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1987/09/16 第109回国会 参議院 参議院会議録情報 第109回国会 法務委員会 第6号
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1987/09/16 第109回国会 参議院

参議院会議録情報 第109回国会 法務委員会 第6号

#1
第109回国会 法務委員会 第6号
昭和六十二年九月十六日(水曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 九月十日
    辞任         補欠選任
     千葉 景子君     秋山 長造君
     神谷信之助君     宮本 顕治君
 九月十四日
    辞任         補欠選任
     秋山 長造君     矢田部 理君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    委員長         三木 忠雄君
    理 事
                鈴木 省吾君
                守住 有信君
                猪熊 重二君
                橋本  敦君
    委 員
                下稲葉耕吉君
                中西 一郎君
                長谷川 信君
                林  ゆう君
                矢田部 理君
                安永 英雄君
                関  嘉彦君
                瀬谷 英行君
                西川  潔君
   政府委員
       法務省入国管理
       局長       小林 俊二君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        片岡 定彦君
   参考人
       サンケイ新聞社
       論説委員     飯田 浩史君
       東京外国語大学
       教授       斎藤 恵彦君
       日本弁護士連合
       会人権擁護委員  高木 健一君
       九州大学教授   横田 耕一君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○外国人登録法の一部を改正する法律案(第百八
回国会内閣提出、第百九回国会衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(三木忠雄君) ただいまから法務委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 去る九月十日、千葉景子君及び神谷信之助君が委員を辞任され、その補欠として秋山長造君及び宮本頭治君がそれぞれ選任されました。
 また、九月十四日、秋山長造君が委員を辞任され、その補欠として矢田部理君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(三木忠雄君) 外国人登録法の一部を改正する法律案(第百八回国会閣法第六二号)を議題といたします。
 本日は、本案につきまして御意見を伺うため、お手元に配付いたしております名簿のとおり、四名の方々に参考人として御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多忙中のところ当委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございます。皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の本案審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
 次に、議事の進め方について申し上げます。
 まずお一人十五分程度順次御意見をお述べいただき、その後各委員の質疑に対してお答えいただきたいと考えております。
 それでは、これより各参考人に順次御意見をお述べいただきたいと存じます。
 初めに、飯田浩史参考人よりお願いいたします。
#4
○参考人(飯田浩史君) 今御紹介にあずかりました飯田でございます。身分は、サンケイ新聞社の論説委員をしております。
 初めに、私の立場を説明させていただきます。
 私は学者ではございません。したがって、外国人登録法について一般的な知識はあるつもりではございますが、深く掘り下げた学問的な知識を備えているとは申せません。ではなぜこのような席に参考人として出席したかとの御質問があるかもしれません。それにつきましては、今申しました私の職業が示すとおり、ジャーナリストの端くれとして、ここ数年来国内的にも国際的にも懸案事項でありました外国人登録法の改正問題につきましては深い関心を寄せてまいりました。特に、我が国特有の問題であると思われますが、お隣の国、韓国との友好関係を保つ上でどのような改正が必要かという点では、再三にわたって、私の会社が発行しておりますサンケイ新聞の社説におきまして、すぐれて国会で決めるべき事柄であると主張してまいりました。この場合の国会とは、できますれば超党派という意味の国会でございます。その国会からのお招きでしたので、多少とも審議のお役に立てばとの気持ちからはせ参じました。これから申し上げる意見を参考にしていただければ幸いです。
 今回の外国人登録法の改正案は、これが成立すれば昭和五十七年以来の大改正となりますことは皆さん御承知のとおりでございます。また、改正の要点は、現行法では五年ごとの登録切りかえ時に登録原票、登録証明書及び指紋原紙に指紋を押さねばならなかったのを、改正案では原則として初めの登録時に指紋を押していれば指紋押捺義務はその一回だけにするということであります。もう一つの点は、現行の外国人登録証を常時携帯に便利で写真の張りかえなどを難しくするラミネートカード化するということだと承知しております。
 そこで、最も議論の的となっております指紋押捺義務について、私の意見と、それからサンケイ新聞の社説に対する読者からの意見を、記憶に従って申し上げたいと思います。
 まず、指紋をとられることは非常に許しがたい屈辱的なことかという点でございます。確かに一般的には、指紋から連想するのは犯罪者かその容疑者、いわゆる犯罪関係者ということになります。また、外国人登録の際の指紋押捺を拒否して裁判になった事件での東京地裁及び横浜地裁及び東京高裁の判決によりますれば、指紋は個人を識別する身体的特徴であることに照らし、一個のプライバシーとして何人もみだりにその意に反して指紋を明らかにすることを求められない権利を有するとしております。この権利は個人の尊厳に係る人格権であるとも申しております。
 私も、裁判における判決の趣旨はそのとおりではないかと思います。しかし、一般的な、いわゆる指紋から犯罪という短絡的な考え方、このような考え方に対してはいささか意見を異にしておるものでございます。物事にはすべて表裏、光と陰がございます。指紋によって犯罪者が検挙されること、これは社会にとって光ですが、検挙されるまでの過程でいわゆる容疑者として犯人以外の人が対照用の指紋をとられること、このことはその人にとっては非常に大きな陰であり屈辱的なことかもしれません。したがって、未成年者の容疑者などから指紋を採取する場合はより慎重に、できるだけ状況を説明して、納得した上で採取する心遣いが必要だと思います。
 しかし、言いかえますと、逆に、進んで指紋の採取に応じることで、早く容疑者という煩わしさから解放されるということもあるわけです。犯人だったら致命的な証拠も、犯人以外の容疑者には絶対的なシロの証拠にもなるわけです。指紋イコール犯罪者という暗いイメージは、このような考え方に立ちますとかえって明るい材料になるのではないかとも思います。
 さらに、積極的な効用もあるかと思います。昭和四十一年の二月、全日空機が羽田沖に墜落、乗員、乗客、百三十三人が全員死亡しました。このとき、百二十二人までは間もなく遺体が発見され身元が確認されましたが、一人だけは見つからず、これは記憶なんですが、およそ三カ月後に駿河湾だったか遠州灘でそれらしい死体が発見されました。海流の専門家の意見では発見場所が余りにも遠く学問的にも合わないので別人だろうということでしたが、かろうじて残っていた手の指の皮膚からの指紋を採取し、また遺族ができれば遺体が見つかるまではと手を触れずにそのままにしておいた犠牲者の部屋にあった楽器、それはたしかギターだったと思いますが、それに残っていた指紋が一致し、この漂流死体の身元が確認されました。
 同じく古い話で恐縮なんですが、昭和三十七年五月、国鉄三河島大事故がございました。このときに亡くなった男の方の身元が今なお二十五年後の今日に至るもいまだにわからず、国鉄から支払われるべき賠償金が宙に浮いているということもございます。こういう事実を考え合わしても、指紋の効用というのは非常に大きいのではないかと考えます。
 ソニーの名誉会長である井深大氏、上智大学の渡部昇一教授、東海大の林三郎教授らは、指紋の効用を、積極利用を説いておられます。国民総指紋登録制を提唱してもおられます。国民総指紋登録制は外国人登録における指紋押捺の問題を一気に解消する方法であります。私も個人としては支持したい制度ではございます。しかし、残念ながら、私の所属しておりますサンケイ新聞論説委員室の総意というふうにはまだ統一されておりません。私がこのような個人的な見解を明らかにしたのは、初めに提示しました指紋押捺は屈辱的なことかという問いに対する私自身の答えに当たると思ったからでございます。
 国際人権規約B規約の七条は「何人も、」「非人道的な若しくは品位を傷つける取り扱い若しくは刑罰を受けない。」と規定しており、外国人登録の際の指紋押捺はこの規定に違反するという御意見が多いようですが、有形力、つまり物理的な、力ずくで指紋をとるということでない限り私はこの規約に違反するとは思っておりません。東京高裁その他地方裁判所の判決理由にも同じ理由が付せられておりますし、私も意見を同じゅうするものでございます。この点については、私どもの会社の社論も合意が形成されております。この問題は憲法十三条の幸福追求権にも関連しますが、裁判所の判決と同意見でございます。
 指紋押捺が屈辱的でないとしますれば、第二の問題点は、外国人にのみ指紋押捺を改正後も一回といえども義務づけようとしている外国人登録法改正案は、さきの国際人権規約B規約二条及び二十六条、さらに法のもとの平等を定めた憲法第十四条にも違反しないかという点であろうかと思います。
 この問題につきましては、さきの指紋の効用のときに言い忘れましたが、指紋には万人不同、終生不変というすぐれた特質がございます。この点についてはどなたも異論はないと思います。最近、写真技術の発達で、指紋にかわる個人識別の手段として写真の効用を唱える方もおられますが、これは逆で、技術の発達に伴って、いわゆる身分証明書の変造や他人に成り済ますことは容易になったと考える方が妥当ではないかと思います。
 そうした前提のもとで考えますと、我が国の政府が在留する外国人を個別的に明確に把握するために個々の外国人について外国人登録を実施する以上、まず個人を正確に特定した上で登録をする必要がございます。これが改正案による初めの登録の際の指紋押捺義務で、他に客観的に個人を特定する方法が見出せない今日、指紋を自己管理する自由が侵害されることにはなりましょうが、公共の福祉という建前から、万やむを得ぬ措置ではないかと私は考えております。
 では、なぜ正確に把握しなくてはならないかということになりますが、それは国民と外国人との地位の基本的な相違によるものと考えます。国民には、居住関係や身分関係を明確にすることを目的とする住民基本台帳法及び戸籍法があり、国民は生まれたときからしっかりと国に把握されております。仮に他人に成り済ましても、日本の社会の仕組みは、山奥で長年仙人暮らしでもしない限り、周囲の人たちとのしがらみなどもあり、いずれは別人ということがわかってしまいます。しかし、外国人には戸籍謄本もなく、国籍も実ははっきりしない方々もおり、はっきり申し上げますと、北朝鮮出身を名のる方々が果たしてそうか、それは国交のない国だけに本籍を確認する手だてもございません。
 つい最近、二十四年前に北朝鮮の沖合で遭難、救助された兄弟が、日本人とわかると厳罰に処せられるかもしれないと思って、在日朝鮮人を名のってそのまま北朝鮮に居残ってしまったことが明らかになった事件がございます。常識的には、当時十三歳という少年もいたのですから、国交がなくても赤十字社などを通じて我が国に身元照会があってしかるべきだと思うのですが、本人たちが告白するまで日本側には何もアクションがございませんでした。事ほどさように、外国人にはそれぞれ出身の国情の違いもあって、国籍を含めて個人を特定することは至難なのが現状です。なおかつ、朝鮮半島からの密入国者は年間、これは私の取材結果で、事実を確認するのは非常に難しいのですが、三、四百人に上り、それも氷山の一角と言われております。こうした事情を考慮に入れますと、日本人と外国人の差別は合理的かつ必要な差別ではないかと言うこともでき、憲法十四条及び国際人権規約B規約二条及び二十六条に違反するとは思いません。
 ところで、私にも外国人登録法について心の痛みを覚える部分もございます。その第一は、やはり指紋押捺の部分でございます。その有用性やすぐれた特質から私自身は押捺に対して何も抵抗なく、もし制度化されれば進んで押捺に応ずることは否定いたしません。しかし、犯罪との連想とか屈辱的とかということとは一切関係なく、生理的に嫌だと感ずる人がいるのもまたこれは仕方のないことだと思います。まして、そういう人たちが韓国出身の協定永住者や北朝鮮出身の二世、三世の中にもいて、どうして私たちだけ指紋を押さねばならないのと素朴な疑問を発したとき、我が国と朝鮮半島の方々との暗い歴史を考えるとき、果たしてこの人たちの心を納得させる説明ができるかというと、それは非常に疑問です。
