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1988/03/22 第114回国会 参議院 参議院会議録情報 第114回国会 外交・総合安全保障に関する調査会 第2号
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1988/03/22 第114回国会 参議院

参議院会議録情報 第114回国会 外交・総合安全保障に関する調査会 第2号

#1
第114回国会 外交・総合安全保障に関する調査会 第2号
平成元年三月二十二日(水曜日)
   午後一時十分開会
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         加藤 武徳君
    理 事
                板垣  正君
                大木  浩君
                下稲葉耕吉君
                矢田部 理君
                和田 教美君
                上田耕一郎君
                関  嘉彦君
    委 員
                石井 一二君
                植木 光教君
                鈴木 貞敏君
                中西 一郎君
                永野 茂門君
                林 健太郎君
                林田悠紀夫君
                堀江 正夫君
                松浦 孝治君
                松岡滿壽男君
                山内 一郎君
                久保田真苗君
                志苫  裕君
                本岡 昭次君
                中西 珠子君
                吉岡 吉典君
                田  英夫君
                青島 幸男君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        荻本 雄三君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○外交・総合安全保障に関する調査
    ―――――――――――――
#2
○会長(加藤武徳君) ただいまから外交・総合安全保障に関する調査会を開会いたします。
 外交・総合安全保障に関する調査を議題といたし、本日は各会派を代表して御意見を述べていただきます。
 それでは、御意見のある方は順次御発言をお願いいたします。
#3
○大木浩君 当調査会における従来の討議の概要は、昨年五月に加藤会長から参議院議長に提出された中間報告に記されているとおりでありますが、その後一年足らずの間にも国際情勢には多くの進展が見られました。したがって、本日は最近の国際情勢の動きについて私の所見を述べるとともに、今後日本の果たすべき役割についても若干の意見を申し述べたいと思います。
 先般行われました昭和天皇の御大喪の礼に際し、百六十を超える世界各国の元首、政府首脳ないし閣僚クラスの代表が参列されましたことは我々の記憶に新しいところでありますが、その際、日本政府関係者あるいは我々国会議員も参加したいわゆる弔問外交を通じて、今や日本は単なる経済大国ではなく政治大国としての役割を期待されていることを強く実感した次第であります。
 すなわち、国際社会におけるこれからの日本は、政治的、経済的あるいは社会的、文化的にも尊敬され、理解される総合的な大国として行動する必要があり、そのためには重要な国際問題についてはみずからの立場を明示することのできる有言実行の外交を求められていると思われます。
 現在の国際情勢は、非軍事大国である日本が、そのユニークな政治的立場と大きな経済力を活用しながら、「世界に貢献する日本」として従来以上に積極的な役割を演ずるのに極めて有利な環境を提供しております。
 まず、米ソ両大国あるいは東西両陣営の間に存在する核兵力のバランス関係は、それが厳密なバランス状態であるか否かは別として、少なくとも米ソ両大国間の武力衝突を非現実的なものとする相互抑止の状態をつくり出しております。また、世界の大多数の国々が自国経済の成長を図るとともに、それを促進するようなグローバルな経済秩序の確立に大きな期待を抱いております。つまり、現在は軍事的対決を凍結して経済的再編成に世界の目が向けられている時期であるとも言えます。したがって、日本が自由圏諸国の一員として責任の分担を考える場合にも、右のような国際環境を前提として新しい視点から総合的かつ中長期的な対策を立てることが可能であり、またそれが必要となっております。
 三月十七日付の産経新聞への寄稿の中で、著名な未来学者であるアルビン・トフラー氏は、各国の軍事予算のGNPに対する比率だけを基準として防衛努力の大小を比較するような一律的なバードンシェアリングの主張はもはや時代おくれである。安全保障を軍事問題としてのみとらえるのではなく、経済、政治、外交面の包括的な政策として考えることが望ましいと指摘していますが、自由主義陣営の指導者の間にも次第にこのような考え方を支持する人がふえているように思われます。
 軍事面以外での安全保障に対する日本の貢献といえば、やはり経済分野での協力が中心になると思われますが、開発途上国に対しては、ODAなど狭い意味での経済援助ばかりでなく、技術力の移転やマネジメント能力の供与を伴う民間投資なども含め、相手国のバランスのとれた発展に寄与することが肝要であります。
 また、大幅な双子の赤字の解消に苦慮している米国を初め、先進諸国もそれぞれの経済問題を抱えており、これらの問題解決に寄与するようなグローバルな経済システムをつくり上げることも自由陣営の安全保障に対する重要な貢献と考えられます。
 さて、現在の国際情勢をもう少し詳細に分析するために、第一に東西関係、第二に南北問題、第三に産業ないし経済活動の周辺で生じている若干の諸問題に分けて最近の状況を観察してみたいと思います
 最近の東西関係は、一言にして言えば極めてわかりやすい様相を呈しております。これは、我々が現在及び今後の東西関係をすべて正確に把握し予測できるということではありませんが、少なくとも現在の段階においてソ連の指導者の主要関心事が那辺に存するか、またこれに対して西側主要諸国がどのような考え方に基づいて対応しているかはかなり明瞭であるという意味であります。
 現在のソ連は、経済や行政の運営について多くの問題を抱えており、制度や組織の改革を含む抜本的な対策を講じなければ社会も経済も大きな停滞をもたらすおそれがあります。この事実に気づいたゴルバチョフ書記長の打ち出したのがペレストロイカ、グラスノスチなどの言葉に要約される諸般の改革であると思われます。そして、このような改革を行うためには国際的にも緊張緩和の環境が必要であるとの認識が、ゴルバチョフ書記長の米ソ対話継続への熱意の背景をなしていると判断されます。
 ソ連の平和攻勢とこれに対応したレーガン政府の協調的な姿勢は、INF交渉の成立など具体的な成果をもたらしましたが、今後の東西関係の進め方について西側陣営内に若干の意見の不一致をもたらしています。例えばヨーロッパ諸国、特に西独は、ソ連側との対話を積極的に推進し、金融協力を含む経済、貿易関係の拡大にも前向きの姿勢を示していますが、米国は対ソ軍縮交渉は継続するものの、ソ連の軍事力の増強や急速な経済力強化につながるような交流には消極的であると見られております。また、中距離核兵器撤去以後の欧州における短距離核兵器及び通常兵器の配備をどうするかについても、米、西独の間に意見の相違のあることが伝えられております。
 西欧諸国の中でも英国は、米国にできるだけ協調しようとの姿勢が見られますが、米英の接近がかえって欧州大陸諸国の離反を招く可能性もあり、ブッシュ新政権としては今後NATO体制の再点検が必要になるものと思われます。
 米ソを頂点とする東西対話の進行は、ソ連国内の自由化傾向とも相まって、東欧諸国内にも大きなインパクトを与えつつあります。国際的な分野では、ハンガリーを初めとする東欧諸国が、日本や西欧ばかりでなく米国や韓国など、従来はマージナルな経済関係しか持っていなかった西側諸国との結びつきを深め、西側から東欧諸国への投資も徐々に拡大の傾向にあります。
 このような東西接触の進行が、ソ連東欧圏内のコメコンなどを中心とする域内経済協力関係にどのような影響を及ぼすのか、あるいはソ連と東欧諸国との間のバイラテラルな関係にどのような変化をもたらすのか、最終的な判断を下すことはなお尚早と言えましょうが、少なくとも現象面を見る限り、ソ連も東欧も西側との経済的交流を深め、西側が主導権を握っているガットなどの国際機関への加入も考慮したいとの姿勢を示しております。そして、このような過程を通じてソ連東欧諸国の経済システム自体が次第に変質していくことも否定できないと思われるのであります。
 なお、東西接触の進む中で中国の立場が関心を集めておりますが、中国の場合も国内の経済や行政の改革と対外関係の調整とが密接な関連を持っているように思われます。近代化を進める中国にとって西側からの資本や技術の導入は一段と重要になっておりますが、経済や言論の自由化と党の政治的イデオロギーとをどうバランスさせるか、この問題をめぐって党の指導層の間にも微妙な意見の対立が見られるように思われます。
 次に、南北問題でありますが、わかりやすい東西関係に比較すると、最近の南北問題は極めて複雑でわかりにくい様相を呈しておると思われます。その最大の理由は、いわゆる南の国々あるいは第三世界と言われる開発途上国の中に経済的に明らかな分化現象があらわれつつあり、政治的な立場も千差万別であるということであります。
 アジア地域において、韓国、台湾、香港、シンガポールなどいわゆるNIESと言われる諸国あるいは地域は、近年急速な経済発展をなし遂げ、今や先進国のレベルに近づく勢いを示しております。最近のNIES諸国は、先進諸国にとっては経済援助の対象国としてよりはむしろ強力な競争相手として注目を集めているのであります。
 また、ブラジル、アルゼンチン、メキシコなど中南米のリーダーと目される諸国は、経済発展のレベルでは優に中進国の域に達しているものの、開発計画の誤りや石油生産の見込み違いなどから巨大な累積債務を抱える結果となり、世界の金融機関にも影響を与える重大な問題となっております。
 また、サハラ砂漠以南のいわゆるブラックアフリカ諸国の大多数やラオス、カンボジア、ビルマなどの南アジア諸国は、輸出産品の値下がりや戦乱による荒廃あるいはすぐれた経済指導者の欠如等により慢性的な経済の停滞を招き、今なお最貧国の状態から脱出し得ない状況であります。
 このように二、三の例を挙げただけでも第三世界諸国の置かれた経済的、社会的状況は多種多様で、一律の援助政策によって解決を望むことができないのは明白であります。
 経済発展段階や財政金融状態の異なる国々において、それぞれの国の事情に応じた経済政策とそれに見合った諸外国の援助政策が立てられなければならないのは当然でありますが、開発途上国の経済開発は狭い意味での経済政策のみで促進されるものではなく、経済発展を促すような社会構造や政治的な安定の確保、あるいはマネジメントや科学技術などの分野で能力を持った人材を養成するための教育など、経済を支えるハード及びソフトなインフラストラクチャーの整備が必要であります。
