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1947/08/15 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会小委員会 第1号
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1947/08/15 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 司法委員会小委員会 第1号

#1
第001回国会 司法委員会小委員会 第1号
  付託事件
○國家賠償法案(内閣提出、衆議院送
 付)
○民法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○刑法の一部を改正する法律案(内閣
 送付)
○罹災都市借地借家臨時處理法の一部
 を改正する法律案(衆議院送付)
○皇族の身分を離れた者及び皇族とな
 つた者の戸籍に關する法律案(内閣
 送付)
○家事審判法案(内閣送付)
  ―――――――――――――
昭和二十二年八月十三日(水曜日)
司法委員長において、左の通り小委員
を選定した。
           伊藤  修君
           大野 幸一君
           齋  武雄君
           鈴木 安孝君
           鬼丸 義齊君
           岡部  常君
           小川 友三君
           來馬 琢道君
           松井 道夫君
           松村眞一郎君
           阿竹齋次郎君
  ―――――――――――――
昭和二十二年八月十五日(金曜日)
   午後二時五十三分開會
  ―――――――――――――
  本日の會議に付した事件
○國家賠償法案
  ―――――――――――――
   〔伊藤修君假委員長となる〕
#2
○假委員長(伊藤修君) それではこれより小委員會を開きます。本日は國家賠償法案につき質疑を前回に引続いて繼續いたしたいと存じます。質疑のあるお方はどうぞ申出でを願います。
#3
○大野幸一君 やはり問題になるのは第一條ですから、この點について設例をあげて委員のお方に御質問いたします。この設例に對いしてどういう解釋をされるかということを、審議の重要なる参考といたしたいと思います。
 例を被疑者取調事件についというならば、檢事の勾留状に基ずいて判事が勾引状を發行する、この事件は犯罪が成立します、若し證據不十分であつたとして釋放さるべき運命に至つたときに、判事とし又檢察官として、いま少しの注意を用いるならば、この勾引状請求若しくは勾引状の發行が阻止し得られたという事件について、本第一條が適用になるや否や、問題は違法の字句にあるのでありまするが、政府委員の今までの御説明によりますると、これは民法のいわゆる他人の權利を侵害したという、その觀念を、本法は「他人に損害を加えた」と書改めたために、民法でも當然違法性が必要であるかの如く、本法にもその意味において違法の文字を使用したという御説明でありますが、今後この法律が施行されるにあたつて、裁判所がいかなる解釋をするかということに、甚だ憂うるのでありますので、私がここでお問いしようとするのであります。
 違法であることが必要であつたという、そこでこの違法を適法行爲ならば違法でないという解釋がなされるように相成つて、そうして犯罪のとにかく嫌疑があつたのだから、勾引状を求めるのは當然である。これを發行してもそれはいわゆる訴訟法によつて請求し、訴訟法によつて適法に發行したのであるから、適法行爲であつて、違法行爲でないでないかという解釋を下されるものとするならば、恐らく本法は死法に歸することに相なるのではないかと考えるのであります。この點について確たる解釋が下されるならば、敢えて我々には字句に拘泥して本條項に反對するものではありませんが、この點についての御解釋が承りたい。
 第二にはこれは第三條の問題であります。第一條と第二條とによつて、國又は公共團體が損害賠償する場合において、費用負擔者があるときには、國又は公共團體はその損害賠償の責を免がれ、單に費用負擔者のみが賠償の責に任ずるということは甚だ理由がないように考えます。若しこれをさように立案されましたる、その立法上の明白なる御説明が願いたいと思うのであります。
#4
○政府委員(奧野健一君) 第一のお尋ねでありますが、第一條はやはり險察官が勾引權を行使しまして場合でも、適用があるわけでありまして、從いまして故意若しくは過失で以て勾引或いは勾留すべからざるもの、いわゆる犯糖の嫌疑というようなことについて、十分なる調査或いは惡意を以て故意でそういう勾引或いは勾留すべからざるものについて、そういうふうなことをいたしたという場合に、これがやはり故意又は過失に出た場合には、本條の適用があるという考であります。
 第三條は從來管理者及び費用負擔者が違つておつた場合に、どちらを相手にするかということがいろいろ問題になつておりましたので、そういう場合が、やはりそういう管理の過失のための、損害賠償というようなことは、結局費用が重要になるわけであります。從いまして費用負擔者が、その賠償の責に任ずるのが適當であるということで、この場合はつきり誰が相手になるかということについて、いろいろ判例等で問題がありますので、それをこの際解決して費用負擔者が被告となつて、訴訟なんかの場合に、被告ということを明日にいたした次第であります。
#5
○齋武雄君 私は第一條について大體分りましたが、今一度はつきりお確め願いたいのでありますが、形式上適法な行爲であつても、故意若しくは過失で損害を與えた場合においては違法行爲になるのである。こういう御答辯のようにお伺いいたしましたが、そういうことで承知いたして結構でありますか。
#6
○政府委員(奧野健一君) さようであります。
#7
○阿竹齋次郎君 公務員に對して「故意又は過失」という文字を特に書かん
ならんものでしようか。こんな字はなくてもよいと思いますが、いかがでしようか。
#8
○政府委員(奧野健一君) やはり從來の不法行爲の建前といたしまして、現在の制度におきましては故意過失がなければ責任なしという制度になつておりますので、この度もその從來の法律體系に甚ずいて故意過失を要件としたわけでありまして、この點は無過失の場合でも責任あることにしてはどうかという進んだ考えも立ち得ると思いますが、現在におきましては一般に過失がなければ責任がないという方針で參つておりますので、そういう方針をここにも踏襲したわけであります。
#9
○阿竹齋次郎君 一進歩させたいと思いますね。
#10
○齋武雄君 行爲者であるところの公務員が、直接國民に對して、被害者に對して損害賠償の義務がないようでありますがその通でありますか。
#11
○政府委員(奧野健一君) 實はその點も非常に問題になつたのでありますが、結局この法律は國家、公共團體が損害賠償の負擔をするということだけを規定すればよいので、その公務員個人の責任のことはここには觸れないという建前に規定したのでありまして、その點は結局一般解釋の問題として解釋して行くべきものだというふうに考えております。
#12
