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#1
第108回国会 国民生活に関する調査会 第5号
昭和六十二年五月八日(金曜日)
   午後零時十三分開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 五月六日
    辞任         補欠選任
     勝木 健司君     抜山 映子君
 五月七日
    辞任         補欠選任
     広中和歌子君     矢原 秀男君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり。
    会 長         長田 裕二君
    理 事
                坂野 重信君
                水谷  力君
                吉川  博君
                山本 正和君
                高木健太郎君
                吉川 春子君
                三治 重信君
    委 員
                井上 吉夫君
                小野 清子君
                大島 友治君
                大塚清次郎君
                斎藤 文夫君
                寺内 弘子君
                中曽根弘文君
                福田 宏一君
                向山 一人君
                千葉 景子君
                刈田 貞子君
                近藤 忠孝君
                平野  清君
   事務局側
       第二特別調査室
       長        菊池  守君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○国民生活に関する調査
 (国際化に伴う国民生活の対応に関する件)
    ―――――――――――――
#2
○会長(長田裕二君) ただいまから国民生活に関する調査会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る五月六日、勝木健司君が委員を辞任され、その補欠として抜山映子君が選任されました。
 また、昨七日、広中和歌子君が委員を辞任され、その補欠として矢原秀男君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○会長(長田裕二君) 国民生活に関する調査を議題といたします。
 本日は、国際化に伴う国民生活の対応について御意見をお述べ願いたいと存じます。
 御意見のある方は順次御発言を願います。
#4
○吉川博君 昨年七月、参議院改革の一環として国民生活に関する調査会が設置されました。そこで本調査会は、具体的に取り組む検討課題として国際化に伴う国民生活の対応を選定いたしました。
 調査会は、まず本題目の全般について八人の参考人から三回にわたり意見を聴取し、これに対し質疑を行いました。続いて各論に入り、国際化に伴う国民生活の現状、国際化に伴う教育上の諸問題、同じく住宅・生活環境上の諸問題、同じく食料品価格・流通機構上の諸問題等について参考人及び政府から意見を聞きました。以上七回にわたる調査審議を振り返りながら国民生活の対応について私見を述べたいと思います。
 まず初めに、国際化に対する認識及び意義について申し上げたいと思います。近年我が国は、物、人、情報、いずれも諸外国との交流が盛んとなり、外国との相互依存関係がますます強まってまいりました。これらの流れが停止すれば我が国の存立自体保障されないほど日本と世界各国との関係は密接不可分の状況にあります。また、最近までの我が国の国際化はほとんど西洋化を意味してまいりましたが、近年世界の多極化の趨勢に従いすべての世界の国々との国際交流が必要となっております。さらに我が国は、従来のように単に世界の一員としてではなく、世界のGNPの一割を生産する国家にふさわしい役割が世界各国から期待されるに至ってまいりました。もはや日本の経済社会は日本人のためのみを考えて運営される時代とは言えなくなってまいりました。世界のために貢献しなければなりません。
 次に、国際化を進める上での基本姿勢について申し上げます。それは平和な国際社会の実現であると考えます。これを実施するためには国と国との関係は互恵平等、共存共栄の姿勢を保つことであり、人と人との関係については、相手の慣習、文化等の違いを互いに認め合った上で共通点を見出していくといった態度が必要であると考えます。特にこの点は日本人の不得意な分野ではありますが、今後とも相当の努力を必要とすると思われます。
 次は、国際社会に対する日本の貢献についてであります。現在の世界は人口の二〇%に相当する人間が世界経済生産力の八〇%を占めており、この格差は容易に縮小されない見通してあります。世界のGNPの一割を生産する国家となった日本は、発展途上国の進展のために資本、技術、人材の面で一層の援助がなされなければなりません。また、難民にどのような手を差し伸べていくか、難しいことではありますが、この問題に積極的に取り組むべきであります。このような努力こそが世界の平和と安定に貢献するものと確信いたします。
 次に、国際化を確かなものにすることであります。そのためには国内の政治経済の安定はもちろんのこと、国民生活の安定が不可欠であります。しかしながら、経済大国と言われておる中で日本の国民生活の水準、特に住宅、生活環境、食料品の価格、労働時間、労働条件等の分野についてはいまだ国際水準には及ばないのであります。また、余暇を楽しむための文化、スポーツ等の条件整備もおくれております。以上のほか、国際交流に欠かせない実践的な外国語の教育にはまだ問題が多いと指摘せざるを得ないのであります。以下、若干の具体的問題について意見を申し上げます。
 第一に、大都市における住宅及び生活環境についてであります。大都市を中心とする住宅及び生活環境は我が国が欧米先進諸国に比べ最も改善のおくれている点であります。これは急激な経済発展に伴う都市部への人口集中化に住宅及び社会資本の整備が追いつけなかったところに大きな原因があると考えられます。安定経済成長へ移行し、貯蓄過剰となった今日こそまさにかかる貯蓄を国民生活の基盤である住宅及び生活環境の整備に投資する絶好の機会であると思うのであります。それには民間活力の運用を含め社会資本整備のあり方につき一層検討を加えていく必要があることはもちろん、過密化の著しい大都市について特に土地政策をもう一度見直す必要があると思われます。
 第二には、食料品が欧米諸国に比べて高い価格水準となっておることであります。日本国民は国際的に見て非常に高い所得を得るようになりましたが、食料品価格が高ければ実質的な生活水準はよくなりません。その点生活がよくなるような努
