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#1
第108回国会 本会議 第3号
昭和六十二年一月三十日(金曜日)
   午前十時一分開議
    ━━━━━━━━━━━━━
#2
○議事日程 第四号
  昭和六十二年一月三十日
   午前十時開議
 第一 国家公務員等の任命に関する件
    ━━━━━━━━━━━━━
○本日の会議に付した案件
 一、議員岩動道行君逝去につき哀悼の件
 以下 議事日程のとおり
     ―――――・―――――
#3
○議長(藤田正明君) これより会議を開きます。
 議員岩動道行君は、去る二十五日逝去されました。まことに痛惜哀悼の至りにたえません。
 同君に対しましては、議長は、既に弔詞をささげました。
 ここにその弔詞を朗読いたします。
   〔総員起立〕
 参議院はわが国民主政治発展のため力を尽くされさきに大蔵委員長の要職に就かれまた国務大臣としての重任にあたられました議員従三位勲一等岩動道行君の長逝に対しつつしんで哀悼の意を表しうやうやしく弔詞をささげます
    ―――――――――――――
#4
○議長(藤田正明君) 桧垣徳太郎君から発言を求められております。この際、発言を許します。桧垣徳太郎君。
   〔桧垣徳太郎君登壇〕
#5
○桧垣徳太郎君 本院議員岩動道行君は、去る一月二十五日、心筋梗塞のため、大田区の東邦大学附属大森病院において忽焉として逝去されました。まことに痛惜、哀悼の念にたえません。
 私は、ここに同僚議員各位の御賛同を得て、議員一同を代表し、従三位勲一等故岩動道行君のみたまに、謹んで追悼の言葉をささげたいと存じます。
 岩動道行君は、大正二年十月、岩手県紫波郡柴波町において、俳句をたしなむ医師の父君と政治家の家に育った母君の次男として出生されました。
 県内のエリート校と言われた盛岡中学校を経て、人文地理学を専攻すべく、旧制東京府立高等学校理科甲類に進まれましたが、在学中、次第に経済社会問題に関心が強まり、京都帝国大学法学部に入学されました。大学においては、財政学の汐見教授に傾倒し、そのゼミに参画されました。これが岩動君のその後の進路を決定することとなり、卒業後直ちに大蔵省に入省されました。
 大蔵省においては、入省二年目にして広島税務署長に就任され、新税の普及に苦労された思い出をお持ちのようでした。その後も次々と枢要なポストにつかれ、戦後の昭和二十三年には、吉田内閣総理大臣秘書官として大蔵省を代表して活躍されました。
 このときの経験と母方の血が、岩動君の政治への目を開かせたのでしょうか。主計局主計官、駐英大使館参事官、東海財務局長の要職を歴任された後、昭和三十五年官界を去られました。以後、政界を目指し岩手県財政顧問、池田自由民主党総裁秘書を務められ、昭和三十八年十一月に至り、郷里岩手県の人々の衆望を担って衆議院議員に当選されました。
 その後、昭和四十三年には、岩手県地方区から参議院議員補欠選挙に当選、自来、四十六年、五十二年、五十八年と連続参議院議員に当選されました。
 この間、行政管理政務次官、参議院大蔵委員長、自由民主党政務調査会副会長等、行政、国会運営、党務に尽瘁される一方、豊かな国際経験から、人々に要望され、海外日系人協会理事長や海外日系新聞協会会長等の要職を占め、在外邦人の地位向上に貢献されました。
 昭和五十八年には、君の科学技術に対する深い造詣と高い見識が認められ、第二次中曽根内閣において、国務大臣、科学技術庁長官、原子力委員長、宇宙開発委員長、科学万博担当大臣に就任されました。
 岩動君は、つとに科学技術、エネルギー問題に関心を持たれ、参議院議員当選直後の昭和四十二年、同僚議員とともにエネルギー研究会をつくり、「エネルギー省の創設」などを政府、党へ提言されました。また、これらに関する著書も上梓されておられ、科学技術庁長官のポストは、まさに水を得た魚の感がありました。
 すなわち、科学技術庁長官に就任されるや、先端技術政策の未来に取り組むべく竹内均教授を座長とする「サイテック懇談会」を発足させ、その後の我が国の科学技術研究の方向を示されました。
 また、科学万博については、「若者、婦人をも引きつける楽しくわかりやすい博覧会」を提唱し、各国の協力を求めるとともに、国内においては展示館の建設、関連施設の整備等その成功への基礎を固めたのも岩動君の功績であります。
 さらに、原子力船「むつ」の問題につきまして、各方面の意見が対立する中で、積極的に解決に努められたのも記憶に新たなところであります。
 岩動君は、父君の御薫陶を受け、俳句をこよなく愛し、情操の豊かな方でもありました。「鯨の汀」と書いて「ゲーテ」と読ませる雅号を用い、数々の秀句を残されておられます。
  郭公や 杜の都の 山河映え
深く郷土盛岡を愛した岩動君の心情がしのばれるのであります。
 また、多忙な長官在任中におきましても、「むつ」問題解決に際し、
  漸くに 船出の「むつ」や 朝涼し
と詠まれ、つくば万博施設の視察に際しては、
  筑波嶺に 夢の科学や 風光る
の句を物にしておられます。
 また、岩動君は、参議院議員の中で挙措、動
作、服装から見て、英国型紳士と衆目の一致するところでありましたが、その反面、「たまには一人でスーパーに買い物に行くこともある」という庶民性も兼ね備えておられました。
 この点が、多くの人々の信頼を集め、親しみを深めていたゆえんでもありましょう。
 現在、世界は技術革新の波に洗われております。我が国が二十一世紀に向け、多くの解決すべき課題を抱えているときに、二十一世紀の科学技術の未来に夢をかけ、実践されてこられた岩動君を失ったことは、今後のさらなる活躍を期待していた本院にとって、ひいては我が国にとって大きな損失であり、痛恨のきわみと言わねばなりません。
 ここに、皆様とともに、岩動君のありし日の面影と御業績をしのび、院を代表して謹んで哀悼の意を表し、御冥福を心よりお祈りして、追悼の言葉といたします。
     ―――――・―――――
#6
○議長(藤田正明君) 日程第一 国家公務員等の任命に関する件
 内閣から、国家公安委員会委員に牛場大蔵君を、
 社会保険審査会委員長に河角泰助君を、同委員に新津博典君を、
 漁港審議会委員に飛田謙蔵君を、
 労働保険審査会委員に仙田明雄君を
任命することについて、本院の同意を求めてまいりました。
 内閣申し出のとおり、いずれも同意することに賛成の諸君の起立を求めます。
   〔賛成者起立〕
#7
○議長(藤田正明君) 総員起立と認めます。
 よって、全会一致をもっていずれも同意することに決しました。
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十時十二分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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