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1990/05/25 第118回国会 参議院 参議院会議録情報 第118回国会 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号
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1990/05/25 第118回国会 参議院

参議院会議録情報 第118回国会 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号

#1
第118回国会 産業・資源エネルギーに関する調査会 第5号
平成二年五月二十五日(金曜日)
   午後一時一分開会
    ─────────────
   委員の異動
 五月二十四日
    辞任         補欠選任
     古川太三郎君     粟森  喬君
 五月二十五日
    辞任         補欠選任
     粟森  喬君     古川太三郎君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    会 長         田  英夫君
    理 事
                大木  浩君
                中曽根弘文君
                及川 一夫君
                白浜 一良君
                高崎 裕子君
                足立 良平君
    委 員
                狩野 明男君
                川原新次郎君
                田辺 哲夫君
                永田 良雄君
                向山 一人君
                本村 和喜君
                対馬 孝且君
                西岡瑠璃子君
                西野 康雄君
                浜本 万三君
                中野 鉄造君
                粟森  喬君
                星野 朋市君
   事務局側
       第三特別調査室
       長        大平 芳弘君
   参考人
       日本コダック株
       式会社代表取締
       役社長      澤田 卓也君
       ワーナー・ラン
       バート株式会社
       専務取締役    斎藤  豊君
       日本アイ・ビー・
       エム株式会社常
       務取締役     竹中  誉君
       ボルボ・ジャパ
       ン株式会社上級
       副社長      山岡 国秀君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○産業・資源エネルギーに関する調査
 (我が国流通構造の直面する課題と対応に関する件)
○理事補欠選任の件
    ─────────────
#2
○会長(田英夫君) ただいまから産業・資源エネルギーに関する調査会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨二十四日、古川太三郎君が委員を辞任され、その補欠として粟森喬君が選任されました。
    ─────────────
#3
○会長(田英夫君) 産業・資源エネルギーに関する調査を議題とし、我が国流通構造の直面する課題と対応に関する件のうち、外資系企業から見た我が国流通市場の諸問題等について、参考人から意見を聴取いたします。
 本日は、お手元に配付の参考人名簿のとおり、日本コダック株式会社代表取締役社長澤田卓也君、ワーナー・ランバート株式会社専務取締役斎藤豊君、日本アイ・ビー・エム株式会社常務取締役竹中誉君並びにボルボ・ジャパン株式会社上級副社長山岡国秀君に御出席をいただいております。
 この際、参考人に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきまして、まことにありがとうございます。
 参考人の皆様方から、外資系企業から見た我が国流通市場の諸問題等について忌憚のない御意見をお述べいただき、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。
 議事の進め方といたしましては、皆様方からそれぞれ二十分程度御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、澤田参考人からお願いいたします。
#4
○参考人(澤田卓也君) 私は、ただいま御紹介にあずかりました日本コダック株式会社の澤田であります。
 ただいまより意見陳述をさせていただきますが、お手元に差し上げましたレジュメに従って進めたいと思います。
 まず第一に、イーストマン・コダック社、以後コダック社と略します、及び同社の日本における歴史、二、コダック社及び同社の日本における組織、三、日本におけるコダック社の戦略目的について、四、過去における日本市場参入に際して経験した問題点、五、マーケティングにおける現在のコダック社関連の問題点の順序で申し上げたいと思います。
 まず、イーストマン・コダック社は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ロチェスター市において、今よりちょうど百十年前の一八八〇年に、写真用フィルムの発明者であるジョージ・イーストマン氏によって設立された会社であります。レジュメにありますとおり、基本的な経営理念として、一、低コストによる量産、二、製品サービスの国際的な流通、三、大規模な広告宣伝、四、顧客の要求の発掘と充足を掲げております。また、写真関連技術のパイオニア役を果たしてまいっております。
 一方、雇用におきましては、古くより従業員持ち株制度、退職年金その他を設け、多くの社員が終身雇用であり、また親子代々の勤務者が相当あるなど米国企業としてはユニークな、日本的な雇用に似た雇用の特徴を有する面もございます。
 一般に知られておりますとおり、本来写真用フィルムのメーカーでありますが、その後関連商品の開発、またいわゆる川上川下戦略あるいは企業買収によりまして、現在当社の事業は次の四分野に分類されております。
 一、映像部門。これは本業でありますアマチュア用、プロフェッショナル用、映画用の写真用フィルムを初め、印画紙、薬品、カメラ、現像機などの関連商品の分野であります。
 二番目に情報部門。これは印刷製版用フィルム及び関連機器、事務用マイクロフィルム及び事務機器、コピー機などであります。
 三、医療分野。これはレントゲンフィルムなど医療診断用のフィルム、現像機などの関連機器、血液分析装置及び三年前買収を行いましたスターリング・ドラッグ社のアスピリンなどの医薬品の分野であります。
 四、化学分野。これはフィルムのベースに必要であったセルロース、ポリエステルなどの製造に始まって、一般石油化学製品のメーカーとしてテネシー州にイーストマン・ケミカル社の名称でケミカル部門を有しております。
 以上申し上げましたとおり、当社はある程度の多角経営を行っております。
 次に、日本におけるコダック社の歴史を申し上げますと、既に百年前に数社を相手に輸入が行わ
れた記録が残っておりますが、大規模なべースといたしましては、一九二二年、すなわち大正十一年、長瀬産業が映画用フィルムの輸入を開始したのが初めであり、その後日本法人も設立され、以後映画用フィルムの輸入が継続して行われておりましたが、一九四一年、昭和十六年、太平洋戦争の勃発のため輸入は中断いたしました。戦後は写真はぜいたく品とみなされ、外貨不足によってほとんど輸入禁止になっておりましたが、GHQ及び日本政府の映画産業振興策により映画用フィルムが輸入され、また日本の輸出用商品の説明書、すなわちパンフレット作成のために、良質のパンフレット作成のための感光製品として印刷用フィルムが輸入されておりました。外貨枠をとることができ、輸入が一部行われていた次第でございます。しかし、アマチュア用カラーフィルムは輸出の増加に貢献するものではなく、日本への輸入は極度に抑制されておりました。
 一九六〇年ごろより、来るべき自由化に備え、長瀬産業及び楠田事務機、長瀬産業は主として一般写真用商品、楠田事務機は事務用商品、この二社を輸入代理店に指定し、その後輸入自由化、輸入関税軽減などにより次第に日本において販売を伸ばしてまいりました。
 その後、一九八四年に当社の日本に対する政策は大幅に変更がございました。そして日本を最重点地域に指定し、多くの具体的な変更が行われました。
 一つは地域指定であります。それ以前はコダック社は世界を四つの市場に分けておりました。それは一、アメリカ・カナダ事業部、二、ラテンアメリカ事業部、これは中南米でございます。三、ヨーロッパ事業部、四、アジア・アフリカ・大洋州事業部に分けて運営されておりました。日本は第四のアジア・アフリカ・大洋州事業部に属しておりましたが、一九八四年に新しく日本事業部を設立し、重視の姿勢を明らかにしております。また、一九八六年東京証券取引所第一部に株式上場を行い、また一九八八年横浜市港北区に研究開発センターを設立し、約百人の技術者が研究開発を行い、また現在茨城県守谷市に中央サービスセンター、これは主として流通加工その他の施設でございますが、これを建設中であります。また、日本コダック工業株式会社を設立して、フィルム加工を開始しております。
 上記変更以外に最も大きな変更といたしましては、マーケティング組織の変更であります。以前の代理店制度を改め、全部あるいは過半数株式所有によるマーケティング会社を設立してマーケティング、販売を開始いたしました。
 その内容はお手元のレジュメの第一ページ、真ん中から少し下でございますが、EK社、これはイーストマン・コダック社、及びEKの日本における組織でございます。(a)から(f)まであります。そのうちの(b)、(c)、(d)、この三つがマーケティング会社でございまして、第一に(b)の日本コダック株式会社、これは私が属している会社でございますが、EK社の代表的製品である感光材料を初めとする映像情報関連機材の販売を中心としたマーケティング活動を行っております。資本金は五十億円でございます。二番目に(c)の株式会社コダック情報システムズ、これはマイクロフィルム、コピーなど事務機器関連製品の販売を中心としたマーケティング活動を行っております。資本金は九億五千万円でございます。それから(d)のコダック・イマジカ株式会社、これは日本における写真製品の現像処理事業を行っております。資本金四十億円。この三社が相次いで設立されたわけでございます。こういう体制のもとに日本における当社の業績は徐々に向上しておるわけでございます。
 次に、日本におきます当社の戦略目的でございますけれども、お手元のレジュメの第二ページ目をごらんいただきたいと思います。そこに、EK社はトランスナショナルカンパニーを目指している、その中で日本は最重要国として位置づけられており、このような認識から生ずる対日戦略は以下のようであります。(a)販売の拡大。EK社は、日本が米国に次ぐ大市場であることを認識し、対日戦略の強化を通じて同市場に対する最大限の参加を目指す。(b)競合会社に対する戦略。グローバルに見ると、EK社の主要競合他社は日本を本拠地としており、項目(a)により主要競合他社に影響を与えることが必要だと認識しております。(c)研究開発活動。日本で進展している技術革新がEK社のビジネスに大きなインパクトを与えることを認識し、日本における最先端の技術分野での研究開発活動を開始することを決断した。これは主にエレクトロニクス分野でございます。
 以上のとおりでございまして、今までのいわゆるインターナショナルカンパニー、すなわち本社の所在する国で生産し、研究し、多くの国へ輸出あるいは単なる投資によって他国に進出するというのではなく、各国にそれぞれ根をおろして各国の特性を生かした企業を有し、研究開発、生産、マーケティングなどを行い、各国企業間で密接に連絡、協力するような仕組みになっております。ここではトランスナショナルカンパニーというような表現をしております。そのような方向を目指しておるわけでございます。
 次に、過去における日本市場参入に際しまして経験した問題点について申し上げます。
 御承知のように、写真用フィルムには映画用、製版用、レントゲン用など各種のフィルムがございますが、一般の方々に最もなじみ深く、また最も代表的なカラーネガロールフィルムについて代表例として申し上げます。
 先ほど申し上げましたように、終戦後カラーネガフィルムはぜいたく品とみなされ、特別な場合を除いて輸入許可割り当てを得ることは困難でありました。その後割り当ては徐々に多くなり、一九七一年、すなわち昭和四十六年ごろより実質的に自由化されたものであり、今日に至っております。そこのレジュメには、二ページの真ん中、(b)の輸入割り当ての項目の一番下に一九七三年一月一日となっておりますが、これは誤りでございまして一九七一年でございます。大変失礼いたしました。
 輸入関税は、終戦後より一九六三年、すなわち昭和三十八年まで従価税三〇%であったのでありますが、一九六四年、昭和三十九年に四〇%に引き上げられ、以後一九七一年、すなわち昭和四十六年まで八年間続きました。その後、一九七一年、昭和四十六年に二六%に引き下げられ、年々さらに順次引き下げが行われ、一九八一年、昭和五十六年には九・三%、一九九〇年、本年四月にはゼロとなりました。当社としてはこの措置に深く感謝をしている次第でございます。
 一方、写真の白黒プリントからカラープリントへの移行は、一九六三年、昭和三十八年ごろより急速に進み、一九七〇年代の前半までに白黒写真よりカラー写真にほとんど移行し終えました。この間に、カラー化の急速な進行の時期に存在しました輸入許可割り当て制及び四〇%の関税、実はこちらの方が影響が大きいのですが、これは日本市場において当社の商品の輸入、販売の拡大に障害となり、国産対抗会社はその間に販売網の充実、また特にカラープリント販売に必要とされているカラーラボ、これは現像所でありますが、カラーラボの整備を終えて優位に立ちました。当社ではその後関税の引き下げに伴いシェア拡大を目指して努力を続けておりますが、当社はタイミングを逸し、困難な状況にあり、国産対抗会社は優位性をなお保っており、当社のマーケットシェアは現在まだ一〇%程度であります。
 以上、代表例としてカラーネガフィルムについて申し上げましたが、その他のフィルムについても程度の差こそあれ、ほぼ同様な状況であったのであります。
 次に、現在の問題点でありますが、従来存在しておりました法的な制約は各方面の方々の御努力によりまして現在ほとんど存在しなくなっているのではないかと考えております。一、二の例外的なものとしてありますのは、レントゲンフィルムの新製品を販売するに当たり、薬事法による許可が必要であり、それに要する期間が以前は数カ月
であったのでありますが、米国におきましては許可制でなく届け出制になっており、ユーザーに新製品が早く届き、ユーザーのメリットとなっております。最近は各方面の御努力で許可は二カ月程度に短縮されております。また、レントゲンフィルムの品質の試験に対する記録は、国内メーカーにあっては実際的に製造時のデータを用いることができますが、輸入品は製造時ではなく輸入時のデータが求められており、このテストに多くの手数を要し、輸入品のハンディキャップとなっております。
 また、不当景品類及び不当表示防止法による景品の制限につきまして、当社は景品による販売促進を企画したのでありますが、米国では可能であることが日本におきましては上記法律の運用によって不可能であったという経験を有しております。ここ一、二日の間に緩和の方向に向かっているというニュースを聞いて喜んでいる次第でございます。
 以上のとおりでございまして、さきに申し上げましたとおり、以前に比べ法的制約は現在ほとんどなくなっておると言えます。
 次に構造的な点でございますけれども、欧米諸国に比べまして日本におきましては慣習的に売り掛け代金の回収に多くの人手、時間、費用を要し、大都会における特定日の交通渋滞の原因にもなっております。また、これも慣習的に、実際の使用目的に不必要な過剰品質が求められている場合がございます。さらに、流通経路は一般に日本では長く、さらに我々の業界では系列化が進んでおりまして、新規参入に困難を伴うことを経験しております。当社ではこのチャンネルの短縮に努力を行っております。
 殊に、アマチュア用フィルムにおきましては、日本においては小売店ルートが五六%、デパートディスカウントショップが一五%、スーパーマーケット、コンビニエンスストアが一二%、その他一七%となっております。一方米国におきましては、小売店は一〇%以下であり、デパート、ディスカウントショップが五〇%以上を占めており、スーパーマーケットがこれに続いております。当社といたしましては、大規模店舗の増加が販売増加の可能性を含むものと考えております。
 以上をもちまして私の意見陳述を終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。
#5
○会長(田英夫君) どうもありがとうございました。
 次に、斎藤参考人にお願いをいたします。
#6
○参考人(斎藤豊君) ワーナー・ランバート株式会社の専務をしております斎藤豊でございます。
 本日は、このような機会を与えられましたことを本当に光栄と思っております。私は、過去三十年間一貫いたしましていわゆる外資系、主にマーケティング畑を歩いてきた者でございますけれども、本日はそういった立場から、つまり実務家の立場から率直な感想を述べさせていただきたい、こういうふうに思っております。
 初めに私どもの本社の紹介をさせていただきますと、ワーナー・ランバート・カンパニー、これはアメリカのニュージャージー州に本社を置く会社でございまして、約百年の歴史を持っておる会社でございます。昨年、幸いにも許されまして東証の第一部に上場をしてございます。現在約百カ国余の市場で商売をしておりまして、世界的には約三万人の従業員を持っております。売上高は米ドルでフォー・ビリオン・ドル、日本円で本日の換算レートで計算いたしますと約六千億円になろうかと思います。
 かつては、いわゆる多角化された企業でございましたけれども、その後、過去十年間、いわゆるリストラクチャリングということが米国では一つの傾向であったわけでございますが、そういったことで企業内容をかなり特化いたしまして、現在、大きく言いますと二つの分野で事業を展開しております。一つは薬品の分野でございますし、もう一つは私どもがパッケージドグッズと呼んでおりますけれども、きょうはちょっと英語が時々出るのはお許しいただきたいと思いますが、いわゆるスーパーマーケット等で消費者向けに手にとれるような箱に入ったもの、そういったものでございます。そういった一般消費者商品と先ほど申しました薬関係と、この二本に大きく分けられようかと思います。
 次に日本の会社の紹介に移らせていただきたいと思います。
 ワーナー・ランバート株式会社、若干の関連会社を持っておりますけれども、現在従業員約六百名でございまして、日本で約三十年の歴史を持っておる企業でございます。現在、売上高が約四百億円となっております。
 その事業内容は七つの事業部門に分かれております。第一の事業部門は医家向けの薬の部門でございまして、日本では三共株式会社さんと提携関係にございます。
 二番目には、これはお薬をお買い求めになりますとカプセルに入っておりますけれども、そのゼラチンカプセルの製造をいたしまして製薬会社さんに私どもこれは直接お納めする、こういう部門が第二の部門でございます。
 第三の部門といたしまして大衆薬、まあ一般大衆薬といいましょうか、いわゆる薬店で販売する商品でございますけれども、私どもは現在主に小林製薬さんとの提携関係の中で事業を展開しておるわけでございます。
 第四以降が一般消費者財でございますけれども、その第四番目がかみそりのシックでございます。現在は服部セイコーさんが総代理店としてこの販売に当たってくださっております。
 第五の部門は、アダムスというブランドでくくっておりますけれども、チューインガム、キャンデーといった商品でございます。これはトライデントとか約二十ブランドほど持っておりますけれども、多分先生方は御存じないんではないかと思いますが、お子様、お孫様方は多分よく御存じの商品群の分野でございます。製造部門は、チューインガムに関しましては名古屋の名糖産業さんとジョイントベンチャーをつくりまして製造しておりますし、販売は一部を三菱商事さんを通して販売をする形をとっております。
