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1947/10/18 第1回国会 参議院 参議院会議録情報 第001回国会 鉱工業委員会 第14号
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1947/10/18 第1回国会 参議院

参議院会議録情報 第001回国会 鉱工業委員会 第14号

#1
第001回国会 鉱工業委員会 第14号
   公 聽 会
  ―――――――――――――
昭和二十二年十月十八日(土曜日)
   午前十時二十四分開会
  ―――――――――――――
  本日の会議に付した事件
○臨時石炭鉱業管理法案
  ―――――――――――――
#2
○委員長(稻垣平太郎君) これより前会に引続き公聽会を開催いたします。前会は石炭鉱業界の経営者の方々並びに労組の方々の御意見を拜聽いたしたのでありまするが、本日は学識経驗者の方々並びに一般お申込の公述人の方方のお話を承ることに相成つておるのであります。前会に申上げましたように、本日議題になつておりまする臨時石炭鉱業管理法案につきましては、石炭の増産が経済復興、民生安定のために不可欠のものでありまして、これに対して政府といたしましては、その緊急措置として本法案を提出せられたということであります。從つて本法案は石炭増産の緊急措置として果して適当なるや否やということを我々委員会といたしましては審議いたしておる次第でありまするが、皆樣方の御経驗によるお話、又一般の側から御覽になりましたお話を拜聽いたしまして、我々の審査の尊い資料といたしたいと存ずる次第であります。何卒そのお含みにて忌憚なき御意見を拜聽いたしたいと存ずる次第であります。尚お話を伺いまする時間は、お一人の持時間を三十分以内にお願いいたしたいと存ずるのでありまして、尚お話の順序は私から御指名申上げることにいたしたいと存じます。さよう御承知置きを願いたいのであります。
 それではこれより公聽会に入ります。先ず第一には東京帝國大学教授、工学博士、佐野秀之助君にお話を伺いたいと存じます。
#3
○公述人(佐野秀之助君) 簡單に考えておりまするところを申述べます。炭鉱國営或いは國管ということは、実例もあることでありまして、イギリスでは昨年から炭鉱國有化が実施されるということに相成つておりまするし、又ずつと前からドイツ、オランダ、オーストリー、ハンガリー、チェコなどの諸國にも國営の炭鉱がありまして、或いは資金の國家負担とか、或いは模範炭鉱としての技術経営指導とか、それぞれの目的に應じまして、その國営國管による使命を果しております。我が國の炭鉱は炭層又炭量共に貧弱でありまして、今後坑内は段々深くなつて参りまするし、又島國でありまする関係から海の下に相当の炭田が存在しておる。この海の下の採炭区域が段々延びて來る、保安の上からもいろいろ困難を増して参りまするので、天然條件だけから考えましても、民間経営が段々困難になつて來るという傾向が強いのでありまして、將來とも何らかの形で國の援助が要求せられるものと考えられます。從つて必要の地域には國営、國管も問題になつて來ると思われるのであります。今回石炭の差迫つた救國増産、國を救う増産のために國の力をいたす手段といたしまして、國家の管理を眞に必要といたしまするならば、又眞に増産を実現し得る管理案でありまするならば、敢て國家管理を行うに異議はありません。併し今回の臨時石炭鉱業管理法案につきましては、この原案の通りの実施によりまして、確実に能率増進による石炭増産ができると、そう断言する結論には私は達し得ないのであります。この原案には重要なことで明記されない不明な点がありまするし、又記載されておることにも考究を要する点が少なくないと考えます。例えば技術の点から考えましても、増産に重要な炭鉱技術、即ち増産と申しましても技術の正道、技術の正しい道による増産でなければならないので、例えば保安炭柱を拂うような、後は野となれ山となれというような増産は決して國を救うものではないのであります。技術の正道によつて將來の出炭を確保するという増産でなければならんと考えます。石炭は動植物と違つて、一度掘れば再び生じないもので、繁殖の道のないものでありまするから、採掘法が不適当であるために石炭を残りなく取ることができないで、相当量の石炭が徒らに地中に捨て去られるというようなことになれば、大切な地下資源を廃滅するもので、許されないことであります。又数百メートルの深い坑内で地盤の大きな重量で坑内が押し潰されないように坑内を維持する、危險な坑内ガスの爆発或いは坑内自然発火、石炭が自然に熱を以て火災に至る、或いは海の下の採掘で、坑内と海が連絡しまして、海水が坑内に浸入いたしまするとか、又常盤炭田のように坑内に不時の出水、温泉を伴なつて坑内が水沒するというなどの危險の防止のためには、坑内保安の万全を期さなければならないのであります。それらのためには技術的の長期計画が立てられること、即ち國に國是があるように、炭山には山是が立てられることが是非必要であります。又炭層状態、坑内状態は炭鉱毎に異なつておりまして、決して一樣ではないのでありまするから、それに應じて各炭鉱毎にそれぞれ適当な技術、独り採掘の技術のみならず、それに伴つて必要な機械、電氣、土木などの技術が結集されまして、適当な採掘を坑内の機械、施設の科学化によらなければ、十分の能率を挙げ得ないのであります。かく技術の正しき道による、正道による増産でなければならないためには、技術の力を十分に発揮し得る太い筋金が管理法案に入らなければならんと思われるのであります。原案には一言も技術の発展、又技術者について触れておりません。又山是たる技術の長期計画については、原案では一年以内の事業計画に終始いたしまして、長期技術計画の確立が保証されておりません。かく挙げ得まするように、技術の点だけから申しましても、原案のままでは賛成できない。原案では技術の正しき道による出炭増加が確実にできるということを断言し得ないのでありますが、それで私は原案のままでは不賛成であります。併しこれは日本石炭鉱業を左右いたしまする重大問題でありまするから、管理案はもつと廣い見地から十分研究されることを希望いたします。増産のための管理案といたしましては、必ずしも原案のごときものに限るとは考えられません。例えば原案は炭鉱を單位とする管理でありまして、横割の管理案とも言えるのでありますが、それに対しまして増産に緊要な重大事項を單位とする事項別管理、即ち縦割管理案とも言うものを考えられるのではなかろうか、GHQから示されておる六項目、あとの各項目につきまして、管理に至るまでもなく解決する項目はよろしいが、必要ならば管理にまで至り得るという事項別管理案、これならば各事項毎に管理の方法につきましても、又管理の年数につきましても、それぞれ最も適当な手段を採り得て有効なのではなかろうかとも考えられます。これらを利益代表でない権威ある石炭鉱業專門家の委員会におきまして、管理案は更に十分に研究されんことを希望いたします。
 以上でありますが、要するに繰返しますれば、私といたしましては原案のままでは不賛成である。併し必要な管理を適切に行うということには異議はないのでありますから、管理については更に十分の研究を希望する、そういう次第であります。簡單でありますが……。
#4
○委員長(稻垣平太郎君) 次には元商工事務官、元代議士の伊藤榮一さんにお話を伺いたいと思います。
#5
○公述人(伊藤榮一君) 只今紹介を受けました伊藤でございます。本論に入る前に一言申述べて置きたいと思いますことは、一昨日の十六日に本委員会の傍聽席で傍聽いたしておりますと、このような紙片を渡されました。そこに組合側推薦としまして、私の名前とそれから職業に元商工事務官、元代議士、社、社というのは社会党の意味でしようが書いてあります。商工事務官であつたことは間違いございませんが、私は代議士になつたこともございませんし、社会党に席を置いたこともどの政党に属したこともございません。それから労働組合に関係したこともございませんが、これを申しますのは、私がこれから申述べようとすることについて、こういうことのために結論を予期されることは甚はだ不愉快であります。ここに出て來る前に私はずつと病氣で寢込んでおつた。俄かに電報と速達で受けておりますし、私の経歴は商工事務官、軍需監理官、会社員でありまして、むしろ組合が私を推薦されたということに不思議を感じているのであります。皆さんの誤解を受けると惡いと思いますから、一言申上げます。
 それでは本論に入ります。私は本案に賛成いたします。併し本案が最上のものと思つてはおりませんです。それでこの現在の敗戰國日本ということ、これは余りイデオロギー論に囚われますとうまくございませんけれども、こういうものは如何にして招來したかということを一應考えて見る必要があろうと思います。そうしますと、日本の資本主義というものは、明治維新からこつちに駆け足で、政府、軍閥そういうものとの妥協によりまして、まあ曲りなりにも進展して行つた。それをこれは欧米のようなすつきりした資本主義でなく、妥協封建的に色彩づけられているという姿で段々進んで行きまして、日清戰爭それから日露戰爭、第一次世界大戰、そういうふうに段々日本の資本主義は曲りなりにも発展して行きまして、そうして結局形は少しおかしいのでございますが、高度の何と申しますか、統制と申しますか、発展した段階に到達して、その結果としまして帝國主義戰爭を起した。そうして今日の事態に立至つた。そういうことを考えて見ますと、もう日本の資本主義というものはその実力をテストしているというふうに考えられます。そういう立場に立つて考えますと、戰後の日本の経営の復興というものは、これは社会主義によらなければ方法はないというふうに考えるわけであります。そういうはつきりした立場に立ちまして、石炭初めその他の重要産業を國管に移すということが私は第一番に賛成であります。併しここでイデオロギー論を繰返してもどうにもなりませんのでこの程度にいたします。
 それから第二に私はもう一つ國有國営論を持つております。それはイデオロギー的な立場でなしに、例えば日本でも鉄道或いは逓信の事業はもう数十年の昔から國有になつておるわけであります。これは資本主義経済の初期の段階に社会主義経済に移る困難にある段階におきましてもこういう事業というものは、これは國家の保護助成というものは強力な要素にならねば一般の発展は遂げにくいのではないかというふうに考えるのでございます。特に日本の石炭業は御存知のように非常に豊富なものではございません。九州の一部とそれから北海道にございまして、それも極めて限られております。それから炭増その他の埋藏量も米國見たようによいものではないのであります。これをただ資本家に任せて無秩序に放つておくということはどうかと思われます。
 それから第二番目にこの石炭業は非常に危險が大でございます。特に日本の石炭業の危險の大きさは実に驚くべきものでございます。十万トンの出炭について二人以上の死亡者を出す。これは前商工省におられました山口六平さんが岩波書店から出されました防災科学でも一遍出ました。終戰後はそれ以上上昇しておると思います。それに数倍する死傷がございます。私が炭鉱におりました時の統計、その他全國的の統計、最近のはございませんが、その記憶を申しますと、大体延でございますが、一人一日半ぐらい、或いはどうかすると二日ぐらい怪我しております。そういうふうに危險の程度が大きい。それから坑内は御承知の通りに通風も採光もよくありません。又そこに働く労働省というものは非常に健康を害するわけでございます。それで死傷病の状況は他の工場、或いは事業場に働く者に数倍しております。私今ここに詳細な統計を持つておりませんが、いろいろ年鑑その他を御覧になれば全く事実でありまして、こういうものをただ殆んど資本家の自由に任しておいて放つて宜いのか。掘れるところは利潤追求のために適当なところだけ掘つて、後は放つたらかして、而も怪我人は沢山出す。住宅の方を考えますと、皆さん御承知のように炭鉱ではどこでも納屋と申します。社宅というものは殆んど聞きません。どうかすると労務課長をしておる人でも納屋と申しておるようでございます。これは如何なることを表しておるかといいますと、納屋というものは御承知のように馬や牛が寢る所でございます。それだけの貧弱な設備しかないのでございます。これは如何なる理由に基くか、他にも理由はございましようが、結局資本家の利潤追求に至難なために、そういう点まで及ばんということでございます。それから資本家攻撃になると思いますが、それでは資本家の方は巨大な住宅に住んでおる人が多いのであります。私或る席上で炭鉱の事務長に聽きました。大きい山でありませんが、占領軍の方が九州の町をあつちこつち來られた。ところがそこの炭鉱の経営者の家に行つてみて、その立派なるに驚いたということをはつきり申しております。かくのごとく石炭産業を資本家の自由に任せますと十分な採炭もできない。それから労働者の健康その他に非常に惡いというような極めて大きな弊害があります。又これに関連しますいろいろな弊害がございますが。イデオロギー的なものじやなくしても、これは資本主義経済が盛んであるという時代におきましても、これは交通とか通信と同じように一應切離しまして、國家経営、國有國営というものをやりまして、大所高所から運営して行くということが適当じやないかというふうに思うのでございます。まだその点で論じたい点がございますが、時間もございませんのでその辺で止めます。