力検討を必要といたします。
 第三には、英語教育の改革であります。国民一人一人の外国語能力の向上は我が国が国際化の進展に的確かつ円滑に対応していく上で必要欠くべからざる条件であります。そのため外国語教育、特に中等教育課程における英語教育について今日抜本的見直しの必要性があることはだれしもが感じておるところであります。ただ、どのような見直しが必要であるかはまだ十分な議論が尽くされていないのが現状であります。政府においても臨時教育審議会で外国語教育について検討を加えておるところでありますが、それほど明確な方向性を打ち出しておるわけではありません。そのような状況にもかかわらず、急速な国際化の進展にかんがみると、我が調査会としても思い切って改革案を提示することも意味あることではないかと思うのであります。特にコミュニケーション能力の向上を目指した英語教育の改革は緊急の課題であります。
 第四は人の国際化への対応であります。この十年間国際化のスピードは非常に速いものがあり、特に貿易など物の国際化により輸入品や外国の情報が取り入れられ、国民は内外の商品を自由に選択できることとなり、国民生活の欧米化と合理化が進んでまいりました。しかしながら、これまで日本は外国に対し人の面では閉鎖的であったため我が国における人の国際化は大幅におくれてまいりました。
 そこで、外国人労働者の受け入れ問題でありますが、日本では一般労働力としての外国人労働者の入国は原則として認めておりませんので、在留外国人は全人口の〇・七%にしかすぎず、しかもその約八〇%が韓国、朝鮮国籍の人々であります。これに対し英国、西独、フランス等は現在においては外国人労働者の流入規制を強化しておるものの、それでも全人口の六%から八%の外国人労務者を抱えております。また、先進五か国の中で留学生の受け入れ者数が出国者数より少ないのは日本だけであります。今後国際化の一層の進展は国内の雇用制度等にも広範な影響を及ぼしてくるものと考えられます。このため日本人の外国人に対する抵抗感を取り除くよう国民の国際的理解を深め、国民の意識改革を進めるとともに、我が国の現在の国際的地位に見合った国民生活の実現が必要であると考えます。
 次に、今後の国際化の進展に伴う国民生活政策の基本的対応のことであります。我が国では先進諸国並みの国民生活に豊かさとゆとりを生み出す必要があると考えられます。
 そのため第一には、我が国の年間総実労働時間は西側先進諸国に比較して約二百五十時間から五百五十時間も長くなっております。我が国の働き過ぎに対する批判は、貿易摩擦や円高問題を背景にしばしば論ぜられております。経済構造調整の根本でもあるので、中小企業の実情に配意しつつ労働時間の短縮に努力すべきであると考えます。
 第二には、我が国の海外直接投資は円高により急速に拡大し、昭和六十年度末で米国、英国に次いで世界第三位になり、海外直接投資大国になっております。このことは対外不均衡を是正し、相手国の雇用改善と近代化を助長する等国際社会に大きく貢献する反面、国内の産業の空洞化現象を引き起こし、逆に国内の雇用機会を奪う等我が国経済にさまざまな影響を与えております。したがって、産業の空洞化を回避し、国内の雇用機会確保のため対策を検討する必要があると思います。
 第三には、国際化に伴って今後も外国人労働者が着実に増大していくものと予想されます。したがって、その際、教育、住居、治安等の面で社会問題の発生が懸念されるわけで、外国人労働者の受け入れについては統一的なガイドラインを設ける等慎重に検討されるべきであります。
 第四には、我が国は、拡大を続ける対外不均衡是正のため内外から内需主導型経済への移行を求められております。経済構造調整の急激な変化は、労働需給のミスマッチが起き、失業率の上昇を伴う懸念があります。そのため雇用情報の交換や職業能力開発体制の整備を十分図るべきであると存じます。
 以上、いろいろの問題点を申し上げましたが、いずれも重要な事柄であろうと存じます。
 以上で私見を終わります。
#5
○山本正和君 たびたびの会合を開きまして、調査会としても具体的に関税等の調査を行いました。大変ないろいろな問題を抱えているということを、私どもといたしましてもこの調査会の役割というものにつきまして本当に重要な意味を感じたわけでございますけれども、今中間報告をまとめるに当たりまして私どもなりの意見を申し上げておきたいと思うわけであります。
 それは、国際化ということについての議論、これが中心でございましたし、特にそれが国民生活の中にどうかかわってくるかという内容でございますから、まず、その国際化ということについての基本的な、ここにレジュメにも提起してありますけれども、若干の意見を申し上げておきたいと思うわけであります。それは、国際化ということを言う以上は、当然まずみずからの主体性があって、そして初めて諸外国とのかかわりが生まれるわけであります。
 じゃ、一体私ども日本人としての、日本の国家としての主体性は何なのかと、それをやっぱりまず基本に置かなきゃいけないと思うわけであります。これは日本列島、この太平洋に面した特殊な地理、大陸と太平洋に挟まっているその地理的なものも含めまして、我が国の歴史的な、今日まで一体どうやって日本民族は生きてきたかということとかかわってこようかと思うのでございます。そういう観点から、まず、この前文に示されたような形での国際化の問題に若干意見を補強しておきたいと思います。
 私ども日本人が今から子々孫々に伝えていく日本人とは何かと、そういう中で非常に特徴的なことが幾つかあろうかと思うのであります。それは島国であるということでの外国から隔離された長い時代、そしてまた海洋国家としてのさまざまな交流、そういう二つの面を持っている。もともと鎖国制というのは国が政策として決められて鎖国が始まった。そこから島国根性というものが生まれている。しかし、実は日本人というのは大変開放された、そして世界の諸民族と大変かかわりの深い民族性を持っている。そのことをまず、私どもも含めまして、これからも日本人の起源あるいは将来を含めて考えていく中に置くべきじゃないかというふうに思うわけであります。
 ここで私はあるアメリカの学者が日本人について非常に特徴的な言葉を言ったことを思い起こすわけであります。それは何かといいますと、世界のどの民族もとの国家も、一たん軍備を持った場合、特に軍事技術を持った場合に、それは限りなく発展していく、その流れに逆らうことはできていなかったと。しかし、日本人というのは大変不思議な民族であり、不思議な国づくりをしたと。それは徳川三百年の間に鉄砲を完全に所持することを禁止し、武器の開発をとめて、自分の身の回り、手の届く範囲内での武器の使用にとどめた。いわゆる剣道とか柔道とか、そういう武術の範囲にとどめて、必要最小限の身の回りを守るための武術にとどめてしまって、鉄砲や大砲というものの開発をやめた、三百年間そういうことを維持した、大変不思議な国である。こういうふうなことをアメリカのある学者が話しておったことを記憶いたしております。
