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1984/04/12 第102回国会 参議院 参議院会議録情報 第102回国会 社会労働委員会 第14号
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1984/04/12 第102回国会 参議院

参議院会議録情報 第102回国会 社会労働委員会 第14号

#1
第102回国会 社会労働委員会 第14号
昭和六十年四月十二日(金曜日)
   午後一時八分開会
    ─────────────
   委員の異動
 四月十一日
    辞任         補欠選任
     抜山 映子君     藤井 恒男君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    委員長         遠藤 政夫君
    理 事
                佐々木 満君
                関口 恵造君
                高杉 廸忠君
                中野 鉄造君
    委 員
                石井 道子君
                大浜 方栄君
                曽根田郁夫君
                田代由紀男君
                田中 正巳君
                前島英三郎君
                村上 正邦君
                糸久八重子君
                浜本 万三君
                中西 珠子君
                安武 洋子君
                藤井 恒男君
                下村  泰君
   政府委員
       厚生大臣官房長  下村  健君
       厚生大臣官房審
       議官
       兼内閣審議官   古賀 章介君
   事務局側
       常任委員会専門
       員        此村 友一君
   参考人
       駒木野病院ソー
       シャルワーカー  池末美穂子君
       評  論  家  久野万太郎君
       東海大学教授   島田とみ子君
       全日本労働総同
       盟生活福祉局長  中根 康二君
       統一労組懇事務
       局長       春山  明君
       日本団体生命保
       険株式会社取締
       役        村上  清君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○国民年金法等の一部を改正する法律案(第百一回国会内閣提出、第百二回国会衆議院送付)
    ─────────────
#2
○委員長(遠藤政夫君) ただいまから社会労働委員会を開会いたします。
 委員の異動について御報告いたします。
 昨十一日、抜山映子君が委員を辞任され、その補欠として藤井恒男君が選任されました。
    ─────────────
#3
○委員長(遠藤政夫君) 国民年金法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
 本日は、お手元に配付しております名簿の参考人の方々に御出席をいただいております。
 この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
 本日は、御多忙中のところを御出席をいただき、まことにありがとうございます。皆様方から忌憚のない御意見を拝聴いたしまして、今後の法案の審査の参考にいたしたいと存じます。
 これより参考人の方々に順次御意見をお述べ願うわけでありますが、議事の進行上、お一人十五分以内で御意見をお述べ願いたいと存じます。全部終わりましたら、委員の質疑にお答え願いたいと存じますので、御了承をお願いいたします。
 なお、委員会の終了予定は午後五時でございますので、よろしくお願いいたします。
 それでは、これより各参考人に順次御意見をお述べいただきます。
 まず、駒木野病院ソーシャルワーカー池末美穂子参考人お願いいたします。
#4
○参考人(池末美穂子君) 私は、民間の精神病院で働いておりますソーシャルワーカーの一人です。患者さんたちが入院や外来を繰り返しながらも再び社会生活に戻っていけるように福祉的な側面から援助をしている、それが仕事の中心です。
 本日は、年金改正案のかなめの一つである障害年金について精神障害の角度から意見を申し上げます。他の障害の方々とも共通する部分も多々あると思いますが、ここでは精神分裂病を中心とする精神疾患を持つ人々を精神障害者ととらえての発言になりますので、あらかじめ御了承ください。
 現在、他の障害の方々も含め障害年金を受けている人は全国で約百二十万人と推定されます。これは、国民年金の数は正確にわかるのですけれども、厚生年金の方の障害別の細目がちょっとわかりかねます。で、細部ではちょっと不正確かもしれませんけれども、大筋でこの数字だというふうにとらえてください。そのうち精神障害で受けている人は約十六万人です。全国の精神障害者は、入院、外来も含めて約百万人と言われております。その中の一六%の人々が年金の受給者であるわけです。そのうち八割、十四万人が国民年金の障害年金と障害福祉年金です。中でも障害福祉年金は十万人ですので、全部で十六万人のうちの十万人の人が障害福祉年金の受給者ということです。約六割の方が障害福祉年金受給ということです。この割合は、精神のみならず他の障害の方々の障害年金の割合とも同じようです。したがって、障害年金の中心は国民年金にあると言っていいと思います。
 国民年金法の中で精神障害が障害年金の対象になったのは、たしか昭和四十一年からですから二十年の歳月が流れました。患者さんや家族の方々、また私たち病院関係者が障害年金の申請をし始めたのは昭和五十年代に入ってからです。それまでは廃疾年金というイメージが強くて踏み切れなかったことも事実です。欠陥固定状態といいますか、入院中の重たい障害の方というイメージがどうしても廃疾という言葉で置きかえられるような気がしました。で、ちょうど昭和五十年前後を境に単身で退院していく方々がふえました。その背後には、各精神病院の開放化が進んだことやら社会復帰活動が進んだことというのがありますし、生活保護基準が昭和四十八年、九年と大幅に引き上げられたことも原因の一つかと思います。入院中に年金受給した人も一人また一人というふうに退院していきました。障害年金を受給していますと、生活保護の基準も障害加算がついて引き上げられますので経済的には余裕が生まれ、生活全体が安定し、生活への意欲や広がりを持つ人々がふえました。これまでは入院中の重たい方が年金を受けるというふうなイメージだったのですが、退院して外来で元気に通ってくる方たちを見まして、むしろ障害年金は重たい人が受けるというよりも、社会生活をしていく上でかなり有効なものだというふうなイメージに変わってきました。
 年金といいましても二万六千幾らとか三万七千
幾らとかというふうな金額ですから、それだけでは生活できませんので、足りないところは生活保護を受けるとか、それで時々働くとか、また自信がついたら年金と就労での収入でやるとか、いろんなパターンの方たち、退院者がふえました。こうして地域での生活の基盤ができると途中で調子を崩して再入院するということがありましても、早期に退院していく人がふえました。こうして退院した人たちはどの人も服薬によって病状の一応の安定は見られていますが、病気としては長期戦であります。また再発の可能性をみんな持っております。またさらに、社会生活や就労の面から見れば多くの障害、例えばささいなことで不安になったり眠れなくなったり、対人関係もささいなことでぎくしゃくしたり、あとは集中力、持続力が低下する、消極的になる、行動も緩慢になるという、そんなふうな生活面での多くの障害をあわせ持っている方たちがほとんどでした。けれども、病気に対する治療を病院が受け持つことと並行して、通院しながら地域で生活する人たちを社会の側から援助していくものがあれば多くの人たちは十分社会生活をしていくことができます。それを彼らは身をもって示してくれたと言えます。つまり病気の治療と生活面や就労面での障害への援助を同時に、しかも並行して行うことが大事だということです。精神障害に関しては、生活保護法以外に生活費や住宅や雇用への施策が皆無に等しい状態です。その中で障害年金は彼らの生活を支える公的な唯一の社会資源と言っていいと思います。
 このような精神疾患や障害のとらえ方の上で今回の障害年金の改正を見直しますと幾つかの問題点が発見されます。皆さんも御承知のように、障害福祉年金が基礎年金の中で位置づけられたり、年金額が引き上げられたり、事後重症の期間が廃止されたり、まあこれらはいずれも障害者の方たちにとっては実現を待たれている大切なことだと思います。けれども、これから述べますことは、それとはまた違う角度で障害年金にとって大事なことを順次申し上げます。
 一つは、障害認定基準とか要領とかを改正するための検討の場をつくっていただきたいということです。異なる障害認定基準を持つ二つの年金の合体でもあるわけですから、やむを得ず障害認定基準とか要領とか診断書の内容とか診断書の枚数とか手続の仕方とか、細かな部分が討議されるだろうと思われますけれども、この討議をできるだけこの問題に関心を持った人たちの結集した中でやっていただきたいということを切に希望いたします。
 厚生年金は昭和二十九年に、国民年金は昭和四十一年につくられた認定基準や認定要領がそのまま使われていると思います。さきに述べたような病気の側面と、生活、就労面での障害の側面との両面をさらに実情に即して記入できるように、また発展させるような方向で年金の診断書を書いていくような、そういうふうな基準とか要領とか診断書の内容とかを現時点で発展させていく時期ではないかなと思います。
 昭和四十一年当時国民年金の認定基準をつくられた医師たちが二人おられますけれども、彼らの言っていることを今ちょっと振り返ってみたいと思います。これは精神に関してのものですが、医療は医療としていつまでも続いていて、ある時期になると生活保障としての年金が始まることは矛盾しない。何らかのハンディキャップを持って社会復帰する、例えば二〇%のハンディキャップを持って社会復帰するならばその分だけの障害保障を必要とする。つまり、そのハンディキャップに対するものが年金であるという、そういう考え方を四十一年当時既に示しておられます。で、最後の方で、けれどもこの認定基準とか診断書の様式とか、こういうものはこれから皆さん――まあ医者たちを指すと思いますが、皆さんとともに研究して使用可能な基準をつくっていきたいと言って、今から二十年前に医師たちが初めて障害年金の認定基準を作成いたしました。
 それから二十年たって、この二十年間の中で、先ほどから申し上げていますように、特に昭和五十年代に入ってから障害年金をもらって地域で生活していく人たちが大変ふえてきました。また認定委員を長年しておられますお医者さんたちとか、あと私たちの病院でも長年診断書を書き続けてきている現場の医師たち、こういう人たちの意見も今回聞いてみましたけれども、現在の認定基準とか認定要領とか診断書の内容とか、そういうものはいささか不満であって、それを改正していきたいという希望を皆さん述べておられます。ですから、精神障害については難しいとかいろいろ意見があると思いますけれども、この二十年の中で現場の医者たち、それから認定医の医者たちの中には、病気と障害その両面で認定していくという、そこら辺の認識は育ってきていることは間違いないです。ですから、ぜひそういう場をつくっていただければ協力する医師たちは出てくると思います。
 次に、指定受取人の問題があります。本人が受給権者でありながら、精神障害の場合に指定受取人が必要になっています。でも実際には大多数の人たちは自分で受け取って自分で管理ができています。したがって、今回の改正の時点でこの部分を削除していただきたいと思います。中にはできない状態にある人たちも含まれますが、できない間はケース・バイ・ケースでだれか、例えば私たちのような立場の者が援助することも可能です。
 次に三番目、これは停止それから失権という問題です。これはどの障害にも共通したものかもしれません。病状が安定し社会生活も安定して就労もある程度できたりしますと、年金の等級が一級だった人は二級になったり二級だった人が三級になったりいたします。そして停止ということも時々起こります。しかし、三年間にまた年金に該当するような状態に悪化しなければ、三年たちますと失権となります。その先でどんなに悪くなってもそれっきりになってしまいます。社会的治癒をしているときは、その先でも再受給できます。この社会的治癒というのは、医療が行われなくなって一定期間労働に従事しているときというふうなことを指します。精神では病気への自覚がある人ほど服薬を欠かしませんので、この矛盾への対応策としては三年という期限をなくしていただきたい。今回もこのことをぜひ検討課題に上げていただきたいと思います。
 次に四番目、無年金者についての問題です。無年金者には二通りあります。一つは本人に責任がなくて制度間の谷間で無年金になった人たちです。具体的に言いますと、高等学校を終わって就職して厚生年金に加入したわけです。六カ月たたないで発病した人、この人たちは厚生年金での障害年金を受けられません、加入期間が短いということでです。であれば国民年金の障害福祉年金で二十歳前の発病だから救済できるかといいますと、他の公的年金の被保険者であったためにだめだということになりまして、谷間におっこっちゃって年金無給者になります。無年金者になります。これは改正後は二階建てになったり納付済み期間が変わったりしたために解消はしましたけれども、今までこれでもらえなかった人たちはそのまま置き去りにされます。これは本人の責任の問題ではなくて制度の矛盾だろうと思いますので、これはぜひ救済すべきじゃないかと思います。これは法のもとの平等という観点から見ても問題は深刻だと思います。
 それからもう一つ無年金者のグループがありますが、これは社会保険原理から少しはみ出したといいますか、本人に責任があって無年金になった人たちと言われます。これは二十歳前の発病でありながら初診日が二十歳以後であり、昭和三十六年四月以前の発病であって初診が三十六年四月以降であったり、その時点で加入すべきなのに加入していなかった人たちが無年金者です。加入すべき責任は本人にありますけれども国民年金法が施行された昭和三十六年当時を思い出していただきたいのですけれども、そのころは国民年金の理解を国民がなかなか理解し得なかった、浸透しなかった時代です。生活にも追われていました。私
ちょうど大学だったものですからアルバイトで国民年金の勧誘をして歩いたことがあります。ところが反応は大変鈍かったというふうに記憶しております。そういう時代にうっかり入らなくて障害になった人たちが現在も無年金のままで来ております。こういうふうな本人の責任とは言いながらもこういう人たちは私たちの病院でもざっと当たってみたのですけれども、五百四、五十人の病院の中で三十人ぐらいこういう方たちがいると思います。この方たちの不幸をそのままにしておくことはちょっと、これは心情的な部分です。
 もう一つ、これから年金法改正後新たに生み出されるかもしれない無年金者というのがあります。これも本人の責任、まさに社会保険原理が貫徹されるわけですからすべて本人の責任ということになりますけれども、二十歳になって加入しても低所得だったり失業中であったりしますと現在では保険料を免除をしてもらえます。けれども厚生省は来年四月を目標にして、免除者が年々増加していますので、免除基準を引き下げて厳しくする準備を始めたようにニュースで聞きました。これまで免除になっていた人でも今後は納めなければならない人がふえそうです。保険料は年々高くなって、一方免除はされにくくなって、生活に追われて滞納が続いたりしますと、いざ障害年金を申請する段になって納付期間が三分の二以下となって挫折する人が出てくるのではないでしょうか。十代後半から二十代にかけて発病や再発を繰り返すのが精神障害の特性なんですけれども、まさに家族も本人も混乱のきわみといいますか、そういう時代を過ごすわけです。このときに今言いましたように不安定になる状態の中で年金まで手が回らなくて加入期間を満たさなかった、納付済み期間を満たさなかったという人が出てきます。こういう人たちの今後のことが大変気になります。
 最後に、五番目です。厚生年金三級に該当する人たちの今後の問題なんです。現在の三級の方たちは何か経過措置で救済されるようですけれども、これから同じ障害程度の方たちが厚生年金の三級となったときどんな扱いをされるかということです。現在厚生年金の障害年金受給者は全部で約二十四万人、全部の障害合わせてです。そのうち三級が約半分、五二%を占めています。これは精神障害でも二万ちょっと厚生年金の障害年金を受けていると思うんですが、やはり半分以上が三級だろうと思います。三級の人たちといいますのは、病気を持ちながら時々アルバイトをしたりとか、そんな状態の方が含まれていますので、大変難しい部分だとは思います。現在、精神障害で厚生年金の障害年金を受けている人たちは、今言いましたように大半が三級と見ていいと思います。今後、三級に該当する人の一部は障害基礎年金の二級に吸収され、外れた人が障害厚生年金三級だけ、二階部分だけというふうになると聞いております。この場合の最低保障額は月三万七千五百円、年額四十五万円といって、これまでの障害福祉年金にかわって今度はこの人たちが一番低い年金受給者になる矛盾が生じます。このところはよくわかりませんので、むしろお聞きしたいと思います。
 以上、羅列してきましたが、最後に一言つけ加えたいのですが、年金だけで生活できればという考えと、その方向での所得保障の発展をというふうに期待したいと思います。しかし、精神障害の多くの人たちは就労して社会参加したいという気持ちを胸深くしまっている方たちが多いと思います。働けないから年金で生活するというのではなくて、所得保障と並行してその人その人の病状や障害の状況に見合った雇用の機会が開かれていくことを強く希望いたします。年金と就労による収入でもって一人一人の人生が豊かになっていくように、これが私たちの切なる希望でもあります。
 どうも失礼いたしました。
#5
○委員長(遠藤政夫君) ありがとうございました。
 次に、評論家久野万太郎参考人お願いいたします。久野さん、御着席のままで結構でございます。
#6
○参考人(久野万太郎君) 大変失礼いたします。ちょっと足をけがいたしまして、まことに醜い格好で出てきて申しわけありません。ごあいさつだけ最初しまして、あと委員長の御配慮のように座ってやらしていただきます。
 本日は非常に大変権威のある参議院の社会労働委員会で年金改革についての法案に関して私見を述べさせていただく光栄に浴しまして大変ありがとうございました。率直に申し上げたいと思います。
