいますよ。だから私は言うんです。例えば貯金通帳、こういうものも焼いてしまった。そういうことを焼いた当事者が発表しているわけですね。内務省通牒に基づいて名簿も焼かれた。要するに大部分の書類が焼かれたわけなんです。ですから、戦後いまだに、日韓条約で片づけたと言いながらいろいろ問題が出てくるわけです。
 大体、金だって払われていないんです。戦後になっても内務省と厚生省が通達を出して、強制連行してきた朝鮮人が帰るまでの間の給料は全額本人に与えるな、小遣い程度与えて、あとは貯金にして貯金通帳は事業主が持っておれと通牒がちゃんと出ていますから、戦後でさえもそういう通牒、これはちゃんと当時の通牒文が全部私は記録したものがありますけれども、戦争中はましてやですね。そういうふうにして、しかもその貯金通帳は内務省次官通達で焼いちゃった、そういう事情。だから名簿は出てこないんですよ。当時、サボってか意図的にか焼き損ねたのが残っているわけですね。
 だとすれば、私はこの問題の戦後処理というのは、そういう日本がやったことを明らかにして、その上で日本政府の誠意ある謝罪、反省、そういうものがなければ国際問題だって解決しないと思います。どうですか、それをやりますか。
#284
○説明員(戸刈利和君) 労働省で現在行っておりますのは、昨年の五月二十五日の日韓外相会談の際に、当時の韓国の外務大臣から名簿の入手についての協力要請があったということを受けて、関係省庁で相談の上、労働省が中心になって名簿の調査をやるということでやっておりまして、それ以上のことになりますと、これは労働省の方でお答えする、あるいはお答えできる問題ではないということでございます。
#285
○吉岡吉典君 それじゃ担当省でなくていいです。官房長官、焼いたんですよ。はっきりしているわけですよ。名簿、それから朝鮮総督府の書類、強制連行にかかわる証拠物件というのは全部焼却命令で焼いちゃったんです。しかし、今言ったように焼き損ねたのが残っている、それが九万人ほどの名簿になっている。あと調べてどれだけ出るかわかりません。それは大いに調べた方がいいですよ。しかし根本的な解決はそういうことではできない。だとすれば、そういう焼却した事実を含めて日本の誠意ある態度を示さなければこの問題の根本的な解決にはならない、私はそう思います。官房長官、そこまでやる意思はありますか。焼いた事実まで含めて、名簿の提出を求められた問題の解決を図る、それはやりませんか。
#286
○国務大臣(坂本三十次君) 実際に焼いたものかどうか、そこまで調べろと言われましても、それは既に終戦直後のお話でございましょうし、だれが焼いたかということを調べても、これはもう既に意味のないことではないでしょうか。だれが焼いたといったって、それを調べたところで名簿が出てくるわけじゃありませんから。
 しかし、私どもは、政府機関それからまた地方自治体にもお願いをして、そして韓国から盧泰愚大統領が来られるまでにはできるだけの名簿を提出してくださいと言われて、誠心誠意名簿を捜しまして、労働省が中心になってやった、そういうことであります。そして、今後とも官だけではなしに、公だけではなしに、あるいはまたそういう名簿が残っておるところがあったら、早速そこへ照会をするようにしてその名簿を回収するようにということで今一生懸命にやっておるというところでは間違いはございませんし、韓国の方からも、できるだけやっていただいてありがとうという言葉もいただいておるわけであります。
#287
○吉岡吉典君 焼いた下手人まで、こういう通達で焼いたという当事者が手記まで発表しているわけです。そういう問題は広く知られているわけですよ。そういうことに言及もしないで、とにかく集まった名簿だけ渡せばそれでいいという態度でこの問題は解決つかない。せっかく名簿を集める努力をしても、それは本当の解決にはならないと思います。
 それから、今の官房長官の答弁で、戦争の加害者さえもはっきりできない、戦争そのものが加害者だというふうな考え方では、国民の納得できる形での戦後処理もできない。それでは本当の戦争の反省というものもできないというふうに考えざるを得ません。私はそういう点で非常に残念だということを申し上げて、質問を終わります。
#288
○太田淳夫君 恩給の問題について今までいろいろと同僚委員からも質疑が行われてまいりましたので、簡潔にさせていただきたいと思います。
 恩給の改定につきましては総合勘案方式がことしで五回目になるわけでございますが、この方式を導入された背景についてはいろいろとございました。五回を経過したわけでございますけれども、恩給当局といたしましては、総合勘案方式についてのメリット、デメリットをいろいろと考えていらっしゃると思いますが、その点どうでしょうか。
#289
○政府委員(高島弘君) 恩給の改善につきましては、四十八年以降公務員給与の改善率を指標として改善を行ってまいったところでございますが、六十一年の公的年金の改革に関連しまして、恩給制度もこれとのバランスを考慮した見直しが求められまして、六十二年以降、公務員給与の改善、物価の変動その他諸事情を総合勘案するという方式でやってきておるわけでございます。
