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1987/09/11 第109回国会 参議院 参議院会議録情報 第109回国会 社会労働委員会 第6号
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1987/09/11 第109回国会 参議院

参議院会議録情報 第109回国会 社会労働委員会 第6号

#1
第109回国会 社会労働委員会 第6号
昭和六十二年九月十一日(金曜日)
   午前十時三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 九月十日
    辞任         補欠選任
     松浦 孝治君     久世 公堯君
     一井 淳治君     千葉 景子君
     抜山 映子君     橋本孝一郎君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         関口 恵造君
    理 事
                佐々木 満君
                田代由紀男君
                糸久八重子君
                中野 鉄造君
    委 員
                石井 道子君
                石本  茂君
                岩崎 純三君
                小野 清子君
                久世 公堯君
                田中 正巳君
                前島英三郎君
                宮崎 秀樹君
                千葉 景子君
                対馬 孝且君
                浜本 万三君
                中西 珠子君
                沓脱タケ子君
                内藤  功君
                橋本孝一郎君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        此村 友一君
   参考人
       医師・全日本自
       治団体労働組合
       中央執行委員   朝日 俊弘君
       慶應義塾大学名
       誉教授      倉田 正一君
       評  論  家  橋本 司郎君
       全日本国立医療
       労働組合委員長  藤井 昭雄君
       日本経営者団体
       連盟専務理事   小川 泰一君
       全逓信労働組合
       中央本部婦人部
       長        長谷川裕子君
       日本弁護士連合
       会
       女性の権利に関
       する委員会副委
       員長       清水 洋二君
       日本大学経済学
       部教授      牧野 富夫君
       全日本労働総同
       盟婦人局次長   塩本 順子君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国立病院等の再編成に伴う特別措置に関する法
 律案(第百七回国会内閣提出、第百九回国会衆
 議院送付)
○労働基準法の一部を改正する法律案(第百八回
 国会内閣提出、第百九回国会衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(関口恵造君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨十日、松浦孝治君、一井淳治君、抜山映子君が委員を辞任され、その補欠として久世公堯君、千葉景子君、橋本孝一郎君がそれぞれ選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(関口恵造君) 国立病院等の再編成に伴う特別措置に関する法律案を議題といたします。
 本案審査のため、本日、参考人としてお手元に配付の名簿の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、法案審査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人の方々から御意見をお述べ願うわけでございますが、議事の進行上、最初に参考人の方々からお一人十五分ずつ御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしく御協力をお願いいたします。
 それでは、まず朝日参考人からお願いいたします。朝日参考人。
#4
○参考人(朝日俊弘君) おはようございます。ただいま御紹介いただきました自治労で保健・医療関係を担当しております期目と申します。よろしくお願いします。冒頭に、今回国立病院等再編制特別措置法案にがかわってこのような意見陳述の機会を与えてくださいましたことを、まずお礼を申し上げたいと思います。
 さて、私は、この法案に対して自治体の側、とりわけ自治体に働く労働者の立場から、住民の健康と福祉、地域の保健と医療を守る、こういう視点に立って、この法案に反対の立場で意見を述べたいと思います。
 私が反対をするその第一の理由は、最初に結論だけを申し上げれば、国は医療の供給体制にかかわって、もっと責任を持つ、積極的に国立医療機関の整備拡充を図るべきだというふうに考えております。もちろん、そう言ったからといって今日の時点において医療のすべてを国営でと、こう主張することはいささか現実離れしているかもしれません。しかし、既に御存じのように、西欧先進諸国を中心として、同じ資本主義の国家であっても、事医療に関しては英国を初めとして国民保健サービスの体制、すなわち国立の医療機関を中心とする医療供給体制と医療保障制度、こういう体制をとっている国は数多くございます。そして、最近マスコミなどで奇跡の経済復興を遂げつつあると言われていますイタリアにおいても、一九七九年から新たに国民保健サービスの体制に向けた保健医療制度の抜本的な改革に踏み切っているという、こういうことをこの際もう一度思い起こしておくべきではないかというふうに考えます。
 このことと関連して、きょう皆様のお手元に二枚の資料を配付させていただきました。そのうちの一つ、横文字でそのまま提出をさせていただきまして大変恐縮なんですが、まずこれを見ていただきたいというふうに思います。この資料は、一九八五年の十月にILOが開催した保健医療合同会議、このために事務局が作成した調査報告書から取り出したものです。
 概要について簡単に御説明したいと思いますが、この表は世界各国、といってもここでは三十二カ国の報告しか上がっておりませんが、医療供給体制のあり方を公的システムとそれから公的中心のシステム、そして公的私的混合、公私混合システム、この三つの段階に分類をして、それぞれの国がどのシステムに該当するかを一覧表にしたものです。
 ごらんになっていただいたらわかりますように、一番左の欄がABC順に国の名前になっています。そして、その真ん中の下あたりに日本、ジャパンが入っております。それで、国名の次の欄がパブリックシステム、公的システムをとっている国、その真ん中の欄が公的中心システムをとっている国、そして一番右端の欄が公私混合システムをとっている国というふうになっています。
 一覧いただいてわかるように、全体として公的及び公的中心の医療供給体制をとっている国が三十二カ国中十九となっています。さらに、公私混合システムの国をもう少し詳しく見てみますと、例えば上から十三番目のフランスは、注のところに全職員の二七%が民間病院というふうに記されています。逆に言えば、全職員の約七〇%は公的医療機関の職員と考えられます。また、そのフランスの二つ下にあるドイツも三六・五%、およそ四割が公的運営としてなされているというふうに記載をされています。つまり、公私混合システムをとっている国でも、日本の現状のように八割方も私的な、プライベートな医療機関にゆだねている国は極めて少ないというふうに言えると思います。
 私が、このような表を今さらなぜ引っ張り出してきたのかということなんですが、今回の法案については、その内容からしてある程度やむを得ないことなのかもしれませんが、専ら国立病院あるいは療養所の値段をどうつけるかというような、たたき売りに近いような論議が多過ぎるんではないかというふうに考えています。改めて、私たちは、この国立病院・療養所の再編成特別措置法案が我が国の医療供給体制の今後のあり方を左右する重要な事柄である、こういう基本的なところから物事を考えていく必要がある。こういうことで、あえてこのような表を提出させていただきました。
 次に私が述べたい二点目の理由は、厚生省の方から示されていますこの国立病院等再編成計画の基本的な考え方についてであります。
 既に、御存じのように厚生省は、国立医療機関にふさわしい指導的役割を果たすよう政策的医療を重視する、機能の重点を第三次の高度専門医療に置く、そして基本的、一般的医療の提供は私的医療機関及び地方公共団体等の公的医療機関にゆだねる、こういうふうに打ち出しています。
 しかし、このような基本的な考え方については、私はどうしても納得がまいりません。と言いますのは、この表現の中の政策医療という言葉が極めて不明確で一体何を表現しようとしているのか、そのときどきの考え方でいかようにも変わる概念だというふうに考えます。
 ちなみに、厚生省は、政策医療とはその時代において国の医療政策として特に推進すべき医療である、こういうふうに解説をしています。とすれば、今日ただいまの時点で国は一体何を特に推進しようとしているのか、この辺をもっと明確にさせなければならないというふうに思います。
 私の立場からすれば、今日の時点で国が特に推進すべき課題は、何といっても医療供給体制の地域格差の解消。したがって、とりわけ離島や僻地医療の充実であり、また高齢者社会に対応するための包括的な老人医療の提供であり、そして、つい昨日、衆議院で精神保健法が可決されましたが、精神医療の抜本的な改革、この三つが我が国にとって、とりわけ医療に関連する問題として主要な課題、柱に据えられるべきだというふうに考えています。
 そのような立場から国の政策的医療が導き出されるのであれば私も一定の理解を示すところなんですが、しかし、厚生省はこのような明確な位置づけをせずに、政策医療の中身をかなり強引に高度専門医療だというふうに結論づけているわけです。もちろん私は、一般的に言って高度専門医療それ自体を否定するつもりはございません。しかし、今日の時点で国の政策医療が、つまり政策課題が、そして国立病院が担う機能が高度専門医療なのだと結論づけてしまうことについては納得がいかないわけです。
 先ほど私は当面する三つの課題を申し上げましたが、その中でも、特に医療供給体制の地域格差の問題について、もう少し述べてみたいと思います。
 最近、マスコミなど多くの人たちが医師過剰時代の到来を指摘しています。なるほど、全体の合計の数値はだんだん多くなってきているように見えます。しかし、同時に、むしろかえってだんだんと地域間の格差も拡大してきているのが実態ではないかというふうに思います。例えば具体的に言えば、北海道で見ますと、人口十万対医師数は札幌が二百二十三、全国平均が百五十ですから相当に高い数値です。これに対して道北あるいは道東の地域においては、五十ないし六十という数値にすぎません。
 もちろん、今医師の数を申し上げましたが、医師だけの問題ではありません。看護婦を初めとする医療スタッフ、さらには病床数、そして医療設備などなど、これらに関する地域格差がますます広がってきている。このことに国がどのように政策を打ち出していくのかが、今問われているのだというふうに思います。ちなみに、少し脱線しますが、私は立場上あちこちの自治体病院を回っているわけですが、しばしば年俸四千万円ないし五千万円出さないと医者が来てくれない、こういう話は随分聞かされます。多少うらやましいような、半分うんざりするような話でございますが、それほどまでに医師確保の問題は、とりわけ僻地において、あるいは過疎地において今日でも古くて新しい難問題として残されています。こういう状況にあるということを、改めて強調しておかねばならないと思います。
 さて、厚生省が言う高度専門医療あるいは先駆的医療について言えば、実はこの点は国立医療機関のみならず、最近はほとんどの医療機関がこのことを看板に掲げようとしています。例えば大学病院、とりわけ私立医科大学病院は、ある意味では先を競って特定承認医療機関の指定を受ける、そして高度先進医療を看板に掲げていく、あるいは幾つかの自治体病院、とりわけ都市部にある自治体病院や民間病院でも高度医療機器の導入に躍起になっています。そういうことがなぜ起こるのか。理由は極めて明快です。そのことによってより多くの患者さんを引きつけ、結果として経営的なメリットが大になるからです。
 このように考えてくると、厚生省の療養所の再編成計画は、建前としては政策医療を打ち出しながら、実は国立医療機関の経営改善、合理化を主たる目的とする政策にほかならないというふうに言わざるを得ません。
 時間の関係で急ぎます。三点目に、私は自治体の側から自治体病院の状況についてぜひその概要を皆さんに御理解をいただきたいと思い、もう一枚の資料を用意させていただきました。はしょりますが、この自治体病院の中で経常損益の欄と赤字病院数の割合の個と、それから一味当たり繰入金の欄を、最上段にある病床規模と見比べながらぜひ目を通していただきたいというふうに思うわけです。
 結論だけ言いますと、病床規模別に見ますと、二百床未満の病院の赤字が最も大きく、その割合も最も高いわけです。ところが、再編成計画の中で示されている国立病院・療養所の経営移譲の対象となっている三十四施設の平均病床数を計算しますと、ちょうど百九十三床でございます。これは余りにもぴったりと一致します。一番赤字の割合が多い規模のところを、経営移譲の対象としているというふうに言わざるを得ません。
 以上、三点にわたって私の考え方を述べてまいりました。自治体病院も大変苦しい状況にありながらも、地域の住民の健康と福祉を守るためにそれなりに努力をしてきているわけです。ここで国も自治体病院と協力、共同して地域医療を積極的に担うこと、そして、ますます拡大しようとする地域格差の解消に向けてその責任の一端を果たすことを強く要望したいというふうに思います。そういう意味で、国がそのような方向にむしろ国立医療機関を整備していく計画を立案、実行することが、まさに今日の課題に合った政策医療であろうというふうに考えます。
 以上の視点から、今回国立病院等再編成特別措置法案に対して断固として反対をしたい、こういうことを申し上げて意見表明にかえたいと思います。ありがとうございました。
#5
○委員長(関口恵造君) 次に、倉田参考人にお願いいたします。倉田参考人。
#6
○参考人(倉田正一君) 御紹介いただきました倉田でございます。私は、国立病院等の再編成につきまして、賛成をする立場から考えを述べさせていただきたいと存じます。
 それは、我が国が今後計画的な医療を提供していくんだという方向を目指すならば、この再編成の問題はどうしても必要になってくると考えるからでございまして、このことにつきまして少し述べさせていただきたいと存じます。
 御案内のとおり、医療法改正によりまして、我が国でもやっと国民に提供いたします医療の計画を策定するということになってまいったわけでございまして、この点は先進各国とやっと肩を並べることができたと考えてよろしいと思うのでございますが、地域医療計画というものがここで出現したわけでございますけれども、私が特にここで注目をしております問題というのは、この計画が地域地域の責任でつくられるということでございまして、戦前から続いてまいりました上意下達と申しますか、国がまず計画をつくる、そしてその計画を各地方が受けてそのとおりにその方向でやっていくんだと、こういうことが従来あったわけでございますけれども、今回これが大きく修正をされて、中心になります主体が変わってきたということだと思っているのでございます。これによりまして計画的な医療提供というものを目指す上での基礎が固められたと考えておるのでございまして、もう本当に千差万別の地域地域の特性を十分に酌み取りまして、地域がみずから最適の計画をつくることができるようになったということでございます。
 ここで地域と呼んでおりますのは、御案内のとおり、単なる市町村といった行政区域ではございませんで、住民の生活圏を指しているわけでございます。日常生活のための空間、これは市町村の枠を越えまして非常に広がっているわけでございまして、その日常生活のための空間を土台にいたしまして医療圏というものを設定して、そしてここで一通りの必要な外来、入院医療というものを確保しようというのでございます。こうすれば、住民はその日常生活の中で必要といたします大部分の医療が得られることになるわけでございます。
 よく離島、僻地の問題が出てまいりますけれども、これらもこういう地域から全く隔離されているということではございませんで、実態はどこかの市町村と結びついている、ある生活圏の一部をなしているというのが一般でございますので、やはり離島、僻地と申しますけれども、何か特別なかけ離れたものではなくて、地域の責任でその生活圏の中の一部としてこれを見ていくのが至当だろう、こう思っているわけでございます。このようにいたしまして、幾つかの設定されました医療圏を合わせますとほぼ県の大きさになる、県になる、計画策定の責任は県だと、こうなっているわけでございます。
 さてそれでは、国民に提供されます医療はこれだけでよいのか。つまり一通りの外来、入院医療でよいのかということになりますと、もちろんそうではないわけであります。提供されます医療は、構造的にこれを考えてみますと、世界的には一般に一次医療、二次医療、三次医療というふうに分けているのが通常でございまして、先ほど申し上げました一通りの外来、入院医療というものは一次医療、二次医療に相当するものなのでございます。したがって、非常に量の多い、しかも多様な一次医療、二次医療を医療計画におきましては医療圏で完結をさせよう、欠損する機能がないようにそこで完結をさせようとしているのでございます。
 それでは、一体三次医療はどうするかということになるわけでございますが、これはただいまもお話ございました特殊な専門的な医療を指しているわけでございまして、計画的に医療を提供いたしますにはこれを抜かすわけにはまいらない極めて重要な、しかも金のかかる分野でございます。医療計画では、この三次医療はどういうふうに処理すればいいかと申しますと、幾つかの医療圏を合わせた範囲、つまり県の範囲でございますとか、あるいはさらに幾つかの県を合わせたぐらいのブロックで供給できればよいと、こう考えているのでございます。
 さらに、これに加えまして、国として、我が日本国としても考えなければならない医療がいろいろとございます。これは積極的にこれから取り組んでいかないと非常なおくれをとっていくわけでございますが、例えて申しますと、今国民を大きくむしばんでおりますがんでございますとか術環器あるいは母子医療、こういったものは皆国として積極的に取り組んでいかなければならない課題でございましょうし、さらに少なくなったとはいえ結核とかあるいはハンセンとかいろいろな特殊な疾病もございます。また、難病もございます。それから日進月歩の医療でございますので、そのある医療をどういうふうに提供していったらいいのかというその提供方法の検討、実験というものも極めて必要になってまいりまして、これをどこででもできるというものではございませんで、モデル実験をしていかなければならない。また、日進月歩の医療に対しまして医療関係者、医師、看護婦を初めといたしまして、これに関係いたします人々の教育という問題もございます。
 また、近年は、国際的に医療がなってまいりまして国際協力という問題も入ってくる、医療情報の問題もある、こういうことでございまして、これらの三次医療以上の国レベルまでの大きな分野、この医療を一体どこが引き受けたらいいのか、こういうことになってくるわけでございまして、ここで国の機関のみがこれに適当しているとは私は決して辛さないわけでございまして、もちろん公的医療機関あるいは公的性格を有する機関あるいは医療法人だって構わないわけでございますけれども、いろんな事情から考えてみまして、国が最もよいことはこれは議論のないところであろうかと思います。特に、先ほど申し上げましたように、県を越えましたブロックで整備しなきゃならない問題であるとか、あるいは国としてやっていかなきゃならない問題であるということになりますと、やはり国の機関が最適だろう、こう思うわけでございます。
 さて、それでは現状から見て、これらの医療を風立病院等がこのまま引き受けられるのか。これは必ずしも満足すべき状態でないことは明らかでございまして、それは申しますれば、ほかのいろんな病院はおのおの設立をいたしますときにはっきりした目的がございます。例えば日赤は戦時の立派な看護婦をつくるためにつくった、あるいは済生会は当時の医療を受けられない貧しい人々のためにつくった、おのおの目的があるわけでございます。ところが国立病院は、これは御案内のとおり戦前の軍病院等を中心にしたものでございまして、これを引受手として厚生省が引き受けたという歴史があるわけでございます。
 したがって、ほかの病院と違いまして、国立病院は軍病院の目的に合致した立地、どういうところに病院をつくるかというのは、その軍病院としての最適の場所につくったわけでございますし、またその病院の持っておりました機能も、その軍病院としての役割にマッチした機能を持っていたわけでございます。これを引き受けたわけでございますので、その後増強をしてまいりましても、やはり根底には設立目的が違うものをやっていくわけでございますので、かなり時間もかかりましょうし、また条件がほかの病院のようにうまく整りていないということ等がございまして、現在の姿になっているんだろうと思うのでございます。もちろん一部の病院は現在でも立派な役割を果たしている。先ほど申しましたような意味の医療に十分にこたえているわけでございますけれども、全国的にこれを見ますと、やはり施設設備、スタッフ等の面から見まして強化が求められ再編成が求められている、こういうことであろうかと思うのでございます。
 以上、本日述べさせていただきましたことは、今後我が国で計画的に医療計画を進めるということでございますならば、一次医療、二次医療は医療圏や県のレベルでその完結に向かって努力をしていくべきである棚現在はまだこの完結という段階にはとても行っていないわけでございまして、御案内のとおりやっと計画案がそろそろ出始めている。それも必要病床数の算定でございますとか、医療圏をどう設定するかといった医療圏の設定の問題という段階でございまして、真の計画はこれからだと思うのでございます。
 例えば老人医療を考えてみましても、病院と家庭の間に一体どんな施設を置いたらいいのか、またどこに置いたらいいのか、また家庭におきます医療、福祉両面からいたしますサービスをどういうふうに連携させていったらいいか。考えてみますと、取り組まなければならない大事な問題が山積をしているわけでございます。したがって、現在ございます医療施設につきましても、県でつくってまいります地域医療計画のあり方によりましては医療施設がその機能を移すということも十分に考えられるわけでございます。
 こういった一次、二次レベルの医療の完結に努力をするということと、これと全く並行いたしまして、先ほど申し述べました三次医療というものも一層強化していかなければ、我が国の計画的な医療というのは完成しないわけでございます。私は、この点から、国立病院等の再編成に大きな期待を持っているということなのでございます。
 以上でございます。どうもありがとうございました。
#7
○委員長(関口恵造君) 次に、橋本参考人にお願いいたします。橋本参考人。
#8
○参考人(橋本司郎君) おはようございます。橋本でございます。衆議院に続きまして、本院でもこういう機会を与えていただきましたことを大変光栄に思い、また感謝もいたしております。
 私、国立病院再編成特別措置法案に賛成するという立場で、私の意見を若干述べさせていただぎたいというふうに考えております。と申しますのは、実はこの法案がまとまります前に、国立病院
 療養所再編成問題懇談会というのが六十年の二月に意見書をまとめました。実はその懇談会の前に、もう一つ国立病院のあり方を基本的に考えようではないかという勉強会がございました。私、その時代からこの問題に関係させていただきましたので、それらに参加した中で皆さんの御意見などを伺いながら、私がどんな印象を持ったかということを中心にまとめさせていただきたいというふうに思います。
 総括的に申しますと、これからの国立医療機関というのはそのあり方、それから役割、これを明確にしまして、その責任を果たせるように体質の強化を図らなければならない。そのためにはぜひ再編成が必要であって、それに道を開く本法案がなるべく早く成立することを期待しているというのが私の立場でございます。
 倉田先生のお話しになりましたことと重複する部分があるかと思いますが、重複する部分はなるべく避けながら意見を申し上げたいと思うんです。
 これまでの国立病院、国立療養所の残してまいりました足跡を見ますと、国全体の医療の中で終戦直後の医療の量が圧倒的に乏しかった時代、この時代には軍病院を引き受けまして、それが医療の量を提供するというふうな意味でもかなり大きな役割を実際に果たしてまいりました。当時、結核が国民病だった時代、こういう時代には療養所の果たした役割も非常に大きなものがあった。ところが時代がだんだん変わってまいりまして。次第に民間の医療機関が充実してまいります。ただいま現在になりますと、国益医療機関の擁するベッドは全体の数パーセント程度になってまいりました。これだけ民間の医療機関が充足してまいりましたのは、基本的には自由開業制を建前とする我が国の医療体系の中でこういうことが進んでまいったというふうに思うわけです。
 その中で国立病院といたしましては、それぞれやるべき仕事、これを模索しながらいろんなことをやってきた。例えばがんセンターができました、循環器センターができました、あるいはこういったナショナルセンターのほかに、てんかん、精神、脳卒中、脳卒中のリハビリ、難病等々の分野でそれぞれの療養所、国立病院が役割を果たしてきた。この一定の成果というのは、これははっきり認められてよいものであろうというふうに思うんです。
 ところが、もう既に医師の数は、人口十万に対して百五十人という厚生省あるいは国の目標を突破いたしまして、世界的に見ても医師過剰時代に入ってくるという状況になってきております。しかも、病床の数も、世界各国に比べて人口当たりの病床は既にトップレベルにあるという状況になってまいりました。
 こういう状態になりますと、その医療の供給体制の中で、国立の医療機関というのは一体何をやるべきなのか。つまり、量の供給というふうな任務はもう既に終了したということは言えるのではないかということになりますと、今度は内容の問題ということになってまいるのではないか。そこに国の意思が働いていかなければならないというふうに私は考えております。
 そこで、公的な機関というのは一体どんな役割を果たしていくべきかということを、実は私、社会福祉、社会保障の分野で勉強することが多いものですから、その分野で考えてみますと、これはやや独断めきますのでちょっと御勘弁いただきたいんですが、国や市町村のような公的な機関が直接に行う事業というふうに限って考えますと、私はごく大ざっぱに言ってこんな原則に立つべきではないかというふうに思っております。
 それは、国民の最低生活の保障である生活保護あるいは国民の老後保障の中心になります年金、こういったようなものは、まさに公的な機関が直接やらなければならない公的な責任の分野であるというふうに考えます。