 御承知のように、今の日本というのは、これから二十一世紀という新しい世紀を創造しようというそういうロマンと、それから何といいますか世紀末的な退廃といいますか、そういうものが共存しているように感じます。そういうふうな社会で私ども日々生きているわけですが、しかしできるだけ明るい社会をつくっていきたいというのが私どもの世代の念願です。その二十一世紀の初頭には恐らく今よりももっと日本が世界から課せられている役割というのは大きくなるだろうと思います。経済企画庁あたりで若干の試算をしているのを見ますと、面積は世界の〇・三、これは変わりませんね。人口はそのときでも二%弱、経済力は一二%というふうに試算しているわけです。御承知のとおり現在で一割、一〇%ぐらい。そして連日貿易摩擦のようなことがあるわけですから、なかなか人口シェアの六倍の経済力を維持し発展させていくということは大変なことだろうと思います。しかも、それを低成長の中でやっていくというわけですから、私どもも含めて次の世代も大変な努力を要する重責だというふうに日ごろ考えているわけです。
 こういうなかなか厳しい経済環境の中でもう一つ私どもの民族あるいは国家は高齢化社会というものを抱えているわけです。これはもうずっとこの数年各方面から論じられておりますので今さら私が言うまでもないと思いますけれども、ごく要点だけを言えば、つまり長寿化、平均余命がどんどん延びている。まさに人生八十年時代である。そのこと自体は大変喜ばしいことなのですが、もう一つの問題、それは出生率の低下。若い人たちはなかなか子供を産まない。このままいきますと、御案内のように二十一世紀を超えて二千十数年あたりに人口がピークになって、一億三千万あるいは一億二千九百万、そこから下降していくわけです。まさに今ドイツが体験しているようなものをそこで日本は確実に体験する、こういうことが言えると思います。今でこそ、御承知のように老人化率、六十五歳以上の人口が全人口に占めるシェアというのは一〇%ぐらいですね。いま現在一〇%ぐらいだと思います。それで二十一世紀の初めには一五・六、これもうほとんど確定値だと思います。それから先十年ぐらいたつと二〇%を超える。そのあたりになってくると、恐らく今までのどの民族も体験したことのない状況ですから大変な状態が起こるだろうと想像――想像もつかないかもしれませんね、相当な時代だと思います。
 そうなってきますと、もう既にあちこちで少しずつ前兆が出ておりますが、雇用、年金、医療あるいは家族構成、介護、さらには都市の構造あるいは交通機関、こういうところにもいろいろな問題が出てくるだろう、それを丹念に一つ一つ直し、関連をさせながら克服していくということが重要だろうというふうに感じております。とりわけ、きょうこの問題について、公的年金が最も人口構造の高齢化の影響といいますかその衝撃を直接、ダイレクトに受けるというふうに私は考えるものです。それはもう当然受給者がふえる、それから受給期間が延びていくわけです。そして一方、そういうものを税金あるいは保険料というような形で支えていく青壮年層が余りふえないということですからなかなか大変なことだというふうに思うわけです。
 そういう一般的状況の中で、この改革案を見る前に私が漠然と考えていたことが二つほどあるわけですが、その第一点は今の年金制度というのは、現在の年金制度というのは人生五十年時代の
設計ですね。歴史で御存じのように、厚生年金を例に挙げれば、昭和十七年に労働者年金保険としてスタートし十九年に今の厚生年金になり、そして戦争で一回事実上解体して二十九年に骨格ができたわけですけれども、すべてそれ以来やはり人生五十年の設計です。人生八十年時代に人生五十年の設計ではいかにも格好がつかない、これはどうやってじたばたしてもだめだと、やはり私は自然体でこの問題に臨まなきゃいかぬのじゃないかなということが一つ。
 もう一つの問題は家族観といいますか、戦前は言うまでもないのですけれども、今の骨格のできた二十九年を取り上げても、つまり夫は外で働き妻は家を守るというそういう家族観というものが根底にあった、そして世の中が運用されていた。しかし、御承知のように最近はサラリーマンの妻も半分ぐらいはもう働いている、いろんな動機は別としましてそういう状態である。だから夫も妻もそれぞれ外で働くというようなことがもっとこれからは進んでいくだろうというふうに考えられます。だから将来はともかく、今の状態には何とか対応していかなきゃならないというふうに考えています。
 この二つ、人生八十年時代ということと男女がともに働く時代がかなり来ているということ、この二点はもうもとへ戻らない、そうである以上年金というのは他の諸制度に比べて先んずる必要は毛頭ないと思いますが、もうついていかなきゃならない、これだけ距離があくとこれはもうどうしようもないことになるんじゃないかというふうに私は感じていたわけです。
 それから本来、もう一つ基本的なことですけれども、公的年金というのは、個人年金あるいは企業年金も一部そうですけれども、個人年金なんかと違いまして異世帯の給付と負担の関係にある。つまり社会的に子供の世帯の保険料あるいは税金で社会的に親の世帯の年金を賄っていくという、そういう関係の順送りですね。つまり、非常に大ざっぱに言えば社会としての仕送りなんです。この仕送りということを忘れた年金制度というのはこれは必ずつぶれるというふうに私は思います。
 どういうふうにしたらそれはうまくいくかということをぼやっと考えていたわけですけれども、これは大変だなと、本当に高齢化社会のその数字を見ただけでもこれは大変だなということを私、当時七、八年年金をやっているうちに痛感というのか、恐ろしくなってきたわけですね。何とか早く軌道修正をして、早くやればやるほど緩やかな修正で済む。おくれるとこれは、きのうきょうまだ火がついていませんから、数字の上ではどういう数字を見てもまだどこも、破産しているのは国鉄がちょっと破産していますけれども、ほかはまだ健全ですからまあいいじゃないかということになると思うんですが、本来数学に基づいた原理ですので、やはり早く気づけば早いカーブで乗り越えられる、そういうふうに思っていました。たまたまそういう考え方でおりましたときにこの改革案が出てきたわけです。無論政府の改革案も相当準備しているわけですが、この改革案、これ難しいんですね、大変に難しい。相当練り上げたものなんですが、これを私は一生懸命読んで勉強しまして一年かかりました。基礎期間が五、六年あってなおこれ全部勉強するのに丸一年かかりました。それでいろいろ調べたのですけれども、基本的には二つですね。一つはやっぱり減量政策であり、もう一つは格差是正ということです。この二つが大きくこの根底に流れている思想だと思います。
 これは既に議論されているから明らかだと思いますけれども、一番減量するという場合にはどうしても老若のバランスが非常に重要だと、つまり現役の勤労者の生活水準とそれから老後の年金受給者の生活水準とどのくらいの割合が最も妥当であるかということが総論の上で最大の問題だったわけですが、いろいろ識者の話がずっとあって、大体六割合、もう少し正確に言うと六〇から六五ぐらいが全体の七割ぐらい占めていたような感じです、いろいろな統計で。それから七〇というのが二割ぐらいあった。そして御案内のように、現在の制度をそのまま持っていきますと八三という数字ですね、老齢者は現役の八三という年金水準。そしてサラリーマンの妻の任意加入を加えると一〇〇を超えるという、これはちょっと大変だなと、そういうものをこれからずうっと支えていくということはとても私どもあるいは私どもより若い人たちの力ではやり切れないのじゃないかというふうに思っていました。政府案は御承知のとおりこの関係を六九というふうに出しています。私個人の感じからするとややお年寄り寄りであるというふうに思います。しかし現にあるわけで、それを少しずつ直していくときに余り大きな落差をつけるということもこれも行政上問題があるでしょうし、それから、ある年になってから急に公的年金が変わるとなるとこれは老後の準備に大変です。そういうこともあって当然経過措置というのがとられるわけで、そういうことで六九という数字が出てきたのだろうと推測をします。まあまあこれはこれでやむを得ないのだろうと思います。
 それからもう一つ、いろんな格差の根底には、つまり世帯型の年金設計というものと個人型の年金設計とが交錯している、そういう状態のまま何とかしようとしていたために、例えば共稼ぎの家庭では老後四人分みたいな年金になる。ところが自営業の場合には一人一人で二人しかない、そういうこのアンバランス、あるいはさらには官民格差というものがある。やはり全体の国民に給付も少し我慢していただく、負担もふやしていただくというふうな、言ってみれば耐乏を求めるようなことをやるときにこういう不公平というのはあっちゃいかぬ。やはり公正さこそこの場合には貫かなきゃならないというふうに思うわけです。そういう意味では原点を個人型に置き直して、そしてそれを基礎年金として全部に分母のようにはわせ、そして勤労者には二階建ての厚生年金あるいは共済というふうな、こういう形に落ちついてきたわけで、基礎年金の導入そのものはやはり恐らく御反対なさる方はないぐらいの世論になってきたような私も感じがします。私もこの案を見る前からやはりこういうことしかもうないのじゃないかというふうに思っていました。ただ、その水準については目下のところはあるいはこれでスタートしなけりゃやむを得ないのかもしれませんけれども、やはり今後とも、後から述べる負担の問題で申し上げようと思いますが、ナショナルミニマムというものをこれからも何とか上げていく。そういう努力を今後も傾注していただきたいというふうに思う次第です。
 経過措置のところを言いますと大変長くなりますので、少し飛ばしまして負担の問題、御案内のようにこの程度の案でも保険料率が相当の引き上げですね。昭和百年近くなり九十年過ぎると二八、九%、これではとても耐えられないと思います。ですから、今後はこの負担の問題というのはこういう関係ではこの程度しかできないわけですけれども、さらにやっぱり目的税、今度六十年度税制改革でいろいろ論議されていますが、ぜひ目的税というものを設定して、そして少なくとも基礎年金の財源だけは何とか守るというふうに努力していただきたいと思うし、さらに不足する分は今後の経済成長に期待してそしてこれを維持していく、あるいはまた積立金の運用をもっと効率化して少しでも財源にゆとりを持つようにするというようなことをしていただきたいと思うわけです。
 最後に、時間も追ってきたようですから三つないし四つほどごく簡単に。私は、全体としてはこの政府案を評価するわけですが、なお今後御審議いただくとき、あるいはまた実際に運用されるときにぜひお願いしたい点が三、四あるわけです。
 その第一は、無年金者というものは構造的にまだできる懸念がある。それはどういうことかといいますと、もう御案内だと思いますけれども、一番社会的に救わなきゃならない層、つまり従業員の非常に少ないところ、零細なところ、そういうところの従業員というのはどうしても構造的にま
だ無年金になっていくのじゃないか、ですからこれを救うのはもう厚生年金の適用事業所をかなり強制的にやらせるような方向をもっと早くやる。およそ人を使って事業をやる以上、幾ら零細であろうとも人を使う以上はもうこの問題というのは賃金の一部だと考えてこれをまず確実にやらせる。そうすればその無年金層というのは救われる。それをやらない限りどんな手を打ったって私はだめだと思う。それがまず第一点。
 それから二番目は、在職老齢年金です。今度は六十五歳以上はかなりよくなりましたが、六十から六十四というのはこれから高齢化社会が進むにとって非常に重要な年齢層です。まだしばらくはいいのですけれども、もうちょっとたったら大変な問題が起きる。できるだけ早くこの六十から六十四の在老の問題をもう一度整理して議論をしていただきたい。私案を申し上げれば、生意気な言い方ですけれども結論だけ言いますと、年齢によって少しずつ、例えば六十五を一〇〇とすると六十を六〇%、次は六十一歳は七〇%、次は八〇%というふうに年金は年金として支給していく。年金はあるしプラス賃金はあるというふうにしないと、今のように下手に働くと損をするというふうな風潮をつくったり、それから労働力が地下へ潜ったり、こういう何といいますか陰湿な関係が起こりつつある。あるいはこの問題をとらえて、中小企業などは賃金を九万円にしろと、九万円以上払うとかえって年金が削られますよ。だから、その高齢者の賃金を九万円という低相場をつくってしまっているわけです。これはやっぱりもう一度雇用と年金と突き合わせてよく御検討いただいて、ひとつその六十―六十四、多くの人が今労働省の調査なんかそうですけれども、六十五まで働きたいと念願していますので、定年延長を含めてこの問題はやっぱり一番大きいのじゃないかと思います。
 それから男女の平等、これは私は本質的にはそっちへ行くのはいいと思いますけれども、年金だけ先行しますと、やはり女性の年金というのは非常に少ないわけです。ですから、ぜひこの問題も雇用の面で、当然この委員会で議論されると思いますが、男女の雇用の面の実質平等、機会均等、これを踏まえてぜひ実現していただきたい。そうでないと年金だけ先行すると女性に大変ダメージを与えるというふうになると思います。
 以上私の率直なことを申し上げた次第です。どうもありがとうございました。
#7
○委員長(遠藤政夫君) ありがとうございました。
 次に、東海大学教授島田とみ子参考人お願いいたします。
#8
○参考人(島田とみ子君) 今回、政府が提案されました年金改正案はいろいろと御苦心の末にでき上がったもので評価すべき点は多々あると考えております。私はきょう、今回の改正案の一つの特色である婦人の年金保障について意見を申し上げたいと思っております。
 国連の女子差別撤廃条約はこの国会でも批准が話題になっておりますが、その条約の中で女性の社会保障の権利について規定した条文がございます。それは第十一条でございますが、退職、失業、傷病、廃疾、老齢その他労働不能の場合における社会保障の権利は男女平等を基礎として同一の権利を確保するため、締約国は、女子に対する差別を撤廃するためのすべての適切な措置をとる。こういうふうに女子の社会保障の権利について明らかに規定をしております。
 それでは、その社会保障の中で特に具体的に年金について男女平等の扱いをすべきであるというこの原則はわかるのでございますが、年金という複雑な制度をどのようにして男女平等にしていくかというその基本的な考え方というものを私たちは持たなければならないと思いますが、これもILOが昨年出しました、「二十一世紀の社会保障」という報告書でございますが、この中ではっきりと定義をしております。それは女性が年金上、法的に男子と同等の地位を得ることであり、特に家庭婦人が夫の年金の権利によって保護を受けるのではなく、自分自身の権利として年金の受給権を持つことであると、こういうふうに規定しております。世界各国において女性の年金保障を目指して今その歩みが始まっているようでございます。こういう考え方を基本にして年金制度適用の平等、それから拠出、受給条件、支給開始年齢、給付の設計等における男女の平等というものが論議されております。
 振り返って我が国のこのたびの改正案を考えますと、厚生年金加入者の妻は国民年金に強制加入となるという改革が提案されておりまして、このようにして無業の妻が自分自身の年金を受給することを可能にいたしました今回の改正案は、やはり一つの年金の制度の上において特筆すべき改正案であると言えると思います。しかしながら、それだけはなくて、一方では妻の保険料は夫の払う厚生年金保険料に含まれる。したがって妻は保険料を負担する必要はないというふうな改正案になっておりますことについては私は疑問を持っております。妻が自分の年金を受給する権利の裏づけとして保険料の拠出という義務を果たすということが社会保険制度の原則ではないかと考えます。しかも改正案においては、その妻の地位がどうなるかと申しますと、御承知のように夫の被扶養配偶者である、そして夫の年金の傘の下に入ると申しますか、そういうふうな扱いになっております。現代は非常に女性の自立ということが盛んに言われるようになっております。そして事実自立を求める女性というのが増大している時代でございますが、そういう時代の中にあって、年金制度においては妻が夫に依存をするという、そういう形をとるということはやはりどうも納得できがたいという気持ちがいたしますし、また、そういうことをおっしゃる主婦の方々がかなりおります。
 私の体験したそういう女の方々との話し合いの中で感じますことは、これまで家庭の主婦が二十年余り任意加入という体験を経てきました。したがって、その体験の中で自分が年金をもらうためには保険料を払わなければならないんだということがもうちゃんと身についてまいりました。そういうふうな体験を通して社会保険というものが生活の中に侵透したのであるというふうに考えております。そういう事実をここでまた別の方向に持っていくというようなことは非常に残念でございます。この保険料の負担は主婦にとっては重荷ではないかというふうな御意見があるかもしれませんけれども、先ほど申し上げましたILOの「二十一世紀の社会保障」と題する報告の中で、妻が夫の被扶養者として扱われてはならないと、こういうふうに言った後で次のように述べております。必要ならば夫婦の一方が他方の受給権を確保するために保険料を払うべきである。実際に保険料を夫が払うあるいは夫の収入をもって妻の保険料に充てるということは、これはまあ当然ではないかという言い方でございます。私は、夫婦というのは共同生活を営んでいるわけでございます。ですから妻に所得がなくても、夫が所得を得て、そして妻が家庭内の労働をするという、そういう共同生活の中にあっては、妻がその保険料を夫婦共同の経済の中から支出するということは生活の実感からしても当然のことではないかというふうに考えております。
 実際の妻の保険料の負担はではだれがするかということにつきましては、厚生年金の会計から基礎年金の会計へとサラリーマンの妻の保険料をまとめて移すと、そういうふうに理解しております。そういたしますと、厚生年金加入者全体で妻の保険料を負担することになります。その結果、次に申し上げるようないろいろな矛盾、それから疑念が起こってまいります。例えば、妻が拠出しないことによって被用者である夫が一人分の拠出だけを払えばその夫婦はそれでよろしい。結局この夫婦は夫の拠出だけで夫と妻二人分の年金を受給することになります。一方、共稼ぎの夫婦とかあるいは独身者はそれぞれの拠出に対して一人分の給付を受給する。自営業者の夫婦の場合も同じで、一人分の拠出は一人分の給付だけでございま
す。つまり、厚生年金加入者とその妻だけが特に優遇される、そういう結果を生むのではないかと思います。これは年金制度の目指す公平な扱いというものには反するのではないかと考えます。
 それから強制加入、従来からも強制加入でございますが、母子家庭の母親とかあるいは離婚した女性あるいは未亡人、こういった人々は国民年金あるいは厚生年金の保険料を自分で拠出しなければなりません。そして、こういう方々は夫のいる妻たちよりも一般に生活は苦しい。被用者の妻だけが拠出を免れるということは、こうした女性の間に拠出の不平等を生むことになるのではないかと考えます。
 それから、パートタイマーが現在我が国では政府の統計によりますと三百万を超えている、年々増加の一途をたどっております。このパートタイマーの社会保険加入というのも常に問題として提起されておりますが、厚生年金に加入しておりますのは、労働省の統計によりますと三五、六%しか入っていない。ですから厚生年金には三五、六%しか入っていないというふうな数字がございます。しかし、労働省はパートタイマー対策要綱というものを出しまして社会保険加入を進めるということをいたしております。ところが、今回の年金改正案によって被用者の妻が保険料を負担しなくてよいということになりますと、その結果として主婦のパートタイマーがそれでは厚生年金に加入しなくてもよかろうと、そういうふうな考え方も既に出始めております。つまり今回の年金改正案によって、パートタイマーが一人前の労働者として厚生年金加入を進めてもらいたいと、本人も私どもも願っているのですが、それが年金改正案がそういったあるべき労働者の社会保険加入に対して一つのマイナス要因として働くおそれがあるということが考えられるわけでございます。基礎年金制度は、これから全国民が加入して我が国の年金制度の土台となる非常な重要な制度でございます。この制度について女性の処遇というものをやはりぜひともお考えいただきたいと思っております。