 この方式のメリット、デメリットということでございますが、これらにつきましてはさまざまな見方があろうかと思いますが、恩給の改定に当たっては、改善の指標に何をとるかということは、従来からそのときどきの最も適切な指標を採用してきたところでございまして、現在の状況ではいわゆる総合勘案方式により恩給の実質維持改善に努めるのが最も適切だと考えておるところでございます。御理解をいただきたいと思います。
#290
○太田淳夫君 いろいろと説明を聞きましたけれども、総合勘案方式において考慮したとされておりますところの昨年の国家公務員給与の改定率、これは三・八五%というのが皆さん方の説明でありました。しかし、一般的には昨年の国家公務員の給与の改定率というのは三・六七%という理解がされておるように思われるわけでございます。したがって、今回の恩給の改定率の三・七二%は国家公務員の給与改定率よりも上回るのではないかという意見も一部にあるようですが、その点の事情はどうでしょうか。
#291
○政府委員(高島弘君) 公務員給与の改定率というものは、一般には公務員給与と民間の賃金との官民較差率が新聞紙上に載っておるわけでございますが、これはことしの場合は三・六七%でございました。
 ところで、恩給の改定に使っておりますといいますか、改定の際に考慮しておりますのはこの官民給与の較差率ではございませんで、行政職俸給表(一)の平均改定率を採用しておるところでございます。これで申しますと三・八五という数字でございまして、三・六七という官民較差率をかなり上回っておるわけでございます。その結果、平成二年の物価上昇率とあわせて考えまして三・七二という改定率が考えられたわけでございます。
#292
○太田淳夫君 ただいまの説明で行政職俸給表(一)の平均給与改定率を採用している、こういうお話でございますけれども、一般職の国家公務員には九職種十七表の俸給表が適用されているわけです。しかも、恩給を受けられている皆さん方は多種多様な方が見えるわけでございますから、むしろ全俸給表の平均改定率を用いた方が適当ではないか、こういう考え方もあるわけでございますが、その点はどのようにお考えになりますか。
#293
○政府委員(高島弘君) 行政職俸給表(一)以外に先生御指摘のように非常に多種多様な公務員給与の給与表がございますが、私どもの恩給で考えております給与は、今現在適用されているのは旧軍人の方が非常に多いわけでございますし、また公務員給与の中で行政職俸給表(一)というのが非常に一般的な職種でございますので、この改定率を現在使っておるところでございます。
#294
○太田淳夫君 今回の恩給の改定率の決定に当たりましては、消費者物価上昇率として確定値の三・一%を〇・一%上回る、予算編成時でございますから三・二%が使われているんじゃないかと思うんですけれども、この分については多少恩給受給者の方は得をしたんじゃないかという意見もあるんですね。しかし、別にそれを下げろとかそういうことじゃございませんけれども、平成四年度の恩給改定のときにはこの分については勘案するんでしょうか、それともしないんでしょうか。そのままにしておくんですか、どうでしょうか。
#295
○政府委員(高島弘君) 総合勘案でやっております改定でございますが、恩給法二条ノ二の規定にのっとりまして、予算編成時における諸事情を総合勘案するという方式をとっております。したがいまして、平成三年の改善に当たりましては平成二年の消費者物価の、ちょうど十二月でございますのでまだ見込みでございますが、その見込みの時点での数値を使ったわけでございます。それを使いまして平成三年度の三・七二という引き上げ率が出てまいったわけでございます。
 先生お尋ねの、では来年度はどうするかということでございますが、これも、来年の予算のことでございますから、ことしの暮れ、従来と同様に予算編成時における諸般の事情を勘案しながら決定していくということになろうかと思います。
#296
○太田淳夫君 次に、先ほどからも平和祈念事業問題についていろいろと御質問がありました。この特別基金の事業ですね、基本的には基金の運用益を使っていろいろと行っていくことになろうかと思いますが、そのため平成元年十二月二十二日に自民党と政府の了解事項、これでやがてこの特別基金の資本金が四百億円に引き上げられることになるわけでございますけれども、三年度末には資本金は百五十億円に膨らむことになるんですね、いろんな段階がございまして。
 そのこと自体は平和祈念事業特別基金の今後の事業の充実と安定に資することになると思いますけれども、逆にそのことが事業の遂行の遅滞を招くのではないかということも思われるわけでございます。出資に回す金を直接事業に回せば事業がもっと早く遂行され、完遂が期待できるんじゃないか、また出資は出資として、事業の早期遂行、完遂を図るためには国からの事業に対する補助金を大幅にふやすことも考えられるんじゃないか、こういう思いもするんですが、その点どのようにお考えでしょうか。
#297
○政府委員(文田久雄君) お答え申し上げます。