 と同時に、私ども日本人がもう一つ大変大きな体験として持っておりますのは、明治以来の開国そして富国強兵、世界の文明に追いつけ追い越せと、こういう中でいわゆる昭和二十年の敗戦体験を迎えて、そして世界のどの国からもそれは理想であって全く無意味じゃないかと言われておったような平和憲法、いわゆる武力による国際紛争の解決の道をとらない、こういう平和憲法をつくった。この平和憲法の由来につきましてはさまざまな議論がありますけれども、今日四十年間定着している。そしてこの日本国憲法を諸外国に見せた場合に、本当にすばらしい理想である、このことがもしかなえられたならばと、こういう共通した
その理想に対する賛美、これはどの国もみんなひとしく言うところでございます。
 私も実は、まだ中国が今のように開放政策をとる前の中国に行ったときに、中国のある女子学生から日本人は一体何を誇りにしているのですか、私ども中国の若者は人民のために働く、そして毛沢東思想を基礎にして人民のために働くということを一生懸命言っているんです、日本の若者は何を一体根拠にしているのですか、こういうことを聞かれたことがございました。私はしばらく考えて、実は日本人の長い歴史の中で、戦争を断じて起こしてはならない、そういう平和憲法がある。これはどんな理屈があろうと何をしようと、日本人自身の侵略戦争あるいは日本人自身の内なるさまざまな相克を越えて、そして生まれたものだ。いろんな議論はあろうとも私どもは実はこれを大切にしていきたい。その女子学生は、軍術を持たずに国が守れますか、こういうふうなことも言っておりました。
 しかし私は、今国際化の問題を議論する前に、今日までの日本国の歴史、そして今日本の国が世界に誇り得るものは何か、こういうことをやっぱりもう一遍きちんと位置づけすべきである。特に国会あるいは政府、これが憲法を守る、こういう立場を明確にして、そして諸外国に対して日本の国の立場というものを明確にすべきである。こういうことを国際化の前提としてまず考えていくべきじゃないかというふうに思うわけであります。
 それで、あと若干レジュメに触れまして少し申し上げておきたいわけでありますけれども、まずこのレジュメの中で気にかかりますのは教育の部分でございます。日本の教育についてさまざまな議論がございます。しかし、日本の教育というのが、実は学校の教師自身が日本人というのは一体何なんだ、そして日本人というのが国際的にどういう役割を持っているのかというようなことについての学習を大学時代にほとんど受けていない。要するに歴史、憲法あるいは哲学、こういうふうなものの勉強をせずに、いわゆる教科の学習のみによって教員になり得る道が開けている。一番基本的な人間の部分にかかわる教育の教員としての資格というものが非常に薄い。こういう部分を大変私は懸念するわけでございます。
 例えばアメリカの問題が今議論されております。そしてアメリカは経済的にも大変今弱っているというようなことを言いますけれども、実はアメリカという国は大変広大な国土と豊富な資源と、これはエネルギーも含めていつでもアメリカ一国でもってこの世の中に生き得る力を持っている。そして、もう一つはさまざまな民族の血をまぜ合わせてその中に生まれたすばらしいエネルギー、科学あるいは哲学、文学、宗教、そういうものも含めて大変多様なすばらしい潜在的エネルギーを持っていると私は思うのでございます。しかし、そのアメリカに対して、今、日本がいわれなき妙な優越感みたいなものを持っているとするならば大変な問題があるわけであります。アメリカの中学校の教師の資格は一体何か。バチェラー、これを持っている者がかなりの数に上っている。さらにはアメリカの中学校の教師あるいは小学校の教師がまず何を議論するかといえば、人間そのものについての議論を行う。いわゆる人間学というものを基礎にした教育、教師というものがそこに存在している。
 翻って我が国の教育制度を見ますと、確かに明治以来の日本の教育にはさまざまな欠点がありましたけれども、戦前までの日本の教師はそれなりの、確かに今の日本国憲法の制度とは違いますけれども、それなりのプライドというものを持っておった。また、その町その村におけるいわゆる指導的立場というものを自分なりに自覚もしておった状況でございます。
 しかし、今や中学校、小学校の教師が一体何を誇り得るか。子供に上手に教えることができるかできないかという部分にもし限って言うならば、今多くの父母はほとんど高等教育を受けている、あるいは少なくとも中等教育を受けている父母が多いわけでございますから、なかなかその問題についても議論が出てくるわけであります。要するに日本の教育制度の一番根本にかかわる問題として、人間とは何かという部分についての基礎的教養が欠けている。基礎的教養を必要としない形で教員免許状を与えているというような問題もあるわけでございます。
 そして、このレジュメでは教員の待遇が大変高いと書いてありますけれども、社会的地位はまだまだ低い。いわゆる先進国として教師になりたいという若者の数を調べた場合に、ヨーロッパやアメリカと日本を比べた場合には、教師になりたいという若者は一体どういう階層に属するのだろうか、こういう問題もあろうかと思うのでございます。そういう意味で、国際化における教育の役割というものをさらにもう少し今後調査していく必要があろうかと思うのでございます。
 それから次にもう一点申し上げておきたいのは我が国の高等教育の問題であります。それは留学生の受け入れが大変他の先進諸国に比べて貧弱である。アメリカは言うまでもありませんけれども、ヨーロッパでもいわゆる外国からの留学生、その国で学びたいという者に対する対応は我が国と比べものになりません。また、留学生に対する保証も国としてさまざまな保証があります。高等教育を開放する、これはまず外国に対して一体どういうことをしているかという国際比較をまずなされるべきだろうと思います。
 と同時に、我が国の抱えている最大の今の社会的構造のゆがみの原因に学歴社会と言われるものがございます。これは企業と言わずあるいは官庁と言わず、学歴社会ということを否定し得る人はまずいないというふうなところまで一つの病弊となっている。しかし、その根本は一体何だろうかということをもっと議論をしなきゃいけないんじゃないだろうか。恐らく先進国において日本の国のような学歴社会というのはないんじゃないだろうか。確かにいわゆる後進国あるいは開発途上国においては学歴というものは大変大きな役割を果たしております。しかし、先進国の中において日本のような状況というのはまずないんじゃないか。こういう問題も含めてこれが国民生活にどうかかわるかというようなことについて今後の調査が必要じゃないかというように思うわけであります。
