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1947/10/16 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 決算委員会第三分科会 第3号
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1947/10/16 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 決算委員会第三分科会 第3号

#1
第001回国会 決算委員会第三分科会 第3号
  付託事件
○昭和二十年度歳入歳出総決算
○昭和二十年度特別会計歳入歳出決算
――――――――――――――――
昭和二十二年十月十六日(木曜日)
   午後二時五十七分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○昭和二十年度歳入歳出総決算
○昭和二十年度特別会計歳入歳出決算
  ―――――――――――――
#2
○主査(太田敏兄君) それではこれから第三分科会を開きます。前日に引続きまして質疑に入りたいと思いますがその前に外務省の政府委員の方から前回の説明を補足したいという申出ででありますから発言を許します。
#3
○政府委員(下田武三君) 先日の分科会におきまして、外務省所管になつております元の大東亞省所管の経費のうち、東亞経済懇談会の補助金の件に関しまして会計檢査院の批難事項がございまするが、その批難事項に対しまする外務省の見解を御説明申上げたのでございまするが、多少申落しましたことがございますので、本日補足さして頂きたいと存ずる次第であります。
 先般も御説明申上げましたように、本件補助金交付の当時は最も戰局が苛烈なときでございまして、大東亞省自体も戰災を被り、職員も罹災する、一方東亞経済懇談会の事業地でありまする大陸におきましても非常な混乱状態でありまして、当時の大東亞省の関係者といたしましては、最善を盡したのでございまするが、後日結果からみますと、会の事業補助金として認められました予算を、事業が行われなかつたにも拘わちず使用したという結果になりましたことは明らかでございましてこの点につきましては外務省といたしましても会計檢査院の見解と何ら意見の相違はないのでございます。事業補助の目的に認められました経費が、事案が行われなかつたにも拘わらず使用されましたという点、その点の不当でありますることにつきましては全然檢査院側と同感でございまして、この点は誠に遺憾に存ずる次第でございます。当時の関係者は先日申上げましたようにそれぞれすでに退官いたしておるのでありますが、本件補助金については多少情状の酌量すべきものがあるといたしましても、元來補助金というものの費途は最も注意いたさなければならない費目に属しまするので、部内に対しては今後補助金の交付に当つて一層慎重を期するように注意を喚起してございます。この件の後日の処置について先日申落しましたので、本日附加えさせて頂いた次第でございます。
#4
○北村一男君 特別会計歳出の第一款第一項の作業費この香川造船造機株式会社に二十隻の四式小型輸送艇を注文して一旦二十隻完成したものとして支拂をした。ところがあとで二隻四分しかできておらなかつたというように書いてございますが私前回止むを得ない用事で欠席しましたがかように二十隻を二隻四分ということは單に文字に現わせば大したことでないようでございますが、実は非常な差が起きておる。こういう混乱の時期であるから、これは止むを得ないという事情があつたにいたしましても、余り違い過ぎはしないか。私はこの点について少しくこの会社にも知つておる人がありますので、聞いてみましたところが、当初十四隻完成したという査定が現地調査の上に與えられた。ところがこれは高松にあると思いますが、大阪にこの会社の者が連絡に参りましたるところ、混乱状態で要領を得ないで日を送つておりましたが、それに会社もかように軍需品を目的としておつた会社でありますから、社員の整理もしなければならないそういう費用も要るからというような話合いで、十四隻を先ず二十隻完成したということの大体の了解を得て二十隻の代金が交付された。ところが段々こういう混乱の際止むを得ざる始末が不当であるというような糾彈が方々から起されて來た。それでこの会社が犠牲になつて、十四隻の査定であつたのに二十隻査定したことは会社と査定した者との間にどうも不正行爲があつた、だから告訴するというようなことを言われて、無理に二隻四分に係員の者が判を押した。そのために会社としては本意でないのに係員がいわば一種の脅迫観念によつて判を押したのであるから、爾後この支拂いについていろいろ分割補いとか何とかということについて会社に正式に調印を求められた際にこれを承諾しなかつた。こういうような事実があると聞いております。そういうことを加味して考えますとこの二十隻から急轉直下二隻四分にしたという事情も或る程度肯き得るものでありまして、この点に関しては私は余り違い過ぎる。十四隻と査定したのが正しいのではないか、かように考えますが、その間の事情について詳細に御説明願いたいと思います。