 次に、被用者年金における、まあ厚生年金における女性の問題について申し上げたいと思います。今回の改正案においては、厚生年金の女性の扱いというものがかなり大きな改革がされると思います。支給開始年齢の六十歳への繰り下げ、保険料率を引き上げて男子と平等にもっていく、中高年特例の廃止、そういった非常に文字どおり男女平等へという改正の動きがはっきりと出されてまいりました。私はこういうふうな改正案に原則的には賛成でございます。しかしながら、女性の厚生年金の実態というものをいろんな機会に聞いておりますと、実に年金額が低いわけでございます。これは昭和五十九年三月末の数字でございますが、男性の厚生年金の平均が約十二万九千円、これは約でございます。女性の場合は七万六千円余りと、そういう数字でございます。なぜ女性の年金が常に男性の年金より低いか、これは平均額ですが、平均額が常に下回るかといいますと、これは賃金が低いことと、それから加入期間が短いというこの二つの要因から成っております。女性の賃金を引き上げていくということは、この委員会で御審議の男女雇用機会均等法の取り組むべき課題でございますけれども、同時にやはり女性の働く職種が非常に低賃金であるとか、あるいは女性の多い産業が低賃金であるとか、そういった雇用構造、産業構造の問題もかかわっております。ここでは年金の立場から、女性の低い賃金の問題というものをどうするかということは雇用均等法の方でよく御審議をいただきたいと思いますので、私はその加入期間の問題を取り上げてみたいと思います。
 女性の加入期間が短くなる、たしか現在厚生年金の受給者である女性の平均加入期間は二十年かあるいは二十年に満たない人が非常に多いと思います。その理由は、結局は育児とか家庭責任あるいは病人とか老人の介護、そういったものが理由で女性は早くやめざるを得ない、あるいは途中で仕事を放棄してまた後で再就職する、そういうふうなことになっているわけでございます。拠出期間というものが今度の改正案では四十年加入というのが一つの標準的な加入期間であって、四十年加入しなければ政府案がお示しになったモデル年金はもらえない、そういうことでございますから、女性は加入期間が四十年になるかどうかということを考えますとこれはもう絶望的ではないかというふうに感じられます。こういった加入期間の問題というのは、日本だけではなくてヨーロッパでもアメリカでも常に問題となっております。その結果、こうした育児とかあるいは老人の介護等に費やした期間は保険料の拠出期間として社会的に認める、そういう制度が既に西ドイツ、フランスその他ででき上がっております。これからの女性の人生というものは、やはり家庭だけにとどまらず、雇用機会を求める、外で働くということが非常に長くなってまいります。しかし、それが中断するということに対する年金上の保障として子供を育てた、あるいは老人を介護した、そういった期間は保険料拠出期間として一定のルールをつくって認めるような、そういう新しいこともお考えいただきたいと思います。
 時間がなくなりましたので、あとは御質問でお答えした方がいいと思いますが、女性の老後というのは御承知のように非常に男性より長くなります。いろんな老人に会って話を聞きますと、年金を受けておりますが非常に少ないのです。ですから、子供の援助とかあるいは同居等によって生きている女性が多いわけです。最近の厚生行政基礎調査によりますと、夫婦だけで暮らす老人世帯というものが急激に増加している、三百万世帯を超えたという報告がございます。この三百万世帯の片方の夫が欠けた場合には、残るのは女性であり、女性のひとり暮らしというものはこれから急速にふえていくということが心配されます。そして、このひとり暮らしを余儀なくされた女性たちの生活のよりどころというのはやはり年金でございます。しかし女性の年金は常に低い。それからまた、生活の階層として高齢者の生活階層を見ますと、女性は下の方の階層にどうしても沈殿せざるを得ない。いろいろなそれまでの生活条件のためにそういうことになっております。
 そういった観点からも、やはり女性の老後の生活問題というものが新しく社会の負担になってくる、そういう時代が来るのじゃないか。アメリカではもう既にそういう問題が指摘されております。そういった点から考えても、年金というものが女性の老後の生活にせめて最低保障をするような、そういう水準のものにしていただきたいというふうに願っております。
#9
○委員長(遠藤政夫君) ありがとうございました。
 次に、全日本労働総同盟生活福祉局長中根康二参考人お願いいたします。
#10
○参考人(中根康二君) 同盟の生活福祉局長の中根でございます。民間労働組合の立場から意見を述べさせていただきたいと思います。
 最初に結論から申し上げますと、後で触れたいと思いますが、一部修正の上この法案を成立していただくと同時に、昨年二月二十四日の閣議で決定されました公的年金制度の改革の中にあります共済年金についても、基礎年金の導入を図る等の改革の趣旨に沿った制度改正を行うため、さきに答申のありました共済年金制度改正案の審議に早急に着手していただきたいというのが私の結論でございます。
 我が国の公的年金制度は、これまでの改正を通じまして着実な改善が図られたと言って差し支えないと思います。その結果、公的年金は勤労者の老後生活において重要な役割を果たすようになっております。殊に被用者の年金水準は欧米諸国と比べましても遜色のない水準にまで達していると言っても過言ではないと思います。しかし、これまでの改正が年金の給付水準の引き上げに重点が置かれてきたために、これから本格的な高齢化社会を迎えるに当たって、年金制度そのものの安定的な維持が危惧される状態になってきているのではないかと思います。つまり、年金制度にとって
重要な世帯間の負担と給付の公平化の問題や、分立した年金制度間の不均衡の是正に本格的に取り組まないまま今日を迎えてしまったということが言えるのではないかと思います。現在審議中の厚生年金保険制度は、我が国の公的年金制度の中核的存在であることは言うまでもないわけでありますが、この改正の持つ意味は今後の我が国の公的年金制度のあり方を決定づけるということで極めて重要なものとなるというふうな認識でおります。
 私ども同盟は、八〇年代の福祉ビジョンを作成いたしておりまして、社会保障制度全般のあり方を示しておりますが、その中で年金制度についても次のようにそのあり方を示しております。第一は公正化と効率化の問題であります。無年金者をなくすとともに不合理な併給等を排除すること。第二は制度全体に通じる最低保障年金を確立するとともに、被用者年金制度にあっては所得比例年金を創設し二階建てとする。第三は婦人の年金権の確立などとなっておりまして、老齢年金の水準につきましては、標準者で定期給与の六〇%台を維持することが必要であるというふうに示しているわけであります。このことから言えますことは、今回の改正案は我々の改革案に沿ったものと言えるという意味で大筋で評価をいたしております。ただ、改正案の細かな点を見てみますと問題もありますので、その改善を図る必要がありました。
 その主なものは、老齢年金では妻が六十五歳になるまでの水準、それから子供のいない四十歳未満の寡婦の方の遺族年金の水準の問題、障害等級三級の方の水準の問題等、そのほか坑内員、船員の方の持っておられる特例の扱い、女子の保険料率引き上げ幅の問題等があるわけでありますが、このうちの大部分は既に衆議院の段階で修正いただいておりますので細かな点は省略しますが、私どもは残された部分の修正をこの審議の段階でぜひとも実施していただきますようお願いする次第であります。
 また、今後私どもは来るべき高齢化社会を活力あるものとするために六十歳代前半層の雇用の拡大に全力を傾注していきたいと考えております。既に労働省の審議会でもこの六十歳代前半層の雇用の確保のために、どうするべきかを広い範囲から御検討いただいているわけでありますが、とりあえず私どもがなさなければならないのは六十歳定年制の問題であります。私どもも一生懸命に運動を展開しているわけでありますが、いわゆる中小零細企業で働いておられる方々のことを考えた場合には、六十歳定年制の法制化というものはどうしても避けて通ることができないのではないかと思います。私どもは今後も一生懸命この促進に努めてまいりますが、どうか六十歳定年制の法制化につきまして御尽力いただきたいというふうに考えるわけであります。私ども、この年金制度の改正に当たりましては審議会の段階からいろいろと検討を重ねてまいりました。私どもと同じように民間労組のナショナルセンターであります中立労連の皆さんとも話し合ったわけでありますが、おかげさまで私どもの考え方とほぼ同じということでございまして、中立労連の皆さんもこの改正案を一部修正していただければ、ぜひともこの国会の会期中に成立をさせ、いわゆる官民格差の解消等に努めていきたいという強い意見を持っておられますので、あわせてここで御紹介申し上げておきたいと思います。
 私どもは、細かい点につきましてまだまだたくさんありますが、それは今後の運営の中で一つ一つまた改正をお願いし、できるだけ世帯間にわたって安定した年金制度となるよう努めてまいりたいと思いますので、何とぞ今国会で修正の上成立をお願いしたいというふうに思います。
 以上で私の意見を終わりたいと思います。ありがとうございました。
#11
○委員長(遠藤政夫君) ありがとうございました。
 次に、統一労組懇事務局長春山明参考人お願いいたします。
#12
○参考人(春山明君) 春山でございます。統一労組懇と申しますのは、労働者百五十万人が参加をしております労働組合の全国組織でございまして、その中央を代表するとともに、統一労組懇と協力、共同を進めております労働者、勤労者あるいは中小企業家、医師などなどの方々約三百万人の意も体しまして、国民年金法等の一部を改正する法律案に反対する立場で意見を述べさせていただきます。
 この法案の内容につきましては、私がここで申し上げるよりも皆様既に先刻御承知のことでございますが、今、全国で私どものところに寄せられる多くの意見は、このような給付水準の三割ないし四割の引き下げ、あるいは保険掛金の大幅な引き上げ、三十五年たてば、場合によれば二四%とか二八%とか言われておりますが、そのような大幅な引き上げ、あるいは年金の支給開始年齢を六十から六十五にするとか、受給資格期間を二十年から二十五年に繰り下げるとか、あるいは国庫負担を大幅に削減するとかというようなことにつきまして、反対の意見が極めて多数寄せられているところでございます。
 私どもは、今日の我が国の人口構造の変化からいたしまして、公的年金制度をどのように改善するのかにつきましては深い関心を持っているところです。厚生省がいろいろな作業をしてこられたことにつきましては、それなりに承知をしておりますけれども、残念ながら基本の部分において欠けるところがあったのではないかというふうに思っております。率直に言わせていただければ、今この国会に出されている法案は公的年金制度始まって以来の歴史的な後退、大改悪を進めるものだと思っています。労働者、勤労国民の老後の生活保障水準を大幅に切り下げるとともに、現役労働者、その他の勤労者の負担を将来にわたって不当にかつ著しく増大させるものであって、生活不安にはかり知れない暗いおもしを乗せるものだと思っています。とりわけ、私どもは労働者ですから、年金での問題だけではなくて、労働者生活にかかわるすべての問題と関連づけてこの法案を評価しているところですが、たくさんの問題があります。例えば労働者生活の基礎であり、保険料の算定基礎でもある日本の労働者の賃金は、消費購買力平価で他の日本と同じような先進工業国の労働者の賃金と比較をいたしますと、先ほどどなたかもおっしゃられましたように、世界のGNPの一二%を生産しており、GNP世界第二位と言われている日本の労働者の賃金水準が、それらの先進工業国の中で十三番目とか十四番目とかという極めて低いところに置かれているということを特に見なければいけないと思います。
 さらに、今失業統計史上最悪とも言われる高い失業率がありますし、史上最高と言われる中小企業の倒産が続いておりますし、また衆議院の方には労働者派遣法という、労働者の雇用構造の基本にかかわる再編を推進するような法律が提案をされており、私どもの考えでは、これらは広範な雇用不安を招くことになると危惧をしているところであります。また、税金ですけれども、大蔵省の財政金融統計月報あるいはその他の資料で見ましても、この十年間で収入の伸び率をさらに二倍近くも上回ってきた実質的な大増税がございますし、最近では大型間接税の導入だとか、あるいは教育費や医療費の大幅な負担増などが出されております。今後もこれらの内容がますます進むというふうに考えるならば、労働者の生活に及ぼす打撃、悪影響はこれは大変なものになります。とりわけ一九八二年の七月に相次いで出されました社会保障長期展望懇談会や、あるいは年金基本問題研究会の討議の結果を拝見しますと、場合によれば年金保険料の将来の負担上限は労使折半で合計二三・九%と見ても、医療の保険料と合わせると約四〇%までの負担上限となるということも言われているようであります。毎月の給料の中から四〇%がこういう年金保険料あるいは医療保険料として差し引かれ、それに税金が国税、地方税ともに加わるというような事態で、一方で生活の中身にかかわって困難な状況が進むことに限りない不
安定な感じを多くの労働者が持っているところであります。
 それらの問題は、単に年金財源や年金の数理に影響し関係するだけではなくて、現在問題になっております、経済企画庁すらが白書で指摘をしておりますような、日本経済の大企業本位のゆがみや不均衡をさらに増幅させることになりますし、消費購買力を抑え込んで、貿易摩擦を激しくさせている事態に、歯どめどころか拍車をかけることにもつながりかねないと思っております。私は、これらの労働者生活全体を見、また年金財政という点からするならば、我が国の政治経済全体の基本的な構造にかかわって、年金の今後のあり方を定めるべきなのであって、単に数字の上での技術的なあれこれということだけでは、近い将来大きな破綻が再び起きてくるものというふうに思わざるを得ません。私ども統一労組懇では、年金につきまして、極めて簡単ですが次のような考え方を持っております。
 それは、公的年金というのは老齢によって生ずる生活困難への社会保障、老齢保障の社会化であるということでありますし、また労働者の生命、生存の権利を保障するものである。そして公的年金は、貧困や疾病などを要件とするものではなくて、労働者が一定年齢に達したら自動的に発動する権利だというふうにも思っております。これらは、老齢ということが長期にわたっての社会的な労働と活動によって家族の生活を支え社会の富をつくり出した果てに迎えるものですから、したがって、当然老齢期の生活保障は社会的に行われるべきであり、公的年金は、労働者が拠出する部分はごくごく抑えて保障をする権利であるべきだというふうに考えています。ですから、我が国のような資本主義のもとでは、本来、社会的な富と諸成果をひとり占めしている大企業資本家と国家の責任で相当の部分を拠出をし、保障する体系を改めて検討する時期に来ているのではないかと思います。少しく敷衍して申し上げたいと思うのですが、時間がなくなってきたようですので、少し急ぎます。
 一つは、すべての高齢者は社会の進歩と発展に貢献した一員として尊敬され、豊かで生きがいのある老後生活が保障されるべきだと思っています。生きる権利、働く権利、政治的権利が保障され、個人の尊厳が守られるようにすべきであります。また、高齢者が長年にわたって蓄えてきた技能や知識は、将来の社会発展と進歩のために若い世代に受け継がれるべきだし、そのための機会を保障しなければなりません。豊かな老後保障が医療や社会福祉や、あるいは国民生活の最低基準である最賃など、さらには住宅、雇用拡大など幾つかの分野を軸として総合的に考えられる必要があるし、やがては高齢に達するすべての国民の共同の事業であると思っています。
 さて、そういう中で、人口構造の高齢化が進むもとで老後保障の必要財源を確保するためには財政経済政策のあり方を抜本的に転換しなければならないと思います。国民本位に転換をする基本としては、今の臨時行政調査会の答申のように大企業本位の方向ではなくて、はっきり申し上げますけれども、軍事費を削減をし、大企業、大資産家向けの優遇税制を抜本的に是正をし、あるいは大企業に有利な大型公共投資などの不要不急経費を大胆に削減をして、国民的な立場で財政再建に踏み出すことが必要であります。また、関連をすることでありますが、高齢化社会に備えての準備は総合的、長期的に行われるべきであり、そこでは我が国の産業構造や経済構造のゆがみを国民本位のつり合いのとれたものに大きく切りかえていくことが重要であります。経済白書の中でも指摘されておりますように、大企業本位のゆがんだ経済構造を民主的に改善をし、つり合いのとれた豊かな生産力の発展を保障するその基盤づくりが重要であります。とりわけ、資源エネルギー問題などで根本的な幾つかの問題があると私どもは考えているところであります。そのような根本的な基盤の民主的な改善の進行と相まってこそ改悪ではなく、公的年金制度の改善を具体的に行う条件がつくられると思いますし、また、つくらなければいけないのではないかと思います。
 具体的な方向では、第一は年金給付水準の大幅な引き上げであります。これは先ほども労働者の賃金水準のことで申し上げましたけれども、日本と同じ発達した先進工業国の年金給付水準は日本の労働者に対する公的年金の水準と比べて格段のものがあります。時間が迫ってきたようですので、具体的な内容はまた必要があれば補足をするといたしまして、ほかの国でできていて、それなりの困難さが生まれているということも承知をした上で、我が国で実現をできないはずはない。大幅な年金改善が賃金の積極的な引き上げとあわせて、内需の喚起など今日重要な時期になっていると思っています。
 第二には、そのための年金財政の仕組みを抜本的に是正をすべきであります。年金所要財源の七〇ないし八〇%もが労使折半の保険料で賄われているというのは基本的には問題が残ります。是正の方向の一つは国庫補助であります。ですから、当面厚生年金についての給付費の二〇%維持など現行どおりとし、その上にさらに国庫補助をどうするかについて考える必要があります。その国庫補助の具体的な財源は軍事費を削ることと大企業優遇税制を是正することで現に可能であると思います。軍事費を削るということには多くの方の抵抗があるようですが、新聞で毎年一回出される世界的な世論調査の結果でも、我が国で半分以上、欧米諸国では過半数を上回る国民の支持があり、軍事費を削って暮らしと福祉、教育の充実をという地球的な規模のスローガンがあることを重視すべきだと思います。またさらに、他の先進工業国ではむしろ例の少ない社会保障財源の労使折半というのをやめて、一定の期間を経過をしながら計画的に労使三対七に改めるべきだと思います。また、その使用者負担分につきましては保険料率を企業の資本金別に定めて、大企業に高く中小企業に低いようにすべきであります。
 第三に、現に五十兆円近いと言われる厚生年金の積立金の管理運営に積極的に労働者代表を参加させ民主的かつ有効な運用を図ることも重要であります。
