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#1
第108回国会 外交・総合安全保障に関する調査会 第2号
昭和六十二年三月十三日(金曜日)
   午後一時五分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 三月十三日
    辞任         補欠選任
     赤桐  操君     上野 雄文君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         加藤 武徳君
    理 事
                杉元 恒雄君
                中西 一郎君
                堀江 正夫君
                志苫  裕君
                和田 教美君
                上田耕一郎君
                関  嘉彦君
    委 員
                石井 一二君
                植木 光教君
                坂元 親男君
                下稲葉耕吉君
                鈴木 貞敏君
                鳩山威一郎君
                松浦 孝治君
                山内 一郎君
                上野 雄文君
                大木 正吾君
                村沢  牧君
                中西 珠子君
                田  英夫君
                青島 幸男君
   事務局側
       第一特別調査室
       長        萩本 雄三君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○外交・総合安全保障に関する調査
 (国際情勢の認識に関する件)
 (派遣委員の報告)
○小委員会設置に関する件
    ―――――――――――――
#2
○会長(加藤武徳君) ただいまから外交・総合安全保障に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 本日、赤桐操君が委員を辞任され、その補欠として上野雄文君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○会長(加藤武徳君) 外交・総合安全保障に関する調査を議題といたします。
 本日は、国際情勢の認識に関する件につきまして委員の皆様に御発言いただくことになっております。
 それでは、御意見をお述べいただく方は順次御発言願います。
#4
○堀江正夫君 私は、国際政治及び軍事情勢に限定して申し述べます。以下私が申し上げる意見は、日本の安全保障に直接関係の深い極東における主要諸国に限定し、かつ我が国は自由民主主義を立国の基本とし、その安全は憲法の精神とその地政学的地位から今後も引き続きみずからの防衛力と日米安保体制によってのみ確保できるものであるということと、米ソ両国を中核とする世界規模の平和は、軍事的な抑止力が基本となって保持されているという、この二つの現実をスタンスとして申し述べるものであることをまず申し上げておきます。
 第一、米ソをめぐる情勢について。
 今日、各種要素が極めて複雑微妙に絡み合っている国際情勢の中で、安全保障の観点でこれをとらえた場合、自由民主主義国と共産主義国との対立、したがって両陣営のリーダーであり軍事的超大国である米ソ両国の動向が、世界の平和と安全に決定的な影響力を持っていることは、何人も否定できない現実の姿である。
 そして、この米ソ両国を中核とする自由、共産両陣営の膨大な軍事力の均衡の上に、辛うじて関係各国の安全と世界的な平和が保持されているのである。
 この軍事的均衡のうち、特に核戦力はまさに恐怖の均衡とも言うべきものであり、したがって、その均衡をより低レベルのものとしつつ、特に核についてはこれを全廃することが全人類の悲願であることは言うまでもない。
 しかし、昨年十月レイキャビクで行われた米ソ両首脳の会談は、戦略、戦域核の両面においては一応の潜在的合意を得たものの、SDI問題で結局は合意を得られず、実質的な前進を見ることができなかった。
 このことは端的に言えば、米ソともに結局は相手に軍事的一方的な優位は与えないというその基本的な姿勢がもたらした当然の結果とも言えるものである。
 若干これを具体的に申せば、ソ連については一九六〇年代の対米劣勢から七〇年代に至り米に追いつき、今や核戦力においては既に米を追い越すまでになり、通常戦力においても、陸、空軍力は圧倒的な力を有し、海軍力においても自由陣営に拮抗するところまで増強しており、ソ連はこの全般的な軍事力の優位をあくまでも確保することを、その政策の基本としているのである。
 一方米国は、一九七〇年代末に至って、デタント時代に画期的なソ連の軍事態勢の強化を招いたという現実から、対ソ抑止力を回復し、かつこれを確実なものとするために、同盟国の通常戦力面における一層の努力に期待しながら、一方みずからは強い米国の建設を目指して、非常な決意をもってその軍事態勢の改善強化を図っているのが現状である。
 特に米国を中心に進めつつあるSDI研究は、核の恐怖から人類を救出しようという、人類共通の願いを達成しようというものであり、我が国はその憲法の精神からも、できる範囲の協力を積極的に行うべき筋合いのものである。
 米ソ両国は、もちろん今後も引き続き真剣にかつ各分野にわたって軍備管理交渉を継続すべきであり、両国はいろいろな紆余曲折を経ながらも、引き続きその努力を継続するであろうが、その見通しを安易に楽観視できるような状況は当面考えにくい。
 これを自由陣営についていえば、米国がレイキャビクでソ連と欧州INF(中距離核)全廃の潜在的合意を見たこと、またソ連の十年間での攻撃戦略核の全廃提案に対して戦略弾道、ミサイル(ICBM・SLBM)の十年間での全廃提案をしたことは、NATO諸国に大きな衝撃を与えた。それは、通常戦力のアンバランスを米国の在欧中距離核と戦略核によってカバーしようとするNATOの基本戦略に、根本的な影響を与えかねないという事態があるからである。
 一方、ソ連について言えば、確かにソ連の経済情勢は今後引き続き従来同様の軍事力強化を行うことが容易ではないという事情があるとしても、軍事力を国際政治の唯一最大の武器としているソ連が、米国ペースの妥協を簡単に行うとは到底考えられない。
 このような情勢の中でゴルバチョフは、二月二十八日INFの個別交渉を提案し、これに対して米国は機敏に対応して、ジュネーブの交渉の場に対案を提出した。
 イラン・コントラ事件でリーガン首席補佐官が退任し、レーガンの威信が失墜しているこの時期に行ったソ連の提案とこれに機敏に対応した米国のねらいや真意は何なのか、実効ある検証は果たしてできるのか、NATOにおける短距離核や通常戦力と化学戦能力のアンバランスを何によって保証するのか、アジアだけ百発の弾頭を残すことは受け入れられるのか、等々問題は余りにも多い。
 今回のソ連の軍縮攻勢は、まさに自由陣営に平和軍縮に名をかりて大きなやいばを突きつけたとも考えられるものであり、米国を中心とした自由陣営の隔意ない意思の疎通と冷静、適切な対応が望まれるところである。
 このようなことから、今回のソ連の提案はそう簡単には合意を得られるとは考えにくく、結局は残念ながら当面依然として米ソによる軍事的努力が継続し、したがって我々が強く望む、米ソ両国を中心とする世界規模の軍事的緊張の緩和は容易には達成されず、むしろ引き続きその緊張は続くものと覚悟せざるを得ないものと考えられる。
 ただし、米国にとっては民主党の影響力が決定的に作用し、またソ連においては経済その他の国内事情から軍縮について真にこれを推進せざるを得ないという事態が生じた場合は、あるいは違った局面の展開が考えられないこともないが、とにもかくにも我々はこのような事態を冷静に見詰め、このような事態を少しでも打開するための積極的な外交努力を、あくまでも自由陣営の一員として、その団結を確保するという立場を貫きながら行うとともに、これに対する各種対応措置、なかんずく自国防衛のための自衛力の強化を推進し、日本自身及び自由陣営全体としての抑止力の強化に努め、もって世界の平和と自国の安全に資することが必要である。
 第二、中ソをめぐる情勢。
 戦後の中ソ両国の歴史を見ると、東西の共産主義大国としてのいわゆる一枚岩の時代から、一転して肉親相憎悪する時代を経て、今日依然として基本的には対立を続けながらも経済、貿易面等の実質面においては、着実にその関係の改善が図られつつあるのが現実の姿である。
 ソ連は、昨年七月のゴルバチョフのウラジオ演説に見られるように、その国内経済上の理由と、自由主義陣営にくさびを打ち込む等のために、従来中国が強く提案していた三つの障害に対し、部分的ながらも一応言及し、対中関係改善に前向きの姿勢を示したが、中国側は極めてクールにこれに対応しており、その根強い不信感から両国関係が早急かつ抜本的に改善されるということは考えにくい状況にある。
 元来中国は、米ソと並立する独自の第三国路線に立っており、この目的を達成するために積極的に四つの近代化政策を進めている。そしてそのためには、中ソ関係をより平和的な環境に改善維持するとともに、特に自由陣営なかんずく日米両国等から資本や技術を積極的に導入する必要に迫られているのである。
 この中国の基本的な政策が、国際政治の枠組みの中で現在大きく対ソ抑止力として作用していることは、世界の平和にとっても極めて望ましいことであり、したがって自由主義陣営が、今後も経済面を中心として中国との関係をより緊密な状況に保持するための施策を推進することは極めて重要である。
 ただ中国は、近代化政策推進のために積極的に開放政策をとり、逐次成果を上げてはいるが、その達成は決して容易なことではなく、加えて依然として共産主義の本質を崩しておらない。
 さらに、昨年末には民主・自由化を要求する学生デモが発生し、これに対し当局はブルジョア自由化批判といった厳しい対応を見せ、これが直接の契機となって党内対立を深め、ついには胡耀邦の総書記辞任の事態に至った。経済改革、対外開放といった現行政策の基本は引き続き推進されるものと思われるが、その実施過程ではより慎重な姿勢が強まり、対日姿勢にも微妙な変化も予想される。
 そして、今後の改革派と保守派との抗争が、あるいはケ小平の地位やポストケ小平の事態において大きく混迷する可能性もないとは言えないし、また仮に長期的に見て現行の経済政策が進展していった場合、果たして現在の国際的な枠組みが継続されるのかどうか、さらにこの場合アジア諸国にとって、中国がその平和と安全に寄与する存在となるのかどうか幾多の注目すべき問題点を抱えていることを認識しておく必要があろう。
 第三、米中をめぐる情勢。
 米国は、中国を対ソ勢力として確保するために、政治面等の交流の強化はもとより、経済協力、貿易の拡大等を通じてその関係を密接なものとする努力を続けるとともに、軍事面においても、人的交流に加えて一部兵器類の売却、技術の提供等を行い、さらに最近はソ朝軍事接近が見られる中で、米国艦艇の青島訪問も行った。
 もちろんこれらは、米中両国それぞれの国益に従って行っているところであり、米国の軍事的な諸援助は、これを対ソカードとして使うという基本的な枠組みの中で行われていると見るべきであろう。
 ただし、あくまでも両国は現在友好国ではあるが同盟国ではないし、将来ともに同盟国となる可能性は考えられない。仮にソ連が米国と極東で事を起こした場合、果たして中国が米国の期待するような積極的あるいは消極的対ソ牽制力として行動するかどうかも極めて微妙な問題である。
 なお、米中関係が今後台湾問題で大きく揺れる可能性は少ないものと思われるが、日本としては台湾との深い経済的かかわり合いや、台湾がシーレーン防衛上枢要な地位を占めていることを考えれば、米中、米合間の安定的な関係維持になし得る限りの力を尽くすべきである。
 第四、朝鮮半島をめぐる情勢。
 韓国と北鮮は、同一民族でありながら、第二次大戦直後分断国家となり、朝鮮戦争を経て実に四十年以上にわたり、一貫して政治的にも軍事的にも厳しく対立し、今日なお軍事的にいつ火を噴き出すかわからないような緊張した状態を続けている。
 最近は一時進行していた南北対話も中断しており、両国ともに根強い不信感のもとにそれぞれ積極的にその軍事態勢の強化に努めている。
 両国の現状を見ると、北鮮は経済的に依然として極めて困難な状況下にあり、国際的にも孤立感を深めているのに対し、韓国はアジア大会の成功、目をみはるような経済の発展に自信を強め、明年のソウル・オリンピック開催を目指して、いよいよ国力を充実し、国際的地位も高めており、両国の軍事面を除く格差は一段と大きくなろうとしている。
 ただ韓国にとっては、経済力の向上による国民中間層の発言力が強くなってきていることや、国内における一部分子の不満に加え、来年の大統領交代や内閣責任制への移行が平穏裏に行い得るかどうかという大きな課題を抱えており、その今後の動向は、韓国の将来だけでなく朝鮮半島の動向にも大きく影響することが考えられる。
 このような中で北鮮が従来の中ソ等距離の基本姿勢から、特に軍事面でソ連に傾斜し、ソ連の軍事力が直接間接に朝鮮半島だけでなく、さらに西部日本海と黄海から太平洋にまでその影響力を及ぼそうとしていることは、韓国だけでなく日本を含むアジアの関係各国にとって極めて重大な問題である。
 中国は、ソウル・アジア大会への参加が象徴的に示しているように、韓国とスポーツ面、経済面で関係を持つようになっており、北鮮との関係で最近ぎくしゃくした関係も伝えられているが、依然としてソ連と同様北鮮に対する基本的姿勢は変えていない。
 米韓関係が現状を維持する限り、単独で北鮮が軍事行動を起こすことは考えにくいが、国際情勢の推移によってはソ連との緊密化に基づくソ連の支援、北鮮の基本的な体質、韓国に対する焦り、韓国内の情勢等から考えて、北鮮が韓国に対して、好機に乗じて軍事行動を起こす可能性は依然として否定できず、この場合、中ソ鮮の三角関係がどの程度牽制力として作用するかは注目を要するところである。
 日韓両国は、歴史的にも地政学的にも、また、同じ自由民主主義国としても表裏一体的な関係にあり、お互いにその安定と安全は不可分の関係に置かれている。したがって両国は、今後も直接的な軍事面を除く広い分野で、一層理解を深め協力関係を進めて、半島情勢を破局的なものとしないための不断の努力が必要である。
 第五、日本と米中ソをめぐる情勢。
 日本の唯一の同盟国は米国である。日本が自衛のため必要な防衛力にみずからを厳しく律している以上、日米安保体制のもとその協力関係を深め、信頼関係を不動のものとし、確固たる共存関係を維持していくことは現在及び将来にわたる日本の安全と生存のためには絶対不可欠であり、これは日本外交の基本である。
 自由世界で第二位の経済力と、これを背景とした高い国際的地位を有するに至った我が国は、今や政治的にも経済的にも積極的に世界に貢献すべき立場に立つに至り、同様に日米安保体制下の自国の防衛についても、みずからの負担分野をより広くすることが必要となってきた。
 日本は、日米安保体制が自国防衛に有機的に機能することを基本として、みずからの防衛力を自主的に改善向上する努力を継続するとともに、経済面特に貿易面における両国間の複雑多岐、広範にわたる諸懸案を、確固たる決意とあらゆる手段を尽くしての相互理解のもと、早急かつ着実に解決し、両国関係を一層不動のものとすることが必要である。
 中国との関係についていえば、非軍事面の広い分野で国益を踏まえ、かつ長期的展望に立って、着実に協力関係を進めていくべきである。この場合、近隣国としての国際的な配慮と過去の両国間の経緯に対する配慮は必要であるが、みずから独立国としての自主性を失うことがあってはならないことは言うまでもない。
 ソ連は、日本が直接隣接する唯一最大の、基本的には日本とは相入れない共産主義国である。ソ連は現実的にその膨大な軍事力を背景として、世界各国に対して直接間接にその影響力を行使しており、特にここ十数年来の極東における軍事力の強化は、ますます我が国に対する脅威を増大している。
 一方ソ連は、国内経済的に厳しい局面を迎え、日本の経済力、技術力に強く期待し、全般的には融和的な政策を志向しているかに感ぜられるが、我々は、ソ連が常にその広報宣伝活動によって、各国の民心を撹乱し、自由主義陣営の分断を図りつつ実利を得るのを常套手段としていることを忘れるわけにはいかない。
 もちろんできるだけ平穏な国際環境をつくることは外交の基本であり、特に隣国とは友好的関係の維持向上に努むべきは言うまでもないが、ゴルバチョフの来日問題にしても、彼らの本質をよくわきまえ、そのねらいをはっきりと見きわめ、彼らにいたされることがあってはならないことは言うまでもない。
 特に北方領土を不法に占領し続けているソ連に対しては、毅然たる態度を毫末も崩すことなく、これを度外視した政府レベルでの具体的な経済協力等はあり得べきでなく、ソ連に対しては、国民的合意のもとに一糸乱れざる姿勢をもってその外交を進めるべきである。
 以上をもって関係各国を中心とした国際情勢についての私見の開陳を終わるが、最後に重ねて、我々は常に日本の安全と世界の平和及び日本の国際的貢献という基本に立って、的確に情勢を把握し、かつ長期的展望に立って、一つずつ着実に対応していくべきことを強調しておきたい。
 終わります。
#5
○中西一郎君 私はまず申し上げておきたいのですが、これから申し上げることはちょっと言い過ぎになるかもしれませんが、世界経済の混迷、なかなか現在出口が見つかりそうもない。そのことの解決ということになりますと、日米の問題とか日欧の関係も出てきますが、そういった問題はまた後日に譲りまして、第三世界の経済の浮揚が必要だと考えます。そういった立場で考えますと、現地の身の丈に合わない近代化路線を柱にしています技術移転が相当行われておるのですが、それがなかなか結実をしない例が多いわけでございます。そういったような事実認識に基づきまして以下申し上げたいと思います。