 指紋の押捺廃止でもし外国人の把握が不十分となり不法入国者がふえた場合のデメリットと、こうした素朴な人々の疑問にこたえることと、あるいは韓国との交友関係にひびが入ったりするのを防ぐことと、どちらが国益に沿うのか。この問題については簡単には私も答えが出せません。したがって、都合四回指紋の押捺問題について社説を掲げておりますが、この点については、国会議員の先生方に超党派でいかにしたらいいか、それもできませんでしたら、廃止ということでなくても、もうちょっと人の心を慰めることのできるような方法に変えられないかということを主張してまいりました。
 そういう点から見ますと、今回の改正案は、衆議院における審議で、韓国の全斗煥大統領も評価しているという政府側の答弁がありましたし、私どもの韓国特派員などを通じてそのような感触を得ております。したがって現段階では、政府のできる限りの譲歩を生み出した改正案として、結論的には支持したいと思います。
 時間がちょっとオーバーしましたが、次に、私どもに寄せられた社説に対する読者の意見を簡単に御紹介いたします。ほとんどが電話なんですが、手紙も多少ございます。
 大ざっぱに申しますと、日本人とおぼしき方からの意見は、これがほとんどでございますが、指紋の押捺を容認することを前提として、昨年盛んだった押捺拒否運動を非難するものが非常に多かったようです。その理由の一つは、韓国では全国民に義務づけていることではないか、人権問題を云々するのはおかしいではないか。差別問題に対して、どうしても嫌ならば帰化するという手だてもあるではないか。私どもの読者には韓国や北朝鮮の出身者が少ないのかもしれません、あるいは文句を言っても仕方がないと思われているのかもしれませんが、残りの一〇%は韓国出身の方が多く、日本の朝鮮支配の不当性、国籍選択権が行使できなかった不法性などを綿々と訴えられた上で、せめて協定永住者だけは特別扱いにできないものかという要望でした。
 その中にあって、意外というか、私が感銘を受けた話が一つございます。ことしの一月二十二日付の社説で簡単に紹介しておりますが、それは韓国の方の意見でございます。実はこの方は、在日本大韓民国居留民団のある幹部の方でございます。この方とは面談しております。この方は個人的な意見とお断りにはなっておりました。詳しく御紹介いたしますと、その御意見としては、日本人の中には我々に帰化を勧める人がいるが、それは全く民族感情を無視した意見で承服できない。ただし、我々韓国人の中にもすっかり日本人に同化して民族の誇りを失っている人たちがいる。したがってそういう意見、日本人と韓国人をなぜ区別するのか、同等にできないのかという意見が出てくるのではないだろうか。私たちは日本に住んでいる韓国人であって日本人ではないのだという民族の誇りがあるならば、堂々とその国の法律に従えばいいではないか。民族の矜持でもある。何も日本人と同等の扱いを受けなければ我々の人権が侵害されたということにはならないと申されておりました。
 この方の御意見を審議の参考にしていただければ幸いでございます。
 以上です。
#5
○委員長(三木忠雄君) どうもありがとうございました。
 続きまして、斎藤恵彦参考人にお願いいたします。
#6
○参考人(斎藤恵彦君) 私がきょうお招きを受けたのは、私が二年ばかり前に書きました読売新聞の出版物で「THIS IS」というのがございますが、きょう委員の皆様の手元にお配りしてあります論評であろうかと存じます。私は、これは二年前に書いたものですが、現在でもこの考え方を維持しておりまして、二年前には少しの見向きもされなかったのですが、この時点でこういうふうに皆さんが注目してくださったということは非常に私うれしく思っています。そして、衆議院を通過し今日参議院で審議されております法案が、私の考えに即した前進であることを非常にうれしく思っておる次第であります。
 この間、法の改正を要望してたゆまず運動を展開されてきた私の極めて親しい先輩や同僚、また古くからの友人である市民団体の皆様に深く敬意を表させていただきたいと思っております。それから同時に、法律に基づいて行政を担当される官庁としての法務省に対しても一言申し上げさせていただきたいんですが、私がちょうど十年ほど前に国際連合難民高等弁務官事務所の代表としてベトナムのボートピープルの保護に当たったとき以来のよきパートナーであった人たちがここにも法務省から来ておられるわけですが、私はこの当時からの体験に照らして、とにかく現行法がある以上は一歩も譲らないでそれを厳格に適用していくという法務省当局に対しても、さきの民間人や団体にまさるとも劣らない敬意を表したく存じております。私が考えるに、この間、法務大臣という政府へのチャネルを通じて改正の必要性を政府に報告しておられたであろうと私はそういうふうに実は考えております。
 私の書いたものをかいつまんで皆様の御参考までに申し上げますと、私はこの指紋採取、ちょっと押捺という言葉と区別しているのですが、指紋採取制度、今度新しい法律ができますが、これになってからは、少なくとも世界人権宣言や我が国も当事国である国際人権規約の関連規定に違反するとすることはなかなか難しくなってきているのじゃないか。これは私が数年間実務として東京及びジュネーブで難民や人権問題を担当してきた実務体験から申し上げますが、必ずしもすんなりとこれは国際人権規約に違反だというふうに言うことは難しいのじゃないかと私は思っております。
 どうしてそういうふうに考えるかというと、例えば指紋押捺が犯罪者を連想させるということでありますが、やっぱり連想だけでは感情のレベルであって、その感情のレベルというものをもっては国際社会では、少なくとも日本では感情レベルでいいかもしれませんけれども、国際社会の非常に冷徹な人権論とはちょっとなり得ない。
 しかし、これも場合によっては著しく品位を傷つける場合もあるわけでありまして、このような感情自体は文字どおり感情論として切り捨てることができる場合もありますが、今回は私は、そこに書いてありますが、朝鮮、韓国の出身者、それから日本が今日まで戦争を通じてしてきたことなどに照らして、こういう感情論というのは、普通でしたら感情論として切り捨ててもいいけれども、絶対切り捨てることはできない。これは中曽根総理大臣もその点は非常に気を使っておられることを我々よく知っておりまして、そのとおりだと思っております。
 今日の指紋問題の難しさというのはまさにそこにあるわけで、どうも理詰めではいかない、そういう事情があります。そのような事情があることを日本からはるかに遠いところに住んでいる外国人に私の下手な英語で説明するためか、なかなかわかっていただけないし、取り合ってもらえないというのが私の経験なんです。
 ついでに、指紋というものが一体プライバシーかということを申し上げますが、私、こうやって今机の上に手を置いておりますが、これは私のプライバシーである指紋をまさに参議院に残して帰ることになります。指紋というのはそういうものでありまして、本当にプライバシーであればすべての人が全部手袋をはめて一生暮らさなければならない。そういうものであって、本当のプライバシーというのは、別に見つかったら刑事裁判になるようなものでもございませんが、あるところに大切に、うちの中にしまってあるようなものでございまして、私が手袋をしないで朝からいろいろなところに指紋をつけて歩いているようなものは、これはちょっとプライバシーじゃないんじゃないかと素朴に私そういうことを考えております。
 では、話がちょっと前後いたしますが、感情論とは何かというと、要するに帝国主義時代の日本が誇り高い韓民族等を不当に支配したということはこれは明らかなことでありまして、そのような感情論にも我々は十分に配慮しなくてはならない。中曽根総理大臣がみずから実行されていることは非常に私は正しいと思っている次第であります。
 それから、「品位を傷つける取り扱い」という言葉が国際人権規約とヨーロッパ人権条約の双方に出てくるわけでありますが、これは少なくともお配りした論評を私が書いた時点では、国連ではこの問題に関する判断の実例はなく、ヨーロッパでは一つございます。詳しくは申し上げませんが、ここでは、たとえ他人の目ではそうでないとしてもその犠牲になっている者が自己自身の目で辱められていると考えることで十分であろう、この判決はヨーロッパの判決ですが、同時に、条約は生きた文書であって今日の生活条件に照らして解釈すべきものである、こういうことを想起すべきである、そういうふうにも述べているわけであります。ですから、この「品位を傷つける取り扱い」の解釈は、場合に応じてかなり柔軟に行われるべきであって、また、何よりも犠牲者にどのように映るかという主観的なものであることを考えると、また先ほどの話になりますが、中曽根総理大臣並びに現遠藤法務大臣のお言葉なんかを私研究してみたわけですが、極めて前向きの御意向は高く私は評価したい、そう考えております。
 そういうことだけれども、じゃ指紋はよして、運転免許証の場合のように厳重なコーティングした写真で代替したらいいじゃないかという議論もありますが、そうなると結局、終生不変の指紋に代替されるだけの写真ということで非常に厳しい注文がつけられ、右を向け、左を向け、ひげをそれ、髪の毛を切れ、そういうことになって、結局指紋の採取よりも品位を傷つけるような事態を招来するようになるんじゃないか。また、ヨーロッパのようにサインで構わないじゃないかという主張もあるんですが、日本を初めとする周辺のアジア諸国は伝統的にサインの社会ではないわけです。だから、急に自分のサインを特定しなさいと言われても、アメリカの銀行家のやるような九九・九九%まねができないようなサインがすぐできるようになれるとは思わない。これはクレジットカードの署名欄に我々がまことにきちょうめんな活字のような署名を大体しており、またデパートなどでクレジットカードでサインして買うときも、私がサインしたのとクレジットカードの私のサインを全然照合しない。こういうことからしても、この国はサインの国ではないなと私はしょっちゅう思っているわけです。
 そういうわけで、どうも私の申し上げていることは法務委員会にふさわしい法律論というよりか、ちょっと比較文化論的なことを申し上げて非常に申しわけないんですが、とにかく私は、多少の外国の経験、国際連合などでいろんな人に会ったような経験からどうもそういう感じがしてならない。
 それから、どうしても私がわからないのは、一体改善なのか制度廃止なのかという点もよくわからないんです。一体、現行制度が基本的に国際的人権法の基準に反するから、指紋採取の方式は認めるがこれを改善しろという改善論なのか、あるいは、日本人に対して行われていない指紋採取を外国人に要求するのは内外人平等の原則に反するから、人物の同一性の確認手段としてこれを廃止すべきであるというのか、そこのところが私はよくわからないんです。私が書いた、お配りしたところの一番最後に、指紋による人物確認の制度は維持するとしても云々という言葉がありますので、その維持するとしてもというところにひっかかるということを言われた方があるんですが、私はどうも、正直に白状しますが、内外人平等といって日本人並みに、ラミネカードですか、そういうことも一切不要で何にも外国人は持つ必要がない、そういうことでいいのか、やっぱり法務省のおっしゃることがいいのかよくわからない。まだ私には結論が出ないものですから、結論が出ない以上は現行制度に対してけちをつけることはできない、そういう考えでおるわけで、私はそういうわけで一応指紋採取の方法の改善論をここで申し上げているわけであります。
 私は最後に、この改善論ということに関連して、今回の改正法案には反対もありましたが、今回衆議院が全会一致で採択した附帯決議に全面的に支持を表明したい、そういうふうに考えております。
 どうもありがとうございました。
#7
○委員長(三木忠雄君) どうもありがとうございました。
 続きまして、高木健一参考人にお願いいたします。
#8
○参考人(高木健一君) 弁護士の高木健一でございます。
 私は、日本弁護士連合会の人権擁護委員としてこの問題に関与してきました。御存じのとおり、日本弁護士連合会は全国一万三千五百名のすべての弁護士と五十二の地方弁護士会によって構成されている団体であります。この日本弁護士連合会はこの問題に関して、すなわち外国人に対する指紋押捺強制問題について、三度にわたり意見を公式に発表してきました。
 まず最初は昭和六十年六月、本問題に関する最初の意見書であります。内容は本日配付されました昭和六十年六月の第一次意見書のとおりでありますが、その要旨を申し上げますと、まず第一に、指紋は、これまでの東京地裁、横浜地裁の裁判結果からも言えることでありますが、これは個人のプライバシーに属し、憲法十三条によって保護される極めて重要な権利であるということであります。これを前提として裁判所は判断をしているわけですが、私たちもそのように考えているわけです。したがって、このプライバシーの権利を侵害するためには、その必要性と代替可能性を厳密に検討しなければ憲法上の問題が出てくるということです。
 その意味で、立法時に比較して現在は極めて良好な社会情勢にあるということ、そして対象者の大半である在日韓国・朝鮮人はほとんどが日本生まれの二、三世で、普通の日本人と変わらない生活実態を有していること、日本人の同一性の確認はせいぜい写真で十分としている実態があること、それから、ヨーロッパなど先進諸国では指紋の採取を原則的にはしていない、ほとんどサインや写真でこれを間に合わせる、極めて例外的な場合にのみ指紋が問題となるということ、そういうような事情をいろいろ考えますと、この憲法上の権利を侵害する十分な理由がないのじゃないかというふうな結論に達したわけです。