 第六の部門はトイレタリー部門と申しましょうか、最近はやってきておりますが、洗口剤リステリン、まあ口臭を消したり歯肉炎とか歯垢とかそういった方にも実は効く商品なんでございますけれども、そういったものの分野でございます。歯ブラシなども扱っております。
 最後の部門がテトラという部門でございます。これは熱帯魚のえさの部門でございまして、ドイツから輸入して販売をしております。
 という七つの部門でございますけれども、大ざっぱに言いますと非常に成功している部門といまだ成功にやや遠しという部門に分かれるわけでございます。
 成功部門からくくってまいりますと、シックのかみそりは現在ウエットシェービングと申しましょうか、そういったものでは七〇%のシェアになっております。それから菓子部門でございますが、これは現在関東地区を中心に、また静岡、中京地区にもごく最近進出いたしましたけれども、現在関東地区ではチューインガムで第二位、約二〇%のシェアというような感じでございまして、私どもとしては成功してきたなと、こういうふうに評価をしております。洗口剤にリステリンというものがございますが、発売後五年ほどたっておりますけれども、現在四〇%ほどの第一位のシェアでございまして、これもまあ成功ということでございましょうか。テトラ、熱帯魚のえさの部門ですが、これは特殊な市場ということもございまして八〇%ほどのシェアになっておるわけでございます。それから、先ほども御紹介いたしましたゼラチンカプセルの業界、これはメーカーも少のうございまして、現在二社で五〇%ぐらいずつのシェアを分け合っておる、こんな部門でございます。
 以上で、私どもの企業の御紹介を終わりまして、きょうは私どもの苦労話をせいというふうな御下
命があったかと思いまして、率直なところを幾つかの例を引かさせていただいて申し述べたい、このように思います。
 まず第一は、アダムスのお菓子の部門でございます。一九六一年、約三十年ほど前に企業活動を開始したわけでございますけれども、当初の二十年ほど非常に苦労をいたしました。ほとんど利益を上げることなく、欠損を重ねるのみというような時代があったわけでございますけれども、その苦労の原点は何といいましても、本日のテーマだと存じますが流通問題、つまり配荷が小売店まで行かないということに尽きようかと思います。一〇%ぐらいのお店にしか配荷がなかなか行かない。そうしますと、広告を打っても広告は空打ちになりますし、利益も上がらない、したがって売れなくなるということで、いわば悪循環が続いてきたわけでございます。これは多くのこういう消費者財の外資系で共通の問題ではないかと私は理解しておりますけれども、そういった中で私どもとしてはもう一回全部やり直そうということで、全国に展開していた商売を関東に集中いたしまして、関東地区の小売店さん一軒一軒を私どもの社員が訪問して商品を紹介し置いてもらう、ただし既存の問屋さんのルートでとっていただくというようなふうに流通の戦略を変更してきたわけでございます。
 そういったことで、十年前と今とを比較いたしますと、配荷率がかって一〇%ほどであったものが現在ほぼ一〇〇%になっております。それから、日本の流通特有の返品というものがございます。日本では小売店さん、卸売店さんが言うなれば勝手にメーカーに返品をすることが普通な企業状態でございますけれども、そういったものがかっては二、三〇%あったものが現在は一%を割る状態でございますし、市場占拠率ではかって二、三%であったものが現在二〇%というようなふうになってきておるわけでございます。
 そういった中で、もう一つの問題点は広告表現の問題でございました。お断り申し上げますが、この点は現在かなり様子は変わってきておる、自由になってきておるということを申し上げたいと思いますけれども、例えば私どもの一つの主力商品にシュガーレスのガムがございます。砂糖を使っていないガムでございまして、アメリカでは、私どもの広告表現は、五人の歯医者さんのうち四人の歯医者さんはこのガムを患者さんに推奨いたします、このチューインガムは虫歯を助長いたしませんというような広告をしておるわけでございますが、こういった広告表現はなかなか日本では認められないという時代がございました。
 それから、もう一つはいわゆる競争規制の問題でございますけれども、例えばいろいろなセールスプロモーション活動あるいはサンプリング活動、こういったものに対して、業界の持っております公正取引規約の中でなかなか自由に競争ができないというようなところが私どもの苦労でございました。こういった点は、その後業界の中でもここ数年かなり取り入れられてきておりまして、緩和の方向にあるというふうに御報告できようかと思います。
 もう一つの問題は輸入関税の問題になろうかと思いますが、現在シュガーレスガムは五%に下がってきておりますけれども、砂糖入りのチューインガムは現在三〇%、砂糖入りのキャンデーは三五%ということでございまして、ここら辺、私ども海外から物を持ってくることを困難にしておるポイントの一つでございます。
 次に、シックについてお話しさせていただきますと、シックは現在非常に成功しております。とはいうものの、新製品等を発売するときにやはりなかなか配荷がうまくいかないというところが現状でございます。欧米市場ですと、新製品を発売いたしますと、大体数週間からせめて長くても数カ月で七、八〇%の配荷率には容易に達するわけでございますけれども、日本では七、八〇%に持っていくために一年あるいは二年かかるというようなところが現状かなと、こういうふうに思っております。
 また、一つ私どもがアメリカ等々でよくやっておりまして成功しておりますのは、かみそりのホルダーを消費者の方に差し上げて、それで気に入っていただければかえ刃を買っていただく、こういうかえ刃にホルダー、これがおまけでついておりますよと、こういうようなことをやるわけでございますけれども、ここら辺も今、べたづき一〇%規制ということでちょっと疑問が出されておるようなところでございます。この点も若干最近緩和されてきたかなという感触は得ておりますが、まだ完全に解決されてはいないというふうに理解をしております。
 リステリン部門でございますけれども、リステリン、こういうトイレタリー部門を出すときに、私どもは今までの総代理店制を改めて流通を短くしたいという試みをいたしました。現在、私どもから直接問屋さんにお売りし、問屋さんから小売店さんに行く、こういうルートを私どもとしては初めて採用したわけでございますが、これは成功をしております。戦略としては、その場合に私どもは少数の方にのみお願いをする少数代理店制をとりまして、代理店の方々の利益率確保、やる気を持っていただくというような、そういったところを現在ねらってやっておるわけでございますけれども、リステリン部門で一つ私どもが今苦労をしておりますのは、アメリカでは、リステリンは雑菌を殺す効能を持っておりまして、したがって歯垢を減らす、それから歯肉炎を予防するということが言えようかと思います。そういったことでまた口臭を消すというような効果を持っておるわけでございますけれども、そのような広告表現をするためには医薬部外品の申請をしなければなりませんが、前例がないために非常にその許可に時間をとっております。そういったことが私どもの苦労話でございます。
 第三に、日本の流通市場のあり方についてさらに改善を求めたい事項ということでございますが、私どもとしては、ぜひ大型店の出店がより現実的に自由化されていく方向が望ましいというふうに考えております。
 次に、その大型店がだんだん力が強くなってきておるわけでございますけれども、私どもの拝見するところ、どうも卸店さん、また卸店を通してメーカーへのいろいろなサービスの要請ないしは経費の移転というようなことが最近の傾向になっていることをやや心配をしております。例えば、今スーパーマーケットで商品を買いますとみんな価格のタッグがついておりますけれども、ああいうものは小売店さんがつけるのではなく、大部分卸店さんが今やっているわけでございますね。それに対する対価の支払いはないようでございますし、それからいろいろなリベートとか協賛金とか、そういったものがかなり一般的に要請されるというような傾向になってきているかなというようなことが一つの問題点かと思います。
 第二番目には、大型店が展開されていくときに、その前提として、企業に一括納入されて、それを企業の中で各店に配荷するというシステムが、最近どうも卸店から各店まで配送というようなことがかなり経費を増加するような格好になっているのではないかなと。ここら辺がやや懸念を含めまして申し上げたいと思った事項でございます
 まとめといたしまして、私は、外資系と日本国内メーカーとの間のいわゆる流通上の差別というようなことは、私どもの経験からはないということが言えようかと思います。ただ、日本の流通を理解するのにやはり時間がかかる、それから日本の流通の方々との人間関係を樹立していくのに時間がかかる、そういったところはやはり外資系にとって現実問題としては、特に新しく参入された外資系の方々、新しい分野に私どもが進出するときにも、やはり問題点としては現実にあるということは申し上げて御報告、意見の陳述を終わらせていただきたいと思います。
#7
○会長(田英夫君) どうもありがとうございました。
 次に、竹中参考人にお願いをいたします。
#8
○参考人(竹中誉君) ただいま御紹介をいただき
ました日本アイ・ビー・エムの竹中でございます。
 本日、このような席に伺わせていただきまして、先生方に日本アイ・ビー・エムの活動あるいは考え方につきましてお話をさせていただく機会をいただきましたことを大変光栄に思っております。本来でございましたら社長が参上すべきところでございますが、ただいま海外出張と重なっております。未熟ではございますが代行を務めさせていただきたいと思います。
 当調査会は大変権威のある、また長期的な展望に立った会であるというふうに伺っておりますが、私どものお話し申し上げる内容が多少とも御参考資料としてお役に立てば大変幸甚だと考えている次第でございます。
 いただきましたテーマが、外資系企業から見た我が国流通市場の諸問題等ということでございますが、私どもIBMの事業は、情報処理機器、ソフトウエア、通信機器、その他関連機器の開発、製造、販売等を通じましてお客様の問題解決のお手伝いをさせていただくということが本旨でございます。日本アイ・ビー・エムは、設立以来基本的には直販でやってまいりまして、最近になりましてパーソナルコンピューターでございますとかあるいはかなり小型の機器につきましては特約店等の御協力を得ておりますが、流通機構といたしましては一次、せいぜい二次特約店という形でございまして、流通市場の構造的な問題というのは私どもにとりましては持っておりません。また、情報産業一般といたしまして私どもの事業活動を行わせていただく上で、法的、制度的な障壁というふうなものも全く現在存在していないと考えております。そういった観点でございますので、過去五十年間日本という市場におきまして事業活動をやらせていただきました外資系の企業という観点から私どもの経験等を御披露させていただきまして、私どもの意見陳述にかえさせていただきたいと思います。
 基本的にはお手元の資料に基づきまして御紹介をさせていただきたいと思いますが、まず日本アイ・ビー・エムにつきまして御紹介をさせていただきたいと思います。
 IBMの機械が日本に一番最初に入ってまいりましたのは、一九二五年、大正十四年でございまして、当時森村組がIBMの代理店といたしまして一号機を輸入いたしまして、名古屋の日本陶器さんに納めさせていただきましたのが最初でございます。その後、黒沢商会に代理店が移りまして、一九三七年、昭和十二年の六月十七日に日本ワトソン統計機株式会社ということで、日本アイ・ビー・エムの前身でございますが、資本金五十万円、社員数約五十名で発足をいたしました。戦時中は政府の管轄下で大変細々とした活動をやってまいりましたが、戦後一九五〇年、日本アイ・ビー・エムとして再発足をいたしまして、資本金約三千万円、社員数六十六名ということで再出発をいたしました。その後、大変飛躍的な日本経済の発展、またすぐれた国家施策に基づきます情報産業の発展のおかげをもちまして、またお客様の御愛顧を得まして、今日まで大変順調な成長を続けさせていただき、現在、資本金千三百五十三億円、社員数約二万五千名、売り上げ約一兆三千億円という規模に成長させていただいたわけでございます。
 北海道から沖縄まで約百カ所強の事業所を持っておりますが、東京にあります基礎研究所、ここでは人工知能でございますとか、言葉で話しかけて言葉で返事が返ってくるコンピューターの可能性でございますとか、あるいは外国語と日本語の機械翻訳というふうなことを研究をしております。また、神奈川県大和にございます製品開発研究所、藤沢及び滋賀県野洲の工場等、基礎研究から開発、製造を含めました一貫した活動を行わせていただいております。
 また、大変情報産業の市場、お客様のニーズが高度化、複雑化してまいりまして、私どもだけではとても対応をしていけないというふうな考え方と、同時にまた、日本アイ・ビー・エムとしまして日本の市場、日本の社会により深く根差していきたいというふうな観点から、一九八〇年代に入りまして他社との連携、協力の強化を政策の一つとして打ち出しました。現在、NTTさんとの合弁会社でございますとか、東芝さん、新日鉄さん等々、日本の各社の御協力を得まして三十四社の合弁会社を設立してございます。販売店の方につきましても、現在一次特約店約二百社、全国に散らばっておりますが、日本の会社の御協力を得て事業活動を展開しておりますし、また取引先は数千社に及んでおります。役員は現在二十六名でございまして、社長は椎名武雄と申しますが、常勤役員二十六名全員日本人でございます。非常勤が三名おりまして、一名はノーベル賞の江崎博士でございますが、この三名のうちの一名がアメリカ人でございます。
 日本アイ・ビ・エムの現状及び歴史は大体そんなところでございますが、次に、多少IBM全体につきまして御紹介をさせていただきたいと思います。
 IBMは一九一四年にアメリカで設立をされまして、現在世界百三十二カ国で事業活動を行っております。売り上げの面から見ますと、米国内の売り上げと米国外の売り上げは昨年の実績で約四対六でございまして、過去は大体半々という感じでございましたが、ここ数年アメリカ内部の売り上げよりはアメリカ外の売り上げの方の伸びが高うございまして、こういった格好になっております。米国以外の国百三十一カ国の中では日本アイ・ビ・エムが最大でございまして、おかげさまをもちまして現在アメリカに次いで第二位、その後にドイツ、フランスが続いております。
 日本及びアジア地域の大変成長度の高い経済圏というところにIBMとしましても大変力を入れておりまして、IBM全体としまして現在基礎研究所を四カ所持っておりますが、アメリカに二カ所とチューリヒに一カ所、もう一カ所をこの東京に設置してございます。製品開発研究所、工場等もIBM全体の中で日本アイ・ビー・エムの占める位置というのがおかげさまで大変高くなっておりまして、日本の市場の厳しさ、また日本の産業の優秀さ、力というふうなものもおかげさまでIBM全体の中では大変よく理解をされてきたというふうに考えております。
 次に、IBMの経営につきまして、大変釈迦に説法的で、また生意気な内容になりまして恐縮でございますが、御容赦をいただきまして若干御紹介をさせていただきたいと思います。
 先ほど申し上げましたように、この百三十二カ国という大変多様な文化、言語、歴史、人種、異なった環境のもとで事業活動を展開しておりまして、なおIBMがIBMとしてのアイデンティティーを持ち続けてそれなりにそれぞれの国で成功をさせていただいている背景にあるものは何かというふうに考えますと、我田引水でございますが、私は二つあると思っております。
 一つは、世界共通の経営理念の徹底ということにあると思います。経営理念につきましては、お手元の資料にも、個人の尊重から社会への貢献というふうなことを七つ書いてございますが、この経営理念だけはどの国においても全く同じものとしてやっていこうというのが第一点でございます。
 車の両輪のもう一つの方の輪は、大幅な権限委譲ということでございまして、それぞれの国の経営はそれぞれの国の人間が行うという大原則でございます。先ほども申し上げましたように、日本アイ・ビー・エムの場合を例にとりますと、役員全員日本人でございまして、社長も日本人ということがその一つの現象でございます。理念とか社是とかというものはどこの会社にもございますし、大事にすべきものだと思うのでございますが、あえてセールストークになる危険性を無視いたしまして御紹介をさせていただきますと、私どものこの経営理念をお題目に終わらせないために、それぞれの一つ一つの理念につきましてそれを具現化していくためのシステムと仕組みというものを社内に持っておりまして、この辺が特徴といえば特徴と言えるのではないかというふうに考えるわけ
であります。
 一例としまして社会貢献という面をとりますと、毎年毎年の経営計画の中に社会貢献として利益の一%程度を使っていくということを決めまして、経営計画の中に入れてやっておりますし、また社会貢献活動担当部というものを設置いたしまして、そこの部門の役割は、いかに立派な社会貢献活動をやるかということで評価されるというふうな形をつくり、毎年毎年見直しをしながらやっていっているというふうなことでございます。最近よく国際企業のあり方としまして、シンク・グローバル・アクト・ローカルというふうなことが言われておりますけれども、この経営理念の徹底がまさにシンク・グローバルでございまして、アクト・ローカルがそれぞれの国の経営はそれぞれの国の人間がやるということをやってきているということではないかというふうに考えるわけでございます。
 日本アイ・ビー・エムが今日まで、おかげさまで創立以来現段階まで非常に順調に成功させていただいた、成長させていただいた原因というのを幾つか申し述べさせていただきますと、申し上げるまでもございませんが、日本経済の発展と情報産業の飛躍的な発展、そのパイの拡大にあずかったという、すばらしい環境であったということがまず第一点だと思います。
 第二点は、大変幸いなことに、IBMの経営理念が日本の文化、日本の経営土壌の非常に伝統的なすばらしい考え方に合致する面が大変多かったということが挙げられるだろうと思います。余り苦労をしないで、考え方、理念そのものを実行すれば、郷に入れば郷に従うというふうな形に日本でやることができたということだと思うんでございます。
 理念の中で、顧客第一主義、お客様に最善の製品サービスを提供するために努力をするんだ、そのためには何でもやるんだというふうな考え方が会社の基本方針で、しかも社内のコンセンサスとして大変受け入れられやすいというふうなこともございましたし、また会社はそれぞれの国においてよき企業市民たれという考え方によりまして日本の社会に根づいてくることができた、御信頼をお客様からまた社会からいただくことができたんじゃないかというふうに考えております。
 また、人間尊重についての考え方が日本の経営と大変よく似ておりまして、雇用保障、会社の理由で社員を首にしない、あるいは福利厚生制度を立派にやるとか、あるいは教育を十分にやる。またスカウトはやらない。スカウト人材をやるんではなくて、社内で育てて昇進をさせていくんだというふうなことでございますとか、あるいは人間というのは平等なんだからということで、全世界どこに参りましてもIBMの施設の中には役員食堂というふうなものがないとか、こういった人間尊重の考え方というのは日本の企業では当たり前のようでございますが、アメリカの企業としてはIBMだけではありませんが、大変ユニークな経営理念でございます。私どもで最近大変多くの採用をするものでございますから、私の友人なんかは、おまえのところは外資だから随分たくさんやめるからたくさん採るんだろう、こういうことをよく言われるのでございますが、大間違いでございまして、私どもの退職率は、定年退職、女子の結婚、それからお産退職を入れましても一・六%というのが過去二十年ぐらいずっと変わっておりませんで、定着率という点では一番むしろ高い企業ではないかというふうに考えております。
