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1984/04/04 第102回国会 参議院 参議院会議録情報 第102回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号
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1984/04/04 第102回国会 参議院

参議院会議録情報 第102回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号

#1
第102回国会 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第4号
昭和六十年四月四日(木曜日)
   午前十時開会
    ─────────────
   委員の異動
 四月四日
    辞任         補欠選任
     松尾 官平君     浦田  勝君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         堀江 正夫君
    理 事
                板垣  正君
                岩本 政光君
                鈴木 和美君
                中野  明君
                市川 正一君
    委 員
                伊江 朝雄君
                浦田  勝君
                大鷹 淑子君
                大浜 方栄君
                岡田  広君
                北  修二君
                瀬谷 英行君
                藤原 房雄君
                井上  計君
                喜屋武眞榮君
   国務大臣
       国 務 大 臣
       (総務庁長官)  後藤田正晴君
   政府委員
       総務庁長官官房
       会計課長     鈴木 昭雄君
       北方対策本部審
       議官       本多 秀司君
       北海道開発庁計
       画監理官     滝沢  浩君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        山本 義彰君
   説明員
       防衛庁防衛局調
       査第一課長    堀川 和洋君
       外務省欧亜局ソ
       ヴィエト連邦課
       長        野村 一成君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○昭和六十年度一般会計予算(内閣提出、衆議院送付)、昭和六十年度特別会計予算(内閣提出、衆議院送付)、昭和六十年度政府関係機関予算(内閣提出、衆議院送付)について
 (総理府所管(総務庁(北方対策本部)))
    ─────────────
#2
○委員長(堀江正夫君) ただいまから沖縄及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。
 まず、委員の異動について御報告いたします。
 本日、松尾官平君が委員を辞任され、その補欠として浦田勝君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(堀江正夫君) 昭和六十年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、総務庁北方対策本部予算を議題といたします。
 まず、後藤田総務庁長官から説明を求めます。後藤田総務庁長官。
#4
○国務大臣(後藤田正晴君) 昭和六十年度の総務庁北方対策本部関係予算について、その概要を御説明申し上げます。
 昭和六十年度総理府所管一般会計歳出予算要求額のうち、北方対策本部関係予算要求額は十三億四千二百八十六万八千円であり、これは前年度の予算額十三億二千七百三十七万一千円に対し一・二%の増となっております。
 主な内容について御説明いたします。
 まず、北方対策本部に必要な経費として、職員人件費等六千六百六十三万円を計上しております。
 また、北方領土問題対策に必要な経費として十二億七千六百二十三万八千円を計上しておりますが、その主な内訳といたしましては、北方領土問題対策協会補助金四億六千九百四十三万三千円及び北方領土隣接地域振興等基金造成費補助金八億円であります。
 北方領土問題対策協会補助金は、同協会が北方領土問題について啓蒙宣伝等を行うために必要なものでありますが、特に昭和六十年度においては、若い世代に北方領土問題の重要性を伝え、返還要求運動をこれらの世代に引き継いでいくための少年向け啓発資料の作成配布事業及び国際シンポジウムの開催に必要な経費を新たに計上しております。
 また、北方領土隣接地域振興等基金造成費補助金でありますが、これは昭和五十八年四月一日から施行された北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律に基づき、北海道が設置した基金の造成に対して国がその一部を補助するための経費であり、昭和六十年度におきましては前年度と同額を確保いたしております。
 以上をもちまして、昭和六十年度総務庁北方対策本部関係予算の説明を終わります。
 よろしく御審議のほどお願いいたします。
#5
○委員長(堀江正夫君) 以上で説明は終わりました。
 これより質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#6
○瀬谷英行君 今、予算の御説明をいただきましたけれども、北方領土の問題について、いろいろとその重要性について云々というお話がございましたが、目的はどこにあるのか。一般に知らせる、青少年に対して云々ということを言われましたけれども、領土の問題を解決するということは領土の返還というところに目標を置くということになると思うし、領土の返還ということを目標に置くならば、そのために、その相手の国と外交上の問題となっておるわけでありますから、外交的に解決をする道を開かなければならぬということになるわけでありますが、その目標と目的、具体的な対策、それらについてどういうふうに進めていく必要があるとお考えになっておるのか、その点をまず最初にお伺いしたいと思います。
#7
○国務大臣(後藤田正晴君) この問題は、瀬谷さんおっしゃるように基本的なねらいはやはり北方領土を返還してもらう、この目的に集約されるわけでございますが、御案内のようなソ連側の態度もあり、やはり何といってもこの問題は双方の主張が平行いたしておりますから、我が方としてはあくまでも粘り強い外交活動によって、あらゆる機会をとらえて日ソの間の対話の道を開いてこの問題を解決していく。
 しかしながら、同時にこの問題は、一つはやはり国際世論に訴えるということが一つ。いま一つは、どうしても国内でこの領土問題がいかに国家主権にかかわる厳しい問題で、しかも、日本としては当然の要求であるという実態を国民に何といっても知らせる必要がある、つまり啓発をしなきゃならない。同時に、外交問題としては、政府間のみならず民間の方々の日ソ間の話し合いも進めなければならぬのではないか。いま一つは、やはり元居住者の生活を維持さしていくというための措置も必要ではないか。いま一つは、やはり北方四島隣接地域、これはいろいろな問題を抱えておりますから、隣接地域に対する政府としての振興施策というものもやっていかなければならぬのではないか。こういったもろもろのことを考えながら、究極的には粘り強い日ソ間の交渉によって領土の返還の成果を上げていく、これを基本にして政府としては今日まで対処しておるわけでございます。
#8
○瀬谷英行君 昨年の十月ですが、日ソ円卓会議がモスクワで開かれました。私もその会議に出席をいたしまして第二分科会で、外交問題でありますけれどもいろいろと日ソ双方の論議に参画をいたしました。この日ソ円卓会議ではかなり突っ込んだ話が双方で交わされたわけでありますけれども、一応のまとめが行われました。この日ソ円卓会議について大臣は御承知になっておるかどうか、もし御承知になっておったならばこの円卓会議をどのように評価をされますか、その点もお伺いしたいと思います。
#9