○松井道夫君 大體明らかになつたようでありますが、尚三四點お尋ねしたいと思います。第一條によりますと、公權力の行使という場合を取上げておられるのでありますが、憲法の規定によりまして行政裁判所というものは認めないのである。さように解釋せられております。行政行爲乃至は行政處分に關する救濟は結局すべて私法的救濟に歸せられるということになつたのでありまして、從來の公法關係、私法關係に囚われることなく、苟くも公務員が故意過失によつて違法に國民に損害を與えたという場合には一樣に民法の不法行爲の適用がある。結局前囘に鈴木法相が言われておりました普遍的の原則にこの民法の第十七條というものが立脚しているのである。苟くも故意過失によりまして他人に損害を與えた場合には、それが公權力の行使である場合と否とにかかわらず、公法が從來のいわゆる公法關係、私法關係といつたような區別にかかわらず賠償すべきものだといつた普遍的の原則に基いていると解釋ができるのであります。さように見て參りますと、これを特に公權力ということを持つてこないで、公務員の行爲にすべて適用する、乃至は民法の不法行爲の編にこれを規定するといつたことも考えておるのであります。その點について所見を拜聽したいのであります。本法が特に民法の改正によらない特別法で取上げられたという點をお尋ねしたいのであります。
 次に御尋ねしたいことは、これと關聯いたしておりますが、民法の七百十五條によりますと、使用者はその事業に使用いたしまする被用人が不法行爲によつて他人に損害を與えたという場合に損害賠償の責任があるのでありますが、それには免責事由が規定してあります。その選任及び監督に注意が拂われておれば損害賠償をしなくてよいという免責事由がありますが、この第一條にはその免責事由の規定がないのであります。私はこれは非常に進歩した規定であると存じまして、敬意を表する次第であります。一體不法行爲によつて蒙むつた損害を補填する……社會上の不法行爲による今の損害を分擔いたしまするに、從來は故意又は過失は不法行爲者にこれを負擔させておつたのでありますが、過失者においてそれが特に該當することは例の出荷の責任に關する法律を想起すればおのずから明らかでありますが、一個人でありまするその過失者に全額を負擔させることがあり、かつ被害者の側から言いましてもこれを個人に賠償を求めるということでございますと、個人の負擔力にはおのずから限度があるのでありまして、結局償なわれない損害が出て參る。それで不法行爲法の範圍におきましてその原則が次第に社會保險的の制度に進むということは、これは進歩の傾向であると存ずるのでありまして、その意味で無過失責任というものがここに取上げられておるものと存じます。ところで今の法律の第一條で、七百十五條の免責事由を除いたということは不法行爲法の進歩の方向に一歩を進めたのでありまして、或る意味におきまして無過失責任を認めておるのであります。從つて將來進んで全面的に無過失責任を認めるかどうか、國家が社會保險的に社會上の損害の負擔というものにのり出してくるということは考えられることでありまして、この意味におきまして將來の根本的の民法の改正の場合には十分考慮さるべきことであると存ずるのであります。
 私がここにお尋ねしたいと思いますのは、折角この進歩した法に一歩進んだ免責事由をとつたのにも拘わらず、先程言いました公權力の方にのみ非常に進歩を認めて、七百十五條の適用のある部分即ち公權力の行使でないその他の部分にこれを及ぼさなかつたこの點に聊か疑問をもつておるのであります。一歩を進めまして、先程申しました公權力と否とに拘わらず、一體にこれを律する、而も免責事由を一律に取るということが、この進んだ考を徹底する所以ではなかつたか、さように存ずるのであります。現に憲法第十七條においては公權力の行使ということは書いてないのであります。一律に單に公務員の不法行爲によると、かように書いてある、これをわざわざ公權力の行使と、他の私的關係のものに分けて、而も免責事由その他の差違を設けるということは、これが進歩的方向から考えまして、聊か徹底しないのではないかという感じがいたすのであります。
 それで更に伺いたいことは、只今齋さんから質問がありましたが、今の官吏個人の責任であります。これは公證人法、戸籍法その他の法律で規定せられておつたのでありまするが、附則でこれを削除せられておるのであります。そうして第一條の第二項に「公務員は故意又は重大な過失があつたときは、國又は公共図體は、その公務員に對して求償權を有する」かように規定してございまするので、これはこの趣旨を押詰めて考へますと、公務員は故意又は重大なる過失があつた場合に、損害賠償の責任があつて、國はその公務員に對して求償權を有するし、若しも個人から訴へられましたならば、そのときにも損害賠償の責任があると理解されるのでありまするが、この點は別問題ということで、直接この法律に謳わなかつたというのでありますけれども、私はその點に對する一歩進んでの御見解を頂かないと、非常にどうもはつきりいたさん。御當局の見解がどういうことであるか。一體個人としては責任を負うのか負わんのか。負うとしても重大なる過失があつたときに限るのがどうか。不法行爲の原則を貫きまするならば、これは公務員が故意又は過失によつて私人に損害を加えたという場合には、重大なる過失であると輕過失であるに拘わらず、損害を賠償すべき義務があるという工合に考えられるのであります。これは一方から言いますと、公務員に非常な從來と違つた負擔をかけまして、公務員がいろいろ公務を行います上に、非常に臆病になつて、十分にその手腕を揮うことができないというようなことを虞れるのでありまするけれども、又他面から考えますと、公務員の考が違つて参つた。從來は陛下の官吏であつたが、今後は國民の受諾者であるということになつておりますので、從來は少しくらい無茶をやつてもそれで事實上通つた場合が多かつたけれども、今度は事實上そうは相成らんのであります。公權力の場合の如きは、殊に身を入れまして、深切に苟くも國民の權利を害するようなことのないようにやらなければならんことは當然であります。その外のことにおいても同じことでございまするが……。(「成るべく簡單にやつたらどうです」と呼ぶ者あり)承知いたしました。それで私お尋ねしたいことは、先程申しました故意又は過失の場合において、官吏個人が賠償する義務があるのかどうか。若し故意又は重大なる過失がなければ、その責に應ぜないというならば、その根據を伺いたいのであります。
#13
○委員長(伊藤修君) その程度に一つお願いいたしまして、ここでちよつと休憩をいたしたいと思います。
#14
○松井道夫君 今の御答辯だけ承りたいと思います。
#15
○委員長(伊藤修君) 答辯はあとでお願いすることにいたします。それでは休憩いたします。
   ―――――・―――――
   午後三時三十四分開會
#16
○委員長(伊藤修君) それでは休憩前に引續きまして續行いたします。では松井委員の質疑に對する今までの分について御答辯願います。
#17
○政府委員(奧野健一君) お答えいたします。第一點は、國の公權力の行使の場合だけに限つてここへ規定したのは、どうかというと、竝びに民法の中の不法行爲の中に規定してもいいではなかつたかというふうな御質問と承わりました。實は立案の途中これを民法の不法行爲の中に規定すべきかどうかということがいろいろ議論になつたのでありますが、これはやはり民法は、私法關係に關する法律であるから、こういうふうに公法關係、或いは公權力行使の關係はやはり民法の中に規定することはまずなかろうということで、結局獨立法として立案いたしたようなわけでありまして、その點も十分考えたのでありますが、結局獨立法になつたわけであります。而して公權力行使の點だけ……憲法には廣く公務員の不法行爲とあるのに、公權力行使の點だけをここに取上げたのはどういうわけかという御質疑があつたかと思いますが、從來判例等によります公權力の行使の場合に限つて國家或いは公務員の責任がないという判例でありましたので、それ以外の關係におきましては、民法の一般理論で國家と雖も責任があるのだということに確定しております關係から、實益は、公權力行使の場合にやはり國家が責任があるということをいえば、これで目的を達するので、それ以外の點におきましては民法の規定が働くということになりますので、必要は……國家の公權力行使の場合だけに限つたわけでありますけれども、それ以外は結局民法の規定が働くという考えであります。
