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1985/04/17 第104回国会 参議院 参議院会議録情報 第104回国会 文教委員会 第5号
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1985/04/17 第104回国会 参議院

参議院会議録情報 第104回国会 文教委員会 第5号

#1
第104回国会 文教委員会 第5号
昭和六十一年四月十七日(木曜日)
   午前十時開会
    ―――――――――――――
   委員の異動
 四月三日
    辞任        補欠選任
     久保田真苗君    中村  哲君
     関  嘉彦君    小西 博行君
 四月十六日
    辞任        補欠選任
     小西 博行君    関  嘉彦君
 四月十七日
    辞任        補欠選任
     藏内 修治君    関口 恵造君
    ―――――――――――――
  出席者は左のとおり
    委員長        林  寛子君
    理 事
               田沢 智治君
               柳川 覺治君
               粕谷 照美君
               吉川 春子君
    委 員
               山東 昭子君
               杉山 令肇君
               世耕 政隆君
               関口 恵造君
               仲川 幸男君
               林 健太郎君
               真鍋 賢二君
               久保  亘君
               中村  哲君
               高桑 栄松君
               関  嘉彦君
  国務大臣
       文 部 大 臣 海部 俊樹君
  政府委員
       文部大臣官房長 西崎 清久君
       文部省初等中等
       教育局長    高石 邦男君
       文部省教育助成
       局長      阿部 充夫君
       文部省高等教育
       局長      大崎  仁君
       文部省学術国際
       局長      植木  浩君
  事務局側
       常任委員会専門
       員       佐々木定典君
    ―――――――――――――
  本日の会議に付した案件
○小委員会設置に関する件
○国立学校設置法の一部を改正する法律案(内閣
 提出、衆議院送付)
    ―――――――――――――
#2
○委員長(林寛子君) ただいまから文教委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 去る四月三日、久保田真苗君が委員を辞任され、その補欠として中村哲君が選任されました。
    ―――――――――――――
#3
○委員長(林寛子君) 次に、小委員会設置に関する件を議題といたします。
 義務教育諸学校等における育児休業をめぐる諸問題について調査検討するため、小委員九名から成る義務教育諸学校等における育児休業に関する小委員会を設置することに御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#4
○委員長(林寛子君) 御異議ないと認めます。
 つきましては、小委員及び小委員長の選任は、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#5
○委員長(林寛子君) 御異議ないと認めます。
 それでは、小委員に井上裕君、田沢智治君、仲川幸男君、柳川覺治君、粕谷照美君、本岡昭次君、高木健太郎君、吉川春子君及び関嘉彦君を指名いたします。
 また、小委員長に田沢智治君を指名いたします。
 なお、小委員及び小委員長の辞任の許可及びその補欠選任、並びに小委員会から参考人の出席要求がありました場合の取り扱いにつきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#6
○委員長(林寛子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
    ―――――――――――――
#7
○委員長(林寛子君) 国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
 まず、政府から趣旨説明を聴取いたします。海部文部大臣。
#8
○国務大臣(海部俊樹君) 国立学校設置法の一部を改正する法律案の提案理由を御説明申し上げます。
 このたび政府から提出いたしました国立学校設置法の一部を改正する法律案は、国立大学の学部の設置、短期大学部の併設及び廃止等について規定しているものであります。
 まず第一は、学部の設置についてであります。
 これは、徳島大学に同大学の教育学部を改組して総合科学部を、九州工業大学に情報工学部をそれぞれ設置し、これらの大学の教育研究体制の整備を図るものであります。
 なお、九州工業大学の情報工学部は、本年十月に設置し、昭和六十二年度から学生を入学させることとしております。
 第二は、短期大学部の併設及び廃止についてであります。
 これは、岡山大学に同大学医学部附属の専修学校を転換して医療技術短期大学部を新たに併設し、看護婦等医療技術者の養成及び資質の向上に資することとし、また、富山大学に併設されている経営短期大学部についてはこれを廃止し、同大学経済学部に統合しようとするものであります。
 なお、岡山大学医療技術短期大学部は本年十月に開学し、学生の入学は昭和六十二年度からとするものであり、富山大学経営短期大学部は昭和六十一年度から学生募集を停止し、昭和六十二年度限りで廃止を予定するものであります。
 このほか、昭和四十八年度以後に設置された医科大学等に係る職員の定員を改めることといたしております。
 なお、衆議院において、施行期日等に関する附則の規定の一部が修正されましたので、念のため申し添えます。
 以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概要であります。
 何とぞ、慎重御審議の上、速やかに御賛成くださるようお願いいたします。
#9
○委員長(林寛子君) 以上で趣旨説明の聴取は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#10
○久保亘君 教育学部を改組して総合科学部を置くということになっておりますが、総合科学部というのは改組される教育学部とどういうふうに関係をしてまいりますか。
 それから、総合科学部というのは私どもには大変わかりにくい名称でありますが、総合科学部というのを国民に理解してもらうためにどういうふうにその総合科学部というのを説明したらいいのか、文部省のお考えを承りたいと思います。
#11
○政府委員(大崎仁君) 教育学部を改組いたしまして総合科学部に転換するという件でございますが、先生御承知のとおり、教育学部はその性格上、人文、社会、自然、それぞれ広範な分野にわたりましての教員組織あるいは必要な設備等の備えがあるわけでございます。そのような広い分野にまたがります教員組織あるいは設備というものを十分に活用いたしまして、従来教員養成ということを中心の目的といたして教育研究体制を組んでおりましたものを転換をいたしまして、教員養成という目的を離れまして、広く文化、社会科学あるいは自然科学の基礎、健康科学という各分野にわたる幅広い教育を、学際的な領域に対する配慮も含めて実施をしたいということが主なねらいでございます。
 ただ、学生の教育上のコースといたしましては、四つのコースに分かれまして、文化コース、社会科学コース、基礎科学コース、健康科学コースとそれぞれ四つに分かれるわけでございますので、学生の目から見ますと、ある専門分野の中心というものは当然あるわけでございまして、社会科学コースでございますればやはり法律、経済、産業、経営といったような中で、自分の関心に近いものに焦点を絞った履修をしていくというような姿になるわけでございます。
#12
○久保亘君 ということは、徳島大学の場合には、教員養成を一つの目的として持っている教育学部というのはこれは廃止をされる。そして、いわゆる全的な教養学部というのか、そういうのもどこかありましたですね、そういうようなものとして新たに総合科学部というのがつくられると、こういうことでございますか。
#13
○政府委員(大崎仁君) おっしゃるとおりでございます。
#14
○久保亘君 では、ほとんど各県に教育学部というのがございますですね。そうすると、多分徳島大学も、教育学部は教員養成を目的としていたために、この教育学部に附属する小中学校等が設置されていたのではないかと思いますが、この学部がその目的をなくすれば、これらの学校も廃止になるんですか。
#15
○政府委員(大崎仁君) 総合科学部の設置のきっかけとなりましたのは、鳴門教育大学が同県内に設立をされるということからでございまして、そのような観点から見ますと、これまで徳島大学の教育学部が果たしておりました役割は、鳴門教育大学に期待をするということが一つの前提になっているわけでございます。
 そういう観点から、お尋ねの教育学部の附属学校につきましては、法案を成立をさせていただきました時点で鳴門教育大学の方に移しかえる、移換をするという予定にさせていただいているわけでございます。
#16
○久保亘君 そうすると、他にも同様な教育大学ができたところがあると思いますが、これらの地域でも、国立大学の教育学部は総合科学部に変えられていきますか。
#17
○政府委員(大崎仁君) いわゆる新構想の教育系大学が鳴門も含めて三校あるわけでございますが、それぞれ性格といたしましては、その設置された県内ということに限りませず、広く県内外を通じての役割を果たすことが期待されておるわけでございます。
 ただ、鳴門の場合には、置かれた地域の需給状況あるいは志願状況というようなものを勘案いたしますと、やはりあの地域に教員養成を目的とする教育学部が併存をするというのはやはり適切ではないのではないかということで、関係者かねてからいろいろ検討を続けておりました結果出た結論でございまして、他の大学がこの例に倣うというふうには考えておらないところでございます。
#18
○久保亘君 これは鳴門の大学がつくられるときにも議論があったはずでありますが、そういうことであるならば、当時徳島大学の教育学部をどういうふうに充実させるかという視点の検討がもっと行われるべきであったのであって、私はその点についても疑問を持ちますが、これは既に過去のことであります。
 ところで、鳴門の教育大学は、中学校課程の教員養成の目的を達成できますか。
#19
○政府委員(大崎仁君) 現時点では、中学校教員養成課程というのは設けておりません。
#20
○久保亘君 そうすれば、徳島大学の教育学部が持っていた主として小中学校の教師を養成をするという立場は、この中学校の教師を養成する課程を持たない鳴門の教育大学で代行できるということにはならないのではないか。そういう点では非常に机上のプランというか、少し御都合主義なところもあるんじゃないですか。もう教師が減るからこの際教育学部も整理をしよう、それで、そのまま整理するわけにはいかぬから、総合科学部という非常にわかりにくい名称の学部に変える、こういうことになったんじゃないかという疑問もあるんですがね、どうですか。
#21
○政府委員(大崎仁君) 多少先ほどの御指摘とも関連をいたしますが、確かに検討の過程では徳島大学の教育学部をいわば新大学に移行できないかどうかというような検討もなされた経緯もあるようでございますが、ただ、やはり徳島大学の現在の構成が非常に医学系あるいは自然科学系に偏っておるというようなことから見ると、まあ総合的な学部が存在することが、大学自体にとってもあるいは地域にとっても有意義ではないかというようなことで、この構想になったというふうに承知をしておるわけでございます。
 ただ、先生御指摘のように、もちろん総合科学部でも中学校の教員免許が取得できるような措置というのは残るという予定でございますが、しかし、そうなることによりまして、専ら教員養成を目的とする学部、大学における中学校教員の養成コースがこのままではなくなるということも事実でございまして、その点につきまして関係者からいろいろ御要請もあり、また、今御検討も進められているというふうに承知をいたしておるところでございます。具体的には、鳴門教育大学に中学校教員養成課程を設置できないかということで御検討が関係者の間で進められておるというふうに承知をいたしておりまして、私どもとしても、現在、そういう御検討の必要性というものは十分理解をして、その検討の成果を見守らしていただいているというような状況でございます。
#22
○久保亘君 今のことは、文部省の説明としてはよくわかりましたが、総合科学部的な、まあ言ってみればこれは大学の新しい学部ですね。これは将来の大学のあり方といいますか、そういうものの中で考えていくものとして、今までの大学の学部というのがずっと長年にわたって一つの形をつくっておりましたけれども、そういうものを変えていく大学の新たな発想、もちろんこれに類したものがもう前から始まっているところもありますけれども、徳島大学にこういう構想のものを設置されるということは、今後大学の新たな構想の一つのモデルとして考えられていくと、こういうことなんでしょうか。教育学部を廃止するために、全然なくしてはぐあいが悪いから、何かかわるべきものをここへ一つ置いておく、ところが、この大学には、そういうそれぞれの独立した学部をつくるような今までの累積がないから、総合科学部というところで一まとめにしておけと、そういうことなんですか、どちらですか。
#23
○政府委員(大崎仁君) 学部段階の教育のあり方につきましては、戦後いわゆる新しい制度のもとに大学が発足しまして以来、いわゆるアメリカのリベラルアーツ・カレッジ的に、余り狭い専門分科を学部段階では避けまして、もう少し幅広い基礎教育あるいは教養を身につける教育が我が国において発達してよろしいのではないかという御議論、あるいはそういう御議論を踏まえまして幾つかのそういうものを目指した学部も現に存在をいたしているわけでございます。
 私どもといたしましても、進学率の上昇、高等教育の普及という状況下で、今後の大学教育のあり方を考えます際に、やはり総合科学部的な形が一つの行き方ではないかというふうにも考えておる次第でございまして、きっかけは確かに教育学部の改組転換ということがきっかけにはなっておりますが、ぜひそういう新しい学部教育の姿を未来に向かって発展をさせていく一つのあり方として充実をすることを期待し、また文部省としても、必要な支援をいたしていきたいというふうに考えているところでございます。
#24
○久保亘君 この新学部は、学生の募集は、既に願書みたいなものは受け付けているんでしょうか。全然、今からやるんですか。
#25
○政府委員(大崎仁君) これは、法案を成立させていただきました時点で募集要項を公表いたしまして、それから願書の受け付け等に入らしていただくということで、現在関係者としては準備を整えて待機をしているという状況にあるわけでございます。
#26
○久保亘君 そうすると、まあやってみなければわかりませんし、それからことしの場合は、今から募集されるということになれば、高校の卒業生のこの総合科学部に対する志望の状況というのは、ことしは例外的なものになるから、なかなかとらえにくいと思いますけれども、これまでの教育学部を志望した学生と総合科学部に進学を希望してくる学生というのは、その層で非常な入れかわりがあると思いますか、今までの教育学部を受験した層がやはりここを受験してくると思いますか。これはやってみなけりゃわからぬでしょうし、ことしはもう全然違いますから、別途に行われる試験だから、全国からことしはやってくると思うんで、文部省としては、これを設置されるに当たって、どういう予想をされておりますか。
#27
○政府委員(大崎仁君) やはり総合科学部に切りかわりました、改組転換がされました場合には、それを志望する学生の層と申しますか、どういう気持ちを胸に抱いて志願するかという意味での志願者というのは、やはり大きく変化するのではないかというふうに考えております。
#28
○久保亘君 これは第一回の学生を募集された後、また私どももいろいろと検討してみたいと思っております。
 次に、九州工業大学に情報工学部を置かれるということは、これは新しい時代に対応する大学教育のあり方としてその構想は理解もできるし、大変おもしろい考え方だと思うのでありますが、従来の工学部の中に入れて考えられないこの新しい情報工学部というのは、どこが違うのでしょうか。例えば工学部には、これはもう電気工学科があり、建築工学科があり、冶金もあれば航空工学科だってありますね。航空工学科なんというのはこれは非常に新しい時代に生まれてきた工学部の中の後発組だと思いますが、情報工学部ということで工学部を分けていくということになれば非常に違ったものだと思うのですが、文部省があえて工学部という名前を使わず情報工学部という新設の学部をつくられるその発想の原点というのか、それはどこにありますか。
#29
○政府委員(大崎仁君) 伝統的な工学部におきましては、先生御指摘のように、電気、機械あるいは化学工学、土木建築というような従来の専門分野に応じましての学科構成というのがなされておるわけでございますし、また、いろいろ技術、科学の進歩によりまして、例えば既存の工学部の中にも情報関係の学科もあるわけでございます。その意味では、新しい学部として情報工学部というものを別に取り出すことの意味というのが改めて問題にはなるわけでございますが、その背景といたしましては、やはりコンピューターを初めとする非常に幅広いエレクトロニクスあるいは通信技術の急速な発展という状況が背景にございまして、やはりそういうものを背景にいたしました一つの工学技術というものが、内容的にもそれから専門分野的にも、一つの学部としてまとめるだけの実体なり規模を擁するようになってきたという専門家の御判断があるわけでございます。
 そういうようなことを背景にいたしまして、例えば機械あるいは電気と従来言われております分野でも、特にそういう情報処理ということとの関連を重視をした学科をそこでつくり上げていくといったようなことも含めまして、九州工大の構想で申しますと、知能情報工学科、電子情報工学科、制御、システム工学科、機械システム工学科、生物化学システム工学科と一応五つの学科を想定しておるわけでございます。
 そういうことで、いわば情報工学というものを核にして一つのまとまりを持った学部で新しい分野に挑戦をしたいということが関係者の願いでございまして、私どもといたしましても、社会のいろいろな諸要請から見まして、そういう試みは有意義ではないかということで御提案をさせていただいておるわけでございます。
#30
○久保亘君 もう一つ、この法律案の中にあります定員の問題に関係をしてちょっとお尋ねをしたいと思いますが、今度定員がたしか三百人余り増員になる法案でありますね。この定員の増員というのはどういう内容のものですか。
#31
○政府委員(大崎仁君) 国立学校設置法の附則で規定をいたしております定員につきましては、昭和四十八年度以降に設置をされました医科大学等の新しい大学の定員については、従来の総定員法の枠外でお取り扱いをいただくという趣旨のもとにお認めをいただいているわけでございます。そういうことで定員の整備を図らしていただいているわけでございますが、このたびお願いをいたしておりますものにつきましては、過去においてお認めをいただきました医科大学の一部の附属病院の教職員の整備というのが年次計画で実施をいたしておるわけでございますが、その年次計画分の残りの部分に対する手当て、あるいは先ほど御質問のございました鳴門教育大学のやはり年次計画の整備分の残りの部分の手当てというようなものを総計をいたしましたものをこのたびお願い申し上げているところでございます。
#32
○久保亘君 それで、この特別に認められる定員一万九千七百二十人というのがございますが、これらの職員というのは、法律の中にもありますように、「恒常的に置く必要がある職に充てるべき常勤の職員」ということになっておりますね。
 そこで、恒常的に置く必要があり、恒常的に置かれていながら、なお国立大学において定員として認められていない職員、いわゆる定員外職員というのが国立大学全体でどれぐらいあるのか。その数を教えていただきたい。
#33
○政府委員(西崎清久君) 定員外のいわゆる非常勤職員の数としましては、全体では大体六千六百人程度というふうに承知いたしております。
#34
○久保亘君 この六千六百人という定員に数えられていない国立大学の職員というのは、今度提案されている法律案に言う、恒常的に置く必要がある常勤の職員もしくはそれに類するものであって定員外の職員となっているものと、実態的にそういう理解をしてよろしゅうございますか。
#35
○政府委員(大崎仁君) 私どもといたしましては、恒常的に置かれている職員の勤務形態とそれ以外の職員の勤務形態というのは、はっきり取り扱いを分けて、それぞれ職務に従事をしていただくようにということで大学等には指導いたしておるところでございまして、やはり基本的な公務員法上の取り扱いを異にしておる職員でございますので、やはり異なるものであるというふうに考えておるところでございます。
#36
○久保亘君 余り用心しなくてもいいんですよ。だから私は実態的に、これは恒常的に置かれている常勤的な職員かと聞いておるのです。法律上は定員内職員と定員外職員ということで分けられているのだから、それは局長の御説明をお聞きしなくても私わかっているのでありましてね、そういう常勤的に働いている職員で恒常的に置かれているもので定員外にせざるを得ないものが六千六百人いるのですかということを聞いているのです。
#37
○政府委員(西崎清久君) ただいま私が申し上げました約六千六百人という数字は、正確に申しますと六千五百九十七人という数でございますが、これらの方々の職種につきましては、事務系、教務系というふうに分かれております。これは、先生合御指摘の点で申しますれば、いわゆる常勤的な形というふうな御理解をいただいてよろしいかと思いますので、これ以外にパート的な職員というものが別途にあるということは事実でございます。
#38
○久保亘君 わかりました。
 全国の大学を尋ねますと、いわゆる非常勤、パート的な人というのは、それぞれの部署で随分たくさんおられると思うんです。この六千六百人の常勤的な定員外の職員というものについては、これはいろんな事情があって文部省の定員としてこれを繰り入れることができないためにそういうことになっているんだと思うのですが、この定員外職員の給与については、もしこれが定員内の職員としてあるとするならば大変条件がよくない、また、その条件をよくしない。財政的にいうと条件をよくしないために定員外にしていると、こういうことなんだから、悪いのは当然でありますけれども、給与の条件が非常によくないということは文部省も御存じですか。
#39
○政府委員(西崎清久君) 先生御指摘の非常勤職員は、御案内のとおり臨時的とかあるいは季節的とか、そういう職務の特殊性に基づきまして一日を単位として雇用されるという形でございますから、事柄からいえば、これが常勤的であるということ自体に若干問題があるわけでございます。しかし、現実において常勤的になっておるということから申しますれば、いわゆる定員内の職員との給与につきましては給与法上の支給項目、手当の項目と申しますかそういう点で差が出てくるというふうなこと、あるいは昇給の面での差が出てくる、こういうふうなことからその差があることは事実である、こういうふうに承知いたしております。
#40
○久保亘君 そこで、定員外の多数の職員の方々を直ちに定員化するということは大変難しいことは、私も今の国の行財政の実情等からいっても、これまでの長い間の文部省のいろいろやってこられた経過からいっても、一挙にその定員化という問題が非常に困難な問題であることはよく理解できます。ただ、私の立場から言いますと、本来常勤で置く必要があるから常勤的な定員外の職員を六千人以上も配置をしているということなんですから、この人たちは、本来は定員化されるべきものであるという考えを私は持っております。しかし、きょうはその問題は別にしまして、定員外に置かれているために、常勤で働いている職員が非常に給与面で不利な状況に置かれているということについて、具体的に少しお尋ねをしたいのであります。
 一つの例として申し上げますと、北海道大学、東京大学、鹿児島大学などに国立大学の演習林がございます。この演習林に勤務している定員外職員というのは、文部省ではどれぐらいの人数と把握をされておりますか。
#41
○政府委員(西崎清久君) 国立大学の演習林は各大学かなりの数あるわけでございますが、昭和六十年七月一日現在で申しますと、十三大学にかかわりまして、全体の数としては二百三十七名というふうな実態でございます。
#42
○久保亘君 国立大学の演習林に働いている全国の二夏二十七名の定員外職員の中には、文部省が制度としておつくりになりましたいわゆる林業技能補佐員という職種についている定員外職員がおります。この林業技能補佐員というのは何名ですか。
#43
○政府委員(西崎清久君) 今先生御指摘の林業技能補佐員という方々の数が二百三十七名、こういうことでございます。
#44
○久保亘君 林業技能補佐員の制度は、七六年、昭和五十一年の四月に、従来のそういう職名のない定員外の職員といいますか、非常勤的な仕事をさせられていた人たちが、勤務の実態、仕事の内容からいって、これらの人たちは、やはりきちんとした職種にしてできるだけ常勤的なものにしなければならぬという必要から、五十一年の四月にまず十一カ月雇用という形態で発足をしたはずであります。そして間もなく、三年半くらい後に十二カ月雇用に転換をしております。一年は十二カ月しかございませんから、十二カ月雇用ということになりますとこれは通年の雇用、完全に常勤の職員となっているわけでありますね。