#5
○政府委員(遠藤武勝君) 最初二十隻と大体査定して金を拂つたのは二十隻できたと認めたのではないようでございまして、契約解除をしたために契約上に加えておつた未交付材料も交付しなかつたものがあるとか、それから当時契約解除に伴つて損害額をどう決定するかといつたような中央部からのはつきりした指令もまだ受領していないときに大体処理したというような関係もございまして、契約解除に伴う損害額をどう決定するかということの技術的な整理をいたしまして、二十隻できたものとして金を拂つて、それで会社の損害額も埋め合せて行こう。こういう考えで当時二十隻を決定したようであります。その損害額の内容については今お話にありましたような職工に返します経費などが頭の中にはあつたようでありますが、経費整理上の問題としては、二十隻というような計算上の技術的な方法を採りまして、金額二百万円拂つたということであります。その後檢査員の檢査がありましてなんぼなんでも契約時期がら契約解除の時というものが僅かの間に、こうできたはずはないではないかということを突つかれまして、それから当時の者が集りまして克明に計算をした。その結果でき上つたものが換算して二隻四分であるが、それ以外に未交付材料等でこちらが交付していなかつたための経費の不足というものがありますのでそういうものを加えて完成分としては二隻四分、その他二十八万三千六十三円というものを加えて六十万円余の金を支拂つたということに当時決定したのであります。それでこの六十万円ばかりに決定したことが果して実情に合つておるかどうかという問題があるわけでございます。この二隻四分と決定したことも、実は終戰当時御承知のようにいろいろな書類の焼却等がありまして、又現場のいろいろな変更も少しはあつたようでございまして、結局当時の係官がいろいろな自分の今で関係しておつたことを思い起しまして、二隻四分と決定したのでありまする。それでこの二隻四分に対しましては、当時の現場におりました責任者が決定したわけでございますが、会社としましては、この二隻四分という決定に対しては、当時のこの二隻四分と決定する時分にも不服であつたようであります。併しその会議の模様はいろいろ聽く人の聽き方によつて感じが違いますから、それがどうであつたかということははつきりは分りませんけれども、ともかくもその当時の陸軍の係官としては二隻四分を主張し、会社としては二隻四分を加えて合計六十万円ばかりの支拂いということでは不足であるという主張の対立があつたようでございますけれども、結局いろいろな言葉のやり取りや受ける感じの差異はあつたと思いますが、六十万円ということに一應そこでは決定したようになりまして、書類の上で見ればそれに決定いたしまして、そうして、その支拂方法に対する承諾書といつたふうなものも会社から出ておるわけであります。私会社の方並に当時の係官の者両方からも当時の事情を聞いておりますけれども両方全部集めて、両方の話をそれぞれ対決させてその決定を得るというような方法をまだ取つておりませんのでどちらが眞相であるかということは分りませんけれども、ともかくも当時の会議において、会社側と当時の軍の関係者との間に本当の心からの一致はなかつたことは確かにあるようであります。ただその経過はともかくとしまして最後に現われて來ております決定は、一應六十万円なにがしという金額に決定されて來ておるのであります。この前も申上げましたが、その後の履行につきまして、当時の経緯もそうでありましたし、会社の方の氣持はともかくもはつきりそれで約束したような、約束せんような氣持を現在も持つておるようでありますので、ともかくもそれでは会社からはつきりした自分の方はこういう状況である、当時係官がどう言つたというようなことは別問題としまして会社としては、積極的の主張というものがあるわけでございますから、その積極的な主張を具体的に出して貰いまして、私の方でもそれを一應檢討いたしまして、必要に應じましては当時の係官等も全部集めまして檢討するつもりでございますが、尚檢査院には政府の取扱いに対して関係者から再審査を要求するという途も開いてありますので、その方の手続を取るということにすることも一應考えて、現在会社の方と話をしておる状態であります。
#6