 すなわち指紋押捺強制は、その必要性と代替可能性において憲法に違反する疑いがあるというふうに指摘したわけです。これは一度目の指紋押捺問題に関してもそうでありますが、これが二度、三度目の指紋押捺強制になりますとさらにこの違憲の疑いは強くなるという点もつけ加えたいと思います。
 次に、憲法十四条及び国際人権規約二十六条に定める内外人平等原則は国際国家として大きな潮流でありますが、これを批准した我が国が外国人にのみ指紋押捺を強制するというのはこの原則に違反する時代おくれな制度であるということも言っておきたいと思います。さらに、指紋押捺を強制することは屈辱的なことであるということも、私たちがいろんな人に面談した結果これを実証的に確認できることでありますが、これは人権規約B規約の第七条の品位を傷つける取り扱いの禁止規定に違反する疑いがあるんじゃないかというような考えにも立ちました。以上の結果、憲法と条約に違反する極めて問題のある制度であるという結論なわけであります。
 そして、この法律に対する違反者に対して、日本人の場合には住民基本台帳法などから過料という極めて軽い秩序罰でしかないのに対して、外国人登録法は、一年以下の懲役もしくは二十万円以下の罰金という重い刑罰までが定められており、警察によって逮捕勾留など強制捜査が容易になされる制度であるという点も極めて重要な問題であるというふうに思います。また、一方法務省は、指紋押捺拒否者に対して再入国不許可などの故国への往来などを事実上禁止する、事実上不可能にする重い制裁を課しているという点も、その問題が極めて見逃せないというふうに指摘もしました。以上の理由で日弁連は三つの提言を作成したわけです。
 まず最初は、この指紋押捺制度は、簡単に言って即刻廃止すべきであります。第二は、指紋押捺拒否者に対して逮捕、起訴等の処分をとらないように慎重に対処してほしい。それから、同じく拒否者に対して、再入国不許可処分等の不利益処分をこれ以上加えないようにしてほしい。以上の三つの提言を内容にした意見書を作成し、日弁連の理事会を通して日弁連全体の意見として関係当局に提言したわけであります。
 この意見書の公表の後、その年の十月に開かれました日弁連の人権擁護大会においても、以上の三つの提言をもとにした決議を採択し、やはり関係当局に訴えたのであります。
 このような日弁連の働きかけや地方自治体の多数の決議あるいは経団連の建議やマスコミの大勢的意見にもかかわらず、法務省は指紋押捺制度の維持に固執してきました。当時出されていた指紋一回案に対しても、この意見はいかにも不合理である、なぜなら外国人の同一性の維持を担保するためにはある期間を置いて二度、三度と押させなければ意味がないというふうに言い切った法務省関係者もいたわけでありますが、指紋の反復照合の必要性を強調していたのであります。そのような中で、日弁連がその提言をなした際に接触した法務省関係者が、指紋にかわる代替案を検討中だというふうに話しておりました。したがって、今後のこの問題の解決の可能性を私たちはその代替案に期待したのであります。
 ところが、今回出された改正案は、その代替案の点を表面に出さず、相変わらず指紋押捺制度を維持するという点で極めて問題が多いということで、ことしの一月二十日の改正案骨子に対し、日弁連は今年二月に第二次意見書を発表いたしました。その意見書に関しても先ほど配付済みだというふうに思ってます。
 その内容は配付資料のとおりでありますが、その要旨を申し上げますと、原則として新規一回だけにするというような今回の改正案は、やはり毎年一万人から二万人という十六歳に達する少年少女たちが相変わらず指紋押捺を強制されるということで、この問題は根本的な解決に至っていないということ、それから毎回の更新時には二度、三度と押させなければ意味がないと断言していた先ほどの法務省がなぜ原則として不要としたのか、その合理的な理由がわからないという点の疑問が残っていること、それからこの改正案はカード式になるわけですが、カードに指紋を転写することの必要性も私たちは理解しがたい、法務省の地方入管局の権限を強めることでより直接的な管理が在日外国人に対して強化されるおそれもあるんじゃないか、そういう心配もあるというふうに指摘しております。
 さらに問題なのは、指紋押捺拒否者に対する制裁的な規定が今回は目立つわけであります。その一つは、拒否者に対して切りかえ期間を五年から一年以上五年未満に自由に短縮でき、刑罰を重く科そうとしていることであります。このように何が何でも指紋押捺を強制しようとする姿勢はやはり、過去の拒否者に対して法改正後も刑罰を科すという経過規定にもあらわれているわけです。改正後には二回目以降の切りかえ時の押捺はこれを犯罪としないのが原則であります。それならば、以前に法規違反であっても現在では不加罰とするのが国家として妥当な態度ではなかろうかと思うわけです。刑事訴訟法三百三十七条では免訴という規定もあります。このような原則を定めたゆえんはやはり、仮に法違反が以前にあったとしても、法改正をした後その刑が廃止されたような状況の際には、国家としては寛容の精神というものを前に出して不処罰とする、免訴とする態度に出ることにしたわけだと思います。したがって今回の改正案が、拒否者に対してなおかつ、現在は無罪だけれども過去の罪を問うというような姿勢は、報復的であって、相当ではないと思うわけです。
 前にも述べましたが、法務省は指紋押捺にかわる代替案を検討中と私たちは理解しているのでありまして、これを早急に明らかにしてほしいと思うわけです。国際化時代を迎えた我が国が外国人にのみ強制する指紋押捺制度、先ほどの話にもありましたが、指紋そのものはいいかもしれません、顔の肖像権と同じように指紋もプライバシーの権利である、ただこれを強制されるという点を私たちは問題にしているわけですが、そういうような強制が外国人にのみなされるというような事態は一刻も早く捨て去るべきだというふうに考えます。そして日弁連は再度、人権擁護の観点に立ち、指紋押捺強制の撤廃を求めた提言をしているわけです。
 なお、常時携帯問題もやはり在日外国人に対する重要な問題でありますので、これも検討中であります。
 つけ加えますれば、これまで日弁連は、さらに残留韓国人帰還問題や在韓被爆者問題など未解決の戦後処理問題にかかわる問題についてもたびたび意見をまとめて公表してきています。今回の指紋押捺問題も、その発祥が満州国における治安目的から始まったとされている戦前の植民地支配と関係がある、現在でも指紋押捺対象者の約八割以上が韓国・朝鮮人や中国人など旧植民地時代からの居住者及びその子孫であるということを考えますと、この指紋押捺問題はやはり一つの戦後処理問題というふうな見方も成り立つと思います。そうであるなら、サハリン問題や在韓被爆者問題と同じく、指紋問題もこれの十分納得できる解決を日本がしなければならないと思うわけです。そうでないと、日本は戦争の後始末をせず自分のことしか考えない国としてアジアの国々の信頼をから得られないというふうに見られてしまうからであります。このような意味からも、指紋押捺強制を今日反対を押してなお維持することは国家の利益から見ても妥当ではないというふうに強く考える次第であります。
 以上であります。
#9
○委員長(三木忠雄君) どうもありがとうございました。
 続きまして、横田耕一参考人にお願いいたします。
#10
○参考人(横田耕一君) 九州大学で法律学を担当しております横田でございます。
 外国人登録法の一部を改正する法律案についてはいろんな角度から議論できますけれども、私は憲法学を専攻する者として、主として憲法の立場から私の意見を述べさせていただきたいと思っております。
 改正案の具体的内容について論じる前に、まずこの問題を考える場合に押さえておくべきだと思われます基本的観点について述べてみたいと思います。
 第一に、外国人を潜在的な犯罪者や潜在的なスパイとして見るがごとき態度はとるべきでないということであります。そこまでいかなくても、外国人を私たちとは本質的に異質なものとして眺め、何かうさん臭いものとして眺めるのがこれまでの大方の私たち日本人の態度でございました。こうした態度からは、外国人は徹底的に監視し管理すべき対象としてとらえられることになります。しかし、お互いの交流が盛んになり、日本の社会の国際化が叫ばれている今日では、外国人といえども基本的に私たちと同じように喜怒哀楽の感情を持った存在として、また同じ人類の一員としてとらえていく必要があります。その観点からするならば、外国人登録法というものは、外国人を監視しがんじがらめに管理することを目的とする法律ではなくて、外国人がこの日本において人間らしい生活を営むことができる、そのことを保障するために外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめることを目的とする法律である、そういうようにとらえるべきであります。
 第二に、日本国憲法は外国人にも基本的人権を基本的には日本国民と同様に保障していることを再度確認したいと思います。もとより、権利の性質に応じて外国人には権利を享受することにおいて一定の制約が課せられることがありますけれども、ただ外国人であるというそれだけの理由で容易にその権利が制約されてはならず、きちんとした制約の理由がなければならないと言えます。なお、これはマクリーン事件判決における最高裁判所の態度であることは申し上げるまでもありません。
 次に、外国人登録法で登録義務がありしかも指紋押捺義務を負う外国人の圧倒的大多数が、いわゆる在日韓国人・朝鮮人であることも重要であります。これら在日韓国人・朝鮮人は、過去の日本の植民地政策の結果日本に移住ないし強制連行された、当時は日本国籍を有した人々であるかあるいはその子供や孫たちであります。特にその子供や孫たちは、日本に生まれ育ち、日本人と対等にこれまで生きてきましたし、これからも生きていくであろう人々であります。もちろんその人々の生活の本拠は日本にあります。こうした人々を一般的に外国人のカテゴリーに入れて、他の外国人と全く同一の法規制のもとに置いていこうとする考え方というのは、実際とかけ離れており、基本的に無理があると言わなければなりません。
 今日、外国人登録法問題を考える場合には、少なくとも以上のことを念頭に置くべきだと私は考えております。
 こうした前提に立って考えた場合に、また、このたびの改正が在日韓国人・朝鮮人の人たちの要望を受けて行われようとしていることを考えた場合に、このたびの改正案には次のような問題があるように思われます。
 改正案のいわば目玉となっていますのはいわゆる指紋押捺の一回制でありますけれども、これをもって指紋押捺制度の改善とは到底評価できません。確かに、五年ごとの指紋採取にかえて原則的に一回限りの採取とすることは、指紋採取の際の直接的な不快感を軽減することになることは否定できません。しかしこれは、一九八五年の運用改善によって、無色の薬液が使用され、平面指紋採取が行われるようになったことと同質の改善にすぎません。指紋押捺制度はこうした直接的な不快感を理由として批判されているのではないのであります。例えば、この制度に反対している人々は指紋押捺制度に戦前と同様の民族的抑圧や侮辱を感じています。こうした種類の不快感というのは一回制によっては何ら解消いたしません。また、現在の日本では一般的には特定の犯罪人についてのみ指紋採取が行われていますので、指紋採取は外国人を犯罪人扱いするものだ、こういう批判があります。一回制はこうした批判を納得させるものではありません。
 しかし、指紋押捺制度に対する最大の批判は、またそれは日本国憲法の立場よりする批判でもありますけれども、指紋押捺制度は個人のプライバシーの権利、もう少し具体的に申しますと、自己の情報を自分が管理する権利を侵害するということであります。
 指紋は、単に個人を識別する身体的特徴であるというにとどまらず、それが本人を識別する確実しかも簡便な方法であるだけに、国家が収集、保管している膨大な個人情報やこれから収集しようとしている情報への扉を開くかぎのような役割を果たします。したがって、人はさまざまな行動を通じてあちこちに指紋を残すものでありますから、国家によって指紋を採取され保有されている人々は、自分の行動が国家に筒抜けになっているのではないかとの不安や不快を感じることになります。こうした不安感や不快感というのは一たび指紋が採取されたら生まれるものでありますから、一回制は何ら事態を改善することにはなりません。このように考えてまいりますと、一回制は指紋押捺制度に対するこれまでの批判にこたえるものではないと、残念ながら言わざるを得ません。
 次に、改正案では原則的に一回制がとられていますけれども、例外的に市町村の長が再度の指紋押捺を命じる場合のあることを規定しております。しかし、その場合の基準は、長に広範な判断の余地を残しております。すなわち、指紋によらなければ人物の同一性が確認できないと長が判断したならば、簡単に指紋の再押捺を命じることができます。こうした基準では乱用の可能性があり、外国人に対する嫌がらせの手段として用いられるおそれがあります。
 次に、また改正案は、何としてもきれいな指紋を一回は確保しようという姿勢が顕著であります。再押捺命令もそのための手段の一つですけれども、改正案は切りかえ期間の短縮制度を新設することによりまして、指紋押捺拒否者に対して繰り返し押捺義務違反を問うことが容易となっております。押捺義務違反に対する刑事的制裁の威嚇は押捺拒否者にとって重圧になることは言うまでもありませんが、短期間を置いての窓口におけるやりとりの煩わしさを考えるだけでも、拒否者にとっては心理的な圧迫となりましょう。
 また、短期間に重ねて押捺義務違反を犯した場合には、併合罪による刑罰加重と相まちまして、出入国管理及び難民認定法の定める退去強制の対象となる危険性を増大しますので、指紋押捺を心理的に強要することになりましょう。ともあれ、改正案は、指紋押捺の強制を緩和するものではなく、これまで以上に指紋の押捺を外国人に対して強要するものであります。