 それに比べまして、国民生活にとって必要であることがわかっているのに、民間がなかなか伸びてこないという分野がございます。例えば重度障害児あるいは障害者の施設、特別養護老人ホーム等の老人施設、こういったようなものは、なかなかこれまでの経過を見ておりますと、民間の力が伸びてまいらない。その原因はいろいろなことがあると思います。あるいは採算がとれない、あるいは技術的に非常に難しい、やり方が十分に開発されていない、さまざまな問題があると思いますが、こういったような面については、直営もしくは公的な助成策を講じてその内容を高め、量も補充していくというふうな積極的な方策が必要になってくる。これは実際に行われているわけです。
 ところが、質、量の両面で民間が伸びてきた場合にはどうするのか。この場合には、むしろ公的機関は民間に場所を譲ってもよいのではないか。民間の自由な発想、そしてそれを利用する利用者の選択の自由というふうなところに着目して、むしろ公的な機関は撤退してもいいのではないか。それが撤退できる条件がなければ別ですが、民間が伸びてまいりましたならば、むしろ撤退してもよいのではないかというふうに基本的には考えております。
 これは医療の分野でも同様なことが言えるのではないか。今日あるいは今日以後の国立病院の役割というのは、数や量ではなくて、むしろ内容の濃いものというかなり限定された役割を担っていくべきであろう。医療機関が必要であるということと、それが国立でなければならないということとは全く別個の問題でありますということになってまいるのではないか。
 そこで、地域医療については、先ほど倉田先生が地域医療計画に関連して御意見を述べられまして、私は全く同感でございます。一次、二次医療を確保する第一義的な責任は都道府県あるいは市町村にある。それがもし辺地等のような場合で、なかなか充足し切れないというふうな場合には、これは国が政策として援助するという姿でいってよろしいのではないかというふうに思うわけです。
 それから政策医療についても、先ほど倉田先生がおっしゃいましたので私はこれを繰り返すことはありませんけれども、やはり国でなければできないような部分、国にまさに期待されている部分。例えば筋ジス、ハンセンといったような問題は、これは風間に任せておいてもなかなかやりづらかろう、しかしぜひ必要なものであるという場合には、これは当然国が乗り出していってしっかりとやっていただかなければならない。それから治療法の確立していない難病、それからこれからの老人性痴呆、末期医療、こういったような問題あるいはモデル的あるいは質、量を伴ったやり方、両方考え方がありますが、これもぜひやっていかなければならない。
 そのほかに、地域の開業医とか勤務医への病院の開放あるいは高度医療機器の共同利用、あるいは高度専門検査の受託といったような分野にも、国立の医療機関がやっていかなければならない仕事があるのではないかなというふうに思うんです。
 そこで、こういったようなことを考えますと、これからの国立医療機関の整備には二つのことを同時並行的にぜひ行っていただきたい。これは国に対する私の希望も含めて若干意見を申し上げたいと思うんですが、第一は、国立てなくてもよい分野、これはできるだけ早くしかるべき経営主体に引き継いでいくという方向をとっていただきたい。第一次、第二次医療からの撤退の決意を基本にしたというぐらいの気持ちで、これは直ちにできるものではもちろんございませんけれども、そのくらいの気持ちで進めていく必要がある。と同時に、国立医療機関の体質の強化をぜひ図っていただきたい。これは国立らしい国立医療機関というのを確立していかなければ、その任務は果たせないであろうというふうに思います。
 そこで、こういったようなことを進めてまいるのには激変があっては大変困りますので、激変緩和的な経過的な措置、それからそれに伴いましてさまざまな助成措置といったものも考えていかなければならないであろうというふうに思います。
 そこで、そういう意味からこの法案を見ますと、移譲、譲渡等に当たっての優遇策、それからその後の経営への援助といったようなものも含まれておりまして、ぜひこれをできるだけ早くまとめていただきたいというふうに思います。
 ところで、国立の医療機関が現在、第三次医療を中心にした高度医療あるいは政策医療士いったそういう役割を果たすための体制にあるだろうかということも考える必要がある。私は、率直に言って、すべてが十分と言える状態にはないというふうに思います。
 その一つは、予算と定員でがんじがらめになった硬直した経営をやらざるを得ない状態になっている。例えば、ただいま現在で新しい機械を入れようというふうに考えますと、予算をとるためには来年度の予算でありますから、来年度の予算の締め切りはもう済んでしまっている。そうすると、再来年度の予算になるというふうなことになってまいります。定員の面でも、定員法の枠といったようなものがあって、なかなか十分な人材を確保するということができないというふうな状態、それでは医学とかその関連技術の進歩に柔軟な姿勢で対応していくということはできないであろうというふうに思うんです。
 先ほど来、高度先駆的政策医療を遂行するという国立病院・療養所の新しい大きな任務というのを考えてまいりますと、その定員が一次、二次医療を担当する一般の病院と同じ、あるいはそれより少ないといったようなスタッフの構成で一体できるものであろうか、できないものであろうかという点も考えなければならない。それから、国立の医療機関は、当然政策医療の中には不採算医療という側面があることは事実でございます。不採算医療をやって採算をとれというのも、これは大変無理な話であります。
 そこで、これは余り言いたくないんですが、一部の大学病院等では保険診療で稼いで、これで研究をやるというふうな格好になっているところもあるやに聞いております。そういうようなやり方は、むしろ邪道であるというふうに私は考えております。
 ということになりますと、この不採算的な政策医療をやるということになれば当然赤字が出てくるのもやむを得ない。むしろこの赤字は、胸を張って言える赤字であるというものはきちんとして、それに対して国としても、では何をすべきかということを十分にお考えになっていただくというふうにしていただきたい。
 そうしませんと、せっかく再編成をやって強化をしたいといいながら強化されないままの国立病院がそのまま残っていくというふうなことでは、これは仏をつくって魂を入れないということになりますので、この際あえて、大変生意気でございますが、私の希望としてつけ加えさせていただきたいというふうに思います。どうもありがとうございました。
#9
○委員長(関口恵造君) 次に、藤井参考人にお願いいたします。藤井参考人。
#10
○参考人(藤井昭雄君) おはようございます。私は、全日本国立医療労働組合の執行委員長をやっております藤井でございます。
 冒頭に、当該職員団体として意見陳述の機会を与えていただきましたことについて心から感謝を申し上げたいと思います。
 私は、国立病院・療養所の統廃合、移譲計画と、このたび国会に提出された国立病院等の再編成に伴う特別措置に関する法律案について反対の立場で意見を申し述べさせていただきます。
 厚生省が国立らしい医療機関にしていきたい、こう言っておるんですから、本来我々は積極的に協力をすべき立場にあるはずですけれども、今日までの経過を見てどうしても協力できかねる、そういう点がありますから、身近な点として二、三意見を申し上げさせていただきたいと思います。
 主な内容は、計画が非常に不明確であるという点であります。厚生省は、八六年一月九日、国立医療機関の縮小、再編成をねらう全体計画を発表しました。この第一の問題点は、十年計画で統合により四十施設を廃止する、なお三十四施設を移譲するという、合わせて七十四もの国立病院・療養所を廃止するとして、施設名、病院の名前まで挙げながら、十年後の、では国立の総ベッド数あるいは総定員がどのような規模になるのか、そういったことについては全く明らかにされていません。
 この点について私たちの方から確かめますと、計画の進行結果による、今は何とも言えないというのが回答であります。廃止だけ明らかにして、あとは時期が来ないとわからない、こんな計画があるでしょうか。だから、国立医療機関の切り捨てのみを目的とした計画だと言われても仕方がありません。
 また、具体的に、昭和六十一年度着手分として十八の施設を十施設に統合して八つの施設を廃止する計画案が出されました。昭和六十一年度は二十四億円余りの予算化がされましたが、昭和六十二年度以降については単年度ごとに予算編成の中で統廃合、移譲施設の選定をしていく、そういう内容であります。しかも、三年ないし四年後には見直しをしていく、十年計画であると言いながら三年ないし四年ごとに、時と場合によっては見直しの必要もあると思いますが、当初から見直しをしなければならないといった内容、やはりこれはずさんな計画だと言わざるを得ないと思います。
 また、第一次着手分についてもことしの二月に統合後の施設の規模、ベッド数や診療科目が改めて示されました。しかし、その示された統合後の病院のいわゆる診療スタッフを初めとした職員数あるいはこの計画を裏づける内容については全く示されていません。これについてもこれから検討していくのだということです。
 このような状況のもとで、対象に挙げられた施設はいつ具体的に名指しがあるんだろう、十年計画ですから、十年間戦々恐々としてやっていなきゃならないと、そういった状況であります。そうして、うわさやあるいは推測によってどこそこの施設がなくなるんではないか、そういう対象施設やあるいは移譲の対象になっておる施設については、医師や看護婦の欠員ができても廃止になるところへ来る人がいないのではないか、そういったことから医療の低下を来すことも予測されると思います。
 その次に第二の問題点としては、戦後四十年以上、地域に根差して医療を守るために果たしてきた国立医療機関の役割が根本から否定されているということです。国立らしい医療機関、高度先駆医療を看板に、地域の一般医療から全面撤退を前提として国立医療機関の縮小計画が立てられています。本来、高度先駆医療及び政策医療は、国の当然の責務であります。そして充実強化をすべきだと思います。そして、高度先駆医療はその医療機関が地域の一般医療を総合的に行い、その上に付加されて初めてその機能が発揮されるものだと思います。また、高度医療の物差しをどこに置くのかも問題があると思います。日進月歩の医学の進歩のもとで、今日の高度医療が二、三年後には果たしてどうなるでしょうか。
 そんなことを考えると、厚生省の言う高度医療をやりますという国立病院・療養所の姿はどうしても私たちには見えてきません。基本指針に行財政改革――財政改革という言葉を使っていませんけれども、行財政改革のもとで内助努力が必要だということを強調されています。まさに、七十四施設切り捨ての犠牲の上に立って高度医療を追求するというものではないかと思います。国の医療責任を放棄する矛盾に満ちた内容ではないでしょうか。
 問題の第三は、国民の共有財産である国立病院・療養所を、厳しい言い方かしれませんが、たたき売りをする経営移譲計画であります。
 経営移譲の対象三十四施設については、医療機関として必要だが国がやる必要はないということで、その選定基準として一般医療が中心にやられておる、あるいは地元の患者が多い、地元市町村に公立病院がないと。地元の患者さんが多いんだから、その地元の患者さんについては当然そこの地方機関が面倒を見るべきだというのが考え方の中心になっています。ところが、その後、対象三十四施設のうち十施設は、もし引き受け手がなかったら統廃合の対象にするんだということも言われています。何度も申し上げるように、やはりそういう計画自体、何か見識のない計画ではないかと思います。私もこういうふうに言いながら非常に心苦しいものを感ずるわけですけれども、事実としてそういうふうに受けとめています。
 しかも、移譲対象の多くは、医療に恵まれない都市周辺部のほか山間僻地、離島にある施設であります。佐渡、壱岐、対馬、淡路島の離島四島にある施設が全部対象にされています。一日患者さんに接してきておる私たちから見れば、全く情無用の切り捨てたと言わざるを得ません。また、十五カ所の温泉病院のうち、十三カ所が対象になっているのはどういうことでしょうか。
 ちょっと余談になりますが、私たちがこういったことについて地域の住民の皆さんと話し合いをしていきますと、その中で陸軍病院、海軍病院がつくられるときに、あるいは国立結核療養所がつくられるときに、協力をしてくれということで、ただ同然に土地を提供して協力してきた。特に結核療養所については、いわゆる伝染病だということで地元の住民が非常に反対が強かったけれども、協力をしてきた。それが、今さら経営が苦しいから、あるいは赤字だから廃止をするということでは納得できない、提供した土地を返してほしい、そういう声さえ上がっています。
 次に、直接私たちの身分、労働条件にかかわる重大な問題点であります。
 移譲、譲渡の基準、条件が職員の受け入れ数によって定めることになっており、職員を五〇%以上受け入れれば移譲の扱いをし、それ以下の場合は譲渡とするそれぞれの割引率が定められています。これはどんな職種の職員を選定するか、あるいは人数等含めて受け入れ側に選択権があります。職員の意思や希望は二の次というよりも無視をされていると思います。生首は切らない、職員の身分は保障する、意向は尊重すると言いながら、受け入れられなかった職員、あるいは国立に残りたい職員はどうなるのかの質問に対して、配置がえか転勤だと言われます。それは業務命令かと尋ねますと、そうなるだろう、これが厚生省の回答です。仮に移譲先に移っても、自治体の場合は地方公務員として、一応公務員ですから年金、退職金等の引き継ぎは行われますけれども、その他の場合は国家公務員の身分はなくなります。公務員の身分にかかわる重要な問題が財産処分の条件として扱われることは、人権問題にもかかわる不当なものであると思います。労働法制上も問題があると指摘される学者もあります。
 次に、私たちの運動を通じて、患者の皆さんや国民の皆さんかどういう反応を述べているかについて御報告申し上げたいと思います。
 行政改革が国民の命と健康に直接かかわる医療の場に持ち込まれるのは大変だ、これが私たちの率直な考えでありまして、私たちは多くの国民の理解を求める運動を進めてきました。
 まず、署名運動を行いながら、地方自治体に対し、国立病院・療養所が今日まで果たしてきた役割や現在の状況を訴えながら、統廃合。移譲計画に反対の決議を求める請願を行ってきました。今日、全国三千三百二十三の県、市町村議会の九割を超える二千九百九十八の議会で、国立病院・療養所の存続、拡充を求める決議と意見書の採択が行われております。また統廃合、移譲計画の対象地域では、住民や行政サイドを含めた反対運動が大きく盛り上がってきております。そして、地域医療を守る会の結成や多くの住民集会が持たれています。
 ちなみに、守る会の結成は、現在、全国で対象の五十近くで結成されています。特に、最近の住民集会は、一千名を超える規模にまでなってきています。
 なお、このたびの特別措置法案に反対する署名は、多くの方々の協力で約半年の間で四百五十万人分が集約されました。このことは、まさに思想信条、政治信条を乗り越えた患者、国民の切実な要求のあらわれであると思います。そして、九割の自治体決議に見られるように、国立医療機関の存続、拡充については国民的な理解と合意が形成されていると思います。
 最後に、衆議院、参議院の審議を通じて多くの問題点が明らかになりました。そして、多くの人が傍聴にも入っています。審議の中で非常にあいまいな厚生省の答弁が続いていますが、それでも法案は通過するのだろうかと、多くの人が見守っています。
 九日の本委員会に私も傍聴参加をさせていただきましたが、野党の先生方から多くの批判が出され、名前を出してまことに失礼だと思いますけれども、自民党の宮崎先生からも、国民にとってデメリットが多過ぎる、慎重に対応するようにとの趣旨の御意見がありました。
 厚生省は、患者、国民の声を聞けという私たちの主張に対して、国会で審議をいただくのだから国民の声は反映されると申しております。患者、国民、そして私たち働く職員の立場を御理解いただき、温かい血の通った御判断をお願いして、陳述を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。
#11
○委員長(関口恵造君) 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#12
○糸久八重子君 日本社会党・護憲共同の糸久八重子でございます。
 きょうは参考人の先生方、大変貴重な御意見をいただきましてありがとうございました。皆様方の御意見を拝聴いたしまして、少々御質問をさせていただきたいと存じます。
 まず、朝日参考人にお伺いをいたしますが、参考人は自治体労働組合に籍を置かれていらっしゃるようでございますけれども、今度の統廃合、移譲対象の七十四施設のうちに経営移譲が三十四施設ございますが、主として国は地方自治体に経営移譲をしたいという意向を持っておられるようでございます。そういう意味から言って、お仕事の関係上、地方自治体が経営移譲を引き受けられるものなのかどうか、その辺の状況をおわかりでしたらお知らせ願いたいと思います。
#13
○参考人(朝日俊弘君) 今の御質問ですが、非常に悩ましいところでして答えにくい問題なんです。といいますのは、地方自治法にもありますように、住民の健康と福祉を地方自治体が担わなければならない、こういう定めがございます。したがって、本来ならばそのような事態になった場合に地域医療を確保する、地域の住民の健康と福祉を守るという視点から引き受けるべきであろう、こういうふうに基本的には思います。
 ただし、三つの問題があろうかと思います。
 一つは、地方財政上の問題で、現在地方自治体そのものが極めて厳しい財政運営を強いられています。この辺をどのように法制度的に改善されるのか、この点が一つどうしても問題点として残るだろうと思います。
 二つ目の問題は、とりわけ離島、僻地など、いわゆる不採算地区の医療確保については、現在の診療報酬体系がきちんとそれらを手当てするような内容になっておりません。したがって、どうしても赤字を次々と生み出さざるを得ない、こういう状況にあります。したがって、その点のきちんとした改正が必要だろう、こういうふうに思います。
 三点目は、現在厚生省が、例えば僻地医療対策など一定の国の施策を実施していますけれども、これらについても現実的にはまだまだ極めて不十分と言わざるを得ません。
 そういう意味で、仮に自治体が引き受けていくとしても、以上述べたような三つの問題点を一定きちんと改善をしていく、そういう方向が伴わない限り、なかなか正直言って引き受け切れない、こういう状況ではないかというふうに考えております。
#14
○糸久八重子君 確かに、自治体病院の経営状況のこの一覧表を拝見いたしますと、非常に自治体病院では苦しい経営を強いられている部分があります。そして、そのことからしても、例えば藤井参考人がおっしゃられましたけれども、地方では三十九の県で、そして二千九百九十八の市町村議会で反対の決議がされているという状況も見られるわけでございますけれども、そういうことから言うと、なかなかやはり地方自治体としてもそうたやすく引き受けられるような状況にはないと私も判断をするわけでございます。
 そこで、倉田、橋本両参考人にお伺いをさせていただきたいと思いますが、国立医療機関の果たすべき役割を政策医療に限定すべきというそういう御意見のようでございます。確かに私もこの部分では賛成をいたしますけれども、これは朝日参考人の方の御意見の中にもちょっとありましたが、政策医療の中身の問題だろうと思うわけです。お二人の参考人は、循環器とかがんとか難病とかいうようなそういう一般医療では扱えないようなものを政策医療として、そして国立病院が果たす役割なのではないかということをおっしゃっておられたわけでございますけれども、国立病院というのは営利を超えてしなければならない。そういう意味からいいますと、医療過疎と言われております山間僻地とか離島の医療というのは、やはりこれは政策的に、政策医療として国が当然かかわっていかなければならないのではないかと思うわけです。
 御意見の中にもございましたけれども、一次、二次医療というのは民間に渡した方がよろしいだろう、そういうようなお話もあったわけでございますけれども、やはり民間医療といいましても、民間でなさいます医療というのは当然これは採算を考えるわけですから、採算のとれない、営利の伴わない医療というのは、恐らく山間僻地、離島等の医療というのは当然そういう形になるわけでございますので、民間医療も十分進出はしていかない状況がもう目に見えて明らかなわけですね。
 そういうことから言いますと、国の政策医療の中にやはりこの山間、離島、僻地というものを加えて、そして現在あります離島、山間僻地の国立病院というのはもう既に地域医療として根づいているわけでございますから、そういう部分はやはり国立として残すべきではないかと私は思うのですけれども、そのあたりの御見解を聞かせていただきたいと存じます。
#15
○参考人(倉田正一君) ただいま離島、僻地、山間等の医療につきましてこれは国がやるべきではないかというお話があったわけでございますが、先ほども申し述べさしていただきましたとおり、この山間僻地、離島というのは、これは独立して全然周囲からかけ離れて存在しておらないわけでございまして、昔はともかくといたしまして、現状では大部分、あるいは全部と言ってもいいかもしれませんが、一つの生活圏の一部となっているのでございます。これはもう積雪地帯を見ましても、あるいは海に囲まれました離島を見ましても、必ずどこかの市町村と結びついて生活がその中で行われているというのが実態でございます。
 したがって、そういうところの医療ということになりますと、地域が責任を持っております一次医療、二次医療の中で連携を持ってやっていかなければならない問題であろうと思うわけでございまして、これが、ここのところだけは国がやるんだということになりますと、先ほど申し述べました地域医療全体が一部だけ崩れるということになってくることをおそれるわけでございます。
 ただ、御指摘のように、どうしてもうまくいかないというのは、これは地域医療計画がまだ十分進んでいない、これからの問題が多数ございますので、そこに計画がどんどんいろんな案が進んでまいりました時点でできるかできないか、どういうのが一番いい方法がということが議論されるのだろうと思うんでございます。どうしてもできないという場合には、できる方法を見つけていく。それには多少時間がかかるかもしれませんけれども、しかし、本来的には、やはり地域医療の一部として扱うべきであろうというのが私の意見でございます。
#16
○参考人(橋本司郎君) 倉田先生と私ほとんど同じ意見なので、同じことを繰り返しても仕方がありませんから、それにつけ加えさしていただくということで御了解いただきたいと思うんですが、実は離島、辺地の医療を国の責任というふうにもし考えますと、それならば現在国立の医療機関のない辺地、離島はどうするのかということにもなるというふうに思うんです。今の国立医療機関の配置自体が、最初から白紙に適切な地域を描いてそこにつくったということではございませんので、地域的なアンバランスもございます。むしろ今あるところは利益を受けているけれども、今ないところはじゃその利益はどうやって受けるのかということにもなる。
 そこで、もしそれを国で本当に進めるんだという方針を決めて、それで辺地国立診療所のようなものをつくるんだという方針でおやりになるならば、それはそれで一つの私は哲学であろうというふうに思いますが、先ほど来倉田先生がおっしゃるように、第一義的には地方自治体及びそこにおいでになる方々、地方自治体と言っていいと思いますが、そこに第一義的な責任があるというふうに私は考えていきたいと思っております。
#17
○糸久八重子君 もう一つ橋本参考人にお伺いをさせていただきますけれども、先ほど現状としては医師の過剰時代であり、そして病床も世界的に言ってトップレベルの数に達している、国立の果たす役割はもう終了したと、そうおっしゃったわけですが、国立の果たす役割が終了したのは現時点で終了したとお考えなのでしょうか、それとももっと以前に終了したということを考えていらっしゃるのでしょうか。その辺はどうでしょうか。
#18
○参考人(橋本司郎君) 私、国立医療機関としての責任が終わったと申し上げましたのは、量を供給するという意味での責任は終わったということを申し上げておるんで、したがってこれからは質及び内容という方向に向かって総力を挙げるべきだというのが基本的な考え方であります。したがって、どの時点から突然責任が完了したということではなくて、戦後の長い日本の医療の充実の歴史を見まして、徐々に国が量を補給しなければならないという任務はだんだんと終わっていったというふうに理解をしております。
#19
○糸久八重子君 橋本参考人にお伺いするわけですけれども、量を供給する時代が終わってこれからは内容と質だと、そうおっしゃられるわけですが、既に内容や質は、大学病院にいたしましても、それから一般の私的な病院にいたしましてもかなり向上していて、それぞれ発達しております高度の医療機器を導入している病院がたくさんあるという状況でございます。
 ですから、そういう意味で考えますと、やはり国立が高度医療体制を担っていくというそういう観点から考えれば、もっと早くに国立のあり方というものを検討すべきではなかったのか。既に今になってしまっては、多くの民間病院が高度の医療機器を備えているし、とりわけ国立、もっと立派な医療機器を備えるというそういう意味もあるかもしれませんけれども、そういうような状況になっていて、そして今、地域に根差し地域に密着している国立病院を統廃合する、そういう考えは少し遅かったのではないかなと私は思うのですけれども、そのあたりの御見解はいかがでしょうか。
#20
○参考人(橋本司郎君) 早かったか遅かったかということで御返事したいと思うんですけれども、私ももっと早く腰を上げるべきであったというふうに思います。したがって、かなり前から国立の医療機関はどうあるべきかという議論はかなり真剣に行われてきております。ただ、それが具体化するのにはかなり時間がかかったということであろうというふうに思います。
#21
○糸久八重子君 藤井参考人にお伺いをさせていただきます。
 移譲対象三十四施設のうち職員が四千五百名ということでございますけれども、この四千五百名の職員の方たちというのは、目下がなり動揺していらっしゃるのではないかと、本当に私自身のことのように心配をいたします。特に、厚生省が申しますには、移譲というのは、職員の二分の一が病院とともに移る場合を移譲という、そういうふうに説明をしているわけでございますけれども、そうしますと、この四千五百名のうちの半分の二千数百名という方たちがどういう状況になるかということで大変心配しているわけですね。そういうことで、全医労の組合の中でのそういう組合員の生の声をもう少し聞かせていただきたいと思います。
#22
○参考人(藤井昭雄君) 今先生からお示しをされましたように、四千名を超える職員が該当しておるわけです。特に医療関係の職員の場合は、受け入れ先から比較的求められやすいと思うんですけれども、それ以外の一般の事務とか現場の職員は恐らく引受手がないんじゃないか。そうなった場合のことを非常に心配しています。
 もう一つは、今、国立病院・療養所の定員事情、定員が非常に厳しいということで、総数約一万二千名、全職員の二割近い一万二千名という賃金職員というのがおるわけですね。この人たちも非常に心配をしておるわけです。正規の職員じゃないから、まずそういう事態が起これば恐らく真っ先にやめさせられるんではないか、そういったことで非常に心配をしています。
 それから、特に今度のこの計画の中に、やはり合理化を進めようということでいろんな計画も入ってきていますから、そういう意味では、日ごろの定員削減の中でも、行一、行二という事務とか現場関係の職員の削減率が非常に大きいですから、そういったことで、日常的にも大きな不安を持っています。
 したがって、今度の計画ではなおさらその不安が大きくなって、しかも厚生省の方は、近くにほかの国立医療機関で希望があればできるだけ採用するというふうに言っていますけれども、例えば離島なんかの場合は、そこには一つしかないわけですから、国立へ勤めるとすれば内地の方へ行かないと勤められない。そうなった場合は、もう家族ぐるみで、家庭の生活にまで影響していくということで、そういった面の不安も非常に大きいわけです。厚生省は、公務員である以上は北海道から九州の果てまで転勤命令が出れば行くべきだ、そういうふうに言っていますが、それは立場上そう言われればそうだと思いますけれども、やはり家族含めた生活にも大きな不安がかかるということで、いろんな角度で職員の中には不安が大きくなっています。