○北村一男君 大体御説明で分りましたし、必ずしも会社がこれに対して納得しておらんという事実もお認めになつておることを承りました。併し私が申上げたいのは、私は決してこの会社と利害関係もありません。私は新潟縣の農民でありますし、この会社は香川縣にあるので何ら利害関係は勿論ないのでありまするが、この二十隻から二隻四分なる前に十四隻、終戰直後に十四隻という御査定をなさつた、この十四隻は現地におられた係官が決定された、こういう事実があるということを聞いておりまするが、私はこの十四隻というような数字が現地におられた人が査定されただけに権威があるものでないか。それから又いかような事情があつても二十隻から二隻四分にするということは、これはまあ平和的な穏当な私は解決ではない、かように考える者でありまするが、その十四隻という査定に対して、当局はどういうお考えを持つておいでになるか。その点を明確にお知らせ願いたいと思います。
#7
○政府委員(遠藤武勝君) 当時十四隻と決定をしましたのは、高松における出張所長が会社に対してそういうことを言つたという話を会社から聞いておるのであります。ただその当時の関係者もこの二隻四分を決定しましたときに出て來ておるわけでございまして、それがこの前の話を引繰り返しまして二隻四分とその他のものを加えて六十万円ということに決定したわけでございます。それでその後の交渉に、会社の話もございますので、尚その十四隻ということを一應決定したという当人にも大阪の残務整理をやつております所へ來て貰つて、更に話をしたのでございますけれども、今までのところでは、私直接会つてはおりませんけれども、それを通じて聞きましたところでは、この当時十四隻ということをどういう理由で言つたか、そこははつきりしませんけれども、とにかくこの二隻四分ということに大体決めた考えを変更するようなつもりはないというような話を聞いておるのであります。これは一週間ばかり前の連絡でございますけれども、それで役所としましてはともかくも一應二隻四分として決定したものが出ておるわけでありますので、手続としては会社の積極的主張を聞きまして、私更に関係官も呼んでその話をはつきり決めて行くということにしなければならんじやないか、こういうふうに思つております。
#8
○平野善治郎君 今のこの問題でありますが、この前に政府委員から説明を聞いたのでありますが、私は一向不得心でありまして、更に詳細な説明を聞かなければこの審査ができない。その一つは私も造船をやつておりまするがこの発注が二十年の七月五日に発注になつておると書いてありますが、その前に発注の内示をしたことがあるかどうかこれが一点。発注の内示があつたといたしまして、正式の発注までの間に会社がいかなる準備をなしておつたかどうか、これが二点。それから八月三十一日に精算して拂つておりまするがその前に中止命令を出したか。出したとしたならば、その出した時日は何日であるか。それからこの会社におけるところのその当時における建造能力、これが工員或いは機械の設備等においていかなる能力を持つておつたか。これをお聞きしたいと思うのです。
#9
○政府委員(遠藤武勝君) 第一の正式契約締結前に、いわゆる当時の慣行でありました内示という方法をやつておつたかおらんかという問題については日にちは未だはつきり記憶いたしませんけれども、要するに二十年の一月頃内示が参りまして、その仕事に会社は着手しておつたようであります。それから終戰後になりまして、契約解除をしたのは八月十七日だつたと記憶しますが、要するにその頃専務が大阪に來られて、そうしてそのときにその話をしておる筈であります。或いは現場でもやつたかと思いますが、その話をしておる筈であります。それから実は会社がそれに対してどういう準備を二十隻の注文を受けてどういう準備をして、おつたかということ、これはちよつと私今分りません。それから会社の能力といいますか、さつき質問されました能力というものがどういう状態であるか、これにつきましてもはつきり分つておりません。
#10
○平野善治郎君 只今政府委員の説明でありまするというと、遺憾ながらその審査の核心を我々は掴むことができかねる。何回会議を開いて審査をいたしましても、これは一つの何か観念論で決めるしか仕方がない結果になりますので國家の非常なこういう支出に対して、曖昧模糊とした結果を見る虞れがあります。私も当時軍需会社の造船責任者としてやつておりましたが、こういうことが非常に不明確なまま置き去られたために、現在の日本においてあの終戰当時のああいう不明確な、こういう歳出のために今租税に対するところの非常な悪影響を及ぼしておることは私は事実だと思います。私も海軍のものをやつておりましたが、そのものに対しては代金を放棄している一人でありますが、ただ單にこの書類だけを通して見ますというと、どうも会計檢査院の調査の方がやや適確に近いものではないかというような氣がするのであります。併しながら我々が当時内示を随分前から受けておりまして、その内示によつて正式な起工はいたさなくても、部分的な加工を随分前から特殊の部面に向つて行つたり、或いは材料の蒐集のためにあらゆる努力をしたために非常な出費をしておる場合があるのであります。そこでそういうような場合にこの会社の普通の人には見えないところの起工をしてから何日になる、工員が何入掛かつたかというふうに問い詰められますと、二隻四分とか或いはなにがしとかいう金額になりますけれども、実際の事情から行きますというと、或いは内示が早くて、又内示に從つて、それを信じていろいろな準備をしたとするならば、これは又調査をして会社の立場かちも公正な処置をとらなければなるまい、こう思いますので、今お聞きしましたが、肝腎なことが政府委員の方でもまだ調査未了というような工合であります。從つて私はこれを速かにもつと具体的に、会社に対してその当時からのことを調査を精密にされまして、この分科会にお出しを願いたい。こう希望する者であります。
