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1984/05/29 第102回国会 参議院 参議院会議録情報 第102回国会 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会外交問題小委員会 第3号
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1984/05/29 第102回国会 参議院

参議院会議録情報 第102回国会 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会外交問題小委員会 第3号

#1
第102回国会 外交・総合安全保障に関する調査特別委員会外交問題小委員会 第3号
昭和六十年五月二十九日(水曜日)
   午前十時三分開会
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    小委員長        大木  浩君
    小委員
                石井 一二君
                大鷹 淑子君
                宮澤  弘君
                久保田真苗君
                野田  哲君
                和田 教美君
                立木  洋君
    外交・総合安全保障に
    関する調査特別委員長  植木 光教君
    小委員外委員
                高平 公友君
                関  嘉彦君
    事務局側
       常任委員会専門
       員        山本 義彰君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○外交問題に関する調査
 (我が国の外交の現状と今後の強化策等に関する件)
    ─────────────
#2
○小委員長(大木浩君) ただいまから外交・総合安全保障に関する調査特別委員会外交問題小委員会を開会いたします。
 外交問題に関する調査のうち、我が国の外交の現状と今後の強化策等に関する件を議題といたします。
 本日は、我が国の外交の現状と今後の強化策等につきまして、小委員の皆様に御発言いただくことといたします。
 それでは、御意見のある方は順次御発言を願います。
#3
○石井一二君 私は、外交の現状並びに今後の強化策等につきまして、若干の所信の表明をさせていただきたいと思います。
 与えられた時間はほぼ三十分程度となっておりますので、時計を見ながらその範疇でおさめたい、そう思うものでございます。
 まず最初に、およそどういったアウトラインで私の意見を申し述べたいかということでございますが、まず、日本外交の背景であります世界情勢への認識ということを申し述べたい。続いて、日本という国に対する自己評価、その立場に対する私の認識を表明申し上げたい。続いて、外交方針の基本路線はいかにあるべきかということに触れたい。続いて、現在、世界的にいろいろな困難がございますが、この困難がどういったところから参っておるかということにも若干触れたいと思うのでございます。
 こういった前提条件を背景として、日本が外交上果たすべき使命は何かということを模索し、最後に外務省並びに在外公館の当面の政策目標、こういった角度から私の論点をまとめてまいったつもりでございます。
 さて、今日の世界情勢でございますが、およそ次のような特徴を持っておるのではないかと認識をいたしておるところでございます。
 一つは、二大超大国すなわち米ソの厳然たる存在と、依然として続く東西の対立ということを無視し得ないと思うのでございます。
 また、いつどこで、いかなる規模で勃発するか定かでない共産主義勢力の侵略行動の脅威の存在ということも、過去の歴史が物語るところであろうと思うのでございます。
 また、自由主義社会の繁栄を支え、歴史と伝統を守ってきた先進工業諸国の存在と、先進国病と呼ばれる社会的停滞現象の一部蔓延を残念に思うものでございます。
 一方、ソ連と一線を画し、社会主義陣営の中にあって独立独歩の道を歩む、世界最大、十億余の人口を抱える中国の存在というものは、外交上見逃し得ないものであろうと思うのでございます。
 また、先進国に追いつけ追い越せと、発展著しい新興、中進工業国群いわゆるNICS、その中で二極分化の様相を呈しつつある、すなわち一つは、鉱工業生産の順調な生産拡大の進むアジアの韓国、台湾、香港、シンガポールと、債務累積問題に起因する景気停滞と闘う中南米のブラジル、メキシコ、アルゼンチン等の諸国の存在でございます。
 一方、一時の活況はどこへやら、逆オイルショックと呼ばれる石油収入の減少傾向に悩み出した産油国、OPECもいろいろと物議を醸す潜在性のある諸国であろうと思うのでございます。
 一方、イラン・イラク戦争に代表される、いつ何どき超大国を巻き込みかねない第三世界での紛争の頻発と継続を残念に思うものでもあります。
 忘れかけたころに軍事小衝突を起こし、相も変わらずにらみ合いの続く南北朝鮮と東西ドイツ国境周辺の問題も大きな世界の懸案事項であろうと思います。
 また、所得水準がいまだに低く、政治、経済の不安定に苦しむ低所得開発途上国の存在を忘れることはできません。
 一方、アフリカを中心に、干ばつによる食糧不安と政変により、飢餓の域をさまよう数億の民というものが厳然と存在をするわけでございます。政治不安の東南アジア、アフリカに見られる、祖国を逃れて新天地を求める数千万の難民もございます。
 一国としては軍事的、経済的に小国ながら、国際連合その他の国際機関を通じて影響力を発揮するインドを初め第三勢力国家群。
 以上、るる述べたように、変化、起伏、混迷を続ける世界が現在あるわけでございます。
 このような諸情勢を背景とする今日の世界の政治、経済の構図を米ソ二極突出の構造と呼ぶべきかもしれませんが、一方、自由及び社会主義社会における米ソ両国の相対的影響力が低下し、かつて二大大国の傘下にあった諸国が自主性を持って発言、行動を起こし、両大国が逆に振り回されるケースが時折見られる昨今の世界情勢を、私は多極、多様化の時代とも表現しておるのでございます。
 さて、このような世界的な背景をして、我が国の立場あるいは存在的な価値でございますけれども、現在、あの戦後の廃墟と荒廃から大きく脱却、前進をいたしまして、自由主義世界第二位の経済大国へと成長いたしておることは御承知のとおりでございます。GNPでほぼ世界の一割、人口では三%、面積では〇・三%程度の国でございますけれども、国民一人が、経済生産力という面ではいわば世界の他の国々の人々に比べて三人力程度の力を発揮しておるのが現状であり、今後この比重は次第に増大すると予測をされておるわけでございます。それとともに、国際社会における政治的、経済的役割に対する期待はますます増大をし、国際地位にふさわしい、特に経済的な役割、また、平和的な努力というものが我が国に対して大きく期待されておるのが昨今の外交界における日本に対する見方であろうと思うのでございます。
 このような世界情勢、また我が国の立場を背景として、今後我が国はどのような外交方針の基本
路線を踏襲するべきかということが我々が今、議題として論じようとしておることであろうと思います。私は、こういった中で、少なくとも六つか七つぐらいの基本的な、日本が踏襲していかなければならない路線があると思うのでございます。
 まず、その第一は、自由主義社会に籍を置きつつ全方位平和外交を展開していくのがその柱であろうと思うのでございます。特に、この中で過去の経緯、あるいはまた現在の日米経済関係のそのなす重さの度合い、そういうことも含めてアメリカとのパートナーシップの維持の強化ということは当然必要なことであろうと思うのでございます。
 第二に、アジアのリーダーとしてアジア、太平洋地域の国々と特に親しく協力をしていく必要があろう。環太平洋構想などということも当然昨今言葉の上に出てまいりますし、また、その実現を目指して努力も必要であろうと思うのでございます。
 また、第三に、我が国はその経済の構造上、貿易立国の立場を維持し、適量の貿易黒字の確保はやむを得ないという立場にあることも忘れてはならないのでございます。御承知のように、資源に乏しい、輸出で稼いだ外貨でもってこれらを輸入しなければならないのが貿易立国の構図でございます。そういう意味から、ただいま申し上げたようなことが当然視されるべきであろうと思うのでございます。
 第四番目に、日米安保条約に対してこれまでとかくの論議がございましたけれども、適度の自衛体制は維持せざるを得ないということは現在の世界情勢から見て自明の理でございました。日米安保条約を柱とした適度な自衛体制の堅持ということが一つの柱であろうと思うのでございます。
 片や、東側諸国との関係でございますけれども、相互信頼関係を求めて、対話を中心とした努力は絶えず一貫してなされねばならないと思うものでございます。
 そして、第六番目に、経済大国になった日本は、発展途上国の安定と発展への協力の一層の推進を今後も続けていかなければならないと思います。
 こういったことを総合して、最終的に世界の経済的発展に寄与するということが日本の外交基本路線の大きな柱であろうと思うのでございます。
 さて、以上の基本路線を背景にして、じゃどうすればそういったことが可能かということでございますが、その前に現在世界が直面しておりますいろいろな困難の現状、原因等について若干触れてみたいと思うのでございます。
 御承知のごとく、世界経済は、六〇年代の成長の軌道から踏み外れ、今日困難に陥っておるともとれる諸点があるわけでございます。例えば、石油危機後の後遺症は完全に解決をしておるのか。ヨーロッパ等に見られる、俗に言う先進国病というものが世界全体の経済的な繁栄と平和の維持の足を引っ張っておったりはせぬだろうか。第三に、国際的な通貨の不安定、特にドル高の問題等を含めて、こういった面からくるマイナス的な外交上の諸現象というものがないだろうか。四番目に、軍拡競争というものは極めて大きなマイナスのエフェクトというものを平和の力のバランスによる維持ということ以外では及ぼしておると思うわけでございますが、こういったことについてはどう対処すべきであろうか。そして最後に、国際協調体制の欠如と申しましょうか、現在の国連を中心とするそういった国際協調の体制についてもいろいろと問題があろうかと思うのでございます。
 このように、五つの現在世界経済の抱える困難の原因ということを列挙してみますと、逆の言い方をすれば、世界の経済が回復し、平和がよりスムーズにかつ安心してもたらされるためには、このような困難の原因が除去されるということが極めて大事であり、外交政策は当然その方向へ向けて努力がなされるべきであろうと思うのでございます。
 例えば、今まで述べた五つのそれぞれに対する反復的な発言でございますが、原油の供給及び価格の安定をしなければならない、ヨーロッパ、アメリカには活力を復活してもらわなければならない、国際通貨の安定はどうしても必要なことである、軍拡競争は、現在のジュネーブの米ソの交渉を見ておりますとそうたやすく調停が進むと思いませんけれども、ぜひ推進をしなければならない、そして、国連機構に対しても大きな抜本的な改革がなされねばならない、そう思うものでございます。
 もう少し具体的にこれらの五点について若干の例を挙げつつ申し述べてみますと、例えば石油でございますが、現在は石油の供給過剰という結果、エネルギー問題に関する深刻性というものはやや揺らいでおる。だがしかし、世界経済の再活性化のためにはエネルギー問題の長期的解決は極めて重要なわけでございまして、省エネ運動の継続はもとより、原子力、石炭及びその他代替エネルギーの開発利用のために引き続き努力がなされねばならないのであります。また、我が国としては絶えず供給源の多角安定化を図り、でき得る限り安い価格で長期的にその供給がもたらされるようふだんからの外交努力が必要であろうと思うのでございます。
 また昨今、新聞を見れば一日とてもその記事が出ていないことはないと言われる日米関係の現状につきましては、米国は現在御承知のごとく、双子の赤子、つまり経常収支の赤字と国家財政の赤字に苦しみもだえ、債務国へ転落という非常事態に陥っておるわけでございます。もちろん、米国も経済再建のために減税、歳出削減、政府規制の緩和、安定的な金融政策等種々の国内経済政策を推進し、我が国としても世界経済の活性化のために、米国がまず生産性の向上であるとか、あるいはまた高金利、ドル高の悪循環の是正等により早急にその経済の再活性化が図られることを期待しておるわけでございます。こういった中で保護貿易主義の台頭ということが国際貿易を縮小するおそれがあるとして大いに危惧をいたしておるわけでございまして、昨今、米国議会における保護主義法案の動きというものが大いに懸念され、世界的な経済発展という面からもこういった面の阻止という面での外交努力がなされなければならないと思うのでございます。
 また、先ほど遺憾の意を表しつつ申し述べました軍拡にいたしましても、軍拡はにじのようなものだと呼ばれます。近いようだけれども、どこまで行ってもなかなか切りがないほど拡張を続ける。また、核戦争に勝利者はないと言われますように極めて恐ろしいものでございます。