#23
○糸久八重子君 それでは最後になりますけれども、やはりどうしても心配なので、もう一度倉田参考人にお伺いをさせていただきますけれども、今度の再編成計画によって医療の公共性は一体どうなるのかということ、それから営利化に向けて拍車がかかるのではないかということ、それから国民がいつでもどこでも安心して医療を受けられるという条件ですね、いろいろ問題が出てくるのではないかということ、それから医療機関を選択する国民の立場から権利の侵害はないのかどうなのかということ、いろいろ私は心配することがたくさんあるわけですけれども、簡潔にお答えをいただきたいと思います。
#24
○参考人(倉田正一君) ただいまのお話の中で、いつでもどこでもいい医療を受けたいというのが国民の希望である、それに対しまして、こういうことをやったときにそれが阻害されるのではないか、そういった御心配がかなり大きいように拝察したわけでございますが、いつでもどこでもできるだけいい医療を安く受けたい、これはもうスローガンでございまして、地域医療計画もそれに向かっての努力であろうかと思います。第一次医療、第二次医療というのが医療の大部分でございまして、三次医療というのは量的にはそんなにないわけでございます。質的には非常に金がかかり難しいいろんな問題がございますけれども、量的に申しますと、一次、二次医療が大部分でございまして、その意味におきましても、早くきめ細かい医療計画を各都道府県で作成をする必要があると思うんでございます。
 これは、一に各地域の努力にかかっていると思うんでございまして、従来でもこの方向に向かっての努力というのはなされておりましたけれども、さらにこの医療圏というのは、圏域がはっきりいたしまして責任がはっきりいたしましたので、その方向は従来よりも一層よくなっていく、悪くなる心配よりもよくなっていくことの方がはるかに期待できると、こういうふうに思っているわけでございます。
#25
○宮崎秀樹君 私、自由民主党の宮崎秀樹でございます。
 本日は、御多忙中のところ、貴重な御意見を御開陳賜りましてありがとうございました。特に、藤井参考人には私の名前まで出していただきまして恐縮でございます。
 それでは最初、朝日先生にお伺いします。
 私は、きょう資料を拝見させていただきまして、公的システム、それから公的を中心としたシステム、それから公私システムという各国の表がございます。先生のお話の中で私ちょっとお伺いしたいことは、医療というものは物を売り買いするようなプライスメカニズムの働かない分野である。同時に、非常にサービスという基本的な精神がないと医療は成り立たないと思うわけでございます。
 そこで、このパブリックシステムの国、私は一部でございますが、行ってまいったこともございますし、またそういう国で病気になられた方のお話も承っております。また、昨日もそういう方とお話をしたんですが、大変皆さんそういう国で病気になって困った、非常に目木の医療というものはすばらしいということで、実際経験なさると、果たしてこういう医療が国営になることがいいんだろうかというふうに思うわけでございます。
 日本の医療は公的、それから国立、私的という医療機関がバランスよく配置されまして、その中でそれぞれの機能が円滑に動いたときに、非常に私は国民にとってすばらしいことになるのじゃないかというような考えを持ってはいるんですが、先ほどの先生のお話ですと、なるべくそういう国営の方向でというお話がございましたが、今度の統廃合問題も、そういうこともやはり考え合わせなければならない面もそれは多少あるかと思いますが、一概にそう決めつけることもできないと思います。その辺について先生はどういうふうにお考えになっているか、ちょっと御意見をお聞かせ願いたいと存じます。
#26
○参考人(朝日俊弘君) 冒頭にも申し上げましたように、決めつけるつもりは持っておりません。参考までに各国はこういう状況になっているということをぜひ踏まえてほしいと、こういうふうに申し上げました。ですから、今日の我が国の現状をきちんと踏まえながら考えるとすると、先ほども申したように、すべて国営とか、すべて公営というふうなことを言うことは、いささか非現実的だろうと思います。
 ただ、先生おっしゃったように、じゃ果たして今バランスよく配置されているというふうに言えるのかどうかということについて、私、精神科の方が専門ですので、その立場から申し上げますと、日本の精神医療の医療機関の占める割合は民間が八五%、公的が一五%ということになっています。よく引き合いに出されるアメリカの場合でも、一般医療については民間医療機関が中心ですが、精神医療に関しては圧倒的に州立の公立精神病院で担っているわけです。
 詳しく世界各国を調べたわけではございませんが、しばしば言われるのは、これほどに民間精神医療機関に依存している国は日本と南ア連邦だけであるというふうに言われているわけで、そういう点から考えましても、必ずしも今のバランスは決してよくはない。さらに言えば、国と自治体と、それからさまざまな私的医療機関とが、倉田先生もおっしゃいましたように、地域生活圏を基盤としてどう組み立てられていくのか、連携がとられていくのか、このことが今課題になっているのだろうというふうに思います。
 ただ、しかし、倉田先生のおっしゃったように、地域医療計画が今既に八県で出てきているわけですが、どうもその具体的な中身を見ますと、必ずしもそのように進んでいないのではないかという意味で、今後については期待をしたいと思いますけれども、なかなか現実、解決への道は遠いというふうに考えています。
#27
○宮崎秀樹君 倉田先生にお伺いいたします。
 先生のおっしゃった全国、それから各ブロックと申しますか、それから県単位の医療圏の設定、その中で一次、二次、三次のいわゆる医療資源の適正配分、そういうことは、非常に私、先生のお話はよく理解できます。ただ、先生がその中で下意上達を図っていくんだというお話がございましたが、それについてちょっと私はひっかかるんです。果たして現実的に下意上達になるだろうかという危惧があるわけです。
 と申しますのは、今回のこの再編成の機能類型が既にもう出ております。ただいまお話のあったように、八医療圏が全国で、県単位でございますが、既に発足をいたしました。ことしじゅうに大部分を設定するということでございますが、もう既にこの統廃合、移譲につきましての計画図ができ上がっているような感を受けるわけでございます。そうなりますと、これはまさに上意下達ではないかというふうに考える面も出てくるのではないか。私は、やはり地域のコンセンサスがないと、国の段階だけで考えたときにギャップが出てくるのではないかと心配するわけでございます。その辺につきまして先生のお考えを承りたいわけでございます。
 例えば、隣の県との話し合いとか、そういうことをする場がないわけでございます。国ではそういう医療審議会ができる。しかし周囲の各ブロックごととか、隣の県同士の話し合いをする、それを話す場がございません。ですから、現実的な面でこれが円滑に動くというような施策がやっぱり私は必要ではないかと思うのでございますが、先生その辺はどういうふうにお考えでございましょうか。
#28
○参考人(倉田正一君) 宮崎先生御指摘のとおりでございまして、そういう問題は確かにこれから解決していかなきゃならない問題の一つだろう、こう思うわけでございます。
 例えば、現在の地域医療計画は、その策定の責任者は県知事でございますが、生活圏が隣の県とまたがっておりますときに、こういうところも全国的に見ますと多少あるわけでございますが、そういうところで両県が話し合ってうまくやっていけるかと。これは残された問題でございまして、アメリカの例を見ますと、やはりステートとステートの間に、インターステートに委員会のようなもの、会議体をつくりまして、そして話し合っているということがございますので、これも将来はそういう必要が出てくる場合があるのじゃないか、こう思うわけでございます。それはもう全く先生の御心配、私も同様に感じております。
 それから、下意上達という問題でございますけれども、これは問題によるわけでございまして、恐らく一次医療、二次医療は各地域で責任を持ってやっていく。この問題に関する限り、下意上達と申しましても、その情報を伝えることは国全体として必要でございますから、情報を伝えることは必要だと思いますけれども、しかし、じゃ、こうしなさいということはないわけでございまして、これは県自身が権限を持ってやっていることでございますから、下意上達と申しましても、普通の意味の下意上達とは違うのではないか。ただ、三次医療ということになりますと、これはかなり連絡を密にしてまいりませんと抜ける面あるいは偏りが出てまいりますから、その面におきましては両者が十分に意見を交換して一番いい方法を見つけていく、こういうことになるのではないか、こういうふうに考えるわけでございます。
#29
○宮崎秀樹君 橋本先生にお尋ねいたしたいと思います。
 橋本先生のお話の中で、ある面では国立病院の役割ということが終わったところもあるのではないか、それは民間にゆだねた方がかえって伸びるというふうな御発想がございました。まじめな民間医療機関にこれをゆだねるということになると、これは私はかえって地域にとってプラスになることもあるかと思うわけでございます。ただ、問題は、高齢化社会を迎えまして、シルバー産業だとか医療産業というそういう言葉が出始めておりまして、医療を商売にするようなものがなきにしもあらずという現実を見ますとぎに、この移し方は非常に慎重でなきゃならないということを私はやはり考えなきゃならないと思うんです。その辺を橋本先生はどのようにお考えになっていらっしゃるか、お聞かせ願いたいと思います。
#30
○参考人(橋本司郎君) 実は、私はそのシルバーサービスの方にも若干関係しておりますので、先生の心配は私も全く同じでございます。
 しかし、我が国の医療供給体制あるいは医療費の支弁の方法、それらはすべて性善説に基づいておりますので、そこのところを疑ってかかるとすべて根本からなくなってしまうということになります。そこで、やはり自粛自戒と申しますか、特にこれから高齢化社会に向かいまして医療費及び年金及びその他のサービス費用が物すごいことになっていくというのはこれはどうしても避けられないことでありますから、その辺はまさに我々全体の自粛自戒の中でやっていかなければいけない。地域医療計画というふうなものができてまいりますと、その地域の中での医療の姿が一体どうなのかという把握もかなりしやすくなっていくのではないかという期待も実は私は持っております。そこで、そういう方向で考えていかないといけないのではないかなというふうに思っております。
 先生の御心配は、まことにそのとおりだというふうに考えております。
#31
○宮崎秀樹君 藤井先生にお尋ね申し上げます。
 先生、今お話しの中で、この計画は非常にずさんであると。ずさんな中には、十年計画である、しかも高度医療をやると言っても年々非常に変わっていくではないか。二、三年後に見直すということを言っているけれども、これはやはりそこら辺はずさんだと。いみじくも今、現在ございます国立病院がこういう高齢化社会、疾病構造の変化、そういう中でおくれていっているのではないか、逆に現在がおくれているのではないかという発想もあるわけでございます。
 この全体の計画の中で、ごく一部でございますけれども、統合する病院がある。そうしますと、それは統合してより内容がよくなる、しかも高度な医療、住民のニーズに合ったものになるというようなことも私は一部ではあるんじゃないかと思うわけでございます。全体をとらまえてこうだと言うのではなくて、一つ一つ地域の中で話し合ってコンセンサスを得て、そしてそれがプラスになるという分野もなきにしもあらずと思うんです。それはいろいろ従業員の問題等ございますが、その辺のところはどういうふうにお考えでございましょうか。
#32
○参考人(藤井昭雄君) 私も意見を申し上げた中で出しましたように、高度医療そのものについて反対する理由はいささかもないわけです。特に国立病院、国立療養所――療養所の中で、これは昔、御存じのように、戦後四十年間結核を中心に進めてきて、結核患者が減少していく中で、新たな疾病構造の変化の中で非常に困難な患者さんを受けてきました。最近特に特徴的なのは、これもいわゆる医療機関のサバイバルも影響していますか、非常に回転の遅い長期慢性の患者さんはやはり多くの医療機関で敬遠されて、国立の方で面倒を見てくれぬかというケースが非常にふえてきておるわけですね。
 私は、国立らしいというのは、そういう他の医療機関で診てもらえない人を診る、そのことがやはり一つ役割があるんじゃないかなと、こう思っておるわけですね。ところが、やはりそれはどうしても見た目で見れば地味なわけですね。入ってみても病院の中は活気がない。何か高度な医療機械があって、先生が飛び回って非常に多くの疾病構造を診ておるというところは華々しく見えますけれどもね。
 そういう意味で、国立医療機関の今果たしておる役割というのは非常に大きいんじゃないか、もちろん不採算医療を中心にやっていますけれども。それが今先生おっしゃいましたように、もっと機能強化した病院をつくる。そのつくることによって、今申し上げたような医療は国は診ないんだ、これは地方へ譲るんだと、厚生省ははっきりそういうふうに言っておるところを私たちは問題にしておるわけです。今まで四十年間、本当にほかの医療機関に比べて少ない人員で精いっぱい奮闘してきて、身近に患者さんと接してくる中で、このよそで診てもらえないからお願いしますといった患者さんたちがじゃどうなるんだろうかと、そのことが率直に言って私は非常に心配なところなんですね。
 そういう点で、理論的に国立を立派な医療機関にしていくのに反対だとか、そんなことを申し上げているわけじゃないんで、その陰で、くどいようですけれども、今申し上げたそういう一般医療がどうなるかということについて懸念しておるわけです。だから、両方とも相まって強化をしていくということであれば私たち何も反対することはないし、それから今後何だかんだ言ってもこれは計画が進んでいきますから、これは具体的に厚生省が中身をはっきりして、こういうものにしたいんだ、これについてはひとつどうかという意見があれば、これは我々としても協議をしていく必要があると、そういうふうに考えています。
#33
○宮崎秀樹君 ありがとうございました。
#34
○中野鉄造君 私は公明党・国民会議の中野でございます。参考人の皆様方には、御多忙のところ大変きょうは御苦労さまでございます。
 私は、今回のこの再編成計画を見ておりまして、これはもうまさに臨調路線そのものであるというような、そういう反対の立場からお尋ねいたすわけでございますが、と申しますのは、厚生省がとっているほかの今までのいろいろな諸政策との関連づけが非常にアンバランスである。本来、行政というものは個々の計画、施策が相互に関連し合って一定の方向に向かって行くべきでありますのに、それが今回のこの法案では全く考慮されていない。特に、地域医療計画との関連においてはそれが強いわけですけれども、やはり国立病院あるいは療養所の再編成計画というものは、少なくとも地域医療計画を見ながら策定するべきではなかったのかなと、こういう感じが強くするわけでございます。しかも、今回のこの法案には、先ほども藤井参考人からもお話があっておりましたように、現実性に乏しい、また何ら具体性がない、そういったようなものも挙げられますし、ややもすれば理想論に走っているような感を強くするわけでございます。
 それで、まず橋本参考人にお尋ねいたしますが、参考人はこの法案が提出されるまでいろいろな関係審議に携ってこられたと思いますけれども、参考人のおっしゃるように、国と民間との役割分担といったそういうお話というのは一応理解できるわけでございますが、やはり行政というものは地域の住民や患者のニーズはこれは無視できないと思うわけですけれども、単に政策医療的行政だけではならないと思いますし、住民、患者のニーズというものがこの法案の中にどのように反映されているのか、その辺の御見解をお聞きしたいと思います。
 さらに、倉田参考人にお尋ねいたしますけれども、量の面はなるほど充実したと、そう言われますが、山間僻地ではこれは依然として取り残されているのではないのかなと、こう思います。先ほどのお話の中でも倉田参考人のおっしゃるように、昔と違ってなるほど今日ではどんな山間、離島、僻地でもどこかの自治体の行政下にあるということは事実でございます。組織上ではそうかもしれないけれども、少なくとも医療の面ではやはり依然として昔と余り変わらない、五十歩百歩の状態じゃないのかなと、そういう現実もございますし、それが今回のように量は満たされたからこれからは質だというようなことになってきますと、そうした山間、離島、僻地のそういうような人たちは結果的には等閑視され取り残される、こういったようなことにますますなっていくのじゃないのか、こういう気がするわけです。
 この二点について、雨参考人からまずお尋ねいたします。
#35
○参考人(橋本司郎君) 地域あるいは患者のニーズ、これは無視してはいけない、もちろん全く御意見のとおりであるというふうに思います。ただ私は、それが国立でなければならないということとはすぐにはつながらないというふうに考えております。
 というのは、国立病院・療養所の統廃合の計画でも、統廃合した場合にそこに病院がなくなるということを言っているわけではない。先ほど来倉田先生もおっしゃっているとおり、第一次、第一、次医療を充足させる計画というのはその地域で第一義的に責任を持っていただきたいというふうに考えますと、そこに地域のニーズ、患者のニーズがあるということは、それは医療機関が必要であるということであって、それが国立でなければならないということとイコールではないというのが私の考え方であります。そこに今あるものを、ある日突然全廃するというふうなことではこれは大変な激変になりますので、そういうようなことはもちろんどなたもお考えになっていないのではないか。激変緩和、地域との話し合い、そういったようなものを積み重ねながら、徐々にあるべき姿に持っていくという方向で考えるべきではないかなというふうに私は考えております。
#36
○参考人(倉田正一君) ただいま山間、離島、僻地の医療につきましてのお考えを承ったわけでございますが、今、橋本参考人も言われましたように、山間、離島、僻地の医療と申しますと、やはり中心になりますのは一次医療、二次医療でございまして、これを医療計画のもとで生活圏の中でこなしていこうということでございますので、一義的にはやはり地域が責任を持って当たるべきである。
 そうなってまいりますと、この医療をどうやってやっていくかでございます。私、全国全部見たわけではございませんけれども、大部分の問題を抱えておりますような離島、僻地におきましてはおのおの事情が大分違う。いろいろな制約条件も、問題になる点も違うわけでございまして、まさにどういう方法をとってやったら一番その地域の、僻地、離島に最適かというのは、これは一つ一つみんな対応の仕方が違うと思うのでございます。一律に医療機関をそこに置けばいい、医者を張りつければいいという問題ではないように思われるのでございまして、必ずしも医療機関がなくてもうまい方法がございますれば、はるかにそこの住民を満足させることができるという例は二、三にとどまらないわけでございます。
 殊に、それが国立の機関を張りつけなければいけないかどうかというのは、私はまことに疑問であるというふうに考えておる次第でございます。
#37
○中野鉄造君 そこで、今も橋本参考人がおっしゃったように、必ずしも国立でなければならないということではないですけれども、今日の時点でも、ただでさえもなかなかそういう山間、離島、僻地には医療のスタッフの方々が不足しているし、また養成をしてもなかなか適当な人がないというのが現実でございます。それに加えて、この間から審議の中でもいろいろと質問をしたわけですけれども、先ほど私申しました、具体性がないと。つまり、どれだけの需要があるのか、どれだけの病床数が必要か、あるいはどれだけの設備が要求されるのか、あるいはどれだけの医療スタッフが必要なのか、どうやっていつまで整備するのかといったようなこういうことをお聞きしても、全然それに対して具体的な答弁が返ってこない。
 こういうところから考えても、何も国立じゃなくちゃいけないとかなんとかを言っているわけじゃないんですけれども、国立てもなかなかそういうような医療のスタッフの配置というものがうまくいかないのに、果たしてそれを、さあ地方自治体の行政に任せます、ゆだねます、こう言ったってそういうところが現実にいくかどうか、これはもう極めて困難な問題じゃないかと思います。そういう現実に立ってお尋ねしているわけなんですけれども、そういうところから見てやはり少なくとも今回のこの法案は、そうした山間、離島、僻地というものはどうしても等閑視されていくんじゃないか、そういう地域医療というものは著しく後退していくんじゃないか、そういう感を強くするんですけれども、いま一度その辺のところを橋本参考人にお尋ねします。
#38
○参考人(橋本司郎君) 先生のおっしゃるような状態にもしなるとすれば、これは大変困ったことであると思います。
 その場合に、山間僻地の問題も当然地域医療計画の中に取り入れられていくはずでありますから、それではその地域が一体そういう問題をどう考えているのかということになっていくのではないか。ただ、そうは言っても運営の問題とか採算性の問題とか、それから人員の確保の問題とかいろいろ問題が発生してくることもわかります。それは、今の国立医療機関でも同じ問題を抱えているというふうに思うわけです。それで、やはり地域の中で地域の住民の生活を最もよく知っている、一番住民に近いところからそういう問題をきちんとくみ上げていっていただかないといけないのではないかというふうに私は思っております。そういうことでございます。
#39
○中野鉄造君 最後に、時間がございませんので倉田参考人にお尋ねいたしますが、政府はこの再編計画について、しきりにその法案の中でも高度あるいは専門化といったようなことを言って、言葉の上で機能分担というようなものを際立たせようというような印象がございますけれども、そもそも高度とは一体何なのかということ、それと、じゃその高度総合診療機能というのが国立以外の医療機関では持ち得ないのかということなんですが、その辺の御見解はいかがでしょうか。
#40
○参考人(倉田正一君) 先ほどちょっと申し述べさせていただいたわけでございますが、三次医療をだれが担当するか、どういう形で担当するかというのは、これは国立でなければ困るということはないわけであろうと思うわけでございまして、もちろん現在でも国立でなくてもそういう機能を発揮しておられる医療機関は多々あるわけでございます。
 ただ、その三次医療を簡単に定義いたしますと、結局狭い分野の限られた医療が三次医療だと考えてもいいんではないか。高度ということになりますと、これはプライマリーケアだって高度なプライマリーケア、何でもみんなそのおのおのにおきまして高度という問題は出てくるわけでございますので、むしろ狭い専門分野、限られた分野で、あらゆるものをそこでこなしていく、その範囲内でこなしていくということだろうと理解しているのでございます。
 そんなことでよろしゅうございましょうか。
#41
○沓脱タケ子君 沓脱でございます。私、日本共産党でございます。
 きょうは参考人の先生方、大変御苦労さまでございます。わずかな時間でございますがお聞きをしたいと思います。
 まず、橋本参考人にお伺いをしたいんですが、とにかく私ども、この法案は大変無理をした法案だなという印象を論議の中でも感じるわけでございます。まさに今、端的に言えば、確かに政府の臨調行革路線の中での国立病院版をやろうとしているのかなというふうに感じるわけでございます。
 と言いますのは、参考人もお述べになりましたように、私大変不思議だなと思いますのは、とにかく四十年間国立医療機関をやってきておられるんですが、いろいろな指標を見てみますと、例えば全国のベッド数が――ベッド数というのは医療法によるベッド数と予算によるベッド数というのがあるんですね。しかも、その差が一万五千床以上に及ぶというふうな状況になっている。しかも職員は、約二割、一万二千人以上も職員定数ではなくて、プラス賃金職員というふうな形でやっているわけです。したがって、今ある病院、療養所等の機能が十分発揮されていない。そういう状況を厚生省は保障していない。そういう中で大変な苦労をされて、その持てる能力を発揮するということで政策医療に励む、あるいは地域医療の中で役割を果たすというふうなことをやってきておられるのが実態として明らかになってきております。
 先生がおっしゃったように、一次医療、二次医療はこれは地域に任す、三次を国立が担当するというふうに分けるのが一番はっきりしてよいと。確かにプランの上では非常にはっきりすると思うわけです。しかし、四十年間定着をしてきている姿を、一挙にそういうふうに一次、二次からもう国立医療は撤退をするって、プランとしてはいいんだけれども、住民との関係の中で起こっている、あるいは長年にわたる国民医療としての信頼関係あるいは役割、そういうものから言って、そんな大根を切るみたいに一挙に一次医療、二次医療は全部切り離す、地域医療はもう取りやめだというふうにするということが、果たして今日の現状に合うんだろうかという点で非常に疑義を感じるわけです。
 お話のように、地域医療計画という問題が出ておりますが、地域医療計画の中でそれが定着をして、そして国立医療機関がどういう役割を果たすべきかというふうなことが検討されていくということになるならこれはいいんですが、それがまた計画は策定されていない。ましていわんや定着していないわけですから、不分明ですね。できればうまくいくんだとおっしゃっても、それまでそれじゃ住民はどうするのかという問題がありますので、私はそういう点ではやはり今日ある一定の歴史を持ってきた、あるいは役割を果たしてきた医療機関というのはもっと拡充強化をして役割を果たし、そうして地域医療計画の中にも位置づけていくということが非常に大事なのではないかなと思うんですが、まずその御見解を伺いたいと思います。
#42
○参考人(橋本司郎君) お答えいたします。
 私も、何も一挙に三次医療だけに限るということを申しているつもりは毛頭ございません。先ほどから繰り返して申し上げておりますとおり、現状からスタートしていかなければいけないわけですから、改革を行う場合でも、ある日突然というふうなやり方ではもちろん当然ないわけでありまして、今行っている一次、二次医療をあしたからやめてしまうということではありませんので、それまで住民は路頭に迷うというふうな状態というのはむしろ考えにくいのであります。
 ただ、物の考え方として、地域の一次、二次医療はどこが責任を持ってそれを充足していくか方策を考える、あるいはその方策をとることが民主的な地方、国との関係の中でよいのかということで考えれば、やはり地域の住民の生活そのものに関係する問題ですから、できるだけそれをよく知っている自治体に中心になってお考えいただくということが当然ではなかろうか、これは筋道としてそう思うわけで、そこに一挙に行くということになりますと、これはもう当然混乱が起こりますから、そのようなことは行政当局にもやってもらっては困るというのは私も全く同意見であります。ただ、地域医療計画の中で、先ほど来問題になります辺地をどうするのかというふうなことも当然ございます。
 それから、これは私、持論なんですけれども、精神に関するものはむしろ国よりも地方政府の方が扱うのには好ましい。国がその問題を取り仕切るというふうなことは、これはちょっとなかなかよくない面が出てくる可能性もあるので、むしろそっちの方が好ましい。それから老人の問題にいたしましても、これも地域の中でどう解決していくのかということで地域でお考えになる。そして、それが非常に難しいというのが人の手当て、それからお金の面、採算性の面、いろいろあると思いますので、そういうことに対しては国がどういう立場で応援をしていくのかというふうな体制をきちんとしていくことの方が、私は将来に向かって展望が開けるんではないかというふうな考え方を持っております。