 次にこれにかかわりまして、大学入試制度が大変問題が多くある。大学の入試制度が高等学校教育、中学校あるいは小学校、幼稚園、さらには保育所に至るまでさまざまなゆがみを生んでいる。このこともまた自明の事実でございます。特に大学の入学試験が点数によって切り捨てられる。要するに一点を争う競争に勝ち抜いて初めて大学で学び得るという今の状況、これを近いところからでも解決し得るのではないか。
 例えばこの国民生活調査会等で国民の皆様のいろんな大学入試制度に対する意見を聞く。さらには日本人が外国に行った場合に、六年もあるいは十年も英語教育を受けているにもかかわらず何でしゃべれないのか、こういうことに対する国民の不満は非常に強いわけであります。その原因の一つに、大学入試の問題があろうかと思います。本来は外国語教育というのは楽しくあってしかるべきである。そういう意味からいって大学入試から英語を、例えば外国語の問題をどういうふうに扱うかというようなことも今後の検討課題の中に加えていくべきではないかというふうに思うのでございます。
 次にもう一つ、時間がございませんけれども、若干流通問題について、これはまだ触れてありませんから要望申し上げておきたいわけであります。我が国の流通問題、これを取り上げますと、すぐ中小企業の合理化だとかあるいは問屋制度のあり方だとかいうふうなものが出てまいります。しかし私は、我が国の中小企業あるいは問屋制度、これはこれなりの非常に大きな意味がある。そして日本の国が、義理人情という言葉でよく言われるわけでありますけれども、人間お互いを助け合いしながら生きていく社会の安定に、中小企業、これが大変大きな貢献をしている。そういう意味でこれは無視してはならないと思うのでござ
います。
 しかし、流通問題で今国民の多くが一番不思議に思っているのは、なぜ円が高くなったのに外国から来るものが高いんだ。若い女性に聞きますと、いわゆる銘柄品が本当からいえば円がこれだけ上がったらもっと安くなるはずだ、香水が安くなるはずだ、一向下がらない、なぜなんだと、こういう問題がございます。そしてまた、外国の車、日本の車、それぞれ特徴があるわけでありますけれども、外国の車がなぜこんなに高いんだ。並行輸入をいたしますと、例えばこの前新聞にも載っておりましたけれども、あるヨーロッパの車が日本の総代理店を通さないで売られている、それに対しては保証しないと。これは一体、代理店からの圧力なのか、そのヨーロッパの会社の方針なのか、これは国民にとって大変不可解な事柄でございます。
 要するに外国から輸入するに当たって、まさにこれこそ中小企業にも開放するというようなことがあってもいいんじゃないか。ですから、流通問題についてもっと国民の声にこたえるような形での検討というものもしていく必要がありはしないか。円高というのは大変我が国を直撃いたしまして困難な状況になっておりますけれども、逆にまた多くのメリットがあるわけでございます。そのメリットが出てこないというのは、流通機構の中におけるさまざまな基本的な矛盾、これを政治が放置しているというところに原因があるのではないか、こういう国民の声が今や強まっている、こういうことを私は指摘しておきたいと思うのでございます。
 第三に、もう一つ申し上げておきたいのは土地問題でございます。一体我が国の土地政策というのは果たしてあったのか、この指摘は大変大きな国民の不満となっております。現に、私どもが住んでおります参議院宿舎のすぐそばに小さな料理屋さんがございます。そこの六十代の御夫婦が、江戸時代からずっと続いている家である、しかし私どもはこれを出ていきます、というのは、固定資産税がこんなに高くなってきて、しかも子供にこの財産を譲るときには莫大な税金が取られてどうにもならない、それならばこれを早く売って他のところに土地を買って出ていかざるを得ないんです。要するに江戸っ子は今追い払われているんですというふうな話もございます。こういう土地政策に対する政治からの、何とかその土地に住んでいけるようなことをこれからもっと検討していくべきじゃないか、こういうふうなことも指摘をしておきたいわけであります。
 このレジュメにかかわりましてまだいろいろございますけれども、今思いつきました点だけ申し上げておきたいと思います。
 以上で終わります。
#6
○高木健太郎君 まだよくまとまっておらないんでばらばらのお話をするわけでございますが、この報告書の案を見まして、これを今度立派に書き直されるということでございますから、そのときに御参考になるようなことを申し上げておこうかと思います。
 私は国際化というものを三つに分けて考えることができるのではないかと思います。一つは人の問題である。人間の交流あるいは人間と人間とのつき合いの問題である。第二は物、金の問題である。それから第三は労働時間の問題である。働くということの問題である。この三つに分けて考えることができるのじゃないかと思います。
 この最初の報告書で、これはまだたたき台のたたき台でございましょうけれども、その中に「理解」という言葉があるわけなんです。いわゆる国際化をするためにはお互いの国民が理解をすることが大事であると、私もそういうふうに思っておりましたけれども、これはなかなかよく考えると難しいことではないかと思います。よく言われますように、誤解して結婚し、理解して離婚するということがあるわけです。もともと、仲よくなるということ、好き嫌いというようなことは感情的なことでございまして、理性でもって判断するということは、これは困難なことである。理解ということは、お互いに理性を持ってお互いを批判するということになります。いかに理解をしておっても好き嫌いというものをどうすることもできないということがあるわけでございまして、そういう意味では理解が必ずしも国際化といいますか、相互の仲よくするというようなことにはつながらないので、このことは一応区別しておく必要があるんじゃないかと思います。
 例えば日本は、アメリカに比べまして、先ほどもお話がありましたように、純粋な単一民族であると言ってもいいくらい外人が少ないわけです。これから外人がたくさん入ってくるだろうという予想があるわけですけれども、大いに受け入れようとしまして、例えば自分の町に他国人の人が何%ぐらい入ってきてもそれを容認するだけの気持ちが日本人にあるのかということは、十分これは考えておかなければならぬ。むやみに入れるということは、こういう単一民族の中でこれが共存していくことが非常に困難なことではないかなと思うわけです。
 私の家の両側に他国人が住んだというときに、果たして私がうまくそれで楽しくやっていけるかというようなことがあるだろう。アメリカでも、黒人がある白人の町へ一人か二人か入ってくる、そうするとその周囲にだんだん黒人の家ができていく、ついにはその白人の町を黒人が大多数を占めると白人は今度は他の方へ向かって移住をするということをシカゴあたりで私は現実に見ているわけです。