 それから臨時石炭鉱業管理法案について、これからこの本文について触れて行きますと、私十六日の傍聽しかしておりませんので、以前のことは分りませんですが、経営権を否認されるということで大変氣にされております。この点が一つでございます。それから官僚が進出しまして、戰時の軍需省の軍需監理官みたいなことになりませんかと思います。私も軍需監理官をやつておつたのでございますが、從來通りで結構だ、それを力強くやつて行けばいい。炭が出ないというのは資材が足らんからだ、いわゆるイデオロギーだ。こんなつまらん臨時石炭鉱業管理法案なんかやる必要はないというようなこと。それから労働者がこの経営に参加しましても、その能力というものが十分であるかどうかということも疑われておる、心配だというような点があつたように思います。それでそういう点についてちよつと触れて参りたいと思います。経営者が経営権のことを氣にしますのは、これは勿論と思いますが、併し私は法律の專門家でもありませんけれども、経営権の、或いは権利の概念というものは、そう何も固定したものでないというふうに私は考えております。やはりその時代の、或はその社会のそのときどきにおいて適当にその範囲というものが解釈せらるべきものではないかというふうに解釈しております。
 それから大きな國家的な高い目的を追求する場合に、つまり石炭産業が大きな公共性を帶びておる、そういう場合に、その経営権というものが從來の概念から多少狭くなりましても、これは止むを得ないものでないかというふうに考えます。
 それからもう一つは、ずつと長くこれでやるというふうには書いておらんようでございます。六十九條では、有効期間は三年とするというようなことを掲げております。これを以て経営権の否認ということは、これは余り古い頭に囚われた考え方ではないかというふうに思つておるわけでございます。
 それから官僚の進出ということを申されます。それで古い官僚の方が、やはりこういう石炭鉱業管理法案というようなものの名において大量に進出しますれば、それは私は当然反対であります。併し法案の内容をよく檢討しますと、主体というものは官僚にあるのではない。いわゆる全管と言いますが、地管と言いますか、皆そういうものに諮ることになつておるということが一つ。それから若しその官僚が権限がありましても、その官僚というものを何処から出すかと申しますと、民間人から出すという規定が大体あるようでございます。そういうふうに局長、或いは局員というものがおりましても從來の官僚のように発揮できない。全管や地管に諮つてこれをやらなければならない。これが一つ官僚の進出ということが抑えられるわけであります。第二番目には、從來のいわゆる職業的な官吏というものを却けめ意味において、半分以上は云々という規定がどこかにあつたようでございます。それから石炭局長というものは、これは本文にはないけれども、大体民間人を登庸するということです。そうすると、民間人というものは官僚と考え方が非常に違います。官僚的な色彩が非常に薄いということが一つ、それから局員となります者は、恐らく今石炭産業に從事しておる各会社の社員だろうと思います。こういう人が大量に入りました場合に、その官僚の從來の氣質をそのまま維持するかどうか、私はそこに非常な変化があるのではないかと思います。それは軍需監理官時代のことはどうかと言いますと、私軍需監理官をやつておりました。九州でやつておりました。その実態をここに御参考までに申上げます。民間から或いは四五名しかなつておりません。この官僚の人の何時もやることでございますが、こういう名前で以ていろいろ官吏を増員します。民間人から採つて実際には民間人を十分に重視しない。從來のいろいろ属とか、或は技手の人を前の高等官の二級に抜擢するために、そういうふうなものを使つておる。それから重要なポストを殆んどこの從來の官僚人が取つてしまう。中に入つていつても非常に仕事がやりにくいというような状況が事実であります。眞面目にやろうと思つても、なかなかやりにくい。それを無理をしても二三の人がやつたわけでありますが、くさつてしまう。ところが今度は違いまして、民間人が大量に入るわけでございます。その場合の局といいますか、官廳のリーダー・シップというものはむしろ民間人の手に落ちるだろうと思います。局長が民間人、局員も大量に民間人であります。それから石炭局長の選任というものは、非常に困難であるということを申しますが、私は現在の官吏に比べますれば、石炭産業界には人材は非常に多いのであります。それから若し見付かりましても、これが非常に運営上困る。非常に苦労するということを言われますが、これは今までの現状でありまして、これは相当の実力がある人が出られれば、そう困難なくして……困難はありませうが、堪えられるものではないかと思います。何故かと申しますと、石炭局長一人で仕事をやるのではありません。そこには民間から多数のエキスパートが抜擢されて、これをカバーします。或いはバツクします。それからこれは経営のことに戻りますが、生産協議会が経営権の一つの中心問題となると思います。この場合の生産協議会の構成、これは指定炭鉱毎に炭鉱管理者はおりますが、この炭鉱管理者というものは、御承知のように企業の経営者がこれは任命するものでございます。その炭鉱管理者が生産協議会の業務委員と言いますか、これを選定するのでございます。その業務委員と、それから労働委員というものの両方で話合の上でやるということになつております。それでもどうもこの業務委員というものは資本家側の方ではなくて工合が惡いというふうな心配をされると、これはもう切りのないことで止むを得ないというふうに私は思います。そういうふうい心配して行けば、それでは今度は炭鉱の管理者も経営者が東京を離れて山におれば、又労働者が付いて心配であるというふうになりますし、これは切りがありません。この場合に決議機関であるかどうかということを昨日も委員の方からも突込まれましたが、これは議を経るということになつております。どうもその点はつきりせんと思いますけれども、疑問機関よりもやはり強いもの、決議機関に近いものじやないかというふうに私は考えております。この場合も、資本家は積極的に、産業に労働者がこの面倒臭いものに参加しまして、そうして生産の増強をはかろうということでございますから、これは非常な労働意欲が向上されておる。又この結果において向上します。これを襟度小にして容れんということは余り大人氣ないのではないかというふうにも考えられるのでございます。まだそういう点につきまして、いろいろ申したいことがございますが、他の点に移ります。
 十六日に私ここで傍聽しておりますと、大体今の労働者側の方の主張も決議機関という問題が一つと、それから全炭鉱を管理の対象にすることはどうかということがありまして、私は決議機関であるということが非常に大事であるんじやないかと思います。なぜかと申しますと、決議機関であれば労働者は自分たちがそれに入つて決議したのだというので非常に大きな責任を感ずる。責任を感ずるということは、実際の労働には非常に大きな影響を與えるというふうに考えております。それから全炭鉱の管理でございますが、全炭鉱を管理いたしませんと、或いは重点的に大鉱山その他を管理いたしますと、一番経営の面において、我々が申上げては失礼かも知れませんが、中小炭鉱の経営に私は非常に疑問を持つております。本当に帳薄を明るみに出して皆の檢討を得るような経営をしておるかどうか。これは沢山の坑夫の人もそういうふうに思つております。私炭鉱地帶に住んでおりますが、一般にそういう地帶の人もそういうふうに思つております。私は炭鉱地帶に住んでおるので、中小炭鉱の経営者の生活というものは目に見えるように分ります。これは甚はだ遺憾ではありますが、事実を申上げたいと思います。その生活は非常に眞面目さを欠いておる。これは甚はだ若い人には済まない話でございますけれども、地方々々によつて違いますが、大抵妾を三人くらい持つておる。多い人は十人くらい置いておる。それから住宅とか、そういう人が買つた家を見ましても非常に立派なものです。我々から見るとああいう資材がどうして使われるだろうかというふうに思われるのです。セメントとかその他の資材が十分に使つてあります。結局資材なんかもこれは抜けておりはせんか、私は事実を握つておるのではありませんが、そういうふうに思われます。そういうことで眞面目な経営或いは勤労意欲を向上して、國家の再建の産業をどうこうしようということは、これはむつかしいのであります。やはりこれは全炭鉱を管理の対象といたしまして、そこで労資が本当に肚を割つてやるということが必要だろうというふうに考えるわけでございます。それでこの資本家の人の言われるものは、大体減産になるということを申されますが、この規定を全部読みますと、いろいろ今述べました問題外のこの石炭増産の強化のような規定が沢山ございます。例えば第十三條に「特に必要があると認めるときには、石炭廳長官は、全國炭鉱管理委員会に、石炭局長は、地方炭鉱管理委員会に諮つて、炭鉱の事業主に対し、その所有する設備又は資材を他の炭鉱の事業主に讓り渡し、又は貸し渡すべきことを命ずることができる。」それから第五節の雜則のところにも、第四十二條ですが、こういうふうな強硬な命令規定があります。それから第四章の第四十三條、これにも「主務大臣は、特に必要があると認めるときには、石炭の生産に要する物資の生産又は販賣の事業を営む者に対して、その所有する物資を、炭鉱の事業主に讓り渡すべきことを命ずることができる。」こういうふうな行政的な強力な処置が打たれてあります。こういう点について十六日の日には、どなたも余り発言されんようでありましたが、これは非常に必要なことでありまして、軽々に看過すべきものではないと思います。
 それから最前一つ言い落しましたが、局員の選定ですが、この局員の選定というものもなかなかやはり、この人を出すと非常に困るということを申されますが、これについて私一つ実例を申上げます。私の山にも私と同じようなレベルの者が四人おりましたが、やはり或る程度なんと言いますか、同じレベルの者がおると困りますので、三人出て行きましたが、人が減つたときには働いて一人前のことをする。数が少いから、減すと非常に能力が減るのじやなしに、却つてその減つた場合、残つた人が十分に働くから、両方プラスになるということを十分考えなければならん。それからこれは私は某石炭の大会社の重役に聽いたのですが、非常に優秀な人が会社から出るので、どうしてあなたはそんな人を出されるのかと言いますと、いや、自分の会社にはまだ外にも優秀な者がおるから、出しても結構だということを言つております。それから私が監理官、商工事務官を勤めておるときに、各会社の模樣を見ますと、もうそういうことが非常に多いのです。人材が或る程度おりましても、その間の調整が付きませんために、却つてマイナスになることは或る箇所から或る箇所に轉任したときに、最初にそのことを上司から聽いたこともございます。それでこのエキスパートを山或いは本社から官廳に出せば、生産の方が手抜かりになつて工合が惡いということも、そういう点を考慮しますと、ないのぢやないかというふうに思います。