#43
○沓脱タケ子君 藤井参考人にお伺いをいたしますが、私は国立医療の中で果たしてきておられる職員の皆さん方の御苦労を本当に多とするわけでございます。時間があんまりありませんので多くを申し上げるわけにいきませんが、全国の自治体の九割が反対決議をしているというのは、地域住民がいかに反対をしているかということのあらわれであろうと思いますし、同時に、四百五十万もの署名が住民の中から集約をされてきているというふうなことも、これはちょっと言うたら驚きでございます。こういうふうに地域住民から国立医療に対しての期待があるというのは、どういうところでこれがあるのか、そういう住民の信頼というのはなぜこういうふうに高まってきたとお考えになっておられるかということが一つ。
 それからもう一つは、離島、僻地等の医療過疎の中で果たしてきている役割というのは非常に大きいと思いますが、そういう点で、その地域で医療計画等が出されていてどんな状況になっているかというふうなことをあわせて伺いたいと思います。
 時間がありませんので、もう一つ申し上げておきますが、身分の問題がどうなるかという点で大変御不安があるということのお話でございましたが、私どもの国会の審議の中でも、今度の計画でそれじゃ職員をどのように減らす、ベッド数をどのように減らしていくかというふうな基本的な見通しというのは何もはっきりお答えになっていただけない、全く漢としておりますので、そういう中では大変御不安が多いと思いますが、地方自治体が受け入れることが大変困難だというふうなことが言われると、民間へ身売りをするんじゃないかという心配も出てくる。そういう点で、職員の皆さん方の身分保障についての御要望等についてお伺いしたいと思います。
#44
○参考人(藤井昭雄君) まず、先ほど宮崎先生の御質問の中にも触れて、私たちがやはり他の医療機関で引き受け手のない困難な患者さんを診ておるという点を一つ申し上げましたが、そういった点が非常に国立だから安心だという、あるいは信頼されておる大きな一つ原因があるんじゃないか。それからまた、やはりこれは政策医療として重心、筋ジス関係、あるいは政策医療までなっていませんけれども、いわゆる神経筋障害の患者さんとか、非常に慢性的に、しかも困難な患者さんのお世話をしておる。しかもこれは、私は何もほかの医療機関のことをとやかく言う気持ちはいささかもないんですけれども、やはり国立の場合は非常に厳しい定員事情の中で付き添いもつけずに、それからまた差額徴収もほとんどいただかずにやっておる。そういった点が、やはり非常に喜ばれておるんじゃないかというふうに思っています。
 ちなみに、私たちこの問題が起こったときに住民の方々にアンケート活動をしたわけですが、その中で返ってきた意見は、国立療養所は特定の人しか診てもらえないかと思っておった、国立ならもっともっと門戸を開いて幅広く診れるようにもっと中身を充実強化してほしい、そういう意見が圧倒的に出されてきていますし、それからまた多くのやはり不満も確かに出されています。待ち時間が長いとか看護婦さんが余り親切でないとか、そういった苦情も出されていますけれども、これは話し合いする中で、本当に皆さんに期待をするから思っておることを率直に言うんだと、そういうことで、今もなお私たち話し合いの中でそういう意見が出されてきています。私たちはそれにこたえるために、今みずからも姿勢を正し、もっと今の限られた人員の中でもよりよい看護をするように研究をしてきておるところです。
 それからまた、僻地医療の問題について厚生省の説明文書の中に、国立病院・療養所は旧陸海軍の病院、療養所を引き継いだものだ、交通の不便な地域に設置されておって地域的に偏在しておる、これは国の医療機関が偏在しておるのは不公平だ、だから国民の財産で病院運営しておるんだから公平に配置をせぬといかぬということを説明をしておるわけですが、私はこの厚生省の言う公平というのは、私たちの考える公平と全く違うわけですね。私たちは医療を受ける側に立って、本当にそれこそ、先ほどお話しありましたように、だれでもどこでも安心して入れる医療供給をどうするか、そのことについて条件の整わないところについては国が面倒を見る、それこそ公平の原則ではないか、そういうふうに考えています。そうした観点から見て、例えば僻地の問題、離島の問題にしても、その保障がないのに、なぜこういう機械的に切り捨てるという政策を出してくるのか、ここでも根本的にこれは合わない問題点だと思います。
 それから、職員の身分の問題については糸久先生からも御質問いただきましたが、私たちは本当に病院が統合された場合には、これは行きたくなくても生活のために移らぬといかぬ場合もこれはあると思いますけれども、やはり家庭の事情等でやめざるを得ないという場合があるわけです。これは私は何もそのことを今求めておるわけじゃないんですけれども、こういう法律、制度の改正によって職員が本人の意に反してやめざるを得ないという場合には、例えば多くの企業でも合理化をしていく場合に、後々の生活のことを考えて退職金等について配慮をするとか、そういった思いやりのあることもやられておるわけですけれども、仮にですよ、仮にそういった不安に対して、どこかにそういう具体的な配慮があるかと思って調べてみても、どこにもそういうものはないわけですね。それで、冒頭に陳述の中で申し上げたように、それは国家公務員だから命令に従って動くのは当然だ、業務命令だと、こういう回答しか返ってきていないわけです。したがって、私たちそういう中で協力をしろ、もっと考えると言われても、なかなかついていけないというのが実態です。
 時間がありませんので、まだまだ申し上げたいことがあるんですけれども、以上、簡単ですがこれで終わります。
#45
○沓脱タケ子君 時間ですので終わります。
#46
○橋本孝一郎君 私は、民社党・国民連合の橋本でございます。
 きょうは、参考人の皆さん御苦労さまでございます。反対と賛成の方々に一問ずつ質問さしていただきます。
 まず、反対の立場の藤井参考人にお願いしたいんですけれども、先ほどもおっしゃられましたように、現在の国立病院というのはかつての陸海軍病院の引き継ぎだというのが多くでございまして、その規模も小さい。しかし、いろいろな反対運動もありまして、そういうふうに地域反対運動というのは、今まであったものがなくなるということは非常に不便になるとかいうようなことで、およそ物事を合理化し、さらに進んだ設備あるいは施設にしていこうという場合においては必ず抵抗のあることだと思うんです。したがって、そういう抵抗を考えながら医療のこれからの高度化あるいはまた、場合によっては医療そのものじゃなくて情報化と結んだ予防を含めた医療、そういう高度な発展をしていかなければ医療というものは全うできない。
 そういった立場から考えて、国立病院を残すという場合においてどのような対策が必要なのか、その点についての組合としての御決定なり、そういう一つの方策があるのかどうか、なければちょっとお考えをお聞きしたいと思います。
#47
○参考人(藤井昭雄君) 私たちも今度の問題に直面しまして、それでいろいろな地域で住民の皆さんあるいは行政サイドの皆さんと私たちなりに話し合いをしてきたわけですけれども、率直に申し上げて、この問題を取り上げた私たち自身が、ここまで運動が広まってくるとは当初予想はしていませんでした。今だんだん日にちがたっていく中で、私たちもいろいろ厚生省に説明を求め、それからまたそれぞれの地域で対県交渉あるいは対市交渉を通してその問題についての追求をやっていっても、先ほどから申し上げておるように問題がはっきりしてこない。ただ、今まで私たちが親しんできた国立医療機関がなくなるという不安だけが大きく進んでいっておるわけです。だから、そういった状況の中で、やはり今日の問題を通じてこれほど国立病院・療養所の存在が国民的に明らかになった、また話題になったこともないと思いますから、こういう時期にこそ本当に国立医療機関の真のあり方ですね、そういったものを私たちも私たちの立場で考えていかなくてはいけないんではないか。
 そういう意味では、先ほどから何回も申し上げておるように、本当に国民のニーズにこたえる、今まで地域で果たしてきた役割を捨てて高度医療だけに走るという、そういう発想そのものがどうしても私たちは納得できませんので、そういった点ではこれからも地域の住民の皆さんと十分話し合って、本当に納得できる医療要求を一緒につくり上げながら厚生省と詰めていきたい、そういうふうに考えています。決して私たちだけの要求でこれはできるものじゃありませんから、医療を受ける、治療を受ける患者さんの意見も十分聞きながら、厚生省はこういうふうに言っておるんだと、率直に話をしながら考え方をまとめてこれからもひとつ運動として進めていきたい、そういうふうに考えています。
#48
○橋本孝一郎君 それでは、橋本参考人にお願いしたいと思います。
 国立病院の再編を進めるために地域の住民の反対だとか、あるいは地方公共団体も意見がそれぞれ反対の意見もありまちまちですけれども、これは十分な合意を得て進めていかなければならないと思います。この場合、政府が考えているように今の十年ということで果たして適当なのかどうか。もし仮に十年という期間で進めていこうとする場合の、いわゆる段階的に進めていく場合においての実現のための重要なポイントというのは、参考人として御意見がありましたらお聞きしたいと思います。
#49
○参考人(橋本司郎君) そこに国立医療機関があって、今まで便利にそれを利用してきたというその地域が、改革をする場合に反対するのは私は当然だと思います。大変便利だったわけで、それを自治体が引き受け切れないという状態がもしあったとすれば、その自治体が引き受け切れないようなものを国がその地域に吸い込んでいたということになるわけで、これはそれを動かすことに反対するのはもう当然のことであろうというふうに思います。
 そこで、十年という期間が長いか短いかという問題もありましょうが、やはり改革を行う場合に極端なことをやるというのは余りよろしくはないのではないか。ただ、行き着く先はここだという目標はしっかり見据えていないといけない。そこで、その目標を見詰めながら改革を進めていく場合に、やはり非常に大事なのは、その地域、あるいは当然知事さん、市長さん、町村長さん、そういう方々の御同意がないといけない。そして、その場合には、再編成をしたからといって、国立病院でなくなるかもしれないが、そこに医療がなくなるのではないんだという、その辺のところの御理解も十分に得ながら、そして地域との話し合いというのがもう非常に重要なポイントになっていくだろうというふうに考えております。
#50
○橋本孝一郎君 ありがとうございました。時間ですので結構です。
#51
○委員長(関口恵造君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり御出席を願い、貴重な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 それでは、午後一時三十分から再開することとし、休憩いたします。
   午後零時十九分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十分開会
#52
○委員長(関口恵造君) ただいまから社会労働委員会を再開いたします。
 労働基準法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本案審査のため、本日、参考人としてお手元に配付の名簿の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ本委員会に御出席いただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。参考人の方々から忌憚のない御意見を承りまして、法案審査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人の方々から御意見をお述べ願うわけでございますが、議事の進行上、最初に参考人の方々からお一人十五分ずつ御意見をお述べいただき、その後委員の質疑にお答えいただく方法で進めてまいりたいと存じますので、よろしく御協力をお願いいたします。
 それでは、まず小川参考人からお願いいたします。小川参考人。
#53
○参考人(小川泰一君) 御紹介いただきました小川でございます。本画は、労働基準法り一部を改正する法律案につきまして意見を申し述べる機会を与えていただき厚く御礼を申し上げます。
 労働時間を中心に労働基準法が四十年ぶりに改正されるべく審議されることにつきましては、経営の責任を負いますとともに法律の遵守を義務づけられる当事者といたしまして、改めて事柄の重大さと責任の重さを感ずる次第でございます。
 そこで、経営者側としましては、次の諸点につきまして皆様の御理解をちょうだいいたしたいというふうに思っております。
 第一点は、法定労働時間の短縮にこたえますためには、新たに大きな経営努力が必要になるということでございます。
 御高承のとおり、企業を取り巻きます現下の環境は殊のほか厳しゅうございまして、企業と従業員との関係におきまして、多くの経営者に与えられました最大の課題は、健全な経営を確保しながら雇用をいかに保持するかということでございまして、その中で労働条件の維持向上をどうやって実現するかということになってきているからでございます。
 このような中で、いずれの事業主もそれを絶対下回ることが許されない労働基準につきまして新たな枠組みが設定されることにつきましては、今まで以上に大変な経営努力が必要になると存じております。
 特に、昨今の円高や産業構造調整の波、あるいはNICSとの品質競争などに最も強くさらされております中小零細企業にとりましては、法定労働時間の短縮等改正にこたえていくために、それによってもたらされる経営費用の増大の吸収を中心にいたしまして、まことに厳しい対応を覚悟しなければならないというふうに思っております。
 経営上、労働時間短縮は賃金引き上げと同様の効果をもたらすわけでございまして、賃金をそのままにいたしまして労働時間を短縮する場合、それはストレートなコストアップにつながるわけであります。
 ところで、我が国企業の賃金は、パートタイマーなどを除きまして、日建て、月建てで計算されることが実際問題として多うございまして、いわゆる通称員給月給制、あるいは月給制というふうになっております。したがいまして、時間給、または時間当たり賃金という決め方は一般的ではございません。そういうわけでございまして、賃金と時間が極めて密接な関係を持っているということ、つまり労働時間が短縮された場合に賃金が据え置かれるとすれば、その分はすなわち労働生産性の低下につながるということについての認識が一般的に残念ながら薄いのでございます。
 企業といたしましては、今般の労働基準法改正が企業の競争力の低下をねらったものであるなどとは全く思っておりませんが、申し上げましたように従業員の雇用の維持ということを基本的に念頭に置きます以上、結果的にその競争力を失わせることになりかねない時間短縮は、なかなか困難な問題がつきまとうところでございます。
 さりとて、短縮された分賃金を引き下げるということは、理屈の上では当然であっても実際の問題になりますと従業員の理解が得られにくく、結局時間短縮は直接のコスト増になってしまうという深い悩みに直面いたしております。
 もとより経営者といたしましては、労働時間短縮の方向につきましては、生産性向上の成果配分の一方法として、労使の十分な話し合いにより今後積極的に進めていくことが大切な課題でありますことをよく承知いたしております。
 しかしながら、罰則を背景にします労働基準法に基づく法定労働時間の改定につきましては、生産性の成果配分による自主的な時間短縮とは別個の視点から対応しなければならないと思っております。
 繰り返すようでございますが、今回の改正法案が我が国の労働時間問題全般に与える役割を否定するものではございません。しかしながら経営責任を担う当事者、特に中小零細企業にとりまし喝は、法の内容をクリアしていくことには大変厳しいものがあるというふうに受けとめております現実を、どうか御理解いただきたいと存じます。
 第二点は、昨年十二月の中央労働基準審議会の建議の趣旨を踏まえ、審議され、法案を成立させていただきたいということでございます。
 本法律案が上程されるまでには、政府を初め労使その他関係者の大変な御努力がございました。特に中央労働基準審議会におきます公益側、労働者側、事業主側委員各位の終始御熱心な討議は、昨年三月以降延べ三十一回に及んだと伺っております。その結果、昨年十二月十日、「労働時間法制等の整備について」の建議としてまとめられ、改正法案の枠組みがつくられたところであると承知をいたしております。
 この建議づくりに際しましては、公労使三者ともにそれぞれ多くの意見を持っておりまして、互いに相入れない部分も幾つかあったようでございますが、各位の御努力により集約することができ、この合意が今回の改正案に結実したものであるというふうに理解をいたしております。
 最近、ことしの四月にいわゆる新前川レポートが出されたことを契機に、事態が変わったということで、建議そのものが陳腐化したかのような御主張もございます。しかし、新前川レポートでは、二〇〇〇年に向けてできるだけ早期に千八百時間程度を目指すことが必要として、年間総労働時間短縮の目標を掲げられたわけでございますが、時間短縮は労働生産性向上の成果配分の方法であることを新前川レポートも前提にいたしております。したがって、それへのプロセスは、経済動向や経営の実態を背景にいたしまして、個別企業労使により、さまざまな工夫、努力によってなされるべきであるというふうに存じております。
 これに対しまして建議は、法定の労働時間、年次有給休暇や労働時間制度の枠組みを新たに設定し、これ以下であったり、逸脱してはならないという最低労働基準について、法で整備すべき諸点を合意したものであるというふうに考えております。
 したがって、全体の時短の政策目標とぎりぎりの法定基準とは、それぞれ区分して考えていかなければならないというふうに思っております。
 私どもといたしましては、既に申し上げたように、さまざまな経営上の困難はございますものの、中央労働基準審議会におきます審議過程を尊重し、その結果としての建議の趣旨を踏まえて労使努力を積み重ねてまいりたいと考える次第でございますので、このことをぜひとも御理解いただき御審議賜ることを、あえてお願いする次第でございます。
 第三点は、当面週四十六時間を四十四時間から出発すべきであるとの御意見が出ているということに関してでございますが、所定労働時間の実態は中小零細企業を中心に、それを直ちに受け入れることは大変問題が多いというふうに申し上げざるを得ないのでございます。
 労働時間の実態は、昨年三月の労働省調査で見ますと、過所定労働時間が四十六時間を超えている事業場が従業員規模百人ないし三百人未満で二四・八%、三十人−九十九大規模では四〇・九%、一人ないし二十九大規模では五六・九%でございまして、特に規模が小さくなるほど週四十六時間を超える事業場の割合が大きくなっております。
 改正案はこの実態を踏まえ、法定労働時間の目標を週四十時間に置き、当面は四十六時間として、経過措置を講じつつ段階的に短縮する方法をとっておりますが、これは中小零細企業の経営実態から見て耐え得るぎりぎりの線であると存じております。
 それがさらに、過所定労働時間が四十四時間を超える事業場の実態を見ますと、従業員規模百人−三百人未満で三七・三%、三十人ないし九十九大規模では五五・四%、一人ないし二十九大規模では七〇・八%でございます。また規模計で見ましても六九・七%ございまして、調査対象事業場を母集団に直しでこのことを見ますと、約三百六万一千事業場ある中で、約二百十三万四千事業場が所定労働時間を早急に短縮しなければならないということになるわけでございまして、四十六時間からスタートする場合に比べて約四十三万事業場がさらに対象として追加されることになります。
 労働基準法が、その基準に満たないものに対しては罰則をもって厳しく処していることを考えますと、最低労働基準の性急な切り上げは、このような中小零細企業の労働時間の実態からして、一挙に多くの法違反事業場を出すということにもなりかねません。かつ、そのような事態は、経営者の労働時間問題への積極的な取り組みの意欲をかえってそぐおそれのあることをお考え合わせの上、ここはぜひとも現実を直視していただき、最低基準の法定労働時間を週四十六時間からスタートし、同様に中小零細企業等については経過措置等を設けることについて、ぜひその方針を堅持していただきたく、お願い申し上げる次第でございます。
 第四点は、法定労働時間を当面四十六時間から四十四時間に、あるいは目標の四十時間に移行することについて、あらかじめ実施時期を設定すべきではないということでございます。
 新聞報道等によりますと、衆議院段階の審議では内閣総理大臣や労働大臣が、当面の法定労働時間については週四十六時間とするが、改正法施行後三年を目途に週四十四時間としたい旨の御答弁をされているようでございますが、経営側といたしましては、この御発言については率直のところ当惑している次第でございます。なぜならば、さきに申し上げましたとおり、所定労働時間の実態は中小零細企業を中心にまだ相当数の事業場で週四十六時間を超えており、法律が施行されましたならば直ちに改定いたさねばなりません。繰り返し申し上げますが、個別企業が労働基準法に基づき所定労働時間を改めることは、生産性の成果配分による自主的な時間短縮とは別のことでございまして、経営がどうあろうとも絶対にしなければならない事項でございます。
 さらに、それが全事業ひとしく三年後に次のステップに必ず到達していなければならないということは、今から到底予測できるものではございません。
 個別企業労使が、四十六時間を基準にそれぞれの状況を踏まえて努力した結果や、将来にわたる全般的な経営環境についての明確な状況判断の上に立って移行時期を改めて検討するべきものであり、経済、社会が不透明な時代にあって、法定労働時間の移行時期を予定することは適切でないと考えております。
 最後に、労働時間制度の弾力化措置については、その具体的な運営について関係労使の自主的な工夫、対応にゆだねるべきであるということでございます。
 産業構造は、御承知のとおり第二次産業中心から第三次産業への移行が進み、また同一産業、企業内におきましてもサービス化、ソフト化、情報化への取り組みが要請されております。消費者、顧客のニーズも極めて多様化してきており、業態によっては業務の繁閑が極めてはっきりと出るところもございます。したがって、企業の労働時間制度についてもこれらの変化にこたえる工夫が迫られているところでございます。
 改正法案では、この状況を御勘案いただき、各種労働時間の弾力的な措置が設定されているところでございます。この弾力的措置につきましては、種々御議論があることは承知いたしておりますが、経営者としましては、労働時間を現実的な労働態様に沿って設定することにより、経営効率を維持しつつ、結果として、年間総実労働時間の短縮が可能であると考えております。
 具体的には、例えば三カ月以内の変形労働時間制の場合に、経営の恣意による長時間労働が行われるであろうといった御意見もあり、衆議院段階では、中央労働基準審議会の意見を聞いて、一日、一週の労働時間、連続して労働させる日数の限度を定めることができるとされましたが、政府原案では、例えば三百人を超える事業場では平均過所定労働時間を四十時間に短縮することが要件とされており、かつその内容について労働組合あるいは労働者代表との書面による協定が必要になるなど、企業だけの思惑で進められるようにはなっておりません。
 また、実際の運用では、特定の日、特定の週の労働時間を常識に反して極端に長時間に設定するということは、その仕組み自体が長続きするものではないと思っております。反面、この制度の運用の仕方によっては、特定の週が法定労働時間の四十六時間を超えることになっても、他の週で休日の増加につながるようなことも期待できます。どうか実際の運用は労使の良識にお任せいただくことができるだけ可能でありますよう、お願いしたいと存じます。
 フレックスタイム制については、企業にとって業務の態様に適合した有効な勤務が期待できるようになることはもちろん、対象従業員が出退勤の時刻を自主的に決定していくものでありますので、朝夕のラッシュアワーを避けたいとか、始業前、終業後を個人的な生活事情に合わせて自由に設定できるなど、メリットもあると思います。
 このように、今般の労働時間制度の弾力化に関する改正案につきましては、その趣旨に沿って労働組合、従業員代表とよく相談しながら適切な方法を研究し、実施に移したいというふうに思っております。
 なお、年次有給休暇についてでございますが、その最低付与日数の引き上げや所定労働日数の短い労働者への措置等につきましては、法定労働時間の短縮同様、直ちにコスト増の要因となりますので、中小企業への経過措置についてはぜひともお願いをいたしたいと存じます。
 終わりに、これからの問題としましては、同法案に掲げられているような新しい制度あるいは既存制度の改正等と取り組むに際しまして、労使自治の原則が貫かれ、その中から時間短縮の実が上がりますよう、政省令の整備がされますことをお願い申し上げる次第でございます。御清聴ありがとうございました。
#54
○委員長(関口恵造君) 次に、長谷川参考人にお願いします。長谷川参考人。
#55
○参考人(長谷川裕子君) 参考人の長谷川裕子です。私は、全逓信労働組合中央本部で婦人部長をしております。
 私どもの組合は、局長と職員一人という小さな郵便局から、三千人もいる大きな郵便局、さらには逓信病院、簡易保険・年金保養センターで働いている労働者の組合です。私自身は、八王子の四人の小さな郵便局で働いておりました。家には夫と小学校五年の娘がおります。夫も私も人間として仲よくともに生き、ともに働き、人間らしく幸福に暮らそうと働いてまいりました。
 さて、私は、今国会に労働基準法の改正案が提出されると聞いて、本当にうれしく思い大きな期待を持ちました。なぜなら、四十年ぶりの改正であり、私たちをめぐる情勢は経済的にも社会的にも大きく変化をしており、今日の日本の経済状況や国際社会の関係で先進諸国に大きく近づいていく、いやそれを上回る法改正がされるものと心から信じておりました。しかし、提出された内容を見て、えっ、こんなことってあるのかしらと驚きました。が、法律案は国会の中で審議され修正されるものですから、ぜひ私たち働いている者の声を聞いていただき、働いている人々から、そうだ、本当によかったと言われ、働いているみんなが健康で安心して、人間として、労働者として働き続けられる最低労働基準を先生方の力でぜひつくっていただきたいと考えます。
 まず第一に、法定労働時間についてです。
 法律案では、労働基準法の本則に週四十時間を明記したものの、附則で当分の間命令で定める時間とし、労働者の福祉、労働時間の動向を考慮し、段階的に短縮されるように改正されるとしてありますが、これはいつ週四十時間にするのか、実施時期が不明確です。衆議院の審議の際、一九九三年までに移行せよとの追及に、大臣は、御趣旨に沿うよう最大限努力したいと答弁をしております。中曽根首相は、九月七日の本会議の際に、一九九〇年代前半にできるだけ速やかに移行できるように努力すると答えております。それなのにどうして、そう考えているならば法律ではっきりさせた方がいいのではないでしょうか。移行時期を明確にした方が、中小企業の方もその時期に向かって準備できるのではないか。また、当面の法定労働時間についても四十四時間以内として、法施行後三年をめどに週四十時間に速やかに移行すべきだと私は考えます。
 第二には、変形労働時間制についてです。
 とりわけ三カ月単位の変形労働時間制ですが、衆議院では一日、一週間の労働時間の上限規制、連続して労働させる日数の限度を定める修正が議決されました。しかし、それでも私は不安があるのです。上限規制がされたとしても一日八時間、週休日の原則は崩されているわけですから、一日八時間働いて生活する、六日働いて一日休めるという生活のリズムは崩されます。例えば、私たち郵政の職場では年末年始の繁忙期があります。この季節によって業務に繁閑の差のある業種を考えているようですが、郵便の仕事は適用させる気であればこの三カ月変形制を使えることになります。私たち全逓は、働く者の権利を守ってきた労働組合ですから導入させる気はないし労働者の健康を守りますが、仮に導入されたとすると、男も女も生活のリズムの変化による健康上の問題が生じることは明らかです。