 過去五十年間こういった形でやってまいりまして、最近の十年間、特に私ども日本アイ・ビー・エムにとりましては大変画期的な年でございました。何とか変化の激しい市場の中で定着をしていこうということで、先ほどちょっと申し上げましたが、日本のいろいろな会社のお力をおかりしまして協力、連携を深めてやっていこうというふうな努力もいたしましたし、また日本の産業界のリーダーの方々の御指導、御意見を経営施策上いただこうということで、天谷さん、圓城寺さん、小松製作所の河合さん、それから谷村さんといった日本の産業界のそうそうたる方々の御指導を得ることができるという体制を固めることができましたのも、大変私どもの会社の成長にとりまして重要な意味を持ったことであったと思います。
 この変化の中で、組織力、技術力、販売力を高めようということでTQCを導入しまして、全世界IBMの中に広めましたり、基礎研究所を強化いたしましたり、また販売力の強化というふうなことを図ってまいりまして、おかげさまで一九八〇年代、売上高で約四倍、社員数で約二倍の成長を見ることができました。この辺の資料をお手元にお配りをさせていただきましたので、また何かのときに御高覧いただければ大変ありがたいと存じておる次第でございます。
 私の日本アイ・ビー・エム及びIBMにつきまして御紹介を申し上げる内容は以上でございますが、最後に二、三分お時間をいただきまして、外資としましていろいろな国の兄弟会社、親会社とつき合ってまいりまして、いわゆる摩擦といいますか、相互理解というふうなことが大変難しいという経験を幾つかいたしましたので、一企業の中の話で大変恐縮でございますが、何かの御参考に御披露をさせていただきたいと思います。
 実は、先ほど申し上げましたように経営理念は共通であるということでやっておりまして、それぞれの理念を具現化するシステムを考えているわけでございますが、実際に動いてまいります上でいろいろな考え方の違いが出てまいります。例えば社員の休暇という問題でございますが、理念の中に個人の尊重、人間の尊重ということがございまして、先ほど申し上げましたように決して会社の理由で首にはしない、給料、福利厚生もそれなりのものを提供する、教育の機会も提供する、社員に成長してもらって会社も伸びようということが基本的な形になっているわけでございます。
 したがいまして、欧米の場合の人間を見ておりますと、働くときは大変働きますが、休暇をとるときはすぱっと休暇をとってしまう。ところが、日本人はどうも休暇をとらないということがございます。私ども日本人の中だけで話しておりますと、忙しいからしようがないわなということで話がつくのでございますが、欧米の方から見ますとどうも日本のマネジメントというのは社員を大切にしていないのじゃないかというふうなことになりまして、説明してもなかなかお互いにわかり合えないというふうな点がございます。若手を見ておりますと、最近は大変割り切って休暇なんかをとるものでございますから、構造問題と言っていいのかどうかわかりませんが、大変時間をかけてやっていくよりほかにちょっと方法がない面があるなという感じがしております。
 もう一つは、最近企業の社会貢献というテーマが関心を浴びます中で、私もときどきいろいろなところで日本アイ・ビー・エムの社会貢献活動の御紹介をさせていただくのでございますが、そういうお話をしておりまして、また日本企業の実態というものをいろいろ勉強をさせていただきまして、日本企業というのは本当に社会貢献の活動をやっていないのか、こういう目で見ますと、これはとんでもない、やっていないというのはとんでもない間違いだと思うのでございます。大変立派なことをいろいろおやりになっていらっしゃるわけでございますけれども、これを外国人が見ましたときに、先ほどちょっと、口幅ったいのでございますが私が申し上げました理念から、その理念を具現化するシステム、そのシステムをまた実施していくプログラムというふうな形で非常に論理的に、だれが見てもわかりやすいというふうな形になっていないものですから、いろいろな立派なことをやっておりますのが体系的なものとして理解されないといううらみがございまして、透明度に欠けるというのか、わかりにくいというのか、この辺が今後やはり他国とのつき合いがふえればふえるほど日本のすばらしさを理解させていく上で一工夫要るところじゃないかなという感じが私どもの経験の範囲ではしている次第でございます。
 大変口幅ったい意見を申し上げまして恐縮でご
ざいますが、以上をもって私のプレゼンテーションにかえさせていただきます。
 ありがとうございました。
#9
○会長(田英夫君) どうもありがとうございました。
 次に、山岡参考人にお願いをいたします。
#10
○参考人(山岡国秀君) ボルボ・ジャパンの山岡でございます。
 本日は、数ある外資系企業の中から私どもボルボ・ジャパンを参考人として御指名いただきまして、私どもの業界の発展に関し一方ならぬ御理解と御支援を賜っております先生方に対し、会社の紹介かたがた愚見を申し述べさせていただく機会を与えられましたことを大変ありがたく、また名誉に存ずるものでございます。
 先生方には日ごろ大変高度なお立場からマクロの視点で物事を御見聞され御判断なさっておられるものと拝察いたしまして、その点、私ども一私企業の申し状は「井の中の蛙大海を知らず」といったふうの稚拙なものと恐懼いたすものでございますけれども、先生方の何がしかのお役に立つこともあろうかと蛮勇を振るって出てまいりました次第でございます。
 まず、早速親会社の紹介をさせていただきたいと思います。
 私どもボルボ・ジャパン株式会社は、スウェーデンに本社を持ちますボルボ・カー・コーポレーションに二十億円の資本金の全額出資を仰ぐ子会社でございます。その親会社ボルボ・カー・コーポレーションは、ABボルボが一〇〇%出資するボルボグループの乗用車部門を代表する会社でございます。ここでABボルボのABと申しますのは日本語の株式会社に相当することでございまして、乗用車を初めバス、トラック、船舶産業用エンジン、航空宇宙、食品、金融等多分野にわたるボルボグループの中軸会社あるいは持ち株会社として、一九八七年十二月以来東京証券取引所にも上場されております。昨年におきまして売上高約二兆四千億円、税引き後利益約一千三百億円を上げておりまして、従業員七万八千七百人を擁する北欧最大の企業グループになっております。
 ホームマーケットであるスウェーデンは人口八百五十万人足らずの小国でございまして、そこにボルボとサーブという二社のカーメーカーが存在すること自体既に特異でございます。スウェーデン国内での販売は約二割でございまして、八割を輸出に頼っておりますが、これは何もボルボに限らず、他の工業製品に関しても似たようなものではないかと思います。
 一方、それでは輸入に対し制限的かというふうに申し上げますと、例えば国内におきます輸入車のシェアは七〇%となっており、特に昨今のEC域との摩擦発生に伴う日本車のスウェーデンへの流入は日本車のシェアを二五%までに高めておりますが、自由貿易主義を標榜するスウェーデンといたしましては、秩序ある貿易への希望は持っておりますが、特に制限的措置は講じておりません。
 御参考までに、日本市場におきます輸入車は、おかげさまをもちましてここ数年急伸長いたしまして、昨年度、この三月末終わりました昨年度でございますが、二十万台の大台に乗せたわけでございますけれども、そのシェアはいまだ四・七%にすぎません。また、この輸入車の中にはホンダ等日本車の海外生産基地からのいわゆる逆輸入も含まれた数字でございます。
 私、時折スウェーデンに参るわけでございますが、いつも見聞し非常に印象深く思いますのは、女性の社会進出の姿でございます。オフィスワークはもとより、日本では女性に向かないとされるバス、トラックの運転とか、ヘルメットをかぶっての道路工事といった分野まで女性が進出しておりますし、結婚後も産前産後の一時期を除き働くのが常識になっております。当社の取締役になっているようなボルボの中でも高級幹部社員と称される皆さんでも、奥様は仕事に出ておられます。御自宅に招かれたときなど、夫婦そろって料理や配ぜんなどに努めていただくので大変いつも恐縮しております。
 この背景には、税制とか高福祉とかもろもろの要因がありますが、基本的には労働資源の不足ということが根底にあるだろうと思います。ボルボでも、イタリア、トルコあるいは東欧諸国からいわゆる出稼ぎを多く受け入れておりますが、多くの人力を投入しての大量生産という事業は成り立たないわけでございまして、特定の分野のものを大切につくり、足らざる部分は他から補うという発想が徹底しておりまして、それがスウェーデンの工業生産品の高品質につながっているのではないかというふうに考えております。
 ボルボ乗用車の年間生産台数は、昨年度四十一万四千台でございまして、これは日本の鈴木の生産台数をやや下回るわけでございますが、売上高の比較ではボルボは恐らく三、四倍になっているのではないかと思います。すなわち、一台当たりの付加価値が三、四倍高いということでありまして、いわゆるマーケットセグメンテーションということでは、上級ファミリーカーという分野に的を絞っております。安全性、耐久性、高品質ということにこだわり続けて、各市場で一%のシェアを得れば満足という方針に貫かれております。
 さて、日本におけるボルボでありますが、既に一九六一年に梁瀬自動車を通じて輸入が開始されております。一九七四年には、帝人株式会社との合弁により帝人ボルボ株式会社が設立され、活発な事業展開を図ろうとしたやさき、第一次オイルショックに見舞われまして、出ばなをくじかれる形となりました。よって、当初四、五年は八百から九百台といった梁瀬時代とさして変わらぬ台数で不遇をかこっておりましたわけですが、ようやく一九七九年に至りまして千七百台と倍のレベルに達し、トンネルの先に光が見えてきたものと一九八〇年モデルを大量に発注いたしたわけでございます。
 ところが、再び第二次のオイルショックに直面いたしまして、過剰在庫で手ひどい打撃をこうむりました。その後、市場の回復傾向が見られましたが、当社の場合、この打撃が尾を引きまして、積極路線に乗り切れず、BMWやベンツ等の伸びにおくれをとる局面が見られたわけでございます。
 一九八六年には、今後の日本市場の伸長を見込んで積極的な投資をしたいというふうに考えますボルボ側と、もちはもち屋に任せ資源を社内の他の事業に振り向けたいと考えます帝人側との円満合意が成り立ちまして、当時十二億円の資本金を二十億円に増資いたしまして、新体制がスタートいたしました。
 帝人ボルボ時代の最終年に当たる一九八五年には、全国でのボルボの登録台数は千四百八十九台にすぎませんでしたが、昨年には七千百二十二台に達しまして、四年間で四・八倍となりました。ことしは昨年比五四%アップの一万一千台を見込んでおるところでございます。
 ボルボは、親会社の御案内の際触れましたように、ABボルボを持ち株会社といたしまして、各製品分野ごとに分化して、権限分散化の考え方で運営されております。日本では、乗用車は私どもボルボ・ジャパンが輸入元となっておりますが、バスは三井物産、トラックはいすゞ自動車、船舶用エンジンは西武自動車販売、ラムローザと呼ばれます炭酸水は明治屋というように、スウェーデン本国のそれぞれの別の親会社から輸入権が付与されておりまして、相互間で余り関連を持つことがございません。西武自動車販売に至りましては、乗用車の分野ではむしろ我々と競合関係にございます。
 さて、本日のテーマの一つといたしまして要請されました、特異だと言われる日本の取引風土の中で当社が今日の地位を築くまでにどんな苦労を経験したかという点でございますが、まず社会の輸入品に対する受容性の変化ということに触れてみたいと存じます。
 一九八〇年代の前半までは今日のような輸入促進の風潮はなく、むしろ輸入車は「外車」という若干差別の響きのこもる言葉で呼ばれ、それを購入する人はよほど変わった人と見られる状況で、売る方も買う方も肩身が狭いという感じでございま
した。したがって、全国に販売、整備のネットワークを構築しようにもやり手がいない。仮にやり手がいてもその育成に時間がかかったり、財務基盤が軟弱なために債権保全に大変神経を使わなくてはならないというような状況でございました。
 業者の中には、外車であるという特異性を逆手にとりまして、大変荒っぽい商売をしたり、特殊な顧客の特殊なニーズに迎合するという形で、輸入車全体のイメージを損なうというような現象も多く見られました。
 お客様にしても、私どもの車の価値を認めてくださり、お乗りになりたくても周りの目が気になって乗れない。まして税務当局が外車を買った人に対する所得源泉調査を強化するために私どもに購入者のリストの提示を求めるといったようなことで、大変商売がやりにくかったわけでございます。また、同じような交通事故が発生いたしましても、マスコミの取り扱いは外車オーナーに厳しく、外車の運転手であるからイコール悪徳運転手であるといった印象の記事も少なくありませんでした。
 今日、輸入車、それも特に私どもボルボの販売台数の大半を占めます普通車、いわゆる三ナンバーと呼ばれている車でございますが、大変大きく伸長しております理由といたしまして、国民生活が豊かになって、より個性的な上級車種への要求が高まったためだとか、CIF価格の二三・五%までに上っておりました物品税が昨年廃止されまして、六%の消費税が導入されたにもかかわらず一一%前後の価格下げが可能になったためだとか、あるいは三ナンバー車と五ナンバー車の自動車税の大きな格差が緩和されたためだとか、あるいは車両保険の輸入車と国産車の差がなくなったというようなもろもろの理由が挙げられておりますけれども、私自身最も身にしみて感じておりますのは、輸入品購入に対する心理的抵抗あるいは抑圧感が、政府主導のアクションプログラムのおかげで払拭されたということが一番根本にあると考えております。私どもの商品は、購入してひそかに楽しむという種類のものではございませんで、大変人の目につき、人の口に上るものでございますので、特にこの点を強く感じる次第でございます。
 日米構造協議との絡みで流通ということが大変論議されておるわけですけれども、私どもの場合、メーカーからインポーター、インポーターからディーラーと新車が流れることになっておりまして、比較的流通ルートは単純な形態となっております。
 今日に至るまでに最も苦労し、また今日でも苦労しておりますのはディーラー探しでございます。さきに述べましたように、輸入車に対する社会的認知が低かった時代には、国産車や他の輸入車を扱うディーラーにお百度を踏んでようやくそのひさしを借りるといったあんばいでございました。経験もあり資力もある民間資本は国産車ネットワークにしっかり組み込まれておりまして相手にもしてもらえませんでした。せっかくディーラーになっていただいても車を買っていただけるわけではなく、お客様がつくまでお預けするという形がつい最近まで行われていました。
 私どもの場合、お客様から受注をいただいてから工場に発注していたのでは納車できるまでに四、五カ月はかかってしまいますので、ほとんど見込み発注の上、国内に在庫を持つわけでございまして、こうした預託販売システムのもとでは、総発注台数や売れ筋車種の選択に見込み違いということが多発いたしまして、大いに泣かされたものでございます。
 唯一の解決策としましては、自前でディーラーをつくることでございまして、私どもはこれを支店と呼んでおり、現在、埼玉、東京、神奈川、愛知、大阪、兵庫に十カ店を保有しております。ボルボ専売店で市場の動向を迅速にキャッチできるという点で多大のメリットがございますが、施設や人員に固定的な多大の費用を要するという側面がございます。自動車のディーラーは、新中部修と称しまして、新車、中古車、部品、修理の各機能を備えて初めて一人前のディーラーと呼べるわけでございますが、車ばっかりは縦に積み重ねたりあるいは横に寝かせたりということができない商品でございまして、四つの機能を満たすには相応な土地を必要とし、私どもの支店でも新中部修を理想的に同一地域に備えた店は二カ店しかございません。
 そんなわけで、まだボルボの市場規模が小さかった時代には、つくった支店の投資、固定費回収のため、その権益を保護せざるを得ず、テリトリー制と称して支店を配した六都府県には他のディーラーを指定しないという方針でやってまいりました。日本の三ナンバー輸入車の販売台数の六五%を占めるこの六都府県を、当時のわずか九支店で捕捉できるはずもなく、結果としてこれらの地域で潜在需要を掘り起こせずボルボ・ジャパン時代を迎えました。
 ボルボ・ジャパンになりましてから、ディーラー発掘優先の立場を明確にいたしまして、支店の守備範囲を物理的にアクセスし得る範囲に限定し、支店の聖域と呼ばれていました地域にディーラーを迎え入れることにいたしました。市場環境の変化が幸いいたしまして、支店はテリトリーが狭くなっても立ち行くようになり、また過去なり手がなかったディーラーにぜひしてほしいという人々も昨今出てまいっております。
 この動きの中で画期的なことは、富士重工業と提携が成り、スバル拠点のうち当方の支店や既存のディーラーの配置と競合しない拠点を選んで、ショールームの最低五〇%のスペースはボルボ専用として、私どもの基準によるアイデンティティーを備えて販売協力をしていただくことになったことでございます。今日現在、さきに述べた六都府県を中心に、十一スバルディーラーの二十拠点に御協力をいただき、近い将来全ボルボ販売台数のうち二〇%程度を担いでいただけるものと期待しております。
 さて、今後の課題でございますが、当社は当面の目標として、一九九五年において二万五千台の新車を販売することを掲げております。これを実現する上で、魅力ある高品質な商品づくり等メーカーサイドによる一層の日本市場志向の戦略の推進が不可欠でございますが、日本側としましては、販売網の拡充、サービス網の特に都市圏における充実、人材の確保といった点に力を注いでいかなければならないと存じております。
 日本での輸入車販売のために、従来大きな障害とされてきました運輸当局による認証の問題や、税制、保険料の不公平問題は、例えば欧州での認証車やテストの基準、方法が日本でそのまままだ認められるには至っていないとか、せっかくの輸入促進税制の導入が、卸、小売業者向けと製造業者向けとで取り扱いが異なっているために、輸入車インポーターと国産車メーカーとの間で新たな不公平を生むといったような論争はございますけれども、大筋においては大変改善され、この点先生方の御支援に対し厚く御礼申し上げるものでございます。
 また、輸入車を受容するという社会環境の変化という点でも、さきに述べましたとおり目覚ましいものがありますが、いまだ一部駐車場におきまして、自治省の強いお働きかけにもかかわらず「外車駐車お断り」といった差別表示が見られること。また、政府の輸入品購入促進のかけ声にもかかわらず、肝心の政府、地方公共団体の公用車に関し輸入車購入の機運が広がっておらないこと等は残念に思う点でございます。
 これはさておきまして、今後の私どもの事業展開にとって最もネックとなりますのは、整備工場の新増設に係る規制問題であります。車という商品は売り切りの商品ではございませんで、必ずその後のアフターサービスが必要とされます。アフターサービスはどこで受けてもよいというものではなくて、当該商品をよく知り、専門のサービス訓練を受けたメカニックの手によって、正しい装置と工具を用いてなされるのでなければ、商品の性格上大変危険だと申し上げざるを得ません。また、よいアフターサービスを提供することにより、
次の買いかえに当たってまた自社の車に乗り継いでいただけたり、また友達にも御紹介いただけるという点で、アフターサービスを真剣に考えているわけでございます。せっかく輸入車を選んでいただきましても、アフターサービスが悪ければ、やがてそのお客様は国産車に戻ってしまうということになります。
 現在、整備工場は、建築基準法により住居地域においては新設はもとより建てかえについても、工場床面積や工場で使用する原動機出力が制限されているため、実質上不可能となっております。既存の工場については、建てかえ等しない限りにおいては事業が認められているため、拠点展開において国産車業界に比べ約二十年程度のおくれでスタートしております私ども輸入車業界にとっては、結果として差別を受けた形となっております。自動車の修理という日常生活と非常に密着したニーズを満たす業務が顧客の住居とかけ離れた場所で行われるということは、顧客の利便という点でも極めて疑問で、そもそも自動車修理の業務形態を一般の工場と同列に扱うことに疑問を感ずるものでございます。
 国産車業界に対する立ちおくれという見地では、修理工場のみならず、新車、中古車の販売拠点展開という点でも、用地難や地価高騰の昨今、莫大なハンディキャップを背負っておりまして、金融面、税制面で強力な御支援をいただきたいところでございます。