 この法案につきまして私は賛成でございますが、尚いろいろ私としてのこの重要な希望意見を申上げますと、今のこの生産協議会とこういうものは、やはり諮問機関にするのではどうしても弱い。若し修正されるような機会がありましても、諮問機関にしたくはない決議機関にまで行かなくても、まあその間といいますか、そこまでは是非とも行かなければ、この生産協議会の意味がなくなるということをいつて置きたいと思います。それから炭鉱の管理、これは一斎に全炭鉱できないということになりますれば、いろいろこの行政の都合もございましようが、全炭鉱をどうしてもするという方針でなければ、どうも工合が惡いというふうに思うのでございます。それから地方の石炭局が、今のように民間人その他でできますが、この法律には包含しておりませんが、この石炭廳というのが大きい役割を演じます。この石炭廳は、民間人も最近は入つておるかも存じませんけれども、石炭廳長官は民間人でございますが、やはりその幕僚もその大多数は民間人を以て充つべきものではないかと思います。まだ問題を突込んで触れたいと思いますが、これはもう三日やりましても、五日やりましても切りがないことでございますから、大体この程度で終らせて頂きます。
#6
○委員長(稻垣平太郎君) 次は炭鉱相談所の所長の川浪守三郎君にお話しをお伺いいたします。
#7
○公述人(川浪守三郎君) 私は大正四年に炭鉱現場に就職いたしまして、その後滿三十年の間九州、北海道、東京の十一の場所に勤務をしておりましたことと、その後石炭統制会におりました関係上、今回図らずも炭鉱現場の経驗者として、この公述人に推薦されたのでございますが、文字通り一介の炭鉱の技術者に過ぎませんから、法案の内容を逐條法律的に吟味檢討することはできません。ただただ一経驗者として、第三者の全く自由な立場から、法案の骨子と思われます点につきまして、次の七項目に分けて卑見を申述べさして頂きたいと思います。
 七項目と申しまするのは、第一番に現在の増産の要請が戰時中の増産要請と異る点。第二に、炭鉱の現場の実状次に炭鉱経営の特異性のこと。第四番目に、國家管理の正体如何。次に國家管理案の骨子。第六番目に、國家管理案施行の結果如何。最後に國管に代る増産対策如何。この七項目に分けまして、卑見を申述べたいと思います。
 第一番に、戰時中の増産と今日の増産目的との相違はどうであるか。戰時中の増産要請は、戰爭に勝つまでということでありましたので、炭鉱の増産方針も、あとは炭鉱が潰れても構わんということでございましたが、今日の増産要請は、これと全くその性質を異にしておるのでございます。即ち当面の増産をするだけでなく、戰爭中潰滅に頻した現場を技術的に回復して、將來國家が必要とする出炭を実現し得るよう、恒久的の増産態勢を確立することが、眞に國家的要請であらねばならないと存ずるのであります。以上の國家目的を達成するためには、政府の國家的助成と労働者の積極的協力が要請せられますのは勿論炭鉱技術者の特段の努力が要請されるのでございますが、國家管理案ではこの目的を達し得るとは思われません。何となれば、炭鉱実務に経驗と認識の乏しい官僚で、炭鉱経営上最も重要な炭鉱指導者の人事権と業務計画権とを握る結果は、その施策の誤りは、経営者側の事業意欲の減退と相俟つて、却つて減産を招來するばかりでなく、炭鉱経営上この際特に必要な長期計画を誤り、收拾のできない恐るべき結果になるのではないかと思われるのであります。
 第二に、炭鉱の現場の実状はどうであるか。私は本年二、三月に亙りまして、石炭廳と増産対策協力会後援の下に行われました全國炭鉱現地調査の際に、築豊地方の調査に参りまして、次いで六月、宇部鉱業会の依嘱で、同地方の炭鉱を視察したのでございますが、当時における炭鉱現場の実状は誠に惨擔たるものでございました。生産の隘路は枚挙に遑ないのでございますが、その根源は次の三点に盡るのでございます。即ち資金資材入手難、從業者の作業意欲の低調、炭鉱技術者の作業活動の制約でございます。資金難と申しますのは、生産原價と買取炭價の矛盾から起る赤字補填金入手の遅滯を含んだ設備資金、運轉資金の逼迫でございます。この資金難の結果は資材難となり、増産準備の改良合理化工事もできず、未拂金は増嵩する。それが又資材難を倍加する。丸炭制度の廃止は資金難、資材難に拍車をかけておる。税金は滯納するという工合でありまして、増産どころの騒ぎではなく、目も当てられない惨状でございました。切羽に不足はございませんが、その進行は遅々として進まない。採炭法も回復していない。炭車は破損が多くて、修理ができないため不足しておる。要員に対する住宅も足らないという現状でありました。ところがこれらも煎じ詰めますれば、その大部分は資金難に起因しておると言わねばなりません。金融ができますれば、資材が手に入る実例を挙げて見ますると、破損炭車の修理ができる。運搬が強化すれば出炭が増し、切羽の進行も増大いたします。余裕が生ずるために採炭法も復旧改善され、能率が挙るため要員が減るのと改修ができるのと相俟つて、住宅難も大部分解決することになるのでございます。從業者の作業意欲の低調であることは誠に遺憾の極みでございます。資金難が解決すればこの点にも多分の効果があると思われますが、從業者諸君はこの難局に当り、全日本民族再建のために、特に積極的の協力を要望して止まないところでございます。積極的の協力と申しますると、ややもするといわゆる労働強化として労働組合関係の反対を招き易い関係上、世間一般に忌み言葉のように取扱つておることは誠に遺憾の極みでございます。企業の一方的利益を目的とする労働強化でなく、労働者を含んだ全國民の利益となる、全産業の復興に役立つための労働強化は、今日の場合否むことのできない國家的至上要請でありますから、労働組合側の率直な協力を切に望んで止まない次第でございます。
 炭鉱技術者の活動は、炭鉱の再建に対しましてその中核であると言わねばなりません。ところが以上述べました資金及び資材難と、労働攻勢と、これらの結果から生じて参ります諸々の会議、その他のために忙殺されまして、肉体的にも精神的にも全く余裕がなくて、みつちり現場を見て適切な増産対策を立てることができない現状でございます。つまり折角練達の技術者を國家は持ちながら、それに手腕を振わせる余地を與えていないというのが現状でございます。資金、資材の問題と労務の問題に対する政府の施策は当を得ずして生産を阻んでおると断ぜざるを得ないのでございます。政府として打つべき手を打たずに出炭不振の責任を生産者側にのみ押し付けまして、これでは駄目だから國管をやちねばならんと言われるところに根本の誤があるのではないかと思います。
 第三に炭鉱経営の特異性についてでございます。炭鉱の経営は地上の他の産業に比べまして、全面的に非常な特異性を持つておるのでございますが、その中最も顯著な七項目を挙げて見ますると、長期に対する計画が必要であること、現場が絶えず移動して行くこと、経場は常に自然條件に支配されておること、保安に対する万全の措置が必要であること、リスクが非常に多いこと、現場作業が闇黒界の仕事でありますこと、肉体的労働の部面が著しく多いことなどでございまして、長期計画の必要なこと、現場の移動が非常に多いこと、自然條件に支配されること保安に万全の措置が必要であること及びリスクの多いこと、この五つの点は炭鉱経営に対する特異性の核心であり、同時に業務計画上の核心でありますが、その万全を期するには、数十年の炭鉱経驗を経た練達の者でさえも、尚且なみなみならん苦心と不断の努力が必要でありますのに、炭鉱認識と経驗に乏しいお役人から強いられた人事と業務計画によつては計画によつては目的の達成は絶対にできないと思うのでございます。
 第四に國家管理法案の正体について新聞紙上で拜見いたしますと、國家管理法案提出の理由として、商工大臣は國家管理案は炭鉱に対し特定のイデオロギーを押付けようとするのではない。全く当面の石炭増産を目的とするのである。又資金、資材等を他の産業の犠牲において炭鉱に與えるのであるから、炭鉱は政府の責任において管理せなければならんと説かれ、又総理大臣は今回の管理法は政府、業者、労働者が三位一体となつて増産することが目的であり、非常増産対策の実施成績如何に拘らず、管理は必要であると言明されております。一方において國管は当面の増産対策であると言いながら、他面では増産対策の実施とは別ものだと言われております。ここにもその矛盾がはつきりと見られるのではありますまいか、非常増産対策の実施で、國家管理案の目的とする増産を達成することができましたならば、何を好んで減産をさえ憂慮せられる國家管理を強行する必要があるのでありましようか。前後思い合せて見ますと、特定のイデオロギーを押し付けるものでないと言われておることは矛盾の甚しいものであると思うのでございます。
 第五に國家管理案の骨子は、経営権、炭鉱管理人の人事権並びに業務管理権の官僚把握における不可なる理由を指摘いたしたいと存じます。経営権は認めると言いながら、法案の内容においては殆ど認められていないように思われます。本社程炭鉱現場の実体を総合関言的に知悉しておるものはございません。本社の機能なくては綜合関連的の人事、金融、資材の配給、業務計画など生産に対するあらゆる有効適切な手段は取れないのでございます。これを切り離して官僚に取つて代らせようとせられるところに大きな認識の不足と誤謬が潜在しておるのではありますまいか。次に炭鉱管理人の人事権を官僚の手に握らせるということは誠に重大な問題であります。炭鉱現場の責任者は長年の経驗者で、前に申述べました炭鉱経営の特異性の本質を十分に体得して長期計画を念頭において、絶えず移動する現場と時々変化する自然條件と、並びに保安の確保とに有効適切な手を打ち得る練達の者でなくてはできないのであります。この重大な人事権を官僚の手に握られたのでは仕事の上に決して良い結果は生じないと思われるのであります。次に業務計画の事項でありますが、事業主側は生産協議会を通じて一應意見を出すことが認められてはおるものの、実際の立案と決定権は全く官僚の手に握られることになつております。炭鉱経営の特異性はここにも極めて重大な関係があるのでございます。認識と経驗に乏しい官僚の手に炭鉱経営上かくのごとき重大な業務計画及びその決定権が握られたのでは國家の目的達成は絶対に覺束ないと思われます。由來日本人は建忘性と言われ、又熱し易くて冷め易いと言われております。敗戰の重大原因の一つとして國家國民が科学的でなかつたことが挙げられております。米進駐車の科学的操作に目を瞠り、すべて科学的に仕事をやらなければならんということが國家國民の合言葉のようにまでなつておりましたのが、いつとはなしに、その熱が冷めまして、今回の國家管理案なるものは、全産業復興の基盤でなければならない探鉱経営の形体に対して政府が率先して非科学的な施策を第一番に実施しようとするものであると断ぜざるを得ないのであります。政府において眞劍に炭鉱の復興を念頭せられるならば、先ず炭鉱技術者の手腕を認め、これを尊重し、科学的見地に立つてすべての施策を強力に推進して貰わなければならんと思うのでございます。御承知のように第一次大戰後の不況は大正の末期から昭和の初頭を頂点としまして甚だしいものがございましたが、その間の炭鉱人、特に炭鉱技術者の苦心と努力は誠に涙ぐましいものがございまして。当時私もその間に伍しまして、炭鉱技術の向上発展に微力を捧げた一人でございますが、その結果炭鉱技術は世界水準に達し、或いはこれを凌駕し、一人一ケ月の出炭量は、九州の主要炭鉱において昭和四年の十二トンから九年には二十四トンとなり、北海道では三十五トンにまで達したのでございます。現在の六トンにも達しない能率と比べまして、誠に感慨深いものがあるのでございます。これは現在の我が國炭鉱技術者に手腕がないのでは決してございません。往年の経驗技術者が今日炭鉱経営の衝に当りながら、前に述べましたように、折角の手腕が振えないような環境に置かれておるためでございます。政府は今こそ炭鉱技術者の特徴を十分に活用するために、経済面と労働面に適正強力なる施策を推進し、國家目的達成に邁進すべきの時であるのでございまして、徒らに無益のイデオロギーから出発した機構をいじり廻して、経驗者の仕事意欲を減殺し、煩雜な手数のためにこの上会議を跳らしてその活動を制約するような國家管理は、止めて貰いたいと念願するものでございます。