 さらに、私たちの職場では男性も女性も同じように仕事をしていますので、女性労働者の家族に対する責任はどうなるのか不安であります。女性労働者が働き続けられない状況が出てくると思います。このことは、我が郵政の職場のみではなくて、サービス業の多くのところの共通の問題であると言えます。
 男女雇用機会均等法は、第二条、法の基本的理念で、女子労働者は経済及び社会の発展に寄与する者であり、かつ、家庭の一員として次代を担う者の生育について重要な役割を有する者であることにかんがみ、この法律の規定による女子労働者の福祉の増進は、女子労働者が母性を尊重されつつしかも性別により差別されることなくその能力を有効に発揮して充実した職業生活を営み、及び職業生活と家庭生活との調和を図ることができるようにすることをその本旨とする。としています。均等法を制定するときにもさまざまな議論がありましたが、我が国の場合、育児や介護の家族的責任は女性労働者の肩にずっしりとかかっており、この現状を認識した上での職業生活と家庭生活の調和を図ることとしたことは皆さんも御存じだと思います。この女性労働者に変形労働制が適用されたら、私たち女性労働者は働き続けることが困難になることは明らかです。
 私たちは夕方まで働き、急いで本当に必死な思いで保育園に子供を迎えに行けるのですが、夜七時、八時、九時、十時まで子供を保育園に預けておくことは私にはとてもできません。人間、とりわけ子供は、規則正しい生活習慣をつけることが大切だということは、私も皆さんも同じだと思います。何日も何日も働き続け週休日もない父母、子供たちだけで日曜日を過ごすことがどんなに寂しいことなのか。長時間労働でくたくたに疲れ切ってしまった労働者の家庭は、幸福とはとても言えないものです。
 さらに、家族の中に介護を要する人がいたら、その人の世話は一体だれがするのでしょうか。また、妊産婦はどうなるかというと、変形労働の妊婦の切迫流産が多いと言われております。
 また、先日の九月の二日の新聞にも載っておりましたが、勤労学生、夜間高校に通っている生徒の通学が困難となることも明らかです。私も夜間大学の学生でしたが、長時間労働や夜勤労働によって仕事と学校の両立が困難でしたが、さらに変形労働が適用されたなら、毎日の通学は本当に困難となります。
 以上申しました状況をぜひ御理解していただき、まず一つ、一日、一週、連日労働日の上限規制を厳しくし、労働者の健康と生活時間を確保するようにすること、また、変形労働した場合、時間外労働を絶対認めないように規制すること。二つ目には、妊産婦について労働基準法第六十六条の産前産後の就業制限と同様に適用除外にすること。三つ目には、育児、介護を担っている者、勤労学生については特段の配慮をする法的措置をとることをぜひお願いいたします。
 第三に、年次有給休暇についてです。
 法案は、現行の六日を十日に引き上げることとしていますが、なぜILO水準の三労働週以上としないのでしょうか。私たちの職場は既に二十日となっていますが、私はこれが当たり前であると思います。ぜひ最低三労働週にしていただきたいと思います。
 次に、年次有給休暇の計画付与についてです。
 計画付与を考えた背景については理解できますが、なぜ年次有給休暇の消化が悪いかと言いますと、職場に年休が取れない雰囲気があるのです。休みたくても、上司や職場の仲間に気兼ねをして取れないという報告を私はいろんな会議や集会で聞きます。年休が取れる職場の環境をつくることが大切であり、そのような指導が必要なのではないでしょうか。それと、女性の場合はPTA、父母会、近所の冠婚葬祭、子供や家族の病気看護に年休を使うため、また、病気休暇のない職場では自分の病気に使うために年次有給休暇を大切にとっているというのが実情です。年休は私たちの心身の休養のためにも大切な個人の休暇であることを踏まえて、本人の請求権は最優先されるべきであると考えます。
 第四に、事業所規模による差別的取り扱いについてです。
 労働時間、年次有給休暇も事業所規模三百人を境に差別的取り扱いをするということですが、最低労働基準がどうして事業所の大小で違っていいのでしょうか。女性の多くは三百人以下の事業所で働いております。むしろ、中小企業で働いている労働省の労働条件を引き上げるためにも、差別的取り扱いをすべきではないと考えます。
 第五に、労使協定についてです。
 変形労働の実施に当たっては、労使協定を届けることになっていますが、私たち全逓では民主的方法によ力役員が選出され、郵政省と団体交渉をし、労働協約が締結されますが、日本の労働組合の組織率を見ますと極めて低いわけです。その際、労働組合のない職場では、労働者代表、職員代表をどのように選出し、どのようにして労使協定が結ばれるのか、不明であり疑問のあるところです。私は、労働者代表は、基本的には立候補に基づく選挙にするというような民主的方法によって選ばれるべきであると考えます。
 第六に、時間外労働についてです。
 日本人の時間外労働は多いと言われております。労働省は指導しているようですが、また時間外が増加していると報道されております。もっと人間らしく豊かに暮らせるために、時間外の規制を徹底させるべきであると思います。
 本法律案は、労働時間の弾力化が大きな問題でした。今日の時間外労働を野放しにしておくような状況で弾力化が実施されるようなら、私たち労働者の生活は人間らしさを失っていくことは間違いありません。一日八時間働いて、土日は家や自然の中で休養し、そしてまた働くという人間たる生活を確立するよう、時間外の歯どめを早急に、強力に実施していただきたい。
 以上、六点にわたって私の意見を述べさしていただきました。
 最後に、男も女も、二十代の人も、三十代の人も、四十代の人も、五十代の人も、そして六十代の人も健康で働き続け、人間らしく生き、そして幸福に暮らせるような労働時間法制を確立していただきたいと思います。このことは私のみの意見ではなく、働いている者すべての願いです。どうもありがとうございました。
#56
○委員長(関口恵造君) 次に、清水参考人にお願いいたします。清水参考人。
#57
○参考人(清水洋二君) 参考人の清水です。私は、日本弁護士連合会の労基法改正問題連絡協議会において意見書作成の責任者にあった立場から、今回の労基法改正の問題について意見を述べたいと思います。
 まず最初に指摘しておきたいのは、労基法改正をする場合の基本的視点をどう考えるかということであります。
 第一は、憲法的な視点を考える必要があるというふうに私は考えております。
 労働基準法が、国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障した憲法二十五条と、国民に対して勤労の権利や勤労条件の基準の法定化を保障した憲法二十七条の規定を受けて立法化された個別的な労働者保護法であるということがまず第一であります。したがって、経営者保護法ではないということであります。まず第一に、この点を認識することが重要であろうと思います。
 労基法一条は、このような憲法二十五条、二十七条の趣旨を受けまして、「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」、このように規定しておりますが、この規定の趣旨は、労働省が昭和二十二年に行政解釈でもって示しておりますように、働いている労働者個人だけではなくて、生計を営むその家族全体が真に健康で人間らしい生活を営むことができるような労働条件が法定化される必要があるとともに、そのような視点に立って法の解釈がなされなければならない、こういうことを意味しているということであります。
 そうしてみますと、労基法三十二条に定められました一日八時間労働の大原則は歴史的、経験的に確立してきたものであるということもさることながら、労基法一条の趣旨とするところの一月を単位とする労働者の家族生活や社会的、文化的生活との調和を図るという意味から考えましても、安易に例外を認めるべきではないというように考えられるわけであります。
 第二の視点は、国際的な視点であります。
 我が国が、今や世界の大国と評価されていることは疑いのない事実であります。そうであれば、労働者の労働条件の実現という場面におきましても、我が国が欧米の先進国の水準、あるいはILO条約が定めた基準まで可及的速やかに到達しなければならないことは余りにも当然のことと言うべきでありましょう。
 こうした二つの視点に立って、今回の労基法改正問題を検討したいと思います。
 まず、労働時間の原則の問題であります。
 変形労働時間制を含む改正法案の三十二条以下の規定と現行の三十二条の規定を比較した場合、明らかに異なっております。改正法案は、一日単位の八時間労働の原則から一週単位の四十時間労働の原則に労働時間規制を変容させております。これは、労働者と家族が日々健康で人間らしい生活を実現しようとする場合、マイナスの影響を与えることは明らかであります。特に、家事、育児、老人介護等を現実に負担している女性と、大学、高校、各種学校等へ夜間通学している勤労青年等に大きな影響を与えることは必至であります。
 しかも改正法案は、一週四十時間労働につきましても、労基法が刑罰の威嚇をもって直ちに使用者に現実に守らせなければならない最低労働基準としての本来の意味を持つべきにもかかわらず、これが現実には、使用者に適用される基準が一週四十六時間ないし四十八時間としたことによって、将来の到達すべき最高労働基準としての意味を持つように変わっているということであります。これは重要な点で、法の性格を変えるものと言わざるを得ません。
 したがって、労基法の有する一日八時間労働を原則とする労働者保護法の性格をこのように変えるということは、欧米の先進国が到達し、かつ国際労働基準となっている一週四十時間制の実現の道筋も明らかにしないという点とあわせて考えますと、非常に問題がある点だと言わざるを得ないわけであります。したがって、この点は、可及的速やかに法の中に明らかにすることがぜひとも必要だと言わざるを得ないわけであります。
 この場合、一定規模以下の特定の小零細企業については一定の猶予期間を置くことはやむを得ないと考えますけれども、その場合でありましても最小限にとどめることは必要であろうと思います。また、一日八時間労働制の原則を徹底するためにも、時間外労働は例外的にしか許されないということを、フランスあるいは西ドイツ等の国で規制しているような一日二時間の上限規制のような規定を法の中に設けることが必要であるというふうに考えております。これは、現在いわゆるサービス残業として横行している残業を規制するという点とあわせて、ぜひ必要であろうというふうに思います。
 次に、変形労働時間制等について触れたいと思います。
 改正法案は、一カ月単位、三カ月単位、一週間単位の変形労働時間制とフレックスタイム制を新設したわけでありますが、一日八時間労働の原則をできる限り貫徹する必要があるという点から考えるならば、変形労働時間制などのいわゆる労働時間の弾力化は、できる限り採用すべきではないというように考えざるを得ないわけであります。仮にそれが必要であるとしましても、例外はできる限り少なく、かつ厳しい条件をつけて認めるというのが、さきに述べました労基法の有する労働者保護法の趣旨に合致するわけでありますから、そのような視点に立って考える必要があろうかと思います。
 そうしますと、現行法は一日または一週の上限規制をしないで四週間の変形労働時間制を認めているわけでありますが、これ自体ILOの一号条約、三十号条約等にも抵触するわけでありますから、本来であればこの点を短くする方向で検討するというのが筋であろうかと思います。しかるに改正法案は、現行法の四週間を一カ月に延長するというばかりではなく、三カ月あるいは一週間単位の変形労働時間制を容認するというのでありますから、これは残業手当支払いの不要化につながるという点も含めまして、余りにも労働者保護から離れた立法と言わざるを得ないわけてあります。
 この点につきましては、一部衆議院でも修正はされておりますけれども、やはりまだまだ不十分と言わざるを得ないように思います。事業運営の便宜を考慮しましても、現行法の変形労働時間制の方針でもある程度対処できないことはないわけでありますから、まして三カ月というような長期間の変形制を認める必要性は全くないと言わざるを得ないわけであります。仮に三カ月単位の変形労働時間制を何らかの意味で立法化する必要があるとするならば、やはり業種あるいは規模を必要最小限なものに限定し、かつ労働時間が一週四十時間以下に短縮が図られるということを条件としてのみ認めるというような厳しい規制が必要であろうかと思います。また、この場合でありましても、使用者が個々の労働者の家庭生活、あるいは通学を含む社会的、文化的な生活を侵害しないような措置が行政指導等を含めまして担保されることも必要であろうかと思います。
 なお、四週間単位を一カ月単位の変形労働時間制に改定することはそれほど大きな変更ではないと思われるかもしれませんけれども、この点は時間短縮は全く図られていないわけでありますから時短との関係では効果はないわけであります。そればかりか、四週間が一カ月に延びるということは、賃金計算の期間と一致するということも含めまして、多くの事業が導入することが予想されるということを考えますと、これから乱用されるという危険を指摘しないわけにはいかないわけであります。
 次に、労使協定方式の大幅な採用の問題について触れたいと思います。
 改正労基法案は、現行法に比較しまして、随所で労使協定方式の採用によって大幅な例外的な措置を導入しようとして知ります。このような方式の安易な導入は、現行法の三六協定の締結の実態に照らしましてもかなりやはり問題がある方式だと言わざるを得ません。
 なぜなら、我が国の労働者の組織率は三〇%に満たないわけでありますから、その多くは未組織労働者であります。ところが、我が国の場合は、西ドイツなどの場合と違いまして、労働者代表についての選出あるいはその活動についての規定は全くございません。したがって、この点についての裏づけの規定がないところで安易に労使協定が導入されるならば、現在行われている三六協定における問題点をそのまま引き継ぐことになることは必至であります。
 したがいまして、手続的には労働者代表が公正で民主的な手続、すなわち利害関係を有する労働者の意思が直接無記名投票によって選出されるような手続を保障する規定を設けるということと、実体的にはこうした労働者代表が従業員代表として選出されたり、あるいは活動する場合に、使用者から不利益な取り扱いを受けないというような、例えば現行の労働組合法の不当労働行為制度のような規定を設ける必要がぜひとも必要であるというように考えるわけであります。
 それとともに、また、労使協定方式を導入しますと、どうしても個々の労働者の利害と対立する場合がふえるわけでありますから、本来労基法が個別的労働者の保護法であるという趣旨にかんがみるならば、個々の労働者の利益との調整を図るような措置も、また労使協定を採用する場合にぜひとも必要であるというように考えておる次第であります。
 以上で、私の意見陳述を終わらせていただきます。
#58
○委員長(関口恵造君) 次に、牧野参考人にお願いいたします。牧野参考人。
#59
○参考人(牧野富夫君) 日本大学の牧野と申します。法案に対する私の率直な意見を申し上げて、審議の参考に供したいと思います。
 冬眠する動物がいます。もし人間が冬眠する動物であれば、変形労働時間制にも合理性があるかもしれません。しかし、申すまでもなく人間は冬眠などいたしません。寝だめができないのです。人間という生き物は、日々一日単位で再生産されているわけであります。ですから、健康を維持するには、どうしても一日八時間の睡眠が必要であります。
 それだけではありません。人間は社会的、文化的な生活を営む生き物であります。ですから、食事、入浴、洗面など生理的、肉体的な生活時間のほかに社会的、文化的な生活時間が必要であります。こういう内容の生活時間がやはり八時間は必要なんです。
 そういたしますと、当然の結果として労働時間は、今申した睡眠時間、それに生活時間が確保できるような八時間以内になっていなくてはならないということになります。これを法的に保障したものが八時間労働制にほかならないということであります。労働者が人間らしく生きるためには、この八時間労働制というのが不可欠であります。だからこそ、世界の労働者は、長きにわたって八時間労働制を守り育ててきたわけであります。ところが、本法案は、変形労働時間制によってこの八時間労働制を突き崩す内容となっているわけであります。ここに、この法案の最大の問題点があると言わねばなりません。
 厳密に申しますと、今の時代では八時間労働制ですら長過ぎる微温的な規制であると思います。と言いますのは、八時間働くということと労働のためにどれだけの時間が必要かということは別であります。八時間働いても、休憩時間等を入れれば実質的に九時間ぐらいの拘束時間になる。通勤時間が平均的にいっても往復二時間は必要でしょう。そうすると、十一時間は労働のために必要な時間ということになります。残りは十三時間にしかならない。その十三時間を、睡眠時間と先ほど申したような内容の生活時間に振り分けると六時間半ずつにしかならない。六時間半で一体健康が守れるのか。
 一昨日の朝日新聞が、第一勧銀の調査した報告を紹介しておりますけれども、四人に三人は健康状態がよろしくない、そういう不安を訴えている。この人たちの睡眠時間はどれだけかというと六・六時間となっています。つまり、六時間半では健康を破壊することが明らかなわけですね。
 ですから、この八時間労働制というのは労働者にとって一歩も譲れない生命線、そういうふうに言っても決して過言ではないものであると思います。その八時間労働制を、この法案は変形労働時間制によって突き崩す内容に中心点はなっているわけでありますから、私はこういう法案には反対であります。
 ほかにもいろいろ問題点があります。残業代の支払いを不要とするなど、労働者に多大な貨幣的な損失を与える仕組みになっております。これはある観光バスのドライバーの場合で試算したものでありますが、三カ月単位の変形制が入った場合、月額で五万を超える残業代がカットされる、そういう計算例もございます。とにかく非常にこの残業代という点、大きな問題があります。そのことを重視します。が、やはりそれ以上に八時間労働制が崩れることによって睡眠時間が短くなり、生活時間が短くなり、そのことが労働者の健康を破壊し、家庭を破壊しという点が非常に重要だと思います。このことは、ひいては日本の文化の健全な発展をも阻害すると、そういう重大な問題につながりかねない問題であると思います。
 特に変形制について強調したいのは、この変形制が直撃するのは女性であります。働く女性がこれまでのように働けなくなる。もちろん企業は、安い労働力である女性を全部排除したりはしないでしょう。ということは、これまでより悪い条件で働かざるを得なくなる、中には本当に働けなくなる女性も出てくる、これは必至だと思います。
 なるほど、衆議院段階でこの法案に対して若干の修正なるものが加えられました。が、変形労働時間制によって八時間労働制を崩すという中心点については何らの変更もないわけであります。例えて言えば、ヘアスタイルが若干変わった程度であります。このヘアスタイルはすぐもとのヘアスタイルに戻せるような、運用面での弾力的な修正でしかない。そういう修正は修正の名に値しないと私は思います。
 この点も強調したいんですけれども、したがって私はこれを改悪法案と思っていますが、それがもし成立するようなことがあれば、それによって困るのは労働者だけではないということであります。時間がないので省略しますけれども、ILOの報告でも日本の労働時間が長い、また長くなっているということをつい最近の新聞も報じておりますけれども、こういう改悪法案でいきますと、日本の労働時間は実体的にもっともっと長くなる。それによってますます日本は国際的に孤立していくことになる。そういたしますと、困るのは国民のすべてであります。多分、企業でさえ国際的に活動していこうとする場合、やりにくくなるのではないでしょうか。
 こう見ますと、ちょっと長い目で見ればこの法案はだれにとっても得はないと、こういうことが言えると思います。もちろんこの法案の隠されたねらいは企業のため、資本のためであることは間違いないと思います。
 この法案のねらいを私の理解なりに申しますと、我が国の異常に長い労働時間に対する海外からの批判をかわしつつ、実は今の長時間、過密、変則労働を再編強化することにある、そういうことになると思います。このことは、八二年に労基研での検討が始まって、その後中基審、法案策定と至った過程、とにかく八〇年代の初めにそういう構想が練られたということが背景を物語っていると思います。
 要するに、七〇年代の後半に、簡単にしか言いませんけれども、経済のサービス化あるいはME化ということがどんどん行われる中で、行儀のいい時間配置では企業としてぐあいが悪くなった。労働時間をゴムのように伸び縮みさせないと企業活動がしにくくなった。そういうものに一つはこたえたのが変形労働時間制で、もう一つは、そのころから七〇年代の後半、特に七九年にはOECDの秘密報告の中で、日本人は働き中毒であると、そういう言われ方をしましたけれどもぐ海外からの日本の長時間労働に対する批判が強まってまいりました。こういう批判をかわしつつ、本当に短くするんじゃなくて、かわしつつ変形労働時間制を入れていった。こういうねらいのもとに八〇年代の初めからこの作業がやられて、こういう形の法案になったというのが私の理解であります。
 私は、大学で学生たちに、労働基準法というのは労働者を守る法律なんだよということでこれまで講義してまいりました。この悪法がもし通るようなことがあれば、これからは学生たちに、労働基準法というのは資本家を、財界を守る法律なんだよと、そういうふうに講義しなくてはならない事態になります。どうか、そういう講義をしないで済むように、参議院の良識で、こういう悪法案は葬り去っていただくことを願って、参考人としての私の発言といたします。
#60
○委員長(関口恵造君) 次に、塩本参考人にお願いします。塩本参考人。
#61
○参考人(塩本順子君) 塩本でございます。
 労働基準法は、労働条件の最低基準を定めた法律として、働く者にとって最も重要な法律であると思います。ですから、その内容はわかりやすいものでなければならないと思います。
 今回の労基法改正は、労働時間が中心になっております。労働時間というのは、労働者の生活パターンを決めるものであり、一人一人の労働者の暮らし方、ひいては日本人の暮らし方を決めているわけです。労働時間は国民の生活、家庭生活のあり方をも決めるものであります。労働時間がどうなっているかは、すべての国民にかかわる問題と言えます。
 アメリカやフランスが一九三〇年代に既に週四十時間労働制を取り入れ、それが社会生活、家庭生活の基盤になっているのに比べると、日本の現状が余りにもおくれていることはだれもが認めるところではないかと思います。
 特に、日本の経済力が強くなり発展するに従って経済摩擦が強くなり、その対策として労働時間短縮が大きな課題となっています。このことは申し上げるまでもないことですけれども、激しくなる一方の経済摩擦の収拾策として、先ごろ通産省の機械情報産業の将来展望に関する懇談会が、根本的な摩擦対策として、日本の企業の行動パターン自体が問題だと。すなわちシェア拡大を。目指し大量生産、コストダウンを重点に置く経営姿勢こそが問題だ、これの自制が必要ではないかというような考え方すら出ています。九月七日の日経新聞で通産省の担当局長は、「日本の企業は日本企業同士の競争ばかりに関心を持ち、外国企業のことを十分考えていない。現在の日本の企業・産業をみると、世界市場の全体像をとらえていない点に最大の問題がある。」と指摘されていますが、このことが、今日問題になっている労働時間問題と同じその一線上にあるというふうに思います。
 ですから、新前川レポートその他で労働時間短縮の重要性が指摘されているわけですが、個別の労使関係を超え法律でもって労働時間短縮をさせるために、いつまでにどのように短縮していくのかは、まさに国家的政策と言うべき時期に来ているのではないかと思います。
 その意味で、今回の改正は現行の一日八時間、一週四十八時間を二時間だけ縮めて四十六時間から出発し、三年経過の後に四十四時間という段取りになっていますが、諸外国でもう四十年前から実施されている週四十時間労働制にいつなるのかは明らかにされておりません。その年次を明らかに示すことによって、日本国民みんながそれに向かって努力するためにも、四十時間労働制実施の年を示す必要がありますし、それはできるだけ早く実施すべきであると思います。
 あわせて、労働時間を短縮しても残業時間が減らないというようなことがあってはならないと思います。残業時間を短くするためにも、残業時間に法的規制を加えるべきだと思います。
 日本は、西ドイツに比べ年間五百時間も長く働いているというように、いつも年間労働時間の数字が比較されます、そのことは非常に重要なことですが、労働者一人一人にとって重要なのは、何時から働き何時に終わるかという一日の労働時間が明確であり、そして一日の労働時間が短くなることです。私たちは一日一日を暮らしているわけですし、その家族も地域社会とのつながりもそこの中にあるわけです。労働時間短縮は、まず一日の労働時間の短縮、そして週の労働時間の短縮、次いで年の労働時間短縮、さらに言えば生涯労働時間の短縮の順にならなければならないと思いますし、ILOの労働時間短縮の流れもそのような流れをたどってきていると思います。
 その意味で、生活時間のパターンを崩してしまう変形労働時間の導入は労働者に過大な負担を強いるものです。今でも、多くの人々が単身赴任という形で家族と別々の生活を余儀なくされ、いろいろな問題が出ているのに、今度はまた変形労働時間制という形で、家庭生活より会社の都合で労働時間が長くなったり短くなったりするということは、労働者の健康の面からも、家族との生活そして社会生活の面からも多くの問題があります。
 こうしたことから、労働団体のみならず全国組織の婦人団体五十一組織でつくっている国際婦人年連絡会でも、労基法改定はすべての女性にかかわる重大な問題であるととらえ、労働省そして各政党の先生方に繰り返しきっちり対応していただくようにお願いをしてきたところです。
 アメリカに進出した日本の企業で働くアメリカ人の家族のことがNHKのテレビで放映されたことがあります。これを見ていましたら、日本の企業で働くことで何が不満ですかという質問に対して、会社の都合と言えばすべてが優先されてしまうそのあり方、私たち家族にとって一番大切なものは神様です。二番目に大切なものは家族です。そして三番乱が仕事ですというふうにアメリカのその主婦は答えていましたが、宗教とか地域社会とか、あるいは家族のきずなとかという拘束力の非常に弱い日本では、企業間競争のわなにはまってしまい、そのことが結果として日本人同士お互いに首を絞め合ってしまっているという悲しい面があることに常に注意を払わなければならないと思います。
 変形労働は、国会でも多くの先生が既に指摘され、先ほど参考人の長谷川さんも触れられていますが、家事や育児、あるいは地域社会、あるいは親戚とのつき合いの責任を任されてしまっている女性にとっては大変な問題です。子供を保育園に預けている母親は、毎日毎晩同じ時間に送り迎えをしなければなりません。保育園は大方が夕方は六時か六時半でおしまいです。病人介護を必要とする家族がいる場合もあります。ILO百五十六号条約、家族的責任に関する条約に示されている内容について、変形労働との関係でぜひその家族的責任が果たせるような方法を開いていただきたいと思います。
 日本の場合については、一たん会社をやめれば、もうもと働いていたような労働条件で働くことは不可能な実態にあります。そのことが、婦人労働者が働き続けることを非常に苦しくしているわけです。どうぞ変形労働によって女性が働き続けられなくなることのないように、規制をきちっと決めていただきたいと思います。