 次に、改正案では、ラミネートカード化される外国人登録証明書の作成を各地方入国管理局に担当させようとしております。これは、このところ頻発していた指紋押捺問題に関する自治体独自の動きを抑えることになるとともに、法務省による外国人管理の強化をもたらしそうであります。なお、入管当局が外国人登録事務に介入することによって、指紋押捺拒否者を告発することが容易になることは言うまでもありません。
 こうして幾つかの点を考えただけでも、このたびの改正案は、改正を求めた人たちの期待に全く沿わない、ある点ではむしろ改悪ではないかとさえ思われるものであります。私は、冒頭に述べました前提に立ちまして、次のような改正こそなすべきだと考えます。
 第一に、指紋押捺制度は全廃すべきであります。指紋の採取は、さきに述べたように重要な人権にかかわるものであるだけに、外国人の場合であっても、よほどの理由のない限り許されるべきではありません。したがって、指紋採取が憲法第十三条違反のそしりを免れるためには、指紋を採取することがどうしても必要であること、また、それ以外に方法がないことが示される必要があります。そうしたとき、現在の日本において、指紋採取が外国人の同一性の確認をするためにどうしても必要であり、写真などの手段では到底だめだとは私には思えません。写真で同一性の確認ができない場合には、質問や調査などによりまして十分確認できるのではないでしょうか。その際、絶対を求めるべきではありません。一人のインチキも絶対に見逃さないという社会は、人権を抑圧する管理社会であり、牢獄国家になってしまいます。指紋押捺制度の違憲性は外国人一般をその対象にしたときにも言えることですが、とりわけ日本に長期滞在し日本を本拠として暮らしている在日朝鮮人・韓国人については、指紋以外の方法による人物の確認は容易に可能ですから、指紋押捺制度の違憲性は明らかだと思います。仮に百歩譲って、違憲と断定できないとしても、それが不当であることは明白だと思います。
 第二に、しばしば治安当局によって在日韓国人・朝鮮人いじめの手段として使われているとの批判があります外国人登録証明書の常時携帯、提示義務は、弾力的に運用されるだけでなく、義務自体が少なくとも緩和されるべきであります。
 第三に、外国人登録法に定める諸義務違反に対して科せられる制裁は過酷でありますので、緩和されるべきです。待に届け出義務違反に対する制裁などは、住民基本台帳法のそれと基本的に同一とされるべきです。
 第四に、登録事項の内容についても再検討されるべきで、勤務先の名称などは不要のように思われます。
 第五に、五年ごとの確認申請制度も廃止の方向で検討されることを希望いたします。特に在日韓国人・朝鮮人については廃止すべきだと思います。
 以上、いろいろなことを申しましたけれども、この日本で日本人と外国人がこれから仲よく暮らしていく、そういうことができるような抜本的な改正をぜひお願い申し上げたいと思います。
#11
○委員長(三木忠雄君) どうもありがとうございました。
 以上で参考人各位の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#12
○下稲葉耕吉君 下稲葉でございますが、四人の参考人の先生方、大変貴重な御意見を発表いただきましてまず心から御礼申し上げます。ありがとうございます。
 そこで、まず横田先生にお伺いいたしたいと思いますが、日本人はもちろんのことでございますけれども、日本に滞在する外国の人たちにつきましても居住関係あるいは身分関係を明らかにいたす、そういうふうにすることが人権の尊重でございますとか個人の保護の観点からも必要である、こういうふうに思いますが、いかがなものでございましょうか。
#13
○参考人(横田耕一君) 冒頭に申し上げましたように、まさに外国人登録法というのは、日本に滞在しております外国人の人たちが人間らしい生活ができるということのために本人を確認するそういう制度だ、そういう点においては全く同感でございます。
#14
○下稲葉耕吉君 先日の当委員会での法務省の方からの御説明によりますと、外国人登録法の対象人員が六十一年末八十六万七千名、それで韓国系、朝鮮系の人たちが六十七万八千名、それから台湾を含む中国の方々が八万四千名、こういうふうな御説明でございました。そして韓国・朝鮮系の方々につきましては、その九割が戦後日本で出生した、戦後に限りませんけれども、方々であるというふうな御説明があったわけでございます。
 そこで、法律の専門家だと伺っておりますのでお伺いいたしたいと思いますが、今、朝鮮民主主義人民共和国、北朝鮮と申し上げますけれども、とは我が国は国交がないわけでございます。台湾とも国交がございません。そういたしますと、日本で生まれた北朝鮮の方々は北朝鮮の国籍をお持ちなんでしょうかどうか、その点お伺いいたします。
#15
○参考人(横田耕一君) 私は持っておると理解しておりますけれども。
#16
○下稲葉耕吉君 日本と北朝鮮との関係では領事事務がないわけでございますけれども、韓国とはございますね。しかし、向こうとは国交がないわけでございますから領事事務がない。そうしますと、どういうふうな方法で北朝鮮の国籍を得られるというふうにお考えなんですか。
#17
○参考人(横田耕一君) 国際私法の専門家ではございませんで、若干そのあたりの厳密な法的な論点は申し上げられませんが、私はそういうときに、領事館を置いてあるとかないとかそういう問題ではなくて、基本的にある人が自分はどこの国であるということを主張する。そしてそれを特定の国家が、その主張されている国家が否定しない限り、あるいは国家というのは日本が承認していると否とにかかわりなく実体的に存在しているものがそれを否定しない限り、それを尊重してしかるべきではないか。そしてまた日本の場合には、特に在日朝鮮人の場合には戦後いろんな事情で南北に分かれておるわけでございますけれども、実態的に北の側に属する人ということは事実としてございますので、私はその事実を尊重することで十分ではないか、このように理解しております。
#18
○下稲葉耕吉君 日本人の場合は、戸籍法あるいは国籍法というふうなことで戸籍がはっきりし、そして住民票がはっきりいたしておるわけですね。ですから、今先生のお話しのような状態ですと、なるほど今外国人登録法に基づく届け出の内容を実務的に伺ってみますと、申請どおりしておるわけなんですね。両親が北朝鮮なら北朝鮮の方だ、そして子供が生まれたからそれは北朝鮮、しかしその方が北朝鮮に国籍をお持ちになっているかどうかこれはわかりませんね、と思いますが、いかがでしょうか。
#19
○参考人(横田耕一君) だけれども、そのことは現行の外国人登録法でもわからないわけでございますね、別に指紋とは何も関係ないわけで。だからそれはもうわからない、本当の意味ではわからないと言うしかないでしょうけれども。
#20
○下稲葉耕吉君 わかりました。
 そこで、飯田参考人にお伺いいたしたいと思いますが、先ほど指紋の持つ特性について御説明いただいたわけでございます。私も今までの経験から指紋の問題にはいささか関心を持っているわけでございますが、指紋制度がいろいろ云々されておりますけれども、その制度の根源というふうなものは指紋の特性、要するに一生不変、万人不同、この原則から出ている特性だと思うんですね。したがいまして、それが犯人の捜査に利用される。現場に残されておる指紋と合うからある特定の人間が犯人だというふうなことで。ですから、犯罪の捜査だとか犯人の逮捕だとかそういうふうなことに関連いたしまして、指紋というものはいささか暗いものだ、こういうふうな印象を受ける。あるいは人権の侵害につながるんじゃなかろうか、そのおそれがあるんじゃないか、こういうふうに一般的に思われておるわけです。
 そこで今飯田参考人の御説明で、いや必ずしもそうではないんだ、指紋は犯罪捜査ということだけではなくてそのほかに指紋の効用は大きいというふうな御説明がございました。私もその点については全く同感でございまして、例えば二年前に群馬県に日航機が墜落いたしまして五百二十名の方が亡くなった。そのうち五百十八名の方の身元が判明しておるわけでございますけれども、五百十八名のうち二百三十名の方が指紋によって身元が確認されておる、遺体の損傷が大変ひどいものですからというふうなことで。さらにまた、私がいろいろお願いして調査した結果によりますと、昨年一年間で身元不明死体というのが全国で千五百二十三体見つかっておるわけでございますが、七百七十体の身元を確認しておる。そのうち三百十四人が指紋によって身元が確認されておるという事実があるわけでございます。しかもその指紋は、かつて犯人で指紋をとられた方はほとんどないわけでありまして、その遺族の方々の御協力をいただきまして、亡くなった方の部屋なり何なりから大変苦労して指紋を採取し、そしてそれを遺体と照合することによって身元を確認したというふうな事実があるわけでございます。
 それは非常にプラスの側面でございますけれども、また個人の人権を保護するあるいは個人の権利を保護するというふうな立場からいいますと、日本国内で多くの人たちが営業なり何なりをなさっております。遊技場でございますとか風俗営業の関係の事業でございますとかその他いろいろな事業をなさっておる。そういたしますと、今横田参考人とのお話で私も感ずるわけでございますけれども、日本人の場合は住民票だとかあるいは本籍へたどりつけばその人の居住関係、身分関係というのははっきりする。外国人の方は、私はこうですとおっしゃったそれが基礎になって日本におけるいろいろな活動が始まるということになりますと、もともとそういうふうな人たちの人権の尊重なり保護のために登録事務なり何なり行われなければならないわけですけれども、やはり何といっても個人を特定するためには科学的には指紋しかないんじゃないのか。
 日本人なら今申し上げますようにいろいろ身分関係、居住関係を追求できるわけでございますが、そういうふうな点につきまして飯田参考人の御意見なり、いやそうじゃないんだというふうなことでもございましたらお答えいただきたいと思います。
#21
○参考人(飯田浩史君) 先ほど意見陳述の中で申し述べたことの繰り返しになるかと思いますが、下稲葉先生のおっしゃるように、これにかわるものがあれば確かにいいんですが、今現段階ではかわるものがございません。
 それから横田先生への御質問の中に、その方がどこの出身であるのかということを確定する方法がないではないかという御質問をされたようですが、私が先ほど例として申し上げた、北朝鮮に漂流してしまった日本人が黙っていればそのまま北朝鮮の人になり得るということです。ですから、今こちらにいらっしゃる方がどこどこだと言っても、果たしてどうかそれはわからない。しかし現行でも同じじゃないかとおっしゃるけれども、日本人ならば現在は福岡県の出身であるということがはっきりしますけれども、その方がどこの出身なのか、実際問題としてどこのだれかということがわからない以上やはり、決して愉快なことではないかもしれませんが、今の外国人に対する指紋制度はやむを得ないのではないかと考えます。
 それから先ほど指紋の効用についておっしゃっていたようですが、私も実は日航機のデータは持っておりますのでもし御質問があればお答えしようかと思ったんですが、警察との関係でどうしても指紋が暗い印象を受けるというのですが、私たちが安寧の中に平和に暮らしていけるのは、買いかぶりかもしれませんがやはり日本の優秀な警察のおかげだということも否定できないと思うんです。犯人が捕まるということがそれほど暗いことなのか。もし犯人が、指紋がなかったために決め手にならなかった。そういう人に疑わしきは罰せずで社会をうようよと歩いていられて、それでもそれは暗いことなのか。要するに、とられることよりいいのか。ですから、指紋の効用というものが、犯人にとっては非常に怖いことかもしれない、しかしそうでない一般善良な市民も犯人でないという証拠に当然使えるわけですから、両方功罪考えますれば、それほど品位のない扱いを受けた、屈辱的な扱いを受けたと考えるのはちょっと考え過ぎじゃないかと私は思います。
 金英達さん、現在帰化されて日本人になっておられますが、韓国の国籍だった方ですが、この方が「日本の指紋制度」という本を書かれています。全体のトーンとしては指紋が非常に大事なプライバシーだということも書いておられるんですが、その中で、指紋が犯罪を連想させる、それは非常に短絡だということをおっしゃっています。この方は指紋制度を批評もしておりません、指紋制度についての学問的な考察をしておるわけですが、指紋を犯罪と結びつけるのは非常に短絡ではないかということを再三言っています。ですから、現にこの方も帰化する前は何回か押されたそうですが、決してそういう感じを持ったことはないということも言っておられますので、私は、指紋について主観的には納得できないかもしれないけれども、客観的に見た場合それほど屈辱的なものではなく、かつ効用も大きいと考えております。
#22
○下稲葉耕吉君 斎藤参考人にお伺いいたしたいと思いますが、在日外国人の指紋採取問題につきまして、特に日韓両民族の不幸な歴史が背景にありましてこういうふうな問題が起きている。私どもは世界の方々と友好裏に関係を結んでいくということが非常に大切なことであり、日韓関係につきましては私どもは特に十分配慮しなければならないということはよくわかるわけでございます。しかも日本に生まれて日本の中に育ってそして日本人と同じように生活している方々が、指紋の採取という問題で差別されている。これは私どもとしても大変心苦しいといいますか、思いをするわけでございます。
 何とかいい方法がないかなということをかねがね思うわけでございますが、先ほど来お話ししておりますように、やはり特定の人が特定の人物であるということを確認するためには私はどうしても指紋しかないと思うんです。科学的な方法です。万人不同、終生不変という科学的な方法でございますから、写真も結構だろうと思いますが、それは他人のそら似ということもありますし、指紋と同じように、肖像権の問題なり何なりいろいろ議論されることもあるわけなんです。