 この事業は、先生御案内のとおり平成元年からスタートしてございまして、そのときにはまず書状と銀杯という措置を講じまして、平成二年度からはさらにそれに重ねまして新規の慰藉事業ということで額縁とか懐中時計等、請求者の御指名する一種一品を重ねて贈呈する、こういう事業を講じてきております。
 その事業を賄いまする原資でございますが、これは基本的には基金の出資金の果実によって賄うというのが基本でございます。これは基金法の三十四条または附則の第三条でも規定されておるところでございます。
 しかしながら、この基金というのは一挙に造成されておりませんで、昭和六十三年度から五年度を目途としてまず二百億円を積みましょう、こういうのがまず法定になってございまして、先生お示しのとおり平成二年度まで既に百億を積んでございまして、平成三年度予算でもってさらに五十億積んで、予算が成立いたしますならば百五十億円、それで最終年度たる平成四年度に五十億円積みますと、この附則三条で規定されております二百億円の造成が完了いたします。それで、先ほど申しましたように、なお書状、銀杯の事業、また新規の慰藉事業を進めていく、こういうこともありまして、基金のやはり上乗せが必要であろう、こういうことでもって二百億円をさらに積んでいこう、こういうことになっております。
 その基金造成中におきましては、その果実のみではこれらの事業を――その他の恩給欠格者のみならず戦後強制抑留者あるいは引揚者の問題もありますし、これらの事業を賄うための経費としては別途国庫から補助金をもって充足する、こういう果実と国庫の補助金を足し合わせてその原資とする、こういうことになっておりまして、私どもといたしましてはこの出資金の着実なる積み上げと、それにあわせましてこれら事業の着実な推進、あわせて行うべきであろう、かように考えております。
#298
○太田淳夫君 いずれにしましても、この平和祈念事業特別基金の資本金というのは最終的には四百億円になるということでございますけれども、それは年五%で運用したとしましても約二十億円ぐらいの運用益が期待できるわけです。一方、その時点になりますと、平和祈念事業特別基金の事業の大半を占めておりますところの戦後強制抑留者慰労品等の贈呈事業やあるいは恩給欠格者に対する新規慰藉事業は既に終わっているんではないか、こういう思いもするわけでございます。
 そうなりますと、この運用益を一体何に使うのかということがまた一つ問題になろうかと思うんです。今までいろんなことをおっしゃっておりましたけれども、私たちこの内閣委員会でも今までもいろんな場面場面で同僚委員から取り上げられてまいりました。特殊法人はだめだと言われると今度は公益法人にいく、公益法人がだめだと認可法人をつくって、行政改革の網をくぐっていろんな基金がつくられていっているのが実態でないか、そういう一つのこれは抜け道のような仕事になってしまうんじゃないかという心配もするわけです。
 ですから、この運用益を今後どういうふうに使っていくのかということは大きな問題ではないかと思いますし、そういったいろんな疑惑が持たれないようにこの事業も立派に推進をしてもらいたいという思いも私たちもございます。それだけに、この平和祈念事業特別基金について、その設立の目的を十分果たしていくようなための中長期的な観点からの事業内容をやはり国民の皆様方にもっともっと明確に今後はしていくべきではないか、そう思うんですが、その点どんなふうにお考えでしょうか。
#299
○政府委員(文田久雄君) ただいま先生のお尋ねは、平和祈念事業特別基金の行う慰藉事業について今後とも中長期的な展望に立って対処していくべきではないか、かようなお尋ねかと御理解させていただきます。
 御案内のとおり、平和祈念事業特別基金が行います慰藉事業につきましては、当面は恩給欠格者に対する書状・銀杯贈呈事業、それから恩給欠格者新規慰藉事業、さらには来年度から行うこととしております引揚者に対する書状贈呈事業が大宗を占めることになろうかと存じます。一方、関係者の御労苦に関する資料の収集、保管、展示、関係者の御労苦に関する調査研究、講演会の開催等の各種の慰藉事業については、現在限られた果実の範囲内で鋭意実施しているというところでございますけれども、これらの事業は、とうとい戦争犠牲の御労苦を後世に伝えて、関係者に対して慰藉の念を示すという、いわば基金本来の事業であろうかと思います。将来は、基金事業の重点はこれら事業に移っていくものであろうというふうに思われます。
 いずれにいたしましても、現行事業の進捗状況を見定めなければなりませんけれども、御指摘をも踏まえまして中長期的な展望に立った基金事業の推進に努めてまいりたい、かように考えております。
#300
○太田淳夫君 官房長官お見えになりますので最後にお尋ねいたしますが、先ほど板垣理事の方からもお話がございました。私どもの方にもいろいろと陳情にもお見えになっていらっしゃいますので、最後にお聞きしておきたいと思うんです。
 それは山西省の残留犠牲者の問題でございまして、一つには、この残留された将兵の皆さん方が司令官の命令によって山西省に残留をして戦争を続行して多くの犠牲者を出された。この残留による犠牲というのは、軍命に基づくものではなくて、各自の私的自由意思によって発生したものとして処理されている。それを撤回して、すべての将兵は公務による犠牲者であることを認定されたいということが一つでございます。