 三カ月の変形労働については一日、一週の上限、連続労働日の限度等、変形労働の乱用が起きないように決めていただきたいと思いますし、一カ月の変形労働についても労使間協定を要件とすべきですし、あるいは一週の変形労働についても対象となる事業、あるいは事前通知について極力厳しく限定すべきだと思います。
 これらの変形労働は、就業規則や労使協定によって定められるわけですけれども、その労働者代表の要件が本当に労働者の意見を反映した竜のになっているかどうか、これも重要です。保持に私は、先ごろ政府が決定した二〇〇〇年を目指す行動計画、いわゆる国際婦人年以来の活動にかかわるものですけれども、ここで男女共同参加型社会を目指すとし、あらゆる決定分野への女性の参加を強くうたっています。
 こうしたここで問題になっている労働時間の問題について、日々の生活にかかわり合いのある、しかも変形労働が入ってくれば多くの女性にかかわり合いがある切実な問題である、そういうことを決める当事者の場に女性が出ているのかという問題があると思います。労働組合があればそれは当然私どもの責任でありますけれども、労働組合のない事業所もたくさんあります。労働者代表の要件ということを考える場合に、婦人労働者が参加しているのかどうなのかということもぜひ配慮すべきではないのかというふうに思います。そして、ここで述べてきました家庭責任ということは、本来女性だけの責任ではなく、当然夫婦で分担すべきものであるということは言うまでもないと思います。そして、夫婦で分担し合うような社会にしていかなければならないと思います。男女が平等に働くためにも、参観日に行くのはいつも母親ではなく、父親と半々ずつ分けて行く必要があると思います。そうしないと、職場ではいつも女が休んでいると言われ、教育の場面では父親の参加しない学校教育あるいは親子関係といった偏った社会ができてしまうわけです。
 育児については、私ども労働団体の要請を受け、野党四党の御努力によって育児休業法案を国会に出していただいております。ぜひ父親も母親も利用でき、育児のため安心して一年間休業ができる育児休業制度の確立のために、先生方の御努力をぜひお願いしたいと思います。妊娠中の女子及び産後一年間については、既に長谷川さんが触れられていますけれども、これについても変形労働の適用除外を図っていただきたいと思います。しかし、中には変形労働へ入らざるを得ない場合もあるでしょう。その場合については、一日八時間労働を前提にしてつくられてきた今までの育児時間の回数では足りないのではないかと思います。一日三回にすべきであると思います。
 ところで、直接労働基準法には関係ありませんばれども、安全衛生にかかわる数多くの作業基準は、これまで一日八時間労働を前提に決められてきています。この点で、変形労働制が入ってくるということで見直しを必要とするものがあるかないか検討をされたのでしょうか、私は、特に女性が多く働いている、そしてこれからますますふえていくであろうと思われるVDT作業について、現行のガイドラインでは常時従事する労働者について一連続作業時間を一時間以内、連続作業の間に十分から十五分の作業休止時間と、連続作業の途中に一、二回の小休止をとることとしていますが、今までも問題の多いこうした業務が、変形労働で労働時間が長くなることを考えると、ぜひ総量税制を早急にすべきではないかと思います。
 なお、今回の労働時間の改定に当たって、いろいろと女子労働者とのかかわりの問題が出てきているわけですが、労働基準法の百条の二には、「労働省の婦人主管局長は、労働大臣の指揮監督を受けて、この法律中女子に特殊の規定の制定、改廃及び解釈に関する事項をつかさどり、その施行に関する事項については、労働基準主管局長及びその下級の官庁の長に勧告を行うとともに、労働基準主管局長が、その下級の官庁に対して行う指揮監督について援助を与える。」という非常に強い権限が与えられております。
 私は、この条文が十分に機能するよう期待し要望を申し上げておきたいと思います。どうもありがとうございました。
#62
○委員長(関口恵造君) 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#63
○糸久八重子君 日本社会党・護憲共同の糸久八重子でございます。きょうは、参考人の先生方、大変お忙しい中にもかかわらず本委員会のために貴重な御意見をちょうだいいたしまして、まことにありがとうございました。
 五人の参考人の皆様方からの御意見をお伺いしておりますと、多くの方々が今度の改正案の問題点を大きく指摘されておりまして、どうやら反対の立場にある方たちであったと承りました。
 何しろ四十年ぶりの改正でございますので、しかも経済大国という日本の置かれた立場、さらに世界的には先進国と言われている日本でございますから、それにふさわしい法律を制定しなければならないと考えるわけでございます。そういった意味からいいまして、各参考人の皆様方に質問をさせていただきたいと思いますが、まず最初に小川参考人にお伺いをさせていただきます。一牧野参考人からも御紹介がありましたけれども、ILOが九月三日に「世界の労働」という報告書を出しました。その中に、西側の先進国では労働時間が短縮傾向にあるのに日本だけが突出している。そして、その内容といたしましては、一九八五年の時間外勤務にそれから欠勤を除いた製造部門の年間労働時間は日本が断然トップである、西側十五カ国の平均よりも三〇%、つまり五百時間も長くなっているということが報道をされておるわけでございます。欧米先進国との著しい格差が少しも改善されないところか、むしろ拡大の方向にある。やはりこれでは国際経済摩擦は少しも解消されないで、同本の労働者が働き中毒患者と非難されてもこれはもういたし方ないことだろうと思うわけでございます。
 小川参考人は御意見の中で、労働時間短縮をするとコストアップにつながるとか、時短が労働生産性の低下につながることの認識が不足をしている、それから経営の安定があっての時短である、そうおっしゃられておるわけでございますけれども、確かに中小企業の置かれている現状は非常に厳しいことは承知をしております。そのような中でのやはり経営者の努力によっての時短を実現していっていただかなければならないわけですが、労働経済分析によりますと、労働時間を一%短縮することで労働生産性は〇・九%上昇する、そう書かれてあるわけでございます。コスト増とか競争力の低下という要因を強調するのではなくて、時短は企業の立場からも積極的に行うべきだと考えるわけでございますが、この点につきましてはいかがお考えでしょうか。
#64
○参考人(小川泰一君) お答えをさせていただきます。
 率直に申し上げまして、ここ十年間、日本の企業の総労働時間が横ばいでございまして、欧米先進各国に比べていろいろ格差があるということはよく承知をいたしております。率直に申し上げまして、労働時間短縮というのは、これはかけ声だとかスローガンで縮まるものではない、極めて企業の実務と直結した。あるいは企業経営の非常に本質につながるものでございまして、幾つかのやはり課題を労使協力して克服していかねばならぬというふうに考えております。
 今回の労働基準法に関連をいたしまして若干申し上げますと、四十八時間の企業が二時間を短縮いたしますと人件費は約四%アップいたします。四時間短縮しますと八%アップいたします。ことしのベースアップは三・五%でございますから、もう一年分のベースアップを直ちにやれということと企業の経営にとっては同じでございます。これを克服していくには、やはり労働生産性の成果配分というのが基本であろうと思います。したがいまして私としては、今後、労働時間短縮は大変大事なことだと思いますので、労使の交渉に当たっては成果配分の一つのパイの中で、しからばどの程度労働時間短縮に回すべきか、どの程度ベースアップに回すべきかというような一つの選択についての詰めを企業の労使で行わなければ、この問題は前進しないというふうに思っております。
 二番目に、我が国の労働時間、やはり総労働時間を短縮するというのが一番大きな課題であるというふうに思っております。確かに一日一日のリズムもこれは尊重されるべきでありますが、やはりどなたかから先ほどお話がございましたように、所定労働時間は減ったが残業がふえたというような時間短縮では全く前進がない。その辺は、労使のやはりこれは工夫と努力が必要であろうというふうに考えております。
 三番目は、やはりおっしゃるとおり、労働時間を短縮することによって一方効率が上がるという場面もございましょうし、あるいは働き方の一層の工夫、とりわけ私は工場労働についてはかなり日本は合理的な時間管理をやっていると思いますが、オフィス労働については必ずしも私は生産性は高くないと思っております。まだまだやはり工夫の余地がある。経営効率を維持しつつ労働陣間も短縮をする、賃金もそのまま維持していくという方法がまだオフィス労働にはあるんじゃないかと思っております。
 それから最後に、やはり雇用とのかかわりというのは日本の労働時間の問題と非常に地下でつながっておりまして、残業が非常に長いのは遺憾でありますけれども、不況になれば残業を少しずつ減らしながら実際は余剰の人員を抱えていくということもやっております。逆の意味でのワークシェアリングであろうかと思っておりますが、そういうことを労働時間短縮との関連でどう考えていくかということも課題であろうかと思います。
 さまざまの課題ばかり申し上げてお答えにならぬかと思いますが、私はこういう課題を本音で労使で話し合っていくことが、真の意味での労働時間短縮につながるというふうに思っております。
#65
○糸久八重子君 続いて小川参考人にお伺いしたいのですが、労働時間の短縮の目的というのは、やはり労働者のゆとりのある生活が第一義として考えられるべきものではないのかなというふうに私は思っております。西ドイツも経済大国でございます。西ドイツの労働者は生活をエンジョイして長期休暇を楽しんでいる状況でございますけれども、同じような経済大国の日本が、やはり労働生産性の維持だとか、それから賃金を維持しつつとか、それから時短を行うと古ストアップとかというようなことを強調していくと、それでは時短が進展しているほかの諸外国では月本よりも生産性が低くなっているんだろうか、そして時短がコストアップを来して中小企業の倒産が続出しているんだろうか、そう私は考えるわけですが、必ずしもそうなってはいない。そういう意味から言って、この時短の問題について再度小川参考人から御意見をお願いしたいと思います。
#66
○参考人(小川泰一君) 私どもも、先進諸国については十分学ばなければならないというふうに思っております。ドイツにおいてはあれだけの労働時間でどの程度の競争力を維持しているか、その競争力を維持する秘訣は何だろうかというようなことも、これから大いに学ばなければならないと思います。
 ただ、日本には日本のいいところもございまして、いろいろ取りざたされておりますが、大変失業率が、少なくともドイツであるとか、フランスであるとか、アメリカよりも低いということもございます。それが日本の経営とどうつながっているのか、労働時間とどうつながっているのか、総合的に考えたいというふうに思っております。
 いま一つは、これは私見でございますのでお耳ざわりでありましたら御容赦願いたいのでありますが、勤労に対する一つの物の考え方も少し私は違うのではないかというふうに思っております。それが単純に労働時間の長いこととつながるとは申し上げませんけれども、日本人のライフサイクルの中におきます勤労というもののポジションが、西洋人のライフサイクルの中における勤労というものと若干違うのではないかというふうに私は思っております。しかしながら、世代も逐次日本においても交代いたしますし、御案内のように、夏になりますと皆さん一斉に海外にいらっしゃる、あるいは経営のトップも一週間、二週間と休むようになっておりますので、方向としては、さまざまな違いはありますけれども、私は日本におきますゆとりの追求というのは前進しつつあると思います。
 それらをいろいろばらにいたしまして、経営といたしましても、総合的に労働時間の短縮には今後とも真摯に取り組んでいかねばならないというふうに思っております。
#67
○糸久八重子君 ただいま西ドイツのお話がちょっと出たわけでございます。清水参考人は最近西ドイツの方にいらっしゃったというお話も伺ったわけでございますけれども、西ドイツの労働時間の問題につきまして先ほど少々お話がございましたが、実際に西ドイツに行かれての感想とか、西ドイツの労働時間の実態とか、もう少し詳しくお話をいただけますでしょうか。
#68
○参考人(清水洋二君) お答えします。
 私は、ことしの四月にちょうど西ドイツに行きまして、労働組合あるいは研究所で調査する機会があったわけですけれども、私が行きました当時は、ちょうどDGBというドイツ労働組合総同盟傘下のIGメタルという金属労組あるいはIG・DP――印刷紙加工労組が協約改定の時期を迎えておりました。御承知のように、西ドイツの場合は労働組合が非常に大きいわけで、企業外で大きな労働組合をつくりまして、そこで労働協約の改定交渉を行っておるわけでありますけれども、一九八四年に一週三十八・五時間の協約が、長いストライキの末にそういう協約が結ばれたわけでありますけれども、その三年後の改定の時期をちょうどことし迎えておったわけであります。それで、私どもがドイツへ行っていたときに、金属労組は、本年は同じ三十八・五時間ということで妥結しましたけれども、来年から一年間が一週三十七・五時間、再来年から一年間が一週三十七時間ということで妥結しました。しかも、特徴的なことは、三年前はかなり長い争議の末にこうした協約が妥結したわけでありますけれども、ことしは全くストライキなしで妥結したわけであります。
 先ほど小川参考人の方から西ドイツと日本の違い等がお話しされましたけれども、西ドイツの経営者は、三年前のときには三十五時間という労働組合側の要求に対して、そのような時間要求をのむということは日本の経営者を喜ばせるだけだということで、盛んにそういったキャンペーンを張って反対したんだそうでありますけれども、今回はストライキなしで妥結したことが示しますように、ドイツの経営者は、日本の経営者は余り念頭に置いていなかったそうであります。それはなぜかと言いますと、三年間三十八・五時間でやってみた結果、経営者はそれで乗り切れるという自信がついたそうであります。
 したがいまして、日本でも、時間短縮をやれば企業経営が大変困難に陥るという心配があろうかと思いますけれども、ドイツの経営者が示しておりますように、そういう心配は全く杞憂というか、それに近いような状況にあるということをドイツのこの三年間の状況が示したんではないかと思います。
 それから、ドイツの場合は日本と違いまして企業外で労働協約が結ばれまして、それを受けまして各企業体で経営組織法という法律で共同決定で、従業員代表と経営者の代表が話し合って決めるということになっていまして、協約で大枠を決めて、それを受けて事業所協定で決めていくという仕組みになっております。
 しかし、じゃ協約では何でも決められるかと言いますと、やはり労働時間法というアルハイツ・ツァイト・オルドヌングという一九三八年にできました古い法律でありますけれども、その法律が一日の上限規制あるいは一年の上限規制等を、残業時間を含めて総労働時間について規制しております。一日については十時間、一年については三十日であります、こういう規制のもとで労働協約が結ばれて、それを受けて経営協議会の場で協議をして決めるという仕組みになっておりますので、大枠が規制された中での決め方がなされるということでありますから、どんなに労働協約あるいは経営協議会の場で弾力的な定めをしようとしても、その上限は厳然として守られる中で決められるということになっております。
 確かに、ドイツの場合も一部弾力的な定めはありますけれども、先ほど言いましたような三十八・五時間、あるいはこれからですと三十七・五とか三十七時間とか、そういうような平均労働時間の中で一部弾力化が入れられているというだけであります。
 しかも、日本で一部の人たちから、ドイツ、フランス等の弾力化が盛んに喧伝されておりますけれども、ドイツの場合は予想以上に弾力化は入っておりません。これは経営協議会の場で共同決定ということで決まっていくという問題もありますけれども、やはり労働協約の大きな枠の中、あるいはアルバイツ・ツァイト・オルドヌングの枠の中で、そういう制限の中で決められるために、弾力化を一部認めたとしても、やはり一日十時間というような歯どめもありますし、一部の人たちが言われているほど弾力化はドイツでは入っていないということが言えるだろうと思います。
#69
○糸久八重子君 世界は本当に狭くなってきた昨今でございますけれども、同じ経済大国と言われている西ドイツと我が国が、本当に何かはるか遠い理想の国が西ドイツであるというようなお話で、全くうらやましい限りでございますが、お話の中にもありましたとおり、世界の時短の足を引っ張るのは日本の労働時間なのかなということをしみじみと感じたわけでございます。
 時短につきましては、これまで政府は労使の自主的努力を基本にして行政指導を行ってきたわけですけれども、それが全くと言ってよいほど進んでこなかったという実態がございます。やはり実施時期については法律に明記する必要があると私は思うわけですけれども、清水参考人の御意見を聞かせていただきたい。
 それからまた、実施時期を法律に明記することによって、経営者といたしましても、あらかじめ短縮の計画が立てられてスムーズに時短が行われるのではないかなというふうに考えるわけですけれども、清水参考人と小川参考人に御意見を聞かせていただきたいと思います。
#70
○参考人(清水洋二君) 今、質問の趣旨がよく理解しにくかったんですけれども……。
#71
○糸久八重子君 時短につきましては、今までは労使の自主的な努力を基本にしてとにかく時短をやりなさい、政府はそう言ってきたわけですね。だけれども、なかなかそれが進まなかったというのが現実の問題だということなんですね。今度は実施時期については法律で明記してないわけですけれども、法律に明記した方が、清水参考人は法律家でいらっしゃいますから、そういう意味ではどうお考えになるのか。
 それから、経営者の立場としては、あらかじめ明記しておいた方が、短縮の計画とかそれから時短に対しての経過がスムーズに行われるのではないか、計画も立てられるのではないか、そのように思うのですけれども、お二人の立場で御意見を聞かせてくださいと、そう申し上げました。
#72
○参考人(清水洋二君) お答えいたします。
 先ほども意見陳述の中で述べましたけれども、現在の労基法改正案は一週四十時間制というものを導入するというのを確かに法文の中には盛り込んだわけでありますけれども、一方では附則ということで、「当分の間」は「命令で定める時間」ということで、いわば法律の中に適用されない条文化がなされるという非常におかしな事態が生まれてきているわけですね。これ自体非常に問題があるというふうに考えているわけです。なぜならば、憲法二十七条には、賃金あるいは労働時間というような非常に重要な労働条件は法律に定めなければならない、こうなっているわけです。
 ところが、法律に定めながら効力を持たない規定があるということは、労働基準法は本来最低の労働条件を刑罰をもって、しかも労働基準監督機関の監督をもって守らせていこう、こういう仕組みでできている法律であるにもかかわらず、四十時間と定めながら守られない事態が出てきているわけです。そういうのは、やはり時間短縮という点から考えても、法律の中に守られるべきものが規定されなければならないという憲法の趣旨から考えましても、やはりこれはおかしいことだろうというふうに考えています。
 確かに、日本の場合、中小企業が非常に多くて、現在でも四人以下の企業につきましては一日八時間、一週四十八時間の原則がまだ守られていないという実態があるわけで、そういう点では非常に問題があるわけでありますけれども、これがやはり法律の中に明文化されるということになりますと、必ずそのときまでには実現しなければならないということで労使の努力がそれだけ進みますし、それから国民の間の認識もそれだけ深まるということで、より早く四十時間に到達することは可能になるだろうと思います。
 ちなみに、西ドイツの場合、簡単に三十八・五時間とかあるいは三十七時間というような労働協約の改定ができたかというと、決してそうではないんだということを労働組合の人たちは言っていました。新聞、雑誌、テレビ等を通じて国民の理解を得るということを長い間にわたってやってきた結果、それが国民の間にも支持を得てこういう結果になったということを言っていましたように、日本の場合も法律の中に明文化して、その実現の時期を明確にするということによって、労使の間だけではなくて、国民の間にもそういう認識が深まっていって、早期に四十時間制に到達することがより一層早く可能になるんではないかというふうに思われるわけですから、やはり私はそういった時期も明文化すべきだというふうに思います。
#73
○参考人(小川泰一君) 経営者も人の子でございまして、これだけ労働時間についての議論が盛んになれば、当然身にしみて今後労使協力して努力をするであろうことは間違いないというふうに考えますけれども、幾ら勉強しても期限までに宿題が仕上がらない、その場合に、おしかりを受けるのはやむを得ないとしても、それじゃあしたから学校に来るなということになりますと、これは経営という立場でたくさんの従業員を預かっている立場でございますので、ひとつその辺は御容赦をいただきたいというのが率直な感じでございます。
 努力は十分いたしますけれども、経営というのは御案内のように生き物でございます。経済も生き物でございまして、努力をいたしましてもどうしてもうまいぐあいにいかなかったというケースがあり得ますので、ひとつその辺は温かい目で見ていただいて御指導をいただければ、それなりの努力を尽くすというふうに考えます。私は、むちでたたかれるよりも、温かい御指導の方が有益であるというふうに考えております。
#74
○糸久八重子君 申しわけございませんけれども、小川参考人にもう一つお伺いしたいんです。
 小規模事業所についての例外措置というのがあるわけですけれども、参考人もおっしゃられましたが、三百人以下の事業所というのは総事業所数の約九〇%、労働者で言いますと八〇%を占めているわけですから。この例外措置によれば大部分の事業所が四十八時間制がそのまま許容されてしまう。そうすると、全くこの四十時間というのがさらにさらに遠い先のことになる、そう私は思うのですね。ですから、この小規模事業所というのは、もう少し小さな、零細企業に限定すべきではないかなというふうに考えておるわけですけれども、その辺の御意見はいかがでしょうか。
#75
○参考人(小川泰一君) 御指摘のように、三百人と申しましても金融機関のように大企業の中のブランチというケースもございますし、業種業態によってはかなり労働時間、はるかに今回の改正案を下回っておると申しますか、少ないと申しますか、クリアをしているグループもあると思います。その辺の仕分けが客観的にもしできるならば、三百人という画一的でなくても私はよかろうかと思いますが、ただそれは業種業態という観点から見るのが適切であろうと思いまして、単に人数を刻んでいけばよろしいんではないかという御意見についてはちょっと疑問を持っております。
 三百人であっても業種業態によっては大変困難な業種業態がございますし、その辺はきめ細かい、実態に即した御配慮を賜ればというような感じでおります。
#76
○糸久八重子君 変形労働時間制につきまして、長谷川参考人と塩本参考人に同時にお伺いをしたいと思います。特に、長谷川参考人は季節に繁閑の差の多い職場、つまり全逓信労働組合ですから郵便局でいらっしゃいまして、年末は大変年賀はがき等でお忙しい職場にいらっしゃるわけですけれども、そういう意味からいって、この変形労働制が導入された場合、しかもきのうの論議の過程の中で変形労働制の上限規制を十時間程度とするというような答弁も出てきているわけでございますけれども、それらも含めて一体労働時間がどうなるのか。
 それから、大変家庭責任を負うという意味での御発言もあったわけですけれども、そういう関係でさらに御意見をつけ加えてお伺いできればと思います。
#77
○参考人(長谷川裕子君) ただいまの御質問ですが、私どものところ、一月元旦に皆様のところに年賀はがきを届けるために十二月は物すごく働くわけです。これを、私たち職場では年末年始の繁忙期と申しまして、一年で一番とにかく大変な忙しい時期になるわけです。
 それでは、そのときにどういうふうなことが考えられるかと申しますと、今回出されています三カ月変形労働が、もし仮に業務の繁閑の著しいというところが適用されましてこの郵便事業にも当てはめますと、私たちのところの普通郵便局だとか集配特定郵便局ではいろんな勤務体制を組んで働いているわけですが、そこの女子労働者が、ふだんは毎日一日八時間働いてきて、そして週休日で休んでというそういう繰り返しをしていくわけですが、この解釈でいきますと週休日がばらされてくるということがあって、とにかく何日連続して働けるかということがはっきりしてないわけですね。今までは、例えばお母さんは今度はこの日がお休みだからと、必ず一週間のうち一回はお休みだった。それから、八時間働くわけですから、ほぼ夕方は保育園に迎えに行くとか、自分たちのちゃんと服務線表も提示されるわけですから何時に家に帰れる、そのためには子供の世話だとか、おじいちゃん、おばあちゃんと暮らしている人もいますから、おじいちゃん、おばあちゃんの世話だとか、そういうことも全部計画的にできるわけですが、この十二月のところに集中してくると、とにかくずっと連続労働日が続いてしまって週休日が分かれていってしまうということ。
 それから、一日八時間を超えるわけですから、九時間労働とか十時間労働とか十一時間とか十二時間ということが考えられるわけですね。そうしてくると、そうでなくても交代労働でみんな疲れているのに、もっともっとそれに輪をかけてくるという、そういう意味では、一つはやっぱり家庭生活がうまくいかなくなるのではないかというようなことが言われているわけです。そして、変形労働と変形労働の労働者の家庭があるわけですから、そういう変形労働と変形労働の夫と妻、父と母がいた場合に、そこのところの人たちがどういう形で自分たちの家庭生活を確立していくかということについて、非常に困難な状況が生まれてくるのではないか。したがって、三カ月の変形労働制は非常に不安があるというふうに思っております。
 私も、今のところは四人の郵便局で朝八時半から五時十五分までの勤務でございますが、例えばそういう普通郵便局だとか集配特定郵便局のように郵便を扱う職場の交代労働のところに行きますと、果たしてきょう夕方娘を保育園に迎えに行けるのかどうなのか。子供はもう今は小学校五年生になりましたけれども、三年までは学童保育園に行っているわけです。学童保育園は五時までしかやっていないわけですから、その子供が私の帰ってくる時間を今か今かと待つわけですね。今までだと、例えばお母さんは六時には帰ってくるからねと言ったのが、それが七時とか八時とか九時になってくるわけで、もう娘がおなかをぺこぺこにすかして待っているわけですよね。そういう労働者の生活リズムといいますか、生活をどんなふうに保障してくれるのかということについて大きな不安を持っているわけです。
 これは私たち郵便局の例でございますけれども、きっとほかの業種でも同じじゃないかと思います。年末年始とか、それから夏季繁忙といいますか、そういう業種のところは同じような状況じゃないかというふうに思うところです。
#78
○糸久八重子君 塩本参考人には、VDT労働者の立場から御意見を賜れればと思いますけれども、いかがですか。
#79
○参考人(塩本順子君) 具体的にどういうことかよくわかりませんが、VDTの労働というのは作業密度がかなり高いです。そういう意味で、それは実際には個人差があるとかいろんなことが言われてしまうわけですけれども、今まででも体を壊す人が非常にたくさんいます。だから、そういう意味で、現在の労働省が示されているのは法律でもありません。ただガイドラインにすぎないわけですけれども、一、二時間働いたら十分か十五分休むように指導しなさいというふうになっているだけです。例えば、キーパンチャーなんかについては一日五時間という総量規制もあるわけですけれども、むしろキーパンチャーというよりもVDT作業の方が目と手と両方でやるわけですし、仕事の内容もかなりきついわけですから、今後ますます広がっていく中で規制がぜひとも必要ではないのか。