 なお、開発途上国の多くにおいて今日でも地域的なあるいは国内における武力紛争が続いていることは極めて不幸なことであります。アフガニスタンからのソ連軍の撤退、イラン・イラク戦争の停戦など明るい材料もないではありませんが、今なお金世界を通じて戦火の絶えることがなく、あるいは国際紛争との関連においてテロリスト活動が続いているのはまことに悲しむべきことであります。それぞれの当事者にとっては何としても貫徹したい主張があるのでありましょうが、交戦国の双方がみずからの正義を主張して武力行使を続ける限り国民生活の安定も経済発展もおくれるばかりであり、紛争当事国の指導者の賢明な決断が強く望まれる次第であります。
 次に、最近国際的にも取り上げられるようになった産業や経済活動の周辺部分で生じている幾つかの問題について申し述べたいと思います。
 例えば国境を越えた労働力の移動、環境問題、各国の流通機構の合理化、特許権、著作権など知的所有権あるいは技術移転の分野に属する問題などであります。
 国際交流の進展により物や金の移動は全般的に自由化傾向にありますが、人の移動の場合には関係国の社会構造や労働政策との関連もあり、簡単に自由化へと進むことは困難なように見受けられます。しかし、ベトナム難民のように人道的考慮を要する場合もあり、また、文化的交流の意味を持った大学教授や留学生の受け入れにはできる限り柔軟な対応を図ることが受け入れ国の成熟した国際化のためにも望ましいと考えられます。
 環境問題は産業の急速な発展と科学技術の進歩の両側面から各国の国内問題としても取り上げられておりますが、最近は環境破壊が国際的な規模で進行している場合もあり、またこれに対する対応策も国際的な協力を必要とするケースが増加しております。環境問題は、今後先進諸国間の協力課題として、また途上国に対する経済技術援助の対象として次第に重要性を増すものと考えられます。
 流通機構や知的所有権は、当面主として先進国の間で貿易インバランスや先端技術分野での競争の問題として取り上げられておりますが、ガットのウルグアイ・ラウンドの進行や米加自由貿易協定の成立、西欧における一九九二年を目指しての拡大欧州共同市場の発足など、国際経済活動も再編成の動きのある中でこれらの問題が新たな経済摩擦の種とならないように、合理的、建設的な取り扱いが望まれるところであります。
 さて、以上のような国際情勢の多面的な動きに対して日本としてはどのような役割を果たすべきか、私の意見を三つの点に絞って申し述べたいと思います。
 まず第一に、安全保障の分野における日本の役割を考えるためにはアジア・太平洋地域における軍事情勢を知る必要がありますが、ヨーロッパ地域と異なりアジア・太平洋地域では、ソ連はその具体的行動を見る限り積極的に軍縮を進める姿勢を示してはおりません。しかしながら、種々のレベルにおける日ソ外交交渉の推進など、ソ連が平和攻勢を展開しているのも事実であります。
 日本として考えられる安全保障面の貢献としては、日本自身の防衛力の増強、在日米軍の経費分担あるいはその他の方法による米軍との協力体制の強化、例えばSDI協定への参加など科学技術分野における西側諸国との協力、ココム取り決めに基づく戦略物資の対共産圏禁輸等々が考えられますが、日本のGNPが着実に増大し、たとえその一%程度の防衛予算であっても、自衛隊の保有する防衛戦力が既に世界有数の規模に達し、近隣諸国に対する潜在的脅威となる可能性も指摘されている現在、日本自身の防衛力増強には慎重な外交的配慮が必要と思われます。
 今後自衛力の質的な充実や緊急体制の整備など必要な改善は進めるとしても、防衛予算の急速な増大には慎重な検討が必要と思われます。むしろ日本としては、アルビン・トフラー氏の言うように、総合安全保障構想の大枠の中でいかにして総体的な防衛努力を強化するか、内外に向かって説明のできる明確な方針を打ち出すことに焦点を置くべきであると考えられます。
 第二に、経済大国日本としては、日本の抱える個々の経済、貿易問題の解決ばかりでなく、今後の世界経済の安定と発展を可能たらしめるためのグローバルな経済システムの確立やルールの整備に積極的な役割を果たすことが期待されております。このようなシステムやルールが実効的なものとなるためには経済大国日本がこれに参加することが不可欠であり、参加のために必要な国内体制の整備や国際化措置、例えば国内市場の開放や国際基準に合致した種々の規制措置の合理化などを着実に進めることが必要であります。
 なお、最近の国際経済活動は、伝統的な商品貿易やこれに伴う金融業務にとどまらず、大量の為替取引や外国株式の売買あるいは国境を超えた企業の合併、買収など新しい現象もあらわれており、他方、企業の活動に対する政府のコントロールは自由化の傾向にあります。したがって、世銀、IMF、ガットなどの国際機関を通じ、あるいはG5、G7や先進国サミットなどの政府首脳間の協議を通じて新しい現象に迅速に対応できる体制を整えておく必要があると思われます。
 貿易を中心とする諸問題についてはガットのウルグアイ・ラウンドを通じて国際的な協議が進められることになっておりますが、ガットにおける討議内容も最近はサービス産業にまで拡大される傾向にあります。他方、世銀、IMFなどの機能も国際経済活動や経済技術協力の多様化に伴い一段と多面的なものになると予想されます。したがって、これら国際機関の業務分担の再調整も今後の課題になるものと考えられます。
 以上のような諸問題についての国際協議に対して日本としては積極的に参加し日本としての正当な主張は十分表明するとともに、世界経済の安定的成長のために国力に応じた協力を惜しまないことも「世界に貢献する日本」の重要な責務であると信じます。
 第三に、日本の協力が最も期待されている分野として開発途上国に対する経済技術援助が挙げられます。日本が従来行ってきた対外援助の是非あるいは今後の改善策については、既に関係小委員会等においても詳細な討議が行われておりますので、本日は掘り下げた議論を行うことは差し控えますが、先ほども述べましたとおり、開発途上国側の状況が国ごとに多種多様であり、これに対応した援助が行われない限り望ましい結果は期待できないこと、したがって相手国の実情を正確に把握することが有効な対外援助政策の第一歩であることを指摘しておきたいと思います。
 最後に、我々日本人が今後も平和と繁栄を引き続いて享受するためには日本の経済や社会の国際化が不可欠であることが各方面から指摘されておりますが、国際化のためには、やはり日本人がそれだけの努力を払い、負担を受け入れる覚悟が必要であります。すなわち、国際化のためにはコストを支払う必要があり、この支払いは我が国の国家戦略の中で高いプライオリティーを与えられなければならないことを強調して私の発言を終わります。
 ありがとうございました。
#4
○矢田部理君 私は、日本社会党を代表し、私の意見を述べます。
 一九八七年末にゴルバチョフ政権とレーガン政権との間で結ばれ、八八年六月に発効したINF全廃条約は、それ自体としては全面核廃絶に直接結びつけられてはおりませんが、条件さえ整えば、戦略核、海洋核、戦術核などについても軍縮、廃絶が可能であることを示したものとして画期的な第一歩でありました。
 その条件とは、技術的には検証問題などが挙げられておりますが、むしろ政治的な信頼関係の構築こそが決定的な重要性を持っております。この信頼関係とは、単に軍事面にとどまらず政治的、経済的、社会的、文化的なあらゆる分野にわたるものであり、そのような多面的な友好関係を大胆かつ綿密に積み上げていく努力なぐしては生まれないものであります。その意味では、核問題の打開は核超大国である米ソ間の関係改善がどの程度まで進むかに依拠しているところが大きいと言わなければなりません。
 その際、ソ連のゴルバチョフ政権のペレストロイカ路線の評価が大きな問題となります。それが単なる見せかけであるとか政治的術策でしかないという見方はもはや論外としても、それが国内政策であって外交政策や国際路線とは別であるという機械的な分離論についても軽々にとるべきではありません。ソ連は、客観的にも国民の必要と願望からも抜本的な改革を必要とし、それを実行しようとしているのではないでしょうか。全般的なシステムの改革とその中でのソ連国民の自主性の涵養、創造性の発揮がもはや避けては通れない課題であるとの認識に支えられて、ソ連指導部は今日の路線を選択したと見るべきであります。もちろん、急激な変化に伴う抵抗や混乱などの諸矛盾も相当大きいようであり、そのために紆余曲折があるでありましょうが、基本的な方向としては後戻りできないところにきているものと考えます。
 こうした国内改革の成功的な遂行のためには、平和的な国際環境、緊張の緩和が不可欠の条件であります。軍拡競争や他国への派兵、あるいは地域紛争への軍事援助等の介入さえもがこの条件に背反するし、国内的にも過重な負担をもたらしてきました。ソ連よりも軍事的、経済的に有力な米国さえもがかかるあしき競争によって疲弊し、国防予算の圧縮に力を注がざるを得なくなってきています。また、そうした国際的対決構造が地域紛争を激化させ、途上国の経済的自立や民主化の悲願をも阻害してきました。
 したがって、今日の米ソ新デタントがたとえ両国の国力の衰退、没落という危機感、その限りで言えば国益論に発したにいたしましても、また最初は緩やかで部分的であるにいたしましても、それが持続し、加速され、多面化されていくならば、国際社会にははかり知れない好影響をもたらし、地球的、人類的諸課題への体制を超えた共同の取り組みや諸国民の焦眉の課題の解決を促すことにもなるでありましょう。
 この立場から見るならば、ソ連の一方的な五十万人の兵力削減計画やアフガンからの完全撤退、ニカラグァやパレスチナ、アンゴラ、ナミビア問題の平和的解決の機運、中ソ和解や南北朝鮮の対話と交流の拡大の動きなどは、それ自体として歓迎すべきであるというにとどまらず、それらの好ましいイニシアチブを促進させ、定着させ、新しい平和の時代を開く基盤とすべく努力することが日本にも課せられた大きな責務でありましょう。
 もちろん、国際的な緊張緩和策や地域紛争の和平への動き、軍縮への部分的イニシアチブなどの陰で、米ソ両国ともに戦略核や海洋核、戦術核などの維持と更新が続き、通常兵力の分野でもハイテク化によるスクラップ・アンド・ビルドの傾向が進んでいるという事態を私たちは無視すべきではありません。しかし、戦略核でおおむねのパリティが存在し、通常兵力、特にハイテク化の分野では米国優位の状態が存在するという現状のもとで、それ以外の軍事的、政治的環境が好転しつつあるということは、今後の課題をそうした戦略核や通常兵力の軍縮問題に絞り、世界世論がそこに集中することができるという意味でも重要な一つのステップなのであります。
 この点でも日本は、米ソ両国へ核廃絶を要求し、米ソ中、南北朝鮮を含むアジア・太平洋地域の非核化構想を具体的に打ち出し、地域的な国際会議を唱道するなどして核廃絶へのイニシアチブをとることが可能であるし、その責務があります。そのためにも米国の核戦略体制への参加や協力を断り、日本周辺での米ソによる軍事力増強や軍事演習の停止を求め、ハイテク分野での日米軍事技術協力の停止など、みずから率先して非核化と軍縮への意思を行動で示すべきなのであります。まして、日本の自衛隊の急速な増強と、米戦略と一体化した攻撃性を持つ前方防衛戦略の採用は、この課題に真っ向から矛盾するものであり、根本的な見直しがなされなければなりません。
 他方、経済的、社会的困難は第三世界において最も深刻であります。途上国の累積債務総額は一兆三千二百億ドルに達し、これは途上国のGNP総額の約五割にもなっています。この累積債務は、途上国の経済的自立への大きな圧迫要因となっているばかりではなく、世界経済の大きな不安定要因となっています。