 第四に、それらの改善とともに、先ほどから触れておりますような他の工業国並みの積極的な賃金の引き上げ、消費需要の拡大、国民生活水準の底上げ、さらにそれらのための全国一律最賃制の確立、また高齢者を含む積極的な雇用創出を進め、日本経済全体の総合的な立場の中でこの年金制度の安定した軌道をつくり上げる必要があると思います。これらの賃金その他の労働条件の水準にかかわって、あるいは男女間、大企業、中小企業の規模間、労働者と農漁民、自営業者との間のさまざまな格差の是正は当然ですし、特に女子や中小零細企業、さらには農漁民、自営業者が無年金者にならないようにすることには大きな配慮が必要だろうと思います。
 最後に、今共済年金制度の改正がこの国会にかかろうとしておりますけれども、私はこの公的年金制度の中の重要な部門を占める共済年金制度の改革に当たっては、日本の官公労働者のストライキ権が全面的に一律禁止されているという他の先進工業国に例のない事態を重く見、それとの考量において内容をはかる必要があると思っていますし、それは単に使用者たる政府に申し上げるだけではなくて、ILOなど国際機関においては労働基本権保障こそがその国の民主主義のバロメーターだと言われていることを見ておく必要があると思います。高齢者の生活保障も民主主義の中の重要な一部でありますし、そういう総合的な配慮に立たない限り、今日国会での御審議の公的年金制度の改革に大きな矛盾やすき間が出てくることを強く懸念をし御配慮をお願いするものであります。
 以上です。ありがとうございました。
#13
○委員長(遠藤政夫君) ありがとうございました。
 続いて、日本団体生命保険株式会社取締役村上清参考人お願いいたします。
#14
○参考人(村上清君) 村上でございます。年金制度について勉強している者といたしまして、ただいま審議中の年金制度の改正案について意見を申し上げたいと思います。
 今回の年金改正には二つの柱があると考えます。第一は将来の年金財政の破綻を回避することでありまして、その対策としては、現役の勤労者とそれから年金をもらう高齢世代との間に年金制度を通じて振りかえが行われた後で妥当な実収入のバランスが保たれているということが必要であろうと考えます。それから第二の柱は、年金の給付の内容をより公平なものにすることであります。今起こっているいろいろな不公平は、多くは年金制度が分立しているために起こっているわけでありますから、共通な部分はこれを一元化するということによって可能であるというふうに考えます。
 今、日本では年金問題が大変深刻に言われておりますけれども、これは実は日本だけでなくて世界共通の問題でございます。むしろ欧米の方が年金の歴史は古いし成熟化も進んでおります。高齢化も進んでおります。したがって悩みはより深刻でありまして、欧米の現状というのは日本の二十年あるいは三十年先を映す鏡であるというふうに考えてよいと思います。どういう問題があるかといいますと、第一はまず財政が大変苦しいということです。特に石油危機以後は大変苦しい状態にあります。その対応としてはスライドを一部停止するとか、あるいはある期間見送る、実質的には給付の切り下げでありますけれども、そういったようなことをしてしのいでおりますけれども、いずれもその場限りの対応でありまして、問題は将来に持ち越されているのが実情でございます。それから二番目は給付の仕組みです。特に女性の年金であります。国によりましては特に女性の年金だけについて政府がグリーンペーパーを出しているというふうな国もございます。これについてはもう既に何人かの参考人の方からお話がありましたけれども、女性の地位が変わったということです。以前の社会、ヨーロッパでも昔は男性が働いて女性は家庭を守る、被扶養者という考えでありました。今や女性が働くのは普通になったし、一方では離婚とか単身ということがふえておりますと従来のような家族構成を想定した年金では対応できなくなる。これに対する新しい解決が必要になってきております。
 そこで、ここ何年も前から欧米では年金の仕組みを抜本的に変えようというふうなことでさまざまな案が提案されております。私もこれが日本の年金問題の解決になるのじゃないかと思っていろいろと調べ勉強してまいりました。アメリカではまだ抜本的な改正は行われておりませんけれどもいろいろな案が出ております。有力な案が二つあります。
 一つは所得分割という案でありまして、例えば夫が働いて奥さんが家庭にいる、この場合に夫が稼いできた給料を二つに割りまして夫と妻にそれぞれ収入があったというふうにみなして、その記録に基づいて年金を出すことになります。夫婦共働きですと両方足して半分に割るということになるわけです。アメリカの公的年金は日本の厚生年金に似たようなものだとお考えいただいてよろしいと思うんですが、所得比例年金ですけれども低所得者ほど給付率が厚くなりますので、日本の厚生年金が定額プラス比例となっているそれに似たような仕組みですね。こういう仕組みの中で所得を二つに割って半分ずつにしますと一人がもらう年金の半分ではなくてやや厚くなります。先ほど来、今度の改正案で家庭にいる主婦が保険料を納めないで年金がつくというのは何か年金の権利が身につかないのではないかというふうなお話もございましたが、このアメリカの例を見ますと、家庭にいる主婦は夫の給料の半分は自分が稼いだもので、そこから出る保険料の半分は自分が出したのだというふうな考え方をとっているようでございますので、そういう考え方もあるのじゃなかろうかというふうにに考えます。
 それから二番目は、二階建てという名前なんですけれども、これは年金を一階と二階に分けてしまいまして、一階部分はだれにでも同じ定額を支払います。それから二階部分は完全な所得比例の年金に切りかえます。こういうふうな形にいたしますと一階の方ではみんなに等しい定額が出るし、二階は掛金、保険料に応じた年金が出るという仕組みになるわけですね。先ほど島田先生からお話がありましたILOの専門家がつくった資料があるのですけれども、二十一世紀を目指してどんな年金が未来に望ましいかという未来像です。それでもやはり望ましい年金の姿というのは二階建ての年金にしております。ここでは一階は全国民を対象にする。勤労者とか労働者だけでなくて国民全般に適用してだれにでも定額の年金が出る、これが一階です。それから二階の部分は勤労者、働いている人を対象にしまして、所得に応じて掛金を払ってもらい、それに応じた年金を出すというふうな仕組みになっております。
 こういった外国の例と対比してみますと、日本の今度の年金の改革案というものは他の国でこれからこんなふうにしたらどうだろうかというふうに審議しているその案をいわば先取りしたものだというふうに考え、評価していいというふうに思います。今度の改正案は基礎年金、そして所得比例年金、二階建てになるんですけれども、この基礎年金の部分につきましては、仕組みがより社会保険的、人によっては社会保障的などと言いますけれども、になったというふうに理解いたします。別の言葉で言いますと掛金と給付との対応関係ではなくて、保障のニーズにより比重がかかった仕組みになっているということであります。例えばサラリーマンで言いますと、単身者と妻帯者が同じ保険料を払いまして、年金をもらう段階ですと、それぞれの人に年金がつきますから、結果的には妻のいる人は妻の年金が出る。あるいは保険料は所得比例なんですけれども、もらう年金は定額である。あるいは自営業の方で国民年金に入っていらっしゃいますと、掛けられる期間は全部掛けてください、そうすれば等しく定額の五万円が出る。これは必ずしも年金は掛けた年数、期間に比例しておりません。こういったような面から見ますと、年金というのが個人ごとに掛金と給付との対応関係ではなくて、負担は負担としてしていただきますけれども、給付の面ではより保障のニーズに重点が置かれているというふうに考えてよろしいかと思います。
 しかし一方、二階の部分、所得比例部分はこれは完全にもう個人的な公平性というのでしょうか、過去に掛けた保険料に見合った、それに比例した年金という構造でありますから、これはまさに個人的な公平性を貫いている。年金制度で掛金とそれから給付との関係をどういうふうにするのが望ましいかということについては、実は世界じゅうどの国でもあるいは時代によってさまざまな議論がございます。二つの極端な中を絶えず揺れ動いております。一番極端なのは個人的な公平性といいましょうか、要するに余計掛けたら余計にもらう。掛金に比例して年金が出るという極めてわかりいい考え方ですね。それからもう一つの方は、それとは全く別に保障のニーズというものを重視してそれに見合う財源を何かの形でみんなから徴収する。欧米では前者を私保険的、後者を社会保険的と呼んでおります。
 今度の改正案ではこの基礎年金部分、この方はより社会保障的あるいは社会保険的な給付にすっかり組みかえてしまって全国民をこれで包括する。それから二階の部分はこれは個人的公平性の方をはっきり打ち出しまして余計負担した人は余計出るというふうな形にしてそれをセットにして組み合わせております。アメリカの二階建て案もまさにこれと同じ構想で考えられていることであります。またILOの二階建ての案も似たような考え方でありますので、日本はよその国に一歩先んじてこれを今採用しようとしている。恐らくこれが実施されますと他の国でも高く評価されることだと思います。
 それから、私今までいろいろな機会に行われておりましたこの審議の記録なども拝見いたしまし
た。その中で、基礎年金についてはこれを全部税負担にしたらいいのではないかというふうな関係もございました。かつて社会保障制度審議会からも付加価値税を財源にした基本年金という案が示されております。これはまことに傾聴に値する案であります。私自身も同感する部分もたくさんございます。そして欧米の例を見ましても、二階建ての国の一階部分の財源は全額税負担という国もあります。スウェーデン、カナダなどはそうでございますね。一方、その一階部分も社会保険方式で行っている国、イギリスのような例もございます。日本の場合どうだろうかということなんですが、私自身の考え方は、今回この改正案においてはやはり全額税負担というのは無理ではないかということであります。それは制度の連続性です。更地にうちを建てるということにはまいりません。今まで長年違った拠出をしてきているその中でいきなりこれを全部税負担に切りかえるということは仕組みの上から無理ではないかという感じがするわけです。
 それから二番目はやはり負担の問題でございます。保険料でなくて税でするとすればそれは膨大な負担になります。保険料の負担を計算すると将来大変なことになると言っているのですから、それを税に切りかえれば当然膨大な大変な税を負担しなければならないことになるわけです。この基礎年金を税負担でやっている国は、一般財源をつぎ込んでいる国もありますけれども目的税を使っている国もかなりあります。例えば所得税の付加価値税ですね。所得税にもう一つ上乗せをいたします。恐らく日本でも所得税の上乗せといったら多分賛成しないと思うんです。所得税はもう十分である。付加価値税、間接税といいますと何となくまだ経験がございませんから、何か大した負担ではないのじゃないかという感じがあるのじゃないかと思うんですが、しかし実際はそういうことはないと思います。先ほど久野さんがおっしゃいました年金というのは働いている世代から老齢世代へのいわば仕送りでございますから、もらう人がいれば必ず現役はそれだけの負担があるわけでございます。そういったようなことが十分合意され納得されるならばいいのですけれども、今すぐ日本でそういった合意、納得は必ずしも容易ではないだろう。この二つの理由から当面は社会保険方式でいくのが妥当ではないかというふうに考えております。ただし、将来の問題といたしまして、こういったようなことももし国民全体の合意、納得、それだけ負担していいんだ、それが公平な負担であるということであるならば、そのような財源も考え、これを例えば基礎年金の財源により多くつぎ込んでいくというふうなことは考え得る選択ではなかろうかと思いますが、これは将来の問題でございます。
 それから次に、自営業者に所得比例年金を設けてはどうかということでありまして、これも今後に積み残された検討課題であると考えます。その場合に検討し確認しておく点は次のとおりでございます。所得比例年金というのは、恐らく保険料が所得比例という意味だと思うんですけれども、まず第一に給付は定額にするのか所得比例かということです。それから二番目は、自営業者に所得の公平でかつ確実な把握が完全に行われることができるかどうか。三番目は、保険料の徴収が強制に完全に行われることができるかどうか。それから四番目は、保険料の設定の仕方が平準保険料を使うか、段階保険料を使うか、こういったようなことでございます。任意加入でもどうだろうかという意見もありますけれども、任意加入は私は賛成いたしません。任意にいたしますと、得する人が得するときだけ入って有利でなくなったらやめてしまいます。そのツケはほかの人たちが負わなければならない。社会保険はやはり強制適用であるべきだというふうに考えております。
 次に年金の水準です。今回の年金水準はどうだろうか。まずサラリーマンの場合です。六九%と言われております。ただし、これは諸控除前の給料でありますから、税金、社会保険料を一五%ぐらいと考えて引きますと八五に対して六九であります。別の比率に直しますと大体五五対四五です。勤労者には給料のほかにボーナスがあると言いますけれども、教育費とか住宅ローンなどかかりますからボーナスはそっちへ向けて、給料が生活費と考えますと、現役で妻子を抱えた人の五五と引退した人の四五といったらどっちが苦しいだろうか。まあまあこの辺が抑制し得る限度ではないかというふうな感じでございます。
 それから基礎年金です。五万円が高いか低いかということです。二階建ての国が幾つか例がありますので昨年現在で調べてみました。この基礎年金に相当する定額の年金はカナダでは四万七千円。夫婦ですと二倍になります。スウェーデンは四万五千円。イギリスは四万八千円。そしてスウェーデン、イギリスは夫婦の場合倍になりません、六割増しでございます。これと比べますと日本の五万円というのはまあまあいいところではないか、むしろ若干高いという感じがいたします。それから、先般来引用しておりますILOの報告書なんですけれども、基礎年金で目標にする額は、全国民の一人当たりの可処分所得、国民全体の一人頭の使えるお金でございますね、それの二分の一ということになっております。これは現役の勤労者だけではなくて全国民でありますから、それで計算いたしますと、やっぱり五万円というのは妥当なことではないかなという感じがいたします。年金だけ見ますと、高いにこしたことはないわけですけれども、今回の案で見ましても将来の負担は容易ではございません。そういったようなことを考えますと、まずこれは妥当な水準ではなかろうかというふうなことを考えます。
 次に支給年齢です。本則では六十五歳、そして当分の間六十歳ということになっていることに関しましていろいろな不安とか、あるいは今の段階で六十五を書くのはおかしいではないかという意見がございます。しかし私は、当分の間と書いてあるあの当分の間はそんなに簡単に変えられるものではないというふうに考えております。例えば欧米の場合、ヨーロッパの例を見れば大体従来六十五歳でした。しかしオイルショック以後非常に経済が悪くなり失業がふえてまいりますと、実際には特例を設けたり、あるいは繰り上げ支給とか、あるいは特別な失業保険で六十歳ぐらいから年金を払っております。日本でも雇用が伴わない状況のもとで六十五に上げるということは実際上不可能なことだと考えております。ただし将来を考えますと、高齢化社会の中で若い人は減ってお年寄りがふえる。どうしても高齢者に働いていただかなきゃならない社会が来るわけでありますから、それを目指して将来なるべく早い時期に六十五の雇用が達成され、それとの見合いで当分の間という言葉が徐々に六十五の年金に変わってくる。いわばこれはそういうことができるような状況を早くつくるその覚悟を示すものというふうに私は理解しております。
 年金制度の改正、これは容易な作業ではないと考えております。そして年金制度の改正案を考える場合に必要な条件が三つあると私は考えております。まず第一は、制度の改正というものは全体として整合性があること。つまりある部分だけ直して、それがほかとのバランスを崩したり、あるいは不整合になったりするのではこれは案にはなりません。それから二番目はもう既成事実がある。その現行からの移行が円滑に行われるということであります。既成事実から全く激変するようなことでは受け入れられませんし、かえって不公平が出ます。それから三番目は収支のバランスがとれていることであります。年金制度についてはしばしば年金だけ、あるいは負担だけ言われますけれども、本来は年金というのは振りかえでございます。年金の規模は振りかえを幾らにすることであると考えれば収支が常にイコールで考えなければならないことでございます。
 この三つの要件を満たすものとして今回の案は考えられたわけでありますけれども、その中では私は最大限の工夫、大変な努力、それからすぐれた決断があったと思うんです。これは故人になられましたけれども山口年金局長の功績であると私
は考えております。この両方の面で高く評価いたします。この案が検討されていたころに私も何回か山口局長にお会いいたしまして個人的に考えることなどを意見として申し上げました。そして私自身としては、もし自分が全部これをしなければならないという立場で考えたら一体どんな案があるだろうか。そしてその案は今申し上げた三つの条件を満たすものでなければ実際に動けない案のはずです。いろいろ考えました。大変難しい苦しいことで、最終的にはほぼ投げ出してしまうぐらいの問題でございました。その後で案が出ました。その案は私が考えていたよりも数段すぐれたものでございました。私が考えたものよりもすぐれた案でございますから、私はこの案に対して敬意を表しますと同時に、なるべく早い時期にこれが成立することを希望するものでございます。
#15
○委員長(遠藤政夫君) ありがとうございました。
 以上で参考人各位の御意見の陳述は終わりました。
 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑のある方は順次御発言を願います。
#16
○田代由紀男君 時間が制限されておりますので、まず村上参考人、それから久野参考人に。村上参考人には今御説明をいただきました税方式について、それから久野参考人には障害年金の改善について、それで時間があれば中根参考人に官民格差についてお聞きしたいのですが、十分間ですから、私が簡単に二分間ぐらいで質問をしますから、あと三分ずつ程度で御答弁を願いたいと思います。
 村上参考人から先ほどお話をいただきました社会保険方式と税方式、これはまことにうんちくのある御説明をいただきましたが、今回の改正案は現行制度にのっとっている社会保険方式でありますが、これを維持し、それぞれ基礎年金を受ける上での現役時代に保険料の拠出を行うことを必要とする仕組みになっております。一方、全額税負担の基礎年金を創設し、保険料の拠出というものを要件とせず、だれでもが六十五歳になると一律定額の基礎年金を支給すべきであるという考え方でありまして、先ほど村上参考人は今度は継続性と負担の問題から社会保険方式がいい、しかし税方式も一応評価はするということでございましたが、その点もう一つ明確に御意見をいただきたいと思います。