 最後に、自動車はアフターサービス、リコール回収等の安全対策など長期にわたってユーザーの保護を必要とする商品です。輸入促進を強調する余り、ユーザー保護を考えない一部の並行輸入車によってブランドイメージを損ないましては、正規輸入そのものが悪影響を受けることになりまして、かえって全体としての輸入促進にとって支障が生ずることが懸念されます。輸入車市場の健全な発展のため、無軌道な並行輸入が将来の製品輸入の拡大を阻害しないよう、長期的な見地からの政策的配慮を願うものでございます。
 与えられました時間も尽きたかと思いますので、私の意見陳述はこれで終わらせていただきます。
 御清聴ありがとうございました。
#11
○会長(田英夫君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。本日は、各委員に自由に質疑をしていただくことといたします。
 質疑のある方は順次挙手を願います。
#12
○大木浩君 自民党の大木浩でございます。
 本日は、四人の参考人の方からお話を伺わせていただきまして、どうもありがとうございました。
 実は、御説明を申し上げていると思うんですが、当調査会では、現在日米を初めとして日本の流通機構というのがちょっと問題があるんじゃないか、そういう認識で、皆様方からその問題点はどこにあるかということをお伺いしようと思ったわけですけれども、どちらかといえば皆様方問題点が非常に少なくて立派にやっておるというサクセスストーリーの話を伺いましたので、いささか質問がしにくいわけですけれども、あえて皆様方が多少言及された点につきましてもうちょっと細かく伺いたいと思うわけでございます。
 まず、澤田参考人にですが、ある時期までは外国品というのはぜいたく品というようなイメージもあってなかなか売りにくかった時期もある、それから制度上輸入数量割り当てとかあるいは関税が高過ぎるとか、そういったような問題があったけれども、現在は大体よくなったんだと、こういうふうにおっしゃったと思いますが、そういうふうに理解してよろしゅうございましょうか。
#13
○参考人(澤田卓也君) はい、そのとおりでございます。
#14
○大木浩君 それから、斎藤さんの場合には、これもだんだんよくなっておると、いろいろ。ただし、せっかく自由な企業活動をする場合に、例えば広告の問題とかあるいは景品の問題とか、そういったものをもっと自由にやりたい、こういうお話がございました。しかし、これも少しずつよくなっておるというお話でございましたし、あと現在ある問題としては、砂糖入りのお菓子ですか、関税がまだほかの品目と比べて高過ぎるので多少問題があるというような御指摘はございましたけれども、その辺ぐらいのことかなと。
 いずれにしても、内外差別はないんだと。ただ、日本の業界というものが、例えば卸売と小売商の間の関係というのが非常に外から見るとわかりにくい、不透明である。ですから、その辺についてはもう少し、外から来る人は結果的にはなかなか市場に参入しにくいという面はある、こういうお話でございましたけれども、これもどうなんでしょう、そうしますとこれから現実に何をするかといえば、先ほどのもうちょっと自由な競争という点、あるいは若干の品目についての関税の手直しといった程度の問題で、あとは基本的に日本の流通機構を全面的にどうのというお話ではないように伺うんですが、いかがでございましょうか。
#15
○参考人(斎藤豊君) まず流通でございますが、流通の形態でございますけれども、日本の現在までの特徴は、やはり何といいましても小売店数が多い。したがって、その小売店をカバーするためにはたくさんの卸売業が必要である。ところが、各卸売業は多品目を扱っておる。したがって、メーカーの立場からいいますと、小売店に物を届けるために各卸売店さんの特別な関心を払ってもらわなければいけない。
 一つの例をお菓子にとりますと、お菓子の新製品というのは年間に多分五百アイテム以上ぐらい出ると言われております。そうしますと、一週間に何十品目かの新製品を卸売店のセールスマンは小売店に紹介しなきゃいかぬわけでございますね。一つの卸売店は何万品目現実に扱っているわけです。その中で、私どもが一つの新商品を出した場合に、そのとき一週間、二週間、三週間は関心を持って売ってくださるかもしませんけれどもやがては忘れられちゃうというように、つまるところは日本の流通は数の問題、小売店の数が多い、卸売業が多い、したがって流通が長い、メーカーの数も多い、また品目が多いという数の中にどうしても埋もれてしまうというところが問題なわけですね。
 ただ私は、今までの経験の中で、トレンドとしてその数がだんだん少なくなる傾向に明らかに来つつある、これで大型店がさらに促進されていけばなおさらそうなっていくだろうと。いわゆるパパママストアとか、それからパパママ卸売業というのも現実には存在するわけですから、そういったところがだんだん企業として余りもう、殊に後継者難でだんだん廃業していく傾向はあるということだと思うんですね。ですから、時間がたてばこれもおのずから解決していくことかなと思いますけれども、当面はそういった中でメーカーとしては苦労を続けていかなきゃならないというのが第二点の方の問題かと思います。
 第一点の方の自由競争の問題ですが、私も日本人の一人としてよくわかるんですが、日本のやはり文化、風土の問題として、できるだけ競争は避けようや、業界の秩序は守ろうやというそういったベースが日本人の業界の中にあると思います。これは、私もアメリカで仕事もしてまいりましたけれども、やはりアメリカなんかの持っている本当に競争は善なんだというところと、協調が善だという文化、風土の差がどうしてもあって、ここら辺が現実には難しいところでございますね。外資系という目で、なおさらその歴史を持ってない外資系としては、人間関係のない業界に新しい外資系としてはやはり難しいところであろうかと思います。
 お答えになりますかどうか。
#16
○大木浩君 それから、山岡さんの場合には、輸入車というのは、昔からまずもって波打ち際で非常に検査が難しい、認証が難しいということで、これは私ども非常に痛感しておりました。私もたまたま外から帰ってきたときに、車を入れようとして、時間はかかる、お金はかかるということで、
とてもじゃないけれども大変だという経験を持ったこともあるわけです。かなり改善はしておると思いますけれども、その点が依然として非常に問題なのか。
 それから先ほどの、駐車場はこれなかなか、外車お断わりというやつは確かにまだございますので、これはもう少し考えなきゃいけない。
 整備工場云々というのは、これはどうなんでしょうか、外車の特有の問題ですか。むしろ一般的な問題じゃないかと思うんですが、しかしそれが結果的には外車に特に強く響くということであろうかと思います。
 最後にまとめとして、今後とも金融上あるいは税制上ひとつもっと外車が入るように配慮してくれというお話がございました。これはどういうことでしょうか。税制上の方で物品税関連の話、これはかなり自動車全体に、あるいは高級車に対しての配慮はしておるわけでありますが、何かほかに特別の点がありましたら教えていただきたいと思います。
#17
○参考人(山岡国秀君) お答えいたします。
 まず型式認定の御質問でございますけれども、本当に今でも個人で輸入しようと思いますと、大変手間、時間、お金がかかる状況でございます。ただ、大変いろいろな認証を要するアイテムにつきまして、アメリカ、ヨーロッパ、あるいは日本、それぞれの基準の違いというのが大分整理されてまいりまして、運輸省内でもその辺の基準を統一するというような専門の組織も設けていただきまして、随分研究が進んでまいりまして、現実余りこれが大きな問題になるということはないというふうに認識しております。ただ、一つ一つ細かなことですね、ストップライトの問題とかいろいろな問題がございまして、挙げてまいりますとまだ十数点、ヨーロッパで認められているものが日本では再度別の角度からの検査が必要になるといったようなポイントがございます。
 二番目の駐車場問題につきまして、御理解いただきまして大変ありがとうございます。
 三番目の整備工場の問題でございますが、これは国産車、輸入車問わず、これから新規にそういった整備工場を持とう、あるいは今あるものを改造するあるいは拡張するといったような段階になりますと、これは全く同じ土俵に上っていることだというふうに考えます。
 ただ、国産車の場合には、先ほども申し上げましたように輸入車業界に比べて非常にスタートが早い、したがって力のあるディーラーさんを既に傘下におさめていらっしゃるというようなことで、都会地において既に既得権といいますか、整備工場が今ではつくれないところに既にお持ちになっているという意味で輸入車業界はハンディキャップを負っているということでございます。その整備工場ということが非常にお客様のニーズに密着したものでございます。日本も車が日常なくてはならないといったようなモータリゼーションの時代に入ってございますので、それをメンテナンスするというようなことが非常にお客様にとって不便な状況になっているんではないか。
 それで、自動車の整備ということになりますと、板金だとか塗装だとかいうような大きなものになりますと、やはり音だとかあるいはペイントの問題で若干の公害に近い問題もあろうかと思いますので、都市部に設けられないというところはわかりますけれども、それ以外の修理についてはそれほど公害問題とか騒音問題とかいったものを発生するものではないというふうに考えておりまして、一体それを工場というふうに、一般的な工場と同じような、同列に扱うということが正しいのかどうかというようなあたりで疑問を感じているわけでございます。
 最後に税制の問題あるいは金融の問題ということで御質問いただきましたのでございますが、これはどの業界でも同じでございましょうけれども、都会というのが一番マーケットをやる上でポテンシャルを持っているわけでございまして、そちらにいろんな拠点展開あるいはディーラーさんに積極的な展開をお願いしたいというときに、やはり先ほど言いましたように車というのは大変面積、土地を食う商品でございますので、土地の価格高騰というのがほかの業種と比較して一番激しく我々の業界を打っているんではないかという感じがいたすわけでございまして、これから自動車のディーラーさんを始めるというような方に対して非常に低利の、しかも縛りの厳しくない金融といったものを提供していただけたらというふうに思っている次第でございます。
 現実には、通産省さんの方で開銀を通じての輸入促進の金融を、今まで輸入車だけに限っておりましたのをディーラーさんにも適用していただくというようなことである程度窓口が広がりつつあるように感じております。ただ、やはり具体的には、金融機関といろいろなお話をし、資料を出しといったようなことで、必ずしも十分満足のいけるような資金の御提供をいただけるというところまでは至っていないかというふうに考えます。そういう意味合いで申し上げたわけでございます。
#18
○大木浩君 最後に、竹中さんの方は何ら問題点というようなものを一つもお挙げにならなくて、すべてよしというようなと言っては言い過ぎかもしれませんが、ただ全体としてまさしくサクセスストーリーだと思いますが、今後新しく日本の市場へアメリカなりヨーロッパから入ってこられる企業に、何か先輩としてのアドバイスがございましたら一言聞かせていただきまして私の質問を終わりたいと思います。
#19
○参考人(竹中誉君) よく私どももアメリカへ、特にアメリカが多いのでございますが、行って話します場合、特に最近少しそういうのは下火になったようでございますけれども、何か日本では一般的なルールが通用しないとか異常であるとかというふうな話が流れましたときに、よく話をしてみますと、先ほどどなたかからのお話にありましたようにやはり理解不足といいますか、日本というものを十分理解しないで、自分たちの持っております原則、ルールというものでそのまま判断をして、それで成功、不成功というものを考えようとするような傾向がございまして、私どもの業界の中で考えましても、競争という面から見ますとやはり世界じゅうのどこの国よりも競争は激しい。競争会社がそれだけ優秀であり強いということがあると思います。
 それから、お客様との関係におきまして、特にコンピューターというのは単なる箱ではなくて、ソフトウエア絡みの一つのシステムでございますから、かなり長期にお客様の御信頼を得まして協力体制を確立した上でないと、お客様の方も安心してお買い上げになれないというふうな点がございますので、やはり日本では物すごく長期的な観点から商売をやっていかなきゃだめなんだということ。それから商売も、要するに金、商品のやりとりの単なる機能的な関係ではなくて、全人格的と言うとちょっと語弊がございますが、やはり人間として信頼をしてもらう、会社全体として信頼をしてもらうという努力が大変必要なんだということ。それから、これはよくいろいろな商品のときに例が出るんでございますが、山岡さんいらっしゃいますけれども、車の例をよくあれしますが、アメリカ人というのは車に多少傷がついていてもへっちゃらで乗り歩きますし、コンピューターに例えて言いますと、機械だから時々壊れるのは当たり前であるというふうなところが多少ございますが、日本のお客様はそうはまいりませんで、ぴかぴかに磨いた車にお乗りになるのと同じように、私どもがお伺いしましても、とにかく一カ月に一回、五分でもとまったら大騒ぎというふうなところがございますので、そういう厳しさをよく理解しないとなかなか日本では成功しないというふうな話を海外ではよくPRをしているわけでございます。
#20
○大木浩君 ありがとうございました。
#21
○向山一人君 自民党の向山ですが、山岡参考人以外の三人の参考人の皆さん方はいずれもアメリカ系資本の会社の日本人の経営責任者の立場にある皆さんですから、日本の状況というものはよく御承知の上で経営の任に当たっているだろうと思
います。
 そこでお伺いしたいのは、アメリカが大変な赤字で日本が黒字ですから、どうしてもこれをバランスをとらなきゃならぬというようなことから、前川レポートに基づいていわば日本の産業政策の転換を図っていくということで日本は非常に苦労しているわけですね。そこで、米系の会社の皆さん方には、アメリカの本社なり親会社なり、アメリカの方の会社から具体的にこういう情勢だからどういうふうな処置をとれとか、どういうことをやれとか、あるいはアメリカ側の政府や団体等から何らかのそういう御指示や指導はございますか。どんなふうになっていますか。澤田参考人、斎藤参考人、竹中参考人からそれぞれお伺いしたいのですが。
#22
○参考人(澤田卓也君) ただいまのお話で、率直に申し上げますと、アメリカの政府ないし官公庁あるいはその他の団体からは、我々の方に直接指示だとかサゼスチョンとかそういうものはございません。
 言えますことは、アメリカの本社が日本における品質の優秀性というものを非常に認識しております。これは非常なものでございまして、私どものコダックは昔から、まあ非常に口幅ったい言い方でございますけれども、写真の歴史はコダックの歴史である、いろいろな写真のフォーマット、例えば八ミリだとか、映画用のフィルムに八つ穴があいているとか、これは全部コダックが決めたものでございまして、長年にわたりまして営業成績だけでなく商品の品質においても世界一であるということを自他ともに認めていたわけでございます。しかし、ここ数年に至りまして、正直に申しまして国産の技術が非常に我々に近くなっている。一部分においては国産の方が凌駕しているということが本社で客観的に認められておるわけでございます。
 ですから、一例を申し上げますと、例えば毎年二十人ばかりコダックの技術者の団体が日本に参りまして、日本のメーカーの生産状態、殊に品質管理の状態を見学して、非常に情報を得ておるわけでございます。それから、私自身も本社のセミナーだとかいろいろ会議に出席した場合に、多くの人から日本の品質、技術における優秀性というものについて私一人にばかり質問が参りまして、時には日本人としてオーバーエスチメートといいますか、過大評価されているのじゃないかと思われるようなこともございます。
 それで、コダック社としてはやはりそういう品質の向上ということ一点にフォーカスを絞りまして、それによって日米のインバランスというのでございますか、それの解決にお役に立つように考えておる次第でございます。
#23
○参考人(斎藤豊君) 私どもの場合には本社から具体的にどうこうせいというような指示はございません。
 ただ、私どもの本社の方には米国政府の方から、日本では一体どうなっているんだというような意見を求められたことはあるやに聞いております。
#24
○参考人(竹中誉君) この問題について日本アイ・ビー・エムとしてどうしろこうしろというふうな特別な指示は、今お話がありましたようにございません。
 アメリカのIBMのトップマネジメントがこの日米の貿易摩擦といいますか、アメリカの赤字、産業の状態というふうなものをどういうふうに考えているかということを若干あれさせていただいて、私のお答えにかえさせていただきたいと思います。
 先生御存じのとおりでございますが、アメリカにラウンドテーブルという財界人十名ぐらいの集まりがございまして、大統領に対しましてこうあるべきだという意見を出しておりますが、この委員長を私どもの親会社の会長でありますエーカーズというのがやっております。この中でアメリカ経済の赤字問題に触れまして分析し言っておりますことは、全部アメリカの問題として取り上げておりまして、教育の問題、投資の問題、生産性の問題というふうな点に触れまして、自分たちで改善しなければどうしようもないんだということを述べております。
 また、たしか昨年だったと思うんでございますが、アメリカ西海岸で開かれました日米市長会議で、私どものアメリカIBMのエーカーズ会長がスピーチをいたしまして、これはもう少し具体的に日米問題に触れまして、先ほど申し上げましたような投資、教育、生産性というふうな自分たちの弱さから出てくる問題を、最大のトレーディングパートナーである日本に対し押しつけるのは間違いであるというふうなことを演説をしておりまして、日本の新聞には余り取り上げられなかったんですが、アメリカの中にもいろいろな意見があると思いますけれども、基本的に私どもといたしましては、やはり活性化のためには自由で積極的な競争というのが基本であるべきだというふうに会社としては考えております。
#25
○向山一人君 竹中参考人にお伺いしますけれども、日本アイ・ビー・エムでコンピューター、あるいはICのような部品等を生産しておりますね。そのうち生産の何%くらいかはアメリカの今度は本国へ輸出しているだろうと思いますけれども、どの程度輸出していますか。
#26
○参考人(竹中誉君) ちょっと国別の分析というか内訳を……
#27
○向山一人君 いやいや、いわゆる本社のあるアメリカに対してだけで結構です。それもおおよそで、別に細かい数字にとらわれるわけじゃありませんから。
#28
○参考人(竹中誉君) はい。ちょっと国別の数字を覚えておりませんで。
 ただ、私どもの一兆三千億の売り上げの中で三千数百億が輸出でございまして、これは製品から部品からいろいろなものが入っておりますが、ヨーロッパは比較的少のうございまして、主にアジア・太平洋地域とアメリカでございます。ちょっと正確な数字を覚えておりませんので御容赦をいただきたいと思います。
#29
○向山一人君 おたくの方ではコンピューターつくっていますね。
#30
○参考人(竹中誉君) はい、つくっております。
#31
○向山一人君 そのコンピューターに使う部品はアメリカの部品を優先的に使っていますか、日本の部品を使っていますか。
#32
○参考人(竹中誉君) 今現在、私どもの製品の部品その他七割が国産でございまして、三割が輸入でございます。
#33
○向山一人君 なぜアメリカの部品をもっとお使いにならないかということと、それから日本アイ・ビー・エムで生産してアメリカへ輸出する製品は、アメリカの国内の方でも、まあ日本の政府の方でもそうでしょうが、日本品がアメリカへ行くという、これアメリカの資本でアメリカの工場が日本でつくっていながら、これらの製品はアメリカの国内では日本からアメリカへ輸入されていると。おたくから行くものを除外して別に計算しているわけじゃなくて、アメリカの資本でアメリカの工場が生産しているものがアメリカへ入っているのに、これがもうおたくさんの方からアメリカへ行っていれば日本製品がアメリカへ入っているという数字にみんななっているわけなんですよ。それについてはどういうお考えですか。