 私はかねてから、「軍隊アリから蜜蜂へ」というようなことをよく言うのですが、アフリカや南アメリカなどに大家畜をも食い殺してしまうアリがいます。軍隊アリと言われております。売りまくって買いまくっておる姿が軍隊アリのように外国から見れば見え得るのではないかということで、そういうことを申し上げています。
 いろいろな曲折がありましたけれども、戦後この八〇年代にかけて、我が国がなりふり構わずに製品を売りまくったり、原材料を、欲しくないものは買いませんが、欲しいものは買いまくるというようなことでございました。そして、経常収支の黒字がふえる。アメリカに対しても巨額の債権を保有するに至る。昨年の暮れにはニューヨークを初めアメリカの主要都市で大きなビルを日本の企業がどんどん買収するというケースもございました。かつては軍事力による進出でございましたが、今では経済力と技術力による進出、そして多くの国々で我が国はそのプレゼンスをほしいままにしている。考えようによってはいつ袋だたきにされてもしようがないような優等生ぶりである。
 さて、こういった客観情勢の中で我々がどう振る舞うのかということが問題になると思います。
 五つの問題に絞ります。
 一つは、一昨年のG5以降の円高等も含めまして我が国自身も大変苦しい情勢になっておるわけですが、外側から見ますと努力が足らないということにもなっている。前川レポートで、産業構造を変えるということが提唱され、内需拡大ということも進められてはいますが、まだはかばかしい結果は得られていない。先般のG2あるいはG6での合意や、公定歩合の引き下げもございましたが、我が国経済の空洞化も憂えられるというようなことを含めていろいろな問題が山積しております。
 他方、日本はフェアでないという声高な非難も続いております。といってドル安・円高も行き過ぎますと、末日両国にとって大変な破滅的な影響を及ぼすことも当然でしょう。他方、自由貿易主義があるいは保護貿易主義かという問題があるわけですが、その中間のような立場というのはないのだろうかということがアメリカでも議論をされ始めておるようであります。このことについては詳しくは申し上げませんが、本年はガットのニューラウンドの年でもあり、またパクスアメリカーナのもとでアメリカが自由貿易主義の旗を振って、それにふさわしいビヘービアをとり得てきたわけですが、そういった時代が過ぎ去りつつあるというのが現在の世界経済の実情であるのではないか。しかも、保護貿易主義の害悪も歴然としているという認識に立ちますと、これから世界経済を律する原理といいますか、自由貿易でもない保護貿易でもない、何か第三の道が求められているような気がするわけでございます。
 次に第二の問題として、我が国民経済としましては外貨がたまってまいります。そのたまったお金をどう使うのだということになりますが、まず国際協力、当調査会の大きな任務であろうと存じます。その点について申し上げます。
 今や一兆ドルと言われる累積債務、この問題をどう考えるか。先進国側で積み立てをして元本丁利子についての支払いの免除をしたらどうだというような意見も出始めておることは御承知のとおりです。先進諸国の金融機関にとっては重大な問題であるわけですが、その債権確保のためには債務国の自助努力を最優先させなければならないということもまた当然でございましょう。そのためにも国際協力援助によって途上国の経済の活性化を図るということが何よりも大切であろうと思うわけであります。
 第二の国際協力についてでございますが、ODAの拠出額をふやすとかひもつき援助を減らすといったことは、いずれもいいこととされていますが、我が国にとっては、今や国際協力全般を通じての反省期に差しかかっているのではないかと考えるわけであります。
 被援助国に援助が定着しない、一部特権階級だけが喜んで、多くの民衆の生活の改善につながらないなどの問題が聞かれます。政府と政府の話し合いの結果進められていますプロジェクトについてこの種の問題がある。出しっ放しのままで、出す側にとっても援助される側にとっても得るところがないというのでは困るわけであります。
 そこで、我が国としてはどうするかということでありますが、一つは、金よりも人に焦点を合わせた協力を考えたらどうか。
 私はかねてから、青年海外協力隊員やオイスカ青年の活動をさらに拡大すべきだと思っておりますが、それとの調整を図りながら進学コースに飽き足らない青少年を国内で一定の技術訓練をした上で途上国へ送り出すというようなことを考えたらどうか、そのために国際協力に参加させる青少年部隊というものも考えでいいのではないか、さらに六・三・三・四制とうまくこれを組み合わせていくことも考えたいと思うのであります。
 次に、我が国におきます職業訓練の中に、日本の経済に限らず途上国を視野に入れた分野を設けたらどうか。私の友人が新しい炭焼き技術を開発していますが、日本の伝統的な技術や訓練も、広く第三世界を見渡しますと適正技術としてこれを欲する国は少なくないと思われます。
 以上に関連しまして、消費財でも資本財でもそれぞれの地方のニーズに合わせてつくる。受け入れ国の条件に合った適正技術、中町技術の採用ということは雇用機会をつくりますし、収入の波及効果も生みます。また国内市場を拡大させていくのではないか。現地の技術者が管理し、改良し、革新できるような技術を移転する、このことが途上国におきます自立的な技術発展を可能にして、労働の成果が労働者の生活条件の向上となってはね返ってくるようになるのではないかと思うのであります。
 次に、広い意味での国際協力の一環でございますが、途上国に進出していきます我が国の企業のビヘービアの問題であります。
 投下した資本や技術に対する適正利潤の理念をまず確立したらどうか。また、これらの企業の活動が真に途上国の人たちにとって、自分たちの政府や限られた企業の利益だけに終わるものではないという確信を持たせるようにすることが我が国としては、また進出していく企業としては大切なことではないかと思うのであります。これらのことはアメリカの多国籍企業におきましても、また我が国の進出企業におきましても忘れてはならないことでありましょう。そうでないと、これらの企業の活動は先進国の企業と自分たちのことを考えない政府、さらにそれと結託した途上国の一部企業を助けるだけだと現地の人に映るようになるかもしれません。そのことは大変な問題だと思うのであります。
 第三の問題としまして、近代工業化文明と市場経済原理について触れておきたいと思います。
 やや抽象論になるかもしれませんが、近代工業化文明というのは我々にいろいろな便益を与えてきました。そして、その技術は超極小な分野から超巨大な分野での問題を含めましてさらに前進しようとしております。
 他方、この近代工業化文則が今まではそれほど問題にされていませんでしたけれども、ここのところ急速にNO2の問題とかCO2の問題、あるいは酸性雨、さらには化学の生んだ食品添化物や農薬など、さまざまな形をとって地球の環境を破壊しているということが認識され始めまして、それが人類の健康を害する、染色体や遺伝子にまで影響を及ぼすというようなことが取り上げられるに至っております。
 私自身は幾つかの食品について自衛をしていますが、全部の問題を知っているわけではございません。我が国で使用を禁止されている農薬が一部の国の農作物で無制限に使われる、それが我が国に入ってきて食卓で我々の栄養補給をしている、そういう姿もいろいろと見聞するわけであります。健康、安全あるいは生命といった立場からも、国際経済のあり方と技術開発のあり方を再構築することが、これからの我々にとっての任務となっているのではなかろうかということを問題として指摘しておきたいと思います。
 アメリカにおきましては先般の農業法の改正に見られましたように、生態系への関心が非常に高まってきております。また、最近ECの農業政策を総括していますグリーンペーパーにおきましてもエコテクニックが取り上げられております。他面、バイオテクノロジーの技術も力強く前進しつつある。このようにしまして地球環境、あるいは土と健康、あるいは水と健康、空気と健康、農畜産物と健康などの問題が近代工業化文明の中で問われてきておるわけでございます。
 さて次に、以上述べました三つの問題のほかにつけ加えておきたいと思う問題がございます。それはアメリカの対外債務の累積と我が国の対米債権の巨大化であります。
 今の傾向からしますと、アメリカの対外純債務は一九九〇年には七、八千億ドルに達する、年利六%としまして四百二十ないし四百八十億ドルの利払いが必要になる。アメリカは果たしてそれに耐え得るのかどうか。今、我が国の企業と資本がアメリカへどんどん進出しております。アメリカからもこちらへ参っております。企業の非国籍化ということだと思いますが、このことは相互依存関係の深化という意味では歓迎されるべきことでございましょう。しかし、アメリカの通貨政策や財政政策いかんによっては、世界の経済に破局が訪れることもあるのではないかというような議論が大変ふえてまいりました。そこで、世界経済の中で大きな役割を担うに至りました我が国の対応は容易ではございません。簡単に申し上げますが、対米対話、対米協調で遺憾なきを期さなければならないのではないかと思います。この問題は、これからのこの調査会の議論を通じまして私もいろいろと発言の機会を得たいと思っております。
 以上を踏まえまして、最後に一言申し上げます。
 要するに、エコノミーとエコロジー、収奪と育成、西洋と東洋といったような問題について静かに深く考えながらこの歴史の転換点を我々は生きていかなければならないと思います。
 ここで最後に、第五の問題点として申し上げますが、かけがえのない地球を救う、人類の未来を開く技術開発、特にエコロジカルな分野やリサイクルなどの自然との共存を目指す技術開発の普及をいたさなければならない。そのために我が国が率先して拠出する、そして、近代工業文明のもとでの技術を超えた新しい技術開発のための国際的な研究機関を設置することを提言として考えておるわけでございます。その際、地球上に気象や風土、文化の異なるさまざまな地域がございますから、それぞれに適合した技術体系を根づかせるために各地域にブランチを置くということも忘れてはならないのではないかと思います。
 これらの問題につきまして当調査会が一層の究明、調査を進められまして、できるだけ各党の合意を得て当調査会の任務がよりよく達成されるであろうことを期待いたしまして、私の発言を終わります。
#6
○志苫裕君 国際情勢の認識を述べて、若干の提言をつけ加えたいと思います。
 皆さんにあらかじめ原稿をお配りしておけば一番よかったのですが、何しろ先ほどまで直しておったもので、不親切になってどうも済みませんでした。
 後ほどそれぞれ個別に申し上げますが、最初にあらましを申し上げます。
 一、米ソを中心とする核兵器の膨大な蓄積と開発そして配備は、人類の生存そのものを脅かしているばかりでなく、体制の違いを超えて政治、経済、社会のあらゆる生活面にまでさまざまな悪影響を及ぼしている。今日では、米ソ自身がこの悪循環から抜け出すことができず、苦悶しつつもさらに新たな宇宙戦争レベルにまでさえ突き進もうとしている。
 二、この核を軸にした東西体制のもとで、通常兵器の開発と蓄積も著しく、軍拡競争は超大国の利害と結びついて世界的に進行している。そして今日では、超大国以外の地域においても核兵器を保有する国がふえている。こうした軍事化の状況は、第三世界諸国における地域紛争の多発を許容、促進し、また大国の介入、干渉の口実ともなっている。さらに、このような軍事化と大国の介在が、第三世界諸国の独裁体制の重要な基盤の一つとなっていることも無視し得ない。
 三、世界経済の長期不況は、これまで圧倒的な生産力と蓄積の余力を誇ってきた先進工業国にも深刻な打撃を与えつつある。生産の縮小、停滞、貿易の停滞と摩擦の拡大、失業の増大と福祉の後退、投資の偏在と投機の過熱、財政赤字の拡大とNICSを中心とした第三世界の累積債務危機など、これらは単に生活向上の停滞ところか社会的格差の拡大となって、各国で一般的国民を苦しめている。
 四、この世界不況は、とりわけ第三世界に甚大な破壊作用を及ぼしつつあり、NICSは一部の国を除いて工業化計画と経済自立が破綻し、一兆ドルをはるかに超える膨大な債務の累積は、元金どころか金利の返済までも不能にしつつある。資源供給と外資に依存してきた諸国は、外貨収入の道を閉ざされ、植民地時代以来これらの国に押しつけられてきたモノカルチャー構造のもとで、食糧の自給も輸入も困難になって飢餓が広範に発生し、定着しつつある。貧富の格差の解消と生活向上という第三世界民衆の緊急の課題は、むしろ後退さえしている。
 五、政治的抑圧、貧富の格差、社会的不正義に対する第三世界民衆の失望と闘争は、むしろ必然的なものである。これは、このような非人間的な苦境をもたらしてきた従来の政治、経済、社会のシステムのあり方そのものを問うている。ところが、その反省もなく、大国と第三世界諸国内の特権層の利害のみを尺度として、外形的な安定を図ろうとする試みが依然として続けられている。これは、大国による第三世界諸国への政治的、経済的干渉となってあらわれ、場合によっては軍事的干渉さえ行われることによって、民衆の苦しみを増大させ、長引かせ、その反発を拡大している。
 以上がこれから述べるあらましであります。
 そこで、まず国際政治・軍事情勢の特徴を、たくさんありますが、軍事化の進行、この軍事化の進行の中を、核の脅威と第三世界の飢えの増大という二つに分けて申し上げます。
 一、現在、地球上に存在する核兵器の数は、弾頭数にして約五万発と推定されており、その破壊力は広島型原爆の約百万発分、TNT火薬にして約百三十億トンと見られる。これは国連事務総長の報告に載っておりますが、一九八〇年九月、第三十五回国連総会で出されておる。これは、地球上に住む大人から子供までを含めてすべての人間一人当たりにしてTNT火薬約三トンに相当するものでありますが、これらの核兵器の三分の二をアメリカ、三分の一をソ連が独占していると言われます。
 かくして、国際情勢の最大の焦点は、人類が直面する核廃絶への歴史的な岐路と選択に置かれております。
 去る一九八五年九月四日から七日にルアンダで開催された非同盟外相会議の最終宣言は、いみじくも、核戦争の危険は核兵器の存在そのものから生じており、核兵器は単なる戦争の兵器ではない、それは大量絶滅の手段である、核破局の脅威は数多くの問題のうちの一つではない、この恐怖を防止することはすべての努力の前提条件であると指摘しております。それはまた、人類の生存は、少数の核兵器国及びその同盟国、とりわけ二つの核兵器大国の安全保障認識の人質とされてきたとし、抑止の方法による世界平和の確保という概念は現存する最も危険な誤謬であると指摘しております。
 レーガン大統領が固執したSDIのために決裂をしたレイキャビクの米ソ首脳会談は、改めて人類の存続が抑止論に立脚した米ソ核戦略の人質とされている恐怖感に全人類を直面させたものであります。このレイキャビク会談において米ソ首脳は、戦略核兵器の五年間五〇%削減、十年間全廃や、欧州中距離核兵器の全廃、アジア中距離核兵器のそれぞれ百基への削減などの画期的な核軍縮案に合意寸前にまで達しながら、SDIをめぐる対立のために幻の合意に変わってしまいました。このことは、ほかならぬSDIこそ今日核廃絶への人類的悲願にとって最大の障害である事実を世界に明らかにしたものであります。
 そのことはまた同時に、昨一九八六年九月九日に中曽根内閣が行ったSDI研究計画への参加決定が、極めて危険な選択であったことも浮き彫りにいたしました。
 若干この点を敷衍いたしますが、SDI研究計画に関する官房長官談話によりますと、一番目に、SDIは非核防御システムである、二番目に、SDIは核廃絶を目指すものだ、三番目に、非核防御システムの発展は抑止力の強化に資する、四番目に、日本の関連技術水準の向上に寄与できる、五番目に、宇宙平和利用に関する国会決議に抵触しないというものでありましたけれども、レイキャビク会談決裂やその後の状況を見ると、中曽根内閣のこの主張をことごとく覆しておると思います。
 第一に、SDIは非核防御システムであるどころか、アメリカの第一撃戦略の不可欠の一部である。第二に、核廃絶を目指すどころか、それは核軍縮、核廃絶への最大の障害物である。第三に、ハイテク関連技術水準の向上への寄与も、開発された技術データ及びコンピューターソフトの米政府独占を取り決めた西ドイツとのSDI基本協定からも明らかなように、全く根拠のない主張になった。むしろ、国家秘密とされるSDI技術情報の非合法的移転を取り締まるための国家秘密法制定の口実とされる危険性さえ強まる、こういう状況だと思います。
 このようにして、レイキャビク首脳会談決裂以後の国際情勢は、米ソ間に緊張緩和に逆行する一連の事態を生みました。まず、アメリカ政府が昨年十一月末に、空中発射巡航ミサイルALCM装備の百三十一機目のB52戦略爆撃機を実践配備してSALTU遵守を放棄したほかに、新型MX・ICBMを実践配備に移した。これに対してソ連のウォロンツォフ第一外務次官が昨年の十二月二日の記者会見で、ソ連のモラトリアム以来、アメリカは二十三回の地下実験を行ったと指摘して、この無期限モラトリアムがソ連の安全にとって危険であると述べた。また、核実験停止問題に関するソ連政府声明、十二月十八日ですが、それでは、八七年に入ってアメリカが一度でも核実験を行えば、その後に核実験を再開すると指摘し、そのとおりに実行されました。
 ところで、一九八七年二月二十八日のゴルバチョフ新提案に基づく事態の進展が大いに期待をされますけれども、SDIに象徴される宇宙核軍拡競争と日本のSDI研究計画への参加は、今日の国際政治の最大の焦点であることには変わりがなく、それは国際情勢の数多くの問題のうちの一つではなく、文字どおりの人類的岐路にあると思います。
 二番目に、第三世界の問題を少し述べます。
 世界の軍事化はこの米ソ両国による核軍拡という形で進行しているだけではない。それは非核保有国にあっても、南北を問わず、ひとしく進行している現象であります。北の諸国の非核国、日本などはちょっといずれの機会に譲りまして、現代の軍事化の矛盾が集中的にあらわれておりますのは、何といっても第三世界の国々においてでありましょう。これらの国の多くは第二次大戦後になって独立を遂げたものでありますが、それまでの帝国主義諸国の過酷な収奪のためもあって極めて貧しく、しかも急速な近代化に伴う社会的な矛盾の激化から、国内的にも対外的にもさまざまな紛争要因を抱えた、政治的に不安定な国である場合が多い。