 それから次に、久野参考人につきましては、きょうはこの障害者の方で大変御理解の深い指導者であられます前島先生もお見えでありますが、私も身障連の会長を熊本でやっておるものですから特にお願いしたいと思いますし、これは去年私が予算委員会で強く特に障害者年金の社会保障との関連で要望した点でありますが、今回の年金制度の改正においては障害年金の大幅な改善が含まれておることは御承知のとおりであります。それは障害福祉年金の水準の引き上げというこれまでの長年の懸案を一挙に解決しようとするものでありますが、これによりまして先ほど申し上げましたように障害者の年金が生活扶助として意味あるものとなるからでありまして、この法案が一日も早く成立するように去年の沖縄大会においても、ことしの九州大会においてももう全員がこれを決議してお願いをしておるところでありまして、首を長くして待っておるわけであります。今回の障害年金の改正に関する基本的な評価をどういうぐあいにやっていらっしゃるか、その点をお伺いします。
 それから、先ほどから諸参考人からお話がありましたが、公的年金、現に共済年金についても基礎年金を導入し、厚生年金と同様の二階建ての体制に再編成するという改正法案が提出される運びになっております。そうしますと今回の制度改正はいわゆる官民格差の是正という面から見て大きな意義を持つものと考えます。そこで、官民格差の是正ということについて参考人の意見をお述べいただきたいと思います。
 以上三点を三参考人にお尋ねします。よろしくお願いします。
#17
○参考人(村上清君) お答え申し上げます。
 税方式と一般に言われておりますのは、特に基礎年金部分についてこれを全額いわば国庫負担にして、そしてだれでも無差別に一定の年齢になったら無条件で年金を支給するようにしてはどうかということでございます。これは幾つかの国の前例もあります。そして大変すぐれた一つの選択であることは確かなんですけれども、これは今申し上げましたようにまず第一に連続性の問題です。だれにでも一律に五万円出すとしますと、今までもう二十五年国民年金の保険料を払ってきた人はどうするのだろうか。それも五万円というわけにはまいりませんですね。これは長い間掛けてきてもうその分だけで五万円の権利ができているわけでございます。そういうものを乗せていきますと、今度はじゃ十万円にするのかということにもなってくる。今度の改正は五万円でも将来の負担はかなりきつい、今のままでいったらどうしても無理だからということで抑制するわけでございますから、やっと抑制して五万円というところに持っていっている。その上積みでまた従来の社会保険方式のものを乗せるということになりますとこれはやはり無理ではなかろうかということでございます。これが第一点。
 それから第二点は、国庫負担とか税方式という場合にその財源について一体どれだけ真剣に論議されたのだろうかということでございます。つまり、みんなが高くて負担できないのじゃないかなんという声もあるその保険料と同じものを税金で負担するわけですね。それは決して容易なことではないわけでございます。
 よその国の税負担方式を見ましてもいろいろな考え方とっております。例えばカナダなどの場合には発足のときに三種類の目的税を新設しております。所得税の付加税、間接税の付加税、それから法人税の付加税、そういったようなものを設けておりますし、それからスウェーデン以外の北欧諸国もみんな所得税の付加税を乗せているわけです。ですからそういったようなものの負担の覚悟というのが本当にできているのならばいいのですけれども、その覚悟なしにやってしまいまして間接税、付加価値税は間接税だと思うんですけれども、通常年金の専門家の考えではそれは多分価格に転嫁され物価の上昇を招く。そうするとこれはおかしいというようなことになって、その分は負担するのはいやだからというようなことになればだれも負担しない年金になります。だれも負担しない年金は結局は経済を混乱させるもとになるわけでございますので、その負担のことをも本当に十分に論議していただくということが大事ではなかろうかと思うわけでございます。
 それから国庫負担という場合にも、私はもう国庫負担というよりも納税者負担という言葉を使った方がいいのじゃなかろうかと思います。国庫負担という言葉を使えばそれを上げることは大変いいことだし、減らすことは悪いことでございます。もし納税者負担という言葉を使ったら下げるとみんなが大変賛成するし、上げたら大変腹を立てるだろうと思うんです。しかし、今現に国が国民から徴収したお金を割り振る場合に、現にもう年金に割り振っているものをほかへ持っていくということはこれは私賛成できません。しかしこのままほっておきますと、その分が二倍、三倍にふえてくるわけですね。それを抑制しようと、これからふえる分はどう考えても納税者負担だと思いますので、そういったような意味で負担というものについての見方を明確にしなければいけないと思います。
 ちなみに、社会保険方式でやっている国で国庫負担あるいは納税者負担と言っていいでしょうか、これは割合が低いです、日本より低いですね。イギリス、西ドイツが一三%ないし一四%です。アメリカとフランスは一銭もございません。むしろ自分たちの持ち寄りの保険料でする方がガラス張りである、何に使われるかわからない税金を余分に払うよりは収支が明確になる年金に使う方がより妥当ではないかという考えでございますので、こういった例も参考にしていただけたらと思
うわけでございます。
#18
○参考人(久野万太郎君) 障害年金のことの御質問でございますが、私は雑誌や本にもその点は書いたわけですけれども、私自身が障害ということは本当の意味ではよくわからないわけですね、障害者の気持ちというのは。これはもうノーマルな人間というのはわからない。自分でけがをしてほんのちょっとわかったのですけれども、臨時の障害者として。
 それは多々ますます弁ずだとは思います。これはもう世の中全体として助ける、少しでもハンディがある人を助けていくという気持ちは必ず持っていなければならない、これはお互いのことだと思います。そういう意味でどこまでがノーマルかということは非常に難しい判断なんですけれども、しかし今度の案を見まして、御案内のように昨年の秋衆議院の段階で大変法案の審議についてもめていたときに、共産党を含めて障害だけ分離成立しようという動きがありましたね、御承知のとおり。私はそのことをもってしていかに今度の充実ぶりをあらわしているか、つまり多々ますます弁ずだということは重々わかりながらも、かなりの、サービスという言葉は悪いのでしょうけれども、このくらいのことはやりましょうやというふうなところだと思います。そういう意味で非常に高くという言い方はおかしいのですけれども、よくやったなという、いわば懸案を全部積み込んだという感じがいたします。
 もう一つの関連は、遺族年金との関連がありますけれども、子育てという要素、子供を育てるという要素ですね、障害の場合もそうですけれども、子供加算の問題を含めて。これは話をすると長くなるのですけれども、私はどうも今度の制度で人口論が担当者の頭の中にある、日本の人口の将来を非常に心配しているだろう、やはり子供を大事に育てようや、そういう状況をつくっていくともう少し子供を皆さんつくるようになるのじゃないか、そんなことがどこか脳裏にあるのだろうと私は察するのです。そして障害の場合もしたがって遺族年金と共通に子供の要素を非常に重視した。ただ、必配するといいますか、さらによくするということがあるとすれば、ひょっとしたら厚生三級の問題かなという気持ちでいました。そうしたら衆議院段階でああいう状況になった。これはもう論理じゃないと私は思います。皆さんのお気持ちがそういうことをやろうや、やってほしいよと、そういうことであれば、これはもう本当の政治の判断、心を含めて。そういうふうに私は考えるものです。
#19
○参考人(中根康二君) 官民格差の問題でございますが、幾つか例を挙げることはできるのでありますが、時間の関係から一点だけ申し上げてみたいと思うわけでありますが、例えば厚生年金と共済の方、夫婦がそれぞれ老齢年金をもらっている家庭があるといたしました場合、不幸にして夫が亡くなった場合、厚生年金の場合はどちらか高い方の老齢年金一つを選択するという形になっておりますが、共済制度の場合は遺族年金とそれから障害年金については多少条件はあるものの併給になっているというふうに記憶しておりますが、やはりそのようなことは官民格差といいますか、制度間格差としてできるだけ早く修正していただく必要があるのではないか。
 それから年金の支給開始年齢なんかもよく言われるわけでありますが、既に今経過措置をとりながら修正はされているわけでありますが、私ども民間から見ますと、法律で六十歳定年がしかれた現在、あのような緩やかな経過措置をまだとる必要があるのかなとというようなことも考えますので、今度共済年金が審議されます段階ではその辺十分御審議をいただいて、できるだけ早く官民格差、制度間格差はなくしていただきたい、かように考えます。
#20
○田代由紀男君 終わります。
#21
○高杉廸忠君 参考人の方々には御多忙のところ御出席をいただきまして、かつ貴重な御意見を賜りまして、ここに敬意を表し、お礼を申し上げる次第であります。限られた時間でありますから、全部の先生方にお聞きしたいと思いましたが、何人かの限られた先生にあるいはなるかと思いますので、お許しをいただきたいと思います。
 高齢化社会での老後の所得保障について国が応分の負担をしていくのは当然であると思っているんです。ところが、先般当委員会における年金の審議に際し政府が明らかにしたところでありますけれども、国庫負担は現行制度の場合と比較しまして、成熟時期に三兆円も減額する結果ということが明らかになっているわけです。
 そこで、久野先生と島田先生と中根先生の三参考人の方々にお伺いをするわけですが、第一に、一方で保険料が二倍、三倍となるこのときに国庫負担が大幅に今申し上げましたように減額されることが予想されるわけですが、このことはどうも国民の納得がいかないところだと思います。どのようにお考えですかというのが第一であります。
 第二に、被用者の場合、老後どの程度の水準の所得保障をすべきかということを考えるに当たっては、私どもは最終賃金あるいは現役労働者の賃金水準との比較で論じるわけですね。したがって、年金のスライドの依拠すべき基準としては、消費者物価のアップ率よりも賃金のアップ率をもってする方が私は妥当だと考えるのです。
 この二つについて、まずそれぞれの方から御意見を伺いたいと思います。
#22
○参考人(久野万太郎君) それではまた座ったままで申しわけありません。
 その国庫負担、要するに財源の問題ですね、これは一番の泣きどころでして、恐らく明快に答えられる人はいないと思います。そういうふうな難しさということを前提にして、もう極めて私のメモ程度の発想ということでお聞きいただきたいと思います。
 それで、できるところまで私は社会保険方式で行くべきだと思いますね。これはやや専門的な概念で修正、つまり積立主義というのと賦課主義ですね、賦課主義というのは必要な金はその都度調達する、こっちは前から積んでいる。日本は修正、真ん中だと。それがだんだん賦課の方へ移行しているわけです、それはもう御承知のとおり実体的には賦課主義なんですよ。賦課主義というのは要するに税並びに保険料で調達していくということです。それは率直に言うと私は昭和四十八年の改正がはしゃぎ過ぎたと思うんです。これは率直ということですよ、メモということでお聞きいただきたい。
 その当時の政策者を私は批判するわけじゃありませんけれども、あの時代は有吉佐和子の「恍惚の人」が出て、自然増収がいっぱいあって、もう高度成長の爛熟期です。どこまで一体経済がよくなるんだというふうなことを皆が思っていたわけです。ある日ぱっとオイルショックが来た。あのときに物価スライドと過去の再評価、つまりインフレヘッジを全部やっちゃったわけですね。何も年金だけじゃありません、老人福祉もそうである、それからほかの財政も。国として自然増収があるときはああいう、自民党政権といいますか、要するに大蔵省も政府も何かやろうということでわっとやったわけなんです。その火つけ役というのが有吉佐和子の「恍惚の人」です。これは当時、私は新聞社のデスクでおりまして、よくやったなと、よくもまあと思っていたわけなんです。それからオイルショックで冷えたわけですね。御案内のとおり民間も大変苦労して減量減量で、これはもう先生も御存じのとおり労働者も大変苦労して、ようやく数年で立ち直って今の好況になったわけです。
 私、率直に言うと五年後に修正しなきゃならない問題だと、この年金は五年おくれているんです。そういうことで、給付とか財源というのは何とか調達しなきゃいけないなという追われている状況ですね。どれが望ましいというものじゃない、払わなきゃいかぬから何とか集めなきゃいかぬ、そういうことです。したがって、先ほど申し上げましたように社会保険でやれるところまではやっていく。しかし国民年金で果たして将来一万三千円というのはやれますか。それから厚生年金
で、六十五歳にしても二〇幾つでしょう、六十歳でいったら三〇%です。できますか。国税あり地方税あり、厚生年金、健保、失業保険、これ全部サラリーマンの天引きですよ。そんなことをしたら七割取られちゃいますよ、絶対に活力を失います。私はどんなことがあっても四割が防御ラインだ。四割でも高いのですけれども、そこまで防ぐということをまず念頭に考えていく。そうしないと若い者はみんな参っちゃいます。そういう意味では一つの仕送り論というのをお考えいただいて、そこからの財源ですよ。どうしてもなかったら探すよりしようがないですね。それには私は先ほどちょっと言いました目的税しかない。村上先生もおっしゃったように所得税の上に乗せるなんというのは不可能です。そうすると、いろいろ論議されている付加価値税、あそこしかないんです。それを社会保障の目的税にもらう、それならまだ国民も納得できると思います、かつてガソリン税によって道路がよくなったように。一般会計からじゃ絶対できないですよ。
 私が一番恐れることは、よくすることよりも減らすときに――私、大蔵省をずっと持っていましたからよくわかるのですけれども、財政がぎりぎりになりますとしようがないのでぶった切るわけです。そうすると、先ほども村上先生もおっしゃったように、ドイツでも最後はスライドを切るわけですね、一年見送るとか、あるいは半分値切るとか。こういうことをやると社会保障に最も反するのですよ、弱者が泣くのです。だから今のうちにきめ細かくやっていくということ。どうか僕は、むしろお願いなんですが、皆様方の力で目的税を社会保障財源に別枠でとる、そういう運動をこれから二年間一生懸命やっていただきたい、そういうふうに思うわけです。
 以上で、どうも失礼しました。率直に申し上げたので、これはメモ風に言っているわけでして余り体系はありませんが。
#23
○参考人(島田とみ子君) 国が年金の給付について応分の負担をすべきかどうかという御質問でございますが、私は、社会保険制度は国家が管理して運営されております、したがって、その国としての責任を担うという意味でやはり国がある程度負担をすべきである。しかし、その割合が今度基礎年金の三分の一というところで非常に減ってきたということはございますけれども、そういう新しいやり方については随分減らしたものだという感想を持っております。ただ、先ほど村上先生がお話しになりましたように、外国では一三、四%の国もある。これをどのくらいにすべきかということは、何%ということは一概に言えないのではないかというふうに考えております。
 それから二番目の御質問の、年金の引き上げは物価スライドではなくて賃金のアップに合わせて賃金スライドにすべきではないかという御質問でございますが、これは私はそのとおりだと思います。今は五年ごとの見直しによって年金の賃金スライド的な態様がとられておりますが、労働者の賃金が上がっていくのに年金受給者はその見直しの時期を待たなければアップしない、底上げができないというのは非常に不合理であると考えております。ですから、ぜひとも賃金スライドというものを実現すべきだと思っております。
#24
○参考人(中根康二君) まず国庫負担の問題でございますが、私どもは審議会の段階から、できるだけ現行の二割の国庫負担を維持していただきたいというお願いをいたしておるところでありまして、財政的に厳しい状況にあるということは理解しているわけでありますが、今後も最低限二割は維持をしていただきたいというふうに考えております。
 それからスライドの問題でございますが、これは私ども労働団体としましては所得保障的な意味もある年金である関係上賃金スライドが望ましいというのは従来からの主張でございまして、現在でも変わっておりません。
 以上です。
#25
○高杉廸忠君 せっかくの機会ですから村上先生にお伺いをしたいと思うんですが、聞き及んでおりますように、政府は全国民共通の基礎年金の五万円、これを老後生活の基礎的部分と説明しているのですね。その額は御承知のとおりに四十年の加入で初めて五万円を手にするわけです。ところが当委員会の審議でも明らかなように、四十年加入の後になっても二五%ぐらいの人たちが五万円にならない、要するに保険料が払えない状態というものを予測できる、また見込んでいるわけですね。そこで、このことは今もそれぞれの参考人の方からもお話がありましたが、私どもは現在の社会保険方式のこのことは見直しをすべきである、こういうことだと考えるのです。
 そこで、村上先生のお話で、こうした状況でもなおかつ社会保険方式というものでいくべきだ、こういうようにお考えなのかというのが第一点。第二点は、先ほどのお話の中に将来国民的合意をもってというような前提で目的税というようなお話がありました。そうなりますと、先生がお考えの将来というのはどの時期を見ておられるのか。あわせましてこの問題二つの点でさらに御意見を伺いたいと思うんです。
#26
○参考人(村上清君) ただいま御指摘のところはまことに適切なポイントだと思います。おっしゃるように社会保険方式をとっておりますから、言葉が悪いのですけれども何かの事情で掛金をしなかったというふうな方がありますとその分は年金が削られるとか、あるいは何かの事情で四十年に満たない、そのために満額にならない人が出るということはこれはあり得ることでございます。やはり基礎年金に社会保険方式をとっておりますイギリスの場合にも標準額はあるのですけれども、もし拠出しない期間があったら比例的に減額するという仕組みになっておりますので、これは全く同じでございます。そういう意味で、だれにでももうきれいに、五万円がいいか四万円がいいか四万五千円がいいか、これはまた議論のあるところですから言えませんけれども、もうひとしく公平に出す。本当の意味で完全な等しい皆年金というのは税方式がきれいな形でできるわけですね。そういう意味では私、大変魅力があるのだというふうに申し上げました。ただ、現在の時点でできない理由は既に申し上げましたので、これは繰り返さないことにいたします。しかし、これも私の話の中で申し上げたかと思うんですけれども、将来的にはこれは今、久野さんがおっしゃっいましたことと重複いたしましょうか、所得税あるいは保険料ではなかなか負担し切れない。その分を目的税なり間接税に変えたからといって負担が減るわけではないのですけれども、少なくとも負担感といいましょうか、そういったような面では多少変わってまいります。