 また、途上国の政治、経済、社会構造も特権層の支配下で改革が進まず、これと多国籍企業や先進工業国の軍事、経済援助がいびつに結合して、貧しい膨大な民衆の苦しみを持続させ、加重させています。頻発する災害や慢性的な飢餓、教育、保健医療、住宅、失業問題などが山積しており、これに内戦や過酷な軍事的抑圧が加わって、途上国民衆の生存権、市民的自由などの基本的人権、民主化の要求は極めて切実なものとなっております。
 今、日本人は、企業進出や経済協力、投資などを通じて、また年々増加する国民の海外渡航を通じて、途上国民衆の目に大きく映っており、このような彼らの苦難にどうこたえるかが厳しく問いかけられていると思います。
 日本は、このようなグローバルな課題に対処する上で二つの有力な手段と条件を持っております。
 一つは、日本の国家原理としての平和憲法であります。その前文で言う「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてみる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」との理念は、日本が国際平和の促進と南北問題の解決のために積極的に努力する上での国民的行動原理を示しており、国民的合意が容易であります。
 もう一つは、日本が今日獲得した世界有数の経済力であります。その経済規模は、日本の行動が世界に大きな影響を及ぼすほど大きいというばかりではなく、そのあり方、政策のいかんでは国際的な緊張緩和を加速させ、地球的、地域的な深刻な諸課題、途上国民衆の悲願の解決にも大きく寄与し得るという意味で大きな可能性を持っているのであります。
 しかし、日本政府の対外政策は、これらの国際的に重大かつ緊急の諸課題と日本自身の責務に十分にこたえていないばかりか、しばしば逆行さえしていると言わざるを得ません。
 その第一は、外交路線の立て方であります。
 世界の構造を東西軸で切ることを大前提として、西側の一員論による日米関係を第一義的なものとして、その基盤を日米安保条約体制に置いてきたのであります。こうして日本の対外政策は、米国の世界戦略との整合性を常に追求することに主眼が置かれ、米国の経済力の減退や軍事戦略の再編が進むにつれて、それを積極的に補完し支える方途が何よりも優先されてきました。このため、米国の世界戦略や軍事戦略自体が持つ危険性や誤りを日本が主体的に克服し、平和に独自に貢献するという責務と可能性を無視して、みずから手を縛ってきたと言わざるを得ません。
 世界を見れば、日本以上に困難な地理的条件や日本よりもはるかに弱小な経済力を持った諸国で中立政策を国是とし、国際的にもその立場が尊重され、そして超大国に対しても自主的な姿勢を貫いている国は少なくありません。中立政策は不可能なのではなく、また非現実的なことでもありません。これは、何よりもそれを選択しようとする意思の問題であり、あとはその実現のためのプロセスについての政治的、実務的な配慮の問題であります。
 我々は、日本国憲法の精神に基づき、また今日の世界情勢の趨勢と人類的諸課題の要請にかんがみて、日本が積極的な中立政策を選択することによって開かれる日本外交の可能性は極めて大きいと考えております。
 第二に問題なのは、日本の防衛政策であります。
 日米安保条約を通じて、またその拡大解釈を重ねることを通じて、日本は米国の軍事戦略上の要求を受け入れ、またそれを口実としつつ、積極的に軍拡と集団安保体制構築の道を選んできました。特に、ガイドラインに基づく最近の日米共同防衛体制の進行は、政府の言う専守防衛の範囲さえも超えて、西太平洋における米核戦略体制を支え、極東における米国の核戦争能力を補完する役割を年々強めております。
 また、これに伴って日本の軍事予算はこの五年間だけを見ても年率五・七%という高率の伸長を続けており、世界有数の軍事力を保有するに至っております。防衛庁は日本の自衛隊は世界第八位であると言っておりますが、ミリタリー・バランスなどによると第六位となり、NATO方式というより客観的な基準では、まさに米ソに次ぐ世界第三位の予算規模となっているのであります。しかも、政府は今後もこのペースを維持し、強大な軍事力を構築する計画を推進しようとしております。
 このような実態は、歴代首相の国連での軍縮演説をそらぞらしい説得力のないものにしております。それはまた、かつて日本軍国主義の侵略の惨害を受けた近隣のアジア諸国に不安と警戒心を呼び起こしつつあります。そればかりではありません。今日最も緊要な課題である対ソ緊張緩和と極東における軍縮の促進について積極的な提案も働きかけもない外交姿勢と相まって、むしろ極東における軍事的対峙の壁をより厚く、より高くする方向でしか動いておりません。
 このような現状を打破する道は、日本が日米安保条約を解消し日米平和友好条約を締結して、非同盟、積極中立の立場を明らかにするとともに、非武装の実現を目指すことを明確にしながら、当面日本が防衛費をGNP一%の枠内に抑制し、攻撃的性格の強い兵器の削減を行うなどの態度を示すこと、また米国の核戦略体制への協力、参加をやめ、極東における米ソの兵力削減と引き離しを強力に働きかけること、そしてソ連との間で軍縮、緊張緩和、信頼醸成、経済協力、文化交流等の具体的な課題についてテーブルを設け、可能なところからその実施を逐次図っていくことなどが同時並行的に進められること以外にありません。このような多面的な努力の積み上げが北方領土問題の解決にも大きく寄与するものと考えます。
 第三に、対朝鮮政策が抜本的に転換されなければなりません。
 日本は朝鮮人民に対し、過去の植民地支配に対する謝罪と補償をまともにすることなく、朝鮮の南北分断とその固定化に積極的に手をかすことによって二重の誤りを続けてきました。我々は長い間この誤りを指摘し、対朝鮮政策の転換を要求してきましたが、今日南の民主化の一定の進展と北の開放政策の採用などを踏まえた南北対話の本格的再開によって、その条件はこれまでになく成熟してきています。政府はおくればせながら北半部に対する謝罪と補償の態度を示して始めておりますが、余りにも消極的、状況追随的であり、誠意と自主性は極めて弱いと言わなければなりません。
 植民地支配への謝罪と補償は、南北分断とは無関係の問題として、朝鮮民主主義人民共和国との間で直ちに交渉のテーブルを設けるべきであります。また南北の自主的平和統一を支持し促進する立場から、南北朝鮮との間に平等な関係を結ぶよう努力すべきであります。漁業問題のみならず通商協定や航空協定、文化、学術交流、経済協力や人的交流など、国家承認の問題とかかわらしめないでもとり得る方策は多いのであります。この点で、旅券における「北朝鮮は除く」との記載の継続などは論外であります。
 このような共和国側との具体的で誠意ある交渉と交流の進展こそが南北の緊張緩和にも好影響をもたらし、それがひいてはアジアの平和と安定にも大きく寄与し得ることを確信すべきであると考えます。
 第四に、経済協力のあり方について問題は大きいと思います。
 今日、日本のODAは年間一兆五千億円、百十億ドルに達し、世界一の規模となっております。このODAが相互依存論の名のもとに日本経済、日本企業の利益を基準として配分されているという批判や、人道の理念が確立していないとの指摘は従来から繰り返されてきました。しかし、近年最も重大なのは、戦略援助の傾向が強まり、南北問題を東西対立の観点から裁断して、いわゆる西側に都合のよい途上国の政権や政策を育成、誘導しようとする姿勢が強まってきていることであります。
 五年前の一九八四年九月、日米両政府の間で設けられた日米諮問委員会が報告を出しましたが、そこでは日米のODAについて、戦略的に重要な地域に対する援助の政治的重要性を日本は認識している。日本はこの傾向を維持していくべきであり、特別な海外援助努力を正当化する総合安全保障政策の一部として決定していくべきであると明記されております。
 この傾向は途上国での低強度戦争への米国のてこ入れ策によって拍車がかかり、より軍事的、治安的性格を持とうとしております。つまり米国は、ニカラグアに対してのように、反米、非親米政権に対しては反政府武装ゲリラに軍事的援助を行い、反共親米政権に対しては国内の反政府勢力を鎮圧、粉砕するための軍事的援助を行うというぐあいに、途上国の内戦や政治的対立に直接間接の介入を強めています。
 これに英、仏、イスラエルなどの武器売り込みが加わり、これらに対抗するソ連、東欧、キューバなどの軍事的援助も継続したことによって、第三世界の政治的地図と途上国の国内問題に東西対決の影が色濃く差してきております。米国防長官と日本の防衛庁長官との会談において日本の援助増大が強く求められたのも、このような文脈からなのであります。
 昨年のサミットにおいてレーガン大統領が提起したフィリピンヘのミニ・マーシャル・プランも、米軍基地の存続と反政府勢力の圧迫のためにアキノ政権に数十億ドルもの資金を投入しようとするものであります。これはさすがにサミットでの合意にはなりませんでしたが、竹下首相は積極的に支持し、今年夏の具体案の作成を目指して作業が進められております。要するにアメリカは、財政難の折からも世論への配慮の面からも、米国の軍事援助に結びついた周辺の軍事関連、治安関連の援助やさらに外側の開発援助、財政援助などの総合的な戦略援助を多国間の共同プロジェクトとして実施しようとしているのであり、これに経済力を持ちODA予算を急増させている日本が加担しつつあるのであります。
 しかし、第三世界の根本問題、途上国の抱える困難の真の原因は、歴史的に押しつけられてきた経済的従属と膨大な貧困層の存在、そしてそれらを条件として抜本的社会経済改革を阻害している特権層の軍事的、強権的な支配にあります。したがって、援助は何よりも途上国の経済的自立、民衆の貧困からの解放、そのための経済社会改革の速やかな達成のためにこそ行われなければなりません。戦略援助の発想はこれとは全く逆行し、途上国の矛盾を力と金で抑え込み、新たな矛盾、爆発を用意するものにほかなりません。
 この点では、日本は北欧諸国やオランダ、カナダ等の国際協力の姿勢を見習うべきであります。また、まじめなNGO活動の精神を日本の経済協力の理念として取り入れ、その視点や方法もODA実施に当たって組み込むべきであります。
 この立場から我々は、日本のODAの実施体制と予算のあり方について抜本的な改善策を提起してきました。その内容は既に国際経済・社会小委員会において詳細に述べているところであります。したがって、時間の関係もあり、ここでは省略をいたします。
 その内容は、余りにも当然かつ必要なものであるにもかかわらず、したがって積極的な反対理由がないにもかかわらず、政府及び関係省庁においてこれを理解し実現しようとする姿勢が見られず、当調査会でもいまだ立法化の合意が見られていないことは極めて遺憾であります。
 八九年度ODA予算案を見てみましても、総額は世界一になったとはいえ、贈与比率は五割に満たず、しかも逆に三年連続して低下しております。外務省が目玉として宣伝しているNGO関連予算はODA全体の二千分の一以下でしかなく、その支出先や方法についても恣意性や無原則とのそしりを免れないのであります。また、外務省やJICA、OECFなどの援助担当者、特に現地駐在員は質量ともに不足していることが従来から指摘されてきましたが、ODA予算が急伸するにつれ、そのギャップは拡大する一方であります。これでは途上国の民衆の真のニーズの把握やそれに基づいた計画の立案はおぼつかなく、また実施過程において指摘されている不正、腐敗あるいは浪費等の問題の根絶や解決はできないと言わなければなりません。
 我々は、日本のODAが名実ともに国際的に高い評価を受け、南北問題の真の解決に寄与し得るよう、一日も早く右の理念と諸原則を確立し、それに基づいた体制の整備が行われることを強く要請したいと思います。