 また、アパルトヘイトとか人種差別とかいろいろありますけれども、結局はそういうことが問題になってくるので、どれくらいを受け入れればお互いに満足して、あるいは仲よくやっていけるかというようなことは、単に国際性国際性といいましても、これは理屈の上でできても現実的には非常に困難な問題であろうというふうに思います。例えばアメリカのサンフランシスコには中華街がありますし、日本人街があります。それが果たしてアメリカ人にどの程度本当によく受け入れられているか。日本の町の中にリトルマニラとかあるいはリトルバンコクとか、タイとか、そういうものができてきたときにどういうことになるか。これはあらかじめ考えておく必要があろうかということで申し上げるわけでございます。
 また、これは小さな問題ですが、大学の中で教授に他国人を任用するというような場合に、そのライセンスを出すか出さないかで問題になったことがありますが、その際その教授の中に外国人を何人までならばうまく容認していけるかというようなことも考えなければいけないと思います。
 次は物の考え方でございますが、日本は非常に黒字になっていると言われますけれども、実際のことは個人的にはそんなに金持ちにはなっていないということなんです。黒字ではあるが個人はそう金持ちではない。ささやかな金を、余った分を貯金する。それが銀行なり商社なりを通してアメリカに流れている。まあ十五兆円の黒字になっておりますけれども、その全部ではなくて、そのうちのごく一〇%とか二〇%がアメリカ等に流れて、これがアメリカのドルを買っているということになるわけでして、そんなに日本が黒字でだぶだぶしているというようなふうには私には思えないわけなんです。しかし、それでもなお我々は金持ちだと思われておりまして、それで、その金によって社会資本を増大しようという考えが出てくるわけです。
 しかし、考えてみますと、社会資本を増大するということになると建物を建てるとかあるいは道路をつくるとか、あるいはレジャーランドをつくるとか、そういうことになります。そうなりますと今度は環境を破壊せざるを得ない。それは日本の唯一の資源である水資源あるいは森林資源というものに対して非常に大きな悪い影響を与えるということもありますので、これも社会資本をむやみにふやすということはできない。また社会資本をふやしていきますと恐らく三十年後にはそれをまた修理していかなければならぬ。その修理の金をもまた考えておかなきゃならぬ。だから単に社会
資本を増大すれば現在の黒字の対策になるということもこれは十分よくそろばんをはじかなければうまくいかないことじゃないか。
 それからまた、東京の環状線の中に高層の建物を建てればもっと広い空き地ができるんじゃないかという話がございますが、それは会社の方は建ちましても住居は離れまして、そしてこの狭い環状線の中で非常に大きな交通渋滞とかそういうことが起こってくる、いわゆる職住分離による非常に大きなひずみが出てくるのではないかと思いますので、社会資本をふやすとしましても初めから十分な時間と規模、それから位置、そういうものの構想を十分に練っておく必要がある、こういうふうに思います。
 また、ここに流通機構ということがございますが、流通機構が迂回しておりますので、そのために非常に物価も高い。これは私もそういうことを感じます。原価二万五千円のカメラが実際は我々の手に入るときは十万円であるという話も聞きます。しかし、この流通機構があるために一億二千万の人口過密な日本でおのおのが少しずつでも生活していけるような仕組みになっているんじゃないか。だから、流通機構を簡単にして消費者に安く入るというときには、何人かの流通機構にかかわった人たちの生活を脅かすことになるのではないか。これは必然的にそういう流通機構ができてきたのではないかなというふうに思いますので、流通機構が簡単であるということは必ずしもすぐそれが善であるとは言えないのではないかと思います。
 また、アメリカは日本に対して非常に赤字であると言っておりますが、アメリカが日本で製造している例えばコカ・コーラであるとか、あるいはクリネックス、あるいはゼロックスであるとか、あるいはIBMとか、そういう日本国内で生産して、そして円を稼いでいる、そういうものによりまして約四百四十億ドルを生産しているわけです。日本はまた本田だとかトヨタが米国内におきまして百二十八億ドルを稼いでいる。それらを合わせますとそんなに大きな黒字ではないということは、もう企業というものの中には国というものを離れた状態で物流が行われておるわけでありまして、ナショナリティーというものをなくすればこれでそうとがった物の言い方をしなくてもうまくいく。いわゆるナショナリティーレスというような考えをこの際持つ、国際化というものの中にはナショナリティーレスということが意味されているのではないかと思います。
 次は、社会資本の問題ですけれども、ちょっと土地の問題を見てみました。日本は可住地が非常に少ないということは御存じのとおりでございまして、国土そのものは西ドイツよりもはるかに大きいわけでございますが、可住地としますというと西ドイツよりも小さいんです。そして西ドイツは一平方キロメートル当たり三百八十六人、これは一九八〇年ごろの統計だと思いますが三百八十六人、日本は千四百五十二人でございまして約七倍ぐらい過密である。アメリカは一平方キロメートルに対して五十人でございまして、もう三十倍ぐらいのゆとりがある。フランスは約十五倍ぐらい、それからイギリスが七倍ぐらい、日本はそういう意味では単位当たりの面積に対して人口が非常に多いということでございまして、アメリカのまね、あるいは西欧のまねということはこれは非常に難しい。何か日本特有の形を考えなければならないというふうに思います。
 外国との交流が盛んになればなるほど外国的な物の見方を日本は強いられるわけですけれども、もう根本的に違うものがある。それに西欧は歴史がございまして、個人は非常に金持ちなんです、今でも。国と会社はイギリスでもフランスでも非常に貧乏である。日本は会社が金持ちであり、まあ国民もかなり金持ちでございますが、国は貧乏である。現在百五十兆円の借金をしょっているというようなことで、そういう意味ではちょっとこれ直接比較することが困難であるので、十分考えておく必要があろうかと思います。
 それから、最後に労働時間の問題でございますが、確かに日本の労働時間は他の諸外国に比べて長い。しかし逆説的に言えば、だからこそ日本は生きているんだと言うこともできるわけでございまして、またそれが好きだと言う人もありますけれども、しかし、好きだとばかりは言えない。外人が日本に来る、日本で会社に勤めるそうです。そうすると、いつの間にか日本人と同じように労働時間をふやして働いておるということを言って、この原因が、単に法的に何時間しか働いてはいけないと決めてもそんなことではなくて、何か日本全体の雰囲気がそういうふうにできているんだ、そういうことを、いわゆる環境的な影響というものも十分これは頭に入れてからやらないと、単に何時間にするということはなかなかこれ問題を起こしてくるもとになるんじゃないかなと思っております。