 第六に、國家管理案施行の結果についてでございますが、以上のようにこの國家管理案は、炭鉱経営の特異性に対しまして、認識と経驗の少い官僚に、法律を楯にした独善、独裁政治を強行させんとする無益のイデオロギーから出発したものでありまして、増産に対し眞に有効な、経営の民主化とは決して思われません。事業経営に対する官僚の手腕は國民のすでに苦い経驗をしたところであることは、委員各位御承知の通りでございます。不幸にして本案が議会を通過し、実施されるようなことにでもなりましたら、これは我が國全産業破滅の魁となり、軍閥亡國の後を承けまして、更に官僚亡國の基となるでありましよう。私共はこの際國家再建のためにその防波堤とならねばならんと確信する者でございます。
 最後に、國家管理案に代る増産対策につきまして、前に述べましたように、地上の他産業に比べて顯著な特異性を持つた炭鉱経営を正常化し、長期計画を含んだ眞の増産対策は何であるかと申しますれば、炭鉱経営に十分の認識と経驗のある練達の実務家を信頼して、その手腕を最大限度に振わするよう、政府において有効適切な諸政策を推進して頂く以外に妙案はないと思います。その有効適切な諸種の政策とは、去る九月二十七日新聞紙上に発表されましたマツカーサー元帥書簡中の六項目を含んで立案され、十月四日の新聞紙上に発表されました政府の非常増産対策要綱なるものを、各項目に亘り眞に強力に推進して頂くことに盡きておると思われます。これが又從來私共の熱望して來たところでございます。勿論部分的の強力な態勢は必要であります。例えば金融並びに資材の面、労務の面、配炭の面などの中、官僚の手で増炭のため自信を持つてできる部面に対しましては、むしろ強力な措置が必要でありますが、経営権、人事権、業務計画権等の部面に対する官僚の管理は、絶対に不可であると信ずるものでございます。
 最後に一言いたしたいことは、この際労働強化の絶対必要なことでございます。申すまでもなく、炭鉱技術は労働者の積極的な協力なしに独立して成果を挙げ得るものではございません。ところが、昨日の新聞紙上で労働大臣が非常造産対策中の労働時間に関する三案は何れも実施しないと声明されたように報道されておりますが、果してこれが事実であれば、非常造産対策の一環がすでに崩れ出したことは誠に遺憾とするところでございます。再び繰返しますが、企業の一方的利益を目的とする労働強化ではなく、労働者も含めました全國民の利益となる、全産業の復興に役立つ適当の労働強化は、今日の場合絶対避くべからざる國家的の要請でありまして、労働組合側の率直な協力を望んで止まないところでございます。終り。
#8
○委員長(稻垣平太郎君) 尚学識経驗者として明治鉱業の顧問の石渡信太郎氏よりお話を伺うことに相成つておつたのでありますが、御病氣で御出席ができないというので、原稿をお送りを願つておりまするが、これは委員会で後で御披露いたすといたしまして、学識経驗者のお話はこれを以て打切りたいと存じます。
 これより一般申込の方々のお話を承りたいと存じます。先ず神戸からお出でを願いました海洋文化クラブの顧問の平岡達明さんにお話を承りたいと思います。
#9
○公述人(平岡達明君) 私は原案に賛成をいたしたいと思うものでございます。但し大きな修正をこれに加えて頂いて、むしろ嚴然たるところの意味において國有の性格を持つたところの國家管理法案という原則に立戻つて頂きたいということを希望いたしたいのでございます。
 現在の世界の石炭の情勢から考えてみまして、如何なる國の炭業、増炭という見地から申しまして、ソ連の社会化方式、アメリカ生産能率方式、これに加えて國有國営を断行いたしましたところの英國の経営方式を備えた三位一体になつたところの増炭、この意味における増炭政策を日本が採るにあらずんば、敗戰國家はいつまでも水準以下の國家として残らなければならんということを強調いたしたいのでございます。この点におきまして各政派の方方、衆議院、参議院の二院に跨がられておるところの我が政治形態の、産業の根幹である石炭を増炭するには、國有國管ではなくては到底最後の目的は到達し得ないということを銘記して頂きたいことを希望いたしておるものでございます。
 現在日本の鉱工業業者は全國に約百万円以上の会社が、公称資本金におきまして……。二千二百余あるのでございまして、その公称資本金総額は商工省最近の調査によりますと、約三百億円でございまして、五千万円以上の資本金を持つておる会社は僅かにこの総数における五%に過ぎない。而も一千万円並びに五千万円以内の大資本鉱工業会社というものは、僅かに一三%に過ぎないという実情なんでございまして、而も戰時中においては非常の増炭政策が採られ、前弁士、前々弁士も指摘されておりまするように、拙い官僚統制のために非常な濫費をしておりまして、現在の日本の炭鉱業資本がいわゆる鉱工業会社そのものの持つ力においては、到底我々が望み得るところの増炭政策というものは実現できない、これは世界の現実が物語つておるのではないかということを我々はもう一度振返つて考えなければならんと考えるのでございます。増炭、炭業の改革ということは、伊藤さんが仰しやいましたので、ダブる点は省略いたしまして、私が述べたいところは、炭鉱業のいわゆる技術の革命でなければならなん、併し現状におけるところの炭鉱資本を以てしては、到底革命的な増炭は期し得られないというところに、私は今日の日本の悩みがあるのではないかと考えておるのでございます。第三次に亙りまする五ケ年計画を断行しておりまするところのソ連の産業の偉大なる改革というものは、いわゆる石炭増産に対する果敢なるところの実行にあつたと私は考えるのであります。而も日本と國情を同じくいたしまして、而もその生産力力並びに産業力を中心となしておりまするところの英國の炭業というものを考えて見ましたときに、やはり我々はその操作の技術を、この現実の中から求めなければならんのでございます。
 今日私が公聽会に出席させて頂きまして述べんとする趣旨は、いわゆる私が出版業者、小出版業者の立場から、出版業の分野から述べなければならんのでございまするが、この小さな分野においては、併しこれは小さな分野ではないのであります。日本は今後更生日本という立場において、文化國家として立たなければならんという重大なる使命を持たされておる。然るに昭和十五年には約二十四億ポンド生産しておりました日本の洋紙、和紙を通じての製紙能力は、本年度に至りましては、これの七分の一にしか過ぎないところの七億ポンドというくらいの生産しかできていないのであります。これに対するところの石炭の割当というものは過去最近の三ケ月においては僅かに六万トン余に過ぎないという実情でございます。而も教育の再建、あらゆる力をこれに結集して、新興日本が世界の中心にならなければならんところの文化政策に対する紙の面においては、かくのごとき貧弱なる実情になつておるのでございまして、この製紙力或いは出版力、或いはこれに対する教科書の増配というような問題から論じまするならば、月僅かに二万トンにしか足らないところの石炭を出版業界並びにこれに関するところの紙の世界に投入せられておるのであつては、到底文化國家として世界に躍進できるような実力を持ち得ないという極めて貧弱なる実情にあるのであります。出版界において然りあらゆる産業部面、鉄綱金属、化学工業、これらのものも石炭なくしては一日もおることができない。單なるイデオロギー、並びにそういう見地からこういう問題を論ずることは、専門家の多数いらつしやるこの席上において甚だ烏滸がましい次第でございますけれども、実情において、先程申述べましたごとく、炭業には革命的な技術の断行がなくしては駄目だということ、而も現在までのあらゆる産業部門、殊に炭鉱部門におけるところの労資の從來の形式を新らしくやり直さなければという実情で、而も現在における炭鉱資本においては、この改造、この革命的な施設をなすことの能力は極めて劣弱であるということ、ここに新らしく國家がこの炭鉱業に対する活を入れなければならぬ、技術においては……或いは経済官僚或は官僚の方々は非常に技術的な統制では下手だということを指摘せられておりまするが、私はその点は一應考えなければならんと思うのでございます。併しながら今回の管理法案の中に織込まれておりますところの生産協議会、これらの形式は、英國においてクリップス商相がパーティ・システムにおいて研究せられましたところの、いわゆる経営協議会と申しますか、運営協議会と申しますか、この制度に似ておるところの新らしき形態も織込まれておるということを私は見るものでございます。労働者も、或はこれに関連する産業の技術者も、或いは学識あるところの学者も政府の代表者もこれに加つて管理する方式が、決して今後においては、戰時中に失敗した経済吏の、或いは官僚の失敗というものは今後は嘗めてはいけないということに國民ができておりまする限りから申しましても、恐らくその一点のみにこだわつて、生産協議会の持つ能力というものを信じないということは、甚だ世界の目に疎いところのものじやないだろうかと私は考えるのでございます。
 こういう諸点から申しまして、現在の管理法案は、極めて又不満足である、曾つて社会党が公表しておりましたような國有國家管理法案というふうな意味から非常に遠ざかつておるのでございます。御承知のごとく、これは衆議院におけるところの各政派のお立場もございましようし、炭鉱資本家の方々の御意図もございましようし、我が國情の現在においては如何ともしがたいところの微妙なる政治力がそこに動いておりますがために、かく歪曲せられておるのでございますけれども、併し一般國民といたしましては、國家の再建ということを建前にいたします限りにおいて、各政党政派、両院を通じて、國有國家管理方式によつてこそ初めて全産業の根幹でありますところの石炭の増産というものが期せられるのではないであろうかということを私は申上げたいのでございます。
 甚だ簡單でございまするけれども、あらゆる諸点はすでに十六日並びに本日の公述の方々と殆んど賛成的な箇所においては同じ意見でもございますので、特に変わりました原則論といたしまして、或いはイデオロギーに墮し過ぎた議論ではございまするかも分りませんけれども、併し世界の経済の動きの中から、私が先程申しましたソ聯、米國、英國の三大國家の炭鉱そのものに見ましたところの政策を加味して誤りなかつたということに対して、今後一大革命的な管理法案を作られ、我が國家において十分強調すべき特点を加味せられまして満足なる増炭管理法案、國有國家管理法案への道を歩んで頂きたいということを特に切望いたしまして、この責を果したいと思うものでございます。
#10
○委員長(稻垣平太郎君) 次に横濱市からおいで願いました横濱潜水衣具株式会社取締役田中卓二君にお話を伺います。
#11
○公述人(田中卓二君) 私は臨時石炭鉱業管理法案につきまして、私の拙い意見を皆様のお許しを得まして申上げたいと思います。
 先ず第一番に本法案に対しますところの私の述べまするところの項目を初めに申上げて、以下項目についてお話を申上げたいと思います。
 先ず第一番に私の本法案に対しまするところの一般的考察、二番目には民間、國家両経営に対する比較檢討、三番目は本案に対する結論として、私の賛成か不賛成か、尚私案といたしまして、増炭案の私の私案を申上げたいと思います。