 また二つ目には、これらの残留された将兵の皆さん方は昭和二十一年四月以降は全員の方が知らない間に現地除隊者として処理されたために、軍人としての取り扱いを受けられずに物心両面において甚大な不利益をこうむっているので、この不当な現地除隊措置を取り消して、復員と同時に除隊とすることを認定されたいということでございました。
 先ほど厚生省の方からも御答弁が確かにありましたけれども、なかなかこれは厳しい答弁でございました。しかし、いろいろと今こういった方々からの陳情が出されるということは、やはりそれなりのいろんな特殊な事情等々がそこにあろうかと思います。先ほど板垣理事からもいろんな状況についてお話がありまして、私もそういった状況については知らされたわけでございますが、どうかそういった点、これはもう厚生省だけじゃなくて政府全体として政治的な判断のもとに対応していくべきではないか、こう私は考えるんですが、その点どうでしょうか。
#301
○国務大臣(坂本三十次君) ただいまの山西軍と申しますか、その問題につきましては私は今聞いたばかりでございまして、私自身はその点をまだまだ勉強はしておりませんので、ただいま委員のおっしゃったようなその趣旨につきまして、これは大分前にも国会で論議になったということを今聞きましたのですけれども、しかし、それでもなおかつやっぱり請願、陳情の趣旨は、御熱意があると思いますので、これは担当はやはり厚生省と思いますので、厚生省によくもう一度調べてもらって、その状況を私も聞かせていただきたいと思っております。
#302
○太田淳夫君 終わります。
#303
○磯村修君 私は恩給問題に関連しまして若干お尋ねしたいんですけれども、行政というのは透明でなければならない、つまり民主的に行政を運営していくためにはできるだけ多くの情報というものを国民に与える必要があるんではないか、こういうふうに思うわけです。
 そこで、恩給欠格者とかあるいは戦後の強制抑留者、こういう人々に対する平和祈念事業、この平和祈念事業特別基金の運営、これもやはりガラス張りの運営が必要ではなかろうか、こういうふうに思います。
 例えば、平成元年度にこの平和祈念事業特別基金に対しまして五億円の助成というものがありまして、そしてその使途につきましては、この基金の運営委員会で公益法人の基金に助成してこれを活用していく、こういうふうなことが決められたようなんですけれども、一方においてはまた任意団体という慰藉事業をしている団体もあるわけです。そういう方面からはいろいろなまた意見も出てくる。この運営のあり方について、何かいろんな情報と申しましょうか、その内容というものが不透明なというふうなことからいろんな指摘もされている。そういう意味合いにおいて、この平和基金事業の運営というものについては非常に国民にわかりやすい、関係者にわかりやすい運営というものをしていかなければならない。
 こういう意味合いにおいて、政府としてはこの運営に当たって、これからできるだけの情報を国民の前にあるいは関係者の前に披瀝していくというふうに改めていく考えがあるのかどうか。そういう疑念とか運営に対する不信感というものを払拭していくためにもそういう改善が必要じゃないかと思うんですけれども、その考えについてちょっとまずお伺いしたいと思います。
#304
○政府委員(文田久雄君) まず、先生お示しの五億円の出資に関してお触れ賜りましたので、これについて簡潔にひとつ御説明をさせていただきたいと存じます。
 お示しの戦後強制抑留者特別慰藉事業五億円は、戦後強制抑留者の方が酷寒の地で強制労働に従事させられる、こういう大変な御労苦をされたことにかんがみまして、また戦後強制抑留者問題に関する措置を確定、終了させる、こういう御趣旨から、元年度に限り平和祈念事業特別基金に国から補助することとして計上されたものでございます。
 ところで、その五億円の具体的な使途につきましては、平和祈念事業特別基金の運営の重要事項を審議する基金の運営委員会というのがございまして、ここにおいて御審議されたところでございます。その結果、すべての戦後強制抑留者の方のために単年度ではなくて永続的な事業として有効かつ効率的に実施することができるよう、こういうことで公益法人がきめ細かな慰藉事業を行うために造成するところの慰藉基金に対して助成を行うことが適当である、こういう御結論を得たわけでございます。
 基金といたしましては、この結論を踏まえまして、内閣総理大臣の許可を得まして、平成元年の九月に総理府所管の財団法人全国強制抑留者協会に対してその助成金の交付を行った、こういう経緯を持ってございまして、あくまでもこの五億円というのは戦後強制抑留者の方々に真にきめ細かな慰藉が裏打ちとしてできるように、こういう趣旨で措置されたものであるということをまず申し述べたいと存じます。