 私もいろんなものを検討したわけではありませんが、健康とか安全とか危険とかいうことを考えて、もう一遍変形労働との絡みで検討される必要があるんではないかと、そのように申し上げたわけです。
#80
○糸久八重子君 先ほど塩本参考人の御意見の中でもあったのですが、実は今国会に野党四党の共同提案によります育児休業法案を提出いたしました。それは、今雇用されて働いている女性というのが千五百八十四万人、しかも有配偶者がそのうちの六割だという状況の中で、どうしても育児休業制度というのは必要だということで、共同提案で提出をさせていただいたという経過がございます。
 小川参考人に経営者の立場でお伺いをしたいのですが、政府は今までは育休促進月間だとか、それから育児休業の奨励金だとかいうものを出しまして、盛んに育児休業制度の促進を進めておったわけでございますけれども、三十人以上の事業所で今のところ一四・八%しか普及率はない。しかも、これは現行法の対象者を含んでの数でありますから、全く育児休業制度というのは実施されてないという状況があるわけです。そういう意味で、私どもはこの育児休業制度というのを早く制定したいという思いで提出をしたわけですが、法案の内容といたしましては使用者、労働者、政府がそれぞれ三分の一ずつ負担をして、六割程度の有給の育児休業制度ということで提案をしてございます。もちろん現職復帰であり、とる、とらないというのは本人の選択があるというような法案の内容でございますけれども、この育児休業制度につきまして一言御意見をお願いいたします。
#81
○参考人(小川泰一君) 婦人労働が我が国企業にとりまして大変重要な立場を占めておるということはよく承知しておりますし、そういう意味からも働く婦人の方に意欲を燃やしていただくということは大切なことであると思っております。その一つとして、育児休業は当然各企業のそれぞれの立場、それぞれの企業の婦人労働の性格といったようなものを総合して考えていく分には、私ども大変結構なことだと思っております。
 ただ、現時点でこれを法律で、必ずやれと、さらに三分の一とはいえ、それを企業の負担でやれということについては、まだちょっと無理があるんじゃないかと思います。もう少し経過を見さしていただいて勉強をさしていただきたいと思います。
#82
○糸久八重子君 終わります。
#83
○前島英三郎君 どうも参考人の先生方、御苦労さまでございます。
 今の社会にはなじまない法律が幾つかありまして、それを国際世論あるいはまた日本の現状に踏まえまして幾つか見直しをしていく、これはもう当然のことでありますし、時代とともにまた人間の暮らしも変わっていくわけですから当然なんですが、いろんな見直しが行われている。例えば、障害者の雇用促進法もつい先般改正されましたし、それからまた社会労働委員会で間もなく精神保健法というようなものもいろいろ人権を守るという意味で改正も成立するだろうと見通しは持つんですけれども、しかし私たちは時代の流れの中でいろいろ感ずることもありますし、
   〔委員長退席、理事田代由紀男君着席〕
それからまた本法律案は、それは賛否いろんな御意見を今拝聴したわけですけれども、特に先進国と肩を並べる意味では、四十時間体制に速やかに持っていくという一つのプロセス的改正の部分も大変あるんじゃないかというような気がするわけです。
 私などは昭和三十一年に就職をしましたが、当時は月給は四千五百円でございました。朝九時から一応五時ということでありましたが、先輩が八時半に来ると八時には出なきゃいけない、八時に来ると七時半には出社しなきゃいけないんだなというような思いで、今の人々には笑われるかもしれませんが、いわば愛社精神みたいなものがありまして、経営者もそれなりに努力をして利益を上げて、また働く方も何とか自分が働く職場を守っていこうというような生きがいを持っていた時代でもありますので、そういう流れの中から今日までのいろいろな流れを見てみますと、大きく変わっていくのもまた事実だろうと思いますし、また、そういう時代でもあります。そこで、この法律案も私は評価をしている立場の一人でありますが、いずれ法律がひとり歩きをしていく。しかし、いつの日かそれは見直していくということもまた大切になってくると思うのですけれども、特に小川さんにお伺いをしたいんですが、例えば衆議院の方では妊娠した女性に対する除外というようなことも出てまいりました。また、参議院の方でも、きょうの皆さんの御意見を踏まえていろんな審議がこれから結論に向かって動いていくと思うのですけれども、例えば今後の問題として、経営者側にとっても、労働者が快適に働けることは非常に重要なことでありましょうし、また同時に、労働者が勉学に励みつつより向上しようとすることも経営者として大いにこれは期待したい点でもあろうかと思うのですね。その点、変形労働時間の導入によりまして、例えば定時制高校に通う勤労学生の通学が困難になるようなことが起こるのじゃないかというような心配もあるんですけれども、しかし、汗をかきたくない労働者がいないと同じように、血も涙もない経営者も私はいないと思うのですね。
 そういう意味では、これは労使双方の理解、心というものにすがらなければならない点があろうと思うのですけれども、こういうことはやっぱり経営者サイドにとっても、もしそういうことで学ぶことができないということになると、これはもうマイナスになっていくだろうと思うのですが、その辺は将来という見通しに立っていかが小川さんはお考えになりますか。
#84
○参考人(小川泰一君) お答えいたします。
 全く御意見のとおりでございまして、昨今、大学生やなんかの大変優雅な学生生活がいろいろ言われておりますが、そういう環境の中にございまして、勤労しながら勉学をしているという存在は経営にとりましても大変貴重でございますし、そういう方々の将来は経営者にとっても大変期待できるんではないかというふうに思っております。したがいまして、余儀なく変形労働時間をお願いする場合でございましても、よく労働組合なり職場の代表と相談いたしまして、当然のことでございますが、勤労学生の学業に差し支えないように配慮すべきであるというふうに私は思っております。
#85
○前島英三郎君 日本が朝のときは夜の国もあるというように、今やもう地球は一つのような形で動いているわけでありますから、この変形労働時間の導入というのもいろんな意味で私も評価をしている部分もあるのです。しかし、そこには賛否いろいろなまた意見のあることも事実なわけですけれども、将来の問題としてもう一つ小川さんにお伺いしたいんですが、労働時間短縮という時代の流れ、国際的使命に初めからかかわれない人々のいることも事実だと思うのですね。例えば、一般雇用になかなか受け入れられない重度障害を持った人々、こういう人々の問題もこれからまたいろいろ議論をしていかなければならないと思うのです。
 そこで、将来の問題として、重度障害者の雇用機会の拡大のために現在より、より柔軟に、もう働くことは八時間であるというような既定概念があるわけですけれども、それを共有雇用というようか方向、例えば四時間、四時間を重度障害を持った人々が分からあって、そのまた生活の中で補えない部分は年金とか今いろいろなものが充実しておりますから、そういう形で補てんをしていく、こういう雇用形態というようなものも私はその当事者の立場から将来の一つの気持ちとして考えるのですけれども、こういうふうなことを雇用者側というのはどうお考えになっておられるか、承りたいと思うのです。
#86
○参考人(小川泰一君) お答えいたします。
 重度障害者の方々の就職につきましては、大変困難な事情があろうかということはよく承知いたしております。身体障害者一般につきましても、まだまだ不十分だとは思いますが、政府の御指導あるいは労働組合の御協力等によりまして、昨今かなり一般経営者が前向きに取り組んでおるというふうに私は認識をいたしております。
 特に私ども期待いたしておりますのが、マイクロ・エレクトロニクスを応用いたしました、さまざまな体に障害をお持ちの方でもかなりレベルの高い労働に従事できるような機器が工夫されていると思います。その辺も私ども研究しながら、重度障害者の方を初め身体障害者の雇用については考えてまいりたいと思っております。
 先生の今御提案のございました共有雇用というのは、私初めてお伺いする大変ユニークな御発想であろうかと思います。ひとつ率直なところ勉強さしていただきたいと思いますが、よろしく御指導を賜りたいと思います。
#87
○前島英三郎君 次に、牧野先生にお伺いしたいんですけれども、私はお話を伺っておりましたが、やっぱりこの法律は当然私は労働者のための法律でああという、私の気持ちはそうなんですけれども、先生は、とれは経営者のための法律改正であるという先ほど意見を述べられたんです。ちょうど先生のところで私の息子も今経済学を勉強しておりまして、牧野先生はこの基準法にはきつい授業をやっているよというようなことを私も言われまして、大分息子に責められておるんですけれども、先生の理想とする――まあ算術的に八、八、八のような形のものが出てまいりましたけれども、理想とする労働時間というのは、人間の例えばライフサイクルとして時間的にはどのような先生の配分の持論をお持ちなんでしょうか。
#88
○参考人(牧野富夫君) 八、八、八という何だか気楽に出したふうな数字に見えるかもしれませんけれども、やはりこれは歴史もあるわけです。どうして歴史があるかというと、やっぱり働く側から本能的にそれだけは必要であるという、これは体験的に強いそういうのがあるのと同時に、これは科学的にもかなりの程度裏づけられていると思うんですね。先ほど申しましたけれども、八、八、八でも六・五ずつにしかならないということでありますから、やっぱり八時間労働制でも、これだけ生産力が上がった現段階においては非常にマイルドなものだと思うのですね。ですから、非常に簡単に八時間労働制というのを言えば、八時間というのがもう天井であって、それ以上になっては絶対いけない。ちょうど全国一律最低賃金制、例えば十万円としいた場合、それよりもびた一文欠けてはいけない、こういうのが八時間労働制なんですね。
 そういうものを私は、今理想とおっしゃられましたけれども、理想と考えておりますし、今日の日本の生産力水準からいけば、それはまさに自民党の方々がやる気をお出しになればできることであると確信いたします。
#89
○前島英三郎君 それじゃ最後に、五人の参考人の先生方に理想とする労使関係はどうあるべきかということを一言ずつお伺いをいたしまして、私の質問を終わります。
#90
○参考人(小川泰一君) 理想とする労使関係でございますが、大変難しい御質問でございます。私は、やはり労働組合の方々には、経営に対する一つのある意味では共通の地盤に立った批判勢力として言うべきところは言っていただきたい。しかし、十分話を尽くした後は和協力していただきたい。その上で、日本の進路あるいは会社の行く末寺について共通の理解を持った労使でありたいというふうに思っております。
#91
○参考人(長谷川裕子君) お互いの立場を踏まえながら団体交渉がきちっと行われるような、そういう労使関係が望ましいというふうに思っております。
#92
○参考人(清水洋二君) 余り深刻に考えたことはないんですけれども、やはりお互いの立場を十分に理解するということはもちろん重要ですけれども、憲法あるいは労組法、労基法等の体系下における労使関係ですから、そうした経営者から見れば労働者の団結権、あるいは労働者保護の労基法の権利を十分に理解するような立場での対応、もちろん労働側から見ますと、経営側は労働力を契約によって購入して賃金を払うという関係に立っているわけですから、そうした経営側の立場を理解するような労使関係、それがあるべき労使関係かなというふうに考えております。
 余り従来から深く考えてきてないものですから、十分なお答えにはなってないかと思いますけれども、現在はそういうふうに考えております。
#93
○参考人(牧野富夫君) あるべき労使関係を確立するには、一方の労働組合が労働組合らしくあるということが前提条件です。ところが、今日多くの労働組合は、私、学生たちに、おまえら勉強しなくて学生らしくないと言っていますけれども、それ以上に労働組合らしくなくなっているという実態があります。これを改善することだと思います。
#94
○参考人(塩本順子君) 生産の分野においても分配の分野においても、対等の立場で協議決定されるべきであると思います。
#95
○前島英三郎君 どうもありがとうございました。
#96
○中西珠子君 本日は参考人の先生方、お忙しい中をおいでいただきまして大変貴重な御意見をちょうだいいたしましてありがとうございました。心から御礼申し上げます。私は大変限られた時間でございますので、質問をまとめてお伺いさせていただいて、後ほどお答えをちょうだいしたいと思うのでございます。
   〔理事田代由紀男君退席、委員長着席〕
 まず、清水参考人にお聞きしたいわけでございます。御指摘のとおり、今回の労基法改正案では労使協定による措置が大幅に拡大されるということでございますし、この労使協定そのものが本当に適正な労働者の一人一人の意見が反映したような協定ができるという保証はなかなかないので、現在の集団的労使関係というものも、未成熟ということを言っては言い過ぎかもしれませんが、非常に組織率が低い、低下しているという状況もありますし、大多数の中小企業が未組織だという状況の中で労働者の代表が適正に選ばれるかどうかということも大変疑問のあるところである場合もございますし、それからまた、それぞれの従業員の意見が果たして反映しているのかということも大変疑問があるケースも多いわけでございます。
 殊に、女性の労働者の意見がちっとも取り上げられないということも、これは塩本参考人が御指摘になったとおりあると思うわけでございますね。個々の労働者の権利とか、また労働者のどうしてもこうしてほしいという要望とか、そういったものをやはり尊重していく。そして、個々の労働者の保護に欠けないようにするにはどのような方策をとればよろしいとお考えでいらっしゃいますか。
 これはまた、意見をどのようにして反映していくかということと、労働者代表の選出の方法の問題にもかかわってくると思いますが、労使協定ができた場合の、その中に組み入れられたくない人のやはり権利の保護という問題もかかわってくるのではないかと思うわけでございます。それで、そういった点に関しまして清水参考人にまずお聞きしたいし、それからまた女性労働者の権利を守るということのために、その意見をやはり反映さしていくためにはどうしていけばいいのかということを、塩本参考人に次にお伺いしたいわけでございます。
 その次に私がお伺いしたい質問は年次有給休暇についてでございますが、年次有給休暇については、休暇の取れやすい環境づくりをしていかなくちゃいけないということを長谷川参考人が御指摘になりましたが、これはどういうふうにしてつくっていけばよろしいか、また法制の面ではどういうふうな規定をすれば環境づくりに役立つか、このような面からもお答え願いたいと思います。
 それから、年次有給休暇につきましては、計画的付与というものが大変これは殊に働く母親にとっては問題になっておりまして、現在病気休暇とか看護休暇というもののない日本におきましては、どうしても働く母親は自分の病気のためにももちろん年休を使いますでしょうけれども、それよりもむしろ子供の病気の看護とか老人の介護のために年休を使ったり、また学校のいろんな行事や授業参観というふうなものに年休を使わざるを得ないという状況にありますので、五日だけは自由に取れるけれども、それ以上は労使協定による計画的付与によってその時期が限定されてしまって、そのときに取らなくちゃならないということになりますと、これはまた大変な問題なわけでございますね。ですから、計画的付与に組み入れられたくない労働者の権利がどうやって守られるか、また計画的付与に一応組み入れられているけれども、その労使協定が決める計画の中の時期に年休を取らなかった人の年休権はどうなるか、こういった点につきまして清水参考人に御意見を伺いたいわけでございます。
 それから最後に、小川参考人に御意見を伺いたいわけでございますが、現在の四十八時間の変形労働時間ですね、これは週四十八時間を四週平均で四十八時間になればよいということで施行されているわけでございますが、これを採用している事業所というのは案外東京におりますと少なくて一六%だそうでございますね。そして、大体一番多いのが運輸交通業らしいですし、それから次に多いのが医療衛生業、看護婦さんというふうな交代制でやっている方々。運輸交通業でも逆転手さんは交代制ということでございますが、その他はビルメンテナンスだとか映画の技師だとかそういうふうなところだそうでございますけれども、これが一カ月単位ということに延長になりますと、ほんの二、三日の延長にすぎないから別に大した影響はないだろう、また大して使う企業もふえないだろうというふうなことだそうですけれども、小川参考人は御意見としてこれからもっとこれを利用する企業がふえるとお考えでいらっしゃいましょうか、いかがでしょうか。
 私は、銀行とかそんなところで、また医療事務とかそういうところでふえていくんじゃないかなと。ですから、一日の長労働時間の規制とか一週間の規制、または連続労働日の規制というものが必要になってくるのじゃないかなという気がしているんでございますが、いかがでございましょうか。
#97
○参考人(清水洋二君) お答えいたします。
 労使協定の問題は、先ほども意見陳述の中で若干触れましたけれども、やはりいろいろ問題があることは事実であろうと思います。これから導入される労使協定についての問題で参考になるのは、現在行われております時間外労働、休日労働についてのいわゆる三六協定、労働基準法三十六条の協定の取り扱いの実情がやはり一番参考になるのではないかと思います。このいわゆる三六協定につきましては、御承知のように、過半数労働組合がある場合は労働組合、組合がない場合には過半数の労働者の代表が労使協定の締結権を労働者代表として結ぶわけでありますけれども、問題になるのは、そうした労使協定が結ばれた場合に、残業したくない、あるいはその日できないという労働者の意思との調整をどう図るかということで、いろいろ裁判例などにもなってくる場合があるわけであります。
 現在の労使協定は、行政解釈等で適正な代表の選出を行わなければならないという指導がなされております。例えば管理職などが代表になってはならないとか、民主的な手続が図られなければならないということが行政指導でなされておりますけれども、しかしそれにもかかわらず、なかなか民主的に行われないで、いわゆる職制的な立場にある、あるいはそれに近い人が代表になって使用者側と協定を結ぶという場合が非常に多いわけです。したがって、そうした協定の結び方が、今度の労基法改正でいろいろ取り入れられてくる労使協定の場面にも用いられるとするならば、やはり個々の労働者の意思は十分に反映しないということになるだろうと思う。
 時間外労働については、労使協定がある場合に、個々の労働者に残業義務があるかどうかという点でもこれは裁判などでも非常に争われておりまして、若干の対立があるところではありますけれども、例外を厳しくという労基法の考え方に立つならば、個々の労働者の意思を十分に尊重する形での運用が図られなければならないというのが、やはりこれからの労使協定のあり方としてのあるべき方向ではないかと思います。それについては、三六協定もそうでありますけれども、規則等には全くそういった定めがございませんので、新たな受け皿としてこれを規則等に盛り込む必要があるのではないかと思います。
 最近、議論の対象になっておりますのは、従業員代表について民主的な定めをするような規定を法律もしくは規則として別に設けるべきだと、いわゆる従業員代表制についての法定化の問題が日本でも大分譲諭されてきまして、例えば西ドイツのような共同決定のあり方のようなのを参考にして若干意見が述べられるようになってきましたけれども、私もこれからは労使協定について、単に過半数の労働組合の代表が無条件に代表になるという形ではなくて、従業員代表についての民主的な手続、それから先ほども意見陳述の中で申し上げましたように、実体的に不利益禁止を含んだ形での立法化がやはり検討される時期に来ているのではないかというふうに考えております。
 それから、計画的年休の問題でありますけれども、この計画的年休は、確かに現在でも一部の労使関係の中で取り入れられているようであります。しかし、現在ではやはり個人の意思を完全に無視する形では運用はされていないようでありますけれども、今度の労基法改正案の中に含まれているような形で立法化された場合に、労使協定で計画年休が取り入れられるということになりますと、その労使協定で定めた計画年休に従わないで自分の取得したいときに年休を取りたいという人に対してどういう影響を与えるかという問題が生じてくるだろうと思います。
 年次有給休暇というのは、言うまでもなく個人の年休権に基づいて行使する労働基準法の権利でありますから、労使の代表が強制的に取得させるべき性質のものでは本来ないだろうと思います。したがって、自己の取得したいときに年休を取得するというのが大原則になるだろうと思うんです。ですから、その個々の労働者の年休取得権との調整を図るとすれば、現在の法改正案では五日を超える部分について計画年休で決められるということになっていますから、五日だけしか残せないということになりますと、やはり個々の年休権を侵害しないような形で運用を図っていくということが必要だろうと思います。そうしますと、五日を超えたから無理に計画の中に押し込めて年休を取らせるという形になりますと、個々の労働者の年休権の侵害という状況が生まれる場合も出てくるだろうと思います。
 一方では、年休を取りやすくするという面ももちろんあることを評価するのにやぶさかではないわけでありますけれども、一方では、個々の年休権を侵害して、自分の取りたくないときに無理に年休を取らされるという結果にならないかという危惧もありますので、そのあたりの利害調整を図っていく必要があるというふうに考えています。その法制度的な裏づけ、あるいは規則とか行政指導とかが十分なされる必要があるだろうと思います。
#98
○参考人(長谷川裕子君) どのような環境づくりが必要なのかということでございますが、私ども会議だとか集会をやりますと、年休を職場で取ると、あら、またお休みというような声が職場の中から出たり、あるいは上司から出たりということがよくあるのだそうです。そう言われますと、人間ですから、あら、またと言われますと、年次有給休暇を取って休むことが非常に悪いことのような雰囲気が職場の中ではあります。やはりそうではなくて、年次有給休暇というのは自分の休暇、権利ですから、取って当たり前なんだということが職場の中に、労働者にもそれから使用者にも、お互いにそういう雰囲気がないと取れないというのが今日の状況ではないかと思います。したがって、やはり年次有給休暇を取って休むのは当たり前なんだということを、労使ともに職場の中でつくっていくことが第一点ではないかというふうに思います。
 それともう一つは、労働省がやはり行政指導を徹底させなければならないのではないかというふうに思います。年次有給休暇をやはりきちっと消化させるような、企業にも労働組合にもそういう指導をすることによって、もっと年休が取りやすいような環境づくりにもつながっていくのではないかというふうに思います。
 それと、やはり年次有給休暇がなぜ取れないのかということと、正々堂々と年次有給休暇をなぜ請求できないかというのは、やはり要員の配置の問題があるのではないかというふうに思います。人間ですから、私もそうですが、職場で非常に仕事が忙しいときに休むということはやっぱり言えないわけです。私のところなんかも小さい職場ですから、私が一人休めば隣の人が忙しくなるわけです。大変なわけですから、やっぱり忙しいからここはというふうに我慢して取らないということはよくあるわけです。そういう意味では、年次有給休暇が取りやすいような要員配置をきちっと企業努力でやっていかないと取れないのではないかというふうに思います。
 以上です。
#99
○参考人(塩本順子君) 女性の意見をどう反映させていくかという御質問ですけれども、労働者代表の選出について、労働組合では立候補による無記名投票によって選出されるべきだというような主張をしてきております。労使関係の中で解決されるべきだということで、経営者側の方からは反対があったようですけれども、労働者代表がどういう人がなっているかということでこの協定が大きな意味を持つという点から考えれば、労働者代表の選出については非常に重要だというふうに思います。そしてまた、労働者代表が、例えば立候補による無記名投票であったとしても、大部分女性が働いている職場で、結果として出てきたのは男性ばかりであったというそういう場合もあり得ます。
 ですから、民主的な手続さえ踏んでいればいいのかというふうな問題もあります。だから、そういう点について、国際婦人年以来、風連の場でも、ILOの場でも、いろいろな場でも、もちろん労働組合の場でも、民主的な手続ということと同時に、その中身がどうなのかということが議論をされてきたと思います。そういう考え方が、例えばポジティブアクションだとかアファーマティブアクションの考え方だと思います。
 ですから、こういう中においても、労働組合の責任でやっていくことは当然ですけれども、民主的な方法だ、だからいいんだということではなくて、民主的な方法により、その中身も本当にみんなの意見を代表しているような選出の仕方ということを私たち労働組合も一生懸命努力しなければいけませんし、それから労働組合のない事業所においても、そういうことが進められていかなければならない。そのことは、先ほども申し上げました政府が示した二千年を目指す行動計画の中でも大きな柱となっているのは、政策決定への婦人の参加ということです。
 ですから、民主的だとか労使の自治だとかという観点だけではなくて、別の観点からもこういう立場の議論がもっとあってもいいんではないか、そういうことを申し上げました。
#100
○参考人(小川泰一君) 四週間を通じて四十八時間の変形労働と一カ月の変形労働の比較という御質問だと思いますが、おっしゃるとおり、仕事のサイクルは、どちらかと申しますと一カ月のサイクルの方が多うございます。私の経験でも四週間を通じて四十八時間の変形労働時間については、交代勤務について主として適用されたように聞いております。これが今般、一カ月ということができるようになるわけでありますが、まだ私どもそれぞれの企業に一カ月の適用の問題について詰めてヒアリングをしておりませんので、どの程度ふえるか、率直なところ何とも申し上げられないんでございますけれども、どうしても日本のやはり企業というのは、週サイクルよりも月サイクルで運営をしておる仕事のパターンが多うございますから、ふえるか減るかというふうに言われますと、率直なところ、ふえるというふうにお答えせざるを得ないと思います。
 なお、余分なことでございますが、私の変形労働時間を交代勤務についてとった経験でございますが、使用者のいろいろ仕事のパターンもございますが、三交代勤務等については働く方のやっぱり家庭との調和ということも考えて変形労働時間を適用した経験もございますので、私は変形労働時間の適用については、双方でよく話し合えば一つのやはり調和点ができるというふうに思っております。
#101
○中西珠子君 どうもありがとうございました。終わります。
#102
○内藤功君 参考人の皆さんには大変御苦労さまでございます。お疲れと思いますが、日本共産党の私、内藤功から若干の質問をさせていただきたいと思います。
 最初に、牧野先生にお伺いをいたします。