 つい二カ月ちょっと前の本年二月二十五日に、国連は軍備競争のコストと題する統計を発表いたしましたけれども、世界の軍事支出は一九六〇年から八三年の間に倍増し、年八千億ドル。この五分の一でアフリカなど世界じゅうの飢餓を二〇〇〇年までに絶滅することができるといった膨大なものになっておるわけでございます。また、先進国の軍事費は発展途上国に対する経済援助額の二十倍にも達し、人口十万人当たりの兵士の数は現在五百五十六人、同じく医師の数が八十五人であることに比べたら、実にばかげた状態になっておるわけでございます。一九四五年から八二年までに約百五十の戦争、紛争が現実に世界で発生をし、二千万人が死亡、第二次大戦での戦死者数を上回っておるという悲しい事実もあるわけでございます。
 こういった中で、安倍外務大臣は、第三十九回国連総会一般討論において、昭和五十九年九月二十六日に演説をされておるわけでございます。特に国際間の協力が重要であるということを強調し、その中で、第二次大戦後四十年、世界は政治的、経済的、社会的、歴史上かつてない大きな変化を経験し、その変化は加速化の一途をたどりつつある、その規模、重大性、緊急性において一国のみでは到底対処し切れない問題であるということで、各国同士の協力を呼びかけておるわけでございまして、そういった意味でも、今後日本は国連外交に極めて大きく注意を払っていく必要があ
ろうと思うのでございます。
 こういった観点から、日本と国連との関係について若干触れてみたいと思うのでございます。
 日本は、そもそも一九五六年の十二月十八日の総会で、八十番目の加盟国として、ちょうど三十年ちょっと前でございますが、加盟が実現をいたしたわけでございます。現在、日本の国連の分担金でございますが、最初は百万ドル足らずでございましたが、八四年現在で六千四百万ドル、その他専門機関への分担金を加えると約一億六千万ドル、このほか自発的な拠出金が約二億四千万ドル、つまり年間約四億ドルほどを国連に出しておるわけでございまして、総額では世界第二位、人口一人当たりでは北欧、西欧、米あるいは産油国よりも下で二十番目ぐらいでございますけれども、もう少し分担をふやしてもしかるべきだという意見もあります。絶対額としてはかなりの貢献をいたしておるわけでございますが、その発言力たるや実に微々たる情けない状態にあるのが現状ではないかと思うのでございます。
 そもそも国連には二つの目的があると解釈をされております。一つは、国際間の平和と安全を維持すること、二つは、経済的、社会的発展を促進することということになっておるわけでございますけれども、日本は安保理事国になれる可能性というものは現在のところ皆無であろうという状態でございます。また、安保理の非常任理事国にも、一九七八年に立候補いたしましたけれども、あの小国であるバングラデシュに破れる、全く国連において支持基盤のない孤児的な立場に立たされておる。しかも、財政的には、先ほど申し述べましたように大きな負担を強いられておるというのでございまして、ここらあたりに何らかの将来的な展望の変化というものがあってしかるべきではないかと思うのでございます。
 さて、国連における財政協力の実績でございますけれども、特に平和の維持という面から、人的、財政的にも多大の犠牲を払ってまいりました。例えば、国連兵力引き離し監視軍というUNDOFには百四十七億円を昭和四十九年から五十九年までの十年間に払っております。同じ期間に国連レバノン暫定軍、UNIFILには二百二十五億円。また、国連サイプラス平和維持軍、UNFICYPには十二億円。その他ほかにもございますし、また人的にもラオス調査小委員会、セネガル事実調査団、セイシェル事実調査団、イラン・イラク紛争捕虜問題に関する国連調査団等へも参画をし、世界に対して日本の平和努力の実績というものを強く訴えておるわけでございます。
 現在の国連を見ておりますと、先ほど来申し述べておりますように、必ずしも日本の理想に近い状態にはなっておりませんけれども、具体的にいかなる改革点を求めるかということになりますと、安保理事会機能を改善しなければならない。特に、大国の拒否権というものは目を覆うものがあるわけでございます。
 例えば、一九四六年二月から一九八四年十二月までの間に拒否権の行使は実に百六十七回、しかもソ連は実にそのうちの百十五回に及ぶ拒否を行い、大事なこと、自分に都合の悪いことは全部それを拒否するという中において、国連の正常な機能というものは動いていないのが現状であろうと思うのでございます。また、小国同士が一国一票制をとっておるために、お互いにかばい合い、お互いに援助をし合う結果、そういった国の都合の悪いことというものが全部否決をされる。また、事務総長にそれだけの権限がないというのが現状の悲しい姿であるわけでございます。そういった意味で、私は、国連の機能の改革についてしかるべき外交的な手段が打たれることを強く力説するものでございます。
 大分時間も迫ってまいりましたので、最初に申し上げた世界の現状を踏まえて、日本が果たすべき外交上の使命について若干具体的に触れてみたいと思うわけでございます。
 一つは、黒字国の責任と申しましょうか、市場の一層の開放に努力をしなければならないと思います。貿易の拡大均衡は不可決でございます。このためのモスアプローチであるとか、アクションプログラムであるとか、新ラウンドの設定、実施ということは急務であろうと思います。また、開発途上国、新興工業国に対して、経済協力の一層の推進ということを強く打ち出したいのでございます。特に昨今、我が国の政府内の財政難のための大蔵、外務両省の意見の食い違いで、ODA第三次中期計画の発表もおくれておるわけでございまして、こういった面での発奮が大いに期待をされるところでございます。
 最後に、外務省並びに在外公館の当面の政策目標はいかにあるべきかということでございます。
 先ほど来私が世界情勢を背景としてるる申し述べておりますように、例えば通商摩擦絡みは外交でありますが、同時に通産行政でございます。国際的なテロの問題は警察行政をも含めたものでございます。文化の交流は文部省を含めた問題でございます。あるいは科学技術関係の問題もございます。こういった中で、外務省が外交の管轄省として外交一元化をいかに図り、国の内外政策の一貫性、整合性の確保、総合調整機能をいかに発揮するかということは大きな責務でございます。また、邦人の保護ということは、昨今、在外資産が極めて多くなり、企業あるいは邦人が外国で安心して仕事ができるような環境を国際的につくっていくということも、日本外交の大きな責務であろうと思うのでございます。また、世は情報化時代と申しますけれども、情報機能の強化というものは、科学技術の著しい進歩に伴う高度情報化社会の到来の中において十二分な機能が果たせない限り、我が国の適切な外交の推進ということは不可能であろうと思い、こういった面でも在外公館の努力とその体制の完全な実施という面でいろいろと施策が施されなければならないと思うのでございます。
 最後に、外交実施体制、具体的には人材の確保と在外公館等の組織整備の問題でございますが、いかに財政難といえども、しかるべき場所にしかるべき規模の器と人材が配されない限り、我が国はこれだけ多様化した世界を相手にしての十二分な外交ができない。そのための指針を提言することも当小委員会の大きな責務であろうと思うのでございます。
 いろいろはしょって申しましたが、ほぼ私の持ち時間の半が参りました。
 極めて簡単でございますが、以上をもちまして私の提言といたしたいのでございます。
 終わります。
#4
○久保田真苗君 私、初めに、古いお話になるのですが、福沢諭吉が外交について言っていることをしばしば思い出すのです。それは、こんなことを言っております。「我が日本における外国交際の性質は、理財上に論ずるも、権義上に論ずるも、至困至難の大事件にして、国命貴要の部分を犯したる痼疾というべし。しかしてこの痼疾は、我が全国の人民一般の所患なれば、人民一般にてみずからその療法を求めざるべからず。」、これは文明開花のころに西洋の列強が圧倒的な西洋文明の力で押し寄せてきているのに、日本人はうかつにしてそれに気づかず、国の独立が危ないという危機意識なのです。どうしたらいいかというところなのですけれども、こんなふうに言っております。「今の外国交際は、兵力を足して、もって維持すべきものにあらず。いわく、目的を定めて文明に進むの一事あるのみ。」その目的とは独立であって、日本人を文明に進める以外に独立を保つ方法はない、こう言っているわけです。
 ここから入欧脱亜論が出てきて、後世、批判を受けることにもなるのですが、私は今の問題とはもちろん問題が大分違いますけれども、しかし、外交についてなかなかおもしろい言葉を言っていると思うのです。それは結局、外交というものは人民一般の総合戦力なのであって、その人民を文明に赴かせるほかに方法がないというその一事を、私は大変買っているものなのです。
 今、この諭吉の言う外国交際という難病は治ったのか。もし、言葉をかえて、外交はある国民の文化、政治、経済、社会などの総合力で行われて
いるというふうに見るならば、仮にもし今の日本の外交が余りぱっとしなかったとしても外交官だけを責めるには当たらないと思うわけです。
 確かに日本は経済的に大きくなり、成功しました。しかも、比較的短期間でなし遂げました。後発国からのテークオフを見事にやってのけたということであります。それについては、同一民族であり、一つの言葉であり、それだけでツーカーの社会ができて、テークオフについては最も有利な条件であったわけです。経済の発展、情報の発達にとってすべて日本に利しておるわけです。しかし、これを総合力という観点から見ますならば、同じ条件が不利に働く面もあるいはあるのではないかということを思ってみる必要あると思います。
 それは、この条件は、異民族と深刻に交わる必要かないということです。また、異質の文化からの刺激や緊張に乏しいということでございます。ワンパターンの社会。同じものだけで住み心地よく、そして、違うものには無関心であるか排他的である。このような土壌は創造力とか独創性あるいは精神文化等の醸成にとっては極めて不利な環境であるのではないでしょうか。
 経済交流はよく文化交流を伴う必要がある、あるいはそうでないから日本は非難されるのだというようなことを言いますけれども、しかし、伝統的文化というものは私どもは鎖国時代以前から受け継いでいるものはいろいろと独創的なものがあるにしても、現代の日本にそれらしいものが果たしてあるのでしょうか。日本の外交を支えるような精神的な支柱というものが果たしてあるのでしょうか。私はこのことをしばしば思います。そして、それがない外交というものはやはり行き当たりばったり、右顧左べん型にならざるを得ないのではないかと、こんなふうに思うわけです。つまり国民を基礎とすべき日本の外交は、その一角が極めて貧弱なのではないかという感じを受けるわけでございます。そこで、国際社会に向かっての外交戦略を論ずる前に、まずみずからの姿勢を振り返り、正してみるということが必要なのではないかと思います。
 そこで、このいただいた項目に沿いまして、思いつくままに意見を述べたいと思いますが、まず、平和外交についてでございます。
 せんだっての委員会で、外務省の高官が説明なさった中で、日本外交の特徴はとの質問に対しまして、それは平和外交だと思うとお答えになったことは大変心強いことでした。現代の日本が国際社会に対して果たし得る最大の精神的あるいは文化的な寄与は平和主義なのではないでしょうか。その平和主義は日本人自身の悲痛な戦争体験から生まれ、広く国民の共有する信念にまでなってきたと思います。それはまた、世界の多くの人々と分かち合うこともできるし、理解し合うこともできる共有の財産でもあると思います。現代は核兵器の脅威が最大のものでございますから、日本が唯一の被爆国民であるということにおいて、世界の人々は日本に特別の地位を与えているということが言えると思います。これは広島、長崎その他戦争において犠牲を払った国民の遺産であると思います。
 日本が期待されている最も大きなものは、やはり核兵器の廃絶へ向かってのイニシアチブではないかと思います。しかし、国民の平和主義が普及していると思われるにもかかわらず、日本の外交が必ずしも平和、軍縮について期待されるほどの積極的なイニシアチブをとれなかったということがあると私は思うのです。一体に政府と国民との間のギャップは、平和問題、軍縮問題において大小の差はあっても大きな格差があると言わざるを得ないことはまことに残念です。日本はやはりその例外ではないと思います。むしろこのような平和主義へのイニシアチブは、中小規模の北欧、中欧の中立国あるいは非同盟諸国の積極的な国によって担われてきたのではないかと思います。
 途上国は非同盟グループをつくり、米ソどちらの軍事ブロックにも属さず、核兵器に反対することによって核保有国への対抗力をつくってきました。東西緊張の間にあって、世界の大半の国がたとえ経済的には弱かろうとも、非同盟主義を掲げてきたことは戦後世界の平和維持にはかり知れない貢献だったのではないかと思います。日本経済の繁栄も、実は開発途上国のこの非同盟主義の政治姿勢に負うところが極めて大きいと思います。日本人はとかく東西軸の視点を非常に強く持っております。しかし、実際は世界の大勢は中立、非同盟であり、それが平和維持に不可欠の条件であることを私どもは忘れてはならないと思います。日本の立場としましては、非同盟諸国が大国の草刈り場になることを避ける。そして非同盟主義を維持してもらうように協力することがみずからの平和を図るゆえんではないかと思います。