 次は七百十五條において免責を認めておるが、本法は認めていないというお説、これは我々も本法においては公務員の選任、監督について過失がなかつたということを國の方で立證しても國の責任は免がれないというつもりで、その意味で七百十五條の但書の適用を認めてないわけであります。然らば更に進んで無過失損害賠償ということにしてはどうかという御意見でありましたが、これは先程も申しましたように、一般不法行爲について、無過失損害賠償責任を認める方がいいかどうかという一般論になるわけでありまして、殊に自動車事故のような場合においては、無過失賠償を認むべきがいいのではないかというような議論がありますし、すでに勞働者の災害の場合におきましては、會社、工場は無過失責任を認めておるのであります。その理論を更に一般の不法行爲に及ぼすべきかどうかということは、これは非常に研究すべき問題であろうかと思うのでありまして、只今松井委員のお話にもありましたように、これは現在社會保險というものと密接な關係があるわけでありまして、勞働者災害扶助の責任の場合には、勞働者災害扶助責任保險法という裹附があつて、それが保險によつてカバーされる制度になつております。アメリカ等においての自動車事故の場合につきましても、それらについては特にそういう保險の裹附があつて認められるのでありまして、一般的に民法の不法行爲の場合に無過失責任を採るかどうかということは、そういう社會保險をどの程度にまで發達せしむるかということと睨み合せて決定すべきもので、只今直ちに早急的に理論のみによつて解決ができない問題であろうかと思いますが、この點は一般私法の不法行爲の理論竝びに實際の發展において更に研究いたすべきものかと考えますが、現在の段階におきましては、從來の法制のラインに從つて過失責任を採つたということになつたわけであります。
 最後のお尋ねは、公務員個人の責任はどういうことになるかという問題でありますが、この點につきましては、先程ちよつとお答えいたしましたように、本法案は國家の賠償責任だけを認めればよいので、個人の責任には觸れないということにいたしたので、そこで解釋といたしましては個人と國家と、不眞正連帶ということになりますが、兩方に並立して個人の責任があるということになるか、或いは國のみが責任があつて、個人たる公務員には全然責任がないということになるか。更に又公務員に故意又は重大なる過失があつた場合は、國からの求償權を受ける。從つてその故意又は重大なる過失の場合に限つて、個人の外部、いわゆる被害者に對して間接の責任があるというふうに解釋すべきか、この三つの考え方があると思うのであります。それで立案の當初において、或いは國家のみが責任を負つて個人が責任がないといつたような案を一應作つたこともあつたのでありますが、これは審議の際色々問題が起りまして、結局その點はもう解釋の問題に委ねて、この法案は國家の賠償だけを明らかにしようということになつた。そこでその意味で解釋問題として今後の判例等に俟ちたいということになつたわけであります。そこでこれは結局國の不法行爲の理論が、どういうふうに今後考えられるかということによつて決つて參ると思います。今までのように國家の公權力行使は、本來國家それ自體の責任がないのだというふうな頭で參りますと、國家だけは公權力の行使の場合に責任があるということに本法においてなつても、個人である公務員については、依然公權力行使であるからというので、責任が全然ないというふうな解釋もあり得るかと思います。又一面新憲法によつて、國の公權力の行使の場合も一般の私人と同じく、不法行爲の賠償責任を負うことになつたというふうに解釋いたしますと、やはり結局そうなると、民法四十四條の場合と同樣、機關としての行爲の場合に法人なり、そういうものが責任を負う場合に、その行爲者であるその機關、個人の責任はどうなるかという問題と同樣になりまして、この點につきましてはもう機關としての個人責任は全然ないという説と、やはり行爲者としてやはり不法行爲の個人責任があるのだ、という説が兩方あるようでありまして、今後は憲法改正によつて國の公權力行使の場合でも、やはり私人と同じく不法行爲責任ありという理論を貫いて行きますと、或いは公務員個人の責任を肯定されるということになるのではないかというふうに考えております。ただ公證人とか、不動産登記官吏、或いは執達吏という者の個人責任を除きましたのは、まあ一應の初めの立案の當時は、國家のみが賠償責任を負つて、個人の賠償責任がないという頭で一應立案いたしたのでありますが、若し假にいずれにいたしましても、故意又は重大な過失の場合だけに限るということは如何なものであろうかという點と、それから今までは國家公共團體に全然責任がなかつたのを、今度は如何なる公權力の行使についても、國又は公共團體が責任があるということになるのならば、ただここのいわゆる公證人であるとか、戸籍吏員であるとか、登記官吏執達吏というものだけに個人の責任を負わすということは、全般的な問題と睨み合せて同じように取扱うべきもので、これらの五六種の官吏、公吏だけに責任を持たすということは不均衡であるという意味もありまして、結局それを削除することにいたしたわけであります。結局は個人の不法行爲責任が先程來申しますように、解釋、或いは今後の判例の推移によつて決定されるものだというふうに考えておるわけであります。
#18
○松井道夫君 第一條は只今の御答辯で大體滿足いたしました。次に第二條で一點お尋ねしたいのでありまするが、第二條の場合は準公法的關係だというようなお話があつたと思いますが、この場合に私は二項の場合であります。求償の場合でありますが、これはこの前の委員會で請負人というような、單に責任を負うべきものも考えておるというようなお話であつた。併し私はこれは公務員がやはり故意、過失があつたといつたような場合の想像ができると思います。例えば管理に當る公務員に故意、過失があつた。一體そういう場合には、これは民法の原則によりまして、國が官吏に對して、公務員に對しまして求償權があるといたしますと、第一條の故意、又は重大な過失、重大な過失という點で一條と二條と違つて來るわけであります。從來の考えから申しますと、一條の場合は公權力の行使であるし、二條の場合は多少それよりも違つた意味があつて、設置、管理の關係では、私の營造物と同じ考え方というお話でありますけれども、管理の責任の點から申しますと、これは一條の場合と大した區別すべき理由もないかと存じます。その點をお尋ねしたいのであります。