 一般的考察について申上げますれば、終戰後二ケ年を経てまだお互いの氣持も落着かない、勿論こういう点もありましようが、何としてもこの石炭管理法案を中心として、これを審議せねばならないところの我が國会に、一つの大きなこれは悲劇であると思うのであります。こういうことは取りも直さず今次の戰爭の悲劇の結果である、こう私は思うのであります。政府、或いは企業家、或いは労働者の人達の不誠意と無責任、こういう点があつて、こういう法案ができた、こういうふうに私は考えるのであります。而もこの法案の成立、不成立は、やがて日本全産業に與えるところの影響が大であります。仮に本法案が成立した場合においては、恐らく氣にくわないというところの企業者たちは、サボるのじやなかろうか、私はそう思うのであります。又これが不成立であつた場合には、労働者の方のサボがあるのじやなかろうか。いずれにしてもこれは重大なる法案であります。こういう法案は実際、余程愼重に考えた後に成立、不成立を決定しなければならん、私はそう思うのであります。即ち全産業に影響するということは、私も一つの小さな会社の生産を掌つております。勿論小使兼労働者兼重役という小さなのであります。その他一面において私は、御承知のことと思うのでありますが、日本の潜水業界を網羅しておりまするところの、社團法人日本潜水協会の理事としてやつておるのであります。いろいろ考えてみまするに、この石炭は食糧と二つ大きな問題でありまして、若しもこの法案によつて今のような状態が激化されたならば、産業人は全く日干になつてしまうのであります。私はかような点からして、私の立場から考えても、例えばゴム産業においてそうでありまするが、自治團体から貰うところの配給は、比較的話合でたやすく貰えるのであります。ところが現在ゴム産業中で最も必要なところの、熱処理として石炭が必要であります。例えばゴム長靴とか或いは地下足袋の底とか、こういうものはどうしても石炭によつて熱処理をしなければうまく行かないのであります。こういう場合において石炭、ガソリン、配合剤、電力こういうものが全部相マツチして初めて生産が挙るのでありますが、その一つが欠けた場合においては生産は停るのであります。然らばお前はどうしておるか、そういう場合は止むを得ず、電力で処理し得るものの方へ人を廻して、そうしてその一部の仕事をしておる。電力が停つた場合はどうするか。その場合は、配合剤を以てやるところの仕事に全工員を集中せしめる。こういうようにしまして、仕事の面で非常に不能率、能率が挙らない仕事をしておるのであります。これが全部揃つた場合にどんどん流れるがごとく作業ができるのであります。これが一つ石炭のゴム工業に及ぼすところの影響を述べたのでありますが、現在ゴム工業者の要求の四分の一ぐらいしか石炭が廻つて來ない。これは一トンの石炭を獲得するのに、役所に百遍も二百遍も通つて、初めて決まるような状態であつて、その間厭な思いをいたします。何遍も役人に頭を下げて、そうして石炭を貰つて來る。こういうような考えを持つときに、私は官僚統制或いは曾て軍需管理工場、監督工場として、さんざん厭な思いをして参つたのであります。いわゆる官営が是か、自治体の統制が是かについては、賢明なる皆様においては、おのずから結論が生れて來ると思うのであります。一体私といたしましては、産業は國家がタツチすべきではない。これが私の根本であります。民間人に放任しておく。そうしてそこに自由競爭を現出せしめる。從つてそこに自由競爭が始まつたところに生産昂揚も考えられる。需要者へのサービス、我々石炭で言えば、我々は石炭の需要者でありますが、サービスとか或いは山元からじかに我々の工場に來る、こういう点において、非常にスムースに行くのでありますが、その間公團とか役所とか何々組合とか、そういうところをはんこが二百も三百もついて、そうして初めて一トンの石炭が工場に廻る、こういうようなことが現在の状況であります。若しこれが官営になつた場合においては、恐らく同じようなことが繰返されるのではないか、從つて自由にこれを委した場合においては、價格の低減を來すことも考えられるのであります。又経営の改良ということも考えられるのであります。かように考えますときに、企業はやつぱり経済人にできるだけ任しておく、こういう点が私の考えであります。
 先般私的独占禁止法の発布をみましたが、なんとなく、我々は考えますと、独占禁止法を一方に立てておいて、そうして政府みずからが率先して独占禁止法を破つて、自分が独占する、政府企業独占こういう印象を與えるのでありますが、しろうとの人はそういうことを言つておるのであります。先般私は横濱の商工会議所で、或る人にいろいろ話した結果、どうも最近政府は自分の都合の惡い、例えば收入が減つたから、煙草の値上をするとか、或いは市電、都電、汽車、その他のいろいろな政府企業の値段を勝手に上げる。こういうことをしていいのか、若し政府がそういうことをやつていいならば、我々も採算が取れない場合には、勝手に上げていいのだなというようなことを洩しておつたのであります。これは一つの皮肉でありましようけれども、一つの輿論、パブリック・オッピニヨンとして私共は考えなければならんと思うのであります。殊に政府企業をどしどし殖して行くということは、憲法二十二條の営業の自由とこういう企業の自由というものを國民から奪うことになるのでありまして、いくら民主主義的な憲法を作つておつても、これにそぐわないところの、これに背反するところの法律案制定ということは、これは断乎止めなければならない。これがあつて初めて民主主義國家が具現されるのであります。
 曾て我々は戰爭中に、憲法違反という、旧憲法三十一條によつて違反とされたところの國家総動員法が通つたためにどういう結果になつたか。これを想起するときに、我々はうたた慄然たるものを感ずるのであります。かように私は考えるときに、やがてこの法案の通過した曉においては、官僚の産業独占、独裁、こういう方向に移行しつつ、或いは戰爭中におけるところの軍官の例の監督工場、管理工場、ああいうような形態につき進んで行くのではなかろうかということを懸念する者の一人であります。管理工場、監督工場で、若い中尉とか大尉とか、そういうものが、我々、殊に私は潜水機具を造つておる工場でありますが、なんら経驗がないのに拘わらず、知つたかぶりをして、そうして干渉して來る。それならばといつて、具体的なことについて質問しても、なんら知らん。馬のことについては、博労がよく知つております。石炭のことについては山元におるところの工員、経営者、これらがよく知つております。役人なんかにも分りません。例えば役所に入つても、大学を出て高文を通つて、伸びるには高文を通つた者でなくては、絶対に伸びないのであります。少くとも馬のことについて、私は馬の産地の岩手でありますから、馬のことについて本当に分るのは三年かかります。そういう三年かかつて初めて一人前になる。それがどんどん替つて來る。何ら知識のない者が、どうしてそういう業者を監督し得るか、この点を考えて頂きたいのであります。今日國家経営企業として成功している、或いは成功したものが一体幾何あつたか、鉄道事業、逓信事業專賣事業、都電、市電の事業、各種配給事業、各種公團、瓦斯、水道、電氣こういうものは半官半民の仕事でありまするが、何れも市民生活或いは國民生活に、余り好い結果を與えておらんのであります。劍もほろほろの、いわゆる役人式の仕事であつて、皆さん自身がすでにこういう点に、苦いところの日常の生活をしておられると思うのであります。私はこういう点からして、結論として自分の態度が決まるのであります。
 以上は一般的の私の意見でありまするが、然らば民間と國家とが経営した場合において、どの面が國家が優位で、どの面が民間経営が優位か、この点を大雜把に羅列して檢討して見たいのであります。
 先ず第一番に、経営全般に対して考えまする時に、経営は何と申しましても民間に歩があるのであります。現在各種の大きな会社、或いは小さな会社経営をしておりますが、何とか彼とか仰しやつておる。ところが政府の企業となると間に合わなくなれば値段を上げるのであります。これは一番誰でもやりいいのであります。都電なり或いは汽車賃なりが、收支がアンバランスになつた場合においては上げればいいのであります。これは簡單であります。これは小学校の生徒でもできることであります。從つて経営全般に対しては、何としても民間側の方がうまいのであります。
 次に資金関係であります。資金関係においては、これは國家管理の方が歩があるように思はれるのでありますが、併し実際考えて見ますると、トン当りの價格を考えました時に、政府がどしどしお入用お構いなしに、即ち戰爭中の管理工場、監督工場がお入用お構いなしに國家の予算を使つたように、トン当りの單價がお入用お構いなしになつた場合は上るのであります。トン当りのコストが上つて來る。こうなつて來ると、石炭のトン当りのコストが上つた場合においては他の生産に及ぼす、いわゆる原價計算に及ぼすところの影響が大であります。從つて生産に対しては非常に高いものが生産されねばならんということであります。ですから、無制限の國家管理になつたから、無制限に資金を注入するということは、いわゆる経済学の初歩にいうところの限界効用の規則に制約されまして、結局これは駄目になるのであります。かように考える時に、ちよつと考えるというと國家管理の方が資金面においては非常にいいように思われますが、却つてそういう現象になりはしないかと思うのであります。
 次に生産資材関係について比較しますと、民間経営者は苦労人が多い。長い長い間、いろいろ経営の苦心をやつておりまして、若干の政府のカバーさえあつたならば、うまく資材を入手して、そうして山を動かして行ける、こういう点であります。一方若しこれが國家管理となつた場合においては、相も変らず各省が繩張り爭いをやつておりまして、安本において和田さんが頭から湯氣を上げて騷いだところにしても、各省はがつちり自分の資材というものを握つてなかなか離さんのであります。最近私は復興院に知つている人がありますが、復興院の某大官が曰く、どうも商工省、農林省、こういう方面からの制約があつて、自分の復興計画はうまく行かないということを漏らしている者がありまするが、何れもこれは繩張りを以てしている。ところが民間においてはこういう点においては、例えば厚生関係においては米窪さんに頼む。資材に対しては商工省に頼む。こういうふうにして各省をうまく連絡せしめて、そうして資材を獲得することができますから、從つてむしろ生産資材の獲得においては民間側の方がうまく行く。私はこういうふうに考えるのであります。これは私が小さな工場を、或いは現在潜水機具を造る工場を、方々関係している関係上、現実に体驗している次第であります。
 然らば次に労務者に対する賃金関係は如何、これを檢討して見ますと、民間会社は現実に即して、そうして給與をやる方法を発明しております。いろいろな名目において、よく働く工員には、よく働く重役に対しては適当に給與をやつているのであります。ところが國家管理になつた場合においては恐らくあの條文を見ましても、亦外の賃金の法令によつても、劃一的になつて、そこにうま味がないのであります。一体人間はうま味のないところに棲息のできない人間であります。即ち戰爭中には右に列えと言つたら全部右に列らつた。これでは人間性がない。或る場合は本能に走り、或る場合は慾に走り、或る場合はピユーリタリズムになる。これが人間の性質であります。かように考えまする時に、賃金問題に関しましては一律主義より民間経営のうま味のあるところの企業によつて生産意欲を昂揚して行く。その点に優位なところがあると思うのであります。
 次に雇傭関係について檢討して見たいと思います。雇傭関係について、役所においてはどうしても、官営になると、今の逓信、專賣、こういう事業を見ても命令服從であります。そうして自分の使われている人がいつでも役所の一片の辞令によつて替わる。管理監督も結局そういうものによつて行われる。法規一点張りであります。お前は法規第何條によつて休職を命ずる。退職金はこれだけだ、明日から來ないでもよい。結核なら明日から療養せい。法規一点張りであります。ところが民間においてはそこに使われている人でも、共々曾ては同輩の者もありましよう。重役も亦同輩の者もあります。從業員から重役にもなれるのであります。決して労働者は重役になれないことはないのであります。いつでもなれるのでありますから、そこに一つのうま味がある。こういう点を考える時に、これは官業の方より民間側の方に歩がある。
 その他厚生施設においては、これは設備の点においては何といつても官業の方に、國家管理の方に優位な点があるのでありまして、先程も九州の前弁士によつて指摘されたように、炭坑工夫が非常な悲惨な生活をしている。住居の問題もそうである。これが問題であります。官業の方はこういう点は優位かも知れません。かように数項目につきまして私が險討して見ますと、結局四対二を以て民間経営の方がよいのであります。かような私の結論に到達したのであります。