#34
○参考人(竹中誉君) 今の先生の御指摘は、企業経営として見ました場合に大変幅広い問題を幾つか含んでおりまして、日米間の一年一年の輸出入の数字のみの観点から日本アイ・ビー・エムとして対応するということはちょっと不可能かと思いますが、やはり基本的には日本アイ・ビー・エムといたしまして日本のお客様のために一番いい製品、一番いいサービスを提供できるのはどういう方法かということがまず根源にございまして、そのために私どもなりの技術力、製品開発力をもちまして努力をしているわけでございまして、それが日本アイ・ビー・エムとしては基本でございます。
 ただ、今御指摘のような点で日米間の輸出入の問題ということが大きな環境の問題として出てきておりますが、私どもとしましては、この基本的
なお客様への最高の製品サービスを提供するという立場は、ビジネスとしまして堅持したいと思いますが、ただ輸出入につきましてもバランスをさせるように、輸出はほとんど伸びておりませんけれども、輸入を、今輸入拡大という政府の御施策に従いまして積極的な拡大を図っておりますので、そういった観点で努力をしてまいりたいというふうに考えております。
#35
○向山一人君 日本アイ・ビー・エムではICも生産していますか。
#36
○参考人(竹中誉君) はい、生産をしております。
#37
○向山一人君 アメリカ政府は日本に対してICの輸入を非常に強く要求しているわけですね。十何%だからそれを二〇%までともかく上げるというようなことで、できるだけ努力しようということで日本の業者の方は生産を抑制して、そうしてアメリカ製品を使うようには努力しているわけです。一方、アメリカ資本によって日本にある会社は、本国政府から何の要求もなくて、日本の国内でどんどん生産している。その生産しているものは日本のメーカーが生産しているものと同じように計算されてやっておったんじゃ、これは非常にこれこそアンフェアになると思うんですよ。その辺についてのお考えは、竹中さんは日本人の経営者ですから、ちょっと御自分のお考えを聞かしてくれませんか。
#38
○参考人(竹中誉君) 今、IBMについてあれさしていただきますと、私どもは半導体はつくってはおりますが、自社使用だけでございまして、外販といいますか、外へ販売をいたしておりません。自社使用でつくりましてもまだ足りないものでございますから、外から半導体を買っておるわけでございますが、この点につきましては日本アイ・ビー・エムとしまして輸入率を、ちょっと数字は御勘弁いただきたいんですが、かなり高いレベルで、三〇前後いっていると思いますが、半導体の輸入率を高めて国策にできるだけ沿えるようにということで今努力をしているわけでございます。
#39
○向山一人君 おたくのようなアメリカの資本によって日本の国内にある工場がたくさんあるわけですね。ですから、そういう会社の皆さん方、しかも経営の責任にある、やっている方々は日本人なんですから、アメリカの政府に対しても、実情を一番皆さんは詳しいわけですから、そういう点はできるだけ、これは別にうそを言ったり悪いことをしろということじゃないですから、正しい認識を持つためにやはり大いに本国の方へ連絡してもらいたいんです。
 それからもう一つお伺いしたいんですが、先ほど澤田さんと今の竹中さん、雇用関係の問題でずっとお話があって、澤田参考人の方も日本的な雇用を行っているというふうなお話がありましたし、またIBMの竹中さんも先ほど、七つほどいろいろ経営の原則的な中に個性の尊重というようなことがありましたが、日本では、全面的に一〇〇%そうという意味じゃないけれども、いわば終身雇用をしてみんなやっているわけですね。我々がアメリカへ行って見ると、仕事がなくなるとレイオフやったり解雇したりして、労働者に対しては日本の方は非常に何というか、愛情を持って臨んでいるような気がしますけれども、アメリカの方はばかにドライで、仕事がなければもう解雇するというふうな形で進んでいるわけですが、皆さん考えてみて雇用関係はアメリカと日本とどっちの方がいいと思っておやりになっていますか。アメリカ式の方がいいのか、日本の方がいいとお考えなんですか、どんなふうにお考えになってやっていますか。
#40
○参考人(澤田卓也君) ただいまの御質問でございますけれども、私はアメリカにおける多くの企業を多少とも存じております。私どものイーストマン・コダック社というのは、正直に申しまして非常にユニークな雇用形態にあるということが断言できると思います。
 と申しますのは、創始者であるジョージ・イーストマンという人がおるわけですけれども、これは発明家だけでなく経済的あるいは社会的に一つの信念を持った人でございまして、自分の会社をつくった。それでいろいろな方針を打ち出したんでございますけれども、例えば地域に対する貢献、それから先ほど申し上げましたが従業員持ち株制度とかいろいろございました。全部が成功したわけでございませんで、当初は利益を全部従業員と株主とに分けてしまう利益配分制度ということまで考え出しまして、それは失敗したらしいんでございますけれども、そういう伝統の会社でございます。
 ですから、雇用関係におきましても非常にユニークな会社でございまして、アメリカ一般の雇用形態ということと非常に違っておると思います。例えばイーストマン・コダック本社へ参りますと、胸に変なバッジをつけた男がいろいろおる。それはどういう意味かというと、自分は二十五年勤続である、自分は三十年勤続である、時によっては四十年という、ちょっと考えられないんですけれどもそういう勤続の人もおるというわけでございます。
 それから、先ほどちょっと触れましたように、おじいさんもこの会社に勤めていた、お父さんもこの会社に勤めていて、自分もこの会社に勤めている、兄弟も親戚もおるというようなケースも随分ございます。それから、退職した人が会社のクラブへ来て昔の同僚と一緒に話し合っている、ピンポンをしたりカードをしたりして。そういう風景もよく見られるわけです。申し上げられることは、非常に家族的な会社であるということでございます。ですから労働組合もないというふうに聞いております。これは先ほど申しましたように、アメリカでは非常にユニークなあれでございます。
 ただし、最近に至りまして、そういうふうな経営が果たして正しいかどうかということに疑問を抱いておりまして、やはりアメリカ流の雇用の方が、雇用の方がといいますより、アメリカ流の雇用のニュアンスを加えた方がいいんじゃないかというふうな意見も出ておるやに聞いております。
 先ほど先生の方からしイオフと言われましたけれども、私どもの会社もかつてはほとんどレイオフのない会社でございました。ところが、二、三年前非常に不振に陥りましたときに、嫌々ながらレイオフをやっております。レイオフというよりも、アーリーリタイアメントといいますか、まとまった金を渡して待機していただく、そういうふうなことをやっておるわけです。
 それで、雇用形態につきまして日本の方がいいかアメリカ式がいいか、どう思うかという御質問でございますけれども、これは私は社会の考え方、一般の人々の考え方によるものと思います。現在のアメリカのような個人主義的考え方、競争社会、そういう社会におきましてはやはり必然的にアメリカ流の経営がいいのではないか。しかし日本におきまして、日本のこの風土にありまして、人間関係だの団体思考だのいろいろ、こういう風土におきましては、やはり現在におきましては日本的雇用がいいのではないかと思っております。
 ただ、考えられることは、日本経済もやはり世界経済の一員として組み入れられているわけでございますから、やはりアメリカ流というよりもインターナショナル一般の雇用形態というものが日本の雇用の形態に影響してくるのではないかと、そういうふうに考えている次第でございます。
#41
○会長(田英夫君) 竹中参考人にもお答えいただけますか。
#42
○参考人(竹中誉君) 今の先生の御指摘のところを、会社が社員の雇用を安定させるために最善を尽くして最後まで頑張るという人事上のやり方と、それから比較的柔軟にといいますか、会社の経営状況に応じまして社員をレイオフするやり方というのを二つ対比させて、どちらがいいかというふうに理解をさせていただきますと、私どもはやはり社員の雇用を安定させる、生活を安定させるということが会社発展の基礎だろうというふうに考えております。
#43
○会長(田英夫君) ここでちょっと速記をとめてください。
   〔速記中止〕
#44
○会長(田英夫君) それでは速記を起こしてください。
 引き続き、参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は挙手を願います。
#45
○白浜一良君 公明党の白浜でございます。
 きょうは参考人の皆さん、本当にお忙しいところありがとうございます。
 ちょっと補足的に何点かお伺いしたいんですけれども、まず澤田さんにお伺いしますが、経歴見さしていただきましたら、長瀬産業からコダック社に行かれたということで、特にアメリカの企業に行かれて、いわゆるマネジメントというんですか、経営感覚が全くこの点が一番違うなというようなこと、感じられたことございますか。経営感覚ですね、この点が日本とアメリカの企業では一番違うなと感じられたことがございましたら、ひとつお教え願いたいんですが。
#46
○参考人(澤田卓也君) そうでございますね、私は実は日本の会社に入りまして、三十年弱日本系の会社にいたわけでございます。その間に、経歴でもございますように、数年ヨーロッパに駐在しておりまして、それから数年アメリカに駐在いたしました。ですから、ある程度外国、外資系企業の経営とか理念とか、そういうものについては理解があったわけでございます。
 ただいまの御質問の点でございますけれども、日本系の会社からアメリカの外資系の会社へ来てみますと、基本的なこと、ささいなこと、いろいろな点が異なっているわけでございます。例えば一番大きな違い、気がつくことを申し上げますと、外資系の企業については非常に計画というものを重視するということを切に感じております。計画といいますと、一つ物事を起こすにしても、ミッションというんですか何というんですか、基本的な義務といいますか役割、それは何であるかということを書面に書いてはっきりいたしまして、それから目的は何であるかと目的を書くわけでございます。それによって、ゴールは何であるか、到達するべき数字はどういう数字であるか、それを作成するわけでございます。その計画によって物事を進めていく、そういうことをきちっとやっておるわけでございます。その計画にいたしましても非常に時間をかけてやっておりまして、例えば来年、一九九一年の計画は一九九〇年度の六月ごろから計画を立てていくということになっておりまして、非常に長時間かけてやるということになっております。
 これは、日本の会社ももちろん計画があるわけでございますが、日本の場合は歩きながら考えるというか、やりながらいろいろ修正していくというフレキシビリティーがあるわけでございますけれども、私の経験しましたアメリカの会社では、きちっと計画を立ててからやっていく、そういうところに非常に違いを感じております。それで、追加して申し上げますと、日本におきましてそのどちらがよいかということになると、私はどちらとも言いかねております。
#47
○白浜一良君 もう一点お伺いしたいんですが、私ら子供のころの感覚で言いましたら、日本ですとフジフィルムとか、さくらフィルムとか、いわゆる小売店までかちっと色分けできていますよね。そういうところに市場を開拓されていかれたんですけれども、特に具体的に御苦労されたことが何かございますか。
#48
○参考人(澤田卓也君) 実は、今現在六十歳以上の方のブランドに対する認知度とそれから五十歳代以下、五十歳ぐらいから下の若手の方との認知度は非常に違っております。六十歳近い方はコダックの品質というもの、コダックの認知度というのは非常に高うございまして、そういう年輩の方に限りましてやはりコダックの品質信仰というものがまだ残っております。しかし、五十歳以下の方は、先生がおっしゃいましたように、コダックが輸入されなくて国産品であるフジ、さくらというブランドの認知度は非常に高いものがございます。
 それから、私どもの業界はフィルムにつきましては寡占状態でございます。フジ、さくら――現在はコニカと言うんですが、コニカ、コダックと、大体その三つで分けているわけでございまして、いろいろな業界があるわけでございますけれども、私どもの業界では非常に系列化が進んでいると思っております。例えばフジの販売店はコダックのものをなかなか扱っていただけない、殊に特約店ではそういうふうになっておるわけです。
 そういうことで、我々の方が日本で売るにつきまして既存の販売、殊に問屋を探したんでございますけれども、既に先発の国産の強いルートで押さえられている、そういうことで適当な問屋が見つからない。その問屋がコダックを扱うと対抗会社からいろいろ干渉もあったやに聞いております。これは経済の原則でそういうことになるわけでございますけれども、そういうことで、私どもは従来の日本の問屋制のチャンネルに乗せることができません。
 それからもう一つ、やはりアメリカ流の、アメリカにもいろいろの考え方があるんですが、コカ・コーラさんのように直売という概念があるわけでございます。我々の方は直売ということと、それから問屋を見つけ得なかったということの両方で、自分の方でできるだけ直接販売するというふうに考えておりまして、他のメーカーが問屋に任していることを我々日本コダックは自分の中に販売員を持って、それで販売しております。もちろんコストは高くつきます。
 そういうところが非常に苦心したところでございます。
#49
○白浜一良君 それでは斎藤さんにお伺いしたいんですけれども、シックですね、非常に占有率高いわけで、私もよく知っておりますが、考えましたら、私が子供のころ安全かみそりの貝印ですか、何かあの程度しか日本にはなかったと。ですから、当然非常にシェアが広がりやすかったと思うんです。ところが、先ほどおっしゃったようにアダムスのチューインガムとかキャンデーですか、日本にも競合する会社がいっぱいあるわけですね。そこら辺の差があると思うんですけれども、これ両方成功されているらしいんですが、当然違いがあったと思うんです。特に市場開拓の上でそういう違いというか、シックの場合はこうだけれどもアダムスの場合はこうだったというようなことが特にございましたらお教え願いたいんです。
#50
○参考人(斎藤豊君) シックというかみそり商品の場合には、競合との関係の中でやはり商品開発、品質と申しましょうか、そういったものが最終的には決め手になるわけでございますね。日本にはフェザーさんという非常に大きなメーカー、今から三十年前にはフェザーさんが多分八〇%ぐらいのシェアを持っておられたんではないかと思います。その中でシックが伸びたのは、商品開発、特にカーボン刃からステンレスに変わってきて、御年配の先生方はよく御存じだと思いますが、一枚の刃で何回もそれる、しかも肌を傷つけないというようなところの商品差が割と出せる商品だったものですから、いろいろな過程はございましたけれども比較的、これは比較的ということを強調したいと思いますが、比較的容易にシェアを時間をかけながら伸ばしてくることができた。それはちょうど時期的に日本における量販店、特にスーパーマーケットの成長期と一致した時期でございましたので、そういった波の中に乗ってきたということかと思います。むしろ外資系同士の競合がこの場合には大きかったなと、こんなふうに思います。
 ところが、お菓子になりますと商品差というのは実は余りないわけでございますね。A社、B社、C社、どのチューインガムをとっても、まあ微妙に違うということで、また嗜好品でございますから、ある人はAが好き、ある人はBが好き、こういうことであろうかと思います。その中で何が決め手になるかといいますと、お菓子の場合には配荷力とそれから店頭における陳列の違い。つまり、お菓子は衝動買いの商品でございますから、何もチューインガムを買おうと思って家を出る人はいないわけでございまして、ふと店頭でチューインガムを買うわけでございますね。そのときに、そこに物がなければ売れないわけですし、第二に物が目立たなければ売れないわけです。そこら辺が
まさに流通の難しさであったわけです。
 これでよろしゅうございましょうか。
#51
○白浜一良君 もう一点お伺いしたいんですけれども、このレジュメを見させていただきましたら、先ほど雇用の話ちょっと出ておりましたが、新卒を採用するのは大変難しくなっている、それからやめていく社員も多い現状である、こういうことを書かれているんですけれども、これ、私なんか今の若い子たちはこういう外資系の会社にはみんなあこがれるんじゃないかという気がするんですけれども、特にこういうふうに記述されている何か理由がございますか。
#52
○参考人(斎藤豊君) ちょっと不用意にレジュメをつくったかなと反省をしていますけれども、第一は、特に私どものような会社の場合にはシックという商品名、例えばトライデントとかクロレッツとか、そういうチューインガム名はよく知られているわけでございます。ただ、多くの外資系の中にそういう会社がございますけれども、社名を売り込むことには余り熱心ではない、社名を売り込む必要はないと、こう思ってきております。そういたしますと知名度が低いわけでございますから、シックは知っていてもワーナー・ランバート、フーと、こうなるわけでございまして、この中では例えばIBMさんなんというのは例外中の例外かと思いますけれども、まだまだ新卒の中で知名度の低い外資系というのは、比較的まだ苦労をしているというふうに思います。
 もう一つ申し上げますと、私どもは新卒採用と中途採用を並行してやっていきたいというふうに思っております。新卒だけでは私どものような企業の場合には企業の活力は出てこないんではないかなと思いますし、中途採用だけではまた企業の風土とか安定が得られないと思っておりまして、そういう中での新卒の採用の難しさでございます。
 第二点、やめていくということなんでございますが、たくさんの外資の企業がここ数年日本に事業を開始しているわけですね。そうなりますと、外資で働くということがわかっている人間、外資流のいろいろな仕事の進め方等々、例えば英語を含めまして、そういうわかった人を中途採用といいましょうか、引っこ抜きといいましょうか、した方が早いというふうに考える企業は当然たくさんあるわけです。一つの例を申し上げますと、私どものマーケティング部門はプロダクトマネジャー制という、これはアメリカではほとんどのこういう私どものような消費者財の会社がとっておるシステムをとっておりますけれども、日本ではそういうプロダクトマネジャー制というようなものをとっている企業は非常に少ない。したがって、そういう人とかあるいは営業の中でも私どものようなやり方をする営業を手っ取り早くねらおうというようなことで、やめるというよりも引っこ抜かれる、こう言った方がいいんですが、そういった問題があるということでございます。
#53
○白浜一良君 竹中さんにお伺いしたいんですけれども、先ほどIBMは非常に大幅な権限委譲が確保されておるということを伺いました。逆に考えましたら、そうするとアメリカにある本社は、例えば日本アイ・ビー・エムに対してどういうマネジメントの上でのコミットメントなり、何があるんですか、そこに。
#54
○参考人(竹中誉君) システムとしましては、社長が親会社に対して持っております責任は、基本的には利益責任でございます。日本におけるIBMの事業活動につきまして、通常の株式会社の社長が株主から委任されると同等の権限と責任を持っているというふうに理解しております。
 具体的な動きとしましては、毎年五カ年計画の長期計画とそれから二カ年の実行計画というのを、五カ年計画の方は春の時点でつくり、二カ年計画は秋の時点でつくりまして、私どもの会計年度は一月から十二月まででございますから、それに基づきまして事業活動を展開していくということです。その計画樹立の時点におきまして社長と親会社との間で、どれぐらい売ってどれぐらいもうけるかというふうな、余り表現はよくありませんが、またどれぐらいの規模の活動を展開していくかということを計画として交渉いたしまして、そこで決めて事業を展開していくという形でございます。
 親は、私どもとの関係におきまして、私どもにとりましての親のメリットといいますか、IBMの存在意義といいますか、ちょっと格好よくなりますが、世界じゅうのいろいろなテクノロジーでありますとかノーハウでありますとか、製品もそうでございますが、世界じゅうのものを、日本アイ・ビー・エムが日本のお客様に提供するためにいいと思うものは何でも持ってくる、人間も含めまして。というふうなことによってこのIBMの特徴、強さというものを発揮していくところに我々の存在価値があるんじゃないかというふうに考えるものでございますから、国をまたがっての調整でございますとか協力を必要とする場合に、親の助けをかりるということが必要になるわけでございます。