 それから日本は、お金の稼ぎ高ですけれども、秒速四十万から五十万稼いでいるということになるんだそうです。そして、例の石油ショックがありましたときの産油国全部を合わせましても、そのころは秒速三十万であったということでございますから、日本の稼ぎ高がどんなに大きいか私はわかると思いますが、それでもなお日本はそう金がない。ところが、一方ではそういうふうに思われておりますから海外援助は強いられているわけでございますが、ODAは八四年には四十三億ドル、それが約〇・三五%にしかすぎません。そういう意味ではアルジェ憲章で日本はGNPの一%というものを約束しておりますけれども、現在のような政府の赤字ではなかなか面倒ではないかと思います。それからまたJICAは、海外青年協力隊で約三十カ国に千四百二十七名の人が出ておりまして、実際現地でお会いしましても、非常にまじめに働いて非常に私はいい働きをしておられると思うんです。ただ、その人たちが帰ってきての受け入れがないということで非常に困難な点があるということは前にも私申し上げたとおりであると思います。
 そういうことをひっくるめて言いますというとこういうふうに言われます。人の交流についてはアメリカ的になれということなんです。だから、フィリピンも入れればあるいはプエルトリコも入れる、あるいはまたイスパニアも入れるというふうに、アメリカというのは人種というものに余り関係なく国内に受け入れている。そこでまた問題も起こっているのかもしれませんが、とにかくアメリカ的になれ。それから物につきましては香港的になれ。それは、あらゆる障壁がない、自由貿易であるという意味でございます。いわゆる香港的になれ。それから、労働時間に対しましてはイタリー的になれ。イタリーというのは、朝十時ごろ始まりまして、お昼にはやめまして、二時間か三時間休みまして、それからまた三時間ぐらい働いてそれで終わり。それでも今イタリーはなかなか豊かなようでございますが、そういうふうになれ、こういうわけです。
 そういうことはわかりますが、果たして人をそのように受け入れることができるのか、あるいは香港のように自由貿易にすることができるのか。農業問題もありますし、いろいろな問題がございますが、それが国際化だと言われるとなかなかこれはうまくいかないことがあると思いますので、そういうことをこの中に入れておいていただけたらどうかと思います。
#7
○吉川春子君 国民生活調査会の報告書作成に当たり、国際化に伴う国民生活の課題について見解を述べます。
 きょうの調査会は、全体で一時間程度の中で各党が意見を表明するという時間的な制約がありますので、全面的に詳しく論を展開することは不可能です。そこで、総論的な部分を重点的に述べ、各論は最小限にとどめざるを得ません。後日、きょうの論議を踏まえての意見表明、各党間の意見交換など国際化問題についてのさらに詳しい論議が行われるという前提でコンパクトに意見を述べます。
 まず第一、国際化とは。
 今、物、人、情報等の交流が非常に活発にな
り、各国間の相互依存が強まって、国際化の時代と言われています。
 日本国憲法は国際協調主義の立場に立ち、次のように述べています。
  日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてみる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
国際化の問題はこの視点から基本的にとらえることが必要であります。
 近年国際化が求められる背景の一つに、ますます深刻化している日米経済摩擦が存在することは明らかです。米国経済の停滞と財政赤字、貿易赤字の増大は一層深刻さを増し、最近のドル安は米国経済の矛盾の深まりを顕著に示しています。一方、日本の大企業は国際競争力を強め、世界でも有数の経済力を持つに至り、今や多国籍企業化を強めています。そして今日の異常円高や日米経済摩擦の深刻化により、彼らは海外への生産の移転を図り、その結果、日本産業の空洞化現象が起こりつつあります。
 二、国境なき企業活動について述べます。
 今日、多国籍企業にとっては、一国の狭い範囲から国境を越えて行動する時代となりました。生産、流通、金融、情報など企業活動の各分野で国境をなくし、自由に振る舞い、最大限の利潤を追求することが望ましい国際社会としています。その実現のためには、各国の政治経済はもちろん、習慣や文化まで、みずからの活動に相応したものに変えようとする衝動が国際化の推進力となっています。多国籍企業にとっては各国の主権は企業活動の障害となるため、米の自由化など主権を制限することさえ主張しています。このような国際化は、国民経済の基盤を強く掘り崩すとともに、国民生活に深刻な打撃を与えるものであり、容認することはできません。今私たちが推進しなければならない国際化は、一部の多国籍企業の利潤の追求のためではなく、さきに述べた憲法の原則に立つとともに、国民生活、文化の向上に貢献するものでなければなりません。
 今日、日本が経済大国になった背景には、高い教育水準、勤勉な国民性とともに、国際的に見ても劣悪な諸条件、すなわち長時間労働、低賃金、低福祉政策、ウサギ小屋とも称される住宅、公害に加え、大企業を支える膨大な中小零細企業などさまざまなひずみが存在することは国際的にも問題になっています。また、憲法第九条と軍事大国化を許さないという国民世論によって防衛費が相対的に低く抑えられてきたことは、経済発展の要因の一つとも言えます。したがって、経済や科学技術の成果を国民に還元することは、国民の生活向上に資するのみでなく、国際的にも期待されている内需拡大にも合致することであります。
 他方、国際社会においては、東西の軍事同盟の対立、南北問題、全地球的な環境破壊の進行など、世界の運命を左右しかねない深刻な問題が存在しています。特に緊急な課題は、核戦争阻止と核兵器の廃絶の課題であります。唯一の被爆国として我が国は、核兵器の廃絶に全力を尽くすことによって国際的責任を果たすことが求められています。さらに、世界の軍事費の合計が一兆ドルに達する一方、八億人にも上る飢餓状態の人々の存在や累積債務国の実情は、軍縮によりこれらの困難な民族、国民のため効果的な援助と協力が不可欠であることを明白に示しています。東西の緊張緩和と平和共存は、世界の平和と安定のために極めて重要であり、東西の経済、科学技術、文化交流と友好関係の確立を平等互恵の立場で進めることが重要です。これらの複雑な国際社会の現状を踏まえ、我が国が推進すべき真の国際化は、軍事大国ではなく、人種差別や他民族支配を許さず、諸外国との関係を対等、平等、互恵の原則に立って行われるものでなければなりません。
 三、国際化への道。
 かつて日本は太平洋戦争においてアジア各国を侵略し、多くの犠牲者を出しました。この記憶は、今なおアジアを初め世界に存在しています。最近の閣僚の靖国神社公式参拝、教科書の「侵略」を「進出」と記述したことに対するアジア各国の反応は、日本が侵略戦争を反省せず、経済大国から軍事大国になるのではないかとの不安を抱いていることをあらわしています。防衛費の対GNP比一%突破問題についても同様の懸念が表明されています。また、総理による人種差別発言は国際問題となりました。これらの問題は、諸外国が日本及び日本人の中に依然として排外主義、大国主義が根強いと認識していること、近年の軍備拡大予算に対する警戒心を持っていることを示しています。こうした国際社会の対日認識を謙虚に受けとめ、政府、企業、日本人としても相手国及び相手国民の民族性、国民性をよく理解するとともに、日本や日本人の優越性を誇示することではなく、民族の多様性の存在を認め、民族自決権の尊重、人種間平等の精神で友好関係を深めることが重要であります。