 以上、日本外交の基本姿勢と当面する重要な課題について述べてきましたが、非核、軍縮、対ソ緊張緩和、対朝鮮政策の抜本的転換と南北朝鮮の自主的平和統一への寄与、経済協力の理念、諸原則の確立とシステムの改革、拡充などにどれだけ主体的、積極的なイニシアチブを発揮し、独自の外交展開ができるかが今何よりも問われていると思います。
 以上です。
#5
○和田教美君 私は、公明党・国民会議を代表して意見を述べます。
 近年、国際関係はますます相互依存の関係を強くしておりますが、同時に八〇年代前半期を支配し続けた冷戦構造にもはっきりとした変化が認められます。米国のシュルツ前国務長官は任期満了を控えて、冷戦は終わったとの認識を表明し、その理由として、核戦争の危機が激減したこと、米ソ関係の改善によって世界的な軍事緊張が緩和し、超大国による問題解決への協力体制が整ったことを指摘したのであります。また、レーガン前大統領はお別れ演説で、ソ連に関して、ゴルバチョフ書記長のもとのソ連は、約束と言葉でなく行動で示す点で七〇年代のデタント時代と異なるだけでなく、国内の民主的改革を進めていると指摘し、ソ連との関係改善はかけではないと表明いたしました。
 確かに、八五年のジュネーブ首脳会談以来五回の直接対話を経て米ソ関係は大きく改善され、かつての疑心暗鬼ではなく相互信頼に基づく安定期に入ったと言えましょう。米ソ中距離核戦力、INF全廃条約の調印、発効はその一つの象徴でありますが、さらにこれを契機に戦略核半減交渉のほか、化学兵器禁止交渉、欧州通常戦力交渉などが行われ、またゴルバチョフ書記長が表明したソ連軍五十万人削減など、軍縮の機運が盛り上がっております。
 一方、これまで東西対立の要因でもあった地域紛争が次々と米ソ主導のもとに解決に向かっている事実を指摘すべきであります。昨年四月のアフガニスタン和平協定合意とこれに続く駐留ソ連軍の完全撤退、八月のイラン・イラク戦争の停戦実現、さらにカンボジア問題の政治的解決を目指す動きが活発化し、中東和平も米国とパレスチナの直接対話開始によって和平実現に対する期待が持たれております。
 さらに重要な事実は、こうした米ソ関係の好転が中ソ和解を促し、それが中印関係、印パ関係の改善につながり、あるいは西欧諸国とソ連の経済関係の強化、ソ連、東欧と韓国との関係促進など、いわば関係改善、緊張緩和の連鎖反応を醸成しつつあることであります。
 このように、今日の国際情勢は現状維持的傾向を脱し、変革を志向しつつ、全体として軍縮と緊張緩和の方向に向かっていると言えましょう。レーガン前大統領も述べたように、七〇年代のような約束と言葉によるデタントではなく、行動によって裏打ちされた真のデタントを確立することが今世界に求められているのであります。私は、我が国が世界に果たすべき役割は、このような国際情勢の好ましい潮流をさらに助長し、これに貢献することであると確信いたします。このような認識に立つとき、我が国の外交はこれまでのような米ソ冷戦型の思考方法から脱却し、新しい発想に立った外交展開をしなければならないと考えます。
 我が国外交の課題は、外交実施体制の充実はもちろんのこと、主体性ある外交の展開、対等なよきパートナーとしての日米関係の構築、特に拡大する貿易、経済摩擦への適切な対応、日ソ間の安定的な平和友好関係の確立と北方領土の返還実現、朝鮮民主主義人民共和国との関係正常化、国際交流の強化拡充、世界経済の安定的発展に資する経済外交の展開、累積債務問題への積極的対応など山ほどありますが、ここでは特に軍縮、安全保障、経済援助の三点に絞り私の意見を述べます。
 まず軍縮問題ですが、私は既に当調査会でしばしば指摘してきたとおり、アジア・太平洋地域の地域軍縮について米、ソ、中国を含めた関係国が話し合える場、何らかの対話のチャンネルを早急につくるよう我が国がイニシアチブをとるべきことを主張するものであります。
 ヨーロッパでは戦略核半減交渉など核レベルの軍縮討議の場が設けられているほか、今月始まった欧州通常戦力交渉など通常兵器のレベルでも幾つか東西話し合いの場が持たれてきました。しかし、アジアでは核のレベルにおいても通常兵器のレベルにおいてもこの種の軍縮を話し合うチャンネルは全く存在せず、アジア・太平洋地域は今や軍拡の吹きだまりの感があると指摘する論者さえいます。
 政府はこれまで、ヨーロッパは基本的にNATOとワルシャワ条約機構の対抗関係という二極構造で軍縮討議の場を設けるのは比較的容易だが、それに比べてアジアははるかに複雑であり、アジア・太平洋地域の国々による軍縮の場づくりは現状では時期尚早だと主張してきました。私もアジアの構造が複雑であることは一応認めますが、複雑さを隠れみのにしていつまでも時期尚早論を繰り返すのはもはや許されないと考えます。もし政府にその気がないというのであれば、まず手始めに、当調査会の主導によって国会がアジアの地域軍縮問題を話し合う関係国国会議員会議の開催を呼びかけるよう提案するものであります。そこでは、海の核軍縮や非核地帯の設置の可能性など核レベルの問題は言うまでもなく、通常兵器のレベルでも実現可能な軍縮の方途について自由な意見の交換を行い、アジアの緊張緩和の前進に寄与すべきだと考えます。
 この際、軍縮問題と関連し、我が国の対ソ外交について申し述べます。
 政府の対ソ外交は、一面では日ソ外相会談、平和条約作業部会など評価できる動きもありますが、基本的には対ソ脅威の認識を払拭することができず、相互不信が底流となっているのであります。そして、不信が不信を呼び、相互に武装を強化するという悪循環に陥る危険性があります。日ソ関係が修復不能に陥るような事態は何としても回避しなければなりません。そのため、ソ連の姿勢の変化、アジア・太平洋重視の態度を積極的に評価し、これに柔軟に対応していくことが望まれますが、同時に信頼関係構築のため、私がこれまで幾たびとなく提言しておりますように、日ソ間に信頼醸成措置を形成すべきであります。欧州における軍縮交渉の進展がその前段階として信頼醸成措置を伴ったように、我が国周辺を含む東アジア地域の軍縮のため、そうした行動に直ちに取り組むべきであります。
 政府はこれに対し、必ず北方領土問題の存在を理由に日ソ間の信頼醸成は現段階では不可能である旨主張するのでありますが、歴史を振り返ってみても領土だけを交渉のテーブルにのせて解決した例はほとんどありません。それは経済、軍事、社会、文化など、広く当事国が抱えるすべての問題を絡ませて初めて決着がつくものなのであります。
 さて、私はここで八七年末の米ソ首脳会談におけるゴルバチョフ・ソ連書記長の発言を思い起こします。それは、日本、西ドイツ、イタリアを例に挙げ、これらの国は米ソ両国よりも少ない軍事負担のおかげで経済的に繁栄してきたと述べた点であります。戦後の我が国が軍事大国を目指さず、経済発展優先の政策を進めてきたことは賢明な選択であったと私は考えます。八五年には米国の三割であった我が国のGNPは、八八年には六割に達し、一人当たりGNPでは米国を超えているのであります。今日、外から見た日本経済の存在は巨大なものになり、世界への影響力は飛躍的に高まっています。
 今後我が国が目指すべきは、同盟内の多様性を追求する西欧諸国を参考に、米国の要請は要請として受けとめながらも独自の理念に根差した行動を強めることであります。そのためにはまず、軍事小国経済大国という国家的目標を改めて再確認し、蓄積した経済力をもってできる限り開発途上国などの経済発展を助けることであります。長期的に見れば、こうした政策の実施こそ我が国が取り組むべき軍縮問題の基盤を形成すると言えましよう。
 そこで、安全保障、防衛問題に移ります。
 私がこの問題で指摘したいのは、世界が軍縮と緊張緩和へ向かっている今、軍備拡大のときではないということであります。軍事小国を目指してきたはずの我が国は、今や防衛費で主要な各国を次々に追い越し、世界で三位のグループに迫っています。それは一九七一年から八六年の防衛費の実質増加率を見ても、米国が二五%、米国以外のNATO諸国がグループとして三一%であるのに対し、我が国は実に一三九%と猛烈な勢いで伸びた結果であります。また、平成元年度の防衛関係費の伸び率は五・九三%ですが、かつてカールーチ前米国防長官でさえ、日本に対しては年間五%以上の防衛費の増大は望まないと明言したことに注目すべきであります。前長官はその理由として、五%以上の拡大は日本の防衛力を自衛的な性格から攻撃的なものに変化させると述べているのであります。
 イージス護衛艦の建造、F15の大量導入など最近の防衛力増強は専守防衛の範囲を逸脱するおそれが濃厚であり、アジアの近隣諸国はこうした防衛力増強を日本の軍事大国化ととらえ懸念を表明しているのであります。米ソでさえ軍事費を削減し、その他多くの国が軍事予算の拡大にブレーキをかけ、兵力削減に踏み切る国さえあらわれているというのに、どうして我が国だけが防衛費の拡大に励まなければならないのでしょうか。しかも、五年間に十八兆四千億円という数年前に立てた中期防衛力整備計画の実現にのみ目を奪われ、その間に世界の軍事情勢が大きく変化したことに目をつぶる姿勢は問題であります。我が国の防衛費増は、軍縮と緊張緩和への世界的潮流に逆行するものであると言わなければなりません。
 計画があるからと軍備をふやし続けるのではなく、時代錯誤の愚を犯さないためにも、この際GNP一%枠を三年間連続突破し続ける防衛費を削減し、再びGNP一%枠の厳守を基本政策に据えるよう強く求めるものであります。
 次は、経済協力について申し上げます。
 平成元年度のODA予算は、第四次中期目標設定後の初の予算として一般会計予算案では政府全体として七千五百五十七億円が計上され、対前年比七・八%の伸びを示し、またODAの事業規模は一兆五千百五十三億円となっています。しかし、国民から徴収された税金などで賄われるこのODA予算は十六省庁にまたがり、その根拠法は各省庁の設置法であると政府は説明するものの、その使い道は国民の前に明らかにされておりません。国民の信託を受けた国会の関与が余りにも少な過ぎ、行政の自由裁量にゆだねられ過ぎています。
 公明党・国民会議は、昭和六十二年五月に我が国のODAがもっと効果的、効率的に行われ、開発途上国の経済的、社会的発展への自助努力を支援する立場から国際開発協力基本法案を参議院に提出いたしましたが、この法案の審議は全然行われず、現在も外務委員会で継続審議となっています。我々はこの法案に固執しているわけではなく、さらに論議を深め、各会派との合意点を見出し、もし早急な立法措置が無理ならばODA憲章という位置づけで国会決議の形をとり、国民的コンセンサスづくりを目指したいと考えております。
 現状のように、ODAの理念、目的、基本原則を明記したODA基本法もないまま、政府予算全体を国会で承認してもらい、内閣の行政権の中でODAに対処していくという政府答弁は納得できません。
 我が国のODAの質に対する国際的批判が後を絶たない状況の中で、十六省庁がそれぞれODA予算を計上し、総合調整も十分に行われず、責任の所在が明らかでないからであります。ODAの具体的な計画と実施について国会の審議と承認がなされない現状では、国会は国民の負託にこたえられない上、日本の国際的責任である国際開発協力分野での役割を十分に果たすこともできず、マルコス疑惑のような問題が起きても国政調査権を十分に行使することもできない現状であります。
 ODAに対する責任の所在を明らかにするためには、援助行政の一元化が必要であります。公明党・国民会議が提出した国際開発協力基本法案では、ODAの企画・立案・実施、評価・調査・研究を総合的に行う主務官庁として国際開発協力庁を置くことにしております。ODAの総合的企画、立案、実施に責任を負う大臣が必要と考え、これを総理府に置くとしていますが、外交の一元化の見地からは外務省の外局として置き、国際開発協力庁長官を大臣にすることができればよりベターでありましょう。