 これらの人たちが、常勤の定員外職員として働いているために、今日、給与の面で大変不遇な状況にありますが、その点については、具体的な例として文部省も十分承知をされていると思いますが、いかがでしょうか。
#45
○政府委員(西崎清久君) ただいま先生御指摘の林業技能補佐員の給与の問題でございますが、具体的な例としまして、例えば四十三、四歳というふうなところで押さえますと、年間の給与でございますが、技能補佐員の場合は約二百九十八万と申しますか、約三百万。それから、これが定員であった場合、まあこれ、いずれも仮定でございますが、約三百三十万というふうになろうかという数字でございます。
#46
○久保亘君 年間三百万というともうすぐ月額二十五万という計算がぱっと出てくるわけですが、しかし、公務員の場合の給与で考えますと、この年間三百万というのは、期末・勤勉手当などを念頭に置きますと、この額は、すべての手当込みで大体通常月額は十数万と考えることができるわけでありますね。四十数歳になって家族が親子で三、四人平均的におりながら、そういう給与で常勤的に仕事をしているわけであります。
 しかも、この林業補佐員の仕事というのは、実態を私もいろいろ調べてみましたら、やはり、技官の方々が計画をされる、指導をされる、そういうことに従って、現場の技術経験をかなり持ちながら、これらの人たちが演習林の目的を果たすためにかなりな仕事をしている。そして、今や林業技能補佐員は、大学の演習林の管理とそれからその教育試験研究という機関の目的を果たすために不可欠の存在になっていると私は思っておりますが、その点は文部省もそうだとお考えいただけますでしょうか。
#47
○政府委員(西崎清久君) やはり国立大学における広大な演習林の管理とかいろいろな研究の手助け等の関係で、技能補佐員の果たす役割は大きいわけでございます。そういう意味で、これらの方々の処遇について配慮するということは私どもも必要だと思っておるわけでございます。
 したがいまして、そういう認識で諸手当につきましてもかなりの、諸手当の項目については技能補佐員について支給を行っているというのが現状でございます。
#48
○久保亘君 それじゃ今度は具体的に給与の問題でお尋ねいたしますが、基本給が行(二)給与表に準拠して支払われているというふうに聞いておりますけれども、この林業技能補佐員の人たちは、そういうふうに行(二)給与表を使って昇給もしていくという状況の中で、なぜ扶養家族手当が除外されているのでしょうか。これは何か理由があれば教えていただきたい。
#49
○政府委員(西崎清久君) 非常勤の職員の方々は、林業補佐員の方々についても同様でございますが、臨時的、季節的という前提がございますし、そういう意味から申しますと、勤務の実績に対する日々の給与、こういうふうな姿が一応の建前と、こういうわけでございます。したがいまして、家族の生計費を負担することを目的とするというふうな意味での扶養手当という項目につきましては、この支給についていささか問題がある、こういう考え方で、従来支給していないという実情でございます。
 先ほど私が申し上げました扶養手当以外の諸項目につきましては、かなり手当の項目があるわけでございますが、これは従来の経緯から申しまして、ほとんどの項目についてこれらの方々についても支給をしてきておる、こういう実情でございます。
#50
○久保亘君 これは労働に関する学説もいろいろありましょう、また、賃金論というものでも争わにゃならぬのでしょうけれども、その、定員外の職員は、労働に対する給与を払っているんだから家族の生活まで見るわけにはまいらぬ、こういう論が、現代における労働並びに賃金の理論としていまだに文部省の中に存在するというのは、私は非常に驚きなんでありますがね。
 文部大臣、あなたは政治家だからね。どうですか、常勤的に働いて、大学の演習林を管理し、ここの教育試験研究に重要な任務を持ち、不可欠な存在だから、文部省が林業技能補佐員という職種を与えて働かせて、十二カ月雇用という制度にしているから、通年雇用でこれを継続しておるから、もう完全にこれは常勤の雇用なんですね。こういう人たちに対してあなた方は、働いた分だけは賃金払うが家族の生活は自分で考えると、こういうような雇用とか賃金の理論というのは、これは妥当性があると思いますか。――いや、大臣に聞いている。
#51
○政府委員(西崎清久君) その前にちょっと一言申し上げたいと思いますが、やはり給与の体系と申しますか、給与の支給項目の考え方についてはいろいろな考え方があろうかと思います。この問題につきましては、関係省庁でも若干取り扱いを異にしているところがある、それは先生も御承知だと思うわけでございますが、従来私どもの考え方では、全体の姿、予算とか今申し上げました考え方も含めまして、これらの方々には扶養手当を支給してきていないということを今申し上げたわけでございます。
 ただ、いろいろとこれらの点について御苦労のある方々の立場を考えますと、今御指摘がありましたが、例えば北海道で非常に人の確保が困難であるとかいろんな実情があるわけでございますね。そういうことから申しますと、その処遇改善について、まあ扶養手当というストレートな形であるかどうか、この辺は日給の問題とかいろいろ勘案しなければならない点ございますが、これらを含めまして、私どもとしてはこれも今後少し検討してまいりたいというふうな気持ちでおるわけでございます。
 以上でございます。
#52
○国務大臣(海部俊樹君) お話を聞いておりまして、まことに情においては、どういうんでしょうか、してあげたいなというようなことに駆られる面もございますけれども、やっぱりきょうまでのいろいろな制度、仕組みの積み重ねの中で処置をしてきた官房長の答弁の中にもございますように、いろいろと勉強して、研究をしてみたいというようなふうに私も考えます。
#53
○久保亘君 文部大臣、これは自民党と社会党の考え方の違いの問題じゃないように私は思うんですよ、この問題は。それで、やっぱりどう考えてみても、本来定員の中で配置すべきものを、いろいろな制限があったり、過去からの経過があったりして定員外のまま放置しなければならぬということで、その問題は一挙には解決しておらぬけれども、賃金に関しては、やはり国立大学の中で働く職員が、もう今や労働者の賃金としては、官民を問わず、扶養手当なんというのはこれはもう賃金の中なんです。だから、それは労働の対価としてはちょっと枠外だなんという議論を今やっておるところはないのでありまして、その議論がなお深刻にやられているのは文部省ぐらいだと私は思うんだけれども、大体そういう問題を難しく考えているから、労働者の側にしてみれば、労働力の再生産のための家庭における生活の安定、こういうようなものが生まれてこない。
 だから、当然に私はこの問題は考えるべきだと思うんで、今官房長が、文部省としてもその問題は、扶養手当という形で出せるかどうかはわからぬが、出すような方向で何かそういうものが考えられないか検討しているんだと、こういう話でしたけれども、全然出す意思のないものを検討することはないでしょうからね。そうするとやっぱり文部省としても、扶養手当に該当するものを考えなきゃならないと、こういう立場に立って検討をされている、こういうことなんでしょうね。
#54
○政府委員(西崎清久君) なかなか厳しい御追及でございますが、先生御指摘の点につきまして申し上げますれば、非常勤職員について扶養手当を出していないのは文部省だけという御指摘なんですけれども、まあそうでもない、出していない省庁もございます。そこで、今私が申し上げました意味は、扶養手当を出している省庁も、定員内職員の規定どおりの扶養手当を出しているわけでもない。額は非常に低いとか一律であるとか、その辺は非常に弾力的で、労働協約でその辺の額が決まっているとか、そういうのはあるのでございますね。
 そういう点でございまして、私どもの従来の考え方は今申し上げたとおりでございますが、今後の検討課題としてはやっぱり少し実態を把握しなきゃいかぬ、もう少し細かくですね。ある程度押さえてはおりますけれども。そういうこともやりながら、扶養手当ストレートというわけにはまいりませんかもしれませんけれども、それぞれの地域における日給とかそういうふうなものとの関係でそれらの点をどのくらい勘案できるか、プラスということが考えられるか、この辺の方向を少し研究してみたい、そういう考え方でございます。
#55
○久保亘君 いつごろまでに結論を出してもらえますか。
#56
○政府委員(西崎清久君) ただいま六十一年度の冒頭でございますから、本年度のどこかの時期で、六十一年度のどこかの時期で結論が出るように、なるべく急いでやりたい、こういうふうな考えでございます。
#57
○久保亘君 そうすると、少なくとも六十二年度の予算の中では文部省として適切な措置ができる、こういうことでよろしゅうございますか。
#58
○政府委員(西崎清久君) この非常勤の定員外職員の方々の給与は、予算積算の個々の項目で入れるということではなくて、いわゆる教官研究費とか学生当たり積算、いわゆる校費でございますね、各大学に割り当てられる校費の中からこれを支出するというふうなことになっております。したがいまして、文部省の方である一つのラインを決めまして、こういうラインで各大学で支給することあるべしというふうな形になれば、それぞれの各大学における校費、年間予算の中における校費からこれを支出する、こういう姿になろうかと思います。
 したがいまして、できるだけ早くそういうふうな一つのラインを私どもが示せるように努力をしたい、こういうふうに考えております。
#59
○久保亘君 ちょっとやっぱりそういうことだと、今度は、ただでさえも研究費を初め予算の不足している大学の側が、そういう既定の大学の予算の中で支払えと、こういうことになればまた問題が出てくるわけです。これは二百七十三人だけの問題ならいいけれども、当然この問題は六千六百人の常勤的定員外の職員の人たちに何らかの波及をしていく可能性を持っている問題でありますから、やっぱりそれは直接費目を定めての予算ではなくても、そのことを含んだ文部省の予算とならなければ、非常に私はこの問題は困難だ、こう思うものだから、そういう意味で六十二年度の予算では配慮がなされましょうかということを聞いておるわけです。
#60
○政府委員(西崎清久君) 国立大学の予算の積算のやり方の問題でございますが、各国立大学における非常に詳細な支出のすべてにわたって予算積算ということはなかなか難しい、そういう意味で、当たり校費という予算上の積算のやり方を従来からとっておられるわけでございまして、すべてを文部省予算の支出項目で大学にその支出を縛るということも、やはり大学自治その他でいかがか、こういう問題が一つ前提としてございます。
 今後の問題といたしましては、やはり大学における歳出における節減合理化ということは常々必要なことでございます。そういう大学における校費の歳出における節減合理化の問題とか、今先生御指摘の非常勤職員の処遇改善という必要経費の歳出増の問題、いろいろ大学における歳出における兼ね合いというものにつきましても私どもは指導しなければならないわけでございますから、必要なものは必要なものとして指導をする、節減合理化については節減合理化の指導をする、そこにおいて全体の運営がうまく整合性を持っていくような形で国立大学の歳出が行われればこれは大変結構なことでございますので、そういう点においての洗いがえは今後も検討いたしたい、こんな考え方でございます。
#61
○久保亘君 それでは、もうこの問題は、余りあと細かくやりましてもなんですから、官房長が言われた、また文部大臣が、情としてはそれはそういうふうに考えているんだとおっしゃいましたから、官房長は六十一年度中には文部省の一定の結論を出したいというお答えでございましたね。それをひとつ期待をしておくことにいたしましょう。
 次に、前から私文部省にも臨教審にも再三にわたってお尋ねをしてまいりましたいわゆる共通テスト、大学の入試改革の問題についてでありますけれども、先般、七月に方針を決めたいと言われた文部省の大学入試制度の改善検討委員会がおおむねその方針をまとめたというので新聞に報道をされておりますが、あの報道されております内容は、検討委員会としてほぼ最終的に固まったものと考えてよろしゅうございますか。
#62
○政府委員(大崎仁君) 入試改革の問題につきましては、新しいテストの具体化ということを中心にいたしまして、臨時教育審議会の第一次答申を受けて、大学入試改革協議会において検討をお願いをいたしておるところでございます。既に今日まで総会を五回、それから小委員会を設けまして小委員会を八回開催をいたしまして検討を進めていただいているわけでございますが、やはり七月の取りまとめ以前に中間段階で審議の状況を取りまとめ公表して、また各方面の御意見をお伺いすることがあり得るのではなかろうかということで、現在、中間の取りまとめのための詰めが行われつつあるわけでございます。現在の予定でございますと、四月二十一日に協議会の総会を開きまして、その場で中間段階の取りまとめが一応完了するという予定でございます。
 その間、報道関係等でいろいろ取材の結果に基づいての報道等もなされておるわけでございますが、それぞれにつきまして、検討の状況をある程度正確に反映しているものもございますし、あるいは、多少そうではないのではないかという感じがするものもございますが、いずれにせよ、二十一日には正確なものを公表できるというふうに考えているところでございます。
#63
○久保亘君 一番基本的な問題としては、新しいテストというのは大学側の自由な選択によって利活用が行われる、この基本はもうきちんとしているんですか。
#64
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘の、大学側が自由に利活用するという方針は、第一次答申で臨教審から示されておりますものでありまして、それを受けて文部省の改革協議会の方でも御議論を願っておるわけでありまして、私もいろいろなことを漏れ承っておりますと、恐らく二十一日の中間的まとめにはそのこともきちっと出てくるだろう、こう私も推察をいたしております。
#65
○久保亘君 そうすると、大学側の完全な自由選択ということは、私立大学において行われているように、今度は学部の自由な選択ということまで含んで大学側の自由な選択、こういうことなんでしょうか。
#66
○国務大臣(海部俊樹君) 臨教審のいろいろな御議論の中で、偏差値輪切りによるいろいろな弊害をなくしていかなきゃならぬということも今度の新しいテストに対する御議論の背景にあったわけでして、なるべく各大学の自由な利活用、したがいまして先生具体に御指摘の各学部、学科ごとに、例えばここだけを利用するとか、これだけを利用するとか、あるいは利用しないとか、いろいろな姿形が考えられるわけでありまして、そのことは当然の前提として御議論が続けられておると、こう理解をいたしております。
#67
○久保亘君 そうすれば、実務的な今後の国立大学の入学試験の実施主体というのは、学科になりますか、学部になりますか。
#68
○政府委員(大崎仁君) これは、入学者の選抜の方針、内容を決めますのは大学自体でございますが、それぞれの大学において学部ごとに異なった入試方針をとるか、あるいは、大学全体としてある統一した方針をとるかということも含めまして大学の判断が基本になると、こういうことでございます。
#69
○久保亘君 きょうはもう余り時間がないから、重要なこととして気がついたことだけをお尋ねいたしますが、この検討委員会の中で論議されているものに、そういう大学側の完全な自由選択に基づく新しいテストの利活用をやっていくためにこのテストは十二月に行う、こういう考え方が報ぜられておりますが、共通一次については、高等学校側の要請としてできるだけ遅くしてくれと、こういうことで今共通一次はだんだん遅くなったんですね。今度またこの共通テスト―どういう名前になるかは知りませんが、新しいテストが前の年まで戻っていくということになれば、高等学校の教育との関係ということで、従来議論されていたことをもう一度思い起こしてみなければならぬと、こういう気がするんですが、この辺の議論はどういうふうに行われておりますか。
#70
○政府委員(大崎仁君) 新テストにつきましては、その基本的な性格の一つといたしまして国公私立を通じての利活用ということがございます。したがいまして、私立大学の活用ということを当然前提として考える必要があるわけでございますが、私立大学につきましては二月初めから既に入試に入るわけでございまして、それを前提として考えますと、現在の共通一次試験の実施時期より早まらざるを得ないのではないかということが判断としては一つあるわけでございます。ただ、同時に、先生御指摘のとおり、高等学校教育にできるだけ支障を及ぼさないという大事な要請がございまして、改革協議会には高等学校の関係の先生も何人か入っておられるわけでございますので、その間の調和をどこで求めるかということについて議論をいただいているところでございます。
 現在までの議論といたしましては、一つは、やはり二学期の試験というものが終わらなければ実施ということが不都合ではないかというような御検討もございまして、その辺の最後の詰めが現在行われているというところでございます。
#71
○久保亘君 だんだん語尾の方がよく聞こえませんでしたけれども、これは十二月にいわゆる新しい共通テストをやるということになれば、高等学校の三年制というものの意味をかなり変えるものになりはせぬかなと思いますね。もしもこれが入学試験そのものでなくて何らかの資格テストというようなものならまた別なんですが、これが本番の勝負の試験そのものであるということになって十二月まで戻ってくるということは、大変私は重大なことではないかなという気がしておりますので、その辺は今後文部省の方もいろいろ御検討になるんだと思いますけれども、十分意を用いていただきたい点だと思っております。
 それから、大学の入試制度の改善について、臨教審もやっている、文部省の検討委員会もやっている、国立大学協会もいろいろ打ち上げておる。こういうことで、高等学校の生徒にとってみれば大変動揺が大きいわけですよ。もう新聞に毎日入学試験がどうなるかというのが出てくるんだから、そのたびに落ちつかない気持ちになる。もう少し大学入試の改革について子供たちに知らせる方法というのは、何かもっと一元的にされて、そしてわかりやすいものでやってもらえぬだろうかと思うんです。
 これ、局長は御説明できますか。新聞を見ておりますと、今度国大協が出した入学試験の時期のグループ分けをやると国立大学が五つ受けられるという報道があるんですが、あなた、その五つ受ける方法がわかったらちょっと教えてみてください。
#72
○政府委員(大崎仁君) 私どもも入試のあり方の改革、改善につきましては、そのあり方が確定をした時点で明確な形で一般にお伝えをするということが望ましいということで思っておるわけではございますが、非常に高い関心のある問題でございますだけに、目下、検討過程の状況がいろいろ報道されて世間に伝わっているという状況にあるということでございます。
 今の御指摘の五回ということにつきましても、一部報道でそういう表現を私も拝見したことがございますが、これは数える数え方としまして、その報道の根拠に従いますと、まず、Aグループ、Bグループと申しますか、前期、後期と申しますか、それで基本的に二回は受けられるということがございます。それ以外に、いわゆる定員留保いたしました二次募集というのを、同一大学がある定員をとっておいで後で募集するというやり方が従来もあるわけでございまして、そういう二次募集のものもいわゆる複数化以後もできるという基本方針を国大協は前提として議論しておりますので、その二次募集分が一回あるであろう。それからさらに、Aグループ、Bグループに属さないで自分は一番後でやるんだというところがあってもいいじゃないかという議論もございまして、それが一回。さらに、欠員補充のために四月に入ってやっても結構ですというような議論もありまして、いろいろなものを全部足し合わせて、それを一つずっと数えると五回にはなるということでございますが、実際問題といたしましては、やはり二回ということが実態でございまして、あとのものは極めて特例的、例外的なもので、場合によりましては、大学の判断によってそういう機会がなくなるというようなものも含めての数え方であるというふうに考えております。
#73
○久保亘君 それからもう一つは、国大協を中心に大学のグループ分け、入学試験の時期を二回にするため、そこでグループに分けていくということが言われておりますが、これは国大協のいろいろな今の御努力に文部省も一枚かんでおやりになっておりますか。
#74
○政府委員(大崎仁君) 国立大学の受験機会を、いわゆるかつての一期校、二期校の弊害というものを再現しないように努力をしながら図るべきではないかという声が、御要請がかねがねかなりございまして、それを受けて国立大学協会としては検討を続けられてきたわけでございますが、さらに臨時教育審議会の第一次答申におきましても、「受験機会の複数化」ということを答申で御指摘になっておられるところでございまして、私どもといたしましても、一般的にその複数化というものを適切な形で推進をしていただきたいというお願いは国立大学協会の関係者にはいたしておるところでございます。
 ただ、その具体的なあり方につきましては、これは国立大学協会自体が真剣に御検討になっておられるところでございますので、その御検討の成果を見守っているというのが現状でございます。
#75
○久保亘君 テレビを見ておりますと、もう既に色分けをして、そしてほぼ決まったという状況で盛んに報道されていますね。それで私は、あの報道を見ておりまして、大学の一期校、二期校の区分けが弊害をもたらしたというので文部省が試験期日を統一した、そのことが一期校、二期校の時代の弊害を完全に解消して、そしてまた複数受験に戻るという形の区分けになっているんだろうかなという疑問も持つわけでありますが、これはもう国大協の自主的な決定に任す、こういうことでございましょうか。
 それからもう一つは、国大協が決定しても、最終的には入学試験の実施主体は個々の大学そのものなんだから、だから、大学が文部省の定める受験期日を最終的には選ぶ自由が保障されている、こういうことならば、区分けをしても、それは実際には最終的にどうなるかわからない、こういうことなんですが、その辺はどういうふうに考えておられますか。
#76
○政府委員(大崎仁君) 一期校、二期校の一元化の際の議論といたしまして、弊害と考えられました点は、一つは、一期校、二期校というのが一種のレッテルのような形で、一種の格差感につながるということによる弊害を生むのではないかという点が一つでございます。それからもう一つは、その一期校と二期校との間で、要するに学生の受け入れ定員の数でございますとか、専門分野でございますとかということに偏りがあり過ぎるのではないかというのが第二点でございまして、そのほかにもあったかとは思いますが、主にその二点につきましての問題が当時指摘をされておったわけでございます。
 国立大学協会が複数化の方針で検討するということを決めました際に、やはりその一期校、二期校の弊害の是正ということを重要な留意点の一つに掲げて取り組みに入っておられまして、なお検討が継続中でございまして、最終の結論が得られておらないわけでございますけれども、これまでの検討の状況を拝見いたします限りでは、その二点についての改善ということについていろいろ御苦心になっておられるというふうに我々としては受けとめておるわけでございます。
 先生御指摘のように、大学の受験、個々の大学がどういう受験をするかということにつきましては大学がお決めになるという基本的なあり方というのは尊重して、しかも調和のある、秩序のとれた入試体制というのが実現するということから見ますと、私どもといたしましては、国立大学協会のそういう真剣な御努力の成果というものを尊重して、その実現ということを図ってまいりたいというふうに考えているところでございます。
#77
○久保亘君 私の予定した時間が参りましたので、最後に大臣に私が今感じていることをお話しして、ひとつ大臣のお考えも聞いておきたいんです。
 どうも教育改革というのが今大学の問題に集中していて、しかも大学の入学試験が教育改革というような印象が強くなってきましたですね。中曽根総理大臣自身も、自分が臨教審をつくったのは大学入試を改革する、共通一次を廃止するためだったんだとおっしゃるぐらいですから、何か教育改革は入試改革に焦点が合わされたという感じなんですが、大学改革というのは、ここに大学の総長さんや学部長さんがたくさんいらっしゃるので、私がそういうことを申し上げるのは少し憶病な気持ちになるのでありますけれども、大学改革というのはもっと、大学そのもののあり方、それは経営形態を含めて、根本的なところに議論が行ってもよいのではないか。既に大学の先生たちの間でも、国立大学を法人化すべきではないかという御主張もかなりあるように聞いておりますが、そういう大学の存在そのものに向かって、学生を入り口でどう入れるかという問題だけじゃなくて、やっぱり大学そのものを考えてみるということが教育改革の基本となるべきではないかという感じを、最近、入試論争で教育改革が集中的に論議されていく中で感ずることが多いのでありますが、そういうことに対する文部大臣のお考えがあれば承って、私の質問を終わりたいと思います。
#78
○国務大臣(海部俊樹君) ただいま御指摘の、大学の入試改革だけが教育改革ではないぞ、大学そのもののいろいろな問題があるではないかという先生の御指摘は、私も同様に受けとめさせていただいております。