#11
○政府委員(遠藤武勝君) とにかくも内示は二十年の初め頃からやつて、それに着手しておるようでございますので、それが初めからどんどんやつておるとして、平均に仕事ができておりますれば、契約は大体一年間ぐらいの契約でございますから半分近くできておつた状況ではないかということを、平均で割つて見れば考えられるわけであります。そういう氣持は私共持つておりますけれども、これは何しろ当時の実際仕事をやつておつた者の実情でありますとか、証言を得ませんと、どうにもならないのでございまして、それについては会社としましてとにかく異議があるのでありますから、会社自身からいろいろ書類といいますか、調査を出して貰いまして、そうして一方官であつた者も來て貰いまして調査する段取にしておりますので、そうしましたら具体的にいろいろな條件が出て來るのではないかと思つております。実は私の方でも待つておるような状況でございまして成るべく早くそういう段取にいたしたいと思つております。
#12
○鈴木憲一君 前委員から質問のありました今の造船所の件ですけれどもいま少し詳細に調査をして本会に提出を要求されておるのでありますが、いつ頃になつたならば、それが希望が満たれるか。或いはこのままで承認をどうしてもして貰いたいという意思なのか。或いは要求通りに少し詳細な調査をして材料を提出する政府の方に意思があるのかどうか。それをお伺いしたいと思います。
#13
○政府委員(遠藤武勝君) 私共としましては、現に会社が異議を申立てて來ておられますので、その異議を具体的に聞きまして、当時の関係者も呼んで内容を更に具体的に聞いた上で、そのあとの処置に対する決心をしなければならない。こう思つております。それで先程申上げましたように、会社も異議はありますけれども、具体的に出ていないので具体的になりませんと、実際に話が進みませんので、それを待つておるのでございますので、それが出ました上で政府としての処置をどうしたらいいかということを決めなければならない、こう思つております。現在においては政府として内容がそういう意味においてはつきりしていないというので調査しておるという段階にあるわけです。
#14
○鈴木憲一君 只今政府委員の言われるような状況にあるということは肯定できるのでありますけれども、併しながらそれがいつ頃具体的になるかという見当がつかないでおりますというとこの締め括りもできないというようなことになりますので、その辺をもう少し積極的にこちらから出て行くとか、或いは向うから來て貰うとかいうことによつて、もう少し具体的な折衝が早急に行われなければ工合が悪いのじやないかと思うのですが、是非それを早急にやつて欲しいと思うのです。
 次に私は大東亞省の東亞経済懇談会ですか、これに対しまして、この前の際の政府委員の方の説明によりますと、誠に遺憾に思つておる点があつたのでありますが、本日特にその点に対して遺憾の意を政府委員から表されたために、大体諒としなければならんと思つてはおりますが、併しながらこの大東亞省は現在外務省の中に息ついているようなものでありますし、東亞経済会は商工会議所の方に引継がれて、組織とか形とかはおのおの違いましも、実際に活動した人たちもおりまするし、その後の担当者もおるわけでありますから、そういう面から考えまして今後のことも心配になりまするので、一應お尋ねをしてみたいと思うのであります。一体補助金というものは、貰う方では予算の決つた金額を全額貰うもの、出す方では全部決まつた通りに出してしまえばよいのだ、そういつたような考え方が役所には非常に多いのではないかと私は思うのであります。それは当然貰うものであり、出すものであるからそれでもよいのではありましようけれども、併しながら請求をする場合におきましても、支出をする場合におきましても、詳細に会計の調査等を実際してから適当に出すべきものではないか。國民の大事な汗によつて出て來た國家の財でありますので、決まつた通りに簡単にやり取りをするというような考え方を止めなければならんと思うのであります。而も決まつた通りの金額を終戰後に支出をする。而も支出などというものがもう殆んど、人件費とか事務費とかいうような段階になつた際に、事業費に補助金をさつさと出してしまうというようなことはこれは確かに適当ではない、適当なる処置ではないと考えられるのであります。