 一例を申し上げますと、もう随分昔の話でございますが、日本経済新聞社さんあるいは朝日新聞社さんがコンピューターを使って新聞をつくるということをおやりになりましたときに、これはもう過去の情報産業界においてだれもやったことのない経験でございますから、とても日本アイ・ビー・エムだけではできないということで、アメリカのIBMの最新の技術を駆使した分野での経験のある人間を持ってまいりまして、プロジェクトマネジャーということで椎名の下につけてやらしていただいたとかというふうなことで、問題に応じましていろいろな国の協力を得ながらやっていくということが結構多いものでございますから、そういう形だと思います。
#55
○白浜一良君 要するに、簡単に言いますと計画と実績ということで、例えば日本の企業なんかよくやっています設備投資とかなんかにしても、十億円以上はどこの決済とか、そんなものはないということですね。
#56
○参考人(竹中誉君) 内部のルールといいますかシステムとしまして、今先生御指摘の、例えば来年度私どもの研究所を仮に今一万坪のものを二万坪にする、土地を獲得するというふうなことをやろうとしますときに、それを計画に盛り込みます場合に、これは当然私どもの社長が独断、専行でやるということで決めるのではなくて、計画の段階で親と十分相談をいたしましてやるという形にはなるわけでございます。
#57
○白浜一良君 もう一点お伺いしたいんですけれども、先ほどずっと強調されておりました、日本社会に定着しているとか、よき企業市民とか、そういうことをおっしゃっておりますが、そういう社会還元ということで特にIBMが力を入れていらっしゃること、この日本におきましてございましたらお教えいただきたいんですが。
#58
○参考人(竹中誉君) 大きく分けて三つございます。
 一つは学術振興というふうな分野で、これはいろいろな大学と協力をいたしまして、大変難しい問題の解決あるいは研究に当たろうというふうなことでございまして、一、二例を申し上げさしていただきますと、実は鹿児島大学さんと協力をいたしまして、例の火山灰の都市に対する影響あるいは環境汚染という観点からの影響というふうなことを、何年かかけて研究をするというふうなことでございますとか、またほかの医科大学とは漢方と西洋医学とをうまく合体をさせまして、さらにいい医学治療というふうなものができないかというふうな、そういったこれからの環境あるいは命というふうな分野に関するいろいろな研究について、大学との間で共同研究を進めるというふうな観点からの分野が一つございます。
 もう一つは、身障者に対する援助でございまして、これも活動分野といたしましては大変多岐にわたっておりますが、身障者の方々の運動会といいますか、パラリンピックというふうなものに協賛をさしていただきますとか、あるいは過去三年間を通じてやりましたのは、盲人の方のための点字の作成が、これは昔は一つ一つ手で点字という
のをつくっておりまして、これの問題は、つくるのも難しいんでございますが、つくりましたものが複写できなくて、一枚つくったらそれで終わりということでございました。これを何とかしろというふうなお話がございまして、私どもの研究所におります、これも全盲のシステムエンジニアでございますが、私どものパソコンを使いまして点字をつくるソフトを開発いたしまして、三年間かけて約千台のパソコンを各地のボランティアの方に配付をいたしまして、まあ我田引水でございますが大変喜んでいただいたというふうなことがございます。
 それから健康の分野がもう一つの分野でございまして、難病対策に対しまして継続的な寄附を行っておりまして、難病といたしまして心臓病、がん、先天性代謝異常というふうな三つの分野を特に私どもの援助さしていただく研究分野というふうに考えまして取り組ましていただいておりますが、あとは多少文化的な、若手の芸術家の育成というふうなところに多少の御協力をさしていただく分野がございますが、大体そういう形でございます。
#59
○白浜一良君 最後に山岡さんにお伺いしたいんですが、私はテレビでコマーシャル見ておりましたら、ボルボは非常におしゃれなコマーシャルでございまして、非常に感心しているわけでございますが、これは物の本で読んだことなんですけれども、日本の自動車メーカーというのは、ディーラーが物すごくセールスマンを抱えまして、非常に営業をやらないとたくさん売れないわけですね。ところが欧米ではなかなかそういうシステムが余りないというか、店に買いに来られるという。そこで、いわゆる外車の中でも、失礼な話なんですけれども、ベンツなんかは非常に強力な販売員を持っていらっしゃるというふうに、これは物の本で読んだことなんですけれども。
 ボルボの立場で考えていらっしゃって、日本ではやはりそういうセールスをしないと売り上げが伸びないというふうにお考えでしょうか。
#60
○参考人(山岡国秀君) コマーシャルをよくごらんいただきまして、御評価いただきまして大変ありがとうございます。
 販売の方法でございますけれども、おっしゃるとおりでございまして、欧米型のセールスというのはよくカウンターセールスというふうに呼ばれていまして、お客様がショールームに来られて、そこで車を見られて、あるいは試乗されて、そこで契約もされるという形がほとんどのようでございまして、セールスマンというのはどちらかというと待ちの仕事をするということになってございます。
 日本におきましては、おっしゃるとおりトヨタさん、日産さん、毎年新卒を四けたの単位で採用されて、大量に足で売りまくるという形の御商売かと思いますけれども、やはりそういう慣習もございますし、それから先ほど申し上げたようなことで、車というのは売り切り商品でございませんで、必ずアフターがございます。それからまた、そのアフターがよければ次にまた買っていただけるとか、あるいはお乗りになってしばらくしてセールスマンがお客さんのところへ行きまして、調子どうですかというようなことで参りますと、お客さんの方もいいよと。ところであいつも何か興味を持っていたから紹介してやろうといったことで紹介いただけるというようなことでセールスの輪が広がっていくわけでして、日本ではやっぱりどうしてもお客様のところに行く、お客様に覚えてもらうというようなことが大変重要な販売方法になってございます。
 私どもの車の場合、車の性格もございまして比較的お医者さんあるいは歯科医師さんというような方にお買い上げいただくケースが多いわけでございますけれども、大変社会的な地位も高い、プライドも高い方々でございまして、よく冗談ですけれども、セールスマンがそこへ行きまして家事万端やってあげて、四回くらい行ってようやく顔を覚えられて受注いただけるという冗談もあるくらいでございまして、大変そういう意味ではレーバーインテンシブな仕事でございます。
 私ども新卒のセールスマンを採用しますと、まず訪問活動というところから始めます。これも非常に人間としてはデプレスされる。十軒、二十軒一日足を棒にして歩いて、ほとんど顔も見ることもなく門前で追い払われるという状況で、中で一軒会っていただけたら結構だと。それも必ずしも受注をもらえるわけではないというようなことで、大変足を使い神経を使いという仕事でございますけれども、これはやはり日本社会では避けて通れないし、それが一つ大事な次のまたビジネス拡張につながるというふうに存じています。
#61
○白浜一良君 どうもありがとうございました。
#62
○及川一夫君 四人の参考人の皆さんの話を聞いておりまして、今現在我が国が日米間においてただされている条件というのは一体何だろうということを率直に言って非常に考えさせられるんです。皆さんの方では、多少私は日本でお仕事をされている会社自体の歴史が長いというせいもあるのかなと思ったりなんかするんですが、いずれにしても今構造協議などで問題になっているような意識での日本に対する注文というのはないとか、やらせてもらっていますよと、こういうお話なんですね。私は、それはそれで結構なんですけれども、アメリカへ行った際にも、日米間の何か対立ということになればやはり日系の方々がいろいろな意味で苦労されているだろう、だから行けば必ず何か問題が出てくるはずだと思ったら、財界の方もあるいは長い間現地におられる方々もさして問題を感じないんですね。もちろんこのまま放置しておいてはいけませんよということは一言触れるけれども、別に不便を感じていない。なぜこんなことになるんだろうと。もっと激しく言えば、何で日本政府がそんなにばたばた譲っていくんだということの方が正直言って話題に実はなっているんです。
 そしてまた、これはこちらの調査室の方で配った資料なんですけれども、「エコノミスト」に「本当に日本市場は閉鎖的なのか」ということで福田順子さんという方が書いておられるんです。結論は、P&Gやコダックやベネトン、アメックスの例を挙げながら、やれますよと。問題のポイントは品物、商品の質的なもの。日本人は洋物にあこがれる、だからそれ自体がよければ買うというわけですね。それが、日本で輸入を拡大するぐらい物が売れないということは、質そのものにあるんじゃないか、こうも書かれているわけです。そして皆さん方の話とあわせてみますと、ニーズという言葉がもう盛んに出てくるわけですね。それからサービスという問題も出てまいりますし、さらには流通についてもその国の文化ということも含められてお話しされて、やればできるんだと、こういうふうに結論を実は持っておられる。
 それで、四、五日前なんですけれども、アメリカのツアーの方がおいでになりました。これは南米の日系の方なんです。例年国会で招待をするコースになっているらしいんですけれども、衆参両院の議長が招待をして、現地の状況、日本の国の状況、皆さんの注文ということを、いろいろあいさつを交わしながらやったんですが、やっぱりこの中でも、三十年も四十年もペルーに住んでおって、どう見てもアメリカの言い方は理不尽だ、けしからぬ、結局自分たちの悪いところを皆隠しているじゃないか、こういう言い方を実はされるわけですね。
 ところが我が国ではどうなっているかといったら、御存じのように、開戦前夜なんという話が出てきたり、大変な危機だということで言われるんです。とりわけマスコミ、それから日本の政府の対応。こういうことで、我々は一体どちらが本当なのかということを正直言って思いあぐねるときがあるんですよ。
 というふうに考えてまいりますと、これは皆さんに全部お聞きすればいいのかもしらぬけれども、時間の関係もありますから絞って山岡参考人と斎藤参考人にお聞きしたいんですが、皆さん方の立場からこの現状を見て、日本政府に注文するとしたら、アメリカ政府に注文するとしたら、ど
んなことを言わねばならないというふうにお考えでしょうか。その辺ちょっと聞かせていただきたいと思います。
#63
○浜本万三君 関連してちょっとお尋ねします。
 結局、日米間の貿易摩擦というのは輸出とそれから受け入れの両方にあると私は思っておるんです。
 そこで、両面の問題につきましてちょっとお尋ねしたいと思うんですが、まず一つは、我々日本人の戦中派の連中は、日本は何もない国だからしたがって外国から原材料を輸入して、多少勤勉な手を加えまして付加価値をつけて外国に買ってもらうんだと、そこに国の立国の基本を置いた考え方で教育を受けてきたわけです。一応戦後日本の経済が大きくなりまして自動車、家電製品等代表的なたくさんの製品輸出をするようになりました。ひところは大変よかったのかもわかりませんが、大変これが大きな摩擦の原因になってきたわけです。最近、加えまして資本輸出という形で不動産等のたくさんの購入をされるという問題がアメリカの方たちの大分気にさわっておられて摩擦の原因になっておるんではないかというふうに私は理解をするわけなんです。
 そこで、外国の経験の長い澤田さんとか、それから日本で成功されておる一つの企業のIBMの竹中さんに、そういう日本の輸出のあり方について、やっぱりこれは節度が必要なんじゃないかという声があるんじゃないかと思うのですが、そういう点外部の方たちは一体どう思っておられるんだろうかということが一つあるんです。
 もう一つは受け入れる側なんですが、今のお話によりますと、結局規制の問題は水際でいろいろあったけれども漸次解消される、少しは残っておるけれども逐次解消されつつあるというお話なんですが、この規制の緩和というものは今のテンポでよろしいのかどうかということが一つあるわけです。さらに急速にやらなければならないものは何かということです。
 それからもう一つは、日本的風土というんですか、商慣習ということですが、産業で言えば結局系列化しておるということ。それから流通の段階で言えば卸、中卸、小売りというふうに複雑な流通段階が依然としてあるということ。我々国民は町内会意識というのがございまして、多少品物のよしあしにかかわらず近所のものを買ってやろうじゃないか、こういう声があるんですよ。そういう中で急速に日本的風土の今問題になっておるものを変えると申しましても、なかなかこれは問題がそう早急に解消できないんではないだろうかというふうに思うのです。そうだとすれば、日本のこの実情というものを知っていただいて、つまり相手の国の事情というものを知っていただくということがどうすればできるだろうか、どうしたらいいだろうかということを私どもは常に考えておるんですが、さっきの御質問に関連をいたしましてお尋ねしたいと思うんです。後者の問題はその面で苦労されておられる斎藤さんと澤田さんの方からお話をいただければ結構だと思うんです。よろしくお願いします。
#64
○会長(田英夫君) 及川君と浜本君の質問に順次お答えいただきたいと思います。
#65
○参考人(澤田卓也君) 一部私的な見解も含めまして私の考えを述べさしていただきたいと思います。
 問題点はいろいろな切り口がございまして、一つは法的あるいは規則的な規制の点、それからもう一つは構造的あるいはカルチャー的な点、この二つに分けて考えることができるわけでございます。また、別の切り口では日本における問題点ということと、例えば一例として日本とアメリカと比較しての問題点、そういう切り口でも考えることができると思います。
 順次申し上げていきますと、法的な規制は、先ほど私が申し上げまして、ほかの参考人の皆様方も一部同じような御報告があったわけでございますけれども、はっきり言いましてかつて法的な多くの規制がありました。非常に厳しい規制がありました。それが順次改良されて、現在のところは、私が先ほど申しましたようにほとんど法的な規制はございません。一部ございますけれども、ほとんどございませんということを申し上げております。ただ、私どもといたしましては、かつての規制が後遺症として尾を引いているということも事実でございます。
 それからもう一つは、わかりやすく言いますと、私が先ほど申し上げました例としまして、日本においてのレントゲンフィルムの薬事法による認可は、輸入品の認可も国産品の認可も同じでございます。そういう点において輸入品が差別されているということはずっとございません。ただ、切り口を変えて考えてみますと、アメリカのレントゲンフィルムを日本へ持ってくるとかつては六カ月、今は二カ月かかる、日本のレントゲンフィルムをアメリカへ持っていくとすぐに承認される、そういう日米の比較における切り口があるわけですね、比較がございます。その点、先ほど言いましたように日本におきましての国産品と輸入品の規制の差というのは非常に少なくなっておるんでございますけれども、まだ日本と米国との規制ということになりますとやはり少し差があるのは、先ほどの例のように事実でございます。こういう点におきまして、一般の議論でいろいろ誤解される向きもあるんじゃないかと考えております。今まで申し上げましたのは法的なことでございます。
 次に構造的なこと、これは法規によって決まっているわけじゃございませんで、まさに構造的あるいはカルチャー的なことでございます。これはいろいろな点で日本とアメリカとが違っておるわけでございます。
 それで、これは適切な例かどうかわかりませんけれども例えば一つの例を申し上げますと、先ほど申しましたように、日本で私どものフィルムを売る場合に小売店の比率が多い。先ほど他の参考人の方からもありましたが、小売店に入っていくということは新規参入者に関しましては非常に手間のかかることでございます。非常に時間を要し、人間関係をつくり、先発各社が非常に有利でございます。一方、スーパーマーケットだとかコンビニエンスストアとかドラッグストアというのは比較的参入が簡単でございます。
 それで、日本におきまして私どもの仕事で考えてみますと、日本のメーカーがアメリカの市場に新規に参入するには、スーパーマーケットだとかコンビニエンスストアというものヘアピールしていくと比較的簡単じゃないか。これは自分の方の不成績を棚に上げて言うわけじゃございませんけれども、そういうふうに考えておるわけです。一方、アメリカのメーカーが日本へ参入してきますとき、やはり従来の小売店、複雑な流通制度、そういうものがあるわけでございまして、そういう点は難しい、こういうふうになっておるわけです。
 私の考えではそういうところがございまして、今私のような一民間人が言うのはおかしい、僣越なことでございますけれども、やはり構造的なものということにフォーカスが当てられているということは日米両国にとってお互いにいいことではないか、時宜を得ているんではないか、そのように考えておる次第でございます。
 お答えになりますかどうか、御質問に関連しまして私の考えを申し上げさしていただきました。
#66
○参考人(山岡国秀君) 私どもヨーロッパの方のインポーターということで、直接日米構造というようなことではオピニオンをあるいは申し上げるような立場じゃないのかもしれませんけれども、個人的な見解ということでお聞きいただきたいと思います。
 今お話がありましたように、法的な規制という意味で私どもの業界も随分改善していただきました。運輸省関係の認定の問題しかり、それから税制の問題しかりというようなことで、大変おかげさまで私ども努力しがいがあるし、またその努力が結果にあらわれているということで感謝申し上げている次第でございます。唯一、先ほど来申し上げております工場問題というようなことが大きなテーマとして残っているかというふうに考えております。
 ちょっと一つエピソードを申し上げたいと思うんですけれども、私どものトップセールスマンをよくスウェーデンに送ったりして、現地でまた全世界から集まりました各国のトップセールスマンといろいろ交流を深めるというようなプログラムをずっとやってきておるわけです。
 それで、これは少し前の話、五年くらい前の話になりますけれども、私どもで一年間に一番売ったセールスマンが六十台程度でございました。月に直して五台くらいということでございますか。彼がスウェーデンに参りまして二つショックを受けて帰ってきたことがございます。一つは、向こうはトップセールスマンは四、五百台売っているということで全然レベルが違うということですね。それは、先ほど来御質問がございましたカウンターセールスというようなことで、お客様を何回も訪問してようやく受注いただけるというようなことと比べて全然セールス効率が違うということが一つございます。もう一つは、そのセールスマンがみんなから不思議な目で見られたということですね。おまえは日本から来たのか、何で日本でボルボを売っているのだ、日本車を売ったらいいじゃないかと言われたということです。ヨーロッパでは、日本車を売るということは仕事が楽であるし非常にいい仕事だというふうに評価されているということですね。すなわち、それだけ日本車の品質というものが非常に高くてヨーロッパで評価されているということだと思います。そういう意味で、我々日本人としてやはり日本の製品が海外で買われているということについて誇りを持っていいんではないかというふうに私は個人的には思っております。