 尚私は各山元にはその山元としての立地條件、これがいろいろ異なつております。又労務者の獲得においても土地の状況によつて九州と北海道、それぞれの労務獲得の條件が違います。又交通の便、不便、鉱区の新旧、或いは各山元の設備が各々差違があるのであります。かような場合においては、いずれもその山元の経営者がその欠点長所をうまく差繰り合つて、そうして生産能力を挙げて行く。これを國家管理によつて劃一的にやつて行く場合においては、先程申上げたところのいろいろな弊害が起きて來るのではなかろうかと思うのであります。かように考えて來るときに、民間経営の方が國家管理よりも優位であるということが結論づけられるのであります。よしこれを一歩譲りまして國家管理とした場合においてどうか、恐らく法律の力によつては物の生産というものは挙らないのは事実であります。法律万能は……私は元々法律を專攻したのでありますが、殺人罪を犯して人を殺した場合、それ以前において道義によつて人を殺さないことこれが大事なのであります。人が死んでしまつてから百万遍法律を持つて來てもこれは人間は生きはしないのであります。かように考えるときに、法律の力によつてのみ生産が挙つて行くとは考えられないのであります。若し政府の当路者が企業家と労務者と共々、三者が熱意を持つて眞にこの石炭問題を解決しなかつたならば、日本全産業が破滅に陥いるという、こういう考を持つて行つたならば、必ず現場のままにおいてもこれが解決し得ると思うのであります。本法案の内容について瞥見しますると管理委員会とか生産協議会とかいろいろなことが書いてあります。これは会議の濫立であります。今まで我々は会議会議と日を送つて來たところの過去の政治家、或いは過去の政府、今の政府、こういうものには厭き厭きしておりますが、何の会議を開いたところでちつとも能率は挙がらない。固よりこれを無視するわけではありません。適当なるところの会議、理論闘爭も必要であります。併しこういう点において日を暮すということは甚はだ以て現在の窮迫したところの日本の実情におきまして無駄なことと思うのであります。
 以上におきまして私は私の結論としては本法案に対して反対せざるを得ないところの以上の理論構成に到達したのであります。然らば次に石炭増産の私案として私は申上げたいのであります。AとBに分けまして、現下の政策と恒久策と、この二つについてお話を申し上げて最後としたいのであります。
 先ず第一番に先程から私が申し上げましたように、山元の経営の特異性を活かすこと、そしてこれによつて政府が食糧と石炭について全力を挙げてそうしてカバーをする。特に石炭は工業家にとつて非常に大切なものでありますから、積極的に資金の面、或いはその他の面において面倒を見てやる。こういう点を私ども強調したいのであります。
 第二番目においては、石炭三千万トン必要だということを、これはマッカーサー司令部、GHQの要求を俟つまでもなく、石炭の問題が解決した場合において、当然他の産業が旺盛になり、振うのでありますが、最近の樣子を見ますと、閣僚がお互いに割拠し合つて、そうして自分の省を可愛がる。これは止むを得ない人情の当然でありましようけれども、先ず第一番に石炭と食糧に関するところの主務官應に対しては、少くとも優位の地位を與えて置く、こうい点が私は必要だと思うのであります。殊に新憲法において内閣総理大臣は他の大臣を何時でもディ・スミスさせることができるのでありますから、その点を強い意思をもつてやつて行く、こういうふうに私は要望する。百方美人主義、或いは資本主義に阿諛し、或ときは労働者の人氣を取る、こういうことは飽き飽きした。自分の信念に向つて断々乎として進むところの首相を私は求むる。こういう首相であれと私は望むのであります。百方美人主義では、生産能率は下つても上らんのであります。
 次に私は企業者、労務者を包含するところの増炭懸賞金制度というものを作つて貰いたい、こねであります。年二期に分けて山分に対して目的の増産が達成できた場合には思い切つて懸賞金を出す、これであります。資本家といえども、企業者といえども、又労務者といえども、欲は無限であります。我々は物質に生きないとか、イテオロギーに生きるとか言つておりますが、結局何を言つても我々の生活を考えますときに、問題は唯物的に賃金が余計欲しいのであります。こういう点に考えを及ぼすときに、懸賞金によるところの採炭競爭を行わしめる。例えば目的に達した所には三億とか五億とかを出して、そうしてその分配方法については飽くまで労働者と企業者とが平等に分ける。こういうふうに私は考えるのであります。増炭競爭、これは景氣がよくて面白そうであります。そうして、お前はそんなことを言つてその資金はどこから出るか、これについては私は増炭懸賞金の資金としては、増炭籖、或いは増炭三角籖というようなものを作るのであります。そうしますとこの籖の販賣によつて一般國民は増炭の意識を昂揚する。成る程、石炭はこれ程、街頭に出て三角籖を賣らなければならない程困るのか、その意識を昂揚すると同時に、大衆の余剩金をもつて負担せしめる。こういう結果になりますから、一向政府の懐が痛まなくて、大衆負担によつてなし得る。こういうふうに考えるのであります。
 私は以上現下の増炭の私案として申し上げましたが、恒久策として申し上げます。先ず第一番に河川沼沢を利用して小型の発電所を作り、石炭の需要をカヴァーする、この点であります。すでに御承知の通り森林の濫伐によつて洪水が盛んに起きております。これらを除くためにダムを造る。そうして小型の発電所を作つて石炭の需要を代替する。例えば私共の方の潜水衣具を造る場合においても、工場には電熱を使う。或いは燃料の節約をする。こういうふうに石炭は電力で代替し得ると同時に電力の不足を補うためにどしどし小型の発電所を作れば日本の治水、利水或いはその他についても大きな役割をなすのでありますから、一石三鳥になるのであります。
 第二は、私は現在全日本の潜水業者、サルヴエージ、沈没船引揚げ、或いは潜水漁業……潜水漁業によつて貝を採つたり、或いは眞珠を採つたりするわけでありますが、これらの協会を昭和十五年に作つて、現在では約七万というところの会員を持つております。これらの者に海底における資源、いわゆる海底にあるところの石炭の露頭を発見せしめる。地上にある石炭の露頭なり、或いはその他の鉱物の露頭があつて掘つて行くと同じように、海中にも石炭その他の鉱物の露頭があるに相違ありません。現にあるのであります。現にリサーチした事実があるのであります。これに対するところの施設を行なう、例えば大きな暗渠式のものを作つて縱坑を以て石炭を発掘していく。現に九州地方において海底採炭の問題が起きているようでありますが、日本の優秀なるところの潜水技術を活かして海底の石炭を採掘するということを私は委員の方々にもお願いしてやつて頂きたいと思うのであります。勿論潜水技術者は現在海沒炭といつて例の潜水鑑その他によつて沈沒したところの海沒炭をどしどし引揚げて山から掘つているものをカバーしておりますが、かようにして潜水技術の優秀な点を石炭鉱業面に利用して頂く、その他新規に新鉱脈を発見してこれを発掘する、こういう点もありましよう。
 以上私は述べましたが、関係筋から尻をひつぱたかれるまでもなく、我々は労働者も、官も民も対立でなくして、いわゆる協力、從來のように対立されては生産は挙りません。又感情でなくして実利、こういう考えを以てこれらの三者が一体となつてやつたならば、現在の機構において十分やつていける。九月には採炭が少し上つたようでありますが、十月において又下つたというような状況であります。どうぞこの点に十分委員の方々も思いをいたされまして、我が國産業振興のために、石炭問題を一日も早く解決して頂くことをお願いいたしまして、私のお話を終ることにいたします。先程から私の拙いお話を委員の方々その他聽いて下さつたことを深く御礼申上げます。
#12
○委員長(稻垣平太郎君) お晝も過ぎましたが、もう二人公述人がいらつしやるので、引続いてお話を伺いたいと思います。よろしうございますか。
#13
○委員長(稻垣平太郎君) それでは福岡からおいでになりました九州大学院の特別研究生、林迪廣君にお願いいたします。
#14
○公述人(林迪廣君) 簡單に一般的のお話をいたしたいと思います。ヨーロッパの或る経済学者でありますが、イギリスに起つたことは必ずアメリカに起るのだということを曾て申したことがあります。御承知のようにイギリスにおきましては一昨年社会党が政権を獲得しまして、重要産業の社会化、國有化ということが行われております。アメリカののように非常に資源が豊富で、あらゆる経済條件が世界の他の國とも異つている國でありますから、そう軽々しくイギリスに起つたことがアメリカにまで及ぶというわけにはいきませんでしようが、世界の必然的な流れとしてあらゆる國家が欧州においては勿論のこと、新らしいアジヤの独立國におきましても、社会化ということが眞劍に考えられているということを我々は先ず第一番目に考えてみなければならないと思います。
 昨年の対日理事会におきまして米國代表が石炭増産或いは加給金制度ということを檢討いたしまして、國有案というものを提言したことは甚はだ重要な意味のあることであると思います。あの公正取引ということ、或いは経済的自由主義ということを建前とする米國におきまして、尚且我が國に國有ということを提案したということ、これは決して今までの個々の資本家が生産をサボつていなかつたというようなそうした弁解がなされるといたしましても、すでにアメリカから日本の從來の資本家或いは炭鉱におけるところの資本主義的な経営というものが愛想をつかされたということであろうと思います。今回の法案に対して反対の側から、余りにイデオロギー的であるというようなことが言われておりますが、イデオロギーというようなことであるならば、なにも社会主義だけがイデオロギー的であつて、資本主義がイデオロギー的でないということは言えないと思います。言葉の上から言えば、社会主義も資本主義も一つの経済機構であり、或いは又それを根幹としたところの生活樣式であつて、いずれも同じレヴェルに立つものであります。ただ一方は今までそれが確立しておつたものを尚且保持しようとするものであり、そうして地方は新らしい経済機構を從來の経済機構に代つて打ち立てよう、そうしたことでありまして片方がイデオロギー的であり、片方がそうでないというようなことはおかしいと思います。そういつたことから、法案に反対するということは正当でなく、且又大して内容なり、或いは法案を研究していないところの國民に対しても却つて変な印象を與えるのではないかと思います。イデオロギー的であり、或いは社会主義的であるということを言いますが、社会党の党是と言いますか、或いはいわゆる勤労者を代表するところの党の人たちは、國民全般特にその大多数を占めるところの労働者が明るく、豊かな生活をするということが基礎になつておるわけであります。だからしてイデオロギー的であると言われましても、國民全般が明るく、豊かな生活をするための管理方式であるならば、少しもおかしなことはないと思います。
 大体経済民主化、或いは経済民主主義というような線に沿いまして我が國の産業が再建され、又そのために新らしく編成替させられるわけでありますが、経済民主主義という場合には少くとも二つのことが考えられると思います。その一つはいわゆる所有権というものを非常に重く視る方であり、他方は別の面からでありますが、契約ということを重く視る面であろうと思います。これをもつと平たく言いますと、結局機構を極端に民主化するといういわゆる方法の面と、他方経済民主主義という場合の理念即ち経済的平等ということを重点において考える觀方とがあると思います。経済民主主義という場合に、その両者が密接不可分の関係を持つておることは勿論でありますが、重点をそのように変えて見る見方が経済民主主義の二つの流れであると思います。増産のためといいますが、その増産は飽くまでもすべての國民が明るく豊かな生活をするための増産でなければならないことは勿論であります。いくら増産してもそれが拡大生産外に流され、或いは軍需品の生産手段として再び再生産工程に返つて來ないならば、増産してもそれは國を少しも富ます途ではなく、國民全体を豊かにすることはできないと思います。そういつたことを考えますと、我が國の戰時中の経済統制ということが、この國管法案を檢討するに当りまして問題にされ、そうして戰時中の経済統制が官僚的であるとか、或いは失敗したということからこの國管法案も妥当でないというようなことが言われると思いますけれども、戰時中の経済統制というものは、御承知のように軍が中心となりまして、何等の経理的乃至経営的な技能も持たない軍が中心となりまして、全く現場中心と言いますと少し語弊がありますが、ともかく一事業一工場を統制したところの、國民経済全般の計画的な経済というものを無視した統制の仕方であつたわけであります。そうしてその統制の目的たるや、勿論軍需品を造るためであつたわけであります。だからしてそのような統制は勿論不可でありますけれども、併しながらそのような統制が不可であつたからと言つて、統制全部がいけないということは勿論言われないわけであります。