○国務大臣(後藤田正晴君) 昨年の日ソ円卓会議のあらましのお話は私も承知をいたしております。その際、日本側からは総会では櫻内さんが基調の報告をなさるし、同時にまた第二分科会では鳩山さんが基調の報告をする、これに対してソ連側はそれなりのソ連としての御主張をした、双方が率直な話し合いをなさったという私は受けとめ方をいたしておりますが、その結果、共同コミュニケという形で双方の主張を織り込みながらコミュニケがまとまった。こういったことはやはりしょっちゅうおやりになることが、この問題を解決する有力な一つの手だてになるのではないかという意味合いで私は評価をいたしておるわけでございます。
#10
○瀬谷英行君 この第二分科会は、鳩山さんが日本側を代表した基調報告をされたし、総括的な取りまとめには日本側の議長団として私が、ソビエト側の議長団としてグジェンコ海運大臣がそれぞれ担当されてまとめをやったわけでありますが、正直言ってこの第二分科会の取りまとめが一番手間かかったわけです。ほかの分科会はすっかり終わって映画を見ているのに、こちらはいつまでたっても終わらない、催促が来るというようなことで、ソビエト側の人たちも口論をするといった一幕がございました。一番やはり難しかったのは、領土問題についてどうするかということだったわけであります。ソビエト側は領土問題について、領土問題ということを日本側がしきりに強調するけれども、もし大地震が起きてあの島が陥没してしまったならば問題なくなってしまうじゃないかというようなことも言いました。私は、そんなことを言うけれども、地震が起きて逆にあの島と北海道が地続きになったらどうするのだ、いや応なしにどこに境界を引くかということで相談しなきゃならぬじゃないかということを切り返したというような記憶がございます。ともかくこの領土問題については二本のレールのように平行線なのです。
 そこで、この問題をどういうふうに打開したらいいかといろいろ考えましたけれども、同じことをいつもいつもやり合っておったのではらちが明かないと思うのです。日本側は、領土の一括返還である、しかる後に平和条約である。向こうは、平和条約を先にしなけりゃいかぬという言い方をする。それを繰り返すということは何回やってみても、幾ら粘り強くというふうに総理、外務大臣を初め皆さんおっしゃるけれども、同じことを繰り返すということは、つり鐘に撞木でたたいているようなもので、鳴り渡る音は同じ、ちっとも進展がないということなのです。だからこれはやはり具体的にどうしたらいいかということは考えなきゃいかぬじゃないかという気がするのです。
 そこで、一番の問題はサンフランシスコ条約にさかのぼると思うのです。あのサンフランシスコ条約でもって千島列島というものをごくあっさりと返すのだ。その千島列島の定義についてほとんど問題なく終わってしまっておる。しかも何年もたってから、あの千島列島の中に国後、択捉は含まれないのだというふうな主張を日本では始めた。これはやはり相手方を納得させるためには十分じゃないと思うのです。相手方は、既にあのときに既定の事実はできてしまったじゃないか、後になって、いや実は千島列島の中に国後、択捉は入らないのだ、そんなことを言ったって、それは通用しないじゃないかという考え方を強く持っています。その点がやはり向こうとすればこだわるところだろうと思うのです。
 ただ、日本側として主張できることは、歯舞、色丹というのは明らかに日本の領土というよりも、北海道の一部だ、千島列島に属していなかった、こういうこともありますから、この辺やはり打開の糸口を求めて、実際問題として軍事的に利用することがなければ、あの島がソビエトにとって経済的に十分な価値があるとかいったようなことは私はないだろうと思うのです。だから日ソ両国の国交関係、あるいは平和的な問題を解決するということは大前提になると思うのでありますが、その点について大臣の見解をお伺いしたいと思います。
#11
○国務大臣(後藤田正晴君) 私も、昨年のこの円卓会議の際に瀬谷さんが大変御苦労をなさった、日本側の主張すべきところはきちんと主張せられて、そして最後のまとめをなさったということも承知をしておるのですが、外交折衝の場合にやはり言うべきことはきちんと言うことが一番肝心なことではないか。私も官邸に前後三年余りおった経験がございます。厄介な問題を抱えてくる外国要人もございますが、対外国人の話の場合にはそれが基本だ。どうも日本人は遠慮すべきことではないかななんというようなことで、言うべきことも言わない。これは非常に誤解を招く。そういう点で、瀬谷さんが先方で大変御苦労しながら、言うべきことをきちんと御主張なさったということは高く評価をして敬意を払っておるところでございます。
 今の問題はやはり双方の主張がすれ違っておる。これはなかなか領土問題ですから、そう一朝一夕に解決する問題ではなかろう。ただ、我々としては絶えざる主張を続ける、そして同時に、この問題は基本的には米ソを中心とする世界情勢の変化といったようなことがなければなかなか最終的には解決が難しいのではないか、私は率直にそう思っているのです。しかし、最近の国際情勢もだんだん米ソ関係を中心にしてやや緩和の兆しもあるということも一方にあるわけでございます。
 そこらをとらえて、日本側としては従来の北方四島一括返還という主張は最後まで貫くべきであろう。歯舞、色丹二島についてはやや鳩山内閣当時のこともございますけれども、私は択捉、国後というものも日本の固有の領土であることは、これは国際条約の上からもあるいは歴史的沿革からも明らかでございますから、やはり我々としては最後まで北方四島一括の返還要求ということをやっていくのが正しいやり方ではなかろうか。しかし、なかなか解決は容易でない、粘り強くこれをやる以外に方法はなかろう、かように実は考えておるわけでございます。
#12
○瀬谷英行君 北方問題についてのいろいろの啓蒙のための予算ということを、私はこれは予算的には推察をするのですけれども、ただ、この問題が下田条約にさかのぼって徳川幕府と帝政ロシアとの間で約束をされた、こういう史実だけをどんなに一生懸命に宣伝してみたところで、そんな昔話が今日現実の問題を打開をするのに役に立つかどうかということになると疑問だと思うのです。
 昭和二十年、終戦のときの千島列島というのはどういうふうになっていたかというと、国後島から向こうは千島列島というふうに日本の小学校の地理にも書いてあったわけです。それから軍隊でもそういうふうな言い方をしていたわけです。私は千島派遣軍という人たちと終戦のときにいろいろと接触をしておりましたが、要するに、疑いもなく択捉島は千島ということになっていたわけです。したがって、その時点でもって問題が千島列島として処理をされたという歴史的な事実があるわけですから、そうするとこの問題を打開するためにはそう簡単にはいかぬと思う。
 だからむしろ、サハリンから千島列島全部の問題について、日本にも開放しろ、戸籍上こっちへよこせということから始めようとすると簡単にはいかないから交流を行う、あるいは日本の資本の投資もこれを認める、往来も活発にする、日本人がハワイやサイパン島やグアム島に別にアメリカ領土であるということを意識しないで今日どんどん行っているように、この北方の島々も、これはソビエト領かあるいは日本の固有の領土かというそういういさかいの問題よりも先に交流の方を先にする、そして自由に行き来ができる。よく現地から墓参ぐらいは認めさせるという話がある。私は墓参りなんてけちなことじゃなくて、新婚旅行でもあるいは旧婚旅行でもどんどん行って、観光地として利用ができるというところにしなきゃ話にならぬと思うのです。墓参りなどということはどうでもいいと思うのです。何も往来ができれば、墓参りに行こうと遊びに行こうとどうでもいいのですから。
 だから、もっと大きな視野に立って交流ができるようにする、そのためには、軍事的な基地としての性格を持っておったのでは向こうも簡単には手放すまいという気がする。そういう問題があるにもかかわらずその問題に触れないで、あれは昔日本の領土だったのだから返してくれという言い方だけでは事は進展しないと思うのです。具体的に話を詰めるためには、今までのような型どおりのことをやりとりしておったのでは進展がないと思うので、新しく北方問題を解決をするための方策というものを考える必要があると私は思うのです。これは外務省の分野かもしれません。しかし、きょうは外務大臣も出てきておりませんし、今そこに座っておる長官が並んでおる中では一番の大物だし、やはり内閣を代表して答弁をするぐらいの値打ちは十分にあると私は思うのです。その点を大臣の見解としてお伺いしたいと思うのです。
#13