 これらの国々は、人口の上では世界人口の四分の三を占めているにもかかわらず、GNPでは世界の約二二%を占めるにすぎず、そこでは国民の五人に一人が飢えにさらされています。しかも、今日アメリカがニカラグアに対して行ったように、大国が、これらの国の政治的不安定に乗じて、みずからの意に沿わない政権を武力で転覆しようとする場合さえあります。このために、これらの国々の政権は、みずからの政治的不安定を強力な軍事力を持つことで乗り切ろうとすることになります。ところが、強大な軍事力を維持しようにも、工業生産力が未発達で、みずから近代兵器を生産することができないこれらの国々は、それゆえ必然的に北の先進工業国にそれらの武器を求めることになります。
 今日、世界の兵器貿易全体の約三分の二が第三世界による兵器輸入に占められておりますが、ただでさえ莫大な対外債務を抱えている第三世界の国々は、こうして北の国からの武器の輸入によって一層貧しさを加速することになる。例えば、アルゼンチンの抱える総額四百五十億ドルに上る累積債務のうち、実に五十ないし百億ドルは直接に軍事支出に起因していると言われます。また、南アメリカの最貧国の一つと言われるペルーが、その南アメリカでは最も装備の整った軍隊を持つ国であるというような現象が生まれております。こうして、貧しく、政治的にも不安定である国々が、まさにそれゆえに、国の富を国民の生活向上にではなく、先進工業国からの兵器輸入に充てることで、国民の一層の飢えをもたらすという悪循環が生じている。
 しかも、世界の兵器輸出の実績を見ると、その輸出総額の四〇%をアメリカが、二二%をソ連が占めて、さらにこれら二国にフランス、イギリス、西ドイツを加えた五カ国で世界兵器輸出の約九〇%を占めています。これは一九八五年版SIPRI年鑑による一九八四年の実績です。第三世界からの富はここでも北の国に吸い上げられているのであります。こうして南北格差のもとで、軍事化はその南の飢えと南北の格差をさらに一層拡大させております。
 同じ軍事関連書の中で、特に米国防報告と軍事的緊張の新局面について若干申し上げます。
 去る一月十日、ワインバーガー米国防長官は一九八八年から八九年会計年度国防報告を米議会に出しました。これは昨年の国防報告で指摘された、ソ連の弱点に照準を合わせる競争戦略をレーガン政権の残り期間の重要なテーマであると改めて強調し、一、SDIの開発、推進、二、ASW、すなわち対潜水艦作戦の推進、三番目、高度技術爆撃機(ATB)及び同戦闘機(ATF)、同戦術海軍機(ATA)によるソ連防空網突破力の強化などの具体的プロジェクトを挙げております。このほかに、MXミサイル、ミゼットマンミサイル、トライデントミサイル、巡航ミサイル、B1爆撃機などの戦略核兵器の増強や、ソ連の作戦概念につけ込む米海洋戦略と六百隻艦隊建造計画の意義が強調されております。このワインバーガー国防報告は明らかに、核軍縮よりもSDIの推進を、核廃絶よりも対ソ核戦略増強を目指すレーガン戦略を反映したものであると言えましょう。
 日本の中曽根内閣は、このワインバーガー国防報告を予見していたかのように、防衛費の対GNP比一%枠廃棄の挙に出ました。これは、軍事大国化への定量的歯どめと呼ばれる一%枠と、定性的歯どめと言われる専守防衛戦略のいずれをも一挙に破棄した無謀な決定であると言わざるを得ません。なぜならば、この対GNP比一%枠廃棄の背後には、ワインバーガー国防報告において最重要視されているアメリカの対ソ全面通常戦争の基本ドクトリンである新海洋戦略が潜んでいるからであります。
 戦争遂行戦略としての新海洋戦略は、一、抑止、二、主導権の奪還、三、戦争のソ連領土への巻き返しの三局面から構成されております。この中で特に危険視されなければならないのは主導権の奪取、すなわち第二局面以降の海洋戦略の展開であります。ヨーロッパにおける戦端開始とともに、米海軍が日本周辺の北西太平洋に第二戦線を開設し、その攻撃型原子力潜水艦や空母戦闘群が日本の三海峡封鎖と攻撃的な対潜、対空、対水上戦闘に入ることが予定されております。しかも、この後の第三局面、すなわちソ連領土への戦闘の巻き返しにおいては、オホーツク海や日本海に潜伏するソ連弾道弾搭載戦略原潜への総攻撃とソ連水上艦隊への撃滅から、戦艦ニュージャージーなどの戦艦水上打撃部隊の支援下の海兵隊による千島列島、サハリン島への強襲上陸作戦までが計画されておるのであります。
 超水平線、すなわちOTHレーダーやエイジス護衛艦などによる洋上防空力の飛躍的強化、三海峡封鎖・シーレーン防衛、水際撃滅・北方前方防衛のこの三つを基本課題とする防衛庁の中期防衛力整備計画は、アメリカの海洋戦略との密接な連携強化を企図しており、日米共同作戦計画やシーレーン有事防衛研究が着々と進展し、リムパック船や米海軍のオホーツク海、日本海大演習が公然と進められている現状は、米海洋戦略への日本の全面的協力の事実を反映するものであります。
 日本はこうして、アメリカのレーガン政権が企図する対ソ競争戦略と軍事的緊張激化の政策のパートナーの役割をみずから積極的に演じているのであります。これは、国際軍事情勢、とりわけ極東における軍事的緊張の新たな新局面でもあります。
 次に、経済情勢について申し上げます。
 世界経済は、冒頭にも要約を申し上げましたが、構造的な不均衡という大きな矛盾が各分野に露呈しつつあります。かつての不況とインフレが同時進行するというスタグフレーションは、一応インフレの抑制には成功したものの、不況の長期化によって別の深刻な問題を引き起こしてきました。それを以下申し上げます。
 一、不況による生産活動の停滞は、省力化、ハイテク化の進展と相まって石油消費量の鈍化と石油価格の暴落をもたらし、一方、産油国は大規模プロジェクトを一斉に進め、また大量の兵器購入等を続けたために、産油国のオイルダラーは急速に縮小してしまいました。
 二、産油国を初め、他の資源保有国で工業化を大規模に進めた諸国はNICSとして脚光を浴びましたが、世界不況の中で製品輸出は軌道に乗らず、原材料としての一次産品も輸出が停滞し、深刻な外貨不足、累積債務の巨額化に陥っております。
 三、第三世界の非産油国諸国は、工業化に乗り出す余裕もないままに長期不況にのみ込まれたために、累積債務は額としては大きくない。しかし、その国のGNPや輸出額からすれば比較的に大きく、しかも輸出品である資源、農産物が特化していて依存率が高く、これらが不況と先進国における代替品の開発や食糧の豊作によって価格下落や輸出低迷に直面したために、同様に外貨不足と国内産業の後退、場合によっては崩壊にさえも至っております。
 四、このような状況の中で、日本や、NICSの中でも韓国や台湾など資本集約化と低賃金、下請構造及びハイテク化の結合を欧米諸国とは異なる型で行った一握りの諸国だけが先進国市場で急伸長し、また第三世界市場にも進出し、巨額の貿易黒字を獲得することによって貿易摩擦を引き起こしました。
 五、これらは先進諸国にも再びはね返ってスケールメリットをてことする大規模装置産業、重化学工業が衰退、空洞化し、大量の失業を生み出すに至りました。
 六、これらは同時に、税収減、財政支出の増大となって各国の財政危機を拡大、長期化し、その克服策としての支出抑制がさらに不況を長期化さ世、深刻化させるという悪循環をもたらしました。軍備増強がこれに拍車をかけたことは言うまでもありません。
 七、これらの状況を反映して、また、この苦境からアメリカが逃れることを意図してもたらされたのが円やマルクなどに対するドルの減価であり、低金利政策であります。
 八、そして金利の急速な低下と、投資先のない資金の余剰によって株式市場の過熱と土地等への投機の過熱が発生したのであります。
 九、バラ色の未来を切り開くかのように言われてきたハイテク化も、世界的不況の中では十分な成長基盤を得られず、またある程度産業として軌道に乗ると従来の産業の没落に拍車をかけるという作用を持って、いわゆる産業構造の転換は決して滑らかなものではありません。地域社会や労働者、中小企業にとっては時には暴力的な破壊の過程であることも証明できるのであります。
 要するに現状は、一方において過剰な生産能力と過剰な資金が累積し、他方において過小な購買力が存するという形で世界的にも国内的にも巨大な不均衡が成立してしまっているのであります。したがって問題は、この不均衡の解消、とりわけ過小な購買力の改善にあると言えましょう。
 過小な購買力とは、人類の四分の三を占める第三世界の民衆の慢性的かつ拡大しつつある貧困、第三世界諸国の累積債務と貿易赤字、先進諸国にも拡大しつつある失業、財政赤字などであります。これらは資本主義経済としては需要の減少として表現されますが、人間の生活、社会的必要としては需要は巨大にあり、生活向上のためばかりでなく、現下の窮状を緩和するためだけでも緊急かつ膨大な供給が求められておるのであります。
 このギャップを乗り越えるためには、一方に偏在する生産能力や資金が他方に思い切って移転される以外にはありません。換言すれば、持てる者、富める者は自己の犠牲において社会的な富の公平を推進し、新たな人間的なレベルでの均衡を回復することによって世界経済の再上昇の出発点を確立し得るのでありましょう。そして、このことだけが国際社会の平和と安定の根本的な条件になり得るものと思います。
 最後に、若干の提言を行います。
 一つは政治、軍事についてでありますが、先ほど述べましたように、国際政治、とりわけ軍事情勢は今、核廃絶が、宇宙核軍拡競争かの人類的岐路にあります。現在緊急に求められておりますのは、核戦争の脅威は核兵器そのものの存在から生まれているという認識の確立であります。また、抑止力による平和という考え方が最も危険な戦略であり、SDIのような宇宙軍拡競争は核軍拡の未曾有のエスカレーションをもたらすにすぎないという国際合意の成立も重要であります。
 このような立場から、我々は米ソ首脳会談の早期再開と、SDI研究・開発計画や宇宙核軍拡競争の即時停止、レイキャビク合意を踏まえた画期的な核軍縮案の早期実現を迫る日本の積極的外交、名づければ核不戦、核廃絶、軍縮ということになりましょうが、その日本外交を提言をし、要求をいたします。
 核戦争に勝利はなく、決して戦ってはならないという国際的合意が既に広く存在している現実にかんがみて、日本の核軍縮外交の積極的展開は、日本の安全と核なき世界の実現に大きく寄与するからであります。
 日本はまた、その積極的な核軍縮外交の展開の前提条件として、みずからもSDI研究計画への公式参加の決定を取り消し、アメリカの核搭載艦艇の日本寄港中止などの非核三原則を完全に遵守し、アジア・太平洋地域やその域内に照準を合わせた核兵器の存在する隣接地帯からの核撤去を求めるアジア・太平洋非核武装地帯の実現に積極的役割を果たすべきであります。
 我々はまたさらに、軍事同盟や軍事ブロックの境界を越えた平和共存外交の推進を提唱いたします。これは、敵対的な軍事同盟による国際社会の分割や力の政策によってのみ平和と安全保障が達せられるという中曽根内閣の西側同盟政策にかわって、人為的な敵意と反日の境界を越える国際協力外交の実現を求めるものでもあります。
 我々は、国際的な軍事情勢の先鋭化を食いとめ、軍事的な対決機運を緩和するために、アメリカの海洋戦略への日本の加担、協力を中止し、北西太平洋における軍事的対立の緩和、引き離し、軍事演習の制限などを強く提言し、要求いたします。
 日本周辺の軍事的緊張を緩和し、世界的な軍事情勢先鋭化を食いとめるために日本は積極的な役割を果たすべきであり、このためには、諸外国に深刻な懸念を呼び、日本の軍事大国化への定量的、定性的歯どめをすべて破棄するに至った防衛費の対GNP比一%枠突破決定の白紙撤回が、当面最大の課題であります。国際平和への日本の寄与はこのイニシアチブによってのみ達成されるでありましょう。
 国際経済について若干の提言をいたします。
 既に経済大国となり、貿易黒字の累積国となった日本の果たすべき役割と責務を中心に述べます。
 第一に、日本は第三世界民衆の生活向上と貧富の格差の縮小のためにODAを思い切って増額し、そのほとんどを借款ではなく贈与とするべきでありましょう。その趣旨から、ODAの対象は、日本企業や商品の進出条件や相手国の特権層、富裕層の経済基盤を強化、整備するためではなく、農村や都市貧困層を中心とした多様かつ緊急な、小規模、ソフトかつ長期的な生活向上と自立化のために選定されるべきであります。
 第二に、日本は第三世界諸国の交易条件を特別に向上させ、超低利もしくは無利子の資金や技術、情報の供与を推進することによってこれら諸国の経済建設と自立に寄与すべきであります。また、債務累積国に対しては、軍備増強や人権抑圧の停止を条件として、対日債務の無利子化または一部の贈与への転換を行うべきであります。
 第三に、日本は、国内経済と財政を国民の福祉、生活向上を主軸とした構造に転換し、それによる内需拡大、失業解消を図るべきであります。これらの観点からも当然に軍事費は削減されなければならず、また、大企業や富裕者を優遇する税財政は解消され、土地問題を初めとして、社会的公正を実現すべきであります。
 第四に、国際収支の調整機能の回復のために、経常収支赤字国であるアメリカの財政赤字、経常赤字削減を求めるとともに、日本は輸出型経済の内需を中心とした構造への転換を図り、貿易黒字を削減するとともに、黒字分については主として第三世界へのODAに振り向けるなどして国際還元を図り、ゼロサムとしての世界貿易の均衡ある発展に寄与すべきであります。
 第五に、日本はこれら日本自身の転換をもって国際社会に臨み、一兆ドルもの軍事費の削減と一兆ドルを超える第三世界の累積債務の解消、そして南北問題の解消への世界的な協力と東西の緊張緩和を実現することを提唱して、推進すべきであります。
 以上で終わります。
#7
○和田教美君 私は、国際政治、軍事情勢について見解を述べます。
 昨年十月のレイキャビク米ソ首脳会談の決裂以来、米ソの核軍縮交渉が行き詰まり、一部では新しい米ソ冷戦の再来という極端な見方さえ登場していました。しかし、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長が二月二十八日に行った欧州部のINF(中距離核戦力)全廃を中心とする新軍縮提案と、これを歓迎する米国側の対応によって、INF合意を最優先課題とする米ソ交渉に大きい進展が期待される状況が生まれたと思います。
 欧州のINFを五年間で全廃するなどの削減案そのものは、レイキャビク会談での潜在的合意と言われたものですが、大きな相違は、ゴルバチョフ新提案がINF交渉をSDI(戦略防衛構想)問題などと切り離すことで米側の主張に歩み寄った点であります。
 米ソINF交渉の今後については、なお幾つかの問題がありますし、殊に日本にとっての重大問題は、ソ連アジア部にSS20など弾頭百発が残ることになっている点です。欧州で全廃できるものがアジアではできないという理屈はおかしいし、日本としては今後米ソ両国に対し、アジアにおける中距離核の全廃を強く要求していくべきです。しかし、何事も一足飛びにはいかないから、今はまず欧州INF交渉を成功させ、これによって年内に米ソ首脳会談が開かれることを心から望むものであります。
 私は、レイキャビク会談が決裂した時点でも、米ソ関係はクールデタントとでも呼ぶべき状況にあり、一気にデタントに進むことは困難としても、米ソ両国とも軍縮・軍備管理問題を避けて通れない国内条件を抱えていると判断していました。米国は現在、巨額の財政赤字に悩まされており、昨年の中間選挙での民主党勝利にもあらわれているように、世論の趨勢はこれ以上の財政赤字をもたらすレーガン軍拡に反対であります。
 一方、ソ連も国内経済の成長率が著しい低下傾向にあり、この低迷から脱却し、二〇〇〇年までの長期発展計画を進めるために国防費の削減、軍縮の実現が不可欠であります。したがって、さまざまな困難や逆流がありましょうが、米ソ両国とも破局的な軍拡競争にこの辺で歯どめをかけ、真の軍縮を模索せざるを得ない国内経済の制約条件が増しつつあることは確かだと考えます。
 それにしても、レイキャビク会談決裂の最大の原因はSDIをめぐる米ソ対立てあり、この状況は今も変わりません。レーガン大統領は、SDIは抑止力を向上させ、最終的には核廃絶を目指すとしています。一方、ゴルバチョフ書記長は、米国のSDI計画を先制第一撃の準備であるととらえております。そして、お互いに相手が自国のプログラムに乗ってこないと非難し合っているのが現状であります。
 日本政府は、昨年九月、SDIへの研究参加を正式に表明しました。現在その成果の帰属等の細かい詰めの作業が日米両国間で行われていますが、政府部内や財界などの議論は研究成果の利用、帰属の問題が中心であり、この研究が果たして軍拡、軍縮のいずれをもたらすかという観点からの論争を避けております。
 私は、SDIは、宇宙の開発・利用は平和目的に限るとした国会決議など諸平和原則や平和憲法の精神に反するものであり、また、この研究に無批判にのめり込むことによって我が国が米国の核戦略体制に巻き込まれるおそれがあるという立場から、研究参加に反対してきました。SDIをめぐる最近の米専門家の論議を聞いていると、一層その感が強いのであります。
 最近、マクナマラ元米国防長官ら専門家の間でSDI(1)、SDI(2)などの言葉が使われ出しています。SDI(1)とは、レーガン米大統領のそもそもの構想「核兵器を無力かつ時代おくれにする手段」、いわば「究極の防衛システム」としてのSDIを指すものであります。しかし、そのようなソ連の核戦力を全般的に無力化する迎撃システムは、それに要する天文学的な経費、技術的困難から、絵にかいたもちだと言い切る人がふえてきております。そこで、「究極の防衛」にかわってもっと「小ぶりの防衛」、つまり報復用の戦略核など特定の軍事基地だけを防衛するポイントディフェンスの考え方がSDI(2)であります。最近訪米した矢野公明党委員長らに対し、ナン上院軍事委員長は、「SDIが核抑止システムにとってかわると考えているのは大統領一人ぐらいだろう」とし、既存の抑止力の補強と定義づける方が達成可能かつ現実的な方法との考え方を述べています。これはSDI(2)につながる見解であると思います。しかし、SDIを核抑止力の補強手段と位置づける限り、核軍拡競争の悪循環から逃れることはできません。