 次に第三條についてお尋ねしたいのでありますが、この第三條の讀み方は、「前二條の規定によつて國又は公共團體が損害を賠償する責に任ずる場合において、公務員の選任若しくは監督、」この公務員の選任若しくは監督ということがその下にありまする「公務員の俸給、給與その他の費用」と對をなすものであつて、それから「公の營造物の設置若しくは管理に當る者」というのと、その下の方の「又は公の營造物の設置若しくは管理の費用を負擔する者」と對をなるべきものであろうと解してお尋ねするのでありますが、提案の理由を聞きますと、これは大審院の判例その他で、結局費用を負擔いたすものが損害賠償の責に任ずるのだという、かような前提で立案せられたらしいのであります。併しながら私はその前提がどうかと思うのでございまして、公務員の選任、若しくは監督に非常な過失があつた、重大なる過失があつたという場合におきましては、これは責任の當然の原則上、選任若しくは、監督に當るべき國乃至は公共團體が損害賠償の責任を負うべきものであると存ずるのでありまして、公務員に單に俸給、給與その他の費用を支出するといつた官廳がそれに當るということは、これは理論上不合理なんであります。而もこれが大きな損害賠償ということになつて來ますと、ますます問題は紛糾する、一體ここに「その他の費用」とありますが、その他の費用が具體的の法律の規定でどういうことになつておるか、これは別といたしまして、普通の場合にそういう大きな損害賠償の費用まで負擔するという意味で法律のできておるものは少いだろうと思いますので、結局この間に國又は公共團體の間で相當の爭いができて、その兩者の間で解決すべき事項であると思うのであります。
 次に公の營造物の設置及び管理の場合も同じことでございまして、これに大きな過失があつて、それによつて損害を生じたという場合に、これは理論上はその設置又は管理の責任のある官廳で、損害賠償を負擔するのは理論上は當然であります。それを普通の費用を負擔するという、その費用の負擔に當るものが賠償しなければならんということになりますと、これは餘程將來問題が起るのじやないか、大審院の判例でそういうものが從來あつたというにいたしましても、これは問題であると存ずるのであります。原則から言えば、本當に責任のあるべきものがこういう不慮の費用と損害賠償の責任というものは負擔すべきもので、普通の俸給その他の費用、普通の費用を目當としたそういつたものの中に不慮の損害賠償というものが入るべきものでないと私は存ずるのであります。いずれにいたしましてもこの本當の理論に從うか、或いはその間に爭いがある、殊に兩者が半分ずつ責任があるといつた場合も考えられますので、これを疑いがある場合に、双方選擇的にやれるのだ、これは不眞正連帶債務といいますか、或いは不眞正連帶債務の場合もありましようし、或いは請求權の競合のある場合は、これは問題はないといたしまして、これは併し便宜上のことも考えまして、双方に對して請求できるのだということも考えます。いずれにしても、この規定は相當檢討を加えなければならんように存ずるのであります。その點について御見解を伺いたい。
 それから第六條でありますが、これは「外國人が被害者である場合には、相互の保證があるときに限り、これを適用する。」これはこの前の御説明で格別條約その他は必要がないので、單に各國の法律で、外國人の本國の法律でこれと同じような規定があれば宜しいのだということでありました。併しながら私はこの規定はどういうものかと存ずるのであります。というのは、苟くも國家がこういう責任を負うのが當然の原則であるということでありますれば、國民に對してそれを負うのは勿論であります。他國の國民に對しましても、これを負擔するのが當然でありまするから、こういう規定は私は一つ考えなければならんものじやないかと存ずるのであります。現にこれは發生いたす可能性のある外國人との間の問題を考えますと、英、米、中華、ロシアこれらの國々の法律にそういう規定があるかどうか、參考資料によつて分るのもございまするけれども、はつきりいたさんのもございます。殊に外國人に對して必ず責任を負うといつたような、そういう規定は參考資料にもないようでございますので、いずれにいたしましても、その邊の法律がどうなつているかということも、序でにお尋ねしたいと存ずるのであります。一體こういう規定がございますると、國家が損害賠償の訴えができることを認めているということならば、それで問題は解決すると存じまするが、そういう方法がありませんと、得てしてこれが外交問題になつたりすることがあると存ずるのであります。むしろこういう門戸閉鎖的な規定を置かないで、廣く外國に對しても救済を與えてやるといつた方が妥當ではないかと存ぜられるのでありますが、その點、御見解を伺いたいと思います。
#19
○政府委員(奧野健一君) 第一點は第二條の問題でありまして、第二條第二項の問題であります。これはこの前お話申しましたように、公の營造物の設置管理をやつた、工事を請負つたような者が、工事のやり方が悪いというために、結局そういう損害を生じて國が賠償をするというふうなことになつた場合に、その原因は本をただせば、その工事人にあるというような場合に、これらの者に對して求償權があるということを書いたわけでありますが、これは御承知のように民法の七百十七條の第二項にもそういう規定があるのを踏襲しただけのことであります。この規定がなくても、これは一般原則によつて債務不履行なり不法行爲になりますから、結局は求償ができるのではないかというふうに思うのでありますが、特に念のために規定いたしたわけであります。勿論責任に任ずべき者があるときという意味で、これは工事請負人のみを言うのでなくて、今お示しのように、その管理若しくは設置、主に管理に當る公務員が過失か何かでその營造物に瑕疵を與えたというふうな結果を招いたような場合においては、その公務員もこれに入るのではないかということでありまするが、恐らくその場合も入ると思いますが、その場合は要するに、營造物に對する一種の不法行爲でありますから、そういう場合には、一般の理論に從つて、公務員に對して勿論損害賠償の請求ができるものというふうに考えます。ただそういつた場合に、第一條第二項との均衡上、第一條で求償するのは故意又は重大な過失がなければ求償ができないのに、第二條でそういう公務員に求償する場合を考えますと、單なる過失で求償ができるということになつたのでは、均衡が取れないのではないかという御質問であります。この點は、第一條の場合は、公權力の行使の場合で、これは人の意思に反して損害を原則として伴うものであるので、これは單なる第二條の場合の營造物の管理の場合とは非常に違うのが當然の性質でありますから、この場合に差異が生じてもいたし方がないのではないかというふうに考えているわけであります。
 次に第三條の費用負擔者と管理者が違う場合に費用負擔者に賠償責任を負わすというのは不當で、むしろ、兩方に負擔せしめていいのではないかというふうな御意見を承わりましたが、成る程双方に賠償責任があるということにいたすことが最も人權の保障ということになろうかと考えるのでありまして、この點はこの前からいろいろ政府の考えも申上げておるわけであります。ただ結局はこの場合にそういう損害の費用の負擔ということになつて、結局は費用負擔者が負擔すべきものであるということになれば、直截簡明にその費用負擔者が直接損害賠償を個人に對してしなければならないということにしておくことが明快ではないかということで、三條ができたわけであります。判例は或いはこれと反對に、そういう場合に費用負擔者に責任がないといつたような判例もあるように記憶いたしております。又國を相手にすべきか、費用負擔者である公共國體を相手にすべきかというようなことについても、いろいろ問題があるので、そういう點はただ便宜上費用負擔者を表に直接出すということを規定いたしたに外ならないのであります。