 そこで、ここで問題になっている外国人の方々で、先ほどたまたま朝鮮人の関係の方々あるいは台湾の方々、国交のない人たちの国籍の問題がどうなっているのだろうかというふうなことでちょっと考えてみたんですけれども、韓国なり何なり、国交のあるところについては最終的にはそういうふうな照会業務なり何なりというのはできますけれども、事実上できないわけでございます。そうしますと、やはりその人の個人を特定し、身分をはっきりし、居住関係をはっきりするためには、指紋関係しか、本当にまことに残念だけれどもないじゃないだろうか、こういうふうに思うわけです。
 そうしますと次の問題は、それではそれが国際的に見て、人権尊重の立場から人権規約なり何なりからいって、日本人と違う取り扱いをすることが差別問題であり、人権侵害であり、おかしいじゃないか、違反じゃないか、こういうふうな議論になると思うんですね。先生の先ほどの御説明を承りますと、いや必ずしも客観的にそういうふうなことは言い切れないんだ、こういうふうなことでございましたが、その点につきましてひとつもう少し詳しくお伺いいたしたいと思います。
#23
○参考人(斎藤恵彦君) その点は、私の専門が国際法なものですから質問があるということは覚悟して参りましたが、実は国際連合には、まだ日本は批准しておりませんが、国際人権規約B規約と言っておりますが、それに付随した選択議定書というのがありまして、それを日本政府が批准すれば、およそ日本国の管轄のもとにある人であれば日本人はもとより外国人、無国籍の人でも、およそ人であればその国際人権B規約の規定に基づく侵害について国連の委員会に訴えることができる。これは私も知っておりますが、世界の非常に立派な法律家を集めた立派な委員会であります。
 ただここには、私ここに書きましたが、日本政府は、私の記憶に間違いなければ、選択議定書は、どういうふうに運用されていくかもう少しそういうものをちゃんと見定めてから選択議定書を批准するということで、今のところは、日本からはそういう方たちが国連のそういう法律委員会に提訴することはできないわけであります。私ちょっと最近のことは見ておりませんが、国際人権規約の関連規定の問題がここに提起されたということは、私の不勉強かもしれませんがまだ今のところないようでございます。
 それで私は、少なくとも、以前だったらとにかく、こういうふうに改正してきた段階で、そこで具体的に改正法に基づいて自分の人権が侵害されたということでその委員会に訴え出ることはできませんが、できるとしても、これは今から勉強いたしたいと思いますが、私の本当の感じで申しわけないんですが、そう簡単にこれが品位を傷つける取り扱いに当たるというふうに判断されるかどうかということは、私は若干疑問じゃないか、そういうふうに思っている次第でございます。この点は私また勉強さしていただきたいと思っております。
#24
○矢田部理君 参考人の方々、貴重な意見をありがとうございました。
 先ほどから議論を聞いておりましてちょっと感想めいた話を申しますと、指紋の効用がいろいろ述べられておりますが、指紋の効用を私も一般的に否定するわけではありませんけれども、しかし、ここは指紋の効用が問題なのではありません。外国人であるがゆえに指紋を強制的にとられ、それに応じなければ重い罰則で臨まれる、そういう制度の是非が実は論じられているので、一般の指紋の効用でないということをまず感想的に申し上げておきたいと思うのであります。
 それはそれといたしまして、まず高木参考人に伺いたいのでありますが、先ほど日弁連のまとめられた意見書をもとにしてお話しをいただきました。これによりますと、指紋は個人のプラィバシーに属している、憲法十三条の規定する基本的人権であるというふうに言われているわけでありますが、この考え方は、最近指紋の押捺拒否事件などをめぐって方々の裁判所でいろんな訴訟が行われてきたししているわけでありますが、裁判所はこういう日弁連等の意向に対してどんな受けとめ方、考え方に立っているでしょうか。全体の、あるいは全国的な状況を踏まえて、まず説明をいただければありがたいと思います。
#25
○参考人(高木健一君) 私たちが把握しているのは横浜地裁の昭和五十九年の判決、東京地裁のやはり同じ年の九月の判決でありますが、それ以後も幾つか出ていますが、まず申し上げなければいけないのは、すべての判決が、合理的理由や正当な理由がないのにその承諾なしにみだりに指紋をとられないという自由は憲法十三条で保障されているということであります。これは日本人のみならず外国人に対しても及ぶという点で共通しています。したがってプライバシーの権利は、下級審でありますが、指紋押捺強制がプライバシーの権利にかかわるということは判例上確立していると言っていいんじゃないかというふうに思うわけです。その結果いずれの判決も、これまでの裁判にはたくさん出ていますが、憲法違反というような結果になった判例はまだ出ておりません。
#26
○矢田部理君 そこで、同じ質問で斎藤先生に伺いたいのですが、先ほど私が伺ったところでは指紋はプライバシーではないというふうにおっしゃったかと思うんですが、その辺の御見解をもう一度詳しくお話しいただきたいと思います。
#27
○参考人(斎藤恵彦君) これは私ちょっと思いつきで、こんなことを言う人はいないし裁判所でもこういうことを言っていないんで。このコップを私こうやって持っていましても、指紋がつきまして、そのまま帰りますと指紋が残っちゃうわけですね。こんなものが一体プライバシーかなと思ってつくづく考える次第でありまして、本当にプライバシーであれば、皆さん電車に乗っても手袋をして、もう二十四時間手袋を離さないでこれを絶対隠しておく、どうもそういうものがプライバシーじゃないかと私は考えるんですが。それだけのことです。
#28
○矢田部理君 かなり重要な話なんですね。重ねて伺うんですが、そうしますと日弁連とかそれから裁判所も、下級裁判所でありますが、全国的な傾向は、基本的にはプライバシーであり憲法の保障する人権の重要な中身だと言われるわけでありますが、先生は憲法の保障する、十二条にかかわる中身でもない、こういうふうにおっしゃられるわけですか。そこがこの問題のとらえ方の大きな分かれ道になるような気もするんですが、そこまで言い切られるわけですか。
#29
○参考人(斎藤恵彦君) 私、実はこれちょっと思いつきみたいなことで、勝手と思われるかもしれませんけれども、どうもプライバシー、プライバシーとみんなが言うからそういうふうにみんなが言うんで、ちょうど指紋押捺がこれは犯罪とダイレクトに結びつくんだと言うとみんなそう考えてしまうように、指紋というものがプライバシーと言われちゃうとみんなそう考えるが、どうも私、これ本当に指紋がプライバシーかどうか。本当のプライバシーだとこうやってちゃんと絶対指紋がつかないようにコップを持ちますし、手袋をつけて歩く。どうも私、そういうものじゃないかと思って、裁判所のプライバシーと言っておられるのもちょっとこれ疑問じゃないかと、そういうふうに思った次第です。
#30
○矢田部理君 それじゃ同じ問題で横田先生に、憲法学者であられるわけですから。憲法上、十三条の保障する基本的な人権の内容にかかわるというふうに先ほども言われたわけですが、その点、今の斎藤先生の御見解についてはどんな感想をお持ちでしょうか。
#31
○参考人(横田耕一君) 憲法学的には独自の見解だと思います。要するに現在のプライバシーというのは、知られたくないことを知られないというような概念からはぐっと広がっておりまして、例えば私ども作成に関与しましたけれども、個人情報保護条例とか個人情報保護法とか、こういう場合が問題になっておりますように、アメリカなんかではプライバシーという概念は非常に広くて、例えば女の人が子供を妊娠中絶する、これもプライバシーというような概念に広げております。我々が今ここで問題にしておりますプライバシーはアメリカ的に言うと情報プライバシーということになると思いますが、情報プライバシーというのは、先ほど私簡単に申しましたように、自分に関する情報は基本的に自分がコントロールする権利であるというように把握されるわけですね。自分に関する情報の中には、例えば指紋も入りますれば、最高裁判所が認めております、プライバシーという言葉は使っておりませんが認めておりますような肖像権といったようなものも入るわけでございまして、だからそういうものは、プライバシーと呼ぶかどうかは別といたしまして、十三条で保護されている自分の情報を自分で保護する権利という、そういう枠の中に入っていくだろうと思います。
 もうちょっと述べさせていなだきますと、ただ、今斎藤先生と同じような見解が実は東京高等裁判所の昨年の判決でございまして、指紋というのは表面的なものであって、こんなものは個人の内面的なものではないから、プライバシーであるとしてもその保護は軽くていいんだと。そこで必要合理性という基準を出しまして、必要であり合理的であればいいんだという形であれば合憲にしてしまったわけですけれども、私は、従来から申し上げておりますように、またきょうも申し上げましたように、あらゆる情報のインデックスみたいな役割を指紋が果たしますので、それが情報の扉になるので、そういう意味では単に表面的で隠されていないということで軽い権利であるというようには考えるべきではない。やはり弁護士会の方にもございますように、これは重要な権利であるというように考えるべきであろうと私は考えております。
#32
○矢田部理君 今の横田先生の御意見もそうでありますが、そういう立場に立ちますと当然、この指紋押捺を強制したり罰則を加えることの是非が憲法上の論議に発展をする。憲法上の基本的人権を制約するについて合理的な理由、あるいはまた制約する基本的な理由があるかどうか、それが妥当かどうかということが問われることになろうかと思うのでありますが、最近私が伺ったところではたしかこれは、先ほどは東京高裁の話でしたが、名古屋の高裁でしたか、韓基徳という方の押捺拒否の刑事裁判で名古屋高裁が憲法問題に立ち入った考え方を示しつつあるというような話も聞いておるんですが、高木参考人、日弁連として何かこの動きや考え方について御承知でしょうか。
#33
○参考人(高木健一君) この問題に関して、当会の日弁連の会員であるこの問題の弁護人から報告を受けています。その弁護人の話によりますと、最近ですが、昭和六十二年四月二十二日に最高裁判所で森林法に関する違憲判決が出ました。それは、森林法に定める分割請求禁止が、その規制が必要性及び会理性の判断からいって果たして妥当かと。その結果必要性も合理性の点も疑問があるので憲法違反としたというような非常に重要な判決があったわけですが、この判決に照らして今回の指紋押捺事件、これは韓基徳さんという人は第二回目以降、すなわち新規の指紋押捺じゃなくて切りかえ交付あるいは引きかえ交付時の指紋押捺でありますが、その二回目以降の指紋押捺が果たして必要性及び合理性があるのかどうか、この最高裁の判決との関係で検察官及び弁護人双方は主張、立証を進められたいというような訴訟指揮をしているかのように聞いています。
 これは今後非常に重要な意味を持つだろうと思っています。
#34
○矢田部理君 関連いたしますが、今度の新しい改正案では指紋押捺は一回限りということになるわけですね。その一回限りというのは、新しく一回限り押させるということではなくて、従来既に一回でも二回でも押した人はもうこれから押捺を求めませんよという条項になっているわけであります。
 ところが経過規定を見ますと、これから先は二度押しを求めないが従来一回押した後二回目以降拒否をしている人たちは従前の法律で処罰をします、こういう経過規定があるわけですね。これをも憲法に照らして見ますれば、日弁連の意向に従えば、もともと一回でも違憲の疑いがある、まして二度目以降についてはその疑いが濃厚になるという考えに立つわけでありますし、先ほどの名古屋高裁の動きなどを参考にして考えますれば、これはやっぱり違憲性が非常に強いという感じ、この経過規定ですね、に思われるわけですが、この点の御意見はいかがでしょうか。
#35
○参考人(高木健一君) そのとおりでありまして、先ほどの訴訟指揮は、これまでの判例とかいろんな学者の先生方の意見を全部検討した上で名古屋高裁が特別な訴訟指揮をしている事例として注目すべきだろうと思います。つまり、今回経過措置で処罰しようとしている二回目以降の指紋押捺強制というのは、この名古屋高裁の判断の内容によっては憲法違反の疑いが非常に強くなってしまう。そうすると、その経過措置自身が生まれた途端既に違憲という烙印を押される可能性もあるので、慎重な審議をしていただきたいと思うわけです。
 具体的に言いますと、名古屋高裁は、この規制目的が憲法上正当と言えるためには関連性を前提として必要性及び合理的な理由が必要だというのを特別に言っていまして、具体的にいろんな場合を検討しております。先ほどの指紋押捺が本人確認のために必要だという意見が仮にあったとしても、それは一回目の場合に際して言えることでありまして、二回目以降果たして一回一回毎回する必要があるか、今回改正案のように原則として要らないとするのならもともとその必要性がなかったんじゃないか、憲法上の権利をそのような行政側のあいまいな態度といいますか、そのときどきで変わるような理由で果たして侵害できるのか、この点に関して重要な関心を表明したものであると思うわけです。
 したがって、私たちは、この名古屋高裁の裁判の結果、二回目以降に関しては違憲無罪となるおそれが非常に強いと考えております。
#36
○矢田部理君 指紋問題の最後になりますが、斎藤先生に伺いたいと思うんです。
 先生は国際法学者であられ、かつ国際的にいろんな活動をされているわけですが、ヨーロッパ諸国では例外的な扱いを除いて、例えばサインができない、したがって指紋をとるというような国もあるようでありますが、一般的には指紋制度が採用されておらない。お話がありましたように写真とかサインとかということで賄っているわけですが、にもかかわらずそんなに外人登録問題が大きな社会問題になるとか深刻な問題を提起するというふうには聞いておらないわけですね。アメリカは指紋制度があるそうでありますが、これも日本とは少し生地主義その他の関係で違ってくるので即対照するのにも問題があろうかと思いますが、ヨーロッパの先進国がほとんどとらないのにどうして日本では残さなきゃならないのか、指紋制度でなきゃならぬのかということについて私は理解に苦しむのでありますが、その辺はどういうふうに説明されますか。