 政府は、国会において相変わらず、非核の防御兵器であり、最終的に核廃絶を目指すものとの答弁を繰り返していますが、これは、核兵器を時代おくれのものにするというレーガン大統領の当初構想がだんだん遠くへかすみつつある現状を覆い隠すものであります。
 現在まで多くの軍縮交渉が実らなかった最大の原因は、言うまでもなく米ソの根深い相互不信にあります。米国は、SDIの研究とともにMXミサイルの配備開始、トライデントD5ミサイル、ステルス爆撃機、ステルスALCM(空中発射巡航ミサイル)等の開発を進めております。また、SDIとCDI(通常防衛構想)を絡め、米国内及び西側諸国のSDI批判をかわそうとしております。片やソ連は、七〇年代のデタント時代に核及び通常戦力を増強しました。また、米国上院でのSALTU審議中にアフガン侵攻を行い、その批准を不能にしてしまいました。人類存亡のかぎを握る米ソ両国が、このようにお互い脅威をあおり合う愚行をこの際根本的に反省し、真のデタント、真の平和共存を確立すべき時期に入ったことを強く認識すべきであります。
 さて、我が国が国際社会で果たすべき役割は、主として経済力を生かした貢献であることは言うまでもありません。防衛費の拡大によって経済摩擦の解消に役立てることができるなどと考えるのは、余りにも短絡した考えてあります。
 今国会の施政方針演説で中曽根総理は、「今や、戦争の最大抑止力は、長い目で見て、人権尊重と国の内外における自由な情報交流であると信じます。」と言っております。私もそう考えます。
 しかし、防衛費のGNP一%枠の撤廃、SD仏への参加、さらにスパイ防止法案の国会への再提出の動きなどや、核を含む力の均衡により今日の世界の平和と安全が維持されているという総理の持論をあわせ考えると、まことにちぐはぐで唐突な発言であり、真実味に欠けるとの印象を受けます。軍拡を行い、軍事力の優位を確保した上で軍縮を達成しようとしても、これは過去の事実が雄弁に物語るとおり、際限のない軍拡競争の泥沼にのめり込むものであります。到底真の軍縮は望めません。
 次に、北東アジア情勢、特に米ソの軍事的対抗関係について二、三の点を述べます。
 極東ソ連軍は、これまで増強の一途をたどってきましたが、このところ、師団数、バックファイア爆撃機数などを見る限り、量的増強トレンドは一段落しています。一方で、バヌアツとの漁業協定締結にあらわされるような太平洋地域への進出が注目されています。我が国としては、それを直ちにソ連脅威の増大と唱える前に、冷静に事態を把握、分析すべきです。
 ソ連経済は、さきにも触れたとおり、押しなべて停滞ぎみですが、我が国は、アジア及び世界の平和と安全という長期的視野から、日本の国益を踏まえつつ適切に経済協力を進めるべきでありましょう。
 ゴルバチョフ書記長は、さきに従来の提案を継承発展させる形でアジア・太平洋安保会議の開催を提唱しました。ゴルバチョフ提案に対し日本政府は、八六年七月のウラジオストク演説の直後、北方領土問題の解決を求め、日米安保体制を堅持する立場から対処するとして、事実上提案を拒否しました。また、去る一月十三日、東独を訪問した中曽根総理も、ゴルバチョフ演説は、ソ連がアジア政策を初めてまとめて打ち出したという点で歴史的なものと言えるとしながらも、全アジア安保会議構想には同意できないと述べています。
 しかし、私は、この構想を単なるソ連のプロパガンダとして一蹴するか、それとも我が国としても、例えば信頼醸成措置(CBM)など、実現可能な代案をソ連を含むアジア諸国に提示するかを比較した場合、当然後者を選択すべきであり、単に反対の意思を表明するだけでは事態の進展は望めないと考えます。
 米国について見れば、レーガン政権はソ連に対抗して同時多発戦略、柔軟作戦、競争戦略といった一連の構想を打ち出してきました。事実、アジア地域においてもオホーツク海への米艦の進出、三沢基地へのF16配備、中国への寄港、タイへの事前集積構想などの動きが見られます。これは新封じ込め政策、ネオ・コンテーンメント・ポリシーとでも言うべき力の政策であります。
 私は、我が国の安全保障から見て、日米安保体制が一定の抑止的効果を持つことを全面的に否定するものではありません。しかし同時に、行き過ぎた米国の力の政策に対しては常に物申す姿勢が必要だと考えます。
 米第七艦隊は現在トマホークの配備を進行中ですが、外務省の見解によれば、陸上攻撃型の核トマホークは地上発射の核兵器ではないから、今回の米ソINF交渉の対象外だと割り切っております。しかし、射程から見ればトマホークは中距離核でしょう。外務省は、今回のINF交渉では、米ソ双方とも地上発射の中距離核に対象を限っていることは間違いないと言いますが、果たしてそうでしょうか。核トマホークを全面的に容認することがソ連にアジア部の中距離核の残存の口実を与えることにならないかどうか、政府に慎重な検討を望むものであります。
 終わりに、日本の防衛政策について申し述べます。
 政府が六十二年度予算案において防衛費の対GNP比一%枠を撤廃させたことは極めて遺憾であり、強く撤回、組みかえを求めるものであります。
 政府は、この一%枠突破について、中期防衛力整備計画の着実な達成を図るためにはやむを得ない措置と説明していますが、防衛費増大の最大の原因は、政府が中期防において積極的に推進している一千海里シーレーン防衛とその洋上防空にあることは明らかです。私は他の委員会で、シーレーン防衛や洋上防空構想は、政府がみずから決めた防衛計画の大綱がもともと想定していなかったものであり、憲法が示す専守防衛の枠をも逸脱するものと指摘してきました。
 特に、六十二年度予算編成に関連して言えば、最近の円高により一%枠内に抑えても中期防の達成は可能などの大蔵省の主張があったことを考えると、初めに突破ありきの姿勢であったことは明白であります。また、政府が新しく閣議決定した四項目の歯どめのうち、数量的歯どめと言われる総額明示方式は、辛うじて出口を規制するものではあっても、入口、つまり新計画決定時における防衛費の抑制には何ら効果がありません。かつての年次防、総額明示方式については、年次防を重ねるたびに倍々ゲームで防衛費がふえたため、我が国の防衛力はどこまで大きくなるのかといった声も一部には生じたと、五十二年版防衛白書に明確に記載されているように、政府部内にさえ反省を生んだ経緯があります。総額明示方式が何ら歯どめたり得ないことは過去の経験が証明しております。
 中曽根総理は、防衛費が一%枠を少しぐらい超えても大したことではないと言います。しかし、私はそうは考えません。一%枠は、自民党政府みずからが軍事力肥大化の歯どめとして設定し、十年余にわたって守ってきたもので、国民の間にも定着したものであります。また、単なる量的な枠を超えて、非核三原則や専守防衛などとともに、日本が再び軍事大国にならないとの国民の決意を内外に示したものであります。何より一%枠突破は軍縮を目指す新しい国際潮流に逆行するものであります。また、この中曽根軍拡路線が、自衛隊に対する国民のコンセンサスを破壊し周辺諸国の反発を呼び始めていることを指摘して、私の発言を終わります。
#8
○中西珠子君 私は、ODAについて意見を述べさせていただきます。
 新聞報道によりますと、本年一月二十三日のアメリカ上院の予算委員会公聴会で、強い経済力を持つ日本などの同盟国に西側防衛負担をもっと求めたらどうかとの上院議員の質問に対して、シュルツ米国務長官は、日本の軍事費が国民総生産の一%枠を突破したことに言及しながら、日本国内やアジア諸国には、日本がかつてのように再び軍事大国となるのではないかという大きな懸念があり、米国が日本に言わねばならないことは経済援助の増大だと述べたそうであります。また、長官は日本の経済援助が自国の貿易拡大と結びついていることを指摘する一方で、そうであっても援助増大を日本に働きかけていかねばならないと強調したと報道されております。
 しかし、シュルツ国務長官に言われるまでもなく、日本のODAは年々増加し、五十八年度が八・九%、五十九年度が九・七%、六十年度は一〇%、六十一年度が七%、六十二年度予算においては五・八%の伸びを示しております。このようなODAの量的な増加にかかわらず、質的な向上は残念ながら達成されているとは言えません。
 本年一月二十日、経済協力開発機構、OECDの開発援助委員会、DACが日本の開発援助について審査を行い、日本のODAの対GNP比率を一層高めるとともに、一般会計からの支出の増加とODAの質の向上を要望いたしました。
 一九八五年の日本のODAの対GNP比率は〇・二九%で、DAC加盟国中十三位であり、加盟国平均の〇・三五%を下回っています。ODAの質を示すグラントエレメントでは最下位でありました。DACはそれゆえ日本がDACの援助条件勧告を再度満たすことができなかったことを指摘し、借款の割合が高い日本のODAの援助条件の実質的改善を要望したわけであります。
 また、日本の後発開発途上国向けの援助もDAC平均を下回っていると指摘し、アフリカ及び南アジアの地域に対する援助努力を拡大するように要望しました。
 DACは、日本政府の発表したODA倍増七カ年計画の、一九九二年のODA実績を一九八五年の二倍とするという目標を評価しながらも、これまでの日本の援助増が援助に従事する人員に負担を強いてきたことに留意するとともに、日本の援助管理能力の強化を要望しました。DACの対日審査結果は、このように外交的な控え目な表現になっていますが、日本のODAに対する国際的な批判は非常に厳しいものがあります。
 開発途上国に対する日本のODAは年々大幅に増加しているのは事実だが、残念ながら開発途上国のニーズに合致した援助というよりも、むしろ日本の経済的利益のみを追求し、日本企業の営利活動を助けることを貿易の伸長に重点を置いたものであるとの批判が後を絶ちません。しかも、国内的には日本の開発援助の内容や開発援助資金の使い道は国民の前に明らかにされず、不透明な状況の中で援助資金だけが増太していることに対し、国民の中には危惧の念が高まっています。円借款にまつわるマルコス疑惑も解明されないままの状態の中で、国際協力事業団の汚職が報道されて、納税者である国民の中にはふんまんやる片なく、開発援助を見直そうという運動が台頭しております。一方、開発援助などやる必要はない、むしろ国内の不況対策強化が先決だという声も上がっております。このような日本のODAに対する内外の批判にいかにこたえるかを真剣に考えるべきときが来たと考えます。
 日本の政府開発援助は基本理念も明らかではなく、基本原則も確立しておりません。開発途上国からの要請に基づいて決定する要請主義をとっており、開発途上国首脳が来日した際に懇望されたり、また、総理や外務大臣の途上国訪問の際におみやげとして新規の援助や、援助の増額を約束することも多く、行き当たりばったりの援助だという印象を与えています。また、年々増加している開発援助資金を何とか消化することだけに追われていて、プロファーで発掘された援助案件の審査も十分でなく、真に被援助国の経済、社会発展に役立つか否かを慎重に検討せずに実施するケースも少なくないようであります。また、援助プロジェクトについての客観的な評価やきめの細かいフォローアップも余り行われていない状況であります。今こそ日本のODA、開発援助の見直しを行い、開発援助の理念を明らかにし、また、基本原則を確立して、真に効果的な援助をする方策を考えるべきときではないでしょうか。
 次に、日本のODAの改善策について私見を述べさしていただきます。一、基本原則の確立について。
 発展途上国に対し開発援助を行うに当たっては、主権の相互尊重、平等互恵、平和的共存共栄の原則に立ち、途上国の自助努力を助け、被援助国の経済、社会の発展、民生の安定と福祉の向上に貢献するものでなければならないということをはっきりと法文化し、軍事用の目的を意図するものや、国際紛争や国内紛争を助長するような戦略的援助は行わないことを明確にするべきだと考えます。
 また、個々の発展途上国に対する開発援助を策定するに当たっては、当該国の真のニーズに適合した効果的なものとし、重複や摩擦を避けるために、当該国に開発援助を行っている他の援助供与国及び国際諸機関と十分に協議を行う必要があると考えます。
 二、援助行政の一元化について。
 現在、日本の開発援助予算は十五省庁がそれぞれ企画立案し、別々に予算を計上していますが、日本の開発援助の諸計画の総合性、整合性、効率性を図るため開発援助行政を一元化する必要があると考えます。
 国の政策として一元的に開発援助全体を企画立案し、推進する機関が存在しないのは、DAC加盟の先進国中日本ぐらいのものではないでしょうか。
 三、開発援助予算と国会の承認について。
 政府は、開発援助計画を分野別、地域別、できれば国別に策定し、援助予算案とともに国会に提出して承認を得るべきです。なお、分野別、地域別、または国別に割り当てられた予算枠を変更する必要が生じた場合は、事前に国会の承認を得るものとするべきだと考えます。
 四、国会への報告について。
 既に実施した援助事業に関するもっと詳細な報告を毎年国会に提出し、承認を求めるものとするべきであります。
 五、情報公開の原則の確立について。
 政府開発援助事業の内容及び評価報告書は公表されるべきであり、納税者としての国民の理解と支持を得るために、開発援助に関する情報はすべて国民に公開するという原則を確立し実施すべきであります。
 六、国会による調査と評価について。
 国会は、海外で実施される開発援助事業について所管庁の運営及び報告に疑義がある場合は、みずから調査し評価する権限を実質的に予算の裏づけを伴って確保するべきだと考えます。
 例えば、本委員会は調査会と改名いたしましたが、外交総合安全保障に関する調査を海外において実施する予算はついておりません。これは、実質的には調査の権限が国内にのみ限定されているということであります。本調査会選出の議員と専門学識経験者で構成する海外技術援助、また経済援助調査団を必要な場合には海外に派遣して調査できるようにするべきであると考えます。
 国会が行った調査及び評価の結果は報告され、かつ公表されるものといたします。
 開発協力に関する研究の推進と人材の育成が第七番目に必要であると考えます。
 日本の開発援助の中で技術協力の占める比率は約一〇%であり、DAC加盟国平均の半分にすぎません。技術協力の比重をふやして途上国の人づくりに寄与するためには、我が国における人材の育成が急務であります。
 また、現在分散して保管されている開発援助に関する評価報告や資料などすべての情報を集中的に管理するデータベースと、開発援助の国際的動向を調査研究する機関が必要と考えます。
 行財政改革の折から新設の機関は無理と考えますが、現存のJICAの国際協力総合研究所などを拡充強化し、このような研究と情報の集中管理と提供、また、技術協力専門家や管理者の研修の機能の強化を図るべきだと考えます。
 八、民間団体の活用について。
 DAC加盟の先進国のほとんどが、ODA予算の一部を途上国に対し開発援助を行っている民間団体、NGOに割り当てて、NGOの援助活動を支援していることに政府は注目すべきであります。草の根の被援助国民に手の届く援助を行うためには、もっとNGOを活用すべきだと考えます。
 最後に、国民の理解と協力を求める必要性について申し上げます。
 日本は、世界のGNPの一割を占める経済大国となりましたが、資源小国である我が国の海外依存性は強く、特に、資源面での開発途上国への依存度は他の先進国よりはるかに高い状況であります。このような相互依存性を強調し、国民の理解を求めるばかりでなく、平和を脅かす社会不安を醸成する貧困や飢餓、病気、悲惨な居住環境に苦しむ発展途上国民の生活条件の向上への自助努力を支援していくことこそ、平和国家としての日本の国際的責務であることをはっきりと宣明し、国民の理解と協力を求めるべきであります。
 このためには、学校教育においても社会教育においても、開発援助に関する開発教育というものをもっと充実させるべきだと考えます。
 以上、時間もございませんので、問題点のみ羅列いたしましたが、本委員会での御討議を期待いたしまして、意見の開陳を終えます。
#9
○上田耕一郎君 当面する国際情勢のうち、幾つかの重要な諸問題について見解を表明したいと思います。
 一、国際政治について。
 この数年間の国際情勢の展開の中から提起されている最も重要な国際的な課題は、第一に核戦争阻止、核兵器廃絶であり、第二に民族自決権の擁護であると考えています。
 1、核戦争阻止、核兵器廃絶。
 第二次世界大戦が終了して四十二年、広島、長崎に原爆が投下されて四十二年になるにもかかわらず、今日、米ソを中心として世界に蓄積されている核兵器は五万発を超え、その総破壊力は広島型原爆の百万倍となっています。米ソを含む科学者の研究が一致して明らかにした核の冬、核の夜の衝撃的な予測によっても、その一部が使用されただけで人類の文明の破滅、地球環境の崩壊の現実的可能性があり、たとえ先制核攻撃によっても核戦争に勝利者は存在しません。こうして今日、核兵器の廃絶、すなわちすべての核兵器の実験、製造、貯蔵、配備を全面的に禁止する国際協定の締結が、国際政治の最も重要で最も緊急の中心的課題となっています。
 それにもかかわらず、ではなぜ、核軍拡競争の恐るべき悪循環が継続、拡大してきたのか。核兵器廃絶をかち取るためには、この根本問題を追求しなければなりません。この観点に立って、国連及び米ソ二国間で行われてきた戦後の軍縮交渉史を振り返り、そこから共同の教訓を酌み取る必要があります。
 一九四六年の国連の第一号決議には、原子力兵器の廃棄がうたわれていたにもかかわらず、一九五五年以来、軍縮交渉の主題は核軍備の管理に移され、核兵器廃絶の課題は究極の理想として棚上げされてしまいました。六三年の部分的核実験停止条約、七二年のSALTIなどの条約、協定は、実際には核兵器の抑止と均衡の理論に立った、すなわち核兵器を容認した立場からの部分的措置、事実上の核軍備管理の条約にすぎず、こうして核軍拡競争の際限のない悪循環の進行を許す結果となりました。
 この点で、八五年一月の米ソ外相の共同声明が、来るべきジュネーブ交渉の最終目標としてあらゆる領域での核兵器の完全廃絶を確認したこと、また八六年一月、ソ連のゴルバチョフ書記長が二〇〇〇年までに核兵器の全廃を目指す具体的提案を行ったことは、三十年来初めて国際政治の具体的日程に核兵器廃絶を提起したものとして画期的なものでした。我が党は、これらの新しい発展に対し、日本の原水爆禁止運動、また、八四年十二月十四日の日ソ両党共同声明が重要な貢献を行ったことを重視しています。
