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#1
第108回国会 外交・総合安全保障に関する調査会国際経済・社会小委員会 第1号
昭和六十二年五月十八日(月曜日)
   午後一時開会
    ―――――――――――――
昭和六十二年三月十三日外交・総合安全保障に関
する調査会長において本小委員を左のとおり指名
した。
                大木  浩君
                下稲葉耕吉君
                中西 一郎君
                鳩山威一郎君
                真鍋 賢二君
                大木 正吾君
                志苫  裕君
                中西 珠子君
                上田耕一郎君
                関  嘉彦君
                青島 幸男君
同日外交・総合安全保障に関する調査会長は左の
者を小委員長に指名した。
                志苫  裕君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    小委員長        志苫  裕君
    小委員
                大木  浩君
                下稲葉耕吉君
                中西 一郎君
                鳩山威一郎君
                真鍋 賢二君
                大木 正吾君
                中西 珠子君
                上田耕一郎君
                関  嘉彦君
                青島 幸男君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        萩本 雄三君
   参考人
       国際協力事業団
       理事       中村 泰三君
       アジア経済研究
       所理事      長谷山崇彦君
       日本国際ボラン
       ティアセンター
       事務局長     星野 昌子君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○国際経済・社会問題に関する件
 (開発途上国に対する経済協方のあり方につい
 て)
    ―――――――――――――
#2
○小委員長(志苫裕君) ただいまから外交・総合安全保障に関する調査会国際経済・社会小委員会を開会いたします。
 一言ごあいさつを申し上げます。
 私、このたび国際経済・社会小委員長に選任されました。小委員各位の御支援によりまして、公正かつ円滑な小委員会運営に努め、責任を全うしたいと存じますので、何とぞよろしく御協力のほどをお願い申し上げます。
 本小委員会は、国際経済・社会問題について調査を行うこととなっておりますので、今月の十二日に各派の世話人にお集まりいただき、協議を行いました結果、本日は、開発途上国に対する経済協力のおり方について参考人の方々から御意見を聴取し、これに対し質疑を行うことといたしました。
    ―――――――――――――
#3
○小委員長(志苫裕君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
 本日の国際経済・社会問題に関する件の調査のため、国際協力事業団理事中村泰三君、アジア経済研究所理事長谷山崇彦君、日本国際ボランティアセンター事務局長星野昌子君、以上三名の方々の出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○小委員長(志苫裕君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#5
○小委員長(志苫裕君) それでは、国際経済・社会問題に関する件を議題とし、開発途上国に対する経済協力のあり方について参考人の方々から意見を聴取いたします。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中のところ、本小委員会に御出席いただきましてまことにありがとうございました。
 本日は、開発途上国に対する経済協力のあり方について参考人の皆様から忌憚のない御意見を拝聴し、今後の調査の参考にしたいと存じます。
 これより参考人の方々に御意見をお述べ願うのでありますが、議事の進め方といたしまして、まず最初に参考人の方々からお一人三十分程度それぞれの御意見をお述べいただきまして、その後、質疑のある委員の方から随時御質問願ってお答えいただく方法で進めたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
 それでは、まず中村参考人にお願いいたします。中村参考人。
#6
○参考人(中村泰三君) 国際協力事業団の業務と当面する諸問題につきまして御説明申し上げます。係国際協力事業団は、政府間の技術協力を一元的に実施する機関として昭和四十九年に設立されました。私どもといたしましては、人づくり、国づくり、心の触れ合いをモットーといたしまして、日々この技術協力の業務に携わっている次第でございます。
 まず、国際協力事業団の事業の概要でございますが、事業の中身は研修員受け入れ、専門家派遣等々非常に多岐にわたっております。お手元に配付いたしました資料の第一ページ、「事業の概要」にのっとりまして各事業の要旨につきまして簡単に御説明申し上げます。第一は、研修員の受け入れ事業でございます。
 これは途上国から我が国における技術研修のために毎年五千名余りの方々を受け入れておりまして、事業団といたしましては、この研修員が十分な研修成果を持ってそれぞれの国に帰国いたしまして、それぞれの国での国づくりの中心になって活躍できるように我が国の国の機関、地方自治体、大学、民間企業、公社、公団等々の協力を得まして各種の研修を行っております。
 分野も農林水産、保健医療、運輸・通信、土木建築など多岐にわたっておりますが、最近ではコンピューター、バイオマス等先端技術、あるいは品質管理、経営管理といったノーハウを要する新しい分野での要請がふえているのが特徴でございます。
 これまで事業団は、延べ六万人を超す研修員を途上国から受け入れました。このため事業団は、日本国内に十カ所研修センターを設けまして、こういった人たちの受け入れ及び研修の実施につきまして遺漏なきを期しております。
 この研修員の受け入れ事業とは若干趣を異にいたしますが、途上国からの青年招聘ということも行っておりまして、これは一九八三年に中曽根総理がASEAN各国を公式に訪問された際に提唱されまして、各国の賛同を得て昭和五十九年から実施しておるものでございます。ASEAN六カ国に加えまして、ビルマ、フィジー、パプアニューギニア等のアジア諸国からも青年を招聘しておりまして、日本国内で約一力月各地を回りまして日本の青年と交流するなど、我が国の地方の国際化にも役立っていると思います。
 第二は、専門家の派遣事業でございます。
 これは我が国の専門家を途上国あるいは国際機関に派遣する事業でございます。これまで累計一万九千名程度の我が国の専門家を途上国に派遣いたしました。近年におきましては、大体年間三千名程度の専門家が途上国におきまして技術の訓練、伝達、調査研究、開発計画の立案、助言といった分野で活躍しております。
 近年、この分野におきましても途上国の要請も多様化、拡大しておりまして、こういった途上国の要請に対応するためにも、民間技術の活用を含めまして広い分野での優秀な人材の確保、それから専門家としての能力、資質の向上といったことが大きな課題となっております。
 第三は、機材供与の事業でございます。
 これは我が国の専門家が途上国におきましていろいろな技術指導をする、あるいは日本に参りました研修員が帰国後、効果的に技術を活用するという観点から各種の機材を供与する事業でございまして、六十年度におきましては百二十三億円に上る機材を供与いたしました。農業機械、医療機械、あるいは通信、計測の機械、あるいはさらには文献の供与といった分野での協力でございます。
 第四は、プロジェクト方式の技術協力ということでございます。
 これは研修員の受け入れ、専門家の派遣、機材の供与、この三つの事業を三位一体的に行う技術協力の形態でございます。そして研究開発、技術普及、人材養成を目的といたしまして農林水産、産業開発、職業訓練、保健医療等の分野において実施しております。
 件数は年々増加しておりまして、六十年度におきましては新規を含めて百四十一件のプロジェクト方式技術協力を実施してまいりました。最近は件数も年々増加しておりまして、また、無償の資金協力との提携が強まっているのが特徴でございます。
 第五番目は、開発調査事業でございます。
 これは開発途上国の経済発展というものが、特に公共部門での計画がそのかぎを握ることになっております。電力、港湾、道路、交通、通信など、その国の産業の基礎となる土台づくりが最も急がれているわけでございます。
 開発調査といいますのは、こういう公共的な開発計画の作成のために調査団を派遣する、開発の青写真をつくる業務のことを指しています。この開発調査の結果は、報告書としてまとめられまして相手国政府に提出され、その国の政策判断の基礎的な資料となります。
 調査の内容といたしましては、例えばマスタープランの作成を目的とする調査とか、あるいは地形図の作製、フィージビリティー等の調査あるいは資源開発協力基礎調査、援助の効率促進を目的とする調査等々、各種の調査に分かれております。
 最近の特徴といたしましては、農村の総合開発計画あるいは交通計画の策定、環境対策、工場診断あるいは規格の標準化といったソフト的な色彩の強い案件が多くなっております。
 六番目は、専門家の養成確保事業でございます。
 先ほども申し上げましたように、途上国の技術協力に対する要請が多様化、高度化しておるということから、我が国といたしましても、これに対応するために専門家の確保、養成ということが緊急の課題となっております。国際協力事業団といたしましては、専門技術嘱託、国際協力専門員あるいは特別嘱託といった制度を設けまして人材の確保に努めているところでございます。また、専門家の派遣前の研修その他、各種の研修の制度によりまして、中期的な展望に立った人材の養成に努めているところでございます。
 第七番目は、無償資金協力の実施促進でございます。
 無償資金協力の予算自体は外務省に属しますが、それの計画あるいは実施促進という面での仕事を事業団が引き受けておりまして、一般無償、水産、食糧増産援助の大部分の基本設計、実施促進を業務といたしております。六十年度におきましては百五十七件を事業団が担当いたしました。金額にいたしまして一千三百四十四億円に上る無償資金協力の実施促進を行いました。
 第八番目は、開発協力事業でございます。
 これは途上国の社会、農林業、鉱工業分野における開発に協力するという見地から、開発に貢献する事業を行う我が国の民間企業に対しまして長期低利の資金供給を行い、また、技術面での支援を行う事業でございます。我が国の民間企業が途上国で調和のとれた事業活動を行い、その国の経済開発にも貢献できるように支援する事業でございまして、例えば開発事業に付随して必要となる道路、橋の建設あるいは緑地帯の設置、上下水道の設置等々の関連施設、あるいは試験的事業に対する低利の融資を主たる業務としております。
 第九番目は、青年海外協力隊事業でございます。
 この青年海外協力隊事業は発足以来二十二年を経過いたしまして、これまで七千名を超える隊員を派遣してまいりました。国内及び海外におきまして非常に好評を博しておりまして、青年が現地に二年勤務いたしまして、その国の人たちとともに生活し、ともに汗を流して働くというこの協力は途上国からも高く評価されております。もちろん、この協力隊の目的は日本の技術を途上国に移転するということでございますが、同時に、若い青年が異国に滞在し異文化を理解して帰るということは、我が国の国際化にもひいては大きく役立つものではないかというふうに考えております。近年は毎年八百五十名程度を派遣しておりまして、二年間、途上国で勤務するということでございます。平均の年齢が大体二十五、六歳でございまして、約四人に一人が女性の隊員でございます。看護婦さんあるいは臨床医師、理数科の教師、いろいろな分野において活躍しております。
 第十番目は、海外の移住事業でございます。
 事業団は海外移住を希望する者に対する情報の提供、相談等を行うほか、移住者に対しまして営農の普及、生活環境の整備あるいは教育、文化面での助成を通じまして日系社会の活性化を図っております。また、六十年度からは新たな試みといたしまして、海外の開発青年制度というものを設けました。これは南米での定着に強い関心を持つ青年が現地に三年間赴きまして、現地の実情に触れ、関係知識の吸収に努めた上、定住の準備を進めるということを目的としたものでございまして、まだ発足間もないわけでございますが、現地におきまして非常に好評を博しているということでございます。
 以上が事業団の行っております事業の概要でございます。
 資料の第二ページ目に事業団の予算が書いてございます。
 以上、申し述べました国際協力事業団の各種の技術協力を実施するための予算、昭和六十一年度におきましては九百五十七億一千八百万円でございまして、ただいま国会において御審議をいただいております六十二年度予算におきましては八・二%の増、総額にいたしまして一千三十五億五千五百万という予算の規模を予定しております。これに通産省の委託予算約七十億弱を含めまして事業団の予算は、本六十二年度の予算案におきましては一千億を超す規模になると思います。さらにこれに加えまして、先ほど申し述べました無償資金協力の実施促進という事業も行っておりまして、無償資金協力のうち、一般無償、水産無償、食糧増産援助の大部分を事業団が実施促進いたしております。したがいまして、事業団の交付金予算及び無償資金の実施促進、これを加えまして事業団の事業規模は約二千五百億円程度となろうかと想定されます。以上が国際協力事業団の事業の概要及び予算でございます。
 次に、事業団の当面の課題につきまして若干触れさしていただきたいと思います。
 第一は、実施体制の整備という問題でございます。
 資料の第三ページ目に「予算及び定員の推移」という資料を添付さしていただきました。事業団が発足いたしました昭和四十九年度から昭和六十一年度までの交付金及び無償の伸び、及びそれに伴う事業団の定員の推移を表にしたものでございます。十三年前の発足当時と比較いたしまして事業団の予算は約四倍にふえました。さらに、この事業団が実施促進を行っております無償の関係を含めますと、事業規模におきまして約九倍の増となっております。
 これに比べまして、事業団の定員は発足当時の九百九十四名から漸減いたしておりまして、六十年度に二名の増、六十一年度におきましてさらに二名の増ということで、やっとこの増加が認められたわけでございますが、この十数年間ずっと中業団の定員が減少してまいりました。私どもといたしましては、この技術協力というのは我が国の経済協力の柱となる協力でございまして、今後もますますふやしていかなきゃならないと思いますが、そのためには、まず事業団自身のこの実施体制の整備というものが緊急の課題だというふうに考えております。ということでございまして、今後予算をふやすに当たっては定員をふやすことが一にも二にも三にも必要なことではないかというふうに考えております。
 また、おかげをもちまして機構の面におきましてもいろいろ充実を図ってまいりました。さらにまた、在外事務所というものも現在四十七カ所に設置してございますが、この在外事務所を強化してまいりたいというふうに考えております。昨年にはワシントンに事務所を開きまして、国際機関との連携強化を強めることにいたしました。しかしながら、まだ在外事務所四十七のうち十八カ所につきましては一人事務所でございます。一人事務所ということになりますとなかなか仕事も十分な機能を発揮するわけにまいりませんので、私どもといたしましてはできる限り早くこの一人事務所を解消してまいりたい。そして在外事務所が単に調査団あるいは派遣の専門家のお世話をするという受動的な業務ではなくて、相手国政府との積極的な対話あるいは我が国の経済・技術援助の評価、そういった問題をも取り扱う能動的な機能を持った事務所として機能するように、この在外事務所を強化してまいりたいというふうに考えております。
 第二の点は、途上国の要静の高度化、多様化への対応という点でございます。
 そういった途上国の高度化、多様化する要請に対応するために私どもといたしましては、国内の研修員を受け入れる受入先を積極的に開拓してまいりたいというふうに考えておりまして、今後とも我が国の政府機関、地方自治体あるいは民間企業等々で途上国からの専門家を引き受けていただける引受先の開拓に努めてまいりたい。それと同時に、先ほど申しましたように、我が国の専門家の資質の向上のためにさらに一段の努力をする必要があろうかと思いまして、このため、事業団にあります国際協力総合研修所におきまして各種の専門家に対する研修を行っております。こういった専門家に対する研修の一層の強化にこれからも努めてまいりたいというふうに考えております。
 第三番目は、援助の効率的な実施という点でございます。
 これは日本の税金を使って行う援助でございますので、やはり日本の行う援助が効率的なものでなければならないというふうに考えておりまして、そのためにはまず第一に、私どもとしては技術協力の各種の援助形態を有機的に組み合わせてまいりたい。例えば技術協力と無償資金協力との有機的な組み合わせ、無償資金協力によりまして途上国に例えば訓練所あるいは病院等をつくります。それに対して日本から専門家を派遣する、あるいは機材を供与する、そして途上国の方から研修員を受け入れるというようなことを有機的に組み合わせまして、援助の効率的な実施というものに努めてまいりたいと考えております。
 第二は、途上国との政策対話の強化とニーズの積極的なくみ上げということでございます。
 事業団は団法にも規定してございますが、「条約その他の国際約束に基づく技術協力の実施に必要な次の業務を行う」ということになっておりまして、途上国からの要請を待って行うといいますか、途上国との合意に基づいて技術協力を行うということが前提になっておるわけでございます。ただ、私どもといたしましては途上国から要請が来るのをじんぜんとして待っているということではなくて、日ごろの途上国との間断ない対話を通じて積極的に途上国のニーズをくみ上げていくというふうなことにしてまいりたいと考えておりまして、毎年行われます途上国との年次協議の場を通じるとか、あるいは調査団を派遣してニーズをくみ上げるということに努めてまいりたいと思います。と同時に、事業団といたしましても先方の政策官庁に人を送りまして、そういった途上国のニーズをくみ上げる、あるいはいろんな技術的なアドバイスを行うということによって我が国の援助が効率的なものになるように積極的な働きかけを行ってまいりたいと思っております。
 第三番目には、国別のあるいは分野別の研究を進めてまいりたいということでございます。
 先般もフィリピンにつきまして国別の研究会を設けまして、その成果を五月の初めに発表いたしました。こういうことによりまして我が国の援助がいかにあるべきか、そしてまた、効率的な実施のためにはいかなる援助を行うべきかにつきまして基本的な研究を積み重ねてまいりたいと思います。今年度におきましてもさらに数カ国を選びまして、こういった国別、分野別の研究を進めてまいり、援助の効率的な実施に努めてまいりたいというふうに考えております。
 第四番目は、評価活動の重視でございます。
 私どもといたしましては、これまでも事業団の行ってまいりました各種の技術協力につきまして内部的な評価を行うと同時に、外部の第三者の有識者にお願いいたしまして援助の評価というものを行ってまいりました。今後ともこういった評価活動というものを積極的に進めまして、この評価が今後の技術協力に十分フィードバックされるようにしてまいりたいというふうに考えております。
 第五の問題は、広報活動と情報の公開という点でございます。
 経済協力は、もちろん日本国民の広い御理解と御支持を得て進めていかなきゃなりません。そういう見地から、私どもといたしましては事業団の行う活動あるいは我が国の経済・技術協力につきましていろいろなパンフレットを発行する、あるいはセミナーを開催する、あるいは高校生の懸賞論文等々広く広報活動に努めておりますが、今後ともこういった広報活動をさらに積極的に進めまして、国民の各層の広い御理解を得てこの援助活動を進めてまいりたいというふうに考えております。
 さらに重要な点は、情報の公開という点だと思います。私どもの行っておりますいろいろな資料あるいは調査団の報告書、こういったものを今後はできるだけ一般に公開していく。こういうことによって開かれた事業団ということに向かって一層邁進してまいりたいというふうに考えております。
 最後に、国際協力事業団の内部の改善推進委員会の動きにつきまして若干お話し申し上げたいと思います。
 昨年は事業団にあってはならない不祥事件を起こしまして、このため国民の皆様方に多大の御迷惑をおかけいたしました。この機会をかりて深くおわび申し上げます。事業団といたしましては、こういったことを二度と繰り返してはならないという意識のもとに、副総裁を長とする改善推進委員会というものを設けまして、人事の問題あるいは組織運営、あるいはコンサルタントの活用の問題等々、業務全般を見直す仕事を行っております。
 人事問題につきましては職員の規律、モラルの向上に努める。それから管理職の指導管理の徹底ということにつきまして、さらに一層研修を深めてまいりたいと思っております。