 そこで、日本の具体的にとるべき方策につきまして若干具体的に述べたいと思います。もちろん、言うまでもなく国民の平和主義を基盤として、外交と政治の姿勢をここでもう一度正していく時期であると思います。平和憲法、非核三原則、専守防衛、武器輸出禁止原則等は国民的合意でありますから、これをかたく守るということにいたしたいと思います。
 GNP一%問題がございます。これは今焦点となっておりますけれども、一%という数字の根拠はどうなのかということよりは、さらに大きな合理性として、私は大きな軍事大国にならぬという、国際社会、特にアジア近隣諸国への誓約のあかしとして一%を破らぬことに大きな国益と合理性を見出すものです。
 第二に、平和憲法を初め、これらの国民的合意を広島、長崎の心とともに子孫に伝えるという努力を私どもはすべきですし、当然政府に対しても、世界にこれを輸出する努力をしていただきたいと思うわけでございます。これは、もちろんみずからの姿勢を正すということを前提としてのみ行われることだと思います。
 第三に、国際連合、これは日本にとりましては、多国間の軍縮交渉を行うほとんど唯一の場であると思います。国連の軍縮諸条約、特に核兵器禁止に関する条約をてこに外交を進めるべきだと思います。部分的核実験の禁止は、既に核軍拡がとまらないことをもって、これでは甚だ不十分であるということが立証されております。全面的核実験の禁止条約を急ぐほかはないのでございます。外務大臣は、先般のジュネーブ軍縮会議において具体的な提案をされたのでございます。内容についてはここで述べませんが、その内容についての問題も、いつごろを目標とするかというようなポイントがないことが問題であると思いますけれども、しかし、軍縮会議において日本が非常に積極的な努力をしたということを評価いたしますので、ぜひ挫折せずに努力を続けていくべきであると考えます。
 また、核拡散防止条約でございますが、これは大多数の国が加盟しており、核兵器非保有国として私どもは査察の受け入れ義務を果たしているわけです。問題は、保有国が必ずしもその義務を果たしていない、すなわち六条による誠実な軍縮努力をやっていないということでございます。でございますから、さらにこれを進めまして、非保有国に対する核攻撃をかけないという公正な約束を将来にわたって要求していくべきだと思いますし、特に超核大国、米ソに対しましては、現在行われておりますジュネーブ軍縮交渉において真剣な軍縮努力を行うよう強く要求し、また具体的な成果をもたらすようにこれをどこまでも説得し、見守っていくべきだと考えます。
 第四に、非核地帯構想でございますが、南米の核兵器禁止条約による非核地帯設置に続きまして、世界各地で非核地帯設置の努力が行われております。インド洋、南太平洋、中欧、北欧とございますが、特に太平洋は核実験の場とされている場所でございます。日本は太平洋の非核化に大きな利害関係を有しておりますので、これに積極的に貢献を図っていく、そして非核地帯構想というものを近隣の諸国とともに進めていくべきだと考えます。
 第五に、過去二回にわたる国連の軍縮特別総会
に見られたエネルギー、これは国民一般のものでございまして、特にNGOの非常に盛り上がった参加がございました。八千万署名をニューヨークへ、千人を超える人が渡米しております。しかし、世界じゅうのNGOの結集にもかかわらず、特に最近の特別総会では、軍縮フェローシップ等、わずかなもの以外はその成果を見ていないのであります。これだけのエネルギーを何かもっと具体的な提案として国連総会とともに自国の政府に結束して持ちかけるという幅広い運動ができないものか。例えば、核拡散防止条約六条の遵守、あるいはジュネーブ軍縮交渉での成果の要請、あるいは国連事務総長の紛争調停機能の強化など、このようなことを民間団体が政府に働きかけるということが非常に大事だと思いますし、国連あるいは政府の側から見ますと、これらの民間の外交努力というものを積極的に評価し、取り入れていく必要があると思います。また、国連の中にさらにNGOの役割を位置づけるという努力もしなければならないものと考えますので、日本政府はこれをバックアップするような体制をとっていただきたいと思います。
 次に、経済関係における日本の役割ですが、貿易摩擦で頭に火がついたのが最大の課題であることは言うまでもありません。私も、少ない資源の国として、適度の黒字は必要ということはもちろん賛成でございますけれども、しかし、日本が無事に経済繁栄を進ませるための努力としては、やはり一国で貿易黒字をかき集めることをやめるというその努力がこの際必要であると考えます。平和維持に反するばかりか、これはやはり世界経済を麻痺させ、結局は自分の首を絞めるということになると思います。
 原則自由、規制は例外の市場開放を直ちに行うことはもちろんのこと、さらに根本的には、先進国と比べて二、三割も長い日本の長時間労働を短縮するなどにより、集中豪雨的輸出が行われないようにすること、あるいは自由時間の価値というものをもう一度見直し、生活の質を高める努力をあわせて行うことが必要だと思います。経済大国といっても、居住環境、余暇の過ごし方というものは貧弱ですし、町の美化といったものについてもまだまだ学ぶところが多いわけです。したがって、諸外国からこのような生活の質を高める面で大きな買い物ができるのではないか、先方からもそのような提案ができるのではないかと考えます。
 第二に、先ほどの、規制は例外というポイントですが、どの国も例外なく、国民の最低の生存を満たす産業基盤を必要としています。その中身は、最低限度飢えない食糧の自給体制、必要なエネルギー源の自給、特に日本の場合は自給できるソフトエネルギーの開発、太陽、風、海洋等のエネルギーの開発にたとえ巨額な費用を投じてもこれを進めることが必要と思います。非産油途上国のためにも、巨額を投じて開発する価値があると思うわけです。しかし、これらのことは日本のみならずすべての国に共通している問題でありますから、平和維持の条件としましても途上国への経済援助はこの観点を優先させることが必要と考えます。
 大変我田引水な言い方になりますが、目をつけていただきたいのは女性の生産労働、そういったパターンの産業であります。この女性の生産労働は家族とか地域社会の生存産業でございまして、例えば例をアフリカにとりますならば、八〇%の農業労働力を女性が担当している国が多いのですが、女性のつくる作物は生活作物でありまして、これはどうせほうっておいてもやっていくのだからと産業の中にさえ数えられない、したがって技術導入、機械化、融資、助成等が怠られている分野であります。これにかわって輸出作物、現金作物といった先進国の需要に応じたモノカルチャー、例えばコーヒー、綿、サトウキビ、たばこの類ですが、このようなものが経済援助の対象となってきたという事実がございます。したがって、これは女性も手っ取り早く現金を得るために農園へ行って草取り労働者になるというそのプロセスが進んだわけでございまして、私はこの女性の労働をこのまま維持するという意味ではなく、女性がやってきた労働が生存産業であるという観点から経済援助の面でまずその産業の基盤をつくることにプライオリティーを置くこと、これが飢えをしのぐあらゆる産業中の真の基幹産業であることを認めていくことが必要であると考えます。
 第三に、先進国への原料供給国としてのみ扱われた経済援助のあり方の反省でございまして、これはFAOなどがいろいろなガイドラインを出しております。例えば生活作物と輸出作物のバランスでありますとか、農村での生産技術の知識、小さい食糧加工の振興といったようなものでございます。必ずしも先進国にとって味わいのよいことばかりではありませんか、しかし長い目で見た場合にはこれは先進国の利益になると思いますので、二国間援助の場合もいろいろな手法をこのような研究開発から学んでいくということが必要ではないかと考えます。
 また、いわゆる新国際経済秩序の要求が途上国から長年にわたって行われているわけでございますが、国際社会では先進国を含めてこの原則は大筋受け入れられているものと考えます。しかし、日本の視点にはこのことがないか、あるいはあっても西欧よりもかなり少ないと思わざるを得ないのでございます。すなわち、単なる経済援助だけではざるに水を注ぐようなものであって、原料供給国としてのみでなく、有限な原料に付加価値を付して製品として輸出していきたい、すなわち不利な貿易、経済、金融体制の改革を求めるというそのことでございます。
 私は、途上国の援助にはやはり一番難しいところはテークオフの条件であると考えます。日本は成功しました、しかしその過程には女工哀史とかタコ部屋というような悲惨な歴史もございます。同じようなテークオフを途上国に対して求める気持ちが私どもにないのならばいわゆる戦略援助というような方式はとるべきではありません。政治体制として社会主義的なやり方をする国もありますが、少なくともその国にとってそれが労使関係をよりヒューマナイズするものであり、あるいは独立した状態で国が生産手段の管理を引き継ぐ必要のあるというような状況を十分考慮して日本は偏見なくテークオフの面倒見をすることが重要であると考えます。日本の輸出の半分以上は途上国へ行っていることを考えますと、これは日本の国益にも沿うことであります。もちろんODAは質量ともに改善する必要がありますが、私は巨額の援助は余り必要ではないと思いますし、また、まともな途上国ならばそのような援助を望まないのではないかと思います。すなわち、テークオフに必要な技術、経済援助、日本人にはこれを面倒を見ていく非常にすぐれた素質があるのではないかと思います。
 次に、環境のことに一言触れておきます。
 現在砂漠化が非常に憂えられております。日本は植林の国でありましたが、今や日本の林業もいろいろな問題にぶつかっております。自分の林業を救うためにも、この砂漠化を防ぐ技術的な貢献が日本にはできるのではないか、すべきだと考えます。
 次に、国連外交についてでございます。
 国連といえども世界の縮図でございますから、いろいろなギャップがあって不思議はないと思います。事務局もけんか早い人が多い。国連の最高目標である平和に奉仕できるのかどうかと首をかしげることもございます。やはり国連の職員などは、国連の目的に沿った不断の教育訓練が非常に必要であると考えます。そして、国連は最も多人種社会でございます。途上国が最近ふえていろいろな面で先進国は不利な立場にあるといいますが、少なくとも事務局を見る限りは、私はまだ欧米社会を脱していないと思います。それは拠出金にリンクして人員が採用されるからです。今でも大きな変化はないのではないでしょうか。それに国際機関本部の所在地がほとんど欧米にあり、公用語もまた大方そうであり、公務員制度はイギリスから、予算制度はアメリカからというふうに導
入されておりますから、いろいろな面でここはカルチャーショックの人々のたくさんいる社会でございます。ですから、とても理想社会とは申せませんけれども、しかし私は、ジグザグしても目的に向かって進もうとしているということは評価している者です。
 例えば国際婦人年、婦人の十年、これだけをとりましても、これがなければ日本は婦人差別撤廃条約を批准するために曲がりなりにも国内法制の整備を十年間ぐらいで図ったでしょうか。できたとしても何倍かの月日が必要であったと私は思います。同じことが人種差別、政治犯の人権、軍縮、あるいは人口、家族計画、文盲撲滅等に言えるのだと思います。
 第二に、国連の傘下に地域会議、専門機関がございます。私はこういう会議に出ますと例えばヨーロッパの地域会議に出ますと、ここには東欧、西欧、北米の国が列席してアルファベット順にお互いを反面教師として研究もし、それぞれの社会の存在理由をかけて競い合っているわけでございます。日本はもちろんE SCA Pに所属しておりますが、日本にはそのような環境が非常に薄いことを私は残念に思います。つまり、血眼で競う雰囲気ではないのですね。その意味でアフリカ、米州、それからEC、アラブ、どこもそれぞれの自主的努力による地域機構を持っておりますけれども、アジアだけはそれがないということを指摘したいと思います。日本は何かこのような面でできないものでしょうか。
 第三に、日本はどこに所属するのかという問題があります。正式にはアジア、ESCA P地域です。しかし、国連のインフォーマルグループではウエスタングループに入っております。ESCAPの国の多くはグループ77、つまり途上国グループに所属しております。ですから、日本は西側でもアジアでも準会員の感じを持たざるを得ない。しかしこれはよい点も悪い点もあります。へたをすると右顧左べん型だけに終わります。しかし、両方へ片足ずつ突っ込まざるを得ないのであればここから東西南北の接点、調整役としての創造的外交を編み出してやるということができるのではないでしょうか。例えば筋の通った経済援助、人権擁護、平和主義といったような面でのイニシアチブがとれるのではないでしょうか。また、軍事費の一%を割いて最貧国の援助に回せというようなイニシアチブも日本がとるのは何もおかしくない、一番適当な役柄ではないかと考える次第です。
 四番目に、国連で平和外交を進めるには中立的な立場を保っていることが非常に有利です。しかし、これはすぐにできる国もできない国もあります。中小国の中立国はこれをてこにして非常に大きな貢献をしておるわけです。日本はもちろん平和維持軍等に多額の拠出をしております。しかし、日本の憲法、国内法でできる範囲内で医療班、救護班あるいは教育班など、NGOを含んでこのような人道的あるいは紛争地域の救援にもっと顕著な努力をすることができるのではないかと考えます。