 それから、先生ただいまこの基金の運営に関して、広く国民の理解も得るために公開すべきである、こういうことで、政府は現状の公開制のままで満足しているのか、こういうお示しであったかと存じます。この平和祈念事業特別基金が行います事業の趣旨、目的というのは、今次の大戦におけるとうとい戦争犠牲を銘記しまして、かつ永遠の平和を祈念するため、関係者の労苦について国民の理解を深めること等によって関係者に対し慰藉の念を示すというものでございます。事業の推進に当たりましては、関係者の御要望もこれは十分踏まえてまずやるべきであろう、これが広く国民の御理解を得るための基本ではなかろうか。今後とも関係者の御意見等も私どもとしては基金ともども十分お聞きして対処してまいりたい、かように考えております。
#305
○磯村修君 この基金の運営委員会の、どういう経緯でもって事業というものが決められていくのかという、そういう会議の内容というもの、記録と申しましょうか、会議録と申しましょうか、そういうものは公開できますか。
#306
○政府委員(文田久雄君) この基金の運営委員会の運営の仕方につきましては、議事運営規則というのが運営委員会決定でもって定められておりまして、その第八条で「委員会は、非公開とする。」、こういう規定に相なっておりまして、私どもはその御趣旨としましては、自由濶達な御討論を確保する、こういう御趣旨から運営委員会御自身が定められたものであろうということで、これは基金の運営に属することでございますし、さように相なっているということを私どもは理解しているところでございます。
#307
○磯村修君 この平和祈念事業特別基金というのは、資本金の全額というのは政府から出されているわけですね。それゆえに、運営の内容というものを明確に知りたい、知らしめるべきである、こういうふうに私は思うわけです。そういうことによってこの基金というものが公正あるいは民主的に運営されることにもなろうかと思うんです。
 そうしますと、今お話がありましたように、これは非公開である、公開しませんというふうなことを運営規則か何かでも決められていると言うんですけれども、政府はこういうあり方に満足していますか。国民の側からいえば、関係者の側からいえばやっぱり公開してほしいという意見があるんですけれども、満足していますか。
#308
○政府委員(文田久雄君) 大変率直な難しい御質問でございますが、私どもとしましてはこの基金の運営委員会に課せられた法第二十四条に定められた基金の運営委員会というものの使命は、やはりこの基金法に定められるところの各種事業が適切に運営されるべきである、こういう使命を受けた委員会かと存じますし、先ほど申し述べましたように、この基金の運営委員会の性格、こういうことから見まして、最小やむを得ざるところかと存じております。
#309
○磯村修君 そこで、この問題に関連しましてちょっと基本的なことをお伺いしておきたいと思うんですけれども、この平和基金の問題にしてもしかりなんですが、例えば、先ほどお話がありましたように、これからの運用益の使途の問題についてもいろんな疑念とかそういうものを招かないように、やはりいろんなできるだけのことを明らかに示していくということがいわゆる行政の透明そして民主的な行政の運営ということにつながっていくわけなんですね。
 そこで、私はそういういわば情報の公開ということのちょっと基本的なことをお伺いしたいんですけれども、行政の情報というものは原則として公開してほしいという立場を私どもはとるわけなんです。情報の自由な流通というものは、やはり立憲民主主義の維持とか運営とかということに関しまして大変不可欠な問題なんですね。そういう意味合いにおいても、例えば昭和四十四年の最高裁の決定の中にも、「報道機関の報道は民主主義社会において国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するものである。」ということが示されているわけなんです。つまり、これは民主主義社会にとって、いわば国民の知る権利というのは民主主義社会と不可欠のものであるということを示したものである、こういうふうに私は受けとっているわけなんです。
 そこで、総務庁としてはこの民主主義というものと国民の知る権利、いろんな意味において今の問題にもすべて関連するんですけれども、民主主義ということと国民の知る権利ということにつきまして御見解をまずお伺いしておきたいと思うんですけれども、長官いかがでしょうか。
#310
○国務大臣(佐々木満君) 行政の情報の公開ということは、おっしゃいますとおり、やはり民主的な行政を進める点から見ても、あるいは行政に対する国民の信頼を得るという点から見ましても、これはできるだけ公開すべきものだ、私はこう思っております。そんなことで、政府におきましては行政関係の文書の閲覧の窓口というのを設けておりまして、そこで行政に関する情報をごらんいただく、こういうようなことをやっておりますが、ここ十年間でこの窓口の数も七百七十六、公開というか、閲覧に供する文書、これも三十七万件ですか、過去十年間で約十七倍ぐらい。そういうことで拡大をしてきておるわけでございまして、これからもひとつそういうことでなるべく行政情報は公開していく、こういうことで積極的に対処してまいりたい、こう思っております。