 四、以上述べたような基本的な問題を踏まえて、国際化のメリットを国民に帰属させるために、国民生活を各部門にわたって国際水準に高めていく努力が求められています。
 具体的には、一、労働条件について言えば、日本の労働者の賃金はアメリカの五四%、西ドイツの六四%にすぎず、労働時間についても西ドイツと比較して年間五百時間も多くなっており、我が国の経済力の実態から見てもかなり劣っております。労働時間の短縮、労働者の賃金を大幅に引き上げることは、内需拡大の要求にこたえ、また国民生活の向上をもたらすものであり、早急に実現すべきものであります。
 次に教育について述べます。我が国の教育は、憲法と教育基本法の精神に基づき、人格の完成を目指し、平和な国家及び社会の形成者として(教育基本法第一条)主権者たる国民を育成するものです。平和、民主主義、国際協調主義など憲法の掲げる理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである(教育基本法前文)からです。国際化に対応する教育の課題は、平和、国際協調主義など、憲法の理念をしっかり身につけさせることであり、そのためには平和教育を重視すべきです。
 教育条件については、学級定数も欧米では二十五人から三十人です。日本でも四十人学級の早期実現とそれ以下の学級定数に改めて、国際水準に達するようにすべきです。国際的流れに反する日本の利子つきの奨学金制度は無利子か給付制に改めて、奨学金制度の拡充を図るべきであります。英語(外国語)教育についていろんな考え方がありますが、少なくともこの教科で大量の落ちこぼれを出すような教育の不備は改められるべきで、そのためにも、わかるまで教える体制、教育条件の整備が急務であります。
 次に、婦人の地位の向上です。
 日本の婦人労働者は、全労働者の三五%を占めるようになり、生産の場でも重要な役割を担うようになってまいりました。しかし、婦人の労働者の平均賃金は、男子労働者の五一・八%という低さで、フランスの八八・三%、西ドイツの七二・二%となっています。また、社会主義国ソ連においては、国会議員の三人に一人、裁判官の二人に一人は女性であるだけでなく、女性はあらゆる分野に進出し、男女同一賃金、平等な社会的参加が保障されております。日本の婦人の地位は、これらから見て国際的に見てもまだまだ低い状態であると言わざるを得ないわけであります。
 我が国も批准した女子差別撤廃条約には、あらゆる分野への女性の参加が社会発展と平和の確保にとって必要であるとうたわれております。政府は、この五月に新国内行動計画を策定いたしましたが、育児休業制度の拡充、学童保育や保育所の充実など婦人の社会進出の条件向上のために全力を尽くすことが求められています。
 最後に、国際化時代にふさわしい都市づくりです。
 日本の都市集中化は著しく、都市住民の生活は公害、地価高騰、少ない緑、交通渋滞などにより極めて劣悪な状況に置かれています。特に、情報、金融等の東京一点集中主義か促進され、都心は人の住めない野になりつつあります。東京、首都圏などを日米の多国籍企業本位の国際都市とするのではなく、住民本位の町づくりを進めることで在日外国人にも住みよい都市とすべきであります。
 以上です。
#8
○三治重信君 私は、主にこの中の「国際交流、国際親善」の項目に関連することをまず最初に申し上げますが、一つは、日本人の海外在留が多くなる、そうすると、やはりその子弟の教育が非常に問題になってくるわけなんです。それを日本で教育するかあるいは外国におって、外国の一定のところへ、ヨーロッパならロンドンとか、アメリカだったらアメリカのある都市とかというふうないろいろのことが考えられますけれども、やはり国際交流が発達するとともに子女の教育制度について全寮制度ですね、親と離れても教育がやられる。それだけ費用がかかっても、海外生活できるような人ですから、やはりある程度生活力がある。しかしそこの施設がないとできない。だから全寮制の学校をつくっていつでも受け入れ、いつでも出ていける。こういう子弟の教育をもっと海外赴任なり、あるいはこれは国内の単身赴任とも関連さしてやってもいいと思うんですが、国内、国外に全寮制の子弟の教育の学校をしっかりつくっていく。
 それから、国際交流は、やはり学者や専門家や熟練工という、いわゆるそれぞれの国で役立つ人をまずやっていく、こういうことが必要だろうと思うんですが、それには日本でもいろいろ国際協力事業団や農業の関係だと国際農友会とか、調べてみると現在でも二十も三十も国際交流をやっている団体の施設がある。ただ、それがやはり資金がないために二十人とか三十人とかいうような非常に小さいものになっている。こういうのにこれから政府として軍備のかわりに国際協力資金をうんと出して、倍増計画をやっているわけなんですが、その使い道の中へこういう国際交流をやる各団体への人の交流に対してある程度の資金援助をやっていく、国際協力事業団が人事交流について幅広く援助体制ができるような工夫をしてくれるようにやって、そして何といっても人間の研修交流を拡大をする、こういうことをぜひこの報告書の中へ入れてほしいと思うんです。
 それから、ほかの党の方も述べられたんですけれども、外国人労働者の問題であります。
 まず、難民の受け入れの問題、これは我々も施設を見ていろいろやったんですが、日本は国際的にも非常に少ないと言って非難されるんです。けれども、どうもやはり国民性からいってもなかなかなじまない。したがって、一つは難民の問題については、これはいわゆる資金を外国へ出して、そういう難民を受け入れられるような国に資金を援助して日本の責任を果たしていくということをもう少し考えたらどうか。日本の国内で受け入れることを一生懸命やっても、難民自身も、日本みたいな単一民族で非常に人口過剰のところだとなかなか受け入れにくいし、えらい苦労してやる。ところが、まだまだ世界の中には難民を受け入れてもいいような、南米とかオーストラリアとかアメリカとかそういう国があるから、そういう国で資金的に困るものにはもっと国際機関を使って日本が難民の援助資金を出していくという方針をひとつ出していく。外国人の労働者というのは、旧植民地なりヨーロッパの中での一般労働者の交流で受け入れをやっているけれども、やはり大体見ていて失敗の例が多い。ドイツも非常に労働力不足で、トルコやブルガリア、あっちから入れたけれども、今度は不況になって帰すとなると大問題になってくるということで、一般労働者の国際交流、受け入れ態勢というものは、そうすぐやるべき問題ではないということをはっきりした方がいいと思うんです。