特に近代國家におきましては、いわゆる十八世紀的な自由民主主義というようなものから、國家と経済というものが全く密接不可分の関係、一元化の関係に立つた現在におきましては、國家が産業に対して計画的に統制する、特に基礎産業に対しまして、之を國有化し社会化するということは、先程も申上げましたように必然的な世界の流れであるということを我々は否むことはできないと思います。で國管案におきまして、そのような國有化、或いは社会化ということからして從來の経営権が侵害され、或いは又人事権が侵害されるというようなことが反対理由として起るわけでありますけれども、先程どなたかも仰しやいましたように、経営権というものは一体確乎とした内容を持つた権利であるかと言いますと、私は決してそうであるとは考えないわけであります。経営権ということは勿論所有権ということから流れ出すところの一つの権利であります。併しながらいわゆる企業と経営ということを考える場合には、我々は活動しているところの企業というものを考えなければならないわけであります。單に工場があり、敷地があり、建物機械があるだけでは、それは企業ということは言えないわけであります。動いて生産しつつある企業、それを我々は考えなければならないわけであり、経営ということはそのような動いておる企業に関して初めて考えられるわけであります。そうしてその動いておる企業というものにおきましては資本家及び経営者、それから労働者、この三者が全く有機的な一体の関係をなして働いておる共同的な関係を形造つておるというわけであります。そういうことからいいましてもいわゆる経営権というものは多分に社会化されいわゆる從來の概念的な所有権とは引離されて考えらるべきであると思います。そういう関係から言いまして今度の法案の経営権の侵害ということは当つていないのではないかと思います。而もこの経営権の侵害が官僚によつてなされるというような非難もあるようでありますが、少なくとも原案におきましては労資の代表によるところのいわゆる管理協議会というようなものによつて実質的に決定がなされる以上、戰時中のような独善的な官僚統制ということにはならないと思います。
 それから今年の八月、九月、いわゆる石炭が増産されましてことを以ちまして敢て機構いじりをしなくても資金資材さえ十分に購入されるならば増産はできるというような議論がありますが、私はそれを一概に信ずることはできないと思います。丁度八月といいますと炭價が値上りした時期であります。で値上りしたことによつて石炭の増産が行われたということが一つと、それからもう一つはあの八月以來の増産というものは労働者のいわゆる労働意欲によつてみずからの労働意欲によつて増産されたのだと思いますけれども、その裏にはそうした炭價の値上りによるところの労働強化による増産ということがあるのではないかというふうに思つております。増産された当座は生産高は上る。併しながら止むをえず又それによつて得たところの利益というものは眞に炭鉱の増産に必要な資材なり設備として導入される代りに、他の炭鉱業部門以外のところに導入され、或いは同じ炭鉱業におきましても当座必要でないところの新らしい鉱区の権利を獲得するために使われたり、或いは又小さな分散的に資金がばらまかれて、結局は増産にならないというような結果になるのではないかと思います。決して経営者なり資本家が生産サボをやつておるというようなことにはならないといたしましても、究極におきましてはその資本家なり経営者が依つて以て立つておるところの資本主義制度というそうした機構が無意識的に経営者なり資本家を動かしまして、いわゆる利潤追求的な計画経営をなさしめておるのであると思います。そうした下におきましてはすでに目覚め始めたところの労働者というものは決して積極的に意欲を持つて増産に励むということはできないと思います。事実私が接しましたところの労働者はすべてこの法案が尚不完全ではあるけれどもこれが通過されることを衷心から望んでおるということを皆口を揃えて言つておる次第であります。
 例えば労働強化によるスタハノフ運動というようなことが言われますにいたしましても、從來のような形で以てこの運動が行われますならば、單なる労働強化以外の何物でもなく一時的に二ケ月三ケ月はやや出炭が上つたといたしましても忽ち酷い減産が來るのではないかと思います。で先程申されましたようにここに全く新らしい企業によるところの而もそれは世界的な一般性を持つておる、必然性を持つておるところの経済機構による経営技術の革命ということが行われない限り、眞のスタハノフ運動も行われなければ、或いは又眞に國民のための増産ということも行われないと考える次第であります。終戰以來ストライキ、いわゆる労働運動というものが急速に盛になりまして、各地で賃上げのためのストライキということが行われましたが、逸早く單なる賃上げのためのストライキでは労働者の要求は行われない、從つて又労働者が今や歴史的な主体性を形造つておるところの日本の再建ということは行われないということを悟つた石炭労働者が、昨年の七月ですか石炭復興会議というものをみずからの手で作りまして、そうして経営者、資本家に呼び掛けたということは非常に大きな意義を持つておると思います。そのような、ああした労働者の眞に積極的な意欲、そうしてその後にあらゆる労働條件の維持改善のための裏付けというものを持つたところのものでなければ、労働意欲の向上もなければ石炭の増産ということも行なわれないと思います。私たちは如何なることがあつても、最早人間が資本に奉仕するというような、そうした経済機構を作るのではなく、資本が人間に奉仕する、そうした経済機構を確保するために闘かわなければならないと思います。労資或いは経営者の三位一体の協力というようなことが言われますが、從來のままの協力というのではどうしても上下の関係というものが出て來るのではないかと思います。結局は経営協議会を改組したような、そうした或いは又新らしい経済復興会議におけるような労資の均衝関係、ここにおいてこそ眞の増産ということが行なわれるのであると私は思つております。そういう意味におきまして、今度の管理法案には原則的には賛成いたすものであります。併しながら賛成者の方が皆仰しやいますように、甚だこの法案が不完全でありまして、更に社会化ということを徹底さすべきであり、この石炭業の國有ということを一つの定礎といたしまして、金融或いは運輸或いは電力部面にも國有といいますか、或いは公営ということを及ぼして行つてこそ、初めて石炭の増産ということ、或いは又経済の再建ということが可能になつて來るのであろうと思います。國有即ち官僚統制というようなことは、全く公式論といいますか、おかしな議論でありまして、アメリカにおきましても戰時中の経済統制ということは國有民営といいますか、そうした仕方において行なわれたということは我々は銘記すべきであろうと思います。戰時中の経済統制が勿論惡かつたために統制一般を必然的に不可とし、そうしてそのために世界の流れに逆行し、日本の特殊性を強調し、そうして又そのために戰前の労働強化、チープ・レーバーということを繰返すならば、我が國の眞の再建ということ、明るい豊かな國民生活ということは何時までたつても望めないと思います。甚だ簡單でありますが、これで終ります。
#15
○委員長(稻垣平太郎君) 最後に久保山石炭研究所の久保山雄三氏にお願いします。
#16
○公述人(久保山雄三君) 久保山石炭研究所の久保山であります。この重要な法案を國会で審議されるに当りまして、私どもの意見をも聽取しようという委員各位の愼重な態度に対して謹しんで敬意を申上げる次第であります。私どもがこの法案を審議檢討しますに当りましては、この法案が実際に石炭増産に役立つものであるならば本法案を成立せしむべし。併しそれが増産に効果なく、他に増産の道があるならば本法案を成立せしむべからずというような見地から考えなければならんと存じます。從つて本法案第一條の「政府経営者及び從業者がその全力を挙げて石炭の増産を達成することを目的とする」というこの條項には双手を挙げて賛成するものでありますけれども、以下全條に対しては遺憾ながら増産に役立つという部面を見出し得ないことを遺憾とするものであります。勿論この法案の成立と否とに拘わらず、政府は石炭鉱業に対して資材、資金の面においては自然的協力をされるでありましよう。併しながら如何に政府が協力しようとしても資材、資金の面にも限度があることと思います。從つて先刻先輩の佐野博士からも技術の面を力説されましたが、私は佐野先生の技術の大きな問題について更に端的な例を申上げまして、皆さん方の御参考に供したいと思います。言い換えれば日本の石炭生産への資材は限度があるからして、我々はその資材に大いに期待はするけれども、資材なくして増産の方途があるならば、それをして大いに研究実施しなければならんと思うのであります。私は戰時中、戰爭後も勿論でありまするけれども、炭鉱の坑内を廻つて見ますと、これは実驗記録の上に現われる数字でありますけれども、同じ仕事場で幾人かの人が働いておりますと、その中で一番眞面目に働く人と、或いは不眞面であるのか、或いは能率を挙げ得ないのかも知れませんけれども、一番能率を挙げる者と、挙げ得ない者とでの開きは四対一乃至甚しいのでは五対一程度の能率しか挙げ得られていないのであります。このことは四十二万炭鉱從業員全体に適用されることであつて、要するに炭鉱の中で一番働く者と、一番能率を挙げ得ない者とでは一対五という傾斜の線を表わしておるように思うのです。そこでこれをどうすれば一番眞面目に働く者の線まで持つて行けるかということを大いに檢討しなければならんと思います。そこで昭和二十年三月、貝島炭鉱の大野浦で実驗いたしました記録によりますと、石炭二トンを或る一定の場処に置いて、それを坑内にありますコンべヤーという運搬機に積込みます実驗をいたしましたところが、この実驗の結果、貝島炭鉱の桑原という青年は体重五十七キロであります。この体重五十七キロの青年が二・四トンの石炭を十七分四十五秒で投炭いたしましたが、三井田川を代表いたしました阿部という男は体重七十キロ、正に相撲取りのような体格を持つております。この阿部という男はその倍の三十五分五十四秒かかつたのであります。天井の高さが三尺というところでありますから、勿論その操作の点において相当技術が効果を奏することを明らかに証明しておるのであります。要するに今日の日本の炭鉱では、技術的に研究訓練すれば二トン四分の石炭を小躯桑原にして十七分四十五秒で投げられるものが、巨漢阿部は三十五分五十四秒かかつたということは、如何に技術訓練が行き届いていなかつたかということを物語ると思うのであります。ここにお断り申上げて置きますことは、この阿部という人でも、決して素人ではありません。少くとも三井田川で何年かの経驗を持ち、そうして大三井田川を代表して出場した人物ですから、完全な経驗を持つ技術者であつたことは間違いありません。併しながら、我流を以て無駄な所へ労力の浪費をして、そうして本当にこつを覚えていないところに、今申上げたような開きがあるのであります。要するに、昭和二十年に二十万四千五百三十六人で三千百三十七万六千何トンを出炭した。過去昭和五年の炭鉱労働夫の條件は、只今私が申上げたような技術の訓練を経た生産ではなかつたのであります。そこで今日本当に炭鉱の技術の訓練をして行くならば、最高度の能率を発揮させるならば、四十二万を擁しております日本の炭鉱で、三千万トン乃至三千五百万トンの生産は易々としてできなければならないと、こう考える者であります。
 只今申上げましたこの一つのスコップの使い方でありますけれども、このスコップの使い方は、決して大学の教室で研究されたのではありません。私がスコップについての実驗研究調査ということで全國の炭鉱を廻りましたところ、或る炭鉱の工員は、天井の低い所では、現在のスコップの角度では使えないのだと、だからこのスコップの角度を伸ばさなければならんという研究をしておつた工員もありました。北海道の芦別の工員は、現在の日本のスコップは外國から來たものであるからスコップの柄が大き過ぎるのだ、日本人の小さな手にはもつと小さくしなければならんのだと言つて、小さく詰めて來ておつた工員もありました。かような工合に、一つのスコップにしても全國四十二万の工員の中には、さように眞劍に訓練研究されておる者がおるわけであります。恐らくかような事実は、ドリルの使い方とか、その他いろいろな機械の使い方操作について、四十二万從業員の中に研究しておる者が相当おるということは明らかな事実であります。ですからして、現在の目前の石炭の増産をしようとするならば、全國の炭鉱に、かくして隠れておるでありましよう工員の中から、訓練研究しております者を選り出して、國家が大きな力を以てこれを組織化するならば、必らずや効果は明らかに現れるであろうことを私は信じて疑いません。かような意味合いにおいて、現在政府が考えております國家管理法案よりも、速やかにかような点に施策を施して、増産を一日も速やかに実現されるように講ぜらるべきだと私は考えております。