 ただ、現在の段階で文部省が大学の入試改革に一生懸命取り組んでおりますということは、第一次答申の中で、大学の入試改革をしろというところにまず一つの項目がございました。大学の入学試験のところになぜ焦点を置いて切り込んでいくかということは、やっぱり今の受験の問題や、もっと下のレベルにいきますと塾の問題や、いろいろなことをずっと集約していきますと、入学試験のところが点数中心になり過ぎておるではないか。同時に、その入学試験のところも高校レベル、大学レベルとございますが、社会と大学との接点の就職のところにもいろいろ問題があって、ですから学歴社会の弊害というようなところを、これは大学を越えての問題ですが、社会との接点のところをずっと大きく変えないと大学入学試験も理想的に変わっていかないことはこれは当然のことでございますけれども、そういったこともあわせ踏まえて、とにかく第一次答申で指摘を受けて、政府が最大限尊重します、また私自身も、また文部省も、ここは少しこうした方がいいなという問題意識を持っておりますから、入学試験の改革にも今取り組んでおるというところでございます。
 臨時教育審議会の方では、先生「審議経過の概要」などお読みいただけばおわかり願えたと思いますけれども、その後の議論が進んでおるわけです。そして、大学というのは入学試験の入り口だけじゃない、入ってからどのような教科で、どのような仕組みでやっていくのか。もっと学問、研究の峰を高めていくためには、大学だけでいいのか、大学院のところをもっと力を入れなきゃならぬのか。大学院のところまでいきますと、遺憾ながら、日本の大学院の整備、充実はと言って胸を張ることができにくい問題点も率直に言ってあるわけですから、こういったこともあれこれ考えていかなきゃならぬ。ということになりますと、恐らく私は、第二次の答申をいただきますときには、高等教育の内容の整備、充実、あり方の問題についても御答申は出てくるものと推測をいたしておりますから、そのようなことになってまいりますと、今度は入学試験の問題と離れて、大学自体のあるがままの姿をどのように改革していくことがいいのかということについて文部省としても真剣に受けとめ、あるいはいろいろな方の御意見等も聞きながら、また、皆様方にも御議論、御検討をいただきながら、改革を進めていかなきゃならぬことになっていく、このように受けとめております。
 順序として、当面の課題として大学改革に取り組んでおりますが、入口だけでいいと思っておるわけじゃありませんから、大学をめぐって、中身の問題も出口の問題についても今後研究し改革をしていかなきゃならぬ課題はたくさんあろう、このように理解をしております。
#79
○粕谷照美君 それでは私は、大体法律の中身に関連をして質問をしていきたいと思います。
 鳴門教育大学が設置されたのは五十六年の十月であります。その五十六年の四月七日、我が党の本岡昭次委員の質問によりまして、設置法改正の質疑のときに、徳島大学の教育学部との調整が設置の前提である、こういうふうになっていたと思います。
 徳島大学の教育学部の改組決定というのは、いつ決まったのでしょうか。
#80
○政府委員(大崎仁君) 鳴門教育大学の創設に当たりまして、徳島大学の中にいわば創設準備室が五十三年に設置をされたわけでございますが、五十四年に、室長でございます徳島大学の学長から、教育学部に対しまして、鳴門教育大学の基本構想の検討に関連をいたしまして学部の将来計画を検討するという依頼を受けて、学部自体としてもそのことを決めたわけでございます。それで、同時に教育学部としては、教育学部の将来構想検討委員会というものを設置を決定をいたしまして、以後、検討が継続をされた次第でございますが、一応五十五年に将来構想案というようなものを決定をいたし、それを受け継ぎまして教育学部改組特別委員会というようなものが発足をいたしております。
 そのような経緯を経まして五十九年の十二月に徳島大学の評議会におきまして教育学部を総合科学部に改組するということが決定をされておる次第でございます。
#81
○粕谷照美君 昭和五十九年の三月の八日の議事録によりますと、私ども文教委員会が四国を調査研究に行きました、そのときに徳島で三木知事から、この徳島大学の総合化について次のような要望があったわけです。このときにはもう改組が検討されている、こういうふうになっていたわけです。「改組していくことが検討されているので、国にあっても特段の配慮を願いたい。」。大体改組されるということがきちんとするような状況というのは初めからわかっていたわけであります。
 この国立学校設置法の一部改正法律案ですけれども、現在審議しているわけですが、具体的に言えば、学生受け入れが六十一年の四月でなければならない。この四月に学生を受け入れるためにはこの法律は最低いつできていなければならないということになるのでしょうか。
#82
○政府委員(大崎仁君) 六十一年の四月の時点で新しい学部の開設というのが成立をするということが本来の姿でございまして、そのようなことで当初お願いを申し上げたということでございます。
#83
○粕谷照美君 大事なことは、四月一日に発足しなきゃならない、学生を受け入れなきゃならない。そうすると、その前に学生は試験を受けていなきゃいけないわけですね。その試験がよその大学と同じように行われるという条件をつくるためには、この法律は一体いつ審議をされ、でき上がっていなければならないか、こういうことであります。
#84
○政府委員(大崎仁君) 他の大学と全く同じ形での入学者選抜ということを想定をいたしますと、第二次試験が大体三月の初めには行われているわけでもございますので、その時点までに募集要項あるいは受け付け準備というようなものが進むということが必要になってまいるわけでございますが、新しい組織の場合には、経過的な問題といたしまして、従来、ある程度の特例というようなことでお願いを申し上げた事例も過去にはあるわけでございます。
#85
○粕谷照美君 確かに過去にあったということは事実でありますけれども、しかし、できればそういうことを排除して正規の形で学生受け入れが行われるようにするというのがやっぱり文部省の責任ではないかというふうに思いますが、その点はいかがですか。
#86
○政府委員(大崎仁君) この総合科学部に即して申し上げますと、先生御承知のように、六十一年の四月ということが、鳴門教育大学の学部学生の受け入れということで既に予定をされておったというような事情もございまして、六十一年四月開学ということがかなり必要度が高い状況下にあったわけでございます。ただ、残念なことに昭和六十年度の概算要求ということに間に合うように大学内の意見の統一等必要な諸準備が間に合わなかったということで、このような形で本年度お願い申し上げているという次第でございます。
#87
○粕谷照美君 そうすると、これは大学の内部に問題があった、こういうふうに理解をしたらよろしいのですか。
#88
○政府委員(大崎仁君) 先ほど御報告申し上げましたように、徳島大学の評議会で大学の意思を正式に決定をされましたのが五十九年の十二月二十一日ということでもございますので、その決定を受けまして文部省といたしましては必要な諸準備をできる限り急いで、ようやく六十一年度に間に合わしたということではございます。ただ、これは恐らく、もちろん大学と文部省との間で相談をしながらやっておったことであろうとは思いますけれども、基本的に大学側の御決定がその時期になったという事情があるわけでございます。
#89
○粕谷照美君 これは問題ですね。大学側も文部省ともお互いに連絡をとりながら、連携をとりながらやっていたはずでありますのに、こんな不手際を起こすということは、私は大変な問題だというふうに思うわけであります。
 さて、今までもこういう事例があった、今後もまたこのような事例があるかもしれない、私は大変これが気になるわけでありますけれども、文部大臣、このようなことは今後もう行わないというようなことは断言できますでしょうか。
#90
○国務大臣(海部俊樹君) これはいろいろな、御地元の早くしたいという御要望とか、あるいは意思決定をされた後では大学側もできるだけ早く学生を受け入れたいと、こういう御希望があることは当然だろうという判断等もありまして、このような時期にこのようなお願いをしなきゃならぬことを学生の立場に立って考えますと、私も心痛むものを覚えるものでございます。
 ですから、今、今後未来永劫にわたって断言しろとおっしゃいましても、いろいろ、改組を押しつけるわけにいきませんし、じゃ、さかのぼって大学は何月何日までに決めてしまえというようなこともなかなかできにくい問題だろうと思いますし、私もこの徳島の教育学部の問題は、いつでしたか徳島の教育学部長さん御自身からいろいろとお話を聞いた、それぞれの問題等もあったと推測をいたします。その両者のぎりぎりの接点で、できるものなら何とか間に合わないものかと思って今一生懸命お願いしておるわけでございますから、今後はなるべくこういう心の痛みを感じながらお願いしなくてもよろしいように、文部省といたしましてもいろいろと努力を続けさしていただきたいと、このように受けとめさしていただいております。
#91
○粕谷照美君 そうしますと、徳島大学側は問題がなかった、鳴門教育大学側に問題が強かった、こういうことでしょうか。協議が調わなかったということでしょうか。
#92
○政府委員(大崎仁君) これは、私自身が当時の学内事情をつまびらかに承知しているわけではございませんが、教育学部が総合科学部に転換をするということにつきましては、その具体の構想につきまして、やはり教育学部の内部の諸先生方のいろいろなお考えというものを調整をする、あるいはその過程で学内の調整をするというようなことが当然必要でございまして、そういう意見調整というものが一定期間どうしても必要であったというふうに理解をいたしておるところでございます。
#93
○粕谷照美君 そこが問題なんですよね。三月八日の参議院の文教委員会の議事録を読みましても、「徳島大学の総合化について」、「同大学は人文社会系学部をもたないため、これを県外の大学に依存している。鳴門教育大学の開設に伴い、徳島大学の教育学部を法律学・経済学のコースを中心とした新しい学部に改組していくことが検討されているので、国にあっても特段の配慮を願いたい。」。この法律は、法律学・経済学のコースを中心とした学部でないというところが問題になっていたのではないか、こういうふうに判断されるわけですけれども、これはどうでしょうか。
#94
○政府委員(大崎仁君) 先ほど申し上げましたように、当時の学内の検討の状況をつまびらかにいたしておりませんが、先生のお話は、恐らく地元と申しますか県のお立場としては、徳島大学は医、歯、薬あるいは工という自然科学系の学部中心の大学でございまして、地元としてやはり社会科学系統の学部を持ちたいという御要望、御要請があることは十分理解ができるわけでございます。
 ただ、学内の御検討でそういう検討があったかということになりますと、これは私の推測でございますが、教育学部にはその方面の御専門の方もいらっしゃいますと同時に、やはり体育・スポーツ関係の先生、あるいは芸術関係の先生、さらには自然科学系の先生という幅広い先生方がおられるわけでございますので、やはり学内の御検討の新学部の姿といたしましては、現在の総合科学部という姿が一番自然な形で恐らくおまとめになったのではないかというふうに推測をいたしておるところでございます。
#95
○粕谷照美君 そうしますと、こういうことですね。今の局長のお話を伺いますと、大体教育学部の教員体制をできるだけ動かさないということが前提にあってこのような形になった、総合科学部の設置というのはあくまでも大学自身の検討の結果である、こういうふうに文部省としては把握をしている、特に文部省の強い意向はこの中には働かなかった、このように理解をしてよろしゅうございますか。
#96
○政府委員(大崎仁君) 文部省といたしましては、教育学部の先生方というものを中心にいたしまして、何と申しますか、その力を最大限に活用しながら新しい学部が生まれるということを期待を申し上げたということがございますが、そういう期待の中での新たな学部構想ということにつきましては、基本的に大学側の御計画というものを尊重をしてこのたびのお願いに至っているということでございます。
#97
○粕谷照美君 しかし、やっぱり三木知事からの御要望からは、結果的には違っているわけなんですね。離れている。このことは大変な問題である、地元の御意見が受け入れられていないということは問題であるというふうに私は考えないわけにはまいりません。この問題も、今後の本四架橋の完成によって県内の文学部志望者は依然として京阪神の総合大学を志向して、設置目的が達成されない、このような心配があるのではないか。あるいは、近接をしております広島大、大阪大などにも類似の学部がありまして、地域的なバランスからは大変な問題が多いのではないか、このように私は判断をしております。
 今度は大学院の問題に入りますけれども、そういう中で五十九年の四月から大学院生を選考して鳴門教育大は受け入れた。四月からは初等教員養成課程を開設された。大学院は本年の四月から三百人で完全の定員というものが配置をされた。じゃ、一体完全な定員というものが志願者数ではどのようになっているのか。合格者数ではそれが満杯になっているのか。その状況について御報告をいただきたいと思います。
#98
○政府委員(大崎仁君) 鳴門教育大学の応募あるいは入学の状況でございますが、大学院につきまして申し上げますと、昭和六十年度で募集人員が二百名で応募者が百七十三名、入学者が百二十五名ということでございます、六十一年度につきましては、募集人員が百名増加をいたしておりますが、応募者が二百二十二名、入学者が百七十二名ということになっておる次第でございます。
#99
○粕谷照美君 その状態は、御報告はわかりました。それをどういうふうに分析をしていらっしゃいますか。
#100
○政府委員(大崎仁君) 新しい構想のもとに設けられましたいわゆる新教育大学でございますが、鳴門の状況というのが、例えば兵庫に比較をいたしますと、何と申しますか、必ずしも人気が上がらないというような感じが一応いたすわけでございます。
 ただ、その理由といたしましては、一つは、鳴門では大学院の修了者というのがこの三月に初めて出たところでございまして、これからおいおい社会的評価というものが形成をされ、固まってまいるのではないかということが一つ。それから、その大学の学部の卒業生というのが大学院に進学するということがある枠で想定をされているわけでございますが、鳴門の場合は、まだこれから学部に入学が始まるということでございまして、学部卒業生を出していないというような状況でもございまして、先ほど御報告申し上げましたような結果になっているわけでございます。
 今後、大学自体の努力と相まちまして、今申し上げましたような状況が進んでまいりますれば、鳴門教育大学の充実した運営というものが十分期待できるというふうに考えているところでございます。
#101
○粕谷照美君 その分析については、私また異論もあるわけでありますけれども、三木知事からの文教委員会に対する御要望の中には、「鳴門教育大学には初等教員養成課程のみを置く」と、こういう方針であるが、「現在の国の方針を変えないとするならば、本県は県内の国立大学で中学校教員の養成を専門とする課程をもたない唯一の県となる」、なぜかといえば、それは徳島大学の教育学部がなくなるからであります。そういう意味では「鳴門教育大学に中学校教員養成課程を是非付設願いたい。」、こういうふうに入っていたわけですね。
 この件について、どのように対処をしてこられましたか。
#102
○政府委員(大崎仁君) 徳島大学の教育学部の改組転換ということに伴いまして、徳島県内で教員養成を主たる目的とする学部の中で中学校教員の養成が行われなくなるということにつきまして関係者がいろいろ御心配になり、鳴門教育大学に中学校教員養成課程を設置をするということについて強い要望がなされておるということは私どもも十分承知をいたしておるところでございます。
 現在、鳴門教育大学で大学全体の構想の中に改めて中学校教員養成課程というのを位置づけるということで検討が進められておるというふうに承知をいたしておりまして、その検討の成果を待ちまして私どもとしては対応をしてまいりたいというふうに考えておるところでございます。
#103
○粕谷照美君 今の御返答は、そうすると、鳴門教育大学の方でその結論を出せば文部省としては受け入れる用意がある、このように理解してよろしいですか。
#104
○政府委員(大崎仁君) 鳴門教育大学がそういう検討をしておられるということについては十分理由があることであるというふうに考えておりますので、検討の成果を待って前向きに対応してまいりたいということでございます。
#105
○粕谷照美君 文部大臣、今の局長の御返答なんですけれども、全国の中で、中学校の先生を養成する大学が徳島県にだけないというのは非常に不思議なことであります。そういう意味では、鳴門教育大学で中学校教員養成課程の結論が出て、ぜひつくりたいということであれば、文部省としては受け入れると、大臣としてそのようにお考えを表明できますでしょうか。
#106
○国務大臣(海部俊樹君) 総合科学部の中におきましても、何か中学校の教員の免許を取得する道はちゃんとあるんだそうですが、それではやっぱり正式の中学校教員養成という看板がない唯一の県だということにいろいろ問題もございましょう。御検討の結果学校側からそういうことが出てまいりますれば、局長に指示をいたしまして前向きに検討するようにいたします。
#107
○粕谷照美君 先ほどの大学院の入学定員の問題についてでありますが、既設の教員養成大学において相当数の欠員があると、こういうことがいろいろな教育関係の本に載っておりますけれども、新構想教育大学においては一体どういうふうな現状になっておりますか。特に、その三分の二というのは、教職経験三年以上、こういう現職教員を受け入れることになっているわけでありましたし、それがまた目玉でもあったわけですね。私どもはこれについてはいろいろな問題から反対をいたしましたけれども。その状態を御報告いただきたいと思います。
#108
○政府委員(大崎仁君) いわゆる新教育大学の大学院の入学の状況でございますが、兵庫の教育大学につきましては、募集人員が三百人でございまして入学者が二百四十一人ということで、約八〇%の入学率になっております。それを、ただいまお尋ねの、現職教員の受け入れということが募集人員の三分の二が一応予定されておるわけでございますが、そちらで申しますと、百八十七人の現職教員が入学をしておられまして、予定をしておりました枠の九四%が充足をしておるという状況にございます。したがいまして、兵庫教育大学の場合には、ほぼ所期の成果をおさめつつある状況にあるわけでございます。
 ただ、鳴門につきましては、最前申し上げましたが、そのうち現職教員について申し上げますと九十五名ということでございまして、いわゆる三分の二の枠から申しますと四八%という状況にございます。
 それから上越について申しますと、これは全体といたしまして二百二人の入学者がございまして、このうち現職教員が百十五名ということで、これも三分の二の募集枠というところからいきますと五八%という状況にある次第でございます。
#109
○粕谷照美君 兵庫だけが九四%ですから、相当の成果を上げているというふうに考えていらっしゃると思いますけれども、私は、こういう四八%だとか五八%という惨たんたる状態じゃないかというふうに思いますけれども、このような現状をもたらしてきた理由というものは、一体どういうふうに分析をしていらっしゃいますか。
#110
○政府委員(大崎仁君) 現職教員を受け入れるということが一つの大きな役割、任務であるわけでございますが、現職教員のことでもございますので、これは一つは、基本的に、各教育委員会あるいは学校側が現職教員を積極的に御派遣をいただくということがまず必要なわけでございまして、その意味では、教育委員会あるいは学校側に、その大学院の意義、役割というものについての十分な御理解というものをさらに求める努力が必要ではなかろうかと存じておりますし、一方、大学側においても、教育研究内容を一層魅力あるものにする努力が必要であるというふうに考えておる次第でございます。
 ただ、先ほど申し上げましたように、三大学のうちで、上越では大学院の修了者が六十年三月にようやく出たところでもございますし、鳴門では本年やっと出たということで、一つはまだ歴史の浅いということが基本的な状況にあるわけでもございますので、ただいま申し上げましたように、教育委員会、学校側に対する理解を得るような努力と、それから大学自体の教育研究の充実の努力ということと相まちまして、今後立派な成果をおさめることによって評価が高まっていくということが何より大事だというふうに考えておるわけでございます。
 ただ、もう一点あえてつけ加えさせていただきますと、現職教員の受け入れということを考えますと、二年間いわばフルタイムで大学院で教育を行うという形が唯一のものであるかということにつきましては、なお検討の余地があるのではないかという感じもいたしておりまして、履修形態の弾力化等の、いわば制度面での検討ということも今後一つの課題ではないかというふうにも考えておる次第でございます。
#111
○粕谷照美君 それは非常に問題点ですね。二年間フルタイムで受け入れるということについての問題点は一体何が問題であるか。そして、もしそうでないとするならばどのようなことが考えられるか。いういろと考えられることがあると思いますけれども、御報告いただきたい。
#112
○政府委員(大崎仁君) 大学院の設置基準というものが数年前に定められたわけでございますが、その際に、大学院の教育あるいは研究指導のあり方として、夜間あるいは定時制的な考え方というものを一部取り入れ得るというような道もそのころに開かれたということもあるわけでございます。そういうことの議論の背景といたしましては、実際に、現実に仕事を持っていらっしゃる方々がその仕事を、身分をそのまま保持されながら、あるいは仕事をお続けになりながら、やはり大学院教育の機会が得られるということが一つ大事なポイントではなかろうかという配慮がその背景にはあったわけでございます。
 そういうようなことも考え合わせますと、これまでの各大学の御努力の中で、例えば新潟大学の教育学研究科の例を申し上げさせていただきますと、最初の一年はフルタイムで大学院では勉強されまして、次の一年は週一回以上定期的に通学をする、あるいは土曜の午後でございますとか平日の夜間あるいは夏季、冬季休業というようなものを活用されまして、二年目はいわば多様な形での指導を受けながら修士論文をまとめていくというようなことで現に実施をしておられるところもあるわけでございまして、そういうような経験も取り込みながら、現職の先生方が大学院教育を受けやすいための工夫というものもあわせて今後考えていく必要があるのではないかというふうに感じておるわけでございます。
#113
○粕谷照美君 そういう一般的な教員養成の大学院に現職の教員が行けるような条件を先に優先すべきであって、このような特定の新構想大学をつくるべきではない、このように私どもは主張してきたわけでありますけれども、その新潟大学の、一年間はフルタイムで行く、そして後の一年間は週一回だとか、夜間だとか、何というんですか、大変今まで考えられなかったような条件をつくり出してきているという点で私は評価をするわけですが、この人たちの一年間フルタイムというのは休職になるんでしょうか。給料はどのようになっているんでしょうか。新構想大学院に行く人たちとはどのような身分上の違いがあるのか。その辺についてお伺いします。
#114
○政府委員(大崎仁君) 今手元に資料がございませんが、それぞれの応募される方々の個別の事情によって恐らく取り扱いを異にしておることとなっておると存じます。
#115
○政府委員(阿部充夫君) 新しい教育大学の三大学の大学院に参ります場合に、都道府県の教育委員会がこれを公認をして出すという場合には、大体職務命令のような形で行く。それに対する後の対応といたしましては、文部省から研修等定数をつけまして穴埋めができるようにしているわけでございます。
 その他の従来からございました既設の教員養成系大学の大学院の場合につきましても、同じような形で行く者については、定数措置等につきましては同じように文部省としては加配を行っております。
#116
○粕谷照美君 そういうふうにいたしますと、問題は、このごろ都道府県の財政状況が非常に厳しい、そういう中で代替教員の確保が大変困難だということが現実には起こっていませんでしょうか、それはどうですか。
#117
○政府委員(阿部充夫君) ただいま突然のお尋ねで、私も具体の状況まだ承知しておりませんので、また勉強いたしまして、後日適当な機会に先生に御報告をさせていただきたいと思います。
#118
○粕谷照美君 この問題は非常に重大なことでありまして、これから現職の教員が学校という現場を離れて本当に勉強したいといったときに、やっぱり大学院に行ける条件というものは、もっともっと拡大をしていくべきだというふうに思います。その拡大をしていくための条件というものを保障するように文部省は努力をする、この任務があろうかと思います。
 それで、先ほどから研究体制について、テーマなどについても魅力あるものになっているだろうか、このような反省が起きているというお話でしたけれども、現場の教師が本当に願っているものについて、大学院で本当にこたえられるような教育が、研究が行われるのだろうか、この辺の心配も私どもにはあります。したがいまして、この現状をぜひ一人一人からアンケートをとるとかいろいろなことをやりながら、充実をさせていただきたいというふうに思っております。
 さて、ここのところで、新構想大学に行くときに教育委員会の同意を得て行く。阿部局長のお言葉によれば職務命令のような形で行く。その教育委員会の同意というのがなかなか得られない場合が多いわけですね。例えば勤務する学校の規模なんかについて、あるいは場所なんかについて、僻地にいらっしゃると、そこのところに行くかわりの先生がなかなか見つからないからとか、こういう問題も一つありますね。それから、学校としては、文部省指定で三年間研究指定校になっている、今その二年目なのに、三年目の大事なときに行ってもらっては困るなどというのがこれは学校の校長としてはあるだろうと思うわけでありまして、この辺のところの同意が得られなければ行かれないというのもこれまた問題ではないでしょうか。やっぱり本人が学びたい、こう思ったときに行ける条件というものをつくってやるということが優先しなければならないのではないかと思いますが、これはいかがですか。