 また、国際会議とか国際機関の誘致なども一つの平和努力と考えますし、いろいろな国連の諸機関へ人を送り込んでいくということも大事でございます。しかし、日本には終身雇用制がございまして、国連職員やーいと呼んでもなかなかこれに積極的に行く人が少ないということでございます。外国で教育を受けた人を積極的に企業が活用するというような努力をすべきであると考えます。
 最後に、外交基盤の整備でございますけれども、日本にとって基本的なことは、貿易の自由化にも先立ち、あるいはその前提条件として精神的に開かれた人間、国民、外交官、政府になっていくことではないかと考えます。国民に理解される外交の展開ということでございますけれども、国民とともにやる気になる、秘密主義をできるだけ避けていく。過日の情報公開のことでもいろいろと問題がございますけれども、国民の知る権利が守られることが国益の最大のものであると考えます。
 また、人間の交流、特に身内社会からなかなか抜け出られない日本人にとりましては、マーブル玉のような層のある社会が幾つもある、その間の交流を活発にするということが国の内外で必要だと考えます。やはり微に入り細にわたるレギュレーションなども自家中毒の症状の一つではないかと考えます。外国人に奇異な感じを与えて当然ではないかと思います。しかし中毒者は自分ではわかりません。それをわからなければならないのが今だと考えます。国内的に言いましても、基本的にはやはり許認可事務、機関委任事務等の廃止をここでないがしろにせず、積極的に取り組む姿勢を持つということによって外交も国際化もうまくいくのではないかというふうに考えるわけです。
 もう一つの点としまして、国会の審議権の問題を指摘しておきたいと思います。
 国民に開かれた外交というその最も大きなものは、国会での外交案件の十分な審議だと思います。しかし、重要事項はとかく政府間の交換公文で行われる、このことは正しくないと思います。国会は国民を代表してこれを論議すべきであります。例えば条約の国会提出基準につきまして政府は三つほどのことを決めております。一、法律事項を含む国際約束、二、財政事項を含む国際約束、三、政治的に重要な国際約束とありますが、しかしこの政治的に重要というのは、与野党が問題とするというようなその問題性にあるのではなく、対外的な批准を要するなどというような条件であると思います。したがいまして、今、国会に提出されております条約のうち、余り重要性のないものもかなりあると思われます。
 このようなものでなく、例えばアメリカへの武器技術供与についての交換公文などは、武器輸出三原則、国民合意についての例外をつくったものでございますから、このようなものこそ国会で審議し、国民の審判を得るべきだと考えます。もちろん国民の中にはうるさい国民もおります。しかし、国民に聞く耳を持つということは非常に大事でして、同族会社のような社会ではやはりこのうるささを歓迎するということにし、うるささと格闘していかないと進歩がないと考えます。
 最後に、外務省と各省のかかわりでございます。
 やはり、この間外務省の方が説明されましたように、いろいろとあるけれども、お互いに競い合い、けんかし合うのもいいことなのだというようなことを言っておられたと思い、大変心強く思った次第です。しかし何と申しましても、終局的には外務省の立場で責任を持ってその外交の整合性というものを図っていかねばなりません。この間外務次官が言っておられたと思いますが、各省マターに十分通じて各省と十分やり合い調整できる、そのような人材を養成し、そして勇気を持って発言して日本の外交、内外の接点となっていただきたいと考えます。
 終わります。
#5
○和田教美君 昭和五十九年版外交青書「わが外交の近況」は冒頭で、「国内に資源の乏しい我が国が繁栄を維持するためには、世界の平和・繁栄と自由な経済の交流が不可欠であり、これを維持し、発展させることが我が外交の基本課題である。」と述べています。この基本認識に関する限り私も同感であります。言葉をかえて言えば、我が外交の第一の課題は、すべての外交政策の基本的前提として現実的で有効な平和の戦略を確立し、推進することであると信じます。そして日本の平和戦略の基盤は現憲法の理念、つまり恒久平和主義、基本的人権の尊重、国民主権主義の三原理に求められなければならないと考えます。
 第二次大戦後に日本が採用した平和国家、平和主義の理念は、現在においても何ら原則的な有効性を失っていませんし、外交の基本的前提として堅持すべきものであります。しかし、今日の激動する国際情勢のもとで、この平和主義を堅持するためには一般的に平和の理念を説くだけでは不十分であります。内外の諸情勢の綿密な分析に基づ
き、日本独自の具体的で現実的な平和戦略を確立することが必要であります。つまり、我が国の平和と繁栄を守るための具体的な手段の問題であり、その点について我々の考え方と政府の選択の間にはかなりの開きがあります。
 渡辺外務省情報調査局長は、三月八日の本小委員会で日本外交の特徴などを説明した際、この手段の問題、推進すべき日本外交の基本的立場について次のように述べています。すなわち第一は、「米国を初めとする自由民主主義諸国との協力の推進」であり、第二は、「アジア・太平洋地域の国々との協力」、そして第三に「平和外交の推進」を挙げています。特に第一の点については、「米国との緊密な協力関係は我が国外交の基軸であり、日米安保体制は我が国安全保障の基盤」であると強調しています。我々も日米間の平和友好関係の維持発展は我が国外交政策の前提であり、基盤であることを認めます。また、今日の国際情勢のもとでは最低限の自衛手段、すなわち現憲法が認める個別的自衛権に基づく領域保全能力を保持することが必要であり、また現実的な対応として、日米安保条約の存続はやむを得ないと考えています。しかしこのことと、日本が歯どめのない軍拡路線にのめり込み、また、日米同盟関係の軍事的側面の拡充強化を推進する立場をとることとは全く別であります。
 中曽根総理は、常に抑止と均衡論と西側の団結を強調しています。この立場から政府は、昨年来の核トマホークの第七艦隊配備について抑止力の維持強化、米ソの戦域核バランスの回復という観点から日本の安全にとって有益であるという見解を表明しました。また、今論議を呼んでいるレーガン米大統領のSDI、戦略防衛構想について、総理は国会報告では、米国の研究に理解を示しただけだと煙幕を張りながら、ボン・サミットの際の日米首脳会談で、総合的抑止力の一環などいわゆる五原則を提示することなどを通じて、近い将来における我が国の研究参加への布石を打っています。
 今、対米関係で最も必要とされるのは、同盟国としての信頼関係を土台としつつ、国際情勢について平和主義の立場から独自の判断を行い、レーガン流の力の政策の行き過ぎをチェックする自主外交の展開です。しかし、抑止と均衡、西側の団結をすべてに優先させる中曽根外交は、結局アメリカの世界戦略に無条件に追隨しているばかりか、むしろ一層積極的に米国との軍事的同盟関係の強化に動いていると言わざるを得ません。このような路線は国民の多数が追求してきた平和主義の理念に反するものであります。
 私は、日米安保体制が我が国の安全保障にとって一定の抑止的役割を果たしてきたことを全面的に否定するものではありません。しかし、盾には両面があります。私は、抑止と均衡論が中曽根総理の言うような万能薬であるなどとは決して考えません。抑止理論にはその考え方自体に軍拡へのメカニズムが内包されているという危険な落とし穴があることを常に警戒しなければなりません。抑止と均衡に対する絶対信仰は極めて危険であります。この点で安倍外務大臣が今年一月一日付の朝日新聞のインタビューで答えた内容を、私は一歩前進と評価するものであります。外務大臣は、
  残念なことだが、これまで「抑止と均衡」によって世界の平和が保たれ、米ソ、東西関係が維持されてきたと思う。しかし、それに頼りすぎてはいけない。一面では「抑止と均衡」によって軍拡が行われている。要するに均衡を保って拡大してきている。これは非常に危険なことだ。このへんで「抑止と均衡」も大事だが、縮小しながらでなければ意味がない。そして最終的に核絶滅までいかなければいけないと思っている。
と述べています。しかし問題は、中曽根総理らがこの見解に賛成した気配が見られないこと、外務省内にもなお抑止と均衡論への信仰が根強いことであります。
 三月十二日から始まった米ソの包括的軍縮交渉は、現在まで双方の見解の対立が目立つだけで実質的進展を見せていません。しかし、私はこの軍縮交渉の開始を取り決めた一月八日のシュルツ、グロムイコ両外相会談の共同声明が、あらゆる領域での核兵器の廃絶を究極目標とすることを初めてうたったことに注目しています。国民の圧倒的多数はもはや、米ソ間の核均衡をできるだけ低い水準に引き下げる程度の軍備管理交渉で満足するはずがありません。
 最近の衆議院の軍縮決議が強調したとおり、核兵器の廃絶を目指す軍縮の促進は、現在の世界にとって緊急かつ最重要の課題であるとの危機意識が広がっています。そうであれば、日本外交が推進すべき平和の戦略には、まずほころびが目立つ抑止と均衡論を超えて、真の軍縮、中でも核兵器の完全廃絶を目指す軍縮努力が最優先の課題の一つとして位置づけられねばなりません。このことをまず指摘して、以下小委員長が提示された主要項目の順序に従って各論を簡単に述べます。
 第一に、実効ある平和外交の展開についてであります。
 日本は経済大国にはなるが軍事大国にはならないという選択は、それ自体は異論があるはずはなく、今後もこうした観点から平和外交を進めるべきことは言うまでもありません。しかし、一九七八年に福田元総理がマニラ・スピーチで、日本は軍事大国にならないと宣言して以来、首脳の歴訪のたびにこの点を明言しているにもかかわらず、東南アジア諸国の間に依然日本の軍事大国化への懸念の声のあることを軽視できません。このような危惧の念を払拭し、我が国がアジア・太平洋地域の平和と安定のため真に貢献していくには、単なる宣言の表明にとどまらず、具体的行動によってそれを示すことが何より大切であります。この点でまず我が国が鮮明にすべきことは、歯どめなき防衛力増強路線にストップをかけ、当面防衛費はGNPの一%以内という歯どめを厳守することであります。
 私は、防衛政策で最も大事なのは、内にあっては国民的コンセンサスを得つつ進めるという抑制と節度であり、外には平和国家日本のイメージを損なわないための周到な目配りであると思います。最近の新聞の世論調査によれば、約六〇%の多数が一%枠を厳守せよと答えており、国民的合意の方向は明らかです。平和国家日本の対外イメージについてはさきに述べたとおりです。
 安倍外務大臣が、昨年一月九日の衆議院外務委員会で指摘したように、防衛費をGNP一%以内に抑えることは、日本が軍事大国化しないことの一つの象徴、あかしであります。この一線を踏み越えないという決意と具体的行動があって初めて東南アジア諸国に安心感を与えることができるでしょう。またこれと同時に、非核三原則を確実に実行し、我が国の非核政策について各国から疑念を持たれないようにすることが必要です。
 我々はかねてからアジア・太平洋非核武装地帯の設置を主張してきました。これは核保有国を除くアジア・太平洋地帯を非核武装地帯とする構想です。豪州、ニュージーランドを含む南太平洋諸国では、この八月に開く予定の首脳会議で南太平洋非核地帯条約に調印する方向で動いています。条約が締結されれば、南太平洋は中南米に次いで世界で二番目の非核地帯になります。今や東南アジアと並んで我が国を含む北東アジア地域の非核武装地帯構想に取り組むべき時期に来ています。ところが、政府は北東アジアにおける問題の複雑性を理由に、この構想についてのイニシアチブを全くとろうとしません。
 園田元外務大臣が昭和五十三年六月の衆議院外務委員会で、「北東アジア地域においては非核武装地帯を設置するための条件は、現在のところでは整っておりませんが、だんだん整ってくるんじゃなかろうか。」と答えていますが、最近の外務省当局の姿勢は、明らかにこの園田発言より後退しています。
 二国間外交では、まず、冷却した日ソ関係の改善、緊張緩和が緊急の課題であります。日ソ間には北方領土問題の解決という難しい課題が残っています。北方領土問題については粘り強く日本の
主張を貫くことが必要です。しかし、日ソ間の関係改善がすべて領土問題に絡むと硬直した姿勢をとることが国益に沿う外交展開とは言えません。日ソ間には首脳の往来も少なく、対話、意思疎通のルートが欠如しているのは、外交、安全保障上の大きい欠陥であり、この点の打開に積極外交の一つの力点が置かるべきです。
 これに関連して、私はかねがねソ連を加えたアジアにおける地域的軍縮問題の話し合いの場づくりについて政府が全く不熱心であることに疑念を表明してきました。最近では、アジア版INF、中距離核戦力制限交渉を米ソに働きかけよという提案に対し外務省は関心を示しませんし、ソ連との間で信頼醸成措置を話し合うことについても否定的であります。その点で、外務省がゴルバチョフソ連共産党書記長のアジア安保会議の提唱に対し、条件つきながら検討の姿勢を示したことは一歩前進です。ヨーロッパでは、幾つかの軍縮、軍備管理交渉の場が存在するのに、アジアではそれが皆無であるという現状は一日も早く打開しなければなりません。
 朝鮮半島で南北両朝鮮の直接対話が始まったことは、その成否の見通しがなお立たないものの、アジアの緊張緩和にとって歓迎すべきことであり、日本は周辺関係国として対話促進の環境づくりに努力すべきことは言うまでもありません。我我は、一貫して朝鮮の自主的平和統一の実現を支持し、統一された政府との平和友好関係の確立を念願しています。しかし、現実には南北にそれぞれの政府が存在し、統一問題の見通しは立っていません。したがって、我々は現実的立場に立って韓国との国交関係を尊重していくと同時に、北側、朝鮮民主主義人民共和国との関係改善を意欲的に進めることが、我が国並びにアジアの平和にとって有益であると考えます。