 知る権利につきましては、これはいろいろ考え方があるだろうと思うんですけれども、やはりこの民主主義社会、日本の国づくりの面で一番大事な私は考え方だと、こういうふうに思っておりまして、それを保障していく、こういうことでなければならない、こう思っております。
#311
○磯村修君 先ほども質問があった中に、小松基地周辺の騒音公害の話がございましたですね。それも、十年ほど前に調査が行われた、しかしその結果というものは公表されていないというふうなお話のようだったんですけれども、やはりこういうふうに国民生活に直接かかわっている問題をすぐに地域の住民なりが受けとって、そしてそれへの対応とか、いかに自分が行動すべきかとか、そういうことにつながってくるわけなんです。どうして国はそういう十年も前に行ったものを外に出したがらないのか。出すべきじゃないか、何のために調査を行っているんだ、こういうふうに私は思うわけなんです。
 一口で言えば、人間の行動というものは知ることから始まるわけなんです。知らなければ何の判断もできなければ行動も起こせないわけです。そういう意味合いにおいて、民主主義社会の中においてはこの知るということは大変重要なことなんであって、その辺から考えても、国の施策の中の情報公開という面においては大変立ちおくれているんじゃないか、こういうふうに思うわけなんです。
 例えば、総務庁は五十九年の三月から研究会をつくりまして、それぞれの専門の学者の方のいろいろな御意見を承って、そして去年の秋には中間的整理というものをまとめているわけですね。それでもこれはもう年数からいったら七、八年たっているわけです。確かに、行政情報というものを一般に公開するということは難しい面もあるということは私どもも承知しております。それでも、やはり前向きの姿勢というものとか施策というものを展開するところに私は国民の声があると思うんですけれども、この情報公開の総務庁がこれまで行ってまいりました研究会等あるいは中間的整理というものを踏まえてのこれからの姿勢というものをまず長官からお伺いしたいんです。
#312
○国務大臣(佐々木満君) 先ほども申し上げたことでございますけれども、やはり基本的には行政情報というのは公開する、こういうことで私は進むべきものだと思います。また、具体の問題につきまして今も御指摘ございましたけれども、それはいろいろ関係省庁で事情があってそうなっているだろうと思いますけれども、私はできる限り公開する、こういうことで取り組むべきだ、こう思っております。
 それから、今お話がございましたのは、恐らく情報公開法というものに関連をしたお話ではないかなと推測するのでございますけれども、これにつきましては、お話しのとおり、研究会を設けさせていただきまして、学者の専門家の先生方でいろいろ御検討いただきました。その中間報告もちょうだいいたしました。これを拝見しますと、法律をつくって情報公開をきちっとするというのには、私はその方向へ向かうべきだと思いますけれども、その前にクリアすべき課題というのがやっぱりある、それをクリアしなきゃならぬだろう、こう思っております。
 その一つは、さっきの話とも関連しますけれども、公開の基準、国家にしろ外交にしろ防衛にしろ、あるいは企業、個人でも秘密というのがあるわけでありますから、この公開の基準をどう定めるかというのが一つあろうと思います。
 それからもう一つは、それに関連をして大変大事なのは、救済制度をどう仕組むか。結局争いになってきますと、それは公開すべき文書なのか公開すべき文書ではないのか、基準から見てどうなのか、こういう争いになってきますと、裁判官がその文書を見てもらわなきゃならぬわけであります。それを秘密のうちで見てもらうことが必要なわけでございますけれども、日本の裁判は公開でございますから、そういうことは日本の裁判制度、憲法との関係でクリアしなければならない。例えば、フランスなんかではそういう場合には行政裁判ということをやっているようでございますけれども、日本の憲法では行政裁判所というのは認められない。そういう救済制度をどうするか、こういう点もあろうと思います。
 その他いろんな点が指摘されておりますけれども、そういう点をひとつクリアして、それから法律をつくって仕組むべきものであろう。そのためには、今すぐに情報公開法をつくる段階にまではまだ残念ながら至っておらない、こういうことでございますので御了解をいただきたいと思います。
#313
○磯村修君 今の長官のお話をお伺いしておりまして、やはりいろんな問題があるにしましても、これはそれなりのまた考えもあるわけなんです。
 それは後日またお伺いするといたしまして、最後に一つ特に基本的なことをお伺いしておきたいんですけれども、知る権利の保障というのはやはり憲法上の大変な要請でもあるわけですね。いろんな憲法の説を見ますと、二十一条にその根拠を求めているというのがどうも通説になってきているようでございます。