○国務大臣(後藤田正晴君) こういう問題は瀬谷さんおっしゃるように、人の交流の面とかあるいは経済的な面といったような面から逐次ほぐしていくということも、これは拝聴すべき貴重な御意見だとは思いますけれども、私は、やはり領土問題というのは日本人が考えておる以上に実際は厳しい問題ではないのか、こういった基本の問題が解決しないと、なかなかまた今おっしゃったようなあの四島に自由に日本人が行けるとか、そういったこともそう簡単には相手は認めないのではないのか、こう考えるわけでございますが、せっかくの瀬谷さんの御意見でございますから、拝聴はさせていただきたいと思います。
 いずれにせよ、なかなかこれは厄介な問題だ、しかし政府は、あくまでも初志貫徹ということで内外世論の喚起なり、あるいはあらゆる機会をとらえて国際社会の面、国連等を通じても訴えるし、そしてまた、日ソ交渉があるたびにこれだけは粘り強く主張し続けなければなるまい、かように考えているわけでございます。
#14
○瀬谷英行君 サハリンなんかは非常に北海道と地形も気候の状況もよく似ておりますし、観光の点でも資源の点でも大いに開発の余地があるところではないかという気がするのです。また、サハリンと北海道との交流といったようなことも進めれば、いろいろと日本にとって経済的に得るところもあるのではないかという気がいたします。したがって、まず、かつての日本の領土であったサハリンとの交流とか経済開発についての日ソ双方の提携とか、そういう問題を積極的に推進をするということも、外交問題を打開するために一つの前進のためにこれは有効な道ではないかという気がいたしますが、そんなところから手を広げていくというようなことは、これは外務大臣の範囲かもしれませんが、あの区域はやっぱり北方には違いないのだから、北方問題を解決をするためのステップとして考えてもいいのではないかと思うのですが、その点どうですか。
#15
○国務大臣(後藤田正晴君) その点は、やはりそのような方法は日ソ間でうまく話ができれば、私は一つの有効な手だてであろう、かように考えます。
#16
○瀬谷英行君 北方領土というふうに言われているけれども、よく外務大臣や総理府総務長官等も根室の先の方に行って望遠鏡で向こうをのぞいたりしていますね。それで、歯舞島などとあんな何にもないような島をのぞいて、ああ見えた見えたと、望遠鏡でのぞけば見えるのは決まっているのだけれども、のぞいたって何にもありゃしないです。私らは、あんなどうでもいいような島はさっさと日本によこせばいいじゃないかと思うのだけれども、それだってなかなかそう簡単にはいかないというところにやはりソビエト側のメンツもあるのでしょう。だからこれは容易じゃないというふうに思います。
 しかし、一番根底になっているのは、日本に対して腹の底から信用できるかどうかという双方の信頼関係だと思うのです。これはアメリカと同盟関係を結んで、もし島を渡せばソビエトに対する攻撃の基地になるのじゃないかという意識を持っていれば、これは幾ら粘り強く何回物を言ったところで、そう簡単にわかりましたというわけがないのです。そこで、この双方の信頼関係の問題に今度触れてくるのでありますけれども、一昨年になりますが、大韓航空の問題がございます。
 あのサハリンから千島列島、カムチャッカ半島は地図で見ると、日本のパイロットもアメリカのパイロットも使っておる英語でできておる航空地図ですが、その航空地図には、あの区域には入ってはいけないということが明記してあるわけです。注意書きがしてある。特にあの千島列島一帯は色まで分けて注意を喚起しているわけです。つまり、パイロットにとっては飛び込んじゃいけない場所になっているわけです。要注意地域です。ところが、その大韓航空は御丁寧にカムチャッカ半島に飛び込んでいって、さらにサハリンを横断しているわけです。これが果たして故意か過失かということは極めて重要な問題です。
 今大韓航空の遺族会の方々は、この大韓航空の会社側の誠意のない回答でもって非常に腹を立てておられる、ふんまんやる方ない状況にあるわけです。しかし、この問題をどういうふうにしたらいいかということになると、やはり大韓航空側の重過失責任というものを認めさせなければならない、これは当然認めなければならないものだと私は思うのです。にもかかわらず、大韓航空側はあくまでもこの重過失責任というものを認めようとしていないのです。これは非常にけしからぬことだと思う。
 さらに、それならば不可解な航路逸脱が単なる過失によるものなのか、あるいは意図的な航路逸脱なのかということを突き詰めていかなければならないと思うし、先般の衆議院予算委員会の大出質問の議事録をひもといてみますと、やはり単なるパイロットの過失とは認めがたいものがあるというふうに思わざるを得ないわけです。国会の決議でも真相究明ということの決議が行われているわけです。真相究明の決議が行われている以上は、この大韓航空の航路逸脱というものが故意なのか過失なのかというものをもっと突き詰めてみる必要があると私は思うのです。そうしないと真相がわからない。だから、そのための努力を政府としてももっと積極的に行う必要があると思うのですが、その点についての長官の見解を伺いたいと思います。
#17
○国務大臣(後藤田正晴君) 当時五百キロばかり西にそれておったという事実は、これはもうはっきりしているわけであります。それはなぜ五百キロ西にそれたのか、こういうことで、これはICAO等でも調査団が来ていろいろお調べになったわけでございますが、私が承知している範囲では、これは何らかのミスがあったということは私自身はそれ以外認めえようがないなと。当時スパイ説その他がありましたが、私自身は知っている範囲ではそういうことはあり得ない、かように思っておるわけでございます。遺族の方は大変お気の毒でございますが、大韓航空機がいずれにせよ五百キロ西へそれておったという事実はこれは否定し得ないことでございますから、誠意を持って対応してもらわなければ困ると思います。
 当時、大韓航空の社長が私のところに謝りにお見えになったのでございます。その際も私の方からは、一部新聞等で伝えるところであるけれども、モントリオール協定の範囲内でやるというようなことが出ております。それは認められないですよ、五百キロ西にそれた事実はこれはあなたの方がその責任を感じてもらわなきゃならぬので、当然プラスアルファということを考えていただきたいということを強く申し入れましたが、社長は誠意を持って対応いたします、こういうことであったわけでございます。
 それと同時に、私どもはあの当時は一番けしからぬのはソ連だと、これは幾ら何でも。たとえいかなる事態があろうとも、武装した戦闘機が非武装の民間旅客機を撃墜したということだけは認めがたい。もちろんソ連としてはああいう国柄ですから、なかなか賠償とか陳謝とかといったようなことは認めないであろうという私は私なりの想定はしておったのですが、いずれにせよ撃墜したという事実は認めなければおかしいではないか、事実は一つだよということで、あえて日本側の手のうちもある程度は外に出さざるを得ないという決断をしてああいう解決をしたわけでございます。最後まであれは撃墜と言わなかったのじゃないですか。命令を遂行したというのですか、そんな愚かな返答があるかと私は今でもそう思っております。これは認められない、こういう基本的な考え方でございますが、御質問の原因についてはICAO等の調査の結果を見、これも必ずしもはっきりしたもので私はないと思います、大変難しい問題ですから。これはやはりソ連側と、あるいは韓国側といいますか大韓航空が率直に事実を認めてもらうということでないと本当の意味での原因についての結論は出ないことかもしれませんけれども、私が承知している範囲では、これはスパイその他の故意による事故であるというふうには認定をいたしておりません。
#18
○瀬谷英行君 故意によるものでないということになると過失であるということになるわけです。ところが、ICAOの航空委員会の結論は日本では去年の秋に発表されております。共同通信の方で発表したので地方の新聞、あるいは東京では大新聞には載っておりませんでしたが、要するに過失説を否定しているわけです。過失説を否定をするということは故意しか残らないのです、問題は。ここがそもそも判断の大きな分かれ目になってくるわけです。
 そこで今度、技術的な問題でちょっとお伺いしますが、国連の方に日本側から提出をしたテープは陸上自衛隊のテープなのか航空自衛隊のテープなのか、これはどっちなのですか、その点ちょっと防衛庁筋にお伺いしたいと思います。
#19
○説明員(堀川和洋君) 当時特殊な事件、異常な事件でございましたので、日本政府から米国政府に対してテープを提出いたしました。どの自衛隊の部隊のテープ、どこで収集したテープであったと、この点につきましてはこの業務の特殊な性格上答弁を差し控えさせていただきたい、こういうふうに思います。
#20