 ところが、その後の経過を見ると、八五年の米ソ首脳会談、八六年のレイキャビク会談を経て、アメリカの軍部やイギリス、西ドイツの政府からは、核兵器の廃絶どころか、核兵器は平和のために必要だとする核兵器固執論が公然と主張され始めています。
 私どもは、このような情勢の中で最も重要なことは、核軍縮を米ソ交渉にのみゆだねるのではなく、全世界で核戦争阻止、核兵器廃絶を求めるすべての勢力が、第二次大戦における反ファシズム国際統一戦線にも比すべき反核国際統一戦線を結んで世論を動員し、核兵器固執勢力を包囲し、孤立させることにあるとみなしています。この点では、世界の人民の運動と世論の高まりとともに、国家レベルでも、スウェーデン、インドなど六カ国首脳が、米ソ交渉は核兵器廃絶を焦点として行うべきであるとする共同声明を昨年末発表したことを重視しています。
 平和勢力の中には、ヨーロッパ中距離核兵器廃絶、SDIの阻止あるいは核実験全面停止などの個別的措置を中心課題とみなしがちな見解もあります。もちろん、これらの課題が実現されるならば、それは部分核停条約やSALTI条約などと違って実際の核軍縮措置となるものであり、重要な意義を持っています。しかし、そのためにも最も必要なことは、根強い核兵器固執諭を打破することにあります。
 アメリカのワインバーガー国防長官が、「我々が核実験を行うのは、我が国がこの兵器(核兵器)に依存する必要がある限り、それが必須のことだからだ」(八六年四月二十一日)、と語ったように、核実験への固執は核兵器そのものへの固執から生まれています。また、SDI――その主要兵器の一つとされているエックス線レーザーが第三世代の核兵器と呼ばれるものであるように、SDI自体が核兵器体系を含んでいますが――も、それが撃ち落とすと称している大陸間弾道弾が廃絶されれば不必要となるはずのものです。
 したがって、これらの個別的課題をかち取ることも、核兵器廃絶を将来の究極課題として棚上げせずに、今日緊急の中心課題として追求する国際的大運動なしにはあり得ないと考えています。
 そして、米ソ交渉について言えば、米ソ間で核兵器廃絶の確固たる政治的合意を具体的に成立させることを正面から追求すべきであり、そのためには、戦略核兵器、中距離核兵器、宇宙兵器の三つの分野での個別交渉だけでなく、核兵器廃絶の課題についての独自の交渉の場を設けることを我々は要望しています。人類の運命のかかるこの歴史的な共同事業で、世界で唯一の被爆国としての日本の国民運動は、いわばその前衛となるべき責務を担っています。それにもかかわらず、歴代の自民党政権は、日米安保条約とガイドラインのもとで海洋戦略などのアメリカのグローバルな戦略に従って、国民の世論に背き、日本をアメリカの第一線核基地とする政策、SDI研究に参加する政策を進めており、その責任は極めて重大です。こうしてこの政府のかわりに、核兵器廃絶、非核三原則の完全実施などを進める非核の政府をつくることが、日本国民にとって第一の国民的、国際的課題として提起されています。
 2、民族自決権の擁護。
 世界のいかなる民族もみずからの意思で自分の運命を決める権利を持つという民族自決権の原則は、世界平和と社会進歩の重要な柱の一つをなしています。
 ところが今日、ニカラグアに対するアメリカ帝国主義の軍事干渉、アフガニスタンに対するソ連の侵犯を初め、大国主義、覇権主義による民族自決権の侵害が国際情勢の重大な問題となり続けています。日本共産党は、いかなる勢力による侵害をも許さないという見地に立って、ニカラグア、アフガニスタンでの侵略に反対する闘い、南アフリカのアパルトヘイトに反対する闘い、西サハラの解放を目指すポリサリオ戦線、イスラエルの全占領地からの撤退と独立した国家の創設を目指すパレスチナ人民、独立と主権を擁護するアラブ諸国人民、東チモール民族解放戦線の闘いなど、すべての民族の自決と解放の闘争を支持し、連帯しています。
 この問題でも、戦後四十年の歴史から教訓を酌み取る必要があります。
 第二次大戦後、旧植民地体制の崩壊が始まり、アジア、アフリカを中心に植民地、従属国の政治的独立が次々とから取られていきました。こうして、国連原加盟国は五十一カ国だったのに対し、今日国連加盟国は百六十九カ国に上るに至りました。それにもかかわらず、今日なお民族自決権の尊重を核兵器廃絶と並ぶ共同の国際的課題とし続けている元凶として、二つの問題を指摘しなければなりません。
 一つは、相対立する二つの軍事ブロックの存在という国際政治の対決的構造です。
 第二次大戦の結果、軍事力均衡が平和に資するものとする旧来の誤った概念を排し、敵対的な軍事ブロックの対立を予定しない真の集団安全保障体制として国際連合が成立しました。それにもかかわらず、NATOとワルシャワ条約機構の成立、その他日米軍事同盟を含む軍事ブロック網が強化されてきました。もちろん我々は、ワルシャワ条約機構がNATOに対する対抗として余儀なくされ、NATOとの同時解消を繰り返し表明していることを知っており、それをNATOと同一視はしていません。しかし、これらの軍事ブロックは、いずれも現状では核の傘で関係諸国を覆い、民族自決権を侵害して覇権主義的な勢力圏を広げようとする傾向を多かれ少なかれ助長しています。
 もう一つは、アメリカを中心とする帝国主義陣営の新植民地主義政策です。
 西側の政府、独占資本、多国籍企業は、政治的独立を達成した新興諸国に対して、その支配を維持し、政治的、経済的利益を獲得するためのさまざまな手段をとり続けてきました。この新植民地主義政策は、さきに挙げた軍事ブロック政策と密接に絡み合っています。
 日本共産党は、この民族自決権擁護の問題でも、日米安保条約による対米従属を打破する国民的課題の達成が同時にすべての軍事ブロックの解消、民族自決権の確立という国際的課題の実現に向けての大きな貢献になるであろうと確信しています。
 二、国際経済について。
 今月の国際経済の中で最も重要な問題は、世界資本主義の経済的矛盾の重大化、特にアメリカと日本、一部の西ヨーロッパ諸国との間の国際収支の不均衡及び発展途上国の累積債務問題の著しい悪化と、社会主義諸国の経済的諸矛盾の進行です。
 1、世界資本主義の経済的諸矛盾の重大化。
 今日の世界資本主義経済は二つの重大な不均衡を深刻化させており、その進行のいかんによっては、一九二九年の世界大恐慌のような破局的事態もあり得るかもしれないことが指摘され始めています。
 第一の重大な不均衡は、アメリカの貿易収支、経常収支の大幅赤字と日本及び一部ヨーロッパ諸国の大幅黒字との間に拡大しつつある国際収支の不均衡です。
 アメリカは、いわゆる双子の赤字、二千億ドルを超える財政赤字と一千億ドルを超える貿易赤字とによって、八五年、ついに債務国に転落しました。八五年末の債務残高は一千億ドルを超え、アメリカは世界最大の債務国となりました。この原因は、直接には大軍拡と減税とを同時に進めたレーガノミックスにあることは明らかです。双子の赤字を巨大化させながら、アメリカはドル高、高金利によって世界じゅうの資金を流入させることでバランスをとってきましたが、その政策がついに破綻したのです。
 アメリカの債務国転落は七十年ぶりのことで、一九三〇年代初めにポンドが暴落して大英帝国の支配が没落したのと同様に、戦後の資本主義世界を支配したパクスアメリカーナの時代が揺るぎつつあり、アメリカはその再編成に新たな努力を注いでいます。この事態の背景には、アメリカの多国籍企業の国際的活動がアメリカ本国の産業の空洞化を引き起こしたことがあります。これらの変化は、帝国主義の寄生化、腐朽化が新しい一層深刻な局面に移行したことを示していると言えるでしょう。
 ところが、レーガン政権は、双子の赤字の解消という国際収支の不均衡を解決する上で必須の根本策、すなわち大軍拡をやめて軍縮を目指す転換、多国籍企業の活動の規制に向かう転換を行うのではなく、為替レートをドル高からドル安に変えるという政策を日本や一部ヨーロッパ諸国に押しつけることによって貿易不均衡を解消することを目指しました。この政策は、ドル安・円高政策が日米の貿易不均衡を何ら解決せず、一層拡大しつつあることに見られるように、事態をさらに複雑にするだけです。こうしてアメリカのドルに対する信認が崩れるとき、ドル暴落の危険もあり得ることが指摘されています。
 この国際収支の不均衡を解決するには、既に述べたように、アメリカが軍拡から軍縮への転換を行って財政赤字を解消すること、アメリカの多国籍企業の国際的活動を規制して産業の空洞化を克服することなど、抜本的な政策転換を実行することが必要なのです。このことなしにはアメリカ経済の相対的地位の低下、世界資本主義の矛盾の深刻化は引き続き進行せざるを得ないでしょう。
 2、発展途上国の累積債務問題。
 世界資本主義経済の第二の不均衡は、発展途上国、なかんずく非産油途上国の累積債務問題です。
 世界銀行によると、発展途上国の累積債務は一兆ドルを超えるに至りました。ブラジル政府が利子の支払い停止を表明したことは、これまで世界銀行、IMFが採用してきたリスケジュールと緊縮政策の押しつけという対策の新たな再検討を迫っています。中南米諸国による債務不返済がもしも現実のものとなれば、アメリカなどの民間銀行の破産を初めとする世界的な金融恐慌の引き金となる危険があるからです。
 なぜ、世界の軍事費の総額にも匹敵する累積債務が発展途上国、ひいては世界資本主義を苦しめるほどに巨大化したのでしょうか。これも根因は、アメリカを中心とする帝国主義陣営の軍拡政策と新植民地主義政策にあると言わなければなりません。
 まず、アメリカ帝国主義のベトナム侵略が、一方では軍事費のばらまきによるドル危機を通じて七一年のドルと金の交換停止(ニクソン・ショック)を引き起こし、他方では民族解放運動の国際的高揚を通じて産油国による石油資源の主権宣言、七三年のOPECによる石油価格の四倍値上げ(石油ショック)を生み出しました。
 原油価格は、国際的インフレーションが進んだにもかかわらず、石油メジャーによって戦後長期にわたって不当にも一バレル一ドルから三ドルという低価格に抑えられ続けていました。石油ショックも、こうした帝国主義の新植民地政策とそれによる搾取の強化が引き起こしたものでした。石油値上げによってOPEC諸国が手にした莫大なオイルダラーは、欧米諸国の民間銀行を通じて大幅な利ざやを取った産油国の軍事化や近代化のための資金として還流していきました。
 宮崎義一氏の「世界経済をどう見るか」によると、その規模は「マーシャル・プランをはるかに超える」もので、「八一年末には実に三〇〇〇億ドルを上回る余剰ドルが産油国の手中に掌握されるに至った。」(八十九ページ)といいます。マーシャル・プラン(四八年から五一年までの援助額約百二十億ドル)は国家資金でしたが、今回のドル資金は民間資金です。ところが、七九年のイラン革命と第二次石油危機、八〇年代初めの世界不況、レーガノミックスによるドル高、高金利、原油価格や一次産品の低落などによって発展途上国の債務返済能力が急速に悪化したため、その対外債務が年々累積し始め、米欧日の民間銀行を脅かす累積債務問題が重大化するに至ったのです。
 簡潔に振り返ったこうした歴史的経過を見ただけでも、累積債務問題の解決には、第一に、帝国主義諸国が新植民地主義政策をやめて、債務の棒引き、利子の棚上げなどを行い、発展途上国の自主的な経済再建に役立つ真の国際協力を進めること、第二に、軍拡から軍縮への転換によって発展途上国の自主的な経済発展のための援助資金をつくり出すことなどの抜本策が必要であることは、極めて明らかだと思います。
 3、社会主義経済について。
 社会主義経済は、原理も体制も利潤目的の資本主義経済と本質的に異なっていますが、国際化の進展によって多かれ少なかれ資本主義経済から影響を受けざるを得ませんし、また、ソ連、東欧諸国、中国など、それぞれ独自の矛盾や問題を抱えており、経済発展を目指すさまざまな努力が行われています。
 共通の問題点を挙げれば、一つは国際情勢の厳しさから余儀なくされている軍事費の重圧があります。どの社会主義国も国民生活の向上のために軍事費の削減を必要としており、軍縮の実現を強く求めています。
 もう一つは、今日の情勢にふさわしい社会主義経済の発展方向の新しい模索です。社会主義の発展段階の違いから一律に言うことはできませんが、行き過ぎた上からの計画化、官僚主義的運営、生産設備や技術の立ちおくれ、農業の停滞などから生まれているさまざまな困難を打開する努力がどの国でも強化されています。
 ゴルバチョフ政権下のソ連では、投資のやり方の改善を初め、工業、農業の各分野で停滞を脱し、生産力の新しい発展をかち取ろうとしています。レーニンが指導したNEP(新経済政策)から今日的指針をくみ取ろうとしている点など、注目されます。
 中国も、プロレタリア文化大革命とその後の混乱を克服して、経済再建をなし遂げようとさまざまな措置をとってきました。最近の胡耀邦問題に見るように、内部に意見の対立もあり、試行錯誤を含む模索が今後も続くことでしょう。いずれにせよ、社会主義諸国の経済も重要な歴史的局面を迎えつつあることは明らかです。
 4、日本の国際的責任。
 以上のような世界経済の現状は、既に世界のGNPの一〇%を占め、十年後には恐らく一五%を占めるものと予測されている日本経済に対しても重要な責任を負わせています。ところが日本は、日米軍事同盟に基づく対米従属と独占資本の横暴なやり方のため、世界経済が抱えている困難の打開に貢献するのではなく、逆に困難を拡大、加速する否定的役割を果たしています。
 第一に、日本経済はアメリカの要請に忠実に従って、軍縮ではなく軍拡の方向を推し進めつつあります。既に第八位の軍事大国になった日本が、中曽根内閣のもとで軍事費のGNP一%枠突破を行い、対米従属下の軍事大国化の道を暴走しようとしている責任は極めて重大だと言わなければなりません。それは軍事費の相対的少なさという日本経済のこれまでの発展に役立ってきた重要な要素を奪い、日本経済のゆがみと困難を増大させるのはもちろん、世界経済の軍事化をも促進する結果となるからです。
 第二に、日本は、これまたアメリカの要請に従い、国際的な経済協力をも戦略的、軍事的観点から行っています。政府開発援助(ODA)もアメリカと軍事同盟を結んでいる国々、アメリカが軍事援助を行っている国々に専ら偏っているありさまであります。アジア、アフリカ、ラテンアメリカの発展途上国に対する経済協力も、フィリピンのマルコス政権時代の癒着が証明したように、それらの国々の自主的経済発展に貢献するのではなく、その多くは反動的支配層と癒着した高利潤目当ての新植民地主義的進出に終わっているのが実態です。
 第三に、日本は、日米貿易摩擦問題に対する対応で、破綻したレーガノミックスの抜本的転換と日本自身の輸出優先型生産構造の内需優先型生産構造への転換という必要な方向をとらず、逆に、異常円高と市場開放を約束するという無責任な対米追従政策をとりました。八五年九月二十二日のG5における異常円高の容認、八五年四月の中曽根・レーガン会談における前川レポートの公約はその最たるもので、日本経済に恐るべき被害をもたらしつつあります。この結果、今つくり出されている日本の大資本のアメリカ及びアジアNICSへの直接投資の急増と産業空洞化の進行によって、日本経済も本格的な多国籍企業化の段階に踏み入ろうとしており、日本の独占資本がその国際的責任をもますます問われることとなるのは必至です。
 こうした重大な新しい情勢を迎えて、日本共産党は、八七年一月十四日、政策論文「大資本による産業の”空洞化”をゆるさず、国民本位の経済再建を」を発表しました。詳細を述べることはできませんが、日本の大資本が、国を捨て多国籍企業として繁栄する新たな戦略を推進し、日本経済にかつてない深刻な事態をもたらしつつあることを批判し、異常円高の是正、構造調整政策の中止を初めとする当面の緊急政策を提示するとともに、日米安保条約廃棄による非核、非同盟・中立への転換こそ日本経済の再生の根本的保障であることを詳細に論じたものです。
 三、現代資本主義の限界。
 以上、国際政治、国際経済の現状認識について述べてきましたが、本調査会では、酸性雨、熱帯雨林の破壊と砂漠化、核戦争が地球環境に及ぼす影響と核の冬など、国際的な環境問題をも取り上げてきました。この問題についても、日本の大企業が東南アジアからの木材輸入によって熱帯雨林の消滅に大きな責任を負っていること一つを見ても明らかなように、今や世界第三の経済大国となった日本の国際的責任が大きなものとなっていることは繰り返すまでもありません。
 カーター米政権が発表した米政府特別報告「西暦二〇〇〇年の地球」は、人口、資源、エネルギー、水と緑を初め地球の環境的諸問題が極めて暗い見通しにさらされていることを詳細な統計的調査によって立証しています。しかも報告は、「これらの環境問題は、たとえ主要政策が大きく変わったとしても解決するのは困難であろう」(第二巻四百五十四ページ)と結論しています。これは、今日の独古資本主義と帝国主義のシステムが、平和や民族自決を保障する政策を持っていないだけでなく、これらの地球的環境問題を解決する政策をも持ち合わせていないことを端的に告白したものと言うほかありません。
 核軍拡競争による核戦争の脅威から国際収支の不均衡と累積債務問題、さらには環境問題に至るまで、今日、人類はその生存にかかわる重大な問題に取り囲まれています。これは、現代資本主義の重大な限界を示したものと言えるでしょう。
 日本共産党は、今日の世界が抱える諸問題を真に解決する展望は、核兵器全面禁止と軍事同盟の解消、集団安全保障の確立、新植民地主義の一掃と民族自決権の尊重などを内容とする新しい国際的政治関係の確立、多国籍企業の規制、天然資源に対する主権の確立、公正、平等の原則に基づく貿易、通貨、金融の国際経済制度の抜本的改革などを内容とする新国際経済秩序(NIEO)の確立にあると考えています。
 そして同時に、社会体制の問題としては、首尾一貫した民主主義的体制の確立、さらに現存の社会主義国の持っている多くの問題を解決した新しい社会主義体制の創造にあるという見通しを持っています。
 都留重人氏は、「世界」二月号の論文「経済学は科学たりうるか」で、現実の先進資本主義国の発展が、大筋では百年以上も前になされたマルクスの洞察の方向に進んできたことを確認しています。