#37
○参考人(斎藤恵彦君) これはヨーロッパというのは大体サインの国ですから、私これにもちょっと書いてございますが、非常にサインでもって本人を識別するということ、印鑑を使う文化と全然違うということでありますと同時に、私が知っているところでは、ソーシャルセキュリティーというか、いろんな社会的な福祉のためにしょっちゅうそういうカードを出して、例えば失業手当でも何でも受けるというか、すぐそれを持っていって、それを示してサインして、役所がちゃんとサインとサインが間違っていないかということを確認して社会保障なり失業手当を与えるということで、比較的そういう…。
 それからもう一つは、いろんなところでサインを求められることが非常に多いものですから、サインを求められたときに、すぐ何らかのアイデンティティーカートを出せと言われてそのサインと照合をするということが多いので、そういうサインをした自分のIDカードあるいはIDカードにかわるようなものを比較的少なくともアメリカとかヨーロッパではみんな持っているようで、しょっちゅうそれを出していろんなお金をもらったり払い込んだりしているのを私は見たことがございます。
#38
○矢田部理君 それはそのとおりだと思うんですが、質問でありますから、また参考人ですから、そういうお話を伺っただけで次の質問に変わります。
 高木参考人、指紋押捺ともう一つ外登法の問題点としては、登録証の常時携帯、これが大変何というか煩わしいというか重荷だという話がずっとありますし、外登法違反の実態などを資料的に見てみましても圧倒的多数がこの常時携帯違反なんです。ちょっとその辺に買い物に行く、庭先の掃除をするのにも本来はこの登録証を持ち歩かなきゃならぬ。持ってなきゃ御用だ、こういう体制になっているわけです。そのことが大変負担になっていると言われるわけで、しかも、登録証の提示を求める、持っていないということをめぐるトラブル、違反が、たしか三千件ぐらいの外登法違反件数のうち七割前後を占めるというような数字になっていようかと思うんですが、これをめぐっていろんな人権侵害も行われているということで、しばしば日弁連は警察署その他関係当局に対して警告なり意見なりを発表しているんですが、日弁連としてつかまえている状況とか問題点とか考え方というものについてお聞かせをいただければと思います。
#39
○参考人(高木健一君) 日弁連はこれまで、日弁連だけじゃなくて各地方の弁議士会にも人権委員会がありまして、それについて、非常に多くのそのような人権侵害、常時携帯違反、それを理由としてこのような軽い罪なのに警察へ連れていかれて非常に強制的な取り調べを受けたり、常時携帯違反であるのにそれを理由として全く別の種類の取り調べ内容を受ける。例えば組織的なこととか思想的なこととかという形の取り調べを受ける事例が非常にあるので、その都度何度も担当警察署に対して意見書を、私たちは警告書と言いますが、警告書を送付しております。
 この常時携帯、外国人登録全体が、先ほどのヨーロッパの話ではありませんが、アメリカの場合でもそうですが、日本では特に警察管理目的に使用されている。世界じゅう調べましたが、アメリカでは常時携帯義務というのは一応はあります。ありますけれども、日本ほどに管理目的で使われている国はありません。アメリカなんかでこの問題の違反に関して争われたケースは一件もないんじゃないかと言われるくらいに、先ほど指紋のメリットという議論もありましたけれども、登録証のメリットという点を中心として外国人の管理をしているというのが実態でございます。それに対して日本の方は、まさにこれに対する罰則を加えてさまざまに管理を強化しようとする点が日本の特徴じゃないかと思うわけです。
#40
○猪熊重二君 公明党の猪熊と申します。
 本日は御苦労さまでございました。先ほどの御意見に対して数点御質問させていただきます。ちょっと質問の内容が失礼になるようなこともあるかもしれませんが、御容赦いただきたいと思います。
 まず、飯田参考人にお伺いしたいと思うんですが、先ほどから指紋に関連して、指紋によって犯人が特定できるとか、あるいは犯人検挙に便宜であるとか、このような御意見がございました。この指紋と犯罪の問題、この問題と外登法における指紋押捺の問題とは全く別次元の問題であると私は思うんです。同じように、先ほどから指紋の効用について、身元不明死体がわかったとか墜落事故でわかったとかいろいろおっしゃっておられますが、このような身元確認に指紋が非常に有効であるというふうなこととも外登法における指紋の問題とは別個の問題である。
 なぜか。まず最初の問題に関連して申し上げれば、外登法の指紋の問題は犯罪とは関係のない問題である。これが一点です。第二点の問題とすれば、自分の身元をはっきりさせておくために自分が自分のうちに指紋を置いておくとか置いておかないとか、これは個人の自由の問題です。このような意味において、外登法における指紋押捺の問題は刑事犯罪の問題とも身元確認の問題とも全く異質の問題である、こう考えますが、いかがでしょうか。
#41
○参考人(飯田浩史君) 私が盛んにその効用を申しましたのは、外登法における指紋押捺が根本的に人権に抵触するかどうかというその一点が一番大きな問題だと思うからです。
 結論から申しますと、甚だしい人権侵害には当ならない。当たらないとすれば、あとは問題が小さくなるわけです。
 なぜ当たらないか。それは、人権侵害に当たるという前提として、指紋というものは非常に暗いではないかと。指紋から連想するのは犯罪ではないか、それからプライバシーではないか、そういう暗い面ばかりが強調されて、外登法で押させるのはけしからぬということが引き出されてきていると思うんです。しかし、そうではないのだというのが私の持論でございまして、指紋というのはそんなに暗いものですかと実は皆さんに問いかけているわけです。指紋というものはそれほど暗いものではない、指紋制度というのは暗いものではないんだ、これが私の持論で、これはまだ賛同者が少ないとは思うんですが国民総指紋でも私は結構だ。国家が管理するということを、そんなに私たちは管理されるのが嫌なのかなという気もいたします。しかし、これは特異な議論とおっしゃる方が多いと思いますのであえて主張しませんが、指紋がそれほど我々の人格を台なしにする、もうめちゃくちゃにするほどの問題かというその前提があるからここの外登法の指紋押捺が問題になっているわけでして、無関係とは思わないわけです。
#42
○猪熊重二君 次の質問をさせていただきます、やはり同じ飯田参考人に。
 まず、指紋押捺をさせることが人の同一性を判別する上に必要不可欠であるとお考えなんでしょうか。もしそうであるとすれば、先ほど矢田部委員からもお話が出ましたように、欧米においては別に指紋押捺をしなくても人の同一性は十分に社会的に確保されているし、日本においても日本人の同一性を判別するについて指紋を利用していることもないし、外国人の入国に際して、入国管理局でそのパスポートの所持人とパスポートに記載されている人間の同一性についても別に指紋というものによって照合しているわけではないし、それから諸外国においては、諸外国における外国人の同一性についても指紋をとっていない国が大分多い、こういうふうなこと。要するに、指紋以外に人の同一性を識別するための各種基準は各国各様に確立されていると私は考えるんですが、指紋によらなければ人の同一性が確認できないとお考えなんでしょうか。
#43
○参考人(飯田浩史君) 先ほど斎藤参考人がおっしゃっていたように、西欧におけるサインの習慣、これは日本における印鑑の文化とは全く異質のもので、印鑑などは、たとえ印鑑証明があったとしても、それを持っている人がその人であるかどうかこれはわからない。西欧においては筆跡というもの、サインというものが絶対的なものとして認容されております。しかし日本では、じゃサインでもってすべて事が足りるか。今、例えば戸籍謄本をとるにも判こを押します。サインでもいいかと言うと、それはいかぬと言います。そこまで変えていくのなら別です。今判この方が優越の立場にありますし、まして人の確定のためには判こはとてもこれは役に立ちません。とすれば、科学的に同一人であるという証明には今のところ指紋しかないということであります。
 私も、全面的に指紋でやるのが文化だと思っておりません、文明だとも思っていません。ただ、今方法がないとすればやむを得ないのではないか、そう考えております。
#44
○猪熊重二君 日本において人の同一性を確認するについては、今飯田参考人がおっしゃったように、印鑑証明によって人の同一性をほとんど確認しているわけです。公正証書を作成するについて嘱託人が本当に本人であるかどうか、登記申請において登記義務者が本当に本人が承知して登記しているのかしていないのか、全部印鑑証明によって人の同一性を確認しています。もし印鑑証明によって人の同一性を確認することが社会的にほとんど不可能だというんだったら、日本の私法制度は不可能な私法制度になってしまう。それでちゃんと明治から今日までおさまっている。とした場合に、例えば外国人にも印鑑登録をさせて、その印鑑証明で自己の同一性を証明させるというふうなことも十分に考えられるのじゃなかろうか。指紋でなければならぬというふうなことはないんじゃなかろうかと私は考えるんですが、これは質問ではなくて。
 飯田参考人に次にお伺いしたいのは、先ほど密入国者の問題をおっしゃられました。密入国者の問題と外国人登録法における指紋押捺の問題は全然法次元を異にする問題だと思いますが、その点いかがでしょうか。
#45
○参考人(飯田浩史君) 外国人登録の意義と申しますか、それは外国人を適正に管理し云々とあります。もう詳しいことを言うまでもございません。日本にどこの国からどのような人が自由に入ってもいいという国是であればこれは別です。しかし、世界を見回しても、今自由に出入りができる国というのは数えるほどしかないのではないかと思います。最近、ビザが要らなかったフランスがビザを要求するようになりました。事ほどさように国への出入り、これが自由である国というのは非常に少ないわけですね。
 そうしますれば、外国人が日本に滞在するのはこれは権利ではないわけです。その国の主権によって、入れる入れないということになっているわけです。そのルールというものがございまして、そのルールに反して入ってくる。そうしますれば、日本に在留している外国人とそういうルールを無視して入ってくる外国人との区別がつかなくなる。これが外国人登録法の一つの趣旨ではないかと思うんです。もちろん、国民年金とか健康保険とかあるいは教育の問題とか、そういう福祉的な必要のためにもございますけれども、やはり日本にいらっしゃる外国人がルールにのっとった適正な入国者であるあるいは在留者であるということの証明のためにも外国人登録というものは必要だと思うんです。ですから、密入国者と区別するためにも外国人登録証というものがあってしかるべきだと思っております。
#46
○猪熊重二君 やはり同じくお伺いしますが、要するに抽象的に指紋押捺が是か非かというふうに論ずることのほかに、現在の改正法のもとにおいて今後だれが指紋を押捺させられるのかという実態、現実をやっぱり考えてみなきゃならぬと思うんです。
 そうした場合に、外国から日本にたまたま入ってきて日本に一年、三年留学して帰る、こういう外国人がこの登録法によって指紋押捺せなければならない、こういう場合の指紋押捺もあります。しかしそれ以外に、今後日本においてこの外登法に基づく指紋押捺を現実に強制されなきゃならぬ人は、在日韓国・朝鮮人、台湾人の十六歳の子供たちなんです。この子供たちがほとんどなんです。それ以外の人は、まあ特別に今までごまかしてやっていない人は別にして、そういう人を別にすれば、ほとんど在日韓国・朝鮮人、中国人の十六歳の子供なんです。この十六歳の子供は日本で今日まで育ってきて、小学校、中学校へ来ている子供なんです。所在もはっきりしている。こういう現実を踏まえた上でなおかつ指紋という制度が必要だとお考えでしょうか。この件に関してまず先に飯田参考人、続いて斎藤参考人にお伺いしたい。
#47
○参考人(飯田浩史君) 今おっしゃった方たち、これを法律的にはともかく、俗に言われている定住外国人ということにいたします。この定住外国人の方は、いわゆる一般の外国人と違いまして、我が国と地縁血縁的にも今非常に深い関係にあるわけです。これは猪熊先生がおっしゃるとおりであると思います。また生活の根拠も日本にあり、そこに根を置いているわけですから、でき得る限りは日本国民と同じような権利を保障してあげたい。これは私も心情的にはそう考えております。
 しかしながら、その場合においても日本人と定住外国人の方には違いがあるのではないかと思います。日本国民は日本を構成する要素でありますから、国家の盛衰と運命をともにする運命共同体でございます。しかし、定住外国人の方はそうではないわけです。もし帰ろうと思うならば御自分の祖国があるわけです。しかし、日本人には日本以外に帰るというところはございません。また、他国が許可してくれなければ他国へ行くわけにもいきません。そうだといたしますと、権利の関係で我々日本国民と定住外国人には法的な差異があってもこれは不当な差別とは言えません。
 ただ、不合理だなということ、心情としてはわかるんですが、そのために少しでも心の負担を軽減させてあげる方法はないかと、我々も再三にわたってそういう主張をしてまいりまして、それが今回の改正案であろうと思うんです。とにかくこれが最終的なものというわけではありません、さらに改正する時期が来、先ほど不法入国ということとの関連を聞かれましたが、例えば朝鮮半島が統一されて我が国とは両方ともに今まで以上に友好関係が結ばれたときに、なおかつ我が国における定住外国人を今のままにしていていいのかという疑問は当然起きるわけです。ですから、現段階でこの改正案は一応私は評価できるというふうに考えているわけです。