 今日、アジア諸国のうち、北朝鮮と外交関係がないのはビルマ、フィリピンと日本の三カ国だけであり、韓国に対する配慮だけで故意に北の存在を無視するのは平和外交の正しい姿ではありません。また、情勢の展開によっては、我が国が近い将来北朝鮮の承認に踏み切るべき時期が来ることを想定し、その準備を始めることも必要でしょう。
 第二に、経済大国日本の外交戦略について申し述べます。
 日本は、経済的繁栄を維持するためにどのような努力をすべきか、経済大国としての国際的責任をどのような形で果たしていくかの問題であります。政府委員の説明にありましたように、現在我が国の世界経済に占める比重は、GNPで自由世界第二位の約一〇%となっています。日本の一人当たりGNPは既にアメリカと大差なくなっています。しかし、日本経済は孤立した形で決して安定するものではありません。国際社会における相互依存関係が円滑に機能することによって初めて安定と発展が持続する構造になっています。日本経済の発展は国際的な平和と繁栄を何より必要としています。したがって、日本は世界経済に対して主導的に、より多くの役割を果たし、応分の負担を担わなければなりません。積極的な経済外交を推進することが日本外交が直面する大きい課題であります。殊に、日本は平和国家として、軍事面での責任分担でなく、国際経済の安定化など、軍事面以外の分野で経済大国にふさわしい負担と責任を負うべきだというのが国民的コンセンサスであり、それだけに経済外交を一層強化することが重要であります。
 五月のボン・サミットにおける経済宣言は、世界経済のインフレなき持続的成長と雇用の拡大を基本課題として掲げ、参加各国がそれぞれに分担する役割を明記しています。このうち、日本が市場アクセス、市場開放の拡大と輸入増大による経常収支の黒字減らしを公約したことは周知のとおりであります。日本外交は当面、まずこの国際公約の実現に最大の努力をしなければなりません。
 私は、日本の経済外交が当面目指すべき基本方向は次のように要約されると考えています。
 第一は、自由貿易原則の擁護と強化であります。
 日本は、自由貿易体制の利益を最も多く享受する立場にあります。一面では、資源、エネルギーを初め多くの物資を輸入に依存しており、他面では、主力産業の製品の多くの部分を輸出市場に提供しているからであります。それだけに欧米先進国では、日本の貿易黒字の大幅増、各国との貿易摩擦の激化などが刺激剤となって保護貿易主義への動きが強まっています。したがって、保護貿易主義を排して自由貿易体制が拡大均衡的に発展することは、単に日本自身の利益のためだけでなく、世界経済の長期的発展の観点からも必要であることを粘り強く説得していかねばなりません。
 第二は、日本自身が思い切った市場開放に努め、自由貿易主義の原則の率先的履行者になることであります。我が国自身が輸入の面で十分に開放的でなければ、外に向かって保護主義反対を主張しても説得力がないからであります。
 貿易バランスは、二国間の問題として論議されるべきではなく、グローバルな視点からその均衡化が検討されるべきであるという経済的理念は批判する余地がありません。しかし、日米間の貿易インバランスが余りにもその規模が大きいこと、米国側の統計で、去年の米国の対日貿易赤字が三百七十億ドルですが、これが米議会に感情的な対日批判を生んだ原因です。対日報復決議を振りかざした米議会の対日批判の合唱は、ボン・サミット以後やや鎮静化しています。また、議会の空気と世論調査にあらわれた米国民の意外に冷静な対日観との間にはギャップがありますが、保護主義の働きに対する楽観は禁物です。政府は、今、市場開放のための行動計画、アクションプログラムづくりを進めています。これまでの対日経済対策が、海外諸国から、小出し、一時しのぎと批判されてきただけに、今回は本格的な実効ある措置が不可欠であり、原則自由、例外制限という政府の方針に異論はありません。しかし、ここで指摘したいことは、日本の対応は先進国重視、途上国軽視と強い不満を持つASEAN諸国など開発途上国の要望にも十分こたえるものでなければならないということです。
 基本方向の第三は、ODA、政府開発援助を中心とする対外援助、経済協力の強化であります。
 経済協力の強化が経済大国としての応分の負担の最も重要な手段であることは国民の間にかなり広く理解されてきています。その意味で、六十年度一般会計予算で五千八百十億円のODAの規模を六十一年度以後も継続的に拡大していくことが必要です。ODA予算は、五十六年度からの五年間の第二次五カ年計画で倍増の目標を立て、ほぼ一〇%程度の伸び率で、目標達成率は九八%であります。
 藤田外務省経済協力局長が二月二十一日の当小委員会で説明したところによると、一九八三年のODA総額で、日本はDAC十七カ国中第三位、実質的にはアメリカに次いで第二位となっております。しかし、これを対GNP比で見ますと十二位で、量の面でも実質的にまだ上位にあるわけではありません。特に援助の質の面では、贈与の比率が五五・二%と低く、最下位に近い十六位、受取国のソフト度を示すグラントエレメントでも最下位に近い状態です。贈与の比率をもっと優先的に高める必要があります。もちろん、対外援助は金額さえふえればよいというものではなく、援助の効率性、効果性、さらに正当性が厳しく問われなければなりません。
 また、最近国会でもときどき取り上げられる戦略援助の問題については、アメリカの戦略の肩がわりである戦略援助は行わず、相互依存の度合いと人道的配慮という我が国の援助方針を堅持することが必要です。
 また、アフリカへの飢餓救援対策については、緊急援助という人道的見地だけでなく、アフリカ危機を生む構造的問題に積極的に取り組んで、中長期的な国際協力を推進すべきです。
 第三のテーマとして、国連外交の活性化について申し上げます。
 国際連合は、今日創立四十周年を迎えるに至りました。加盟国は百五十九カ国を数え、ほとんど
世界のすべての国を網羅する国際機関であります。また、その活動も国連の二大目的、すなわち国際の平和と安全の維持、並びに経済的社会的な国際協力に沿って非常に広範多岐にわたっています。しかし、国連は当初意図した崇高な理想をいまだに実現していません。そればかりか、米ソの利害の不一致のために国連の平和維持機能は著しく低下し、頻発する地域紛争に有効適切に対処することができないでいます。また、国連内部にはブロック化の傾向が強まり、例えば開発途上国が多数によってその意思の実現を図ろうとしたり、あるいはユネスコなどの政治化現象も見られます。これらは米国などにとって国連を魅力のないものにし、いわゆる国連離れが起こっています。さらに、財政危機、組織の肥大化と硬直化等多くの問題を抱え、国連の危機が叫ばれています。
 しかし、現在重要なことは、そのような国連の危機が叫ばれながらも、国連の努力によって多くの地域紛争を世界規模の戦争にまで発展させなかったし、漸進的ではあるが、経済的社会的発展をもたらし得たことを積極的に評価することです。ほかに国連に類する国際機関が存在しない以上、我々はいま一度国連の存在意義を再確認することが必要でしょう。
 三十年前加盟した我が国は、以来国連中心主義を掲げてきましたが、国連の今日的状況のもとでその果たすべき役割は大きいと思います。
 主として米ソの対立によって国連の平和維持機能が十分に発揮されないのはゆゆしいことですが、反面、米ソの協調なくしてこの機能が十全足り得ないことも事実です。ですから、迂遠なようでも米ソのデタントを促進することによって平和維持機能を確保する以外に道はありません。大国の拒否権乱用の抑制を図れという意見には一定の理由があります。しかし、米ソの拒否権に制限を加えるために国連憲章の改正を提議するようなことは、かえって米ソの国連離れを助長するおそれがあります。
 かつて重光元外務大臣は、国連の場で東西のかけ橋となり得ると演説しましたが、今日ではそれとともに、南北のかけ橋となることが望まれていると言えるでしょう。
 平和の維持に関しては、安全保障理事会の機能麻痺の状態を補う意味から事務総長の果たす役割が増大していますが、このような事務総長の活動を側面援助することが必要です。
 さらに、我が国独自の問題として平和維持機能への人的及び物的協力の問題があります。言うまでもなく、国連の平和維持機能のためとはいえ、自衛隊の派遣は憲法、自衛隊法、国民感情から見て行うべきではないと思います。かといって、問題を余りに狭く限定すべきではなく、資機材の提供や財政的支援も含め、人道的協力を行うことについて我が国としてできることを見出していくべきです。
 次に、我が国は国連の場でも核軍縮及びその他の非核分野の軍縮についてもっとイニシアチブを発揮すべきです。そのためには我が国自身による具体的行動が伴わなければなりません。例えば核軍縮を訴える一方で、米国の核抑止力依存を絶対視する立場から、国連における核不使用決議に否定的態度をとり続けるとすれば、我が国の核軍縮努力は他の国から空念仏とみなされましょう。
 国連の機構改革は当面最も重要な問題です。総職員数は本部職員以下約五万人、また分担金の未払いや滞納の結果、国連の累積赤字は四億ドルを超えることが確実視されています。他方、我が国の財政負担はことしの分担金が六千七百九十万ドルと米国に次ぐ負担をしており、これに専門機関への分担金、自発的な拠出金を加えれば年間四億ドル程度になります。このように我が国は確かに大口出資国ですが、これを人口一人当たりで見ると二十番目ぐらいで、我が国の経済力から見て、さらに財政的寄与に努力すべきでしょう。
 もちろん今日の国連は、さきに述べたように、組織の肥大化と硬直化、それに組織の重複という問題を抱えており、我が国は国連の行政改革について積極的なイニシアチブをとるべきです。ュネスコ問題もこうした行政改革、機構改革の一環として取り上げていくべきです。
 第四の項目として、日本外交の基盤整備について申し上げます。
 我が国が世界の平和と繁栄により積極的な役割を果たしていくためには外交機能の強化が不可欠であります。そこで、まず第一に挙げなければならないのは、外務省の人的構成が他の先進各国に比べて極めて貧弱であるということです。現在の外務省の定員は約三千八百人で、うち本省が千七百人、在外公館が二千百人の割合になっています。しかし、この定員は米国の四分の一、英国の五分の二、フランスの二分の一程度にすぎません。我が国の大使館の館員数は、各国が東京に置いている大使館の館員数に比べると、米国については三分の一、フランスの場合は二分の一というぐあいに大幅に下回っています。したがって、外務省の定員は目標の五千人体制を早急に実現し、外交機能の強化を図ることが必要です。
 また、外務省は情報機能の強化を重点項目の一つにしていますが、国際情勢に関する情報の収集、分析能力はまだ不十分であります。総合安全保障の機能を高めるためにもウサギの長い耳を持つことが必要です。行政改革にはスクラップ・アンド・ビルドの考え方も大切で、不必要になった一般行政機関の縮小を図りながら、外交関係の機能は拡充すべきです。現在民間から起用された大使はほんのわずかですが、これは米国に見習って民間人からの政治任命をもっとふやすべきです。
 最後に、国民に理解される外交の展開について私の意見を述べておきます。
 その一つは、憲法第七十三条第二号の外交関係処理に関する内閣の権限と国会の条約審議権との関係であります。
 私は、国際法上、広義の意味の条約等には条約、協定、議定書、交換公文等、名称のいかんにかかわらず、国家間の文書による合意をすべて含むと解釈しています。ところが、政府はこの広義の条約等を憲法第七十三条三号によって、国会の承認を必要とする条約と政府限りで締結し国会の承認を要しないいわゆる行政取り決めに区分しています。昭和五十八年に署名した二国間の条約、行政取り決めは三百九十件ですが、このうち国会の承認を必要とする条約は七件、それ以外は行政取り決めとして扱っています。また、五十九年は同じく二国間の国会承認条約が四件、行政取り決めが三百八十五件です。
 ところが、私が奇異の感を抱くのは、この二年とも国会承認条約案件に対米関係が一件もないということです。しかも、最近は国会承認条約案件には事務的、技術的な内容のものが多く、政治的に真に重要と思われるものはほとんど行政取り決めとして処理されているのが実情です。外務省は、この二年間、二国間の国会承認条約案件に対米関係が含まれていないのは、既に日米間では基礎的な条約が整備され、それに基づいて行政取り決めで処理できる体制ができているからだと説明しています。しかし、外交問題のうち実質的に七、八割は対米関係であり、私の見るところ、政治的に極めて重要で、当然国会の承認を求めるべき対米関係の行政取り決めは決して少なくないと思います。外交処理に関する内閣の行政権を極力拡大し、国会の審議権を不当に狭めていると言わざるを得ません。外務省が金科玉条とする大平外相当時に決めた国会承認条約案件の基準にしても政府部内だけで決めたものであり、この際、開かれた外交という見地からこの基準を国会側と協議の上再検討すべきだと考えます。