この點については衆議院におきましても、参議院におきましても、この點は委員會でいろいろ御審議の上決定を頂きたいということを申上げまして、實は参議院におきましては、やはり費用負擔者も費用を負擔するというふうに、費用を負擔する者がというのを、費用を負擔する者もその損害を賠償する責に任ず、という修正案が自由黨から出たのであります。又第一條につきましても、故意又は過失の立證責任を逆に國に負わす。いわゆる「故意又は過失によつて」云々といふところをそれを一應削除して、但書に故意又は過失のなかつたことを證明した場合はこの限りにあらず、いわゆる賠償責任がないというふうに修正すること。この二點について修正案が自由黨から出ましたが、討論採決の結果、修正案が否決になりまして、原案通りになつておるのでありまして、政府といたしましては、もう既に衆議院ではそういうことになつておる以上は、原案を主張いたさなければならないような立場になつておるのでありまして、できればこの原案通りお願いいたしたいと考えておるのでありますが、三條というのは、そういう今までいろいろ問題があつたから、費用負擔者に、むしろ外部に對しても費用負擔者が損害賠償の責に任ずるということに明確ならしめるという趣旨に外ならないのであります。
 次に六條の問題でありますが、これは我々も憲法がすべての人に對して損害賠償を與える趣旨だとすれば、外國人だけに對して、たとえその國でそういつたような制度のない國の外國人でありましても、我が國においては平等に差別待遇をすべきものではないという議論もいろいろあつたのでありますが、結局憲法はやはり法律で決めるということになつておりまして、法律でこういうふうに決めることは、これは憲法違反ではなかろうというふうに考える。殊にその國で例えば日本人がその國に行つた場合、何らの國家に對する賠償請求權がないのに、日本が進んでそういうふうな國人に對してまで賠償責任を負う必要もないのではないかということで六條を入れたわけであります。六條は必ずしも憲法に違反したというふうに考えてないわけであります。
#20
○松井道夫君 外國の、英米人、中國人、ロシヤ人は、この賠償が得られることになるかどうか、ちよつとその點を伺います。
#21
○政府委員(奧野健一君) 英米にないことは、そこに資料に差上げておるわけでありますが、その他の國の點につきましては、今即座にはちよつとお答えができませんから、いずれ調べがつきましたらお答えいたします。
#22
○齋武雄君 私は三四點質問したいと思います。先ず第二條でありますが、第二條は無過失責任を規定しておるのであるかどうか。第一條には「故意又は過失によつて」ということがありますが、第二條にはそういう言葉がないのであります。そうするというと、第二條は無過失責任を問うておるのである、こういう意味であるかどうか。
 それから第二條について、營造物ということは、これは物の場合を言うのでありましようが、營造物の瑕疵と人の行爲が競合したような場合を想像されるのであります。それはどういうことかというに、國家の經營の醫療設備に不備があつた、瑕疵があつた、それを醫者が不注意にもそのまま使用した。そのために病人が死亡したとか或いは病が重くなつて損害を生じたという場合において、その設備と醫者の不注意ということが競合するのではないかと考えるのであります。例えば最初においては設備が完全なものであつても、だんだん瑕疵があるようになつて不完全になつた。それを醫者が注意をせずにその機械を使つたために損害を與えた。こういうような、人の行爲と營造物が競合された場合においては、第一條に行くのであるか、第二條に行くのであるか。私は第一條の場合は公權力であるから、無論第二條であると考えるのでありますが、その點を明らかにして頂きたいのであります。
 それから第三には第三條でありますが、第三條の現在における具體例を、一つでも二つでもよろしうございますが、ありましたらお伺いしたいのであります。
 最後には第一條であります。これは何度も、お聽きいたしまして、甚だくどいようでありますが、衆議院においては、故意、過失ということを取つて、無過失責任という自由黨から修正案が出たということでありますが、私個人としては、そういうことを考えておらないのであります。故意又は過失は必要であつて、違法という文字に私は考えを持つておるのであります。憲法十七條には、不法行爲によつて公務員が損害を與えたときには國家が賠償する責任があると、こういう點が規定されまして、不法行爲ということは、故意、過失によつて他人の權利を侵害して損害を與えたということは、憲法上の原則でありまして、故意、過失は不法行爲の原則であります。それでありますから私は、憲法で不法行爲と書いた以上は、故意、過失を取れというようなことは主張しないのでありまして、憲法においては故意又は過失のほかに違法ということを言つておるのでありますから、この違法が私は問題になるのであります。それで先程お伺いいたしましたが、いま一度念をおしておきたいのでありますが、その御答辯によつてこれを修正するかどうかということを我々は考えなければならないのであります。それで、くどいようでありますがお伺いするのでありますが、形式上適法行爲とみなされるようなことであつても、故意、過失によつて損害を與えた場合においては、それは違法行爲であるという御答辯を得れば結構でありますが、そのように承知したのでありますが、そう考えて宜しうございますかどうか、例えば具體的に言いますと、先程大野さんが言つた通り、あれは非常に憎い奴だ、或いは非常に注意を缺いてなんにもないのに檢事が強制處分をした、それは形式上適法行爲でありましよう、併しながら不注意によつて或いは故意に勾留状を發し、強制處分をしたのでありまして、そのために我々は自由を拘束され、人權を侵害され、名譽を毀損され、非常な損害を受けるのであります。そういう場合においては、例を指して言うのでありますが、形式上適法行爲と見られる行爲であつても、故意過失によつて他人の權利を侵害し、損害を加えた場合においては、それはここに言う違法に該當するのであるかどうかということを重ねてお伺いするのであります。
#23
○政府委員(奧野健一君) 第一點は、策二條で營造物の設置又は管理の瑕疵と、それから人的なものが競合した場合にどうなるかというお尋であつたと思いますが、これは勿論營造物は物的營造物に限られておるのでありますが、その設置又は管理に瑕疵があつてそれが原因になつて他人に損害を生ぜしめた場合、その間に所請相當因果關係が認められます以上は、これは他人の行爲が中に介在しても、要するに因果關係が認められる以上は、第二條の適用があるというふうに考えております、尚その前に、第二條は無過失責任を規定しておるのかというお尋でありますが、これは仰せのように無過失責任を規定しておるのでありまして、七百十七條の但書のような規定が適用がないというつもりでおります。
 それから次には第三條の具體的な例というお話でありますが、例えば河川法等におきましては、河川は地方行政廳においてこれを管理することになつておりますが、河川に關する費用は府縣の負擔とす、というので、管理者は地方行政廳でありますが、費用は府縣の公共團體の負擔になつておる。こういうのが具體的な例であります。そういう場合に府縣が損害の賠償の被告になるという趣旨であります。