 宇澤弘文東大教授も、その著「近代経済学の転換」の中で、「現代資本主義を特徴づける制度的諸条件は、国民経済における経済循環のメカニズムを著しく不安定なものとし、さまざまな社会的、経済的問題を惹き起こしていく」とし、資本主義と社会主義の問題について改めて考察を加えています。
 日本共産党は、現在の民族解放運動と民主主義運動、また、現存社会主義国がさまざまな弱点や矛盾を持っているとしても、今日の国際的な諸問題を根本的に解決する方向は、恒久平和と民族的自決、民主主義と社会主義の歴史的方向以外にあり得ないと考えており、八〇年代の国際情勢の展開も、鮮明にその歴史的方向を指し示していると確信するものであります。
 以上でございます。
#10
○関嘉彦君 本日は、安全保障政策そのものよりも、国際情勢の現状認識を中心に述べますけれども、この現状認識の前に、安全保障とはどういうものであるか、それについて基本的な考え方を述べておきます。
 安全保障、セキュリティーという言葉は、広い意味には、個人ないし集団の生活の安定を確実にすることを意味し、老後の生活の安定を集団的に図る社会保障、ソーシャルセキュリティーや人類全体の生活の安定を脅かす自然環境の保全、あるいはエイズなどの伝染病の予防などもそれに含めることができます。しかし、余り概念の外延を広げるとその内包が希薄になりますので、ここでは、第一次大戦後一般的に使われるようになった国際政治上の概念に限定して、狭い意味に使います。すなわち、狭義の安全保障というのは、国民国家の並立する今日の国際社会において、各国がその独立とみずからが選び取ったところの生活様式とを脅かすおそれのある対外的紛争の危険を未然に防ぎ、万一その紛争がエスカレートして外国の侵略を受けたときに適切に対応して独立を回復し、国民生活の安定を確実にすることであります。
 ところで、ただいま国家という言葉を使いましたが、国家という話は必ずしもその概念の明白な言葉でなく、その内容も変わってきました。しかし今日の世界では、多くの国家は国民国家、ネーションステートないしその形成過程にあるといって差し支えありません。すなわち、種族、言語、宗教、生活理念、経済圏、統治機構などの一つないし幾つかを歴史的に共有してきたことにより、他と区別されたものとしての相対的な一体性を意識する人々の集団、すなわち民族共同体を基礎として一定の領域内で排他的な主権を行使する政治体のことであります。今日では、ECのごとく、従来の国民国家の枠を超えた共同体が結成されつつありますが、またそれぞれの構成国家が主権を譲渡するところまではいっていません。新しい多民族国家への過渡段階にあるものと見ることができるでしょう。また、今日では、防衛や経済などの領域で、かつてのごとく絶対的な主権を持っている国は少なく、自発的にまたは条約、協定などによってそれを制限していますが、形式的にはなお主権を放棄していません。世界を統合した一つの世界国家が出現すれば、右の意味の安全保障の問題はなくなりますが、その道はなお遠いと言わねばなりません。
 これらの国民国家は、多くの場合平和裏に共存しておりますが、時として紛争を起こし、結果として戦争に至ったこともありました。その紛争の原因は、支配者ないし国民の支配欲拡大、経済的利益追求、宗教ないしイデオロギーなどの生活理念の対立、過去の屈辱的事件の報復などさまざまでありますが、その紛争が平和的に解決されないときに武力衝突が起こっております。各国が武力を持つのは、これらの紛争の顕在化に備えてであるので、その原因である紛争がなくならない限り各国は武力を捨てないでしょう。もっとも同時に各国が武力を持つことが他国に恐怖の連鎖反応を起こし、それが戦争を誘発することになることも事実であります。
 したがって、各国の安全保障を高め、戦争の危険を防止するには、すべての武力を独占した世界国家が存在しない限り、各国間の紛争原因を可及的に縮小し、それを各国民が合理的と考える方法で解決し得るように各国民の共同意識を高め、同時に相互的な軍備の縮小を図る以外に方法がありません。そしてその各国民の共同意識を高めるためには、経済的相互依存関係を拡大し、人間的文化的交流を深めることで各国民の自己中心的な考え方を薄めていく必要があります。
 さらに注意すべきことは、一般的には独裁政治のクローズドな閉鎖された国家よりも、自由民主政治のオープンな国家の方が平和愛好的であるということであります。国内において、平等者間の自由な交流を増進する制度を持つ国は、国際関係においても対等な交際が容易であり、言論の自由のある国の方がより客観的に事物を観察し得るし、かつ指導者の恣意を抑制することが多いからであります。世界における自由民主主義国の成長を助けることは、それだけ戦争の原因を縮減し、各国の安全保障を高めることになります。
 以上は一般論でありますが、特に日本に関して言えば、日本の総合的安全保障というのは、日本の独立とその憲法秩序に立つ国民の社会生活とが、外国からの潜在的脅威及びその顕在化により乱されることがないよう、あらゆる方策を講ずることであります。日本の憲法秩序は自由民主主義でありますから、国内においては自由民主主義の政治体制を定着させ、福祉国家の充実を図ることにより、国内の紛争を極少化するとともに、対外的には自由民主主義陣営の一員としてその協力を図りつつ、それ以外の国々との間においても、あらゆる外交的手段により、紛争の原因となる要素を可久的に除去していくことであります。しかし、それにもかかわらず万一の場合の外国からの侵略に対しては、国民があえてそれに抵抗する精神力と物理的用意をすることで、侵略が引き合わないことをあらかじめ外国に示しておくことが必要であると考えます。
 次に、第二次大戦後の世界の政治情勢について述べます。
 アメリカを指導者とするところの自由民主主義国家群とソ連共産主義国家とは、ファシズム打倒と民主主義擁護のために協力して第二次大戦を戦いましたが、戦勝後間もなく、互いに対立し冷戦の時代を迎える工とになりました。それはファシズム打倒後に建設さるべき民主主義秩序について、イデオロギー的対立があったからであります。マルクス・レーニン主義を国是とするところのソ連は、プロレタリア独裁、すなわち単数の言論と単数の政党しか認めない社会を民主主義と解釈するのに対し、アメリカ、西欧諸国は、日本の憲法の規定するごとき複数の言論と複数の政党の存在を不可欠の要素とする複数主義の社会を民主主義と解釈し、それぞれがそれぞれの民主主義観に立つ世界秩序を望ましいものと考えていたからであります。このような民主主義体制と共産主義体制の対立が第二次大戦後の世界平和を脅かしてきた最大の原因であります。
 その後、ユーゴスラビアや中国など必ずしもモスコーの指令に従わない国があらわれ、殊に中ソ両国間にはその国家的利益の対立による緊張状態があらわれ、共産主義陣営の一枚岩的統制は崩れてきましたし、他方、民主主義陣営内でも経済的摩擦が顕在化してきました。東欧諸国の中でも、西側諸国に近接している東ドイツ、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリーなどの諸国は、ソ連の軍事的支配力が弱まれば、ユーゴスラビアのごとくソ連圏から離脱する可能性は大でありますが、現在までのところ東欧諸国がソ連圏から離れることは不可能であります。
 他方、民主主義陣営内部では、相互間の経済的摩擦が顕在化してきましたけれども、ソ連の軍事的脅威が弱まらない限り、政治的軍事的団結を続けるものと思われます。その意味で今日でもなお世界人類の破滅をもたらしかねない核戦争の脅威で世界を脅かしているのは、米国を指導者とする民主主義陣営とソ連を盟主とする東欧諸国の共産主義陣営との間の相互不信と、それに基づく軍拡競争であると考えます。米ソ両国間のたびたびの軍縮交渉が簡単に進捗しないのも、基本的にはこの両国間に体制を支えている物の考え方に対する相互不信があるからであると考えます。
 もっともこのことは、今日の国際政治がこのイデオロギー的対立のみで動いているということを意味しません。戦後独立してきた多くの新興国の中には、米ソいずれの陣営にも属することなく、イデオロギー的にも中立的な立場をとっている国もあります。しかし、これらいわゆる第三勢力と称される国々が、世界の政治を動かし得るごとき、大きな政治的経済的ないし軍事的力を持ち、かつ団結していると考えるのは希望的観測にすぎません。第一に、第三世界に属する国々が例えば、インドとパキスタン、イランとイラクの間のごとく、互いに対立し、時として武力抗争したことが少なくないし、しかもこれらの諸国は国内の建設に追われていて、自国に関係のない問題にまで影響力を行使し得るだけの余裕を持たないからであります。これらの国々は国連その他の場所において、米ソの間にあって、時としてアンパイアの役を演じ、世論形成に一定の働きをしていることは認めなければなりませんけれども、将来は別として、現在の国際政治勢力として第三世界の力を過大に評価することは誤りであると考えます。
 世界の平和、特にアジアのそれにとって最も注目すべきことは中国の情勢であります。中国は一九四九年共産主義革命に成功しましたが、その後十年にして同じくマルクス・レーニン主義を国是としながらも、ソ連と対立するようになり、一時は一触即発の危機にあると言われるほど緊張が激化しました。マルクス・レーニン主義の国は、国内において権力を集中した指導者と国民との間の上下関係の社会秩序を持っておりますが、国と国との秩序においても上下関係で律するため、同じ共産主義であるにもかかわらず、否むしろそのためにこそ、対等者の併存する横の関係を維持することが難しいわけであります。そのことを中ソ論争ははしなくも露呈いたしました。しかしその中国も、最近ようやくマルクス・レーニン主義を、名目はともかく実質的に離脱する傾向を見せ始めました。
 すなわち、中央集権的な全体的計画経済が生産力増大の桎梏になりつつあることを自覚し、分権化した価格経済を現代化の名のもとに導入しつつあります。経済に関する限り、中国は昔のごとき中央集権的な指令経済に逆戻りすることは不可能な地点にまで到達したように見えます。経済の自由化が直ちに政治の自由化をもたらすと即断するのは短絡的であります。しかし長期的に見て、この経済関係の変化は政治の方に何らかのリバーカッションを与えずにおかないでしょう。このことは中国が自由民主主義の国になるということではありません。あの広大な国土、膨大な人口を一つの国にまとめていくためには何らかの権威主義的な政治体制を必要とします。しかしそれは、一歩前進二歩後退というジグザグコースを当分はとるにしましても、長期的には全体主義的な独裁政治とは異なるものになる公算が大きいと思われます。いずれにしても、中国は米ソ両陣営に対し等距離外交をとり続けるものと思われます。
 しからば、ソ連、殊にゴルバチョフのもとでのソ連はいかがでしょうか。ゴルバチョフの最近の諸改革がどの程度徹底したものか、また、共産党内におけるその勢力基盤が安定したものかどうかを判断するにはまだ時間がかかります。しかし、ソ連もかつてのスターリン時代のごとき冷酷な全体主義体制に復帰することは不可能であると思われます。経済成長のためには、現在の若干の東欧諸国が実験しつつあるごとき経済の分権化は不可避であります。その場合、ソ連人といえどもやがては市民的自由の価値に徐々に目覚めてくるのではないでしょうか。イデオロギー及び社会体制に関する限り、多くの国々において自由民主主義より共産主義の方をすぐれていると考える人は少なくなってきました。すなわち、西風は東風を圧しつつあると言えます。
 東アジア情勢に関して、中国情勢以外に注目すべきは朝鮮半島の動向であります。朝鮮半島が南北二つの国に分断され、しかも両国が米ソ両国を背景にして対立状態にあることは、アジアの緊張緩和にとり一つの重大な障害であります。北朝鮮はソ連以上に閉鎖的な共産主義の全体主義国家であり、ラングーン事件を起こすごとき国際関係の常識では容易に律し得ない国であります。もし朝鮮半島で南北の対立が戦争にまで発展すれば、それは米ソを巻き込む世界戦争にまで発展しかねません。しかし、米軍が韓国に駐留している限り、北朝鮮といえども単独で韓国に侵入してくることはまず考えられません。
 問題は、韓国内の政情の不安定とそれに乗じた北朝鮮からの攪乱工作であります。建国以来日も浅く、しかも臨戦体制下にある韓国に、日本と同じような自由民主主義体制を要求することは、かえって韓国の政情を不安にする危険があります。しかし、韓国においても健全な野党勢力が徐々に育ちつつあります。経済的繁栄と相まって、より自由な、より民主主義的な社会に変わることができれば、それはやがて北朝鮮に対しても何らかの衝撃を与え、その体制に変化を与えるようになるのではないかと想像されます。
 いま一つ、アジアの政治状勢について注目すべきは東南アジアであります。この地帯でベトナム及びその支配下にあるラオスとカンボジアはソ連の勢力圏に属し、近隣諸国に脅威を与えていますが、経済的には混乱状態にあり、隣国に武力進出する余力は現在のところないと思います。それ以外のASEAN諸国は、フィリピン及びインドネシアを除き経済的にはテークオフの段階を既に過ぎ、世界経済が大きなディプレッションに陥らない限り、経済的困窮に基づく内乱のおそれ、それに乗じた共産主義勢力の浸透のおそれは少ないと見てよいと思います。ただフィリピンの場合は、国内における貧富の対立が甚だしく、国民の一般的生活水準が高まらない限り、その政治状態は不安定を続けるだろうと思われます。またASEAN諸国の多くの国においては、政治指導者の交代のルールが確立していなく、その面からの不安定要因が除去されたとは言えない。これら諸国の動向に深甚の注意を払いつつ、それらの国々が政治的にも安定し得るよう協力していくことが必要であります。
 なお、いま一つ目を離せないのは、ソ連の南太平洋島嶼諸国に対する進出であります。もしソ連がそれらの地域に軍事基地を築くようなことがあれば、それはこれらの地域の平和の攪乱原因となりかねません。
 次に、国際的軍事情勢について述べます。
 まことに悲しむべきことではありますけれども、軍備縮小を望む世界の世論にかかわらず、米ソ両超大国の軍備は一向に縮小されません。むしろ核兵器は増大の一途をたどってきたと言っても過言ではありません。しかし他面において、これまた悲しむべきことではありますが、核兵器が戦争の抑止力として働いている側面も否定し得ません。すなわち、一方の通常兵器にふる攻撃がやがてエスカレートして核兵器による攻撃になれば、他方もそれに対して報復攻撃を行い、やがては世界人類の絶滅につながる最終戦争になるであろうとの相互の恐怖が、互いに攻撃を自制させているという側面、相互確証破壊による核の使用を自己抑制しているという事実であります。
 一九七〇年代のいわゆるデタントの時代、アメリカは軍備の増強を緩和しました。しかしその間、ソ連は核兵力の増強を行い、最近ではその量、質においてアメリカに匹敵するようになりました。特に最近数年間における東アジア地域におけるソ連軍の増強ぶりは、ベトナムにおける軍事施設の利用とともに看過できないものがあります。
 アメリカは、ソ連のアフガニスタン侵略以来、特にレーガンが大統領になって以来、それに対抗して軍備の拡張に乗り出しました。一九八三年以降はSDIの研究に乗り出してきております。このSDIがレーガン大統領が主張するように、核兵器を無力化し得る兵器になり得るのか、逆に核軍備競争を刺激する兵器になるのかはまだ予断を許しませんが、もしSDIが完全に核兵器を無力化し得るようになったならば、それは現在の恐怖の均衡に基づく危なかしい平和よりもすぐれていると言わねばなりません。現在の技術水準ではまだそこまでは不可能で、かえってソ連による核兵器の増産ないしSDIへの対抗手段の開発をもたらすことになるかもしれません。しかし、少なくともアメリカがSDIの研究するのを阻止することはできないと思います。というのは、第一に軍事技術にも転用可能な高度の科学技術の研究を阻止することは不可能ですし、第二にソ連も同じ研究をやっていないかどうか、閉鎖社会であるため確認のしようがないわけですが、少なくともやっていないと断定することはできないからであります。
 ところで、軍事情勢の分析は今日では全世界的規模で行わねばなりません。現在のところ、米ソ間で衝突が起こったときにその主戦場になるのはヨーロッパであると言われています。確かに通常兵力に関する限り、ワルシャワ条約機構軍はNATO軍を圧倒しています。しかし、ヨーロッパにおける通常兵器による戦争は核戦争に発展する可能性の大きいことを考えれば、米ソ両国とも軍事衝突に至るごとき紛争の勃発は極力避けると思われます。むしろ警戒すべきは、防衛についてのアメリカと西欧諸国の間の意見の対立が表面化してくることであります。アメリカは核兵器使用の敷居を高くし、さらに核兵器の軍縮を容易にするために、NATO加盟諸国の通常兵器の増強を求めていますが、経済的不況にあえぐ西欧諸国は必ずしもアメリカの期待に応じようとはしません。逆に西ヨーロッパは、アメリカの核の傘が万一の場合果たして有効に機能するかについて不安を持っています。
 一方においては全ヨーロッパの核兵器の排除を求めつつも、他方においてアメリカがヨーロッパを見捨てるのではないかと警戒しています。米ソの軍縮交渉においても、アメリカは西ヨーロッパと充分意思の疎通を図り、ヨーロッパに無用の不安を与えないことが必要であります。もしアメリカと西ヨーロッパの間に相互不信の念が高まり、民主主義陣営内の防衛に亀裂が生ずることになれば、かえってソ連の進出を招来する危険があります。
 さらに、今日政治的に最も不安定な地域は中東地方であります。その地域は、イラン、イスラエルを除きアラビア人が多くの主権国家を形成し、イスラム文明が支配的であります。ここでは、ユダヤとイスラムの宗教的対立、同じイスラムの中での宗派的対立、ペルシャとアラブの人種的対立に加え、神政政治国、王族の寡頭支配国、軍部の独裁国などに分かれて支配力を争い、政治的には極めて不安定な地域であります。もしこれらの地域の一国が核兵器を持つようになれば、対立国もそれに倣い、極めて憂慮すべき事態になると思われます。これらの地域は軍事的にも経済的にも重要であるため、米ソいずれもその影響力を競いつつあります。しかし、米ソいずれもこの地域への核兵器の拡散を望まず、その安定を望んではいますが、もし心ならずも、米ソ両国がそれらの地域紛争に巻き込まれるようなことがあれば、世界にとって極めて不幸な結果をもたらす危険があります。