 さらに、最近五二―五四年の米外交文書の公表が行われ、旧日米安保条約に基づく行政協定の交渉経過が明らかになりましたが、去る三月に外務省から公表されたほぼ同じ時期の日本側外交文書には、日米行政協定のほか日華平和条約、日韓予備会談といった核心部分が外され、情報公開に関する日本側の閉鎖性が問題になっています。わかりやすい外交の起点は、国民になるべく多くの情報を提供することであり、秘密外交はあくまで排除しなければなりません。
#6
○立木洋君 私は、外交上の基本問題と、それから当面する外交上の若干の問題について私の意見を述べます。
 戦後、日本が進路を確定する上で、外交上何回か選択すべき状況に直面したと考えます。
   〔小委員長退席、石井一二君着席〕
それは、例えば平和条約の締結を求める時期、あるいは安保改定の時期、さらには安保の期限が切れた十年後の時期等々が想定されます。しかし、そうした中で日本政府が選択してきたのは、軍事を含む日米同盟の確立と維持強化という道を選択し、それを日本外交の基軸としてあたかもそれが目的化するという状況にまで至っているという点であります。これが戦後の日本の外交史上最大の問題点をもたらしている。これが重要な事態の根源にあるとみなされなければならないと考えます。
 こうした状況の中で日本外交が今とるべき選択の幅というのは、この日米関係を基軸とすることによって大幅に縮小されている、あるいは限定されているということにならざるを得ないという点であります。アメリカとの運命共同体と言われるように、日本国民のための本来あり得べき外交目的さえ喪失しかねない状態を厳しく指摘したいと思います。時には日本の憲法の基本理念や精神から見て、あるいは被爆国の日本としての平和軍縮外交を積極的に進めるべきだという要求等々から見て重大な逸脱や否定的な面をもこうした中で存在するという点であります。こういうことを考えながら、私は次の幾つかの点について述べたいと思います。
 一つは、徹底した平和外交を行うという見地から、真の日本の独立を回復し、非同盟、中立の立場を貫くべきであるという点であります。そのたには今日の複雑な国際情勢の中で、世界平和に反する国際的ないろいろな動きに対して日本の外交としては原則的な立場に立った平和を求める外交努力を努めることが極めて大切なことだと考えます。
 その一つは、力の政策を排除し、軍拡競争に反対をし、軍縮を進めるという努力であります。とりわけ今日の核戦争の危険な状態を阻止して、核兵器を完全廃絶するために努力をするということが非常に重要だと考えます。
 第二次世界大戦は人類史上初めて核兵器が使用された戦争でした。だから戦後、国際政治の舞台では、国連第一号決議で明らかなように原子兵器をすべての国の軍備から一掃するということが求められたわけであります。
   〔小委員長代理石井一二君退席、小委員長着席〕
しかし、その後、戦後の歴史の歩みを振り返ってみたときに、この願いを実現する方向ではなく核兵器の存在を肯定する抑止力論や、さらには次いで力の均衡論等々によってたゆまない核軍拡競争が進められ、現在では五万発にも至るという核兵器が有する危険な事態にまでなっているわけであります。核兵器のその一%が使用されただけでも核の冬が到来して人類は死滅し、地球は壊滅するとさえ科学者の予測される状態になっていることを我々は無視するわけにいきません。今、世界的な戦争が起これば、それは紛れもなく核戦争になるわけですから、何としても阻止しなければならないということであります。
 こうした国際情勢を直視したときに、この核兵器の危機と脅威から、そして核戦争の危険から人類を完全に解放するというこの努力が外交の努力としても最優先させなければならないと考えます。つまり、いつかは核兵器をなくすことができるだろうということではなく、直ちに緊急の課題としてこれに取り組み、その実現の道を切り開いていく、このたゆまない努力が求められなければならないと思います。そのためには核兵器の実験、製造、貯蔵、使用のすべてを禁止する国際協定を結ぶことによって、人類を核兵器の脅威から完全に解放することができるわけであります。
 もちろん、核兵器、核戦争を阻止するための効果的な諸課題、このためにも努力をささげなければならないことは言うまでもないことです。それは核兵器の使用を禁止する国際的な協定を結ぶことや、あるいは核兵器の実験の全面的な禁止を行う。こうした条約の実現のために努力することや、アジア・太平洋地域を含む世界各地域での非核武装地帯の設置、さらにはその拡大を図る努力、また核兵器の不配備、不使用、こうした課題をも重視しなければならないと考えます。
 また、今日問題になっております宇宙における軍事化や軍拡の阻止、これも厳しい努力が求められなければならないと思います。もちろん言うまでもなく、今日世界的な軍事費が膨大な額に達している状況を考えたときに、通常兵器の削減を含む全面的な軍縮が重要なことは言うまでもありません。こうした努力をささげることを私は平和外交の第一に主張したい点であります。
 平和外交の二つ目の点としては、平和を維持するためには軍事同盟ではなく非同盟の立場から外交的に努力をする、非同盟の立場を確立するという点を強調したいわけであります。戦後、軍事ブロックあるいは軍事同盟が平和を維持する保障であるかのようにみなされるという状況がありましたが、決してそうではないということもその後の経過の中で示されてきつつあります。
 一九七〇年の国連の決議においても軍事同盟の強化や、新たな軍事同盟の設立を非難するという内容の決議が採択されていますように、あるいはまた、非同盟運動が、当初この首脳会議が二十五カ国で発足したのが、今日では正式な加盟国九十二カ国、オブザーバー、ゲストを含んで百十二カ国、こうした状態にまで発展している状況を見てみますと、まさにこうした背景には、非同盟運動自身の中にもちろん幾多の問題を抱えているということは否定しませんが、非同盟の道理と方向が国際環境の中で受け入れられるということを示している証明であるという点を見なければならないと考えるわけです。
 また、現に軍事同盟や軍事ブロックの存在というのは、それは資本主義諸国であろうとも社会主義諸国によるものであろうとも、事実上はブロックにおける共通の利益という口実を最優先にする見地から、実際には大国による他国への主権が侵害され、歴史的には他民族支配と覇権主義の道具ともなる事態さえ生じているわけですから、軍事同盟ではなくまさに非同盟の方向における努力が必要だと考えます。
 こうしたいかなる他民族への抑圧と干渉をも許されないという見地、これがまさに平和の大前提でありますから、すべての軍事ブロックの解消、ワルシャワ条約機構、NATOの軍事ブロック同盟の同時解消、さらにはすべての国が参加する真の安全保障体制の確立、国連における諸国間の紛争の話し合い解決等々の努力が必要だというふうに主張したいわけであります。
 三つ目の点としましては、日本の独立と主権を侵害し、日本を戦争に巻き込む危険の根源でもある日米安保条約を廃棄して、日本の独立と主権を回復するという問題であります。
 今日の状況で言えば、日本の主権の及ばない米軍基地が日本の首都圏に大量に存在しているというようなこうした国は世界でもまれであります。安保条約によって日本が、アメリカが世界のどこかで戦争を起こす、国民が知らぬ間に戦争に巻き込まれる仕組みのもとに置かれている。中曽根首相もその危険は決してないとは言わないということにも明らかなように、こうした事態になっているわけであります。日本の外交はこれまでアメリカの態度を基準として行動するということも多々見られた事態であります。
 日本に外国資本の入った会社は多くありますが、そのうちの五一%はアメリカが占めております。外資系企業の売上高のうち、アメリカ系が全体の六三%に及んでいるという事態であります。これまでの戦後の歴史の経過を見ましても、食糧の面においても、あるいはエネルギーの面においてもアメリカに対する依存で日本経済が幾多の影響を受けたということも見逃すことができません。こうした状況の中で今後の未来の産業だと言
われる原子力産業についても、アメリカのひもつきの濃縮ウランを買わされるというアメリカに握られる仕組みになっているという事態を見たときに、日本の真の主権を回復するという努力を私たちは重視しなければならないと思います。こうして日本が自主的に対外政策を決定することができるわけであります。
 この後は、我々は日米安保条約を廃棄しても、アメリカとの間では対等、平等の立場から不可侵条約を結ぶ、あるいは日米友好条約の締結を目指して努力すべきだというふうに考えます。もちろんその後の状況の中で、その他の国、例えば中国やソ連などとも同盟関係を結ぶべきでないということは明らかであります。
 大きな二つ目の点としましては、主権を尊重し自主的な外交を貫くという問題であります。そのためにはあらゆる国際的に生じている侵略や干渉に反対をして、民族の主権、自決権を擁護するという立場を貫くことが極めて重要であります。同時に、平和五原則に基づいてすべての国との平和友好関係を確立して、平和的な国際関係の樹立に努めるという努力が求められるべきだと考えます。
 その一つとして、戦前の歴史を振り返ってみますと、民族の自決権と言われるものはいわゆる文明国の権利とされてきました。そうした見地から、ヨーロッパ社会にのみ適用されるものとして、植民地、従属国への適用は論外とされてきたわけであります。かつては、民族解放の運動は宗主国内部の問題として国際問題とはみなされませんでした。ですから、宗主国による民族解放の運動の弾圧が当然のこととしてみなされてきたわけであります。ところが、これが第二次世界大戦後の反ファシズム、反軍国主義への民主主義と民族解放の勝利を伴って国際政治の舞台では大きな変化を遂げてきました。それぞれの民族が政治的に独立を求める、みずからの道を選択することが当然の権利とされ、民族解放の運動も当然のこととされるに至っているわけであります。
 しかし、現実を振り返るならば、依然として大国による他民族への干渉、主権の存在が続いている。こうした歴史がかち取ってきた権利に逆流する事態が存在していることを我々は無視することができません。もちろんこうした事態はグレナダ、ニカラグアにしても、あるいはアフガニスタンにしてもしかりであります。ニカラグアに対する軍事的な干渉や経済制裁措置は、アメリカの行っている措置は直ちにやめるべきであり、ソ連のアフガニスタンへの軍事介入も直ちにやめて速やかに撤退を求める、こうした整合性のある民族自決権を擁護する立場を貫くべきだと考えます。つまり、いかなる国であれ他民族への侵害を許さず、対等、同権を保証しなければならない。こうした点で帝国主義、覇権主義というものが国際法に反するものであり、これに反対する毅然とした外交的立場を貫かなければならないということを強調したいわけであります。
 こうした点から若干の問題について触れますと、一つは今日の中東問題であります。中東における基本的な態度としては、イスラエルはすべての占領地から無条件に全面的に撤退をすべきであり、パレスチナ人民の民族自決権を、自国の確立をも含む民族自決権の確立が保証されなければなりません。もちろんそれは言うまでもなく、イスラエルを含む当該地域のすべての国家の主権を尊重するということをも含んだ解決でなければならないということは当然のことだと思います。
 二つ目の点としては朝鮮問題であります。朝鮮においては外国の軍隊、アメリカ軍が撤退をし、自主、民主、平和統一の立場に立った原則に基づく朝鮮の統一が図られるべきだと考えます。ですから、南北分断を固定化するような状況はとるべきではなく、朝鮮民族自身の意思に基づいて統一が図られるべきだということを主張したいわけです。
 もう一つの点はカンボジア問題についてであります。カンボジア問題はカンボジア人民自身がみずからの力で自国の道を選択し、道を切り開いていくべきだと主張します。もちろん当初ポルポト一派によって行われた対ベトナム侵略、干渉が、自衛のためにベトナムが決起したという経緯はありましたが、今日の状況の中ではカンボジア民族に反するポルポトの復活を許すべきではなく、また同時に、ベトナム軍の長期駐留をも認めるべきではなく、早期に撤退できる条件をつくり出していく努力が必要だということを強調したいわけであります。
 大きな二番目の小さな二つ目の問題としましては、こうした点から我が国としても外国の主権に対する干渉、介入は一切行うべきではなく、また同時に、いかなる国であろうとも日本の内部問題への介入、干渉は容認しないという姿勢を貫くべきだと考えます。この点で述べるならば、典型的な例としては外国のいわゆる諜報機関による介入、例えばCIAやソ連の諜報機関の介入などは毅然として反対されなければならないことは言うまでもありません。
 小さな三つ目の点としては、我々は自主的な立場からすべての国と平和五原則に基づく、つまり領土、主権の相互尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和共存、これらを基本として平和友好関係を樹立すべきだという点であります。
 領土問題を振り返ってみますと、日本には三つの領土問題が存在しております。一つは千島の問題であり、もう一つは竹島の問題であり、もう一つは尖閣列島であります。それぞれの歴史的な条件は異なりますが、これらが日本の領土であるという立場を私たちはとっております。そうした立場から、この問題に関しては話し合いによる解決のために努力をされなければなりません。特に千島問題で言えば、歯舞、色丹は千島列島ではなく北海道の属島ですから、これは直ちに返還を求める。同時に、これらの地域におけるソ連の軍事基地は決してつくらせるべきではないということは当然のことであります。そして南千島もあるいは北千島も含む全千島が戦後処理の原則から照らしてみるならば日本の領土であり、外国から武力によって奪い取った領土でない限り、これを手放すことは戦後処理の原則、領土不拡大の原則から見ても適切でないことは言うまでもありません。こうした見地に立って、全千島の返還のためにも努力をすべきであるということを特に強調しておきたいと思います。