#119
○政府委員(阿部充夫君) 御趣旨はわからないわけではないわけでございますけれども、現実に学校現場を預かっております教育委員会の立場としては、やはりそこの後任の教員がうまく埋められるかどうかとか、あるいは現在行っている学校の業務に支障がないかどうか、いろいろな点を考えながらやりませんと、御本人の希望というのはできるだけ尊重するにいたしましても、学校教育の方に支障が出てきてはやはり困るというようなことをあわせて考えていかなければならないという点から申しまして、同意制度というのはやはりこれは必要なことであろうと思うわけでございます。
 ただ、もちろん運用に当たりましては、できるだけ御本人の希望等もかなうようにというような配慮が必要であろうということはそのとおりであろうと思っております。
#120
○粕谷照美君 文教委員会の議事録、十一月二十一日付でありますけれども、私ども文教委員会で上越に行きまして上越教育大でいろいろなお話を伺いました。その中に、なぜ上越教育大で定員の充足率が六割か七割かというこの理由についていろいろ話をされておりました。そしてその報告の中で、「今後この点についての解決策、」として、「例えば自費入学者を休職扱いにするといったことも検討されてはどうかといった意見もあるとのことでありました。」と、これ、載っているわけですね。この辺についての討論などということがありましたでしょうか。
#121
○政府委員(大崎仁君) 教員養成を目的といたします大学、学部のあり方につきましては、新教育大学も含めまして、現在教員の需給関係の状況等も踏まえまして、この際いろいろと検討する必要があるのではないかということが私どもも感じており、また、大学関係の方々もそういう必要性を感じておられる状況にございますので、先般、御関係の先生方にお願いをいたしまして、検討のための会議を設けて組織的な検討も始めたところでございます。
 そういう検討の中で、新教育大学のこれまでの成果あるいは今後の方向というようなことにつきましても改めて議論をしていただきたいというふうに現在考えておるところでございまして、その中でいろいろな角度からの検討をいたしたいと思っておる次第でございます。
#122
○粕谷照美君 休職にもいろいろありまして、例えば病気休職、結核休職あるわけですけれども、一年間は六割の有給休職、そういう休職のやり方もある。それから育児休業みたいに、身分はつながる、お金は無給だけれども共済費のようなものは出しましょう、こういう休職もいろいろあるわけですけれども、世界的にいえば、教育有給休暇という、このことが非常に大きく取りざたされているんで、その面では日本は大変おくれているのではないかというふうに思います。
 文部大臣にお伺いをしたいのは、この教育有給休暇の制度というのは非常に大事なことだというふうに思いますが、お考えはいかがですか。
#123
○国務大臣(海部俊樹君) これから生涯教育などということがだんだん盛んになっていったりしますときに、今御質問の具体の問題等に触れながら考えてみますと、方向としてはやっぱり有給休暇の制度でいった方が望ましい姿であることは間違いございませんし、これもよく研究させていただきます。
#124
○粕谷照美君 財政問題が伴うだけに、そう簡単な実現というのは私は難しいというふうに思いますけれども、しかしやっぱり流れとしては、そのような方向を目指していくということが大事なのではないかというふうに考えております。ぜひ十分なる御検討をお願いしたいと思います。
 それで、先ほどから大学院に入学をする学生の定員割れが起きているということを申し上げましたけれども、既設の教員養成大学でも随分定員割れが起きているのではないかと思いますが、その定員割れの状況と、去年、おととしあたりの状況になりますか、それと、その原因は一体何かということについてお話しいただきたいと思います。
#125
○政府委員(大崎仁君) 既設の教員養成大学関係の学部の状況につきましては、定員割れというような状況にはございませんで、ただ、入学辞退その他ということの調整の過程で三名とか五名とかというような定員に対する不足が生じている例は数校ございますけれども、これは十分な志願者等から入学者を選んで決定した後でのいわば事情の結果として生じたものでございまして、全般的に定員割れというような状況にはございません。
#126
○粕谷照美君 私が持っておりますのは、これは予算委員会に出された文部省の資料だというふうに思いますけれども、じゃ、これは違うのかな。
#127
○政府委員(大崎仁君) ただ今申し上げましたのは学部でございまして、大学院ということに関して申しますと、これは既存の教員養成系の大学院の入学定員に比べまして七一%の充足率という状況にあるわけでございます。
 ただ、これは私どもといたしましては、大学院の入学定員と申しますものは、一般的な大学院について申しますと、必ずしも、どうしても定員いっぱいとるというようなことが学部の場合ほど強い形で要請をされているものではないのではないかという感じもございまして、やはりそれぞれの志望者の状況等を総合的に勘案をいたしまして選抜を行っていただきたいというふうに考えておる次第でございます。
#128
○粕谷照美君 これは私も予算委員会で質問したわけですけれども、児童生徒が減ってくる、都道府県の教員採用の枠が狭められる、教員志望者にとっては深刻な就職難の時代に入っている。そういう中で、教育課程を置く大学の卒業者における免許状取得率、教員の就職率が低下をしている。それと連動して教員養成系学部の志願者も著しく低下をしているわけであります。当然、就職率が悪ければ志願者数は減ってくる、こういうことになるわけであります。
 文部省はこのような状況に対して、三月に、教員養成大学学部卒業生の進路の多様化をねらいとして、カリキュラムの再検討を行う研究会の発足をさせているという記事が載っておりました。その趣旨や検討内容、スケジュールなどを御説明ください。
#129
○政府委員(大崎仁君) 御指摘のとおり、教員の就職の状況でございますけれども、昭和五十年代の中ごろにおきましては、公立の小中学校教員の採用数というのが毎年三万ないし三万五千程度ございまして、その中で、教員養成大学学部の新規卒業者の就職率は七五%程度に達しておったわけでございます。ただ、その後の児童生徒数の減少等に伴いまして、例えば昭和六十年度について見ますと、教員養成大学学部の新規卒業者の就職率は六五%というようなことで、以前に比べまして一〇%低下をしておるというような状況にございます。
 また、今後とも、児童生徒数の減少傾向というのはあるいは続くのではないかという想定もなされておりまして、このような状況に対応いたしますためには、各教員養成大学学部が教育研究の充実とあわせて、やはり採用者側との密接な連携というようなこともまず重要な課題であろうかと思っております。
 また一方、全体といたしまして需給関係を見通しました教員養成大学学部のあり方ということの検討が必要であるというような見地から、ただいま御指摘がございましたような検討を開始をいたしましたわけでございます。
 それで、現在の検討の状況でございますが、まだ開始をいたしまして余り期間もたっておらないわけでございまして、現時点では、需給の全体の状況、それから各大学におきます実際の就職の志望状況、就職状況といったようなものの実態の把握、分析ということに努めておるところでございます。今後さらに教員養成大学学部が、例えば教育内容その他についてどう幅を広げるということを考えられるかどうかとか、多様な角度から検討をいただきたいと思っておるところでございます。
#130
○粕谷照美君 いろいろな記事を総合してみますと、留学生や帰国子女のための日本語教育をとか、情報教育に力を入れてはどうかとか、入学定員を一部減じて教員の再教育面で貢献すべきだなど、いろいろあるわけでありますけれども、しかし、余りにも教育課程を広く浅くする結果、本当に教職についてしっかりした教員になりたい、こういう意欲の強い者にとってマイナスが出てくるのではないだろうか。あの学校はつぶしのきく学校だなんてね。そういうことでは困ると思うのですが、いかがですか。
#131
○政府委員(大崎仁君) これは、いずれにいたしましても地域の実情が県ごとに異なるわけでございますし、また、教員養成の大学なり教育学部につきましても、それぞれ伝統と積み上げの上に教育研究を展開しておられるわけでもございます。さらに、先生御指摘のように、明確な目的を持ちました専門的な教員養成の重要性ということは今後とも一層強調されなければならないところでもございますので、そういうようなことも踏まえながら、かつ、一律に何らかの方針で対応するということではないと存じております。
 ただ、やはりそういう対応する際の基本的な考え方というようなものについての一応の関係者の合意というものが得られますれば、そういう合意に基づいての個々の大学のいろいろな個別の具体対応という展開が容易になるのではないかという観点で、これからいろいろ御論議をいただきたいと考えておる次第でございます。
#132
○粕谷照美君 現場ではこういうことが心配されているわけですね。教育課程の検討だけにとどまらないで、入学定員の削減あるいは抑制といった方向に進むのではないだろうか。当然そのことは教職員の定員にも関係してくるわけであります。私は、あくまでも開放性の教員養成制度というのは維持をして、教員への門戸というのは広くしておくべきであるというふうに思います。
 先回のこの文教委員会でも、医師が余るではないか、したがって国立大学の医師の養成の数を減らしたらいいんじゃないか、こういう御意見もありました。しかし私は、先生が余るから、先生になるかもしれない学生を養成をするというその大学の数を減らしていくなんということはとんでもない話であります。特に、卒業生の数がそのまま医師の数になる、医者にならない方がいらっしゃっても医師の関係の研究というようなところにつかれるという、そういう医学部の定員の問題とは全く違うのではないか、この教員養成というのは。その辺、いかがお考えですか。
#133
○政府委員(大崎仁君) 教員の要求される資質というのは、本来、非常に幅の広い豊かな教養と、それぞれの御担当になる教科の専門性というものを兼ね備えた形が要求をされておるわけでございまして、その意味では、そういう資質、能力を身につけた方々が多方面に活躍をされるということは当然期待をできるわけでもございますし、現に、そういう御活躍になっておられる方が多いわけでございます。
 ただ、例えば初等教員の養成課程のように、かなり教員という職業にいわば密着した形での教育コースというものをおとりになられた方々が現実に非常に就職が困難だという数が余り多くなりますと、やはりこれは入学してくる学生の期待を大きく裏切るというようなことにもなりかねませんので、そういうようなことにも配慮をしながら、これは単純に定員を減らすとかということではございませんが、新しい方向への発展、展開ということも一つの検討の課題にはなるのではないかというふうに考えている次第でございます。
#134
○粕谷照美君 これは、「内外教育」を見たんですけれども、岩手県では臨時講師を五十人前後採用すると。臨時講師を五十人も急速採用するということは一体どういうことなのか。そうしたら、秋田県あたりでは教員採用で追試験をやる。なかなか困難だと言われる中でそういうような状況が出ているんですね。
 私、これは一体どういう原因から起きてくるのかなと考えたんですけれども、中学校に四十人学級が適用されるということが決まったのは、あれは十二月の二十八日現在でも決まっていなかったと思います。もう十二月のぎりぎりですよね。中学校に四十人学級を該当させますよということが決まって初めて中学校の教員の数が決まっていく。そこで逆算をしていって、Aランクから何人採っていくか、Bランクから何人採っていくか、こういうふうになっていくわけで、現場では大変なんですね。一たん落ちた方が講師として採用されるなんといったら、教師の尊敬度なんというのはうんと低まっていくというふうに思いますが、このような事態を起こさないようにするためには、文部省としてどのようなことが大事になってくるんでしょうか。
#135
○政府委員(阿部充夫君) 教職員の定数、特に改善計画が進行しております途中でございますので、教職員の定数の自然減等は各県ではじけるわけでございますけれども、改善計画そのものが具体にどうなるかということにつきましては、毎年度の予算の過程を経ませんと固まってこないというのが国の全体の仕組みでございます。そういった結果、特に現在のように財政状況が大変厳しい中では、夏の概算要求を文部省が持ち出しましたものがそのまま認められるというふうになかなかいかないというような事情がございます関係上、各県の対応がなかなか難しいという状況にあることは私どももよく存じておるわけでございます。
 この点につきましては、これまでも委員会の席でいろいろ御指摘等もいただいております。できるだけ確実に進めていきたいということで、夏の段階での概算要求等につきましてもなるべく確実なものを持ち込むようにして、各県の計画に支障を来さないようにという配慮は今後とも最大限努力をしてまいりたいと思いますが、こういった予算状況の中での予算決定でございますということはひとつ御理解をいただきたいと思うわけでございます。
#136
○粕谷照美君 富山大の問題も質問しようと思いましたが、時間の関係で次に移ります。
 私の大変尊敬している先生で竹中恵美子さんという方がいらっしゃいますが、今度大阪市立大学の経済学部長に任命をされた。新聞に大きく取り上げられたですね。別に学部長なんていっぱいいるのに、学部長に任命されたといって新聞に取り上げられるというのは一体何か。女性の研究者が学部長になったということが大きな話題を呼ぶ。これがやっぱり公立大学の問題点だろうなというふうに考えておりました。同じように、ことし新設されました日赤看護大学では樋口康子さんという方が看護学部長になられた。大体看護をやっていらっしゃる男性というのはほとんどいらっしゃらないんですけれども、学部長というのは、ほかの学校では全部男性なんですね。初めて女性がなったという意味では非常に大きな意義を持っていると思います。
 国立大学の全職員中、これは四年制というふうに考えていただいていいんですが、女性の占める割合というのはどのようなパーセンテージになっておりますか。
#137
○政府委員(大崎仁君) 国立大学――手元に国公立をまとめた数字がございますので、とりあえずその数字を申し上げさしていただきますと、教授の中で女性が占める割合が四・三%、助教授が七・一%、講師が一〇・四%、助手が一二・七%というような状況でございます。
#138
○粕谷照美君 そのとおり、文部省の統計を見るとそうなっておりますけれども、私はこれちょっとおかしいと思うんですね。総計の中で、学長うち女十八、副学長うち女二と、こういうふうに数字が出ているんですね。ところが、国立大学を見ますと、学長ゼロ、副学長ゼロ。公立、学長ゼロ、副学長ゼロですね。だから、学長、副学長の数字というのは全部私立てこの数字が出ているというふうになっているというふうに思います。
 教授の数にしてもそうですよね。随分パーセンテージ高い――高くはないんです、これ一〇%もいかないんだから、一割いないんですから。それでもこの数字を見てみますが、国立大学では非常に低い。まだ公立大学は国立よりいい数字が出ているというふうに思います。ここの辺ですよね、問題は。
 それで、日教組の大学部で、この大学部の中に婦人協議会というのがありまして、その婦人協議会でいろんな調査をやっていらっしゃるわけですね。議長が塩川さんという方、そして非常にいいことを分析していらっしゃるんですよ、アンケートをとりまして。調査の方法も実に的確な調査だなと思って私は感心をしているんです。まず、そのアンケートの結果としては、女性の割合が非常に少ないということを一つ言っております。しかもその中で、女性は教育学部、ここに集中をしている。教授の六・一%、助教授の一〇・五%が女性であると、こういうことを言っています。また、旧帝大を見ますと極端に少ない。教授の数で三人とか助教授で九人だとか、こういうことの報告がありました。それと同時に、また専攻分野が偏っているということも言っております。そういう中で、特に助手が全婦人教員中の六一%を占める。だから地位が低いということですね、ずっとあれしてみますと。そしてその助手の職務というのは、法律の中にいろいろ書かれておりますけれども、この職務というのは実に内容が多様で一概に言えないというふうに思いますが、一つには教授、助教授の補助として研究に専念をする。二つ目には大学院生、学部学生への講義、演習指導、実験などをしている。これは私は法律に認められているような、本当に意義のある研究の条件ではないかというふうに思いますけれども、ただし、このアンケートによりますと、婦人の場合には実験補助者、事務担当者として位置づけられている。そして、一人一人のアンケートのお答えには、研究者になるための教育訓練すら受けられないという訴えがあります。また、研究者として認められていても昇任人事の対象から外されているという、こういう実態が報告されております。
 文部省、こんなようなこと、御存じでしょうか。
#139
○政府委員(大崎仁君) 大学の教員の中で女性の方の占める割合が少ない、特にシニアのスタッフの中に少ないということにつきましては、御指摘のとおりかと存じます。
 ただ、これは、私の記憶いたしておりますことを頼りに申し上げますと、戦前はたしか国立大学では東北大学を除きまして女子を受け入れないというようなことがございまして、本格的に女性の方が大学教育を男性と違いなく受けるという形が実現いたしましたのは戦後の新しい制度のもとでございまして、その後においおい大学院に研究者あるいは大学の教員ということを志して大学院に残られ勉学を続けられる方々が増加をいたしているというふうに承知をいたしておりまして、その意味でいわば一種の、一つは過渡的な歴史的な経緯を踏まえての数字がこういう結果になっているのではなかろうか。現在、極めて優秀な多くの大学院の女子学生という層も厚くなりつつあるというふうにも承知をいたしておりますので、今後はこういう状況がさらに改善をされていくのではないかというふうに期待をいたしているところでございます。
#140
○粕谷照美君 私も戦前に女学校を卒業しまして、女子学生が進学できるというのは、大学へ行けるというのは女子大学と、この「女子」がつかないとだめなんですね、東京女子大学、日本女子大学といって。だから、普通の大学とは全然格が違っているというところの進学しかできなかったわけでありまして、そういう意味で、今局長の分析は私はよく理解ができます。しかし、これから本格的に、今局長がお話しになって、前進をしていくであろうという希望が達せられるのかどうなのかという点については、大変な疑問を持っているわけであります。
 四月一日から機会均等法が発足をいたしましたね。これは事業主といいますか、もともと国家公務員には差別がないという前提に立っているんですけれども、だからこの事業主というのは民間の企業のことだけというふうにお考えになるかもしれませんけれども、私、やはりこの機会均等法の効力を発揮するためには、政府がまず身をもって率先垂範していかなければならないというふうに考えているわけです。そういう意味で、先ほどからアンケートがいろいろあるわけですが、昇進についても均等な待遇の原則が適用されるべきであるというふうに思いますが、いかがですか。留学だとか研修だとか、こういう教育訓練、能力開発についても同等の措置が必要であるというふうに思いますが、いかがですか。こういうことについて文部省は今後どのような御指導をなさるおつもりがあるかないかということについて伺います。
#141
○政府委員(大崎仁君) 大学の教員の大事につきましては、これはいわば大学自治の根幹でもございまして、教授会のいわば決定ということが最も尊重されなければならない分野でございます。その意味で、私どもとして、その運用について物を申し上げるということについては、基本的に差し控えるべきことと心得ております。
 ただ、そういう教授会での御決定というのは当然それぞれのポストにつきましての研究能力、あるいは教育能力、さらには人格識見という点での最も適した方をお選びになるということで行われるべきでございまして、その際に男女の性による区別というようなことはいささかもあってはならないというふうに承知をいたしておるところでございます。
#142
○粕谷照美君 教授会、まあどこまで教授として参画をするかということについては各大学いろいろありますから一通りに言えませんけれども、教授、助教授、講師まで入るところが多いようですね。助手のところまでいっている大学もあるようですけれども、でも、その比率がほとんど男性ということになれば、教授会の決定なんていうのは、私どもにしてみれば、もう目をつぶっていたって結論がわかるような気がするんですよ、その評価。だからこそ指導が必要になるんじゃないですか。だからこそ機会均等法というものが私は生まれてきているんだと思うんですよね。世界的にも、そういう意味では日本の高等教育は大変女性を差別をしているなんというようなことが言われないようにしてもらいたい。
 私が今言ったようなことの報告だろうというふうに局長言われましたけれども、でも、こういう実態調査というのをやる必要あるんじゃないんですか、文部省の手で。これは研究者ばかりじゃないですよね。大阪大学の教職員組合の調査なんか、私見てびっくりいたしました。定員外職員の名簿を見ますと、二十年もずっとやっていらっしゃる。ほとんど女性なんですね。男性なんていうのはいないんです。定員外は女にしておけば文句が出ないだろう、夫が食わせてやるから女性にしておけ。そういうことでは困るのでありまして、この辺のところもきちんとした実態の調査をやって把握をしておくということが必要だというふうに思いますが、これ、やる気ありますか。大体、学術会議で六十年の六月の十一日に要望書というのを出しておりますね。その辺いかがでしょう。
#143
○政府委員(大崎仁君) 今先生御指摘のとおりに、日本学術会議から昭和六十年の六月に「婦人研究者の地位の改善に資するための総合的調査機関の設置について」、こういう要望書が内閣総理大臣に出されておりまして、文部省の方にもその写しが回付をされておるわけでございます。
 この要望書では、大学や研究機関におきます婦人研究者の採用状況等の実態とか、あるいは長期、的な展望に立ちました今後の見通しを把握して、その結果を公開する機能を有する総合的な調査機関、それも各省庁の枠を超えた総合的な調査機関を設置してはどうか、こういう要望でございます。
 こういった要望につきまして、各省庁に広くかかわることでもございますし、また、行財政的にも大変厳しい状況でございますので、関係省庁において慎重に検討しなければならないものと考えておりますが、私ども文部省としても、先ほど来いろいろと御議論ございますように、大学等におきます研究者の実態については、従来から学校教員統計調査等々によりましてかなり調べてはおるわけでございますが、今後ともその実情の把握につきましては努力をしてまいりたいと、このように考えておる次第でございます。
#144
○粕谷照美君 確かに、文部省の科学研究費の助成、交付をしていて、そしてこういう実態調査を行っているというのは一歩の前進でありますけれども、この要望は全然違うわけですね。きちんとしたものをやりなさい、そのやる気があるかどうかというのが一つ質問。それからもう一つは、総理府に二〇〇〇年に向けての男女平等の点についてあれがあるわけですから、残っているわけでありますから、そういうようなところからもまた指摘をされないような状況というものを文部省自体としてつくっておく必要があるのではないか、こういうことを言っているのであります。
 文部大臣に最後にお伺いをしたいのは、大学における婦人研究員の地位の向上、能力の開発ということについての抱負をお伺いして、質問を終わりたいと思います。
#145
○国務大臣(海部俊樹君) 大学等における研究者としての女性の皆さんのきょうまで残していらっしゃった足跡はこれまた事実でございますし、また本委員会、先ほどから私も緊張して拝聴しておりますが、御質問いただくのも女性を代表する粕谷先生でございます、お取り仕切りいただくのも女性の委員長ということでございまして、私はやっぱり学校の研究者にも、一遍、文部省としては研究者について今後ともどのように扱っておるのかという実態の把握にひとつ努めまして、こういうような運営が大学でも行われておるのかどうか、いろいろな角度からよく実態を把握し、それからまた、いろいろよく相談をして研究してみたい、こう思います。ありがとうございます。
#146
○委員長(林寛子君) 午前の質疑はこの程度とし、午後一時三十分まで休憩いたします。
   午後零時三十二分休憩
     ―――――・―――――
   午後一時三十分開会
#147
○委員長(林寛子君) ただいまから文教委員会を再開いたします。
 休憩前に引き続き、国立学校設置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言願います。
#148
○高桑栄松君 それでは、質問をさせていただきます。
 これ、予告していなかったんですけれども、午前中の質問で、皆さん徳島大学のことを御質問になりましたので、私もちょっと質問を加えさしていただきたいと思うんですが、教育学部を総合科学部にするということで、これは私たちが徳島大学に行ったときに学長からも承ったお話でございます。そうすると、午前中の御答弁を承っておりますと、教育学部、教員が中心になるということですね。そうすると、総合科学というけれども、どういう学科でどんなことが中心になるんだろうかということが私ちょっとわからなかったものですから、これには細かいのは書いてありませんし、ちょっと教えていただきたい。