○瀬谷英行君 何だかわからないな、それは。何で答弁を差し控えなければいけないのですか。日本側から提出したことは間違いない。日本でもって、これは航空自衛隊あるいは陸上自衛隊がそれぞれキャッチしているわけでしょう。だからどっちかということは極めて単純な問題だと思うのです。それがなぜ答えられないのですか。わかっているのでしょう。あなたがわかっていないなら別だ。しかし、答えられないというようなことを言われると、それはちょっと理解しがたいと思うのですが、それはどうなのですか。簡単なことじゃないですか。
#21
○説明員(堀川和洋君) 今瀬谷先生お尋ねのテープにつきましては、我が国政府から米国政府に提出いたしまして、これを共同で国連に提出したものでございます。このテープにつきましては陸上自衛隊の部隊で採取したものであります。
#22
○瀬谷英行君 わかりました。今答えられない、どっちのものだか答えられない、そんなことを秘密にする必要はないと思うのです。
 ただ、先般の大出質問に対する防衛局長の態度を見ておりますと、何か隠しているという態度が見られるのです。私はたまたま傍聴しておりまして、何であんなにもたもたしなければならないのか、何でとんちんかんな返事をして時間稼ぎをしなければならぬのかという感じを持ちました。もし故意でやったということになりますと、長官、あなたは、これは落としたのはけしからぬ、落とされた方は悪くないのだと言うけれども、故意でやったということになると、わざわざこれは飛んではいけないというところへ飛び込んでいったわけですから、これは飛び込んでいった方がどう考えても悪いということになるのです。承知の上で入ってはいけないというところへ入っていったのですからね、そうでしょう。例えば高圧線だって、危険だから登ってはいけないというふうに書いてあるところへわざわざ登っていって感電して死んだら、それは死んだ者の方が悪いということになってしまうのです。
 これは飛行機の場合は乗客には責任がない。しかし、乗客は何も知らないで寝ていたかもしれないけれども、パイロットは承知しているのですから。どこを飛んでいるかわからないで飛んでいるなどということはないです。ということは、なぜそれを指摘したいかというと、細々としたことをやると時間がかかりますから言いませんけれども、この飛行機は進路を変えているわけです。大出さんの質問にもあります。防衛庁が出し渋っているところの空白の時間帯、ここのところで大出さんは、進路の目標、方向を変えたと交信テープにあると、その目標を変えたということについて矢崎政府委員もその点は答えております、目標を変えたということを。進路を変えたこと、それから高度を変えたことという事実ははっきりとあるのです。何にも知らないで夢遊病者のように飛んでいったのならば、進路を変えたり高度を変えたりすることはできないでしょう。
 あの飛行機にはレーダーというのが両側についておりまして、レーダーを見ると下へ島影がばっちり映るようになっている。我々素人が見たってわかるようになっているわけです。それからINSというのがある。INSの場合はボタンを押して、そして緯度とか経度を打ち込むようになっているわけです。最初、ミスの説をとる立場では経度を十度間違えたのじゃないか、三と四を間違えたのじゃないかという一つの仮説が出てきました。三と四を間違えるということは、電話のダイヤルだったら三と四は隣り合っているからうっかりすると間違えるということはある。
 ところが、あのINSは押しボタン式なのです。一、二、三と一番上段にあって、その次の段に四、五、六とある。そうすると、三と四は隣り合ってないのです。三の下の段の一番端が四になっているのです。だから、三と四を間違えるということは、事実上余りあり得ない。さらに、あのINSは一人の人間で操作するようになっていない。一人がそのペーパーを見て読み上げ、一人がボタンを押す、一人が確認をするというふうに、極めて念入りなことをやっております。しかも、その三つのINS、三つについて繰り返してやるのですから、大韓航空のパイロットといえども、そういう操作の間違いによって進路を誤るということは何百万分の一の確率すらない、こういうふうに断言しております。日本航空もそうなのです。
 そうすると、長官は、これはミスによって飛んでいったのだろうという前提に立っておるけれども、ICAOの航空委員会の調査でもそのミス説は消されてしまっている、白紙に戻っているのです。それでも、なおかつ故意による領空侵犯であるという仮説が成り立たないというふうに考えられるのかどうか。それは無理だと思うのです。過失でなければどうあったとしても故意しかないのです。そうすると、故意ということになると、なおさらこれは重過失責任ということになってきます。したがって、私はここで論争してみても始まりませんから、明らかに領空侵犯、航路逸脱というのは、これは単なるミスとは認めがたいということでありますから、真相究明のためには、日本政府としてもこの航路についてもっと具体的に知り得るものは提出をする。同時に、アメリカ側、ソビエト側に対してもこの大韓航空の航跡等についての資料というものの提出を求めなければ、なぜこんな進路の変更といいますか、領空侵犯をやったかというもとが今度は探れないことになる。
 だから、国会の決議というものを尊重するならば、この一番肝心な大韓航空の、もう証人も証拠もないのですから、こういう実際的な残っているデータでもって判断する以外にないのですから、そのための努力というものを政府としてやるべきである。やらなければ、国会決議というものをまるっきり考えないことになるわけですから、その点の努力を私は真相解明のためにやるべきであるというふうに思うのでありますが、その点長官の見解をお伺いしたいと思います。
#23
○国務大臣(後藤田正晴君) 予算委員会での大出さんの質問、私も出席をしておりましたが、何か故意があるのではないか、日本政府として資料を隠しておりはせぬかといったような御趣旨の御質問もあったわけでございますが、これは機械ミスなのか人為ミスなのか私自身何とも断定はいたしかねますが、私が承知をしておる範囲内において、防衛庁として隠しておるという面はない。故意があったとは私の承知しておる範囲内ではない、かように考えておるわけでございます。
#24
○瀬谷英行君 隠していることはないというふうにおっしゃったけれども、私のこれは航空自衛隊か陸上自衛隊かという質問に対しても、最初はあいまいだったのですからね。こんな問題ですら簡単に返事をされなかった。したがって、我々が非常にこれはおかしいなと思われることは多々あるのですから、それらの資料について、あなた自身の感じではなくて、具体的に資料の提出を求めるということ、これはアメリカに対してもソビエトに対してもやらなきゃいかぬというふうに思うから、その点についての努力を約束をしてもらいたいということを言っているわけです。その点についての答えを明確にしていただきたいということです。
#25
○国務大臣(後藤田正晴君) それは日本側の資料というのは運輸省の関係と防衛庁の関係でございますが、防衛庁としてはこれは防衛庁の性格、情報収集体制というものがございますから、直ちにここで私の口から、その防衛庁の資料をお出しをするということは御返答いたしかねます。ただ、予算委員会でいろいろのやりとりがあって、予算委員会で結論の出ておることがあるとすれば、それはその範囲内での対応は政府としてはするということである、かように思います。
#26
○板垣正君 北方領土の問題が発生してから四十年目の節目のときに当たり、またソ連でも新しい政権の発足を見る一つの新しい段階を迎えたというふうに考えますが、北方領土問題に取り組む基本姿勢については既にお立場をはっきり伺いましたし、あえてこの点についてはお尋ねをいたしません。従来の基本方針を堅持して、一層粘り強く御推進をお願いいたしたい次第であります。
 そこで、お伺いいたしたいことの第一点は、ソ連の新しいゴルバチョフ政権の登場ということによりまして、米ソ間の一つの対話のムードがさらに高まる、あるいは我が国におきましても、一つの変化があるのではないかというような期待もいろいろな面で出てきておるわけでありますが、そういう面について、ソ連の今後の新しい政権の動きに長官としてどのようなお感じを持っておられるか、その点ひとつ伺いたいと思います。
#27
○国務大臣(後藤田正晴君) 新しい指導者が出て政権がかわるといったようなときには、やはりいろいろな外交問題の新しい展開があるということは、これは一般論として言えることではなかろうか。そこで、総理もチェルネンコ書記長の葬儀の際に新しく書記長になられたゴルバチョフ氏にお会いをして、この北方領土問題についてのきちんとした日本側の態度を宣明せられたわけでございます。ただ、それで一体この問題が新しく展開するかということになりますと、これもまた一般論でございましてわかりませんが、なかなかソ連の国柄といいますか、やはり当面は集団指導の体制、と同時に党官僚が支配をしておる国でございますから、急激な変革というものは望み得ないのではないのか、こう私は考えておるのです。