 情報の流通と申しましょうか、そういう情報の流通、つまり情報を収集し、そして国民がこれを受領するというのがいわば知る権利ということになるわけでしょうけれども、かつての委員会の中でも論議があったようですけれども、五十六年三月十日の参議院の予算委員会で当時の法制局長官が、知る権利については憲法第二十一条の保障しているところの表現の自由にかかわることでもあるから、当然尊重さるべきものであるという考えを述べられているわけなんです。そういう意味合いにおいても、我々の生活というのは、国民生活というものはまず情報の公開ということから十分に考えていく必要がある。それをやはり知る権利、これをできるだけ早く国としても一つの施策の中で具体的に実施してもらいたい、こういうのが多くの人々の願いではなかろうかと思うんです。
 そこで最後に、表現の自由と表裏一体のようにも受けとられるこの知る権利というものについて、総務庁の御見解というものをここで確めておきたいんです。
#314
○政府委員(増島俊之君) 先ほど長官の方から御説明がありました情報公開問題研究会での御議論の中でも、このいわゆる知る権利に関連しまして幾つかの論点といいますか、出されたわけでございますけれども、この行政情報の開示請求権につきましては憲法上明文規定はないわけですが、表現の自由の保障が、先ほど先生がおっしゃいましたように、自由な情報流通の確保というものを保障していると考えれば、請求権的なものも表現の自由の一環として含まれる、そういう考え方が一つ出されております。
 この考え方といいますのは、行政情報の開示請求権といいますものが、このいわば表現の自由の中核であります言いたいことを言う自由というものに対して手段的補完的な意味を持つものであるというそういう考え方であると思います。ただ、言いたいことを言う自由と同一の具体的権利であるというわけではなくて、具体的な立法による定めを待って初めて具体化される権利である、そういう意味で抽象的な権利である、そういうお考えでございます。
 一方、表現の自由の保障といいますものは、言いたいことを言う自由、あるいは公表された表現を受け取る自由の保障ということであって、広く解しても表現行為のための取材の自由までが保障の限度である、そういうお考え。あるいはまた、行政情報の開示請求権のような請求権的なもの、そういうものは含まれない、あるいは開示請求権の根拠は憲法に求めるとしても、どういう措置を講ずるかについては、憲法上一義的に定まっているわけではなくて、広く立法政策にゆだねられている、そういうお考え。研究会でもやはりいろいろなお考えが、いわゆる知る権利とそれから憲法二十一条との関係については議論をされたということでございます。
 そういうお考え方というものを、あるいは議論の動向といいますものを参考としながら、総務庁としてもこの情報公開の制度化問題について検討を進めていかなければならない、そういうふうに考えております。
#315
○磯村修君 最後に一つ確認したいんですけれども、長官、こういう公開制度というものを近い将来、とにかくもう七年間、八年間勉強してきているという経緯もあるわけですので、将来展望としてこの制度を近い将来はつくってみようというお考えはございますか。
#316
○国務大臣(佐々木満君) 私は、先ほどから申し上げておりますとおり、できるだけそういうものを早くつくりたい、こう考えて対処しているわけでございます。ただ、いろいろ検討してみますと、先ほど申し上げたようにいろんな問題点があるわけでございまして、これをまずクリアしなければならない、どういうことでございますので、ひとつ鋭意取り組んでまいりたい、こう思っておりますので、御理解をいただきたいと思います。
#317
○磯村修君 終わります。
#318
○委員長(井上孝君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#319
○委員長(井上孝君) 御異議ないと認めます。
 これより討論に入ります。
 御意見のある方は賛否を明らかにしてお述べ願います。――別に御発言もないようですから、これより直ちに採決に入ります。
 恩給法等の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#320
○委員長(井上孝君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 小川君から発言を求められておりますので、これを許します。小川仁一君。
#321
○小川仁一君 私は、ただいま可決されました恩給法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、日本社会党・護憲共同、日本共産党、公明党・国民会議、連合参議院及び民社党・スポーツ・国民連合の各派共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    恩給法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府は、次の事項について速やかに善処すべきである。
 一 恩給年額の改定については、国家補償としての恩給の性格、恩給受給者の高齢化等に配意し、今後とも現職公務員の給与水準との均衡を維持するよう努めること。
 一 恩給の改定実施時期については、現職公務員の給与との遅れをなくすよう特段の配慮をすること。
 一 恩給の最低保障額については、引き続きその引上げ等を図るとともに扶助料については、さらに給付水準の実質的向上を図ること。