 そこで、もしみんなの合意があり、例えば率直に申し上げますれば間接税は悪い税だという意見もあるわけです。ごく金持ちが使うものだけにかければいいんですけれども、これだけの膨大な税だったらみんなから払っていただきますとどうしても逆進的になるというふうな声もございます。それから通常の場合、税が乗れば物価が上がりそれだけ実質賃金が下がる。その下がった分を甘受してもらわなければ財源がわいてこないわけなんですから、そういった理解が十分できるならばこれは一つの選択だと思います。他の国を見ましても、実は付加価値税とか間接税の目的税を使って基礎年金をやった国は一つもございません。ヨーロッパの場合には付加価値税が随分あるのですけれども、これは一般財源を潤して、間接的に国庫負担に回るかもしれないのですけれども、ダイレクトに結びつけた例は一件もないわけですね。一つだけ試みたのが、アルゼンチンが数年前にやりまして、これも若干結びつきが緩やかなんですが二年でやめてしまいました。もしやるとすれば日本が初めての試みでございますから、大変私は魅力のあることだと思うんです。しかし、それだけに十分な理解と納得がないと非常な混乱を巻き起こすことでございますので、その辺の十分な御理解があれば、例えば今後基礎年金の国庫負担分が三分の一でなくて二分の一にすることができる。これを上げていけば税方式にだんだん近くなって
くるわけですね。そういったような将来の選択は一つの方法として十分検討の余地があるというふうに考えております。
#27
○高杉廸忠君 それじゃ年金に造詣の深い村上先生ですからさらにちょっと深く掘り下げてみたいと思うんですが、先ほども申し上げましたとおりに、政府は五万円四十年間ですよと。これは最高が五万円で、五万円もらえる人が全部じゃないわけです。そうすると必ずしも老後の生活保障を全体にできる年金になっていない。基礎年金といえどもそういう状態である。しかも四分の一ぐらいの人はもらえない状態というのは現に予測をされる。となりますと、その辺にちょっと矛盾があるのじゃないかというのが一つ。
 それから、先ほどもスウェーデン、カナダの例を挙げて御説明いただきましたが、しからば外国で基礎年金の四十年間という長期にわたる期間を持っている国があるのか、恐らく私の記憶では半分、二十年ぐらいが大体妥当な期間と見ているのですが、その辺例があったらひとつ教えていただきたい。この二点について。
#28
○参考人(村上清君) まず第一の受給要件なのですけれども、社会保険方式をとります国、例えばイギリスのような形になりますとどうしても日本と同じような仕組みにせざるを得ないだろうと思うのです。というのは、そうしなければ掛金をサボってしまうわけですね。しかし税方式の国はもう四十年なんという国はございません。十年とか十五年間居住していて例えば税金を払ったとかいうことでひとしくもう六十五になれば払うというのが普通でございますから、これもおっしゃるように税方式の魅力であるということは私も感じております。
 それから五万円が妥当かどうか、生活の保障ができるかどうかということなのですが、これも基礎年金というのは一体何だろうかということですね。基礎年金というのは、私の理解でも、それから他の国の例を見ましても、基礎年金があったらそれでみんなが生活できるという水準にはなっていないと思うのです。もしそうであったら公的扶助は要らないはずです。ところがアメリカでもイギリスでも公的扶助というのは依然として残っております。例えばイギリスの考え方でいきますと、基礎年金というのでしょうか、それはみんながある程度努力するのだけれども、自分の努力だけじゃとても無理だから相当な土台をつくり、あとちょっと努力すればそれで生活ができる、したがってその個人の努力ということも前提につくってあるわけなのですね。しかし実際には努力しない人もおります。何かの事情でできなかった方もおります。そのために補足年金、これは公的扶助というと言葉が悪いものですから名前をかえたのですけれども、補足年金というものがございまして、これは所得に応じて、つまり本当に貧しいと言って手を挙げればある程度のお金が出るわけでございます。日本と欧米と違いますのは、日本では公的扶助は年金の中に入らないのです。
 欧米では幾つかの仕組みがありまして、例えば基礎年金とか社会保険とか公的扶助方式も一つの年金に数えられております。つまり最後のよりどころですね。日本では余りそれは歓迎されない言い方になりますから余り言わないことにしておりますけれども、しかし基礎年金というのはやはりそれでもってみんなが生活が維持できるものではなくて、本当の土台の部分、そしてやはりだれしもある程度の努力はするし、不幸にしてできなかった人は別の道がある。社会保障というのは、私はみんなのニーズの公倍数ではなくて公約数ですね。本当に共通の土台の部分をくくって、公倍数にしたらこれはとても成り立たないことでございますから、そういう意味では不満が出るかもしれません。しかし一方、保険料を負担する人からもこんなに高い負担という不満もあるわけでございますから、両方の不満がまあまあというところで世代間で納得できるところが妥当な水準ではないかというふうに考えております。
#29
○糸久八重子君 それでは村上参考人と中根参考人にお伺いをさせていただきます。
 ただいまの五万円の基礎年金のことでございますけれども、これは生活する云々については別なのですけれども、諸外国の例に比べると五万円というのは大体妥当な線ではないか、そうおっしゃったのですけれども、ただいま高杉委員から申し上げましたとおり、五万円というのは四十年掛けて最高五万円なのですね。ですから五万円の満額もらえる人はどのぐらいいるか、これは割合に少なくなると思うのです。といいますのはどういうことかといいますと、今大学の進学率というのは三五%です。順調に大学四年を卒業して二十二歳です。そうしますと、六十歳の定年まで勤めたといたしましても、これは三十八年しか掛けることができないわけですよ。そうなりますと、やはり基礎年金の五万円というのはその三十八年ではもらえないわけです。もっと少なくなるわけです。そういう意味からいうと、この基礎年金の五万円というのは、四十年掛けて五万円というその四十年という年数、それについては少し問題があるのではないかと私は思うのですけれども、その辺の御意見をお伺いさせていただきたいと思います。
#30
○参考人(村上清君) 今四十年で五万円というお話ございましたが、実は二十五年でも五万円出るわけです。つまり今度の改正の時点でもう六十歳になってしまわれる方、この方は二十五年しか納められませんから二十五年で五万円出るわけです。つまり、今度の仕組みの考え方というのは、現役で納められる期間はとにかく全部納めてください、そうすれば標準的な場合には五万円出るということだと思います。つまり、そういう意味では大変不公平なんです。二十五年でも四十年でも同じというのは。これは考え方といたしまして、そこから集めた財源というものは賦課方式でそのときのお年寄りにみんな約五万円ずつ上げる、つまり、現役のときにそういう親孝行に参画した人はそれ相当な年金を老後にも出すし、親孝行しなかった方は若干は減らしてくださいということだと思うんです。それで私は、もし政府がみんなに確実に五万円上げますと言ったらこれはうそだと思うんですね。しかし、約五万円ということだと思うんです。五万円という数字に別に私は魔術があるというふうなことは考えないんです。つまり、四万九千円だから全然意味がないのだろうかということです。
 それから、今度の改正案で私の記憶しておるのでは、例えば二十二、三で大学を出ますと二、三年足りないのですけれども、しかし今もう六十で引退なさる方がいるだろうか。私ももう六十でございますけれども、まだ数年働くつもりでおります。それから六十から六十五の間は任意加入という形で拠出もできることになっていると理解しておりますので、自分が努力すれば四十年の要件は満たすことはそんなに困難ではないのじゃないかというふうに考えるわけでございます。
#31
○参考人(中根康二君) 私もこの四十年加入の問題につきましては、先生がおっしゃいますように、大学を卒業した場合、六十歳定年ということであれば厳しい面がありますので矛盾があると思うわけでありますが、いわゆる大学生の間で、衆議院の段階でございましたか、払える人があれば任意加入も認めるのだというようなことも言われておりますので、そういう弾力的な運用をする中である程度処理できるのかなというふうに感じているわけでありますが、完全に経過措置が終わるのが、私の記憶では現在四十三歳ぐらいの人以降経過措置がゼロになりますので、それまでに運用を眺めながらこの問題についてはもう少し突っ込む必要があるな、そんなふうに考えております。
#32
○糸久八重子君 それでは中根参考人に続けてお伺いいたしますけれども、労働組合の組織の現場では今回の年金制度についてどのぐらい理解されて検討されているのかということと、それから現場の生の声としてはどういう点を特に問題にしているのか、お伺いさせていただきます。
#33
○参考人(中根康二君) どのぐらい理解されているのかということにつきましてはなかなかお答えしにくいわけでありますが、少なくとも私どもと
いたしましては可能な限り文書と、それから我々が出向くことによって直接説明をし理解を求めております。ただ、現場の声といたしましては、やはり我慢しなければならない階層がいるわけでありますから、もう少し高くならないのかという要望があることは事実でございますが、負担のことも考えながらその辺は話をし、理解を求めなければ仕方がないなというふうに考えております。
#34
○糸久八重子君 島田参考人にお伺いをさせていただきます。
 被用者の保険の場合ですと死別の場合には遺族年金が出るわけですね。しかし、生別、つまり離婚の場合には結婚中のその期間についての保障がないわけです。そういう場合には一体どうしたらよろしいとお思いでしょうか。それが一点です。
 もう一つ、あと遺族年金のことなんですけれども、共働きの妻の場合には夫の遺族年金か、それとも自分の老齢年金のいずれかを選択するということになっているわけですね。女子労働者の場合の賃金というのは今非常に低くて、男性一〇〇に比べると五二・二%と今言われているわけですけれども、そうなりますと自分の老齢年金か夫の遺族年金かというと、夫の遺族年金が高くてそちらを選択する方が多くなるのではないかと予想されるわけですけれども、そういった場合に、御自分が働いているときに掛けた御自分の保険料は掛け捨てになってしまう。その辺はどうしたらよろしいとお思いでございましょうか。
 その二点についてお伺いいたします。
#35
○参考人(島田とみ子君) 最初の離婚した場合に遺族年金がもらえないという問題でございますが、かなり外国でも実施されている制度は、離婚した妻は前の夫が亡くなったときにその遺族年金を現在の妻と前の妻が分けるというふうなことをやっております。そういった措置をとる、まあ年金の分割と申しますか、そういう年金の分割方式というものを先ほど申し上げた二十一世紀の社会保障という報告では非常にはっきりと打ち出しております。日本でも生別母子家庭の場合非常に生活が苦しいですから、しかも遺族年金というのはないのだということで、そういうお母さん方がよく訴えておられます。ですから、そういう方々ももしそういった遺族年金の分割というふうな制度ができますと非常にいいのじゃないかと思います。つまり自分の年金のほかに、そういう結婚期間に比例した年金を前に一緒に暮らした夫の分をもらうということになるわけです。こういう制度は我が国でもやはり取り入れる必要があると思います。
 二番目の、厚生年金の加入者である女子労働者が共働きである、そして老年になって夫が先に亡くなった場合にその年金はどちらをとるか、つまり今度の改正案によりますと、夫の老齢厚生年金の四分の三をとるか、あるいは自分自身の老齢厚生年金をとるかというそういう選択をすることに改正案ではなっておるようでございます。これはかなり厳しいと思います。というのは、夫の老齢厚生年金の四分の三の方がしばしば高いですからそちらをとります。そうしますと自分の老齢厚生年金はもらえない。結局、二十年かあるいはそれ以上働いて積み上げてきた自分の厚生年金の権利というものはゼロになってしまう。つまり働かないで家庭にいた奥さんがもらう遺族年金と実質的には同じ形になってしまう。これが今働く女性の間ではやはり非常に問題になっているところでございます。
 同じようなことがアメリカでも起こっているようでございます。というのは、アメリカでは家庭の主婦はソーシャルセキュリティー、つまりアメリカの公的社会保障年金に加入できないわけでございます。夫の年金をもらう、年金の加入によって権利が発生する、そういうことになっておりますから、アメリカの主婦は夫が死にますと、子供がいない場合は六十歳以上でないと遺族年金はもらえませんが夫の年金の一〇〇%をもらえる、そういう制度です。そうしますと、今度は働いていた奥さんは夫の年金の一〇〇%の遺族年金を選択するか、それとも自分の老齢年金をとるかということになって、結局夫の年金の一〇〇%をとる方になってしまう。こういう制度がアメリカの働く女性の間では怨嗟の的になっておりまして、向こうの文献を読んでおりますとしばしば言及されております。先ほど村上先生がおっしゃったアーニングシェアリング、所得分割という方法によってそういう問題をなくそうという考え方がはっきりと出てきているわけでございます。ですから、我が国ではこういう問題に対してどうするべきか、今度の改正案はどうするべきかということですが、イギリスの場合は、所得比例年金は、夫が死にますと妻は自分自身の所得比例年金とそれから夫の所得比例年金の両方をもらう、そういう制度になっています。これは掛金に対する給付という考え方だろうと思うんです。ですから、少なくとも我が国でも夫の老齢厚生年金の四分の三をあわせてもらう、妻が自分の老齢厚生年金を放棄しないで夫の老齢厚生年金の四分の三をあわせてもらう、そういうふうな改正ができないものだろうかと考えております。
#36
○糸久八重子君 それでは村上参考人にもう一度お伺いしたいのです。
 先ほど、アメリカの場合には所得分割ということで、夫の所得を二つに分けてそしてそれぞれが払うんだと、そうおっしゃいましたね。そのことと、それから今度の年金法のサラリーマンの妻の場合にはちょっと違うのじゃないかと私は思うんです。といいますのは、先ほど島田参考人の方からもお話があったのですけれども、日本の場合には大体保険料が一二・四%、それがサラリーマンの奥さんで家庭にいらっしゃる方ですね、無業の奥さんを持っていらっしゃるサラリーマンの方は一二・四%払うわけです。そうすると共働きの御夫婦の場合には夫も一二・四%、そして妻も一二・四%それぞれ払うわけでしょう。そうしますと、やはりサラリーマンの無業の妻というのは御自分の分は払っていないのですよ、夫が一二・四%払うだけですから。ですから、その一二・四%のうちの基礎年金がどのぐらいのパーセントになるのかわかりませんけれども、もし仮にそれが三・四%程度の基礎年金部分があるとしたなら、当然それが三・四%が無業の妻、外で働いていない妻を持っているサラリーマンの場合には一二・四%にあと三・四%足して一五・八%の拠出金を出せばわかるんです。しかし日本の場合にはそうではないようですね。ですから、やはりそこに不公平が生ずるだろう、そういうことなんです。その辺はいかがでございますか。
#37
○参考人(村上清君) まずアメリカの説明が大変舌足らずでございましたのですけれども、アメリカでは夫が働いて奥さんがうちにいます。そうすると保険料を払うのはもう日本と同じなんです。夫が給料の何%か払うわけです。ただ年金の権利の記録では、例えば夫が三十万稼いでいたときに、実は十五万、十五万稼いだ人が二人いたという形で年金に記録を積み上げていくんです。それで、おのおのやめたら一人一人権利として払ってやるわけです。ですから保険料の負担の仕方は日本と同じだと思います。ただ、アメリカは半分になるし、日本は半分でなくて基礎年金が奥さんに行くという点ですね。
 それからもう一つ、単身者と妻帯者と年金の保険料が違うというのはおかしいじゃないかという感覚もあるかもしれないのですけれども、例えば外国の例では、今一般的には同じ保険料を払っても奥さんのいる人は五割増しというのが普通でございます。例えばアメリカもそうですね。それからイギリスは六割増し、同じ保険料で。つまり生計のニーズということを考えるわけです。西ドイツはこれは妻がいようといまいと同じでございます。これは何か労働の対価という思想なものですから、奥さんがいようといまいと働いたのが同じだから年金は同じだよという考え方なんです。しかし、どっちかというと、社会的なニーズにウエートを置いた国の方が多くて、現役のときには負担能力に応じて保険料を払うけれども、老後一人と二人だったらやっぱりこれは二人の方が余計お金がかかりますので、五割増しとか六割増しと
いうのが普通でございます。
   〔委員長退席、理事佐々木満君着席〕
 ただし、今多くの国はその五割増し六割増しを妻の名義にしてないのですね。日本のは一万五千円の加給もついているけれども、これは妻の名義じゃないから離婚したって持っていけないわけです。今度ははっきりそれを、まあ金目は五割ぐらいになりましょうか、妻の名義にしておいて妻に分けてやろう。それからアメリカの所得分割も、最初から妻の名義にしておけば離婚に伴う問題もなくて済むというふうなことで、その案を考えているわけでございます。
 よろしゅうございましょうか。
#38
○糸久八重子君 あとは政府に伺いましょう。結構です。終わります。
#39
○中野鉄造君 きょうは参考人の皆様方、大変御苦労さまでございます。私、今から六名の参考人の皆様方にお尋ねいたしますけれども、お答えはもう簡単に、簡潔でよろしゅうございますのでひとつお願いいたします。
 今までもういろいろと質問もされましたので、私は、極めて国民の皆さん方が感じていらっしゃることを代弁したような立場からお尋ねしますけれども、今回のこの改正案というものを見てみますときに、国年加入者という人たちに対していま一つ配慮がちょっと足りないのじゃないかという、そういう気がするわけです。と申しますのは、国年加入者は、傾向としては社会生活の面で見た場合に、いわゆるピンからキリまでこの中には属していらっしゃるわけですけれども、しかし、その中でも特に低所得者あるいは無収入者、そういう方々も入っているわけでして、しかもその方々が仮に収入があったとしても極めて不安定な収入というような方々も多いわけなんですが、そういった意味から、今申しますようにこの国年への配慮というものが今回の改正案では、厚年と比較した場合にちょっと欠けているのじゃないかというような気がしてならないのですが、この点について参考人の皆様方、池末さんから順にひとつお答えをいただきたいと思います。
 それに加えて、これも第二点として皆さん方に一言ずつお願いしたいのですけれども、先ほど久野参考人もおっしゃいましたように、構造的に無年金者をつくり出すような結果になるのではないかと。こういうような四十年という長きにわたっての多額の掛金を掛けてやっと五万という、こういうようなことから、結果的にはそういう無年金者が続出するのじゃないか。まあ無年金者とまではいかなくても、結局掛けられなかった、掛けおおせることができなかったというような人たちが続出して年金財政をさらに厳しくしていく。そして一方では、最終的には先ほどもちょっと話が出ましたように、公的扶助といったようなことで救貧的財政支出の面で非常にそういう支出が増幅していくのじゃないかと、こういう気がするわけですけれども、これを第二点としてお聞きしたいと思います。
 さらに加えて、村上参考人だけにはもう一点でございますけれども、最近個人年金、すなわち郵便年金だとかこういったようなものと国年を比較した場合に、国民の皆さん方に個人年金と公的年金の性格的な違いだとか、そういったような理念だとか、そういうことをどんなに説明してもなかなか理解しがたいところがあるわけなんです。
   〔理事佐々木満君退席、委員長着席〕
 そこのところにもってきて、最近生命保険会社あたりで売り出される予定になっております夫婦年金ですか、ああいったようなものを見ますと、ますます国民年金に対する魅力が薄れて、いわゆる国年離れというか、こういうようなことに拍車をかけるようなことになるのじゃないかという懸念もあるわけですけれども、この点、村上参考人、加えてひとつよろしくお願いいたします。