 それから最後に第一條の問題でありますが、これはこの前から度々申上げておりますように故意、過失ということはあくまで主觀的な要件で、違法というのは行爲の客観的な問題であつて、この關係は故意過失によつて損害を生ずると、それが違法である場合とない場合とあるわけで、違法でない場合にはたとえその行爲の結果によつて、他人が損害を蒙むつたというようなことが分つておつても、それが適法な行爲の場合においては本條の適用がない。それが違法な場合に限つて、本條の適用があるということになつて、故意過失という観念と違法という観念が違う觀念であるということは、この前から申上げた通りでありますが、然らば形式上は適法な形式を備えておつても、或いは故意に犯罪もないのに拘わらず、それを知りながら勾留をするというふうな場合は、形式上は勾留状によつて勾留するのだから適法である。そういう場合に一條に該當するかどうかという問題でありますが、これは形式上は適法に見えても、結局犯罪も全然ないのにこれを知りながら勾留するということは、やはりそれは實質的において違法であろうと考えます。適法という形式に缺けて、實質上違法な場合には、勿論そう考えることについて故意若しくは過失があつた場合には、本條の適用があるという考であります。
#24
○小川友三君 今の第一條の問題につきまして簡單にお伺い申上げます。實例を色々申上げますから、聞いて頂きます。今の齋議員のおつしやつた通り、違法によりということですが、全國の警察が一千三百近くありますが、そこに留められる大多數の國民は住民不定浮浪罪という名前をつけられて留められておるのであります。相當まじめな人を警察官が故意に留置する場合に、あの野郎憎い奴だから一つぶち込んでやれという前提の下に毎年何萬、何十萬の良民が留置場にぶち込まれております。そうして新聞が大々的に誰々が留置されたということを報道しまして、中にはそれが爲に家族は自殺する、本人は首を縊るという類例は非常に多いのでありまして、それを依然として、當局が續行される意思があるかないかは分かりませんが、大體あるものと見られるような虞れがあるのは、この常任委員會において政府當局は、これを削ると係官が臆病になつて搜査上非常に困るからということを毎囘承わつておるのであります。檢事は令状を出さずしておるものを、警察官がどんどん引張つて行つてぶち込むという例は、恐らく東京の警察においては今留置されておる者の最大多數の者が實際は住所ははつきりしておつた人でも住所不定浮浪罪で留められておる筈であると私は推察するのであります。それを續行せんとしまして第一條はそうしたことかついておるのであるとしたならば、それは甚だ残念な次第でありまして、依然として憲法第十七條の條項を訂正して頂くか、齋議員のおつしやつた故意又は過失によつてというだけを残して頂きまして、違法にということを削つて頂くということが一番新憲法にふさわしい正しいことであると私は信じますので、政府御當局は實際、確實なる住所のある者が住所不定浮浪罪で留められておる幾多の事實を知つておるかいないかというここからお伺いしまして、質問を續けます。
#25
○政府委員(奧野健一君) 確實に住所を持つておる者、ただその者を憎むというふうな考えから事實住所を確實に持つておるにも拘わらず浮浪罪ということで檢束をして損害を加えるというような場合は勿論第一條に該當するものと考えております。
#26
○鬼丸義齊君 私は前囘の委員會におきまして、司法大臣から御答辯を伺つたのでありまするが、憲法第四十條によりまして、不當拘束者に對しまする補償の方法は、刑事訴訟法の改正と相俟つて作られる筈である。その豫定であるということを御答辯になりました。ところがこの憲法の四十條によりますると、拘禁或いは抑留等によりまして、抑留されましたる者が、後に裁判の結果無罪となりましたる場合のみに對して賠償の責任のあることに規定されております。先程來委員の方より質問されましたる勾留状による檢束によつて、勾留によつて、それが後に全然罪なくして勾留されておつたということがはつきりいたしました場合には、やはりこの本則によつて國は賠償する、こういうふうに先程御答辯がありました。これは大變私は紛更を來すような感がいたします。同じく不當拘束に對しまする國家の賠償が、一つは不當であるが故に、刑事訴訟法の規定により、新しく新法を作られますその刑事訴訟法の中に作られまするとすれば、今の刑事訴訟法でありまするが、その法によつて賠償をし、然らざるものの不當拘束は賠償によつて賠償をするということになりますると、同じ不當拘束なるに拘わらず甚だ兩者條件も違いましようし、或いは又いろいろな場合が生じて參りますので、非常に紛更を來すような感がいたしまするが、この點に對しまして、政府は憲法四十條によつて、そのいわゆる規定の結果として定められまする賠償の規定はどの範圍において定められる御方針であるか。或いは又、只今御答辯のありました如くに、四十條に規定されたる結果として定められる賠償法のことは、これは起訴後の無罪に對しまするもののみを含むものでなくて、その他總べてやはり賠償法によつて責任ある場合には國家が賠償すると、こういうふうに解してよろしいものであるか、私は違法とか、或いは故意過失という問題はしばしば論じられたところでありまするから別といたしまして、違法という問題に對しまする先程來の政府委員の御説明によりますと、ますます私は不可解なことが生じて參ると思います。例えば單り檢事の勾留に拘わりませず、例えば只今の勾留状の規定によりまして、勾留については原則として二ケ月以上に及ぶことができないというようなことがありました場合、逃走若しくは證據湮滅等の場合の外に概して拘束をせないということが刑事訴訟法の原則であると思います。それにも拘わりませず、二ケ月の期限が終りまして、幾度かこれを更新されておりますことが現在の實際であります。現在も殆んど各裁判所は、滔々としてこれを行われておりますることは明らかなる違法であります。法の目的とするところは逃走或いは證據湮滅というものを防がんがために勾留を許されておるのであります。然るにも拘わりませず、最初から總べての事實を認めておりましても、更に逃走の虞れも何もない者に對しまして、數ケ月、甚だしきは年を越えまするような事件が澤山ございます。これらのものは明らかにこのいわゆる先程來の政府委員の御答辯に從いまするならば、やはり檢事の不當拘束の場合と同様に國家は賠償の責任を負わなければならんことになると思います。そこで私は憲法の四十條によりまするような場合は、これは當然無過失責任によつて、國家が賠償の責に任ずるようなことになると思います。憲法の趣旨に從えば、無罪の結果を得ればそれを賠償するというのでありますから、これは當然無過失の規定になると思います。只今政府委員の御答辯にありまするが如くに、檢事の勾留が犯罪ありとして搜査にかかつたところが、勾留せられた結果は遂に罪がなかつたというような場合に、國が賠償の責めがそのままあるといたしましたならば、やはりこれはその間に或いは故意過失という條件が加わることによつて賠償の責任があることになりますると、非常に大きな實は結果となりやしないかと憂うるのであります。私はその行爲自體が、職權によつて例えば勾留状を發する、その勾留状を發すること自體それが違法でないとしても、いわゆる結果が無罪の事件だつたと假にいたしましても、いわゆるそこが違法という第二の要件に掛つて來ることによつて賠償の範圍が非常にこれは少くなるのじやないかということを憂えるのであります。先程來の御答辯によりまして、そうした場合において、犯罪搜査權によつて勾留状を發し得るということは、そこらは職務行爲であるが、去りながら、裁判の結果無罪である、無罪の者を掴えて入れたということは違法であるということになれば、責任があるということになりますれば、これこそ大變なことになると思います。例えばそれとやはり刑事訴訟法におきまする勾留状の更新以後におきまする行爲の如きも、擧げてやはり違法行爲とういことになるとも思います。その點に對しまする政府の確たる一つ御所見を伺いたいと思います。