 ただ、その誇りはいいんですけれども、余りに秩序のない輸出、これはやっぱり問題ではなかろうか。先ほどもちょっと触れさしていただきましたけれども、もともとスウェーデンにおける日本車の比率というのは一〇%前後でずっときておったわけですが、急にここへきて二五%というようなところに飛び上がっております。それに対してスウェーデン政府は、本当は何か言いたいんでしょうけれども、自由主義だ、あくまで保護貿易主義は嫌だ、スウェーデンみたいな小国は保護貿易主義をとった途端に滅びてしまうという高い認識があって、我慢に我慢を重ねているということではないかと思います。そういったフラストレーションというのは世界のあちこちでたまっているんではないか。それをアメリカが全体を代弁する形で今起こっているようなこういう問題というのが発生しているんじゃないかというふうに考えるわけでして、決して卑屈になることはないんですが、やっぱり秩序ある動き方というものをする必要があるのではないかというふうに、大変口幅ったい言い方でございますけれども、個人的には考えている次第でございます。
#67
○参考人(斎藤豊君) 非常に難しい御質問だと思いますけれども、私は、先ほど申しましたように差別はないということは一つ言えます。しかし、じゃ難しくないのかと言われれば、現実に難しさは多々あるということは事実ではなかろうかなと思います。
 私どものようなこの日本においてかなりの歴史を持っている企業の場合には、既に日本市場に合わせて行動できるような社内体制等々をつくってきたわけでございますね。そういったことで比較的容易にできるということではなかろうかなと思うわけでございまして、むしろ最近日本に来られた、成功をしていない企業の方々を参考人に呼ばれれば、またいい参考意見が出てくるんではないかなと、こんなふうに思うわけですけれども、私どもの場合でも、薬会社でございますから例えばいろいろな厚生省の認可問題、事実難しゅうございますし、例えば食品に関しましても、最近小売店さんあたりが非常に強く求め始めましたのは、製造月日を表示せよということが今出てきておる問題でございます。そうしますと、日本に輸入いたしますと小売店頭に届くまでにもう数カ月たってしまうわけですね。私どもは、賞味期間という意味では、例えばチューインガムを例にとりますと一年半たってもきのうつくったものと味はほとんど差がないという自信はございますけれども、そういうときに製造月日を記載したりいたしますと、やはり消費者の方々からは非常に難しさが我々の場合出てくるわけですね。そういったような問題は、現実には多々あるということは申し上げたいと思います。
 日米両政府に、じゃ何を私どもの方から望むのかと言われますと、これは一個人として、私の意見はマスコミを読んでの意見でございますから大した意見ではないと思いますけれども、一つはやはり今回のSIIの中で出ておる項目一つ一つは私個人などはもっともだなと思うことがほとんど、一市民としてはそうではないかと思います。ですから、基本的には規制の緩和ということは市民の立場から正しい方向ではないかなというふうに思いますし、それから先ほど文化の問題としては競争を善とする立場と調和を善とする立場のコンフリクトと、こう申し上げたわけですけれども、やはり原則的には、企業社会において自由競争ということを原則的に認める方向がこれからの国際ビジネスの中では正しいのではないかなというふうに思うわけでございます。
 それから、米国側にどうやったらわかってもらうのかという、これまた難しいことだと思いますけれども、私どもいわば両方ある程度わかる立場の者にとってみますと、やはり米国側の言う場合のベース、基準ということもどこまでこちらが理解してやるかということかなと。例えば品質問題ですけれども、日本の品質はいい、アメリカの品質は悪いというような商品もあろうかと思います。ただ、私がアメリカでの生活をした経験からいいますと、さてさて日本の品質基準がちょっと逆におかしいんじゃないかなと思う。
 例えばの話でございます。二つほど例を挙げてみますと、野菜の一つ一つまで本当にパックしてきれいなものを売るのが品質というのかどうか。もう一つの例ですが、きのう誕生日カードをちょっとまとめて買ったんですけれども、誕生日カードがセロハンの袋に一枚一枚入っているわけですね。そういうことが、アメリカ人は日本の品質はすごいな、日本のパッケージはすごいなとこう言うわけですけれども、私なんかはそこまで本当にするのがいいのかなという、そういった基準の差を理解してあげる、ないしは反省することも必要かなというような、愚考でございます。
#68
○参考人(竹中誉君) 日米間の貿易のインバランスということ、米国の赤字というのを経済的、ビジネスの問題としましては、米国の赤字の原因は別に日本側にあるんではなくて、むしろ大半はアメリカ側にありというのは大体経済人としては大方のコンセンサスだろうと思うのでございますが、しかし日本が非常に近い存在なものですから、日本に対していろいろなことが言われているということだろうと思います。
 日本が外資に対して閉鎖的であるというアメリカ側の考え方は、先ほど澤田さんが言われたように、私もほとんどの場合において時差ギャップ、パーセプションギャップに由来するところが大変多いというふうに感じておりまして、必ずしも現在を正しく理解してないというところに起因するところがかなり多いというふうに考えております。
 ただ、そこに象徴されますようないろいろな構造的な摩擦というのは、これはどちらが正しいか間違っているかということは別といたしまして、それぞれの国がそれぞれの文化、歴史の中で育ててきました慣行、ルールというふうなものがやっぱりぶつかり合う。日本とアメリカの距離が非常に近くなって、相互依存度が非常に強まってきたために発生する不可避的な問題じゃないかというふうに考えざるを得ないと思うのでございますが、ヨーロッパのEC、一九九二年を達成するために各国間で二百七十九でございますか、何か三百弱の構造調整の項目を抱えて各国が努力しているというふうに聞いておりますが、やはり日米の間が近くなればなるほど、どうしてもこういった問題は避けられないんじゃないかという気がいた
しますし、また共存していくためには調整をしていかざるを得ないんじゃないかという感じがいたします。
 ただ、その場合に、やはりほとんどの場合に私どもといいますか、日本人がやっております、あるいは築いてきたすばらしさというのを何とかもう少し論理的、体系的に整理しまして、なるほどと思わせる方法がないものかというのが、これ私どもの社内でもいつもそう思うのでございますけれども、我々のような同じ船に乗っかっている人間同士でなかなか理解しにくい点がありますから、国を越えてという、また必ずしも利害一〇〇%一致しないような局面で大変難しいと思いますが、そういったPRの努力というのをお国の方でも、また経団連等の方でも、同友会さんもいろいろおやりになっているわけでございますが、その辺のところをもうちょっと力を入れていく必要があるんじゃないかなという感じがいたしております。
#69
○高崎裕子君 日本共産党の高崎です。よろしくお願いします。
 四点ほど伺いたいんですが、市場の閉鎖性の問題について関連してお尋ねしたいんですけれども、日本の市場は閉鎖的だという攻撃が特にアメリカから聞かれるわけです。市場が閉鎖的か開放的かという場合にいろいろメルクマールがあると思うんですけれども、例えばそのメルクマールの一つに関税率がある。これ皆さんにお聞きしたいんですが、閉鎖的か否かを見るメルクマールの一つの関税率で見ますと、一九八七年の東京ラウンドの終了時の比較で、日本は約三%、アメリカが四%強、ECが五%弱。それから関税負担率で見ますと、日本が二・五%、アメリカ三・五%、そしてECで二・七%ということで、開放度は極めて高い。
 第二は、輸入割り当て品目で見まして、日本は二十三品目、アメリカが二十品目、フランス五十七、イタリア三十八ということで、イギリス、カナダ、西ドイツに比べると日本は多いわけですけれども、先進国の中で特に多いというわけでもないということで、この点から見ても私は閉鎖的ではないと思います。
 それから第三に、アメリカとの比較で見ますと、これ一九八七年の統計になりますけれども、細かいところは避けますが、結論から言うと、人口一人当たりで計算して、アメリカ人は日本の品物を四百八ドル買った計算になる。逆に日本人はアメリカ製品を八百ドル買っている計算になるということで、日本人はアメリカ人の二倍の品物を買っている、こういうふうに言われるわけですね。
 まだまだいろいろメルクマールあるんですけれども、こういうような状況の中で、日米構造協議で今アメリカが国内法を、大店法なども含めて改正をせよと迫っている。これについてどのように考えるのかということでいろいろお話を伺うと、これはアメリカのストレートの要求というよりは日本の企業の要求を外圧、アメリカの要求に押し切られるという形で通すための方法ではないかというような話なんかも聞かされるわけで、なぜアメリカが今こういうことを、この改正などを要求しているのかということについてどのようにお考えになっておられるか。それぞれ四人の参考人の皆さんのお考え方を聞かせていただきたいと思います。
#70
○会長(田英夫君) それでは、やはり山岡参考人からお答えいただきます。
#71
○参考人(山岡国秀君) 大変御配慮ありがとうございます。
 市場が日本は閉鎖的であるかどうかという問題につきましては、先ほど竹中さんおっしゃっていましたとおりでございまして、私どもの仕事をやっていく上でそれほど閉鎖的である、あるいはスウェーデンの目から見ましても閉鎖的であるというようなことは、近来では、ここへきましては全くと言ってよろしいかと思いますが、ございません。そういう意味でパーセプションのギャップ、時差というようなことに起因しているんではないかというふうに思います。
 それから、日本の企業の要求が逆に現地政府といいますか海外政府に伝わって、そちらからリパーカッションで入ってきているのではないかという問題は、そういうこともあるかもしれません。ちょっと私どもその辺については、私どもについては思い当たることはございません。
#72
○参考人(澤田卓也君) ただいまの御質問につきまして、私が先ほど申し上げましたように、メルクマールとしての開放度、すなわち法的な規制だとかそういうものはほとんどございません。おっしゃるとおり、私の目から見ますと、殊に私どもの業界について見ますと、法的な規制は皆無であると申し上げて差し支えないと思っております。
 それで、先ほど申し上げましたように、構造的なとかカルチャー的なとか、例えばそういうふうなことはございます。これはよいとか悪いとかという問題じゃございませんで、違うということでございます。
 例えば、先ほど斎藤参考人の方から話が出ましたが、品質につきましても日本におきましては過剰品質が要求されるということがございまして、それが私どもアメリカのメーカーにつきましてフェアじゃないと考えている点がございます。
 わかりやすく申し上げるために例えば我々の写真について申し上げますと、ここに一枚の写真があるわけでございます。(資料を示す)日本の業界は、写真を何枚か重ねまして横から見た場合に、この縁が少し汚れている、そういうことでコダックの商品はだめであると。日本の商品は写真を一センチくらい重ねますと真っ白であるが、コダックのは横から見ると灰色に汚れている、だからだめだと、こう言われるわけですね。アメリカへ行きますと日本人は写真をこう見ないで、こう横から見るのかと、そういうふうなことになってくるわけでございます。
 日本は御承知のように非常に競争社会でございます。ですから、競争に勝つために需要家の方では、あるいは需要家だけではございませんけれども、業界では実際必要以上な品質を求めているというカルチャーが存在しているとアメリカ側は考えております。
 例えば、そういうふうなカルチャー的なもの、あるいは流通チャンネルの人間関係が大き過ぎるとか、率直に申しまして海外の国では値段が安くて物がよければ売れるというルールに支配されているようでございます。日本におきましては、長年おじいさんの代からつき合っているから、少々品質が悪くても値段が高くても買おうというカルチャーにございます。こういうカルチャーは新規参入にとって非常に難しいということになっておるわけでございます。
 そういうふうなことで、先ほど御質問の開放度、そういう規制的な開放度については、おっしゃるとおりであると存じております。
 もう一つつけ加えますと、例えば日本対アメリカ、これは私の私見でございますけれども、日本のルール、アメリカのルール、アメリカのカルチャー、日本のカルチャー、こういう対立というのは、いかに国の大きさの差はあるとはいえ一対一でございます。ただし、将来におきましてヨーロッパ諸国を初めほかの国がどういうルール、どういうカルチャーを持ってくるかということによりまして、ゴルフでいえば日本のルールはローカルルールである、インターナショナルは国際ルールである、そういうふうな解釈が起こってこないかということは、私は個人的に心配をしておる次第でございます。
 以上でございます。
#73
○参考人(斎藤豊君) 一般論としては高崎先生のおっしゃること全くそうなんではないかなというふうに私は理解いたしますけれども、特定企業分野ということになると、例えば私どもの場合、まず関税率関係で言いますと、砂糖入りガムの三〇%とかあるいはキャンデーの三五%というような、こういうケースはまだもちろんあるわけでございますね。そういうことで、私どもとしては菓子類の輸入が非常に難しい現状にあるということは言えるわけでございます。
 第二の点、もう一つは、やはり特定企業の立場からいいますと、例えば薬品の場合に、私実は薬品の専門家ではないんですけれども、うちの社内の会話を耳にしている立場で申しますと、新薬の認可の場合に海外のデータがなかなかそのまま認めていただけないというような現状ですとか、例えば薬価設定の問題でありますとか、そういった点はいろいろの困難が現実にあるというふうに聞いております。
#74
○参考人(竹中誉君) 先ほど先生御指摘の幾つかの点から見ても、日本はオープンなのになぜアメリカは日本に文句をつけるのか、どう考えるかという御指摘だと思いますが、先ほどちょっと意見を述べさせていただきましたように、一つは私は理解のギャップだと思いますし、もう一つはアメリカ自身がかつて大変支配的な経済力と力を持っておりましたのが、最近になってこの力が相対的に大変落ちてきて、国内的にも経済的に大変困った状態になった、何とかしなければいかぬということで、とりあえず一番近い女房に文句を言うという、ちょっと雑で申しわけないんでございますが、そういうふうな関係に日米間がなってきているんじゃないかなという感じがいたしまして、やはりこれは論理で論破できない分野に入っているんじゃないかという感じがいたしております。
#75
○高崎裕子君 先ほど澤田参考人からだと思いましたが、大型店舗をふやすことが市場を拡大することになるんだというお話があったかと思うんです。大店法との関係で少しお聞かせいただきたいんですが、大店法の存在が自由な競争を妨げて日本の近代化を阻害しているんだという意見があるわけですけれども、大店法というのは、そもそもその目的から見ても大型店の出店や拡張を禁止しているというものではなくて、地域の商店街と共存共栄していく、消費者利便への貢献を地域ごとに検討した上で最も妥当な結論を得ようとしているというものなんですね。これまでも大型店は全国各地で順調に出店を拡大しているというふうに評価していいと思うんです。出店までに十年もかかったという極端なケースも聞かれますけれども、通産省の話ではこういうのはごくごく少数の例外で、平均は二年から三年ぐらいで出店できているということなんです。
 そこで三人の皆さんにお尋ねしますが、皆さんの会社で、大店法の存在によって店舗拡大の上で影響を受けた、大変だったという具体的な経験はおありだったでしょうか。
#76
○参考人(澤田卓也君) ただいまの御質問でございますけれども、実は私の考えといたしまして、大店法そのものが自由競争を妨げているというふうには理解しておりません。
 もう一つの点、先ほど申し上げましたのは、私どもの従事している業界において新規のものが短期間のうちにシェアを伸ばすためには、私どもの商品あるいは商習慣の上からスーパーマーケットだとかコンビニエンスストアだとかということは非常に早いということは事実でございます。これは、私どもはたまたま後発でございます。たまたま輸入品でございます。ですから、例えば国産のメーカーがありまして、先発と後発とある場合には、やはりそういうふうなことを思われるのではないかと思います。
 それから、日本の構造的といいますか、小売商というものでございますけれども、私どもの業界で写真の小売店というのは、詳しい数字は失念しておりますが、全日本写真材料商組合連合会、全連と言っているところでございますけれども、これは毎年二百軒ずつ減少しております。非常に困った現象で、約一万数千軒あったのが二百軒近くずつ減少している。その理由は何かといいますと、いろいろな事情がございまして、パパママストアが大きな店につぶされているということもございます。それと同時に後継者がいなくなった。息子はおるんだけれども、そういう小売店を継ぐのは嫌だ、大会社へ勤めたいということで転業しているところもございます。それから、写真業をやめまして電気製品販売業に転換したということもございます。そういうことで、小売店は一定の率で減っておるわけです。ただ、小売店といいましてもいろいろなところがございまして、例えば新宿あたりにある大規模な小売店と、それから個人経営でも大規模な小売店と小さな小売店がございまして、同一に論じるわけにはいかないわけでございます。
 これは、先ほど竹中さんですか山岡さんですか、お話がございましたように、やはり日本とアメリカの風土、ともかく競争をよしとするという基本的なカルチャーと、それから調和をよしとするというカルチャーの差ということも大いに影響しているんじゃないかと私は考えております。
#77
○参考人(斎藤豊君) 私どもの企業といたしましては、直接大店法にかかわるようなことはございませんので、意見を差し控えさせていただきたいと思います。
#78
○参考人(竹中誉君) 私どもも大店法、直接関係がございません。差し控えさせていただきます。
#79
○高崎裕子君 大型店舗が輸入品をたくさん売っている、だから大型店がふえれば輸入品がどんどん売れる、そして貿易インバランスが解決するという意見が一部聞かれるわけですが、マーケティング論を専門にされている関西大学の保田教授が、これは消費財についてなんですけれども、スーパーと百貨店では約一二%で、残りの八八%の輸入品は中小企業が売っているんだという試算をされているわけなんですが、要するに大型店がふえれば貿易インバランスが解消できる、解決できるというそういう意見についてどのようにお考えでしょうか、澤田さんと斎藤さんにお尋ねします。
#80
○参考人(澤田卓也君) 私どもの業界は写真の材料でございまして、ただいま先生のお話のように我々のフィルムが多少多く売れたところで日米の貿易のインバランスに影響する、そういうことは正直に申してとても考えられません。そのぐらいの規模になれば非常に幸いなんでございますけれども、私どもの商売について言えばそういうことは完全にございません。大店法が緩和されればすなわち日米のインバランスが解決する、私の商売を通じての感覚ではそういうことはございません。
#81
○参考人(斎藤豊君) 輸入がふえるかどうかということについては、正直私はわからないということしか言えないかと思います。
#82
○足立良平君 大変時間も過ぎているようですから、ひとつ簡単にお聞きいたしたいと思います。民社党の足立でございます。
 まず一つ、澤田参考人にお聞きをいたしたいと思いますのは、これは日米あるいは日本とヨーロッパとの若者の行動といいますか、これが日本の企業社会の中でこれから大変いろんな影響を受けてくるのではないかというふうに思うんですが、例えばアメリカの青年と日本の青年の仕事の取り組み方と申しますか、一体どういう点に違いがあるんだろうか。先ほどもちょっと、どなただったかわかりませんけれども、これからの休暇のとり方一つとりましても今の年配層と若い層とは相当変わってきて、そのことにある程度期待をするというふうな発言もあったと思うんですが、そういう点、もし何かございましたらひとつお聞かせを願いたい、このように思います。
 それと、今は大きな問題にはなっていないようなんですけれども、アメリカ、ヨーロッパと日本の労働時間をめぐりまして将来的にはトラブルの一つの項目に発展してくるのではなかろうか、こういう感じも持ったりいたしているわけです。それに関しましてもし考え方がございましたらお聞かせを願いたい、このように存じます。
 それから、竹中参考人に、この点私もちょっと頭の中で十分整理し切れてないんですけれども、もう少し付言をしていただきたいと思いますのは、先ほど、日米あるいは日欧間における経済的な依存関係が深まってくればくるほど、システムあるいはまたいろんな問題の調整を図っていかなきゃならないだろうというふうに御指摘がございました。