#48
○参考人(斎藤恵彦君) ただいまの件でございますが、この指紋押捺の件については私、前からこれはもう少し改良の余地があるんじゃないかと実は思っていたんです。それで、かつ定住の外国人のことも――私の同僚がそのことを非常によく考えておりましていろいろ教わるところがありまして、定住外国人の場合もこれはちょっと普通の外国人と違うんじゃないかということを考えておりましたが、だけど余り早く外国人に関するそういう問題を定住外国人だけについてやってしまうと、ほかの外国人が取り残されるおそれがある。だから、この際一切の外国人を含めてこういうふうな改正にまで持ってきて、その後で、今から定住外国人についてはまだ別にじっくり考えていくのがいいんじゃないかと思って、そういう趣旨で私は衆議院で採択されたこの法律案の附帯決議を理解しております。
#49
○猪熊重二君 引き続いて斎藤参考人にお伺いします。
 先ほど、要するに指紋押捺は国際人権規約B規約の人の品位を傷つけることに当たらないということのお話の中で、単に指紋押捺が犯罪に関連する、あるいは犯罪を連想させる、だから人の品位を傷つける行為に当たるんだというふうな議論は感情論であるというふうなことで、このような感情論は国際社会において通用しにくいというふうな趣旨のことをおっしゃられたんですが、要するに指紋押捺が現在の日本において犯罪と非常に結びついている行為と認められているわけですね。だから指紋押捺イコール犯罪との関連ということになる。指紋押捺をしていること自体が、何か悪いことをしたんじゃなかろうかあいつは、というところに結びつく可能性が非常にあるということで、人の品位を傷つける行為じゃないか、こういうふうに皆さんが言っておるのだと思うんですが、それが感情論にすぎないということの理由をもう少し教えていただきたいと思います。
#50
○参考人(斎藤恵彦君) これが感情論にすぎないということは必ずしも指紋押捺という、――私もここに書きましたけれども、私、この夏市役所に行きまして、暑いところを歩いて行きまして、君、判こを持っているかと言われまして、いや持っていないと言ったら、しようがないな、じゃもう拇印でいいよと言われました。そのとき私は、拇印とは何だ、犯罪を連想させるじゃないかと食ってかからないで、地獄で仏様に会ったような気になって喜々として押して帰ってまいったんですが、私だけかもしれませんがそういう感覚もありますから、必ずしも指紋ということが直ちに犯罪に結びついているということじゃないんじゃないかと私は思っています。犯罪に結びついているとしても、それはまさに、そういう感情論というか連想を人権問題に結びつけることはちょっと無理じゃないか、そういうふうに私は思っています。
#51
○猪熊重二君 せっかくここへ来ていただいたのに非常にしつこくて申しわけないんですけれども、私が申し上げたいのは、今先生がおっしゃったように自発的に拇印を押すなり指印を押すなり、それは全部の指を押しても構わないですよ。自発的な問題と強制される問題とは別個の問題だ。先ほど、ここでテーブルに手をつけば指紋が残る、プライバシー云々というふうなことをおっしゃられましたけれども、要は自分が自発的に自由意思に基づいてすることと法的にそれを強制されることとは全く質的に違うことであるという前提に立つと、やはり指紋を押捺するということ、押捺を強制されるということは非常に不名誉なことである、犯罪と関連しているというふうに思われるんじゃなかろうか。そして、そのような事実と、内外人に別の取り扱いをしているということ、それ以外にも、指紋押捺をしなくても人の同一性を識別する方法があり得るということ、各種の事情を勘案すれば、それにもかかわらずなおかつ指紋を押捺させるということはまさに人の品位を汚す行為になるんじゃなかろうかというふうな意味で、またいろいろ先生にも御検討いただけたらありがたいと思うんです。非常にきつい質問でまことに申しわけございませんでしたが、いろいろ教えていただきたいと思いまして。
 なお、高木参考人と横田参考人の御意見は、私もお伺いして非常に参考になりまして、質問ということもございませんので質問さしていただきませんけれども、どうもありがとうございました。
 以上です。
#52
○橋本敦君 問題の指紋の押捺登録ということが何の本質的な意味を持つものかということについてかなり議論をしなくちゃならぬなということを感ずるわけですが、一つはっきりしていることは、この制度が、日本の国が公式に日本に在留する資格を公然と承認した人たちに対する、刑罰の強制を伴う指紋の押捺要求だ、ここなんですね。したがって、そういう意味では、一たん在留の資格を公然と公式に認めておきながら、その人たちに対して何の必要とどういう合理的理由があって刑罰の制裁によってでも指紋を強制しなくちゃならぬのか。これは、先ほど飯田参考人がおっしゃった、指紋はそんなに暗いものじゃないじゃないか、また斎藤参考人がおっしゃった、指紋はそんなに暗いものじゃないのではないかとか管理されるのがそんなに嫌なことでもないじゃないかという問題じゃなくて、民主主義国家の体制そのものとしてそういうことが合理性があるのか、必要性があるのか、これが私は問題の次元の本質じゃないかということを痛感するわけです。
 そういう点を考えますと、この場合に一つの問題として、憲法三十一条の適正手続の保障との関係から見てどういう問題が起こっているのか、起こり得るのか、この点、憲法の立場で、憲法三十一条との関係で横田先生に御意見があればまずお伺いしたいと思うのですが、いかがでしょうか。
#53
○参考人(横田耕一君) 憲法三十一条というのは手続的なものですけれども、例えば十四条の趣旨に反しあるいはまた十二条の趣旨に反して過酷な刑罰が課せられている、本来の趣旨から見ても比例を超えたような刑罰が課せられているような場合、そういう場合にはやはり三十一条違反という独自の三十一条の意味が出てくると思います。ちょっと言わせていただければ、私は、今の改正案のレベルでは十三条、十四条で議論はできますけれども、おっしゃるように、なおかつ、指紋をとるとしても、あるいはまた常時携帯の義務を課するとしましても、その罰則が余りにも重い場合にはこれは三十一条ないしは十四条違反という問題が出てくるだろうと、そういうように考えております。
#54
○橋本敦君 それで、次の問題として私が考えておりますのは、法務省の方の御説明で、要するにこの指紋の押捺という問題については同一性の認識、識別というそういううたい文句もありますが、結局はやっぱり、不法残留をさせないあるいは不法入国をさせないということとも関連するんでしょうが、在日外国人の皆さんに対する管理を国家がやっていく、その国家の管理の仕方やり方をよりその面でやりやすくするための国家の側から見た利益、あるいは局長の答弁による説明によれば抑止力という言葉をおっしゃったんですが、そういうことに傾き過ぎているという面が強くなりますとこれはまさに管理法令、刑罰法令であり、今の民主国家、国際国家における外国人の合理的な管理という次元を超えたいわゆる管理法、刑事法、こういうことになってしまう。本来の趣旨に反するのではないかという感じも持ちますが、こういう点について高木先生の御意見はいかがでしょうか。
#55
○参考人(高木健一君) この問題は内外人平等原則の問題にかかわるのじゃないかと思うんですが、日本人でも外国人でもすべて人間として取り扱おうとするのが人権規約に定められる内外人平等原則で、国籍を問わないこの原則の適用によって人間の権利保障を考察するということで、日本人だ、外国人だと考えない、そういうところから人間の権利の制限の問題を考えていこうという立場に立ちますと、果たしてこのような差別を設けることが国際人権規約を批准して国際的な人権保障を国家でやるという日本にとって妥当かどうかというのは十分考えてみる必要があるんじゃないかと思います。
#56
○橋本敦君 先ほど高木先生の御意見の中にもあったし、日弁連の意見書にも出ているんですが、法務省の一九八〇年十二月所収の「外人登録」という本に登載をされております法務省の入国管理局登録課調査指導係長、当時ですが、の小島恭次さんの「指紋の押捺について」という論文の中に、高木先生が先ほどおっしゃった、外国人の同一性の維持を図るためにはある期間を置いて二度、三度と押させなければ意味がないんだ、一回だけ押させるということになればそれは登録における指紋制度はその意義を全く失ってしまう、ここまで言う意見が法務省の中にあった、こういうわけですね。
 ある期間を置いて二度、三度と押させる、それでなきゃ意味がない。そうなりますと、指紋というものはそんなにどんどん変わるわけじゃありませんし、そんなに退色して見えなくなるというわけでもない、にもかかわらず二度、三度と押させなければ意味がない、こういう法務省のお役人が持っていた考え方というのはこれは私はどう理解したらいいのか。こういう考え方からいけば、指紋制度、登録制度というのは一体何なのか、こう考えざるを得ないんですが、これはどういうようにお考えでしょう。先ほど高木先生の御意見の中にもあったんですが。
#57
○参考人(高木健一君) 先ほどの憲法裁判の関係でも裁判所で常に問題になることですが、一回目はともかく果たして二回、三回目は本当に必要なのかということに対して、いや絶対必要なんだというふうに法務省が、自分のつくった法律の合憲性を強める、説得するためにそういうような発言をしたものと思います。
 もし二度、三度と押させなければ意味がない、本当にそうなら今回の改正はなかったんじゃないかと思うわけです。本当に一回一回押さなければいけないんだったら、今回のような原則的に一回でいいということの態度が出るわけがないです。これは、国際関係とかいろんな社会情勢の判断によって今回の改正案が出てきたという趣旨説明があります、あるいはそういう説明がありましたけれども、それならば二回、三回目、指紋押捺の意味がないという言葉との整合性というか、自分がかつて言ったことの言葉の意味というものに対してどう責任をとってくれるのか。そうしたら、現在、先ほど言いましたように、経過措置でもって二回、三回目の人を処罰するという態度は一体どういうふうに考えればいいのか。これは単なる、嫌がらせであるからこそ報復するんだというところしか見えてこないじゃないですか。
#58
○橋本敦君 それでもう一つ、もしわかればお話しいただきたいと私が思いますのは、一回でも指紋をとるということに固執するというのは、これは結局は警察の方の取り締まりの便宜、都合で、指紋を一回でもとっておけば使えますから、そういう意味で警察の方でむしろ強硬な意見として、一回でも最低限とるということに固執をするということで吹き切れなくて、指紋制度そのものをなくすという方向へ大きく行かないんだというようなことのブレーキになっている嫌いも私は感ずるんですが、実務の弁護士というレベルで御経験もしくは御感想があれば、警察のこういう考え方があるのかないのか、どうお考えになりますか。
#59
○参考人(高木健一君) 警察の立場の反映に関しては、私たち日弁連の報告書に書いてありますが、マスコミがそのように報道しました。マスコミの取材記者が今回の改正案に対して、警察の意見が強く反映しているんじゃないかというような意見を言っていました。それは承知しています。だけど、今回の改正案に対して警察が本当にどう考えているかに関しては、私たちは直接タッチしていません。ただ、流れを見ますと、五月十四日の通達、いわゆる五・一四通達とか、そういうもの以後の警察の対応を見ますと、指紋押捺拒否者に対して非常に厳しい態度で警察が臨もうとしているということがよくわかりますし、現在そういうことで日本じゅうのあちこちで問題が生じているということもわかっております。
#60
○橋本敦君 最後にもう一言聞きたいんですが、この間私も法務大臣にお伺いしたんですが、グリーンカード制を政府が持ち出してきて結局国民の反対で政府も撤回せざるを得なくなった、要するに国民総背番号制、これはもう国民がやっぱり厳しく批判をしております。だから、ましてそういう中で日本の国民に対して指紋を全部とる国民総指紋登録制というようなことは今のところとてもじゃないが考えられない問題ではないかとこう聞きまして、法務大臣ももちろんそんなことは考えておりませんというお話でした。
 もしも今、日本の国民に全部法で強制して指紋の国民登録制というようなことをやるということになれば、私はもうそれこそ必要性、合理性などということじゃなくて、もろに憲法の関係で十三条違反ということで違憲問題そのものが当然正面に出てくる、大激論になる。違憲と判断すべきだとこう思っておりますが、憲法の立場で横田先生いかがでしょうか。
#61
○参考人(横田耕一君) おっしゃるとおりだと思います。
 そういう問題はまさに日本人の問題としてあった場合には明らかに憲法違反だということになると思いますが、だから外国人の場合にも同じことが言えるわけで、先ほど私は前提的に申しましたように、現在の日本国憲法は、最高裁判所も認めておりますように、外国人にも基本的に日本人と同じ権利を認めているわけで、やむを得ない場合だけ外国人には一定の制約を認めるわけで、それは制約をする側が権利の性質に応じまして、単にこれは便利であるとか簡単にできるとかいうことではなくて、例えば重要な権利である場合には、これ以外に方法はないんだ、どうしてもこうやっていただかなきゃ困るんだということをはっきりと証明できない限り、それを制限することはやはり日本人と同じく憲法違反の問題が起こってくるだろう、そういうふうに考えます。
#62
○関嘉彦君 きょうは参考人お忙しいところどうもありがとうございました。