 尚又私は、先囘の委員會において司法大臣が答辯されておりました如くに、不當拘束によりまするものは、只今も小川委員の申されましたる如くに、警察の拘留におきましても、檢束におきましても、苟しくも不當なる拘束というものは擧げて一つに纏めるか、然らざれは憲法四十條の規定の結果によります賠償にいたしましても、いずれか一つに、私は全部不當拘束がそれに入る、或いは又、これらは格別に規定するのでなくして、總て一括して國家賠償の法というものを纏めて規定するということが考えられないのであるかどうかということにつきましては、非常な責は国家として私は大きい問題だと考えます。即答、若しなんといたしましたならば、即答がどうかといたしまするならば、特に私はこの點は尚愼重に御研究を要することじやないかと存じます。御所見を伺い得ますならば伺いたいと思います。
#27
○政府委員(奧野健一君) 刑事補償の關係につきましては、憲法四十條で規定をされて、これに基いて、現在の刑事補償法は將來改正されることになろうかと思います。この本法は十七條から基いたものでありまして、これを一本に纏める、或いは不當勾留、拘束の場合だけを特に刑事償法と一緒に纏めるということにつきましては、お説の理由のあるように考えられますので、この點は更に將來研究いたしたいと考えます。ただ刑事補償法の建前は苟くも無罪の裁判を受けた場合は、假令何等の無過失であつても、或いは又假令損害がなくても刑事補償法によつて國が補償をするというのでありまして、即ち故意、過失というような要件もいらなければ、損害の發生ということも要件になつていない。そこで起訴後いわゆる無罪の裁判のあつた場合でも、そこに公務員の故意、過失があり損害があるという場合には、刑事補償法の外に、更に重ねて本法の適用があつて、更に損害賠償の請求ができるものであり、いわゆる刑事補償法と本法とは相兩立する、妨げない行き方。兩方が適用があつて然るべきものであるという考であります。そういたしますと不當勾留、或いは勾留更新というような問題を御指摘になりましたが、やはりそういう場合に明かにそういう拘留の原因がないにも拘わらず、故意に或いは過失でそういうことをやつたというふうな場合には、やはり本法の適用があるということになろうかと考えます。ただ刑事補償と、或いは勾留拘禁の場合だけを刑事補償法と同じグループにして立法をして、この法律の中から、いわゆる勾留拘禁というようなことによる故意過失のあつたような場合の損害賠償のことは、この法律から外して刑事補償法と一緒に又別に規定をするというようなことはこれはやつてやれないことはない問題であろうかと思うのでありまして、この點はいずれ刑事補償法の改正が近く行われると思いますが、その際に更に取上げて研究してみたいと考えております。
#28
○鬼丸義齊君 私は今囘提案されました國家補償法の一條の點について違法というものをかように考えておつたのであります。檢事は一つの犯罪搜査權を持つておるものである。その捜査權に基ずいて犯罪ありと信じたことが、故意又は過失によつて一つの誤りであつた。併しながら一旦は善意に犯罪ありと信じて勾留状を發したというような場合においては、やはり検事はその驗權に基ずく行爲であるからそれ自體は私は違法にならないのじやないかと、かように實は考えておつたのであります。若しそれがそうしたような場合であつても、本法に言う違法になる。結果において形式的においていわゆる權限に基ずくものだとして、たとえ結果において無罪なら無罪ということで無罪事件を勾留したという一事によつて直ちに本法によつて賠償の責任が生じて來るといたしましたならば、それはもう心配はないのです。これはそうでなくしてやはり權限に基ずきます行爲によつて一つの寃罪者を拘禁したというような場合にはやはりそれは捜査權の權力に基ずきます一つの行爲であるから違法な行爲でないのだこういうふうに取られるのじやないかと思います。尚又そうしたいわゆる寃罪者を拘束いたしました場合における結果といたしましては、結果を總ての標準とするならば、ここにいわゆる憲法の四十條が裁判の結果無罪となつた場合に賠償の責任があるごとくになつておりまするが、そうした犯罪嫌疑に對しまする場合にその結果がはつきりいたしまするのは裁判でなければはつきりしないのであります。同じく嫌疑勾留によります場合においてもそれが起訴に至らざる前には犯罪の嫌疑が十分でない場合、いわゆる證振不十分の場合、或いは又無罪にしてそれ程大げさなる取り扱いをしなくてもよかつたにも拘わらず、不當なる、過當なる嫌疑をかけて、それがために終に勾留更新の手續をなして、本人に迷惑を掛けたということもこれに含むことになりますと、その違のことが大變紛更して來ると思います。私は檢事の捜査權によつて、捜査權の範圍によつて一つの勾留状の請求をなし。勾留したということは違法な手續ではないと思う。それ故に私は違法ということに入りやしないかということを憂えて、先般來數度のお尋ねをいたしたのでありますが、その點は政府の御所見として、結果が、いわゆる勾留すべからずものを勾留したという結果さえ得るならば、その外にいわゆる故意、過失ということがあつたならば、當然これに入るものだとして解してよいのであるかどうか。それを重ねてお尋ねしたいと思います。
#29
○政府委員(奧野健一君) 檢事の拘束した後、裁判によつて無罪になつたからといつて、悉くその勾留者が違法であるというものではないと考えています。要するに、その檢事が犯罪の嫌疑ありと考え、その考えることが相當な理由があり、そこに故意或いは過失というものが全然なくて、相當の理由によつて嫌疑がありと考えて拘束したのであるが、裁判の結果無罪であるというような場合はやはりこれは適法な行爲として國の賠償責任は起らないというふうに考えております。その場合に、檢事に故意又は過失によつて犯罪ありというふうに考えた結果がそういうことになるということであれば、本條の適用があるというふうに考えます。
#30
○鬼丸義齊君 私の何はどうも十分に盡さなかつたと思いますが、檢事が嫌疑を、檢事の捜査によつて犯罪ありと信じ、起訴いたしまして、裁判の結果無罪となりました場合は、これはもうこれには入らない。國家賠償法に入らないのは當然であります。又假に新しく憲法四十條の規定によつて救われるといたしましても、當然賠償法に入らないのはいうまでもないと思います。私はその點を尋ねておるのではなくて、起訴前の、檢事が犯罪ありと信じ、勾留状を發して檢束した。然るに調べた結果は罪がなかつたという場合には、先般來他の委員のお尋ねに對して政府委員としては、賠償するのだ。その外に故意若しくは過失という條件を、具えるならば……併しながらそれとするならば、私はそうしたように故意或いは過失というものがあるとしても、檢事が犯罪ありと信じて、いわゆる嫌疑を掛けて、捜査を開始し勾留状を發したという行爲自體は違法ではないと、かように私は思つておつた。その點は檢事は違法ではなくて、自分の適法行爲によつて捜査をやつたが結果によつて無罪のものを起訴前において勾留したということになるならば責任があるのだ。又それに對しては賠償すべきものであるということになりまするならば、若しも最初は違法の手續によらずして適法なる手續によつたけれども、實は結果において非常な間違つた、いわゆる勾留をやつたということが起る場合に、國が責任を取ると非常な紛更を來す虞れがあると思いますから、これを重ねてお伺いしたいのであります。起訴前におきまする問題はこれに全然入りませんから、それをかれこれ申すのではありません。その點をお尋ねします。