#149
○政府委員(大崎仁君) 総合科学部といたしましては、教育上の目的から四つのコースを設けるということでございまして、文化コース、社会科学コース、基礎科学コース、健康科学コースというコースが設けられるわけでございます。それぞれのコースを担当する組織といたしまして、学科目を大学科目制という形をとりまして、文化コースにつきましては人文研究、芸術研究、社会科学につきましては経済・経営研究、行動科学研究、基礎科学につきましては自然科学研究、健康科学につきましては健康科学研究という教員組織がこれに主として当たる。もちろん学部共通の科目というようなものも置きまして、幅広い履修の中で学生の興味なり進路に応じましてのコース選択、科目選択ということを想定しておるわけでございます。
#150
○高桑栄松君 定員のことなんですが、今行革で大変難しい折だと思いますが、そうすると、定員増というのを考慮してこれができていったのかというのと、それから教養部がありますね、その教養部からこちらに転科するという教官が考えられているんだろうか。どんなふうでしょうか。
#151
○政府委員(大崎仁君) 教員組織につきましては、既に教育学部で改組転換を御構想になっております過程で意図的に欠員の補充等を差し控えまして、したがいまして、二十五人程度は今後新規採用が可能な、いわば定員枠を大学が自主的に確保されたというような状況がございます。そういうような、いわば枠の補充をする際には適切な先生方をお招きをするということで、総合科学部をさらにその目的にふさわしい教員組織にしていくという努力を大学がなされるということになっておるわけでございます。
 それから、一般教育につきましては、これは先生御指摘のように、教養部が存在いたしますので、総合科学部が一般教育を引き受けるということではございません。
#152
○高桑栄松君 新しい学部ができるということ、まあ文部省も大変なんでしょうから、いつもスクラップ・アンド・ビルドということでいかれますんで、スクラップ・アンド・ビルドではなくて、ビルドがマイナスシーリングでいくということでは大変なんで、せっかくつくられるんだったらそれなりのやっぱりバックアップをしてあげて、当初の予定が十分とまでいかなくても、やはり満足のいけるようにしてあげてほしいと、こんなふうに思いますが、よろしゅうございますか。
#153
○政府委員(大崎仁君) 教官定員等につきましては、ただいま申し上げましたように、大学自体での御工夫ということもいただいておりますので、その御活用ということを当面はお願い申し上げたいと思っているわけでございますが、その他設備等の充実につきましては、大学側からの御要望も受けまして努力はしてまいりたいと思っているところでございます。
#154
○高桑栄松君 これは午前中の粕谷委員の御発言に私ちょっとつけ加えておきたいと思いますけれども、婦人研究者の地位向上ということで、学術会議が随分前からこれをいろんな要望を出したり勧告をしたりしております。私も学術会議におりましたときに、科学者の地位向上の委員長が私の非常に親しい友人で、第七部所属でございますが、大崎純先生というんですが、この人は実は昨年亡くなりましたが、この科学者の地位委員会の下の小委員会で婦人研究者の地位分科会がございます。また、その小委員長も七部から出ている方がやられたりして、婦人研究者の地位向上というのは大変大事な話題になっておりました。したがいまして、粕谷委員からの御要望もありましたが、やはり格段の努力をして婦人研究者の地位向上に努めていただきたいということを要望いたしまして、次の質問に入らせていただきます。
 次の質問は、現在やはり一番問題になっております臨教審及び国大協の案についてお話を承りたいと思うんです。
 これは決定事項ではないというようなこともございましょうが、毎々申し上げておりますように、決定事項でないから私たちの意見がそれなりの何かの形で反映するということがあってほしいということでございまして、まず、大学入試制度でございます。これは国大協が受験機会の複数化ということの実施案を四月、今月の初めに発表した。これに関する時々刻々の変化とでも言いたいぐらい、ほとんど毎日のように新聞紙上で、しかもほとんどトップ記事というか大きな枠をとって発表されております。午前中も御質問ございましたが、国立大学で最大五回受験可能かといったようなことが言われておったわけです。
 そこで、これがもし実施されたときに、文部省としてはどんなふうに見ておるかということについて、新聞等の批評、いろんな方々の批評が載っておりますので、私の関心を持っている件を幾つか挙げてみたいと思っていますが、まず、何遍も繰り返し試験をするということで、評価の高い大学にコイが集まって、低い大学にはフナだけが行くと、こういう批評というか、出ておるんですね。こういうことをどうお思いになるでしょうか。いかがでしょうか。
#155
○政府委員(大崎仁君) 先生御指摘のように、かつて一期校、二期校の当時には、二期校の大学、一期校の大学といったような言われ方がいたしまして、それがまた大学の評価につながるような受けとめ方をされたということが、一期、二期校の解消の大きい原動力にもなったというふうに記憶をいたしておるわけでございます。
 ただ、このたびの複数化の努力というのは、まだ現在努力が継続中でございまして、新聞等に公表されましたのは、その努力を促進する上で、いわゆる七大学の分かれ方がはっきりしないと各地での検討が進みにくいというような事情を体して、七大学の学長先生がお集まりになって方針をお決めになったというのが現時点の段階でございまして、そういう方針も受けて現在作業が続行中であるわけではございますが、作業の状況を承知しておる範囲では、一期校、二期校というような、いわば前期グループ、後期グループ、あるいはAグループ、Bグループというようなグループ分けということが、一種の大学のレッテル的なものにしないようにしたいという配慮が強く払われているというふうにも承知をいたしております。また、一期校、二期校当時にございましたような学校数、入学定員あるいは専門の偏りというような点につきましてもいろいろな御努力がなされておるというふうに承知をいたしておるところでございます。
 そういうような御努力というものを背景にしてのグループ分けがうまく適切になされますれば、受験機会の拡大ということが、おっしゃるような形での、いわば格差感ということを生ずるようなことが何とか防げるのではないかということを期待をいたしておるわけでございます。
#156
○高桑栄松君 私は、受験の複数化というのが出ましたときにすぐ私がそう思ったことですし、最近の新聞の論調というのを見ておりますと、やっぱり私と同じような意見が非常に危惧されて出てきている。
 というのは、大学の序列化というのは今までグループ別であった。グループ別ということは仲間がいるということでありまして、今おれのところは二流だと思っても、それが何枚もあるんだということがあったわけでありますが、今度の複数受験を繰り返しますと、何遍も網の目をだんだん狭めてさらっていったようなもので、私は今度は個別の大学で一番、二番がついていくと思うんです。はっきり個別大学の差が出る。両方受けてだめだったからこっちになるという、こういうことでありますので、どこでも言われているのは、何といっても東大がトップだ、東大に入ったら全部そこへ行くのであって、ほかのところにはほとんど行かない。こういうことで、一番は東大と決める、二番はどこになるか、三番は、というのでグループでなくて個別になるだろうと思うんですね。
 したがいまして、個別の序列化というのは最も大学にとって権威にかかわることで、困るのではないかと思うので、起きなければいいが、私はやっぱり起きるんじゃないかという気がしておるんです。ですから、個別大学序列化が起きると私は今心配しておりますが、それに関する考え方。東大が頂点に立つということをどの新聞にも書いてありますよ、だから東大という名前を挙げたんですが。その東大頂点説を、中曽根総理大臣はそれをむしろやめさせたいとおっしゃったんでなかったかな。だれでも東大に入れるようにしたらどうだ、何だったら受付順でとったらどうだというふうな――冗談でしょうが、その辺から出たんだと思うんです。ですから、そういう中曽根さんの意向にもちょっと反する結果になるのではなかろうかということなんですが、いかがでしょう。
#157
○政府委員(大崎仁君) 大学間の序列というものが入学者選抜を通じて浮かび上がるということについて、私どもとしては、そういうことがないようにということを最も願っているわけでございます。一期、二期を一元化いたしました際にも、それが一つの大きな願いであったわけでございますが、ただ共通一次試験というものが、結果的にではございますが、その一つの物差しになりまして、共通一次試験の受験結果というもので大学を選び直す。しかも、選び直す過程で受験産業の介入があるというようなことから、せっかくの一元化というものがむしろ一種の偏差値による序列化につながってきたということが今度の改革の一つの大きい反省点でもあるわけでございます。そういう意味では、一つの物差しを同じような形で使っての入学者選抜の判定ということをいたしますと、どうしても、この物差しのどこら辺のものはどこの大学というようなことになるわけでございますが、ここは新しいテストの検討の結果ということとも絡んではまいりますけれども、現在の共通一次の体制下におきましても、各大学の入学者選抜というものがそれぞれ特色を持った選抜、それから大学の教育研究内容が特色を持った魅力のあるものにしていただくということで、具体の固有名詞を挙げるのは適当じゃないかと存じますが、例えば今先生お挙げになった東京大学に合格する者でも別の大学では合格できない、例えばそういうような選抜の仕方というのもあり得るわけでございまして、その点に関しましては、やはり基本的には個々の大学の真剣な御努力によって特色と魅力を発揮していただく。文部省といたしましてはそういう努力をお助けをするということが基本的な方向ではなかろうかと考えておるところでございます。
#158
○高桑栄松君 今、受験産業の介入というのがありましたが、今度の複数受験で言われていることの一つは、何遍も受けるんだから、できる子がやっぱり間違いなく合格をしていくだろう。もうできない子は偶然の空き家に入るというふうなわけにもいかない。空き家がなくなるということでありまして、だめな者は全部だめだ。そうすると、ボーダーラインのところが猛烈な競り合いになる。したがって、合格ラインが上がる。具体的に挙げているのがありましてね、例えば共通一次で百点ぐらい上がるんじゃないかと言っているんですね、もしあれで採点をしていきますと。ですから、合格ラインが上がるということは受験の激化になるわけです。そして、幾つも受けられるということはそれだけ競争率がその場その場では非常に高くなるということでありまして、その難易度が、まあ共通一次で国立大学の例を挙げて書いてあったやつですが、百点は上がるだろう。大変な上がりようですからね。最低ラインのことを言っているんですよ、最低合格線がですね。
 そういたしますと、難易度アップでだれに有利かというのは、予備校の説によりますと、浪人有利と出てますね。浪人有利。難易度が上がるから。それに対しては浪人が有利になる。つまり、共通一次で言われていた難問奇問ではないものというのが、今度は選抜の中では難問奇問がだんだん出てくるだろうということだと思うんです。難易度アップなんですね。二次試験ですよ、二次試験がありますからね。難易度がアップで浪人に有利だと。浪人に有利ということは予備校がほくほくしているということなんですね。ですからこのことについてはどういうふうに分析をなさいますか。
#159
○政府委員(大崎仁君) 先生の御懸念のような結果になるかならないかということにつきましては、やはり基本的に各大学の固有の試験の行い方、あるいは共通一次試験の結果の活用の仕方ということが非常に大きく影響してくるのではなかろうか。私どもといたしましては、そういう共通一次試験の内容自体は、これは入試センターを中心とする体制のこれまでの積み上げの上に引き続き行われますので、良質の素直な問題が出るというふうに確信をいたしておりますけれども、それが誤って、誤ってと申しますか、その競争が、おっしゃるような結果にならないようなより特色のある多様な活用の仕方というものを、私どもといたしましても各大学にお願いをしてまいりたいと思っておるところでございます。
#160
○高桑栄松君 私も大学側の人間で、現場を踏んできておりますけれども、特色があると、言葉では大変響きがよろしいですけれども、やる側としては難しいんですね。とっても難しいんです。ですから、まあそれは立派なフィロソフィーとしては承れるけれども、果たしてプラクティカルにやれるんだろうかという疑いが一つあります。
 もう一つ、今度大学側の立場で言いますと、併願がたくさんできるということで、これはひょっとしたら例えば二倍以上ぐらい受験生が受けるだろう。したがって、大学側とすると、大量受験生の処理のためには施設だとか人手だとか、これはマークシートでなきゃできませんよね。大体マークシートじゃなきゃまずできなくなりますわ。だからこれはもうマークシート採用になるんだろうと思います。それで、受験生が大幅にふえると、大学側としては試験の技術とか施設設備、マンパワー等がどういうふうになるのかというのと、大量にふえるけれども、二つ入った場合の大量辞退者が出るということも間違いのない事実だと思うんです。そうでなかったら複数受験ということ意味がありませんので。しかも事後選択でしたね。ですから必ず大量辞退者が出る。
 だからこれに対して私の分析は、五回受けられるという意味は、Aグループ、Bグループ二回はいいですが、期日を別にした試験というのがもしあるとすればCグループだ、これは一緒ですよね。その次の二次募集というのは大量辞退者に対する手当てではないか。格好はいいけれども補欠入学である。再募集というのは、それでも大量辞退者が出るだろうから、それはもう補欠の補欠ではないか。ですから、格好がいい二次募集、再募集と書いてあるけれども、何のことはない、大量辞退者に対する手当てではないか。というのは、どれくらいやめるかというのも統計どれませんものね。今までと完全に、このデータないんだから。ですから私は、五回というのは誤解しているんじゃないかなと思っているわけですけれども、いかがでしょうか。
#161
○政府委員(大崎仁君) 五回というのが誤解をされているという点は、先ほど申し上げましたように、確かにその傾きがあるのではないかと存じております。
 それからまた、先生が御指摘のように、これまでに比べまして多くの合格者からの入学辞退者が生ずるというのも、制度の仕組みとしてはこれは当然予想されるところでございます。その意味では大学側に非常な御苦労がかかるわけではございますけれども、一方、私立大学の入学者選抜ということを考えますと、私立大学ではむしろ総合大学では学部ごとに受験が受けられる。もちろん他大学との併願というのは数大学にかけて行い得るような状況で行われておりまして、その中でそれぞれの私立大学はいろいろ御苦労されて適切な入学者というものを確保しておられるわけでもございますので、それに比べれば、そう申しては恐縮ですが、国立大学の二グループ分けの御苦労というのは、まだ程度は軽いのではなかろうか。
 ただ、いずれにせよこれまでにない御苦労をおかけするわけでもございますし、また、かつての一期、二期のころの御経験というのも薄れておられるということでもございますので、私どもとしても、事務的な条件の整備その他につきましては、各大学へのできるだけの御支援はいたしてまいりたいというふうに考えているところでございます。
#162
○高桑栄松君 今までの共通一次でいきますと、よく言われておったのは、偏差値輪切りのために入られないから将来の志望とは関係のないところへ仕方がないから入ると、そういうことがいろいろあったようでありますが、今度のでもそれは明らかにやっぱり書いてあるんですね。つまり、某医科大学を受けたい、しかしどうも難しいようだから別な方の理Tなら理Tを滑りどめにしておく、難易度の違いがある。そうすると、将来の志望と関係ないわけですわね。ですから、今度のように上の方のできる者だけが入ってきて、ボーダーラインが非常に競り合う形だと、もうとてもこれは大変だというので、滑りどめは将来の希望とは無関係な、つまり臨教審の重要な柱である個性を重視するなんというのとは無関係な、そういう受験態勢がとられていくのではないか。
 そして、要するに受験生にとっては、複数というと受験回数が多いだけ大変なんで、もうどこでもいいから入りたい、もうどこでもいいやという目的志向のない受験ということが出てきやしないかというのが、新聞の中にやっぱり意見としてかなり散見されます。この辺はいかがですか。
#163
○政府委員(大崎仁君) まさに御指摘のように、何と申しますか、自分のテスト成績に応じたところにどこでもいいから入りたいというような進学というのは、大学教育ということを考えますと、もう最初から、スタートの時点から問題をはらんだスタートであるわけでございまして、その意味では高等学校における進学指導、あるいは御家庭も含めまして受験生が何を学びたいのか、あるいは何を学べば将来どういう展望が開けるのかということについての情報を、もっと受験生の方あるいは高等学校側に提供する体制をとる必要があるのではないかという反省も私どもいたしておるわけでございます。
 何とかそういういわば大学の進学指導について、受験産業の情報だけが幅をきかせるという状況を脱却をいたしまして、どこの大学に行けばどういう教育が受けられるんだということがもっとわかりやすい形で出回るような方法、あるいはそのための組織というものを、新しい大学入試センターの構想の過程でもぜひ考えるべき課題ではなかろうかというふうに現在考えておる次第でございます。
#164
○高桑栄松君 ところで、名前がどうなるのかわかりませんが、一次の科目が減らされる、五教科七科目が五教科五科目になる、その次はもう自由だということで減らされるということが一般の観測でありますね。その一次の科目が減るということは、科目が多かったからとても某々大学は受けられないのでという国立大離れがあった、今度は、科目が少数科目であれば今度はあそこを受けようというので国立大学志向が高まるというのが観測されているわけです。私も多分そうだなと思います。ということは、国立大志望ということは私立大離れということの反語になりますからね。もちろん、私立大学はやっぱり併願という形でたくさん来ますけれども、第一志望が国立大学に行くということになるのではないかということがあるわけです。
 それから、一次の科目が減るということは、もちろん二次に今度は関係がありますけれども、一次の科目が減るということは、一次だけを見ますとそれだけに集中勉強をする、ほかの勉強を減らすということで、私前から申し上げておりますが、高等学校教育のアンバランスが起きるのではないか。つまり、人格の陶冶という高邁な教育基本法の憲法がありますけれども、それとは全く裏腹に、片ちんばな教育が行われていくのではないか。こういうことを前から申し上げているんですが、それで私が申し上げた共通一次改善論というのは、一点を争って加算をするから偏差値輪切りが出たので、あれをハードルにすればその弊害がなくなるし、高等学校の教育はバランスがとれた教育ができるだろう、これが私の共通一次改善論の基本になる話でありますけれども、この辺についていかがお考えでしょうか。
#165
○政府委員(大崎仁君) 五教科七科目を五教科五科目に削減するという理由といたしましては、やはり一つは受験生の負担の過剰ということがございましたわけで、まあ私立大学はそれぞれ独自の建学の精神で非常に魅力的なものに発展しつつある大学が数多いわけでもございますので、このことによって直接の影響というのは私どもはないのではないかと思っておるわけでございます。
 ただ、そこで先生御指摘の高等学校教育への影響という点に関して申しますと、これは本来的なあり方としましては、高等学校教育というのは、たしか先般の学習指導要領の改訂で必修科目をかなり大幅に減らしたというような流れから見ますと、高等学校教育自体が生徒の個性、適性に応じた多様な展開ということも一つは目指しておられるわけでもございますし、大学の入試の受験科目ということが高等学校側の教育に必要以上に意識されるということは、逆に申しますと、それによっていわば高等学校側を締めつけるというのは適切な表現ではございませんが、そういうことを期待をするということも弊害が片やあるわけでもございますので、その点は、ある意味ではフレキシブルに今後とも考えてよろしいのではなかろうか。ただ、国大協におきましては、やはり先生の御指摘のような点も十分配慮しまして、五教科原則というものは一応現時点では守っておるということでございます。
 なお、先生のかねがね御指摘をしておられます資格試験的な使い方というのも、もちろん現在これまで多くの大学が共通一次で使っておりました加算方式というようなことが決していい使い方ではございませんので、いろいろな工夫の一環として魅力のある活用法の一つであるというふうには感じておる次第でございます。
#166
○高桑栄松君 入試はどんなに改革をしても選抜である限り競争原理が働きますので、完璧に、すべての人が満足をするということはないんで、私は新聞論調等私の考えの中で、今度劇的に変わる複数受験制度について心配される点を幾つか挙げましたが、改善であればいいけれども改悪であってはいけないんじゃないか、こういう心配をしているんです。完璧なんということはない。これはもう承知しております。どんなものでも批判がある。それをやっぱり乗り越えてみてということはありますが、単に、ああまずいからといって二年後に変えるというわけにいかぬと思うんです。ですからそこはやっぱり保守的にならざるを得ないと、私がこの前申し上げたのはそこなんです。一応御参考になればと思って申し上げました。
 次は、質問を変えたいんですけれども、あるところである方から私が聞かれたんです。教育熱心なお母さんたちとお話しをしておったときに、お母さんたちが、何のために教育を受けるんだと子供に聞かれたときに何と答えたらいいでしょう。昔は大臣、大将になれと言われた、つまり、立身出世ですよね。しかし今はそれではもう納得をしない。何のために学校に行くんでしょうと聞かれて、その方もはたと詰まったというんです。私は教育の専門家だと思われたらしくて、私に意見を聞かれたんで、私もそこはどきんといたしましてね。いや、これを聞かれたら私も即座に即答はできないなと。それから少し考えて、きょうは海部文部大臣の御意見などを承らしていただきたいと思ったわけでございます。いかがでしょうか。
#167
○国務大臣(海部俊樹君) 教育に関して大変御造詣の深い、また、現場の経験もお持ちの先生の御意見でございますから、私はまず先生の御意見を承らしていただきたかったんですけれども、私に言えと言われますので、素直に、感じでおることをお答え申し上げます。
 やっぱり義務教育のレベルに子供を送るときは、私も父親の一人として、将来国民として必要なことをきちっと身につけてこいと、教育基本法には人格の完成を目指して教育は行われると書いてありますけれども、やっぱり平和な国家社会の形成者として、教育基本法に書いてありますようなことを身につけながら、一歩でも二歩でもだんだんだんだん人格完成を目指して向上していくような、そんな感慨を持つ子供になるためにやっぱり学校へは入れる。
 大学の方へ行くときには、社会人として自分がこれをやりたいと志したものがあったら、それを身につけるために、学問を身につけに行くところである、このように考えて子供には指導するつもりでおります。
#168
○高桑栄松君 私は、教育学の専門でございませんし、この質問を私が受けるまでは、つい余り考えないで、何となく自分はちゃんとやってきたような気でおったんですが、ここにぶつかりまして私もはたと考えてみました。それで、ここにも大先生方がたくさんおられて、もう私なんかが言うべきあれではないように思いますが、私の考えを一応御参考に述べさしていただきます。
 何のために勉強をするのかと子供に問われたときにということなんですが、今大臣がおっしゃった教育基本法の憲法は大変立派な哲学ではありますけれども、人格の完成を目指してと言っても子供はわかりませんね。そしてもう一つは、実利がないんですよね。やっぱり大臣、大将にというのは実利があるわけですよ。ですからやっぱり本人にとって実利のないものというのは、目的指向としては非常に漠然たるものではないかと私は思うんです。ですから、何のために勉強をするのかというのを言葉をもう一つちょっと変えますと、何のためにあなたは存在しているのか、生きているのかということと同じだと思うんですね。何のために存在するんだ、お前は何のために生きているんだ、こう聞くのと同じなんですね。ですから、人間としての存在理由というのは何なんだろうかということではないのかなと、私はそこに疑問を一遍持っていきまして、したがって、そうすると自分が生きているという存在理由をどこに求めるのかと私は思いましてね。それで、それは、私たちは個として生きてはいられない、必ず社会組織の中で私たちは生きている。そうすると、社会の中で存在しているという価値が何にあるんだろうかということだろうと思うんです。つまり、社会に存在をして生きている、社会組織の中の一人として生きているという存在理由はその社会生活の中で何かに役に立っているということではないかと、こう思います。
 つまり、自分が生きていることが、自分が存在していることが社会にとってプラスなんだ、みんなが喜んでくれている、ありがたがってくれている、これが一つの生きている理由ではないのか。それは個人ではなくて社会的存在としての人間の価値論というか、必要であるということではないのかなと、これが一つあるんです。しかし、それは社会的な存在としてでありまして、自己存在というのもございますから、私は、自己存在という意味では、自分の趣味なりいろんなことを満足させたいということがあると思いますね。美しいものを見たいとか、芸術を鑑賞したいとか、コーラスを一緒にやりたいとか何か、いろいろあるわけで、まあそういうことがございまして、だから自己満足ということももう一つの生きがいの中にある。