#40
○参考人(池末美穂子君) ただいまの二つのことが一体になったようなお答えになるかもしれません。
 確かに言われるとおりだと思います。特に低所得者の方たちにとっては大変厳しいものがあります。通院しながら一生懸命生活をやっています障害者の方など払っているわけなんですけれども、特に四十三歳以下の若い家庭の主婦などは、今まで入っていたのをやめて私的年金に切りかえているという話がありまして、私はどうしたらいいだろうかというような相談に来る方が何人かおりました。これは私は大局的なところがわからないで言っていますので、もし非常識でしたら取り下げていいのですけれども、先ほども言いましたけれども所得の低い方たちが申請免除を受けられます。それで三年間免除期間があれば一年間掛けていた人と同じというふうな扱いになるわけですけれども、そこのところの工夫ができないかと思うんです。低所得の方にとって掛金を安くするということはできないことなんでしょうか、それが一つの素朴な疑問です。あと最後は生活保護というのがあるわけですが、生活保護を受けながらも掛けているような人、無理しながら掛けているような人も中にはおります。国民の中に年金に対するニードといいますか、そこら辺がとてもあるなと思う反面、それは大変生活の負担になっているというこの現実があって、先生方の指摘されていますように将来的にこの負担、重圧ということが限度にきますとやはり滞納という形になって不利益が個人にいくのではないかと思います。検討の余地があるというか、ぜひ検討していただきたいと思います。
#41
○参考人(久野万太郎君) それじゃまた座ったままで失礼をします。
 その第一点の国民年金の加入者の問題、加入者といいますか水準の問題ですが、要するに月額五万円、四十年加入で五十九年度価額で月額五万円というのがどういう根拠かということの裏返しかと思いますので、私が政策担当者から聞いている範囲では、五万円を出すために二つぐらい考え方があったと。一つは生活保護、年金というのはやっぱり老後の生活給ですから、要するに今の生活保護の二級地ですね、御承知のように生活保護というのは一級、二級、三級、二級というのは大体岡山とか津とかそのあたりの規模だと思いますけれども、そこの水準が四万七、八千円ですか、だからそれよりもちょっと上回るというのが一つの根拠。それからもう一つは現行制度、先ほど村上さんがおっしゃったように現行制度の例の千六百八十円の単価、それにスライドをつけて、そうすると二十五年で四万七、八千円ですか、だからそれとの連続性、政策の連続、これは現実的判断ですね。この二つが働いた。だから四万円から六万円ぐらいまでいろいろ議論したのだろうと思いますよ。それで比較的丸い数字ということで五万円をとったんだろうと推測するわけです。
 それは一体どうかといいますと、二十一世紀の水準ですから五十九年度価額で、そうするとこれが実行する六十一年の段階は大体今の千六百円の数字が二千円幾らになりますね。だから二千円から月単価がスタートしているわけです。御承知のようにこの経過措置でずっと十五年間月単価を下げているわけですから、だからそういう配慮はしてあると思いますから、私はそれほど抵抗感がないのですけれども、将来、これはこれでスタートしておいて、つまり月給とボーナスみたいな関係ですね。これ上げちゃうと非常にがたがたしちゃうものですから、これはこれでスタートしてやはり期待するのは将来の経済成長ですよ。つまり、うまく経済成長ができれば、例えば実質五と考えたら、あるいは四ぐらいでしょうか、今それを六とか七とかがうまくやっていければその結果は当然自然増収がふえてきますし、そういうことからうまくいったらこれをもっとナショナルミニマムを上げていく、そういうふうな政策配慮といいますか、あるいは政府に対する注文といいますか、一つの僕は知恵だと思います。つまり先のことは、こういう状況の中でなまじ約束したってできないと僕は思いますよ。先ほど来申し上げているように大変な時代に入っていくわけですから。だから、そういうできないことの空手形をとってどうのこうのと言うよりも、むしろこうなっていったらこれをこっちへ回せ、そういうふうな話し合
いといいますか、私はその方が現実的かつ実のある方向ではないかとひそかに考えているわけです。それでひとつ御勘弁いただきたいと思います。
 第二点はもう先ほど申し上げたとおりでございまして、私の場合は省略さしていただきます。
#42
○参考人(島田とみ子君) 国民年金の今度の改正案による新しい水準が非常に第一号被保険者にとっては厳しいものではないかという、そういう御指摘でございますが、私もそのとおりであると思います。厚生年金加入者はまだ所得比例部分がございますから、そして厚生年金加入者の場合にはちゃんとした俸給とかボーナスとかをもらって老後に備えることはできる人が多いと思いますけれども、一号の場合はそうではございません。このいわゆる自営業者等のことを考えましたときに、この年金改正案を読みまして私はすぐに思い浮べたのは貧しい老後を迎えているひとり暮らしの老人、そういう人たちが五万円になるかならないかの年金ではもう暮らせない、結局は生活保護を受給する、そういったことをふと考えたわけでございます。非常にそういった低所得の人に厳しい年金になってしまったということは、高齢者の生活に階層ができると申しますか、現在既にそういう階層があるわけです、いろんな調査によりますと。例えば官公庁の労働者と大企業の労働者、そういう人たちが迎えた老後というのは年金が十数万円に企業年金があるとか、それから退職金があるとか、つまり現役時代の豊かさというものがやはり老後生活を既定します。そういうものがないのが一号被保険者である。そういう何か一番下の方の救済ということに今の日本の社会というのは余り力を入れてないような感じがいたします。そういう貧富の格差というものを老後においてつくっていくというのはまことに残念なことだと思っております。
 それからもう一つ、五万円というのがどうかという御意見がいろいろございましたけれども、私一つ申し上げたいのは、先ほど村上先生が、ほかのイギリス、スウェーデン等の基礎年金が四万五、六千円あるいは四万七千円ぐらいであるという御指摘でございました。スウェーデンの物価は私は知りませんけれども、イギリスとかアメリカなんかの物価と日本の物価を考えた場合に、日本は食費がかなり高いのです。それと電気、ガス、水道等のパブリックユーティリティーと申しますか、そういう値段がアメリカなどより電気などは随分高いと思います。それと住居費がかかります。ですから、一概に金額で比較して五万円が外国よりも少し高いじゃないかというふうなことは言えないのじゃないかと私は感じております。
#43
○参考人(中根康二君) 国民年金に今加入しておられる方は今度は基礎年金になるわけでありますが、その水準が高いか低いかということにつきましては私も決して高いとは思っておりません。私どもサラリーマンの場合にはその上に報酬比例部分がつきますから、下を上げれば上をある程度すぼめて全体としてはやはり六九%ぐらいに抑えるべきではないかなという考え方を持っております。ただ、国民年金の水準を上げる場合、私どもから見ました場合、果たして保険料そのものの負担が公平かどうかということに若干疑問を持ちます。よくトーゴーサンなんかと言っているわけでありますが、今国民年金が定額であるということから定額の保険料を納めているわけでありますが、定額とはいえある程度所得に応じて、国民健康保険ほど幅の広いものでなくてもいいとは思うわけでありますが、保険の負担のあり方も若干考慮しながら水準の引き上げというようなことであればいいのではないかな。やはり社会保険ということである限り柱はやはり私は保険料が中心をなすべきではないかな、そんな考え方を持っております。
#44
○参考人(春山明君) 御指摘の第一点についてはそのとおりだと思っております。国民年金について毎月六千二百円の保険料を払って、給付のときにはほとんどの年寄りが二万円台。昨年五十九年の厚生省の財政収支計算書によりましても、これから十年間ほぼ平均すると七百万人以上の国民年金、老齢年金受給者が二万円台の給付しか月に受けられない。これはやはりもっともっと基本的なところで考え直す必要がある問題だというふうに考えております。
 また、第二点の問題につきましても、おっしゃることだろうと思っております。私は気にして、気にしてというよりも大変関心を持っております一つは最近のパート労働者の増加、短時間雇用労働者の増加、それから先ほどもちょっと申し上げました労働者派遣法案によりまして、どの事業でもすべての労働者を対象に派遣することが可能になるなどということで雇用の不安定化が進行する。ちょっと言葉が悪いのですが、そういう一種の流民化政策みたいなものがあるとするならば、今後の無年金者の創出というのはちょっと想像以上に広がりそうな気がしております。労働省が昨年調査した派遣事業の実態の結果を見ましても、また、現にパートや臨時日雇い、社外工で働いている労働者の年金制度への加入の状況を見ましても、また、五人未満以下の事業所の内容を見ましても、おっしゃるとおりの懸念が相当強いというふうに思います。
 以上です。
#45
○参考人(村上清君) ただいま御指摘の問題は、私、率直に申し上げて日本の年金制度で一番難しいところであろうと思います。これは私が難しいと言うだけでなくて、先般来島田先生も御引用なさっているILOの報告書の中でも、国民全体に年金を及ぼすことの難しさというのが、彼らが本当に苦労して考えてもうまい解決がなかなかできないということなんです。
 年金制度というのは大体においてサラリーマンから始まりました。サラリーマンだけ対象にしているうちは割合に簡単といいますか、比較的仕組みもあるいは財源調達もまあまあやっていかれる。ところが国民全体、皆年金ということになりますと、所得のない人、それからほとんどない人、あるいは捕捉できない人もいるかもしれません。こういう者を全部まとめて年金の体系の中に盛り込むということはまことに至難のわざでございます。
 そこで二つの選択があります。一つは放棄してしまうことですね。例えばアメリカなどは皆年金に近いけれども、しかし働き手しか入れておりません。つまり収入のある人を入れて、そこからお金を払わせて、それで老後は年金を出すということです。皆年金にならないわけです。西ドイツもそうですね。皆年金ということをしない方法です。
 それからもう一つはスウェーデンとか、イギリスも若干そうですけれども、国民に広げていって、とにかく基礎的なものをつくって国民全体を入れようということですね。日本はこの困難な道を選んだわけです、昭和三十六年。当時の記録、小山進次郎さんがお書きになったのを拝見しますと、将来に向かってもう完全に安心した見通しで発足しておりません。非常な困難というか、難し、さを抱えた、しかし日本はやっぱり皆年金にしなきゃならないんだということでやったのでしょうね。だから、あのときに非常に逡巡いたしましたら、恐らくいまだに国民年金さえなかったのじゃないかと思います。そういうふうな難しい問題でございますから、私は一つには税方式というのは大変魅力があるということはそういうことですね。
 それからもう一つは、今度の改正でも自営業も全部ひっくるめまして所得比例で保険料を取ってやればいいじゃないかという、そういう考え方は他の国にもあるわけです。しかし、これはやはり、これも今中根さんのおっしゃったことに触れるかもしれないのですけれども、そういったような案に対してはどうもサラリーマングループから言いますと、税というのはどちらかというとサラリーマンが余計に負担する、あるいは所得の捕捉率も違う。そこで所得比例で取る。すると国民年金に入っている方で納めない方も随分出るのだろうと思うんです。それとサラリーマンとごちゃまぜに
していいのかなというと、これはちょっとやっぱり今の段階では合意が得られないと思うんです。そういうことから考えますと、将来税方式の要素をある程度考えるとしても、一体じゃどういう負担がより公平であるか。どの負担も欠点がありますけれども、比較的欠点の少ないものを見つけながら考えていくということではなかろうかというふうに思っております。
 それから二番目の年金額の点は触れましたので、省略させていただきます。
 三番目の個人年金の問題です。これは私もしばしばそういうことを聞いておりますし、本当に遺憾なことだと思っております。それで、これはもう何というのでしょうか、家庭の主婦の方のような場合に、高邁な理論を言ったり仕組みをどうこうとか、賦課方式とか積立方式なんて言ったってこれは全然通じませんで、やっぱり損か得かということになってしまうわけですね。損か得かという議論はしばしば審議会とかそういったところでも受けるのですけれども、本当言って率直に比較できる問題じゃないです。公的年金は将来的には賦課方式といいますか、世代間の移転になりますから、いわば積み立てない、利息のつかない計算になる。しかし、経済成長があればそれに応じてふえる。一方、個人の貯蓄、貯金はただの貯金でございますから利息がつく。何十年もの将来というのはわからないことなんで、どっちが損得ということは意味のないことだというふうに考えております。
 私はいろんな場でお話しする機会には、はっきりと申し上げておりますことは守備範囲が違うということですね。公的年金、特に基礎年金は生活の一番基礎的な部分です。これは世代間の順送り扶養といいますか、親への仕送りなんですから、損だから親孝行をやめるというわけにいかないわけですね。やはりやってもらわなければ困るわけです。それから本当を言いますと実は全然損じゃないのです。よく年金というのは何か国でやるから得になると思いますけれども、それもうそですね。だれかから取ってだれかに払うのですから、全体で見れば損得ないはずです。ということは、得もないのですけれども損もないのです。だれかが損すればその分はだれかが、老齢者とか遺族とかが利益を受けているので、その振りかえ、再配分が妥当かどうかということだと思います。そうして守備範囲が違うのだということを十分理解してもらいたいと私は念願しております。
 それから最後に、そういうことの緩和の方策なんですけれども、国庫負担が入っているということですね。個人の貯金には国庫負担はございませんし、あるいは労働者の場合ですと三者負担というふうな形は全部足せば同じことですけれども、しかし、何となく心情的には納得できるような財源調達もそういう意味では十分に考えなければいけないことだというふうに考えております。
#46
○委員長(遠藤政夫君) 中根参考人に申し上げます。どうぞお引き取りくださって結構でございます。
#47
○安武洋子君 共産党の安武でございます。きょうは参考人の皆様どうもありがとうございます。
 まず最初に私は春山参考人にお伺いをしてまいりたいと思います。本法案では老齢厚生年金につきましては六十五歳支給、これは本則としております。附則で当分の間は六十歳支給、このようになっております。お話の中に出ておりました国家公務員、地方公務員の共済組合法等改正案、これも同じような仕組みになっております。「当分の間、」というのは容易に変えられそうでないというふうなお話も先ほど出ておりました。しかし、私どもは年金の一元化と同時に支給年齢を六十五歳に引き上げてそろえるのではないか、そういう意図を示しているのではないかというふうに思っております。そういう点につきましてどのような御意見をお持ちでございましょうか、お伺いをいたします。
#48
○参考人(春山明君) 実は今度の年金法の改正案、法律が大変ややこしいので、私どもの方には多くの地方からの問い合わせがありました。したがって一冊のパンフレットをわかりやすくつくってみました。そのパンフレットに基づく学習がどのくらい行われたのかを一つのめどにしていただければと思うのですけれども、発行してから一カ月で全国から十数万部の注文が参りました、個人でもグループでも。その中での最大の問題の一つが六十五歳支給開始年齢というのは何かということでした。ですから厚生省は当分の間は六十歳ということで、将来六十五歳と両方にらみながら保険料の引き上げ率などについても提起をしているというふうに言いますけれども、多くの人はそれはそうじゃない、あれはもう六十五にするつもりだと、こういう受けとめ方でおりますし、その点について、もしそうでないならば段階的にも明確な区別をやるべきだったのではないかというふうに思っております。
 それから共済年金との整合性と言えるのでしょうか、そちらの方の問題なんですが、私は一元化とか統合とかというのが単なる組織いじりやあるいは制度間の共通の問題を中身抜きにして頭だけそろえるというやり方には賛成できないものであります。とりわけ官公労働者の場合の共済年金と一般の厚生年金とでは生い立ちからまたそこで働いている労働者の身分、賃金、労働条件などについてもさまざまな違いがありまして、例えば先ほど申し上げましたように労働基本権問題、団体交渉権、労働協約締結権あるいは団体行動権、ストライキ権というような労働条件決定の基本原則においての違いなどもありますし、あるいはまた、これは私自身が高度成長時代に人事院総裁をやっておられた佐藤さんというお亡くなりになられた方から聞いたのですが、公務員は高度成長時代は先憂後楽、低成長時代になるというと我慢我慢の臨調行革ということでいろいろな問題を押しつけられている例もございますし、また官民格差という言葉が安易に使われているのですが、私が承知している人事院の統計では高級の官僚の方々は別といたしまして、一般の公務員の場合は、特に現業部門や技能労働者の場合には民間の厚生年金水準を下回っている人が相当数いることも私ども承知をしているわけで、安易な統合一元化、民間が六十五歳になる、だから官公労も五十五から六十にして、六十からできるだけ早い機会に六十五というふうなのを是非を論ずるというのは、ちょっとまだ時期的にも不相応なのではないかという感じがしているところです。なおまた共済年金法の改正に当たりまして、当事者であり、現に毎月多額の掛金を出している労働者の意見を具体的に聞く機会を持たないまま、国家公務員共済組合審議会が強行したことを新聞でも読みまして、当事者の意見を大事にしないまま形の上で今度の国民年金法等改正案の中身に寄せていくというやり方には私は賛成できないというふうにも思っているところであります。
 以上です。
#49
○安武洋子君 では、皆さんにお伺いをいたしとうございます。
 婦人の年金権というのは本法案の目玉でございますが、サラリーマンの妻に年金権を保障することは私は当然であるというふうに思います。しかし、その一方で男女間に大きな賃金格差なり差別が残っているわけです。これを残したまま支給年齢と保険料、この男女の均一化、これが図られようといたしております。この点をいかがお考えでございましょうか。
#50
○参考人(島田とみ子君) 現実の働く女性の労働条件というものは、確かにおっしゃいますように、賃金は男性の五三%ぐらいであり、それから職種も限られていたり、いろいろ問題とすべきところが多いと思います。それから就職の機会というのも女性はとらないとか、あるいは昇進の機会が少ないとかいろいろございます。そういうふうな問題をやっぱり解決していくために男女雇用均等法案というものをこちらの委員会で御審議になっていると思います。そういった平等化への努力をしながら、一方では年金制度において男女の平等の処遇を実現するということが必要であり、今度の改正案でこういった六十歳支給とか保険料