#31
○政府委員(奧野健一君) 起訴前におきましても、調べた結果が、起訴するにいたらなかつたということが明日になつたからと言つて、常にその拘束が違法な行爲であるということには必ずしもならないので、その場合にこれは始めから罪とならんということを知つて勾留状を求め、そういう形式上適法な手續で拘束したというふうな場合でも、初めからそういうことを、假に故意の場合を考えて見ますて、故意に初めから犯罪にもなんにもならないことを知りながら、判事の令状を求めてこれを拘束したという場合、拘束それ自體が恰も適法な行爲によつてのように表面上は見えますが、それは實質上は檢事の職權の濫用であり、これは違法であるというふうに見るべきものだというふうに考えます。要するに惡意を以て故意を以つて全然犯罪にならないということを確信して置きながら、これを勾留するという勾留自體は、勾留状によつて勾留するのであるから、適法のように見えますが、これは檢事の職權の濫用であり、適法な勾留であるというのではなくて、それは違法な行爲であるというふうに見ているのではないかと思います。ただ後でよく調べて見たところが、初めは犯罪ありと考え、又考えることに相當な理由があつて、そう考えるのは無理でない、過失がないというふうなことで取調を進めた結果、犯罪のないことが明らかになつてという場合は、これは適法な行爲であつて、國の賠償、本法の適用を受けないというふうに考えております。
#32
○鬼丸義齊君 今の政府委員の御説明のように、罪なくして故意に拘束いたしました時は、これは當然逮捕監禁で涜職罪になりますから、これはなん等の疑問はないのであります。併しながらその犯罪の嫌疑をかけること自體に對して、檢事がいわゆる故意、過失によつて、いわゆる過大なる嫌疑をかけたことによつて、拘束をし、それが全然罪なかりしものと明かになつた場合、この場合にはやはり本法によつて賠償の責がある。こういうふうに解して宜しうございますか。
#33
○委員長(伊藤修君) 今政府委員の御答辯中、職權濫用という言葉を使いましたが、違法という内容が職權濫用で盡きるのか、職權濫用がその一部になるのか、鬼丸さんの疑義はそこにありますから、その點を明らかにして頂きたい。
#34
○政府委員(奧野健一君) 職權濫用という言葉が、或いは誤解があつたかと思います。要するに判事の勾留状を求めて、勾留なり拘禁なりするということ自體は形式的表面上は適法であるのでありますが、これがそういうことを利用して、その方法によつて、實は全然犯罪がないということが初めから分つておるのに、そういう適法らしき手段を用いて拘禁をするということの結果、その權利の濫用と申しますか、職權の濫用、そういう意味で職權の濫用ということを申したわけで、その場合は表面上は恰も適法であるかのようであるが、これはやはり違法という範疇に入るものであろう、從つて本法の適用がある、というふうに今申上げたつもりであります。
#35
○齋武雄君 その場合は故意という例を引いたのであつて、過失の場合は今例を引かないのでありますが、それをはつきりしておきたいのであります。今の場合故意という場合を例にしたので、過失の場合ということは犯罪を認定することについて相當の注意をした、相當の注意をして、これは犯罪がありと思料した場合には、無論後で放してもなんにもならない、この法は適用されないけれども、犯罪を認定するについて注意を缺いたという場合にのみこれは適用があるのであつて、今の場合は故意の場合の御説明だというふうに了解して結構でありますか、そこをはつきりして頂きたいと思います。
#36
○委員長(伊藤修君) 過失の場合を釋明して下さい。
#37
○政府委員(奧野健一君) その點になると甚だ微妙な問題になると思いますが、元來檢事は犯罪ありと思料するときは、捜査權ありということになつておるのでありますから、檢事が犯罪ありと思料するときは捜査權が適法に與えられておるのであります。ところが從つて犯罪ありと思料さるべきような場合であれば、違法性がないということに解釋上なるものと思います。この犯罪ありと思料するということについて、更に故意又は過失があれば本法の適用があるというので、故意の場合は極めて明白でありますが、過失ということになると非常に微妙になつて參るのでありますが、理論としては故意の場合も過失の場合も同樣であるというふうに言わなければならないと思います。
#38
○齋武雄君 有難うございました。
#39
○大野幸一君 もう一點ちよつと伺いたいのですが、費用負擔者が二人ある時には、この立法趣旨から言つて、いわゆる眞正連帶債務として費用負擔者に對して請求するという、こういう場合、それからその内部關係、或はその割合に差等があつても被害者を保護する意味から、双方に對して全部を各自に、いわゆる各自連帶債務として請求できるか。それからもう一つ管理選任監督者と費用負擔者が共に費用を負擔する場合も同樣と解して差支えないでしようかということをお伺いいたします。
#40
○政府委員(奧野健一君) 費用負擔者が複數である場合には、それはやはり連帶して實に任すべきものというふうに考えております。その内部的な割合に拘わらず、連帶的に責任があるというふうに考えております。然らば今度は費用負擔者と、それから管理者が兩方が費用を負擔する場合はどうなるかという問題でありますが、その場合も双方が連帶責任があるというふうに解釋できると考えております。
#41
○委員長(伊藤修君) ではこの程度におきまして質疑を他日に讓りまして、後は懇談會におきましてこの法案に對しての修正若しくは取扱方法について御協議申上げたいと存じます。
 御報告を申上げておきたいことがあるのですが、昨日御決定を煩しました婦人の純血性の證人を喚問する件につきまして、專門調査員の方の御努力によつて、斯界の權威者を二名調べて頂きましたが、一名は慶應義塾大學教授産婦人科擔當安藤盡一氏、この方は内務省純血促進運動の委員にして産兒制限、男女問題の斯界の權威者として自他共に許されるところの大家で、全くの權威者であるということであります。もう一人は醫學博士で厚生省婦人子供保護局長山本杉君であります。同博士は東京女子醫專出身の女醫にして自由學園系統のお方であるらしいのです。この人も内務省純血促進運動の委員であります。兩氏を證人として喚問したいと思います。
#42
○松井道夫君 希望があるのですが、血液の大家で金澤の醫大から今度東京へ來られた古畑博士もお願いしたいのであります。
#43
○委員長(伊藤修君) では古畑博士を呼ぶことにいたします。期日は十九日にいたしたいと思います。それから明日は少委員會を午前十時から開きます。本日はこの程度にて散會いたします。
   午後四時五十五分散會
 出席者は左の通り。
   假委員長    伊藤  修君
   委員
           松井 道夫君
           大野 幸一君
           齋  武雄君
           鬼丸 義齊君
           小川 友三君
           來馬 琢道君
           松村眞一郎君
           阿竹齋次郎君
  政府委員
   司法事務官
   (民事局長)  奧野 健一君
ソース: 国立国会図書館
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