 次に、国際経済情勢について述べます。
 第二次大戦後の世界は経済的に、自由民主主義陣営に属する先進工業国、ソ連経済圏、戦後独立した国が大部分を占める発展途上国圏の三つのグループに分かち得ますが、世界経済全体としては、戦前に比べてはるかに相互依存関係を強めてまいりました。このうち、ソ連圏は、ソ連に関する限り、経済成長率を高めた一九五〇年代から六〇年代以降その成長率を低下させておりますし、東欧諸国特に西側と近接している国は、一九七〇年代以降、分権化と市場原理の導入に努めることにより復興してまいりました。これらの諸国は、最近西側諸国との間に資本輸入、商品貿易の拡大により相互依存関係を深めつつありますが、なお原則的に計画経済であり、政経不可分のブロック経済として、世界経済から距離を保っているので、ここでは考察の対象外に置くことにいたします。
 先進工業国と多くの発展途上国は、アメリカの圧倒的な防衛力と経済力を背景にした自由貿易体制の中に組み込まれ、それぞれの程度においてその恩恵を受けてまいりました。中でも日本及び西ヨーロッパ諸国は、一九三〇年代と比較してはるかに豊かな福祉国家の建設に成功しました。
 しかし、光には必ず影が伴う。すなわち、一九七〇年代の二回の石油危機以来、先進工業国は、一方において石油価格の急騰による生産費の騰貴の結果としての不況と失業の増大、他方において財政赤字の結果としてのインフレーション、そして経常収支の赤字というトリレンマに直面することになりました。その後若干の回復は見られたものの、先進工業国全体、OECD加盟国の成長率は低く、八〇年代に入っても不況を脱し切っていません。
 日本は、石油危機に際し、赤字公債の増発という犠牲を払ってではありましたが、生産物の価格騰貴と省エネルギーの合理化により企業経営を改善し、多くその生産物を外国市場への輸出拡大という形で不況を回復しましたが、その結果は、アメリカ及びEC諸国との間に経済摩擦を生み出しました。一九八五年の秋以降、急激な円高・ドル安という為替相場の調整の結果不況に遭遇していますが、なお経常収支の黒字は続いております。
 しかし、このような外国貿易の不均衡は、アメリカとEC諸国と日本との間の貿易戦争を生み、アメリカ及びEC諸国に保護貿易主義を台頭させつつあります。しかし各国が一九三〇年代のごとき過度の保護貿易主義を採用することは、世界経済の拡大を阻害するのみでなく、経済的ナショナリズムを生み、それが政治的なナショナリズムを激化することになれば、民主主義の弱体化をもたらすおそれもなしとしません。そのことは単に各国の経済力を弱めるのみでなく、安全保障の上でも危険であります。
 いま一つ警戒すべきは、発展途上国の経済動向であります。これら諸国の大部分は第二次大戦後政治的には独立しましたが、経済的にはなお先進工業国への依存関係を脱していません。途上国の中でも、第一のグループに属する最貧国、一人当たりGNPが四百ドル以下の国、特にサハラ砂漠以南の多くのアフリカ諸国は経済成長の目鼻さえつかず、飢餓状態上をさまよいつつあります。
 第二グループは石油産出国であります。これらの国の多くは、石油価格騰貴時代に石油代金として受領した外貨を、国内の工業化に投資し、あるいはオイルダラーとしてロンドン、ニューヨークの金融市場に流入しましたが、その後の石油価格の下落により、工業化がとんざし不況に悩みつつあります。
 第三グループは、七〇年代以降外資の導入により国内の工業化にある程度成功した国であります。特にNICSと呼ばれる諸国は持続的成長の段階に入ったと思われますけれども、その後の先進国の不況による一次産品の価格低下、工業品の輸出不振のため、韓国、台湾を除き、これまで導入したオイルダラーその他の外資の元利返済のためデフレ政策の採用を強いられ、あるいは返済不能になる国も少なくありません。もしこれらの国の累積債務の返済不能が多くの国に波及すれば世界の金融市場に大混乱をもたらすでしょう。最近の株式市場の異常な活況と相まって、一九二九年の大恐慌の再来を危惧する声もあります。これら途上国の貧困の拡大及び不況の長期化は社会不安をもたらし、内乱を通じて共産主義勢力の強化をもたらすか、あるいは逆に軍部の独裁をもたらす危険が大で、世界の平和にとっても憂慮すべき事態であります。
 以上が国際政治及び国際経済の現状認識であります。このような認識に立って、どのような日本の安全保障政策をとるかの詳細は、それぞれの問題を論ずる三つの小委員会での討議にゆだねたいと思いますが、安全保障の基本原則のみを箇条書きにしておきたいと思います。
 一、日本に対する友好国を多くし、敵対国を少なくするための外交的努力、例えば情報収集、文化交流、経済協力などを絶えず行うこと。そのためには、単に政府のみでなく、自治体、企業、組合、個人のレベルでも国際化の努力を怠らないこと。
 二、世界の、特に米ソ両国間の軍縮交渉が少しでも前進するよう側面から努力すること。ただし、軍縮は、段階的、相互的、検証つきで行い、急激な力のインバランスをつくらないこと。
 三、国連その他の国際機関の活動を充実化するため、単に資金的に寄与するだけでなく、日本人職員をふやし、その平和維持活動にも可能な限り協力すること。
 四、外国に侵略の誘惑を与えないため、国防のための防衛力を最小限維持し、その足らざるところは、同じ民主主義陣営特にアメリカの防衛力によって補うこと。
 五、先進国間の経済摩擦を可及的に減少し、諸外国が保護主義に走らないよう努力すること。しかし自由貿易制度は自由放任政策、レッセフェールによっては維持できない。したがって、各国政府が協力して、必要な場合、通貨価値の安定、貿易不均衡是正のために介入すること。
 六、途上国に対する経済援助を強化し、それらの国の経済的安定に寄与すること。ただしその方法については、一部特権階級のみの利益になるごとき方法を避け、効率的に運用していくこと。
 以上であります。
#11
○田英夫君 現在の国際情勢は非常に大きな根本的な転換期に差しかかっているという認識を持っています。それは結論を言えば、資本主義か社会主義かというイデオロギーの対立時代は過去のものになりつつあるということであります。
 第二次世界大戦後の国際情勢は、いわゆる東西対立という言葉であらわされたとおり、自由陣営対社会主義陣営、資本主義対社会主義、あるいはその頂点である米ソの対立という図式が続きました。その一つの大きなあらわれとして朝鮮戦争、これは同じ民族がイデオロギーの違いで殺し合うという悲劇を生んだわけでありますが、同様にベトナム戦争もそういう面があると言えると思います。朝鮮半島が南北に分断したこと自体、あるいはドイツが東西に分断をされ、その後またベトナムが南北に分断をされたのも、いわゆる東西対立のなせるわざだというふうに言えると思います。そして当時誕生いたしました非同盟諸国会議は、まだ小さな存在でしかありませんでした。
 こういう東西対立というイデオロギー対立の構造が日本に影を落としたのが一九五五年、幾つかに分かれていた保守党が自由民主党になり、左右に分裂していた社会党が統一して日本社会党が誕生したいわゆる五五年体制となったと思います。そしてそれはその後いわゆる保守対革新という対立の図式になりました。
 しかし、こうしたイデオロギー対立の構造はその後一九六〇年代後半から七〇年代へかけて次第に変化の兆しを見せてまいりました。その第一のあらわれが七一年のいわゆるニクソン訪中、さらに続いて七二年の日中国交回復から七八年の日中平和友好条約の締結へとつながってきたと思います。つまりイデオロギーの違いを超えて交流し合うという動きが出てきたわけですが、ちょうどそのころ、七〇年代末だったと思いますが、ポーランドの連帯のワレサ議長が日本を訪れたときに私が会談をする機会がありましたが、私の問いに対して、我々は資本主義か社会主義かということではなくて、人間にとって何が正しいかということで判断をしています、こういう言葉を残しております。この言葉は一つの転換期をあらわす言葉と思います。
 そこで、現在の国際情勢は一体どういう状況にあるかということになってくるわけですが、もちろん依然として米ソのイデオロギー対立があることは事実であります。特にレーガン大統領になって以来、大きな世界の流れに私に言わせれば逆行をしております。しかし一方、ソ連のゴルバチョフ書記長の登場によってソ連側は変化の兆しを見せているということが言えると思います。しかし、基本的には依然として米ソイデオロギー対立がありますが、ここで見捨ててはいけない問題は、米ソ両国は対立をしながらも共通の利害を持っているということです。それは特に核兵器の問題についてあらわれてくると思います。
 つまり、米ソ両国は核を中心とする圧倒的な軍事力を持っていることによって世界に君臨している、この核保有というものをお互いに簡単には捨てない、ここに、核軍縮はある程度進むかもしれないけれども核廃絶は極めて困難だという根源があると思います。この米ソが共通の利害を持っているというこの点を見捨ててはならない。したがって、本当の核廃絶をする力は米ソ自身の側からは出てこない、これを実現できる力は世界の市民の草の根の力しかないというニュージーランドの市長の言葉を私は思い出すわけです。そして、このイデオロギー対立時代が過去のものになりつつあるということのあらわれを幾つか述べたいと思います。
 まず、最近の戦争状態に陥ったもの、戦争と言ってもいいと思いますが、それを例に挙げますと、過去の東西対立の時代にはいわゆる朝鮮戦争がありました。これは最も典型的なイデオロギー対立を原因とする戦争であると思います。ところが、最近五、六年の間に起こった戦争状態を振り返ってみますと、まずフォークランド紛争、これはイギリス対アルゼンチンの戦争でありましたが、ともに言うまでもなく資本主義体制のものであって、イデオロギーの違いがあるわけではありません。二番目にイラン・イラク戦争、現在も激しく続いておりますけれども、これもイデオロギーの違いがあるわけではなくて、古い不仲だというそうした関係が原因だと言えると思います。三番目のソ連のアフガニスタン侵攻、これまたイデオロギーの違いが原因でないことは明らかでありますし、同じ意味でベトナムのカンボジア侵攻もまた同様であります。むしろ大小の覇権主義のあらわれと言えると思います。さらに五番目に、アラブ・イスラエルの中東の紛争もまた古い宗教、民族間の争いであって、イデオロギーの対立が原因ではない。
 以上、五つの戦争を例に挙げましたけれども、戦争というのは残念ながら人類のそのときの対立のあらわれであり、その原因がそのときの世界の構造によって起こる、これは過去の宗教戦争とかそうしたものでも明らかでありますが、そういう意味から見詰めたときに、ここ数年の間にイデオロギー対立による戦争が起こっていないということを注目しなければならないと思います。
 実例の二番目として、非同盟諸国会議の拡大ということを挙げたいと思います。
 かつて東西対立時代には、先ほど申し上げたように、まだ小さな存在でしかなかったインドのネール首相やユーゴのチトー大統領によってつくられたこの第三勢力は、本当に世界の動きに影響を与えるような力はもちろんなかったわけです。ところが現在、世界でおよそ百六十ある国の中で半数と言えるほぼ八十カ国がこの非同盟諸国会議に参加をしているわけであります。もちろん、その国々は小さな国であり発展途上の国でありますから、世界に対する影響力というものはさして大きいとは言えないかもしれませんが、国連の舞台などではかなり大きな影響を与えることができるところまで発展をしてまいりました。しかもその内容を見詰めると、イデオロギーはさまざまであります。ユーゴも、あるいはキューバも、さらには北朝鮮も、社会主義体制でありながらこの非同盟諸国会議に参加をしております。
 かつて十数年前でありますが北朝鮮を訪れたときに、現在外務大臣をやっております当時労働党国際部長であった金永南氏が、私たちは今回非同盟諸国会議に参加をする決意をいたしましたという発言をしました。私は思わず通訳に、決定ではないのですかと問い返しましたら、いや決意ですと、こういう答えが返ってきたことがあります。それはつまり、北朝鮮は言うまでもなく社会主義体制をとっているわけですから、従来の常識で言えば社会主義陣営に参加をすべきであります。恐らく金日成主席の決断だと思いますが、あえて社会主義陣営ではなくて第三の勢力である非同盟諸国会議に参加をするということによって、韓国が西側陣営の先兵のような役割を果たしている中で、イデオロギーの対立をこれ以上朝鮮半島に持ち込むことは、当時、金日成主席が提唱していた高麗連邦というような形での統一に支障を来すという発想のもとにあえて決意をしたのだというふうに私は理解したのであります。
 ここで、それでは一体新しいこの政治状況の中で、イデオロギーにかわって何が政治を動かすいわば政治哲学といいましょうか、そうしたものになってくるのだろうかということを考えなければならないと思います。その第一にあらわれてきているのが経済の問題ではないかというふうに思います。
 今、国際経済の重要性はますます増大をしておりますけれども、いわゆる西側陣営の中でも、もはや他国との協力なくしては経済の運営がうまくいかなくなってきている。特に最近のあらわれで言えば、G5あるいはG7というような形で為替の問題についての話し合いをし協力をしなければ、一方的な円高・ドル安というようなことが進行してしまって、お互いの経済が破綻をするということにあらわれてきていると思います。また、中国の経済開放政策もこれも一つの大きなあらわれだと思いますが、いわゆる西側陣営との経済交流というものをしなければならない、そうでなければ中国の市場、中国の経済の発展は望めない、西側陣営の国もまた中国の市場を必要とする、こういう関係の中から今一つの転換が始まっているのではない。でしょうか。
 これまた北朝鮮の例でありますが、およそ十年ほど前に訪問をしたときに、金日成主席が私に対して、我々の政策の中で最も大きな誤りは貿易政策であったという発言をしたことがあります。つまり金日成主席によれば、我々は東側陣営、社会主義陣営と貿易をしていれば我が国の経済は発展をすると考えていたのが誤りである、今や、日本を含めて西側陣営と言われる国々との間にも円滑な貿易をしなければ我が国の経済は発展しないということに気がついた、しかし、そのときには港の施設とかあるいは船とかという面で非常に劣ってしまっている、ここに我々の貿易の破綻があると、当時、今もそうですが、北朝鮮は外貨不足に悩み外国に対する未払いが非常に多かったということを反省した言葉であります。
 もう一つの例として、最近アジア諸国において民主、あえて民主主義とは私は言いたくないのでありますが、民主という動きが極めて顕著に台頭しています。一つのあらわれは、昨年二月のフィリピンにおけるいわゆるピープルズパワーによる政治変革であります。これは、フィリピンは英語の国でありますからピープルズパワーと言いますが、日本語で言えば民主の力だと思います。あれだけのマルコス前大統領政権を崩壊させた力はまさに民主の力だと思いますが、ここでややわき道にそれますが、フィリピンの動きについて最近も一つの誤った考えがあると思われますので、指摘をしたいと思います。
 それは、アキノ政権にとって最大の課題と言われているのが新人民軍との停戦であります。ことしに入って二月まで停戦が続いておりましたが、残念ながらこれが協定が破棄されてしまった。しかし、新人民軍というものを誤ってとらえている動きが日本の中にもアメリカあたりにも多いと思います。
 新人民軍の参加している民族民主戦線、NDFと言いますが、そのアントニオ・ズメル議長、この人はアキノ政権との停戦交渉のNDF側の代表として登場した人ですが、かつて三年前マルコス時代、そして昨年の春アキノ政権誕生直後、二度この人と、地下にいる状態でしたが、会談をする機会がありました。そのときに聞いた話と印象として、このNDF議長であるズメル氏は共産主義者ではないということであります。NDFは、もちろんフィリピン共産党、CCPといいますが、あるいは新人民軍、これも参加をしております。しかし、もっと広く農民の組織、市民の組織あるいは文化人、学生といった組織が参加をしておりまして、その全部に共通なのは共産主義ということではなくて民族主義だということであります。したがって反米色が強いことは事実でありますが、このことは、かつてベトナム戦争のさなかにアメリカが、自分たちに南ベトナムで抵抗した南ベトナム解放民族戦線をベトコンと呼んだことに非常に類似していると思います。
 ベトコンとはベトナムコミュニスト、ベトナム語でも越共と書いてベトコンでありますから、どちらからいってもこれはベトナムの共産主義者という意味でありますが、実際にはこのベトコンと呼ばれた南ベトナム解放民族戦線の中で共産主義者は数%しかいなかったというふうに言われておりますし、現在のフィリピンのNDFもまた民族民主戦線という名のとおり非常に広範な人たちが参加をしていて、共産主義者は五%というふうに言われているわけであります。こういうことを誤ってとらえておりますと、極めて重要なピープルズパワー、民主という意味が誤ってとらえられるおそれがある。アキノ大統領自身を含めその周辺にいるアキノ大統領を支えている人たちはこのことをよく承知しておりますし、したがってこのNDFとの停戦ということを極めて重要視している。しかし、アメリカを背後にしてフィリピン国軍という勢力はこのことを理解せずに、共産主義者、つまりイデオロギーを物差しにして、それによってこのグループをわざわざ敵視しているというふうに私は言えると思います。
 その他の例としては、例えば韓国の民主化の動き、これは朴政権以来のことでありますが、金大中、金泳三氏らを中心とし、いわゆる在野勢力、学生を含んだこうした人たちの動きですが、このことは多くを言う必要はないと思います。
 三番目に、最近の中国の動きの中で学生を中心として社会主義民主、これははっきりとそういう言葉を使っております。胡耀邦総書記の失脚にもかかわらずこの動きは今後も変わらないと思いますし、また開放政策そのものも大きな方向としては変わらない。このことは、さきに来日いたしました田紀雲副首相と私との会談の中で彼もはっきりと言っております。