 しかしながら、やはり新しい政権ができたという場合の日本側としての対応は、それなりの角度でこういう問題についても折衝をしていくということが肝心であろう。何よりも従来から問題になっておる、日本側は何回もモスクワを訪れているのですけれども、やはりソ連のグロムイコ外相をともかく日本に来てもらわなきゃならない。これがための努力はして、私も外務大臣でありませんからわかりませんけれども、やや従来とは若干空気が変わりつつあるのではないか、かように考えているわけでございますから、日ソ間の関係は領土問題のみならずいろいろな懸案事項はございますから、経済問題、文化交流、いろいろな面もございますから、そういった幅広い観点での日ソの外交展開ということに向けて政府としては努力をしていかなければならぬのではないか、かように考えておるわけでございます。
#28
○板垣正君 外務省にお伺いしますが、外務省としては今の新しい政権の動きをどういうふうに見ておられるか。あわせてグロムイコ外相の訪日の見通し等について伺いたい。
#29
○説明員(野村一成君) お答え申し上げます。
 先ほどのゴルバチョフ新政権について、内外政策が今後どういうふうに展開するかという点につきましては、先ほど基本的には大臣から御答弁のありましたとおりと考えております。何分誕生しまして一カ月でございますし、その間いろいろなことが起こったわけでございますが、外交政策につきましては、三月十一日の党中央委臨時総会におきましてはっきりと、ゴルバチョフ書記長の演説という形で継続性というのを非常に強調しております。したがいまして、日本との関係も含めまして基本的に大きな変化はないだろうというふうに思っております。
 それから、グロムイコ外務大臣の訪日の問題でございますが、先般の日ソ首脳会談におきまして、ゴルバチョフ書記長自身の方から肯定的に対応していきたい、また、いつどういうふうに実現するかを今後相談していきたいというふうな発言がございました。基本的にはいつ具体的に来るのだということがはっきりしないことには、この問題について可能性が非常に大きいとか低いとかということは余り意味ないのかもわかりませんけれども、従来の表現ぶりからしまして、やはり、いつどういう形で訪日を実現させるかということでお互いに相談していきたいという感じが出ておりまして、この早期訪日実現に努力してまいりたい、そういうふうに考えている次第でございます。
#30
○板垣正君 新しい政権に対する長官、または外務省の見方は私も同感であります。また、グロムイコ外相も順番でありますから当然、向こうから来て対話を進めていただくということはそれなりに重大だと思います。
 ただ、ゴルバチョフ政権に対する見方で、あるソ連専門家の言っていることでありますが、ゴルバチョフこそソビエト体制の基本枠を変えることなく、しかも、内外にあたかも何らかの変化を生み出すかのごときイメージをつくり出すのに最も適した人物であるということで長老から選ばれたという見方、私はここに一つの真実をうがっているものを感ずるわけであります。そういうことでグロムイコが見える、日ソ対話を進めるということは大事でありますが、そうした一つのムードに流されて、基本的な問題である我が固有の領土の返還運動についてこれがあいまいになる、あるいは関心が薄められるということがあってはならないわけであります。その辺は申すまでもないと思いますが、ぜひ政府の立場においても十分留意をしていただきたいと思うのであります。
 次に、予算に関連して具体的な点を若干伺いますが、まず一つは、若い世代にも深くこれを認識してもらいたいということで、副読本を広めていこうという構想があるということを伺っている。これをもう少し説明していただきたい。
 第二点は、国際シンポジウムを開こう、これも非常に新しい試みとして意義のあることだと思う。我が党におきましても、昨年、党の方で各国の報道関係の人々を現地に案内をして、現地で声を聞き、現地を見てもらった。そのことを通じてまたそれらの人々が認識を新たにしてそれぞれの国に報道し、それがニュースとして流されたというような経緯もあります。このシンポジウムをせっかくやられるなら、やはり現地で、ぜひ北方領土のあの間近なところでやっていただくという配慮もあるかどうか、その辺をお伺いしたい。
 あわせて都道府県の県民会議の結成状況、大変努力していただいておりますが、この辺についてお伺いしたい。
 以上三点。
#31
○政府委員(本多秀司君) お答え申し上げます。
 先生御承知のとおり本年は戦後四十年の節目の年に当たるわけでございます。しかし、なおかつ北方領土問題の解決には相当な期間を要することが想定されるわけでございますので、次の世代を担う少年たちに北方領土問題につきまして正しい認識と理解を持ってもらうことは非常に重要であると私ども受けとめておるわけでございます。総務庁といたしまして昭和六十年度の予算におきまして、年次計画によりまして北方領土問題に関する少年向け解説書、通称副読本と言われておる解説資料を作成して配付してまいりたい、こういう予算を計上しているわけでございます。この事業は特殊法人の北方領土問題対策協会が実施するものでございますので、現在その実施計画を作成中ではございますが、全国の中学生を対象といたしまして全中学に配付しようということで、現在北方領土問題対策協会において計画の立案の段階に入っているということを申し上げたいと思います。
 それから、二点目の国際シンポジウムの関係でございますが、このシンポジウムは内外のいわばソ連問題の研究者を日本に招きまして、北方領土問題についての正しい理解を国民世論の啓発の一環として行うと同時に、国際的な理解をも求めまして、そして北方領土返還要求運動を推進していく、その上のいわば研修の場としたい、こういうふうに位置づけているところでございます。この事業も北方領土問題対策協会が大体この秋をめどに行うべく現在準備中でございますが、具体的なテーマであるとかあるいは参加者等についてもまだ成案を得ていない段階でございます。
 先生御指摘の開催場所の件でございますが、これももちろん今年度初めて私ども企画するシンポジウムでございまして、どういう方々にシンポジウムに参加していただくか、私ども頭の中では各県における県民会議の中核を担う方々にも出席してもらいたい。そういたしますと、確かに北海道の現地において開催するのも一つの大きな目的に即した案だとは思いますが、何せ全国各地から現地根室ということになりますと、経費の面等あるいは会場の確保等いろいろな問題が想定されますので、まだ成案はできておりませんけれども、北海道で行うことについてはそういう問題があるということをひとつ御了承いただきたいと思います。
 しかし、そうかといって、確かに外国からそういうソ連問題の研究家の方をお招きする機会でございますので、何らかの方法で日本あるいは招いた外国のソ連研究者の方にも行っていただくような機会があれば、大変我々もこのシンポジウムを開く趣旨に合致するのではないかというふうに現在のところ考えている次第でございます。
 それから、先生の三点目の都道府県民会議の結成状況等に関する御質問でございますが、先生御案内のとおり、この都道府県民会議は地方における北方領土返還要求運動のいわば推進基盤ということで位置づけておりまして、ことしの二月七日の北方領土の日を契機に奈良県と香川県の二県が新たに結成されまして、現在四十四の都道府県において既に設置され済みでございます。
 その活動につきましては、県民大会あるいは講演会、研修会、あるいはキャラバン隊の派遣等々活発に啓発事業を推進しているところでございまして、ちなみに、ことしの二月七日の北方領土の日におきましても、ほとんどの県におきましてこうした啓発行事が推進されているところでございます。
 以上でございます。
#32
○板垣正君 その三番目の四十四県ということですが、まだ残っているところはどこですか。それでまた、なぜそこはまだなのですか。見通しはどうですか。
#33
○政府委員(本多秀司君) 残っている県につきましては、埼玉県、神奈川県、島根県の三県でございます。なお、この三県につきましても現在その結成に向けて準備中でございますので、遠からず設置されるというふうに伺っております。現在準備中でございます。
#34
○板垣正君 ぜひ進めていただきたいと思います。