 ODAの質的改善のために外務省が最近行ってきた無償資金協力、技術協力の拡充、NGOとの連携強化のための予算措置、一九八八年七月の行政監察の勧告にも沿った小規模無償資金協力の新設、第三者を交えた客観的評価、フォローアップ、アフターケアの拡充などは数年来我々が主張してきたことでもあり、一歩前進と評価いたします。
 一九八七年、日本のODA総額は米国に次いで二位となりましたが、GNP比はDAC加盟国中〇・三一%で十二位、贈与比率は最低の十八位、グラントエレメントも十七位であります。これらの改善は急務であり、国連やDACの国際目標の早期達成を図る必要があります。また、「国連婦人の十年」最終年の国連世界婦人会議で採択された紀元二〇〇〇年への将来戦略の中でも、ODAの企画、立案、実施の過程に婦人をもっと参加させ、開発の成果を婦人にも平等に享受させる必要性を強調しております。政府は婦人と開発の問題にもっと注意を払い、婦人の参加をふやし、婦人向けプロジェクトをふやすべきであります。
 政府に対外経済協力関係閣僚会議が設置されましたが、官房長官を含め関係十四閣僚をメンバーとし、自民党三役など同党幹部の出席を求めるというこの機関は、ODAへの野党の関与を排除しようとするものであり、国際経済・社会小委員会の多数意見にも反しております。また、野党側が主張しているODA行政一元化にプラスにもならず、まして国際開発協力基本法への代替物ともならないことを強調しておきます。
 以上、我が国が果たすべき役割のうち基本的な事柄について言及いたしました。
 いずれにせよ、我が国は、これまで述べてきたような方策を講ずることによって歴史の変革者となり、冷戦を終わらせ、新たな平和時代の構築に向け創造的な貢献をなすべきときであると考えます。
 以上で終わります。
#6
○上田耕一郎君 本調査会の課題である日本の外交、安全保障、対外経済政策などについて、最近の内外情勢が提起している諸問題に触れつつ見解を述べたいと思います。
 一、日本の国際的責任。
 まず私は、日本の国際的責任が極めて大きくなったことを強調したい。日本の国民総生産、GNPは約三百六十兆円となりました。一ドル百三十円とすると、二兆八千億ドル近く、アメリカは八八年の数字で四兆八千六百十八億ドルであり、日本はアメリカに次いで世界第二位の経済大国ということになります。よく知られているように、アメリカは八五年に債務国に転落し、その対外債務高は八七年末には三千六百八十二億ドルに達し、逆に日本の対外純資産は二千四百七億ドルと、世界最大の債権国となりました。政府開発援助、ODAについても、本年度予算に計上された額は七・八%増の七千五百五十七億円、財政投融資による円借款を含めた全体のODA事業予算は一兆五千億円を超え、二年連続で世界一となりました。
 名実ともに経済大国となった日本の国際的責任は大きく、日本がどのような方向に進路をとるか、どのような対外政策をとるかは、日本国民にとってはもちろんのこと、世界全体に、その平和に、国際経済に、発展途上国に、重要な影響を与えざるを得ません。
 日本政府も、一見、こうした国際的責任を自覚しているかのようです。中曽根内閣は「国際国家日本」を声高に叫び続けましたし、竹下首相も「世界に貢献する日本」を強調しています。しかし、残念なことに、その内容も方向もアメリカのレーガン政権、ブッシュ政権の要求に追従し、日本の大企業の海外進出の要求を入れたものであって、世界の平和、諸民族の自決権の尊重、世界の経済の豊かな発展という方向とは真っ向から逆行するものとなっています。
 我々は、こうした事態を招いた根源は、日本の戦後史、現代史を不幸な形で規定してきたアメリカへの国家的従属、安保条約に基づく日米軍事同盟の存在とその侵略的強化にあり、この日米安保条約を廃棄し、世界で唯一の被爆国として非核、非同盟の方向、独立、中立の進路を選択することこそ日本の安全保障の最善の道であり、同時に世界の平和と諸民族の自決、世界経済の発展への最大の国際的貢献となると考えています。
 個々の問題点については外交・軍縮、安全保障、国際経済・社会の三小委員会での発言で述べますので、ここでは幾つかの主要点について触れておきたい。
 二、国際政治、経済の最優先課題としての軍縮。
 現代世界の最大の課題は、核兵器廃絶を初めとする軍縮にあります。世界の安全保障にとって軍縮が最優先の課題となっていることは言うまでもないでしょう。世界経済にとっても、今その不均衡の重要な要因の一つであるアメリカの双子の赤字がレーガン政権の異常な大軍拡予算を原因としていることを見ても、軍縮は不可欠の要請となっています。八八年末で一兆三千二百億ドルに達した累積債務によって未曾有の困難に苦しんでいる多くの発展途上国の社会的、経済的状況の抜本的改善にとっても、軍縮と軍事支出の削減は緊急の必要となっています。
 一九七一年以来第四回目となった八八年五月の国連事務総長報告「軍備競争と軍事支出の経済的、社会的影響にかんする研究」は、ますます増大する軍事支出が世界の総生産額の約六%を消費していると指摘し、その序論で次のように述べています。
 「一九九〇年代の世界の経済的、社会的見通しは、いぜんとして、国際的な安全保障の分野で目に見える改善がおこなわれるかどうかにかかっている。改善が見られるならば、軍縮の分野での大幅な前進が可能になろう。そのためには、各国政府の政策決定者が、世界の人的、自然的、物的資源をより深く考慮し、それにもとづいて人類の努力を方向づけることが必要であろう。一九八七年八月二十一日から九月十一日にわたって開催された『軍縮と開発の関係についての国際会議』の参加者は、その会議の最終文書において、軍縮によって浮いた資源の一部を、発達した諸国と発展途上国との経済的格差を解消することをめざし、社会・経済的発展の目的のために振り向けるという誓約を、コンセンサスによって再確認した。また会議参加者は、大規模な人権侵害や貧困、文盲、不衛生は真の社会・経済的進歩を阻害し、緊張と反目を生むという意味で『過剰軍備も低開発も国際の平和と安全への脅威となっているという認識』が深まっていることを確認し、安全保障にたいする非軍事的な脅威を強調した。」。日本共産党中央委員会発行『世界政治』八九年一月下旬号五十六ページ。
 三、核軍縮への逆流の拠点。
 こうした軍縮問題が世界の諸問題に占める決定的位置を考えるとき、私は、軍縮、なかんずくその緊急の課題となっている核軍縮について、日本政府がとっている態度に日本の外交、安全保障、国際経済、社会問題に対する危険な反動的態度が凝縮してあらわれているとみなさざるを得ません。
 八七年十二月のINF全廃協定の締結は、核軍縮への道を切り開いた画期的なものでした。しかし、当時のシュルツ米国務長官がレイキャビク会談の直後のシカゴ大学での演説で、核のより少ない世界とは西側にとっては核抑止力の終わりを意味せず、航空機と巡航ミサイルを多数維持することにより、米国及びNATO諸国は依然として強力な核能力を持ち続けるだろうと述べていたように、帝国主義陣営はあくまで対ソ核優位を追求し続けています。こうして、INF条約に続く戦略核半減協定の米ソ交渉は、大きな期待に反してまだ開始されていません。重要なことは、日本の自民党政府がこの問題でもアメリカの核戦略に追随して障害をつくり出すアジアにおける逆流の拠点としての反動的役割を演じていることです。
 INF条約締結に際して発表された米ソ共同声明には、戦略核半減交渉での優先課題のうちに海洋発射巡航ミサイル、SLCMの配備制限問題が明記されていました。そしてこの問題が昨年の米ソ交渉の最大のネックとなりました。例えばゴルバチョフ書記長は、米ソ首脳会談の前に行われた我が党の不破副議長との会談で、米ソ首脳会談とその準備の問題点について説明した際、海上配備巡航ミサイルの問題は、ソ連側も特に重視している点であり、この制限なしに戦略兵器五〇%削減協定はあり得ないとの態度をとっていると述べていました。米ソの対立点はこの巡航ミサイルの査察、特に核か非核かの検証問題にあります。この検証に合意することになれば、核搭載の有無は一切公表しないというアメリカ政府の核政策の基本を変更することになるため、アメリカは検証絶対反対の態度をとっています。
 日本政府は、例えばトマホーク積載可能艦の横須賀寄港が非核三原則を覆しているのではないかという疑惑を抱えているだけに、一切のべールがはがされることとなりかねない核搭載の有無の検証に反対の態度をとっています。米ソ首脳会談の後、来日したカールーチ米国防長官に対し、瓦防衛庁長官が「米国が艦艇や航空機への核搭載の有無を公表しない政策を変更する、と一部で伝えられているが」とただし、カールーチ長官が「全くありえない」と否定したと報道された、朝日新聞八八年六月三日、ことは、日本政府がこの問題に大きな関心を持ち、トマホークの検証に絶対反対であることを如実に示したものです。その後の七月三十一日共同通信ワシントン電によると、複数の米政府高官が「日米両国政府がトマホークの規制をめぐる米ソ交渉の内容に関して緊密な協議をしている」と語ったということです。
 以上の経過は、巡航ミサイル、トマホークの検証に反対することによって自民党政府がアメリカとともに戦略核半減条約交渉の最大の障害の解決を阻む役割を演じていることを明らかにしています。日本に寄港する艦艇などが真に非核なら検証を恐れる必要は毫もないわけですから、政府の態度は核持ち込みの疑惑を一層強めることとなりました。そして、世界でただ一つの被爆国の政府が核軍縮の進展に抵抗するという驚くべき態度をとるに至っている原因が、まさに政府が我が国の外交の基軸としている安保条約に基づく日米軍事同盟にあることは明らかです。
 日米軍事同盟が既に核軍事同盟となり、日本がアジアの最前線の核基地としてますます強化されていることも、日本が軍縮を目指す世界の動向に逆行していることを警告しています。
 万一政府の主張のように核弾頭は持ち込まれていないとしても、日本が既に巨大な核基地となっている現実を隠すことはできません。ソ連の世界経済国際問題研究所のイワノフ太平洋部長は、インタビューで次のような見解を明らかにしています。
 「日本政府は核弾頭の存在だけを否定するが、核弾頭は核兵器の一部に過ぎない。日本の三沢基地には米空軍のF16、寄港する米艦艇にはトマホークといった核の運搬手段がある。これらは、核弾頭をよそから運んで来れば、二日間で核戦力に変身する。さらに重要なのは、日本領内には米核戦力を支援するネットワーク、つまり「核戦力のインフラストラクチャー(基礎構造)」が配置されている。例えば三沢には米戦略原潜に核ミサイル発射の指令を伝える通信拠点があるが、こうした米核戦力を支える偵察、通信の接点は日本国内で二十八カ所に上る。」。
 東京新聞八八年四月二十日。
 核軍縮に日本が貢献する道は、核兵器の完全廃絶の先頭に立つとともに、日本の非核化とアジア・太平洋非核地帯化の実現に努力することです。そのためには、非核三原則の厳密な実施だけではなく、巨大な核軍事同盟に変質している日米軍事同盟そのものの解消が不可欠であることは余りにも明瞭でしょう。
 四、軍事費の削減と戦略援助の拒否。
 日米軍事同盟の存在とその強化は、核基地強化による核廃絶、核軍縮への逆流となっているだけではありません。世界の軍縮への流れに逆行して日本が軍拡に向かっている根源もまた明らかに日米安保条約にあります。中曽根内閣と竹下内閣のもとでの毎年連続の軍事費異常突出の結果、憲法第九条で一切の戦力を持つことを禁止されている日本の軍事費は、ついに世界で第三位を占めるに至りました。