尚返還金を五万円に決定をされておるのでありますが、こういうような際にも、何か私共が見るというと、それでは恰好を付けるために五万円を貰つて置こうか出す方でも出して置こうか、そうして帳尻を合わして置こうかというような氣持が多分に感ぜられるのでありまして一体この五万円というような金額をどうして決定をしたのか。こういうような返還金を決定する場合におきましても、実情に即して決めるべきものではないか。そういう際には特に國民の意思の存するところを役所の役人の人は愼重に考えて、一錢一厘も疎かにしないというような立場を強く取つて貰わなれけばならないのじやないか。その五万円の決め方というようなことも、私たちが想像しまするというと、商工会議所の関係する兄弟のような東亞経済懇談会というような團体であつたので、非常にメンバーも有力な人たちがおつたに違いない。そういうようなことから事務当局の方では非常な弱身を感じて、何か少く査定したのではないかというようにも考えられる。補助金で全額支拂つたものであつても不適当と認めた場合、或いは会計を檢査した上に十分でないというような場合には遠慮なく適当額を取戻すべきではないかと思うのであります。この東亞経済懇談会などの五万円の返金というようなものも、もつと多額に返金さすべきものではなかつたかというふうに考えられます。その辺は担当者がどういうふうな査定をして五万円というものを決めたのであつたか。それらのことについても一應了解の行くようにお話して貰いたいと思うのであります。いずれにしましても、補助金というものが安價に取扱われておつたというようなことに対しては、非常に残念に思うのであります。殊にこういう終戰の際であるから仕方がないとは思うのでありまするが、併しながら金の元を考えてみまするというと、國民が当時非常に汗を絞つて出した金であるということを考えるというと少しのものでも最後ははつきりして置きたいというような氣持もするのであります。以上で私の質問を終ります。
#15
○政府委員(遠藤武勝君) 今、会社からいつまでに書類が、出るかということを聞きに行つておりますから、その結果はいずれ……。
#16
○政府委員(下田武三君) 只今の御質問にお答えいたします。苛くも補助金というものは國民の血肉で成つているものであつて、この取扱いに愼重を期さなければならないという仰せ誠に御尤でございます。本日の問題となつております東亞経済懇談会の補助金もそうでございますが先ず補助金の決定の際に、大藏省と各省とが非常に細かい資料に基きまして、職員が何人おるか、事業がいかなる規模で行われて、いかなる仕事を年間にするかという詳細なる資料を、折衝いたしました上に初めて決定されるものでありまして、補助金の額、その支給の範囲ということは今日におきまして非常にルーズになる氣遣いは先ずないと思われるほど現在の財政状態からいいまして引締められておるのであります。ただ当時のいかなる基礎でこの金額が決められたかという点につきましては、書類が全部燒けておりますのと、関係者が離散しております関係上、実は正確な資料が手許にございませんのが誠に申訳ないと思いますが、その点は当時大東亞省だけで勝手にお手盛りで決めたのではありませんで、十分大藏省とも折衝し、又議会の御承認を得まして決定された額であるということは申上げたいと存ずるのであります。
 尚二十五万円の補助金金額をそのままやつたと仰せになりましたが、実は東亞経済会の二十年度の補助金は三十万円でございまして、三十万円ではあるのですが、戰局の関係上、事業がそう廣範囲に又フルに動かないという見通しで五万円当初から減らしまして二十五万円を支給しておる次第でございます。
 それから第三の点といたしまして、二十五万円やつたうち五万円しか返さないというのは関係者等の関係で多少緩る過ぎたのではないかという点でございますが、これはこの前にも申上げましたように当時の関係者といたしましては、この会の存続を少くも二十年度のお終いまでやらせまして、そうして人間も現地から帰つて來、少くも帳面上は年度一ぱい会の生命を続けさせまして、そうして締括りを付けるというやり方も考えられたことなのでありまするが、そうしますと事業が終戰によつて停止しましたのにも拘わらず多数の職員をそのまま擁して人件費、事務費を空費する結果になる。その点を虞れまして、事業がなくなつたのであるから年度の途中ではあるが閉鎖させようという方針に決定されたのであります。その結果といたしまして、職員三十五名が残りました。そのうち未復員者が十三名あつたのであります。そういう職員、それから又生死さえも判らんという者もありますのですが、そういう人間と残務整理事務一切を日本商工経済会に押付けたわけなのであります。こういう関係からいたしまして、当時の関係者といたしましては、先ず仕事ができなくなつたんだから、早く清算をして打切りをする。從つて残務整理の点で最後まで見られないのはいたし方ないという見地からこういう処置に出たものでありましてこの点はそれが必ずしもいかんとはいえない事情にあつたことも私共今日存じておる次第でございます。