 一 恩給受給者に対する老齢福祉年金の支給制限を撤廃すること。
 一 外国特殊法人及び外国特殊機関の未指定分の件について、速やかに再検討を加え適切な措置を講ずること。
 一 戦地勤務に服した旧日赤救護看護婦及び旧陸海軍従軍看護婦に対する慰労給付金の増額について適切な措置をとること。
 一 恩給欠格者等の処遇について検討の上、適切な措置を講ずるよう努めること。
  右決議する。
 以上でございます。
 何とぞ、委員各位の御賛同をお願いいたします。
#322
○委員長(井上孝君) ただいま小川君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#323
○委員長(井上孝君) 全会一致と認めます。よって、小川君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、佐々木総務庁長官から発言を求められておりますので、この際、これを許します。佐々木総務庁長官。
#324
○国務大臣(佐々木満君) ただいまの附帯決議につきましては、今後慎重に検討してまいりたいと思います。
#325
○委員長(井上孝君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#326
○委員長(井上孝君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ─────────────
#327
○委員長(井上孝君) 次に、運輸省設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。村岡運輸大臣。
#328
○国務大臣(村岡兼造君) 運輸大臣を拝命いたしました村岡でございます。委員各位の御指導、御協力をよろしくお願い申し上げます。
 ただいま議題となりました運輸省設置法の一部を改正する法律案の提案理由につきまして御説明を申し上げます。
 二十一世紀も間近となった今日、世界の経済社会は従来の枠組みを超えて大きな変化を遂げつつありますが、我が国としても、このように激動する国際社会の中にあって、我が国経済社会の国際化をさらに促進し、より一層世界に開かれた経済社会を実現するとともに、相互依存関係を深める国際社会において我が国が積極的な貢献を果たしていくことが重要な課題となっております。
 旅客交通及び貨物流通にわたる国際輸送ネットワークを着実に整備し、我が国をめぐる国際交流の一層の促進を図っていくことは、このような課題に対処していくための基盤をなすものであり、かかる見地から、我が国を取り巻く国際情勢の推移等を的確に踏まえつつ、関連する運輸行政を強力に推進していくことが必要とされております。
 同時に、運輸行政の分野におきましても、我が国の国際化の進展に対応して、従来にも増して国際社会との調和のとれた行政運営を行っていくことが重要とされるとともに、所管行政に関する国際協力の一層の拡充を図っていくことが強く求められるに至っております。
 特に最近におきましては、我が国の国際空港の整備を踏まえた主要国との国際航空路線をめぐる航空交渉への積極的な対応、国際的な海運秩序の確立のための先進国海運閣僚会議等への的確な対応、エネルギー資源等重要物資の海上輸送の安全確保に関する関係国との調整、国際交流の促進のための各種施策の展開等運輸行政として強力に取り組むべき課題が山積しております。さらに、ガット・サービス国際取引自由化交渉、OECDにおける造船助成削減問題、空港、港湾等の大型公共事業への外国企業参入問題、米国、EC等主要国との二国間協議等の運輸分野での国際的な政策協調、アジア・太平洋経済協力閣僚会議への積極的対応等運輸行政の各般にわたりこれを取り巻く国際問題は、ますます高度化、多様化いたしております。
 このような状況に適切に対処し、高級事務レベルでの国際問題の的確な処理を図るとともに総合的な国際運輸行政を強力に推進する体制を整備するためには、事務次官に準じてこれらの運輸行政にかかわる国際関係事務を処理する職が必要不可欠であります。
 このため、運輸省の所管行政に関する重要な政策の企画立案及び実施に関する事務を総括整理する運輸審議官を設置することとし、この法律案を提出した次第であります。
 なお、運輸省においては、運輸行政を取り巻く状況の変化に即応して運輸行政の総合化と効率化を積極的に推進するため、本年七月一日に内部部局の再編成を行い、その一環として運輸審議官を設置するとともに、運輸政策局への政策推進機能の集中、鉄道局の設置による鉄道行政の一元化等を実施いたしたいと考えております。
 以上が、この法律案を提案する理由であります。
 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
#329
○委員長(井上孝君) 以上で趣旨説明の聴取は終
わりました。
 本案に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十四分散会
ソース: 国立国会図書館
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