 ですから私は、やっぱり何のために勉強をするのか、何のためにおまえは生きているのかということは、やっぱり生きがいのある人生を送るためでしょう。その生きがい人生論というのが私の年来の、まあ実は昔からそう思っていたんですが、子供に聞かれたら、社会の役に立つ人になるためには何か自分に身につけなきゃいけないんだよ、社会の厄介者じゃいけないんだよということではないのかなと思うんですね。それで、自己満足というか自己存在というのが今言った自分の趣味だとかいろんなことが生きてくるので、それを二つ合わせますとやはり生涯教育の理念になると思うんです。出発点はこれだと思うんです。
 こういうようなことを私は考えておったんですが、ついこの三月、日本学術会議月報の三月号を見てはっと思ったのは、一九六〇年にILOが雇用政策条約というものを採用したというんですね。
 文部大臣は二十年ぐらい前に労働政務次官をなさっておられて、よく御存じじゃないかと思うんですが、話はプライベートになりますが、大臣が政務次官で札幌へ来られたとき――全国の安全衛生大会がございましてそれで来られたんですよ。それで私がパネリストの一人でお話しをいたしまして、海部さんに褒められたような気がするんですが、まあこれは冗談でございますけれども、僕はお会いしているんです。
 それで労働関係はエキスパートであられる、こういうふうに私は思っておりますけれども。
 この雇用政策条約というのに、私が非常にいい文句だと思ったのがあるんです。「積極的雇用政策に一定の理念ないし目標を与えた」、この条約がですね、これは非常に重要なことである。その「目標」というのは労働の目標ですよね。「人に良い生計を与える」――これはそうでしょう、収入を与えるわけですね。「与えるばかりでなく、人々が何か社会に有用なことをなしているという感情」です。「感情」という言葉ですね。「感情を個人的な能力実現の機会」−自分の持っている能力を実現する機会ですね、この「双方を共に充足させるという意味である。」。なるほどと思いまして、私の年来の生きがい人生論がちょうどここにあるんだなと思ったんです。そしてこれは、「豊かな人間生活と社会の活性化のための重要な課題となった。」。これがILOなんですね。つまり、働くということの意味なんです。それがやっぱり私の生きがい人生論なんですね。たまたまこの三月、ついこの間送られてきたのを見てそう思いました。
 ですからそういうことで、やはり教育基本法の理念というのは、読んでみて立派ではあるがこれから子供が納得をしないんじゃないかということで、何か具体的な価値論を展開する必要がある。やっぱり価値があればなるほどと思ってくれるのではないかというふうに思ったわけです。
 それで次でありますけれども、したがって大学はどこでもいいから入るということは文部省もお考えじゃないわけだし、それがよくないとだれでも思っていると思うんです。だから、目的を指向して大学学部、そして将来は学科を選んでいくということだと思うんですね。それで、社会に役に立つという意味は、大学、あるいは高等学校でも同じです。あるいは中学でもいいです。おまえは社会に出て何ができものか、これが役に立つもとなんですから。何ができるかということが大事でありまして、何々大学を出たということが大事なことではないんだ。だから、何ができるのか、この能力ですよ、アビリティーですね。そのアビリティーということがその人の評価になるわけです。ですから私はアビリティー、つまり資格でありますが、その資格というのは、つまるところ単位だろうと思うんです。大学卒業というから学校名が出てくる。しかし学校名社会がこれで形成されていった。単位に重点が置かれて、資格つまり能力、何ができるのかということが重要になってきますと、学歴は何々大学じゃないんだな。私はエレクトロニクスの何とかができる、これだけは卒業したという単位が大事になってくると思うんです。
 昔から私は、学歴は必要であるという考えです。学歴イコール資格イコール能力を示すものです。今のは学校名社会だと私は思っているんです。学校名を使った社会、これが日本の、大学へ大学へと草木もなびく重要な要素になっているんじゃないのかな。ですから私は、前にも申し上げたんですが、資格に重点を置いた――資格というより単位ですよ、単位に重点を置いた大学改革が必要なのではないか。
 ついでに話をさせていただきますと、単位を重視するということは学歴重視なんです。学校歴というか、学んだ歴なんですね。学習歴なんです。ですからこれこそ重要であると思う。したがって、それが成立するからこそ単位の互換ということが成り立つんですね。大学名が必要であったら単位を互換したらだめなんですよ。北大と東大出たら北東大学とでもなりますから、これはまずいわけですよ。ですから、やっぱり学校名じゃなくて単位が重要になる。したがって、単位の互換というのがありますと、あっちへ行ってもこっちへ行ってもやっていけるということで、最後にもし学士号が必要であれば、それはどこの大学で一番単位を与えたかということが出てくるのじゃないかと思いますけれどもね。そういう単位の互換制度が一つある。
 ついでに申し上げますと、国際評価にたえる単位でなきゃだめなんですね。国際評価にたえるということが国際化なんですから。外国から留学生が日本に来る。これはやっぱり第二志望か第三志望なんですよね。やっぱり第一志望はアメリカとかヨーロッパなんですよ。どうせチャンスがあるなら向こうなんだ。日本は第二なんです。それは私は、日本の学術研究教育レベルが劣っているのではなくて、教育の仕方がどうもまずいと思っているんです。私はアメリカの大学院を出ましたので、どんなに教育が厳しいか知っています。日本は、私も大学の、大学院の教授もしております。私を含めちゃうのでまずいのですが、いかにルーズであるかと僕は思います。私も教官でございましたから大変言いにくいのですが、自己反省を込めましてそういうことを申し上げたいと思います。
 今の私の意見に対して、大臣、何かコメントございましょうか。あればいただきたいと思います。
#169
○国務大臣(海部俊樹君) 私は、先生の貴重な御体験を交えたお話を承っておりまして、いろいろ教わるところがございました。特に、大学の卒業した学校の名前だけが形式的に幅をきかせる世の中が間違いだというのは、私もかねがね考えておった全く同感なことでございまして、それなれば大学の中身を何とかよくしていかなきゃならぬ。教授内容をよくしていかなきゃならぬ。そしてまた、逆に社会の方からいいますと、大学卒業生がどこの大学を卒業したということを言わないで、自分はこの学問ができます、このことができますと言ってくれたときには、大体想定される標準の能力、学問を身につけて社会に出てきたんだなと安心して受けとめてくれるような、そんな大学の充実と社会の受けとめ方の改革と、二つが両々相まっていかなきゃならぬわけでありますから、大学の教育内容の充実ということも極めて大切な問題であって、やはり午前中にも出ておりましたが、入学試験、入り口のところだけじゃなくて、大学の教育内容、実際に能力としてその生徒に身につけさせる教育がいかに大切かということをしみじみ感じながらお話を承っておったところであります。
 ありがとうございました。
#170
○高桑栄松君 ついでに大臣に御紹介しておきますけれども、最近、個性に関する、まあ論議じゃございませんから、個性に関するものが社説とか投書にありましたので、ちょっと御紹介いたしますと、朝日新聞社説、ことしの四月六日であります。「二次答申に望む」ということでありますが、「「個性」というと一般に、何か特別の才能を指すものと考えられがちである。そうではないだろう。」と書いてあるんです。「どの子も、一人の人間として生きる権利があり、」、「この前提で成長を援助する。」、それが原則だと、こういうのですね。だから、「個性」という言葉はこの中に内容的になくなってしまうのですね。それで「成長を援助する。」というところが、私がお話をしてきた個の確立ということがこれなんです。成長の過程において、個がそのときそのときで確立されていく、それが成長を続けていくんだというお話をいたしましたが、こう書いてありました。
 もう一つは、十七歳の女子高生であります。四月十三日の朝日新聞投書でありますが、フランスのバカロレアというのはまさしく資格試験でありまして、「一点でも多く取らなくては勝てない共通一次とは根本的に違います。」と書いてあるんです。つまり、私が言った、加算をするから一点を争うというのとは違うのです。それからもう一つ、これはびっくりするような、私の話を聞いて書いたかと思うぐらいなんですけれども、「私たちは政府の偉い方に個性のお世話までして頂く必要はありません。」と書いてあるのです。よくごらんいただきたいと思うんです。まあ御参考でございますからコメントは要りません。
 そこで次は、大学の大衆化と高度化ということが我々大学人にとりまして、大学の大衆化というのは最近の風潮で、これは先進国共通の風潮なんですね。大衆化と高度化というのがやっぱり相反する面が多分にあるんです。いずれもお金がかかります。しかし、大衆化というのは量的に非常にたくさんになりますのでね、これは文教予算が随分かかるので、簡単に言うけれどもそうはいかないという面があるわけです。それで、この大衆化と高度化へ、文部省はどのように対応しようとしているか、現時点におけるお考えが承りたいと思うんです。
#171
○政府委員(大崎仁君) 大学のいわゆる大衆化といいますか、非常に普及率が高い時点での大学教育のあり方ということにつきましては、これは一般教育のあり方の改革も含めまして、やはり学部段階の教育というものが、かつての戦前の大学の専門教育のようなあり方をやはりある程度払拭をしたものとしてさらに発展させていかなければならないというふうには考えておるわけでございますが、しかし、戦後四十年の歩みの中で、かなり大学の学部段階の教育というのは変化を遂げてきたわけでございます。
 ただ、高度化という点につきましては、日進月歩の学術、科学技術の進歩発展ということに対応いたしますためには、やはり大学院の充実あるいは学術研究の推進ということが基本的に重要な課題でもあり、そのためにいろいろな大学での御工夫あるいはそれに対する私どもの御協力、支援というものも努力をすべきであるというふうに考えております。
#172
○高桑栄松君 まず最初に大衆化というのをちょっと伺うんですが、大衆化というのは、たくさん入れるということに非常に単純に考えられるわけでありますが、入学希望者にはすべて門戸を開放できるかということなんですが、いかがでしょうか。
#173
○政府委員(大崎仁君) これはアメリカあたりの大学の一つのあり方としては、いわゆるフリーアドミッションということで、希望する者は皆入れるというような政策をとっておる大学も現にあるわけでございます。ただ、全体として眺めますと、やはり中等教育後の教育という観点で、広い高等教育機関のあり方という中で多様な進学の意欲、勉学の意欲というものを基本的には受けとめ、その中で大学というのがどういう役割を果たしていくかという、ある意味では二段構えの考え方をとるべきではないか。その意味では、いわゆる大学全員入学というような考え方というのは、やはり現段階ではとりがたいのではないかという感じを持っておる次第でございます。
#174
○高桑栄松君 私が考えています大衆化と高度化なんですけれども、大学というのは高等教育機関なわけで、高等教育というのはハイアーレベルなわけですよね。レベルがハイアーなんですね。より高いということでありますから、やっぱりだれでも入るというところではないんじゃないか、こう私は一つ思うんです。受け入れ側から言いますと、容積が決まっていますから、それを拡大するには予算がかかるということでありまして、予算に従うわけでありますけれども、容積がある限りはやっぱりハイアーエデュケーションを受け入れられるだけの基礎能力が要るということはもう間違いないと思うんです。ですから、私はやっぱりすべての希望者に門戸開放は難しい。
 ただ、一点を争ってセレクトされたときに、落ちた人と入った人の利益、不利益の格差が天と地なんですからね。これを私はやっぱり、だめだと言っているのはそこでありまして、一定のハードルがあって、上と下がそれぞれハードルがあって、上は上、下は下で、いいと思っているんです。ですから、その辺がハイアーエデュケーションであるということでありまして、私は一つはやっぱり社会のニーズに対応した職業教育ですね、ボケーショナルエデュケーションというか、職業教育は社会のニーズに対応するので、これは大衆化の一応大きな対応だと思うんです。もう一つは、プロフェッショナルな、研究教育者を養成するというプロフェッショナルエデュケーションというのが私はあると思うんです。こっちが創造性というふうなことを担当していると思うんです。ですから、この二つが高度化とそれから大衆化の両面であろうと私は思うんです。
 したがって、個性の長所を伸ばす、その個性というのが一人一人であると考えますと、大学教育そのものはやっぱり定食コースを食べさせているわけですよ。アラカルトがないわけだ。だから私は、一人一人の個性の長所を伸ばしていきたい人はアラカルトだと思うんです。それがさっき申し上げたやっぱり単位制度だと思っているんです。単位制度、アラカルトではないかと。これは大衆化とプラス高度化があると思いますが、私の気持ちでは、どちらかといえば大衆化に対応するのではないかということでありまして、高度化の方は創造性ということを考えますと、英才教育ということがやはり要るのではないかというので、大学入学年齢の制限を緩和するというのを第二次答申から外すことになったというのが書いてあったと思うんですが、そうですね。多分そうですね、違うかな。それでその辺を聞きたいと思っているんです。
#175
○政府委員(大崎仁君) 第二次答申はこれから御答申になるということで、我々今期待をいたしておるところでございまして、それが出ませんと明確なことは申し上げられませんが、先生の御指摘が年齢の引き下げと申しますか、十八歳という年齢の取り扱いを弾力化するという点についてのお尋ねであるということでございますれば、御議論の過程では両論ありまして、やはり十八歳という年齢の枠を外すことによって一種の受験競争と申しますか、そういうものを激化する、あるいは高等学校教育を乱すことにつながらないかという強い懸念が御議論の過程では表明されたというふうに聞いております。
#176
○高桑栄松君 これはもう私たちは昔から言われていることでありまして、大脳の発達過程は、我々生まれたときは細胞一つなわけですね。精子と卵子が結合して一卵なわけででございます。それが二つになり、四つになり、八つになり、十六になる、十六は三十二というふうに、ガマの油の紙を切るみたいにだんだんふえていきまして、だんだんこうなっていくわけでありまして、それで大脳が最高に成熟をする段階というのは二十だと言っているんです。もちろんプラス・マイナスありますけれども、二十。それ以後は同じかだんだん下がっていくと言っていますね。百四十億個ある大脳細胞が――計算によって百二十億になったり、幾つか違いますが、一日十万個ずつ減っていくと言っています、二十歳を過ぎると。我々は一年間でその三百六十五倍掛けるウン十年だけもう減っちゃって大分減っているんじゃないかと思っているわけでありますが。
 それで、何というか、積み上げて発見するんじゃなくて、はっとひらめいて発見するのが二十前後と言っていますから、事実アイザック・ニュートンが万有引力を発見したのは二十二歳、湯川さんが中間子理論を予測した発見が二十八歳、こういうことであります。したがって、はっと思いつくような発見というのは二十代なんですよ。数学なんかはもう二十過ぎたらその辺だというんですよ。芸術は違うんですよ。芸術はまた違いまして、横山大観が「生々流転」をかいたのは五十五歳というし、ゲーテが恋をしたのが七十二歳と言っておりますから、みんな恋をする年齢にまだあるわけでございます。芸術は別なんです。しかし、発明発見となりますと、十八歳を――浪人有利なんですからね、今度。そうなると私は日本人は大学を出たときにはくたびれちゃって、これはもう発明発見なんかないんじゃないかと心配なわけです。
 ですから、昔四修で大学を受けましたからね、四年修了で。一つの飛び級制度ではないんですけれどもね、あれは。四年修了レベルで試験をしたんです。中学五年というのは一年余分に勉強しておったと言っていいんですから。ですから、やっぱり私は受験年齢制限、その辺がよくわからないんだけれども、角を矯めて牛を殺すということがあってはいけないとよく言われて、いろんなことを考え過ぎるおそれもあるんじゃないか。やっぱり私は、英才教育ということを何らかの形で考えなきゃいけないんじゃないか。例えば四修で入るということを考えますと、高等学校二年で入るという方法はないか。だからそういう何かないと、受験年齢制限緩和を延ばしたのか撤回したのか、よくわからなかった。あれはどう思われますかね。大臣、どうですか。
#177
○国務大臣(海部俊樹君) 昔ありましたいろいろな制度の中で、先生もお触れになった飛び級というのがございました。それから、これ今局長にここでそっと聞いてみたんですけれども、今のところはまだ、中高一貫教育の中で、五年終わったら大学へ行けるような方法はあるのかと言ったら、今のところは全くありませんと、こういうことでありますが、私の記憶に誤りなければ、たしか昭和女子大学というところへ文部省が、中高一貫教育の女子の教育課程の編成はできるのでしょうかどうかということを、たしかこの前私が文部大臣のときにお願いをしまして、その後あそこの学長先生が、やりようによっては五年間でできますというような経過の報告を、どこか私的な場ですけれども、聞いたことが、私いささかこびりついておるわけでございます。
 そこで、今文部省として考えておりますことは、従前から大学のレベルで四年間で百二十四単位取らなければというのを、その人の努力とかいろいろなカリキュラムのまた弾力性もあるかもしれませんが、三年間でこれは十分学問研究にたえ得る能力があると思った人は上の大学院に上がってもらってもいいではないかというようなことぐらいはまず解決をしていったらどうだろうかということで鋭意研究努力に取り組んでおるところでございますので、その一歩下のレベルについてはもっとさらに勉強さしていただこうと、こう考えます。
#178
○高桑栄松君 今ので一つ私は、受験競争が激化するということを言われたんで今思いついたところを申し上げますと、いつか僕はスペシャルスチューデントの話をいたしました。あれがいいかなと今思ったんです。高等学校二年で非常によくできる子がいて、もう飛び抜けてできる。これは推薦入学させる。そしてこれはもうスペシャルスチューデントで入れる。そして半年たって単位がきっちり取れるようだったらレジストレーション、登録をさせるというくらいの、受験勉強激化を恐れるんだったら、私は非常にできる子の推薦入学というのがあってもいいんじゃないか、これは特別枠でね。そういう人はもう無条件で入れる、そして後はテストしてみるというようなことを考えられないことはないんですが、大臣、返事をしてと言っても困りますかね。
#179
○国務大臣(海部俊樹君) この問題は、よく勉強させていただいて、研究をいたします。
#180
○高桑栄松君 わかりました。
 もう少し時間ありますけれども、ちょっと私の都合もございまして、これくらいでやめさせていただきたいと思います。
#181
○吉川春子君 それでは、質問させていただきます。
 まず、国立学校設置法ですが、臨調行革により国立大学の新増設は抑えられておりまして、十八歳人口増加の中で学生の増加を私学にかぶせるという政府の基本的な方向は、責任回避であり認められませんが、今回の学部の改組新設等は、こうした状況下で各大学の要求が認められたもので、国立大学の充実に資するというふうに私たちは考えています。この法案の成立後に学生の入試を行い入学者を決めるところもあるわけですが、実際に授業に入れるのはかなり先になるのではないでしょうか。学生は四月一日より在籍したものとされるわけですけれども、このブランクを実質的にどういうふうに埋めていくのか。また、法案提出の時期についての工夫が必要ではないのかという点についてまずお伺いいたします。
#182
○政府委員(大崎仁君) 午前中の御審議にもございましたような事情でございまして、法案を成立させていただきまして、直ちに募集要項を大学から公表いたしまして受験の手続に入るわけでございますけれども、大学側といたしましては、大体募集要項を出しましてから十八日ぐらいで入試が実施可能である。また、入学式は、大体法案を成立させていただきまして一カ月程度の日時で入学が可能であるというふうに承知をいたしております。
 そういうことでもございますので、第一回の学生は通常の学生に比べましてかなりのハンディを背負うわけでございますが、ただ、学年の教育ということにつきましては、全学生一斉にそういうことで取り扱えるというようなことでもございますので、大学におきまして第一年次の教育に支障がないように私どもとしても大学の関係者には十分お願いをし、また、大学側もそういう御対応をいただけるというふうに考えておる次第でございます。
#183
○吉川春子君 また、徳島大学の総合科学部の問題では、特に施設設備の充実等について具体的な計画が明らかにされていない等いろいろな問題がありますが、この入学試験のずれの問題とともに、やはり学生にしわ寄せがいかないように、最大限に文部省としても十分配慮をしてやっていただきたいというふうに注文をしておきます。
 それから二番目の問題は、大学の演習林に働く林業技能補佐員の身分、待遇の問題について伺います。
 八一年四月一日の予算委員会で、小笠原貞子議員の質問に対して、当時の文部大臣であった田中文部大臣は、今後とも具体的に改善していかなければならないと答弁しています。しかし、今日も身分、待遇はその仕事の重要さにもかかわらず改善は進んでいないのが実情です。これらの林業技能補佐員は、育林、素材生産を初め収穫調査などに従事してきておりますが、技官が計画、照査を中心に担当し、補佐員は実行が中心ですが、林業現場の技術を踏まえて、計画、照査にも影響を与え、民営形態で導入されている労働力とも異なり、特に技術的に未解決の分野、きめ細かな林業作業の要求される分野で、演習林の試験研究を発展させる重要な責務を負っているわけです。
 林業技能補佐員は、技官とともに演習林の試験研究にとってなくてはならない存在だと思いますけれども、この点についての文部省の御見解はいかがですか。
#184
○政府委員(西崎清久君) 演習林の運営において、林業補佐員が果たす役割は大変大事なものであるというふうに理解しております。
#185
○吉川春子君 そして、これはまた代替性という意味でも、すぐにかわりの人が見つかるということも困難なのではありませんか。
#186
○政府委員(西崎清久君) 演習林の所在地が、多くの場合、何と申しますか、僻地等に所在する場合が多いわけでございます。そういう意味においては、なかなか代替性に乏しいということも事実であろうかと存じます。
#187
○吉川春子君 地理的条件と同時に、その負っている仕事の中身からしても、代替性がなかなか困難である職種だというふうに思うわけです。
 例えば、北大演習林には職員百七十五名中、林業技能補佐員は六十六名います。このうち五十名が三十代、四十代、五十代の人であり、独身者は六名で、ほとんどが世帯主で一家の大黒柱です。収入は、例えば三十七歳の人で、妻が三十五歳、長女十二歳、長男十一歳、次女七歳、三女五歳という家族で、年収二百五十四万円という状況です。家計において家族を扶養する義務があるのに扶養手当が支給されていないのが実情です。しかし一方で、国有林野事業に従事している基幹作業職員、常用作業職員、定期作業員はいずれも定員外ですけれども、これらの人々には配偶者五千五百円の扶養手当が出ております。
 技官と林業技能補佐員では仕事の内容上の分担はありますけれども、いずれが欠けても演習林の試験研究は所期の目的が果たせないと言われています。林業技能補佐員の諸問題を根本的に解決する道は、私たちは定員化の促進であると考えています。しかし、まず緊急にやらなきゃならない問題として、世帯主、一家の大黒柱に対して、扶養手当なりそういう手だてを早急に講ずるべきであると思うわけです。
 文部省は、そういう方々からのいろんな要求を受けられていると思いますけれども、この点についてはどういう見通しを持たれているんでしょうか。
#188
○政府委員(西崎清久君) 林業補佐員に係りましての給与諸手当の扱いでございますが、扶養手当に限って申し上げますれば、やはり日々雇用という形の非常勤職員の性格から申しまして、家庭の生活費の補完という形での扶養手当の支給ということについては、文部省は従来から消極的に考えてきておったわけでございます。
 しかし、いろいろと林業補佐員に関しての類似職種、他省庁との関係等もいろいろ勘案しておるわけでございまして、今後の問題といたしましては、地域の実情なり実態というものをもう少し調べてみたい。そういうことを踏まえまして給与の問題、扱い、日給の額の問題等との関係で、必ずしもすぐ扶養手当というふうにはまいらないかもしれませんけれども、何らか処遇面での対応ということが少し前向きに考えられないかということを、私どもは本年度から少し検討をしてみたいというふうな考え方でおるわけでございまして、もう少し時間をかけて慎重に検討してまいりたいと、こういうふうに考えております。
#189
○吉川春子君 そういう文部省が一歩前に踏み出していただいたことは大変結構だと思います。その検討という場合に、余り長々と検討されてはやはり救済にもならないわけでして、半年とか、三カ月とか本当に早い時期にやっていただきたい、こういう要望に対してはいかがでしょうか。
#190