 私がかように申上げますと、或る人は、それは労働の強化ではないかと申される向きもあるようでありますけれども、決して私は労働の強化とは考えません。逆に、四十二万炭鉱労働者諸君がエネルギーの浪費をされておるのを、最も合理的に効果を発揮せしめて、能率の向上による石炭増産が実現したならば、日本國民全体の文化の向上を來すことができることでありますからして、これこそ炭鉱人の文化昂揚の一手段だと申上げてよろしいと思います。
 尚先刻も申上げましたように、現在では一定の給料の水準ができておつて、その水準によつて定額の支給をされておるような現状であります。勿論炭鉱によつては、能率給を採つて、能率によつて若干の開きは設けられておるようでありますけれども、大体現在の炭鉱作業の面においては一定の定額給與のように見受けられますので、かような事実からして、最も働く者は五つの仕事をし、働かない者は一つの仕事しかしていないのに、同一賃銀の供給を受けておるということは、眞面目に働く者の犠牲において、眞面目に働かない者の賃銀が支拂われておるという今日の労働賃銀支拂いの方法の矛盾を合理化する一つの手段だと私は考えております。かように考えて参りますれば、決して労働強化ではなく、日本の労働賃銀の合理化だと申上げてよろしいと思います。
 そこで私は本法案の檢討に移りたいのでありますけれども、すでに前日、労働代表或いは経営者代表も、この席でお話があつたであろうと存じますので、本法案の詳細に亙つて論議することは避けますけれども、概括的に、私共が公平な見地から、今日までのこの法案についての意見を申上げて見たいと思いますが、この公聽会で労働代表の方が如何なることを申されたか存じませんけれども、衆議院の公聽会では口を揃えて労働代表の方には、炭鉱経営者が石炭の横流しをしておるのだと、又資金の流用をしておるのだ。炭鉱は儲けておる。或いは生産サボをしておると、こう申されたようでありましたけれども、恐らくこの公聽会でもさよう申されたことであろうと存じますが、先ず最後の生産サボの問題に対しては、私見解の問題で、これはとやかく申上げられんと思いますけれども、ここに一つ石炭の横流し云々という言葉、或いは儲けておる者がおるという言葉、これだけは労働者諸君の仰しやる言葉を全面的に否定する用意のないことを遺憾に思う者でありをす。そう申せば、横流しがあつたことを認めるような形になりますけれども、先ずそういう工合に認められても止むを得ないじやないかと思います。併しながら、それは横流しがあつたとしても、極めて徴々たるものであろうと思います。又その石炭が横流しになつたということは、單り炭鉱業者の中にあるのみでなく、恐らく日本石炭の中にもさようなことをした者があつたのじやないかと私は考えております。又炭鉱から積出された、炭鉱の手を離れてから後に横流しになるようなものもあつたのではなかろうか知らんと思いますので、かように考えて見ますれば、恐らく炭鉱での横流しといいますのは極めて微々たるものであろうと思います。して見ますと、微々たるものを対象として今度の石炭國家管理法案が立案されたように考えられるのです。そこで私は極めて微々たる一炭鉱、極く少数の炭鉱が横流しを、例えばしたとしたのに対して、全日本の炭鉱を対象として、或いは三年の懲役に遭うといつたような強権を発動されるということは、恐らく眞面目に経営をして來た炭鉱の人達が、断じて承服のできないことであろうと、こう考えます。政府は管理法案によつて、若し石炭長官、或いは所管大臣、局長の命令に從わなかつた場合に、三年以下の懲役に処するという強権を、炭鉱経営者に発動するといいますけれども、然らば労働者の中にサボるものがないでしようか。私は甚だ遺憾でありますけれども、今日まで幾回か炭鉱の坑内に下つて見ますと、先刻申上げましたように、働らく者と働かない者とは、四対一乃至は五対一の能率だと申上げましたが、この同じ体格を持つていながら、五分の一しか能率を上げないというならば、これは眞面目に働らくけれども能率が挙がらないのだと、一口に言えるか、私はかような事実は明らかにサボをやつておるものだと言わなければならんと思います。併しながらこれをよしんばサボはしないといたしましても、坑内の職場では甚だしいのに至つては、職場を離れて晝寢をしておるような者も見受けた事実があつたのであります。かような労働者の中にサボがあるにも拘わらず、一方的に経営者に三年以下の懲役という強権の発動をしながら、労働階級に対する何らの処罰をしないということは片手落も甚だしいとこう申上げたいと思います。私は決して経営者を処罰するならば、労働者も処罰せよとは決して申上げません。ここをいつも水谷商工大臣が口を開けば申されます、政府、経営者三位一体でやらなければならんと言われる水谷商工大臣のその精神によつて、強権の発動をすることなく、民主的なる運営において民主的なる自治的運営において、労働組合の健全化を図り、経営の健全化を図つて、政府はよき指導者となつて行くならば、石炭の増産は決して不可能ではなかろうかと考える一人であります。
 又この法案の中に炭鉱経営者乃至は管理者が生産協議会その他の議を経て提出したものであつても、一長官の首肯することでなければこれを変更させることができると、こう謳つてあるようであります。併しかような考え方こそ將來の石炭を増産せしめるものでなく、減産せしめるものだと私は断言して憚かりません。何となれば炭鉱の企業計画が一朝一夕にして到底できるものでなく、相当の時間、相当の人手を要さなければできないものであることは明らかであります。少くとも炭鉱の経営者乃至は管理人が自分の信念に基いて、そうして計画した立案に対して、一局長乃至は一長官によつてこれが変更を命ぜられた場合、その変更を命ぜられてそれに從わなければ三年以下の懲役だとこう言われますから、恐らくそれに從うでありましよう。それに從うでありましようけれども、かような結果事実がどうなるかということは申上げるまでもなかろうと思います。信念を以てこそ渾身を打込んだ努力が現われるでありましようけれども、かような結果に陷つたならば、恐らく魂の拔けた能率の挙らない経営方針に陷るであろうことは申すまでもないところであろうと存じます。かように端的に挙げて見ますならば、今申上げましたように石炭の増産に役立つどころか、減産に役立つことのみであります。そこで政府はこの法案の中にも、資材を幹旋する、資金を十分に與えるために立案したということでありますけれども、然らば今日まで政府が完全に自分のできる範囲において仕事をして來たかどうかということを考えなければなりません。この石炭非常増産対策要綱というものを現内閣は発表いたしました。この條項の中に労働組合の健全化という條文が一つ謳つてあります。この労働組合の健全化という問題に対して、先般炭鉱業者から、それはどういう方法でどういう目的なんだというお尋ねがあつたところが、それに対いて米窪労働大臣は出版物その他によつて健全なる発達を指導するのだというお答えでありました。然らば現在米窪労働大臣は出版物について労働者の労働組合の健全化を図ると申されましたが、然らば現在の出版界がどうでありましよう。出版物が現在如何であるかと申しますると、一つの電氣事業に対して三ケ月、一期三ケ月になつておりますけれども、その三ケ月一期に割当てられた紙は三万五千ポンドあります。併しながら石炭が今日かように重要視されて喧傳されているにも拘わらず、本年の四・六期の三ケ月には千三百ポンドしか石炭というものに対しての紙の割当はしておりません。尚甚だしきは、七・九期に亙つて五百ポンドしかなかつたわけであります。かような現状に、現在然らば用紙の割当はどういうような工合になつているかと言えば、内閣に直属しているわけであります。内閣に用紙割当事務局を直属せしめている。現内閣は口に石炭の増産を唱えながら、石炭に関する文書の不足している今日でさえ、尚一期に、三ケ月に対して五百ポンドしか紙の割当をしないという現実において、現内閣が如何なる約束をしようとも、私たちは現内閣の言うことを到底信ずることはできないのであります。かように考えて参りますと、私たちは本法案はどうも首肯することができないということをも見出さなければなりません。又水谷商工大臣は口に政府、経営者、労働者の三位一体を強調されましたけれども、現在の炭鉱國家管理法案は、経営者に向つて経営者の喉首に匕首を擬して置きながら、尚三者協力してやろうじやないかというような矛盾を藏していることを見逃すわけには行きません。極端な例でありますけれども、水谷商工大臣の仰しやることなさることは、強盗がピストルを持つてよその家に押入つていながら、押入つた家の主人と仲良くしようじやないかというのと何ら選ぶところがないと思います。私はかような見地において本法案に反対の意を明確に表明する者でありますけれども、併しながら現在のままで、炭鉱業がそのままでよろしいとは決して申上げません。先刻も申上げましたように、四十二万の労働者諸君を科学的に指導することによつて高度の能率を発揮さしたならば、それが経営者の利益の対象となることだけは避けなければならんと思います。さような意味合において最初に申上げましたように政府は石炭鉱業に対して資材資金の面で十分援助を與えるであろうことはいうまでもありませんので、政府の援助と労働階級の能率の向上によつて石炭の増産が実現されるならば、その石炭増産によつて挙げた利益が、経営者の壟断するところとなることは大いに戒しめなければなりませんので、政府はいつなんどきでも炭鉱の内容と、経営内容を監査し監督することのできる規定を設けることによつて、目前の石炭増産には事足りると考えております。どうか委員各位もかような私共の見解を十分御斟酌願つて、この重要法案の審議に万遺憾なきを期せられんことを、賢明なる委員各位に謹んでお願い申しまして私の説明を終りたいと思います。昨十六日、本日続けて熱心に御聽取下さいました委員各位に、重ねて厚く敬意を表するものであります。
#17
○委員長(稻垣平太郎君) これにて全公述人の公述を終りましたわけでありまするが、質問の御通告は私の手許に参つておりませんが、どなたか御質問の御希望ありますれば……。ございませんければ、これを以て当参議院におきまする鉱工業委員公聽会を終了いたしたいと存じます。本日の公述人の方方には、いろいろ遠いところからおいでを願つた方もございまして、御有益なるお話しを承り、我々の審査の上に貴重なる参考と相成りました次第でありまして、厚くお礼を申上げる次第であります。有難うございました。これで本日の公聽会を閉会いたします。
   午後一時十四分散会
 出席者は左の通り。
   委員長     稻垣平太郎君
   理事
           下條 恭兵君
           小林 英三君
           中川 以良君
   委員
           大畠農夫雄君
           荒井 八郎君
           大屋 晋三君
           堀  末治君
           入交 太藏君
           楠見 義男君
           小宮山常吉君
           宿谷 榮一君
           玉置吉之丞君
           田村 文吉君
           藤井 丙午君
           細川 嘉六君
  公述人
           佐野秀之助君
           伊藤 榮一君
           川浪守三郎君
           平岡 達明君
           田中 卓二君
           林  迪廣君
           久保山雄三君
ソース: 国立国会図書館
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