率を同じにする、そういった改正案が出てきたことについて、まだ女性の労働条件がそこまで平等になっていないのだから困ると言うことは私はできないのじゃないかと思っております。つまり、今度の改正でそういうふうな男女平等の制度に持っていくというのはもうやむを得ないのではないか。そして、ですからより一層雇用条件の平等を実現するための努力を片方でしなければならない。その場合に女性にとって残ってくる問題は、やはり子供を育てること、それから老人や病人の介護と、家庭責任というものがどうしても女性の肩にかかってきて、それが年金の加入期間を短かくする、結果的には年金を低くするという問題があると思うんです。それについては先ほど育児期間あるいは老人の介護期間は拠出期間とするようなそういうふうな方策をぜひとっていただきたいとお願いしたわけでございます。
#51
○参考人(池末美穂子君) 私の個人としての意見になると思います。
 深刻にきょうの討論を聞いておりました。私も共働きなんですけれども、自分自身が掛けていった老齢年金の額と夫の老齢年金の四分の三ですか、の比較をしたときに夫の方が高いということはもう明らかに女性の賃金の不平等さがそこにもあらわれているということで、これは大変残念だと思います。かといって、途中で何が起こるかわからないので掛けないというわけにもいかないだろうし、これはすごく難しいと思うんですけれども、全く実感から言いますと、働かないでずっと夫に養われていた女性と掛けてきた女性が全く同じということはどうにも腑に落ちない、何かそこから辺にほかのプラスを持ち込むことはできないかということを考えていただきたいと思います。
#52
○参考人(久野万太郎君) また座ったまま失礼します。
 最初の意見のときに申し上げたと思いますけれども、今度の制度は女性にとっては、まあ一言で言うと明暗を分かつといいますか、家庭婦人、主婦というのは非常に従来以上に、特にサラリーマンの妻というのは年金権が確立されたと思います。これは従来の課題を一挙に解決したと思うんですが、結局、先ほど来もちょっと出てましたけれども、どうやって妻の保険料というものと年金を結びつけたらいいか大論争です、大問題です。それは今までは任意であっただけ。これは昭和三十六年のときの土壇場のあの事実を思い起こせばわかるわけですけれども、やっぱり社会保障というのは任意ではいけないんですよ、基本的に。それで、まあそれは一応さておいて、それでとにかく主婦はまずこれでよくなった。離婚しようとどうしようと、そこは基礎年金を持って歩けるわけですから。
 今度は働く女性、これは非常に難しいところですが、要するに今優遇され過ぎていると私はもう率直に申し上げましょう、現行制度が。それは冒頭申し上げた夫は外で働き妻は家を守るという、そういう家族観に基づいてつくった設計だ。ところが、その最大の一つの問題は受給年齢ですよ。五十五歳、つまり二十歳から社会に出て五十五まで仮に働いたとしますね。そうすると三十五年。それから八十まで生きるわけですよ。三十五年働いて二十五年年金という、これはもう漫画です、はっきり申し上げて。そんなことはできっこない。したがって、どこまでやるか。まず第一案が六十歳。まあそれは戦術的には共済が先行してたからこうなったということもあるでしょうけれども。ですから、私はあえて言えば、女性は胸を張って甘受しなさいということです。それは先ほど島田さんがおっしゃったように。
 そうなると問題は雇用なんです。年金というのは単価掛ける期間ですから。雇用のためにもっと、僕はずっと言っている。年金というのは月なんです。雇用をよくしない限りはどうやったってだめです。それは非常に弱者の間はここで調整される。そういう期間はもう終わったのじゃないですか。一九八〇年代はまさに女性の時代である。だから本来のもとをもっとよくするために、この委員会でおやりになると思いますけれども、まさに雇用均等法ですよ。そこで、方向として実質平等を目指してこれはもう皆さん方が、私はずっとここ十年見てますけれども、やっぱり女性がやらないとしょうがないですよ。自分のことは自分で闘わないと。一つそういうふうに考えるわけです。だから、まあ一番配慮したやり方というのは、雇用の平等化をにらみながら女性の年金のあれを下げていく。ですから、ある意味で年金から答えは出ているわけですよ。十五年ぐらいかけて受給年齢をおくらせるわけですから、その期間賃上げ等で男女の賃金を合わせていくという、そういうことを皆さんおっしゃるべきじゃないかというふうに思います、率直なことを申し上げて。断っておきますが、私は本来フェミニストなんですよ。しかし、やはりフェミニストであるがゆえにこういうことをきちっとやらなければいけないというふうに思います。
#53
○参考人(春山明君) サラリーマンの奥さんの場合、あるいは主婦であってパートで働いている人、さらには実際に常用その他継続的に働いている御婦人、いろいろな方々がいらっしゃると思いますけれども、どの人々のをとってみても今の年金制度では、私が冒頭申し上げましたような基本的なものに内容としては達していないというふうに思います。とりわけ先ほどおっしゃられましたような婦人の場合には、男子との間で賃金の格差が二重三重にあるという中で年金の計算がされるという、そういう事態はこの年金問題よりももっと以前の基本的な社会問題として、実効ある男女雇用平等法の制定などを求める運動等もありますけれども、そういうような方向で正されるべきではないだろうかと思います。
 今大企業と中小企業の労働者の賃金格差が一〇〇対六〇前後、そしてさらに中小企業で働いている婦人の場合にはその中でさらに男子一〇〇にして婦人が六〇。そうしますと、実際問題としては大企業の男子労働者に比べれば五〇%を割るような低賃金の実情というのがあると思います。それからパート労働者の場合には、これは労働省が調べた結果でも労働組合が調べた結果でも厚生年金に入っていないという人の方がむしろ多かったとたしか思います。ですから年金権の保障という以前の問題としてそれらのことが現にあるのではないだろうか、こういうふうに思っているところです。
 それからもう一つの問題は大きな問題なんですが、男女の雇用平等ということとあわせて将来は年齢による雇用平等ということも考えなければいけないと思っているのですが、とりわけ婦人の場合にはM字型といいますか、若いときに勤めてから一回やめて子育てが終わってからまた外へ出るというふうな経過をたどるわけですから、それなりの特別な手当てというのを考える必要があるだろうと思っています。命を産み育てるというそういう大事な役割を持っている婦人が、男子と働いている期間がどうこう、あるいは働き口が狭いからどうこうということで差別を受けるようなことは好ましいことではないと思っていますし、政府が男女雇用平等法の制定を別にしましても差別撤廃条約の批准を早くされて、そしてその差別の撤廃に向けて具体的な歩みを進めるべきではないだろうかというふうに思います。婦人の男子との賃金、労働条件、雇用あるいは定年という入り口から出口までのすべてのところにおいて差別されている実態の是正を年金水準の引き上げとあわせて考えるということが大事だし、それは実は婦人だけの問題ではなくて、今のように、時間が長くなって恐縮ですけれども、男子の労働者の賃金がこの六年間で名目では三三%上がったけれども実質では全然上がっていないという総理府の家計調査の結果から見てもわかりますように、いろいろな面での負担を婦人がともにやらなければいけないような社会的な状況があるわけです。また、男女の平等が本当に実現する社会こそ民主的な社会だという立場からするならば、私ども男も、ともどもその婦人の差別的問題についてはあらゆる分野での取り組みを進める必要があるのではないかというふうに考えているところです。
 以上です。
#54
○参考人(村上清君) ただいま御指摘のありましたその女性の年金が低いという問題ですけれども、これは実は欧米でももうしばしば言われていることです。基本的にあるいはルールの上では平等なんだけれども実際には低いんだ。なぜかというと二つの理由が一般に言われております。一つは御指摘のように賃金が低いということ。それからもう一つは、これは島田先生御指摘の、男と違って一生働かない場合が多いわけですね、断続があります。その二つのためにどうしても年金が小さくなってしまうということなんです。
 この男女の平等問題につきましては、内閣の方に婦人問題推進会議というのがございまして、私もそっちの委員をやって、そっちでいろんなことをやっているのですけれども、実は私が参画するときに年金の問題だけに限らしてくださいということにしております。したがいまして、きょうのお答えも年金のことだけにさせていただきたいと思います。賃金の問題は私専門ではございませんので御勘弁いただきたいと思います。ただし、一つ年金に関して進歩があると思うんです。それは、これも島田先生の御指摘の、婦人が家庭にいて出産とか育児とかあるいは病人やお年寄りの世話をする、その期間について何か特別な配慮をしたらどうか。これはヨーロッパに例がございますね。イギリスなんかではホーム・レスポンシビリティー・プロテクションといいまして、つまり家事が極めて大事なことなんで、それに責任を持っている御婦人のその責任というものに対して評価すべきだということなんですね。日本もそうですし欧米もそうですから、恐らくこれから御婦人の就労というのはもっとふえると思うんです、働くのが当たり前になると思うんです。働くのが当たり前で、外へ行ったらお金が稼げるときになおかつうちにいるというのは、やっぱり何かそれなりの必要なことを分業しているから、つまり出産とか育児、あるいは病人とかお年寄りの世話をすることだと思うんです。
 今度の改正では、家庭にいる奥さんは掛金をしなくても年金がつくことになります。先ほど働く人と差別があるという面の見方もありました。しかし逆に言うと、うちにいる奥さんもやっぱり働いているんだという見方をすれば、今度はそっちも立てなくちゃいけないのじゃないかという感じがするわけでございます。今度の改正案では、うちにいる奥さんにそういうふうな保護がついたということはやはり一つの進歩というふうに考えてよろしいのではないかというふうに考えております。
#55
○安武洋子君 時間が迫ってまいりましたので、あと一問だけ春山参考人にお伺いさせていただきます。
 年金の財源の問題でございますが、御承知のように厚生年金の保険料、これは労働者の賃金を基礎にして保険料が徴収されております。この方式でございますと、合理化を進めそして省力化を進める企業ほど企業負担が軽くなるというふうになってまいります。それで、今大企業ほど合理化、省力化が進んでおります。こういう状況から見てみますと、力のある大企業には高齢化社会にふさわしい特別の負担を求めていくというふうなことは当然ではなかろうかと私どもは考えておりますが、どのような御所見をお持ちでございましょうか、お伺いいたしとうございます。
#56
○参考人(春山明君) 私の先ほどの話の中で触れましたように、労使折半で今の七〇から八〇%を保険料で賄っていくということだけでは年金制度の充実改善は望めないと思っていますし、国庫負担をふやす方向で検討すべきだということで幾つかの具体例について申し上げたところです。
 そういう中で国庫負担をふやしながら、例えば厚生年金で今給付の二〇%を持つということになっているようですが、いろいろな例外があって、実際に計算してみれば一三%ぐらいが昭和五十九年度の一般会計からの支出分だと思いますけれども、それをもっとふやしながら三〇%ぐらいまで引き上げていくなど、同時に一方での労使の負担割合についても、先ほど申し上げましたように五、五ではなくて労三、使七という方向があっていいし、使七の内訳としては、やっぱり日本の場合にはほかの国に比べますとより特異な状況がある中で、大企業の負担というのをふやす必要があるのではないかと思っています。
 これは例えば公正取引委員会が発行しておりました、ここ二、三年は何か出ていないようですが、日本の法人企業全体の中での大企業の、これはわずか百四十万法人企業の中の百三十三社だったと思いますけれども、そこの利益の取り分についての政府報告であるとか、あるいはここ数カ年の九月期あるいは三月期の大企業の経常利益の決算での猛烈な上昇、例えば昨年九月期和光証券の調査では大企業東京証券取引所上場一部で四四%の経常利益などというのを続けて上げているわけですが、そういうようなことから考えますと、日本の場合、大企業が応分の負担をするということで、中小企業とは違う負担をするということは当然あってしかるべきだというふうに思います。
 そういう国庫負担とそれから労使の負担割合の変更を絡めながらこれからの年金財源のあり方について検討する必要がありますし、その場合もう一つの問題としては積立金が五十兆円近くあるという問題を、これをないがしろにすることはできないと思っていますし、またもう一つ大きな問題としては、財政赤字が百三十三兆円をもう超えるのではないかと思います。臨時行政調査会が本当の意味で財政赤字の解消に力を出していると私は思っていませんし、大企業がいろいろな形でこの財政赤字にかかわっているなどのことから見て、我が国の財政、年金財源だけではなくて財政全般にかかわって大企業の優遇税制問題、あるいは予算の配分問題、海外経済協力費の中身の問題、あるいは軍需産業部門での問題など、改善すべき点が多々あると思います。総合して年金問題も含めて対応すべきではないかというふうに考えています。
 以上です。
#57
○下村泰君 参考人の皆さん、本当に長いお時間御苦労さんです。殊にきょうはもう天候のぐあいも悪く、おいでになるときに嫌な思いをなさりながらここへ来て、なおかつ長時間お座りになってお疲れになったことと思います。
 いろいろお尋ねしようと思いまして用意いたしましたらば、ほかの委員の方がほとんど私が聞きたいと思うことをお尋ねになりました。それに十分なお答えが出ております。したがいまして、私は池末参考人お一人に伺いたいと思います。
 先ほどの参考人のお話の中で障害認定基準のことについてちょっとお触れになったようですけれども、私も随分速くしゃべる方ですが、参考人も大変お速くてしかもきれいにお速いので、ちょっと私の頭に言葉が余りひっかかる部分がなかったんですが、もう一度ひとつ障害認定の件についてちょっと御意見を聞かせてください。
#58
○参考人(池末美穂子君) 障害認定についてというと漠然とした感じなんですけれども、どの部分についてお答えすればいいでしょうか。
#59
○下村泰君 例えば精神障害の認定ですね。
#60
○参考人(池末美穂子君) 認定基準ということを先ほど取り上げました。認定基準そのものは昭和四十一年につくられたとき既に医療は治療と障害の共存というふうな角度で認定基準をつくられておりますけれども、その後の二十年の実績の中でさらにその部分が確認されてきているのじゃないかということで、今回改正時期にその部分をさらに発展、確認していくような認定基準につくり変えていってほしいということを申し上げたわけです。
 それからあと、別の角度から認定基準を見ますと、例えば国民年金が全部の障害者の約八割を占めると言いました。ですから国民年金の認定基準及びその認定医、各病院から――精神に関して言います。まず各主治医が診断書を書くわけですが、その診断書が各県まで上がっていって県の認定医がそれを認定いたします。したがって、例えば認定基準そのものはきちんと定められていたも
のであっても、各県によってその認定医のとらえ方が違いますと基準が違ってくるという現象は起こるかもしれません。そのことに対しての指摘とすれば、精神で言えば認定医たちが年に一回か二回認定医会議というのを持って自分たちのとらえ方の共有化ということを努力しているようです。ただ、他の障害がたくさんありますね、視覚障害とか聴覚障害、肢体不自由、そこら辺の各障害の認定基準をといいますか認定を受け持っている各県ごとの認定医の意識が一定しているかどうかということは私にもちょっとわからないんです。そこら辺を認定する側の医師たちの問題意識の中で育てていって、地域格差の起こらないようなそういう角度で認定基準を持っていくということも別の角度から大事なことかと思います。
#61
○下村泰君 実は私の部屋に身体障害者の方がよくおいでになるのですけれども、その方々の中の言葉の中に希少難病ですとかそれから稼得能力において著しいハンディのある五級脳性麻痺の人のこういう問い合わせがあったんです、質問があったんですね。事実、五級に相当している脳性麻痺の方も来ていらっしゃったのですが、私の見た目ではどう見てもこの人が稼得能力があるとは思えないし、当然一級、二級の障害基礎年金に該当する方ではないかと思われる方が五級という認定を受けている。ただいま池末参考人がおっしゃいましたけれども、確かに認定基準というのは医学的には備わっているはずです。九日のこの委員会におきましてもそれはお伺いをしたのですけれども、時によりまして東京都と都を取り巻く近県で認定を受けた場合に、都では例えば一級、二級の認定を受けても地方へ行くとこれが三級、四級にもなりかねないというような例がある、こういうようなことになりますると、せっかくこういう年金で障害者の一級、二級に相当する方は喜びをかち得てもそれに外れる三級以下の方たちというのは喜びようもないわけですね。ですから、こういうふうにせっかく改正されるんですから、いい方に改正されるならいいのですけれども、こういう置き去りにされていく方々もいるのですが、池末さんは身体障害者の方もケースワーカーとしてお動きになっているというように話を聞きましたけれども、そういう現状はごらんになったことがございましょうか。
#62
○参考人(池末美穂子君) 私の病院に身体障害、肢体不自由をあわせ持っている方もなくはないんです。けれどもきちんと体系的に考えての答えではないので少し外れるかもしれません。確かに身体障害でいう等級表の何級というのと年金でいう一級、二級、三級というのとがどういうふうにかみ合っていくかということは詳しくは私わからないのですけれども、私が担当しています患者さんも脳性麻痺の方がいます。その方は言語は不自由ですけれども手足が脳性麻痺の方としては軽いわけです。そういうふうに端から見ると確かに障害が重たそうだな、身体障害の方でいえば等級が高いのだろうなと見えていても、実際に年金の方の認定基準で合わせていってみたときに、手も動く足も動くというふうなことでかなり等級が軽くなるということは現実にあるみたいです。この部分についてはちょっと私専門というか正確にはわからないのでこの程度にいたします。
 それで、精神との兼ね合わせでいいますと、必ずしも病気の重たさが年金の障害の重たさを生んでいるとも限りません。例えば急激に興奮して激しい錯乱状態になって入院したような方、この方自身精神でいえば大変病気が重たいというふうに見えるわけです。ところが一時的なといいますか集中的な治療で早く回復しまして、その後余り後遺障害を残さないで社会復帰ができるという方がおります。そうなりますと、病気としては重たいけれども、障害年金の角度からいう障害は軽いという、そういうこともあり得ます。これと似たようなことが身体障害の場合にもあるのかなと思うんですけれども、その程度しかちょっとお答えできません。
#63
○下村泰君 はい結構です。ありがとうございました。終わります。
#64
○委員長(遠藤政夫君) 以上で本日御出席をいただきました参考人に対する質疑は終わりました。
 参考人の方々に一言お礼申し上げます。
 本日は長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼申し上げます。
 以上をもちまして本日の質疑を終わります。
 本日はこれにて散会いたします。
   午後四時二十八分散会
ソース: 国立国会図書館
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