○政府委員(西崎清久君) やはり、非常勤職員の給与につきましては、それぞれの大学における校費からの支出という実態がございまして、年度においてそれぞれ大学は年間における職員給与の支出計画、その他物件費等の支出計画等も考えておるわけでございます。そういう点から申しますと、にわかにその点につきましての変更ということもいかがかと思いますが、私どもとしては、全体の大学が年度の計画を立てる前にそれぞれの人件費等についての計画が立つように、今年度少し検討さしていただきまして、少なくとも来年度ぐらいからは何らかのラインが私どもで示せるように、そういうふうな方向で検討をしてまいりたい、こんな考えでおるわけでございます。
#191
○吉川春子君 三年雇用の問題についてはきょうは入れませんが、基本的にはそういうことの改善が望ましいわけですが、ひとつその点につきましてだけでも早急に検討していただいて、できる限り早い機会に結論を出していただきたいと要望しておきます。
 次に、婦人研究者の地位の向上の問題について伺います。
 昨年夏日本政府が批准いたしました、女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約、ここでは、婦人が婦人であるがゆえに、または結婚や母性を理由に差別されてはならないと明記しておりますし、当然国立大学の教員の雇用についても例外であってはならないと思うわけです。そういう中で大学の教員の中で婦人の占める数が非常に少ないわけですけれども、日教組大学部の婦人研究者問題プロジェクトチームの調査を見て私はびっくりいたしましたが、旧帝大、九大、京大、東大、東北大、この四つの大学で見ますと、教授の数が千九百七十七名いるわけですね。ところが、婦人の教授というのは三名しかいない。〇・一五%の比率なんです。助教授は千七百五十八名この四つの旧帝大にいますが、そのうち九名、〇・五一%なんです。けた違いという表現があるんですけれども、三けた違うわけですよね。
 国立大学の特に旧帝大の中でこれだけ婦人の教授、助教授が少ないということについて、大臣はどういう感想を持たれるでしょうか。
#192
○政府委員(西崎清久君) 大学の教育公務員の任用につきましては、やはり大学自治の原則のもとに大学管理機関がこれを行う、教授会その他ということがかかわるわけでございますが、およそ一般の小中高等学校と違いまして、水準において高度でありますし、内容において非常に専門性がある。そういうふうな性格から申しまして、別に男女差別ということではございませんで、それぞれの大学において定められた任用手続において任用を行っておるわけでございます。
 先生おっしゃいます数字、結果としての割合の問題というものがあるわけでございますが、この点において婦人の扱いがどうこうというふうなことではないというふうな感じがいたすわけでございます。
#193
○吉川春子君 今の官房長の御答弁だと、内容が高度で水準が高いところは結局女性の比率は低くなるんだ。こういうふうにも受けとめられますけれども、そうですか。
#194
○政府委員(西崎清久君) 決してそうではございませんで、それぞれの分野における学問研究の研究者の基礎の数であるとか、そういうふうな分野ごとの男性女性の数の問題が基礎などにはあるのではないか、それぞれの個人個人の問題。男女の差別の優劣を私が申し上げておるわけではございません。
#195
○吉川春子君 ちょっと微妙なお答えですが、次へ行きます。
 日本学術会議が文部省の科学研究費を使って婦人研究者のライフサイクル調査研究を行い、この結果を五十九年八月にまとめて発表しています。これを読んでみますと、日本では女性研究者が大変不利な条件のもとで仕事に励んでいることがよくわかります。大学院では業績に男女の差がないけれども、就職となると、女性は男性より数倍業績がすぐれている場合にようやく採用される。大学でも研究所でも男性の方が地位が高いわけです。特に家族関係では、男性では配偶者のある人は九三%ですが、女性の場合は五九%なんですね。結婚していらっしゃらない方が非常に多い。結婚を選択した女性研究者が子供をいつ持つかということは大問題で、男性が二十五歳と二十九歳が結婚のピークで、その一年後に第一子を持っているのに対して、女性は、つまり女性研究者は、二十五歳で結婚しても二年から五年置いて出産しているわけです。結婚や出産も時には犠牲にしながら学術研究に専念しているわけですけれども、その結果、女性研究者たちの報われ方が余りにもささやかであるという現実にびっくりいたしました。
 この調査研究は当然文部省にも提出されたわけですけれども、このライフサイクル調査について、文部省としてはどういうふうに受けとめられておりますか。
#196
○政府委員(植木浩君) この調査研究は、五十七年度から五十九年度まで三カ年間にわたりまして科学研究費補助金を得て行われたものでございまして、立命館大学経済学部の塩田教授ほかの方々によって調査研究をされたものでございます。
 研究の目的は、大学や研究機関で働きます婦人研究者を対象にいたしまして、個別にライフサイクルを調査をし、研究者としての成長発展段階と女性としてのライフステージ、この二つがどのように絡み合っておるか、どのような矛盾をはらんでいるか、その際住居とか社会環境の影響がどうあらわれているか、こういったことなどを分析をして、婦人研究者の問題を研究しよう、そういうものでございます。
 もちろん私どももその研究成果をいただいておるわけでございますが、その研究成果は、一部新聞などでも取り上げられたと、このように了知しております。
#197
○吉川春子君 それで、重ねてお伺いいたしますけれども、生々しい実態が数字あるいは言葉で書かれているわけですが、それをお読みになった感想を伺いたいんですが、いかがですか。
#198
○政府委員(植木浩君) 私ども担当者といたしまして、多くの科学研究費補助金によります研究成果をいただいておりますが、直接に研究成果につきましてここでコメントをすることは差し控えたいと思いますけれども、先ほど申し上げましたように、その研究成果が新聞などでも取り上げられたと、こういうものでございます。
#199
○吉川春子君 女性研究者の生々しい悲鳴のようなものをもっと受けとめていただけたらと私は思うんです。
 子供を持つ婦人研究者の中で、出産異常、切迫流産、重症のつわり等の経験者は四四・二%に上っているわけですね。その中身にこれから踏み込んでいきます。また、複数の異状を経験している人も八九・七%です。ほかの分野で働く女性に比べても大変この数字は高いわけで、大学等の研究機関には産休代替制度のあるところが極めて少ないことも一つ理由になっているんじゃないかと思われます。
 国立大学の婦人研究者が労基法の定める産前産後の休暇さえ十分にとれていない現状がこういう数字としてあらわれているわけで、これを改善するためにやはり文部省としても手を打つべきであると思いますけれども、いかがですか。
#200
○政府委員(西崎清久君) 先生御指摘の研究報告書につきましては、私もその数字の実態は読ませていただいておるわけでございます。御指摘のような数字があるわけでございますが、二つに分かれると思うわけでございます。一つは産前産後の問題、一つは育児休業の問題だと思うわけでございます。産前産後の問題につきましては、労基法によりまして女子の大学の教官の方も保障されておるわけでございまして、私どもこの全体の実態は国立大学についてすべて把握しておるわけではございません。
 そこでちょっと、若干調べさしていただいたわけでございますけれども、女子の教官が多いと思われますお茶の水大学につきましてどういう実態であるかということでございますが、六十年度、昨年でございますが、助手の方が二人産前産後とっておられます。産前休が四十四日、産後休が四十二日、合計八十六日、それからもう一人の方は合計で六十二日とっておられます。これは労基法で申しますと、産前六週間、当時は産後六週間――現在八週間になりましたが、八十四日でございます。そうしますと、一人の方は八十六日とっておられますし、一人の方は六十二日しかとっておられない、そういう若干のばらつきがございます。もう一つ奈良女子大について調べてみましたら、昨年は助手の一人の方が九十五日とっていらっしゃるというふうなことが、昨年の例で申しますと出てまいったわけでございます。そういう意味におきまして、全体の大学は調べられませんでしたので、二大学をちょっと調べてみたわけでございますが、産前産後につきましては、二大学ではある程度とっておられるなという感じがしたわけでございます。
 しかし、先ほど御指摘の報告書には大変切実な数字が上がっておりますので、これ、全体の数字がどのように調べられるかはわかりませんが、産前産後は法で保障されておる労働者としての一つの権利でございますから、それぞれの大学がそれぞれの個人個人の状況に応じて産前産後がとられることがやはり必要なことでございますし、そのことはできるだけ実施されることが望ましいというふうに私どもは考えるわけでございます。
#201
○吉川春子君 それで、産前産後の休暇をとる場合に、代替職員といいますか、その人が休む間の仕事の穴を埋めるためにだれか人が必要になるわけですね。その点でちょっとお伺いしたいんです。
 研究者の仕事は三つの分野に分けられるというふうに言われています。一つは教育的な仕事ですね。学生たちに教えたり指導したりする仕事。これは海外出張なんかのときは非常勤講師などを充てて、男女に限らずやっているわけですね。それから二番目は、研究活動なんですけれども、この研究活動の中でも、自分が研究を蓄積していくということは、これはいかに産休であってもだれかが代替するというわけにはいかないと思うんですが、チームを組んで、実験をしたりそういうようなものは、だれかがお産だからといっても待ったなしに進まなきゃならないんで、こういう点についてはやはりだれかかわって、ODでもだれでもいいんですけれども、院生でもいいんですけれども、そういう形でできないかということがあります。また三番目は、管理的な仕事がありまして、会議録をつくったり会議を招集したり、あるいは薬品を調えたり、そういうことも実は大学の先生が御自身でやられるそうなんですけれども、こういうような仕事があるわけですね。
 それで、出産だからといって休んで、全然代替の人がいないとなりますと、それが全部同僚の別の先生にかかっていく。そういうことで女性の研究者が嫌われるという実情があるわけで、産前産後の休暇をとる場合に、講師とかあるいはアルバイトの大学院生を雇うとかいろんな形でできると思うんですけれども、ひとつこういう形で安心して労基法に定められている休暇がとれるように、そういうことをぜひ考えていただきたいと思うんですが、いかがでしょうか。
#202
○政府委員(西崎清久君) 産休代替の職員の確保につきましては、先生も既に御案内のとおり、小中高段階の先生方については昭和三十年に代替法が成立して確保が図られている、こういう実態があります。
 そういう意味で、大学の教官についても例えば産休代替の法律などをつくってその保障ができないだろうかということになるわけでございますが、この点につきましては、小中高の場合は母体の保護という意味合いと、それから人材の確保という意味合い、それからもう一つ学校の正常な運営でございますね、そういうふうなことを趣旨として昭和三十年に産休代替法が成立したわけでございますが、その内容としては、やはり教員免許状というものが一般的に基礎資格としてあって、そして小中高の場合には、代替教員というものが免許法という一つの裏づけられた基礎資格でそのような財政措置なり身分上の措置なりがとれれば代替教員の確保が容易であるというふうな一般的な前提があると思うわけでございます。
 一方、大学高等教育について考えます場合に、代替の先生方が、果たして教官としてお休みになる人のかわりとしてすぐ小中高のごとくに的確に得られるかどうかという問題。先生御指摘のように、その場合には非常勤講師をちょっとどこからかお願いして埋めるということもそれは実態としてはあるわけでございますが、これを制度あるいは法律として義務づけるとか、あるいは保障するという姿にするにしては、高等教育の性格としてなかなか困難性がある。そういうふうなことから申しまして、やはりこれは高等教育の問題として、産休代替を立法化してこれを制度化することについては非常に難しい問題があるというふうな感じを我々は従来から持っておりまして、現段階においてもこの点についてはなかなか難しいというふうな感じがしておるわけでございます。
#203
○吉川春子君 まあ学生たちに教育をする、これは非常勤講師を含めてそういう形で代替は可能だと思うんですが、そのほかの仕事についても、一人の人で全部代替するという制度じゃなくて、例えば実験の問題については大学院生を使うとか、あるいは会議の招集とか議事録の作成は、オーバードクターはいいことじゃないけれども、たくさんおられるそういう人たちに一時頼むとか、いろんな方法があるので、人としてこの人を産休代替として決めるということではなくて、現場の要求の一つとして予算を組んでもらいたい。その予算の枠内でアルバイトの人を雇ったり、いろんな方法で婦人の研究者の出産休暇のときの仕事のカバーを実際にできるようにしてほしいというのがあるんですけれども、そういう点については検討していただけないですか。
#204
○政府委員(西崎清久君) 今私は、制度として、あるいは立法化としての困難性を申し上げたわけでございますが、運営の実態という問題につきましては、先生先ほど三つの職務の分類で御提示がございました。それも一つの分け方だと思うわけでございます。これらの点につきましては、それぞれお休みになる婦人の教官がどういう仕事をしておられるか、その方があるいは院生の指導をしておられるのか、あるいはお一人で研究だけをしておられるのか、授業を持っておられるのか、種々さまざまでございます。したがいまして、各大学ごとにあるいはお休みになる婦人教官の方々の職務の内容に応じて、その場合の臨機の措置についてはさまざまな実態対応が考えられると思うわけでございます。
 その際に、例えば校費というものの中から、アルバイトなり非常勤の方々なりパートタイムで例えば資料の整理などを継続してやる場合に、校費の支出をどのぐらいできるかなどにつきましては、各大学にいろいろな使途として使える校費というものが年間予算で与えられておりますから、学内の問題として必要なものについては必要な措置をするということは可能であると思います。
 起きる実態がさまざまでございますから、予算積算をそれだけ取り出して文部省予算で計上するということもいかがかと思われますので、実態に応じた各大学における既定予算の枠内で措置をするというふうなことはあり得ることであろうかと、そういうふうに考えるわけでございます。
#205
○吉川春子君 現に東京都立大学などではそういう形で、制度として条例で定めているのかもしれません、予算措置かもしれませんが、あるわけです。
 大臣、お願いしたいんですけれども、さっき申しましたように、女性の研究者が非常に、三けたぐらい数字が違って少ないわけです。そういう背後には、やはり子供を産み育てる、そういうことと両立しないという側面が一つあるので、そういうような面について、やはり文部省としても、差別撤廃条約も批准したわけでございますので、そういう立場から社会的な条件の整備をしていく、こういう点でぜひ御尽力いただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
#206
○国務大臣(海部俊樹君) 官房長がいろいろ詳しく御答弁しておりましたように、できる限りのことは今も枠の中で考えておるようでございますけれども、さらに前向きにいろいろ調査したり研究したりさしていただこうと思います。
#207
○吉川春子君 それから雇用の問題なんですけれども、女性の研究者の比率を国立大学等で引き上げるためには、まず文部省がそういう立場にしっかり立つ必要があると思うんですね。
 アメリカでは、連邦政府と契約関係にある企業、財政援助を受けている教育機関に対して、契約援助の条件として、性による差別をしないこと、性による差別をなくしていくためのアファーマティブアクションというんでしょうか、をとるように義務づけています。企業や大学が独自に女性を積極的に雇用するための計画を立てて、連邦政府に計画の達成を報告させていて、それを実行していないと判断したときは財政補助を打ち切るということもやっているわけなんです。この制度は、本来黒人などマイノリティーの保護ということでつくられたものですけれども、雇用上のあらゆる差別をなくすための制度として活用されています。日本でも障害者の法定雇用率がありますし、一応政府もそれが守られるように指導なさっているわけですが、女性研究者などの雇用平等を実現するためには何らかの手をやはり積極的に打つべきときが来ているんじゃないかというふうに思うわけです。
 政府は、一九七七年、婦人の政策決定参加を促進する特別活動の推進ということを掲げて、国の各種の審議会等に女性の委員を一〇%にするように定めました。八三年に四・九%であったものが八五年現在では五・五%になっています。微々たる歩みですけれども、ここに政府の一つの努力の形があるわけで、文部省もぜひ女性研究者の雇用率の引き上げといいますか、そのためにも具体的な政策を示していただきたいと思うんですけれども、大臣、この点についてはいかがでございますか。
#208
○政府委員(大崎仁君) 大学の教官、あるいは研究所の研究者についても事情は同じかと存じますが、先ほど官房長からの答弁にもございましたように、やはり職務の性格上、その職務にふさわしい研究業績あるいは教育業績という観点が中心となって選考がされるわけでございまして、その際に、男女の性別というものがいささかも考慮に入るべきではないということは仰せのとおりでございますが、それだけに、今後ともその専門あるいはその職に最もふさわしい人を選ぶということでいくべき性格のものであろうかと思っております。
 女性の比率も、例えば先ほど御指摘になりました国立大学の教授について見ましても、五十年度が一・六%でございましたのが六十年度は二・一%ということで漸増をいたしておるところでもございますし、また、以前の御審議にも出ましたように、女子に大学教育、大学院教育の機会が全面的に開放されましたのはいわば戦後の新しい制度のもとでございまして、現在、次々にすぐれた新しい女性の若い大学院生も増加をしつつある状況でもございますので、そういう状況とも相まちまして事態の改善ということを、私どもとしては期待をさしていただきたいというふうに考えておるところでございます。
#209
○吉川春子君 私は一昨年、婦人研究者の問題で文書質問を出させていただきまして、そのときいただいた答弁をさらに突っ込む形できょうやりましたけれども、本当に女性が大学の教授とかあるいは高等の学術研究に向かないなどということはないわけでして、さまざまな実績も上げていますけれども、その陰には自分の女としての幸せというと変ですけれども、独身を貫いたり、あるいは健康を犠牲にしたり、そういうことで学術研究のためにささげているという側面もまだ今日あるわけなんです。だからそういうところを、ライフサイクルのあの調査結果なども十分に検討いただいて、きょうの質問ですぐ改善という積極策が出てくることは難しいとは思うんですけれども、引き続きやりますので、この次にはもっと進んだ御答弁がいただけますように、ひとつよろしくお願いしたいと思います。
 それから続いて学生寮の問題について伺います。
 学費、学生生活費の高騰がありまして、学生寮への入寮希望者が大変ふえているわけなんです。全日本学生寮自治会連合の「一九八四年度寮生活実態調査」によりますと、寮生の家庭の収入は一般学生の家庭の収入よりかなり低く、年収四百万未満の家庭が寮生全体の五九・五%を占めているわけなんですね。年収四百万といいますと、家族によっては恐らく一級地の生活保護のもうすれすれの金額ではないかと思うんです。そういう中で、裏返して言えば、学費値上げとか学生生活費の値上げで、低所得者が非常に大学などに入学できにくくなっているわけですけれども、学生寮を利用することで学生生活を維持しているというあらわれでもあるわけですね。
 昭和三十七年に学徒厚生審議会が「大学における学寮の管理運営の改善とその整備目標についての答申」を出しまして、その中で、「国立大学についてはその全学生数のおおむね三〇パーセントを学寮収客人員の基準とし、公・私立大学については」「二五パーセントを学寮収容人員の目標として、学寮施設の拡充、整備をはかること。」としています。
 現在、学生寮の定員は、学生比で大体どれぐらいになっておりますでしょうか。
#210
○政府委員(大崎仁君) 国立大学の学寮の収容人員は、昭和五十九年度におきまして約四万人でございまして、総数に対しまして約一一%の収容率ということになっております。
#211
○吉川春子君 その入寮の希望者は年々かなりふえておりまして、八六年度の入寮倍率は、東北大学においては三・六倍、福島大学の男子寮では二・三七五倍、女子寮では二・四倍とか、大阪外大では五・二倍とか、大変入寮の希望者が多いわけですね。それに比べて実際に寮に入っている学生の比率は一一%ということで、ここでも狭き門なんですけれども、学徒厚生審議会答申並みに、三〇%という一応の目標があったわけですから、これに向かって増寮をしていただきたいと思いますが、そういうことはいかがですか。
#212
○政府委員(大崎仁君) かつて学徒厚生審議会におきまして、御指摘のような数字を国立大学については掲げておるわけでございますが、現時点の状況を申し上げますと、国立大学の学寮の整備につきましては、一つは新設大学の整備ということにこれまである意味では追われておりまして、新設大学の学寮の整備ということも重要な課題でもございましたし、また当面は、既設の大学におきます寮で非常に老朽化しておる寮がなお残っておりますので、これの建てかえということが当面の緊急課題となっております。現在はそれに優先的に取り組んでおるというのが現状でございます。
#213
○吉川春子君 国立大学の収容人員が今数字で示されましたが、新構想大学の学生寮の収容人員というのはどれぐらいになっておりますか。率も示してください。
#214
○政府委員(大崎仁君) 新構想大学と申しますか、新設されております大学について申し上げますと、先ほどの収容率の数字が一八%ということになってございます。これは新設のいわゆる医科大学を含めた数でございます。
#215
○吉川春子君 一八%というのはかなり少ない数字ですね。私の手元にある数字では、新構想大学の収容人員は学生比五〇%という数字があります。
 いずれにしても、先ほどおっしゃった数字にしても、普通の大学よりは収容人員が高いのですけれども、新しい大学の学生寮の収容人員の率が高いのはどういう理由ですか。
#216
○政府委員(大崎仁君) 一般的に申しまして、新設大学というのは用地をどうしても既成市街地以外の地に求めます関係から、やはり寮の整備ということをいたしませんと、学生に不便を与える度合いが既設の大学よりは多いということもございまして、特に新設大学の設置に当たっては学寮面には配慮をいたしておる、その結果が反映しているものだというふうに考えております。
#217
○吉川春子君 そうしますと、大学の設置条件といいますか、周囲の環境などで下宿等がなかなか得られにくいようなところは、やはり寮で補う、こういうことですか。
#218
○政府委員(大崎仁君) そういう配慮もいたしておる、個別の大学によっていろいろ条件は違うわけではございますが、そういう個別の配慮の結果の集積といたしまして、ただいま申し上げましたような数字になっておるということでございます。
#219
○吉川春子君 例えば先ほど申し上げました大阪外大の場合なんですけれども、大学の周辺は新興住宅地と山で、下宿、アパートは皆無に等しいという立地条件なんです。ワンルームマンションなどはありますけれども、賃貸料が三万五千円から四万円。それで下宿生は一時間から一時間半かけて阪急電車やバスを乗り継いで通学しております。
 学生寮、時に女子寮は定員百四十四名と少ないので、在寮年限を二年と制限されて、それでも八六年度の入寮倍率は五・二倍です。こういう大学は地理的な条件も悪く、寮の必要性も高いわけですけれども、今の御答弁からしますと、大学からの予算要求があれば増寮を認めるという方向なわけですね。
#220
○政府委員(大崎仁君) これは、大阪外国語大学の移転計画当時の実情を私も詳細承知をしておりませんので、現在個々のケースについてお答えを申し上げる用意はございませんが、一般的に申しますと、先ほど申し上げましたように、当面は老朽化した寮の建てかえということを最優先にいたしておるわけでございます。
 ただ、もちろん将来にわたっての対応の仕方といたしましては、これは限られた予算の枠を配分をする、有効に活用するということではございますが、個別の大学の実情は十分大学側からお聞きをいたしまして、必要性の高いものについて対応してまいりたいというふうに考えておるわけでございます。
#221
○吉川春子君 それから、寮費なんですけれども、新寮で月額三百円、新規格寮で二千四百円。これは当面寮費の引き上げということはなさらないわけですね。
#222
○政府委員(大崎仁君) 現在のところ、寮費値上げというようなことを行う予定はございません。
#223
○吉川春子君 さて、大学学費、学生生活費が大変な勢いで高騰しておりまして、文部省の「昭和五十九年度学生生活調査」によっても、親元から離れて下宿する大学生の年間平均支出は、国立大学で百二十三万円、私立ては百七十四万円で、奨学金を受け、アルバイトをしても、そのうちの八割近くは親からの仕送りに頼らざるを得ないわけです。勤労者がこういう高額な学費、学生生活費を払って子供を大学にやれるかというと非常に困難で、母親がパートに出て、父親が残業をして、生活費を切り詰めて学校へ出しているというのが実情だと思うんです。
 そういう中で文部省は、この間非常に国立大学の授業料の値上げということをやってきたわけですけれども、最近数年間、国立大学の学費はどういうふうになっていますか。