 八時間労働制を突き崩す法案であるという点については、私も同じ考え方を持っておるものでございます。先日、参議院の本会議で私は中曽根総理に、この法案は一居八時間というものを過労働時間の一日に割り振った場合の目安にしてしまうものじゃないか、それから非常に多くの変形労働時間制、みなし労働時間制等の導入で八時間労働制はもう崩されていると思わないんでしょうかという御質問をしましたら、総理は、この法案でも自分としては八時間労働制は崩れていないと、こういう御趣旨の答弁をいただいた。たまたまきのう、当委員会で労働省当局にも同じような御質問をしましたが、これは第二項にちゃんと一週間の冬日については一日八時間というのが書いてあるし、時間短縮の重点が日よりも週の方に移ったという趣旨であるというような御答弁が労働省からあったわけであります。ただ、私は両方とも、牧野先生の方は、八時間労働制を崩しておるじゃないか、中曽根総理の方は、いや崩しておらないと。これはやっぱり八時間労働制というもののとらえ方等について違いがあるのかなと思うんですが、その辺あたりは先生はどういうふうにお考えになるか、まず第一点としてお伺いしたい。
#103
○参考人(牧野富夫君) 常識的に考えれば、素直な答えが出てくると思うんですね。原則に対して例外という一般的なことを考える場合に、例外の方が九〇%ぐらいあって、あと一〇%は原則を守っているというような場合に、原則を守っていると言い得る人がここに一人でもいるでしょうか。いないと思うんですね。
 今、三六協定でもってそういう状態が現実にあるわけでしょう。これは既に八時間労働制がかなりの程度崩れているというのが現状であって、それを、今度の法案がもし通れば、さらに加速する、拍車をかける、そういうふうに思います。恐らく中曽根首相は、今おっしゃった二項でとにかく一応書いてあるということだと思いますけれども、今おっしゃったように、それも一週間のあれを冬日に割り振るための基準であると労基研の報告にありましたが、それが生きているはずでありますけれども、そういうものを中曽根総理が原則だと主観的にお考えになる分には構いませんけれども、これは常識の世界では全く通じないというふうに申し上げたいと思います。
 それと八時間労働の原則、八時間労働制の原則という言い方を中曽根首相はしていますけれども、この言い方は非常に不正確だと思いますが、八時間労働を原則とした場合は、少なくとも西ドイツとかフランス等の、残業であれ変形であれ、とにかく一日について十時間以上はだめである、一日を単位に労働時間は考えると、そういう考えがきちんとあるのであればよろしいんですが、それがないわけですね。私はそういう意味で、今日でも原則は極めて怪しくなっている、それが今度はますます怪しくなっていって、そういうものがあるとは言えない状態になると、そういうふうに考えております。
#104
○内藤功君 牧野先生に二点目の御質問をしたいと思うんですが、労使協定というのが本法案で、三十二条の三、四、五あるいは三十八条の二というところに非常に多く導入をされてきているわけですね。これが変形労働制や、あるいはみなし労働時間や、あるいはフレックスタイムというものを使用者の方で乱用していく場合の歯どめの重要な一つになる、これが大体政府の方の御説明であるわけです。この点について、今の労使協定のいろんな運用というものから見て、先生はどういうふうにお考えになるかという点を二点目にお伺いしたい。
#105
○参考人(牧野富夫君) 労使協定については、三点ほど問題点があると思います。
 根本的に言いまして、労使協定では労働条件の最低が守れないので、したがって法的に国家が介入して最低限をつくっていったということでありますから、その中に労使協定を入れるということは、社会政策としてのといいますか、労働者保護法の空洞化を意味するというのが根本的にあると思います。
 二点目でありますけれども、我が国の場合、企業別組合が圧倒的に多いわけですね。そうすると、企業レベルでの労使協定というものは、これは企業間で熾烈な競争をやっているわけですからどうしても経営側の意向に巻き込まれやすい。企業別組合の労使協定というのは、そういう性格を本来的に持っていると思います。
 三点目を言いますと、今日の状況で、さっきもちょっと言いましたけれども、労働組合が自主性を持っていない状況がいっぱいありますね。私に言わせれば、経営側の別働隊である。そういう労働組合との労使協定というのは、形式は労使協定ですけれども、魂は経営側の意向がそこに盛り込まれている。
 ですから、そういう労使協定でもって変形労働時間制に対してブレーキがかかるとかいうのは、これは幻想にすぎないということになるというふうに私は解釈しております。
#106
○内藤功君 牧野参考人にもう一点、最後の点ですけれども、今度の法案は、当面、週四十六時間、それも三百人で分けて、三百人より多いところは四十六時間ということに附則や命令でしょうとしているわけでありますが、中曽根総理は国会の本会議答弁では、画期的な時間短縮へのこれが第一歩だと、そういうことを盛んに言っておる。とにかく四十八時間が四十六時間になったんだから、少し我が国の時間短縮の実効性がこれで上がるというふうに評価ができるものであろうかどうかという点についての御意見を伺いたい。
#107
○参考人(牧野富夫君) 今でも恐らく小学校の算数の時間には、四十八引く四十六は二だと教えているんじゃないでしょうかね。ところがこの算数は、四十八引く四十六はゼロになるのです。理由を申し上げます。
 まず、実体的に労働時間、所定内労働時間でありますけれども、規模計で言いますと四十三時間五十七分、既に四十六時間というものはクリアしている。これは規模計ですから三十人未満当たりをとると、これでも、しかし四十五時間二十分でクリアしている。もちろん今申しましたのは平均でありますから、それからこぼれるのがある。さて、そのこぼれる部分については二つの逃げ道でもって用意されている。それが一つは、今ちょっとおっしゃいましたように三百人以下の事業場ですね。これは企業じゃなくて、九九%強もある。そういうところで、まずその抜け道でごっそり四十六時間の適用から外されていく。
 もう一つ抜け道は、これは換算的扱いというやつでありますけれども、小規模の、零細規模の商業、サービス業等が当面考えられているようでありますが、とにかくタクシードライバーなんかを例にとりますと、客を乗せて走っている時間と待っている時間があって、待っている時間を手持ち時間と言いますが、タクシードライバーの場合さっと半分がそうだと思いますけれども、そういう手持ち時間を、これは当たり前ですけれども、今日では労働時間に数えているものを今後は数えていかなくすることができるわけでありますから、そういうふうになるわけでありますから、これは実際の労働時間はうんと長いのに、統計上の労働時間はわずかである、こういうことになると、そこで落ちこぼれがごそっと出てくる。
 ですから、冒頭申しましたように、四十八引く四十六は限りなくゼロに近いという極めておかしな算数になるということで、四十六時間にしても実体的効果はないというのが私の見解です。
#108
○内藤功君 ありがとうございました。
 次に、小川専務理事にお伺いをしたいと思うんです。
 小川専務理事のいろんな経営の御経験また今の企業を見ておられる御経験からお答えをいただきたいんですが、本法案がもし通過しまして各種の変形労働時間制あるいはフレックスタイム制あるいはみなし労働制というものが現在の日本の企業の中に導入されたということを仮定した場合、年間のいわゆる割り増し賃金、俗に言う残業代と申していいでしょうね、これはどのくらい企業全体として縮減できるか。これは当然日経連の専務理事のお立場でいろいろお考えになっていると思うんですね。
 この間、衆議院の社労委員会で我が党の児玉議員が労働省に質問をいたしましたところ、労働省当局からは年間大体今払っておる残業代の規模は十兆数千億円と、六千億でしたかな、こういう答弁がありまして、また別の研究者の労働省の統計による数字も大体年間そのくらい払われていると。このほかにはいろいろサービス労働とか残業代を払わないやっとか表へ出ないやつがあるんでしょうけれども、表へ出ているものでこれだけあるということになっているんですね。ある人はこのうちの半分と見て約五兆三千億円がどこの縮減ではないかという方もおられるし、いろんな考え方があるんですが、これは何といってもあなたにお聞きするのが一番よろしいんじゃないかと思いますので、この点どんなふうにお考えになるか。これは企業コストの問題ですからお考えになってないわけがないと思うので、ぜひひとつお考えをお示しいただきたいんです。
#109
○参考人(小川泰一君) そこまで実は精密な計算データを持っておりません。これは率直なところを申し上げます。
 ただ、私申し上げたいのは、先ほど申し上げましたようにやはり総労働時間、もちろん毎日のパターンもございますけれども、総労働時間を短縮していくというのがこれは国際比較でも常に総労働時間でございます。それも一つの大きな目標であると思います。したがいまして、所定労働時間は短縮したが残業はふえた、残業が残ったというような時間短縮では私は相ならぬというふうに思っております。労働時間を短縮すれば、その分は仮に賃金を引き下げないとすれば残業はやはりそれにつれてふえるようなことであってはならない、その見返りは余暇という形で勤労者に返すべきであるというふうに思っております。勤労者には余暇、経営者にとってはコストを維持するというところでちょうどよろしいんではないかというふうに思っております。
 したがいまして、時間短縮はする、残業代は今までどおり欲しいという時間短縮については、私は疑問を持っております。
#110
○内藤功君 重ねて専務理事にお伺いしたいんですが、今のお話ですと、やはりなるべく残業はもうしない方に持っていくということになりますと、私のさっきの質問ですが、年間十兆六千億円の残業代が今払われているとして、今の日経連専務理事のおっしゃった方向でいきますと、企業全体としてどのくらいの縮減が予想されるかというこの点なんですが、質問は。
#111
○参考人(小川泰一君) 申しわけありませんが、ちょっとお答えできるデータを持っておりません。
#112
○内藤功君 それでは、ちょっとお調べいただいて、またこの次の機会にお答えいただきたいと思いますが、よろしゅうございますね。
 次に、清水先生にお伺いをしたいと思います。
 日弁連のお立場でのいろんな御見解をいただきましてありがとうございました。日本弁護士連合会という全国の在野法曹の強制加入団体が、こういう今の変形労働時間制に厳しい批判の、できれば入れない方がいいという御見解を持っておられることについて、非常に感銘深くお聞きしたわけでございます。
 ところで、法律の専門家にお聞きする問題として一つお伺いしたいのは、先生の御経験また御学識からお答えいただけば結構でございますが、変形労働時間制というものが労使協定でもってある企業に導入された。しかし、この労使協定ですね、ある個々の労働者はどうしても納得できない、この変形労働の導入には自分はどうしても従えないという人に強制できるかという問題です。これは事実上も法律上も両方の面で考えていただいていいんですが、例えば自分はもう八時間以上働きたくないんだと。その理由はいろいろありましょう。ある人は先ほどお話しのように子供さんを保育園にどうしても迎えに行かなくちゃならない、あるいは病気の両親が入院しているので病院に介護に行かなきゃならぬ、あるいは子供に夕食をつくってやるためにどうしてもきょうは帰らなくちゃいけない、あるいは自分の健康維持のために残業したくない、余計な八時間以上の仕事はしたくない、あるいは家族団らんであり趣味でありスポーツであり、いろいろ理由はあるでしょうね。そういうような個人の労働者のいわゆる拒否権といいますか、同意というものが、これが日本の労働法制の実態では個人と会社との労働契約ですね、この観点が非常に私は弱いというふうに思うわけなんです。
 先生も御承知のとおり、三六協定については三六協定は単なる処罰解除条件であって、残業義務の発生かどうかはその当該労働者の同意か否かが要件だというような判例、学説もあるんですけれども、このことがやはり変形労働時間の場合にはっきり確立されないと、これはもう労働者代表の選出手続も十分にうまくいってない段階で、それが個々の労働者に押しつけられてくることに棚なるというふうに私は思うんですね。ここらあたりの問題についてお考えの点がございましたら、ひとつ教えていただきたいというふうに思います。
#113
○参考人(清水洋二君) 非常に難しい御質問なのですけれども、私の考えを述べたいと思います。三六協定の場合の考え方がまず参考になるだろうと思います。
 内藤先生がおっしゃいましたように、三六協定が結ばれた場合に個々の労働者に時間外労働の拒否権があるかということでは、これは学者の間でも見解が対立しておりますね。特に、労働協約で結ばれたような場合には拘束力があるんではないかという考え方も、かなり裁判所含めて根強く展開されておるわけでありますけれども、私自身は三十六条の協定は単なる刑罰を免責する規定にすぎないということで、個々の労働者の同意がない限りは残業命令は出せないというふうに考えております。
 それで問題は、その考え方が今度の変形労働時間における労使協定の個々の労働者の場合にどういうふうに影響を与えていくかということだろうと思います。変形労働時間制が採用されますと、これは時間外労働という考え方にはならないために、時間外労働における残業を拒否するという拒否権ということにはならなくなるわけです。問題は、八時間労働の原則をどう考えるかということがやはり重要になってくるのではないかと思うんです。先ほど来、中曽根首相初め労働省の当局は、八時間労働の原則はやっぱり守られなければならないと。それで、この法律はそれを崩すものではないという趣旨で考えているということになりますと、仮に変形労働時間制がとられるにしましても、個々の労働者の八時間労働をすることによる利益をもやはり守らなければならないという、そういう利害調整が図られなければならないということになるのではないかと思うんです。ですから、その変形労働時間をしないことに合理的な理由がある限りは、やはり個々の労働者が拒否することも許されてしかるべきだろうと思います。しかしながら、事実上の問題ということも言われましたけれども、事実上はなかなか拒否することはできないだろうと思います。
 なぜならば、変形労働時間の中に労働配置として組み込まれますと、その労働者が特定の日だけ八時間で帰るとか、要するに変形労働時間と離れた形での働き方をするということになりますと、使用者から見た場合は恐らく労務管理が非常にやりにくいということでいろいろな圧力がかかるでしょうし、また一緒に働く仲間の間からもいろんな批判を受ける可能性が出てくるだろうと思うんです。そうしますと、事実上はやはり拒否できないということにならざるを得なくなるんではないかと思うんです。そしてまた、そうした場合が続いて事実上労働ができないということになれば、その労働者は変形労働時間制が恒常化していくような企業には働けないという実態が生まれてくるだろう。そうしますと、そういう人はやはり短時間のパートタイマーとして働くか、あるいはいわゆる派遣労働者として働くかという道をとらざるを得なくなるんではないかと思うわけです。
 ですから、私は法律上は拒否できるということは許されてしかるべきだろうと思いますけれども、この変形労働時間制が取り入れられることによって事実上労働者は拒否できない状態に追い込まれ、場合によっては退職せざるを得なくなるということにならざるを得ないのではないかと思っています。
#114
○内藤功君 時間がありませんのでこれが最後の質問になりますが、清水先生にもう一問お願いいたします。
 先日、日弁連の女性の権利に関する委員会のおつくりになった文書、見解等もよく読ませていただきました。その中にも出ておるんですが、変形労働時間制あるいはフレックスタイム制というものが導入された場合に、同時に労基法三十六条による時間外労働の規定は厳然として存在している。そうすると、この関係ですね、変形労働時間制の導入で今よりも長時間労働が事実上強いられる、そこにまた残業協定があると。日経連の小川さんはそういうことがないようにすると言いますけれども、それは全部そういう物わかりのいい人ばかりじゃないわけですから、そこのところを法律が押さえなきゃならぬ、そこらあたりの関係につきまして、残り時間が少ないのですけれども、御見解等例えればと思います。
#115
○参考人(清水洋二君) これも新しい問題として、もしこの法案がこのまま通るとすればそういう問題が起きてくるだろうと思いますけれども、変形労働時間が労使協定によって導入されますと、そこに定められた時間は法の例えば一週四十時間とかあるいは一週四十四時間とかそういうのをクリアしておればこれは時間外労働ということになりませんから、恐らく現在の労基法の三十六条の協定は結ばないでもできるということになることは明らかだろうと思うんですね。しかし、その範囲を超えた場合には、やはり三十六条の協定を給ばなければ当然できないということになるだろうと思うんです。そこで、現在行われている三六協定のいろいろな問題、特に個々の労働者との利害対立の問題等がやっぱり起きてくるんではないかと思います。
 細かくはどういう問題がこれから起きてくるかということはまだ余り詰めておりませんけれども、いろいろやはりそういう場面が出てきて、個々の労働者の利益と、労使協定を結んだことによって利益を受ける経営者側、あるいは労働組合、あるいは従業員代表との間でのあつれきが深まってくる危険性は一層大きくなるんではないかという気がいたします。
#116
○内藤功君 ありがとうございました。
#117
○橋本孝一郎君 民社党・国民連合の橋本です。
 参考人の皆さん御苦労さんでございます。特にきょうは経営者は小川参考人一人でございますので、どうしてもこの時間外労働の問題、いわゆる労働時間の問題、経営側に集中するわけでありますが、まず小川さんに一つお聞きしたいと思います。
 それで、経営側の主張としてコストの問題も出ておりまするし、労働時間短縮というのは労使間の問題であります。したがって、日本が非常におくれておるということについてはいろいろと理由があると思います。一部の人が言われておりましたように、いわゆる企業間競争が非常に激しい、しかも労働組合が欧米に比較して企業内労働組合、欧米の場合には職務別あるいは産業別という企業を離れたところで法制化という労働時間短縮の歴史を持ったところと比較する場合において、そこに一つの大きな問題がありまするし、あるいは雇用関係においても、最近崩れつつありますけれども、終身雇用制という制度を持った日本の労使関係と、レイオフを持っておるヨーロッパ、アメリカの労使関係との違い等々いろいろ理由があり、労使間でこの問題を詰めるにおいても非常に過去困難の私は歴史があったと思います。しかし、今やその労働時間の短縮という問題は、職場の労働条件という問題だけではなくって、国民生活のあり方にかかわる問題でありまするし、したがって経営者あるいは労働者はもとより、国民全体の意識の改革といいましょうか、国民的合意といいましょうか、そういう一つのムードが出てこないとなかなかこれは難しい問題だと思う。
 私も、年齢的にかつてのいわゆる日本貧乏論に育った――先生に教えてもらって、日本は人口が多くて資源が少なくて土地が狭い、貧乏な国だ、だからおまえらは勉強して頑張れという、そういう教育を受けた年代であります。それで、日本の経営層も、若い人もあろうかと思いますけれども、まだまだそういう方が頑張ってみえるわけでありまして、そこにまた一つの問題もあるような気がしますが、しかし、そういう国民的な問題であるという立場に立って、経営団体として労働時間短縮に向かって、もちろん小川さんのやっておられる日経連以外にも中小企業団体たくさんありますが、しかし一番日経連がリードしていく立場において、どういうふうに労働時間短縮についてこれからの取り組みをなさっていこうとなさるのか。いわゆるもっとそういったPRを含めてそういう計画、プランというものがあったらひとつお聞かせ願いたいと思います。
#118
○参考人(小川泰一君) 日経連としては、労働時間の問題について今大変遅きに失するという御批判あるかもしれませんが、総合的に見解を調整している最中でございますから、私見として、多少繰り返しになると思いますが、お聞きいただきたいのでございます。
 先生のおっしゃるとおり、労働時間短縮というのは新前川レポートにもございますように、労働条件の総合的な改善の中では優先順位が高いというふうに見ております。しかし、率直に申し上げますならば、賃上げにいたしましても労働時間にいたしましても、捻出できるパイというのは一つでございますから、そういう国民的な一つのこれからの方向を前提として、そのパイをどう分けるかということを労使間で詰めていくことが一番私は大事じゃないかというふうに思っております。
 それから二番目は、やはりこれも繰り返すようで大変恐縮でございますが、総労働時間をいかに短縮するかという方向を模索すべきであるというふうに思っております。いろいろ諸外国と比較いたしておりますと、もちろん所定労働時間もさることながら、いろいろ御指摘ございます残業が長い、有給休暇が少ないといったような問題についてもこれは真剣に取り組まなければなりませんし、御批判を受けることを承知で申し上げますが、変形労働時間をとることによりまして時間短縮した部分が残業に転嫁せずに結果として労働時間短縮ができるという方向も模索するべきであろうと思いますし、繰り返すようでございますが、オフィス労働必ずしも効率的でないと思いますので、そういう意味での新しい生産性の視点も重要だろうというふうに思っております。いずれ、これらを総合しまして機関として発表する機会もあろうかと思いますので、御批判をちょうだいしたいと思います。
#119
○橋本孝一郎君 清水先生にお願いしたいんですけれども、先ほどの西ドイツ、DGBあるいはIGメタル等の労協改定についてのお話ございましたが、西ドイツにおいても一部業種において、ごく一部であるけれども変形労働時間制をとっておるという実態があるということのお話を聞いたんですが、その実態と実際それはどういうふうな変形制をとっておるのか、もしおわかりでしたらお聞きしたいと思います。
#120
○参考人(清水洋二君) 西ドイツの実態についてすべてを承知しているわけではございませんけれども、先ほども申し上げましたように、確かに一部について変形労働時間制といいますか、弾力化が受け入れられていることは事実であります。特に印刷産業のような場合に、季節的に繁忙期が異なるということで、やはり弾力的運用がなされているという実態は確かにございます。金属についても一部ございます。
 ただし、西ドイツの場合は、先ほど言いましたようにAZO、アルバイツ・ツァイト・オルドヌングという一九三八年にできた古い労働時間法があるわけです。そこでも一部弾力化を認めるような条項が認められているんですけれども、御承知のようにほとんどが労働協約で規制されまして、それを受けて、中央の労働協約でまず決めまして、それから地方レベルの労働協約で決めて、それが各企業における経営者と労働者代表の協議によってその範囲で決められるということになっているようであります。したがって、例えば一九八四年の場合ですと、金属の場合は三十八・五時間を平均で満たせば二カ月の弾力化を認めるというようなのを一都の地方について協約で認め、それを受けて各個別の企業で認めた例もあるようですし、それから各企業の中で職種によって平均三十八・五時間を満たせばいいということで、四十時間から三十七時間の間になるわけですけれども、職種によっては三十七時間の職種の人もおれば、あるいは四十時間の人もおるということで、ディファレンツィールングという、相違的取り扱い、差異化の取り扱いがなされている例も一部あります。
 しかしながら、それほど大幅に、日本で言うような何カ月単位というような弾力化があらゆる企業で入っているということではないようであります。やはり労働協約と経営組織法に基づく労使の協議で決まった範囲内で認められるということになっています。一九八四年ですと、二カ月の範囲内で一部認めていたために一部の地方では認めたということがありますし、それから今度の一九八七年の協約では六カ月に調整期間を延ばしたという例はございますけれども、これも協約あるいは労使の経営協議会における場において決められるということになりますので、日本で法律が決められれば無条件に入っていく、もちろん労使協定という歯どめはあるといえば若干ありますけれども、日本の場合とやはりかなり異なる実情にあるのではないかという印象を受けました。
 以上です。
#121
○橋本孝一郎君 小川さんにもう少し再度お願いしたいんですけれども、今回の改正で四十時間、そして新しく変形制というのをとられたのが、変形制が特徴的なんでありますけれども、この変形労働時間、一カ月、三カ月、問題はこれを悪用するといいましょうか、そういうことについて非常に問題点があるような気がするんです。
 これは、労働組合のあるところは、恐らく現行より条件が低下するということにおいては労働組合の抵抗もあるでしょうし、またそういうばかなことは余り行わけないとは思うんですけれども、労働組合がなくて、民主的手続を踏んでいるか踏んでいないかは別にしても、いわゆる組織を持っていない、ただ働く者の代表という場合と非常に違ってくるような気がするんです。そういったところに、はっきり言えば悪用の危険性も出てくると思うんですが、そういったものに対する、そういうことをしてはならないというふうな示達なり指導なりがあるいはできるんですか、その点をお尋ねしたいと思うんです。
#122
○参考人(小川泰一君) 日経連と申しますのは、組織としては大変緩やかな組織でございまして、なかなかそういう労働組合なり政府のような厳しい指導というのはできないわけでありますが、変形労働時間につきましては新しい制度でございますので、あらゆる角度から私ども今後研究をいたしてまいりたいというふうに思っております。研究の観点は、もちろんそれの応用の実態はいかにあるべきかということでございまして、私の個人的見解でございますが、変形労働時間の適用は経営者の良識を持ってやるべきだというふうに一言で言えば言えると思います。
 したがいまして、女子労働者の家庭の御都合とか、先ほど申し上げました勤労学生等については十分配慮をしなければ、この制度自体が企業の中でもたないというふうに私は思っております。労務管理というのは、いろいろ経営者がございますから問題のある場合もあるでしょうが、労務管理というのはそういうものだと私は思っております。その上でいろいろ御批判があれば、私どものできる範囲で良識的な運用をするように注意喚起もしなければならないと思っております。
#123
○橋本孝一郎君 もう時間もありませんので、簡単に最後に塩本さんにお尋ねしたいんですが、先ほどの御意見の中で、女子の育児時間について現行三十分二回、これを三回にという御意見があったわけですけれども、育児時間をそのようにふやした場合において、実際にスムーズにそれが実行できるのか、できるとすればどういう方法があるのか、お尋ねしたいと思います。
#124
○参考人(塩本順子君) 一人一人の労働者にとって育児時間というのは非常に切実な問題なんですけれども、現実には現在の労働基準法では育児時間の賃金保障が明確化されていないために、労働協約とか就業規則に明記されていないところでさえかなりあります。しかし、一人一人の人たちにとっては非常に切実な問題であるわけですね。本来、変形労働制が入ったときに、そういうものが入ることはあってはならないと思いますけれども、しかし事情によってはやる人がいるかもしれない。そして、ILOの百三号条約に基づく勧告では、一日二回、四十五分ずっというふうに日本より上回る基準もあるわけです。
 したがって、子供の立場からいえば、午前午後乳を飲ませるというふうな観点に立ては、夜はどうなるのかという話もありますし、もし変形労側に入った場合であれば、その延びた労働に対する育児時間の配慮がなされてしかるべきではないのかと思います。
#125
○橋本孝一郎君 終わります。
#126
○委員長(関口恵造君) 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。
 参考人の方々には、長時間にわたり御出席を願い、貴重な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
 本日はこれにて散会いたします。
    午後四時二十九分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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