 大きな三つ目の問題としては、経済外交の問題であります。この点では、経済主権を確立して、平等互恵の経済外交を進めて新しい国際的経済秩序の確立のために努力をするという問題であります。そのうちの一つの点としては、経済主権の樹立について述べておきたいと思います。
 今日の国際情勢のもとでは、政治的に独立をした途上国が多くありますが、しかし、依然として経済的には外国に依存度が強く、従属的な地位から抜け出し得ていないという状況が少なくありません。こうしたことから、これらの国の民族主権確立のためにも日本は先進国として当然十分に見ていかなければならない問題点があると思います。さらには日本の場合についても、対米経済における従属的なあるいは依存的なあり方を解決するための外交努力が必要であるということを強調したいわけであります。これは先ほども述べましたように、日本の食糧問題で二十年余りの間に大変な主な食糧の自給率が低下したという状態を考えたときにも、これはアメリカの余剰農産物を受け入れるという状態から引き継いだアメリカへの食糧依存政策の影響があるということを指摘せざるを得ないわけです。また、石炭産業をつぶして石油にエネルギーを大幅に転換してきたという経過の中にも、アメリカの影響を無視することはできません。今日の経済摩擦を理由にした対米依存的な政策、これをも転換を図って経済的な主権を確立するという努力が必要です。
 日米間における幾多の協定、航空協定、原子力協定、漁業協定その他の幾多の経済的な諸関係における条約、協定の内容を見ましても、これが対等、平等の立場に立つものになっていないという
ことも指摘せざるを得ないわけであります。こうした立場から日本の経済的な主権を確立する努力をも引き続いて行わなければならないことを強調したいと思います。同時に我々は、戦略的経済協力のあり方を排除していかなければなりません。発展途上国であろうとも社会主義諸国であろうとも、あるいはアメリカを初めとするヨーロッパ諸国であろうとも、すべての国との間で平等互恵の経済関係を確立することが大切だということであります。
 小さな二つ目の点としましては、対外経済協力については次のことを重視すべきだということであります。
 それは、民主的公開の原則に基づいて経済協力を進めるということであります。二つ目には、いかなる外国の戦略にもくみしない自主的な原則の立場を貫くということであります。三つ目には、新植民地主義に反対をするという原則を貫くことであります。四つ目には、平和、中立、特に武器の輸出だとか紛争を助長するような援助は行うべきではなく、平和、中立の原則を貫くべきだという点であります。総じて人類の進歩を目指す国際的な連帯を発展させるという見地から、平等互恵の立場で経済協力を進めるということが大切だということを強調したいわけです。
 小さな三つ目の点としましては、これまでのいわゆる先進国を中心とした大国支配の古い国際的な経済秩序の維持ではなく、経済主権を確立した平等互恵の原則に基づく新しい国際的な経済秩序の確立を求める努力を行うべきだと考えるわけであります。
 これは、UNCTAD以来貧富の差を縮めるべき努力が叫ばれてきたにもかかわらず、依然として世界における国家間の貧富の差は増大する一方であります。もちろん他方では、戦後、天然資源の恒久主権の確立等々大国の支配的な収奪を許さず、自国内の資源に対する自国の主権を確立する努力も進められてきましたし、経済的な自立への努力も国連の場において続けられてきたということも私たちは当然重視し、これの一層の発展を求めるべきだと強調したいわけであります。こうした国際経済秩序をさらに発展させるためには多国籍企業の国際的な規制の問題、あるいは国際的な経済機構や組織の民主的な改革の問題、国際間の交易条件、とりわけ開発途上国の交易条件の改善や最貧国の累積債務の軽減の問題、さらには各国の経済主権の尊重と真の平等互恵の協力関係の確立などに努力をしていくことを強調したいわけであります。
 四つ目の点としましては、国連の問題について一言言及しておきたいと思います。
 国連の場では、国連憲章の発足、国連憲章の精神に基づいて努力が進められなければならないことは言うまでもありません。そうした見地から真の集団安全保障体制が確立されるように、話し合いによって国連の民主的な改革を進めることにも努力を払わなければならないということであります。特に一九八八年までに国連軍縮特別総会の第三次総会が計画されるということになっており、近くこの問題についての日程が決められることになっております。そうした見地からこの国連軍縮特別総会において、他に代替することのできないこの場で、先ほど強調しました核兵器の完全廃絶の問題を含む核軍縮を最優先とした全面軍縮の努力がさらに払われなければならないということを強調したいわけであります。
 国連の平和維持軍の問題に関して、自衛隊は参加すべきではないということも指摘をしておきたいと思います。もちろん、侵略国に対しては国連憲章第四十一条の規定に基づいて非軍事的制裁措置をとるということはあり得ますが、国連憲章第四十二条で定めているような軍事的な制裁への協力についてはこれは憲法違反であるのが明白ですから、自衛隊の派遣はもとより、それが警察活動への協力という形であろうとも、民間人の派遣であろうとも、あるいは資金や資材の提供であろうとも、一切協力を行うべきではないということを強調しておきたいと思います。
 最後に五つ目の問題として、秘密外交を排し、国民の理解を受けられる外交に努力をするという点を強調したいと思います。
 外交は国の進路にかかわる極めて重大な問題であります。ですから、国民の目に隠れて秘密的な協定を結ぶというふうなことは行うべきではないということであります。国民は外交交渉の内容について基本的に知る権利を持っている、これがまさに国民外交の立場ではないかということを強調したいわけであります。ですから、原則として外交上の問題は公表されるべきである、そして今日、憲法の精神に反するような、あるいは国民の利益を損なうような条約や協定については、これは破棄すべきであるということをも指摘しておきたいと思います。
 さらには、今日問題とされつつあります国家機密法の問題については、こうした秘密協定を促進することに結びつくものとして外交的な見地からもこうしたことは賛成でき得ないし、当然断固として反対するという立場を強調しておきたいと思います。
 以上、私の意見とさしていただきます。
#7
○小委員外委員(関嘉彦君) 小委員長の提出されました四つの項目について意見を陳述したいと思いますけれども、それに先立ちまして、設問一の実効ある平和外交の展開と設問二の経済大国日本の外交戦略とは必ずしも明白に分離できない点があると思います。ここでは便宜上分割して述べるにすぎないので、通して読んでいただきたいと思います。また、安全保障に関する小委員会、第一小委員会の方で述べる点については、できるだけ重複を避けて簡単に述べたいと思いますので、そちらの方もあわせて御参照願いたいと思います。
 最初に、イントロダクションとしまして民社党の基本的な考え方を述べておきたいと思います。
 第一に、平和、みんなだれでも平和を口にしますけれども、平和というのは単に武力衝突がない状態にとどまらないで、安全保障と不可分なものであるということを強調したいと思います。一九三八年ミュンヘン協定を締結して帰国したチェンバレン首相をイギリス国民は平和の守護神として大歓迎いたしましたけれども、その平和というのは、チェコスロバキアの安全、独立を犠牲にしたものであるし、砂上の楼閣にすぎなかったことは歴史が証明するとおりであります。我々はそのような平和ではなしに、国民国家の独立と安全とが保証された状態における武力衝突の存在しない状態、情勢、それを平和と呼ぶ。
 第二に、第二次大戦後の世界は、残念ながらそのような平和とはほど遠く、今日でも世界の各地で銃声がとどろいております。何よりも米ソ超大国間の衝突の危険性も排除されていない。我々は単に平和を祈るだけではなしに、紛争の原因を外交的努力によって除去していくことが必要であると思います。その場合、力の空白が外国の侵略を招いたという過去の歴史の教訓にかんがみまして、必要最小限度の自衛力を持つことがその外交的努力をバックアップする意味において重要であるというふうに考えます。
 以上のイントロダクションを前提としまして、日本のとるべき外交政策の基本原理をまず述べたいと思います。
 日本外交の第一の基本原理は、自由世界の団結、特に日本とアメリカとの間の協力を揺るぎないものにしていくことであります。第二次大戦後の世界は、不幸なことではありますけれども、アメリカを中心とする自由世界とソ連を中心とするソ連共産世界との間の対立の歴史でありました。新興国を中心としたところの第三世界はまだまだ国際政治を左右するだけの力を持ち得ておりません。このような情勢においては、日本が自由民主主義国家として生存を続ける限り、自由世界の一員としてその協力を強化していく以外に選択の道はないと思います。日本がサンフランシスコ平和条約の締結と同時に日米安保条約を結び、自由世界の一員の道を選んだことは基本的に私は正しかったと思います。もちろん、日米安保条約を結んだことによるマイナスの面があることは否定い
たしません。しかし、そのマイナスの面を償って余りあるだけのプラスの面が大きかった。今後とも両陣営の対立が続く限り、憲法の範囲内で経済面、防衛面での両国の協力を続けていくべきであるというふうに考えます。
 こういった考え方に対しましては、中立主義を主張する人々の間から、米国と防衛面で協力しておくことは、米ソの武力衝突の際に日本がそれに巻き込まれることを意味するという批判があるだろうと思います。しかし、もし米ソが万一戦うようなことになれば、日本は安全保障条約の有無にかかわらず、その地政学的位置からいたしましてその戦争に巻き込まれざるを得ない。そのとき米ソいずれか一方からの武力侵入を撃退せんとするためには、日本は強大な、恐らくは核兵器を含む武力を持たざるを得ないと思う。しかし、それは日本としてとるべき賢明な政策ではない。外国からの侵略に対しては、それがペイしないこと、引き合わないことを示すに足るだけの抑止力としての自衛隊を整備し、足らざるところを日本と同じ憲法体制を持つアメリカの支援にまつ、そういう防衛体制をとることが次善の策として賢明であろうというふうに考えます。
 しかし、このことは日本がソ連に対して敵対的態度をとれということではない。ソ連の武力侵略に対してはあくまでも米国との協力のもとにこれに抵抗する決意を示しつつも、ソ連との間の対話を絶えず続けていくことが必要であります。これが日本外交の第二の基本原則であると思います。
 ソ連が硬直した共産主義の体制を続ける限り、仮に北方領土問題が存在しないとしましても、ソ連との間に他の自由民主主義諸国との関係に比すべき親善関係を持つことは私は非常に難しいと思う。しかし、直接ソ連の軍事力の強化につながるようなものを除く経済交流及び文化交流の拡大によりまして、ソ連社会内に少しでも自由世界の空気を吹き込む、それによって気長にその社会体制が変革するのを待つべきである。ただしその場合においても、ソ連では、経済及び文化は政治に従属し、日本人が安易に考えるような政経分離あるいは政治と文化の分離という考え方は通用しないことを忘れてはならないと思います。日本もあらゆる機会をとらえて領土問題の解決を訴え続けるべきであるというふうに考えます。
 さらに対ソ外交について重要なことは、日本としても米ソ間の軍縮交渉の対話に側面からできる限り寄与することであります。米ソ間の軍縮交渉そのものに日本が直接関与する余地はございませんけれども、その交渉に際し、日本は自由陣営の団結を乱さないように配慮しつつ、その所有する高度技術を利用して例えば検証などの手段を提供する、それによって軍縮、特に核兵器の軍縮の交渉に側面から寄与することができるのではないかと思います。
 第三の外交の基本原則は、発展途上国、特に東アジア地域の安定化のためにそれら地域の経済的発展に協力することであります。この地域の大部分の国は、戦後植民地ないし半植民地から独立した国であるために、多少なりとも権威主義的な統治形態のもとに経済発展のデークオフの段階にあると言えると思いますが、これらの国が健全な国民主義、ナショナリズムのもとに国民国家を形成することがこの地域の国際的な共同社会、インターナショナルコミュニティー形成の第一歩であります。その意味で日本は、これらの地域の工業化と経済発展に最大の寄与をすることが必要である。
 特にこの地域の未来にとって重要なのは、中国の動向であると思います。現在中国は、表面はマルクス・レーニン主義を標榜しておりますけれども、実質はそれを離れて経済の自由化政策をとりつつある。その成功は早晩政治体制にも影響を与えるであろうと考えられます。日本としてはその経済の近代化を援助しつつ、可能な限り中国と自由世界との間の協力増進に努力すべきである。朝鮮半島の安定も日本の平和にとって不可欠でありますけれども、日本は韓国との友好を基軸にしつつも、韓国と北朝鮮との平和的な対話が可能になるような環境づくりをするために、中国及びアメリカと密接な連絡をとりつつ寄与することが必要である。