 それから組織運営につきましては、事業団総裁の直轄の業務監査室というものを設けまして、業務のあり方全般にわたりましてこれから監査を強く進めてまいりたいということを考えておりまして、不祥事の再発を防止するよう最善の努力を進めてまいりたいと思います。
 それからコンサルタントの適正な活用。これは民間活力というものは依然として必要なわけでございますが、これが適正に活用されなきゃならないということで、特にコンサルタントにつきましてはこの適正な活用のためにいろいろな規則を設けまして、例えば不正な業務あるいは粗雑な業務を行った場合の措置を明確にするとか、それからコンサルタントの選定につきましてより客観性を持たせるような方法で業務改善を行うということで、今事業団の総力を挙げてもろもろの改革に取り組んでおるところでございまして、六月中には何らかのめどが出るものというふうに予想されております。
 以上、国際協力事業団の業務の概要及び当面の課題につきまして、簡単ではございますが御説明させていただきました。
 どうもありがとうございました。
#7
○小委員長(志苫裕君) どうもありがとうございました。
 それでは次に、長谷山参考人にお願いいたします。長谷山参考人。
#8
○参考人(長谷山崇彦君) アジア経済研究所は国別、地域別及び専門テーマ別の多様な研究を行っております。また国際交流も非常に活発に行っております。名前はアジア経済研究所でございますが、これは設立当初のときの名前でございまして、現在は第三世界全部を含めて、英語ではインスティチュート・オブ・デベロッピング・エコノミーズになっておりまして、開発途上国研究所という名前が英語でございます。
 本日は、極めて限られた時間に御報告をするために、研究所の運営、機構その他はお手元に配付した資料にございまして、後で質疑応答のときにもし必要がありましたらお話しさせていただくことにしまして、本日は国際問題、それに絡めた経済協力の問題をアジア経済研究所の研究成果の一部を踏まえてプリゼントしまして、先生方の御意見をお伺いしたいと思います。
 お手元に配付した資料の「発展途上国の経済成長と経済協力−要約」というのと、要約がついていない分がございます。これを本日ここで御報告させていただきたいと思います。要約の方は、統計表その他が添付されております要約のついていない本文のさらの要約でございますので、時間の関係でこちらに沿ってお話しさせていただきたいと思います。
 まず本題に入る前に、我々エコノミストがそれなりに見た八七年、ことしの世界経済の態様というものをごく短くお話しして、それから途上国の問題に入らしていただきたいと思います。
 一九八七年、つまりことしの世界経済は、昨年に引き続きまして全般的に余り活性化されない、大体低調で推移するんではなかろうかというふうに考えております。世界のGNPの平均実質成長率は二%からせいぜい三%程度ではないかというふうに見られます。
 御承知のように、米国経済がいわゆる双子の赤字、財政赤字と貿易赤字によりまして低迷から脱出できないということがやはり世界経済の不活発の最大の原因ということは十分考えられると思います。今後の見通しとしましては、現在のいわゆる三低ですか、ドル安とか原油安それから金利安というものはやはりこのまま推移する可能性が強いのではなかろうか。
 貿易摩擦は、現在日本とアメリカが焦点に上がっているようでございますけれども、ことしは日米のみならず、日欧、米欧、それからアメリカとアジアのNICSという四つの絡みとなりまして、世界経済は多極化的に動いていくのではないかというふうに考えております。現在の国際的な貿易不均衡というものは、このように多極的に拡大するか、あるいは現在のままで推移するか、そういう中で、今問題になっております保護貿易主義の一層の高まりが高進しないだろうかというおそれを我々持っております。
 途上国の債務累積問題というものは、また後ほど申しますが、これは非常に解決が難しい。現在、中南米、若干の中東諸国、それから最近とみに債務累積かここ二、三年増大してきたアフリカ諸国というものが非常に難しい国際金融問題を提起するのではなかろうかと見ております。ただ、一つ非常に意欲的な明るい面としては、韓国それから台湾地域、香港、シンガポールというようないわゆるアジアNICSが一層の経済の成長を遂げて、南南格差といいますか、発展途上国の中でひときわ目立ちまして、いわゆる準先進国の道を進む可能性がこの世界経済低迷の中で非常に強い。そういう南南格差の拡大の可能性が八七年には非常に強いというふうに考えております。
 そうはありましても、やはり米国というのは、御承知のように世界のGNPの大体四〇%を占めておる。その潜在力はやはり軽視できない。もしアメリカ経済が大体二から三%程度の経済成長を実質的に遂げるならば、やはり世界経済がこれ以上非常に深刻になるというのは何とか防げるんではなかろうかというふうに考えておりますが、これは先生方どのようにお考えか、後でお伺いできれば非常にありがたいと思います。
 このような中で一つ、アジア経済研究所の研究成果の中で、経済協力をどういうふうに考えるかということに焦点を絞りますが、経済協力は今後、局地、局所的といいますか、例えば特定の国の特定の問題を詰めて、これを押さえて経済協力を進めるということも非常に大事でございますが、すべて今途上国の経済というのは、先進国、中進国、その他いろいろお互い相互にリンケージしている。そういうことで国別の経済協力のあり方、問題点というものを詰めると同時に、並行的にこの国際経済の中でどういうふうにマクロ的にといいますか、体系的にこの問題を考えるべきかという問題にも我々は集中してやっております。一つの経済協力のつぼといいますか、この国あるいはこの地域でどういうふうな形態の経済協力が必要かということを見る。人間の体で言えばつぼといいますか、これを我々は成長のメカニズム、グロースメカニズムと言いますが、その地域あるいはその国がどのような形の成長メカニズムを持っているかということを分析しております。
 つまり一つの地域、国によっていろいろな成長メカニズムがございますが、その成長のメカニズムを持続的に活性化する、さらに促進するということがその国の経済成長を高める。ひいてはその他の国とのリンケージを持った相互依存関係を高めるというふうに考えているわけです。その成長メカニズムがどういう形かということを押さえることで、近年アジア経済研究所は、まずアジアNICSとASEANの国について分析的な研究を行いまして、その結果の一部でございますが、これから御報告させていただきます。
 まず、この要約の一ページに書いてございますが、日本が今まで経済協力を集中してきたのは大体アジア地域でございますが、これらのアジア地域というのは、例えば欧米が経済協力を集中してきたアフリカとかあるいは中南米、こういう国に比べますと明らかに過去二十年間に大きな格差を持って成長してきた。つまり、アジアの経済成長がほかの第三世界に比べて非常に目覚ましいということは、問題があってもやはり否定できないと思うんです。これは西側の国でございますが、東アジアと八SEAN諸国というものは過去二十年間に他の発展途上国を引き離して非常に目覚ましい成長を遂げた。いわゆるアジアNICSと言われている国は、単に成長だけではなくて、それが雇用拡大を通じまして所得分配ももたらし、公平が成長を自動的にもたらす、つまり成長と公平がほぼ両立する形で進んでくることができたということは、他の途上国と比べて非常に大きなフェーバラブルな特徴ではないかと考えるわけです。
 東アジア、ASEANの国というのは、過去の一連の石油ショックそれから国標通貨のショックというものに非常に根強い抵抗力といいますか、非常に強い順応力を示しております。国際的な経済あるいは国際的な変動があったときに、一時的には非常に大きな影響を受けて成長率が低下しますが、すぐさまそれを乗り越えて、それに対して粘り強い抵抗力を示す。それでもとに復帰するというふうな特徴を過去において示してきております。
 東アジア、それからASEAN諸国がこのような成長を示した仕組みというのはどういうものか、その成長メカニズムはどういうものかということでございますが、これは結論から言えば非常に簡単でございますが、一連のそれなりのデータを踏まえていろいろな分析をした結果、次の二つに要約できると思うんです。
 一つは、これらの地域においては投資と輸出、特に製造工業品の輸出というものが非常にリンクしている、投資と輸出の好循環メカニズムがあるということです。これは簡単なようでも、例えば南アジアのインドを例にとりますが、最近のインドはかなりよくなっておりますが、昨今までインドそれからパキスタンも、投資をしても必ずしもそれは輸出拡大というものに結びつかなかった。それは国の経済政策それから経済の開放度等いろいろ問題があると思いますが、とにかく必ずしも投資が輸出に結びつぐということではなくて、東アジア、ASEANの諸国においてはこれが非常に好循環でリンクした。これはかつて一九六〇年代の高度成長を遂げたときの日本が経験した成長メカニズムに極めて類似しているということでございます。
 もう一つは、いわゆる労働集約的な輸出を目的としている軽工業と、それに原材料を提供します資本集約的な重工業というものが非常に並行的にリンクして発展してきた。これが第二の特徴ではないかと思われるわけです。よく工業化においては、例えば村落工業から興し、次に労働集約的な軽工業を興す。それから順次重工業化するという戦略も過去にいろいろエコノミストの間に論じられましたが、アジアのNICSの成功例を見ますと、出発点は若干の相違があるとしても、その成長過程においては輸出志向型の軽工業とそれに原材料を提供する輸入代替型の資本集約的な重化学工業というものが非常にうまくリンクして発展した。これが第二の特徴だと思います。以上、二つの成長メカニズムは必ずしも他の第三世界では見られない成長メカニズムでございます。
 我々は、これらの地域のこういう成長メカニズム、グロースメカニズムを今後維持し、活性化するような経済協力を行うことができるならば、これらの地域世さらに持続的に、いろんな曲折変動はあるといえども持続的にプラスの経済成長を遂げていくことができるのではないかというふうに考えておるわけです。
 アジア経済研究所は、ちょっと古くなりますが一九八二年に、当時アジア経済が非常に不振な真っ最中でございましたが、そのときに今申しましたように東アジア、ASEAN地域が八〇年代以降も引き続いて着実な経済成長を遂げていけるだろうというふうな予測を報告いたしました。当時、このような意欲的な研究成果に対しては、たまたま研究対象地域が非常に経済不振であったためにいろいろな批判が出されました。
 しかしその後、状況は非常に我々の予測どおりたなっていきまして、八三年、四年、五年というふうに種々の問題はありましてもアジア経済は着実に成長を遂げてきた。ここ一、二年はいろいろな問題がありまして、これらの高成長地域にもかなりの陰りが見えておりますが、しかし我々は依然として長期的な視点からはこれらのアジア経済、具体的にはASEAN諸国及びアジアNICSの成長潜在力というものに非常に強い意欲的な見通しを持っております。
 ただし、今申しましたアジアNICS及びASEANの国の経済成長にも、次の三つの心配な規制要因が考えられます。
 一つは、国際経済環境。もう一つは中国の工業近代化政策がどのように影響するかということ。具体的には中国の輸出志向型工業が発展した場合、国際市場で中国製品と今のアジアNICS及びASEAN諸国の工業製品が国際的な輸出市場でどのような絡みがあるのか。競合するのか、あるいは相互補完関係があるのか、そういう問題でございます。三番目には食糧問題です。
 これらの三つの規制要因がございますが、過去の例からいいますと、今申しましたアジア地域というのは国際経済の不振といいますか、余り芳しくない状況にも非常に粘り強い抵抗力を示すということ。
 それから、国際経済環境の不振にもう一つのプラスの要因といいますのは、最近アジア途上国同士の国際貿易というもの、あるいは直接投資というものが非常に活発になってきておる。そうなりますと、今まで対先進国一辺倒の彼らの貿易構造というものはかなり途上国同士の貿易構造にだんだん変わっていくことができるのではなかろうか、若干楽観的かもしれませんが。そういう要因を含めると、現在の非常に懸念されている国際経済環境、必ずしもダイレクトにそのまま彼らの心配材料と考えなくてもよろしいんじゃないかというふうに考えておるわけです。
 それから二番目の規制要因、中国の工業化の影響でございますが、これは昨年の夏、アジア経済研究所の中国に対する調査団の一つに私も参加して、中国の東北地域の工業地域をつぶさに調査する機会を得たのでございますが、中国の現代の工業近代化といいますか、高度技術の移転及びその普及及び定着というものに対する意欲は並み並みならぬものでございます。いろいろな問題、資金不足があり、また若干過熱ぎみな傾向がございますが、これが何年か後に、一九八〇年代に輸出市場に彼らの製品の一部が出るということは十分考えてよろしいのではないかと思うのです。一しかし、それでも我々の結論から申しますと、中国も含めたアジア地域というものは、競合もありますが、お互いに相互補完関係というものが同時並行的に発展していくであろう。うまく相互にお互いに協力し合うことによりまして、これらの地域は競合よりもむしろ相互補完関係という関係を強めていくことができるのではなかろうか。
 最近の例をとりますと、急激な円高で日本の工業製品というのは、アメリカ市場で例えば韓国、台湾の製品に圧倒されているという事実。しかし韓国、台湾は、特に韓国はアメリカ市場にその工業製品を輸出するために資本財というものを日本から輸入しなければいけない。したがって、全体として見ると、これらの国は競合もあるけれども相互補完関係もあるというふうな現象が今顕著に出ております。私たちは、中国も含めて同じような関係がアジアの比較的低所得国、中進国、それから日本のような先進国との間に起こり得るのではないかというふうに考える次第です。
 それから食糧問題でございますが、食糧問題は、これも結論から申しますとアジア地域は主食に関しては恐らく今世紀それほど深刻な問題は起こらないだろうというふうに考えております。これも昨今まではいろいろ問題があったのでございますけれども、本来、アジアNICSそれからASEANの国というのは深刻な食糧問題のある国ではございません。ただ、主食の不足というものがインドネシアとかフィリピンなどで云々されましたが、現在それはいろいろな問題があったといえども、いわゆる農業の技術革新、ほかの言葉で言えば緑の革命において一応克服したと考えられます。
 ただし、一つの心配材料としては、現在これらの地域の肉を含む畜産物の消費量が非常に急激にふえております。したがって、これらの畜産物の消費が今のままで増大したと仮定した場合には、将来これらアジア途上国の穀類の自給率というものは非常に大幅に低下すると思います、必要ならば後でこれをデータで申し上げますが。これは、一九六〇年代の高度成長以降の日本が非常に肉の消費量がふえたために穀類の自給率がどんどんと低下した。現在でも一年に二千何百万トンかの穀類を輸入しなければいけない。大部分はえさのためである。そのために日本の穀類自給率というものが著しく低下してしまった。それと同じような現象が今後のアジアNICS及びその次の準NICSといいますか、こういう国において徐々に起こるのではなかろうか。
 そうなりますと、食糧問題は余り心配ないと申し上げましたが、この状態が一転する可能性は十分にある。率直に言いますと、畜産物を食べなければ問題ないのでございますが、しかし、これらの途上国の畜産物に対する需要の所得弾性値というのは非常に高いです。具体的な数字を言いますと、〇・七、八、九、場合によっては一・〇、一・二というふうな非常に高い需要の所得弾性値を示しておる。それは今後、これらの地域が経済成長を遂げ、一人当たりの所得が増大すれば畜産物の消費は急激に増大するということであります。これは何かの政策で規制しない限り、自然にそうなると思います。その問題をどうするかということが今後の一つの不安材料でございます。
 さて、アジア地域においては、先ほど申しましたようにそれらの途上国の工業化につれて競合もありますが、相互依存関係も同時に発展してきている。これは単なる理想じゃなくて、それなりの分析をしますと、一九七〇年代の中ごろから日本を含むASEAN、特にアジアNICSの間には競合とともに相互依存関係というものが徐々に徐々に芽生えております。ただ、この相互補完関係は、まだ最終生産物の貿易よりも中間財の貿易が圧倒的である。最終生産物の市場というのは、やはり欧米先進国に集中している。したがって八〇年代、今後におけるアジア経済の重要課題というのは、この輸出市場の多様化でありまして、そのためには経済協力による途上国製品の品質の水準向上というものも図る必要がある。そうすれば、日本にも自動的にこれらの途上国の製品がもっと入ってくるだろう。日本の消費者の嗜好も途上国製品へもっと向くだろうというふうに考えておるわけです、
 しかし、たまたま最近の日本の例のように、急激な円高によります生産の海外シフトということで、今の問題はいや応なしに進んでいるような感触が見られるわけです。
 以上は、かなり意欲的な見通しを述べましたアジアNICS及びASEAN諸国でございますが、これとは全く逆に非常に心配な発展途上国のグループが二つございます。
 それは、主に中南米、若干の中東を含めたいわゆる中所得国群で、もう一つはアフリカの、殊にサハラ以南の低所得国群でございます。これは私のサマリーの二ページに書いてありますが、これらの中所得国それから低所得国においては、八〇年代どうも経済成長がだんだん行き詰まってきてしまった。一つは債務累積に直面している主に中南米のこれらのグループの国でございますが、もう一つはやはり飢餓と債務に直面しているアフリカの低所得国群、これを今後どうしたらいいかというのが今後の国際協力の大きな問題としてクローズアップされるわけです。
 私の申したいのは、アジアは――アジアというのは具体的にはアジアNICSとASEANですが、余り心配はないだろう。むしろこちらの方が世界経済から見た場合、大きな心配である。世界銀行はこれらの国に構造調整という処方せんを打ち出しておりますが、今後どういうふうにしてこれらの経済成長が行き詰まった国に我々として対処すべきかという点が大きな問題点になると思います。
 次に、経済協力を考える場合に、途上国の限られた資源、また、援助をする先進国側の資金といえどもこれは必ずしもあり余っているわけじゃなくてやはり有限である。限りある先進国及び途上国の資金、資源をより有効に使うためにはどのような経済協力を行うべきか。それはやはり各途上国の発展段階に応じた開発戦略とそれに絡んだ経済協力を考える必要があると思うわけです。
 まず、発展段階がまだ停滞期から動き出さないし、あるいは停滞期から徐々に徐々に動き出しているような国、アジアでは具体的には南アジアの諸国、それからビルマ、それから中国、まだずっとおくれますがインドシナ半島諸風、それからアフリカの低所得国でございますが、時間の関係で簡単にポイントを申し上げますが、これらの国においては経済の成長もそれほど高くなく、また、いわゆる先ほど申しました成長メカニズム、何らかの形の成長メカニズムというものがまだ十分に育っていない。したがって、先進国が例えば輸入増大してやるとか、市場開放体制をとってやるということをしても、それを有効に使うような反応ができない。したがって、これらの発展段階にある国については、先遣国の経済協力あるいは市場開放体制に対して十分反応できるような市場メカニズムを育成するような経済協力が必要である。
 具体的には、まず生産基盤といいますか、これらの国の供給サイド、生産力を増大するような協力だと思うわけです。それからもう一つは、まだまだたくさんのいわゆるベーシック・ヒューマン・ニーズといいますか、基本的な人間のニーズを満たされていない人口がおりますから、これらの人口にベーシック・ヒューマン・ニーズ、具体的には食糧、医療、衣服というふうな人間の最小限生きるために必要な援助でございますが、こういう面の援助をしなきゃいけない。これはむしろ救済といいますか、途上国の困窮している人口に対する救済ということで、先ほど申しました先進国、途上国の相互依存関係ではなくて、どちらかといえば一方的な救済の経済協力が非常に重要であると思うわけです。
 次に、もう少し発展段階が進んだ準中進国といいますか、アジアの例では大体シンガポールを除くASEANの国がまずこの段階に入るわけでございますが、これらの国ではかなり国際的な経済の動きに反応する市場メカニズムが育成されている。そこでは先ほど申しました生産基盤、生産力増大の生産基盤に対する開発戦略及び経済協力に加えまして生産物をより効率的に流通させる流通基盤といいますか、マーケッティングの基盤の整備というものが並行的に行われねばならない。それと同時に、生産と流通をより効率的につかさどる制度的な基盤を育成しなければいけない。最もわかりやすい農業の例でいいますと、生産基盤はまず例えばかんがいなどが生産力を増大する生産基盤である。流通基盤は生産物を市場まで運ぶ道路とか、あるいは貯蔵設備でございます。制度的基盤というのは、それらをつかさどる農民組合とか農業信用組合、こういうものでございます。
 この第二の発展段階では、もう一つ重要な成長メカニズムをつくるような協力が必要である。それは先ほど申しました成長メカニズムの複線化でございまして、例えば労働集約的な軽工業と資本集約的な重工業が並行して発展するような成長メカニズムをつくらなきゃいけない。これは一九七〇年代のアジアNICSが経験した成功例でございますが、これを促進するような経済協力をする。これは具体的には、工業化に対する技術の、あるいは資本の協力であり、ハードとソフトの協力でございます。