 私は、八七年五月七日と八八年四月七日、参議院予算委員会で二回にわたってこの問題を取り上げて質問し、NATO基準、すなわち軍人恩給、海上保安庁の費用等を加えると日本の軍事費は一・五倍となり、しかも円高の結果、西ドイツ、フランス、イギリスを超えたことを論証しました。この事実は、アメリカのヘイズ太平洋司令官、マンスフィールド大使、クラーク国務次官補代理なども認めています。防衛庁は私の質問に対し、池田経理局長が「NATO定義に近いものと考えますと、大体普通恩給と普通扶助料、これが該当すると思いますが、」「したがいまして、一・五というのではなくて一・二%程度ではないだろうか」と答弁しました。先日の代表質問で我が党の市川議員が指摘しましたが、この防衛庁のNATO基準で一・二倍という計算でも、今年の防衛費なるものは三百七十八億ドルで、フランス三百七十二億ドル、イギリス三百六十八億ドル、西ドイツ三百六十三億ドルを超え、世界で米ソに次ぐ第三位となりました。この軍事費の削減は日本の緊急の国際的責務となっています。
 ところが、ブッシュ米政権はまだこれで満足せず、さらに強硬な要求を突きつけています。八八年七月、米議会は国防授権法第千九条可決の際、日本は九二年までにODAと防衛費合計額のGNP比をNATOの平均に近づけるべきであると附帯決議しました。ここで言うNATO平均とは三%から四%です。十二月二日訪米した宇野外相に、アメリカ議会指導者は、防衛費と対外経済協力費と合わせてGNPの三%を負担するよう数字を挙げて要求しました。今年の二月二日竹下・ブッシュ会談で、ブッシュ米大統領は「これまでの日米協力の枠組みを超えて世界的な規模での「幅広い責任分担」が求められていることを確認。大統領が日米の良好な関係をさらに発展させるため、安全保障や対外援助の分野で日本の一層の努力を促したのに対し、首相は「最大限の努力」を約束した。こうした認識に立って首相は日本の経済協力の対象地域を従来のアジア集中型から米国と西側の安全保障にとって重要な中南米や中東にも幅を広げる方針を伝え、日米両国がフィリピンに対する多国間援助構想の実現に協力し合うことでも一致した。」。朝日新聞二月三日。
 今年度の予算案で軍事費はGNPの一・〇〇三%、ODAは約〇・三%ですから、合計は一・三%強で、これを三%にするには二倍以上にしなければなりません。こういう重大な干渉をアメリカの政府と議会は行っているのです。彼らの言う対外経済援助なるものも、悪名高い戦略援助という言葉のとおり、アメリカの軍事援助を補完するものにほかなりません。
 アメリカの今年の国防報告は、さらに露骨に軍拡と戦略援助の増大によるバードンシェアリングを要求しています。
  一、また、日本は八八−九二年に少なくとも五百億ドルの対外経済援助を行うと発表しており、世界で最大の援助国となる。要するに、より一層の責任分担要請に対する日本の努力は特筆すべきものがある。
  一、しかし、われわれとしては日本に対し、急速に増大する国力と影響力に見合った一層の共通防衛のための分担増を求める。朝日新聞一月十九日。
 これが公然たる内政干渉であることは言うまでもありません。この内政干渉が日米軍事同盟を利用したものであり、その内政干渉を自民党政府が唯々諾々として受け入れているのも、やはり日米軍事同盟のためにほかなりません。
 本調査会の加藤会長が昨年五月、参議院本会議で行った中間報告の中には、ODAについて「本調査会は、引き続き「ODAの在り方」について国際経済・社会小委員会において調査を継続し、合意を得て、次期常会において本院の決議を行うこととし、立法化についても検討を進める。」と各党の一致点が盛り込まれております。小委員会におけるこれまでの討議で多くの項目で一致が生まれていますが、経済協力の諸原則の中の「内政不干渉を基本に自主的に行うこと」という一致した定式化は、なかんずくアメリカの要求する戦略援助の問題と深くかかわっております。我々は、日本の果たすべき国際的責任からいっても、ODAの担っている理念、目的からいっても、今ますます重大化しているアメリカ政府の不当な戦略援助要求、責任分担要求を断固として拒否し、戦略援助の禁止を原則とすることを強く主張するものです。
 五、日米安保条約の廃棄。
 以上、私は、本調査会が課題としている外交・軍縮、安全保障、国際経済・社会の三つの分野にわたって、日本が今日、国民からも世界の諸国民からも真に期待されている国際的役割を果たすためには、その実行を阻害している最も大きなものとしての日米安保条約の廃棄が最も差し迫った国民的課題となっていることを指摘してきました。
 第二次大戦終結に際して日本が受諾したポツダム宣言には、「平和的傾向ヲ有シ且責任アル政府が樹立セラルルニ於テハ連合国ノ占領軍ハ直ニ日本国ヨリ撤収セラルベシ」と記されていました。サンフランシスコ講和条約第六条には「連合国のすべての占領軍は、この条約の効力発生の後なるべくすみやかに、且つ、いかなる場合にもその後九十日以内に、日本国から撤退しなければならない。」となっています。
 戦後四十四年たって、いまだに形を変えた占領軍が日本に居座り、日本国民にも世界の平和にも、世界経済の豊かな発展にも大きな否定的、反動的役割を演じ続けているという事態に一日も早く終止符を打って真の独立を確立し、非核、非同盟の中立国日本として、現在国連加盟国の三分の二以上が加盟している非同盟諸国会議に参加し、核廃絶、軍事ブロックの解消、新国際経済秩序などの国際的課題の実現に貢献する政治、経済、文化外交を積極的に展開しなければなりません。こうしてこそ、国民の努力がかち取った日本の国力を日本国民全体のために、世界の平和、諸民族の自決権の尊重、経済、社会の進歩的発展のために貢献できるということを強調して、私の発言を終わります。
#7
○関嘉彦君 私は、民社党・国民連合を代表して意見を述べます。ただし、国際情勢の基本的な認識に関しては昭和六十二年三月十三日の調査会において、各論に当たる外交・軍縮、安全保障及び国際的な開発協力に関してはそれぞれ昭和六十三年四月二十二日、同五月二十四日、同二月二十六日の小委員会において意見開陳をいたしましたので、ここではそれとの重複を避け、それ以後の国際情勢の変化を考慮して外交、総合安全保障政策の若干の基本方針についてのみ補足的意見を述べておきたい。
 第二次大戦後の国際政治の基本的枠組みは、日本を含む自由民主主義の擁護を主張する西の陣営と、ソ連共産主義を中核とする東の陣営との間のイデオロギー並びに社会体制の対立であった。そのいずれにも属しない中立主義的な第三勢力の動きは、国際政治を左右する力を持たなかった。西と東との対立は、時として核戦争一歩手前まで至ったこともあったが、キューバ危機以後は双方の有する核兵力の均衡が抑止力となり、辛くも軍事的衝突が回避されてきた。その後、中国とソ連との国家的利益の衝突が両国間の戦争の危険を思わせたこともあったが、これもまた辛くも衝突を免れた。
 ところが、この二、三年間の国際政治上の特徴の一つは、ゴルバチョフ政権下のソ連の対外政策の変化である。「新思考」と言われるこの政策は、ペレストロイカとグラスノスチと呼ばれる国内の社会制度改革と連動したものであるが、INF条約の調印やソ連の五十万人の通常兵力の一方的削減声明、さらには中ソ和解に見られるごとき対外政策の緊張緩和政策である。これについては、既に昨年五月二十四日の小委員会において日本から見ても歓迎すべき変化であると述べておいたが、その後これを裏づけるごとき傾向が顕著になりつつあるので、さきの見解を強調する意味で補足的意見を述べておきたい。
 この現象については、西側の一部では、それは単にソ連の国内経済再建成功までの戦術的一歩後退であり、共産主義である限り軍事力による膨張の戦略には変わりないとの見方がなお強いが、私はこのような見方は正しくないと思う。ソ連のごとき共産主義の政党及び国家においては、その行動及び政策を規定する上でイデオロギーの果たす役割が大きいが、そのイデオロギーにおいても、改革派に関する限り、後戻りを許さないほどの変化の兆候が見られるからである。
 私自身の個人的経験を述べることを許してもらえるならば、私は昨年、一九八八年秋のモスコーで開かれた日ソ円卓会議に出席した。その席上私は次のような質問をした。日ソ友好を進める上での障害は、北方領土問題のほかに、日本がその一員である西側と東側との間に抜きがたいイデオロギー上の相互不信がある。すなわちソ連側がマルクス・レーニン主義を固執する限り、資本主義が高度化すれば必ず帝国主義に転化し対外的膨張政策をとらざるを得ないとのレーニンの帝国主義論の教説を守らざるを得ない。とすれば、アメリカ、日本などの西側諸国は帝国主義的戦争勢力であり、これに反して社会主義体制である東側諸国は平和勢力となり、両体制間の平和共存は戦術的には可能としても、真の友好関係は生まれ得ない。そうである限り東西間の、そしてまた日ソ間の相互信頼はあり得ないが、ソ連側はこの帝国主義論の考えを今でも妥当すると信じているのかと質問した。これに対してソ連共産党の代表者は、レーニンの帝国主義論は第一次大戦当時の世界に妥当するテーゼであり、それを今日の情勢にも妥当すると考えるのは誤りであると答えた。これは明らかにレーニン主義の修正である。
 ちなみにこれとの関連で私は、日本はソ連の脅威がなくなると考えられるまでの間は日米安保条約を必要とすると思うが、ソ連側はその条約の存在が日ソ間の友好増進の妨げになると考えるか、また日本は昨年来防衛費がGNPの一%をわずかながら超えたが、そのことをもって日本は軍国主義になったとソ連側は考えるかと質問した。それに対してソ連側は、前者の質問については、日米安保条約の存在は日ソ友好の妨げにならない。後者の質問に関しては、一%突破が直ちに軍国主義になるとは考えない、ただし千里の道も一歩からということわざもあるが、と答えた。
 これは国際情勢の認識についての共産主義的枠組みの大きな修正である。共産主義の正統派の人々はこのような変化を科学的社会主義を逸脱したものであると非難している。私もそれがマルクス・レーニン主義を修正したものであると考える。ただし修正主義は非難さるべきものでなく、世界平和にとって歓迎すべきものであるとの観点からである。したがって西側の陣営としては、ソ連は共産主義である限りその対外政策は変わらないとの硬直的見方をとるべきでない。少なくとも、ゴルバチョフ路線が成功するよう精神的には支持すべきである。
 しかしこのことは他方の極端な見方、すなわち、ソ連は変化したから西側陣営はソ連に対する安全保障を顧慮する必要がなくなったという希望的観測を正当化するものではない。というのは、ソ連ではグラスノスチを言っているけれども、軍事力の現状についてはなお大部分がベールをかぶったままである。現状ではソ連の軍事力が西側にとり脅威であることに変わりはない。さらに何よりも、ソ連の党指導者及び政府や企業の官僚の間には改革路線により力や権益を失うことを恐れて抵抗する勢力がなお強い。一般の労働者の間にも、ペレストロイカによる生活水準の向上が現実のものとならない限り不満は消えないであろう。両者が手を握ることによりゴルバチョフ路線が否定される危険性も排除することはできない。国内改革が定着し結実するには、どんなに少なく見ても今後五年間はかかるであろう。国内改革が定着し、国際的にも通常兵力を含む包括的軍縮協定が締結され実行されるまでは安全保障についての西側の団結は不可欠である。希望的観測は危険である。
 その意味で私は、古い惰性的な見方もあるいは希望的観測のいずれをも排し、西側は東側に対してなお当分の間は二重路線をとるべきであると考える。すなわち、一方において自由民主主義諸国は団結と協力を維持しつ2ソ連側の軍事力に対応し得るだけの軍事力の整備を進めていかねばならない。軍縮交渉も大いに進めなければならないが、通常兵力のそれを含め相互的、検証つきで一歩一歩進めていかなければならない。何よりも西側諸国の間の安全保障についての意思統一が必要である。しかし、他方においてソ連側との対話を深めるとともに、人的交流、文化交流を進め、閉鎖社会から開放社会へ転化することを促進すべきである。経済協力についても、それが直接ソ連の軍事力強化につながらない限り、民間の合弁事業などについても制限を緩和すべきであろう。ただしその場合においても、ソ連が西側の投資条件に近寄るよう、その経済の開放度に比例して、そしてまたその外交の柔軟化度に比例して経済協力を増加していくことが必要であり、その場合においても西側の協調が不可欠である。