 ASEAN諸国も政治的にはなお不安定な要因を残しております。後継者を選ぶルールが決まっていないことなど、まだ政治的な不安定な要因を残しておりますけれども、経済的にはテークオフの段階を越えた、踏み出した国が多いように思われます。日本は、これらのASE AN諸国の経済発展計画に協力してその自由世界との協力関係の増進に努力すべきである。なお、西部太平洋においてアメリカの海空軍のプレゼンスが東アジア地域の安定化に寄与してきたことを忘れるべきでないと思います。
 二番目に、経済大国日本の外交戦略の項目に移ります。
 一で述べました日本の外交の基本原則は、日本の生存は自由陣営の一員として以外困難であるといることを述べましたけれども、その生存の条件は同時に日本の繁栄の条件でもあるわけでありまして、その生存と繁栄維持の条件を以下具体的に述べていきたいと思います。
 日本が戦後瓦れきの山から今日の自由世界第二位のGNPを持つまでに繁栄し得てきたのは、アメリカの巨大な軍事力を背景にして大体において世界に平和が守られてきたこと、あるいは自由貿易体制が維持されてきたことによるところが大きい。したがって、日本が今後も繁栄していくための外交戦略として第一に必要なことは、自由貿易体制の維持と発展であります。しかしそのためには、外に向かって門戸開放を叫ぶだけでなく、日本自身が率先して門戸を開放しなければならない。非関税障壁の撤廃はもちろんのこと、ガットを通じての相互的な関税の削減に日本はイニシアチブをとる必要があります。また、自由貿易に対応して国内の経済的整備を図るために、労働集約的産業から知識集約あるいは技術集約的な産業への産業構造の転換を図っていく必要がある。ただし、緊急時の食糧確保と環境保全のために最小限必要な農林漁業の生産力の確保は必要でありますけれども、全般的な産業構造転換のために政府はリーダーシップをとるべきであるというふうに考えます。
 第二に必要な外交戦略は、発展途上国、特にアジア太平洋地域のそれらの国に対する経済援助であります。日本は軍事力によって自由世界の安定に寄与することができないかわりに、世界の特にアジア太平洋地域の経済的な困難のために生ずる紛争の除去に尽くさなければならない。経済的な豊かさが直ちに平和の保証になるというふうな幻想は持たない方がいいと思う。しかし、貧困が平和の敵であるということは確実であります。それゆえ、これらの国の経済成長に寄与することは、単に世界平和への基礎づくりであるのみならず、アジア諸国の工業化によって日本とこれら諸国との間の水平的分業が進んでいくことが日本の繁栄にも役立つというふうに考えます。
 ただし、発展途上国との経済協力につきましては、その援助が真にその国の自発的な開発努力を促すような方法でなされなければならない。その援助がむだ遣いに終わらないためには絶えずその評価を行うとともに、その援助が途上国の技術力の向上発展につながるように、広い意味での人材教育にそれを重点的に使うことが必要であります。日本からの青年協力隊の派遣は今まで成功してきたように思いますが、今後さらにこれを拡充することが日本の国際化にも役立つであろうというふうに考えます。
 第三の外交戦略としましては、それが重要であるにかかわらず今まで軽視されてきた問題、すなわち諸外国との文化交流であります。
 今日は国民外交の時代というふうに言われるように、イメージあるいは世論が外交に影響を与える度合いが非常に大きくなってきております。諸外国との友好関係の増大には、単に日本人自身が国際的、インターナショナルマインデッドになるのみでなしに、外国人に日本のことをあるがままに理解させることが必要であると思います。その
ためには単に日本固有の文化を外国に紹介するだけでなしに、いかに日本人が、日本人の現在の社会生活が民主化されているか、日本人も外国の人が抱えていると同じような問題に悩んでいるのだ、そういうことをあるがままに訴えて知的な共感を生み出すということが必要であると思います。留学生の招待を含め国際交流基金がこの方面で積み重ねてきた努力をもっと多くのルートを通じて行う必要があると思います。そのためには文化交流のための予算の増額のほかに、民間資金をこの方面に動員できるように税制などの改革も必要ではないかというふうに考えます。
 最後に、外交戦略に関して強調すべきことは国民の意識革命であります。
 明治の開国以来、日本は西欧先進諸国の技術や文化を適宜輸入して、先進諸国へ追いつくために官民一体となって努力を重ねてきた。しかし、今やその努力が成功し、国民一人当たりGNPでも欧米諸国に劣らないほどの経済大国になりました。その結果として世界の平和と繁栄に責任を有する国になったということを自覚すべきであります。日本は単に世界から何を得ることができるかという従来の考え方を改めて、日本は今後世界に何を寄与できるか、世界の平和と繁栄のために何を貢献できるか、そういう観点から国内外の政治を行うように国民の意識変革を行うことが必要であろうと思います。日本がいつまでも世界平和の受益者的な立場をとり続ける限り、経済摩擦の激化は文化摩擦を引き起こし、日本が世界の孤児になる危険もないわけではない。
 私は、諸外国の日本非難が必ずしも常に正しいとは言いませんけれども、お互いに理屈であげつらっていたのでは対立を激化するばかりであります。もし自由貿易が保護貿易に取ってかわられたときに一番損失を受けるのはどこの国であるか、日本は自由貿易なしには生きられないのだ。その観点から、日本が外国の圧力に屈して嫌々ながら門戸を開放するのではなしに、みずから発想の転換をして世界の平和と繁栄のためのコストを日本も負担する、その考え方で経済の自由化を進んで行い、経済協力、文化交流のための負担を担うべきであり、その意味での国民の意識変革を小学校のころから私は始めるべきであるというふうに考えます。
 第三に、国連外交の活性化の問題に触れます。
 創設のときに多くの期待を浴びて登場した国連も、最近では余り評価されなくなってまいりましたけれども、国連に対して過大な期待をかけることは、その過小評価とともに間違いであると思います。世界平和に責任を持つ国連安全保障理事会は、常任理事国、特に米ソ二超大国の利害が絡まる紛争の解決に対しては無力でありますし、それ以外の紛争におきましても、紛争当事国の同意を得ない限り調停努力にも限界があります。しかし、これは国連の機構の不備によるというよりも、現在の国際政治が強制力を持った国際法及びそれを執行する世界政府を持たないで、主権国家の力の相互関係によって動いている現実の反映にすぎないわけである。その意味で、国連の平和維持機能を過大に評価することは、いたずらに幻想を持つのみであると思います。
 しかし、平和維持機能において、今まで全然無力であったということは言えないと思う。紛争当事国の了承のもとでの休戦監視団、例えばパレスチナにおけるごとき、あるいはサイプラスの平和維持軍などについては、限られた範囲内ではありますけれども機能してきたと思います。今後もこういった平和維持機能を徐々に拡大していくことが必要であります。
 昭和五十八年九月、外務大臣の諮問機関としての国連の平和維持機能に関する研究会が、平和維持機能に関して事務総長の権限を強化するためのいろいろな提言を行っておりますが、私はその提言を参考にして国連の強化を働きかけるべきではないかと思います。また、国連が行っております経済社会理事会が途上国の経済社会発展のために果たしてきた役割であるとか、あるいは国連附属の専門機関の活動が労働条件の改善であるとか人権の保障であるとか、あるいは文化交流に果たしてきた役割も軽視できないと思う。日本としても、国連の機能に限界があることは認めつつも、それが世界の平和と諸国民の人権の保障及び相互協力の機関として役立ち得るよう強化するように努める必要があると思います。
 その場合、日本として注意すべきことは、第一に、国連の活動領域においても日本は諸外国から尊敬されるに値する国として行動することであります。日本は国連の分担金においては一〇・三二%を負担し、ほぼGNPに比例した費用を負担しているということが言えると思う。しかし、日本は国連の平和維持活動については、自衛隊の海外派遣を禁ずる自衛隊法を盾にとりまして、資金及び資材の提供以外には協力していない。金は出すけれども役務の提供は御免だ、そういった態度で日本人がどうして国際的に尊敬をかち得ることができるでしょうか。日本も憲法の許す範囲内において国連の平和維持活動、例えば選挙監視の活動でありますとか、通信、運輸活動でありますとか、監視パトロール活動であるとか、そういったことに協力すべきであると思う。最近、日本の国内で国連憲章を改正して日本を安全保障理事会の常任理事国の一つにするように提案する声がありますけれども、まず日本が国際社会において尊敬に値する国になることが先決問題であると思います。そのようになれば、おのずからして各国が日本を常任理事国に推挙するでありましょう。
 いま一つ日本として国連の活動に寄与すべきことは、国連及びその関連の専門機関の事務局に日本人職員が可能な限り多く就職することであります。多くの機関の事務局において日本はその出資額に比較して職員数が相対的に少ない。しかし、アジアにおいて最も早くヨーロッパの民主主義文明を定着させ近代化に成功した日本人が国際機関で数多く活躍するということは、世界に自由民主主義の恩恵を広める上において役立つのみでなしに、日本国内の国際化にも非常に寄与するだろうと思います。
 最後に、日本外交の基盤整備について述べます。
 広義の外交、広い意味の外交、すなわち国民相互の理解あるいは友好増進はひとり中央政府が行うことではなしに、自治体であるとか民間団体、あるいはさらに個人個人の人たちが努力すべきことであります。しかし、狭い意味の外交、すなわち国民国家間の関係において生ずる問題の交渉による処理、そういう狭い意味の外交は中央政府の専管事項であると思います。専門的知識を有する外交官の日常の努力の積み重ねによらざるを得ないと思う。
 最近、首脳外交が脚光を浴びておりますけれども、首脳外交が成果をおさめるためには、職業的外交官の縁の下の力持ち的な作業の積み重ねが不可欠であります。ところが、日本における外交官の数は、先ほども他の委員から触れられましたように諸外国の比較において少ない。一九五六年日本が国連に加盟してから今日に至るまで、外交官の数は絶対数においては増加しているものの、外交関係を持つ国の数の増加割合との比較においてはもちろん、人口数ないしGNPとの割合においてもほかの先進国に比して少ないわけであります。特に日本が世界の平和と繁栄において単なる受益者としてではなしに、ベネファクターとして寄与する責任を負っている今日、外務省の人員及び予算面の強化は何よりも急がなければならないと思います。しかし、それとともに必要なことは、中央政府の行う外交の一元化と外務省以外の官庁の意識改革であります。
 日本の官庁の縦割り行政の弊害は各方面で指摘されていますけれども、対外交渉においてばらばらであることは最大の弊害であると思います。在外公館に派遣されている各省の官吏が大使の区処のもとで行動するのはもちろんのことでありますけれども、それ以外の官庁から派遣されている人たちも、外国にあっては常に国から派遣されている大使と密接な連絡をとるように心がける必要があると思う。また、日本の各官庁は今までの日本
が欧米先進国に技術的、経済的に追いつくべく、いわゆる日本株式会社のニックネームのように業界と一体となって産業の育成に努めてきた。しかし、今や日本が世界の平和と繁栄に責任を負う経済大国になったことを自覚して、世界経済の発展に、あるいは世界平和の発展に寄与し得るような政策の立案と実施を各官庁とも必がける必要があると思います。文部省においてもそういった国際人の養成に努力することが必要であります。
 最後に、一言警告しておきたいことがあります。それは、デモクラシーの国家、民主国家における外交政策の持つ欠点についてであります。
 国民が直接に感覚的に知り得る国内問題の場合と違いまして、外国の事件というのは、大部分の国民にとっては内外のマスメディアを通じて以外その情報を入手することは困難であります。しかも、マスメディアを国家の統制のもとに置いている独裁政治の国においては、その情報はしばしば政府の宣伝によって操作されております。そういった国以外の自由な報道を許されている国の場合におきましても、その情報は意図的ないし無意識的に一面的な、偏った情報であることがしばしばあるわけであります。民主主義国家においては、このような情報が時としては過多なまでに流入してきて、世論に対して誤った判断材料を与える。したがって、国民はそういった情報の選択に対して賢明でなければならない。
 また、民主主義国の国民というのはしばしばセンセーショナルな報道に惑わされて、ともすると長期的な視野を忘れ、目前の狭い利害に立った世論を形成し多数意見を形成して、それによって外交政策に影響を与えることが時としてあるわけであります。そのような場合、専門的知識を持ったところの外交官あるいは政治家は、あえて多数意見に反対してでも自分の信ずるところを国民に訴えていくことが必要である。多数国民の持つコモンセンスと職業的専門家の持つ専門的知識の総合が最も必要とされる分野は、私は外交の領域であるというふうに考えます。
 終わり。
#8
○小委員長(大木浩君) 本日の各委員の御発言に関する質疑は日を改めて行いたいと思います。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後零時四十三分散会
ソース: 国立国会図書館
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