 三番目に、発展段階が中進工業国経済である場合、さらに進んだ場合ですね、現在のアジアNICSでございますが、この場合はより高度な産業の高度化を図らなきゃいけない。そのための高度技術の移転というものが最も重要な経済協力の対象だというふうに考えております。
 以上で各発展段階別の経済協力の考え方というものを我々の研究の一部をベースにして申し上げたんですが、以上すべてをカバーする経済協力で必要なものとしては、非常に簡単な表現で恐縮でございますが、やはりこれは人づくりの協力である。すべての段階の経済協力、技術協力でも、中度のいわゆる中間技術においても、高度の技術移転においても、やはり人づくりに対する協力というものがこれは非常に重要である。また、いわゆる政治的な絡みその他の問題がなくて、どの国にも長期的には必ず感謝される協力になるのではなかろうかと思うわけです。
 これは正確な数字ではございませんが、例えばアメリカには中国人の留学生が約二万人いるというふうに聞いております。これに対して、これも正確な数字ではございませんが日本には約二千人の中国人の留学生がいる。将来これらのアメリカの二万人、日本の二千人が自分の国へ帰って指導的な立場をとった場合に、彼らがどちらの方向を見るか。やはりアメリカの方を見る中国の指導者の数あるいは目の方が多くなるというのは、これは必然的だと思うわけです。
 これでいいか悪いかという問題がありますが、例えば昨年私が訪問した東北地域の吉林でございますが、吉林大学ではごく最近まで日本語を学ぶ中国人の学生の方が英語を学ぶ中国人の学生より多かった。ところが最近情勢が変わりまして、英語を学ぶ中国人の学生の方がふえてきた。なぜかといいますと、やはり学生の受け入れ体制がアメリカの方が非常に開放的といいますか、容易であるし、また、学位も取りやすいという問題があるわけですね。この問題はどういうふうに考えるべきかということ。やはり日本はアメリカに比べて非常に小さい国とはいえど、将来これらの途上国が日本に対して、より親密な目、より日本と一緒に経済の開発を進めようという目、あるいは日本と一緒に協力して世界経済の安定化といいますか、それを目指すための意欲というものは、今のままではむしろ太平洋を越えた米国に向く目が多くて、近隣の日本を向く目の方が数少なくなるのではなかろうかと恐れますが、これは今後の我々の対策いかんで十分にカバーできるものだと思います。
 いずれにしろ私が申し上げたいのは、とにかく小さい国でございますが、もっと多くの留学生を日本は受け入れてやるべきであろうということでございます。
 次に、もう時間があと一、二分しかないのでございますが、私の要約の五ページと六ページに、「今後の経済協力の留意点」とありますが、これはポイントだけ申しますと、後で質疑応答がございましたときに入らせていただきますが、まず債務累積問題、それから一次産品問題、食糧農業開発問題、それから保護貿易主義に対する問題というもの、それから経済協力において民間の能力を大いに活用する、民間活力をいかにして活用するかという問題です。
 次に、以上のような先進国、援助供与国、ドナーカントリーですね、これらに対して、それらの経済協力をより有効に使うにはどうしたらいいかという問題、これは当然援助を与える国の問題もあると思いますが、アジア経済研究所は発展途上国の問題を研究している研究所でございますので、我々は発展途上国の受け入れ側の問題というものを研究してきております。
 そこで、問題となっている幾つかの点を申し上げますと、私の要約の五ページの下からでありますが、援助を受ける国の受容能力、アブソープティブ・キャパシティーと申しますが、受容能力がまだ低いんではなかろうか。せっかく援助を与えてもそれをどこまでそしゃくできるかという問題です。それから援助を受ける国の開発行政力の低さですね。これは技術者とか人材の不足、それから行政機構の未整備などの問題、これは受け入れ国側で大いに改善をやってもらいたい問題だと思います。
 それから開発プロジェクト、例えば途上国でどういうふうな開発プロジェクトが、限られた資金を最も有効に使って最も効果を上げるプロジェクトであるかということを発掘する能力がまだ十分でない。これも現地側の努力あるいは先進国の協力によりまして、もっと開発プロジェクトを適切にピックアップする能力を養ってもらいたいということです。
 次に、プロジェクト相互間の連絡性が不十分である。これはやはり援助を受ける側が、受けた援助を国民経済全体の見地から、より体系的に使うという計画が十分でないのではなかろうかと考えられるわけです。
 それから、完成プロジェクトのアフターケアが不十分の場合が見られるということ。さらに、国によりましては援助なれによりまして自助努力が後退してしまう。これはやはり問題である。こういうことがありますと、幾ら援助をしても、もらうのが当然だと思われては困るのであって、やはりそれを使って自助努力するということが必要ではないか。敗戦直後の日本が各国から援助を受けても、それをベースとして非常に強い自助努力で消化したということは、やはり率直に言いまして一つのよい手本、よい例ではないかと考えるわけです。
 それからもう一つは、これは途上国の問題というよりも、いろいろ問題、気の毒なんですが、最近の円高によりまして日本からの円借款を受けている国の債務が急増する、これは当然でございますが、そういう状態になっている点、これは受け入れ国側の問題であると同時に、やはり国際経済情勢の問題であると思いますが、そういう問題が最近大きくなっているということです。
 それから最後に、先ほどもJICAの中村理事からもお話がありましたが、私たちは発展途上国を研究する研究機関として、やはり研究所、研究をする人材の拡充という必要性を特に強く申し上げたいわけです。現在、アジア経済研究所の場合も、内外のニーズに応じた研究の要請というものは非常に多様に増大しております。また、アジア経済研究所を訪問する外国の研究者及びいろいろなグループのミッションというものの訪問が激増しております。去年一年でも約百四十人ぐらいの海外の方がアジ研へ見えられまして、それに対応する我々、来られた場合、当然研究所ですから、やはり何時間か時間を割いて彼らとディスカッションをして、またその要請にこたえるということをやらなければいけませんが、それに対するやはり時間といいますか、エネルギー、国際協力の仕事の激増というものは非常なものでございます。
 今後、このような国際交流の増大及び発展途上国の経済協力に絡んだ内外のニーズに基づいた研究の増大というものに対処するために、このような研究所の体制強化というものにより一層の御理解をいただければ非常にありがたいと思います。
 時間を四分超えて申しわけございませんでした。
#9
○小委員長(志苫裕君) どうもありがとうございました。
 それじゃ次に、星野参考人にお願いいたします。星野参考人。
#10
○参考人(星野昌子君) 限られた時間の中で、大まかに四つに分けてお話し申し上げたいと思います。
 初めに、JVCと呼ばれております私どもの団体、ジャパン・インターナショナル・ボランティア・センターでございますが、どんな団体で、一体何をしているのかということ。二番目には、なぜ私どものような民間非営利団体、最近ではNGO、ノン・ガバメンタル・オーガナイゼーションの省略でNGO、また米国におきましてはプライベート・ボランタリー・エージェンシー、PVAという別の呼び方を使っておりますが、一体なぜNGOなのか、PVAなのかということを二番目に。それから三番目には、日本の私どものような、そのほかにもNGOが幾つかございますが、私どもが抱えている問題について。そして最後には、政府の開発援助費をNGOへというふうな声が最近聞かれますけれども、仮にそういうことが可能だった場合に、現状においてどういうふうにという具体的な提案を申し上げたいというふうに思っております。
 JVCでございますが、お手元にお配りいたしましたオレンジ色の資料でございますが、これを中を開いていただきまして、このあたりにJVCがどういうきっかけでできたかというようなことが書いてございますが、私自身、青年海外協力隊の第一次隊員、昭和四十年、一九六五年にラオスへ日本語の教師として派遣されました青年海外協力隊の一番最初に日本を立った者の五人のうちの一人でございます。その後個人的に、協力隊が二年間終わりましてから、ラオス都合六年、それからタイに十二年というふうに、十八年間をあの地域で過ごしたわけなんですが、一九七五年から私がもと教えていたラオスの教え子たちがインドシナ三国の政変に伴いましてメコン川を越えてタイへ難民となって流入してきて、個人的にはその七五年のころから昔の教え子に物を運んだり、何か手伝うことをしていたという関連の中で、それから四年たちまして、当時私はタイにおりましたけれども、七九年という年は、春はベトナムのボートピープルで大変な年でございましたし、秋に入りましてカンボジアからの難民が大量、タイ国へ流入したわけです。
 それで私自身、公的にこの難民の問題にかかわりましたのは、七九年も暮れに近くなりまして日本政府がインドシナ難民の調査団を、現在上智におられます緒方貞子先生を団長として調査団を送り出されまして、その結果、インドシナ難民のために必要とする国連UNHCRの費用を半分以上出していくというような中で、金は出すが人を出さないというようなことではというので、政府の呼びかけに応じて医療チームが十二月にサケオ、カオイダンのインドシナ難民キャンプに入りましたが、そこへ通訳として入りましたものでございます。
 初めは私も、日本政府がこれだけ――外科であったことが特に特徴で、国際社会から非常に頼りにされましたし、お医者さん方の技術の水準も非常に高くて、なぜそこがNGOなのかというようなことは、私自身全く関知しないところでございました。
 ただ、だんだんこのニュースを聞き伝えて、日本からリュックサックをしょって駆けつけてくるボランティアなどが、だんだん救援がシステムに沿って、例えばイギリスのボランティアはイギリスのOXFAM、フランスはメドサン・サン・フロンティエールという、MSFという団体とか、アメリカはCAREというふうなところを通して登録をして救援活動に当たるというふうになってまいりますと、日本には民間団体がないというようなことで、在タイ日本大使館、それからマスコミ関係者、また日本から状況視察に見えました福祉関係者なども非常に心を痛めて、何とかしてここで民間団体をつくろうではないかという皆さんの意思で、私自身は在タイの主婦のグループとして難民のお手伝いをしていた者の一人なんですが、言葉その他の関係で事務局長として組織をつくり、当時からタイ国日本人会の部屋を無料で貸していただきまして、現在もタイでは私どもは事務所を持っておりますけれども、そういうふうな形ででき上がりました全く市民による人材と、それから日本から寄せられました任意の資金によって活動を開始いたしました。
 その後一、二年の間は全く活動家の集合体ということでございましたけれども、だんだん取り扱うお金の金額、それから危険地域にどうしても人が出ていかなければならない、万一の場合には人命にかかわるような仕事の性質その他から、やはり組織としてきちっと規約を定め、組織化する必要があるという声に応じて、一九八三年には、お手元の資料の二番目でございますが、現在法人化しておりません。法人についてはまだ後でお話し申し上げますけれども、任意団体として会員制度をとりまして、執行委員制をしき、総会が最高の議決機関として、将来的に仮に法人化されるならば社団法人的な、会員を中心とした性格の団体として動いております。
 目的などは、この規約を御参照いただければありがたいと思います。
 そして、現在までにどういうふうな仕事をしておるかと申しますと、資料の一番最後、「試行錯誤」というのがお配りしてございますけれども、これは私どもの月刊の機関誌でございますが、その最後の三ページ、二十五、二十六、二十七が毎月、毎月と申しますのは、活動はそんなに閉じたり開いたりいたしませんけれども、何分にも緊急状態に応じて新しい活動が開かれたり、また救援というものは余り長々と継続すると相手側に依存の態勢をつくりますので、閉じるということは非常に大切なことで、そういうふうな変化に富んでおる状況の中で毎月最後のページを私どもの活動の表にしております。
 そこでごらんいただきますように、現在本部は東京の御茶の水に置きまして、日本国内におきましては、既に八千人ぐらいの方々が定住しておられますけれども、その方たちが日本語が十分できないために日本社会といろんな摩擦があったり、御記憶に新しいかと思いますが、カンボジアの方が家族を惨殺されるというようなことも起きてまいりまして、なるべくそういうことを防ぎたいということで法律家のボランティア、それからお医者さんのボランティアなども含めて日本国内に定住した難民のお世話をさせていただいております。
 それから次のエチオピアでございますけれども、エチオピア、ソマリアなどアフリカは八三年から仕事が始まりました。初めはやはり難民に対する救援の活動、医療、診療所の運営などをしておるんですが、大体そういうばたばた人が死んでいくような状況を救援するというのはつまり応急手当てであって、そしてそういう状況が二度と起きてこないような彼らの自立を助けるということになりますと、農業とか保健衛生を中心とした農村での仕事にだんだんある時期を過ぎますと移行してきております。エチオピアもソマリアもそういう例でございます。
 それから二十六ページの下のところにありますカンプチアでございますが、これは御承知のように、日本は現在ヘン・サムリン政権とは外交はございませんけれども、カンプチアの国内におきましては日本と同じような政治路線を行きますアメリカなどのNGOが大変な活動をしておりまして、私どもも去年の春から仕事が始まっております。
 最後のページ、二十七ページのタイでございますけれども、私どもの創設の地となりましたタイでは、引き続き国連難民高等弁務官あるいは世界食糧計画などと協調いたしまして、技術訓練あるいは母親とか小さな子供たちに対する補助給食の仕事、これは国境で行われております。それから、日本へこれから定住してみえる方たちのために、こちらにいらっしゃる前に、日本での生活のオリエンテーションあるいは言語の指導。それと同時に、タイ政府から一九八二年のころに国際的なNGOの団体に非常に要請がありまして、難民のことばかりに目を向けないで、タイの農村あるいはスラムにおいてもまだまだ大きな問題を抱えているということで、当時から始まりましたスラムでの図書館あるいは奨学金のプロジェクト、それからスラムから立ち退かされて違う地域に移っていく人たちへの建築資材の援助、これは貸し与えるような形でやりますけれども、そのような形で活動が進んでおります。
 それで、なぜNGOかという二番目のところでございますけれども、さっきも申し上げましたように、実感として、サケオ、カオイダンに政府の医療チームの通訳として入っておりますときにある事件が起きまして、日本の病棟を建てる場所が決まっておりましたのを国際赤十字のヨーロッパ人が非常に激怒して、くいを抜いたりするところを私、目の当たりにいたしました。最初は全然わからなかったんですけれども、当時五十七団体のNGOが、政府として動いておりましたのは五十七のうちに三つの政府の医療チームが含まれておりまして、一つは日本、それからイスラエルとモナコの三つだったと思いますけれども、あとはNGOによって動いている。そうすると、NGOはタイ以外にも過去においてたくさん、方々で出会っているような仲間同士でございまして、その人たちがどこの国にはどこに病棟を建てさせるというふうなブループリントがすべてできていたところに、日本政府がこれはバイラテラルで入ったわけなんですが、タイ政府としてはもちろん強力な日本の援助というものは大歓迎であるし、予定地が既にどこに決まっていたかは存じませんけれども、後から非常にいい場所を日本がとるような形で、彼らは最終的にはそれはタイの土地でございますからタイ政府の意向というものが何物にも先行いたしますけれども、そういう場面に遭いました。
 それからもう一つは、例えば氷なら水で、井戸を掘ったり、それからトイレとか、そういうふうなことで動いているNGOはまた、小委員会のようなものをつくりまして緊密に相談をしております。それがラオスの山岳民族のキャンプですと、七五年以来、アメリカでしたらワールド・ビジョンであるとかIRCであるとかというふうに、長期的にそのあたりの地の利、それからそこで大量の難民の排泄物が周辺の農村に対して悪い影響を与えないかというようなことに基づいていろいろ決めているのに、もし仮にそういうインターナショナルな輪の中に入っていかないで援助をしようとしますと、たまたま掘ろうとした井戸のもう少し上にはトイレがあるというようなことも起きるわけで、これはやはりNGOというものが国際社会の救援関係のメンバーの一つになって動かなければいけないというようなことを痛切に感じたわけでございます。
 NGOの資格としては、スイスのジュネーブにインターナショナル・カウンシル・オブ・ボランタリー・エージェンシーズ、ICVAというふうに省略して呼んでおりますけれども、そのようなところのメンバーになるためには、設立以後三年間というものは自己資金で行う。それから後、政府の仕事を補完するようないい質の仕事をし始めますと、NGOに対しては現在、先進諸国ではODAが非常なパーセンテージで流れるわけなんですけれども、初め政府のお金によってつくられた名のみのNGOというか、そういうものも世界にはなくはございませんけれども、そうでないという一つのあかしとしては、設立してから三年間、十分に自己資金で動かすというあたりがはっきりした条件になっております。
 なぜNGOかというふうなところは、そういうふうにして動いている対象となる第三世界の国々に対してもそうなんですけれども、一緒に動いていく中において西欧諸国、主として西欧諸国でございますけれどもそういうところとの協調関係、そして日本でなければできないことに対する尊敬とか、ただバイラテラルで入っていった場合に、そうしたNGOの国際社会を無視してしまうという点では非常にマイナスが多いのではないかというふうに感じます。
 それから先ほど申し上げたプノンペンのようなケースは、当然バイラテラルでは救援もそれから開発援助も届かないわけでございます。そして向こう側におきましてもNGOというものはかなり世界的に一つのパスポートを持っているような感じでございまして、私どもがプノンペンに入りましたのはタイ側からの援助を行っていて、結局難民の三つの解決方法、その国に吸収されるか、インテグレートされるか、タイは絶対にこれは反対しております。それから第三国へ再定住していくか、これももうアメリカもカナダもオーストラリアもヨーロッパも非常に疲れて、第三国へもなかなか定住しにくい。そうしますと残りますのは自主帰還。強制的に帰されるのではなくて、難民自身が自分の国へ帰っていくという方法しか解決方法がないわけで、タイの難民キャンプで働いたりボーダーで働いておりますと、いまだにそこにおります十何万という人たちが将来帰っていく自分のカンプチアという国自体が人が住めるような状況でなければ、決して解決はないだろうというようなところから、私はプノンペンに入りました。
 現在、プノンペンの救援関係は、ホテルに事務所を持っておりますけれども、日本のNGOとしてオフィスを構えて活動しております。
 三番目に、そのような日本のNGOが抱える問題といたしましては、何といたしましてもまず財政問題がございます。
 お手元の資料、実は今、八六年の報告と今年度八七年の計画を六月七日の総会に向けて作成中でございますが、ちょっとの時間で間に合いませんので、一年古くてまことに恐縮でございますが、この資料の終わりの部分三十七ページあたりをごらんいただきますと、そこに八五年度の決算の収入分析図がございます。大体、総額としてこの年は約四億ぐらいだったと思いますけれども、そのうちのパーセンテージでございますけれども、補助金収入というところに国連のUNHCR、WFP三六・九%、約四〇%ございます。
 これも私どもは初めタイで動いておりまして、国連へ当然日本の政府も含めていろいろな国から拠出が行われ、そのお金を使って仕事を、各プロジェクトをインプリメントする、実施するのはNGOだというのを私ども存じませんでした。それは国連のお医者さんとか国連の農業専門家がそのお金を使って活動するというふうに思っておりましたけれども、実際には例えばエチオピアにおいてもタイにおいても、国連は市内の大きなビルに事務所を構えておりまして、そこから委託されたような形で実施をしているのはすべての国々のNGOだったわけで、それがわかりましたのは私どもがタイのウボンキャンプというところで日本から送られたお金で細々と技術訓練の仕事をしておりましたら、ある日バンコクのUNHCRから呼び出されまして、JVCに人件費を含む活動費をすべて出すので、同じ仕事をカンボジアの難民対象のカオイダンで行ってほしいという要請がありました。それから私どもは国連からお金をいただいて仕事ができるんだということがわかったような状況でございまして、そこからふえてきております。
 ただし、ここでの問題は、管理費が出ません。国連からちょうだいするものは、例えば東京本部であるとかそういうところの人間であるとか通信費あるいは場所代というようなものは一切落とせないようになっております。
 それから、団体寄附がその年では約六〇%近いんですが、どのような団体かと申しますと、その次の三十八ページにございます。私どもは宗教的にも政治的にも中道を行くというふうなことで、資金を送ってくださいます中には創価学会というようなところもありますし、新聞社も朝日があったり読売があったり、それからNTVのようなところから、創価学会もあれば立正佼成会もある、そしてキリスト教関係の団体もあるという形で受けております。