 さらにもう一つ、台湾の最近の動きの中ではっきりと民主という言葉が使われています。昨年の十二月の選挙で台湾では国民党独裁にくさびが打ち込まれて、民主進歩党という新しい政党が初めて議席を獲得いたしました。国民党は大陸から来た人たちでありますが、この民主進歩党は台湾の人たちによってつくられたものであります。ここで問題なのは、中国もこの点を注目しているようでありますが、この民主進歩党を結成している人たちの考え方は決して台湾独立運動ではなくて、台湾の将来は台湾の人の意思を尊重して決めるべきだという主張が中心になっているということであります。この人たちは何よりも、そのためにはまず台湾自身を民主化することが必要だという主張をしているわけであります。
 このアジアの民主ということは、先ほど申し上げたイデオロギー対立にかわって政治を動かすという問題の中で一つ、まだ小さな芽のようなものでしかないわけでありますが、私は注目すべきものではないかと思うわけです。アジアの民主はいわゆる民主主義、デモクラシーとは私は違うものではないかと思っています。つまり、デモクラシーはアメリカを含む西欧のものでありますから、個人主義を基盤にして個人の権利、人権、言論の自由といったものを主張しているわけでありますが、アジアの民主は民衆に共通の利益を追求する、主張する、こういうことではないかと今考えているところでありますが、まだこの動きは芽を出したばかりという感じで、定かにつかめないというのが私の結論です。
 そして最後に、こういう考えのもとに世界を見ますと、これからの世界は、いわゆる東西対立、イデオロギーこそが最も大切なものだという政治から、もっとイデオロギーの違いを超えて、人類にとって共通の問題を追求しなければならないという方向に進むのではないだろうか。例えば自然を破壊しない、緑を守る、あるいは経済についても、先ほど申し上げたとおりイデオロギーの違いを超えて共通の利益を追求をしていく、そうした問題が特に核廃絶という問題について中心的なものにならなければならないというふうに思います。もちろん平和を求めない人間はいないわけでありますが、その中で核廃絶ということが次のイデオロギーの違いを超えた最大のテーマになっていかなければならないと思います。
 したがって、日本としても日米安保条約を柱にした西側の一員という考え方に固執をするのではなくて、もっと広く世界に向かって門戸を広げて、イデオロギーの違い、体制の違いを超えて、特に核廃絶の問題については唯一の被爆国としてその先頭に立って行動をする、また先ほどからもお話が出ているとおり、特に発展途上国に対する経済協力というような面にも力を注ぐ、こういう姿勢に立って世界の平和のために貢献をするというのが日本の今後の役割になるのではないか、こう思います。
 終わります。
#12
○青島幸男君 外交、安全保障の問題につきまして私が日ごろ感じておりますことの一端をここで述べてみたいと思います。もとより私はこの問題の専門家ではございませんし、素人考えのようなものですけれども、多くの国民の皆さん方の中には私と同じような考えをお持ちになる方もおいでになるのではないかという気持ちで、あえてここで意見を申し述べたいと思います。
 ひところ安全保障の問題を論ずるとき、人間の性悪説、性善説が究極の議論になったことがあるように記憶しております。つまり、国家の安全保障をするためには軍備がなければならないと主張する方々は性悪説を採用される。いや、軍備は無用で話し合うことで安全を保たなければならないとされる方は、性善説の信奉者だとか、非常に楽観に過ぎるのじゃないかといって非難されたというようなことだったと思います。
 人間の性が本来善なのか悪なのか、それはどちらとも決めかねる問題だとも思いますが、性悪説を主張される方々は、人間の歴史は今まで見るところ、つまるところ闘争の歴史であったという見方をされています。人間には欲望や憎しみがあるのは当然ですし、欲望と欲望、憎しみと憎しみのぶつかり合いが争い、闘争の主たる原因であるとするならば、闘争の歴史という一面は確かにあるわけであります。しかし、人間というのは欲望も憎悪も持っておりますけれどもあわせて理性も持っておりまして、欲望と欲望のぶつかり合いである闘争を避ける理性も人間の一つの特性でありまして、お互いに平和な生活を営むための話し合いが行われてきたというのもまた歴史的な事実であります。
 話し合いの中には武力を背景にしたものもあります。第二次大戦後の米ソはまさにその典型であったでしょう。その結果軍拡競争となっております。しかし、今はそういう時代なのだろうかと改めて考えてみなければならないと思います。軍備を背景に話し合うという古典的な時代は去ったのではないかということなのです。
 米ソ二大国だけでも、地球上のすべての生物を何百回か雲散霧消させてしまうことができるという核爆弾を所有しております。核兵器を所有しております。戦えば互いに破滅するのはもうわかり切った話で、核兵器を持つということによって相手に圧力を加えようとした結果、逆に核兵器の存在そのものが相手に脅威を与える武器とはならなくなった。事実上使用が不可能だということからそう考えられるわけです。核兵器は今や交渉の背景としての力を失ったのではないか。その上、軍拡競争は米ソ両国の経済を疲弊させました。核兵器を持つということによって人間は戦うということにかせがはめられたわけですし、いや、戦うことができなくなったと言うべきだと思います。
 核は兵器だけに限ったことじゃありませんで、平和利用されている原子力発電所もまた見方を変えれば、移動することができないけれども、固定的な核爆弾と言うことができるという見方もありましょう。そういう意味では、日本もまた核爆弾所有国と言うことができるわけでして、昨年のチェルノブイリの爆発がひとりソビエトのみならず日本にまで大きな影響を与えたことは、全く我々の記憶に新しいところであります。
 これ以上人類は核を持つべきではありませんし、今ある核兵器をすべて凍結すべきですし、廃絶すべきであります。また、全く意味を持たなくなった軍備の拡張はやめて、軍備廃絶の方向へ世界を持っていくべきだと考えますし、軍備にかける金を民生に転換すべきである。そのことを日本は強く各国に働きかける必要があるのじゃないでしょうか。そのためには、本質的には軍事同盟である日米安全保障条約は廃棄すべきであると確信します。
 大国同士が対立しての全面戦争は全く不可能な時代となってきたのですが、局地的に戦争が起きることもあります。しかし、ベトナムにしてもアフガニスタンにしてもそれがいかにむだなことであったか、高価で割の合わないものであったか。侵入した国は苦汁を味わわされております。
 私は、本当の意味の安全保障とは内政の充実であると思います。自由で平等で豊かな国に住んでいれば、他の国が侵略してきたとき国民はその生活を守るために戦います。たとえ武器を持たなくても無抵抗の抵抗を行い続けるでしょう。侵略者にとっては何のメリットもなくなるでしょう。そういう意味で、国民がこの国が一番いいのだという自覚が持てるような国にしていく、それが安全保障を得る唯一のものと言えるのではなかろうかと思います。
 先ほど、日本は世界に軍縮、軍備の廃絶を説く必要があると述べましたが、今、日本はそのイニシアチブをとることができる立場にあります。それは近代兵器に欠くことのできない半導体の技術を日本は持っているからでありまして、産業界の米と言われております半導体は近代兵器のあらゆるところで使われていると言います。しかし、その半導体は日本製に比べて他国のものは精密さにおいて非常に劣っていると言われておりますし、精密さに劣っている半導体を使えば故障を起こしやすく、これは兵器として物の役に立たないものにしかならないわけです。SDI構想にアメリカが日本の技術の参加を熱心に求めているということは、とりもなおさずSDIに日本の技術が必要だという証左と言えるわけでして、日本は新しい軍備のためにその技術を提供しないという立場をとれば、軍縮へのイニシアチブをとることができると私は確信します。
 話が飛ぶようで申しわけありませんけれども、ワシントンの民間会社、政策分析社というのがありますが、ここがアメリカの安全保障にとって重要なテーマ三十三件を選び、今後二十年間に起きる確率をコンピューターを使ってはじき出してみると、起きる確率の三番目に高いものとしてエイズウィルス、蚊が媒介となることを発見という記事を読んだことがあります。エイズの流行は国家の安全保障に対する重要な障害だというわけですが、これはもはやアメリカ一国の安全保障の問題ではありませんで、全地球、全人類の安全に関する問題であります。核兵器の問題が米ソ二国間だけの問題ではなくて全地球、全人類の問題であるのと全く同じだと思います。そしてまた、先日も参考人の各先生方がおいでになりまして地球の環境破壊を憂えておられましたけれども、こういうことも考え合わせてみますと、一国の安全保障のみにきゅうきゅうとするよりも、もっとグローバルな見地から人類全体の存亡を考えなければならないのではないか、しかもそれは急を要することである、そのための方策に真剣に早急に取り組むべきであると私は痛感する次第であります。
 そのためには、日本が世界に向けてまず呼びかけるべきではないか。呼びかけ国の姿勢として、まず軍事技術供与をやめる、幻想となった日米安全保障条約は廃棄する、GNP一%枠突破の軍事費を撤回し、率先して軍縮に踏み切るということが必要ではないかと思うわけです。次に、国際交流について少し意見を述べたいと思います。安全保障のところで触れましたように、国と国との話し合いが重視されねばならぬことは当然であります。その話し合いが武力を背景にしたものであってはならず、今や武力を背景とすること自体があり得なくなりつつあるというのも先ほど述べました。
 話し合いで一番大切なことは、自己の立場のみを主張しないで、相手の言を十分に聞く、相手の立場を尊重することだということはだれもが知っていることでありまして、個人と個人あるいはその国同士の人であれば、生活、習慣、物の考え方などわかりやすいのですけれども、国家間にあってはそうもまいりません。交渉当事者はわかっているにしても、その国民全体にまで理解が行き届いているかといえば、情報の発達した現在でもまだまだ理解が行き届いているとは言い切れません。情報の発達で世界が狭くなっているわけですが、それだけに地球全体の諸問題が多発しているわけでして、国際交流に力を注ぐ必要はまたそこにもあると言えましょう。
 話し合いの中では相手の立場を尊重することが大切だと申しましたが、最近日本が嫌われている一つの原因としまして、相互理解を行き渡らせようとする努力よりも欲望や功利が優先するというところがあるのではなかろうかというところに憂慮する点があります。
 これはほんの一例ですけれども、例えばDATの問題。ディジタル・オーディオ・テープと呼ばれるものですが、アメリカ、ヨーロッパのソフト業界の反対を押し切って通産省が三月から発売を認めました。一応コピー防止装置をつけてはいるというものの、アメリカ、ヨーロッパでは反対しております。録音、録画できるハードの機器に対しては、そうした機器の発売によって非常な迷惑を受ける人たちのために、西ドイツ方式と呼ばれるハード機器に対する課徴金賦課システムがとられています。それによって迷惑を受ける人々を保護しているわけですけれども、日本ではまだそのシステムが導入されておりません。それにもかかわらず、新しくて質のいい録音機器を売り出そうとするのですから、欧米から非難の声が起こるのもやむを得ません。この一例などは、いかに日本が国際協調性に欠けているかということを証明しているものでありまして、行政がこうしたことを認めているところに、業界だけではなくて日本政府自体の国際協調性の欠落が指摘されると思います。こういう土壌の上に国際収支の巨大な黒字が生まれていくわけですが、私はこんなことを考えることがあります。
 日本は、いろいろ内部で不満はあるにしても、一応国民の中でそれほど激しい争いがなくやってこられてきている。その一つの原因は、たくさんの金を稼ぐ人はそれなりに税も負担をする、少ししか稼がない人は税金が安い。そうした富の再配分が、公平とは言えない部分があるにしても、一応行われております。世界的な規模ではそうしたシステムはまだない。何とかそういうシステムにならないものだろうか。それがあれば、発展途上国への支援も開発援助などということではなくて、富の再配分として黒字国のもうけが配分されていくのではなかろうか。それには、究極として世界連邦というようなものができなくてはいけないのかとも思います。世界連邦ができるのはまだまだ遠い未来のことでしょうけれども、しかし、現実にできる開発援助似これからも積極的にやっていかなければならない、これが黒字国の義務だということも痛感しております。
 あれこれ取りとめのない意見になってしまいましたけれども、私の言わんとしていることは、最後にもう一度申し上げますけれども、これからは個々の国の利益あるいは功利性だけを考えておったのではどうにもならない。全地球的な、全人類的な、幅を広げた考え方を基盤にして、一人でも多くの人類の行く末に幸せがもたらされるようにという方向で検討していかなければならないということでございます。
 より詳細な点につきましては、次回に予定されております討論の場に譲りたいと思います。
 終わります。
#13
○会長(加藤武徳君) ありがとうございました。
 以上で委員の皆様の御発言は終了いたしました。
 本日の各委員の御発言に関する質疑は、日を改めて行うことといたしたいと思います。
    ―――――――――――――
#14
○会長(加藤武徳君) 次に、先般当調査会が行いました外交・総合安全保障に関する実情調査のための委員派遣につきまして、便宜私から簡単に御報告いたしたいと思います。
 去る二月五日から七日までの三日間にわたり、本調査会一行、すなわち中西理事、堀江理事、杉元理事、和田理事、関理事、下稲葉委員、永野委員、林委員、山口委員、吉岡委員、それに会長加藤の十一名が、山口県、広島県及び岡山県において外交・総合安全保障に関する実情を調査してまいりました。
 第一は、山口県岩風市の海上自衛隊第三一航空群及び米国海兵隊航空基地、そして広島県安芸郡江田島町の海上自衛隊幹部候補生学校等を訪問、業務の概要について説明を聴取するとともに、施設、装備を視察いたしてまいりました。
 第二日は、海上自衛隊呉地方総監部を訪れ、業務の概要について説明を聴取するとともに、護衛艦「とから」を視察し、業務及び装備について艦長の説明を聴取いたしました。その後、岡山県へ移動し、岡山市藤崎の株式会社林原生物化学研究所及び御津郡、上房郡にまたがり建設中である吉備高原都市の中核施設となるニュー・サイエンス館及び総合リハビリテーション・センターを視察し、関係者より業務及び建設状況を聴取いたしました。
 第三日は、倉敷市の水島コンビナートを海上及び陸上から俯瞰し、その概要説明を岡山県より聴取するとともに、本州四国連絡橋児島・坂出ルートを海上より視察し、本州四国連絡橋公団より建設状況について説明を聴取いたしました。
 海上自衛隊関係では、対潜飛行艇部隊、幹部候補生学校、呉地方総監部等を視察したわけでございますが、いずれも旧海軍ゆかりの地にあり、敗戦により占領軍に接収された後、返還を受け新編された歴史を有しております。訓練で日焼けした現代青年の顔や、電子技術が中心となった装備を見つつ、独立後はるけくも三十五年が過ぎようとしていることに思いをいたしました。
 また、米海兵航空隊では、日程上、時間が少々不足いたしておりましたが、その点が心残りでありますけれども、日米安全保障条約体制の中で一定の役割を担ってきた基地のたたずまいを目の当たりにすることができました。
 岡山県では、バイオテクノロジーを始めとする先端技術開発や、瀬戸大橋、新空港を中心とする交通網整備等、二十一世紀への確かなる胎動を実感することができました。
 一方、水島コンビナートでは、欧米を始めとする諸国との経済摩擦に直面して、重厚長大産業が苦悩する姿を見る思いがいたしたのであります。
 以上、先般の委員派遣における実情調査の概要について簡単に御報告を申し上げましたが、なお調査の詳細につきましては、別途報告書を提出いたし、本日の会議録の末尾に掲載することといたします。
    ―――――――――――――
#15
○会長(加藤武徳君) 次に、小委員会の設置に関する件を議題といたします。
 本件につきましては、理事会、理事懇談会等においてしばしば協議いたしました結果、お手元の資料のとおり、外交・軍縮小委員会、安全保障小委員会及び国際経済・社会小委員会を設置することに意見が一致いたしました。
 理事会の申し合わせのとおり決定することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#16
○会長(加藤武徳君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 また、各小委員につきましては、各会派からお手元の資料のとおり推薦がございました。
 各会派推薦のとおり選任することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#17
○会長(加藤武徳君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 次に、小委員長の選任を行います。
 小委員長の選任は、これを会長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#18
○会長(加藤武徳君) 御異議ないと認めます。
 それでは、外交・軍縮小委員長に林田悠紀夫君を、安全保障小委員長に坂元親男君を、国際経済・社会小委員長に志苫裕君をそれぞれ指名いたします。
 なお、各小委員及び各小委員長の辞任の許可及びその補欠選任並びに各小委員会から参考人の出席要求がありました場合の取り扱いにつきましては、これを会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#19
○会長(加藤武徳君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十三分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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