#224
○政府委員(大崎仁君) 国立大学の授業料につきましては、昭和五十年度以降ほぼ一年置きということで改定をいたしておりますが、五十一年度が年額九万六千円ということでございましたのが六十一年度では二十五万二千円ということになっております。
#225
○吉川春子君 物すごい数字ですね。一九七四年に入学金が一万二千円、授業料が三万六千円。これが一九八七年度の予定では、入学金が十五万円、そして授業料が二十八万八千円。八・四倍。こういうすさまじい数字になっていくわけです。
 この授業料の値上げということを、文部省はどこまでやるつもりなんですか。青天井なんですか。それともどこかまでいったら値上げをしないとか、値上げの率は抑えるとか、こういう何か値上げについての基準はお持ちなんですか。
#226
○政府委員(大崎仁君) 国立大学の授業料の水準につきましては、原則といたしまして、家計が余り豊かではない御家庭からも進学がしやすい水準ということが望ましいと考えておるわけでございますが、他方、私立大学との均衡、あるいは経済状況の変化というようなことも勘案しながら、ある程度の改定ということはまた必要ではなかろうかというふうに考えておるところでございます。
 今後、そういう幾つかの要因を考えながら、具体的な対応をいたしてまいりたいと思っておるところでございます。
#227
○吉川春子君 時間がなくなりましたので、まとめに入りたいと思います。
 国立学校設置法の十二条で、国立学校における授業料その他の費用の免除の規定もあり、こういうものも活用されるとか、あるいは寮がたくさん建てられるとか、いろいろ機会均等を保障する方策があると思うわけです。財政法三条は、「財政収入と国会の権限」を規定しておりまして、国立大学などの学費の改定は、法律または国会の議決にゆだねるべきだということも、憲法の財政民主主義の立場からもそういうふうに言えると思うんです。
 最後に、学費の問題で大臣にお伺いしたいんですけれども、学費の高騰が教育の機会均等を経済的側面から崩していくものであるということは明らかです。貧しくとも向学心に燃える若者に、高等教育の門戸を閉ざしてシャットアウトしないようにするために、やはり文部省が学費の値上げを抑えるとか、いろいろな方法で対策を講じなければならないと思いますけれども、その点についての大臣の御所見を伺わせていただきたいと思います。
#228
○国務大臣(海部俊樹君) 御指摘のような、特に経済的な父母の負担が大きいという理由が教育の機会均等に反しないように、文部省としましては、予算措置のときに、育英奨学金の制度であるとか、あるいは今度は公私の格差是正のために私学への助成をうんと頑張るとか、あるいは国立大学なんかでは授業料の免除を考えるとか、いろいろきめの細かい施策を通じて、何とかそういった経済的な理由だけで進学の志が折られることがないように、一生懸命きょうまでもやってきたつもりでございますけれども、なお一層そういった環境を整備していくためにこれからも努力を続けてまいりたいと考えております。
    ―――――――――――――
#229
○委員長(林寛子君) この際、委員の異動について御報告いたします。
 ただいま藏内修治君が委員を辞任され、その補欠として関口恵造君が選任されました。
    ―――――――――――――
#230
○関嘉彦君 私は、前に行われた質問と同じ質問の繰り返しはなるだけ避けたいと思っております。しかし、けさほどの質疑応答を聞いておりましても、まだ納得できない点がありますので、若干繰り返しになりますけれども、改めて、特に徳島大学について質問することをお許し願いたいと思います。
 先ほどからも質問がございましたように、徳島大学の総合科学部の設置がきょう仮に可決されたにしましても、実際に入学して授業が始まるのは大体一カ月後だというふうに伺いました。これは学生たちにとっては大変迷惑なことだろうと思います。もう少し早く申請すべきではなかったかと思うんですけれども、徳島大学の教育学部を総合科学部に改編する、その最終的な書類が文部省に提出されましたのはいつでございますか。
#231
○政府委員(大崎仁君) 先ほども他の先生にお答え申し上げたところでございますが、昭和五十九年の十二月の時点で徳島大学の評議会が正式に決定をいたしまして、その結果を私どもの方にちょうだいをしたということでございまして、さらに、その決定を受けましたいわゆる大学からの概算要求の要望が寄せられましたのは、六十年のたしか七月ぐらいにはなろうかと思います。
#232
○関嘉彦君 五十九年の終わりぐらいに出されたんでは、いかに国会の方で勉強して早く可決したにしても、三月三十一日に可決されればいい方であって、そういうことは恐らくないと思うんですけれども、それでもほかの大学に比べれば非常におくれるわけですわね。しかも、徳島大学の場合は、鳴門教育大学が開設されたときから、六十一年からは鳴門教育大学の方で学部学生を入れるので、徳島大学の方は改組するということはもう前から決まっていたことなんですね。にもかかわらず、ぎりぎりに、しかも五十九年の十二月に出してくるというのは、ちょっと大学当局の意気込みが疑われるんじゃないかというふうに考えられるわけです。
 確かに大学の先生というのはみんな一城一家の主をもって自称しておりますし、またビジネスライクでないということは私自身も含めてよく自覚しておりまして、ビジネスの方に行けない人がやむを得ず大学教授になったと悪口を言われてもしようのない面もあるんで、エフィシェントに行動できないのはわかるんですけれども、新しい学部をつくってこれから新しい領域を切り開いていく、そういった意気込みが見られないような気がする。何かいろいろすったもんだして、仕方がないからこういうところに持ってきたんじゃないか、悪く邪推すればそういうふうにもとれるところがあるんですけれども、これについて文部当局いかにお考えでしょうか、
#233
○政府委員(大崎仁君) 全く新しい学部を教官の志を同じくする方々が推進をする場合、あるいは特定の専門分野の焦点の定まった学部を設置する場合と異なりまして、多様な専門をお持ちの方々が、いわば一つのパターン化をしない、類型化をまだしていない新しい学部をおつくりになるということでもございますので、その御構想にはいろいろな考え方が可能性として残されているだけに、どう具体に案を描いていくかということについていろいろ錯綜した意見があったというふうに推測をしておりまして、それだけに、ある意味では難産であったことと推察をしておりますが、一度そういうことで意欲が結集を見たわけでもございますので、私どもとしてはぜひ積極的にその構想を応援をしてまいりたいと考えておるところでございます。
#234
○関嘉彦君 私も、できるだけ早く審議して、少しでも学生に迷惑かけないようにしたい、その点は同感ですけれども、今後のこともあると思いますので、やはりちょっと、今の学部を改編するにしましても、前々からわかっていたことですから、もっと十分に討議して教官の意思統一を図るべきじゃなかったかということを考えております。
 それに関連しまして、総合科学部のねらいは何であるかということがけさほどから質問ございました。高桑さんも先ほど質問されたように思うんですけれども、私は多くの国立大学が東大のまねをして、自然科学のことは知りませんけれども、人文科学、社会科学に関する限りは法学部、経済学部、文学部というふうな分け方をしてそれを大体右へ倣えしているところが多い。早稲田大学は、私はさすがに大隈先生は偉いと思うんですけれども、そういったドイツ流の考え方ではなしにイギリス流の考え方で政経学部を最初からつくられたということを私は非常に高く評価しているんです、早稲田と明治大学ですね。ところがほかの大学はみんな、法学部、経済学部、文学部という立て方をしている。これは私は時代おくれだと思います。現在、そういった昔のグループに属しない学際的な領域が新しく生まれていて、それを研究しなくてはならない。したがって新しい学部構成をやるという考え方は私は賛成です。
 しかし、新しい学部構成であれば何でもいいということはないんじゃないか。例えば東大の教養学科、これなんか最初は地域研究でスタートしたわけですね、リージョナルスタディーで。例えばイギリスならイギリスを政治、法律、経済、文学、あらゆる面から研究していこう。これは私は非常に成功していると思います。しかし、この徳島大学の構想を見ますと、そういった地域研究でもないわけですわね。それでどうも見ますと、文化コース、社会科学コース、基礎科学コース、健康科学コースというふうになっているんですけれども、これは教養課程の科目の繰り返しじゃないかというふうな気がするので、本当にこういう立て方で学際的な研究ができるかどうか。
 それから、さらに詳しい主要授業科目のこの資料をいただきました。しかし、例えば経済・経営研究のところを見ましても、経済理論、経済学史、経済史、経済政策、国際経済、それから社会政策云々というふうになっているのですけれども、やはり従来の教科をただ並べているだけであって、これで本当に学際的な研究をやれるかどうかということも非常に疑わしいわけで、何をねらいにしているのかどうも私にはよくわからない。
 文部当局としておわかりの範囲で結構ですから、教えていただきたいと思います。
#235
○政府委員(大崎仁君) 総合科学部としては、いわば教養学士を出す学部として構想されておるわけでございまして、その意味では、いわゆる特定分野の専門性ということを基礎にした一般科学部とはかなり教育のあり方が違うわけでございます。
 具体の姿といたしましては、これは大学側の考え方でございますけれども、各コースの共通の専門科目のようなものをまず十二単位一般教育が終わりました時点で二年次の後半あたりから履修をいたしまして、三、四年次にかけまして指導教官と相談をしながら主として専門科目を選択履修するわけでございますけれども、その中で、十八単位ほどの、そのピークを立てるための科目を義務づけるというようなことを構想しておるようでございます。その意味では多くの科目の中から一つの一種のコアのようなものは選択をいたしますが、そのコアの周辺科目というのはかなり幅広く履修をさせる。学生の興味なり希望というのも十分考慮に入れた自由な履修を認めるというようなことが基本的な考えとしてあると承知をいたしております。
#236
○関嘉彦君 私が心配しているのは、つまり教養一般科目といいますか、教養課程で教えるのと同じような――少しそれは詳しくはやるでしょうけれども、同じようなことを専門でやるのであるならば、それは学生の勉学意欲を刺激することには余りならないのではないかということを心配していますけれども、それは結局今後の教官の人たちの勉強と努力にまつところが非常に大きいので、そのことを新しい教官、古くからおられた方もあるし新しく入ってこられる人が二十何人がおられるそうですから、そういう人たちの努力にまちたいと思うんです。
 この徳島大学の場合でも、教養部は教養部として別にあるんですね。そして専門部があるわけですね。もし同じ種類のことであるならば、両者の間でいざこざが起こるとかなんとかというふうなことは予想されませんか。これは単に徳島大学だけじゃなしに、教養部と専門部の関係というのはどこの大学でも非常に困っている問題で、私は今度の臨教審には、そういう教養課程なんというのはやめてしまった方がいいということを臨教審の人たちには言っているんですけれども、徳島大学の場合でも何か似ているだけに、なおさらそういったごたごたが起こるんじゃないかということを心配しているんですけれども、どうでしょう、その心配は。
#237
○政府委員(大崎仁君) これは経緯としまして、これまで教養部と教育学部という教員組織が別のものとして存在いたしておりましたので、その教育学部の教員が中心となって新しい学部をつくったということでもございますので、現時点では混乱というものは聞いてもおりませんし、生じないのではないかというふうに考えておるところでございます。
#238
○関嘉彦君 これは学部内部の問題で、それはわかりませんけれども、学内の問題に私は介入するつもりもないんですけれども、教養の先生が専門の先生とローテーションでかわるという組織でもないんですね。
#239
○政府委員(大崎仁君) 徳島大学の構想の場合には、いわば総合科学部というのは既存の他学部と並んでの一つの学部ということで、教養部と別の組織ということで運営をしたいという御計画だと承知をいたしております。
#240
○関嘉彦君 総合科学部というのはほかの大学、広島大学でしたかね、ほかの国立大学にもあるようです。徳島大学として新しい特色を持った学部に育てていかれることを徳島大学の教官の方にぜひ希望し、お願いする次第です。
 徳島大学のことはちょっと離れまして、国立大学の入学定員というのがございますね。この入学定員というのはどういうふうに考えたらいいかということなんです。
 といいますのは、先ほど高桑さんからも問題が出されましたけれども、新聞によりますと、今度の新しい入学試験ではA類、B類というふうに分けて、旧帝大は箱根の山を境にしてA、Bに分けて、しかも全国をそういったふうに分ける。それに対して、新聞の報道ですから間違っておれば取り消しますけれども、京都大学の先生たちが、東大と別な日に試験が行われると京大が滑りどめに使われて、それで両方通っている場合にはみんな東大の方に行ってしまうからというので反対しておるというふうなことを新聞で拝見しました。しかしこういうことは、このA類、B類というふうに分けて、あるいは先ほど五回もというふうなことを言われて、誤解じゃないかということを言われましたんですけれども、そういうふうにすればますます起こってくる。その場合に、定員が例えば百人なら百人あれば、ほかの大学に逃げる、例えば二十人なら二十人逃げる。そうすると、それは百人必ず維持しなくてはいけない。つまり、補欠入学なりあるいは第二次試験なり第三次試験をやって、五回目の試験をやってもいいんですけれども、必ず埋めなくてはいけない、そういう趣旨のものですか。
#241
○政府委員(大崎仁君) 国立大学の入学定員は、やはり国民に大学教育の機会を保障するという観点から定められているものでもございますので、そういう趣旨からいいますれば、我々といたしましては、ぜひ入学定員を少なくとも各大学で確保していただきたい。それだけ受験生に大学教育の機会を保障していただきたいというふうにかねがねお願いをいたしておるところでございます。
#242
○関嘉彦君 確かに定員が百人であればそれに応じた予算措置もなされておるわけで、にもかかわらず八十人しか入ってこない、八十人しか教えないということは、これはある意味ではむだです。ですから、できるだけ埋めなくちゃいけないということはわかりますけれども、他方において、追加募集あるいは補欠というふうにその定員を無理に埋めるためにだんだん広げていくとすると、大学の質がだんだん低下してくるということも考えられるわけです。まあ初めから大学というのはレジャーランドだと割り切ってしまえば話は別ですけれども、レジャーランドのために我々高い税金を納めているわけじゃない。それは国民はなかなか納得しないだろうと思うんで、やっぱりある程度の質は維持していかなくちゃいけない。
 特にこの問題を私提起しましたのは、文部省の説明を聞いたんですけれども、今後の見通しとして、六十七年度ぐらいが大学志望者のピーク。それがだんだんだんだん減ってきて、七十五年度ぐらいになると、同一年齢の進学率が現在の三五・六%から四一・六%に上がると仮定しても、定員超過率は一・一倍というふうになるわけですね、国立として。そうすると、一・一倍ということはかなり、これは平均ですから場合によっては〇・九というふうなところも出てくるわけで、かなり欠員の出てくる国立大学が出てくるんじゃないかということを心配するからです。その場合に、無理に定員を充足しなくちゃいけないということになってくると、だんだんだんだん質の低い者を入れなくちゃいけない。そうすると、ほかの勉強しようという学生にとっても妨げになってくるんじゃないか。そのことを心配するから私はこの定員の問題を質問しているわけです。
 つまり、定員というのは無理やりにぜひとも充足しなくちゃいけないものかどうか。文部省の単なる希望なのか。
#243
○政府委員(大崎仁君) 先生の御指摘の人口の増減に伴います我々としての一つの見通しは、これは大学設置審議会からの御報告に基づくものでございますが、これにつきましては、国公私を通じた見通しとして一応の目安にいたしておる数字でございまして、国立大学ということだけではございません。
 それで、定員につきましては、先ほどの繰り返しになって恐縮でございますが、それ、個々の事情で、全体の大学の教育研究のあり方というのを、殊に重大な障害を及ぼしてまでということもあるいは個別の場合には問題になろうかと思いますけれども、やはり一般的には、国民に対して大学教育の機会を保障するという観点に立って、少なくとも定員の充足ということは各大学でお願いいたしたいということでひとつ今後とも対応させていただければありがたいと存じておる次第でございます。
#244
○関嘉彦君 そういったふうに、いわゆるほかの大学に逃げていくやつですね。この率は、まあ数回入学試験を繰り返していくと大体のところの目鼻はついてくるんで、例えば二割なら二割外に逃げそうだという場合には最初から二割水増しに採用しておけばいいわけですね。そういった水増しの採用というのは一向差し支えないと、国立大学の場合でも。これは私立大学はもうしょっちゅうやっていることですけれども。まあ私立大学が余りやると補助金が減らされたりなんかしますけれども。国立大学の場合でも水増し入学というのはお認めになるわけですね。
#245
○政府委員(大崎仁君) これは定員でございますので、一人も前後がないという、相違がないというような状況をきっちり守らなければならないかどうかということにつきましては、これは我々としてもそれほどかたい方針を持っているわけではございませんが、ただ、どちらの方にずれることが望ましいかといえば、国立大学の現状からいたしますと、やはり定員超過の方向にずれていただく方が望ましいというふうに考えているわけでございます。
#246
○関嘉彦君 超過の方が望ましいという話を聞いて私もちょっと安心したんですけれども、よく日本の大学は入るのは難しいけれども出るのは易しいという評判がありますね。したがって、ある程度定員超過しておるのが望ましいというのであるならば、今の制度で入学者を定員の一・五倍ぐらい入学させる。そして、それぞれの学年の試験を難しくして、二回以上落第したら退学させるというふうにして、百人の定員であれば、春に百五十人とって、だんだんだんだん落としていって卒業時には百人にするとか、場合によっては八十人になるとか、定員は百だけれども卒業は八十、そういうことは現在の制度でも可能ですか。
#247
○政府委員(大崎仁君) 定員超過という表現が若干誤解を生みがちな表現でございますが、要するに、ある範囲内で許容できるのではないかということでございます。
 ただ、先生のただいまのお尋ねは、高桑先生の御所論とも関係があるお尋ねではないかと思っておりますけれども、途中で一定数をふるい落とすことを前提にして入学を認めるということであれば、これはやはり今の制度の運用としまして問題が残るのではなかろうか。ただ、結果として一定のドロップアウトが出るということはあり得るわけでございますが、これは日本の風土からいたしまして、中途退学者ということに対する世間というか社会的な日なり評価がアメリカとまた違った点もございますので、ただいまにわかにその点についての当否の判断を下す用意が、私としてもございません。
#248
○関嘉彦君 余り落第させて、出すというのは制度の趣旨に反するかのようなお答えだったと思いますけれども、しかし、そういう考え方でやっていると、私はだんだん大学がレジャーランド化していくんじゃないか。まあレジャーランドになっても構わないんだというのであれば話は別でございます。一定のモラトリアム期間を設けて、その間、まあ高等学校まで一生懸命勉強してきたから四年間遊ばせてやろうというんだったら話は別ですけれども、それでは今後の国際競争で日本が生き延びていくことができるかどうか、そのことを私は心配しているんです。
 今の制度の趣旨というのは、やっぱり入れた者は必ず、まあよほどの者は別として、入れただけの者は必ず教育して卒業させる義務が大学にあるんですか。
#249
○政府委員(大崎仁君) そういう義務はもちろんございません。ただ、入学をさせた者について、できる限り教育上の努力を払っていただくということはあろうかと存じますが、片やその評価というのは、やはり諸外国に比べて我が国の大学が甘いのではないかという御指摘もいただいているところでもございますので、厳しい教育、厳しい評価ということを大学がしていただきまして、その結果として所定年限で卒業できる数が限られてくるということは一つの大学の方針としては十分あり得るというふうに考えておるわけでございます。
#250
○関嘉彦君 まだ二つほど質問要項を出しておきました。例えば大学教授、これも一部の人だと思いますけれども、助教授になると後はもうところてん式に教授になって余り勉強しなくなるという先生が残念ながらいることは私は事実だろうと思うんです。そういった先生たちに刺激を与える意味で、やはり研究論文なんかの定期的な公表なんというのをすべきじゃないかというような質問をする予定でしたし、あるいはもう一つは、今の大学の教養課程の科目の整理ですね、これも取り上げるつもりでいましたけれども、質問要項を出した後で、臨教審の人たちと第二次答申について話し合う機会があるそうですから、これはむしろ臨教審の方に注文した方がいい問題だと思いますので、その質問はきょうははしょります。
 最後に、文部大臣にお伺いしておきたいと思いますけれども、一番最後に質問した点ですね。大学に入って、それで原則として全部卒業さしていく、そういうふうな大学教育のあり方で果たしていいのかどうか、私は非常に心配しているんですけれども、文部大臣の御所感をお伺いして、私の質問を終わりたいと思います。
#251
○国務大臣(海部俊樹君) 私の素直な感じを申し上げますと、志を持って、許して入れたんですから、きちっと教育をして全員卒業させるのが一番望ましい姿だと思っております。けれども、現実に各大学でこのごろ厳しく、二年連続して同じ学年に停滞する人はそれで退学という措置をおとりになるところが間々あるようでございますが、それはやっぱり大学の学問、研究、勉強というものを厳しくしていく、全部の学生にやる気を持たせるという意味で、これは網があることは仕方がないことだな、こう見ておりますが、なるべくみんなが卒業してくれるように私は望んでおります。
#252
○関嘉彦君 若干ながら意見が違いますけれども、また別の機会にいたします。
#253
○委員長(林寛子君) 他に御発言もなければ、質疑は終局したものと認めて御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#254
○委員長(林寛子君) 御異議ないと認めます。それでは、これより討論に入ります。――別に御発言もないようですから、これより直ちに採決に入ります。
 国立学校設置法の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#255
○委員長(林寛子君) 全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。
 粕谷君から発言を求められておりますので、これを許します。粕谷君。
#256
○粕谷照美君 私は、ただいま可決されました法律案に対し、自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党・国民会議及び民社党・国民連合の四党共同提案による附帯決議案を提出いたします。
 案文を朗読いたします。
    国立学校設置法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
  政府及び関係者は、高等教育に対する新たな時代の要請に基づき、次の事項について特段の配慮を行うべきである。
 一、当面予想される大学進学者の急増とその後の急減に適切に対応するため、大学や社会の要請を勘案しつつ、必要な諸条件の整備に努めること。
 二、国立大学の学部等の改組、新設に当たっては、大学の希望や地域社会の要請、入学希望者の便宜等を踏まえ、法案の提出時期等について配慮すること。
 三、児童・生徒数の減少に伴い教職への進路が厳しくなっている状況にかんがみ、教員養成大学・学部のあり方等について検討するとともに、学級編制基準・教職員定数の改善に一層努めること。
 四、学術の振興を図るため、オーバードクター問題にも配慮しつつ、今後の学術研究体制の一層の推進に努めること。
  右決議する。
 以上でございます。
#257
○委員長(林寛子君) ただいま粕谷君から提出されました附帯決議案を議題とし、採決を行います。
 本附帯決議案に賛成の方の挙手を願います。
   〔賛成者挙手〕
#258
○委員長(林寛子君) 全会一致と認めます。よって、粕谷君提出の附帯決議案は全会一致をもって本委員会の決議とすることに決定いたしました。
 ただいまの決議に対し、海部文部大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。海部文部大臣。
#259
○国務大臣(海部俊樹君) ただいまの御決議につきましては、その御趣旨に十分留意をいたしまして対処してまいりたいと存じます。
#260
○委員長(林寛子君) なお、審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#261
○委員長(林寛子君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後三時五十五分散会
     ―――――・―――――
ソース: 国立国会図書館
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