 殊にアメリカでも、最近スペイン語系の人たちのアメリカの国への不法侵入というんですか、それが何百万となってきたというので移民法改正が通って、そういう移民問題が貿易摩擦以上に大きな問題になっているというふうなことが、日本では余り報ぜられていないけれども、識者の中では言われている。一般の人の交流というのはやはり最後にすべきだ、殊に、日本みたいな非常に人口の過密社会においては。まあその逆のことも言えるんだけれども。
 私が一つ考えるのは、日本の農業の開放の問題がこれから非常にあると思うんです。日本の農業を開放していくと過剰人口になってくる、これは雇用問題が大変な問題になってくる。農産物市場の開放をやるということは、すなわち農民の数を減らすこと、それは非常に雇用問題にひっかかってくるわけです。それと外国人労働者の交流を自由にするということになってくると、さらに失業問題が重複される。
 それで順序として、まず国際関係では農業の市場開放をやって、そうして農民の減少を逐次吸収することをまずやらぬと、日本の市場開放なり国際関係の完全な自由の関係ができない。人の自由交流というのは、やはりまず学者、文化人、それから専門家、熟練工というふうな、やはりどこの社会に行っても役立つ人の自由交流から始めるべきだ。こういうことをしっかり書いてもらいたい、こういうことを申し上げておきます。
#9
○平野清君 既に五人の委員から英語教育の改革、それから勤労時間の長いこと、留学生の問題など、多々言及されました。ほとんど同感でございます。時間がありませんし、重複を避ける意味で、対外的な国際化のことは後日に譲りまして、国内的な国際化を中心に箇条書き的に述べさしていただきます。
 まず一番目ですが、国際化に対する国家、特に首都東京としての哲学がなくてはならないと思います。その最低の基盤は異文化を異文化として初めから認めるということが出発点だというふうな気がします。そういう意味からも、総合的かつ長期的なプランがないことが今日の日本の国際化の問題の致命傷だろうというふうに考えます。例えば東京テレポート構想、海上都市構想などですけれども、ほとんど東京都任せであって、国家的構想に基づいた国際都市構想というものがないような気がいたします。そういう意味で国家が国際化に対応した長期的プランをつくることが最大の急務だろうというふうに考えます。
 二番目に、世界の人たちが日本に望んでいることに対する日本人の鈍感といいますか、鈍い反応についてだと思います。例えば土地の急騰を初めとする食糧の高さ、この物価の高さについては在日外人がもう口をそろえてなぜこんな高い物価で日本人が我慢しているのかというふうな発言を繰り返しております。農業問題、輸入問題を解決することこそ国際化、国際摩擦の解消の近道だと思います。円高差益が問題にされていますけれども、円高差益の還元は余りにも少ないのに、それに対する国民の怒りが表明されたことがほとんどありません。外国人はこの貿易摩擦や物価の問題に日本人は何を考えているのかわからないというような発言をよくやっております。ある外国人に聞きましたら、こんな高い物価だったらアメリカでは大統領は選挙に落ちてしまうだろうとさえ言っているわけです。食糧、土地問題等の早急な解決、そしてそれの打開こそ小さな減税よりもよっぽどサラリーマン大衆に大きな恩恵を及ぼすのではないかというふうに考えます。内需拡大ももちろんですけれども、そういう土地問題、物価問題の解決策こそ国際理解への早道だというふうに考えます。
 三番目ですけれども、中間報告の中で、国際化の目的は「安全保障策の一環である。」とありますけれども、どうも表現が中途半端でよくわかりません。私は、国際化という問題は、安全保障というよりも南北問題としてとらえるのが筋じゃないかというふうに考えます。南北問題、すなわち先進国と後進国の問題ですけれども、アメリカの地位が急速に落ち込んでしまった現在、日本の果た
すべき役割は、アメリカ志向の国際化ではなくて、後進国援助にこそ向けられるべきだというふうに考えます。
 次に、先日、元デンマーク駐在大使で婦人少年局長だった高橋展子さんと対談したことがございます。その高橋さんの言によりますと、今一生懸命国際化と叫ばれているけれども、国際機関、例えば国連とかILOで働く日本人は余りにも数が少ない、英語教育の改善はもちろんですけれども、それと同時に国際機関で働く人々をもっともっと国家の手で養成すべきだということを強調されておりました。本当に同感した次第です。
 中間報告の案文の中に「日本人の社会では、寡黙であることは一つの美学とされてきたがその美学は、文化を異にする人々の間では通用しない。」という表現があります。これは日本人が英語の面で、寡黙ではなくてしゃべる訓練ができていないわけであって、正式な文書にするときにちょっと表現の方を考え直していただけたらなというふうに考えます。
 それから五番目ですけれども、今日本が大黒字国ということを言われていますけれども、それは大企業だけであって、会社が大金持ち、国家と社員は大貧乏、その答えが出ない限り外国人は日本人をよりよく理解できないような気がいたします。日本の大衆の夢は、単なるウサギ小屋と呼ばれるような小さなマイホームを手に入れることを一生の夢としていますけれども、大金持ち日本とその国民の貧富の差の大きさがどうしても日本を理解する妨げになっているんではないかというふうに考えます。特にサラリーマンの不公平な税制というものにアメリカの人たちは一驚して、その怒りの結集がないことを非常に不思議がっております。
 それから、調査会でいろいろ参考人をお呼びして貴重な意見をお聞きしました。ところが、先日テレビを見てびっくりしたんですけれども、東京に文化服装学院というのがあります。この数字をちょっと僕ははっきり聞きませんでしたけれども、生徒のうちの十人に一人、多分十人に二人ぐらいと言ったかもしれませんけれども、世界各国から勉強に来ている生徒がいっぱいいるそうです。まさに国際学院という名にふさわしいことになります。ファッションの面でも美容の面でも日本人がフランスやアメリカに勉強に行ったのが、今反対にフランスやアメリカから服装の問題、美容の問題、日本にいっぱいこのように来ている。今後調査会で参考人を呼ぶようなときには、現実にこうして国際学院と呼ばれるようなところに来ている学生、それとつき合っている若い学生、そういう人たちからこそ意見を聞いてみたら大変参考になるのではないかというふうに考えます。
 時間がありませんので、箇条書き的に簡単に意見を述べました。
#10
○会長(長田裕二君) 本日の調査はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。
   午後一時二十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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