 最後に、この北方運動促進の悲願の決意をさらに結集をして反映させていくという点で、中曽根総理自身が現地を視察してその強い決意をあらわし、また現地の関係の人々を激励していただくと大変意義のあることだと思うわけであります。同時に、担当長官であられる後藤田長官もまだ現地に視察に行っておられないのではないかと思いますが、ぜひ機会を見て長官御自身が御視察をいただきたい、また、ぜひ中曽根総理がなるべく早い時期に現地に行かれることをお願いし、このことについて長官の御意向を承って、質問を終わらせていただきます。
#35
○国務大臣(後藤田正晴君) 北方視察は、五十六年の九月でしたか、鈴木前総理が現地に行かれたわけでございますが、中曽根総理もできるだけ早い機会をとらえて視察に行きたいという強いお気持ちを持っていることを私も承知をいたしております。何せ、ああいった大変お忙しい方で、実現していないということは大変残念でございますけれども、私からも折に触れ視察が実現するようにお話をいたしたいと考えております。
 私自身は、当委員会で、この前でしたかお約束いたしましたように、まだ行っておりませんけれども、国会明けには現地に視察に参らせていただきたい、かように考えておるわけでございます。
#36
○板垣正君 よろしくお願いします。
 終わります。
#37
○藤原房雄君 予算の委嘱としまして、わずかな時間ではございますが、予算関連と当面する諸問題についてお伺いしておきたいと思います。
 先ほど来同僚委員からもお話がございましたように、戦後四十年ということで一つの節目を迎え、また、ソ連におきましては政権が若々しい方にかわられたということ、そういう一つの流れの中で何かがという期待感というのは地域住民及び国民の心の中にはあるのだろうと思います。そういうことで、長官も担当なさっていらっしゃって、やはりその決意というのは同じだろうと私は思うのでありますが、まず、その御決意のほどをお伺いしておきたいと思います。
 さらにまた、これは去年の委員会におきましても、総理が機会あるときにこの北方問題については関係者にお話しすることが大事なことだということも提案をいたしておりますし、また、それは当然のことだと思うのでありますが、本年ボン・サミットがあります。そういうことで、こういう問題についてもそういうチャンスをとらまえてお話をする、こういうこと等についても後藤田長官、去年の委員会のときには外務当局とよく相談をしたいというお話でもあったわけであります。期日も迫ってまいりましたし、いろいろな山積する諸問題がありますが、そういうものの問題の中にかき消されてしまうということではなくて、ぜひひとつそういういろいろな難問がある中でこれを浮上させるという御努力をいただきたいと思うのでありますが、いかがでしょうか。
#38
○国務大臣(後藤田正晴君) 先ほど来お答えをいたしておりますように、この懸案解決のために政府としては粘り強い努力を引き続いてやっていく、この強い決意はいささかも変わっているわけではございません。したがって、従来から進めております元居住者であるとかあるいは隣接地域の問題であるとか、こういったものについても最大限の努力をいたしたい、こう考えておるわけでございます。
 お話しの、ボン・サミットで取り上げたらどうだということでございますが、果たしてボン・サミットでこの問題を取り上げるような場があるのかどうか、また、そこがふさわしいのかどうか、こういう点についてはよほど慎重なる検討を必要とするのではなかろうか、かように思うわけでございますので、直ちにこの席でこの問題を首脳会議で取り上げましょうというような御返答はいたしかねるというのが率直な私の考え方でございます。
#39
○藤原房雄君 昨年の九月でしたか、当委員会で視察に参りました。そのときに、ちょうど我々と一便おくれて、特別機だからあれですが、総理が釧路空港におり立ったわけであります。しかしそのコースは、我々は視察目的ははっきりしておるわけでありますが、総理の歩かれたのは別なコースであったわけであります。そして、根室に参りましていろいろな話のときに、その目の前まで来ていながら、そしてまた、日本の国民の悲願である北方領土の関係者とお話しするというそういう機会だけでもつくってもらいたいというような強い願いがありました。
 それは、総理は総理としての一つの考えの上に立ってのスケジュールでありますからそれをどうこう言うあれはないのですけれども、同じようなことがこのボン・サミットで、それは山積するいろいろな国際間の問題でありますから、当然、どういう場で話すかという、またその理解を求めるチャンスがあるかどうかというのは非常に難しいことだろうと思うのですけれども、その目の前まで行っても心遣いがなかったみたいなことで、せっかく世界の西側の首脳が集まるそういう中で、いささかなりとも自分の心の中にそういうものを強く持っておるならばその首脳とお話をする機会がないわけではないだろうと思いますし、いろいろな諸問題の中で、努力をなされる強い意思さえあればそういう適当なときはあるのだろうと思います。
 いずれにしましても、できるできないということよりも、絶えず強い意思を持ってこの問題に取り組むということが大事なことじゃないか。そういうことから言うと、去年、目の前まで来ていながら関係者とお会いもせずに帯広の方へ曲がられた。ヘリコプターとかいろいろな交通機関を使いますとそう長時間かかるわけでもない現状の中で、というものが私どもも心の中にありましたし、また、現地の方々も強い希望であったわけであります。そういう諸問題の中に埋没するということじゃなくて、今四十年の節目を迎えて、何とかひとつここでという強い国民の意思というものを受けて、外交的ないろいろな立場で寸時のすきもない中でしょうが、そういう一つの強い決意の上に立っての行動であってもらいたい。
 後藤田長官、国会が明けましたらということでございますが、外務大臣それから担当の長官、地元の方々は、やはり、現地へ来て現地の現状を見てもらいたいというのが強い願いであり、そのことについては痛いほどおわかりになっていらっしゃると思うのでありますが、当然最高責任者であります総理にという気持ちは地元としても強いのが当然のことであります。鈴木総理は漁業関係に非常に造詣の深い方であり、何度か足を運んでいらっしゃいますし、また総理という立場にありながらもいらっしゃったということで、中曽根総理にもぜひというこういう気持ちであったことはおわかりいただけることだろうと思います。ぜひひとつそういう点で御検討いただき、また、この委員会で各同僚委員からもお話がございましたが、そういう強い意思というものを総理にもお伝えいただきたいと思うのであります。
 さて、F16が三沢に来たとか、またぞろソ連の政権が変わったとかいろいろな要素がございまして、外交面からいうといろいろなことをお話ししなきゃならぬことになるわけでありますが、そういう外交的なことや対外的なことは別といたしまして、今その一方では内政的な問題、きょうは予算の委嘱ということでありますから、そういう方面に向けて何点かについてお聞きをしたいと思うのであります。
 この北方対策本部関係予算というのは十三億四千何がしという予算になっているわけでありますが、この財政の厳しい中で一・二%の増ということですから長官もそれなりにいろいろ御努力なさったのだろうと思います。しかしながら、この全体を見ますと、当然のことでありますが前年対比で伸びているもの、そうでないものといろいろあるわけであります。総体的に見ますと啓蒙宣伝といいますか、こういうものがどちらかというとちょっと手を引いたような感じに見受けられるのです。それで、この北方領土問題対策協会の補助金の予算額を見ましても、こっちの方は歴然としておるのですが、事業費の中の啓蒙宣伝費とか推進委員関係費とか団体助成関係費とか、こういうのはずっと前年対比で落ちておる。啓蒙宣伝というのはある程度行き届いたという考え方でいらっしゃるのか、総枠の中でやむを得なかったのか。対策本部としてはどういうお考えのもとにこの本年六十年度の予算をお組みになったのか、お伺いしておきたいと思うのであります。
#40
○政府委員(本多秀司君) 先生御指摘の啓蒙宣伝、もう大体いいのではないかという観点では決してございません。例えば、先ほど申し上げました中学生を対象とする啓発資料の作成あるいは国際シンポジウムの開催、これも究極のところやはり国民に対するこの北方領土問題に関する啓発というのが目的でございますので、この北方対策本部全体の予算の中で若干中身は入りくりがございますが、いずれにしましてもこの啓蒙宣伝の額が減ったということが啓蒙宣伝に対する軽視ということでは毛頭ございませんので、繰り返しになりますけれども、啓発資料の作成、国際シンポジウムがいわば振りかわりで啓蒙宣伝に入った、こういう財政状況の厳しい中でございますので、全体の枠内でいわば入れかえがあったというふうに理解していただければ幸いだと思います。