 以上は一般論であるが、日本がその一部である北東アジア地域では、その安全保障の枠組みが、NATO諸国対ワルシャワ条約機構諸国の対立と単純化されているヨーロッパと異なって極めて複雑である。それゆえ、核兵器の削減の問題は米ソ両国の全世界的交渉にゆだねなければならないが、通常兵器の削減を含む極東地域の政治的問題については、米ソ両国を含む関係諸国が地域的な緊張緩和のための対話を継続的に行う場を持つべきである。その地域的対話と並んで、北方領土問題を抱える日本の対ソ政策は格別に困難な問題を含んでいる。今まで日ソ間に領土問題は存在しないと主張していたソ連が最近になってその問題を話し合いの場にのせてきたことは進歩であるが、なおソ連の態度は強硬である。しかし、この問題が解決しない限り日ソ間の真の友好関係は存在し得ないことをソ連側に認識させる必要がある。
 ソ連が四島の返還拒否をとる背景には、北方領土問題がヨーロッパの戦後の領土を確定したヤルタ協定の空洞化をもたらさないかということと、ソ連にとっての安全保障上の懸念があると思われる。その場合、日本としては北方四島はもともと日本の固有の領土であり、ヤルタ協定とは関係ないことを主張し、それをソ連のみならず広く国際的にも理解させることが必要である。安全保障上の問題は世界的規模での緊張緩和の進展に依存しているが、ソ連側が北方領土についての日本の主権を原則的に認めるならば、その時期や方法については弾力的態度で交渉を進めて差し支えないと思われる。なお、日本としては人的、文化的交流の促進、軍事力の拡大につながらない通商の拡大、観光施設や食品産業のための合弁事業の促進、環境保護の協力などで日ソ間の緊張を緩和する一方、ソ連が望んでいるシベリア開発などの大規模な経済協力は、北方領土についての日本の主権を認めるまでは不可能であることを認識させるべきである。
 なお、ソ連との関連で中国の情勢につき一言述べておきたい。
 中国も文化大革命の失敗以後、ケ小平氏の指導のもとに現代化のスローガンを掲げ、国内改革、対外政策の修正を進めてきた。ソ連と比較して中国は、共産主義ドクトリンの修正は相対的に容易であると思われる。その理由は、中国はソ連に比し共産主義体制のもとにあった期間が短いことと、もともと中国には全体主義イデオロギーの基礎となる一神教的な伝統がなく、国民が実利主義的であることなどが考えられる。最近中ソ両国は、単に国家間のデタントのみでなく共産党レベルでの和解が進みつつあるが、そのことは両国がかつてのごとき一枚岩的団結に逆戻りすることを意味しないと思われる。けだし、双方の党がともに修正主義の路線をとる以上、それは教条的、一枚岩的路線の拒否を意味するからである。ただし、中国の中にもなお改革派に反対する守旧派の抵抗は残っており、ジグザグ路線を通らざるを得ないが、経済改革に関する限り経済特区の新設、集団農場の解体、価格機構の部分的採用などに見られるように、逆戻り不可能の点まで改革路線は進んでいる。今後西側との経済交流が進めば、その傾向は一層加速されるものと思われる。しかし、その領土の広大さと人口の大きさから見て、その経済改革が安定した持続的成長に結びつくまでにはなおかなりの時間を要すると思われる。
 中国が経済的に安定し、政治的にも民主化してくることはアジアの平和のためにも歓迎すべきことである。さらに、日本としては満州事変以来中国を侵略し、多大の被害を与えたことを考えれば、その経済発展に対しては特別に協力する責任がある。その場合、日本の政治家の不用意な発言には注意が必要である。中国に限らず日本の周辺諸国は現在国民国家建設の段階にあり、ナショナリズムがなお強い時期である。日本の過去の対外行動の評価についても、そのナショナリズムを逆なでするような言動は慎むべきである。
 中国との関連で他のアジア諸国に対する外交方針に簡単に触れておくと、朝鮮半島が南北に分断され、しかも北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国が西側に対して閉鎖された国であることはアジアの平和を撹乱する要因であった。しかし最近、韓国と北朝鮮との間で徐々にではあるが対話が進み、スポーツなどでも交流が進みつつあることは喜ぶべきことである。日本も韓国との友好を基本にしつつも、両国間の緊張緩和促進のために北朝鮮との間の人的文化的交流をまず進めるべきである。また、これまでソ連の影響下にあったベトナムも、中ソの和解が進むにつれ自主路線を模索しつつあるように思われる。ベトナムがカンボジアから撤兵を完了するならば、日本としても、ASEAN諸国と連絡をとりつつ、ベトナムの経済再建に協力することはアジアの安定に貢献するであろう。
 西側陣営と東側陣営の緊張緩和が進むのに比例して、最近、先進工業国間、すなわち日本、アメリカの間、日本、ECの間、アメリカとECの間の経済関係について不協和音が目立ってきた。特に日米間の経済摩擦は、なお近い将来解決される見通しがつかない。これについては、アメリカ側にも双子の赤字解消についての努力がなお足りないことを指摘することは必要であるが、しかし互いに相手の責任をあげつらうのみでは問題の解決にならないのみでなく、日本の安全保障にとり不可欠な日米安保条約の適正な運用にも障害を及ぼし、自由民主主義陣営の団結にも妨げとなる。
 この際、日本として必要なことは、貿易上の自由化を進めることはもちろんであるが、ハイテク技術の交流を一層進めるための特許法の国際化など非関税障壁の改善にも努めるべきである。ただしその場合、米は日本の経済安全保障上の重要な財貨であり、自然環境保護や日本文化の伝統にも関係する重要な財貨である。その生産が壊滅的打撃を受けないための一定の保護政策はやむを得ない。しかし同時に、それぞれの国が一定の財貨については安全保障上死活的利害を持つことを認識し合い、それらの産業が壊滅的打撃を受けないようにその輸出について各国が自主的に規制を行うことは、全般的保護主義の拡大を防ぐ意味で必要である。自由貿易は優勝劣敗の自由放任主義ではない。主要関係国の合意の上に立つ特定財貨に関する管理貿易が自由貿易体制維持のために必要であることを認識すべきである。
 これに関して、ガットの規定についても見直しが必要なときではないだろうか。
 二国間の貿易摩擦は、二国間だけの間で解決するよりも先進工業諸国全体を通ずる一般原則に則して解決さるべきである。しかもガットは創立後四十数年を経過し、例えばハイテク商品のダンピングの判定基準のごとく、必ずしも現実に適応しない条項もある。経済大国となった日本こそその全般的見直しを提唱すべき時期ではなかろうか。また、ECの市場統合が一九九二年から始まり、他方アメリカとカナダとの自由貿易協定が成立するなど、ブロック経済化になりかねない地域経済統合の動きも無視し得ない。地域経済統合がそれぞれの地域の経済力の活性化を目指す限り反対する理由は少しもないが、それが域外諸国の参入を阻害する城壁となるならば、世界経済の発展にとって障害となる。その場合問題となるのは、各国の相互主義についての考え方の相違である。単なる機会均等か結果の平等かの問題である。その相互主義の考えの調整も関係国間で行う必要がある。
 以上は、外交、総合安全保障の基本をなす重要問題についての考え方につき、前回述べたことへの補足的意見である。個々の問題に関しては、ODAについては本日の国際経済・社会小委員会で述べるし、外交、軍縮問題や軍事的な安全保障の問題については前回述べた小委員会の意見以上に付加するものはないのでここでの言及は避けたい。
#8
○田英夫君 私は外交、総合安全保障問題について私見を述べますが、原稿を用意しておりませんので、お聞き苦しい点がありましたらお許しをいただきたいと思います。
 まず、現在の国際情勢は、いわゆる東西対立が終えんをしてデタントの時代に入ったと考えるべきだと思います。資本主義も社会主義もいわゆる教科書どおりのものから変質をして、資本主義も自由競争という原則の中で社会保障制度を取り入れなければならない、既に取り入れつつある、そういう変化を遂げてきました。また社会主義の立場も、ソ連や中国で既に見られるとおり、その原則を変えて自由競争という原理を取り入れる試みが現在行われております。
 つまり、人類は二十一世紀へ向けて資本主義、社会主義の対立を乗り越えて新しい社会、経済、政治の体制を求めて模索期に入ってきているというふうに認識すべきではないかと思います。同時にまた、世界は軍縮、特に核軍縮の方向に確実に遅いながらも向かっております。一方で地域紛争も解決の方向に向かっていると思います。アフガニスタン、カンボジア、イラン・イラク、さらに朝鮮半島の南北の対立も緩和しつつあると思います。そんな中で今こそ日本は平和外交に徹すべきだということです。別の表現で言えば、いわゆる西側の一員としてアメリカの戦略体制の一員になるという、そうした立場をとるべきではないと思います。かって福田赳夫さんが総理時代に全方位外交という表現を使われたことを今想起して、当時言われたのとは別の意味になるかと思いますが、その言葉の意味を改めて考え直すときが来ているのではないかと思います。
 そこで、一、二の提言をしたいと思います。
 まず、朝鮮半島の政策を改善すべきだということです。
 この点につきましては、去る三月十三日に朝鮮政策の改善を求める会の代表者が声明を発表し、それを竹下総理に提言しておりますので、その一部を御紹介いたします。念のために申し上げますと、この会には自民党、公明党あるいは社会党の土井委員長を含めて多くの国会議員、さらに学者、文化人が参加しておられることを紹介しておきます。
 その声明の冒頭で、「日本と朝鮮民主主義人民共和国との関係は、あまりにも不正常であります。第二次大戦後四十三年余を経てなお、かつての植民地支配の清算をみないばかりか、日朝間に政府間交渉は全く行われず、日朝関係はつよい心理的緊張に縛られてきました。」、こうあります。
 さらに内容を御紹介しますと、「日本は北朝鮮に対しては、過酷な植民地支配の清算を果たさず、解放後の自立に協力することなく、むしろ、一九六五年の日韓条約締結後は、南北朝鮮が対立する中で韓国軍政を支援し、結果的に北朝鮮に敵対する立場をとりつづけてきました。」、また、「多年にわたる韓国民主化運動はついに実を結び、韓国は内外において大きな転換を示しはじめました。それとともに南北朝鮮間に、緊張緩和から南北和解・統一を求める機運が急速に高まっています。米ソ中の三国の動きをはじめ、朝鮮にかかわる国際情勢も、かつてない緊張緩和の好条件をつくり出しています。私たちは、日朝関係の不正常さをみずから正す絶好の機会を得ているのであります。」、こういう内容があります。
 そこで、私が提言をしたいのは、こうした状況の中で日本は何をすべきかということです。南の民主化が進み、北も変化を始めております。その変化の中には、韓国の財閥現代グループの名誉会長が北朝鮮を訪問できたという、そして、金剛山の観光開発をやることで合意をしたという一、二年前までは想像つかないことが今現実に起こっています。
 にもかかわらず、北朝鮮政府側は、外交部のスポークスマンが一月十一日に発表した声明の中で、「朝日関係改善のためには妨害の条件から除去すべき」だとして、現状のままでは「日本側と政府レベルで会うことはできない」、こういう厳しい態度を取り続けております。そんな中で、近い将来に日本政府は北朝鮮に対する態度を変化させるという、そうしたことが報道されておりますが、従来は外務省の見解は、「北朝鮮側も真に関係改善を希望するのであれば、一方的な立場の表明をおこない、相手を非難するよりも、直接の接触・対話を通じ相互理解を深め、懸案を解決していくことが建設的であるとの認識に」立つべきである、こういうふうに繰り返し述べています。