 この団体の方々から管理費を約二割、支出分析図のところに管理費として一〇・一%というふうにございますが、総額からいきますと一割で抑えたいというふうに努力しております。ところが国連からいただくお金約四割は、管理費に落とせませんので、結局団体会員あるいは個人会費収入の中から約二割ぐらいをそうした管理費に落とさせていただかなければならないという状況です。ところが、この年などはアフリカの干ばつによる飢餓ということで非常にパーセンテージが高くなっておりますけれども、実際にはことしあたり非常に心細い状況にあって、常に、国際社会からもある程度評価されながらも、資金的な不安定というふうなものに悩んでいます。
 それで、もう時間も限られてまいりましたので、最後の提案なんでございますが、私どもが過去七年近く動きまして、その活動地であるタイとかエチオピアなどで見てまいりましたら、そこで動いている人道的な援助をするNGOが協議体をつくっております。現在でもエチオピアは三十四団体。それからタイには八〇年当時は五十二団体ぐらいがあるんですが、今はもう少し減っておりますけれども。ここはNGOだけの場ではなくて政府、タイの場合には内務省管轄のキャンプと、それから陸軍の管轄がありますから、そういうところの代表は月々のミーティングには必ず出てまいりますし、それから関心の高い大使館、アメリカ、西ドイツなどはそうしたNGOの連合体の会議に必ず出てまいります。それからエチオピアにおけるそうした連合体も非常に立派なものでございまして、事実上は私ども、エチオピアは干ばつのことが去りましてからは日本からは全然お金が入らずに、ここの連合体を通しましてECのお金と、それからロンドンの音楽家たちが集めましたバンドエードというふうなお金を約三千万ほど昨年度は使わせていただいております。
 それで私の提案は、援助が必要とされているような国で、人道援助のために協力しているNGOのプロジェクトの中から、現地での評価のいいものに対して、そこにECが、例えばエチオピアのNGO、CRDA――CRDAと申しますのはクリスチャン・リリーフ・アンド・デベロプメント・アソシエーションという言葉の略でございますけれども、元来はエチオピアのコプト教の僧侶たちが、皇帝政治下において、各僻地の農村での状況に対応するべく、教会を中心に人々の救援を行っておりましたけれども、七三年の干ばつ以来、国際的な援助が集中いたしまして、現在はその国のNGOの名前でもあると同時にNGOの連合体の名前でもあります。
 それからタイの場合にはCCSDPTという非常に長い名前なんですけれども、コミッティー・フォー・ザ・コーディネーション・オブ・サービシズ・ツー・ザ・ディスプレースド・パーソンズ・イン・タイランドと長いんですが、これはレフュジーだけじゃなくて、そうした国境紛争などによってタイ国民、農村の人たちなども自分の生まれた農村を離れなければディスプレースされるという意味で、その双方に対する援助、それからスラムなどを改良するためのNGOの連合体などもございます。そういうところに、額は大きい必要はないんですけれども、出していくということは非常に意義があるというふうに思います。
 そのもう一つの理由は、私どもはのどから手が出るほどお金が欲しい。けれども、まだ私どもも含めまして日本のNGOの質は、歴史も浅いですし、実際行っている仕事の質なども今世界ではどんどん理念的にも進んできておりまして、まだまだ私どもは夢中でそれを追いかけるというふうな状況。その中で、ODAが本当に現地で歓迎されるか。それも政府とか権威の場にある方たちにではなくて、本当に農村であるとかスラムであるとか、その人たちの評価も含めて、いい仕事をしているかどうかというようなことすら常に私どもは反省を続けて、その意味で機関誌の名前は「トライアル・アンド・エラー」としてやっておりますけれども、そういうような状況の中で、もし大金をしょって第三世界へ出て行くことになりますと、今ODAに対する批判なども聞かれますけれども、また違う意味での、悪い、余り望ましくない協力に参加することになるんじゃないか。その辺が私ども自身が危惧するところでございます。
 そうしますと、仮にODAがそうした連合体に出された場合、日本のNGOはその資金を獲得して働くことができないかもしれません。そこでの評価に合わなければ日本のNGOとしてはだめだということでお金をいただけないかもしれないですが、やはりそのくらいの厳しさでNGO自身も自己鍛錬を重ねながら、そのお金を獲得していくというふうな段階がまだまだ必要なんではないかというふうに思うわけでございます。
 それから一方、国内におきまして、こうした団体における税制面が現行の法律でございますと、私ども少しまとまった寄附を受けるような場合には免税にはなりません。そのためには法人というふうなところに進むわけなんですけれども、では仮に各主務省庁のOBの方などを二人ぐらいお迎えしてというふうになった場合に、NGOというものは下からそれぞれかかわってくるボランティアたちが情報を本当に共有して、権限を分散して、それぞれのボランティアが行っている範囲というのは小さいんですけれども、やはり組織全体に対する、そして日本の社会との結びつきなどもよく理解した上で、自分自身が考えていることをそこで実施できるという意味において、こんなに苦しい状況下でボランティアというのは集まってくるわけですから、そういうふうな下から上へ下から上へ、そして情報は上の方で握らずに完全に共有するというようなシステムと、現在の法律による法人化というようなものとは合致しないのではないかというふうに思います。
 したがいまして、税法上NGOとして、こういう団体は免税に値するかどうかというふうな審査はもちろん厳重に行われなければならないと思いますけれども、寄せられる寄附に対する免税というふうな法制上の御配慮のようなものが必要ではないかというふうに思います。
 アジ研の方がちょっとオーバーなさいましたので、私も四分ほどオーバーさせていただきますが、外務省は私どものようなNGOに対して非常に理解を持っておられるお役所だというふうに思います。ただし、非常に部局が縦割りになっておりますから、私どもが現在、非常に身近なところは、具体的には国連局人権難民課です。少し前までアジア局の中にアジア難民対策室というのがございましたけれども、その方々は具体的に諸外国が、バイラテラル・プラスNGOがむしろマルチラテラルな援助を国連を通して使っていくという意味において、一つモニタリングの役目をしているし、そういう意味で、早い時期から私どもを支援してくださっております。
 したがいまして、私どもも、難民に限らず今年度の事業計画などは人権難民課と細かく情報交換をいたしました。一方、外交もないようなプノンペンなどで仕事をしたりというようなこともNGOとしてするわけなんですが、情報交換は密に行われております。
 それから、もう一つの部局は、経済協力局の政策課にNGO担当というのがかれこれ三年前からできまして、そことのつながりは緊密でございますし、そして経済協力局を中心とした、今度は国内をどういうふうに変えていくかというふうな開発教育を考える会などを中心に御理解は大変深いというふうに思います。そして具体的にお金の部分では、少額でございますけれども、過ぐる三月にアジアから草の根のNGOの代表を招きましてフォーラムを行いましたけれども、その場合のアジアの方々の渡航費などを外務省がお持ちくださっている。また、NGOの実務者レベルの訓練ということでJICAの研修センターの方のファシリティー、それから予算なども利用させていただいて訓練などが行われております。
 そして最後に、こうした私どものような運動に対する日本社会全体の理解というものがまだまだ、皆両親はやっぱりJVCに息子をとられたというような、国際ボランティアは大変結構であるけれども、なぜ私の息子が行かなければならないのか、娘を返してほしいという段階で、そこのところがアメリカ、西ドイツなどに比べて非常に違うところだというふうに感じまして、その辺をマスコミその他の大きな力でもってつくり変えていきませんと、せっかく始まりましたNGOの動きなども先細りになるのではないかというふうに危惧しております。
 ありがとうございました。
#11
○小委員長(志苫裕君) ありがとうございました。
 以上で参考人の方々の意見聴取を終わります。
 それでは、これから質疑に入ります。
 質疑のある方はどうぞ挙手をお願いいたします。
#12
○大木浩君 自民党の大木でございます。
 三人の先生方から、それぞれのお立場からの大変に有益なお話を伺ったわけでございますが、実はきょう質問時間が大変限られておりまして、全部で二時間程度という先ほどの打ち合わせでございますので、一人二十分ぐらいしかお聞きできないんです。しかも質問とお答えと両方で二十分ということでございますので、私は時間を節約する意味で三人の参考人に対する御質問をまとめさせていただきます。一応どなたから特にお聞きしたいかということは申し上げますけれども、お互いに関連もしておりますから、余りそれに限定されずに、御意見がありましたらお話しいただきたいと思います。
 まず、中村参考人のお話ですけれども、先ほど開発途上国からの要請の多様化ないしは高度化ということをおっしゃったんですけれども、これは具体的にどういうことか。最近は非常に経済水準も上がっておりますし、あるいは先端技術のようなものも開発途上国でも欲しいというようなことがあるので、そういうことかなと思って私は聞いておりましたけれども、そのことについてもうちょっと御説明をいただきたい。
 それから、実施体制の整備ですが、仕事が何倍にもなったにもかかわらず、人間の数が横ばいでほとんどふえていないというのは、実は先ほど資料を見せていただきまして驚きですけれども、経済協力、特に技術協力というようなものはやっぱり現場においてじっくりときめ細かく状況を見てやらないと、とてもいけないだろうという感じがするわけですけれども、一体どうしてこういう状況になっているのか。もちろん、現在の行財政改革というような一つの枠の中で政府の金が限定されておるから人間もふえないということかと思いますけれども、私は、特におたくの事業団一つをとりましても、やっぱり現場へもっと人をたくさん出さなきゃいけないんじゃないかと思うんですが、その辺をどういうふうにこれから人員配置を考えておられるか。本部の人間を多少減らしてでも、もっと外へ出る必要があるんじゃないか。あるいは支部をつくれないのなら、もっと出張してでも現場を見ていただく必要があるんじゃないかと思いますが、その点についてのお考えを伺いたいと思います。
 それから、これは主として長谷山さんからお伺いしたいんですけれども、先ほど第三世界全部についてのお話がございましたけれども、さしあたってアジアを焦点としてお聞きしたいんです。
 アジア諸国の成長を中心にしてお話しいただきまして、特に投資と輸出のリンケージですか、それが言うなればサクセスストーリーということで、おおむね成功しているというお話でございましたけれども、これからどうなるんだろうか。先ほど参考人の方からもお話がありましたけれども、現在の国際経済環境のもとで、要するに市場が本当に確保できるのか。輸出が主として市場が確保できるのかどうか。あるいはアジア諸国の中で相互に市場を開発するというようなこともあるかもしれませんけれども、その辺の見通しはどうだろうか。
 それからもう一つは、労働力についてどう考えておられるのか。労働力というのは、それぞれ各国内におきまして一応固定したものとして考えておられて、余り相互の移動というようなものはないという前提で先ほどからいろいろとお話をしておられるのかどうか。その点をひとつお伺いしたいと思います。
 それから、星野参考人から大変に興味深いお話を伺いました。特に青年海外協力隊として、言うなれば政府ベースの経済協力もやられる。それからまた、今NGOということでございまして、そのNGOと政府ベースの方のいろんな事業との関連ということで非常に興味深く伺いましたし、それから我々も確かに国によっては、あるいは状況によっては余り政府権力、国家権力を背負っていかない方がいいだろうという場所があるということは十分に理解されるわけですけれども、しかしやっぱり日本から経済協力、技術協力として出ていく場合に、政府のやっていることとNGOとが全然ばらばらというのもどうも少し理解しがたい。その辺のところをこれから両方上手に連携と申しますか、提携するためには、一体どういうふうにしたらいいのだろうか。
 あるいはNGO全体が、先ほどもお話がございましたようにそれぞれが頑張っておられるけれども、率直に申し上げましてNGOというものに対する理解がまだ非常に足りないと思います。そういった場合に、NGO全体を包むような何か機関と申しますか、仕組みと申しますか、そういったようなもの、例えば国連関連の協会の中でNGOというものをもっと中心として何か焦点を当てるとか、そういったようなことが考えられるのかどうか。あるいは政府ともうちょっと正面から提携することができるのかどうか。その辺についてのお考えを伺いたいと思います。
 以上でございます。
#13
○参考人(中村泰三君) 第一の、要請の多様化とは何ぞやという点でございますが、従来は、例えば農業であるとか、あるいは公共土木であるとか、いわゆるインフラ問題、こういった問題についての要請が多うございました。ところが最近は、例えば農業でも単独の稲作であるとか野菜の栽培だとか、そういう問題ではなくて、農業総合開発といったソフトの面での要請、それからコンピューター、バイオマス、そういった先端技術、あるいは経営管理といったノーハウを要する新しい分野での要請がふえている、こういうことでございます。
 第二の実施体制の整備、これは昭和四十九年に事業団ができましたときには技術協力と移住の分野が大体フィフティー・フィフティーの割合で五百人ずつ程度でございました。その後、移住の業務が漸次縮小するに伴いまして移住関係の職員を技術協力の分野に回してきた。内部の人員の再配置ということでこれに対処してきたわけでございますけれども、先ほど御説明申し上げましたように、予算が非常にふえ、事業規模もふえてきたということで、もう現状ではどうにもならないような状況になっております。
 そういうことで技術協力は、大木先と言われたように、現場にもっと多くの人をつけるべきだという点は確かにそうでございますし、先週、事業団の在外の事務所長会議を開きまして、在外事務所の強化は一体どういうふうにすべきか、本部を減らしてもっと在外の事務所に人をつけるべきかどうか、そういった点について議論をしたところでございますが、私どもとしては、やはり本部にも欲しいし、それから出先にももっと人をふやしたいということでございます。やはり技術協力というのは非常に手間暇のかかる仕事でございますので、本部も非常に人手不足でございまして、若い職員などが非常に時間を超過して勤務している状況でございます。私の気持ちといたしましては、何をおいてもまず本部と在外と両方とも人をふやしていきたい、こういうことでございます。
 御理解のある御発言で、今後ともひとつ御協力、御支援のほどをお願いいたしたいと思います。
#14
○参考人(長谷山崇彦君) 非常に的確な御質問で、十分に答えられるかどうかわかりませんが、第一番ですが、今後投資と輸出の好循環を維持できるかという問題です。
 これは先ほど私が申した対象の国、つまりアジアNICSとASEANでございますが、アジアNICSの場合は依然としてこれが維持できているというふうに申し上げてよろしいと思うんです。これはいろいろ円高その他のウインドフォールといいますか、そういう恩恵がかなり影響していると思いますが、現在、ASEANといってもシンガポールはNICSですから、シンガポールを除いたASEANの国と、それからアジアNICSとの南南格差の拡大が非常に強い。アジアNICSの方はいいんですが、シンガポールを除いたASEANの国については、先生の御指摘の点、今後どのようにこれを維持できるかという点が確かに大きな問題ですね。
 ただ、一つは日本を含む先進国あるいはアジアNICSの協力によりまして、アジアNICSよりもおくれた国に対して技術協力を行う。これによりまして、いわゆる途上国の製品の品質を改善するということによって、日本を含む先進国の消費者の嗜好がこれらの途上国の製品に向くようにすれば、製品輸入を拡大することによりまして今の投資と輸出の好循環は違った形で維持できないだろうかということを希望しております。
 違った形というのは、今まではどちらかというと、投資と、製品もありますけれども、中間財の輸出というのが多かったんですが、これをもっと最終生産物の製品の輸出に今後切りかえることが技術協力その他でできるのではなかろうかというふうに、若干甘いかもしれませんが、そういう希望を持っております。
 それから、あとは、これは円高による生産シフトに見られますように、生産拠点が海外に移るということによりまして実質的にはこれらの国の投資が製品、その輸出というふうに結びつく。何年か前までは十分に予想し得なかった事態が今に急速に起こるのではないかということ。
 以上、二つの要因で、私は先生のおっしゃった点、かなり実現できるのではなかろうかというふうな気持ちをまだ持っております。
 それから二番目の御質問は申しわけないんですが、よく……。
#15
○大木浩君 労働力のことをちょっとお聞きしたのですが。
#16
○参考人(長谷山崇彦君) 労働力が今のままで固定しているというお話ですね。
#17
○大木浩君 という前提でいろいろお考えになっているかということです。
#18
○参考人(長谷山崇彦君) 国際労働力の移動がないかということですか。
#19
○大木浩君 ええ。特にアジアですね、アジアの中で。
#20
○参考人(長谷山崇彦君) 恐らく、アジアNICSの労働力が今急速に不足化しているということも含めてではないかと思うんですが、労働力の問題は、かつて韓国とか台湾地域も、かつてというのは一九六〇年代の末ごろまでは、まだ労働力が過剰であった。しかし、現在は御承知のように工業の急速な発展によりまして、この労働力の余剰というものがかつての日本のようにおのずから解消してきた。先ほど私が申しましたように、投資と輸出との好循環というメカニズムを通じまして、工業化によって興った産業が農村からの余剰労働力を非常にうまく吸収してきた。
 その他の国では、農村から都市へ流れる労働力というのは、いわゆる工業化によってプル、引っ張られたのではなくて、もう食えないからやむを得ず押し出された、プッシュの形で出てきたと思うのですが、アジアの場合は、アジアNICSの先例のようにプルの形で非常にうまく労働力が吸収されておる。したがって、むしろ労働力がだんだん寡少のきみになる。これをどうするか。
 そのために、かつて日本がやったように、現在のアジアNICSというものは生産拠点を徐々に、よりおくれたといいますか、より生産コストが低いような国へ今移し始めている。具体的には韓国それから台湾地域が東南アジア諸国にそれを移し始めているということによって、その労働力の過不足の問題はそのような地域的なリンケージによっておのずから調整されていくのではなかろうかと思います。
 それからあと、これは先生の御質問とは若干ずれるかもしれませんが、頭脳労働力というのを日本はもっと入れて使ってよろしいのではなかろうか。我々の研究についても、これは我々だけでなくて日本全般的にそうだと思うのですが、日本の場合はほとんどが日本人である、国産主義なわけですね。これを欧米のようにもう少し、最近はすべて日本の方がすぐれていると思うのですが、人材といいますか。頭脳の国際化という点は日本はまだ欧米ほどは進んでいない。我々の研究についても、途上国の人間と机を並べてフェアで対等な立場で研究するという体制、一種の頭脳労働力のいい意味での輸入ですか、こういうものは将来いや応なしに日本が大国化するにつれて発展せざるを得ないだろうと私は考えます。
 以上でございます。
#21
○参考人(星野昌子君) JOCV、青年海外協力隊と民間の私どもとの連携というのは、具体的に既に存在している部分のことを申し上げますと、やはり協力隊の私自身もそうなんですがOB、OGがかなり専門的な、あるいは、かつて二年間の滞在中に身につけた現地語の能力も含めて民間団体に入ってきているということは事実でございます。逆に、相手国の政府の要請でないと出せないという政府の協力隊の弱い部分はありますけれども、やはりこれだけ政府をバックにしてしっかりした保証のもとに第三世界に若者たちが出ていって、そして、そこの草の根の人たちと同じように物を感じる。彼らが何が幸せで何が問題だと感じているかということを自分自身が感じられるような人間をつくっているという意味においてJOCVは、私自身も現在も運営委員の一人をさせていただきまして、大いに支援して、高い評価をいたしております。
 具体的には、例えば民間の方から申しますと、JOCVで行われている言語の訓練などは、私も参観させていただいたんですけれども、非常に充実した、現地語の先生とかそういうふうな部分はうらやましいなというふうに思いまして、そういうふうな施設を使わせていただくとか、具体的に研修センターでのことが動き始めておりますから、ことしは語学部分のNGOの人々も協力隊が受けているのと同じようなトレーニングを受けるというようなことも進むのではないかというふうに期待しております。そうして、日本におけるNGO協議会であるとか、そこまでいかなくても、センターというふうな形での連合体のようなものの必要性は私どもも感じておりまして、それは外務省の方も同じようなお考えであるというふうに思います。
 それで、具体的な提案なども双方によってされたりしておりまして、ダイレクトリーが出てから何百というようなNGOがあるんだということはわかったんですけれども、じゃ、即実働できるようなということになりますとやはり数は限られておりまして、大体十三団体ぐらいが今まで外務省との懇談会、NGO関係者懇談会というのをつくって時々話し合いをしておりましたけれども、ことしはもう少し大きく広げた形で関東、関西で、そして横のつながりができるというふうに思っております。