#41
○藤原房雄君 総枠の中ですから理解できないわけではないのですが、集中的に啓蒙宣伝費が削られて、対策協会に対する補助金なんか見ますと、啓蒙宣伝費、テレビ放送料とか北方領土を目で見る運動関係費、こういうところにおいては約三千六百万、啓蒙宣伝費では約三千三百万ですか、放送料も四千万、相当なこれはダウンになっているのです。やはりこの啓蒙宣伝の中ではあれもこれもというのじゃなくて、何かに集中しようという、これは副読本はそういう一つの次の世代に対しての大きな効果ということで我々も主張したわけですから、それは非常にそういう方向へ進むということはそれなりにいいことだと思います。しかし当面する問題として、長期的に見ればそれは大きな後世代に対する効果だと思いますけれども、宣伝費やテレビ放送費やこういう運動関係費が何百万単位でどんどん切り落とされるということだと、当面する宣伝に対しては何を主眼にするのかという、こういう感じを受けざるを得ないのです。その辺はどういうふうにお考えですか。
#42
○国務大臣(後藤田正晴君) そういう御疑念は当然であろうと思います。ただ、この予算は政府の方針が一割カット、聖域なしといったようなことで我が庁としてもそれに従わざるを得なかった。しかしながら、全体としての啓蒙活動の経費を落とすわけにいかぬということで、ならば新規予算を認めろ、新規は認めぬ、こういうようないろいろなやりとりがあったわけでございます。そこで財政当局の理解を得て副読本のあれは第一年度は六県分だったと思いますが、この新規を認めてもらう。それと同時に、国際シンポジウムの経費を認めてもらう。こういうことで、わずかではございますが対前年度増加をさしていただいたという経緯がございますので、この点でひとつ御理解を賜りたい、かように思うわけでございます。
#43
○藤原房雄君 テレビのような不特定多数というそういう形じゃなくてシンポジウムのようなこととかそういうことに、運動論というか、運動を展開したというか、これはただ予算のつじつま合わせということでは決してないのだろうと思うのです。それは総枠の中でのことですからわかるのですけれども、どこをどうするかということになりますと、今まであったものがなくなるという、それが啓蒙宣伝に集中的にということになりますと、じゃ当面する問題としてその中の柱は一体何にするのか。確かに副読本はそれなりの、シンポジウムはそれなりの大きな効果のあることは間違いありませんけれども、そういう運動論において何か方針なり何なりというものはここでひとつ再考していこうという上での予算なのかどうか、こんな気持ちがあったものですからちょっとお伺いしたのです。
 聖域なしという予算の中だということですけれども、しかし長官、防衛費には聖域はあるのでございまして、これは北方領土にも聖域をつくっていただきませんと、わずかな金額で、何億なんていう単位で私は減っているなどと言っているのじゃなくて、何百万という単位なものです。しかし、この中で全体縦枠としては一・二%も伸びておるということですからあれですけれども、国民世論として大いに県民会議やいろいろなものをつくってやっていこうという非常に盛り上がりをつくり、北方領土の日までつくって、そしてその方向に進みつつある。この方向性が出たと思うとすぐ手を引いて二階から落ちなきゃならないみたいな形では、ちょっと緒についたという感じですから、その点十分に勘案していることだと思うのですが、どうも今回の予算を見まして、一生懸命頑張ったという総枠の中での話もありますけれども、全体を見まして緒につきつつあるものがこれで着実に進んでいくのかどうかという危惧も抱かざるを得ないという私どもとしては不満といいますか、心配する面もあるのです。
 これは北方領土というと沖縄と対比していろいろなことが言われるわけですけれども、沖縄は現実に百万を超す方々がいらっしゃる。北方領土には四島だれもいらっしゃらない、こういうことでいろいろな議論をしておるわけでありますが、そういうことから周辺住民の方々また元居住者、漁業権者、こういう方々に対する政策というようなことが待たれるわけで、ここがある程度生活基盤というものをきちっと確立いたしませんと、島よりも魚なんというこういう風潮に流れていくようなことがあってはならぬ、そういう非常に危機意識みたいなものがありまして、政府としても法律をつくって、またこの周辺の問題については一括していろいろ目を通していこう、基金をつくって推進していこうということになったわけです。
 私は、やはり団体をつくったりいろいろなことをするということも大事なことですが、北方領土を見に年間相当な方々がいらっしゃる、さらにまた、根室の方から全国へキャラバン隊を出す。こういうことでいらっしゃる方々は観光を中心にしていらっしゃる方、こちらからはPRということで出す、こういうことをやっているわけですけれども、最近ずっと見ますと、高校生の修学旅行なんか随分北海道へ来ております。名所旧跡を歩くとか、温泉地を歩くというのは修学旅行の大体のコースになっているのですけれども、北方領土に関連する町村とかその地域は文部省推薦じゃないけれども、北海道の道東へ来たらそちらの方へ足を延ばす。
 それから、高校のいろいろな競技大会の全国大会みたいなものがあるのですけれども、高校は根室にももちろん長い歴史を持った高校もございますし、根室、標津とずっと高校があるわけですけれども、そういう全国的な大会を開くとか、こっちから啓蒙宣伝という意思で出かけていく。実際、現地を見てこようという方々の啓蒙宣伝ということも大事なのですけれども、自然の形で修学旅行とかそれから競技大会とか、そのほか文化、芸術でもよろしい。最近はいろいろな施設もできたようでありますけれども、そういうことでそう大きなことはできないかもしれませんけれども、そこで全国の若い人たちが集まる。そのときにさりげなくといいますか、そこまで来たのだからということでやる。啓蒙宣伝の仕方というのは、何かかみしもを着てさあ宣伝するぞというこういう形のことばかりで、もっと自然の流れの中でいろいろなことが工夫できるのじゃないか。そういうときに、根室へ修学旅行に来たときには宿泊費はどうするとか何かこういろいろなことを考えてみたらどうかなあという気もするのです。
 さらにまた、体育大会については、これは地元でいろいろな援助をするとか、多くの方々がそこに来てその現状、現実、やはり遠くで活字で見るなんということよりもそこの場へ行って見るということは、一番実感として真実味が出てくるのじゃないか。特に高校生、大学生という若い世代の方々は感受性が強い、こういうようなことも非常に思うのです。今後こういう問題についてもう少しどういうことができるのかということで検討したらどうかと私は思うのですが、どうでしょう、大臣。
#44
○政府委員(本多秀司君) 今先生御指摘の修学旅行の件で、実は私も県民会議の代表者の方とお話しする機会があった際に、修学旅行の行き先を生徒たちで自発的に決める、そういう決める行き先として、いわば北方領土の視察である根室地を選ぶというような形で修学旅行が行われたというケースを聞かされました。確かに先生おっしゃるとおり、余りかみしも云々ではなくていく一つの新しいパターンかなあというふうな感じがいたしました。したがって、県民会議がその地域の実情に応じたいろいろな情報の収集なり、あるいは情報をそしゃくして私どもにお示しいただくなり、そういうことで、今後何か新しい方法を模索していく一つの取っかかりではないかというふうに感じております。
 それからもう一つは、現地の元居住者の子弟に当たる方々を東京に招きまして、これは年一回でございますが、そして東京の中学生と元居住者の子弟の中学生と交歓会を行う、そういうのも現在やっておりますけれども、この辺もごく自然な形で、将来を担う青年たちの間に北方領土問題が理解される一つのいい突破口ではないかというふうに考えておりますので、今後さらに、四十年目の節目に当たる年でございますので、新しい北方領土返還要求運動のきっかけというものを求めていきたいというふうに考えております。
#45
○藤原房雄君 副読本もできるわけですから、そういう活字で見る、話で聞く、そしてまた何らかの機会に現地へ行くチャンスができる、こういうものが積み重なっていくのだろうと思うのですけれども、大臣、ぜひこれは積極的に御検討いただきたいと思いますが、どうでしょう。
#46
○国務大臣(後藤田正晴君) 大変適切な御提言で、私どもの方でも検討さしていただきたいと思います。
 御承知のように、これも一般論なのですけれども、政府の広報宣伝活動というのがなかなかやり方が難しくて、どうも経費をかける割には実績が伴わないといううらみがあるわけでございます。やはり今御提言のように何かそういった自然の形の中で実効の上がる方法、これは我々も真剣に検討していきたい、かように考えます。