 しかし、私の意見を言えば、それは「北朝鮮側にその意思があれば」というのは全く逆であって、日本側こそが一方的に植民地支配の清算を中心として態度の変化をすべきであると思います。
 また、第十八富士山丸の事件の解決は、もちろん日本側にとって極めて重要なことであります。しかし、まず第十八富士山丸事件の解決を求めなければ先へ進まないという態度は、外交としてはとるべきではないと思います。それはあたかも北方領土の返還が解決しなければ日ソ間の関係改善はできないという論理と同じだと思います。
 そこで、朝鮮との関係を改善する具体的な問題として次に提言をしたいのは、まず第一に、北朝鮮との貿易、経済協力関係を推進、拡大するということです。そのためには、関税率や輸出入銀行融資などにおいて少なくとも他国並みに条件を緩めて、北朝鮮が求めるならば無償協力、借款供与の道を開くということ。
 二番目に、在日朝鮮人、韓国人の法的、行政的な処遇を改善するということ。指紋押捺問題を含むのは当然であります。
 第三に、日朝間の学術、文化、スポーツの交流のために政府がもっと積極的に協力するということです。
 四番目に、日本が南北の統一問題に直接介入すべきでないことは言うまでもありませんが、国連を初め国際会議においては、南北朝鮮に対して中立的な等距離の立場をとるべきだということです。
 最後に、五番目に、朝鮮に対して軍事的な関与は絶対にしない。当然のことですが、こうしたことを明快に打ち出すならば、北朝鮮との関係改善が進む、このように思います。
 次に、軍縮の問題ですが、第二次大戦後既に四十三年がたちました。私自身の体験を述べることをお許しいただけるならば、昨年十一月に東ドイツ東ベルリンで非核地帯ということをテーマにした国際会議があり、世界から百十数カ国が参加をいたしました。その折に一人の東ドイツの人が私に述べたのは、現在東ドイツには三十五万人のソ連軍が駐留している、このことは我々にとって愉快なことではありません、こういう言葉です。
 そこで私の提言は、日本政府が国連の場において提言されることを希望したいのですが、第二次世界大戦後ちょうど五十年になる一九九五年までに、米ソ両国が海外に駐留させている駐留軍、海外に置いているすべての基地を撤退、撤去させるという点を日本から提言すべきだ、提言してはどうか、こう思います。
 次に、核軍縮の問題ですが、安全保障小委員会、外交・軍縮小委員会で述べますので、簡潔に申し上げますが、一つは非核三原則を法律化すべきだということです。その理由は省きます。
 次に、日本は非核国家宣言を国会で決議し、それを政府が世界に宣言をする。同時に、核を持ち込ませず、そして日本に対して核攻撃はさせないという二つの点を織り込んだ条約を核保有五カ国と結ぶことによって、つまり国内的には非核三原則の法律化によって、国際的には非核国家宣言と、持ち込ませず、核攻撃をさせずという柱をつくった非核条約を締結する。この二つのことによって日本が完全に非核国家となるべきだということです。
 最後に、ODAの問題について触れたいと思います。
 ODAは、既に各委員が述べられたとおり、年々増加をし続けてまいりました。しかし問題は、金額を増加させることよりも体制、方式を変えることの方が先ではないでしょうか。現在の四省庁体制を見直すことがまず第一に挙げられます。
 二番目に、最も重要なことですが、ODAの内容をガラス張りにするということです。それは国会の承認、少なくとも報告ということを義務づけるべきだと思います。一兆を超える予算の動きが国会を通さずに行政府の意思だけで行われるということは非常な問題だと思います。
 そこで一つの例として、これまたフィリピンを訪れたときの体験を述べさせていただきたいと思います。
 ことしの一月フィリピンを訪問したときに、一月十九日、マニラですが、サロンガ上院議長と昼食をともにいたしました。タニャーダ上院議員が同席をしておりました。そこで極めて重大なことをサロンガ上院議長は述べております。それは、一昨年の秋、アキノ大統領が日本を訪問して帰国した直後に、当時マルコス疑惑解明の委員長、責任者をしていた自分に対して大統領から電話があって、日本絡みのマルコス疑惑の追及をやめてほしい、こう言われたということです。日本で何か言われてきたに違いないと私は思っています、こうサロンガ上院議長は述べました。サロンガ上院議長は言うまでもなくアキノ与党の一員であり上院議長です。以後、このころを境としてフィリピンにおけるマルコス疑惑の追及が鈍化をし、うやむやになったという事実があります。日本のODA問題を考えるときに見過ごすことのできないことだと感じました。
 今こそ日本は、改めて申し上げますが、外交の基本を平和と軍縮に置いて、世界の貧困を救う役割を担うべきだと思います。
 以上です。
#9
○青島幸男君 今日、世界の動きは軍縮に向かって大きく進展をしております。核兵器の歴史的蓄積とその大きさがすべての人々に新たな驚きと恐れを日々募らせ、核増強競争が必ず人類のみならず全地球に壊滅をもたらすということが明白になってきているからでありましょう。外交、総合安全保障の究極の目的は完全なる核廃絶以外にはないと私は考えます。世界で唯一の被爆国である我が国は、あらゆる機会をとらえて日々核廃絶に向かっての努力を積み重ねていくべきであることは明白であります。米ソの不信と対立が核兵器競争の原因であり、廃絶が現実のものとならない主たる原因であります。日米安保条約は米ソの対立を陰から支えてきているということも事実でしょうし、歴史的なさまざまな事象がそれを示しております。安保条約はいち早くこれを廃棄して、真の中立国として世界の平和に自主的に貢献できるようにすべきである、これが私の基本的な考え方であります。
 先日の委員会でも基本理念につきましては意見を申し述べました。私の基本的立場はその折に申し上げましたので、改めてここでつけ加えることはないと思います。
 最近、対外経済援助につきまして少しく頭に浮かびましたことをお話し申し上げたいと思います。
 先日、私、短い期間ではありましたがオーストラリアを訪れる機会に恵まれまして、成田を立ちました飛行機がオーストラリアの空港に着きます。そうすると、乗客が外へ出る前にスチュワーデスが機内、乗客を消毒して回るようになっております。御承知のようにオーストラリアは孤島大陸でありまして、そのために他の大陸には見られない特殊な動植物が存在しておりまして、その動植物の生態系を乱すことになるという懸念から、他の大陸からの菌を持ち込ませないような予防処置、それが到着後の機内消毒、こういうことだと聞かされております。これがどれだけ有効的なものかちょっと疑うところもあるんですけれども、そういうことを行っております。
 それから数日、私ゴールドコーストにおりまして、そこでの人々の暮らしを見聞きしたり一緒に生活をして、我々日本人というのは現地の人々の生態系を乱す日本ウイルスという、形而上的な意味でございますけれども、これを持って日本以外の国々に出かけているんではないかという思いに駆られたわけであります。
 企業の論理という名の経済効率がまず存在をして、その枠の中で個人の生活があって、便利なことはいいことだという便利第一主義、効率第一主義、働いていることが美徳だとする意識のありよう、これらが日本ワーカホリックウイルスの特徴ではないかというふうに思いまして、これらは日本国内であれば、日本人みずからその枠組みの中でそれぞれ幸せを探し求めているわけでありますから問題はないんです。
 しかし、そうした意識が他の国へ輸出されてそれを強要するということになりますと日本ウィルスの侵害となるわけでありまして、人それぞれに幸せ観が異なるように、国、民族にはそれぞれの幸せの尺度があるはずでありまして、日本人は三年かかって建てる建造物を二年半で仕上げれば幸福感に浸ることはできるかもしれませんけれども、国によっては三年以上かかっても自分たちの暮らしや伝統を大切にするということが幸せだと思っているかもしれません。自分たちの幸福観は他の国の人でもそうだよど決めつけている、その辺が、経済援助の額は大きくなる一方なのに援助を受ける国の人たちの対日不満が高まる一方という状態が起きている原因になっているのではないかという気がするわけです。郷に入らば郷に従え、これは我々の先祖が異なった文明、文化、歴史を持つ他国へ住む場合の知恵を身をもって経験したことからの教訓だと思いますが、経済援助をなすに当たってもこのことをまず実践すべきではないかというふうに痛感いたしました。
 また、滞在中にあるジャーナリストから私は幾つかの質問を受けましたが、その中に、日本は世界で初めて、そして唯一の被爆国である、その日本で原子力発電が盛んにふえつつあるというのはどういうことと思うか、日本人はなぜそれを許しているのかという疑問であります。
 私は日本にも原子力発電を廃棄させようという運動のあることなどを説明しましたが、彼らはもう一つ納得がいかないというふうでありました。彼がどうしても理解しがたかったのは、あれだけ大きな核の被害を受けたのなら、自分の国だったらどんなに原発が有効であろうともそれを国民が許さないであろう、過ちを二度と繰り返さない方向へ歩むのが人間の普通のありようではないか、それなのに日本人はどうしてのど元過ぎれば熱さを忘れるというような格好で邁進してしまうんだろうか。そして、ある風潮ができれば全国民がその風潮にのっとってしまうというように私には見えるとその記者は言うわけであります。
 私は、その彼の疑問をそのまま日本人全体への警告として受けとめました。前者は、まさに先ほど私が申し上げました経済効率第一主義、人間の理想を失ってもなおそれを最善とする日本人の幸福観への痛烈な批判でありましょうし、また後者は、日本のファシズム化への危惧でありましょう。平和国家を唱えながら各国からいまだに警戒されている一因であるのだと私は思います。
 経済効率第一主義という潮流に日本人全体が押し流されて、それが経済協力という名で他国へそのまま輸出されるとき、受け入れる側にとっては経済協力ではなくて、それは経済侵略というふうに受けとめるのではないかと、そうも思うわけです。それは単に経済進出だけではなくて、その国の文化、生き方、それまでをも一変させてしまうのではないかと懸念しているわけです。
 物事が遅々としてなかなか進まなくとも、多くの人々が納得するまでそれを待って、合意の上で物を運んでいくというのが民主主義の鉄則であると私は思うわけで、それは経済効率第一主義とは相入れないものであります。となると、経済効率第一という企業の論理むき出しの経済進出あるいは経済援助は民主政治の破壊にもつながるのでありまして、経済援助の額が増大しながら日本に対する警戒心もまたますます増大していくということは、この辺に原因があるのではなかろうかと考えます。
 経済協力の実を上げるためには、米ソ軍事対決を陰で推し進めている戦略援助から手を引くことは言うに及ばず、日本人みずからの意識を変革することがまず重要でありまして、それを基本理念の中に組み入れることが大切ではないかと、最近痛感いたしました二、三のことを申し上げました。
 先日、私が申し上げましたことに以上の考えをこのようにつけ加えまして、経済援助に関する私の考えの一端を述べさせていただきまして陳述を終わります。
 ありがとうございました。
#10
○会長(加藤武徳君) ありがとうございました。
 以上で各会派の委員の御発言は終了いたしました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時二十分散会
ソース: 国立国会図書館
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