#22
○大木正吾君 最初に中村参考人にお伺いいたしますが、これはJVCにも関係があるんですが、仕事がどんどんふえていきまして人がふえていない、減っているという傾向がありますね、全面的に。これはどこか新聞で見たのか、雑誌かわかりませんが、帰ってきましてから日本の企業がいわば働く場所を与えないとかそんな話があったのを見たことがあるんですが、そんなことは内部的には問題になっていないんですか、どうですか。それが一つの問題です。
#23
○参考人(中村泰三君) 協力隊員のですか。協力隊員が帰ってきてからですか。
#24
○大木正吾君 ええ、協力隊員のです。帰国後の、やっぱり処遇の問題でしょうな、結局。仲間はどんどんどんどん係長とか出世していく。帰ってきましたら自分は三十になったけれども、平にも入れないとか、そんなことなども日本人的にはやっぱり考えがちですからね。
 それから、これは基本的なことなんでございますけれども、いわば各省庁、通産から大蔵から全部、バックとして関係していきますね。それで、こういった問題についてもう少し政府サイドとしてまとまったもの、あるいはまとまった仕事のプロジェクトをもっとしっかりとさせるとか、一元化をしていくことの必要性という問題については余りお感じになりませんか、どうですか。これが二つ目の問題です。
 あとはまた、後でもって資料を拝見しながらお伺いしますが、ただ、民間の資金の問題で、これからは相当日本が、ベネチア・サミットでもやられるだろうと思ってはいるんですけれども、結局ODA全体にかわりましてもう少しあなた方の仕事の量というものをふやすこと、あるいは相手側との関係においてそういった問題についてどういうふうにお考えか。全体的な問題としまして、仕事の量をふやしたい、同時に一元化した方がやりやすくなるという問題ですね。そういった問題についてはどういうふうにお考えでしょうか、そのことを伺っておきます。
 それから、長谷山参考人に伺いたいことは、これはアジア地域に対するこれからの日本の企業の進出は相当激しくなると思うんですね。そうしますと、せっかくさっき三つぐらいのパートに分けてお話しがあったわけでございますけれども、円高ですから利息が高くなって仕方がないというようないろんな話もございましょうけれども、こういった民間の企業の進出とおたくの仕事の関係、これについてはどういうふうに、余り密接な関係はないとか、あるいはそれは領事館や大使館の問題だとか、そういったふうに考えておられるのかどうか。その辺の関係についてお伺いいたしたいことが一つ。
 二つ目に、いわば政府援助の場合には、相手の計画というものを出させて援助のやり方を決めるんですね。そういった問題が割合にスムーズにいく方法であろうとは思うんですが、なかなかうまくかみ合わないという問題が起きてくるだろうというふうな感じも持つんです。例えばフィリピンに私行ったときに、これは通信施設の工事に日本のエンジニアが行っておったんですが、結果的に、当初、始めるときにはマルコス政権下だったんですが、始めたときには政府間あるいは民間も若干入って、うまく計画ができた。途中でもって打ち切りになってしまって、仕事は今ないんだと、こういう話を聞きまして愕然としたこともある。
 同時に例えば、ちょっと例が違いますが、中国の谷牧さんと二時間ほど議論したときに、エネルギーとか、あるいは通信施設とか輸送とか、こういった問題があの国の場合問題なので、ですから日本は電電公社などがあったときには、電話債券等を出して民間資金というものを相当吸収してやったんですよという話を随分やったんですが、そういった問題等について、国情も違いますけれども、なかなか理解ができない問題等もありまして、話は中途半端に終わった傾向も若干あります。いずれにしましても、そういったことを含めて、結局現地の計画というものと日本側の援助、中国は若干事情が違いますけれども、そういったギャップについてどういうふうにお考えになっているか、これについてお伺いいたしたいわけであります。
 三つ目に、星野参考人にお伺いいたしますが、ずっとこの寄附の団体の資料を拝見いたしまして、どうも私自身が非常に知識が浅かったということを自己批判といいましょうか、反省をさせられているわけでございますが、例えば私は千葉県なんですが、千葉県の天理教さんなどの寄附なんかもございますね。そういったのを拝見いたしまして、国内的なキャンペーンですね、皆さんの存在、こういう活動をやっていますという宣伝の仕方が何か少し薄い、こういう感じがいたしますので、そういったことと、もう一つ、さっきちょっと中村さんにも伺ったんですが、結果的には親御さん側から恨まれるという話もありましたけれども、そういった問題について具体的にどういうような解決策をとられているか。なかなかこれは難しい問題でございましょうけれども、参考に伺っておきたい、こう思います。
 以上です。
#25
○参考人(星野昌子君) 国内キャンペーンが薄い。御指摘のとおりでございまして、ただし日本国内全体、例えばつい昨日もユニセフのキャンペーンというのを拝見しました。やっぱり一人一人の市民がそういう権威というものに対して、何か上の方から来ないと自分も参加しない。ところがボランティアというのは自主的に、だれも強制しない、だれも命令もしない、頼んでいるわけじゃないんだけれども、私どもの場合ですと、現在の世界の状況の中における日本というようなものを自分が考えて、外からでなしに中から何かを出さなきゃならないということ自体が欠落しているというふうに思うんでございますね。それはもうそれこそ幼児期からの教育で、こういうふうにしなさい、あるいはこうしてはいけないというふうにして日本人は育てられますから。
 私もインドシナ以外にもかなり、アメリカとかフランスとかで暮らしたこともありますけれども、全くその辺は違って、その人が持っているものを出させる。その辺があるので、まずこういう海外へ行ってみますと、民間の私どものような組織の人材というのは、青年海外協力隊プラス在外の大使館が相手国政府と交渉をしたり、もちろん国際語でやるわけですけれども、国連等、ジュネーブならジュネーブに行ってお金を取ってきたりというようなこともできないと民間の方では使いものにならないわけですね。交渉事は政府がやってくださいますけれども。そうすると相当語学などもでき、なおかつ何か技術的なものも把握し、こうした問題に対してスピリットを持っているというふうな方たちが日本で普通の就職をなさるならば、お役所にしても、企業にしても相当な収入になる。それに反して生活ぎりぎりのところでやらなければならない。
 私ども幸いに余り大きな事故などはありませんけれども、この八年間に一人、ボランティアが命を落としました。アランヤプラテットというところで、全く仕事と関係なしに強盗に襲われて、私も一緒におったんですけれど、そういうふうなときの補償みたいなものも、日本政府の事業ではございませんから非常に微々たるものであるとか。
 アメリカの学校の例なんかを見ますとエール大学なんかも、三年生で私どもへ入ってきたアメリカ人のボランティアがあるんですけれども、それは学校が奨励金を出して、世界のどこにおける地域でも構わないから人道的なボランティア活動にということで生徒を募集しますと、大変な競争率で、逆にそれに学校の方は奨励金を出す。今度そういうもので帰ってきますと、日本の学校はもうやめてしまった人がたくさんいますというか、もう復学できないわけなんですが、逆にそういう部分を評価されて、もちろん落第はしないし、飛び級ぐらいで卒業してしまうとか、学校制度そのほかすべてがリンクされているわけなんですね。
 そういうことで今、私なども日本の地方に行っていろんなお話をしますと、そんな難しい仕事を何かちっぽけな市民の団体、グループとかというものができるはずはないというところに立っておられるというふうに思うんです。いろいろと御指導いただいて、もっと国内的にもキャンペーンを張り出したいとは思っておりますけれども、NHKなどもやっと、この間ちょっと教育テレビの方で報道してくださったという状況です。
 それから、御両親なんかも日本の価値観といいますか、なるべく苦労しないで、そして生活に必要な物を購入するというか、部分的に何か専門的に、医者でもどこどこの専門医であるということによって高い収入を得て必要な物は買うということがいいんだというふうに親御さんの方も思っていますから、もっとトータルな人間として手足も動かす。私ども千葉県に東金農場なんというのも持ちまして、きのうはみんな出かけて田植えなんかもしたんですけれども、これも結局、専門的な人たちが大きな都市に集まって高い給料をもらって、そして買うんだということが肯定されている。
 先を考えると非常に怖いですけれど、そうしますと生産者というのは東金あたりでもどんどん過疎のところができてきて、私どもが逆にそういう主義で何かアメリカだけで農業をやっていますというのが格好いいようでも、結局日本だって自分のところの食糧さえつくれない。これからアメリカのお米が入ってきたら、もう米さえという感じ。だったら過疎地はやっぱり空いている時間には排そうじゃないかというふうにして国内的にも動いているんですけれども、そこでは専門制で高い給料を得て何かを購入するというものと逆に、人間として持っているものを使っていくという方向だと思うんです。ですから、御両親の意識などが変わってくるのにも時間がかかるというふうに思うんですけれども、何かいいことがあったら逆に教えていただきたいというふうに思います。
#26
○参考人(長谷山崇彦君) 民間企業との関係についての御質問でございますが、これは相互協力といいますか、お互いに利用し合っているといいますか活用し合っている、あるいは協力し合っていると申し上げることができると思います。例えば民間企業が海外に進出する場合、そのビジネスに関する御相談というのは、これはジェトロでございますね。こちらの方が主に担当しておりまして、我々の方は研究所でございますから、それに関するダイレクト、あるいは直接、間接に関係のある研究を進めている。
 それで、賛助会員制度というのがございまして、たくさんの民間企業がアジア経済研究所の賛助会員としてメンバーになっていただいておりまして、この方々にはそれなりの会費はいただいているんですが、アジ研の研究成果の出版物は全部お送りする。それから定期的に行われております研究成果をベースとした公開講座あるいはゼミナール、こういうものを御案内差し上げまして、積極的に利用していただいているわけです。研究所の研究の成果は公開でございますので、図書館その他でたくさんの民間企業も含めた方が御利用していただいております。
 それから、あと研究活動する際、例えば一次産品の場合、一次産品の研究家というのは、やはりこれは民間に非常にベテランがいらっしゃいますので、こういう方々を我々は委員としてお招きしていろいろ教えていただく。また、先方方はその研究成果をそれなりに利用していただく。そういうことで相互に交流は深めております。
 それから、あと途上国に対しての協力ですね。途上国のニーズと日本側の判断との乖離といいますかギャップですが、これはどうも日本も往々にして出るんですが、欧米諸国の場合も大同小異こういうのがあるようなんですね。先生のおっしゃったのは確かにいろいろございまして、例えば中国の例で宝山製鉄所というのが一時計画されまして、これは日本側はどちらかというと最先端よりもうちょっと下の方の技術を提供しようとしたんですが、向こうがやはりどうしても国家の威信といいますか、その他の理由でトップクラスの最先端の技術が欲しいということで、日本もそれを提供した。ところがやはりうまくいかなかった、そしゃくできなかったという問題がありまして、これはその後いろいろ手当てをして何とか動くようになったんでございますが、確かにそういうおっしゃるとおりの問題があるわけです。
 ただ、これは非常に難しくて、例えば世界銀行とかIMFのような場合は、かなり言いたいことを言っても向こうは国際機関ですから受け入れるんですが、当然のことを言っていても向こうの方で内政干渉だというふうな反応でくる場合が少なくないんですね、非常に難しい問題がございまして。例えばおととし、アメリカのバークレーのカリフォルニア大学で国際会議がございまして、アジア経済研究所からも篠原会長が報告に招待されて出たわけですが、私も拝聴したんですが、ここで中国の専門家が非常に激しい調子で日本を非難しました。何を非難したかといいますと、日本は中国にいろいろな技術援助をしてくれている、ところが日本の専門家は中国の技術が日本より十五年おくれているとか二十年おくれているとかそういうことを言う、非常にこれけしからぬと、そういうことを言うわけです。ただ、事実なんです、それは。
 ですから非常に難しい問題がありまして、それに対して、お名前を挙げていいと思うんですが、日本から出た若い専門家、東京大学の助教授の舛添さんという国際関係論の先生ですが、非常に立派な回答をされまして、あなたはそう言うけれども、我々は、日本というのは中国の非常にいい隣人である、フレンドとしてあなたたちにそういう真実を言っているんだ、これを入れるか入れないかはあなたたちの自由だけれども、これこれこれの理由でうまくいかなかったじゃないですか、だから決してあなたたちのことをおくれているというんじゃなくて、事実を言っているんで、それをやはりよくそしゃくしてくれと、そういうふうな返答をしまして、それでおさまった。そういうことでございますので、なかなか難しい問題だと思います。
 以上でございます。
#27
○参考人(中村泰三君) 協力隊員の帰国後の再就職の問題、これは確かに大きな問題がございます。
 国家公務員あるいは数多くの地方公共団体におきましては有給休暇制度をとっていただきまして、協力隊の隊員が帰国後はもとの職場に復帰できるような体制をとっていただいておりますし、また、かつての国鉄あるいはNTTその他数多くの民間企業におきましてもこの有給休暇制度を採用していただきまして、協力隊員が二年間現地で後顧の憂いなく業務に携われるような措置をとっていただいております。私どもといたしましては、民間の団体に働きかけまして、有給休暇制度を数多くの企業がとっていただくように、そして隊員が帰国後の就職の心配なく現地で働けるような制度をとってまいりたいというふうに考えております。協力隊の事務局におきましても、帰国後の進路指導カウンセラーというものを置きまして、帰ってきた帰国隊員の進路指導に当たっております。
 ちなみに、昭和六十年度の協力隊の隊員の帰国者は五百六名おりまして、そのうち三百九十八名の進路が決定しております。その後一年ぐらいたちますと、大体これまではほとんどの者が何らかの形で就職しているという状況でございまして、国際協力事業団におきましても、こういった隊員を事業団の職員として採用する、あるいは将来専門家として再び採用するというふうな措置をとっている次第でございます。
 第二のODAをふやすということにつきまして、確かに技術協力の予算は年々ふえております。ただ、我が国の技術協力をほかの先進諸国と比較いたしますと、ほかの先進諸国はODA全体の大体二割を技術協力に充てているというのが実態でございます。ところが我が国の場合はまだ一割程度ということでございまして、私どもといたしましては、我が国の経済協力の質を高めるという意味からも技術協力の比重を今後ますますふやしていかなきゃならないというふうに考えております。ただ、この技術協力をふやすに当たりましては、先ほど申しましたように、人の増員というのはなかなか難しい状況にございますので、いろいろ工夫を重ねていかなければいけないというふうに考えております。
 例えばその一つの方法といたしましては、NGOに対する援助の強化というような問題もあろうかと思います。日本の場合は、私の記憶ではNGOは大体二百団体ほどございます。資金協力の規模は恐らく三千万ドル、円に換算いたしまして大体四十億円程度かと思いますが、これも諸外国に比べてまだまだ低いレベルにある。諸外国の場合には、例えばキリスト教のバックボーンがあるとかあるいは税制上の問題、いろいろあろうと思いますが、NGOの活動が非常に活発でございます。
 私どもといたしましても、日本のNGOが今後健全に発達していただくことを祈念しておりまして、こういったNGOに対する協力というものも量をふやす一つの手段として有効な方法ではないかというふうに考えておりまして、事業団は例えば研修先としてNGOに委託するとか、あるいはNGOが開発途上国で行っておりますいろいろな事業に対して資金の協力を行う。例えば農業の協力、NGOが途上国において農業協力を行っております場合に、政府の資金でもってそこに簡単な技術の訓練所を設けまして、その農場で働いておる現地の婦人に刺しゅうであるとか、そういった家内工業的な技術を身につけさせるというような協力もいたしておるわけでございます。こういったNGOに対する協力も今後はふやしていきたいというふうに考えております。
 それから、技術協力の一元化という点でございますが、これは技術協力を実施するに当たっては、日本国内におきまして関係する各省庁もたくさんあるわけでございますし……
#28
○大木正吾君 技術だけじゃなくて、全体の仕事に対して各省庁の言い分の違いがあったりして困りませんかと、こう聞いているんですが。
#29
○参考人(中村泰三君) ええ。いろいろ各省庁の関係する業務はたくさんございますので、これは例えば外務省を中心にいたしまして関係省庁の会議を開きまして、実際の技術協力案件を実施するに当たっては関係省庁の間で十分議論を尽くし、まとまったものを実施に移すというふうな体制をとっておりまして、二元化という方向で私どもとしても努力しておりますし、実際問題といたしましては、やはり専門家の派遣にいたしましても、あるいは研修員の受け入れにいたしましても各省庁にお願いすることも多々ございますが、同時にやはり一元化ということで十分部内の協議を尽くしていただきたいというふうに考えております。
#30
○上田耕一郎君 上田です。
 三人の参考人の方々、大変有益な御意見をありがとうございました。
 私、星野参考人から順々に幾つかお伺いしたいんですが、星野参考人、最後に提案の第一として日本のODA援助、これはのどから手が出るほど欲しいんだけれども、農村やスラムでのボランティア活動の経験からいって、それが本当に現地で歓迎されるかどうかということが非常に問題だと。日本のODAの援助が来た場合に、あなた方の団体が参加できないというようなケースがあるぐらいの厳しさが必要だということをお述べになったんですけれども、あなた方のボランティア活動の体験の中で、日本のODA援助に具体的にぶつかって、これはちょっとうまくいっていないなと思うような具体的な例がございますでしょうか、ありましたらお話しいただきたいんですが。
#31
○参考人(星野昌子君) 私どもの活動地でのODAのプログラムについてでございますか。
#32
○上田耕一郎君 いや、何か実際にぶつかった場合。これはちょっと日本とはうまくいっていないなというものに、アフリカその他で具体的な例にぶつかったことがございますか。
#33
○参考人(星野昌子君) NGOとODAとのぶつかり合いですか。
#34
○上田耕一郎君 いや、そうではなくて、あなたが見た日本の援助の実態。
#35
○参考人(星野昌子君) アフリカの方では、たまたま私どもが活動しているソマリア、エチオピアなどは余り、特にエチオピアの方には緊急救援としては無償などが行われましたけれども、ODAが政府の協力隊ぐらいだということで、非常に少ないところでございます。
 それからソマリアについても、政府が行っていることについて特に感じたことはありません。というのは、余り力を入れていない地域だというふうに感じております。
 それで、タイは当然なんでございますが、大体インフラにかかわるような大きな仕事で、例えばダムを建設するとか、この間の文化センターなど、建物であるとか橋であるとか、そういうようなことですが、私どもはまた向こう側のスラムにしても農村にしても、人々と一緒に、むしろ向こうの方たちが中心にやるようなことで、ただこの間も、先ほどちょっと申し上げましたアジアNGOフォーラムで、タイからはプラティップさんというマグサイサイ賞を受けられた、スラムで生まれてスラムで学校教育を始められた女の方なんですが、最近日本人のNGOの方と結婚なさいましたけれども。ちょうどそういう質問に対して彼女が言っていましたのは、やっぱり大きな建物とかそういうものが非常に目立つ。したがって一般の、彼女が住んで実際日々苦しんでいるようなスラムの人たちにとっては実際には余り関係がないというようなことを言っておられましたし、それから文化センターについては、ちょっとマスコミの取材などもありましたけれども、その建築に当たってタイの建築家であるとかそういうふうな意向が十分に吸収されていなかったというようなことで、余りいい感情を持たれていないというようなこと。
 それから、直接私どもが関係したのは、難民のキャンプへも日本政府によってつくられたダムから生活用水が運ばれることになっておったんですけれども、ほんのちょっとのところなんですけれどもなかなかカオイダンのキャンプの方には来ない。ただ、それはJICAの方の請け負われた建設会社のお話ですと時期とかいろんなことがあって、不幸にしてそのダムが大雨でちょっと決壊した、そういうことで完成できない。ところが国連にしても、日本政府がつくってくれたダムによって難民の生活用水はできるんだと思っているところができないと非常に傷つくというようなところがあって、割合に規模が大きいから無理かなとも思いますけれども、一つ手をつけたことについては細部まで行き渡らせないと、せっかくやったいい部分の大きいことについても評価が少ないんじゃないかなというふうに感じています。
#36