 まず最初に斎藤参考人にお伺いしますが、この配っていただきました「指紋採取制度の早急な改善を」という論文を拝見したんですけれども、これの終わりの方、十六ページの下の段のところに「制度改善に蛮勇をふるえ」という小見出しで「読売新聞の五月十日と十五日付けの社説も制度面での早急な改革を政府に要望しているが、筆者も同じ見解である。」ということを書かれておりますが、これは一九八五年の七月号で二年ほど前のあれですけれども、このときにどういう点の制度の面の改革を考えておられるのか。その内容は今度の改正案及びその附帯決議ですべて尽くされているのか、それ以外のことが何かあるのかどうか、そのことをまず最初にお伺いしたいと思います。
#63
○参考人(斎藤恵彦君) 私、社説を持っておりますが、これは二年前の五月十五日というと政府が十四日の閣議で押捺方式を変更することに決めた後に出た社説ですが、それと五月十日に出ておりまして、それは「指紋押捺の改革案を早く示せ」というので、この中にやはり今の参議院に回っておりますこの法律案と同じようなことが主張されております。
#64
○関嘉彦君 あなたの御意見もそれと同じですか。
#65
○参考人(斎藤恵彦君) はい、そういうことです。
#66
○関嘉彦君 飯田参考人にお伺いいたしますけれども、今度の改正案に対する全斗煥政権の考え方は先ほど言われましたけれども、韓国のマスコミがどういう反応を示しているかということについて、もし御存じであればそのことをお伺いしたいと思います。
#67
○参考人(飯田浩史君) 一般に、我が国のマスコミもこの改正案に全面的に賛成しているところはございませんが、韓国におきましても、マスコミとしてはやはりまだ手ぬるい、抜本改正ではないという意見の方が多いように私の方では承知しています。
#68
○関嘉彦君 それから一番最後に述べられました、居留民団の人が、日本人と同等に取り扱えというふうな議論に対して、韓国人が民族としてのプライドを持つべきである、違った取り扱いを受けるのは当然であるというふうな趣旨のことを述べられました。私もその意見は非常に立派な御意見だと思うんですけれども、そのことは指紋制度を認めてもいいというふうな意味でその人が言われておられるのかどうか、そのことをお伺いします。
#69
○参考人(飯田浩史君) 決して喜ばしいことではないという前提のもとに、しかし主権国家がそういう制度をとらなければならないとするならばやむを得ないという心情的な発言でした。
#70
○関嘉彦君 次に、高木参考人にお伺いいたします。
 指紋押捺にかえてサインあるいは写真で同一性を確認するようにしたらどうかという御意見でしたが、サインというのが日本人の社会で通用するものかどうか。そういうことにもなれていませんし、我々も外国に行ってサインして一体これでいいのかどうか非常に心配になることがあるんですけれども、日本の社会でサインで同一性を確認するというふうなことが一般に受け入れられるというふうにお考えでしょうか。
#71
○参考人(高木健一君) 確かに印鑑証明の社会でありますが、最近は銀行なんかの発行するカードではほとんど日本人もだんだんサインになれてきている実態があるだろうと思います。判こを持たないでサインだけで買い物をするということが現在相当広まっているだろうと思います。ヨーロッパのようにまだサインになれていないという面はありますけれども、それは今後こういう問題でサインで特定するんだということになりますと、皆さんがそれぞれ自分のサインというものをつくり出していくあるいはそれに対して訓練していくということは十分考えられますし、私たちは指紋を強制するよりもほかの方法があればそれをどんどん考えていこう。写真とサインの組み合わせあるいは写真の写し方、それによって指紋を強制するような屈辱的じゃない方法を十分考えるのが国家の役目じゃないかというふうに考えているわけです。
#72
○関嘉彦君 六十二年の二月の日本弁護士連合会の第二次意見書、それの六ページの「また、これまで自治体で作成していた登録証を「骨子」では、法務省の地方入国管理局で作成することになった。これまでは、法務省−都道府県−市町村というルートだったのが、今後は、地方入管局−市町村という、より直接的で管理が強化になされやすくなる。」というのはこの附則の第九のことを言っておられるのだと思うんですけれども、これは法務省の説明では、いわゆるラミネート式の転写ですか、あれの機械が非常に高価なもので地方自治体の窓口に一斉に備えるということは非常に難しいので、したがってそこの部面だけを地方入管局なら局に送ってやるんだということでありますので、必ずしも地方入管局が、国が管理を強化するということにはならないのじゃないかと思うんですけれども、いかがお考えですか。
#73
○参考人(高木健一君) 確かにこの附則のところでは、具体的な内容、何と何をどういうふうにするかが明確じゃないわけですけれども、別に定める法務省令の内容によっては市町村長のこれまでの権限を入管局の権限に入れるということは可能なわけです。したがって、これのより直接的な管理がなされやすくなるんじゃないかという意見、おそれを表明したものです。
#74
○関嘉彦君 私全く素人で、ちょっと思いつき的なことでどなたに伺っていいかわからないんですが、高木参考人にお伺いしたいと思うんですけれども、在日韓国人・朝鮮人の人の二世、三世、こちらで生まれた方ですね、これは確かに日本にいるのが気に入っているし、ほとんど日本語だけしかしゃべれない方だっているわけですが、そういう人たちに対して、戸籍というわけにはいきませんけれども、戸籍に準ずるようなものをつくって、そして身分事項のところなんかでもだれだれの子供、長男なら長男として生まれたというふうな身分事項なんかを書けば、そしてそれをもとにして住民登録なんかをするようになれば、日本人と同じようにそれによって同一性が確認できるんじゃないかということを私考えているんですけれども、どうでしょうか。
#75
○参考人(高木健一君) 戸籍制度のような非常にきちんとした制度は、世界じゅうで日本だけだというふうに聞いています。世界も、アメリカなんかでは果たして戸籍制度があるかというと、そんなものないわけですね。ヨーロッパもない。全部、住民票のようなものでほとんど人物の特定等はしているわけです。したがって、戸籍しか特定できないんだという考えを私たちがまず考えなきゃいけないだろう。それで戸籍に準ずるものに関しては既に現在の二世、三世の人たちは出生したときは出生届を出しますし、学校に行くときもその証明書でもって入学手続をするわけですね。それでもって生活保護が出たり、いろんな公的扶助だって十分特定できる資料を現在法務省は十分有しているわけです。
 したがって、これ以上に特定する必要はないんじゃないか。日本で生まれた、あるいは日本に長い間住んでいるいわゆる定住外国人に関しては、特定は十分日本人と同じようにできているんじゃないか、身元の確認という意味ではこれ以上十分なものはないんじゃないかというふうに考えていますので、わざわざ戸籍に固執することはないだろうと思っています。
#76
○関嘉彦君 私が言いましたのは、いわゆる外国人登録の指紋なんかをやめちゃってそして準戸籍ですね、そういうふうにした方が同一人性の確認には役立つんじゃないか、そういう趣旨の質問です。
#77
○参考人(高木健一君) 私が言うのは、指紋をやめても特定は十分現在でもできているのじゃないかというふうに申し上げているんで、新たな戸籍に準ずるものの制度はこれ以上必要かなというふうにも考えておるわけです。
#78
○西川潔君 どうも本日は御苦労さまでございます。
 最後になりましたもので、先生方から専門的な立場でいろんな御質問が出た人ですけれども、全くの素人質問で申しわけないんですがよろしくお願い申し上げます。
 今まで聞かせていただきまして、賛成の方、そしてまた反対の方、双方の立場になってずっとこのお話を聞かせていただいておりまして疑問に思ったのは、ただいま拒否をしておられる方々が九百五十一名、そして説得中の方が百十一名、こういうふうに聞いております。説得をされて考え直して押される方、また拒否をずっと続けられる方、双方の方がいらっしゃるわけですが、今皆さん方のお話をお伺いいたしまして、高木参考人さんにお伺いしたいんですが、弁護士の立場で、ほとんどこの制度には反対であるという人たちのお話ばかりひょっとしたら聞いておられるのではないかなというふうな疑問も持ったんですけれども、いやこれは一歩前進だからこれはこれでこういうふうな形で話を進めてくれないかという人たちはいらっしゃらないんでしょうか。
#79
○参考人(高木健一君) つまり、私がいろんな意見を日弁連として収集する上で反対者だけに聞いたんじゃないかということですが、私たち日弁連は、この問題に関する関係団体、朝鮮総連や民団それから中国華僑総会等の話ももちろん聞いています。それは当事者の団体として当然聞かなければいけない団体です。で、すべてにおいてこの問題に関しては反対の意見を表明しています。その上でやはり関係当局の意見も、いろんな資料がありますから当然裁判に出た資料も集めました。それには賛成、反対もちろん出ています。そういう上で資料、意見書を作成したわけです。
#80
○西川潔君 テレビ、新聞等に報道される陰に隠れて、そういう遠慮している人たちがひょっとするとたくさんいらっしゃるのではないかなという気もあるんですが、横田参考人さんいかがでございましょうか。
#81
○参考人(横田耕一君) 私は直接そういう声を聞く立場にはございませんけれども、もちろん日本人の中には大方の何人かの方があるいはいろんな方が一歩前進だと評価されている方もいらっしゃるかと思います。ただ私が聞いた限りでは日弁連さんと同じで、在日朝鮮人・韓国人の方々もこの案にはやはり反対せざるを得ない、何の改善にもなっていないという声を私は聞いておりますけれども、それは別の声があるかもしれません。
#82
○西川潔君 僕も先日の委員会ではそれはもう基本的には全廃がふさわしいということをお話しさせていただいたんですけれども、いろいろお話を聞いておりまして一歩進んだということで、一歩進んだことには僕もすごく賛成です。でも、すべてをすぐしろということは大変難しいと思います。ここで一段階上がったんだから次の段階まで、――十六歳からという人たちには本当につらい思いをさせることが大変これから多々あるわけですが、そういう意味におきまして、十六歳という人たちの御意見を僕はたくさん聞いていただいたのかなというのもまた疑問に思うんですが、今度は飯田参考人さんにお願いしたいんですが、そういう人たちの御意見というのはたくさん出ておるんでしょうか。
#83
○参考人(飯田浩史君) 私は現在論説委員という立場にございますので、外に積極的に出ていって取材するという時間は余りございません。したがって、社説として掲載された、あるいは一般記事として掲載されなことに対する読者からの反響というものはこれはかなりございます。そういう立場からのそういう方々との意見としてはかなり伺っております。ただそれは、先ほど一番先の意見陳述の中で申し上げたように、私自身きっと偏った意見ではないかと思うんです。
 というのは、両方から聞きたいと思いますけれども、ほとんどが日本人とおぼしき方で、というのは、これは電話が多いわけです。日本人とおぼしき方が、これは国際的に非常におもしろくない話で言いにくいんですが、要するに日本にいる外国人がなぜ文句を言うんだというにおいのする人が非常に多いということですね。ですからその結論といいますか、その意見もあって当然じゃないかという意見が非常に多いということです。約一〇%、一割の方が韓国の方だと思われるんですが、この方たちも先ほど申したように、心情的には私たちは決していいとは思っていない、改善されるものならもっと改善してほしい、できれば全廃してほしいという御意見です。これがただ九対一ということだからそれが世論であるというわけにはいきません。
#84
○西川潔君 携帯の問題ですけれども、交通検問なんかで携帯していないと何かきついおしかりを受けるということを聞いておりますが、例えば免許証の隅の方にわかりやすいような、それでもって併用できるというような何かアイデアとか、それとまた、役所へ行きますと外国人登録の方で大きな看板が出ておりますが、あの下へ行くのが物すごくつらいというお話をたくさん聞きます。何かもっと別の方法がないものなのか。本当にその人たちの立場になると何かいい方法がないかなと自分もいろいろ考えておるんですが、なかなかいいアイデアが出ないんですけれども、そういうあたり、高木参考人さんにお伺いしたいんですけれども、何か皆さん方の間でお話が出ないものでしょうか。
#85
○参考人(高木健一君) いい方法については西川先生初め国会で十分検討してほしいんですが、現在まで問題になっているのは、身元の確認、このために外国人登録証に指紋を押すのが必要なのかという点ですね。運転免許証は本籍もあれば住所もあり、いつとったのかに関してもはっきりしていますね。日本人は運転免許証の写真と内容でもって十分身元が確認されるとされているわけです。それに対して外国人の場合はなぜそれ以上に身元確認の作業、その際に常時携帯を要求されている外国人登録証が確認のためにまた必要なのかという点が疑問なわけです。ですから、運転免許証を持っていれば十分に身元確認ができているのでそれ以上の身元確認の方法は必要がないというふうに考えるのが筋じゃないかと思います。
#86
○西川潔君 どうも本日はありがとうございました。
#87
○委員長(三木忠雄君) 以上で参考人に対する質疑は終わりました。
 参考人の方々に一言お礼を申し上げます。
 本日は、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。
 本案についての審査は、本日はこの程度にとどめます。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時四十分散会
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ソース: 国立国会図書館
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