#17
○鈴木憲一君 尚この点につきまして返済金を決定する場合に、勿論経済懇談会の会計を一應檢査というか見せて貰つた上に決定されたのであるかどうかということを……。
#18
○主査(太田敏兄君) 只今の御質問に対しまして、外務省の会計課の櫻井事務官がお答えをしたいということでございますが、いかがですか。
   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
#19
○主査(太田敏兄君) それでは……、
#20
○説明員(櫻井秀雄君) ちよつと説明させて頂きます。只今御質問になりました五万円の返還金の点について私から補足的に御説明申上げます。実はその当時の返還した事情につきまして、関係者を取調べたのでありますが、元來この補助團体に対しては、御指摘のように最初に二十五万円という補助金を出してしまつて、すでに交付してあります関係上、外の團体に対しては、清算前越しという予備金を以てその清算する場合に補助金を要求してありますが、すでに交付してしまつた補助金を、返還させるよりも、ともかくすでに交付した金において出した方がよいだろうという大藏省の見解で、大藏省にその当時の帳簿なり書類を持つて行つて査定を受けた結果がそうでございます。それで五万円を返させるということについても、当時まあ將來の事務費その他の経費について、大体見積つて適当だろうということで決定した、私の調査はそういうことになつております。
#21
○政府委員(遠藤武勝君) 先程の香川造船の問題につきましてお答えいたします。前申上げましたのをちよつと纒めて申上げますと、私共としましてはその決定の経緯がどうであるかということは別問題としまして一應会社側と当時の関係者、責任者とが決定しました結論が出て参つておりますので、それで処理して來ておりますし、処理せざるを得んと思うのでございますが、その後最近会社から異議の申立がございますが、その異議の申立につきましては、抽象的な異議の申立ではなく、もつと積極的に具体的な内容を持つた異議の申立をして頂きたいということを申しておるのでございます。從いまして、会社からその異議がどう出ますかこういうことを実は待つておられまして先般も出すということを言つて來ておりますが、具体的にその日にちはいつまでに出るかということを確かめていませんので、その出る大体の日取等の関係が分りました上でございませんと、この問題に対しまして私共これの決定的な考えを申上げるわけにも参らんと思いますので、今聞き合わしておりますけれども、ちよつと連絡がつきませんので、いずれ連絡がつきましたら、委員長に大体政府としての態度を決める日取のことを御連絡申上げて置きたいと思います。
#22
○平野善治郎君 今の問題と関聯することですが、現在出されているこの復員省関係の事項の弁明書を、政府委員は承認しておるものと我々は承知をして審査にかかつて、そうしていろいろな質問をして見ますと、幾らかこの事実を政府委員もしつくり認め難いように聞き取れるようなことを言うておられますが、この弁明書は、場合によつては根本から変えるつもりでありますか。これはこれとして確認するのでありますか。その点を一つお聞きして置きます。
#23
○政府委員(遠藤武勝君) 今まで出揃いました資料に基きまして政府の意見をそこに弁明して置いたのでございますが、実はそれは大分前に書いたのでございまして、その後会社側から、先程申上げましたようないろいろ異議が出ております。その異議が出ました結果、若し新らたなる事実が判明しましたならば、從つてその結論も若干……こちらの弁明の趣旨において若干変つて來るのじやないかと思いますが、今のところはまだはつきりしておりませんので、その弁明書を出して置く外任方がないじやないか、こう思つております。
#24
○主査(太田敏兄君) ちよつと速記を止めて
   〔速記中止〕
#25
○主査(太田敏兄君) 速記を始めて。てれでは本日はこの程度で散会いたしたいと思います。
   午後四時五分散会
 出席者は左の通り。
   主査      太田 敏兄君
   委員
           北村 一男君
           平野善治郎君
           鈴木 憲一君
           伊達源一郎君
  政府委員
   外務事務官
   (外務大臣官房
   会計課長)   下田 武三君
   商工事務官
   (商工大臣官房
   会計課長)   細井富太郎君
   復員事務官
   (第一復員局経
   理部長)    遠藤 武勝君
   復員事務官
   (第二復員局経
   理部長)    初見盈五郎君
  出席会計檢査院
   会計檢査院事務
   総長      東谷傳次郎君
  説明員
   会計檢査院会計
   課主任     櫻井 秀雄君
ソース: 国立国会図書館
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