○上田耕一郎君 長谷山参考人にお伺いしたいんですが、先ほどのお話、興味深くお伺いしたんですけれども、テーマが発展途上国の経済成長と経済協力ということになっているためだろうと思うんですけれども、成長のメカニズムを中心にした経済協力をお考えになっている。これは一つ確かに必要な視点なんだけれども、これだけでは僕はいろいろ問題があると思うんです。
 その一つは、発展途上国それぞれの国の国内の格差、この問題をどう考えるかということが必要なんで、今星野参考人も言われたような問題点、農民とかスラムとか、そういう人間が喜ぶような援助になっていなくて、建物とかダムだとかそういうものが主体になっていると。これは感覚的な御発言だけれども、実はかなり本質的な問題をついていると思うんです。
 後でちょっと触れますけれども、JICAが四月に発表したフィリピン国別援助研究会のフィリピンの報告書、この中にも援助の目標は、「国民の大部分を占める貧困層を目標グループとする」と。これは「従来の社会経済基盤整備の援助と並んで」という位置づけですね。従来こういう社会経済基盤整備の援助が主だったんだが、今度はフィリピンでも国民の大部分を占める貧困層を目標グループとする。地方農村地域での雇用の創出、それからその地域の社会インフラ整備に重点を置くことなどが新しく出ているわけです。これは僕はこれまでの日本のODAのかなり本質的な欠陥を、少なくともフィリピンについてはそういう方向に新しい重点を置こうということを打ち出したものとして大事だと思うんです。
 ところが、長谷山さんの先ほどの御発言の中には余りそういう観点がない。やっぱり経済成長メカニズムでお話しになるから、アジアNICSについても、その他のASEAN諸国についても、五〇年代それから六〇年代の日本の高度成長のメカニズム、これとの類似点を強調されますけれども、僕は戦後の日本のこの高度成長は、例えば一つ農地改革があったんですよね。戦前の日本の農村といったら、あの長塚節の「土」に描かれているけれども、あれはもうまるで今の第三世界と同じだと言われるくらい極めて惨めな状況だったので、ああいうものが今の、戦後の日本の農村に変わったのはやっぱり農地改革があって、あの日本の農地改革が戦後の日本の成長の非常に重要な前提条件になったんです。
 それからもう一つは、やっぱり日本の憲法九条とつながっている軍事費の少なさ、これが非常に大きかったので、アメリカの専門家の本を見ても、経済が軍事化すると投資の効率は極めて落ちると。一番落ちているのはアメリカで、一番効率がいいのは日本なんですよ。図がありますけれども、もう本当に対極になっているわけで、そういうふうな面、特に農地改革、これが非常に僕は重大な要因だと思う。
 ところが、長谷山さんの報告の五ページで「アジアでは「緑の革命」が一応成功し、主食問題は、ほぼ安定化した」ということを書かれているんだが、緑の革命というのはなかなか問題が多かったわけです。大地主層は小作人を追い出してみずから富農になっていく、大富農に。そういうことで、農村労働者等々との対決が非常に鋭くなって、フィリピンの今のゲリラ問題なんかもそういう緑の革命なるものの、僕は何もゲリラを支持しているわけじゃないんだけれども、やっぱり貧農の農村労働者がああいうところに追い詰められていく問題というのは、フィリピンだけじゃなくて東南アジア全体の問題なんですね。
 緑の革命が非常によかったので、あと「食糧資源の分配問題」、「穀類自給率の低下傾向」への対応策というのではまずいので、やっぱり東南アジアの農地改革を助けるような、それから人口の三分の二ぐらいを占めている貧困層を本当に援助するようなそういう経済協力を考えないと、経済成長のメカニズム一本やりで見ていると日本の経済協力というのはそれこそ星野さんが心配されるような、現地では歓迎されない、社会的経済的にも余り大局的にはいい結果にならなかったということになるんじゃないかと思うんですが、その問題ひとつお伺いします。
#37
○参考人(長谷山崇彦君) 非常に重要な問題の御指摘でございます。
 私の要約の二ページでございますが、二ページの二番の最初のパラグラフに今先生がおっしゃった点は留意しております。つまり、緑の革命ですね、「分配面の問題を残しながらも」と。
 確かに先生のおっしゃるとおりの問題がまだ残っておるんです。ただ、実際の生産の伸びといいますか、こういうものを見た場合、確かに技術革新の上ではいろいろな問題があったんですが成功したと言えると思うんですが、国際機関の用語を使えばザ・セカンド・ゼネレーションと言うんですか、第二世代の問題でこの分配の問題がやはりクローズアップされている。ところが、幸いにASEAN諸国においては、フィリピンというのはいろいろな政治的なまだ問題を残しておりますが、ほかの国は工業がかなり発達したということで、本来ならば土地をとられて農村で困っている連中が工業の方に吸収されたというふうな非常に利点があったということで、今の先生のおっしゃった問題が本来ならばかなり深刻に起こるべきところがかなり緩和されたと言ってもよろしいんではないかと思うんです。
 ただ、今私の申しましたのはかなりの高成長潜在力が見込まれるASEAN諸国それからアジアNICSです。南アジア、インド、パキスタン、スリランカ、バングラデシュ等はその問題がまさにこれからの問題だと思います。
 それで、成長メカニズムで見たというのは、これは成長メカニズムが既にもう芽生えているといいますか、萌芽している地域は、これを活性化することによって、援助供与国、例えばアジアの場合は日本との相互依存関係を生む、相互依存関係をつくるのが一つの国際協力というふうに私考えておりますので、ASEAN諸国それからアジアNICSというものはこの成長メカニズムがあるからこれを活性化しようじゃないかということなんです。
 ところが、成長メカニズムだけじゃ問題がだめだというんですね。それはまさにおっしゃるとおりでありまして、これは私の説明が悪かったと思うんですが、このやはり二ページの「発展段階に応じた開発戦略と経済協力」のところで、最初の、まだ停滞期から始動期に向かいつつあるずっとおくれた段階、南アジアの国とかアフリカ、これは成長メカニズムがまだないんですね。ですから今のようにベーシック・ヒューマン・ニーズといいますか、住居、食糧、医療というこういう基本的なものをとにかく、救済ということでどんどん援助しなきゃいかぬということをここに申し述べております。
#38
○上田耕一郎君 今のこの二ページの「発展段階に応じた」ところで、もう一つ御意見をお伺いして感じたのは、まず中南米諸国ですね。中南米諸国は前の方には中所得国と出ているんだが、累積債務で苦しんでいると。Uの「発展段階」のところでは出てないんですね。三つあるわけですね、始動期以降の準中進国それから中進工業国経済。中南米諸国はこのうちでどれに入っていますか。
#39
○参考人(長谷山崇彦君) 中南米諸国は、本文の方に書いてありましたでしょうか。今申し上げますが……
#40
○上田耕一郎君 いや、だから三つの段階に分けてあるけれども中南米諸国はどこへ入るんですか、1と2と3の中の。
#41
○参考人(長谷山崇彦君) 抜かしたようです。申し上げます。
 これは私の大もとの資料には書いてあるのでございますが、大ざっぱに分けますが、中南米諸国の中の所得水準が中位以下ですね、ミドル以下はこの二番目に入ります。それから中南米諸国の所得水準が中位以上はこの三番目に入ると考えてよろしいと思います。
#42
○上田耕一郎君 僕は、アジア経済研究所が英語では開発途上国……
#43
○参考人(長谷山崇彦君) 発展途上経済研究所と。
#44
○上田耕一郎君 そういう名前になっているということを初めてきょうお伺いしたんですけれども、中南米諸国も発展段階に応じて分けられるというお話だけれども、あそこは一兆ドルに達する累積債務の約四十数%を持っているわけですね。だから、あそこの問題解決にとっては、ここに述べられているような経済協力も大事だけれども、同時に累積債務の解決なしにはもう一歩も進められないという状況に来ていると思うんだけれども、そういう点でいうとこのペーパーにもう一つ必要な観点というのは、世界の貿易・金融制度の改革等々、今の貿易不均衡も含め、累積債務問題も含めてなんだけれども、そういう点で非同盟諸国首脳会議が決議して、国連で二回にわたって新国際経済秩序、NIEOが国連総会で決まってますわね。
 ああいう中に書かれている問題、つまり新植民地主義的な一切の抑圧の排除とか多国籍企業の規制とか、あるいは本当に公正平等な貿易・金融制度だとか資源主権とか、そういう、今の成長メカニズムの問題では解決できないような、今の制度全体の改革、つまりNIEOというのがないと、これは中南米諸国の累積債務も解決しないし、実はアジア、アメリカのいろいろな諸問題も解決しないのじゃないかと思うんだけれども、余りそこら辺の問題、債務のところの五ページ以下にも余り書かれていないんですけれども、このNIEOの問題と累積債務の関係等々についてはどうお考えでしょうか。
#45
○参考人(長谷山崇彦君) 非常に鋭い御指摘で恐縮でございます。
 NIEOは、先生よく御承知と思いますが、日本は余り遠慮して申しませんが、ほかの先進国は国際会議で、ロビー会談などで、ニュー・インターナショナル・エコノミック・オーダー、あれはニュー・インターナショナル・エコノミック・ディスオーダーであるというふうにはっきり言っておりまして、確かに途上国は、現在の世界的な経済メカニズムといいますか、これに住した場合はどのようにしてもやはり途上国は浮かばれない、だから現在の自然の市場メカニズムというものを人為的にもっと途上国に有利に変えようということがNIEOの非常に大きな問題だと思うんですが、これはやはり、どうなんでございますかね、力関係といいますか、経済的な力関係といいますか、現在途上国の力を結集して世界経済の市場メカニズムを人為的に改変するというのは理想論であっても、現実に非常に難しいであろうと思うんですね。
 それで、私の論文というより、私がここにまとめたのは、昨今このNIEOの問題というものが余り論じられなくなったという大きな原因は、やはり非常に難しいということで、途上国がもう少し現実的に現在の世界市場メカニズムの中でももうどんどん優等生が出ているから自分たちもそれにフォローしようというふうな気持ちになっているのではなかろうかと思うのですけれども、ただNIEOの理想は残りますけれども現実に、もしこれを実現しなきゃいけないものだとした場合どういうふうにするか、私ちょっとよくわからないんです。
#46
○上田耕一郎君 もう一問ちょっとお伺いしたいんですが、私去年の予算委員会でこのアジア経済研究所のフィリピンについての「経済協力効果研究報告書」を取り上げました。これは公表されていないんだということが後でわかりまして、私は質問したときは公表されているんだと思ったら公表されてないということで通産大臣や局長さんがお答えになったんだけれども、こういうかなり国費も使って通産省からの委託報告で、先ほど中村参考人は事業団の仕事をもっと公表、公開したいんだとおっしゃっていたけれども、アジア経済研究所としてはこういう報告書を公表したいと思っても、これは通産省が公表を禁じているんですか。これはどういうことになっているんですか。
#47
○参考人(長谷山崇彦君) それは率直に申しまして通産省ではございません。我々の研究というのは途上国と密接な協力をして行っているわけです。例えば、今のアジ研のPRになりますが、日本で最初のASEANの産業連関表はアジア経済研究所がつくりました。それは一九七五年です。世界にこれしかない。現在一九八五年の新しいASEANの連結産業連関表をつくろうとしております。これは途上国と密接な共同研究が行われています。これはいいんですけれども、今の援助国家その他の分析は、非常に貴重な資料とか意見を途上国の専門家あるいは政府関係機関からもらうわけですね。向こうの方でこれは絶対に公表してもらいたくないという要請がありまして、そういう場合は全く日本サイドの問題じゃなくて相手サイドの問題なんですね。その点を御理解いただければ非常にありがたいと思います。それでアジ研から出しているいわゆる交換した資料というのはこれは全く公開でございまして、今賛助会員に差し上げたり図書館には全部あります。
#48
○上田耕一郎君 中村参考人に少しお伺いしたいんですが、先ほどもお触れになりましたし、きょうの朝日の社説にも取り上げられているんですが、このフィリピンの国別援助研究会の報告書。これを拝見して、先ほどちょっと申しましたような貧困層を目標グループとするということが一つ新しく出た問題や、それから地方農村地域での雇用、これらの問題点が出たことは私は積極的だと思うのですけれども、率直に申し上げてちょっと驚きましたのは、先ほど御発言の最後に触れられた問題にもかかわるんだけれども、フィリピンに対する日本の経済協力、特に円借款プロジェクト、これ三千数百億円、十三次の援助になっているんだけれども、そういう問題でマルコス時代に大変な腐敗があったわけですね。
 その腐敗に絡んでJICAからもお二人の課長代理が逮捕、起訴されるということで非常に大問題が起きたんだけれども、このフィリピン援助について三カ月にわたって調査して答申出したと言われるんだが、その日本のこれまでの円借款あるいはそれにまつわる腐敗、これについて一言も書かれていない。それからこのアジア経済研究所の報告書の中にもかなりリアルに書かれているフィリピン友好道路問題、日比友好道路問題、これなんかも重点なんだということをちらっと書いてあるだけでしょう。全体としてとにかく日本の援助というのは一定の成果があったということで一言で済ましているんですね。これは一体どういう理由なんですか、ちょっと読んで驚いたのですが。
#49
○参考人(中村泰三君) この研究報告書というのは東大の高橋教授を座長とし、数多くの有識者の人がパネラーとして参加されて作成したものでございまして、事業団を離れて有識者の手になって報告を作成したということでございます。確かに、この報告を発表したときに記者会見をいたしまして、この報告にマルコス疑惑に触れてないという点を記者団の方から指摘がございました。それに対して高橋座長は、その問題は一応この研究会では捨象している、日本の援助がすべて悪かったということではなくて、マルコス政権からアキノ政権に変わっても日本の援助の基本的な姿勢は変わらない、これまでもフィリピンのいわゆるBHNと申しますか、基本的ニーズに即していろいろな経済技術協力を行ってきたということで、この際はそういった点には一切触れなかったのだというふうに高橋座長は説明しておられました。私どもといたしましては座長のそういった説明は説明として受けとめておきたいというふうに感じております。
#50
○上田耕一郎君 我々国会のこの調査会の小委員会が国際経済協力問題を取り上げるのは、やっぱり税金を使ったこういう国際協力、ODAが本当に役に立つためにはどうすればいいかということが大きな課題の一つで、そうしますと、このフィリピンのマルコス疑惑問題というのはあれだけ国会でも取り上げられて大問題になったのだし、恐らくマルコス側近、マルコスの懐に入った金額はよくプロジェクト総額の一五%なんと言われるのだけれども、膨大な額でしょう。それだけに、そういうことが再び起きないようにどうすればいいかということが大きな問題になりますし、JICAのあの汚職問題はフイリピンだけじゃなくてモロッコ、パキスタン等々出ているわけでしょう。カメルーンも出ているか。
 だから、どうもフィリピンだけじゃなくて、ODAのそういう援助がかなりいろんなところで、あれは氷山の一角だとすると、かなり構造的にそういう問題があるだろうとしか我々思えませんので、そこからやっぱり教訓を引き出さなきゃならぬ。それから汚職で問題が起きなかったとしてもフィリピンのパターン輸出加工区なんというのは、これは日経の去年の十一月十八日に記事があるけれども、とにかく行ってみると荒涼という言葉でしか言いようがないというような惨たんたる状況になっているわけだな。そういうことからやっぱり教訓を引き出さないと、三カ月行かれて一切そういうことには触れないで一定の成果があったということ一言でくくられるのでは僕は非常にまずいのじゃないかと思うんですね。
 それで秋は、せっかくきょう中村理事がおいでになっていらっしゃいますし、先ほどの御発言の中でも内部の改善推進委員会の活動についても最後にお触れになった。人事問題についても、また、大変問題になったコンサルタントの活用、コンサルタント選定の客観性を高めるように努力をすると。総裁直轄で内部に業務の監査の組織もできたし、内部に改善推進委員会ができて六月中にめどが出るというようなお話がありましたので、ちょっと幾つかお伺いしたいと思うんですね。
 まず、JICAの仕事で、この間のマルコス疑惑。マルコス疑惑だけじゃございませんけれども美谷島課長代理や木下課長代理の起訴事実、新聞に報道されたことから出る幾つかの問題があるんだけれども、まず要請主義プロジェクトを決めるというときに相手国から要請されてそれで決めるのだというのだが、相手国はなかなか要請する技術、知識等々もない。そうすると日本の業者が現地へ行ってプロジェクトファインディングというんだそうですが、プロファイというのをおやりになるというわけですね。
 そこで、問題がいろいろ生まれてくるんですけれども、これは東京新聞の去年の八月十五日号に事業団の農林水産計画調査部の土屋晴男部長、この方は美谷島氏の上司なんですね。要請主義なんだが、これはもう民間のコンサルタント協会などの助成による発掘作業に任せている、私どもの部独自でプロジェクトファインディングはやってないと。結局民間に全部任せてしまっているんだということを土屋部長がお認めになっているんですね。そうすると、どうなんですか。このプロジェクト決まるんだけれども、プロファイというのはほとんど日本から行った業者がやって、それで持ち込んでくるということにやっぱりなっている。ここはどういうふうに改善できるんでしょうか。
#51
○参考人(中村泰三君) お答えする前に、最初の問題について若干触れさせていただきたいと思います。
 私は、国際協力事業団を代表する参考人として本日出席しているわけでございまして、日本の円借款あるいは経済協力全般についてコメントする立場にはございませんが、例えば技術協力に限定して申し述べさせていただきますると、例えばフィリピンに対する技術協力の案件の中で熱帯医学研究所に対する協力というものがございます。これはマルコス時代にスタートしたものでございますけれども、あそこで専門家を送り、研修、機材供与をしていろいろなプロジェクトの技術協力を行っております。
 特に小児の、子供のジフテリア、そういった小児病に対し、乳児死亡率が非常に高いわけでございますけれども、この熱帯医学研究所では非常な成果を発揮しておりまして、貧困層を対象とした技術協力をずっと古くからやっておりまして、フィリピンの一般貧困大衆の医療保健の改善に大きな役割を果たしていると私は感じております。確かにいろいろな問題はあろうかと思いますけれども、事業団がやっている技術協力のすべてが疑惑の目で見れるということじゃございませんで、ほとんどすべて技術協力は、これまでもそうでございましたが、貧困大衆を対象といたしまして、その経済社会の発展あるいは保健医療の向上のために努力しているわけでございます。
 今般、このフィリピンの研究報告書が出ましたので、私どもといたしましては、我が国のフィリピンに対する技術協力が効果のあるものになるように、この趣旨を体して今後実施に遮進してまいりたいというふうに考えております。
 第二の途上国からの要請という点でございます。もちろん、事業団だけですべての案件を発掘できればいいわけでございますけれども、今のような数ですべての途上国からの案件を発掘するということにはなかなかまいりません。そういう観点から、やはり民間活力というものもできるだけ利用させていただきたいと思っております。ただ、この民間の発掘したプロファイというものが本当に途上国の経済社会開発に役立つものであるかどうか、そういう観点から、政府部内におきましても、また事業団におきましてもその点は十分検討いたしまして、さらにそれが本当に途上国からの要請であるのかどうか、その辺の確認をした上で実施に移しているわけでございまして、確かに要請主義というのはございます。
 これは、国際約束に基づいて技術協力を実施するということでございますので、要請ということが前提にはなりますが、ただ、じんせん時を待って先方から要請が出てくるとか、あるいは民間から出てきたものをそのまま右から左に実施に移すということではなくて、政府部内あるいは事業団部内におきまして十分検討の上、本当にこれが役に立つものであるかどうかを判断した上で実施に移しているという状況でございます。
#52
○小委員長(志苫裕君) 上田委員、一問ぐらいにしてもらって、ほかの人の質問を受けて、また時間があれば。
#53
○上田耕一郎君 今のことで一つ。
 この報告書を見ますと僕はやっぱりひどいと思うんだな、きょうはあなたを批判したり追及したりする場所じゃないんだけれども。「対比援助の問題点」というのが最後のページの方に書いてある。で、「比例の問題点」で幾つか挙げてありますよ。「日本側の問題点」として四つ挙げてあるんですよ。「総合的な援助調整の難しさ」、それから二番目が「要請主義による優良案件の発掘の難しさ」、今のことにかかわっていますわな。これ読んでみると、きめ細かい対応が十分なかったことが原因だというんです。今要請主義について少し反省的なことをおっしゃったけれども、そういう問題点が少しぐらいないとちょっと僕はひどいと思うんだな。
 もっとも最後の、実務担当者が不足していると。アメリカのUSAIDは三十一名フィリピン事務所にいるのに、日本はJICA事務所七名しかいないというようなことは、これはなるほどなと思って、これはふやさにゃいかぬなと思いをする。こういう点は僕らも支持できるんだが、「優良案件の発掘の難しさ」というところで、今言われたような、結局民間の業者が行って、自分でつくってくる。それで持ち込んでくる。これが非常に多いということを土屋部長自身がおっしゃっているんだけれども、そういう問題点をこれだけの報告書をつくって一つも触れないというのは、僕はやっぱりまずいなというふうに思います。また後で伺います。