#47
○藤原房雄君 時間もございませんであれですが、この前何点か検討さしていただくとお話があった問題について、これは早急に結論が出るところじゃ決してないだろうと思うのですが、一つは墓参問題について。
 これは先ほどのように行き来がすぐできればいいのですが、なかなか難しいお隣さんのことでございます。しかし、現実はどんどん老齢化していくという状況の中にあります。そういうことを踏まえまして、過日、少なくとも六十五歳以上の方々については何とかそろそろ人道的な見地から早い機会に墓参できるようなことについて、最高機関といいますか、新しい書記長みたいな偉い人にこれは話ができれば一番いいのでしょうけれども、チャンスをつかまえてぜひこれは早急な実現のできる御努力をいただきたいと申し上げたのですが、その後どういうように御検討いただいたのかということをお伺いしておきたいのと、それから、北方資料館が根室にあるのですけれども、根室へ行かなきゃ見られないということです。そうじゃなくて、大きな都市とか国際空港とか、そういう人のたくさん通るところでもっと多くの方々にその実態を見てもらう。これは同僚の中野委員から前の委員会でも発言があったのですけれども、積極的に検討してみたいというお話もございました。全部お金を伴うことですから右から左というわけにいかないかもしれませんが、これは御検討いただいた結果どうだったのか。
 もう一つは、旧漁業権者についてここで云々するつもりはないのですけれども、過日の委員会のときにも、この旧漁業権者に対しては子供、配偶者と一代限りの継承が許されるのですが、元居住者につきましては子に限るということで、融資を受けた借金だけを子供さんたちが受け継がなきゃならない。これはどこから見ても、元居住者の子供についてもやはり借金だけ親の後継ぎをしなきゃならないということでは地元の振興ということで非常に不都合があるのじゃないか。法改正やなんかいろいろな手続も必要なのだろうと思いますが、地域振興ということでようやく緒についたというところであります。やっぱり個々の方々の問題としてこのような点についても積極的に取り組んでいただきたい、こういうお話を申し上げておりましたが、その後の検討の経過について御報告をいただきたいと思います。
#48
○説明員(野村一成君) 北方墓参につきましてお答えさしていただきます。
 先生御承知のような理由で五十一年から、と申しますともう十年近くこの北方墓参が実現していないということで、非常に遺憾に思っておりまして、いろいろな機会をとらえて特に人道的な配慮からこれを実現するよう申し入れてまいっております。通常の外交ルートを通じての折衝のほかに、例えば次官級の事務レベル協議というのも去年ございまして、そういう場で強く申し入れを行ってきておるわけでございます。本年につきましても近く申し入れを行う予定でございますが、最大限私ども努力してまいりたいというふうに考えております。また、特に御高齢の方について、その点に着目しての申し入れというものも考えてみたいというふうに思っております。
#49
○政府委員(本多秀司君) 先生から、国際空港に例えば展示コーナーを設けることについて総務庁としてはどういうふうに考えておるか、そういう御質問であると理解いたします。
 先生おっしゃるとおり、御指摘の点につきましては貴重な御提案として受けとめていきたいと思います。現在でも、北方領土展という展示場を年に一、二回、毎年場所をかえまして開催しておるわけでございますが、先生御指摘の点は、むしろ常設的なそういうコーナーの設置だというふうな御提案だと思いますので、貴重な御提案として受けとめさせていただきたいと思います。
 それからもう一点の、元北方領土居住者のいわば継承権のお話でございます。元居住者の方々が現在高齢化いたしまして、そのお子さんも、本土に引き揚げてからお子さんあるいはお孫さんがお生まれになっている。そして一方、高齢とともに亡くなっていく方もおられるので、その有資格者としてお子さんあるいはお孫さんまで拡大する必要があるという御意見でございました。
 先般たしか私の方から、元居住者の方々の実態を調査するべく着手いたしました、こういうふうにお答え申し上げております。現在もそれが進行中でございますが、先生御承知のとおり、元居住者のお子さん等の実態につきましては、例えば結婚等によりまして世帯分離なんかが行われておりまして、若干追跡調査のために要する時間というものをかしていただきたいというふうに考えておりますが、現在、元居住者からできております団体、この団体が一番元居住者の世帯の実態について資料を整備するべく十分な情報を持っているところでございますので、そこに現在依頼して実態調査を続けつつあるところでございますが、若干時間をかしていただきたいと思います。
#50
○井上計君 私は、質問する予定は二点ございました。一つは、ソ連の政権が一挙に二十歳ほど若返った、したがって、今度の若いゴルバチョフ書記長によるところのソ連の態度がいささか変わってくるのではなかろうか、それについては、どういうふうな御見解を持っておられるかということ。もう一点は、北対協に対する補助金、その中で、副読本についての配付等々について。この二点のお尋ねをする予定でおりましたが、先ほど板垣委員から御質問がありました。また、今藤原委員からも御質問がありましたから、もう尽くされておりますので、時間のむだですから、あえてこれ以上お尋ねはいたしません。
 ただ、感じますことは、ソ連という国のいわば非情さあるいは閉鎖性等々については私ども今さら改めて考える必要がないほど実は非常に難しい相手国である。その例は、アフガンの侵略についても既に五年になります。国連であれだけの非難決議をされ、さらにまた西側諸国が経済封鎖をしても、一向に我関せず、最近ではむしろ経済封鎖をした西側がしびれを切らして、事実上のアフガン侵略に対する制裁措置がもう解消しておるというふうな状態から見ると、長官、先ほど来、粘り強くこのことについては今後ともずっと主張し、また返還を求めていくということを続けていきたいという御答弁でありましたけれども、私の考えとしては、相手がソ連であるだけに、しかもアフガン侵略の例から見ても、従来と同じようないわば粘り強い、おとなしい返還運動が、はて効果があるのであろうかという疑念を実は持たざるを得ないということであります。
 そこで、あえてきょうはそれについての提案はいたしませんけれども、マンネリ化した返還運動であっては、せっかく貴重な予算を計上しておっても効果が薄いのではないか。それらについて何らかのここでまた発想の転換も必要ではなかろうか、これを一つ感じました。このことを一つ申し上げて、特にその御答弁はもう時間がむだでありますから要りません。以上、そのことだけ申し上げておきます。
 それからもう一つ、これはお礼でありますけれども、先ほど来お話がありましたが、昨年の九月に当委員会は現地を調査をし、また見聞を広めてまいりました。百聞は一見にしかずということを改めて感じたわけであります。そのときに、知床峠のあの縦断道路、この場所はいわば展望台ではありませんが、国後島を展望する場所が適当でないと。そこで、若干下の方の見返り峠あたりに、本当に国後が一望できるような場所にそういうふうなものをつくったらどうですかと。また、交通の問題等からして、現在あるあの峠の道路のつけかえ等々の要望をいたしましたら、早速御検討いただいて、これについては具体的にそれらのものを進めていただいておるということを聞きました。役所仕事にしては大変珍しいような、早いなということを実は感心しておりますが、これはひとつお礼を申し上げておきます。
 以上で終わります。
#51
○委員長(堀江正夫君) 以上で総務庁北方対策本部予算に対する質疑は終了いたしました。
 これをもって昭和六十年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、総理府所管のうち総務庁北方対策本部予算、沖縄開発庁予算及び沖縄振興開発金融公庫についての委嘱審査は終了いたしました。
 なお、委嘱審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#52
○委員長(堀江正夫君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。
 本日はこれにて散会いたします。
   午前十一時三十七分散会
ソース: 国立国会図書館
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