 これは、考えてみましたらヨーロッパのEC統
合にいたしましても五十年間ぐらいかけて、今システムを完全に調整をしながら一つの統一体に持っていこう、こういう努力をしているわけでありまして、竹中参考人が御指摘になったように、ますますこれは世界経済というものが相互の依存関係を深めてまいりますと、当然今日の日米の経済摩擦のようなそのシステムの調整というものを図っていかなきゃならないだろう、このように私も実は思っているわけです。
 ただ、そのシステムの調整の仕方が、先ほど参考人から御指摘ございましたけれども、むしろアメリカのシステムばかりが強調されまして、日本のシステムというものはほとんど相手側には、ひょっとしたら一顧だにされてないと言ったら言葉が言い過ぎになるかもしれませんが、そんな感じをちょっと受けますので、もしその点に関しまして御意見等がございましたらひとつお聞かせを願いたい、このように存じます。
 それから、斎藤参考人にこれはお聞きをいたしたいと思うんですが、実は、先ほど席を外されました山岡参考人の方から、秩序ある輸出ということが必要なのではなかろうかと、このように先ほど意見を述べておられたと思うんです。どしゃ降りと言ったら言葉は悪いかもしれませんけれども、どんどん急激に輸出がふえていくということですね。これは、確かにある面におきましては相手国の秩序というものを攪乱していくということに相なってくるんだろう、急激にふえていくということは。そのように私は受けとめているわけでありまして、そういう点からいたしますと、日本の企業行動といいますか、日本の企業というのは、これはもうかると思ったらざあっとみんな行っちゃうわけですよ。
 その点、アメリカの場合でもあるいはヨーロッパの場合におきましても、比較的分を心得た企業の行動というのがあるように、ちょっと外から見ているとこのように思うわけですけれども、今までのいろんな経験を踏まえて、日本の企業行動のあり方というもの、そういう点についてもし御意見がありましたらひとつお聞かせを願いたいと、このように存じます。
#83
○参考人(澤田卓也君) 一番最初の御質問は、若い人に対してでございますけれども、私も年をとりまして非常にロートルになりました。それで、若い人に対しては個人的に非常に偏見を持っておりますので、それを御参考に聞いていただきたいと思います。
 エジプトの古跡から古い、何ですかロゼッタストーンですか、象形文字で書いてあるのを読むと、近ごろの若い者はなってないと、そういうことが書いてあったという話を聞いておりますけれども、四千年前から近ごろの若い者はということは言われているようでございます。
 私もかつて国内の会社におりまして人事担当をやったことがありますけれども、これは外資系国内系にかかわらず人事の担当者は、新入社員がやってくると宇宙人が来たと思えと、それで一年かかって地球人に教育するんだと言われているわけでございます。従来のスタンダードからするとそういうふうに思われるわけでございます。ところが、最近に至りまして、やはり年々若い人の行動というのは我々年配の者は理解が難しくなってきております。同時に、日本におきましては若い人のそういう行動に企業が迎合するような風潮もややできているんじゃないかと思います。そういう意味におきまして、御質問の日米の若者の行動というものは従来よりは似てきているんじゃなかろうかと、そういうふうに見る次第でございます。
 違う点は、皆様方御承知だと思うのでございますけれども、欧米、殊にアメリカにおきましては一部のエリート、これは年齢によらず老年者でも若い人でも一部のエリートと大多数の非エリートということに分かれておりまして、電気機関車システムというんですか、一部の非常なエリートが優秀な才能を持ってまた朝晩のべつ幕なしに働いて、あとモーターのついてない客車を引っ張っている、そういうことが言われておりますけれども、私もそういうことを感じる次第でございます。一方、日本では、新幹線式といいますか、各車両にモーターがついている、そういうことが言われておりますが、若い者におきましても、私の知っている限りでは日本とアメリカとを見る限り、アメリカはそういう電気機関車システムというふうなことが動いているのじゃないか、エリートは非常によく働くということを思う次第でございます。
 それから、次に御質問の休暇及び労働時間について申し上げますと、これはなかなか難しい問題でございまして、労働時間については法定労働時間と実際労働時間ということが異なっております。私はそちらの専門家じゃございませんで、詳しいことは知りませんけれども、法定労働時間は近くになっても、日本におきましては実際労働時間、実労時間というのは決して縮まっていないというふうに伺っております。
 ただ、労働ということに関しての日米あるいは日本と西欧社会の考えに少しギャップがあるんじゃないか。私は外国語は余りわかるわけではございませんけれども、ドイツ語のアルバイトとかフランス語のトラバーユとかいうような言葉は、そちらの人に聞いてみますと、言葉の中に苦痛というものが含まれているというふうに伺っております。食わんがために苦痛を承知で働いていると。ですから、苦痛を離れて大いに休暇を楽しもう、休暇を十分とろう、そういうカルチャーがあるんじゃないかと思っております。
 一方、日本におきましては、これも個人の考えてありますけれども、儒教の関係か、働くということに快楽を覚えている部分があるんじゃないか。若い人は知りませんけれども、少なくとも我々の、ワーカホリックというんですか、働き病といいますか、といいますのは働くことに快感を覚えているという人が実際私の周りにもおります。そういうことで、どういうんですか、休暇をとるとどうも苦痛だというような人もおるわけでございます。労働時間が短くなると快楽の時間が短くなるというような解釈をする人もございます。
 その点におきまして日本とアメリカとでは非常にギャップがございまして、この点カルチャーの違いでございますから、我々日本人の儒教に基づくそういうふうなモラルというもの、労働に対するモラルというものを外人にわかっていただくようにしたいと思っております。ただ、先ほどもお話ししましたように、最近の若い人は多少変わってきているんじゃないかと拝察する次第でございます。
 以上でございます。
#84
○参考人(竹中誉君) 構造の調整という点につきまして、具体的に私は日米構造協議がどう行われているかは新聞でしか存じませんので、私どもの経験の方にちょっと引き直しましてあれさしていただきたいと思うのでございますが、私どもはこれは会社の性格もございますが、やはり異文化あるいは人種の違う人間が集まっていろいろとがたがたやることによりまして、意外に新しい知恵が生まれてくるなということを幾つかの経験を通しまして感じている方でございます。日本人同士でやっていましたら全く生じてこないような摩擦が生じるというマイナスはもちろんございますが、日本人同士でやっているとどうしても生まれなかっただろうなというふうなことも数多くございます。
 一例を申し上げますと、ちょうど二十年ほど前に私が人事部長をやっておりましたときに、セールスマンに対してコミッション制度を採用したらどうかということをアメリカの親会社が言い出しました。私の方は徹底的に反対をいたしまして、日本人はアメリカ人じゃないんだ、金でほっぺたひっぱたくようなことをしたら絶対だめだというので、文化が違うということでやりました。アメリカの方は、ヨーロッパでも成功しているしアメリカでも成功しておると。百の努力をして百の成果を上げた人に対して、五十の努力しかしないで五十の成果しか上げない人と同じ扱いをするというのはアンフェアじゃないか、こういう話になるわけでございますね。論理的にはまさにそのとおりなんでございますけれども、民族感情が許さな
いということで大分がたがたやりました。やっぱり論理的には一分の理がございますので、八割ぐらい給料を動かさないで、二割ぐらいをコミッションにするということで親の方と話をつけました。
 もう一つ条件をつけまして、これは絶対に日本人に対しては成功しない。よって、ひょっとしたらやめるかもしらぬから、スタートをするときに志望者だけということでやろうと、こういうことにしました。これは我田引水でございますが、親がかなり利口なものでございますから、意見が対立したときは最終的にはその国の人間が言うのならちょっと任せるかというようなところがございまして、それでスタートをいたしました。
 私は、半分しか社員は乗らないだろうと思っていましたら、四、五人を除きまして全部乗ってまいりました。その後、翌年、翌々年になりまして、やめるかどうかということで匿名の意見調査をやりましたら全員がやれということで、今日、日本アイ・ビー・エムの中で社員の、やはり割合は二割ぐらいでございますが、モチベーションを考える上で一つの欠かせない人事上のプログラムになっておりまして、やっぱり部分的には金かなという感じもするわけでございます。
 逆の例もございまして、彼らは基本的にはメリット給、それから能力主義でございますが、日本ではそうはいかないということをあれいたしまして、年度とともに資格が上がる、手当も上がる、いわゆる日本の会社では一般的な職能給資格制度というのを導入いたしました。これも随分理解をさせるのに苦労はいたしましたけれども、最終的に理解をいたしましてやりましたら、二年後にヨーロッパのIBMから、ヨーロッパの各国でやりたいから説明に来てくれということで参りまして、これはすばらしいというふうな話になりました。これは逆に、アメリカの発想からだけじゃ生まれないあれじゃないかというふうに考えています。
 今日、私どもは一九八二年からTQCを採用いたしまして、品質向上運動ということで積極的に取り組みました。最初のうちは、これはまた不思議なんでございますが、TQC自体は本当はアメリカから来たものなようでございますけれども、兄弟会社、親会社ともに余り本気じゃございませんでしたが、最近はすっかりTQCに基づくクォリティー運動というのが活発になりまして、日本の責任者が海外のIBMを回りまして教育をやっているというふうな現状もございます。
 物すごくマクロに言いますと、いろいろな摩擦は生じるかもしれませんけれども、そこに異文化、異人種の知恵がまじることによって何か新しい価値を生み出すことができるんじゃないかという方に信じたいなという感じはいたしております。
#85
○参考人(斎藤豊君) 御質問は日米間の企業行動、つまりビヘービアとその裏にあるモチベーションの差を述べよ、こういうことであろうかなと思いますけれども、私考えますのに、やはりアメリカの場合には企業の基本的な目的といいましょうかモチベーションは、投下資本に対する回収率がどうなのか、ないしはキャッシュフローがどうなのかと。つまり売り上げに対して利益率がこれ以上なければやる意味がないよというところがあるわけでございまして、それをなぜそうなのかと考えますと、やはり株主に対する関心が非常に高い。株主に対して配当をしていくのが企業の責務の一つであるというふうに強くそちらから物事が考えられるのに対しまして、これは一般論だと思いますけれども、日本の企業行動の場合には第一にやはり市場シェアをどれだけとっていくか。利益率は当面低くてもいいよ、シェアをとればやがてそのシェアが利益に結びつくよというのが日本企業の基本的な考え方かなと思います。
 そういったところから、シェアをとるためにはやはりタイミングを逸してはだめだ、早く参入せいということからそういうどしゃ降りというようなことが当然出てくるかなと、こんなふうに思います。
#86
○星野朋市君 最後でございますので少しざっくばらんに私の意見も入れてお尋ねしたいんでございますけれども、澤田さんと竹中さんのお二人にお伺いしたいと思います。
 問題はちょっと違っていまして、コダックさんは先ほど事業本部を日本だけ、アジア・アフリカ・オセアニア、そこから一つ抜き出して日本に置いたという、まあ特殊なあれをとられたと思うんですけれども、これは一国に事業本部を置いたのは日本だけでございますか。
#87
○参考人(澤田卓也君) はい、さようでございます。
#88
○星野朋市君 それは、日本の市場を非常にグローバルな見方でお考えになって、それで非常に有望な市場とお考えになったのか、日本は非常に特殊な国だとお考えになってつくられたのか、それはどちらでございましょうか。
#89
○参考人(澤田卓也君) 前者の方でございます。
 日本がやはり自由主義世界第二の大市場であるということにおきまして、マーケティングの面におきましてはそういう意味におきまして日本事業部を、一国の事業部をつくったわけでございます。
 少し付言しますと、そればかりじゃなく、私は先ほど一部触れましたけれども、日本におきましては先端技術、殊にエレクトロニクス技術が非常に進んでおるわけです。私どもの会社は写真といいますかフィルム会社でございますけれども、最近概念が少し変わっておりまして、いわゆる銀塩写真じゃございませんで、エレクトロニクスによるイメージング、電子によって映像をつくるという傾向が今から十年、十五年、相当な勢いでそちらに転化するんじゃないかと予測されております。例えば今から十年後、約二〇〇〇年ごろには写真の業界においては半分は従来の銀塩技術じゃなしに電子による映像技術になるのではないかと考えておりまして、その電子による映像技術を研究するということにおきましては日本は抜群の環境を持っておるわけです。日本事業部をつくることによって日本に総合的な研究所を持っておりまして、そこからいろいろな技術を吸収しようということも考えておりまして、それが日本事業部を設立するに至ったまた別の理由でもございます。
#90
○星野朋市君 それから、研究所をおつくりになっていますけれども、イーストマン・コダックとして海外にそういう研究所をお持ちになっているところはどのくらいございますでしょうか。
#91
○参考人(澤田卓也君) 私は詳しいことは、研究所といってもいろいろな研究所がございまして、例えば自分の方のつくった製品を売るという研究所は世界各国に小規模でありますけれどもございます。ただ、日本に今設立された研究所は基礎研究でございます。英語で言いますとリサーチ・アンド・デベロプメントということを言いますが、研究開発の研究所でございます。これは日本以外ではアメリカ本社だけでございます。アメリカ本社以外は日本だけでございまして、先ほど申し上げましたエレクトロニクスに重点を置いているわけでございます。
#92
○星野朋市君 実は、そういうことをお聞きしましたのは、日本に外資の企業が進出してそういうことをなさっている、そういう形で言えば成功した会社があるわけですね。日本の企業が逆に外国へ出ていってどうしたら成功するのかというのは、実はその裏返しがあると思っているわけです。
 それで、例えばIBMさんはたしか税引き利益の一%ですか、これを御寄附なさっておられるようですね。最近日本の企業も経常益の何%かというのを一つのメルクマールにして寄附しようと、こんな動きが出てまいりました。IBMさんは、冗談じゃなくて経常益で言うと非常に大きな金額になりますからこれはもっともだと思うんですけれども、これはソニーの盛田さんが経団連の中に、今はちょっと名前変わったかもしれませんが、対米投資関連協議会というのをおつくりになって、いかに日本の企業がアメリカへ行ってグッドシチズンシップを発揮するか、よき市民となって要するにアメリカの社会の中に溶け込めば、そうすればアメリカの誤解もかなり解けるだろうと、そういうふうに一生懸命運動なさっているわけです
よ。
 アメリカの社会、特に企業は、一つは寄附とそれからボランティア、これが義務づけられているようなものだと。私も聞きますと、アメリカの場合では寄附行為について証明書を発行できる団体が約五百くらいあると聞いております。私もアメリカで若干の収入があるものですから確定申告のときは、あれは俗称タックスリターンと言うのですが、そういう形で若干の寄附をしておるんですけれども、同時に日本の企業に欠けているところはどっちかというとボランティアの面なんですね。こういうことを、要するに郷に入れば郷に従えで日本の企業がアメリカと同じ土壌でもって同じようにやれば、かなり誤解は解けるだろう。これは逆に外資で日本で御成功になっている企業の立場からすると、どういうふうにそれをお考えになっているかお聞きしたいと思います。
#93
○参考人(竹中誉君) 私は、先ほどもちょっと申さしていただいたんですが、企業の社会貢献活動というものを幾つかの外資の方々と意見交換をさしていただきましたときに、大変いろいろなことをやっていらっしゃるというのが実態だと思うんでございます。
 最近、雑誌、新聞関係のインタビューをこの社会貢献という問題につきまして受けたことがございますが、そのときにも、私どもの理念から発生してシステム、プログラムというふうなことについて、実態として経常益の一%ぐらいをめどにというふうなお話を申し上げたんでございますが、そのときにある雑誌の編集長さんがおっしゃっておりましたことなんでございますけれども、日本の会社にアンケートを出して社会貢献について実態をお知らせいただきたいというふうに伺うと、何にもありませんというふうに答えが返ってくる場合が多い。ところがいろいろお話を伺ってみますと、例えばみんなでその商売をやっている町をきれいにしようということで、全社員が一カ月に一回掃除をやっているとか、またいろいろな催し物に対して寄附をしているとかというふうなことをいろいろやっていらっしゃるというふうなお話を伺うんでございます。
 変な話でございますが、どんぴしゃ同じかどうかは別といたしまして、喜捨の精神というのはやはり日本にも伝統的に強くあるんじゃないかというふうなことを感じますし、交通緩和を図るために松下幸之助さんが大変大きな橋を寄附されたとかというふうな、そんなことを拾いますと数多くありまして、どうも、今先生御指摘の違いは確かにあることはあると思うんでございますが、どちらかというと貢献というふうな活動は日本においては陰徳であるという、陰徳であって初めてすばらしいというふうな感じ、考え方がございまして、アメリカ人に言わせると陰徳なんというのは無徳に近いんじゃないかと思いますが、やはり立派なことを、しかも異民族、異文化でございますから、そういう人たちにわからせるという努力をやっぱりやることによってかなりそういった面の日本の企業に対する考え方も違ってくるんじゃないかと思います。
 ただ、そういう理念みたいなものが根本にあんまりはっきりしてないというところは、海外に進出していって息の長い信頼関係を築いていく上では、まあ弱みといえば弱みなのかなという感じはいたしております。
#94
○星野朋市君 それは、陰徳は美なりではね。外国ではPRをもっとうまくしなくちゃならない。そこが欠けていると思うんですがね。
 終わりにいたします。
#95
○会長(田英夫君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人に一言お礼を申し上げます。
 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、ありがとうございました。ただいまお述べいただきました御意見につきましては、今後の調査の参考にいたしたいと存じます。本調査会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。(拍手)
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#96
○会長(田英夫君) 委員の異動について御報告いたします。
 本日、粟森喬君が委員を辞任され、その補欠として古川太三郎君が選任されました。
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#97
○会長(田英夫君) 次に、理事の補欠選任についてお諮りいたします。
 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。
 理事の選任につきましては、先例により、会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#98
○会長(田英夫君) 御異議ないと認めます。
 それでは、理事に古川太三郎君を指名いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時五十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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