#54
○関嘉彦君 まず最初に、中村さんに事実関係をひとつ聞きたいんですけれども、先ほど大木委員が言われましたように、定員がだんだん減ってきている、これをふやす必要があるということ、私も同感ですが、この定員の中には農水省なんかの各省庁から出向している人が入っているわけですね。出向している人と、それから土着というとおかしいけれども、プロパーの人との比率がどうなっているかということと、出向している人は大体何年ぐらいで交代してかわっているかということ、それが第一点。
   〔小委員長退席、大木浩君着席〕
 それから九百人前後の人数。だんだん減ってきておりますけれども、この本部とそれから現地といっても日本でいろいろ研修センターなんかありますわね、日本のセンターなんかで働いている人、それから海外の現地、四十七でしたか、何か駐在所がある、その人数の比率は大体どういうふうになっていますか。それが第二点。
 それから第三点が青年協力隊。これは私は非常に海外に行くたびに見て感銘しているんですけれども、これは任期を更新する人、一期だけでやめる人とそれから続けて更新する人との割合はどうなっているかということ、それが第三点。
 それから第四点は、専門家派遣事業というのがありますね。これは比較的年とった人が多いんじゃないか。私は現地で見た限りにおいては、何か博士号なんかを持っているような人たちが植物研究所なんかで働いている例もありますし、先ほど言われた医学の面で活躍している人もある。
   〔小委員長代理大木浩君退席、小委員長着席〕
私が行ったところがたまたまそうであったかもしれないけれども、国の名前は申しませんがマーケット、市場ですね、市場の技術指導をしている。一生懸命やっておられたんですけれども、年をとったせいかもしれないんですが現地語がほとんどできなくて。全然できないことはないと思いますけれども、余り技術を移転するということよりも、その人がかわりになって管理している、そういうふうな印象を受けたところがあるんですが、そういった専門家の派遣の場合、出発する前にある程度の話学の研修というふうなことをやっておられるのかどうか、そのことを事実関係だけ、ちょっと教えていただきたいと思います。
#55
○参考人(中村泰三君) 第一の出向者とプロパーの比率でございます。事業団が発足した当時、出向者は計八十八名ほどおりました。その後、出向削減を進めてまいりまして、現在、各省からの出向者は四十六名程度でございます。事業団全体の職員九百七十四名のうちの四十六名というのが出向者でございます。ただ、出向者のうち、管理職のポストについている方が依然として多いという状況でございまして、例えば事業団の部長職十八ポストのうち十一名が各省からの出向者でございます。私どもといたしましては、事業団も発足後十三年がたちまして、部内に人材も育ってまいりましたので、この内部登用を今後積極的に推進してまいりたいというふうに考えております。
 第二の御質問の点、本部と現地の人員の割合でございますが、現在は本部に約七百八十名、それから海外四十七カ所百九十名程度でございます。
#56
○関嘉彦君 この本部の中には日本の沖縄なんかにいるのは入っていますか。
#57
○参考人(中村泰三君) はい。本部の中には、いわゆる事業団の本部とそれから国内に九支部を持っております。それから十カ所に研修センターを持っております。こういう国内支部及び研修センター、本部職員を含めた数字が七百八十名ということでございます。
 それから第三番目の協力隊員でございますが、これは大体任期二年ということでございますけれども、そのうちの何人かは先方政府から要請されまして任期を延長しているケースでございます。例えば資料をお配りいたしました、その第一ページに青年海外協力隊事業で二千百四名という数字がございます。毎年大体八百五十名ということは、二年でございますので千七百名ぐらいが二年間の任期で派遣された者、その差、二千百から千七百を引いた四百名程度がこの任期延長により、あるいは若干時期もずれますが任期延長によって滞在を延長している人の数でございます。
 それから、第四の専門家についての御質問でございますが、事業団が派遣しております専門家の平均年齢は大体四十歳代が多うございます。それで、こうした方々が海外に専門家として派遣される前に、事業団の附属機関でございます国際協力総合研修所におきまして派遣前の訓練を受けまして、そこで語学を中心にした研修を受けております。さらに、将来専門家として海外で勤務するであろう人たち、こういう人たちを対象にして中期研修とか、あるいは海外の研修とかいう研修を行っております。
 以上でございます。
#58
○関嘉彦君 長谷山さんにお伺いしたいんですけれども、これは事実じゃなしに御意見をお伺いしたいんですけれども、先ほどアジアNICS、何かうまくいっているところ、つまり投資が輸出と結びついて、そのメカニズムが非常にうまくいっている。それで、成長と雇用増大とがいっている。大木さんの表現をかりればサクセスストーリー。そういう国とそうでない国とあるわけですが、これはその当該国の経済政策の成功、失敗に帰せられるべきものか、あるいはそれ以外の要因があるのか。例えばアジアNICSというのは大体において華僑といいますか、漢民族といいますか、漢文化の影響を受けた国が多いんですけれども、そういった宗教なんかを含めた文化、そういったふうなものがやはり関係しているのかどうか、その点ちょっと御意見お伺いしたいと思います。
#59
○参考人(長谷山崇彦君) 先生のおっしゃるとおり全部だと思います、率直に言いまして。全部の要因の、何といいますか、結合効果だと思っております。
 もう少し説明させていただければ、経済政策の上では、先ほど上田先生からもほかの国の例で御指摘ありましたが、成長政策が必ずしも分配に結びつかないという問題が多くの途上国で見られますが、アジアNICSの場合は、経済政策が一応その国の国力に応じた非常に合理的な、成功物語を結果論から見ますと非常に合理的な政策をとったということで、成長政策が所得分配をもたらす公平政策に余り時間がおくれないで、うまくリンクしたということが一つの大きな成功例だと思います。
 それから、先生御指摘の経済外の要因、華僑の問題、これは非常にすぐれたマーケティングのシステムを持っていたということと、私がペーパーで申し上げた市場メカニズムを非常に強くつくり出す大きな要因だったと思います。
 それから、私は宗教の問題はよくわからないんですが、華僑の持っている儒教その他の物の考え方というものがやはり彼らのあのような信頼し得る、華僑にもいろいろあるんですが、信頼し得る商業マーケティングシステムをつくった一つの大きな要因ではなかろうか。たまたま先生がおっしゃった漢民族といいますか、台湾地域、韓国、香港、シンガポール、いずれも同じような要因が絡み合っておりまして成功例に結びついたと言えるんではないかと思います。
 以上でございます。
#60
○関嘉彦君 星野さんに最後に聞きます。
 私不勉強であなたたちの団体活動しておられるということを今まで存じなくて、非常に恥ずかしい思いをしているんですけれども、国際的にはジュネーブにNGOの、何というんですか、リエゾンコンファレンスがあるんですね。日本の国内であなたたちの団体以外に、例えば私がちょっと知っているのは相馬雪香さんなんかのやっておられる団体であるとか、それからカソリック教会なんかがやっている団体があるんですけれども、日本の国内でそういったリエゾンコンファレンスみたいなのがあるのかどうか。そういうものとの協力関係はどうなのか。全然ないのか。そのことをちょっとお伺いしたいと思います。
#61
○参考人(星野昌子君) 難民に関して動いております、難民を対象にして動いておりますNGOの間には難民救済連絡会というのが一九八〇年からございまして、相馬さんのところも、それから上智のようなカトリックを中心としたところもそのメンバーになっておられます。十七団体が加盟して、全国社会福祉協議会が座長ということで、大体会議の場所などを提供しております。現在、曹洞宗ボランティア会の有馬さんという方が長で、私が副を務めて、大体問題がなくても二カ月に一度ぐらいは会合しております。情報交換などをしております。
 ただ、これはインドシナ難民のことでできまして、それよりも前に例えばバングラデシュの、そういう古くなればなるだけ結局開発の部分に入ってまいりまして、今のところ欠けておりますのは、私どもも難民で組織ができましたけれども、事実上行っている仕事は随分開発のところに入ってくるわけなんです。そのあたりの開発だけにかかわっている団体とのしっかりした連合体のようなものがまだでき上がっておりません。
#62
○関嘉彦君 ちょっともう一つ。あなたたちの団体にボランティアとして入ってくる人たち、これは聞き伝えでみんな入ってくるんですか。日本にもこういうのがあるのを知らない人が私以外にもあるんじゃないかと思うんだけれども。
#63
○参考人(星野昌子君) 大きく募集などはしておりません。時々例えば特殊な業種、栄養士であるとかそれから経理の関係、海外、例えばソマリアで相当な大きなお金が動きますのでやはり経理に詳しい者が必要なんですが、そういうふうな集めにくい業種の人材に関しましてはその関連の雑誌などで募集したりいたしますが、一般的には新聞などで伝えられる私どもの活動を聞き伝えてみえるのが中心でございます。
#64
○関嘉彦君 それから、もう一つだけ。資金を集められるのは大変だと思うんですが、団体寄附というのが四十何%と書いてございますね。これちょっと名簿見たんですけれども、企業からの寄附というのはほとんどないように思うんですが。
#65
○参考人(星野昌子君) 皆無でございます。それは私どもが避けているわけではなくて、実は企業からの御寄附を受けたいということで、その場合には経団連にまずお話をということで、三年ぐらい前にお願いに上がりました、御紹介いただきまして。そこではJVCのような団体には業種別で銀行協会あたりが適当なのではないかというようなことで御紹介いただいて、何回かお話しに上がりましたんですけれども、実際にはなかなか動きがたかったということがございます。
#66
○関嘉彦君 全然ないんですね。日本青年会議所なんかはちょっと出しているようですがね。
#67
○参考人(星野昌子君) はい。青年会議所の方は平和基金ということで私どものソマリアの現場を訪れられまして、それに基づいて全国的にブルドーザーを送ろうという運動を起こされまして、御支援賜っております。
#68
○関嘉彦君 ありがとうございました。
#69
○青島幸男君 今、企業から全然ないということでちょっと愕然としたんですけれども、そういうところに限って政治献金は莫大に出しておるんですよね。どういうものですかな。
 これは事業団にお伺いしたらどうかと思うんですけれども、一点だけ時間もありませんから御質問申し上げます。
 ただいま我が国は大変に高齢化社会に向かっておりまして、年々それは進んでまいりますし、寿命が延びた分だけ、まだ血気盛んと言ってはなにですけれども、心身ともに健康な老齢者といいますか高齢者の方もたくさんおいでになられる。どういうことかシルバー・コロンビア計画などというのがありまして、通産省がこれはちょうちん持ちをしている、進めているようなことなんですけれども、とにかく風光明媚なところへ出かけていって、円高のこともあるから、そこで余生を送りなさいというようなことを盛んに勧めるような傾向にあるんですけれども、その先へ行って何か仕事をしちゃいけないわけですわな、向こうの労働問題なんかも刺激するようなことになるんでしょうから。
 そうすると、一応海外へ出かけていって、そこで老後の生活を送ろうなどという方々は割合知的にも高い水準を持っていらしたりする方だと思うんです。そういう方々が、ただ風光明媚、空気のきれいなところに行ってハトに豆やっているような生活が果たして意味のあることかどうか。幾らきれいなところでも三月も見ていれば飽きると思うんですね。それよりも、そういう社会的に今まで尽くしてこられたり、能力なり知識なりをきちっとお持ちの方々が改めて第二の人生を送られるに当たって、その知識なり能力なりが開発途上国の発展に寄与するような力になり得るとすれば、かなり誇りを持った老後が送れるんじゃないかという気もします。
 これは今伺っていますと、そういう技術を持った方、知識を持った方というのは四十歳代の方が大変多いと伺っていますけれども、ただそういうシステマチックなルートがないからできないだけの話で、もしそれがきちっと確立していればもう一回僕の人生を、老後をだれかのために尽くしてみたいとおっしゃられるような気風をお持ちの方はかなりおいでになられると思うんですね。そういう方々の意欲に報いるためにも、そういうものをシステマチックにつくっていかなきゃならないという気がしますけれども、そういう手だてが今までに行われたのかどうか、あるいはこれからそれを行うことが可能なのかどうか、それだけまずお尋ねします。
#70
○参考人(中村泰三君) 国際協力事業団におきましては国際協力専門員制度というものを設けておりまして、大体年齢は四十五から五十歳前後で、第二の人生を途上国における技術協力で尽くしたいという方々を事業団の国際協力専門員という制度で採用いたします。もちろん語学の試験、それから技術の試験もございますけれども、現在は三十名の定員を事業団で確保しております。途上国におけるいろいろなプロジェクトの指導あるいは技術研修等にこういった方々を活用しておるわけ保でございます。
 そのほか、民間の団体でシルバーボランティアという制度がございます。主として中国などに年配の方々を派遣して技術の指導に当たっておるわけでございますけれども、事業団はこういった方々の渡航費を負担するというような形で御協力させていただいております。確かに六十過ぎてもまだまだ元気で活躍される技術者も随分多いわけでございます。ただ七十歳を超しますと、保険の問題で保険が非常にかかりにくいという問題が一つございまして、つまり高齢者の派遣というのはいろんな面で非常な困難もございますけれども、私どもとしてはできる限りの範囲内でこういった方々の途上国における活躍に御協力させていただいているというのが現状でございます。
#71
○中西一郎君 中西と申します。
 お三方に大変いいお話を聞かしていただきまして、大変勉強になって感謝いたしております。
 実はアジ研の長谷山さん、そのほかお二方にもお答え願えればお願いしたいんですけれども、エコノミーとエコロジーの関係なんです。今、日本が農産物の輸入をもっとしろというようなことで責められてもいますが、タイのお話がありましたからそのことで申しますと、アメリカが大変な輸出補助金をつけて米を輸出する、それでタイと競争関係になる。国際価格がトン四百ドルぐらいしたのが今二百ドルに下がってしまったというようなこともある。それから、もっと昔のことを言いますと、植民地形成時代にモノカルチャー、ゴムだとかお茶だとかバナナだとか、単作の大農場をつくって農民を排除してしまった。それが向こうのエコロジー、環境全体に大変大きな影響を与えたり、農民を貧困に陥れたりした。
 それやこれや考えますと、それぞれの国の農業というのは風土に根差しているし、その自然と一体だし、食べ物もそうだと思う。ということを考えますと、近代的な農業というようなことで入り込んでいくことが果たして相手国にとって幸せなのかどうかという問題があるんじゃないかと思うんです。それだけでなしに、工業化社会を目指すんでしょうけれども途上国がいろいろおやりになる、そのことが経済成長という意味ではプラスなんだろうけれども、地球全体からいいますと熱帯林が破壊されるとかいう問題もある。
 そういう全体のことを考えると、エコノミーだけで考えていいことなのかどうか、その辺アジ研でもいろいろ御研究なさってきておられると思うんですけれども、特に経済協力というようなことになった場合にどういうふうにその問題をとらえていくのがいいのか。先ほど東金農場の話が出ましたが、やっぱり食べるものは自分でつくるんだというようなことが本来の人間の姿じゃないかという感じがしますので、相手国の農業を破壊することがないような中間技術とかあるいは適正技術を持っていきまして、土着の農業というものがだんだん発展していくというふうに持っていくのが経済協力、農業に対する配慮ではないかという感じもするんです。日本もあっちこっちで大きなことをやって失敗もしていますけれども、その辺全体についてエコロジーとエコノミーというものをこれからの国際協力の場合にどう踏まえていくのだというようなことについて御所見があれば伺いたい。
 さらに極言しますと、ECやアメリカが輸出補助金つけてどんどん相手国へ食糧農産物を押し込んでいく。それで相手国の農業を破壊していくというようなことは、言葉はきついかもしれませんが、ある意味では、鉄砲や軍艦は使いませんが、準戦闘行為ではないかという感じもしなくはない。その辺を踏まえて農という問題をそれぞれの現地でどうとらえて経済協力をしたらいいのかというようなことについて御所見があれば伺いたいのであります。
#72
○参考人(長谷山崇彦君) 重要な御指摘だと思います。現在世界の食糧庫と言われている米国の例でございますが、非常に多くの学者が一部において現在世界に食糧を供給している米国のエコロジーの問題を憂えております。それは近代農業の技術でエコロジーの破壊とか、エコロジー力の、再生力の減退を、例えば肥料とか農薬その他いろいろな技術でしゃにむに力で押し伏せて生産力を維持しているというのが、現在の非常に広範囲にわたるアメリカの農業地域の実情であるというふうに指摘している学者もおるようですね。
 例えば今、穀物価格が高騰した場合、地下水をくみ上げて、エコロジーを壊してまで自然の水をくみ上げてかんがいに使ってしまう。ところが専門家に言わせると、現在我々が使っている地下水というのは少なくとも百年から数百年たってたまった地下水であると。これを枯渇させた場合に、また百年か何百年待たないと同じ水はたまらないという指摘がされております。ただ、広大な国ですからこういうふうな枯渇が余りはっきり目立たないのかもしれませんが、ある一部の学者によりますと、一九九〇年代に下手すると米国の農業生産地帯は農業の輸出余力を失うおそれもなきにしもあらず、いやそのおそれがあるんだよというふうなことを、ちゃんと報告書に出ているのもありますが、近代農業の力でそういうふうなエコロジーの減退を何とか抑えている、押し伏せているというのが偽らない現状ではないかと思います。
 それから、途上国の場合もおっしゃるとおり、大体農業というのは私は自然との対話であると思うんですね。自然とのバランスを崩して長期的な農業はあり得ない。ところが今までの、先ほど上田先生から御指摘の緑の革命というのも、これは近代農業技術で、肥料の多投で収量を増すという技術がまず先行した。そのために、やはりエコロジーとのバランスでどうしてもうまくいかなかった。その反省に基づいて、自然とのバランスというものを保てるような新しい技術を調整しまして、それで現在成功をやっと得たという状態だと思うんです。成功というのは生産力増大という意味ですね。
 だから、長期的には日本の技術協力というのは、少なくとも農業に対しては日本が持っておる伝統的なすぐれた農業、具体的には、化学肥料だけではなくて、有機質肥料とのバランスで日本の農業の生産力を長いこと保っていたと。こういうふうな技術をやはり日本は日本の経験に基づいて協力すべきであって、単にいわゆるアメリカ的な、例えば化学肥料一辺倒の技術を技術指導すべきじゃないと、極めて簡単な言い方で申しわけないんですが、こういう論議が我々の間でもよく出ているわけでございます。南アメリカの広大な熱帯雨林といえども、人間の科学開発で枯渇するのは非常に簡単であるというふうな分析もされておりますので、我々はこの問題は単に日本と途上国じゃなくて、地球的な規模で我々の有限な地球を守るために考えていかなきゃいけない非常に大きな問題だと思います。
 以上でございます。
#73
○参考人(星野昌子君) 私も、農業も経済も全く専門でもないんですけれども、たまたまエチオピアで現在私どもが行っておりますのが、政府の方針としては西や南の豊かなところに北の干ばつで一番痛めつけられたところの人たちを強制移送しているわけなんです。でも事実上、北には人がいるわけで、その政府の政策では取り残されていく小さい村単位に、もともと農業を伝統的に行っていますので、干ばつにも耐え得るようなため池であるとか、小規模のイリゲーションだとか、もし植林を大量にやりますとそこでは放牧ができなくなったりしてすぐの生活にこたえるものですから、家族単位での木を植えたりするような、非常に細々としたプログラムをしているんです。
 そこで現場の者が申しますには、政府の農業産品に対する、それも輸出産品に対する価格と、それから食糧のための産品に対する価格が非常に差がありまして、したがって現金獲得のための輸出産品に力を入れたがったりするわけです。そしてテフなんという、ミレットという細かいヒエ、アワに属するような彼らの主食は、もし自分の家族が食べる余剰の分を政府に売りますとそれはもう非常に安い値段でたたかれる。したがって、自分たちが食べるかつかつぐらいしかつくりたがらないというか、そういうふうにしてどんどん自分たちの首を絞めていくようなところがあって、政府のそういう輸出産品と食糧産品に対する価格なんというのは非常に大きな問題、まあエコロジーとも結びついているというふうに思うんです。
 そこで日本で暮らしている私たちの生活のことを考えますと、トウモロコシであるとかいろんな穀物をおいしい牛肉、豚肉、鳥肉、卵にかえて食べるという食生活を身につけてしまった我々としては、それがアフリカなり、ほかの第三世界における人々の主食であるというふうに考えますと、もう少し食事をモデストにするという努力が必要。余りそれが進みまして、どなたか、土光さんかなにかのようにみんなイワシかなんかでやり出すと日本の経済どうなるのか、そこまで私わからないんですが、少なくとももう少しブレーキをかけてもいいんじゃないかという感じが日本との関係ではしております。それと同時に、さっきも申し上げたような日本の中でどんどん過疎化していくような農地であるとか、自立していないという意味においては日本くらい自立していないところも珍しいと思いますし、その辺の対策も必要なのではないかというふうに思います。
#74
○真鍋賢二君 これは星野さんや中村さん、皆さんに関係するわけでございますけれども、星野さん、二十年に余ってのボランティア活動をなさってきたわけでございますね。大変な御努力であり、我々も敬意を表するわけでございますけれども、その二十年間に経験したことに基づいて、やはり日本の国からの協力も、またそういう難民地域の人たちの努力もいろいろ相まって成果をおさめていくわけでございますね。
 先ほど来、自助努力というようなことを申されておりましたけれども、二十年間の間に現地のその自助努力はどういう形でなされてきたのか。相も変わらず難民の救済だ、開発援助だと、目的は一にしましても同じことを繰り返していたのでは意味がないんじゃないだろうかと。本当の自助努力というのはそういうところから、もうこの五年間ではこういう目的で努力して成果を上げて、後は自分の足で立てというようなものが欲しいんじゃないだろうか。そういう面において、今までの体験の中からこうしたらいいという、執行委員になられておるわけでございますから、もう少し長期的な計画を立ててその目的を達成していくようなことに何か方法はないだろうか、そんな考えを聞かしていただけたらと思います。
 日本の場合も、青島先生先ほど来、政治献金がたくさんあってもこちらに対する献金がないかというような企業側のことを申されたわけでございますけれども、企業としてもそういう面に力を注いでいこうといっても、そのことに対する理解というものが比較的ないんじゃないだろうか。それがためにはいろんな情報提供をしまして、その必要性を説いていく必要があるんじゃないだろうか。例えば献金なんかでも、税制面から考えてこういう形で献金すれば企業としては非常に献金しやすい体制ができておりますよとか、またそういう体制にしてくださいよとかいうものを要求してくればいいんじゃないだろうか。そういう努力というものが必要じゃないだろうか、こう思うわけです。
 中村さんから先ほど来、情報の提供云々ということもあったわけでございますけれども、お三方の意見を聞いておりましたら非常に問題が整合するところが多々あるわけです。例えば、人員をふやしてほしいとか、お金をふやしてほしいとか、もっと情報を提供してほしいとかいうふうなところがあるわけなんですから、そういう整合性を見出して、外務省の国際協力事業団が窓口ですよというのでなくして、各省からも出向してもらったり、また、地域においては優秀な人材が育ってきておるわけですから、その人たちとの連携をとるということが必要じゃないだろうかと思うんですね。だから、そういう面については国際協力事業団の方ももう少し現地の人たちとの連絡網を密にして情報を提供してあげるようにすればいいんじゃないだろうか。
 私もジェトロ関係、非常に昔から関係してきておるわけですけれども、ジェトロの目的というのは十年、二十年さきとどんどん変わってきたわけですね。もう輸出振興の必要性もないわけで、日本の国際PRをいろいろしていくような必要性が非常に仕事としては大きいわけですから、そういうところともう少し国際協力事業団なんかの仕事を分け合っていくような方法を考えてもいいんじゃないだろうか。
 また、人の採用の面ですけれども、例えば大学の先生や高校の先生は、海外からある人数は限定されておりますけれども採用してもいいというような状況になってまいったわけでございます。国際協力事業団というのもそういう面では現地採用というのがあるんですか。そういうものをふやしていけば、限られた予算ではありますけれども、決して人が不足する、それは十分満たされることはないけれども、そういうものを補足する方法はいろいろあるんじゃないだろうかと、こんなことを感ずるわけですけれども、そういう面についてどんなお考えを持っておられるか。
 先ほど来、中西先生の方から、人間の性格というものは、長谷山さんのお話にもありましたように自然との調和だということで、自然の中からはぐくまれる教育というものが非常に必要だということはよくわかるわけですね。そういう環境をつくり出していく方法というものは、こういう経済のメカニズムだけに頼っていいのだろうかどうだろうか。我々はもう方々からそういうものの恩恵に浴するわけですから、自然との調和というものについてもう少し必要なものがあるんじゃないだろうかと、こんな感じがするんですけれども、その辺ひとつお教えいただいたらと思うわけです。
 以上でございます。
#75
○参考人(星野昌子君) 自助努力という意味におきましては、最初の段階における意識というのは、何か困っているときに食糧を上げたり、薬品を上げたり、医療、診療所がなければ医者が行ってというふうに、何かこちらから向こうへこう与えるというか、高いところから低いところへ、そういう段階は私どもも卒業。確かに何か危機的な状況が起きればそういうことも非常に短期間には必要なんですが、そういうふうにして入った援助の食糧などが、例えばもともとはそう小麦などを食べないところの人々の味覚まで変えてしまったり、援助の食料品が非常に安いとかということになると、もう働かないでそれを受けた方が、あるいは買った方がということで、物を与えるという期間は最短の期間、本当に緊急、必要なだけというふうに思っております。ですから、今でも日本ですと、何か困っているところがあったら、これだけ余っている日本の生活の中から古着をお送りしたら、食糧をお送りしたらというふうになるんですが、それは非常にセンシティブな問題で、決してギビングが役に立たないことがあるというふうに思っております。
 それからだんだん移行してきているのは、やっぱり自助努力というふうに言いますが、エチオピアの場合なんかですと、私どもは診療所を置いて一年間の診療活動をしたんですけれども、その間に村人たちの中で、自分たちは代々農業をやってきたのにどうして今度のように大勢の人が死ぬようなことになったか。そうすると、本当に天の恵みをそのまま受けて、北なんというのは非常に気候もいいのですが、何千年にわたって土地を使い果たしてしまった。したがって、雨が降らなくても水を蓄えるような技術が欲しいということで、彼らが最初池を掘ったんですけれども、技術がなかったために大雨で流れてしまう。そうすると、流れない池を掘るためにはどうしたらいいかというふうに向こうの方が尋ねてくる。待っているというか、非常に気の長い話なんですけれども。
 そこに何かを貸せば、そこへ働きにくるためには自分の農作業をやめて来るので、JVCなどが中心になってやる村のための作業に当たってお礼として食糧を少し上げるんですけれども、もらう分は自分のうちで作業をするよりも少ないというくらいにして、でも、やっぱり必要だから交代で働くというようなところがないと、普通働くよりもたくさん上げてしまうというのだと壊してしまうというような、その辺の意識はもう徹底しまして、それから例えば家畜などを飼うためのお金を貸すと、それで子供が産まれたりして市場へ持っていきますと返すというような方法で行っています。その辺はやっぱり常識になってきまして、もう先進諸国では随分早くにそういう段階に達したんですけれども、日本の団体なんかもそういうところに来ている。ですから、やっぱりプロジェクトを行う主体となるのは向こう側なんだと。
 この関連で私思いますのは、やっぱり現地のそういう飢えるというような問題を抱えているアジアにしても、アフリカにしても、ラテンアメリカにしても、日本の大使館が本当の草の根のその国の状況をつかみ、政府がきちっと吸い上げていれば、それに基づいてJICAなどに要請するわけですけれども、大体二層に分かれてしまうところがあるので、やっぱり御苦労でも日本の大使館は草の根の状況、特に私どもの方から言いますと、諸外国のNGOというのは一体どういう仕事をしているのか、何があってどういうNGOがどういう仕事をしているか、その中に日本のNGOでまともに動いているのはあるかとか、そういうようなことをつないでいただきたい。これは青年海外協力隊の仕事にしても、協力隊の現場に埋没して生きている人たちはいろんなアイデアが、例えば日本政府がこんなことをしても役に立たないんではないか、派遣のされ方にしても、こういうふうにした方が次の派遣では役に立つというような意見をみんな持っているわけなんですね。
 そういうようなものをやっぱり大使館の方で吸い上げていただいて、向こう側の外務省との最終的な交渉のときにそういうものを生かす。それは非常にいろいろ人数少なくて海外で仕事される大使館にとっては大変なことだというふうに思いますけれども、その辺がつながりませんと、どこも一緒になってこないという感じがいたします。
#76
○参考人(長谷山崇彦君) 今、先生の御指摘の農業の問題とそれから経済のメカニズムの問題でございますが、やはり経済も人体と同じように一つの、人間の体に医学的なメカニズムがあるように、我々の経済、社会にも一つのメカニズムとか何らかの法則があるんではないかと考えるわけです。それを発見して、その経済という体をどういうふうに処方するかということを見きわめるのがやはり研究の一つの方法ではないかというふうに考えております。
 現に中国の場合も、今まで御承知のような体制でおりましたけれども、最近は非常に南北東西広くいろいろな研究をしておりまして、社会主義体制のもとでどういうふうなメカニズムが最もうまく活用できるかということを、海外へいろいろ留学生を出して非常に研究しているようでございます。
 それから、農業の場合は、これはやはり農業は先ほど自然との対話と申しましたが、これも自然のメカニズムで運営されていると私は考えております。いわゆるグリーンレボリューション、緑の革命がたしか一九六七年ごろ起きたんですが、あれが最初の十年間、七七年ごろまでうまくいかなかったというのは、どうしても自然のメカニズムにフィットするような新しい種子といわゆる農業、農薬、肥料の処方というものが見出せなかった。新しい種子ができても何年かたつと必ずそれを倒す病虫害が出る。それを克服するとまた、新たに抵抗力の強い病虫害が出るということの繰り返しでありまして、十年ぐらいたってやっとその土地その土地の自然のメカニズムといいますか、先ほど先生のおっしゃったエコロジーの問題にフィットする技術が発見されたということで、やはりそれぞれ、メカニズムという言葉がいいか悪いかは別として、農業の場合は農業のメカニズムがあり、経済の場合は経済のメカニズムがあり、人体の場合はそれ相応のものがあるのではないか。
 それを見出しながら試行錯誤して経済協力の問題も一つの問題点を見出そうとしておりますので、もちろんいろいろ今の科学も不十分な点がありますので、至らぬ点あると思いますが、そういう点はいろいろお教えいただいて、次々と改善していい成果を出したいと思っております。
#77
○参考人(中村泰三君) 御指摘の三点について簡単にお答え申し上げたいと思います。
 第一点は、途上国の自助努力の点でございます。確かにこの途上国の自助努力、なかなか難しい問題がございまして、せっかく私どもが移転した技術、これは途上国の人たちが自分で抱えてしまってなかなかそれをほかに伝播しないとか、そういった非常に難しい問題がございます。ただし、私どもとしては、やはり途上国の人たちが自分の国の開発は自分の手でやるんだというような意識を持っていただくことが肝要と思います。そういう点で、私どもは今後とも人づくりという点に重点を置いて協力を進めてまいりたいと思っております。
 例えばプロジェクトを実施するに当たりまして、当初は協力期間を三年あるいは五年というふうに限定いたしまして、その間に途上国の方で自助努力を持つように促すという努力をいたしておりまして、節々の点でいろいろなアドバイスを与えまして、とてもこれは途上国の方でもう意思がないという場合には、評価を行い、見直して、協力をやめるとか、あるいは逆に非常に効果のある協力であれば、五年、十年と言わずに、十年、二十年でも協力するというような姿勢で臨んでおります。
 第二は、技術協力あるいは経済協力の整合性といいますか、連携の問題でございます。これはもちろん途上国との対話を持って連携をとることも必要でございますが、国内の各機関との連携、調整を図るということも重要な問題でございます。国際協力事業団あるいはアジア経済研究所、ジェトロあるいは海外経済協力基金、こういった機関がいろいろな経済協力の仕事をしているわけでございますが、こういった機関との連携強化を進めるべきだという声も大きくなっております。私どもといたしましては、例えば理事のレベルあるいは部長レベル、課長レベルにおきましてこういった機関との定期会合を設けまして意見交換の機会をつくっております。
 また、先ほど申し上げましたフィリピンの国別援助政策におきましては、アジア経済研究所からパネルに参加していただいていろいろお知恵を拝借するということも行っておりますし、また、国際協力事業団の研修所においてアジア経済研究所から講師を派遣していただいて、ときどきの問題について講義していただくというようなこともしておりますし、逆にまた、私どもの方でアジア経済研究所の行ういろいろな調査案件につきましていろいろ意見を申し述べさせていただくというようなことで、各機関との間の連携強化に努めておりまして、今後とも、こういった方向で努力してまいりたいというふうに考えております。
 第三番目の人員の増強と現地採用の点でございます。人員の増強というものが行財政改革の折からなかなかそう早急には実現できないということも我々十分承知しておりますし、そういう意味で私どもといたしましても、例えばOA機器の導入であるとか、そういうようなことを通じまして仕事の合理化を図ると同時に、現地の人たちで優秀な人を採用して、この事業の実施に当たって補強的な役割を果たしていただくということも考えてまいりたい。そういうことによりまして技術協力が効果的に、効率的に実施できるような体制づくりに努めてまいりたいというふうに考えております。
#78
○小委員長(志苫裕君) 特に何か。――上田さん、簡潔にお願いします。
#79
○上田耕一郎君 国際協力の中でJICAによる調査団派遣、これはかなり大きな部分を占めておりますけれども、先ほどプロファイの問題についてお伺いしたんですが、フィージビリティースタディーですね、これについてちょっと実情と改善策をお伺いしたいんです。
 僕も予算委員会の質問でサンロケ・ダムの問題について質問しましたが、外務省のレクチャーではフィージビリティースタディーの調査団に業者が入るんじゃないかと聞いたら、入ってないんだというんですね。ところが、調査団員の中には専門家の名で各商社やプラントメーカー、建設あるいは電力、肥料会社の技術者が参加しているのが実態だというんです。それはなるほど、いろんなプロジェクトを調査するときにJICAが全部専門家を持っていらっしゃらないので、だからこういう各商社、メーカー、プラントメーカー等々の専門家を参加させてJICAが職員として派遣するんだということを聞いたんですがね。ただし、読売によれば、内規で同行した業者は入札から外す、こう決めていると書いてあるんだが、そういう内規があるのかどうか。それが一つ。
 それからもう一つ、たとえ業者が同行していかなくても、現地で必ず接触するということが新聞記事でいろいろ出ているんですね。とにかくコンサルタント会社が現地に行くと、外国人の泊まれるホテルは数えるほどしかない。食事のできるところも限られている。現地で結局、ホテルや食事のできる場所でコンタクトしない方がおかしいというんだな。それはなるほど現地事情というとそういうことになるのかなと思うんですが、こういうことを一体どういうふうに改善しようと思っておられるのか。
 それから、そのコンサルタント業者は事業団から委託を受けた場合でも、その資料をコピーして大手商社や建設会社に横流しする、リベートを受け取るという記事もあるわけです。この記事には、これはサンケイの八月二十九日号だけれども、JICAの本部の阿部広報課長の話として、「コンサルタント会社の報告書がコピーされて商社などに絶対流れていない、とは言い切れない。業者のモラルに待つしか方法はない」と。商社に流れていくと、結局、パキスタンの例なんかではこれは三井物産が動いているんですね。それで商社が結局受注を国別に縄張り持っていて談合してやっているんだというんですな。
 こうなってくると、やっぱりかなり構造的に大変で、国際協力という膨大な援助が業者、コンサルタント会社それから大手商社等々で実際には仕切られているという疑惑が報道を見る限り強いんですね。そうすると僕は、中心になっているJICAの皆さん方が去年の不祥事件から本当に厳しい教訓を引き出して、それで改善策をお出しになることが非常に大事だし、我々国会としてもその皆さん方の改善策を参考にして、本当に国民の税金がむだに使われることがないように、こういう汚職や腐敗が起きないように考えなきゃならぬ。
 それで新聞によりますと、ところが有田総裁のところに与党の政治家から圧力がかかってあるプロジェクトについて選定のやり直しをしたというようなことまで出ていて、だから僕は、本当にこの国際協力を進めるというのはなかなか大事業だなと思っているんですけれども、今の新聞や雑誌の記事で報道されたことについてのそういう実態を本気にどうやって改善されようとしているのか、僕はひとつお伺いしたいと思うんです。
#80
○参考人(中村泰三君) いろいろなフィージビリティーを調査するに当たりましては、もちろん民間のノーハウを得るということは必要だと思います。例えば港湾の改修のフィージビリティー、港湾につきましてはそういった公益企業もございますし、公益企業と民間のジョイントベンチャーを組んでお願いして調査に当たってもらうということがございますが、こういった調査に当たっては、JICAの職員ということではなくて、事業団からこういう仕事を委嘱して実際の調査に当たってもらうというのが実情でございます。
#81
○上田耕一郎君 委託してやるんですな。
#82
○参考人(中村泰三君) はい。
#83
○上田耕一郎君 内規はあるんですか、そういうものは。
#84
○参考人(中村泰三君) その後、その実際の事業には使わないというのは、内規ではございませんが慣例として、調査を行えばその後の事業で有利な立場に立つということから、そういった業者を除外するということは慣例としてそういうことが行われております。
 それから、いろんな途上国に参りますと、確かにホテル等も少なくてコンタクトする機会がこれは絶対にないとは言えません。しかしながら、今回の事件を反省いたしまして、あいさつ程度のことはこれはやむを得ないと思いますけれども、決してその業者からいろいろな便宜供与を受けるということが絶対ないように、厳しく規則をつくりまして職員を指導しております。
 それから、報告書、これが部外に流れたかどうかというのは私もはっきり存じませんが、これは報告書がややもすれば秘扱いになっていたということから、この秘扱いの報告書を何とかしてとろうというような動きもあろうかと思いますので、今後はこういった報告書はもう一切公表していこうじゃないかということで事業団の内部で鋭意検討を進めております。
 ただ、これは、いろんな調査はあくまでも途上国の政府の要請に基づいて行うものでございますので、先ほどアジア経済研究所の方からも説明ございましたが、途上国の方で、政府の方でこれは絶対困るということであればいたし方ないと思いますが、そうでない場合にはできるだけ事業団の行う調査報告書、これを公表いたしましてみんながこのニュースに、情報にアクセスできるというような体制をとってまいりたい、そういうことによっていろいろな不祥事件等々のもとになる要因を根絶してまいりたいというふうに考えております。
 昨年の事件を契機といたしまして、新聞にはいろんなことが報道されましたけれども、事業団総裁に対して外部から圧力がかかったとか、そういう事実は一切ございません。前回の事件を契機といたしまして、例えばコンサルを指名するに当たっては、これまでは事業団が主としてこのコンサルの選定を行ってまいりました。しかし今回は、今回の予算の御審議で認められれば、調達部に契約課というものの設置が認められることになります。調達部契約課におきまして一元的にこのコンサルの登録から選定に至るまでの業務を取り扱う。そこでコンサル選定に当たっては、この調達部、各事業部それから第三者を加えまして公平な判断ができるような仕組みに変えてまいりたいというふうに考えております。
#85
○上田耕一郎君 ひとつ、しっかりやっていただきたいと思います。
#86
○小委員長(志苫裕君) いずれ六月の中旬には何かレポートが出るんですね、先ほどのお話だと。
#87
○参考人(中村泰三君) はい。
#88
○小委員長(志苫裕君) またその機会を得て…。
 以上で質疑は終了いたしました。
 参考人の方々に一言お礼のごあいさつを申し上
げます。
 御多忙の中を長時間御出席いただきまして、貴重な御意見を拝聴できましたことに対しまして、本小委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。
 また、拝聴いたしました御意見は、今後の調査の参考にいたす所存でございます。
 本日はありがとうございました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時四十一分散会
ソース: 国立国会図書館
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